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【ガルパン】マタニティ・ウォー!【1】
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・当該生徒の社会権はいかなる場合においても実際的な保護の対象となりうる。
・妊娠期間中の定期院経過観察、及び産後母子への多角的な科学的観測、継続的にそれらが行われる期間において、当該母子に対し十分な社会保障を行う。
・また、政府要請による入院観察等を原因とする学業活動や就職活動の遅延の発生については、一切の不利益が排除されるよう政府として責任を果たす。
あや「ねぇねぇ、あの人が何を言ってるのか、よくわかんないんですけど……」
桂利奈「私もー」
しほ「……分かりやすいように言いかえてあげます」
あや「ありがとうございますー」
しほ「簡単に言えば、貴方たちが政府のお願いに協力してくれるのなら、お金や生活の面倒は国が助けてくれる」
あゆみ「協力……? 私達が、何かするんですか」
しほ「検査や入院をお願いすることが沢山ある、ということね。貴方達やその子供に対して。それに同意してくれるのなら、見返りとして、国はあなたたちの生活を守る」
梓「えと、とにかくあんまり心配しなくていいって事ですか」
しほ「まぁそうね。少なくとも経済的な面での心配は不要です。妊娠期間中の諸費用や、出産費用、そして育児の費用もね」
桂利奈「じゃあ、お父さんやお母さんに、迷惑をかけなくてすむのかなぁ」
しほ「……。」
しほ「……それに、入院や検査のために休学や留年をしてしまったとしても、進学や就職に不利になったりはしない」
・ただし、本件は生物学的にも人類学的にも非常に重要な事象であることはいうまでもなく、それゆえに、生まれてきた新生児においてはその基本的人権を国際的な管理下のもと包括的に保護してゆく事を希望する。
麻子「……!」
華「それって、つまり……」
麻子「そういう事だと思う」
沙織「ほえ?」
しほ「生まれてくる子供は、不自由のない環境と十分な教育を保証される。漠然とした意味での『自由』と、引き換えにではあるけれど」
沙織「あの、よく意味がわからないんですけど」
麻子「生まれた子供は国の養育施設か何かで育てる、そういう事だ」
沙織「!? 赤ちゃんとられちゃうの!?」
しほ「親権はもちろんあなたたちにある。けれど、家族と同じ屋根の下で暮らす時間は、あまり多くはないでしょうね。お正月をあなたたちの家で過ごしたり、施設で会うことは許されるでしょう。けれど、一般母子のように、いつも一緒にいられるということは、できなくなる」
沙織「……そんな……」
杏「でもね……きっと、そのほうが、子供のためでもあるんだよ」
沙織「会長」
杏「考えても見なよ。正真正銘の処女受胎。本当にちゃんとした赤ちゃんが生まれてきてくれるのかな」、
杏「生まれてくれたとしても、この子はちゃんと大人に成長してくれるのかな」
杏「障害を持っていたらどうしよう」
杏「病気を持っていたらどうしよう」
杏「他の子と何かが違っていたらどうしよう」
杏「私は、そんな事ばかり考えてる。怖くてたまらなくなる……」
桃「……。」
杏「正直に言うとさ、例え河嶋がずっと一緒にいてくれたとしても、自分の力だけでこの子を守ってあげられる自信、私にはあんまりないんだ……情けないけどさ……」
沙織「……それは……」
しほ「……。」
しほ「貴方たちは、少し意識をを変える必要があるわね」
杏「え……?」
しほ「今世界中で何が起こっているのか、大人でさえもまだ理解できない」
しほ「それなのに、ただの子供でしかないあなたたちが、自分の力でどうこうなどと。」
しほ「思いあがりもはなはだしい。」
しほ「育児というのは、そもそもからして大変なのです。その苦労を実知する母親の一人として、忠告をしておきます。自分でどうにかしようだなんて、甘い考えは捨てなさい」
杏「……。」
みほ(……お母さん……。)
役人「詳しくは、各員に後ほど要綱が配付される。また学園にはそれぞれカウンセラーが常駐する予定でもあります。私からは──以上です」
そど子「……。少なくとも、おばあさまの負担をかけることはなさそうじゃない」
麻子「まぁ……ほんの少しだけ、気が楽になった……」
スズキ「子供を抱えて路頭に迷ったりは、心配しなくていいんだね」
梓「ちゃんと大人の人が助けてくれる……」
紗希「……。」
ざわざわ……
役人「……。」
役人「少々、個人的な私信を付け加えるが……」
おりょう「私信?」
役人「君たちは、国の大切な資産である」
ももがー「……シミュレーションゲームみたいに、言わないでほしいもも……」
ぴよたん「そうだぴよ」
役人「その君たちを、国家が見捨てるようなことは決してあってはならない」
役人「我が国は決してそのような国ではない。この国に奉じる一人の人間として、それだけは断言しておく」
役人「君たちには何の罪もない。それだけは伝えておく」
みほ「……」
妙子「……えっと……」
パゾ美「……何よ、この前は私達の学校をつぶそうとしたくせに……」
ねこにゃー「そ、そうだにゃあ」
役人「……君たちの学園に恨みがあったわけではない。より多くの学生に適切な教育を施すためには必要な処置であると、総合的に判断したのです」
エルヴィン「ふん、犠牲にしようとした学校にいながら、よく言えたものだ……」
役人「どう思ってくれても結構だが、私は君達若者の健やかな成長を本心から望んでいるし、その為にこそ私はこの職についている。建前ではなく。……まぁ、ともあれこれで失礼させていただく。次の学園艦へ移らなくてはならないのでね」
ツカ、ツカ、ツカ
役人「では、先生」
しほ「ええ」
役人「連盟のヘリをお借りいたします。」
しほ「はい。道中、お気をつけて」
みほ(……? お母さんは一緒にいかないの?)
しほ「娘の非行、改めてお詫び申し上げます」
役人「いえ……しかし、はは、先生があのように大きな声で叫ばれるとは、少々驚きました」
しほ「お恥ずかしい限りです。年甲斐もなく、娘の真似事などをを」
役人「……? まぁ、ともあれまた後日、会議の場で」
しほ「ええ、また近々」
役人「では」
ツカ、ツカ、ツカ……
沙織「なんかさ……自分の言いたいことだけ言って、さっさと帰っちゃったって感じ……」
杏「まぁ、メンドクサイね、お役人ってのはさ」
カエサル「彼の者、敵にはあらず。しかして全くの味方にもあらず……か?」
柚子「会長、それよりも」
杏「ん? ……ああ、そうだね」
杏「おーい、皆」
杏「発表は放課後っていってたけどさぁ……もう、ここいらで、いいかな?」
妙子「結果、もうわかってるんですか」
杏「うん。さっき病院で先生方と話してきた。……検査結果用紙も、ほら、ちゃんと全員分ここにある」
あけび「……!」
典子「その紙に、書いてあるんですね。ここにいる誰が妊娠して、誰が妊娠していないのか……」
忍「……っ」
ナカジマ「はは……ちょっとだけ心臓が、キュッてした」
桃「さきに昼食にしてもかまわないが」
左衛門佐「いやいや……飯どころじゃあるまいて……」
杏「じゃ、いいね。会長権限で、午後の授業なんかどーでもいいからさ。今から発表、やっちゃおっか?」
全員『オッケーでーす!』
優花里「いよいよ、でありますか……うぁぁ……緊張するであります……」
華「妊娠していないのなら、それに越した事はありませんが……」
ざわざわ……
みほ「……。」
みほ「あの……お母、さん……」
しほ「なに」
みほ「えと、その……お久ぶり、です」
しほ「そういえば、直接顔を合わせるのは久しぶりになるのね」
みほ「はい、えと……はい」
しほ「試合会場のモニター越しに、何度かあなたの顔を見ていたから、大して久しくは感じていなかったわ。数日まえには女々しい電話もあったものだから」
みほ「う……ごめんなさい……」
みほ(……試合、見にきてくれてたんだ……)
みほ「でも、どうしてお母さんが、ここに」
しほ「霞ケ関や筑波で、これからの事についての協議に参加していました。関東まで出てきたのなら、もう少し足を延ばして娘の顔を見に来ても、おかしなことはないでしょう。こんな時なのだから」
みほ(じゃあ、私に会いに来てくれたと思っていいのかな)
みほ(……。)
みほ(……会いに来てくれた……)
しほ「もっとも、あんなみっともない姿を見せられるとは、思っていなかったけれど」
みほ「っ……あぅ……ご、ごめんなさい。私のせいで、何度も謝ってくれて……」
しほ「それについては、また後で話をしましょう」
みほ「う……」
みほ(お母さん、やっぱり怖いや……。)
みほ(……でも……。)
みほ(やっぱり……嬉しい……)
しほ「そんなことよりも、みほ」
みほ「は、はい」
しほ「発表を、よく聞いておきなさい」
みほ「あ、う、うん……」
杏「じゃーねー、ヘッツァーの上から、失礼するよ」
全員『……』
杏「チームごとに、該当のメンバーを読み上げる」
杏「……」
杏「皆、さっき聞いた通り、たとえ妊娠してても何の心配もいらないんだ」
杏「だから、落ち着いて、事実を受け止めようじゃないか」
杏「もちろん妊娠っていう事実は軽くは──」
桃「あ、あの会長っ、皆早く結果を聞きたいんですから……」
杏「──ほぇ?」
沙織「もー! じらさないで早く言ってくださーい!」
スズキ「そーだー!」
杏「むむ……あはは……そっかそっか、緊張しちゃってるのは私のほうこそだね。ごめんごめん」
杏「ほいじゃ、いくよー!」
みほ「……っ」
みほ(これから会長の言葉で、ここにいる誰かの人生が決定的に変わる……)
みほ(でも、そんな時に、私だけ、隣にお母さんがいてくれてる)
みほ(……)
みほ(私……恵まれてるんだ……)
麻子「西住さん」チョンチョン
みほ「麻子さん?」
麻子「……。」ニコ
みほ「……!」
みほ「……うんっ」コクン
みほ(麻子さん……ありがとう)
杏「じゃあまずは……やっぱりあんこうチームから、いい?」
優花里「ふ、ふふ、隊長チームですから、と、と、当然ですねっ」
沙織「うぅ、私達の誰かが、妊娠してるんだ……」
杏「該当者は──」
杏「二人いる」
麻子「……っ」
華「心静かに、とは……いきませんね、やはり……」
みほ「路頭に迷う心配はない、お金の心配もない、育児は大人の人が支援してくれる……すぅー……はぁー……」
みほ「お、お……お願いします!」
杏「あー……。は、は、私も声が震えちゃうよ」
杏「まず、一人目はね」
杏「……西住ちゃん」
杏「やっぱり、西住ちゃんだった」
みほ「……。」
みほ「……。」
みほ「……。」
みほ「……そう、ですか……」
みほ(……。)
みほ「ぁ……」ぐらっ
沙織「みぽり──!」
しほ「っ」
がしっ
みほ「あ……お母さん……」
しほ「しっかりなさい」
みほ「……はい……」
みほ(……。)
みほ(妊娠。妊娠かぁ……)
みほ「……あはは」
優花里「西住殿」
みほ「ん、大丈夫。ただ……なんだかびっくりしすぎて、よくわからなくて……急に身体から力が抜けちゃって……そのわりに妙に、なんだか可笑しくて……へ、へんな気分。あはは……」
杏「……。」
杏「そうだね、笑うしかないよね……ふふふ……」
柚子「か、会長」
みほ「そうですよ……ふふ、ふふふ、笑ってくれたほうが、私も嬉しいよ。そうだね、笑うしか、ないもん……あははは」
杏「くっくっく……」
沙織「み、みほ……大丈夫……?」
みほ「えっと、頭が?」
優花里「ふふッ……!」
沙織「ゆかりん!?」
優花里「ちょ……やめてくださいよ西住殿。まだ発表、これからなんですから……私も妊娠してるかもしれないんですから……あははは」
みほ「ふふふふ」
華「……くす」
沙織「華まで!?」
華「くすくす……だって、みほさん、妊娠してるのに笑ってらっしゃって……おかしいじゃないですか……ふふ、うふふふ……」
杏「おーい、西住ちゃ~ん。」
みほ「あはは、何ですか? ふふふ」
杏「妊娠」
杏「おめでと~」
ツチヤ「ブフッ!」
ホシノ「うわっ、うちにも移った!」
桃「会長! しゃれになってませんからそれ!」
杏「いや~。だって」
柚子「……っ、……ふふっ……」
桃「ゆずちゃんまで笑ってるー!?」
典子「くひっ、ちょっとぉ……こんな時まで漫才しないでくださいよ……」
桃「漫才ではない!」
紗希「……」クスクス
梓「紗希が」
桂利奈「笑ってる!」
エルヴィン「うーん、はたから見るとショックでおかしくなったようにしか見えないが……ふふ、まぁ、いいのかな?」
左衛門佐「いいんじゃないか? ふふ」
ねこにゃー「謎の一体感……ふひひ」
しほ「……。」
しほ「黒森峰がここに負けただなんて、信じたくないわね……」
沙織「くすっ」
しほ「……。」
沙織「ひっ、す、すみません……。でも確かにお母さんの言う通りだなって……あんなに真面目そうな人達が、こんな変な人達に負けちゃったんだなって……ぷっ……あだめだ、あははっ」
しほ「……。ハァ……」
みほ(あ~あ、なんだか涙がでてきっちゃったよ」
みほ(私って本当に恵まれてるんだ)
みほ「ふふふふ……」
杏「西住ちゃんがいい空気にしてくれたねぇ……じゃあ、二人目、いっとこっか」
桃「お酒じゃないんですから」
杏「じゃあ、二人目いくね」
杏「もう一人はね」
杏「……」
杏「……五十部ちゃん」
杏「五十部ちゃんなんだ。」
華「……っ」
華「……。」
華「ふー……」
華「……。」
華「私、ですか。……そう、ですか……」
沙織「華」
華「ん……ありがとうございます、ちょっとだけ、このまま肩をお借りしますね」
麻子「……」
優花里「……」
みほ(華さん……)
杏「それと、五十部ちゃんのパパなんだけど」
杏「……武部ちゃん」
沙織「へ?」
杏「武部ちゃんが、遺伝学上のもう一人の親になるんだ」
沙織「!!??」
沙織「わ……」
沙織「私!?」
杏「染色体共有者っていうんだけどね……皆、病院で検査を受けた時に産婦人科で子宮頚部を調べられたでしょ?」
杏「あれってさ、このための検査なんだ。経験則だからまだ仕組みの解明されていないらしけど、とにかく、妊娠してる場合相手の遺伝子情報がその周辺の組織から見つかるんだって」
杏「で……間違いなく、武部ちゃんのDNAが検収されてるらしい」
沙織「」
沙織「」
沙織「」
沙織「ぅぁ……」クラッ
華「!」
優花里「っ」
麻子「沙織!」
がしっ
がしっ
沙織「あ……ご、ごめんね皆……」
華「沙織さん、気をしっかり」
沙織「う、うん……」
沙織「でも……え? 私、ママじゃなくてパパになっちゃうの……? ええー……」
沙織「そ……それはちょっと考えてなかったなぁ、でも、そうよね、その可能性もあったよね……」
沙織「そっか、パパかぁ……あはは、みぽりん、ほんとだね、もう笑うしかないね……あはは……」
優花里「た、武部殿の場合は、ちょっぴり心配です……」
沙織「いや、うん、大丈夫だから、笑って笑って……あはは……」
麻子「笑えない……」
華「沙織さん、深呼吸をしましょう? すぅー……はぁー……」
沙織「……うう、華ぁ……」
華「大丈夫、大丈夫ですよ。……ふふ、妊娠しているのは私なんですよ? 沙織さんったら……」
沙織「華ぁ、ごめんねぇ~……」
みほ「あ、あの、会長!!」
杏「……ん」
みほ「私の、私の相手はいったい誰なんですか!? まだ、聞いてませんよ!?」
梓「あ! そ、そうですよ!」
みほ(優花里さん? 麻子さん? とにかく私も、あんな風にお互いを支えあえる相手が、ほしい……)
杏「それなんだけどね」
みほ「……。」
杏「……。西住ちゃんのパパはね、」
杏「……分からないんだ」
みほ「……!?」
みほ「わからないって、どういう事ですか!?」
みほ「私のお腹に赤ちゃんがいるんですよね!? じゃあ、いったいこの子は誰の子なんですか!?」
しほ「……みほ、気持ちは分かるけれど、落ち着きなさい」
みほ「でも……っ」
杏「解析方法がまだ完璧ではないから、という事も原因のらしいんだけど……世界中でほんの何人か、どうしても相手を特定できない子がいるらしいんだ」
杏「日本では、西住ちゃんが、その一人っていうことらしいんだ」
みほ「……世界中でほんの数人……」
みほ「私がその一人……」
杏「本人のものでないDNAは見つかっている。ただ、それが誰のものなのかが……どうしても特定できない。」
みほ「特定、できないって」
みほ(じゃあ私のお腹の子供は……いったい誰の子供なの?)
みほ(誰の子供かわからない何かが、今、私のお腹の中に……いるの……!?)
……ゾくッ……
みほ(……っ)
みほ(……怖いっ……)
優花里「西住殿っ」
優花里「きっとその子は、私の子ですっ」
みほ「え?」
優花里「誰の子かどうかはハッキリしなくても、西住殿のお腹に赤ちゃんがいるのは間違いないんです!」
優花里「だったら私はその気でいればいいんです。私がお父さんなんだって! 西住殿も、そう思ってくれたらいいんです!」
みほ「優花里さん……」
梓「私も……隊長の赤ちゃんのパパに、なりたいなー……」
あや「梓は戦車が違うでしょー」
みほ(……二人とも……)
みほ「本当にありがとう……」
杏「……。」
杏「じゃあ、次のチーム、行くね」
杏「カモさんチーム、いいかな」
そど子「……!」
パゾ美「うちにも、いるんだね」
ゴモヨ「無事でいられとしても誰か一人だけ、かぁ」
杏「該当者は……」
杏「一人」
そど子「二人とも、恨みっこ無しだからねっ」
パゾ美「恨みはしないけどさぁ」
ゴモヨ「ママもパパも、できれば嫌だなぁ……」
杏「じゃあ、いくよ」
杏「妊娠しているのは……」
杏「……。」
杏「……園、みどり子」
そど子「……!!」
そど子「……。」
そど子「私、かぁ……。」
そど子「……。」
そど子「……あ~あ。いつか、まじめな旦那さんと結婚して、子供を産みたいなって思ってたけど……はは、予定が狂っちゃた……」
麻子「大丈夫か、そど子。……立っていられるか」
そど子「……ありがと。なんとかね……」
麻子「無理はするな」
そど子「……うん……」
杏「でね、パパについてなんだけど……」
パゾ美「……。」
ゴモヨ「……。」
杏「……。」
杏「冷泉麻子」
パゾ美「へ!?」
ゴモヨ「!?」
麻子「……は?」
杏「冷泉ちゃん、あなたがパパなんだ」
麻子「……そど子の、お腹の子供の?」
杏「そう」
そど子「!? ……!?」
麻子「お、おかしいだろう! 私とそど子は、乗ってる戦車が違う!」
しほ「……。たしかに、パートナーの9割は同乗者間で成立する。だけど……」
杏「100%じゃあないんだ。」
麻子「100%じゃ、ない……?」
杏「各学園に一人か二人の割合で、他戦車間でのパートナーも成立してる……」
桃「うちの学園では、お前達二人が、それに該当する」
麻子「……っ」
麻子「な……なんで、私なんだ!」
麻子「なんで……!」
麻子「……。」
麻子「さっき、うちのチームの発表が終わった後、私は違ったんだって……本当は心のどこかでほっとしてた……そのバチが当たったかな……」
優花里「……。冷泉殿、気持ちはわかりますが……」
麻子「え……。……あっ!」
そど子「……」
麻子「ご、ごめんっ!!! 私、また……ヒドイことを言ってしまった……私、最低だ……」
そど子「……。」
そど子「……はぁ……」
そど子「泣きべそ、かかないでよね」
麻子「……。」
そど子「アンタがどれだけ真剣に悩んでたかは、あの夜一緒にいた私が、一番良く知ってる。だから……今のは許してあげる」
麻子「……めんぼくない……」
そど子「けど、はーあ……まじめな旦那さんかぁ……夢のまた夢になっちゃった……」
麻子「……。」
麻子「……そど子」
そど子「……何?」
麻子「……。」
麻子「ちゃんと私も覚悟を決める」
そど子「……」
麻子「あの夜、そど子が一緒にいてくれたこと、おばあに電話をしろっていってくれたこと、すごく感謝してる」
麻子「だから……」
麻子「……」
そど子「……。」
そど子「名前」
麻子「え……?」
そど子「私のこと、ちゃんと名前でよんで」
麻子「む……」
麻子「み、」
麻子「みどり子、……さん」
そど子「……。」
そど子「気持ち悪っ」
麻子「なっ」
そど子「やっぱり、いつも通りでいいから」
麻子「こ、このっ……。……むぅ、わかった」
麻子「……そど子」
そど子「ん、よろしい」
みほ(そど子さんって……)
みほ(尻にしいちゃう方だったんだ!)
みほ(……大人だぁ……)
杏「次はね」
杏「ウサギさんチーム」
みほ(……っ)
みほ(やっぱり)
みほ(紗希ちゃんなのかな)
あや「私達、かぁ」
優季「やだぁ~」
紗希「……」
梓「皆」
梓「分かってるよねっ」
桂利奈「お、おうよ!」
あゆみ「わかってる!」
みほ(?)
杏「妊娠してるのは」
杏「一人」
梓「六分の一」
梓「……ううん、違う、そんなの関係ないっ」
紗希「……」
杏「伝えるね」
杏「妊娠してるのはね」
杏「……。」
杏「紗希ちゃん」
紗希「……!」
桂利奈「……紗希ぃ」
紗希「……」
紗希「わたしの」
紗希「あかちゃん」
みほ(……。)
みほ(思ったよりも、動揺はしてないみたいだけど)
みほ(覚悟を、していたのかな。あんな小さな子が)
杏「で、お父さんだけど──」
梓「あ、あのっ」
杏「ん?」
梓「それは、言わなくていいですっ」
杏「言わなくていい……?」
梓「そうです、誰がパパだろうと、関係ありません」
梓「誰かが妊娠してるなら、全員でその子のパパになろうって、私達、皆で決めたんです!」
優季「だから、誰がお父さんだろうが、関係ないもんね」
杏「……。」
杏「そっか」
杏「皆……偉いぞ!」
梓「紗希! 私達皆、紗希のお腹の子供の、パパだから!」
桂利奈「そうだーっ」
ぎゅー
紗希「♡」
みほ(……。)
みほ(もし、この先もずっと戦車道が続いていくのなら)
みほ(きっと梓ちゃんは、いつか大洗の隊長になっちゃうよ)
みほ(大洗の戦車道が、私の望むカタチである限り)
みほ「……」
みほ(一年生だったころ、私はあんな風にふるまえたかな)
みほ(私が一ん年生だったころ……)
みほ(お姉ちゃんの背中にもたれ掛かって、エリカさんに肩を支えられて……かろうじて踏ん張っていただけ……)
みほ(……。)
みほ(エリカさん)
みほ「あの、お母さん」
しほ「何?」
みほ「黒森峰も、もう結果は出てるんだよね?」
しほ「……。ええ」
みほ「じゃあ、エリカさんは? 妊娠……してますか……?」
しほ「……。」
しほ「……。」
みほ「……? あの、お母さん……?」
しほ「みほ」
みほ「……はい」
しほ「また夜に、話しましょう」
みほ「え……」
みほ「……」
みほ「はい」
みほ(……。)
みほ(妊娠、してるんだ、きっと)
杏「けど、水を差すようで悪いんだけどさ……」
梓「え?」
杏「検査入院の関係で、パパが誰かなのかは、やっぱり伝えておかなきゃいけないんだよねぇ」
梓「あ……そっか……」
杏「ごめんね」
梓「そ、そんな、私達のほうこそ、勢いだけで」
優季「ま、聞くだけただだもんね、それで誰なんですかー?」
あや「私かなー?」
杏「お父さんはね……」
梓「桂利奈ちゃんだ」
桂利奈「お、おおー、私かぁ」
桂利奈「……うひゃー……」モジモジ
桂利奈「……」チラッ
紗希「……」
紗希「……♡」ニコッ
桂利奈「……!」
桂利奈「えへへー」
紗希「……」チョンチョン
桂利奈「ん? なぁに?」
紗希「うちにきて」
桂利奈「え?」
紗希「おとうさんにほうこく」
桂利奈「……へぇあっ!? 」
梓「あー、じゃ、みんなで行こっか。お金や病院の心配はいらないって、ちゃんと伝えないとね。生まれた後の事とかも」
紗希「……」コクン
桂利奈「み、みんな一緒なんだね、よかったー……」
あや「だけど、私達みたいな子供ばかりで、ちゃんと紗希のお父さんんに納得してもらえるかなぁ」
しほ「貴方たち」
梓「わ……な、なんでしょうか?」
しほ「その子の家に行くときは、私も同席して構わないかしら」
梓「え!?」
みほ「お母さん!?」
しほ「本当はこういった説明も彼の役目なのだけれどね。この艦では、私が代理を務めます」
みほ「そっか、そういう仕事もあって、お母さんはこの船に……」
しほ「こんな事態の時に、戦車道の家元が何の責務も背負わずに、自由に動けるわけがないでしょう」
みほ「そ、そうだよね」
杏「さて……」
杏「実はね」
杏「次が、最後のチームなんだ」
典子「え」
ねこにゃ「なんと」
ナカジマ「チーム毎に必ず妊娠するわけじゃないんだ……」
桃「妊娠の規則性は、今だに解明されていない」
柚子「おぼろげには、パターンがあるみたいなんだけどね」
麻子「私やそど子は例外パターンなのか、あるいはもっと深い部分の規則性に従っているのか……どっちだ」
杏「それを探るための入院でもあるし、妊娠していない生徒にもいろいろなヒアリングが計画されているみたいだね」
杏「ともかく……」
杏「最後の発表、いくよ」
杏「該当チームは」
杏「……レオポンさんチーム」
ツチヤ「!」
ホシノ「マジか……」
スズキ「卒業前に、えらいことになったなぁ」
ナカジマ「まあ……やきもきしててもはじまらない。会長、妊娠してるメンバーとそのお父さん、スパッといっちゃって!」
杏「おっけー。じゃ、言っちゃうよ」
杏「妊娠してるのは……ツチヤちゃん」
ツチヤ「え……」
杏「お父さんは、ホシノ、きみだ」
ホシノ「!」
ホシノ「たまげた……」
ナカジマ「ツチヤが妊娠、かぁ」
スズキ「色恋には縁のな部だと思ってたけど……とんだショートカットだよ……」
ツチヤ「……」
ツチヤ「あの」
ツチヤ「私、妊娠しちゃって、なんかすみません」
ホシノ「あん?」
ツチヤ「ホシノ先輩まで、まきこんじゃって……」
ナカジマ「何だそりゃ」
スズキ「別に、ツチヤが何かしたわけじゃないだろ」
ツチヤ「でも……ホシノ先輩、筑波のサーキット場に就職できそうなんでしょ? それなのに、なんかややこしいことにしちゃって……」
ホシノ「……ふ。なんだ、以外と意地らしいとこあるじゃないか」
ツチヤ「ちゃ、ちゃかさないでよ!」
ホシノ「茶化してなんかないって」ポンポン
ホシノ「んー……会長ー」
杏「ん?」
ホシノ「今回のことで、学業や就職活動に影響がでても、不利にはならないんだね?」
杏「だね」
ホシノ「それって、妊娠してる本人だけじゃなくて、お父さん役の子もちゃんと守ってもらえるの?」
杏「もちろん。ていうか、戦車道にかかわる皆全員がその対象だよ」
ホシノ「そっか。ならワタシ、就職を一年延ばして、来年もこの船に残ろうと思うんだけど」
ツチヤ「え!?」
杏「……。理由しだい、かな?」
ホシノ「妊娠してるツチヤを一人にはしとけないし」
ツチヤ「い、いやいや! だめだよ! 就職きまってたのに・・・」
ホシノ「だけど、ツチヤは以外と寂しがり屋だからなぁ。来年になって私達三年が卒業しちまったら……一人で寂しくて、鬱になっちゃうかもよ?」
ツチヤ「はぁ!?」
杏「んー、それは困るねぇ」
ツチヤ「ちょっと!」
ホシノ「そんな感じで、偉い人に掛け合ってもらえないかなぁ」
杏「おっけーおっけー、まかせてよ。それに来年も戦車の整備をしてもらえるのなら、願ったりだよー。ま、戦車道が続いてれば、だけどね」
ナカジマ「私達も残る?」
スズキ「それもいいかもねぇ」
ツチヤ「!!!」
ツチヤ「い──」
ツチヤ「いいかげんにしてよ! そんな大事な事を簡単にほいほい、何かってに決めてんの!?」
ホシノ「即断即決はドライバーにとって大切な資質だぞ」
ツチヤ「だから、ふざけないでよ!!! ほんとに怒るよ!?」
ホシノ「……。ふざけてないって、言ってるだろ」
ツチヤ「な、なにさっ、すごまないでよっ」
ホシノ「ツチヤ、お前は──」
ホシノ「妊娠したんだ」
ツチヤ「……っ」
ホシノ「そんなお前を、ほっておけるわけないだろ」
ツチヤ「……」
ツチヤ「……グスッ」
スズキ「およ」
ナカジマ「……ほらみろ、ほんとは泣くほどうれしいクセに。素直じゃないねぇ」
ツチヤ「う、うるさい、うるさいですよぉ!!!!」 ポカポカポカ
ナカジマ「おいおいー先輩を殴るなよー」
スズキ「子供の教育にもよくないぞー?」
ホシノ「そうだぞ。私の子供でもあるんだ。もっと大切にしてくれよ」
ツチヤ「うがー!!!」
みほ(……)
みほ(いいなぁ)
みほ(いいなぁ!!)
みほ(私も、私を大切にしてくれるパパがほしいよぅ!!)
みほ(一緒に悩んで、一緒に頑張って、一緒に笑ってくれる、そういう人が、私にはいない……)
みほ(どうして私だけ)
みほ(うう)
みほ(シングルマザーって。こんなに寂しい気持ちになんだ……)
杏「よぉーし、じゃあ発表はこれで終わりだ」
杏「……もっと混乱するかと思ってた。みんな、よく落ち着いて聞いてくれた。本当にありがとう」
そど子「ふふん、うちのパパは、そうでもなかったみたいだけどね」
優花里「あはは、言われちゃってますよ、冷泉殿」
麻子「ぐぬ……だから謝ったじゃないか……」
杏「そいでね、これからの予定についてなんだけど」
杏「まず、妊娠組とそのお父さん組」
杏「つまり私や、かーしまもなんだけど」
杏「私達は三日後の寄港のタイミングで下船する」
杏「んで、みんなで一緒に筑波へ行くよ。そこで検査入院だ」
沙織「また病院かぁ……やだなぁ……しかも五日間……」
杏「けど、この検査入院はそこそこ賑やかなことになるんじゃないかな」
華「どういう事です?」
杏「関東圏の学園が皆集まるわけだからさ、ざっと思い出すだけでも……」
杏「まず、聖グロリアーナ女学院でしょ」
杏「それにアンツィオ高校もだし」
杏「あとは知波単学園も関東だね」
杏「私達と関わりのあった学校だけでもこれだけあるんだ。それ以外の学校もいれたら結構な人数になるはずだよ」
杏「ちょっとした同窓会みたいになるかもね」
ざわざわ……
華「ダージリンさん達も……!」
典子「福田ちゃんたち、どうしてるかなぁ」
梓「そうだよね、あの人達も、妊娠してるかもしれないんだよね……」
みほ「……」
みほ「あの、会長」
杏「ん?」
みほ「もしかして、別の学校の誰が妊娠してるのか、会長はもう知ってるんじゃ……?」
おりょう「なぬ?」
杏「あー……んにゃ、実は私も、ほとんど何も知らないんだ」
みほ「そうなんですか……?」
杏「うん。この件についてはね、お上のほうで少しずつ法案がまとまり始めてるんだけど、情報については特に厳しく管理されるみたいなんだ」
優季「えっと、どーいう事ですか?」
杏「簡単にいうと、この件を誰かに口外すると、法律違反になっちゃうってことだね」
あや「法律違反……警察につかまっちゃうってことですか?」
桃「まぁ、そんな感じだ」
カエサル「げっ! じゃあ、これって……やばい?」
杏「?」
エルヴィン「どうしたんだ?」
カエサル「今、ヒナちゃんに、『私は妊娠してなかったよー』って、メールしたんだけど……」
左衛門佐「……おいおいたかちゃん」
おりょう「さっそく幕府に御用か……」
カエサル「え、ええー……」
桂利奈「……あれ? だったら、アリサさんも逮捕されちゃうんじゃ」
あゆみ「ほんとだー!」
しほ「……」
しほ「ちょっと、いいかしら」
柚子「あ、みほさんのお母さん」
しほ「貴方たち、妙な心配はしなくてけっこうです」
桂利奈「逮捕、されないんですか……?」
しほ「これらの一連の機密保護法は、貴方たちを第三者の目から守ったり、政府が情報統制を行いやすくするための法案です」
しほ「この件に全く関係のない第三者に何かしらの見返りを目的として情報を漏らしたりしないかぎりは、余計な心配は無用です」
しほ「だから、当事者同士のやりとりで、貴方たちをどうこうという事はありえません」
杏「……なるほどなるほど、いやぁ、みほさんのお母さんがいてくれて、助かるねぇ」
みほ(……えへへ)
沙織「ふふ、みぽりん、なんだか嬉しそうだねぇ」
みほ「へぁ……!?///」
杏「そいで、他の入院しない子達。君たちはとりあえずはいつも通りに生活を送ってね」
あけび「いつも通りに」
ねこにゃー「なんだかちょっぴり、申し訳ないにゃー」
優花里「そうですね……それに、皆さんが入院している間、私は一人ぼっちになっちゃうんですねぇ。寂しいなぁ……」
みほ「あ、そっか。あんこうチームだと、優花里さんだけは船に残るんだね……」
優花里「うう、そうですよう」
梓「優花里先輩! 私達と一緒にお昼とか食べませんか!」
優花里「……! うん!」
杏「まぁ妊娠してない子達も、検査入院をする機会はこれからちょくちょく出てくるし、いろんなヒアリングや検査を受けてもらうことにはなるんだ」
杏「とりあえずはこんなところか……あ、そうだ、入院する子もしない子も、寄港の日までは自由に過ごしてくれていいからね」
華「自由、ですか?」
杏「うん。学校は休んでもいいってこと。皆好きにすごしてくれていいよ」
柚子「これからは、チームメイトがばらばらになることも、多くなるかもしれないから……」
あや「あ……そっか……」
紗希「……」
桂利奈「じゃあ、明日はみんなで、どこかへ遊びにいく……?」
梓「……」
梓「私は、いつも通りに、学校に登校していたいな」
あゆみ「え?」
梓「いつも通りに、みんなで一緒に学校に登校して、授業をうけて、お昼ご飯を食べて、一緒に下校して……いつも通りに……」
桂利奈「……」
優季「……ちょっぴり、その気持ちわかるかも……」
あや「私も……」
みほ(……。)
杏「もちろん、いつも通りに授業を受けるのもいいさ。言ったでしょ。何もかも、自由だっ」
杏「よーし、じゃあ今日はもうおしまい! あとは好きに過ごしていーよー!」
……ざわざわ……ざわざわ……
そど子「どーしよっか、とりあえず、おばあ様に連絡する?」
麻子「そうだな。おばあ、結果を心配してると思うし」
麻子「しかし、なんて言われるだろう……」
そど子「別に怒られたりはしないでしょ」
麻子「いや、これからはもっとしっかりしろだとか、小言をいっぱい言われる気がする」
そど子「ふふ、いーじゃない。いっぱい言ってもらいなさいな。」
麻子「ぬぅ」
そど子「けど、私も一応、改めておばあさまにご挨拶しておこうかしら……」
麻子「……ん」
麻子「静かな所へ、移動しよう」
そど子「そうね」
みほ(……。)
みほ(麻子さんとそど子さん、いっちゃった……)
沙織「……はぁー……」
華「沙織さん?」
沙織「なんだか、いまだに現実感がないっていうかさぁ」
華「……。そうですね私もです」
華「自分が、妊娠、してるだなんて」
沙織「華のお母さん、びっくりするかなぁ」
華「これ以上ないほど、びっくりすると思います……」
沙織「それにさ、華の子供なら、跡継ぎの問題とか、そういう事にもなるのかなぁ」
華「そうですね、そういう話にも、なるかも……」
沙織「……」
沙織「なんかいろいろ、大変そうだよね……」
華「……」
沙織「……」
沙織「でも、華」
華「はい?」
沙織「一緒に、頑張ろうね」
華「……!」
華「ええ、頑張りましょう!」
みほ(……。)
みほ(やっぱり自然と、子供のいる二人どうしで、一緒になるよね)
みほ(……。)
みほ(いいなぁ……いいなぁ……!)
みほ(私もあんなふうに、誰かとおしゃべりしたい……)
優花里「……西住殿? 大丈夫ですか?」
みほ「え、あ、う、うん」
みほ(……。)
みほ(優花里さん)
みほ(優花里さんなら、私と一緒にいてくれるかな)
みほ(私の不安や泣き言、全部、受け止めてくれるかな)
みほ(……優花里さんなら……)
みほ「……あの、優花里さん」
優花里「はい?」
みほ「よかったら、今晩、家に泊まりに来てくれないかな」
優花里「もちろん、いいですよ! じゃあ、みんなも──」
みほ「あ、ううん!」
優花里「へ?」
みほ「……今日は、優花里さん一人で……」
優花里「え」
みほ「優花里さんと二人だけで、ゆっくりと色んなお話しがしたくて……だめ、かな」
優花里「……! い、いやいや! 不肖この秋山優花里、喜んで西住殿と──」
しほ「──みほ、ちょっといいかしら」
優花里「おっと」
みほ「お母さん?」
しほ「私はこれから、丸山さんのお宅にお邪魔することになりました」
みほ「あ、今日、さっそく、お話ししにいくんだ」
しほ「ええ、ちょうど今日はお父様が在宅だそうだし」
みほ「……」
みほ「あの、お母さん、紗希ちゃんのこと、よろしくお願いします」
しほ「もちろん。それが私の責務です」
しほ「そういうわけだから──」
しほ「恐らく、夕方には貴方の家に戻るでしょう」
みほ「……え?」
しほ「晩御飯は、母が作りましょう。材料はスーパーで買って帰ります」
みほ「……へ?」
しほ「一応確認しておくけれど、基本的な調味料くらいは、あなたの家にもそろっているでしょうね?」
みほ「……え、う、うん、そろってるけど……」
みほ「えと、今日、私の家でご飯を食べるの……?」
しほ「夜に話をしましょうと、言ったでしょう」
みほ「あ……そ、そっか」
しほ「それと、寝具はタオルケットか何かがあればいいわ。一晩だけのことなのだし」
みほ「? 寝具って──」
みほ「──!?」
みほ「お、お母さん、もうしかして今日、うちに泊まるの!?」
しほ「そうよ」
みほ「そうよ、って……そんな急に……」
しほ「何か不都合な事でもあるのですか?」
みほ「え、えと」チラチラ
優花里「……。」
優花里「ほえ?」
優花里「あ、私はもちろん今日は遠慮しますよ? だって、せっかくお母さんと一緒なんですから」
みほ「……。」
みほ「ありがとう……」
しほ「では丸山さんのお宅を出たくらいで、また連絡をします。また後で」
しほ「……ああ、ご飯を二合、炊いておいてちょうだい。忘れないでね」
みほ「は、はい」
すたすたすた……
優花里「やぁ西住殿、よかったですねぇ。お母さん、とても優しくしてくれるじゃないですか」
みほ「う、うん……」
優花里「ほっぺたを叩いた時は、ドキドキしましたが……あれもきっと、お役人さんへのケジメなのではないでしょうか」
みほ「そう、かもね」
みほ(……。)
みほ(お母さんと二人きりで、一緒にご飯を食べて、一緒に寝る)
みほ(か、考えた事もなかった)
みほ(私、今回のことでお母さんにはとても感謝してる)
みほ(……でも……)
みほ(やっぱりまだ、緊張しちゃうよう……)
みほ(……。)
みほ(だけど、エリカさんの話、これでゆっくり、聞かせてもらえるんだ)
みほ(……エリカさん……)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
しゃり、しゃり、しゃり
みほ(お米が二合、なんだかとぎ汁がいつもより濃厚な感じ)
しゃり、しゃり、しゃり
みほ「何をしゃべろっかな」
みほ「お母さんと」
みほ(でも、よく考えてみたら)
みほ(聞いてみたいこと、いっぱいあるんだよね)
みほ(エリカさんの事もそうだし)
みほ(自分が妊娠した時、びっくりした? とか)
みほ(私やお姉ちゃんを生むとき、痛かった? とか)
みほ「そういう話、全然してくれないんだもん」
みほ「いつも戦車道のことばっかりで」
みほ「……」
みほ「今なら、聞かせてもらえるかな」
みほ「……」
みほ(ちょっとだけ、楽しみになってきちゃった)
みほ(……あはは、なんだか私って、すっごく気まぐだよね)
みほ(ころころ気分がかわってる)
みほ(これも、妊娠のせいなのかなぁ)
<テーブルの上の携帯『やってやーるー♪ やってやーるー♪』
みほ「あ、きっとお母さんだ」
<『いーやなあーいつをぼーこぼっこに~♪』
みほ「手をふかなきゃ」
ごしごし
とっとっとっと……
みほ「今でますー、よっと」
着信:ダージリンさん
みほ「……」
みほ「え!?」
みほ「わわわっ!?」
みほ「ダージリンさん!? これ、ダージリンさんから電話!?」
みほ「わ、わ」
みほ(お、落ち着け、私!)
みほ(はやく出ないと)
みほ(でもでも、すごくドキドキする! 手が震えちゃう!)
みほ(だって、今度のことがあって以来で、初めて他校の人から……)
みほ(すー、はー)
──ぴっ
みほ「も、もしもし」
ダージリン『みほさん?』
みほ「──!」
みほ「ダージリンさん、ですよね?」
ダージリン『ええ。ごきげんよう』
みほ「こ、こんにちわ、あ、もうこんばんわ、かな、えと、えと──」
みほ(……あっ)
みほ(なんでだろう)
みほ(急に、いろんな思い出が──)
みほ(グロリアーナとの試合)
みほ(大洗の初陣)
みほ(チームワークはバラバラ)
みほ(でも一生懸命に戦って)
みほ(ダージリンさんがティーカップをくれて)
みほ(そのあとも、ダージリンさんは、いつも応援にきてくれて)
みほ(決勝戦の時も)
みほ(大学選抜の時は一緒に戦ってくれて)
みほ(あぁ! どうしてだろう、戦車道の思い出がいっぱい!)
みほ(何もかもが懐かしくて)
みほ(なんだかとっても)
みほ(切ない)
みほ「ダージリンさん!」
みほ「ダージリンさんっ!!」
ダージリン『み、みほさん? 思っていたよりも元気そうですわね』
みほ「だって、ダージリンさんの声を聞けて、私、すごく嬉しいです!」
ダージリン『そ、そう?』
ダージリン『……ふふ』
ダージリン『相変わらず、おもしろい人』
ダージリン『……。』
ダージリン『初めてよ』
みほ「え?」
ダージリン『おもいきって電話をしてよかったって』
ダージリン『こんなに早く思わされたのは』
ダージリン『初めて』
みほ「……ダージリンさん……」
みほ(なんでだろう)
みほ(今まで、薄暗くて狭い部屋の中を、ずっと一人でウロウロしていた)
みほ(だけど今、その暗い部屋が突然に消え去って、青空とお日様の光であたりが輝いてるみたい)
みほ「あ、あのっ」
ダージリン『なぁに?』
みほ「お元気、ですか」
ダージリン『ええ、それなりに、ね』
ダージリン『あなたは? お元気でいらして?』
みほ「私も、そうですね、それなりに、です」
ダージリン『そう』
ダージリン『結構なことですわ。今はそれで御の字だもの、ね? ふふ』
みほ「そうですね……えへへ」
ダージリン「うふふ」
みほ「あはは」
みほ(……あぁ)
みほ(いいなぁ)
みほ(このまま、事件のことなんて何にも忘れて、ダージリンさんとおしゃべりをしていたい)
みほ(……。)
みほ(でも)
みほ(まずは、お話しをしておかなきゃ)
みほ「あの、ダージリンさん」
ダージリン『ん?』
みほ「私は、してました」
みほ「──妊娠」
ダージリン『……』
ダージリン『……そう……』
みほ(だけど、話さえしてしまえば)
みほ(その後は)
みほ(同じ問題を抱えている者同士)
みほ(気軽におしゃべりができるような)
みほ(そんな風に、なれるんじゃないかなって……)
ダージリン『みほさん』
みほ「はい」
ダージリン『私は』
ダージリン『していなかったの、妊娠』
みほ「……!」
みほ「そう……ですか……」
ダージリン『ごめんなさいね』
みほ「い、いえ、そんなことはっ、そんな事、は」
みほ「……」
みほ「すみません、私ホントは」
みほ「ダージリンさんも妊娠してたら、ダージリンさんが私と一緒の問題を抱えてくれたら、とても心強いなって、そう思ってました」
ダージリン『……』
みほ「勝手ですよね、私、ごめんなさい」
みほ(……だけど、妊娠しているからこそ電話をくれたんだって、そう思ったんだけどな……)
ダージリン『貴方にそんな風に思ってもらえているのなら、光栄よ』
ダージリン『それに』
ダージリン『数日後に検査入院があるでしょう?』
みほ「はい」
ダージリン『私も、参加いたしいますの』
みほ「え!」
みほ「じゃ、じゃあ、ダージリンさんは」
みほ「誰かのパパなんですか!?」
ダージリン『パパ……?』
みほ「は、はい、お父さん」
ダージリン『……あぁ、パートナーという事ね』
ダージリン『大洗では、パートナーの事を「パパ」と呼ぶのね』
ダージリン『おもしろいことですわね、ふふ』
みほ「まぁ、な、なんとなくですけど」
ダージリン『なかなか良い呼び名ではなくて?』
みほ「は、はぁ」
ダージリン『そういうことなら、そうね、私は──』
ダージリン『ペコの子供のパパ』
ダージリン『ということになるのね』
みほ「!!!」
みほ「オ、オレンジペコさんが妊娠! ですか!」
ダージリン『えぇ、そうなってしまったわ』
みほ「そう、ですか、ペコさんが」
みほ(ああ……)
みほ(誰かが妊娠したっていう知らせ)
みほ(何度聞いても慣れることは無いや)
みほ「オレンジペコさん、大丈夫ですか? ショックとか、受けてませんか?」
ダージリン『ん……』
ダージリン『あの子は、私が思っていたよりも、ずっと強い子だった』
ダージリン『いえ、あるいは、そうではなくて』
みほ「?」
ダージリン『私が情けないから、元気でいようとしてくれているのかもね』
みほ「……?」
みほ(なんだか、ダージリンさんの声が弱弱しくなった)
みほ(ううん、そういえば)
みほ(私、舞い上がってて深く考えなかったけど、ダージリンさんの声、はじめからずっと、いつもよりハリが無かったような)
みほ「あの、ダージリンさん、なんだか少し、元気がありませんか……?」
ダージリン『……』
ダージリン『お恥ずかしいけれど、私、今回の事で、少し動揺してしまって』
みほ「動揺?」
ダージリン『だって、女性の一生にとって、取返しのつかない出来事でしょう?』
ダージリン『それなのに、どうして私は無事で、あの子達だけが、って』
みほ「そんな風に考えることは、ないと思いますけど……」
ダージリン『みんなそういってくれるけれど、なかなかね』
みほ「……」
みほ「……でも、そうですよね」
みほ「私、ダージリンさんの気持ち、わかります」
ダージリン『……わかって、くださるの?』
みほ「もし、私が妊娠していなかったら」
みほ(──どうして紗希ちゃんなんだろう、どうして私じゃないんだろうって──)
みほ「ダージリンさんと同じように、きっと私も、考えたと思います」
ダージリン『みほさん……』
みほ「だって私達は」
みほ「隊長なんですから」
ダージリン『……っ』
ダージリン『みほさんならって、そう思っていましたのよ。』
ダージリン『きっと、わかってくださるって……』
ダージリン『……』
ダージリン『……すんっ……』
みほ(……。)
みほ(ダージリンさん……)
みほ(ダージリンさんも、きっといっぱい大変だったんだ)
みほ(気づいてないふり、しなきゃね)
みほ「あのう、ダージリンさん、今『あの子達』って」
みほ「やっぱり、グロリアーナの皆さんも、何人も?」
ダージリン『……ずびっ……え、ええ……そうなのよ』
みほ「やっぱりそうですか」
みほ「私達大洗の生徒も、何人も」
みほ「実は、華さんも妊娠してるんです」
ダージリン『まぁ! 華さんも……!』
ダージリン『グロリアーナも実は、そうねぇ』
ダージリン『みほさんは、ローズヒップの事は、御存じだったかしら?』
みほ「赤毛の、元気な子ですよね? クルセイダーに乗っている」
みほ「……ということは、もしかして」
ダージリン『えぇ。ローズヒップに赤ちゃんができた』
ダージリン『アッサムの子よ』
みほ「!」
みほ「そうでしたか……」
ダージリン『……』
ダージリン『ふふ』
みほ(え?)
みほ(ダージリンさん……笑ってる……?)
ダージリン『失礼、ごめんなさい』
ダージリン『不謹慎よね』
ダージリン『けれど、だってあの子』
ダージリン『自分が妊娠したってわかってから、借りてきた猫みたいに大人しくなってしまって』
ダージリン『それでアッサムも、随分と戸惑ってしまってね……くすくす……』
みほ「???」
みほ「落ち込んでる、っていうのとは、違うんですか?」
ダージリン『ええ、それとは違うの』
ダージリン『あの子はね、むしろ、妊娠を肯定的に受け取ってる』
みほ「それは……すごいですね」
ダージリン『そうでしょう? 私も関心してしまったわ』
ダージリン『あの子は、本当にすごい』
ダージリン『ただ、なんていうのかしら……くすくす、とにかく可笑しいのよ』
ダージリン『まぁ、みほさん達とは、つくばで会えるでしょう』
ダージリン『そうすれば、みほさんにもわかると思いますわ、ふふ』
みほ「は、はぁ」
ダージリン『ともあれ、みほさんも、いろいろと大変な思いをなさっているのでしょうね』
みほ「ん……そうですね、本当にいろいろ、あったと思います。思い返せばキリがないくらい」
ダージリン『皆、同じね』
みほ「ですね……」
ダージリン『これからも、様々な事が起るのだわ』
みほ「そうだと思います」
ダージリン『あぁ、そういえばみほさん』
みほ「はい?」
ダージリン『みほさんのパートナーをお聞きしてもよろしくて?』
みほ「えっと……うぅ、それが実は──」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ダージリン『──あら、ずいぶんと話し込んでしまいましたわね』
みほ「わ、もう一時間近く」
みほ「……あっ」
ダージリン『? 何か、ご迷惑をおかけしてしまったかしら』
みほ「う、ううん」
みほ(お母さんから着信きてたかも)
みほ(ま、まぁ、大丈夫だよね、別に特別な連絡じゃないし)
みほ「なんでもないです。平気です」
ダージリン『そう?』
ダージリン『けれど、ごめんなさいね』
みほ「?」
ダージリン『他校との連絡は、一応みんな自粛しているのだけれど』
みほ「あ、やっぱり、そんな感じだったんですね」
ダージリン『えぇ、それぞれの学校が、どんな状況なのか、わからないもの』
みほ(確かに……例えば麻子さんとケンカをしてしまった日)
みほ(あの時にこうして連絡がきていたら)
みほ(とても落ち着いて話はできなかった)
ダージリン『けれど私、みほさんやカチューシャとは、どうしてお話しがしたくて』
ダージリン『だから角谷さんに、お願いをしていたの』
ダージリン『皆さんが落ち着いたら、教えてくださる?って』
みほ「ダージリンさん……」
みほ「ありがとうございます。私もダージリンさんとお話しできて」
みほ「とっても元気がでました」
ダージリン『そう。それなら、よかった』
みほ「あの、カチューシャさんとも、もうお話しはしたんですか……?」
ダージリン『ええ。』
ダージリン『……』
ダージリン『みほさん』
ダージリン『カチューシャは──』
ダージリン『妊娠をしているわ』
みほ「……!!」
みほ「カッ……!」
みほ「……っ」
みほ「……そ、そうでしたか……」
みほ「カチューシャさんが……」
みほ「けど」
みほ「失礼かもしれないけど」
みほ「カチューシャさん」
みほ「子供を産むの、大変なんじゃないでしょうか」
ダージリン『あの子自身が、子供みたいだものね』
みほ「し、身長の話ですよ」
ダージリン『ふふ。わかっているわ』
ダージリン『ただ……そうなの、みほさんのおっしゃる通り、とても心配なの』
ダージリン『あの子……』
ダージリン『通常の分娩はおそらく望めないって、お医者様に言われたそうなの』
ダージリン『そもそも、通常の妊娠でもカチューシャの身体にとっては相当な負担』
ダージリン『だというのに、今度の妊娠は、それに輪をかけて、何が起こるかわからない……』
ダージリン『母体の事を考えるのなら』
ダージリン『今回の場合は、早いうちに非常の処置を、ということになるのかもしれないそうなの……』
みほ「……それって……。」
みほ(……堕胎……)
みほ(……っ)
ダージリン『あの子も、ちょっと今は、ナイーブになっているわ』
ダージリン『しばらくは、そっとしておいてあげたほうがいいのかもしれないわね』
みほ「……。」
みほ「私いま、カチューシャさんの事をとっても抱きしめてあげたいって」
みほ「そう言ったら、カチューシャさん、やっぱり怒っちゃいますよね……」
ダージリン『どうかしらね……ただ、カチューシャの側にいる誰かさんは、嫉妬をするかもね』
みほ(ノンナさん)
みほ「あの、カチューシャさんのパパは……」
ダージリン『……ええ』
ダージリン『みほさんの、考えている通りよ』
みほ「……。」
ダージリン『でも、カチューシャは必ず、立ち直る』
ダージリン『だって、カチューシャは一人ではありませんもの。彼女にも大勢の仲間がいる』
ダージリン『私たちが、そうであるようにね』
みほ「そう、ですよね……」
ダージリン『ええ。』
ダージリン『……』
ダージリン『みほさん』
みほ「はい?」
ダージリン『私はね、信じているのよ』
みほ「え?」
ダージリン『いつか何年も時間がたった後で──』
ダージリン『今を振り返って、あの頃は大変だったねって、皆で笑いあえる日がいつかきっと必ず来るって』
ダージリン『私はそう信じてる』
ダージリン『だから今は、支えあって、くじけずに頑張ろうって』
ダージリン『そう思っていますのよ』
みほ「ダージリンさん……」
ダージリン『ごめんなさいね、自分が妊娠しているわけでもないのに、偉そうに』
みほ「……いえ、ダージリンさんも一緒に戦う仲間です」
みほ「ダージリンさんが一緒に悩んでくれるんだって思うと」
みほ「やっぱり、安心します」
みほ「おかしな言い方ですけど、ダージリンさんも巻き込まれてくれて……本当によかった……」
ダージリン『みほさん』
ダージリン『……。』
ダージリン『ありがとう……』
ダージリン『……』
ダージリン『あの子が──ペコがね』
みほ「?」
ダージリン『こんな格言を私に教えてくれた』
ダージリン『「案ずるより産むが易しですよ?」……ってね』
みほ「……あぁ……!」
ダージリン『もちろん、私の口から言うべき言葉ではない』
ダージリン『ただ、あの子がそう言ってくれた事で』
ダージリン『私はとても、救われたの……』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
──ピッ
[ 通話終了 ]
みほ「……。」
みほ(ペコさん、ローズヒップさん)
みほ(……カチューシャさん……!)
みほ「……皆さん……っ」
──ぴんぽ~ん
みほ「ん」
みほ「誰だろう」
みほ(今はちょっと、一人で静かにいさせてほしいなぁ……)
みほ「はーい」
とたとたとた
──ガチャ
キィィ……
しほ「……」
みほ「あっ!!??」
しほ「ちゃんと家にいたのね」
みほ「あ、え」
しほ「何度電話をしても、話中だったから」
みほ「ごめんなさい、ちょっと電話をしてて」
しほ「長電話は関心しないわね」
みほ「あの、その……」
しほ「まぁいいわ」
しほ「買い物はすましてきました。入るわよ?」
みほ「あ、ど、どうぞ……えと、買い物袋、持つね……」
しほ「ありがとう。キッチンに運んでちょうだい」
キィィィ……バタン
とたとたとた……
みほ「お母さん、紗希ちゃんのお父さんとのお話しは、上手くいった?」
しほ「えぇ。父子家庭ということでいろいろと考えるところはあるでしょうけれど。」
しほ「とりあえず、訴訟に発展するような懸念は──」
しほ「……。」
しほ「みほ」
みほ「ふぇ?」
しほ「お米を二合炊くようにと、あなたに頼んでおいたはずだけれど」
みほ「え? う、うん、ちゃんと──」
みほ「……あ!」
みほ(そうだ! ダージリンさんから電話がかかってきて)
みほ(そのまま置きっぱなしだった!!)
しほ「米つぶが爪で割れる……いったい何十分、つけおきをしているの」
みほ「ご、ご、ごめんなさい! と、途中で電話が! え、えと……早炊きをすれば30分で炊けるから!」
しほ「……」
しほ「普通炊きと間違えないように」
みほ「は、はい」
がちゃんっ
ピ、ピ、ピ、ピ
しほ「みほ」
しほ「あなたも母親になろうというのですからね」
しほ「一つ一つの物事に、もっと落ち着いてしっかりと──」
みほ「わ、わかってるよう!」
みほ(うぅ……お母さんて、私が何か失敗をしてたりみっともない事になってると時にかぎって、現れるんだもん……)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
しゅる……
みほ(……お母さんのエプロン姿だ……変な感じ)
みほ(いつぶりだろう)
みほ(熊本にいたころも、お母さんは、ずっとお仕事だった)
みほ「あの、お母さん」
しほ「なに?」
みほ「ご飯、何を、つくってくれるのかなって」
しほ「……。」
しほ「手羽先の」
しほ「煮しめよ」
みほ(……!)
みほ「私、手羽先の煮しめ、好き」
しほ「そうね、子供のころから、好きだったわね」
みほ「……うん」
みほ(……。)
みほ(私が好きな料理)
みほ(私が好きな料理だから、作ってくれるんだ)
みほ(……だけど)
みほ(その事を、なんて、伝えればいいのかな)
みほ(……はぁ)
みほ(もしも、私にもっと勇気があれば)
みほ(もっと素直に、今の気持ちを伝えられるのかなぁ……)
しほ「……。」
みほ「……。」
トントントン
みほ「……。」
みほ「あの、お母さん」
しほ「なに?」
みほ「……手伝っても、いいかな」
しほ「慣れているから、一人の方が、早いのだけれどもね」
みほ「あ……そ、そか……」
みほ(……お母さんって、こういう所があるんだもん……)
みほ(……でも……)
みほ「だ、だけどっ」
みほ「私もその料理、覚えたくてっ」
しほ「……。そうですか」
しほ「ならまず、濃い口醤油と、みりん、だしの素を出して頂戴、それと砂糖も」
みほ「……!」
みほ「う、うん!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
みほ「いただきます」
しほ「いただきます」
かちゃかちゃ……
みほ「ごめんなさい、小さなテーブルしかなくて」
しほ「二人なら、ちょうどいいわ」
みほ「そ、そうだね」
みほ(友達も時々きてくれるようになったし……もう一回り大きいテーブル、買おうかなぁ)
みほ(それにしても)
みほ(お母さんが……)
みほ(近い!)
みほ(うぅ、なんとなく目のやり場が……)
みほ「て、手羽先、どうかなぁ……」
はむ
みほ(あ、懐かしい味)
みほ(けど)
みほ「少し、味が濃かったかも……」
しほ「そうね。つけ置きで味をしみ込ませるのなら、丁度よかったのでしょうけれど」
しほ「揉みこむ時は、もう少し醤油と砂糖を薄くするといいわね」
しほ「次作る時は調整してみなさい」
みほ「うん」
みほ「けど……でも、おいしい」
しほ「そう」
みほ「……」
しほ「……」
もぐもぐ、カチャ……
みほ「……あの」
しほ「ん?」
みほ「……」
みほ「お母さんが妊娠した時って……大変だった?」
しほ「まぁ……人なみに大変ではあったけれど」
しほ「ただ、まほも、あなたも、今なら都合いいなと思った時分に当ててもらったから」
しほ「タイミングは良かったわね」
みほ(あ、当てる……)
みほ(戦車道の人なんだなぁ)
みほ「そ、そうなんだ」
しほ「夫婦ともに、比較的仕事の落ち着いた時期でもあったし」
しほ「西住流にゆくゆく専念することご考えれば」
しほ「今ごろに産まれてくれれば、一番重要な時に二人とも手が掛からなくなるだろうと」
しほ「そういう逆算からも、ちょうど良かったわね」
みほ「そっか……」
みほ(……)
みほ(私の聞きたかった事とはちょっぴり違うけど)
みほ(でも)
みほ(ちゃんとお話しをしてくれる)
みほ「お母さんは……男の子もほしかった?」
しほ「ん……」
しほ「常夫さんは、男の子も欲しかったと言っていたけれど」
しほ「私はとくに、こだわりはなかったわね」
みほ「そうなんだ」
しほ「ただ」
みほ「?」
しほ「貴方が女の子だと聞いて──」
みほ「う、うん」
しほ「姉妹で一緒に戦車道をやってくれればいいなと、思ったわね」
みほ「……そっか……」
みほ(……)
みほ「……じゃあ」
しほ「?」
みほ「私が黒森峰を止めた時は」
みほ「がっかりした?」
しほ「……」
しほ「失望は、したわね」
みほ「……」
しほ「それに、あなたが西住流らしからぬふるまいの数々」
しほ「家元たる私の期待を、ずいぶんと裏切ってくれた」
みほ「……」
みほ「……っ」
みほ(そりゃ、聞いたのは私だけど……)
みほ(今、そういう事を言わなくたって……)
みほ(……。)
みほ(違う。私が、調子にのってしまったんだ。)
みほ(調子にのって、聞かなくていいことを、聞いたから……)
みほ(私、お母さんとは、やっぱり)
みほ(せっかく仲直り……)
みほ(……っ)
みほ(泣かない)
みほ(お母さんの前で、絶対、泣てなんか、やらない……っ)
しほ「……」
しほ「ですが」
みほ「……」
しほ「戦車乗りとしては、まずまずよくやっている」
みほ「……え……」
しほ「貴方は間違いなく」
しほ「──私の娘ね」
みほ「──!!!」
しほ「貴方たちがどのような戦車道をたどるのか」
しほ「多少は楽しみにしていたのだけれど」
しほ「……。」
しほ「何がおこるか、分からないものね」
みほ「……っ」
みほ(だから)
みほ(お母さんは……なんで、いっつもそう)
みほ(いきなりすぎるよっ)
みほ「……お母さん」
しほ「?」
みほ「ちょっと、トイレ」
しほ「食事中に……タイミングの悪い子ねぇ」
みほ「……っ」
だだだだだっ
……バタンっ
みほ「……っ」
みほ「っひ、……うぇっ」
みほ「……っ」
みほ(泣かないっ)
みほ(お母さんの前では、ぜーったい泣かないって、決めたばっかりだもん!)
みほ「ひぃ……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
じゃー
みほ「うぅ、目が赤い」
みほ「……ゴミが入って、目を洗ったっことにしよう」
てく、てく、てく
みほ「……戻りました」
しほ「おかえり」
しほ「……?」
しほ「……。」
しほ「早く食べなさい。覚めるわよ」
みほ「……う、うん」
みほ「……。」
みほ(お……お母さんの……意地悪っ)
みほ(私の目が赤いの、気付いてるくせにっ)
みほ(お母さんが何もいってくれなきゃ)
みほ(い、言い訳できないよっ)
みほ(……うぅ……)
しほ「話は変わるけれど、みほ」
みほ「……はい」
しほ「あなた、逸見さんの事を、どう思っているの?」
みほ「へ? エリカさん?」
しほ「ええ」
みほ「ど、どうして?」
しほ「まだ決まったわけではありませんが──」
しほ「私と、まほは」
しほ「あの子を西住家の養子に迎えてはどうかと、考えています」
みほ「……」
みほ「へ!?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
みほ「よ、養子!?」
みほ「エリカさんを養子!?」
みほ「ど、どうして──」
みほ「……あ……」
──麻子さん──
みほ「まさか」
みほ「まさか、エリカさんのお父さんやお母さんに、何か」
しほ「いいえ。そうではありません」
みほ「じ、じゃあ……」
しほ「みほ」
しほ「今日は話さなければならない事が、たくさんある」
しほ「一つ一つ、順を追っていかなくてはね」
みほ「順……」
しほ「だから、みほ」
みほ「は、はい」
しほ「まずは……」
みほ「……。」
しほ「食べなさい」
みほ「……へ?」
しほ「ご飯も、おかずも、まだ残っているでしょう」
しほ「一口一口、良く噛んで」
みほ「そ……そんな事よりも今はっ」
しほ「貴方は」
しほ「そそっかしいのだから」
しほ「一噛み一噛み」
しほ「ゆっくりと、味をたしかめて」
しほ「しっかりと飲み込みなさい」
みほ「そそかっしいとか、今はそういう問題じゃ……」
しほ「みほ」
しほ「母の言う事を」
しほ「聞きなさい」
みほ「……っ」
みほ(こ、こんな間近で)
みほ(そんな目力で)
みほ(う、うぅ……「みほ」、「みほ」、って、お母さんの声が耳に残る……)
みほ「……分かりました……」
……はむ
もしょもしょ……
みほ(やっぱり、ちょっと味が濃い)
みほ(けど)
みほ(そのおかげで、こんな時でも、ちゃんと味が分かる)
みほ(……おいし……)
もぐもぐ……
しほ「みほ」
みほ「な、なに?」
しほ「私は今日、あなたと話をするために、ここにきた」
みほ「う、うん」
しほ「だから、焦る必要はないの」
しほ「時間は十分に用意してあります」
みほ「……。」
みほ(……お母さんは)
みほ(勝手だよっ)
みほ「だ、だったら……それなら……」
しほ「? 何です」
みほ「エリカさんを養子に、だなんて、いきなり言わないでください……順を追うって、言ったくせに……」
しほ「……」
みほ(そうだよっ)
みほ(お母さんがびっくりすることを言うのが)
みほ(悪いのにっ)
みほ(ほんと、お母さんって)
みほ(自分こそ)
みほ(いきなりばっかりのくせして!)
しほ「……。」
しほ「そうは言っても」
しほ「めそめそされると、見苦しいもの」
みほ「え?」
みほ(めそめそ……?)
みほ「……あっ」
みほ(あ……あっ)(///)
みほ(ああっ)
みほ(ああああっ)
みほ(お、)
みほ(お、)
みほ(お母さんって、ほんっとに……意地悪っ!!!)
みほ「たっ……」
みほ「食べますっ」
みほ「食べたら、ちゃんと、聞かせてくださいっ」
ばくばくばくばくっ
しほ「みほ」
しほ「だから落ち着いてたべなさい」
しほ「まったく、何度言わせるのですか」
みほ(も……もぉぉぉーっ!!)
みほ(お母さん)
みほ(嫌いっ!)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
しほ「ごちそうさま」
みほ「ごちそうさま……」
みほ(うぅ、意地になって食べすぎちゃった……)
みほ(今、つわり?が来たら、大惨事だよぅ)
しほ「さて、みほ」
みほ「う、うん」
しほ「あなたは『すかいぷ』」
しほ「というものを知ってる?」
みほ「スカイプ……?」
みほ「う、うん。知ってる。使ったことはないけど」
しほ「そうですか」
みほ「それが、どうかしたの……?」
しほ「まほが」
しほ「貴方と話をしたがっているわ」
みほ「!」
しほ「お互いの顔を見ながら、話をしたいと」
みほ「わ、私も……」
みほ「私も、お姉ちゃんと、お話ししたいです」
しほ「そうでしょうね」
しほ「だから」
しほ「私のノートパソコンに設定をしてもらいました」
しほ「とりあえず、お皿を洗ってしまいなさい」
しほ「その間に、準備をしておくから」
みほ「う、うん……!」
かちゃかちゃっ
たったったっ!
ジャー!
きゅっきゅっ
みほ(お姉ちゃん!)
みほ(お姉ちゃん……!)
みほ(私の妊娠の事は、もう知ってるはず)
みほ(きっと、心配してくれてるよね)
みほ(お姉ちゃんは妊娠してないって、お母さん言ってた)
みほ(だったら、いっぱいいっぱい、私の事を心配してくれてるはず!)
みほ(早く……早くお皿を洗ってしまおう!)
きゅっきゅっ、かちゃかちゃ
みほ(あ、だけど……)
かちゃ……
みほ(だけど)
みほ(ダージリンさんがそうだったように)
みほ(お姉ちゃんが誰かのお父さんだったら……?)
みほ(……。)
みほ(……エリカさん……)
みほ(お母さんの口ぶり)
みほ(エリカさんは、多分、妊娠してる)
みほ(だとしたら、エリカさんのお父さんは……)
みほ(大洗も、グロリアーナも、プラウダも、仲の良い人達同志で妊娠してる)
みほ(エリカさんとお姉ちゃん)
みほ(仲が良い、といのとはまた少し違うかもしれないけど)
みほ(でも)
みほ(赤ちゃんができても、不思議じゃない気がする)
みほ「……。」
みほ「もし、本当にそうだったなら……」
みほ「私、今度こそ本当に」
みほ「エリカさんにお姉ちゃんとられちゃうんだ……」
みほ「……。」
みほ(……もしかして)
みほ(エリカさんがお姉ちゃんの子供を妊娠しているから)
みほ(エリカさんを養子に?)
みほ(お姉ちゃんの子供なら、西住流の跡継ぎって事だよね……?)
みほ(流派の事とか、よくわからないけど)
みほ(きっと、そういう事が絡んでるんだ)
みほ(でも、エリカさんのお父さんとお母さんは)
みほ(それでいいのかな……)
みほ「西住……かぁ……」
みほ「おうちの名前が……そんなに大事なのかな……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
みほ「お皿洗い、洗った……」
しほ「そう。こちらも準備は──」
しほ「……?」
しほ「みほ、どうかした?」
みほ「え……」
しほ「『気』が抜けているわね」
みほ「べ、別に……なんでもない、です」
しほ「……そうですか」
しほ「座りなさい。もういつでも繋げられるわよ」
みほ「!」
みほ「は、はい」
しほ「たしか……ここをクリックすればよかったはずね」
みほ(テーブルの角にノートパソコンを置いて)
みほ(私とお母さんが、同時に映るようになってるんだ)
->コール『西住まほ』
しほ「これでつながるはずです」
みほ「……っ」
みほ(わー……この画面の向こうに、お姉ちゃんが)
────。
────ぱっ
まほ『……ん』
みほ「あっ!」
まほ『あ……これ、もう、見えてるのか?』
みほ「わ!」
みほ「わ!」
みほ「すごいっ、お姉ちゃんだ!」
まほ『ええと、そちらからも、見えてますか?』
みほ「う、うん! 聞こえてる、見えてるよ」
まほ『うん、そうか』
まほ『みほ』
みほ「お姉ちゃん」
みほ(後ろ、お姉ちゃんの部屋だ)
みほ(お姉ちゃん、元気そう、よかった……)
まほ『みほ、大丈夫だったか?』
みほ(……っ)
みほ「うんっ……うんっ!」
みほ「大変だけど、大丈夫!」
みほ(やっぱり私のこと、心配してくれる……!)
まほ『そうか』
まほ『けれど、しかし……ふふっ』
みほ「?」
まほ『いや、すまない』
まほ『ただ』
まほ『お母様と、みほが、画面の向こうで、一緒に並んでいる』
まほ『なにか、可笑しな感じがするな』
みほ「あ……えへへ、そうかもね……」
しほ「……。」
みほ「あっ……ご、ごめんなさい」
しほ「……何についてを謝ったの?」
みほ「え、いや、えと……えと……」
しほ「私は」
しほ「子供の会話にいちいち口出しをする程、暇な親ではありません」
しほ「好きに話をしなさい」
みほ「は、はい……」
みほ(……じゃあしばらく席を外して、っていたら、さすがに怒られるかなぁ)
まほ『ふふ……お母さま、ありがとうございます』
しほ「ええ。」
まほ『みほ』
みほ「う、うん」
まほ『体はどう? 辛いことはないか?』
みほ「えと、時々吐いちゃうことはあるけど……」
まほ『そうか……』
みほ「でも、他は今のところ、大丈夫、かな?」
みほ「お姉ちゃんは?」
まほ『ん』
みほ「お姉ちゃんは、大丈夫? 大変なことは、なかった?」
みほ(……ううん、遠回りじゃだめ)
みほ(思い切ってきいてしまおう)
みほ「お、お姉ちゃんっ」
みほ「えと、お姉ちゃんは、エリカさんの──」
まほ『──みほ』
みほ「え?」
まほ『……』
まほ『お母さま』
しほ「……ええ」
しほ「まだ私は、何も伝えていない」
まほ『……ありがとうございます……』
みほ(……?)
みほ(……なに……?)
まほ『みほ、聞いてくれ』
みほ「え……」
まほ『私は、大丈夫だ』
まほ『大丈夫ではあるが──』
まほ『──私も妊娠を、している』
みほ「……え?」
みほ「は? え?」
みほ「……!?」
みほ「!!!? !?? !!??」
みほ「お──」
みほ「お母さん!?」
しほ「……」
みほ「妊娠してないって、大丈夫だって、お母さんは──!」
みほ「う」
みほ「嘘を言ったの!? お母さん!?」
しほ「……」
みほ「お、おかあ──」
まほ『みほ』
まほ『聞いてくれ、みほ』
みほ「お姉ちゃん」
まほ『お母様を責めるな』
まほ『お母様は、私のお願いを、聞いてくれたんだ』
みほ「え……」
しほ「本来であれば──」
しほ「このような詭弁を、許すつもりはありません」
しほ「姑息です」
しほ「……ですが」
しほ「身ごもった娘の、たっての願い」
しほ「さらに」
しほ「深夜に泣きべそをかきながら電話をかけてくる、みほの取り乱し様」
みほ(……っ)
しほ「貴方の姉は、この母よりも、貴方を理解している」
しほ「それくらいの事は理解しています」
まほ『私の妊娠のことは』
まほ『もう少し、みほ自身に時間をおいてから』
まほ『こうして直接、私の大丈夫な姿を見せながら、伝えたかった』
まほ『それまでは、みほに余計な心配をさせたくないと』
まほ『私がお母さまに、そうお願いをしたんだ』
しほ「そして私は、まほの言う事にも一理あるのかもしれない……そう、判断をしました」
みほ「……。」
しほ「みほ」
しほ「何にせよ、私が貴方に詭弁を弄したことは、事実です」
しほ「それについては──」
しほ「謝罪をします」
みほ「……!」
みほ(お母さんが、私に、謝罪……)
みほ(……。)
── みほ「お姉ちゃんは……妊娠……大丈夫……?」 ──
── しほ『……。ええ、大丈夫』 ──
── みほ「そうなんだ……! そっか! よかった……!」 ──
── しほ『……。あなたは、今はまず自分の身体のことを一番に考えなさい。いいわね』 ──
みほ(……。)
みほ(あぁ、お母さんは、『妊娠してない』とは、一言も言ってなかったんだ……)
みほ(ずるいよ、お母さん)
みほ(卑怯だよ、西住流のくせに……)
まほ『みほ』
みほ「……。」
まほ『私はみほを、傷つけてしまったかな』
みほ「え……」
まほ『お母さまの言う通り、私のやり方は、間違っていたのかな』
みほ「……。」
みほ「わからない」
みほ「ただ」
みほ「ショック、だった」
みほ「いろんなことが」
まほ『……』
みほ「でも」
みほ「お姉ちゃんの言う通り、数日前のあの頃にお姉ちゃんの妊娠を知っていたら」
みほ「私、もっと、頭がグチャグチャだったと思う」
みほ「だから」
みほ「……怒れないの……」
まほ『みほ……』
みほ「……。」
みほ「お姉ちゃん」
まほ『ん』
みほ「ほんとに大丈夫、なの? お姉ちゃんは、妊娠して……」
まほ『……うん、大丈夫だよ、みほ』
みほ「ほんと? でも、妊娠なんだよ……?」
まほ『もちろん、最初は戸惑った』
まほ『けれどな』
まほ『考えてみたら』
まほ『私にとっては、大したことではないんだ』
みほ「た、大したことじゃないって……」
まほ『予定が数年早まった、それだけのことだよ』
みほ「予定?」
まほ『私はいずれお母様から西住流を継ぐだろう』
まほ『そして、私もまたいずれ子を産み──』
まほ『その子が家元の器に見合うのなら、今度は私がその子に西住流を紡ぐ』
まほ『私が西住であるならば』
まほ『それがさだめだ』
まほ『その流れが、少し早くなっただけ……』
まほ『それだけのことなんだ』
まほ『と、そう気づいたんだよ』
みほ「……ほ、」
みほ「本当に、それで、納得してるの……?」
まほ『うん、本当だ』
まほ『だから私は、大丈夫だ』
みほ「あ……」
みほ(……開いた口が、ふさがらない……)
みほ(ど、どうして?)
みほ(どうして、そんな風に考えられるの?)
みほ(お姉ちゃんは、それで、いいの……?)
みほ(でも)
みほ(画面のむこうのお姉ちゃんは、たしかに笑ってる)
みほ(私の尊敬する、いつもどおりのお姉ちゃん)
みほ(落ち着いてて、自身に満ちてて、頼りになるお姉ちゃん)
みほ(そんなお姉ちゃんの、笑み……)
しほ「まほ」
しほ「あなたがそこまで腹のうちを据えているとは」
しほ「私ですら思っていなかった」
しほ「ですが、まほ」
まほ『はい』
しほ「そんな貴方だから」
しほ「貴方のわがままを、今回は許したのです」
まほ『ありがとうございます、お母さま』
みほ「……」
まほ『みほ』
まほ『今度のことで、私は色々な覚悟を決められた気がする』
みほ「……」
まほ『それに──』
まほ『私にはみほがいる』
みほ「……え?」
まほ『私の知らない世界は、みほが教えてくれるだろう』
まほ『だから、頼むぞ』
まほ『これからも』
まほ『みほの戦車道を、私に見せてくれ』
みほ「……お姉ちゃん……」
しほ「……。」
みほ(私は)
みほ(お姉ちゃんをとられちゃう、とか)
みほ(私の事だけを心配してくれてるはず、とか)
みほ(そんな事ばかり考えてた)
みほ(それなのに、お姉ちゃんは)
みほ(……。)
みほ(私、きっと、お姉ちゃんには一生かなわないよ……)
みほ(でも、どうしてだろう)
みほ(それが)
みほ(とっても嬉しい。)
みほ(私の尊敬する)
みほ(自慢のお姉ちゃん……)
みほ(……。)
みほ(……?)
みほ「あれ?」
みほ「じゃあ……エリカさんは?」
みほ「エリカさんは、どうして西住の家の養子に?」
みほ「あっ、エリカさんがお姉ちゃんのパパ……なの?」
みほ「それだけでも、やっぱり養子にならなきゃいけないの……?」
まほ『む……』
まほ『お母さま、エリカの事、みほに話をしていたのですね』
しほ「少し、ね」
しほ「ただ、詳しい事は何も話てはいません」
しほ「……みほ」
みほ「は、はい」
しほ「少し、落ち着く時間が必要かしら?」
みほ「え……」
みほ「……ううん、構いません」
みほ「はやく、エリカさんの事を、聞きたいです」
しほ「そうですか」
しほ「なら」
しほ「……」
しほ「まず、」
しほ「貴方の言う通り、彼女、逸見エリカは」
しほ「まほの染色体共有者です」
みほ「……っ」
みほ「う……うん、やっぱり、そうなんだね」
しほ「で、あると同時に──」
みほ「え?」
しほ「彼女自身もまた、妊娠をしています」
みほ「……!!??」
みほ「そ……え? エリカさんも!?」
みほ(エリカさんはお姉ちゃんのパパなのに?)
みほ(エリカさん自身も、ママ??)
みほ(パパなのにママ??)
みほ(え? へ? ええ?)
しほ「それでね、みほ」
しほ「逸見エリカの染色体共有者は──」
みほ「え」
みほ「──。」
ゾワッッ
みほ(まさか──)
しほ「まほ」
しほ「まほが、彼女の染色体共有者よ」
みほ「ちょ、え」
みほ「ふぇ!? ふぇぇえ!?」
みほ(エリカさんがパパで、お姉ちゃんもパパで──)
みほ(でも二人ともお腹の中には自分の赤ちゃんがいて)
みほ(!!??)
まほ『それとな、みほ』
まほ『私とエリカの子供は──』
みほ(──まだ何かあるの!?)
まほ『遺伝的な双子……だそうだ』
みほ「」
しほ「複胎性二卵性双生児」
しほ「常識的にはありえないことね」
しほ「母体の血中成分による関節的検査、それゆえ100%ではないのだけれど」
しほ「二人の胎児の遺伝子は、かなりの確率で」
しほ「同一だそうよ」
しほ「驚いた、としか言いようがないわね」
まほ『お医者様、仕組みを解明できればノーベル賞は間違いないと、すごく興奮していました』
しほ「他人事だと思って、呑気なものね」
みほ「ま……」
みほ「まって!」
みほ「……まってください……!」
しほ「あぁ、みほ、大丈夫?」
みほ「だ、大丈夫なわけないです……」
みほ「私……もう、だめ……」
みほ「頭がどうにかなっちゃう……」
しほ「無理もないわね」
しほ「では少し、休憩をしましょう」
まほ『そうですね』
しほ「みほ」
みほ「はい……」
しほ「しばらく横になっていなさい」
みほ「うん……そうする……」
ごそ……ぱた
みほ(はぁぁぁ……頭が)
みほ(くらくらする……)
みほ(お姉ちゃんと、エリカさん、二人はお互いに)
みほ(二人はママで)
みほ(二人はパパで)
みほ(しかも、ふ、双子)
みほ(あぅ)
みほ(もう、わけがわからないよぅ……)
まほ『ところでお母さま』
しほ「何です」
まほ『晩御飯、みほと一緒に食べたのですか?』
しほ「ええ」
まほ「そうですか。料理は、お母さまが?」
しほ「ええ」
しほ「みほにも、煮しめの作り方を教えたわ」
まほ『みほは、ちゃんと作れていましたか?』
しほ「改善すべき点は多々あるけれど、まずまずね」
まほ『そうですか……ふふ』
みほ(……。)
みほ(ふ、二人こそ呑気すぎだよぅ……)
みほ(……あ。)
みほ(前にもこんなことが、あったような)
みほ(あぁ、そうだ)
みほ(初めて今回の事を知らされた時だ)
みほ(あの時、会長達は、当たり前のように妊娠の話をしていて)
みほ(……。)
みほ(あの日、あの生徒会室から)
みほ(色々な事がおかしくなって)
みほ(あれからもう何日もたって、少しはこの状況に慣れたつもりだったけど……)
みほ(うぅ、今回はちょっときついよぅ)
みほ(だって、私のお姉ちゃんなんだもん……)
みほ(……)
みほ(まぁ、だけど、とにかく)
みほ(お姉ちゃんを取られちゃう、とか)
みほ(もう、そんな泣き言)
みほ(ホントに、言ってる場合じゃ、なくなっちゃった)
みほ(……はぁ……)
みほ(目の前で起こったことを、ありのままに、認める)
みほ(へんな事だけ、得意になっていってる気がするよ……)
みほ(……。)
みほ(……ねぇ、エリカさん……)
みほ(エリカさんは、大丈夫ですか……?)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
みほ(……。)
──あーあ、いづれは私が隊長になるつもりだったのに。
──どうせ、次の隊長はあんたでしょうね。
──羨ましいわね。あんた、妹だもんね。西住隊長の。あぁ、あんたも西住か。
──ほんと、羨ましいわねぇ……。
──……。
──ま、いいいわ。
──しかたがない。あんたが隊長なら……私は副隊長をやってあげる。
──だからもう少し、堂々としてなさいよ。
──ちゃんと私より強いくせに、ムカつくわねぇ。
──……。
──は、はぁ!? ば……ばっかじゃない!
──あんたが隊長になるっぽいから、
──し、しかたなくご機嫌とてやってんのよっ!
──ふんっ……家元のお嬢様には理解できない苦労でしょうねっ!
みほ(もしかしてエリカさん、養子になることを喜んでたり、するのかな……)
みほ(でも、私、エリカさんと……)
──本気で、止めるつもり……?
──……。
──……っ。
──……。
──勝手にしなさいよ、バカ!
──裏切りもの。
──絶交。
──絶交よ。
──……。
──ま、待ちなさいっ!
──……。
──私、
──もう二度と、あんたの事、
──名前で呼ばないから!
──いいわね!
みほ(……。)
みほ(どうせ絶交するのなら)
みほ(二度と名前で呼ばないからとか、あんまり関係ないですよね?)
みほ(わざわざ呼び止めて、宣言なんかしなくてもね?)
みほ(エリカさんて、血が上るとすぐに頭がクチャクチャになるんだもん)
みほ(でも)
みほ(頭に血が上るくらい、本気で怒ってくてれたんだ)
みほ(……って、今ならそんな風に思えるけど)
みほ(あの時は、本当に悲しかった)
みほ(……はぁ)
みほ(……)
みほ(エリカさんのばか)
みほ(あの時、エリカさんがもっと優しく慰めてくれてたなら)
みほ(エリカさんが元気づけてくれたなら)
みほ(もしかしたら私、黒森峰をやめなかったかもしれないのに)
みほ(……。)
みほ(だけど)
みほ(そうしたら、大洗のみんなとは出会えなかったんだよね)
みほ(それに、きっと私、今でも、戦車道は嫌いなままだった)
みほ(……。)
みほ(何が良かったのかなんて、ちっともわかんないよ)
みほ(……。)
みほ(……。)
みほ(だけど、とにかく)
みほ(ぼーっとしてても、何もわからない……)
みほ(それだけは、間違いない)
……のそ
みほ「お母さん、お姉ちゃん」
みほ「聞かせてください」
みほ「エリカさんの事。」
しほ「もういいの?」
まほ『みほ、焦ることはない。時間はあるんだ』
みほ「大丈夫」
みほ「だから、お願いします」
まほ『……。そうか』
みほ「エリカさんは」
みほ「今、どうしてますか……?」
まほ『ん……』
まほ『まぁ、元気になってきてはいる、な』
まほ『だが、もう一押し、というところだ』
みほ「??」
みほ「落ち込んでたけど、だんだん元気になってきた」
みほ「ていうこと?」
まほ『うん。そんなところだ』
みほ(……。)
みほ(含んだ言い方、やだな。しかたないのかもしれないけど)
みほ(不安になっちゃうよ……)
まほ『……。』
まほ『なぁ、みほ』
みほ「?」
まほ『みほは、エリカの事を、どう思っている?』
みほ「え?」
まほ『エリカの養子の件』
まほ『お母さまから聞いたんだろう』
みほ「う、うん」
まほ『エリカが西住家の養子になるということは──』
まほ『エリカが私達の家族になる』
まほ『という事だ』
みほ(エリカさんが、私の家族)
みほ(……。)
まほ『みほは、』
まほ『それをどう思う?』
みほ「どう、って……」
まほ『賛成とか反対とか、そういう意味ではなく』
まほ『みほが今、何をどう感じているか』
まほ『それを聞かせてほしい』
みほ「……。」
みほ「エリカさんの事は、大嫌いです」
みほ「って……もしも私がそう答えたなら、養子の話はなくなるの?」
しほ「……。」
しほ「娘の意見として、考慮はします」
みほ「考慮……?」
しほ「みほ」
しほ「彼女を養子に迎えようかという理由は、大きくは二つある」
しほ「うち一つは」
しほ「貴方にとっては気に入らない理由でしょう」
みほ「気に入らない……?」
しほ「しかしながら──」
しほ「貴方にとってどうあれ、これは非常に重要な問題なのです」
しほ「仮に貴方が、彼女を受け入れられないのだとしても」
しほ「それで直ちに養子の件が白紙になるとは、約束できない」
みほ「……。」
しほ「これは、個人の問題ではないの」
しほ「もっと巨大なもの……『家』、『流派』の問題なのです」
みほ「……。」
みほ(私の気に入らない、っていう意味)
みほ(ちょっとだけ分かったような気がする)
みほ(エリカさんの心配じゃなくて、)
みほ(家の、心配なんだもん……)
まほ『みほ』
まほ『エリカの事が』
まほ『嫌いなのか?』
みほ「……。」
まほ『たしかにエリカは、皮肉が多いし、意地っ張りな所もあるが……』
みほ(……。)
みほ(エリカさんが、家族に)
みほ(……。)
みほ「不安、かな」
まほ『不安……?』
みほ「……。」
みほ「エリカさんは、私にとって……」
みほ「黒森峰にいた頃の、一番のお友達」
まほ「……。」
みほ「あ……お友達っていと、エリカさんは怒るんだけどね」
みほ「だから、一緒に戦う、大切な仲間、とかって、感じかな……」
まほ『私は、みほとエリカを、よく同じ戦車に乗せていた』
まほ『そしてエリカはいつも、みほに車長をさせようとしていたな』
みほ「うん。でもそのくせ、練習が終わると、あれが駄目だこれが駄目だって」
みほ「エリカさん、意地悪だよ」
まほ『しかし、二人は、楽しそうだったよ』
みほ「……。」
みほ「私ね、時々エリカさんの事」
みほ「もう一人のお姉ちゃんみたいに」
みほ「思ってた」
まほ『……そうか。』
まほ『みほも、そうだったのか』
みほ「え?」
まほ『私も』
まほ『時々、エリカを──』
まほ『もう一人の妹のように、感じていた』
みほ「……そうなんだ。」
みほ(ちょっぴり、嫉妬しちゃうかな)
みほ「……エリカさんは、私なんかよりもずっと戦車道に真剣で」
みほ「頑張り屋さんで」
みほ「だけど、頑張り屋さんな分」
みほ「一人で落ち込んじゃうこともたくさんあって」
みほ「そういう時は私が慰めてあげて……」
みほ「ああ、そういえばそんなときは逆に」
みほ「私がお姉ちゃんになったような気分で……なんだか、可笑しくて」
まほ『そうか』
みほ(……あぁ、ダメだ)
みほ(エリカさんとの思いでがいっぱいで……どんどん脱線しちゃう)
みほ「……だけど」
まほ『うん』
みほ「私が黒森峰を止めるとき」
みほ「一番怒ってたのも、やっぱりエリカさんで……」
まほ『……。』
みほ「大会で久しぶりに会ったときも、意地悪ばっかり言うし」
みほ「……ほんとに、一度も名前で呼んでくれないし……」
みほ「あっ、だけど、選抜戦にお姉ちゃんと一緒に駆けつけてくれた時は、本当に嬉しかった」
みほ「……でも」
みほ「その時もやっぱり、ちくちく意地悪なことしか言ってくれなかったし……」
みほ「あの時は私も必死だったから、結局ほとんどお話しできなかったし」
みほ「私が黒森峰を訪問した時も、なんだか、他人行儀だったし」
まほ『む』
みほ「まぁ、でも、だからとにかく」
みほ「いきなり家族って言われると、不安……かな」
まほ『なるほどな』
まほ『そうか……』
みほ「……。」
みほ「ね、ねぇ、お姉ちゃん」
まほ『ん?』
みほ「私、ちゃんと答えたよ、だから、次はエリカさんの事」
みほ「聞かせてよ」
まほ『……みほは、エリカの事が心配か』
みほ「当たり前だよ!」
まほ『しかし、今の話を聞く限り』
まほ『二人は仲たがいをしているのだろう』
みほ「それはそうけど」
みほ「でも、心配なものは心配だよっ」
まほ『……だ、そうだぞ』
みほ「え?」
まほ『聞いた通りだ』
まほ『よし、席を変われ』
<『え……ちょ、いきなりですか!?』
みほ「え」
みほ(今の、声って──)
まほ『さぁ早く、みほに顔を見せてやれ』
まほ『──エリカ』
みほ「──!?」
……ぎしっ
エリカ『……。』
みほ「っ!!!」
みほ「エ、エリカさん!」
エリカ『……』
エリカ『い──』
エリカ『意地悪ばっかりで』
エリカ『悪かったわね』
みほ「……!」
みほ(エリカさん!)
みほ(エリカさん……!!)
エリカ『だ、だけどそもそも、貴方が黒森峰を──』
みほ「──エリカさんっ!!!」
エリカ『!?』
エリカ『な、』
エリカ『なによ』
みほ「エリカさん、少し」
みほ「痩せたんじゃないですか……?」
エリカ『……っ』
エリカ『な、なんで気付くのよ』
エリカ『気持ち悪いわねぇ』
< まほ『……こら』
コツンッ
エリカ『あいたっ!?』
みほ(わ、画面の外からお姉ちゃんの声と、手が)
みほ(なんか面白い……)
< まほ『そんな風に言うな』
< まほ『誰にでもわかるくらいに、痩せたんだよ、エリカは』
エリカ『……。』
エリカ『お、大げさなんです、隊長も、隊のみんなも……』
コツンッ
エリカ『あいたぁ! ぽ、ポカポカ叩かないでくださいよ!』
< まほ『皆の心配を、無碍にするな』
< まほ『あまり意地をはるのなら』
< まほ『さすがに私も、怒るぞ』
エリカ『わ、わかりましたよ……すみませんでしたよ……』
みほ(そうだよ、絶対エリカさん、痩せたよ……)
みほ(妊娠したっていうのに)
みほ「エ、エリカさん、大丈夫ですか? 体、おかしいところ、無いですか……?」
エリカ『べ、別に……大丈夫よ』
みほ「だ、だけど、そんなに痩せて……」
エリカ『だ、大丈夫だって、いってるでしょっ、細かいことうるさいわねぇっ』
< まほ『こら、エリカ──』
みほ(……っ!)
みほ「い──」
みほ「意地をはらないでください!」
エリカ『!?』
< まほ『む』
みほ「エリカさん、私達、妊娠してるんですよ……!」
みほ「子供ができたんですよ……!?」
みほ「お腹の中に、赤ちゃんがいるんですよ!?」
みほ「それなのにそんな、目に見えるくらいに痩せて……!」
みほ「だ、大丈夫なわけ、ないじゃないですか!」
エリカ『……っ』
みほ「こ、こんな時くらい、昔みたいに……ちゃんとお話し聞かせてくださいっ!」
エリカ『……』
エリカ『つ──』
エリカ『都合のいいこといってんじゃないわよ!』
エリカ『勝手に戦車道を捨てて、黒森峰から逃げだしたくせに!』
エリカ『……あっ』
エリカ『す、すみません師範……つい、カッとなって』
エリカ『すみません……』
みほ「あ」
みほ(そうだ、私の隣にはお母さんが)
みほ(エリカさんの痩せ方にびっくりして、忘れてた)
しほ「……ん?」
しほ「あぁ、何も気にする必要はありません」
しほ「思うがままに話しなさい」
エリカ『は、はぁ、ありがとうございます……。』
エリカ『……。』
みほ「……。」
しほ「……?」
< まほ『……あの、お母さま』
しほ「?」
< まほ『一度、画面から外れてもらったほうが……』
< まほ『さすがに、みほの隣にお母さまの顔が見えていると』
< まほ『エリカが、話をしづらいです』
しほ「……あぁ」
エリカ『も、申し訳ありません』
しほ「かまわないわ」
ずりずり……
みほ「……。」
みほ(お母さんが、カーペットの上でお尻をくぃくぃ横に滑らせる姿……)
みほ(初めて見た……)
エリカ『……』
みほ「……」
みほ(……な、なんの話だったっけ……)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
まほ『……うむ』
まほ『やはりラチがあかなかったか』
まほ『エリカ、ちょっと横にずれてくれ。私も画面に入る。椅子を置くぞ』
エリカ『え……はい』
ずりずり。
ガタン。
まほ『どうだ、みほ。私も見えているか』
みほ「う、うん」
みほ「二人とも、ちゃんと見えるよ』
まほ『そうか』
エリカ『……。あの、隊長』
まほ『なんだ?』
エリカ『なんか、面白がってませんか』
まほ『そうか?』
エリカ『そうですよ』
まほ『まぁ、3人で話すのは、久しぶりだからな』
みほ(そういえば、そっか……)
エリカ『……。』
まほ『エリカの教えてくれたこの、なんだ、「すかいぷ」か。便利なものだ』
エリカ『はぁ、どうも』
まほ『エリカはインターネットが得意だからな』
しほ「私のノートPCに設定してくれたのも」
しほ「彼女です」
みほ「あ、そうなんだ……」
みほ(……。)
みほ(エリカさんがお母さんのノートPCに設定をして)
みほ(そのノートPCをもってお母さんが会いに来てくれて)
みほ(おかげで私はお姉ちゃんとも話ができて)
みほ(今、こうしてエリカさんとも……)
みほ(なんか……)
みほ(色々つながってるって、感じがする……)
みほ(……。)
みほ「だけど、じゃあエリカさん、ずっと盗み聞きしてたんですね」
みほ(エリカさんを、お姉ちゃんみたいって)
みほ(恥ずかしい事きかれちゃった……)
みほ(まだ何も言ってこないけれど、絶対聞こえてたはずだよ……)
エリカ『ぐっ……た、隊長が、聞いてろって言ったのよ』
まほ『そうだぞ。私の指示だ。だからエリカを悪く言うな』
みほ「なんだか……」
みほ「さっきからずっと、西住流らしくない事ばかりだね」
みほ「お姉ちゃんの妊娠を秘密にしてたことも、エリカさんの盗み聞きのことも」
まほ『……まぁ、な』
まほ『だが、今回限りだ』
まほ『どうしてもエリカに』
まほ『みほの気持ちを聞かせたかった』
みほ「……。」
まほ『こうでもしないと、エリカは意地っ張りなうえに』
まほ『ふふ……捻くれ者だからな』
エリカ「……っ」
まほ『とにかく、もしも、本当に私達が家族になるのなら』
まほ『必要なことなんだと、思う』
みほ「……。」
みほ「とにかく──」
みほ「まずは、養子の事、エリカさんの激やせこと、ちゃんと、説明してください」
エリカ『……。』
まほ『……エリカ?』
エリカ『……すみません、隊長、お願いします』
まほ『ん、そうか』
エリカ『やっぱりどうしても、この子の顔を見ると……』
エリカ『素直になれません』
みほ「……。」
まほ『まぁ、いいさ。無理をするな』
ぽん、ぽん……
エリカ「あ……」
みほ(……!)
みほ(な、なに、今の、すごく優しいお姉ちゃんの手つき)
みほ(昔、私がしてもらっていたみたいな……)
みほ(ぐぅ)
まほ『養子の件』
まほ『理由は二つあるといったろう』
みほ「え、う、うん」
まほ『もう一つの大きな理由は──』
まほ『エリカのためだ』
みほ「エリカさんのため……?」
まほ『エリカは、今回のことで』
まほ『随分と病んでしまってな』
みほ「え……」
エリカ『……。』
まほ『皆の妊娠がわかって、まだ間もないころだ』
まほ『まだ私自身も、妊娠に戸惑っていた頃だな』
まほ『あの頃は……大変だった。あれは、本当にまいった……』
みほ「お、お姉ちゃん……」
みほ(こんな疲れはてた感じの表情、初めて見る……)
エリカ『すみません、本当に……すみません……』
みほ(エリカさんがこんなにしょんぼりしてるのも、見た事ない)
みほ(……。)
みほ(やっぱり黒森峰も、お姉ちゃん達も、辛かったんだなぁ……)
みほ「えと、それで、エリカさんが病んでたって、どういうこと……?」
まほ『ん……』
まほ『エリカ……いいんだな?』
エリカ『……はい』
エリカ『これは』
エリカ『私の……』
エリカ『罪です』
エリカ『隠すことなんて、許されません』
まほ『……。』
まほ『エリカ、何度も言うが──』
まほ『……まぁ、今はいい』
みほ「……?」
まほ『お互いの妊娠が分かった次の日から、エリカは様子がおかしかったんだが』
まほ『私はそれが心配で、そのまた次の日の夜、自室にエリカを呼んだんだ』
まほ『まぁ、私自身、話し相手がほしかったからな……』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
まほ「──エリカ、急に呼び出して、すまないな」
エリカ「いえ……」
まほ「私もまだ、戸惑っている。一人ではどうにも落ち着かなくてな」
まほ「何か飲むか?」
エリカ「いえ……」
まほ「……。」
まほ(エリカ。私と目を合わせようとしないな)
まほ(というより、そもそも心ここにあらず)
まほ(今日もずっと自室にこもっていたようだ)
まほ(俯いて、顔をしかめて……どうした?)
まほ(……いや、どうしたもこうしたも、ないか。無理もない)
まほ(私だって、心のうちは似たようなものだ)
まほ「エリカ、まぁ、座れ」
エリカ「……はい……」
まほ「ふぅ……。」
エリカ「……。」
まほ「しかし、今だに信じられないな?」
まほ「私達は──妊娠しているそうじゃないか」
まほ「しかも私とエリカは──」
まほ「はは……」
まほ「いったい何なのだろうな。夫婦、と言うわけにもいくまい」
まほ「まったく、本当に……なんなんだろうなぁ」
エリカ「……。」
エリカ「……。」
エリカ「……隊長」
まほ「うん。どうした?」
エリカ「…………………………ごめんなさい」
まほ「え?」
エリカ「……。」
まほ「エリカ……?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
まほ『……で、エリカはそれっきり一言もしゃべらず、部屋へ戻って行った』
みほ「え……」
みほ「えと、エリカさん」
みほ「ごめんなさいって、いうのは……」
エリカ『……なんていうか……』
エリカ『……隊長』
まほ『うん?』
エリカ『今だから言いますが──』
エリカ『「夫婦」っていう隊長の言葉、あれが最後の引き金でした』
まほ『えっ』
まほ『そうだったのか……』
エリカ『まぁ、遅かれはやかれ何かをきっかけに爆発はしてたと思いますけど……』
みほ「……えと、あの」
──とん、とん
みほ「? お母さん……?」
しほ(……。)
みほ(え? 口元で人差し指をたてて……『しー』……?)
しほ(せかすものではないわ。ゆっくり、話をさせてあげなさい)
みほ(……。)
みほ(はい。お母さん)
まほ『……それでな』
みほ「うん」
まほ『その次の夜の深夜だ』
まほ『眠っていると、どうも、部屋のドアが開いたような気配がしてな』
みほ「鍵は……?」
まほ『女子寮だ。あえて鍵をする必要もない』
まほ『でだ、気のせいかと思っていたんだが、ベッドの脇に目をやると──』
まほ『人の影がたっていてな』
みほ「へ!?」
まほ『飛び起きて部屋の明かりをつけると──』
まほ『エリカが立っていた』
みほ(こ、怖い……けど、茶化すみたいで言えない……)
まほ『でだ、エリカは、泣きはらして、顔は涙でぐちゃぐちゃだし、髪は乱れているし……うむ、すごかった』
エリカ『本当に、申し訳ありません……』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
まほ「──エ、エリカか!?」
まほ「な……なんだ!? 驚かすな! どうして私の部屋に」
エリカ「……ぐすっ、ひぐぅ、うぇええ、隊長ぉ……」
まほ「どうしたんだ……とりあえず、座れ。いったいどうしたんだ」
エリカ「……ぐぅ、っひぃ……」
エリカ「隊長、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
まほ「いいから、とにかくベッドに座れ」
エリカ「ごめんなさい」
エリカ「ごめんなさい」
エリカ「ごめんなさい……」
まほ「むぅ……」
まほ「どうした、何をそんなに謝るんだ……」
エリカ「だって、私……」
エリカ「西住流を、めちゃくちゃにしてしまった」
エリカ「隊長の人生を」
エリカ「隊長は、西住流を受け継ぐ人なのに」
エリカ「結婚して、子供を産んで、それなのに」
エリカ「私のせいで西住流が、隊長が……」
まほ「何……?」
エリカ「あぁ……」
エリカ「ああああああ」
エリカ「うあああああ」
エリカ「私、どうしたら……」
まほ「エ、エリカ……」
まほ(マタニティ・ブルー……というやつか?)
まほ(勉強を始めたばかりでまだよくわからないが)
まほ(だがこんなに早く始まるものなのか?)
まほ(いや、こんな異常事態なのだ)
まほ(エリカも、怖くてたまらないんだろう……)
まほ「エリカ、何をバカなことをいってるんだ」
まほ「不安なんだな。わかるぞ」
まほ「私も不安だ」
まほ「不安なもの同士だ、今日は私の部屋で寝て行け」
まほ「だから落ち着け。さぁ、泣く事はないんだから、ほら……」
エリカ「ああああ」
エリカ「ぐぅううう」
まほ「エリカ……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
みほ「……。」
みほ「エリカさん」
みほ「この話、私、聞いていいの……?」
エリカ『……。』
みほ「無理に、話すことはないよ……?」
まほ『いや、聞いてやってくれ』
みほ「お姉ちゃん……?」
まほ『みほに話をすると決めたのは……』
まほ『エリカなんだ』
みほ「……!?」
みほ「エリカさん……?」
エリカ『……。』
みほ(エリカさん……)
みほ「……。」
みほ「分かりました。」
みほ「最後まで……聞きます」
まほ『頼む』
──とん、とん
しほ(?)
みほ(あの、お母さんはこの話を、知っていたの?)
しほ(貴方には悪いけど、知っていたわ)
みほ(そう……)
しほ(というよりも、この後、私も直接二人の話にかかわります)
みほ(え……)
みほ(……)
みほ(じゃあ、お母さんはもしかして)
みほ(お姉ちゃんやエリカさんの問題を抱えながら)
みほ(全然それを表に出さず)
みほ(私の恥ずかしい泣き虫な電話の相手を、してくれてたのかな……)
みほ(……。)
みほ(……お母さん……)
まほ『──私は、エリカの取り乱しようは、一時的なものだと思っていたんだ』
まほ『それが、甘かったんだ』
まほ『エリカは、本当に心から悩んでいた』
まほ『エリカの戦車道への、西住流への思いの強さは、私も知っていたはずなのに』
まほ『私はそれを忘れていたんだ』
まほ『私自身混乱していたから、というのは言い訳でしかない』
まほ『……。』
まほ『……実は、これはお母さまにも今まで内緒にしていたですが……』
しほ「……?」
まほ『それから数日たった日』
まほ『あの日』
まほ『私がエリカを連れて、学園艦から熊本に飛んだあの日です』
まほ『あの日の夜……熊本の自室で、私も泣いてしましました』
エリカ『……!』
まほ『エリカの苦しみに気付いてやれなかったこと、こんな事になってしまったこと……』
まほ『はは、いろいろ考えていたら、私もたまらなくなってしまってな』
エリカ『……隊長……』
しほ「……。」
まほ『本当に久しぶりだった……あんなに泣いたのは』
まほ『……うん』
まほ『本当に、あの日は大変だった』
まほ『あの日──』
まほ『学校の屋上で』
まほ『赤い夕方だった』
まほ『エリカが』
まほ『泣きじゃくりながら私に土下座をしたんだ』
みほ「……え……」
まほ『そして──』
まほ『どうかお願いですから』
まほ『二人で一緒に、中絶をしてくださいと』
まほ『と、』
まほ『悲鳴のような懇願を──』
みほ(────!!!!!!!!!!!!)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
──キーンコーン……カーンコーン……
まほ(……。)
まほ(エリカ)
まほ(どうしたというんだ)
まほ(今日も)
まほ(学校にきていないそうじゃないか)
まほ(だというのに──)
ごそっ……
ぴ、ぴ
『隊長へ:お願いがあります。
放課後、部活棟の屋上へ来ていただけないでしょうか』
まほ(……。)
まほ(どういう事だ)
まほ(……。)
まほ(妊娠がわかって以来)
まほ(エリカの様子がおかしい)
まほ(西住流がどうのと……)
まほ(……)
まほ(……跡継ぎ、か……)
まほ(たしかに、エリカの懸念はもっともなのかもしれない)
まほ(だが……それは、私達にどうこうできる話ではない)
まほ(それは、西住流の頭領たるお母様にゆだねるべき問題だ)
まほ(それに、エリカ……)
まほ(お前に──)
まほ(いったい何の罪がある?)
──ごめんなさい──
まほ「……やめてくれ」
まほ(そんな顔)
まほ(しないでくれ)
まほ(分を超えた心配は、無意味だ)
まほ(西住の教えにも反している)
まほ(お前は、お前自身の心配を、第一にすべきなんだ)
まほ(……と、言い聞かせてはいるが……)
まほ(……。)
まほ(無理もないか)
まほ(妊娠、だからな……)
まほ(動揺してあたりまえだ)
まほ(他のメンバーも)
まほ(かく言う、私も)
まほ(……。)
まほ「みほ」
まほ(みほは……)
まほ(どうしているだろう)
まほ(連盟の話では──)
まほ(大洗はまだ)
まほ(履修生徒への告知を完了していないらしい)
まほ(妊娠検査も、まだなのだろうな)
まほ(みほ)
まほ(せめてお前は、無事であってくれ)
まほ(……。)
まほ「だめだ、心が、乱れている……な」
まほ「……。」
まほ「戦車道の事だけを考えていられたころが」
まほ「今となっては懐かしい」
つか、つか、つか……
まほ「んっ……」
まほ「まぶしいな」
まほ「もう夕焼けか」
まほ「早くなったな」
まほ「……」
まほ(赤い夕焼けだ)
まほ(なんという真っ赤な夕日だ)
まほ(夕日とは、こんなにもギラギラと、光るものだったろうか)
まほ「廊下が、燃えているようだ……」
まほ(……。)
まほ(静かだな)
まほ(放課後の廊下というものは。)
まほ(エリカめ)
まほ「……寂しいじゃないか」
まほ(お前は──)
まほ(幼いころのみほの様に)
まほ(いつも私の後をついてまわる)
まほ(気の利いた冗談も言えない)
まほ(優しい励ましの言葉もかけてやれない)
まほ(お母様に似てしまった、不器用なこの私の側に)
まほ(当たり前のように、誰かが隣にいてくれる)
まほ(それがどれだけ)
まほ(私にとって心地がよかったか)
まほ(そして、こんな時こそ)
まほ(私はお前をあてにしているんだ)
まほ「……それなのに」
まほ「……。」
まほ「突然に私を」
まほ「一人にしないでくれ」
まほ「……。」
まほ「屋上に、いるのだな」
まほ「エリカ」
まほ「待っていろ」
まほ「すぐにいくぞ」
たったったった……
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
キィ……
ひゅうぅぅ……
まほ(寒いな)
まほ(風が冷たい)
まほ(もう一枚、羽織ってくるのだった)
まほ(いや、それよりも──)
まほ「エリカ」
まほ「どこだ」
まほ「こんなところにいたら」
まほ「凍えてしまうぞ」
つか、つか、つか、
まほ(広いからな、屋上は)
まほ(屋上のどのあたりにいる、とは書いていなかったが……)
まほ「──む」
まほ(いた。)
まほ(距離はあるが、あの背中は間違いない)
まほ「おい、エリカ!」
まほ「……。」
まほ(聞こえてないか)
まほ(手すりにもたれかかって)
まほ(夕日をじっと眺めているのか)
まほ「おーい、エリカっ!」
まほ「……。」
まほ(いま、行くぞ)
たったったったった……
まほ(……。)
まほ(エリカの背中)
まほ(屋上の端の手すりにもたれ掛かって)
まほ(ただじっと、手すりの向こうを……)
まほ(赤い空を……)
まほ(まるで──)
……ザワッ……
まほ(……!?)
まほ(なんだ)
まほ(どうして鳥肌が、急に)
まほ(……)
まほ(……っ)
まほ(……っっ)
まほ(……なんだっ)
まほ(なんだというんだ!)
まほ(……エリカ!)
まほ「──おい、エリカッ」
まほ「エリカッ!」
まほ「聞こえないのか!!」
まほ(頼む、こっちを振り向いてくれ!!)
まほ(私がいくまで──)
まほ(絶対に)
まほ(絶対に──)
まほ(そこを動くなよ!!!)
だだだだだだだだ!
まほ(動くな)
まほ(頼むから)
まほ(動くな!)
だだだだだだだだ!
まほ(よし、つかまえ──た!)
がしっ
まほ「はぁ、はぁ、……」
まほ「エリカ、聞こえているんだろう」
まほ「返事をしろ!」
ぐぃっ
エリカ「……あ」
エリカ「……隊長……」
まほ(な──)
まほ「なんだ、エリカ、お前……」
エリカ「……」
まほ(……ひどい顔じゃないか……)
まほ(なんだその大きなクマは)
まほ(それに頬が)
まほ(こけて、いるのか……?)
まほ(髪もぼさぼさじゃないか)
まほ「……お前……」
まほ「寝間着じゃないか」
まほ「その恰好でここまできたのか?」
まほ(……早く)
まほ「まったく、人に見られたら、物笑いの種だぞ」
まほ「お前は黒森峰の次期隊長」
まほ「それが、そんな格好で」
まほ(早くエリカを)
まほ(手すりから引き離すんだ)
まほ「こんなに寒いのに」
まほ「風邪を引いたらどうする」
まほ「……それに」
まほ「あまり、お腹を冷やすな。」
まほ「……わかるだろう?」
エリカ「……っ」
まほ「ほら、私の制服を羽織れ」
ふぁさ
まほ「むぅ……お前のせいで寒くてたまらないぞ」
まほ「私こそ凍えてしまう」
まほ「早く校舎の中に入ろう」
まほ(早く……早くっ)
ぐっ
まほ(……っ)
まほ(エリカの手)
まほ(こんなに冷たいじゃないか)
まほ(いったいいつからここにいた?)
まほ「さぁ、行くぞ──」
エリカ「──嫌っ!」
バッ
まほ「……!?」
エリカ「あ……す、すみませ……」
まほ「……。」
まほ「……エリカ」
まほ(落ち着け)
まほ「すまない」
まほ「強く手を握りすぎたか?」
まほ(落ち着くんだ)
まほ「痛かったろう」
まほ「すまなかった」
まほ「とにかく──」
まほ(早くここから──)
まほ(エリカを──)
エリカ「……隊長」
まほ(……っ)
まほ「……なんだ?」
エリカ「隊長……」
エリカ「この通りです」
まほ「……?」
エリカ「隊長」
エリカ「本当に」
ざっ……
エリカ「本当に……」
エリカ「申し訳」
エリカ「ありません」
ざっ……
まほ(!?)
まほ(……!?)
まほ(土下座……!?)
まほ「や──」
まほ「止めろエリカ!」
まほ「何をしているんだ!?」
エリカ「……。」
まほ(なんだ)
まほ(なんなのだこれは)
まほ(無防備にさらしだされた)
まほ(エリカのうなじに、ぼさぼさの髪)
まほ(怯えた様にちじこまった)
まほ(情けない背中。)
まほ(だらしなく突き出された)
まほ(下着の線のすけた、尻……っ)
まほ(……っ)
まほ「立て!」
まほ「立つんだエリカ!」
まほ(どうしてお前が)
まほ(そんな惨めな姿を)
まほ(しなきゃならない!)
エリカ「立てません」
まほ「なぜだ!」
エリカ「私もう」
エリカ「駄目なんです」
まほ「何が駄目なんだ!?」
まほ「いいから立て!」
まほ「そんな姿を、私に見せるな!」
エリカ「──だって、私」
エリカ「もう」
エリカ「隊長の顔を見られません」
エリカ「……。」
エリカ「……私……」
エリカ「どうしようもなく」
エリカ「この子が──」
エリカ「憎くて、憎くて──」
エリカ「憎くてたまらなくて──」
エリカ「『ア』──」
エリカ「『アンタさえいなければ』って──」
まほ「……!?」
エリカ「隊長」
エリカ「私」
エリカ「私、は」
エリカ「人間じゃ、ないんです」
エリカ「もう」
エリカ「涙もでません」
エリカ「だから隊長」
エリカ「どうかお願いします」
エリカ「……。」
エリカ「一緒に」
エリカ「中絶をしてください」
エリカ「そうして」
エリカ「私のことはもう」
エリカ「忘れてください」
エリカ「どうか」
エリカ「お願いですから……」
まほ(……。)
……ゾッ……
まほ(……。)
まほ(……。)
まほ(……あ、息が、できていない、な、私いま)
まほ(だが、困ったな)
まほ(息って)
まほ(どうやって吸うのだったかな)
まほ(……まぁ、いい、今は、そんなこと──)
まほ「エリカ」
まほ(私は──)
まほ(恐ろしい過ちを──)
まほ(犯してしまったのではないか)
まほ(エリカを)
まほ(絶対に一人にしてはいけない時に)
まほ(エリカを)
まほ(一人にさせてしまったのでは──)
……ィィィィィィィィイイイイイイイイインッ──
まほ(……っ)
まほ(耳鳴り)
まほ(ああ、この感覚──)
まほ(みほには戦車道を止めさせると)
まほ(お母様から告げられた時の──)
まほ(懐かしいな)
まほ(辛かったな)
まほ(私の人生から)
まほ(みほがいなくなってしまうと──)
まほ(──!!!!!!)
まほ「た──」
まほ「立て!!」
まほ「エリカッ!!」
まほ「立てぇッッッ!!」
まほ「命令だ!!」
まほ「聞こえないのか!!」
エリカ「……。」
まほ「立てといっているだろうが、エリカッ!」
グィッ
エリカ「! 痛っ……!!」
まほ「何が痛いだバカ者!!」
まほ「ほらぁッ、立てと、言ってるんだっ」
エリカ「やめてっ」
エリカ「離してくださいっ」
エリカ「……見ないでください!」
エリカ「──離せぇ!!!」
ドンッ!
まほ「ぐっ──!」
エリカ「あっ……!?」
ぐら……
まほ(あ、ばかっ)
まほ(無理に私を押すから、エリカの足、ふらついて──)
まほ(ああ!)
まほ(駄目だ!)
まほ(手すりの方に──)
まほ(倒れるんじゃない!!)
まほ(そっちに)
まほ(いくなエリカ!!)
まほ「──おおおおお!!!!」
だっ!
──がばぁっ!
エリカ「……っ!?」
まほ「このぉっ……!」
エリカ「あ、たいちょ──」
まほ「──エリカァッ!」
ぎゅううううう!!
エリカ「っ、ぐぇっ、隊長、苦しい……っ」
まほ「このバカ者!」
まほ「バカ者が!」
エリカ「……っ」
まほ「エリカ、聞け!」
まほ「よく聞け!」
エリカ「っ!?」
エリカ「耳元で、叫ばないでくださいっ!」
エリカ「いいから離してください!」
まほ「煩い!」
まほ「知ったことか!」
まほ(──、だめだ、もう感情が──抑えられない──)
──進む姿は──
──乱れなし──
まほ(──お母様)
まほ(申し訳ありません──)
まほ(私は、とても……)
まほ「いいか──」
まほ「これは絶対命令だ!」
まほ「今から」
まほ「絶対に」
まほ「私の側を離れるな!」
まほ「常に私の側にいろ!」
まほ「一人になることは許さん!!!」
エリカ「……!?」
まほ「トイレだろうが」
まほ「風呂だろうが」
まほ「絶対に一人は許さんッ!!」
エリカ「な……」
まほ「どうしてもという時は」
まほ「私に許可を得ろ!」
まほ「居場所はつねに連絡しろ!」
まほ「もし、もしも約束を破ったら──」
まほ「ぬぅ……ええと……」
まほ「榴弾装填100発っ」
まほ「学園艦マラソン100周っ」
まほ「地獄の特訓、黒森スペシャル100セットッ」
まほ「それだけじゃないぞ」
まほ「尻叩きも100発だッ」
まほ「わかったかッ!!」
まほ「返事は──」
まほ「どうした!?」
まほ「エリカァッ!!!!!!」
エリカ「……っ」
エリカ「……。」
エリカ「……。」
エリカ「……わかりました……」
まほ「!」
まほ(エリカ……!)
エリカ「全部──」
エリカ「やります」
まほ「!?」
エリカ「何発だろうと装填します」
エリカ「何百キロだろうが、走ります」
エリカ「お尻も、隊長の好きなだけ叩いてくれて、結構です」
エリカ「だから──」
エリカ「一緒に──」
まほ「……っ」
まほ「なぜだ!?」
まほ「お前は、そこまでして」
まほ「自分の子供を」
まほ「私達の子を──」
まほ「殺したいのか!?」
エリカ「……!!」
エリカ「そ──」
エリカ「……っ」
エリカ「……ぐぎぅっ」
エリカ「隊長は」
エリカ「隊長は!」
エリカ「ひぐっ……うぁ……どうして」
エリカ「どうして、隊長は」
エリカ「わかってくれないんですか……ぐぅ……ひぎ……」
エリカ「私にはもう」
エリカ「母親になる資格」
エリカ「ないんですよ!!」
まほ「……エリカァ!」
ぎゅううううう!!!
エリカ「ぎぃ……止めてください」
エリカ「私なんかに」
エリカ「触れちゃダメなんです」
まほ(エリカ……!)
まほ「お前は、泣いている」
まほ「ちゃんと、泣いているんだぞ!」
ぎゅむううううううううう!!!
エリカ「グェッ……ひぃ、ひぐぅっ」
まほ「……くそっ……」
まほ(エリカの身体が)
まほ(何でこんなに細い)
まほ(お前を抱くのは初めてだ)
まほ(だが、こんなはずはない)
まほ(お前)
まほ(ご飯、少しも食べていなかったんだろう)
まほ(風呂にも、入っていないな)
まほ(お前の髪が)
まほ(こんなにギトギトで、油の匂いがずるはずはないんだ)
まほ(そうだろう、エリカ!?)
まほ(くそっ!)
まほ(くそ……!)
まほ(くそおおおお!!!)
まほ(遅すぎた)
まほ(気づくのが、遅すぎた!)
まほ(まただ!!)
まほ(私は何をやっていたんだ!?)
まほ(エリカが一人で)
まほ(苦しんでいる時に!)
まほ(……やめろ、そうじゃないだろう!)
まほ(今は後悔をしている場合では、ないだろう!)
まほ(そうだろう、西住まほ!)
……ごそっ
ぴ、ぴ、ぴ
とぅるるるるるる、とぅるるるるる──
エリカ「……え?」
エリカ「隊長……?」
とぅるるるるる、とぅるるるるる──
エリカ「隊長……!?」
エリカ「何を、」
エリカ「何をしてるんですか!?」
エリカ「ねぇ、隊長!!??」
とぅるるる──プッ
?『──はい』
まほ「菊代っ」
まほ「お母さまは、いるか!?」
エリカ「……!?」
菊代『あいにく……。』
菊代『ですが、夜までには』
菊代『お戻りになると』
まほ「そうか」
まほ「なら、伝言を頼む」
菊代『かしこまりました』
エリカ「た、隊長!」
エリカ「隊長!?」
エリカ「何をしてるんです!」
エリカ「なぜご実家に電話をしてるんですか!?」
まほ「静かにしていろエリカ」
まほ「お前を──」
まほ「お母様のところへつれていく」
エリカ「!?」
まほ(私の言葉は届かなくても、)
まほ(西住流そのものたるお母様の言葉ならば)
まほ(エリカの不安を砕いてくれる!)
まほ「お前が」
まほ「私のいう事を聞かないのなら」
まほ「お母様に──」
まほ「言って聞かせてもらうまでだ!」
エリカ「ひ……」
エリカ「いやだ──ダメ、ダメです!」
バタバタバタ!!
まほ「!?」
まほ「エリカ!? 暴れるな!」
菊代『お嬢様……? どうされました?』
まほ「いや、なんでも……ぐっ」
ばたばたばた!!!
エリカ「駄目!」
エリカ「駄目ぇ!」
エリカ「会えません!」
エリカ「いやあああああ!!」
エリカ「私、師範に会う事なんか」
エリカ「できません!」
エリカ「会えるわけがない!」
エリカ「やめてください!」
エリカ「許してください!!」
エリカ「隊長っ」
エリカ「隊長!!」
エリカ「あああああああああ!!!!!」
まほ「ぐっ……」
まほ(離さないぞ……!)
まほ(絶対に離さないぞ!)
まほ(エリカ!)
まほ(私とお前はもう──)
まほ(子宮と子宮とで)
まほ(つながっているんだからな!)
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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ばばばばばばば……
まほ『赤星、聞こえるか』
赤星『ええ、ヘッドセット、感度良好です』
赤星『よく聞こえますよ』
まほ『うん』
まほ『突然呼び出したうえ』
まほ『熊本までヘリの操縦を頼んでしまった』
まほ『本当にすまないと思っている』
赤星『いいですよ、気にしないでください』
赤星『……それよりも、隊長』
赤星『あの』
赤星『副隊長、大丈夫ですか……?』
まほ『……うむ……』
エリカ「……」
まほ(なんとかヘリには乗せたが……。)
まほ(俯いて、顔をこわばらせて)
まほ(ヘッドセットをつけもせず)
まほ(口も耳も閉ざしてしまっている……)
まほ(それに体が震えているな)
まほ(怯えているのだろうか)
まほ(お母様に会う事を、それほどにまでも)
まほ(……怯える必要など、まったくないというのに……)
まほ『赤星』
赤星『はい?』
まほ『この事、他の者には黙っていてくれ』
赤星『ええ、もちろん……』
まほ『それと、すまない、あまりこちら(後部座席)を』
まほ『振り返らないでやってくれるか?』
まほ『おそらくエリカは、恥じているだろうから……』
赤星『ああ……』
赤星『……。』
・
赤星『あのう、やっぱり、副隊長は妊娠の事で?』
まほ『そうだな……色々と、考えすぎてしまった』
まほ『そんなところだろうか』
赤星『そうですか……』
赤星『でも、しかたないですよ』
赤星『私だって』
赤星『もしも妊娠をしていたら』
赤星『とても冷静ではいられなかったと思います』
赤星『泣いて実家に帰ってたかもしれないですよ』
まほ『ん……』
まほ『だが、それは困る、な』
赤星『え?』
まほ『エリカだけではなく、赤星までも』
まほ『そうなってしまった時──』
まほ『いったい私は、誰を頼ればいい』
まほ『私だって』
まほ『怖いし、心細いんだ』
赤星『……。』
赤星『隊長』
赤星『今の言葉も』
赤星『皆には秘密にしておきます』
まほ『ん……すまん』
赤星『隊長には、こんな時こそいつもの隊長でいてもらわなきゃ』
まほ『そう……だな』
まほ『うん、そうだった』
まほ『それが私の、責務、だな』
赤星『副隊長の肩』
赤星『しっかり抱いててあげてくださいよ』
まほ『ああ、わかっている』
まほ『……ありがとう、赤星』
赤星『いえいえっ』
赤星『では、急ぎます、スピードあげますよっ』
まほ『了解だ』
ばばばばばばばばばばばばっ!
まほ「……。」
まほ「エリカ」
ぎゅっ
まほ「エリカ、大丈夫か?」
まほ「ヘッドセットをしなければ」
まほ「ローターがうるさいだろう」
エリカ「……。」
まほ(……。)
まほ(なぁエリカ)
まほ(どうして)
まほ(どうしてそんな風になるまで)
まほ(私に何も言ってくれなかったんだ?)
まほ(……。)
まほ(いや……違う、そうではない)
まほ(エリカは、明確にシグナルをだしていた)
まほ(私がそれに)
まほ(気付いてやれなかったんだ……)
まほ(エリカだから)
まほ(きっと大丈夫だろうと)
まほ(そうやって理由をつけて)
まほ(自分の事にばかりかまけて……)
まほ「……。」
まほ(何か)
まほ(何か、なんでもいい)
まほ(なんでもいいから)
まほ(例え今更でっても)
まほ(何か言葉を、かけてやらなければ……)
まほ「エリカ、聞け」
まほ「聞いてくれ」
まほ「……。」
まほ「……。」
まほ(……何を言えばいい)
まほ(私は)
まほ(口が上手くないんだ)
まほ(お前も知っているだろう、エリカ)
まほ「……っ」
まほ(……甘えるな!)
まほ(わからないのなら)
まほ(浮かんだままを言うしかないだろう)
まほ(耳元で叫べば、ローターの騒音の中でも、きっと)
ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば
まほ「エリカ!」
まほ「私も、こんな事になってしまって」
まほ「妊娠をしてしまって」
まほ「怖い!」
エリカ「……。」
ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば
まほ「だが、それでも」
まほ「せめて相手がエリカでよかったと」
まほ「私はそう思っているんだ!」
まほ「本当だぞ!」
エリカ「……。」
ばばばばばばばばばばばばばばばばばばば
まほ「エリカは今までも、ずっと私を助けてくれた」
まほ「これからも」
まほ「ずっと私の側に、」
まほ「いや──」
まほ「私達の側に!」
まほ「一緒にいてほしいと思っている」
まほ「心から思っている!」
まほ「4人で、一緒にいたいと、そう思っているんだ!」
エリカ「……っ」
まほ(──!)
まほ(一瞬、瞳が、揺らいだか?)
ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば
まほ「……頼む!」
まほ「私達を」
まほ「二人だけにしないでくれ」
まほ「私にとって」
まほ「この道は」
まほ「4人でないと進めない道なんだ」
まほ「そして私達はもう」
まほ「後戻りはできないんだ!」
まほ「だから、頼む!」
まほ「エリカ!」
エリカ「……。」
ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば
まほ(エリカ)
まほ(聞いてくれたろうか……)
まほ(それにしても)
まほ(……はは……)
まほ(こんな歯の浮くような言葉を)
まほ(私は言えたんだな)
まほ(……。)
まほ(だったら)
まほ(だったら、どうしてもっと早く)
まほ(エリカに言葉をかけてやらなかった)
まほ(もしも──)
まほ(もしも私がもっと早くにこうしていれば)
まほ(あるいは、こんな事にならなかったのではないか)
まほ(そう思うのは)
まほ(私の思い上がりなのか?)
まほ(教えてくれ)
まほ(エリカ)
ぎゅううううう
エリカ「……。」
まほ(……。)
まほ(エリカ)
まほ(こうしてみると)
まほ(よくわかる。)
まほ(お前の耳の穴の中)
まほ(耳アカだらけじゃあないか)
まほ(風呂にも入らず)
まほ(悶々としていたのだな)
まほ(きっと、どこもかしこも、汚れているのだろう)
まほ(お前の耳アカが)
まほ(こうしていると)
まほ(私の唇についてしまいそうだ)
まほ(だが、気にすることはないのだぞ)
まほ(口につこうが)
まほ(食べてしまおうが)
まほ(私はいっこうに構わん)
まほ(エリカ)
まほ(私がお前を綺麗にしてやる)
まほ(落ち着いたら)
まほ(耳かきをしてやるぞエリカ)
まほ(『百発百睡』とみほに讃えられた私の腕前)
まほ(見くびってもらっては困る!)
ばばばばばばばばばばばばば……
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
続き
【ガルパン】マタニティ・ウォー!【3】