#01 ヴィーネのいない日常――"What's up, Gavriel?"――
元スレ
ガヴリール「ヴィーネが魔界に帰る?」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1490605021/
その日は珍しくヴィーネが無断欠席をした。
心配したサターニャやラフィと一緒に家に行ったが、返事がなかったため、ひとまず明日まで待つということになっていた。
夜九時ごろに、ゲームをしているとヴィーネから電話があった。
「そうなのよ。今朝急にゲートが開くからびっくりしたわ」
「随分と急だね。サターニャやラフィエルも心配してたぞ」
「昔に封印していた魔獣が復活したみたいなの。その再封印に大人が駆り出されてて」
「子供の面倒を年上の子供が見るってことか。高校生が小中の先生をするの、天界でも昔あったな。どれくらいかかりそう?」
「1か月くらいかな」
「結構かかるんだね」
「術式が結構複雑とかでね」
「学校に連絡しとけよ」
「それなら、多分大丈夫。法事とかにしとくって言ってた」
「どんだけ丁重な弔いだよ! てか、なんでサターニャは呼ばれなかったんだ?」
「中学時代の成績で召集されてるみたい」
「サターニャ……。まぁ、帰省したと思ってゆっくりしてこいよ」
「私がいなくてもガヴは大丈夫? 一人でお風呂入れる?」
「入れてもらったことないだろ! もともと一人暮らしだし、大丈夫だよ」
「たまには掃除もするのよ」
「はいはい」
「インターネットはまだうちに通ってないけど、電話はたまにするからね。じゃあ、おやすみなさい」
「忙しいだろうし、たまにでいいよ。おやすみ」
「さてと……」
パソコンのモニターに目を向ける。
ネトゲでは今日からイベントが始まっていた。
学校に行っていると時間が足りないと思い、今回はクリアできなさそうだと思っていたが、状況が変わった。
今回のイベントクリアでもらえるアイテムがあれば、前衛職でもう一つアカウントを作るのがすごく楽になる。
これを逃す手は無い。
そう思った私は、しばらくネトゲに没頭した。
目まぐるしく変わる画面、賑やかな音楽、大げさで爽快な効果音。
やることは山積みだ。
目の前の仕事に没頭することは楽しい。
なんたって、余計なことを考えずに済むのだから。
たまにイヤホンを外して食事を摂った。
規則的な空調の音、かすかなパソコンの駆動音以外は聞こえない。
モニターに目が慣れたせいか、室内も薄暗く感じる。
カップ麺を機械的に咀嚼しながら、私は次の攻略予定について考えを巡らせていた。
睡眠時間を削って三日目、ついに私は念願の装備を手に入れることができた。
アイテム欄を何度も確認し、喜びをかみしめる。
そうしていると、心地よい眠気が私を襲ってきた。空腹も感じたが、それは後回しだ。
かろうじてログアウトすると、私は床に倒れ込んだ。
寝たのが昼だったか夜だったか、とにかくその時に夢を見た。
両親に、「望遠鏡」に連れて行ってもらった時のことだ。
天界には巨大な望遠鏡がある。手軽に下界を見物できるスポットとして人気だ。
そのころは私は天使としての仕事に興味が薄く、あまり真面目な生徒ではなかった。
天使業の素晴らしさを教えるため、両親はそこに連れてきたのだと思う。
初めて見る下界の、天界とは趣の違う精巧な都市に、人間たちの力を感じた。
いつか、私も彼らの役に立てたらどんなに素敵だろう、行く末をそばで見守ることができたらと、一目で心を奪われた。
興奮気味に望遠鏡から目をはなすと、両親の満面の笑み。
まんまと術中にはまってしまったわけだが、そんなことはどうでもよかった。
早く下界に触れてみたい。その一心で優等生を演じ、見事主席にまでのぼりつめた。
……その後の顛末は、まあ、周知のとおりだ。
「ガヴリール、目を覚ましなさい!」
そう、登校前にはこんな風に、サターニャにたたき起こされる日常……ん、サターニャ?
「ガヴリール! どこか具合が悪いの!? ガヴリール、起きてよぉ……」
「サターニャさん、落ち着いてください。こういうときに揺らしてはいけません」
「……ぅうん、なんだお前ら」
体が揺さぶられる感覚で目を覚ます。空腹のせいか、おなかを押されていると気持ち悪くなってきた。
部屋には西日が差し込んでいて、ラフィエルの銀髪に反射してまぶしかった。
「ガヴリール、よかった。生きていたのね」
「勝手に殺すな。まったくなんなんだよ」
「なんなんだはこっちのセリフよ! 三日も学校を休むなんて」
「連絡しても返事ありませんでしたしね~」
「ああ、悪い」
サターニャの顔は影になっていて表情がわかりにくかったが、声がちょっとだけ震えていた。
そういえば、携帯もほったらかしにしたまんまだったな。
ヴィーネから電話とかあったんだろうか。怒られそうだ。
「あんたも天界に連れていかれたかと思ったじゃない。家に来てみたら倒れてるし、何事かと思ったわよ」
「心配かけて悪かった」
「は、はぁ!? 別にそんなんじゃないわ。ただ、私以外のものにあんたを倒されるのは、気に食わないだけ!」
「サターニャさんはガヴちゃんが気になって仕方ないんですよね。今日は朝からずっと」
「言わなくていい!」
「そうかい。てか、お前らどうやって部屋に入って来た」
「ああ、それはですね、ヴィーネさんから合鍵を預かっていまして」
「世帯主の許可なしの合鍵シェアリングってどうなの。まあ、ラフィエルならいいけど」
「あ、じゃあ私にも」
「サターニャはなんか嫌」
「なんでよ!」
「風邪か何かですか?」
「いや、ゲームのしすぎで疲れたから寝てた」
「自由すぎるわ……」
サターニャは呆れたようにため息をついた。
その吐息には少しだけ、安堵の色が混ざっている気がする。悪かったよ。
「そういえば、おなかは空きませんか? 一応ちょっとだけ買ってきたんですけど」
「ああ、頼むよ。おなかペコペコだ」
「私も何か食べてもいい? 心配したらおなかすいた」
こいつらは私のことも心配してくれるんだよな。
ヴィーネが連絡なくいなくなったときは、気が付けばそのことばかりを考えていた。
確かに、三日も放置したのはよくなかった。
「……何よ、神妙な顔して」
「いや、別に」
ラフィが作ってくれたうどんは具の入ってないシンプルなものだったが、体の芯が暖まるような気がして、なんだかしみた。
インターネットは偉大だ。
膨大な蔵書量の書庫に迅速にアクセスできる。
どんな景色もだって見ることができる。
ちょっと検索すれば、聞いたことのない音色が聞ける。
さらには新しい世界さえも作り上げてしまった。
ネトゲは娯楽の範疇にとどまってはいる。
しかし、いずれは神が世界を、ひいては人間を作ったように、人間が神として君臨する世界を構築してしまうのではないかと思える。
ゲームに没頭できたのは、ヴィーネという世話焼きがいたからだ。
学校に連れていってくれたり、食事を作ってくれたり、ギリギリで生活を成り立たせてくれる。
でも、いまはそのヴィーネがいない。
だから、自分でなんとかしないといけない。
自由を手にするとは、保障を失うことでもあるのかもしれない。
もし高校生としての実習が終わっても下界で暮らすとすれば、多分、ヴィーネはいない。
もう少し自立する必要がありそうだ。
#02 天使としての務め――The Duty as an Angel――
「天真さん、なかなか筋がいいよ」
「そうか。田中の教え方がいいからね」
「そんなことないよ~。あ、次はね……」
私は今、調理部で親子丼の作り方を教わっている。
自立の一歩として、まずは自炊を始めようと思った。
料理の仕方自体は天界にいたころに習っていて、独り暮らし当初は自炊もしていた。
天界とは器具などの勝手が違うことがわかったので自己流でなんとかしていたが、今回は一から教わることにした。
ちなみに天界では家庭によっては、未だかまどが現役だ。江戸時代かよ。
「まちこ、それは麺つゆじゃなくてポン酢だよ!」
「そ、そうだったわね。うっかりしてたわ」
調理部きっての料理下手らしい委員長も一緒にやっている。
部員の田中と上野は止めたが、私が一緒にやろうと勧めた。
導く対象が近くにいるときに、何をすればいいかという直感が天使には働く。
委員長は遠からず、想い人に手料理を振る舞う機会が訪れる。
だから、料理のスキルを磨くことが救いになるのだと、なんとなく感じた。
別に天使としてがんばろうと思ったわけじゃない。
仕送りが少し増えるかも、ぐらいの打算はあったのかもしれないが。
ちょっと気が向いただけのことで、深い意味はないと思う。
私自身は一回で大体のことは把握できた。
料理というのは、とりあえず切って加熱して醤油で味を付ければなんとかなるものだ。
委員長は意外と不器用なところがあって難航したが、途中から私も手伝いに回り、四日目のにくじゃがは結構おいしくできていた。
「ありがとう、天真さん」
「いいよ、委員長。いつも世話になってるし、私もいい機会だったから、気にしないで」
本当に、気にする必要は無い。
なぜなら、天使にされた手助けというのは必ず、時が経つにつれて誰にされたか忘れるようになっているのだから。
天使とは、自転車の補助輪みたいなものだ。
自転車に乗ったことのない者はまず補助輪を付けて漕ぐ感覚を身に着ける。
次に補助輪を外して、何度も転びながら自分で運転できるようになる。
そうすれば、どこへだって好きな場所へ行けるようになり、補助輪のことなんて忘れる。
艱難汝を玉にす、というやつだ。神は試練を授ける。
ラフィの導き――つまりイジリ――は、本質的には天使的な行いではある。
補助輪は双輪である必要があり、一つの地域に二人の天使が派遣される……というのはこじつけだが、
まあ、天使って大体そのような感じだと思う。
だから、天使は何度だって新しく始められる、強い存在でいないといけない。
下界に降りたときに初めて人を導いたことを思い出す。
よくある話だ。喫茶店で別れ話を始め、片方が耐え切れず出て行ってしまうも、もう片方は茫然としている。
座ったままの彼の話を聞き、追いかけさせる。それだけのこと。
ほんの少しの時間しか共有しなかったが、去り際に私は一抹の寂寥感を覚えた。
もちろん達成感もあった。
それに、こういう仕事なのだという覚悟もあったはずだった。
うすうす気づいてはいたが、私は天使には向いていないのではないか。
ぼんやりとあった疑念が明確になったのは、そのときだった。
次に出会ったヴィーネを引き留めたのは、そういうことがあったからかもしれない。
「もしもし、ガヴ。どう、元気にしてる? ちゃんと食べてる?」
ヴィーネが魔界に戻ってから十日ほど経った。二日か三日に一度くらいの頻度で、ヴィーネは私に電話をくれている。
「大丈夫だよ、ヴィーネ。そっちこそ、疲れてるんじゃないの? サターニャジュニアみたいなのが一杯でさ」
「みんながみんな、あんなのじゃないわよ。まあでも、子供は元気よね」
「私の世話を焼くくらいだから、先生とか向いてるんじゃないか?」
「それが、甘やかすだけじゃだめだって、同級生の子に怒られちゃった」
「ふぅん。それもヴィーネらしいか。私のことは遠慮なく甘やかしてくれていいからな」
「ガヴを更生させる方法を学んで帰るから、覚悟しておきなさい」
「うへぇ」
「でもまあ、帰るなら早めに頼むよ」
「ま、そればっかりは私にはどうしようもないけどね」
「サターニャが突っかかってきて、ラフィが煽るから止めるやつがいない。面倒くさい」
「なんか想像がつくわね、それ」
「バックギャモンとか、どこで知ったんだよ。おもちゃの持ち込みでグラサンに怒られるし」
「あ、それ多分私が教えたからだと思う。勝負の方法を聞かれて」
「お前かよ!」
「掃除とか、ちゃんとしてる?」
「してるよ」
「本当に?」
本当だ。自炊をするようになってから、一度生ごみを放置してしまって例の黒いアレが出て以来、結構マメにしている。
「宿題は? 委員長に見せてもらってないでしょうね」
「自分でやってるよ」
「ふーん、そうなの」
これも本当だ。ヴィーネがいないから、仕方なく自分でしている。
「私がいないのが、更生の近道なのかしら」
「更生って、悪いことみたいに言うなよ。自炊とかヴィーネが帰ってきたらすぐやめるし」
「下界に戻る気がなくなってきたわ」
「わ、嘘、嘘。これでも天使ですからね」
「なんてね、冗談よ。また電話するわ、またね」
「ああ、おやすみ、ヴィーネ」
今日はもう宿題を済ませてしまったし、洗い物も終わった。
いつもならゲームでもしてくつろいでいるところだ。
ゲームはネトゲから入ったが、据え置きのハードも買ったので、オフラインのゲームもする。
いくつかのソフトはもうクリアしたが、私はRPGが苦手だ。
イベントをクリアした後の、もうこの村では、何も起こらないんだなという感覚。
足早にエンディングまでたどり着き、ソフトは引き出しの奥にしまいこんでしまった。
下界は「ために」で埋め尽くされている。
アスファルトは足を痛めないために。
学校は立派な大人になるために。
ゲームだって、充実感や爽快感を得るために。
ピーラーは、包丁は、お玉は、料理をするため。
料理は、健康な生活のため。
「ために」は果てしなく連鎖していて、終着点はきっと、どんな望遠鏡でも見通すことはできない。
だとすれば、私は何のために?
周りの生徒たちも、競うように自分ではない何かになろうとしている。
何かのために。あるいは、その何かを手に入れるために。
ヴィーネは私に世話を焼く。それは、何のために?
寂しさを紛らわすためなのかもしれない。
だとしたら、それが私である必要ってあったか?
あるいは、寂しさが薄れてしまったら、私から離れて行ってしまうのか?
下界での高校生活が終わって魔界に帰ったとしたら、私のことなんて忘れちゃうんじゃ……。
いや、忘れられることに問題があるのか?
ヴィーネを、お世話してくれる、都合のいい存在として扱ってはいなかっただろうか。
これまで私はヴィーネのことを、どういう風に考えていた?
私らしくもないことに考えを伸ばしていることに気づく。
私はただ日々を、楽しいことをして過ごしたいだけ。
でも今日は、少しだけ疲れてしまったから、もう寝ることにする。
そうそう、明日は数学の小テストだしね。
#03 悪魔の中の天使――Angels in Devils――
ある日の昼休み、自分の机でぼんやりとしていると、サターニャが声をかけてきた。
「ガヴリール、学食に行くわよ。付き合いなさい」
「手にそれ持って言う?」
サターニャの手にはクリームメロンパンが収まっている。
今日は宿敵の犬とやらに取られなかったらしい。
「い、いいじゃない。うどんも食べたい気分なのよ」
「ふーん。ま、私も行こうと思ってたし、いいけど」
今朝はコンビニでパンを買う余裕がなかったからね。
気が向いたので朝ご飯を作ってみたら意外と時間がかかった。
弁当持ってきてるヴィーネとかラフィってすごいんだな。
「そういえば、メロンパンをうどんの汁に浸して食べるとおいしいらしいぞ」
「ええ、なんか汚い」
「シチューもパンで食べるだろ? スイカに塩を振って食べるようなもので、甘味とだしの味が引き立つらしい」
ついでにサクサクも、ふわふわも失われ、そしてクリームが溶け出す。
「あ、なるほどね。ガヴリールにしては博識じゃない」
「下界の文化に触れるのも天使のたしなみでね」
悪魔を導くのもね。
「ガヴリールは不摂生なんだから、昼食ぐらい肉食べて元気つけなさい。私はからあげ定食にするわ」
「うどんの気分じゃなかったのかよ」
「悪魔的状況判断――デビルズ気まぐれ――よ」
サターニャは手で顔を半分隠してポーズを決める。
ただの無計画なやつじゃないか、それ。
「日本語……私はうどんでいいや」
「せめてきつねうどんにしなさい。あ、きつねっていっても狐の肉が入っている訳じゃなくてね、畑の肉が……」
「それくらい知ってるよ。じゃあ、それにする」
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「げ、うどんの配膳が混んでる。サターニャ、先に行って席を取っててくれない?」
「わかったわ、このサタニキア様に任せなさい。この食堂全域を手中に収めておくわ」
「はいはい」
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「あれ、サターニャがいないな」
「ガヴリール、ここよ!」
「どこだよ」
サターニャの姿は見えないが、声だけがする。
「どうしてそっちへ行くのよ!」
定食だけが載ってるテーブルから声が……まさか。
「お前、なんで椅子を二つ並べて寝てるんだ?」
「だって、かばんとか持ってなかったし、しょうがないじゃない」
「いや、対面は普通座らないだろう。なんか会社に泊まったリーマンみたいだな」
「はぁ? 会社って学校みたいなところでしょ? 泊まるわけないじゃない、ホテルじゃないんだから」
「ああ、全くだな」
「下界は毎日全然違うものが食べられてすごいわね!」
「お前はちゃんと味を区別できているのか? 暴食は悪徳の一つっていうし、そもそも味とかどうでもいいのかと思ってた」
「失敬ね」
そう言いながらサターニャは七味唐辛子を大根の煮物に山盛りに振りかけていた。
絶対味の区別ついてないだろ、それ。
「大悪魔たるもの美食家でないとね」
「お前ってさぁ、大悪魔になりたいっていうけど、何か理由とかあんの?」
「はぁ? 能力の行使は持てる者の義務よ、当り前じゃない」
「そういうのいいから」
「何よ、ノリが悪いわね」
一瞬だけ遠くを見るような眼をして、サターニャらしくもなく静かに話し始めた。
「そうねぇ。あんたは天使だからあんまりよく知らないかもしれないけど、
今の悪魔って、実質的に人間に悪さをする必要って無いじゃない?」
「知ってる」
天界では悪魔は単純に、人間に悪事を働くものとだけ教わる。
私は暇なときに勝手に悪魔のことを調べたことがあり、そのあたりの事情は把握しているつもりだ。
こういうことは結構秘匿されていて、知るのに少し苦労した。
天界と魔界の歴史は、簡単に説明するとこんな感じだ。
まず神様たちが世界を作り、その手伝いを天使に任せ、最後に自分たちに似せて人間を作った。
神様たちは人間に試練を与え続けた。人類の向上のために。
神の一柱がその方針に疑問を抱き、文明に進展がなくとも人間に幸福になってほしいと考えた。
その神の一柱と賛同した天使の集団が謀反し、敗北。
彼らは魔王と悪魔へと変容させられ、魔界へと追放された。
さらに罰として、人間を悪魔に引きずり込むという方法でしか同族を増やせないようにさせられた。
つまり、人間を傷つけざるを得ない状況にして、自滅を誘った。
天界よりも人間たちと密接にかかわるようになった悪魔は、取り返しのつかない人間同士の争いが起ころうとしていることを
天使たちよりも先に察知した。
それを創造するということと、それを知っていることは、別のことなのだ。
そこで、人類の致命傷とならない悪事で風紀を低下させることで文明の進歩を遅延させ、人間の生存を図った。
この悪魔たちの試みを二度の世界大戦の後に気づいた神は、悪魔たちに人間たちと同等の生殖能力を授け、
魔界を一つの世界として認めた。
天界の魔界に対する風当たりが弱まり、今に至る。
「そもそも、人間どもが神様の存在ばかり信じるのがいけないのよ」
「悪魔なんているって思ったところで、ご利益なくない?」
「神様は基本的に人間のために手を尽くしていると思っているから、どんな理不尽も受け入れるしかないじゃない」
そのための天使なんだがな。
「逆に、悪魔がいるって信じたとするでしょ? どんな災厄の背後にも悪魔がいると考える。
人間もやられっぱなしではいられないはず。きっと復讐を企てるわ」
ああ、話が読めた。いかにも悪魔的な考えだ。
多分、悪魔の根底にあるのは、愛なのだと思う。それが、どれだけ歪んで見えても。
「そうして人間どもが力を付け始めると、悪魔たちも、人間のくせに生意気だっていうことで、活気が出ると思うのよ」
「だから、人類最大の敵、天敵としてサタニキア様の名前を刻んで見せるわ。
どれだけ歳を取って、ヨボヨボになっても忘れられないほどにね。
そうすれば、まとまりのない人間どもも一致団結するし、絶望なんてしている暇はないわ。
今はしょぼくれてる悪魔たちもね」
「そうかい。その時は、私以外の天使が全力で抵抗するからせいぜい気を付けろよ」
「はん、大悪魔になった暁には、あんたたちなんて一息で吹き飛ばしてやるわ、あと、あんたも働きなさいよ」
「ていうか、ガヴリールは高校の後はどうするのよ」
「私? 私はまぁ……。なるようになるよ」
「そんなんだからヴィーネが構いたがるんじゃない。もっとしっかりしなさいよ」
悪魔に励まされてるようじゃ、天使失格なのかな、これ。
「だから昨日だってヴィネットから……まあ、いいわ」
「さて、デザートにメロンパンを食べるわ」
「見てるだけで胃もたれするな、ただでさえ食欲無いのに」
「やっぱりお世話係がいないと大変?」
「そうなんだよ。結構負担になってたんじゃないかって、ちょっと反省してる」
「あーっ、クリームが溶けちゃった!」
「は? おい、なんでメロンパンを私のうどんに浸してるんだ!」
「あんたが言ったんじゃない。それより、私のクリームメロンパンの責任をどうとってくれるのよ! 何が汁に浸すよ!」
「汁なんて知るか! あーあ、甘ったるいうどんになっちゃったなぁ」
「あ、汁と知るを掛けたの? 知ってるわよ。下界流のジョークでしょ? ぷぷ、あんたも意外とユーモアのセンスが……」
「うるさい!」
#04 誰かの中の誰か――"Vignette" in Gavriel――
ある日の朝、登校途中にラフィと会った。
「あ、ガヴちゃん、おはようございます」
「ラフィ、おはよう」
「今日は早いですね」
「ん、まぁな」
ここのところ、ゲーム始めてもなんとなくすぐやめてしまい、早めの時間に寝るようになっている。
だから、割と規則正しい生活になっている。
「ヴィーネさんから色々と言われることのない、自由な生活はどうですか?」
「自由の重みを絶賛体験中だよ。いや、誰が絶賛なんてするか。面倒なだけだ。主に宿題とか」
「ヴィーネさんも、お世話できなくて寂しがってますよ、きっと」
「どうだろ。ま、魔界で羽を伸ばしてきてくれたらいいよ」
ヴィーネは私がいないと寂しいと感じるのだろうか?
手間のかかるのがいなくて手持ち無沙汰くらいには感じるかもしれないけど。
「ねえラフィ、もし相手の心を覗ける眼鏡があったら、かけてみたいと思う?」
「ああ、ありますよ。ここに」
「あるのかよ!」
「使い方次第ですがね。昨日サターニャさんから巻き上げ……いえ、頂戴しまして」
「一体何があったんだよ」
「それはですね」
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「サターニャさん、一緒に帰りましょう」
サターニャさんとはクラスが違うので、下校は貴重な時間です。
サターニャは、私から特に何も仕掛けなくても勝手に面白くなってくれますからね。
見飽きるということがありません。
「また何か企んでるわね。どうせダメって言ってもついてくるでしょうし、いいけど」
「そんな警戒しないでくださいよ」
今日は何もトラップを用意していないんですけどね。
「そういえば、魔界通販っていつ放送されてるんですか?」
「草木も眠る丑三つ時だから、夜の八時くらいね」
すごい適当な暦ですね。
まさかのゴールデンタイムですか。
「言っとくけど、天使は利用できないわよ」
「そうなんですか。私も胡散臭い……いえ、面白アイテムを買ってみたかったのですが」
「言い直せてないから! そういえば、昨日届いたのをまだ試せてないわね」
「何を買ったのですか?」
「これは、相手の考えることが丸裸になる双眼鏡、サトルくんよ」
「それはすごいですね」
「そうだ、せっかくだからあんたに使ってあげるわ。ラフィエルはろくなことを考えて無さそうね」
「ちょっとまってください」
「何よ。天使と言えども、やましいことの一つでもあるのかしら」
「いえ、不良品かどうかチェックしたほうがよろしいのではないかと」
「ガヴリールみたいなことを言って。そうやってだまして私に使うつもりでしょう?」
「いえ、私が私に使って、その後でサターニャさんが私に使い、答え合わせをしましょう」
「自分で自分に? 何の意味があるのよ。というか、あんたになんのメリットが」
「私はサターニャさんの弟子ですから。自分の心とは、案外自分でもわからないものですしね」
「そんなものかしら」
「それに、万が一不良品だったら、間違った情報を信じてしまうことになりますよ。ガヴちゃんに使うんですよね?」
「そっか、確かに。なかなか頭が回るじゃない。でもダメよ。電源は着くし、多分大丈夫」
私よりもメーカーを信頼しているんでしょうか。まあ、商品については普通そうですよね。
ちょっと煽ってみましょうか。
「なるほど……サターニャは恐れているんですね」
「恐れる? 何をよ」
「私がうっかりサターニャさんを覗いてしまうことを。そして、心の奥底にある天使への恐れを見透かされてしまうことを」
「はーん、なかなか言うじゃない。安い挑発ね」
あらー、乗ってきませんか。
今日のサターニャさんは手ごわいですね。
「いいわ、まずあんたに使わせてあげる。このサタニキア様の深淵なる心の闇を覗いて、トラウマをこしらえるがいいわ!」
あ、いつものサターニャさんですね。
どちらかというと、心の中はぽかぽか太陽って感じだと思いますよ。
「いえいえ、ではそれをこちらに。あと説明書も下さい」
「スイッチを押して覗くだけなんだけど……はい」
「ありがとうございます」
一応説明書も確認しますか。
ふむふむ。
あ、これ、サターニャさんの言ってる機能は無いみたいですね。
サトルくんで自分の手を見た後に、サターニャさんに返します。
自分の心を覗くというのは、変な気分になるものですね。
「ではサターニャさん、どうぞ」
「素直じゃない。渡した後に、もう返してもらえないかもって一瞬だけ思っちゃったわ。じんそくつー? とかで」
「そんなことしませんよ」
都合の悪い機械だったらそうしてましたけどね。
「じゃ、早速あんたを覗いてみるわ。隠れても無駄だからね!」
「こころゆくまでどうぞ」
「すみずみまで見てやるわ。どれ……。ぷっ、あんたそんなことを考えていたの?」
「何がわかったか教えていただけますか?」
「ぷぷぷ、笑っちゃうわよ。あんたどんだけ私のことが好きなのよ」
「あら~、そうなんですか」
「これをよく見せようと思ったわね。てっきりあんたには嫌われていると思ってたけど」
「ご満足いただけましたか?」
「天使さえも魅了するとは、私もなかなかの悪魔ね、ふふふ」
「そうですね。ところで、説明書には目を通しましたか?」
「え? 操作説明は見たけど」
「ここをよく見てください」
私はサトルくんの機能説明を指差します。
「そのあたりは、なんかごちゃごちゃしてて読まなかったのよね」
「サトルくんの本当の機能はですね、相手が自分のことをどう思っていてほしいと自分が思っているかわかる、という機能ですよ」
「相手……自分? わかるように言いなさいよ」
「例えば、サターニャさんはガヴちゃんに悪魔として、ライバルとして認めてほしいと思ってますよね?」
「ほしいじゃないわ、させるのよ」
「サターニャさんがガヴちゃんを覗いたら、ガヴちゃんがサターニャさんを認めている様子が見えるはずです」
「ああ、そういうこと。なんとなくわかったわ」
ようやく飲み込めたのか、サターニャさんは少しがっかりした様子です。
「何がサトルくんよ、詐欺じゃない」
「それ、頂いてもよろしいですか」
「いいわよ、使い道も無さそうだし」
そして、ほほがさっと赤みをわずかに帯びたように見えました。
「あれ、ということは、ラフィエルを覗いて見えたものは……」
「サターニャさん、お可愛らしいですね」
「な、な、なんでよ。そんなわけないでしょ! 不良品、不良品だわ。返品してくる!」
サターニャさんが慌てて走り出しました。
サトルくんは私に渡したのに、そんなことを言っています。
「待ってくださいよ、サターニャさ~ん!」
「付いて来るな~!」
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「ということがありまして」
「サターニャも商品の説明くらいちゃんと読んで買えよ……。しかし、双眼鏡か」
「ガヴちゃんも、私を覗いてみますか?」
「いや、いいよ。てか、倍率低そう」
「心とは、近いと思えば近いところにあるものですよ。逆もまたしかりですが」
小さい頃に、おじいちゃんから双眼鏡を借りてバードウオッチングに出かけたことを思い出す。
双眼鏡を使えば、小鳥の柔らかそうな羽毛や宝石のように光る眼をつぶさに観察出来て、ちょっと感動した。
見ることには愛がある。
見られることには何があるんだっけか……。
手を伸ばせば届きそうな小鳥だが、捕まえようとすると映るのは拡大された自分の手のひら。
双眼鏡で得られるのは、目をつむれば消える、光の像だ。
「そのサトルくんとやらは、直接会ってなくても使えるの?」
「さあ、多分使えないんじゃないでしょうか」
「じゃ、いらない」
「おはよう、ガヴリール、ラフィエル!」
朝から底抜けに元気な声に、私とラフィは思わず振り返る。
「あ、本当は私に大好きでいてほしいサターニャさんじゃないですか、おはようございます」
「うっさい、忘れなさいよ!」
#05 自由なき意志――Free without Will――
最近、ヴィーネからの電話が減った。
いや、ヴィーネが魔界に帰ってからそんなに経ってないし、頻度とかいうほどの回数でもないけど。
魔界ので仕事は結構ハードらしく、声には少し疲労が滲んでいた。
だから、電話してくれても、つい早めに切り上げてしまう。
私はといえば、ゲームをする時間が少し減り、代わりに街をふらふらすることが増えた。
すれ違う人の中に導く対象を感じ、一瞬だけ足を止めて、やっぱり見なかったことにする。
そんなこともしばしばだった。
もしかしたら、誰かさんに偶然会えるのではないか、なんて考えていたのかもしれない。
一度、よく似た後姿の別の人を見かけてうっかり声をかけてしまい、流れで道案内をした。
ゲームの世界という、光の速さでないとたどりつけない場所を、モニターという望遠鏡で覗いていた私は、
その外側のもっと大切な景色を見落としていたのかもしれない。
レンズをのぞいたまま歩みを進めては、移りゆく手元の景色に気づくことができない。
思えば天界にいたころは誰かに頼るということもなく、したがって深い関係になることも無かった。
誰かの家に泊まったのも下界に来てからだ。
ヴィーネが魔界に帰ってから、世話してくれる人がいなくても、案外生活は成り立っていた。
大人になるとは、寂しいとか、孤独だとか、そういう気持ちに鈍くなることなのかもしれない。
それとも、天使はそもそもそういう風にできているのだろうか。
ヴィーネも中学時代をもう一度しているみたいだと言っていたし、多分平気なのだと思う。
サターニャは、同じ悪魔がいなくって心細かったり……は、しないか。
あいつはバカだからな。もしくは、楽観的ともいう。うらやましいくらいに。
それに、同じ悪魔なら、会おうと思えばいつだって会える。
ラフィはちょっとわかりにくいところがあるが、どちらかというと、自分のことよりも周りのことを心配するタイプだ。
私だって、多分平気。
いつも通りにゲームだってしちゃうし。
サターニャやラフィ、それに委員長や調理部の田中や上野だっている。
私があんまり落ち込んでいると、世話焼きのヴィーネも心配しちゃうだろうしね。
毎日をそれなりに楽しく過ごせていると思う。
前よりほんの少しテンションが低いのかもしれないけど。
ある平日の午後9時。
ヴィーネが電話をかけてくるのはいつもこのくらいの時間だ。
携帯の充電をしているのは、たまたま切れそうになっていたからであり、他意は無い。多分。
最近の携帯って充電減るのが早いから困るよね。
半分切ってたら不安になる。
残り48%だったら充電してもおかしくない。
なんとなくゲームなり読書なりを始める気になれず、ぼんやりとテレビを見ていると、着信を知らせるランプが光った。
続く着信音が鳴るか鳴らないかというところで電話に出る。
別に、慌てて出たわけじゃないよ。たまたまランプが目に入っただけ。
「もしもし、天真先輩ですか?」
予想していたよりも少し高い、天界で聞きなれた声が聞こえた。
「なんだ、タプリスか」
「がぁ~ん、わたしじゃ、がっかりですよね。すみません……」
「ああ、いや、ごめん。それで何か用事?」
「今日は先輩にご報告があって連絡いたしました」
連絡? ひょっとして、天界に強制送還されるのだろうか……。
それだけは勘弁してほしい。
そうなるにしても、せめてあと数週間ほど猶予をいただきたい。
「なんとわたくしタプリスは、舞天高校に通えることになりました!」
「あ、そうなんだ」
悪い予想は外れたようで、ほっと胸をなでおろす。
「は、反応が薄いです……」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してて。おめでとう、歓迎するよ!」
「ありがとうございます。必死にがんばった甲斐がありました」
「うんうん、先輩として鼻が高いよ。下界でどう振る舞うべきか、しっかり教えてやるからな」
ネトゲのレベリングとかね。
「えへへ。そういえば、最近の下界はどんな感じですか?」
「随分ざっくりした質問だな……」
うーん、と少し考える。
タプリスは、私の周りのことより、下界全般のことの方が興味あるかな。
「人間っていうのは自由なもんだね。最近朝にニュースを見るようになったけど、色んなのがいる。すごいやつも、悪いやつも」
「そうなんですか。あんまり考えたこと無かったですけど、魔界では悪事のニュースばかりなんでしょうか」
「人間を導くっていうのは、本当に必要なことなのかな?」
「はい?」
タプリスが怪訝そうな声を出す。
私は慌てて、早口気味に付け加える。
「これが正しいっていうのを押し付けているだけで、人間の自由を奪っていることになるんじゃないかって気がしてる」
なんだか最近、サターニャとラフィは私に遠慮しているというか、妙に優しい感じがしていた。
多分私が元気がないと思っているのだろうが、いつも通りフランクに接してほしかったりもする。
だって、落ち込んでいないといけないような気がしてくるから。
そして、気分が沈んでいるのが本心なのかわからなくなってしまうから。
以前と変わりなく話してくれるタプリスに少し安心して、つい口を滑らせてしまった。
「これから下界で導きの実習をする私に、それを問います……? さぁ、私は天の御心に従うまでですから」
「タプリスはまじめだね」
「天使ですからね……。そもそも、人生の何割がその人の自由になると言えるのでしょうか?」
その言い方からすると、どうやら十割ではないらしいね。
話の腰を折りたくないので、黙って聞くことにする。
「例えば、人間は自分の意志で自分の心臓を動かせません。
ですが、意識しないと動かせないとしたら、一生を心臓のことを考えるだけで終えてしまいます」
それは詭弁じゃないかな。
善悪は、そういう動物的な、運命的な部分を超えた領域じゃないかと思う。
天界では、神様の方針が正しいと習うけど。
「自由とは、両極の間にいるということです。人間は天使にも悪魔にも、いえ、神様にも魔王にもなれる」
確かに神と呼ばれる人間は、ネット上にたくさんいる……そういうことじゃないよね。
「そしてできるなら、神様としては子供である人間には自分と似た存在になってほしい。
それが親心ではないですか? 私が神様を代弁するなど、畏れ多いことですが」
多分、タプリスは正しい。ラフィとか、他の天使に聞いてもそう言うと思う。
よく言えば和の心、悪く言えば同調圧力。
人はみな天、すなわち空を信じる。
そしてそれが発する伝令、あるいは気、つまり空気を読み取る。
空気とは理性ある生命たらしめるもの……なのかね。
ああ、ダメだ。
嫌なことを考えてしまっている。
私はひねくれたやつになりたくなんてない。
タプリスは純粋で、まっすぐで、正直で、疑うことを知らない。
私には、ちょっとまぶしく思えるほどに。
「うん。タプリスなら、きっといい天使になれると思う」
「その前に、天真先輩をきっと更生させてみせますからね!」
「お手柔らかに頼むよ」
やんわりと、早々に電話を打ち切る。
みんな更生っていうけど、私はそんなに間違ってると思ってないからね? 一応。
タプリスからの電話があった次の日の夕方、私は夕飯の準備をしていた。
メニューはカレー。
たくさん作っておけば、ひと手間加えることで違った楽しみ方ができる。
焼きカレー、ドリア、コロッケなどなど。
そのまま冷凍しておいてもいい。
おまけに、作るのが簡単で、失敗しない。
私は天界にいたときから、なんとなくダメな気分のときには、洗濯とか、風呂掃除とか、絶対に成功することをするようにしている。
自分にはまだできることがある、必要とされていると感じることができるからだ。
野菜を切りながら考える。
心とは、玉ねぎのようなものだ。
本心は何層にもかけて殻で守られているように見える。
皮というにはひび割れやすいそれを、慎重に剝いでいく。
いくら剥いてもきりがなく、きっと最後には何も残らない。
捨て去ったその殻が本当は大切な物だったのかもしれない。
サターニャじゃないけど、今日の玉ねぎは目にやたらとしみるみたいだ。
#06 空に浮かぶ月――The Hole in the Sky――
ある土曜日の午前11時。
最近は休日にも朝から活動している。
掃除を済ませ、昼食を作ろうとしていると、チャイムが鳴った。
ぴんぽーん、ぴぴぴぴぴぴんぽーん。
むやみやたらど連打するこの鳴らし方をするのはあいつしかいない。
「ガヴリール、サタニキア様が構いにきてやったわよ。開けなさ~い!!」
「ちょ、近所迷惑だからもうちょっと静かに鳴らせ……って、なんでそんなに避けてるんだ?」
「前回この鳴らし方をしたときを思い出して、つい」
「ふーん。ま、とりあえず入れば」
「邪魔するわ! ……案外片付いているのね」
「そりゃ掃除くらいするよ」
「ちょっと前までのあんたに煎じて飲ませたいセリフね」
「ところで魔界ではネギをお菓子代わりに食うのか? 私は生はきついぞ」
「そのままかじるわけないでしょ! 感謝しなさい、昼食を振る舞ってあげるわ!」
「いや、今から作るところだったんだけど」
「あら、そういえば最近自炊してるんだっけ」
「できるまでちょっと待っててよ」
「それなら晩御飯は私に任せてもらおうかしら。今夜はカレーよ」
「カレーなら玉ねぎだろ」
「え? うちのには長ネギ入ってたわよ」
「てか夜まで居座る気かよ」
「嫌?」
「私は構わないけどさ」
「待っているのも暇だし、共同戦線を張ってあげようじゃない! 悪魔的調理――DEVIL'S キッチン――の開演よ!」
「いや、お客様は漫画でも読んでてよ。たまにはお前に何かしてやりたいしさ」
「そ、そう? 悪いわね」
こいつは味覚が壊滅的だからな。オリーブオイルを一瓶丸ごと使いかねん。
うちにはオリーブオイルなんてオシャレなものは置いてないけど。
「はいよ、親子丼できたよ」
「うえぇぇえ、ぐすっ……ガヴ、ガヴリールぅ……。ひっぐ」
「え、なんでそんな号泣してんのさ」
「だってこれ、レイが儀式の生贄に、なって……フォンが……止めようとしたのに……ぐすっ」
「ああ、これ読んだのか。悪魔なんだし、生贄とか嬉しいんじゃないの?」
「はぁ!? そんなもん嬉しくもなんともないわよ。死んだらおしまいじゃない!」
「そ、そう」
悪魔にそんなことを力説されるとは思わなかった。
「どうせ供えるなら、お菓子とか、ぬいぐるみとか、そういうのにしてほしいわ!」
「随分ファンシーだな。童話のお姫様かよ。ていうか、サターニャって漫画とか読めたんだ」
「どういう意味よ」
「いや、結構漢字とかあるし」
「ふふん、私ほどの悪魔になれば、ストーリーを察することができるのよ」
「察するってなんだよ。読めよ」
「絵を見ればね!」
「読んでねぇ、眺めてるだけかよ!」
「それにしても、かわいそうすぎるわよこれ……ぐすっ」
「まあ、大丈夫だって。主人公たちは七回ほど生まれ変わって、六巻でハッピーエンドっぽく終わるから」
「そうなの? ……決めたわ。今日はこれを読破するまで帰らない!」
「じゃあ今日は泊まりか? 別にいいけど」
「そんなに読むの遅くないわよ!」
「ああ、そうか。絵しか見てないからな」
「うるさいわね、読めるところは読んでるわよ」
「あ、でも三巻だけ無いんだけど」
「なんで途中だけ無いのよ!」
「期間限定で、ネットで読めたんだよ」
「なんで揃えないのよぉ、気持ち悪くないの!? 信じられない」
「いや、一回読んだし」
「昼ごはん食べたら買いにいくわよ!」
「えー、私も?」
気を取り直してサターニャと昼食を食べ始めた。
サターニャはリスみたいに口いっぱいに頬張って食べている。
見ていて気持ちのいい食べっぷりだ。
「ガヴリールにしてはおいしくできてるじゃない。ほめてあげるわ」
「お褒めにあずかり光栄だよ」
思えば料理を家族以外に振る舞ったのは初めてかもしれない。
ほめられると悪い気はしない。
今度ヴィーネに料理を作ってもらったら、もっとちゃんと言葉に出そうかな。
自分でもちょっとだけ、いつも一人で食べてるときよりはおいしくできたかなって思った。
まあ、サターニャは何を食べてもおいしいって言いそうだけどね。
でも、案外それって幸福なことなのかもしれない。
高級なものでしかおいしいと思えないのなら、それは呪いだ。
「たまには魔界の料理が恋しくなったりしないの?」
「月一くらいで魔界の食材をお母様に送ってもらっているわ」
仕送りとか、優しい両親じゃないか。悪魔とは一体……。
「でもまぁ、せっかく下界にいるんだから、下界を楽しまないとね」
「下界に来たのは、高校生になって初めてなのか?」
「ううん、小さい頃に一度だけ、こっそり下界に来たことがあるの。下界行の荷物に紛れ込んでね」
「無謀さは成長してないんだな」
「どういう意味よ」
「いや、サターニャはチャレンジ精神に溢れてるって話だよ」
「ふふん、そうでしょ?」
多分、サターニャがやたらと体力があるのは、昔から何でも全力だったからなんだろうな。
そして、片っ端から空回ってたんだろう。
こういうのが娘だとかわいいんじゃないかと思う。
「そのときはよく知らなかったんだけど、走っている車がすごくかっこよかったし、
お店のドアなんかも前に立っただけで開いて、魔法みたいだった。絶対に将来は下界での仕事がしたいって思ったわ」
こいつも小さい頃から下界に憧れていたのか。
そう考えると案外私と似ているのかもしれない。不本意だが。
「辺りが真っ暗だったから、何か幕のようなものでおおわれていると思ってた。
そのとき、空を見上げてびっくりしたわ。丸い穴が開いて、光が漏れているんですもの」
「そのとき、一瞬だけ、私じゃ勝てないって思ってしまったわ。
神があの丸い穴から下界を見通しているとしたら、とても悪事なんて働けないじゃない」
サターニャは懐かしむように目を細める。
「そのあと、魔界に連れ戻されてから知ったわ。あれは覗き穴じゃなくて、月という衛星なのだと。
穴だと思っていたものが、実はその逆で、球」
「魔界からは星とかって見えないの?」
「曇りがちであんまり見えないわね。月みたいなのは無いし。
でもまあ、こういう思い込みってよくあるんじゃないかしら。筋肉痛が長引くと思ったら、重大な病気だった、みたいな」
「あーあるね。そうそう、今まで黙ってたんだけど、私実は天使だったんだよ」
「え、嘘でしょ!?」
「どっからどう見ても天使に決まってるだろ、なんでだよ!」
「いや、大悪魔サタニキア様の慧眼によると、ガヴリールは天使じゃないわ」
「そうかい、自分でも知らなかったよ」
「ふふん、まるっとお見通しよ。ガヴリールは駄天使だってね!」
「はいはい……」
親子丼を咀嚼しながら考える。
もし私が本当に堕天したとしたら、どうなるのだろうか。
「いっそのこと、本当に堕天して悪魔にでもなっちゃおうかな」
「あんまりそういうことは言うもんじゃないわよ」
サターニャが私の目を見る。
なんとなく居心地が悪くなり、私は視線をを手元の皿に移す。
「案外いい選択なんじゃないかな。そうしたら、高校生活が終わっても、ヴィーネとサターニャと離れなくても済む。
ラフィエルは優秀だから、魔界と行き来する権限もきっと取得できると思うし」
「ガヴリール、ちょっと歯を食いしばりなさい」
「は?」
私が返事をするや否や、サターニャが私のほほを平手打ちした。
バシッと派手な音がしたように思えるが、そんなにひりひりしないので、手加減してくれたんだと思う。
「いっつー……。いきなり何しやがる」
「そんなこと、軽い気持ちで言うことではないわ。それとも天使としての矜持っていうのはその程度なのかしら」
声色から分かった。
サターニャは本気で怒っている。
「どちらにしても、こんなにしなびた天使なんて、ろくな悪魔にならないわ。こっちから願い下げよ」
「……すまない」
「わかればいいのよ」
悪魔としては私を堕天させることは高ポイントなはずだと思う。
それでも止めるのは、私のためにならないから。
サターニャは、誰よりも純粋で物事に真っすぐ。バカなことに思える行動も、本人にとっては大真面目。
タプリスが悪魔だったら案外こんな感じかもしれない。
こいつは最初からクライマックス、というか、最初だけクライマックスって感じだけど……。
意外と面倒見のいいところもあるから、多分、私を気遣って今日は来てくれたのだと思う。
私は犬でも使い魔でもないけど。
サターニャが長く話していたせいか、私の方が先に食べ終わってしまった。
「サターニャ、早く食べろ」
「急かすんじゃないわよ」
「本を買いに行くんだろ? 前にヴィーネと行った喫茶店が近くにあって……ついでに、行こう」
「私と?」
「嫌だったらいいけど」
「ふぅん」
ああもう、行くかどうか答えろよ。
そのにやけ顔やめろ!
ちなみに、その日の夕方に食べたサターニャ作のカレーは、やつの壊滅的な味覚に反して普通においしい和風カレーだった。
謎だ。
#07 水面に浮かぶ横顔――The Souls in this World――
ある日の放課後。
バイトもないのでまっすぐ帰ろうと教室を出ると、ラフィに呼び止められた。
「ガヴちゃん、たまには一緒に帰りませんか?
」
「今日はサターニャはいいのか?」
「なんか、通販で買ったものの配達の時間指定を間違えたとかで、さっき慌てて帰ってましたよ」
「ふーん。そっか」
「なんだか天界にいたころを思い出しますね」
「そうだな」
「そうだ、コーヒーでも飲んでいきませんか?」
「コーヒーはあんまり得意じゃないんだがな」
「ヴィーネさんに連れてきてもらったお店が近くにあるんですよ」
「いいよ、行こう。帰っても暇だし」
「ゲームはいいんですか?」
「なんか最近あんまりやる気が出なくて。ログインボーナスは一応もらってるんだけど」
「あらあら、これは重症ですね」
「まあな……」
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「ここかよ……」
「おや、すでに知っていましたか?」
私はラフィに連れられて店の前に立っていた。
知っているも何も、バイト先だよ。
今日はシフト入ってないし、別にいいけど。
「いらっしゃいませ。おや、天真くん」
「マスター、すんませんが、今日は客なんで」
「わざわざ来てくれるなんて、嬉しいねぇ。くつろいでいっておくれ」
「へい」
「今日は客? おや、そういうことでしたか」
「私がシフトの時は来るなよ」
「ええ、わかりました」
ラフィがすごくいい笑顔をしている。
ああこれは絶対来る。
多分サターニャあたりと一緒に。
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「この前、天使として導いたそうですね」
委員長のことかな。
気づいてたか。
「たまたま、気が向いただけだよ」
「下界はまだまだ働き甲斐がありますからね」
「そうだね。身近にも、友達をおもちゃにして遊ぶやつがいるし」
「まぁ、そうなんですか?」
「ああ。激辛シュークリームを食べさせようとしたり、犬の真似をさせようとしたり」
「あらあら、悪魔のような方ですね。同じクラスの方ですか?」
「いや、隣のクラスだよ」
「そうなんですか。なるべく早く更生させませんと。明日教えてくださいね」
「うん」
「このコップに入った水を覗けば、その方は見つかりますかね?」
「なんだ、わかってんじゃん」
「天使の直感ですよ」
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「最近は生活も見直しているみたいですね」
「一応ね。学生としての義務ってやつ?」
「ガヴちゃんは、天界にいたころの自分のことを、強かったころの自分と思っているんですね」
「強いも何も、全部私だよ」
「動じていないと、平気だと思うために、強い自分に戻ろうとがんばっている」
ほら、またこういうことを言う。
そんなんじゃないのに。
天使が天使らしいことをして、おかしいのかな。
「頼らないことは、強いことではないんですよ」
「うん、そうだね」
私は本当に、平常運転なんだって。
でも、あれなのかな。平気だっていうのがおかしいのかな。
薄情だっていうことなのかな。
「そうだ、サトルくんで自分の手のひらでも見てみますか?」
「いや、いいよ。自分のことは自分で決められると思うし」
「お待たせしました。こちらブレンドです」
「ありがとうございます」
「天真くんは、適当に甘いのということだったから、カフェオレにしてみたよ」
「あざーす」
「私、このブレンドコーヒー好きなんですよ。なんというか、調和がとれていて」
「おお、そういってくれると嬉しいねぇ。実は私、ブレンドコーヒーには少々自信があってね……」
ああこれ、話が長くなるパターンだ。
今、店内には私たちしかいないし。
だったら、たまには別のことでも聞いてみようか。
例えば、何のために働くのか、なんて。
「マスターってなんで喫茶店なんてやってるんすか?」
「ん? それは、前にも言ったけど、自分の大好きなコーヒーをお出ししたいと思ったからだよ」
「よくわからないですけど、自営って大変なんじゃないですか? 趣味でよくないですか?」
「ガヴちゃん、失礼ですよ」
「ああ、それは……天真くんもいつかわかるんじゃないかな。それは、私が感動したからだよ」
「感動?」
「実はね、この店を始める前に、公務員試験に合格していたんだ。大学の卒業旅行先で出会ったのがこのコーヒー豆のひとつ。
その味、香りに人間の及ばないものを感じた……。人間が淹れたものだけどね」
就職を蹴って開業したのか。
意外と博打打ちなんだね、このマスター。
「いいものは他の人にも知ってもらいたくなる。天真くんだってそうだろう?」
「確かに新作が出たらレビューとかやたらと書きたがる奴っていますね。私は私が楽しめればそれでいいですけど」
「極論を言ってしまえば、私がどう生きていようと世の中にはほぼ影響がない。
逆に、世界がどうあっても大半のことは私に関係がない。そもそも客観的に価値のあるものなんて、存在しない」
ニヒリズムというやつだろうか。
本質的にかけがえのないものなんてないとすれば、それは人間の長所でもあるように思える。
だって、何度だって新しく始められるってことだから。
かけがえのないものを自分で選べるということだから。
「でも、私にとっては、コーヒーはどうでもよくないって思えたんだ。天真くんもそういうものが見つかるといいね」
「へい」
「素敵な志ですね」
ラフィが優しく微笑む。
どうでもよくないもの。なんだろうね。
ゲームとかかな。いや、最近あんまりしてないしな。
対面のラフィにちらりと目を向ける。
気が付いたラフィは、にこりと見返してきた。
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「……という感じで、先週も導いてきましたよ」
「へぇ」
ラフィとゆっくり話をするのは久しぶりかもしれない。
クラスも違うし、意外と二人になる機会がなかった。
ラフィはみんなといるときは聞き手に回ることが多いが、二人になると結構話してくれる。
彼女は好感度がゼロか百かみたいなところがあり、天界ではいつも一緒だった。
だからつい、天界にいるときみたいに、青臭い話を持ち掛けてしまった。
「人間の友達の話なんだけどさぁ。ちょっと変な奴がいるんだよ」
「どんな方ですか?」
「そいつが小さい頃、親友が事故で亡くなったらしい。当時はすごく悲しんで、毎日友人のことを考えていたそうだ。
そして、年月が経ち、悲しさも薄らいだ。」
「時間は偉大ですね。どんな傷も癒してくれます」
「当時は半身を失ったみたいに思っていたのに、今はあんまり寂しいと思えなくなった。
そのことが悲しいんだと。これっておかしいと思う?」
「そうですね……」
ラフィは何かを察した様子で、唇に指を当てて少し考えると、静かに話し始めた。
「天界の学校でも習いましたよね? 永遠の別れなんて無いって。魂は循環する。
生まれ変わってもまた出会う。縁ってそういうものじゃないですか」
「だから、忘れたっていいんですよ。また関係を築けばいいんです。
さようなら、はじめまして。人とはそういうものです。」
「それは、そうなんだけどさぁ」
「でも、また会える人を忘れちゃうのは、ちょっと薄情かもしれませんね」
「いや、そういう話じゃないんだけど」
「大丈夫ですよ。きっとすぐ会えますって」
「へい」
「会えないのは仕方がないんですから、その分他の人にも目を向けてみてはいかがですか? サターニャさんとか」
「いや、あいつは放っておいて突進してくるからなぁ」
「それに、たまにはこうして私に構ってくれてもいいんですよ?」
また私は甘えてしまった。
でも、会えなくなることなんてないと、ラフィにそう言ってもらえると、少しだけ気分が楽になった。
いつ帰ってくるとかそういう話がまだ一切出ていないので、このままずるずると長引いて、
そのまま卒業なんていう一抹の不安もあったのだ。
人は急所ほど撫でられると快感なのだという。おなかとか背中とか、頭とか。
話していてギリギリまで踏み込むも、絶対に致命的なことは言わないラフィは話していて安心できる。
ラフィはちょっと意地悪なところがあるけれど、それは臆病さの裏返しだ。
ちょっかいをかけて、許される。それによって好意を確認しているのだと思う。
慎重なラフィは石橋を叩かずにはいられないのだろう。
ちょっとばかり手の込んだ叩き方だけど。
「ん。善処するよ」
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マスターが帰り際に声をかけてきた。
「カフェオレはどうだったかな、甘くて飲みやすいだろう」
「ココアの方が好きっす」
「だよね! もっと甘い方がいいよね!」
#08 空の殻――The Vanity in shells――
その夜、ヴィーネから電話がかかって来た。
そこそこ時間の空いた電話だ。一週間ぶりくらいか?
せっかくなので、ちょっとからかってやることにした。
「こんばんは、ヴィーネ。魔界の方はいかがですか?」
「な、なによガヴ、その話し方」
「何って、私はいつも通りですよ?」
「まるで初めて出会った時のような……鳥肌が立ったわ」
「夜は冷えますからね。お風邪など召されぬようご自愛くださいね」
「え、ええ。ありがと……」
「お仕事はどうですか? 小学生の相手は大変だとのことでしたが」
「ああ、うん。最近は扱いもわかってきたし、大丈夫よ、うん」
優等生の口調で十分ほど話した。
久しぶりに演じると肩がこる。
ヴィーネも若干戸惑っているようだった。
「そうなの、すっかり天使に戻っちゃったのね」
「ええ、今までの自堕落な生活を悔い改めたんです」
「ちゃんと学校行ってる?」
「ええ、宿題も予習もきちんとしていますよ」
「そう……」
「はい……」
「……」
一瞬会話が途切れる。
電話で相手を確認する手段は音声のみ。
喋るのをやめてしまえば、本当に相手がいるのかどうかわからなくなってしまう。
ヴィーネ、少しは疑えよ。
私がそんな簡単に下界での生活をあきらめるわけないだろう。
更生させるんじゃなかったのかよ。
「……なんてな、嘘だよ。本当はネトゲしまくり、部屋もお肌も荒れまくり」
「な、なーんだ、そうなの」
「元の方がよかった?」
「いや、今の方が安心……しちゃだめよね、これ」
さっきまでは困惑気味だったヴィーネも、ようやくいつも通りになった。
「わかるよ。ヴィーネの心が焼きたがっているんでしょ。世話を」
「そんなに肌荒れひどいの?」
「へ?」
予想外の質問に思わず変な声を出してしまう。
「ガヴは陶器みたいなつるつるの肌してたのに、よっぽどひどい生活なのね。心配だわ」
「ああ、いや。冗談だから。もう水とかはじきまくりのぴっちぴち。傘とかカッパが要らないくらい」
「そ、そうなの……。はいはい。濡れて帰っちゃだめよ。風邪ひいたら、誰が世話すると思ってるのよ」
「え、それは……」
「……あ、ごめん。つい。でも、本当に体調には気を付けなさいよ」
「うん、そうだね。気を付けるよ、ヴィーネお母さん」
「だれがあんたの母親よ」
「……じゃあ、おやすみ。ヴィーネも無理しないでね」
「うん。またね、ガヴ。おやすみなさい」
ヴィーネはやさしい。
相手の立場に立つということができる。
私に世話を焼くのだって、私が健康に生活できるようにするためだ。
クラスで孤立しがちなサターニャを昼食に誘おうと言い出したのはヴィーネ。
サターニャが気になっていたラフィエルと積極的に仲良くなろうと、放課後に誘ったのもヴィーネだ。
イベントが好きで毎回全力っていうのもきっと、みんなが喜ぶ姿が見たいからだと思う。
ハロウィンのときなんて、全員分の衣装を作っちゃってさ。
まったく、大した悪魔様だ。
私は天界にいたときは、優等生で、タプリスにもやさしい先輩と評されていた。
でもそれは、本当にやさしさだったのだろうか。
みんなにやさしかったのではなく、みんなに礼儀正しかっただけ。
本当は、みんなに平等に冷たかったのではないだろうか。
私の根っこの部分は、冷徹なんじゃないかと、そういう気がしてきている。
ヴィーネがいなくて寂しいというのは、それが礼儀だからで、本当は寂しくない……?
携帯の着信音で、はっと我に返る。
電話がかかって来たらしい。画面に表示されている名前はサターニャ。
「ちょっとあんた、このサタニキア様の電話なのよ。ワンコールで出なさい。私の貴重な時間が減るじゃない!」
「は? 切るぞ」
「あっ、あっ、ちょっと待って! 用事があるのよ。切らないで!」
「なら、それ相応の態度があるだろう。私の貴重な時間が減るんでね」
「ご、ごめんなさい……」
「いいよ。それで、用事って?」
「ありがと……。そうだったわ。ちょっと聞きたいことがあって」
「何?」
「ガヴリールの好きなトイレットペーパーって何?」
「切るぞ」
「待って! 真面目な話なの!」
「どこが真面目なんだよ。トイレットペーパーに好きも何もあるかよ」
「魔界から、女子高生の好きなトイレットペーパーを調査しろっていう課題が来てるのよ!」
「ああ、そう……。てか、天使に聞くか?」
「一応女子高生でしょ。さっさと答えて」
「えー……。なんだろう。ダブルで、厚めのやつ、とか」
「贅沢!」
「お前が聞いてきたんだろうが! あーもう、本当に切るぞ!」
「あ、ガヴリール」
「なんだよ」
「ありがとう。また学校でね」
「別にいいよ。またな」
通話を切り、風呂に入ろうと立ち上がると、再度着信があった。
サターニャのやつ、何か聞き忘れたことでもあったのだろうか。
「もしもし」
「夜分遅くにすみません、ガヴちゃん」
「あ、ラフィか。どうした?」
「いえ、大したことではないのですが。ちょっとお尋ねしたいことがありまして」
ん? どこかで聞いた話だぞ。
「ガヴちゃんの好きなレバニラって何ですか?」
「お前もかよ! レバニラなんて食べたこと無いからわからん。レバーが苦手だから」
「そういえばそうでしたね。その、天界から女子高生の好きなレバニラを調査するようにと……」
「ああ、うん。知ってた」
「夜遅くにすみません。ありがとうございました。ではまた」
「うん。おやすみ、ラフィ」
今度こそ携帯を机の上に置き、着替えを用意して風呂へと向かう。
今日はなんとなく湯を張ってみていたので、ゆっくりつかろう。
ちょっと前ならネトゲに費やす時間が減るのでシャワーで済ませていたが、まぁ、たまにはいいだろう。
湯船につかりながら、さっきの電話を思い出す。
音声は、形に残るものではない。
だから、電話で話をしたということは、二人が覚えている限りでのみ事実となる。
実家の電話は着信履歴なんて残らなかったから、本当に通話なんてあったのか、なんて不安になったりもした。
私は電話よりも手紙の方が好きだった。
だから、下界に来てメールやチャットを始めたときは、すごくうれしかった。
そのときの楽しい気持ちも、数十バイトの文字列と一緒に保存されていて、見返すことで再生されるような気がしたから。
楽しかったという、証明を得たように感じたから。
ヴィーネと電話のやり取りだけになってから、そろそろ一か月が経つ。
そういえば、さっきの電話でサターニャもラフィも大変そうだった。
こいつら、この手の課題を毎回直接聞いて回っているのか?
インターネットを使えば楽なのに。
今度教えてやろう。
それにしても、あの調査内容、毎度のことだが意味不明にしてもほどがあるだろ。
しかし、魔界も天界も人間の嗜好を気にしているのは事実だ。
というのは、おそらく好きという感情が最も原始的だからだと思う。
全ての感情はきっと、どんな風に好きか、あるいは嫌いか、というのを様々に表現している。
だとすれば、私がぐだぐだと考えてきたことは、どちらだろうか?
色々と修飾語を付けて、わざわざわかりにくくしていただけような気がしてくる。
議題は多分、もっとシンプルだ。
ヴィーネはどっち?
サターニャやラフィ、みんなのいる下界の生活は? ゲームは? 天使としての務めは?
そんなの、決まっている。
ふと思いつく。
たまには私からヴィーネに電話をかけてみようか。
ま、今度気が向いた時だけどね。
私は湯船から勢いよく立ち上がる。
少しのぼせていたらしく、軽いめまいがした。
#09 誰かの中の誰か――"Gavriel" in Vignette――
さらに数週間が経過した。
魔獣の封印はちょっと長引いているらしい。
最近、たまにヴィーネに自分から電話をかけるようになった。
さらに気が向いた時には、人助けのようなこともするようになった。まだ数回だけどね。
かといってゲームをやめたわけではなく、少し前よりも、時間的にはむしろちょっと増えていた。
今日は土曜日。
朝から家事をさっさと済ませて、ゆっくりゲームでもしよう。
そんなことを考えていると、チャイムが鳴った。
ぴんぽーん、ぴんぽーん。
間を空けて二回。
この鳴らし方には覚えがある。でも、まだ来られないはずじゃ……?
部屋で立ち尽くしていると、勢いよくドアが開いた。
「ちょっとガヴ、いるんでしょう? 開けなさいよ!」
「あ、ヴィーネ。……おかえり」
勝手に開いたドアの先には、一か月ぶりの彼女の姿があった。
「えっと、うん。ただいま。入っていい?」
「ど、どうぞ」
「おかえりなんて、ここが私の家みたいね」
ヴィーネは楽しそうにそう言って靴を脱いだ。
ちょっとびっくりしてしまって、何と声をかけるべきかわからない。
「昨日の夜帰って来たの」
「そうなんだ」
「驚いた。ちゃんときれいにしてるじゃない」
「電話でも言ってたでしょ? やればできるんだよ、私は」
「本当に、私がいない方がガヴのためになるんじゃ……」
「あーでも、急にちゃんとする気が無くなったかも。ヴィーネがいなくなったらゴミ屋敷で餓死するかも」
「何よそれ。嘘ばっかり」
「……うん、そうだね、嘘。これからは、少しだけちゃんとする」
ヴィーネのありがたみは十分身にしみたよ。
「そう」
「少しだけって言ってもアレだから。ヴィーネがいないと成り立たない程度の少しだから」
「それはもうちょっとちゃんとした方がいい」
ヴィーネは呆れたように笑った。
「お昼はまだでしょ? 材料買ってきたから、作ってあげるわ」
「お願いするよ」
いつもなら、ヴィーネが料理をしている間はゲームをしていて、会話は特にない。
その空気に居心地の良さを感じていたが、今日はなんとなく、台所に立つヴィーネに声をかけてみることにした。
「シェフ、今日のメニューは」
「カレーよ」
「その心は」
「いや、心とか言われても。なんとなく」
「私、ヴィーネのカレー好きだよ」
「ありがとう。私、皆と食べるカレーって好きなの」
「家庭の味って感じだよね」
「カレーって、簡単にたくさん作れるでしょう? みんなで食べるのに向いてるわよね」
「余っても冷凍すればいいしね」
「私が怒られた時にはね、いつもお母さんはカレーを作ってくれたの」
「そうなんだ」
「だから、私にとってカレーは赦しの味なのかもしれない」
「悪魔の赦しねぇ」
料理は電話と似ている。
食べ終わってしまえば、目に見えるものは何も残らない。
実現された味は一度限り、食べながらする会話は一度限り。
物事は希少であるほど価値があるとするならば、いや、そうでなくとも、誰かとの食事は多分かけがえのないもの。
具体的にいつ何を食べたかなんて忘れてしまってもきっと、残るものがあるのだと思う。
「わざわざ私の家に来て料理を作るなんて、大変じゃないの」
「大変じゃないって言ったら嘘になるけど、嫌じゃないわよ。一人で食べるのって苦手だし。まぁ、誰でもいいって訳じゃないけど」
「そうなの」
誰でもいいんじゃないのか。
そっか、そっか。
「なによ、にやにやして」
「別に、なんでもないよ」
「……一人でいるとね、つい考え事をしちゃうでしょう。
明日のために、一年後のために、大人になったときのために、自分のために」
誰かさんも同じようなことを考えてましたね。
高校生とはそういうことをつい考えちゃうものなのかね。
「そうして頭の中がぐるぐるしていると、「ために」がたまってきちゃって、たまらない気分になるわ。だから、その「ために」を誰かに預けるの。
誰かのためにってね。「ために」はきっと、終着点なんてなくて、循環するものだと思うわ。」
なんだかラフィとした魂の話みたいだ。
縁っていうのは、「ために」の網目のことなのかもしれない。
「だから、ガヴに料理を作るのは好きよ。一心に食べるガヴを見ていると、こっちも嬉しくなるわ」
「もういっそ、うちに住む?」
「それじゃあガヴのためにならないじゃない。私のためにもね」
「そうかなぁ」
「私が済んだらゲームも厳しく制限するわよ」
「あ、やっぱ今のナシで」
思ったよりも普通に話せていると思う。
一か月とちょっとも顔を合わせていなかったら、多少ぎくしゃくするかと思ったけど、そんなことはなかった。
これで私たちはいつも通り。
いや、ヴィーネがいない間も普段と変わらなかったし。
つまりその、特に事件なんてなかった。そういうことだ。
だから、今日も別に特別なんかじゃない。
たくさんの中の一回だよ。多分。
「ほら、できたわよ」
「待ちかねた」
「なんか偉そうね」
ヴィーネはトレイに載せた料理をテーブルに並べる。
本当に、心から待ちかねていたのだと思う。一か月ほどね。
「いただきます」
「いただきます。腕が鈍ってないといいんだけど」
正直に言うと、もう会えないんじゃないかと、たまに不安になることもあった。
極々たまにだけど。
幸せにはいくつかの種類がある。
新作のゲームができて幸せ。
新刊の漫画が読めて幸せ。
いわば、足し算の幸せ。
でも、別の種類の幸せ、引き算の幸せというのもある。
例えば、体が健康であることの幸せは、転んでひざを擦りむいたときに実感する。
これから予想される、ヴィーネが帰ってきた、いつも通りの日々に思いを馳せる。
今日のカレーはいつもより辛いらしい。
顔の、主に目のあたりが火照ってきた。
汗だってちょっとかいている。
あんまり辛いのはダメだって言ってたのに、ヴィーネのやつ、忘れちゃってたのかな。
でも、今日はちゃんと、おいしいって言おう。
「ガヴ、あんた……」
なんだよヴィーネ。食べながら話すのはマナー違反だぞ。
「……泣くほどおいしかった?」
「泣いてなんて……ぐすっ……いないだろ……」
「はいはい、そうね」
「辛かったんだよ。次からは、甘めで……ぐすっ」
「わかったわ」
「ヴィーネ、その……」
「なぁに?」
ヴィーネはやさしく返事をしてくれる。
ヴィーネばっかり余裕ぶっちゃってさぁ。
そういうところが……。
「電話くれて、ありがと……」
「……私も、ガヴと話せて楽しかったわよ」
その後は、二人して黙ってカレーを食べた。
スプーンのかちゃかちゃという音と、コップを置く静かな音と、誰かが鼻をすするような音。
何か音楽くらいかけてもよかったのかもしれないが、私にはその静けさが心地よかった。
「ごちそうさま。その……おいしかったよ」
「お粗末様。水につけておいてね」
「食器くらいは、私が洗うよ」
「え?……今なんて」
「洗い物はするって」
「あのガヴがそんなことを言うなんて……明日はラグナロクかしら」
「大げさ。それに、ラグナロクなら今起こしてもいいんだけど」
久しぶりにラッパを取り出して見せる。
「いや、それはしまいなさい」
「そう、ガヴも成長したのねぇ。いや、元に戻りつつあるだけ……?」
「それとさ、ヴィーネがいない間に、ちょっとだけ料理できるようになったんだ」
「まぁ、そうなの」
「まだヴィーネほど上手かないけど、今度作るから、食べてみてよ」
「ええ、楽しみにしてるわ」
「その代わりに、握手をして」
「握手? いいけど」
「私に黙ってどっかに行ってしまわないっていう、誓いの握手を」
「……わかったわ」
夜空に浮かぶ月は、現在の月ではない。
目に映る月は約一秒前の姿。
高性能な望遠鏡ほど、見えるのは遠い過去の景色。
目の前にあるものが、「今」、確かに存在することを確かめるにはどうするか?
それは、直接手を触れるより他にない。
「甘えん坊さんね」
「うるさい」
「そんなに寂しかったの?」
「……全部、忘れちゃったよ」
ヴィーネの手は、あったかくて、やわらかくて、やさしかった。
#10 変わらない日常――"Some as Usual."――
「ヴィネット、ご苦労ね。よく帰ったわ!」
「ヴィーネさん、おかえりなさい」
翌週の月曜日からヴィーネは再び登校してきた。
案の定サターニャのテンションが高い。
ラフィもいつにもましてにこやかだった。
ヴィーネは魔界での様子を色々と語ってくれた。
面倒を見ていた子供たちから寄せ書きをもらうくらいに、いい先生をしていたらしい。
「私がいない間はどうだった?」
「安心しなさい、ヴィネットがいなくともこの学校の支配は着々と進めていたわ。すでに陥落寸前よ!」
「いつも通りでしたよ~」
「あんまり変わってないみたいね」
「話を聞きなさいよ!」
「まあでも、ガヴちゃんは、ちょっとしおらしくてかわいかったですけどね」
「そんなことないぞ」
「いーえ、そんなことあったわ。餌付けにも成功したし、ガヴリールはもはや私の軍門に下ったといっても過言ではないわ!」
「だからやたらと食堂に誘ったり、家に来たりしたのか」
「私のことを尊敬してやまないはずよ」
「いや、全然」
「自らの心に戸惑い、偽るのも無理ないわ。一応天使だしね」
「サターニャさん、ガヴちゃんが元気ないって私に相談してきましたもんね。同じ天使ならって……」
「ちょ、ラフィエル、余計なことを」
「あ、そういえば私にもガヴの好物を聞いてきたわね」
「ヴィネットまで!」
「へぇ、ふぅ~ん、そうなんだ」
「な、なによガヴリール、その目は」
「お前、どんだけ私のこと好きなんだよ」
「だ、か、ら、戦略なのよ、戦略! そもそもつけ入る隙を見せるのが悪いわ。そんなんで将来どうすんのよ」
「将来かぁ」
「やっぱりガヴは下界でぐーたらしてたいの?」
「いや、天界で外交の仕事に就くのもいいかと思ってる」
「とうとう天使としての使命に目覚めたのね! えらいわ、ガヴ」
「下界との外交の部署にもぐりこんで、娯楽文化をしこたま持ち込んでやる」
「ガヴちゃんらしいですね~」
「あ、あんた天界を滅ぼすつもりなの……?」
「それでこそ、この胡桃沢=サタニキア=マクドウェルの配下!」
「いや、天使がみんな私みたいなのじゃないから」
まぁ、外交っていっても下界だけじゃないと思うけどね。
例えば、魔界と天界との行き来がしやすくなったりしたら、世界はいい方向に向かうんじゃないかな、多分。
いや、世界とかどうでもいいけど。
私は、私のためにしか働かないし。
楽しいのが一番だよね、やっぱり。
休み時間に、委員長がこっそりと声をかけてきた。
「天真さん、その、ありがとうね」
「え、何が?」
「最近、料理を人に作ってあげる機会があって、よろこんでもらえたから。その、天真さんがきっかけでうまくなったし」
「あ、そういうこと。よかったね、喜んでもらえて」
「ええ、ありがとう。また一緒に調理部で料理しましょうね」
「うん」
授業の開始を告げるチャイムが鳴る。
がらりとドアが開き、先生が入って来たので、委員長は席に戻った。
あれ……何か変じゃないかな。
何故、委員長は私との調理を忘れていない?
そのときのことをぼんやりと思い出し、はたと気づき、思わずつぶやく。
「結局私は天使として半人前っていうことなのかな」
天使としてではなく、友人として手助けした。だから、忘れることも無かった。
多分そういうことなのだろう。
だとすれば少しだけ、天使の仕事も悪くないのかもしれないと思う。
いつも通りに、委員長の挨拶で二限目の数学の授業が始まった。
『望遠鏡の外の景色 ――Her Landscape outside Her Telescope――』
~おしまい~
166 : ◆n0ZM40SC3M - 2017/03/27 19:29:09.24 b7IehIQf0 165/165拙文にお付き合いいただき恐縮です。
お読みいただき、ありがとうございました。