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832 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:27:41.75 lJAdciEW0 768/905






航海二十八日目:なつかしき友の記憶 / 嵐と共に





833 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:29:14.20 lJAdciEW0 769/905




どうしてなのかしら。



今、あたしは幸せなはずなのに。



あなたが隣にいてくれているのに。



どうしてなのかしら。



妙な胸騒ぎが止まらないの。



これはいったい……。



“……べ…………。”



マリベル「うう……。」



誰かしら。



“ま……る………。”



あたしを呼んでいるの。



“マリベル………。”



この声は。










「マリベルっ…!」










834 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:30:35.42 lJAdciEW0 770/905




マリベル「…うう……。」



「気が付いたかい?」



マリベル「…アルス……?」

アルス「ずいぶん うなされてた みたいだけど 大丈夫?」

マリベル「う ううん……。」
マリベル「あれ? みんなは……。」

少年に起こされた少女は辺り見回す。どうやらこの部屋には少年と自分しかいないようだった。

アルス「エントランスで 待ってるよ。」

マリベル「そう……。」

少女はため息をつくと額の汗を拭う。

アルス「いやな 夢でも みたの?」

マリベル「……わからない。」

アルス「動けそうかい?」

マリベル「……ええ 大丈夫よ。」

心配そうに顔を覗き込む少年にそう告げると少女は立ち上がり伸びをする。

アルス「はい タオル。」

マリベル「ありがと。」
マリベル「着替えるから 先に行っててちょうだい。」

アルス「わかった。」

マリベル「…………………。」

扉が閉じられたのを確認すると少女はいつものドレスに袖を通しながら先ほどまで見ていた夢のことを思いだそうと試みる。

マリベル「…うーん………。」

しかしどれだけ首を捻ってもその内容は浮かんでは来ない。
自分はいったい何に怯えていたというのか。考えても答えは出てこない。

そもそも本当に自分は夢を見ていたのか。それすらもわからずにいる。

“ぎゅるる……”

マリベル「…だめね……。」

空腹の音に我に返る。

マリベル「…スン…… 良い匂い。」

扉の向こうからバターの甘い匂いが漂ってくる。

どうやら宿屋が気を利かしてトーストを焼いているらしい。

マリベル「…………………。」
マリベル「まいっか。」

そう呟くと少女は元気よく扉を開けて仲間たちの待つもとへ歩き出すのであった。



マリベル「おはようっ。」



835 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:31:45.47 lJAdciEW0 771/905




「では いってらっしゃいませ。」



宿屋の主人からサービスのトーストを受け取った一行はまだ日の登らない薄暗い朝もやの中、山間の村を出発した。

「へへっ 長かった この漁も 今日で 終わりか。」

「どうせ 着くのは 明日だろ?」

「ま いいじゃねえか どっちでも。」

「おうよ はやく 帰ろうぜ!」

森の中を歩きながら漁師たちは望郷の思いを口にしている。

ボルカノ「ま 最後に 一回だけ 漁をしていくがな。」

「コック長 まだ 寝てるかあな。」

マリベル「ふわあ……。」

そんな話を聞き流しながら、否、最初から聞いてなどいないのか、少女は大きな欠伸をしている。

アルス「大丈夫?」

マリベル「んー。」

流石に睡眠不足だったのか、返ってきた生返事はハッキリと大丈夫ではないと言っていた。

アルス「キアリク。」

マリベル「……ッ!?」

アルス「目 さめた?」

マリベル「うん……。」

覗き込む少年に冴えない顔で返事をすると少女は少年の腕にしがみつく。

アルス「どうしたの?」

マリベル「……なんでもいいじゃない。」

そういう少女にいつもの覇気はなく、周りの目を気にしている様子もない。



アルス「…………………。」



少年は何を思ったか子気味良い音頭を取って口ずさみ始めた。

836 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:32:51.15 lJAdciEW0 772/905


“ゆられ ゆられ また ゆられ
われらは きょうも うみをいく
こきょうのためよと ほをはれば
おおうなばらが ふねはこぶ“

「おっ?」

「どうした アルス めずらしいな。一曲 歌ってくれんのか?」

マリベル「…………………。」

隣で聞いていた少女は突然の少年の行動に口をポカンと開いている。

アルス「ふふっ……。」

“はじめに きたるは コスタール
カジノで ひとやまあてたなら
うたえや おどれや のみあかせ
さけのつなみを のりこえて“

「あんなに 酒を カッくらったのは はじめてかもな……。」

「おまえ 完全に 酒に のまれてたじゃねえか。」

「マリベルおじょうさんの 強運には まいったよな!」

“てちがい みちがい くびちがい
まものといわれりゃ フォロッド城
わるけんぺいを たたきだし
めでたや めでたや はれぶたい“

「あんときは ホント ひやひや したぜ。」

「まあ その後の 料理は うまかったけどな。」

“にせのえいゆう たちあがり
おしてまいるは メザレ村
まもの たおして みをとせば
しんの えいゆう みなかこむ“

「まさか 町の中まで 魔物が 入ってくるとはなあ。」

“おどる かいぎに さそわれて
やってきました ハーメリア
わかき がくしゃに たすけられ
われらも おどるよ よをあかし“

「なんだかんだ おれたち あっちこっちで パーティーしてたよな。」

「あそーれ!」

“しあわせ はこべや あおいとり
みずの みやこに みちびかれ
たいじゅの したに きたならば
いのちの みずで のどかわく“

「ちゃんと みやげに 買ってきたぜ へっへっへ。」

「あの ねえちゃん かわいかったよな!」

“ひとをしんずる こともせず
レブレサックに こどもなく
さばくのひかりが さしこめば
かわいた のどが またかわく“

「あの スパイス効いた料理 また 喰いてえなあ!」

“はなやか おとさく マーディラス
いろめく ひとに さそわれて
あしが ちょいと うごきだしゃ
かめんのよるに はながさく“

「実は おれも 踊ってたんだぜ。」

「う うそだろぉ?」

837 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:34:15.55 lJAdciEW0 773/905


“さがせ さがせよ まいごのこ
ルーメンのその ひたはしる
くれて こまれば きみがたち
かかえた まいごが わらってる“

「モンスターパークだっけ?」

「ありゃ きっと すげえ 観光スポットになるぜ。」

“にえよ もえよ エンゴウよ
ふろのけむりに かくされて
のぞけば てんごく みはうだる
のぼせりゃ じごくだ みをこがす“

「デヘヘヘ… また 行こうぜ あそこ。」

「団体さんが きてたら 勝ちだな!」

“ちからに かしこさ かっこよさ
リートルードに なをきざめ
ゆめは めざせよ せかいいち
フィッシュベルの なをきざめ“

マリベル「ふふっ……。」

「おれらの 船長が 世界一だ!」

「こいつぁ きっと 語り草に なるぜ。」

ボルカノ「むっ そうか?」

“もりと もりに かこまれて
やってきたは いいけれど
だれに わたせよ このてがみ
ウッドパルナは もりのうみ“

「ホント 森しかなかったよな あそこ。」

「空気は うまかったけどな。」

“みれど みれども ひとはおず
ここはどこだ オルフィーよ
どうぶつたちに まじっては
ぶうぶう わんわん だれおまえ“

「コック長の ブタすがた 似合ってたよなあ!」

「バカ おまえ それ 絶対 本人に言うなよ?」

「きいちゃった きいちゃった!」

マリベル「あはははっ!」

“のこすは たかい やまのうえ
きょうかいまでは あとすこし
ばてれば さかを まっさかさま
いのちからがら プロビナざか“

「「「あそーれ」」」

“さあさあ かえるぞ わがこきょう
あいする かぞくの まつもとへ
それゆけ まえゆけ アミット号
めざすは われらが フィッシュベル“





[ アルスは コミックソングを うたった! ]





838 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:35:56.04 lJAdciEW0 774/905




アルス「ふー……。」



「ブラボー!」

漁師の一人が手を叩いて少年を労う。

「おまえが 歌えるなんて 知らなかったぜ。」

「なあなあ 今の いつ考えたんだ?」

アルス「えっ いや 即興です……。」

「やるな アルス。おまえ 吟遊詩人でも やってけるんじゃないのか?」

アルス「冗談よしてくださいよ……。」

ボルカノ「がっはっは! しかし なかなか おもしれえ 歌だったな。」

「こうして 聞いてみると 今までの 道のりが 思い出されるぜ。」

男は懐かしむように目を閉じる。

「いろいろ あったよなあ。」

「ぼくなんだか 泣けてきちゃいました……。」

そう言う料理人の目はすっかり潤んでいた。

「おいおい。……まあ わからんでも ないがな。」

アルス「あ アレ……?」

どうにも面白さに徹しきれない部分があったのか、それともただ彼らが涙もろいからなのかはわからない。
しかし少年の歌はこっけいな歌というよりかは旅を懐古する気持ちを呼び覚ましてしまったらしい。

アルス「うーん……。」

マリベル「ふふ……。」

アルス「……マリベル?」

見れば少女の頬にも涙の痕が残っていた。

アルス「わわっ ごめん 別に 悲しませるつもりは……!」

マリベル「あ ごめんなさい。ちょっと さびしくなっちゃって。」

アルス「えっ?」

マリベル「……帰りたいけど 帰りたくないような。」

そう言う少女は俯きながらも微笑んでいるように見えた。

839 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:37:31.39 lJAdciEW0 775/905


アルス「……マリベル。」



マリベル「アルス ボルカノおじさま みんな。」



すると突然一行の名前を呼び、少女は前に飛び出して言った。

マリベル「つれてきてくれて ありがとう。」
マリベル「本当に 楽しかったわ。」

「マリベルおじょうさん……。」

「そ そんな よしてくだせえ……。」

漁師たちはどこか面食らった様子ながらも少女に微笑み返している。

「そうですよ! ボクたちこそ マリベルおじょうさんが いてくれて 本当に 楽しかったですんですから!」

そんな漁師たちの想いを代弁するかのように料理人が力説してみせる。

マリベル「ほ ほんとう?」



ボルカノ「マリベルおじょうさん。」



マリベル「は はい ボルカノ船長……!」

不意に名を呼ばれ、いつになく緊張した面持ちで少女は船長に向き直る。



ボルカノ「また いつか 漁にいきましょう。」



しかし返ってきたのは思わぬ言葉。

マリベル「あっ……!」

少女は言葉を失い立ち尽くす。

マリベル「で でも 今回だけって……。」



“きみはもう 立派な 船の一員なんだ。”



アルス「マリベル。」

マリベル「アルス……。」

アルス「かならず つれていくよ。」

マリベル「……はい!」

「おじょうさんが いると 船が 華やかになるっていうかなあ。」

「そうそう。野郎ばっかりじゃ やっぱり 息がつまらぃ。」

「おじょうさんの料理も 今日で 食べ納めか……。」

漁師たちはしみじみといった様子で顎を擦っている。

マリベル「………うふふ。」
マリベル「まかして! 今日も 腕によりをかけて 作ったげるから!」

「へへっ そうこなくっちゃな!」

マリベル「よーし! それじゃ あらためて フィッシュベルに向けて 出発よ!」

「「「ウスっ!!」」」

そう言って少女は男たちを従えてズンズンと森の中を歩いていくのだった。

840 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:39:12.65 lJAdciEW0 776/905


アルス「…………………。」

ボルカノ「すっかり 元気になったみたいだな。」

船長は少女の背中を見つめている少年の横に立ち、その肩に手を置く。

アルス「うん。まあ 結果オーライかな。」

ボルカノ「お前も 苦労するな。」

アルス「あははっ なんのこれしき。」

ボルカノ「…今度は オレが 船乗りの歌を 教えてやるかな。」

アルス「あっ 前に 誰かが 口ずさんでた アレ?」

ボルカノ「おうよ。まっ そのうちな。」



マリベル「二人とも 何やってんのーっ! はやくしないと 置いてっちゃうわよー!」



いつまで経っても追いついてこない二人に気付いた少女が遠くから叫んでいる。

アルス「はーい!」

ボルカノ「行くか。」

アルス「うん。帰ろう!」

少女に返事をすると二人はその後を追って歩き出す。
そんな二人の背中を、森に差し込んだ朝日が眩しく照らすのだった。



841 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:40:55.40 lJAdciEW0 777/905


日が東の空に登り始めた頃、漁船アミット号は最後の目的地を目指して海原へと繰り出していった。
空は多少の雲はあれど概ね良好で、風も緩やかに東へ吹いている。絶好の航海日和だった。

ボルカノ「よし お前ら 帰る前に まず 漁だ! 気合入れていけよ!」

「「「ウスっ!」」」

船長の号令を受け漁師たちは一斉に自分の仕事にかかりだす。

マリベル「ボルカノおじさま 今日は 何をやるの?」

後で見ていた少女が船長のもとへやってきて尋ねる。

ボルカノ「この辺りの海域は 比較的 浅いからね。底曳き網をやるよ。」

マリベル「わかりましたわ。」

アルス「この辺りは 何が 獲れるんだろうね。」

ボルカノ「前は ウニやエビが わんさか かかったもんだったが 今は どうかな。」
ボルカノ「それも 踏まえて 今日は 調査だ。」

アルス「わかりました。」

返事をすると少年も与えられた仕事を全うすべく走り出す。

マリベル「あたしも 手伝おっと!」

そう言うと少女は自分にできる仕事を探しにどこかへと歩いていった。



トパーズ「ゥなーお。」



ボルカノ「ん? どうした トパーズよ。」

自分も作業に取り掛かろうしたところで船長は自分の足元で唸る三毛猫に気付く。

トパーズ「あおー! ナォナウ~。」

三毛猫はどうにも落ち着かない様子で辺りを見回している。

ボルカノ「なんだ お前も 漁に 参加したいのか。」

トパーズ「…………………。」

しかし猫は船長の言葉など聞いていないという風にしばらく固まると、速足で船内へとかけていくのだった。

ボルカノ「…………………。」

船長は不可解な猫の動きに首を捻りながらも今はそれどころではないと気持ちを切り替え、
この旅最後の漁に向けて準備を始めるのだった。



842 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:43:10.52 lJAdciEW0 778/905


それからしばらく放たれた網を引きずりながら漁船アミット号は航海を続けた。

日はすっかり昇り辺りの気温はだんだんと上がり始めている。



ボルカノ「よーし アミをあげるぞおーっ!」



「「「ウスっ!!」」」

頃合いを見計らっていた漁師頭の号令の元、一つ目の網が引き揚げられていく。

「おおっ まずまずの 当たりだな。」

船上に揚げられた網の中から底魚や甲殻類がゴロゴロと転がっていく。

マリベル「やだっ このエビおいしそー!」

アルス「食べごたえありそうだね。」

そう言って二人は一匹の巨大なエビに視線を落とす。

「ダメダメ! それは 売り物にする エビだぜ!」

それを見た漁師が困ったような笑顔で注意する。

マリベル「えーっ こんなに 美味しそうなのに!」

アルス「そう うまい話はないかあ……。」

ボルカノ「わっはっは! まあ そう落ち込むな。値はつかなくても ウマい エビはいっぱいあるからな!」

ガックリと肩を落とす二人を漁師頭が笑い飛ばす。

マリベル「むむっ これは 次のアミに期待ね!」

ボルカノ「それっ もう一つも 揚げるぞ!」

「「「ウースっ!!」」」

アルス「よーしっ!」

マリベル「待ってなさいよ おいしい 食材ちゃん!」

船長の号令に気合を入れなおすと二人は漁師に混じってもう一つの網を引き揚げていく。


843 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:45:16.45 lJAdciEW0 779/905


「そーれいっ!」

「どっこらせ!」

「よいしょー!」

「ぐっ お 重てえ!」

引き始めて間もなく、一行の引っ張る綱が急に重さを増した様に感じられた。

「なんだなんだ 何が かかってんだ?」

マリベル「魔物でも かかったかしらっ!?」

アルス「縁起でもないっ……!」

そんなことを言っている間にも網はどんどん船体に近づいていく。

ボルカノ「もう少しだ!」

コック長「どれどれ 珍しいものでも かかっているかな?」

「おいしいやつだと いいですね!」

下処理で甲板に出てきていた料理人たちも正体不明の重たさに期待を寄せて固唾を飲んでいる。

アルス「……見えてきた!」

その時、目を凝らしていた少年が水面下にまで上がってきた網を見つけた。

「ん? なんだ? さっきと たいして 変わらねえぞ?」

それに続くように網を捉えた漁師が疑問の声をあげる。

「そんな重たいやつ いたっけか?」

マリベル「と とにかく 開けてみましょうよ!」

少女の言葉に促されるように網はすぐに船上に上げられ、その中身を確認することになった。

「「「せーのっ!」」」

漁師たちの掛け声と共に網が逆さにされ、中身が甲板に落ちていく。

そこには赤、青、銀、大小色とりどりの魚にくわえてヒトデが少々混じっていた。

そして。










“ドンッ!”










844 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:46:21.22 lJAdciEW0 780/905


ボルカノ「ん? なんだ? この石の板みてえなもんは?」
ボルカノ「おい アルス これって お前たちが 集めていた…… とは ちがうみたいだな。」
ボルカノ「地図じゃなくて 文字が 彫られているぞ。なになに…… 親愛なる アルスへ……。」

そう言って少年の父親は石版を拾い上げるとそこに書かれていた内容を読み上げた。



“親愛なる アルスへ”

“オレは 今 ユバールの民
ライラたちと 旅をしている。“

“お前たちと別れて いったい
どれくらいたっただろうか…。
あの日以来 ジャンも姿を
消したままだ。“

“オレは ユバールの守り手として
ライラと結婚した。“

“もし これを お前が
見つけることがあったなら
親父たちに 伝えてほしい。
キーファは 元気にやっていると。“

“そして アルス。
どんなに はなれていても
オレたちは 友だちだよな!”

“キーファより”



845 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:47:20.77 lJAdciEW0 781/905




アルス「…………………。」



マリベル「…………………。」



「き キーファ……?」

「キーファって あの キーファ王子か!?」

「こいつぁ 驚いた! まさか あの キーファ王子の メッセージたぁな!」

長く続いた静寂を破ったのは驚愕した漁師の声だった。

アルス「…そうか……。」

マリベル「キーファ……。」

ボルカノ「どうするんだ アルスよ。」

アルス「……持って帰るよ。」

そう言うと少年は父親の手からその石版を受け取り、甲板を降りていった。

ボルカノ「……そうか。」

マリベル「あっ……。」

その背中を追いかけようと少女は手を伸ばす。

マリベル「…………………。」

しかしその手が届くことはなかった。

ボルカノ「よーし 撤収だ!」

「「「ウスッ!!」」」

船長の号令で漁師たちが動き出しても尚、少女は甲板の入口を見つめたまま腕を抱えて立ち尽くしていた。

否、足が動かなかったのだ。

マリベル「アルス……。」

しばらくしてから少年は作業のために戻ってきたが、誰しもが彼を気遣ってか石版の話題については触れなかった。



少女の目に入ったその表情からは、何も読み取ることができなかった。



846 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:50:57.03 lJAdciEW0 782/905


それから更に時は経ち、昼食を終えた船内は見張りと舵を残して休憩に入っていた。

アルス「…………………。」

少年は自分のハンモックに寝転び先ほど海底から拾い上げられた石版を眺めていた。

アルス「…ふっ。」

少年は小さく溜息を漏らす。

偶然拾った石版の世界で別れた直後の王子に再会し、声は届かぬもののなんとか王のメッセージを届け、彼の試練を見守った。

彼の姿を見たのは、それが最後だった。

そして今、この石版からは詳細こそわからないが彼がその後元気に過ごしているということが見て取れた。

正確に言えば“元気に過ごしていた”、というべきか。

それが、彼が少年たちに残した最後のメッセージだった。

アルス「運よく拾ったからいいもの……。」

“もし 拾われなかったら どうするつもりだったんだ。”

アルス「……ったく。」

吐き捨てるように言うと少年は天井を見上げる。少し黒ずんだ木目が少年を嘲笑うかのように見下ろしていた。

アルス「キーファ……。」

“あの時どうして無理矢理にでも連れて帰らなかったのか”

今でも時々自問自答を繰り返す。

息子が二度と帰らないと聞かされた時の国王の悲しみ、兄が忽然と姿を消してしまったことへの王女の絶望、国民の落胆。

“彼が残らねばあの大陸は復活しなかったのだ”

そう結論付けて飲み込むしかなかった。

ユバールの踊り子との出会いも彼があの地に残らねば実現しなかった。

それどころか偽の神の復活も魔王の君臨も、その討伐もなかったのかもしれない。

結果的に彼の行動がなければ現在はなかったのだ。

少年にとっては親友との別れという残酷な運命も、
本来あるべき世界を取り戻すためには必要不可欠で、
それが少年の助けとなったこともまた事実なのだ。

だからこそ少年は今もこうして自らの好奇心に、下した決断に、運命に苛まれている。

アルス「っ……。」

“ギリリッ”という音を立てて少年は歯を食いしばる。





「フー……。」





そんな時だった。

847 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:52:23.49 lJAdciEW0 783/905


木の軋む音と共に厨房から少女が現れた。どうやら昼食の後片付けが終ったらしい。

マリベル「…………………。」

少女は少年を見つけると彼に身体を向けて椅子に座る。

マリベル「アルス……あんまり……。」



アルス「これは ぼくの罪の証だ。」



マリベル「っ……。」

アルス「バカな好奇心のために 親友を失って……。」
アルス「みんなから 大切な人を 奪ってしまった ぼくの……。」

マリベル「…………………。」

少年は石版を見つめたまま自嘲する。

アルス「…笑ってくれよ マリベル。」
アルス「ぼくは 結局 なにも 成長しちゃいない。」
アルス「……優柔不断で 弱っちい アルスのままだ。」



マリベル「あたしは そうは 思わないな。」



アルス「えっ……?」

振り向いた先にいた少女は目を伏せてはいたが、どこか微笑んでいるようにも見えた。

マリベル「元はと 言えば 世界中のひとが 救われたのは あんたや キーファのおかげじゃない。」
マリベル「それに 王さまや リーサ姫だけじゃない。グランエスタードのみんなが あいつのことを 誇りに思ってるわ。」

少女の言う通り王や王女は彼の決めた道を信じ、みなが彼のことを応援していたのだ。

アルス「でもっ……!」

起き上がった少年は少女に向き直るとその先の言葉を言いよどむ。

少年にも少女の言うことはよくわかっていたのだ。

しかし、それでも少年は思うのだった。

アルス「……それで本当に あの二人は 幸せなんだろうか。」

マリベル「さあ どうかしら。」

アルス「ときどき 思うんだ。」
アルス「人の幸せを 奪っておいて 自分は 幸せになっていいものかって……。」
アルス「ぼくの どこに そんな権利が あるのかってさ……。」

マリベル「…………………。」
マリベル「人の幸せを 奪ったですって?」
マリベル「……バカ言ってんじゃないわよ。」

少女は眉を吊り上げたまま少年が抱える石版を指して言う。



マリベル「あいつなら 幸せにやってるじゃない。」



848 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:54:22.89 lJAdciEW0 784/905


アルス「っ……!」

呆気に取られたように少年は石版を見つめて瞬きする。

マリベル「……それにね。」

少女は立ち上がり少年の目の前にやってくると、柔らかく微笑んだ。

マリベル「家族が 幸せに暮らしてるのに それを 幸せに思わないような 二人じゃないわ。」
マリベル「きっと… 喜んでくれるわよ。」

アルス「………そうだね。」

少女につられるようにして少年も少しだけ笑った。

マリベル「それに。」



アルス「……イテッ…!」



突然指を打ちつけられ少年は額を抑える。

アルス「な 何すんだよ……。」

マリベル「ふんっ。」
マリベル「あたしを幸せにするのが あんたの幸せでしょーが。」
マリベル「それとも なに? イヤだって言うのかしら?」

そう言って少女は腕を組んで挑発的に見下ろしてくる。

アルス「は ハハっ……!」
アルス「……やっぱり 敵わないな マリベルには。」

少年は俯いたままクスクスと笑う。

マリベル「おーほほほ! あったりまえじゃないの!」
マリベル「アルスは おとなしく あたしの 言う通りにしておけばいいのよっ。」

そう言って少女は高らかに笑う。

アルス「むむっ。そう言われると なんか 負かしてやりたくなるな。」

マリベル「あーら あんたに 何ができるっていうのかし……んー!?」





アルス「……隙あり。」





849 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:55:52.50 lJAdciEW0 785/905


マリベル「ぐ ぐぬぬっ……!」

不意打ちの口づけを喰らい少女は顔を真赤にして抗議しようとするも、
手足をがっちり絡め捕られ身動きが取れずにただ唸るだけ。

アルス「ぼくの勝ち。」

マリベル「あ あいかわらず ヒキョウね……。」

勝ち誇った顔に憎まれ口を叩くもまったく迫力はない。

アルス「なんとでも。」

そんな様子を愉しむ様に少年は笑う。



マリベル「……ふーん。ペロっ。」



アルス「ぃいいっ!?」

思わぬ反撃を首筋に受け、少年は素っ頓狂な声を出す。

マリベル「ふっふーん 昨日の お返しよ!」

アルス「こ こりゃ 一本取られたな…。」

その時だった。



“ガチャ”



「「っ!!」」



その時、扉の開く音が響き二人はサッと体を離す。

「あ あの……。」

どこか照れたような、それでいて申し訳なさそうな表情で料理人が呟く。

マリベル「な なにっ…?」

少女は必死に何事もなかったかのように振舞うのだった。

が。



「会話 ダダもれなんですけど……。」



マリベル「あ… あああ……!」

アルス「は ははは……。」





マリベル「アルスのばかーーっっ!!」





[ マリベルは ザキを となえた! ]



アルス「グフッ。」



[ アルスは しんでしまった! ]


850 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 19:58:19.76 lJAdciEW0 786/905


コック長「まったく 一時は どうなることかと……。」

マリベル「あっ ははは……。」

アルス「神さまが 浮輪もって ビーチで 遊んでました。」

騒ぎを聞きつけた料理長や他の漁師たちに囲まれ一時はみな強張った表情をしていたが、
少女が復活の呪文を唱えると少年はすぐに息を吹き返し、今は元の平静を取り戻して船はそれまで通り航行を続けていた。

「いやあ ビックリしたなあ もう。」

そう言って料理人は苦笑いする。

マリベル「ビックリしたのは こっちよっ!」

一方の少女は腕を組んでご立腹の様子。

コック長「そりゃ わしらは 隣の部屋にいるんですから 最初から わかってやってるもんだと……。」

そんな少女に料理長が痛い所を突く。

マリベル「だ だって アルスが……。」

アルス「はいはい ぼくが 悪かったですから……。」

マリベル「……もう一回 クソじじいに 会ってくる?」

アルス「エンリョしときます。」

ドス黒い何かを漂わせる少女に少年は即答するとそそくさと食堂を後にするのだった。

マリベル「はあ……。」

「ああ こんな 光景も あとわずかか……。」

コック長「早いもんじゃな。」
コック長「マリベルおじょうさんが コソコソと 隠れていた頃が なつかしいわい。」

マリベル「ふーん わるかったですねー。」

コック長「……それが 今や みんなの信頼を 集めていらっしゃる。」
コック長「感慨深いもんですなあ……。」

そう言って料理長はしみじみと唸る。

マリベル「ちょっと やめてよ コック長……。」

「また いっしょに 料理を作れる日が 楽しみですね……。」

マリベル「あ あんたまで……。」
マリベル「……ふふっ。あたしも ずいぶん いろいろと 教えてもらっちゃったしな。」
マリベル「二人にも 感謝してる。」
マリベル「……ありがとねっ。」

コック長「ま マリベルおじょうさん……!」
コック長「うっ うっ… まさか あの じゃじゃ馬娘が こんなに 立派になって……ぐすっ……。」

マリベル「んー………。」

思わず泣き出した料理長に少女も困ってしまいもう一人の料理人に助けを求めようと目配せをするものの、
当の飯番は空笑いするだけで何も気の利いたことはしてくれない。

“役立たず!”と心の中で思いながらも少女はなんとか機転を利かして場を盛り上げようとする。



マリベル「そ そうだわ。そろそろ 夕飯の支度を 始めなくちゃね!」



「そ そうですねっ!」

男も少女の意図を察したのか話を合わせて立ち上がる。

マリベル「見てなさいよっ 今日は 張り切っちゃうんだからね!」

そう言って少女は料理長の大きな背中を強く叩くとわざとらしく大きな声を出して厨房に入っていくのだった。

コック長「ぐすっ…… ふむ。こうしては おられませんなっ!」

そんな少女の気遣いを嬉しく思いながら料理長は袖で涙を拭きとると、一つ大きな鼻息をついて厨房へと向かっていくのだった。



851 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:01:05.16 lJAdciEW0 787/905


「はー うまかった!」

「ううっ 次回から また 野郎だけで ここを囲むのか……。」

「気持ちはわかるが な。」

「今度 うちの妻に 料理を 教えてやってほしいもんだ。」

夕日が地平線の彼方に沈んだ頃、漁船アミット号の食堂ではこのアミット漁最後の夕食が振舞われていた。

先の中継地で仕入れた新鮮な野菜に肉、漁で獲れた魚介を惜しみなく使った料理は長旅で疲れた漁師たちの心を満たしていく。
そしてその一口一口に漁師たちの顔はほころび、それがまた料理人たちの心を満たしていく。

船の中は笑顔で包まれていた。

料理が美味ければ話にも華が咲くもので、それぞれが自分たちの土産話をどう聞かせたものかと沸き立ち、食卓は大いに盛り上がった。

それから更に時は経ち、今は先の喧騒などなかったかのように辺りには波の音が木霊している。

そして再び二人だけとなった食堂には少年と少女の話声だけが響いていた。

アルス「おいしかったなあ……。」

先ほどの味が忘れられないのか、少年がポツリと呟く。

マリベル「そりゃ よかったわ。」

そんな間の抜けた横顔を少女が笑う。

アルス「帰ったら また 作ってよ。」

マリベル「えー? もう それ 何度目よ?」

アルス「だって ぜんぶ おいしんだもん。」

面倒くさそうに言う少女に少年は殺し文句で切り返す。

マリベル「なら 今度は あんたも 手伝うことね。」

アルス「うっ… はーい。」

どうやら少女の方が一枚上手だったらしい。


852 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:02:02.14 lJAdciEW0 788/905


マリベル「ねえねえ それよりさ。」

そう言うと少女は少年の腕を掴んで楽しそうに目を輝かせる。

マリベル「帰ったら 何しよっか?」

アルス「えっ? うーん……。」
アルス「ま まずは みんなに 挨拶……。」

マリベル「もちろん うちにも ね?」

アルス「う うん……。」

気恥ずかしそうに少年は鼻の下を人差し指の背で擦る。

マリベル「それから?」

アルス「メモリアリーフに 行こっか。」

マリベル「うふふっ。」

アルス「それとも 先に 温泉に行く?」

マリベル「どっちもよ!」

アルス「ははは……。」
アルス「あとは そうだな……。」

マリベル「あ そうだ ちょっと メルビンのこと 気にならない?」

アルス「……たしかに。」

マリベル「あれから ぜんっぜん 会ってないし あの人も 若くないからねー。」

アルス「ちょっと 心配かも。」

山の上の教会の老神父と話している時、どこかで二人はかの伝説の英雄のことを思い出していた。
あの屈強な戦士がそう簡単に病に臥せるとは思えないが、老齢であることを思えば定期的に会いに行くのが吉なのではないか。

そんな風に考えていたのだ。

マリベル「それに あの神殿の人たちが これから どうするのかも 気になるしね。」

アルス「そうだね。」

少女の言う通り、復活した神が移民の町にいる以上、天井の神殿にいつまでも住まなければならない理由はないのだ。

彼らもまた、一つの節目を迎えようとしている。

マリベル「それからねえ……。」

アルス「……母さんに 話をしなきゃな。」

マリベル「…アルス……。」

ポツリとこぼす少年の瞳はしっかりと前を見据えていた。

マリベル「…ふふっ そうよね。」
マリベル「だって マーレおばさまも あなたの 本当のお母さんだもんね。」

そう言って少女は少年に微笑みかける。

アルス「……うん。」

853 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:04:18.58 lJAdciEW0 789/905


マリベル「で まだまだ やりたいことあったんだけどなー。」

アルス「…たまには 買い物にでも 行こうか?」

マリベル「ほんとっ!? ねえ ほんとに?」

アルス「うん。きみのドレスとか たまには ぼくも 自分の服とか 買わないとね……。」

マリベル「ねねっ! 約束よ!」

子供みたいに身を乗り出してせがむ少女の姿に少しだけ頬を緩ませて少年は力強く宣言する。

アルス「……約束する!」

マリベル「うふふっ。」

アルス「みんなにも お土産話 しないとなあ。」

マリベル「きっと 質問攻めだわね!」
マリベル「なんせ 船で 世界一周したんですもの!」

そう言って少女は破顔する。

アルス「あはははっ! そうだね。」
アルス「……もうすぐだ。」

マリベル「待ち遠しいわ~!」

その時再び“ガチャリ”と音を立てて扉が開かれた。



「あっ マリベルおじょうさん。そういえば トパーズのエサが まだでしたよね?」



マリベル「……あっ!!」

現れた飯番の言葉に少女は雷を討たれたように固まる。

マリベル「いっけない! 忘れてたわっ!!」

そう言って少女は急いで炊事場へとかけていき急いで三毛猫の夕飯を作り始めた。

アルス「ははは… まだ あげてなかったんだ。」
アルス「トパーズ?」

「…………………。」

いつもであれば食堂の辺りで誰かのハンモックを陣取っている三毛猫だったが今はここにはいないようだ。

アルス「いないのかな?」



マリベル「トパーズ?」



そこへ簡単なエサをこしらえた少女が戻ってきて呼びかけるも、やはり反応がない。

マリベル「おかしいわね。呼んだら すぐに 来るのに。」

アルス「探そうか。」

マリベル「ええ。」

二人は見合わせると三毛猫が隠れていそうな場所を探し始めるのだった。



854 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:05:39.50 lJAdciEW0 790/905




アルス「見つけた!」



件の三毛猫はすぐに見つかった。
地下二階の船首側の部屋の一角、普段は資材を置いている樽の山の奥で潜む様に身を丸めていた。

アルス「おいで トパーズ。」

トパーズ「ウウウ……。」

アルス「おかしいな……。」

名前を呼んでもただ低く唸るだけの三毛猫に少年は妙な違和感を感じて首を捻る。

マリベル「どうしたの アルス。」

少年の声を聞いてやってきた少女が問う。

アルス「なんだか 様子が 変なんだ。」

そう言って少年が指す先には相変わらず隅っこで小さくなってる三毛猫がいた。

マリベル「トパーズ ご飯よ。」

トパーズ「フゥウウ……。」

マリベル「遅くなって ごめんなさい。機嫌 直してちょうだいよ。」

トパーズ「ウウゥ……。」

マリベル「…………………。」

エサをちらつかせても態度の変わらない猫に少女は違和感を感じてじっと観察する。

アルス「どうも 変だね。」

マリベル「ええ。」
マリベル「なんだか おびえてるみたい……。」

三毛猫は耳をピッタリと伏せ、目を見開いて縮こまっていた。まるで何者かに狙われていることを察知しているかの如く。

その時だった。





“ドンッ!!”





855 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:07:34.43 lJAdciEW0 791/905


「「……っ!!」」

突如船体が大きく揺れた。

アルス「い 今のは!?」



「魔物だー!!」



甲板の方から絶叫が響き渡る。

アルス「行こう!」

マリベル「ええ!」

すぐさま二人は武器を携えて甲板へと駆け上がる。

「なんだなんだ!?」

「また 襲撃か!」

会議室で待機していた漁師たちも慌てて武器を構える。

ボルカノ「落ちつけ お前ら!」

奇襲に驚く船員たちに喝を入れる船長の声が響き渡った。

アルス「みなさんは 避難していてください!」

マリベル「あたしたちで 撃退するわ!」

少年達が船内を駆け抜けながら漁師たちに叫ぶ。

「おお アルス! それに マリベルおじょうさんも!!」

二人が甲板に飛び出すと見張りをしていた漁師がそれに気づいた。

アルス「状況は!」

「いきなり わんさか 魔物が!」
「うわわわっ!?」

アルス「あぶない!」

海面から跳び上がってきたヒトデの怪物が漁師目がけて攻撃をしかける。

マリベル「はあっ!」

しかし寸でのところで少女の鞭に絡めとられ、魔物はそのまま甲板に叩きつけられた。

「ま まほっ……。」

アルス「はっ…!」

そこへ少年がすかさず剣を振り下ろす。

「マッ………。」

お化けヒトデは真っ二つに分かれ、そのまま沈黙した。

マリベル「甘いわよ アルス!」

すると今度は少女が再びそれを鞭で器用に絡めとり、宙に放り投げると大きな火球で消し炭にしてしまった。

マリベル「あいつらは 再生するのよ!」

アルス「ごめんごめん!」

「ふいー……。」

「まだだ! まだ いっぱい いるぞ!」

ほっと胸を撫でおろしたのも束の間、海面ではおびただしい数の魔物がこちらを見つめていた。

アルス「むっ……!」

マリベル「どっからでも かかってきなさい!」

こうして少年と少女の、決死の戦いが幕を開けた。

856 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:09:33.06 lJAdciEW0 792/905




[ アルスのこうげき! ]

[ シードラゴンズAを たおした! ]

[ マリベルのこうげき! ]

[ シードラゴンズBを たおした! ]
[ シードラゴンズたちを やっつけた! ]



[ マリベルは れんごくかえんを 吐いた! ]

[ ボーンフィッシュAを たおした! ]
[ ボーンフィッシュBを たおした! ]
[ ボーンフィッシュCを たおした! ]
[ ボーンフィッシュDを たおした! ]
[ ボーンフィッシュたちを やっつけた! ]



[ アルスは ぜんしんを ふるわせ つめたく かがやく 息をはいた! ]

[ エレフローパーAを たおした! ]
[ エレフローパーBを たおした! ]
[ エレフローパーたちを やっつけた! ]



[ アルスは バギクロスを となえた! ]

[ マリベルは イオナズンを となえた! ]

[ 岩とびあくまAを たおした! ]
[ 岩とびあくまBを たおした! ]
[ 岩とびあくまCを たおした! ]
[ 岩とびあくまたちを やっつけた! ]



[ マリベルは すいめんげりを はなった! ]

[ ギャオースAは すっころんだ! ]

[ アルスは こしを ふかく おとし まっすぐに あいてを 突いた! ]

[ ギャオースAを たおした! ]

[ ギャオースBは こごえる ふぶきを はいた! ]

[ マリベルは フバーハを となえた! ]

[ アルスは マリベルを かばっている! ]

[ マリベルは バイキルトを となえた! ]

[ アルスは ばくれつけんを はなった! ]

[ギャオースBを たおした! ]
[ギャオースたちを やっつけた! ]


…………………
……………
………




857 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:13:30.84 lJAdciEW0 793/905


倒せども倒せども海の底からは湧き出るかのように魔物が現れた。

いつしか空は真っ黒な分厚い雲に覆われ、大粒の雨の中、辺りは強い風に包まれていた。

巨大な魔物たちの絶叫の如く、近くの空から雷鳴がとどろく。

アルス「っ……きりがない!」

「ギョッ……!!」

また一匹、魔物を切り捨てて少年が叫ぶ。

マリベル「…おかしいと思わないっ!?」

船を取り囲む魔物たちを見回しながら少女が言う。

マリベル「どうして こんなに 魔物たちがいるのよ!?」

アルス「しかも どれもこれも 明らかに 統率された動きだ。」

少年の言う通り、襲い掛かってくる魔物はどれも隊列を組んでやってきているようだった。

マリベル「だとしたら 誰の 差し金よ!」
マリベル「魔王以外に こんなに 魔物を従えられるやつなんて いるの!?」

アルス「……わからない!」

そう言って少年が海の魔物たちに向かって呪文を放とうとした時だった。





「ぶひゃひゃひゃひゃ!」





アルス「……!」

「よおおお? マヌケな 人間ども!」

声のする方へ振り向くとそこには水色の鱗に身を包んだ半魚人のような魔物が浮かんでいた。

それも十はくだらない数。

マリベル「グレイトマーマン!?」

「ぶひょひょ! お前たちが アルスに マリベルだな?」

アルス「だったら どうした!」

「探したぜえ! お前たちが コスタールを後にしてから ズゥ~っとなぁ!」

その言葉に二人の脳裏に航海を始めてまもなくあった魔物たちの襲撃のことが浮かぶ。

マリベル「じゃあ あの時の 襲撃も あんたたちの 仕業ってわけねっ!」

アルス「なぜ ぼくたちを 付け狙う!!」

「ぶっひゃひゃひゃひゃ!」

「よくぞ 聞いてくれた!」

「お前たちが 魔王オルゴ・デミーラを 倒してくれたおかげで 俺たち 海の魔物は 自由になったのだ!」

「そして 魔王亡き今っ! われわれ 一族が 世界を 支配する番となったのだ!」

「そのためにも 貴様らに いてもらっては 困るのでなあ!!」
「ぶひゃひゃひゃっ。」

マリベル「じょうだんじゃないわよ!!」

下品に笑う魔物たちの群れに向かって少女は怒鳴りつける。

マリベル「あたしたちに 歯向かって 無事で済むと 思わないことね 三流ども!」

「なぁんだとう~?」

「おいっ!! 貴様ら かかれ! あの 小娘を やっちまえ!」


858 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:15:48.56 lJAdciEW0 794/905


少女の馬頭に業を煮やした半魚人が残っている魔物たちに向かって号令をかける。

「「「ぐおおおおおお!!」」」

すると海面下に潜んでいた魔物たちが一斉に浮上し、アミット号を目がけて一直線に襲い掛かってきた。

マリベル「……マストに 当たらないでよね!!」

そう呟くと少女は魔力を集中させ、天ではなく足元に手を付けて念じる。



マリベル「落ちなさいっ! ジゴスパーク!!」



[ マリベルは じごくから いかずちを よびよせた! ]

[ まもののむれに 268 から 290 のダメージ! ]

少女の放った黒く光る雷は誘導されたかのように漁船の周りを取り囲んでいた魔物たちを突き刺し、あっという間に沈めてしまった。

「うおっ!!」

あまりの恐ろしい光景に帆を操っていた漁師が慌てて身をかがめる。

「な なんだと~~っ?!」

一瞬で海の藻屑と化した配下の魔物たちを目の当たりにし、半魚人たちは愕然とした様子で甲板に立つ少女を見つめる。

アルス「最初から みんな かかって来てくれたら 楽だったのにね。」

マリベル「ええ まったくよ。」

“パンパン”と手を払って少女が面倒くさそうに返す。

「お おのれら~~~!」

「ま まさか ここまでとは……!」

「魔王殺しの名は ダテじゃねえってわけかよ……!」

見下すような視線を受けて魔物たちは憎々し気に二人を睨む。

「だが! お前たちの 命運も ここで尽きる!!」

「そうだっ! あのお方に かかれば 貴様らなど 一ひねりだ!」

マリベル「あのお方って だれよ!」

含みを持たせた言いかたをする魔物たちに少女が問う。

「ぶひょひょひょ!」
「オレたち一族の 救世主にして 最強の男よ!」

「海の魔神 グラコスを名乗る 新しい 魔族の王よ!」

アルス「なんだってっ!?」

聞き覚えのある名前に少年が食いつく。

「しか~し! あのお方の目を わずらわすまでもない!」

「そうだともよ! オレたちが ここで 貴様らを 船ごと 沈めてくれよう!」

「ぶひゃっひゃっひゃっひゃ!」
「フロッグキング! 出番だ!」





「うむ。」





859 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:17:50.68 lJAdciEW0 795/905


半魚人の中の一匹が後へ向かって叫ぶと、どこからともなく布を纏った蛙の化け物が姿を現し、天に向かって杖を振りかざした。

「いでよ 大渦。かの船を 海の底へ 沈めたまえ!」



[ フロッグキングは メイルストロムを となえた! ]



蛙の魔物が叫ぶと同時に辺りの海面は大きく波打ち、次第にそれは大きな渦となって周囲を飲み込み始める。

アルス「あっ!!」

「まずい! 船が ウズに 巻きこまれる!」

「ほっほっほ! 気付いても もう 遅いわい!」

そう言って魔物はニタニタと哂う。

マリベル「マール・デ・ドラゴーンみたいに 大きければ あんなの へでもないのに!」

ボルカノ「どうした! この動きは……っ!?」

その時、階下で漁師たちに指示を出していた船長が甲板へ飛び出してきた。

アルス「父さん! 危ないから 下がっていて!」

ボルカノ「……っ そういうことか!」
ボルカノ「舵を代われ!」

「はっ はい!」

そう言って船長は舵取りの男を船室に戻すと引き寄せられる動きに合わせて船を滑らせ始める。

ボルカノ「アルス! 船の心配はいらねえ! さっさと あいつらを 倒してきちまえ!」

アルス「父さん……!」

マリベル「行くわよ アルス!」

アルス「うんっ!」

父親と少女に促され、少年は敵を見据えて再び剣を構える。

「こしゃくな! これでも くらえい!」



[ グレイトマーマンAは マヒャドを となえた! ]



魔物は巨大な氷塊を作り出し、それを漁船に向かって降り注がせていく。

アルス「あぶないっ!!」

マリベル「キャッ!!」





“バキッ”





ボルカノ「なにっ!」

860 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:20:07.66 lJAdciEW0 796/905


それぞれが身を翻してかわしたのも束の間、そのうちの一本の氷刃は船の前側ついている帆に直撃し、
太い帆柱は大きな音を立てて真っ二つに折れてしまった。

「ぶひゃーっひゃっひゃ! ざまあみろってんだ!」

痛手を与えることに成功した魔物は不細工な顔をさらに醜く歪めて笑う。

「溺死体になって この下で待つ あのお方に 喰われるがいい!」

「骨くらいは 拾ってやるぜ! げひゃひゃひゃ!」

マリベル「ど どうしよう アルスっ!!」

ボルカノ「万事休す なのか……!?」

アルス「くっ……!」

船を捨て、仲間を抱えて転移呪文で逃げるという選択肢もある。
しかしそれはここにいる魔物たちをのさばらせておくことに他ならない。
そうなれば次に襲われるのは自分たちだけではないだろう。

”ならばこの状況をどう切り抜ける”

そう、少年が策に窮した時だった。



アルス「あっ……!」



にわかに少年の腕が、腕の紋章が強い光を放ち始めた。



マリベル「見てっ!」



ボルカノ「あれは!?」

少女の声に二人が近くの海面を見ると、そこにはいつか見た青白い光の渦が立ち上っていた。

「な なんだ あれは!?」

「おい カエル野郎! アレも お前の ワザか!?」

「わしゃ あんなの 知らん。」

「だにぃ!?」

突然の現象に驚いた魔物たちは何事かと喚き散らしている。

アルス「これは まさか……!」

自分たちの船を追うように動き続ける光の渦に少年は何か閃くものがあったらしい。

マリベル「親玉の ところに 導いてるのかしら?」

少女もすぐに察しがついたのか、少年の考えていたことをそのまま声に出してみせる。

ボルカノ「だとしたら こいつに 飛びこみゃ そいつを 叩きに行けるって ワケか!?」

マリベル「そ それなら すぐに 行きましょう アルス!」



アルス「ダメだ!!」



861 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:21:51.95 lJAdciEW0 797/905


走り出そうとする少女を少年は大声で制止する。

マリベル「えっ……!?」

アルス「ぼく一人で行く。」

マリベル「そんな 無茶よ! 相手は 魔王の座を 狙うようなやつなのよ!?」

一人で縁まで歩き出した少年の腕を少女が引き止める。

マリベル「いくら あんたでも そんなの……。」



アルス「じゃあ この船は いったい 誰が守るんだ!!」



マリベル「……っ!!」

見たこともないような鋭い眼光に少女の足がすくむ。

アルス「まだ 魔物は 残ってるんだ。二人とも 行ってしまったら あっという間に この船は 沈められてしまうだろう。」

すると少年は父親に向き直る。

アルス「……父さん!」

ボルカノ「……なんだ 息子よ。」

アルス「この船を 頼みます。」

ボルカノ「……任せておけ!」

アルス「ありがとうございます。」

そう言って少年は上着を脱ぎ捨て剣と袋を付けなおし、海に飛び込もうと身構える。

862 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:23:14.10 lJAdciEW0 798/905




マリベル「アルス 待って! 待ってよ……。」



アルス「……マリベル。」
アルス「大丈夫 ぼくは必ず きみのところへ 帰ってくるから。」

マリベル「でも……。」

アルス「マリベル。」

マリベル「っ……。」

泣きそうな顔で訴える少女に口づけをすると少年は今度こそ海面を見据えて身構える。



アルス「みんなを… 父さんを 頼む。」



マリベル「…………………。」
マリベル「……わかったわ!」

アルス「魔物ども 今いくぞ!!」

少女の力強い返事を背に少年は雄たけびを上げ、勢いよく飛び出し光の渦の中へと消えていった。



「今度こそ 沈めてくれる! くらえい マヒャド!!」



少年が消えたのを勝機と見た魔物たちが一斉に呪文を繰り出してくる。



マリベル「同じ手は くわないわ!」



[ マリベルは マホカンタを となえた! ]



「なんだとぉ!?」

「ぐおおッ!?」

まさかの反撃に魔物たちは呪文をなんとか鱗で耐えしのぎ、憎々し気に少女を睨みつける。

マリベル「あたしは 負けないわ!」
マリベル「みんなには 指一本 触れさせない!!」
マリベル「あんたたちは この場で 全員 海のもくずに してやるんだから!」

少女は仁王立ちすると怯んでいる魔物たちへ高らかに宣言する。

「こんのぉお!!」

「言わせておけば いけしゃあしゃあと!!」

「かかれ! あいつらを 生きて帰すな!」



こうして荒れ狂う海の上、生死を駆けた少女の戦いの火蓋が切って降ろされた。



863 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:25:08.22 lJAdciEW0 799/905




アルス「ここは……!!」



光の渦に飛び込んだ少年は、かつて訪れたサンゴの洞くつのような場所にたどり着いていた。

アルス「ここにも こんな場所が あっただなんて……。」





「グハハハ! よくぞ ここまで 生きて たどり着いたな。」





周囲を見回していた少年の耳に聞き覚えのある声が響いてくる。

アルス「だれだ!」

「ぐっふっふ……。」

声の主は岩場の影からゆっくりと姿を現すと、少年の顔をじっくりと眺めた。

アルス「お前は……!」

「思い出したか われのことを。」

少年はいつか手に入れた不思議な石版の世界で対峙したグラコスの名を持つ凶悪な怪物のこと思い出していた。

アルス「グラコス……!」

その魔人は以前よりも深い緑色の鱗に身を包んではいたが、確かに少年たちが過去の世界で打ち倒したそれそのものだった。

アルス「どうして お前が ここに!」

あまりに突然の再会に少年は声を荒げる。

アルス「お前は 確かに ぼくたちが 倒したはずだ!」

グラコス「ぐふふ。確かに われは一度は 死んだ。」
グラコス「だが その後 われは 魔王によって 再び 生を与えられたのだ。」

アルス「なんだと……!」

グラコス「お前たちの チカラによって 魔王は 倒れた。」
グラコス「そして 今度は 更なるチカラをつけた われこそが 再び 世を席巻する時がきたのだ。」
グラコス「かつて 国をそのまま 海底に沈めた時のようになあ。ぐはーはっはっは!!」

アルス「そんなこと させるものか!」

グラコス「ぐふふ… 貴様ひとりに 何ができる!」

アルス「強くなったのは お前だけじゃない!」

グラコス「ぬかせいっ!」
グラコス「今度こそ お前を ひねりつぶし この世を 海で覆い尽くしてくれるわ!」





グラコス「…この 海の魔神 グラコスエビル がなあ!!」





864 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:27:34.06 lJAdciEW0 800/905




「グハアッ!!」



マリベル「つぎよっ!」

その頃海上では少女が魔物の群れとの格闘を続けていた。

「おのれ~~……!」

マリベル「あんたたちが 束になってかかって来ても おんなじよ!」
マリベル「ビッグバン!」

「がああっ!!」

「ぎょっ……!」

[ グレイトマーマンCを 倒した! ]
[ グレイトマーマンDを 倒した! ]

「ぶひゃひゃ! いくら おれたちを 倒したって 無駄だぜ!!」

[ グレイトマーマンEは こおりつく 息を はいた! ]

魔物は海面を凍らせるとその上から跳び上がり船上に転がり込む。

ボルカノ「ちっ…!」



マリベル「伏せてっ!」



「ぐおっ!?」

少女はすぐにそれを鞭で縛り付けるとそのまま鞭に電撃を這わせる。

マリベル「ハッ!」

[ マリベルは いなずま斬りを はなった! ]

「ギギギギ!!」

強烈な電撃に体のしびれた魔物は動きを止め、体の力を緩める。

マリベル「そこっ!」

それを少女は見逃さず、全身を使って自分の何倍の重たさもある魔物を甲板の外へ放り投げる。

マリベル「かまいたち!」

するとそのまま宙に放り出された魔物に向かって少女は鋭い風の刃を巻き起こした。

「ギッ…!?」

体勢を崩したままもろにそれを受けてしまった魔物は成す術もなく体を真っ二つに切り裂かれ、海の中へと落ちていった。

865 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:28:15.92 lJAdciEW0 801/905


「ちくしょう! フロッグキング! もっと渦を強くしやがれっ!」

「ふん 言われるまでも ないわい。」

仲間からの野次に蛙の化け物は面倒くさそうに答えると海面を杖でかき回し始める。

ボルカノ「むおっ!?」

すると先ほどまで拮抗していた船の推進力をそぐようにして高波までもが押し寄せ始めた。

マリベル「きゃっ。」

激しい揺れに二人は体制を崩し床に手を付ける。

ボルカノ「マリベルちゃん! あのカエル野郎を なんとか できねえか!!」

マリベル「あたしの 呪文でも あそこまでは 届かないわ!」

尻もちをついたまま少女が叫んで答える。

ボルカノ「…このままじゃ 渦の中心に飲み込まれちまう!」

数々の困難を乗り越えてきたとは言え、この状況に少しばかり焦りが出て来たらしい。
船長は甲板を殴りつけ憎々し気に歯を鳴らした。

マリベル「どうすれば……。」
マリベル「…っ!」
マリベル「渦の中心…… あそこまで行けば……!」

そう呟く少女の目には巨大な渦の中心でにやついている魔物の群れが映っていた。



866 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:31:50.88 lJAdciEW0 802/905




グラコス「くらえいッ!!」



アルス「ぐっ……!」

その頃、海底の空間では少年と海の魔神が熾烈な争いを繰り広げていた。

グラコス「どうした! 魔王を倒した 男の実力は その程度か!!」



[ グラコスエビルは げはげは 笑いながら アルスを なぎはらった! ]



アルス「っ……!」

少年はすんでのところでそれをかわすと片足で相手の顔目がけて回し蹴りを放つ。

グラコス「むっ!?」

鼻先をかすった足はそのままの勢いで手に持った武器を弾き飛ばした。

グラコス「ふん 油断していた ようだな。」
グラコス「ならば…!」

[ グラコスエビルは ベギラゴンを となえた! ]
[ グラコスエビルは マヒャドを となえた! ]

そう言うと魔神は立て続けに呪文を唱え、少年を追い込んでいく。

アルス「ぐあああっ!!」

灼熱の炎をかわすあまり退路を断たれ、少年は巨大な氷塊に吹き飛ばされて地面に転がる。

グラコス「ぐははは! 終わりだ! 串刺しになれい!」

アルス「ぐっ!」

少年は咄嗟に守りの体制を取ると間一髪それを獲物で受け止めた。

グラコス「なにぃ? …なかなか やるな。」
グラコス「だが!」

すると魔神は一気に距離を詰め、太い腕を少年の身体に叩きつける。

アルス「ぐうっ……! べ ベホマ!!」

吹き飛ばされた少年はなんとか呪文を唱えて傷を癒し、立ち上がると補助呪文で相手の攻撃に備えた。

[ アルスは マジックバリアを となえた! ]

アルス「グラコス… ぼくは あきらめないぞ。」

グラコス「ふんっ 傷を 塞いだか。」

魔神は二又の槍を拾い上げ、唾を吐き捨てる。

グラコス「だが そんなものは 無意味よ……!」
グラコス「スウウ… ブハアアアア!」

[ グラコスエビルは もうどくの きりを はきだした! ]

アルス「……!」

少年はさっとそれを避けると相手に向かって真っすぐに走り出し思い切り獲物を振り下ろした。

グラコス「ふん ムダだ!」
グラコス「むっ…ぐああっ!?」

少年の獲物を自分の槍で受け止めた魔神だったが、オチェアーノの剣から放たれた第二の斬撃を体に受け、一瞬の隙が生まれる。

アルス「そこだ!!」



[ アルスは はやぶさ斬りを した! ]



867 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:33:24.72 lJAdciEW0 803/905


一瞬の怯みを見逃さず少年は獲物を素早く動かし攻撃を加える。

グラコス「ぐっ!」

目にも止まらぬ斬撃に鱗を切り裂かれ、魔人は小さく呻いて後ずさった。

アルス「まだだ!」

“ならば”と少年は手に雷の刃を作り出し全身を使って振り抜いた。



[ アルスは ギガスラッシュを はなった! ]



グラコス「ぐおおおっ!?」

距離を取れば攻撃を回避できると考えていた魔神はそのあまりにも巨大な刃に飲み込まれ、後方に大きく吹き飛ばされた。

グラコス「い 今のは 効いたぞ…。」

立ち上がりながら口元を拭う。

紫色をした体液が海底の岩にしたたり落ちていった。

アルス「さすがに これだけじゃ ダメか……。」

グラコス「グハハハッ! われを 舐めてもらっては 困る!」

アルス「だけど ぼくも 負けるわけにはいかない!」
アルス「ようやく 手に入れた 平和を お前なんかに 渡してたまるものか!」

グラコス「ぬかせい!!」

再び身構える少年に魔神は武器を構えて一直線に突きを放つ。

アルス「はっ!」

少年は最小限の動きでそれをかわすと槍の柄を掴んで相手の巨体ごと力任せに投げ飛ばした。

グラコス「なにっ!?」



アルス「来い! ジゴスパーク!」



少年が手を地に付け叫ぶと何もないはずの海底から禍々しい雷の球が浮かび上がり、魔人の体に当たって炸裂した。

グラコス「がああああああっ!」

アルス「ぼくは お前なんかに 負けない!」



グラコス「ぬ… ぬかせえええええ!」



すると魔神は電撃の中から目にも止まらぬ速さで少年に接近し、剣を弾き飛ばして少年を薙ぎ払った。

アルス「ぐあっ!」



グラコス「たかが 人間ごときがっ! 図に乗るなああああ!」



[ グラコスは マヒャドをとなえた! ]
[ グラコスは マヒャドをとなえた! ]

アルス「……っ!!」

怒り狂う魔神の呪文は少年目がけて巨大な氷塊を次から次へと降り注がせ、暴走した魔力の刃は辺りを埋め尽くしていく。



グラコス「消えろ 青二才! 世界は わがものなのだ!!」



868 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:35:45.32 lJAdciEW0 804/905




ボルカノ「本気か マリベルちゃん!」



豪雨と強風の吹き荒れる中、荒れ狂う海上では巨大な渦と漁船アミット号が壮絶な争いを繰り広げていた。

マリベル「いいから ボルカノおじさま! あの渦の中心に 向かって行って!」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「……なにか 考えが あるんだな!?」

頑なに言い張る少女に船長は何かを察し、少女をじっと見つめる。

マリベル「船長! あたしを 信じてください!」

ボルカノ「……わかった!!」

力強い少女の瞳に確信を得た船長は大きく頷いてみせた。

ボルカノ「オレたちの命 きみに 預けるぞおっ!」

マリベル「……はいっ!!」



「ぶっはっはっは! これで お前らも おしまいだ!」



そこへ再び接近してきた魔物の一匹が船に向かって跳びかかる。

マリベル「…うるさいのよっ! メラゾーマ!」

「ぎゃああああ!!」

マリベル「さあ ボルカノおじさま!」

少女はそれを空中で焼き払うと船長を促す。

ボルカノ「任された!」

少女の催促に船長は一言だけ返すと残された帆を操り、船を渦の中心へ向かうように走らせ始めた。

「おおっ? なんだ 奴ら こっちに向かってくるぞ?」

「おおかた あきらめて 自決しちまおうってのさ! ぶひゃひゃ!」

「げっへっへ! なら 一思いに 叩き潰してやろうぜ!」



マリベル「そうはさせるもんですか!!」



[ マリベルは コーラルレインを となえた! ]



「な なに!?」

少女の叫び声と共に渦の中から光る物体が現れ始め、瞬く間に魔物たちの皮膚を切り裂いていった。

「いででで! なんだこりゃあ!」

「さ サンゴだ! サンゴの欠片が!」

「ぎゃああ!」

マリベル「ふんっ これで しばらくは 動けないわね。」
マリベル「ボルカノおじさま! もっと 中心へ!」

突然の事態に慌てる魔物たちを尻目に少女は鼻を鳴らすと後方の船長に向かって呼びかける。

ボルカノ「がってんだ!」

威勢の良い返事と共に船長は帆を傾け、さらに船を渦の真ん中へと巧みに滑らしていく。

869 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:38:30.69 lJAdciEW0 805/905


マリベル「待ってなさい! すぐに そっちに 行ってあげるわ!!」

「ぐっ こ 小娘! きさま 何をするつもりだああ!!」

マリベル「あんたたち まとめて 吹き飛ばしてやるのよ!」

そう言うと少女は鞄の中から青みを帯びた小さな茶器を取り出し、そのフタを外して小さく呟いた。

マリベル「チカラを 借りるわよ 妖精さん……!」



[ マリベルは エルフののみぐすりを つかった! ]



「なにを 企んでるんだか 知らんが お前たちに 未来はねえ!」

「やっちまおうぜ おまえら!  総攻撃で 船を 叩き潰してやれ!」

「「「おおおおっ!!」」」

妙な動きをする少女を警戒してか、魔物たちは一気に船を沈めようと船へ向かって進軍し始める。

ボルカノ「どうするんだ マリベルちゃん!!」
ボルカノ「……マリベルちゃん!?」

マリベル「…………………。」

魔物たちの動きに船長は焦りの色を顔に浮かべて少女に叫ぶも、当の少女は目を閉じたまま微動だにしない。

「ぶひゃひゃひゃひゃ! 見ろ! あいつ ついに 観念したぞ!」

「一思いに 一撃で 殺してやる!」

ボルカノ「……このままでは!」



マリベル「…………!」



その時、少女が船長に向かってなにかを叫んだ。

ボルカノ「……っ!」

雷鳴と共にその言葉はかき消されたが、船長の目は確かに少女の言っていることを捕らえていた。





[ し・ん・じ・て ]





ボルカノ「……むっ!」

船長は再び気を引き締めなおすと船をさらに渦の中心へ、魔物たちの来る方向へと進める。

「ぶひゃひゃひゃひゃ!」

「これで 終わりだ! いくぞ おまえら!!」

[ グレイトマーマンたちは マヒャドを となえた! ]

無数の魔物たちの大合唱が嵐の轟音をかき消し、
恐ろしく強大な氷の刃が漁船アミット号へと向かって一列の剣山を作る様に海面へと突き刺さっていく。

「しねええ! 人間どもぉっ!!」





マリベル「甘いわ。」





870 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:41:15.21 lJAdciEW0 806/905




その時だった。



ボルカノ「ぬおっ!?」



[ アミット号の 船体が やさしい ひかりに つつまれた! ]



それまで巨大な渦の中でまともに操舵することすら叶わなかった船体が、まるで波一つ立たぬ海を進むかのように軽やかに進みだした。

そう、それはまさに宙に浮いたかの如く。

「なんだとおお!?」

「な なんだあ ありゃあ!」

「船が 飛んだ だとう!?」

否、船はまさしく飛んでいた。

そう、それはまさにおとぎ話に出てきたあの伝説の方舟の如く。



[ マリベルは ノアのはこぶねを となえた! ]



[ アミット号は ひかりに つつまれ うきあがっている! ]



マリベル「残念だったわね。」

魔物たちの放った氷の刃は虚しく宙を掻き、ただ海面に向かって落下していくだけだった。

「く くそっ!」

「もう一度 やるぞ! 今度は もっと 上を 狙え!」

「「「おおおっ!!」」」

一匹の言葉に雄たけびが上がり、再び巨大な氷塊の雨が漁船を目がけて降り注いだ。



マリベル「だから ムダって 言ってるのよ。」



[ アミット号の 船体は ひかりにつつまれ なにものも うけつけない! ]



「ばかな!」

「なんなんだ あの光は…!」

マリベル「……あたしは 負けない!」
マリベル「こんなところで くたばるわけには いかないのよ!」

少女が魔物たちの群れを見下ろし魔力を集中させる。

すると頭のてっぺんから足のつま先まで、赤紫の光が少女の体から吹き出し全身を駆け巡っていった。

871 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:43:40.28 lJAdciEW0 807/905






マリベル「見ていて アルス!」





マリベル「はあああああっ!!」




















[ マリベルは すべての まりょくを ときはなった! ]




















刹那。


少女の解放した魔力は渦の中心から端までを塞ぐ大爆発を巻き起こし、その場のすべてを飲み込んでいった。



「な な…!」



「こんなばかなあああ!!」



「グラコスさまああああ!」



「ぐおおおおおおっ!!」




…………………

872 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:46:51.42 lJAdciEW0 808/905




「……。」



グラコス「ぜえ ぜえ……。」

魔力を爆発させ、一気に消耗した魔神は肩で息をしながら辺りを窺う。

「……。」

氷刃で埋め尽くされた海底には、ただ静寂が広がっていた。

グラコス「ふ ふん… 他愛ない。所詮は 人間一匹 このわれに 勝とうなどというのが 夢幻に すぎないのだ。」
グラコス「ぐ グハハ……! これで 心置きなく 地上を 制圧できるぞ!」
グラコス「まずは 上のゴミ共を 沈めてやるとしようぞ……。」

そう独り言ちながら魔神が海面を目指そうと振り返った時だった。





「待てよ。」





グラコス「っ……!?」

不意に響いた低い声に魔神は息を飲んで振り返る。



“バキッ”



まるで何かが割れるような高い音が海底に木霊した。

グラコス「ま まさか…!!」



「そのまさかだ!」



歯ぎしりする魔神をよそに巨大な氷柱はいともたやすく崩れ落ち、その奥から声の主が姿を現した。

グラコス「き きさま あれだけの 攻撃を受けて 何故倒れぬ!」

どこも負傷した様子のない少年に魔神は焦りの顔を浮かべて怒鳴り散らす。

アルス「……お前には わからないだろうね。」

[ アルスは バイキルトを となえた! ]

グラコス「なんだとお!?」

アルス「来い グラコス。お前なんかに もう 剣は 必要ない!」



グラコス「だまれえええい!」



挑発を受け、魔人は怒りに任せて武器を振り回す。

アルス「どうして お前たちが ぼくらに 勝てないか 教えてやろうか!」

それをなんなくかわしながら少年は普段の温厚そうな顔からは想像もできないような鋭い目つきで魔神を睨みつける。

グラコス「だまれ だまれ だまれぃいい!!」



アルス「それは!」



873 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:48:43.15 lJAdciEW0 809/905


グラコス「ぐうっ…!?」

少年は魔神の振り回す獲物の柄を捕らえ、両手でがっちりと握り締める。

アルス「お前たちには ないものを 持っているからだ!」

そしてそのまま力を込め、いとも簡単に握りつぶしてしまった。

グラコス「わ わが 槍が……!」

アルス「ぼくたちは 一人で 戦ってるんじゃない!」

グラコス「なぜだ! われらとて 徒党を組んでいる!」

間合いを取りながら魔神が叫ぶ。

アルス「分からないだろう! ただ 支配することを望む お前なんかには!」

グラコス「ぐうう こしゃくなあああ!」

武器を失った魔神は遂に己の腕で少年に殴りかかる。

アルス「お前たちになくて ぼくたちにあるもの!」
アルス「それは!」

グラコス「死ねええええ!」



アルス「……それは 絆だ!!」



874 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:50:57.03 lJAdciEW0 810/905




アルス「おおおおおっ!」



[ アルスは ばくれつけんを はなった! ]



グラコス「ぐっ がっ……!!」



アルス「…ぼくは 負けない!」



グラコス「こ この……!」



アルス「ぼくの 愛する世界のために!」



[ アルスは せいけんづきを はなった! ]



グラコス「げぼおっ…!?」



アルス「ぼくの 愛する人たちのために!!」



グラコス「…き きさまあああああ!」



アルス「……チカラを 貸してくれ!」



[ アルスの せいれいの紋章が かがやきだす! ]



アルス「終わりだ 魔神グラコス!!」



グラコス「ばかな… ばかな…!!」














[ アルスは アルテマソードを はなった! ]














875 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:52:28.72 lJAdciEW0 811/905




マリベル「はっ… はっ……。」



死闘の末、疲弊した少女は甲板にぺたりと座り込んでしまった。

ボルカノ「ぐうぅ…… ど どうなったんだ!?」

凄まじい光と衝撃に身を屈めていた船長が起き上がり、辺りの様子を窺う。

ボルカノ「っ……!」

しかし彼は絶句した。



「…。」



そこにはただ荒れ狂う波以外、何も残されてはいなかったのだ。

たった一隻の漁船だけを残して。

ボルカノ「あいつらは……?」

マリベル「やった… やったわ アルス……。」

ボルカノ「マリベルちゃん!」

大きく揺れる甲板を駆け抜け船長は少女のもとへ駆け寄る。

マリベル「あっ… ボルカノおじさま……。」

ボルカノ「大丈夫か!?」

マリベル「あたしは 大丈夫です……。」

そう言うと少女は自分の鞄の中をまさぐり、青い液体の入った一本の瓶を取り出すと、中身を全て飲み干した。

マリベル「ふう……。」

ボルカノ「立てるかい?」

マリベル「ええっ。」

ボルカノ「渦まで 消えちまった……。」
ボルカノ「オレたちは 助かったのか?」

マリベル「……そうみたいね。」
マリベル「いや まだだわ。」

ボルカノ「そうだ アルスは! アルスは どうなったんだ!?」

マリベル「アルス……。」

二人は甲板から辺りの海面を見回す。

「…。」

しかしどこにも少年の姿は見当たらない。
この荒波の中、視界の悪さゆえに見つからないのか、それともまだ海底で闘っているのか、或いは……。

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「ちと 見張りを 呼んでくる。」

マリベル「ええ……。」

そう残して船長は甲板を降りていった。

マリベル「…………………。」
マリベル「アルス……。」

嵐は少しも止む気配を見せない。それどころか更に風は強くなり、今にも海面から竜巻が巻き起こりそうな様子である。
少女も自力では立っていられなくなり、船の縁に掴まって必死に体を支える。

マリベル「お願い アルス 戻ってきて……!」

すがるような思いで少女は彼から託された真珠を握りしめる。



876 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:54:08.56 lJAdciEW0 812/905






マリベル「えっ…?」





それは突然の出来事だった。

少女の握っていた人魚の涙が突如強い光を放ち始めたのだ。

そしてそれと同時に船から少し離れた海面上に小さな光の渦が立ち上り始めた。

マリベル「あれは……!!」

ボルカノ「どうした マリベルちゃん!」
ボルカノ「むっ……!?」

その時、甲板から漁師たちを連れて戻ってきた船長が異変に気が付き目を凝らす。

マリベル「ボルカノおじさま! あっちへ!!」

ボルカノ「わかった!」
ボルカノ「全速力で 船を 向かわせる! いいな!」

少女の言葉に返事をすると船長は腹の底から声を張り上げ漁師たちに指示を出した。

「「「ウスっ!!」」」

持ち場についた漁師たちは激しい揺れをものともせず高波の間を縫いながら船を光の渦へと近づけていく。

マリベル「…………………。」

霞む視界の中、少女は意識を集中させ渦の付近に何かないかと目を凝らす。

[ マリベルのまなざしは うみどり目となって 大空をかけぬけた! ]

しかし探せども探せども少年の姿はおろか、身に着けていた物や道具すら見当たらない。

「何も 見当たらないっすね……。」

「下は どうなったんだ!?」

「アルス~ 生きててくれよ!」

ボルカノ「…………………。」

渦の近くまできても一向に姿を見せない少年に、漁師たちが焦りの色を浮かべて叫ぶ。

マリベル「…………………。」

父親と少女はただ黙って光の中を見つめていた。
しかし二人の表情はどこか確信を得たかの如く、そこに悲観の色はまったく見受けられなかった。

二人は信じていたのだ。

少年は必ず帰ってくると。





そして……


そして何度目かの高波をやり過ごしたときだった。



877 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:55:47.59 lJAdciEW0 813/905






「プハアッ!!!」





何者かが海面から飛び出し、再び海中に沈んでいった。

マリベル「……!!」

ボルカノ「今のは!!」

「……こ ここは!?」

“ザバッ”という音と共にゆっくりと浮上したそれは、状況を確認するように辺りを見渡すと船に気付いてその手を振るう。

光の届かぬ深海の様に黒い髪、傷痕だらけの引きしまった体、光輝く腕の痣、そして何よりも人懐っこそうな笑顔。



マリベル「アルスっ!!」



「「「うおおおっ!!」」」



それはまさに皆が待ちわびた少年その人だった。

時々迫りくる荒波を呪文でなんとか凌ぎ、体勢を崩しながらもこちらに向かって大手を振っている。

ボルカノ「アルス! いま 助けるからな!」

アルス「……!」

少年は身振り手振りでそれに応えると再び波の回避に意識を注ぎ始める。

「これを!」

ボルカノ「おう!」

ある程度近づいたところで銛番の男が船長に長い網縄を手渡す。

ボルカノ「それ!!」

アルス「っ!」

マリベル「アルスー! それに つかまって~~!」

少年は投げ込まれた網の端をなんとか掴むと渾身の力で身を手繰り寄せていく。

ボルカノ「それっ 引っ張るんだ!」

「「「ウスッ!!」」」

漁師たちの力によって少しずつ縄は引き寄せられていき、遂に少年は漁船の側面下までたどり着いた。


878 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:57:06.98 lJAdciEW0 814/905


アルス「父さん! マリベル! みんな!!」

マリベル「アルスー!!」

ボルカノ「よく 無事で戻った!!」

アルス「敵は倒しました! すぐに 安全な場所へ!」

「ガッテンだ! いま 引き上げるから 待ってろよ!」

アルス「はいっ!」

ようやく仲間と愛する家族の顔を間近で見られたことの喜びからか、
少年は安堵の表情を浮かべ、すっかり気が緩んでいる様子だった。

マリベル「アルス!」

少女が少年に手を差し伸べる。

“終わったのだ。”

“これで ようやく 我が家に 帰れる。”

そう誰もが確信した時だった。





アルス「かっ…………。」





マリベル「えっ………?」





アルス「ぐ… あっ…… ま まりべ る……。」

マリベル「あ アルス……?」



急に網が軽くなったかと思えば、少年は力なく海へと落ちていった。



879 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 20:58:46.77 lJAdciEW0 815/905




ボルカノ「アルス!!」



少年の落ちた海面は真っ赤に染まり、いったい何が起きたのか、
そしてその赤が誰のものなのか、その場の全員がすぐに理解した。

「なっ!!」

「アルス! おい!!」

マリベル「う うそっ……!」

顔を真っ青にした少女が必死に目を凝らすも、暗く、赤く染まった海面には何も見出すことができない。



マリベル「なにが……。」



そして降りしきる豪雨の中、船から少し離れた海面から、恐ろしい姿をした怪物が、
体に大きな傷を負った深緑の鱗の化け物が、少年を抱えて姿を現したのだった。

グラコス「ぐふ… ぐふふふ……。」

アルス「あ き… さま……。」

少年は背中に突き刺さったままの折れた槍に手をかけながら血まみれの体をばたつかせる。

グラコス「き さまらも みちず れ に……!」

アルス「や………。」

苦しそうに体を動かすも流れ出る血液に意識が遠のいてきたのか、少年の動きは徐々に鈍っていく。

グラコス「と もに し ずもう ぞ。」

アルス「……。」

そしてぐったりとした少年をその腕に抱いたまま、海の魔神は塔すらも呑み込むような高波を巻き起こした。

ボルカノ「あぶねえ!」

「面舵いっぱい!」

マリベル「そんな!!」

「おじょうさん 伏せて!」

「のみ込まれる!!」





マリベル「っああああああ!!」





少女の絶叫と共に再び船は光に包まれた。

その上を、想像を絶する波が覆い尽くしていく。

船も、魔神も、そして少年も。

ボルカノ「ぐうっ……!!」

「船に つかまれ!」

「うおおおおっ……!」

すべてを押し流す高波は光の鎧に守られた船すらも揺るがし、その衝撃に漁船アミット号は成すがままに流され続けるのだった。



880 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 21:00:41.61 lJAdciEW0 816/905


永遠に続くかと思われた高波は遂にその猛威を緩め、船は再び元の荒波の中を進みだした。

「げほっ… げほっ……!」

長いこともみくちゃにされた漁師たちが、身体を支えきれずに腹ばいになったまま辺りの様子を探る。

「お 収まったのか……!」

「こ ここは… いや それより!」



ボルカノ「…………………。」



マリベル「…………………。」



船長と少女はおぼつかない足取りで甲板を歩き回り、あちらこちらで立ち止まっては海を眺めていた。

探しているのだ。

ボルカノ「アルス……。」

マリベル「…………………。」

だが、それらしき影はどこにも見当たらない。

「そんな 嘘だろ……?」

「おい そんな… こんなことって……。」

「ボルカノさん!」

ボルカノ「…………………。」



ボルカノ「……羅針盤は無事か!!」



「っ…… はい!」

漁師の呼びかけに船長は振り向きもせずに言った。

ボルカノ「急いで ここを 離れるんだ!! すぐに 持ち場にもどれ!!」

「し しかし……!!」





ボルカノ「…このまま ここで 全員 死ぬつもりか!!」





「っ……!」

ボルカノ「必ず 生きて 帰るんだ! いいな!!」

「「「ウスッ……!」」」

船長の有無を言わさぬ言葉に男たちはやりきれない思いを抱えながら黙って持ち場に戻って行く。

881 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 21:02:22.63 lJAdciEW0 817/905




マリベル「……うそよ。」



ボルカノ「マリベルちゃん……。」

マリベル「待ってて アルス。」

少女は生気の無い顔で呟くとふらふらと船縁へ向かって歩き出す。

ボルカノ「っ……!」

マリベル「…いま そっちに 行くから……。」

ボルカノ「待つんだ!」

少年の父親はすぐに駆けより少女の体を抑え込む。

マリベル「は 離して ボルカノおじさま!」
マリベル「アルスが… アルスが……!」

面を張り付けたような無表情が見る見る絶望に染まっていく。

ボルカノ「きみまで 死んでどうする気だ!」

マリベル「約束したのっ! 死ぬときは 一緒だって!!」
マリベル「あいつ 一人で さよならなんて 認めない!! 絶対に 認めないんだから!!」

そう言って少女は腕を伸ばす。

ボルカノ「きみまで 死んだら 残されたものは どうするんだ!!」

マリベル「知らない… そんなのもう どうだって いい!!」
マリベル「あたしの邪魔をするなら いくら ボルカノおじさまでも!!」

ボルカノ「マリベルちゃん!」

とても華奢な少女の体とは思えないほどの力に大男は身体を引きずられていく。

マリベル「離して! あたしは あいつとの 約束を 果たしに行くのよ!!」



ボルカノ「……あいつなら なんて言うと思う。」



マリベル「えっ……?」

ボルカノ「あいつは いつも きみの幸せだけを 願っていた。」
ボルカノ「きみが 自分の後を 追って 死んでしまったと知ったら あいつは どんな顔をすると思う!!」
ボルカノ「きみを この船に残したのも きみにすべてを 託していたからじゃないのか!」

マリベル「…………………。」

ボルカノ「あいつのことを 思ってくれるなら きみは 生きなければ いけない。」
ボルカノ「生きて 幸せを 勝ち取ることこそが あいつの 願いだ!」
ボルカノ「……違うかい?」

マリベル「…………………。」
マリベル「…アルス……。」
マリベル「うっ… うぐっ……。」

882 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 21:03:10.09 lJAdciEW0 818/905


少女はその場に座り込むとそのまま泣き崩れてしまった。

激しい雷雨の中、少女の泣き声は風の中にかき消され、ただただ深い絶望が船を支配していった。

海は尚も荒れ狂い、世界の命運をかけた大激戦があったことなどすべて押し流さんばかりに海面を上塗りしていく。

まるで魔神と共に消えた少年をその下に埋めていくように。



こうして深い嘆きを乗せた方舟は帰るべき港を目指し、傷だらけの体を引きずる様にして航行を再開したのだった。



少年という希望を海に残して。





そして……


883 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/19 21:03:43.61 lJAdciEW0 819/905






そして 次の朝……。





884 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:02:35.82 K4Y9JjXm0 820/905






航海二十九日目:





885 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:03:32.34 K4Y9JjXm0 821/905




どうして。



どうしてなのよ。



あたしたちが何したって言うのよ。



どうして。



神さまは。



あのクソじじいは何をやってたのよ。



ちがう。



あの時あたしはどうして助けられなかったの。



どうして。



どうしてあんたは一人でいなくなっちゃうのよ。



どうしてあたしを置いていってしまったの。



どうしてなのよ。



あたしを一人にしないでよ。



あたしも連れていってよ。










アルス。










886 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:04:44.20 K4Y9JjXm0 822/905




「たいへんだーっ!」



「おおっ どうしたんだ ぼうず。」

ここはエスタード島ののどかな港町フィッシュベル。

まだ日の登りきらない早朝、この閑静な町、
というよりかは村と言った方が正しいだろうか、その港から一人の小さな少年が駆けてくる。

「あっ よろず屋のおじちゃん! たいへんだよっ!!」

「わかったから 落ち着け。いったい 何が たいへんなんだ?」

男の子の慌てように訝しげに顔をしかめる万屋の男だったが、次の言葉を聞いた瞬間、みるみるとその血相を変えた。

「船が……。」
「船が 帰ってきたんだよ!! しかも ボロボロで!!」

「な……。」





「なんだってええええええ!」





眠っていた村の中に男の絶叫が響き渡った。



887 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:07:56.91 K4Y9JjXm0 823/905


「なんだなんだ?」

「船が 帰ってきたって 本当かい!?」

「おい あれを見ろ!」

「おおっ ありゃ 間違いなく アミットさんの船じゃねえか!」

「ま マストが 折れてやがる!」

「船体も ボロボロだぞ!」

「こりゃ 大変だ! アミットさんを 呼んでこなくちゃ!」

「みんな 船を 迎える準備をするんだ!」

「漁師たちは 無事なのか?」

「ウチの人は……。」

「見ろ! みんな 手を振ってるぞ!」

「ああ 良かった……。」

「船は ボロボロだけど これなら 魚は 期待できそうだな!」

「おいっ 板を持ってこい!」

「やった~! 今日のご飯は お魚だ。」

「にゃ~ん!」

港はあっという間に噂を聞きつけた村人たちで埋め尽くされていった。
最初こそその船の佇まいに不安がってはいた者の、次第に近づいてくる船に乗組員を見つけると一斉に沸き立ち、
やがて降りてくる者たちをもてなしてやろうと皆が意気込んでいた。



「おい そこを 通してくれっ。」



そこへ一人の男が端整な顔立ちの妻を連れて港に現れた。

888 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:08:43.45 K4Y9JjXm0 824/905


「あ アミットさん! ほら この通り船が!」

“アミット”と呼ばれた男は港の先までやってくると自らの船の有様に目を白黒させる。

アミット「おおっ これは いったい どうしたことだ!?」

「マリベルは 無事かしら……。」

後ろに立つ妻が心配そうに船を見つめる。

そうこうしているうちに漁船はゆっくりと速度を落とし、遂に船着き場へと滑り込んだ。
投げ込まれた綱を係船柱に結び、陸から板が駆けられ、乗組員たちが降りてくる。

小さく歓声が上がる中、一人の大男が網元の前に歩み寄った。

ボルカノ「アミットさん すまねえ。」
ボルカノ「船が こんなになっちまって……。」

漁師頭は申し訳なさそうに俯く。

アミット「いやいや ボルカノどの それに みんな よく無事で……。」
アミット「そういえば マリベルの姿が 見えんようだが……。」

ボルカノ「それなら……。」

網本の言葉に船長がさっと身を避けると、そこにはひどく憔悴した様子の少女が立っていた。

アミット「おおっ マリベルや!」
アミット「よくぞ 無事に 戻って来てくれたな。」
アミット「マリベル……?」



マリベル「…………………。」



アミット「っ……。」
アミット「疲れただろう。先に 家で 休んでおいで。」

最初こそ娘との再会を喜んだ父親だったが、少女の顔に並々ならぬ事情を感じ取ると、その肩を抱いて妻へと託す。

マリベル「パパ……ママ……。」

「さっ マリベル。」

マリベル「…………………。」

そうしてふらつく足取りのまま、少女は母に抱えられるようにして自宅へと帰っていってしまった。

アミット「いったい 何が 起こったんじゃ?」

ボルカノ「それは……。」

網本の問いに男が窮した時だった。



「ちょっと いいかいっ……!」



一人の婦人が人込みを掻き分けて現れた。

889 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:09:30.09 K4Y9JjXm0 825/905


アミット「おお マーレさんじゃないか。」

マーレ「おはようございます アミットさん。」

ボルカノ「母さん……。」

やって来たのは船長の妻だった。妻は夫と抱き合うと辺りを見回してある異変に気付く。

マーレ「父さん アルスは どうしたんだい?」

ボルカノ「…………………。」

マーレ「父さん……?」

ボルカノ「ちょっと 待ってくれ。」

そう言うと船長は船員たちに向き直る。

ボルカノ「オレはこれから 事情を 説明してくる。」
ボルカノ「みんなは 悪いが 積荷を 降ろしておいてくれないか。」

「うすっ! 任しといてください。」

「オレたちも こっちが 済んだら すぐに 行きます!」

コック長「では 始めるとしようか。」

「「「おうっ!」」」

そう言って男たちは作業に取り掛かり始める。

ボルカノ「すまん みんな……!」

船員たちの気遣いに感謝し、船長は集まった村人たちを見渡して言う。

ボルカノ「…場所を 変えましょう。ここでは 作業の 邪魔になります。」

アミット「うむ。そうしようか。」

マーレ「…………………。」

辺りは妙な緊張感に包まれ静まり返っていた。
これから船長の話すことがいったい何なのか、誰にも想像はついていなかったが、
船の状態からして何かしらの出来事があったことだけは見て取れたようだ。

それでもこの後船長の口から飛び出した言葉に、その場の誰もが絶句することになるのだった。

網元も、村人も、そして少年の母親も。



港には、漁師たちの作業する音だけが、ただ虚しく響いていった。



890 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:10:55.16 K4Y9JjXm0 826/905




ここはどこかしら。



“マリベル……。”



アルス!?



“マリベル 苦しいよ……。”



待ってて今すぐ助けるわ!



“嘘つき。”



えっ?



“ぼくを 見殺しに したくせに。”



あの時は身体が動かなかったのよ。



“ふんっ もういいよ。”



待って。



“さようなら マリベル。”



待って。



いかないでよ。



あたしを一人にしないでよ。



マリベル「アルスっ……!!」





「マリベルっ!?」





891 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:12:06.75 K4Y9JjXm0 827/905




マリベル「はあ… はあ…… あれ…?」



そこには薄桃色の天井があった。

否、正確に言えばそれはベッドの天蓋のようだった。

「マリベル 大丈夫?」

マリベル「ま ママ……。」

そして自分に声をかける見慣れた顔の存在に、少女はようやく自分が帰って来ていたことに気付く。

マリベル「…………………。」

開いた窓から流れてくる風が、少女のぼんやりとした頭を覚ましていく。

「……パパから 話は 聞きましたよ。」

マリベル「っ……。」

その言葉に少女は再び現実に引き戻される。

先ほどまでの夢は、決して夢ではなかったのだ。

そう悟った時、いつの間にか涙が勝手に溢れ出し頬を濡らしていった。

「…………………。」

少女の涙に気付いた母親はその頬を優しく拭って微笑む。

「……私は 下にいるから いつでも 呼んでちょうだい。」

そうして席を立とうとした時だった。



「っ………。」



不意に服の袖を掴まれその動きは止められた。

マリベル「…………………。」

少女は黙ったまま顔を見ようとはしない。

「マリベル。」

そんな少女を胸に抱き、母親は少女の頭をゆっくりと撫でる。

「悲しかったわね……。」

マリベル「ママ………。」

「ほんとうに 辛かったでしょう。」

マリベル「…うん……。」

「辛いときは 泣いてスッキリ しなさいな。」

マリベル「……く……ぅう……。」

「おかえりなさい マリベル。」

少女はあふれ出る感情を爆発させわんわんと泣き始めた。
その悲鳴のような泣き声が、開け放たれた窓を飛び出して静まり返った町へと響いていく。

そしてそれは、漁師たちの話が嘘ではなかったことを、人々へと報せたのだった。



“もう、少年は帰らないのだ”と。



892 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:15:37.29 K4Y9JjXm0 828/905


少年が海に消えたという知らせは瞬く間に島中に広まった。
かつて世界の平和に湧いたことなどすっかり忘れてしまったかのように人々は沈み、町は死んでしまったかのように静まり返っていた。

ある者は静かに涙し、ある者は憤りに足を踏み鳴らし、ある者は嘆き顔を覆った。

そして今、この国に最近王女として迎え入れられたばかりの娘は、噂を聞きつけ、少年の自宅まで文字通り“すっ飛んで”きていた。

すべてはことの真相を両親に直接確かめるため。

ボルカノ「…………………。」

アイラ「そう ですか……。」

それ以上の言葉は出てこなかった。

にわかには信じ難い話だった。

神と、そして精霊の加護を受けるあの少年が、あの魔王をも打ち倒してしまうほどの少年が、こうもあっさりと消えてしまうものかと。

だが彼の両親の表情を見た瞬間、王女はすべてを察してしまったのだ。



“この二人の言っていることは嘘ではない”と。



ボルカノ「わざわざ すみません アイラさん……。」

すっかり言葉を失ってしまった王女へ気を利かすように少年の父親が紅茶を勧める。

アイラ「……ありがとう ございます…。」

その時王女は気付いてしまった。

気丈に振舞っているように見えるこの男の手が、小さく震えているのに。

アイラ「……っ。」

そしてそれを受け取り膝に抱える自分の手も、また、震えていることに。

アイラ「……いただきます。」

そうして王女が気を落ち着けようと紅茶を一口飲み込んだ、その時だった。

893 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:16:38.19 K4Y9JjXm0 829/905




「アルスの父ちゃん 母ちゃん!」



一人の小柄な少年が家の中に転がり込んできた。

アイラ「ガボっ!?」

ガボ「う 嘘だよな……?」

“ガボ”と呼ばれた元狼の少年は三人の顔を見合わせると震える声で尋ねた。

ガボ「アルスが 死んじまったなんて 嘘に決まってるよなあっ!?」

アイラ「ガボ……。」

ガボ「なあ こたえてくれよ…… き きっと どっかに 隠れてるんだろ!? なあ!!」

狼の少年は床に手をついて命を乞うかのように少年の両親を交互に見つめる。

ボルカノ「ガボくん… アルスは……。」

マーレ「…ううっ………。」

ガボ「…そんな……。」

言葉に詰まる父親と堪え切れずに涙をこぼす母親。

それがどういう意味を持っているかなど、今の彼には十分に理解できたらしい。

否、理解できてしまったのだ。

狼の少年はその場に力なく座り込むと、まなじりを涙でいっぱいにしながら言った。

ガボ「ウソだ…… そんなの嘘だ……っ!」
ガボ「オイラは 信じない! アルスが 死んじまったなんて 信じてやるもんか!!」

アイラ「ガボっ……!」

一粒、また一粒涙をこぼしていく少年を胸に抱き、王女は瞳を閉じる。

アイラ「泣いちゃダメよ ガボ。」

ガボ「…わ わかってらいっ!!」

優しく頭を撫でる王女にぶっきらぼうに返しながら狼の少年は目元を拭う。

部屋には狼少年の鼻をすする音と、船長の妻のむせぶ声だけが木霊していた。

894 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:18:45.74 K4Y9JjXm0 830/905


アイラ「…席を 外しましょう。」

王女はそう言って少年を促すと出口へと向かって歩き出す。

ボルカノ「……よかったら マリベルちゃんに 顔を見せてあげてください。」

その時、船長が二人へ向かって声をかけた。

アイラ「ええっ もちろん そのつもりです……。」

ガボ「マリベル 元気ないのか……?」

ボルカノ「ああ……。」

ガボ「…そっか。じゃあ オラたちが 元気づけて やらないとな。」

ボルカノ「よろしくお願いします。」

アイラ「はい 失礼しました。」

一つ頷くと今度こそ王女は狼の少年を連れて家を出ていった。

ボルカノ「…………………。」

マーレ「ああっ アルス……!」

二人がいなくなったのを境に少年の母親は声を出して泣き始めてしまった。

ボルカノ「母さん……。」

夫はそんな妻の肩を抱き、黙ってその背中を擦る。

悲しみに暮れる彼女にしてやれることは、今はこれしか思いつかなかったのだ。

だが男は泣かなかった。

“泣いてしまえばどんなに楽になれるだろうか”

“しかし今自分が泣いてしまえば、いったい誰が妻の涙を拭ってやれるのか”

そんな思いが男の眼を乾かしていくのだった。

ボルカノ「母さん すまない。」

そう言うのが精一杯だった。

マーレ「…父さんの せいじゃ ありませんよ。」
マーレ「それに…… あの子は みんなを 助けようと 自分から 飛び込んでいったんだろう?」
マーレ「……あたしゃ あの子のこと 誇りに思うよ。」

ボルカノ「母さん……。」

マーレ「あんた…… よく 帰って来てくれたね……。」

ボルカノ「マーレ……。」

男は強く妻の体を抱きしめる。

こうして愛する妻に再会できたのも、すべて息子が身を賭して自分たちを守ってくれたからだったのだと、男は酷く実感する。

それと同時に張り裂けそうな胸を上ってくるかのように喉の奥が熱くなり、口の中はカラカラに乾いていく。



未だ衝撃に揺れるこの小さな漁村の中へ、声にならない叫びが響いていった。



895 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:19:25.69 K4Y9JjXm0 831/905




“ゴンゴンゴン”



金属と木材を打ち合う重たい音が鳴り響く。

アイラ「ごめんください。」

少年の家を後にした二人は少女の家の前へとやってきていた。

「…………………。」

しかし呼び掛けても返ってきたのは静寂。

ガボ「…………………。」

アイラ「……日を 改めましょうか?」

そう言って王女が狼の少年の手を引いた時だった。



「……は~い。」



重たい扉が“ギギギ”と音を立て、中から若い娘が顔を見せた。

アイラ「あ こんにちは。」

「まあっ アイラさまに ガボさんじゃないですか。」

屋敷の使用人は突然の来客に驚いた様子で言った。

ガボ「ですだよの ネエちゃん マリベルいるか?」

「おじょうさまなら お二階に いらっしゃいますだよ。」

アイラ「わたしたち マリベルさんの お見舞いに来たんです。」

「まあ! それなら どうぞ おあがりくださいだよ。」

使用人の娘はそう言うと扉を開けて二人を中へと通すのだった。



896 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:20:35.66 K4Y9JjXm0 832/905


「だんなさま アイラさまと ガボさんが お見えですだよ。」

使用人の娘は入って左の部屋を開けると、そこにいる屋敷の主人に来客を告げる。

「……はいっ。」
「こちらですだよ。」



アミット「おおっ アイラさまに ガボくん よくぞ お訪ねくださいました。」



しばらくして一人の男が使用人に連れられ二人の前に現れた。

アイラ「ご無沙汰しております。」

アミット「お二人が こちらに いらしたということは もう既に 話が伝わっているのでしょう。」

アイラ「ええ。それで マリベルさんの お見舞いをと思って……。」

アミット「ありがとうございます。」
アミット「娘は 二階にいますから どうぞ 顔を見せてやってください。」
アミット「ただ……。」

そう言って少女の父親は顔を伏せる。

アイラ「ただ……?」

アミット「会ってくれるかどうか……。」

ガボ「マリベル そんなに 具合悪いのか?」

狼の少年が心配そうに顔を曇らせる。

アミット「なにせ アルスとは 小さい頃からの 仲でしたからな。」
アミット「それに 彼は 娘の目の前で 魔物に……。」

父親は俯いたまま首を振る。

アイラ「……そうですか。」

ガボ「……行こうぜ。アイラ。」

アイラ「ええ……。」

少年は険しい顔のまま王女の腕を引っ張り、二階を目指して階段を上っていく。

アミット「…………………。」
アミット「マリベル……。」

少女の名を呼ぶ声が広間の中へ消えていく。

二人を見送った父親は何もしてやれない自分を歯がゆく思いながら居間へと戻っていくのだった。



897 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:21:37.36 K4Y9JjXm0 833/905




“コンコンコン”



少女の部屋の前までやってきた二人は装飾の施された品の良い扉を軽く叩いた。

「…………………。」

しかし返ってきたのはやはり静寂。

アイラ「眠ってるのかしら。」

ガボ「…………………。」

少年は黙ったままじっと扉を見つめている。

アイラ「……今日は やめておいた方が いいかしらね。」

そう言って王女が踵を返した時だった。



「はい……。」



静かに扉が開かれ、中から若々しい婦人が顔をのぞかせる。

アイラ「あっ……。」

「まあっ アイラさまに ガボさん!」

婦人は二人の姿を見ると驚いたように口元を抑える。

アイラ「こんにちは。マリベルさんは いらっしゃいますか?」

「ええ いるには いるのですが……。」

ガボ「オイラたち マリベルの オミマイにきたんだ。」

「そうでしたの…… でも 今は ちょっと 会わせられるような 状態じゃ ありませんわ……。」

少年の顔を見つめ、網元夫人は申し訳なさそうに言う。

アイラ「そう ですか……。」

「ごめんなさい。また こちらから 顔を出させますから 今日の所は お引き取り くださいませんか。」

アイラ「わかりました。」

「王様やリーサ姫にも どうぞ よろしくお伝えください。」

アイラ「ええっ もちろんです。」
アイラ「さっ ガボ 行きましょ。」

そう言って王女は狼の少年の肩に手を置く。

ガボ「…………………。」

アイラ「……ガボ?」

898 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:22:21.58 K4Y9JjXm0 834/905




ガボ「マリベルー! オイラだ! ガボだよ!」



何を思ったのか、それまで微動だにしなかった少年が突然扉を強く叩き、
中にいるであろう少女に向かって大声で呼びかけたのだった。

アイラ「ちょっと ガボっ!!」

思いもよらぬ行動に王女は慌てて少年を制止しようとする。

ガボ「マリベルっ! 本当のこと おしえてくれよ!」

「ガボさん おやめになって……。」

渋る少年に少女の母親が困ったように言う。

ガボ「マリベルの母ちゃん……。」

「今 あの子は ぐっすり眠っているの。」
「だから 起こさないであげて…。」

ガボ「……わかった。」

少女の母親の哀しそうな顔を見て少年も観念したらしい。俯いてそのまま階段を降りようと歩き出した。

その時だった。



「ママ。」



扉の奥から声が響く。

「マリベル? あなた 起きて 大丈夫なの!?」

その声の主に母親は驚いて呼びかける。

「あたしは 平気よ。それよりも 二人を 通して。」

「でも あなた まだ……。」

「いいから。」

「…………………。」

有無を言わさぬ物言いに母親は少しだけためらう様子を見せたが、少し考える素振りをしてから扉の前を開けた。

「……どうぞ。」

アイラ「……失礼します。」

少女の母親に促され、二人はゆっくりと扉を開いた。

899 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:24:59.69 K4Y9JjXm0 835/905




マリベル「…………………。」



少女は自分のベッドに上半身だけを起こして座っていた。
その顔は天蓋から垂れた幕で隠され見えないが、開け放たれた窓の向こうを眺めているのはわかった。

アイラ「マリベル……。」

マリベル「…………………。」

アイラ「……マリベル わたし なんて言ったら いいか……。」

マリベル「いいのよ アイラ。」

ガボ「マリベル!」

狼の少年は少女の姿を見つけるなりその横まで詰め寄り問うた。

ガボ「なあ マリベルなら 本当のこと 知ってるんだろ!?」

マリベル「…………………。」

ガボ「アルスが 死んだなんて ウソだよなぁ? なあ!」
ガボ「教えてくれよ! アルスは どこにいんだ!!」

アイラ「ガボ……っ!」

最後の希望にすがりつくように、少年は少女のベッドに両手をついて少女の顔を窺う。

マリベル「……嘘なんかじゃないわ。」

しかしその希望は脆くも崩れる。





マリベル「アルスは… あいつは もういないのよ!!」





900 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:26:11.55 K4Y9JjXm0 836/905


ガボ「っ……!!」

声を荒げて振り返った少女の顔を見て少年は言葉を失う。
生気のない白い顔、頬に残った涙筋、目の周りにできた真っ黒な隈。

マリベル「…………………。」

それは以前の少女を知る二人からすればとてもではないが直視できるような状態ではなかった。

アイラ「っ……。」

マリベル「助けられなかった…… あたしの目の前で あいつは……。」

アイラ「マリベル あんまり 自分を責めちゃ……。」

マリベル「どうしてなの?」

虚ろな瞳はもはやどこを見ているのかもわからなかった。

アイラ「…………………。」

マリベル「約束したのに。」
マリベル「ハーブ園に行って 温泉に行って お買い物して。」
マリベル「……パパとママに会って話すって 約束したのに……。」
マリベル「一緒に 幸せになろうって 約束したのに……。」
マリベル「愛してるって… そう 言ってくれたのに……。」

アイラ「マリベル……。」

マリベル「…どうして あたしを 置いていっちゃったのよ……。」

抑揚のない声で少女は独り言のように呟き続ける。

ガボ「…………………。」

その異様な姿に少年は底知れぬ恐ろしさを感じ、ただ固まってその様子を見つめることしかできなかった。

マリベル「…またいつか 漁に連れてってくれるって 約束したじゃない。」
マリベル「あたし 一人で… どうやって 幸せになれって言うのよ……。」
マリベル「アルス……。」

不意に少女はベッドから降りると、おぼつかない足取りで窓際へと向かっていく。

アイラ「っ……!!」

マリベル「ねえ……。」
マリベル「あたしも 連れてってよ……。」

そう言って少女が窓枠に手をかけ、身を乗り出そうとした時だった。



アイラ「マリベルっ!!」



マリベル「っ……!?」





乾いた音が響き渡った。





901 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:27:11.89 K4Y9JjXm0 837/905


マリベル「な…… 何するのよっ!!」

赤くはれた頬を抑えて少女が怒鳴り散らす。

アイラ「あなたが そんなんで どうするのよ!」

王女はそんな少女の肩を両手で掴む。

マリベル「……!」

アイラ「今のあなたを 見たら アルスは なんて思うかしら?」

マリベル「そ それは……。」

すっかり生きる気力を失い抜け殻の様になってしまった自分を見て彼は何と言うか。
脳裏をよぎった少年の悲しそうな顔に少女は返す言葉を失くして立ち尽くす。

アイラ「…愛する人を思うなら その人の分まで 生きてみせなさいよ!」
アイラ「アルスの分まで 幸せになってみせなさいよ!」

マリベル「…………………。」
マリベル「アイラ… あたし……。」

そう言って俯く少女の肩は、小さく震えていた。

アイラ「…ごめんなさい。少し 強く言い過ぎたかしらね。」

バツが悪そうに視線を逸らすと王女は扉に向かって歩き出す。

アイラ「また 来るわ。今度は おいしい 果物でも 持ってくるからね。」

それだけ残して部屋を出ていってしまった。

マリベル「あっ……。」

引き止めようとした背中は既になく、部屋には狼の少年と少女だけが残された。

ガボ「…………………。」

少年は王女の剣幕に圧倒されしばらく黙り込んでいたが、難しい顔をして腕を組むと独り言のようにつぶやいた。

ガボ「オラは 信じないぞ。」
ガボ「あの アルスが そう簡単に くたばるはずがないんだ……!」

そう言うと、王女の後を追うように部屋を後にした。

マリベル「…………………。」

たった一人になった部屋の中で少女は俯いたまま黙り込んでいたが、
やがて脇に置かれた化粧台へと座るとそこに置かれた真珠の垂れ飾りを手に取り、それをゆっくりと握り締めた。



マリベル「……形見だなんて 言わないわよね。」



902 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:28:03.40 K4Y9JjXm0 838/905




「キャプテン・シャークアイ!」



シャーク「何か 進展はあったか?」

「いえ それが……。」

シャーク「そうか……。」

その頃、エスタード島のはるか南西では巨大な双胴船が、あるものを探して嵐の去った海原の上を彷徨っていた。

カデル「…本当に どこに 行ってしまわれたのでしょう。」

副官が腕を組んで唸る。

シャーク「……わからん。」

ボロンゴ「あの アニエスさまが 誰にも 何も告げずに いなくなってしまうなんて……。」

すっかり気落ちしてしまった部下の男が肩を落とす。

シャーク「もう 丸一日になるか……。」
シャーク「……だが 妻は 必ず帰ってくるだろう。」

そう言って総領は力強い眼差しで遠くの海を見つめる。

カデル「そうでしょうとも。アニエスさまが あなたを 置いて 消えるはずが ありませんからな。」

シャーク「はっはっは! そう言われると 少し 気恥ずかしいがな。」

副官の言葉に高らかに笑うと、総領は報告に来た男に向き直り指令を出す。

シャーク「……さて すまないが もう少し この辺りを 探してくれないか。」
シャーク「もし 危険な目にあっていたら 取り返しが つかないからな。」

「はっ。」

シャーク「アニエス… いったい どうしたというんだ。」

カデル「昨晩の 嵐も 気になりますね。」

シャーク「うむ。」
シャーク「……まさかとは 思うがな。」



903 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:29:19.48 K4Y9JjXm0 839/905


一方、少女の家を後にした王女と狼の少年は当てもなく村の海岸を歩いていた。

アイラ「マリベル 早まったことしないと いいんだけど……。」

王女が曇り顔で足元を見つめる。

ガボ「オラ マリベルの あんな顔 初めて見たぞ……。」

すっかり元気を失くしてしまった少年が項垂れてぼやく。

アイラ「無理もないわ。」
アイラ「せっかく 結ばれたと 思った矢先に これだもの。」
アイラ「……ふだんは 強がってみせてるけど あの子も やっぱり 女の子なのよ。」

王女は少女の家の開け放たれた窓を振り返り大きなため息をつく。

ガボ「でも よお。」
ガボ「……みんなは ああ言ってるけど オイラには アルスが 死んじまったなんて やっぱり 信じられないぞ。」

そう言って少年は鼻息を荒くして王女の顔を見上げる。

アイラ「……わたしもよ。あの アルスが 魔物ぐらいに やられるわけがないわ。」
アイラ「それに 彼には 水の精霊の加護が あるじゃない。」

ガボ「……そうだよなっ!」

水平線の彼方を見つめる王女の言葉に後押しされ、その顔は徐々に明るさを取り戻していく。

アイラ「……ねえ ガボ。あなた この後 暇かしら?」

ガボ「ん? おう 暇だぞっ!」

動物たちと戯れるのが仕事の彼にとってはいつだって忙しいと言えば忙しく、暇と言えば暇なのであった。

アイラ「それなら メルビンのところへ 行ってくれないかしら?」

ガボ「メルビン?」

アイラ「わたしは バーンズ王や リーサに 事情を 説明してこなくちゃ いけないから 動けないのよ。」
アイラ「だから ね 代わりに 行ってくれないかしら。」

ガボ「そっか。メルビンは まだ このこと 知らないんだもんな……。」

アイラ「お願いできる?」

ガボ「おうっ 任しとけ!」

しばらく腕を組んで難しそうな顔をしていた狼の少年だったが、王女の事情を察してか、
それとも単純にあの好々爺に会いたくなっただけなのか、一つ大きく頷いて応えてみせるのだった。

アイラ「それじゃ 頼んだわよっ!」

それだけ残すと王女は光の軌跡を描いて城の方へと飛んでいってしまった。

ガボ「さてっと。えーと 天上の神殿は……。」
ガボ「……よしっ!」

そして少年も王女の後を追うようにして転移呪文を唱えると、
空に浮かぶ摩訶不思議な神殿を目指して天高く舞い上がっていったのだった。



904 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:31:12.06 K4Y9JjXm0 840/905




アミット「おお マリベル もう 起きて 大丈夫なのか?」



日も沈み始めた頃、少女は両親のいる居間へと降りてきていた。

マリベル「ええ……。」

「マリベル。少し 顔色が 良くなったかしら?」

母親が少女の顔を覗き込みながら心配そうに言う。

アミット「まあ マリベル こっちに 座りなさい。」

そう言って父親は席を引くとそこへかけるように促す。

マリベル「…………………。」

少女は黙ったままそこへ腰かけ、二人の顔を交互に見る。

アミット「マリベル。何はともあれ よく 戻ってきてくれた。」
アミット「さぞかし たいへんだったことだろう。」

少し間を置いてから父親が少女に労いの言葉をかける。

マリベル「うん……。」

アミット「……アルスのことは 聞いたよ。」

マリベル「…………………。」

アミット「……今は 辛いだろうが いつか きっと お前のことを 理解してくれる 良い人が 現れるはずだ。」
アミット「だから どうか 元気を 出しておくれ……。」

父親は自分の言葉が少女にとって何の慰めにもならないことなどわかっていたが、それでも言葉をかけられずにはいられなかったのだった。

マリベル「…………………。」
マリベル「あたしは 大丈夫よ パパ。」
マリベル「それにね……。」

アミット「…………………。」

マリベル「どんなに 離れていても…… アルスは いつも ここにいるわ。」

そう言って少女は胸に光る真珠の垂れ飾りを握りしめ、祈る様に目を閉じる。

「マリベル……。」

その顔には先ほどまでの悲壮感は見当たらず、まるで静かに幸福を称えているかのようであった。



マリベル「そういえば……。」



するとふと思い出したように眼を見開き、少女は二人を見つめる。

マリベル「船の中に 三毛猫が いなかったかしら?」

アミット「ん? ああ それなら さっき その辺りに いた気がするが……。」

マリベル「ねえ その子 うちで 飼ってもいいかしら?」

アミット「あ ああ…… いいよ。」

“そんなことで娘の気が晴れるなら”

そんな親心から父親は二つ返事でそれを了承する。

マリベル「うふふっ ありがと パパ!」

そう言うと少女は席をたち、外へ向かって飛び出していってしまった。

905 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:33:18.89 K4Y9JjXm0 841/905


「マリベル……。」

アミット「…まさか あの子が あれほどまでに アルスのことを 想っておったとはな……。」

少女の出ていった部屋の中で両親が重たい口を開く。

「あなた…。」

アミット「ああ。あの子の 傷が 癒えるまで 縁談は すべて 断ろう。」

「いいんですね?」

アミット「うむ。きっと それが あの子のためだ。」
アミット「自分の未来は 自分で決める……。あの子は 必ず 自分で 幸せをつかみ取っていくだろう。」

「……そうですわね。」

その時だった。



マリベル「パパ ママ この子よっ。」



少女がそう言って腕に何かを抱え戻ってきた。

「まあっ!」

アミット「これは 珍しい。三毛猫な上に オスなのか……!」

二人は少女の腕の中でおとなしくしているそれの下腹部を見て驚く。

マリベル「トパーズって 言うのよ。」

トパーズ「ナ~オ。」

少女の紹介を受けてか、まるで挨拶をするように三毛猫は二人へ一鳴きした。

マリベル「この子はね あたしたちの 船の お守りだったの。」

アミット「それは それは 娘が世話になったな。ええっと……。」

「トパーズちゃんね。ウチにも 一匹 ネコちゃんが いるのよ~。」

咄嗟に名前の出てこない夫に代わって少女の母親が三毛猫の鼻先を撫でて微笑む。

アミット「おお そうそう トパーズだったな。ようこそ わが家へ。」

トパーズ「なう~。」

「…この子も きっと いろんなものを 見てきたんでしょうね。」

マリベル「あら 聞きたいかしら? 今回の旅の話。」

母親の言葉に少女は“待ってました”と言わんばかりに目を細める。

アミット「おおっ そうだったな。」

マリベル「さて 何から 話したもんやら……。」

アミット「……時間は たっぷり あるんだ。」
アミット「聞かせておくれ。お前の見てきたものを。」

忌まわしい記憶を思い出させるようなことはしたくないという思いから聞くのをためらっていた父親だったが、
少しでも娘と気持ちを分かちやってやりたいという気持ちから、ゆっくりと息をつき、少女の声に耳を傾けるのだった。

マリベル「ふふっ そうね~……。」



「あ~っ マリベルおじょうさま! わたしにも お土産話 聞かせてほしいですだよっ!」



906 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:34:48.61 K4Y9JjXm0 842/905


その時偶然料理を運んできた使用人の娘が慌てて部屋へと駆けこんで来る。

マリベル「もう しょうがないわね~ 早く こっち 座んなさい。」

「あっ 少しお待ちを! すぐに お料理 持ってきますから!」

マリベル「うふふっ 急いでらっしゃい。」

「ありがとうございますだよっ!」

そう言うと娘はどこかで出会った金属の魔物よろしく目にも止まらぬ速さで夕食の仕度を整え、あっという間に席へと着いたのだった。

「お待たせしました!」

マリベル「それじゃ 最初から 話そうかしら。」
マリベル「……あれは 最初に寄った コスタールの町だったわ。あの時 偶然……。」



その日、網元の家には一か月ぶりに可憐な花が咲いた。

それは小さくて可憐な、今にも枯れてしまいそうな儚いものだったが、たしかにそこには笑顔が咲いていた。

少年との思い出を一つ一つ言葉にするたびに少女の心はちくりと痛む。

それでも少女は笑ってみせた。



“幸せになる”



それが命を賭して少女を、世界を守った、愛する者の願いだったから。



907 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:37:36.56 K4Y9JjXm0 843/905


そうして夜は更け、どよめきに揺れた町も静寂を取り戻していった。

家々から漏れるろうそくの光が一つ、また一つ消え、悲しみに暮れる人々を優しく包み込むように闇が町を染めていく。

いつしか町が眠りについた頃、波の音がやけにうるさく聞こえる海岸で、野良猫たちが満天の星空にぽっかりと浮かぶ月を静かに見上げていた。

船出の日と同じ丸い月が、ゆっくりと西の海へと落ちていく。



まるで水面に映った自分に吸い寄せられるように。





[ 航海二十九日目:(無題) ]





908 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:39:14.82 K4Y9JjXm0 844/905






最終話





909 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:41:59.44 K4Y9JjXm0 845/905




“お月さまは とても うぬぼれや。
ある日 海にうつった 自分の顔に
みとれて タメイキ ついたとさ。”

“ああ!こんな美しい人に
会ったのは 初めてだ!
ぜひ もっと お近づきになりたい!”

“そう言うと お月さまは
どんどん どんどん 海のほうへと
どんどん どんどん 降りていった。”

“そうして はっと 気がつけば
お月さまは 海の底。
もう お空には 帰れない。”

“あわてた 天の 神さまは
もひとつ 月を お作りに。
新しいお月さま 空の上でピカリ。”

“海の底の お月さま
今じゃ 人魚に かこまれて
かなしく ピカリと 光ってる。”



910 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:43:34.00 K4Y9JjXm0 846/905




ねえアルス。



元気してるかしら。

あたしは元気にしてるわよ。

あんたが行方不明になったって報せはすぐに島中に広がったわ。

ううん。それどころじゃない。

2、3日もたたないうちにあっという間に世界中に広まったみたい。

おかげさまでこっちは大変よ。

毎日のようにウチにはあたしとお見合いしようって連中が押しかけてくるんだからいやんなっちゃうわ。

幸いパパとママが門前払いしてくれてるからなんとかなってるけど、
そのうち力に任せて押し入ってくる奴が現れるんじゃないかって、ちょっと不安だわよ。

まっ、そんなやつがいたらこのあたしがコテンパンにしてやるんだけどね。



そんなあたしは毎日浜に出て海の様子を見てるわ。

あんたが打ち上げられてクラゲみたいに干からびてないかってね。

感謝しなさいよね。



それからあたしはずっと考えてたの。

あなたのためにできることは何かってね。

それでさ、これまでの旅のことを思い出してたんだ。

たぶん、そうね。

あたしはあんたが漁に出ている間、きっと暇を持て余すだろうから、あっちこっちに行って世界の様子を見ることにしたの。

もしかしたらまたどこかで魔物に苦しんでる人たちがいるんじゃないかって思ってね。

だって、もしまた魔王みたいなやつが現れたら、せっかく取り返した平和がおじゃんじゃないのよ。

そんなことさせないわ。

あんたと手に入れた世界は、あたしが守ってみせる。



だから、だから早く帰ってきなさいよ。

アルス。

今どこにいるの。



会いたいよ……。





911 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:45:10.18 K4Y9JjXm0 847/905




息が苦しい。



「…………………。」

どうやらこいつは完全に死んでしまったらしい。

だがこの腕から逃れようにも体はまったく動かない。

ぼくはこのまま死んでしまうのか?

“マリベル”

彼女のためにも必ず生きて帰らねば。

「ゴボッ……。」

意識が遠のく。

なにかがぬけていくようだ。



ダメだ、いしきを失っては。

ぼくは かえるんだ



だめ……



ま りべ



912 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:46:16.19 K4Y9JjXm0 848/905




「……あなた!」



「ほ 本当か!」

「ええっ 私たちの子ですよっ!」

「そうか…! ついに……!」

「ちょっと あなたったら くるしいわ……。」

「はっはっは! いいじゃないか!」

「もう……。」

「まったく 今日ほど 神に感謝した日は ないだろう!」

「うふふっ おおげさなんだから。」

「いや これを神からの授かりものと 言わずして 何と言うんだ。」

「そうね… きっと 私たちの 愛の結晶ね。」

「むっ……。」

「いやだわ あなたったら そんなに 赤くなって。」

「……時々 お前には 敵わないと 実感させられるよ。」

「ふふっ。それよりも この子が 産まれたら なんて 名前を 付けましょうか?」

「そうだな……。」
「きっと この子は 神に愛された子だ。」
「ならば かの伝説の名に ちなんで……。」

「あらあら あなたったら あいかわらず ロマンチストね。」

「なっ…… べ 別のにしたほうがいいか?」

「いいえ。素敵だと 思うわ。」
「……この子は きっと みんなから 慕われるわ。」
「そして いつか 本当のおとぎ話の英雄みたいに この世界を 救って 私たち一族を 導いていくかもしれないわね。」

「……そうだな。」
「よし 決まりだ。もしも 男の子なら この子の名は……。」


…………………

913 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:47:08.59 K4Y9JjXm0 849/905




「……っ!」



「……あんたっ!」

「生まれたのか!!」

「そうだよ あんた。」
「ほらっ この通り よく眠ってるよ。」

「お おお……!!」

「ほら 起きて ぼうや。父さんが 帰ってきたよ。」

「…………………。」

「おほっ! はじめまして 父さんだぞ~。」

「……ぅ おぎゃあああああ!」

「うおっ!?」

「あらあら あなたの顔をみて 泣き出しちゃったわね。」

「う ううむ……。」

「おお よしよし 怖くないよ~。」

「ちと ショックだな……。」

「ほらほら あんたも そんなに 落ち込まないで。すぐに 慣れますよ。」

「……でも よかった。」

「うん? どうしたんだい?」

「こんなに 早く 生まれてきたってのに 元気そうじゃねえか。」

「あたしも ビックリだよ。まさか 6か月で 生まれてくるなんてねえ。」
「でも ほら この通りさ。」

「だぁ……。」

「きっと あたしたちが 早く 会いたいって 思ったからじゃないかい?」

「そのわりに オレの顔見て 泣き出したじゃねえか……。」

「まあまあ。」

「……ん?」

「どうしたんだい?」

「ウデのこれは アザか?」

「そうなんだよ。お腹の中で ぶつけちゃったのかねえ。」

「ううむ…… しかし 不思議な形を しているな。」

「……きっと 神さまが おまじないでも かけてくれたんですよ。」

「……そうかもな。」

「そうそう まだ 名前を考えてなかったね……。」

「むっ あんまり 早いもんだからな。」

「……そうだねえ。きっと この子は あんたを 超える 立派な 漁師になるはずだよ。」

「まあ オレの跡を 継ぐか どうかは わからないが きっと この子は 何か大きなことをしそうな 気がする。」
「……海の生き物を 導いていく 潮の流れみたいに な。」

「流れ ねえ。そうだね それが いいかもしれないね。」

「ああ この子の名前は……。」



…………………

914 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:49:43.11 K4Y9JjXm0 850/905


「ぐ うう……。」
「今のは… 夢……?」

少年が目を覚ますとそこには不思議な景色が広がっていた。
一面を覆い尽くす白い霧のような絨毯、見上げれば何もない青、そしてポツンと佇む小さな屋敷。
そこはまるで以前に謎の石版に導かれてやってきたあの世界のようだった。



「なんと また 来てしまったのか アルスよ。」



混乱する頭を抱えてしばらくその景色に見入っていた少年だったが、不意に後ろから声をかけられ慌てて振り向く。

アルス「か 神さま!? では ここは……。」

「うむ。まあ お前さんたちの 言う あの世ってところじゃのう。」

神と呼ばれた感じの良さそうな老人は髭を擦りながら言った。

アルス「つまり… ぼくは……。」

「ご苦労じゃったな アルスよ。」

少年の言葉を遮って老人は労いの言葉をかける。

アルス「…………………。」

「そなたの 決死の覚悟によって 世界は再び 救われたのじゃ。」

アルス「……見ていらしたんですか。」

少年は俯いたまま尋ねる。

「左様。グラコスは 二度と 復活せんよ。」

アルス「そうですか……。」

「どうじゃ アルスよ。このまま ここで ワシと共に 世界を見守っていかんか?」

アルス「……ぼくは…。」

「ふむ。まあ そう 焦らんでもよい。」
「時間は たっぷり あるんじゃからのう。」

そう言って神は柔らかく微笑む。

アルス「そ そうだ…! マリベルは! 父さんたちは 無事なんですか!?」

「……もちろんじゃよ。あの娘は そなたとの約束を果たし 見事に 仲間たちを 守ってみせたぞい。」

アルス「そうですか……!」

神の言葉に少年は握り拳をほどき、そっと胸を撫でおろす。

915 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:50:25.91 K4Y9JjXm0 851/905


「じゃがのう……。」

しかし神の顔は浮かない。

アルス「……?」

「かわいそうな子じゃ マリベルは……。」
「そなたが いなくなってしまったことに 深く傷ついておる。」

アルス「ぐっ……。」

最後に見た彼女の顔が鮮明に浮かぶ。

あの絶望に染まった顔が。

「家族や仲間の前では 立ち直って 元気なフリを しておるがのう。」
「……吹っ切れるかどうかは ちと わからん。」

アルス「マリベル……。」

「残念じゃが ワシが 彼女に してやれることは 何もない。」

神は首を振って項垂れる。

アルス「そんな……。」

「彼女を 信じて待ってやるんじゃ。」

アルス「マリベル…!!」



“成す術もない”



その残酷さに打ちひしがれ、少年は膝をついて雄たけびをあげる。



「…………………。」



916 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:51:49.40 K4Y9JjXm0 852/905


だが次に飛び出したのは意外な言葉だった。



「会いたいかの?」



アルス「っ……!!」

「生きて あの子を 幸せにしてやりたいかの?」

アルス「ぼくは……っ!!」

少年は立ち上がり、強い眼差しで神を見つめた。

「……されば 願うのじゃ。」
「お主は まだ 完全に死んでなど おらん。」

アルス「っ!?」

その言葉にわけがわからなくなり、思わず体が跳ねる。

「ほっほっほ。意地悪言って 悪かったのう。」
「少し そなたを 試させてもらったぞい。」

そう言って老人は満足気に笑う。

アルス「神さま い いったい……。」

「……腕を よく 見てみい。」

アルス「こ これは……!」

言われた通り下を見やると、少年の腕は、正確に言えば腕の紋章が淡い光を放っていた。

「耳を澄ましてみるのじゃ。ほれっ 聞こえてくるじゃろう。お主を 呼ぶ声が。」

アルス「えっ……?」
アルス「…………………。」





「アルス……。」





瞳を閉じて神経を集中させると、少年を呼ぶ透き通った声が聞こえてきた。

アルス「こ この声は……。」
アルス「っ!!」

ふと目を開けると目の前にはいつか見た光の渦が立ち上っていた。

[ ゆくのじゃ アルスよ。 ]
[ 行って すべてを取り戻すんじゃ。 ]

そこには既に神の姿はなく、どこからともなく声が響いてくるだけだった。

アルス「……はい!」

そう言って少年はその渦の中へと飛び込んでいく。



[ また 会おう 人間の勇者よ。 ]



[ あの町で 待っておるからのう。 ]



それを最後に、少年の意識は再び途絶えるのだった。



917 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:53:26.64 K4Y9JjXm0 853/905




「……ス……。」



誰?



「アルス……。」



ぼくを呼ぶのは……。



「しっかりして アルス。」



頭が痛い。体が鉛のようだ。

「海底王さま 息子が 目覚めないんです。」

海底王?

「ううむ。もう 命の危険は ないはずなんじゃがのう。」

ぼくは生きているのか?

「むっ 人魚の月が 光を失っていく。」

人魚の月? そうかぼくはあの時……。

「まあ しばらく 安静にしておれば そのうち 目が 覚めるだろう。」

瞼が重たい。

「そうですか……。」

「しかし 驚いたぞ。お前さんが 血相を変えて 飛び込んでくるもんだから 何ごとかと 思ったわい。」

ここはどこなんだ?

「ごめんなさい 海底王さま。あの時は 気が気じゃなかったものですから。」

「まあのう。あのグラコスとやらの執念が あそこまでとは わしも うかつじゃったわい。」

「私も 水の精霊さまのお告げを 受けなければ 二度も 息子を 失ってしまうとろこでした。」
「夫たちには 何も 言わずに 飛んできてしまったのですけど……。」

この声は……。

「まあ あやつのことじゃ お主を 信じて 待ってくれているじゃろう。」

「……そうですわね。」

「さて わしはちと 疲れたから ひと眠りさせてもらうとしようぞ。」

「はい。おやすみなさい。」

ダメだ。頭が痛い。

気が遠ざかる。

「アルス。今は ゆっくり おやすみ。」
「……元気になって 立派な 漁師に なるんでしょう?」



そうだ。



ぼくは……。



…………………



918 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:54:44.68 K4Y9JjXm0 854/905


「ううむ。神は いったい どうなさったというのでござろうか。」

「メルビンにも わかんねえのか。」

「ガボ 動物たちは 何か 言ってたかしら?」

「ダメだ アイラ。みーんな 知らねえってよ……。」

少年が失踪してから早一週間が立とうとしていた。

最初こそ世界中でもちきりだったその話題も今は少しずつ収まりを見せていた。

一方で少年と共に戦った英雄たちは毎日のように少年の消息を掴もうと躍起になって情報収集にあたっていた。

アイラ「それにしても 神さまが どこにも 姿を見せないなんて 少し 変じゃないかしら。」

色気の漂う元ユバールの踊り子が焦りを隠せない様子で呟く。

メルビン「わしら 神の使いも 毎日のように お伺いを立てているだが いっこうに 返事が 帰ってこないのでござるよ。」

老齢の戦士が顎を擦りながらすっかり意気消沈して言う。

ガボ「神さま まで どこに 行っちまったんだろうなあ。」

まだ幼い狼の少年が腕を組んで眉間にしわを寄せる。

アイラ「このままじゃ マリベルが あまりにも フビンでならないわ。」
アイラ「ここのところ 毎日 海岸に出ては お祈りしてるって ご両親が 言っていたわ。」

踊り子の王女は足しげく少女の家に通っては少女の様子を見ていたのだった。

ガボ「なんだか 変な やつらが 家の前にいたけど あれは なんだ?」

同じく港町まで様子を見に行っていた少年が不思議そうに尋ねる。

アイラ「アルスが いなくなったって聞いて 世界中の男たちが マリベルを 狙ってるのよ。」

メルビン「もともと 資産家の令嬢な上に マリベルどのは 容姿が抜群でござるからな。」
メルビン「世の男どもが 放っておくわけがないでござるよ。」
メルビン「……そういう アイラどのの ところにも 連日 面会の申し込みが 殺到してると 聞いてるでござるが。」

そう言って老紳士は横目でにやりと笑う。

アイラ「メルビン あんた どうでもいい情報 仕入れてんじゃないわよ!」

そんな現状をうっとおしく思っていたのか、王女は眉を吊り上げて抗議する。

メルビン「むおっ これは失言だったでござる!!」

“ゴホンゴホン”とわざとらしい咳ばらいをして老戦士は額の汗を拭う。

アイラ「……ったく。」

ガボ「なあ これから どうすんだ?」

メルビン「無論 アルスどのの 捜索を 続行するでござるよ。」
メルビン「わしらが 諦めるわけには いかんでござる!」

アイラ「そうよ! 必ず 見つけ出すのよ!」

ガボ「…そうだな! アルスは 絶対に 生きてる! オイラには わかるんだっ!」

メルビン「よし! そうと決まれば また 情報が集まり次第 ここに集合でござる!」

「「おおっ!」」

三人は奮起すると、心当たりのありそうな場所へ向かって散り散りに飛んでいった。

確かな情報などどこにもない。だが誰もやめようとは言わなかった。



彼らは信じていたのだ。



少年は必ず生きて帰ってくると。



919 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:55:18.74 K4Y9JjXm0 855/905




“○月×日。”



“今日は 朝から レブレサックに行ってみたわ。”

“あれ以来 あの村が ちゃんと 反省してるか確かめにね。”

“そしたらビックリ。”

“砂漠に ルーメン クレージュからも 旅人が来てたわ。まるで それまでの排外主義が ウソみたいに 他所の人たちに友好的になっててさ。”

“ちょっと 拍子抜けしちゃったわよ。”

“そうそう リフや サザムたちも すっかり 大人たちと 仲直りしてうまくやってたわよ。”

“どうやら あの村は もう大丈夫みたいね。”

“まっ 長い目で見ないと わからないけどさ。”



920 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:55:50.19 K4Y9JjXm0 856/905




“○月△日。”



“今日は リートルードに行ってきたの。”

“そしたらね。ちょうど その日は アイクさん主催の 学会が 開かれてたみたいで 町がにぎわってたわ。”

“それで 何気なしに 覗きにいったら なんと 演壇に ベックさんがいたのよ!”

“あの ベックさんも 偉くなったもんだわ……。”

“それでもって あたしたちのことを 発表しちゃうもんだから あたしは もう 逃げだしちゃったわ。”

“また 質問攻めにあっても 困るからね。”

“あっ そうそう バロックさんの像だけどね 結局 あれから 変化はないみたいよ。”

“まあ そう 物質が 生き物に変わるわけないんだから 当然といえば 当然なんだけど。”

“今日は このくらいかしらね。”



921 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:56:18.27 K4Y9JjXm0 857/905




“○月□日。”



“今朝は 聖風の谷に行ってきたわ。”

“セファーナさんに会ったら なんだか すっごく 心配されちゃって そりゃ もう 大変だったんだから。”

“あの人って 意外と おせっかい焼きなのね。”

“まあ あの歳で 村を任されてるくらいだから 面倒見は いいのかもしれないけど。”

“それ以外には とくに 何もなかったかしら。”

“もともと あそこは トラブルとは 無縁そうな ところだからね。”

“あっ でも 上のリファ族の長が 来てたわ。”

“なんでも 近いうちに 下と 親交を持とうと してるんだとか。”

“でも そうなっちゃったら 知らない人からすれば 大事件よね。”

“……その時は あたしが なんとかしようと 思うわ。”

“だから 応援しててよね。”



922 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:56:51.67 K4Y9JjXm0 858/905




“○月☆日。”



“今日は お城に 呼ばれたの。”

“なんでも 世界中の 王様たちが 一堂に会して 話し合うんだってさ。”

“でっ あたしは 全員と 面識があるから 仲介役にってね。”

“まったく ひとを 便利に使わないでほしいわ!”

“まあ 久しぶりに メルビンたちにも 会えたから よしとするか。”

“そうそう みんな ずいぶん 暗そうな顔してたわ。”

“そりゃそうよね。世界の英雄が 行方不明なんだもの。”

“議題そっちのけで アルス アルス ってうるさいから 言ってやったのよ。”

“今は いないやつより いる人のために 話し合いなさいよ! ってね。”

“みんな しばらく 固まってたけど それで 目が覚めたみたい。”

“その後は 滞りなく 話が進んでいったわ。”

“まったく 国のトップなんだから しっかりしてほしいもんだわよ。”

“あんたも そう思うでしょ?”



923 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:57:21.06 K4Y9JjXm0 859/905




“〇月〇日。”



“今日は なんだか 体の調子が 悪いの。”

“おかしいわね。熱は ないのに どうにも 体が 重たいわ。”

“パパは しばらく 休んでなさいって 言うけど あたしにも やらなくちゃ いけないことが あるのよ。”

“まだまだ 見て回らないといけない ところは たくさんあるんだから。”

“それで 今日は メザレに行ってきたわ。”

“あれから 村は どうなってるのか 気になってたしね。”

“で 行ったら あの ラグレイが 結婚式を あげるんですって。”

“今度 予定が決まるから 是非 来てくださいってさ。”

“ニコラも 例のメイドさんと よろしくやってるみたいだし なんだか 村全体が 楽しそうだったの。”

“結婚式か…… あんたは どんな 結婚式が したい?”

“あたしはね……。”

“やっぱり 書くのやめとこ。”



924 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:58:48.72 K4Y9JjXm0 860/905




“○月◇日。”



“今日は ほとんど 表へは 出られなかったわ。”

“あたしは 大丈夫だと 思うんだけど パパとママが 聞かないのよ。”

“仕方ないから 村の中を 散歩してたわ。”

“そうね 最近のことと言えば…… フィッシュベルや 城下町も ようやく 落ち着きを取り戻して 少しずつ 元に戻りつつあるわ。”

“様子を見に 町へ行けば みんな あたしに優しくしてくれてさ。”

“複雑だったけど ちょっとだけ嬉しかったわ。”

“それに みんなを見てれば よくわかったけど あんたってば 本当に みんなから好かれてたのね。”

“まあ それもそうよね。なんせ あたしが 認めた男なんだもの。”

“あたしも 鼻が高いわ。”

“あたしじゃなくて あんたが注目されるのは ムカつくけど。”

“……話は変わるけど ウチの村は あれから 漁をやってないわ。”

“そりゃそうよね。船が ダメになっちゃったんだから。”

“その代わりに ボルカノおじさまは マーレおばさまに つきっきりでいられるから 今はこれでいいのよ。”

“あんたがいなくて 一番つらいのは あの二人なんだから。”

“特に ボルカノおじさまは たしか 親友を……。”

“いや なんでもないわ。”

“ダメね。あたしが 弱気になってちゃ。”

“あんたは 必ず 帰ってくるって。”

“あたしが 信じなきゃ 誰が 信じるもんですか。”

“だから。”

“……待ってるから。”

“今度は あなたが わたしを みつけて。”

“アルス。”



925 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 19:59:52.66 K4Y9JjXm0 861/905




「お~い!」



少年が海へ消えてから二週間が経とうとしていた。
彼の仲間の必死の捜索も虚しく時間は過ぎ去り、世の中もだんだんと彼の死を受け入れ始めていた。
喪に服していた人々も嘆くのをやめ、世界は徐々に平穏を取り戻しつつあった。



「マリベル! マリベルや~!」



そんなとある日の朝、閑静な港町に男の叫び声が響き渡った。

「ど どうしたんですか アミットさん!」

船着場で沖を眺めていた漁師が驚いて駆け寄る。

アミット「娘が いないんだ!」

「な なんだって!?」

少女の失踪という事態に漁師の男は衝撃を受ける。

アミット「あれだけ 横になっているように 言っておったのに……。」
アミット「今朝 起きて 部屋を 開けてみたら もぬけの殻じゃないか!」

顔を真っ青に染めて少女の父親がわめき散らす。普段の威厳ある網元の顔は、そこにはなかった。

「あ あんな体で どこへ!?」

アミット「あの子のことだ。もしかすると また 呪文で 遠くへ 行ってしまったのやもしれん!!」

「と とにかく 手分けして 探しましょう!」
「他の連中にも 声を かけてきます!」

アミット「あ ああ 頼んだぞ!!」

駆けだす男の背中に叫んで父親は辺りを探し出す。



「あなた!」



そこへ家から飛び出してきた少女の母親が心配そうにかけよる。

「あの子は 見つからないの!?」

アミット「うむ。いま 村のみんなに 探すのを手伝ってもらうように お願いしてるところだ。」

「そう…… もう 立っているのが やっとだっていうのに あの子は……。」

化粧も乱れた髪もそのままに少女の母親はオロオロと辺りを見渡す。

アミット「わしらも こうしちゃ いられん! 家は あの子に 任せて 探しに行くぞ!」

「ええっ もちろんだわ!」

アミット「マリベル 無事でいてくれよ……!!」



926 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 20:00:28.27 K4Y9JjXm0 862/905




「た たいへんだー!!」



網本の伝令を受けた漁師の男が村中に少女の失踪を伝えて回る。

「た たいへんだ ボルカノさん!!」

そして男が次に向かったのは漁師たちの指導者ともいえる漁船の船長の家だった。

ボルカノ「どうした! 何が あった?」

いきなり扉を開けて転がり込んできた漁師に少年の父親が歩み寄る。

「ま マリベルおじょうさんが 行方不明なんだ!」

ボルカノ「なんだとっ!?」

マーレ「ま マリベルさんがかい!?」

朝食の支度をしていた少年の母親もその言葉に思わず皮をむいていた芋を落とす。

「さっき アミットさんが 血相変えて 探してたんだ!」

ボルカノ「あんな 状態で いったい どこに 行っちまったんだ!?」

みるみる表情を険しくして船長は歯を食いしばる。

「わからねえ! と とにかく 探すのを 手伝ってくれねえか!」

ボルカノ「わかった すぐに行く。」
ボルカノ「母さん!」

マーレ「あいよっ 待ってな!」

そう言うと船長の妻は急いで弁当をこしらえ、夫に手渡した。

マーレ「頼んだよ あんたっ!」
マーレ「あの子は あたしたちの 最後の希望なんだ!」

ボルカノ「わかってる!」
ボルカノ「よし いくぞ!」

「おうっ!!」

そうして妻の希望を託された船長は、漁師の男と共に薄暗い朝もやの中へ飛び出していったのだった。



927 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 20:01:11.71 K4Y9JjXm0 863/905




“今度はマリベルがいなくなった”



その知らせは昼を跨ぐ前には城下町に広がり、それを聞いたかつての仲間たちはすぐに港町へと集結した。

ガボ「マリベルが いなくなったって ホントか!?」

アイラ「恐れていたことが 起きてしまったわね……。」

メルビン「こうしては いられないでござる! わしらも すぐに 探しにいくでござるよ!!」

アミット「頼みます みなさん! あの子の 命がかかってるんです!!」

集まった三人に少女の父親はすがる思いで助けを乞う。

メルビン「こうなったら 三人で 手分けして マリベルどのの行きそうなところを 探すでござるよ!」

アイラ「わかったわ!」
アイラ「一つの場所を 見終わったら ここに来て 何か 印を 残してちょうだい!」

ガボ「それを たよりに 別の所に行くって わけだな!」

メルビン「さえてるでござるよ 二人とも! それでは 行くでござる!!」

そう言って三人は握り拳を天高く挙げると、瞬く間に彗星の如く飛び去って行ってしまった。

アミット「……わしも 行けるところまで 探しにいかねば!!」

それを見送った少女の父親は、遠出の準備をするために家の中へと戻っていく。

分厚い雲がかかった空には、少女の名を呼ぶ村人の声と、餌を求めて飛び交うカモメたちの声が響いていた。



928 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 20:01:42.91 K4Y9JjXm0 864/905




「えっ? マリベルさんが!?」



メルビン「そうなんでござる!
メルビン「アズモフどの! 心当たりは ないでござるか!?」

アズモフ「いえ… この町に いらっしゃっていれば すぐに 噂が広がるはずなのですが……。」
アズモフ「ねえ ベックくん。」

ベック「ええ。彼女ほどの 有名人であれば どこへ 行っても 人だかりが できているはずなのです……。」

メルビン「そうでござるか……。」

アズモフ「もし 何か わかったら のろしをあげます。」

メルビン「かたじけないでござる!」



929 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 20:02:08.09 K4Y9JjXm0 865/905




「マリベルが 消えただと!?」



アイラ「そうなのよ サイード。」
アイラ「あなたは 何か 知ってないかしら?」

サイード「むう…… 残念だが ここに来てから それらしき 人影は見ていないな。」

アイラ「彼女 ここで アルスとデートするって 言ってたんだけど……。」

サイード「ふむ。もし それが本当なら この後ここに来る可能性も 捨てきれんな。」
サイード「わかった。おれも しばらく ここで 探すとしよう。」

アイラ「ごめんなさいね。お願いするわ。」

サイード「任せておけ。あいつには 返しきれないほどの 借りが あるからな。」



930 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 20:02:38.24 K4Y9JjXm0 866/905




ガボ「なっ どうなんだ パミラのばっちゃん!」



パミラ「むう…… なんだい この光は?」

ガボ「ひかり?」

パミラ「これは…… 虹かねえ?」
パミラ「とにかく 何か 特別なチカラが わしの 占いを阻んでいるようだよ。」

ガボ「そんなあ!」

パミラ「じゃが どうやら まだ 彼女は死んではおらん!」
パミラ「わしから 言えるのは それだけじゃ。」

ガボ「……そっか。」

パミラ「すまんのう ガボ。こんな時に チカラになれんとは……。」

ガボ「いいんだ パミラのばっちゃん!」
ガボ「オイラには わかんねえけど もしかしたら メルビンとアイラなら わかるかもしんねえ!」

パミラ「いい結果を 待ってるよ!」



931 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 20:04:53.11 K4Y9JjXm0 867/905


いつの間にか時間は流れ、雲に覆われ暗かった空はいよいよ闇に染まり始めていた。



アイラ「どうだった!?」



網本の家の前に集合した三人の英雄は顔を見合わせて項垂れる。

メルビン「ダメでござる。どこにも 見つからないでござるよ……。」

ガボ「あっちこっち行ったけど 全然だめだァ!」

アイラ「……いったい どこに いっちゃったのかしら?」

三人はこれ以上になく動揺していた。

真っ暗な闇の下で冷えていく少女の姿が頭をよぎり、最悪の事態になるのではないかと焦燥感が心を支配していく。

もはや一刻の猶予もなかった。

メルビン「せめて 手がかりさえあれば……。」

その言葉に狼の少年はあることを思い出し、はっと顔を上げる。

ガボ「……そう言えば さっき パミラのばっちゃんが ヘンなこと言ってたんだ!」

アイラ「変なこと?」

ガボ「たしか ニジが なんとかって……。」

メルビン「ニジ… 虹でござるか?」

アイラ「確かに 今日は天気が 悪かったけど 雨は降らなかったわよね?」

三人は自分の記憶を頼りに今日一日で回った地点の空を思い出す。

ガボ「うーん。場所によっては ぽつぽつ 振ってたけどよお……。」

メルビン「虹は 雨が少ないときは 見えないでござるよ。」

アイラ「それに 降った後 太陽の光が 必要よ。」

ガボ「そんな所 あったっけなあ……。」

アイラ「…………………。」

932 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 20:05:36.32 K4Y9JjXm0 868/905


占い師の出した不可解な言葉に三人は再び首を捻る。

メルビン「と とにかく このままでは らちが明かないでござる!」
メルビン「もう一度 それをヒントに 考えてみるで ござるよ!!」

アイラ「そうね。今は その情報を 頼るしか なさそうね。」

ガボ「虹… ニジ… にじ……。」
ガボ「……いけねえ!」

突如、狼の少年は何かを思い出した様に目を見開く。

アイラ「何か 思い出したの!?」

ガボ「は……。」

アイラ「は?」





ガボ「は 腹減ってきた!!」





メルビン「…………………。」

アイラ「がぼ~~~!」

思わず拍子抜けしてしまい王女は天を仰いで唇を噛む。

メルビン「むう だが 言われてみれば 昼から 何も 食べてないでござるよ。」

そう言って老戦士は腹を抱えて顔をしかめる。

ガボ「オイラちょっと マリベルんち 行ってくる!」

アイラ「あっ こら ガボ!」

駆けだした少年の背中に王女が怒鳴り声を上げる。

メルビン「アイラどの。わしらも いったん 軽く食事を もらうでござるよ。」

アイラ「で でも……。」

少年の背中を見つめて言う老紳士に王女はためらいの声をもらす。

メルビン「こういう 切羽詰まった状況だからこそ 頭を冷やして 気持ちを 切り替える必要が あるでござる。」
メルビン「アミットどのや 奥方に 話を聞けば また 活路が 見出せるやもしれんでござるよ。」

アイラ「……わかったわ。」

老紳士の説得を受け、王女はため息をつくととぼとぼと少女の家に向かって歩き出すのであった。



933 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 20:07:41.82 K4Y9JjXm0 869/905




「ここからなら あなたでも 泳いでいけるかしら?」



「ええ これでも漁師ですから。」

「それにしても 良かったわ。もう 身体は 万全のようね。」

「でも 動けるようになるまで 随分 かかってしまいました。」

「ふふっ きっと あの子が待っているわ。」

「そうだといいんですけど……。」

「手遅れにならないうちに さあ お行きなさい。」

「ありがとうございます お母さん。」

「私は お父さんの所へ 戻っていますからね。」
「また 会いに来てちょうだい。」

「はいっ それでは!」



934 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 20:10:44.06 K4Y9JjXm0 870/905




ここはどこかしら?



どうしてあたしはこんなところにいるんだっけ。

朝、起きてから今までの記憶がぼんやりとしてて思い出せない。

寒い。

ここは……入り江?

どこかからカモメの声が聞こえてくる。



……ああ、そうだ。



ここはあいつらの思い出の場所。

そうだった。

あんたが呼んだんだっけ。

ここに来てくれって。



……。



あたしね。

疲れちゃったのかな。

ここのところどうにも体が動かないの。

どこも悪い所なんて無いはずなのに。



……ねえアルス。



あんたはどうしてここにあたしを呼んだのかしら。

ねえ。

あたし、もうそっちに行ってもいいかなあ。

やっぱり無理だわよ……。



……。



カモメか……。

もしもカモメになったら、あなたのところへ行けるのかな。

会いたいよ。

アルス。



……。



待ってて。



…………………

935 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 20:12:10.99 K4Y9JjXm0 871/905




アミット「そうですか……。」



メルビン「何か心当たりは ありませぬか?」

「虹と 言われましても……。」

アイラ「今日 フィッシュベルに 虹は 出ませんでしたか?」

マーレ「いいや 今日はずっと 曇ったままだよ。」

ガボ「なんでもいいんだ! なんか 思い出さねえか?」

「おじょうさまと虹… 何の関係があるのか わたしには さっぱりですだよ……。」

「虹ねえ。もしかすると あの聖水が あった……。」

ボルカノ「おい ホンダラ! 何か 知ってるのか!?」

ホンダラ「うっ… く 苦しいぜ 兄貴っ……!」

ボルカノ「なんでもいい! 心当たりはねえのか!?」

ホンダラ「じ 実は 以前 アルスたちに 七色に光る聖水を くれてやったんだが その聖水があった場所がよぉ……。」

メルビン「……そ それでござる!!」

アイラ「どうして 今まで 気付かなかったのかしら!?」

ガボ「オラも わかったぞ! あそこだな!?」



「「「七色の入り江!!」」」



メルビン「こうしてる場合では ないでござる! すぐに行くでござるよ!!」

アイラ「みなさん わたしたちに ついてきてください!」

ガボ「マリベルが 待ってる!!」



936 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 20:14:09.57 K4Y9JjXm0 872/905




「ねえ。」



夢を見ていた。

「えっ?」

いや、これはあたしの記憶。

「幸せって なんだろうね。」

漁を始める前の夜。

「幸せ?」

城下町でのパーティーが終った後。

「そう 幸せ。」

二人だけで来た七色の入り江。

めずらしくあいつが誘うもんだから付き合ってあげたのよね。

誰もいない入り江は静かで、今夜みたいにカモメの鳴き声だけが聞こえてたっけ。

「旅を始める前の世界は ぼくたちの島以外 何もなかったけど 幸せだったよね。」

「…そうね 争いもなければ 飢えも 危険もない。たしかに 幸せだったかもね。」

「時々 思うんだ。あのまま 平和に暮らしていれば これ以上 誰かが 不幸になることも なかったんじゃないかって。」

「不幸? 誰が?」

「……わからない。でも きっと どこかで 苦しくて 辛くて 泣いている人が いるんじゃないかって。」

「……そうかもしれないわね。」

「ぼくたちは 本当に 正しかったのかな。」

「なに 言ってるのよ。」
「あたしたちが やらなかったら 無念のうちに 死んでいった 大勢の人たちは そのままだったのよ?」

「……うん。」

「それに たしかに 以前の世界は 幸せだったかもしれないわ。」
「でも それは 何も知らない 幸せ。」
「そこには 本当の幸せなんてないわ。」
「それなら あたしは いっそのこと 不幸でもいい。」
「どん底の不幸だったしても あたしは 決められた運命に抗って 自分で 幸せを勝ち取るの。」

「…………………。」

937 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 20:15:28.70 K4Y9JjXm0 873/905


「ねえ あなたは 今 幸せ?」

「そういうきみは?」

「あたしは 幸せよ。なにせ 自分で 運命を切り開いたんですもの。」

「っふふ。」

「で? あなたは どうなの?」

「ぼくは そうだなあ……。」
「たぶん これから 幸せになる。」

「なにそれ?」

「今は まだ わかんないや。」
「でも もしかしたら だけど……。」
「次に ここに来るときは 幸せになってるかも。」

「どういうこと?」

「ふふっ 教えない。」

「ちょっと 人に言わせておいて それはないわよ!」

「あっはっは! じゃあ そうだなあ……。」
「また ここに 二人でこようよ。」

「えっ?」

「その時になったら 教えてあげる。だからさ……。」



「だから 待ってて。」



「待ってて って…… ここで?」

「うん。必ず 迎えに行くよ。」
「だから……その時まで。」



938 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 20:16:41.79 K4Y9JjXm0 874/905




ねえ、アルス。

あたしは幸せだったわ。

気弱で優柔不断で、ときどき何考えてるか分からないけど、優しく、温かくて、あたしのことを包み込んでくれる。

あなたがいつも隣にいてくれたんですもの。



ねえ、アルス。

あなたは幸せになれたのかしら。

漁師になる夢を叶えて、二つの両親とめぐり会えて、その身を世界のために賭して。



ねえ、アルス。

あたしはあなたを幸せにしてあげられたかしら。

わがままで、高飛車で、口うるさいこんなあたしだったけど、あなたのことを少しでも幸せにしてあげられたかしら。



ねえ、アルス。

もう一度、その腕であたしを抱きしめて。



いま、いくから。



939 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 20:19:03.10 K4Y9JjXm0 875/905


























「マリベル。」

























940 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 20:20:16.61 K4Y9JjXm0 876/905






えっ?





「マリベル。」

だれ? 

あたしの名前を呼ぶのは。

「マリベル。」

この声……。

あたしは知ってる。

「しっかりして マリベル!」

あたしを包み込んでくれる大好きな声。

「マリベル! 死ぬんじゃない!!」

あなたは……。

マリベル「っ……。」



「マリベルっ!!」



マリベル「げほっ げほっ……!」



941 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 20:21:48.70 K4Y9JjXm0 877/905


「っ……!」

マリベル「…………………。」
マリベル「……あ…。」

「マリベル!!」

マリベル「……おそいの よ。」

「ごめん……。」

マリベル「あ あたし…が どれだけ待ったと… 思ってるの……。」 

「うん…… うん……!」

マリベル「もうちょっとで… 死んじゃ う とこ だったじゃない……。」 

「もう 大丈夫。」

マリベル「ねえ… 夢じゃないよね?」

「うん。夢なんかじゃない!」

マリベル「本当に あなたなのね?」

「…………………。」















「ただいま マリベル。」















942 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/20 20:24:33.68 K4Y9JjXm0 878/905


神さまってのはやっぱり意地悪なクソじじいね。

最初っから助けてくれればいいのに、何かと理由をつけては自分が手を下すことを嫌がる。

そのくせしっかりとあたしたちを見てるんだもの。

そんでもってヒトがこんなにボロボロになるまで放っておいて最後にポンッて、何事もなかったかのように奇跡を起こすんだもの。

でも……今日ばっかりは本当に感謝しなくちゃいけないわね。

何故ならあたしの目の前にあいつがいるんだもの。

幻でも見てるんじゃないかってちょっと疑っちゃったわ。

“ああ ついに あたしも 壊れちゃったか”

ってね。

でも、その後駆けつけてきたみんなの反応を見たらそれが嘘じゃないってわかったわ。

だから。

だから、今度こそあたしは言ってやるの。










マリベル「おかえりなさい。」










マリベル「アルス。」










The end.



947 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:09:29.16 iolHgxip0 879/905


あとがき

長いので飛ばしていただいてかまいません
>>952 へ。


一応これにて完結となります。

「こんなアルマリ小説が読みたい」
「ない」
「じゃあ自分で書くか」

…と思い当たったのがこのSSを書こうと思ったそもそものきっかけです。
今まで誰かの創った作品を消費するだけだったのですが、ふと、自分もアウトプットしてみたいなと思いなんとかかんとかここまでやってきました。

本当は漫画でも描いてみたかったのですが、
如何せん独学で絵の勉強をしていたら恐ろしく時間がかかるのもあって、そちらのほうは泣く泣く断念しました。
ラノベのように挿絵でも入れられたらもっと良かったのになと今でも思っております。

SSにしてもこれまで文章なんて論文しか書いたことがなかったので表現力についてはご覧の有様です。
おまけに基本的に寝る前にスピリッツを飲みながら書いていたので誤表記の多いこと多いこと。
何度見直しても後から後から間違いが見つかるのはもう仕方がないことだと割り切ってしまいましたが……
(一応、このスレでも残りのレスを使ってできる限り修正箇所を指摘していこうかと思います。)

構想と書き起こしに二か月、手直しと投稿に一か月とかなり時間が掛かったこともあって、
かな~り長いお話になってしまいました。
完結を急ぐあまり展開を急いだのも否めません。(モチベーションとかいろいろありましたしね)

そんなこのSS、最初は一人の目にとまればいいかなと考えて投稿してみたのですが、
思ったよりも覗いてくださった方が多く、とても励みになりました。

「ドラクエ7」というコンテンツのなせる業だとは考えられますが、
コメントを残してくださる方がいらっしゃっただけでもやってみて良かったと心から思います。
とっても嬉しかったです。

賛否のわかれる作品ではありましたが、やっぱりドラクエ7は名作だったんだなと、今さらながらに実感します。



最後まで付き合って読んでくださった方、本当にありがとうございました。



このSSを通して少しでもドラクエ7で感じたことをみなさんと共有できたのなら幸いです。



…………………



あの後二人は、世界はどうなるのか。
たしかにこの先の展開が予想できないわけではありませんが、
これ以上お話を進めるとなるとオリジナルの要素が多すぎる結果になると思うのでそれは控えようと思います。
あくまで、このSSは原作の世界観にのっとったお話にしておきたいので。
(とっくに破綻しているという意見もあるかと思いますが)
もしあるとすれば長編ではなく、一話完結の短めのお話になるかと思います。
……それも実現するか怪しいところではありますが。


948 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:10:27.95 iolHgxip0 880/905


第28話以降の主な登場人物



アルス
復活したグラコスとの死闘の末、行方不明に。
死んだものと思われていたが、駆けつけたアニエスによって海底王のもとへ行き治療。
二週間以上の養生を経てエスタード島に帰還。

マリベル
アルスに仲間を託され奮闘。
無事にフィッシュベルへ帰港するもアルスを失ったショックから次第に心を病んでいく。
最終的には入水自殺を図ろうとしたところで帰ってきたアルスに救出された。

ボルカノ
息子を失っても尚、船員の無事を優先し泣く泣く船をフィッシュベルへ帰港させる。
それでもきっと息子は生きていると心のどこかで信じていた。

マーレ
息子の死を夫から聞かされ、悲しみに暮れる。
そして同時にマリベルこそ、自分たちに残された最後の希望と考えるようになる。

アミット
フィッシュベルの網元にしてマリベルの父親。
一族の名を冠した「アミット漁」は8代前の「アミット」から続いている。
娘の無事の帰還を喜ぶと同時にアルスが戻らなかったことを心から残念に思っていた。
失踪してしまったマリベルを血眼になって捜索する。

アミット夫人(*)
マリベルの母親。良家の奥方という肩書がピッタリくるような女性。
心労から日に日に弱っていく娘の身体を案じていた。

アミット邸のメイド(*)
通称「ですだよのネエちゃん」。
マリベルの家で使用人として働いている若い娘。
独特のしゃべり方をする。

キャプテン・シャークアイ
アルスの実父。
突如姿を消した妻を捜索するためマール・デ・ドラゴーンを走らせる。

アニエス
グラコスによって重傷を負ったアルスを抱えて海底王の元まで行く。
その後はアルスの様子を二週間見守っていた。

コック長
アミット号の料理長。
成長したマリベルの姿に思わず涙する。
マリベルの失踪時は村の者と一緒になって捜索に当たっていた。

めし番(*)
アミット号の料理人。
漁を終えたことで一回り成長…したのか?
マリベルの失踪時は村の者と一緒になって捜索に当たっていた。

アミット号の漁師たち(*)
無事に生きて帰れたものの、やりきれない思いを抱えたままでいた。
アミットの依頼を受けすぐにマリベルを探しに出かけた。

949 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:11:16.37 iolHgxip0 881/905


ガボ
アルスの失踪の真偽を確かめるためボルカノの元を尋ねる。
それでも尚アルスの死を信じれず、かつての仲間たちと共に情報収集に。
マリベルの失踪を知るとすぐに各地へと飛び回った。

アイラ
アルスの失踪の真偽を確かめるべくボルカノの元を尋ねる。
すっかり生きる気力を失くしてしまったマリベルを叱咤する。
マリベルの失踪を知るとすぐに各地へ飛び回った。

メルビン
ガボからアルスの失踪を知らされ、ガボ、アイラと三人で情報収集へ走る。
神へ聞こうにも返事がないことに焦りを募らせていた。
マリベルの失踪時は仲間と共に各地へと飛び回った。

サイード
旅の途中の砂漠の青年。
メモリアリーフへと来ていたところ、アイラからマリベルの失踪を知らされる。

アズモフ
世界的に有名な学者。
ハーメリアへやって来ていたメルビンからマリベルの失踪を知らされる。

ベック
自分の発見を学会にて発表する。
ハーメリアへやって来ていたメルビンからマリベルの失踪を知らされる。

パミラ
エンゴウに住む占い師。
ガボからマリベルの失踪を聞かされ、その居場所を突き止めるべく占う。
間接的ではあったが、そのヒントのおかげで一行はマリベルの所在を突き止められた。

海底王
フィッシュベル沖の海底に住む海の守り神。
アニエスによって運ばれてきた瀕死のアルスを治療。
別に人魚にしたわけではない。

グラコスエビル(グラコス)
かつて過去のハーメリアでアルスたちを苦しめた海の魔神。
一度はアルスたちに倒されるもその後魔王に復活させられ、どこかの深海でチカラを蓄えていた。
魔王が倒れたことにより、再び世界を海に沈める計画を実行に移す。
そのために邪魔なアルスたちを消そうと手下の魔物たちやデッドセーラーを追手として派遣していた。
再びアルスによって倒されるも、絶命の直前アルスを串刺しにし、海の中へと引きづり込む。

950 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:12:57.97 iolHgxip0 882/905


アルスとマリベルの旅の軌跡



1. 船出
2. コスタール
3. 深海でトロール漁
4. フォロッド
5. 林檎・猫
6. メザレ
7. 潮目でトロール漁
8. ハーメリア
9. 霧と青い鳥
10. クレージュ
11. 底曳き漁
12. 砂漠・レブレサック
13. 延縄漁・幽霊船
14. 大神殿
15. マーディラス
16. 一本釣り漁
17. 航行(独白)・投網漁
18. ルーメン
19. 流し網漁
20. エンゴウ
21. 航行(ハーブティー)
22. リートルード
23. ダークパレス(マール・デ・ドラゴーン)
24. ウッドパルナ
25. トロール漁(エデンの果実)
26. オルフィー
27. プロビナ
28. 底曳き漁( / 石版)・嵐
29. フィッシュベル
30. 最終話

31. ???

951 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:15:00.63 iolHgxip0 883/905


*「The end. と言ったな。アレは 嘘だ。」

以下、蛇足という名のエピローグ。

952 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:18:16.81 iolHgxip0 884/905






後日談





953 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:19:55.83 iolHgxip0 885/905


「ただいま マリベル。」

「おかえりなさい アルス。」



「おお~~い!」



「……!」

「あの声は……!」



「マリベル~~!!」



「……パパ?」

「マリベル どこだ~!!」

「マリベルどの~!!」

「返事をしてちょうだ~い!!」

「きみのお父さん だけじゃない!」
「…おお~~い!!」

「な… あ あの声は!!」

「……っまさか!!」

「こっちだー!」



「間違いねえっ あの声は!」



…………………



954 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:22:31.51 iolHgxip0 886/905




七色の入り江で彼女を見つけた時は思わず目の前が真っ暗になりそうだった。

すぐに泳いで彼女を抱え上げたけど、身体は既に冷え切って息もしていないようだった。



ぼくはすぐに蘇生呪文を唱え人工呼吸を試みた。

すると、幸い彼女はすぐに息を吹き返した。

目を覚ました彼女は虚ろにぼくを見ていたけど、しばらくしてぼくのことがわかったらしい。

彼女は確かにぼくの顔をみて笑ったかと思えばすぐに泣き出してしまった。



そうしてしばらく彼女の涙を拭っていたら、彼女のことを探しに来たみんなに見つけられた。

みんなはぼくの顔を見た瞬間言葉を失ってしまった。

無理もない。

ぼく自身も自分が死んでしまったと思ったくらいだからね。

でもぼくのウデの紋章と人魚の月がお母さんをぼくの元まで案内してくれたらしい。

ぼくはお母さんの腕に抱えられて海底王の神殿に行き、そこで二週間を過ごしていた。

グラコスにやられた傷が塞がって動けるようになるまでにかなり時間を要してしまったんだ。

おかげさまで最愛の彼女は入水自殺をしてしまうところだった。



でも不思議なことがある。

どうして彼女はぼくが七色の入り江からエスタード島に上陸することを知っていたのだろうか。

彼女は何も覚えていないというのだからますます謎は深まるばかりだ。



偶然。

これは偶然というやつなのだろうか。

それとも神さまはすべてを知っていて、そこまで仕組んでいたとでも言うのか。



わからない。

でも、もうそんなことはどうだっていいんだ。

彼女は無事助かり、ぼくはこうして再び故郷の地を踏み、愛する家族のもとへ帰ってこられたのだから。



…………………



955 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:24:09.81 iolHgxip0 887/905


少年が生きて戻ったという知らせは翌日のうちには島中に広がり、
話を聞きつけてきた人々によって少年の家の周りはごった返していた。

なんとかその場を鎮めると、少年はグランエスタード城へと出向き、王に自らの帰還を告げに行った。

王は驚きと喜びを爆発させ、無事帰った少年をたいそう労ったそうな。

しかしその日のうちに宴を開こうかと提案したところで少年はそれを断ったらしい。

なんでもすぐに戻って少女の隣にいてやりたいのだとか。

王はそれを聞くと“あい わかった!”と言って少年を送りだしたという。

他国や町への知らせは任せておくように言い、王は少女が回復し次第アミット号一行の功績をたたえて宴を開くと約束したらしい。

それからというものの、少年は少女の家へと足しげく通い、ほとんどの時間を二人で過ごしていた。

それが、少女の心にポッカリと空いていた穴を埋める最良の薬だと思ったからだ。





そして そんな ある日……。





956 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:24:58.93 iolHgxip0 888/905




“コンコンコン”



ゆっくりと三回、扉が叩かれる。

「はい。」

「入っても いいかな?」

「どうぞ。」

部屋の中から聞こえた少女の声に扉が開かれ、奥から一人の中年男性が現れた。

「やあ アルス。」
「マリベル 調子はどうだい。」

現れたのは少女の父親だった。

アルス「ど どうも アミットさん。」

マリベル「ふふっ 身体も だいぶ 思うように 動かせるようになったわ。」

父親の問いに少女は微笑んで大きく伸びをする。

アミット「そうかそうか。」

久しぶりにみた少女の心からの笑みに父親は満足げに頷くと、少年に向き直って言った。

アミット「アルス ちょっといいかい。」

アルス「は はい…!」

手招きする少女の父親の顔に何かを察したのか、少年はどこか緊張した面持ちでそれに応じ廊下へと出ていく。

アルス「ちょっと 行ってくるね。」

マリベル「え ええ……。」



“バタン”



マリベル「…………………。」

閉じられた扉を見つめ少女はどこか複雑な表情をするのだった。



957 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:26:50.31 iolHgxip0 889/905


アミット「…………………。」

「…………………。」

アルス「あの……。」

一階の居間まで連れてこられた少年は少女の両親を前にどこか居づらそうに肩を強張らせていた。

「…………………。」

しかしそんな少年とは対称的に少女の両親の表情は非常に柔らかいものだった。

アミット「……アルスよ お前が 無事に帰って来てくれて 本当に良かった。」

アルス「……ご心配 おかけしました。」

少女の父親の言葉に少年は俯いて目を伏せる。

「そんなに 自分を 責めないで アルス。」
「あなたが 戻って来てくれた。それだけで みんな 明日からの希望を 取り戻せたんだから。」

アルス「そんな……。」

少女の母親の微笑みに少年はバツが悪そうに頭を掻く。

アミット「まったく その通りだよ。」
アミット「とくに わしからは お前に… いや。きみに お礼を 言わねばならん。」
アミット「きみが いなければ あのまま マリベルは 死んでいたかもしれないんじゃ。」
アミット「……よくぞ 生きて 戻ってきてくれた。」
アミット「ありがとう アルス。」

アルス「よ よしてください アミットさん……。」

アミット「マリベルから 聞いたよ。」
アミット「きみが いかに マリベルのことを 想っていたか。」
アミット「……あの子が きみを どれだけ 想っていたか。」

アルス「…………………。」

「マリベルを 見ていたら すぐにわかったわ。」
「あの子と あなたが どれほど 固い絆で結ばれていたか。」

アミット「だれもが あきらめていたが あの子は 最後まで きみを 信じていたようじゃ。」
アミット「あの時 あの子が あそこに行ったのも 何かを感じていたからなのだろう。」

「不甲斐ないけど 私たちでは どうやっても あの子の傷を 癒してあげられなかったわ。」
「……アルス あの子には あなたが 必要なのよ。」

アミット「こんなことを わしらの口から 話すのも 情けないことではあるが……。」
アミット「アルス どうか……。」



アルス「待ってください。」



アミット「……!」

958 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:27:51.93 iolHgxip0 890/905


その時、それまで黙って二人の話を聞いていた少年が口を開いた。

アルス「ぼくからも お話があります。」

「…………………。」

アルス「ぼくは 今回の旅で 確信しました。」
アルス「ぼくにとって マリベルさんが どれほど 大切な人なのかを。」

アミット「…………………。」

アルス「……ぼくは たしかに 戦う者としては 経験を積んできました。」
アルス「ですが 漁師としては この通り ただのひよっこにすぎません。」
アルス「きっと 彼女には 苦労をかけるでしょう。」



アルス「でもっ!」



アルス「ぼくは 約束したんです。」
アルス「……いつか必ず 世界で一番の漁師になって…。」





アルス「彼女を 幸せにすると。」





アミット「アルス… つまり それは……!」

アルス「アミットさん!」
アルス「……娘さんを。」
アルス「マリベルさんを……ぼくに……!」





「ちょ~っと いいかしら?」





「「「……!?」」」






959 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:29:46.93 iolHgxip0 891/905


不意に響いた声に三人は一斉に振り向く。

マリベル「な~に 勝手に 話進めてんのよ。」

「マリベルっ!?」

母親の呼びかけに扉の向こうから少女が姿を現した。

アミット「マリベル 寝ていなくて 大丈夫なのか!?」

マリベル「大丈夫よ パパ。」

驚愕の色を浮かべる父親に少女は簡単に応えてみせる。

アルス「マリベル いつから そこに…?」

マリベル「あんたが 話し始めた 辺りかしらね~。」

アルス「っ……!」

“聞かれていたのか”

そう悟った瞬間、少年は真赤に染まってしまった。

マリベル「こんな大事な話 してるのに あたしを のけ者にするなんて ひどいじゃない。」

アミット「す すまん マリベル… そんなつもりじゃ……。」

マリベル「……ふふ。」
マリベル「わかってるわ パパ。」

冷や汗を流す父親に少女は少しだけ笑いかけ、ゆっくりと少年の隣の席へと腰掛けた。

マリベル「……アルス。」

アルス「……なんだい? マリベル。」

マリベル「言ったでしょ? あんたが あたしを 幸せにするんじゃないの。」





マリベル「二人で 幸せになるのよ。」





アルス「あっ……!」





マリベル「……忘れたとは 言わせないわよ?」

少女は少年の唇から離れると、悪戯な微笑みを湛えて言った。

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

アルス「……うん。」

「まあっ……。」

アミット「……おめでとう マリベル。」

マリベル「うふふふっ。」

アミット「アルスさん。」

アルス「…はい。」

アミット「娘を… マリベルを よろしくお願いします。」

アルス「……はいっ!!」


…………………

960 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:32:05.19 iolHgxip0 892/905



アミット漁が終わって一か月。

あたしはすっかり調子も戻って、今はあっちこっちに出かけたりしてる。



“世界を見守る”



あの時心に決めたことは少しもぶれちゃいないわ。

毎日とはいかなくても、週に二、三回はルーラで飛び回って各地の様子を見て回ってるの。

最初こそパパとママは心配そうにしてたけど、ちゃんと夕方には帰るから少しは安心したみたい。
あたしのやることを応援してくれてるみたいだわ。



それからあたしはもう一つ大事なことを始めたの。

網元としての勉強よ。

船はもちろん、漁に使う道具なんかも時々壊れたりするから修理したり買い足したり、
あとは漁獲量とかに応じて漁師たちに賃金を支払ったり。

お金のやり取りがあたしの主な仕事ね。



どうしてあたしが網元の仕事をするかって?

決まってんじゃない。

あいつはいつも漁で忙しいからよ。

いくら日帰りが多いからっていつまでもあいつが帰ってくるのを待ってたらできる仕事も滞っちゃうわ。



それに……

あいつには漁に集中して、早く一人前の漁師になってほしいしね。

そんなこんなであたしは以前にもまして結構忙しい生活を送ってるわ。



でも、少しも嫌だなんて思わない。

結局、あたしのやりたかったことってこういうことなんじゃないかって、今ならハッキリと言えるんだもの。

あいつを漁に送り出して、その間に網元としての仕事をして、時々世界を回って、そんでもって帰ってくるあいつを出迎える。

それからたまに二人っきりで遊びに出かけたりしてね。



うん。満足してるわ。



961 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:33:15.78 iolHgxip0 893/905




出かけると言えば、この間は二人でメモリアリーフに行ったわ。

例によってあのヘンタイ頭首の奇行が目立ってたけどそんなものは無視よ。

すぐに使えるように買い置きして、庭師さんたちからちょっとだけ育て方を教わって
苗を買ったり、最後にハーブティーを飲んでゆったりしたり。

なかなか楽しかったわ。



それからそれからエンゴウに温泉に浸かりにいったりしてね。

この前みたいに人がごった返している時を避けていったからなんなく入れたわ。

むしろあの時我慢しておいても別に良かったかしら。

まっ、それだとあいつが悲しい顔しちゃうだろうから良しとするかしらね。

あたしってばなんて優しいのかしら。



ああそうそう、あたしを二週間以上もほったらかしにしてた罰としてあいつには買い物に散々付き合わせてやったわ。

そりゃもうあいつの腕が買ったものでいっぱいになるくらいにね。

それでもあいつったらうれしそうな顔してるんだからあんまりお仕置になってないのかしら。



まあいいわよね。



これからもあいつにはあたしのワガママいーっぱい聞いてもらうんだから。

楽しみにしておくがいいわ。



…………………

962 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:35:58.92 iolHgxip0 894/905




この一か月は本当に目まぐるしく過ぎていった。



ぼくが帰ってきたことで集まって来ていた人たちもほとんどいなくなって、
ようやくほとぼりが冷めた頃、彼女の家でぼくは彼女の両親と腹を割って話し合った。

どうなることかと思ったけど、二人ともぼくたちのことを祝福してくれた。



それからほどなくして彼女は不便なく動けるほどに回復していった。

それを見計らったようにぼくたちは城に呼ばれて盛大なパーティーが開かれた。

どうやら仲間の漁師たちは魔物たちとの戦いまでしっかりと伝えてくれていたらしい。

大使としての使命だけじゃなくて、また世界を救ったなんていってみんなの前で表彰されちゃったりして、ちょっと恥ずかしかったな。



そしてその宴の後、ぼくは父さんの前で母さんに本当のことを打ち明けた。

水の精霊のこと、シャークアイとアニエスというもう一つの両親のこと、ぼくがどうして二人のもとに生まれたのか。

全部、全部ね。

それで最後に言ったんだ。

“ぼくは 母さんの 本当の 息子です”ってさ。

最初こそ驚いていたけどそこはやっぱり母さんだ。

“なに 当たり前のこと 言ってんだよっ”ってぼくのことを抱きしめてくれた。

父さんなんてこれっぽっちも心配してなかったみたいだ。

さすが、母さんのことをよくわかってる。



これで。

これで良かったんだ。



それからぼくはすっかり元気になった彼女にあっちこっち連れまわされた。

というのは冗談で、彼女の笑顔が見たくて約束していたところに行ったりしたんだ。

メモリアリーフにエンゴウ、それから町での買い物にぼく自身の無事の報告まで。

どこへ行ってもああじゃないこうじゃないって言うんだけど、やっぱり本人は楽しそうだった。

ぼくからすれば彼女といられるならどこへ行っても楽しいんだけど、ね。



そうそう、最近あれ以来の漁が始まったんだ。

とはいってもアミット号はボロボロになっちゃったからしばらく、いや、当分の間遠洋には出られない。

だからぼくたちは新しい船が完成するまで海岸に泊めてある小さな船で沿岸の漁業をすることになったんだ。

いくら日帰りで帰れるとはいってもやっぱり漁は大変だ。

せっかくアミット漁でいろんな経験ができたっていうのに、今度は小さな船でやらなきゃいけないからこれがまた勝手が違くって戸惑うことばっかりさ。

少なくとも造船には一年くらいかかるらしい。

なんでも今度の船は舵輪がついた新しい形になるんだとか。

今から楽しみだな。

まあ、それまでは少しずつ父さんにいろんなことを教えてもらおうと思ってる。

それにぼくだっていつかは網元としての仕事をやらなくちゃいけないわけだし、そっちの勉強もしなくちゃいけない。

ただ、これは彼女に教えてもらうことが多いんだけど。

963 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:36:24.37 iolHgxip0 895/905




ぼくは正式に彼女の婚約者となった。

あの日彼女の両親と話し合った時、結婚するにはまだちょっと早いっていう理由からそういうことにね。

これはぼくも彼女も納得した上でのことだった。

ぼくはまだまだこれからだ。

彼女に見合うだけの男になれる日は遠いのかもしれない。

だけど、それでもぼくは必ず彼女と二人で幸せになってみせるんだ。

そのためにはできることはなんだって惜しまない。

一日一日を大切に、ぼくたちは一歩ずつ前に進んでいくんだ。

二人で手を取り合って、ね。



ひとまずこれでお話はおしまい。

でも、ぼくら旅はまだ終わっちゃいない。

“世界を救って、いろんな町に行って、大変だけど楽しかった”

たしかに、これは一つの区切りなのかもしれない。

だけど、これは一つの区切りにすぎないんだ。



そう。



ぼくと彼女の物語はまだ始まったばかりなのだから。





そして……





964 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:36:50.58 iolHgxip0 896/905






そして 月日は流れた……。





965 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:38:21.97 iolHgxip0 897/905


涼しいそよ風が吹いている。

マーレ「アルス! そろそろ 起きなさい! とっくに 夜は明けてるよ!」
マーレ「そう そう! 今日は 年に いち度の アミット漁の日 でしょ。」
マーレ「父さんは もう とっくに 港に 出かけていったよ。」

ここはエスタード島の静かな港町フィッシュベル。

マーレ「したくは できたかい。あれだけ がんばってきたのに ねぼうしたんじゃ 話にならないからね。」

この日、フィッシュベルでは一隻の漁船が新しい船出を迎えようとしていた

マーレ「…………。アルス よおく 顔を見せておくれ。」
マーレ「お前も あれから ずいぶん 成長したね。」
マーレ「母さんは 本当に 鼻が高いよ。」

そしてここはとある漁師の少年の家。

マーレ「アルス お前は もう 立派な 一人前の漁師だよ。」
マーレ「ただね……。」
マーレ「そう 一つ 言うことが あるとすれば……。」
マーレ「無事に 帰って来ておくれ。」
マーレ「……さあ いっといで!」

一年の修行を終え、一人の少年が再び船員として漁に参加することになっていた。

マーレ「おっと いけない! 忘れるとこだったよ。」
マーレ「はい アンチョビサンド。これが 父さんの分で…… こっちが お前の分だよっ。」

[ アルスは 2つのアンチョビサンドを 受けとった! ]

マーレ「気をつけて いってくるんだよ。」

母親はそう言うと去りゆく少年の背中を見つめ、一筋の涙を流すのだった。



966 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:42:20.70 iolHgxip0 898/905


「あら アルスじゃない。」
「やっぱり あなたは ボルカノさんの 息子ね。」
「その目を見れば みんな きっと 安心すると思うな。」

「おや アルスじゃないか。いろいろ話は聞かせてもらったよ。毎日がんばってるんだってな。」
「えらいもんだよ。つい この間までは はなたれ小僧と思っとったのにな。」

「わしも 聞いたぞ。アルスは 大使としても 活躍しておるようじゃのう。」
「アルスは いまや有名人じゃからのう。わしも ハナが高いぞ。」

「わーい アミット漁だ! わーい わーい!」

「こうして また アミット漁を 見れるなんて 夢のようですね。」
「新しいアミット号も 無事 完成したみたいだし めでたし めでたしだよ!」

「やあ アルス! ずいぶん 自信に満ちた 目をしてるね!」
「これなら 今年の 漁獲も 期待していいかな?」

「さあさ! おいしいよ! アミットまんじゅうに アミットせんべいだよ!」
「今日だけの 特売品だよ! 買わなきゃ ソンだよ!」
「おや アルスじゃないかっ。そうかい 今日は 一年ぶりの アミット号での漁だったな。」
「よし! お祝いだ。持ってってくんな!」

[ アルスは アミットまんじゅうを 1つ もらった! ]

「がんばって いってくるんだぞ。」

「今日の航海は 一年前ほどじゃないけど いろんな港に 寄ってくるそうだねえ。」
「おみやげ 期待してるよ!」

「いつもは 朝が ニガ手なんだが 今日は 早起きして 城下町から 来ちゃったよ。」
「朝の さんぽも たまには いいもんだな。わっはっは。」

「こうしてると 村は平和で あの頃と なにも 変わっていないように思えます。」
「しかし 世界は 少しずつ 手を取り合って そして……。」
「悲しみにくれる 人々の 姿を もはや 見ることはないのですね……!」

神父「アルスよ 今だから言おう。」
神父「マーレと ボルカノは お前の名に トクベツな 意味を こめたのじゃ。」
神父「あの時 わしは お前が いつか 人々を 導く 運命のもとに あるような そんな気がして ならんかった。」
神父「やはり お前は 神が この島につかわした 赤ン坊だったのかもしれんな。」

「あら アルス おはよう。そういえば 今日で アルスも 漁師になって 一年を 迎えるのね。」
「おめでとう アルス。あなたも もう 一人前ね。」
「それに ひきかえ うちの娘ったら 朝食もとらずに どこかへ とび出して いったきりなのよ。」
「まったく マリベルったら どこへ いったのかしら…。こまった娘だわ。」

「わたしは メイドっ メイドっ わったしは かっわいい メっイドさんっ……。」
「あっ… あら アルスさん。マリベルおじょうさまなら どこかへ おでかけ ですだよ。」

「わっはっは。ガボにせがまれて ひさしぶりに 村まで出てきただよ。」

ガボ「オイラ おっちゃんにたのんで 今年も アミット漁の見物に 来たぞ。」
ガボ「アルス! また おいしい魚を いっぱいいっぱい まっているからな。」
ガボ「気をつけて いってくるんだぞ。」

アミット「おお 来たな アルス。どうかね 久しぶりに 遠洋に出る気分は?」
アミット「……ふむ。いい目だ。これなら 期待できそうだな。」
アミット「まあ 誰でも 久しぶりの時は きんちょうするものだ。」
アミット「だが アルスなら きっとやれる!」
アミット「……よいな アルス。ボルカノどのは 最高の漁師だ。だが やがて お前は父をこえる。」
アミット「なにせ アルスは 世界を 二度も 救った男だからな。」
アミット「きっと わしの娘 マリベルも お前を支えてくれるだろう。」
アミット「おっと! これは 今さらの話だったかな。わっはっは。」



967 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:43:26.47 iolHgxip0 899/905


ボルカノ「やっと来たな アルス! よし 今日から お前の 日頃の 努力の成果を見せてもらうぞ。」
ボルカノ「オレも 合間を見て てってい的に お前を しこむからなっ。」
ボルカノ「さて じゃあ 船内の連中に あいさつをして来いっ! そしたら いよいよ出航だ!」

「よお アルス。待ってたぜ。」
「お前は きっと すぐに オレたちを 追い越していくんだろうな。」
「…なーに お前の 努力を 見てたら わかるぜ。」
「今日から また よろしくな。」

「やっとだ! おれたち ついに 外海に出られるように なったんだな。」
「久しぶりの遠洋だからって 手抜きは 許さねえから そのつもりでな!」

「おお アルス! モリの準備は ばっちりだ! 今回もよろしく たのむぜっ。」

「きたか アルス。よし お前さんに いっちょう 言っておこう。」
「いいか? どんな時でも 無茶だけは するんじゃないよ。無茶と勇気は 別物だからな。」

「オレ 今回から 正式に 漁に 加わるんだ!」
「なに? カゼはどうしたって?」
「わっはっは! この通り もう バッチリだよ。」

「ああ 今回の漁は どれぐらい 続くんだろうか。」
「やっぱり 奥さんと 離れ離れになるのは 辛いなあ。」
「…なんてね いまから そんなんじゃ アルスさんに 笑われちゃうかなっ!」

コック長「……アルスよ。」
コック長「わしから 言うことは もう 何もない。」
コック長「今までの 経験を生かして 存分に 漁を楽しむが いいぞ。」

「あ! アルスさん。やっと ボクも 仕事が 始められますよ。今年も よろしく おねがいしますね。」


968 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:44:50.69 iolHgxip0 900/905


アルス「これで 全員に あいさつが 終わったかな……。」

食堂までやってきた少年はこの船の料理長や飯番と挨拶を交わし、新しく作られた自分のハンモックを見やった。

アルス「それにしても マリベル どこ行ったんだろう?」

婚約者の家に挨拶に行った時には既に彼女の姿はなく、彼女の母親と家の給仕人に尋ねても行先は知らないということだった。

アルス「行く前に 会っておきたかったのに……。」

コック長「なんだ アルス 今朝は まだ マリベルおじょうさんに 会ってないのか。」

アルス「ええ。」

コック長「…そうか。まあ いい。」
コック長「それより 今日から この漁の間だけ 一緒に 働く人が いるんじゃよ。」

アルス「えっ そうなんですか?」

コック長「台所に いるから あいさつしていくと いい。」

アルス「わっ わかりました。」
アルス「……あの。」

コック長「なんだ?」

アルス「それって 料理人なんですか?」

「まあ そうとも言えます。とにかく すっごく 頼りになる 最強の助っ人です。」

アルス「……?」

コック長「ほれ さっさと 行ってこい。」

アルス「…………………。」



“キィ……”



「…………………。」



アルス「なっ……!」





「……あら。アルス どうしたの?」





アルス「な なんで きみが ここに……?」

「……聞いてなかったかしら?」

アルス「き 聞いてないよ!」

「あら そう。」
「じゃあ 今 教えてあげる。」



「アルス あたし……。」


…………………

969 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:45:33.40 iolHgxip0 901/905




ボルカノ「よーし 出航だあー!!」



完成したばかりの漁船の上に船長の号令が響き渡る。

たくさんの人々に見守られる中、二匹のカモメと共に一隻の船が大手を振って港町から旅立った。





それは、楽園と呼ばれた島から大海原へと繰り出す船の物語。





それは、英雄と呼ばれた少年と少女の物語。






970 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/21 18:46:22.15 iolHgxip0 902/905











マリベル「アミット漁についていくわ。」










The end.

995 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/24 20:02:24.32 5gh4Lsoo0 903/905


おまけ


当初は第1話と以下のこれでおしまいの予定でした。


没案



“そして アルス。
どんなに はなれていても
ォレたちゎ… ズッ友だょ……!“

”キーファょり”



アルス「キーファ死ね。」

マリベル「もう死んでる。」



完。



998 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/26 19:30:38.02 Zy0pDPCE0 904/905


スペシャルサンクス



このSSを作成するにあたり、一部のセリフを以下のサイトよりお借りしました。
管理人の 縞 さん、本当にありがとうございました。

『ドラクエ7 セリフ集』
http://slime7.nobody.jp/

(原作に登場するキャラクターのセリフが網羅されていて原作ファンにはたまらないサイトです。是非ご一読あれ!)

2017/01/26 作者


999 : 以下、名... - 2017/01/26 20:21:16.50 0zhCZRDYo 905/905

1482503750-999


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