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605 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:13:45.37 /ZAUKCR40 556/905






航海二十一日目:冷めないハーブティー / 同じ月を見てる





606 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:15:07.02 /ZAUKCR40 557/905


コック長「ん?」

日が昇り始めた頃、アミット号の料理長はいつものように網元の令嬢を起こして朝食の準備に取り掛かるために調理場へと続く扉を開けた。



マリベル「あら おはよう コック長。」



少女は既に起きて着替え終えていた。

コック長「珍しく 今日は 早いですな マリベルおじょうさん。」

マリベル「うん まあね。」

そう言って少女は微笑む。

コック長「……なにか いいことでも ありましたかな?」

マリベル「へっ? あ いや そんなことないわよっ?」

コック長「…わしに 隠し事しても ムダですぞ。」

上擦った声で誤魔化そうとする少女に料理長は片眉を上げて釘をさす。

マリベル「べ 別に いいじゃないの。」

コック長「なにやら 肌のつやが いつもより 良くなっているような……。」
コック長「さては 昨晩でも 温泉に入りましたかな?」

ずずいと寄って少女の顔をまじまじと見つめると料理長はズバリと少女の隠し事を当てて見せる。

マリベル「っ……。」

コック長「良かったですな ちゃんと 誰にも見られず 入れたんですか?」

絶句する少女に対して料理長は特に顔色を変えずに質問を続ける。

マリベル「え ええ まあね……。」

コック長「……ふうむ。ははあ そういうことですか。」

歯切れの悪い少女を見てコック長はある仮説を立てる。

マリベル「な なにっ?」

コック長「いやいや なんでも ありませんぞ。」

マリベル「ちょっと コック長 何か 勘違いしてないでしょうね!」

コック長「何がですかな?」

マリベル「うっ……。」

その“何が”が言えず少女は押し黙る。

コック長「いいんです 言わなくても。わしは わかっておりますし 誰にも 言いませんからな。」

マリベル「えっ ち ちが……。」

コック長「さて それでは あいつを起こしますから ちょっと 待っててください。」

そう言って料理長は少女の言葉を最後まで聞かずに隣の部屋へ出て行ってしまう。



コック長「……おい 起きろ。朝だぞ。」



「……うーん…。」



マリベル「…………………。」
マリベル「どうして あんなに 勘がいいのよ!」

一人になった部屋で少女は誰にも聞こえないように小さく叫ぶのだった。

607 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:16:10.98 /ZAUKCR40 558/905




アルス「えっ バレた!?」



マリベル「シーっ!」
マリベル「大きな声で 言わないでよっ! 余計に あやしまれちゃうじゃないっ!」

そういって少女は少年の口を塞ぐ。

「……?」

近くにいた漁師が不思議そうにあたりをキョロキョロと見渡す。

アルス「モガモガ…… ぷはぁ!」
アルス「ど どうして わかったんだろ……。」

物陰に隠れたところでようやく口を解放された少年が呟く。

マリベル「肌の加減で あたしが 温泉に入ったことは わかったらしいんだけど……。」

アルス「それにしたって ぼくまで いたって どうしてわかるんだろう……。」

マリベル「侮れないわ コック長……。」
マリベル「とにかくっ! これ以上 他の人に 知られたりでもしたら 面倒どころか あたしがここ いられなくなっちゃうわ!」
マリベル「アルス! あんたは 何もなかったふりするのよ! いいわねっ。」

そうまくしたてて少女は指先を少年の顔に突きつける。

アルス「わ わかったよ……。」

やや引き気味にそれを承諾すると少年は見張りに戻って行くのだった。

マリベル「まったく 油断ならないわね。」

一人呟く少女は自身の恥ずかしさよりもとあることを気にしていた。



“なにっ アルスが うちのマリベルと 風呂に!? け けしからんっ!!”



マリベル「…こんなこと パパに知れたら なんて言うか わかったもんじゃないわ。」

万が一そんなことがあっては娘を溺愛しているあの父親のことだ、
たとい相手が信頼を置いているあの少年だったとしても何をするか。

マリベル「もう一回 コック長に 釘をさしておくかしらね。」

ほとぼりが冷めるまで少女の中の最高機密の一つとして刻み込まれたのであった。


608 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:16:52.64 /ZAUKCR40 559/905


東の空から昇った太陽が真上に差し掛かろうかという頃、
漁船アミット号は次の目的地を目指して西の方角へと航海を続けていた。

「んん? なんだ ありゃ?」

そんな折、甲板で操舵をしていた漁師の一人が何かに気が付いた。

「なんだい ありゃあ。」

「さあ おれにも わからん。」

それを皮切りに次々と漁師たちが遠くに見える何かに視線を注ぐ。



「みんな 飯だぞー!」



その時、休憩していた別の漁師が甲板へやってきて昼時を告げる。

「よう あれ 知ってるか?」

その男にも同じ質問を投げかける。

「えっ あれって……。」
「……よくわからんが アルスたちなら 知ってるんじゃないか?」

「アルスは?」

「昼当番だから 下にいるぜ。」

「おうよ じゃあ 後 頼んだぜ。」

「任せとけ。」

そんなやり取りを交わし、漁師たちは一人を残して下に降りて行った。


609 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:17:59.80 /ZAUKCR40 560/905


漁師たちが食堂までやってくると、既に食事を終えた船長と新しい皿の配膳と片づけをしている少年たちがいた。

「お いたいた。」

「よう アルス。なんか いま 北の方に 変な塔が見えたんだけどよ。」

アルス「北ですか? 南じゃなくて。」

“塔と言えば南にはかつて魔王が居城としていた巨大な塔があったはずなのだが”

そう思い少年は聞き返す。

「おう なんか 良く分からねえが 派手な色した 塔だったぜ。」



マリベル「それって バロックタワーじゃない?」



話を聞いていた少女が思い出したように呟く。

「……?」

アルス「ああ 天才建築家 バロックが 生涯の最後に造った作品です。」
アルス「ぼくたちも 登ったことがありますよ。」

マリベル「あの中は そりゃあもう 侵入者をはばむ 罠ばっかりでねえ。」

アルス「でも 塔の最深部には 彼が残した お宝が あったんです。」

「へえ それでそれで。」

アルス「……お宝とは なんてことない 石盤が二枚だけでしたとさ。」

続きを聞きたがる漁師に少し考えてから少年は答える。

「なんでえ つまんねえな。」

マリベル「…………………。」

ボルカノ「その石版ってのは お前たちが 探していた アレか?」

アルス「うん。」

マリベル「…結果的には バロックさんに 助けられたってことですわ。」

「ふーん じゃあ あの塔の中には もう 何も残ってないのか?」

アルス「ええ そうです。」

マリベル「それでも ないはずの お宝を求めて やってくる人は 後を絶たないんだけどね。」

「まあ お宝っていう 響きだけで なんか ワクワクするもんな。」

コック長「おいおい 料理が冷めちまうから はやく 食べてくれ。」

「お 悪いな コック長。」

そうして料理長に促され、漁師たちは話をやめて食事に手を伸ばし始めるのだった。



610 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:20:48.00 /ZAUKCR40 561/905




マリベル「アルス。」



昼下がり、食堂にある自分のハンモックで休憩をとっていた少年は少女に呼ばれる。

マリベル「お茶にしない?」

アルス「えっ うん……。」

ゴロリと寝返りを打って少年は声の方に振り返る。

何やら爽やかないい匂いが漂ってきた。

アルス「よっこらせ。」

マリベル「はい コレ。」

そう言って席に着いた少年に少女は揺れに強い大きめのコップを手渡すと、ポットの中の液体を半分ほど注いでいく。

アルス「あれっ これって……。」

マリベル「昨日のうちに コック長たちが 買ってきたんですって。」

アルス「スウー……はー……。いい香りだね。」

コップの中からは眠気を吹き飛ばすような透き通った香りが立ち上っている。

マリベル「ふー…ふー……。」
マリベル「…っ! あちち……。」

揺れる船内で熱いものをすするのはなかなか以て難しいものがある。
少女は運悪く口の中に予定より多めの量が入ってきてしまったらしく目をぎゅっとつぶった。

アルス「…ふふ ははは……。」

その様子がどうにもおかしく少年は思わず笑いをこぼす。

マリベル「な なによ……。」

アルス「いや かわいくて つい。」

マリベル「むっ また 調子いいこと 言って。」

アルス「…ふふふ。」

そうやってムキになる姿が余計愛おしくなり、少年の目はだらしなく垂れさがる。

マリベル「…なんて顔してるのよ……?」

そんな様子に少女も怒る気が失せ、ため息をつきながら次の一口をすする。



マリベル「……あっ。」



611 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:22:04.04 /ZAUKCR40 562/905


何かを思い出したらしく、少女は急いで調理場へと走っていくと、しばらくしてその“何か”を抱えて戻ってきた。

マリベル「じゃーん。マリベル特製クッキーよ!」

アルス「……やった!」

少女の手の上にはたくさんのクッキーが乗ったお皿があった。

マリベル「やっぱり ハーブティーだけじゃ 寂しいからね。」

アルス「いつ作ったの?」

マリベル「朝一番でね。いい匂い してたでしょ?」

“美味しいお茶菓子と共にハーブティーをたしなむ”

今朝少女がわざわざ早起きしていたのはこのためだった。

アルス「……うーん 覚えてない。」

マリベル「…あっそ まあいいわ。たくさんあるから 遠慮なく 食べてちょうだい。」

アルス「うん。」

そう言って少年は早速一つ摘み取ってかじりつく。

アルス「…サク…サク……ごくん。」

マリベル「……どう?」

アルス「おいしい。」

マリベル「…うふふ。あったりまえよね~ このマリベルさまに 失敗なんてないんだから。」

アルス「…………………。」

”先ほど小さな失敗をしていたではないか”と言わずに微笑むのは少年の優しさか。

マリベル「まっ ホントは 明日食べる予定だったんだけどね。」

アルス「…………………。」

心の中で小さくツッコミを入れながら少年は少し冷めて飲みやすくなったハーブティーを一口すする。

612 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:23:21.41 /ZAUKCR40 563/905




マリベル「ハーブかあ……。」



不意に少女が呟く。

アルス「ん?」

マリベル「ううん ちょっと グリンフレークのことを思い出しただけよ。」

アルス「リンダとペペのこと?」

マリベル「うん。」
マリベル「…………………。」

アルス「どうしたの?」

マリベル「もしも… もしもよ?」
マリベル「どうしてもあたしが 他の男と 結婚しなくちゃいけなくなったら……。」
マリベル「アルス。あなたは どうする?」

口調こそ平然としているがどこか少女は不安そうに俯いて上目遣いに見る。

アルス「…………………。」

突拍子も無いながら非常に繊細な質問に少年は真剣に考える。

アルス「……そうだなあ。」

やがて答えがまとまったのか少年は顔を上げた。

アルス「本当のところ ぼくは 君さえ幸せでいてくれたら それでいいと 思ってたけど。」

マリベル「…………………。」

アルス「やっぱり 嫌だな。他の誰かと 君が 一緒にいるなんて。」
アルス「自分の気持ちに嘘ついて 結局 後で 後悔するくらいなら……。」

一呼吸を置いて気持ちを吐き出すように少年は少女の顔を真っすぐに見据えて言う。

アルス「ぼくは 君をさらってでも 連れていく。誰にも 見つからないような 遠い所へね。」



マリベル「…………………。」



マリベル「ブフっ…… ぷぷぷ……。」



613 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:25:08.26 /ZAUKCR40 564/905


いつの間にか少女は口元を抑えて必死に笑いを堪えていた。

アルス「な なんだよ……。」

マリベル「あっははは! だって あんた…… あんな 恥ずかしいセリフを……。」

アルス「…うっ……。」

言われてみれば確かに今の発言は顔から火が飛び出るくらいこっぱずかしい台詞に他ならなかった。

だが少年は同時にあることに気付く。

アルス「言わせたのは どこの 誰だよ。」

マリベル「ハッ…… う うん まあ そうだけど……。」

アルス「せっかく 真剣に考えたのに 損した気分だよ。」

そう言って恥ずかしそうに体ごとそっぽを向くと足を組んでハーブティーを一気に飲み干す。

マリベル「…もうっ 言ったでしょ? もしものことって。」

困ったような顔で少女は微笑む。

アルス「…そうだけど。やっぱり ペペさんみたいに 家族も リンダさんも救えないくらいなら ぼくは……。」

マリベル「……ばかねえ。まず その状況をなんとかしようって 思わないの?」
マリベル「二人で逃げなくても いいように その時は あなたが なんとかしてよ。」
マリベル「…駆け落ちなんて それからでも じゅうぶんだわ。」

アルス「……わかってる。」

マリベル「まっ 間違っても そんなことにはならないと思うから 心配するだけ無駄だったかしらね。」

アルス「…………………。」

少年は気を紛らわそうとハーブティーを注ぎなおし、また一つクッキーを頬張る。

614 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:25:56.07 /ZAUKCR40 565/905




マリベル「……今度 さ。」



不意に少女がポツリと語る。

アルス「ん?」

マリベル「あそこのハーブ園に 行こうよ。」

アルス「ふハりで?」

マリベル「当り前じゃない。それとも あたしと 二人っきりじゃ 不満かしら?」

昨晩二人でまた湯に浸かろうと話したばかりとは思えない言葉を発しながら少女は目を細める。

アルス「…ゴクン…… めっそうもない。」

マリベル「……そしたらそこで たっくさん ハーブを買って うちでも 育てるの。」
マリベル「あっ もちろん 水をやったり その他 もろもろの世話は アルスの役目だからね。」

少女はにやりと笑う。

アルス「それ 前も 聞いたような……。」

マリベル「そうかしら?」

アルス「でも ぼくが いない間どうするの?」

マリベル「そんなに 長い漁やるの?」

少しだけ顔を曇らせて少女が尋ねる。

アルス「……わからない。前と比べて 漁場が近くなったから すぐに帰ってこられると思うけど。」

マリベル「じゃあ すぐに帰ってきて あんたが やれば いいのよ。」

アルス「はは…… マリベルには 敵わないなあ。」

マリベル「当然じゃない。あんたが あたしに勝てることが あって?」

アルス「……うーん。」

首を捻って考える少年を見て少女は勝ち誇った様な笑みを浮かべて目を閉じる。

マリベル「ほーら 見なさい! あんたは 素直に あたしの言うことを聞いてれば……っ!?」





アルス「こうしちゃえば ぼくの勝ち。」





615 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:27:42.62 /ZAUKCR40 566/905




“またやられた”



いつの間にか席を立った少年に後ろから抱きしめられながら、少女は飛び跳ねそうな心臓を抑えて言う。

マリベル「……ずるい。」

彼にこうされてしまうと少女はまったく抵抗する気にならなくなってしまう。
それは他のどんなことでも優勢を保つ彼女にとってたった一つにして最大の弱点だった。

それを知ってか知らずか、少年は優しく、力強く彼女を包み込んでいく。

アルス「ずるくていいんだ。」

だがそんな少年も、包み込まれているのは“彼女”なのか“自分の心”なのかわからないでいた。
少女を抱きしめている時、少年の心は温かく包み込まれているような安心感と満足感が満ちていた。

だからこそ少年は悲しくなったり、嬉しくなったり、寂しくなったり、そして愛しくなった時、
少女の体を思いっきり抱きしめるのだった。

マリベル「ね 約束よ?」

アルス「うん 行こう。ふたりで。」



波に揺られながら心行くまで時間を過ごし、互いの心が冷めぬように温めあう。

そんな二人に忘れられたハーブティーだけが、寂しそうに冷えていくのだった。



616 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:28:30.00 /ZAUKCR40 567/905




ボルカノ「錨を降ろせ!」



それから漁船は何の問題もなく航行を続け、夜も更けた現在、
一行は小さな港を見つけて新しい大陸に降り立っていた。

マリベル「着いたのね! リートルードへ!」

少女が大きく体を伸ばして言う。

ボルカノ「今日は遅いから 明日にするか?」

アルス「いや たしか あそこには 大きな宿が あったはずだよ。」

マリベル「きっと あたしたちが 行っても 余裕で泊まれるわよね!」

ボルカノ「…どうするよ?」

コック長「今回は 店も開きませんし このまま 行っても いいんじゃないですかな。」

ボルカノ「よし! じゃあ このまま リートルードへ 出発するぞ!」

「「「ウスッ!」」」

そうして船長の号令と共に一行は町へと向かって歩き出す。

マリベル「あっ 先に行ってて!」

そう言って少女は船に戻ると三毛猫を抱えて戻ってきた。

トパーズ「なうー。」

追いついてきた少女に少年が問う。

アルス「トパーズも 連れていくの?」

マリベル「一日 ほったらかしにしてたら かわいそうじゃない。」

アルス「それもそうだね。」

少年は三毛猫の顎を撫でながら頷く。

マリベル「さ いきましょ。」

アルス「うん。」

そうして二人は先を歩く漁師たちのもとへ小走りに向かっていった。

一行の向かう先に見える芸術の町はまだ明かりが灯っており、どこか幻想的な光景を醸し出していた。



617 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:31:53.92 /ZAUKCR40 568/905




「うひゃあ こりゃまた 変な建物が いっぱいだな!」



町に着いた漁師が開口一番に率直な感想を述べる。
もともと芸術的な感覚など二の次な漁師たちにとってこの町の前衛的な芸術の様式にはとてもついていけない隔たりがあったのだ。

マリベル「あら 奇遇ね あたしも これには どうかと思うわ。」

うんざりといった様子で少女が言う。

ボルカノ「マリベルちゃんが 言うなら たぶん 間違いねえんだろうな。」

アルス「感性が合う人には 合うのかもしれないけど 合わない人には とことん わからないのが 芸術だからね。」

マリベル「それを ここの人たちは これが当たり前のように 言うもんだから まいっちゃうのよね。」

「まあ いいから さっさと 宿に行きましょうぜ。もう 眠くってしゃあねえ。」

「だな。」

アルス「ほら あそこが この町の宿ですよ!」

少年が指差す先には二階建ての大きな宿屋が立っていた。

「おお すげえ!」

コック長「さすがは 観光業で もうけているだけ あるな。」

マリベル「おまけに 宿代も格安! いいことづくめってわけ!」

「よっしゃ! そいつは ラッキーだ!」

「ぼく エンゴウで 結構 飲み食いしちゃって ちょっと ピンチだったんですよ!」

そんな会話をしながら一行は宿の中へと入っていく。



「いらっしゃいませ。お泊りになりますか?」



宿の受付ではすっかり回復した女将が温かい笑顔で一行を迎え入れた。

ボルカノ「部屋は空いてるかい?」

「ええ まだ だいぶ 余裕がありますよ。」

ボルカノ「よし それじゃ ここで 解散だ。明日は 適当に 観光でもしていてくれ。」

「「「ウスッ。」」」

そうして一行は部屋の登録を済ませてそれぞれ散っていくのだった。



アルス「おやすみ。」



マリベル「うん。」



一人部屋がまだまだ空いていたため少年と少女も今日は久しぶりに別々の部屋を取り、
就寝の挨拶を済ませてそれぞれの部屋に入っていった。


618 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:33:36.64 /ZAUKCR40 569/905


アルス「ふー……。」

軽く風呂を済ませた後、少年はベッドに転がり一人窓から差し込む月明かりを見つめていた。
昨晩は宿にこそ泊まれなかったとはいえ、温泉に浸かりじっくりと体を労わったためか、
今晩はあまり疲労も溜まっておらず、このまま眠ってしまうのもなんだか惜しいような気がしていた。

アルス「下に行くか……。」

そう言って少年は扉を開けると階下にある酒場へと降りて行った。



「いらっしゃいませ。」



ボルカノ「おう なんだ アルス お前も来たのか。」

アルス「父さん。」

コック長「まあ お前も こっちきて 飲もうじゃないか。」

アルス「はい。」

二人に促され少年は適当な飲み物を注文して男たちの中に座る。

コック長「それで どうなんじゃ?」

アルス「…いろいろと 覚えることが多くて たいへんですけど 今は漁に出られる 嬉しさの方が 上ですね。」

コック長「…そりゃ よかった 嫌になって 投げだされでもしたら どうしようかと 思ったよ。」

ボルカノ「漁のことは 今はいい。お前なら すぐに 上達するだろう。」

コック長「それよりも じゃ。」

アルス「……なんですか?」

コック長「何ですか じゃないわい。マリベルおじょうさんとのことだ。」

アルス「えっ……。」

「お待たせいたしました。」

どうしたものかと少年が固まっていると酒場の主人が注文した酒を席に置く。

ボルカノ「ちゃんと うまく やってんのか?」

アルス「……うん。」

少年は出された酒を一口飲み、杯を置いてポツリと言う。

コック長「ここのところ やけに おじょうさんの機嫌が よくてな。」

アルス「そ そうですか……。」

ボルカノ「まあ あんまり 無粋なことは聞かねえけどよ 女の子ってのは 繊細だ。」
ボルカノ「オレが若いころも けっこう たいへんだったもんだ。」

父親は懐かしむような遠い目をして言う。

コック長「わっはっは! マーレも乙女じゃったからのう!」

ボルカノ「……ゴホン。とにかく 大事にしてやるんだな。ちょっとしたことでも 傷つきやすいもんだからよ。」

コック長「みんなに 迷惑がかからない程度に な!」

アルス「は はい。」
アルス「…そういえば……。」

619 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:35:37.94 /ZAUKCR40 570/905


ふと少年は何かを思い出す。

ボルカノ「ん?」

アルス「最近 悩んでることが あるみたいなんだ。」

コック長「あの マリベルおじょうさんが 悩むことってったら そりゃ 家族のことか お前さんのことくらいだろうよ。」

察しの良い料理長がすぐにその原因を言い当てる。

コック長「心当たりは ないのか?」

アルス「うーん。なんていうか これから先 何をするか みたいなことだと思うんですけど……。」

少年が腕を組んで答える。

コック長「これから先 か。網元の娘としてではなく 彼女自身が 何をするかってことか?」

アルス「なんとか 気の利いたことでも 言えればいいんですけどね……。」

コック長「そればっかりは 彼女自身が 決めることじゃからな。」

やはり料理長も少年と同じことを考えていたようだ。

アルス「なんだか 歯がゆいんです。何もしてあげられなくて……。」

コック長「ふーむ。」

ボルカノ「……見守ってやれ。」

アルス「えっ?」

するとしばらく黙って話を聞いていた少年の父親がゆっくりと口を開く。

ボルカノ「何もできなくても 黙って傍で 見守ってやることだけはできる。」
ボルカノ「もし 彼女が 立ち止まったら 背中を押してやればいい。」
ボルカノ「ふさぎ込むようなことがあったら その時は お前が そっと 手を取ってやるんだ。」
ボルカノ「それに なにより……。」



ボルカノ「信じてやるんだな 彼女のことを。」



アルス「…父さん……。」
アルス「……うん。」

どんな時でも互いを信じてここまで生きてきた自分の両親のことを少年はよくわかっていたからこそ、
父親の言葉には素直にうなずけたし、不思議な安心感があった。

コック長「…さ そういう話はそこまでにして 今日も遅いから 適当に 切り上げるとしますかな。」

そう言って料理長は自分の杯を傾ける。

ボルカノ「……だな。」

少年の父親もそれに続いて杯を一気に乾かす。



アルス「…………………。」



少年はそんな二人の間で再び窓の向こうを見上げる。

丑三つ時の月は相変わらず空高く、美しい光を放っていた。


620 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:40:27.25 /ZAUKCR40 571/905


マリベル「うーん……。」

少年たちが酒場で語らっていた頃、少女もまた入浴を済ませてベッドに横になっていた。

マリベル「なんだか ベッドが 懐かしいわー。」

とは言ってもせいぜい二日ぶりにすぎないのだが、
エンゴウで宿に泊まれなかったという悔しさから少女は全身でベッドの柔らかさを味わうのだった。

マリベル「…………………。」

うつ伏せに寝転がり枕を胸に抱きながら少女はなんとなく昼間少年と交わした会話を思い出す。



“そんなに 長い漁やるの?”



“……わからない。前と比べて 漁場が近くなったから すぐに帰ってこられると思うけど。”



“じゃあ すぐに帰ってきて あんたが やれば いいのよ。”



マリベル「すぐに帰ってくる か……。」

少年はああ言っていたが、実際漁は魚が獲れるまで帰ってこないこともある。
さすがに積荷が尽きれば帰らざるを得ないのだろうが、こればっかりはその時の漁獲次第。
いくら目当ての魚が近くでとれるようになったからと言って毎日が日帰りというわけではない。
時には一週間以上航海することもあるのだろう。

マリベル「どうしよう あたし……。」

少年の帰りを待つ間、家でじっとしていろべきなのか。
現にフィッシュベルの漁師の妻の多くはそうして夫の帰りを待っている。例えばあの少年の母親もその一人。

621 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:42:49.19 /ZAUKCR40 572/905


マリベル「…………………。」



“パパとママはなんていうかしら。”



そんな想像をしてみる。

最終的には少年達と冒険を再開することを許してくれた両親だったが、
使命を受けた旅が終わった今、網元の娘としてどう生きていくべきかについては話が別なのかもしれない。

マリベル「んー……。」

そもそも自分はまだこれからどう過ごしていくのか何も決めていない。
ただ漠然とあの少年の顔が浮かんでくるだけで具体的に何をするべきなのかはわからない。

やはり他の女性たちと同じように村で時間を過ごし、きれいな服を着て、嗜みや習い事に精を出す。
そしていつかは世界の王宮や名家と交流し華やかな舞台で生きていく。
網元の娘として生きるというのは今の世界ではそういうことなのだろう。
きっと自分の母もそうしたはずだ。ましてや世界を救った英雄とあらばどこからも引っ張りだこになるだろう。

マリベル「でも……。」

それが必ずしも自分のやりたいこととは限らない。
確かに、讃えられて令嬢として華やかな世界で生きるというのは決して悪い選択肢ではない。
普通の人より優遇されて生きることができるのはまず間違いないだろう。
しかしそれが自分の幸せなのかと聞かれたら頷く自信はない。
自分が世界を救ってまで得たかったものは名誉や富のためではなかったのだ。

“あたしが そうしたかったから そうしただけ。”

少女は寝返りを打って天井に掲げた自分の掌を見つめる。

好奇心のうちに危険な旅に出たりして、出会いと別れを繰り返し、力を得ては脅威を打ち払い、
少年と共に成長し、いつしか惹かれるようになり、最終的には世界のために奮い立ってみせた。
ただの好奇心はいつしか勇気となって少女を突き動かし続けた。
数々の因縁をもつ仲間たちの中で唯一何の変哲もない人生を歩んでいたはずの少女は、
自ら運命を切り開いて新しい世界を勝ち取ったのだ。

マリベル「…………………。」

それもこれもどうしても見たかった未来があったからに他ならない。

世界中の人々や家族と仲間の笑顔に囲まれ、自分がいて、あの少年がいる。

そんな“未来”を少女は“現在”にして見せた。

だがこれが終着点ではない。

マリベル「……アルス。」

あの少年は漁師となり、いつか必ず自分を幸せにしてみせると言ってくれた。
だが自分は彼に何がしてあげられるだろう。きっと彼は何も望まないと言うだろう。
船出を見送り、漁の帰りを待ち、港で出迎える。それだけで良いと言うだろう。
もしかするとそれすら遠慮するかもしれない。
彼は少女が幸せであればそれでいいと、ただ彼女がしたいことをしていて欲しいと言うかもしれない。

マリベル「ホントはいつでも 一緒にいたいくせに。」

しかしそれは叶わないことだと分かっている。
だからこそ少年はせめていられる時はその時間を大切にしようと言ったのだろう。
それ以外の時間、つまり彼が漁に出ている間は彼女がどんなことをしていようが構わないと、そういうつもりだったのだろう。

マリベル「…そうね………。」

そうであるならば少女のやりたいことは決まっている。

しかし。

“彼と自分のためにできることとはいったいなんだろうか”

マリベル「あーもう! わかんないわよっ!」

トパーズ「っう~。」

結局結論は出ずに堂々巡りなのだった。

622 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:44:14.57 /ZAUKCR40 573/905




マリベル「……ねえ おまえは どう思う?」



そう言って少女は足元でうずくまる三毛猫に語り掛ける。

トパーズ「…………………。」



“自分で考えな”



無言で鼻先を見つめてくる三毛猫はなんとなくそう言っているように見えた。

マリベル「…………………。」
マリベル「そうよね。」

そう言うと少女はベッドから体を起こし窓の向こうを見上げる。

月は二カっと笑ったまま何も答えてはくれない。

マリベル「……ふふっ。」

今はそんなことで悩めることすら愛おしくて、少女は一人微笑む。

奇しくも同じ月を見上げる二人は同じ想いを抱えながらもその内を打ち明けることはなく、
いつしか襲ってきた眠気につられ、ぼんやりと深い夜の中に落ちていくのだった。





そして…


623 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:46:35.59 /ZAUKCR40 574/905






そして 次の朝。





624 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:49:30.48 /ZAUKCR40 575/905


以上第21話でした。

アルスは漁師になりました。
ではマリベルはこれから何をするのか。

第17話でマリベルが日記に残していたように、
「魔王を倒し世界に平和を取り戻した今、自分は何をするべきなのか」という疑問が少女の中に沸き上がります。

果たして少女は答えを出すことができるのでしょうか。
そしてそれはどんな答えなのか。

……お話を進めていきましょう。

…………………

◇リートルードへやってきたアルスは偶然にもとある人物と再会します。
そしてそこでは妙な噂が……?


625 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/12 19:50:11.58 /ZAUKCR40 576/905


第21話の主な登場人物

アルス
思い悩むマリベルのことを心配している。
マリベルのこととなると普段の様子からは想像もできないセリフを吐いたりする。

マリベル
これから先、自分がどうやって生きていくのか考え中。
メモリアリーフのハーブが気に入った様子。

ボルカノ
アルスとマリベルの姿にかつての自分とマーレを思い出し、
懐かしさを感じるとともに的確な助言を与える。

コック長
非常に堪が良く、人の些細な変化でも見逃さない。
アルスとマリベルのことを案じ、時には相談に乗ることも。

アミット号の漁師たち(*)
知らない土地へ行くことがちょっとした楽しみになりつつある。
面白そうなことにはすぐに飛びつく。

トパーズ
今回はマリベルと共にリードルートへ上陸。
時々人の言葉を解するかのように振舞うことがある。

628 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:25:21.97 ZKa88jEr0 577/905






航海二十二日目:時計塔と隻腕の像





629 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:27:26.05 ZKa88jEr0 578/905




“コンコンコン”



アルス「マリベルー?」

「…………………。」

翌朝、少年は父親とランキング協会を訪れるために少女を起こしに来たのだったが、扉をノックしても帰ってくるのは静寂だけだった。

アルス「マリベル 寝てるのー?」



“ガチャリ”



その時、不意に鍵の外れる音がした。

アルス「……?」

しかし扉は一向に開く気配はなく、扉の向こうからは誰も現れない。

アルス「マリベル 入るよ?」

仕方なく少年は扉の取手に手を掛け、ゆっくりと回す。

次の瞬間。





トパーズ「なうー!」





アルス「うわっ!」





630 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:29:38.23 ZKa88jEr0 579/905


わずかに開けた扉の隙間から三毛猫が飛び出してきた。

アルス「…びっくりした……。」

そうして今度は猫を抱え上げ、少年は再び部屋の中を覗き見る。

トパーズ「なうなうなう~。」

アルス「ん?」

いつになくよくしゃべる三毛猫を撫でながら少年はベッドの膨らみを見つける。

アルス「……マリベル?」

マリベル「…………………。」

アルス「……?」

どうやら寝ているわけではなさそうだが、呼び掛けても返事のないのを不思議に思い
少年は少女の肩の部分と思わしきところを少しだけ揺さぶる。



マリベル「…う……。」



アルス「ま マリベルっ!?」

突然漏れた苦しそうな声に少年は慌てて布団を剥し少女を呼ぶ。

マリベル「あ アルス…… ごめん ちょっと待ってて……。」

少女は痛みを堪えるように片目をつぶったまま弱弱しい声で言う。

アルス「えっ ど どこか 悪いの!?」

マリベル「…………………。」

少年の問いかけに少女は無言で下腹部を擦る。

アルス「っ…… わかった。」
アルス「今日は 父さんと 二人で 行ってくるから マリベルは休んでて。」

少年は少女の言わんとしていることを察して布団をかけなおす。

マリベル「だ 大丈夫よ そんなに 辛くないから……。」

口では強がっているがその顔は冴えない。

アルス「いいんだ。それより 無理しないで。」

マリベル「……ごめん。たぶん すぐに 良くなるから また後でね。」

アルス「うん わかった。じゃあ……。」

そう言うと少年は少女の額に口づけを落とし、“ベホマ。”と小さく呟いて部屋を後にする。

マリベル「…………………。」

少女は少しだけ赤い顔で閉められた扉を目だけで見る。
どうやら先ほどの呪文は少年なりの“おまじない”だったのだろう。
呪文では痛みを取り除くことはできないが、冷えた体の内側が温まるような不思議な感覚に包まれた。

マリベル「…ふう……。」

“まさか彼にこんなことまで気を遣われてしまうとは”

そんな不甲斐なく思う気持ちもあったが、どこか嬉しい気持ちが勝り、いつの間にか痛みが引いて行くような感じを覚える。

マリベル「…フフフっ……。」

なんとか今日一日も頑張れそうな気がしてきたのだった。


631 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:31:04.80 ZKa88jEr0 580/905


ボルカノ「おお アルス。」
ボルカノ「ん? マリベルちゃんは どうしたんだ?」

宿の一階で待機していた少年の父親が息子に尋ねる。

アルス「…今日は 無理させない方が いいみたい。」

ボルカノ「……そうか。なら 仕方ねえ 二人で行くとするか。」

アルス「うん。」

少年の神妙そうな顔に何があったのかを察すると、
父親はひとまず朝食を済ませるために少年を連れて酒場兼食堂へと入っていくのだった。



…………………



ボルカノ「そんで その ランキング協会ってところにいきゃ いいんだな?」

朝食を終えた親子はこの後のことについて話をしていた。

アルス「うん。偽の神との 謁見の時にも そこの三人組が 代表として来ていたからね。」

ボルカノ「そうか なら いいんだけどよ。」

アルス「まあ ここも たいして 漁をしているわけじゃないから あんまり 関心なさそうだけどね。」

ボルカノ「……海がすぐそばにあるっていうのに もったいない こったぜ。」

それは漁師を務める彼にしてみればもっともな疑問であり、実際この町は行商人や買い出しで生活が成り立っている節があった。

アルス「ははは… 言われてみれば そうかもね。」

ボルカノ「ま オレは 別に 芸術を 否定するわけじゃねえけどよ。」

アルス「父さん 意外と 繊細な作業 得意だもんね。」

ボルカノ「ん そうか?」
ボルカノ「まあ いい そろそろ 行くとするか。」

アルス「うん!」

そう言って二人は席を立ち、宿を後にするとすぐ近くに見える派手な建物を目指して歩き出すのだった。

632 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:33:05.26 ZKa88jEr0 581/905


「ようこそ。こちらは 世界を 評価する 世界ランキング協会の本部です。」
「ややっ あなたは アルスさん!」
「本日は どのような ごようけんでしょうか?」

ド派手な建物の扉をくぐると受付の男が少年に話しかけてきた。

アルス「こんにちは。先生たちに 大事なお話があってきたんです。」

「そうでしたか。では 奥へどうぞ。」

少年が簡単に用件を伝えると受付は二つ返事で二人を通す。

アルス「失礼します。」

「おや。」

「これはこれは。」

「アルスくん じゃないか!」

少年が扉を開けると奥の部屋から三人の審査員がそれぞれ声を上げた。

アルス「先生方 ご無沙汰しております。」

アイク「アルスさん いったい どうしたんですか?」

頭の切れそうな初老の男性が少年に問う。

モディーナ「もしかして また ランキングに登録しにいらっしゃったんで?」

若々しい婦人が続けて尋ねる。

マッシュ「おっ 後ろの 旦那は かなり チカラもちそうだな!」

筋骨隆々の覆面男が少年の後ろに立つ大男を見て興奮気味に言う。

ボルカノ「ん? オレか?」

アルス「あ 今日は 別のことで みなさんに お願いがありまして。」

本題から逸れて長くなりそうなので少年は話を遮り単刀直入に用件を伝える。

アイク「ほう。」

モディーナ「なんで ございましょ?」

マッシュ「…ていうと?」

ボルカノ「実は オレたちは グランエスタードの使いとして 来たんです。」

アルス「こっちは ぼくの父の ボルカノです。」

マッシュ「おお アルスくんの お父さんだったか!」

モディーナ「なかなか ダンディーなお方ですわ!」

アイク「して そのお願いというのは……。」

ボルカノ「まずは この書状に 目を通していただきたい。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を アイクに 手わたした! ]

アイク「ふむふむ なるほど。」

モディーナ「なんですって?」

マッシュ「…………………。」

アイク「大体の内容はわかりました。話し合ってから お返事を書きますので また後で お越しいただければと 思います。」

アルス「ありがとうございます。それでは また。」

流石はかしこさランキングの審査員というべきか、
いの一番に内容を理解した初老の男はそう伝えると残りの二人に内容をかみ砕いて説明し始める。

ボルカノ「どうやら 話が 早そうだな。」

アルス「うん。もう 用は済んだみたいなもんだね。」

ボルカノ「それじゃ いったん おいとまするか。」

そう言って二人が部屋を出ようとした時だった。

633 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:34:18.19 ZKa88jEr0 582/905






マッシュ「ちょ ちょっと 待った!」





チカラじまんランキングの審査員が叫ぶ。

マッシュ「ボルカノさん …つったっけか。」
マッシュ「アンタ 良かったら チカラじまんランキングに 登録してってくれよ!」

ボルカノ「ん オレか?」

マッシュ「あんたなら いい 順位に組み込めるはずだぜ!」

ボルカノ「うーむ オレは あんまり そういうのは 興味ないんだがな……。」

大男は顎を擦って困った顔をする。

マッシュ「そ そういわずにさ!」

アルス「せっかく来たんだし 記念にやっていってみたら?」

ボルカノ「むっ そうか?」

息子に後押しされ、そこまで言われてはと父親は受付へと向かう。

「では ボルカノさんを チカラじまんランキングに 登録いたしますね。」

ボルカノ「おう 頼むぜ。」

「審査に 少しかかりますので 少々お待ちください。」

ボルカノ「……だそうだ。アルス お前はどうする?」

「アルスさんも 久しぶりに 一位を総なめにしてみては いかがですか?」

アルス「……ぼくはしばらく 町を散策してくるよ。また お昼に宿で。」

ボルカノ「おう。」

そう言って少年は一足先に扉を出て協会を後にした。



ボルカノ「…で 一位を総なめって どういうことだい?」



父親は受付の男の言葉を思い出して尋ねる。

「あ ご存じありませんでしたか? 彼とお仲間の伝説。」

受付の男は愉快そうに笑いながら言う。

ボルカノ「詳しく 聞かせてもらおうじゃねえか。」

634 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:36:05.93 ZKa88jEr0 583/905


アルス「…目が チカチカする……。」

父親と別れた少年は久しぶりに訪れた芸術の町の中を当てもなくさまよっていた。

アルス「…宿に戻ろうかな……。」

この町にはたいして知り合いがいるわけでもない。
強いて言えば過去の町になら何人かいるのだが、現在はあの協会を除いて特に話し相手もいない。

アルス「……あれ?」

「うーん……。」

ふと少年の目には見覚えのある人影が広場にあるランキング表の前で佇んでいるのが見えた。



アルス「こんにちは。」



「ひゃっ! あ アルスさん!?」



急に後ろから声をかけられその人物は驚いて振り向く。

アルス「まさか こんなところで お会いするとは 思いませんでしたよ。」

「もう ビックリさせないで ください……。」

アルス「セファーナさんは 何をしてたんですか?」

“セファーナ”と呼ばれたリファ族の若き長は少し照れくさそうな顔で答える。

セファーナ「じ 実は ランキング表のことで……。」

アルス「また かしこさランキングの登録に来たんですか?」

セファーナ「あ いや そうではなくて……。」
セファーナ「って どうして アルスさんが そのことを!?」

リファ族の長は驚きを隠せない様子で少年に問う。

アルス「いや だって そこのランキングに セファーナさんの名前が あったもんですから。」

そう言って少年は娘の後ろに立っている表を指す。

セファーナ「あっ… こ これは……。」

普段は冷静で物静かな族長も少年に知られてしまったことがよっぽど恥ずかしかったのか、恥ずかしそうに両手を握って体を捩っている。

セファーナ「前に 遊びに来て 登録したはいいんですけど やっぱり 恥ずかしくて……。」
セファーナ「も もう 登録を消しちゃおうと 思いまして……。」

アルス「ええっ もったいないですよ?」

セファーナ「いえ いいんです。別に 名声や副賞が欲しくて やったわけではないので……。」

彼女にとってはそういうふうに自分の名前が知られてしまうことや、
自分のかしこさを誇示してしまうようなことはしたくなかったのだろう。
さしずめ村の者たちと来た時に勧められて仕方なく登録したのだろうと少年は推測した。

アルス「…そうですか。なら 止めはしないんですけど……。」
アルス「…………………。」

セファーナ「……な なんでしょう?」

この娘さんならばきっとカッコよさランキングでも上位に食い込むことだろうと少年は睨むのだったが、
既に村の中で引く手数多であろうその人にわざわざ勧めることもないだろうと思いとどまり、黙っておくことにした。

アルス「いえ なんでもないんです。」

セファーナ「それより アルスさん 今日は おひとりなんですか?」

アルス「あ いえ 実は……。」



[ アルスは これまでの いきさつを 話した。 ]



635 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:38:18.56 ZKa88jEr0 584/905


セファーナ「そうでしたか… 世界を救っても アルスさんには やることが たくさんあるのですね。」

そう言って娘は目を閉じて頷く。

アルス「今回の訪問先に 聖風の谷は 入ってなかったんですけど そちらでは漁はされるんですか?」

少年もこの航海に先立って気になっていたことをぶつける。
自分の説明によって王は最終的に聖風の谷を訪問先から外したのだが、
果たしてその判断が正しかったのかを知りたかったのであった。

セファーナ「いえ 川での漁はするんですが 海までは 滅多なことでは 行きませんね。」

若き族長の答えは少年の予想した通りだった。

アルス「そうですか……。」

少年はそっと胸を撫でおろす。

セファーナ「ただ 他の大陸や島からのお客さんを お迎えするための港は 整備していた方が 良いかもしれませんね。」
セファーナ「アルスさん。もしよろしければ エスタード島の王様に このことを 伝えてはいただけませんか?」

アルス「はい もちろんです。」



「おう アルス ここにいたか。」



アルス「父さん。」

一通り話が終わったところで少年の父親がランキング登録を済ませて広場へとやってきた。

セファーナ「お父様……ですか?」

娘は何やら不思議そうな目で二人を交互に見比べている。

ボルカノ「ん? ああ オレが アルスの父親ですが こっちのおじょうさんは?」

父親は息子に尋ねる。

アルス「ああ この人は 聖風の谷の族長 セファーナさん。」

セファーナ「お初に お目にかかります。ええと……。」

ボルカノ「ボルカノです。息子が 世話になってます。」

そう言って大男は軽く自己紹介する。

セファーナ「ボルカノさん… いいえ お世話になりっぱなしなのは わたしたちの方です。」
セファーナ「アルスさんには 語りつくせないほどの恩を受けました。」
セファーナ「今や わたしたちにとって アルスさんと そのお仲間のみなさんは わたしたちリファ族の 英雄なのです。」

リファ族の長は柔らかな目で語った。

アルス「そ そんな ぼくたちは……。」

あまりの褒められように少年は照れくさくなり頭を掻く。

ボルカノ「わっはっは! オレも鼻が高いぞ アルス。」
ボルカノ「こんな 美人さんから そこまで 言われるなんて お前も 隅に置けないやつだな。」

そう言って父親は少年の背中をバンバン叩く。

アルス「と 父さん!」

セファーナ「そ そんな わたしは……。」

さらっと容姿を褒められ娘は少しだけ赤面して控えめに首を左右に振る。

636 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:40:04.21 ZKa88jEr0 585/905


ボルカノ「…おっと オレも 登録が終わったんだった。」

そう言うと父親は一番左に置いてあるチカラじまんランキングの掲示板を覗き込む。

ボルカノ「…………………。」

アルス「…どうだった?」

ボルカノ「うーむ…… おっ。」

セファーナ「…ありましたか……?」

二人とも男の横から覗き込む。

アルス「えっ。」

セファーナ「うそ……。」

掲示板の一番上の欄にはしっかりと“1. ボルカノ”の文字が刻み込まれていた。

ボルカノ「なんだ 一番か。がっはっは!」

アルス「す すごい……!」

セファーナ「さ さすがは アルスさんの お父様……只者では ありませんね……。」

豪放に笑う本人の脇で少年と族長は思わず固まる。

ボルカノ「よし じゃあ 宿に戻るとするか。」

セファーナ「えっ!」

アルス「待って 父さん! 一回 ランキング協会にもどろう!」

そう言って宿の方に歩き出そうとした父親の行く手を二人が阻む。

ボルカノ「あん どうした?」

アルス「表彰状と 副賞を もらわなきゃ!」

セファーナ「そ そうですよ! せっかく 一位の座に 輝いたんですもの!」

ボルカノ「む…… いや いらん。」

少し考える素振りをした後、少年の父親はあっけらかんと受け取らない意思を示す。

アルス「ど どうして!?」

驚いて少年が大声で言う。

ボルカノ「…オレは 別に そういのが欲しくて やったわけじゃねえからなあ。」

アルス「そ そうだけど……。」

ボルカノ「そこまで言うなら アルス お前が 代わりにとってきてくれて いいんだぜ。」

アルス「ダメだよ 本人が行かなきゃ。」

ボルカノ「…行ったら 表彰式とか やるんだろ? そんな しち面倒臭せえのは お断りだぜ。」

そう言う彼の顔は本当に面倒臭そうであった。

セファーナ「そうですか……。」

アルス「父さんが そこまで言うなら……。」

少年も一度決めたらなかなか考えを変えない父親の頑固さをよくわかっていたため、それ以上説得しようとはしなかった。

ボルカノ「まあ 母さんへの 土産話くらいには なるだろうよ! がっははは!」
ボルカノ「それより セファーナさんでしたな。良かったら 飯でも どうですか。」

セファーナ「えっ! えっと……。」

アルス「行きましょうよ セファーナさん。マリベルもきっと 会いたがってますよ!」

セファーナ「そ そうですか。それでは……。」

突然のお誘いに娘は決めかねている様子だったが、少年に後押しされ素直に誘いを受けることにしたらしい。

ボルカノ「…決まりだな。」

そうして少年と父親は族長を連れて今度こそ宿へと歩き出すのだった。


637 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:42:06.94 ZKa88jEr0 586/905




“コンコンコン”



「……はい。」

アルス「ぼくだよ。」

“ガチャリ”

マリベル「アルス……。」

アルス「大丈夫かい?」

マリベル「うん… もう 大丈夫。」

少年が部屋を訪ねると少女は既に支度を終えていた。
彼女の言う通りその顔に痛みの表情はなく、完全とは言えないが多少は回復したようだった。

アルス「お客さんが 来てるんだけど 一緒に 食べない?」

マリベル「お客さん?」

アルス「うん。いま 下で待ってる。」

マリベル「…そう じゃあ 行こうかしらね。」

アルス「わかった。」

短く返事をすると少年は少女の腰を支える。

マリベル「あっ じ 自分で歩けるわよ……?」

少しだけ上ずった声で少女が言う。

アルス「いいから。」

マリベル「……うん。」

触れ合った部分から伝わる温もりがなんとなく嬉しく、少女は照れながらも少年に体を預けて歩き出す。

マリベル「…………………。」

隣に立つ少年は少女の歩幅にぴったりと合わせて歩いている。

“いったいいつの間にこんな気遣いができるようになっていたのだろう”

そんな風に思いながら少女は少しずつ、ゆっくりと足を進めていく。

アルス「…………………。」

少年は黙ったままだったが、少女が目線を合わせると見つめ返して微笑んだ。

マリベル「っ……。」

どういうわけか今日の少年はいつにも増して力強く、優しく感じてしまう。

柔らかい微笑みを受けて少女の頬に少しだけ赤みがさす。

アルス「マリベル 顔赤いけど 大丈夫?」

マリベル「……もうっ!」

“やっぱり にぶちんね”

心の中で小さく憎まれ口をたたくも、少女はそのまま少年に身を任せ続けるのだった。


638 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:44:19.43 ZKa88jEr0 587/905


食堂では既に少年の父親とリファ族の娘が席について二人を待っていた。

ボルカノ「…お きたな。」

息子にエスコートされてやってきた少女の顔を見て父親は少しだけ安堵の表情を浮かべる。

マリベル「遅くなって ごめんなさい。」

ボルカノ「いいってことよ それより もう 体はいいのかい?」

マリベル「ええ おかげさまで。」

確かに少女の顔に苦痛の色はなく、それどころかいつもより血行が良さそうに見えた。

セファーナ「マリベルさん 大丈夫ですか?」

マリベル「あら お客さんって あなたのことだったのね。」
マリベル「見ての通り もう 大丈夫よ。」

そう言って少女は族長に微笑む。

アルス「でも しばらく 無理は させられないね。」

少女を席に座らせて少年が言う。

アルス「コック長には ぼくから言っておくから しばらく安静にしてないと ダメだよ?」

マリベル「わ わかってるわよ……。」
マリベル「は~あ まさか あんたに ここまで 心配されちゃうとはね……。」

そう言って肘をついてわざとらしくため息をつきながらも、その表情はどこか嬉しそうにも見える。

セファーナ「……フフフ。」

そんな様子を目の当たりにして娘は微笑む。

ボルカノ「……?」

セファーナ「いえ 前にお会いした時も 仲がいいなとは 思ってましたけど いつの間に こんなに お熱くなっていらしたなんて……。」

マリベル「なっ……。」

ボルカノ「わっはっは! こっちが 目のやり場に 困るくらいです。」

そう言って少年の父親は楽しそうに笑う。

アルス「…………………。」

少年は恥ずかしそうに後頭部を掻くだけで何も言わない。

マリベル「ちょっと アルス なんか 言いなさいよ!」

恥ずかしさからかなんとなく大きな声が出てしまう。

639 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:45:44.80 ZKa88jEr0 588/905


アルス「えっ …と そうだ! そういえば さっき父さんがね。」

必死に頭を回転させ、少年は先ほどあった事件について触れる。

セファーナ「そうなんですよ。ボルカノさんったら チカラじまんランキングで 一位をお取りになったんです。」

マリベル「ええっ!? 本当? ボルカノおじさま。」

ボルカノ「む? ああ まあね。」

マリベル「す すごい… さすがは ボルカノおじさまね。そんじょそこらの あらくれどもとは わけが違うわ!」

アルス「魔物と 渡り合えるくらいだからね。」

マリベル「魔王討伐も あんたより ボルカノおじさまに ついてきてもらった方が 良かったかしらね?」

セファーナ「まあっ!」

アルス「そんな ひどい……。」

ボルカノ「わっはっは! そりゃ いくらなんでも 無理があるってもんだろうよ!」

マリベル「それで もう 表彰式はやってきちゃったのかしら?」

アルス「それが……。」

セファーナ「ボルカノさんは かたくなに 受け取りに 行こうとしないんです。」

マリベル「ええっ!?」

ボルカノ「……そんなもの もらったところでなあ。」

マリベル「ダメよ ボルカノおじさま! ちゃんともらって マーレおばさまに 見せてあげないと!」



ボルカノ「っ…!」



640 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:46:14.94 ZKa88jEr0 589/905


マリベル「…! ふふふ……。」

それまでと明らかに違う反応に少女は何かを思いついたらしい。

マリベル「あたしだったら~ 自分の夫が 世界一のチカラもちだなんて知ったら ご近所でも 鼻が高いんだけどなあ。」
マリベル「でも みんなに 言いたくても 証拠がなくちゃ 話せないものねえ……。」

そんなことを言いながら体をくねくねさせている。

アルス「…! そうだよ 父さん 母さんのためにも 持って帰ろうよ!」

セファーナ「そ そうですよ! きっと 奥さんも お喜びになりますよ!」

少女の目配せに気付いた少年と族長もそれに続いて再び説得を試みる。

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「……まあ 母さんのためなら 仕方ないな。」

流石にこれには少年の父親も参った様子で頷くのだった。

マリベル「さすがは ボルカノおじさまですわ! じゃあ 食べ終わったら 早速 行きましょ!」

少女はすっかり元気になって三人を催促する。

アルス「ええっ! マリベルも行くの?」

そんな彼女の体を案じて少年が目を見開く。

マリベル「あったりまえじゃないの! それとも あたしがいちゃ 不満かしら?」

そう言って少女は両手を腰に当てて少年をひと睨みする。

アルス「そうじゃなくて!」

マリベル「……心配しすぎよ。あたしは 大丈夫だから。」

ため息交じりに少女は眉を落とす。

マリベル「ま それに なんかあったら アルス あんたが なんとかしてくれるんでしょ?」

アルス「……わかったよ。」

少年は渋々それを了承するのだった。

自分の体のことではないので何をどうしろというのかはわからなかったのだが。

マリベル「ふふっ ありがと。」

セファーナ「それじゃ 注文をしてしまいましょうか。」

それから一行は手短に注文を済ませ、やってきた大皿の料理を四人で分けながら楽しく昼時を過ごしたのだった。


641 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:47:45.13 ZKa88jEr0 590/905




マリベル「ふー 食べた 食べた。」



朝から何も食べていないという少女は身体の不調などもはや感じさせないほどの食欲を見せ、
あっという間に料理を平らげてしまった。

アルス「それだけ 食べられれば もう 本当に 大丈夫みたいだね。」

少年が紅茶をすすりながら言う。

マリベル「だから 言ったでしょ?」

ボルカノ「オレも 安心したぜ。」

セファーナ「それでは そろそろ 行きましょうか?」

アルス「そうですね。」

そうして席を立とうとした時だった。



「おい 聞いたか あの像の話。」



別の卓から男たちの話が聞こえてくる。

「ええ 聞きましたよ。なんでも 真夜中に どこかへ 消えたりしたとか。」

「それだけじゃねえぜ あれが動いたって 言うやつもいるんだ。」

「そんなわけ ないじゃないですか。普通に考えたら ありえませんよね。」

「ま ウワサは あくまで ウワサだ。」



アルス「…………………。」



マリベル「…………………。」



セファーナ「どうしたんですか 二人とも。」

急に動きを止めて黙り込んだ二人を見て不思議に思った娘が尋ねる。

アルス「えっ? いえ……。」

マリベル「…なんでもないわ。」

セファーナ「…そうですか。なら いいのですが……。」

ボルカノ「…………………。」

マリベル「さて 行きましょ。」

そうして声のする方を背に少女は歩き出す。

セファーナ「あ 待ってください。」

他の三人もそれに続き、少女を加えた一行は再びランキング協会へと歩き出すのだった。


642 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:49:01.79 ZKa88jEr0 591/905


「おお あなたは。」
「ようこそ ボルカノさん。チカラじまんランキング 初トップおめでとうございます。」
「つきましては 当協会より トップかくとくの記念品を おくらせていただきます。」
「かんたんな セレモニーも おこないますので ボルカノさんは 左の階段を 上ってください。」

ボルカノ「お おう……。」

ランキング協会までやってくると受付の男はすぐにボルカノの姿に気付き、表彰の会場へと誘導する。

マリベル「さあさ ボルカノおじさま はやくはやく!」

そう言って少女は少年の父親をせかす。

ボルカノ「マリベルちゃん そんなに 押さないでくれ……。」

アルス「ははは……。」

セファーナ「わたし ここの表彰式って初めてだから ちょっと どきどきします……。」

聖風の谷の長は二階までやってくると少しだけ興奮気味に会場をきょろきょろと見渡している。

マリベル「見ててっ すぐに 人が集まるから!」

アルス「ほらっ 早速 話を聞きつけてた人が 来たみたいだよ。」

少年の視線の先には階段を上ってくる人が既に何人かいた。

ボルカノ「…ちょっと 緊張してきたな。」

柄にもなく大男が言う。

アルス「でも すぐに 終わるよ。何か 話すわけでもないし。」

ボルカノ「そうか? なら いいんだけどよ。」

少年の言葉に少し安心した様子で男は小さく鼻息を漏らす。

そうしている間にも人々はどんどん会場を埋め尽くしていく。

どうやら開式は近いようだ。



643 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:50:32.18 ZKa88jEr0 592/905




ボルカノ「案外 あっけなかったな。」



アルス「でしょ?」

式を終えた一行は協会のロビーでしばし休みを取っていた。

マリベル「きっと マーレおばさま 喜びますわ!」

少年の父親の持つ賞状と副賞の腕輪を見ながら少女は興奮冷めやらぬ様子で言う。

セファーナ「あんなにたくさんの人が 見に来るなんて……。」

族長もどこか興奮気味に感想を述べている。

アルス「さて そろそろ 行こうか。」

そう言って少年が出口に向かって歩き出した時だった。



セファーナ「あ 待ってください!」



急に族長が少年を呼び止めると小走りに受付に向かっていく。

「おや あなたは。」
「セファーナさん 今日は どんなご用件で?」

セファーナ「わたしのランキング登録を 消していただきたくて……。」

「なんと! それはそれは もったいない! あなたほどもあろう人が かしこさランキングから 名を消してしまうだなんて……。」

セファーナ「いえ いいんです。もともと 自分の意思で 登録したわけではありませんから。」

「そうですか…… 少々お待ちください。」

そう言って男は書類に目を通し、後ろに向かって何やら話しかけた。

すると奥の部屋から審査員の初老の男性が出てきて娘に語り掛ける。

アイク「これは セファーナさん この度は ランキング登録を 抹消してしまう ということですが いったい どうしてですか?」

セファーナ「ランキングという形で 自分のことを 誇示してしまうようで なんだか 恥ずかしくて……。」

アイク「そうですか 確かに ランキングに名を連ねることは それだけで 人に 一目置かれてしまうこと かもしれませんね。」
アイク「それならば 仕方のないことです。」
アイク「……ですが あくなき探求心は 決して 忘れないでいてくださいね。」
アイク「かしこさランキングは いつでも あなたのような賢人を お待ちしておりますよ。」

セファーナ「……はい。」

アイク「では あとは お願いします。」

「はい わかりました。」

受付の男は審査員に促されると書類を引っ張り出して作業に取り掛かる。

セファーナ「…お待たせしました。それでは 行きましょうか。」

少年たちの方を向き直って族長が言う。

アルス「いいんですね?」

セファーナ「ええ。もう 心残りはありません。」

マリベル「もったいないわねえ… セファーナさんなら カッコよさランキングでも 上位に入りそうなのに。」

ボルカノ「なんとなく その気持ちはわかるけどな。」

こうして無事それぞれの目的を終えた一行は協会を後にした。

セファーナ「…これで いいんです。」

重厚な木の扉がリファの娘によりゆっくりと閉じられる。

その扉はまるで来賓の帰りを惜しむように大きな軋みをあげながら、
いつか再び娘に開かれるに時を心待ちにしているようだった。

644 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:52:09.82 ZKa88jEr0 593/905


マリベル「ねえ アルス あたしたちの順位 どうなってた?」

表通りを歩きながら少女が問う。

アルス「え… あ ごめん 見てなかった。」

マリベル「ちょっと あんた 何見てたのよいったい。」

アルス「あ…ははは… 父さんの名前しか 見てなかった。」

マリベル「ふん いいわ。今から 見に行くわよ!」

アルス「ええっ!?」

マリベル「…なにか?」

アルス「なんでもありません。」

マリベル「よろしい。」

セファーナ「…………………。」
セファーナ「すっかり 尻に敷かれてますね。」

そんな二人のやり取りを後ろで見ながら娘は苦笑する。

ボルカノ「気持ちいいぐらいにですな。」

セファーナ「…………………。」

それでも二人はぴったりとくっついて離れないのを娘は気付いていた。
互いを許していなければトゲのある物言いをしながらああはできないだろう。

そんな信頼関係を目の当たりにして娘はふと考え込む。

ボルカノ「…どうしたんですか?」

セファーナ「い いえ なんでもありません。」

マリベル「どれどれ あたしたちの名前は ちゃんと 載ってるでしょうね?」

そうこうしているうちに一行は掲示板の前までやって来ていた。

アルス「どれから見る?」

マリベル「そんなの カッコよさランキングに 決まってるじゃないの。」

アルス「そうなの?」

マリベル「そうなの!」
マリベル「えーっと……。」
マリベル「…………………。」

アルス「あった。」

ランキング表の上位にはこうあった。

1. マーシャ
2. リージュ
3. アイラ
4. ビゼー
5. マリベル
6. ロマリオ
7. アルス

マリベル「…………………。」

アルス「少し落ちちゃったけど ちゃんと あるね。」

少年は順位こそ落としていたが自分たちの名前がしっかり上位に組み込んでいることに安心して少女に語り掛けるのだった。



が。





マリベル「……戻るわよ。」





645 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:53:59.16 ZKa88jEr0 594/905




アルス「えっ……?」



少女の口から飛び出してきたのはやはりというべきか、少年からすれば思わぬ言葉だった。

マリベル「今すぐ ランキング協会に戻るわよ!」

アルス「ど どうして!?」

狼狽して少年が問う。

マリベル「取り戻すのよ! 一位を!」

アルス「そんなむちゃな……!」

どうやら少女は自分たちが首位から落ちたことにお冠のようであった。

マリベル「行くったら 行くのよ! ついてらっしゃいっ!!」
マリベル「あの時から ずいぶん経ったんだから 今やれば 首位独占 間違いなしだわ!」

アルス「あ はあ……。」

そう言って少女が少年の腕を引っ張って歩き出した時だった。





「うわああ!」





「なんだこりゃ!」





646 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 19:55:31.93 ZKa88jEr0 595/905




「「「……っ!」」」



突然響き渡った悲鳴に一行は一斉に振り返る。

「…………………。」

町人たちが逃げてくる方向からは何やら派手な配色をした片腕の無い像が、足の無い体でのそのそと動き回っていた。

ボルカノ「なんだありゃ?」

セファーナ「魔物!?」

アルス「……嫌な予感は してたんだ。」

先ほど食堂で聞いた噂話を思い出しながら少年が言う。

マリベル「まさか あれが バロックトーテムとして 動き出すとはね……。」

「…………………。」

“バッロクトーテム”と呼ばれた無機質な魔物は不気味に身体をくねらせて妙な踊りをしている。

アルス「三人は避難してて! ぼくが やっつける!」

少年が一行の前に立ち袋の中から剣と盾を取り出して言う。

マリベル「あたしも行くわ!」

アルス「ダメだ! 君は カラダが万全じゃない!」

すかさず少女も少年の隣に立ったが、少年に押し戻される

マリベル「で でも……!」

アルス「父さん もしもの時は マリベルとセファーナさんを 頼みます!」

渋る少女を父親に託し、少年は背を向ける。

ボルカノ「……無理は するなよ?」

アルス「…はい!」

背中越しに返事をすると少年は不可思議な像のもとへと駆け出していった。

マリベル「アルス……!」

少女はその後を追おうとするが少年の父親にがっちりと肩を掴まれ身動きが取れなくなる。

マリベル「は 離して ボルカノおじさまっ!」

セファーナ「マリベルさん……。」

ボルカノ「ダメだ。今のキミは 安静にしてなくちゃな。」

マリベル「でも あいつ 一人じゃ……。」

ボルカノ「まあ ここは アルスを信じて 待とうとしようじゃねえか。」
ボルカノ「あいつのチカラは 君が 一番よくわかってるんだろ?」

マリベル「…………………。」
マリベル「……はい。」



少年の父親に説得され広場を後にする少女が不安そうに振り返った時、少年はまさに魔物と対峙しようとしていた。



647 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 20:00:27.00 ZKa88jEr0 596/905




「…………………。」



アルス「バロックさん… 悪いですけど 壊させてもらいますよ!」

「……!」

少年が剣を構えると敵意を察したその像はくるっと背中を向けて一目散に逃げだしてしまった。

アルス「あっ 待て!」

少年はすぐにそれを追いかけようと走り出す。

しかし次の瞬間。

「……!」

「……!」

「……!」

アルス「なっ……!」

どこからやってきたのか同じ姿をした両腕を持つ魔物が三体も現れ、少年の行く手を塞いだ。

「…………………。」

その間にも隻腕の像は広場を走り、時計塔の方へと消えてしまった。

アルス「くっ……。」

両腕の付いた像はくねくねと動きながらギョロリと動く無機質な二つの瞳で少年の動きを注視している。

アルス「そこをどくんだ!」

そう言って少年が像の間を縫って駆けだそうとした時だった。





[ バロックトーテムBは イオナズンを となえた! ]





アルス「しまっ……!」





呪文の発動音が響き、少年の身体は巨大な爆発と共に宙に放り出される。

アルス「ぐうっ!」

なんとか空中で体勢を整ると、下にいる魔物の一体に向かって急降下する。

「……!?」

アルス「これで……どうだ!」

少年はその首根っこを足で絞めるとそのまま顔に向かって猛烈な殴打の嵐をお見舞いする。

「…………………。」

強烈な攻撃をもろに受けたその像はそのまま横倒しになり動かなくなった。

「……!」

その様子を窺っていた別の一体が少年目がけて両腕を力任せに振り下ろす。

アルス「ふん……ぬ…!」

寸でのところでそれを盾で受け止めると少年は真空波を飛ばして相手を吹き飛ばす。

648 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 20:01:56.84 ZKa88jEr0 597/905


「…………………。」

開けた視界には風圧で押し倒された魔物と妙な動きをしているもう一匹が見えた。

アルス「はっ…!」

動けなくなっている今が好機と見た少年はそのまま駆け出して高く飛び跳ねると、転んだままの魔物に剣を突き刺す。

「…! …………。」

一度だけ大きく体を波打たせ、それきりその魔物も沈黙した。

アルス「残るは……!」

そう呟いて少年が振り向いた瞬間だった。





[ バロックトーテムBは イオナズンを となえた! ]





“迂闊だった!”

少年はその瞬間、先ほど最後の一体がしていた動きが“マホトラおどり”であったことに気が付く。
少年の身体からは知らず知らずのうちに魔力が吸い取られ、相手の呪文の糧にされていたのだった。

アルス「ぐっ……!」



「マホターン!」



「……!?」



衝撃に備えて盾を構えた瞬間、どこかから放たれた呪文に爆発は跳ね返され、跡には少年だけが残されていた。

否、正確に言えば少年と色のついた石塊が転がっているだけだった。

アルス「い 今のは……。」





「ほーんと… あんたってば あたしが…いなきゃ ダメなんだから。」





649 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 20:02:55.40 ZKa88jEr0 598/905


少年が何事かと煙の向こうに目を凝らす。

そこには肩で息をしている少女が階段の上に立っていた。



アルス「マリベル!」



少年はすぐに少女のもとへ駆け寄りその体を支える。

マリベル「はあ… はあ…… ふふっ。助かったでしょ?」

アルス「ど どうしてここに?」

マリベル「二人には 止められたんだけどね。」
マリベル「バロックトーテムが どんなやつか 思い出してたら あんた一人じゃ 危なっかしいと思ってさ。」
マリベル「…隙を見て 走ってきたのよ。」

少女は息を整えながらウィンクする。

アルス「そうだったんだ… おかげで助かったよ。」

マリベル「ふふん。まだまだ 手がかかるわね。」

少女はそれでもどこか得意げで、それでいて嬉しそうに言う。

アルス「ははは。マリベルには 敵わないなあ。」

そんな様子に少年も困ったような顔で笑う。

マリベル「……それで 一件落着なわけ?」

アルス「いや まだ 最初に逃げ出した 片腕のやつが 残ってる。」

マリベル「で そいつは どこにいるのかしら?」

アルス「たぶん あそこ。」

そう言って少年は両の針が東の方向を指し示している時計塔を指さす。

マリベル「きな臭いわね。また なんか 起きなきゃいいけど。」

少女は腕を組んでじっと時計塔を睨みつける。

アルス「でも マリベルは もう 戻っていた方がいい。」

しかしそれでも少年は少女の体を案じて先に帰そうとする。

マリベル「……本当に あんた一人で 大丈夫?」

少女は疑わし気に少年を横目に見る。

アルス「もう あんなヘマはしないよ。」

それに対して少年は鋭い目つきで時計塔を見つめたまま動かない。

マリベル「…………………。」
マリベル「…まあいいわ。」
マリベル「その代わり さっさと終わらせて 帰ってくること。いいわね?」

アルス「うん わかってる。」

力強く頷くと少年は時計塔へ向かって駆けだした。

マリベル「…………………。」
マリベル「マジックバリア。」

遠のく背中にそっと防御の呪文をかけて少女は残してきた二人のもとへと歩き出すのであった。

650 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 20:05:02.77 ZKa88jEr0 599/905




アルス「…………………。」



時計塔へと飛びこんだ少年は先ほどここに逃げ込んだであろう騒動の元凶を探して辺りを見回していた。

アルス「……静かすぎる。」

どうやら一階部分の広間にはその気配はないようだった。

アルス「上かな……。」

少年の脳裏に過去の町で起きた時間の止まった世界のことが浮かぶ。

“あんなことがまた起きるのではなかろうか”

そんな不安がじわりと少年の胸に去来する。

“ギィ……”

階段を上り扉を開けた先にも誰もいない。

残すところは最深部となる歯車の部屋のみとなった。

アルス「…………………。」

少年は音を立てないように“しのびあし”で慎重に階段を上っていく。

そして三階部分へやってくると階段から頭が出ないように辺りを見渡した。



アルス「……っ!」



「…………………。」



そこに、それはいた。



魔物は少年のいる階段の方へ背を向け、大きな歯車を見つめてじっとしていた。

アルス「……?」

少年が少しだけ頭をずらして奥を見やった時、先ほど感じた違和感の正体に気付いた。

“止まっている?”

ここに来るまで確かに表の時計の針は動いていた。
しかしこの時計台の中に入ってからというものの、
いつもは大きな音を立てて回っているはずの歯車の音が一切聞こえなかった。

妙な静寂の原因はこれだったのだ。


651 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 20:06:31.19 ZKa88jEr0 600/905




「……!」



アルス「くっ…!」

その時少年の気配を察した像が振り返り、一気に床を滑ると少年に向かって体を思い切り振り回した。

アルス「あぶなっ!」

少年は間一髪でそれをかわして飛び引く。

“ブオン”という野太い風切り音と共にそれは首をもたげると表情一つ変えずに少年を睨みつける。

アルス「お前は… いったい 何がしたいんだ!」

「…………………。」

像は何も語らない。

アルス「だれが お前を 操っているんだ!」

「…………………。」

語りもしなければ攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、ただじっと少年を見つめている。

アルス「どうして 人を 襲ったりしたんだ!」





「襲ってなんていない。」





アルス「えっ?」





652 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 20:09:02.68 ZKa88jEr0 601/905


突如放たれた言葉に耳が追い付かず、少年は目を丸くして身じろぎする。

「オレは 人を 襲ってなんていない。」

あれほど固く動かないと思われた顔はいつの間にか険しく寄り、飾りのようだった口は流暢に動いている。

アルス「そ それじゃ あの人たちは お前におびえて 逃げてきただけだと 言うのか?」

「そうだ。」

アルス「なら どうして 逃げたりしたんだ。」

「お前の目は 敵意に満ちていた。だから 逃げただけだ。」

アルス「……ここに 逃げたのは なぜだ?」

「見ろ。」

そう言って隻腕の像は後ろにある止まったままの歯車の方を向く。

アルス「その歯車は どうして 止まっているんだ。」

少年は“稼働”の方に倒れているレバーを見ながら言う。



「この時計塔と オレは 不思議な魔力で つながっている。」



アルス「…………………。」

「どうやら この時計塔の近くにいると オレの身体は動くようだ。」

アルス「じゃあ 離れたら……。」

「動けん。だが オレは バロックの作品だ。」
「長い時を 人々と共に 過ごしてきた。オレは この町が好きだ。」
「しかし こうして 体が動いてしまっては 人々は オレを恐れるだろう。」

アルス「…………………。」

「人間よ オレはどうすればいい。」
「オレはこの町にいたい。だが この町にいては 人がいなくなってしまう。」

名もない作品は問う。

アルス「きみは 自分が 動けなくなっても 構わないのかい?」
アルス「せっかく 自らの意思で 動けるチカラを 手に入れたのに。」

「…構わん。もともと オレは あそこで 立っているのが 好きなのだ。」
「一心不乱に オレの体を観察する芸術家。楽しそうに オレの周りで遊ぶ子供たち。」
「話し相手になってくれる 小鳥たち。愛の素晴らしさを教えてくれる 恋人たち。誰に頼まれるでもなく 体を洗ってくれる老人。」
「……これ以上 望むものはない。」

アルス「…………………。」

少年にはこの像が前に石版世界で戦った者たちのように、ただ彷徨い、生ある者に害するような魔物には見えなかった。

アルス「わかった。ぼくも できるだけのことはしてみよう。」
アルス「ついてきて。」

そして決心すると少年は“彼”の望みを叶えてやるため、彼を連れたって時計塔を後にしたのだった。



653 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 20:12:51.71 ZKa88jEr0 602/905




「ここで 何をするんだ?」



人がいなくなり静まり返った広場の隅、つまりもともと彼が立っていた場所までやってくると、
少年は袋の中から何やら丸い鏡と液体の詰まった小瓶、それから砂の入った小さな透明の袋を取り出した。

「それで どうする気だ?」

アルス「成功するかは わからない。でも かけてみてくれないかな。」

「…………………。」

彼は無言で頷くと元立っていた位置で固まる。

アルス「最初にこれだ。」

そう言うと少年は近くにあった椅子を持ってきてその背もたれに鏡を立てかける。

アルス「何が見える?」

「オレだ。どういうわけだ? 鏡の中のオレは 動いていないぞ。」

アルス「…わかった。」

少年はそれだけ言うと、今度は彼の元までやってきて語り掛ける。

アルス「上に乗ってもいいかい?」

「……かまわんが。」

アルス「ありがとう。」

そう言うと少年は小瓶と袋を持ったまま彼の体を昇り、頭の上に立ち上がる。

アルス「重たくないかい?」

「大丈夫だ。」

アルス「……それじゃ いくよ。」

「…………………。」

少年が振り落とされないように腕だけで返事をすると、それっきり彼は黙り込む。



アルス「天使の涙よ 彼を元の姿にしてくれ!」



そう言うと少年は小瓶の蓋を開けて数滴、彼の頭にそれを振りかける。



「むお……。」



アルス「そして 時の砂よ 彼の時間を 巻き戻してくれ!」



そう叫んで袋の中の砂を思い切り彼に向かって振りまいた。



「おおおおおお……!!」



彼と少年の周りの空間だけが歪み始め、辺りは不思議な空間に包まれていく。

アルス「うっ……!!」

撒きあがる時の砂とぐらつく景色に少年は思わず彼の頭を降りて目を閉じる。

654 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 20:16:50.75 ZKa88jEr0 603/905


「…………………。」

アルス「…………………。」

やがて視界が開け、少年の前に彼が姿を現した。



アルス「ど どうなっ……。」



「うわああ!」



「な なんだ 今の……!」



突然背後から聞こえた叫び声に少年は振り返る。

アルス「えっ?」

「あ あんちゃん 今どっから 現れたんだ!」

そこには先ほど広場から逃げていったはずの二人組の男が立っていた。

アルス「えっ……?」

「そ それに さっき その像 動いてたよな?」

アルス「そ そうだ どうなったんだ……!?」

男の言葉に我に返ると、少年はもう一度彼がどうなったのか確かめるべく振り向いた。



「…………………。」



アルス「…………………。」

彼はそこにいなかった。

否、そこにあったのはただ真っすぐに遠くを見つめている隻腕の像だった。

アルス「ねえ……。」

「…………………。」

先ほどまで言葉を発していた口は閉ざされたまま動かなかった。

それどころかその腕は元のように上を向いたまま動かず、体はピクリとも動かない。

アルス「……もとに 戻ったんだね。」

「…………………。」

少年がどれだけ言葉をかけても、彼はしゃべらない。

「あーれー? おかしいなあ。」

「確かに さっき 動いてたような 気がすんだけどよお。」

男たちは不思議そうに首をかしげている。

「…にしても あんちゃん どっから 現れたんだ?」

アルス「えっ ああ ちょっと 呪文で……。」

「なんだ あんちゃん 魔法使いか なんかか。じゃあ いきなり出てきても 納得だわな。」 

アルス「は はは……。」

少年はなんとか誤魔化すとから笑いしてその場をやり過ごす。

「ちぇ 驚いて損したよ。もう 行こうぜ。」

「おう。」

そうして男たちは広場の方に去って行ってしまった。

655 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 20:18:20.56 ZKa88jEr0 604/905




アルス「…………………。」



「…………………。」



アルス「これで 良かったのかな。」



「…………………。」



アルス「……ん?」

少年が像を眺めていると何か光る物が落ちていくのが見えた。

アルス「…これは……。」

アルス「……!」

“どこから落ちてきたのだろう”

そう思って少年が見上げると、そこには流れるはずもない雫のようなものが彼の目から伝って顔を濡らしていた。

アルス「……泣いて いるのかい。」

「…………………。」

彼は何も答えなかった。

だがその顔が以前のような仏頂面ではなく、ほんのり微笑んでいるように見えたのは少年の見間違いだったのだろうか。

アルス「……またね。」

大きく深呼吸すると少年は自分を待っている人たちのもとへ歩き出す。

きっと急に自分の姿が見えなくなって三人とも驚いているだろう。

そんなことを考えながら。


656 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 20:20:15.04 ZKa88jEr0 605/905




マリベル「まったく 急にいなくなるから ビックリしちゃったわよ。」



それからランキング協会で無事首位を取り戻した少女と少年はその日の夜、少年の父親とリファ族の長を交えて食堂で夕飯を摂っていた。

アルス「だから ごめんってば。」

ボルカノ「あの時の マリベルちゃんの 慌てようったら そりゃ お前……。」

マリベル「ボルカノおじさまっ!」

ボルカノ「おっと こりゃ 余計な一言だったか。」

そう言って少年の父親は頭を掻く。

セファーナ「フフフ。」

マリベル「…でも 本当に 何にもなかったのかしら?」

少女は腕を組んで考え込む。

アルス「うん?」

マリベル「だって 悲鳴が聞こえたのよ?」
マリベル「それなのに 何にも 起こらなかったなんて やっぱり 変だわよ。」

アルス「きっと 誰かが 何かを 見間違えたんだよ。」

少年は少しだけ微笑んで言う。

マリベル「…………………。」
マリベル「まあ いいわ。」
マリベル「ごちそうさま。今日はさっさと 寝ちゃおうかしらね。」

そう言って少女は立ち上がる。

アルス「うん それがいいよ。」

それに続いて少年も立ち上がると再び少女の腰を支える。

マリベル「い いいってば アルス……。」

その手を少女は振り払おうとするが。

アルス「いいから。」

そう言って少年は聞かなかった。

マリベル「…もう…… わかったわよ。」

アルス「それじゃ 先に上に行ってます。おやすみなさい。」

少女が抵抗をやめたところで少年は残る二人にそう告げて歩き出す。

セファーナ「……いいですね。」

するとリファ族の娘が不意に言葉を漏らす。

マリベル「えっ?」

セファーナ「なんだか お二人を見てると わたしも そろそろ 結婚を考えようかなって 気になってしまいます。」

そう言って娘は少しだけ赤く染まった頬を隠すように手を当てる。

アルス「……!」

マリベル「ちょ ちょっと セファーナさん!?」

セファーナ「あ ごめんなさい。体を冷やすといけませんから 早く お風呂に入った方が いいですよ。」

たじろぐ二人を置いてけぼりにして、娘は二人の背中をそっと押す。

アルス「……行こうか。」

マリベル「……ふんっ。」

そうして少年に促されて歩き出した少女は、そっぽを向きながらも少年の手を剥さないのだった。

657 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 20:23:51.21 ZKa88jEr0 606/905




アルス「…………………。」



少女を部屋へと送り届けた後、入浴を終えた少年は一人部屋の中で隻腕の像のことを思い出していた。

アルス「芸術に宿った命か……。」

思えば彼は謎だらけだった。

無機物に命が宿り魔物となった例は少なくない。

宝箱に機械、石や金属、数えればきりがないだろう。

アルス「時計塔は どうして 止まったんだ?」

その魔物があの時計塔とどういう繋がりがあって動き出したのか、少年にはいまいち納得がいかなかった。
同じ作者によって作られたからという共通点を除いてはあの二つに関連性はないはずだった。
しかしそれがああして結びつき、実際に動き出したからには何か因縁があったに違いない。
例えば過去のリートルードであの時計塔が時間を操るカギだったかのように。

アルス「……わからないなあ。」

そうして少年が枕に顔を埋めていた時だった。



“コンコンコン”



アルス「……開いてます。」

扉を叩く音に起き上がり声をかける。

“キィ…”

開かれた扉の向こうには寝間着姿の少女が立っていた。

アルス「やあ どうしたんだい?」。

マリベル「…………………。」

少女は何も答えず少年のベッドにめがけて真っすぐ歩いてくると少年の横たえた足元に膝をついて身を乗り出す。



マリベル「ねえ やっぱり なんか 隠してるでしょ。」



アルス「……なんのことかな。」

少年は視線を外して答える。

マリベル「相変わらず 嘘をつくのが へたくそね。」
マリベル「……時の砂でも 使ったのかしら?」

アルス「えっ…!」

少年の隠し事をズバリと当てられ、開くまいとしていた口があっさり開く。

マリベル「だから言ったでしょ? あんたのことなんて すべて お見通しよ。」

少女は勝ち誇った笑みを浮かべて少年の鼻を指さす。

アルス「フー……。」
アルス「実はね。」

少年は観念すると大きなため息をついてポツリポツリとことの顛末を語りだした。


658 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 20:25:38.61 ZKa88jEr0 607/905




マリベル「そう… そんなことが あったのね。」



アルス「うん。だから もう 大丈夫なんだ。」

一通り話し終えると少年は大きく伸びをする。

マリベル「つまり 長い時間を 経たことで あの時計塔に なんらかの 魔力が宿ったって ことなのかしらね。」
マリベル「それが たまたま 近くにあった バロックトーテムに 作用した…と。」
マリベル「そんなとこかしら。」
マリベル「…あ もしかして その逆かなあ。」

アルス「う~ん 両方……とか?」

マリベル「お互いが お互いを 動かしたってこと?」

アルス「うん。よくわからないんだけどね。」

人知を超えた現象に二人は首を捻るばかり。

マリベル「……これから先 また 動きだしたり しないのかしら?」

少女は少年のベッドに座り腕を組んで言う。

アルス「……それもわからない。もしかしたら あれが 根本的な解決とは 言えないのかもしれない。」

マリベル「なによ 頼りないわねえ。それじゃ また同じようなことが 起きちゃうわよ?」

アルス「その時はまた……。」

マリベル「必ずしも あんたがいるときに 起こるとは限らないわ。」
マリベル「その時には もう 手遅れかもしれないのよ?」

少女は少年に首だけ向けると強めの口調で言う。

アルス「うーん……。」

マリベル「まっ 安心なさい。その時は あたしが 代わりにやってあげても よくってよ。」

アルス「…………………。」

マリベル「あんたは 漁に集中してれば それでいいの。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「…………………。」

659 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 20:28:06.62 ZKa88jEr0 608/905


マリベル「それとさ。」

少女は再び少年に背を向けると小さく呟く。

マリベル「……今日は ありがとね。」

アルス「えっ?」

マリベル「まさか あんたが こんなに気遣ってくれるなんて 思ってなかったから ちょっと 意外だったわ。」
マリベル「……いつの間に そんなこと 覚えたのってくらいね。」

アルス「…だって マリベル 旅の時も たまに 辛そうにしてたでしょ?」

マリベル「……バレてたか。」
マリベル「でも 普段は なんともないんだけどね。」

アルス「きっと 慣れない旅で いろいろ たまってたんでしょ?」

少年は口には出さないでいるがこの旅が少女に負担をかけていることはわかっていた。
しかし本人がそれで良いと思っている以上、自分が口出しするのもどうかと考え、ずっと黙っていたのだった。

マリベル「……そうなのかしらね。」

アルス「君がいつも言う通りだよ。無理しちゃ ダメだって。」

マリベル「ふ ふふふ…… まいったわ。」
マリベル「それじゃ ついでで もう一つ 甘えさせてもらおうかしらね。」

アルス「……なあに?」



マリベル「よっこいしょ。」



そう言って少女は少年の隣に横たわる。

アルス「……マリベル ここは ぼくのベッドだよ?」

マリベル「…わかってるくせに。イジワルね。」

アルス「ははは… はい どうぞ。」

そう言って少年は背を向ける少女にスペースを少しだけ開ける。



マリベル「ねえ アルス。」



アルス「なんだい?」

扉の鍵を閉めてベッドに戻った少年は布団をかけながら問う。

マリベル「…………………。」

少年の問いかけには答えず少女は黙って背中を少年に押し付けてくる。

アルス「……はいはい。」

そう言うと少年は少女の背中側から腕を回してそっと少女を抱きしめる。

マリベル「うふふっ ありがと。」

アルス「ふふ。」

そうして少年は少女の髪に自分の顔を埋もれさせながら小さく少女の耳に名前を呼びかける。

安心した様子で眠る少女の髪をゆっくりと撫でながら少年もまた、静かなる夜の闇の中へ溶けていくのであった。





そして……


660 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 20:28:41.24 ZKa88jEr0 609/905






そして 夜が 明けた……。





661 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 20:31:33.45 ZKa88jEr0 610/905


以上第22話でした。



*「芸術に 生命が やどり そして 生まれたのが オレさ。」

3DS版のモンスターパークでバロックトーテムから聞けるセリフです。

この「バロックトーテム」というモンスター自体3DS版のダウンロード石版でしか出会えないトクベツなモンスターなのですが、
はじめて出くわしたときには思わず声を上げてしまったものです。
(おまけに仲間呼びにイオナズンと結構強い)

今回のお話はそんなバロックトーテムを題材に、ただの物体に命が宿り魔物になるという現象を、
同じくバロックの芸術である時計塔と絡めて書き起こしたものです。

そしてここでその姿を元に戻すのに使ったのがラーの鏡、天使の涙、時の砂。
ラーの鏡で本当の姿を映し出し、そこに石になったものを元に戻す天使の涙、
さらにそれに逆の効果を与える目的で時の砂を使用しました。

ラーの鏡はさておき、後者二つは本来の使いかたとは大分かけ離れたものになってしまっておりますが、
タイムマスターの企みを考えるとあながち利用方法はあれだけではないのかもしれませんね。

…………………

◇次なる目的地を目指してリートルードを離れるアミット号。
しかしそんな中、遠くに見えてきたのは因縁の……


662 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/13 20:33:33.70 ZKa88jEr0 611/905


第22話の主な登場人物

アルス
謎の石像の出現を知り一人で奮闘。事件を解決する。
ランキング協会での仕事を終えたところでセファーナと再会。

マリベル
体調不良により一日休養を取る。
万全ではない状態とあってもアルスのピンチは見過ごせない。

ボルカノ
マッシュの誘いで登録したチカラじまんランキングでなんと一位に。
アルスやマリベル、セファーナに押され、妻のために賞状・副賞を受け取る。

セファーナ
聖風の谷に住まうリファ族の若き長。賢人。
自分の名前をかしこさランキングから抹消しようと思い来たところ偶然アルスと再会。
そろそろ結婚を考えるお年頃。

アイク
世界ランキング協会でかしこさ部門の審査員を務める初老の男性。
物静かで非常に聡明。

モディーナ
世界ランキング協会でカッコよさ部門の審査員を務める婦人。
一瞬の美を重んじ、カッコよさは人類の宝とも考えている。

マッシュ
世界ランキング協会でチカラじまん部門の審査員を務める筋骨隆々の男。
男女共にチカラもちであるべきと考えている。

バロックトーテム(*)
突如として動き出した片腕の像。
長年リートルードの街並みを見てきて本人なりに愛着があったらしい。
アルスの協力により無事に元の姿に戻る。

666 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:04:16.68 I8BPs1sh0 612/905






航海二十三日目:本当の親子





667 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:05:03.20 I8BPs1sh0 613/905


セファーナ「短い間ですが ご一緒できて 楽しかったです。」

明くる日の朝、少年たちはリファ族の長と別れの挨拶をしていた。

アルス「セファーナさんも お元気で。」

マリベル「たまには 遊びに いくからね。」

ボルカノ「まあ なんだ いろいろと がんばってな。」

セファーナ「ええ 皆さんも お元気で。では!」

そう言うと族長は天にキメラの翼を掲げ、あっという間に空高く舞飛んでいってしまった。

マリベル「行っちゃったわね。」

鮮やかな建物群に溶け込んでいく黄色と青の美しい軌跡を眺めながら少女が言う。

ボルカノ「そうだな。」

アルス「…………………。」

朝日が眩しく照らす中、かつて天才建築家の住んだ邸宅はその光を反射して石畳を色とりどりに染めている。
その幻想的な光景に三人はしばらく会話も忘れて魅入っていた。

ボルカノ「オレたちも そろそろ 行かねえとな。」

アルス「うん。」

マリベル「みんな 待ってるもんね。」

トパーズ「なおー。」

そうして三人は振り返ると、仲間たちが待つ町の外へと歩き出したのだった。

668 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:07:59.66 I8BPs1sh0 614/905


「もう いいんですかい?」

ボルカノ「おう 出発するぞ!」

「「「ウスっ!」」」

町の外で漁師たちと合流した三人と一匹はそのまま船着き場へと向かい自分たちの船へと乗り込んだ。

まだ東からは眩しく太陽が照り付け、水面に反射してキラキラと光っていた。



…………………



マリベル「今日 一日で 着くのかしらね?」



それから昼すぎになり食事を終えた少女が甲板掃除をしていた少年に話しかける。

アルス「わからない。もし 着いたとしても 真夜中に なるかもね。」

マリベル「また 真夜中かあ。たまには 昼間とか 夕方に 着いてほしいもんだわよね。」
マリベル「アルス あんたが おいかぜ 吹かせ続けたら 少しは 早く着くんじゃないかしら?」

アルス「そんな無茶な……。」

そう言って少年は試しに少しだけ追い風を起こしてみる。
いくらか船の速度は上がったように思われたがそれもいつまでも続くわけではない。
しばらく集中して風を吹かせていた少年だったが次第に集中力が切れたのか大きな欠伸をする。

結局風は途絶えてしまった。

マリベル「……やっぱり 無理ね。」

アルス「当り前じゃないか!」

マリベル「おほほ。いつまでも サボってないで 早く 掃除しなさい~。」

アルス「ぐぬぬ……。」

そうやって少女が少年で遊んでいるうちに空には少しずつ雲が現れ始め、視界を阻んでいた太陽を隠し始める。

アルス「雲が出てきたね……。」

マリベル「そうねー。」

上機嫌な少女は呑気に答える。

669 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:08:37.54 I8BPs1sh0 615/905


マリベル「……そういえばさ。」

アルス「んー?」

マリベル「あれから あそこって どうなったのかしらね。」

アルス「飛空石で 飛んでた時 見なかったっけ?」

マリベル「うーん ずいぶん 遠くを飛んでたから 見てないような気もするのよね。」

少女は頬に指を当てて曖昧に答える。

アルス「……たぶん オルゴ・デミーラを倒したときに 地下部分は 崩れたと思ったんだけど。」

そう言う少年もモップの先端に顎を乗せて当時のことを思い出す。

マリベル「あのままだったら あたしたち ぺっちゃんこ だったかもしれないのね。」

アルス「うわあ……。」

マリベル「うー やだやだ。あれだけは あのクソじじいに 感謝しないといけないわね。」
マリベル「……でも 待って。上の 城の部分は まだ残ってたのよね?」

アルス「…………………。」

マリベル「ちょっと 何か 言ってよ。」

アルス「いや うん そうなんじゃないかな。」
アルス「ブルジオさんも言ってたし……。」

少年は冷や汗なのか労働の汗なのかわからない謎の水を垂らしている。

その時だった。

「おーい 何か見えてきたぞ!」

舵取りをしていた漁師が叫ぶ。

マリベル「アルス……。」

アルス「…どうだろうね?」

名を呼ぶ少女の顔を見つめ返して少年が呟く。

漁船アミット号の向かう先には小さな島とそこにそびえ立つ巨大な塔が見えていた。



まるで一行の行く手を阻むように。



670 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:09:54.15 I8BPs1sh0 616/905


ボルカノ「この前も 見えてたが ありゃ なんなんだ?」

報せを受けて甲板にやってきた船長が呟く。

アルス「ダークパレス。」

ボルカノ「ん?」

船長の疑問に答えるように少年と少女が語りだす。

アルス「魔王オルゴ・デミーラが 世界中の大工たちを集めて 作らせた 偽りの神の城。」

マリベル「地上のキレイな所は 見せかけで 本当は 地下のまがまがしい所が 本拠地だったんだけど。」

アルス「……秘密を知ってしまった 大工たちは たぶん 口封じに 殺されたんだと思う。」
アルス「もちろん 上の部分で 神官として集められた人たちもね。」
アルス「おかしいと思ったんだ。どうして あんなところで 凶悪な魔物を オリに入れてるのかってさ。」

マリベル「最初から あそこに仕えた人たちを 生かして帰すつもりは なかったってことね。」

ボルカノ「……胸くそ悪い 話だな。」

船長が険しい顔で吐き捨てるように言う。

アルス「ぼくたちが 魔王を倒したときに 地下は崩れたんだけど 地上の部分は まだ残ってたんだろうね。」

マリベル「ま それだけ 大工さんたちの腕が 良かったってことでしょ。」

アルス「……そうかもね。」

ボルカノ「この分だと 夕方には 着くかもな。」

アルス「上陸するの?」

ボルカノ「いや 魔王がいたとこってなると まだ 魔物がうろついてんじゃねえのか?」
ボルカノ「だとしたら 危ねえから 近寄らない方が かしこいだろうよ。」

アルス「……そうだね。」

マリベル「あんた まさか 中がどうなってるか 気になってんじゃないでしょうね。」

神妙な顔をする少年の顔を覗き込んで少女が言う。

アルス「ええっ!?」

マリベル「やっぱりね~ そんなことだろうと 思ったわよ。」
マリベル「でも 今は 次の目的地を目指すのが 先なんじゃなくって?」

アルス「……うん。」

マリベル「あら? もっと 渋るかと思ったけど。」

いつになく素直に少女の助言に従う少年に少女は首をかしげる。

アルス「いいんだ。」

マリベル「…………………。」

いつもなら“それでも ぼくが いかなくちゃ”などと言って調査に乗り出そうとするかと思っていた少年が
自分を抑え込むかのように口を閉ざしているのを見て、少女は何か引っかかるものを感じた。

マリベル「どうしちゃったのかしら?」

ボルカノ「むっ?」

アルス「どうしたの 父さん。」

ボルカノ「あそこに うっすらと見えてる でかいのは 船か?」

そう言って船長は島の南側を指差す。

アルス「えっ?」

マリベル「船? うちより 大きな船って言ったら……。」

アルス「まさか……。」

少年と少女は船長の見やる遥か先を見つめる。

そこにはもう一つの島と見紛うほどの巨大双胴船が漂っていたのだった。



671 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:10:47.70 I8BPs1sh0 617/905




「ボルカノさん どうするんですかい?」



それからしばらくした後、今晩の予定について話合うために会議室に操舵と見張りを除いた乗組員が集められていた。

ボルカノ「あの船が いるってことは 周りの海は 特に危険はねえってことだろう。」

いくらあの要塞のような船とて魔物が大量に現れるような場所に留まっていたりはしないだろうというのが船長の読みだった。

「じゃあ おれたちも あそこに 行くんですか?」

ボルカノ「どうせ このまま 走らせたって 真夜中過ぎちまうんだ。どうせなら 船を泊めて 全員 休んだ方がいいだろう。」
ボルカノ「それに この前 助けてもらった礼も まだしてねえしな。」

「わかりやした。上の奴らに 伝えてきます。」

そう残して漁師の一人が上へと昇っていく。



アルス「…………………。」



ボルカノ「どうした アルス さっきから 無口だな。」

甲板で船を見つけて以来黙ったままの少年を見て父親が問う。

アルス「えっ いや… なんでもありません。ぼくは 掃除に戻ります。」

そう言って少年は漁師の後を追って甲板へと昇って行った。

ボルカノ「……?」

マリベル「…………………。」

いつもとは違う少年の様子に首をかしげる父親を他所に、少女はさらに少年の後を追って階段を上っていった。



672 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:12:39.06 I8BPs1sh0 618/905




アルス「…………………。」



少年は船縁に両肘をついて物思いに耽っていた。もしこのままあの船と出会ってしまったら、
自分の本当の父親と育ての親が出会ってしまったら、自分はその時なんと言えばいいのだろうか。

そんなことを考えていたためか少年はいつになく無口になってしまっていた。

“このままでは父に余計に怪しまれる”

そんな思いで少年は逃げるように甲板へとやってきたのであった。

アルス「ぼくは どうすれば いいんだ……。」



マリベル「どうしたのよ。」



アルス「っ…! マリベル……!」

急に後ろから話しかけられ少年はまるで敵を目の前にしたかのように目を見開き振り返る。

マリベル「な 何よ……。」

そんな少年の形相に押され少女はほんの少しだけ後ずさる。

アルス「……ごめん なんでもないんだ。」

すぐに警戒の色を解くと少年は謝り、また船縁に肘をついてまだ遠くに見える双胴船を眺めてため息をつく。

マリベル「どーしちゃったの? マール・デ・ドラゴーンが どうかしたわけ?」

アルス「なんでもないよ。」

少年は振り向きもせずに答える。

マリベル「嘘ね。それなら そんなふうに 過剰反応したりしないわ。」

アルス「…………………。」

少女の指摘に少年は押し黙る。

それすら少女の言葉を肯定していることはわかってはいたが、返す言葉が何も浮かんでこなかったのだ。

マリベル「ねえ あの船で 何かあったの?」

アルス「なにも……ないよ。」

マリベル「…………………。」
マリベル「あっそ。あたしにも 話せないなんて よっぽどのことなのね。」

少女はこれ以上問いただしても答えはしないだろうと踏んで追及をやめる。

マリベル「でもね あんたの悩みは 今や あんただけのものじゃないってことを 忘れないでちょうだい。」

そう言って少女は船室へと降りて行ってしまった。


673 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:13:29.25 I8BPs1sh0 619/905


アルス「…………………。」

少年は黙ったまま動かなかった。

否、動けなかったのだ。

いくら彼女だとしても自分の複雑な出自を伝えるのはどこか気が進まなかったのだ。

旅の最中も隠し通した自分の運命を。

“土足で踏み込んで欲しくない最後の領域”

そんな言葉が少年の胸をよぎっていった。

そう、これは少年とあの夫婦だけが知る秘密として墓場まで持っていくつもりのことだった。

しかし少年はどこかでこのままでいいのかという気もしていた。
愛情を注いで育ててくれた両親に、自分の隣で共に歩んでくれる彼女に、
そして共に戦ってきた仲間たちに永遠に自分の正体を隠したまま生きていくことが果たして正しいことなのか。



“あんたの悩みは 今や あんただけのものじゃない”



先ほど少女が残した言葉が少年の頭の中で繰り返される。

そう、彼女とて興味本位で少年を問いただしたわけではないのだ。
少年が思い悩み、苦しんでいるのがわかっていたからこそこうして自分を追いかけ、訊ねてきてくれたのだった。

その悩みを自分と共有できるように。

アルス「まいったな……。」

考えれば考えるほど少年は迷っていく。

秘密を持つという罪悪感と打ち明けた時の衝撃との間に挟まれ、抜け出せない葛藤の中へとはまっていくのだった。



674 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:14:13.38 I8BPs1sh0 620/905




「……キャプテンはまだ 戻らないか。」



「ああ なんせ 奴の居城だ そう簡単に 終わらないだろうよ。」



「それより 御身の無事が 気になる……。」



「バカ言え! あのお方が くたばったりするもんかよ。」



「でもよ もしものことが あったりしたら……。」



「信じて 精鋭たちの帰りを待て! オレたちにできるのは それだけだ。」



「…………………。」



「…ああっ!」



「どうした?」



「船が… 船がやってきます!」



「なんだと? 見せてみろ……。」
「……こいつは たいへんだ! すぐに あの方を お呼びするんだ。」



「あっ はっ はい!」 



「うむ… キャプテンがいない今 どう もてなしたものか……。」



675 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:15:19.75 I8BPs1sh0 621/905


「「「おーい!」」」

マリベル「おーーい!」

それから漁船は航行を続け、日も傾きかけた頃には巨大双胴船の元までやってきていた。

「よっと。」

遥か上の甲板から降ろされた縄を船体に括り付けて固定すると、別の縄を掴んで漁師は上に合図を送る。

「引き揚げてくれるみたいだぜ。」

「よっしゃ 行こうぜ。」

ボルカノ「一人ひとり 行くんだぞ。」

「ウッス。」

漁師の一人が縄をクイっと引くと、そのまま漁師は上の方へ引き上げられていった。

「よし 次は おれだ!」

そうして再び垂らされた縄に一人ひとり釣り上げられていく。

マリベル「アルス あんた 先に行きなさいよ。」

アルス「…ぼくは 最後に行くよ。マリベルも もう 行きな。」

マリベル「……あっそ。」

それだけ言って少女も猫を抱えて上に登っていった。

ボルカノ「じゃあ オレも 先に行くからな。」

アルス「うん。」

他に誰もいなくなったのを確認して船長も上の甲板へと引き上げられていく。

後に残された少年は縄を掴むべきか悩んでいたが、
双胴船の住民たちが上から催促してきたため、仕方なくそれに応じるのだった。



676 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:16:15.27 I8BPs1sh0 622/905


「みなさん ようこそ マール・デ・ドラゴーンへ。」

「ボルカノさん 元気してましたか。」

「ほお なかなか 屈強な男ぞろいだな……。」

甲板へ引き上げられたアミット号一行は双胴船の乗組員たちから口々に声をかけられていた。

「マリベルさん あいかわらず おきれいだね。」

マリベル「あら ありがとう。」

「あれ アルスさまは?」

少女がいてあの少年がいないはずがないと言わんばかりに船員の一人が訊ねてくる。

マリベル「ああ あいつなら……。」



アルス「お待たせしました。」



少女が答えようとした矢先、最後に引き上げられた少年が甲板へ姿を現した。

「おお!」

「アルスさまだ! アルスさまが おいでになったぞ!」

「アルスどの よく お訪ねになってくださいましたな。」

少年の登場に辺りが一斉に騒ぎ始める。

アルス「みなさん お久しぶりです。」

ボロンゴ「アルスさま 是非 お会いしていただきたい方が いらっしゃいます。」

アルス「ぼく ですか?」

ボロンゴ「はい どうぞ こちらへ。」

そう言ってかつて少年の世話役を司った船員は少年を連れて歩き出す。

マリベル「ちょっと アルス どこ行くのよ!」

その様子を見ていた少女が少年の背中に叫ぶ。

ボロンゴ「あっ!」
ボロンゴ「み みなさんも アルスさまの後で 会っていただきたいので ご一緒に  来ていただけませんか。」

慌てて船員は戻ってくると一行についてくるように言った。

ボルカノ「オレたちもか?」

「だれっすかね?」

コック長「さあな。」

マリベル「もしかして シャークアイさん?」

この船で少年に会いたがっている人物と言えばそれぐらいしか思い当たる節がなかったのだが、返ってきたのは意外な答えだった。

ボロンゴ「いえ 総領は今 ダークパレスの調査に 向かっておりますので……。」

マリベル「え……?」

トパーズ「なおー。」

ボロンゴ「と とにかく 行きましょう!」

三毛猫の声に我に返った船乗りはそう言って急ぎ足で少年の前まで戻ってくると、
中央にある船室へと向かって再び歩き出すのだった。



677 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:16:56.26 I8BPs1sh0 623/905




「ご苦労だったな ボロンゴ もう 下がっていいぞ。」



船長室の手前の階段では無骨な青服に身を包んだいかつい男が待ち構えていた。

ボロンゴ「は はい! カデルさま!」

カデル「む そうだ この後 総領と共に 皆さんを お迎えする 宴を開くからな。」
カデル「準備に取り掛かるよう 伝令を頼むぞ。」

ボロンゴ「わかりました! 早速!」

そう言って副長から指令を受けると部下の船員は足早にその場を去って行った。

マリベル「ボロンゴさんってば あいかわらず そそっかしいのねー。」

そんな様子を見て少女がクスクスと笑う。

カデル「アルスさま マリベルさま それに ボルカノどの お久しぶりです。」

するとこの双胴船の副長である髭面の男が丁重な挨拶で一行を出迎えた。

マリベル「もしかして 会いたがってたのって カデルさんのこと?」

まさかと疑問に思ったことを少女が正直に訊ねてみる。

カデル「いいえ。そのお方は 船長室におられます。」
カデル「申し訳ないのですが あんまり そのお姿に 驚かないで いただけませんかな?」

ボルカノ「……どういうことです?」

カデル「実際に お会いすれば わかります。」
カデル「では アルスさまから 先に 行きましょうか。」

アルス「…………………。」
アルス「はい。」

少年はしばらく考え込んでいたがやがて瞼を開くと小さく返事をし、ゆっくりと階段を上っていくのであった。

678 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:18:09.74 I8BPs1sh0 624/905




カデル「失礼いたします。アルスさまを お連れしました。」



階段の上までやってくると副長は跪き、部屋の中の人物に少年の来訪を告げる。

「ありがとう カデルさん。少しだけ 二人にさせて いただけませんか?」

透き通るような声の主は副長をねぎらうと、後ろにいる少年を少しだけ見てそう答えた。

カデル「では 失礼します。」

そう言って副長は階段を降りていった。



アルス「…………………。」



二人だけとなった部屋の中で少年は少しだけ歩みをすすめ、小さな池の縁に腰かけている人物の顔を見つめる。



「アルスさん ……いいえ アルス。こっちへ来て お顔を見せて。」



アルス「アニエスさん いや……。」















アルス「お母さん。」















679 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:18:52.40 I8BPs1sh0 625/905




マリベル「…………………。」



ボルカノ「どうしたんだ マリベルちゃん。」

その頃階段の下では、上でどんな会話が行われているのかを聞こうと少女が耳を凝らしていた。

マリベル「……ダメね。よく 聞こえないわ。」

カデル「きっと 二人だけの話もありましょう もう しばらく ご辛抱くだされ。」

そんな少女を諫めて副長が言う。

マリベル「わかってるわよぉ……。」

「どんな人なんですか?」

痺れを切らした飯番の男が問う。

カデル「それも これも ご本人の口から 聞いたほうが 良いでしょうな。」

「むむむ……。」

カデル「しかし 我々にとっては 総領とも等しいお方と 言っておきましょうか。」

マリベル「……まさかとは 思うけど…。」

そこまできて少女にはいつか海底王の神殿で聞いた話のことを思い出していた。

マリベル「…………………。」

しかし少女の仮説が正しいという保証もない。

ボルカノ「ん? どうしたんだ?」

マリベル「いいえ なんでもないわ ボルカノおじさま。」

“答えは直にわかる”

そう思い少女は口をつぐんだ。



680 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:21:15.17 I8BPs1sh0 626/905




アルス「みんな 上がってきて。」



しばらくしてから少年が現れ、階下にいる一行に向かって呼びかけた。

カデル「もう よろしいのですかな?」

アルス「ええ。」

カデル「では みなさん おあがりください。」

マリベル「そうさせてもらうわ。」

アルス「マリベル… みなさん 驚かないでくださいね。」

マリベル「くどいわ。あたしは もう ちょっとやそっとじゃ 驚いたりしないわよ。」

アルス「ありがとう。」

少女の答えを聞くと少年は振り返り部屋の中にいる人物に語り掛ける。

アルス「アニエスさん ぼくの父さんと 仲間たちです。」



「「「…………………。」」」



そうして通された一行は思わず絶句する。

その人物は部屋の奥にある玉座に座るでもなく、部屋の左右に置かれた小さな二つの池、その一つの縁に腰を掛けていた。

「に 人魚……?」

漁師の一人が呟く。

魚のような鱗とひれ、明らかに人の物ではない下半身を持ったその人物は
すべてを映すかのような深い青色の瞳で一行を眺めていた。





「ボルカノさんに お仲間のみなさん ようこそ おいでくださいました。」





681 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:23:15.91 I8BPs1sh0 627/905


その女性はさざ波のように淡く優しい声で出迎えた。

マリベル「あなたが アニエスさんね。」

少女は自分の仮説を証明しようと臆せずに問いかける。

アニエス「いかにも 私はシャークアイの妻の アニエスです。」
アニエス「こんな姿を お見せしてしまい さぞ 驚かれていることでしょう。」

マリベル「いいえ。アルスや海底王から 話は聞いていたわ。」

アニエス「……あなたは マリベルさんですね?」

マリベル「どうして あたしの名前を?」

アニエス「夫や アルスさんから お話をうかがってます。」
アニエス「よくぞ アルスさんを支え 魔王を打ち倒してくれましたね。」
アニエス「本当に ありがとう。」

マリベル「い いや 別にあたしは そんな……。」

素直な感謝の言葉に珍しく少女は狼狽え、少年の袖を少しだけ引っ張る。

“なんとか言ってよ。”

とでも言いたいのだろうか。

アルス「アニエスさんは はるか昔に この船が 魔王に封印された時 夫のシャークアイさんへの想いから こうして 人魚に姿を変えて 生きてきたんです。」

少年は漁師たちに彼女が現在の姿に至るまでの過程を噛み砕いて説明する。

マリベル「で それをやったのが 海底王っていう へんな おじいさんってわけ。」

少年の助け舟に乗っかって少女も付け加える。

アルス「へんな は余計だよ マリベル。」

”借りにも目の前にその人にお世話になった人がいるのにそんなこと言って大丈夫だろうか”

そんなことを考えながら少年は慌てて釘をさす。

マリベル「あんなところで 寝てるだけのじいさんの どこが 変じゃないっていうのかしら?」

アルス「そりゃ そうだけど……。」



ボルカノ「……にわかには 信じがたい 話だな。」



その時、話を聞いていた漁船の船長が重たい口を開く。

アニエス「無理もありません。最初は私も わらにもすがる思いで 海底王さまに お願いしたのですが…。」
アニエス「こうして人魚となってからも しばらく 実感がわきませんでしたから。」

ボルカノ「…………………。」

漁師頭は難しそうな顔で腕を組んでいる。

マリベル「…ははあ。海底王が シャークアイさんに 用があるってのは アニエスさんと 会わせるためだったのね。」

すると少女が魔王討伐の凱旋の時にシャークアイが言っていた言葉を思い出して言う。

アニエス「ええ。魔王の封印が解け こうして また 夫に会える日が来るなんて 夢のようでした。」
アニエス「たとえ この体が 一年に一日しか 歳を取らないとしても 私は最後まで 夫の傍にいるつもりです。」

「そりゃ また 難儀な……。」

漁師の一人が気まずそうな顔で言う。

アニエス「いいえ いいんです。」
アニエス「こうして 夫と 再び 同じ時を生きることができる。それだけでもう 私に 望むものは ありません。」

そんな漁師たちに気遣ったのか人魚は気丈に微笑んでみせる。


682 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:24:01.60 I8BPs1sh0 628/905


ボルカノ「…それで その シャークアイさんは まだ 戻らないんですか? この前の お礼を 言いたかったんですが。」

重たい空気を変えようと船長は今はここにいない海賊たちの総領について尋ねる。

アニエス「ええ そろそろ戻って来ても いいころだと 思ったのですが……。」



アルス「…………………!」



その時、少年が階段へと走り出した。

マリベル「ちょっと! アルス どこ行くのよ!」

アルス「様子を見てきます!」

そう言って少年は物凄い勢いで階段を下りどこかへと走っていってしまった。

マリベル「あのバカっ!」

それに続いて少女も後を追おうとした時だった。

アニエス「待って!」

マリベル「っ…!?」

人魚に呼び止められ少女は慌てて振り返る。

アニエス「彼 一人で 行かせてあげてください。」

マリベル「で でも……!」

アニエス「信じて… 夫とアルスを 信じてあげてください。」

マリベル「…………………。」

強い信念の宿る瞳に心を揺さ振られ、少女は少年を追うのをあきらめて踏みとどまる。

アニエス「…あなただけに お話しておきたいことがあります。」

マリベル「えっ あ あたしに……?」

アニエス「みなさん 少しの間 二人だけにして いただけませんでしょうか。」

そう言うと人魚は漁師たちを一瞬見回した後、階段の下の方に向かって叫ぶ。

アニエス「カデルさん!」

カデル「はい なんでしょう アニエスさま。」

すぐにやってきた副長が指示を仰ぐ。

アニエス「みなさんに 休めるところを。それから 何かお出しいただけませんか。」

カデル「ハッ かしこまりました。」
カデル「では こちらに。」

人魚の言葉を聞いて一礼した後、すぐに副長は漁師たちを伴って船長室を後にした。

マリベル「…………………。」

アニエス「…………………。」

漁師たちのいなくなって部屋にどこか重たい沈黙が訪れる。

アニエス「マリベルさん どうぞ 立ってないで こちらに来て 座ってください。」

マリベル「え ええ……。」

人魚に促され、少女はその隣に腰掛ける。

アニエス「これから話すことは どうか 他の人には 黙っていて欲しいの。」

マリベル「…なんの お話ですか?」

アニエス「…………………。」
アニエス「あの子… アルスのことです。」

少女に語りだすそれは何物でもない母の顔をしていた。

683 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:25:34.95 I8BPs1sh0 629/905




アルス「…………………。」



甲板まで出た少年はすぐに魔法のじゅうたんを広げ、自分の本当の父親がいるであろう魔の巨塔を目指して飛んでいた。
魔王が倒れたとはいえ、あの中が安全であるという保証はどこにもなかった。
万が一あの強力な魔物たちが未だに巣食っていたとすればそれは調査に向かった海賊たちの命にかかわりかねない。
それが例え百戦錬磨の戦士たちであろうと危険なことに変わりはない。

アルス「無事でいてくれ……。」

偶然にも再開を果たした本当の父親の背中が脳裏に浮かぶ。
後を継ぐことさえ断ったものの、彼とて少年の大事な人であることに変わりはないのだった。

アルス「っ!」

入口が見える。

地上部分に設けられた大きな扉はまだ開かれたままだった。

少年はさっと絨毯を飛び降りると、それをしまうのも忘れて一直線に走り出す。

周囲の状況など目に入ってこなかった。

アルス「シャークアイ!!」

扉をくぐると少年は力いっぱいに叫び己の存在を知らしめる。

アルス「どこですか! キャプテン・シャークアイ!」

少年の叫び声が、がらんどうの広間の中に木霊する。

アルス「…………………。」



“ドンッ!”



アルス「…っ!」

突如響いた地響きのような音に少年は天井を見上げる。
パラパラと落ちてくる砂埃を払いながら少年は音のする方を目指して階段を上っていく。

[ アルスは トラマナを となえた! ]

毒の沼を超え、長い長い梯子を登っていく。

時々起こる振動は徐々に大きさを増し、何者かがそこで暴れていることが窺えた。

アルス「間に合ってくれ!」

梯子を昇りきり、息が上がるのも忘れてさらに階段を駆け上がる。

「ぐあああっ!」

誰かの悲鳴が聞こえる。

アルス「くっ……!」

「ケェェェェ!!」

甲高い鳴き声が聞こえる。

「おい しっかりしろ!」

聞き覚えのある男の声。





アルス「シャークアイさん 伏せて!」





階段を上りきった少年はその背中目がけて思い切り叫ぶのだった。

684 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:26:55.46 I8BPs1sh0 630/905




マリベル「…………………。」



アニエス「…………………。」



少年が魔城の中を駆け抜けている頃、双胴船の船長室は重たい沈黙に包まれていた。

マリベル「あいつが ボルカノさんと マーレさんの 本当の息子じゃなかったなんて……。」

思えばおかしな点はいくつもあった。彼の腕に浮かび上がった謎のアザ。
それは不思議な渦を呼び起こし、いつの間にか水の精霊の紋章と同じ形に変わり、道標を作り出した。
そしてなにより彼が母親の体の中に6か月しかいなかったということ。

アニエス「…………………。」

マリベル「…どうして……。」
マリベル「どうして 黙ってたのよ ばかアルス……。」

自分の身体をぎゅっと抱きしめ、少女は今はここにいない少年に向かって吐き捨てる。

アニエス「あの子は… 悩んでいました。」
アニエス「あなたや 彼の育ての親が そのことを 知ってしまったら どう思うだろうかって……。」

マリベル「っ……。」

少女にもそれは容易に想像がついた。
自分の子だと思って大切に育ててきた息子が
本当は遠い過去から水の精霊によって運ばれてきた誰かの子だと知ったとしたら、あの二人はどう思うだろうか。

マリベル「でも どうして あたしにそれを……?」

少年の母親がどうしてそのことを自分だけに伝えたのか。

少女にはわからなかった。

アニエス「きっと あの子は あなたにだけは 伝えるつもりだったのでしょう。」
アニエス「さっき 二人きりの時に ……いつか 自分で伝えると 言ってました。でも……」
アニエス「今は何より あの子の孤独を わかってあげられる人が 傍にいて欲しいの。」
アニエス「あなたは きっと あの子の 大切な人なんでしょう?」

マリベル「あっ い いや そんな……。」

アニエス「っふふ。恥ずかしがらなくても いいんですよ。」
アニエス「あなたのことを 話している時の あの子の顔を見たら すぐにわかりました。」

マリベル「…………………。」

すっかり見通されてしまい少女は両手を握ってもじもじとさせる。

アニエス「だから あの子が いつか このことを打ち明けた時 あの子のことを 何も言わずに 受け入れてあげて欲しいんです。」

マリベル「…………………。」

少女は黙ったまま一回だけ頷く。

685 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:27:26.35 I8BPs1sh0 631/905


アニエス「……でも 良かった。」

マリベル「えっ…?」

アニエス「あの子は いつの間にか いろんな人に 助けられて 大きくなってたのね……。」

マリベル「アニエスさん……。」

人魚の瞳にはうっすらと涙が溜まっていた。
そして零れ落ちた滴は水面を波打ち、いつしかそれは宝石のように固まり輝きだした。

アニエス「あら いけない 私ったら… ちょっと 湿っぽくなっちゃったかしらね。」

まなじりを指で払いながら人魚は微笑む。

マリベル「…いいんです。だって 何百年ぶりにやっと 会えたんですから……。」

アニエス「うふふ。マリベルさんは 優しい人ね。これなら 安心して あの子のことを 任せられそうだわ。」

マリベル「あ アニエスさんっ! き 気が早いですよ……。」

突然の言葉に少女はまたも顔を赤くして言葉に詰まる。

アニエス「あらあら。うふふっ。」
アニエス「それじゃ あの子たちが帰ってくるまで お休みになっていらしてください。」
アニエス「カラダが 本調子ではないのでしょう?」

マリベル「えっ…!」

“どうしてわかったんだろう”

アニエス「さっきから 無意識に お腹を擦っていたでしょう。」

マリベル「…………………。」

“どうやらこの人には敵わないだろう”

一瞬で少女はそう悟ると、人魚の言うことを素直に聞き入れその場を後にするのだった。




686 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:29:14.96 I8BPs1sh0 632/905






アルス「シャークアイさん 伏せて!」





「うおっ!?」

少年が叫んだ次の瞬間、黒髪の男の頭上を稲妻の刃が通り過ぎていく。



「グギャアアア!」



遅れて耳をつんざくような醜い悲鳴が響き渡る。

「今のは……!」



アルス「みなさん 無事ですか!」



シャーク「あ アルスどの! どうして ここに!?」



アルス「話は 後です!」

そう言って少年は辺りを見渡す。
海賊たちはざっと十人ほどいたようだったがそのうちの殆どが虫の息となり残すは総領ともう一人だけとなっていた。

アルス「…………………。」

剣を構えじりじりとにじり寄ってくる魔物たちを睨みつける。
相手の数は五体ほどだが、辺りにはおびただしい数の死体が転がっていた。
どうやら少年が駆け付ける前に倒されたらしい。



「おおおー!」



その時、近くにいた盾を持つ鬼が少年たちめがけて突進してくる。

アルス「むううん!」

少年は片足を踏み出し重心を低く構えると、そのまま突進してくる鬼に向かって思い切り正拳突きを繰り出した。

「がああっ……!」

鬼の持っていた盾は見事に貫かれ、その拳の勢いで鬼の体は宙へと放り出される。

アルス「はっ!」

少年はそのまま高く飛び上がると獲物で鬼の体を頭から真っ二つに切り裂いた。

アルス「次……。」

「クァァァ!!」

アルス「っ!」

振り返った瞬間放たれた爪撃を寸の距離でかわすと少年は七色の魔鳥の首を掴んで投げ飛ばす。

「グゲッ!?」

アルス「はあああああっ!」

少年は両手に獲物を握りしめるとそのまま魔鳥にとびかかり両手から何度も斬撃を繰り出し、その体を切り裂いていく。

「グゲエ……。」

魔鳥が沈黙したのを確認すると少年は再び走り出す。

687 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:30:06.71 I8BPs1sh0 633/905


アルス「シャークアイさん これを!」

シャーク「むっ! これは 水竜の剣!」

アルス「くらえっ!」

別の魔物と対峙していた海賊の総領に獲物を投げ渡すと、少年は走り込み魔物目がけて飛び膝蹴りを放った。

「キシャ!?」

体勢を崩した紫の鱗を持つ首長竜目がけて好機と見た総領が声を上げる。

シャーク「ゆくぞっ!」

アルス「はい!」

総領の合図で踏み込み頭部と腹部に分かれて一斉に切り刻んでいく。

「キシャアアアッ……!」

身体を寸断され、金切り声のような断末魔を上げて竜の魔物は息絶える。

「これでも 喰らえい!」

[ ヘルバトラーは イオナズンを となえた! ]

アルス「そうはさせない!」

[ アルスの からだから あやしいきりが ふきだし あたりをつつんだ! ]
[ すべてのものたちに かかっている じゅもんの ききめが なくなった! ]

「な なぜだ! なぜ呪文が 発動せん!」

シャーク「遅い!」

呪文がかき消され狼狽する魔獣にすかさず総領が重い一撃を繰り出す。

「ぐぬおお!」

アルス「おおおっ!!」

そしてそのまま少年が大きく振りかぶり、魔人の如くその頭目がけて獲物を振り下ろす。

「…………………!」

何かが砕ける音と共に魔獣は力なく、血の海の中へ沈んでいった。

「おのれ 貴様ら よくも ここまで……!」

遂に最後の一体となった鋼鉄の鎧が恨めしそうに軋み、呪詛のような言葉を吐き散らしている。

シャーク「いいたいことは それだけか。」

アルス「いくぞ!」

歯の浮くような金属音をかき消すように二人は鎧に向かって走り出す。

シャーク「ふんっ…!」

懐まで潜り込んだ総領がその足に刃をかけて思いっきり引っ張る。

「ぬおおっ!?」

脚を取られて鎧はたまらず仰向けに寝転がる。

シャーク「っ…!」

アルス「これで… 終わりだああっ!」

少年は腕にまばゆい光の剣を作り出すとそれを握りしめ、鎧に向かって究極の一撃を振り下ろした。





[ アルスは アルテマソードを はなった! ]





688 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:31:21.67 I8BPs1sh0 634/905




マリベル「…………………。」



魔城跡で激しい戦いが繰り広げられている頃、
部屋で一人休んでいた少女は先ほど少年の本当の母親から聞かされた話を思い出していた。

…………………

“あの子は… アルスは 本当は 私と シャークアイの子供だったのです。”

“それが コスタールが魔王に 封印されて程なくして 私のお腹の中から消え
水の精霊さまの加護によって 未来のエスタード島に託されたと 海底王さまは おっしゃっていました。”

“私たち 水の精霊のチカラを受け継ぐ 一族の長は 代々 体に 精霊の紋章を 身体に宿すと言われておりますが……。”

“あなたも 見たのでしょう。あの子の 腕にアザがあるのを。”

“夫の話では あの子が 水竜の剣を掲げた時 夫に宿っていた 半分の紋章が あの子に宿り 完全な形になったと言います。”

“それは紛れもなく あの子が 私たち一族の血を引いている証……。”

“そして あの子の顔を見た時に持った 不思議な感覚……。”

“私のは直感でしたが 夫は確信したようです。”

“……あの子こそが 私たち夫婦の 失われた 光だったと。”

“でも このことは あの子と 私たち夫婦の秘密……。”

“あの子には 大切に育ててくれた 両親がいます。”

“私たちが できなかったことを 代わりにしてくれた……。”

“…あの子は 夫の後ではなく ボルカノさんの後を継ぐことを 選びました。”

“残念と言えば 残念ですが それはあの子が決めること。何も してあげられなかった 私たちが 決めることではありません。”

“……私たちは あの子の決めた道を 陰ながら 見守ることにしました。”

“それが 私たちにできる 唯一の親としての務め。”

“きっと あの子なら どんな世界でも 立派に生きていける。私たちは そう 確信しています。”

…………………


689 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:32:13.25 I8BPs1sh0 635/905


マリベル「…………………。」

頭では理解できていたが、心の底ではまだ整理が付けられずにいた。
ただの幼馴染と思っていた彼がそれほどの重たい宿命の下に生まれていたとは夢にも思わなかった。
彼は最初から運命づけられた人生を生きてきたのだ。時代を超え、多くの人々と大切な家族の願いを一身に受けて。

あの気弱でおとなしく、引っ込み思案だった少年が。

マリベル「アルス……。」

魔王を倒す旅の途中で時折見せた彼の物思いに耽った顔の裏にそんな事情が隠されていたことなど、
ずっと隣で歩いてきた少女も、コスタールでの出来事を知っている仲間たちでさえも知らなかったのだ。

“どうせくだらないことでうじうじと悩んでいるのだろう”

そんな風に思ってしまった自分を恨めしく思う。

いつも何も考えていないような顔しておきながら彼は心の底でずっと家族のことで思い悩んでいたのだろう。

マリベル「どうか……。」

本当の父親を助けに行った彼は今、何を思い、どんな顔をしているのだろうか。

マリベル「どうか 無事に帰ってきて……。」

少女は少年の帰還をただ祈るのだった。



690 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:33:04.34 I8BPs1sh0 636/905




シャーク「すまない アルスどの。」



戦いを終えた少年と本当の父親は海賊たちの手当を終え、ようやく落ち着いて会話を始めた。

アルス「いえ 間に合って 本当に良かったです。」

シャーク「あのままでは 確実に 全滅していただろう。情けないことだ……。」

アルス「…むしろ これほどの数を相手に 生き残れた方が 不思議なくらいです。」

シャーク「うむ。我が一族の中でも 選りすぐりの戦士たちを 集めたのだったが……。」
シャーク「また アルスどのに 助けられてしまったな。」

アルス「いいんです。ぼくにできることは これぐらいしかありませんし……。」

シャーク「はっはっは! 何を言うか! 命を助けられてこれ以上 何をしてもらえと 言うんだ。」
シャーク「心から 礼を言わせてもらうよ。」

総領は高らかに笑うと少年の肩を叩く。

アルス「は ははは……。」

少年は照れ隠しをするように笑って頭を掻く。

シャーク「さて どうやら 魔物はすべて片づけたようだし そろそろ 帰るとするか。」

アルス「地下は やっぱり 崩れて 埋まってたみたいですね。」

シャーク「どうも それが 幸いしたようだ。」
シャーク「もし 地下の魔物まで 襲ってきていたら 今頃 我々は 髪の毛一本残っていなかっただろう。」

総領は腕を組んで何度も頷く。

アルス「この上は どうなっているんでしょう。」

シャーク「どうやら 上にはもう 何もいないようだ。」
シャーク「仲間が何人か 調査に行ったのだが 何の気配も 感じられなかったそうだ。」

アルス「そうですか……。」

シャーク「では 行くとしようか。みなも 待っているだろうしな。」

「「「おおっ!」」」

総領は海賊の戦士たちに合図を送ると、辺りを警戒しながらゆっくりと地上へ降りていく。



遂に誰もいなくなった城内からは、ただ血と死臭の混じった戦場の匂いだけが立ち込めていたのだった。



691 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:34:03.65 I8BPs1sh0 637/905


「……帰ってこねえな。」

「まさかとは 思うがよお……。」

地平線に夕日が完全に沈みかけた頃、双胴船の客室に通されたアミット号一行は少年や海賊たちの帰りを待ちわびていた。

「あの アルスさんが そう簡単に やられるわけないじゃないですか!」

最悪の結末を想像する漁師たちに飯番の男が叱咤する。

コック長「そうだともよ。魔王を倒しちまうようなやつが そんじょそこらの魔物相手に くたばったりしないだろうよ。」
コック長「そうでしょう ボルカノ船長。」

ボルカノ「…………………。」

呼ばれた船長はただ黙って窓の向こうに見える巨塔の入口を眺めていた。
彼は何も語らなかったがその背中はどこか確信を得たように堂々たるもので、彼がいかに少年を信頼しているかを物語っていた。



ボルカノ「……来たか。」



不意に船長が口を開く。

「えっ!」

「ほ ホントですか!!」

その言葉に漁師たちは一斉に窓に群がる。

「ああっ 見えた! あそこだ!」

「アルスさんだけじゃない!」

「海賊たちも 一緒だぞ!」

少年たちの姿を見つけた漁師たちは一斉に声を上げる。

ボルカノ「…迎えに行くか。」

船長はにやりと笑うと男たちにそう告げる。

「「「おおっ!!」」」

それを聞いた漁師たちは部屋を飛び出し、甲板へと続く階段を目指して走り出す。
見れば船の乗組員たちも精鋭達の帰還を聞きつけ脇目も振らずに甲板へと向かっている。

漁船アミット号の男たちはそれに負けじと階段を駆け上っていったのだった。



692 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:34:49.48 I8BPs1sh0 638/905


シャーク「ここまで来れば 大丈夫だろう。」

魔塔の入口まで戻ってきた総領が呟く。

アルス「どうやら 本当に 魔物はいなくなったみたいですね。」

「くぅ~! 生きて帰ってこられて 良かったぜ!」

「カミさんに 早く 会いてえなー!」

「これで 魔王との因縁も 遂に 切れたってわけですな!」

シャーク「……そうだな。」

仲間たちの嬉しそうな声を聞きながら総領は穏やかな声で応える。



「おーい!!」



その時、海の方からこちらに向かって叫ぶ声が聞こえてきた。

アルス「ん……?」

「あれは……。」

シャーク「…どうやら 迎えが 来たようだな。」

そう言って一行が見やる先には大手を振ってこちらにやってくる大勢の海賊たちの姿があった。

「キャプテン! キャプテン・シャークアイ!!」

「みんなー! 無事かー!」

「あなたー!」

駆け寄ってくる船員たちを迎えて精鋭たちは再開を喜ぶ。

「おおっ……!」

「みんな 来てくれたのか!」

「へへっ 待たしたな。」

続々とやってくる海賊たちの後ろの方に見えた人影に、少年も思わず声を上げる。

アルス「あっ……!」

「おーい!」

「アルスさーん!」

「アルスー!」

アルス「みんな……!」

シャーク「……行ってやれ。」

顔を上げて目を見開く少年に総領は優しく声をかける。

アルス「……はいっ!」

元気よく返事をすると少年は仲間たちのもとへ、大切なもう一人の親の元へと駆け寄って行くのだった。

693 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:35:53.47 I8BPs1sh0 639/905


「シャークアイさま!」

「おかえりなさい キャプテン!」

「みんな よく 戻って来てくれた!」

「良かった! ホントに良かったよ~!!」

一行が双胴船に戻ってからというものの甲板は精鋭たちの帰りを待ちわびていた乗組員たちで埋め尽くされていた。

シャーク「みな 心配をかけたな。」

総領は微笑みながら力強く片腕を挙げてそれに応える。

「シャークアイさまー!」

「ばんざーい!」

「さあ お部屋へ! アニエスさまが お待ちですぞ!」

シャーク「ああ。」

船員の言葉に小さく頷くと総領は後ろにいる仲間たちへと声をかける。

シャーク「集まってくれた 戦士たちよ! よくぞ われらが船に生きて戻った!」
シャーク「ここで 調査隊を解散とする! 後は 自由に 体を休めていてくれ。」



「「「おおっ!!」」」



総領の号令と共に戦士たちは帰りを待っていた仲間のもとへとそれぞれ歩み寄っていくのだった。

694 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:36:31.57 I8BPs1sh0 640/905




シャーク「アルスどの。」



それを見届けた総領は戦士たちの後ろの方に立っていた漁師たちに近づき少年に声をかける。

シャーク「この度は 危ないところを助けていただき 誠に感謝する。」
シャーク「おかげで こうして 家族たちと 再会することができた。」

そう言って総領は少年にゆっくりと敬礼する。

アルス「いやあ よしてください……。」

少年は首を横に振って顔を上げるように促す。

シャーク「…さて この後 戦士たち全員の 無事の帰還を祝って 宴をするのだが もちろん あなたがたも 参加してくれますな?」

総領は一行を見渡すとどこか確信を得たような表情で微笑む。

アルス「父さん。」

隣に立つ父親を少年が見上げる。

ボルカノ「…まあ どうせ 今日は ここで 一泊する予定だったからな。」
ボルカノ「せっかくだし ご厄介になるとしようじゃねえか!」

「ひゃっほーい!」

「酒だ 酒だー!」

コック長「こりゃ この船の料理を味わえる チャンスだな。」

「ちょっと 厨房 のぞかせてもらいましょうよ!」

船長の言葉を聞いた漁師たちは沸き立ち、早くもお祭り騒ぎとなっている。

アルス「…………………。」

少年は微笑みながら黙ってそれを見つめていたが、やがてそこにいるべきはずの人物が一人いないことに気付く。

アルス「あの マリベルは?」

「んっ? マリベルおじょうさんなら どっかにいると思うが……。」

少年は漁師の言葉を聞くと少しだけ目を伏せる。

アルス「そうですか……。」

そんな少年のところへ総領がやってきて語り掛ける。

シャーク「……アルスどの 少し 付き合ってもらえないか。」

アルス「え ええ……。」

シャーク「ボルカノどの しばしの間 アルスどのを お借りします。」

ボルカノ「ええ。」

シャーク「では 行こうか。」

総領は漁師頭にそう告げると、少年を連れて船長室の方へと歩みだした。

ボルカノ「…………………。」

そんな二人の背中を漁師頭はただじっと見つめているのだった。




695 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:38:05.63 I8BPs1sh0 641/905


宴の準備で慌ただしく動き回る船員たちの合間を縫いながら船長室の手前までたどり着くと、総領は階段の上に語り掛けた。

シャーク「アニエス! いま 戻ったぞ!」

そして隣に立つ少年に目線だけやって言った。

シャーク「……行こうか。」

アルス「…はい。」

少年は小さく返事をすると総領の後に続いて階段を上っていった。



アニエス「お帰りなさい あなた。そして アルス。」



階段を上りきった二人に人魚が呼びかける。

シャーク「ただいま アニエス。」

そう言って総領は妻の隣に腰掛ける。

アニエス「アルス あなたも こっちに来て?」

シャーク「紹介しよう。わが妻の アニエスだ。」

アルス「あ あの……。」

目を輝かせている総領に少年は気まずそうに声をあげる。

シャーク「ん?」

アニエス「ふふっ あなた。」

不思議そうにしている夫に人魚はおかしそうに笑う。

アニエス「もう 私たちは 三度も 会ってるんですよ。」

シャーク「なっ… そ それは 本当か!」

アルス「は ははは……。」

滅多に見せない総領の焦り様に少年も少しだけ気まずそうに笑う。

シャーク「ご ゴホン! ……ま そういうわけだ。」

アニエス「うふふ……。」
アニエス「なんだか……夢のようだわ。」

そう言って人魚は静かに瞳を閉じる。

シャーク「むっ?」

アニエス「こうして 時を超えて あなたと再会して そして 今度は 失くしたと思っていた わが子に会えるだなんて。」
アニエス「それも こんなに 立派になって……。」

シャーク「……そうだな。」


696 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:38:54.45 I8BPs1sh0 642/905


総領は妻の手を握り優しく微笑むと、少年の顔を見つめてその名を呼ぶ。

シャーク「アルスどの…… いや アルス。」

アルス「……はい。」

シャーク「海底王や 水の精霊の話を 聞いて すでに わかっていたかもしれないが……。」
シャーク「お前こそ 水の精霊により 未来に託された オレたち夫婦の子なのだよ。」

アルス「……はい お父さん。」

少年は少しだけ複雑な表情でそれに応える。

シャーク「大きくなったな。……いや 会った時には すでに 大きかったか。」

アニエス「あなたっ。」

シャーク「おお そうだったな。」

妻に咎められた総領は思い出したように呟くと、自分の想いを少年に告げる。

シャーク「アルス こうして 名乗り出たからと言って 後を継げと 言うつもりはない。
シャーク「オレたち一族の役目は 終わったのだ。」
シャーク「これから どうするかは まだ決まっていないが オレたちは また 世界を航海しながら お前たちが勝ち取った平和を 見守って行こうと思う。」

アニエス「だから あなたは 自分の選んだ道を しっかりと 歩んでいってくださいね。」

アルス「……ありがとうございます お父さん お母さん。」

本当の両親の想いに触れ、少年は照れくさそうに眼を伏せて頭を掻いていたが、
やがて二人の顔を見つめ、はっきりと返事をするのだった。

アニエス「ああ アルス! もう一度 抱きしめさせてちょうだい……!」

アルス「お母さん……。」

両手を広げる人魚の母親に少年はそっと身体を寄せ、優しくその体を抱きしめる。

アニエス「うっ… うっ……。」

シャーク「お前は オレたちの 誇りであり 宝だ。」

妻の涙を拭いながら夫は少年に語り掛ける。

その顔は、紛れもない父親の顔だった。



697 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:39:59.19 I8BPs1sh0 643/905


シャーク「そういえば アルス このことを ボルカノどのは もう ご存じなのか?」

ひとしきり再開を喜んだ後、総領は気になっていたことを口にする。

アルス「……いえ まだ 言っていません。」

どこか思いつめた様な表情で少年は答える。

シャーク「そうか……。いや それは お前が決めることだ。」

アルス「……はい。」

シャーク「お前が 望むなら オレたちは秘密として 黙っておこう。」

アニエス「もし その時が来れば 私たちにも 教えてくださいね。」

アルス「……はい。」



アニエス「ああっ いけない!」



ハッとしたかのように人魚が口元を隠す。

アルス「どうしたんですか?」

アニエス「あなたの帰りを 待っていたのは 私たちだけじゃ なかったんだったわ!」

シャーク「……?」

事情を知らない父親は何のことかわからず首を捻っている。

アルス「そ そうだ マリベルを見てませんか?」

言われて思い出したのか少年も慌てて少女の行方を尋ねる。

アニエス「きっとまだ 客室で お休みになっているはずだわ。」

シャーク「…なるほど それなら 早く 行ってあげるといい。」

意を得た父親が少年を促す。

アルス「で でも……。」

シャーク「見つけたんだろう? おまえの 相棒。」

アルス「お父さん……。」

微笑む父親に少しだけ困ったような顔で少年は呟く。

アニエス「もう あなたっ それを言うなら 伴侶ですよ。」

そんな夫の言葉を正して母親が目を細める。

アルス「お お母さん……!」

アニエス「女の子を待たせては いけませんことよ? アルス。」

アルス「……失礼します!」

母親の一言に後押しされ少年は転びそうになりながら階段を駆け下りていった。

シャーク「……まだまだ 若いな。」

そんな様を見届け父親が呟く。

アニエス「あら それをいうなら あなただって。この前の 夜なんて……。」

そう言って妻は顔を両手で隠して赤らむ。

シャーク「あ あの時は 喜びのあまり その…… いろいろと な。」

再開した日のことを思い出す妻に夫は鼻を掻いてボソボソと言う。

アニエス「もうっ これから 時間はたっぷり あるじゃないですか。」

シャーク「……そうだな。」

そうして再び手を重ねる妻の顔を見ながら総領は赤い顔で微笑むのだった。

698 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:42:08.30 I8BPs1sh0 644/905




アルス「ここは……っ!」



「おや アルスさま どうしたんですか こんなところへ。」



アルス「ご ごめんなさい 間違えました……!」

その頃船長室を飛び出した少年は彼を待ち詫びているであろう少女の元を目指してあっちへこっちへと走り回っていた。

アルス「こ ここは…!」



「んっ?」



アルス「違う!」

アルス「今度こそ!」



「あら アルスさまったら 乙女の部屋に ノックもせずに 大胆なんだから……!」



アルス「うわっ ごめんなさーい!」

何度か足を運んでいたはずだったがその巨大さゆえに少年はお目当ての部屋を探し当てることができずにいた。

アルス「ここは……!」



「あ アルスさまだ! ねえねえ アルスさま 握手して!」



アルス「えっ あ うん……。」
アルス「ねえ ボク。お客さんの部屋って どっちだっけ?」

「あっち!」

アルス「ありがとう!」

アルス「こ 今度こそ……。」
アルス「マリベルっ!」



「あん? おじょうさんは 向こうの部屋だぞ。」



アルス「す すいません……。」

もう何度いったかわからない謝罪の言葉を口にしてから少年は指示された扉の前で息を整える。



“コンコンコン”





「……どうぞ。」





699 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:43:13.84 I8BPs1sh0 645/905


扉の向こうから返ってきた声を聞いて少年は思い切って扉を開ける。

アルス「……見つけた!」

少女は部屋の隅に置かれたベッドに腰掛け、一人物思いに耽る様に窓の向こうを見つめていた。

マリベル「…アルス……。」

安心したように表情を明るくする少年とは対称的に、振り向いた少女の顔はとても暗かった。

アルス「……マリベル?」

少年が少女の手を取りその名前を呼ぶも当の本人の表情は尚も晴れない。

マリベル「……おかえりなさい。」

アルス「どうしたの?」

不審に感じた少年は少女の隣に座ると心配そうにその顔を覗き込む。

マリベル「……ううん。なんでもないの。」

そう言って少女は自分の体を抱きしめるように腕を組み瞳を閉じる。

アルス「も もしかして まだ 辛いの?」

昨日に引き続き今日も体の調子が良くないのだろうかと少年はその身を案じて訊ねる。

マリベル「ちがう… 違うのよ……。」

それすら否定する少女の声は今にも消えてしまいそうで、まるで触れたら壊れてしまいそうな儚さを湛えていた。

アルス「……なにか あったんだね。」

マリベル「…………………。」

少女は何も答えず、ただ少年の目をじっと見つめていた。

だがそれは少年の問いに対する何よりもの答えだった。

アルス「……そう。」

少年はそれ以上何も聞かず、少女の体を壊してしまわないようにそっと抱きしめる。



アルス「きみに 言わなくちゃいけないことがあるんだ。」



マリベル「えっ……?」



少年は少女の耳元でそっと囁く。

これまで自分が誰にも打ち明けずに黙っていたことを、少女に話す決心を付けたのだ。





アルス「ぼくが 本当は何者なのか。」





700 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:44:19.15 I8BPs1sh0 646/905


マリベル「っ…!!」

その言葉を聞いた瞬間、少年に抱かれていた少女の体がぎゅっと強張る。

アルス「ぼくは 本当は……。」



マリベル「待って!!」



アルス「っ……!?」

突然耳元で叫ばれ、少年は驚き目を見開く。

マリベル「言わないで……。」

少年を止める声は、少しだけ震えていた。

アルス「マリベル……?」

マリベル「……あなたの お母さんから 聞いたわ。」

アルス「……アニエスさんから?」

マリベル「…んっ……。」

少女は無言で頷く。

アルス「じゃあ シャークアイさんが ぼくの 本当の父さんだってことも?」

マリベル「うん……。」

アルス「そっか……。」
アルス「本当は ぼくの口から 言おうと思ってたんだけど……。」

そう言って少年は目を伏せる。

マリベル「……あなたのお母さんが 謝ってたわ。」
マリベル「でも あたしには 先に 知っておくべきだって……。」

アルス「そう… だったんだ。」

マリベル「あ あたしね……?」

少女は少年の身体を押して少しだけ間を開ける。

アルス「うん?」

マリベル「あなたの親が誰で どんな運命の元に生まれたかなんて 関係ないわ。」

そして少年の目を見つめると力強く言い放つ。

マリベル「あなたは あなたよ。アルス。あたしの大好きな。」

アルス「…マリベル……。」


マリベル「だから… だから 独りで背負わないで。」


アルス「…………………。」

マリベル「んっ……。」

少年は目を閉じるとそのまま少女の唇を塞ぐ。

アルス「……ありがとう マリベル。」

マリベル「いいのよ アルス。」

そして少女は少年の頭を抱き、そのまま自分の胸に押し付ける。

マリベル「…ふふっ 少しはスッキリしたかしら?」

アルス「……うん。」

マリベル「…………………。」

“すっきりしたのは あたしの方だったかしら?”

目を閉じる少女はどこかでそんなことを思いながら体を揺らすのだった。

701 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:45:51.02 I8BPs1sh0 647/905




マリベル「……ねえ アルス。」



アルス「ん?」

しばらくそうして少女の鼓動を感じていた少年だったが、不意に少女に呼ばれて顔を上げる。

マリベル「これから どうするの?」

アルス「これから……?」

マリベル「ボルカノおじさまには このこと まだ 言ってないんでしょう?」

アルス「うん……。」

マリベル「いいの?」

アルス「…………………。」
アルス「……怖いんだ。」

マリベル「なんて言われるかが?」

アルス「きっと 父さんは ぼくが 自分と血のつながりのない子どもだって知ったら 傷つくだろう。」
アルス「父さんだけじゃない 母さんもだ。たいへんな思いをして 産んで育てた子供が 赤の他人の子だった なんて 知ったら……。」
アルス「その時 ぼくは なんて言ったらいいか わからないんだ。」

マリベル「…………………。」

絞り出すようにして吐き出された言葉が部屋の空気の中に溶けていく。

アルス「…………………。」

マリベル「…あたしは さ。」
マリベル「あの二人なら きっと あなたのこと わかってくれると思うな。」

アルス「えっ……?」

マリベル「だって あなたは 本当の両親が誰かを 知っても ボルカノおじさまの元で生きるって 決めたじゃない。」
マリベル「あなたは それでも あの二人のことを 本当の両親だって 思ってたからこそ 海賊じゃなくて 漁師になるって 決めたんじゃないの?」
マリベル「……だから 夢を叶えたんじゃないの?」

アルス「そう… そうだけど……。」

マリベル「……それに。」

そう言って少女は少年の頬に両手を添え愛おしげに微笑む。

マリベル「もしも あなたが 勘定されちゃったとしても あたしは あなたについてってあげるから。」

アルス「ま マリベル……!?」

マリベル「だから 勇気を出して アルス。」

アルス「…………………。」
アルス「…………………!」

少年はしばらく呆気に取られたように少女を見つめていたが、
やがてその目に色が戻ると拳を堅く握り、力強く頷いてみせた。



マリベル「さあ いつまでも ここにいちゃ 宴に遅れちゃうわ!」



アルス「うん 行こう! みんなが待ってる。」



そう言うと少年は少女の手を取って甲板へと歩き出すのだった。



702 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:47:55.76 I8BPs1sh0 648/905


「おっ きたきた!」

「探しましたよ アルスさま!」

甲板へとやってきた少年と少女は大勢の海賊たちに迎え入れられた。
皆が二人を見て歓声を上げているのが聞こえてくる。

「きゃ~っ!」

「おやおや こりゃまた なんと お似合いな お二人なことだよっ!」

「キャプテンと アニエスさまも きっと お喜びでしょう!」

少女の細い腰を抱いてリードする少年を見て女性たちが黄色い声を上げている。

マリベル「ううっ なんか 恥ずかしいわ。」

アルス「そ そうだね……。」

そうやって気まずそうに言いながらも二人は離れようとしない。
少年はますます少女を自分に引き寄せ、少女は少年の服の裾を引っ張る。

「よお 来たか! 二人とも!」

「待ってたぜ アルス マリベルおじょうさん!」

甲板の一角でたむろしていたアミット号一行の元へ二人が近づくと、それに気付いた漁師が大声で呼んだ。

「やっぱり 二人がいねえと 始まんねえな。」

コック長「二人とも あんなに 立派になって……。」

「コック長 泣くのはまだ 早いですよっ。」

こちらへやってくる二人を見て早くも感極まりまなじりに涙をためている料理長を、もう一人の料理人がなだめる。

ボルカノ「戻ってこねえから なんかあったのかと 心配したぜ。」

そして男たちの中央でどっしりと構えていた漁師頭がにやりと笑ってみせる。

アルス「ごめんごめん 父さん。」

マリベル「うふふっ ちょっとね。」

そんな父親の姿を見て安心した少年は少しだけおどけてみせる。



ボロンゴ「み みなさん 準備が整いましたので どうぞ まんなかへ!」



そこへ中央の船室から出てきた海賊が開会のため一行を案内しにやってきた。

ボルカノ「おし! おまえら 行こうぜ。」

「「「ウスッ!!」」」

漁師頭の号令で一行は男に続いて歩き出す。

ボロンゴ「しょ 少々 お待ちを!」

中央までやってくると男は再び船室の中へと入っていく。

マリベル「アルス。」

アルス「ん?」

マリベル「……どうするの?」

アルス「落ち着いたら あの二人を交えて 話そうと思う。」

マリベル「わかったわ。……あたしも 一緒だからね。」

アルス「ありがとう。」



「みな 待たせたな!」



703 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:48:50.65 I8BPs1sh0 649/905


その時、二階の船室の扉が青服の男に開けられ、中から黒い長髪の男が人魚を抱えて人々の前に姿を現した。

「おおっ! シャークアイさま!」

「アニエスさま!」

カデル「みな 静粛に!」

一斉に歓声を上げる乗組員たちに副長が叫ぶ。

シャーク「大丈夫か?」

アニエス「ええ。」

海賊の総領は人魚を椅子に座らせると観衆の方へと向き直る。

シャーク「みな! よく 集まってくれた!」
シャーク「長きにわたる 調査と 戦いの末 われわれはこうして 帰ってきた。」

「「「おおおおっ!」」」

「「「シャークアイさまー!」」」

カデル「静粛に!」

シャーク「……精鋭ぞろいとはいえ 調査は 苦しいものだった。」
シャーク「しかし もう少しで 全滅せんという時 幸い 駆けつけてくれた若者に われわれは救われたのだ!」
シャーク「アルスどの こちらへ。」

アルス「は はい!」

マリベル「ほらっ いったいった!」

緊張した面持ちの少年の背中を少女がそっと押す。

アルス「うん……!」

そうして少年が階段を上がり総領の隣まで来ると、総領はその名を叫ぶ。

シャーク「ここにいる 若者こそ われらが一族の救世主にして 世界の英雄 アルス!」

「「「うおおおっ!!」」」

「アルスさまー!」

「アルスどのー!」

カデル「静粛にっ!!」

シャーク「ここに 今日という良き日を祝って 祝杯をあげる!」
シャーク「みな 杯は持ったか!」

そう言って総領は仲間たちから自分の盃を受け取ると辺りをゆっくりと眺める。

そしてその盃を高らかに掲げ、力強い声で言い放った。



シャーク「乾杯!」



「「「かんぱーい!!」」」



704 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:51:23.64 I8BPs1sh0 650/905


音頭の後はもう収拾も付かないどんちゃん騒ぎとなった。
普段は石像のように表情を崩さない強面の戦士も、酒の大好きな船乗りも、
いつでも笑顔の踊り子も、おしとやかで通しているはずの婦人まで、
老若男女入り混じり皆楽しそうに踊り、歌い、山のようなご馳走を囲み、酒を酌み交わした。

「ひゃっほーう! 今夜は死ぬまで飲むぜー!」

「ちょっと うちの息子見なかったかい?」

「アルスさま 素敵……。」

「おおい 料理を運ぶの 手伝ってくれー!」

「マール・デ・ドラゴーンは永遠に不滅だー!」

「ららら~ われらが 水の精霊よ~ わ~れら~を みちび~き~た~まえ~。」

甲板のいたるところで思い思いの会話に華を咲かせ、その表情は幸福の色で満ち溢れていた。

コック長「むむっ この味付けは なかなか……!」

「なあなあ この船じゃ どんな漁をしてんだ?」

「うわっ おいしいっ! これ どうやって 作ったんだ!?」

多くの海賊たちの中に混じって漁船アミット号一行もなかなか味わえない船上での宴に浮かれ、少しずつその中に溶け込んでいった。

アルス「す 少し 食べすぎたかも……。」

マリベル「あんたねえ。後で お腹壊しても 知らないわよ?」

そんな中、少年と少女もひとしきり挨拶を終え、今は総領やその妻、そして顔見知りの海賊たちを交えて輪を作っていた。

シャーク「はっはっは! これほど大きな宴を開いたのは 実に 何年ぶりだろうか。」
シャーク「…いや 正確には 何百年ぶり だったかな?」

総領が愉快そうに笑う。

アニエス「あなた あんまり はしゃぎすぎると お体に 触りますよ?」

シャーク「はっはっは! そう言うな。こんなにめでたい日に 騒がずして いつ騒げというのだ。」
シャーク「少しくらい 浮かれても 罰は当たらないだろう。」

カデル「そうですとも アニエスさま。ささっ アニエスさまも グラスが空っぽですぞ!」

そう言って副長は瓶を持ち出すと人魚の杯に赤く輝く液体を注いでいく。

マリベル「あれ カデルさん それって……。」

カデル「おや マリベルさん これを ご存知ですかな?」

瓶を指さす少女に副長が尋ねる。

マリベル「ねえ アルス これって もしかして……。」

アルス「……ビバ=グレイプだ!」

少年は少女と顔を合わせるとその液体の正体をピタリと当てて見せる。

カデル「さすが 世界を旅してきただけあって 博学ですな!」

ボロンゴ「先日 ユバールの方々を 船に乗せた時に 渡し賃として 置いていってくれたんです。」

大樽を叩きながら下っ端の男が笑う。

マリベル「まあ! ユバールの民が!?」

アルス「あちゃー 会いたかったな……。」

“ユバール”と聞いて二人は神の復活の儀式を最後に行方の分からなくなった放浪の民のことを、
そして過去に残った親友とすごした晩のことを思い出していた。

カデル「お二人も お召しになりますか?」

マリベル「……もちろん!」

アルス「いただきます。」

705 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:52:20.36 I8BPs1sh0 651/905


そう言って二人は副長からぶどう酒を受け取ると、その透き通るような濃い赤色に鼻を近づける。
杯の中から香るどこか懐かしい香りはあの時の情景を思い出させるように二人の鼻をくすぐる。
揺らめく炎、美しく儚く、もの悲しいトゥーラの調べ、情熱的な娘たちの踊り、すべてがあの時のままのように二人の記憶を呼び覚ましていく。

マリベル「なんだか なつかしいわね。」

アルス「……うん。」

二人は瞳を閉じ、記憶の糸を手繰り寄せるように一口、また一口、甘みと渋み、そして酸味を共に思い出の味を飲み干していく。

マリベル「……おいしいね。」

アルス「…………………。」

マリベル「……アルス?」

少女は空っぽになった杯をじっと見つめる少年の名を呼ぶ。

アルス「マリベル。」

マリベル「なあに?」

アルス「これ 父さんにも あげたいんだ。」

少年は少女の顔を見てそう告げる。

マリベル「……行くのね。」

アルス「うん。」

少年の顔に、もはや迷いの色はなかった。

アルス「父さんを 連れてくるよ。」

そうして少年が歩き出そうとした時だった。

マリベル「待って。」

アルス「っ……?」

マリベル「……あたしが行くわ。」

少年の肩に一瞬だけ手を添えると少女はそのまま雑踏の中に消えて行ってしまった。

アルス「…………………。」
アルス「カデルさん ボロンゴさん。」

しばらく少女の消えた跡を眺めていた少年だったが、振り返ると二人の海賊に声をかける。

ボロンゴ「なんでしょうか アルスさま。」

アルス「人払いを お願いできませんか。ぼくたちと シャークアイさん アニエスさんだけで お話がしたいんです。」

カデル「かしこまりました。」

少年がそう伝えると二人はすぐに辺りの人々を辺りから遠ざけ、少し離れたところで邪魔が入らないように見張りを始める。

アルス「お父さん お母さん。」

シャーク「なんだい アルス。」

アニエス「……ボルカノさんに お話しするのですね?」

人魚の母親は少年の意図がわかっていたらしく、少しだけ目を細めて少年を見上げる。

アルス「……はい。」

シャーク「そうか…… わかった。」
シャーク「この先何が 起ころうと オレたちは お前の味方だ。」
シャーク「臆することなく 思いの丈を ぶつけるといい。」

そう言って総領の父親は少年の肩を叩く。

アルス「ありがとうございます お父さん。」

アニエス「……いらしたみたいね。」

アルス「…………………。」

人魚の見据える先にはさきほどまでいた少女と、少年のもう一人の父である大男が立っていた。

706 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:54:27.08 I8BPs1sh0 652/905


ボルカノ「おう アルス ここにいたのか。」
ボルカノ「……と なんだ シャークアイさんに アニエスさん…だったよな?」

少女に連れられやってきた漁師頭は少年たちを見つけると
相変わらずちっとも酒酔いしていなさそうな顔でいつものように呼び掛ける。

アニエス「ボルカノさん 楽しんでおられますか?」

人魚がにっこりと微笑む。

ボルカノ「ええ おかげさまで 上手い料理に酒までご馳走になっちまって…… 助けてもらった時といい みなさんには 頭が下がるばっかりだぜ。」

そう言って男は申し訳なさそうに頭を下げる。

アルス「父さん はい これ。」

そんな父親に少年が杯を手渡す。

ボルカノ「ん? こりゃあ なんだ?」

男はそれを受け取ると盃の中をまじまじと覗き込む。

アルス「ビバ=グレイプっていう ブドウのお酒なんだ。」
アルス「父さんにも 飲んでほしくってさ。」

明るい声とは裏腹に少年はどこか伏し目がちに言う。

ボルカノ「ははは そりゃ 悪いな。どれ ひとつ いただくとしようか。」

そう言って男は少しだけ香りを楽しんだ後、杯を傾けて半分ほど中身を飲み干す。

ボルカノ「おお… こいつはうめえな。オレにはもったいないくらい 上品で芳醇な味わいだ。」

杯から口を離すと男は正直な感想を述べる。

アルス「気に入ってもらえたみたいで 何よりだよ。」

そんな様子を見て少年は一瞬だけ笑顔を取り戻すが、やはりその表情はどこか堅く、真剣な面持ちでいる。



ボルカノ「ところで アルス。お前 何か オレに言いてえことが あったんじゃないのか?」



アルス「えっ……!」

ボルカノ「ここまで わざわざ マリベルちゃんに呼びにこさせたんだ 何か言いづれえことがあるんだろう?」

生まれた時からずっと接してきたからなのか、親としての直感なのかはわからない。
だがどうやら少年のことは彼にもまた、お見通しのようだった。

ボルカノ「思えば オレが 家に帰ってから ずっとそうだったな。」
ボルカノ「なんだか 妙に よそよそしい時があったりよ… いったい どうしたってんだ? アルスよ。」

そう言って男は浮かない少年の顔をじっと見つめる。

アルス「父さん… ぼくは……。」

その時だった。





マリベル「待って!」





707 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:55:50.93 I8BPs1sh0 653/905


言いだそうとした少年を遮って少女が叫んだ。

アルス「っ…!?」

ボルカノ「どうしたんだ マリベルちゃん。」

突然のことに二人は驚き、少女を見つめる。
それは傍で見ていた本当の両親も同じだったようで、二人とも同時に少女の方へ振り向く。

マリベル「ボルカノおじさま。これから アルスが言うことが どんなことでも 決して アルスのことを 悪く思わないでください!」

少女は目をぎゅっとつむり、全身の力を籠めるように腹から思い切り声を出す。

アルス「マリベルっ……!」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「マリベルちゃん オレは こいつの父親だ。」
ボルカノ「たとえ こいつがどんなことを言っても オレは正面から 受け止める。…それが 親の務めってもんだ。」
ボルカノ「だから アルス。お前が オレの息子なら 言いてえこと ドーンと言っちまえ。言って 楽になっちまえ。」

少女の言葉にしばらく呆気に取られていた男だったが、やがて歯を見せて二カッと笑うと少年へ力強く語り掛けた。

アルス「あ…ぐっ…… 父さん……!」

そんな育ての親の言葉に思わず少年は涙ぐみ、からからに乾いてしまった喉を必死に動かして声を絞り出す。





アルス「ぼくは…… ぼくは……!」

























アルス「本当は 父さんと 母さんの子じゃないんだっ……!」

























708 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:58:13.67 I8BPs1sh0 654/905




“言ってしまった。”



アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

シャーク「…………………。」

アニエス「…………………。」

少年が最後の言葉を吐き出した後、辺りは痛々しいほどの沈黙に包まれていた。
それは異様な様子を察した辺りの人々が思わず振り返ってしまうほどの静寂だった。

真実を告げてしまうということの恐ろしさを、少年はその身にひしひしと感じていた。

次に父親から放たれるのは、果たしてどんな言葉なのだろう。

次に父親が見せるのは、どんな表情なのだろう。

次の瞬間、自分はもうあの船にいられなくなるのではないだろうか。

もう、自分は大好きな母親の待つ家には帰れないのだろうか。

故郷で待つ大切な人たちとお別れしなければならないのだろうか。

まるで走馬灯のように少年の頭の中をぐちゃぐちゃになった思考の断片が駆け巡っていく。

ボルカノ「…………………。」










ボルカノ「……なんだ そんなことか。」










709 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 18:59:53.61 I8BPs1sh0 655/905


しかし意外にも、否、最初から彼はわかっていたのかもしれないが、
男の口からこぼれた言葉は少年の予想を裏切るものだった。

アルス「えっ……?」

マリベル「っ……!?」

重い沈黙を破った予想外な感想に少年と少女は思わず言葉を失くす。

ボルカノ「うすうす 気づいてたさ。」
ボルカノ「お前が 母さんのお腹から6か月で 生まれてきた時も その腕にできた痣を見た時も おまえがいつの間にか 魔王を倒すほど 強くなったって 聞いた時も。」
ボルカノ「何より シャークアイさんと アニエスさんの顔を見た時によ ……わかっちまったんだ。お前が本当は この二人の子なんだってよ。」
ボルカノ「いったい どういういきさつで そうなったのかは わからねえけどな。」

アルス「父さん ぼくは……。」

ボルカノ「もう何も言うな。」
ボルカノ「たとえ お前とオレたち 血のつながりがなくてもよ… これまで 一緒に過ごしてきた時間は 本物だ。」
ボルカノ「だれが何と言おうと お前は オレと母さんの息子だ。……これまでも これからもな。」
ボルカノ「それにお前は オレの後を継いで 漁師になることを 選んでくれたじゃねえか。」
ボルカノ「それが オレたち親子の 何よりの絆だ。そうだろう?」

アルス「…父さん……!」 

それ以上の言葉は出てこなかった。

少年は父親にしがみつくとそのまま静かに嗚咽を漏らす。

父親はそんな少年を力強く抱きしめる。

悩み傷ついた少年の心を包み込むように。

アルス「…………………。」

ボルカノ「…………………。」

シャーク「ボルカノどの……。」

アニエス「ボルカノさん……。」

ボルカノ「……なんでしょう。」

本当の両親に声をかけられ、父親は顔を上げる。

アニエス「確かに この子は 私たちの子です。」

シャーク「ですが この子は 立派に育ち こうしてわれわれの前に 姿を現してくれた。われわれが 望むものは もうありません。」
シャーク「どうか この子のことを よろしくお願いします。」

ボルカノ「……言われるまでもないことさ。」
ボルカノ「任してください。アルスは きっと 世界一の漁師に してみせます。」

深々と頭を下げる二人に父親は力強く応えてみせる。


710 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 19:01:21.07 I8BPs1sh0 656/905


シャーク「マリベルどの。」

マリベル「は はいっ…!」

シャーク「これからも アルスを 支えてあげてはくれないか。」

アニエス「私に似て 少し 気の弱いところは あるけれど とっても 優しい子だから……。」
アニエス「時には あなたに迷惑を かけることも あるでしょうけど そんな時は そっと 背中を押してあげてくださいね。」

マリベル「……はい!」

本当の両親の想いを受け、少女は力強く返事をしてみせる。



マリベル「アルス!」



アルス「……マリベル。」

泣き腫らした瞳で少年が振り返る。

マリベル「いつまで 泣いてるの! せっかく 本当のことを 打ち明けられたんだから 後は 楽しく 飲みましょうよっ!」

そんな少年に少女はわざといつものように強気に叱ってみせる。

アルス「…………………。」
アルス「ふっ… は はは……!」

そんな少女の優しさが愛おしく、つい少年は笑ってしまう。

マリベル「ほら 涙も拭いて。もう 泣かないの。」

そういって少女は少年の顔をハンカチでそっと拭いていく。

アルス「……ありがとう マリベル。」

マリベル「いいってことよ。それより 喉乾いてない?」

アルス「……のもっか。」

少しだけ悪戯な少女の微笑みにつられるようにして遂に少年は笑顔を取り戻すのだった。

ボルカノ「そうと決まれば 湿っぽい話は終わりだ! せっかく うまい酒が あるんだ! もっと いただくとしようぜ。」

それを見て父親も豪放に笑いだす。

マリベル「さーんせいっ! さすがは ボルカノおじさまだわ!」

シャーク「ビバ=グレイプなら まだ たんまりある。遠慮しないで 飲んでくれ!」

少年と少女のやり取りを微笑ましく見つめていた総領だったが、
もう一人の父親の言葉を聞くとそれを後押しするかのように瓶を叩いてみせた。

アニエス「もうっ 二日酔いになっても 知りませんよ?」

シャーク「その時は お前に介抱してもらうから いいさ。」

アニエス「まあっ あなたったら。うふふっ。」

夫の言葉に少しだけ顔を赤らめると、人魚はそっとその手を絡める。



夜は更け、上弦の月が西の空に傾きかけた今でも尚、人々は宴を楽しみ、熱狂ともいえる夜は明け方まで続いた。

そうして空が白み始めた頃、明日からの旅路への希望を抱いて、人々はようやく眠りにつくのだった。





そして……


711 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 19:01:49.53 I8BPs1sh0 657/905






そして 夜が 明けた……。





712 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 19:06:42.18 I8BPs1sh0 658/905


以上第23話でした。


原作では最後まで明確にアルスとシャークアイ、そしてアニエスの関係が語られることはありません。
精霊の紋章がアルスの腕に宿る決定的な瞬間、奇妙なことにあの場には誰もいませんでした。
よってアルスの仲間たちは誰一人として真相に気づいてはいません。
(それは各キャラクターのセリフからもわかりますね)
これはあの親子だけの秘密だったのです。

きっと少年は複雑な思いを抱えたことでしょう。
本当の両親と育ての両親、自分にとって大切なのはどちらか。
片方が死去しているならばまだしも、偶然の悪戯か二つの両親は同じ時代に存在してしまいます。

今回のお話はその二つの親が同じ場に会したらどうなるのかという疑問から、
主人公が自身の出生を巡る数奇な運命を受け入れ、
そのことを誰かと分かち合っていくまでの過程を書いてみました。

そしてもう一つ気になるのはダークパレス自体のことです。
この第23話で書いたようにダークパレスの地下部分は魔王の死によって崩れたと見ていいでしょう。
しかし、エンディングのブルジオの口ぶりからするに地上部分は崩れていません。
あの後あの建物はいったいどうなるのか。
万が一魔物が残っていたとして、それがいなくなったらあの塔は解体されるのでしょうか。
それともそのまま利用されるのか。
現実的に考えると前者だとは思いますが、本気でブルジオが購入するとなると話は別かもしれませんね。

…………………

◇無事親子の絆を確かめ合ったアルスたちは再び航海の旅へ。
しかし些細なことからマリベルの様子に変化が……?

713 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/14 19:08:28.85 I8BPs1sh0 659/905


第23話の主な登場人物

アルス
偶然再会したマール・デ・ドラゴーンで
自らの出生の秘密をボルカノに打ち明ける。

マリベル
アニエスの口からアルスの秘密を聞かされ、
ボルカノに打ち明けようとするアルスの背中をそっと押す。

ボルカノ
いつも船員の体力には配慮している。
アルスが自らの実子ではないと知っても尚、
彼のことを実の息子として再び受け入れた。

コック長
いつでもアルスやマリベルのことを気にかけている。
実はマール・デ・ドラゴーンの厨房で見学をしていた。

めし番(*)
いつもは頼りない雰囲気だが、
アルスたちのことを心から信頼している。

アミット号の漁師たち(*)
同じ海に生きる者として
マール・デ・ドラゴーンの船員たちとは気が合う様子。

キャプテン・シャークアイ
水の精霊のチカラを受け継ぐ一族の長にして
若くして海賊船マール・デ・ドラゴーンの総領を務める。アルスの実の父親。
父親として息子の選んだ生き方を尊重し、応援している。

アニエス
シャークアイの妻にしてアルスの実の母親。
失くしたと思っていた息子との再会を喜ぶ。
息子にまつわる秘密をマリベルにだけ先に打ち明ける。

カデル
双胴船マール・デ・ドラゴーンの副長。
総領が不在の間も冷静な判断と指揮で船を守る。

ボロンゴ
かつてアルスの世話役を任されていた船員。
少々おっちょこちょいな部分があるが、気さく。

マール・デ・ドラゴーンの住人達(*)
巨大双胴船に住む海の一族。
平和になった世界で海の見回りをしながら暮らしている。


719 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:23:11.99 8S3LzPGC0 660/905






航海二十四日目:人魚の涙 / 花畑で待ってる





720 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:24:31.79 8S3LzPGC0 661/905




アルス「うーん……。」



全てを打ち明けた次の日、少年はとある客室の一角で目を覚ました。

アルス「よく 寝た……。」

それは明け方まで飲み明かしたというわりにはスッキリとした目覚めだった。
肩の荷が降りたということもあったのだが理由はまた別。

アルス「ここは…… あっ あれ?」

大きく伸びをした後、部屋の中を見回すと他にもアミット号の仲間が数名寝ていたが、少女はもちろん、父親もそこにはいなかった。



ボロンゴ「あ アルスさま お目覚めですか?」



部屋の外で待機していたであろう世話役の海賊が少年の起床に気付き、部屋に入ってきて小さな声で呼びかけてくる。

アルス「おはようございます ボロンゴさん。」

ボロンゴ「よく お休みでしたね。」

アルス「……いま どれぐらいですか?」

ボロンゴ「もうすぐ お昼になりますよ。」

アルス「えっ……。」

“しまった!”

少年は昼という言葉を聞いて焦った。
予定では本日中には次の目的地に到着していなければならないのだが、この分だと間に合うかどうかも怪しい。

アルス「ちょっと 待ってください! みんなと 起こしますから!」

ボロンゴ「ああ それなら じぶんがやっておきますから アルスさまは お顔を洗ってきては いかがですか?」

男に引き止められ、少年はいびきをかいている仲間のもとへ向かうのをやめる。

アルス「あっ そ それじゃ お言葉に甘えて……。」

ボロンゴ「いってらっしゃいませ。」



721 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:25:32.17 8S3LzPGC0 662/905


アルス「さっぱりした……。」
アルス「あっ……。」

顔を洗い、甲板へとやってきた少年はそこでようやく少女と父親を見つけた。

アルス「おはよう。」

マリベル「あら アルス おはよう。」

ボルカノ「おうっ ようやく 起きたか。」

船縁から塔を見つめていた二人が少年に挨拶を返す。

アルス「ははっ ごめんごめん。」

ボルカノ「他のやつらは どうした?」

アルス「ボロンゴさんが 起こしてくれてると 思うんだけど……。」

そう言って少年は辺りをきょろきょろと見渡す。

マリベル「遅くても お昼ご飯にはくるでしょ~。」

少女がどうでもよさそうに欠伸をしながら言う。

アルス「……それも そうだね。」
アルス「そうだ 父さん 今日中に ウッドパルナに行くんだよね?」

そんな少女の間延びした言葉を聞き流し、少年は先ほどから懸念していたことを父親に訊ねる。

ボルカノ「ん? ああ そうだが。」

アルス「間に合うかな?」

ボルカノ「ここからなら すぐだろうよ。焦るこたあねえ。」

父親の言う通り、この魔塔のある島から次の目的地まではこれまでの距離と比べれば目と鼻の先にあるも同然だった。

マリベル「そうよ せっかくなんだから のんびりしていきましょ。」
マリベル「それに…… つぎ いつ会えるか わからないでしょ?」

そう言って少女はどこか心配するような目で少年を見つめる。

アルス「……うん そうだね。」

そんな少女に少年は困ったような顔で少しだけ微笑むのだった。

722 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:29:04.15 8S3LzPGC0 663/905




シャーク「そうか…… もう 行ってしまうのだな。」



それぞれが食堂で昼食を終えた後、漁船アミット号一行は海賊船に別れを告げるべく甲板に集まっていた。

ボルカノ「すまねえな シャークアイさん。」
ボルカノ「本当はもっと 話したかったけど オレたちにも まっとうしなきゃならねえ 使命がありましてな。」

シャーク「ええ… そうでしたな!」

ボルカノ「また 飲みましょうや。」

同じ海に生きる男としてやはり通じるものがあったらしく、少年の父親たちは名残惜し気に握手を交わす。

アニエス「アルス たまには 顔を見せにきてくださいね。」

アルス「こっちから 探すのは たいへんですから みなさんも 是非 フィッシュベルに遊びに来てください。」

シャーク「わかっているさ。」

アニエス「ふふっ 漁ももちろん大事だけど マリベルさんとも 仲良くするんですよ?」

アルス「……は はいっ。」

シャーク「もしかすると 次に行った時には 孫ができているかもな。」

アニエス「まあ あなたったら!」

マリベル「なっ なななっ……!」

アルス「気が早いですよ……。」

アニエス「あらあら うふふふ。」

夫の冗談に真っ赤な顔をして口をパクパクさせている少女とどこかまんざらでもない少年を交互に見て人魚が笑う。

アニエス「……ああ そうだったわ!」
アニエス「アルス。これを……。」

ふと思い出したかのように呟くと人魚は服の下から何かを取り出して少年に手渡した。

[ アルスは 人魚の涙を 受けとった! ]

アルス「これは……。」

アニエス「あなたに渡したくてね 今朝 作ってもらったのよ。」

シャーク「アニエスは 涙が 真珠になるんだ。お守りに もっていってくれ。」

差し出された真珠の垂れ飾りをまじまじと見つめる少年に夫婦が言う。

アルス「ありがとうございます!」

マリベル「よかったね アルス。」

アルス「……うん。」

少年の顔を覗き込んで微笑む少女に、少年は少しだけ照れくさそうにはにかんでみせた。

723 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:30:04.05 8S3LzPGC0 664/905


アルス「それじゃあ また。」

シャーク「お前なら きっと 世界一の漁師になれる。オレたちは 応援しているぞ。」

アニエス「エスタードにいる お母さんを 大事にしてくださいね。」

アルス「はい!」

最後に力強く返事をすると、少年はもう一人の父親に向き直る。

ボルカノ「……もう いいんだな?」

アルス「うん 行こう!」

マリベル「うふふっ。」

ボルカノ「よーし そうと決まれば 出航だ! 船に乗り込むぞ お前たち!」

「「「ウスッ!!」」」

トパーズ「なおー!」

かくして少年は親子の絆を確認し、再び漁船アミット号に乗って大海原へと繰り出していったのだった。



カデル「いま再び われらが一族の英雄と その仲間たちの 新しい船出を祝い ここに祝砲を上げる!」



副長の雄叫びと共に轟音が鳴り響く。

「さよーならー!」

「また いつかー!」

「みんな 元気でなー!

見送る者と見送られる者、そのすべてが別れの寂しさを感じてはいなかった。
むしろ、これから先に起こるだろう新しい日々、そしてまたの再開の時を楽しみに、再び訪れた日常の中へと戻っていくのであった。



724 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:31:35.42 8S3LzPGC0 665/905


アルス「…………………。」

まだ遠くに見えている海賊船を眺めながら少年は船尾で休憩をとっていた。



「アールス。」



そんな少年を見つけた少女が呼びかける。

アルス「……マリベル。」

マリベル「何 考えてんの?」

そう言って少女は少年の隣に立って縁に肘を立てる。

アルス「いや いろいろあったな って思ってね。」

少年は真っすぐ海賊船を見つめたまま答える。

マリベル「でも これで 良かったのよ。」

アルス「……そうだね。」

少年はゆっくりとそう答えると瞳を閉じる。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

少しだけ涼しくなった潮風が少年と少女の間をすり抜けていった。

マリベル「…それにしても あんたには この2年間 驚かされてばっかりね。」

アルス「そう?」

マリベル「そうよ。どこ行っても人には好かれるし 腕のアザもそうだし 過去の魔王は勝手に倒してきちゃうし それにご両親のことも……。」
マリベル「数えれば キリがないわ。」

アルス「狙ってやってるんじゃ ないんだけどなあ。」

ため息交じりに少年が言う。

マリベル「わかってるわよ! ……でも なんだか 不思議ね。」

アルス「……?」

マリベル「こうして あたしと あんたが 数百年の時を経て めぐり会って ついに 現在と過去の 両方のご両親と 一晩過ごしただなんて。」

アルス「本当だね。」

マリベル「……運命 ってやつなのかなあ。」

アルス「素敵な偶然 でいいんじゃない?」

マリベル「ふふっ……そうかもね。」

“ヒトの台詞を!”と思ったのは内緒である。


725 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:33:26.54 8S3LzPGC0 666/905


アルス「これから みんなは どうするんだろう。」

マリベル「そうねえ… 魔王が滅んだ 今となっては もう 海賊を続ける必要は ないんじゃないかと 思うけど。」

アルス「そういえば ユバールの一族も そうだったね。」

神の復活を目的とする放浪の一族は神の復活の儀を終えると同時に何処へと消えた。
ならば海の魔物を倒し航海してきた水の一族もまた、近いうちにその役目を終える時が来るのかもしれない。

少年は自分が総領となるわけでもないが、やはり自らの原点がある一族の行く末が気になってしまうのであった。

マリベル「きっと みんな どこかへ そろって 移住するんじゃないのかしら。」

アルス「だから あの船に乗ったのかな。」

マリベル「きっと そんなところでしょ。」
マリベル「あーあ ビバ=グレイプ もっと 飲んでおけば 良かったわ。」

アルス「…マリベル あんなに飲んで 大丈夫なの?」

マリベル「あれから カラダは ほとんど 平気よ。」
マリベル「あの日が ちょっと 異常だっただけ。」

アルス「そう… ならいいんだけどさ。」

マリベル「あんたも あいかわらず 過保護ねえ。」

アルス「じ 自分の恋人の心配して 何が悪いんだよ!」

マリベル「うっ あ あんた そういうことは もうちょっと 声 控えていってよね!」

少女が顔を赤らめて抗議する。

アルス「えっ?」



「なんだ アルス また のろけてんのか?」



アルス「わっ……!!」



マリベル「キャッ…!?」



726 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:34:57.26 8S3LzPGC0 667/905


どうやら操舵をしていた漁師に今の台詞が筒抜けだったらしい。
少年は驚いて猫のように飛び上がり、その拍子で体勢を崩して少女に覆いかぶさるようにして倒れてしまった。

アルス「ご ごめん マリベル!」

少年はすぐに体を起こし四つん這いの状態で少女に声をかける。

「うおっ 見せつけてくれるな アルス!」

アルス「あっ ち 違うんです これは!」

必死に首を振って弁解をはかる。

マリベル「…………………。」

「がっははは! ちょっと 目を離したすきに これだもんよお!」

アルス「うわわわっ 待ってください!」
アルス「ま マリベルも なんか 言ってよ!」

茶化す漁師に抗議すべく少年は少女に助けを求める。

マリベル「…………………。」

しかし少女は少年の顔を見つめたまま固まっている。

アルス「マリベル……?」

マリベル「……えっ? あ アレ?」

抱き起されて名前を呼ばれると少女は我に返ったのか裏返った声で状況を整理しようとしている。

アルス「大丈夫? どっかぶつけた?」

マリベル「……う うん 大丈夫 なんでもないわ。」
マリベル 「ちょ… ちょっと 冷えたみたいだから 着くまで 休んでるわね……。」

心配そうに見つめる少年を他所に少女はどこかぎこちない歩きで甲板を降りて行った。

「あちゃー こりゃ マリベルおじょうさん お熱かもな。」

アルス「ええっ 熱ですか!? な なんとかしなくちゃ……。」

そうやって慌てて後を追おうとする少年を漁師が制する。

「待て アルス! お前が行ったら 余計に 熱があがっちまうだろ!」

アルス「ど どういう意味ですか!」

「……お前 やっぱり 鈍感だな。」

いまいちピンときていない少年に呆れて漁師はため息をつく。

アルス「あ! ね 熱って そっちの…… いや まさか……。」

「はあ~ これじゃ おじょうさんが 苦労するわけだぜ。」
「島一番の漁師の息子にして 伝説の海賊の息子も 女心は まだまだだな。」

アルス「うぐっ……。」
アルス「しょ 精進します……。」

痛い所を突かれてしまい少年はすっかり項垂れる。
船室へと戻っていった少女に次にどんな顔をして会えばよいのだろうか。

少年の受難は、尚も続く。



そうして太陽が西に傾きかけた頃、漁師たちの向かう先には既に緑が生い茂る小さな島が迫っていたのだった。

727 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:35:54.02 8S3LzPGC0 668/905




ボルカノ「ここが アルスたちの最初に 復活させた島か。」



島へとたどり着いた漁船アミット号は村にほど近い西の船着き場に船を泊め、辺りの様子をうかがっていた。

ボルカノ「よく 漁の時に見ちゃいたけどよ こうやって 上陸するのは これがはじめてかもな。」

アルス「ぼくも 久しぶりに来た 気がするなあ。」

「なんでえ 辺りは 森ばっかりだな。」

アルス「なんせ ウッドパルナ ですからね。」

少年たちの上陸した場所を境に南北はうっそうとした森に覆われていた。
木々の間の闇にはいかにも魔物が潜んでいそうではあるが、
城での話によると魔王が倒れてから現在のところ、魔物の出没情報は出ていないらしかった。

「まっ さっさと 村に入りましょうや。」

ボルカノ「そうだな。 よし いくぞ お前たち!」

「「「ウースッ!」」」

そんな会話をしながら一行はところどころ踏み固められた道を進み、
これまた森に囲まれたのどかな村へとたどり着いたのだった。



728 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:37:10.29 8S3LzPGC0 669/905




「ようこそ 旅の方。」
「ここは 森の中の村 ウッドパルナ。どうぞ ゆっくりしていってね。」



村の南口に立っていた女性は一行を見つけるとパタパタとかけてきて話しかける。

ボルカノ「すいません。この村の 代表者さんを 探してるんですが。」

“これは好機”と見た船長がその女性に気になっていたことを尋ねる。

「代表者 ですか?」
「うーん この村に 代表と 呼べるような人は……。」

ボルカノ「まいったな……。」

アルス「ぼくたち グランエスタードからの使いなんですが この村と 漁業のことで お話がしたくて……。」

困った顔で首を捻る女性につられて困った顔になる船長の脇から少年が前に出て話しかける。

「ああっ そうでしたの! それなら ちょうどいい人が いるわよっ。」

アルス「本当ですか!」

「ええ すぐに 呼んでくるわね。」

そういってまたパタパタと駆け出し女性はどこかに消えた。

「ちょうどいい人って どんな人だ?」

女性の消えた先を見つめながら漁師が呟く。

「そんな 権力をもったやつが ここにもいるのかな?」

「地主とか?」

「それなら 代表者って 言われても おかしかねえだろ。」

「うーん。」

「仙人みたいな じいさんだったりしてな。」

「長老ってか? まあ それなら 納得だけどよ。」

アルス「確かに この村には 老夫婦が 住んでましたけど 特別 慕われているわけでも ありませんでしたよ。」

「なんだ ますます わからねえな。」

ボルカノ「まあ すぐに わかるだろ。」

コック長「ボルカノ船長の 言う通りだ。」



「あっ 戻ってきたみたいですよ。」



そう言って飯番が指さす方には女性がガタイのいい男を連れて戻ってくるのが見えた。

729 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:38:38.91 8S3LzPGC0 670/905


「お待たせしましたー! つれてきたわよっ!」

女性は一行の元までやってくると男を前に出す。

「おいおい どうしたってんだ? オレに用だなんてよ。」

わけのわからないまま連れてこられたのだろう。
男は急なことに困惑した様子で自分を指さしている。

ボルカノ「この人は……。」

「この村で 唯一の 漁師さんよ。」

「は はあ どうも……。」

アルス「急に お呼びしてすいません。ぼくたち エスタード島から来た 漁師なのですが……。」

ボルカノ「王の使いで この村と 漁業のことで 取り決めがしたくてですな。」

「はあ なるほどな……。それで オレが 呼ばれたわけか。」
「確かに この村には 村長なんて いないからな。」

アルス「それで いろいろと お話をしたいのですが……。」

「……わかった。ここじゃなんだから 場所を移そう。」

ボルカノ「よし お前ら 今日はここで 解散だ。明朝 村の西口に集合だ いいな!」

「「「ウスッ!!」」」

ボルカノ「宿を 人数分 頼むぜ。」

「わかりました。」

ボルカノ「アルス それに マリベルちゃん。あとは オレが話すから 二人とも 休んでていいぜ。」

号令をかけ終えると漁師頭は少年と少女にも自由を言い渡すのだったが。

アルス「いえ ぼくも 行きます。」

少年はそれを断った。

マリベル「…………………。」

ボルカノ「どうした? 別に 一人でも 問題ないぞ?」

アルス「これから先 大事なことですから 聞くだけでもいいから ぼくも ご一緒させてほしいんです。」

ボルカノ「……わかった。」

力強い目で訴える少年の意思を汲み父親もそれを承諾する。

ボルカノ「それじゃ 案内してくれ。」

「あいよ。」

短く返事をすると男は自分の家の方へと歩き出す。

アルス「マリベル また後でね。」

マリベル「えっ ええ……。」

そう言って少年と父親は男の後を付いていった。

マリベル「…………………。」

二人を見送る少女はどこか心ここにあらずといった感じでしばらく立っていたが、
やがて我に返るとどこか宿とは違う方へと歩き出すのだった。

730 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:41:21.53 8S3LzPGC0 671/905




アルス「王さま どうやって ここと 交易するつもりなんだろう。」



月が頂を目指してちょうど半分まで空を登った頃、少年とその父親は漁師の家を出て宿へと向かっていた。

ボルカノ「さあな。まあ 外部からの働きかけがありゃ ここも なにかしらの 決めごとをする体制が できるだろ。」

代表者のいない以上、村民が集まって集会を開くなりなんなりするのだろうが、今はそれすら収集する人間がいない。
しかし今回のように他国や他の大陸の町と交流せざるを得ない状況となっては
いずれ大事な取り決めをするための機関なり人間が現れるようになるだろう。

少年の父親が言いたいのはそういうことであった。

アルス「だと いいんだけどね。この村の人たち のほほんとしてるから。」

ボルカノ「……アルス それ お前が 言えたことか?」

アルス「むっ 失礼な! これでも ぼくは 父さんと母さんの息子なんだよ?」

ボルカノ「わっはっは! ……そういやよ。」

楽しそうに笑ったかと思えば父親は急に神妙な顔になる。

ボルカノ「オレが思ってるこたあ 昨日 言ったとおりだけどよ。お前は どう思ってんだ?」

アルス「…………………。」

“自分には二つの両親がいるということを”

父親の言わんとしていることはそういうことだろうと少年にはすぐに理解できた。
そして立ち止まり、この旅が始まる前から思っていたことを正直に語りだすのであった。

アルス「確かに 血のつながりは ないのかもしれない。」
アルス「でも ぼくを産んで ここまで 大きく育ててくれたのは 紛れもなく 父さんと母さんだ。」
アルス「ぼくにとっては 二人とも 本当の両親に変わりない。」
アルス「……だからさ ちょっと 嬉しんだ。」

ボルカノ「ん?」

アルス「ぼくを 息子として 愛してくれる人が この世に 4人もいるんだなって。」
アルス「普通の人なら どうやっても 2人なのにね。」
アルス「こんなこと言うのも 恥ずかしいけどさ…… いま ぼくは 幸せだな。」

ボルカノ「……そうか。」
ボルカノ「帰ったら 母さんに話すのか?」

父親の言葉を受け少年の脳裏に家で待つ母の笑顔が浮かぶ。
恰幅の良い体と海原のように広い心でいつも少年を包み込んでくれた母の顔が。

アルス「……うん。本当のこと話して スッキリしたい。」
アルス「それでさ 言ってあげるんだ。」



アルス「ぼくは 母さんの 本当の息子だってさ!」



ボルカノ「……そうか!」

父親はニカっと笑うと黙って歩き出す。
どうやら聞きたかったことは全て聞き終えたらしい。

少年にはその表情は見えなかったが大きなその背中はどこか満足げに見えたのだった。



ボルカノ「なにしてんだ 早く いくぞ。」



アルス「あ うん!」

いつまでたってもついて来ない少年に痺れを切らした父親に催促され、少年は駆け足でその背中を追う。

親と子の時間は、再び動き出したのだ。



731 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:42:18.09 8S3LzPGC0 672/905




アルス「まだ 戻ってないんですか?」



「おうよ いつまで待っても 来ないもんだから これから 探しに行こうかと 思ってたんだ。」

宿屋に戻った少年と父親だったが、先に宿に入っていた漁師たちからある問題を聞かされる。

コック長「やれやれ。まあ 村から 出てはいないと 思うがな。」

「何かあったら たいへんだからよ アルス お前見てこいよ。」

アルス「えっ は はい。……みなさんは?」

何故か一人で行くように言われ少年は疑問をそのまま口にする。

「いいや アルス お前ひとりで行くんだ。」

アルス「で でも……。」

ボルカノ「……アルス。」

尚も食い下がる少年に父親が声をかける。

アルス「はい。」

ボルカノ「行ってやれ。」

アルス「……うん。」

少しだけ納得しかねた様子だったが少年は頷くとそのまま外へ向かって走り出すのだった。

ボルカノ「…さて オレたちは 先に夕飯を いただくとするか。」

閉められた扉を前に父親は誰にともなく呟く。

「さんせーい。」

「さっすがは ボルカノさん わかってるなあ。」

「待てど暮らせど 来ないから もう 腹ペコですよ!」

トパーズ「ナオーっ!!」

待ってましたと言わんばかりに漁師たちは沸き立つと、早速宿の女将に料理を注文し始めるのだった。



732 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:45:29.00 8S3LzPGC0 673/905


マリベル「…………………。」

少女は一人、村の北にある花畑を眺めていた。

マリベル「どうしちゃったのかしら あたし……。」

昼間に少年ともつれて転んだ時からどうにも心臓の高鳴りが止まないことに少女は困惑していた。

マリベル「今さら あんなことで……。」

少年とはこの旅の最中幾度も体を抱き合い、何度も口づけをかわしてきた。

それなのに、この体の火照りはいったい何なのだろうか。

マリベル「はあ……。」

こうして花畑へ導かれるようにしてやってきたのもどこかで自分の心を落ち着けるためだったのだが、あれからどれほどの時間が経ったのだろう。
辺りはすっかり暗くなり夜のとばりが支配している。
月明かりに照らされた花はどこか寂し気で、風で揺れるたびに物悲しく懐かしい香りを少女の鼻へと運んでくる。





マリベル「アルス……。」





「なんだい?」





マリベル「ヒャッ! キャ~~~!!」





「うわっ!」

不意に耳元で話しかけられ、今度は少女が猫のように飛び跳ねる。

マリベル「アルス! あ…あんた いつの間に!?」

慌てて振り返り、少女は上擦ったまま声の主に叫ぶ。

アルス「いや いま来たばっかりだけど……。」

マリベル「もうちょっと わかりやすく 来なさいよ!」

アルス「そんなこと言ったって……。」

“気付かない方が悪い”とは口が裂けても言えないのだった。

733 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:46:47.66 8S3LzPGC0 674/905


マリベル「……何しに来たのよ。」

少女はにらみつけるように少年を見る。

アルス「何って… きみを 探しに来たんだ。」

マリベル「ふんっ 余計な お世話だわ。」

そう言って少女はそっぽを向く。

アルス「みんな 心配してるよ。」

マリベル「どーだか。厄介払いが できたとか 思ってんじゃないの?」

アルス「…………………。」
アルス「……こんなこと言うのも なんだけど きみは 自分がどれほど 愛されてるか わかってないね。」

マリベル「はあ? どういう意味よ それ。あたしは 今や 世界中の愛を受けているのよ?」

両手を腰に当てて言い放つその背中が、少年にはどこか虚勢を張っているように見えた。

アルス「…うん そうだね。」
アルス「でも 英雄だからとか そんな理由じゃなくて 純粋に君のことを 愛してくれている人たちが 近くにいるってこと もうちょっと 考えたらどう?」

諭すような落ち着いた声色で少年はゆっくりと話す。

マリベル「何よ……それ。どうせ あたしは みんなにとっては 漁の邪魔でしか ないんでしょ?」

アルス「……本当にそう 思ってる?」

少年は少女の目の前まで回り込んで問いただす。

マリベル「…………………。」

目を合わせようとしない少女を刺激しないように少年は優しく語り掛ける。

アルス「今や この旅は きみがいなければ 成立しない。」
アルス「ぼくだけじゃない。みんなが… 父さんも そう思ってる。」
アルス「それは きみが 色んな事ができて 役に立つからじゃない。」
アルス「……きみはもう 立派な 船の一員なんだ。」

マリベル「…………………。」

どうしてこんな言葉が自分の口から飛び出してくるのか、少女にすらわからなかった。

マリベル「……ごめん。」

少女はぎゅっと目を瞑る。

アルス「ううん わかってくれれば それでいいんだ。」

マリベル「……でも 今は 一人にして。」

そう言って少女は再び背を向けてしゃがみ込む。

今はどうしてかわからないが少年の顔を直視できなかったのだ。

734 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:48:30.79 8S3LzPGC0 675/905


アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

アルス「なにを見てたの?」

マリベル「…見れば わかるでしょ。花を見てただけよ。」

少女は振り向きもせず答える。

アルス「きみが 持ってきた花だね。」

マリベル「あたしのじゃないわ。」

そう言われて少年は彼女が言っていた悪夢のことを思い出す。

アルス「……マチルダさんの?」

マリベル「ん……。」

アルス「お墓…… なくなっちゃったもんね。」

マリベル「…本当はね。もう一度 あそこに お花を植えてあげたいんだけど。」

そう言う少女の顔は晴れない。

アルス「どこかも わからなくなっちゃったからね。」

マリベル「…………………。」

アルス「…明日さ。」

押し黙ってしまった少女に少年はある提案をする。

アルス「出発する前に 植えていこうよ。」

マリベル「えっ?」

アルス「お墓の場所は わからないけど きっと マチルダさんは 気付いてくれるよ。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……うん。」

少年の言葉に少女は小さく、小さく頷く。

アルス「…………………。」

“これ以上話しかけても彼女は動かないだろう”

アルス「……それじゃ 先に戻ってるね。」

そう思い少年が踵を返した時だった。





マリベル「…待って!」





アルス「……!」



735 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:51:48.95 8S3LzPGC0 676/905


アルス「……。」

不意に呼び止められ、少年は少女に振り返る。

マリベル「…………………。」

少女は震える体を抱いて立ち尽くしていた。
まるでどうして呼び止めてしまったのかわからないとでもいうように。

アルス「…………………。」

そんな少女を見て少年はすぐに袋の中をまさぐり、毛皮のマントを取り出すと固まったままの少女に被せ……



マリベル「あ……。」



そしてそのまま抱きしめた。

アルス「こんなに冷えちゃって……。」
アルス「気づけなくて ごめん。」

耳元でそうささやかれ、少女は心臓の高鳴りと共に抱かれた体が再び熱を取り戻していくのを感じた。

マリベル「…………………。」

アルス「さあ もう 戻ろう。」

マリベル「アルス……。」

アルス「なあに?」

マリベル「もう少し このままで いさせて……。」

身体がぬくもりを取り戻すと同時に少女は自分の中で固まっていた不機嫌さや不安が溶けていくのを感じていた。
そして昼からどうにも落ち着かなかった感情の波が、いつしか凪のように穏やかになっていくのも。

マリベル「おねがい。」

少年の背中に手を回して体を密着させる。

アルス「…………………。」

少年は何も言わずにそれを受け入れた。

マリベル「…そうだった……。」

アルス「ん?」

ずっと感じていた心の違和感の正体。

マリベル「アルス……。」

“あなたと 触れ合っていたかった だけなのね。”

アルス「…………………。」

名を呼ばれた少年は何も答えなかったが、見つめてくる少女の瞳を柔らかい微笑みで受け止める。



少女の体は、もう震えてなどいなかった。



736 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:53:52.10 8S3LzPGC0 677/905




トパーズ「なー…。」



マリベル「トパーズ!」

宿屋に戻った少女をまず出迎えたのは三毛猫だった。
少女の足元で八の字を描くようにクルクルと歩いては少女の顔を見上げてくる。

「おお マリベルおじょうさん!!」

マリベル「ただいま みんな。」

続いて扉の音に気付いて部屋から駆けてきた漁師たちが叫ぶ。

「よかったー!」

「戻ってこないから 心配したんですよ!」

コック長「まったく あんまり ヒヤヒヤさせないでくださいよ。」

「まあまあ こうして 無事 戻って来てくれたんだから。」

「危うく 見捨てられちまったかと 思ったぜ。」

マリベル「…うふふっ ごめんなさーい。」

皆のあまりの心配ようにどこか自分の父のことを思いだし、少女は少しだけ微笑んで謝る。

ボルカノ「体は 冷えてないかい?」

マリベル「ええっ なんとか。」

アルス「はー…… お腹減ったなー。」

「おお アルス お前の分も 食っといてやったからな。」

アルス「ええっ なんですか それ!」

「いつまでも 帰ってこない お前が 悪いんだぞ?」

「せっかくの料理が 冷めちまうからなあ がっはっは!」

コック長「ほれ 今から さっさと 注文するんだな。」

ボルカノ「早くしないと おかみさん 寝ちまうぞ。」

アルス「う うわっ すいませーん!」

マリベル「あははは! あたしの分も おねがーい!」



慌てて女将を呼ぶ少年の後ろで少女が楽しそうに笑う。

そんな少女の笑顔につられて漁師たちもにんまりと笑う。

最初はどうなるかと思ったこの旅も、こうして少年と少女を中心にたくさんの笑顔が生まれ、困難こそあれどそのすべてを乗り越えてきた。



残る旅路は短い。

しかしそれでも漁船アミット号は最後まで誰も欠けることなく大海原を突き進んでいくのだろう。

すべては帰りを待つ愛する家族と、故郷で待つたくさんの人々のために。





そして……


737 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 18:54:26.07 8S3LzPGC0 678/905






そして 夜が 明けた……。





738 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 19:00:54.48 8S3LzPGC0 679/905


以上第24話でした。



神の兵、天井の神殿、ユバール、そしてマール・デ・ドラゴーン。

どれもこれも魔王との戦いや神の復活を目的として生きてきた人々です。
それが主人公たちの手によって達成された後、彼らはいったいどのようにして生きていくのか。



神の兵はそのほとんどがメザレで生活しています。
そもそも彼らには子孫であるという自覚はあってもそれでどうこうというつもりはなく、
他の村と変わらず気ままに暮らしていましたね。



では天上の神殿の人々はどうでしょう。
彼らは神に仕える身としてメルビンを筆頭にあそこに住まうことを続ける模様ですが、
主人公たちの手引きにより神は移民の町へとやってきました。
そうである以上、彼らがいつまでもあそこに居続ける必要があるのか、という疑問が生まれます。
魔王が倒れ、神が地上に降りたったエンディング後の世界で、彼らはこれから何をするのでしょうか。



その点ユバールの民は目的を果たした後、それぞれが好きなように生きていくことになりました。
事実上、一族の解散です。
しかしそうは言っても急に多くの人々が移民として一つの町や村などに流れ込んではトラブルが起きるでしょう。
きっと、少しずつ分かれて別々の場所に移住するか、
どこか未開の地を見つけてそこで村を作るかのどちらかが現実的な線です。
しかしエンディングの時点でそう言った新しい村が作られてない以上、彼等はまだ旅を続けていると推測できます。
よってこのSSではそんな彼らのその後という形でちょろっとだけ登場してもらいました。



さて、マール・デ・ドラゴーンはどうなるのか。
かつて神が魔王に倒されたときに生まれた水の精霊。
彼等はそんな水の精霊のチカラを受け継いでおり、その目的は海の魔物を倒すことにあります。
では魔王亡き後、もし魔物が世界から姿を消したら彼らはどうなるのか。

あの船が完全な都市国家的機能を持ち合わせていることや
ユバールの民と比べてあまりにも人数が多いことを考えると、
彼らは海での生活を続けるのかもしれません。
(一族としてのアイデンティティもあるかもしれませんが)

ましてや魔王がいない時代でも行くところに行けば魔物が存在していたということを考えると
魔物が絶滅するという可能性は低いので、彼らのすべきことに終わりはないのかもしれませんが。

まあその方がドラクエの世界っぽくて良いかもしれませんね。



…………………

◇なんとかウッドパルナで仕事を終えたアミット号一行。
そして次の地へ向かう最中、マリベルは城へ行った時のことを語るのでした。

最近 >>1000 までに終わるか心配です。


739 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/15 19:02:56.26 8S3LzPGC0 680/905


第24話の主な登場人物



アルス
エスタード島一の漁師の息子にして
海賊船マール・デ・ドラゴーンの総領の息子でもある。
今は駆け出しの漁師として日々奮闘中。

マリベル
網元の娘にして世界の英雄でもある。
日々心も体も大人になりつつあるが、
アルスのこととなると時々自分の心境の変化についていけなくなることも。

ボルカノ
グランエスタードが誇る漁師。
とある一件からアルスとの絆を確かめ合う。

コック長
アルスやマリベルを保護者のように見守る。
寄港先ではその地の料理を研究している。

アミット号の漁師たち(*)
義理と人情に熱い海の男たち。
網本の娘であるマリベルには頭が上がらないが、
それ以上に彼女のことを信頼している。

キャプテン・シャークアイ
海賊船マール・デ・ドラゴーンの総領。
息子のアルスの成長を願い、遠くから見守っている。

アニエス
アルスのもう一人の母。
息子の安全を願い、自らの涙の結晶である真珠の垂れ飾りを渡す。
アルスのおっとりしたところは母親似か。

カデル
海賊船の副長。髭の強面オヤジ。
総領に変わって船員に指示を与えることも多い。

ボロンゴ
普段はただの下っ端だが、
ひとたびアルスが船に乗り込めばその世話役に変身。
ちょっと気が弱い。

ウッドパルナの漁師(*)
村で唯一漁師として生計を立てている男。
エスタードの使いとしてやってきたアルスとボルカノに応対する。



続き
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】(7/8)

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