【艦これ】深海の呼び声【前編】


265 : 以下、名... - 2015/02/12 01:08:07.07 Ux3jjCbpo 160/468

51.

訓練の帰り、車中で提督はぐっすり眠ってしまっていた。

「提督はお疲れのようですね」

運転手を務める無線班は苦笑気味にそう言った。

「司令は着任以来まだ休みなしで勤務していますからね!」

後部座席で比叡が頷いた。艤装は横に乗せている。

「提督室は毎日遅くまで照明が点いています。きっとあまり寝ておられないのでしょう」

「確かに司令は毎朝とっても眠たそうです!」

「実に仕事熱心な方です。やはり中央では活躍しておられたのでしょうね」

「中央、ですか?」

「ええ、はい。中央にはやはり実力のある方が集められますから。この方も中央から派遣されてきたと聞き及んでおります」

「そうなんですか」

「ですからきっと、この鎮守府を改善するために尽力されているのだと、みな期待しているのです」

「確かに司令は他の方とは違います。私は、みんなのために働くことができて嬉しいです!」

「我々も、同じ気持ちなんです。この鎮守府が変わっていく、そんな実感があります。それが、本当に嬉しいのです」

「はい!」

比叡は満面の笑みを浮かべた。
 

266 : 以下、名... - 2015/02/12 01:10:02.66 Ux3jjCbpo 161/468

52.

「首いてえ…」

提督は執務机で首に手を当てて呻いた。

「何。軟弱ね」

詰め碁で遊びながら霞が一刀両断。

「車の中で寝るもんじゃないな。ケツも痛いし」

「知らないわよ、このクズ。羽黒といいアンタといい睡眠の管理を疎かにしすぎよ」

「ああ、羽黒もなんか眠たそうだよな。昨日の夜もあれ絶対寝てたぞ」

「今朝もおかしかったわ。まったく、情けないわね」

ノック。
羽黒と龍田が入室する。

「うわさをすれば影だな」

「?」
 

267 : 以下、名... - 2015/02/12 01:12:37.01 Ux3jjCbpo 162/468

提督が二人を迎える。霞も立ち上がった。

「なんでもない。龍田、遠征ご苦労」

「任務完了よ~。高速修復材は前回と同じところに置いてあります~」

「うん。助かるよ。問題はなかったか?」

「ええ、予定通りに終わったよ~?」

「敷波の様子はどうだった」

龍田は頬に手を当てて微笑んだ。

「敷波ちゃんが心配なの~? うふふ~」

「いいからさっさと報告しなさい」

「わぁ~霞ちゃんこわぁい♪ 敷波ちゃんも特に問題は無かったわよ~」

「そうか。それはよかった」

ほっとして紙煙草に火をつける提督。
 

268 : 以下、名... - 2015/02/12 01:13:41.52 Ux3jjCbpo 163/468

「あの動画を撮ったのが、良かったのでしょうか」

「さあ~。そうだとしたらムダにならなくてよかったけど~」

「あんなのでなんとかなるわけないでしょ。きっと別の要因よ」

「まぁいいだろ。これで無事、出撃できるんだ」

提督が煙を吐いた。

「そうですね…き、緊張してきました」

「早いわよ! しっかりなさいな!」

「気をつけてね~」

「す、すいません…」

「羽黒は第一艦隊のメンバーに改めて通達よろしく。霞も明日は頼む」

「は、はいっ」

「任せなさい」
 

269 : 以下、名... - 2015/02/12 01:25:23.23 Ux3jjCbpo 164/468

「よし。じゃあ解散だ。夕飯にしよう。龍田、改めてご苦労だった。羽黒、霞はまた明日な」

三人を見送って、提督は執務机に戻った。
灰皿に灰を落とす。

「……ようやく出撃か。いろいろあったせいで短くも感じるが…」

机上に散らばった資料や書籍を見渡す。

「北上の件は結局わからずじまいだ。大井の処遇も…これは妖精との折衝が必要だな」

妖精。
彼らは人間とは友好関係を築いているが、やはり彼らは彼らで人間とはまったく異なる存在だ。
まともな接触をするためには、それなりの手続きを踏む必要がある。

「またアイツに頼むしかないな」

へらへらした同僚を思い浮かべて、提督はふっと笑う。
そして煙草の火を消して、真面目な表情になった。
その視線の先にあるのは、机に置かれたお守りである。
中には鉄片がひとつ入っている。

「まだまだ、始まったばかりだ。やるしかないな」

提督は球磨の遺品を見つめて、そう呟くのだった。


 

274 : 以下、名... - 2015/02/16 02:31:16.24 K+E4003do 165/468

53.クリープ

「あ…。あ、曙ちゃん」

「ん。どうしたの」

食堂でトレイを持った潮は奥へと顔を向けた。
曙もそちらを見る。

「………」

「………」

向かいあって食事をしている綾波と敷波だ。
はあ、と曙はため息ひとつ。

「潮。行くわよ」

「う、うんっ」

曙は二人の隣にトレイを置いた。

「隣、座るわよ」

「お、お邪魔します…」

潮も同様に。
綾波がぱっと表情を明るくする。

「あっどうぞ!」
 

275 : 以下、名... - 2015/02/16 02:33:50.21 K+E4003do 166/468

敷波もゆっくりと顔を上げて二人を見た。

「敷波、今日はお疲れ」

「お疲れ様です…っ」

「あぁ……うん、二人とも、お疲れ」

ぼんやりとしていた敷波はゆるゆると頷いた。

「あーっなになに? 夕立も一緒に食べるっぽい!」

がしゃがしゃと食器を鳴らしながら夕立が近づいてきた。

「ほら、霞もーっ! こっちこっち!」

「なによ、やかましいわね」

夕立に呼ばれて霞も眉根を寄せながら潮のとなりに着席する。
 

276 : 以下、名... - 2015/02/16 02:35:58.71 K+E4003do 167/468

「ごっはん、ごっはん~♪」

「夕立、アンタ肉ばっかじゃなくて野菜も食べなさいよ」

「お肉好きっぽーい」

「お野菜おいしいよね」

「霞もひとのこと言えないでしょ」

「何。あたしに好き嫌いなんて無いわ」

「え~? この前気付いたんだけど、あんた鶏肉避けてるでしょ」

「そ、そうなの? 霞ちゃん」

「はァ!? 鶏肉じゃ体力維持できないからよ! 別にキライな訳じゃないわ」

「霞、隠さなくてもいいっぽい!」

「大丈夫だよ霞ちゃん、私も、食べれないものあるから…」

「隠してないし食べれるわよ! なんなの!」
 

277 : 以下、名... - 2015/02/16 02:37:23.49 K+E4003do 168/468

「え、潮ってなに嫌いなの」

「ホルモンとか…ああいうのはちょっと…」

「あーわかる。いつまでも口の中に残ってウザいのよね」

「夕立はワタもいけるっぽい!」

「あたしを無視して話を進めないで!」

柳眉を吊り上げる霞に夕立らがけらけら笑う。
綾波もくすくすと。
それに釣られるように敷波も小さく吹き出した。

「敷波は? なにか好き嫌いあるっぽい?」

「え、あー、あたしは、苦いのは好きじゃないな。コーヒーとか」

「はん、子供ね」

「曙ちゃんはコーヒー飲めるもんね、お砂糖3杯入れたら」

「ちちちちょっと潮ぉっ!」

「えええぇっ!?」

「曙もまだまだ子供っぽーい」

「誰もあんたには言われたくないわよね」
 

278 : 以下、名... - 2015/02/16 02:39:19.95 K+E4003do 169/468

駆逐艦らが楽しそうに食事しているのを眺めて羽黒も微笑んだ。

「嬉しそうですね!」

「ふぇっ! あ、ひ、比叡さん」

「いやーいいですね! 食堂に笑い声があるのはすごく久しぶりな気がしますよ!」

「あ、そ、そうですね。敷波ちゃんも元気になってよかったです」

「まったくもってそのとおりです!」

「あの、比叡さん。明日は、その、よろしくお願いします」

「ええ! もちろん、任せてください!」

にこーっと笑う比叡。
羽黒は出撃への緊張はまだあるものの、どこか安心感のようなものを覚えていた。
この鎮守府が正常に回り始めている。
そんな感覚だった。
 

279 : 以下、名... - 2015/02/16 02:41:53.49 K+E4003do 170/468

54.

夜。提督室。
小さく、控えめにノックが二回。

応答は無い。
そっと、ドアが開く。

「司令官……?」

綾波である。
執務机のほうを見遣ると、提督は机に突っ伏したまま眠りこけているようだった。
するりと入室して静かにドアを閉める。

「司令官。寝ちゃってるんですか?」

提督の背中はゆっくりと上下している。
机の上、提督の下には様々な資料が散らばっている。

「司令官、調べ物の途中で寝ちゃったのかな…?」

ちらっと見てみると、資料は妖精についてのものや近現代の歴史、精神医学書など関連性の良くわからないものばかりである。
綾波は小首を傾げたが、すぐにくるっと提督に背を向けて、

「寝ていてくださってよかったかもしれません。綾波、今日は謝りに来たんです」

呟いた。
 

280 : 以下、名... - 2015/02/16 02:45:45.47 K+E4003do 171/468

「でも、謝って、許されたら綾波はまた間違えてしまうかもしれない。でも、そのままにもしておけない。
 だから綾波の自己満足なんです。だから、司令官が寝ていて、ちょっとほっとしてるんです。
 やっぱり綾波は悪い子ですよね」

掛けられていた提督の上着を彼にかける。

「司令官。ごめんなさい。綾波、司令官を困らせました。みんなを巻き込みました。敷波のことで、わがままを言いました。
 本当にごめんなさい。もう、綾波は間違えません。もし、また綾波が間違えたら……」

てくてくと歩いて、ドアのノブに手をかける。

「司令官。そのときは綾波を解体してくださいね」

哀しい笑顔で綾波は退室した。

提督は眠っている。
彼は知らない。少女の涙を。

 

285 : 以下、名... - 2015/02/25 00:20:19.76 +16t0z/uo 172/468

55.

「あー、こちら司令室。第一艦隊旗艦・羽黒、応答せよ」

『はい、こちら第一艦隊旗艦・羽黒。感度良好』

よし、と頷いて提督は周波数を切り替えて、

「こちら司令室。比叡、聞こえるか」

『はい! 比叡です! 聞こえてますか!』

「うるさいな……」

『司令! 聞こえませんか!? 無線班さん、大丈夫ですか!』

「聞こえている! そんなに大声出す必要は無い」

『ああ! よかったです!』

『こちら観測班。第一艦隊の12時方向に艦影アリ。敵偵察艦と思われます』

「了解。比叡、準備はいいか?」

『はい! 気合! 入れて! 行きます!』
 

286 : 以下、名... - 2015/02/25 00:21:01.82 +16t0z/uo 173/468

「12時方向に敵艦発見!」

複縦陣で索敵行軍していた第一艦隊でも綾波が報告した。

「了解。進路および速度このまま」

「はい。えっ?」

羽黒の指示に綾波がすっとんきょうな声を上げる。

「いいじゃねえか! 轢き潰してやるぜ!」

天龍が笑うと同時に深海棲艦・ハ級が爆発した。

「――ぬあぁっなんだァっ!? ま、まさかオレの秘められた力が…!?」

「違うわよバカ」

一拍遅れて砲撃音が海の上を渡っていく。
霞が親指で後ろを指差した。

「今のは比叡の砲撃よ」
 

287 : 以下、名... - 2015/02/25 00:21:35.84 +16t0z/uo 174/468

『命中。敵艦撃破を確認』

「うっし」

観測班からの報告で提督はぱちんと指を鳴らした。

「比叡。見事だ」

『ありがとうございます!』

「その調子で頼む」

『はい!』

「観測班は引き続き索敵を続行してくれ」

『了解しました』
 

288 : 以下、名... - 2015/02/25 00:22:50.42 +16t0z/uo 175/468

「はぁ!? 比叡を要塞砲台代わりに使う!?」

炎上しながら沈んでいくハ級を見ながら天龍が呆れた。
霞もため息をついた。

「突飛すぎるわよね。あたしもそう言ったけれど、あのクズも比叡も聞く耳持ちゃしない」

「へ~え! でもなんかすごいっぽい! 獲物とられちゃったけど…」

「比叡さんの訓練って定点からの砲撃練習だったんですね」

「はい。どこから、どの角度で撃てばどこに落ちるか。それを試行錯誤して精度を高めていたようです」

羽黒は説明しながらハ級の残骸を軽く迂回する。

「なるほど、それなら燃料も弾薬も節約しつつ戦闘を楽にできるってぇ訳か」

「だけど、そんなのふつう厭でしょうが。あたし達は艦娘で、しかも比叡は戦艦よ?」

そう言う霞に、羽黒は水平線を見つめたまま、

「私には、少しわかる気がします」

と洩らした。

「は? どういうことよ」

「い、いえ…あの……待っているだけ、というのは、少し、辛いものなんです…」

「ああ。少しでも、戦いに参加できるように、ということですか」

「ふうん…。ま、それなら比叡がえらく張り切ってることも説明がつくわね」

「オレも戦ってなくちゃ楽しくねぇなッ!」

「夕立も夕立も~っ!」

「はいはい、アンタらはいつもどおりね」
 

289 : 以下、名... - 2015/02/25 00:24:04.27 +16t0z/uo 176/468

「命中ですかっ?」

「うん。さすが比叡だな」

「ふん。あたしだってあれくらい…」

司令室に曙と潮が訪れていた。

「船は揺れるからな」

提督は煙草の煙をゆっくりと吐き出した。

「そ、そうですね…」

「射線に対して平行な波は前後に、直角な波は左右に狙いをずらす。洋上では常にこの揺れとの勝負だ」

おろおろする潮。
曙は腕を組んで黙っている。

「艦娘はそのしなやかさで揺れを抑えることが可能だが、それでも完全じゃないし、高速で移動する1m×1mの相手に着弾させるのはやっぱり困難だからな」

「知ってるわよそんなことは。だから艦娘の戦闘は接近してからの砲雷武術が定石になったんでしょ」

曙のセリフに頷く提督。灰を落とす。

「そうだ。洋上で戦う高さ約1.5mの艦娘だからこそ波を克服し利用して、射線を奪い合い白兵戦にまで持ち込む砲雷武術が生まれ、進化したんだ。
 逆に言えば、波の影響を受けない陸からならほとんど一方的に攻撃できる、はずだ」

「そ、それでも、風とか光の屈折とか、狙撃は簡単じゃないんじゃ…」

「もちろん。潮、よく知ってるな。だからこそここ連日、比叡には射撃訓練に従事してもらっていた。
 複数の狙撃ポイントから、時間や風位風力などの条件を観測しながらな」
 

290 : 以下、名... - 2015/02/25 00:25:02.85 +16t0z/uo 177/468

「そんなに陸からの砲撃がいいのなら、みんなそうすればいいじゃない」

「艦娘が開発された当初はそうやって戦っていたんだそうだ。まだ力場による浮上航行が発明されていなかったんだな。
 みな岸壁や船から砲撃していたらしいぞ」

「なんだか間抜けね」

「それなら、ええと、各地に防衛要塞を築けば深海棲艦をやっつけられるんじゃないですか…?」

「おいおい潮。君、あいつら相手に通常の物理的攻撃が通用しないことを忘れたのか?
 そうでなければ君たちのような女の子に戦わせたりしないさ」

「ほんっとめんどーなやつらよね!」

「艦艇の神霊の神籬たる艤装でなければ深海棲艦に有効打を与えることはできないからな。詳細な原理は不明だが。
 ちなみに中央では陸上護衛の艦娘部隊が沿岸に配置されているぞ。行政機能やなんかを防衛しなければならないからな。
 俺も見たことはないが、熟練の艦娘が配備されているらしい」

「へえ、そんなのがいるんだ」

「熟練…すごいなぁ…」

『――こちら観測班。第一艦隊の11時方向に艦影アリ』

「了解」

応えて提督は紙煙草を灰皿に押し潰した。

「こちら司令室。比叡、もっぺん行くぞ」

『いつでも準備、できています!』





第一艦隊はこの出撃で快進撃を続け、誰一人大破を出すことなく帰投した。
 

300 : 以下、名... - 2015/03/20 00:13:13.65 7I/TU5pRo 178/468

56.

提督が着任し、出撃してから一ヶ月が経過しようとしていた。

「司令官さん。第一艦隊、出撃よりただ今帰投しました」

「うん、ご苦労」

「戦果についてはまた報告をまとめます。入渠は中破の天龍さんからでよろしいでしょうか」

「それで頼む」

提督室に羽黒が報告に来ていた。
今回の出撃も大過なく勝利したのだ。深海棲艦に占領されていた領海もじょじょに開放することができていた。

「羽黒。夕食を終えたら霞と一緒にまた来てくれないか」

「了解しました。……あの、どういう用件かお聞きしても……?」

「うん。ちょっとめんどさいことになりそうでな」

「はい…、……?」


 

301 : 以下、名... - 2015/03/20 00:14:07.72 7I/TU5pRo 179/468

そうして夜、羽黒と霞が提督室のソファに座っていた。
提督がいつものように紅茶を淹れる。
羽黒も最初は遠慮していたり代わろうとしたりしていたのだが、提督に固辞されて今では落ち着かずに眺めているだけになっている。

「で? 何の用よ」

カーディガンのポケットに手を突っ込んだままの霞。
提督は執務机からぴらりと一枚の紙をつまんだ。便箋である。

「中央の同僚から悪い知らせが来た。あさって、ある中将がこの鎮守府を視察に来る」

「そんな連絡が、なぜ同僚の方から回ってくるのですか?」

「正式な連絡じゃない。おそらく諜報部のツテから入手した情報をリークしてくれたんだろう。暗号で書かれていた」

「その中将がここに来るのが、どうして悪い知らせなのよ」

「うん。そのだな、」

提督は紅茶で舌を湿した。

 

302 : 以下、名... - 2015/03/20 00:15:19.14 7I/TU5pRo 180/468

「その中将は厳格で有名なんだ。この鎮守府の艦娘たちを十中八九良く思わないだろう」

「そ、それは、どうしてでしょう?」

「あたしたちが他の鎮守府とは比べ物にならないくらい緩みきってるからでしょ」

「え、で、でも……最近はちゃんと出撃したり演習したりしてますよ」

「笑わせないでよ。そんなの当然でしょ。普段の態度とか規律のことを言ってるんじゃないの」

「そうだな。最悪なのが、中将が自ら処罰を下す可能性があることだ」

「そ、そんな、いきなりですか…!?」

「そういうひとなんだ」

霞が大きく舌打ちした。

「回りくどいわね。視察の時だけ、普通の軍隊らしくしろって言いなさいな」

「まあ、そういうことだな。急な話だし難しいかもしれないが……頼めるか」

「わ、わかりました…!」

「明日は出撃も遠征も取りやめで視察の準備に専念してほしい。
 羽黒はこのことを各艦に伝達、あと会議室を借りておいてくれ。霞はなにか参考になる書籍を探して指導してやってくれ」

二人は了解した。


 

303 : 以下、名... - 2015/03/20 00:16:42.44 7I/TU5pRo 181/468

57.

「中将閣下に敬礼!」

リーク通り翌日には中央から視察の正式な通達があり、その次の日、つまり今日、中将と部下数名が鎮守府に到着していた。
艦娘らが左右に整列し、一斉に右手を掲げた。

「ようこそおいで下さいました、閣下」

提督が敬礼の後、歓迎の言葉を述べる。

「うむ。今日は急な視察になったが、よろしく頼むぞ」

「はっ! ではまず、こちらへどうぞ」

傲然とした態度で髭をねぶる中将を提督は案内し始めた。
一行が建物のなかに消えてから、ようやく艦娘らは敬礼を解いた。

「すっごい偉そうな奴ね。いけ好かないったら」

「だ、だめだよ曙ちゃん…!」

声に出さず艦間通信する曙と潮。
羽黒は急いで給湯室へ向かった。

「一一〇〇より演習を行う。各自準備して集合」

霞が残ったメンバーに告げ、各員は小走りで移動を開始した。
 

304 : 以下、名... - 2015/03/20 00:18:01.30 7I/TU5pRo 182/468

58.

応接室で提督は中将の相手をしていた。

「なにぶん人員が足りず、見苦しい点も多い鎮守府かと思われますが…」

「良い。しかしお前はその鎮守府でずいぶんと活躍しているようだな」

事務から届けられた戦果報告書などをめくりながら中将。

「恐縮です。皆の働きあってこそのものです」

そこで羽黒がお茶を汲んできた。

「し、失礼します! どうぞ」

「うむ」

「紹介します。こちらが本鎮守府第一艦隊旗艦・重巡洋艦羽黒です」

「おおこれが旗艦か。重巡が旗艦とは、ふむ……」

じろじろと眺められて羽黒は顔を赤くしてもじもじした。

「重巡ながら艦隊を率いてよくやってくれています」

「ここには戦艦が二隻所属しているだろう。それはどうした」

「扶桑型の山城は長期入渠中です。一方、金剛型の比叡も艦隊には配属しておりません。
 誠に不甲斐ないですが資材が足りず、次善の策で凌いでいる現状です」

「そうか。資材不足はどこでも深刻だ。緊急度の高い鎮守府には優先して供給せねばならん。
 それでもどこの鎮守府でもなんとかやってくれている。ここも同様だ」

「は。失礼しました」

「しかしこの鎮守府の躍進ぶりは中央にも届いている。どんな魔法を使った?
 いやお前のことだ、艦娘を信じて一所懸命やった、などとしか言わぬだろう」

「いえ……」
 

305 : 以下、名... - 2015/03/20 00:18:47.60 7I/TU5pRo 183/468

「だがお前のやり方では、いつかの二の舞になるのは火を見るより明らかだ。
 この重巡が、あの軽巡と同じ結末にならぬよう、気をつけることだな」

「――っ」

中将の言葉に提督の顔色が変わる。
彼の脳裏にあるのは、あの日腕のなかで息絶えた戦友・球磨だ。
羽黒は話が読めずにおどおどしている。

「……羽黒。下がっていい。君も演習の準備をしてくれ」

「は、はい、わかり、ました」

気遣うような羽黒の視線を遮るように提督は軽く手を払って指示する。
羽黒が退室する。



「そろそろ一人前の提督になれ。そうすれば中央に戻してやれる」

「……どういう、ことですか」

「わかっているのだろう。艦娘に情をかけるのを辞めろ。あれは兵器だ。合理的になれ」

「……ですが、私は、」

「一人前になって上に来い。お前なら出来る。そうすれば、言っている意味が分かるようになるだろう」

「………」

中将はがぶりとお茶を飲み干した。
膝を掴む提督の手は力の入れすぎでぶるぶると震えている。

「……それが、……今回の、視察の目的ですか……」

「さてな。お前の知るところでは無かろう。さて、そろそろ演習場へ向かおうか」

中将はかつんと湯呑みをテーブルに置いて立ち上がった。

 

306 : 以下、名... - 2015/03/20 00:20:22.97 7I/TU5pRo 184/468

59.

水面を蹴立てて第一艦隊が鉄床戦術を仕掛ける。
すかさず比叡が距離を取り、それを追いかけた天龍と羽黒に龍田らと比叡が十字砲火を浴びせる。
霞らに対してひとり曙が立ちふさがり、援護を遅滞させている。

「ちぃっ!」

数の多い龍田と駆逐艦の砲撃、一撃の重い比叡の砲撃をかいくぐるのに必死になる天龍と羽黒。
なんとか離脱したふたりだが、第一艦隊は二分されてしまった。

「第一艦隊! 用意!」

ひと月にわたって鉄床戦術を受けてきた比叡以下はようやくそれに一矢報いることができたと、
そう思った矢先、羽黒の号令に戸惑った。
第一艦隊のメンバーが砲塔を構える。

「てーっ!」

海が爆発した。

「ひえええっ!?」「な、なんだようっ!」「わひゃああああっ?」

比叡以下四人を取り囲むように水柱が上がる。上がり続ける。
周りが見渡せなくなる。
第一艦隊が水面に向けて砲撃しているのだ。
びしょ濡れになりながら辺りを見回す比叡。即座に砲撃の薄いところを発見する。

「みなさん! こっちです!」

「比叡さん!」「はいっ!」

周囲の見えない状況を脱しようと、曙らが比叡に続いた。

「! 待って―――」

龍田がはっとしてそれを留めようとするが、水煙を切り裂いて天龍が肉薄。

「おらァっ!」

「っ!」

刀と矛が激突した。
 

307 : 以下、名... - 2015/03/20 00:20:58.00 7I/TU5pRo 185/468

「あはははっ!」

比叡に続いた駆逐艦らに夕立が飛びかかった。

「きゃあああっ」

体勢の整わないまま潮、続いて曙が戦闘不能判定に。

「ふたりとも! まさか罠ですか!?」

振り返った比叡が状況を把握する。
第一艦隊は羽黒、霞、綾波が協調して水面を撃って敵陣形を乱し、天龍が追い出して、夕立が迎え撃つという包囲戦を仕掛けたのだ。

「くぅっ」

「ぜんぜん遅いっぽい!」

迫る夕立に照準を合わせようと単装砲を向ける敷波だが、軽快な機動を見せる夕立へ発砲できない。
翻弄される敷波へ一撃、二撃。夕立が叩き込み、戦闘不能判定にさせる。

「やったぁ!」

無邪気に喜ぶ夕立へと、砲弾が放たれた。
 

308 : 以下、名... - 2015/03/20 00:22:11.65 7I/TU5pRo 186/468

60.

『B艦隊、潮・曙・敷波が離脱。A艦隊、夕立が離脱』

「さすがは比叡だな……」

司令室で提督は中将とともに演習の報告を聞いていた。
双眼鏡で様子を見ていた中将はそれを下ろして、

「うむ。納得の練度だ。もういいぞ」

「は。それでは演習を終了します。総員へ告げる。演習は終了。帰投せよ」

後半は無線で各艦へ連絡する提督。
二人は波止場へと移動した。
ペイントまみれの艦娘らが整列して帰投してくる。

「あれはお前の指示か」

「は。隊が分断された場合は鉄床戦術から包囲戦へと移行するようにと」

「砲撃に薄いところを作ったのも?」

「そうです。動きが予測できれば待ち伏せが容易です」

「ふん。陸のやつらの戦術か。海戦とはまるで違う」

「……だからこそ、艦娘の戦闘にあてはまるのかもしれません」
 

309 : 以下、名... - 2015/03/20 00:23:29.96 7I/TU5pRo 187/468

「それがお前の魔法か」

「決して、魔法などとは。懸ける命は彼女たちのものですから」

「いいか。艦娘は、――」

中将が、波止場へと揚がってきたのを見て言葉を止める。

「演習終了、帰投しました!」

羽黒が、続いて総員が敬礼した。



演習が終わって帰っていこうとする艦娘ら。

「そういえば、お前の指示に従わなかった艦娘がいるそうだな?」

「!」

「この中にいるのか?」

「……はい」
 

310 : 以下、名... - 2015/03/20 00:24:19.68 7I/TU5pRo 188/468

「なんと、驚いた。まだ使っているのか。どれだ。処分してやろう」

髭をねじっていた手で、中将がすらりと軍刀を抜いた。

「どうした。どの船だ。さっさと言え」

「……っ」

「言えんのか。また艦娘をかばうのか、お前は。先にお前を抗命罪で処罰してもいいんだぞ」

「……私は、……」

提督のこぶしは強く握られ、奥歯は噛み締められている。
息を呑んで見守る艦娘ら。

「………。謹んで、お受けします……!」

「愚か者が! 背筋伸ばせェッ!」

青筋を立てた中将の怒号。
制帽を取った提督が両手を腰に回して胸を張った。
 

311 : 以下、名... - 2015/03/20 00:24:55.09 7I/TU5pRo 189/468

「……っ」

羽黒が言葉を探す。霞が下唇を強く噛む。潮が涙をためる。




「――あたしだよ」



そして、敷波がひとり、前へ進み出た。

 

318 : 以下、名... - 2015/03/30 00:33:39.26 6n2XGojao 190/468

61.

「なに?」

敷波を睨みつける中将。

「だから、あたしだよ。司令官の命令に従わなかったのは」

「ほう。間違いないのか」

中将が提督を一瞥する。
彼は歯を食いしばっていたが、偽証することもできず、

「…はい。間違い、ありません……っ」

絞りだすように答えるほかなかった。
艦娘らの中から小さく息を呑む音が聞こえた。潮か、綾波か。

「よし。下がっていろ」

中将は頬を歪めて敷波に向き直った。
なんでもないふうを装っているが、少女の膝は小さく震えている。

「お待ちください! ――がッ!」

顔面を殴られて提督が倒れる。
声を上げた提督を見ることもなく中将が拳を振るったのだ。

「ッ!」

霞が雷に撃たれたように身震いした。
閃いた怒りを咄嗟に自制したのだ。
しかし見開かれた瞳は憤怒に染まり、ぶるぶる震える右手を左手が押さえている。
 

319 : 以下、名... - 2015/03/30 00:34:32.71 6n2XGojao 191/468

「司令官さん!」

一方羽黒は飛び出して彼に駆け寄った。助け起こす。

「下がっていろと言ったろう。二度言わすな」

吐き捨てた中将が無造作に軍刀を構える。

「敷波っ!」

呼んだのは綾波。銃把を握る少女に、霞が反転して掴みかかった。

「霞ちゃん!?」

「どいてよ! 霞!」

「感謝するわ、綾波……!」

綾波にだけ聞こえるように霞が唸る。

「アンタが動かなかったらあたしがあのクズを殺るところだった……!」

「ちょっと、あんたたちっ……!」「やめろって!」

曙と天龍が二人を引きはがし押さえつける。

 

320 : 以下、名... - 2015/03/30 00:36:37.53 6n2XGojao 192/468

起き上がった提督が敷波の前で手を広げた。かばった。

「どけ」

「できません。申し訳ございません」

「司令官、」

「黙ってろ敷波」

提督はその場で膝をついた。正座する。

「申し訳ございません! ご容赦のほど願い申し上げます! どうか!」

「ならばお前が責任を取るというのかァ!」

「二度とこのようなことが無いよう責任持って管理いたします!」

「………」

提督は頭を地面にこすり付けた。

「どうか御慈悲を! 中将閣下! お願いします!」

「………。今の言葉、肝に銘じておけ」

中将が軍刀を鞘に納めた。

「ありがとうございます! 感謝いたします」

「抗命の動機と対策について報告書を提出しろ。いいな?」

「はッ!」

「では立て。帰るぞ」

後半はいつの間にか控えていた中将の部下に対して。
 

321 : 以下、名... - 2015/03/30 00:37:52.91 6n2XGojao 193/468

見送る段になって、艦娘らは再び整列していた。

「中将閣下に、敬礼!」

「期待しているぞ、お前には」

「恐縮です。励みます」

提督と中将も敬礼を交わす。
中将が一歩近づいた。

「そうだ。そのためにも、営倉に入れているという重雷装巡洋艦を艦隊に戻せ」

「は……、それは、」

「いいな?」

「……了解、しました」

「うむ。ではな」

そうして中将一行は去っていった。
 

322 : 以下、名... - 2015/03/30 00:40:18.21 6n2XGojao 194/468

しばらく敬礼を続けていたが、

「ふう。もういいぞ」

提督に続いて全員が体から力を抜いた。

「はぁっ…!」

すとんと、敷波がその場に座り込む。

「しき、痛て…、敷波、すまなかったな」

「いや別に…。あたしが悪いしさ」

敷波に、名を呼びながら綾波、潮が抱きついた。

「よかった、よかったよう」

「あー、君ら、とりあえずペイント落として、それから今日はゆっくり休むように」

「はい!」

反射的に厳格な軍のように返事した艦娘らはお互いの顔を見合わせてくすくすと笑いあうのだった。
 

323 : 以下、名... - 2015/03/30 00:42:11.90 6n2XGojao 195/468

62.

浴場。

「かーっ良ーい気持ちだぜ!」

「うふふ~天龍ちゃん、おっさん臭いわよ~?」

「うるせえ!」

軽巡二人が湯に浸かっている。
駆逐艦らは壁際に並んで蛇口の前に座っていた。

「あのクソヒゲ…いきなり処分とか頭おかしいんじゃないの」

「まったくもってクズね。死ねばいいわ」

「ふ、ふたりともそんなこといったらダメだよ~…ふひゃあ泡が目にッ!」

髪を洗う曙、霞、潮。

「でも提督さん、カッコよかったっぽい!」

「そうだね、お姫様を守るナイトみたいだった。ね、敷波?」

「べ、別に…あたしは、どうだっていいし…」

身体を洗う夕立、綾波、敷波。
 

324 : 以下、名... - 2015/03/30 00:44:14.30 6n2XGojao 196/468

「うっしゃあ! 上がるぞ!」

ざばっと勢いよく立ち上がる天龍。龍田も続く。
脱衣所では比叡が下着姿で牛乳を飲んでいた。

「ぷはーっ! いやーやっぱりお風呂上りは牛乳ですね!」

「風邪ひくぜ比叡サンよ」

「風邪なんかに負けません!」

「あれ~? 羽黒さん、先に上がったと思うけど~」

「さっきなんだか急いで出て行かれましたよ!」

「あんたはとりあえず服を着てくれ!」

「貴女だってハダカじゃないですか!」

「オレはまだ上がったばっかだろ!」

「私はもう着たわよ~?」

「早くねえか!?」
 

325 : 以下、名... - 2015/03/30 00:46:44.64 6n2XGojao 197/468

一方、駆逐艦の六人は湯船へと移っていた。

「見て見て敷波!」

ぱっしゃぱっしゃと両手で水を掬い上げて遊ぶ夕立。
なんともいえない表情の敷波の隣で、霞が綾波に話しかけた。

「……綾波。さっきは悪かったわね」

「ううん。むしろ、止めてくれてありがとう。霞」

「まあ、あたしも自分を抑えてられなかったし。ほら、今でも手の震えが止まらない」

「霞は司令官をとても大切に思ってるんだね」

「はァ!? いきなり何言ってんの!?」

微笑む綾波の言葉に霞はばしゃりと動揺した。

「だって司令官が殴られたから怒ったんでしょ?」

「な……、違、あたしはあんまり横暴だったから!」

「霞、どうしたの? なんか顔赤いっぽい?」

「~~~っ!」

夕立に顔を覗き込まれて、霞は急に立ち上がった。

「先に上がるわ!」

「ぽい?」

小首をかしげる夕立と、吹き出す綾波。
霞が浴室から出て行く。

「どうしたのさ?」

「ふふ。なんでもない」
 

326 : 以下、名... - 2015/03/30 00:48:14.95 6n2XGojao 198/468

「あっ忘れてた! 霞に聞こうと思ってたことがあったっぽい!」

ばしゃばしゃと夕立が湯船を飛び出す。

「あたしらも上がろっか」

「うん。二人は?」

「忙しないわねぇ。あたしはもうちょっと浸かっていくわ」

「曙ちゃんがいるなら私も」

「じゃあお先に」

「おさき~」

敷波と綾波も上がり、湯船には曙と潮が残った。

「……今日は、いろいろ大変だったね」

「……そうね」

「私、すごく怖かった。提督や、敷波ちゃんが怒られてて……。でも、私、なにもできなかった。見ているだけしかできなかった」

「……あたしもよ。頭がぐちゃぐちゃになって、体もぜんぜん動かなくて……」

「誰かが傷つくのなんていやだって、そう思ってるけど、私、守ることもできなくて…、……悔しかった」

「ねえ潮。あたしは、次こそ絶対に、躊躇わずに動いてみせるわ」

「うん。一緒にがんばろう。曙ちゃん」

二人は静かに頷きあうのだった。
 

332 : 以下、名... - 2015/04/09 00:38:24.72 1UXCRC7ho 199/468

63.

「痛てて」

「す、すいません…っ」

「いやすまん、羽黒のせいじゃない」

提督は羽黒に手当てを受けていた。
殴られた頬に湿布を貼ってもらう。

「無茶しすぎです…、司令官さん」

「すまなかった」

「心配しました。司令官さん。あんなこと…、もう、やめてください」

涙目で提督を見据える羽黒。
いたたまれなくなって提督はあごを掻いた。

「悪かった。でも、敷波を守るためだったんだ。俺たちは命のかかった戦闘を君たちにさせて陸地でのうのうと待っている。
 だからこそ、君たち艦娘を守るためなら俺はなんだってする。そうでなければ、提督として失格だ」

提督は紙煙草を一本取り出した。

「あるいは、人として失格だ。君に心労を掛けて申し訳ないが、わかってくれ」

羽黒はじっと彼を見つめていたが、やがて眉尻を下げた。

「……ずるいです。そんなふうに言われて、反対できません」

「うん。大人はずるいんだ」

提督は笑って、煙草に火をつけた。
煙を吸い、大きく吐き出す。

「あー。うまい」

嬉しそうな提督に、羽黒も優しく微笑んだ。
 

333 : 以下、名... - 2015/04/09 00:39:50.04 1UXCRC7ho 200/468

がちゃりと、ドアを開いて霞が入室した。

「煙草臭いのよこのクズ!」

「開口一番だなぁ、霞。今日はご苦労だった」

「なにがご苦労よ。そんな情けない面して! アンタが一番……っ!」

提督の胸倉を掴んだ霞は潤んだ目を隠そうとして額を押し当てた。

「霞……」

「自分の命を、無下にするやつは、最低よ…っ」

「すまなかった」

頭を撫でようとした提督の手をばしりと払い、下から睨む霞。

「次あんなことしたら、張っ倒すだけじゃ済まないから! いいわね!」

「厳しいなぁ霞は。善処するよ」

「今度はあたしが絶対にあんたを守る――」

「霞、」

「なっ、何よ」

霞の言葉をさえぎって、提督がその右手を掴んだ。

「俺を守るなんて、言わないでくれ。頼むから」
 

334 : 以下、名... - 2015/04/09 00:42:28.47 1UXCRC7ho 201/468

「な、あ、あたしは、……」

「だめだ。だめなんだ。俺を守ったりしなくていい。俺は、もう、誰も喪いたくない」

「………」

提督の沈んだ声に、霞もクールダウンする。
あの、と羽黒が遠慮がちに声を掛けた。

「それは、"あの軽巡"のお話ですか?」

――この重巡が、あの軽巡と同じ結末にならぬよう、気をつけることだな。
羽黒は中将の台詞を思い出していた。

「何の話よ」

「………」

提督は霞から手を離してソファに力なく座り込んだ。
ため息をひとつ。

「楽しい話じゃない」

「……軽巡? もしかして、球磨型の?」

――約束なんだよ。妹たちを守るって約束したんだ。
霞の頭にあるのは大井についての問いに対する彼の返答だ。

「そうか。霞には少し話したか。……しかたないな」

提督は長く伸びた灰を捨ててもう一息煙を喫む。

「昔の、話だ。俺は中央で艦隊を指揮していた――」

そうして、彼は話し始めた。
 

335 : 以下、名... - 2015/04/09 00:45:18.82 1UXCRC7ho 202/468

「……じゃあ、何よ」

提督が話し終えて、霞は呟いた。

「アンタはあのクズ中将のせいで球磨を喪ってここに左遷されたってこと…?」

羽黒も沈痛な表情である。
提督はというと数本目の煙草に火をつけている。

「中将のせいじゃない。俺のせいだ。俺の力が無いが故に球磨を死なせ、俺の力が無い故に上に認められなかった」

煙を吐く提督。

「――それだけだよ」

「司令官さん。司令官さんのやり方では私がその球磨さんのようになる、というのは……?」

「………。球磨はもういない。今いる艦娘を大事にしろ、ということだよ」

「………」

「……そう、ですか」

しばらく、三人は黙り込んだ。
 

336 : 以下、名... - 2015/04/09 00:48:16.33 1UXCRC7ho 203/468

「……そうだ。ひとつ、厄介なことを思い出した」

「何。まだなんかあるの」

「うん。大井を艦隊に戻すよう中将に命令された」

「なっ……!」

「大井さんを、営倉から出すということですよね」

「そうだ。すまん、断れなかった」

「チッ。仕方ないわよ、あの後じゃ反対なんてできないわ」

「そうですね…。艦隊に所属しているようにごまかしたりはできないでしょうか?」

「難しいだろうな。出撃や戦闘、演習でもなんでも記録がある。それをぜんぶ改竄や捏造をするとなると……」

「現実的じゃないわね」

「ううん…」

「そこで、霞に大井の監督を頼みたい。もし大井が艦隊行動に支障を来たすような言動をすれば、再び大井を営倉に戻す決定権を持ってもらう」

「……まあ、それが妥当ね。とにかく一旦はあのクズの命令通りにして、問題があればまたブチこめばいい訳だし」

「羽黒は敷波の件について報告書を作成してくれないか。これも中将に提出しなければならない」

「はっはい! わかりました」

「二人とも、苦労を掛けて申し訳ないけど、頼む」

「了解です!」「了解よ」
 

342 : 以下、名... - 2015/04/14 01:07:47.57 1oC/57/Qo 204/468

64.

「そういえば、夕立に訊かれたんだけど、明日は出撃? それとも遠征?」

「ああ。明日は大井を混ぜて演習にしよう。一○○○から演習、一六○○からは遠征で周知を頼む」

霞と羽黒にそう伝えた提督は、夕食のあと営倉を訪ねていた。
相変わらず、薄暗い。

「大井。起きているか」

「……ええ……はい。起きています」

営倉の床にぺたりと座り込んでいる。
提督はいつものイスに腰掛けた。

「こんばんは、大井」

「こんばんは、提督。ああ、今は夜なんですね」

「そうだ。調子はどうだ?」

「調子? ――私、調子はずっといいですよ。ええ、絶好調です」

「それは重畳」
 

343 : 以下、名... - 2015/04/14 01:08:45.63 1oC/57/Qo 205/468

「私はどこもおかしくなんてないです。でも誰もが私を監視していますから」

「監視?」

「そうです。そうすると私がどう考えているか、わかってしまうんです」

「諜報されているということか」

「違います。私の考えが伝わって、私が何を考えているか知られてしまうということです」

「……それは、艦娘に?」

「わかりません。でも確かにそうなんです。もしかして母の生まれ変わりだろうか、と思うと、実はそうだという顔をしましたから」

「誰が?」

「ご飯を運んできた子です。私はばらばらになって、ここにいるのはその欠片の中のひとつなんです。だから私は本当はここにいないんです」

「本当の大井はどこにいる?」

「暗いところです。そこから、オチオチした感じになって、海の上をうろうろしていました」

「どこの海?」

提督の問いかけに大井は答えず、宙をじっと凝視した。

「………あいつが悪いのよ……――…沈まないで……――……どうして………」

ぶつぶつと呟いている。
何を見ているのか。
 

344 : 以下、名... - 2015/04/14 01:12:42.42 1oC/57/Qo 206/468

「大井?」

呼びかけると、はっと我に返ったような様子で、

「…すいません。なんと言ったらいいのか…、私を通して誰かが話してるんです。誰かの考えが伝わってきて…、」

「それはいつもなのか」

「いつもじゃないです。そんなわけありません。時々…、たまにです」

「戦闘や艦隊行動に支障があると思うか?」

「戦闘? 沈められるんですか? あのクソゴミを…私の大切な……ぐちゃぐちゃに引き裂いて、魚雷でばらばらにしてやる……」

「明日から君を第一艦隊に配属する。旗艦・羽黒と、監督役である霞の指示に従うこと。それが出来ない場合は、」

「またここ、ということですね?」

大井の瞳には確かに理性の光が見える。
彼女は狂ってなどいない。
それでもなお、あるいはだからこそ、提督はぶよぶよとした不安を覚えずにはいられなかった。

「まずは明日、演習で第一艦隊の戦術に慣れてもらう。あさってには出撃だが…いけるか?」

「私、調子はずっといいですよ。ええ、絶好調です」

「………。明日、○七三○には霞が迎えに来る」
 

345 : 以下、名... - 2015/04/14 01:14:45.98 1oC/57/Qo 207/468

「演習の前にシャワーを浴びてもよろしいですか?」

「もちろんだ。他に何かあるか?」

「私、調子はずっといいですよ。ええ、絶好調です」

「質問はないか」

「私、調子はずっといいですよ。ええ、絶好調です」

「ないなら今日は連絡だけだ。遅くに悪かったな」

「ああ、今は夜なんですね。――私、調子はずっといいですよ。ええ、絶好調です」

「大井」

「監視されています。ずっと、見られているんです。どうして? わかりません。でも確かにそうなんです」

「おやすみ、大井」

「見張られています。私がすべてのひとつです。内臓の無いピンク色の魚が泳いでいる。雪がゆらゆら。卵。べちゃべちゃした気持ちの悪いもの。定期的な観察。チェックリスト。数値化。丸い光。明るい光。茹でた鼠。こそこそと話を聞いています。頭の中まで見張られているんです」

提督が去った後も、大井は独り言を続けた。

「その袋の中に何が詰まっているんですか? 殺してやる……殺される前に……。ゆっくりと階段を下りたほうがいいですよ。それは食べられません。体が半分無いんです。その人が部屋の隅から歩いてきます。私が何人いるのかわかりません。飴が転がっています。空は晴れています。蛆虫。菖蒲。花が咲いているのは眼です。北上さん…北上さん……どうして……――…わかりません。うふふ。いいじゃないですか。きれいな骨ですね。ああ」
 

352 : 以下、名... - 2015/04/20 01:40:05.99 A/TxhuJjo 208/468

65.

ずるり。

からん。

ずるり。

からん。

何の音だろう。
濡れたような音に、やけに乾いた音が続く。

ずるり。

からん。

ずるり。

からん。

すぐ下を見下ろす。
胸元にぽっかりと大きな穴が空いていて、血にまみれた手がそこから骨を引きずり出す。

「あ……?」

放り捨てられた骨が足元に積みあがる骨とぶつかって、からん、と音を立てた。

「う…あ、あああ、いやあああああああああっ!」
 

353 : 以下、名... - 2015/04/20 01:42:05.59 A/TxhuJjo 209/468

「――あああっ!」

がばあっと、羽黒が半身を起こす。

「はぁっ、はぁっ、はぁ、はぁ……っ」

暗闇に包まれた自室で胸を掻き毟る。
もちろんそこに穴などない。

「ゆ、夢……はぁぁ……」

全身が汗びっしょりなのに気づき、羽黒はベッドを下りた。
浴場は夜間でも使用できるので着替えを持って向かう。
到着する頃には夢の内容も忘れてしまい、気持ちの悪い残滓だけがこびりついていた。

「………」

最近、悪夢を見て飛び起きることが多い。
ただでさえ寝つきが悪くなっており、羽黒は満足な睡眠生活を送れていなかった。
そのせいか、日中でも強烈な眠気に襲われることもあり、まったく参ってしまっているのだ。

シャワーを浴びる。
熱湯が体にまとわりついた汗を流していく。



――からん。




 

354 : 以下、名... - 2015/04/20 01:44:45.19 A/TxhuJjo 210/468

「……え……」

後ろで、

乾いた音が。

振り返れない。


「………っ」

誰かいるのか。
何かあるのか。

ざあざあと水が排水溝に流れていく。

「…はぁ……はぁ…っ」

鼓動が聞こえる。


ゆっくりと、


後ろを、


振り向いた。
 

355 : 以下、名... - 2015/04/20 01:46:01.91 A/TxhuJjo 211/468

「……なにも…」

何も無い。誰もいない。
羽黒は急いでシャワーを止めて、脱衣場へと移動した。

自室へと帰る廊下を急ぎ足で通る。
補助灯しか点いていない廊下は暗く、不気味ですらあった。

早く部屋に戻ろう。
そう思っている羽黒が、しかしぴたりと足を止める。

「………」

聞こえた。
確かに聞こえた。

からん、という音が。

「う……」

叫びだしそうになるのを必死にこらえる。
歩いてきたほう、闇の向こうからゆっくりと音が近づいてくる。




ずるり。



からん。
 

356 : 以下、名... - 2015/04/20 01:46:45.32 A/TxhuJjo 212/468

ずるり。


からん。


すぐ下を見下ろす。
胸元にぽっかりと大きな穴が空いていて、血にまみれた手がそこから骨を引きずり出す。

「っ! きゃああああああっ!」




羽黒はそこで目を覚ました。
 

363 : 以下、名... - 2015/04/30 00:59:28.80 Qhom7kgRo 213/468

66.

朝。
曙と潮が食堂に来ると、大井が霞と朝食を摂っていた。

「げ…」

「大井さん、あ…」

顔を上げた大井はにこやかに挨拶した。

「ふたりとも、おはよう。今日はいい天気ね」

「お、おはようございます」

「……ふん」

朝食を受け取りにいく二人へ手を振る大井に、霞がため息をついた。

「…話を続けるわよ。基本の鉄床戦術はわかったわね」

「魚雷って、冷たくて素敵ですよねぇ。あぁ、早く撃ちたい」

「重雷装巡洋艦のアンタは、当然、甲標的を用いた先制雷撃で敵陣形を乱し、可能ならば損害を与えて機先を制すことがその任になるわ」

「あのゴミどもを…内臓を引きずり出して…壊してやる……一匹残らず…」
 

364 : 以下、名... - 2015/04/30 01:09:24.30 Qhom7kgRo 214/468

「……あのね。ちょっとは話を聞きなさいよ」

「あら。すいません、続けて?」

「………。敵の陣形が乱れたら突っ込んで砲雷撃。ハイリスクだけど空母も戦艦もなしじゃ相手に近づかずに撃滅ってわけにはいかないから」

「ええ、順当ですね。さすがです」

食堂中央に座る霞と大井を避けるように、曙と潮が席に着く。
今日何度目かのため息をつきそうになった霞。彼女を呼ぶ声がする。

「かーすみっ! おはよー」

夕立である。
霞の隣に腰をおろして、そこで夕立は目を丸くした。

「あれー? 大井さんがいるっぽい!」

「夕立ちゃん、おはよう」

「アンタ昨夜の連絡見てないの?」

「えっ? あ~夕立きのうはすぐに寝ちゃったっぽい」
 

365 : 以下、名... - 2015/04/30 01:13:33.49 Qhom7kgRo 215/468

「アンタねぇ…」

呆れる霞。しかたなく口頭で大井が第一艦隊に配属されたことを伝える。

「そうなんだ! 大井さん、一緒に素敵なパーティしましょ!」

「うふふ。よろしくね、夕立ちゃん」

敷波と綾波がそそくさと食堂を出て行く。
入れ違いに焦った様子の羽黒が入ってきた。
霞らに気付くと、髪を撫で付けながら近寄ってくる。

「おっおはようごじゃ、ございます。霞ちゃん、朝早くからお疲れ様です」

「疲れたわ」

「ええっと…」

「羽黒さん、とりあえず朝ご飯取ってきたほうがいいっぽい~」

「あっ、そ、そうですね!」

羽黒はそうした。
 

366 : 以下、名... - 2015/04/30 01:15:16.50 Qhom7kgRo 216/468

「霞ちゃん、戦術の説明はもう…?」

「だいたいね。まあ後は演習やればだいたいわかるでしょ」

「赤色の卵の中身は緑色なんでしょうか?」

「えっ」

「夕立、アンタ一○○○から演習よ。今度からはちゃんとチェックしなさい」

「あ、うん、わかったっぽい…」

困惑している夕立。羽黒は黙々と朝食を摂っている。
霞が立ち上がった。

「じゃあお先。さ、行くわよ大井」

「ええ、わかりました」

トレイを片付けて、二人が食堂を出る。
それを見送ってから、夕立が羽黒を見た。

「羽黒さん。あの、大井さんって、……」

「……夕立ちゃんは、戦闘に集中してくれればいいと思います…。ごめんなさい」

「………」

ずきずきと、羽黒の頭が痛む。
しかし少女らの不安とは裏腹に、演習は何事もなく終了した。あっけないほどに。
 

372 : 以下、名... - 2015/05/08 23:00:54.90 C7MudhzMo 217/468

67.

翌日、第一艦隊は鎮守府を出発し、洋上に出ていた。
天候は晴れ。西からの風が強い。

二列縦隊になって進む第一艦隊。
前から霞・大井、天龍・羽黒、綾波・夕立である。
本来であれば旗艦の羽黒が先頭を行くべきなのだが、霞が大井と二人で前に出ることを主張したための配置である。
霞は、大井が背後から突然味方を攻撃することを危惧していた。

(十二分にあり得るわよ……そんなの最悪だわ)

既に深海棲艦とは一戦交え、比叡の支援砲撃もあって完全勝利を収めていた一行。

『こちら司令室。そろそろ比叡の射程から外れる』

「こちら羽黒、了解」

『気象班からの報告では波が高いようだが、大丈夫か?』

「航行には問題ありません」

『無理をするなよ。羽黒の判断で引き返せ』

「了解」

 

373 : 以下、名... - 2015/05/08 23:02:50.96 C7MudhzMo 218/468

「なんか最近気付いたんだけど、羽黒さんって出撃すると雰囲気変わるっぽい~」

「え…そ、そうですか?」

「っぽい~」

「ちょっと分かる気がします。かっこいいというか、頼もしいみたいな…」

「ぁぅ……嬉しい、です」

「いつもそうありなさいな!」

「そういう霞は変わらなさすぎだろォがッ!」

艦娘の二列縦隊行軍では、先頭の二人が正面を、中央の二人が左右を、殿の二人が後方を警戒しながら進む。
だから、最初に気付いたのは天龍だった。
高い波にまぎれて、洋上を進む影。

「4時の方向に艦影! 深海棲艦だッ!」

その報告に第一艦隊が一瞬で引き締まる。
 

374 : 以下、名... - 2015/05/08 23:04:28.91 C7MudhzMo 219/468

「陣形変更、単縦陣!」

羽黒の指示。
敵艦隊は右方から垂直に突っ込んでくる。
お互いがこのまま進めばT字の有利を得ることが出来るのだ。
だがもちろん相手もそれを避けようと方向転換する。

「敵、取舵! 反航戦狙いかッ!」

「羽黒、どうするの」

霞の問いに羽黒が頷く。

「陣形変更、敵艦隊に対して単横陣」

「了解!」

夕立、綾波、霞が先行して取舵ののち即座に面舵で敵に正対する。
羽黒と天龍もゆるやかに向きを変えた。

「………」

大井は、

「大井! 指示に従いなさい!」

霞の叱咤も聞こえないかのように、ぶつぶつと呟いていた。
敵を凝視しながら。

「…沈めろ……殺せ…深海棲艦……殺せ……」


 

375 : 以下、名... - 2015/05/08 23:07:59.96 C7MudhzMo 220/468


――声が。


聞こえる――


まただ。
頭の中で喋りだす。
うるさくて、うるさくて、何も考えられなくなる。

命令される。
殺せ。殺せ。壊せ。壊せ。
なんでもいい。あらゆるものを。
殺せ。壊せ。滅ぼせ!

「うるさいうるさいうるさい! っあああああああああああ!」

「大井!」

頭を抱えながら絶叫する大井。
血走った目で接近した深海棲艦を睨みつける。

「……ろせ……ころせ、殺せ、殺せえっ!」

頭の中の声のままに、安全装置を解除して一挙動で魚雷を放った。
 

376 : 以下、名... - 2015/05/08 23:10:18.97 C7MudhzMo 221/468

「大井、アンタっ!」

「霞ちゃん。今は敵を倒すことを考えてください」

大井を抑えにいこうとする霞を止めたのは羽黒。
その目は油断なく敵に向けられている。

転舵中だった深海棲艦隊は肉薄する魚雷を感知して急いで再び直線に並んだ。
雷撃は回避したが、慌てたためか陣形が乱れている。

「霞ちゃん、夕立ちゃん、綾波ちゃん。突撃」

「待ってたっぽい!」「了解です」「仕方ないわね!」

弾かれたように夕立が急加速。
射線を分散させるために霞と綾波がその左右から追う。

「天龍さん」

「おう!」

天龍が刀を提げてするすると離れていく。
羽黒は大井を見遣った。
中空を見つめたままぶつぶつと呟いている。
 

377 : 以下、名... - 2015/05/08 23:12:16.03 C7MudhzMo 222/468

「あはははっ! こっちこっち~!」

舞踏のように自由自在に水上を踊って砲撃を躱しながら夕立が深海棲艦へと吶喊。
主機が唸りを上げ、ふわりとその身を宙へと舞わせる夕立。
予想だにしない機動に敵も呆気に取られる。

着水。
夕立は獰猛に笑った。

「選り取り見取りっぽい?」

炸裂する砲雷撃。
見事、軽巡と駆逐艦を撃沈せしめる。

「左舷! 砲雷撃戦、用意!」「みじめよね!」

さらに綾波と霞の攻撃が旗艦の軽巡を大破炎上させた。

【ギャアアアアアアアアアッ!】

炎に包まれながらそれでも双肩の砲塔を二人に照準する。
――ぞぶりと、
その胸元から切先が突き出る。

「どけどけェッ!」

逃げようとしていた駆逐艦を斬り捨てた天龍が返す刀で燃える旗艦を刺し貫いたのだ。
 

378 : 以下、名... - 2015/05/08 23:13:48.85 C7MudhzMo 223/468

「爆ぜろオラァ!」

天龍のふたつの砲門が至近距離から火を噴く。
深海棲艦がその身を粉砕されて沈んでいった。

一方、夕立も中破になりながらも最後の一隻である駆逐艦を撃破していた。

「ふふっ、おーしまい、っぽい♪」

戦況を見ていた羽黒が、

「敵艦隊を全滅させ、勝利しました。司令官さん」

『うん。よくやった』

「夕立ちゃんが中破ですが、まだ進軍は可能です。もう少――」

提督と通信しているときであった。



「――北上さんっ!」


大井が叫んだ。
 

383 : 以下、名... - 2015/05/29 01:38:15.46 vYxrSEzco 224/468

69.

「アタシは軽巡、北上。まーよろしく」

とぼけたような表情で、北上が名乗りをあげた。
鎮守府提督室で、報告を受けて待っていた提督が挨拶を返す。

「うん。よろしく、北上。ひとつ聞きたいんだが、君はこの鎮守府にいたことがあるか?」

「いや? さっきもなんか聞かれたけど、ここは初めてだよー」

「そうか」




―――
――



先刻。
救助された北上はしばらくして目を開いた。

「北上さん!」

「んー。んあ? 大井っち?」

「北上さん、よかった! ああ、無事だったんですね!」

「あー、ええっと、うん。ありがとね」
 

384 : 以下、名... - 2015/05/29 01:40:27.89 vYxrSEzco 225/468

「き、北上さん!? 沈んだはずじゃ……!?」

驚愕しているのは綾波。羽黒も驚いている。
霞が北上の腕を掴む。

「アンタ……本当に北上なの」

「えー? な、なにさー怖い顔して」

霞はぱっと手を離した。
ただならぬ殺気を感じたからだ。北上の向こうで大井が睨んでいた。

『羽黒。どうした。敵か』

「あっい、いえ、司令官さん、その、北上さんを発見しました」

『何?』

「ていうか勝手にひとを沈めないでよ。あたしぴんぴんしてるんだけどー」

「え……」

「あれー? 北上さんって、沈んじゃったって聞いたっぽい」

「はあ?」

「北上さんは沈んでなんていないわ。そうですよね! 北上さん!」
 

385 : 以下、名... - 2015/05/29 01:42:35.07 vYxrSEzco 226/468

「うんうん、大井っちの言うとおりだよー」

「わかった? 北上さんは深海棲艦に拉致されてたんです」

「え? ち、ちょっと大井っちってばジョーダンきついよー」

「? いえ? 北上さんは深海棲艦に拉致されてたんです」

「アンタの妄想はどうでもいいのよ。北上、霧の戦闘を覚えてるわね。山城・羽黒・大井・綾波・敷波と出撃した」

「なにいってんの? あたしら初対面でしょ。これだから駆逐艦は」

「はァ? アンタまさか、記憶を……」

「記憶喪失っぽい!?」

「まさか深海棲艦になにかされたんですか!?」

「えぇー?」

「アンタ、うちの鎮守府にいたんでしょ!」

「だーからなんのことさー」

「あの…北上さんは、霧の戦闘を覚えていないようです」

『うん。わかった。とりあえず帰投してくれ』

「了解しました」
 

386 : 以下、名... - 2015/05/29 01:46:18.95 vYxrSEzco 227/468


――
―――

提督は煙草の煙を窓の外へと吹いた。

「ねー提督。あたしが記憶喪失ってさ、まじ?」

1mgも深刻さを含まずに北上が問う。
その軽さに羽黒が戸惑っている。

「目下調査中……だな」

「はっきりしないなー。まーいいや。あたしの部屋どこ?」

「あ、わ、私が案内します」

「よろしくー。じゃあね提督」

「羽黒、頼んだ」

提督室を出て廊下を歩きながら、羽黒は北上に話しかける。

「あの…私のこと、お、覚えて…ませんか?」

「いやーごめんね。羽黒ちゃんのことは知ってるけど、一緒にいた覚えはさっぱり」

「そ、そうですよね。ごめんなさい…」
 

387 : 以下、名... - 2015/05/29 01:49:00.40 vYxrSEzco 228/468

「あのさー。前のあたしって、どんなだったの?」

「え。え、っと」

――ま、大井っちと組めば最強だよね~。

――ギッタギタにしてあげましょうかね!

――うわぁ! 駆逐艦集まってくんなぁ~!

「北上さんは……強くて、飄々としていて、みんなから親しまれていて……」

「あははー。それ、絶対あたしじゃないよー」

「いえ……北上さんは、本当に、」

「ごめんね、羽黒ちゃん。許してよ」

ぽろぽろと涙を零す羽黒の肩を抱いて、北上はそれ以外に言う言葉を持たなかった。

 

388 : 以下、名... - 2015/05/29 01:51:35.05 vYxrSEzco 229/468

提督は執務机の椅子に乱暴に腰をおろした。
煙草をもみ消す。
背もたれに体を預けて、天井を睨む。

「どうして北上が……まさか、大井の話が真実だったというのか。北上は拉致されて記憶を喪失している? そんな莫迦な……」

がさがさと机上の資料を探り、同僚からの手紙を取り出す。

「『艦娘が深海棲艦に拉致されたという例は聞いたことがない』……やはりあれはただのドロップ艦だと考えるべきか……」

入渠報告書を取り上げ、

「山城の修復を急がせるか……幸い出撃にも遠征にも問題はない。資材を少し消費してでも、今は山城の証言が必要不可欠だな」

眉根を揉みほぐし、提督は深いため息をついた。
そっとお守りの紐をつまみ、眼前に吊るす。

「球磨。約束は守るよ」

丁寧にまたそれを元に戻して、

「………。だが…、本当にこれで正しいのか……?」

まとわりついて離れない疑念を口にした。

たとえ彼の心が晴れなくとも、世界は回り続ける。
ぎしぎしと、軋みながら。
 

395 : 以下、名... - 2015/06/17 00:52:46.04 WV0+ROKto 230/468

70.

消灯した自室で、ふとんに寝転がって綾波は考えていた。

北上が生きていた。
これは朗報であった。
なぜなら、敷波は彼女を沈めてなどいなかったということなのだから。
彼女は見間違えるか早とちりしていたのだろう。

しかし問題は北上が記憶を喪っているということだ。
これでは敷波の無罪は証明されない。

「北上さんの記憶を、元に戻さなきゃ……」



一方、隣室で敷波は机に向かって両手で顔を覆っていた。
がたがたと両足をゆすっている。

「き、北上さんが……あああ、どうしよう……」

差し込む月明かりだけが室内をぼうんやりと照らしている。

「どうしよう。だめ、だめだよ…。う、うぅぅ」

苦悩する声とは対照的に、手の下では少女は頬をゆがめていた。
愉しそうに。
 

396 : 以下、名... - 2015/06/17 00:55:53.38 WV0+ROKto 231/468

71.

ざあざあと雨が降り続いている。
提督室の窓もがたがたとやかましく震えていた。

「何。この部屋、煙臭いんだけど」

「この雷雨で窓開けられないんだよ。ガマンしてくれ」

「じゃあ煙草吸わなければいいでしょうが」

「食後の一服くらい許してくれよ」

紅茶を淹れる提督と霞が軽口を叩いていると、

「すすすすいませんっ遅くなりましたっ!」

勢いよく羽黒が入ってきた。
髪も服も乱れている。

「いや大丈夫だが」

「なんでアンタそんなぼさぼさなのよ」

「ごっごめんなさい寝過ごしてしまって……」

霞に指摘されて慌てて羽黒は髪を手櫛で整え、

「きゃぁっ、どっどうしてぇっ?」

自分が妙高型に共通する白タイツを履き忘れていることに気付いてスカートを引っ張り下げ、提督を紅潮した顔で見上げた。

「そんな目で見られても困る。紅茶淹れておくから」

「別にいいでしょそんなの。それとも長話なの」

「霞、そう言うな。うん、そうだな、長くなるからちゃんと着替えてきなさい」

「も、申し訳ありません……っ」
 

397 : 以下、名... - 2015/06/17 00:59:14.14 WV0+ROKto 232/468

羽黒が戻ってきて、ようやく三人は着席した。

「さて。わかっているとは思うが、話というのは――」

「北上のことでしょ。あれが記憶喪失なんて笑わせるわ」

「羽黒から見てどうだ? あの北上は」

「昨日話しただけですけど、見た目も性格もほとんど同じかと……あの雰囲気、あの話し方、あの歩き方、覚えているそのままです」

「……じゃあ、何よ。あれが以前にもここにいた北上で、記憶喪失で、深海棲艦に拉致されてたって? 大井がいうように!?」

霞の剣幕に羽黒はたじろぐ。

「落ち着け。らしくないぞ霞」

「う、るっさいわね、アンタやっぱりあいつらに肩入れしてるんじゃないの!」

「どうしてそうなるんだ。同じ艦なんだから似ていることくらいあるだろう」

「はァ!? アンタ何言ってんのよ!」

「ち、ちょっと待ってくださいっ、し、司令官さん。同じ艦って、どういうことですか?」

「え? いや、だから、軽巡・北上っていう同じ艦の艦娘同士は似てくるんじゃないか、やっぱり。身体的にも、精神的にも」

提督の発言に、羽黒と霞が押し黙る。
二人とも、羽黒は控えめに、霞はあからさまに、常識を知らない子どもを見るように彼を見た。

「あの、司令官さん。艦娘は、ひとつの艦艇に、ひとりだけです」

「そんなことも知らないの? このクズ!」
 

398 : 以下、名... - 2015/06/17 01:02:02.19 WV0+ROKto 233/468

提督は困惑した。

「君ら、何言ってるんだ?」

「あんたこそ何言ってんの」

「あっ? 君らもしかして同名艦を見たことないのか? 他の"羽黒"や"霞"を?」

「あるわけないでしょそんなのいないんだから」

「司令官さんはあるんですか? 同じ艦艇の艦娘が、何人もいるんですか」

そうか…と頷きながら提督は紅茶をすすり、

「うん。見たことがある。書類上でも、実際でも。
 でも、君らが見たことがないのも不思議じゃない。この鎮守府では他の鎮守府と演習を行なったりしないんだろう?」

「そう、ですね。遠征も演習も、私の知る限りでは実施したことがないです」

「だからだよ。ひとつの鎮守府に同名艦はいないから、他の鎮守府との演習などの交流がなければ見ることはない」

もっともそれでも同名艦同士の接触はあまり好まれていないが。
付け加えた提督のセリフに羽黒と霞が詳細を尋ねる。

「君ら艦娘は艦艇の御魂を、艤装を神籬として憑依させている。同名艦は勧請した分社と同様に同一の御魂を憑依させているわけだ。
 分霊された御魂が近接するとひとつに戻ってしまう危険性がある。だから同名艦同士はあまり近づかないように注意する。
 ひとつの鎮守府に同名艦が配属されない理由も一緒だ」

「………。にわかには信じがたいわね」

「そうですね…」

「でも、理屈は通ってるわ」

「で、同名艦は憑依させてる御魂が同じなんだから、艦娘自体へのフィードバックも共通しているとすればお互いに似ているのはおかしくないだろ?」

「確かに、私たちは艦娘になるときに髪とか瞳の色が変わったり、多少の影響は受けているけれど…」
 

399 : 以下、名... - 2015/06/17 01:12:30.25 WV0+ROKto 234/468

「では、あの北上さんが以前の北上さんではないという可能性もある訳ですね……」

「もちろんそうだ。や、今日相談したかったのは、ひとまず今の北上をどこに配属するかなんだが」

「それならそうとさっさと言いなさいな! 北上の練度次第でしょうね」

「以前の北上さんであれば、迷うことなく第一艦隊なんですが」

「わかった。では明日、北上の練度を確認するための演習を行なおう」

がたがた鳴る窓の外を見遣る霞。

「明日も大雨の予報よ」

「悪天候下での戦闘という演習も兼ねられていいじゃないか」

「ずいぶん気軽に言ってくれるじゃない。そりゃアンタは外に出ないからいいでしょうけど!」

「あったまる紅茶を用意しておくよ。じゃあ羽黒、連絡を頼む」

「はい。大井さんはどうしますか?」

「アレは危険すぎるわ。指示も聞かないし、どうしてまだ営倉にぶち戻さないのか疑問ね」

「……大井はナシだ。一○○○にいつもの場所に集合してくれ」

「わかりました」

そうして、二人が退室してから提督は紙煙草に火をつけた。
閃光。
少し遅れて雷鳴が轟いた。

「………。明日、だな」

煙草をくゆらせる提督が見ているのは入渠修復の進捗報告書。
明日、山城の意識が快復する。


 

405 : 以下、名... - 2015/06/27 00:35:26.90 ksIJf7yso 235/468

72.

あの時も、雨が降っていた。



前を行く艦の影しか見えない土砂降り。
遅々とした行軍。

曙は雨外套のフードを被り直して、後ろを振り返る。
悪天候のためにいつもより距離を詰めた二列縦隊。先頭から山城・羽黒、曙・潮、綾波・敷波の順だ。
後ろにいるはずの綾波はやはり影しか見えない。

「……うざいわね」

雨に対して愚痴を零しても、自分の耳にも聞こえやしない。
降り続ける雨音に耳が麻痺してしまっているのだ。

「潮。前後は確認できてる?」

艦間通信で話しかけると潮はすぐに応答した。しかしこの雨天のせいかノイズ混じりだ。

「うん、大丈夫だよ、曙ちゃん」

「ったく、やってらんないわねこのクソ雨」

「そうだね。索敵どころか、岩礁や海流も読みにくいもんね」

そうこうしているうちに旗艦の山城が全艦へ通達した。

「一旦停止。海図を確認します」

「了解」
 

406 : 以下、名... - 2015/06/27 00:37:04.92 ksIJf7yso 236/468

「了解」

周りを見回しても視界は雨に塗り潰されている。
これじゃ、深海棲艦だってこっちが見えないでしょうね。
曙はそう思う。
艦載機だって飛ばせやしないのだ。

でも。

もし潜水艦なら?

海中からこちらを捕捉できるだろうか。
この大雨も、潜水艦には関係ないのではないか。


かっ!
閃光が闇を引き裂く。稲妻だ。
辺りが一瞬照らし出される。

「……ぁ」

あれはなんだ。
岩? 流木? 違う。

「9時方向! 敵潜水艦!」

曙が答えを出すと同時に綾波も叫んでいた。
もう見えない。
しかし相手はこちらを捕捉しているだろう。
 

407 : 以下、名... - 2015/06/27 00:41:54.40 ksIJf7yso 237/468

「全艦、第一戦速! 面舵一杯、離脱します!」

即座に下される山城の判断。
主機をガルンと唸らせて、艦隊は走り出した。
だが、

「きゃあああぁぁぁっ!」

爆発音――そして悲鳴。

「潮ッ!?」

思わず隊列を乱して潮へと駆け寄る。
潮は全身傷だらけになってぐったりと海面に倒れていた。

「潮! しっかりしなさい潮!」

「まさか、もう一隻!?」

曙についてきた綾波が左舷を睨みながら正確な推測を放つ。
艦隊の動きは完全に停止してしまっていた。
見通しのきかない豪雨のなかでの孤立。

「曙ちゃん! 私が潮ちゃんを曳航しますっ」

戻ってきた羽黒が潮の手をとる。

稲光。

曙は右舷にもう一隻の潜水艦を見つけた。
友達を傷つけた、敵を見つけた。
深海棲艦を見つけた。
 

408 : 以下、名... - 2015/06/27 00:43:21.15 ksIJf7yso 238/468

「このォッ!」

曙が我を忘れて飛び出そうとする。
その、
足元に忍び寄る魚雷――

「っ!」

腹に響く轟音を聞きながら曙が水面を転がる。
すぐさま起き上がり、自身を点検。被害はない。

「山城さんッ!」

綾波の声に弾かれるように顔を上げる。
山城が、大破して意識を失っていた。
曙をかばったのだ。

「やま、しろ」

あたしの。せいだ。

「ど、どうするのさ!」「敷波、落ち着いて!」「え、えぇっと、こ、こういうときは、どうすれば……」

微速で山城に近づく。
その周りで三人が何か言っているが、よくわからない。
雨が降っているはずなのに、それもよくわからない。


「あ――あ、ああああああっっ!」


それからのことは、よく覚えていない。
艦隊はぼろぼろになって逃げ帰り、そして山城はそれから目を覚ますことなく、ずっと入渠している。
 

409 : 以下、名... - 2015/06/27 00:44:57.08 ksIJf7yso 239/468

「山城……」

ふとんにくるまる曙。

「…あんたが目覚めたら、最初に言うことがあるわね……」

曙は目を瞑り、そのときのことを思い浮かべた。
彼女が感謝を告げても山城のことだから何か理由を探して不幸だと嘆くだろう。
その光景がはっきりと想像できて曙はふふっと笑った。

羽音がする。
曙は気がついた。羽虫がいる。
鬱陶しいことだ。どこからか入り込んだものか。しばらく待ってみたが羽音はやまない。
舌打ちして曙は起き上がり照明をつけた。

「………」

どこにも虫はいなかった。


 

414 : 以下、名... - 2015/07/19 00:49:25.54 CFObbUCmo 240/468

73.

私は海の底にいる。
真っ白な砂が敷き詰められた海底をしずしずと歩いていく。
左右にはなにか黒い、棒状のものがたくさん突き立っている。


――嗚呼。


それがなにかを理解して、私はため息をついた。
海底に並んでいるのは、どれもすべて艦の大砲である。


これは墓標なのだ――



青白い光が、小さな光が、雪のように降ってくる。
ルシフェリンの光だ。


私にはわかっている。
これは夢なのだと。
なんて陰鬱で、忌々しいくらいに美麗な光景の夢なのだろう。

 

415 : 以下、名... - 2015/07/19 00:54:43.44 CFObbUCmo 241/468

足元の砂がさらさらと流れていく。
私は砂を追うように、艦の墓場を歩く。
墓場は、唐突に終わっていた。

断崖。

海の底の、さらに底。
海底に空いた巨大なクレヴァス。
光も届かない深淵。

砂はまるで身投げをするように、深き海の底へと吸い込まれている。
私はそれを見届けている。
看取っている。

見上げると、海面がわずかに光っているのが見える。
だが目の前に広がっているのは、その光も差さぬ闇の世界だ。
その中にあるのは何だ。

 

416 : 以下、名... - 2015/07/19 00:56:00.84 CFObbUCmo 242/468

うふふ。

うふふ、と。

闇の中から笑い声が聞こえた。
青い雪が降っている。
抗いがたい誘惑を感じる。

闇の底へと沈殿するのはあらゆる感情の源泉。すなわち狂気だ。
我々の理性は狂気という湖に張った薄氷。
いつかは融けて狂気に呑まれるほかない。

この闇に飛び込んで、すべてを狂気に委ねてしまいたい、という誘惑。
これは、回帰への欲求なのだろうか。
我々は、狂気から生まれ、そして狂気へと還るものなのだ。



私は狂気へと自殺し続ける砂を看取りながら、またため息をついた。

「はぁ……不幸だわ」


 

420 : 以下、名... - 2015/07/30 09:19:12.01 /0Ixia25o 243/468

74.

山城は静かに、病室で目を開けた。

白い。

「………ぃ、ぁ」

眩しい、と言おうと思ったが、声が出なかった。
天井しか見えない。
起き上がろうとしても、体が動かせないのである。

「山城?」

聞き覚えのある声。
目だけをそちらに動かす。

「山城! 気がついたの!?」

曙である。
彼女は慌ててどこかへ連絡したあと、山城の枕元へと戻ってきた。

「もしかして、体動かないの? 喋れる? 痛みはない?」

あの曙がこんなに心配してくれているのに反応できないなんて、不幸だわ。
かすれた声で、だいじょうぶ、と言うと、曙はとさっと丸イスに尻を落とした。

「よかった……」

そう呟いて、それからぽつぽつと話し出した。
 

421 : 以下、名... - 2015/07/30 09:20:06.86 /0Ixia25o 244/468

曙が操作してベッドの半分を起こしてくれたので山城はようやく病室を視界に収めることができた。

「あんたにとっては、さっきのことかもしれないけどさ。もうずいぶん前の話なんだよ。あのときの戦闘はさ」

曙のぶつ切れの話から少しずつ山城は現状を理解していった。
目覚めてから時間が経つと、徐々に発音もしっかりできるようになった。

「それで、その、あのときは、ばかなことして…ごめん。かばってくれて、あ、ありがと……」

「………。あの曙が素直に謝るなんて……、いやな予感がするわ…」

「ったく! ほんとにあんたってやつは!」

ガタンと音を立てて曙は立ち上がり、ぷりぷりと怒ってみせた。



「失礼する」

がらりと提督が入室してきた。
続いて羽黒と霞。

「何にやにやしてんのアンタ」

「は、はァーッ!? べっつに! にやにやなんてしてないし!」

耳まで真っ赤にしながら、曙は病室を出て行った。
 

422 : 以下、名... - 2015/07/30 09:21:39.22 /0Ixia25o 245/468

「……貴方は、……」

「山城。私は一ヶ月ほど前からこの鎮守府を指揮している提督だ。君の知っている提督とは違うが、よろしく頼む」

提督が挨拶すると山城はため息をついて窓の外を見た。
それから、彼を見上げた。

「このような状態で失礼します、提督。扶桑型戦艦二番艦・山城です」

「資材の関係で身体はまだ不自由だと思うが、じょじょに恢復するはずだ。そうすればまた活躍してもらうことになる」

「や、山城さん、お久しぶりです…意識が戻って、なによりです」

「ええ、羽黒。この前の……ではないんだったかしら……戦闘では大変だったわね」

「羽黒には今、秘書艦を務めてもらっている」

「霞よ。話すのははじめてね、山城」

「どうも」

挨拶するときにも組んでいる腕を解こうとしない少女に、ずいぶんと偉そうな態度だと山城は思った。

「霞には作戦参謀を頼んでいる。さて、今日はひとまず顔見せだったが、明日から少し時間をもらうぞ」

「なにかしら。なんにせよ、艦隊にいるほうが珍しいような艦ですから、時間はたっぷりありますけど……はぁ…不幸だわ」

「では失礼する。なにかあれば提督室か、あるいは羽黒に連絡してくれ」

「わかりました」

そうして三人が退室した。
 

423 : 以下、名... - 2015/07/30 09:23:11.65 /0Ixia25o 246/468

75.絶縁破壊

猛烈な雨のなかでの演習を終え、艦娘らが次々と海面から上がる。
それから建屋へと駆け込んだ。

「演習ご苦労。ほら、紅茶だ」

雨外套を脱ぎ捨ててタオルを被り、艦娘らは提督の淹れた紅茶で温まった。

「司令官、いただきます」「はー、さむいさむい」
「ど、どうも、ありがとうございます」「あったまるっぽーい!」「お礼は言わないけど…悪くないけど」

駆逐艦らがカップを回して紅茶に口をつける。

「おう! サンキューな!」「わぁ~、ありがたいわねぇ~」「おー気が利くねぇ提督」

軽巡三人は三者三様の濡れ具合――天龍がびしょ濡れで龍田はほとんど濡れておらず、北上は中間くらい――だ。

「この香りはダージリンですね! いただきます!」

一際大きな雨外套を壁に掛けてから戦艦・比叡が受け取りに来た。

「あ! 羽黒さん、すいませんやります!」

綾波が気付いて、みんなが脱いだ雨外套を掛けていた羽黒と霞と代わる。潮らも続いた。

「い、いえ、すいません、ありがとうございます」「これくらいちゃんとしなさいな!」
 

424 : 以下、名... - 2015/07/30 09:24:26.55 /0Ixia25o 247/468

「ほら、ちゃんと用意しといたぞ」

「い、いただきます」

「なに偉そうにしてんのよ。当然でしょ」

「おーい羽黒ちゃーん」

「あっはっはい!」

カップを受け取ってすぐ、羽黒は北上に呼ばれてそちらへ向かった。
霞が一口飲んで、ほうと熱い息を吐いた。

「霞。君、調子悪いのか?」

「はァ? なによ」

じっとりと提督を睨む霞。

「いや、気のせいならいいんだ。でももし――」


かしゃん。


軽い音がした。
提督が自分の分を注ごうとしていた手を止める。

「あ――」

全員が彼のほうを振り返った。
正確には、彼の前にいる霞の足元を。
 

425 : 以下、名... - 2015/07/30 09:25:06.71 /0Ixia25o 248/468

「だ――だいじょうぶっ? 霞ちゃん!」

霞が持っていたカップが割れて中身を撒き散らしていた。

「へ、へいきよ。問題ないわ」

慌てて駆け寄ってきた潮に上の空の様子で応える霞。

「かじかんでたか? ちょっと待ってろ、すぐ片付けるから」

「熱くて、びっくりしちゃっただけよ。へいき」

霞はその右手を左手でかばう。
それから彼女は足早に駆けていってしまった。

「あっ霞? おい……」

「霞、どうかしちゃったっぽい?」

とてとてと近づいてきた夕立に提督は首をかしげた。
夕立も同じようにした。

「わからん。しかし、さっきの演習での霞は少し変じゃなかったか?」

「え? そうなの? よくわかんないっぽい」

「確かにちょっといつものキレがなかったかも~」

「そう、ですね…なんというか、砲撃に迷いがあるような感じでした」

「そういえば霞に攻撃を喰らった僚艦はいませんね!」

「……霞…」

霞が走り去ったほうを見つめて、提督は紅茶を飲み干した。
 

429 : 以下、名... - 2015/08/10 00:43:28.74 ZfwIyKeJo 249/468

76.

ガチャリ、
とトイレ個室の鍵を閉める。

「はぁ……っ」

霞は大きく息を吐いた。
しまったな、と思う。
これでは「動揺しています」と言っているようなものだ。

「……なによ、これ」

見下ろすのは自らの右手。
小刻みに痙攣している。
紅茶のカップを把握していることすらできなかった。
砲撃など言わずもがなだ。

「止まりなさい」

ぐぅっと、右手を握りこむ。
意思に反するように右手はそれに抗した。
 

430 : 以下、名... - 2015/08/10 00:44:48.48 ZfwIyKeJo 250/468

「止まりなさいな!」

右腕の筋肉が悲鳴をあげる。
ぼたぼたと霞のおとがいから汗が滴り落ちた。
右手を大きく振り上げる。

「止まれ、止まれ、止まれ、止まれ止まれ止まれ止まれ止まれっ!」

そのままガンガンとタイル壁へ叩きつける。叩いて、叩いて、叩いた。
皮膚が破れて血が出る。
それでも鈍い痛みしか感じない。分厚い手袋をつけているような、感覚の鈍化。これは本当に私の右手なのか。

「はぁっ、はぁっ、はぁ…」

肩で息をしながら、腕を止める。
しかし右手の痙攣は止まっていない。

「……なんなのよ、これ。畜生……っ!」

ぱたぱたという足音。
誰か来た。

「霞ちゃん……? いるの?」

潮である。
 

431 : 以下、名... - 2015/08/10 00:47:08.98 ZfwIyKeJo 251/468

霞は一瞬、躊躇したが、しかし返事をした。

「何。どうしたの」

「あ…よかった……。えっと、あのね、」

扉一枚を挟んで、潮はもごもごした。
ここを開ければ、すぐそこに潮がいる。
右手がびくりと反応した。

「提督、心配してたよ。羽黒さんも…」

手を伸ばせば少女の細い首を掴んで、ぎりぎりと絞めることができる。
少女の柔らかい肉、その奥の頚椎の感触はどんなものだろうか。
頚動脈と気道を塞げば少女は瞳孔を開かせて肢体を痙攣させるに違いない。

「も、もちろん私もそうだけど…。でね、あの、霞ちゃん、なにか…悩み事とかあるなら、話してほしいなって、」

潮がなにか言っているが、よくわからない。
首を絞めた少女の表情は驚愕と苦悶に彩られるだろう。
それはなんと美しいのだろう。

「わ、私なんかじゃ力になれないかもしれないけど……でも」


嗚呼。


――見たい。




 

432 : 以下、名... - 2015/08/10 00:51:09.10 ZfwIyKeJo 252/468

右手が勝手に動いて鍵を開けた。

「!」

そこで霞は我に返って、体ごと扉にぶつかって右手をむりやり止めた。
バンッという大きな音に潮がひゃあと声を上げる。

「…ごめん。潮。今は放っておいて」

「う、うん……ごめん、ね、霞ちゃん…」

足音が遠ざかっていく。
霞はそのままずるずるとしゃがみこんだ。


言えるわけない。

右手が、アンタを殺そうとしてる――だなんて。

 

436 : 以下、名... - 2015/08/18 23:37:48.75 UUnSefAio 253/468

77.

提督は紙煙草に火を点けた。
一服。

「霞は?」

「文字メッセージで連絡がありました。体調不良だそうです」

提督室で、羽黒は提督と二人きりだった。
なんだか久しぶりな気がする。
羽黒の対面で彼は長く煙を吐いた。

「そうか。わかった、それじゃあ北上の件はひとまず羽黒と確認しよう」

「はい」

「演習してみて、どうだった? 正直なところを答えてくれ」

背もたれに大きくもたれて煙を天井へ吐く提督。
羽黒はいつもどおり小さく縮こまっている。

「そう、ですね…。はっきりいえば、私の記憶している北上さんとはぜんぜん違いました。
 動き、視線、姿勢、タイミング、予測…どれも初めて海に出る艦娘レベルでした」
 

437 : 以下、名... - 2015/08/18 23:40:02.31 UUnSefAio 254/468

「そうだよな。といってもこれだけで今の北上が記憶喪失なのかドロップ艦なのかは区別がつかないんだが」

「……私には…、わかりません。あの北上さんを見ていると前の北上さんとしか思えないんですが…、
 でも、頭では記憶喪失なんてことは無いんだと、そう思ってもいるんです」

羽黒はじりじりと痛み出した側頭部を押さえた。

「明日、山城に直接確認してみよう。それから、妖精に面談する申請を中央の同僚に依託してある。こっちももうしばらくしたら許可が下りるだろう」

「妖精さんですか」

「うん。君らのことは妖精に聞くのが一番だからな」

「直接聞けばよいのでは?」

「え? ああ、いや。海軍の人間が妖精とコンタクトを取る場合はなにかと面倒な手続きが必要なんだ」

艦娘の装備や工廠にいる小人をイメージしているらしい羽黒に提督は笑って首を振った。
羽黒はそうなんですか、と答えて口をつぐんだ。
 

438 : 以下、名... - 2015/08/18 23:41:43.47 UUnSefAio 255/468

雨は止まない。
雷雲は一日中ごろごろと唸っている。

「……戦闘には、」

「え?」

「戦闘には天候も重要な要素だな」

「そう、ですね」

「今日の演習でも、やはり晴れのときとは勝手が違っただろう?」

「それは、…はい。視界も悪いですし、波も強く、戦闘は困難でした。……でも、」

「でも?」

「以前の北上さんならば…、そんな状況だろうと、見事に雷撃していました……。本当に、北上さんは強くて。……だから。………」

「ふむ」
 

439 : 以下、名... - 2015/08/18 23:44:06.33 UUnSefAio 256/468

78.

「今の北上さんが、前の北上さんなんて、信じられないんです。でも…見た目は……」

ぼうんやりとした真っ黒な人影が部屋の隅に立っている。
その輪郭は判然としない。
目鼻も口も無いが棒立ちでこちらを見ている気がする。

「同名艦らも俺のわからない見た目がかも影響しれない雪」

正面に座っている人影が紅茶の入ったカップをべろりと飲み込んだ。
それからティーポットを取り上げてなにもないテーブル上に紅茶を零す。

「山城さんは、何があったか知っているんでしょうか……」

テーブルに広がった紅茶の水溜りが端に到達して床へとだらだら落ちていく。
羽黒の隣に座っている影が上体を揺らした。
頭が無い。

「話してだった大破そんな状態ならっぽいできないわからない」

窓の向こうから誰かが覗いている。
ぎょろぎょろと目が動いている。
べったりと硝子に手をついてがたがたと窓を揺らしている。
 

440 : 以下、名... - 2015/08/18 23:45:48.98 UUnSefAio 257/468

「確かに山城さんは、資材不足で修復できずに霧の戦闘で大破したままでした」

執務机の上で、人の形をしたなにかがぐねりぐねりとその身をくねらせる。
それがなんだか踊っているように見えて、羽黒は吐きそうになった。

「内臓の話だぴちゃぴちゃぴちゃ記録が茹でられてべろべろ」

「偏りるきる重ね傷あるいる薬」

「ここに来る司令官さんはみんな、ひどく焦っているようでした」

「波があるん紙とずるずる必死だからだろう中央か」

「罹りきる指先上の聞く歩く意味っつっつっつあげれば構わない」

「けけけけけぐぐぐぐぐぐ」

「――ろ……はぐろ――」

「え?」

「羽黒!」
 

441 : 以下、名... - 2015/08/18 23:49:55.12 UUnSefAio 258/468

79.

「羽黒!」

肩をゆすられて羽黒はびくりとして目を開けた。
提督に心配そうな顔で見つめられて彼女はどぎまぎした。

「大丈夫か? 起きたか」

「ふぇ……えッ!? 司令官さん!? どどどどうしてここに」

「何?」

寝ぼけてなにか勘違いした羽黒は慌ててソファを後ずさり、そこで周りを見渡してはっと気がついた。

「わ、私の部屋じゃ、ない……?」

「提督室だ。本当に眠っていたのか。突然黙り込んでしまったから驚いた」

「え……あ……私、また……」

提督はソファに戻って紅茶のおかわりを注いだ。
カップはきちんとある。

「羽黒。君、ちゃんと眠れているのか? 最近、様子がおかしいぞ」

「いえ……あ…すいません、司令官さん、その…」

「無理しないでくれ。君が艦隊の要なんだ。なにか問題があるなら、なんでも言ってくれ」

そう言われて羽黒はそれでももじもじとしていた。
しかし、しばらくして口を開き、最近の悩みを吐露した。
 

442 : 以下、名... - 2015/08/18 23:59:14.99 UUnSefAio 259/468

「……なるほど」

「司令官さん。その、私、病気なのでしょうか……?」

「………。わからない。それも妖精への質問に加えておこう」

羽黒はこくこくと紅茶を飲む。やけに喉が渇いていた。

「北上はしばらく訓練して練度を上げることにする。あのままでは出撃も遠征もままならんだろう」

「わかりました」

「妖精への面談はおそらく来週くらいになると思う。三、四日ここを留守にすることになる。その間は羽黒が指揮を取り、訓練に努めてくれ」

「出撃や遠征は……?」

「うん。さすがに休みにしよう。なにかあったら連絡してくれ。それから…、そうだな、出張に同行したい艦娘がいたら検討するからその旨周知してくれ」

「同行というのは?」

「いやなに、特に仕事はないが、せっかく中央に行くんだからな。そんなに自由時間はやれんと思うが」

「わかりました。全員に連絡します」

「それから霞には以上を報告して、体調の状況を俺に連絡するよう言っておいてくれ」

「はい。了解しました」

提督は煙草を消した。

 

447 : 以下、名... - 2015/09/18 22:34:40.93 ofSUF+VFo 260/468

80.

「なァーによ! 敷波の次は霞がひきこもり?」

「あっ曙ちゃん、声が大きいよ…」

ラウンジ。
かちゃんと音高く、曙がカップをソーサーに戻した。

「あの自他共に厳しすぎる霞がねぇ…ま、たしかに様子はおかしかったわね」

「提督は体調不良だって言ってたけど、なんだかそんな感じじゃなかった、と思うの」

「それならそうと潮にそう答えるわよねぇ。艦間通信は…回線切ってるのね」

「うん……。霞ちゃん、だいじょうぶかな……」

窓の外を見遣る潮。
吹き荒れる風に窓はがたがたと揺れている。

「霞の場合、心配したほうが怒られそうだけど――っと」

言いながら、ぱちんと曙が手を叩いた。
 

448 : 以下、名... - 2015/09/18 22:37:26.62 ofSUF+VFo 261/468

「ああうざいわねぇ」

「え…虫?」

「ええ。なんか最近やたらと虫が出てるわねぇ。あたしの部屋もよくいるんだけど、潮はどう?」

「えぇっと…うぅーん、どうかな、そんなに見ない、かな…?」

「あっそう。今度、蚊取り線香でも試そうかな。それで、霞の部屋には行ってみたの?」

「う、うん…でも、霞ちゃん、いないみたいで…返事してないだけかもしれないけど……」

「ふうん。本当に体調不良なら、寝てるのかなって思うけど」

「それなら、いいんだけどね」

「ああもう! 普段口やかましい霞が静かだと不気味ったらありゃしないわね」

「あけぼの? っぽい?」

ぴょこりと夕立が顔を出した。
とててと近寄ってくる。

「夕立も混ぜて~♪」

「もっもちろん!」「ほら座りなさいよ」

潮が夕立のぶんも紅茶を用意した。
 

449 : 以下、名... - 2015/09/18 22:42:14.05 ofSUF+VFo 262/468

「何話してたの?」

「霞の話よ」

「ああ。なんかさっきの演習、やりにくそうだったっぽい」

「やっぱり? こっちから見てても、なんか様子がおかしかったわ」

「照準がうまく合わなかったっぽい? 霞には珍しいよね」

「提督には体調不良って報告してるみたいなんだけどね…」

「体調不良っていえば山城さんは元気になったっぽい?」

「あっそうだよね!」

「ええ。今朝方、目を覚ましたわ。まだ体は動かないようだけど、意識ははっきりしてる」

「へぇ~よかったっぽい!」

「曙ちゃん、毎日お見舞いしてたもんね」

「あっあれは別にッ!」

「山城が大破したのって確か、夕立が来る前よね?」
 

450 : 以下、名... - 2015/09/18 22:45:05.42 ofSUF+VFo 263/468

「うん。あれは、曙ちゃんが来て……だよね」

「そうよ。あたしが来てちょっとしてからね。あたしが来たときから、山城は大破のままだったわ。クソね」

「山城さんが入渠したから比叡さんがここに来た、んだったかな。懐かしいね」

「ふん! あの頃からこの鎮守府はクソったれてたわよ」

「曙ちゃあん!」

「曙、言葉汚すぎっぽい」

「うるさいわね!」

そのとき、ふらっと羽黒がラウンジに現れた。
ひどく眠たそうである。

「あ、羽黒さん!」

「……?」

夕立に呼ばれてゆるゆるとこちらを向く。

「あ……」
 

451 : 以下、名... - 2015/09/18 22:48:48.56 ofSUF+VFo 264/468

「だ、だいじょうぶですか?」

「あ…はい……司令官さんに早く寝るよう言われたので、寝る前に温かいものでも頂こうかと……」

「それならホットミルクとかがいいんじゃない」

「あっ私が淹れます!」

「羽黒さん、ここ座るといいっぽい! もう倒れそうにみえるっぽい!」

「だ、だいじょうぶです……」

夕立が引いた椅子にすとんと座る羽黒。

「そういえば、連絡にあったクソ提督の出張に同行って、どういうことよ」

「へ? しゅっちょう?」

また連絡を見ていなかった夕立のためにぷりぷり怒りながら曙が説明した。
潮が牛乳を温めて運んでくる。

「へー! なにそれ! 楽しそうっぽい! 行きたい行きたーい!」

「あ、そうですか…?」
 

452 : 以下、名... - 2015/09/18 22:53:18.00 ofSUF+VFo 265/468

「クソ提督がいない間、ここはどうすんの」

「演習と訓練、ですね」

「あれっ? 提督さんとお出かけしたら、パーティできないっぽい?」

「さすがに艤装は持ってけないんじゃないかなぁ?」

「戦闘する機会なんてないわよ」

「ええぇ~っじゃあ行かないっぽい~」

「あんたね……」

「曙ちゃんは?」

「あたしぃ? どうしてあたしがクソ提督と出かけなきゃならないのよ。潮、あんたは?」

「うーん、中央も行ってみたいけど…誰も行かないなら、ちょっと…・・・」

「羽黒さんは? 行くの?」

「……私は…、行きたいですけど……でも、旗艦ですから」

「それくらい誰かに任せていけばいいじゃない。出撃もないんだし」

「だめです……!」

羽黒が強く言い切ったので三人は驚いた。
 

453 : 以下、名... - 2015/09/18 23:02:03.48 ofSUF+VFo 266/468

「司令官さんに頼まれたんです…私が秘書艦なんです……私、私…秘書艦じゃなきゃ……」

半分眠りながらむにゃむにゃと羽黒が呟く。

「は、羽黒さん、もう寝たほうがいいですよ!」

「送っていくっぽい!」

「まったく、しかたないわね!」

夕立が羽黒に肩を貸し、曙と潮が手早く片付けて追いかけた。
そして彼女を部屋のベッドに寝かせて、

「羽黒さん、すっごく疲れてるっぽい~」

「クソ提督のせいね、きっと」

「そ、そんなことないよぉ」

三人は顔を見合わせるのだった。



 

457 : 以下、名... - 2015/09/27 01:13:37.64 5hstfm5Ko 267/468

81.

「ねー。何さ、わざわざ呼び出して」

「北上さん。お願いがあるんです」

薄暗い部屋の中で、北上と綾波が向かい合っていた。
窓ガラスにはびしびしと大粒の雨が叩きつけられている。

「お願い?」

椅子に斜めに腰掛け、机にもたれかかる北上。
それとは対照的に、綾波はきちんと姿勢を正している。

「はい。北上さんには、」

すう、と一息。

「――なんとしても、記憶を取り戻してほしいんです」

閃光。
北上はへへへ、と笑った。
綾波はむっとして、

「真剣な話なんです!」

轟音。雷が落ちた。
 

458 : 以下、名... - 2015/09/27 01:16:21.32 5hstfm5Ko 268/468

頬杖をついて北上は綾波に顔を向けた。

「あのさー、あたしが記憶喪失かどうかは、提督曰く"調査中"らしいよ?」

「司令官は北上さんを知らないからそんなこと言えるんです」

綾波はきっぱりと言い切った。

「北上さんを知っている人は皆わかってるはずです。あなたは記憶を失ってしまっているんです」

は、と北上は呆れたように息を吐いた。

「ま、あたしにゃ判断できないけどね。でもさ、なんであたしが記憶を取り戻したほうがいいのさ?
 そりゃ確かに今のあたしは戦力になんないけど」

「そんなことじゃないです。これは敷波のためなんです」

んあ? と北上は間の抜けた声をあげた。

「敷波? なんで敷波?」

「北上さんは覚えてないようですけど、敷波は以前に北上さんを撃ってるんです」

「なにそれ。初耳なんだけど」

北上は椅子に座りなおした。
 

459 : 以下、名... - 2015/09/27 01:34:40.05 5hstfm5Ko 269/468

綾波は自分の知る霧の戦闘の概要を話した。

「……それで、敷波は、仲間殺しの罪を背負っているんです。でも、もし北上さんが沈んでなんていないなら敷波の罪は無くなります。
 だから、北上さんが記憶を取り戻せば、敷波は救われるんです!」

ふーん、と北上。
ぎィっと椅子を揺らす。

「わかって、もらえましたか?」

そのとき、

「北上さん!」

勢いよく扉が開き、大井が入ってきた。

「北上さん! こんなところにいたんですね!」

「おー大井っちー」

「探したんですよ! さっ夕ご飯食べに行きましょう!」

大井が嬉しそうに北上の手を取って立ち上がらせる。

「ち、ちょっと待ってください……!」

慌てた綾波が追いすがろうとすると、
 

460 : 以下、名... - 2015/09/27 01:36:14.16 5hstfm5Ko 270/468

「なにこいつ。うるさいわね」

ぎろりと大井に睨まれた。
そこでようやく存在に気付いて、しかし何の価値も無いゴミを見るような目付きに綾波はたじろぐ。

「まーまー大井っち」

北上がへらへらと笑って綾波を振り返る。

「できるかわからんけど、努力してみるよー。そんでオッケー?」

「あ、はい、ありがとうございます」

「じゃ行こっかー大井っちー」

「はい! 北上さん♪」

そうして綾波がひとり残された。


力が抜けたように椅子に座る。


「……あとは……」

端末の光が綾波を顔を照らした。

ざあざあと、雨が降っている。


 

464 : 以下、名... - 2015/10/03 01:17:39.65 1czTXA0Mo 271/468

82.

かちゃん。

かち、かち、―――かちゃん。

「………」

霞は自室で食事を取ろうとしていた。
しかし右手がいうことを聞かず、何度やっても箸を取り落としてしまう。

――かちゃん。

霞が苛苛すればするほど、右手の自由は利かなくなっていく。
しかたなく、霞は左手で食事を試みた。

「ったく……」

いつからこうなってしまったのかと、霞は記憶をたどった。
今朝、起きたときからすでに右手はおかしくなっていた。
山城と挨拶するときも右手を抑えるために腕を組むのをやめられなかったのだ。

北上を発見した戦いではつつがなく戦闘できていた。
もっと前か。

――下がっていろと言ったろう。二度言わすな

中将来訪。あのときだ。
提督が中将に殴られたときの怒り。押さえつけることのできなかった右手。
そのあとの風呂でもまだ止まらなかった。

「――っ!?」

ダン! と右手が拳を作って机を叩いた。
記憶に反応したのか、右手が突然暴れだしたのだ。
霞は箸を放り出して、体全体を使って右手を抑えにかかった。
 

465 : 以下、名... - 2015/10/03 01:18:28.74 1czTXA0Mo 272/468

しばらくそうしていると、なんとか右手は治まったが、霞は汗だくになっていた。
そこへ、端末が着信を知らせた。

「もしもし。霞よ」

『うん。俺だ。体調はどうだ?』

「へいきよ。心配ないわ」

『……羽黒からの連絡、見ていないのか?』

「え? 見てないわ。そんなの来て……るわね」

『やはり、息災ではないな。君にもずいぶん負担をかけたからな。すまなかった』

「は――な、なに謝ってるのよ。というか、この出張同行ってなによ」

『うん。少し中央に出かける。ただ、やはり霞、君は少し療養が必要なんじゃないか』

「………。そうね。ちょっと休めば、すぐ治るわ」

『しかし、まさに鬼の霍乱、というやつだな』

「ばっかじゃないの」

笑いを含んでまぜっかえす提督に霞も微笑みながら軽口を叩いた。
あたしは大丈夫。
霞は思った。
こんなのどうってことない。そうだ。しばらくすれば治るだろう。
 

466 : 以下、名... - 2015/10/03 01:19:07.47 1czTXA0Mo 273/468




それは誤りであると、少女は未だ知らない。



 

472 : 以下、名... - 2015/10/12 23:31:31.39 NfTHGuXfo 274/468

83.

ベルトコンベアが資材を運ぶ。
加工機械が油と鉄片を撒き散らしながら素材を削る。
妖精が頭をつき合わせて図面を眺めている。

「………」

ここは工廠。
多くの機械の音が埋め尽くす場所。
敷波はそこで積まれたパレットに腰掛けていた。

機械と妖精が働く様子を見るともなしに見ている。
こうしていると、何も考えてなくて済むような気がしていた。

「あ、敷波、こんなところにいたんだ」

声をかけたのは綾波。

「……綾波、濡れてるよ」

「ああ、風が強くて」

工廠までの道には屋根がついているが、風雨から完全に守られてはいない。
綾波はハンカチでぱたぱたと服をはたいた。

「どうしたのさ」

「あ、うん。えぇっと、そろそろ晩ご飯食べに行かないとと思って」

「もうそんな時間かぁ。わかった、いこ」

敷波はぴょんと飛び降りた。
 

473 : 以下、名... - 2015/10/12 23:34:03.48 NfTHGuXfo 275/468

並んで歩き出す。

「艦間通信で呼んでくれればよかったのに」

「何度も呼んだよー。でも気付かないみたいだったから」

「あれ、ほんとだ。ごめん」

「ね、敷波。敷波は司令官の出張同行、どう思う?」

「えー? あたしは、うーん、どっちでもいいけど」

「あっそうなんだ。あのね、綾波はちょっと行ってみたいなって思ってるんだけど……」

「ふーん? いいんじゃない」

雨と風が吹き込む渡り廊下を駆け抜ける。

「それでね、えっと、できたら敷波と一緒に行きたいの」

「え――あ、あたしは、」

「綾波たちって、ずっとこの鎮守府にいるでしょ? だから、もっと他を見てみたいというか、気分転換にもなるし」

躊躇う敷波に綾波は早口でまくし立てる。

「ほら、だって旅行なんて久しぶりじゃない? 小さい頃、家族一緒に海水浴に行って以来かな。懐かしいね。特に仕事があるわけじゃないってことだし」

「わかったわかったってば!」

「じ、じゃあ」

「もう、こうと決めたら意外と頑固なのはちっさいときから変わらないからね、綾波は」

敷波はそう言って苦笑したのだった。

 

478 : 以下、名... - 2015/10/29 01:37:35.83 OTnTFal2o 276/468

84.

「やっぱり、比叡が淹れたほうが美味いな」

「おだてても茶菓子は出ませんよ!」

「わかった、自分で出すよ」

霞が病欠、羽黒が早退した提督室には比叡の姿があった。
適当な茶菓子のはいった皿をテーブルに出して、提督はソファ、比叡の向かいに腰をおろす。

「いつのまにか、羽黒と霞がここにいるのが当たり前になってたよ」

「逆ですよ!」

「え?」

「私たちも、司令がここにいるのが当たり前になってるんです」

「そう、か」

提督は頬を掻いて、紅茶を一口飲んだ。

「私、司令が役割をくれて、すごく嬉しいんです」

「役割? ああ、要塞砲のことか」

「はい! せっかく配属されても、出撃もせずに過ごす毎日……。司令はそんな日々を変えてくださいました」

「大げさだよ」

「そんなことはありません。私は司令に感謝してもしきれません!」

「おだてても何もでないぞ」

ふたりはくすくすと笑った。
 

479 : 以下、名... - 2015/10/29 01:44:11.71 OTnTFal2o 277/468

「司令官!」

扉を勢いよく開けて、綾波が入ってきた。

「うん、こんばんは、綾波」

「やーこれはこれは。紅茶淹れましょうか」

「あっすっすみません、失礼しましたっ。あの、だいじょうぶです、すぐ済みますので」

「どうした?」

「はい。あの、出張同行の件なのですが、綾波と敷波ふたりで同行を希望します」

「ああ。わかった。羽黒にはこちらから報告しておく」

「そういえば、羽黒さんは……?」

「今日は先に休ませた。霞もだ」

「代わりといってはなんですが私がお邪魔しています!」

「そうなんですか。はい、では失礼します。おやすみなさい」

ふたりが挨拶を返し、綾波は今度は落ち着いて退室した。
 

480 : 以下、名... - 2015/10/29 01:45:04.98 OTnTFal2o 278/468

「そうだ、比叡、君はどうする」

「出張ですか。お姉様に会う時間があるなら是非とも!」

「それは少し厳しいな。自由時間を少しは用意するが、自分達で他の艦娘と面会はできないだろう」

「わかっています。ですので、今回は先輩にゆずりますよ」

「綾波と敷波か?」

「ええ! ふたりはこの鎮守府の最古参ですからね」

「そうか。ではまたの機会に」

提督はおもむろに立ち上がり、窓へと近づいた。
少し開ける。

「雨が止んだようだ」

「虹が出ているかもしれませんね」

「夜には出ないだろう」

「雨の後には、虹が出るものです」

「……そうだと、いいな」

「そうですね」

提督は大きく窓を開けた。
少し冷えた夜の空気がふたりの頬を撫でた。
 

481 : 以下、名... - 2015/10/29 01:45:58.76 OTnTFal2o 279/468

85.

比叡も退室して、提督はひとりで紙煙草に火をつけた。

「……中央か」

ひとりごちる。
煙で肺を満たし、ゆっくりと吐き出した。
窓から煙が流れていく。

――この重巡が、あの軽巡と同じ結末にならぬよう、気をつけることだな

中将の忠告を思い出した。

「球磨。………」

胸の奥に、痛みのような、渇きのような感覚を提督は覚える。
彼の中で球磨という少女は未だ大きな不在であり、その思い出が残る中央出張には気が進まない部分もある。
しかし羽黒と霞を休ませる必要もあるし、大井と北上について等、確認しなければならない。

ごろごろと、遠雷が聞こえた。

大井に現れている症状。北上の記憶喪失。それから、もうひとつ気になるのが――

「俺も荷造りしないとな」

提督は窓を閉めた。
 

482 : 以下、名... - 2015/10/29 01:47:52.13 OTnTFal2o 280/468

86.

朝。
昨日までの嵐はどこへやら、太陽の輝きが硝子を通して廊下に差し込んでいる。

「はー鎮守府って広いんだねぇ」

「ええ。ここは使ってない部屋が多いですけどね」

そーなんだ、と北上。
鎮守府内を案内してもらうよう大井に頼んだのである。
綾波との約束を果たすためであった。

「こっちは入渠関係の施設です」

「へー」

がらりと無造作に北上が病室の扉を開ける。

真っ白な室内にベッドがいくつか。
いたのは山城と曙。
ふたりに気付いて北上は右手を上げた。

「やーごめん、使ってるんだね。失礼した」

あくまで軽い態度の北上。
しかし、

「大井――」

山城はそんな言葉を聞いていなかった。

「そいつから離れなさいッ!」

山城は北上を睨んでいた。
はっきりと、敵意をこめて。


 

488 : 以下、名... - 2015/11/07 03:01:45.96 zfu+8PR+o 281/468

87.

曙はあっけに取られていた。

さっきまで「最近虫が多くていやになる」だの「霞が体調崩しているらしい」、「羽黒も調子悪そうだった」といった他愛も無い雑談をしていたのに、
北上が入室してきた途端に山城がはっと顔色をかえたのだ。

そして、低い声で曙に指示した。

「曙、私の後ろに下がりなさい」

曙は困惑する。北上も何がなんだかわからないという顔だ。

「大井。早くそいつから離れて」

「は?」

大井のなかの何かがバチンと外れる音がした。

「何言ってんの? 粉々にするわよ」

「ち、ちょっと大井っち。ごめん、悪かったってば。そんな怒らないでよ」

山城に迫ろうとする大井を止める北上。

「あんたが生きてるなんて、とんだ不幸だわ」

「そ、そこまで言わなくてもいいじゃん!」

「決めたわ。ばらばらに壊す」

「あんたが私を沈めようとしたんでしょうが!」

「な、何言ってんの……?」

「山城!? 北上はこの前鎮守府に来たばっかりだってば!」
 

489 : 以下、名... - 2015/11/07 03:03:02.24 zfu+8PR+o 282/468

「何やってるんだ君たち!」

騒ぎを聞きつけて提督が慌てて駆けつけた。

「放してください北上さんっ! この粗悪品を解体してやります」

「やめなって大井っち!」

「しらばっくれてもムダよ。あんたの砲撃、よく覚えてるわ」

「山城ってば! 落ち着いてよ!」

山城に食って掛かろうとする大井とその腕を掴む北上。
そして北上に敵意を剥き出しにする山城とそれに戸惑いながらなだめる曙。
そこに提督は割って入った。


「――静かにしろッ!」


大声ではない。
しかし気迫のこもった提督の声に、4人は気圧された。

「大井と北上は外で待て。曙は羽黒と比叡を呼んでくれ」

「あっう、うん」

「ほら、大井っち、廊下いこ」

「………」

提督は紙煙草を取り出し、室内を見回して、窓へと近寄ってがらりと開けた。
快晴だ。
眩しそうに提督は目を細めた。
煙草に火をつける。

「山城。話を聞かせてもらうぞ」

「……不幸だわ……」

 

490 : 以下、名... - 2015/11/07 03:04:14.11 zfu+8PR+o 283/468

88.

「そんな、ばかな」

提督は呆然と呟いた。
病室には彼と山城の二人だけだ。
大井と北上の聴取は羽黒と比叡に任せた。
曙は帰した。

「本当のことです。北上は私を沈めようとしました」

「誤射じゃないのか」

「いくら霧が濃いからって、いえ、それだからこそ、あの北上が誤射するなんてありえないです。それに、」

「それに?」

煙草を取り落としそうになって提督は慌てて携帯灰皿に煙草を落とした。
山城は真剣な表情だ。

「北上は、私を見て、嗤ったんです――」

信じられない、というように提督は首を振った。

「戦闘報告書にもきちんと記入しましたし、口頭での説明もしたんです」

「それは……そんな記述は無かった。クソ。改竄か。握りつぶされたのか……?」

「合流してすぐに羽黒にもそう言いました」

――そ、それと…、私が山城さんと合流したとき、『北上さんがやられた』って聞いたと思っていたのですけど、それって、もしかして……

「あれは本当に『北上にやられた』ということだったというのか……!?」

提督はがりがりと頭を掻き毟った。
 

491 : 以下、名... - 2015/11/07 03:04:50.62 zfu+8PR+o 284/468

「提督」

「なんだ」

「北上は危険です。解体するか、せめて営倉に入れるべきです」

「あぁ――」

帽子を被り直して、提督は北上の事情を山城に説明した。
今度は山城が唖然とする番だった。

「あれが……あの北上では、ない……? に、にわかには信じられません」

「まだわからない。まったくの別人なのか、記憶喪失の本人なのか」

「そんなことが、あるんでしょうか。確かに私はあの時、北上を捜索しませんでした。それは、彼女を危険と判断したからなのですが……」

「北上沈没の報告はある」

「え?」

「ただ、それもわからなくなってきたんだが……」

続いて提督は敷波について説明した。
山城は再び動揺した。

「ち、ちょっと待ってください……北上が私を撃ち、敷波が北上を撃った……? なんですかそれは」

「わからない。もし、北上が本人で記憶を取り戻せば、すべてはっきりするんだが」

提督は右手で額を押さえて唸った。

「いったいどういうことなんだ、真相は……!」

 

497 : 以下、名... - 2015/11/23 02:13:18.37 AD6BnCcpo 285/468

89.

「ったく! なんなのよ!」

スカートのポケットに手を突っ込んで曙は床を蹴った。
彼女は訳のわからないまま退室を指示されたのだ。

「あのクソ提督!」

毒づきながら廊下を歩いていると、向かいから潮が呼びかけてきた。

「曙ちゃん!」

潮曰く、演習を中止して兵装の整備と点検を行なっているらしい。
比叡、羽黒、北上、大井、霞がいないからだ。

整備場では天龍と龍田、綾波と敷波、そして夕立がもう各自作業していた。
潮と曙も自分の兵装を持ってそこに混ざる。

「オウ! ちゃっちゃとやれよ~」

「ふん」

「どうして演習が中止になったのかなぁ。羽黒さんもいないし」

潮が12cm単装砲を丁寧に分解しながら呟く。

「さっき、山城のところに北上が来たの。大井と一緒に」

「え」

面々はそれでだいたいの事情を察した。
曙は続けて説明した。
 

498 : 以下、名... - 2015/11/23 02:14:26.92 AD6BnCcpo 286/468

「……それで、羽黒と比叡は大井と北上に話を聞くって。山城はクソ提督が。それであたしは出て行かされたのよ」

「羽黒さんと比叡さんがいないから演習が中止なんだね」

「山城があんなに誰かを罵るの、初めて聞いたわ」

それから曙がぐちぐちとぼやいたので、潮は慌てて止めた。
ちらりと敷波を見る。
特に変わった様子は無い。

「もう、なによ」

「そういえば、二人は提督の出張についていくのよね~?」

何気なく龍田が話題を変えた。
綾波が頷く。

「そう希望しました。まだ確定ではないですが……」

「たぶん大丈夫だと思うな~。他に希望してるひといないみたいだから~」

「そうなんだ?」

敷波の声に面々が首肯する。
刀の手入れを終えた天龍がそれを肩に担いで、

「お出かけなンて興味ねぇ! オレは戦いたいんだ!」

「うふふ~。天龍ちゃんが行かないなら私も行かないから~」

「終わったっぽい! 先に試射してくるねっ」

黙々と作業していた夕立が楽しそうに退室した。
戦闘や演習以外の雑役には基本的にあまり乗り気でない彼女だが、整備は例外ですこぶる熱心である。
それからはみな作業に集中した。
 

499 : 以下、名... - 2015/11/23 02:15:21.39 AD6BnCcpo 287/468

90.

延々と花を手折る夢で目が覚めた。
霞は隈の出始めた目元をこする。
うまく眠れないのだ。

「………」

喉がからからに渇いていた。
ベッドから起き上がって冷蔵庫からお茶の容器を取り出す。
グラスに注いで飲もうとするが、右手が痙攣してぱちゃぱちゃと零れてしまう。

「……はあ」

仕方なしにひとまず左手でグラスを掴んで喉を潤した。

「げほっ。ふう」

一息ついて、右手に意識を集中。
ぐうっと握りこみ、力を入れる。震えを押さえ込む。
続いて、手を開き、慎重にグラスを持ち上げる。

がしゃあんっ!

グラスが粉々になって飛び散る。
霞が床に叩きつけたのだ。

「ふふ」

心底楽しい気分を我慢できないように霞は笑った。

「あはっはは! あははは!」

素晴らしい心持ちだ。
抜けるような青空が頭上に広がっている。
世界はなんと美しいのだろう!

「あはははははははは!」
 

500 : 以下、名... - 2015/11/23 02:16:36.79 AD6BnCcpo 288/468

「――は、え?」

霞はグラスを右手に持ったまま立ち尽くしていた。
しばし思考が停止する。

「幻覚――? 今、のは」

混乱する。
と同時に噴き出すような破壊衝動に襲われる霞。

「っ!」

咄嗟に左手でグラスを奪い取り、そのままテーブルに置いた。
壊すものを失った右手はしばらく痙攣していたが、突然めちゃくちゃに暴れだした。

「このッ!」

右手首を左手で握って床へ倒れこみ体も使って押さえる。
右手が爪を立てて左手を掻き毟る。血が出た。

「ああもう! なんなのよッ!?」

叫ぶことで痛みをこらえる。
右手には血管が浮き出してどくんどくんと脈動していた。

「いいかげんに、しなさいなッ!」

吼える霞。
右手はじょじょに力を失い、やがてその痙攣も止まった。

「はぁ、はぁ、はぁっ、はぁ……」

汗まみれで荒い息をついて、霞は小さく罵った。
その身を半回転させて仰向けに転がる。
右手を目の前に持ってきて動かしてみる。

「大丈夫、あたしは大丈夫……」

なんともない。
当然だ。これが普通だ。
霞は小さく笑った。


 

505 : 以下、名... - 2015/12/04 03:11:13.73 JMDKaXD+o 289/468

91.

「えぇっ? 本当ですか?」

羽黒はすっとんきょうな声を上げた。

空き部屋で羽黒と比叡は大井と北上に事情を聞いていた。
羽黒は書記を務めていたのだが、思わず口を挟んでしまったのだった。

「本当だよ。あたしが山城を撃ったって言われた」

「あのひと、頭がおかしいですよ。どうかしてます」

「え、えぇっと……」

「それで、続きをお願いします」

比叡が促した。
北上は肩をすくめる。

「それでおしまい。すぐに提督が来て、廊下に出されたんだよ」

「そうですか。大井はなにか付け加えることはありますか?」

「北上さんが仲間を撃つなんてありえません。私は知ってるんです。だからアイツはおかしい。狂ってる。北上さんは撃たれたんです。それで深海棲艦に拉致されたんです」

壁を見つめながら大井。
 

506 : 以下、名... - 2015/12/04 03:12:13.46 JMDKaXD+o 290/468

「だからさー、大井っち、あたしは拉致なんてされてないってば。実戦にも出てないから撃たれたこともないよ」

「北上さんは記憶喪失なんです。私はよおく覚えています。アイツ、アイツが北上さんを、撃って、あ、ああ、ああぁ北上さん北上さんっ!」

頭を抱えて大井が叫びだす。
羽黒は後ずさった。

「大井っち! 大井っち!? あたしはここだよ! ここにいる!」

ぎょろりと、血走った目で大井が北上を睨んだ。

「お――前は――北上さん――なんかじゃ――ない」

「ぇ――」

「偽者だ! 本物の北上さんを返せェーッ!」

大井が北上に飛びかかった。胸倉を掴みあげる。

「お、おい、っち。や、やめ……」

怯える北上。羽黒はへたりこんでいた。

「やめなさい!」

「あうっ」

「放せぇっ! これは偽者だ! ばらばらにしてやる! 絶対に!」

比叡が大井を羽交い絞めにし、北上は椅子を巻き込んで倒れた。
 

507 : 以下、名... - 2015/12/04 03:23:39.96 JMDKaXD+o 291/468

羽黒から連絡を受けて提督が急行、惨状を目の当たりにした。
瞠目するも、すぐに言い放つ。

「大井の再度の営倉入りを命じる!」

提督の即断に比叡が頷く。
なんとか立ち上がった羽黒は北上を助け起こした。

「北上さん、本物の北上さんはどこです!? 必ず救い出します、だからっ、待っててください――!」

「失礼します」

比叡が大井を引きずって出て行くと、室内はひどく静かになった。
提督は疲れた様子で椅子に腰をおろした。

「大丈夫か、北上」

「いや~あはは…」

いつもの調子で取り繕おうとした北上が涙を零す。

「あ、あたし、な、なにか悪いこと、し、したかな……ぅっく、どう、どうして、こんな、ことに」

「………」

何もいえないまま、羽黒は北上の肩に手を回した。

「すまない」

なんのてらいもなく輝く外を恨みがましく睨んで、提督は苦った。
どうしてこう上手くいかないんだ。
球磨の妹である大井と北上を助けたいと思っているのに、なぜその正反対のことになってしまうのか。

「まったく、ままならない……」

提督は嘆息した。
そして、ぐしゃりと、煙草の空箱を握り潰すのだった。

 

513 : 以下、名... - 2015/12/30 01:34:35.45 D6fc3VZGo 292/468

92.

霞は夕立と廊下で行き会った。

「あれ? 霞、元気になったっぽい?」

「ええ。もうへいきよ。あんた、演習は?」

「演習は中止。なんだかよく知らないけど、大井さんと山城さんがケンカ? したっぽい?」

「いつにもまして不明瞭ね……」

疲れた様子で霞は首を掻いた。

「ケンカって……え、大井と山城が? それって、まずいでしょ」

「え?」

「山城はいま動けないのよ!」

夕立を置いて霞は駆け出した。提督室へ。

あの危険人物が山城に手を出したら、それこそ大破している山城は二度と目覚めなくなるかもしれない。
そんなことになったらあいつは営倉にぶち込むだけでは足りない。
海の藻屑にしてやる。

霞は気がつかない。
自分の思考が兇暴になっていることに。

 

514 : 以下、名... - 2015/12/30 01:37:48.33 D6fc3VZGo 293/468

ばん!
乱暴に提督室の扉を開ける。

「おお、霞。体調はどうだ」

「やあこんにちは!」

「霞ちゃん? どうしたの?」

室内では提督と比叡、羽黒が着席していた。
霞は声を荒げる。

「あのクズはどこよ!」

「なんのことだ?」

「気狂いの大井に決まってるでしょう! 山城の代わりにあいつを沈めてやるわ」

「めったなことを言うもんじゃないぞ、霞」

提督はたしなめてから、

「大井は営倉に戻した」

「なんですって?」

経緯を説明した。
その間に比叡が霞のぶんの紅茶を淹れ、ソファに着席させる。

 

515 : 以下、名... - 2015/12/30 01:42:46.66 D6fc3VZGo 294/468

話を聞くうちに落ち着きを取り戻した霞は紅茶に角砂糖を入れた。

「結局のところ、君の忠告が正しかったということだな」

「当たり前よ。で、営倉でおとなしくなってるの?」
 
比叡が肩をすくめる。

「壁に向かって謝ってました」

舌打ちする霞。
紅茶を飲み干して、提督が話を再開する。

「さて、大井はいいとして、問題は北上だ」

「ずいぶんショックを受けたようでしたからね」

「山城は北上を危険視している。しかし北上にその記憶はない。もし山城の言うとおり北上が危険人物であれば監視する必要がある。
 一方、現状では精神が非常に不安定で、サポートが必要だろう」

そこでだ、と提督は羽黒へ視線を遣った。

「羽黒、北上についてくれないか」

「は、はい!」

「監視とサポート、大変だと思うが頼む」

「がっ頑張ります」

そして、昼食のために解散となった。

 

516 : 以下、名... - 2015/12/30 01:46:44.10 D6fc3VZGo 295/468

93.

食堂。

「隣、いい」

「ああ、霞」「どぞ」

綾波と敷波の隣に霞が座る。

「出張は明日からに決まったわ」

トンカツにソースをかけながら、霞。
ふたりは少し驚いて顔を見合わせた。

「急になってしまってすまない、って言ってたわ。軍隊だからしかたないけど、まったくもってクズね」

「ま、いつかいつかと引き延ばされるのもめんどいし」

肩をすくめる敷波。
綾波も苦笑する。

「そんなものだね。準備も大変じゃないし、大丈夫だよ」

「それはよかったわ。昼からはふたりは荷造りして」

「みんなはどうするの?」

「残りのメンツは砲雷武術の鍛錬。午前中の演習ができなかったから代わりにね」

「いいなあ」

「綾波はほんとに訓練好きだね……」

「えー楽しいよ」


517 : 以下、名... - 2015/12/30 01:50:07.84 D6fc3VZGo 296/468

食堂の別のテーブルでは天龍と龍田のところに羽黒が寄っていた。

「すいません、おふたりにお願いがあるんですが……」

「おお、なんだ?」

「あの、午後からの鍛錬で、北上さんの世話をみてほしいんです」

「オレが先生役ってか! いいところに目を付けたな!」

「いいわよ~?」

「おう、任せとけ!」

「ありがとうございます」

「羽黒さんも一緒なの~?」

「ええ、お願いします。駆逐艦は比叡さんとやってもらいます」

「了解よ~」

もう一度礼を言って立ち去ろうとした羽黒に龍田がこそりと話しかける。

「重雷装巡洋艦じゃなくて、軽巡洋艦なのよね~?」

「あ、はい。そう、です……え?」

「轟沈する前の北上は重雷装巡洋艦だったって聞いたわ~? どういうことなのかしら~」

「それは、あれ? おかしいですね、ち、ちょっと、司令官さんに話してきますっ」

羽黒は慌ただしく食堂を出ていった。


521 : 以下、名... - 2016/01/29 02:26:47.32 bxyZLpDdo 297/468

94.

「着替えと書類と、あとなんだ。切符か」

出張の荷物を確認していた提督のところへ、羽黒が駆け込んでくる。

「あ、あのっ失礼します!」

「すまん羽黒。ちょっと事務から切符をもらってきてくれないか」

「はい! あっいえ、あの、お話があって……」

「ん? そうなのか。じゃあ事務へ行こう。歩きながら話そう」

提督と羽黒が廊下へ出ると、

「ひゃあっ」

潮が派手に後ろへ転んでいた。
提督が助け起こす。

「どうした潮。だいじょうぶか」

「すっすいません。あの、今お時間よろしいでしょうかっ?」

「潮もか。急ぎの用か? ちょっと今立て込んでてな」

「あ、えぇっと、その、あ、じゃあ……」

「うん。また後で頼む。すまん」

羽黒も会釈して、足早に廊下を行く提督を追った。
潮は小さくため息をついて、

「夜にしよう……」

きびすを返した。
 

522 : 以下、名... - 2016/01/29 02:28:48.72 bxyZLpDdo 298/468

一方、提督と羽黒。
廊下を歩き、階段を下りる。

「それで、話とはなんだ? 羽黒」

「ええとですね、はい、北上さんのことなんですが」

「なにか問題が?」

「いえ、その、龍田さんに言われて気付いたんですが、いまの北上さんって軽巡洋艦なんですよ」

「そうだな」

「それでですね、私の知っている北上さんは、重雷装巡洋艦だったんです。大井さんと同じように」

提督が足を止めて羽黒を振り返った。
真剣な表情である。

「北上が同一人物でない、ということか」

「その可能性が高い、と思いまして」
 

523 : 以下、名... - 2016/01/29 02:29:31.75 bxyZLpDdo 299/468

提督は再び歩き出した。

「艦娘の改造は不可逆的だ。北上は同一人物ではないと考えるのが自然だな」

「はい。そうであれば、今の北上さんに対する監視も、記憶恢復の措置も必要なくなります」

「しかし艦娘に関してはわかっていることが多くない。もしかすると、改造された艦娘が元に戻ることがあるかもしれない。
 そのことを考えに入れれば、まだ断定は出来ない。中央で確認すべき項目に追加、と言いたいんだな」

考えていたことを整理して述べられて、羽黒は内心驚きながら首肯した。

「わかった。それじゃあ羽黒は、主にサポートとしてやはり北上についてくれ。記憶などについて計らう必要は無い」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

「いや報告してくれて感謝する。もう行っていいぞ」

返事をして羽黒が北上の部屋へ向かった。
提督はそのまま事務室で切符を受け取り、提督室に戻った。
 

524 : 以下、名... - 2016/01/29 02:31:23.28 bxyZLpDdo 300/468

紙煙草を取り出し、火をつける。

「ふむ……艦種か……。ならばやはりあの北上はドロップ艦か」

灰を落としながら机上のお守りに目をやった。

「海難者が御魂に適合した場合に製造される"天然"の艦娘、か。君もそうだったな」

現在に至るまで、主に深海棲艦による海難事故は頻発し、慢性化している。
ドロップ艦というのは、その被害者のうち艦艇の御魂が適合反応を示して出来上がる艦娘と言われている。
彼女らには以前の記憶も容姿の痕跡もほとんどなく、憑依した御魂が性格を決定しているという。

「……腹減ったな」

出張の準備に追われて昼食をすっかり忘れていた。
事務が電話したとかなんとか言っていたのはこのことだったか、と思い至る。
中央では同僚になにか美味いものを奢らせてやる。
提督はにやりとし、

「土産に酒でも持ってくか……」

旅行鞄の容量に不安を感じるのだった。
 

525 : 以下、名... - 2016/01/29 02:34:44.75 bxyZLpDdo 301/468

95.

「艦種のことを鑑みるに、今の北上と前の北上は同一人物ではないという公算が高い、と」

「司令官さんもそう言っていました」

霞は羽黒の部屋にいた。
羽黒は眠たそうにしている。

「じゃあ結局、前の北上ってのはやっぱり敷波に沈められた、と。チッ」

「どうしたんですか?」

「綾波がそれを認めるかしらと思ってね」

「綾波ちゃんが?」

「あいつ、きっと北上が生きていたなら敷波の罪は軽くなるとか考えてるわよ、きっと」

「ちょっと考えていたんですが、やっぱり敷波ちゃんに罪はないんじゃないですか?」

「どういうことよ」

「もし山城さんの言うとおり、北上さんが山城さんを撃ったなら、北上さんは裏切り者ということになります。
 敷波ちゃんがたとえ北上さんを撃っても、処罰の範疇なんじゃないでしょうか」

「さすがに敷波が北上を処罰するのはムリあるでしょ」

「では、あくまで正当防衛では」

「……そう、ね。その余地はあるわね」

「でもそれなら、どうして敷波ちゃんはそう言わないんでしょうか」

霞は肩をすくた。
軽くため息をひとつ。

「で、北上の様子はどうだったのよ」

「気丈に振舞っていました。龍田さんに見てもらいましたから訓練も順調です」

「あいつも災難ね。ん、もう消灯時間か。邪魔したわね」

「おやすみなさい、霞ちゃん」

「おやすみ」
 

526 : 以下、名... - 2016/01/29 02:36:04.75 bxyZLpDdo 302/468

96.

「ふひゃっ!」

潮はガタンとその身を揺らして目を覚ました。
自室の机に突っ伏して寝ていたのだった。

「あ…ねちゃってた」

よだれを拭い、机上の時計を見る。
仰天した。

「もっもうこんな時間!」

午後の演習でくたくたになって、夕食のあとに眠り込んでしまったらしい。
提督室を訪れる予定だったのに、もう消灯時間を過ぎている。
潮は脱力した。

「……しまったぁ、提督の出発時間、いつだろ…」

潮の用件は、引き出しの中の一冊のノートである。
取り出す。
その表紙には、簡素に「日誌・北上」とだけ記されている。

「これが、なにかの役に立つか…わからないけど……」

もうずっと開かれていないその日誌を、潮は撫でた。

「でも、忘れてません。北上さん……」

在りし日を思い返す潮の目尻には、涙が光っていた。


 

533 : 以下、名... - 2016/02/20 02:27:16.67 WyT89vPFo 303/468

97.

「では、留守を頼む」

「はい」

早朝。
車に乗り込む提督は羽黒と最後の確認を済ませた。
後部座席にはすでに綾波と敷波が座っている。

「出してくれ」

「お気をつけて」

「いってきます」「いってきまーす」

車が発進する。
羽黒が綾波と敷波に手を振り返していると、

「てい、とくっ……あぁ、おそかった……」

潮が走ってきて、去り行く車両を見て肩を落とした。

「おはようございます、潮ちゃん。どうしたんですか?」

「あっおっおはようございます。い、いえっ、なんでもありません」

潮はとぼとぼと戻っていった。
首を傾げていた羽黒も、執務のためにその場を後にした。
 

534 : 以下、名... - 2016/02/20 02:28:29.20 WyT89vPFo 304/468

送ってくれた無線班に別れを告げて、提督らは列車に乗り換えた。

「ほら。荷物載せるよ」

自分の旅行鞄を網棚に上げて、提督は綾波と敷波の鞄も同様にする。
綾波が「お先に失礼します」と丁寧に座り、敷波がその対面に腰をおろした。

「あとは数時間、揺られるだけだ。好きにしていていい。問題を起こさないよう注意してくれ」

二人は了解と返事した。
ベルが鳴り響き、そして発車した。

車内にはひとが多い。
深海棲艦による襲撃で国内は慢性的なエネルギー不足であり、交通手段が限られているからだ。
提督は足を綾波の隣に投げ出して、帽子を深く被り眠っているようだった。
綾波と敷波は流れていく景色を眺めながらおしゃべりしている。

「陸から海を見るのはなんか妙な気分だねぇ」

「そうだね。水平線が遠く見える」

「昔、一緒に海水浴にいったことがあったよね。あのとき、クラゲに刺されてから敷波はだいぶ長いこと海を怖がってた」

「そんなことあったっけぇ?」

「懐かしいな。あの頃はまだ深海棲艦もいなくて……」

「思い出した、綾波が砂浜で転んでアイス落として泣いてた」

「えーっそんなのないよう」
 

535 : 以下、名... - 2016/02/20 02:29:10.00 WyT89vPFo 305/468

「あったよ。チョコミントのアイスだったでしょ。あの頃の綾波はああいうド派手な色合いのが好きだったよね」

「小さい頃ってみんなああいう感じのがなんか好きになるじゃない」

「そうかなぁ」

「敷波はどんなのが好きだったっけ」

「あたしは、どうだろ、バニラとかじゃない?」

「バニラってさ、アイスのときにはほとんど香りしないよね」

「あたしバニラってミルク味のことだと思ってたもん」

ふたりはくすくすと笑いあった。

「なんかアイス食べたくなってきた」

「綾波も」

「向こうに着いたら食べられるかなー」

「喫茶店とかあったらあるかも」

「あったら司令官にご馳走してもらおうよ」

「えぇ、いいのかなぁ」
 

536 : 以下、名... - 2016/02/20 02:31:05.22 WyT89vPFo 306/468

「司令官ってお金持ちでしょきっと」

「そ、そうかもしれないけどぉ……」

「じゃああたしだけ奢ってもらお」

「ち、ちょっと、ずーるーいーよぉっ」

「残念ながら大した高給取りではないぞ。アイスくらいなら奢るにやぶさかではないが」

帽子を元の位置に戻しながらそう言った提督に二人は仰天した。

「しっ司令官!?」

「起きてたのかよぉ!」

「さっき起きたんだ」

提督は足を下ろすと伸びをした。
綾波は恥ずかしそうに、敷波は後ろめたそうに、景色に目を遣る。

「まだこんな時間か。そんなに寝てないな」

懐中時計を仕舞って、提督は立ち上がった。

「どっか行くの?」

「デッキで煙草吸ってくる」

「あたしもいく」

提督は怪訝そうだったが、「そうか」とだけ言った。
 

537 : 以下、名... - 2016/02/20 02:32:11.69 WyT89vPFo 307/468

98.

「潮。おはよう」

「あっ霞ちゃん、おはよう」

「何。えらく早いわね」

「提督に渡したいものがあって……。でも、間に合わなかったんだ」

「渡したいもの? 緊急なの」

「えっううん、そういうんじゃ、なくて……」

霞は鼻を鳴らした。

「個人的なものなのね。詮索して悪かったわ」

「え――あッ? そそそそうじゃないよ! こっこれなんだけど」

頬を染めて潮はノートを霞に提示した。
霞は眉根を寄せて表紙に書いてある文字を読んで、それからそのまま潮を睨んだ。

「何よこれ」

「北上さん――前の北上さんの、日誌です」

「冗談、じゃないのよね。ちょっと、あたしの部屋いくわよ」

「うっうん」

二人は場所を移した。
 

538 : 以下、名... - 2016/02/20 02:33:09.86 WyT89vPFo 308/468

がちゃり、と霞は自室の鍵を閉めた。
潮が不安そうな顔をする。

「潮、あんたこれ見たの」

「ううん」

「……ひとの日誌を勝手に読むなんて、ってことか。義理堅いわねぇ」

ローテーブルを挟んで座り、ノートは卓上に置く。

「ていうか、どうしてこれをあんたが持ってんの」

「その……北上さんが出撃する前に、預かったの。どうして、私に預けたのか、わからないけれど……」

それからずっと潮は日誌を保管していたのだという。
今の北上が発見されてから、返却しようかとも思ったが、別人なのか記憶喪失なのか判断できずに保留していた。
だが黙っていることもできずに提督に託そうと考えたのだ。

「北上はどうやら別人ということに決着しそうよ」

「そうなの?」

「だから、これは見ても問題ないということ。確認するわよ」

「えっえっ」

霞がなかば強引に日誌を開いた。
躊躇いながら、潮も目を通す。
読み進める。

「……え?」

潮は両手を口に当てた。
霞は愕然としている。

「なによ、これ……」
 

544 : 以下、名... - 2016/02/25 12:42:25.87 aG1xN/KFo 309/468

99.

景色が左右から奥へと流れていく。
提督と敷波は最後尾の車両のデッキにいた。

「おおーすごいなー」

紙煙草に火を点けて、提督は車両にもたれかかる。

「あたし達の速度とどっちが速いかな」

「んー。短時間なら君たちのほうが速いだろうけど、長時間となると列車じゃないか」

「そうなんだ」

敷波は黙り込んだ。
言わないといけないことがたくさんある気がした。
何から話せばいいのかわからなくて、何も言えなかった。

提督も何も言わずに煙を吹かし続けた。
しばらくして、口を開く。

「敷波」

「なにさ」

「鎮守府に帰ったら、また紅茶を飲みにくるといい」
 

545 : 以下、名... - 2016/02/25 12:43:50.89 aG1xN/KFo 310/468

敷波はくすぐったそうに笑った。

「なにその言い方。えらそう」

「そうか。じゃあ来てくれないか。頼む」

とうとう敷波は噴き出した。

「そこまで言われちゃ仕方ないなぁ」

「忘れるなよ」

相好を崩した提督が、煙草を携帯灰皿に入れる。

「そろそろ戻ろう」

「そうだね。綾波も待たせてるしね」

戻ると、綾波はなぜかお菓子を膝にたくさん乗せていた。

「なにそれ?」

「あの、頂いちゃって」

綾波の視線を追って隣のボックスシートを見ると、老夫婦がにこにこしている。
 

546 : 以下、名... - 2016/02/25 12:44:49.27 aG1xN/KFo 311/468

「お嬢ちゃんにもあげましょうね」

優しげにお菓子を差し出されて、敷波は戸惑いながらも受け取り、礼を言う。
敷波と提督はシートに腰をおろし、

「ありがとうございます」

と提督が隣に改めて礼を言うと、

「可愛い娘さんですねぇ。家族旅行ですか?」

と目を細めて問われた。
ええまあ、そんなところですと提督が笑顔で返すと、婦人はいいですねぇとますます嬉しそうだ。

「ねえ……」

敷波に裾を引っ張られて提督は振り返り、

「ああ、食べていいよ。ぜひ頂きなさい」

「え、あ、うん」

提督は老夫婦としばし談笑していた。
そして途中の都市の駅で降車していった。
 

547 : 以下、名... - 2016/02/25 12:48:42.93 aG1xN/KFo 312/468

多くの乗客がその駅で降りたので、車内はすっかり広々とした。

「なんで嘘ついたのさ」

黙々とお菓子を食べていた敷波が口を開いた。
綾波も同じ疑問を抱いていたようだった。

「うん。まあそんな大した理由じゃない」

水筒を取り出して喉を潤す提督。

「艦娘っていうのは社会的にはかなりデリケートな存在だ。
 戦争のための武力を放棄したこの国が、深海棲艦という化け物と戦うために保持している少年兵部隊だからな。
 あのくらいのひとたちが若かった頃、艦娘の反対運動はもっとも盛んだった。無用な面倒は避けたいんだ」

「そうなんですか……」

「知らなかった」

「そういうこともあって、あまり君たちを鎮守府の外に出さないからな。
 鎮守府によってはお祭りとかで地元に理解を求めようとするところもあるが」

それはそれでめんどくさそうだ、と敷波は思ったが何も言わなかった。

「なんだか、複雑な気持ちですね」

もらったお菓子を見つめる綾波。

「すまん。あのひとたちの好意は本物だ。それは間違いない。だから、気にしないでいい」

提督の台詞に、綾波はそうですよね、と微笑んだのだった。

 



【艦これ】深海の呼び声【後編】


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