1 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/19 11:19:05.25 hez1iRKyo 1/468

注1:艦娘がひどい目にあうかもしれません
注2:某神話クロスではないです

元スレ
【艦これ】深海の呼び声
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1405736335/

2 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/19 11:23:16.53 hez1iRKyo 2/468

1. 着任


この世界には2種類の人外がいる。
ひとつは、工学技能に特化し高度な知性を持つ、古来より人類と共存を果たしてきた「妖精」。
そしてもうひとつは、近年になって人類を脅かしている侵略者たる「深海棲艦」である。
この深海棲艦に対抗するために登場したのが、長年の友人である妖精の協力を得て開発された「艦娘」システムだ。

これは、適合した少女が艦艇の魂を宿した艤装により戦闘その他を行うというものだ。
我々日本国海軍は太平洋に面した国土を守るため、この艦娘システムでもって深海棲艦との激しい戦争状態にある。

…はずなのだが。



―――――
―――
――

「えー、本日付でこの鎮守府に着任した提督だ。よろしく頼む」

集会室に集まった艦娘らおよそ10名に向けて彼はひょいと制帽を上げた。
何も話すことがないな、と思い、昨日のうちに挨拶を済ませた事務からもらったリストに目を落とす。
戦艦、巡洋艦、駆逐艦…。

「あーそうだな、それじゃ自己紹介でもしてもらおうか」

艦娘らが首を傾げたり顔を見合わせたりとそれぞれ反応した。
居心地の悪さを感じて提督は少しため息をついた。

「…いや、いい。今日は解散とする。このなかで最古参は誰だ?」

再びざわめく艦娘ら。まもなく「はい」と一人が手を上げた。
もう一人の手を引いて前に出てくる。

「ここが一番長いのはわたしたちだと思います」

「よろしい。二人は少し残ってくれ。では解散」
 

3 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/19 11:26:54.21 hez1iRKyo 3/468

どたばたと艦娘らが部屋を出て行く。
彼が以前勤めていた鎮守府では聞くことのなかったにぎやかさだ。
慣れないそのにぎやかさが潮を引いていくと、集会室にはぽつんと二人の艦娘が残された。
彼は壁にもたれかかった。

「君ら、名前は? ああ、艦名を頼む」

艦娘らはもともと普通の女の子なので当然本来の名前がある。
提督が求めたのはそれではなく艤装を含めた彼女らの"役職"ともいえる艦艇の名前だ。

「特型駆逐艦、綾波と申します」

「あたしの名は敷波。以後よろしく」

「二人に二、三聞きたいことがある。この鎮守府はどうだ?」

「どうって?」

敷波がつまらなさそうに問い返す。
慌てて綾波が執り成した。

「すいません! この子ちょっとぶっきらぼうで…」

それに対して敷波は「なんだよう」と呟き、提督はあごを掻いて、

「かまわないさ。うん、じゃあ戦力だな。君らはどう見る?」

綾波は困ったような顔をした。

「ううん、そうですね…」

4 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/19 11:30:58.28 hez1iRKyo 4/468

「弱いよ」

「ほう」「ちょっと敷波…」

「だってそうじゃんか。10隻ちょっとしかいないし、その半分は駆逐艦だし、空母はいないし…」

目をそらしたまま敷波は言い募る。
それを聞いて綾波は提督に向き直った。

「でもみんなの練度は高いです! 駆逐艦は経験豊富な子も多いです」

「それは他が出られないからでしょ」

「どういうことだ?」

「その…資材が」

綾波は言いよどんだが、言いたいことは簡単にわかった。
つまり、この鎮守府には資材が少なく、そのため戦艦が出撃できないのだ。
すると今度は深海棲艦に侵略された占領地を奪取することが出来ず、結果が出せなければ資材配給は滞る。

「なるほど。悪循環だな」

うんうん、と提督が頷く。
 

5 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/19 11:33:17.86 hez1iRKyo 5/468

「それで、二人はここに配属されてから一番長いんだよな?」

「そうです」

「他はどういう順で配属されたんだ?」

「ええっと、長門さんと入れ替わりで山城さんが来て…」

「山城? さっき居た戦艦は比叡だけではなかったか」

「山城さんはずっとドックで入渠してるんだよ」

敷波の言葉に提督は、ああ、と合点がいった。
資材不足は戦艦を出撃だけでなく修復もできないようにしているのだ。

「わかった。続けてくれ」

「はい。それから羽黒さん、潮ちゃん、大井さんと北上さん…」

「北上さんはもういないけどね」

「あっ……そう、そうです。他にももういない人はいます」

提督はあえて詳細を尋ねなかった。
 

6 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/19 11:42:23.44 hez1iRKyo 6/468

「それで、曙ちゃん、比叡さん、夕立ちゃん、霞ちゃん、それから天龍さんと龍田さんが一番最近です」

「ふうん。確かに駆逐艦に偏ってるな」

「ここは"ゴミ箱"なんだよ」

「敷波!」

「言ったのはあたしじゃないし。4人くらい前の司令官だし」

「あー、わかったわかった」

提督は右手をひらひらと振って二人を執り成した。

二人を帰してから彼は事務へと足を運び、所属艦娘の配属事由などを調べることにした。
山のように書類と資料を積んだ執務机のある提督室の照明は夜が更けても消えることはなかった。
 

7 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/19 11:48:22.03 hez1iRKyo 7/468

2.

翌日、昼前に提督がふらふらと外を散歩していると、霞と潮を見つけた。

「おー」

紙煙草をくわえたまま提督が眠たそうな声を上げると、二人が気付いて振り返った。

「あっ……提督…こ、こんにちは」

「うん。何やってるんだ?」

「えっと、そのう…」

「訓練よ。なに、文句でもあるわけ?」

口ごもる潮に代わって、霞が強気に答える。
提督は煙を吐いた。

「いや、いいんじゃないか。二人だけでやってるのか?」

「そうよ。悪い?」

「さ、最初はみんなでやってたんです。
 でも、出撃もないし、ちょっとずつ減っていっちゃって…」

「で、今は二人しか残ってないって訳か」

「みんなたるんでるったらないわ。艦娘たるものいつでも出撃できるようにしておくべきよ」

気炎を吹き上げる霞に対して提督は煙を吐いて答えなかった。

「ん。もう昼食の時間か。じゃあな」

「は、はい」

8 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/19 11:53:48.00 hez1iRKyo 8/468

3.

広い食堂に艦娘らがまばらに座って食事を摂っていると、

「おーい、ちょっと聞いてくれ。あ、いやそのままでいい」

カレーの皿を持った提督がやってきた。

「司令官。どうしたんですか?」

「ここは艦娘用の食堂だよ」

近くで向かいあって食べていた綾波と敷波が話しかけてくる。
提督はそれには「わかってるって」と答え、

「あー、なんか事務から秘書艦を指名するよう言われたので、――羽黒!」

「ひゃいっ!?」

すみのほうでかしゃんと音を立てて黒髪の少女が立ち上がった。

「貴官を秘書艦に任命する。悪いが昼食が終わり次第、提督室まで来てくれ。以上」

ざわめきだす食堂を後にして、提督は廊下を歩きながらカレーを食べるのだった。

9 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/19 11:57:00.37 hez1iRKyo 9/468

4.

提督室のドアが控えめにノックされ、提督は広げていた地図と資料を無造作に片付けた。

「入ってくれ」

「はい…」

おずおずと顔をのぞかせたのは羽黒。
しかし彼女だけではなく大きくドアを開いて、

「提督さん! 夕立を秘書艦にしたほうがいいっぽい!」

駆逐艦・夕立と、

「いいや! 秘書艦になるべきなのはオレだ!」

軽巡洋艦・天龍、そして龍田も入室してきた。

「なんだ、呼んだのは羽黒だけだぞ」

「す、すいません…!」

「いや羽黒を責めてるわけじゃないんだ。で? 君ら秘書艦になりたいのか?」

「秘書艦になれば出撃して前線に出られるんだろ?」

「それはそうだが…ええと、君は軽巡だよな?」

「オレの名は天龍! フフフ、怖いか?」

「え? あー、そのだな…」

「オレの装備が気になるか? 世界水準軽く超えてるからなァ!」

ちろりと天龍の艤装に目をやった提督は彼女のセリフに苦笑した。
お世辞にも世界水準とはいえない、ボロボロの12.7cm連装砲である。
 

10 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/19 12:17:42.97 hez1iRKyo 10/468

「夕立も秘書艦になってパーティしたいっぽい!」

「君は駆逐艦か。あぁ夕立か。…パーティ?」

「そう! 敵艦を沈める楽しいパーティ!」

「あぁ戦闘ってことね…。君は?」

「はじめまして、龍田だよ。天龍ちゃんがご迷惑かけてないかなぁ~?」

「うん。まぁ大丈夫だが…。秘書艦になりたいというわけではないのか」

「私は天龍ちゃんの付き添いだよ~」

「そうか。じゃあ天龍と夕立。それから羽黒。なぜ秘書艦が羽黒なのか説明するぞ」

提督はぴろりと所属艦娘リストを示した。

「この鎮守府には駆逐艦が多く、空母はゼロだ。資材は少なく、戦艦を多用することは現実的でない。
 資材を得るためには遠征に出ざるを得ず、軽巡にはその旗艦を務めてもらう。
 となると駆逐艦を指揮するには重巡が最適で、ここには重巡が羽黒しかいない。
 以上から、羽黒が第一艦隊旗艦つまり秘書艦ということになる」

これを聞いて天龍と夕立がなにか言おうとしたので、

「君ら二人が前線に出たがっていることはわかった。検討しておく」

と先回りして、そして龍田を含めた三人を帰した。
 

11 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/19 12:30:48.50 hez1iRKyo 11/468

「さて、と」

残った羽黒はびくりとした。

「楽にしてくれ。ああ座ってくれていい」

申し訳なさそうにソファに腰を下ろす羽黒。
提督は紙煙草に火をつけた。

「君を秘書艦にした理由はさっき説明したとおりだ。
 それで、早速なんだが一週間後、第一艦隊には出撃してもらいたい」

「し、出撃ですか?」

「ああ。資材不足を解消するには長期的には出撃して戦果を出すのが最良の手だ。
 同時に遠征によって短期的に資材を確保し、出撃を可能にさせる」

言いながら提督はポケットからくしゃくしゃの紙を取り出した。

「第一艦隊はこんなふうに編成してみたんだがどうだろう」

走り書きのメモを見て、羽黒はあたふたした。

「ん? あァすまない字が汚すぎたな」

「い、いえ、その、…ごめんなさい」
 

12 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/19 12:39:38.94 hez1iRKyo 12/468

「旗艦に羽黒、それから軽巡が天龍、大井、駆逐艦が――」

「大井さん、ですか…」

「? ああ。重雷装巡洋艦の火力は抜群だからな」

「司令官さん、大井さんには会われましたか?」

「…昨日、入渠中の山城以外の全員とは顔を合わせたはずだが」

「あの時、大井さんはいなかったと思います…」

「そうなのか? どこにいたんだ」

羽黒はしばらく答えなかった。
提督も黙って煙をふかして、彼女が口を開くのを待った。
非常にいいにくそうにしながら、羽黒はぽつりと答えた。

「……営倉、です」
 

22 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/27 14:46:21.41 VnALXFido 13/468

5.

「あら。羽黒さん。北上さん知りません?」

営倉へ赴いた提督と羽黒に、大井は前置きなく尋ねた。

「あ、あの、大井さん。こちら、新しく着任された司令官さんです」

「こんにちはー。軽巡洋艦、大井です。どうぞ、よろしくお願い致しますね」

「ああ、よろしく頼む」

檻の向こうにいることを除けば、にこりと挨拶する彼女には何の異常も見られない。

「それで、北上さんがどこに行ったか知りませんか?」

しかし。

「お…大井さん。あの…、北上さんは…、もう、いないんです」

「――あ?」

大井の表情から感情が抜け落ちる。
 

23 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/27 15:00:33.48 VnALXFido 14/468

「北上さんは――轟沈したんです…!」

羽黒がそう言うと、大井は態度を豹変させた。
ガァンと檻に掴みかかる。

「そんなわけないだろうがッ! 北上さんが沈むわけない! 私がいる限り!」

目を見開き、髪を振り乱して大井は叫んだ。

「お前らが北上さんを奪った! お前らが! 奪ったんだッ!」

口角泡を飛ばして詰る大井に羽黒は「ひィ!」と悲鳴を洩らして後じさった。
提督も息を呑んでいる。

「北上さんを返せ! 返せ! 返せェーッ!」

さきほどまでのにこやかな仮面をかなぐり捨てて、血走った目をした大井は絶叫した。

「いつも…こうなのか」

「は、はい。北上さんが轟沈してしまってから…。営倉に入れるしかなかったんです」

「そうか…」
 

24 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/27 15:10:14.69 VnALXFido 15/468

ぼろぼろになった指で檻を掴み、めちゃくちゃなことを喚いていた大井は前触れなくおとなしくなって、

「うふふ…北上さん、今日も綺麗な足ね…」

ぶつぶつ呟きながら営倉内の汚い壁を撫でだした。
その両目は、提督と羽黒には見えないものを見ていた。確かに見ていた。

「ええ、そう…そうね。うふふ…もう、北上さんったら…」

虚空と会話する大井を置いて、二人は逃げるように階段を登ったのだった。
 

25 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/27 15:21:58.55 VnALXFido 16/468

6.

「あれは…大井の扱いはどうなってるんだ。傷病者は除隊させられるんじゃないのか」

提督室の窓から青空を見上げながら、提督は煙草の煙を吐いた。
羽黒はソファに座り込んで脱力している。

「北上さんが轟沈してしまって、当時の司令官さんは異動になりました。解任になったのかもしれません。
 大井さんの様子がおかしくなったのは、その後でした」

駆逐艦の少女らがたわむれている声が聞こえてくる。

「次の司令官さんは見て見ぬふりをされました。その次の司令官さんは拘置観察として営倉入りを命じられました。
 それから、どの司令官さんも大井さんを放置したんです」

しばらく、どちらも口を開かなかった。

「………。だから、大井を艦隊に入れられない、というわけか」

「そう、です…」

なるほどな、と深く頷いて提督はまた考え込んだ。
 

27 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/27 15:33:35.53 VnALXFido 17/468

そのとき、提督室の電信管が警報を鳴らした。

『敵艦隊の接近を感知! 敵艦隊の接近を感知!』

びくりと弾かれたように立ち上がる羽黒と対照的に提督は姿勢を変えずに苦った。

「まだ編成も済んでねぇってのに…!」

「あ、あの、それは…」

「?」

「編成は、必要ないと思います…」

「どういう――」

どういう意味か、と提督が尋ねようとすると、窓から聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「駆逐艦夕立、出撃よ!」

「うっしゃぁっ! 出撃するぜ!」

提督が窓から身を乗り出して見たのは、統率されずに海上を進む艦娘らであった。
 

28 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/27 15:39:36.02 VnALXFido 18/468

「夕立と天龍…龍田もか」

「あとは霞ちゃん、綾波ちゃん、潮ちゃんですね…」

「あいつら、命令もなしに出撃しやがって!」

「ご、ごめんなさいっ!」

「あ、いや、羽黒が悪いんじゃない」

「すみません、ここは司令官さんが指揮を取らないことのほうが多いんです。
 そのため艦娘は各自で出撃・戦闘します」

「なんだそれは。そんなことが許されるのか?」

「この鎮守府に着任された司令官さんはほとんど出撃させません。ですから戦闘は今みたいにはぐれ艦隊を迎撃するくらいです。
 そのくらいの相手なら、簡単に倒せますから…」
 

29 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/27 16:21:30.77 VnALXFido 19/468

7.

「っぽい!」

イ級Aに突っ込んでいく夕立。
身を低くして海面を滑りながら夕立は12cm単装砲で砲撃する。
その砲撃を面舵で回避しながら反撃しようとした深海棲艦を、

「おらァッ!」

肉薄した天龍の刀がすれ違いざまに両断した。
爆発するイ級Aの残骸の向こうで霞がイ級Bと、綾波がイ級Cと撃ち合っている。

「霞ちゃんっ!」

潮の声にはっとした霞はしかし背を向けていた綾波に勢い余ってぶつかってしまった。

「きゃあっ!」

弾かれあって体勢を崩す二人を狙ってイ級B、Cが照準を定める。
 

30 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/27 16:40:20.65 VnALXFido 20/468

「だめぇっ!」

潮の放った砲弾が何とかイ級Bを沈める。
しかしCの砲撃には間に合わなかった。
撃ち出された砲弾は放物線を描いて綾波へ飛来。

「っ!」

着弾。
ばしゃんと音を立てて綾波が海面に転がる。

「綾波! しっかりしやがれ!」

天龍が駆け寄ると、しかし綾波は艤装を損傷しているものの本人にはほとんどダメージはなかった。

「あ…か、霞は、」

綾波は着弾の寸前、霞に押されて直撃を免れたのだ。
しかしそのために霞は右手を大きく火傷してしまっていた。

「平気よ、こんなの…どうってことないわ」
 

31 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/27 16:49:03.20 VnALXFido 21/468

一方、イ級Cには夕立が喰らいついていた。
先制射撃で小破させた深海棲艦の口腔に12cm単装砲を突っ込む。

【ギァッ!】

「これでど~お?」

夕立の砲撃がイ級の口腔内に充填されたエネルギーを誘爆させた。

「あははっ!」

本当に楽しそうに笑って夕立が離脱。
口から煙を吐きながら大破したイ級が逃げていこうとする。

しかしその眼前には悠然と龍田が立っていて、

「うふ♪」

イ級の天頂からまっすぐ刃を貫き入れて絶命させた。
 

32 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/07/27 16:54:42.39 VnALXFido 22/468

8.

戦闘が終わり、三々五々帰投してくる艦娘らを提督と羽黒は迎えた。

「ご苦労だった」

提督はざっと被害状況を見て、

「霞。すぐに入渠すること」

「あたしィ? 綾波が先でしょうが!」

「命令だ。早くしろ」

苛立ちを隠そうともせずに霞は舌打ちした。

「タイミングおかしいったら!」

吐き捨てて霞がドックへと去っていく。
慌てたように、ぺこりと一礼して潮がそれを追った。

「あー、綾波は霞の次に入渠するように。他は? 夕立は平気か」

「だいじょぶっぽい!」

「そうか。なら良い。解散してくれ」

提督は踵を返した。

羽黒はなんともいえない居心地の悪さを感じた。
それは、これまで整然とした指揮系統下にいた提督と、奔放に動き回るこの鎮守府の艦娘らとのギャップのせいに違いなかった。
 

37 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/03 15:21:59.28 nvzdcEB/o 23/468

9.

夕食ののち、提督が提督室にこもって資料をざらざらと読んでいると、ひとり敷波がやってきた。

「どうした」

いつもぶすっとしているような彼女ではあるが、今はその表情の下に別の熱のような感情が渦巻いているように見えた。
敷波は黙っているが、それはなんといっていいか言葉を探しているらしかった。

「まあ座るといい。なにか飲むか?」

「あのさ」

提督が立ち上がってヤカンを火にかけると、敷波はようやく口を開いた。

「うん」

「なんで綾波を後回しにしたのさ」

「………」
 

38 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/03 15:26:23.19 nvzdcEB/o 24/468

紅茶の葉をティーポットに入れ、カップをお湯であたためて、ポットにもお湯を注ぐ。
その間、提督は答えなかった。

「綾波のほうがひどいケガだったでしょ!」

「そうだ」

日本国海軍で採用されているpVdc(汎艦娘損害判定基準)でいうと、霞は小破、綾波は中破であった。

「だから霞を先に入渠させたんだ」

「どういう……」

「この鎮守府には艦娘が少ないからだよ」

紅茶を二つのカップに注いでテーブルに置き、提督はソファに腰掛けた。

「綾波も霞も万全じゃないわけで、次の戦闘には出しがたい。
 しかしこの鎮守府には艦娘が少なく、出撃できない者が多くなると戦闘そのものに差し支えることになる」

敷波も提督の対面にすとんと座った。
 

39 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/03 15:32:24.79 nvzdcEB/o 25/468

「それって、戦える子を減らしたくない、ってこと?」

「正確には出撃できる人員が減っている状態の時間を出来る限り少なくしたい、だが」

「だから…、修復にかかる時間が短い霞を優先した」

「そうだ」

「ふうん…」

理屈はわかっても気持ちは簡単に割り切れない。そんな顔をしていた。

「納得しろとは言わない。俺ができるのは判断の理由を示すだけだ。
 霞を優先したのはただ戦略的な点からだけであって、それ以外じゃない」

提督はそう言って、紅茶を飲み干した。

「……提督は冷たいね」

「…そうか」
 

40 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/03 15:39:43.46 nvzdcEB/o 26/468

「うん……、わかった」

紅茶をかき混ぜる敷波。
ふ、と息を吐いて提督は立ち上がった。

「それはよかった。じゃあそれを飲んだらもう寝なさい」

「はーい」

提督は執務机に戻り、ばさばさと資料を取り上げてまた目を通しだした。
その様子を横目で見ていた敷波は、

「ねえ、司令官」

と、ぽつりと呟いた。目だけを少女に向ける提督。
敷波は紅茶の水面を見つめている。

「綾波はすごいんだよ。戦闘にも怖がらないで出るし、出たらちゃんと敵を沈めるし…。
 今日は失敗しちゃったけど、ほんとにすごいんだよ」

「………」

「あたしとは違う…あたしは……」
 

41 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/03 15:54:34.97 nvzdcEB/o 27/468

10.

「羽黒ー」

艦娘が朝食を摂っている食堂の入口で提督が秘書艦を呼んだ。

「おはようございます、司令官」

「また来たの?」

綾波と敷波にひらひらと手を振る提督のもとに慌てて羽黒が駆けつける。

「おっおはようございます!」

「うん、おはよう。朝から悪いが、一○○○に艦娘を集めてくれるか? メンバーと場所はこっちにメモしてある」

「は、はい。出撃ですか?」

「いや、出撃は6日後だ。出撃のための訓練だよ」

「訓練…」

「ああ。内容はそのときに話す。じゃあ頼むな」

「はい!」

トーストをかじりながら提督が去っていくと、羽黒の周りに艦娘らがわいわいと寄り集まった。

「なになに? 出撃の指示っぽい?」「えぇっ、出撃ですか…!?」
「やっと出撃な訳?」「ついにオレの出番が来たか!」

「あ、あの…ちが……ご、ごめんなさいぃぃ!」

メモをのぞきこんで勝手に騒ぎ出す同僚らに対して何も言い出せず、羽黒は泣きたくなるのであった。
 

42 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/03 16:05:49.17 nvzdcEB/o 28/468

11.

一○○○。演習場。
ここは湾の内部であるが、ほとんど整備されていない。
提督が以前勤めていた鎮守府では広大なプールを建設して演習場にしていたが、ここのそれは自然そのものだ。

「はー、良い天気だ」

紙煙草をふかしながら提督が演習場の波止場に歩いてくると、

「敷波も早くおいでよー」

「どうせまた上がらないといけないでしょ」

水面に立つ綾波と堤防に腰掛けて足をぷらぷらさせる敷波、

「水上では当然バランスが大事になるわ」

「う、うん」

少し離れた水上でしっかりと立つ霞とふらふらしている潮、

「オレの装備が火を噴くぜぇ!」

「天龍ちゃん、カッコイイわよ~」

陸で砲塔を振り回す天龍とそのそばで微笑む龍田、

「早く戦いたいっぽい~!」

「ちょっと夕立! 水しぶきかけないでよ!」

水上を走り回る夕立ときゃんきゃん怒る曙が見えてきて、

「あ…司令官さん、その、ご、ごめんなさい!」

そして羽黒が頭を下げた。
 

43 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/03 16:17:17.63 nvzdcEB/o 29/468

「ん? なにか問題があったか」

「いえ、その…みんな出撃だと思っちゃったみたいで…」

「ふうん? まあいいよ。あれ? 比叡は?」

「え? あっ、どうして?」

「いないな。呼び出すからちょっとみんなを集めておいてくれるか」

ばたばたと羽黒がみんなを集めて整列させていると、

「金剛型戦艦・比叡! ただ今参上しました!」

比叡が全力疾走してきてその列に並んだ。

「比叡…寝てただろ」

提督が呆れたように指摘すると、

「えっ!? 寝てません! 寝てませんってばぁーっ!」

「寝癖ついてんのよこの昼行灯」

「ひえぇーっ!」
 

44 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/03 16:25:50.12 nvzdcEB/o 30/468

「さて、じゃあ説明するぞ」

二列に並んだ艦娘らに向けて、提督は話し始める。

「まず、今日は出撃じゃないからな」

一部の艦娘らのブーイングを無視する提督。

「ただし、出撃のための訓練ではある。
 えー、羽黒。それから天龍、夕立、霞、綾波」

「はい!」「おう!」「ぽい!」

それぞれ返事しながら呼ばれた艦娘が前に出る。

「君らを第一艦隊とする。
 今日は残る者が敵艦隊の役割をとって、第一艦隊の戦闘教義の確認と機動の練習を行う。
 比叡、敵艦隊を指揮してくれ」

「わかりました!」

「手加減はしなくていいからな。さぁ位置についてくれ。
 第一艦隊はこっちへ」

「「「はい!」」」

比叡率いる艦隊が水面に降り立ち、沖合いへと滑り出す。
それを確認してから提督は振り返り、

「さて。君らの作戦はこうだ―――」

イタズラを考える子供のように笑った。
 

52 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/06 22:51:23.78 qofB5wkyo 31/468

12.

海上。単横陣。

「一○三○。定刻です」

右端につめる綾波が時刻を報告。
それに応じて羽黒が右手を挙げる。

「演習を開始します! 敵は戦艦1隻、軽巡1隻、駆逐艦3隻!
 戦艦の長距離砲撃に注意してください!」

「了解!」

「微速前進、はじめ!」

羽黒の号令で艦隊が水面を滑り出す。

「わくわくしてきたっぽい!」

「夕立! 前に出すぎよ」

それぞれの距離は150メートル。
艦娘の戦闘では、一度にまとめて攻撃を受けないよう散開して作戦行動をとるのが常識である。
 

53 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/06 22:57:20.46 qofB5wkyo 32/468

「いつでもかかってこい!」

羽黒の横で天龍が吼えた。

左端で羽黒は不安を感じていた。
提督には"作戦"を授けられてはいたが、しかし相手には戦艦がいるのだ。
軽巡と駆逐艦の構成は同じ。
つまり彼我の違いは重巡と戦艦、すなわち羽黒と比叡なのだ。

相手に勝つには羽黒が比叡に勝たねばならないということになる。
しかし提督の作戦は羽黒が比叡に勝つための方策ではない。
果たして本当に勝てるのか――

「! 来たっぽい!」

「敵艦隊を発見! 目視でも確認しました、単縦陣です!」

夕立と綾波の報告にびくりとする。
心拍数が上昇していく。
 

54 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/06 23:07:52.49 qofB5wkyo 33/468

『B艦隊、単縦陣でA艦隊に接近。A艦隊の左端を進路にとっています』

一方、陸で観測班の報告を聞いた提督は煙草をくわえたままにやりと笑った。

「予想通りだな」

『そうなのですか?』

「うん、そりゃそうだ。単縦陣は海戦陣形の基本だからな。
 反航戦でも、戦艦の威力なら重巡だって一撃で倒せる見込みはある。
 比較的強度の高い重軽巡を先に撃破して、残りの駆逐艦を片付ける算段だろう。
 単横陣なんて時代遅れな陣形で、戦艦も空母もいない艦隊なら余裕で勝てると思ってるんだろ」

『違うのですか』

「あいつらがやってるのは艦艇が戦う海戦じゃない。どちらかというと戦車が走り回る陸上戦だよ。
 ということは海戦の常識は艦娘戦闘には通用しない」

『艦娘戦闘は陸軍の戦術のほうが向いているということですか?』

「さあね。それをこれから模索していかなくちゃならんのさ」

『なるほど―――A艦隊、B艦隊射程まで60秒!』
 

55 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/06 23:15:57.38 qofB5wkyo 34/468

「先頭は戦艦! 敵射程まで残り60秒!」

「作戦に変更ありません! 指示通りの行動をお願いします」

「うぅぅ~ガマンできないっぽい~っ!」

戦場の空気に興奮した夕立がぎゅうっと拳を握る。
べろりと舌なめずりする夕立を綾波がたしなめた。

「だめだよ夕立。作戦を守らなきゃ」

「あのクズの言うとおりにしたくない気持ちはわかるわ」

「ちょ、ちょっと霞ってば」

「でも作戦にはきちんと根拠があったわ。あれはマケドニアのファランクスよ」

「Mk.15?」

会話する霞と綾波の間にいた夕立がばッと顔を上げる。
羽黒が悲鳴のように報告。

「敵戦艦、初弾発射!」
 

56 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/06 23:22:23.59 qofB5wkyo 35/468

「来やがったな!」

刀を提げて天龍が一気に速度を上げる。同時に夕立も飛び出す。
二人に続いて羽黒、霞、綾波も単横陣を維持したまま加速した。
比叡の放った初弾は当然、羽黒らの後方に着弾。

「敵戦艦、次弾射撃用意!」

即座に羽黒らの加速に対応した比叡がその砲塔位置を修正、発射した。
今度は初弾と比べて発射から着弾までの時間が格段に短くなる。

「ッ!」

比叡の代用弾が天龍に命中、ペイントがぶちまけられる。
さすが戦艦というべきか、一撃で大破判定である。

「くそがァッ!」

こちらの射程にも入り、

「砲撃、開始してくださぁーいっ!」

全員が羽黒の号令に従った。
敵艦隊からも砲撃が始まり、特に羽黒と天龍にダメージが集中する。

一方こちらの狙いはすべて戦艦。
しかし戦艦の装甲は硬く、損害判定は小破に留まっている。
 

57 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/06 23:32:25.27 qofB5wkyo 36/468



『両艦隊、交差します!』

「【機動】、【奇襲】、【集中】――戦いの原則だぞ。やっちまえ」

ぼそりと提督が呟いた。



 

58 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/06 23:38:21.44 qofB5wkyo 37/468

ついにすぐそこにまで迫った敵艦隊が羽黒の左横を通ろうと進路を微修正する。

「逃がすかよ!」

それに対して天龍と羽黒が比叡に突っ込んだ。

「な、なに!?」

驚いた比叡がそれでも砲塔を二人に向ける。
しかし天龍が下段からすりあげた刀の峰が砲塔を押し上げて照準をずらす。
羽黒も自分の砲塔で比叡のそれを逸らせ、

「撃ちます!」

至近距離での砲撃。

「ひえぇ~っ!」

続いて天龍も攻撃し、比叡を中破に至らしめる。
 

59 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/06 23:43:29.99 qofB5wkyo 38/468

一方、行き足の止まった龍田と駆逐艦に霞、夕立、綾波が襲い掛かる。

「ちょっ、何さ!?」

困惑の声を上げたのは敷波だけではない。
対応できない敵艦隊は次々と戦闘不能判定を与えられていった。
戦闘不能判定の出た艦娘は戦闘領域から離脱しなければならない。

「みんな!」

後ろを食い破られればそれは比叡にとって挟撃されることを意味する。
天龍を戦闘不能判定にした彼女は、そのため龍田らの援護に回ろうとした。
その隙を見逃す羽黒ではない。
羽黒の砲撃がクリティカルになり、比叡を戦闘不能判定にさせた。

「うっしゃあ!」

「や、やりました!」

同時に霞らが敵駆逐艦を全滅させた。

「ちぇーっ!」「はうぅ~」「くっそー」
 

60 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/06 23:56:39.18 qofB5wkyo 39/468

『A艦隊、天龍が離脱! 他は健在です』

「うっし。ひとまず、ある程度の効果は上がったか……」

提督が安堵したように煙を吐いた。
しかし。

『――B艦隊・龍田! 健在です!』

観測班の報告に、提督は目を剥いた。
借りた双眼鏡で見たのは、羽黒ら4人に囲まれてなお失われない温度の低い笑顔であった。
 

64 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/11 01:46:56.31 t4R87UoAo 40/468

「うふふ~。まだ終わりじゃないわよ~?」

龍田が水平に薙刀を構えてうっそりと笑っていた。

「あははッ!」

殺意に中てられて夕立が龍田の背後から飛びかかる。
龍田はひゅんと薙刀を回して柄を夕立に叩き込もうとする。

「っぽい!」

夕立の12cm単装砲がそれを受け止めるが、そのまま吹き飛ばされる。
体の開いた隙を狙った羽黒の砲撃を後退して避けながら、突進してくる霞と綾波に応戦する龍田。

「行きます!」

砲撃しながら肉薄する綾波。

「す、すごい…綾波ちゃん。龍田さんが防戦一方だよ」

「さすが綾波だね」

と敷波。
 

65 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/11 01:51:59.88 t4R87UoAo 41/468

「そう? 龍田は紙一重で綾波の攻撃を避けてるよ」

曙の言うとおりだった。
綾波が攻めており、龍田はそれを受けるだけで精一杯なように見える。
しかし綾波の攻撃は龍田に一発も当たっていない。
龍田は綾波の隙をうかがっているのだ。

霞は龍田の左右後方から高速で接近して攻撃を仕掛けている。
二人が接近戦を挑んでいるため遠距離砲撃の出来ない羽黒は龍田の進行方向に回り込み続けることでその動きを制限していた。

「やああっ!」

海上を滑りながら綾波が至近距離で砲撃。
綾波と向き合ったまま後退する龍田は砲弾が射出される直前に砲塔の向きから弾道を計算し、わずかな体重変化で回避する。
綾波の装備したもう一方の12cm単装砲も同様に躱されてしまう。

「当たらないわよ~?」

装備の弾薬には限りがあり、このままでは綾波は攻撃不能になる。
そうなれば龍田は攻め放題ということだ。
そう思って焦れば焦るほどますます攻撃は命中しなくなっていくのだ。
 

66 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/11 01:55:10.79 t4R87UoAo 42/468

「はッ!」

綾波が装填している隙を埋めるのが霞だ。
タイミングを合わせて龍田に突進し攻撃を仕掛けるが、龍田もそれはわかっているのでひらりと避ける。
先ほどからこの繰り返しであった。

しかし、焦った綾波が少し間合いを詰めすぎたときだ。
龍田の薙刀がくるりと綾波の12cm単装砲に絡みついた。

「あっ!?」

綾波は一挙に体勢を崩されてしまう。

「うふふ~♪」

バランスを失ってざぶりと海面に手をつく綾波に、龍田が12.7cm連装砲を照準した。

「くッ!」

霞がなんとか綾波を助けようと駆け寄るが、しかし間に合わない。
 

67 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/11 02:02:41.57 t4R87UoAo 43/468

どォん…という音が海上を渡っていく。

代用弾の命中した綾波がぽかんとしている。
中途半端な状態で停止した霞も、綾波を戦闘不能判定にした龍田も同様である。
なぜなら龍田もペイントまみれになっていたからだ。

「やったぁ! 命中したっぽい!」

無邪気な声を上げたのは夕立。
彼女が、綾波を狙うために動きを止めた龍田へ放った魚雷が命中したのだ。
呆然としていた羽黒ははっと我に返って、

「演習を終了します! 総員帰投してください!」

指示を出し、みなそれに従った。
 

68 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/11 02:07:55.62 t4R87UoAo 44/468

「お疲れさん。おー派手にやりあったな」

整列した艦娘らを見て、紙煙草をくわえたまま提督はかっかと笑った。

「とりあえずペイントを落として、それから集会室に集まるように。
 ああそうだ。夕立、君がMVPだ。以上」

そう言って提督はさっさと歩いていってしまうのだった。


-----


「いやーやられました!」

「あっ、比叡さん」

ペイント一色になった比叡がけらけら笑う。
一方羽黒は、ペイントはついているものの、小破判定程度である。

「正直、負けることはないと思っていたんですが、戦術の見事な勝利でしたね!」

「す、すいません」

「なにを謝ることがありますか! これでガンガン深海棲艦に勝てますよ!」

「は、はい、がんばります!」
 

69 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/11 02:24:37.93 t4R87UoAo 45/468

「提督さ~ん!」

提督にとてとてと夕立が追いついてきた。

「ああ夕立か」

提督の前に回りこんで後ろ歩きしながら顔を覗き込む。

「ねっ、夕立MVPなんでしょ? よくがんばったっぽい?」

「うん。よくやったぞ」

提督がくしゃりとその頭を撫でると、夕立は、

「えへへへ~♪」

すこぶる嬉しそうに笑った。
 

70 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/11 02:47:58.28 t4R87UoAo 46/468

とてててと先行した夕立がぴょこりと振り返る。

「ねっ提督さん! 夕立、も~っとがんばるから! いっぱい誉めてね!」

当然戦果への評価は厳正に行うつもりだ、
と事務的な答えを返そうとした提督だったが、夕立の笑顔を眩しそうに見つめて、

「……もちろんだ。期待している」

とだけ答えた。
それを聞いて夕立はくすぐったそうに跳びはねて、

「ぽいぽーい!」

駆けていってしまった。

「………」

提督は黙ったまま、紙煙草に火をつけるのだった。
 

71 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/11 03:03:39.89 t4R87UoAo 47/468

「天龍ちゃん、ステキな格好になったわね~」

「あァ? お前も相当じゃねーか!」

龍田と天龍、それから、

「うーん龍田さん強かったなぁ」

「綾波もがんばったってば」

綾波と敷波が歩いていく後ろで、霞が唇を噛み締めていた。

「あ…か、霞ちゃん、お疲れ様…」

潮が彼女に話しかけるが、応答はない。

「す、すごかったね! 私、びっくりしちゃった」

「潮。もうほっときなって」

「曙ちゃん……」

「ほら、行くよ」

「う、うん…」

曙に手を引かれる潮。
何度も振り返るが、うつむいた霞の顔は見えなかった。
 

74 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/15 02:08:52.87 8BkyP2ito 48/468

13.

「演習ご苦労。座ってくれ」

ペイントを落とし、集会室に集まった艦娘らがめいめい返事する。
先日の顔合わせの時には片付けられていた長机と椅子が矩形に置かれている。

がたがたと音を立てて艦娘らが着席するのを待って提督はスライドを映写した。
映されているのは模擬戦闘直前の上空写真である。

「今回試したのは別に俺が編み出した戦術でもなんでもない。
 誰かわかるやつはいるか?」

提督が見渡す。

「霞、わかるか?」

「………マケドニアのファランクスでしょ」

「そう。さすがだな。霞の言うとおり、これは紀元前のマケドニア国王フィリッポス2世の創設した戦闘教義だ」
 

75 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/15 02:14:12.25 8BkyP2ito 49/468

「なんだ、古ーいやつなんだ」

と敷波。

「まあそういうな。これは鉄床戦術と分類される戦術で、1990年の湾岸戦争で多国籍軍が用いた戦術なんかもこれに類する。
 簡単にいうと、重装兵で敵を受け止め、軽装兵が機動して敵を叩くという形になっている」

羽黒が「あ」と小さく声を上げて、すぐにそれを恥じるように頬を染めた。

「今回重装兵の役割を羽黒と天龍、軽装兵を駆逐艦に担ってもらった。
 だから羽黒と天龍は敵の動きを止めるのが仕事だった。よくやってくれた」

「当ったり前だ! この天龍様にかかればヨユーだぜ!」

「あら~? 天龍ちゃん、ペイントまみれになってたじゃない~」

「あァ!?」
 

76 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/15 02:32:21.06 8BkyP2ito 50/468

提督がスライドを切り替える。

「あ。綾波だ」

敷波の言うとおり、映っているのは近接戦闘する龍田と綾波である。
しかし激しい戦闘中であったためかなりぶれてしまっている。

「鉄床戦術はある程度上手くいったが、それをひっくり返しかけたのが龍田だ。
 もともとファランクスは9000人あるいはそれを4倍にした36000人規模で行う戦術で、
 艦娘戦闘に当てはめるのは無理があったが、龍田のことはそれとは関係ない」

うふふ~、と龍田がぽやぽやと笑った。

「要するに個人の技量の差が大きく出るのが艦娘戦闘の特徴というわけだな。
 今後は鉄床戦術の訓練と、砲雷武術の鍛錬とを並行して行うこととする」

提督が口にした砲雷武術とは、Vmactすなわち艦娘砲雷撃武術の略称である。
艦娘の装備などは艤装を神籬とした艦艇が基になっているわけだが、艦娘自体のサイズは少女そのものであるし、機動も非常に高速だ。
それらを踏まえて実戦的に編み出されたのが砲雷武術である。
 

77 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/15 02:37:42.08 8BkyP2ito 51/468

「出撃は第一艦隊、遠征は第二艦隊に任せるが、訓練は併合して行うように。
 スケジュールや訓練内容などはまた追って連絡する」

スライドが消され、部屋が明るくなる。

「何か質問は」

あのー、と比叡が手を挙げた。

「私はどうすればいいんでしょうか?」

「うん、比叡はとりあえず訓練の際は手伝ってやってくれ。
 資材がある程度揃えば出撃できるようになるはずだから、訓練を怠らないように」

「はい!」

「じゃあ昼にはちょっと早いが解散とする。腹減ったしな。羽黒は食後、提督室に来てくれ。では以上、解散」
 

78 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/15 02:40:30.47 8BkyP2ito 52/468

14.

「羽黒です。失礼します」

羽黒が食事を終えてから提督室に入ると、提督はじぃっと卓上の端末を凝視していた。
箸を持ったままである。

「提督さん? なにを……?」

端末ではさきほどの演習の記録映像が再生されている。
相手を足止めする羽黒と天龍、機動する駆逐艦ら、そして龍田の戦闘。

羽黒は演習のことをぼうんやりと思い返した。
勝てるかどうか自信がなかった――だが何はともあれ勝利した。
しかしそれが自分の自信に繋がったかというとそうでもない。
なぜなら、あの勝利は自分の力で得たものではないからだ。
ここにいる提督、その指揮のおかげである。

提督がいきなり羽黒のほうを見た。

「何だ。君、びっくりさせないでくれ」

本当に驚いている。
彼の掴んでいる箸からぽろりと肉団子が皿に落ちた。

「ご、ごめんなさい…。そ、その…、食後、来るように言われたものですから…」
 

79 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/15 02:45:31.33 8BkyP2ito 53/468

「あ、そうか。すまん。俺が悪かった」

「いえ……あ、あの、演習の動画を見ていたのですか?」

羽黒は気まずくなって話を変えた。
うん、と提督は頷いてまた端末へ顔を戻す。

「どうすれば龍田に勝てたんだろうな、と思ってさ」

羽黒はそれを自分の失敗を責められていると思った。

「す、すいませんっ! わ、私の失敗です……」

「え? いや、待て待て。羽黒は失敗なんてしてないぞ」

「申し訳あり――え?」

「羽黒は失敗してないって。さっきも言っただろ、戦術どおりによくやった、って。
 悪かったとすれば俺の戦術なんだよ」

「そ…そうなんですか…で、でも」

「戦術どおりに動いただけだって? うん。それで十分だ」

「は……え」
 

80 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/15 02:55:39.18 8BkyP2ito 54/468

「だからさ、戦術どおりに動けるってことが重要なんだ。
 誰だって戦場では恐怖に支配されやすい。パニックを起こして逃げ出すまで行かなくても、極度の緊張や興奮でうまく戦えなくなることなんてしょっちゅうだ」

「それは…そうですね…」

「だからこそ戦場では目標を見失わない冷静さが必要だ。特に指揮する立場にあるものには」

提督は箸で羽黒を指した。

「君は強いプレッシャーのもとでも冷静さを失わずに戦術のとおりに動き、効果を発揮した。十分すぎる働きだよ」

それだけ言うと、彼は再びもぐもぐと昼食に戻った。
羽黒は、まだ自信が持てたわけではなかったが、それでもなんだか前向きになれた気がした。
認められた――あれでよかったのだ。

「恐縮、です…」

「あ、そうだ。うん、用事なんだけどさ、明日の一○○○に遠征に出てもらおうと思う。メンバーはこれ」

山積みの資料の中から引っ張り出されたメモを見る羽黒。

「ちょっと気をつけて書いたから読めると思うけど……」

「あ、は、はい、だいじょうぶです。内容は…長距離練習航海、ですね」

「そうだ。とりあえず様子見だな。あー、訓練に関してはもうちょっと待ってくれ。今日の夕食までには考えるから」

「わかりました。じゃあ、えと、遠征お願いしてきますね」

「ああ頼む」
 

81 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/15 03:06:41.91 8BkyP2ito 55/468

15.

白色に統一された病室。
そこにあるベッドの一つだけが使われている。
山城である。

「ねえ山城。あたしったらまたやっちゃったの」

そのベッドの脇の小さな丸イスに一人の少女が座っていた。

「今日ね、午前中に演習があったんだ。昨日来た提督がね、戦術訓練のためにさ」

山城は何も言わない。彼女は眠り続けているのだ。

「その後、霞が落ち込んでたんだけど、あたしは何も言えなかったんだ。
 ちょっとでも慰めてあげればよかったのに」

風がゆるりと白のカーテンを揺らす。
鎮守府のはずれに位置するここはとても静かである。

「………」

少女の結ばれた長い髪も風にふわりと揺らめいた。
山城は長らく目を覚ましていない。
資材がなければ彼女と話すことすらできないのだ。
 

82 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/15 03:08:33.34 8BkyP2ito 56/468

少女が小さくため息をつき、

「どうしたら素直になれるんだろ…」

と、こぼしたとき、病室の扉がノックされ、

「失礼する。おや? 曙じゃないか」

「ちょっ…いきなり入ってこないでよクソ提督!」

ガタッとイスを鳴らして曙が立ち上がった。
提督は入室して丁寧に扉を閉める。

「ノックしただろう。曙も見舞いか? 初めて来たから迷ってしまった」

提督は脱帽して、昏睡する山城を見下ろした。

「挨拶が遅くなってすまない、山城」

返事はない。

「資材を集めて、かならず君の目を覚ましてみせる。もうしばらく、待っていてくれ」

宣誓するような提督を、曙は黙って見つめていた。
制帽を被り直しながら提督は腰を下ろした。曙も座り直す。

「ここ、煙草吸っちゃだめだよな」

「ダメに決まってるでしょこのクソ提督!」

「だよな。しかし曙も少し静かにしたほうがいいんじゃないか?」

「わ、わかってるわよ」
 

83 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/15 03:14:10.09 8BkyP2ito 57/468

「記録を読んだよ。山城が大破したのはかなり前で、最初こそ修復のための資材が投入されていたが、
 提督が変更されるとそれも打ち切られ、放置されていたらしいな」

「ひどい話よ」

「そうだな。傷つき犠牲になるのはいつだって兵士だ」

煙草のない提督は代わりに深くため息をついた。

「俺はそれが厭なんだ。
 しかし対深海棲艦に艦娘以外の有効手段は現在見つかっていない。だから君たち艦娘を、幼い女の子を戦場に送らねばならない」

「なに? 懺悔なら教会に行きなさいよクソ提督」

「まったくだな。でも、俺はそれが厭なせいでこの鎮守府に異動になったのさ」

「え……」

「艦娘の安否より戦果を優先する上層部に反抗したんだよ」

提督はカーテンの向こうの窓から静かな景色を見つめた。

「……じゃあ、」

と曙が山城の顔を見つめたまま口を開いた。

「――あたしと一緒ね」

「そう、だな」

曙の異動事由は、命令無視、独断専行および反抗的態度。そう記録には記載されていた。
 

84 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/15 03:17:55.14 8BkyP2ito 58/468

「ここが"ゴミ箱"って呼ばれてるの、知ってるでしょ」

「ああ。敷波も言っていたし、……中央でも耳にした」

「言うことを聞かない艦娘を追いやる"ゴミ箱"で、クソみたいな提督の"おしおき部屋"なの。
 だからまともな奴なんか来ないし、資材補給も少ないし、提督はコロコロ変わる」

「……ああ。わかっている」

「あんたもどうせすぐにいなくなっちゃうんでしょ」

「どうかな。異動命令が出れば従うほかないが」

「あんたはただのクソ提督じゃないみたいだけど、」

「どうだろうか」

「ふん。期待なんてしてないから、せいぜいキリキリ働きなさいよね! このクソ提督!」

吐き捨てて、曙は病室を出て行った。
提督はあごを掻いて、

「……今のは、曙なりの激励だと思っていいのかな。なあ山城。どう思う」

小さく息を吐いた。

「俺のしていることは正しいんだろうか。けっきょく俺も、同じじゃないのか――」

見上げた天井は真っ白で、どこにも答えなどなかった。
 

89 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/24 12:20:00.32 Hhmch+I9o 59/468

16.

「………」

霞がひとりいつもの場所に向かうと、先客がいた。

「あ、霞ちゃんっ」

いつもの訓練の相手・潮と、

「わあ~ほんとにまだやってたんだ~」

龍田であった。

「……なに? ばかにしに来たの?」

不機嫌さをあらわにする霞。

「艦娘たるもの訓練をおろそかにしちゃいけないなんて言ってたやつが、勝てなかったから笑いに来たんでしょ!?」

「か、霞ちゃん、ち、ちが――」

「あはっ♪ ほんとに子供ね~。拗ねちゃったかしら~」

「ッ!」

鉄を切り裂けそうな目つきで霞が龍田を睨む。
しかし彼女はどこ吹く風でぽやぽやと笑った。
 

90 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/24 12:24:59.04 Hhmch+I9o 60/468

「うふふ~♪ なんならリベンジ、してみる~?」

「この……ナメんじゃないわよッ!」

霞が怒りのままに飛びかかる。
それをひらりと躱す龍田。
振り返って再び伸ばされた霞の手を取ってふわりと動き、

「な――ぁっ!?」

龍田が霞を倒して片腕を背中に回して押さえつけた。

「ほらね~? 逆上した相手って、動きも読みやすいし対処がラクでしょ~?」

「くっ! 退きなさい!」

「あ…あの、か、霞ちゃんが苦しそうで…」

潮が泣き出しそうにすると龍田はぱっと立ち上がった。

「ごほっ、けほ」

霞も立ち上がって服の土を払う。
 

91 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/24 12:38:39.62 Hhmch+I9o 61/468

「霞ちゃん、だ、だいじょうぶ?」

「……へいきよ」

「ごめんね~? 潮ちゃんに、戦い方を教えようと思って~」

「な、んですって?」

「あ、あの、ごめんね、霞ちゃん、その、…」

潮が語ったところによると、演習での龍田の活躍を鑑みて、彼女に訓練を見てもらうのが良いのではないかと潮は考えたらしいのだ。
それで昼食後、頼んでみた、という。

「……そう、いいんじゃない」

話を聞いて、霞はそっけなくそう言った。
そしてそのまま踵を返してしまう。
 

92 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/24 12:41:31.04 Hhmch+I9o 62/468

「あ――か、かすみちゃ…」

「よォ待たせたなァー! お? なんだ、帰んのか」

歩いてきた天龍が肩を掴もうとしたその手をはたいて、霞は去っていってしまった。

「なんだァあいつ。さっきは良い動きしてたッて誉めてやろうと思ったってのに」

「ご、ごめんなさい、私、霞ちゃんに謝ってきます」

霞を追おうとする潮の手を龍田が掴んだ。

「今はちょっと、やめたほうがいいかも~」

「え? あ、あの」

「まッ、いいじゃねえか! オレも暴れ足りないし、ちょっと付き合ってやるよ!」

「ええぇ~!?」
 

93 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/24 12:50:03.45 Hhmch+I9o 63/468

17.

「ぽいぽいぽ~い♪」

夕立が鼻唄を歌いながら廊下を歩いていると、霞が向こうから歩いてきた。
うつむいて、早足である。

「霞っぽい? どこいくの?」

声をかけると、ちらりとこちらを見たが、何も言わずにそのまますれ違った。

「?」

怪訝に思いながら夕立が階段を下りていくと提督が登ってきた。

「あ、提督さん!」

「ああ夕立。あのさ、比叡見てないか? 探してるんだが」

「ううん、わかんないっぽい? それより、さっき霞の様子がおかしかったんだけど、なにか知ってる?」

「霞? そうか、どっちに行ったかわかるか?」

夕立は軽く説明した。

「うん、ありがとうな。夕立」

提督が階段を登りながら夕立の頭を撫でると、彼女は無邪気に笑った。

「お任せっぽい! 比叡も探しておくねっ!」

「ああ頼む」
 

94 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/24 12:53:39.01 Hhmch+I9o 64/468

18.

霞は最悪な気分であった。

悔しくて、妬ましくて、情けなくて、
無視して、怒りに我を忘れて、八つ当たりして、

「ほんと…みじめよね……」

そうして逃げ出してきて、部屋にも戻れず、艦娘寮のすみっこでこうして膝を抱えているのである。
すると、

「どうした。元気ないな」

ひょいっと提督が顔を見せ、近づいてきた。

「なッ、ど、どうしてアンタが…っ」

急に立ち上がろうとして足がもつれる霞。
提督は窓を開けて紙煙草に火をつけた。

「…ふー。ここ、なかなかいい場所だな。霞はよく来るのか?」

「はァ!? ンなわけないでしょ!」

なんとか立ち上がった霞が立ち去ろうとする。
 

95 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/24 13:00:36.27 Hhmch+I9o 65/468

「霞」

「な――なによ」

「ちょっと話がある」

窓から外を眺める提督。
霞は腰に片手をあてて眉尻を吊り上げた。

「用があるなら目を見て言いなさいな!」

「断る」

「な……!」

「女の泣き顔を見るのはシュミじゃないんだ」

「泣いてないわよッ!」

「それならいい。それで、話だがな。霞に作戦参謀を頼みたい」
 

96 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/08/24 13:05:00.89 Hhmch+I9o 66/468

「参謀……ですって?」

「ああ。いやなに、たいしたことじゃない。戦略戦術なにからなにまでひとりで考えるのはしんどいからな。
 相談相手が欲しくてさ。霞が適任だと思ったんだ。ファランクスも知っていたし。
 頼めるか?」

「………」

「ああそうだ、もちろん手当てをつけるぞ」

「そんなこと気にしてるんじゃないわよ…」

「そうなのか?」

はぁ、とため息をつき、勢いよく隣の窓を開けた。

「わかった、やるわ。その代わり、ガンガン行くわよ!」

すっきりしたような表情の霞。
提督も煙草をくゆらせながら笑うのだった。
 

101 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/03 01:38:31.02 ii113QLHo 67/468

19.

「……アンタ、それ本気で言ってるの?」

提督室のソファに霞と羽黒、比叡がわかれて座っている。
霞の問いかけに、執務机のイスを動かして三人と水平方向に座す提督は、

「いたって真面目なつもりだが」

「はぁ…比叡は戦艦よ? あんたの提案は…ねえ比叡」

霞が水を向けるが、比叡は握り拳を作って笑った。

「はい! 比叡、気合! 入れて! やります!」

がくっと姿勢を崩す霞。
羽黒は苦笑した。
 

102 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/03 01:40:07.81 ii113QLHo 68/468

「ほら、比叡はやる気だぞ」

「こいつがやる気になる訳無いでしょ…」

「で、私はなにをすればいいんですか? 司令」

「ほら見なさい! こいつまるでわかってないじゃない!」

「あ、あの、霞ちゃん…」

「なによ!?」

「司令官さん、もう一度説明されるつもりみたいだから…」

「うん。ちょっと試してみたいんだがな、比叡にやってもらいたいことは――」
 

103 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/03 02:24:51.68 ii113QLHo 69/468

20.

会議を終えて提督は火のついていない煙草をくわえたまま鎮守府のなかを歩いていた。

「………」

夕焼けが窓から見えていたが、階段を降りるとその窓も無くなる。
地下である。

「あら。提督、こんにちは」

「ああ、大井」

営倉の檻の向こうから軽巡・大井がにこやかに挨拶した。
提督は壁際の椅子に腰を下ろして対面する。

「提督、北上さん知りませんか?」

「……悪い。俺はまだ着任したばかりでな」

「そうですかー。それは仕方ないですね」
 

104 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/03 02:26:49.52 ii113QLHo 70/468

営倉のなかはあまり清潔ではない。
本来、営倉というのは長期拘留するためのものではないのだ。
大井の髪は乱れ服は汚れている。

「大井。その、風呂には入れているのか?」

「ええ。二日か、三日に一度。といっても一日の時間感覚は内蔵端末でしか確認できないのですけど」

「そう、か」

提督が辺りを見回す。
時計も窓もなく、照明はぼんやりとしていて薄暗い。

「現在大井の処遇を再検討中だ。この状況も改善したいと思っている。とりあえずの希望があれば、聞いておくが」

提督は努めて事務的な態度であるよう心がけた。
 

105 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/03 02:28:48.10 ii113QLHo 71/468

大井はうふふ、と笑った。読めない。

「それじゃあ、鏡と櫛を頂けると嬉しいです」

「ああ、わかった」

提督が手帳に書き留めた。
その手帳に視線を落としたまま、提督はぽつりと聞いた。

「――戦いたいか」

「ええ」

大井は即答する。

「北上さんは深海棲艦に拉致されたんです。あいつらを嬲り殺しにして、うふふ、ばらばらにして海に沈めてやりたい…!」

大井の瞳孔が開いていく。なにを見ているのか。
腹の底が冷えるのを感じながら提督は頷いた。
 

106 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/03 02:31:21.82 ii113QLHo 72/468

「助けなきゃ、北上さん、北上さんを、ふふ、ねえ、北上さん、すぐに助けますから、あいつらを殺して、殺し、殺して、うふふふ、殺してやる、殺す……」

ぐしゃりと自分の髪をわしづかみにする大井。
その口は半月状に裂けている。
痙攣するように笑いが漏れていた。

提督はぞっとした。
それでも気丈に振る舞おうとして、手帳を見たまま質問を続けた。

「拉致されたというのは本当か?」

「ええもちろん。この目で見ましたから。ああ可哀想な北上さん、無能さえいなければすぐに助けてあげられたのに」

「そうか。どんなふうに拉致されたんだ?」

「北上さんが、あの無能どもに足をひっぱられて、深海棲艦が、あいつらゴミなんです、ゴミですゴミ。でもしかたないんですゴミだから捨ててしまわないと。燃やしてしまうんです。そうしろって決まってるんです」
 

107 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/03 02:35:59.39 ii113QLHo 73/468

「拉致されたのはどこで?」

「明かり取り窓が必要じゃないですか? 緑色の海がきれいなんです。そうです。いつも後ろから誰かがぼそぼそって話しかけてくることってよくありますよね。顔に花が咲くときれいですよ。雪の下にあるのが時計らしいですが、私は見たことがありませんね」

「決まっているというのは、誰が決めたんだ?」

「………」

「大井?」

「北上さん知りません?」

「いや……」

その後、しばらく問答を続けたが、こちらの問いにまともに答えることはなく、提督は営倉を出た。
提督室に戻ってソファにどさっと座り込むと、

「あー…キツい」

すっかり煙草を吸うことも忘れていたことに気付いて、ゆっくりと煙で肺を満たしたのだった。
 

114 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/05 00:05:08.72 F8ShGg5jo 74/468

21.

提督は艦娘用の食堂にまた赴いて羽黒に訓練のメニューメモを渡し、部屋に戻って食事を終えていた。
資料室から借りてきた数冊の本をめくりながら時折がりがりと書き付けている。
そんなとき、

「こんばんは~。龍田だよ~?」

軽巡・龍田がノックしてドアを開けた。
提督は天龍が一緒ではないかと思ったが、ひとりのようだった。

「今日は演習ご苦労。どうした?」

「あのね~、羽黒ちゃんから遠征について聞いたんだけど~」

龍田は遠征担当の第二艦隊旗艦である。

「ああ。明日は頼む」

「え~と、私、行かなくちゃだめかなぁ?」
 

115 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/05 00:09:28.05 F8ShGg5jo 75/468

「どういう意味だ? 第二艦隊は龍田、曙、潮、敷波で、駆逐艦はともかく、軽巡は他にいないからな」

「う~ん、そのね~? 天龍ちゃんを一人残していくのが心配かな~って…」

「なんだ。天龍はだいじょうぶだろ」

苦笑しながら手元の本に目を戻す。
龍田はそれでも頬に片手をあてて眉根を下げるだけで退室しようとはしない。

「? 第一艦隊の出撃はまだ先だし、遠征はそんなにかからないだろう。そんなに心配することはない」

「そうだといいんだけど~…」

歯切れの悪い龍田。
提督は仕方なく本を畳んで、紅茶を淹れることにした。
本の書名は『心の病入門』。

「まあ座りたまえ。紅茶しかないが」

ティーカップをテーブルに置いて提督がソファに座ると龍田も向かい合って座った。

「天龍のなにが心配なんだ? 出撃しなければ危険もあるまい」

116 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/05 00:12:17.09 F8ShGg5jo 76/468

「……提督は、天龍ちゃんを見てて安心だと思う~?」

「血の気の多いやつだと思うが。そういう点では危なかっしいかな」

「それだけだったら、いいんだけど~」

「天龍になにか問題が?」

「う~ん……。私の杞憂かもしれないし~。提督が問題にしていないなら、いいのかな~?」

「いや、なんのことかよくわからない。すまん。教えてくれるか」

龍田はしかしするりと立ち上がった。

「ううん、いいの~。私がしっかりしていればいい話だし~」

「いいのか?」

「うん。ごちそうさま~提督、明日の遠征がんばるね~」

ドアを開いて龍田が頭を下げる。

「ああ頼んだ。おやすみ、龍田」

一人になった提督はしばし考え込んでいたが、ぐいっと紅茶を飲み干し、

「明日までにはある程度まとめておかないと……」

再び書物に没頭したのだった。

117 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/05 00:15:28.80 F8ShGg5jo 77/468

22.

艦娘寮。
消灯前に、霞の部屋を潮が訪れていた。

「何の用?」

二人ともパジャマ姿で、潮は自分のまくらを抱いてもじもじしている。
本来、艦娘寮は二人部屋なのだが、この鎮守府は人数が少ないため、ひとりで一室を使っている。

「あ、あのね、か、霞ちゃん」

「何よ」

椅子に着席したままの霞は、優しく声をかけられない自分に腹が立った。
潮には謝らないといけないと思っているのに、そうできない自分が情けなかった。

「き、今日は、一緒に寝たいなー、な、なんて…」

彼女らしからぬ潮の物言いに霞は思わず噴き出してしまった。
自分が悩んでいたのが莫迦らしくなる。

「霞ちゃあん! わ、笑わないでよぉ…」

「う、うるさいわね……わかった、わかったわ」

それから歯磨きなどを済ませて二人はひとつのふとんにもぐりこんだ。

118 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/05 00:17:58.40 F8ShGg5jo 78/468

消灯。

「えへへ、狭いね」

「当然でしょ」

「こっち、もうちょっと余裕あるよ?」

「そう」

もぞもぞと位置を調整するふたり。
顔を見合わせると、目が慣れてきて、意外に近くに見えたので、霞はすぐに上を向いた。
二段ベッド上段の底面がうっすらと見える。
潮はくすくすと笑った。

「なによ、もう」

「ううん、なんだか嬉しいなって」

「………」


二人はしばらく口を開かなかった。
どういうふうに切り出して謝ればいいのか、霞にはわからなかった。
自分の気持ちを整理して説明すればいいのか、しかしそれはなにか言い訳めいていないか。

ではただ一言「ごめん」と言えば良いのか。
それはずいぶんと勇気がいるような、踏ん切りをつけるハードルが高いように感じた。

119 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/05 00:24:25.96 F8ShGg5jo 79/468

「霞ちゃん」

「ん」

「ごめんね」

「は――あ、んたが、謝ることなんて、ないでしょ」

「ううん。霞ちゃんのキモチ、もっと考えなきゃだった」

そうじゃない。
潮は悪くない。
悪かったのは――

「潮」

「えっ?」

「あたしが悪かったわ」
 

120 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/05 00:27:21.08 F8ShGg5jo 80/468

「霞ちゃん…」

「悪いのはあたしよ。ちょっと上手くいかなかったからって落ち込んで、ひきずって、八つ当たりした。ごめんなさい。潮」

なんて――簡単に言葉が出てくるんだろう。
あんなに怖くて、あんなに難しかったことが、こんなに容易い、こんなに嬉しい。

「ごめんね、潮。許してくれる?」

隣の潮を向くと、彼女はぼろぼろと涙を零していた。

「ばか、なんであんたが泣いてんのよ」

「ぐすっ、だ、だってぇ…わ、私、か、霞ちゃんに、ひっく、き、嫌われちゃったと思って……!」

「――! 嫌わないわ。嫌うわけない。あたしたち、友達でしょ」

「うええええん霞ちゃあああああん! ふわあああああん!」

潮がこんな大きな声を聞いたのは初めてだった。
こんなに嬉しい気持ちになるのも初めてだった。

微笑む霞の目尻から、涙が一筋、流れた。
鎮守府の夜は、更けていく。
 

121 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/05 00:35:24.25 F8ShGg5jo 81/468

23.

翌朝、遠征に出発した第二艦隊を見送った提督は、

「あ。遠征に出したら演習できないな…」

間が抜けたことを呟いた。
すぐに羽黒を探して、

「すまん、昨日みたいな演習はできない。比叡も借りていくし」

と言うと、羽黒は目を丸くして、

「あ…はい、いえ、あの、当然わかっておられたのかと…」

と言われて提督は情けなさをごまかすために眉間を掻いた。
咳払いする。

「それじゃあ、今日の訓練はゲームにしよう!」

むやみに明るい声を出してみたが、羽黒は困ったように微笑むだけでどう返事したらいいかもわからないようだった。

「……すまない。
 あー…、そのだな、羽黒・天龍の重装兵組が、すり抜けようとする夕立・霞・綾波の軽装兵組を食い止めようとするんだ。
 それで、制限時間以内にすり抜けられたら軽装兵組の勝ち。抑え切ったら重装兵組の勝ち」
 

122 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/05 00:38:24.19 F8ShGg5jo 82/468

「鉄床戦術の練習、ですね?」

「そうそう! 制限時間は最初10分とかにして、徐々に増やしていく。5分単位がいいかな。最大で30分。どうだ?」

羽黒は少し楽しみに感じたようで、

「はい! ではすぐに皆を集めてやってみます!」

「うん。昼になったら終わりでいいよ。俺らも帰ってくるし」

「司令官さんは比叡さんとどこへ?」

「ふっふっふ、秘密だ」

「え……あの、秘書艦として提督の居場所を知らないというのは、あっ、ご、ごめんなさいっ!」

「え? あ、いや、羽黒を信用してないとかじゃないから! 違うぞ!」

「い、いえ、あの、気にしてませんから…っ」

「向こうの断崖だっ! 昨日話した比叡の試験的運用だ!」

「は、はい! わかりました!」

「よし! 比叡、いくぞ! 比叡? 比叡はどこだ!?」

比叡は二度寝していた。
 

129 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/16 11:53:50.69 ucMUHpRfo 83/468



24.

「アタシを沈めてよ」

真っ白な世界で、彼女はそう言った。
その砲塔はこちらに向けられている。魚雷も、撃たれれば回避するまもなく撃沈される。

「ど、…どうして……」

自分の声が震えている。
手も、足も、がくがくと震えていた。

「早くしなって」

「どうして!? 北上さん!」

精一杯声を張り上げる。
そうしないと、彼女には声が届かないかのように。

だって話が通じていないみたいだ。
北上は自分を撃てと言っているのだ。
味方であるはずの自分を。

いやだ。
どうして。
どうしてこんなことに。
 

130 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/16 11:55:49.82 ucMUHpRfo 84/468

「その単装砲でさっさとやっちゃってよ~」

震える掌を見やる。
嘘みたいな真っ赤な血で汚れている。

撃たなければいけないのか。
仲間を。味方を。沈めなければいけないのか。
そんなことを、自分ができるのか。

「で、できない……っ!」

「早くしないと撃っちゃうよー? 殺されたくないなら殺さないと」

殺される?
自分も撃たれる?
死ぬ?

――い。や。だ。

ガチガチ震える歯を食いしばって、単装砲を構える。

いやだ
いやだ
いやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ

北上は微笑んでいた。

「ああああああああああああああああああああッッッ!」

砲声。
 

133 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/18 23:42:53.86 MRXmKl0Qo 85/468


25. 戦果

昼食後、事務から届け物の手紙を受け取った提督は紙煙草を吹かしながら、

「さて、どうなったか……」

提督室に戻って読んだ。

手紙は前に勤務していた鎮守府での同僚で、もともと医者を志していたとかいう、へらへらした提督からの返信である。
その態度に似合わず、兵士の負荷や心身状態に気を配り、兵站などを重視する堅実な男であった。

「『お久しチャ~ン!』……こいつ相変わらずだな」

内容は、こちらの疑問に対する返答である。
まず、この鎮守府へ配属される艦娘について。
特にその配属事由の真偽を問うたので、2・3の艦娘について調べてくれていた。

それによると、やはり"ゴミ箱"という評判の通り、「艦娘として尋常ならざる問題あり」とされた艦娘が配属されるという。

しかし、その判断は一方的なものらしかった。

たとえば曙の配属事由は「命令無視、独断専行および反抗的態度」だが、
僚艦を守ろうとした曙を咎めた当時の提督へ反対したからというのが実際のところであるらしい。

どちらにせよ、疎まれた艦娘が追いやられているというのは間違いないようだ。
もし妖精との間に締結された艦娘保護約定がなければ有無を言わさず解体させられているだろう。
艦娘は主に、人権を保障した憲法と、この保護約定によって守られている。
 

134 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/18 23:46:41.37 MRXmKl0Qo 86/468

次に大井の状態について。
面会の結果を相談してみると、症状としては統合失調症に似ている部分があるという。
そのように診断されれば除隊させることができるが、恢復の可能性があれば軍は戦力として数えるだろうということだった。

なんにせよ艦娘に関する医療の知識は、制作者たる妖精に一任されている部分があって物理面・精神面ともに未知なことが多い。
現状では大井に対してできることは少ないだろう、というのが彼の見解であった。

「そうか……」

そのほか、北上をロストした戦闘などについては調査が難しい、諜報部の知り合いに依頼してはみるが期待はするな、という返答。

「ってことは結局、こっちでなんとかするしかないな……」

戦闘記録や入渠記録などによると北上をロストした戦闘、山城が大破した戦闘は同じものである。
その戦闘に出撃していたのは、旗艦・山城以下、北上、大井、羽黒、綾波、敷波。
戦闘記録によれば出撃中に天候が悪化し、霧中での戦闘になったという。
結果は、山城が大破、大井および羽黒、綾波が中破、敷波が小破、そして北上が轟沈で敗北であった。

「北上は轟沈という記録。拉致されたという大井の証言とは矛盾する…」

それに深海棲艦が艦娘を拉致するというのも聞いたことがない。
北上はどうなったのか。
確かめねばなるまい。

「じゃあまずは…羽黒からかな」
 

135 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/18 23:49:00.68 MRXmKl0Qo 87/468

26.

「ふうー…」

煙を吐き出す提督。
目の前の執務机には先ほどまで聞いていた羽黒の話のメモ。

羽黒は事務室よこの作業室で遠征に関する書類を記入していたが、休憩がてら聞き取りを行なった。

「概要はわかったかな…霧で視界が悪く、分断されて乱戦になっていた、か…」

しかし、あるいはだからこそ羽黒は北上の顛末については知らなかった。
羽黒は山城と合流しており、霧にまぎれた深海棲艦に奇襲を受けてなんとか撃退したのだそうだ。
山城は既に中破していて、その奇襲で大破、羽黒も中破に至らしめられた。

その後、綾波、敷波、大井とともに帰投したという。

「……北上といたのは誰だ…?」

メモを整理して、提督は再び部屋を後にした。
 

136 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/18 23:50:44.06 MRXmKl0Qo 88/468

27.

「あっ司令官、こんにちは」

花壇に水をやっていた綾波が提督に気付いて頭を下げた。
麦藁帽子を被っている。

「うん。綾波が水遣りしていたのか」

「はい、そうなんです」

「ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「はい! 少しお待ちください、すぐ終わらせてしまいますから」

提督は日陰の段差に腰を下ろした。
今日は快晴である。
風もあまりなく、これなら遠征も問題ないだろう。

「お待たせしました」

「すまないな。そういえば綾波と敷波が一緒でないのを見るのは初めてだな」

「そうですか? たしかに少し珍しいかもしれませんね」

綾波はくすくすと笑った。
 

137 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/18 23:52:45.56 MRXmKl0Qo 89/468

「君らは古参だし、仲いいよな」

「私と敷波は実は幼馴染なんですよ。艦娘になる前から一緒なんです」

「なるほど、それは仲がいいわけだ」

「艦娘になったときの敷波ったら可笑しいですよ、『どうしてあたしが妹なんだよう』って」

懐かしそうに微笑んだ綾波は、

「あ、すみません、司令官の用事がまだなのに」

「いや、いいんだ。俺が聞きたいのは、山城が大破した戦闘についてなんだが、」

提督がそう切り出すと、綾波は顔を曇らせた。

「あの時、綾波は中破だったな? 戦果報告では駆逐艦4隻と戦艦1隻を撃沈したとのことだが」

「ええ……、そう、そうでした。霧のなかで孤立してしまって。無我夢中でした」

思い出しながら綾波が当時の状況を語った。
霧の中でひとり会敵した綾波はまず敵駆逐艦を壊滅させる。その際、綾波も小破。
さらに戦艦へ砲雷撃を浴びせるが、戦艦からの一撃で中破に至り、なんとか1隻を行動不能にしてから濃霧を利用して離脱した。

その後、大井、敷波、そして山城と羽黒に合流して帰投。
 

138 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/18 23:54:21.95 MRXmKl0Qo 90/468

「北上がどうなったかは、知らないのか」

「北上さんですか……。私は、……わからないです。あの霧でしたし…」

「そうか。では轟沈したのを見てはいないんだな?」

「はい? ええ、私はずっと一人だったので」

「………。わかった、ありがとう」

「司令官? もういいんですか?」

提督は立ち上がった。
綾波が見上げる。

「ああ」

「……あの、司令官」

「どうした?」

「その、敷波にも、同じ事を訊かれるのですか」

「……そのつもりだが」

「どうしてですか?」
 

139 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/18 23:55:19.82 MRXmKl0Qo 91/468

「どうして、って…、北上の轟沈について、真相を確かめるためだ」

「それが……、そんなに大切なことでしょうか」

「何?」

「敷波にとって、あの戦いは……、………」

綾波はうつむいてしまった。

「あ、司令官さん! こんなとこにおられたんですか」

と、そこに羽黒が昇降口から顔を出した。
彼を探していたようだ。

「ああ、何か用があったか?」

「ええ、その、お話し中でしたか」

「いや、いい」

提督は綾波のほうへ顔を向けて、

「とにかく、敷波にも確認してみなければならない。もうそろそろ帰ってくるだろう」

「はい……」

「時間を取って悪かった。では失礼する」

綾波はこくりと頷くだけである。

「羽黒。悪い、行こう」

「あ、はっ、はい!」

立ち去っていく提督についていきながら羽黒は綾波を振り返った。
その様子に、羽黒は胸の奥がざわついて仕方なかった。
やはり、この鎮守府で提督と艦娘が上手く行くことなんて、ないのだろうかと思いながら。
 

142 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/30 17:16:03.17 0MBKLeSao 92/468

28.

「提督、来たよー」

夕食後、呼び出されていた敷波が提督室にやってきた。
羽黒と近海図を見ながら話していた提督が手を挙げて、

「ああ、今日は遠征ご苦労だった」

「ホントだよ。ま、いいけどさ」

ぽすんとソファに座る敷波。
羽黒が紅茶を入れる。

「お疲れ様でした。どうでしたか?」

「ありがと、羽黒さん。潮風で髪がばりばりになったよー。そういえば高速修復材、どうすんのさ?」

敷波は山城のことを気にしているようだ。

「バケツは上層部からの指令で中央へ送らなければならない。山城は地道に修復するしかないな」

「ちぇっ。せっかく遠征いってきたのにな」
 

143 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/30 17:16:54.96 0MBKLeSao 93/468

「その山城のことだがな、」

言いながら提督が敷波の対面に腰を下ろす。
羽黒は少し緊張した。

「山城が大破した戦闘、覚えているか?」

敷波が一瞬停止した。
それから何事もなかったかのように紅茶を一口飲む。

「まあ、覚えてるよ。なに?」

「あの時、敷波はどういう行動をしていた?」

「な、なにさ。なんで今更あんな前のこと…。あ、あたしは、霧のなかではぐれて、なんとかみんなと合流して帰ったよ」

「北上とは一緒にいなかったか」

「っ」

敷波がカップを取り落とした。
紅茶がテーブルに広がり、羽黒が慌てて拭き取る。
 

144 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/09/30 17:20:58.41 0MBKLeSao 94/468

「敷波?」

「あ、あたしは、……き、北上さん……あ、あああ…」

文章にならないことを呟く敷波の両手が震えている。
血の気の失せた顔を俯かせた。

「敷波、聞かせてくれ。あの時、何があったんだ。北上はどうなった。教えてくれ」

「し、知らない! わかんない! あたしは、な、なにも……!」

がば、と立ち上がった敷波が突如駆け出し、ドアへ向かった。

「敷波! 待て!」

「い、いやだ! 赦して!」

涙声で叫んで敷波が提督室から逃げ出した。
追いかけようとした羽黒が振り返る。

「司令官さん!? 追いかけないんですか!?」

彼はソファに座ったまま右手を顔に当てて動かない。

「司令官さん!」

「羽黒。敷波の表情を見たか?」

「え? いえ…泣いていたんですか?」

「違う。あいつは、敷波は…」

半開きのドアを見つめて提督は顔をしかめた。

「―――嗤っていたんだ」
 

150 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/14 23:45:05.70 d5hnhRauo 95/468

29.

「羽黒。今日は終わりにしよう」

「え…はい。……あの、敷波ちゃんは、」

「うん。あの様子では、今日は話を聞くことは無理だろう」

「ええ…そうですよね」

「だから、明日また聞き取りを試してみるよ」

「えっと…そ、そうですか」

「訓練には変更なし。昨日と同じように頼む。出撃の日もそろそろだからな」

「は、はい。あの、比叡さんは…」

「ああ。比叡の実験は午後からやるから。それじゃあご苦労様」

「あっ……はい…おやすみなさい、司令官さん」

「うん、おやすみ」

ドアが閉じられた。
静かな廊下で羽黒はひとり、深いため息をついたのだった。
 

151 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/14 23:49:30.68 d5hnhRauo 96/468

30.

翌日の訓練に、敷波は参加しなかった。
羽黒からの呼び出しにも応答せず、その報告を受けた提督は彼女の部屋へと赴いた。

「敷波。いるか」

ノックする。

「あけないで」

掠れた返答。

「わかった。ではこのまま話をさせてもらう。体調が悪いのか?」

「べつに」

「では何故訓練に出なかった?」

しばらくの沈黙。

「―――いんだ」

「何?」

「…こわいんだよ。たたかうのがさ」

敷波の声は震えていた。
 

152 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/14 23:51:22.85 d5hnhRauo 97/468

「だめなんだ、あたしは。"不良品"なんだ」

「そんなことはない。誰だって戦うのは怖い。敷波だけではない」

「はは……」

弱弱しい笑い声がもれた。

「ちがう。ちがうんだよ。あたしは。あのとき、あのたたかいで……き、きたかみさんを……」

「北上を? 敷波、北上の最期を知っているんだな? 敷波!」

提督が語気を強めると、室内からガツンと激しい音がした。

「――あたしじゃないッ! そんなひとしらないよッ!」

彼女らしくない激しい言葉に提督は驚いた。

「悪かった。敷波、君には休息が必要だ。落ち着いたらまた話をさせてくれ」

返答はない。ぼそりぼそりとなにか聞こえてくる。

「ああ、きたかみさん……あたし、あたしが……」

提督が踵を返しても、ノイズのような敷波の呟きは止まることがなかった。
 

153 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/14 23:55:58.26 d5hnhRauo 98/468

31.

「綾波」

昼食を片付けた綾波に霞が声をかけた。
霞には潮がくっついている。

「どうしたの。霞」

「敷波はどうしたの」

単刀直入に尋ねる霞に綾波は眉根を寄せた。

「体調が悪いみたい」

「体調不良ね。まったく自己管理もできないなんて情けないわ」

「か、霞ちゃん」

「とにかく、そういうことらしいわ、潮」

「う、うん。ありがとう、綾波ちゃん」

てててと潮が立ち去る。
 

154 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/14 23:59:33.84 d5hnhRauo 99/468

残った霞の表情は厳しい。

「まだ何かあるの」

「……ちょっと付き合ってもらうわよ」

霞と綾波は鎮守府の屋上に移動した。
風が強い。

「こんなところで、何の話?」

珍しく綾波は不機嫌なように見える。
しかし霞は構わない。

「敷波に決まってるじゃない。アンタ、なにか知ってるでしょ」

「……霞。敷波のことはほうっておいて」

「そういうわけにいかないわ」

「どうして? 司令官に命令されてるの?」

「はァ!? あのクズの命令なんて知らないわよ」

霞は右手を腰に当てて片眉を吊り上げた。

「あのねぇ、私たちは仲間でしょうが!」

「!」

「だから敷波のことが心配なの。潮も同じよ。そんなこともわからない? 綾波、アンタまでどうかしちゃってるわよ」

「………」

「敷波の様子がおかしいとは聞いているわ。単なる体調不良じゃない。綾波。なにか心当たりがあるわね?」

「……敷波は―――」
 

155 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/15 00:08:03.84 RpRa5ayFo 100/468

32.

「敷波ちゃんが、北上さんを……?」

提督室で羽黒が両手で口を覆う。
霞は頷いた。

「綾波はそう聞いたらしいわ。北上は敷波によって撃沈された。これが件の戦闘の真実よ」

窓に向かって煙を吐く提督。

「……濃霧、奇襲、混乱。誤射の状況には十分すぎるな」

「そうね。綾波曰く、半年くらい敷波は夢に見ていたそうよ。ショック、だったでしょうね」

「ああ。それを俺が思い出させてしまった、ということか」

「そのとおりね。このクズ!」

睨みつける霞を提督はまっすぐに見返す。

「敷波には謝る。ちなみに、綾波はどうして敷波をほうっておけと言ったんだ?」

霞はフンと鼻を鳴らした。

「自分が姉だから、ひとりでなんとかしようとでも思ってたんでしょ。ほんと、バカばっかり!」

「なるほど」
 

156 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/15 00:17:01.19 RpRa5ayFo 101/468

「あの……」

ずっと黙っていた羽黒がおずおずと手を挙げた。

「どうした? 羽黒」

「えっと……あのとき、確かに霧は濃かったですが、だとすれば敷波ちゃんに非はないのではないでしょうか…」

「うん。まあ、そうだな。仕方ないと言える部分もあるだろう」

「それでも長々と引きずっちゃってるんでしょ」

「そ、それと…、私が山城さんと合流したとき、『北上さんがやられた』って聞いたと思っていたのですけど、それって、もしかして……」

「まさか、『北上にやられた』の聞き間違いだったかもしれないなんて言わないわよね」

「ち、違います、かね……」

「誤射の多発、か? 有り得なくはないが」

提督が紙煙草を灰皿に押し付けて消した。

「山城を修復して確認するほかないな。遠征と出撃が順調ならば、一ヶ月もかからないはずだ」

「は、はい!」
 

157 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/15 00:22:22.88 RpRa5ayFo 102/468

「そういえばアンタ、比叡の実験はどうなってんのよ」

「うん。順調だ。出撃には間に合うだろう」

「そう。頼りにしてるわ」

霞は肩をすくめた。

「羽黒。大井への支給品は届いたか?」

「あ、はい。今晩には渡せると思います」

「ありがとう。さて、そろそろ夕飯にするか」

「はい!」

三人は提督室を後にした。



 

162 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/24 00:51:51.64 JMyF5uDPo 103/468

33.

夜。
月が冴え冴えと輝いている。

「………」

演習場の岸に腰掛けて、夕立が足をぷらぷらさせていた。

「そこにいるのは誰だ?」

懐中電灯を提げて提督が歩いてくる。

「夕立よ。提督さん、こんばんは」

「ああ君か。何をしているんだ?」

「月を見てるっぽい」

「ほう」

夕立の傍らまで来て提督も電灯を消して月を見上げた。

「ずいぶんと丸い月だな。否、まだ満月ではないか」

「そうっぽい」
 

163 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/24 00:55:59.77 JMyF5uDPo 104/468

「夕立は月が好きなのか?」

提督は紙煙草に火をつける。

「? よくわかんない。でも、月を見てるとね、なんか元気になれるっぽい」

「そうなのか」

ふと、提督は軍艦としての夕立の逸話を思い出した。
第三次ソロモン海戦における獅子奮迅の戦いを成し遂げたあの夜も、月が彼女を照らしていたのだろうか。
そう聞いてみると、

「ううん? あの夜はとっても暗かったっぽい」

との返事。

「満月とかではないのか…」

すう、
と。
月が翳った。
 

164 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/24 01:01:01.13 JMyF5uDPo 105/468

「!」

提督はぞくりとした。
闇の中で夕立の瞳が赤く光っている。

――月はひとを狂気に至らしめる――

その狂気こそがこの少女の力なのか。
もし月が彼女に力を与えるとすれば、満月の際の彼女は如何ほどの戦力足りうるのか――

「てーとくさん?」

夕立に呼びかけられて提督ははっと我に返った。
月はまた夜空から地上を照らしている。

「……なんでもない。もうすぐ出撃の日だが、調子はどうだ?」

ぴょんと夕立が一息で立ち上がる。

「絶好調っぽい! 早くパーティしたいっぽい!」

にこにこと無邪気に笑っている。
 

165 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/24 01:03:37.79 JMyF5uDPo 106/468

提督はぽんぽんと少女の頭を撫でた。
彼女の笑顔を見ていると、ついそうしてしまうのだ。

「えへへ~♪」

「鉄床戦術ではタイミングまで待たねばならないから君は大変かもしれないが、よろしく頼む」

「うん! あのね、夕立、提督さんのためにがんばるからね、だからね!」

「ああ。待っている」

提督は制帽を被り直しながら後ろを向いた。

「そろそろ寝たほうがいい」

「はーい! 提督さん、おやすみなさ~い!」

「ああ、おやすみ」

提督室に戻ってから、提督は自分の左手を見た。
ぎりぎりと握られている。

「少女の素直さを利用して……俺は、最低だ…」

自己嫌悪に固められた拳をゆっくりとほどく。
煙草を灰皿に押し潰した。
夕立の無邪気な笑顔が別の艦娘と重なる。
それはもういない、艦娘である。

「……それでも俺は、もう二度と彼女らを喪うわけにはいかない。喪ってはいけないんだ……」

提督の独白は冷たい悔恨を含んで、執務机に水滴を垂らした。
窓の外では、月が冴え冴えと輝いていた。
 

166 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/24 01:05:41.26 JMyF5uDPo 107/468

34.

「はあ……」

羽黒は自室でため息をついた。
さきほど夕食の際に第二艦隊に明日の遠征の予定を伝えた。
食堂にも来なかった敷波には部屋まで赴いて連絡してきたのだ。

「敷波ちゃん、だいじょうぶかな……」

返事らしい返事はなかったが、とりあえず反応はあった。
そして自分の部屋に戻ってきたところである。

「……敷波ちゃんが、北上さんを……本当なのかな…」

いやだな――
味方を間違えて撃って沈めてしまうなんて、――厭だ。

ずきり、と。

「痛……」

左側頭部を押さえる。
頭痛だ。
 

167 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/24 01:07:22.70 JMyF5uDPo 108/468

あの霧の戦闘を思い出す。
ばらばらになってしまった後、北上は敷波に沈められたのか。
合流した山城は中破していた。
――『北上さんにやられた』?

ずきずき。

敷波。山城。北上。
何があったのだろう。
敷波が北上を誤射したというのではしっくり来ない。
そしてあの北上が山城を誤射するというのも妙だ。
羽黒の知っている北上は戦場を知り抜いたベテランだった。

ずきずき。

戦い慣れた北上が霧と奇襲くらいで動揺するだろうか。
それに、もし北上による誤射であればなぜ山城は『北上さんにやられた』と言えた?
なぜ自分を攻撃したのが誰かわかっている?
それとも山城もまともな状態ではなかったというのか。

「……もう寝よう」

考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。
鏡の中の自分は、ずいぶんとひどい顔をしていた。
 

171 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/30 23:18:06.06 18sSh9XKo 109/468

35.

「アタシを沈めてよ」

「ど、…どうして……」

敷波は夢を見ている。
悪夢だ。

対峙する北上はいつものへらへらとした表情である。
何を考えているのかわからない。
だから敷波は彼女が少し苦手であった。

「その単装砲でさっさとやっちゃってよ~」

日常のような気軽さでそんなことをいうのだ。
異常な状況とのギャップで敷波は吐きそうだった。

「で、できない……っ!」

「早くしないと撃っちゃうよー? 殺されたくないなら殺さないと」

震えながら敷波が単装砲を北上に向ける。
自分が殺されないために相手を殺す。
深海棲艦相手では意識しなかった"命を奪う"という行為に改めて気がついた。
 

172 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/30 23:22:55.88 18sSh9XKo 110/468

ああ――あたしは殺すんだ

一緒にご飯を食べた仲間を。
一緒に訓練した仲間を。
一緒に戦った仲間を。
自分のために、殺すんだ。

敷波の頬を涙が伝う。

「ああああああああああああああああああああッッッ!」

射撃。
反動がずしりと腕に、身体にかかる。
砲煙の向こうで北上に砲弾が命中し、その肉と骨を引き千切るのが見えた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

ばしゃりと海面に膝をつく敷波。
北上は右半身を吹き飛ばされて仰向けに倒れている。
ぺっと血を吐いて、

「お見事~命中だよ」

やっぱりへらへらと笑った。
 

173 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/30 23:25:30.47 18sSh9XKo 111/468

その様子を見て敷波はかっと腹の底が熱くなるのを感じた。
胃の内容物が食道を駆け上がる。

「ぉげぇっ…! う、おえぇっ!」

「なに吐いてんのさ~。これだから駆逐艦は」

「うぇ…ごほっ、げえぇぇ、けほっ」

「――敷波」

名前を呼ばれて顔を上げる。
涙ににじんだ視界のなかで、空を見上げながら北上が沈んでいく。

「……ありがとね」

沈んでしまう。

「北上さん、」

沈んでしまった。

「北上さァァァーんッ!」

そのとき、敷波のなかで何かが変わってしまった。
それから、敷波は変わってしまったのだ。
 

174 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/30 23:33:52.57 18sSh9XKo 112/468

36.

「やあ、おはよう」

明朝。
港に集まっている艦娘らに提督は挨拶した。
相変わらずばらばらに反応する彼女らに少し苦笑する。

「今日も遠征よろしく頼む」

「あの~、提督~?」

龍田が小さく手を挙げた。

「どうした?」

「敷波ちゃんがまだ来てなくて~」

「……そうだな」

ここにいるのは旗艦・龍田、曙、潮、そして秘書艦の羽黒だけである。

「敷波ちゃん、体調良くならなかったのかなぁ」

「何? 敷波、体調悪いの」

「う、うん。そうなんだって。心配だよね…」

「はぁ…しっかりしてほしいわね」

潮と曙の会話を聞きながら敷波へ通信。
 

175 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/30 23:38:21.14 18sSh9XKo 113/468

しかし反応はない。

「出ないな。羽黒、昨日連絡してくれたんだよな?」

「は、はいっ!」

提督は制帽を取って頭をがりがりと掻いた。

「本日の予定は延期とする。明日、敷波が参加できれば実施だ」

「は~い」

「羽黒。ついてきてくれ。敷波の部屋へ向かう」

「は、はい」

「潮、さっさと霞らに合流するわよ!」

「あ、曙ちゃあん!」

歩いていく提督と羽黒を追い越して曙と潮が走っていった。

176 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/30 23:41:01.20 18sSh9XKo 114/468

37.

「あ、あの、司令官さん」

「なんだ?」

鎮守府内を歩く二人。

「し、敷波ちゃんが遠征できなかったら…」

「遠征による資材供給がなければ出撃もままならなくなる。手詰まりだな」

「敷波ちゃんの代わりに第一艦隊から誰か配置させるとか、どうですか?」

「そうなれば鉄床戦術が可能かどうか微妙になるな。ちょっと霞に考えてもらうか…」

提督がちらりと羽黒を振り返る。

「しかしまずは敷波だ。できる限り、敷波にはがんばってもらわないと」

「そうですね…」

敷波の部屋に近づくと、声が聞こえてきた。

「――でしょ。出撃じゃないし……」

綾波である。
敷波の部屋の扉に話しかけている。
 

177 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/30 23:46:50.78 18sSh9XKo 115/468

「ね、まだ間に合うよ。遠征いこうよ、敷波」

しかし。

「――もうやめてよッ!」

室内からの叫びにびくりと綾波が口をつぐんだ。

「あたしのことなんか放っておいて! 綾波はあたしとは違うッ!」

「な……。し、敷波……」

「あたしは戦えない。綾波みたいに戦えない。あたしは、あたしは……ッ!」

提督と羽黒が到着した。

「綾波」

「し。司令官、さん。あ、綾波は、」

「羽黒。綾波を頼む」

「はい!」

羽黒が綾波を下がらせる。
 

178 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/10/30 23:49:11.03 18sSh9XKo 116/468

提督は扉の前に立った。

「敷波。俺だ」

「な、なにさ…あたしも営倉入り? や、やればいいでしょッ!」

「落ち着け。敷波、すまなかった。一昨日の晩から、君が嫌がっていたのに、ムリに話を聞こうとして」

「………」

「もうあの話はしない。だから、頼む、出てきてくれないか」

「……もう、遅いよ。司令官。あたしは、戦えない」

「敷波。遠征は明日に延期した。頼む」

頭を下げる提督に慌てて羽黒も並ぶ。

「敷波ちゃん、私からもお願いします!」

「……帰って」

「敷波!」

「帰ってよ! あたしなんてそんな価値ないんだからッ!」

「……敷波…すまなかった」

扉は固く閉ざされていて、提督は苦渋の表情で立ち去るほかなかった。
彼にはその扉を開く術がない。
その背中を、綾波はなにかを決心した瞳で見ていたのだった。

 

183 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/11/27 22:55:12.94 a/TxOkyWo 117/468

38.

「で、話ってなによ」

曙がつっけんどんに尋ねた。
あまり広くない部屋に大井と山城を除く艦娘らが集まっていた。
集めたのは、綾波である。
彼女の表情はいつもの柔和なそれではない。

「話は……敷波のことなんです」

霞が眉根を寄せる。
その隣で潮が心配そうな顔をした。

「し、敷波ちゃん、体調悪いんだよね?」

「そうなんですか! それはいけませんね!」

こくりと頷く綾波。

「でも、単なる風邪とかじゃないんです。敷波は、――恐れているんです」

「あァ? 戦いをか?」

怪訝そうな天龍。
それはそうだろう。
艦娘は兵士だ。戦いを恐れてなどいられない。それが当然だ。
 

184 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/11/27 22:58:37.16 a/TxOkyWo 118/468

「たぶん、敷波は味方が傷つくことを、恐れているんだと思います」

「それは誰だって嬉しくないことだと思うけど~」

龍田は小首をかしげた。

「綾波が思うに、敷波は、誰よりも、誰にも、轟沈してほしくないんです」

「綾波はどうしてそう思うの?」

机に尻を乗せた夕立が尋ねる。
綾波は逡巡するような様子を見せた。しかし答える。

「敷波が、北上さんを、撃沈したからです」

どよめく艦娘ら。

「綾波ちゃん」

「いいんです、羽黒さん。これは、本来、知っておいてもらわなければならない話でした」

「……でも」

「綾波が、間違っていたんです。隠すことが敷波のためになると思っていました。でも、そうじゃない。そうじゃないんです」

「ち、ちょっと待ちなさいよ。何の話よ? 敷波が? 北上を?」

曙が困惑を口にした。

「ええ……山城さんが大破した原因の戦闘、その中でそれは起こりました――」
 

185 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/11/27 23:03:19.17 a/TxOkyWo 119/468

綾波は昨日霞にしたものと同じ話をした。

「濃霧…誤射、ですか」

「なによ、それ……」

「オレなら有り得ねぇが……そうか……」

皆一様に沈んだ表情である。

「し、敷波、ちゃん…そんな、辛すぎるよ……!」

ぽろぽろと涙をこぼすのは潮。
心優しい彼女の肩を抱いて霞は鋭いまなざしを綾波に向けた。

「あんた、この話をしたってことは、ただ知ってもらうってだけじゃあないんでしょうね」

綾波が頷く。

「自分の手で味方を沈めてしまった――だからこそ敷波はもう誰の轟沈も見たくないんです。
 綾波にはわかります。敷波とは幼馴染ですから」

右手を胸に当てる。

「正直に言います。この鎮守府はばらばらです。このままじゃだめなんです。
 だから、皆の力を合わせて、大丈夫だって、誰も沈んだりしないって、敷波に伝えれば……!」

ばらばらな鎮守府。
思い当たる節があるのかそれぞれが表情の温度を下げた。
 

186 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/11/27 23:09:39.58 a/TxOkyWo 120/468

そんななか、

「わかったっぽい! 夕立は沈む気なんて無いし、大丈夫だから!」

夕立がぴょいと机から飛び降りた。

「おお、そうだな! オレも沈んでやる気なんざさらさら無え! なんてったってオレは最強の天龍サマだぜ!」

「わ、私も…自信なんて、ない…けど! 敷波ちゃんのためなら、なんでもするよ…!」

「いいですよ! 私たちは仲間じゃないですか! ね!」

「ふん! しかたないわ。遠征メンバーが欠けるのは困るからね」

続いた艦娘らに綾波は涙ぐむ。

「みんな…! ありがとうございます!」

「決まりね~。で、綾波ちゃん? 具体的には、どうするつもりなの?」

「どうすればいいか…、決められなくて。みんなの意見を聞かせてもらえれば……」

話し合いが始まった後ろで霞が羽黒に近づいた。

「いいの? 勝手に動くみたいだけど」

羽黒は沈痛な面持ちのままだ。

「どう動くのであれ、司令官さんには報告します。それは、綾波ちゃんもわかっているはず。私は……、」

側頭部に手を当てる羽黒。
 

187 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/11/27 23:12:43.64 a/TxOkyWo 121/468

「どうしたの。頭痛?」

「……へいき、です。私は、私にはなにか、ひっかかるんです。綾波ちゃんのいうことに…」

「甘っちょろいって意味なら同意するけど」

「そうじゃないんです。あのときの敷波ちゃんは、……違うんです」

要領を得ない羽黒の述懐。
しかし霞はそれをとがめなかった。

(入渠している山城。営倉の中の大井。轟沈した北上。ひきこもった敷波。
 件の戦闘に出撃した艦娘は綾波を除けばこの羽黒だけ…)

霞は考えている。
自分のいない頃の鎮守府のことを。

(綾波は敷波の幼馴染。より客観的に物事を見れているのは羽黒……? だとすると――)

「――羽黒さん」

いつの間にか綾波が羽黒の前に立っていた。

「は、はい」

「司令官にお願いがあります」

「はい。……え?」
 

188 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/11/27 23:17:42.03 a/TxOkyWo 122/468

39.

戦友だった。

自信家で、可愛らしく、ユーモラスで、妹思いにして意外に優秀な、そんな少女だった。
ひたむきで、いじらしくて、純粋で、そのくせ妙に達観したようなところがあった。
いやがるとわかっていてもつい頭を撫でてしまったものだ。

ぼろぼろになっても戦ってくれた。
上層部から提督を守るために。
最期まで。

――最期。
悔しげに、しかし気高く、それでいて優しく、少女は提督の腕の中で息絶えた。
小さな約束をして、少女は満足げに笑っていた。
そして彼は大きな決意をしたのだ。



ノック。
 

189 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/11/27 23:19:32.70 a/TxOkyWo 123/468

「! 入ってくれ」

咳払いをする。
同時に思い出を振り払った。

「失礼します」

羽黒と霞が入室する。

「……司令官さん? だいじょうぶですか?」

「え?」

「目が真っ赤よ、アンタ」

「何」

慌てて鏡で確認すると、たしかにひどく充血していた。

「…気にしないでくれ。何か用か」

「あの、そのですね、」

羽黒はわたわたとした。
腰に手を当てて霞が嘆息する。

「敷波のことよ」

そうして、ふたりは綾波の案について説明した。
 

190 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/11/27 23:22:05.30 a/TxOkyWo 124/468

「……演習の動画を、敷波に見せる…?」

「そ、そうです」

「さっさと却下しなさいよ、このグズ! そんなことで敷波が復帰するわけないわ」

「いや、できることがあるならなんでもやってみよう。羽黒は皆と内容について打ち合わせてくれ。
 俺は事務に連絡してくる。霞は敷波抜きで遠征と出撃をクリアする方法を考えておいてくれるか」

「わ、わかりました!」

「はぁ!? アンタ、演習でみんながちゃんと戦えるって様子を見せれば敷波の不安も晴れるなんて、そんな夢物語を信じるわけ?」

「信じてもいいんじゃないか。どっちにしろ演習はするんだ」

「とんだご都合主義者ね!」

そう言いながら霞がドアを開ける。

「霞。どこへ行く」

「うるっさいわね、資料室よ!」

そう言い捨てて音高くドアは閉められた。

「あ、あの…司令官さん、霞ちゃんは、その、」

「わかっているさ。霞は優秀な戦術参謀だよ」

提督は頷いて、紙煙草に火を点けるのだった。
 

199 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/12/11 00:53:08.83 7UMVI2Ogo 125/468

40.

昼食を摂りながら提督は考えていた。
敷波が北上を誤射して沈めたというのならば、大井の発言はどうなるのか。

――お前らが北上さんを奪った! お前らが! 奪ったんだッ!

――北上さんは深海棲艦に拉致されたんです。あいつらを嬲り殺しにして、うふふ、ばらばらにして海に沈めてやりたい…!

――北上さんが、あの無能どもに足をひっぱられて、深海棲艦が、あいつらゴミなんです、ゴミですゴミ。でもしかたないんですゴミだから捨ててしまわないと。燃やしてしまうんです。そうしろって決まってるんです

大井がもし統合失調症のような病であるのならば、単なる妄想に過ぎないのかもしれない。
それでも、提督は大井をそうやって切り捨てたくはなかった。
だが、彼女の様子は明らかに常軌を逸している。それは確かだ。

「……もし、……大井が」

他の艦娘に対して敵意を向けているとするならば――、
それでも何もできないはずだ。
そのはずだ。
営倉の中では艤装もないし、武器になるものも、

――それじゃあ、鏡と櫛を頂けると嬉しいです

鏡?
まさか。
 

200 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/12/11 00:56:32.59 7UMVI2Ogo 126/468

提督の脳裏に最悪のシーンが去来する。
鏡の破片を握った大井が、油断して近づいた艦娘の胸にそれを突き立てる――

「羽黒! 大井の食事は、今誰が運んでいる!」

急な通信に食堂で食事中のはずの羽黒がむせた。

『ふぇっ提督!? え、えーと、潮ちゃん、ですか?』

それだけ聞いて提督は受話器をがちゃんと捨てて走り出した。
廊下を駆け抜け、階段を飛び降りるような勢いで下る。

想像は悪い方向へばかり転がってしまう。
胸元と口から血を零して、潮が冷たい床に倒れている。
その目は信じられないものを見たかのように見開かれたまま固まっている。
そして、それを檻の向こうから見下ろす大井が、静かに、うっそりと、微笑んでいる――

「クソッ!」

罵ってなんとかそのイメージを振り払おうとする。
辺りが暗くなった。
地下だ。

「潮!」

息を切らせて営倉へ飛び込む提督。

「ひゃああっ!」

潮の声。
いやな予感はなぜこうも的中してしまうのか。提督は奥歯を噛み締めた。
果たしてそこには、

「あら、提督じゃないですか。こんにちは」

人当たりの良い笑顔の大井がいた。
潮が檻を挟んでその足元に倒れている。
 

201 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/12/11 00:58:26.24 7UMVI2Ogo 127/468

「――う、しお」

提督の口から少女の名がこぼれると、

「は、はいぃ…」

ばたばたと潮がもがいた。
もたもたと立ち上がり、恥ずかしそうに服を払う。

「潮……? なんともないのか」

「え? あ、はい。驚いて転んじゃいました」

えへへ、と少女は照れ笑いを浮かべた。

ふたりとも、特におかしいところは無い。
そして、檻の中の机上には鏡が置かれていた。割れてなどいない。

「……はぁっ、…いや、すまない、なんでもない」

大きく安堵の息を吐いて提督は壁際の椅子に座り込んだ。
よかった、と素直に思った。
潮が無事だったからだけではない。
彼にとって、大井も守りたい対象なのだ。

「提督…? だ、大丈夫ですか…?」

「うん。驚かせて悪かった」

「い、いいえ」

提督と潮が話している後ろで、大井が小さく「残念」と呟いた。
ポケットの中で、歯を折って持ち手を石で尖らせた櫛をもてあそびながら。
凶器を握りながら。
 

206 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/12/18 13:17:38.40 Y4nmJh4co 128/468

41.

敷波は部屋の中で動かない。
ベッドに座り込んだまま、うつむいて、黙っている。
なにも考えたくない。

なにも考えたくないのに、頭は勝手にあの時のことをなぞりだしてしまう。
仲間を、この手で、殺した。
殺した。

敷波はゆっくりと両掌を広げた。
ぶるぶると震えている。
あの時の感覚を覚えている。
ずっと忘れてなどいなかった。

「……っ」

ぎゅうっと自らを掻き抱き、肩を痛いほどに握り締める。

「もう――いやだ……」

そんなとき、敷波の端末が受信を告げた。
 

207 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/12/18 13:20:10.05 Y4nmJh4co 129/468

42.

午後から綾波らは演習に取り組んだ。
そしてその様子を録画し、動画を適度に編集して、提督は敷波に送信した。

「……ふー」

提督室の椅子に深く座って、天井に向かって煙を吐く。

「疲れましたか? 司令官さん」

演習の報告書類をまとめる羽黒の気遣いに提督は苦笑した。

「演習もこなして事務作業もしてくれる羽黒に、疲れてるなんていえないな」

「そ、そんな……私は……最近、寝不足ですし…」

「それはよくないな。今日は早く切り上げよう」

「い、いえっ! へいき、ですから」

「そうか。しかし今日の演習ではみんな砲雷武術が上達していたな」

「霞ちゃんのおかげです。みんなを誘って特訓したんですよ」

ほう、と提督は少し目を見開いた。
今朝の曙と潮はそのために急いでいたのかと心中で納得する。
 

208 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/12/18 13:21:31.89 Y4nmJh4co 130/468

「まだまだだって霞ちゃんは言ってましたけど、どういうふうに戦うのか、みんなで共有できたのは良かった、と私は思ってます」

「うん。そうだな。俺もそう思うよ。敷波がこれで、……」

提督は目を伏せて煙草の火を消した。

「………。明日、遠征に行けるといいな」

「きっと行けますよ」

そのとき、霞が入室してきた。
何冊かの本を抱えている。

「なにへらへらしてんのよこのクズ!」

「か、霞ちゃん」

「とっととお茶でも入れなさいよ!」

柳眉を逆立てる霞に提督は肩をすくめた。

「俺のお茶を所望するなら淹れるにやぶさかではないが」

「黙ってできないの? アンタは」

苛立たしげに本をどさりとテーブルに置いて霞はソファに腰をおろす。
 

209 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/12/18 13:24:19.75 Y4nmJh4co 131/468

「霞。特訓の成果、出てよかったな」

「はぁ!? バッカじゃないの!」

先ほどからの霞の物言いに羽黒はおろおろしている。

「……今日の演習でだいたいに共通する弱点が出たと思うわ。アンタもわかってるとは思うけど」

開いた本に目を落としたまま話す霞に提督も頷いた。

「うん。視野の狭さだな」

「そうよ。悔しいけど、周りを見ることができているのはやっぱり龍田と、あとは比叡くらいね」

戦闘時、目の前の敵だけでなく、周囲の敵やあるいは味方にまで気を配る必要がある。
そのような視野の広さが特に指揮官には求められるが、いかんせん眼前の敵と戦うだけでも容易くはないため非常にハードルが高い。

「ご、ごめんなさいっ!」

「気にするな。羽黒」

提督は紅茶の入ったカップをテーブルに並べた。

「ちょっといいか。状況を整理しよう」

そのまま彼もイスに座った。
羽黒が手を止め、霞は横目でそちらを見る。
 

210 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/12/18 13:25:37.53 Y4nmJh4co 132/468

「この鎮守府には資材が足りない。その短期的な解決のために遠征を、長期的な解決のために出撃を行なう。
 空母がおらず戦艦も資材面から運用が難しいため、鉄床戦術で勝利を狙う。ここまではいいな?」

二人が頷く。

「出撃予定は明後日だ。そのためにもう一度、遠征を実施する必要がある。だが敷波は遠征を拒否している。
 第一艦隊から遠征させてもいいが、その場合、その艦に負荷がかかるか戦力が落ちることになる。よって敷波には遠征してもらいたい」

「三隻以下でも成功可能と思われる遠征に出してもいいわよ」

「そういえばそうですね」

「冗談よ。効率が落ちて明後日には間に合わないわ」

「もちろん明後日は予定であるから、それを厳守しなければならないわけではない。
 以上を踏まえて、明朝、敷波が遠征に行くことができなければ、……」

「司令官さん?」

「なあ、これは提案なんだが、大井を遠征メンバーに入れることはできないか? あるいは第一艦隊に――」

「――アンタ、アレがまともだとまさか思ってるわけじゃないわよね」

霞が静かに本を置いた。
先ほどまでの語気を荒げただけとは異なる、本当の怒りをにじませている。

「……そうじゃないが、」

「アンタは知らないでしょうけどね、アレのせいで私たちがどれだけ苦労したか…!」

吐き捨てるようにそう言った霞は「いやな事を思い出した」とばかりに舌打ちした。
提督は両手を軽く掲げて、

「悪かった。取り下げるよ」
 

211 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2014/12/18 13:30:26.97 Y4nmJh4co 133/468

気まずくなった羽黒はなんとか話題を変えようと努めて明るい声を出した。

「そっそういえば司令官さん、比叡さんの調子はどうですか?」

「ん、うん。だいぶ精度が上がってきて、実戦に使えるレベルにまで来てると思う。出撃には間に合うよ」

「そ、そうなんですか、よかったですね」

「うん。比叡のやる気を出させるのが毎回苦労の種だけどな」

「はは…」

静かになってしまって、沈黙に刺されるように羽黒はもじもじした。
同時にじわりと側頭部に痛みが滲みだす。
彼女が頭に左手を当てたとき、

「はぁ。ちょっと、おかわり淹れなさい」

霞が提督を呼んだ。
呼ばれた彼は、無造作に立ち上がってティーポットから霞のカップに紅茶を注いだ。

「お待たせしました。どうぞ、お嬢様」

「ふん」

おどけた調子の提督とまんざらでもなさそうな霞を見ているうちに羽黒は頭痛が治まっていることに気付いた。
案外、良いコンビなのかもしれない。
羽黒はそう思って小さく笑った。

怪訝な表情でこちらを見るふたりに言えば、特に霞は強く否定するだろうなと想像しながら。
なんだか嬉しくなってしまう羽黒なのであった。
 

217 : 以下、名... - 2014/12/25 01:07:16.42 PouH/Cnbo 134/468

43.

食堂。

「敷波ちゃん、もう観たかなぁ」

もぐもぐとハンバーグを食べながら潮が呟く。

「観てもらわないと困るわね」

向かいで苦々しげにトマトを見つめるのは曙。

「きっと…、明日は遠征、来てくれるよね」

「……来るわよ。来なきゃぶっ飛ばすわ。引きずってでも連れて行く」

「そ、それはよくないよう」

「遠征に出ないと出撃できないのよ。そうなれば、山城は…」

顔をうつむかせる曙に、夕立が話しかけた。

「ねえねえ曙、今のほんとっぽい?」

「え? 何がよ」
 

218 : 以下、名... - 2014/12/25 01:10:41.79 PouH/Cnbo 135/468

「敷波が遠征に行かないと出撃できないっぽい?」

「ああ。本当よ。そうなったら山城が修復できなくて――」

「えーっそんなのないっぽい!」

むくれる夕立。

「出撃してパーティしたいっぽい!」

「もうっ、二人とも、敷波ちゃんの心配してあげて!」

珍しく潮が大きな声を出して、

「わ、悪かったわよ潮」

「ゴメンね、敷波も心配よ?」

二人が慌てて謝るのを、少し遠くの席から綾波がなにも言わずに見ていたのだった。
 

219 : 以下、名... - 2014/12/25 01:15:43.29 PouH/Cnbo 136/468

44.

敷波は虚ろな瞳で動画を眺めている。

『しっ敷波ちゃん! 私、が、がんばるから…私、敷波ちゃんと遠征、行きたい…っ』

演習の様子に挟み込まれるのは各艦娘からのメッセージ。

『あたしは沈む気で戦ったことなんてないわ。いつでも帰ってくる気で戦う。もちろん、敷波、アンタもよ』

『敷波! 夕立と一緒に、楽しいパーティしましょ!』

『敷波ちゃん、私は、旗艦としてはまだまだかもしれません…けど、みんなで協力していきたいと思っています』

『誰も傷つけたりさせません! 私の活躍、期待していてください!』

『天龍ちゃんの邪魔する船はみ~んな沈めちゃうわ~♪』

『最強のオレに任せな! ぜーんぶ受け止めてやるぜ!』

『あたしはあんたを信じてるわ。あんたもあたしを……なんでもないわよッ』

「………」
 

220 : 以下、名... - 2014/12/25 01:16:25.14 PouH/Cnbo 137/468

顔を赤くした曙が姿を消すと、最後に綾波が現れた。

『敷波。敷波。みんな敷波の本当のことを知っても、信じてくれる、仲間でいてくれてるの。
 みんなで団結すれば、簡単に負けたりしない。だから安心して。敷波。
 綾波はもちろん、みんなも敷波のことを受け入れてくれるから。だから…』

ぱっと全員が勢ぞろいした場面へ転換。

『一緒に行こう! 敷波!』『敷波ちゃん!』『行きましょう!』

一斉にそう呼びかけた。
そうして動画は終了した。

「………」

そのまま、敷波はなにも映っていない画面をじっと見ていた。
ゆっくりと、視線を自分の手に移す。
震える両手を握る。

「……いっしょに……いこう……」

ぎゅっと目を瞑る。

「あたし……あたし、は……」

夜が音もなく、その帳を下ろしていく。
 

224 : 以下、名... - 2015/01/13 01:37:42.18 rQ9oYyzeo 138/468

45.

夜更け。
提督室で提督と羽黒、霞が話し合いを行なっていた。

「では、万一の際は敷波の代わりに霞が遠征に出る。それでいいんだな」

「ええ」

「霞ちゃん、その、だいじょうぶなんですか? 出撃も遠征もなんて」

「平気よ。いい感じの戦術が見つかりそうだから、それが使えるようになるまでの間だけ」

「ムリをするなよ。スケジュールには余裕を見てあるが」

「わかってるってば」

「戦果を挙げて資材がたまれば建造してメンツを増やすこともできるしな。……羽黒?」

「……? はい」

「いや…、今、寝てなかったか?」

「え? いえ……たぶん…」

羽黒は首をかしげた。
 

225 : 以下、名... - 2015/01/13 01:41:54.66 rQ9oYyzeo 139/468

「でも、眠たいですね。もう夜ですからね」

苦笑する彼女に提督は頷いて、

「よし。結論も出たし解散にしよう」

「片付けはやっておくわ。先に休みなさい、羽黒」

「すいません。お疲れ様でした。おやすみなさい、司令官さん。霞ちゃん」

羽黒が退室する。
提督は紙煙草をくわえてマッチを探した。

「羽黒、ひとの心配してる場合じゃないわね」

「うん。あいつにもかなり負荷がかかっている。早く状況を安定させないとな」

火をつけて、煙で肺を満たす提督。

「そうね」
 

226 : 以下、名... - 2015/01/13 01:44:30.33 rQ9oYyzeo 140/468

資料をまとめて棚に仕舞いながら、なんでもないように霞は尋ねた。

「ねえ、どうしてアンタは大井に肩入れすんのよ」

「ごっほ! ぶはぁ!」

提督は盛大に煙を吐いた。
その様子をじっとりとした目で霞は見る。

「なにやってんの」

「はぁ……肩入れか…そう見えるのか…」

「アンタだってアレと話したんでしょ? あれはもうダメよ」

吸って、ゆっくり吐く。

「約束なんだよ。妹たちを守るって約束したんだ」

「………。そう」

それだけで、霞はだいたいの事情を察した。

だから、北上の行方も気になるのね。
霞はそう思った。

「ほら、霞もさっさと寝たほうがいい。俺ももう眠る。明日は寝坊できないしな」

「いつでも寝坊すんじゃないわよこのクズ!」

霞も退室して、そうして提督は静かに昔を思い出した。
 

227 : 以下、名... - 2015/01/13 01:47:08.92 rQ9oYyzeo 141/468

46.

―――
――


雨が降っている。

「……ここは……」

「気が付いたか」

彼女を抱きかかえる提督が顔を覗き込む。
少女は弱弱しく笑った。

「てーとく…風邪、ひいちゃう、クマー」

軽巡・球磨のセリフに提督は泣き笑いのような表情に顔を歪めた。
彼を心配する少女のほうが、もはや修復不可能なほどぼろぼろだったからだ。

「あいつらは……」

「敵主力艦隊は壊滅、俺たちの勝ちだ。球磨、君のおかげだよ」

「ふふ…意外に、ゆうしゅうな、クマちゃんって、よく、言われるクマ」
 

228 : 以下、名... - 2015/01/13 01:51:31.33 rQ9oYyzeo 142/468

がしゃん、と音を立てて球磨の艤装が地面に落ちる。
連結が維持できなくなったのだ。
同時にぼたぼたと血がしとど零れた。

「さすがだ。球磨…君は最高の艦娘だよ」

球磨は得意げに、しかし力無く喜んだ。
ざあざあと降る雨が血を流していく。


整備された波止場にほかに人影は無い。
帰投した艦隊は彼の指示で入渠および休息している。

球磨はもう、入渠も間に合わない。
それでも艦隊のメンバーが、雨と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら連れて帰ってきてくれたのだ。
しかしあまりの損傷に、ここから動かすこともできなかった。

「提督…」

少女がか細い声で彼を呼んだ。
提督は球磨の口元に耳を寄せる。

「……ていとく…、なでなで、してほしい、クマー…」

「いつも、いやがってたじゃないか」

左腕で少女を支えながら右手で彼女の栗色の髪を撫でる。
球磨は嬉しそうに目を閉じた。
 

229 : 以下、名... - 2015/01/13 01:54:31.00 rQ9oYyzeo 143/468

「きょうは、さいごだから、トクベツだクマ…」

提督は涙が溢れて何度も瞬きした。

「最期なんて、言うなよ。球磨の活躍、もっと見せてくれ」

ぽたぽたと落ちる水滴が少女の顔を汚す血に筋を作る。

「まったく、ていとくはきびしいクマ…ちょっと休みがほしいクマ」

「わかった。休暇を出そう。特別手当も付けるぞ」

「そいつは、ごうせいだ、クマ…ていとくも、たまには、ゆっくりやすむと、いいクマ…」

「うん。そうだな。一緒に休もう。どうだ?」

「めいあんだ、クマ…やく、そく、クマ」

「うん。うん。約束だ。球磨」

しばし、雨音だけがふたりを包んだ。
 

230 : 以下、名... - 2015/01/13 01:58:01.94 rQ9oYyzeo 144/468

「球磨?」

動かない少女を小さく揺らすと、彼女はうっすらと目を開けた。

「もうひとつ…やくそく、してほしいクマ…」

「なんだ? なんでもいいぞ」

「いもうとたちが、しんぱい、クマ…みんなを…まもってあげて、ほしいクマ」

「ああ。もちろんだ。任せろ。だから、球磨、君は、」

少女は満足そうに笑った。
その目はもうなにも見えていない。

「ああ……球磨の、ちからをもってしても、ここまでか、クマ……」

命の火が消えつつある少女を掻き抱きながら、提督の脳裏を懐かしい思い出がよぎる。
初めて会ったときのこと。
共に海域を攻略したときのこと。
力不足に悩む少女を慰めたこと。
一緒にハイキングしたときのこと。
ふたりでこの戦争を終わらせようと、誓ったときのこと。

「待ってくれ。球磨。俺は、まだ君に、」
 

231 : 以下、名... - 2015/01/13 02:02:09.59 rQ9oYyzeo 145/468

「てー、とく…」

残ったかすかな力で球磨は首を動かし、提督の手に頬ずりした。

「たのしかったクマ……かんしゃ、するクマ…」

「やめてくれ、そんな、球磨、なあ球磨、嘘だろ、こんなの…」



「さらばだクマ」



少女は再び目を閉じた。
そして、二度と開くことは、無かった。
 

237 : 以下、名... - 2015/01/24 17:30:09.38 kHeRJngDo 146/468

47.

翌朝。
あくびをしながら提督は紙煙草を取り出す。

「このクズ。緊張感とかないのかしら」

隣を歩く霞が吐き捨てた。
煙草をくわえながら提督は笑う。

「上官の緊張や動揺は隊に決して良い影響を与えない」

「強がってんじゃないわよ」

「俺には霞がついてるからな。安心だよ」

「はァっ? 上官だって言うなら働きなさい」

「ちゃんと起きたじゃないか」

「だから何よ?」

提督は煙草に火をつけて、ゆっくりと煙を吐き出した。

「ごまかしてるんじゃないわよ!」
 

238 : 以下、名... - 2015/01/24 17:34:55.86 kHeRJngDo 147/468

「司令官さん、霞ちゃん。おはようございます」

羽黒以下、艦娘らがいつもどおりばらばらと挨拶する。
提督も軽く帽子を上げた。

「おはよう。羽黒、今日の天気予報は?」

「はい。今日は曇りのち晴れ。南西の微風。気温は平年どおりです」

「うん。龍田、艦隊の調子は?」

「敷波ちゃんの代わりは、本当に霞ちゃんでいいの~?」

「問題ないわ」

装備した艤装を見遣る霞。

「必要ない、と思います」

これは綾波。

「敷波は来ます。綾波はそう信じています」

「私もそう思いますよ!」

「最強のオレが来いって言ったんだ、来るに決まってらぁ!」

霞が軽くため息をつく。

「もちろん、私はあくまで予備。敷波が来れば、それが一番よ」

「うん、そうだ。出発の時間まではまだしばらくある。それまで待つよ」

「…はい」
 

239 : 以下、名... - 2015/01/24 17:39:53.81 kHeRJngDo 148/468

「司令官さん、……時間です」

端末の時計を見て、羽黒が報告する。
提督はふいーっと煙を吐き出した。
腰をおろしていた係留柱から立ち上がって、

「第二艦隊、出発準備」

告げた。
龍田以下、曙、潮、霞が整列し、各自装備を点検する。

「し、司令官――」

綾波が提督に駆け寄る。
その様子に霞が聞こえないように舌打ちした。

「敷波は、必ず来ます! ですから、もうちょっと、もうちょっとだけ…!」

「あのねぇ――」

「――いいかげんにしなさいよ!」

しかし綾波を怒鳴りつけたのは霞ではない。
曙だ。

「綾波! 心配してるのはあんただけじゃないの! でもあたしたちは軍人でしょ!」

はっとしたような綾波。提督にすがりつこうとしていた両手がぶるぶると震えながら握られて下ろされる。
提督は綾波の肩に手を置いた。

「綾波。今日はとりあえずあきらめよう」

「………っ」
 

240 : 以下、名... - 2015/01/24 17:45:34.00 kHeRJngDo 149/468

「第二艦隊、出発準備整いました~」

四人が海上に降り立って、あとは提督の号令を待つのみである。

「うん。それじゃあ――」

「!」

ぱっと夕立が建屋のほうを振り返る。
提督は言葉を止めた。
なぜなら、



「敷波!」



走ってきたのは彼女だったから。
 

241 : 以下、名... - 2015/01/24 18:02:50.48 kHeRJngDo 150/468

すぐに身を翻して綾波が駆け寄る。
羽黒ら、そして海上に下りていた四人も上がって敷波を囲んだ。

「ごめん、みんな…」

誰とも顔を合わせられずに、それでも敷波は謝った。
なんと声をかければいいか、と一瞬空白が生まれる。
しかし、

「気にしないでいいっぽい!」

「よく来たァ! なんも気にすんなッ!」

夕立、それに続いて天龍たちが声をかけていく。

「みんな……ありがとう…」

「――敷波…」

涙ぐみながら彼女の姉が近づく。

「綾、波。ごめん。その、あたしは、」

「敷波っ!」

綾波は飛びつくように敷波を抱きしめた。
驚いた敷波も、すぐに目を潤めて抱きしめ返すのだった。
 

242 : 以下、名... - 2015/01/24 18:07:09.48 kHeRJngDo 151/468

敷波は皆の見守る中、提督へと歩み寄った。

「敷波――」

「司令、官。あたし、あたしは……」

うつむいて、なにか言わなければとする敷波に、提督は咳払いして、

「第二艦隊、敷波! ただちに遠征出発準備せよ!」

「っ! は――はい! 敷波、抜錨!」

敷波とともに第二艦隊が海上に整列する。

「ひっく…ぐすっ…」

「もう、泣き止みなさいよ潮…」

「提督~、いつでも出発できます~」

「よし! 遠征頼んだ」

「は~い」

そうして、一日遅れで、遠征は実施された。



「北上さん……あたしは、もう迷いません」
 

250 : 以下、名... - 2015/02/04 01:50:20.09 6tG9ddZRo 152/468

48.

「ふー…」

執務机のイスに背を預けて、提督は天井に煙を吐き出した。

「よかったですね、司令官さん」

「うん」

にこにことした羽黒に、彼も相好を崩す。

「明日は出撃よ。実戦でも必ず成功させるわよ」

「はい!」

霞も心なしか安堵しているように見えた。

「そういえば霞ちゃん。霞ちゃんが抜けたときの第一艦隊の戦術ってどういうものを考えていたんですか?」

「ああ。あれはね、嘘よ」

「え?」

「そんな都合のいいもの、見つからなかったの。だから、嘘よ」

「やっぱりか」

「ええっ! そ、それじゃあ…」

霞は肩をすくめた。

「仕方ないわ。鎮守府のためだもの」

「か、霞ちゃん…! 司令官さんは気付いていたならどうして止めなかったんですか!?」

「霞は止まらんだろ」

そう言って提督はくっくと笑った。
 

251 : 以下、名... - 2015/02/04 01:52:58.14 6tG9ddZRo 153/468

「さて、昼飯前に比叡の最終調整してくるか」

「第一艦隊はどうしましょう?」

「明日は出撃本番だ。問題ないとは思うが念のため今日一日は休みにしよう」

「それがいいわね。あたしもちょっと休憩したいわ」

「わかりました。そのように伝えておきますね」

紙煙草を灰皿に捨てて、提督は部屋から出て行った。
ぱたぱたと端末に連絡事項を打ち込む羽黒の対面に霞は腰をおろした。

「ねえ。アンタ、前に件の戦闘後の敷波についてなにか言っていたわよね」

羽黒はディスプレイから顔を上げて小首をかしげた。
 

252 : 以下、名... - 2015/02/04 01:54:43.80 6tG9ddZRo 154/468

「…なんでしたっけ。敷波ちゃん……」

考え込んでいるうちに、羽黒は瞑目して停止した。

「羽黒? ……ちょっと!」

霞が鋭く呼びかけると、ぱちりと羽黒が目を開けた。

「…か、すみ、ちゃん?」

「え?」

ぐうっと羽黒は伸びをしてすっきりしたように笑った。

「さあ、作業は終わらせて一休みしましょう!」

「は…? アンタ、いま……」

「どうしたんですか?」

霞は右手を腰に当てて嘆息した。

「……アンタ、ほんとに休んだほうがいいわよ」

「えっ? あ、はい。ありがとう、霞ちゃん」

羽黒はよくわからないままに微笑み、霞はまたひとつため息をついたのだった。
 

253 : 以下、名... - 2015/02/04 01:58:29.93 6tG9ddZRo 155/468

49.

山道を夕立が駆け抜けていく。
一気に走り降りて階段を無視して大きくジャンプ。

「っぽい!」

枝を一瞬掴んで制動、着地して斜面を滑り、小川を跳び越えて今度は駆け上がる。
落ち葉を蹴散らして樹木を蹴って崖を登り、休むことなく森の中を走っていく。

「はぁっ! はぁっ!」

開けた場所に出た夕立はようやく足を止めて大きく呼吸した。
そこは鎮守府の裏である。

「あ? 夕立じゃねーか。なにやってんだ?」

声をかけてきたのは天龍。
夕立は息を整えてから返事した。

「明日が出撃だと思うと、もううずうずしちゃってたまらないっぽい!」

「だから山んなか走り回ってたってーのか?」

「うん!」

「なんだそりゃ…。ま、明日が楽しみなのはオレも一緒だけどな!」

天龍は呆れていたが獰猛な笑顔で提げていた木刀を振り回した。
 

254 : 以下、名... - 2015/02/04 02:05:23.67 6tG9ddZRo 156/468

轟!

突如、遠雷のような音が鳴り響いた。
夕立が反射的に音のしたほうを向く。

「なっなんだ今の音!?」

慌てる天龍。しかし夕立は肩をすくめるのみ。

「比叡の射撃音でしょ? 前もやってたっぽい?」

「は!? 知らねえぞ、んなこと…」

「ねぇ天龍、そんなことより…」

べろりと夕立が舌なめずりする。

「ちょっとだけ、夕立とパーティしない?」

「……フフフ、いいねぇ! 龍田がいなくて退屈だったんだ」

天龍がもう一本の木刀を夕立に投げて寄越す。

「ふふっ、うずうずしすぎて手加減できないっぽい…っ!」

「いいぜェ最強のオレに手加減なんかいらねえ! かかってこい!」

二人は笑いながら激突した。
 

255 : 以下、名... - 2015/02/04 02:15:12.43 6tG9ddZRo 157/468

50.

自室で頬杖をついて文庫本を読んでいた霞のもとに、綾波が訪れていた。
綾波は扉を開けたまま敷居をまたがずにもじもじしている。

「何。第一艦隊なら、連絡があったと思うけれど、今日は休養よ」

本にしおりを挟んで霞が水を向けると、綾波は顔を上げた。

「違うの。綾波、霞に謝ろうと思って…。あの、敷波のことで、いろいろ迷惑をかけた、というか…その、ごめんなさい」

「ああ。…まあ、気にしなくていいわよ。結果的に敷波は無事遠征にいったんだし。
 ま、アンタも気持ちを切り替えて、明日の出撃に備えなさいな」

「怒って、ないの?」

霞は綾波に入室を促した。
少し躊躇ってから、綾波はおずおずと扉を閉めた。

「怒ってないわ。今はね」

ふたりはロウテーブルを挟んで座った。
 

256 : 以下、名... - 2015/02/04 02:29:50.41 6tG9ddZRo 158/468

「敷波のことも、……言い出せなかったのよね」

「……でも、霞の言うとおり、綾波はどうかしていたのかもしれません。
 敷波を守ることが目的だったのに、いつのまにか秘密を守ることが目的になってしまっていて…」

あるわね、そういうこと。
霞は静かに頷いた。

「敷波に拒絶されて、すごくショックで…それで、綾波が悪いんじゃない、きっと鎮守府が悪いんだ、って。
 そう思い込もうとしたというか、あの時はそうとしか考えられなかった」

綾波は弱弱しく自嘲した。

「綾波たちは幼馴染で、ケンカなら何度もしたんだけど、あんなふうに拒絶されたのは初めてで。
 そんなことを考えると、頭がぐるぐるしてきて…。とにかく、ごめんなさい」

「いいってば。あたしもなんだか苛苛していたのよ。なんにせよ、結果オーライでいいでしょ」

調子が狂って、霞は早口でそう切り上げた。
椅子に戻る。

「さっさと休んで、また敷波を迎えに行ってあげなさい」
 

258 : 以下、名... - 2015/02/04 02:37:39.24 6tG9ddZRo 159/468

笑顔を取り戻した綾波も立ち上がる。

「ありがとう。霞は優しいね」

「はァ!? なに言ってんの!」

「ふふ、じゃあ明日はよろしく、がんばろうね」

「アンタねぇ…」

綾波は足取り軽く退室した。
まったく…、と霞は零して、それから頬を掻いた。

本を開き、ふと窓の外を見る。
空が、青く、広がっていた。





 



【艦これ】深海の呼び声【中編】


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