男 「上の方から見慣れないモンが流れてきたと思ったら、まさか女の子が流れてくるなんてな……」
エルフ「流されるなんて思わなかったんですよ…… 流れもそんなに速くなかったですし、それにまさかあんなに深いところがあるだなんて……」
男 「下流ならまだしもあの川は上流の方が深いところが多いからな。見た目じゃ深さも流れの速さもわからんし。しかし、なんでまた川の中に?」
エルフ「蒸し蒸しとした暑さにやられて弱っていたところにちょうど川が見えたので、水浴びしようとしてつい……」
男 「二度とそんな不注意な行動はしないように。何のかんので毎年川で溺れ死んでる奴は相当いる。今回は運が良かっただけだ」
エルフ「相当、ですか…… そうですね、今後はこのようなことのないように注意します」
男 「で、どの辺りで流されたんだ?そこらに服とか荷物とか置いてあるんだろうし明日にでも拾いにいかないとな」
エルフ「いえ、そこまでしていただく義理はありませんし、私だけで取りに行ってきます」
男 「不慣れな土地を一人でか?どうも君はこの辺りの人間じゃなさそうだ」
エルフ「っと、それは、そのぉ…… で、では、よろしくお願いします」
男 「今夜は俺の着古したそれで我慢してくれ。ちょっとおっさん臭くて申し訳ないが」
エルフ「すみません、お言葉に甘えさせてもらいます…… えと、ありがとうございます」
男 「レムルストゥニ。確か『どういたしまして』って意味でよかったよな?」
エルフ「!?」
元スレ
男「川で全裸のエルフ拾った
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1470318325/
男 「ん!?まちがったかな?」
エルフ「いえ、合ってます。ですが、どうして貴方がエルフの言葉を……?」
男 「ああ、そっちか。なに、昔エルフと仲良くなったことがあってな。その時に簡単な言葉を教えてもらった」
エルフ「……なぜ私がエルフだとわかったんですか?」
男 「その長い耳を見りゃわかるさ」
エルフ「あっ……」
男 「今頃隠したって遅いって」
エルフ「……私をどうするつもりですか?」
男 「そうだな、他の誰かに見つからないうちにどこかにあるっていうエルフの国に帰ってもらうとするよ」
エルフ「…………」
男 「そう簡単に信じてもらえるはずもないか。……まぁ、それより耳じゃなくて他のところ隠してくれないか?目のやり場に困る」
エルフ「あっ……」
男 「ん、よし。さっきも言ったけど今夜はゆっくり休んでくれ。結構長い間水に浸かってたんだろうしな」
エルフ「…………」
男 「……じゃ、俺は下で寝てるから」
―――――
―――
―
男 「……お~い、起きてるか」
エルフ「…………」
男 「ま、とりあえず服は扉の前に置いとくからな?着替えたら降りてきてくれ。朝飯にしよう」
エルフ「…………」
男 「お、来たな」
エルフ「これは……?」
男 「鹿の肉。あ、お嫌い?」
エルフ「いえ、嫌いとかではなくて、エルフは動物を食べたりなんて……」
男 「そうだったのか。悪いな、そこまでは知らなかった」
エルフ「普通は知らないはずです」
男 「ま、好き嫌いとか食文化だなんて言ってられる状況じゃなかったからな」
エルフ「……と、言いますと?」
男 「くだらない話さ。それよりこれならどうだ?芋を蒸かしただけのやつだが」
エルフ「……いただきます」
男 「うん、これ食ったら早いとこ荷物を探しに行こう。急がないと獣がアンタの荷物を持って行っちまってるかもしれん」
エルフ「はい……」
男 「しかし人間の言葉がうまいな」
エルフ「先生に教えていただきました」
男 「先生……? っと、あんまり詮索しない方がいいか」
エルフ「…………」
男 「……ん、ごっそさん」
エルフ「……ゴッツォサン?」
男 「『ごちそうさまでした』だよ。全部言うとめんどいから略してる」
エルフ「ああ、それならわかります」
男 「じゃあ改めて、ごちそうさまでした」
エルフ「ごちそうさまでした」
―――
――
―
男 「――――っと、それじゃ行こうか」
エルフ「……はい」
男 「とりあえずは川沿いを上流に向かっていくとして……」
エルフ「…………」
男 「どうした?」
エルフ「……貴方はディアンニフ、悪者、ですか?」
男 「さぁ、どうだか?」
エルフ「答えてください」
男 「……少なくとも俺は自分で自分を悪人じゃない、って言う奴は信頼できない。君はどうだ?」
エルフ「そうですね……」
男 「…………」
エルフ「行きましょう。ご同道をお願いします」
男 「……あいよ」
―――
――
―
男 「――――この辺も見覚えないか?」
エルフ「はい」
男 「ってことはもっと上か…… そんなとこで君は何してたんだ?」
エルフ「実は私、旅の途中でして…… この頃、西の森の力が弱まってきているようで、その原因を確かめるべく西に向かっていたんです」
男 「森の力……?」
エルフ「森にもある種の力があって、それが弱まると森と共に生きている私たちエルフはとても困るんです」
男 「へぇ。で、その森の力とやらが弱まった原因を調べるために旅をしていた、と?」
エルフ「そういうことなんです」
男 「……ところで」
エルフ「はい?」
男 「こっちから聞いておいてなんだが今の話って、そんなにペラペラしゃべってもよかったのか?」
エルフ「人間さんはスウィルニフ……えっと、人の言葉で『善人』、『いいひと』みたいですから」
男 「善人って…… なんでまた?」
エルフ「気を失っていた私を介抱していただきましたし、こうして一緒に荷物を探していただいてますし」
男 「いや、でも善人ってほどじゃないだろ。普通だと思うけどな」
エルフ「そうなんですか?私、どんな人間が普通なのかは良く知りませんので」
男 「まぁ、人間との接触はないだろうしな」
エルフ「聞いてる限りでは人間って基本的にディアンニフだとか」
男 「違うと思うけどな。まぁ、人の本質は善だとか、人は生まれながらにして悪だとかそういう哲学的な話はよくわからん」
エルフ「あっ…… もしかして私の荷物を手に入れてからどうにかする気だったんですか?」
男 「いや、そういうわけじゃないが……」
エルフ「……じゃあ、人間さんは悪い人ですか?」
男 「いやいや、人間ってのはそう極端なもんじゃなくてだな……?」
エルフ「それでもやっぱり私は貴方は善人だと思います」
男 「あー、うーん…… もうそれでいいや」
エルフ「はい!」
男 (よくもまぁ、こんな騙されやすそうな子を旅に出させたもんだ……)
エルフ「?」
―――
――
―
男 「しかし、エルフのお嬢さんが一人旅というのは危なくないか?」
エルフ「はい?」
男 「エルフと見りゃどんな手を使ってでも手に入れようとする連中は少なくないはずだ」
エルフ「そうですね」
男 「そうですねって…… わかってんならどうして」
エルフ「大丈夫ですよ、弓の名手でもある友達が一緒なんです。いざというときは……」
男 「友達?」
エルフ「はい、それが何か?」
男 「……その友達は今頃君を探しているんじゃ?」
エルフ「……あ」
男 「あー……」
エルフ「どっ、どうしましょぅ~~~!!?」
男 「落ち着け落ち着け」
エルフ「ああ、今ものすごく心配かけちゃってますよね、ねぇ!?」
男 「落ち着けって、なんかはぐれた時とかのために連絡手段とか用意してないのか?」
エルフ「えーっと、え~と…… 全部荷物の中ですぅ!!」
男 「そうか、じゃあ誤解の解ける望みは薄いか……」
エルフ「はいぃ!?ご、誤解、ですか……?」
男 「さっきから獣にしちゃあ慎重過ぎる何かが俺たちの後をつけている。一体誰だと思っていたが」
エルフ「そ、それじゃあ!!」
男 「ああ、多分それがアンタのお友達だろう」
エルフ「じゃあ、早速呼んでみますね!
男 「あ、おい!」
エルフ「スウィーーーダァ!ニャヌルゥーワシシピィ!!」
エルフ「スウィーダ!」
エルフ「……フィナ?」
エルフ「スウィーーーダァ!トルキメニスタファッス!!」
男 「……まぁ、すぐには出てきてくれないだろ。なんせ人間と一緒にいるんだから」
エルフ「それもそうですね。じゃあ人間さんはディアンニフじゃないって伝えてみます」
男 「やるだけやってくれ、多分信頼されないと思うが」
エルフ「イズルミニフスィスィエルミアディアンニフ!ネレイシャスウィルニフ!エレンシェクルミニーヤ!!」
エルフ「……駄目ですかね?」
男 「だろうな。俺に脅されて言わされていると思ってるのかもな」
エルフ「どうしましょうか……」
男 「……じゃあ、ちょっと俺から離れてみてくれるか?」
エルフ「え?はい……」
男 「もっと」
エルフ「はい」
男 「……もっと」
エルフ「はい」
男 「……じゃあな!」
エルフ「えっ……?」
男 (川に飛び込みゃあ逃げきれるだろ……って)
男 「おわっ!?」
エルフ「シャンハッ!?」
男 「…… 逃がす気はねぇってか」
男 (先を読まれてたか…… 後半歩進んでりゃ矢がブッスリだ)
エルフ「あぁっ!?そ、それ友達の使ってる矢です!!」
男 「だろうな!」
エルフ「でもどうして…… 私がこの人はスウィルニフだって言ってるのに!」
男 「アンタが俺に騙されてるか、もしくはそう言うように強制させたって思ってるんだろう!」
エルフ「……だったら!」
男 「おい、近づいてくるなって!!」
???「……くっ」
エルフ「イズルミニフスィスィエルミアディアンニフ!ネレイシャスウィルニフ!エレンシェクルミニーヤ!!」
???「…………」
男 (弓を構えた女……)
???「メイィ……」
男 「……あれが、お友達?」
エルフ「はい、そうです。弓の名人で」
男 「だろうな。実体験でよく知ってる」
???「……ヴェルシン、クィナドキア」
男 (えーと、そこから離れて?)
エルフ「!? メイリィ!イズルミニジトゥアンタフィーフィキャリムリリクゥ!!」
???「ピスカチラッチェルスメラシカ、ペテオ」
エルフ「シュエルスターニャ?シャウアンダシィ!」
男 (……流石にもう何喋ってるかわかんねぇな)
???「……そこの人間、両手を上げてゆっくりと立ちなさい」
男 「……あいよ」
???「……貴方、この子に何をしたの?人間の貴方をかばおうとしているのだけど」
男 「さぁ?少なくとも変なことをした覚えはないな」
エルフ「……ウィ、ウィアクルル」
弓使い「ヴェルシン!クィナドキア!!」
男 「離れろって言ってるんだろ?離れてくれないか?」
エルフ「……はい」
男 「……さて、と」
弓使い「妙な動きはしないで」
男 「しかし、人間の言葉が通じるようで何よりだ」
弓使い「……動かないで、と言ったはずです」
男 「話くらいはさせてくれないか?」
弓使い「……いいでしょう。あの子を誑し込んだ手口が分かれば今後の対策に活かせそうですし」
男 「そりゃいい、特に何かやった覚えはないが役に立ちそうなら是非参考にしてくれ」
弓使い「そうですね、まずはなぜあなたがエルフの言葉を解するのか…… そこを聞かせてもらいましょうか?」
男 「昔、君たちの同族から少しだけ教えてもらった。だからちょっとは理解できるが、さっきの君たちの会話はほとんどわかってない」
エルフ「メイリィ!メイリィゲリュンカイティヴィジゾース!!」
弓使い「ダウメイリィ?ハッ……」
弓使い「アズィヴニフトゥリャパーシマスウィルリャンパーパレシカ?」
エルフ「ワンファ!アズィヴニフグンタガーリースピャルフィフィニアンラ」
男 (やっぱり何言ってるかさっぱりわからん……)
エルフ「エニシュアシュケクルルート!エルマタイスウィルニフシューリンキルメイア!!」
男 (スウィルニフ、ねぇ……)
弓使い「スウィルニフ?ダン、エルルティマハリュート。ユリティニア」
エルフ「アズィヴニフデンリカスィルジン!マタタラティアフカイ!!」
弓使い「ドゥーネイシタ?エルニリャンリャメン、ワルジカスリーマ」
エルフ「シンバナラウーイ!ドウリャメンクルルフティードジャガンリャスパティア!」
弓使い「ナミエスタカセリョール、キアナナフィフィニアンラトリスパヤ」
エルフ「スィーナ、デンフルニャーマエルマタイスウィルニフシューリンキルメイア」
弓使い「エンツ、フォルアムスティルクニャシワワローンツ?」
エルフ「エニシュア!」
弓使い「クリュウ…… そこの人間、今の話は本当ですか?」
男 「いや、わからんて」
―――
――
―
弓使い「知らなかったとはいえ同胞を助けていただいた方に矢を放つなど…… 申し訳ありませんでした」
エルフ「……ごめんなさい」
男 「いや、別にいいって。ケガしたわけでもなし」
弓使い「では、改めて……」
エルフ「ええっ!?どうしてまた構えるの!?」
男 「……それはそれ、ってことだろ?」
弓使い「ええ、この子を助けていただいたことには感謝していますが、私たちを目撃した人間を見逃すわけにはできませんので」
男 「……森の賢者たるエルフに伝わる特定の記憶だけを消す薬とか魔法とかはないのか?」
弓使い「そんな都合のいい薬なんてありませんよ。まして魔法なんてものも……」
男 「だろうな」
エルフ「リ、リィヤントゥルシュ!」
弓使い「オートンナムラズ、コリオムゼムルゲスィーラオンロンフシャナムケ」
男 「……命乞いをしてもいいかな?」
弓使い「……聞きましょう」
男 「君たちは故あって西の森に向かっているとあの子から聞いた」
弓使い「サンナ……」
エルフ「あは、あはは……」
弓使い「……そこまで知られていたとは思いませんでした」
弓使い「ですが、命乞いをするのならそのことまで話さない方が良かったのでは?尚更生かしておく必要がなくなりましたが」
男 「いやね?これから先、君たちは絶対誰にも見つからずに西の森まで行けると思っているのか?」
弓使い「……まぁ、実際貴方に見つかってしまったわけですし、決して容易いことではないと思います」
男 「そんなときのために事情を知る人間を一人くらい仲間にしといた方がよくないか?」
弓使い「なるほど、わからなくはない話です。ですが、貴方が私たちを裏切らない保証はありませんよね?」
男 「まぁ、そこは俺を信用してもらう他ないな」
弓使い「改めて言いますが、あの子を助けてくれたことには感謝しています。ですが、それすらも私たちを騙すための布石だったという可能性も否定できません」
男 「相手が嘘ついてるかどうかわかる薬とか魔法とかないか?」
弓使い「そんな便利なものはありません」
男 「だよな」
男 「さて、どうしたもんかな……」
エルフ「シィーパ……」
弓使い「……ゼンス。ゼンスムナナライ」
男 「………?」
弓使い「……確かに恩を仇で返すというのも酷い話です。それにここで貴方に危害を加えるとこの子がもっとうるさくなりそうですし」
男 「それはつまり……?」
弓使い「あの子に免じて少しだけ貴方を信用するということです」
男 「そいつはありがたい」
弓使い「勘違いしないでください。このまま見逃すというわけではありません。監視の意味も込めて私たちの旅について来ていただきます」
エルフ「へ?」
男 「いいさ、昔エルフには世話になった。そのご恩返しで精一杯荷物持ちでもさせてもらうさ」
エルフ「ネルフィ?エルマタイグリュンシカチルティミタイ……?」
弓使い「シュウィンス、エリュアシンジタンリリスティムルスカクダダンシィ」
エルフ「クラナンキア!?デヴィアンプラキマウォルウィウィナ」
弓使い「デルフィニムムルジャミシルシィ。レイオエルザシュランティ」
エルフ「ブランナスティフィ、ドルネンティティアーナジャックルン」
弓使い「ゲファナースチュチュリンケイ、ファーマスカーヤ」
エルフ「ナンム…… エフォリパーシャ」
弓使い「ヤンファルティト…… スィーラ」
男 「……話はまとまったと?」
弓使い「ええ、それではご同道よろしくお願いします」
男 「了解。で、旅の準備をする為にも一度俺の寝床に戻ってもいいかな?」
弓使い「構いません」
エルフ「ちょっと待って!私の服と荷物は!?」
弓使い「……ほら、これでしょう?」
エルフ「あっ、フェリティトゥ~!!」
弓使い「レムルストゥニ。まったく、ちょっと川で顔を洗ってくるって言ってから全然帰ってこないと思ったらまさか流されて人間に拾われてただなんて……」
男 「ま、今後は絶対にその子から目を離すべきじゃないな」
弓使い「そうですね…… まったく、余計な心配かけさせないでよ」
エルフ「マチュヌゥ~……」
―――
――
―
男 「……さて、じゃあ行くとしますか」
エルフ「はい、よろしくお願いします」
弓使い「…………」
男 「はは、もう少しのってくれても」
弓使い「……まだ貴方を信用しているわけではありません。これから貴方を見極めさせていただきますので」
男 「わかったよ、俺は生きてる荷車ってことで」
弓使い「……ところで」
男 「何でしょ?」
弓使い「その長い包みの中身は何ですか?」
男 「ああ、猟師を生業としてるんでね。仕事用と護身用を兼ねた鉄砲が入ってる」
弓使い「……テッポウ?」
男 「エルフの国にはなかったか?鉄と木とを組み合わせて出来たもんで、火薬ってのを使って弾丸を遠くまで……」
弓使い「カヤク、はわかりませんがテツなら知っています」
男 「火薬ってのは最近できたもんで、火をつけると爆発する黒い粉でその爆発力でこの鉛玉を飛ばして標的を撃ち抜くんだ」
エルフ「そんなものが……」
弓使い「……道理で嫌な感じがするわけですね」
男 「……そうなのか?」
エルフ「はい…… 出来れば置いていってもらえませんか?」
男 「いやぁ、こいつは旅をするからには絶対必要な場面が出てくると思うんだが…… 野盗やらなんやらが出てこんとは限らないしな」」
弓使い「……仕方ありませんね。それが貴方の自衛手段というのなら我慢するとしましょう」
エルフ「……はぁい」
男 「あー…… とりあえずは街道を通ってさっさと西まで行っちまおう」
エルフ「街道は人が多いので素性がばれる危険性が……」
弓使い「まぁ、彼がいてくれますので人間とのかかわりは基本彼に任せればいいでしょう」
エルフ「……そうですね。目的地はまだまだ先ですから、わざわざ歩きにくい道を通ることもないですね」
男 「……じゃあ改めて出発ということで」
弓使い「はい、ですが妙な素振りを見せれば……」
男 「わかってるよ、俺の今の仕事はアンタらを西まで送り届けること。それだけさ」
―――――
―――
―
弓使い「――――とは言ったものの、想定より人の往来が多いですね」
エルフ「……ばれませんよね?」
男 「この国は現王になってから規制が緩くなったからか兎に角人が多いし、殊更妙な素振りを見せなきゃ大丈夫だろ」
弓使い「入れ替わりが激しいですね、人間の国は。簡単に出来て、簡単に滅びて、常に戦って、常に争って……」
男 「…………」
弓使い「本当に愚かです」
男 「……まぁ、この国はそうはならないと思うが」
弓使い「あら、どうしてそんな言葉が出てくるんですか?」
男 「ここの王様は、そういうことを無くしていこうとしてる人だからな」
弓使い「ではお聞かせください。その王が建国した際、争いはなかったのですか?」
男 「……いや、大勢の人々を虐げ奴隷にしていた屑みたいな奴らと戦ったよ。もっとも、士気の違いから戦ったというより一方的に攻撃してるだけだったような」
弓使い「結局は戦いの上に出来た国ではありませんか。根本的には何も変わっていません」
男 「耳が痛いな……」
男 「でも、王は自国を護るため以外には力を振るわないと決めたんだ」
弓使い「言うは易し、行うは難し……でしたか?そんな言葉が人間にあると聞いています」
男 「……聞くまでもないと思うが君、人間嫌い?」
弓使い「そうですね、ほんのわずかくらいなら個として信頼できる者もいるでしょうが……」
男 「全体としては?」
弓使い「積極的に関わりたいとは思えませんね」
男 「耳が痛いね。この国の人間なら兎も角、他国に行けば奴隷だの貴族だの言ってるいけ好かない奴が大勢いるからな」
弓使い「……どうも貴方は差別主義的な人間に大して何やら並々ならぬ感情をお持ちのようですが、どうしてです?」
男 「過度な干渉はしないんじゃなかったけか?まぁ、どうしても聞きたいってんなら話さないこともないが」
弓使い「……結構です」
男 「それがいいや、聞いても楽しい話じゃないしな」
弓使い「は?」
男 「ま、今の話は忘れた忘れた」
弓使い「……はぁ」
エルフ「…………」
女 「あら、随分若い方たちねぇ」
エルフ「えひゃあっ!?」
弓使い「ちょっと、大きな声出さないで」
女 「ごめんなさい、驚かせてしまったかしら?そうそう、貴方方はどちらに向かわれるんですの?私は王都に向かうのだけど」
男 「ああ、我々は西に向かってるんです」
女 「あら、西……?西って言えば隣の国のせいで最近物騒じゃなぁい?やめておいたほうがよろしくないかしら?」
男 「そうらしいですね。噂には聞いてます」
女 「知っているならどうして…… 大事な用事がお有りですの?」
男 「はは、周りからよく変わり者だって言われてます」
女 「まぁ、変わり者?確かに変わり者だわねぇ。 ……ってあら、貴方どこかで見たような顔してらっしゃるわ」
男 「私が?」
女 「そうよ、誰だったかしらねぇ?たしか……タカ、鷹の」
男 「人違いだと思いますよ?では、我々はこれで」
女 「え、ええ、道中お気をつけてね」
男 「こちらこそ、旅の無事をお祈りします」
エルフ「――――ふぅ~、ミャンマラスージィ……」
弓使い「……当面の問題は貴女ね。無理にとは言わないからできるだけ早く人間に慣れて頂戴」
男 「フードも被ってるんだし、そうそうわかるもんじゃないさ。さっきみたいに驚いたり変な行動をした方が余程怪しまれる」
エルフ「は~い……」
男 「ん……?」
隠 者「らっしぇー……」
男 「露天商か…… なんか買う?」
弓使い「いえ、結構です。人間の通貨の持ち合わせはあまりありませんので」
男 「いやいや、あんまりお高いもんは売ってなさそうだから俺が支払うよ」
弓使い「結構です」
エルフ「で、でも折角のご厚意を無駄にするのは……」
弓使い「露骨な点数稼ぎだと思うんだけど…… まぁ、いいでしょう」
エルフ「それじゃあ…… えっと、どんなのが売ってるのかな?」
弓使い「まだ近づいちゃ駄目よ。不審に思われるわ」
エルフ「じゃあ……どうするの?」
弓使い「まずは遠目から品物を確認するの」
男 (かえってあやしい気がする……)
弓使い「……あの、よろしいでしょうか?」
男 「うん、なに?」
弓使い「あそこで売っているのは主に何なんでしょう?」
男 「ああ、全部食いもんだな」
エルフ「じゃ、じゃあガウシュニニ…… えっと、獣の…肉ってありますか?」
男 「うん、あれとあれと……あれ、それとあの赤黒いのも」
弓使い「ところであの、ムッター…… リンゴのような赤いのは?」
男 「リンゴみたいって…… あれはリンゴそのものだろ」
エルフ「ええっ!?」
弓使い「エニシュア!……コホン、ちょっと大きな声出さないで」
エルフ「だ、だってリンゴってもっと黄色っぽいでしょ?あれは赤色じゃない!」
男 「へぇ、エルフのリンゴは青リンゴなのか?」
弓使い「……仰っている青リンゴと同じものかはわかりませんが、少なくとも我々のリンゴは赤色ではありませんね」
男 「じゃ、そのリンゴを買うとしよう」
エルフ「え?」
弓使い「……そうですね、味も違うのか気になりますし。お願いします」
男 「任されて~」
男 「―――よう、そのリンゴ3つくれ。あと牛の干し肉とその魚の燻製も」
隠 者「……先に金出しな」
男 「いくらだ?」
隠 者「ここに書いてある」
男 「あいよ……っと。ほれ、釣りはないはずだぜ」
隠 者「確かに。……しかしどうした鷹の目、女連れで旅路などとは。いずれは俺の手伝いをしてくれるんじゃなかったのか?」
男 「げ、よく見りゃアンタかよ」
隠 者「観察眼はまだまだのようだな。しかし、肌の色艶を見るに食うに困らん程度には猟師生活を送れているようだな」
男 「アンタの手伝いができるほどの腕になったかはわからんけどな。東の国のアレもアンタの成果だろ?」
隠 者「俺は手助けをしただけだ。彼らが自由を手に入れたのは彼ら自身の力さ」
男 「またまたご謙遜を…… で、今度はどこの国のツナギに行ってたんだよ?」
隠 者「北だ」
男 「北ってぇとあそこか、順調なのか?」
隠 者「事を起こすにはまだ早い、まだまだ慎重を期すべきだな」
男 「そうか、ところで西の方で最近何が起きてるとかわかるか?」
隠 者「そちらには別の者が行っている。最近のことは詳しくはわからん。噂程度でよければ聞くか?」
男 「噂か、一応聞かせてくれ」
隠 者「元々賊が大勢蔓延る国だったが、近頃はその数を増してきているらしい。定職に就けない奴が多いのが主な原因だそうだ」
隠 者「王政もうまく機能せず、一部の有力貴族共が何やら他国に攻め入っての物資強奪を計画しているなんてことを聞いた」
男 「政情不安って奴か。ちとマズいか……」
隠 者「その口ぶり、西に行くつもりか?」
男 「ああ、あの二人の西への旅路の護衛をしてるんだよ」
隠 者「そうか。もしかしたらお前の女かと思ったが、お前に女を二人も養う甲斐性はなかったな」
男 「うるせぇ、ほっとけ!……じゃあ、またな」
隠 者「ああ、あと西との国境警備にはニヤケ面がいる。よろしく言っといてくれ」
隠 者「――――ありあとやした~」
男 「お待たせ、これが俺たちのリンゴだ」
弓使い「……あの方と金銭のやり取り以外に何か話していたようですが?」
男 「まさかの昔の知り合いだったんでね。余計なことは喋ってないよ」
弓使い「本当ですか?」
男 「……気持ちはわかるがあんまりしつこく聞かれると終いにゃキレて本当に裏切るぞ?」
弓使い「それもそうですね。これからは目に余るとき以外は胸の内にしまっておきましょう。それにしても不思議なのはこの赤さですね」
エルフ「ねー、形はリンゴそっくりだけど色とあと、匂いも違うよ?甘くていい匂い……」
男 「まぁ、毒ってことはないし食べてみなよ。あぐっ……」
弓使い「……そうですね、では」
エルフ「……あむ」
エルフ「!?」
弓使い「!!」
男 「お、おい!どうした!?」
男 (しまった!人間にとっては無害でもエルフにとっちゃ猛毒だったのか!?)
男 「と、とにかく吐き出せ!な?吐き出せ!!」
エルフ「そんな、吐き出すなんてとんでもありません!」
男 「……はい?」
弓使い「ええ、その通りです。こんなに甘くて美味しいなんて……」
エルフ「今まで私たちが食べてきたリンゴは何だったの……?」
弓使い「リンゴは酸っぱさと瑞々しさを楽しむものだと思ってたのに…… 甘い、本当に甘い!」
男 「よ、喜んでいただけたようで何より……」
エルフ「こんなに甘いリンゴがあるなんて…… あむっ!」
弓使い「ん~~!」
男 (この子の笑顔なんて初めて見たよ……)
弓使い「…………」
男 「……な、なんだ?」
男 (物珍しげに見てたのが気に障ったか?)
弓使い「……あの」
男 「はい、なんでしょう?」
弓使い「あの、もう一個ずつ買ってもらっても……よろしいでしょうか?」
男 (――――あ、かわいい)
男 「いいよ、こんなものでいいならさ」
エルフ「いいんですか!?」
男 「いいですとも!」
男 「―――というわけだ、リンゴ全部くれ」
隠 者「早過ぎる再会だな…… まぁ、買ってくれるのなら無碍にはせんが」
男 「その口ぶり、本物の商売人みたいだぞ」
隠 者「そうか。それもまたよし」
男 「ところで北に行ってたって言ったよな?一つ聞いてもいいか?」
隠 者「なんだ?」
男 「……北にエルフの里はあったか?」
隠 者「さぁな、俺の知る限りではなかったと思う」
男 「そうか、ならいい。またな」
隠 者「林檎はもうないぞ」
隠 者「――――まいど~」
男 「ほい、お待たせ」
エルフ「フェリティトゥ~!!」
弓使い「ちょっと」
男 「出てる、出ちゃってるよ」
エルフ「あ……」
弓使い「……この旅を始めた時からずっとそうだけど、先が思い遣られるわ」
エルフ「だ、大丈夫よ!今のは偶々で……」
弓使い「……貴方に同行してもらったのは正解でした」
男 「苦労してんのね」
弓使い「確かにこの旅の目的に一番適しているのはあの子だったんですけど、ご承知の通りああいう子でして」
男 「悪い子じゃないんだろうけどね」
弓使い「どうにも、その、人間の言葉でいうと『アホの子』でして」
男 「わかる、わかるよ」
エルフ「非道い!」
男 「しかし何で女の子の二人旅?」
弓使い「この子が木々の想いを汲み取るのに長けているんです。動物くらいハッキリとした意志を持っているのなら私にもわかるのですが」
男 「ほほぅ」
弓使い「ですが、自分の身を守ることに関してはハッキリ言って普通以下なので私が護衛としてついているんです」
男 「いや、君とあの子、つまり女の子だけだろ?何で男がついていないのかなって話」
弓使い「男と女がいて間違いが起きないとは言えません。特にあの子はほら、隙が多いので」
男 「ああ……」
エルフ「ちょっと!なんで納得するんですか!」
男 「いや、それにしても別に女の子二人に男一人の三人旅でも問題なかったんじゃ?」
エルフ「無視しないでくださいよ!」
弓使い「男は里の守りの要ですから」
男 「でも、リスクを考えるなら」
弓使い「……捕まった時のリスクを考慮した結果です。三人も捕えられれば、里にとっては大きな痛手です」
男 「……つまり、二人までが里の外に出せる限界だと」
弓使い「ええ」
男 「それじゃまるで君たちは……」
弓使い「いいえ、私たちは志願してこの任に着きました。決して里に見捨てられたわけではありません」
男 「なるほど、色々と覚悟の上ってか」
弓使い「はい、ですが……」
男 「ああ、大丈夫だ。絶対に捕まるなんてことのないようにする」
弓使い「……威勢だけはいいですね。まぁ、口先ではなんとでも言えますから」
男 「手厳しいねぇ」
弓使い「……つい余計なことまで喋ってしまいました」
男 「君も少し隙が多いようだ」
弓使い「ええ、今後はより一層気を付けましょう」
男 「俺もできる限りのサポートはさせてもらうよ」
弓使い「やる気を出すのは構いませんが、余計なことまでしないでくださいね」
男 「へいへい」
エルフ「ねー、聞いてー!!」
弓使い「はいはい……」
―――
――
―
男 「――――旅路を急いでいたわけだが、どうがんばっても夜は来るわけだ」
エルフ「そうですね」
弓使い「がんばったところでどうにかなるものではないでしょう?」
男 「はははっと、これ以上夜道を進むのは危険だ。今日はここで野宿しようと思うんだが」
エルフ「わかりました!」
弓使い「その前に」
男 「なんだ?」
弓使い「今、私たちはどの辺りまで来ているのでしょうか?」
男 「おいおい、まさか地図も持たずに旅してたとか言うんじゃ」
エルフ「いえいえ!ちゃんと地図ありますよ、ほら!!」
男 「随分黄ばんでるな」
弓使い「やはりこの地図は貴方の話を聞く限りどうやら古いもののようですね。ですから、最新のものを見たいのです」
男 「ああ、そういうことならっと、暗くて見にくいがさっきの町がここだから…… まぁ、この辺か」
エルフ「えーと、私たちの地図で言うと……」
弓使い「なるほど、まだこの辺りですか…… ザワディトヤスムルルクフム」
エルフ「ポポル。アムシュティ?」
弓使い「デムデムヴァンドレイ」
エルフ「ナスィテ?」
弓使い「グアナームスララファナクヒムドルチェンパパムシアサーキーヒーロムカウカウフィーヤ」
エルフ「あう…… ケムナゴラルカッチャ、チターニ?」
弓使い「チターニ、チターニ」
エルフ「マシアラルカナンワリャリャシアセベフェリャーヌ」
弓使い「エテメティタートシャルシィナン」
男 (そこはかとなく疎外感……)
男 「……とりあえず火起こしでもしとくか」
エルフ「ありがとうございます。私たちが喋ってる間に火まで起こしていただいて」
男 「……やることなかったし、必要なことだしな」
エルフ「そうだ、火の番を決めましょう!」
男 「ああ、それなら今夜は俺がやるよ。で、明日は君たちのどっちか、明後日は俺。こういう感じで」
エルフ「そんなの駄目ですよ!それじゃ人間さんのお疲れが溜まるじゃないですか!私たちもちゃんと一日ずつやりますよ!」
男 「いや、でもなぁ……」
弓使い「私もその意見には賛同致しかねます」
男 「そう?」
弓使い「実際今日まで私とこの子で一日交代していたのですが、丸一日寝ないのはやはり堪えます。貴方と私とで半日交代というのは如何でしょう?」
男 「夜中に交代ってことか」
弓使い「はい、そういうことです」
男 「君がそれでいいってんなら俺もそれでいいけど」
エルフ「ちょっと待って、なんで私が入ってないの?」
弓使い「貴女、寝ずの番なのに結構うつらうつらしてたでしょ?ハッキリ言って頼りないの」
エルフ「あう!」
弓使い「という状況ですので、私と貴方の交代制ということでいきます」
男 「了解」
エルフ「……コホン、火の番も決まったことですし、食事にしませんか?」
男 「おう」
エルフ「あ、私たちは食事を持参してますけど人間さんは?」
男 「俺も持ってきてるから大丈夫だ。さっきの露天商からも少し買ったしな」
エルフ「そうですか、それならよかったです」
弓使い「……私たちの食料を分ける必要がありませんからね」
エルフ「もー……」
弓使い「さて、ではお先にいただきます」
男 「なにそれ?」
エルフ「えーっと…… 丸薬みたいなものですね」
男 「もしかしてそれがエルフの長寿の秘密だったり?」
弓使い「いえ、これとは関係ありません。ただの種族差です」
男 「やっぱりそうか。ま、それにしても夕飯がそれっぽっちで足りるのか?」
エルフ「人間さんからしたら足りないかもしれませんけど、私たちはこれだけで十分なんですよ」
男 「それも種族の違いかね……」
弓使い「それで……」
エルフ「人間さんはそれを食べるんですか?」
男 「うん、牛の干し肉」
エルフ「……そう、ですか」
男 「……もしかして気持ち悪いとか、嫌だったりするか?」
弓使い「……まぁ、その辺りは種族や文化の違いがありますので。大丈夫です、どうぞお食べ下さい」
エルフ「どうぞ……」
男 「……じゃあ、悪いけどいただきますっと」
男 (しかし、やっぱり気になるよな……)
弓使い「お気に、なさらず」
男 「いや、そうは言うけど……」
弓使い「そうそう、食べながらで失礼ですが火の番はどちらが先にやりましょうか?」
男 「そうだな、君が先に休んだ方がいいと思う。行方不明になったこの子をずっと探してたんだろ」
弓使い「では、私が先に休ませていただきます」
男 「そうしなさいそうしなさい」
―――
――
―
エルフ「んん…… んふ……」
男 「……大分使い込んでる毛布だな」
男 (――――にしてもだ)
弓使い「……すぅ、すぅ」
男 (俺を信用していないっていう割には結構無防備に寝てるし…… まぁ、結構疲れてるんだろうな)
弓使い「……くぅ」
男 (ナイフみたいなの握ってるし、ホントは寝ないで俺の動向を伺うつもりだったんかね?)
弓使い「う、うぅー……ん………… はっ!」
男 「おっ?」
弓使い「……もう、交代ですか?」
男 「いや、目安の木が燃え尽きるまでまだかかりそうだし、もうちょっと寝ててもいいよ」
弓使い「……そうですか。でも目も覚めてしまったことですし、もう交代してしまいませんか?」
男 「……わかった」
男 「じゃ、休ませてもらうよ」
弓使い「あら、どうして反対側に?」
男 「……あの子の隣で寝てちゃ、朝起きたときびっくりさせちまうと思ってな」
弓使い「なるほど、理解しました」
男 「まぁ、そういうことで」
弓使い「今日一日お疲れ様でした」
男 「おう……」
男 (う~む、感謝の言葉は口にしているものの、事務的な声色……)
弓使い「明日もお願いします」
男 「ん、任されて」
男 (この子も笑うとかわいいんだけどなぁ……)
弓使い「なにか?」
男 「なんでもないよ、おやすみ~」
弓使い「はぁ…… オヤスミ?」
男 「?」
―――――
―――
―
弓使い「朝です。起きてください」
男 「ん、あ、ああ…… おはよう」
弓使い「オハヨウゴザイマス」
エルフ「……オハヨウ?」
男 「ん、人間の朝の挨拶だよ」
エルフ「朝の挨拶…… ああ、そういえば先生に教えてもらいました」
弓使い「人間の交流の初歩よ、忘れてどうするの」
エルフ「……ごめんなさい」
男 「でも、君だって『おやすみ』は忘れてただろ?」
弓使い「それなんですが、どういう意味の言葉なのでしょうか?」
男 「へ?知らないの?」
エルフ「私も知りません」
男 「……異文化交流というやつか」
男 「えー、おはよう、こんにちは、こんばんは、は知ってる?」
エルフ「こんばんは、以外は」
男 「こんばんは以外?」
弓使い「だいぶ前に聞いたような覚えはありますが……」
エルフ「今回旅に出るにあたってもう一度先生から基本会話を習ったんですけど……」
弓使い「こんばんは、は聞いたかしら?」
男 「こんばんは、は夜の挨拶」
エルフ「そうなんですね。ああ、でも大分前に教えてもらったような気はします」
弓使い「道理で。夜は野宿などで人間と交流する機会はないとの判断から履修してませんね……」
男 「ああ、だからおやすみも知らなかったのか」
エルフ「ちなみに?」
男 「おやすみ、は寝る前の挨拶」
エルフ「なるほど…… ふむふむ」
弓使い「……講義も終わったところで朝食にしましょうか」
男 「おう」
男 「――――で、またその丸薬だけ?」
エルフ「ええ」
弓使い「お構いなく」
男 (……お構いなく、なんてよく知ってるよな。人間の言葉ン中でも微妙な部類だと思うんだが)
男 「……ま、これも食べなよ、っと」
エルフ「わっ、ちょ、ちょっと!」
弓使い「急に物を投げないでください…… あら?」
エルフ「リンゴ……」
弓使い「まだ残ってたんですか?」
男 「……安かったから、つい買い占めちまった」
エルフ「……いただいてもいいんですか?」
男 「どうぞどうぞ」
エルフ「ありがとうございます!」
弓使い「……ありがとうございます」
男 「レムルストゥニ」
男 「――――っと、腹も膨れた所で出発するとしようか」
弓使い「そうですね、あまりのんびりとしているわけにもいきません」
男 「そういや西に向かうとは言ってたが、西の森ってのはどの辺りのことだ?」
エルフ「え?」
男 「実は西に向かうとしか聞いていない」
弓使い「ああ、そういえば言ってませんでしたね」
エルフ「ワリャリャシアに行くんです」
男 「なに?わりゃりゃ?」
エルフ「えっと…… ごめんなさい、人間の国の地名とかはよく知らないんです」
弓使い「次から次へと新しい国が出てきては滅びて出てきては滅びての繰り返しですから」
男 「う~ん、地図でなら分かるか?ほら」
エルフ「ありがとうございます。えーっと……」
弓使い「ここ、ですね」
男 「やっぱり隣の国か……」
弓使い「何か問題が?」
男 「ああ」
エルフ「お隣とは仲がお悪いとか?」
男 「仲は…… 悪いかな?」
エルフ「そうですか」
弓使い「しかし仲が悪いだけが理由ではないでしょう?その隣国へ行くことは禁じられているのですか?それ以前に国を出てはならないとか」
男 「いや、国王はそういうのを固く取り締まるような人じゃない」
弓使い「……この国の王について何か知っておいでのようですが」
男 「国王は奴隷の出だからな。人を縛るのも人に縛られるのも嫌いなんだよ」
エルフ「それじゃあ…… お隣に問題があるってことですか」
弓使い「そういえば昨日の女性も最近隣国が物騒だと」
男 「隣国は今治安が悪いらしくてな…… 物取りや野盗が増えているらしい」
弓使い「今は、ということは、元々治安はよかったのですか?」
男 「ああ、何年か前まではな。まぁ、貴族だ賤民だのくだらないことにこだわる連中の多いいけ好かない国だが」
エルフ「何かあったんですか?」
男 「飢饉が起きたそうだ。その後も不作やら何やらで国の蓄えがあまり無いらしい」
エルフ「それで困った人たちが野盗になったりしていると……」
男 「噂じゃ他国に攻め込んで物資を奪おうと企んでいるとか」
エルフ「あまりよろしくないお国ですね」
男 「だな。そもそもこの国の革命の混乱に乗じて領地を拡大せんとしていたって噂もあるような国さ」
エルフ「そうなんですか」
男 「もっとも革命は一ヶ月もしないうちに成功して混乱もすぐに治まったから首を突っ込む隙なんてなかったが」
弓使い「……やはり人間は争いをやめることはできないのですね」
男 「そうじゃないと思いたいがねぇ……」
弓使い「思うだけなら簡単ですよ」
男 「……とにかく君らの言うまで行くのはちと骨が折れるかもしれない」
弓使い「……骨が折れようと、西の森の調査は私たちにとって急務です」
エルフ「行くしかないんです……!」
男 「ですよなー…… 少し遠回りになるが山から国境を越えるルートで行く」
エルフ「そのまま関所を通るのは難しいですよね」
弓使い「難しいどころの話じゃないわよ」
男 「まぁ、確か守備隊にはニヤケ面がいるっていうからソイツに話せば通れるかもだが念には念をだ。それに……」
エルフ「それに……?」
男 「関所を通れば野盗共に『新鮮な獲物が入りましたよー』って教えるようなもんだからな」
エルフ「そんな、関所というからには向こうの国にも番兵がいるんでしょう?」
男 「いるだろうけど、今のあっちの国の台所事情を聞く限りじゃ野党と裏でつながっておこぼれをもらってる可能性もある。関所はマズいだろう」
弓使い「それで密入国というわけですか」
男 「君たちがエルフって時点である種の密入国状態だけどな」
エルフ「あはは…… そですね」
弓使い「しょうがないじゃないですか。関所なんて通れるはずもありませんから」
男 「まぁ、うちの国はその辺も割と寛容だから周辺国から亡命してくる人も多い。その中に金持ちが多かったってのも野盗が増えた理由かもな」
弓使い「国を捨てた人間、国を超えてきた人間諸共に襲っているということですか」
男 「ああ、だからできる限り野盗に俺たちが侵入したことがバレないようにしたいんだ……」
弓使い「了解しました。では、そろそろここを発ちましょう」
エルフ「あの、ちなみにニヤケヅラって?」
男 「昔からの知り合い」
―――――
―――
―
男 「っと…… そろそろお昼時だけどどこか影のところで飯も兼ねて休むかい?」
エルフ「オヒルドキ……?ああ、お昼のご飯の時間ですね」
男 「あー…… もしかしてエルフって一日二食?」
弓使い「ええ、朝夕の二回だけですね」
男 「そっかー、昨日も食べてなかったしやっぱりそうなんだ。喰い損ねたわけじゃないのね」
エルフ「えーっと、人間は一日三食なんですか?」
男 「普通の人はね」
エルフ「それなら私たちは気にせず食べちゃってください。生活のリズムはなるべく崩さない方がいいですから」
男 「うわー、耳が痛いわー」
弓使い「つまり、不規則な生活をしていらっしゃると」
男 「今の生業が猟師なもんでね。飯も食わずに駆けずり回ったりとかしてまして……」
弓使い「獲物…… 動物を追いかけているのですか?」
男 「あー、うん…… すまん」
弓使い「別に謝っていただく必要はありません。それが人間の食文化なのでしょう?」
男 「いや、でも嫌な思いさせちまったわけだし……」
弓使い「ですから……」
エルフ「も、もうその話はいいですから!私たちのことはお気になさらず人間さんはご飯食べちゃってください」
男 「ありがとね。でも、君らが食べないんなら俺も食べない」
エルフ「でも……」
男 「いや、食料も大量にあるわけじゃなし節約しないとな。ま、いざとなりゃ一日一食でも十分すぎるくらいだしね」
弓使い「一日一食で十分、は言い過ぎではありませんか?」
男 「いやいや、昔は一日に一食が基本だったからそういうのには慣れてるんだ」
弓使い「昔は、ですか。一体どんな生活をされていたんですか?」
エルフ「あ、私も聞きたいです」
男 「楽しくもない話だ、忘れてくれ」
エルフ「え?でも……」
男 「気が滅入る話だから、またいずれな」
弓使い「……わかりました」
―――――
―――
―
男 「……今夜はここで野宿だな」
弓使い「そうですね、もうすぐ日も落ちます」
エルフ「今日はどれくらい進んだんでしょうか?」
男 「地図で言うとこの辺りかな?で、ここが昨日野宿した場所」
エルフ「ぜ、全然進んでない……」
弓使い「そうね…… もっと速さを上げられますか?」
男 「俺は日頃歩き回ってるから大丈夫だけど問題は君らだ。いけるか?」
弓使い「私は大丈夫です」
エルフ「もっと速くかぁ……」
弓使い「……いけるわよね?」
エルフ「なにをおっしゃいますやら! ……いけますとも」
弓使い「だったらちゃんとこっち見なさい」
男 「まぁ、無理はしない程度に進行速度を上げるということで」
男 「それじゃ、寝床づくりと火の準備を……」
弓使い「寝床は私たちでやります。貴方は火起こしを」
男 「了解だ」
エルフ「それにしても地面が整ってることが多いですよね。小石とか枝とかもあんまり落ちてないですし」
弓使い「街道沿いだからでしょ?さっきこの人間が言っていたようにこの街道を多くの旅人や商人が行き交うみたいだから」
男 「そゆことそゆこと」
エルフ「へー、ありがたいことですね。手間が省けますし」
弓使い「今までは寝床を作るだけでもひと苦労だったしね」
男 「まぁ、人目につかないってことは人が通らない場所ってことだし、その辺はしょうがないところだろ」
エルフ「そうなんですよ…… あーあ、ずっとこんな感じが続けばいいのに」
弓使い「無駄口叩いてないで手を動かしなさい」
エルフ「はーい……」
男 (種族は違えど似てるところは結構あるんだな……)
弓使い「火はどうなっていますか?」
男 「まだだよ」
―――
――
―
男 「……さてと」
エルフ「……すぅ」
弓使い「すぅ……」
男 (起こすのはかわいそうかな…… だが、今後のことを考えれば消耗はできる限り抑えたい)
弓使い「んぅ…… んんっ!」
男 「お、起きた」
弓使い「……旅が始まってからこの睡眠時間が身に染みてきていますので」
男 「慣れか」
弓使い「慣れですね」
男 「ちなみにこっちの子は?」
エルフ「スヤァ…」
弓使い「慣れてませんね。おかげでこちらが難儀します」
男 「だろうな。じゃ、悪いけどおやすみ――――」
―――――
―――
―
弓使い「…………」
男 「――――誰だ!?」
弓使い「っと、お目覚めのようですね」
男 「……って、そうだ。君らと旅してたんだ」
弓使い「刃物はしまっておいてくださいね」
男 「申し訳ない……」
弓使い「いえ、いざというときには即座に対応していただけそうではあるとわかりましたので」
エルフ「むにゃ……」
弓使い「貴女は早く起きな、さいっ!」
エルフ「うにゃっ!?」
男 「おーう、過激ぃ」
弓使い「はい?」
男 「イイエナンデモアリマセン」
―――
――
―
男 「さて、今日はこの先にある町に寄って行くとしようか」
弓使い「……昨日の話をもうお忘れですか?」
男 「いや、でも君らが寝てる時に使ってる毛布もうボロボロだろ?新しいのにしないと……」
弓使い「まぁ、それは確かに…… ですが」
男 「金の心配なら要らないぜ?使い道なかったからぼちぼち貯まってるんだ」
弓使い「しかし、あまりご迷惑をおかけするわけにはいきません」
男 「だったらこの旅が終わった時に必要経費とか請求するよ。それでいいだろ?」
弓使い「……言い方が悪かったでしょうか?うまく伝わっていないようですね」
男 「うん?」
弓使い「恩の押し売りをされたくないと言っているのです」
エルフ「ちょっ、ちょっと!」
男 「……そういうつもりじゃなかったんだけどな」
弓使い「貴方は私たちのことを知ってしまった。本来なら口封じをするところでしたが、その代わりとして旅に同行させているのです」
男 「そうだな」
弓使い「ですから、貴方は私たちの旅を滞りなく進めることだけをしていただければ結構です」
男 「馴れ合いは必要ない、と?」
弓使い「そういうことです」
男 「なるほど、じゃあ町に着いたら絶対買い物するぞ」
弓使い「……はい?」
男 「君らの使ってる毛布はボロボロになるまで使い込んでて不衛生だ。そんなもんいつまでも使ってたら健康を害する可能性が高い」
弓使い「はい?」
男 「旅を滞りなく終わらせることだけを考えろって言ったよな?今言ったことは円滑な旅の妨げになる。買い物するぞ」
弓使い「そんな屁理屈捏ねないでください!」
男 「滞りなくーって言ったのはそっちだろうが!それに昔世話になったエルフには何一つ恩返しできなかったんだ、その代わりだと思って受け取ってくれよ!」
弓使い「……わかりました。頑固な人間ですね、貴方」
男 「君も大概意地っ張りだよな」
エルフ「えーと、街で買い物するってことでいいんですよね?でも、それってそもそも人目に晒されて危ないんじゃ……」
男 ・弓使い「「あ」」
―――――
―――
―
エルフ「……人がたくさんいますねぇ」
弓使い「看板曰く<最西端の町>ですか」
男 「文字通り最先端の町だ。こっから国境までは村とか集落ばっかりになる」
弓使い「……だからここで必要なものを買い揃えていくべきだ、と」
男 「そゆことよ」
エルフ「……ばれないでしょうか?」
男 「大丈夫だよ。国境いから一番近い町だけあっていろんな奴がいるし」
男 (……まぁ、この国の中なら最悪バレてもなんとかなる気もするが。東の国も大丈夫かな?)
弓使い「……滞りなくどころか旅はあえなく失敗、なんてちっとも笑えませんよ?」
男 「大丈夫だって。これくらいは『滞りなく』の許容範囲だよ」
弓使い「そういうことにしておきます」
エルフ「それじゃあお願いしますね」
男 「おう、まずは布を扱ってるところだな」
―――
――
―
男 「――――毛布はこれでいいかな?質実剛健、但し遊び心は一欠けらもない」
エルフ「丈夫そうですね」
弓使い「機能性の方が重要ですので、これで構いません」
男 「よし、じゃあコイツを2枚お買い上げっと」
エルフ「……羊の毛ですよね、これ?」
弓使い「凄い……」
男 「……何が?」
エルフ「1枚編むのも結構時間かかるんですが、それをこれだけの数用意してるなんて……」
男 「確か紡績機とかいうものが出来て、それのおかげで生産効率が向上したとか聞いてる」
弓使い「ボウセキキ……?」
エルフ「聞いたことないです。どういうものなんです?」
男 「よくわかんないけどそれが結構便利らしくて服なんかもほら、いっぱいある」
エルフ「わぁー……」
弓使い「ボウセキキ…… どんなものなのか気になりますね」
男 「あと、足踏織機なんてのもあったかな?」
エルフ「アシブミオリキ?何を足で踏むんですか、それ?」
男 「えーと、紡績機が糸をつくるやつで…… 足踏織機は布をつくるんだっけか?」
弓使い「私に聞かないでください」
男 「じゃあ店主に聞く?」
弓使い「不要です。人間との接触は必要に迫られたときだけにしたいので」
男 「うーい」
エルフ「それにしてもすごいですね…… 凝った柄物なんて早くても三月に1枚しかできないのに」
弓使い「私もそう思う。人間の技術はすごいわね……」
エルフ「……ねぇ、あっちの方も見に行きません?」
男 「俺は別にかまわないけど?」
弓使い「……貴女も昨日の話を忘れたの?遅れを少しでも取り戻さなくちゃいけないの」
エルフ「でも、折角だし……」
弓使い「貴女ねぇ……」
男 「……先、急ごうか?」
弓使い「はい、行きましょう」
エルフ「ちょ、ちょっと!ちょっとだけだから!!」
弓使い「くどいわよ」
エルフ「でもほら!服は私たちが着るだけじゃなくて里に持って帰ってからも使えるでしょ?」
弓使い「……それはそうだけど」
エルフ「それにこれ見てよ!なんかフリフリしててかわいいじゃない!あとこっちも!」
弓使い「う……」
エルフ「ね、少しだけ。少し見ていくだけだから」
弓使い「…………」
男 (あー、呆れて声も出ないと)
エルフ「……やっぱりダメ?」
弓使い「……少しだけよ」
男 (折れるんかーい)
エルフ「ありがと!」
―――
――
―
エルフ「ああ、これもかわいい!里にはこんな飾りがついたのなんてないし、着てみたいな~」
弓使い「あまりはしゃがないでよ?」
男 「大丈夫だよ。ここなら女の子が騒いでても不思議じゃないし」
弓使い「はい?」
男 「ほら、あそことか」
エルフ「あそこですか?」
幼 女「あ、これかわいいー!」
少 女「でもこれアンタにはまだ早いわね」
幼 女「えー!」
少 女「アンタにはこっちの方が似合うわよ」
幼 女「えー!子供っぽいからヤダ!!」
少 女「まだ子供のくせに何言ってんのよ」
弓使い「……そうみたいですね」
―――
――
―
男 (――――何で知ったんだっけ?女は服選びに時間をアホほどかけるって)
エルフ「これなんか似合うんじゃない?」
弓使い「デザインはいいけど旅には不向きだと思うわ」
エルフ「じゃーあ…… これ!」
弓使い「……それはちょっと、派手っていうか」
エルフ「じゃあどんなのがいいのよ」
弓使い「そうね…… これとか」
エルフ「あ、これもかわいい~!でもでも!貴女にはもっとこうあったかい色の方が似合うって!」
弓使い「そ、そう?私は合わないと思うけど……」
エルフ「じゃあ、聞いてみましょうか。ねぇ、この子にはどっちが似合うと思います?」
弓使い「ちょ、ちょっと!」
男 「おれ?そうだな、俺もあったかい色の方が似合うと思うよ」
エルフ「ほらみてみなさーい!」
男 (しかしペースを上げようって言ったのは誰なんだって話だよ……)
エルフ「あのー」
男 (っと、服選びに付き合うときは笑顔で苛立ちを見せちゃいけないんだっけか)
男 「なに?」
エルフ「この下着と同じところにあったこの布地の少ないものは何でしょう?」
男 「おうふ」
エルフ「はい?」
男 「あー、うん、それねぇ…… 俺に聞く?」
弓使い「貴方以外に誰に聞けと?」
男 「ですよなー…… 周りに誰もいないな?」
エルフ「はい、いらっしゃいませんけど」
男 「それは…… うん、それは女性限定の服で、コルスレ・ゴルジェと言いまして」
弓使い「初耳ですね。用途は?外見を飾りたてるための物でしょうか?」
男 「違います。ほら、あれだ、服の下に着ける奴で、胸を…… こう形よく見せるためだとか垂れないようにするだとか」
エルフ「……へ?」
男 「輪の部分に腕を通して、面積の広い部分を胸に当てて…… なんつーことを口走ってるんでしょうかね」
エルフ「あ、はい……」
弓使い「な、なるほど…… そういうものですか」
男 「君らの文化にはなかったもんなのね」
弓使い「……使ってみる?」
エルフ「そうね、そうしましょう」
男 「えーと、人によって大きさが違うらしいよ?」
弓使い「……なんですって?」
男 「いや、その、胸…… の大きさによって着けるべき大きさが」
弓使い「どこを見て仰っておられますか?」
エルフ「じゃあ、着回しできないんですね」
弓使い「ちょっと待って、少し聞き捨てならない」
エルフ「しょうがない、これはやめておきましょう」
弓使い「ねぇ、ちょっと」
男 (……サラシみたいなもんはエルフにもあるんだろうか?)
―――――
―――
―
弓使い「――――すいません、大分お待たせしてしまいました」
男 「ああ、俺は気にしてないよ。ただ……」
弓使い「ペースを上げるどころかさらに遅らせてしまいましたね……」
男 「まぁ、布屋に連れてったのは俺なんだし…… なんかすまん」
弓使い「いえ、大丈夫です…… あの子も大分喜んでるみたいだし」
エルフ「えへへ…… 人間の里にはいろんな布地があるんですねぇ」
弓使い「それに、私としたことがつい我を忘れてしまい……」
男 「結構買ったよなぁ…… まぁ、問題は俺の懐事情よりこの量をどうするかだな」
エルフ「ごめんなさい……」
弓使い「……すいません」
男 「えーと、すいません。預かり所ってあります?」
店 主「この通りの突き当りだよ」
男 「だそうだ。機能性重視の奴を選んで残りはそこに預けて行こう」
エルフ「いいんですか?」
男 「これだけのもん持って歩いていくなんざ正気の沙汰じゃないだろ?」
弓使い「正気の沙汰じゃ、な…い……?」
男 「あー、言い方が悪かったな。まあいいや、次は食料とかも見にいこうか」
弓使い「食料でしたらまだありますので結構です」
男 「いやいや、俺の分のこともあるのよ?」
弓使い「ああ、それは申し訳ございません」
男 「あと、想定より旅路が遅れてるんならその分の食料も補充しとかないといけないだろ?」
弓使い「その心配はご無用です。想定される日程以上の食糧を常備していますので」
エルフ「でも、水はいりますよね?」
男 「国境いは川になってるから西の国の分はそこで汲んでいく。そこに行くまでの分だけ買うとしよう」
エルフ「どれぐらいいりますか?」
男 「軽いもんじゃないけど絶対必要なもんだしなぁ…… はてさて、どんだけ買うとしようかねぇ」
弓使い「今の調子なら一日当たりこの小さい水筒の半分くらいですね」
男 「じゃ、それを基準に考えよう」
―――――
―――
―
男 「さーて、買い物も終わったし…… そろそろ行きますか」
エルフ「はい、行きましょう!」
男 「……あの子、大分はしゃいでらっしゃる?」
弓使い「ですね」
男 「服いっぱい買ったのが原因か」
弓使い「かわいい柄物や飾り付の服は里にはほとんどありませんから、余程楽しかったんでしょう」
男 「君も大分はしゃいでたしね」
弓使い「私はそのようなことはありません」
男 「店出るときも預かり屋に預けたときも君の方が名残惜しそうにしていたけど」
弓使い「気のせいです」
男 「君の名誉のためにそういうことにしておこう」
弓使い「その言い方は何ですか?見当違いも甚だしいですよ」
男 「はいはい」
エルフ「――――あの」
男 「うん?」
エルフ「やっぱり道中黙々と進むのって楽しくありませんよね?」
男 「概ね同意だ。ただ、この旅は道楽じゃないんだろう?」
弓使い「その通りです。私たちは使命のために行動していますので」
エルフ「でも、スウィルニフな人間さんと接触できたわけだし、いろいろとお話を聞きたくない?」
弓使い「スウィルニフ……?人間と馴れ馴れしくし過ぎた様ね。これ以上関わるのはやめなさい」
エルフ「え~、でも先生は生きた教材に学ぶことが一番だって言ってたよ?」
弓使い「それは……」
エルフ「『私が教えられる部分には限界があります。もし機会があれば直接人間から教わった方がよいですよ』って言ってたよね?」
弓使い「でも、これ以上過度な接触は……」
エルフ「折角のこの機会を逃したら、次はいつ機会が巡ってくるのよ」
弓使い「……わかった、わかったわよもう。でも、程々にしておきなさい」
エルフ「はーい」
男 (姉、ってのはああいう感じなのかね?)
エルフ「というわけで人間さん、いろいろとお聞きしてもよろしいですか?」
男 「いいよ、俺に答えられることなら」
エルフ「そうですね…… そうだ、人間さんは海、を見たことがありますか?」
男 「海…… ああ、何回か行ったな」
エルフ「やっぱりあれですか?海の水って塩辛いんですか?」
男 「うん、しょっぱかったな」
エルフ「そうなんですか!文献にはそう書いてあったんですが里にいる者たちには実際見聞きした者がいなくて」
弓使い「人間に海から遠いところまで追いやられてしまいましたので」
男 「……すまん」
弓使い「貴方に言ったところで詮無いことですので謝っていただかなくても結構です」
エルフ「それなら話の腰を折らないで!で、海って川や湖とは他にどう違うんですか?」
男 「そうだな、大きさはもちろんのこと…… 底に生えてた草もでかかったな」
エルフ「魚も大きいんですよね?」
男 「そうだな、ちっこいのもいるけど色鮮やかな奴がたくさんいて…… きれいだったな」
弓使い「色鮮やか…… ですか」
男 「うん、赤やら青やら黄色やら…… 岩の一部だと思ったら貝だったり、黒やら赤やらのヒトデ」
エルフ「ヒトデ?」
男 「ああ、ヒトデっていうのはなんつーのかな、こう、棘が五本こんな感じで引っ付いてるやつで……」
エルフ「あっ、それってミチャンですね!ほんとにいるんだ…… あ、それならクーンサフサ、棘だらけの生き物もいるんですか?」
男 「棘だらけ…… ウニ、のことかな?触るだけで痛そうな」
エルフ「それですよきっと!いやぁ、文献には載ってるんですけどホントにいるんですね。そんな摩訶不思議な生物」
男 「まぁ、確かに初めて見たときはわけがわからんかったな。アレに名前がついてることすら知らなかったし」
エルフ「まるで空想上の生き物ですよね?私てっきり著者がでっち上げたものだとばかり…… じゃあ、あれも真実?」
男 「あれ?」
エルフ「海を延々と進んでいくと、とても大きな島があるそうなんです。それこそ私たちが生きているこの世界のように」
男 「海の向こうに?世界と同じくらいの島が?」
エルフ「ええ、文献には島は一つだけでなくもっとあるそうです。全て把握できてはいないそうですが」
男 「もっとある?じゃあ、そこにも俺たち人間やエルフがいるのかな?」
エルフ「どうなんでしょうね?ひとつの島にはエルフや人間によく似た獣のような耳と尻尾が生えている生き物が暮らしていたそうですが」
男 「マジか!行ってみて―な、その島…… 言うなれば新世界か?」
弓使い「……興奮してるところ悪いけど、その記述が正しいかどうかは里でも論議されているでしょ?」
エルフ「えー?でも、ミチャンやクーンサフサがいたなら島だってあるでしょう?」
弓使い「一つ真実があったからと言って全てが真実に変わるわけでもないのよ」
エルフ「ひとつじゃないですー、ミチャンとクーンサフサのふたつですー」
弓使い「子どもみたいなこと言わないでよ」
男 「海…… また行ってみたくなったな。できるならその向こうにまで」
エルフ「ですよね!私も行ってみたいです!」
弓使い「まだ今回の調査も終わっていないのに、叶いもしない夢を語るのはやめなさい」
エルフ「叶わないとは決まってないわよ!」
弓使い「人間から隠れて生きることで精一杯な私たちの種族の事情を鑑みなさい。無理に決まっているでしょう?」
エルフ「う~」
弓使い「……でも、本当に島があるのなら、エルフがそこに逃れられるなら、自由に生きていけるのかもしれないわね」
男 「…………」
弓使い「さて、今はそれより身近な問題を解決します。ぼーっとしてないで、先をいぞぎましょう」
男 「ぼーっと突っ立ってたわけじゃないけどな。仰せのままに」
―――――
―――
―
男 「あれから数日、か」
エルフ「今どの辺りにいるんでしょう?」
男 「ちょっと待てよ…… っと、この辺」
弓使い「当初の予定よりもまだ遅れていますね」
男 「だからと言ってこれ以上歩調を上げても体に支障をきたすと思うな。ここらで折り合いをつけてみたらどうだ?」
弓使い「……そうですね、道半ばで倒れるようなことがあれば本末転倒ですし」
エルフ「ところで話は変わるけど、この柵さっきからずっと続いてますけど何なんでしょう?」
弓使い「話変わり過ぎよ」
男 「ああ、これは元貴族のやってる牧場だな。飼ってる動物が逃げ出さないようにするための柵だ」
エルフ「あ、ほんとだ。羊がいますね。見るの久し振り!」
弓使い「里以来ね。ところで、さっきの元貴族というのは?革命の時に貴族と呼ばれる人種は須らく抹殺されたのでは?」
男 「全部が全部殺されたわけじゃないさ。ここの主は革命以前から奴隷の扱いに異を唱えていた人で、革命の時にも奴隷側に協力してくれた高潔な人だ」
弓使い「……よければ、もう少し詳しくお聞かせ願えますか?」
男 「珍しいな?まぁ、いいけど。ここの主は奴隷も同じ人間だということで過酷な労働を強制したり、尊厳を奪うようなことはしなかった」
弓使い「しかし、それは少数派の意見だったのでは?そんな人間がどうして革命以前に貴族でいられたのでしょう?」
男 「良質な乳や肉とかを献上していたからだったような。主の牧場のそれは当時最高級品とされたぐらいだし」
弓使い「なるほど……」
男 「その良質な食材を提供できたのは主の下にいたエルフのおかげだった、とも聞いてる」
弓使い「そうでしたか、じゃあその主が例の……」
男 「例の?」
エルフ「あのぉ!この池って使ってもいいでしょうか!」
男 「あの子、何時の間に柵を…… 使うって何する気だ?」
エルフ「この頃歩き詰めなので足が火照ってまして!冷やしたいなぁと!」
男 「多分牛とか羊とかの飲み水だろうからあんまり汚さなきゃいいと思うが!」
エルフ「じゃあ布を浸して使います!」
男 「それなら多分大丈夫だろう!」
エルフ「わかりました!」
弓使い「……本当によろしいので?」
男 「多分ね。怒られたら怒られたできちんと謝れば許してくれると思うよ、ここの主なら」
弓使い「そうですか」
男 「ところで例の、って?」
弓使い「それは…… あら?」
男 「あら?ああ、あれか?」
弓使い「人間の子供ですね」
男 「そうだな」
弓使い「どこから来たんでしょう?」
男 「ここの主の子供じゃないかな?あそこの茂みで遊んでたんだろう」
弓使い「あ、あの子に気付いた」
男 「ああ、気付いたな」
弓使い「あの子の方は気付いてないようですね」
男 「なんだ、まるで助走をつけてるような……」
弓使い「……嫌な予感がします」
男 「あ、行った」
少 年「ど~ん!!」
エルフ「きゃぁあああっ!!?」
男 「あのガキ!」
エルフ「――――ぶはっ!ちょ、ちょっとなに!?なにがおきたの!?」
少 年「そこは俺の縄張りだ!勝手に使った奴にはセーサイだ!!」
エルフ「そ、そうでしたか!それは大変なご無礼を!」
男 「悪いな、少年。勝手にお気に入りの場所を使っちまって」
少 年「ん?誰だお前?」
男 「この子の連れさ」
少 年「そうか!ならお前にもセーサイだ!」
男 「っと、だからって蹴っ飛ばしてもいいってわけじゃないだろ?」
少 年「わっ、ちょっ、おろせ!おろせよ!!」
弓使い「……まったく、何してるのよ。捕まって」
エルフ「ありがとう…… うう、ずぶ濡れ……」
少 年「くそっ!はなせ!はーなーせーっ!!」
男 「わかったわかった。降ろしてやるから今後はいきなり暴力じゃなくてちゃんと話をするんだぞ」
少 年「わかった!今度からそーするよ!」
男 「ほんとだな?じゃあ、降ろすぞ」
少 年「ありがと…… からの!」
男 「ひらり」
少 年「うわっ!?」
男 「おっと危ない、池に落ちるところだったな」
少 年「た、助かった…… ありがとう」
男 「ありがとうだぁ~?約束を早速破りやがって!」
少 年「うわぁ!?ご、ごめん!ごめんよぉ!!」
男 「本当に反省してるのか?おい」
母 親「何を騒いでるの~?……あら?」
少 年「ゲッ、かーちゃん……」
母 親「あらあらあら?」
男 (子どもならともかく母親に連れがエルフだってバレるのは少々マズいか?)
母 親「どうもウチの子が旅の方々にご迷惑をおかけしたみたいで…… 申し訳ありません」
男 「ああ、いえ、こちらが勝手にお宅の私有地の池を使っていたことの方が悪いことでして」
母 親「ちょっとウチの子渡してくださいます?」
男 「あ、はい」
少 年「や~め~ろ~!たすけろー!!」
母 親「何が助けろよ!」
少 年「い゛た゛ぁっ!?」
男 (おーう、ケツにいいのが一発入った)
母 親「アンタまた旅の人に迷惑かけたんだね!!おやめって何回も言ったでしょ!!」
少 年「だ、だってコイツがあだぁっ!」
母 親「だってもあさってもあるもんですか!全くアンタはほんとにもう!!」
少 年「っっ!?ごめっ、ごめんよ母ちゃったぁい!!」
母 親「私に謝ってどうすんの!この人たちにごめんなさいするんだよ!」
少 年「ごめんなさい、ごめんなさぁーい!!」
男 「おーう、過激ぃ」
―――
――
―
少 年「……ってぇーな、クソ」
母 親「こら」
少 年「……申し訳ありませんでした」
母 親「すいません旅の方々、うちのバカ息子が……」
男 「い、いえ、大丈夫です」
母 親「お詫びと言っては何ですが辺りも暗くなり始めた事ですし、我が家でおもてなしをさせていただけませんか?」
弓使い「いえ、それには及びません」
男 「非があるのは勝手にお宅の私有地に入ったこちらです。申し訳ありませんでした」
母親「ですがバカ息子のせいでお連れ様が濡れてしまったご様子。ここの池の水は冷たいですから風邪でもひかれては大変ですよ」
エルフ「……いえ、そんなことは、はっ、へっくち!」
母親「ここにはお湯を沸かす設備もございます。どうかお詫びをさせてはいただけませんか?」
男 「うーむ……」
男 (ご厚意を無下にするわけにもいかんが、彼女たちがエルフと知られるのはまずいよな……)
弓使い「……わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」
男 「え゛?」
母 親「そうですか!ではこちらへ…… ほら、ご案内して」
少 年「わかったよ…… どうぞ、ぼくについて来てください」
男 「……いいのか?」
弓使い「……この方ならきっと大丈夫です」
男 「何を根拠に?」
弓使い「直感ですね。本質を捉える才があると仲間内でも言われておりましたので」
男 「そですか」
弓使い「最初に出会ったときの貴方よりは信用できます」
男 「マジすか」
弓使い「それに奴隷の扱いに異を唱えていた御仁の伴侶であられるならば、悪い方には転ばないでしょう」
男 「さいですな」
エルフ「……へっくち」
弓使い「さぁ、行きましょう。このままじゃホントにこの子が風邪をひいてしまいます」
男 (――――で、こうして御相伴に与ることになったわけだが)
父 親「すみません、お客人に配膳を手伝わせてしまいまして……」
男 「いえ、本当なら叱責を受けるべきところをこのような歓待をしていただけるのです。これぐらいは喜んで手伝わせていただきます」
少 年「だよな!だから俺はやらなくてもいいだろ?」
父 親「……ん?」
少 年「やらせていただきます!」
男 「ははは……」
父 親「すいません、厳しく育てているつもりなのですがどうにも生意気な子でして」
男 「元気があっていいと思いますよ。……それにしても多いですね?」
父 親「我が家では可能な限り家族揃って食事をとることにしているんですよ。それでこれだけの数に」
男 「これだけの数のご家族…… すごいですね」
父 親「家族というのは彼らのことも含めてですよ」
農 夫「旦那様、いつもありがとうございます」
牧 童「うちの班はこれで全員です。残りはあとで交代します」
父 親「うん、みんなお疲れ様。もうすぐ家内たちから声がかかると思う」
母 親「あなた~、みんな~、できたわよ」
父 親「ほら、やっぱりね。今行くよ」
少 年「はーい」
牧 童「今日はなんだったっけ?」
農 夫「シチューだったと思う」
婦 人「その通りだよ。あんたたちはこれを持ってって」
少 年「おっ、肉だ!」
母 親「これはお客さんに出すの。あなたの分じゃないの」
少 年「え~、マジ?」
母 親「そういう口のきき方をしないの」
少 年「へいへい」
母 親「こら!」
男 「……少し、羨ましいかな」
エルフ「ありがとうございました」
男 「お、出てきた」
母 親「お湯加減いかがでしたかしら?」
エルフ「いいお湯加減でした。おかげさまで暖まりました」
弓使い「私まで使わせていただいて…… ありがとうございました」
男 (部屋の中でも帽子、か…… かぶりっぱなしで何か言われなきゃいいが)
エルフ「あ、こちらは夕食ですか?」
農 婦「そうですよ。腕によりをかけてつくらせていただきました」
弓使い「そんな、夕食までいただけるなんて…… 本当にありがとうございます」
母 親「いえいえ、私が好きでやっていることですから」
父 親「妻は人をもてなすのが趣味みたいなものでしてね。ここを訪れた方は皆捕まえてしまうんですよ」
少 年「野盗がここに押し入ってきた時もそれに気付かずもてなそうとするんだもんなー」
母 親「ちょっと、そんなことは言わなくていいの!」
男 「はは、そうなんですか」
婦 人「で、奥様のもてなしに感動して野盗から足を洗ったのがあそこの人たちなの」
元野党「「「「「「「「どうも~」」」」」」」」
男 「わーお」
―――
――
―
父 親「――――さて、それでは」
一 同『『『『『『『『『『いただきます』』』』』』』』』』
エルフ「あの、これって……」
男 「うん、獣。牛の肉だな」
弓使い「やはり……」
男 「俺も食べないようにするから、そういう文化の人間として振る舞えばいいんじゃないか?」
農 夫「旦那様、お客人の前ですがよろしいでしょうか?」
父 親「う、む。そうだな、どうしたものか……」
男 「大事なお話なら席を外させていただきますが?」
父 親「いえ、普段は食事の時に農場や牧場の様子を話していましてな。貴方方さえよければそのままお食事を続けていただいて」
弓使い「私たちはかまいませんが、本当にお聞きしてしまってもよろしいのでしょうか?」
父 親「ええ、構いませんとも。というわけだ、手短に頼む」
農 夫「はい、うちの班の担当区分は特に問題なかったです」
牧 童「同じく」
元野盗「うちのとこはマサヨの乳の出が悪くなってきたんで、出荷数に影響が出てくるかと」
太っちょ「うちはハナコが妊娠したみたいでさぁ」
労働者「うちの班は問題ありません」
父 親「んんっ!特に問題のないところは今日は言わなくてもいい。何かあったところだけ挙手してもらえれば」
父 親「……ないようだな。みんな、今日も一日ありがとう」
一 同『『『『『『いえいえ』』』』』』
父 親「お騒がせしました」
エルフ「いえいえ、そんなことは」
母 親「どうかしら?お口に合いますかしら?」
弓使い「はい、大変おいしくいただいております」
母 親「よかったわ、旅の方って時々ここと食文化が違うこともあったりして……」
男 「……実は我々、獣の肉はちょっと」
母 親「あ、あら?そうでしたの!ごめんなさい、お作りする前にお聞きするのを失念しておりましたわ」
エルフ「申し訳ありません、折角作っていただいたのに」
母 親「いえいえ、謝るのはこちらの方です。すぐに下げさせますわね」
少 年「おねーちゃん、肉食べないんなら俺にくれよ」
エルフ「え?えーと…… よろしいですか?」
少 年「いいだろかーちゃん」
母 親「……んもぅ、ちゃんと野菜も食べるんだったら食べていいわよ」
少 年「じゃ、いっただっきまーっす!」
エルフ「はい、どーぞ」
少 年「あんっ、んぐんぐんむ…… なぁ、おねーちゃん」
エルフ「はい?」
少 年「部屋ン中で帽子は変だぜ、とっちまいなよ!」
エルフ「あっ!?」
男 「なっ!?」
少 年「うわ、おねーちゃんの耳なげーな!」
男 (そうきたかー!?)
エルフ「あは、あははは……」
父 親「――――少し、よろしいですかな?」
男 「はい、なんでしょう?」
男 (圧が半端ないな、主だけじゃなく他の連中も睨んできやがる…… ん?何だアイツ)
父 親「……貴方方の御関係は?」
男 「旅の同行者です」
父 親「本当に?」
エルフ「は、はい!本当です!」
父 親「彼は奴隷商ではない、と?」
弓使い「ええ、その通りです」
婦 人「本当にそうなんですか?もしそうじゃないのなら旦那様に」
農 夫「旦那様はお優しい方です。革命以前から私たちを普通の人として扱ってくださいました」
男 「存じております、主殿が奴隷解放のため革命に大いにご協力されたことを。あの時は本当にありがとうございました」
父 親「む、すると貴方は……」
男 「はい、私も元奴隷です。以前お会いした時はまだ幼く、当時の面影はもう残っていないとは思いますが」
父 親「面影…… もしや君は、あの『鷹の目』と呼ばれていた……」
男 「はい、そうです」
父 親「いや、これは大変失礼なことをしました。申し訳ありません、貴方を奴隷商だと疑ってしまった」
男 「いえ、今この国でエルフを連れているとしたら表を歩けないような人間だと思うのは当然のことでしょう」
父 親「本当にすみません。……では、何故エルフのお嬢さんをお連れしているのですか?」
男 「それは……」
弓使い「それは私たちから説明させていただきます」
エルフ「私たちは里の長からの使命を受けて西の方へと調査に向かう途中なんです」
弓使い「その道中でこちらの方の御協力を頂けることとなり、こうして同行していただいているのです」
父 親「そうでしたか……」
弓使い「無用の混乱を避けようとしていたとはいえエルフの恩人に身分を偽っていたこと、深くお詫び申し上げます」
エルフ「申し訳ありませんでした」
父 親「エルフの恩人……?もしや、彼はあの後無事にエルフの里まで帰れたのですか?」
エルフ「はい、貴方のことをよく話してくれました。奴隷のために立ち上がった気高いスウィルニフの一人だったと」
父 親「そうでしたか!いやよかった、よかった……!」
―――
――
―
父 親「――――この土地は放牧に適しておりましてな。それを教えてくれたのも彼でした。感謝してもしきれません」
エルフ「彼も貴方に感謝していました。暗い闇の中しか知らなかった自分を光のあるところへ連れ出してくれたと。その恩に報いたかったとも」
父 親「そうでしたか…… 革命の後、助け出された大勢のエルフの護衛として共に帰っていったきりどうしているのかと思っていましたが、いや、よかった」
母 親「さぁ、どうぞ遠慮なくお食べになって」
男 「ああっと、すいません奥様、エルフは獣の肉は食べないそうなんです」
母 親「ええ?彼は食べていたけど……?」
弓使い「……きっと、言い出せなかったんだと思います。貴方方のやさしい微笑を見ていたら断ることが出来なかったんだと」
父 親「なんと…… 知らなかったとはいえ、私たちは何ということを」
母 親「ああ、何とお詫びをすればいいのか……」
エルフ「そんな、彼は貴方方にはとても感謝していました。気を病んでいただかなくても結構です」
少 年「……よーするに、俺が肉食ってもいいんだよな?」
弓使い「そうですね。はい、どうぞ」
母 親「アンタって子はほんとにもう……」
―――
――
―
父 親「――――おっと、すっかり話し込んでしまいましたな」
少 年「スゥ、スゥ……」
母 親「ごめんなさい、旅でお疲れのところをこんな遅くまで」
エルフ「いえ、とても有意義で楽しい時間でした」
父 親「そう言ってもらえるとありがたいです。さ、この方たちを部屋まで案内してくれ」
女 性「はい、ではこちらへどうぞ」
弓使い「いえ、それには及びま」
男 「ありがとうございます」
弓使い「ちょっと」
男 「こんな時間から歩くつもりか?折角の機会だ、ぐっすり眠らせてもらおう」
弓使い「……わかりました、ありがとうございます」
男 「ん。……ところでご主人」
父 親「はい、何でしょうか?」
男 「あそこにいる彼なんですが」
父 親「彼が何か?」
男 「彼はいつ頃からこちらに?」
父 親「革命が終わってからしばらくして…… だと記憶しています」
男 「そうですか……」
不審者「さ、ぼっちゃん。部屋に戻りましょう」
男 (……アイツだけ彼女らの正体がバレたときに俺だけでなく彼女たちも見ていた。まるで品定めするように)
男 「……ありがとうございました。今夜はお世話になります」
父 親「ん、ああ、どーぞ。ゆっくりとお休みください」
男 (気のせいかもしれんし、主殿にはまだお伝えしなくてもいいな…… っと)
男 「……すいません、俺もお風呂場を借りてもよろしいでしょうか?」
父 親「ああ、これは申し訳ありません。そういえば貴方はまだでしたな。おい、誰か!」
男 「あ、そこまでしていただかなくても結構です。汗さえ流せれば」
父 親「本当に申し訳ない……」
男 「いえいえ……」
―――――
―――
―
母 親「是非またお立ち寄りくださいね」
父 親「旅の無事を祈っております」
エルフ「ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
弓使い「お世話になりました」
男 「ありがとうございました。それでは……」
少 年「おねーちゃんたち、待って!」
エルフ「はい?」
少 年「はっ、はっ、はぁっ、これ!」
エルフ「これって、乾酪……?」
少 年「昔ここにいたエルフのーにーちゃんと同じ名前を付けた乾酪なんだって。これ、にーちゃんに渡してくれよ」
弓使い「……ごめんなさい、この旅はきっと長くなります。いくら乾酪でも里に帰るころには傷んでしまうかと」
少 年「じゃあさ、旅の帰り道にまたここに寄ってくれよ!なっ!いいだろ!」
弓使い「……はい、お約束します。きっとまたここに立ち寄らせていただきます」
少 年「約束だからな!絶対だからな!また来いよ~~~!!」
エルフ「――――いい人たちだったなぁ」
男 「そうだな」
弓使い「人間が皆、あの方たちのようであったならいいのですが……」
男 「ハハハ…… まぁ十人十色と言うし」
エルフ「ジュウニントイロ?」
男 「十人もいりゃ性格とか好みとかバラバラで全員同じってわけじゃない、十人いりゃ十人の考えがある。そんな意味の言葉だよ」
エルフ「へぇ~……」
弓使い「……でも、人間の本質は誰しもが同じ。変わらないのではないでしょうか?」
男 「はい?」
弓使い「あの方たちも飼っている動物をやがては殺して食べるのでしょう?」
男 「そうだけど…… 君らだって羊を飼ってるんだろ?羊の毛の布があるとか」
弓使い「ええ、私たちエルフも羊を飼ってはいます。ですがそれは毛を刈って布にしたりするためで殺したりはしません」
男 「……そうだな、俺たちは羊も殺して食べるもんな。でもな」
弓使い「でも?」
男 「俺たちは確かに動物を殺して食うために飼っている。だけど俺たちは動物にちゃんと感謝している。それが山の教えだ」
エルフ「感謝?」
男 「ああそうだ、無暗に殺しているわけじゃない。俺たちが生きていくためにその命をもらってるんだからな」
男 「君たちだって羊たちに毛をもらったり、乳を分けてもらったりすることに感謝しているだろ?それと同じだよ」
弓使い「生きるために…… ですか。わからないでもありません」
エルフ「ですけど……」
男 「…………」
弓使い「……貴方は確かリョウシ、という職ぎょ」
男 「悪い、後にしてくれ」
エルフ「どうしましたか?」
男 「今、牧場のところから鳩が出てきた。アレを捕まえなきゃならん」
エルフ「捕まえるって、どうしてです?」
男 「きっとあれは伝書鳩だ。昨日あの中で一人だけ君たちを品定めするように見ている奴がいた。恐らく奴隷商とつながっている」
弓使い「デンショバト、というのはわかりませんがつまりはあの鳩をプワカークにしようとしていることですね」
男 「ぷわ…?ああ、多分それだ。もしあの男がホントに奴隷商とつながってるんならあの鳩に君たちの正体と行方を知らせる文書を持たせてあることになる」
エルフ「それはすごく困りますね」
男 「ああ、だから君たちには悪いが撃ち落とす」
弓使い「そんな!動物は無暗に殺さないと仰ったではありませんか!」
男 「だからってこのまま見過ごしたら君たちはどうなる!」
エルフ「私に任せて!スゥゥゥゥゥ……」
男 「何を!?」
エルフ「―----――――――--------------―――――-----――――――ッッ!!」
男 (がぁぁっ!?なんだこの声耳がキーンって!?)
鳩 「 」
男 「んぁ?」
鳩 「 」
エルフ「 」
男 「ごめん、今ちょっと耳がキーンとしてて聞こえない」
エルフ「――――?―――すか?聞こえますかー?」
男 「うん、聞こえるようになってきた」
エルフ「ごめんなさい、人間さんの耳にはよくないみたいでした」
男 「いや、いいよ。多分それのおかげでハトがここにいるんだろうし」
鳩 「フォーホー、ホッホー」
男 「しかしどういうことだこれ」
弓使い「以前言っていなかったでしょうか?私たちは動物と意思の疎通が図れると」
男 「言ってた気がする。つまり、あの超高音で鳩を呼び寄せたと」
エルフ「結構高いところにいたのでよく聞こえるように大きな声を出したんです……」
男 「ん、まぁ、そんなことより手紙の有無だ。どれどれ……」
鳩 「フォッポー」
男 「あったあった、と。さて、その気になる内容とは?」
エルフ「内容とは?」
男 「……暗号ですな」
弓使い「他の誰かに迂闊に読まれては困る内容、ということですね」
男 「――――う~む」
エルフ「悩んでおられますね~」
鳩 「フォーホー、ホッホー」
弓使い「でも、そろそろみたいよ」
鳩 「クルッポー」
男 「……よし、こういうことか」
弓使い「解けましたか?」
エルフ「ごめんなさい。人間の文化とか習慣とかわからなくて、何もお手伝いできなくて」
男 「気にせんでいいよ。やっぱり想像を裏切ってはくれなかったか」
弓使い「ということはやはり」
男 「俺たちの行く先で待ち伏せるように、って内容だったよ」
弓使い「いかがなされますか?」
男 「とりあえずはこの文書を別の内容に差し替える。俺らと関係ないところに行ってもらうとしよう」
男 「そんで、今後のことを牧場の主に伝えてくる。あと、君たちにやってもらいたいことがあるんだが」
エルフ「はい?」
―――
――
―
父 親「ふむ…… むっ?」
父 親「……どうにも肩が凝ってしょうがない。肩の荷が下りないものか」
男 「……肩の荷よりも目の上のたんこぶが重たいのでは」
父 親「君か…… いや懐かしかったよ。革命以前、私たちは今の合言葉で情報のやり取りをしていた」
男 「覚えていて下さったようで何よりです」
父 親「忘れられるものかよ…… あの伝令から教わったのかね?」
男 「はい、こうして誰にも気取られず目的の場所へと潜り込む術も合わせて。いつか彼と共に事を成すべく」
父 親「なかなか見事だった。彼も鼻が高いことだろう…… さて、わざわざこんな方法をとったということは何かあったのだろう?」
男 「昨晩お聞きした男が関係していると思われることです」
父 親「穏やかではなさそうだな。エルフのお嬢さんたちのことかな?」
男 「はい、先刻この牧場から伝書鳩が飛び立ちました。その鳩を捕え確認したところ、エルフのことと待ち伏せするようにとの伝言が」
父 親「……なんと」
男 「恐らく以前ここにエルフがいたことや、革命前後の主の処遇などからエルフと繋がりがあると睨んで潜り込んでいたんでしょう」
父 親「うむ、どうするか……」
男 「エルフとなれば奴隷商に高く売れます。ならず者たちは必ず動くでしょう。そこを突きます」
父 親「偽の文書でお引き寄せる、ということだな。わかった、近隣の衛兵たちに連絡を取ろう」
男 「ありがとうございます。場所はこちらが指定してもよろしいでしょうか?」
父 親「ああ、万が一君たちが連中に出くわしては厄介だ」
男 「はい、場所は…… ここを指定しています」
父 親「了解した」
男 「あと、この鳩は彼女たちを通じて帰還する際はまず貴方の下に行くようにしてあります」
鳩 「フォッポー」
父 親「うむ、内通者が誰かは私の方で調べよう」
男 「恩に着ます。それでは……」
父 親「しかし口惜しいな、今もまだ奴隷を商売にしようとする連中がいるなどとは」
男 「……彼女たちが言っていました。人間の本質は変わらないのでは、と」
父 親「人間の本質?」
男 「詳しくは聞いていません。ですが、察するところ人間とは利己的な存在である、ということかと。私もそう思うときが多々あります」
父 親「利己的、か…… その通りだ、それを否定するのは至難だろうな。奴らのような存在が無くてもだ」
男 「やはり、そうなのでしょうか……」
父 親「……だが、利己的なのは人間だけではないのと思うのだよ。私たちだけでなく生物全ての本質は利己的なのではないか?とね」
男 「生き物全てが?」
父 親「うむ、犬も鳥も自身が生きる為、自己の子孫を残すことを念頭に生きている。それは究極の利己的な行動だとは思わないか?」
男 「……極論では?」
父 親「確かに極論ではあるが、突き詰めれば生き物全ては利己的であると考えられるはずだ。それは生きている限りしょうがないことだと私は思う」
父 親「森の者と謳われたエルフとて例外ではないだろう。だが、彼らはその高い知性を以てそういった生物の本質をも捻じ伏せ今の高みに至ったのだ」
父 親「ならば、同じく知性を持つ我々人間も強く意志を持てばその高みへと至ることはできるはずだと、私はそう思う。君はどうかね?」
男 「……私も、そう思います。そうであると信じたいです」
父 親「そうか…… しかし、今語ったのは私の拙い知識と経験で練り上げた妄想だ。鵜呑みにしてくれるなよ?」
男 「心得ました」
父 親「うむ、では後はこちらで上手くやっておく。道中気を付けてくれたまえ」
男 「はい、それでは……」
―――
――
―
男 (――――人間の本質は利己的、なれど強い意志を持つことで高みに至れる、か)
男 (やっぱり奴隷だった頃に見た人間の醜さ、下劣さ。あれこそが人間の本性なんだろうな)
男 (だけど、俺たちはその醜さを知っている。だからこそ、強い意志を持ってその醜さを克服できる、ってところか……)
男 「……戻ったぞ」
弓使い「首尾は?」
男 「上々」
弓使い「それは良い傾向ですね」
エルフ「それで、この先はどう行くんです?」
男 「引き続き街道沿いを通っていく。連中にはエルフ一行は街道を避けて進んでいるって偽の文書を掴ませてるしな」
エルフ「うっかり鉢合わせたりはしませんか?」
男 「人数も五人にしといた。大丈夫だよ」
弓使い「……それでは行きましょうか」
エルフ「うん」
続き
男「川で全裸のエルフ拾った」【中編】