280 : SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) - 2012/01/02 19:28:08.77 ZELWgi+R0 1/66年始で人の少ない時に置いてこうと思ったら素敵なのが来てた
十数レスお借りします
・超絹旗禁書
・普通の小説に近い形式
投下もPCからの書き込みも初めてなので手間取ったらごめんなさい
元スレ
▽【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-35冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1324178112/
七月二〇日、午前三時。
第七学区の路地裏はひっそりと静まっている。
住民の大半を占める学生のうち、まっとうと言える者は概ね自室で眠りに就いているし、多少道を踏み外した者――スキルアウトなどと呼ばれる不良達も、今はねぐらで各々の夜を過ごしているのだろう。
ここに、あと数歩健全から離れた人種、その一人である少女がいる。
街灯も無いうらぶれた道。
雲を透かした月明かりの中、絹旗最愛は足取り軽く歩いていた。
(ふっふっ、今日は中々の収穫でしたね)
その頬は緩み、どころかニヤニヤと弛緩しきっている。
(7本中、今年のマイベストに入りそうなのが1本、アクの強い良作が2本っ! 今日のC級センサーは超冴えてました!)
「お仕事」が現地解散になった後直行したショートフィルム鑑賞会(お一人様)で、マニア心を痺れさせる個人的名作を引き当てた。
今も全編が脳内リピートされていて帰っても中々寝付けそうにない。
興奮と眠気が起こす化学反応を感じながら、絹旗は隠れ家の1つに向かう。
(あの助手役をやっていた俳優は要チェックですね。可能な限り過去の出演作を――――っ!?)
た 、た 、た 、と。
密やかな音だった。
遠く、また高い所を駆ける足音。
それを耳にした瞬間、絹旗のあどけない顔から浮ついた感情が抜け落ちた。
小柄な見た目に反し、窒素を自在に制御する大能力者である絹旗は、学園都市暗部の実力者でもある。
「は、は、っ……、はぁっ……」
白い修道服の少女が建物の屋上を転がるように走る。
1階分の段差を勢いのまま跳び降り、また走り出す。
「――――ス! い――、――――捕――!」
足音も気配も無い追跡者が、わざわざ声を上げて存在を誇示する。
耳の血管がばくばくと鳴り叫ばれた内容は知れない。
意識を裂く余裕も無い。
「はぁ、っ……ぁ……」
足場が途切れた。
向かいの建物へは約3m、高さはあちらの方が低い。
「――止――――!」
声は間近に迫っている。
考えている暇は無い。
少女は目を閉じ、宙に身を躍らせる。
――その小さな身体に無数の炎が降り注ぐ。
たっ、たっ、た、たたっ、たっ。
足音は若干乱れながらこちらに向かって来る。
絹旗は音も無くビルの隙間に身を滑り込ませた。
耳に全神経を集中する。
たん、たん、たん、どさり。
(落ちた……?)
……た、たん、たん、たん、たん。
人体が投げ出されるような音がした気がしたが、立ち直って再び走り出したか。
いかにもな面倒事の気配が濃厚に伝わってくる。
覗いた上方には雲の晴れた夜空と、ビルの屋上に据えられた室外機くらいしか見当たらないが……。
(超関わってしまわないように隠れているのが安全ですね)
と、月を覆うように白い何かが躍り出た。
それは向かいのビルの方に放物線を描き、――頂点で赤光に撃たれ軌道を変える。
「!!」
――これより未来、絹旗は暗部の人間として「らしくない」行動を幾度となく取ることになる。
――それでも感情なり計算なり、これ以降の選択には何がしかの理由付けができるのだが。
爪先が地面を蹴る。
気付いた時には路地裏の、狭い空間のまんなかに躍り出ている。
白い何かは自分と同じ位の無垢な少女だ。
何らかの攻撃を受け落下している。
――気まぐれだったのかもしれない。
――直前に観た映画が無闇にヒロイックな筋書きだったからか。
関わったら不都合しかない。
か弱そうな容姿と実際が食い違う可能性は我が身が証明している。
それなのに。
どうしてだろう。
銃弾さえ押し潰す自動防壁を無理矢理に解除して、絹旗は少女に手を伸ばした。
――あるいは絹旗自身は切って捨てるだろうが、碌な理由も無く、それでいて全てを変えてしまうモノを人はこう呼ぶ。
――「運命」と。
がっきぃぃぃぃん! と、絹旗の身体に衝撃が突き抜ける。
ギリギリまで引き付けた上で圧縮された窒素を解放し衝撃の緩和を試みたが、とても全ては殺しきれなかった。
人間の質量との衝突は能力を解いた絹旗にはかなり辛く――、
(って、超何やってんですか私はーーっ!)
咄嗟に跳び出したものの明らかにマズかった。
この少女の追手がどんな奴かも、そもそも本人の正体も分からないのだ。
しかし。
(……こうなった以上は最速で離脱ですね)
意識の無いらしい身体を小脇に抱え直す。
ビルの上の方からは何やら戸惑った気配が伝わってくる。
困惑の視線を背中に受けながら、絹旗は全力で路地裏を走り抜けた。
「おなかへった」
「へ?」
「おなかへった、って言ってるんだよ?」
謎の修道服少女をホールドしたまま路地の表を裏を駆け回り、いい加減追手も撹乱できただろう、と辿り着いた一室で。
目を醒ました少女の第一声がそれだった。
銀の睫毛が煙る瞳はまだどことなくぽんやりしている。
「所在やら超向かい合った相手やらを確認する前にそれって神経太過ぎです」
返しつつも絹旗は設置された冷蔵庫に向かう。
ベッド、ソファーとテーブルのセットに冷蔵庫、ユニットバスへの扉だけの部屋。
ここは彼女の所属する組織――「アイテム」が持つ隠れ家の1つ、ではない。
金さえ払っておけば素性を問われない類の、ちょっと宜しくない宿泊施設である。
余計なことに首を突っ込んでしまった以上、これは絹旗の責任で対処すべきで、というか「アイテム」に持ち込んだ日にはどんな制裁が待っているか。
「おなかいっぱいご飯を――、ってこれ、何?」
ことり。
目の前に置かれたバー状の物を指して、少女はきょとんとしている。
「何ってご飯です。これ1本で1日動ける超高機能栄養食品」
そう言う絹旗はソファーにもたれ、同じバーをぽくぽく齧っている。
「んぐ、味もそこまで悪くないですよ、企業努力ってやつですね」
「むむぅ、どう見ても1日分の量じゃないかも。はっ、この表面に刻まれた『宝瓶宮』の……もぐ……模様によって無理矢理空腹感を……あれ、別に満腹にはならない……?」
何やらぶつぶつ言っている。
ちなみにバー自体は観察終了、とばかりに一瞬で口の中に消えていた。
「ごちそうさま! ……んー、『満ちる水』の意味付けじゃなかったのかな……?」
「? まぁ良いです、じゃあそろそろあなたの置かれた状況でも超聞かせてくれませんかね?」
警戒心の欠片も無い少女は不良でも非健全でもなさそうだったが、この街の基準からは大幅に外れている。
流れる銀髪、透き通る肌、澄んだ翠の瞳。
しかし白色人種かつ日本語に堪能なことについては(同僚に似たようなのが居るので)気にならない。
問題は身に纏った骨董品のような修道服だ。
悪意なんて触れたこともなさそうな邪気の無さと、風変わりな姿で追われていた事実。
絹旗は少女の素性を測りかねていた。
「えっとね、私の名前はインデックス、魔法名ならDedicatus545。所属は教会でバチカンじゃなくてイギリス清教の方ね。あなたは?」
「……絹旗最愛、です」
どうしよう、予想していたより頭が痛い。
名前が「目次」とは何事だ、とか何で教会の方がこの街で鬼ごっこをしていらしたのか、とかに端を発した質疑応答の末。
絹旗は生温い目でソファーに横倒しになっていた。
細腕に締め付けられたクッションのくたびれ具合が痛々しい。
「つまりー。Index-Librorum-Prohibitorumことインデックスはイギリス清教の魔道図書館でー。超一〇万三〇〇〇冊もの魔道書を持っていてー。悪い魔術結社の魔術師に超追われているとー……」
「超一〇万三〇〇〇冊《over 103,000》じゃなくて一〇万三〇〇〇冊きっかり《just 103,000》なんだよ」
「……分かりました、解りませんけど。超言いたいことはありますが取り敢えず証拠が見たいです」
そう言われた途端、インデックスはう、と喉を鳴らした。
「私には使えないんだよ、魔力が無いから」
「つまり?」
やる気の無い絹旗に対しインデックスはばたばたと腕を振り回す。
「あっ待って、証拠はあるもん! 私が着てるこの服、『歩く教会』っていう防御結界なんだから!」
「超つまり?」
「どんな攻撃でも防ぐんだよ! さぁ適当な刃物で私を刺してみれば良いかも、さぁさぁ!」
「できるかーーーーっ!」
絹旗は頭を抱えた。
ネジの緩んだ少女をうっかりヤってしまったところで隠蔽はできるだろうが、そういう問題ではない。
「む、証明の方法は提示したんだから。きぬはたは改心して魔術を認めるか、さっくり試して魔術を認めればいいんだよ!」
大体、とインデックスは続ける。
「この街の能力? だって怪しいものじゃない。魔術は信じない癖に、証拠も無く能力は信じるの?」
途端、瞳に光を取り戻し絹旗は起き上がった。
「ふっふっふ、証拠なら見せてあげましょう。詳細は省きますが私も能力者、超硬い大能力者なのです!」
「つ、つまり……?」
勢いにたじろぐインデックス。
「大抵の攻撃は防げます! さぁ適当な刃物で私を超刺してみれば良いですよ、さぁさぁ!」
「そんな、あ、危ないことできないんだよ!」
「自分でできないことを人に超やらそうとするなーーーーっ!!」
広くもない室内に少女達の声が響き渡った。
「はぁ、はぁ、解りましたよ、その服に何らかの力が働いていることは認めます」
「はぁ、じゃあ……っ、はぁ、一時、停戦、かもっ」
ひとしきり騒ぎ回った後、状況はようやく和解を見た。
なんのことはない、互いに軽めのパンチを入れ合っただけである。
結果、『歩く教会』の効力とインデックスの置かれた状況について、絹旗はある程度認めることとなった。
合意の上渋々とはいえクロスカウンターを決める修道女がいるのかという新たな疑問は湧いたが。
(あれ? ということは受け止めた時に装甲を解除したのは、超単なる痛み損ですか?)
「夜、明けてるね」
「え、あ、そういえば超さっきまで深夜だったんですよね……急に眠くなってきました」
気付けばカーテンの隙間から白々しい光が射し込んでいる。
「うーん、ここが一般的なホテルと一緒なら、チェックアウトまではまだ時間があるんじゃないかな?」
「それはそうなんですが」
今までの遣り取りでインデックス自身に害意が無いだろうことを、絹旗は感じ取っている。
ただ、魔術師と呼ばれる正体不明の追手がこの少女に掛かっている以上ここで眠りこけるわけにはいかなかった。
自身が自動防御の能力を持っているにしても、だ。
「うん、そうだね」
ふとインデックスが立ち上がった。
「ご飯をありがとう、きぬはた。ちょっと緊張もほぐれたしね」
「行くんですか」
「うん、『歩く教会』はね、魔力を発しているから。ここが敵に探知されちゃう」
攻撃を防ぐために着ていざるを得ないんだけどねー、と口を尖らせてみせる。
その軽い口調に、ずん、と肺が重たくなるのを絹旗は感じた。
「……待ってくださいよ」
絹旗の「お仕事」は酷く薄汚れたものだ。
学園都市にとっての不穏分子と称し、無実の、運の無かっただけの人間を始末したこともある。
他人を惜しむ心なんてとうに凍っている。
(人権なんて超考慮されずに追い回されて、なのに折れずにいられるなんて――)
それでも、無理矢理に自分自身を折られ、蹂躙された記憶があるゆえに。
絹旗はインデックスをただの「他人」と思えなかった。
「ごめんね、行かないと」
届かない過去を掬い上げるように、この少女の助けになりたいと思った。
「これでも多少のことはできます」
「……、じゃあ」
一度息を吸い、インデックスの表情筋が笑顔をかたどる。
「私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?」
「……超残念ですがそれはできません」
その整い過ぎた顔を見て、絹旗は疑念も迷いも捨てた。
「着いて行くまでもなく、もう私も似たような場所に居ますから」
ただ、と続ける。
「日本式の地獄には不慣れであろうあなたに、今後の宿くらいなら超提供できますよ?」
否定から自身の境遇の吐露、申し出と続いた言葉に、インデックスは作るべき表情を見失ったようだった。
ただぽかんとしながら言葉を漏らす。
「でも、迷惑が」
「身内で持ってる部屋の内、普段使わない所に匿うだけです。超迷惑には数えません。基本的に常駐している人は居ないので」
誰かが襲撃に巻き込まれることも多分無いでしょう、と、他人ばかり気遣うインデックスに先回りした。
「魔術師は危ないんだよ」
「私は超硬いです」
「きぬはたも大変って言ってた」
「立場上問題無い範囲でやります」
隠れ家の1つを知られるだけで相当問題があるのだが、顔には出さない。
「でも」
「……じゃあ、本当に超マズくなったら私は逃げ出します」
だからそれまでは頼ればいい。
最終的には非情を装った言葉で反論を押し込めた。
「……うん、分かったんだよ。ありがとう、きぬはた」
細い陽光がインデックスの横顔を照らす。
僅かに涙の滲んだ目で、少女はふにゃりと笑っていた。
(あー、麦野にバレたら超バラされますかねー……。それにしても)
協力を申し出ておきながら、絹旗は1つ重要なことを言えずにいた。
自分の立場の詳細、暗部での役割。
命令が下るだけで絹旗はインデックスの敵に回る可能性があること。
つい伏せたのは、もしもの時に楽に事を運ぶためなのだろうか、あるいは。
その疑問から、絹旗は敢えて目を逸らす。
(もしもの時、私は――――)
291 : SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) - 2012/01/02 19:39:06.38 ZELWgi+R0 12/66以上です
ふ、不手際やらかしてないよな……?
ペンデックスがどうしても倒せません
肉弾接近戦のみじゃきついんだぜ
あと超絹旗禁書じゃなくて超窒素禁書だった
読んでくれた人ありがとう!
399 : VIPに... - 2012/01/07 23:13:37.52 ruxruOyg0 14/66>>280 の者です
ペンデックスが何とかできそうなので書けるとこまで書かせてください
本編+おまけで14レスお借りします
・超窒素禁書
・普通の小説に近い形式
・今回若干暗いです
「ん? あの超後姿は……」
七月二〇日、午前九時。
隠れ家のある第五学区にて、どこかで見たような少女が前方を歩いていた。
「少女」とはいえ絹旗よりは年上、ごくシンプルなTシャツとジャージのズボン(ピンク)で均整の取れたスタイルを覆っている。
ちなみに絹旗自身は大量のビニール袋(中身の八割が食料)を両手に持った主婦的スタイルである。
インデックスとの作戦会議にも疲れ、小さな口に吸い込まれた備蓄を買い足しに出たのだ。
「滝壺さんっ! こんな所で何を?」
「きぬはた」
滝壺理后。
「アイテム」の同僚にして組織の核を担う大能力者である。
ぼーっと振り返る挙動、微妙に焦点の合わない瞳からはとても窺い知れないのだが。
「大分前に置き忘れた本を取りに行くの。きぬはたこそ、凄い荷物だね」
「あ、っあー、近くの『場所』の買い置きを超補充しに行くんですよ! 滝壺さんが忘れ物したのもそこでしょう? ついでですから私が取ってきますよ!」
「そう? ありがとう」
拙い予感がしてカマを掛けてみたが、大当たりだったようだ。
先手を打っておいて良かった。
時間を確認する振りをして携帯に目を遣る。
インデックスの「歩く教会」にこっそり留めてきたクリップ状のGPS発信機は、今もしっかり隠れ家の場所にあるようだ。
「でも」
と、何とか遣り過ごせた安堵は不意に遮られた。
「――北北東から電波が来ない」
「は?」
北北東――隠れ家の方向のAIM拡散力場に、不自然な空白地帯がある。
滝壺の話を纏めるとそういうことだった。
「だから、私も様子を見に行く」
インデックスの位置は、隠れ家から動いていない。
絹旗はインデックスに、室内に潜んでいるようには言わなかった。
一年も一人で逃げ続けたというのである、非常時の判断はインデックス自身に任せる方が妥当だ。
発信機もインデックスが移動した場合に助けに入るためのもの。
ただ話によれば追跡者は見境の無い相手ではない――周囲の建物や無関係の人間は極力巻き込まない――らしい。
何か起こるまでは留まった方が安全だろう、というのが先程話し合った際の合意だった。
「分かりました、超急ぎましょう」
空白ができたのは今さっき、まるで何かを避けるように急激に拡がったという。
中心地は隠れ家、ではなく微妙にずれた地点だ。
「誰かが何かしたなら、とっ捕まえてやります」
滝壺を遠ざけるために問答する時間は無い。
荷物をうち捨て、二人は音も無く駆け出した。
大学生向けの単身用集合住宅、その中の一室が件の隠れ家である。
辺りは眠りに呑まれたように静まっている。
棟一つだけでなく近辺一帯が、だ。
大学の講義時間であることを考慮に入れても、明確な異常。
「確認しますが、中心にもAIM拡散力場は超観測されないんですよね?」
こくり、と滝壺が頷く。
つまりこれを引き起こしているのは能力者ではない。
「滝壺さんはここで待機してください。私が合図するか、……異変が感じられたら、麦野に連絡を」
「分かった。無理しないでね」
常に携帯している拳銃を渡し、ビルの陰の方へと促す。
滝壺ならば、万が一のことがあってもAIMの変化から事態を察知し、離脱することができるだろう。
「きぬはた。詳しいことは分からないし私は前線には出れないけど。私はきぬはたを応援してる」
去り際に、絹旗の携帯をちらりと見て滝壺が口にした言葉。
絹旗は不敵な笑みだけで返し、隠れ家のある棟へと走り出す。
(鈍いようで……本っ当、超敵わないですね)
角を折れ、空白地帯の中心と言われた狭い路地裏に踏み込む。
絹旗は足に力を入れ加速する、までも無かった。
そこにインデックスは居た。
地に伏せていた。
周囲には清掃ロボットが三台。
何故か、「歩く教会」でない白い服。
多分隠れ家に置いていた替えのワンピース。
真っ赤に染まった、背中。
「な、何で、」
「何故? 君が『歩く教会』を脱がせたんだろう?」
声。
路地の先に、「魔術師」が立っていた。
絹旗は、自分とインデックスの境遇を僅かなりとも重ねていたことを自嘲した。
自分と近いのはどう見てもこちらの方だ。
この年齢も近い男からは――慣れ親しんだ同属の匂いが、する。
「は? 散々インデックスを追いかけ回して斬り付けて、超その言い草ですか」
身体中の血液が醒めていく感覚。
「こちらとしても予想外のことだ、本当に余計なことをしてくれたよ。科学の犬が」
絹旗は思考する。
当然絹旗は「歩く教会」を脱がせたりはしていない。
「辺りに人が居ないのもあなたが?」
「本当は君も入れないようにした方が楽だったんだが。後顧の憂いは断っておくべきだろう?」
居場所が探知されたとして、絶対の防御があれば怪我の恐れは無い。
インデックスが「歩く教会」を手放すことは有り得なかったはずだ。
「まあ良い、いずれにせよ君を殺してソレを回収するだけだ」
「ソレだの回収だの、か弱い少女に随分ですね」
だからこそ、GPSだって服の裾に付けて――。
――待て、まさか、インデックスは。
「君にはソレの意義も価値も解らないだろう? ソレの持つ一〇万三〇〇〇冊の重みを知る人間は、そんな甘いことは言わない」
絹旗は、インデックスがここで倒れている理由に、思い当たってしまった。
「超最っ低ですね」
だから絹旗は決めた。
少女を人とも思わないようなこの下衆をぶっ飛ばす。
インデックスは、必ず助ける。
「ふん、やる気だな。――Fortis931」
魔術師が呟いた言葉に絹旗は頓着しない。
「潰れろ超バーコード野郎っ!!」
ただ手近にあった清掃ロボットを一台ぶん投げた。
金属の塊は結構な速度をもって魔術師に迫り――、
「炎よ、巨人に苦痛の贈り物を《Kenaz PurisazNaupizGebo》」
ドゴォ!! と、対峙する二人の中間で爆散した。
魔術師の手から放たれた大砲のような炎が直撃したのだ。
(! 魔術とやらの原理は解りませんが、大した出力ですね)
「様子見をしている余裕があるのかい? 」
男が手を振ると、剣のような形に制御された炎が再び出現。
気軽な様子で投げ放たれたそれが小柄な身体を飲み込まんとする、が。
「っりゃああぁぁぁぁ!!」
絹旗は迷わず、腕全体を使って叩き払った。
じゅう、と音ではなく感覚が左腕を灼いている。
炎そのものは壁に弾き飛ばした筈なのに。
絹旗を守る窒素の壁は鉄などの装甲に比べて熱に強いが、魔術師の炎はあまりに高温過ぎたのだ。
(超追撃が来る前に攻め落とす!)
一瞬能力を解除し熱せられた窒素を入れ替えると、絹旗は前方に突進した。
「不可視の鎧か。面妖だな、能力者」
対する男は冷静に迅速に言葉を紡ぐ。
「――その名は炎、その役は剣《IINF IIMS》。顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ《ICR MMBGP》」
業火を塗り固めた巨大な人型、魔女狩りの王。
それの存在と共に、地獄のような熱気が辺りを塗り替えていく。
「っ!?」
絹旗は後ろに飛び退いた。
そうせざるを得なかった。
高速で駆け抜ける先の攻撃とは違い、実体まで伴って在り続ける炎。
(突っ込んだら装甲ごと超蒸し焼かれる……っ!)
「――――――――!!」
声無き声を上げて、その体躯からは想像も付かないスピードで巨人が迫る。
追い戻された路地の入り口から清掃ロボットを投擲するも、爆風が僅かに上体を仰け反らせただけだった。
「くっ……!」
絹旗は最後の清掃ロボットを引っ掴むと、盾のように構えて駆け出した。
魔術師は魔女狩りの王の向こう側を油断無く眺めていた。
赤黒く蠢く芯と炎の輝きに阻まれ完全には見通せないが、しかし勝負は決まったようなものだ。
能力者の女は単なる鉄塊を持って突っ込んでくる。
それは最早やぶれかぶれの行動にしか見えなかった。
近距離から投げられた機械が魔女狩りの王の前面で破裂している。
一瞬動きが止まる、それだけ。
「ふん、アレを横から掻っ攫った罪を――」
その呟きの後半は一体何だったか。
ボッ!! と。
魔女狩りの王の横腹が、喰い破られたように丸く削れた。
勝負は決まったようなものだと、彼は確かにそう思っていたのだ。
投げつけたのは自身の弱点を補うために常備している缶。
高温により破裂し、撒き散らされた液体――液体窒素が急激に気化し充満する。
その一瞬、巨人の脇に空いた「不燃地帯」を絹旗は駆け抜ける。
「っああぁぁぁあぁぁ!!」
正直、魔術などという手段で作られた炎がこれで削れるかは賭けだった。
水の中でさえ燃焼する「モノ」である可能性もあったのだから。
しかし絹旗は躊躇わない。
即座に始まる修復のラグを突いて、絹旗は業火を突破する。
瞬間、能力を解除、再展開。
新鮮な窒素を纏い魔術師に肉薄。
「――吸血殺しの紅十字《Squeamish Bloody Rood》ッ!!」
ギロチンのごとく迫る二本の炎。
身体を落とし大きく右腕で弾く。
低い姿勢から見上げた男の顔は、年相応に無防備だった。
「超砕けろっ!!!」
ゴッシャアァァァァ!!!! と。
鉄をも引き千切る拳が鳩尾ごと魔術師を吹き飛ばした。
魔術師が気を失うと同時に背後に迫っていた炎は消滅した。
地面を五メートルは滑りやっと静止した相手を見、絹旗は眉を顰める。
殺意を向けてきたのだからここで止めを刺すのが賢明なのだが。
「こいつ、私じゃなくてインデックスの敵なんですよね……」
インデックス自身の意向が知れないため、何となく殺してしまうのは躊躇われた。
再び向かってこられても困るので結局両足は叩き折ったが。
「……インデックス」
清掃ロボットが無くなったことで、じわりと地面に血が広がっている。
多分「歩く教会」は隠れ家の中だ。
わざわざ何の足しにもならない服に着替えて、そしてきっと故意に、追っ手に姿を見せたのだ。
「きぬはた」
少しだけ舌っ足らずな呼び声は重傷の少女のものではない。
「……滝壺さん」
「治まったみたいだから、来た。その子を病院に連れて行こう?」
「病院は、拙いんです」
絹旗は学園都市の、暗部の恐ろしさを知っている。
外からの侵入者であるインデックスを、たとえ裏稼業の病院であっても預けるのは危険だ。
最も、敵の魔術師含め何らかの意図で見て見ぬ振りをされている可能性もある。
現時点ではその判断ができないのだ。
「ん……誰、っ?」
か細く怯えた声にはっと振り向いた。
薄く目を開けたインデックスは、痛みよりも知らない人が居ることに警戒している。
「大丈夫、です。この人は私の超仲間ですから」
小さな戸惑いの後、頷くインデックス。
「インデックス。学園都市の病院には、あなたを連れていけません。だから……あなたの知識で、怪我を治せませんか」
「方法は……あるの。でも、できる人が、居ない」
「っ、私にはできませんか!?」
銀の頭がふるりと横に揺れた。
「駄目。……人工的な、物でもね。才能が、能力がある人には、使えないの」
「どうして!!」
「そういう風に……なってるから。魔術は、才能が無い人にしか、無理なんだよ」
ばし、と壁を殴りつける。
絹旗は小さな肩を震わせ床を見つめる。
インデックスが怪我を負ったのは自分のせいなのだ。
自分に迷惑を掛けまいと隠れ家を出ようとして、服に付けられたGPS発信機に気付いたのだろう。
意外と聡い気のある少女は知識は無くとも意図を察したのだ。
その発信機がどうしても外れないとかそんなどうしようもない理由で、「歩く教会」を脱いだに違いないのだ。
「歩く教会」の位置を探知しても無駄だと思わせるため、敵に姿を晒してまで。
絶対助けると決めたのに。
絹旗には何もできない。
「きぬはた。大丈夫。私が何とかする」
救いの声は、今まで黙って聞いていた滝壺のものだった。
AIM拡散力場の隙間を縫って学区内の別の隠れ家に移動した。
インデックスは揺らさないように絹旗が抱く。
滝壺がルートの指示を出す他は三人とも無言だった。
ベッドの上に力の抜けた身体を横たえる。
華奢な背中からは今も血が流れ、ゆっくりとマットに染みていく。
「、う……」
漏れる声が絹旗の心臓を刺す。
「……それで滝壺さん、どうすれば」
「うん。インデックスはこの怪我を治す方法を知ってる。でもインデックスにも能力者にも、その方法は使えない。ここまで合ってるかな」
ふるりと頷くインデックス。
「なら、私の能力できぬはたの『自分だけの現実』を押さえ込む。一時的にだけど能力者じゃなくなれるよ」
「そんなことできるんですか!?」
絹旗の認識では、滝壺の能力はAIM拡散力場の認識と追跡――知覚に特化した物だ。
現に「アイテム」の仕事でも能動的に敵に働きかけるところは見たことが無かった。
「昔、そういう実験をしたことがあるから。相手に抵抗されたら無理だから普段はやらない」
「凄い……滝壺さん超凄いです」
「駄目、大丈夫って……保障が無いよ。 能力者が使うと、身体が、壊れちゃうの!」
声を張り上げたインデックスは、怪我に障ったのかうぅ、と呻いた。
それを見て、いや見るまでもなく絹旗の心は決まっていた。
「……その方法でいきましょう」
「っ、駄目なんだよ!」
インデックスの静止を無視して絹旗と滝壺は頷き合う。
滝壺の手には小さく薄いプラスチックケース。
それを見て絹旗ははっとした。
滝壺が能力を使用するということは、身体を蝕む「体晶」を摂取するのだ。
しかし逡巡する間に、滝壺は気負わずその粉末を口にした。
瞳にぴしりと力が宿る。
「大丈夫。いくよ、きぬはた」
滝壺は絹旗の手を取り、目を閉じる。
途端、絹旗の脳は引っ掛かれるような気持ち悪さに満たされる。
「う、ぅああぁぁっぁぁ!!」
似たような感覚を過去にも味わったことがある。
人格を、何もかも、踏み荒らされる心地。
「頑張って、力、抜いて」
「あ、ぁあああぁぁ……」
滝壺の顔にも脂汗が浮いている。
それが流れるのを見て、絹旗はただ耐えた。
「もう少し、これ、で」
どれだけそうしていたか、それすら考えられなくなった頃。
かくん、と苦痛が消え奇妙な喪失感が絹旗を襲う。
「きぬはた、能力は使える?」
絹旗は身体の周りに防壁を展開しようとして、――いつも傍にあった窒素の存在を感知できないことに驚いた。
「超使えなくなってますね」
「ごめん、多分そう長くは保たないけど」
滝壺の顔に流れる汗は止まらない。
今も能力を行使し続けているのだ。
「いえ、どんなに感謝しても足りないです。……インデックス」
方法を、と問いかける眼にインデックスは首を激しく振った。
「っはぁ、はぁ……駄目、なんだよ……っ!?」
さらに流れ出る血液。
遂にインデックスの意識は再び闇に呑まれ――、
「――警告、第二章第六節。出血による生命力の流出が一定量を超えたため、強制的に『自動書記』で覚醒めます」
透明に透明を重ねた視線が周囲を睥睨する。
魔道図書館の「セキュリティ」が、現世に浮かび上がる。
おまえは何だ、とか「インデックス」はどうなったのか、とか余計なことは誰も訊かなかった。
「これ」もインデックスを助けようと――少なくとも生命を維持しようとしていることは理解できる。
何より、二重の意味で時間が無いのだ。
「では超手早く方法を説明してください」
絹旗と滝壺は指示に沿って部屋の中を整える。
インデックス自身さえ怪我の痛みも無いかのように床に血で紋様を刻んでいく。
程無くして準備が完成したらしい部屋の中心に、絹旗とインデックスは座り込んだ。
「天使を降臨ろして神殿を作ります。私の後に続き、唱えてください」
インデックスの喉から放たれる何処の言葉とも知れない韻律に、絹旗は必死で追従した。
脇にセットされたぬいぐるみ(麦野の)があろうことか自分と同じように歌いだすが、音をなぞる事だけに集中する。
意識が拡散していくような錯覚に囚われる。
「思い浮かべなさい! 金色の天使、体格は子供、二枚の羽を持つ美しい天使の姿!」
天使なんて映画に出てくる紛い物しか知らない。
プラスチックの翼を接着剤で服に留めて、後から照明を当てたようなのしか。
それでも無理矢理想像し、空想し、夢想した天使は、――柔らかい微笑を浮かべた修道女の姿をしていた。
ゆるりと正体の無い気配が収束する。
しかし、そこまでだった。
それは静かに渦巻きながら辺りを漂っている。
「……、カタチの固定化には、失敗。唱えなさい。もう一言で終わります」
失敗、との言に不安を覚えたものの、今はインデックスを信じるしか道は無い。
一言というよりは一節、終結部に向かう音の流れを無心に綴る。
何が起こったのかも解らない。
ただ程無く、張り詰めた空気がゆるりとほどけていった。
「――生命力の補充に伴い、生命の危機の回避を確認。『自動書記』を休眠します」
無感動な声と共に、少女達は三者三様に崩れ落ちた。
一番に目覚めたのは絹旗だった。
「自分だけの現実」に介入され専門外の魔術に触れたとはいえ、普段前衛で戦っている分身体には自身がある。
能力も元に戻っているようで、体晶の副作用に震える滝壺と未だ体力の戻りきらないインデックスを難なくベッドに運ぶことができた。
自身もソファに横たわりタオルケットをばさりとかぶる。
窓の外の光は赤く、室内は少し冷えた。
(何とかインデックスは持ち直したようですね。ですが……)
心臓は重たいままだった。
インデックスが斬られたのは、自分が心優しい修道女の性格を知りながら、不用意なことをしたから。
滝壺が体晶を使ったのは、自分が巻き込んだから。
インデックスを本気で助けたいなら立場なんて捨てて付きっ切りで護衛すれば良かった。
滝壺を苦しめたくないならインデックスを見捨てれば良かった。
何も選べず、結局皆に辛い思いをさせた。
「私、全部中途半端で、本っ当に超最低です……」
鮮やかな夕陽に染まる部屋で、絹旗は蹲っていた。
これから夜が来る。
413 : VIPに... - 2012/01/07 23:23:42.24 ruxruOyg0 28/66おまけ:NGシーン
ペン「思い浮かべなさい! 金色の天使!」
絹旗(天使……超天使……)ウーン
垣根(金)「」ドヤッ
絹旗「誰!?」
滝壺「未来から電波が来てる……」
書いてから気付いたけどvs絹旗の時の垣根は羽根生えてなかったな
414 : VIPに... - 2012/01/07 23:24:26.19 ruxruOyg0 29/66以上です
ペース配分の都合上ステイルの詠唱を省略しちゃったことが心残り
本名を名乗りさえせず沈みましたがステイル大好きです
読んでくれた人ありがとう!
423 : VIPに... - 2012/01/08 09:34:23.98 k9xgj41AO 30/66絹禁もいいなー
麦のん対神裂を幻視した
427 : VIPに... - 2012/01/08 13:56:38.34 TvuIsztzo 31/66>>413
乙
魔術って、もし滝壺でAIM拡散力場をなくしても、元々の脳の構造が違うから使えないんじゃない。
466 : VIPに... - 2012/01/09 19:48:31.18 L5XT4bVS0 33/66>>280 と>>399 の者です
度々すみませんが13レスお借りします
・超窒素禁書
・普通の小説に近い形式
>>427 物理的な脳構造よりも、世界の認識の仕方が重要なんだよ! っていうご都合主義です
……絹旗に治療させたかったんですごめんなさい
「ぅ……」
眠りに就いた記憶が無かった。
頭の中がぐるぐると空転しなかなか寝付けなかったはずだが、身体は休息を求めたのだろう。
真っ暗だった部屋はいつの間にか色付いている。
ソファーなんぞに横になっっていたから、寝苦しさに目覚めてしまったようだ。
午前八時三十八分。
携帯のディスプレイを確認し絹旗は身体一杯伸びをする――と、
「ふぁ、んうぅー……っい゛!?」
ばりばりばり! と弾けるような感覚が突如両腕を覆った。
「いっ、痛っ、何ですかこれ超痛いんですけど!」
慌てて腕を確認すると、斑に水ぶくれができている。
カーテンを開けてよくよく見れば腕全体も赤らんでいるし。
思い返せば絹旗は昨日炎を払った時に高熱を受けており、手当てもせずに放っておいたツケが今現れている訳だ。
腕を動かすとびりびりばりばりと痛い。
動かさなくてもひりひり痛い。
「あん、の腐れバーコード……っ! 次に会ったら全身超バッキバキにしてやります!!」
今更ながらに処置をしながら、絹旗は脳裏でシニカルな顔をしやがる魔術師に吼えた。
「ん……、おはよう、なんだよ」
「! おはようございます」
気だるい声は少しだけ顔の赤いインデックス。
まだ休んでいた方が良いだろうに、うっかり起こしてしまった。
ちらりと見遣った滝壺のベッドからは落ち着いた寝息が今も聞こえてくる。
「身体の具合は?」
「ちょっと熱っぽいかも。って、あれ? 私、大怪我してたのに……」
背中に手を遣って傷口を確かめている。
昨日あれだけ冷静に魔術の指揮をしておきながらそれを丸ごと忘れているようだった。
インデックスは何に対してだろう、涙を溜めてふにゃあと顔を歪める。
「治ってる……結局、『私』は絹旗に魔術を使わせちゃったんだね」
「でも超ピンピンしてますよ。私が勝手に聞き出して勝手にやったんですから、インデックスが気に病むことじゃないです」
柔らかい銀の髪にぽふぽふ触れて。
それよりも、と強引に話を打ち切った。
「敵戦力について、ちょーっと超詳しく教えて欲しいのですが」
事によると、昨日の相手とまた対峙するかもしれない。
両足の骨折なんて魔術で治ってしまう可能性が示唆されたのだから。
ぐるりと周囲を見渡す。
七月二十一日、午後七時。
絹旗は一人、第七学区の薄暗がりを歩いている。
「ルーン、ですか……」
聞いたことがない訳ではない。
ただそれはフィクション、それも胡乱な幻想譚の中だけで意味を持つ物だ、この都市の感覚では。
(まぁチョウノウリョクだって一昔前なら空想科学の産物だったんですけどねー)
絹旗は実際にあの炎を見て、あの熱により身体に痕を残しているのだ。
幾何学的な模様の配列で多種の現象が起こせる、そんな突飛な話を努めて飲み込もうとする。
そもそも自身で魔術を発動した経験もあるのだし。
インデックスの解説では、昨日の敵が使っていたのがそのルーンによる魔術。
あらかじめルーンを刻んだ範囲内で特殊な言葉を唱え力を発揮するとか何とか。
また少なくとも昨日の戦闘時には、ルーンを直接壁などに彫るのではなく、大量にコピーしたカードを貼り付けて使用していたらしい。
(範囲が超限定されている、って意味では私の「窒素装甲」にも通じますかね……?)
こちらの見識に無理矢理当て嵌めること自体、間違いなのかもしれないが。
いずれにせよ昨日の男はルーンの範囲外なら敵ではないということだ。
逆に言えば、あらかじめカードをばら撒くことができるなら――。
「何でもない道路だって、奴のテリトリーに超なり得る、と」
基本的に逃げに徹していたというインデックスは、昨日の敵についてしか攻撃方法などを知らなかった。
つまり現状、具体的な警戒ができるのはあの魔術師に対してのみ。
また詳細は不明だがインデックスの背を切り裂いた相手が最低一人。
もう一度辺りを注視する。
視界に小さな紙片は入らないが、さて。
僅かに時間を巻き戻し、午後五時半。
場面は時折揺れる小さな空間、改造されたワゴンの中。
窓にはスモークが掛かり外の様子は判らない。
「ちょっ、絹旗、この包帯どうしたって訳!?」
話し掛けたのはフレンダ=セイヴェルン。
絹旗よりも年上でスレンダーな身体付き、金髪色白脚線美と三拍子揃った少女である。
造りの良い風貌に快活な雰囲気を纏っている。
「この前超しくじりまして。若干痛みますが問題は無いですよ」
「ふーん、まぁ簡単な仕事らしいし平気か」
「そう。大丈夫って言ったからには、任務に支障をきたしたら承知しないからね」
横から挟まれた声は幾分大人びている。
麦野沈利。
同じく絹旗よりも年上、豊かな茶の長髪に淡色のワンピースと落ち着いた風情だが、メリハリの利いたスタイルは隠し切れない。
「結局滝壺が不参加ってことは、能力者相手じゃない訳よね?」
その問いを麦野は肯定した。
潤んだ唇を開き、続ける。
「今回は調子に乗った研究者をぶっ潰すだけ。対象は護衛含め五人、二手に分かれて逃走中でそれぞれ外の連中と落ち合う予定。護衛は非能力者で確定よ」
広げた地図を指しながらの説明に、絹旗とフレンダは目線だけで頷いた。
「というと、私と麦野は超別働ですね」
「そ。私が三人の方に行くから、絹旗は残りをヤって。フレンダは遠隔制御で両方の補助を頼むわ」
「了解ーって訳よ! ばっちり援護するからね!」
麦野が指示し、他が了承の意を示す。
三人に、今ここには居ない滝壺理后を加えたのが「アイテム」の正式構成員である。
うら若き女性のみで活動する彼女達はしかし、不穏分子の抹消を担う暗部の精鋭なのだ。
そんな訳で絹旗は所定の小路の奥に向かいつつ、危険極まりないカードが配置されていないか確かめていた。
周囲に人気は無いがこれは敵の使う魔術(インデックス曰く「人払い《Opila》」)ではない。
例えば路地の入り口の絶妙な位置に立ったティッシュ配りのアルバイト、客引き、そういったものに扮した下部組織の工作によって人の流れが巧妙に操作されているのだ。
「んー、完全にはチェックできませんが、今のところシロですか」
勿論敵の狙いはインデックスなのだが、現在彼女は滝壺と共に息を潜めており、「歩く教会」を着ていないため相手からは居場所が見えないはずだ。
この状況でふらふら外を出歩く絹旗から情報を引き出そうとする可能性はあるだろう。
警戒するに越したことはない。
(と、本業の方も超疎かにはできませんね)
連絡によると二人の標的――研究者と武装した護衛は一般乗用車でこちらに向かっているらしい。
後方支援に回っているフレンダが弾き出した予想到達時間はまではあと二十三分あるが。
絹旗は携帯に目を落とし――、丁度その時、通りから猛スピードの車が突っ込んできた。
ナンバープレートは、標的の、もの。
「っふ、フレンダぁぁあああぁあ!」
拙い、抜けられる――!
絹旗は、咄嗟に横にあった軽自動車をブン投げた。
「……手間を掛けさせてくれましたね」
ビルの狭間、最後の標的の頭を壁に叩き付け、絹旗は呟いた。
思ったより時間を喰ってしまった。
敵が強力だったのではない。
実はこちらに向かってきたのは三人で、科学者の振りをした護衛を潰しているうちに本物が逃げようとしたのだ。
射撃や投擲で補っているとはいえ絹旗の能力は遠距離戦には向かないため、フレンダと協力して追い詰めた。
「ったく、上からの情報が間違ってるんじゃ超やってらんないです」
相手の来る時間が予測と大幅にずれたのも、そのせいか。
一度麦野と合流して討ち漏らしがないか精査すべきだろう。
絹旗はすたすたと歩き出す。
当初待機していたポイントからもかなり離れてしまったし――、と、そこで気付いた。
(物音が、しない……!?)
風の音、ビルの中から響く駆動音。
それらに混じるべきヒトの生活音が一切聞こえない。
下部組織によって出入りが制限されていたのは最初の路地から数ブロックのみだ。
「…………」
絹旗は目を細め、周辺の地形や障害物を脳に刻み込む。
瞬発的に動けるよう姿勢を低く。
果たして。
「なるほど。ステイルの言う通りですね、実に場馴れしている」
「あなたこそ、こうして超向かい合ってもまるで気配が無いようですが?」
すらりとした女性が、自身の写し身のような刀を携え対峙する。
「ステイル」とは昨日の男のことか。
「神裂火織、と申します。インデックスを――保護したいのですが」
「保護、ですか」
く、と喉を鳴らし、絹旗は地を蹴った。
ずしゃぁぁああぁぁぁぁぁっ!! と、激しく地を擦る音。
身体を覆う窒素の壁がアスファルトと削り合う。
(今、何、)
吹き飛ばされたのだ、と辛うじて知る。
神裂の長身は一歩も動いていない。
いや、絹旗は見ている。
その手が、柄に掛かった手が一瞬刀身を引き抜くように動いた。
それだけ。
「……マジュツシの癖に、超力技ですね」
派手に吹き飛んだものの能力のお陰で怪我は無い。
立ち上がる絹旗を、神裂は警戒もせず眺めている。
「分かりやすい現象だけが魔術ではありません。身体を強化し――瞬間に七度の斬撃を放つことも」
当たり前のように手の内を明かした。
何故か震える脚を抑え絹旗は敵を真っ直ぐに見つめる。
「その鎧では、私の『七閃』は防ぎきれませんよ」
この魔術師は、絹旗を敵とも認識していない。
「そういうのは一度でも貫通してから言ってください!」
現在の位置から最も近いオブジェクトを算出。
右斜め後方の放置バイクを掴み、振りかぶって、
「仕方、ありませんね」
不意に。
轟音。
切り裂かれるバイク。
風を纏い迫る斬撃。
爆裂する残骸。
窒素の壁を潜り、肌を裂く、
「っ、ワイヤー……!」
予感はしていた。
前の攻撃で身体そのものにダメージが無かったのは神裂が手加減したのだと。
防壁で速度を殺され爆炎に照らされた斬撃の正体を確かに看破しながら、しかし絹旗は知ってしまった。
コレには、勝てない。
「フレンダぁっ! B4からD9に今すぐ点火っ!!」
次の行動は速かった。
懐の携帯を最小の動作で同僚に繋ぎ、叫んだ。
やがて、ズ……ン、ドドン、と振動が伝わる。
「……何の真似ですか」
「あなた達も『裏方』なら、人に見られるのは超嫌でしょう?」
大丈夫、身体中にできた傷はそこまで深くない。
挑発的に口の片側を吊り上げ絹旗は告げた。
「辺りで数十箇所爆破しました。保ちますかね? 人払い」
神裂は初めて表情を硬くする。
絹旗は知らないことだが、今回の人払いは重傷のステイルに代わり神裂が構成している。
ルーンのカードを大量に用い枚数が効果と比例するステイルの術式とは異なり、神裂の術式はワイヤーの立体的な形状が要なのだ。
故に――外部衝撃によって壊れやすい。
冷ややかに細まる目。
「ならば、誰かが来るまでに彼女の居場所を話してもらいましょう」
神裂ならばそれは可能だっただろう。
揮うことを好むかは別として、この魔術師の力は途轍もなく強大なのだから。
ただ一つの誤算は意外に早く第三者が現れたこと、ではない。
「きぃーぬはたぁー、仕事に支障は出さないって言ってたよなぁ?」
その第三者がただの「一般人」などではなく、学園都市の誇る超能力者第四位、麦野沈利であったこと。
夏の夜気を存在感だけで打ち払い、「原子崩し」が舞台に立つ。
「ごめんなさい、麦野……」
「まぁ良いわ、行きな。事情は後でゆっくりと聞かせてもらうから」
絹旗は何かに耐えるように眉を顰め、戦場に背を向け走り出す。
その姿は路地の角を折れすぐに見えなくなった。
「あぁん、日本刀だぁ? 随分ファンキーな格好してるわね」
ゆったりと髪を掻き上げ、麦野は気安く眼前の相手に話し掛けた。
「邪魔を、しないでください」
「はっ、任務外の闖入者にヤられるような雑魚は要らないっつって――切り捨てる程あいつは無能じゃないからね」
今一つ会話が成立しない。
にやにやと嘲り笑う麦野も、体勢に一切の揺らぎが無い神裂も、互いに相手の話など聞いてはいない。
「ほらよぉ、今すぐ尻尾巻いて逃げるんなら命だけは助けてやるけど?」
「生憎私も先程の方に用があるので。あなたと遊んでいる暇はありません」
その一瞬、確かに時は止まり。
「あっそ、じゃあ死ねよ」
簡潔な言葉の割に愉しくて仕方が無いといった表情で――麦野はその能力たる白光を放った。
闘いの空気に触れて初めて、二人の歯車は噛み合う。
これは戦って良い相手ではない、神裂はそう気付いている。
「オラァっ! ちょこまか逃げてんじゃねぇよ!!」
(この攻撃自体は私の『唯閃』を凌ぐ速さ。ですが……)
暴れ狂う光線を紙一重で避ける。
背後の建物はコンクリートも鉄筋もまとめて崩壊し、おぞましい断面を晒している。
次弾が放たれる方向を読み切り神裂は跳躍した。
(発射に至るまでの溜め、予備動作。高威力のためか隙も大きい)
それでも常人に対応できるものではないが、神裂はいわば超人だ。
身体能力も、反応速度も。
単純に制圧だけが目的なら負けるとは思わない、が。
「少しは楽しませてみろ老け顔がッ! ○○○にブチ込んでイかせてやっからよぉ!!」
「――――っ」
この女は「科学」の粋だ。
先程の少女とは、おそらく都市内での重要度が一桁違う。
ただでさえこちらはアウェー、「魔術」の粋たる神裂が無用に傷付けては軋轢を生んでしまう。
牽制に放った「七閃」を幾重にも分岐した光が迎え撃つ様はまるで光の壁。
ふつりふつりと何本かのワイヤーが切れる感触。
「オイコラ不感症ですってかぁ!? テメェの歳なら更年期障害だろうよッ!!」
まともにはぶつかれない。
無視して素通りできるような相手でもない。
「本当に、仕方ないですね――」
背後の轟音に追い立てられ、絹旗は駆けている。
爆破の影響か周囲の空気は普段以上に暑い。
「滝壺さん! 任務終了後に超襲撃されました。そちらは!?」
『こっちは何ともないよ。ただインデックスの熱がまた上がってる。きぬはたは平気?』
あの場から距離を取った直後、まずしたのは二人の安否の確認。
こちらに来たのは囮である可能性もあったからだ。
「こちらは……駆けつけた麦野が相対しています」
『――むぎのが』
滝壺の息を呑む音に泣きたくなった。
巻き込んだ、などと言うのは、その身を心配するのは、超能力者である麦野には逆に失礼かもしれない。
しかし敵は学園都市の序列とは別系統に属しているのだ。
絹旗から見て、どちらが強いのかなんて判るはずもない。
体晶で身を削った滝壺。
得体の知れない相手の前に立つ麦野。
フレンダは、――特に無いか。
たった一つの願いのために皆に迷惑を掛けている。
「どうしてこうなっちゃうんですか。インデックスを超助けたいと思うのが、そんなに悪いことですか」
「悪いさ。それが彼女自身の命さえ縮めているんだからね」
誰にともなく吐き出した言葉に、応えたのは炎の魔術師。
瞬間、装甲を纏い空を切るように――、
「僕達にインデックスを渡せ。このままでは、いずれ彼女は死ぬ」
振りかぶった腕は寸前で止まった。
魔術師――ステイルは凶器に等しい拳が迫っても微動だにしなかった。
両腕には松葉杖をついており、表情はごく真剣だが戦闘への気概というものが感じられない。
「……あなたのお仲間がやった傷は超治療しましたが」
勿論その全てがフェイクである可能性は低くないと、絹旗は警戒する。
「そうじゃない。病のようなものだ。治療をしなければ命は無い」
「はっ、それであなた達に任せて、そのまま連れ去られるのを黙って見ていろと?」
ぎりり、と。
ステイルの瞳に怒りが宿り、だがその色は故意に抑圧されたように見えた。
「君は勘違いをしている。僕達は彼女の同僚で、本来彼女を守る立場だ」
どうして話を聞く気になったのか。
「……話しなさい。超手短に。呪文、でしたか、妙なことを呟いたら即座にすり潰します」
魔術師の燃えるような瞳が絹旗ではなく、ここに居ない誰かを射抜くようであったからか。
修道服の少女を「ソレ」ではなく「彼女」と呼んだからか。
拳を至近距離に突き付けたまま促した。
インデックスの抱える悲劇を、絹旗は余すことなく知った。
一〇万三〇〇〇冊の原典。
脳への負荷。
残された記憶の容量。
思い出の消去。
「……C級ですね。それも考証のなってない超駄作です」
それら全てを聞いて、始めに思ったのは失望だった。
インデックスは、自分達は、こんなことも分からない連中に傷付けられてきたのかと。
「魔術師ってのは、検索窓に単語を打ち込む程度のこともできないんですか。超便利なローテクノロジーの弊害ってやつですかね?」
「何を、言っている?」
眼前の魔術師から急激に高温の殺意が発せられるが、絹旗は怯まない。
「記憶で、人は死にません。後は自分で調べたらどうですか」
「っ、ふざけるな!! 現に彼女は何度も苦しんできた。僕達と居た時も、その前も、ずっと!! あの表情以上の真実なんて有り得ない!!!!」
遂に激昂するステイル。
反比例するように絹旗の体内は冷えていった。
冷静に、冷徹に、――そうだ、これは「怒り」だ。
「えぇ、そうでしょう。そうなるように『上』に超仕込まれたんでしょうね」
「は、何を言って――」
この期に及んで理解できないらしい。
いや、今まで信じていたものがまるで虚構だと言われたら、人はこうなってしまうのだろうか。
「ねぇ。あなたも裏の人間なら解るでしょう。世界を捻じ曲げる知識とそのパートナーを手元に飼うために」
凍れる瞳が炎を撃ち抜く。
「人質を取る。罪を犯させて枷を嵌める。超簡単なことでしょう」
「そ、れは、」
「それであなたは、またインデックスの記憶を消すんですか」
「あ、僕は……じゃああの時も、」
ステイルは、今まで張り詰めた気配を散らしていた魔術師は、宙を見詰めうわ言のように呟く。
辛うじて立っているが、両の杖に凭れた身体は小刻みに震えている。
(これは、もう駄目ですね)
絹旗は目を細めた。
こんな風になった人間を今まで何度も見てきた。
この底知れない暗部でも、過去に居た研究所でも。
打ち砕かれた芯は戻らない。
自身が追い詰めた魔術師に何の興味も見せず、絹旗は踵を返し、
「――ける」
ばっ、と振り返る。
「助ける! 今度は絶対に消さないっ!! 『期限』が来る前に、必ず軛を解いてやる……!!」
絹旗は目を見開いた。
三〇〇〇度の業火を封じた瞳がぎらぎらと輝いている。
それはどん底に堕ち、全てを諦めた故の開き直りでは決してなく、
「大した気概ですね、――私にも超一枚噛ませなさい」
和やかに手を取り合うことはない。
科学と魔術は静かに視線を交わす。
ステイル、神裂。
二人はインデックスを愛し、そのために騙された。
挙句何もかも忘れてしまう少女に耐え切れずに敵にまで回った。
(真実、無知は超罪ってやつですよね)
絹旗は声に出さず思考し、そしてふと思い当たる。
知らないことが罪悪なら、一〇万三〇〇〇もの知識を詰め込まれたインデックスはその対極だ。
救われるべき、全き無垢。
「……ねぇ。必ず地獄から追い出してあげますよ、インデックス」
480 : VIPに... - 2012/01/09 19:59:08.24 L5XT4bVS0 47/66以上です
>>423 戦闘力的にも年の功的にも釣り合うのは麦野しかいなかったです
おや? 誰か来たようだ
読んでくれた人ありが/とう!
580 : VIPに... - 2012/01/15 23:22:24.28 uY3LPmYw0 49/66>>280 と>>399 と>>466 の者です
16レスお借りします
・超窒素禁書
・普通の小説に近い形式
・インさん周り捏造激しい
・禁書SSなのに熱くない不思議
今回で決着です
ホットパンツのポケットで携帯が震えた。
「……はい」
「絹旗ぁ、無事みたいね。それじゃぁ洗いざらい吐きなさい」
通話ボタンを押す前から、発信元は分かっていた。
ただ実際に慣れ親しんだ口調に絹旗は安堵した。
あの神裂と名乗っていた女の声が出なくて良かったと心から思う。
ステイルは去り際に神裂も退かせると言っていたが、それを鵜呑みにするほど絹旗は純真ではない。
「オイ、早くしろ。こっちは散々舐めプレイかまされてムカついてんのよ」
電話越しの声が苛立つ。
そうだった、麦野の無事が判明したところで自身の安全には何の保障も無いのだった。
むしろ致死率が上がっただけな気がする。
「分かりました。超突飛な話なのですが、取り敢えず最後まで聞いてもらえますか」
何をどこまで話したものだろう。
魔術だの原典だのの事は、ここでは話を混乱させるだけだ。
「さっきの奴は『外』からやって来たみたいです。えっと、その、私が超うっかり匿った子を追って」
「『外』だぁ? ……チッ、原石か?」
幸い麦野は科学の枠組みで話を捉えてくれたようだった。
二番目に面倒なハードルはこれで越えられたことになる。
「その子は所属していた組織で機密情報を握っていましてですね――」
誤魔化しを語ることはできた。
だが絹旗は魔術というファクターや固有名詞を除き、関わった出来事を詳細に告白した。
どうせ暗部組織のリーダーたる麦野が本気で調べればある程度は知られてしまうのだ。
何より、「アイテム」の隠れ家を漏洩し、同僚までも巻き込んだことへのけじめだった。
「――そう。絹旗。あんた自分のやったこと、分かってんの?」
ひゅっ、と息を呑む。
残されたハードルは自身の命だが、この温度の無い声音の前では風前の灯だった。
「……えぇ」
「――――――」
息遣いだけが聞こえる空白の時間。
その末にぶつけられた言葉は。
「――、二度と面倒は持ち込むな。知られた隠れ家二箇所については破棄。その分はあんたが補填すること。雑貨稼業にでも行ってきなさい」
「え」
「素直に話した分はまけてやる。次はねぇぞ」
それだけ一方的に告げると、通話はぷつりと切れた。
ツー、ツー、という無機質な音を聞きながら、絹旗は自分の耳を疑っていた。
事の重大さに対して破格の処遇。
何より、あの言い方では面倒さえ持ち込まなければ好きにして良い、とも取れる。
「超素直に話した分、ですか」
絹旗は、その意味するところを推測する。
「おかえり、きぬはた」
出迎えた舌っ足らずな声は一つ。
ワンピース型の寝巻きに身を包んだインデックスのものだ。
「ただいま帰りましたよ。熱上がったって聞きましたけど、平気ですか?」
「うん、ベッドに縛り付けられるほどではないかな。あ、滝壺はさっき行っちゃったんだけど」
「あぁ、それも電話で超言ってました」
本当は聞いてなどいないが、まぁ予想した通りだった。
麦野がこの隠れ家を捨てると言ったのだから「アイテム」の中核である滝壺に引き揚げ命令が下るのも当然だ。
そういえばインデックスの表情は平常通りで、滝壺は襲撃の件を伝えずにいてくれたらしい。
裂傷を隠す包帯も、今朝巻いたものを替えただけに見えるだろう。
「……インデックス、落ち着いて聞いてくれますか」
だから、それらを裏切ってインデックスを傷付けることがひたすら胸に圧し掛かる。
「――、どうしたの、何かあったんだね?」
言わなければ。
本当の意味でインデックスを助けるために。
「今日、あの炎の魔術師と話しました」
「!」
色を失ったインデックスの表情は、やっぱりだ、思った通り追手の恐怖より心配が勝っている。
絹旗の頭から爪先まで素早く視線が滑る。
怪我は上手く隠せているだろうか。
「あなたを斬った女にも会いました。……インデックス。もし二人が超本当は敵じゃないかもしれないと言ったら、信じてくれますか」
「何を、言ってるの……?」
困惑が浮かぶ表情に竦みそうになる。
――言わなければ。
「あなたの昔の記憶が無いのは、心因性の物だと超思い込んでました。聞いてきたのは記憶が無い――いえ、記憶を消された本当の理由です」
「けさ、れた?」
「あくまであの追手から聞いた話です。ですが、信憑性は低くないと判断しました」
インデックスに仕組まれた「もの」を本格的に調べるには本人の協力が無いと厳しい。
相手が断れないのを承知で、絹旗は頭を下げる。
「お願いです、私を信じてください」
「――――きぬはた。分かったんだよ、全部教えて。だからそんな声出さなくても大丈夫なの」
助けるためだと言いらがら優しさに甘えなければいけない。
滲んだ涙が流れない内に絹旗は口を開いた。
麦野にもほぼ全ての出来事を話したばかりなので、伝えるべき内容は整理できている。
絹旗に分からないのは、どう言葉にすればインデックスがショックを受けないかどうか。
そんな都合の良い言葉があるはずもない。
信じていたものを否定される苦しみは、さっき間近に見てきた。
どう言っても変わらない真実をつっかえつっかえ話した。
言葉にするだけのことに何度も詰まった。
そのせいで引き伸ばされた時間中、インデックスはずっと静かに聞いていた。
「……そっか、私、忘れちゃってたんだね。二人のこと」
かんざきかおり、に、ステイル=マグヌス、かぁ。
教えた名前をインデックスは唇に乗せる。
その音は驚くほど感情が篭らずに響き、口にした本人は寂しそうに笑んだ。
「悪い魔術師だって思ってた。怖くて辛くて。でも、……先に傷付けたのは私だったんだね」
「っ、インデックスは悪くないです」
「でもあの人達はもっと悪くないの」
「だったら! 誰も悪くなんてないんです! インデックスが悪いなんて超有り得ないんです!」
声を張り上げた。
どうしてそんな風に思うんだ、教会の、上の都合で弄ばれているのはインデックス自身なのに。
記憶を消したのだって、直接手を下したのは彼らなのに。
「それでも、私が、」
「ばかっ!! あなたは超ばかです!!」
絹旗はついにインデックスを掻き抱いた。
抑えきれなかった涙がぼろぼろ零れて、インデックスの寝巻きを濡らした。
苦痛のためか怒りのためか泣いている理由も曖昧なまま。
「あなたのせいじゃないんです! ステイル達だってあなたを恨んでなんかいないです!」
インデックスは悪くない。
何度も何度も一つ覚えに繰り返す。
それしか言えなかった。
翻弄されて蹂躙されてそれでも自分が悪いなんて、世界に一人だけでいるみたいじゃないか。
どこまでも他人のことばかりで、一人ぽつんと立っている。
インデックスの地獄。
毒を帯びた魔道書もイギリス清教の闇も本質ではなかったのだ。
「もう記憶を消させたりしません! 絶対方法を見つけますから、だから、」
記憶を守るだけじゃなく、傍に居る。
「あ、」
「だから……みんなで超幸せになりましょう……っ」
荒野のような世界を変えたいと思う。
「、ふ、ぇ……」
力無く嗚咽を堪えるインデックスを抱きしめながら絹旗は胸に刻む。
抑えきれない震えとしがみついてくる腕のか弱さ。
初めてその世界に踏み込ませてくれた気する。
その夜は、大事に大事に抱き合って眠った。
「前置きは超無しで良いですね」
「あぁ、無駄話に興じている余裕は無い」
「『期限』は二十八日零時、事の難しさを考えれば一刻を争いますね」
七月二十二日、午後二時。
始めにインデックスを匿った隠れ家に絹旗は居た。
それに、長刀を脇に立て掛けた神裂と眉間に皺を寄せ煙草をふかすステイル。
以上三名が情報交換のために集まったメンバーである。
インデックス自身が居ないのは絹旗が二人をもう少し見極めたかったからだ。
「昨日、インデックスに事情を話しました」
今回絹旗が言える最重要事項はそれだ。
耳にした魔術師達は瞬時に色めき立った。
「なぜ話した! 言って何になるんだ、あの子が苦しむだけだろう!」
「インデックスは魔術の知識の超宝庫なんですよね。仕掛け――『首輪』を調べながら隠し通せるとは思えません」
「……。いっそインデックス自身にも協力させようということですか」
神裂の硬い声に頷きを返す。
「お二人も、この異国の地で短時間で、かつ組織にバレないように調べられることは限られるでしょう」
魔術の知識についてだ。
絹旗が科学を知るように二人は魔術に親しんでいるのだろうが、普通の人間の知識に「完璧」は有り得ない。
その点インデックスは魔神と称されるレベルであり、文字通り桁が違う。
「……『魔道図書館』に勝るソースが無いのは知っている」
それが身に沁みて分かるのだろう、ステイルは忌々しそうな表情をしている。
インデックスを苦しめたくないという共通の思いが分かるから、絹旗も一度口を噤んだ。
「私の方はイギリス清教の上司にそれとなく探りを入れてみましたが、目ぼしい情報はありません」
沈黙を払うように神裂が報告する。
成果は無いようなものだが仕方ない。
この状況で表立って組織と袂を分かつのは、インデックスの身柄含めリスクが高すぎるはずだ。
「あの女狐はどうせ全て把握しているんだろうがね」
ステイルが吐き捨てる。
なるほど、裏仕事の元締めの性質など魔術の世界でも変わらないようだ。
「それなんですが、学園都市側の上層部もインデックスのことを超感付いて黙認してるみたいです」
「……そうか。事前に許可を取っていない彼女が侵入できたこと自体、掌の上、か」
麦野が電話で最後に言っていた意味は多分そういうことだ。
大方「アイテム」に指示を出してくる電話の女が、絹旗最愛が匿う少女には不干渉でいろとでも言ったのだ。
都市内で開発されるものとは別系統の異能の結晶を、あわよくば手中に収めたいのか。
「まぁ上の真意なんて超理解できませんけどね」
「……『首輪』を解除したら、政治的な駆引きからもあの子を守らなければいけませんね」
インデックスの小さな身体に降り掛かるものは多い。
それでも手を引こうと思う者はここには居なかった。
ともあれ、絹旗は自分の立場で言えることをさっさと述べることにする。
「他に超現時点で私ができるのは可能性の提示くらいです。例えば期限間際にインデックスが陥る不調について、医学的に診察してもらうとか」
「科学の方法で……ですか」
神裂は微妙に苦い表情を見せた。
その心情は納得できる。
魔術師達にとってこの街の最先端科学は得体の知れない技術だろうし、「首輪」は魔術の方法で構成されているはずだ。
「原因が魔術的なものでも科学からのアプローチが全く無効な訳ではないと思います。呪文で出した超高温の炎だって、防げる断熱素材はありますよ」
「当て付けか、能力者」
「耐え切れなくて火傷しましたけどね今も痛いですけどね」
視線も合わせずに短く応酬。
神裂が横目に眉を動かしたので打ち切ったが。
「医者でしたら超良心的なのを知ってます。もしくは精神面の問題ならそういう能力者を当たるのもありかと」
ただ精神系能力者には個人的に信頼できる者がいない。
その分野の最高峰たる第五位「心理掌握」は癖が強い人物らしく、連絡が付いたとしてもインデックスをおいそれとは任せられない。
「そうですね、……あくまで選択肢の一つとして考えましょう」
「えぇ。魔術の方から解決できるならそれが超ベストです」
科学と魔術ではフォーマットが違い過ぎて噛み合わせが悪い、というより結果が予測できない。
さっきはああ言ったものの、魔術で「何でも燃やす炎」を作ったとしたら、それは断熱素材で防げるのか。
ことによっては低温のまま燃焼のような現象を起こすかもしれない。
「後は……万が一の時に期限を延ばすために探してきたのですが」
絹旗はそう言いながら太めの万年筆のようなものをテーブルに置いた。
午前中、新しい隠れ家を探すのと一緒に調達してきた物。
「体内に小型の機械を埋め込んで、特殊な電気信号で臓器の働きを制御するものです」
「臓器、を制御……ですか?」
神裂もステイルも要領を得ないという顔をしている。
本来これはあらかじめ仕込んだ相手を遠隔的に殺害するためのものだ。
「この場合は人工的に仮死状態を作ると思えば良いです。それで『首輪』のカウントダウンが止まるかは超確実じゃないですけど」
「ふざけるな、そんなものにインデックスの命は賭けさせない」
「選択肢の一つです。独断で使うつもりもありません」
ステイルの低く獰猛な声に、素直に頷いておいた。
神裂は動きこそしないが嫌悪感を隠しきれていない。
魔術師の男は表面的に引き下がったものの、皮膚からピリピリした気配を放っている。
「正直、科学側の考えることは――私達とは相容れないですね」
「超お互い様です。インデックスのためなら手段を選ぶ気はないのも同じでしょう?」
ふぅ、張り詰めた空気に息を吐いて口を開いたのはステイルだった。
「――こちらの見解も話そう。『首輪』はインデックスの身体に直接、永続的に掛けられている可能性が高い。もしかしたら僕のルーンのような分かり易い実体があるかもしれない」
「遠くから呪いみたいに飛んできてるっていうことはないんですか」
門外漢なりに念動力能力者のようなものをイメージして聞いてみた。
もしそうならステイルとやり合った時のように、大元の魔術師のところまで赴いてブン殴る覚悟はある。
「いや。過去に『首輪』が発動した時もインデックスは『歩く教会』を着ていた。外部からの攻撃ではないはずだ」
「『歩く教会』に仕込まれている可能性も考えましたが、本人の意思で脱げるものに掛けるのは危険でしょう」
絹旗には「歩く教会」の強度は測れないが、ここは二人を信用するしかない。
「ではインデックスの身体をチェックしつつ、超魔術的に検診してみる方針ですか」
どんな風に調べるのか私には見当が付きませんが、と呟く。
流石に次はインデックスと彼らを会わせなければならない。
インデックスを助けるという意志に関して、もう二人に疑いは抱いていない。
それにしても今までの所業、それに知らせてしまった真実を思うと快くはなかった。
「そうですね、術式が発見でき次第、解析に入りましょう」
「見付けたらすぐ解けるんじゃないんですね」
零れ出た疑問に神裂は申し訳なさそうな顔をする。
「魔術は象徴や解釈といった、複雑な構造でできています。読み違えればどんな影響が出るか分かりません」
「病状の上っ面だけ見て薬を飲ませたら大変なことになるのと同じだ、君達の方に例えるならね」
インデックスを治療した時の訳の分からない儀式を思えば、そういうものかという気もする。
いずれにせよ魔術自体への対処で絹旗にできることは無いのだ。
「済みません、少し急いてしまいました。ただし、もし解けなかったら病院に超連行しますから」
「大丈夫です。インデックス自身の知識も合わせれば必ず解除できますよ」
苦々しくも力強い言葉。
絹旗は何も言わず、ただ頷いた。
七月二十二日、午後七時。
第三学区の個人用サロン。
解析用の魔術を組むのに広い場所が欲しいと言われたため借りた一室だ。
一室といっても内部は様々なレクレーションルームに分かれており、ホテルのスイートルームなどより余程大きい。
メインの部屋は天井がガラス張りで、更けかける空が鮮やかに広がっている。
「ではインデックス、失礼しますね」
そう言って身体に手を伸ばしたのは神裂だ。
触れる指先も、触れられるインデックスも、どちらも緊張して見える。
「手、ひんやりして気持ち良いかも」
交わす小さな笑みもどことなく硬い。
それでも二人は、傷付け合うだけの関係から踏み出そうとしている。
魔術師達と引き合わせた時。
インデックス自身が、絹旗に席を外してくれと頼んできた。
逡巡の末隣室に待機している間、彼らが何を話したのかは分からない。
(でも、あなたは二人を超許したんでしょうね、インデックス)
誰も吹っ切れたような表情にはなっていなかった。
それでも、それぞれの心の中で区切りを付けのだと思う。
ぎこちなく話すインデックスも神裂も、今は別室に居るステイルも。
「頭には見当たりませんね。……次は背中を見せてくれますか」
「ちょっと恥ずかしいんだよ……」
一度は斬り付けられた相手に無防備な背を見せるインデックスを、絹旗は心底強いと思う。
「……ありました」
絹旗が見守る中、全身を隈無く調べ三十分。
目に見える形には現れていないのではと思った矢先だった。
天井の外は完全に夜空に変わっている。
「喉の奥に刻まれているとは超思いませんでしたね」
神裂の写したスケッチを囲み、四人は頭を付き合わせる。
不気味で複雑な紋章。
ここからは完全に魔術師達の仕事なのだが、絹旗も離れる気にはならなかった。
「ルーンの系統ではないな。オリジナルの文字だとしてもこの配列はおかしい」
「私の知識にもありませんね……十字教の基本教義、仏教や神道を下敷きにしたものではないでしょう」
ばっ、とインデックスに視線が集中する。
魔術についてのあらゆる知識を掻き集めた少女。
彼女に掛かればこんなものはすぐに解読できると皆が信じている。
「わ、から、ないんだよ……」
その中で、インデックスは一人蒼褪めていた。
「何で! 私は一〇万三〇〇〇冊なんだよ!? どうして見たこともない術式があるの!!」
「インデックス、落ち着いてくださいっ!」
子供がいやいやをするように激しく頭を振るインデックス。
絹旗は為す術も無く、ただその身体を抱きしめる。
絹旗の胸に押し付けられてなおインデックスはくぐもった叫びをあげた。
「どうして、どうして……っ!」
「……おそらく、だが。故意に『首輪』に繋がる知識が欠けているんだろう。そもそも今まで君が存在に気付かないでいたのがおかしいんだ」
絹旗は知らないことだが、インデックスの魔術に対する察知能力はずば抜けて高い。
普段ならともかく年一度の発動時に気付かない訳がない。
『首輪』について、また知識が一部欠けていることについても意識が向かないようにされていた可能性がある。
「っ、忘れたく、ないんだよ……。世界の全てを捻じ曲げる、なんて。私にはこんな術式も解けないのに……」
「インデックス……」
名を呼んだ神裂は、それ以上言葉を継がなかった。
何も言える訳が無いと絹旗は思う。
教会に裏切られて、信じていた知識も土壇場で助けてはくれない。
完全に「上」に都合が良いだけの図書館として――、
(あ、)
その時、脳裏に小さな違和感がよぎった。
一〇万三〇〇〇冊、魔道図書館、世界の全て、魔神。
そこに欠けたわずかな知識。
思うまま絹旗は口にする。
「――インデックス。あなたは、超本当は知っているんじゃないでしょうか」
「知らないよ、見たことない。術式全体だけじゃない、構成要素の一つだって分からない!」
弾けるようにインデックスが叫んだ。
魔術に疎いくせに不用意な発言をした絹旗を、神裂とステイルが睨みつける。
「分かってます、インデックスは嘘なんて吐かないです! ただ、知っているのに見えないようにされてるんじゃないでしょうか」
一〇万三〇〇〇冊。
膨大な数だ。
それだけのものをインデックスに記憶させた、魔道図書館なんてものを作ろうとした偏執的な人間が、知識の欠落を許すだろうか。
インデックス本人には隠しながら、保管させようとは考えないか。
実際に絹旗はインデックスの人格を通さずに「蔵書」が引き出される様を目撃している。
「もしそうだとしても、私に分からないんじゃ意味がないんだよ……」
一転して打ちひしがれたように弱弱しくなる声。
暗い熱を瞳に灯し、杖を突いたステイルがゆらりと立ち上がる。
「もう止めろ。これ以上続けるなら――」
「分からなくても、推測はできませんか。今までは知らない魔術があること自体に気付かなかった。でも今は、欠けている部分の形を超知っています!」
「っ――――!」
勢いよく顔を上げたインデックスを真っ直ぐに見詰める。
潤んだ目が突き刺すような真摯さをもって絹旗を見る。
静止を遮られたステイルも目を見開いた神裂も、動きを止めている。
「――やるんだよ。私、突き止める」
インデックスの透き通った、それでいて芯のある声が響いた。
がりがりがり、と乱雑にペンが走る音の中、今度こそ絹旗は蚊帳の外にいた。
インデックスはテーブルに向かい何かを書き散らしては投げ捨てる。
その時々に二人の魔術師に声を掛けては、答えを聞いてまた紙と向き合う。
(ごめんなさい。ごめんなさいインデックス――)
絹旗は一人離れたソファに凭れ、携帯端末を操作している。
インデックスが魔術を解読できなかった時、頼る病院などの都合を付けておくために。
「解読できなかった時」。
絹旗は、インデックスにやるべき事を与えたようでいて、もっと深い絶望に突き落とすかもしれないと分かっている。
一度希望を抱いたインデックスがもし失敗したら、一体何を思うのか。
膝の間に顔を埋める。
自分の推測が的外れだとは思わない。
しかしインデックスが答えに辿り着けるかは、確率の計算もできない未知数だ。
本当は「私達が必ず何とかする」と言えば良かったのだ。
(インデックスは「忘れたくない」と言いました。――どんな手段を使ってもそれを叶えたいと思うのは、私の超我侭なんでしょうね)
奇跡なんて起こらない。
一発で何もかも解決できるような切り札は無い。
それでも絶対に忘れて欲しくなくて、絹旗はあらゆる可能性に縋るしかない。
そうして一時間と数十分経った頃。
パァン!! と部屋中に音が響いた。
全員が、音の源に振り向く。
インデックスが呆けたように宙に視線を漂わせている。
その手は強張ったままテーブルに置かれ、インデックスがテーブルを叩いたのだと知れた。
「わかった、解けたんだよ」
声もどこか茫洋として、見えない本を見ているようだ。
誰もがしんとしてインデックスの言葉を聞いている。
「あの術式は年の循環の中に強制的に『区切り』を付けるもの。紋章は十二宮の記号を十字教とケルト神話で無理矢理変換して、――」
そこまでだった。
すらすらと読み上げるような声が突然途切れ、首がかくりと前に垂れた。
「インデックス!?」
呼びかけたのは誰だろう。
全員が慌てて周りに駆け寄る。
インデックスは黙ったままゆっくりと立ち上がり、
「――警告、第四章第十二節。司書《interface》の閲覧禁止区域への侵入を確認。防壁を再構築します」
それは既にインデックスではなかった。
「な、これは何だ……っ!?」
「『自動書記』――!」
ステイル達は知らないこの人格の名を、絹旗は呼んだ。
「――、構築完了。現時点までの記憶を検索……完了。共犯者を三名検出」
「な、何でこの子が魔術なんて使えるんですか!」
ばらばらばら、と。
インデックスを中心に風が起こり、不可解な紋様が書き殴られた紙を巻き上げた。
あらゆる知識を従えるように。
「――一〇万三〇〇〇冊の保護のため、侵入者を迎撃します」
「馬鹿なッ、インデックスの魔力はこのために!?」
インデックスの目前に、空間に直接インクを流したような図形が出現する。
「――現状、最も難度の高い敵兵『神裂火織』の破壊を最優先します」
直後、インデックスの瞳が鮮烈な赤に染まる。
図形――魔法陣が呼応して銀に輝く。
「――対聖人用の特定魔術の組み込みに成功しました」
「ッ、Salvare000!」
ボゥンッ!! と黒い線が神裂に向かって発射される。
その時には神裂の姿は無い。
フローリングを抉る程の踏み込みで跳躍している。
「超迎撃機能……! インデックスを傷付けずに止めるには!?」
「分かるはずがないだろう! Fortis931――魔女狩りの王ッ!!」
空気を喰らう巨人がインデックスに襲い掛かることはない。
インデックスと他を隔てるように立ち塞がるだけ。
「――各個撃破は非効率的と判断。対集団用の特定魔術を組み込みます」
魔法陣の色が純白へと移り変わる。
空間を引き裂く音がする。
「――これより特定魔術『聖ジョージの聖域』を発動、侵入者を破壊します」
異界の音階が響く。
無慈悲な白光が三人に襲い掛かる。
視界を輝く白が埋めた瞬間、絹旗は強い力で引かれた。
熱い体温が押し潰すように真上にある。
「大丈夫ですか」
押し殺した声は神裂だ。
少し外れた位置に居た絹旗は、攻撃が当たる直前に魔女狩りの王の後ろに投げ飛ばされたのだ。
だがそのせいで神裂自身が脚に火傷を負っていることに気付く。
「! 今は私よりも、」
「私は名乗りました。――もう誰も見捨てません」
互いの戦力を考えた台詞は遮られた。
囁きは一瞬で、神裂は再び跳躍している。
呆然とするしかなかった。
インデックスの放つ光線は余波だけで室内を破壊していく。
魔女狩りの王で受け止め切れなかった光がその上を蹂躙する。
正体の知れない攻撃は家具や壁を等しく破壊し、後には嘘のように白い羽根が舞う。
「こんなの、麦野より、」
最後まで言葉にならない。
超能力者よりも凄まじいモノに相対して、一体何ができるだろう。
何ができる。
違う。
(自分は無力だなんて、超泣き言吐いてる場合ですか!)
何かできる。
神裂が攻撃範囲の外から足場を崩そうとしているが、戦況は明らかに劣勢。
こんなところでお荷物になってはいられない。
絹旗にできること。
窒素の制御。
駄目だ、この攻撃はそんな物では防げない。
自分が盾にはなれない。
接近できないから剣にもなれない。
絹旗が知っていること。
インデックスの純粋さ。
一〇万三〇〇〇冊。
脳の容量の嘘。
……違う、そうじゃない。
絹旗だけが知っていることがある。
「自動書記」。
治療をした時の記憶。
その性質。
科学の世界の何よりも機械的な、
「――――」
絹旗は「それ」を握り締める。
「ステイル=マグヌス」
絹旗は苦しそうに片膝を突く魔術師を呼んだ。
ステイルは視線だけで促す。
その視界にきちんと入るように、予備の「それを」二本転がし渡す。
「これは……おい! どういうつもりだ!?」
「……賭けです。試すのは私がやります。もし上手くいったなら、超乗ってくれませんか」
最後に自分の分を弄り回し設定を済ませる。
「駄目だ。そもそも近付けないんだ、意味も無い」
「そういうことじゃありません。今のインデックスはオートで動く機械のようなもの。だから、もしかしたら、」
そこまで言って、絹旗は「それ」の先端を脇腹に押し付けた。
賭け。
それも一度勝っただけでは駄目だ。
何度もダブルアップを繰り返すように、可能性の網を潜り抜けなければインデックスは守れない。
(――でも、私がするのは一戦目の超試金石に過ぎなくても、)
これが自分にできることだ。
自分の役割だ。
眼を閉じ、「それ」を作動させ――絹旗の意識は暗い、暗いところに堕ちていった。
「――敵兵『神裂火織』の生命活動停止を確認。全侵入者の破壊を完了し、『自動書記』を休眠します――」
そうして、絹旗は長い手紙を読み終えた。
開け放った窓から、暑さを和らげる涼風が吹き込む。
暖色の薄いカーテンが膨らみ、また引いていく。
絹旗の知人には三文小説家とC級映画監督が居るらしい。
普通ならそう思う。
「どうして、『インデックス』って名前がこんなに気になるんでしょう……?」
あくまで淡々と綴られた手紙の最後には、物語の登場人物である二人からメッセージが添えてあった。
そこにだけは剥き出しの思いが滲んでいる。
『お詫びはするべきではないのでしょうね。私達が気付けなかったことをあなたは教えてくれた。本当にありがとうございます。 神裂火織』
『言いたいことは沢山あるが、先に養生すると良い。あの子は今だけ預けておく。 ステイル=マグヌス』
彼らは文字の中の「魔術師」であり、この手紙の筆者でもある。
絹旗は自分のことを知りたいと言った。
どんな過去でも知っておきたいと。
そうしたら、妙に蛙に似た医者は本当に色々な物を用意してくれた。
過去にあったという実験の記録。
能力の測定値。
シンプルな名前の組織で活動していたというレポート。
最後に読んだのが自分を病院に連れてきたという二人からの手紙。
他の記録だって自分のこととは思えないのに、この手紙は輪を掛けて夢物語のようだ。
こん、こん、と音がした。
蛙の医者だろうか。
絹旗は何の気なく答える。
開いたドアの先には、純白の修道女が立っていた。
「きぬはた……」
「あなたがインデックス、ですか」
自分には役者の知り合いも居たらしい。
そう思うのに、喉が勝手に息を呑んだ。
「きぬはた。私、解いたよ。もう忘れないんだよ」
「首輪」のことだ。
「……きぬはた。かおりとステイルがね、これからのことは大丈夫だって」
イギリス清教を出し抜いてでも身柄は守る、と手紙にも書いてあった。
「…………きぬはた。嬉しかったの、幸せになろうって言ってくれて」
それは知らない。
どの記録にも載っていないことは、絹旗は知らない。
「きぬはた、覚えてない?」
なのに何故。
知らない少女が泣き笑いの表情を浮かべているだけで、こんなに苦しくなるんだろう。
「インデックスは、きぬはたの事が大好きだったんだよ?」
何もかも押し殺そうとして少女は笑う。
何も押し殺せていない顔を見て、絹旗は疑念も迷いも捨てた。
「絹旗最愛」は心なんて信じる人間だったのだろうか。
分からない。
「――インデックス。あなたが泣いていると、私も泣きたくなるんです」
絹旗は「絹旗」を恨む。
目を醒まし、仮死状態に陥った三人を見て、インデックスはどれだけ衝撃を受けただろう。
その上インデックスを置いて自分だけ行ってしまった。
「きぬはた……」
「出来事は覚えていなくても、私はあなたを覚えている」
「きぬ、は、……う、ふぇぇ」
もう駄目だった。
ぽろぽろと涙を落とす矮躯を抱き締めた。
「インデックス」
インデックスが泣いているのは「絹旗」を失って悲しいから。
絹旗の言葉に喜んだのではない。
お互いに辛い思いをするのは分かっている。
それでも、距離を取るという選択はできなかった。
傍で守りたいと思った。
「――一緒に、幸せになりましょう」
597 : VIPに... - 2012/01/15 23:33:19.64 uY3LPmYw0 66/66以上です
インデックスがチート気味なのは俺が図書館フェチだから
SSって難しいですね
本当は2巻分まで書きたいんだけど、その前に色々見直そうかと思います
心理描写とか文体とか
拙い文章だったけど、読んでくれた人ありがとう!