関連
【艦これ】 山城 「認めます……幸せだわ……」【前編】

268 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:19:54.10 4WxcXio/o 218/393



――――― 深夜 扶桑と山城の部屋




269 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:20:33.14 4WxcXio/o 219/393



しとしとしとしと


まだ雨は降り続いていた。


扶桑 「すー……すー……」


眠れない。

目を閉じると……提督の優しい言葉が……嬉しそうな笑顔が……海を見ながら真剣に考えている横顔が……そして、手を触れた熱が……頭の中を巡って止まらない。


山城 「はぁ……」


たまらず姿勢を変える。すると行儀よく眠っている姉さまの横顔が視界に入る。


山城 「ああ姉さま、寝顔も素敵です……」


つぶやいて、じっと姉さまを見つめる。本当に大切な人。前世でひどい別れ方をして、再会を願って願って……ふふ、提督が一生懸命がんばってくれたっけ……そして出会えた喜び。それからずっとこうして同じ部屋で、二人の時間をすごしてきた。


山城 「よしっ!」


気合を入れて考える。そうだ、考えてみればわたしが提督に恋しているのは……悔しいけれどずっと前から。西村艦隊の記憶と同じ……わかっていて目をそらしていただけ。

だから大丈夫。ただそれをはっきり自覚しただけで、中身は何も変わっていない。明日からも、何事も無かったように普通に過ごせる。そう、きっと大丈夫!


扶桑 「すー……すー……」

山城 「姉さま、見ていて下さい。山城、頑張りますから!」




270 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:21:02.16 4WxcXio/o 220/393



――――― 翌日 提督執務室




271 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:21:27.81 4WxcXio/o 221/393



提督 「……そういうわけで、西村艦隊としての任務を継続するかどうか、山城も交え全員でもう一度相談してほしい」

扶桑 「はい、それはもちろん構いませんが……」

朝雲 「山城さんは、どうしてそんな離れたところにいるの?」

山城 「え゛!? わ、わたしはいつもどおりよ!」

提督 「そうなんだよー。なんか今朝から、一定距離以上絶対近づかせてくれないんだよ」

時雨 (あやしいね)

満潮 (あやしいわね)

朝雲 (むっちゃあやしいわ!)

山雲 (怪しんでる朝雲姉もかっこいい~)

扶桑 (本当に様子が変ね)

最上 (ちょっとお腹すいたなぁ)




272 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:22:02.76 4WxcXio/o 222/393



提督 「じゃあ山城、秘書艦は今日はもういいから、納得行くまで話し合ってこいよ」(一歩寄り)

山城 「は、はぃぃ! ちゃんと話してきますっ!」(一歩離れっ)

提督 「だから、なんで逃げるんだよっ!」

山城 「に、逃げる!? な、なんですか、言いがかりはやめて下さいっ」

提督 「そんなこと言われたら……無性に追いかけたくなるな……部屋のカドにでも追い詰めて……」

山城 「ぎゃー! セクハラですセクハラっ!」

扶桑 「二人共、何してるんですか……」

時雨 「別に喧嘩してる訳じゃなさそうだね」

最上 「ちょっと楽しそうだねっ」

山城 「楽しくないわよっ! じゃあ、みんな行きましょっ。では失礼しますっ!」


バタン


提督 「ふむ……昨日はいい感じで距離を詰められたと思ったんだがなぁ……急いで近づきすぎたかな?」




273 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:22:30.56 4WxcXio/o 223/393



――――― 少し後 会議室




274 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:23:04.60 4WxcXio/o 224/393



扶桑 「それじゃあ……西村艦隊任務を継続するかどうか。他のみんなの意思はもう固まっていると思うから……。山城、思っていることを話して」


シーン


山城 「はい、姉さま。それじゃあみんな、少しわたしの話を聞いてくれる?」

時雨 「山城、もし辛かったら、理由など無しで解散でもいいんだよ?」

山城 「時雨、ありがとう。でも大丈夫よ。結論から言えば、わたしはこの任務を続けたいの」

満潮 「……戦場であんなにも取り乱していたじゃない。それなのに続けるの?」

山城 「ええ。ちゃんと最初から話すわね」


提督に聞いてもらったこと。励ましてもらったこと。それを思い出しながらゆっくりと話す。


山城 「前世のわたしのことはみんなも知ってるわよね。ずっと実戦に参加することもなくひたすら訓練をするばかりの日々。そして大勢の仲間が沈んだ頃、数合わせのように実戦に投入された」

扶桑 「わたしもほとんど同じようなものね……。それが西村艦隊」

満潮 「そうよね。生き残りの寄せ集めみたいな艦隊だものね」

山城 「みんなは実戦をくぐり抜けてきた生き延びた結果だもの。立派なものよ」




275 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:23:52.52 4WxcXio/o 225/393



山城 「そしてあの地獄の海戦。……わたしはね、あの戦いには後悔しかない。大切な姉さまを気づかないうちに沈められたり、何一つ戦果を挙げられなかったり……。でも、時雨が生き延びてくれたことだけは嬉しいわ。生き延びてくれてありがとう、時雨」

時雨 「うん……僕も辛かったけど、僕を逃げ延びさせてくれたこと、感謝しているよ」


山城 「情けない話だけど……みんながちゃんと向き合って心の整理をつけたこの地獄の記憶ね。わたしは……全然思い出せないでいたの。ううん、ちゃんと覚えてはいるんだけど、ただの知識みたいな……他人事のような感じだったの」

満潮 「わかるわ。それだけ……辛かったのよ」

扶桑 「そうね……あまりに重い記憶だから……」


山城 「でも、また西村艦隊のみんなで出撃するなら、当然向き合うべき記憶だったのよ。でも逃げ続けていて……提督にはお見通しだったみたいだけど……。戦場に出て、そのしっぺ返しをくらったのね」

最上 「そういうことだったのか……」

朝雲 「山城さん、本当に辛かったのね」

山雲 「大変だったのね~」




276 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:24:43.86 4WxcXio/o 226/393



時雨 「それでもなお任務を続けたいという理由を教えてくれるかな?」

山城 「そうね……うまく言えるかしら」


少し目を閉じて想いを巡らす。任務の話が出てから今日までの、西村艦隊のみんなとのバタバタした日々を。


山城 「確かに辛い記憶に繋がったメンバーね。だけど……同時に死線を共に戦った戦友よね。その戦友たちとまた戦えること。一緒に訓練したり騒いだり……。そういうことが、その……嬉しい……わ」

満潮 「言いたいこと、よく分かるわ。そうね、これもまた絆なのかもね」

朝雲 「うん、わたしもすごく楽しい……充実してるっ」

山雲 「そうね~」

最上 「そうだね、僕も賑やかで楽しいよ」

扶桑 「うふふ……そうね、とても賑やかで……わたしも楽しんでいるかも」

時雨 「そっか、山城もちゃんと楽しんでいてくれたんだね。それなら決まりだ。また戦場で山城がつらい気持ちになったとしても、今度はみんなでちゃんとフォローするよ」

扶桑 「そうね、今度は失敗しないわ」

山城 「う……あ、ありがとうみんな……ありがとう姉さま……わたっ……わたっ……わたし……ぐす」


わたしは良い仲間に恵まれた。本当に心からそう思う……




277 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:25:22.73 4WxcXio/o 227/393



扶桑 「じゃあ明日からまた西村艦隊でがんばりましょう」

山城 「はい、姉さまっ!」

一同 「おー!」


朝雲 「はいはーい! じゃあ、この話題はこれで終わりで、そろそろ本題にはいりませんかっ!?」

山雲 「そうだよね~」

時雨 「そうだね、じゃあ早速……」

山城 「ちょっと待って! 本題ってなにっ?」

最上 「やだなぁ、昨日のデートのことに決まってるじゃないか」

朝雲 「そうですよ! もう気になって気になって、夜も眠れなかったんですから!」

山雲 「朝雲姉、よく寝てたね~」

山城 「ちょっと、それは別に西村艦隊のこととは関係無いんじゃ……」

時雨 「戦友に隠し事は良くないよ。ていうかみんなすごく気になってるんだから、ちゃんと話してくれないかな」

満潮 「そうね……正直言って聞きたいわ」

山城 「満潮までそんなことをっ」

扶桑 「ごめんね山城。わたしも聞きたいかも……」

山城 「姉さままでっ!」

朝雲 「さ、観念して最初から最後までしっっっかりとお話してっ!」(キラキラ)




278 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:26:02.36 4WxcXio/o 228/393



ぐぬぬ……。

落ち着くのよ山城。やましいことは何も無いんですもの。淡々と簡潔に事実だけを説明すればいいのよ。それで納得してもらえるなら楽なものよね。


山城 「分かりました、じゃあ簡単に話しますっ。それでいいんでしょっ!?」

時雨 「ちゃんと話してほしいな。提督から尾行禁止の厳命を受けたから、みんな涙をのんで我慢したんだから」

山城 「そんなの当たり前よっ!」

朝雲 「さぁさぁ、いいから最初からお願いっ!」


山城 「えっと……。待ち合わせは自然公園の東屋で……。行ってみたら、提督が真っ白な軍服で待ってて」

時雨 「真っ白って、第二種軍装? あれはかっこいいね」

朝雲 「うわ、提督おしゃれー! どう? かっこよかった!?」

山城 「そうなのよ! 直立不動で憂い顔で海を眺めてて、普段のふざけた感じがまるで無くて、なんだか別人みたいな……」

最上 「へー、提督がそんな表情してるの見たこと無いや」

山城 「でしょっ!? それでちょっとドキッとしちゃって、なかなか声をかけられなくてね」

朝雲 「きゃー! いきなりそんなスタートなの!? いいっ! それでそれで!?」




279 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:26:59.12 4WxcXio/o 229/393



山城 「それで、冷えただろうってホットワインを作ってくれて……」

満潮 「は!? なんでデートで突然飲み物作ってるのよっ。東屋でしょ?」

山城 「それがね、今日はここでお花見デートだからって、お食事とか飲み物とか色々用意してあって」

朝雲 「ええー! あの東屋でそのままデートだったのー!? 何もない場所じゃんっ!」

山城 「違うのよ、東屋の周り一面に、あじさいみたいな綺麗な花が咲いていてね。そのお花見だったの」

最上 「僕も行ったことあるけど、あの周りって葉っぱの茂みがあるばかりで花なんて無かったけどなー」

時雨 「いや、雨が降っているときだけ花が咲くんだよ。なるほどね、昨日は雨だったから」

山城 「そうなのっ。この辺はまた提督の深い考えがあってね……うふふ、あとでその話も出てくるからっ!」

朝雲 「えー! ひっぱるわねー。それでそれでっ!」

山城 「それでね、ホットワインを頂いていたら緊張も解けて、おつまみも頂きながら、色々とお話をしたわ。みんなでわたしの服を選んでもらった話とか……。そうそう、時雨に選んでもらった服、提督にすごく褒められたわ! ありがとうっ」

時雨 「僕が選んだのを着ていってくれたのか。そっか、喜んでもらえたなら嬉しいよ」

山城 「それで、みんなが選んでくれた服の話とか色々してから……。うん、お昼ごはんにしようって、鳳翔さんに作ってもらった立派なお重を出してくれて」

扶桑 「提督ったら、用意周到ね……」




280 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:27:46.52 4WxcXio/o 230/393



山城 「それで、お昼を食べながらね、雑談風に……みんなが西村艦隊任務で感じていたこと、悩んでいたこと、そういうことを提督から丁寧に聞いて……。それで……山城が一番辛かっただろう、辛すぎて記憶と向き合えないこともあるという理解が足りなくて済まなかったって」

満潮 「山城さんの辛い気持ちも、それ故の葛藤も全部分かってた訳ね。最初にこの任務の話があったときからずっと分かってた……そんな感じよね」

時雨 「そっか、それで山城もやっと本音を話して、記憶と向き合えたわけだ」

朝雲 「やっぱり、提督に抱きしめられたりしたの? 慰めるために…… ///」

山城 「/// ちょ、ちょっと! そんなわけ無いでしょっ。ただちょっと……その……胸に顔を埋めて泣かせてもらったぐらいで……。ずっと頭をなでて、背中をぽんぽんってしてくれて……その、落ち着くまでずっと……」

山雲 「きゃ~、いい感じね~」

扶桑 「優しく慰めてもらったのね。良かったわ」

朝雲 「おかしいなぁ。慰めるときは抱きしめてその後、き、キスとかしちゃうものなんだと思ってたけど……」

時雨 「提督はそういうタイプじゃなさそうだね」

山城 「そうよっ! 提督はああ見えてすごく真面目なんだからっ!」

満潮 「はいはい、ごちそうさま。それからどうしたの?」

山城 「それから……? えっと、思いっきり泣いてスッキリして、それからずっと、お酒をちびちび飲みながらあれこれ雑談して……」




281 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:28:31.92 4WxcXio/o 231/393



山城 「それでね、もう夕方だから帰ろうってなったときに、ふっとね思ったのよ。罰デートとして呼び出されたけど、これはわたしの悩み相談のために呼び出しただけだったのかなって」

時雨 「くすくす……それが不満だったわけだ。それで?」

山城 「なによ? えっと、それで提督にお聞きしたのよ。そしたらね、晴れてたら公園を散策デートするつもりだったんだけど雨だったからって」

扶桑 「それは……わたし達にはショックな言葉ね……」

山城 「姉さま、それが違うんです! わたしもしょんぼりしてたら、山城が雨を降らせてくれたおかげで素敵なお花見デートができたし、帰りは相合傘で帰れる。雨を降らせてくれてありがとうって」

時雨 「そっか、東屋の周りの花のこと、提督も知っていたんだね。雨のときだけ綺麗に咲くって」

朝雲 「えっと、それって……。雨が降っても素敵なデートになるように計画していたってこと?」

山城 「そうそうそう! そうなのっ! わたしが雨女なのを承知で、雨でも楽しいデートになるように一生懸命考えてくれていたの!」(うっとり)

扶桑 「それは……本当に素敵ね。提督に感謝しないといけないわ」

最上 「うわぁ……。それはこう、クラっと来ちゃいそうだね」

時雨 「うん、なんというか殺し文句的な感じだね」

満潮 「司令官のこと、ちょっと見直したわ」

朝雲 「す、素敵!! それでそれで、帰りは……相合傘したの?」




282 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:28:58.36 4WxcXio/o 232/393



山城 「しょ、しょうがないでしょ。提督が相合傘で帰りたいって言うんですもの……///」

朝雲 「いいなぁ……相合傘かぁ……」

時雨 「本当に素敵なデートだったんだね」

満潮 「それじゃあその後は提督の部屋に行ったの?」

山城 「えっ!?」

最上 「ええーー! そ、そうなのっ!?」

山城 「そ、そんなわけ無いでしょっ! お重を鳳翔さんにお返しして、それからすぐ帰ったわよっ」

扶桑 「そうね、夕方には帰ってきたものね」

満潮 「そうなの……? デートの後は部屋に誘われて行くのかと思っていたわ」

朝雲 「満潮、アダルトすぎっ! どこで覚えたのよそんなのっ!」

満潮 (く……秋雲、覚えておきなさいよ!)

時雨 「満潮が実はエッチだっていうことは置いておいて、じゃあそれでデートは終わり?」

満潮 「ちょ、ちょっと!」

山城 「ええ」




283 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:29:29.23 4WxcXio/o 233/393



朝雲 「うーん、思ってたのとは違うけど、やっぱりデートって素敵~!」

山城 「そうよね! って……はっ!!」


な、なんでわたしは熱くデートを語ってるの! 違うでしょっ! そうじゃないでしょっ!


山城 「そ、そうね、罰ゲームだから仕方なくだったけど、やっと終わってよかったわ」

山雲 「でも~、とっても楽しそうだったね~」

時雨 「くすくす……そうだね、急に取り繕ってもね」

扶桑 「山城、もう今さらよ。いい加減素直に提督のお気持ちにおこたえすればいいじゃない」

山城 「な、な、何を言っているんですか! 何度も言ったとおり、提督の狙いはきっと扶桑姉さまなんですから、わたしが踏ん張らないとっ」

最上 「やれやれ、まだそんなことを言ってるのかい?」

満潮 「山城さん、デートの話を聞く限り、そんなことは全く無いと思いますけど」




284 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:30:05.54 4WxcXio/o 234/393



時雨 「ねえ山城。いい加減はっきりさせた方が良いと思うんだけど……。提督が自分を好きなわけじゃないとか、狙いは扶桑だとか言う理由を教えてもらえないかな?」

扶桑 「そうよ。わたしが何度聞いてもはぐらかすばっかりだし」

山城 「そ、それは……」

朝雲 「そーそー。どう考えても司令は山城さんが好きだし、誤解する要素なんてなにもないじゃないっ」


山城 「だ、だって……」

満潮 「だって?」

山城 「だ、だって……提督がわたしのどこが好きかって……火力と防御力と耐久力なのよ!」

最上 「……へ?」

扶桑 「な、なあに、どういうこと?」

山城 「だからー! 提督がわたしのどこが好きかって具体的に指摘した部分が、火力と防御力と耐久力なんです! だから、同じ能力だったら姉さまの方が断然素敵だし、そのうち大和や武蔵が着任したら、きっと提督の心はそちらに行ってしまうのっ!」




285 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:30:31.59 4WxcXio/o 235/393



朝雲 「えーっと……ちょっとまってね。司令ってしょっちゅう、山城さんのことを好きだ好きだって言ってますよね?」

山雲 「そうよね~、聞いてて恥ずかしくなるくらい言ってるわよね~」

山城 「そ、それは確かにそうだけどっ。でも、具体的にどこが好きかって言うのは全然言ってないの!」

満潮 「……はぁ」

最上 「そうなんだぁ。でもそれだと長門さんや陸奥さんのほうが好かれそうだけどなぁ」

時雨 「最上さん、えっとその……大丈夫、全部山城が誤解してるだけだから」

扶桑 「誤解と言うか……」

山城 「誤解とかじゃないです、本当なんです!」

時雨 「はぁ……ごめん、僕はちょっと席を外すね」




286 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:31:23.34 4WxcXio/o 236/393



満潮 「つまり、司令官が具体的にどこが好きか。例えば笑顔が好きとか声が好きとか、そういうことを言わないから不安なのね」

朝雲 「あんなに好かれてるのに、それでも不安なの?」

山城 「ふ、不安とか……別にそういうわけじゃ……」

朝雲 「だって、具体的に指摘されたポイントが火力とかの性能だった、だからもっと性能が良い人に心が移るかもって心配してるんでしょ?」

山雲 「心変わりが心配なんて、山城さん恋する乙女ね~」

山城 「/// べ、別にそういうわけじゃ……ない……はずだ……けど……」

扶桑 「聞く限り、そうとしか思えないけど……」

最上 「でもさ山城さん。提督はあんなに好き好き言ってるのに、具体的な話って、本当に性能のことばかりなの?




287 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:31:59.83 4WxcXio/o 237/393



山城 「それはその……それ以外だと……。その……秘書としていつも一緒にいてくれて幸せだとか、俺好みのコーヒーと覚えてくれて嬉しいとか、一緒にいると楽しいから早く私生活も含めた秘書になってくれとか……」

満潮 「……聞いててムズムズするわ」

朝雲 「なにそれ、もう甘々じゃない! それでどうして不安なのっ!」

山雲 「新婚さんみたいね~」

扶桑 「そこまで愛されて、一体何が不満だというの?」

最上 「いいなぁ、僕もそういうセリフ言われてみたいよ……」

山城 「で、でも、わたしのどこが好きとかは出てないでしょ!? だからその……」


バーーン!


提督 「話は聞かせてもらった!」

扶桑 「提督! 突然どうされたのですか」

時雨 「僕が呼んできたんだよ、事情を話してね」




288 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:32:50.45 4WxcXio/o 238/393



提督 「山城、そんな、一言言ってくれれば良かったのに!」(ぎゅっ)

山城 「て、提督っ! あ、あの、突然手を握られたら困り……ます………///」

朝雲 (ドキドキ)

提督 「山城、俺はきみが好きなんだ。笑顔が好きだ。すぐに拗ねるめんどくさいところが好きだ。不器用だけど一生懸命な性格が好きだ。文句を言いながらもいつも優しいその心が好きだ」

山城 「/// て、提督……そんな……やめて下さい……そんなに言われたらわたし……」

満潮 (ワクワク)

提督 「その白い肌が好きだ。ほっそりした首も、たまに見えるうなじも、柔らかそうなお尻も……」

山城 「……え?」

提督 「眼の前で屈まれたときに見える胸元とか、柔らかそうなおっぱいとか、もう大好きだ!」

時雨 (提督……正直すぎるよ……)

山城 「こ……こ……このエッチ! 変態っ!!」(バシーン)

提督 「ごふっ……効いた……」

山城 「そ、そんな人は……もう知りませんっ!!」




289 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:33:28.70 4WxcXio/o 239/393



バタバタバタバタ


扶桑 「こら山城、待ちなさいっ」

最上 「あーあ、逃げちゃったね」

朝雲 「司令が悪いのよー、せっかくロマンチックだったのに……」

提督 「いや、ここはちゃんと本音でいこうかなと」

満潮 「本音すぎるわよっ!」

時雨 「ま、でもこれで、すこしは伝わったんじゃないかな……」



廊下を走り抜け外へ。もう周りも見ず全力で走っていた。

もう、提督の変態変態!!

でも、全然腹は立たなくて……提督の言葉を。わたしを心から好きだと言うその言葉をずっと反芻していた。

自然と顔がにやける。


そう、提督は本当にわたしのことを好いていてくれているのね。エッチなのは困ったものだけど!




290 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/10/31 23:33:54.82 4WxcXio/o 240/393



**********

こうして今日は、わたしがなんとなく抱えていた不安が一つ解消された。

……同時に、わたしは逃げ道をまた一つ失ってしまった。

どうしよう……わたしはどうしたら良いんでしょう……姉さま……

**********




298 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/05 13:12:11.17 izG9Rr1eo 241/393



――――― 3日後 夜 山城幸せ大作戦仮設本部



299 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/05 13:12:42.38 izG9Rr1eo 242/393



提督 「こんなところに巣を作ってたのか……。確かに空き部屋はいくらでもあるけど、勝手に使うと大淀に怒られるぞ」

朝雲 「巣ってなによっ! ちゃんとみんなで作戦会議してるのよ」

提督 「その割には、ジュースとお菓子だらけど……。あの大きなゴミ箱から溢れそうなゴミと合わせると、どんだけ飲み食いしてるんだって感じなんだが」

最上 「まぁまぁ、作戦会議といえばジュースとお菓子だからさ!」

山雲 「そおよ~、お菓子おいしいよ~」

提督 「俺の知っている作戦会議とは大分違うようだな……」

扶桑 「では、今日は提督も参加していただいての作戦会議と参りましょう」

時雨 「提督から僕らに相談なんてめずらしいね。そんなに困ってるの?」

満潮 「ま、お茶でも入れるからゆっくり話しなさいよ」




300 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/05 13:13:19.82 izG9Rr1eo 243/393



提督 「いや、みんなも見ていてわかると思うんだが……。相変わらず山城に避けられてるんだよ」

満潮 「半径2m以内には絶対に寄らないって感じよね」

提督 「でさ、先日のセクハラ発言で引かれてるんだろうなぁと反省してたんだが、どうも違う気がしてな」

扶桑 「そうですねぇ。山城は、先日の発言は怒ったり引いたりなどではなく、単純に喜んでいたように思います」

最上 「そうだよね」

朝雲 「途中まではすっごい雰囲気よかったし!」

山雲 「途中からエッチな話になって台無しだったけどね~」

朝雲 「そうそう。提督はもっと乙女心を勉強すべきね!」

提督 「いやいや、大人同士なんだからアダルトなのも必要なんだよ」

時雨 「それはともかく、僕から見ても山城は喜んでいるように見えたかな」




301 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/05 13:14:07.38 izG9Rr1eo 244/393



満潮 「わたしは、これで山城さんは不安が取れて、司令官ともっと仲良くなるだろうなって思ったわ」

提督 「ところがみょーに距離を取られてるというわけだ。俺も理由がわからなくてな。途方に暮れてる」

朝雲 「ただ照れているとか恥ずかしくて、って感じじゃ無かったよね?」

時雨 「そうだね、もちろんそういうのもあるんだけど、たまに悲しそうな顔をしながら必死に距離を置こうとしてる。そんな風に見えたかな」

最上 「この間の様子を見てたら、もうすぐ恋人になるんだろうなーって思ったのに。手を握って愛の告白とかしちゃってさ」

提督 「だろー? 俺もついに2年越しの恋が実るかと期待してたらこの有様だよ」

扶桑 「姉のわたしからみて、山城が提督のことをお慕いしていることは間違いないと思います。ただ、たしかにここ数日、本当に情緒不安定というか、ため息をついてばかりで元気がないんです、あの子。理由を聞いても、何でもないんですー!としか言わないし……」

時雨 「本当にわからないね……。山城は一体何をそんなに悩んでるんだろう? 誰が聞いても話してくれないし……」

山雲 「うーん、山雲は~ちょっとわかる気がするな~」




302 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/05 13:14:46.77 izG9Rr1eo 245/393



提督 「なにっ! 意外なところから来たなっ。教えてくれ山雲!」

山雲 「う~ん、なんとなく~?」

朝雲 「がくっ……。あんた前にもそんなこと言ってたわね。でも具体的に言葉に出来ないんじゃ意味ないのよ~」

扶桑 「そうね、なんとなくじゃぁ」

時雨 「何かヒントになりそうなこと、具体的なことはないかな?」

山雲 「う~ん、う~ん、そうね~、多分だけど~」

提督 「どんな些細なことでもいいぞっ」

山雲 「山雲は~、うまくお話できないけど、きっと大井さんならもっとはっきりわかると思うな~」

満潮 「え、大井さん? なんだか唐突ね……」

提督 「扶桑、山城は大井とは仲がいいのか?」

扶桑 「そうですねぇ、古株同志ですし、練習艦仲間でもありますから、顔を合わせれば立ち話をするぐらいは……。でも、特に仲良くしてる感じではありませんね」

朝雲 「山雲、ほんとに大丈夫なの?」

山雲 「多分~」

提督 「山雲がわざわざ言うくらいだ、ちゃんと根拠があるんだろう。ちょっと大井に相談してみるよ、ありがとう」




303 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/05 13:15:16.22 izG9Rr1eo 246/393



――――― 少し後 大井と北上の部屋




304 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/05 13:16:02.89 izG9Rr1eo 247/393



コンコンコン

北上 「はーい、だあれ~?」

提督 「俺だ、こんな時間にすまん、大井はいるだろうか?」

北上 「はいはい、いるよー。開けるから待ってねー」

大井 「き、北上さん、開けちゃ駄目です! 北上さんは奥の方に逃げて下さいっ!」

北上 「えー、なんでさー?」

大井 「そんな可愛らしいパジャマ姿を提督に見せるわけには行きません! ああ、北上さんが提督のいやらしい視線にさらされるなんて耐えられない!」

北上 「変なのー。わかったー、じゃあ寝室に行ってるね~」

大井 「はいっ! わたしもすぐ行きますので♪」

提督 「相変わらずだな……」


ガチャ


大井 「提督、こんな時間に何の御用ですか?」(ジト目)

提督 「いや、すまん。個人的なことで申し訳ないんだが、大井に相談したいことがあってな」

大井 「提督がわたしに? 珍しいですね、ではどうぞ、散らかっていますけど」

提督 「お邪魔します。なるほど、北上が転がっていた周りだけ散らかってるわけか。性格が出るなー」

大井 「北上さんが散らかしたものを片付けるのがわたしの幸せなんですっ」

提督 「……お手軽でいいな」




305 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/05 13:17:19.53 izG9Rr1eo 248/393



大井 「それで、どうされました?」

提督 「あー……いや、ちょっと要領を得ない話になるかもしれないが勘弁してくれ。藁にもすがる思いなんだ」

大井 「はぁ……」

提督 「実はな、山城とのことなんだが……(提督説明中)……。まぁそんな感じで、西村艦隊の仲間と一緒に、山城を応援したり、俺も距離を近づけようと頑張ったりしてるんだ」

大井 「楽しそうでいいじゃないですか。それがどうしたんですか?」

提督 「それがな……。山城との距離が近づき、誤解が解けたりして、これからもっと仲良くなれると思ったんだが……。逆にな、山城が必死に距離を取るんだよ。物理的にも精神的にも」

大井 「そう……。心が近づいて、そしたら必死に距離を取ろうとしてるんですね……」

提督 「ああ。その理由がわからなくて皆で悩んでいたら、山雲が、大井なら山城の気持ちがわかるはずだって言うから、その言葉を頼りに相談に来たんだ」

大井 「なるほど、そうですか、山雲が……。そうですね、山城さんの苦悩、わたしには良くわかります」

提督 「なにっ!? そんなあっさりと!?」

大井 「わたしから見たら、提督も西村艦隊のみんなもどうしてわからないんだろうって感じですけど……。ああ、でもそうか、そうかもしれないですね」

提督 「それで、山城は何を悩んでいるんだろうか?」

大井 「……それをわたしから言うのはやめておきます。その代わり、山城さんとお話をする機会を作ります。そうですね……できたら鳳翔さんにも居てもらって……。わたしだと、悩みは共有できても、前に進む手段がわからないから、そこは鳳翔さんにも聞いてもらいます」

提督 「ふむ……。教えてはもらえないのか。では手間をかけるがよろしく頼む。別に俺とくっつけとかそういう話ではなく、悩んでギクシャクした日々を送らずに済むよう、相談に乗ってやってほしい」(ペコリ)

大井 「分かりました。では明日にでも」

提督 「突然の相談ですまなかった。ありがとう」

大井 「いえ……。わたしも気になっていましたから。山城さんは大事な仲間ですし」




306 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/05 13:18:22.88 izG9Rr1eo 249/393



ガチャ

北上 「お話終わったー?」

提督 「ああ、すまんな遅い時間にお邪魔して」

大井 「北上さん出てきちゃだめですっ!」

提督 「なんだ、二人はおそろいのパジャマなのか。可愛くていいじゃないか、にゃんこ柄」

大井 「み、見ないで下さいっ/// セクハラですっ!」

提督 「見ないでもなにも、最初からパジャマ姿だったじゃないか……」

大井 「ジロジロ見るなって言ってるんです! 北上さんを見るのは論外っ!」

提督 「へいへい。おかしいなぁ。朝雲から『女性の服装が少しでもいいなと思ったら、すぐに口に出して褒めること』って教えられたんだが……」

大井 「それも時と場合です!」

北上 「まーまー。提督、帰るならこれあげるー」

提督 「なぜまんじゅう1個……まぁ、ありがとう」

北上 「元気ないみたいだからさ、おまんじゅうでも食べて元気出しなよ」

提督 「……ありがとう」

大井 「はい、それじゃあおやすみなさい提督!」

提督 「ああ、おやすみ」


バタン


提督 「……元気ない、か。そうだな、山城が元気になってくれないと俺も元気でないよなー……」




307 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/05 13:18:48.46 izG9Rr1eo 250/393



――――― 翌日 夜 居酒屋鳳翔




308 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/05 13:19:21.13 izG9Rr1eo 251/393



カランカラン

鳳翔 「あら山城さん、いらっしゃい。お待ちしていました」

山城 「こんばんは」

大井 「山城さん、こっちですー」

山城 「はいはい。今日はどうしたの、突然?」


今朝突然大井が部屋に訪ねてきて「今夜どうしても一緒に飲みたい」なんて誘われて……。

わたし、気づかずに何かしちゃったのかしら……不幸だわ……


大井 「ま、どうぞおかけ下さいな。今日はゆっくりお話したいですから」

山城 「何かしら……なんだか不気味なんだけど……」

鳳翔 「さて、お店はもう看板にしてしまいました。わたしもご一緒させて下さいね」

山城 「鳳翔さんまでっ!」




309 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/05 13:20:01.55 izG9Rr1eo 252/393



大井 「実はね山城さん。昨日、提督から相談されたの。山城がすごく悩んでいて辛そうだから相談に乗ってほしいって」

山城 「て、提督がっ!? そ、そんな、悩んでるなんてとんだ言いがかりです。不幸だわ……」

鳳翔 「ふふっ……心配されて羨ましいですけどね」

大井 「提督、困ってましたよ。西村艦隊のみんなにも相談したけど、山城さんが何をそんなに悩んでいるのか……いいえ、苦悩していると言っていいぐらいよね。それがどうしてもわからないって」

山城 「……」

鳳翔 「実はわたしにも良くわからないんですよ。大井さんは心当たりがありそうですね」

山城 「心当たりなんてあるはずないっ! わたしは苦悩なんてしてませんっ」

大井 「はぁ……。今日ここで話すことは絶対に三人の秘密でお願いしますね」

鳳翔 「ええ、もちろんですよ」

山城 「……それはいいけど、別に、本当になんでもないんだからっ」

大井 「はぁ……」




310 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/05 13:20:57.71 izG9Rr1eo 253/393



大井 「じゃあまず、山城さんから本音を引っ張り出すために、わたしの話をしますね。ほんとにオフレコですからねっ」

鳳翔 「くすくす、そんなに聞かれたくない話なんですか?」

大井 「ええまぁ……。おっほん。えっとですね、わたしは北上さんが大好きなんです!」

山城 「……」

鳳翔 「……」

大井 「あ、ちゃんと続きがありますから。でも本当に大好きなんです。なんというか、魂に刻み込まれているかのような想い。北上さんを見ているだけで、お話しているだけで、そばに居てくれるだけで、本当に幸せな気持ちになる。本当に大切な人なんですっ!」

山城 「え、ええ、そんな感じだと思ってるけど……」

鳳翔 「普段の大井さんのお話ですね」

大井 「反応が薄いですね……。まぁいいですけど……。でもですね、これだけ大切な北上さんと一緒にいられて幸せなのに……それなのにね。その……やっぱり、提督のことも好き……なんです」

山城 「え……? え……?? えええぇぇぇぇぇ!!!」

鳳翔 「山城さん、そんなに驚くところですか? 提督はああいう人ですもの、うちの艦娘はみんな、大なり小なり提督に好意を持っていますよ」




311 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/05 13:21:54.28 izG9Rr1eo 254/393



山城 「え……あ……。でもそんな素振りは全然……」

大井 「ま、提督が山城さん一筋で一切ぶれないのがわかってますから。提督を困らせないよう、みんな心の中に秘めてるんですよ。オープンな人も居ますけどね」


そう……そうよね。提督と艦娘は特別な絆がある。しかもあの人と……あの優しい人と魂がつながっていたら……そうよね、惹かれない訳がない。


大井 「だから具体的にどうこうしようなんて思わないですけど……それでもね、やっぱり想像しちゃうことはあるんですよ。『もし提督に愛されてるのが山城さんじゃなくて自分だったら』って」

鳳翔 「くすくす……そうですね、わたしも提督と一緒に小さな居酒屋をする夢を見たりしました」

山城 「そんな、鳳翔さんまで……」

大井 「鳳翔さんの夢は素敵ですね。わたしは最初なんとなく想像してみて……。愕然として恐怖を感じました」

鳳翔 「え……? 提督に愛されたらっていう想像ですよね?」

大井 「はい。きっと山城さんはよく分かってくれる……山城さんが今感じている苦悩そのものだと思います」


ああそうか。大井はわたしと同じなのね。だから……


山城 「そう……ね。大井は本当にわたしの苦悩を分かっていたのね。そっか……」

鳳翔 「どういうことでしょう?」




312 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/05 13:24:01.70 izG9Rr1eo 255/393



大井 「わたしが提督に愛されたとして。仲良く一緒に暮らして、いつも愛を囁かれて……。そんな風に想像しちゃいますよね」

鳳翔 「……」

大井 「でもわたしには、どうしようもなく大切な、心から愛している北上さんがいるのに。いつだってそばに居たいし、いつまでもそうしていたいのに。それは本心なんです。それなのに、それなのに……提督に愛されて二人で過ごしたい気持ちもまた本心で。魂が2つに裂けてしまうような、そんな気持ちになって本当に怖かった」

山城 「……そう……ね。よく分かるわ」

鳳翔 「山城さん……」

山城 「魂が2つに裂ける。まさにそんな感じよね。わたしはずっとその恐怖に怯えていたわ。でもなんとかごまかして折り合いをつけてきたの。でも……追い詰められて逃げられなくなって……わたし……どうしたらいいのか……ぐすっ……」

大井 「話して……頂けますか?」

山城 「そうね……。誰に言っても……姉さまにお話しても決して理解されない。そう思ってずっとお腹に抱えていたけれど、こんな身近に理解者がいたのね……」

鳳翔 「苦しみを一人で抱えても良いことは何もありませんよ」

山城 「……そうですね。つい先日、みんなから教わったばかりでした。一人で悩んで逃げ続けたところで何も前に進まない。じゃあ、聞いてもらえますか? わたしの愚かな悩みを」

大井 「愚かなんかじゃない。わたし達がそういう風に生まれてしまっただけのことです。愚痴として話して下さいな」

山城 「ありがとう、大井。それじゃあお言葉に甘えて……」




313 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/05 13:25:21.35 izG9Rr1eo 256/393



山城 「提督がはっきりとわたしに好意を示してくれたのが2年前ぐらい。それからずっと秘書艦として、ほぼ毎日一緒に過ごしてきました」

鳳翔 「ええ、提督は一途ですね」

山城 「それで最初は、秘書艦として拘束されて扶桑姉さまとご一緒出来る時間が短くなってしまった! って毎日ブツブツ言ってたんですよ」

大井 「懐かしいですね。終業ベルと同時に執務室を飛び出してた頃ですね」

山城 「ええ。でもそのうち、終業後に一杯だけお茶を飲む習慣を作られたり……。提督もあの手この手を考えるんですよね」

鳳翔 「くすくす。提督の変にポジティブなところは、本当に面白いですね」

山城 「正直に言えば、提督に好意を寄せられて、そうやって楽しくアタックされて、それを邪険にしたりいなしたり……。そういうやり取り、嫌いじゃなかった。ううん、とても楽しくて。秘書艦として務める時間、始業前、就業後の提督との雑談やじゃれあい……それがかけがえのないものになっていったわ……ぐす……」

大井 「見ていてとても楽しそうで……。正直嫉妬したこともあります」

鳳翔 「ええ、とても楽しそうに、幸せそうに見えました」

山城 「でも、まだ言い訳ができたんです。勤務時間なんだから仕方ないんだ、提督がどうしてもと言うからお茶ぐらいは付き合わないとって……」

鳳翔 「言い訳……ですか?」

山城 「はい。……提督ではなく扶桑姉さまと一緒に居たいはずの自分への……言い訳です」

大井 「なるほど、そうやって折り合いをつけていたんですね」




314 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/05 13:26:17.05 izG9Rr1eo 257/393



山城 「でも、最近の西村艦隊任務でのバタバタで、それも崩れてしまいました……。秘書艦からはずれて姉さまとご一緒しているのに……それなのに、執務室と提督のことばかり考えている自分。わたしの不安を理解して心から心配してくれる提督。執務と関係なく二人で過ごす時間の心地よさ……。そんな諸々を見て知って……」

鳳翔 「……」

大井 「……」

山城 「それで……ひっく……わたしは……ぐす……あの人が……提督のことが大好きなんだって。扶桑姉さまをどこまでも愛するという心を裏切ってしまったんだって……ぐす……。でも、大井の言うとおり……このままじゃ魂が2つに引き裂かれてしまう。だから……提督への気持ちを何とか抑えきって、今まで通りに過ごそうって……でもそれがどうしても……できない……ぐすっ……ぐすっ……」

大井 「辛い……本当に辛いですね……。ほんと、わたしたちはどうしてこうなんでしょうね」

山城 「ぐすっ……ぐすっ……」

鳳翔 「よく話してくれましたね。辛いお気持ち、よくわかりました」


うまく言葉にすることもなくずっと心にため続けてきた気持ち。それをようやく吐き出して、ただ泣いた。共感し涙ぐむ大井と、優しくなでてくれる鳳翔さんに救われながら……




328 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/16 01:23:55.15 6Sz9e+uNo 258/393



鳳翔 「はい、温かい梅酒です。気分が落ち着きますよ」

山城 「ありがとうございます……すみません……」(ずずー)


心の重荷を全部吐き出してわんわん泣いて……恥ずかしい……不幸だわ……

鳳翔さん、呆れてないかしら……


鳳翔 「はい、大井さんも」

大井 「ありがとうございます」



329 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/16 01:24:39.92 6Sz9e+uNo 259/393



鳳翔 「お二人の業とでも言いましょうか……。魂に刻まれた相手への愛情。わたしにはそういう相手は居ないみたいです。でも……それでも、心から愛している人は居ます」

山城 「まさか……鳳翔さんまで提督を……?」

鳳翔 「うふふ……そうですね、提督は本当に素敵な方ですけど……。山城さんにとっての扶桑さん、大井さんにとっての北上さんのような。そういう意味での愛している人っていうのは違いますね」

大井 「鳳翔さんが誰かを追いかけているイメージって無いですけど……」

鳳翔 「お二人にとっては、愛する相手というのは『常に追いかけるもの』なのかもしれませんが、わたしはそういう感じでは無いですね。わたしが愛してるのは妹たち……大切な妹たちのことです」

山城 「妹ですか……? 鳳翔さんって同型艦はいらっしゃらなかったと思いますが」

鳳翔 「ええ。わたしは第一号の空母として試験的に作られた船ですから同型艦はいません。でも、わたしで得たノウハウを元に次々と空母が建造されていった。そういう意味で、我が国の空母はみんなわたしの妹なんです。わたしよりずっと大きくて立派ですけどね」

大井 「なるほど……」




330 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/16 01:25:37.68 6Sz9e+uNo 260/393



鳳翔 「前世では、立派な妹たちが戦いに挑んで……そして帰ってきませんでした。結局、残ったのはわたしと葛城さんだけ。大切な妹たちが……わたしが手塩にかけて育てた艦載機のみんなが……次々と散っていった」

山城 「……」

鳳翔 「でもね、こうして転生して、みんな沈むことなくいつも元気でいてくれる。それが嬉しくて、愛しくてね……。みんなもわたしのことを姉のように、母のように慕ってくれる。わたしの大切な大切な家族……わたしの生きる意味です」

大井 「はい。空母の皆さんの特別な絆。鳳翔さんへの深い信頼。そういうのはいつも感じます。そうですかぁ、空母はみんな姉妹みたいなものなんですね」

山城 「空母だけじゃない。駆逐艦の子たちも、大型艦でさえ、鳳翔さんをお母さんのように感じて慕っている子もたくさんいます」

鳳翔 「はぁ……そこまでの歳ではないんですが……それでも、みんながわたしに会いに来て、それだけで喜んでくれること。それはとっても幸せです」




331 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/16 01:26:14.65 6Sz9e+uNo 261/393



鳳翔 「さてここで山城さんにクエスチョン」

山城 「く、くえすちょん!?」

鳳翔 「うふふ、クイズですから直感で答えてくださいね。わたしは妹たちをとても愛していますが、空母もどんどん増えていますよね?」

山城 「? はい?」

鳳翔 「では、数が増えてしまったから、一人あたりへの愛情はその分減ってしまっていると思いますか?」

山城 「……いいえ、そんなことは無いと思います。鳳翔さんは空母のみんな……一人ひとりをとても愛しているように見えます」

鳳翔 「ありがとうございます。でも、空母だけでも多いのに、他の子たちも大勢遊びに来てくれています。ですから一人ひとりと過ごす時間はすごく短いです。それでも愛しているといえるでしょうか?」

山城 「……一緒に過ごしている時間が短いなんて関係ないと思います。そうですね、そういう愛し方もあるんですよね」




332 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/16 01:27:07.61 6Sz9e+uNo 262/393



鳳翔 「それでは、今のクエスチョンを元に山城さんの愛情について考えましょう」

山城 「えぇぇぇ!?」

大井 「なるほど……そういうことですか」

鳳翔 「ええ。お二人は心に刻まれた本当に大切な人がいて……それ故にだと思うのですが、愛情の形ですとか愛し方ですとかが、とても頑固に見えます。ですので少し違う視点で見てほしいのです」

山城 「違う視点……」

鳳翔 「そうですね、まずクエスチョンの最初から。愛する人が増えても、一人ひとりへの愛情は変わらない。そうでしたね?」

山城 「……はい、そう思いました」

鳳翔 「わたしも同感です。愛情というものは、自分の中で総量が決まっていて、それを一人ひとりに割り振る、という形のものではないと思います。わたしは、愛情というものは増えるものだと思っています」

大井 「増える……ですか?」

鳳翔 「はい。愛するひとが現れる、その人への愛がより深まる。すると、自分の中にある愛情がその分増えるんです。ですからそういう相手が増えることで、自分の心に愛が増え、心がどんどん豊かになっていく。そう思っています」




333 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/16 01:28:05.72 6Sz9e+uNo 263/393



山城 「増える……それで心が豊かになる……」

鳳翔 「はい。ですから山城さんの悩みの1つは、もしかしたら誤解なのではないかと思います。山城さんは、扶桑さんへの大切な愛情を減らして、それを提督に振り分けてしまった、そう感じているのではないかと思いました。でも、そうではないはずです。だって、提督を好きになっても、扶桑さんへの愛情は変わっていないでしょう?」

山城 「もちろんです!! 心から揺るぎなく扶桑姉さまを愛しています!」

鳳翔 「そうですよね。ということはやっぱり、山城さんは扶桑さんを愛する気持ちを裏切ったりしていません。ただ提督のことも愛しているだけ。その愛情の大きさが、ついに扶桑さんに並ぶほどになってしまって、それで戸惑っているんだと思います」

山城 「……そう……なんでしょうか」

鳳翔 「もちろん、愛しているのは扶桑さんと提督だけでは無いはずです。大切な仲間のことだって愛しているでしょう? でも素敵な仲間が増えたからといって、扶桑さんや提督への愛が減ったりしないはずです」


西村艦隊のみんなの顔が浮かんだ。大切な仲間たち。そうね、みんなとの関係が深まったけれど、そのことで姉さまや提督への愛情が減ったなんて思わない。逆に、みんなへの愛情で心が豊かになった……。そうね、鳳翔さんの言うとおりなのかも……。


山城 「そうですね……そうかもしれません……」




334 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/16 01:28:48.03 6Sz9e+uNo 264/393



鳳翔 「魂に刻まれていると言うほど愛している扶桑さん。それに並ぶほどということは、提督のことも魂に刻まれるほど愛しているということ。それほど大きな愛が心に増えたなんて羨ましいです」

山城 「へっ……? そ、そ、そんな、わたしは……そんな ///」

鳳翔 「うふふ……どうか心に留めておいて下さいね。それから……これは大井さんにも良く聞いておいてほしいのですが」

大井 「はい……」

鳳翔 「愛する相手と長く一緒にいたいお気持ちはわかります。でも常にその相手とだけ一緒に居続けるのが正しいとは思いません。自分のために、そして相手のためにも、ちゃんとお互いの時間が必要です」

大井 「で、でも……いつでも一緒にいたいんです……」

山城 「同感……」

鳳翔 「はぁ……お二人の愛は本当に重いですね……。でも、そうやってひたすら相手に依存するような時間の使い方をしては、その愛する人から心配されたり……最悪、疎まれたりしてしまうのではありませんか?」

大井 「グサッ うっ……」

山城 「グサッ ぐぬぬ……」

鳳翔 「お二人とも、心当たりがあるみたいですね」




335 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/16 01:29:26.34 6Sz9e+uNo 265/393



大井 「はい……北上さんは、大井っちもちゃんと自分の事をしなよー、みたいにいつも心配してくれます。ああ、なんて優しい北上さん……」

山城 「扶桑姉さまだって! ちゃんと自分の趣味とか時間を持ちなさい、なんでもわたしに依存していては駄目よって、心配してくれてます! ああ、扶桑姉さま優しい……」

鳳翔 「……その優しい人に心配をかけていることを反省してください」

大井 「……はい」

山城 「……はい」


鳳翔 「さて、色々お話しましたけれど、あくまでわたしの意見です。お二人にとっては見当外れだったかもしれません。お二人の、北上さんや扶桑さんへのお気持ちは、やっぱり特別なものだと思いますし」

大井 「……」

山城 「……」

鳳翔 「でも……。それでも、どうか提督を好きになったことを悔やまないで下さい。心から愛する人が現れるということは、とても素敵なことだと思いますから」

山城 「はい……」




336 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/16 01:30:05.83 6Sz9e+uNo 266/393



鳳翔 「それにね、良かったじゃないですか。魂に刻まれた好きな人がお姉さんだったんですから。男の人を二人同時に好きなってしまったら大変ですけど……お姉さんと旦那さんが大好き!ということなら全く問題ありませんよ」

大井 「た、確かに……」

山城 「て、提督以外の男の人なんて知りませんっ!」

鳳翔 「くすくす……そうですね。あ、それから山城さん」

山城 「?」

鳳翔 「ここ数日、ずっと提督を避けておられますよね?」

山城 「さ、避けたいわけじゃないんです! ただ、ちゃんと今まで通りにしようとして、それで……」

鳳翔 「ああ、責めているわけではないんです! ただ、そうやって避けられていることで、提督がすごくしょんぼりしていて元気がないって気がついてますか?」

山城 「……え? いえ、そんな素振りは全然……」

大井 「そういえば、北上さんも提督が元気が無いって言っていたような?」




337 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/16 01:31:23.18 6Sz9e+uNo 267/393



鳳翔 「あの人も大人ですからね。目に見えて落ち込んだりはしていませんが、よく見ると本当に元気が無いんです。いいですか山城さん。提督にとってあなたは元気の素。あなたと笑いあえればそれだけで元気になれる。提督にとってあなたはそれほど大きな存在なんです」

山城 「わたしが……? そんな……どうして……」


相合傘のときの提督の横顔が浮かぶ。わたしと並んでいるだけであんなにも嬉しそうだった提督。なんでわたしなんかと一緒に歩くだけでこんなに嬉しそうなんだろう? って思った……。


鳳翔 「人を愛するっていうのはそういうことなんでしょうね。それほど愛され、必要とされている……山城さんにとっての扶桑さんのように。それだけ深く愛されていることも、ちゃんと考えてあげて下さい」

大井 「難しいわよね。わたしも山城さんもひたすらアタックする側で、自分が深く愛されているイメージとかピンと来ないかも」

山城 「ほんとにその通りね。でも……鳳翔さん、ありがとうございます。わたしは自分のことにいっぱいいっぱいで、わたしのせいで提督が元気をなくしているなんて、全然気がついていませんでした。そっか……」

鳳翔 「違う視点の意見ということで。参考になればいいんですが。どうか一人で苦しまず、山城さんにとっても、そして提督にとっても良い結末となるよう、前を向いて下さいね」

山城 「ぐすっ……はい……ありがとう……ぐすっ……ございます…………」

大井 「鳳翔さん、わたしからも、ありがとうございました。その、わたしも自分を少し見つめ直そうと思います。そして山城さん。その苦悩が……少しでも和らぐことを祈っています」

山城 「ありがとう……。理解されないと思っていた心をわかってもらえたこと、本当に嬉しかった」




338 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/16 01:31:52.64 6Sz9e+uNo 268/393



――――― 少し後 港のベンチ




339 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/16 01:32:58.35 6Sz9e+uNo 269/393



ザザーン ザザーン


誰もいない夜の港。すぐに部屋に帰る気になれなくてふらっと来てしまった。

本能のようなものなのか、艦娘はみな海のそばだと落ち着くみたい。だから港にはベンチがたくさんある。わたしも艦娘の例にもれず、悩んだり、一人になりたいときはどうしても海のそばに来たくなる。

常夜灯で明るく照らされたお気に入りのベンチに腰掛ける。提督執務室の窓が一番良く見えるベンチ。見上げると、執務室の明かりはまだついていた。提督はこんな時間まで何をしているのかしら……?


山城 「はぁ……」


思わず深い溜め息。大井と鳳翔さんに話を聞いてもらって、心は随分と落ち着いていた。苦しみを理解してもらえること、前にすすめるように一生懸命アドバイスをしてくれること。西村艦隊だけじゃない、わたしにはこんなにも素敵な仲間がいる。それが本当にありがたく、嬉しい。

でも、それでもわたしは、自分がどうすればいいのか、まだ分からずにいた。




340 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/16 01:33:38.63 6Sz9e+uNo 270/393



提督を好きになったことは、扶桑姉さまを愛する気持ちを裏切ったわけじゃない。鳳翔さんのこのお話に本当に救われた気がする。そうよね、わたしの扶桑姉さまへの愛は揺るぎないもの!

でも……じゃあわたしはどうしたらいいの? 扶桑姉さまを愛していると言いつつ提督に会いたがり、提督のことが大好きと言いながら扶桑姉さまの元に飛んでいくの……? 二人を愛する気持ちの両立が全然イメージできない。

それに……。扶桑姉さまは大丈夫。わたしが提督を好きになったところで、それを祝福して下さるわ。でも……提督はきっとそんなわけにはいかない……。わたしが提督を独占したいと思うように……きっとわたしを独占したいと思うはず。

……そっか、わたしは提督を独占したいのね。


山城 「はぁ……。こんなわがままなわたしに、愛される資格なんか無い……」


心がネガティブになっていく……不幸だわ……。

そもそも、最近わたしは悩んでばかり、泣いてばかり。それもこれも全て提督のことで!

まったくあの人は! わたしのことを幸せにしたいとか言いながら、わたしを悩ませてばかりじゃないっ!!




341 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/16 01:34:14.84 6Sz9e+uNo 271/393



山城 「まったくもうっ! 提督のばかばかばかっ!!」

提督 「……いや、たしかに馬鹿だけどさ」

山城 「ひっ!?」


ど、どうして!? 幻聴かと思って慌てて顔をあげると……提督が静かに立っていた。


山城 「提督……あ、あれ、執務室の明かりは……? あ、消えてる……」

提督 「いや、窓から山城が見えたからさ。会いに来たんだ」

山城 「窓からって……どうしてここにいるって分かったんですか!?」

提督 「いや……。今日は大井や鳳翔さんと話をすることになってただろ? もしかしたらその後、俺と話をするために執務室に来るかなって待ってたんだ」

山城 「……」

提督 「で、なかなか来ないから、帰ったか、一人になりたくて港に行ってるかと思ってな。それで窓から探したらベンチに居るのが見えたから」

山城 「す、ストーカーみたいですよっ。そもそもどうして港に行くかもって……」




342 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/16 01:35:09.05 6Sz9e+uNo 272/393



提督 「随分前に言ってたじゃないか。艦娘は水のそばが落ち着くから、悩んだり落ち込んだときはつい港のベンチに行ってしまうって」


……そういえば、本当にずっと前にそんな話をしたことがある。確か扶桑姉さまがなかなか着任しなくて落ち込んでいたとき……もう2年以上前……


山城 「た、確かに言いましたけど……どうしてそんな昔のことを覚えているんですかっ」

提督 「……クサイと笑われるかもしれないがな。俺はお前の言葉はちゃんと覚えてる。お前が何を喜び、何を悲しみ、何が好きで何が嫌いか、何が恐いのか。そういうことをすべて知りたいからな」

山城 「提督……」

提督 「それが俺の愛し方だ。ストーカーっぽいと嫌がられるかもしれないがな」(苦笑)

山城 「そんなことは……ありません……」

提督 「わはは、それなら良かった。それでどうだ? 鳳翔さんや大井と話して、少しはスッキリできたか?」

山城 「……はい。すごくスッキリしました」

提督 「そっか。すまんな、俺は悩みの原因すら分からなくて。まったく、偉そうな事を言って俺も全然駄目だよなぁ」

山城 「そんなことはありませんっ!!」


つい声が大きくなってしまって……同時にこらえていた涙がぼろぼろと落ちてきた。わたしのことを心配して、探し当ててこうして会いに来てくれる事。それだけで泣き出してしまうほど嬉しいこの気持ち。心からわたしを愛してくれるこの人にもっと近づきたい……そんな気持ち。




343 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/16 01:36:03.87 6Sz9e+uNo 273/393



提督 「山城……どうした?」

山城 「ぐすっぐすっ……だから、そんなことはありませんって言ってるんです! 原因が分からなくったって……何とか元気づけようって頑張ってくれたじゃないですかっ! こうして会いに来てくれたじゃないですかっ!」

提督 「……」


心がいっぱいになって、もう悩みとか躊躇とか、そんなことを考える余裕もなくなって……ただただ気持ちが溢れて……


山城 「なんですかっ! いつもそうやってわたしのことばっかり気にして、わたしが困っていると、いつだって駆けつけてきてっ!!」

提督 「あ……え……? 俺、怒られる流れ……?」

山城 「当たり前です! あなたがそんなだから……そんな風に愛してくれるから……逃げることも、抑えることもできなくなっちゃったんですからっ! わかってるんですか!!??」

提督 「あ、えっと……なんだか良く分かってないかもだ」

山城 「ばかっ!!」


心の赴くままに……立ち上がって……全力で……抱きついた


提督 「え゛! や、山城!?」


ぎゅ~~っ


山城 「だから……だから!! そんな風にされちゃうから、わたしだってあなたを大好きなっちゃったって言ってるんです! わたしには扶桑姉さまがいるのに、それなのにっ! あなたのことを愛してるって言ってるんです!!」




344 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/16 01:36:40.27 6Sz9e+uNo 274/393



**********

とうとう……言ってしまった。もう後戻りはできない。

ずっとずっと無理やり閉めていた心の蓋をついに開け放ち、何とか維持していた提督との間にある最後の壁を崩して……。どうしようという気持ちと、やってしまったという後悔と……。

そして……びっくりして固まっている提督。抱きついたそのガッチリした体。その温かさを……命を感じて……その胸に顔を埋めた。

わたしは今、幸せだった。もう今すぐ死んでしまっても良いくらい……幸せだった

**********




353 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/19 00:33:52.74 uVCva4KQo 275/393



固まっている提督を抱きしめて心臓の鼓動を聞く。温かく幸せな時間。


提督 「山城……その……」


提督の手がわたしの背中に回る。おずおずと、そーっと抱きしめてくれる。普段はあんなに強引にアタックしてくるくせに、妙に遠慮がちなのが、なんだかおかしい。

背中からも提督のぬくもりを感じる。思わず提督を抱きしめる腕に力が入る。

ああ……幸せ。願わくばずっとこの時間が続けばいいのに……




354 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/19 00:34:47.53 uVCva4KQo 276/393



川内 「あれー? 提督、こんなところで何してんの?」


光の速さで飛び退く。だ、大丈夫、提督の背中側から聞こえたから、きっと抱きしめてたのは見えてない……見えてない……


提督 「あ、あ、あれ? 川内、ど、ど、どうしたんだ、こんな時間にっ」

川内 「どうしたもなのも、夜戦訓練、仲間が見つかったらやってもいいって言ってたでしょ? だから早速仲間を集めて訓練に来たんだよっ!」

江風 「あれ、山城さんもいるんだ?」

山城 「え、ええ、散歩してたら偶然提督にあってね。立ち話をしてたのよっ」

川内 「えー、夜に散歩する暇があったら夜戦一緒にやろうよー」

時雨 「ま、まぁほら、水雷戦隊での訓練じゃないと。さ、川内さん、遅くなる前に行こう」

川内 「そうだねー。じゃあ行こう! やっせん~やっせん~」

江風 「おー、がんばるぜ~!」

提督 「……」

山城 「……」

時雨 (山城、ほんとごめん!ごめんっ!)


時雨が何度もゴメンのポーズをしながら去っていく。はぁ……気が抜けちゃったわ……不幸だわ……




355 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/19 00:35:38.34 uVCva4KQo 277/393



提督 「と、とりあえず座るか」

山城 「え、ええ、そうですね」


お気に入りのベンチに並んで座る。はぁ……慌てるのが終わってみれば、なんだか腹が立ってきた! 川内め……なんていいところで邪魔をっ!


提督 「そういえば今日の昼間、なんかごちゃごちゃ騒いでる川内に適当な返事をしてた気がするよな。俺も山城も上の空でさ」

山城 「そういえばそうでした……。いつものことだからと流してましたけど、そういえば夜戦させろじゃなくて夜戦訓練ぐらいはいいでしょ? って言っていたような……」

提督 「まったく……適当な受け答えのしっぺ返しをこんな形で受けることになるとは思わなかった……。いいところで邪魔されちゃったな」

山城 「まったくです……ほんとにいいところで……って! いいところとかじゃないですからっ ///」

提督 「えー。せっかく山城が愛の告白をして抱きついてくれるという衝撃的なシーンだったのn(もがもが)」

山城 「何を言ってるんですか!!! そんな口はこうですっ! こうですっ!」




356 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/19 00:36:49.59 uVCva4KQo 278/393



提督 「はぁはぁ、窒息死するところだった……」

山城 「て、提督が悪いんですよっ! 変なこと言うからっ!」

提督 「別に変なことは言ってないけどなぁ。さて山城、まず俺の方から聞きたい。真面目にだ」

山城 「はい……?」

提督 「さっきの告白は本当に嬉しい。それこそ腰が抜けるほど嬉しい。だけど腑に落ちない点がある」

山城 「……」

提督 「今日の昼まで、お前は徹底的に俺のことを避けてただろ? ところが夜になって突然これだ。大井や鳳翔さんとどんな話をしたのかわからないが、少し話しただけで180度心変わりするというのはどうにも納得できん。理由とか経緯とか、そういうのを話してもらいたい」


なるほど。提督から見ると、昼間まで「自分を嫌がって距離を取っていた山城」が「夜になって突然こうなった」って感じなのかしら。むー、わかってるようでわかってないんだからっ!


山城 「提督……? 昼間のわたしは提督を嫌がって距離を取っているように見えましたか?」(ジト目)

提督 「いやその……そんな目で見るなっ! もちろん、何か思うところあって距離を取ってるのかなっていう気もしたし、最近しつこくしすぎて嫌がられてるのかなって気もしたし……。俺だってそんな自信満々に生きてるわけじゃないんだから、お前に嫌われたりしてないかって気になったりするのっ!」

山城 「へー、ふーん」

提督 「だってな、最近のお前ほんとに変でさ。何を考えて悩んでいるのかほんとにわかんなかったんだよ。だから西村艦隊のみんなに相談したり、大井や鳳翔さんに頼ったり……。でもさ、その悩みが何なのか、大井も教えてくれなかったし……」




357 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/19 00:37:50.41 uVCva4KQo 279/393



山城 「大井は何も言ってなかったのですか?」

提督 「ああ。山城の悩みはよく分かるけど言わないって。でな、大井といえばいつも俺のことをセクハラだ変態だって騒ぐだろ? だからもしかしたら、セクハラが嫌で相談とかしてたのかなと……」

山城 「はぁ……。ほんと、何も分かって無いんですね」

提督 「いやー分かる部分もあるんだよ。前世のこととか西村艦隊のこととかさ。でも女心の部分はもう全然わからん」

山城 「すごく女慣れしてる感じなのに変ですねっ」

提督 「女慣れとかしてるわけないだろ。俺、男子校から士官学校、そのまま入隊コースだぞ? 12歳からずっと男の世界で生きとるわいっ!」

山城 「そう……なんですか? じゃあ女性とお付き合いしたこととか……」

提督 「あるわけ無いだろ。女慣れして見えるのは、姉が二人に妹が一人いるからじゃないか? 俺はその家庭環境で『女には逆らわない抵抗しない』ということを学んだからな!」

山城 「嫌な結論ですね……。でもそうですかー、おつきあい経験無しですかー」


うふふ……なんだ、提督も大人ぶって、実際はわたしと同じじゃないっ!


提督 「ほっとけ!」

山城 「それじゃあ仕方ないですね。ちゃんとお話します。わたしからもお話したいことありますし」

提督 「ああ、頼む。俺に気を使わず正直に話してくれよ? 嫌なことがあればちゃんと直すからさ。理由を言わずに避けられるよりそのほうがずっといい」

山城 「だからー! セクハラとかが原因じゃありませんって! もうっ!」




358 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/19 00:39:08.44 uVCva4KQo 280/393



山城 「えっとですね、まず一番大きな誤解から。今日、大井や鳳翔さんとお話をして、それで急に提督を……ごにょごにょ……って訳じゃないです」

提督 「そうなのか?」

山城 「そうですよ……。もうずっと前から。はっきりといつから、というのは分かりませんけど、秘書艦になってしばらくたった頃にはもう……」

提督 「なんだって!? それならすぐにでもプロポーズ受けてくれれば良かったのに……」

山城 「単純な提督と一緒にしないで下さいっ! 色々と思い悩むことがあって、そんな簡単には……」

提督 「もしかして先日言っていたあれかっ! おれが山城の好きなポイントを具体的に言ってなかったからという」

山城 「いえ……それは今思えば言い訳です」

提督 「言い訳? 誰に対する??」

山城 「はぁ……。自分への……。扶桑姉さまを心から愛している自分への……です」

提督 「?? どういうことだ?」

山城 「わたしは……本当に扶桑姉さまが大好きなんです。だからいつだってそばにいたいし、他の人を愛したりしない。それなのに……提督と一緒にいるのが楽しくて、好きだと言ってもらえるのが嬉しくて……。でも、提督を選んでしまったら、扶桑姉さまを愛すると決めた自分を裏切ることになってしまう……。それで、『わたしは提督を好きじゃない』『提督だってわたしが好きなわけじゃない』。そう思い込もうとしてたんだと……思います」




359 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/19 00:40:26.32 uVCva4KQo 281/393



提督 「なるほど、俺を愛することで扶桑への気持ちを裏切ると考えたのか……」

山城 「はい。でも……最近の西村艦隊のこと、提督とのデートなんかで……わたしの……その……提督が好きだっていう気持ちが抑えられなくなって……」

提督 「あ、今のいい響きだった。もう一回言ってくれ。提督がなんだって?」

山城 「/// ば、ばかっ! こんな時にふざけないで下さいっ!」

提督 「いや、ふざけてないんだが……仕方ない、続けてくれ」

山城 「もうっ! それで……。その……あなたが……その……好きだっていう気持ち……をはっきり自覚したけど、扶桑姉さまへの気持ちを裏切りたくないから、なんとかこれまで通りにしようって。この気持は抑えようって決めたんです。でも、全然うまく行かなくて、不自然になってしまって」

提督 「俺を避けてたのはそういう理由かぁ。自然に振る舞おうとしてあれだったのか」

山城 「しかたないでしょっ! こんなのはじめてなんだからっ!」

提督 「ふむ。とりあえずここまでは理解できた。これが今日の昼までの状態だよな」

山城 「はい。夜になって大井と話して……。あの子もほら、北上っていう特別な相手がいるでしょ? だから、わたしが提督への気持ちと扶桑姉さまへの気持ちの板挟みになってるって理解してくれてたんです。それで一緒に鳳翔さんに相談しようって」




360 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/19 00:41:30.72 uVCva4KQo 282/393



提督 「なるほど……。ああそうか、山雲も朝雲っていう特別な相手がいるから。そっか、そういう相手がいるやつだけに分かる感覚なのか……」

山城 「そうなんだと思います。生まれた瞬間から魂に刻まれた運命の相手がいる……。そんな感じですね。でも鳳翔さんから、提督のことが好きでも、扶桑姉さまへの気持ちがなにも変わっていないなら、それは扶桑姉さまを好きな気持ちを裏切ったわけじゃないでしょ?って言ってもらって……それですごく救われたんです」

提督 「さすが鳳翔さんだな。でもそうだよなぁ。山城はどうみても、俺のことより扶桑のほうが好きだよなぁ」

山城 「そんなことはありませんっ!」


かっと頭に血がのぼる。そんなこと無いっ!ほんとうにそんなこと無いっ!


提督 「うわ、びっくりしたっ!」

山城 「ほんとうにそんなことありませんっ! その……提督のことも……扶桑姉さまと同じくらい大切で……その……愛して……います……///」


勢い任せでなく改めてちゃんと口にすると……顔中に血が登ってくるのが分かる。はずかしいぃぃ




361 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/19 00:42:12.22 uVCva4KQo 283/393



提督 「……俺、今死んでもいいや」

山城 「不吉なこと言わないで下さいっ!」

提督 「それだけ幸せだっていうことだよ。まさか想いが通じる日が来るとは思わなかった……」


きゅっ


提督がわたしの手を握る。し、しかたないわね。このぐらい許してあげましょう///

あ……でもこれからのことが残ってる。ちゃんと……お話しないと……


山城 「提督……でも、『扶桑姉さまと同じくらい』なんですよ? その……わたし、扶桑姉さまを愛する気持ちは揺るがない。だから……提督に独占されることは無いんです。そんなの……許せないでしょ?」

提督 「へ……なんで?」

山城 「だ、だって……こ、こ、こ、恋人が、自分以外の人も愛してるんですよっ! そんなの……駄目じゃないですか」

提督 「むむ……山城、それ本気で悩んでるんだよな? なんでそんなことで悩むかなぁ」

山城 「そんなことって!! だって、そんなの……あなたへの裏切りじゃないですかっ!!」

提督 「いんや、全然?」

山城 「そんな……どうして……?」




362 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/19 00:43:15.63 uVCva4KQo 284/393



提督 「どうしてもなにも……山城、はじめて会ったときのこと覚えてるか?」

山城 「はじめて会ったときって……着任して、戦艦だ戦艦だって大騒ぎされたときですよね?」

提督 「そうそう。あのときの山城の第一声は『扶桑姉さま見ませんでしたか?』だったよな。懐かしいなぁ」

山城 「し、し、仕方ないじゃないですか! そういう風に生まれたんですからっ」

提督 「ああ、別に責めてるわけじゃなくてさ。はじめて会ったときから山城は扶桑に夢中で、扶桑の話ばっかりだったんだよ」

山城 「ええ、扶桑姉さまのお話なら一日中でもOKです!」

提督 「あはは、そうだよなぁ。執務室でも扶桑の話ばっかり聞かされたからな。お陰で扶桑の趣味とか好きなものとか結構詳しいぜ、俺」

山城 「う……確かにわたしの話題といえば姉さまのことが多いですけど……何か文句でもあるんですかっ!」

提督 「文句があるわけじゃないよ。俺はさ、いつも嬉しそうに扶桑の話をする、扶桑のことが大好きな山城を好きになったんだよ。大切な大好きな姉の自慢話をすごく楽しそうにするお前を好きになったんだ」

山城 「提督……」




363 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/19 00:45:54.49 uVCva4KQo 285/393



提督 「だからそのままでいいんだ。これからも扶桑のことが大好きで、いつも扶桑の話を楽しくしてくれていいんだ。俺はそんなお前が好きなんだから……」

山城 「てい……とく…………」


また……涙が溢れて止まらない。悩む必要なんて無かったのね。この人はあるがままのわたしをまるごと愛してくれているんだ……

提督に握られていた手。わたしからも握り返して指を絡める。大丈夫なんだ……何も心配いらない。きっとずっとこの手を繋いでいられる……。


山城 「提督……ぐす……愛しています……本当です……わたしはこれからも扶桑姉さまを大切にしますけど……それでもよければ……どうか一緒に居て下さい……ぐす……」

提督 「……もちろんだ。山城、俺は本当に嬉しい。男のくせにあれだけど、俺ももう心がいっぱいだ。山城、どうかずっとそばに居てくれ……もちろん扶桑も一緒にな」

山城 「はい……その……いつもわがままばかりで、不幸ばっかりな身ですけど、どうか……」


指をしっかりと絡める。もう離れない……。頭半分高い提督の顔を見ると、提督の目も潤んでいた。2年以上……逃げ続けたわたしを変わらず追い続けてくれた強い意志を持った目がわたしを見ている……。その目に吸い込まれるように……わたしは顔を上げた。


自然と目を閉じる……提督が近づいてくる気配を感じる。ちょっと緊張……


そして…………



364 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/19 00:47:01.23 uVCva4KQo 286/393



川内 「あれー? 提督と山城さん、まだ居たんだ?」


光の速さで飛び退く。わたしは速度が遅いのが悩みなんだけど、やれば出来るのね。


提督 「お、おう川内、もう終わりか。早いな」

江風 「それがさー、3人だと大したことできないんだよ。あと3人いれば模擬戦とかできそうなんだけど」

川内 「とりあえずもっと仲間を集めないとだね。山城さん、どうせ夜に散歩するなら明日からどう?」

山城 「お・こ・と・わ・り・よ・!」

川内 「うわっ、なに怒ってるのさ! まぁいっか。とりあえず明日は神通と那珂を誘ってみるよ」

江風 「じゃあ海風の姉貴も誘ってみるかな」

時雨 「ほ、ほら、じゃあそろそろ戻ろう。あんまり遅くなるとみんな参加してくれないよ?」

川内 「夜はこれからなのに、もったいないよねー」

提督 「いや、もう深夜といっていい時間だぞ。明日もあるんだ、もう戻るぞ」

川内 「はいはい。あーあ、もっと夜戦したいなぁ」

時雨 (山城、ほんっっとに、ほんっとに、ごめん!!)




365 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/19 00:48:01.16 uVCva4KQo 287/393



ブツブツ言いながら先頭を行く川内と江風につづいて、必死にごめんねポーズをしつつ時雨が続く。


提督 「ふふ……あははは……まったくもって川内らしい乱入だよな……さて、俺達も戻るか」

山城 「まったくですね! 川内……覚えておきなさいよ……」

提督 「あはは、まぁ悪気があってのことじゃないから。さ、行こうぜ」


最後尾なのを良いことに、提督がわたしの手をにぎる。ちょ、ちょっと……!


山城 (提督……見られたらどうするんですかっ)

提督 (まぁいいじゃないか、このぐらい許してくれよ)

山城 (……仕方ないですね。見つかりそうになったらすぐ離しますからねっ)


結局、手を繋いで最後尾を歩く。まったく、バカ川内のせいでバタバタになっちゃったけど……でも、提督とわたしは通じ合った。もう大丈夫なんだ。手を繋いで歩くだけでそんな気持ちになる。

繋いだ手をきゅっと握り返す。提督をみると……また本当に嬉しそうな笑顔だった。

振り向いた時雨に見られちゃったけど……時雨も幸せそうにニッコリと笑った。

うん、川内は許せないし、時雨に見られて恥ずかしいけど……それでも、とても幸せだった。




373 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/22 00:57:23.53 YuFIBMq6o 288/393



――――― 少し後 扶桑と山城の部屋




374 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/22 00:58:00.75 YuFIBMq6o 289/393



ガチャ


もう夜中近く。今日は本当にいろいろなことがあった……。
でも……うん、とっても良い日だったわ。


扶桑 「山城? 帰ってきたの?」

山城 「あ、姉さま。まだ起きてらしたんですね。ただいま帰りました」

扶桑 「はい、おかえりなさい。まっいて、今お茶を入れますから」

山城 「あ、わたしがやりますから!」

扶桑 「大丈夫よ、いいから座っていなさい」


普段は早く寝る扶桑姉さまがこんな時間に起きているなんて珍しいわ。
どうしたのかしら?




375 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/22 00:58:41.49 YuFIBMq6o 290/393



扶桑 「今日は大井とお話してきたんでしょ?」

山城 「はい、大井と、あと鳳翔さんも一緒にお話してきました」

扶桑 「まぁそうだったの……。でも、良い話を聞かせて頂けたのかしら? やっと元気そうな顔になったわね。わたしからも感謝しないと……」

山城 「はい、すごく親身に相談に乗っていただいて……。って、わたし、そんなに元気なさそうに見えましたか?」

扶桑 「ええ、もう世界の終わりのような雰囲気に見えたわ。妹のことだもの、そのぐらいはすぐに分かるわ」

山城 「そうでしたか……うう、ご心配をおかけしましたっ!」

扶桑 「元気になってくれればいいのよ。でも、元気がなかった理由とか、どんなお話を聞いて元気が出たのか、その辺を教えてもらえるかしら?」

山城 「はい……ちゃんとご説明できるかわかりませんが……」

   ・
   ・
 (説明中)
   ・
   ・




376 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/22 01:00:45.39 YuFIBMq6o 291/393



扶桑 「そうだったの……。わたしのことで随分苦しめてしまったわね」

山城 「いえ! わたしの勝手な愛情や思い込みです! 扶桑姉さまには何の責任もありませんっ!」

扶桑 「いえ……実はね、わたしも考えていたことがあるのよ。最近聞いた、山城の西村艦隊での記憶……あの地獄の海戦の記憶でね」

山城 「……?」

扶桑 「わたしはね、山城。あなたがわたしのことをとても大切にしてくれることは嬉しいわ。でもね、なんというか……少し違和感を感じていたのよ」

山城 「そんなっ! わたしの扶桑姉さまへの愛情におかしな点などなにもありませんっ!」

扶桑 「そういう話ではないのよ。なんと言ったらいいのかしら……姉妹をとても大切にしている子はあなた以外にもたくさんいるでしょ? 大井とか……比叡なんかもそうね」

山城 「はい。お話したとおり、大井はまさに同志という感じですね」

扶桑 「そうね……大井や千代田はちょっと行き過ぎな気もするけれど……。でもね、そういう子達とくらべてもあなたのわたしへの接し方にはちょっと特別な部分があると思っていたの」

山城 「……どういうことでしょう?」

扶桑 「あなたはね、わたしのことを愛してくれるのとは別に、常にわたしの居場所を探して、視界に収めようとしているように見えたわ」


言われてハッとする。その通りだ……いつでも姉さまと一緒にいること、なるべく離れたくない、いつも視界に入っていてほしい。わたしはそうしてきた……




377 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/22 01:02:43.92 YuFIBMq6o 292/393



扶桑 「この間の話を聞いて、やっと理由がわかった気がしたのよ。あなたは多分、あの海戦のとき、わたしがあなたの見ていないところで攻撃を受けて早々に沈んでしまったこと……それを繰り返すまいと心が追い立てられていたのね」

山城 「姉さま……わたしは……」

扶桑 「わたしが前世であんなことにならなければ、山城がそんなトラウマを持つことも無かったの。だからごめんね山城。でももう大丈夫よ。わたしたちは転生して、今度は立派に戦っているわ。誰も沈むことなく……ね。だからもうあなたがわたしを必死に探す必要は無いのよ」


姉さまの指摘で、また新しく自分の心を見つけた。そう……その通りだった。姉さまが居ないと、どこかで攻撃を受けていないか、沈んでしまわないか、そういう恐怖にとらわれていた。これもまた逃げ続けてきた前世の記憶のカケラ。

滲む涙を抑えて、しっかりと姉さまに向き直る。


山城 「姉さま……本当にどこかに行ってしまったりしませんか? わたしが気づかなかったばっかりに……寂しく沈んでしまったりしませんか……?」

扶桑 「ええ、約束するわ。大丈夫、わたしたちは素晴らしい提督のもとで戦っているんですもの。あなたの見ていないところで沈んだりしない。約束よ。どうしても心配なら、これから出撃は必ず二人一緒にさせて頂きましょう。そのぐらいのわがままは許してもらえるわ」

山城 「ぐす……姉さま……本当に約束です。前世では……旗艦だったのに姉さまを守れなかった……失ってしまった……。でも、でも今度は……今度こそ……!」

扶桑 「ええ、約束。だからあなたはいつでもわたしと一緒にいること、いつもわたしを探すことをしなくてもいいのよ。だから……提督の想いに応えても大丈夫なのよ」

山城 「あ……」

扶桑 「提督はきっとあなたを幸せにして下さるわ。もう前世に縛られることなく、今の幸せを掴みなさい。わたしはもう大丈夫だから……」




378 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/22 01:03:31.98 YuFIBMq6o 293/393



山城 「その件なのですが……実は先程、提督にもお会いしまして……」
   ・
   ・
 (説明中)
   ・
   ・
山城 「そのような訳で、もう提督に気持ちを伝えてきてしまいました……」

扶桑 「山城……お、おめでとう!! やったわね!!」

山城 「は、はいっ! その……ありがとう……ございます」

扶桑 「うふふ、わたしの心配なんて杞憂だったみたいね。山城はもう、しっかりと提督に想いを伝えていたなんて」

山城 「あ、いえその……。気持ちは伝えたのですが、姉さまへの気持ちと提督への気持ちをどのように両立させていくかとか、そういうことは悩んでいたので……。提督はそのままでいいって言って下さいましたけど、本当に今まで通りずっとそのままという訳には行かないですし」

扶桑 「大丈夫よ、山城。あなたは成長し、変わっていっているわ。いつもわたしを探していた気持ちとも向き合って、少しずつ心を変えていける。きっとすぐに、わたしと一緒じゃなくても不安を感じるようなこともなくなるわ」

山城 「はい……ありがとうございます姉さま!」


やっぱり扶桑姉さまは素敵! わたしのことをこんなにも心配して、元気づけて下さるなんてっ! ありがとう姉さま……大好きです!




379 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/22 01:04:04.48 YuFIBMq6o 294/393



――――― 少し後 二人の寝室




380 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/22 01:05:55.56 YuFIBMq6o 295/393



パチン


扶桑 「それじゃあ山城、おやすみなさい」

山城 「はい、おやすみなさい、姉さま!」


……目を閉じると、今日あった様々なことが頭に浮かんだ。

大井がわたしと同じ気持ちを持っていて、わたしの苦悩を理解してくれていたこと。

鳳翔さんが、わたしの愛し方を広げるお話をしてくれたこと。

提督が……扶桑姉さまを大好きな気持ちごと、まるごとわたしを愛してくださっていること。想いが通じ合ったこと。それで提督が本当に嬉しそうだったこと……えへへ。

川内が良いところでばっかり邪魔をしたこと……許さない!

そして姉さまが……わたしのトラウマのこと、それを克服して成長できると応援して下さること。

わずか1日で、多くの悩みと苦しみ、未来への絶望と逃避……そういったすべてが正反対になった。これはみんなのおかげ。今日話しをした人たち、一生懸命考えて相談してそのきっかけをつくってくれたみんな。わたしは心優しい仲間に恵まれて本当に幸せだ。


そして……これからの事を考える。

提督と……こ、こ、こ、こ、こいっ、こいっ、恋人! に、なるのよね……。どうしよう……明日どんな顔をして提督に会えばいいのかしら……。大丈夫よ……落ち着いて……いつもどおり秘書艦として頑張ればいいのよね……。

そ、それじゃあ執務終了後はどうしたらいいのかしら。恋人なんだし……でも、提督は今まで通りでいいって。それに……いきなり提督に夢中で提督とばかり一緒に居たら……




381 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/22 01:06:47.69 YuFIBMq6o 296/393



山城 「姉さま……」

扶桑 「どうしたの山城?」

山城 「あの……すこし手を繋いでもらっていいですか?」

扶桑 「うふふ……子どもみたいなことを言うのね。いいわよ」


キュッ


扶桑 「……何か不安なの?」

山城 「……はい。変わっていくことが……。わたしと提督の関係が、そしてわたしと姉さまの関係が変わっていくことが、やっぱり少し不安で、恐いです」

扶桑 「そうね……変化することはやっぱり不安よね」


姉さまの手に力が入る。強く握られた手が温かかった。


山城 「姉さま……」

扶桑 「いつもあなたに先に言われてしまうけれど……。山城、わたしもあなたのことがとても大切で、大好きなのよ」

山城 「姉さまっ!!」

扶桑 「だから大丈夫よ。あなたが変わっていっても、わたしと過ごす時間が短くなっても、そんなことは関係ないわ。あなたはわたしの愛する大切な妹。いつだってあなたの幸せを祈っているわ」

山城 「姉さま……ありがとうございます……姉さま……」

扶桑 「提督なら安心よ。幸せになってね山城。不幸だった私達の前世の分まで、これからうんと幸せになるのよ」

山城 「ぐす……はいっ……姉さま……姉さまも一緒に、ずっと幸せに……ぐすっ……ぐすっ……」




382 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/22 01:08:06.98 YuFIBMq6o 297/393



**********

扶桑姉さまの温かい言葉。わたしの幸せを心から願って下さる気持ち。

わたしが生きてきた、姉さまだけを愛し、それだけを考えていた狭い世界。そこから飛び出すことに、とまどい、怯えていたわたしを優しく後押ししてくれた。

ありがとう姉さま。これからうんと幸せにと言って下さいましたけど……。わたしは素敵な仲間に囲まれ、大切な姉さまに愛して頂いて、そして……提督がいてくれます。だから、わたしはもう幸せです。転生してからずっと幸せだったんです。ありがとうみんな、ありがとう姉さま。そして……ありがとう提督。朝お会いするのが楽しみです。

**********




390 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 21:51:57.09 LwH0iVlOo 298/393



――――― 翌朝 提督執務室




391 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 21:52:28.09 LwH0iVlOo 299/393



コンコンコン

ガチャ

山城 「お、お、おはよう……ございます」


緊張しつつ執務室に入る。なんとなく赤面してしまって顔を上げられない。うう、こんなことで普通に出来るかしら……


提督 「おはよう山城。今日も可愛いな」

山城 「/// なっ!! な、な、な、なんてことを言うんですかっ!」

提督 「うわ、びっくりした。どうしたんだよ、毎朝のように言ってることじゃないか」


そ、それはそうだけど……




392 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 21:53:09.23 LwH0iVlOo 300/393



山城 「そ、それはそれっ! これはこれですっ!」

提督 「そうなのか。いや、すまなかった。いつもの軽口のつもりだったんだけど、山城がそんなにびっくりすると思わなくてな」


軽口……


山城 「軽口……。じゃあ、ただの冗談で、本気ではないのですか……?」


なぜだかとてもがっかりしてしまう。


提督 「いや、もちろん本気だ。山城、今朝も可愛いぞ。そうやって赤くなっていると、いつもよりもっと可愛いな」

山城 「/// そ、そんな……は、は、恥ずかしいですからっ……」

提督 「いやいやいや、そうやって恥ずかしがる山城もいいなぁ」

山城 「っ~~/// 」


この人はもうっ! ほんとに悪い人なんだからっ!




393 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 21:54:02.50 LwH0iVlOo 301/393



大淀 「あ、あの、お邪魔して申し訳ありませんが……」

提督 「ああ、済まなかった」

山城 「大淀! い、いつからそこにっ!!」

大淀 「いえ、最初からいましたけれど……。それでは提督、お渡しした書類、夕方に取りに参りますのでよろしくお願いいたします」

提督 「ああ、今日中に確認しておく。ざっと見た感じ、俺の方で若干修正することになると思うから、終業後、取りに来てもらったときに少し打合せよう」

大淀 「かしこまりました」


大淀がいたなんて全然気が付かなかった……。うつむいていたから……。提督も提督よっ! 大淀がいるのに、あんな……か、か、可愛いだなんて。そりゃまぁ、昔から所構わずああいうことを言ってる人だけど……


大淀 「それでは失礼します。それから、あの、山城さん」

山城 「え、ええ、どうしたの」

大淀 「その、本当に失礼しました。それではその……ご、ごゆっくり! ///」


バタン




394 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 21:54:32.75 LwH0iVlOo 302/393



山城 「…………不幸だわ」

提督 「どうした山城?」

山城 「どうしたもこうしたもありませんっ! 大淀、絶対不審に思いましたよっ。ああ、どうしよう……変な噂が広がったりしたら……」

提督 「変な噂って?」

山城 「そ、それはその……わたしと提督が執務室で仲良くしてるみたいな……」

提督 「そんなのみんな知ってるって。今更だから大丈夫だろう」


提督は分かってない! うう、大淀の様子からして、わたしたちの関係の変化はモロバレよね……。まあ青葉じゃあるまいし言いふらしたりしないだろうけど……


山城 「うう、まぁいいです」

提督 「そーそー、気にしたって仕方ない。さ、朝のコーヒーを頼むぜ」

山城 「はいはい、じゃあ牛乳ちょっとで」




395 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 21:55:48.79 LwH0iVlOo 303/393



提督 「そっか、扶桑ともちゃんと話ができたか。な、心配する必要なかっただろ?」

山城 「はい。姉さまったら、山城のことを愛してるから心配するなって……ああ、姉さま……」

提督 「……まぁ、ポイントは、一緒に過ごす時間が減ったりしても大丈夫っていう方だと思うけどな」

山城 「いえ、大事なのは、姉さまがわたしを愛しているって言ってくださったことです!」

提督 「ま、いいけどな。でも、俺も扶桑に負けないくらいお前を愛してるぞ」

山城 「/// と、と、突然言わないで下さいっ!」

提督 「なんだ、嫌なのか?」

山城 「こ、こ、心の準備ができてないときに言われると心臓が止まりそうになるからですっ!」

提督 「そっかー……じゃあ言葉にするのは控えるか」

山城 「……それも駄目です。他に誰も人が居ないときに、ちゃんと予告してから言って下さい! ……言わないのは駄目です」

提督 「はいはい(苦笑)……まったく、俺のお姫様はわがままだな」

山城 「お姫様は、わがままでいいんですっ!」




396 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 21:56:22.03 LwH0iVlOo 304/393



提督 「じゃあお姫様。僭越ながら隣に座ってもよろしいですか?」

山城 「えっ……えっと、その……かまいません……」

提督 「そんじゃ失礼して。いつもどおり向かい合うのもいいけど、こうして隣にくっついて座るの
もいいかなと」


きゅっ


山城 「……提督、右手を握られたらコーヒーが飲めません」

提督 「俺は右手で、山城は左手でコーヒーカップを持つ。これで解決だ!」

山城 「……仕方ないですね。それで妥協してあげます」


ずずずー……


提督 「こうして寄り添っていられるだけで幸せだなぁ……」

山城 「はい……ほんとに……」

提督 「山城……」

山城 「提督……」




397 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 21:57:27.47 LwH0iVlOo 305/393



バターン


島風 「おっはようございまーす! 出撃の挨拶にきましたー……って、どうしたの?」


光の速さで立ち上がって、壁際に飛び退く。いつもこの反応速度で動けたら回避がもっとうまくできそう……


山城 「え、えっとね、ほら、壁が大分汚れてきてるでしょ? そろそろしっかりと大掃除しないとなーって話していたのよ」

提督 「そうそう、鎮守府もさすがに年季がはいってきたなーって」

島風 「?? ふぅーん、変なの。それじゃあ第一艦隊はこれから出撃するからねっ」

提督 「ああ、気をつけてな」

島風 「ひゅ~~ん!」


バタン


山城 「……ま、ま、まったく、驚かされます」

提督 「気がつけば始業時間過ぎてたな。これは仕方ないなぁ」


二人で笑い合う。時間を忘れていた自分たちが恥ずかしい


提督 「ま、とりあえず仕事の時間だ。しっかりやるかっ」

山城 「はいっ!」




398 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 21:57:53.24 LwH0iVlOo 306/393



――――― 夕方 提督執務室




399 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 21:58:44.61 LwH0iVlOo 307/393



提督 「はぁ、やっぱり山城の入れてくれたコーヒーは美味しいなぁ」

山城 「もうっ! お世辞ばっかり」

提督 「いや、ホントホント。わははは」

  ・
  ・
  ・
  
提督 「山城……」

山城 「提督……」


コンコンコン


大淀 「失礼します。提督、書類の件で伺いました……あ」

提督 「お、おう、そうだった。ちゃんとやってあるぞ」

山城 「い、いやー、この壁、ほんとに汚れて来てますねー。これはしっかり掃除しないと」

大淀 「あ、あの……ほんとうに申し訳ありません。この時間ならいつも通り提督お一人かと思って……本当に気が利かなくて」

山城 「な、何を言ってるの大淀! そうなのよ、提督に引き止められちゃってこんな時間になっちゃって! 大淀が来てくれて助かったわ! それじゃあ、わたしはこれでっ!!」


ダダダダ


うう……不幸だわぁぁぁぁ!




400 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 21:59:13.25 LwH0iVlOo 308/393



――――― 翌朝 提督執務室




401 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 21:59:50.90 LwH0iVlOo 309/393



提督 「こうして並んで座って、手をつないでコーヒーを飲むのを、新しい習慣にしよう。この柔らかい手の感触があったほうがコーヒーが美味しい」

山城 「も、もうっ! そんな理由で……」

提督 「ほんとだぞ。ていうか、こんな小さな華奢な手で、いつも最前線で戦ってくれていたんだな……」

山城 「そ、そんな、そんなに見つめられたら……///」


コンコンコン

バタン


明石 「おはようございます。提督、今日の装備開発と改修の件で……って……あ……!」

山城 「わ、わー、床も結構傷んできてるわねー、壁だけじゃなく全体の掃除が必要ねー」

提督 「お、おはよう明石。開発の件だな」

明石 「す、す、すいません、わたしったら大淀からちゃんと聞いてたのに配慮がなくて……、その、ごめんなさーい!」


バタン


提督 「……」

山城 「……」




402 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 22:00:21.17 LwH0iVlOo 310/393



**********

……仕方ないのよ。提督執務室だもの、色んな人が来るのは当然ね。それに終業後、わたしが帰った後も提督は一人で執務室に残るのが日課で、それにあわせて、昼にはできなかった報告や相談に来る子が沢山いるっていうのもあたりまえよね。

でも……でも……みんな肝心なときにばかり……

**********




403 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 22:00:57.25 LwH0iVlOo 311/393



――――― 夜 提督執務室




404 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 22:01:35.67 LwH0iVlOo 312/393



 ・
 ・
 ・

提督 「山城……」

山城 「提督……」


ドンドンドン


川内 「おじゃましまーす! 提督、今日も夜戦訓練行くんだけど、やっぱもう少しメンバーがほしいんだよっ。提督もメンバー集め手伝ってよ! って、山城さん、こんな時間なのにまだ居たんだ?」

提督 「あ、ああ、残ってもらってたんだよ、うん!」


……くっ……せ、せ、川内……せんだいぃぃぃぃ


山城 「……わかったわ。わたしが行ってあげる(にっこり)」

川内 「お、いいのっ? やったー、ありがとう!」

山城 「というわけで提督、今日はこれで失礼しますね」

提督 「あ、ああ。あの……ちゃんと手加減してやれよ?」

山城 「そのお願いは聞けません(にっこり)」




405 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 22:04:02.22 LwH0iVlOo 313/393



――――― 少し後 鎮守府近海




406 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 22:05:29.04 LwH0iVlOo 314/393



山城 「さて神通。あなたは厳しい訓練で有名だったわね。わたしもそれには大賛成。やっぱり厳しくしなければ、いざ実戦のときに役に立たないもの」

神通 「同感です。実戦で役に立たない訓練なんて意味がありません」

那珂 「あ、あのー、二人共? 怖い話してなあい?」

山城 「そうよね。その視点で見ると、この夜戦訓練は随分と甘く感じない?」

神通 「そうですね。あくまで有志による訓練ということで仕方ないと思っていましたが、確かにこれでは意味が無いかもしれません」

時雨 「あ、あの、山城? 目が恐いんだけど……」

山城 「それじゃあ、わたし達の手で意味のある訓練にしましょうか?」

神通 「承知しました。望むところです」

川内 「あ、あの、神通?」

山城 「ではわたしは川内の特訓を担当します。前々から、この子の根性を叩き直さなきゃって思っていたの」

神通 「はい、それでは姉さんをお願いします。では他の子はわたしの指示通りの訓練を」

江風 「じ、神通さん、そんなの死んじゃうよ……」

神通 「大丈夫です、死ぬような目にあってこそ意味があるんです」

山城 「さ、川内はわたしの前に。至近距離から打ち込まれる41cm砲をひたすら避ける訓練をします」

川内 「あ、あの……死んじゃうよね、それ?」

山城 「何を言うのっ。夜戦で戦艦に肉薄したとき、打ち込まれる砲を避けられなくては命に関わるわ。さ、訓練をしっかりやりましょう」

川内 「ひ、ひ、ひぃぃぃぃぃ!」




407 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 22:06:05.80 LwH0iVlOo 315/393



その後も提督執務室では邪魔ばかり……


  ・
  ・
  ・
提督 「山城……」

山城 「提督……」


コンコン


夕張 「提督ー、装備実験の件なんだけどー……って、わぁ、ご、ごめん! 明石から聞いてたのに、わたしったらドア開けちゃって!」



  ・
  ・
  ・
  
コンコンコン

吹雪 「吹雪、入ります! 遠征のご報告に参りました! ……えっ!? あ、あの、わたしそんなつもりじゃ……お、お邪魔しましたーー!」



そうよ、執務室で仲良くしてるわたし達が悪いの。でも、でも……

ふ、ふ、ふ、不幸だわぁぁぁぁ!!




408 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 22:06:32.14 LwH0iVlOo 316/393



――――― 数日後 夜 山城幸せ大作戦仮設本部




409 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 22:08:14.90 LwH0iVlOo 317/393



扶桑 「ごめんなさいね、こんな時間に集まってもらって」

最上 「かまわないけど、一体どうしたんだい?」

山城 「はぁ……」

時雨 「山城がすっかりしょげてるね。提督と恋仲になったってすごい噂になってるから、もっと幸せ一杯かと思っていたんだけど」

朝雲 「どうしたの? 司令と喧嘩しちゃった?」

山雲 「ケンカしちゃうと落ち込むよね~」

山城 「そういうわけじゃないんだけど……」

満潮 「本当に元気ないわね。どうしたの?」

扶桑 「それがね、山城ったらこのところ愚痴ばかりなの。それで、みんなにも相談してみましょうと言ったのよ」

時雨 「愚痴って……提督とうまく行ってないの……?」

朝雲 「おかしいなぁ。司令と山城さんが執務室でラブラブしてるって、すごい噂になってるから、いいなーって思ってたのに」

山城 「う、うっそ! そ、そんなに噂になってるの!?」

最上 「うん、すごいよー」

山城 「はぁ……不幸だわ……」




410 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 22:08:48.50 LwH0iVlOo 318/393



時雨 「それじゃあ、愚痴でもなんでも聞くから話してよ」

満潮 「そうね、外からじゃわからない悩みや苦しみがあるのは十分にわかってるから」


山城 「それじゃあ話すわ。実は、執務室で二人でいい雰囲気になると……(説明中)……仕方の無いことなんだけど、ほんとに良いところでばっかり邪魔がはいるのっ! どうするのがいいかしら?」

朝雲 「はぁ……何よそれ」

山雲 「ね~」

満潮 「……何かと思ったら」

時雨 「……心配して損したよ」

最上 「なんかもうびっくりだね」

扶桑 「みんなごめんなさいね……でも毎日こんな愚痴ばっかり聞かされてるから……」

山城 「みんなどうしたのっ……なんだか反応が予想外だけど……」




411 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 22:09:40.09 LwH0iVlOo 319/393



時雨 「えっとさ山城。要は『提督ともっとイチャイチャしたいんだけど執務室だと邪魔が入るから困ってる』っていう話だよね?」

山城 「えええ!? そ、そんな話じゃないわっ。ただその……良いところで邪魔が入るというか……」

満潮 「まんまじゃない。時雨じゃないけど、ほんとに心配して損したわ」

朝雲 「ロマンチックのかけらも無かった二人が、こんなにイチャイチャになるなんてびっくりね! ね、ね、山城さん、いい雰囲気ってどんな感じなのっ!?」

山雲 「朝雲姉、食いつきすぎ~」

時雨 「でも聞きたいね」

山城 「そんなイチャイチャだなんて……。ただ、コーヒーを飲みながら並んで座って、手を繋いで、それで提督が柔らかい華奢な手だねって褒めてくれて、じっと見つめてくるからドキドキして……ちょうどこんな時に邪魔が入るのっ!」

満潮 「あ、ごちそうさま。もういいです」

最上 「うん、もうこれだけでお腹いっぱい」

扶桑 「わたし、毎日こういう話を聞かされてるのよ……」

時雨 「扶桑、お疲れ様……」

朝雲 「うわー、ラブラブねぇ。いいなー」

山雲 「朝雲姉、イチャイチャしたくなったらわたしとしようねー」




412 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 22:10:48.71 LwH0iVlOo 320/393



最上 「どうしたらいいかもなにも、執務室だと邪魔が入るなら、人が来ない場所でデートでもすればいいじゃないか。この間みたいにさ」

満潮 「同感。デートに誘ってあげれば提督も喜ぶわ」

山城 「で、で、デートって……。そもそもわたしから誘うなんてそんな……///」

時雨 「変なところで奥手なんだね」

朝雲 「提督はマメに休暇取ってるじゃない。ほら、良く港でボートで遊んでるでしょ? だからデートするのは簡単じゃない」

山城 「あ……。それは駄目。提督は海が好きで、ボートに乗るのは大切な時間なの。それに休暇が気楽にとれるのは、秘書艦のわたしが業務を行ってるからな訳だし……」

時雨 「それなら簡単だ。休暇のときは僕達で秘書艦を代わるから、提督と山城でデートしてこればいい」

扶桑 「そうね。海に出る時間が大切なのであれば、二人で海に出たっていいわけだし……」

朝雲 「二人でボートっていうのもロマンチックでいいわね!」




413 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 22:11:32.79 LwH0iVlOo 321/393



山城 「で、でも……提督の大切な時間を邪魔しちゃうみたいで……」

満潮 「ちゃんと話せばいいじゃない。ボートは一人で乗りたいっていうことであれば、艤装つけて並走したっていいんだし、そもそも他の場所にデート行ってもいいんだし」

山城 「でも……そんなわがままをいって、提督に嫌われたら……」

時雨 「山城、どこからどう見ても恋する乙女になっちゃったね。大丈夫だよ。提督は山城のことが大好きだから、そんなことで揺らいだりしないさ」

扶桑 「そうよ。あんなに愛して下さっているんですもの。少しぐらいわがままを言ってもいいと思うわ」

山城 「そ、そうですね。じゃあ……お願いしてみます。確か明後日に休暇予定を入れておられたから……」

時雨 「もう時間が無いね。じゃあこれから提督のところに行って秘書艦変更の意見を伝えてこよう。扶桑も一緒に行ってくれる?」

扶桑 「ええ、大切な妹のためですもの。頑張るわ」

山城 「姉さま、ありがとうございますっ!」




414 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 22:12:04.14 LwH0iVlOo 322/393



――――― 翌日 夕方 提督執務室




415 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 22:13:46.92 LwH0iVlOo 323/393



今日の執務は無事終わり。ちなみに今朝は遠征出発の報告に来た天龍に邪魔されて……不幸だわ……。


提督 「ふぅ。今日もコーヒーをありがとう」

山城 「い、いえ」


明日……どうなるのかしら


提督 「山城も聞いてるだろ? 明日の休暇、西村艦隊のみんなが秘書艦を変わってくれるそうだ。だから明日はデートだな!」

山城 「は、はいっ! そ、その……せっかくの休暇を邪魔してしまって、怒っていませんか?」

提督 「ぶははは! なんで怒るんだ。俺もデート誘いたかったんだよ。ただほら、デートしたいからって、山城も秘書艦を休んで、それで業務を滞らせたら流石に公私混同かなって思っててさ。じゃあ誰かに秘書艦を代わってもらうにしても『山城とデートしたいから代わりの秘書艦よろしく!』ってなぁ」

山城 「それは頼みにくいですね……」

提督 「だろー? でも自分たちから山城のために秘書艦を買って出てくれるメンバーがいたわけだ。……山城、良い仲間を持ったな」

山城 「はい……本当に素敵な仲間です。ふふふ……あれだけ揉めた西村艦隊任務でしたけど、やってよかったです、ほんとに」

提督 「そうだな……」


西村艦隊による再出撃が近づいているけれど……。仲間の絆は以前よりずっと深まっている。わたしも、今ならきっと、みんなと一緒に戦える。そう思う……。




416 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 22:14:21.94 LwH0iVlOo 324/393



提督 「それで明日なんだけど、ほんとに港でいいのか? どこか行きたい場所があれば付き合うぞ」

山城 「いえ、提督のせっかくの楽しみを邪魔したくないですから」

提督 「別に気にしなくてもいいのになぁ」

山城 「それに……」

提督 「? それに?」

山城 「そ、それにその……わたしは提督とご一緒できるならどこだって……///」

提督 「山城……」


きゅっ


山城 「あ……提督……」


コンコンコン


卯月 「ただいまぴょんっ! 遠征の報告だぴょんっ!」

弥生 「あ……。そ、その、ボーキサイト輸送任務はつづがなく終わりました」

卯月 「暑かったぴょん! うーちゃんが暑いなかがんばってたのに、提督と山城さんはいちゃいt(もごもご)」

弥生 「そ、その、失礼しました! 卯月、行くよっ」(ずるずる)

卯月 (もがもがー)




417 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 22:15:15.50 LwH0iVlOo 325/393



提督 「……なんかもう執務室だと駄目だな、うん」

山城 「はい……」

提督 「じゃあ明日な。艤装をつけて並走するのもいいけど、よかったらボート……。っていうかカヌーというかカヤックなんだけどな。一緒に乗ろう。小さいけど二人なら乗れるからな」

山城 「はい、楽しみにしてますっ!」

提督 「あ、そうだ、カヤックは雨だと流石に乗れないから、雨が降ったときはそうだなぁ……。誰かが来る場所だと執務室と同じことになりそうだよなぁ」

山城 「くっ……そうですね」

提督 「じゃあ、雨が降ったときは俺の部屋で会うかぁ。綺麗にはしてないけど、なんもない部屋だから汚れてる訳じゃないし……」


えええ!! て、提督のお部屋で……二人で……これってその……えええ!!


山城 「/// は、は、はぃぃ! 了解致しました!」

提督 「ぶはは、任務じゃないんだから堅い返事はやめてくれよ~。じゃあどっちにしろ朝、いつもの時間に執務室集合にして、それから天候次第でカヤックか俺の部屋な」

山城 「は、は、はいっ!!」




418 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/24 22:15:44.34 LwH0iVlOo 326/393



**********

て、提督のお部屋!
こんな急展開……だって、まだキスもしたこと無いのに……。

って、ああああ!! わたしったら何を考えてるの!! それに、そう、そうよ! あくまで雨が降ったときの話!!

でも、この間のデートだって、雨女のわたしにあわせたデートで……。も、も、もしかして提督、最初からそのつもりだったんじゃ……。そ、そんな、積極的すぎますっ!!

あああ、どうしよう! どうしよう!

**********




428 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 00:49:28.75 r0EPitM9o 327/393



――――― 翌朝 扶桑と山城の部屋




429 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 00:50:30.88 r0EPitM9o 328/393



チュンチュン


扶桑 「あら、おはよう山城」

山城 「ふぁい……おはようございますねえさま……」


ドキドキしてなかなか眠れなかったから、ちょっと寝不足ね……


扶桑 「あら、今日は一面の青空ね。素敵なデート日和よ、山城」

山城 「あ……ほんとですね。いいお天気……」


そっか……晴れたのね……そっかー……


扶桑 「どうしたの、嬉しくなさそうね。あ、またこの間みたいに雨のプランのほうが良かったの?」

山城 「そ、そ、そんなことあるわけないじゃないですかっ! わーい、晴れてうれしいなっ!」

扶桑 「なにはともあれ、楽しんでいらっしゃい。そういえば服装はどうするの?」

山城 「それはそのー……せっかくですし、これを着てみようかなと思っています……変でしょうか?」

扶桑 「とってもかわいいわよ。きっと提督はお喜びになるわ」

山城 「そ、そうですか! じゃあこれでっ!」


満潮が選んでくれたかわいいワンピースと白い帽子のセット。正直に言えば、この間買った服の中で一番可愛いと思っているけど、わたしには似合わない気がして……。でも、せっかくの機会ですもの。提督、本当に喜んでくれるかしら……




430 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 00:50:56.54 r0EPitM9o 329/393



――――― 午前 鎮守府湾内 カヌー




431 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 00:51:55.21 r0EPitM9o 330/393



山城 「……鎮守府で一番鈍足な方のわたしが言うのもなんですが……この船は遅すぎます!」

提督 「この船は俺が一人で漕いでるの! 1馬力……も無いな。0.5馬力ぐらいなのっ! 何万馬力みたいなお前たちと一緒にするなっ」

山城 「それはわかってますけど。でも、漕ぐのも大変そうですね……やっぱりわたしが引っ張りましょうか?」

提督 「こうやって漕ぐのが楽しいんだからいいんだよ。ま、のんびりしててくれ」

山城 「はい。そうですね、のんびりくつろいでます」


洋上特有の潮風。湾内だから波は殆ど無い。抜けるような青空に透き通る海。そうね、わたしにとっては日常の光景だけど、提督に取ってみればとっても貴重な景色よね。でもだからこそ、そんな必死に漕ぐより景色を楽しめばいいのに。


提督 「ま、言いたいことも分かるけど、俺はやっぱり船乗りなんだよ。客として船に乗るんじゃなくて、自分で操船したいのさ」

山城 「船乗りですか……そうですね、前世でわたしに乗っていたみんなも、やっぱりみんな船乗りとしての誇りを持ってましたね」

提督 「だろ? それが海軍軍人というものなんだ。さて、さすがにちょっと休憩」


手を休めて提督がわたしをじっと見る。ちょっと恥ずかしい……




432 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 00:52:46.25 r0EPitM9o 331/393



提督 「さっきも言ったけど、今日はほんとに可愛くおしゃれしてるなぁ。夏のお嬢様って感じだし、なんとなく幼く見えるのがかわいくていいなぁ」

山城 「ちょ、ちょっと……やめてください、恥ずかしい……///」


もちろん、褒められて悪い気はしないけど!


提督 「それがこの間言っていた満潮が選んだ服だよな。意外な感じだな」

山城 「そうですね。あの子はもっとクールかと思っていましたが、実際は可愛いものが好きで寂しがりやで……普通の女の子ですね」

提督 「だなー」


静かな洋上で雑談をする。すごく二人っきりな感じ……


山城 「こうして静かなところで二人っきりで船に乗って……すごく贅沢な感じですね」

提督 「そうだなぁ。本土でもさ。湖とかには大体貸しボートがあって、カップルが二人で乗るのって定番なんだよ。ここは海がものすごく綺麗で、他に誰も居なくて、最高に贅沢だよな、確かに」

山城 「そうなんですか。ふふふ……定番デートなんですね」

提督 「結果的にそうなったな。わははは」




433 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 00:53:52.57 r0EPitM9o 332/393



山城 「このカヌーですか? は、提督の手作りなんですよね? こんなのよく作れますね」

提督 「俺も作ったのははじめてなんだけどな。明石や夕張が手伝ってくれたから結構簡単にできたよ。でもほんとは一人乗りの小さなカヤックを作るつもりだったのが、すごく立派な木が手に入っちゃったから、こんな大きなカヌーになっちゃったんだけどな」

山城 「趣味もそこまで徹底すれば立派なものですね」

提督 「まーなー。そういえば山城は趣味ってないのか?」

山城 「趣味……姉さまを観察すること……かしら?」

提督 「扶桑観察が趣味ね……なんだかなぁ。それなら大井の趣味の方がまだ有益だよなぁ。観察するだけじゃなくて世話を焼くことだからな、北上の」

山城 「い、いいでしょ別にっ! そもそも姉さまはなんでもできてしまう人だし、綺麗好きだし、わたしがお世話をする隙なんて無いんだもの」

提督 「わはは、まぁ、扶桑を観察してる山城は幸せそうだからいいけどな」

山城 「ふ、ふんっ/// だ、だったら……その……提督の世話を焼くのを趣味にします。それなら有益でしょっ」

提督 「お、いいねー。俺の方はいつでもウェルカムだからなっ!」

山城 「少しは遠慮してくださいっ!」




434 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 00:54:39.38 r0EPitM9o 333/393



提督 「ところでな山城。すごく言いにくいことなんだけど……」


どうしたのかしら、提督がちょっと深刻そうな顔を……


山城 「な、何でしょう……?」

提督 「いやな……。山城はこういうカヌーに乗るのははじめてだと思うし、それにそういう服装にも慣れてないだろ? だから仕方が無いと思うんだが……」

山城 「は、はい。なにか失礼な事をしてしまいましたか……?」

提督 「いや、俺としてはすごく嬉しいんだが……。座り方とか足の位置を気をつけないとパンツが見えるんだ。今日のパンツはシンプルな白でかわいいn げふっ!!」

山城 「/// な、な、な、な」


げしっ げしっ げしっ げしっ


提督 「い、痛いってば。親切に教えたのにどうしてそんなに蹴るんだっ! てか、そんなに蹴るとパンツがもっと見えr げふっ!」

山城 「変態! 変態! 変態!!」




435 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 00:55:05.73 r0EPitM9o 334/393



――――― 少し後 提督のボート小屋前 桟橋




436 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 00:56:07.51 r0EPitM9o 335/393



提督 「いてて……まったく、ひどい目にあった……」

山城 「それはわたしのセリフですっ! えっちえっちえっち!」

提督 「わはは、まぁ、見えそうなら見てしまうのが男というものだ。勘弁してくれ」

山城 「変態!」

提督 「ま、そんなわけで今日のカヌーはここまでだな。じゃあ小屋に入れちゃうから待っててくれ」

山城 「いちいちしまっていたんですね。港のはずれにあるから知りませんでした」

提督 「たまにしか乗れないからなぁ。ここは南国だからスコールとかもあるし、念のためな。手入れとかもしたいし」


小屋の中を覗いてみる。様々な工具や薬剤。そしてカヌーを安置するための場所。なんだかドックみたい。この人は本当にこういうのが好きなのね。


提督 「どうした? 入って大丈夫だぞ」

山城 「は、はい、それじゃあ、お邪魔します。その、入ってよろしいんですか? 大事な趣味のお部屋なのに……」


提督が大事にしている場所。おそらく艦娘の誰も入ったことが無い部屋……。気軽に入れてもらえるなんて、わたしは本当に提督の特別なのね。


提督 「ああ、気を使わなくて大丈夫だよ。それにカヌー作るときに明石や夕張には何度も来てもらってるから」

山城 「えーえー! 工廠好き同士、仲がよろしくていいですねっ!!」

提督 「な、なんだよ、何怒ってるんだ?」

山城 「ふんっ!!」




437 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 00:56:35.03 r0EPitM9o 336/393



――――― 少し後 ボート小屋前 桟橋




438 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 00:58:14.14 r0EPitM9o 337/393



提督 「ほら、靴を脱いでここから足を垂らすんだよ。それで足を海につけて休憩するんだ」

山城 「はい……ほんとだ、気持ちいいですね」

提督 「子どもみたいなんだけど……ま、ここなら誰も見てないからな」


バシャバシャ


山城 「ふふっ……提督、ほんと子どもみたい」


提督 「しかし今日はまた記念日だな。山城にはじめてヤキモチを焼かれた」

山城 「/// そ、それはだって……提督が悪いんです、提督がっ!」

提督 「わははは、まぁ随分前の事なんだからそう怒るな怒るな。俺にはもう山城という恋人がいるからな。他の子との関係はちゃんと節度を持つさ」

山城 「そ、それはもちろんですけど……ごにょごにょ……」

提督 「でもまぁ、みんなとひとつ屋根の下、家族のように生活してるし、これからもそれが続くんだ。他の子と話もするなーとかは無理だからな。そのへんはちゃんと理解してくれよー」

山城 「そ、そんなの当然ですっ!」


でも……そうよね、これからもみんな一緒で……。提督を好きな子もたくさんいる。わたしが提督を独占することが間違いなのかもしれないけど……でも、できればわたしの提督であって欲しい。そう思ってしまう。

提督が自分の手から離れてしまう……そんな不安を感じて、つい提督の手を握ってしまった。




439 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 00:59:58.33 r0EPitM9o 338/393



おずおずと提督の顔を見る。するとまた、最高に嬉しそうな満面の笑顔だった。


提督 「いやぁ、こうして山城が自分から俺の手を握ってくれる日がくるなんて……長生きするものだなぁ、うん」

山城 「/// な、なんですかそれはっ!」

提督 「いやー、やっぱこういうスキンシップがあると、なんというかなー、通じ合ってるというか、愛し合ってるというか、そういうのを実感できるんだよ。だから俺としてはこういうの大好きなんだけど、それを山城の方から積極的にしてくれると、倍嬉しいわけだ」

山城 「うー /// でも、そんなにスキンシップが好きだなんて知らなかったです。出会ってから随分たちますけど、スキンシップなんて……先日手を握られたのが最初だった気がします」

提督 「そりゃそうさ。俺は昔から山城のことを愛してる。でな、愛する相手には幸せになってほしいだろ?」

山城 「う、そんな恥じらいもなく愛してるとか…… /// でも、言いたいことはわかります」

提督 「でさ、俺はスキンシップ好きだけど、山城はずっと俺と距離のある関係を求めてただろ? じゃあ俺の都合で山城に触れたら、山城は困るし苦しむことになる。それじゃあ愛してるとは言えないからなぁ」

山城 「提督……」


この人は本当にぶれない。愛するひとを幸せにする……。わたしにもずっとそうやって接してきた。そんなあなただからこそ、わたしも愛してしまった。扶桑姉さまだけを愛し、その狭い世界に閉じこもることを望んでいたわたし。わたしをその狭い世界から引っ張り出して、わたしの幸せのために多くのものを与えてくれた。戦いの場も、充実感も、名誉も誇りも、信頼し合える仲間も……そして、愛し愛される幸せも……。

胸がギュッと締め付けられる。この人への愛で胸が苦しい。扶桑姉さまへの愛情とは違う……そう、きっとこれが恋愛……




440 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 01:00:41.91 r0EPitM9o 339/393



山城 「提督……その……わたしも提督のことを愛しています。だから提督にも幸せになってほしいんです」

提督 「山城……。山城の口からそんな言葉を聞けるなんて……俺はそれだけで幸せだ」

山城 「そんなことおっしゃらないで下さい。その、スキンシップがお好きなら、これからはどうか遠慮しないで……ください」

提督 「いや、そう言っても、嫌がることはしたくないしなぁ」

山城 「うう……だからー! 嫌じゃないって言ってるんですっ。わたしもスキンシップしたいんですっ! はぁはぁ」

提督 「そ、そうか。わははは、それなら遠慮なく。いやー、なんかそういうの、恋人っぽいなぁ!」

山城 「爽やかに笑わないで下さいっ! それにその……恋人っぽいじゃなくて、わたしたちはもう……その……恋人ですっ!」

提督 「そうか、そうだな。ではその恋人の山城に1つお願いがあるっ」

山城 「は、はいっ!」


き、きたっ! ど、どんなスキンシップが……提督はエッチだから……何を言われるのか……どきどきどきどき




441 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 01:01:28.34 r0EPitM9o 340/393



提督 「我慢していた様々なスキンシップを……と言う前に、これを受け取ってもらいたい」

山城 「あ…………」



それは……ずっと拒否してきた……指輪だった。



提督 「ケッコンカッコカリという実用的なシステムではあるが……。それでも、ケッコンと名がついていて、指輪をはめるという行為には、やはり特別な意味があると思う」

山城 「は、はいぃぃ!」


どきどきして心臓が口から飛び出そう……。声が上ずってしまう……手が震える……


提督 「その特別な相手は、山城、君しかいない。これまでも冗談交じりに受け取ってくれって言ってきたけど、今日は本気でお願いする。これを受け取って、俺の妻になってくれ」


へ、返事! 返事をしないと! こ、声が……


山城 「あ……あ……あのっ」

提督 「うん」


提督が……真剣な表情でまっすぐにわたしの目を見ている。本気の目で……。な、なんとか落ち着いて……返事を……返事を……


山城 「は、はいぃぃ。よ、よ、よ、喜んでっ!!」


い、言えた! 何とか言えた!




442 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 01:02:17.31 r0EPitM9o 341/393



提督 「ぶ、ぶ、ぶはははは! 山城、流石にテンパりすぎっ! わははははは」

山城 「くっ……ここで笑うとか……デリカシーなさすぎですっ!!」

提督 「わははは、ま、こういうのも俺たちらしくていいだろう。さ、じゃあ左手を出してくれ」

山城 「え!? は、は、はいぃ」


左手を出す……恥ずかしいけど震えてしまっている。提督は優しく微笑んで、その左手を取り……


山城 「あ……」


薬指に、シンプルな指輪を……はめた。その瞬間、指輪がかすかに光り……提督との新たな絆が生まれたことを肌で感じた。


提督 「どうかこれからもよろしく頼む」


もうっ!! もっとロマンチックに何か言ってくれればいいのにっ!! でも……それでも嬉しくて、顔が自然ににやけてしまう


山城 「はい、これからはその……つ、つ、妻として!!」

提督 「カッコカリだからなぁ。妻っていう感じでは無いかもだけど、まぁ恋人としても仲良くしてくれ。俺としては、そばにいてくれるだけで幸せだからさ」

山城 「ふふっ……その程度でよろしければ喜んで♪」




443 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 01:03:08.41 r0EPitM9o 342/393



提督 「……なぁ山城」


あれ、打って変わって真面目な……重い声。


山城 「はい、どうしました?」

提督 「その……さ。さっきも言ったとおり、おれは愛する山城を幸せにしたい。そう思ってる。この指輪はその決意表明でもある」

山城 「/// あ、う……嬉しいです……」

提督 「でもな……正直、自信がない面もあるんだ」

山城 「そんなっ……」

提督 「だってな。艦娘はそもそも自由がない。俺達人間の都合で生まれて、命令されて戦い続ける身だ」

山城 「そんなことはありませんっ!!」

提督 「いや、そう思ってくれていることは分かる。でも、お前たちがそういう運命を持っていることは事実だ。だからな……そんな不自由な境遇の中で、俺は本当に君を幸せにできているだろうか? って心配になるんだよ。ましてほら、山城は不幸が口癖だからさ、わははは…はは……」




444 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 01:04:52.74 r0EPitM9o 343/393



改めて、この人と過ごしてきた日々を思い出す。いつだって……楽しかった。色々不運なのは前世に引き続き相変わらずだったけれど、それでも決して不幸では無かった。


山城 「わたしは……確かに相変わらず不運ですけど……それでもちっとも不幸ではありません。転生してからずっとそうでした。不幸というのは口癖ですので許してください。でも、本当に不幸じゃありませんでした。不幸どころか……毎日がとても楽しかった。姉さまがいて、仲間たちがいて、充実した戦いがあって……。前世でわたしが望んでいたすべてがあるんですから」

提督 「そっか……そうだな、それなら嬉しいよ」

山城 「それに……」


静かに微笑んでいる提督を真っ直ぐに見つめる


山城 「あなたが……いつだってそばにいてくれました。今だから言えますけど……執務室であなたと一緒にお仕事をして、お茶を飲んで、雑談をして……それがとても楽しいんです。あなたがせっかく愛を囁いてくれても邪険にしてましたけど……本当はいつも嬉しかったんです」

提督 「山城……」


左手をかざして指輪を見る。さっき生まれたばかりの新しい絆。愛し合う男女の絆……


山城 「そしてあなたは、今もこれからもわたしを愛してると言ってくれています。だから……だから……」


隣に座っている提督に抱きつく。絶対に離したくない大切な大切な人……


山城 「認めます……幸せだわ……」


そしてわたしは幸せなキスをした。



HAPPY END




445 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 01:05:19.26 r0EPitM9o 344/393



…………と、幸せに終わらないのがわたしらしい。不幸だわ……




446 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 01:05:46.08 r0EPitM9o 345/393



――――― 同時刻 近くの木陰




447 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 01:06:36.28 r0EPitM9o 346/393



衣笠 「うわぁ、山城さんからキスしたっ! 山城さんってば、だいたーん! いいなぁー」


カシャッ カシャッ カシャッ


衣笠 「ねぇねぇ、青葉も見た?」

青葉 「もっちろん! バッチリ撮りましたよっ! いやー、散歩していたら偶然こんなスクープ写真が取れるなんて、やっぱり普段の行いがいいからですかねー!」

衣笠 「提督と山城さんがカヌーでデートしてるから、ボート小屋の近くで待ち伏せしようって出かけてきたはずだけど……」

青葉 「やだなー、そんなわけ無いじゃないですかっ。偶然です偶然っ!」


カシャ カシャ カシャ


青葉 「よーし! 早速号外を作らなきゃっ。衣笠も手伝ってね!」

衣笠 「えー、あとで山城さんに怒られるよ。やめとこうよー」

青葉 「いやいやいやいや、これはみんなに伝えないとですよっ」

衣笠 「どうして?」

青葉 「だって、提督ラブな人たちもみんな、提督の純愛に免じて自重してきたわけじゃないですか?」

衣笠 「そうねぇ。仕方なくって感じだったけど自重してたね」

青葉 「でもでも、提督と山城さんは無事くっついて、ケッコンカッコカリもして、いちゃついてるわけですよっ。これでもう自重なんかせず、第2ラウンドの勝負に入るでしょっ!」

衣笠 「……なるほど。次に指輪をもらう人の争いとか始まりそうだね」

青葉 「でしょー! すっごく面白そうですよね!」

衣笠 「……仕方ない、手伝うよ」

青葉 「やった!! じゃあ早速号外を作りましょう! 夜には配らないとですねっ!」




448 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 01:07:02.77 r0EPitM9o 347/393



――――― 夕方 食堂前廊下




449 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 01:07:50.01 r0EPitM9o 348/393



あれから、提督とゆっくりとお話をした。

真面目なお話もしたし、仲間たちのことや趣味のこと、提督の夢の事。二人の将来のこと。手を繋いでお話するだけでとても幸せだった。提督が心配しないように、ちゃんと幸せだって伝えたら、また嬉しそうに笑っていた。

そしていまは、名残惜しいけれど帰ってきたところ。念のため執務室に戻って仕事の確認をしてから帰ることにする。お互い職業病だなぁって笑いあった。こんなことすら幸せだった。

流石に建物内では手を離したけど、それだけで喪失感を感じる。わたしってば、本当に提督を好きになっちゃったのね……えへへ。


提督 「はて、こんな時間なのに食堂がなんだか騒がしいな」

山城 「そうですね、どうしたんでしょう? のぞいてみましょうか」

提督 「ああ、なんか大勢集まってるみたいだ。おーい、何かあったのかー?」

金剛 「あ、テイトクー!」

ダッダッダッダッダ

提督 「ん、どうした金剛、そんなに走って」

金剛 「わたしともキスするデーッス!」

提督 「な!? う、うわぁ」


とっさに提督をかばう。飛び込んできた金剛と危うくぶつかるところだった




450 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 01:09:04.63 r0EPitM9o 349/393



山城 「金剛、どういうことっ!」

金剛 「ちぃっ! 邪魔しないでくだサーイ! 山城ばっかりずるいデース!」


わたしばっかりずるい……? わたしともキスする? 動悸が激しくなる……すごく……嫌な予感がするわ!


提督 「お、落ち着け金剛! 一体何事だっ」

時雨 「提督、これだよこれ。山城も……どうか心を落ち着けて見てね」

提督 「……青葉新聞号外って見るだけで嫌な予感しかしないな」

山城 「…………」

提督 「デカデカと写真載せやがって……。青葉め……」

山城 「…………」

満潮 「山城……その……大丈夫?」

山城 「あ……」

朝雲 「あ……?」

山城 「あ、あ、あ、あおばぁぁっぁぁぁぁぁ!!」




451 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/11/29 01:09:30.97 r0EPitM9o 350/393



**********

この後、提督にせまる子を撃退したり、キスと指輪を冷やかされたり、根掘り葉掘りいろいろ聞かれたり……もう大変!! ほんっと、不幸だわ!!

……ううん、違うわね。お祭りのような大騒ぎ。冷やかされるのもまた楽しい。

そう、これもまた幸せの形。うん、やっぱり幸せだわ……。

**********




460 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:01:44.11 2HddLpKbo 351/393



***** エピローグ *****




461 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:02:16.58 2HddLpKbo 352/393



――――― 10日後 朝 時雨と夕立の部屋




462 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:02:43.96 2HddLpKbo 353/393



夕立 「むにゃ……おはよう?」

時雨 「おはよう。僕はもう行くけれど夕立はまだ寝ていて大丈夫だよ?」

夕立 「うー、おきるっぽい」

時雨 「昨夜は夜戦参加で遅かったんだから、寝ていたらいいのに」

夕立 「だって最近、時雨と全然遊べて無いっぽい。だからせめて少しぐらいお話するっぽい!」

時雨 「へんな夕立だね。じゃあ朝ごはんを一緒に食べようよ」

夕立 「うん!」




463 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:03:27.53 2HddLpKbo 354/393



夕立 「最近の時雨は西村艦隊のことばっかりで、全然夕立と遊んでくれないっ」(もぐもぐ)

時雨 「しょうがないじゃないか。この間みたいなことにならないよう、みんなでしっかり準備してたんだ」

夕立 「それは分かるけど、夕立は寂しいっぽいぃ~~」

時雨 「大丈夫だよ。今日の出撃がうまく行けば落ち着くから。そしたらお休みをとって、一緒に買い物に行こう。ほら、この間お洋服を買ってきたお店に連れて行ってあげるよ」

夕立 「わーい! 夕立も色々ほしいっぽい! できたら時雨とおそろいにするっぽい~♪」

時雨 「はいはい、そうだね。じゃあ出撃してくるから、今日はいい子に待っていてね」

夕立 「は~い♪」


時雨 「ふぅ……。ふふふ、僕も山城のことを笑えないね。提督と扶桑のバランスで困っている山城とおんなじ感じだ。大切な人が多いとバランスを取るのが大変ということかな……」




464 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:04:16.81 2HddLpKbo 355/393



――――― 午前 南西諸島海域




465 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:05:39.48 2HddLpKbo 356/393



扶桑 「山城、大丈夫?」


斜め前をいく姉さまが振り返って声をかけて下さる。ああ、心配顔の姉さまも素敵だわ!


山城 「はい姉さま! やっぱりこの陣形は安心です。いつも姉さまの姿が見えますから!」

時雨 「たくさんミーティングしたかいがあったね。陣形まで前世をなぞることは無いから、山城が安心できる形が一番だよ。山城の護衛は僕がしっかりと務めるから任せて!」

朝雲 「殿はわたしが務めるから大丈夫よ! 山雲と一緒にしっかりと見張ってるから!」

山雲 「この位置ならいきなり雷撃を受けたりしないから安心ね~」

満潮 「扶桑さんの護衛はわたしがしっかりと務めるわ。大丈夫よ、何があっても護りきってみせるから!」

最上 「そして先頭は僕。変則的な形だけど、瑞雲を使って前方広範囲の索敵をしっかりとするから!」

山城 「みんな……。ええ、みんなが居てくれるから大丈夫。もう取り乱したりしない!」




466 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:06:05.54 2HddLpKbo 357/393



最上 「む、右前方に敵艦隊発見! 仕掛けるよね?」

山城 「ええ、もちろん! 姉さま、最上、行くわよっ」

扶桑 「ええ。瑞雲全機発艦!」

 ・
 ・
 ・
 
最上 「よし、結構な損害を与えた上に敵は大混乱。弾着射撃行けるよ!」

山城 「それでは姉さま」

扶桑 「ええ山城。いくわよっ! 主砲一斉射! 撃てっ!!」

 ・
 ・
 ・
 

時雨 「よし、主砲命中! 敵艦隊沈黙!」

朝雲 「よしっ! 完全勝利ね!」

山雲 「やった~♪」

満潮 「安定した戦果ね。誰も傷つかなかったのが良かったわね!」




467 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:07:02.31 2HddLpKbo 358/393



扶桑 「やったわね山城! 無事任務達成よ!」

最上 「MVPは山城さんかぁ。流石だねっ!」

満潮 「長く頑張ってきた任務だけどついに……って、山城さん……どうしたの?」


わたしは呆然としていた。頬を涙が伝うのが分かる。悲しみでも悩みでも苦しみでもない。ただただ涙が流れ続けていた。


時雨 「山城……いったい…………え、扶桑まで?」

扶桑 「あ、あら……わたしはいったい……」


扶桑姉さまも同じように涙していた。ああ、そうよね。扶桑姉さまも同じよね……


朝雲 「二人共大丈夫!? どうしよう、また何かトラウマが……」


扶桑 「ううん、違うのよ。これは……嬉し涙みたいなものね……。わたしの中にある、わたしに乗っていた人たちの想いよ……」

山城 「ええ……。出番も無いのに猛訓練を続けていた乗組員のみんな。そして、ついに来た出番で何もできなかった。その無念が晴らされた……。そういう涙なのよ。驚かせてごめんね」

満潮 「そう……。無念が晴らされたのなら本当に良かった……本当にそう思うわ」

時雨 「そうだね。じゃあ気持ちの上でも完全に任務達成だね。さあ、提督がすごくハラハラしてるだろうから、帰ろう、みんな!」

朝雲 「そうね……うふふ、心配で港まで見送りに来たぐらいだもの」

山雲 「もー、恋する男は心配性って感じよね~」

山城 「も、もうっ! 提督ったら、だから来ないでって言ったのに ///」




468 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:08:18.07 2HddLpKbo 359/393



最上 「敵影無し。それにもう安全圏だね。何事もなく帰還できそうだよ」

山城 「そうね。心配性なあの人を早く安心させてあげないと……」

扶桑 「うふふ……妻っぽいわね、山城」

山城 「ね、姉さまっ! からかわないでください…… ///」

朝雲 「あーあ、ラブラブいいなー」

山城 「ら、ラブラブとかじゃありません! この任務では本当に心配をおかけしましたからっ! 西村艦隊の最初の作戦はやっと成功しましたってご報告するだけですっ!」

時雨 「あ、その件なんだけどね山城。山城抜きで悪かったんだけど、実は西村艦隊では別の作戦を進めてたんだ。だから今回のは2つ目の作戦だね」

山城 「え!? そんなの聞いてないわ」

満潮 「言ってなかったからね。言うわけにいかなかっただけだけど」

朝雲 「ちなみに作戦名は『山城幸せ大作戦』よ! 発案者は時雨だからねっ」

山雲 「いい作戦でしょ~♪」

山城 「え? え?」

扶桑 「そうなのよ。時雨の発案でね。西村艦隊のみんなで、いつも不幸だ不幸だ言っている山城を幸せにしようって」

最上 「で、山城さんが幸せになるには? って言ったら、提督とくっつくことしか無いよね! ということで、山城さんと提督をくっつけることを目標にしてたんだよっ」

山城 「うう、地下の空き部屋に集まっては、怪しげな会合をしていると思ったら、そんなことをしていたのね……」

時雨 「あの部屋には山城も何度か来ているじゃないか。入口に『山城幸せ大作戦仮設本部』って、ちゃんと張り紙をしてあるよ」

山城 「気が付かなかった……」




469 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:08:58.27 2HddLpKbo 360/393



時雨 「2つ目の作戦報告の前に、まずは最初の作戦の成果を確認しなきゃね」

扶桑 「そうね。作戦は無事完了していると思うし……」

朝雲 「じゃあ本人に確認してみましょうっ! 山城さん、幸せになりましたかっ!?」

山雲 「なりましたか~?」

山城 「そ、それは……その……」

満潮 「ま、聞く必要も無いけどね。毎日いちゃいちゃして、わたしたちには相談という名目の惚気話ばっかりで……」

最上 「ほんと、幸せすぎてずるいよー。僕にも幸せを分けてもらいたいくらいだよっ」

扶桑 「うふふ、山城、みんなはこう言っているけど?」


みんながにやにやしながら見つめている。く……遊ばれてるわね! 不幸だわ……

でも……みんながいてくれて、わたしなんかの幸せを願ってくれたからこそ今がある……。それは間違いない。からかわれていると分かってはいるけれど……それでもちゃんと伝えないとね。




470 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:09:25.06 2HddLpKbo 361/393



山城 「くっ……。えーえー! 認めます、幸せですっ! 作戦はまんまと成功しましたっ! ふんっ!」

扶桑 「やったわ!」

最上 「やったね!」

時雨 「ふふ、上出来だね」

朝雲 「やったわね!」

山雲 「やったぁ~♪」

満潮 「うん……良かったわ、ほんとに」

時雨 「それじゃあみんな、せーのっ!」



一同 「作戦大成功!!」


本当に嬉しそうに笑っているみんなを見て、わたしもついつい笑ってしまう。ありがとう……みんな本当にありがとう……。




471 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:10:15.66 2HddLpKbo 362/393



朝雲 「それじゃあさ、今夜にでも打ち上げしない? 会議じゃなくてお酒も飲みながら~♪」

最上 「お、いいねー」

山城 「あ……今夜はちょっと……」

時雨 「あれ、夜に予定かい? 川内さんの夜戦訓練はもうやってないけど」

山城 「そ、それはね……えっと、そのぉ……」

扶桑 「それがね、山城ったら、私生活でも提督のお世話をする約束をしたそうで……今日ははじめて、提督のお部屋に晩御飯を作りに行くのよ」

山城 「ね、姉さま、言っちゃだめですっ!」

満潮 「はぁ、お泊りね。仲の良いことで結構だわ。ごちそうさま」

朝雲 「満潮のえっち! お泊りなんかしないわ……しないわよね?」




472 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:11:02.33 2HddLpKbo 363/393



扶桑 「それがね……明日はほら、二人はデートの予定でしょ? だからその、せっかくだから泊まっていけばって誘われたそうで……」

山城 「わーーーわーーー!」

最上 「じゃあ……ほんとにお泊りなんだ……冗談じゃなくて? ……もうびっくりだよっ!」

時雨 「それは何があっても邪魔をしちゃだめだね。みんなもこのことは絶対に内緒だよ。こんなことを知られたら、提督のお部屋の前に人だかりができちゃうからね」

扶桑 「そうね、これは絶対に誰にも言っちゃだめよ」

山雲 「はぁ~い」

山城 「み、みんな誤解しないでね! こ、これはほら、西村艦隊が今日ついに再出撃だったから、無事終えたらお祝いをしようって、そういう意味で……。だからみんなが考えているような、そんなことじゃなくて……」

時雨 「くすくす……僕たちが考えていることってどんなことだろうねー」

山城 「もう、いじわるっ!」




473 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:11:30.10 2HddLpKbo 364/393



――――― 夜 提督私室




474 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:12:15.56 2HddLpKbo 365/393



実は……料理ってそんなに自信無いのよね。できないわけじゃないけど。
しかも、普段提督は鳳翔さんのところでご飯を食べてるし……とてもかなわないし比べられたくないっ!

そういうわけでわたしの結論はカレー! カレーなら誰が作っても美味しいし(比叡と磯風を除く)、しかも……恥を忍んで入門した師匠直伝のこのカレーなら!

と、がんばっているんだけど……


山城 「あの……提督?」

提督 「ん? どした、何か手伝えることがあるか?」

山城 「いえ……どうか座っていて下さい。それよりもですね……」

提督 「どうした?」

山城 「近くでじっと見つめられるとやりにくいですからやめて下さいっ!」

提督 「えー……。だってなぁ、山城が俺の部屋で料理してるんだぞ! こんな記念すべきこと、目に焼き付けておかないともったいないだろっ」

山城 「気が散るんですっ! お願いですから向こうで待っていて下さいっ!」

提督 「ちぇー。わかったよ、しょんぼり待ってるよ」

山城 「こんなことでしょんぼりした顔しないでくださいっ!」


ああ、姉さま……。今やっと姉さまのお気持ちがわかりました。山城、深く反省します……




475 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:13:07.78 2HddLpKbo 366/393



ほっ……提督はおとなしく読書をはじめたみたいね。しょんぼりしてるけど……ほんとに見つめられると手元が狂いそうで困るんだものっ!

さて、あとはカツをあげて……カレーは直伝のスパイスを入れて……

 ・
 ・
 ・
 
山城 「提督、できましたよ。いらして下さい」

提督 「待ってました! おお、なんと贅沢な! カツカレーか!」

山城 「お口にあうといいのですが……(どきどき)」

提督 「なあに、こんないい香りなんだ、口にあわないはずがない。そもそも俺が食べられないカレーなんて、緑色とか紫色のやつだけだからさ」

山城 「あははは……あのときは本当に大変でしたね。大丈夫です、ちゃんと食べられるカレーですから」

提督 「ああ、それじゃあ頂きます」

もぐもぐ

山城 (どきどき) 「い、いかがですか?」

提督 「ん~~、うまいっ!! 俺好みのスパイシーなカレーだ! カツもカリっとあがっていてうまいっ!」

山城 「ほ~~、良かったです」

提督 「しかしこのカレーは覚えがあるぞ。足柄直伝だな?」

山城 「う゛、やっぱりバレましたか。ご明察です。カレー大会のとき、提督が足柄のカレーをすごく喜んでいましたから、足柄に頭を下げて教えてもらって、再現してみました」

提督 「カレー大会かぁ……最後に比叡のカレーで気絶しちゃったから、記憶がいまいち曖昧なんだが……ほんとにうまいぞ。がんばったな、山城!」

山城 「え、えへへ…… ///」




476 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:13:34.71 2HddLpKbo 367/393



――――― 食後




477 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:14:52.49 2HddLpKbo 368/393



カレーを作るのに夢中だったうちは良かったんだけど……。今わたしは提督のお部屋にいる。提督と二人っきりで……。それで、これからお泊りしちゃうのよね……。ど、ど、どきどきしてきた。落ち着くのよ山城……まだ慌てるような時間じゃないわ……


山城 「提督、は、はい、コーヒーです」

提督 「ありがとう。美味しい酒を買ってあるんだが、カレーの後だしな。まずはコーヒーでゆっくりするか。美味しいカレー、ほんとにごちそうさま」

山城 「は、はいっ……お粗末さまでした」


提督、本当に嬉しそうで……。いつも思うけれど、わたしがいるだけで、ちょっと何かするだけで、この人は本当に喜んでくれる。それが……わたしも本当に嬉しい。その嬉しそうな笑顔につられて、わたしも微笑んでしまう。提督のいつも通りの様子をみて、少しリラックスできた。


提督 「それから改めて、西村艦隊の出撃お疲れ様。トラウマは見事に克服したな」

山城 「はい……姉さまとみんなのおかげです」

提督 「実際、出撃中にはトラブルとかなにも無かったのか?」

山城 「そうですね、陣形の工夫をしたりして……(説明中)……そんなわけで、最後はわたしと姉さまが泣いてしまいましたけど、全体的には滞りなく」

提督 「そうか……無念は晴れたか……」

山城 「ええ、そんな風に感じました。わたし自身でありながら、わたしとは違う何かの……おそらくは前世から引き継いだ乗組員のみんなの無念。それが晴れた感じです」

提督 「ああ……それは本当に素晴らしい……」


提督が目を閉じ、感慨深げにつぶやく。黙祷を捧げているような、そんな気配だった。




478 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:16:29.49 2HddLpKbo 369/393



提督 「最初に西村艦隊の任務が来たとき……。お前たちに何も言わず、俺の判断で断ってしまおうかとも思ったんだ」

山城 「ええ。最初はそうしてもおかしくないぐらい嫌そうでしたものね」

提督 「でもな、なぜこんな任務が来たのか? 何か意味が……お前たちが苦しむだけでなく、ちゃんと意味があるかもしれない。そう思って、やってみるかどうか聞いてみることにしたんだよ」

山城 「ふふふ……ええ、覚えています。ものすごく煮え切らない言い方でイライラしましたから」

提督 「ま、俺も迷ってたんだよ。でもまぁこの結果を見るとやってよかったよな、ほんと」

山城 「本当にそう思います。もしかして、そういう意図の任務だったんでしょうか?」

提督 「わからん。でも結果的には、前世の辛い記憶を克服して前に進む。そういう任務になった訳だな」

山城 「そうですね。前世を克服する、まさにそういう感じでした。わたしだけでなくみんなも」

提督 「艦娘の前世の記憶なんてほとんどが辛いものだよな。だから記憶がおぼろげな子も多い。でも今回の山城みたいに、何らかの理由で記憶が鮮明になって辛い思いをしたりする。だからこそ、しっかりと前世と向き合い、克服する。……そうだな、やっぱりそういう意図の任務だったんだろう。俺は危うく判断を誤るところだった。ちゃんと山城やみんなに確認して良かったよ」

山城 「ふふふ、ちゃんとわたし達のことを信頼してくださいね♪」

提督 「ああ、今回の件で痛感した。反省したよ」




479 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:17:18.79 2HddLpKbo 370/393



提督 「ま、なにはともあれ、山城は前世の辛い記憶を克服して前に進むわけだ」

山城 「ええ。提督と姉さまとみんなのおかげです」

提督 「それに、俺との恋愛についても、とりあえず落ち着いた形になったわけだ」

山城 「え、ええ……そ、そうですね……はい……ケッコンカッコカリもしましたし……」

提督 「扶桑と俺とのバランスに悩んでいた件は大丈夫か?」

山城 「え、えっと……はい、そのぉ……」

提督 「ん? なんだ、何か問題が出てるのか?」

山城 「いえ、そのぉ……扶桑姉さまから……『提督との惚気ばかり聞かされて食傷気味だから、いっそ提督とすごす時間をもっと増やしなさい』って……」

提督 「ぶっ!! なんだ、扶桑に俺のことばっかり話してるのか。俺には扶桑の話ばっかりするくせに」

山城 「/// し、し、しかたないじゃないですか! わたしの生活は姉さまと提督を中心に回っているんですからっ! その話題が多くなってしまうというか……その……姉さまからは、提督の話ばっかりするのは前からだけれども、最近は惚気ばかりで困るって……」

提督 「ぶはははは! そっかぁ、あの扶桑がそこまで言うんだ、よっぽどうんざりしてるんだろうなぁ」

山城 「くっ……そ、そうかもしれません……」




480 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:18:19.98 2HddLpKbo 371/393



提督 「じゃあ、とりあえず山城が抱えていた悩みや苦しみは、基本的にはもう解消されて落ち着いたと判断していいか?」


真剣に聞かれてちょっと考え込む。……うん、そうね。もちろん何一つ不安や悩みがないなんて訳はないけれど、それでも、ずっと抱えてきた大きな悩みはもう無くなった。ちょっと前までいつも不安定だった自分が嘘みたい……

嬉しくなって、ニッコリと微笑んで答える。


山城 「はいっ! そうですね、ずっと抱えてきた悩みや不安はもうありませんっ!」

提督 「そうか! よかった、じゃあもう遠慮しなくていいなっ!」

山城 「はい? 遠慮ですか?」

提督 「そうだ、山城と思う存分イチャイチャするのを我慢しなくていいなと!」

山城 「/// な、な、何を言ってるんですか!!」




481 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:19:17.37 2HddLpKbo 372/393



提督 「だってなぁ。山城が俺のしらない悩みを抱えてるかもしれないのに、お気楽にイチャイチャしたがるのはどうかと思ってなぁ。これでも結構遠慮してたんだぜ? でももう遠慮無用ってことだよな!」

山城 「そ、そういう問題じゃないでしょっ!」

提督 「えー……山城だって、もっとスキンシップしていいって言ったよな?」

山城 「ぐ……そ、それは……言いましたけど……」

提督 「じゃあ、まずは一緒に風呂に入ろう!! ああ、これで1つ夢が叶う……」


な、な、な、な、なんて破廉恥な事を言うのこの人はっ!!


山城 「ば、ば、な、な、なっ、なにをっ……」

提督 「あ、広さなら心配しなくていいぞ。ほら見てみろ、俺の自慢の風呂だっ!」


バタン


山城 「そ、そ、そんな事を言ってるんじゃありませんっ! ていうか、どうして私室にこんな立派な檜風呂があるんですかっ!」

提督 「いやー、執務室用の檜風呂があまりにも素敵だったからさー。家具職人さんにお願いして俺の部屋の方に作ってもらったんだ。いい風呂だぞー! さ、さ、一緒に入ろう!」

山城 「な、なにを言ってるんですか、ばかぁぁぁ! ふ、ふ、不幸だわぁぁぁ」




482 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:19:51.11 2HddLpKbo 373/393



 ・
 ・
 ・
 
山城 「目を開けたら容赦なく砲撃しますからねっ! ぜ、絶対開けちゃ駄目ですよっ!!」

提督 「はいはい、大丈夫だよ。ああ、山城と一緒に風呂に入る幸せを思えば、目を閉じるぐらいなんでもないさっ」

山城 「し、信じますからねっ!」

提督 (薄目薄目。おお、夢にまで見た山城の美しい肌が……」

山城 「うう、緊張する……ほんとに目を開けちゃ駄目ですからね! ああ、不幸だわ……」


 ・
 ・
 ・
 
提督 「さて、じゃあそろそろこっちへ」

山城 「こ、こっちって……お布団じゃないですかっ! ど、どうしてそっちに呼ぶんですかっ!」

提督 「もちろん、いいことをするためだ!」

山城 「爽やかに言わないでくださいっ!! うう…… ///」




483 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:20:17.18 2HddLpKbo 374/393



――――― 翌朝




484 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:21:16.32 2HddLpKbo 375/393



チュンチュン


山城 (ん……朝……)


まだ早朝の気配。なんだろう、すごく違和感を感じる……温かい……。あ……この温かいのは提督だ……そうだ、わたしは昨夜……あ、あ、ああああ!

そ、そうよ、この人はもう、恥ずかしいことばっかり……うう、思い出すだけで……ああああ!

どうどう、落ち着くのよ山城。大丈夫、気にしなければいいのよ、気にしなければ……

気楽に寝息を立てている諸悪の根源を睨みつける。ぼけっと気の抜けた顔で幸せそうに眠る提督……。こんな寝顔を見せられたら怒る気にもなれないわ。


山城 「ふふふ……寝顔はわたしのほうが先に見ちゃいましたね。口あけて、なんだか子どもみたいですよ」


ああ、わたしはこの人と結ばれたのね。そして、こうして寄り添って朝を迎える。これはとても幸せなこと。

でも……やはりわたしは不幸に慣れすぎているのかしら? 幸せであればあるほどどこか不安を感じる。失ってしまう不安を……

不安を振り払うように、提督の硬い腕に抱きついてみる。提督は起きる様子はない。

腕をぎゅっと抱きしめて目を閉じる。大丈夫、これだけしっかり抱きしめていれば、決して失ったりしない。

そしてわたしはまた眠りに落ちた。




485 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:21:51.90 2HddLpKbo 376/393



つんつん

ぷにぷに


山城 「ん~……」

提督 「おーい山城。起きないと、今度はおっぱいをつんつんするぞー」


がばっ!


山城 「セクハラ提督っ!!」

提督 「あ、起きた。おはよう山城」

山城 「あれ? おはようございます?」

提督 「思いっきり寝ぼけてるだろー? 状況わかってるか?」

山城 「あ……そっか……わたし…………って、ぎゃぁぁぁあ! 提督、あっち向いて下さい、あっち!」


あわてて布団をかぶり直す。わたしってば、は、は、裸じゃないっ!


提督 「むぅ、隠れてしまったか……。朝から良いものが見れたと喜んでいたのだが……」

山城 「変態変態変態っ! いいからあっちへ行っていて下さいっ! すぐ着替えますからっ!」

提督 「ふぇーい。ま、仕方ないか……。昨夜も絶対に明るくするなって言われてあれだったから、明るいところでもっと見たかったのになぁ……」

山城 「変態っ!」




486 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:22:41.34 2HddLpKbo 377/393



提督 「もぐもぐ……やっぱり二日目のカレーはうまいなぁ」

山城 (プイッ)

提督 「わははは、拗ねてるのも可愛いけど、そろそろ機嫌直してくれよ。この後せっかくデートするんだしさ」

山城 「うー……」

提督 「真面目な話だが、出かける前に執務室に寄って、秘書艦を代わってくれたみんなにひと声かけるべきだろう。今日もまた西村艦隊全員で来てくれてるんだろ?」

山城 「えっと……はい、そのはずです」

提督 「結局、俺達が楽しくデートするために、西村艦隊のみんなの1日が潰れちゃってるわけだからな。しっかりお礼を言って、頑張ってもらってる分、大いに楽しまないとな」

山城 「そうですね……はい、分かりました」


……なんだかごまかされた気がしないでもないけれど。でも確かにその通りよね。


提督 「ところで、今日も俺に付き合ってもらうのでいいのか? そうなると、ボート小屋でのんびりカヌーのメンテナンス作業になっちゃうぞ」

山城 「ええ。わたし人混みは苦手ですし、みんなが通りかかる場所だときっとまた邪魔が入るし……静かな場所であればどこでもいいんです」

提督 「そっか。じゃあ今日も俺にお付き合い頂いて、次回はこの間の公園に行こう」

山城 「ええ、それも楽しみにしてますね♪」




487 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:23:07.78 2HddLpKbo 378/393



――――― 少し後 提督執務室




488 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:24:01.85 2HddLpKbo 379/393



山城 「これは……一体何事でしょうか……」

提督 「なんかこう、すごいな。大混雑って感じだ」

朝潮 「あ、司令官、おはようございますっ! 朝潮、本日は秘書艦の任にあたっております!」

大潮 「山城さんも、おっはよー!」

荒潮 「あらあら、お二人仲良くてうらやましいわぁ~」

満潮 「はぁ……」

提督 「またついてきちゃったのか?」

満潮 「そうなのよ……」

荒潮 「だってー、満潮ちゃんったら最近、西村艦隊のことばっかりなんだもの~。寂しいから今日はみんなでついてくることにしたのよ~」

三隈 「あら、みなさん同じ理由でしたのね。くまりんこも、最近もがみんがちっともかまってくれないから、無理やりついてきたんですのよ」

最上 「うう、困るよ~」

夕立 「夕立も同じっぽい! 時雨ったら、西村艦隊任務が終わったら夕立といっぱい遊ぶって約束したのに、全然守ってくれないっぽい!」

時雨 「夕立との時間もいっぱいとってるんだけどね……。どうもご不満みたいでついてきちゃったんだ」

朝雲 「だからもう今日は狭くって狭くって!」

山雲 「息苦しいぐらいね~」

扶桑 「わたしなんて居場所がないから部屋の隅にこうして……」

山城 「姉さま! そんなロッカーの隅に隠れておられたなんてっ!」




489 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:25:00.22 2HddLpKbo 380/393



提督 「ま、まぁほら、急ぎの仕事があるわけじゃないんだ。てきとーに終わらせて、それぞれ姉妹サービスに勤しんでくれよ」

山城 「えっと、そういうわけでよろしくね」


球磨 「たのもー! あれ、なんで提督と山城さんがいるくま? お休みのはずくま」

提督 「ああ、出かける前に寄っただけなんだ。球磨こそどうしたんだ?」

多摩 「多摩もいるにゃ」

北上 「ていうか、みんないるよー」

大井 「山城さんおはようございます。提督も……まぁ、おはようございます」

木曾 「なんだ、随分と人が多いな」

提督 「いやもう、ただでさえ多いところに5人増えたからな……」

山城 「球磨型勢揃いでどうしたの?」

北上 「あー、みんなで買い物に行こうと思ってさ。外出許可貰いに来たんだよー」

多摩 「そういうことにゃ」

朝潮 「ではこちらの用紙に記載をお願いします」

満潮 「うう、仕事取られてばっかり……。わたしは何をしたら……」

大井 「はいはい、じゃあちゃっちゃと書いちゃいますね」

提督 「今日は出撃は一切ないからかまわないぞ」

三隈 「はい、では提督の承認印、押してしまいますね」

最上 「僕も仕事全部取られてる……」

夕立 「このお菓子は食べていいっぽい?」

時雨 「夕立もさ、すこしは仕事する振りぐらいしようよ……」




490 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:25:43.93 2HddLpKbo 381/393



提督 「しかし、球磨型揃って出かけるとか珍しいな。というよりはじめてじゃないか?」

木曾 「そうなんだよ。まさか大井姉さんが声をかけてくるとは」

大井 「木曾っ! 余計なこと言わないっ!」

多摩 「まぁまぁ聞いてほしいにゃ。めずらしいことに大井が、北上と二人でじゃなくて姉妹みんなで買い物に行こうって誘ってきたにゃ」

北上 「最初は二人で行くつもりだったんだけどさー。大井っちが突然言い出してねー」

提督 「それはまた……天変地異の前触れか……」

大井 「失礼なっ! わたしだってその……たまにはそんなこともありますっ!」

球磨 「たまにでもいいくま。姉ちゃんはもう、大井に忘れられてると思ってたくま!」

大井 「あう……そんなわけ無いじゃないですか。その……ごめんなさい」

多摩 「まぁまぁ、じゃあ今日は姉妹水入らずで楽しく遊んでくるにゃ」

大井 「そうですね。今日は是非、木曾に女らしい服を買わないと」

木曾 「……急用ができた。じゃあ俺はこのへんで」

球磨 「逃がさないくま! これはいい機会くま!」

木曾 「はなしてくれー!」

提督 「わはははは、それは楽しみだな」

北上 「じゃあ行ってくるねー。提督たちも楽しんでおいでよー」




491 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:26:10.78 2HddLpKbo 382/393



――――― 午後 提督のボート小屋




492 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:27:06.68 2HddLpKbo 383/393



提督がカヌーの手入れをしているのを眺めながらおしゃべりをする。

静かで穏やかな時間。


山城 「大井も鳳翔さんのお話でいろいろ考えたんでしょうね」

提督 「そうだな。ほんの少しでいいから、北上以外にも目を向けるっていうのは、確かに大事だと思う。俺がどれだけ言っても聞かないだろうけど……。やっぱ鳳翔さんは流石だなぁ」

山城 「5人であんなに楽しそうにしてましたから。きっとこれがきっかけで変わっていくでしょう」

提督 「だな!」


カヌーを手入れする作業音と、ささやかな波の音だけが聞こえる。ここは本当に静かで落ち着く。桟橋と違って青葉に見られる心配もないし!


提督 「……なあ山城」

山城 「どうしました?」

提督 「んっとさ、昨日山城は言ってたよな。悩みとか不安とかはもう無くなったって」

山城 「はい、確かに言いましたけど……」

提督 「でもさ、なんというか……俺と一緒に居て、楽しそうにしてくれているんだけど、たまにふっと不安そうな……寂しそうな表情をするだろ? やっぱり何か悩んでるのか?」

山城 「あ、いえ、ご心配おかけしてごめんなさい。そういうわけでは無いんです」

提督 「んー、できたら話してほしいんだが、駄目か?」

山城 「うー……うまく説明できるか自信ありませんけど……」

提督 「それでいい。真剣に聞くから、是非話してくれ」


本気で心配してくれているのが分かる。この人はいつもわたしのことばかり心配する。それは嬉しいんだけど……この不安をうまく説明できるかしら?




493 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:27:54.08 2HddLpKbo 384/393



山城 「でも、本当に大したことじゃないんです。前々から抱えていた不安や悩みは本当に解消されて……。今は、誰でも持っているようなささやかな不安ぐらいです」

提督 「というと?」

山城 「それは……。わたしはやっぱり幸せに慣れていないんでしょうね。あなたとこうしてお付き合いをはじめて……すごく幸せなんですよ。散々振り回されたりからかわれたりしてますけどねっ!」

提督 「わははは、それはまぁ昔からだな。それで?」

山城 「それで……。幸せだからこそ、幸せすぎて……失う時が来るのが恐いんです」

提督 「おいおい、俺は浮気したり心変わりしたりしないぞ?」

山城 「あたりまえです!! 浮気なんてしたら41cm砲を直撃させますからね! そうじゃなくてっ! そうじゃなくて……わたしたちの未来って不安定じゃないですか? だから……やっぱり、ちょっと元気を無くすことだってあるんです……。あ、あはは、わたしったらしょうがないことを言ってますよね! 忘れて下さい、ほんとにっ!」

提督 「そっか、そういう話か……」

山城 「だから、ほんと、しょうがないことを言ってしまいました。そんなことは気にせず、今をもっと楽しむように心がけますね。ほんと、ごめんなさいっ!」




494 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:29:45.45 2HddLpKbo 385/393



提督 「んとさ山城。前に俺の夢の話したのおぼえてるか?」


あれ、突然お話が変わったけれど……気を使ってくださったのかしら?


山城 「はい……確か、自作の船で外洋航海をしたいっていうお話でしたよね?」

提督 「そうそう。具体的にはさ、このカヌーで外洋を旅したいんだよ。もちろん必要な改造はするけどな」

山城 「は、はぁ……。失礼ですがどう見ても無理な気がしますけど……」

提督 「そう言うけどな。このカヌーって、この地方に古くから……それこそ何千年も前から伝わっているカヌーなんだよ。大きな丸太をくり抜いたカヌーをベースにした船で外洋航海に出てたんだ。時には何千キロもの距離を航海したんだぜ?」

山城 「こ、こんなカヌーで!? 嘘ですよね?」

提督 「嘘なものか。ハワイの人たちは、このへんの島から、このカヌーを発展させた船で移住したんだぜ?」

山城 「信じられない……こんなタービンもついていない船で……」

提督 「しかもレーダーやGPSどころか、コンパスや海図すら無かったんだぜ? 星を頼りに長距離航海を成し遂げてたんだ。俺たち船乗りの偉大なる先輩たちだよ」

山城 「人間って……すごいですね」

提督 「まったくだ」




495 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:31:23.50 2HddLpKbo 386/393



提督 「前にも話したと思うけど、最初はさ、趣味のカヤックを自作するつもりだったんだよ。一人用の小さくて軽い船な。すごく簡単に操船できて速度もでる。だけどな、材料を探してたら大量の巨木を見つけてさ。ああ、これがミクロネシアンカヌーの材料なんだ……って思ったら、どうしても古代のカヌーを作りたくなってな。それでこいつを作ったんだ」

山城 「そっか……そのカヌーは提督のロマンなんですね」

提督 「そーそー。お陰で一人で操船するのはえらい大変で、速度も全然でない船になっちゃったけどな! しかも、みんなからは手漕船だの細いボートだの、ロマンのない呼び方をされるし! ま、前世が巨大な軍艦であるみんなからしたら、それこそ救命ボートみたいなものだからしょうがないけどな」

山城 「う、失礼な呼び方をしてごめんなさい……」

提督 「だからいいんだって。あくまで俺のロマンなんだからさ。でさ、実際に作って操船してみてびっくりだよ。本当にこれで何百、何千キロもの航海をしたのかって! やっぱ先達ってすごいなっ」


ふふふ……提督、目をキラキラさせて、なんだか少年のよう。見ていて微笑ましくなってしまうわ。




496 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:33:16.32 2HddLpKbo 387/393



山城 「そうですね。わたしなんかじゃ想像もつかないですけど」

提督 「だよなー。だからさ、俺はこの戦いが終わって海が平和になったら、ここで先達たちが実現していた古代の船と航海を再現して外洋に出てみたいってわけだ。これが俺の夢な」

山城 「素敵な夢ですね」

提督 「他人事みたいに言わないでくれよー。これは山城が一緒じゃないと実現できないんだぜ?」

山城 「えぇぇっ!?」

提督 「だってさ、俺は船乗りではあるけど、古代の船や航法に関しては全くの素人だ。書籍なんかを頼りに何とか再現してる程度だ。おそらく気の遠くなるぐらい時間がかかるだろうし……。しかもさ、こんな生兵法じゃ、外洋に出たところで遭難するのがオチだろ?」

山城 「それは……そうですね」

提督 「だけどさ、山城が一緒なら、航海も楽しいし、二人で操船すれば楽だし……。何よりほら、もし遭難しても山城に引っ張ってもらって帰れるだろっ!」

山城 「それはまぁ……そうですけど……わたしも行くんですか!?」

提督 「夫婦なんだから当たり前だろ? 山城が他にやりたことがあるっていうんなら仕方ないけど、特に無いなら……」


冗談っぽく笑いながら話していた提督が、急に……恐いくらい真剣な目をして……。そして……




497 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:33:43.02 2HddLpKbo 388/393


.
.
提督 「戦いが終わって平和になったら、今度は俺の夢に付き合ってくれ。俺かきみが死ぬまで……ずっと一緒にさ」
.
.


498 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:34:09.19 2HddLpKbo 389/393



これは……これは……提督のプロポーズであり……覚悟の言葉。

涙が……溢れて……流れているのが分かった。艦娘として転生してからずっと抱えていた何かが涙とともに流れ落ちていくような……そんな気がした。その何かがあまりにも大きくて……涙はいつまでも止まらなかった。




499 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:35:04.05 2HddLpKbo 390/393



わたしが……ううん、艦娘ならみんな、きっと一度は考えたことがあるであろう不安がある。

見ないようにして、逃げ続けていること。


『戦いが終わったら、わたしたちはどうなるのだろう?』


役目を終えて、塵のように消えてしまうの?

それとも……前世と同じように……。解体される? 標的艦になって沈められる? 新兵器の実験台になる?

考えると不安になるばかり。だから見ないようにする。


そして……戦いが終わったら提督は……?

わたし達を解体する? わたし達を置いて帰ってしまう……?

考えても怖くなるばかり。だから逃げ出してしまう。


でも……提督は…………




500 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:36:05.89 2HddLpKbo 391/393



提督 「山城……」


泣き続けているわたしを提督が優しく抱きしめてくれていた。


山城 「提督……戦いが終わっても、ずっとずっと……一緒ですか?」

提督 「ああ。でも大変だぞー。こんな原始的な船に乗って、下手をしたらオールで漕いで長距離航海するんだぜ? えっさえっさって」

山城 「ふふふ……それは……ぐす……大変そうですね。みんなにも手伝ってもらわないと」

提督 「ああ。山城だけじゃない。扶桑も、西村艦隊のみんなも、もちろん他の艦娘も全員だ。全員一緒に、死ぬまで共にあるんだ。ま、山城にはいつだって俺の隣にいてもらうけどな!」

山城 「望むところです……ぐすん……いつだって……いつまでも……あなたの隣に」

提督 「そうだ。死が二人を分かつまで。なにせ俺たちは夫婦なんだからな」



山城 「提督……。わたしは、提督と姉さまとみんながいてくれて、今とっても幸せなんです」

提督 「同感だ。俺も幸せだよ」

山城 「じゃあ死ぬまで一緒なら……わたしは死ぬまでずっと幸せなんですね?」

提督 「もちろん。俺がお前を幸せにする。これからもずっとだ」

山城 「ぐす……ぐす…………はい…………じゃあ、死ぬまでずっと一緒です」




501 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:36:38.63 2HddLpKbo 392/393



……こうしてわたしは、艦娘として生まれた運命も乗り越えて幸せを掴んだ。

もちろん未来はどうなるかわからない。どちらかが死んでしまったり消えてしまったり。わたし達ではどうすることもできないこともあるかもしれない。

だけど、死ぬまで一緒にいよう。一緒に幸せになろう。固く手を繋いでそんな約束ができること。それ以上の幸せがあるだろうか。この幸せがあれば、今すぐ死んでしまっても構わない。

これほどの幸せをくれた提督に……心からの愛情を込めて……

わたしは、幸せなキスをした。


HAPPY END




502 : ◆8sA8xtnAbg - 2016/12/03 00:45:09.04 2HddLpKbo 393/393


長く長くなってしまった話に最後までお付き合い頂いてありがとうございました。以上で完結となります。
結局、2ヶ月半もかかってしまいました。

山城のお話はずっと書きたくて、お話の骨子は一年以上前からできていました。でもどうしても納得の行く形にならず、数回分を書いてはボツにする、という感じで本当に難産でした。

山城という船の数奇な運命。その最後をともにした西村艦隊という存在。艦これというゲームで山城という子が持っている不幸体質、扶桑LOVE、そして提督への複雑な愛情。要素が多すぎてお話にするのが本当に難しい!

でも「みんなで山城を幸せにする」というお話がどうしても書きたかったので、何とか書いた感じです。内容の是非はともかく、何とか完結できてホッとしています。


ではここで恒例の過去作一覧です。

【艦これ】俺の鎮守府が修羅場…?
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1425881502/
http://ayamevip.com/archives/43217940.html

【艦これ】俺の鎮守府が修羅場…? 龍驤END
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1426422790/
http://ayamevip.com/archives/43224222.html

【艦これ】加賀「最近、皆との距離が近い」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1426947844/
http://ayamevip.com/archives/43469472.html

【艦これ】 工作艦 明石。がんばります!
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1428241231/
http://ayamevip.com/archives/43603756.html

【艦これ】 五月雨「パンダ提督とわたし」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1429113386/
http://ayamevip.com/archives/43835905.html

大淀「駆逐艦の子たちはわたしが守ります!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1430662266/
http://ayamevip.com/archives/44356694.html

【艦これ】 葛城 「立派な正規空母になるんだからっ!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1434466157/
http://ayamevip.com/archives/44809217.html

【艦これ】 青葉 「あなたを取材しちゃいます! 」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1440502992/
http://ayamevip.com/archives/45503490.html

【艦これ】 秋津洲 「かわいいだけじゃないかも!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1449319544/
http://ayamevip.com/archives/46371318.html

【艦これ】 蒼龍 「提督、メリークリスマス……」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1450956467/
http://ayamevip.com/archives/46377446.html

【艦これ】 陸奥「堅物なこまったさんね~」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1455628425/
http://ayamevip.com/archives/47843844.html

【艦これ】曙「このアホ提督!」 陸奥「アホ提督ね♪」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1458129890/
http://ayamevip.com/archives/47843928.html



次のお話は、おそらくはZ1(レーベくん)とドイツ艦のお話か、飛鷹さんのお話になる予定です。特に飛鷹さんのお話は、山城のお話と同じく1年以上前から止まってるので、何とかそろそろ形にしたいです。

それではまた次のお話でお会い出来ることを楽しみにしております。

読んでいただいてありがとうございました。

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