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【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─1─

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【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─16─

373 : 以下、名... - 2015/09/17 23:38:26.58 WsVojEJZ0 2847/3130


"madoka's kingdom of heaven"

ChapterⅦ : What god desire is here , and here


【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り

Ⅷ章 : 神の望まれるものは、こことここにある


第77話「聖地・神の国」

559


しばらく二人は馬にのって砂漠を進み、聖地への道のりを知っているという、サラドの通訳を下僕にして、円奈は地平線を眺めた。

新しい馬、黒い毛の馬は、すでに円奈になついていた。


「わたしは、アガワル」

と、オレンジ髪の通訳は、名乗った。

「聖地への道のりはこっから300マイル先の南、川沿いに進んだアスロ山の先にみえるわ」


あと300マイル!

つまり、聖地はもうすぐそこだ。

2500マイルの旅、バリトンから出発して、ファラス地方の森、エドレスの国、エドワード城を通って、ミデルフォトル港、そこから船で出発すること、何日かかけて、海を1000マイルも渡り、いよいよ東世界の大陸に到着し、聖地がみえてきたわけだ。



「そっか…」

感浸った円奈は、感激の声を漏らす。

命がけの旅は、ついに目的地に着こうとしているのだ。

「もう300マイル先に…神の国が…」

といって、遠い目をして砂漠の地平線を眺める。その先を見ようとするかのように。

374 : 以下、名... - 2015/09/17 23:40:39.62 WsVojEJZ0 2848/3130


バリトンの村に生まれ育ったときから、神の国の話をきいてきた。

そこは、魔法少女にとっての救いの国である、”円環の理”の国がある。


神の国とは、円環の理という神が、導く先の天国のことをいうのと同時に、地上の、神が誕生した聖域のこともいう。


天の神の国と、地の神の国。


地の神の国は、円奈の目前に、出現しようとしている。



二人は、砂漠に跨って馬で行進しつづけ、一晩もかけて、夜の砂漠の星空が輝くような地上を、休むことなく進み続け、アスロ山と呼ばれる砂漠地帯の高峻の切り立った崖の山々にきた。


その山は、野原がなく、切り立った岩崖の山脈がつづく、ごつごつした山岳地帯だった。



ここを抜けると、聖地があるらしい。


「ずっと三ヶ月ちかくも、神の国のために旅してました」

感激と、聖地に到着する期待感で、体が震えている円奈は、下僕した敵国の通訳に、語りだした。

「やっとたどり着けるなんて……いまだに信じられません」


「私たちサラドの国の人にとっては、エレムの手から奪還したい土地よ」

アガワルは冗談交じりにいった。

「エレムの連中は、神の国は自分たちの国だって主張するけど───」

高峻の山岳地帯の、崖下で野宿する二人は、語りあう。

「200年前、わたしたちサラドの民が、もともとはそこに暮らしていた。エレムの連中が、皆やってきて、サラドの民を皆殺しにするのと同時に、聖地をのっとった」

焚き火を洞窟の中でたき、二人は食事を共にする。

食事は、通訳の少女が持ち歩いていたものだった。パンだった。

「自分たちこそ”神の国の民だ”とね」

375 : 以下、名... - 2015/09/17 23:42:19.30 WsVojEJZ0 2849/3130


「エレムの人はどうして共同に、仲良く暮らさないんだろう…」

と、素朴な疑問を口にする。

「聖地なら、みんなで仲良く一緒に暮らせばいいのに…」


「仲良く?まさか!」

通訳の女の子は、おどろいた顔をした。

「100年前、聖地を占拠、現地民の女子供、すべて皆殺しにした野蛮エレムと仲良くですって?サラドの民の願いはひとつ、エレム人をわたしたちのもともとの土地から、一人残らず追い出し、海にたたき出すこと」


「…そんな」

円奈は、聖地を巡る争いの根深さの片鱗をみる。

「あなたは、自分の暮らしていた家が、とつぜん奪われて、家族も皆殺しにされて、あとで犯人と仲良く一緒に暮らせばいいのになんていわれたら、どうかんじる?」


「…」

円奈は、言葉を返せない。

崖に削られた洞窟の中の、焚き火の音だけが、パチパチときこえる。暗い洞窟内は、火に照らされる。岩壁が赤く灯されている。


「エレム人はわたしたちサラドの国から、聖地を無理やり奪いとり、国をかってに打ち立てた。100年ずっと、サラドの民は復讐、いえ、正義を切望してきた。もし、正義の神が存在するなら、聖地を虐殺と共に占拠したエレムの民を、滅ぼすはずだと…でも、200年間、わたしたちサラドの民は敗北を味わいつづけてきた。…敵国の指揮官は強かった」


100年間の、エレムとサラドの戦争の歴史を、語る。


376 : 以下、名... - 2015/09/17 23:42:53.06 WsVojEJZ0 2850/3130


アデル・ジョスレーン卿という女騎士は、エドレスの都市で言っていた。

こっちの都市じゃ馬上槍試合はスポーツだが、東世界のほうでは本当の戦争だ…と。

しかもその戦争は、つまりこの時代の戦争は、人間だけが戦う戦争ではなく、魔法少女たちが戦場にたつ戦いだ…という。

つまり魔法少女が兵力になっているのである。



「まあ…わたしはあなたに命を見逃された身。あなたの命令には従うわ」

といって、通訳の子は、洞窟内でひざを手に包み、目を閉じた。

「あと一週間で聖地に案内できるから」


あと一週間…。

あと一週間で、聖地にたどり着ける。

円環の理が誕生し、世界のあらゆる魔法少女が、いつか天に導く神様のために、巡礼におとずれ祈りにくる国に。


「うん…ありがとう」

とにかく、聖地をこの目でみれると思うと、どうしても期待感が胸に湧き出てくるのだった。

377 : 以下、名... - 2015/09/17 23:44:19.94 WsVojEJZ0 2851/3130


560

一週間、朝日が砂漠の山にのぼってくる頃───。

赤い暁の燃え上がる地平線に、二人の影。一人は、鹿目円奈。もう一人は、通訳のアガワル。


二人は、朝日をバックに、蜃気楼の熱気たちこめる砂漠をすすみ、山岳地帯と高峻の嶽道をぬけて、アスロ山をぬけ、すると目の前にあらわれた。


一面の砂漠と、水辺。くねくねした川。

さらにその先にたつ、ひとつの都市。城壁に囲われた城郭都市。


「あれが”神の国”───」

通訳の子が、馬に乗ったまま、崖上の見晴らしから砂漠のむこうに並ぶ城壁の中の都市を指差し、告げた。


「魔法少女の聖地、魂の救済地、円環の理が生まれた国よ」



「あ…!あれが…!」

円奈は驚きに目を瞠り、突然、崖の山岳をぬけた切り立った山道のむこうに、砂漠がひろがり、その遥かむこうの彼方に、城壁に守られた都市がぽつんとあるのに気づく。


「あれが…神の国…!」

山岳の崖から遠目に眺めて感激の声を漏らす。



円奈の目に涙がたまり、太陽光を反射して、そのせいで遠くに見える聖地の国が虹のように輝いて見えてきた。

それは地上にある国というより、もはや天国にある国のように。思えた。


378 : 以下、名... - 2015/09/17 23:44:50.15 WsVojEJZ0 2852/3130



鹿目円奈はたどり着いた。

聖地に。


旅の目的地に。


見えてきた。この目に。神の国が。


バリトンの村から距離にして2500マイル、4000キロメートル。



度重なる危険と、事件と、戦いに、巻き込まれながら。

バリトンの村人たちにさんざん無謀だといわれた旅は、やり遂げたのだ。


命かながらに、聖地に着いたのだ。



鹿目円奈の冒険は、目的地に着く。



379 : 以下、名... - 2015/09/17 23:46:44.84 WsVojEJZ0 2853/3130




峻険の禿げた岩山が切り立つ崖道の淵には、看板がたてられ、”この先、円環の理誕生の地”と、横文字で書かれていた。


うわさにきいていたとおりだ。

あの先に、世界の魔法少女たちが…ウスターシュ・ルッチーアやユーカたちが導かれていったような…神の国がある。

円環の理に導かれた魔法少女たちが最後にたどり着く天の国。


二人は、断崖絶壁の淵を馬で降りてゆき、山岳の崖道をくだりつづけた。

峻険にして乾燥地帯であり、剥げた岩しかない。崖の高さは、数百メートルある。


ここを馬で通って降りると、いよいよ聖地の前の砂漠へきた。


広くて平らな砂漠だった。


すると、城壁の都市がさっきよりも遥かに近く、地上から見上げられた。


円奈は聖地の壁をよく眺めた。

壁の高さは、20メートルほど。エドワード城のような聳立する高層な城ではなかった。

むしろ、防備が薄いのではないかと思えるくらい、質素で単純な城壁が、ずっと1キロくらい、伸びていた。


水源は、この聖地から40キロほど東にある山地の泉から、水路をずっと引いている。


聖地の市壁は、矢狭間と、歩廊に小壁体と凹空間が並んだ、典型的な、上の部分がギザギサした城壁だった。


それは整っていて、聖地の周囲を丁寧に、ぐるりと囲っていた。砂漠の都城を。

円奈は思い出した。

来栖椎奈にきいたあの言葉を───。それは、ファラス地方の森に入る前の道で、円奈と話したあの会話である。


380 : 以下、名... - 2015/09/17 23:50:22.51 WsVojEJZ0 2854/3130


”初めて神の国にいったときは、そこにいるだけで魂が洗われる気分だった。城壁に囲まれた城塞都市だったが、壁に触れているだけでに聖なる魔力が私のなか注がれてくるのを感じた。不思議な感覚だった”

”魔法少女にとって紛れもなくそこは、聖地であった”



ついにその町にたどり着いた。かつて来栖椎奈が、バリトンからみて世界の果てのようなところにある、といっていた、その場所に。


鹿目円奈は冒険の末、辿りついた。


そして円奈は、ついに聖地の都市の城門、その真下まで、きたのである。

城門の落とし格子は、樫の木材などで作られているとこは、西大陸の城と同じであった。

城内に入ると、巡礼路と書かれた案内看板があったり、市場があったり、聖地に住まう人々の家屋で、にぎわっていた。


そしてさすが魔法少女の国とよばれるだけあって、みるからに魔法の可愛らしい衣装に変身した少女たちが、変身衣服のまま市場をほっつき歩いて食材を買いあさったりしていた。


巡礼団みたいな魔法少女たちの集団が円奈の横を通り過ぎ、円環の理の誕生地を観光名所であるかのように訪れ、その場所に足を踏み入れていく。

神聖なる天の国の足元に。



そんな、魔法少女の数が半端ではないこの国では、とてもかわったグリーフシードのやりくりがある。

国内の市民権を得ている魔法少女には、下流、中流、上級の3ランクがある。

下流は、魔獣退治がもっぱらである。そして得たグリーフシードの一部は、機関へ回る。だいたい常に25%ほど。

中流は、聖エレム軍の軍役につく傭兵および正規軍である。魔法少女歴3年以上の場合、正規軍へ入隊を果たす。
そのとき、入隊儀式がひらかれる。

上流は、聖エレム軍の指揮官であり、王家が中心である。旅団や中部隊の隊長もいる。

どちらにせよ、中流や上流は、下級の魔法少女たちが稼ぎまわったグリーフシードを奉納される年貢のように得るわけである。

だから軍部に就く魔法少女はもっぱら戦闘は戦争で、魔獣相手にグリーフシード稼ぎする手間はまったく不要な職業軍人なのだった。


このシステムによって非常に長生きしている魔法少女も、聖地にはいた。

それでもグリーフシードが不足するため、"魔獣培養"、"魔獣養殖"の施設が神の国の都市外郭にはある。
魔獣を意図的に大量生産する職業につく下級魔法少女たちがいる。これは敵国のサラドでも同じである。方法は簡単で、二人の少女に矛盾する契約を同時にカベナンテルに叶えさせるだけでいい。それだけで数万くらい、魔獣が大量発生する。

その原理については未だに確定的な結論を神の国では得ていない。


381 : 以下、名... - 2015/09/17 23:51:03.81 WsVojEJZ0 2855/3130


円奈とレグー・アガワルの二人は、しばし無言で聖地を歩いていたが、ふと突然、円奈が、うううと唸りはじめた。

そして、涙したのである。


「長かった…ほんとに…」


うぐぐ、と涙を腕にぬぐう。


「ほんとうにここまでの道のりが長かった…」


今までの道のりをふりかえる。

「あるときは盗賊に襲われ…あるときは魔法少女たちに殺されかけて…あるときは火あぶりになりかけて…難破して海におぼれ砂漠で倒れ…いろいろあったけど……ほんとうにたどり着いた…神の国に…!」

隣で馬に乗っていたアガワルは、この遠い国からやってきた少女騎士が、旅のりでいろいろな苦難な目にあいながらも、やっと神の国に到着したのだろう、と心の中で円奈を労った。


「いろいろあったのね…」


「そりゃあもう…どうしてこんなひどい目ばっかりに…って思うくらい、いろんな目に…でも、とにかく、着いたんだあ…!」

聖地を見回し、感激に浸る。

どこも石造の道路や、塔や、袋小路があり、坂道が多く伸びる。

町全体は乾いていて、日照りは激しく、暑くて、まさに砂漠の国にある町、という雰囲気であった。

「ここが、魔法少女たちの巡礼地、円環の理に会えるっていう、国なんだね?」

「会えるっていうか、昔ここに円環の理が誕生する歴史があった、って場所じゃないの?」

アガワルが釘さしてきた。

「うーん…わたしは魔法少女じゃないからよくわからないけれど……円環の理が誕生した場所ってどこかな?」

のんきに会話を交わす、未来の敵同士だった。

382 : 以下、名... - 2015/09/17 23:52:13.34 WsVojEJZ0 2856/3130

561

「思ったんだけど──」

円奈は、聖地の一路を辿りながら、あらゆる人々の生活面を眺めつつ、隣をつき従うオレンジ髪のアガワルに、たずねた。

「サラドの人は、エレムにとっての敵国の人だよね。聖地に入れるの?」

女神の場所を訪れる巡礼地にむかって、坂道の道路をすすむ。馬を、轡の手綱を手に握って連れながら。


「いまさらすぎるわ・・・」

アガワルは、あきれたように、ふう、と息つくと、いまの聖地の情勢について、説明した。

「今は、エレムとサラドは休戦中なの。エレムの王、葉月レナと、サラドの王、雪夢沙良は、停戦条約を結んでいる。二年間のね。今がその期間の中間あたりで、そのあいだは───」

巡礼路に自然と足が入る円奈。

それをおいかけるアガワルは、説明をつづける。


巡礼路は、狭くて坂道だった。両端は家々に挟まれ、日の光が届かない。暗かった。

そして、急勾配をのぼる坂道の斜路は、砂地の通路をのぼる魔法少女と思われる女の子たちが、多くいた。

砂漠のど真ん中にあるこの国は土地も空気も乾いていた。日照りは強く町全体が暑かった。

魔法少女たちと思われる女の子たちだって、ぜんぜん肌を晒さないし、人によっては、口まで布みたいなもので覆って聖地を歩く。

383 : 以下、名... - 2015/09/17 23:52:52.02 WsVojEJZ0 2857/3130



聖地の人々は、洗濯に忙しい。みな桶に衣服をいれごしごししている。


猛暑の砂漠の国である。毎日の洗濯はかかせない。

もちろん風呂も、円奈の出身地にくらべて風習化している。円奈の生まれの地や、西世界の大陸のエドレスの国は、風呂は気がむいたら入る、という程度のものだった。

しかし猛暑で毎日汗だくのこの砂漠の地、人々は風呂に入ることが必須であり、またそうでないと、病魔におかされる。


「サラドの者だろうと、どこの者であろうと、巡礼を許される。もちろん、そこらじゅうにエレム兵があるんだけどね」

「えっ?」

円奈は、香が指差した方向へ顔をあげた。

すると、高い家々が両脇に立ち並ぶそのあいだあたりに、監視塔と思われる石造の塔があり、そこに、男の兵士が、じっと鋭い目つきで、巡礼路を監視していた。


「治安を守ってる名目だけど」


アガワルはいう。


「その名目のもと、サラドの民は多くがいわれなき容疑にふっかけられ、裁判にかけられる。もちろん裁くのもエレム側、法律もエレム側、監視兵に目をつけられたらおしまいよ」

「えっと…裁判って…」

円奈は、西世界の大陸、エドレスの都市で経験した裁判を思い出し、アガワルにたずねる。

「あの喧嘩するやつ…だよね?」


「は?喧嘩?裁判が?」

アガワルは、相手が冗談をいっているのかとかんぐった。

が、相手はどうも本気らしかった。

ピンク髪の少女騎士は冗談ぬきの様子で話してくる。

「鎖をふりまわしたり場外にはじき出したりして…勝敗で判決をけめるんだよね?」

384 : 以下、名... - 2015/09/17 23:53:59.01 WsVojEJZ0 2858/3130


アガワルは、はあああっとため息をふかくついた。

「あなた、どんだけ野蛮な国に生きてきたのよ」

東世界の大陸では、裁判といえばもちろん、大判事という裁判官の職につくものがいて、法律にもとづいて厳正に罪びとを裁く。


ここ神の国では、市民の隣人同士のトラブルが非常に多かった。

たとえば水関係。


丘があり、高低差が激しく、坂道が多い街であるので、隣の家が使用した排水が坂道をくだってこっちに流れ込んできた、とか訴えて、近所トラブルとなる。


西世界の大陸だったら、円奈がエドレスの都市でみたように、決闘裁判となり裁判官がみているなかトラブルの当事者同士が殴りあったり武器を与えられて激しい戦闘を演じる。その勝敗で判決が下される。

東大陸の人間はそれを見てしばしば、”西大陸の人間は無学だ”とおちょくったが、それも仕方なかった。

文化的に遅れた国が多かった。


たとえばエレム国は医療大国でも有名なのだが、そのエレム人からみて、西大陸の人間の治療方法ったら野蛮でありゃしない。

とあるエレム人は旅行中、西大陸のサルファロン王国の村で、こんな荒治療を目撃した。

村人の女性が、頭痛を医者に訴えた。

ならばと医者が「頭にとりついた病魔を払うぞ」といって斧で女性の頭を叩き割った。


女性は即死した。

脳天わられた女性の脳みそに、お清めの塩をすりつけて、「よし、治療完了だ」なんていう始末である。


そんな西大陸の野蛮さは、軽蔑の的となり、裁判の結果をケンカの勝敗で決するあの裁判にしても、また軽蔑の的だった。

暗黒の西大陸とはよくいわれたものだ。


しかしいっぽうで建築では尊敬されていた。

エドワード城のような標高700メートルの城は、東大陸には作れない城であった。石が足りないし砂漠の地にはそんな頑固な城は建たなかった。

385 : 以下、名... - 2015/09/17 23:55:46.09 WsVojEJZ0 2859/3130

562


巡礼路を登りつづける円奈とアガワルだったが、丘をのぼっているその最中の、幕のはられた露店の並ぶ勾配の市場街で、円奈は馬を休ませ、すると従者にしたアガワルにこういった。

「つき合わせちっゃてごめんね。もう私は目的地になんとかたどり着けたから、あなたを解放する。祖国にもどって。」

それは、アガワルを意外な気分にさせた。

円奈は、自分をここまで運んでくれた砂漠のオアシスで出会った黒い毛の馬をやさしく何度も撫で、市場でかった藁を食べさせているところだった。

クフィーユに朝食をさいごに食べさせられなかった後悔が、いまここに反動としてきているのかもしれない。


「わたしはあなたの敵国の者。休戦中だけど、未来は敵同士よ。そんなに情けかけてもいいの? あなたはサラドの騎士と決闘し、命をかけて勝って、わたしという奴隷をえた。それを開放するの?」


「人に奴隷のような惨めな思いはさせたくないんだ」

といって、円奈は笑った。「わたし、身分が低い、ということのつらさを知ってる。昔、そうだった」

アガワルは、相手の優しさが本物であることを理解し、静かに頷いた。

オレンジ髪のオレンジ色の瞳の少女。

ただの通訳であったはずの彼女と、円奈は思いがけぬ再会を半年後、戦場で果たす。

「鹿目円奈、バリトンの騎士、"あなたの人徳は、まだ見ぬ敵の耳にも届く"でしょう」

と言い残し、馬にのり、聖地の巡礼路を戻って去った。

このときはほとんど気にしなかったが、半年後、円奈はまったく同じ台詞を戦場できくことになる。

386 : 以下、名... - 2015/09/17 23:57:28.89 WsVojEJZ0 2860/3130



円奈は去る相川香の後ろ姿を見送ったあと、ふりかえって、街路で薬種を売っている市場のおじいさんに、自国の言葉が通じることを祈りながら、話かけた。

「円環の理が誕生したという場所は?」


おじいさんは、しずがに、巡礼路の丘の頂上を、指さした。


円奈もその丘をみあげる。

あそこだろう、となんとなくわかった。


それからは一気に巡礼路をのぼりつめる道をたどった。

ひたすら階段とのぼり坂。道は狭く、人とすれちがうならば、互いに道をゆずらないといけない。

互いに声をかけあいながら、細い石造の階段をのぼっていると、ようやく丘のてっぺんにきた。


もう、夕方だった。


丘のてっぺんにくると、そこは聖地の中心地で、もっとも高いところだった。

この丘から、聖地の一望が、みわたせた。都市から市場街、家屋群、囲壁、そして砂漠まで。

見晴らしは、すばらしかった。まさに聖地の眺めだった。


そう思えたのは、なぜだろう、人間である円奈にも、なんとなく聖地に足を運ぶことで、わかったのだった。

ここが、いろんな人にとっての希望というエネルギーに満ちた磁場のような土地であることが。

たくさんの魔法少女たちが訪れ、巡礼、つまり、円環の理が誕生した場所に足を運ぶ。

それは一種の立派な活気であり、熱気であり、情熱だった。


そういう熱、感情エネルギーが、ここには渦巻いている。


石畳の地面にも、壁にも、砂にさえも。満ち溢れているのだ。


387 : 以下、名... - 2015/09/17 23:58:47.24 WsVojEJZ0 2861/3130



ところで、丘のてっぺんにきたら、ひょっとして円環の理になった少女に会えるのかもしれない、というわずかな期待は、さっそく裏切られた。

そこはただの丘であり、なにもない。


ただ、看板がたてられていて、砂のたまった丘のへこみに、

”ここで一人の少女が犠牲になったといわれています”

とかかれているだけで、何の痕跡もない。


つまりたぶん、昔この場所で一人の少女は、何をおもってか、自分の命を犠牲にして永遠の魔法少女の救済者になることを決めた。

いったいどういう状況に追い込まれれば、そういう決意をとることになるのか、円奈には想像つかない。

もし自分だったら、仮に契約できるとして、そんな契約をするだろうか?


永遠の救済者になること。

人としての生を捨てて、永遠のときをすごす。宇宙として。


それは確かに犠牲なのかもしれなかった。

だから、一人の少女が、その決意をかためたこの場所は、敬意を払われる。

そういうことなのかもしれない。

もちろん、場所自体が大事なのでなくて、一人の少女の犠牲、ということへの敬意と感謝が、大事なのであって、でももしそれを心から述べる場所が世界にひとつあるのだとしたら、ここだ、というのが、聖地のゆえんである。

魔法少女たちは、円環の理が一人の少女の犠牲であることを知り、感動して、この地に足を運ぶ。

388 : 以下、名... - 2015/09/18 00:00:45.06 n/am4FpC0 2862/3130


円環の理の誕生の地をみたい、という動機ではなくて、一人の少女の犠牲に対して、敬意と感謝を心から伝えること、それが動機である。

だから、わざわざこの地に足を運ばなくても、感謝しようと思えばどこでもできるし、事実、わざわざ聖地にこなくても円環の理に対して、感謝を独り言のように述べる魔法少女も、たくさんいる。

けれど一人の少女の犠牲に対して、敬意を払い、感謝する気持ちを伝えるならば、自分の生まれの住まいでするよりも、実際に一人の少女が犠牲になったといわれる場所の上でしたほうが、より真剣な感謝の気持ちになることは、確実である。


それに、円環の理という犠牲になる決意をした、一人の少女がかつてここでその契約を口にした、という歴史の場所に足を運ぶだけで、感激して涙してしまう魔法少女すら、少なくないのである。


かくして聖地は聖地たる意味をもち、巡礼地として、魔法少女たちに特別視されつづける。


円奈もなくとなく、ここがそういう感情エネルギーと希望、魔法少女たちの熱情の土地である感触を、聖地の町全体から肌に感じ取っていた。


まさに、神の国。天国にもっともちかい土地であった。



円奈は旅の目的地についた感浸る気持ちのついで、この丘、円環の理が誕生したと伝えられる丘の上にて、夕方の日が砂漠にしずむまで、じっと丘に佇んで座り、聖地を眺めていた。


夕日が沈み、やがて夜空に星が光る。

その夜空を眺め、じっと一人ぼっちで、じんわりと、夜空が明けるまでを、これまでの旅も思い出し、耽っていた。


夜明けの青空のときには、持ち運んだ来栖椎奈の砕けたソウルジェムを入れた布袋──あの海の難破のときにも奇跡的に、胸に巻きつけていてのこったもの───を、聖地の丘の砂の下に埋めた。

くだけた椎奈の魂は、円環の理の誕生の地に、鎮められた。

割れたソウルジェムの破片をいれた古びた布袋に、円奈は手で砂をかぶせて埋める。手作業で。


”椎奈さま わたし、聖地に着きました”

と、物音ひしつない夜明けの星空を丘から眺め、空にむかって、円奈は心で語る。


”あなたの望む国は、ここに見つけられるのでしょうか?”

389 : 以下、名... - 2015/09/18 00:02:12.17 n/am4FpC0 2863/3130

今日はここまで。

次回、第78話「ほむらとの再会」

391 : 以下、名... - 2015/10/13 22:32:37.88 99gBU8620 2864/3130

第78話「ほむらとの再会」

563

翌朝、おなかが空腹になるのを感じた円奈は、とりあえず円環の理の誕生地にはたどり着いたという旅の目的を果たした達成感と、これからどうすればいいんだろうという虚無感を感じる微妙な気持ちのまま、聖都の市街路をを進んでいた。

なんせ、王家の従姉妹に、”あんたが入る部隊なんてない”と言われたままだったから。


まず、水をのみたかった。

それから、肉、たまご、野菜、魚、まあいろいろ食べたくなって、市場にはベンチにたくさん、そういった品物が売られていて、人々でごった返す、狭い街路だった。



とにかく街路は狭いので、市場で買う人がいると、人の流れが停滞して、ごみごみとなる。

円奈は、人ごみの中をさけて、坂道の上下差もはげしい街路をなんとか通っていたが、みな、聖地に住まう人々の背は高くて、まだ15歳の少女である円奈の背丈は、人ごみの中に沈みこんでいた。

392 : 以下、名... - 2015/10/13 22:33:21.74 99gBU8620 2865/3130


カララン、カラランと、市場では、鐘の鳴る音がする。

市場にふあれる人々のがやがやは、昼間に入ると、より騒がしくなる。

ところで、ロングボウの弓矢を失っている円奈は、食事の買い物もしたいが、武器屋にもよりたいと思っていた。


市場の陳列はといえば、区間ごとによって売ってよい商品の品種などが決められている。たとえば食器類とか、陶磁器、スプーン、ランプなど、カチャカチャ音をたてる金属類の売買は、”聖域”(魔法少女たちが静かに暮らす寺院)から一定距離以上はなれた場所に店をかまえ棚に商品を陳列してあらねばならない。


”聖域”を市場の騒音で汚さないためである。


魚や、肉屋などの、臭みが漂う商品は、さらに”聖域”から遠ざけられた路地に店をかまえる。

聖域の宿泊施設つき寺院を、臭みで汚さないためである。この寺院は、かならず数人分の巡礼者用宿泊室と、公共の水浴場があり、体を洗い清める施設がある。最低限の食事スープを用意する厨房もある。


そうした市場の仕組みを円奈は人ごみに紛れつつ観察し、知っていくのだった。

393 : 以下、名... - 2015/10/13 22:34:18.74 99gBU8620 2866/3130



途中、円奈は非常においしそうで気になる産物を市場で発見した。

それは聖地のほんの狭い、街路でみつけたデザート屋で、幕が敷かれた小さな店である。そこに、山地の雪どけ水で冷やされた果物ジュースが売られていた。

この暑さが地獄のような環境の国に、円奈の喉がおもわずごくり、と少女の唾が誘惑に駆られた音を鳴らしつつ飲み込まれた。

冷たい雪氷。冷やされたメロンの果汁ジュース。

この、ひやひやの雪によってメロンの果汁を冷やしたジュースは砂漠の国の名物であった。昔シャルバットと呼ばれていた飲み物でシロップやシャーベットと語源が同じである。

円奈は思わずそれを買い求め、そして雪にひんやり溶けた冷たいメロンジュースを、幸せいっぱいの顔して飲み干した。

すばらしいデザートを堪能できたのだった。

この猛暑に、ひんやり口に冷たいメロンの汁を飲めた幸せは、スイーツ好きな女の子の幸福そのものであった。



394 : 以下、名... - 2015/10/13 22:36:40.04 99gBU8620 2867/3130


こうしてふらふら、ふらふらと、昼間はずっと聖地の市街地、市場路をずっとめぐりめぐっていたが、その目立つピンク髪の後姿を、ずっと追いかけている何人かの集団がいた。


その集団は男たち4人ほどでだった。彼ら四人は、円奈の腰の鞘にぶらさがった、赤い宝石つきの剣の柄をみて、それに目をつけ、ずっと静かに追い回していたのである。

赤い宝石つきの剣の柄が、本来だれの持ち主だったか、彼らは知っている。


冒険に出てからこのかた、何度も盗賊に襲われたり、戦いに出向いたり、敵地に潜入したりなどの経験を積んだ円奈は、この、昼間にはいってからさっきから誰かに追い掛け回されているという気配に、もう気づいていた。


そこで、街路のうち中心地、噴水があって、しかもその噴水からは自由に泉から引いた天然水が四方向に蛇口から注がれ、自由に人々が飲める水のみ場にきたとき、円奈は静かに、鞘の剣に手をかけて、そっと噴水の前で背後に振り向いた。


ふりむくと、円奈の視線の先に、四人の武装した男たちが並んでいた。つけてきた男たちだ。

頭の剥げた、円奈よりよっぽど背の高い一人の男が先頭にいた。


「…」

無言のまま、剣を手に握る円奈は、目で下を見ながら相手の出方を待っている。

戦いを幾度となく経験した彼女なりの、静かな構えだった。

その後ろでは噴水から注がれる透明の水がきらきら、水面を光らせて反射さていた。


395 : 以下、名... - 2015/10/13 22:37:39.10 99gBU8620 2868/3130


「おまえ、来栖椎奈の知り合いか?」


剥げた男は、険しい目で、噴水の水のみ台に立った、15歳の円奈をみおろした。

男の年齢は37歳ほどである。

「なに?」

円奈は、とられはしまい、と鞘の剣に手をかけた力を強める。


「その剣は来栖のものだったはずだ」

男の口調は尋問するように、厳しく、円奈に詰めよりせまる。

「おまえ、来栖の知り合いか?」


円奈は、この聖地の武装した男が、来栖椎奈の名前を知っているワケの裏、背景を察しようとした。

来栖椎奈はエレム人だった。エレム出身の、娘だった。ということは、聖地に今いるこの男と、椎奈が面識あっても、別段、不思議ではない。

来栖椎奈は17歳で魔法少女になって、それから18年がたって円奈が15歳になる。来栖が生まれたのは35年前。

ということは、35年遡ると、この男が2歳。つまり来栖とほぼ同年代に生まれた幼馴染の男の子が、今や立派なエレム騎士に育ったということだ。


…とまで、相手の正体を予測した円奈は。


396 : 以下、名... - 2015/10/13 22:40:11.54 99gBU8620 2869/3130


「知ってる」

円奈はぼそっと、一口、答えた。


「背丈はどれくらいだ?」

男は、ほんとうに円奈が来栖椎奈を知っているのか、たしかめにきた。

円奈はいちど噴水の水飲み台の段差から、ちょこん、と降り立って、男と同じ地面に立ち、それからはるかに背丈の高い男をクイと首をあげてみあげた。

「あなたとわたしの中間くらい」


「瞳は黒か?」

男はまた、質問してきた。まだ円奈を疑っているらしい。

円奈は思い起こす。

バリトンの村で、やさしかった人の瞳の色を。

忘れるはずもない。

「こげ茶」


聖地の男たちは、互いに目を見合わせた。

来栖と一緒に聖地で育った幼馴染の騎士連中は、このピンク髪とピンク色の瞳孔をした奇妙な風貌の女の子が、バリトンの村で来栖と知り合いになり、どういうわけか来栖の剣を手にしている。

円奈とこのエレム騎士たちは、互いが互いに背景を探り合いした。


「あなたにきて頂きたいところが」

といって、四人とも全員、剥げた男も先頭にして、全員が頭さげ、礼をとった。「わが殿」

397 : 以下、名... - 2015/10/13 22:42:17.91 99gBU8620 2870/3130

564


こうして円奈は聖地の宮殿へと案内された。

そこはかつて、今は不在の来栖椎奈が、聖地に滞在していたときに住んでいた宮殿の一部で、この聖なる国の上層部の住まいである。

立派で、列柱がならび、”オジーアーチ”が並ぶ廊下、回廊、じゅうたんの敷かれた大空間、タイル張りの壮麗な壁、布カーテンつき窓には沈香が焚かれ、香りが部屋をみたす。

天蓋ベッドは絹のカーテンつき、バスの風呂も室内に常備されていた。


聖地の、下層の人々がごったがえしていた市街路の、質素な住まいより、よっぽど豪華な宮殿の住まいだった。


そしてまずバスの風呂に円奈は案内された。石造でできた露天の風呂に裸で入ったのち、あがろうとして、召使いらしき女たちに、「布を、布を」と言ってもまるで言葉が通じなく、けたけた女たちに笑われるだけだったので、手をだして懸命に身振りして女たちに伝え、ようやく円奈は胸を晒すことなく風呂をあがることができたのだった。


その後、正装への着替えを手伝われ、砂漠の国の女性らしい衣装に着替えさせてもらった。

石造の宮殿の三階のカーテンからは風がふき、部屋の中になびく。この国で育てられている植物も、円奈の知っている故郷の植物とは違い、葉がトゲトゲしていた。


398 : 以下、名... - 2015/10/13 22:44:06.43 99gBU8620 2871/3130





この宮殿に案内されたとき、円奈はエレム騎士たちになぜ来栖から剣を授かったのかワケを話した。

幼馴染の来栖の死を悼むと共にエレム騎士たちは、その話を真実だと認めて、しかもそれが先代に失踪した"象徴の家系の子"だと知って驚いた。

鹿目神無は、神の国をついに追放されたあの事件以後、来栖椎奈の元に辿り着いたのだ。


エレム騎士たちは、そうして、象徴家系の末裔の子、円奈に仕えて守る誓いを立てた。

と同時に、この事実の公表は神の国の国内では控え、秘密にしましょうとも、騎士たちは言った。


「ここは来栖さまの使っていた宮殿の一部でした」

と、男騎士、今は円奈の従者である、アルマレックという剥げた男はいった。

「今日からはあなたがこの宮殿の主です」

エレム王国の姫としての円奈の新しい日々。お抱えの、忠誠心に満ちた砂漠の国の騎士たち。

なにもかも、贅沢だ。

王家ではないが、特別な象徴家系としての、国の特別な姫。まったく新しい人生だ。

もしバリトンに生まれてなかったら、円奈は生まれながらの一国の姫だったはずであった。

じつは、そういう血筋の子だったのだ。


「すごい豪華でびっくり…」

と、子供な感想を漏らし、この宮殿を見回した。

西世界の大陸の、七階層エドワード城の、不便な城空間より、快適で上質な生活空間が、そこに実現していた。

399 : 以下、名... - 2015/10/13 22:44:53.30 99gBU8620 2872/3130


「今日からここで暮らせるなんて…」

といって、格子窓をぱかっとあけ、聖地の外を眺める。

夕日。

砂漠の国に夕日がある。


宮殿の高い窓から夕暮れの聖地を眺めると、砂漠に覆われた都市の全貌が見渡せた。あちこち鐘が鳴ったり、祈りの声が寺院から聞こえてきたりした。


400 : 以下、名... - 2015/10/13 22:46:03.67 99gBU8620 2873/3130

565


円奈は宮殿の自室で新しいチュニックに着替えた。

すると、あのみすぼらしい少女騎士の姿は消えて、立派な黒いチュニックをきた、貴人の少女がそこにいた。

しかしその姿は、騎士ではなくなって、ただの一国の砂漠の国の姫、という姿になってしまっていた。


着替えるとき、そこには騎士しての防具一式が、宮殿の着替え室にそろっていた。

つまり、来栖椎奈がかつて使った、鎖帷子や盾などである。


それを見た円奈は、まるで、亡くしてしまったあの人に、再会するような気分にさえなって、じんわり目が熱くなった。


”聖地にあるものはなにか────”


頭のなかに、あのやさしかった人の言葉がよみがえってくる。

いま、円奈は聖地にいて、椎奈がかつて使ったという宮殿に、住んでいる。


円奈はそっと、防具一式の掛け台にかかった、鎖帷子に指先を添えて触れる。

触れながら、白い手の指先を沿わせる…。


”生まれつき家持てぬ者が街の名士となり───”


円奈は生まれつき、農地をもてない子であった。だから、狩りだけで生活してきた。

いま、聖なる国のお姫さまとしての立場にあり、宮殿に住処をかまえている。まるで絵本のような世界だ。


”生まれつきの名士が街で物乞いをする”




だが、何かがちがった。

401 : 以下、名... - 2015/10/13 22:49:15.83 99gBU8620 2874/3130

566


円奈は宮殿という、新しい住まいを堪能して、さて、住処も得たし今度は聖地で何しようかと、考えあねぐいて、宮殿の二階から一階へ、立派な絨毯の敷かれた手すりに手をかけながら、階段をそっと一階へなんとなく降りると、一階に飼われていた馬が、従者たちに反抗してあばれている光景があった。


従者たちは、黒い馬の手綱をひっぱり、馬をなんとか納屋の仕切りに閉じ込めようとするが、馬は逆らい、あばれて、ふーふー荒い鼻息だして前足をふりあげる。


ヒヒン!巨体が従者たちを蹴らんばかりの勢いである。


従者たちはますます懸命にうまの轡と手綱を強引にひっぱる。無理やり馬の動きを従わせようと、五人も六人も協力しあって馬の綱をひっぱる。


「まって!乱暴しないで!」

黒いチュニックとピンク髪の姫。宮殿の主人は、従者たちのもとに駆け寄る。

すると、従者たちは、はあと息つき、おてあげとばかり両手を持ち上げる。

「こいつは手におえない馬ですよ」


402 : 以下、名... - 2015/10/13 22:49:49.83 99gBU8620 2875/3130



「馬を怖がらせないで」

円奈はそっと、暴れて荒い息たてる馬の元に近寄り、前にたち、そっと腕を伸ばして、馬に話かけた。

「痛がらせちゃってごめんね…」

円奈のやさしい手先が、馬の鼻筋をまず撫で、それから、なだめて顔と、首のあたりを撫でてあげた。

「自由になる?いま放してあげるから」

といって、ついには馬を制御するための馬具すら外してしまう。


すると、どうだろう!

あれだけ暴れていた馬が、馬具すら外されて、大人しくなってしまったではないか。

馬は、円奈という主人を受け入れ、馬具もなしに、円奈の指先と手先に、従うようになって、すると、仕切りの中に自ら入ったのだった。


従者たちは、宮殿の新しい姫が馬の扱いをよく知っている人なのだと知った。


「すぐごはん食べさせてあげるからね。そしたら洗ってあげる」

しかし、円奈はもともと、馬具なでクフィーユと共に冒険していた少女騎士だったのである。

従者たちにとっては、驚くべきことでも、円奈には、馬具を外してあげるくらい、馬の気持ちを思えばできることだった。

403 : 以下、名... - 2015/10/13 22:51:00.99 99gBU8620 2876/3130



そんなあるとき、円奈のかまえる宮殿の敷地に、聖地の市街路より、ぴょんぴょんと二匹ほどの犬と、一頭の白馬が、アーチ門を通って駆け込んできた。

白馬には、一人の女が乗っていた。

黒い髪、ファサっとなびく美しい髪、肩にたれた黒いヴェールにケンネル型のヘッドドレス。
宝石をあしらったネックレス、ペンダント、ブローチ、飾りピン。金のメッシュで覆った幅広の折り返しカフスのついたガウン。詰め物で膨らませた見せかけのアンダースリーブ。

まるで王女様のような、高貴な女性がきた、と円奈は思った。

さて、その女性がヴェールにかかった口の布を取りぬぐうと、顔をみせ、紫ががった瞳で円奈を見下ろした。

「あなたの主人は?」

円奈は、白馬の女性、見た目では17歳くらいの女性をみあげ、首をよこにふる。

「失いました」


「それは、悲しいことだわ」

と、高貴な女性はいって、それから、円奈にひとつ頼みごとをした。「…水をいただける?」

「もちろんです」

円奈は答え、すると宮殿一階の敷地にある桶から勺に水をのせ、それを白馬の女性に手渡した。

宮殿の敷地は広くて、地面は砂、壁際は植物の鉢が置かれる。たくさんの油を蓄えた壷と、瓶もある。


白馬の女性は勺をうけとって、それをこくこく…と口に含んだ。

すると、白馬の女性と円奈の目があった。

ピンク色の瞳と紫色の瞳が…。


404 : 以下、名... - 2015/10/13 22:51:52.84 99gBU8620 2877/3130


それから、白馬の女性は勺を円奈に返し、そして「ありがとう」とお礼を告げた。

そしてこう付け加えていた。

「フレイからきいたわ。”象徴の子が神の国にもどってきた”と。フレイに伝えてちょうだい。”暁美ほむら”がここに立ち寄ったと」

といって、白馬の女性は、円奈の宮殿の敷地を、白馬を走らせ去っていった。


円奈は、無言で白馬の貴人が去るのを見送っていたが、やがて今話し相手にしていた女性が誰だったのかを知った。

「あけみほむら…あの人が?」

”預言者”。円環の理の声をきける聖地でただ一人の女性。

鹿目家を聖地での象徴とも呼ばれる家系にした人。


私の母が喧嘩別れした人。


ぽかーんとなって、その人が去るのを見送っていたが、やがて円奈の宮殿の入り口に、フレイという、あの港町で出会った魔法少女が立っているのに気づいた。


フレイは、円奈が自分に気づいてのを見るや、ニコリ笑って挨拶した。

円奈も軽く会釈する。


かくして、鹿目円奈と暁美ほむらは、バリトンの村以来、神の国にて、再会を果たした。


そしてかの魔法少女こそ、この聖地に起こったすべての歴史、時代の移り変わり、人類衰退の訳、鹿目まどかが宇宙を再編してからこの新しい世界の未来で、何が起こったのかを知っている、かつての見滝原の生き残りである。


405 : 以下、名... - 2015/10/13 22:52:26.15 99gBU8620 2878/3130

今日はここまで。

次回、第79話「神の望まれるものは、こことここにある」

408 : 以下、名... - 2015/11/09 22:14:54.24 AKi3qiZU0 2879/3130

第79話「神の望まれるものは、こことここにある」

567


「よくぞ無事に到着なさいました」

来栖椎奈の使っていた宮殿に案内されたあとは、円奈は今度は、王宮、つまり神の国の支配者、王家の大宮殿の一部にフレイによって案内され、この王宮の一室でフレイと語り合っていた。

しかし今や一国の姫という身分にある円奈、王宮への出入りは自由なのである。

「して、鹿目殿、聖地のご感想は?」


そこかしこに麝香が香炉に焚かれ、白い煙が満ちる。従者たち、侍女たちが、円奈から何か命令されればすぐ動けるといわんばかりに、頭垂れて無言に待機していた。

やや暗いが、上品な部屋。壁際には鉢に花が飾られる。

「円環の理が誕生した場所に丘へのぼっていったけれど───」

と、円奈は聖地の感想を漏らした。姫としての高貴な服装を纏って。

「なんとなく熱気とムードに包まれているのはわかるんだけれど…ひとつの町以上ではないんだなあ…って」


409 : 以下、名... - 2015/11/09 22:17:33.54 AKi3qiZU0 2880/3130


その感想に、フレイは満足そうに笑って見せた。

彼女は椅子にすわって、円奈と対峙している。

「ここ女神の国で起こっている戦いは、ひとつの町以上ではないものを奪い取って、血が流される戦争です」


「かつてエレム人は聖地に暮らしていたサラドの民を皆殺しにしたとききました」

円奈は王宮の一室に立って、絨毯の敷かれた床にて、そう話した。


すると、フレイはきゅ、と目を細めた。

「あなたもそんな光景をみてきたのでは?」


円奈はすぐに思い起こしてしまう。心当たりなら、いくらでもあった。

ロビン・フッド団と共にモルス城砦に乗り込んだときのことも、エドワード城で、王都の魔法少女たちが決起したときも。

起こっていることは、つねに虐殺だった。



410 : 以下、名... - 2015/11/09 22:18:44.23 AKi3qiZU0 2881/3130


「わたしには正義というものが分かりません」


「正義を唱える者が最後に辿る道、それが暴力です」

と、フレイは語った。椅子の背もたれに深く腰掛け、薄い紫の瞳で円奈を見据える。はら、と水晶色の髪が垂れた。

「”自分たちは正しいのだから相手を苦しめてもかまわない。”それが彼らの言い分です。やられるほうはたまりませんね」

フレイは自嘲気味に、首をひねて、ひとこと付け加える。「魔法少女が陥りがちな過ちです」


「同じ道をエレム国も辿った?」

円奈が問うと。


フレイは言った。「そしてサラドも」

「…」

沈黙が走る。円奈は言葉が見つからない。


「お互いに正しいと思っていることを貫き通せばするほど、自分の正しさを信じ込んで意固地になるほどに、和平は遠ざかってくものです。彼らは”聖戦”と呼んで正当化する」

411 : 以下、名... - 2015/11/09 22:20:16.73 AKi3qiZU0 2882/3130


とまで語ったあと、フレイはついに座を立った。

そして、円奈の前に顔を近づけて、言った。

「”聖なる行い”とは───」

円奈が、戸惑った視線を、歩き寄ってきたフレイにむける。

「自分でその身を守れぬ者のために、力を持つ者が行動を起こすことです。神の望まれるものは」

といって、フレイは、そっと指先をだし、その白くしなやかな指先が、円奈の頭、額にふれた。

「ここと」

それからフレイの指先が、そっと円奈の胸元へ降りた。そこは、心臓がとくとく鳴る。

「ここに」

といって、フレイは円奈の頭と、次に心臓部を、二箇所、指であてて示したのだった。

「善人か悪人かは、その人の日々の行いで決まるものです。聖戦に勝つか、負けるかではありません」

フレイは円奈から離れた。

「さあこちらへ」

といって、聖地の魔法少女は円奈を王宮の裁判所へと案内する。


412 : 以下、名... - 2015/11/09 22:24:15.95 AKi3qiZU0 2883/3130

568


カンカーン…カンカーン…。

裁判所は、室外にある。そこは塔に鐘が吊りさげられていて、音をならし、これから始まる死刑を知らせていた。


円奈とフレイの二人は、王宮のオジーアーチが並ぶ回廊を進み、死刑を見に行くところだった。

「かのエレム騎兵はサラドの民間人を殺し───」

フレイは語り始めた。回廊を歩きながら。回廊には、アーチの列柱が細やかに並び立ち、床は凝灰岩の敷塗である。

「死刑になるところです」


木造の死刑台に立たされた二人の男騎兵は、首にロープを括られ、吊られるとこだった。

いま、床がバコンと開き、すると罪人は死刑台からガタンと落ち、ぷらん、と縄によって首を吊られ、死刑となる。


おおおおっ。

死刑の見物にきた市民たちがわーっと騒ぎ出す。歓声をあげ、手をふりあげる。死刑広場は熱気に包まれる。


「エレムとサラドは敵同士なのに?」

「ええ、今は停戦条約が結ばれた期間中ですから」

二人はオジーアーチの列柱が並ぶ宮殿から、死刑広場へ出た。

「エレム王とサラド王の雪夢沙良が結んだ和平協定です。乱した者は法によって処罰になります」

この和平協定の期間は二年間と約束されている。つまりあと平和は二年つづく。

一国の姫としての服装をした円奈の周囲の人々は、円奈とすれ違うとすぐに頭をさげて一礼を尽くす。

周囲にいる人すべてが、自分に対して敬意を尽くす感覚は、なんとも不思議だ、と円奈は思った。


今や砂漠の国のだれがみても、円奈は今や一国の姫として血筋に相応しい美しい少女の姿を取り戻しているのだ。

413 : 以下、名... - 2015/11/09 22:26:54.87 AKi3qiZU0 2884/3130


塔の鐘がまた鳴らされる。ベルの舌を鳴らし役が握ってカンカンとふって鳴らしている。

すると、死刑台の床がバカっと開き、ガタンと落ちてもう一人の死刑囚も首のロープによって宙吊りになる。後ろ手縛りのまま。


「それに、円環の理が誕生したからって、その聖地のために殺し合いがつづくなんて、女神だって望まないことです」

フレイはそう言い切った。

「鹿目さま、あなたと会いたい人物がいるそうです」

円奈は、フレイに案内されるがままに従い、聖地の王宮や裁判所あちこちをめぐった。

処刑広場には、判決までの記録をまとめた大法官と書記がいて、丸まった羊皮紙の書類を手に、あれこれ話し合っていた。

414 : 以下、名... - 2015/11/09 22:33:47.59 AKi3qiZU0 2885/3130

569


そのころ、王宮の一室、”聖六芒星隊”と呼ばれる王の親衛隊の宮殿事務室で。

エレム国王家の従妹、赤髪をした双葉サツキが、その六芒星隊の隊長である金髪の魔法少女と、いがみあっていた。

ミデルフォトルの港で、円奈に馬鞭を頬に突きつけて威嚇してきたあの少女である。

双葉サツキには双子の妹で双葉ユキという少女もいた。二人とも、王家の親戚である。


「わたしが指示したですって?」


赤髪に美しい赤い目、明るい性格をしたこの姉妹のうち姉サツキのほうが、抗議と驚きの声をあげる。

きれいに磨かれた大理石の廊下にて。


柱の梁や、壁画の装飾はモザイクとよばれる。幾何学模様に、ガラスや貝、陶芸品などの小片を円状に並べて描いたもので、こういう美術品は、円環の理を描くものである。

円環の理という天への入り口は、モザイク模様に描かれて連なった円環と五角星と共に天光が降り立つように表現されることが、この聖地では多かった。


さて装飾の美しいこのモザイク壁画と大理石の空間では、アーチ窓から降りる光に差されながら抗議する赤髪の魔法少女、双葉サツキが、和平条約を乱しエレム騎兵を暴走させた首謀者として疑われたことについて、六芒星隊の隊長といがみあっているのだった。



「そこの証人がみた」

金髪の魔法少女───聖六芒星隊の隊長────は、サツキがたつ背後の後ろ、王宮の廊下奥に座る、頭にターバン巻いた商人の男と、

「そしてわたしと」

自分を指差し、最後に、

「天の女神とこの聖なる国がみた」

と、告げた。厳しい口調で。冷淡に。隊長席に座りながら。


聖六芒星隊とは、エレム国王の親衛隊であり、六人の魔法少女で構成される。その部下に1000人くらいの騎兵団を従える。

415 : 以下、名... - 2015/11/09 22:38:11.29 AKi3qiZU0 2886/3130




「あなた、サラドの人間の言うことなんか信用する気?」

サツキは納得いかず反抗を起こす。そして、ビッ、と廊下奥に静かに座るサラドの証人の男を指差す。

「あいつらサラドは、聖エレム国の敵じゃないの!」


「双葉サツキ殿、あなたが王家の従妹という立場に甘んじていられるのも長くはなりませんぞ」

金髪の魔法少女──リウィウス──は、隊長席に深く腰掛けて、肘掛に両腕置きながら、冷たく告げた。

「”象徴の姫”が帰還なされた」


象徴、ときいたとき、双葉サツキの顔に、あどけた笑みがこぼれた。

「だからなに?神無の娘が帰還したからってどうなるの?」

バカにしたように笑ったまま、つづけて問う。

「あの家系が女神の血筋だろうとなんだろうと、ここは地上にある神の国。そこはわたしたちエレム人の国」

と、あどけた口調の双葉サツキが、腰を前に曲げてリウィウスを挑発的にみる。

「だからエレム王家が支配する」

赤色の目をうっすら細める。

リウィウスは、きつく王家の従妹を睨み返した。

「エレム騎士団がサラドの民間人を殺した事件を首謀したのが私というのなら、証拠を出しなさいな?」

あどけた、相手をおちょくったような口調は変わらない。

416 : 以下、名... - 2015/11/09 22:42:43.63 AKi3qiZU0 2887/3130


「双葉サツキ殿、いまエレムとサラドは停戦期間中なのですぞ!」

金髪の魔法少女はついに隊長席をダンと手をついて立って、怒りはじめた。

「あなたが影でサラド国の民間人を殺せば殺すほど、エレムの立場は危うくなる。どうして王家の従姉妹にあたるあなたがそれを理解してくださらない?」


「聖地でかつて結ばれた停戦が、さらなる戦争への準備期間でなかったことがある?」

双葉サツキはへっへと笑ってみせる。自分が間違っているなどという考えは片鱗にも頭にない自信のありようだ。

「自分たちの聖地を守るために必要なことはただひとつ、”戦争に勝つ”ことでしょ?ちがう?」


「そうして今まで聖地は、血に染められてきたのではありませんか!」

怒鳴り返す金髪の魔法少女。手をゆりうごかす。

彼女が座っていた席の、黄金の蝋燭台の火がゆれる。

大きな窓からは聖地の夕日が差し込む。王宮の廊下にまで。

さてリウィウスこと六芒星隊としてエレム軍の指揮官の一人である魔法少女歴23年の彼女は、隊長席で、双葉サツキとの対談をつづけた。

「女神が望んでおられる神の国は、そのような国ではありません。いま、わたしたちが努めるべきは平和の実現です」


「なにをいまさら?エレムだってサラドを皆殺して聖地をぶんどったんじゃない?」

あざけった口調は双葉サツキの声から消えない。腰に方手をあて、余裕のそぶりだ。

「そのあとでいい子ちゃんするって?サラドは今だってエレムに復讐する気でいる。敵としてはこれは当たり前でしょ? それなのに平和に浮かれて武力解いて、国を失うつもり?敵がすぐそこに迫っているのに?そうして滅んだ国がどれほどあったことか? まあ・・・繰り返し言うけれど…今回の事件を指示したのはわたしじゃないから」


といってサツキは、この話はおしまい、とばかりに、マントを翻して王宮の広い廊下を、窓から差し込む夕日を浴びながら早足でカツカツ去ってしまった。


417 : 以下、名... - 2015/11/09 22:50:46.94 AKi3qiZU0 2888/3130



それを無言で見届けていた金髪の魔法少女だったが、やがてはあと苦悩のため息をついた。


すると、廊下奥の壁際の椅子にちょこん座っていた、頭にターバン巻いて、指には宝石つけた商人の男が、ついに不満をこぼしはじめた。

「なぜいかせるのか?」

金髪の魔法少女を、憎しみと共に怒鳴り、責める。

「おれたちの隊商が殺されたんだぞ。こっちの損害はどう補償してくれる?停戦期間中だから、取引を再開したんだぞ! これじゃ利益をだすどころか、損してばっかだ!」

すると金髪の魔法少女は、商人への賠償として金貨袋に金貨をたんまりいれたのを、男の手に渡した。

「通商路の平和より利益が先なので?」


商人の男は金貨袋を受け取った。賠償されると納得した。

「金は金だ」


金髪の魔法少女は頷いた。「それはもちろんです」

だが少し切なそうな顔を浮かべた。



じゃりじゃりと音がなる金貨袋を受け取った男はそとまずそこは満足して、エレムの王宮を去り、長い廊下を進んで、サラド本国へ帰る準備をした。


すると、金髪の魔法少女の顔に、ますます苦悩の表情が浮かぶ。頭痛すら感じているようで、額に手をあてて悩むしぐさをした。

418 : 以下、名... - 2015/11/09 22:51:58.67 AKi3qiZU0 2889/3130


するとそのとき、フレイという魔法少女が、王宮の廊下より扉をあけて事務室に入ってきて、聖六芒星隊の隊長を呼んだ。

「リウィウス殿」

金髪の魔法少女が、呼ばれた方をむいた。

そして、フレイに付き従ってやってきた、黒いチュニックを来た姫姿のピンク髪の少女が、かつての母とそっくりな似姿であるのをみた。

「まちがいない」

と、聖六芒星隊の隊長、リウィウスは、驚いたように青い瞳を大きく開き、それから、納得して頷く。

「鹿目神無さまのお世継ぎです」


円奈は、自分の母を知るというその金髪の魔法少女を見あげた。

立派な王宮の、大理石の廊下に立つその魔法少女は、美しい金髪が2本のツインテール、目が青色の、サファイアブルーをしたきれいな魔法少女だった。

聖六芒星隊という、六人の王の親衛隊の隊長であり、貴族であり、軍人である。


「鹿目神無さまはわたしの戦友でした」

と、リウィウスは、円奈にやさしげに語った。

「戦いを共にしました。われわれエレムの危機を何度かお救いくださいました英雄でした」

そこでリウィウスは、この少女が一人であることに気づく。

「来栖殿は?神無さまは?」

419 : 以下、名... - 2015/11/09 22:54:03.50 AKi3qiZU0 2890/3130


円奈は、ゆっくり首を横にふる。

「…そうでしたか」

リウィウスは察し、悲しげに青い瞳の目線を落とした。

「こんなときに、来栖殿も神無さまも…」

また、リウィウスの顔に苦悩が浮かぶ。深い嘆息。やるせないという声。

そのあとで、リウィウスはまた顔あげて、その青い目で円奈をみた。

「あなたが砂漠で決闘し殺したサラド騎士は雪夢沙良の部下です」

砂漠で決闘した、とは、"あの馬をよこせ"といわれたことから始まった決闘だろう。

そうだった。

円奈は、自分の罪を思い出した。あとでしったことではあったが、エレム国とサラド王国は停戦条約の期間中にあった。

なのに円奈はエレムの騎士を自ら堂々名乗り、しかもサラドの騎士を一人、殺した。


これは、戦犯なのかもしれない…。

と、暗い気持ちになったとき、リウィウスは続けて言った。

「サラド王の雪夢沙良はその一件に関しては”仕方なかった”として、大目にみてます」


「…」

どうやらその一件は、円奈が砂漠で生き延びるために、仕方なかったことや、相手からふっかけて相手が敗れたのだから、円奈が戦犯ではないことを、敵軍の王が理解してくれたようだった。


でも、だれがそこまであの一件の詳細を敵国の王に伝えてくれたのだろう…?と円奈は疑問におもう。

まるで、あの決闘をその目でみていたかのように、事情が詳しく王の耳に届いている。


420 : 以下、名... - 2015/11/09 22:58:56.54 AKi3qiZU0 2891/3130


「ところで鹿目さま、雪夢沙良のことは?」

と、リウィウス、六芒星隊の隊長は問いかけてきたので、円奈はそっと答えた。


「敵国サラドの王ですね?」

かわいらしい声が喉からでた。


「サラド王国に20万の兵を従えています」

もちろん、雪夢沙良といえば、この地上でいまやもっとも強力な王であることは、円奈も知っていた。

人類側のリーダーが、エドレス国のエドワード王であったならば、魔法少女側のリーダーは、このエレム国の葉月レナとサラド王国の雪夢沙良だ。

率いる軍の規模でいったら、始皇帝の秦軍や、神聖ローマ皇帝のバルバロッサことフリードリヒ帝の遠征軍にも劣らない。

しかも、一国の君主であったり救世主であればより因果が多く魔法少女は強くなるから、やはり、葉月レナと雪夢沙良の二人は過去の歴史にも類稀なほど強力だった。

そして軍隊をもち手下の何百・何千という帝国の魔法少女を戦いに駆り出す。

軍事を学んだ魔法少女が、敵国の軍事を学んだ魔法少女と対決する。それが戦争という形であらわれる。


たとえば敵国のサラド王国では全人口のなかで最大7000人の魔法少女が軍の兵士として戦場に従事することが可能だった。

西大陸では考えならない、魔法少女の軍事大国ともいえるような国だった。人間の軍とあわせると総数が20万になる。


そういう世界だった。この30世紀の後期は。

そうした世界のなかで生きる鹿目円奈の、最大の敵が雪夢沙良である。

エレム軍に参加してサラド国と戦う立場にあるから。最初からそのつもりでバリトンの村から旅にでた。


けれど、自分が雪夢沙良の部下を一人殺したことが、その王の耳にも届いていることを聞かされて、いよいよあの強大な敵と対峙するような日々がやってきたのだと、実感が肌に沸きつつあった。


もちろん、そうなるために、騎士としてここにやってきたのだ。

しかしあれ、と円奈は思う。

聖地にたどり着いてからはどうもこの国の姫として、つまり高貴な女性として扱われている。

ひょっとしてだれも、わたしを騎士としてみとめていないのでは…。

421 : 以下、名... - 2015/11/09 23:05:29.29 AKi3qiZU0 2892/3130


「それに対抗するためわれわれも世界に散らばった同胞に呼びかけはおこなっていましたが────停戦期間中とはいえ、それが終われば、相手国にかなう軍事力がわれわれも必要ですから───しかし、わたしの本当の望みは、”戦争のない聖地”です」

と、リウィウスは、切実そうにぽろっと本音を漏らしたのだった。

「円環の理の女神さまも同じことを祈るはずです。そしてもしそれが実現できる人物はきっと───」

フレイが、王宮の大理石の床の、そばの椅子にそっと腰掛ける。

「われわれのエレムの王、葉月レナさまと、雪夢沙良です。ですが」

リウィウスは、はあ、と息をはき、頭痛をこらえるみたいに額を手でおさえた。

さっきからしょっちゅうおこなっている彼女の仕草だ。


そしてその頭痛の種が何であるか語り始めた。

「あのサツキたち双葉姉妹は、停戦協定を意図的に破ろうと、過激一派をつくって、サラドの民間人や隊商を無差別に襲います。雪夢沙良はその挑発にはのりません。確実に軍備を強めています。軍が整わないうちに挑発して、戦争を誘発する。そういうあの狂犬姉妹の作戦など、とっくに見抜いているのです」


「…」

円奈は少しずつ、この聖地をめぐる国際情勢みたいなものを、理解していく。

いまは二国間は停戦中であるから、一応の平和が保たれているが、それを乱そうとする過激派の暴動がある。

目の前の椅子に座るリウィウスという金髪の魔法少女が、エレム国内では平和推進派。
対して過激一派を率いるのが、王家の従姉妹の双葉サツキら。


エレム国は内部で真っ二つの派に実は割れていたのだ。


そんな情勢だから、エレムとサラドも二国間の緊張は高い。ロープの上を渡るような、ぐらぐらのバランスの上に、平和が成り立っている。


だからエレム国は軍隊を召集しているのだ。

世界に散らばった同族たちの再結集を。この危機に際して!


聖地エレム王国は、今どきでも世界にも珍しい魔法少女国家であるから、伝統的に王の立場には魔法少女がつくことになる。

つまり卑弥呼やクレオパトラ、ブーティカ、エリザベス、ヴィクトリアのように、一時的にのみ魔法少女がたまたま為政者になるのでなく、もう伝統的にずっと為政者が魔法少女、という国家。


王家のうち、長女が魔法少女になって王となる。現王は葉月レナである。

その従姉妹に双葉サツキと双葉ユキという双子の姉妹がいて、葉月レナが崩御したならば、双葉サツキという姉が魔法少女としてもっとも戦歴があるので、次期の王としては最有力候補である。




422 : 以下、名... - 2015/11/09 23:06:52.22 AKi3qiZU0 2893/3130


しかし穏健派(平和推進派)のリウィウスは双葉サツキに政権が渡ることを恐れる。

彼女に政権がうつるということはつまり、過激一派に国家の政権を握られるということだ。


「来栖殿は、あなたにどのようなお言葉を?」

と、リウィウスは円奈に問いかけてきた。手にグラスのワインを持ちながら。アーチ窓から漏れる日差しに、金髪のツインテールが照らされて艶々と光っていた。

この青瞳の魔法少女は、美しい人だなぁ・・・、と円奈は思った。


円奈は、自分が来栖椎奈によって騎士に仕立てられたときの叙任式を思い出して、宮殿の指揮官室にて語った。

「”天の御国”を実現させよ、と」


それは、フレイもリウィウスの目も、大きくさせ、そして、微妙な沈黙になった。

「そうですか…なら祈りましょう、”天の御国”の実現を」

実は、エレムの民が”天の御国”、という言葉を使うとき、そこにはエレム人の目指す夢が、含まれていた。

そのエレム人の夢を、円奈はのちに、リウィウスの口から直接、聴くことになる。

だがそのときには全てが遅くて、夢が脆くも崩れ去ったあとだった。

423 : 以下、名... - 2015/11/09 23:12:54.94 AKi3qiZU0 2894/3130

570


王宮の頂上付近、王の食事間で、夕食会がひらかれるということで、円奈はリウィウスらと夕食会に参加する。


食事間は、宮殿の中庭であり、オジーアーチ回廊に囲われた空間の中心に、テーブルが二つほど、並べられて、白い布がかぶされていた。

その上に、食事が並び、籠にはフルーツ類、ブドウ酒とグラス、魚料理などが、並んでいた。

女官たちが待機して、奥側に並び、立っている。


王宮の人たちは、いっぽうのテーブルが女性席、いっぽうのテーブルが男性席、というふうに分かれ、円奈は、中庭からみて左側の席、女性席の、壁側の席に、リウィウスと共に座った。

すると、向かいの席には、王家の従妹、赤い髪の双葉サツキが、座っていた。

「あら、象徴の姫が私の前にいらしたわ」

と、円奈をみるや、さっそくくいかかってきた。

「でもここはあなたの席ではないわ」


円奈は、席にすわったまま、王宮中庭のテーブルを眺め、中身からっぽのグラスをもち、不信感を抱きつつ答えた。

「エレム王国の席では?」


「あなたはエレム人ではなく、象徴の家系の子」

赤髪の魔法少女は、円奈を敵視してやまない。

たしかに鹿目、つまり円奈の家系を遡るとエレム人ではない。どっちかといえば遡れば魏書に卑弥呼と呼ばれた女王が治めていた民族の末裔である。

「”象徴”はこの席にお呼びじゃないってこと。あなたにはあなたの席がある」

円奈の隣で聖六芒星隊のリウィウスが青い目で、きっと険しい目を細めて双葉サツキを睨む。

すると円奈は、たしかに自分がどうやら聖地で実権を持たない、"象徴"として聖地に暮らす役目にある家系の娘だと知るにいたっていたが、ここで素直な自分の気持ちを言うことにした。

「わたしは”象徴”としてでなく、”騎士”としてここに来たのです」


424 : 以下、名... - 2015/11/09 23:14:22.10 AKi3qiZU0 2895/3130


何人かの、席に座る聖地の魔法少女たちが、円奈を驚いた顔して眺めた。

つまりそれは、象徴の家系の血筋もつ娘でありながら、その立場を捨て、軍人になるのか、と思惑させた。

あの母のように。


いままで聖地の人々は、円奈の部下の騎士たちふくめて、円奈を姫として扱ってきたが、その本人は騎士だ、と自分から名乗り出た。

聖地にしばし不在だった象徴の血筋の姫が、みずから、騎士だ、と言い張った衝撃が、宮殿の食卓に走った。

「そ?」

いっぽう、双葉サツキは、余裕の顔を崩さない。皆にこう声だして告げた。「西大陸の悪習慣に毒されているのよ。魔法少女が戦場に出るならまだしも、人間の女の子が戦場に出るなんてね。アネゾネスの真似事かしら?」


「…」

円奈は、それ以上は何もいわず、無視して、食事のフルーツ類にありついた。

皿にわけ、手で食べた。


「…はん」

双葉サツキは、それで円奈との対決をひと段落させたらしく、自分も無言で、ブドウ酒をぐうっとグラスで飲み干した。

微妙なピリピリな沈黙のなか、夕食会はつづくのだった。

425 : 以下、名... - 2015/11/09 23:15:40.45 AKi3qiZU0 2896/3130



「鹿目さまを王のもとにお連れします」

とつぜんリウィウスが沈黙をやぶって、中庭の夕食席をたち、円奈の手をとろうとする。


「リウィウス殿」

すると、フレイがさえぎった。

リウィウスが、円奈に手を差し伸べたまま、首だけフレイのほうを夕食会テーブルの席にて向いた。

「鹿目さまを王にお連れしたい人がほかにいるそうです」


426 : 以下、名... - 2015/11/09 23:18:18.76 AKi3qiZU0 2897/3130

571


円奈はリウィウスに案内されたが、途中、謁見のため王の間にむかう途中の廊下で、案内役が代わった。

「わたしはここで」

と、リウィウスは円奈の前で礼をし、頭さげて去ると、松明をもった門の番人たちが、きた道の扉をガタンと閉めてしまった。


すると廊下は暗闇になり、照らすのは松明の火だけとなる。

この赤い、石の内壁の空間を、歩いていると、別の女性が円奈の前に現れた。


「わたしが誰だかわかる?」


貴人のような服装、つまり、金のメッシュで覆った幅広の折り返しカフスのついたガウンに、詰め物で膨らませた見せかけのアンダースリーブの、王女様のような女性が、現れたのである。


それは、円奈のすむ宮殿の敷地に、水を求めて寄ってきた女性でもあった。

その女性は、自分の名を名乗っていたので、もちろん円奈はそれが誰なのか、知っていた。


「あけみほむらさん…ですね」


「わたしはあなたがバリトンの村で暮らしていてほしかった」

と、貴人らしき女性は、ゆっくりと顔を覆う布をとり、顔をみせた。

やさしげな人だった。

「でもこの国に来てしまった。運命なのかもしれない。大変な旅だったでしょう。貴女が無事でよかったわ。あなたの母、鹿目神無(かなめかんな)は、ここエレム国とサラド王国の戦争に何度も加わった。非力な女の子の身で、ね。それは王家の従姉妹の双葉ユイ(サツキの母)の反感をかって彼女を軍部から追い出した。神無は来栖のもとへ身を寄せて亡命した。そこで生まれたのが、あなたよ、まどな。エレム王があなたに会いたがってる。あなたが神の国に戻ったことを、迎え入れてくれる」

そう、その人は円奈の予想通り、暁美ほむらだった。

427 : 以下、名... - 2015/11/09 23:19:56.36 AKi3qiZU0 2898/3130


「王…さま?」

円奈は、バリトンの村にいた頃は本でしか知らなかった、遠い国の人物とついに対面を果たすのだと思うと、どきまぎ、心臓が緊張に高鳴ってきていた。

「ええ。この国の王。"魔法少女"よ」

ほむらは、神の国の王のもとへ円奈を廊下へ連れて案内しつつ、松明の火を握って、空間を照らしつつ語った。

「自分の家系がどんなだったか、もう知ってる?」

「…うん」

円奈は答えた。あまり、気の進まない返事だった。当然だ。円奈は騎士として、この聖地に来たつもりだった。

ただの”象徴”として帰還しに、この国に来たかったわけじゃない。

「この国は危機にある。サラドと停戦を結んでいるけれど、それもあと二年間。いえ、あと二年もつかもわからない。だからエレムは世界に散らばった同民族に救助をもとめた。来栖椎奈の元にもそれは届いていた」

「椎奈さまはそれに応じました」

と、円奈は、バリトンの村にいた頃の記憶を語る。

「でも、途中で倒れてしまって…そのとき、わたしを騎士に仕立てたんです。”聖地へ行け”と…」


ほむらは、椎奈が自分と結んだ約束をやぶったのを知った。

安全なバリトンの村に暮らさせてあげてほしい…それがほむらの約束だったのに。

けれど、鹿目円奈が運命に吸い寄せられるように、聖地に戻ってくるのも、運命かもしれないと、受け入れた。無事だったのが、何よりだった。

もし、円奈がバリトンの村を一人で旅立っている情報が、もっと早く入っていれば、救助にさえ、むかっていたかもしれないのに。

たぶん、いろいろ危険な目にあっても、”女神の加護”が、あったのだろう…。

この鹿目円奈という少女の人生はどんなものだったろう。ほむらはまったくしらない。

24時間ほぼずっと鹿目まどかを監視していたあの時間を繰り返した頃とちがって、姿は瓜二つでもまどかとは別人の円奈が、どんな生き方をしてきたのか知らない。

両親もいないで偏狭の村に育ち、狩りをして自らを食いつなぐ幼少時代に、国際法も何もない、無法の戦国乱世の時代を一人だけで旅してきて、はるばる大陸から大陸へ渡って聖地にたどり着いた。

428 : 以下、名... - 2015/11/09 23:22:36.86 AKi3qiZU0 2899/3130


それはとても危険で大変な旅路であったのでろう。


このとき暁美ほむらでさえ知らなかったが、鹿目神無が神の国からの亡命を決意したその日、神無は当時のエレム軍の部下、レシィルに、”もし女の子が生まれるのなら鹿目まどかのような子がほしい”と願望をもらしたのを聞いて、暁美ほむらが覚えている限り知っているその世界から消え去った子「鹿目まどか」が現世に再び生を得たような子が生まれるように、インキュベーターに一人のエレム人少女を契約させたのだった。

インキュベーターは、その気になれば暁美ほむらの脳内だけの世界に登場する子がどんな姿をしているか調べることは簡単だったので、それそっくりな子が神無の胎内に宿った。そして生まれたのが鹿目円奈という少女だった。

だから、鹿目円奈が鹿目まどかとコピー品のようにそっくりなのは、偶然とか、奇跡とかではなく、インキュベーターの契約の賜物といってもよいのだった。


「あの…あけみさま?」

円奈は、暗い石壁の通路の先を進む、松明をもったほむらを、呼び止める。

「なにかしら?」

ほむらは、振り返って、円奈を見た。


「えっと…ね」

円奈は、自分の母の神無が、なぜ喧嘩し別れたのか、ほむら張本人にきこうとしたけれど、そこまできて、なぜか聞いちゃいけない気がしてやめた。

「ううん…なんでもないの…」

ほむらは、そんな円奈のおどおどした様子をみて、ふっとやさしげな笑みをこぼした。

「?」

円奈にはどうもそのほほえみの意味が分からなかった。

429 : 以下、名... - 2015/11/09 23:26:07.76 AKi3qiZU0 2900/3130


こうして鹿目円奈は、聖地に旅を果たし、その神の国の王、葉月レナと謁見をする。



暗い廊下を進むと、宮殿の頂上、もっとと高い階層へきた。

外廊下へと開けて、列柱のアーチがつづくこの通路を、宮殿から夕日を眺めながら進んでいると、やがて王の私室へきた。


円奈はほむらに、そこに案内される。


すると、王の私室が目に入り、やがて一人の少女の声をきいた。

「そなたに会えてうれしい。鹿目円奈よ。よくぞ神の国に”還った”」


緊張に円奈はうろたえた。神の国の王の声を耳にしたと思うと、お腹が痛くなった。

エレム人の中で、いやこの世界のなかで、最も強い魔力をもつというその魔法少女との対面に。


葉月レナ───名前でしか聞いたことのなかった、エレム王が円奈の前に立つと、目が合った。

まず見たのは、整った顔筋に流れる様な黒髪、宝石のように美しいグリーンの瞳。


そのグリーンは、緑の葉のように癒やされるような綺麗さだった。

目が合うと、そのどこまでも深い緑に吸い込まれる、そんな気のする美しさだった。


長い黒髪は夜のように暗くて、天衣のよう。艶々としたその髪が背中辺りまで伸びていた。

葉月レナが語りつつ、緊張に固まった円奈に歩み寄ってきた。

「私はここ神の国に生まれ、16になると契約をして魔法少女になった」


葉月レナが歩くと、夜のような黒髪が艶々となびいて広がった。髪が不思議な力を帯びて浮いてるみたいだった。


「神無が一番の友であった」


と、神の国の王は、かつてまで聖地に住まう鹿目の一族の、円奈の母と親友であったことを明かすのだった。


この聖地に生まれ、このエレムの地に暁美ほむらと暮らしていた鹿目神無。

母親はなぜ、生まれ故郷の神の国を出て、大陸を渡ってまでバリトンの村まで旅立ち、そこで円奈を生んで育てたのか。



王の口から円奈に語られる。円奈が知らなかった母の話を。

430 : 以下、名... - 2015/11/09 23:29:20.55 AKi3qiZU0 2901/3130

今日はここまで。

次回、第80話「アイルーユ地方の領主」

>>1で予告していた過去編は、円奈の母にあたる鹿目神無のストーリーを執筆していましたが、本作の雰囲気を壊しがちだったので、全編カットとしました。

435 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:05:31.96 DKsu96QJ0 2902/3130

遅くなりました。

過去編をまるまる削除したので、話が飛んでいると感じられるところがあるかもしれません。


第80話「アイルーユ地方の領主」


572


こうして鹿目円奈は、魔法少女たちから神の国と呼ばれて聖地とされるこの土地が、両親の生まれの地であり、元々は自分もこの聖地に暮らしていた家系の子の末裔だとエレム王に知らされたのだった。

そしてその末裔は、代々”象徴の子”と呼ばれ、神の国における"聖なる娘"としての特別な役目があったそうなのだ。

つまり、今では鹿目円奈が、その聖なる娘のたった一人の生き残りである。


なぜ”象徴の子”と呼ばれるのか。それは、生前の魔法少女たちにとって目に見えぬ”円環の理”を象徴する存在だったからである。


円環の理が誕生したという女神の地に、その血を引く子孫が暮らしている。それだけで、今や全世界の魔法少女にとって、鹿目一族は特別な存在なのだ。

だから、ここは神の国と、呼ばれるに至った。


436 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:07:37.52 DKsu96QJ0 2903/3130


「わたしはそなたの帰還を喜ばしく思う」


と、かつての鹿目神無の”友人”だった、エレム王・葉月レナは円奈に語る。


「神無はわたしの国を強くしてくれたし、戦争の危機にあたっては指揮を執ってくれた。わたしは神無を親友だと思っていた。クリオス、ユリエンたちの暗殺事件のことは、まだ私の心を傷めている。だが、あの事件以来、わが国を出奔した神無の娘に、会えたことは、まことに女神の意志のはからいと思う。そして神無の死を悼もう」

さびしい顔を浮かべたエレム王、夜のような黒髪にグリーンの瞳の魔法少女が、頭を円奈の前で垂れて目を閉じ、母への悼みを示した。

円奈はエレム王に、神無の顔はほとんど知らず、父親のアレスのこともほとんど知らない、と王に告げた。

「暁美ほむらから聞いている。そなたがまだ3つの歳のとき、そなたと来栖の領土を守るために死んだと。わたしの知っている神無らしい英雄の死だ。神の国にもどるまで、さぞ苦しい思いもしただろう。わたしはユリエンとレシィルらの事件のことで、”祖母の罪”はそなたにはないと確信している。安心して、神の国に暮らすとよい。リウィウスらを付き添えて、そなたの保護にあたらせよう。いかなる危険も近づかせない」


祖母の罪、とは鹿目マナ(神無の母)が軍部の上級指揮官のユリエン・レシィルらを臣下をやって殺害した事件のことであり、神無を暗殺しようとした軍部の首謀者たちにマナが先手を打ったあの事件のことである。

あの事件以来、エレム王国はすっかり動揺し、鹿目神無が神の国を亡命しようと決意したきっかけのできごとでもあった。

神無は母のことを人殺しだ、と譏り、母のもとを離れ故郷を出た。そのとき、報復に軍部によって母と父が殺された。


首謀者の一派らは、そのあと鹿目邸の宮殿にギリシア火という兵器で火事を起こし、"象徴の子"を家系ごと神の国から消し去った。


437 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:09:36.72 DKsu96QJ0 2904/3130



エレム人は、鹿目神無が聖なる娘のうちの最後の子孫、と思っていた。

だから彼女の亡命は、エレム国に大きな衝撃を与えた。聖地としての意味が無くなったようなものだった。



そんな国内事件の記憶が強い頃、なにも知らない円奈(まどな)という孫娘がひょこっとバリトンの村より神の国へ帰ってきたというのだから、エレム人はびっくりしている。



来栖椎奈とは会話で普段使う言葉がエレム語だったから、円奈は、国内にくると難なく現地民のエレム人と会話できる。

エレム語では漢字は使わない。昔でいうところの、英語に近い言語で、アルファベットがある。

”R”の発音だけ痰を吐くような仕方で発音する。


だから、円奈は自分の名前を”鹿目円奈”とは漢字では書けない。

アルファベットで"KANAME MADONA"と横文字で書くだけ。つまり自分の名前に動物の鹿とか、丸形を意味する円、祭祀を意味する文字が含まれているとは知らない。


のちに円奈は、かつて母がほむらから教わったように、漢字という文字を懸命に覚えていくことになる。

国内ではエレム人といえども一部の知識層は漢字の素養があって、人名に漢字を使うこともあった。


だから、一部のエレム国内の魔法少女は、"史記"とか"三国志"の逸話を知っている、なんてこともあった。

というより、鹿目神無もその一人であったので、円奈とはちがい自らの名を漢字で書く。

文明がほろんでも文字そのものまでは人類の手から消えなかったのだ。


438 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:11:36.45 DKsu96QJ0 2905/3130



エレム王としては、この象徴の子の末裔にあたる円奈の保護を、最優先に考えて手を打つ、と円奈本人と面とに向かって約束した。


つまり、鹿目マナの罪はおまえには着せない、と。

安心して神の国に暮らすとよい、と。

鹿目神無の人生をよく記している、神無を守って討ち死にした腹心の武将アルメニ・アレクシオス・ルミナス(魔法少女歴23年くらい)の古びた羊皮紙の伝記を王から渡されて受け取った。


円奈は伝記を開いて、書かれたエレム語を読み、母の人生のすべてを知っていくのだった。

戦馬ロレンスとの出会いから、魏武帝注孫子をめぐる部下の武将たちとの論争、アレクサンドロス大王を模倣したレビョンの戦いから、軍兵クレイトスが魔法少女は人の世にとって害悪だと主張しはじめた諍いと、怒りに我を失いクレイトスを刺し殺した神無の後の懺悔、娘が生まれたら自分のことを殺人者だと呼ぶのが怖いとレシィルに相談した話や、放たれた刺客の話まで。


すべて伝記にのこっていた。

アルメニの伝記を最後まで読み終えると、母を知らないまま育ったこの15年間が悲しくなり、円奈は涙を指で拭いた。

母と一緒に育ちたかった。母の口からその人生を教えてほしかった。もっとわたしが育って、物心がついていたら、わたしは母のことを誇りに思うって何度でも言えたはずだし、母のことを私が守るようにバリトンで暮らしたかったのに。

ママは、私が生まれたら殺人者と呼ばれるんじゃないかって、ずっと不安になってて。

そんな不安、私が癒してあげたかった。

支えたかった。母の心は私が。

それは叶わなかった。どうして私をおいて死んでしまったの。

悔やみきれない辛さがいまさら、孤児で育った15年間を振り返るほどに深くなり、傷つく。

父母が恋しくなる。顔をみたい。話がしたい。


439 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:13:22.11 DKsu96QJ0 2906/3130


そして静かに言った。

「わたしは自分が象徴と呼ばれる家系の子だなんて知りませんでしたし、わたしの両親が元々は神の国に生まれた人とも知りませんでした。けれど、生まれたときからわたしは神の国に行くべきだと信じていました。その理由がやっと、分かりました」

円奈はそのように王へ言って、アルメニの伝記を授かった礼をしたあと、こんなふうに語りしだ。

「わたしの遠いご先祖とまが円環の理だという話は、まだわたしの実感にあまり沸きません…わたしは、今までの旅路で、円環の理は魔法少女たちの命を攫っていく怖い存在だと思っていました。ミデルフォトルの港で、フレイさんに会うと、かつて魔法少女は魔女に化けてしまうのろわれた運命を背負わされていたけれど、円環の理はそのすべての因果を一身に受け止めて、ついにはこの世の存在ではなくなり概念のようになってしまった、と聞かされました。もし円環の理が概念というのなら、それは女神なのでしょうか。神様のように魔法少女を救う、心あるお方なのでしょうか。”象徴の子”であるわたしは、この神の国でどう暮らしていけばよいのでしょう…神の国の王さま、わたしにはわかりません」


それは、円奈が神の国に、何か人の役に立つような人生を求めて旅してきた垣間に、唐突に象徴の子としての役割を求められて、自分の人生に困惑している、という円奈の切実さをこめた言葉だった。

すると聖地の王、葉月レナはは人類と魔法少女の関わりから繰り下がって話はじめた。

「わたしは、魔法少女がカベナンテルと契約すると起こしうる奇跡によって、人類の歴史が変わってきたときいている。今の人類は、絵画を描く芸術を好み、文字を綴って物語を嗜み、言葉によって伝承を継ぐ。だが人類が絵を描くようになったのは、狩が成功するように祈っての洞窟に狩りの成功絵図を描いたのが最初であるし、それがなければ、いまだに人類は洞穴に暮らしていたかもれない。願いによって奇跡を生み出す力をもつ魔法少女は、いつも人類と共にいてその歴史を変えてきた。新しい力を人類に与え続けた。にもかかわらず、魔女に転身して呪われ、魔法少女に殪されるべき敵に化けてしまうのは悲しいことだ。それが円環の神が誕生しこの世に救済をもたらす前の宇宙だった」


目前にいるのは、世界でもっとも神聖視されている国の王で、君主なんて立場についているものだから強力な魔力をもつ魔法少女らしい。

440 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:15:51.19 DKsu96QJ0 2907/3130



「賢者ソロンはクロイソスに、”人生が幸せだったかどうかは、死に際になって初めて分かることだ”と」

エレム王、葉月レナの語りは続いていた。

かつての親友、鹿目神無によく似た娘との対面に、心は喜ばしく浮き上がっているのかもしれない。


「リディアの王クロイソスははじめ理解しなかった。クロイソスは彼自身が世界でもっとも幸福な王だと思っていた。彼の国はもっとも裕福な国で、その繁栄は頂点を極めていたから、世界の宝石と財宝が彼の国庫に集まり、王はソロンにそれを自慢した。そのソロンが、得意に絶頂にあるクロイソスに警句をのこした。”巨万の富や栄誉の頂点にたったことが幸せなのではなく、その幸せを死ぬまで維持できた者が本当に幸福な者なのだ”と。王はソロンが生意気な愚者だと言っただけだった。後にクロイソスは新興国ペルシアに侵攻されて、に囚われて火あぶりとなった。捕縛されたクロイソスは処刑台の上で、”ソロンよ、あなたは正しかった”と叫びをあげたのだそうだ」

王さま、なぜそんな話を突然に?と戸惑った円奈。

「わたしは、円環の理が誕生する前は、すべての魔法少女がクロイソスのように生涯を閉じたと思う。なんでも希望を一つかなえ、幸運や栄誉の絶頂まで登りつめたとしても、その願い事に絶望し、後悔しながら生涯を閉じるのであれば、魔法少女は結局は誰も幸せではなかったのだ。ソロンのいうように、幸福というものが、それを死ぬまで維持できてこその幸福であるとしたなら、死に間際の救済を約束する円環の理は、世界のすべての魔法少女の人生を幸せに変えるものだったと思う」


そこまでいわれて、エレム王葉月レナが、円環の理がいかに魔法少女にとってありがたいものであるのか、言表わしてくれていることをやっと悟ったのだった。


円環の理は、世界のすべての魔法少女が不幸だったのを、幸福へとかえるほどのものだった、と。


なぜなら、”いちど得た幸せを死ぬ間際まで維持できた者こそ本当の幸せ者”だから。

その具体例としてリディア王クロイソスに忠告したソロンの話を引用しただけ。

441 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:16:51.64 DKsu96QJ0 2908/3130



「わたしは、そなたが、魔法少女の命を攫っていく怖い存在だと思っているときいて、私の思っている円環の理をそなたに話した。エレム国内では、一部の者は円環の理とは宇宙に生ける女神の力だと解釈しているが、一部の者は円環の理とは概念という仕組みに過ぎず、心をもった女神は存在しないと解釈している。」


円環の理というのが、ただの概念なのか、実は神のように振舞うことができる一人の人物なのか、という論争は、けっこう昔からあったそうだ。


「わたしは象徴(女神)の子の血を引くそなたには、安全に神の国で暮らしていてほしいし、そなたが神の国に生きていることによって、円環の理が実在するという希望を魔法少女たちに与えられつづけることを信じたい。もともと、ここはそのような国だったのだ。そのためにそなたを保護することに力を尽くすと約束するし、そなたの志願するところには答えていきたい。今がきっと、そのもっともよいときであろう。鹿目円奈よ、神無の娘にして女神の子よ、そなたは何を願う?」


と、猛然と一方的に話されてばかりだった円奈に、ようやく何か話す番がきた。

というより、王によって番を回された。




鹿目円奈よ、女神の子よ、そなたは何を願う?

”象徴の子”に返り咲き聖地の姫となり、女神の子として魔法少女たちに希望を与えていく人生を選ぶのか。

この神の国をまた聖地としてくれるのか。


それとも、別の何かに、この聖地に来て、なるのか───。


円奈はこの聖地に旅してきた目的を、神の国の王に伝える機会をこうして与えられた。


それは恐ろしい発言になると円奈は思った。

けれど、エレム王が今いったように、それを伝えるとしたら、やはり、今しかなかった。


442 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:18:35.55 DKsu96QJ0 2909/3130



「わたしは”象徴”としてでなく、”騎士”として聖地に来たのです」

はっきり、王に伝えられた。

鞘に収めた来栖椎奈の剣が、ぶらん、と円奈の腰元でわずかにゆれた。


そう、これは葉月レナに謁見する前、王宮で双葉サツキに、象徴の子はここの席に座るべきでない、と食事の場でいわれたとき、円奈がサツキに言い返した言葉。

どんなに、自分がそのような血筋を持つ子だと知らされて、神の国に暮らすに於いて聖なる娘として役割を求められる家系の生まれだったとしても、円奈は元々はそんな人生を生きるためにこの聖地にはるばる旅してこなかったのだ。


"騎士"として、この聖地に来たのだ。



すると、葉月レナは、まるで円奈のその言葉を待っていたかのように少しだけ微笑み、すると告げた。

「やはり、あの鹿目神無の娘であるな。かつて象徴の子は、自分たちの存在こそが円環の理の存在を証明するという立ち位置にあったから、その役目をよく果たして魔法少女たちを励ましつづけていたものだ。ほとんどの鹿目の家系の子がそうして神の国に暮らしていた。だが、鹿目神無にはその人生が退屈だったそうだ。神無は武人を目指し、そして武人になった。そなたもまた、母と同じようなことを言う。」

といって、葉月レナは、この鹿目円奈は神無と比べてどれほど軍事的な才、武人の感性を持つかひとつ試すことにした。

またそのためにこのテーブルに円奈を招いたのだ。


「わたしはこの国の城壁に防御塔を新築するつもりなのだが」

するとレナは、王室の席をいちどたち、部屋の書棚から、一枚の大きな羊皮紙を持ち出し、それを円奈の前のテーブル一面に、ばっと広げておいた。


円奈がその地図の描かれた羊皮紙に目を通す。一目みて、それが神の国の全体図の城壁と防壁拠点を記した地図であることがわかった。

「この塔門だ」

といって葉月レナは、地図に描かれた神の国の囲壁の入門口を指さし、円奈に問いかけた。


「この城をより防御効率あげるなら、どう城を増造するか?」



443 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:21:51.41 DKsu96QJ0 2910/3130


なぜ急に、葉月レナがこんな質問を投げかけてきたのか、わかった。

自分は”象徴”として神の国の聖なる娘となるために聖地に戻ったのではない。”騎士”としてここに来た。

その戦に生きる人としての円奈の素質を確かめるため、いま、防壁の改築をどうするか、円奈に問いかけているのだ。



円奈は、10秒ほど、神の国の防壁を描いた地図をじっとピンク色の瞳で眺め、頭の中で敵が攻めてくるシーンをシュミレーション、想像して描いた。


今までの経験をフルに活用して、防壁を改築するなら、もっとも防御効率のあがる、城の改造の完成形を思い描く。


ファラス地方の森を隔てたモルス城砦、湖の上にたつアキテーヌ城、谷に建った王都・エドワード城。

いままでいろいろな城をみて、また攻略さえしてきたが、神の国は谷もなければ湖もない、堀もない砂漠の平野に築かれたしがない囲壁の都市だ。


どんな形の城壁を新しく築くのが、もっとも頑固な城をつくるだろうか?防御効率を高めるだろうか?


ついに頭の中にひとつの完成形という答えが出て、円奈はそれを葉月レナ、神の国の王へ伝えた。

「十字型、または星型がいいでしょう。城に立つ守備隊の死角をなくすのです。逆に、城に攻める者は、梯子をかけても、背中やわき腹を守備側に晒すことになり、危険になります」


といって、その形をした防壁を築く地点を、地図上に指差して、円奈の脳内にある新しい城のことを、説明しつつ提案した。


葉月レナは、円奈の作戦、提案を受け止め、じっくり地図を眺めなおし、宝石のように煌くグリーンの瞳を細めた。

「たしかに攻めるのが困難だ」

葉月レナはそれを及第点とした。


鹿目円奈はモルス城砦の話からアキテーヌ領の傭兵になったこと、エドワード城に攻め込んだ戦歴の話まで、すべて話した。

エレム王は、この少女が、魔法少女ではないにしても卓越した戦歴をもつことを認めた。



きいてみれば、神無にも負けず劣らずの戦闘経験をもつ娘ではないか。特に西大陸で難攻不落の大城・エドワード城を突破した話は果敢と称するに値する。


444 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:29:18.33 DKsu96QJ0 2911/3130


「おまえが望むなら、騎士として、ここから北100マイルのアイユール領、巡礼者寄宿の土地をおまえに与える。敵の手から巡礼者の命を守り、その土地をよくする領主となれ」


円奈は騎士として、葉月レナから任命を受けた。

それは、神の国の傘下の騎士となったかわりに、円奈にエレム国の領土が一部与えられた、ということを意味していた。


アイユール地方を封授され領主となったのである。


いつか、来栖椎奈が、遠くバリトンの地を与えられたように。


「だが忘れないでほしい、円奈よ。エレム本国にはそなたを敵視する一派が残っていることを。鹿目マナの謀反に巻き込まれて家族を殺され、孫娘であるそなたを憎む一派が根強いことを。アルカイネス、レシィルらの姪たちは、いまエレム軍部に双葉サツキらと共にいる。彼らと鹿目一族の亀裂が深まってしまうことは、予見される事態でもあったのに、鹿目神無を信用して彼女に指揮権を与えたのは私だ。」


王は、鹿目神無に象徴の子という立場を超えて、軍部指揮官になるための権利をかつて与えた理由を、円奈に話したのだった。


「それは本来、エレム初代王の意向に適うことではなかった。エレム王と象徴の子は互いに不可侵で、連携することなく、立場を互いに守ると。それがエレム建国時の法規だった。政治と国事はエレム王族がおこない、聖地としての司祭的な役目を鹿目一族がおこなう、というふうに。わたしがそれを破ってまで、神無にエレム軍部の指揮官を任命したのは、人は生まれながら自由だと信じたかったからだ」

円奈はピンク色の瞳で、王をみつめながら、顔も知らぬ母の、将軍姿を思い浮かべた。

レビョンの戦いで母が敵国の王を敗走させた話。円奈には信じがたい。

「そなたが象徴の子となるのも、騎士となるのも、本来は自由のはずなのだ。わたしは神無のときのように、エレム建国時の法規をやぶってそなたを領主に任命する。なぜならそなたがいま、そうしたいと私に言ったからだ。だが、それを快く思わない、そなたを敵とみなす一派たちのことは、私もそなたも忘れてはならない。神無のような悲劇はもう、円奈よ、そなたには引き起こさせない」


鹿目円奈はこうして、象徴の子という立場を捨てて、騎士として国内の領土を一部、封じられた。

アイルーユ領公・鹿目円奈。それが彼女の新しい名前。

445 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:33:18.06 DKsu96QJ0 2912/3130

573


封土を授かったあと、鹿目円奈は王宮の大廊下を進み、アイルーユ領に出かける準備のため、国内の自邸に戻るところだった。


床が鏡写しになるほどぴかぴかに磨かれた大理石の廊下を、足をすすめ、壇にランプや壷の並べられた空間を進んでいたら、とつぜんカシャ、と足に何かがひっかかった。


円奈が地面をみおろすと、靴にひっかけて蹴ってしまったそれは、騎兵を象った手のひらサイズの小さな駒だった。

騎兵の小さな玩具は、銅製で、手に槍をもち、勇猛に戦う騎士。


いちど足にかけて倒してしまったそれを、円奈はそっと拾いあげ、床に片ひざだけついて腰を折り、それから、馬からおちてしまった騎兵の像を、馬に乗せなおして、クイクイと位置を調整していたから、そんな円奈を宮殿の廊下の扉からそっとのぞいている小さな男の子と目があった。


円奈が騎兵の駒のおもちゃを持ったまま、顔をあげて、その少年をみると、少年は、光が漏れる扉のむこうへ、顔を隠して扉を閉じてしまった。

光は消えた。


たぶん、あの少年のもつ騎兵の駒だったのだろう。騎士ごっこに使う玩具にちがいない。

446 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:35:02.31 DKsu96QJ0 2913/3130


それにしても美しい金髪の少年だった。

円奈はこのときまだ分からなかったが、いま目にした少年は、王家の子、つまらエレム国の王子なのであった。


わたしも、騎士だよ────

そう、16歳の女の子は、聖地の姫になれる血筋であったのに、自ら戦いの宿命を負う騎士として生きる道を選んだ。


もし少年が、円奈のもとに来たら、にこり笑ってそんなふうに話しかけたかもしれないけれど、少年は円奈から去った。


あきらめて、円奈がその場をたって、そっと元に戻した騎兵のおもちゃを、床に立て直すと、宮殿の広い廊下をまた歩き続けたのだが、円奈がおもちゃから離れたのを見計らって、また少年が扉から顔をだし、廊下へ出てきて、おもちゃを手に取り返したのである。


円奈はそっとふりむいて、少年が自分のおもちゃを取り返す様子を、見守っていた。

447 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:36:37.97 DKsu96QJ0 2914/3130

574



それから翌朝、朝日の燃える陽が砂漠にのぼる頃、円奈はアルマレックなど部下の騎士たちを従えて、領主として、国王から与えられた封土の地方に向かっていた。


なれない砂漠という環境の土地を進み続けること3時間、昼間ちかく、鹿目円奈はアイユール地方に到着した。


そこは、聖地巡礼に訪れる寄留者たちの宿泊スポットであり、神の国への巡礼ルートでもあった。エレムの都市から100マイル北にある海岸の領土である。




アルマレックなどの男騎士たちは、エレム王から、鹿目円奈を領主として騎士の身分を与える、おまえたちは保護せよ、という命令を受けて、非常に驚いた。

いくら魔法少女の活躍が表立つこの時代でも、16歳の”人間の少女”が騎士として領地を持つ、とは普通ないことだった。


しかしアルマレックは、鹿目円奈の聖地にいたるまでの旅の戦歴をきき、戦いの才能に恵まれた少女であったことを認めた。

弓術に長け、勇気がある。おそらく弓矢で倒した敵兵の数知れず、それどころか戦争を指揮した経験もあった。

エドワード城陥落事件の話は東大陸の人間にも有名であったが、その首謀者の一人でさえあったことは、アルマレックたちを驚かせ、まだ頼りないところをしっかり保護すれば、今後の活躍も期待できる娘であった。


鹿目神無の娘といわれれば、さらに納得できる。鹿目神無はエレム国では名高い指揮官で、戦術に長けた女戦士であったのだ。

448 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:40:00.81 DKsu96QJ0 2915/3130


エレム王葉月レナからは、王家の一部の人間は、まだ鹿目マナに恨みをもっているから、円奈にどんな危害を秘密裏に画策するか分からないから、目を離さず円奈を保護せよ、と厳命されたものだった。


それにしても日中の気温には、やられてしまう円奈だった。


相変わらず昼間すぎになると日射が厳しく50度ちかくになる。寒冷高原の山岳の村バリトンで育った円奈はこの猛暑を体感したことがない。

しかも、炎陽が照りつける砂漠は、なんの緑も育たないのだ。


しかしともあれ、そんな領土であっても、鹿目円奈はきちんと騎士として領土を得たのであった。

前までは、身分は正式な騎士でも、どこの領地も持たなかった。これではいわゆる落ち武者、没落流浪騎士だ。

じっさい、流浪も同然の旅をしていた円奈だったが、いよいよ騎士としての肩書きのみならず、領主としての人生をスタートさせる。


「ごらんください、あなたの領地、アイユールです」


円奈の目前にひろがった領地を、従者のアルマレック、頭のつるつるに剥げた大男が説明して、円奈を領主の館に導いた。

砂漠のからからに乾いた土地にぽつんと建った、庭をもつ干しレンガの家だった。



「土地は1000エーカー、300家族、オリーブ園とナツメヤシ、羊300頭があります」


この領土の経済的現状を述べてくれる。

さてこの条件から始まって、この土地を豊かになるか、ダメにするかは、領主である円奈の手に、これからはかかるわけだった。

来栖椎奈の跡をおって、自分もやっと、領主になった。


あの人のような領主になろう。

449 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:42:35.05 DKsu96QJ0 2916/3130



「こんな貧しくて、埃っぽいところでは…」

いっぽう、従者のアルマレックは、しばらく領主が不在だったこの廃れた、干からびた土地の現状を、悲観的にみて、円奈の館のバルコニーにて顔を暗くした。

くらべて円奈は、木造バルコニーの手すりから、自分の領土を眺め、ほとんど砂漠で、ところどころ申し分ていどに乾ききったみすぼらしい畑が耕されているのを見つつ、口にあけていった。

「わたしは好きだよ」

初めて自分に与えられた領土の感想を、そう漏らすと、従者のアルマレックは、この領主に心強さを感じるのだった。


「まずは…うーん…そうだね」

ひからびつつある畑。砂漠の地には、わずかばかり、ナツメヤシの木が生えて緑がある。

領主として、この土地をよくするために、いま円奈に何ができるか。

「水路を引こうか」

といって、領主はバルコニーの手すりをのりこえ、ぱさ…と乾ききった土地を、足で踏みしめた。


アルマレックは、やさしげに微笑み、まだ15歳にすぎない少女騎士の領主の提案を、受け入れた。

450 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:46:06.54 DKsu96QJ0 2917/3130

575

鹿目円奈の初めての事業がはじまった。

それは、領主としてのデビューでもあり、民に対して領主がする最初の施しでもある。


アイルーユ地方の民は、スコップと、つるはしなどをもって、緑が生えて地下に水脈が眠っていそうなところを、手当たりしだい、掘りはじめていた。


ばきっ。ばきっ。


埃にみまれた砂地を民はてきぱき、あちこち掘りつづける。


円奈も掘り作業に参加して、削った穴に降りて、スコップで、顔が泥だらけにるまで掘っていたが、途中、領地の子供が、革の水筒をもってきてくれて、円奈に手渡してくれた。

この砂漠地域のど真ん中では、貴重な水である。


わたしがもらっていいの?


そんな躊躇をみせると、子供はますます、円奈に力強く、水筒を、渡してきた。


ありがとう、といって、円奈は掘り作業を中断して、穴から出て、水を飲んで休憩した。


日中の陽は烈しさをまし、円奈の額も汗だくで、額が日の光を反射してしまうほどだったが、しばらくしてまた掘り作業にもどると、だれか言葉の通じない農民が、円奈の肩をたたいた。

どうも、こっちにきてくれと、いいたいらしい。


スコップを穴からだして、そのあとで、掘りすぎて自分が脱出できなかった穴から、民に手助けしてもらいながら地上にでると、同じように掘りすぎて自分が脱出できないほど深く掘った穴に立つ別の領民が、湿った泥水を握りしめていた。


水だ。



水脈の一部を探り当てたのだ。

451 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:50:00.10 DKsu96QJ0 2918/3130


だいたい、砂地を掘り続けて泥が湿り始めたのが、3メートルほどの深さ。
さらに掘ると、もうそれは泥水ではなくなって、濁水となった。


掘れば掘るほど水が湧き出してくる。


その穴を見届けた円奈は、嬉しさに微笑み、そして、民たちに告げた。

「壁に岩を積もう」


井戸製作の取り掛かりである。


民たちは、揚々とすぐに行動に移った。こんなに嬉しい作業はない。



こうして井戸ができるあがると、つぎに、水路をひき、水脈から畑まで、水を流した。



そんなこんなで、あれこれ円奈が、自分の領地をよくするためあくせく仕事をつづけること、一ヶ月がすぎた。


その一ヶ月の経過は、めざましい発展で、埃っぽい畑しかなかった領地は、緑が育ち、水が満ち、畑は増え、収穫の見込みも大きく期待された。

水をふくんだ、やわらかな土地は豊かで肥沃で、ナツメヤシの木が林のように育ち、円奈はある日、そのナツメヤシ林の中を、涼しく散歩していた。


緑の育つ自分の領地の成長を、嬉しく見届ける。畑の水路に、子供たちが手作りの小さな舟を遊びで流した。
水路の小川をすいすい舟が流れに運ばれていった。その小船のあとをゆっくりと歩いて追う。


水路に流された、手作りの小型帆舟は、ころころと水路の流れに乗って、やがて畑へとはこばれる。


円奈は、自分は水路におちないように気をつけながら、足であとをおいかけて、舟を目で追って眺め続けていた。



452 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:53:26.83 DKsu96QJ0 2919/3130


ところで、300家族ほどが暮らすこの領地には、二人ほどの魔法少女も、暮らしていた。


一人の名はメアリ、もう一人の名はシレビア。


円奈の領地に沸く魔獣の退治は、この二人がやってくれるわけだ。


必然的に、力が強い二人の魔法少女は、アルマレックと同様、円奈の部下という位置づけになり、領主の護衛部隊として、騎兵の立場を与えられていた。


円奈の身に何かあるときは、この二人の活躍が、期待されるわけである。


魔法少女と人間が、なんの心のわけ隔てなく共存できる国を建てること、それが最終目標である円奈は、領地の魔法少女二人と、友好関係を築こうと努力して、たまに夕食に二人を招いた。

仮にもエドレス王都エドワード城のときのような、人と魔法少女が憎しみあうような悲劇は、絶対に自分の領土では、繰り返したくないのである。


「なにか不満なことはないかな?わたしにできることはある?」

領主として、そして鹿目円奈として、魔法少女たちに、できることはないか、呼びかけると、メアリとシレビアの返事はいつもこうだった。

「この領地に沸く魔獣は弱く、人々の負の感情は見つけることも難しいです。領民は幸せです。私どもから、鹿目さまに望むことはありません。土地が幸せすぎて、魔獣が少なくて、魔法少女としては困るくらいです」

それは、複雑な返事だった。

まちがいなく円奈の領土は豊かになりつつある。民も幸せである。しかし幸せな土地では、魔獣は多く沸かず、ということはつまり、グリーフシード不足に魔法少女は悩むことになる。

かといって、じぶんの土地に不幸を招くわけにも当然いかない……

悪い言い方をして、あのときのエドワード王の言葉を借りれば、"人類の不幸を糧とし餌にする"魔法少女たちは、円奈のような平和な領主の土地では、グリーフシードが不足するのである。


鞭を片手に、税ばかりとりたて、飢えた農民の背中をひっぱたく領主の土地のほうが、よっぽど魔法少女にとっては、いい狩場である。たくさんの下民の絶望によって魔獣がたくさん沸くから。



こういう事情はやはり、しばし人類を魔法少女への敵愾心、加虐心、憎悪に燃えさせてしまう。

エドレス国のエドワード王こそまさにそんな人物の代表格であった。

そして彼は魔法少女との全面対決にふみきったのだ。



円奈は、そうした、人類と魔法少女の間に刻まれた、深い深い溝を、その目でみてきた少女騎士だ。


魔法少女と人間が、なんのわけ隔てなく共存できる国、そんな国の実現は、難しい。





453 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:55:16.01 DKsu96QJ0 2920/3130



しかしここアイルーユ領に生きる魔法少女の二人はいつも円奈にこう答えるのだった。


「幸せな土地は、ソウルジェムに濁りがたまらないので、グリーフシードがなくたって長生きできます」


こうして、16歳の領主は、みごと国王から封じられた領土を経済的に切り盛りさせてゆき、封土の民衆たちの人望を得た。

なんとも不思議な話ではないか。


生まれたときは村社会からのけ者にされ、狩りだけで生きてきたみすぼらしい、仲間はずれの少女が、希望を求めて聖地へ旅して、その旅の果てに、このような新しい人生を築きあげたのである。


希望は必ず、どんな生まれの者にも等しくあり、努力すれば人生をモノにできると勇気づけられるような一例ではなかろうか。

454 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 05:58:02.99 DKsu96QJ0 2921/3130

576

そんな、円奈が領地をもってから半年もすぎた頃、一人の訪問者が、アイルーユ地方をおとずれた。



白馬に跨り、日照りの激しいこの砂漠を通って、頭も顔も肌を布で覆い隠してやってきた、ガウン姿の高貴なる女性の姿を、円奈は覚えていた。


その女性は何人かの護衛や、侍女を、従えてアイユール地方にやってきた。わざわざ本国から160マイルも北の地に、何の用だろう。

円奈は出て、客人をむかえた。


「リエム地方にむかう途中なの」


と、女性、つまり暁美ほむらが言った。


「かつてサラドに併合される前、雪夢沙良が生まれた国があった。そこがリエム。リエムでの奇跡が幼い雪夢沙良を救った。ただ一人、沙良を庇って魔法少女アイルーユが、包囲軍の敵陣を朝日の日差しと共に突破した。そしてこのアイルーユ地方に逃亡したと、そう伝わっている。雪夢沙良は今やサラドの大君主になった。」

この地方の歴史を簡単に教えてくれたあとで、ほむらは相変わらず、領主の立場を与えられても服はうす汚れ、ぼろ着れのようなチュニックを着ている円奈を見た。

「晴れて領主になれたのに、変らない服装なのね?」


「わたしは生まれた村では耕す農地も持てず、寄留の異邦人も同然の扱いでした。いま、騎士として、もっとも聖なる神の国エレムの地方領主になっています」

と、円奈は、馬に乗っている高貴かつ不思議な女性客人に対して、答えていった。

「わたしは十分に変わったと思います」



ふふ、と女性はほほえみをもらす。

「あなたは変わっていないわ」


この返答をうけて、円奈は心で、うーん、なんだか難しい人だ、とちょっぴり思った。


455 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 06:01:54.33 DKsu96QJ0 2922/3130


そして、心の中でそんなつぶやきをもらしていると、女性の客人は、円奈をみつめて、つづけてこういった。

「水を飲みたい。ここに泊めていただけるかしら?」


遠くリエム地方にいくとしたら、当然一日ではたどり着けない。円奈の土地に、今晩は寄宿したい、と女性客人はお願いしてきた。

円奈は、それを歓迎する。


「ここは砂漠の地です。水を求める人を私の町は拒みません」

といって、高貴な服装したほむらにに礼をとった。つづいて、従者の一人、言葉はまだいまいち通じないが心では通じあえる、信頼できる侍従を呼び出して、この客人のもてなしするよう命じた。

「ラティフ!」


侍従は、領主に呼ばれるとすぐにやってきて、元気よく、この男の侍従はほむらを迎え、ほむらが泊まれる寄宿を丁重に案内した。


それにしても、声ひとつで従者たちをあれこれ命じるとは、随分と領主とての姿が板に付いてきたものだ。
本人はやはり本国での"象徴の子"に返り咲くつもりは、ないようだ。


この日、鹿目円奈は、エレム国にきてから新しく覚えた、頭にカフィーヤを巻く習慣をとりいれ、頭に巻いていた。


というのも、青緑の高原山地で育った鹿目円奈には、この日中気温が50度という砂漠の国の環境に慣れることができず、何度も日射病で熱をだし、ばたんきゅーしてしまったので、頭を守るために必要だったのだ。

あと砂漠なので砂嵐が起こったときは、これで顔に巻いて防塵する。この砂漠地方にくるまで、砂嵐がこんなに恐ろしいものだと円奈は知らなかった。防塵しないと口も鼻も砂だらけになるのだ。


それにほぼ毎日風呂に入るようになった。日中の直射日光が強すぎて、汗だくになる。

母国バリトン村では誰も風呂なんて入らなかったが、ここ砂漠の地方では、風呂に入らないことは病気を呼ぶことだと現地民に教えられた。


風呂に入るとき、エレム国のこじゃれ趣味で、色とりどりな花びらを湯船に浮かばせる。その花は百合だったり、ほか菖蒲、水仙など菜園で育った花びらを浮かばせた。


風呂からあがると用意されたバラ水(花びらを浸した冷水)に足をいれ、ひんやり足先をひやしながら、領主の館庭から自国民を眺めるみたいな、そういう砂漠の国の領主生活と文化に、慣れていくのだった。


456 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 06:09:09.59 DKsu96QJ0 2923/3130

584


その日も夕暮れが近づき、空が青みがかって暗くなってくるころ。砂漠のど真ん中に佇むアイルーユ地方の村の、円奈の館の外庭で、円奈とほむらの二人が、テーブルを共にして軽い夕食をとっていた。



テーブルに二つ、水をいれるグラスと、水を入れた瓶が置かれ、二人は透明な瓶から水をグラスにそそぐ。

食事を共にする二人の間には、砂糖漬けのみかんの皮が、籠に詰められていた。二人はこれを、指で食べてすごす。



円奈は、こういうときの指の使い方を、その昔にアリエノール・ダキテーヌという魔法少女から教わっていたので、親指、中指、人差し指の三本を使って、砂糖漬けのみかんの皮を食べた。


「本当の目的を教えてください」


と、円奈は、みかんの皮を口に食べたあと、ほむらに言うのだった。


「リエム地方に行くことが目的なんて、うそのはず」


ほむらは、この鹿目まどかと瓜二つなピンク髪の少女が、すでに自分の嘘を見抜いているのを知った。

どんな経験を積んでこの聖地にたどり着いたのか、ほむらは知らないけれど、人の建前を見抜く鋭さが、すでに備わっているらしい。

目前の、砂漠の肌寒い、静かで暗くなってきた夕暮れでテーブルを一緒にする円奈は、ほとんど肌を隠した服装をしていて、砂漠の国の女性らしい服装をしていた。頭のカフィーヤは今はとっていた。夕時になって猛暑が引いたから。

だから、頭の赤いリボンは、いまは彼女の頭髪に結われて、砂漠から吹いてくる冷たい夜風(砂漠の地は夜になると-5度くらいになる)に靡いて、可愛らしく靡いていた。

457 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 06:10:26.49 DKsu96QJ0 2924/3130


「今のあなたに分かっていることは?」逆にほむらは問い返した。

「寄宿が目的ではない。ここに来ることがあなたの目的だったのです」

と円奈がいうとほむらは、この新しい鹿目の子、円奈がほとんどすべてお見通しなのを悟る。

そこで白状した。

「わたしは夫をもたなく、家族をもたず、愛人をもたない。わたしは、1000年の長寿があり、聖地に生きていた。あなたは、聖地を求めて遥々千里を旅し、この地にきたのに、わたしに過去にどんなことが聖地があったのか、円環の理とは何か、わたしに何もきこうとしない。わたしは、あなたの本当の目的を教えてもらいにきた」


だいたい、いまお互いに向き合って館の中庭のテーブルに座る同士、同じ色の同じような赤いリボンを頭に巻きつけているのに、円奈ときたら、あえてそのリボンについて何も尋ねてこないのである。

これがほむらにとってのもどかしい謎だった。

円奈は答えた。

「わたしにとって聖地は、円環の理と関係がないものです。魔法少女と人が共生できる土地が、わたしにとっての聖地です。生まれてこの方、どこを旅し、渡りあるいても、そのような国はみつけられなかったので、神の国、つまりエレムの地にそれを期待して、ここにきたのです」


ついに暁美ほむらは、鹿目円奈の目的を知った。


本人は、それをさらっと言ってのけたが、ほむらにとっては、20世紀の見滝原を生きてきた彼女としては、この鹿目円奈という新しい女神の娘があまりにとてつもないことを言っていると思った。


魔法少女は、魔法少女になった時点で、人と分かち合えるなんてことは、あきらめなければいれない。

それが暁美ほむらの人生の結論だった。

458 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 06:11:48.06 DKsu96QJ0 2925/3130


さかのぼって考えてみてもそれはわかるものだ。

魔法少女に契約してしまった美樹さやかと人間の志筑仁美が分かりあえたろうか?

正面むきあって上条恭介のことをとりあえたか?


いや、仮にそこでは分かり合えたとして、両親にはどう説明するか?いつか結婚する夫にどう自分を伝えるか?

こんな体では、キスしてともいえない、抱きしめてともいえない、と美樹さやかだって諦めていたというのに。

そんな美樹さやかは、自分のことを上っ面に心配してくるまだ人間だった鹿目まどかに、まずわたしと同じ立場になってみろ、と突き返したではないか?

これが魔法少女と人間にある決して崩されることのない壁だ。



ほむらは問いかけた。

「あなたはまどかが成し遂げられなかったことを目指している。人間であるあなたが、魔法少女と共生できる国を築こうとするのは、どうしてなの」

円奈答えていう。

「私が魔法少女に助けられて生きてきたからです。人と魔法少女が、助け合って、共生して信じあって、分かち合って生きて暮らせる国を築きたいのです」


それはやはり、とてつもない桁外れな話であるように、ほむらには思えてくる。


ほむらは、過去を思い出して語る。

「わたしの友人だった魔法少女たちは、人と理解しあうことができなくて、苦しんでた。巴マミという私の古い友人は、魔法少女のことを学校の仲間に打ち明けられなくて、悩んで、苦しんでいた。佐倉杏子という私の古い友人は、魔法少女のことを父に話すと、家族崩壊して、人間不信に苦しんだ。逆に言えば、同じ魔法少女にしか心を打ち明けられなくなった。美樹さやかという私の古い友人は、魔法少女の体を知って、自暴自棄になって、恋人に本当のことを打ち明けられなくて苦しんだ。あなたは、過去のたくさんの魔法少女が苦悩し絶望させたことに対しての、救済の国をつくろうとしているのね」



それはこの新しい改変された宇宙であっても、解決をみたことのない問題だ。

円奈はどうやってそんな理想をこの現実世界に成立させるつもりなのだろう?ほむらには分からない。

459 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 06:14:56.92 DKsu96QJ0 2926/3130


こうして二人のやりとりを終えた円奈は、館庭の夕食をおえた。

中庭のテーブルにのこされた食器とグラスを侍従に片付けさせ、館邸に戻った。

その日も夜遅く、自分の土地の収益(ここでは収穫高)を記した羊皮紙に、自らの横文字のコメントを羽ペンで書き記していたが、ネズミが円奈の靴から顔をちゅんちゅんとのぞかせるような深夜、また、ほむらが来た。


そしで円奈は門へ出て出迎えた。

「あなたの目的はこの土地ではなく私なのですか」


領主の、夜間の訪問者を出迎える態度は丁重で、まるで姫に対する騎士だ。

適度に頭を下げ、手は前で静かに結ぶ。


ほむらは手元に蝋台と火のついた蝋一本だけを持ち、深夜、円奈の邸館の門で、言った。


「わたしは千年の長寿がある。それは、魔法少女が人でないことの証でもある。人は千年も生きられない。わたしには、千年待ち焦がれていた人がいる。それはやはり、人ではない。人でなくなってしまった。わたしは、あなたをみているとたまに思うことがある。人でないその神のように聖なるものが、あなたを人として、この現世に遣わせたと。わたしと会うために。おかしな考えだって、そんなことはわたしにも分かってる。」


砂漠の夜間、月の降りるとき、円奈の邸館の戸の前に立ったほむらは、この深夜、片手に皿に乗せた一本の蝋燭の火を灯していて、ぽわっと明かりに頬が照らされていた。



ほむらは、一度、ごく、と唾を喉から飲み込み、目を閉じ、鹿目円奈に本音を語る自らの緊張と、しばし戦ったのち、つづけた。


「だから、今わたしたちが見ている、蝋燭に照らされた世界が現実で、本物ならば、蝋燭が消されたとき訪れる闇の世界は、本物ではなく、夢の中の出来事だと思ってほしい。」

といって、ふっと息をふきかけ、蝋燭を消す。

ぷつ。ろうそくの灯りの火がなくなり、屋内を真っ暗にする。煙だけが残った。


コト。

蝋燭をたてた皿を置く音がした。

460 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 06:19:25.50 DKsu96QJ0 2927/3130



そして、暗闇の降りた中で、”預言者”は、その長くてさらさらした美しい黒髪をふぁさっと靡かせ、進み出て、黒に溶け込みながら、「ごめんなさい」と声を掛けながら、愛する人にするみたいにふわりと円奈を抱きしめた。

そして、鹿目円奈は、それに抵抗らしいこともしなかった。

ほむらの再訪問からいきなりはじめ、あなたの目的は私ですかと口にした瞬間から、鹿目円奈はこの夜この女性に接近される心の準備を済ませていたのだった。




暁美ほむらという女性を円奈は美しい女性だと思っていたし、強い女性だと思っていた。聖地についてから内心ずっと。

しかも、聖地にきて初めてしった自分の、聖地の象徴として体内に流れる血が、なんとなくほむらという女性を守るように告げている気がした。

なんだか、最初からこうあるべきだったものが、ようやく実現したような気分にさえなった。

まるで時代という時代を超えて運命の再開を果たしたような…。



ほむらは、この鹿目円奈という17歳の子が、ほんとうにまどかに似ていると思った。

母の神無よりも似ていて、もはや生き写しだ。鹿目まどかが無事に中学校を卒業して高校生に成長したら、という姿だ。

でもやっぱりまどかと円奈はちがった。中学の制服は着ず、鞘に剣をぶらさげ、鎖帷子を着て、馬に乗って騎士になる。


もしかしたらもう人を殺したことだってあるかもしれない。

だから、円奈とまどかは、まったく別人。


別人だとわきまえていたから、あのとき再開したときも、平静を自分に言い聞かせていたのに。

だから、これはほんの今だけ…。



円奈もこのときだけの幸せを味わっていた。


しかし、聖地をめぐる運命は二人を引き裂く。

これはそれまでのつかの間の”幸せ”だ。



461 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 06:20:59.52 DKsu96QJ0 2928/3130

585



翌朝の日の出、レビョンと呼ばれる砂漠で、エレム王家の従姉妹にあたる姉妹、双葉サツキと、双葉ユキの二人が、エレム騎士団をつれて馬を進めていた。

アイユール地方とははなれたエレム国の国境にある交易路である。


ゴゴゴゴゴ…。

馬の軍団が砂漠を踏む足音。なり轟く。早朝の冷えた、静かで寒空の砂漠に。



エレム騎兵は皆、すでに軍旗を槍に掲げていて、六芒星の印を描いた国章が、砂塵の風に吹かれ、ばささっとはためく。


その数、50騎ほど。砂漠の地に突如出現、布陣した、聖エレム騎兵軍。


その軍を率いる、双葉サツキとユキ、王家の従姉妹二人。

「いたわ」

二人の姉妹の眺める視線の先にあるのは、砂漠の前方で列をつくって進む、ラクダの隊商たちの一群。


1000人ほどの規模で、隊商たちがラクダの行列に商品をのせて、砂漠の交易路を輸送している最中の光景だった。


「キャラヴァンの隊商だわ。マハルに向かってる」


双葉サツキ、王家の従姉妹二人のうち姉のほうは、燃えるような明るい赤色の髪のストレートを砂風になびかせ、指を隊商の方角めがけて伸ばしている。その隣の、同じく赤色髪をした、ツインテールに髪型を結いだ妹のほうの、双葉ユキは、手に剣を持ち出した。

「マハル?丁度いいじゃない。言い訳にできるわ」

「言い訳?」

サツキが赤色をした目を、きつめにユキへ向けると、ユキは、馬上にて目を瞑り、愉快そうに、語った。

「つまり、こう言い訳できる。”サラドのキャラヴァンの隊商は、商品を運ぶフリをして武器を本国に運ぼうとし───”」


サツキが目を細め、妹の策略に耳を寄せる。


「”わたしたちはそれは停戦条約違反だとして断固として阻止した”」

462 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 06:22:23.75 DKsu96QJ0 2929/3130


「危険な妹だわ」

魔法少女のサツキも、鞘から剣をギラン、と抜く。「あの隊商を皆殺しにしたらサラドとエレムの停戦は終わり、戦争になるわよ」


「停戦なんてエレム国のためにならない」

妹のユキは、ツインテールの髪を、腰あたりにまで伸ばして、左右にゆらす、17歳の人間の女の子だった。

魔法少女ではない。

姉のサツキだけが魔法少女。

「停戦しているあいだ、敵国が軍備を整えて強大になっていくのを、どうしてエレム国が見過ごしているのか、わたしにはわからない。王が愚かなら、私たちが戦争を始めないと…」

「でもこれが王に知られたら?」

姉のサツキは、まだ心配に心をこまねいて、行動に踏み切れていない様子だ。剣だけは鞘から抜いたクセして、だ。

サツキは、妹のユキにくらべると優柔不断だった。


とそのとき、従軍していた聖エレム騎兵団のうち、何人かの魔法少女が、早々に変身をするなり、馬上で喋り始めた。

「王の停戦はまちがいだ。いまのうち、敵国が強大にならないうちに、敵国を打倒しよう! 我ら魔法少女に宿る力が、勝利をもたらすのだ!」

エレム騎兵団のうち数人の魔法少女が、馬に乗りながら皆つぎつぎ叫びだし、剣を鞘からがしゃっと抜くと、サツキも行動にでる腹を、突き動かされて決めた。

「魔法少女の力を示そう!」

口々にエレム騎兵団がいって、魔法少女たちが剣を天の空にむかって伸ばし、そして叫び、そして砂漠の丘を一斉に乗り越えだした。


「神の国万歳!」

別の鎧着た人間騎兵たちも語りだした。この人間騎兵たちは、軍隊として人間の組織された兵たちであったが、いまや地上でもっとも強いのは魔法少女たちであって、もっとも頼りになる戦力であることを、よく知った軍隊でもあった。

だから、魔法少女と、戦場を共にするのである。

魔法少女を味方にして戦争する限り負けは絶対にない。

「エレム王国、万歳!」

463 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 06:25:13.41 DKsu96QJ0 2930/3130


こうして魔法少女たち28人、それから30人ほどの人間騎兵たちが、エレム国旗を揚げながら馬を進めだした。

隊商とラクダたちの行列の前に、槍を伸ばしながら踊りでて、突進、襲撃を開始する。



わーきゃーきゃー。


とうぜん、武器など一切もっていない、ただ交易路で商品を輸送していただけの隊商たちは、パニックに陥る。

従者だった若者たちは叫び、商人たちは怯え、ラクダを手放して逃げだしたが、所詮みはらしのいい砂漠、隠れるところなどなかった。


そして、あれよあれよとエレム騎兵団の馬たちにおいつかれ、容赦なく、槍を受け、そのあとは、剣によって倒された。

馬から背中を槍で刺されるサラド王国の頭にターバン巻いた隊商たち。

28人の魔法少女たちがそれぞれ目につけた商人たちを近い標的から殺した。

馬から剣を落とし、頭を切ったり…。血飛沫。



「貴様か!」

ひとりの商人、宝石を服に着けた大柄な隊商が叫ぶ。彼は、エレム国の宮殿にて、エレム騎兵が停戦条約をやぶって我らの隊商を襲撃している、という陳情を、リウィウスに申し出ていたあの男であった。


双葉サツキはその商人に接近してゆき、馬から、魔法の力込めた剣をばっとふるい、その商人を切った。

魔獣にふるえば一刀両断する魔法の剣は、人体もたやすく切り裂いた。

上半身が二つに裂け、商人の男は体の腰まで、剣が通ったあとはバッサリ体が分かれてしまった。

血が飛び出し、剣にこびれついて濡れた。


サツキの乗る馬にも、サツキの顔や髪と服にも。


不思議なことに、殺した人間の赤い血が顔にひっついて、生暖かいものを肌で感じるほど、もっともっと魔法少女の力を使ってみたくなった。


どうやらそれは28人の他のエレム騎兵団の魔法少女たちも同じようだった。


そしてびとびと赤い返り血に顔まで濡らしたまま、双葉サツキは、魔法少女の力を余すことなく使って、一人残らずエレム騎兵団と共に、丸腰な交易路の隊商を、虐殺しつづけた。


赤い朝日のあがった砂漠地での、出来事だった。

464 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 06:26:26.29 DKsu96QJ0 2931/3130

586

その日の夕方、早くも神の国の本宮殿では、国内の過激派が起こした襲撃事件のことが取り沙汰され、葉月レナの玉座の席の前、謁見の間にて激論の的となってしまっていた。


「双葉サツキらエレム騎兵団が───」


まず語りだすのは、穏健派の代表、聖六芒星隊の隊長、リウィウス。


宮殿の謁見の間、いちばん正面の王幕下に座るのは、王・葉月レナ。無言で、玉座について座っている。

王の座からみて、右手の列柱の空間に、ずららっと並び、満たしているのは、過激派のエレム騎兵団たち。つまり双葉サツキたち。

対して左手の列柱の空間に、きれいに並んではいるが猛烈に抗議を口々に叫びたてているのは、穏健派の聖六芒星隊の魔法少女たち六人と、それに従う国防騎士隊。もちろん、その代表は隊長リウィウス。

「サラドの隊商を無差別に襲撃した!」


と、緊急報告に入っている内容そのまんまに、金髪の魔法少女リウィウスが文書を読み上げると、とたんに過激派とエレム騎兵団の男たちが、がやがやがなり立てだした。



「嘘だ!」


そして双葉サツキら過激派の騎士団の一人の男が、主張をはじめた。


「交易路では隊商が武器と火薬、兵站を隠し持っていた。サラド本国に運ぶつもりだった。これは停戦違反だ。だから我々は神の国の平和を護るために行動したのだ!」

「武器とやらはあったのか?」

さえぎって弾劾しだす穏健派。聖六芒星隊の魔法少女の一人、イーリス・レン。この過激派連中の目論見など、とうに知っているのだ。

「停戦違反をしたのは、おまえたちだ。武力もたぬ無抵抗のキャラヴァン隊商を殺した!これこそ停戦違反だ!」

465 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 06:27:31.57 DKsu96QJ0 2932/3130


「双葉サツキとユキの姉妹は、王の家系でありながら、王の停戦条約を穢した!」

リウィウスが激昂しつつ、怒鳴り大声で国堂でサツキらを責める。

「停戦協定は崩れた。戦争になります。いまに雪夢沙良が攻めてきて───!」


そのリウィウスの声を、いきなり席をたちあがった双葉サツキ──赤髪と赤目をした容貌の魔法少女が遮って、反撃を開始した。

「リウィウス、貴公は正義なる聖エレム軍の魔法少女にしては、雪夢沙良に通じすぎているわね?」

おおーおおーお。

野次が飛び始める。リウィウスのもとに一斉に集まる疑惑と不信の目。いきなり宮殿はリウィウスへ向けられる猜疑視線一色となった。もっともその大半は過激派のエレム騎士団からであったが。


するとリウィウスは、黙って双葉ユキを睨み、国堂を歩みだして接近し、顔と顔を近づけて、剣幕をつけながら脅すように小声で告げた。

「わたしは人を殺すより、生かす魔法少女だ」

青い瞳、真剣な眼光は、王家の従妹を怖気づくことなく睨む。金髪ツインテールが、ゆれた。

「命あることに感謝しろ」


「その点は立派な、正義の魔法少女ねえ」

対してサツキは、へらへら言って、茶化した。

すると、宮殿内の過激派陣営から、同調してもっと大きな笑いが起こった。


466 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 06:30:11.74 DKsu96QJ0 2933/3130



「雪夢沙良との交戦だけば、避けねばならぬ!」

この嘲笑の渦にのまれるなか、リウィウスは、自らの主張を貫き、エレム騎兵団たちに呼びかけつづける。

「戦えば、エレム軍は敗れますぞ!」


「これは国に対する冒涜だ!」

過激派にたつ魔法少女が、党派の列柱より前に何歩も前に踏み出て、リウィウスの発言を猛烈に批難、糺弾した。

「いまこのリウィウスは、我らエレム国が雪夢沙良に負ける、と言った!」


過激派側の魔法少女の一人、大きな鎌を持った少女が、胸をドンと張り、自信満々に言った。

「戦おう、神の国のために。魔法少女である我々に、敗北はない!」

と、過激派の魔法少女がいうと、過激派の陣営が、わーっと盛り上がり、口を揃えて声をだしはじめた。

「奇跡を起こせる魔法少女が負けるはずがない。さあ戦おう。魔法少女の力を示そう!」


血気盛んな、神の国の、軍人としての魔法少女と、その魔法少女たちと戦場を共にする人間軍団のエレム騎兵団は、戦おう、戦おうの一点張りであった。


すると、リウィウスら穏健派がまたたくまに、過激派の主張と真っ向から対立して、あーだーこーだーと議論ですらなくなった、ただの魔法少女同士の口喧嘩へと発展し、いがみ合いとなる。それを後ろから支援するエレム騎兵団の人間たちや、援護する穏健派の国防騎士隊(またの名を神殿騎士隊)。

「国を貶めたのは停戦条約を破り、王の名誉を穢したおまえたちであろう!」

「停戦していれば敵国が備えて強くなる。敵を助ける賊め。リウィウスらは国家の敵だ!」

党派の先頭にたって口論している魔法少女たち。それを列柱の後ろで擁護しあう、過激派と穏健派の兵たち。

もう、召集つかぬ、大混乱。

女の黄色い声がきーきーやかましくなる魔法少女国家の宮殿、王の座る謁見の間。


467 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 06:32:31.39 DKsu96QJ0 2934/3130





こうして過激派と穏健派が、宮殿内にていがみあいつづけること5分、王の葉月レナの元に、使者が持ってきた一枚の書簡が届いた。


葉月レナは、黙ったまま静かにそれを側近から受け取り、書簡の内容を読む。

その葉月レナの玉座のそばに控えているのは、侍従長の魔法少女、バイト・アシール。

ただ黙々と侍従席について、穏健派と過激派の対立を、もごもごアーモンドの実を食べながら傍観してるだけ。


書簡を読み終えた葉月レナは、玉座にて、すっと…。静かに右手をあげた。

”わたしが発言する”の合図だ。


それを見たリウィウスが──この金髪ツインテールに青い瞳の魔法少女が、議論というか口喧嘩沙汰の宮殿内を鎮めるべく、一声、叫んだ。

「静まれ!」

それは、鶴の一声となった。


宮殿内は静まり、いがみあう過激派と穏健派の魔法少女の両陣営とも、口喧嘩をやめた。
そして、全員が王のほうへ向いて、すべての決定権もつ国王の勅を、じっと待った。



葉月レナは、宮殿内の口論が静かになったあと、しずかに右手をおろして顔をあげると、そのグリーンの瞳で、穏健派も過激派も、どちらの魔法少女と陣営の者たちを見渡しつつ静かに告げた。

「サラド王はわれわれが停戦をやぶったのを受けて、20万の軍を我らの国へ進めている」



「最初に雪夢沙良の軍が到着するのはアモリの城です。サツキらの都城だ」

リウィウスは、きっと、双葉サツキら過激派の連中を睨みつつ王の前にでて、ひざを折って跪いて礼をとった。

「王、私らの兵で進軍を食い止めます」


すると、葉月レナは玉座を静かに立ち上がった。宮殿内じゅうの魔法少女が国王の動きを見守る。

エレム王は、跪いているリウィウスを立たせ、そして小さな声で告げた。

「おまえの兵ではない。わたしの兵で食い止める」


「敵国王の前に出向くので?」

リウィウスの青い瞳が、驚きに見開かれる。「命を落としかねません!」


「神の国を救うためだ」

エレム王を担う魔法少女は、そう答た。

そのあと宮殿内で王はエレム騎兵団たちに勅を下した。

「軍を召集せよ!」


おおおおおおおおおっ。

わあああああああああああっ。


進軍の命令に、過激派じゅうの魔法少女やエレム騎兵団が、歓声をわああああっと騒ぎ立てた。

戦争になるのだ。過激派にしてみれば、望んだ展開のはじまりである。

468 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 06:33:15.59 DKsu96QJ0 2935/3130



その騒ぎ声に紛れて、葉月レナはそっと、リウィウスに秘密裏の命令を、小声で託した。

「わたしの身に何かあれば、鹿目円奈にエレム騎兵団の指揮をとらせよ」



その命令は、リウィウスを、いかばかりか、動揺させるものだった。

魔法少女ならまだしも、人間の体にすぎない16歳のあの少女に軍の指揮権を渡すというのだから。

それも、リウィウスでさえ手を焼く、あのどうしようもない過激派軍団を、あの少女が統べられるなんてことあるはずが…。

469 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/08 06:34:04.97 DKsu96QJ0 2936/3130

今日はここまで。

次回、第81話「アモリ平野の会戦」

472 : 以下、名... - 2016/02/10 21:16:54.47 eMyyMb100 2937/3130

第81話「アモリ平野の会戦」


587


同じ朝、つまり葉月レナが王宮にて軍召集の勅をだしていた頃、アイユール地方の村では静かな夜明けを迎えていた。


目覚めると、ベッド上の羊毛の掛け布団で眠っていたことに気づいた円奈は、目をこすり、毛布をどけ、昨晩のことを思い起こした。



「昨日のことは、夢だったんだよね…」


領主はつぶやき、その日の着替えを済まし、リンネルの下着を履いて羽毛のコートに、鎖帷子を体に纏い、サーコートを着て住処の外へ出ると、朝日が砂漠の村を照らしていた。


そして、暁美ほむら、あの不思議な女性が、白馬に乗って、本国に戻る支度をすませているのを見て、送迎のために出向いた。


白馬にのったほむらは、馬から円奈に見下ろして、目があうといちど目線をちらっと気まずく逸らしたあと、また紫色の瞳で、円奈の瞳をそっと見つめて、言った。

473 : 以下、名... - 2016/02/10 21:19:01.92 eMyyMb100 2938/3130



「天の女神がいるとしたら、あなたの選んだ生き方を祝福してくると?」


「運命に委ねます」

円奈は白馬に跨る女性を地面から顔をみあげてじっと、そのピンクの瞳をして、優しく微笑み、ほむらへ答えた。

「女神様の望まれる天命に、命運を授けます」



そしてほむらがいよいよ本国に帰るため、白馬を走らせ、村を出発、それを円奈が見届けるという段階になったとき、従者の一人アルマレックが、鹿目円奈に本国で起こったことを伝えにきた。


「鹿目殿!」


名前を呼ばれ、領主は顔を部下の騎士アルマレックのほうへ向ける。



「サラドの本陣がエレムへ向かっています。雪夢沙良は20万の軍を進め、アモリ城の包囲を計画してます」

「そんな、どうして?」

アイルーユの領主は驚きに目を瞠ってしまう。あまりに急すぎる知らせだった。

敵国の王が軍を動かし、エレム国の領地の居城のひとつ、アモリ城を包囲するなんて知らせは。


「エレムとサラドはいま停戦期間だったはず…」

それが円奈の知る聖地を挟む二カ国間の情勢だった。

停戦中の和平を乱した騎士は死刑に処されるところだって、本国の裁判所でしっかりみてきたのに。

「それが、停戦条約が破られたのです」

アルマレックのしゃべり方は冷静だった。的確に事態を領主に伝える。

つまり戦争が起こった、ということを。

「エレム本国でも王がじかに軍を動かしています。両軍の衝突は今日中に起こります。我々はいかがしますか?」

474 : 以下、名... - 2016/02/10 21:21:19.73 eMyyMb100 2939/3130


神の国・エレム軍が、ここの領土を与えてくれた王葉月レナが、近年で最強の君主である雪夢沙良の軍と今日、激突する。

そんな事態に、アイユール地方の領主としてどうするか。

答えは決まっていた。


「わたしは葉月レナさまにこの土地を授かりました。エレム軍に加わります」

円奈がいうと、さっそくもう、手下の騎士たちと、魔法少女の二人、メアリとシルビアを呼び寄せ、ケラクの城にいち早く着く準備をするように、と命令をだした。

自らも新しい愛馬、ボードワン(豪胆ゆえの勝利)と名づけた軍馬に乗って、騎士として出撃する準備にあたった。

この日にはじまる戦争に、円奈も前線に立ち、参加するのだ。

475 : 以下、名... - 2016/02/10 21:23:59.62 eMyyMb100 2940/3130

588


鹿目円奈はアイユール地方の手下の従者たち、騎兵25人と、部下に新しく迎えた見習い騎士7人と、魔法少女2人、側近のアルマレックを従え、アモリ城へ進軍、合計40人弱の小部隊が、鹿目円奈に率いられて、カラク地方へ到着した。


すぐあとを、本国に戻る予定だった暁美ほむらも、ついてきたから、円奈の小部隊に加わる魔法少女は、3人となる。


「みてください、サラドの斥侯部隊です」

手下の騎兵の一人、アレッカが、アモリ地方に到着してすぐ、ひるまの砂漠のむこうの地平線に現れた、千人の大規模な騎兵の行列を指さし、円奈に伝えた。

「その背後に雪夢沙良の本軍が接近中です」


円奈は、きっと険しい目さきになって歯を軽くかみしめ、たかが40人しか連れてない円奈の部隊の前に、敵兵1000人の斥侯部隊が、容赦なく突き進んでくる光景を見る。


敵騎兵の隊列は、みな手に槍と、盾を持ち、馬をまっすぐ進めながら、アモリ平野へ迫ってくる。


敵の第一陣たちである。


円奈が馬からあたりを見回すと、籠を背中に抱え果物を運んでいる現地民が、まだアモリの乾荒原を敵兵の先発部隊から逃れて、安全を求めてアモリ城へ疲弊しながら走っている姿が、何百人もあった。


エレムの本陣、葉月レナの陣営はまだ到着しないらしい。

到着したのは、円奈の部隊、つまりこの40人の騎兵団だけだ。アイルーユ騎兵団のみ。


40人vs1000人の敵兵。加えてその背後にある20万の敵陣。

多勢に無勢、不利すぎる戦況。

476 : 以下、名... - 2016/02/10 21:25:42.42 eMyyMb100 2941/3130


「鹿目殿、戦えば命はありませんぞ」

冷静なアイルーユ騎兵団の一人、従者のグニシメンドも言って、この戦いがすでに絶望的であることを、はっきり領主に進言はした。

「逃げるなら今です」


「だめ。エレムの民を守らないと」

鹿目円奈の騎士としてとった選択の返答は、従者たちの予想通り、早かった。

「エレム王の本部隊が到着するまで、時間稼ぎをしなくては。それまでどうにかここで食い止めます」

その円奈の決断はほむらを動揺させ、怯えさせた。

「無理よ!」

馬に乗った姿のまどかに、馬で詰め寄って、いつかまどかを呼びためたときのように───戦いにでるのを引き止める。

パカパカと颯爽なる蹄の音が鳴る。

ワルプルギスの夜という、戦うに無謀な敵に、立ち向かっていってしまったあの子のときのように、ほむらは『あの子』の背中をみながら、引き止めた。

「相手は20万の軍。あんなのに勝てっこないのに…」

ほむらの目に悲痛な透明の滴すら汲み上がってくる。絶望的な面持ちになってくる。

すると、『あの子』が、引き止めても死ぬとわかっている戦いに出ていったときのように、円奈は言うのだった。

「それでも。わたしは”騎士”だから」

その、死ぬとわかっている戦いに出向く少女の、覚悟の瞳は、あのときと、おんなじだった。

「みんなのこと、守らなくちゃいけないから」

ピンク色の目が強く意思を固めている。ゆるぎない使命感を瞳に宿している。


477 : 以下、名... - 2016/02/10 21:29:21.74 eMyyMb100 2942/3130



現地民はまだ逃げるために走っている。もちろん、人の足の走りで、逃げるだけでは、とても騎兵たちの迫る速さから、逃げられはしない。

ドゴドゴゴと、千人の馬の敵部隊たちの、走りが地面を鳴らす響きが、だんだんと伝わってくる。

容赦なく近づく敵陣たち。


そんな…。

鹿目円奈が、この圧倒的に不利、戦えば命はないと分かりきっている敵に、戦いを挑む、その覚悟を決めている背中の後ろ姿をみたとき、ほむらはまたわたしは守りたい人を失ってしまう、そんな気分にさえ、陥ってしまった。




敵の力は、あまりにも強大だ。


「覚悟はいい?」


ほむらの気持ちを知らない円奈は、千人の敵兵を前に、退かず、戦う覚悟はあるか、と、戦場の仲間たちと魔法少女のメアリとシレビアの2人に、問いかけた。


2人ともの魔法少女が、こく、と頭をうごかし頷いた。


すると円奈も、きっと目つきが戦闘モードに入り、眉は細まって、険しい色へ変化する。


全員、戦闘態勢になる。玉砕に挑む決意の色に満ちる。


そして、鞘から剣を抜き、馬上で、この剣を両手にしかと握る。

戦いに臨むのだ。剣を一度抜けば、もう退くことは許されない。

そのとき円奈はそっと、首をクイとひねると来栖椎奈の剣の刃に、ゆっくりと唇をあてキスしたのだった。


ギララララン。

円奈の従者たち、40人の騎兵も、同時に、鞘から剣を抜き出し、すると、40本の剣の光が、煌いた。

まず、円奈の馬が走り出す。


それにしたがって、25人の騎兵、7人の若い見習い騎士、2人の魔法少女の馬の足が、揃って、ドゴッ、ドゴと、蹄が砂海をけりながら、駆け出す。


その同時の進行は、見事で、息が揃っていて、一列に並んだ40頭の馬が、一丸となって出撃を開始したのである。

478 : 以下、名... - 2016/02/10 21:32:41.34 eMyyMb100 2943/3130



円奈の領地アイユール地方を示す、黄色の布地に赤い十字紋章を描いた軍旗が、向かい風にふかれ、黄土の砂漠にはためいた。



だんだん、円奈たち小さな騎兵部隊の、馬たちは速度を高める。


最初はゆっくりと、一列にきれいに並んで、進みだした40頭の騎馬は、対する1000頭の騎馬を誇る敵軍の斥侯部隊にむかって、まっすぐ、徐々に、足を速め始め、ついには全速力になる。


25倍の兵力差ある歴然の大軍に、円奈たちの小部隊は挑む。


対する敵兵も、黒地に銀月を描いたサラドの紋章旗を掲げ、円奈たち40頭にすぎない部隊を壊滅させるべく、千の騎兵を進軍させつづけ、敵兵の側も騎馬が全速力となった。


互いに向かい合う馬と馬。騎と騎。


距離は縮まる。


アイユール騎兵団、40騎vsサラドの斥侯部隊、1000騎。


あまりに絶望的で、円奈たちには、勝ち目がありえなく思える、この激突。


敵兵の部隊は、円奈たちとの激突が秒読みになると、馬を走らせながら、馬上槍試合のときのように、旗をつけた槍をまっすぐに伸ばし、円奈たちを貫こうと、向けてきた。



もちろん、これはスポーツではない。

本物の戦争で、敵兵の使う突撃槍は、ほんとうに人を殺すための矛がついた槍である。

それが、1000の騎兵に持たれ、40騎にすぎない円奈たちを、包囲する。



「ひるまないで進め!」


すると、円奈は、剣をばっと手に高く持ち上げ、その光を太陽に反射させると、ドゴゴゴゴと40騎の味方と共に、進撃し、ついに───。

砂漠上の互いの騎馬たちの距離がゼロになり。

千騎の敵軍と激突した。


次の瞬間、円奈がみたのは、ものすごい速度で自分の胸元に敵兵の槍が飛んでくる光景、共に敵兵と衝突した味方が、つぎつぎ敵兵の槍に突かれ、貫かれ、串刺しにされて、馬から落ちていく光景、敵兵の持ったサーベルに首を跳ね飛ばされていく味方、アレッカ、グニシメンド、懸命に対抗をつづける魔法少女の2人、そして自らの馬が、敵兵の槍によって刺され、わが身は頭からどすんと砂漠に落とされ、後頭部へくる衝撃、落ちた自分を殺そうと、斧を振り落としてくる、男の敵兵の光る刃だった。


あらゆる残酷な光景が、またたくまに視界に駆け巡り、円奈は、戦闘に入った。


479 : 以下、名... - 2016/02/10 21:34:48.33 eMyyMb100 2944/3130

589


激突のとき、千本以上もの槍が騎兵たちの間で行き交い、衝突して砕けたり人の胸に刺さったりした。



千を超える規模で馬同士がぶつかり合ったとき、騎士の馬たちは正面激突したり、ひっくり返ったりして、黄土の砂塵が戦場に捲き起こって、何も見えなくなった。


ある騎兵は盾で槍の一撃を防いだが、その後すぐに後列から走ってきた別の敵騎兵と激突して、何メートルも前方へ体が飛んだ。そして砂漠へ体を打ちつけたあとは、次から次へやってくる敵兵の馬たちに踏みつぶされた。


円奈が馬から落ちてころげたとき、後から猛然とやってくる別の敵騎兵たちの馬に踏みつけられるより前に片手をついて立ち上がることができた。

しかし立ち上がれば周りにいるのは千人の敵だった。


ドドドドドと雷鳴のように千頭もの馬の蹄が地面をならし、その真っ只中に円奈が立たされたとき、その場所を包む衝撃に、今まで想像だにしなかったような戦場の恐ろしさに、身を打ちひしがれた。


一人の敵騎兵が円奈めがけて、刃のついた槍を、まっすぐ伸ばして突いてきた。

馬の突進に任せたその槍の攻撃は、恐るべき速さで円奈に迫り、あたれば体を貫通するにちがいなかった。


「ううっ!」

だから円奈は、戦場を走って逃げた。前のめりになって。そのすぐ横のあの敵兵の槍が掠めた。

当たれば死ぬ槍からわずかに避けられたとき、身にぞわっと感覚が一瞬、迸ったのち、いきなり体が熱くなった。


熱くなってからは、もう恐怖心よりも戦闘欲がまさった。


倒さなければ!敵を。さもなければ、殺されて死ぬのだ。


思えばそれは、魔法少女だって、同じだ。



480 : 以下、名... - 2016/02/10 21:36:17.60 eMyyMb100 2945/3130


自分を殺そうとする敵兵がいれば夢中になって戦った。馬が数百頭ほどまだまだ突進してくる中、戦場に突っ立った円奈は、馬からころげて立ち上がったばかりの敵兵を剣で切りかかり、首筋を斬って一人目を殺した。

剣が届きそうな距離のところにいる敵兵になりふりかまわず剣をふりきった。それは敵兵の盾にあたった。

次の瞬間、別の敵兵と目が合い、互いに殺気だって剣を伸ばしあった。

円奈の剣と敵兵のサーベルがこのとき、カキィン!と音たてて刃同士が十字に衝突しあい、戦場の空に輝く日が二本の剣を照らし、円奈の顔面前で輝いた。


しかしそのあと、猛烈な勢いで力任せに敵のサーベルで押され、少女の身で戦いはじめた円奈は力負けして簡単に砂漠に足をとられころんでしまった。

背中から尻餅ついて転倒する。

剣だけ片手に持って。

「あっ!」

殺し合いとは力だ。と過酷さを思い知りながら、円奈は転倒したとき、敵兵のサーベルがふり落ちてくるのを見た。

「うっ!」

しかし、殺されるわけにはいかない円奈は、仰向けながらも懸命に剣を前に出し、身を守った。


直後、円奈の剣に敵兵のサーベルが当たり、顔面の直前で二本の剣とサーベルが衝突した。あと数センチも下だったら円奈の顔に当たっていた。

目の前まで迫った敵の刃。もっとも死を間近にした瞬間だった。

敵兵はもう一度、円奈を殺すべく、サーベルをふりあげ、切りかかってきた。

円奈はまだ立てなかったが、這って近くに倒れていた兵の盾を手に拾うと、それを敵兵に向けた。


それが、敵兵の二撃目のサーベルから守った。ガン!と音がして、円奈の持つ盾にサーベルが叩かれ、円奈の指にまで衝撃が伝わって、指がしびれた。

敵兵がまたサーベルを持ち上げて、三撃目、円奈にサーベルを叩き込んでくるが、円奈は形勢を逆転すべく、盾で身を守りつつ立ち上がる。

起き上がりつつある円奈をまた敵兵のサーベルが襲いかかるが、盾で守った。顔面近くで衝撃音がする。

姿勢を守り、ようやく立ち上がった円奈は、さらにまた敵兵ともう一度、剣を交わらせた。まだ相手が優勢だ。


互いの凶器と凶器がこうして何度もぶつかりあったとき、敵が攻撃ばかり考え、守りが空いていることにきづく。


サーベルをふりきったあとの敵兵のわき腹を円奈は突く。

躊躇なんてあるわけもなく、夢中で敵兵を刺した。右手に力込めて、あらん限りに腹に刃を突き入れた。

どうか刃が入らぬなんてことがないように。

すると敵兵は喘ぎ、倒れた。

481 : 以下、名... - 2016/02/10 21:40:20.83 eMyyMb100 2946/3130



剣をわき腹から抜く。血が流れた。


きづけば仲間のアイルーユ騎兵たちも地で敵兵たちに囲まれながら戦っていた。盾をふりまわし、敵の顔をなぐったり、背後の敵に対しては脚をだして蹴ったりしていた。

円奈は近くにいた敵兵に背後から迫り、剣で頭を叩き、三人目を倒した。頭から血が勢いよく出た。

わき腹を切ったときと違い頭を切ると血が噴出のように飛びでるのだった。


もう円奈は、戦場にあって無我夢中だ。剣が届く距離のところに敵兵がいれば叩き、敵兵の盾を切りつけ、それで敵兵がバランスを崩したりすれば、姿勢が傾いたところを剣を振り落として斬った。


一度に二人の敵兵を相手にすることもあった。

片方の敵兵には盾で守り、そのあいだもう片方の敵兵の頭を鎖帷子ごと切る。敵兵の頭は切れなかったが打撃をあたえ、相手はくらっとして後ずさり、よろめき、格好の隙になる。ここを円奈が顔めがけて剣を伸ばし、すると刃が敵兵の鼻に刺さった。顔面から血を出して敵兵は砂漠の地に倒れ、死んだ。


だがどこまで戦っても、多勢に無勢、円奈たちは千人の敵兵に包囲されている。

こんどは三人の敵兵を同時に相手することになり、いくらなんでも無謀となった。

もちろん円奈は戦った。三人の敵兵のうち、一番右に立っていた兵むけて大いに剣をふりきる。だがのこり二人の兵に後ろをとられた。

まず後ろをとった一人目の敵兵の槌が円奈の肩に命中し、ガクンと円奈の姿勢が崩れ、膝から地につく。そのあと背後の敵兵がメイスのような武器で円奈の背中を打ち、うっと呻いて天をみあげた円奈の後頭部を、さらに三人目の兵が槌で思い切り打った。


円奈は戦場のど真ん中に気を失って突っ伏した。いや、気を失ったならまだいい。命すら絶ったかもしれなかった。


482 : 以下、名... - 2016/02/10 21:44:11.69 eMyyMb100 2947/3130


暁美ほむらはこのとき、戦場にあって、魔法少女の力を解放したが、敵兵たちに応戦しても、防戦するばかりで円奈をずっと探していた。

だが、千人の敵軍に囲まれ、状況は絶望的で、一度見失った円奈を見つけること適わなかった。

そのうち、10人くらいの敵軍の魔法少女に囲まれ、「お前たちの兵を指揮した鹿目円奈は我々の手の落ち、いま我らが"主"の前に差し出される」とだけ告げられた。

だからほむらも、一緒になって敵国の"主"の前に差し出されることを降伏して願い出た。



鹿目円奈は気絶させられ、サラドの兵士二人がかりで肩を掴まれ、運び出されていた。

サラドの"主"の前に。


円奈だけでない。一緒に戦ったアイルーユ騎兵団の部下も同じ捕虜となって、サラドの本陣に連行されていた。
武器は取り上げられ、砂の地に正座で並ばされていた。


敵兵が運ぶ円奈の肩を放すと、気絶した円奈の身体はドサっと砂の地面に落ちて突っ伏した。

「ん…」

顔の頬が地面の砂に擦りついて、その痛みでようやく円奈が目を覚ました。

しかし、目を覚ましたときには、"主"がすでに剣を鞘から抜いていた。

ギラン。"主"の剣先が光る。


円奈と共に戦った、アイユール騎兵の部下たちは絶望の想いで成り行きを見つめた。
鹿目円奈は、きっと殺されてしまう。


彼女は意識が戻らず砂の地面に突っ伏したままで、いま剣先を頭にむけられていることにも気づいていない。


"主"は、足元に突っ伏す少女のピンク髪の頭に刃の剣先を運び────。


次の、瞬間。

ザクッ。



突き刺さる音がした。


483 : 以下、名... - 2016/02/10 21:46:30.60 eMyyMb100 2948/3130


思わずアイユール騎兵団たちは目を覆った───メアリもシレビアも───誰もが、円奈が殺されたと思った。



鹿目円奈はうっすらと、突っ伏したまま静かに目を開けた。目の前に、砂の地面に深く刺さった剣があった。

ぼんやりと意識を取り戻した円奈が、すっと顔をあげると、オレンジ髪と、オレンジの瞳をした魔法少女がそこに立っていて、彼女を見下ろしていた。

「鹿目さん、”あなたの人徳は、まだ見ぬ敵の耳にも届こうもの”」

「…、アガワルさん」

円奈は、意外そうに再会相手を見つめ、驚いた様子で喋った。「やっぱり魔法少女だったんだね…」

「まあ、ね。きづいた?」

オレンジ髪の少女は語った───あの時と違い、いまは武装した格好になっていた。鎖帷子を着込み、防具を腕につけて、銀色のマントを羽織っていた。


彼女の特徴的なオレンジ髪が、戦いの終わった砂漠に吹き付ける風にゆれた。夕暮れだった。


「本名はレグー・アーディル・アガワル…軍師をあたっているわ」

得意気な顔、というよりも、円奈との再開を喜ぶような顔。

「あなたたちの国でもこう言うでしょ?───”まいた種は刈る”」

オレンジの魔法少女が得意げに語った。「あなたに命を助けられた借りを、ここで返させてね」

円奈はふっと、弱々しく苦笑いした。「…あのときは、通訳の子かと…」

あのとき、とは円奈がこの東大陸の国に来たばかりの頃、馬の所有をめぐってサラドの一人の騎士と決闘したときのこと。

互いに言葉が通じなかったが、アガワルが通訳してくれていたのだ。

ただの通訳する女の子にしか思えなかったが、実はサラド国の軍師を担う魔法少女だった。


円奈が、馬を賭けて決闘せざるをえなかったあの事情が、敵国の王に詳しく伝わっている話を思い出して、そうか…アガワルさんが伝えてくれたんだ、と合点がいった。


「でも、その気になれば私なんて返り討ちにできたはず…」

決闘後、アガワルを半ば脅しで聖地に案内させたが、彼女が魔法少女だったならもっとずっと力は強く、円奈に反撃にでるくらい簡単だったはずなのに。

その疑問にアガワルが答えた。

「あのときは停戦期間だったでしょ。あなたがたエレム人とちがって、私たちはそういう条約は守る。義を守るのであれば、きたるべきもっと大きな戦争で、神が味方してくれる。私たちサラド人はそう考える」


円奈を捕らえたサラド軍の騎士たちは、誰も動こうとないで、みなアガワルの言動をただ見守っている。

その様子から判断しても、アガワルがサラド軍において高い地位にあることは間違いなかった。


なんせアイルーユ騎士団を指揮した鹿目円奈をみすみす逃すつもりでいるのに対して、誰一人文句ひとつこぼさないのだから。

484 : 以下、名... - 2016/02/10 21:48:48.67 eMyyMb100 2949/3130

「双葉サツキの居城、アイル城に避難しなさい。でなければ死ぬわよ」

アガワルは円奈の肩をそっと持ち上げてやると、告げた。円奈は彼女に支えられてゆっくり立ち上がった。
身体じゃう、砂と傷だらけであった。

円奈のピンク色の瞳が、自分より背の高いオレンジ色の目をした魔法少女を見つめた。
アガワルは、優しく、しかし寂しそうに微笑みかけた。


アガワルは、一瞬だけ後ろを向いて円奈に示したのだった。「わたしたちの軍がようやく到着した」


「軍…?」

円奈が、意識が目覚めたばかりの回らない頭でアガワルの背後の向こうにある地平線の先を見渡した。


そして、やっと悟った。



恐ろしいことに────サラド国の全軍が、円奈の前に現れていた。

20万といわれたサラドの軍隊───大地を埋め尽くし、海の波のように押し寄せるサラド全軍。


いまや地平線の向こうの端から端まで、”月の旗印”を掲げる軍団に大地が埋め尽くされていた。


本軍の最前線を歩み、進んでくる、見渡す限りの数の魔法少女たち。千人を越える数だった。
みな馬に跨ったり、変身姿で進み出て、全軍の先頭に立っている。


魔法の衣装姿に変身した、千人の魔法少女が砂漠のむこうからやってくるのは圧巻だった。それぞれ魔法の武器を手にして進んでくる眺めは、とかく恐ろしくもあった。



プオーンと、重たい角笛が鳴らされ、大地に轟く。


円奈は大軍の行進が揺らす大地の震えを足に感じ取った。ドコドコドコと進み寄ってくる敵軍の騎馬と兵士たちの大行進が、大地を震わせているのだった。



地平線の向こうより現れた、”月の王国の軍団”。押し寄せる海のような、月の旗印の大軍。20万の軍。


それだけの馬と、騎兵と、武器持った兵士、魔法少女が、ごぞってまとめて敵としてやってくる恐怖は、想像を絶していた。

その圧倒的な数のサラド全軍を目の当たりにして、円奈は本当にエレム国の命運なんて尽きてしまうのではないかと思った。

485 : 以下、名... - 2016/02/10 21:55:40.84 eMyyMb100 2950/3130



円奈は恐怖の顔で敵軍の全容を見つめていた────だから、自分の背後にやってきていた”別の軍団”に気付かなかった。
現れた敵軍と対面するもう片方の地平線のむこうからきた、その別の軍団に。


円奈より先に”それ”に気付いたのは、アガワルだった────彼女の得意げな顔が、みるみる険しくなった。


その目に、驚きの色がでている。


「?」円奈が彼女の様子の変化に気付いて、訝る。


「わが王に、エレム王国軍がきたと伝えなさい!」

と、アガワルが切羽詰った声で部下に指示した。部下の魔法少女は慌ててサラド本陣の軍に馬を馳せていった。


──なに?

剣を砂の地に突き立て、それを支えとしてなんとか立っている傷だらけの顔をした円奈が、ゆっくりと後ろを振り返った──

そして、驚愕の光景を目の当たりにした。



目にしたもの──反対側の砂漠の地平線をも埋め尽くしたエレム国の”大軍団”だった。

最初は気付かなかったが──大地に伝わる足音の大きな揺れはサラド軍だけのものでなかったのだ。



エレムの大軍は、熱を帯びた蜃気楼たつ地平線のむこうから、ゆらゆらとその全貌を次第に現してきた。

この蜃気楼の影響で、遠いうちはよく見えなかった王国軍が、やがて蜃気楼を超えて、姿をみせる。


王国の軍の旗印は六芒星。

六芒星を描いた魔方陣の旗印が、エレム軍によって何千と掲げられている。


神の国から軍を起こして集結。

揃いも揃った聖なる国の魔法少女たちが六芒星の旗印を掲げて、全軍の前線にあって足を進めている。



そして、並び立つ数千もの軍旗の先頭にたち、軍を進めるのは、神の国の王・葉月レナ。

砂漠に列なす16万の国王軍と、千人以上にもなる魔法少女の、一番先頭で馬を進めている。




エレム軍は行進を続けた。先頭の列を進む千人を越えるエレム国出身の魔法少女と、それに続く召集に応じて集まった他国からきた新参の魔法少女がもう数百人以上。その後ろに、諸侯に従う16万のエレム騎兵と兵士たちがサラド軍に向けて進軍した。


向かってサラド軍もエレム軍との距離を縮めた。月の旗印を掲げ、武装した歩兵や、魔法少女たちが、ぞろぞろと足を揃えて進み出てくる。



二つの巨大な勢力の全軍が互いに睨み合う、壮観。

巴マミ一人がいてもきっと恐ろしい戦力であろうに、今やここの会戦の平野には千人も魔法少女がいた。


エレム国軍は行進を続けた。しかし先頭を進んでいた国王レナが止まると、併せてその全軍が動きをとめた。

千を越える魔法少女もそこで足をとめる。続いて16万人の騎兵・兵隊が足をとめる。全軍待機の状態だ。

486 : 以下、名... - 2016/02/10 21:57:02.47 eMyyMb100 2951/3130


全軍停止させると、王の葉月レナだけが、一人で馬をすすめ敵軍側へ進み出た。



するとサラド側の軍営からも、一人の少女が軍から抜けて進み出てきた。

白い少女だった。彼女が進み出ると、何人かの側近の部隊が彼女を追いかけた。

だが白い少女は馬の向きを翻させて「よい」と声をだし、側近を引き止めさせた。すると側近達は軍に戻った。

レナと同じように、白い少女は一人だけで軍から進み出る。サラド本陣の魔法少女たち千人がそれを見守る。





円奈は自分のやり場に困りはてた。

驚いたことに、彼女はサラド軍とエレム軍、両国の軍がにらみ会うそのど真ん中にぽつんと放置されていた。

アガワルは配下に事態を伝えて、エレム全軍の登場に、緊張した様子をみせていた。


そのとき、円奈はふと────、一人の白い少女を見た───サラド軍の先頭から進み出てきた、馬に乗る一人の少女。

その存在に目がとまったのは、その少女が信じられないくらい───美しかったから。


雪のように白い髪。薄ピンクの瞳。花のように気高い振る舞い。まるで妖精が地上に降り立ったかのような景色が、その少女一人だけによって醸し出されているかのよう。


少女の白い髪は長くて、馬を走らせるたびふわりふわりと、まっすぐな髪が風にゆれて流れるように靡いた。


美しい風貌を見せながらやってきた白い少女は、しかし、無表情でぶっきらぼうな顔つきをしていた。
しかしその姿形は、少女の花の如き愛らしさを欠くことなく───むしろ、怖いほど美しく際立って見えもした。



顔が砂だらけになった円奈は、そのとき、自分が誰を目撃したのかついに理解したのだった。


「雪夢沙良さん…だ」


その評判どおり、雪のように愛らしく、沙良の花のように気高い、サラド軍の王だった。


いまだに本人を目撃できたことが信じられない気持ちだった。



「すごい…」

自分の立場も忘れて円奈は、感激に白い魔法少女をじーんと熱い気持ちで眺めていた。

バリトンの村にたい頃から知っていたその英雄的な(世界で最も強い)魔法少女を、この目で見る日が本当にやってくるなんて。


知らないうちに女の子ずわりで砂の地面に座り込んでいた。


487 : 以下、名... - 2016/02/10 21:58:23.69 eMyyMb100 2952/3130


しかしそんな感激の時は、長続きしないのであった。

そんな場合ではなかったから。


「円奈!」

捕虜から開放された暁美ほむらが(捕虜にしてい彼女らをたアガワルが、捕虜全員を開放した)、円奈を抱き寄せ、言葉を投げかけた。

「戻らないと!」

「え…」

円奈が緊張切れた声を出して、きょとんとした目がほむらを見た。「戻る?」

「ここにいてはならない」

確かにその通りだった。サラド軍とエレム軍が互いに軍旗を翳して睨みあう真ん中。

「うん…」


ほむらに促され、円奈はアガワルから譲られた馬に跨った。馬の手綱はほむらが握り、馬を走らせた。

「はっ!」

ほむらの掛け声で馬が蹄を蹴って駆け出す。その後ろに円奈が乗って、ほむらの腰に腕を回した。
それでも円奈は、ちらっちらっと後を振り返って白い魔法少女の姿を目におさめようとした。


ほむらを乗せた馬はエレム軍の前線に戻り、魔法少女らが整列する前線に加わった。六芒星の旗をもった軍団に彼女たちは紛れ込んだ。


雪夢沙良と葉月レナの二人は、馬を歩かせ互いに詰め寄った。



敵対する二国の王。


ついに二人は───サラド王とエレムの王は───互いの顔と顔が見て判別できる位置まで来た。

そこまでくると、二人は馬を引きとめ、馬同士が向かい合う形になった。



二人はパっと片腕をあげ、互いに挨拶をした。


そう───この二人は、今初めて対面したような二人ではない。

何十年も通じて戦い続けてきた二国の王だった。


ある意味、互いが互いを知り尽くしていた。


488 : 以下、名... - 2016/02/10 21:59:48.66 eMyyMb100 2953/3130



先に話を持ち出したのは、サラド王の雪無沙良のほうだった。白い髪と、薄ピンクの目をした魔法少女が、口を開く。

「その軍を引き上げ、この一件は私に任せていただきたい」

と、無表情な白い魔法少女が、目だけ細くして話を持ちだす。その声は妖やかで、甘いけれども鉄のように鋭い、不思議な音色だった。

「停戦条約を破った者はこちらでわかっている」


「そのまま貴公は本国に戻られよ」

すると、葉月レナが答えた。
瞳がグリーンに煌いた彼女は、王らしい覇気を放つ。王という立場にあって、世界の因果を束ねる魔法少女のもつ迫力のようなものである。

「双葉ユキは余が罰す。円環の女神に誓う」

じっと、エレム王はその緑色の目で白い魔法少女を見据える。

「戦いはさせぬ」



二人の間には、沈黙が走る。


思えば二人のやり取り次第でこのまま全面戦争にも───なんにでもなるという事の重大さを、円奈は知った。


向かい合っている千人と千人の魔法少女たちは、自軍の旗を掲げたままで、動こうとはしない。

敵国同士、にらみ合っているだけ。

数万の兵士たちに持たれた無数の旗が、全軍のもとで風にふかれていた。


「同意を──」

葉月レナが、再び雪夢沙良に持ちかけた。「してくれるか?」

沙良はむすっとした顔で───本人に別の悪気などあるわけでもなくもともとそういう表情なのだ──しばらく渋るように葉月レナを薄ピンクの瞳で見つめていたが、やがて、答えた。

「同意しよう」



489 : 以下、名... - 2016/02/10 22:01:00.29 eMyyMb100 2954/3130


葉月レナは相手国への敬意を込めて、相手国の言葉で礼を述べた。

それから頭を下げると親指で額に触れ、鼻に触れると、相手国での挨拶仕草をし、雪夢沙良を見つめた。

胸元の緑色に光る宝石は───濁っていた。


沙良がじぃっと敵国の王の瞳を見つめ、そして目を細めて告げた。

「私のグリーフシードを使うか」

葉月レナは断った。

沙良は唇に手を寄せ、そのあとで額にその手で触れると、目を瞑って、レナに礼をとった。


沙良は馬の向きを翻し、”月の軍団”へと戻った。つまり自らの従える軍のもとに。


葉月レナも六芒星の旗かかげるエレムの自軍へと戻り、そして両軍は互いが来た方向へ引き上げていく。


きわどいところまでいったが、全面戦争という事態は、避けられた。

490 : 以下、名... - 2016/02/10 22:02:22.91 eMyyMb100 2955/3130

今回はここまで。

次回、第82話「良心を欠いた王国は、もう聖地ではない」

494 : 以下、名... - 2016/02/29 00:01:00.54 e+KuwuYl0 2956/3130


"madoka's kingdom of heaven"

ChapterⅦ:  It is a kingdom of conscience. Or nothing


【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り

Ⅸ章: 良心を欠いた王国は、もう聖地ではない

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第82話「良心を欠いた王国は、もう聖地ではない」


軍を退却させたあとのサラド国の陣営では、王である雪夢沙良が、国境付近の軍営地に、臨時に設けられた幕舎の下で、茶翡翠(王と同じで漢字系を名前に使う民族)と呼ばれる部下に、詰め寄られていた。

「なぜ軍を退くので?」

雪夢沙良の幕舎には、側近のレグー・アーディル・アガワルとスウという2人が、そこに立っていた。

アガワルは、オレンジ髪にオレンジの瞳をした魔法少女で、雪夢沙良の側近部下。武将でもある。先ほど勃発したアモリ平野の合戦で、捕虜にした鹿目円奈を釈放した。

いっぽう、スウという魔法少女は、背が小さく、身長が146センチくらいしかない、とびっきり低身長な魔法少女だが、非常に魔力が強かった。

変身姿は巫女服で、小袖と呼ばれる白衣に赤袴を、羽織っていて、竹弓というロングボウよりもさらに大きな弓を持ち歩く魔法少女だった。

その髪は明るい茶色で、目は、ブルーである。茶髪の長さはミドルくらい。


いっぽう、茶翡翠という、雪夢沙良の部下の一人は、これまた魔法少女であった。サラド国内の全軍、4000人になる魔法少女のうち、武将の一人であったが、エレム国と同じくサラド国内にも過激派の連中がいて、茶翡翠こそは、この過激派の筆頭だった。

「なぜ?」

この過激派の筆頭たる武将の魔法少女が、不満げに雪夢沙良というサラドの国王に詰問するのは、宿敵エレムを前にして軍を引き上げた理由。

495 : 以下、名... - 2016/02/29 00:08:30.78 e+KuwuYl0 2957/3130



こっちは20万の兵力があり、4000人も魔法少女を動員することができる。軍事大国に間違いない。

鹿目神無に何度も敗北したあの頃と違い、国の政治も整って軍制もよく敷かれている。

いっぽう、1500人の軍役魔法少女と16万の兵力にすぎないエレム国は、いま軍部内で過激派が暴れて統率が乱れ、葉月レナもそれに手を焼いている。

まさにエレム王国を滅ぼすなら、今日それをしてしまえばよかったではないか。

それが、茶翡翠の主張だった。


茶翡翠は紫がかった瞳の色をしていて、髪は暗めの茶といったところか。

変身姿になると、紫の袴を着て、花柄を描いた和風の衣を上着に着込む。武器は、薙刀である。


「たしかに全面戦争すれば勝てただろう」

と、雪夢沙良、この白い髪と薄ピンクの瞳をした、王である魔法少女が、答えた。

アゴス・メリエル・リエムという過去に三国あったのをすべて統一した君主である。

「だが戦争は勝てばよいというものではない。私は20万の軍を引率、動員できるが、それは、20万の命を預かるということなのだ」

茶翡翠は、まだ不満げな顔をして、頬を膨らませている。反抗的な目をしている。

納得できていない顔だ。

「開戦するには条件がある。水、補給線、兵站と宿営地、兵の健康の確保だ」

沙良は、王の幕舎に用意された座に腰を据えつつ、絨毯の上に土足で突っ立つ茶翡翠を、険しく見上げて諭す。

「いままで円環の神はエレムとサラド、どちらの国に勝利を与えてきた?魔法少女の神である円環の女神は、どちらの味方をしてきた?」

「…女神がわたしどもを勝利に導きくださったことは、ほとんどない」

茶翡翠はくやしそうに目を落とすと、口を動かしてしずしず答えた。サラドとエレムの歴史を振り返る。サラド国は悲しい哉、敗北続きである。

「円環の神さまがわたしどもに味方してくれなかったのは、わたしどもが、
魔法少女の使命を十分に果たしていないからです」

彼女が悔いるように、歯から苦言をこぼすと、雪夢沙良がほんの少し鼻を鳴らし、ピンク色の瞳でみあげ部下にこう告げた。

子供にアドバイスでも教えるように。

「われわれが開戦にあたって準備が不十分だったからだ」


円環の女神の力を無視する、この王の言に、茶翡翠が敵意を込めて言い放った。


「もしそう考えているのであればあなたが王でいられるのも長くないでしょう」


496 : 以下、名... - 2016/02/29 00:21:01.04 e+KuwuYl0 2958/3130


王に対するこの侮言で、アガワルとスウの二人が王の座の左右から進み出て、今にも茶翡翠を罰しそうな動きを見せたとき、そうなる前に雪夢沙良自身が座を立って、この場を収めに出た。


「もうよい。ご苦労であった」


と茶翡翠の手を握り、やわらかく、王はさりげなく"さがっておれ"と命じたのであった。



ここで茶翡翠が先ほど言った、"魔法少女の使命を十分に果たしていない"には、20世紀の頃とはだいぶ異なった意味がある。


20世紀の価値観でいえば、魔法少女の果たすべき使命といえば、ただ一つで、"魔獣を倒して町の平和を守ること"だ。



しかし、30世紀では、魔法少女の果たすべき使命、といったとき、だいぶ意味合いが違っている。

魔獣を倒すことで人々命を守る、というのはもちろんこの時代でも命題であるが、それ以上に人々が魔法少女たちに期待した役目は、その魔法を使って、もっと社会に活かしてほしい、ということだった。


具体的にいえば、気象変化によって国に旱魃が起こり、農作がダメになり飢饉が土地を襲ったとき、出番になるのがいわゆるソウルジェムを持つ魔法少女たちである。


その中でも特に天候を操れるとか、雨を呼び寄せるとか、どこかの川の氾濫を起こすなど、水に関係する魔力を持ってそうな魔法少女を募って、人の世に役立てるのであった。

同じように、農地に大量のイナゴが異常発生し、稲を食い荒らされてしまったときは、動物と心が通じそうな魔法少女を国から集えて、イナゴを食べてくれる雀を山々から連れてくる、などの奇跡を呼び寄せて、人の世に役立てるのだ。

497 : 以下、名... - 2016/02/29 00:31:28.78 e+KuwuYl0 2959/3130


さて、この一見、人と魔法少女の理想的におもえる共存関係は、実は長続きしなかった。

鹿目まどかが、居宅でインキュベーターに回想で見せられたように、魔法で人の世に役立ってきた少女たちの運命は、どれも悲惨だったからである。



首を切り落とされ、火あぶりとなり、皮を剥がれた少女たちが、たくさんいた。それが悲しい末路だった。

彼女たちの、人の世に対する献身は、報われなかったのである。


しかしこれはついに人類側に悲劇をもたらすことになる。

早い話、人間たちなどもう信用するに値しないと見限る魔法少女が多くなっていった。


「そういうことであれば、私たち魔法少女が国をつくって、人間たちを管理してしまえ」と主張する魔法少女たちの集団が世に続出した。実はエレム人もこうした祖先たちをもつ民族。


魔法が使えるということと、歩くゾンビも同然な体の不死身さを武器にして、国王政府を軽々打倒した。

その後、魔法少女が国王にとって代わった。革命を起こした魔法少女たちで新政府をつくった。

国の各郡県には、新政府から同志の魔法少女たちを総督として派遣した。

もちろん税金も納めさした。これで、事実上、魔法少女の国家が樹立する。


もし税金を納めない郡県があれば、そこの郡県では一切魔獣狩りを禁止し、住まう人々はみな魔獣に喰われ死んだ。

その国から脱出、亡命をこころみた村人たちも、みな国境で殺し尽くした。

こうして人々は魔法少女に逆らえぬことを悟り、抵抗を諦めた。



実は、サラド王国や、エレム王国のような、一見、年はかない少女たちが政府をつくっている、という不思議な国家は、こういう歴史的経緯があって、建立してきたのである。

498 : 以下、名... - 2016/02/29 00:35:51.28 e+KuwuYl0 2960/3130


しかしこうなってしまうと、もはや魔法少女たちが、魔法を使えぬ人間たちに対して、暴虐的な支配をおこなっているだけということになり、本来の"魔法少女の使命"を十分に果たせていない現状となる。


つまり、旱魃が起これば川に氾濫を起こされる…等の、望ましき貢献姿は棄てられ、魔法の力を支配力に利用している…という理想との剥離。

結局のところ、いまサラド国内でも、"魔法少女"と"人間"の関係は良好といい難く、むしろ心は離反し合ってるともいえる。けれどサラドに住む民は、この政府に逆らえば、魔獣狩りが行われなくなって村で死ぬことなるので、逆らえないのだ。


茶翡翠が、"魔法少女の使命を、私どもは十分に果たせていない"と君主に苦言を述べたのは、まさにこの実情で成り立っているサラド王国への、そして自分たちへの批判であり、こんな現状だからこそ、円環の女神である方が、サラド王国を嫌って、敵エレム国を打倒できるような勝利を、与えてはくれなかったと暗に言ったのである。


だが今のサラド王国の君主つまり雪夢沙良の考えはちがった。

サラド国が敵エレム国に勝てなかったのは、"開戦準備が不十分のまま戦争したから"の一言で済ます。

これは茶翡翠のような考え方がある魔法少女にとったは、女神の存在すら無視した、冒涜的な一言に思えたのだった。


499 : 以下、名... - 2016/02/29 00:39:41.04 e+KuwuYl0 2961/3130


ところで、サラド軍が4000人もの魔法少女を軍として動員、駆り出すことができるとは、とんでもない話に思えるかもしれない。

しかしたとえば、20世紀のフランスとかアルジェリア、あるいはドイツとかモロッコにたとえたら、国内にいるすべての魔法少女を合計したら、4000人か5000人くらい、魔法少女が存在したわけで、一つの国から、すべての魔法少女を総動員して戦争に駆り出すとしたら、このくらいの人数になる。

アメリカなど、当時のもっと超大国だったら、一万人くらいいたかもしれない。


見滝原だけで少なくとも五人の魔法少女がいて、そこにうじゃうじゃと魔女が沸いていた都市なのだから、数十人は魔法少女がもともと、市民として暮らしていただろう。一つの都市からして、数十人ほど魔法少女が、いたとすれば、日本全国で総計すれば、一万人くらいになる。あすなろ市のように、100人ちかくも魔法少女がいた都市もあったと考えれば、なおさら、全国の総計は、多くなるだろう。


とはいえ、驚くべきは、仮に一つの国内に魔法少女が総計して、全部で4000人とか、5000人いたとして、それを一人の魔法少女が、命令して軍隊として総動員してしまうことろである。


国内じゅうに散らばって暮らしていた魔法少女を、王として、一箇所に軍隊として集めてしまう権力である。

これは魔法少女が政府を樹立したサラド国だからこそできる、徴兵である。

郡県制の支配体制もそれを助けている。

各郡県に派遣された総督の魔法少女が、村に住む、戦争でも活躍しそうな強さが見込める魔法少女の村娘をしょっぴいて命令すれば、すぐに国の軍隊に加えることができる。


魔法少女に対して政府の人間がきて命令してもきかない。

魔法少女に対して政府の魔法少女がきて命令するから、徴兵できるのである。



そこに、20世紀の軍隊と、30世紀の軍隊の、違いがあった。


サラドの軍は全国からかき集められた魔法少女の数が、4000人になるが、いまそのほぼ全員が、サラド軍の宿営地に留まって、戦争に駆り出される準備段階にある。


エレム全軍と激突するためだ。


しかし少なくとも今日、その全軍激突は避けられた。

サラドの国王、雪夢沙良は、「開戦の準備が不十分だったからだ」と部下に告げる。

仮に勝てるとしても、20万の軍を引率する、とは、20万の命を授かる、ということであり、しっかり条件が揃うまでは、開戦はしないのだ、という慎重な姿勢。

500 : 以下、名... - 2016/02/29 00:40:52.07 e+KuwuYl0 2962/3130


これが、サラド国内の軍部過激派には、もどかしい。

「あなたは、”聖地を奪還する”と約束なさった!」

と、茶翡翠は、切実な想い、昔は自分たちの故郷であった神の国を、エレム人に奪われた悔しさを、主君に訴えかけていた。

「どうかその約束を、忘れませぬよう!」

その目線は熱い。ぎらぎらと光に潤い、紫がかった瞳は、聖地奪還を夢見る希望に輝く。

「だから、サラドの4000人になる魔法少女たちは、あなたに力を貸しているのです!」


すると、雪夢沙良は、白い髪を靡かせ、その雪のようにきれいな髪を空気にゆらして不思議めいた妖麗さを醸し出しつつ、誓った。

「必ずエレム人の手から聖地を取り返してみせよう」

茶翡翠はその場は納得して主君の天幕の下を去った。

水引の髪飾りを頭に結いだ花柄袴の後ろ姿をみせて。

501 : 以下、名... - 2016/02/29 00:46:54.20 e+KuwuYl0 2963/3130

591


神の国のエレム本国では、王宮の地下牢に双葉ユキが囚われ、鉄格子の奥の部屋に入れられていた。

停戦協定をやぶってサラドの貿易商人を皆殺しにしたからである。エレム王は雪夢沙良の誓った約束どおり、ユキを罰していた。


まず双葉ユキは停戦条約を破った首謀者として、エレム本国の城で、軍全体が見守る中で、王葉月レナによって鞭打たれた。

血は裁きの場を染めたが、「二度とこの停戦を乱さないと誓う」と彼女が王の前で跪いて言うまで、鞭打ちはつづいた。

しかし、それで刑罰は終わっていなかった。

もとより口で誓っただけでこの双葉ユキというヤツが過激派の活動を止めるわけないのだ。


そういうわけで、ほぼ無期懲役に近い状態で、この王族の従姉妹は牢を永遠の住処として与えられた。


姉の双葉サツキが、手元にパンを携え、神の国の地下牢につづく暗い廊下を進んでいた。石壁の空間を松明で照らしながら、ユキが閉じ込められている牢屋の前の鉄格子に、立って止まった。

そして鉄格子の間からパンを与え、妹のユキはそれを受け取って口にふくんで食べた。

「わたし、あなたに伝えたことがある。魔法少女の殺し方」

双葉ユキは口にパンを齧りながら、もぐもぐとした口で、声にだして姉に話した。

地下牢の中はひどく暗かった。ユキの閉じ込めるこの部屋は鉄格子つきの採光窓が一つあいているだけだ。

「一つ。ソウルジェムを砕くこと」

ユキは、パンをかりっと齧る。姉とは目をあわさず、自論を快調に語る。

「二つ。ソウルジェムと体を100ヤード以上切り離すこと」

魔法少女である双葉サツキにはその二つが、魔法少女にとって確かに死を意味することが、理解できる。

無言で、牢屋に閉じ込められた妹の語りを、耳に聞いている。

「三つ。その魔法少女が契約した祈りと真逆のことをしてやること」

502 : 以下、名... - 2016/02/29 00:49:03.35 e+KuwuYl0 2964/3130


たとえば、誰かの命を助けたい、という祈りで契約した魔法少女を殺したいならば、その助けられた誰かの命を、殺して奪ってしまう。契約した魔法少女は絶望によって死ぬことになる。

上条恭介の腕を直したいと美樹さやかが願った直後、わざとまた上条恭介の腕を破壊する。

美樹さやかのソウルジェムは絶望によって消えることになる。


これは、魔法少女同士で政敵争いになったとき、その相手を殺すときよく使う方法。…と双葉ユキは話す。

だからいまどきの魔法少女は、決して自分の願いごとを、他人にはもらさない。

とはいえ、普段の行動をよく観察していれば、どんな願いごとをしたものか、結局わかってしまうことも多多ある。


とくにここ神の国の例では、エレム王にあたる葉月レナの例。彼女がどんな願いごとをしていたのか、敵国との停戦協約を意気地になって守ろうとしている行動をみていれば自明の理だ。


王が願ったことと真逆のことをわざと繰り返しおこなえば、王のソウルジェムだって例に漏れず消えることになる。

魔法少女たち自身はそれを、”円環の理に導かれる”とか、”神の国へいく”といった表現をするが、人間から見れば、死と同じだ。

「葉月レナの祈り、わたし知ってるの。”平和に暮らせる聖地”が王の祈りだった。」

と、王家の従妹姉妹の末っ子は、そういう。

「王は”平和に暮らせる聖地”を祈り、敵国サラドとの平和条約は結ばれた。それがいまの二国間の情勢。その条約をやぶってしまえば…」

双葉サツキは、妹のユキ、この赤髪ツインテールの少女が、牢屋の奥で言わんとしていることを、頭でだんだんと理解する。

「王は”神の国へいく”」

と、人間である双葉ユキは、王を殺す方法と、次いでこの姉妹が神の国の王権をまんまといよいよ手にせしめて継承する陰謀計画の全貌を、明らかにしたのだった。

503 : 以下、名... - 2016/02/29 00:53:11.43 e+KuwuYl0 2965/3130


エレムとサラドの停戦条約は、それを願った王たる魔法少女の契約の実りだった。だとすれば、その停戦をやぶり、戦争へ国家を陥れるのは、平和を願った王のソウルジェムを黒くさせることになる。


「そしたら、次に王になるのはあなたでしょ?まだあの王子は王になれる年齢じゃないんだから」

「わたしが王になったら…」

双葉サツキは目を細め、自らが王になったその先の将来を、思い描き、獄中の妹に語るのだった。

「サラドとの戦争になる!」

今日も戦争ギリギリのところまで持ち込めたのに、あと一歩のところでエレム王が到着、雪夢沙良との和平交渉をかろうじで回復させてしまった。


だが王が”神の国”へ導かれ、女神のもとへ旅立ったならば、この地上の女神の国は双葉サツキが王となる。

そしたら戦争はもう、誰にもとめられない。



「別に血なまぐさいことが好きなんじゃない」

と、双葉ユキは獄中にて、石壁の牢屋の窓から漏れる月の光を眺め、顔を見上げて、そこに希望をみるように、言うのだった。


「敵を打ち滅ぼすこと。それ以外に、平和を本当に実現する道なんてないってこと。戦争のない、平和な国の実現って、本当はそれくらい険しい道のりの先にあるのだから」

504 : 以下、名... - 2016/02/29 01:03:55.39 e+KuwuYl0 2966/3130

592


鹿目円奈は半年ぶりに、神の国の宮殿へもどっていた。

全面戦争も寸前になった、国家の危機に際して、葉月レナより宮殿に呼び出されたのである。


「わたしはもう長くないようだ」


と、神の国の王は宮殿の王の寝室のベッドのもと、ゆっくりと鹿目円奈に語った。

王室の内は、かがり火と、蝋燭の火、麝香ランプの火などがやわらかく照らし、円奈と王とリウィウス、ほむらなどの集まった者たちの姿を、暗く赤く照らし出していた。


彫琢を施した門と、装飾の多い部屋。大理石を敷き詰め、金箔をはった列柱。ここが王の私室であった。


「鹿目円奈。そなたに任命したい」


葉月レナは、サラドの敵軍がアモリの城を包囲したとき、命を賭けて円奈が現地民を救うために戦った勇戦を知っていた。

その騎士としての気質を買って、象徴の家系であり、本来は国家の実権を持たなかった鹿目円奈に、王である葉月レナは、おどろくべき詔を、円奈に託していった。


「私の亡き後は、エレム全軍の指揮をそなたに託したい。私に代わり神の国の民を、エレムの民を護る人となってほしい。わたしに継ぐ、神の国の王として、だ」


象徴の家系は、ついにエレム国内にて、神の国の王となる。

鹿目の血筋は、円奈の世代にて、ついに王権を手に取り戻す。エレム王家から、禅譲される。

大政奉還のように。

それは革命であり、エレム王家の権力はすべて、鹿目家の末裔、円奈に、すっかり渡ることになる。


まだ年齢にして16歳の少女にすぎない最後の末裔に。



王家から象徴の家系へ、権力が移る。


505 : 以下、名... - 2016/02/29 01:06:48.04 e+KuwuYl0 2967/3130


「それを、円環の女神がお許しになるならば…」

葉月レナは、言葉を一言だけこう添えた。



円奈は自信なさげに小さな声を漏らした。

「女神は私のことなど…」

それはほんとうに自信を失ってしまったような声で、顔も落ち込んだ暗い面持ちを円奈は浮かべていた。

なぜなら、アモリ平野の会戦での戦場の記憶が、まざまざ円奈の脳裏には、焼きついていたからだった。

たしかに私は、アモリ城の民を守るために戦ったが、それは結局、サラドの兵をたくさん殺したにすぎなかった。

「どうしてこんな私に…」

悲しげな目をした円奈は、呆然とつぶやく。寂しげに。まるで自分が罪びとであることを思い知ったかのように暗い声をだした。


なぜ、いきなりそんな重大な任命を任されようとしているのか、分からない円奈は、そばにたつ側近の、聖六芒星隊の隊長、金髪の少女リウィウスによって、説明をうけた。


「いま、葉月レナさまが”神の国”へと導かれ、このまま次期王が任命されないままでありますと、王の座につくのは一番血縁の近い魔法少女で戦歴もつ従妹の双葉サツキです。そうなってしまえば、エレム国は戦争に陥ってしまいます。それを防ぐため、あなたを王にしたいといっているのです」

円奈は、頭では理解したが、ひっかかることも、いくつかあった。

「わたしが王になったら───」

アイユール領の少女騎士は、黄金の蝋燭台のみに照らされたの暗がりの王の寝室でまっすぐ立ち、ピンク色の瞳で、絹の衣装を纏う神の国の王を見据える。

「あの双葉姉妹は?」

506 : 以下、名... - 2016/02/29 01:10:30.57 e+KuwuYl0 2968/3130



その質問には、リウィウスが答えた。

彼女は鎖帷子を着た武装姿のままだった。真面目そうな彼女の青い瞳が円奈をまっすぐ見つめ、言った。

「反逆の罪で死刑にします。あなたに忠誠を誓わぬエレム騎士は全て、同じく死刑にします」


円奈が目を一度、下に落とした。それからまた、王を見上げた。

苦悩している少女の挙動だった。

「私に、人を処刑せよと…王よ、あなたはそう命じるのですか」

それは、拒否の返事だった。

「鹿目さま、聖地の平和を守るためです」

リウィウスがすぐに付け加えたが、その繕いも円奈に通じなかった。


「あの姉妹は、もう罰を受けました。だから、あの人たちはもう罪人ではないのです。なのに、死刑にせよと…そういうのですか。平和のために、罪人でない人を死刑に処せよ…と。わたしには、…できません」

とピンク髪の少女騎士は落ち込んだ様子で、悲しげに答えるのだった。

彼女はそうして神の国の王となることをついに辞退した。


葉月レナは、心から惜しそうな顔をした。

「そうするとよい」

その表情は途端に疲れきって、心労に絶望してゆく。王は、未来の国を想って、心はもはや希望持ちえなくなった。


鎖帷子にサーコートを着込んだ、16歳になった少女騎士は、逃げるように、歯を噛んで、神の国の王に背をむけて、早足で宮殿の廊下へと、去った。


鹿目円奈はこうして、王・葉月レナの魂にあった最後の希望にトドメをさしてしまったのだ。

彼女自身が、正しいと思ったことを行った結果に…。

507 : 以下、名... - 2016/02/29 01:14:38.35 e+KuwuYl0 2969/3130

593


リウィウスはすぐに円奈を追いかけた。

宮殿の長廊下を歩き、円奈の背中にすぐおいつく。その肩をぎゅっとつかみ、振り向かせたあと、切実そうに、円奈に説得をつづけた。

「なぜ、辞退するのです!双葉サツキが王となれば、開戦です。聖地の多くが血に染まるのです。あなたが王となり即位すれば、たくさんの命が救えるだけでなく、平和を保てるのです。辞退する理由がどこに?」


宮殿の柱廊にて円奈が立ち止まる。

きゅ、と音たててふりむく円奈の足の音が、大理石の床に響いた。

リウィウスの懸命な説得はつづいたが、円奈の返事は早かった。すぐ口を開いて語りだし、リウィウスに答えた。

「より大きな善のために、少数の犠牲には目を瞑る。わたしは、それが正義とはどうしても思えないのです。きっとこの国の女神だって同じことを考えます」

リウィウスが苦い顔をしたように、彼女も顔を横向きにし地面を見つめると、さらに円奈は付け加えた。

「良心を欠いた王国は、もう聖地ではないのです」

語気強めて、ピンク髪の騎士は言い切った。

508 : 以下、名... - 2016/02/29 01:18:56.06 e+KuwuYl0 2970/3130


円奈は王宮の柱廊を去った。

つまり、平和のためだから、といって過激派の人たちを死刑にする、という決断を円奈は渋った。

それが果たして”正義”といえるのだろうか?と。



そう、その頃円奈は騎士としての自分の生涯に疑問を感じ始めていた。


確かに、たくさんの命を守るために戦ってきたが、そのぶんだけ、他の人の命を奪ってきただけではないのか…と。

ロビン・フッド団と共にモルス城砦に潜入して人質を救ったときも、アリエノールの領地を守ったときも、エドワード城で魔法少女たちが狩られる運命を救うために、奮闘したのも、結局、争いを生み、犠牲者を出すだけだっのでは…と。


"大切なひとを守る"とか、"救う"とか、本当はそれこそが戦いをはじめるための動機であって、結局、血が流されるだけではないか…と。


騎士としての自分に疑問を感じ、これ以上、より強い権力がこの手に渡ってくるのを、恐れたのである。


リウィウスは、鹿目円奈が王にならない意思の固さを知り、諦め、聖地の運命を悲観する。


「より大きな善のために、少数の犠牲には目を瞑る。…鹿目さま、たしかにそれは正義とはいえないものかもしれません」

王となることを辞退した円奈の背中を見送りながら、リウィウスは、去る円環の理の血筋に対して言葉を残した。

「しかし完璧な正義など、本当はどこにも存在しないものなのです。ましてどうして人間や、魔法少女が、完璧な正義の体現者になど、なれるものでしょうか?」


509 : 以下、名... - 2016/02/29 01:23:22.89 e+KuwuYl0 2971/3130

594


鹿目円奈は神の国の王となる使命を見捨て、アイルーユ地方へ戻る準備をしていた。

つまり領主としてまた自分のもつ土地に帰ろうとしていた。


宮殿内の、円奈宅の敷地内にある中庭の馬小屋から、馬を引いてそれに乗る直前だった。

黒髪の魔法少女、暁美ほむらがやってきて、このとき円奈を呼び止めた。

「神の国を出ましょう」

「でる?」

円奈は、それがどういう意味をもつのか、分かりかねた様子だった。

「わたしはアイユールに戻ります」


「エレムは時期、サラドとの戦争になる」

と、ほむらは語った。「皆、どの世界の魔法少女も、聖地を欲しがってる。エレムの国を逃げてどこか、安全な国を探しましょう…2人で、逃げてしまって。バリトンの村に戻ったっていい…」

切実なほむらの想いが込められた言葉だったが、円奈はそれを拒んだ。

「わたしは、わたしの天の王国を実現させます」

といってかぶりを振り、また馬具を整える作業に手が移る。轡を結ぶベルトの長短を調整しなおす。

慣れた手つきで。手綱の手にくる位置が、ハミから四番目の瘤があるところが、馬の操作にもっとも適した長さである。


「もうこの地は戦争になる。あなたの思い描く国は、この地には建てられない」

ほむらは、それでも円奈に懸命に呼びかけつづけた。

「双葉サツキとユキの二人があなたを殺しにくる。円奈、この国を出ましょう!この国はもう諦めて。人と魔法少女の間には、越えられない心の壁がある。1000年生きてきた魔法少女として、はっきり言うわ。あなたの夢は実現しない!」

といって、ついには円奈を背中から抱きしめてしまって、涙ながら、目まで赤くさせて、ほむらは円奈に語った。

その顔を円奈の背中に擦り付けて。

「あなたを失いたくない」

510 : 以下、名... - 2016/02/29 01:24:43.68 e+KuwuYl0 2972/3130


人間と魔法少女とは相容れるのか、相容れないのか。

もし人間が、魔法少女の体の正体のことを知ったら、ソウルジェムが本体の死んだ肉体を動かしていると知ったら──

人間たちは、魔法少女を化け物だと弾劾し迫害し駆逐する。そのことは歴史も証明している。

だから、魔法少女たちは、正体を人間から隠す。

そこにあったのは共存関係ではなく、正体が知られたら迫害されるという緊張関係があっただけ。


そんなとき、一人の少女があらわれた。

その一人の少女は、夢見た。ほむらに夢を語った。


わたしは魔法少女と人が分かち合える国を見つけにきたのです。と。


「かつて円環の理は、覆すことのできない条理を覆したとわたしは聞いています」

円奈は、ほむらの抱擁には抵抗しないまま、前だけ見つめて、思い出すように目を遠くさせて、話した。

「たしかにわたしは、人と魔法少女の間には、埋めようもない溝があるんだって、そんな事件も、悲しいことも、たくさん見てきました。でも、だからこそ、だから、」



馬具を整える手を止める。

そして目をいちど閉じたあと、黙ってしまって、そのあと、覚悟に見開いたのだった。

「わたしは人と魔法少女が通じ合える国を築きたいのです。暁美さま、わたしはアイユーユの領主として、その実現をこれからも目指します」

511 : 以下、名... - 2016/02/29 01:27:35.80 e+KuwuYl0 2973/3130


それは、エレム国から逃げない、という宣言だった。

「戦争になるかもしれないのに?」

ほむらの目には、縋るような切ない涙がたまり、溢れ出しそうだ。

「悲しみと憎しみが、繰り返される世界になるかもしれないに?」


「ここは魔法少女の聖地です。希望を叶える魔法少女たちの、希望が思い描いた国です。ここはかつて、円環の理が生まれた土地で、今は全ての魔法少女たちが、最後には魂を救われ円環の理という神の国へ導かれる。その希望を地上に描いた国。そんな国で、希望を持つことが間違いだなんて、誰もいえないはずです」


円環の理に導かれる、とは、死に際のことをいっているわけで、今をいきる魔法少女たちには、空想としてしか、思い描けないその死後の天国。


しかしソウルジェムをにごらせたあと、神の国へいけることが本当ならば、円環の理は実在する。

円環の理は実在した。かつてこの国にそれを創った少女がいた。


だから、魔法少女たちにとってここが聖地である。救済という希望の国が、天国にある神の国ならば、ここは、地上にある神の国である。


わたしたちは、たしかに戦い抜いたあとは救われ、天国に導かれるのだ、という希望を分かち合う、地上の神の国である。



「わたしはわたしの希望を持ち続けます」

円奈は言って、するとゆっくり自らの手の指先を、抱きしめてくるほむらの指先の上に、のせた。

ほむらの手を、やさしく上から重ね、包んだあとは、ゆっくり、抱擁を解かせたのだった。

「だから、あなたの気持ちには、応えられません」


ついに円奈は、ほむらの抱擁を自ら解くと馬に乗ってしまい、最後にほむらに会釈だけして、神の国を発って、アイルーユ地方へ向かってしまった。

夜の星が光る砂漠へと、馬を一匹、騎士は走らせて去ってしまったのだった。


「まど……な…」

ほむらは、手を伸ばして、赤いリボンを頭に結んだ、ピンク髪の少女を止めようとしたが、彼女はほむらのもとを離れた。

512 : 以下、名... - 2016/02/29 01:32:14.91 e+KuwuYl0 2974/3130

595


その頃、王宮の寝室では、天蓋ベットと絹のカーテンに、ふかふかの羽毛に包まれた葉月レナが、濁らせきったグリーン色のソウルジェムを見て、死を近く感じながら、横たわっていた。


するとその場にやってきてくれたのは、葉月レナの姉、エレム王子を産んだ葉月エミであった。

葉月エミはレナと同じく、夜の天衣のような艶やかな黒髪、宝石のようなグリーンの瞳、大人しい顔つきをした美しい姉だった。

見た目でみると、姉のエミはもうエレム王の母のように年上にみえる。というのも魔法少女となったレナは、16歳のまま容姿が止まっているが、姉エミはそのまま人間として成長して30歳を超えていたから。

「エミ、か」

レナは左目の瞼を開ききり、姉の姿をみるや王宮の寝室にて口を開いて、小さな声をだし謝った。

「すまない。聖地の平和を実現できなかった…」

それは絶望しつつある魔法少女が死に際に残す、告解だった。

「この国を守りきることができず…」

姉のエミは、国を守るために、この魔法少女の王国の平和を維持するために、王の務めを果たそうとしていた王が、心疲れ果て力尽きてしまう悲しみに、しずかに涙を呑んだ。

「あなたはよく現実の平和を理解していた王でした。武力を持たぬことは、平和につながらないことを、知っていた王でした。あなたはそうして、雪夢沙良との二年間の和平関係を築きました」

と、エミは王の今までの統治をねぎらう。

「武力を持たぬ国はいつか侵攻され、滅んでゆきました。それが歴史というものでした。あなたは、神の国の民が平和に国に暮らすことを望みながら、その民を守るために、武力は決して解こうとはしませんでした。ときには武力を駆使もしました。それが平和を保つための努力だということを、あなたは知っていました。あなたの統治は、民が知っています。あなたの統治を知っていた誰かが、きっと王国の平和のための努力を受け継ぐでしょう」

と姉はいってそっと、力果て導かれつつある神の国の王の額に、唇をあて、キスをやさしくした。

「そしてこの国を支配する、天の女神こそが知っているのです。天の女神はあなたに告げるでしょう。”この天の王国は決して滅びない”と…」

513 : 以下、名... - 2016/02/29 01:37:32.81 e+KuwuYl0 2975/3130


神の国の王が円環の理によって、天の神の国に導かれるとき、聖六芒星隊の隊長リウィウスも、王室にもどってきていた。

そしてしずかに葉月レナと葉月エミの、最後の別れ際を見守っていたのである。


「…思い出すときは魔法少女だったときの私を。わたしが戦時に赴いた初戦、2000の兵で10万の雪夢沙良の軍を打ち破ったときの私を。あのときの私を思い出しておくれ。魔法少女になる前、人間だった頃の私ではなく…。」


エレム王の葉月レナは、幼少時代、医療も衰退したこの当時においては最も呪われた病気、癩病(ハンセン病)に侵されていた。

そのため全身の肌に鱗状の瘡蓋ができて、足から頭まで乾癬に覆わていた。顔は鼻も潰れてぼろぼろになり、醜い様相の姿のまま16歳にまで成長した。

顔は何重にもヒビ割れが起こって崩壊していたので、乙女心に彼女は銀製の仮面をかぶり、醜い自分の顔を人に見られまいと恥じていた。

どんな身内の人前でも…決して生の顔を見せなかった。


丘疹だらけの汚い肌も、白い手袋を着けることで隠し、そこ以外で肌がみえるところはすべて包帯を巻いた。

要するに、まるで銀の仮面をつけたミイラのような姿で王宮に暮らしていた。


彼女の心に宿っていた乙女心は、決して、ハンセン病に侵された醜い自分の姿を、人に見られまいとしていた。


葉月レナの生涯はこうして人間のときは最悪だったが、魔法少女の契約することで、暁美ほむらの先天の心臓病が治ったように、葉月レナのハンセン病も治癒した。

こうして彼女ははじめて少女らしく、自らの姿を人前にだすことができた。


魔法少女になってからは、一国の王という因果の強さもあって、当代で最強の魔法少女とも謳われるほど、軍事において力を発揮した。

2000人の兵だけで、敵国の雪夢沙良の10万もの軍の包囲を突破したこともあり、その軍神さを讃えられた。


"そのころの私は輝いていた。ハンセン病に侵されていた私は、まるで暗い女だったが、魔法少女になってからは、人生に輝きを知ることができた。"


だから、あの癩病に侵されていた頃の醜い私を知っている姉のエミには、どうか人間だった頃の自分でなく、魔法少女として輝いていたころの私を思い出していてほしい。


それが葉月レナが姉との別れ際に、告げた最後の願いだった。


「円環の女神に呼ばれ、抗いがたき迎えの刻がきた」

と葉月レナは言い残し、すると目を閉じた。ゆっくりと…神の国の王は、瞼を閉め、すう…と息を引き取る。


514 : 以下、名... - 2016/02/29 01:42:01.62 e+KuwuYl0 2976/3130



直後、ピンク色の光が天より現れ、葉月レナの魂を、溜まりきった絶望ごと消化してしまい、天の神の国へ運んでいった。


魔法少女だけが入国を許された円環の神の国に、葉月レナは入っていく。


葉月エミは目を涙うかべ、姉の王が円環の理によって導かれ、神の国へ旅立った悲しみに暮れ、頬に涙をこぼしたとき。

遅れて双葉サツキが、王室へ戻ってきた。


双葉サツキがもどってきたのを知るや葉月エミは、王の寝台にて涙をふき、きりっとした顔を取り戻して、毅然と、過激派の従妹に対していい放った。

「騎士団を集めなさい。あなたが次期王となるのです」

台詞は、双葉サツキが王になることを認めているものだったが、声ははっきりと棘を、含ませているのだった。


鹿目円奈が、最後の葉月レナ王による王権の任命を辞退したので、結局双葉サツキが新しいエレム王に即位するのだった。

515 : 以下、名... - 2016/02/29 02:04:10.84 e+KuwuYl0 2977/3130

596


後に、エレム国内じゅうから、主だった廷臣たち、幕僚、騎兵、歩兵が集められて、王の告別式が荘厳に開かれていた。

その告別式は、やがて神の国の町全体へ広がった。


聖地にある光塔(ミナレット)からゴーンゴーンと、鐘が鳴らされ、王の死の知らせが民に届いたのであった。


すると不思議にも民がそれまでの日常の活動をとめて町の中央道路に集い、街々の通路を完全に埋め尽くし、行列となって、みなしずかに膝をつき、黙祷したのだった。


神の国の民は、知っていた。葉月レナという王が、どれほど民と平和のために王の務めを果たそうとしたか。

だから王の死を嘆くと共に、いままでの王への敬意を払うため、黙祷しながら女神の国のもとでの冥福を祈るのだった。



葉月エミは、葉月レナの眠る霊廊へ出向く。

王が最期、告解の秘蹟によって清められ、神の国に旅立ったあとのこと。


王の腹部を開いたあと内臓は取り出され、埋められた。

体は内側にも外側にも塩を塗り、香辛料を詰めて防腐処置し、目・口・鼻孔・耳には香油を塗った。

それから獣皮で縫い合わせ、壁掛けで王の体をくるんだのだった。


このように防腐処置された王の遺体は、交差ヴォールトの礼拝堂の霊廊に眠らされた。

姉エミは、霊廟の傍らに、ずっと従者のように立ち続けているのだった。

王の眠るこの霊廟は燭台の灯りと薔薇の花びらに囲われて、美しかった。



だが、死すると、魔法の力で覆い隠されていた彼女の癩病に侵されていた本来の姿が露わになってきた。

王の顔は死体になったあと、みるみるうちに輪郭が崩れ始めていた。16歳のころよりもよっぽどひどい、鼻と口の境界線もわからないほどぐちゃぐちゃに崩れた顔になってしまっていた。

ハンセン病の病状がさらに悪化した様相だった。もし彼女がずっと人間だったら、いつもこの顔だったのだ。


姉のエミは、葉月レナが悲しき癩病に侵された姿にもどってしまったのをハッと息のんで見守り、どうかこの醜い姿ではなく、魔法少女として美しかった頃の王の姿に戻すべく、幼少時代に被っていたあの銀製の仮面を、王の崩れた顔に再びそっとかぶせた。


こうしてエミは、王の最期の願いも、果たした。


516 : 以下、名... - 2016/02/29 02:06:12.52 e+KuwuYl0 2978/3130

597


その頃、神の国の聖都と100マイル離れた北の村、アイユール地方の砂漠周辺で、鹿目円奈が、石をもってコンコンと、砂地へ投げ込んでいた。


あぐらかいて座る円奈は、手に近くの石をひろって、ぽいっと手から石を投げる。

すると、気温55度という灼熱の真昼、石にあてられた砂地に生えた葦の枯草が、摩擦でぼわっと火が点いて、燃え上がり始めた。

「わたしもとうとう魔法を覚えたかな?」

ふ、とちょっとだけ口元で笑った円奈がつぶやくと、その後ろにたっていたもう一人の魔法少女フレイが、話しだした。

「自分がなぜ、象徴の家系に生まれているのか、もうお気づきで?」


「わたしは本当のところ、円環の理が実在するかどうかが分からない」

と、円奈は炎天下の砂漠にて、酷暑の風に赤いリボンをゆらしつつ、言った。

「魔法少女がソウルジェムの魔力を使い果たしたら消える。それを魔法少女たちが勝手にそう呼んで、まるで神様が存在したかのように話を創りあげているように思えてしまえてならない」

それは、人間として生きてきた円奈の聖地にきて以来の、かくしていた本心だった。

「円環の女神様なんて、ほんとうにこの国に存在しているというの?」


「大切なのは信じることです」

フレイが、答えた。

「私ども魔法少女は、円環の理の実在を信じています。私たちの死後には天国がある。"神の国"です」

517 : 以下、名... - 2016/02/29 02:08:02.96 e+KuwuYl0 2979/3130


「人間にはあるか分からないのに?」

円奈は疑問を口にする。「人間にとっての神の国がどこに?」暑い砂漠の地平線を見つめる。「人間にとっての神の国なんてあるかどうかもわからないのに、どうして魔法少女には神の国があるなんて、そう言い切れるというの?」

フレイは、しばし押し黙ったあと、ゆっくり語りだした。

「信じる者が救われる。それは人間だって変わらないはずです。わたしどもは、暁美ほむらの話す、再編されたこの世界と、円環の理が誕生した一人の少女の犠牲の話を信じています。それが本当かどうかなんて、それこそ円環の神にしか分からないことです。しかし、わたしどもは信じているのです。」


「そうしてこの聖地は戦争の土地になった…」

信じることによって、円環の理はここに実在する。実在する円環の理は、この国でかつて誕生した。

その土地は、魔法少女たちから、”聖地”と呼ばれ尊敬された。そして聖地は戦争となる。

「鹿目さま、その戦争はいまや目前です。」

円奈がフレイのほうへ向き直る。

フレイも、一歩前に踏み出て、円奈に近づきそして警告するように告げた。

「過去のツケが、回ってくるのです。敵は忘れていません」

過去のツケ。

エレム人がサラドの手から聖地を奪い取った虐殺事件。聖地の現地民は皆殺しになった。

その恨みを敵国は忘れてはいない。いつかエレムが向き合わなければならぬツケ。

「当然のことです」

言い残して、円奈の立つ、乾燥した砂漠のアイユール地方を去った。

518 : 以下、名... - 2016/02/29 02:10:34.06 e+KuwuYl0 2980/3130

598


神の国では、王の追悼式が終わったあと、双葉サツキが王宮の地下通路を歩き、牢獄の一部屋にいまだに留置されている妹のユキを閉じ込める鉄格子の前に立った。


壁際にある松明が、地下牢の空間をめらめらと照らしていた。

双葉ユキが牢獄に今閉じ込められているのは、停戦協約を乱した罰を、エレム王によって咎められているからである。

しかしどうもその王は逝ったらしい。ならもう彼女を牢獄に入れている理由は消えた。


「葉月レナは"神の国"へいった?」


双葉ユキは、牢屋の中でパンをはむはむ食べながら言った。


「ええ」


一言、サツキは不機嫌な目をしてじとっと妹を見つつ、答えた。


「あなたが次期国王?」

ユキの問い。


「ええ」

また、サツキは答えたが、鉄格子に入れられた妹を見る目つきは、やはり苛立っていた。


「鹿目円奈のことでしょ?」

姉が不機嫌な顔している理由を、ユキはユキなりに言い当てて見せた。

するとサツキは顔色かえず、じとっとした目をしたまま言った。

「ええ。まあ…ね」落とした目線をぎりっとユキへ向ける。赤色の目は、きれいで、ルビーの宝石が燃えようだ。


「”象徴”の末裔は神の国の王になる好機を自ら逃した」

双葉ユキは、せまい地下牢屋の中をぐるぐる周りつつ、石壁に囲われた狭い獄中で語るのだった。

「鹿目は王に返り咲かない。けれど念のため、殺してしまいなさいな」


519 : 以下、名... - 2016/02/29 02:13:00.76 e+KuwuYl0 2981/3130


サツキは妹を睨んだ。

「私たちエレム王家が支配する前から、つづいていた聖地の家系を、絶やすと?」

かつてエレム人が鹿目家を抑え、ただの象徴としての家系に貶めるまでは、国家の中心にたつ血筋だった。

何せ女神を先祖に持つ家系の一族であるから、あらゆる民が従ってきた。

サラド時代からも、その前からも。この土地が聖地になってからは。

エレム人がこの土地に圧し入り、強引に国を建てたとき、鹿目家は政権をとられただの象徴とされた。


「考えてみて。もし、あの鹿目円奈が神の国へ戻ってきて、私が王になる、なんて言い出したら。今の民衆は誰の味方になる?」

双葉サツキと鹿目円奈、どちらをエレム民は王として迎えるつもりだろうか。


アモリ平野での、命かけて現地民を守り戦い抜いた騎士としての鹿目円奈の評判は、もはや、神の国ではすこぶる良い。

王に任命されたのにあえて辞退したことすら、かえって民の評判を高めていた。

というより、あの葉月レナから直々に王位の継承を任命されたのだから、彼女こそ真の神の国の新しい王であるはずだった、という世論の声すらある。



いっぽう、双葉サツキは過激派にこそ支持はされるが、サラド国と結ばれていたせっかくの停戦協定を何度も破り、敵国の交易商を殺しまくった過激派の狂犬みたいな評価すら、エレムの市民からは下されている。



「だからって殺さなくても…」

とはいえ、殺すとはいくらなんでもやりすぎな気が双葉サツキにはしていた。

そんなことすればいよいよ新王としての私の立場は悪くなるのでは?

「追放くらいでいいんじゃ?」


鹿目神無のように。

しかし思えば神無も、暗殺未遂から辛くも逃れた。あの暗殺指令をだしたのは、わたしたちの母だった。


まるで世代を継いでつづく因縁の対立だ。

520 : 以下、名... - 2016/02/29 02:15:36.03 e+KuwuYl0 2982/3130


「わかったわ。じゃあまず、雪夢沙良に戦争ふっかけることから始めましょう」

と、双葉ユキはいうのだった。

「わたしに、雪夢沙良に倒す考えがあるの。海岸の城と城とに兵力を分散させ敵を錯乱───」


聖地は、再び戦争を選ぶ。

なぜ戦い続けるのだろうか。どうして聖なる救いの国は、そこをめぐって、人々が血を流し続けるのだろうか?

聖地は一つしかない。そこを二つ以上の国が望む。そして奪い合いになってしまう…。

共同統治すればいいはずだ。

しかし、レグー・アーディル・アガワルはいう。


「もしある日とつぜん、家族を殺され家も奪われたとしたら、その犯人と仲良く同じ家で暮らすだろうか?」


歴史は動きだせば、止まらない。エレム人が昔、強引にサラド人の手から聖地を奪い取った時点で、もう、”仲良く同じ家で暮らす”なんてことは、できない。

エレム人だって、それは分かっているから、サラド人との平和は、幻想だ、われわれは戦って生き延びるしかない、と覚悟する。

それが過激派の声であり、軍人ならば、大半がサラド人との聖地をめぐる解決は戦いによってでしかない、と国の未来を見つめる。


そんななか、聖地の平和はありえるはずだと希望を描いて、停戦条約を結んだ、雪夢沙良と葉月レナ。

しかし、この2人の君主をもってしてさえ、聖地に平和は実現できない。

魔法少女たちは、聖地をめぐって、戦いの宿命に身を投じつづける。


エレムでは穏健派に代わって過激派がこの陰謀によって政権を握る。


双葉サツキは、とうとう、妹の意見をすべて受け入れ、秘密の暗殺集団"神殿騎士団"に、アイユール地方へこの夜に行って、鹿目円奈を暗殺せよと命令をくだした。

521 : 以下、名... - 2016/02/29 02:22:17.20 e+KuwuYl0 2983/3130

599


夕方、砂漠の空が赤く染まるとき、サラドの国境にある村は、エレム過激派の騎兵団に襲撃をうけ、無差別に村人が虐殺されていた。


「神の国の王として、こうするしかなかった」


赤い返り血で頬が汚れている双葉サツキは、自分に言い聞かすように、ぼそっとつぶやく。虚ろな目をして。


「敵国との和平条約なんて、甘えだった。わたしは敵国を打ち倒し、生き残る道を選ぶ。これが神の国のためだ」



サツキが見渡す、草むらに囲われた小さな村は、サラド人の現地民が、エレム騎兵団に襲われ、騎兵団の男たち何人かの手によって地面に組み伏せられ、剣で斬首され、草むらに首が落ちる光景が、ひろがっていた。


どの騎兵団の服にも返り血がこびれついて、赤かった。夕日の光を浴びる草原の村は、血の色でも、赤かった。


現地民をほぼ虐殺しきったあと、双葉サツキは剣をにぎって、まだ生き残っている夕焼けの草原にたつ少女に目をつけた。

さーっと夕暮れの草村に風が流れると、草はさらさらと踊った。

「雪夢沙良が、あなたに復讐をします。」

と、少女は草原にたち忽然と言った。


すると双葉サツキは、血にぬれた魔法少女服の姿のままサラド国の少女の前にでて、剣を近づけ、言った。

「そうでしょうね」

剣先が少女の白い首筋を撫でていた。



やがて赤くなった。

夕日は砂漠の地平線に落ちて、影を落とした。

522 : 以下、名... - 2016/02/29 02:24:56.19 e+KuwuYl0 2984/3130

600


鹿目円奈はその夕方、アイユール地方の枯れた井戸の石壁に、身を寄せて、ナツメヤシの木を見つめながら、考えに耽っていた。


わたしの血筋と、円環の理とに関係がある。

だから、聖地にもどってきた。そして象徴の家系へとなるべきだった。

つまり聖地にいける円環の女神の末裔の娘として、魔法少女たちに祀られながら生きる使命があった。


その運命から自分は逃げた。”象徴としてでなく、騎士としてこの聖地にきた”から。


この先どのように生きたらいいんだろう。

自分が夢見た天の王国の実現は、もう、もろくもその理想は崩れそうだ。


このアイルーユ地方は、円奈が半年かけて、経済的に復興させ、緑豊かにした土地で、平和な村でもあったけれど、ここもついに、秒読みで戦争の渦中に巻き込まれる。


騎士として、領主として、民を守るために、また戦わなければならないのだろう。敵国のサラド兵の人たちと。

けれどそれは、また他人の命を奪うことを意味する。私はそうして他人の命を奪い続けるのだろうか?

それが、正義の騎士というものなのだろうか?


エレムとサラドは戦争になる。

いうまでもなく、それは殺し合いである。”守るため?” ”正義のため?” ”騎士として?”

どんな綺麗ごとを並べたって、人の命をとっている真実に、変わりがない。


わたしは、そんな人物になりたくて、”騎士として聖地にきた”なんて台詞を、王宮にて、何度も告げたのだろうか?

魔法少女たちだってそれは変わらない。

魔法少女は、戦いを宿命づけられている人たちだ。ひとたび戦争が起これば、戦場に立つ。

どんな理由つけて自分を納得させて、他人の命を奪う? ”守るため?” ”正義のため?”

523 : 以下、名... - 2016/02/29 02:27:10.10 e+KuwuYl0 2985/3130


鹿目円奈には、分からない。

結局、"誰かを守るために戦う"、とは、武器を持つ、ということで、それはつまり他人を危めることではないのか…。

わたしが、アモリ城の民を守るために、多くのサラド兵をこの剣で殺したように…。



鹿目円奈の、剣を握るこの手はもう、人を危めてきた血で汚れている。これはもう取り返しのつかない血の汚れだ。


騎士になりたいなんて、思わなければ、バリトンの村について、狩りでも続けて生活していれば……。

この汚れを、手につけることはなかった。



何が、戦って人の役にたつ、だろう。何が、正義のために戦いたい、だろう。

そんなこと結局、他人を危めることに他ならない。



「椎奈さま…わたしには、騎士として何をすべきか、もう、わからないよ…」

悲しそうに、つぶやいて、剣を抱きしめたとき。

円奈は、四頭ほどの馬の蹄の音を、耳にした。


はっと、井戸穴の縁を囲う積み石壁から、身を起こして立つと、円奈を取り囲むように、四頭の騎馬に跨った四人の少女たちが、手にフレイルやら、剣やら弓矢やらを持っていた。

どの少女も変身衣装を身に纏っていた。つまり、四人の魔法少女たちが武器を手に円奈を包囲、殺しにきていた。


四人の馬にのった魔法少女たちは、”神殿騎士団”と呼ばれるエレム国内の部隊だった。

524 : 以下、名... - 2016/02/29 02:50:28.21 e+KuwuYl0 2986/3130


円奈はすばやく、来栖椎奈の剣を抜き、ギラン、と光った刃を手にとって、戦う姿勢をとるも。


四人の魔法少女が相手では、生き残る見込みはなしに思えた。

「これが聖なる国の新しい王の命令だというの!」

円奈は叫び、剣を敵にむけ戦いを挑んだ。

一度戦闘モードに入れば、もうひるまない勇気ある少女騎士である。

「アイルーユ領の主である私を殺せと!それが新王の命令なの!」


すると馬に乗った魔法少女の一人が黒いマントをひらめかせつつ馬を降りてきて、剣を持ち、円奈と対峙した。

いつか決闘した、真剣と真剣の、居合いである。

「たぁっ!」

円奈は一声、気合の声をあげ、相手の魔法少女に斬り合いを挑んだ。

ガチン、カギン、バチン、と、円奈の持つ椎奈の剣が、相手の魔法少女の剣を叩くたび、ガキガキと刃同士がこすれる瞬間、眩い火花を赤く散らし、相手の魔法少女は、円奈の剣攻撃を受け止めながらも、後ろ後ろへ、圧されていった。

そのとき、円奈を背後から狙った、鉄の兜を頭にかぶった魔法少女3人が、魔法の弓矢を円奈むけて、放ってきた。

円奈は、背後でひゅっという弓の弦が弾く音をきき、矢が飛んでくるのを察知し、腰を曲げて屈んでよけた。

すると、三本ともの矢が、円奈の頭上をすっと通過し、どっかの砂地に落ちた。


一人の敵の魔法少女が、馬を走らせながら円奈に接近してきて、馬上からフレイルの鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら突っ込んできて、円奈の横までくると頭上へフレイルの鉄球を叩きつけてきた。

10kgある鉄球は、人の頭にあたればまず致死的な損傷を与えたが、円奈は目前の敵と剣を交えて闘いながらも、姿勢を一瞬だけ前のめりにしたので、わずかに鉄球がぶおん!と音たてて空気だけ叩いて空回りした。


525 : 以下、名... - 2016/02/29 02:53:17.73 e+KuwuYl0 2987/3130


「うぉぉぉ!」

黒いマントの魔法少女が、前のめりになった円奈を切り殺すべく、大きく剣をふるってきた。

円奈は背を低くして走り、剣をくぐるようにして相手の背後へまわって、黒いマントを手で思いっきりひっぱる。

後ろ向きにマントをひっぱられた魔法少女は、ぐらぐらとよろめいた。そこで円奈が腕をふりきって、思い切り投げ飛ばすようにマントを放すと、その魔法少女が、バランス崩しながら数歩、さらに後ろへと、ふらついて退いていった。

そこへ円奈が切りかかり、魔法少女の脳天に、剣で思い切り叩いた。脳天から首元まで剣が通り、その魔法少女は顔面がふたつに割れて、一時、気を失う。

それでも魔法少女は、別段痛くも、かゆくもない。魔力で修理すればよいのだ。だから円奈は、相手が体の修理をはじめるよりも先に、相手の腹からソウルジェムを奪い取って、足で何度も踏みつけて壊し、砕いた。



残る三人に、円奈は戦いを挑んでゆき、剣一本を手に、接近してゆく。


すると、三人の魔法少女のうち一人が、すっくと馬をおりて砂漠に着地し、フレイルと盾を手に円奈を殺しにきた。


「はぁっ!」

気合一発、円奈は真剣をふり切り、相手のフレイルを叩く。相手もフレイルをふるい、応戦してきた。

するとフレイルの鎖が円奈の剣をからめ捕った。が、円奈はそれを予期していたので、剣にフレイルの鉄球と鎖が巻きついたのをみるや、それを素早く自分側へ引っ張った。


すると相手の手元からフレイルが抜け、円奈の剣に巻きついたまま、フレイルは持ち主のもとをはなれた。

相手は武器なしとなり、丸腰になったところ、円奈は敵に剣をふりきる。

思い切ったその必死の一撃は、まず相手の盾に激突する。相手が盾で防いだものの姿勢がよろける。

すかさずもう一度、ぐるんと剣を回し切り、円奈は相手の兜に守られた顔面を思い切りたたく。


相手は砂地に突っ伏してたおれた。重たい鎧を着た身で、起き上がろうとする。

円奈はそこで突っ伏している敵の背中を強く剣でぶっ叩いたが、かろうじ敵が起き上がって盾で防がれた。


敵の黒い十字を描いた紋章の盾に、円奈の剣がガチン、とあたり、二人の体に反動の衝撃が走る。

が、そのとき円奈のほうが、強く剣をふりきったとき力みすぎて、反動の衝撃から体勢を保ちきれず膝をついてしまう。

526 : 以下、名... - 2016/02/29 02:55:49.90 e+KuwuYl0 2988/3130



すると立ち上がってきた敵がこぶしで円奈を殴った。

「うっっ!」

今度は円奈が頭を地に打ち付けて倒れる。しかも、相手に馬乗りにされた。敵に両肩つかまれて顔面をもちあげられたあと、兜を着た敵の頭突きを喰らい、円奈の額から血が流れ、一瞬意識がくらっとなり、視界がぐるぐるまわった。


だが円奈は、あきらめずに、相手の腰革ベルトから、小剣を奪いとり、相手の兜のひさし下ののぞき穴の隙間に、思いっきり歯をくいしばって突き入れた。

すると相手の目に小剣が刺され、相手が喚いて喘ぎ、円奈は馬乗りしている相手を力でどけて、立ち上がった。

視力を失った状態の魔法少女が、右に左へと手元からおちた盾を探しているあいだに、首を円奈が切り飛ばし、飛んだほうの生首にのこっている額にはまったソウルジェムを、剣で貫いた。



「うおおお!」

さらに剣をもった別に魔法少女が、円奈の腰めがけて、剣をふりだしてきた。

円奈は、身をよじって剣をまたかわし、よける。ひゅっ!円環の騎士の剣刃が円奈の鼻先スレスレを落ちる。

距離をとった円奈だったが、するとさらにもう一人の魔法少女が、剣を斜め向きに、繰り出してきた。

円奈は両手に握った剣で、正面に立つ魔法少女の剣をうけとめ、上へ弾き返した。剣が持ちあがる。


「うおお!」

円奈は敵の魔法少女の懐をくるり背後へまわって、前へ突きを伸ばした魔法少女の隙になった背中へ、来栖椎奈の剣をぶっさして、刺し殺した。

「う…ぐっ!」

腰を剣先に刺されて、股あたりから剣が突き出る。

背を仰け反って口から血を吐いた魔法少女は、円奈に背中から剣で刺し殺され、うめく。

円奈は魔法少女の体から赤くなった剣を抜いて、首筋についてた相手の魔法少女のソウルジェムを奪い、足でふんづけて割った。


エレム暗殺部隊の魔法少女はまた一人、命を落とした。

527 : 以下、名... - 2016/02/29 02:58:44.09 e+KuwuYl0 2989/3130


エレム神殿騎士の魔法少女はまた一人、命を落とした。


残る一人の魔法少女に対しても、太陽の日が砂漠に照りつけるなか、円奈はギラギラ光る刃の先を魔法少女へむけてゆき、ついに接近戦となる。


ガキィン、カギィンィィィン────

かわいたアイルーユ地方にひびく、鋼鉄と鋼鉄の刃同士のこすれる音や、ぶつかりあう音。


両手にロングソードをにぎって、円奈の刃を受け止めるエレム暗殺部隊の魔法少女。

力は拮抗し、二人の押し合う力が外へ弾けたとき、円奈よりもはやく持ち直して前へふるった魔法少女の刃が、円奈の体を切りつけた。

「あ゛っ…ぐ!」

胸に走る切り傷。血が噴き出た。けれど円奈は体が震えるほどに力を握り締めた刃で、相手の魔法少女へ切り返した。

仕返しにふられる鋼鉄の剣が、魔法少女の刃と激突、絡まった二本の刃は太陽が照らした。


ギララッ。キラ。


刃が反射する光に、目を瞼が覆う。が、円奈はすぐに目を見開きなおして、こすれあいつつすれ違った相手の刃に腕を切られる傷みを感じつつ、相手へ接近、間合いをつめてゆき、顔面へ刃を落とした。


ザグッ。

目と目の間に入った刃が、魔法少女の顔を切った。相手はよろよろと糸きれて倒れた。

そして、魔力再生によってこの魔法少女が復活する前に、ソウルジェムを奪い、手で地面に叩きおとしたあと、剣先を落として、一撃で叩き割ってしまった。


バララ…

こうして、宝石の塊は二個にも三個にも別れて砕け、あれだけ綺麗な宝石だったのに、今では破片くずと化した。


「はあ…はあ!」

ひざをつく円奈。

胸にも腕にも切り傷がある。どくどく、血が滴り、戦いが終わるとじんじん痛みが少女の肌に走ってきた。


528 : 以下、名... - 2016/02/29 02:59:38.87 e+KuwuYl0 2990/3130


魔法少女たちは死んだ。


鹿目円奈は父の仇、”神殿騎士団”を、倒したのだった。亡命した神無を庇った父アレスを殺したのもこの連中だったから。



円奈は、なぜこの四人が自分を暗殺にきたのかを考えた途端、今、エレム本国で権力を握っているのは誰かを察して、すぐに馬に乗り込むや、馬に告げた。

「急いで神の国へもどって!」

その声は慌て、怯え、そして決意もあった。「戦争になる前に!」

騎士として聖地にきて、果たすべき使命を、ついに、見つけつつあったのである。


夕空の砂漠を一人の騎士が駆けぬけた。黒い影を落とす神の国をめざして。


529 : 以下、名... - 2016/02/29 03:00:31.29 e+KuwuYl0 2991/3130

今回はここまで。

次回、第83話「アルスラン湖の戦い」

537 : 以下、名... - 2016/04/27 22:52:20.46 quJgGRTw0 2992/3130

601

第83話「アルスラン湖の戦い」


鹿目円奈は砂漠地帯を、馬によって走り、一日かけて、聖地の本国に到着した。


聖地の城門には、すでに軍隊が組織され、16万の騎兵と歩兵、補給兵、1500人の魔法少女が、集結、エレム全軍を組織していた。


そして王のもとに側近、諸侯、騎士隊長などを集め、軍議は砂漠に立てた天幕の下でおこなっていた。


「すべての神の国の諸侯、貴族、同盟軍、魔法少女が今、つどった」

新たな神の国の王、双葉サツキは、過激派を側近に登用、リウィウスら穏健派を実権の地位から退け、発言権を失わせていた。

だがら、リウィウスはこの王の天幕に参加はしていたが、発言権をもたず、遠くで不満そうに、王の開戦宣言を、黙ってきいているだけだった。

「今回の王の即位に不満な分子もいるようだけど───」

双葉サツキは、天幕の中を見渡す。リウィウスにちら、と視線をぶつける。

リウィウスは青い瞳でにらみ返した。青い瞳をした顔に暗さと凄みが増した。

天幕の日陰で、それは迫力ある睨みだった。

「今は、宿敵の国サラドとの決戦のとき!」

そうだ、そうだ。

地位を得た過激派の魔法少女たちが、口々に声を揃えた。

538 : 以下、名... - 2016/04/27 22:55:17.79 quJgGRTw0 2993/3130


「敵がいては聖地に平和はない。敵に戦って勝ち、滅ぼせば決着がついて、今度こそほんとうに、聖地に平和を───」

と、新王の双葉サツキが、開戦の詔を天幕の下で語っていたら、その赤い瞳をした目線の先に、ピンク髪の少女が、やつれた様子で馬にのって帰還してくるのをみた。

「もたら…し…て?」

動揺したまま、ついには言葉を、亡くしてしまう、赤髪の新しい王。

いっぽう、生き残った鹿目円奈をみると、神の国の現実から一度は目を背けた円奈が、こうして本国の危機に瀕したときに戻ってきたのを知って、リウィウスが、やさしげに微笑んで円奈を迎えた。


「それは反対です」


鹿目円奈は、馬からばっと飛び降り、どしゃっと砂地に着地するや、ずかずか、王の天幕に、おし入ってきた。
双葉サツキという新たな王を、睨み、砂漠の幕舎に敷かれた赤絨毯を踏みながら、過激派の連中を見渡しつつ告げた。


「開戦するにも条件があります」


円奈は、小さい頃から読むのが趣味だった、孫子呉子の中身も思い起こしつつ、このエレム貴族の軍議に反対意見を述べた。


「水の確保、兵站と補給線、兵の健康です。新王、あなたはそのどれもが揃ってもいないのに開戦しようとしている」


「あなたの家系は象徴であって、軍議に意見を出す立場にはない」

双葉サツキは、もとより、円奈の意見など聞き入れる気などない。適当に受け流した。


すると、円奈は、いつかサツキに告げたあの台詞を、もう一度、宣言するように、はっきり言うのだった。

「わたしは象徴としてでなく、騎士として聖地に来たのです」

あの、王宮の夕食会でいったときよりも、声に強さがあって、決意が含まれていた。

覇気があり、騎士として聖地で果たすべき使命を見つけた少女の声だった。

武装したエレムの貴族たちに呼びかける。

「あなたは王だからって、手下の騎士に忠誠ばかり求める。なら、あなたが王座をとったこの神の国が一日でも永く存するために、わたしはこの戦争に反対する。それがわたしの忠誠心です」

円奈は反論をつづけた。ピンク目の険しい視線でサツキを睨みつつ。

「水もない砂漠に進軍して、どうやって敵20万の軍を打ち破るつもりなのですか。」

539 : 以下、名... - 2016/04/27 23:01:31.39 quJgGRTw0 2994/3130


「水もない砂漠の行路に進軍してくるとは敵王も予期してないから油断する」

といって、過激派の一人の魔法少女が、軍作戦を会議している天幕のテント下にて、円奈に答えた。

バーン、とエラそうに魔法のステッキを絨毯に突き立て、威圧の音をたてた。

「雪無沙良の意表をついた侵攻でサラドをこの日のうちに叩きのめす」

そうだ、そうだ。

過激派の連中は、それに声をそろえて同意した。


円奈は、今までの旅も振り返りつつ、王の天幕の下、さらに反対意見を述べた。

砂地に敷かれた絨毯を踏みしめて。もう一歩もひかない。心に決めていることを、遂げるまでは。

「敵王の雪無沙良はそんな程度の作戦、見抜きます。葉月レナと数十年間渡り合った王、それがサラド王の雪夢沙良です。もしいま進軍すれば敵の罠にはまり、この日のうちにエレム軍は叩きのめされるでしょう」

「我らの行軍を敵が見抜いていようと、今日が決戦だ」

半ば頭に血がのぼった様子で、過激派武将の魔法少女が、軍作戦の天幕の席を立つと声をあげた。

おおーっ。わあーっ。

血気だつ騎士隊長たち。と、過激派の武将魔法少女たち。

「円環の女神の娘であるあなたが、われらの勝利を見守っておりますように!」


もはや戦争するほか道はなし。そういわんばかりの連中しか、もうエレムの王の天幕の下には集っていなかった。


「前王は敵王に恐れなし、休戦協定を結び、偽の平和をつくった。だが今日、ついにエレム人は反撃に出れる。今日、敵軍を全滅させる! そうすれば本当の平和だ!」






540 : 以下、名... - 2016/04/27 23:05:10.80 quJgGRTw0 2995/3130




「…。」

円奈は、過激派の連中を睨むだけ睨んだあと、天幕を去った。


神の国を戦争の危機から救うことは不可能だ。

過激派にも過激派の考えはある。


この和平条約が有効だった二年間、敵国が軍を毎日拡充しているのを知っていた。もはやエレム軍より強大になったのを知り、もう一部の軍部の者は我慢できなくなり、この和平条約をあえて破り、これ以上、敵国の軍拡充を許してはならない、戦争を仕掛けなければ未来はないと行動を起こした。

やがてこれが過激派と呼ばれる政党一派になった。交易商を襲撃したり、敵国領土に侵攻し現地民を包囲して無差別虐殺を繰り返した。




ついに聖エレム国は、穏健派は退けられ、代わって過激派が実権を握り、サラド国との戦争へと突入してしまう。

541 : 以下、名... - 2016/04/27 23:07:59.50 quJgGRTw0 2996/3130

602

鹿目円奈は本国の都に戻り、城壁の通路に腰掛け、いずれ戦場になるであろうこの聖地での攻城戦を、すでに脳内でシュミレーションし始めていた。


軍事的才能を遺憾なく発揮した母の血が、急激に沸き立ち始める。

双葉サツキのエレム軍は、サラド軍との決戦のため、砂漠の地へ発ったが、雪夢沙良を相手に敗れるだろう。


エレム軍の騎士隊長たちは、この日のうちに決戦だ、といっていたが、負けるだろう。


雪夢沙良がその作戦を見抜かないす筈もなく、第一双葉サツキのような王が即位したら最初に起こす行動が何になるかなんて、敵王には察しがつくというもの。


双葉サツキという新王の軍は、雪夢沙良に敗北して壊滅する。


そしたら、サラド王が次に狙うのは、いうまでもなく、本国であるこの聖地の都。

敵20万の兵が、この地へ、押し寄せてきたら、どのように守るべきだろう?

どんな作戦を立てて、城壁を守りきる?


敵はどのように攻めてくる?



聖地の城壁から、この都を守る壁の形状と、全貌を眺めながら、ピンク髪に結ぶ赤いリボンを風にゆらし、考えはじめていた。

「現状は?」

考えつつ、城壁に腰掛け、砂漠の地平線の彼方を見つめ、円奈は、そばの城壁に立っていたリウィウスに、話しかけた。

いまごろあの見つめる視線の先では、戦場となってエレム軍とサラド軍が戦いをしていることだろう。

「まったく戦況の行方は、私どもには分かりません」

金髪ツインテール、青い瞳をした聖六芒星隊の魔法少女は、王位を辞退した少女騎士の背中に答えた。

その髪に結ばれたリボンのゆれを、じっと、つめていた。

542 : 以下、名... - 2016/04/27 23:10:59.44 quJgGRTw0 2997/3130



リウィウスはじめ、穏健派の魔法少女たちは、双葉サツキの軍に参加しなかった。

参加すれば死、と知っていたし、また、聖地の平和を望む彼女たちは、現王が率いるような軍には従わない。


円奈は、聖地におりる夕暮れを、遠い目をした瞳で眺め、映しながら、そして、聖エレム軍が、サラド軍との戦争へ向けて行軍する直前のことを、思い出していた。



数時間前のことである。


「あなたも軍に参加を?」

象徴の家系はこの戦争に参加する義理を持たない、という理由で、軍から退けられた円奈が、魔法少女のフレイを、聖エレム軍の戦列に紛れているのをみつけるや、問いかけた。

ミデルフォトルの港で、円奈が西大陸から東大陸へ船で渡る旅にある途中に、最初に合流したエレム人の魔法少女である。


フレイはすでに軍馬に乗っていて、武装を済ませていた。

鎖鎧、マント、鼻あてつきの兜、サーコートの服装。鎖の鎧。

戦争に参加する準備が、バッチリ整っていた。

「従軍することが私の務めです」

と、にこやかに、フレイは笑う。

「聖エレム軍に忠誠を誓っていますからね」


「この戦争に加われば、死ぬのに?」

鹿目円奈は、双葉サツキの率いる16万の大軍が、敵国の雪夢沙良に打ち滅ぼされる命運を、すでに悟っていた。

聖なる軍は敗れる。


「死は必然です」

すると、フレイはにこやかなまま、軍馬に跨りつつ、言うのだった。

「鹿目さま、母上に、あなたの成長を伝えますよ」

といって、馬を走らせ、16万の兵がクロスボウを担ぎながら、砂漠の彼方へ、水の確保もないのに行軍していく大規模な行列を、沿うように進んで去っていった。

そして、後ろを見守る円奈にむけて、手をばいばい、と背をみせたまま馬上でふったのだった。

その姿はやがて夕日の降りる砂漠のむこうへと消えた。


これが、フレイと円奈の永別となった。

543 : 以下、名... - 2016/04/27 23:14:19.74 quJgGRTw0 2998/3130


双葉サツキのような魔法少女の王や、そのほか、エレム王家の魔法少女の仕事といえば、ほとんどは戦争、であった。


国家の憂いはひたすら外敵の存在であって、こればっかりは契約の祈りだけでは保障がつかぬ事柄なので、魔法少女の存在が武力そのものとなり国家の守り手として戦場に立つ。

たとえば"敵国を滅ぼしてください"と一言契約したとしても、そのころ敵国では"わが国を相手国より強い国にしてください"のように祈っている少女がいるわけで、二重契約となり、最終的には互いの国の魔法少女同士が戦って、白黒つけないと、インキュベーターの奇跡は現実には起こらない、ということになる。


しまいには1000人、2000人もの魔法少女たちの総力戦になる。これが30世紀後期、この世界に起こっている戦争のありさまである。そしてこの日もまさに、そんな大決戦が、これからはじまろうとしているところだ。



このとき、円奈は傍にいたリウィウスに話しかけた。

「リウィウスさん。雪夢沙良がエレム軍を全滅させてしまう。聖地の民をどうやって守れば?」


「葉月レナが神の国へゆき───」

リウィウスはこのとき、鹿目円奈が王の座を辞退したときから、聖地の運命を悲観していた。

サファイアのように美しい青い瞳は、切なさとやるせなさを浮かべていて、涙でも浮かんできそうな目線で、言葉を漏らすのだった。

「そして聖地も王と共に死にました」

葉月レナあってはじめてのエレムの聖地だったのである、といわんばかりの台詞だった。


こんな会話を2人がしているあいだにも、エレム総勢16万の軍は、宿敵サラド軍と今日、衝突するため、兵たちが砂漠をざくざくと行軍していた。

重たい、盾と鎧、武具、弩、水筒などを運びながら。


日照りきびしい砂漠へ、40キロの行軍に、出発したのだった。

騎兵には魔法少女が多くて、16万の聖エレム軍のうち、馬にのった兵のほとんどが、総計すると1500人の魔法少女たちだった。


そして歩兵、つまり足で進んで行軍する人間兵は、重さ38キロの鎧やら装備やらを抱え、砂漠と立ち込む熱気の戦場へ出向く。



544 : 以下、名... - 2016/04/27 23:15:46.65 quJgGRTw0 2999/3130

603

鹿目円奈は聖地の宮殿へ戻っていた。

すると、聖地の家々に暮らす民の誰もが、怯えている顔つきをしていることに気づく。


貧相な民家で洗濯物を干す女たち、市場で色とりどりな香辛料を売る人、皮をなめす職人、大工、魚商人、薬商、あらゆる人たちが、この国の命運は敵国の手による復讐、虐殺の運命へ墜ちることを予感し、陰鬱だった。


円奈は、市場路を通り、宮殿へ帰るが、その民の恐怖に強張った表情、国の未来を悲観している様子をみているうち、ある気持ちが、心に、胸に、湧き上がってきていた。



もう、この聖地を守れるのは、私しかいない。

私が、戦うしかない。


そんな気持ちであった。


象徴の家系は、軍事権を持つことが許さない。

しかし円奈は象徴としてこの聖地に来たのではない。”騎士”として、この聖地に来た。



もし、”騎士”としてこの聖地に来たその意味があるとすれば、それは、いま戦争に突入して、怯えてしまっている民を、護ることなのだろう。



ふつふつ、沸き立ってくる闘志。戦うという意志。覚悟。使命感。

正義の味方、私はそれほど完璧な騎士には、なれないのかもしれない。


わたしの手は、血で汚れてしまっている。

人の命を危めた血だ。一人や二人じゃない。


それでもやはり、私のほかに、聖地を護れる人はいない。

そんな確信が、心にできあがりつつあった。

リウィアスのいうとおりだ。完璧なる正義なんて現世にはない。それがあるのは、天の女神の国だけなのだろう。

そうとでも決め付けるしかない。ついに円奈は、なぜ魔法少女たちが目にも見えない耳にも聞こえない女神の存在を信じるのか、理解しつつもあった。



545 : 以下、名... - 2016/04/27 23:16:56.55 quJgGRTw0 3000/3130



宮殿の王室へ、廊下の空間を進んで戻ると、そこは、残されたエレム王家の血筋の人たちが、光を反射する大理石の床に佇んで、ただ無言のうちに、この国に訪れる戦争という悲運を、味わっていた。


葉月エミという、葉月レナの姉と、その家族たちだった。


「従妹のサツキでは雪夢沙良に勝てない」


鹿目円奈が王室の間へ訪れるや、葉月エミが、円奈に語った。その語る声は、絶望の渦中に、心が沈んでいるかのように、暗かった。


「この戦争で街は滅びる。民も、すべて死ぬ」


すると円奈は、残された王家の家族が、絶望したまま静まり返っている前に、片膝をついて跪くや、下に俯きつつ、ピンク色の前髪をゆらして、はっきり大声を轟かせて、告げるのだった。


「誓ってこの国の民と、あなたがた王家を、守ってみせます!」


それが、騎士として聖地にきた、鹿目円奈の使命だった。


546 : 以下、名... - 2016/04/27 23:22:58.63 quJgGRTw0 3001/3130

604


いっぽう、砂漠へと行軍を開始したエレム軍は───。

うだるように暑い砂漠に、苦しめられていた。



鉄の鎧を着て、盾と槍を待ち運ぶ兵士たちの、水筒の水は数時間で枯れ、その後も、50度を超える猛暑のなか過酷な進軍をつづけた。


砂漠では幾たびもはげしい砂嵐が起こり、喉がからからな兵士たちの口や、喉を、枯らせる。

目にも砂が入り、重たい鎧に包まれた腕をそのたび持ち上げて、目をこすらなくてはいけない。



日射症で倒れる兵士が続出するなか、16万人のエレム兵たちは重量38キロの装備を身に包みながら、 炎暑の砂漠を行軍していた。



40キロ先に進めば、アルスラン湖があるので、兵たちはそこまで行軍し水分補給をする予定なのだが、その40キロの行軍がすでに、命とり。


40キロ先にならたどり着けるだろう、という双葉サツキの、軽率な判断は、エレム軍をやすやすと、全滅の危機に晒していた。


馬に乗って進軍していた魔法少女たちすら、喉の渇きに気力を果たし、戦うよりも前に疲労で倒れ、ついにばたん、と落馬する。

一人や二人じゃない。もう何人も、日射病か水分不足、猛暑で倒れた。


547 : 以下、名... - 2016/04/27 23:27:12.54 quJgGRTw0 3002/3130


歩いても歩いてもゆく先は砂漠がつづいている。日照る太陽は砂漠の地面をじりじり焼く。

ここを軍隊が重装備、しかも鉄の鎧をまとって行軍しているのだから、これを40キロも進めようなんて判断は、致命的なミスだった。



鹿目円奈が、開戦するなら水を確保するべきだ、と警告したのに、それは無視された。

また、ばたん、と魔法少女が一人、砂漠の炎天下のなか、水分を失って倒れ、背中みせたまま、砂漠の丘に突っ伏した。



こうして、16万の軍は、40キロ、猛暑の砂漠を行軍しているうち、はらはらと、兵の人数が倒れて失われてゆき、全体の士気などは、底に沈みつつ、あった。


しかし新王はこの行軍を強行した。こんな無謀な強行軍だからこそ、敵軍もまさかここを通るとは思わないだろうから、そこで不意をつけるだろう、と。



けれどもいよいよ、ひとつの大きな丘を超え、聖エレム軍は、アルスラン湖が彼方の先に見えてくるところにきた。


すると、喉の渇きに死にそうな兵たちが、魔法少女たちが、われ先にと、走りだして、水を求めて、駆け出した。

サツキも馬を早めた。


ババハバッ。


馬が早足になって走る。双葉サツキが軍の先頭を進んでアルスラン湖を、よく視界におさめようと砂漠の丘をのぼり、一足先に進んだが。

その新王の赤い瞳をした目線の先に。


驚くべき光景が入ってきた。



敵の大軍だった。

すでに湖を囲って占拠していた。

バッチリ布陣を固めて、エレム軍を待ち受けていたのである。


それは、軍旗や、太鼓、楽器、扇、葦草など、エレム軍を地獄の底に叩き落すために用意されたさまざまな残酷な道具の発動を、待っている黒い海のような人だかりであり。


4000人を超える、この広々とした砂漠じゅうの、あちこちに陣立った、サラド軍の魔法少女たちであり。

駱駝に10万本の矢を運ばせた、敵の弓兵たち10万人の戦列であったのである。


罠だった。

敵軍は双葉サツキのような新王なら愚かにもこの罠にかかるであろうと見抜いていたのだった。

548 : 以下、名... - 2016/04/27 23:29:00.70 quJgGRTw0 3003/3130

605


この戦争の結果は、火をひるより明らかだった。


聖エレム軍が、重たい鎧や盾と槍を引き摺りながら、水分不足を耐えて猛暑の砂漠を40キロも進軍して、疲労困憊してやっとついたアルスラン湖が、もう敵軍にすっかり占領されてしまっていること、その士気の絶望的低下。


いっぽうサラド軍は、この湖をとっくのとに占拠、食事も済ませて腹を満たし、休憩しつつ疲れることなく布陣して敵軍を待ちうけ、敵兵を罠にはめる準備すら、すっかり完了させていたのである。


その勝利の条件を綺麗に揃えたサラド軍は、4000人にもなる魔法少女のうち、砂漠にある山岳の、頂に立つ監視役が、エレム軍の姿を見て、旗をふって、味方の全軍に合図をだした。


「エレム軍、きたり!」

乾いた山岳の崖上の偵察所から、手を伸ばして指差して声あげたのは、サラド軍役につく魔法少女たち。

崖に立つ姿は、身長よりも大きな旗を持っている。


「敵軍、到着しました!」


崖の監視役が旗をふると、この合図によって、湖を囲って陣を張っていた全軍が、敵軍つまりエレム国の到来を知る。

「エレム軍、南西の方角より、接近です!」

山岳と崖にたつ、あらゆるサラド軍の魔法少女たちが、偵察所から旗をふるいはじめる。ばさばさと。砂漠の地に。

あちこちに配置しておいた、砂漠の山岳上の監視役が、こうして旗をふる。元気よく。どの旗も強い風にたなびいた。



こうしてサラド王は敵のエレム軍が、旗合図を見上げて確認することで、まんまと罠にかかってこの湖の地にきたと知る。


開戦合図の号令をだすため、全軍の指揮者、雪夢沙良は、腕をふりあげた。

ばっ。


雪夢沙良、この白い髪をした美しい妖麗なる魔法少女が、腕をふりあげると、サラドの弓兵たちが、矢に火をつけ、弓を構える。


扇をもった部隊は、扇を仰ぐ準備をはじめる。


音楽隊は、笛や、太鼓、琴などの演奏準備に入る。


549 : 以下、名... - 2016/04/27 23:30:17.40 quJgGRTw0 3004/3130



王の隣に立つ雪夢沙良の側近、アーディル・アガワルは、エレム軍を完全に滅ぼしてしまう号令を、雪夢沙良が下す瞬間を、見つめていた。

勝利という確信のなかで、なぜか少しだけ、複雑な気分を感じていた。

これから始まるのは16万人を殺す戦争だ。

それに、もしあのエレム軍の中に、鹿目円奈が加わっていたら────あの騎士の命も、きっとない。


雪夢沙良の隣にたつ側近は、このアガワルと、もう一人、赤袴と白い衣を着た巫女服の魔法少女で、背丈がチビな、スウという竹弓が武器の武将と、そばに、茶翡翠という、紫の袴姿の、薙刀を得意とする武将たる魔法少女がいる。


「円環の女神が、わたしたちに味方してくださった」


茶翡翠は、エレム兵たちが喉の渇きに喘ぎ、湖に直進している光景を目にしつつ、口に声をだした。



550 : 以下、名... - 2016/04/27 23:33:34.33 quJgGRTw0 3005/3130

606


戦いの火蓋は切って落とされた。

渇きに喘いだエレム軍の兵士らがなりふり構わず、死にもの狂いで水を求めて、湖を占拠したサラド軍の突破にかかりはじめると、サラド軍の弓兵は、砂漠にちりばめた葦の草に火をつけるため、一万本の火矢を放った。


それは、エレム軍の頭に覆いかぶさる。そして開戦前に、足元に罠として砂漠に敷いていた葦の草に火がつき、エレム軍はこうして、全軍が火につつれてしまう。


それを見届けるや雪夢沙良は、次の攻撃の指令をだす。


扇で砂を扇ぐこと。


大きな扇をもった数百人の部隊が、葦の火に囲まれ、逃げ場をなくしたエレム軍の中に、砂を送り届ける。

ぱたぱたぱた、と扇を仰いで、風をおこし、砂漠の砂を、エレム兵たちに飛ばすのである。


砂漠の砂が舞い起こされ、吸う空気は砂まみれ、喉奥のわずかな水分まで奪い取られる。

鼻から息を吸うたびに、大量の砂煙が、肺にも、喉にも、入ってしまうのである。



けほ…けほ…けほ!


どのエレム軍兵士も、喉の渇きのなか、人工の砂嵐に包まれて襲われていると、敵兵の新たな罠が、発動する。


それは、音楽だった。

ぴひょろぴひょろ、という笛の陽気なメロディーと、太鼓のダンダンダンという喧しい騒音、琴の激しい旋律が、エレム兵たちの耳に届く。

わざと華やかで派手な音楽を楽器を持ち出して演奏し、戦場を音楽に包んで、エレム兵たちを精神的な興奮状態にし、血をどくどくめぐらせて、体内の栄養の消費を早めた。


最後のエネルギーの一滴まで、奪ってしまう。

どこまでも容赦のない攻撃だった。




551 : 以下、名... - 2016/04/27 23:34:28.54 quJgGRTw0 3006/3130



サラド軍は、仕上げにと、10万本の矢をふらせる。周到に用意した、人工砂嵐作戦や、音楽作戦、湖占拠作戦によって、完全勝利を収める。


その戦果は、サラド軍はたった100人の死者も出さずに、エレム軍の兵16万人を殺害するという、とんでもない勝利だった。


仇敵エレムを相手にこのあざやかな勝利。

サラド国の大勝利だった。


552 : 以下、名... - 2016/04/27 23:37:23.30 quJgGRTw0 3007/3130

607


エレム新王の双葉サツキらは、捕虜となって武装を解かれ、雪夢沙良の天幕の前に、連れられた。


砂漠に絨毯しかれた天幕は、王の部下たち、茶翡翠やスウ、アガワルなどの魔法少女たちも、そろっていた。



喉の渇きがさぞ苦しいだろう、と察した雪夢沙良は、天幕内に、冷やして保存していたバラ水を、黄金のグラスに注ぎ、差し出してやった。


双葉サツキは、それを受け取るや、すぐ妹のユキに手渡した。

魔法少女は、喉の渇きで死に至ることはない。気絶してしまった部下は多くいたが。

人間である妹のユキが、すぐそのバラ水のシャーベットを、飲みほし、ごくっと喉を冷たく潤すと、サラドの王は厳しく言った。

「おまえに与えたのではない。」

雪のように白色の髪を背中まで伸ばした、薄ピンクの魔法少女が、ユキを睨んで告げると、ユキは一言、突っ立ったまま答えた。

「知ってる…」


ギリ。

雪夢沙良の背後に仕える、天幕下に控えていた茶翡翠が、鞘から、人を切る銀色の刃を抜く。

その音を耳にしたユキは、いよいよ死ぬときがきたのだ、と諦念の表情を浮かべた。


つぎの瞬間、雪夢沙良は、茶翡翠の抜いた刃を受け取ることなく、自らの剣をぬき、ユキ、この赤い髪とツインテールをした王家の少女の首を裂いた。

しゅばっ。

赤い鮮血が散り、砂漠を濡らす。

「う…うぐ…!ぅっ…」

喉が切られ、ぶしゅぶしゅと血がシャワーのように溢れ出しつづけるユキは、もう、言葉もしゃべれない。

すると、サラドの近衛兵たちに、ユキは両肩を持たれて、頭を上から掴まれ首を長く曲げられた体勢で固定される。
首を切りやすく差し出した体勢である。そして、抵抗できないまま、雪夢沙良に首を今度こそ、きれいに切り落とされた。


ばさっ。


首の落ちる音がし、双葉ユキは死んだ。

白い服をきた部下たちが、死体処理のため首のなくなったサツキの遺体を運びだし、砂漠を引き摺っていった。

いっぽうでは、別の者が、落ちた双葉ユキの生首を丁寧に、白い衣に包んでいった。

雪夢沙良は、血に染まった剣を、近衛兵にもたせた。すると近衛兵が、その赤い剣を白い布で丁寧にふきあげた。

553 : 以下、名... - 2016/04/27 23:39:00.41 quJgGRTw0 3008/3130


サラド国内の茶翡翠は、エレム王家の新王の妹の死に、こらえきれず勝利の笑みをこぼした。

ついに、念願かなったぞ、と。


こうして双葉ユキというエレム国過激派組織の首謀者は、サラド王の手によって直々、誅されたが、姉のほうは生かされたままだった。

というのも、姉はいまエレム国の新王であったから。


「王は王を殺さぬ」

と、残された姉の双葉サツキに対して、雪夢沙良は鋭く刺すような視線で告げた。殺さぬ訳を。

「前エレム王、葉月は民が平和に暮らす国を築くために、敵王であるわたしと何度も戦ったのだ。おまえはどんな国を建てようとしたのだ?戦争するだけの国か?」


双葉サツキは何もいわなかった。

そして、捕虜としてサラド軍の世話のもと、生かされ続ける境遇を、あっけなく受け入れたのだった。


エレム王国内の過激派はこうして全員死んだか捕虜になった。



554 : 以下、名... - 2016/04/27 23:48:01.09 quJgGRTw0 3009/3130

608


その数時間後、アルスラン湖、つまりエレム軍とサラド軍の戦場となった砂漠一帯の地に、鹿目円奈とリウィウスが戦果を確かめにやって来た。


その空一面には、死肉を喰らうハゲワシの群れが、夕空を黒く染めて漂い、エレム16万人の死体を貪っていた。


この空いっぱいの数千羽のハゲワシが腐肉を食べる光景が、円奈とリウィウスの視界いっぱいの大地に広がり、エレム軍の全滅を生々しく物語っていた。


立ち込める腐臭はこの世のものとは思えない。死の腐臭が空と大地を覆っているのだ。


ここは穢れにみちていた。


たくさんの槍が砂漠にたてられ、その槍の矛先には、討ち取られたエレム軍の兵士の生首が、晒し首として串刺しになり、サラド兵の念願の復讐の完遂の形となっていた。


生首の数は、5000、6000ほど、砂漠のあちこちに林のように立てられていた。

さらし首の槍がずらりと砂漠の丘の頂上までずっと続いていた。


円奈とリウィウスの2人は、馬を進め、戦場となったアルスラン湖の付近へ降りる。ハゲワシ数百匹の黒い群れの中に入り、鼻が曲がりそうなほど腐臭にみちた死体山の砂漠を、進み、そして円奈は。


魔法少女フレイが生首となって、槍に突き立てられ、串刺しに晒されているのを見つけた。

戦場跡のこる砂漠には、乾いた風がふきつけ、晒し首となったフレイの水色の髪が、さらさらとゆれていた。



555 : 以下、名... - 2016/04/27 23:50:44.95 quJgGRTw0 3010/3130



1500人の魔法少女がここで、16万人の軍と共に死を遂げたが、どのソウルジェムも粉々に割られ、1500個のソウルジェムの破片が、ガラスとなってギラギラと砂漠のあちこちに、散らばって、一面に広がる戦場跡をキラキラと輝かせていた。

そして1500人の魔法少女の屍は砂地に散らばっていた。


「はじめは、聖地の平和のために戦う戦士だと……私も自分でそう信じていました」

この絶望的なエレム国の死滅をいよいよ現実として目の当たりにしたリウィウスは、声を漏らした。

ツインテールの金髪を、戦場跡にふく風に靡かせながら。

独り言のように。悲しみの独白ように。


「しかし私どもは結局、”領土”のために、戦っていたのです」


と、穏健派の代表として葉月レナに仕えてきた魔法少女は語りだした。それから、隣で口にする言葉もなく黙りこんでエレム軍の惨敗を眺め、失意の顔を浮かべている円奈に、エレム国の歴史の真実を話した。


「鹿目さま、わたしどもエレム人は、世界いたるところから迫害され、追放されてきた民族でした」


円奈が視線を、死体に溢れる砂漠の山からリウィウスの青色をした瞳へと移す。

こー、こーとハゲワタシ達が鳴き声を屍の大地で歓喜の声をあげている。

円奈とリウィウス、二人の少女の髪が風にふかれる。


「歴史ではじめに、魔法少女の国をつくろうとした私たちは、人類から、多大な迫害を受けてきたのです」

556 : 以下、名... - 2016/04/27 23:52:41.69 quJgGRTw0 3011/3130


円奈は知らなかった。

この西暦3000後期年、魔法少女が当たり前のように歴史の表舞台にたち、魔法少女が国家を建てる。

そんな世界は、昔にはありえなかった、ということを。


西暦2000年頃、その文明栄えていた遠い昔は、むしろ人類は魔法少女の存在など知らなかった。

魔法少女たちは自分たちの正体をひたむきに隠しながら人間社会に紛れて生活していた。


西暦3000年後期となった今に至るまで、世界で最初に魔法少女の国をつくろうとしたのは、このエレム民族だった。


魔法少女の存在を人類の前にだし、そして、魔法少女が統治する魔法少女のための国をつくろうとしていた。


そして、それは、迫害されるという運命を辿った。

エレム国の願いはひとつだった。”魔法少女が、魔法少女らしくある国を実現させたい”


世界の多くの魔法少女は、これまで、魔法少女でありながら、正体を隠して自分に嘘つきながら生きなければならなかった。

そしてそれは、多くの世界の魔法少女たちを、くるしめてきた現実だった。


魔法少女が、魔獣を狩るためには、屋外に外出しなければいけないが、当然のことながら、女性が女性だけで外出することを認めている国は少なかった。

よっぽど犯罪率の少ない平和な国か、先進国でもなければ、女性が女性だけで外出などできず、男性、つまりは家族または夫が付き添わないといけなかった。

女性が一人だけで町を歩けば、娼婦と同じ扱いになる国だって、たくさんあったのである。

そんな中、男性の付き添いがないと家からの外出さえ許されない国の魔法少女たちが、魔法少女である正体を隠しながら魔獣と戦って生きていくのが、とんでもなく難しいことだった。

そしてすぐに魔力を尽きさせていったのである。現実に勝てぬ絶望と共に。

魔獣の結界の中に突然入り込めば、夫から、「どこへいっていた」と問われるだろうし、「魔獣と戦っていた」なんて答えれば、妻は気がおかしくなったと思われる。



だから魔法少女たちは、人間社会の世間に、苦しめられて生きていた。


そんな中、「なら、魔法少女が認められる国を建てればいいではないか。」それが、エレム民族の描いた夢だった。

魔法少女が国王となり、民は、魔法少女を堂々と認める社会のある国。

"魔法少女としての人権"がある国家である。



それを、最初に建国しようとした。


その最初の国は、滅びた。

人類が、迫害したからであった。


そんな国、世界にあってたまるか、と、魔法少女の人権国家を、つぶしてしまった。

557 : 以下、名... - 2016/04/27 23:59:04.04 quJgGRTw0 3012/3130



歴史上はじめて自ら魔法少女という存在を主張し、かつ魔法少女を社会に認めるように訴えだしたこのエレム民族のせいで、世界中の国が魔法少女の存在を知ることになり、結局は世界中の魔法少女が迫害された。世界で魔法少女狩りの戦争が起こった。

そのせいで全地球上の魔法少女はほぼ滅びた。しかも、魔法少女がほぼ滅びたことで、魔獣が世に蔓延り、人類まで滅びた。暁美ほむらがみてきた文明衰退である。


人類が滅びた原因は人類にあった。

いままで人類を魔獣の手から守ってきた魔法少女たちを自ら滅ぼしてしまった。


魔法少女と人類の過去の最終戦争は、地形を変え、大陸を変え、人種を変えるほどの大戦争だった。

過去の文明はそれほど恐怖の兵器を大量に使い果たし、使い果たしてはその文明を失った。20世紀時代の魔法少女は世界中ですべて全滅した。


円奈はその話を信じるのにほとんど時間がかからなかった。

人類が、魔法少女を凶暴に迫害する性があることを、エドレスの王都・エドワード城で、その目でまざまざ見てきたからである。



国を失ったエレム民族は、魔法少女の存在を支持する人々と共に、放浪・離散の旅に出る。世界あちこちに散らばった。

一部は東大陸の僻地アグリスへ。一部は西大陸の辺境バリトンへ。

あちこち散らばりながら、エレム民族は行く先行く先の国々、地域、都市で迫害の対象になってきたのだった。

人類衰退の原因、そして全世界の魔法少女が滅びた原因は、エレム民族にあることを全世界の民は知っていたからだ。


それでも魔法少女の民主主義国家の再建を、厳しく迫害されながら、エレム人はあきらめなかった。

あるときはその夢を歌にして、詩にして、語り継いで、そんな国を夢見てきた。


そして、ゆく先ゆく先の国で、迫害されてきたのだった。


「わたしたちはただ、魔法少女たちが安全に暮らせて、人類に迫害されない国が欲しかった」

と、リウィウスは、エレム国の兵士らが惨敗のうちに戦死した兵たちを見渡しながら、涙を流した。


「だから、そんな国をこの聖地に求めたのです」


しかし、その聖地は、すでにサラドという国の民族が、暮らしていた。


エレム民族の指導者と、魔法少女が安全に暮らせる国が欲しかった仲間たちは、サラド人の手から聖地を奪い取ろうと考えた。

そうせざるをえなかった。



558 : 以下、名... - 2016/04/27 23:59:44.93 quJgGRTw0 3013/3130


どこへいっても迫害される自分たちが、安全に暮らすためには、自分たちで国を持つしかない。

サラド国の傘下となっても、結局、自分の国をもたない民族は、迫害される運命にある。

それを歴史的経験として知っているエレム人は、自分たちの国を建てるため、サラド人から聖地を奪い取り、強引にエレム国を建国する。


そして、聖地は血に染まり、しかもその戦いは、今日この日まで、つづいている。


「結局は領土のための戦いだったのです。わたしたちはただ、自分達の民族が安心して暮らせる国がほしかった。それだけのために……どれほどの血が、これまでも、そしてこれからも、流されつづけるのでしょうか」


リウィウスは語りおえ、青いサファイアブルー色の瞳からこぼれた涙をふき、円奈に告げた。


「わたしはエレム国と離縁します。エレムの夢は崩れたのです。南のキプスの地をめざします。鹿目さまも私とともに?」


エレム国が全滅も間近な今、リウィウスは、象徴の家系、元はサラド人と共に暮らしていたこの家系の末裔の子を、安全に戦争から逃がす道へ、誘ったのであった。

「私と共に他国へ逃れますか?」


すると円奈は、ピンク色の瞳を見上げると、リウィウスに答えた。

「私はエレムの民と共に聖地に残ります」


それは、鹿目円奈が騎士として、本国にのこされたエレムの民を守る決意を固めた返事と、リウィウスは受け取った。


「あなたはやはり、あの母の娘ですね」


と、少しだけ嬉しそうに笑ったリウィウスは、砂漠の地を去る最後に、聖地防衛にむけてのアドバイスをした。


「雪夢沙良の軍は水辺から水辺へ移動します。あと四日か五日の猶予があります」


鹿目円奈は死滅した味方軍の遺体が積もった山を見渡しながら、リウィウスの言葉を受け止めている。


「あなたに円環の女神が味方しますことを」


といって、リウィウスは円奈の乗るボードワンの馬を叩き、そして、金髪ツインテールの魔法少女は、馬を走らせこの地を去った。



559 : 以下、名... - 2016/04/28 00:02:47.99 bTfUGivF0 3014/3130

つづけて、第84話「騎士よ、立て!」を投稿します。



続き
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─18─(完)


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