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【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─1─
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第44話「円奈とユーカの魔獣退治」
331
鹿目円奈はふとベッドで目覚め、壁をみつめた。
暗い部屋。
まだ、深夜だ。
蝋燭の火は消え、煙だけあげている。
冷たく寝静まった宿屋の客室。
木造建築の部屋は、ベッドと蝋燭テーブルがあるだけ。
聖地をめざす旅の途中にある少女騎士は、自分の剣が、またも青白く輝いているのをみた。
「剣が……青い……」
目をみすりながら少女騎士はベッドを降りた。
てくてく床を歩いて、鞘に納めた剣をもちあげ、青白い剣をみあげる。
不思議な魔力をおびた魔法少女の剣。
剣の青白い光をうけて、円奈の顔も暗闇に青く照らされる。
ピンク色の目をした少女の顔が一瞬、剣に青白く反射して映る。
聖地はまだ1900マイルちかくもはなれた遠いむこうだったが、鹿目円奈はすべての魔女を消し去る存在・円環の理が誕生した聖地に辿り着くことを使命にして、旅をつづけるのだ。
「魔獣……いるんだ……」
剣が青白いのをみた少女はつぶやいた。
この剣は、魔法少女の剣。
来栖椎奈の剣。
それは、魔獣がちかづけば、青白く光る魔法の剣。
これが青く光るとき、魔獣が発生する経験を円奈はした。
いまもそれが起こっている。
魔獣の街とさすがよく呼ばれたもので、この城下町では毎晩のように魔獣が大量発生した。
「……わたしにできることなんて……ない……よね」
少女は、魔法少女ではない。
叙任式を経て騎士身分を得て、合戦の経験もあった彼女だけれども、魔獣が相手ではどうにもならない。
世界は、魔獣と魔法少女の戦いが繰り広げられる。人間の戦いなんて些細なものだ。
人間はこの世界では無力だ。
円奈にできることはなかった。
なにもできない、人の役にもなれない自分でも……きっと聖地なら、何かできる、そんな夢を抱き少女は。
青白い剣を鞘におさめ、それを抱くと、お守りのようにして剣とともに円奈はまた眠りについた。
ベッドに丸くなって目をとじる。
魔女の火あぶりを昼間に目の当たりにしてしまった彼女は、それから、ずっと塞ぎこんでいた。
332
城下町の魔法少女、ユーカは、ベッドのなかで身を起こした。
一睡もしていなかった。
この寝静まった夜、夜間の外出が禁止され、魔法少女含め誰も外にでない城下町の十字路は、魔獣の天国になっている。
発生し放題の魔獣……
昼間になったら魔獣は姿を消すが、瘴気はますます濃くなるばかりで、城下町の朝は再び、陰気と幽欝、憂色の濃い朝をまた迎えることになる。
魔獣がいる限りは、霧の晴れない日々が城下町を支配する。
ユーカはじっと家族が寝静まるのを待っていた。
夜間が外出禁止だから、家族が寝静まるまでは、自分もじっとしていた。
だが眠るつもりはまったくなく、夜も深まったら外に飛び出す気でいた。
ちょうど昨日のように。
だって、魔獣が発生しているってことは、この日も誰かの命が奪いとられようとしている、ということだ。
それをほっとくことなんて、できない。
もしかしたら昨晩出会った森の少女のところにまた魔獣が沸いているかもしれないし、外に出なければ大丈夫だけど、旅にでるといっていたから、外にでているかもしれない。
城下町の人々を脅かす魔獣を倒すのが、魔法少女に課せられた使命であり戦いだ。
いつかきっとわかってくれる。
それがユーカの信じていることだった。
王はいま、魔法少女を敵視している。
でも王の偉さを忘れずに、王のために魔獣を倒すのなら……きっと王も城下町の人々もわかってくれる。
魔法少女は、人に悪さをもたらす存在なんかじゃないって……。
オルレアンさんの奇跡を、城下町を救ったことを、きっと思い出してくれる。
でも、口ではいくらいっても無駄なのが現実かもしれない。
今の王になにをいっても、おまえは魔女だと言い返されるだけかもしれない。
だからいまは隠れて、魔獣を倒すという、本来の魔法少女のあるべき姿を守り続けよう。
そうしたら城下町の人々も、王も、みんなが魔法少女のことをいつかまた受け入れてくれる。
だってそうにきまっている。
悪い魔獣をやっつけて、この世がよくならないわけがない……。魔法少女は、希望を叶える存在だから…。
いつかきっと、分かり合えるときがくる。
そう信じていたユーカは、この日も魔獣狩りにでる。
ユーカは、数いる城下町の魔法少女の一人だったが、ヴァルプルギスの夜の噂には信じないほうの魔法少女だった。
城下町の大半の魔法少女はヴァルプルギスの夜の噂を信じていた。
会堂に集まれば───いまこの会堂は城下町の人々によって、魔女の集会所とよばれるようになってしまったのだが───かならず、ヴァルプルギスの夜の話がもちあがる。
すなわち魔女が大量にでてきて、魔法少女に襲い掛かるから、どうやって対抗しようかという話題。
ろくに魔女をみたこともないのに、よくぞまあ、魔女との戦いなんて未来を妄想するものだなあ、と思う。
どうも、彼女たちがいうには、こういうことらしい。
確かに私らは、魔女をみたことがない。箒に乗って飛び回り、月に呪いを振りまく魔女や、昼の日を、黒い炎で覆い隠して、地上を終わらせてしまう魔女たちの邪悪な宴は、それを目にした魔法少女による伝記でもなければ、証言でもない。けれども、本来、”円環の理”によって消し去れた数多もの魔女たちが、ついには円環の理の力に打ち勝って、”ヴァルプルギスの夜”にあふれ出し、いままで溜め込まれたあらゆる絶望が地上に撒き散らされる。その壮大すぎる絶望の量は、世界中の魔法少女を集めないと対抗できないほどだ。それほどの魔女の呪いは、どこを狙うだろうか。人間の王エドワードの君臨する城である。王の城を魔女の城と変える気なのだ。だから私どもは、その日に備えて、力を増し数を増さないといけない。
面白いことに、城下町の人間も魔法少女もそして王も、ヴァルプルギスの夜について想像する内容は一緒だった。
すなわち大量の魔女があふれ出すこと、王の城をねらうこ、現世に呪いが撒き散らされ月と昼の日が云々…
見事に一致していた。
そして、魔女に対抗するため魔獣と戦う暇がないといって、会堂のなかにこもる魔法少女たち……
魔法書の研究ばかりする……
魔獣を狩らない言い訳にしてるんじゃないかと思えるほどだ。
たぶん、それはあたっているだろう。
魔法少女は恐いのだ。
私だって、恐い。
すなわち自分が、魔女として告発されて、衆目に晒されたとき、身の潔白を証明できる自信がないのだ。
魔女刺しという審問と拷問をくぐりぬけられるだろうか?痛みを感じなくなったら魔女と判決がくだる。
オルレアンの処刑の記憶が新しいいま、城下町の魔法少女はみな、自分の正体を隠してしまっている。
すなわちあのオルレアンが何十本もの針に体を刺されかつ痛覚遮断を人々の衆目に晒された…という恐るべき公開処刑が、城下町の魔法少女たちにとって今や恐怖の記憶なのだ。
家族にさえ正体を隠している。
家族公認で魔法少女をやっていた女の子は、いまはそれをなかったことにして、家族ぐるみで秘密にして、魔女の告発を避けようと波風立てずに粛々黙々としている。
それでもばれてしまった魔法少女は、家出して、会堂のなかにこもりっぱなしだ。
そして魔獣が湧き溢れる夜間に一歩たりとも外に出ない。
どうか円環の理の聖なる力が、魔女の力にまけませんように、と祈っている毎日だ。
なかには、自分の代わりに円環の理が、魔獣をやっつけてくれますように、とさえ祈りだす弱気な魔法少女もでてきている。
だから、私がでないといけない。
城下町の魔法少女たちは、魔獣を倒して人々を救うという課された宿命、契約したときに受け入れたはずの運命に目を背けている。
みんなに思い出させないといけない。
魔法少女として、本来あるべき姿になること。
魔獣を倒すこと。
それを実行できる勇気さえ、いま思い出せれば……きっと、城下町はもっとよくなる。
ヴァルプルギスの夜が王の城にやってくる、なんて噂だってなくなる。
そう信じたユーカは、正義感の強いこの魔法少女は───外に出かける。
外出禁止令のでた、城下町の寝静まる夜の闇に。
333
ユーカはベッドで起きて、足をストンと床についた。
すでに靴を履いている細い足は部屋の扉へむかう。
ウールの質素な古びたワンピースを着た少女の服装は、地味だ。魔法少女の変身衣装に比べたら。
木の扉をキイとあけ、木造の階段を降り、ギシギシと階段が軋む音を暗闇のなかでききながら、ソウルジェムを手に翳して、暗い一階を照らした。
パン焼きかまどは、今は燃えてなくて静かだった。
薪割りの斧が放置されっぱなしだった。
テーブルには食器が置かれたままで、片付けられていない。というか、片付ける場所なんてないから、いつも食事テーブルには食器がおかれっぱなしだったが。
そして置かれっぱなしの食器テーブルあたりにはいつもねずみが床を走り回る。食べ残しのチーズなど食い散らかしている。
ちゅっちゅと鳴き声が暗闇のなかを走る。
一瞬だけ、あの長い尻尾をみた気がした。
その部屋をでたら、夜の城下町。
魔獣の町がある。
そこは魔法少女の戦場。
私の戦場がここにある。
ばっ。
とびに手をかけ、禁断の外へ飛び出す。
びゅうううっ。
冷たい外気が肌にあたる。
夜間の城下町は、悲しみの冷たさに包まれている。
夜の闇に浮かび上がるのは、魔の山よりも高く不気味な城。
黒いエドワード城。
常夜灯の灯かりにゆらゆらと照らされ、ぽつぽつと灯る。ほたるの国が闇に築かれ城下町を睥睨している。
月の浮かぶ雲は夜空を流れる。
ユーカは”魔獣の街”へと飛び出した。
334
翌朝になって、鹿目円奈は再び目を覚ました。
剣を胸元に抱きかかえて目を覚ました少女が朝の最初にしたことは、ため息だった。
はあ。
失意のなかで息をふっと口から吐く。
剣はもう青白く光っていなかった。
重い一日がはじまる。
そんな気分だった。
剣が青く光っていないということは、魔獣は今いない。昼だからいないのか、昨晩のうちに誰か魔法少女が、命を賭けて戦って、魔獣を倒したからなのか。
もしそうだとしたら、自分は、すぐそばで命を賭けて戦っている人がいたというのに、無視して眠りつづけたことになる。
「わたし…」
自分がいやになる。
「聖地にいく資格なんて……あるのかな……」
とまで、思いつめてしまった。
円奈の目指す聖地は魔法少女の聖地だ。世界の魔法少女が巡礼しにくる聖地。
いま円奈は、自分が人間であるのに、聖地に旅している。
そんな自分は、せめて魔法少女のことを分かっていくこと、知っていくこと、それが大切なことなはずなのに、魔獣の発生に恐れを感じてそれをしなかった。
それでいて魔法少女の聖地を目指そうなんて、罪だ。
思い悩んでしまっていると、宿主人にコンコンコンと扉を叩かれた。
「おいあんた、今日は泊まるのか、でていくのか。」
宿の女主人は、エプロン姿をして、問い詰めてきた。
「もし今日泊まるなら、硬貨はいま払え。もし今日でていくなら、いまでてけ。他の客が待っているんだ。」
「はい…」
円奈はなんと答えたらいいのかわからず、ただ返事をした。
そして悩んだあと、答えた。「わたし、出て行きます…」
「そうかい、じゃあさっさと荷物まとめて、でておいき。」
女主人の声は冷淡だった。
バタンと扉が閉まる。
すると円奈はリンネルの下着も脱いで、新しいリンネルに着替えた。
白いリンネルは一枚下着。そのうえに、チュニックを着て、腰にベルト、鞘、弓矢を最期に背中にかつぐ。
冷たい朝。ひんやりした空気。
宿屋をでたら、城下町の通路へでた。
城郭のなかに建てられた厩舎へいって、クフィーユとまた会って、食事を与えた。
すなわち朝の市場にでかけて、商人が都市と農村から運んできた干し草をたくさん買った。
水はどうやら、井戸を使わないといけないみたいだ。
城下町の朝は早い。
日がのぼったら、まず讃辞の鐘が会堂でゴーンゴーンと鳴らされる。
そしたら全員起き上がって、朝の讃辞。
つまり、全員がエドワード城にむかって、唱える。
「エドワード王万歳!」
「エドワード王万歳!」
まず合図役の者が叫んで、つづいて庶民が一斉に膝をついて王を名を叫ぶ。
偉大な王の名を賛美する。
讃辞が終わると、庶民たちは立ち上がって、もろもろの仕事につく。
鍛冶屋、皮なめし職人、石工屋、染色屋、輸送屋。小売屋。
ロープ職人は自分で店舗をもって、そこでロープを売った。
男がロープをつくり、女が店でロープを客に売った。ロープは壁にたてかけてあり庶民はそれを目でみて確かめることができる。
城下町ではビール醸造の業者も多かった。
醸造されたビールは酒樽にいれて、城へ運びだされる。城内の警備吏がこれをエドワード城に運んでいく。
城内に住む貴婦人と騎士の嗜みとして消費されていくのだろう。
もちろんビールは質がよくないといけない。
質のよいビールとよくないビールの見分け方は簡単だった。
すなわち調べたいビールをベンチにひたし、その上にビール製造監督がすわった。
1分間くらい待ったあと、ベンチをたったとき、ズボンの尻がべとっとしたビールは悪い。
すっとベンチを立てたとき、そのビールはよい。
最悪なのはズボンが完全にベンチにひっついて、立とうとしたら破けて尻が丸出しになってしまうビール。
こんなビールをつくった醸造業者は晒し台にかけられた。
何事もなくベンチをたてた良質なビールは樽にいれて、城内へ運ばれた。
さて、鹿目円奈は騎士として城下町をあるき、井戸を探した。
鞘に剣ぶらさげて馬に乗っていると、井戸に並ぶ女たちの列をみつけた。
女たちはみな洗濯のための桶をもち、井戸の順番がくるのを待っている。
黒いローブ服の役人たちが、井戸を使用する者は許可を得ろ、と号令を何度もあげている。
「許可…」
円奈は呟いて、そして不安になった。
果たしてよそ者に井戸使用の許可がおりるだろうか、と。
バリトンの頃の記憶が蘇る。
税も納めもしないで井戸を使うなんてしたら冷たい目で見られるかも……
ちょっと考えれば、円奈は異国出身とはいえ騎士の身分なのだから、騎士が井戸を使えないなんてありえないのだが、あまりそういう実感のない円奈は思い悩む。
魔女の嫌疑が飛び交う城下町の十字路をテクテク馬を進めていると、ある建物にめがとまった。
ゴシック建築の建物で、尖塔アーチとフライングバットレスの飛梁があり、円奈はそれをみたとき、エドレスの都市でも見たあの建物を連想した。
魔法少女の修道院だった。
都市では修道院と呼ばれた魔法少女専用の建物は、ここ王都の城下町では会堂と呼ばれる建物だった。
地下に秘密の魔法研究室があり、そこには魔法に関する書物と薬剤、薬草、魔術の材料などが貯蔵される。
「ここにもあるんだ…」
円奈は魔法少女専用の建物をみあげた。
円奈の馬であるクフィーユは、ふうと鼻を鳴らすだけだった。
そのとき、二人の少女が会堂の扉をギイっと開けて、外にでてきた。
背丈の小さな少女たちで……ルッチーアよりも背の低い二人組みだった。
「あ…」
円奈が馬上で声をだす。
しかし少女の二人組みは円奈を無視して、二人で足揃えて、城下町の十字路を歩く。
二人だけの世界といったかんじで、まわりに気などかけていない。
そそくさと円奈には背をむけて二人は歩き去った。
「魔法少女なのかな…」
歩き去る二人を眺めながら、円奈は、小さく独り言を口にする。
この2人組は、ヨヤミとスカラベという名前であった。
魔獣の街と呼ばれるほど魔獣の多いこの王都の街で、生きる魔法少女。
昨日も来栖椎奈の剣は青白く光ったけれど、魔獣が発生した昨晩、かの二人は戦いにでたのだろうか。
そして誰にも知られず、人知れず、城下町の脅威から人々を命かけて守ったのだろうか。
しかしそう一言でいいくくれるほど単純な空気は、この城下町にはない。
もっと恐ろしい陰鬱さ、暗さがある。
円奈はもうそれが分かる気がしていた。
335
その朝ユーカは、ふわあ~っとあくびをかいて、口を手で覆った。
朝から井戸の行列に並ばされて、やっとの思いで洗濯がおわった。
洗濯は、ションベン液を水に浸した桶に、ごしごしと下着、服、エプロン、布巾、なにもかも洗う。
ションベン液をたらすと、服の脂がよくとれた。
それだけでも悪臭の戦いだったが、この時間帯になると、人々は窓から糞尿をバケツにためて投げ出す。
これを頭からかぶらないように、壁際は通らない、というのが城下町の人々の暗黙のルールだ。
もっともエドレスの都市のように、地送りをつくって天井を設けている街路なら、そんな危険もないのだが。
皮なめし職人の前を通るともっと悪臭がひどい。
皮なめし職人は、動物の皮を、犬のフンを混ぜた溶液の桶に浸して、どろどろに溶かしてやわらかくする仕事をする。
まったくひどい悪臭だ。
こっちも悪臭、あっちも悪臭の、ひどい空気。
悪辣な領主に支配されている農民は、よく都市の自由な空気に憧れるというが、その自由な空気は、鼻も曲がるような悪臭に満ちている。
さてユーカは魔法少女ではあったが、昼間はこうして、城下町に暮らす一人の娘として、さまざまな仕事にあたる。
といっても、ギルドの弟子入りをしている少女ではなかったから、その仕事は主に家庭的なものになる。
お洗濯が終わったあとは、粉挽き。
粉挽き機は、王の建てた城にある、巨大な風車の回る塔の内部にある。
つまり、風によって巨大な風車がまわると、歯車が連動して、麦の粉が挽けるような臼が自動で回っている。
これが王都の粉挽き機であり、風力を利用した粉挽き機であった。
ただれそれは王の物であるから、使うときいちいち税金を納める必要がある。
ユーカは洗濯に使ったのとは別の桶をもって、それを空にしたまま、風車つき塔へとむかう。
風車塔の入り口がもう目前にせまっていた。
手元には空の桶を持っていた。
風車の入り口へづく道にできた行列に並んだユーカは、風車塔に入る階段をのぼってゆき、前の人につづいて、入り口をくぐった。
その頭上では巨大な風車が回っている。
風車塔の風車はいつも回っている。
ここエドレス王都は、潮風にふかれて、風車は回るのだ。
今日は特にその潮風が、激しく空に、城下町に、野原にふきつける一日のようだ。
336
やっとのことで、粉挽き機の順番がきた。
粉挽き機は、風力がまわす、回る大きな臼だった。
塔の上部で風車が回り、すると内部の柱が歯車の連動によって回って、臼を回してくれる。
そしたら、あとは勝手に麦が挽かれて、桶に落ちてくれる。
十分にたまったら、それを持って、風車塔をでる。
階段をくだっていたら、挽いた粉を取りこぼさないように慎重に、ぉっとっとおとか声をだしながら、城下町の十字路へ戻る。
戻ろうとして、階段をくだりきったとき、後ろから誰かに服をひっぱられた。
「ん」
ユーカが振り返る。
そこには、老婆がいた。
ローブ姿の老婆は、服がぼろぼろだった。肌は若さを失いしわがれていた。
老婆は、ユーカの前に腰をおろし、膝をつくと両手をさしだした。
「めぐんでください。」
ユーカの前に膝をついて跪いた老婆は、両手だけ差し出して、ユーカに乞う。
「あなたの挽いた粉を、わたしにめぐんでください。」
しわがれた物乞いの老婆は、衰えた声ですがる。
しかしユーカは、それをすると父母に叱られるので、無視した。
服をひっぱる老婆の手をふりほどき、十字路を進んだ。
すると恵みを得られなかった老婆は、立ち上がり、文句をはき始めた。
「けっ、ろくでなしの小娘め。婆への思いやりがないのか。おまえなどこの先、悪いことばかりが、起こるがいい。」
という呪いを罵り、すると粉挽きの行列からきた次の人を捕まえて、まためぐんでください、と乞う。
その次の人も老婆の乞いを無視する。
すると老婆は、また罵り声をあげる。「人でなしめ、少しくらい分けるくらい、なんだ。あたしは婆だぞ。力も衰えて、目もかすんで、このとおりよぼよぼさ。けっ!そういう女は用なしかい。アタシに死ねってかい! こんな人の世は、呪われてしまえ!」
「はあ…」
ユーカはため息はいて目を閉じる。
城下町の物乞いときたら、いつもいつもこんな調子であった。
乞うときだけ丁重なフリをしておきながら、恵みがないと、途端に相手を罵り始める。
それも、毒いっぱいに呪いの言葉をさんざんに喚き散らす。
実をいうと、数年前に流行った魔法少女による魔女狩り事件は、ああいう老婆こそ魔女として疑われやすかった。
337
さてユーカはその火、粉挽きも終えて、家にもどった。
桶に満たした麦粉を、ろうそくが白くどろどろ溶けたままのテーブルに置き、さっそくユーカは母にいった。
「市場にでかけていいよね?」
すると母は────この日は母は牛の世話していたが────すぐにユーカに答えた。
顔だけ一瞬、ユーカのほうを向け、腰まげたまま、「ああ」と一言いった。
「それじゃいってくるっ」
一日でユーカが一番楽しみにしている時間。
それが城下町の市場にでかける時間だった。
やるべき仕事をだいたい終わらせて、午後のパン捏ねがはじまるまでの、ちょっとした自由時間。
それはユーカがいつも市場へ出かける時間。
人も一番集まって、盛り上がっているし、友達にも会えるし、自由に買い物もできる。
といっても、小遣いなんてものは、指で数えるようなものだったが……。
市場ではたまに、エドレスの都市や他国から渡り歩いていた吟遊詩人が、音楽を披露したりもするので、城下町で過ごす少女の日常のなかでは、いちばん楽しい。
馬上槍試合が公開されるのも市場の空間だ。
市場は、時間帯によってベンチにだされる商品が決められている。
9時には乳酪製品…11時からは家禽商、料理人、パイ・ベイカー、魚。
12時になると売れ残り商品をうってはいけず、また、転売用に魚を買ってはいけない。
夕方六時までは、ワイン、エール、生肉のゆでたもの、ローストしたもの、焼いたものを売ってはよいが、夜10時以降は一切売ってはいけない。
品物のやり取りは、必ず小天秤で衝量単位を量る。”非常に小さいはかり用真鍮製オンサー”と呼称もある。
異国からやってくる商人は、この市場の時間帯にそって(そわない商人も多いのだが)、胡椒売り、粉屋、スパイス商人などの姿をみる。
どれもユーカの手にはと届かない値段で取引されてしまう。
しかしスパイス商人とやりとりする、買取役たちは、エドワード城の騎士たちの趣味のために使い走りされている。
市場に送り出されて、フラン、ジンジャー、クローブを買うのだが、彼らはいやいやエドワード城から派遣された使い走りたちであるので、品定めする目がなく、あっさり商人たちのあくどい業に騙される。
つまり確かに売る香辛料の量は、オンサーという小天秤で測られるが、商人たちはスパイスを水で湿らせてから秤に乗せるので、本来の物量よりも重たく量られて、そのぶんだけ使い走りたちは多く金を支払う。
こんな商人たちを取り締まるのがアデル・ジョスリーン卿のような役人たちだった。
さてユーカは、城下町の市場にくると、ベンチにならぶさまざまな食べ物に目を奪われてしまうのであるが、最大の目的は友達に会うことだった。
王の支配がすぐそこに君臨する城がある城下町で、友達同士で話し合う機会は、この市場でつくれる。
市場のあらゆる場所をとって、さまざまなモノを売る人たちのなかには、ユーカの友人がいる。
そのうちの一人が、バスケットに焼きたてパンをいれて白い頭巾をつけて、市場にて売り子をしている魔法少女・ジュリアナだった。
「焼きたてのパンはいかがですか。」
市場を行き来する城下町の人々に、パンを売り、歌い声をだしている。
「焼けたばかりで、香りがいいですよ。焼きたてのパンは、いかがですか。」
ユーカは、売り子をしている友人の魔法少女の姿をみつけると(もちろん、魔法少女としてでなく、人間の姿として売り子をしているのであるが)、嬉しそうに顔を綻ばせ、売り子をしている彼女の背中を、つかんだ。
驚いて振り向いたジュリアナの顔が明るく微笑みに変わった。
「あら、ユーカ!」
白い頭巾をつけた少女はいう。
ジュリアナはいまボディスを着用していた。彼女は魔法少女で、19歳。未婚である。
「今日も変わらず頑張っているのね」
ユーカは肩をつかんだ手を放した。「パン売りさんを」
「パン屋ですもの」
微笑みながらジュリアナは言う。腕にさげたバスケットのパンは、いい香りをたてている。
「ユーカも一ついかが?」
「もうあなたところのパンは飽きたわ」
ユーカは肩をすくめる。それから、魔法少女同士特有の話題になった。「ジュリアナ、あなた穢れを溜めてないでしょぅね」
ジュリアナは難しい顔をした。「ユーカ、あなたは昨晩も魔獣退治を?」
ユーカは頷いた。「だから、眠いわ」
ジュリアナは恐ろしいものを見たような顔をする。顔に暗さが増し、怯えが映った。「ユーカ、いけないわ」
「ジュリアナも怖い?」
周囲では人々は買い物に夢中になっている。
ジュリアナはますます怯えた様子をみせた。バスケットをさげた腕が震えている。
「夜間はいま、外出禁止令がでているのよ。誰かに見られれば……」
「そうやっていつまでも───」
ユーカは真剣な顔つきになった。
たしかにユーカは昨日、夜に発生した城下町の魔獣を退治した。
しかし魔獣の発生が、ぜんぶ魔女のせいだとされているこの城下町で、夜間の出歩きが、誰かに見られてでもしていたら。
「魔法少女の使命から逃げ続けるつもり?」
ジュリアナはなきそうな顔になる。
ユーカはそれでも、つづけた。
「私、きいたことがある。聖地の言い伝えだけど────」
聖地、ときいた瞬間、ジュリアナの顔の目が瞠る。
「”円環の理”は、私たち魔法少女を、魔女の手から救い出すために今の世界にしたんだって」
魔法少女たちのあいだで伝説となり、そして、いまや神聖視されている”理”の名をだす。
遠い昔に誕生した理。
新しい世界。
一人の少女を礎にいた今の世界…… その理は、今の世界にも、救いの慈愛をそそぎ続けている。
「なのに、魔女の裁判にかけられるのが怖いの?」
ジュリアナはたまらなくなり、ユーカから目をそむけて言う。「怖いにきまっているわ」
ユーカは悲しそうに目を落とした。
「わたしは身の潔白なんて証明できないわ」
悲観的な魔法少女であるジュリアナは、自分でもそれを口にするのが恐ろしい、というように、息をはいたあとそっと口にだして言う。
「私たちは、人間じゃないんですもの」
二人の脳裏に、オルレアンの”魔女の火あぶり公開処刑”の光景が蘇る。
ソウルジェムの秘密が城下町の人々に暴露、衆目に晒された一ヶ月前……
オルレアンは、魔女刺しの痛みを遮断し、人間ではない身体のまま、火のなかで焼け死んだ。
城下町の魔法少女たちは、自分たちが人と同じ仕組みの身体をしていない、つまり死人が動いているような状態だと城下町の民に知られたとき、その民のあまりの冷酷な豹変ぶりをみて、すっかり怯えるようになった。
悪魔と契約して不死身の体になった邪悪な魔女だ。
自分たちのことを魔法少女とは呼ばず、魔女と呼ぶにうよなってからも、抗議の声もだせずにいた。
「こんな私たちを見たら」
ユーカは悲しさと共に己の気持ちを吐き出した。
「円環の理さまが、悲しむと思うよ…」
魔女と呼ばれることに甘んじ、しかも、魔獣狩りの使命も忘れた魔法少女たち。
戦うことをやめた魔法少女たち。
火あぶりの公開処刑を恐れる魔法少女たち。
それが城下町の魔法少女たちの姿だった。
魔法は一切つかわず、日に日にほんの少しずつ、光を失っていく自分たちのソウルジェムを、眺めていくだけ。
すべて黒くなったら、どうせ円環の理が、天国に導いてくれるのだから、魔獣狩りなんてしなくたって……
そんな容態だった。
338
ユーカは市場から十字路にもどった。
そしたら、意外な人物と再会した。
テクテクテクという馬の蹄の音をならし、なんだか行く目的もなさそうに右往左往しているのは。
「あ…」
それは、見覚えのある騎士の少女だった。
変わった髪の色をしていて……
「……あっ」
馬にのった騎士も声をあげた。
腰に剣を収めた鞘を吊り下げ、背中に大きなイチイ木の弓を担いで、騎乗姿をした少女。
今日の朝に、二人乗りさせてもらった騎士の女の子だった。
思いもかけず再び顔をあわす。
「えっと…」
ユーカは、ぼうっと考え、少女騎士に声をかけた。
「だれ……だっけ?」
思えば名前を知らなかった。
「うう…」
すると落ち込んだ様子を少女はみせ、こうべを垂れる。
ちょっとしたことですぐへこむタイプの女の子なのだろうか。
「わたし、鹿目円奈。かなめまどなです」
騎士の少女は名乗り出てくれた。
「変わった名前だね」
ユーカはいった。
「そ……そう…かな…?」
ピンク髪の少女は、馬の手綱を手放して、胸元で指の先同士をちょいちょい合わせて落ち込んだ声をだす。
なんか昨日より元気がなくて、塞ぎこんでいるみたいだ。
「ひょっとして、昨日の魔女の火刑みた?」
ユーカは勘ぐって、たずねてみた。
他国からきた人には、衝撃的な見世物だったにちがいない。
「えっ!?あ、うん…」
塞ぎこんだ様子の少女騎士は、最初まず驚いたように顔をあげ、甲高い声だして、それからまた頭たれて、下を向きながら小さな声で答えた。「そう…なんだ」
図星であった。
「まあ、ここはそういうところなの」
ユーカは馬上の少女をみあげて告げた。
「それで、エドワード王には会えた?」
ピンク髪の少女騎士は、下に俯いたまま、ふるふる顔をよこにふった。
馬が頭を下ろして自分の身を毛づくろいした。
「その様子じゃ、会えてないと思った」
ユーカはふん、と鼻をならした。
「で、どうするの?」
少女騎士に問い詰める。「エドワード王になんとしてでも会う気なの?あまりここにとどまってないほうがいいかもよ?ただでさえ魔獣が多いんだから」
「ううう…」
ピンク髪の少女はただ塞ぎこんだように、俯いているだけ。
「ねえ、聖地にいくっていってたでしょ」
そのときユーカの声をききつけて、友達の魔法少女であるスミレが、そっと二人のやりとりを遠目に見ていた。
スミレは、見知らぬ少女騎士と話すユーカに、視線をずっと、注いでいた。
「聖地……いくんだけど…」
俯いた少女は気弱な声をあげる。
「ならここを通らなくちゃ」
ユーカは進言する。「わかってるでしょ?エドレスの大陸を渡ろうとしたら、ここしかないんだから」
「そうだけど…」
少女の声はまだ気弱だ。
「だったら、いくしかないでしょ」
茶髪のミドルロングに、黄色い瞳をした魔法少女は、少女騎士を諭す。
「それができないなら、ここを出たほうがいいよ。一番いけないのは、ここにとどまること。どんな町か、もうみてるんでしょ」
「うん……だけど…」
するとあろうことか、少女騎士は涙声になりはじめていた。
「私、怖くてエドワード王に会えない…」
なんて情けないこという騎士だった。
しかしこの少女騎士は、王都についてからというもの、ずっとこんな調子であった。
王に会うことが目的なのに、王に会う勇気がない。
そしてしどろもどろしている。
「ええっ…ちよっと、だって昨日は通行許可状があるからここ通らせてもらうんだってあんなに意気込んでて…」
ユーカはさらに大きな声になった。
「私でさえ、いったことないんだから、魔法少女の聖地……」
「ユ、ユーカ!」
ユーカのすぐ隣に、黒い髪と深い青色をした瞳をした少女が、街角の陰からかけつけてきて、ユーカの手をにぎった。
「だめだよ、それ以上、話したら!」
ユーカの手をにぎってもちあげ、スミレは、ユーカと円奈の会話を遮る。
ユーカは、突然あらわれた友達の魔法少女に諭されて、「…うん」と唸った。
まわりの人の視線が集まっている。
新たな少女の登場に、円奈は戸惑った様子をみせた。
「えっと……この子はね、スミレ。私の親友なの」
ユーカはとりあえず、円奈に、友達の魔法少女を紹介してあげることにした。
「同じここの生まれで、ずっと友達なんだよ」
スミレは、わずかに照れた顔もちをした。
「そうなんだ」
少女騎士は馬の手綱たぐって、馬の向きを変えてスミレたちのほうへ向けた。
馬が前足で石の地面を叩いた。
「私は、鹿目円奈です。よろしくね」
黒い髪をした少女のほうにむいて、馬上から名乗ると。
この青い瞳をした純粋そうな女の子は、びくびく怯えだして、おろおろ目をあっちこっち逸らしながら、小さな顔に困った顔を浮かべ、やっとの思いで、円奈と目をあわすと、「…スミレです」と、小さな声で名乗った。すぐ俯いて下を見た。
「この子はね、ちょっと気弱なところがあるの」
ユーカがスミレの腕をくんでいった。スミレはユーカに腕をひかれて身を引き寄せられた。
「人みしりするし、友達でも話するの苦手だし……私とくらいしか、ろくに話せないんだから」
ちょっと自慢げに語るユーカだった。
円奈はすると、優しい微笑んだ。
「そうなんだ。スミレちゃんていうんだね」
「エドワード王は魔法少女を敵視してる」
と、ユーカは、火あぶりの終わった魔女処刑台をみあげ、隣の円奈に語った。
「王は魔法少女の存在が気にならなくて───」
円奈はじっと、ユーカの言葉をきいている。
「私たちの存在を”魔女”に貶めてこの魔女狩りをはじめた」
円奈の目がわずかに、見開く。
それが人間の悪意であり、恐ろしさであり、この王都を包む最大の重苦しさであった。
この国の王、エドワードは、王都から魔法少女を殲滅する気でいるのだ。
「人間って、怖いね」
魔法少女としての、切実な言葉であった。
さて、そんな城下町のなかを生きる、魔法少女であるユーカは、また円奈の顔をみあげた。
「もう一度きくけど、エドワード王に会いにいくの?」
その口調はさっきよりも冷たかった。
もう、円奈にはその理由もわかった。
エドワード王は、魔法少女を敵視して、”魔女狩り”をはじめている……。
それは、いうなら魔法少女にとって、エドワード王は大敵であることを意味する。
「夜間の…」
恐る恐る、円奈はそっと口にした。
「外出禁止令があるって…」
「…うん」
小さな声でユーカは答えた。「夜間に外出するのは魔法少女だけだから……」
「…」
円奈は無言になる。
しばし口を紡いだあと、苦しそうに、言葉をしぼりだした。「ユーカちゃんは、それでも魔獣狩りを?」
ユーカは意外そうにはっとして円奈をみた。「わかるの?」
「私の剣、魔獣を察知できる魔法の剣で…」
円奈がいうと、クフィーユがふん、と鼻をならして首をもたげた。「昨日、魔獣がいたことはわかるの」
「…」
ユーカはまだ意外そうな顔をしている。
「ひょっとしてユーカちゃんは今日も?」
馬の向きを翻し、ユーカの正面に向かった騎士はたずねた。
ユーカは一瞬、ぽかんとした顔をしたが、やがて力強く頷いた。
「私、エドワード王の策略になんか負けない。私は魔法少女だから、魔法少女の使命を果たす。人を助けるのが魔法少女なんだ。私の希望、それなんだから」
ユーカはこんな魔女狩りがはじまってしまった城下町でも、魔法少女としての生き方を貫くことを決めている魔法少女だった。
円奈は馬上で微笑んだ。
「ユーカちゃんの願いは、きっと人をたすける願いだったんだね」
「あっ…」
ユーカはどこか恥ずかしそうに照れて、頬を明かして、どこか目を逸らしたあと、小さく答えた。
「うん…」
スミレが隣で、青い瞳をきょどきょどさせている。
「ねえ、ユーカちゃん、お願いがあるんだ」
いきなりピンク髪の少女は、どこか引き締まった声をして、言った。
「え?」
頬の赤みがまだのこっているユーカが次の瞬間、みたのは───。
さっきの頼りなげな、優柔不断な迷える少女の顔ではなく───
決意と、覚悟に満ちた、強さを目に湛えた────
意志を固めた少女騎士の姿だった。
「今日の魔獣退治、私も連れてくれる?」
決意に満ちた表情をした少女騎士は、そんなことをいう。
「…え?」
ユーカはますます、戸惑うばかり。
「いや、人間でしょ…あなた」
「でも、聖地を目指す人間だから!」
円奈は鞘の剣をツツンと指先で叩いた。
「魔法少女の聖地を目指すから……あなたの魔獣退治に、私も、付き合わせて!」
恐ろしい魔女狩りと火あぶりの刑が連発する城下町で───。
鹿目円奈とユーカの魔獣退治は、こうしてはじまった。
210 : 以下、名... - 2014/11/12 01:10:54.97 fkVyyBfW0 1818/3130今日はここまで。
次回、第45話「円奈とユーカの魔獣退治 Ⅱ」
第45話「円奈とユーカの魔獣退治 Ⅱ」
341
その頃、王城、エドワードの王広間では─────。
宴会が開かれていた。
クリームヒルト姫の歌声にのせて、陽気な音楽が奏でられる。
まず前奏部がフルートによって演奏され、だんだんとそのフルートの音に、リュート、打楽器などの音が加わってくる。
その夕の食事も豪勢だった。
給仕係の女たちが、召使いを連れて食事の数々を長テーブルの上にずらりと並び立てる。
ろうそくに火を灯し、豪勢な食事と皿を照らし出す。
長テーブルは、真っ白いテーブルクロスに、サナップと呼ばれるテーブルクロスを敷く。
そこに並べ立てられるのは、三本分かれの蝋燭台と、皿、ガラス製のハナプとか、アナプと呼ばれる腰高の杯、ワインや香りづけをした水が噴き出てくる仕掛けの噴水が中心に置かれ、彫刻を施した先端の口からでてきて、ゴブレットやタンカードに満たす。
この噴水は、管が多ければ多いほど、多種多様な飲物が噴出し口からでてくる仕掛けだ。
巴マミと、鹿目まどか、美樹さやかの世代でいうなら、これはいわゆる”ドリンク・バー”に近い仕掛けかもしれない。
しかしこの時代ではこのような仕掛けを通して飲物を頂くことは、王と、貴族の嗜みだった。
噴水の彫刻は凝っていて、職人が手がけたもの。噴水は、塔のようにテーブルに屹立して、そこにたつ貴人たちよりよっぽど高い。
ある噴出し口からはワインがでてきて、ある噴出し口からはビールがでてきて、ある噴出し口からはりんご酒がでてくる。
そんなふうにして噴出し口が噴水のまわり四方向にちょうど四つあって、貴人たちはいわゆドリンク・バーにちかい感覚で、この噴水から多種多様な飲物を好みにあわせて頂くことができる。
今日の王の食事は、温かいりんごと洋ナシの氷砂糖煮、スパイス風味の白ワイン、ウェーファーというお菓子、ヒポクラスという赤ワイン、砂糖を彫刻した装飾菓子など、本日も大変珍味にして豪華である。
しかし中でも特に驚くべき料理は、ひづめ料理と獣油、そして魚のゼラチンを使った宮廷料理の数々だ。
王のために出される料理は、味よりも演出に凝られた。
海景色を色で演出したり、エドレス王国の紋章である、ユニコーンを絵に描いた料理をだしたりと、芸術的に飾る料理の数々があった。
獣や鳥や、魚からとれた天然の脂肪や油は、いためたりソテーにしたり焼いたりして、バターとの区別はほとんどなかった。
バターは、料理に使われるだけでなく、つやをつけたりにも使われた。
驚くべきは他にもある。
宮廷料理における調味料の使い方は、庶民の想像を絶する。
シナモンはビーフステーキにまぶしたり、りんごや梨を甘いデザートにしたり、魚に照りつけをつけたり、ヒポクラス(赤ワイン)のようなワインに風味をつけたり。宮廷料理人にいわせれば、「なぜシナモンを手に入れて食べられるような人が死ぬのだろうか」。
料理に使うスパイスの種類は、たとえば鶏一話煮込むときに、スープ・ストックとワインを半々に、クローブ、メイス、胡椒、シナモンを入れる。
いっぽう甘味は、砂糖と蜂蜜が主役であった。
砂糖がなければ蜂蜜、という具合の優先順位で、古く粉状になった蜂蜜を溶かして液状にし、元のきれいな半透明のシロップに戻して熟したら、パンやペイストリー、肉や果物料理に使った。
しかし真に驚くべきはその味付け方法かもしれない。
王の宮廷料理は、庶民のおよそ到底考えられない味付けをした。
料理人たちはその味付けに関して、”調整する”という言い方をし、とても自信をもっていた。
それは”相反する味の調和”であった。
辛味と甘味、苦味と酸味、といったふうに真逆の風味を同時に織り交ぜ調理する。
料理人最大の腕の見せ所。
ぴりぴりっと舌に走る香辛料の辛さは、砂糖が調和してくれるという発想だ。
たとえば、果実のデザート料理である、”ストロベリー”の味付け方法は、さんざん砂糖をふんだんに使って、”甘味”を強調したあと、最後には酢で”ぴりっと酸味”にして引き締める。
つまり酢の酸味と砂糖の甘みを同時に口のなかでバランスよく楽しむことになる。
逆に、カレント、サフラン、胡椒、ジンジャー、シナモン、ギャリンゲールをふんだんに使ったスパイス仕立てのアーモンド・ミルクについては、最後に味付けを完成させるのは”たっぷりの砂糖”である。
こんな歌詞もある。
女の子はなにでできている?
砂糖とスパイスそして素敵なものすべて。
砂糖とスパイスなんて、とその組み合わせに驚く世代もあったろう。しかし、この時代では主流である。
さて、自信満々に料理人が調理した食事の数々は、長テーブルに集合した騎士たち、貴婦人たち、王族たちが囲んだ。テーブルに並べられた金と銀のスプーン、ブロンズ色の合金、無色水晶、ガラス、象牙のスプーンも置かれ、テーブル・セッティングはすでに整っている。
金とエナメル仕立ての豪華なテーブル・ファウンテンは、三階層にななり、食事を飾り立てる。
できあがった料理は、給仕係によって運ばれてくるけれども、配膳室と食事が催される大広間は遠く離れていた。そのあいだは長い廊下が繋いでいる。
これは、配膳室が大広間のすぐそばにあったりなんかしたら、せわしなく働く給仕たちの打ち鳴らす、カチャカチャという皿の音がたまらなく嫌になるので、配膳室と食事の大広間は長い廊下によって意図的に遠く隔てられる。
これで貴婦人と騎士たちは、給仕たちの打ち鳴らす皿の音に悩まされず、貴人同士の世界だけで会話に耽ることができた。
エドワード王は、王の席にあり、指で食事している。
もちろん、指で食事するのは最も高貴であることの証明だ。
庶民は指で食事しようものなら必ずボロをだす。中流階級の成金が、王宮の食事作法をまねて、指で食事したところで、犬が食い散らかすような食事にしかならない。
だが王宮の食事では、指で食べるとき、もっとも丁寧で高貴な食事となる。
指の使い方をしっているし、器用であることの証明であり、それを学び実戦するほどの身分であることの証明であるのだ。
さて王宮の食事にはもちろんルールがある。
唾をはくときはテーブルにではなく地面に吐け、口のくさい者は他人の顔の近くでげっぷをしてはいけない、枝木やナイフやムギワラを、つまようじのように使ってはいけない、といったルールだ。
その昔は、たとえば紅茶を飲むとき、小指をたてたものだが、それと同じ習慣は、今の時代にもある。
貴婦人は、飲物をのむとき、自分の口をぬぐうために、小指をたてて濡らさないようにした。
濡らした指で自分の口元をぬぐうなど、みじめだからだ。
そして中流階級の人は、たいていこういう理由も知らずにワケもなく小指を立てる。
さて、この日の夕食の話題も、魔女の火あぶり刑についてだった。
「今日の魔女は、二人でした」
告示役の人が、王の食卓の壁際で、デネソールに渡された羊皮紙を声高によみあげる。
「バルドゥングの娘ディアーナと物乞いのアンドリュー・バーディーズ」
びくっ、この日も王の食事会に出席している世継ぎの少女アンリは、食卓の席で肩をふるわせる。
隣に母クリームヒルト姫はいない。
少女ただ一人である。
クリームヒルト姫は、王の玉座の壇の下で、腹に手をあて、歌声をあげていた。
エドワード王は不機嫌な様子で無言であり、もくもくと口に食べ物をふくんで食べている。
指に持ったパンとタルトを口に含む。その額は赤く、ぎらぎら脂がたぎっている。
金色の冠は頭にかぶったまま。
王の席は、リネンホールドという襞模様が施された椅子である。
魔法少女を目の敵にして、ソウルジェムの秘密を市民の前に晒し、暴いた王であったが、魔女狩りが城下町ではじまると、実際に摘発される女は、王の目論んだ獲物たちとはいささか違う女どもが、たびたび魔女としてあがった。
とくに、物乞いの老いた女とか、そんな類の女たちである。
エドワード王が本当に狩りたいのは、魔女────として自らの罪を自白した、魔法少女だ。
魔法少女を捕らえ、どんな手をつかってでも、痛みを感じぬ、人間ですらない自らの素性を白状させる。
それが王の意図する魔女審問だった。
はるか昔の、絶対にして聖なる神のための狂気めいた異端を断罪する魔女裁判のたぐいではない。
王の狙いはあくまで魔法少女であり、この”魔女裁判”は、魔法少女狩りともいえる、ソウルジェムをもつ魔法少女を標的にした裁判だ。
もちろん、やつらは人間ではないのだから、痛みを感じるかどうかの拷問と審問を繰り返せば、やつらは、しまいには痛感を遮断して拷問に耐えようとする。それが逆に自らを魔女とするに十分な証拠として表にだす。
あの死人も同然の肉体の秘密が暴かれるわけだ。エドレスの民たちの目に。
その上で魔法少女を魔女の罪にかけて火刑にしたり、王の城に捕らえたりすることには、成功している。
しかし、娘が魔法少女であることを匿って隠している両親どもがいる。これは王の令に逆らう家族たちだ。その両親どもは家族ごと共犯にしてなければならない。
あまりにも足らない。
これでは王の望む魔法少女狩りではない。
「魔女の疑いがかかった一家は全員共犯として捕らえろ」
王は鋭い眼光を品地ながら、憎しみたっぷりの口調で、大広間で告げた。
その声は騎士たち、給仕たち、貴婦人たち、その場で一人だけ正体を隠して紛れ込んでる魔法少女アンリ、政務官たちの耳に入り、そして書記たちが羽ペンで王の言葉を勅書として書き留めた。
正式な勅書は、この書記のものを基にして、専門の政務官が、書き綴り市民に公表する。
「魔女の娘がいればその母も魔女の罪を疑え」
王は大広間でまた、言い放った。
騎士たちは無言で頷く。そのなかには昼食事会の参加者でもあった、ルノルデ・クラインベルガー卿や、都市の馬上槍試合に参加したあと王都に戻ったメッツリン卿や、ディーテル卿もいた。
「魔女を捕らえたら共犯者の名をださせろ」
王の命令はつづく。
食事は豪勢であったが、王の言葉は辛辣で刃のようであり、騎士たちは全員、緊張していた。
「ただ魔女を狩ることだけが、王が勝つ道だ。お前たちも知っていることだ」
王の命令がくだったあと、騎士たちは貴婦人と相席して、食事を楽しんだ。
カチャカチャとスプーンやらタンカード同士のぶつかり合う音が聞こえ始める。
世継ぎの少女アンリは、控えめに、顔を俯き加減のまま目だけ上向きにして、騎士たちの食事の様子をうかがっていた。
ひょっとして自分が魔法少女であると見抜いた騎士がいるだろうか…そんな思い込みのせいで、まともに顔をあげることができず、少女は、まるで囚人のような表情をしてまわりを見渡す。
ちょうど王のあたりに彼女の目線がさしかかったとき、王がこっちを見てきた。
ギロリと光る老王の目が自分を見据える。
びくっと慌ててアンリは、王から目を逸らし、自分の皿だけをみつめた。
そして恐ろしげにあたりを見渡したことを後悔した。
そんなこともせず、ただただ自分の食事にだけ集中していればよかったのだ。
でも、もう手遅れかも…。
いま王と目があって、自分は慌てて目を逸らした。これってまずいんじゃないか…
今の挙動、怪しまれたんじゃないか…
王を見返して、会釈を返すくらいやってのけたほうがいいんじゃないか…いや、これだけ間があいたあとだと、いまから会釈すれば、かえってもっと怪しまれるんじゃないか…
でも、下を向いたままの自分は、ひょっとしたら今も王に睨まれつづけているかも?
だとしたら、さっさと祖父に、会釈を返したほうが……
でも、下をむいた自分には、王がいま自分を睨んでいるのか、そうでないかも、わからない。
あわてて目を逸らしてしまったから。
そのを確かめるには、また王をみるしかない。
そしてまた王と目があったら、いよいよ疑われてしまうのではないか?
アンリという少女は、王宮の食事に日々出席する魔法少女であったが、こんなふうにびくびく心うちで怯える毎日だった。
その指輪にソウルジェムの指輪はいま、嵌めていない。
隠している。
ふつう、魔法少女は、左手にソウルジェムを肌身離さないように指輪にして、指にはめているものだが、アンリは自分が魔法少女であることを知られることを恐れて、指輪は彼女がきているガウンの袖のなかに隠していた。
そして、袖に隠した指輪を意識したまま、指で食事にやっとの想いでありつくアンリなのであった。
342
その日の夕食も終わると、騎士たち、貴婦人たちは、それぞれの城内の私室にもどった。
クリームヒルト姫は、蝋燭を持ち歩き、ぽつんと灯る赤色の明かりのなか、エドワード城の王妃の部屋に戻り、天蓋ベッドに腰掛けた。
手に持った蝋燭は壁際の燭台におき、ふっと息をふきかけて、とけたろうを固めるとその上に蝋燭をたてた。
夜眠るとき、城内の貴族は、男も女も裸になって寝た。
衣服を着たまま寝るという習慣がなかったのである。
あたかも靴で家にあがることはないという習慣のように、城の貴族たちは、寝床に就くとき服を纏わない習慣だった。
娘アンリも裸だった。
ソウルジェム化して、魂の抜けた身体は白く、なめらかで、少女の美しさをもつ裸体だった。
けれども肌は白すぎた。
毎日王宮の食事に出席し、それ以外の時間は私室で過ごす少女の肌は、一年のうちでも太陽の日にあたることがほとんどなくて、病的に白かった。
白骨のような白さだった。
血が通っていないとすら思える肉体は、たしかに魂のない肉体だったが、アンリは横たわって、ベッドにしいたシーツに寝転んだ。
キレイな少女の髪が、しわくちゃとベッドに垂れた。
「祖父は、どうして魔法少女を目の敵にするのですか」
世継ぎの少女アンリは、母クリームヒルトにたずねた。
母も、娘と同じベッドに身を横たえた。
「この地上の王になろうとしているからよ」
「もう、地上の王ではありませんか」
アンリは納得いかない顔をしている。
「世界は広いけれど、祖父に匹敵する王の名は、人間のあいだにはききません。聖地エレムの王、葉月レナくらいしか、エドワード王に匹敵しないでしょう」
その名は、後に鹿目円奈が聖地で出会うことになる、エレム国の魔法少女だった。
「王の魔女狩りをやめさせるわけにはいきませんか」
アンリは母に頼んだ。
「悲劇が繰り返されるだけです。自分の身だけ案じて言っているのではありません。今の王の政策がつづけば、魔法少女は戦いをやめ魔獣を野放しにします。ますます城下町の民は───」
アンリの言葉を、母は途中でさえぎった。
母はアンリの口元に手を置く。
「女はあの場では何の発言権も持たない」
残酷な現実が突きつけられる。
「私たちは貴族の前に王族としてでるだけ」
壁際にたった蝋燭の、一点の小さな火が、暗闇のなかの姫の私室を灯す。
その灯火は頼りない。部屋全体を照らさず、一部だけ灯すような、小さな灯かりだった。
「母から、王に直接、いってください」
娘アンリは勇気をだす。
「”魔女狩りをやめてください”って…」
アンリのソウルジェムは、めったに魔法を使うこともないので、大して穢れていないが、それでも完璧に綺麗ともいえない。
少しずつ消耗してきている。
母はかぶりをふった。
「王は決してやめないでしょう」
アンリももう人間ではなく、肉体が魔法少女であるから、生きたければ魔獣を狩りにいかないといけない。
しかし魔獣が発生するのは城下町の通路。つまり魔獣と戦うには王城から降りて出ないといけない。アンリ単独で。
身分的に、それができるはずもない。
魔法少女になってから、一ヶ月たつが、まるで魔獣狩りの経験のない、いや、魔法少女経験のない魔法少女だった。
「今にはじまった戦いではない」
母は天井の虚空をみあげる。
「”魔法少女”と”人”は……」
どこか、諦めにちかい声がする。
「いつも憎しみあい、そして誰もが悲しんだ」
母は知っていた。
いまこの城下町で起こっている魔女狩り。
魔法少女狩り。
それは今にはじまった戦いではないことを。
むしろ、遥か昔からつづいている戦いであることを。
”ヴァルプルギスの夜”の歴史の深さを見れば、一目瞭然だ。
かつてその魔女の宴が人々に恐れられたとき、どれほどの魔法少女が魔女として裁判にかけられ、火あぶりに晒され死んでいったのか…
それを考えたら、誰にもとめることなんてできない。
人にできなければ、魔法少女にもできない。
343
同じ頃、つまり夜も更けた深夜の真っ暗闇で────。
城下町の十字路に、二人の少女が落ち合っていた。
一人は騎士で、もう一人は、魔法少女だった。
「本当に、いいのね」
魔法少女のほうが口をひらいて、念押しした。
暗さに顔が隠れた。
「うん」
騎士の少女が答えた。「なんかもう、慣れっこだし…」
ふうう。
魔法少女は、小さく息をついた。
目を閉じ、胸を落ち着かせている。
「それは今までに何度か魔獣に襲われたってこと?」
ピンク髪の少女はわずかに微笑んで答えた。「うん、まあ……そんなかんじ」背中には大きな弓と矢筒がある。
「そのたびに魔法少女に助けられたんだ?」
深夜で落ちあっている二人の少女のうち、魔法少女であるユーカは訊く。
「うん、そんなところ…」
騎士の少女、鹿目円奈はやわらかく苦笑した。
円奈は昼間、ついこのあいだ知り合ったばかりの魔法少女・ユーカに、自分も魔獣退治に連れて行ってほしいと頼んでいた。
昼間に交わした約束どおり、二人は外出禁止の夜間に、十字路でおちあっているのだった。
「じゃあ、魔獣の結界に入ることは、慣れっこってこと?」
ユーカはまた、念押ししてくる。
「うーん…」
するとちょっと声に自信がなくなってくる円奈。
「結果に入ることはまだあまりなれないんだけど……魔獣に襲われることには慣れたかなっていうか…」
「なにそれ、つまり結界に入ってるってことじゃない」
ユーカはおかしそうに言った。
「うん…そう…なの…かなあ…?」
魔獣のことはなんだかんだでやっぱりあまりわかっていない円奈だった。
二人の顔は、暗く、互いの表情はみえない。
暗い陰が互いになんとなく見えるだけだ。それだけで話し声のやりとりをした。
街灯もない時代の夜は、恐ろしく暗く、なにも見えない。月すらいまは、新月だった。
地上を照らすものは夜空に無数に煌く、銀河の星々の煌きしかない。
「むかし、ううんいまも、よく思うことがある」
ユーカは夜空に浮かぶ銀河、天に伸びる天の川をみながら、呟く。
「夜になると空に煌くあの光の粒は、なんだろうって…」
カベナンテルは、夜になると浮かぶそれは、惑星とか、恒星というものであって、キミたちが立つ地上のそれと同じものだっていう。
けれどユーカにはそれは信じられなかった。
あんなに小さくて、しかもたくさんあるものが、私たちの立つ世界と同じであるわけがない。
私たちの立つ世界は、こんなにも広くて、大きくて、森もあれば谷もあり、川もあれば崖もあれば野原もある。
けれど夜に浮かぶそれは、あんなに小さいし、そこに人なんているわけがないし、当然、山も森も川も野原もあるわけがない。
あるのはぽつん、としたちょっとした煌きがあるだけ。
「”遠い昔の人間ならみんなしっていた”って…」
ユーカは、カベナンテルの話を思い出して語る。
その目はどこか遠目を見つめているかのようだ。
「”ボクたちはあの光の粒のどれかからやってきた”って…」
目を切なげに落とす。「信じられるわけないよね」
円奈は、一体ユーカが何の話をしているのか分かりかねていた。
でもひょっとしたら、円奈が捜し求めて、バリトンの村を飛び出した白い妖精のことかもしれない、と思った。
妖精は、あの夜空に浮かぶ光の粒からやってきた?
たしかに、それはちょっと、信じられない。
でも、妖精さんというくらいだし……
円奈は、いわゆる”白い妖精”、今はカベナンテルと呼ばれ、昔はキュゥべえとか、インキュベーターとか名乗っていた白い獣と会ったことがない。
契約の使者は円奈の前に姿を現さない。
話したこともない。
きっと、円奈には魔法少女の資質がないのだろう。
そう、諦めていた。
ところが、鹿目円奈と白い妖精は────
エドワード城の内部にて、運命的に出会うことになる。
「さて…」
ユーカは話を変え、いよいよ本題に移った。
「なんどもきくようだけど……本当にいいのね?」
騎士の少女は、こくり、と声もなく頷いた。
「前だったら、これだけの数の魔獣がいても、たくさんの魔法少女が協力しあってみんなで倒した」
ユーカは過去を寂しそうに思い出す。瞳に切なさが映った。
「でも、最近は私一人なんだ」
円奈の目も寂しげになる。
「だから」
ユーカは引き締まった顔つきをした。その緊張が円奈にも伝わってきて、思わず唾を飲み込んだ。
「私一人しかいないから、円奈を守れるとは限らない。私が倒れたら、円奈は死ぬよ。それでもいいのね?」
それが魔法少女として一年間のキャリアがある、ユーカからの、魔法少女としての最後の念押しだった。
円奈は、ユーカが本当に心配してくれている、その気持ちがわかるだけで十分だった。
「…うん」
円奈は、迷いもせず答えた。
答えたあとで、おずおずいろいろと、付け加えた。
「あのね、わたし、なにもできないし、足手まといにしかならないって、わかってるけど…でも…」
目を閉じる。
両手を握り、胸元に寄せる。「邪魔にならないところまで……一緒に、連れてってもらえる?」
人間である円奈が、魔獣の結界に入ったところで、できることなどなにもない。
「邪魔だって、わかってるけど…」
するとユーカは、ポニーテールを結んだポピーの花飾りをはずし、髪をほどいた。
それから、ふと、円奈の両手を握ってもちあげた。
「あ…」
そのとき、円奈はある感触に気づいた。
「……わかる?」
円奈の目がちょっとだけ驚いて大きくなる。
「さっきから手が震えてて…とまらない…」
ユーカは自嘲気味な笑みを浮かべる。その目にわずかながら、透明な雫が浮かんでいる。
「情けないよね。もう一年も魔法少女してるのに…一人だと心細くて…」
円奈が、ユーカに手を握られたとき、その両手に包まれたとき、魔法少女は確かに手を震わせていた。
魔獣の街とすら呼ばれるほど、魔獣の勢力が強くなった城下町、他の魔法少女たちは活動をやめて、夜間の外出禁止令が触れだされたなか、たった一人で戦ってきた心細さ。もし夜間に外出しているところを、誰かに見られたら、魔女として告発されるかもしれない魔女裁判の重圧、火あぶりの恐怖、そして王都にせまる”ヴァルプルギスの夜”の黒い陰…。
ユーカは一人で魔法少女として、戦ってきた。
エドワード王が、ソウルジェムと魔法少女の秘密を民衆の目に晒してから。
魔女狩りの国策がはじまってから。
いつもいつも一人で、戦ってきた。
魔法少女の手は、確かに、震えていた。
「邪魔なんかじゃないよ。私ほんとは、すごくいま嬉しいの」
目からこぼれた涙を腕でぬぐった。
「誰かが一緒にいてくれるだけで、すっごく心強い。百人力って感じで…」
円奈とユーカの二人は、深夜の寝静まった城下町の十字路の、街角の壁際、ハーフティンバー建築の壁の暗陰に隠れている。
二人の姿は誰の目にも触れない。
「わたし…」
円奈がなにかをいいかける。
「必ず守るよ」
ユーカが先に言葉を紡いだ。「だから、私のあとについてきて。悪い魔獣をやっつけよう!」
そういって、魔法少女は、自分よりわずかに背の高いピンク髪の少女の肩に両手をおいた。
「…うん」
円奈は、嬉しそうに微笑んだ。
「でも…こんなところで変身なんてしたら目だって一発でバレるから…」
ユーカは円奈の肩から手を放した。
「結界にはいったら、変身するよっ」
ユーカは、久々にだれかと一緒に魔獣退治にいけることで、いつもより意気込んでいた。
344
円奈とユーカの二人は城下町に躍り出た。
深夜もすぎているので、誰も居ない。
外出禁止令がでているから、なおのこと誰も居ない。
しかし、なんともいえぬ緊張感がある。
暗闇だし何もみえないはずなのに、それが逆に、思わぬところから誰かに見られているような、あの暗闇のむこうに人がいて、無言で私たちを見ているのではないか、そんな気持ちになってくる。
魔法少女を標的にした晒し火刑と告発が毎日のように起こる城下町の夜間は、想像を絶する重圧があった。
円奈は、こんな陰鬱にして緊張にはりつめた空気のなか、たった一人で魔獣退治をつづけてきたユーカの魔法少女としての勇気に、ただただ息を飲んだ。
十字路にでると、黒い夜に浮かび、聳えたつ高さ700メートルの巨大なエドワード城がみえた。
黒い城は、夜の闇と輪郭がおぼつかなく、一体化してしまったかのようにみえる。
城壁の常夜灯があちこちにつき、夜警の兵士たちが番にあたっている。
しかしこの真夜中、この十字路に立つ二人の影に、夜警兵士たちの目がとどくはずもない。
ユーカはソウルジェムを手元にかざした。
その反応をみながら…もっとも、この町はもうそこらじゅう魔獣だらけなのであるが───獲物を探す。
「こっち」
円奈の手をひいて、ユーカは魔獣の気配がする十字路へと足を急がせた。
暗闇のなか、円奈もユーカについて足を走らせた。
345
夜間の外出を冒す二人を、一人の少女の目が見つめていた。
首筋まで伸びたさらさらした黒い髪。青い瞳。
スミレだった。
家屋の二階から、花壇つき窓から、魔獣退治のために命をかけて夜間に出かける二人を、見つめていた。
ユーカはつい昨日知り合ったばかりの異国の騎士の少女の手を引いて、意気込んだ様子で、魔獣の結界を探していく。
前までだったら、あの手につながれているのは、自分だった。
ユーカとスミレは、いつも一緒に魔獣退治してきた。
スミレにとってユーカはただ一人、頼れる先輩魔法少女で、魔獣退治が怖くて怖くてたまらない自分を、いつも守ってくれて、いつもひっぱってくれて、魔法少女としての自分を鍛えてくれた。
なのに、今の自分の勇気のなさに罪悪感と……
嫉妬を、かんじた。
スミレは魔法少女歴一年で、魔獣退治も、ユーカと一緒でならこなせるくらいの経験はある。
でも、魔女裁判が激化してからは、魔法少女として夜間に外出することが怖くなって、最近はすっかり魔獣狩りをしていない。
この都市の魔女火刑は、城下町の人が魔法少女を見つけ、火あぶりを求める裁判である。
国策からはじまったこの残忍な公開処刑は、いまや民衆は支持、協力、熱狂的ですらある。
市民はほんとに町から魔法少女たちを一掃、絶滅させたいらしい。魔獣と戦ってくれる正義のヒーローたちを。
こんな恐怖のどん底では…。
なのに、魔法少女でもないあの小さな騎士の女の子は、自分にはだせない勇気をもっているのだ。
夜間に外出すれば、魔女だって言われるかもしれないのに、ひどい拷問をされるかもしれないのに、ユーカと知りあって一日たらずの女の子が、一年もユーカと一緒に魔獣を倒してきた自分より勇気をだしている。
私ってなんて弱いんだろう… なんて勇気がないんだろう…
どうしてユーカのそばにいてあげられないんだろう…
でも、外に出れるほうがおかしいよ。
あの女の子だって、魔女火刑、魔女裁判の恐ろしさを、もう見ているはずなのに、どうして夜間に外に出れるの?
わからない。
どうしてそんなに勇気をだせるのかがわからない。
私は、どうせ臆病な魔法少女だ…… ユーカみたいに強い魔法少女じゃないんだ……
勇気をだせる子が羨ましい……
スミレは窓から顔を戻して、ベットに潜った。
嫉妬と罪悪感、寂しさを感じながら……眠りについて、今日あの二人が夜間に外に出ていたことは絶対に誰にもいうまい……と思った。
だがスミレは、いつかののちに自分でも思いもしなかった勇気ある行動にでることになる。
そしてそれは、鹿目円奈という少女の命を救うことになるのだ。
346
夜の城下町は、瘴気に溢れていた。
白い霧が寝沈んだ町を包み、支配し、視界いっぱいになる。
魔獣の多さを思い知らされる円奈とユーカの二人だった。
「いい?いくよ!」
ユーカは気合一発、ソウルジェムの力を解き放つ。
いきなり身体がわずかに宙に浮いて、全身が赤色と黄色の煌きに包まれる。
その眩いばかりの光は、神聖な炎が燃え上がるように強烈で、ばっと一面の白い霧を弾くかのようだ。
眩い魔法少女の変身の光に、思わず円奈は目を腕で覆う。
するとそこには、さっきの古びたコットとは打って変わった姿のユーカがいた。
オレンジ色のフレアスカートに、コルセット。足は羊毛のタイツを履き、革のブーツが足を覆った。
一筋の光とともに手元に一本の杖が現れ、変身したユーカがそれを握った。
魔法の衣装から、力強さと不思議な神秘を感じる。
円奈は、やっぱり魔法少女の変身には意味があるのかなあ、と心で考えた。
変身していないのとしたあとでは、同じ人でも、ぜんぜんなにか違う。
本当に、普通の少女が神秘の力を得て魔法少女になった、というかんじだ。雰囲気がガラリと変わると思った。
ただ全体的に、目立つ色合いの衣装だった。オレンジ色のスカートに、肩の膨らんだ上着に、茶色いコルセット。
茶色い髪の毛は黄色いクロッカスの花髪飾りがポニーテールにまとめ、ソウルジェムが煌いている。
「ああ…それと」
ユーカは魔法少女姿になり、戦闘態勢になると、杖でトンと地面を叩いたあと、円奈の持つ弓に杖の先でちょこんと触れた。
「…えっ?」
すると円奈も思わず声をあげたのだが、弓が変化しはじめてた。
「一応魔獣の結界に入るから、気休めだけど、これで身を守る程度の役には立つと思うよ」
円奈のイチイ木のロングボウは、その先端を、ピンク色のバラの蕾が飾った。ユーカに魔力を注がれたのだ。
「うわああ…すごい…」
自分の弓が、魔法の弓へと変わっていく様子を、円奈は目をきらきらさせて見つめている。
ためしに矢筒から一本矢を引き抜いて、弦に番えてみると、弦はピンク色の神秘の光を放ち、番えられた矢もピンク色に輝いた。
きらきらとした光の粒が、弦と矢の触れ合う部分から、じりじりとあふれ出してはこぼれた。
「ちょっと、魔法少女になった気分…」
円奈は微妙に頬を赤らめながら乙女の顔して呟いた。
「楽しんでるのはいいけど、くるよっ」
ユーカはすでに魔獣と対面していた。
「ええっ」
円奈が慌てて正面をみると、いた。
自分たちの二倍か三倍かはあろうかという背丈の、白い衣の魔獣たち。
キラキラと顔面を四角く虹色に光らせ、群れをなして、こっちにぞろぞろぞろ、歩いてくる行列だ。
すでに二人はとっくに魔獣の結界に飲み込まれていたわけだ。
「とぉっ!」
ユーカは、ぱっと高く飛び上がるや、杖をふりあげて、がつーんと戦闘の魔獣の頭を杖でぶったたいた。
杖にぶったたかれた魔獣は雲散霧消した。
しゅわーっと音たてて白い獣は煙のように薄くなって消える。
「あ…」
円奈は、ユーカの杖の、意外に乱暴な使い方に驚いた。
魔法少女だから、杖から炎とかだすのかな…?という自分の思い描きは、絵空事だった。
ユーカは杖をまるで鈍器か、槍か、棒のように、ぶんぶん振り回し、魔獣たちと戦った。
おもえばユーカが円奈を最初に森で助けたとき、岩の断面をすっぱり真っ二つにしてみせたのも、杖の一撃がそれだけ強烈だったわけだ。
つまり、そういう魔法少女だった。
円奈は気を取り直して、魔獣たちの放つ白い糸のような瘴気からよけながら、自分も弓に矢を番えた。
白い糸に触れたり、絡まれたりすると、心に瘴気を注ぎ込まれることは、円奈も経験からわかっている。
容赦なく発せられた魔獣たちの白い糸が伸びてくると、円奈は反撃に魔法の弓を放った。
じりっと何か焼けるような音がして、弦からピンク色の光を放つ矢が飛ぶ。
そして魔法の力を帯びた矢は、白い糸にあたると、小さく閃光放ち消し飛びんだ。
ジバッ!
と、焼け焦げるような音がした。
しかしそれだけだった。
「い、っ」
円奈は焦る声をあげた。「意外と弱い…」少女は小さな歯を噛み締めて唸る。
「気休め程度だって、いったでしょ?」
ユーカは自分の相対する魔獣と闘っている。絡みついた白い糸を杖ではらい、魔獣に接近して、杖でばこーんと相手の頭をたたく。
魔獣の頭は消し飛んだ。
「これじゃ、私、やられちゃうよ!」
円奈は恐怖の声をあげ、あわててすぐに、バラの蕾がある魔弓に、二本目の矢を番え、放った。
それはまた白い糸を消し去ったが、相殺されて、矢もきえた。
白い糸は次から次へとのびてくる。
矢をいちいち放つくらいな反撃では間に合わない。
円奈は、ずばずば伸びてきた魔獣の白い糸からにげた。
すばやく走って、弓に矢を番え、走りながら、魔獣の本体を狙う。
「本体を倒さなくちゃ…!」
ギギギっと弓をひきしぼり、狙いを定める。
腕が弓を引くと、弦はくの字に曲がる。
目元にまで矢を引き、顔をやや傾けて、ロングボウ独特の、弓が若干の斜め向きの構えをとる。
そして。
ビチュン!
と、強靭な音たてて、弓から矢が飛ぶ。
円奈の手慣れた手つきで、放たれた矢は、魔獣の顔面を貫いた。
魔法の矢は、魔獣の顔面にあたってはじけた。
ピンク色の光の粒が飛び散り、魔獣は苦しむ声をあげ、たじろいだ。
が、消えなかった。
弱っただけであった。
「やっぱり弱いよ!」
円奈は叫びをあげた。
「人間なのに魔獣の結界にいきたいいったのは───」
ユーカはまたとびあがり、白い糸を身体にまきつけながら、苦しい顔を浮かべつつ魔獣を消滅させる。
「円奈でしょうがっ!」
頭上たかくにあげた杖を、振り落とし、魔獣の頭を叩く。
魔獣の頭は割れた。
そして消えた。
グリーフシードが何個かこぼれおちた。
ユーカはそれを拾いあげ、円奈の手をとった。
その腕は、白い糸だらけであった。
「う!」
円奈が恐怖に顔をひきつらせる。
「もう限界!」
この時代の魔法少女は、ソロで魔獣10匹とであったら、2、3匹くらいは倒して撤退というのが常だった。
「これ以上結界にいたら瘴気にやられちゃうよ!」
ユーカは円奈の手をひっぱり、全身に白い糸をかぶった状態で、結界から逃げ帰った。
ぶわわっ。
結果はゆらゆらと地表をゆらめかせながらやがて姿を消した。
いつもの城下町の景色がもどった。
347
「ふうう…」
ぺたん、とユーカは尻餅ついてはあはあ息はいた。
その顔は赤くて、吐息は熱い。疲れきった様子だった。
「前はたくさんの魔法少女が一緒に戦ってくれたから、あの数だったら全滅に追い込めたんだけど」
と、ユーカは尻餅つきながら両腕を地面について、息きらしながら語って、変身は自動的に解けた。
コット姿の少女にもどった。
「今は私だけで戦っているから、4匹倒せただけでも──」
少女は疲れきっていて、尻もちついた体勢をなおそうとしない。
・・・
「大収穫だよ」
円奈はその場にへこたれて、魔法の力を失った弓を手元に持ち、へろへろと崩れてあひる座りになると、はあああとため息をついた。
「魔獣退治って大変なんだね…」
俯いて、地面をみつめながら人間の少女はため息つく。
「い、いまさらだね…」
ユーカは顔を赤くして口を尖らせた。
それから、やっと体力を回復したユーカは、落としたグリーフシードをひろいあげ、ポケットにためこむ。
「それは?」
円奈がたずねた。
「もっと、魔法少女のこと、いろいろ知ってると思ってた」
ユーカは獲ったグリーフシードのうち一つを、手にとりだし円奈にみせた。
円奈が身を乗り出してそれを眺める。
ほんの四角いキューブ状の、黒い固形物だった。わずかに黒い瘴気のような煙が滲み出ている。
「ほら、私のソウルジェム、ちょっと黒くなってるでしょ」
ユーカは黄色のうちに赤色が混ざったような、不思議な色合いをした卵型ソウルジェムを手の平にのせ、円奈にみせる。
「でもこうすれば」
グリーフシードをソウルジェムにとりつける。
すると、ゆっくりずつではあるが、ソウルジェムの黒さが、グリーフシードの黒みに、吸い込まれていった。
ソウルジェムは、綺麗な煌きを取り戻した。
「黒いのが増えるとどうなるの?」
円奈はたずねた。
指摘されたように、思ったより魔法少女のことを知らない自分に気づきながら。
アキテーヌ城で、アリエノール・ダキテーヌ姫に、グリーフシードは魔法少女が生きていくのに必要だきいた話はおぼえている。
でもソウルジェムの黒みが増えると、どうなるかまではきいていない。
「魔力がどんどん消費されて、しまいにはソウルジェムが使い物にならなくなるわけ」
ユーカは答えた。
「だから、魔法少女には必要なんだね」
円奈はあひる座りのまま首をかしげた。
「そ、そーゆーわけ」
ユーカはようやく尻餅ついた体勢から起き上がり、パンパンとコットについたほこりをとった。
城下町の地面は、昼間は糞尿だらけであったが、夜には役人たちが洗浄していた。
「全部黒くなればお迎えがくる。それは分かる?」
円奈は口をひらいて言った。
「円環の理…」
「そう、それ」
ユーカは小さく微笑みかけた。「聖地を目指しているだけあって、さすがにそこはわかっているね」
「でもそれって……」
円奈はエドレスの都市で、ウスターシュ・ルッチーアが、円環の理に導かれた姿を思い出す。
魂だけ抜け、死骸となったルッチーアの姿を。
「死ぬってこと……だよね……?」
声が消え入りそうになる。
「まあ人間からみたら、いや私からみても、まあそういうことだと思うよ」
パンパン、服をはらいおえる。
「それって…そんな…」
円奈はもう、なき始めそうな声になっている。
「魔法少女ってじゃあ……いつも死ぬかもしれないって…そんななかで……魔獣と戦っている……の?」
「そうだよ。大変でしょ」
ユーカはなるべく平然な顔をしようとしているし、平然とした声で答えようとしている。
「いつもいつもだんだん黒くなってくるのに……ソウルジェム……」
円奈の声は、さっきよりも頼りなさげで弱くて、震えた声をしている。
「それでも命がけで魔獣と戦って……」
「円奈ったら、悪いことばっかり、みすぎ」
ユーカはトンと円奈の胸をついた。
「あ…」
円奈が顔をあげてユーカをみる。まるで憐れみかけるかのような、目に涙ためた顔をしていた。
「それと引き換えに得た奇跡も、魔法も、あるでしょ、ってこと」
ユーカは魔法少女として生きる自分の道に人生に、悔いを覚えなかった。
覚えるはずがなかった。
「奇跡も、魔法もって…」
分からず屋なピンク髪の少女はまだ自分を憐れむような目で見ている。
「もう。やめてったら、私はそれを全部受け入れているの。自分の使命だって誇りも持っているの」
円奈は、まだ悲しい顔をしている。
そう、円奈は、鹿目円奈は───鹿目まどかの生まれ変わりの子は。
幼少時代から魔法少女に憧れつづけ、何もできない、ただ狩りをして生きていくだけの自分が悲しくて、なにか使命を果たしたい人の役にたちたいという気持ちから、ただただ魔法少女になることに憧れ、白い妖精探しの旅にもでて、聖地をめざす旅にもでながら。
実際の魔法少女の過酷の現実を、徐々に、だんだんと、次第に知っていくのだ。
聖地に近づけば近づくほどに。
思い知らされていく。
だが、それを誇りだ、と言い切る魔法少女も、いま円奈の目の前にいる。
「心配する気持ちは嬉しいけどね、誓っていうけど私、魔法少女になったこと、後悔してないよ」
ユーカは魔獣退治を終えた充実感のなかで、うんと腕を伸ばして、そして。
いつかオルレアンと約束したあの日のことも思い出しながら、昔の自分と同じ台詞を、今ここでまた口にした。
「後悔なんて、あるわけないよ────」
348
そのころスミレは、もう布団のなかに潜り込んでいて、ひとり悩んでいた。
眠れなかった。
手元に穢れのたまったソウルジェムを置いてみる。
その色は、自分の瞳を映したような、深い青色で、海のようだった。
海の雫が宝石になったような色のソウルジェム。
それは、スミレの、深いブルーの瞳の色そのものだった。
海の色をした青いソウルジェムは……半分、とまではいかないまでも、ところどころが黒ずみはじめて、決して綺麗とはいえない状態の穢れを溜めていた。
日に日に穢れ、黒ずんでいくソウルジェム…。
一日一日、まったくかわらないようにみえて、やっぱり穢れを増している自分のソウルジェム。
このまま黒さが増して、最後の煌きも飲み込んでしまうまで、自分は魔獣退治をしないのだろうか。
もし魔獣退治しようとして、誰かにみつかって、魔女審問を受けるくらいなら、魔女として火あぶりにされてしまうくらいなら、このままソウルジェムの限界をまって、円環の理に導かれたほうが、よっぽどいい……
スミレは、そういう考えになっている少女だった。
自分のことを、臆病だと知りながら……
でも、今日。
自分より勇気をだした異国の少女騎士をみた。
魔法少女のとしての使命をあくまで果たそうとするユーカの勇姿も、今日は見た…。
ユーカがいるから、魔獣は数を減らし、人々の命も少しは救われる。
でも、城下町の人はそれを知らない。
知らないどころか、魔獣が一向に増えてばかりいるのを、魔女のせいにして、今日も誰かを告発しようとしている。
そうして魔法少女を目の敵にすればするほど、人類にとっては、ますます魔獣が増えて、暗黒を招くというのに、日に日に魔女狩りは激しさを増すばかりだ。
暗黒が暗黒を呼ぶような毎日。瘴気が瘴気を呼ぶ、まさに魔獣の天国のような状態。
それでも、ユーカは今日も魔獣退治をつづける。
どうしてそんなに勇気をだせるんだろう…
「ねえ、カベナンテル…」
スミレは、そっと、囁き声をだす。
ベッドの毛布から顔をだすと、夜の外気に触れる窓際に黒色の獣が、赤く目を光らせてそこにいた。
「どうしてソウルジェムは少しずつ黒くなっていってしまうの…?」
それさえなければ、もう私は人間として生きられたのに。
「奇跡の対価に口をだしてはいけない」
黒い獣はすぐにいった。
「キミたちは、それを受け入れて、願いをかなえた」
「…」
カベナンテルは、少女と契約する妖精だけれど、あまり頼りにはならない。
魔法少女について、いろいろ教えてくれるが、心から助けてほしいと思ったときに、この妖精が助けてくれたことは一度もない。
多分これからもないだろう。
「どうして、”穢れ”なのかな…?」
魔法少女なら、だれもが一度は疑問に思ったことがあるかもしれない、その謎を口にする。
「私たち、希望を叶える存在として、悪い魔獣をやっつける存在として、魔法少女になったのに、その私たちが力を使うと、”穢れ”なの…?」
海の色をした神秘の宝石は、黒ずみはじめ、どろどろ沈殿物のようにスミレのソウルジェムのなかに溜まりはじめている。
カベナンテルはそれを”穢れがたまる”という言い方をする。
どうして穢れなんだろう。
私たちは、そんなに穢れた力にあずかっている存在なのだろうか。
穢れがたまるということは、日に日に、悪い意味でよごれていくということではないか。
それじゃ、まさに邪悪な魔女のようではないか。
すると、カベナンテルは説明をしてくれた。
「魔法とはきみたちの生命力を使うことだ」
黒い獣はふわっとした尻尾をゆらした。
「生命力を魔法にかえていくから、消費する。たとえば電気が、熱に。動力が、摩擦に。力は使うたび、その形、ありかたを変える。きみのソウルジェムもそれと同じで、魔法力を駆使するたびに、力は別の形へと変換される。そして、火力にとっての灰が不要物であるように、電力にとって熱が不要物であるように、ソウルジェムの力をつかうたび、きみたちの生命力の一部は、不要物へと姿を変えてしまう。いうなれば、それが”穢れ”だ」
スミレは顔をしかめる。「ぜんぜん意味がわからないよ…」
黒い獣は尻尾をまた揺らした。「昔の人類なら、わかってくれたのに、ね」
「昔の人類のほうが、偉かった?」
スミレは拗ねた口でたずねた。
「それはわからない。」
カベナンテルはいった。
確かにその声は伝わってくるけれども、口元が動く様子はみせない。
「昔より今のほうが、魔法少女の数はずっと多いから、それだけ魔獣をたくさん倒せる。ボクらカベナンテルにとっては、それが人類のすることのなかでいちばん偉い。契約を拒む人類より、契約をたくさんしてくれる人類のほうが、とても偉い。今の人類は昔よりたくさん契約してくれるけど、たくさん魔法少女を殺すから、わからない。」
「エドワード王のことでしょ…」
スミレはベッドで寝返りをうった。
夜はまだ続く。
「ユーカちゃん、無事かなあ……。私みたいに、魔法少女の使命を捨てて魔獣と戦わなくなって、ただ円環の理に導かれるのを待っているだけの魔法少女は、きっと偉くないでしょ…?」
今も外で魔獣と戦っているであろうユーカのことを想いながら、スミレは自分のことを自虐もした。
「スミレは、偉い。」
すると、カベナンテルはまたもひっかかる答えをした。「スミレはたくさんの感情を、かかえている。あまり感情のない人類よりも、感情豊かな人類のほうが偉い。」
「ほんと変な子だよね…カベナンテル」
スミレは天井を眺め、目を閉じた。
もう、眠ることに専念しよう……。
「スミレは偉いから、カベナンテルも偉くなれる。」
黒い獣は、独り言をいった。
254 : 以下、名... - 2014/11/21 00:17:27.21 95cdxfUK0 1861/3130今日はここまで。
次回、第46話「鍛冶屋イベリーノ」
第46話「鍛冶屋イベリーノ」
349
次の日の朝、スミレは水を飲みたくなって、井戸にむかっていた。
桶をもって井戸の列に並ぶ。
それは毎日の早朝の日常だったけれど、その日の朝は魔法少女が一人、正体がばれて摘発されることではじまった。
「私は、このひとが、」
若い20代ほどの女が、一人の少女を指差して、告発している。「昨日の夜に、外に出るのをみました!」
「私もです!」
別の20代後半ぐらいの女も、口をあわせて告発し、一人の少女を指差して叫ぶ。
「あの子は、外出が禁止されている夜に、通路にでていました。きっと昨晩に、魔法を使ったに、ちがいありません!」
告発された少女は、まだ10代も半ばの娘だった。顔を蒼白にさせて、顔を硬くして、あっちみたりこっちみたり、完全に動転している。
告発の騒ぎをききつけた城下町の人々が見物に集まってくる。10人。20人。30人…。
「ち、ちがうっ!」
少女は、30人ちかい見物人に囲まれながら、圧倒的に不利になりながら、自らを弁証した。
「私は、魔法なんて使わない!わたしはただの人間だ!」
「でも、私、みたんです!」
20代の女は、大声で告発をつづける。まるでどんどん多くの見物人を、集めるかのように。
「夜に出かけていました。そして町の外に出かけました。門をでたんです!外出禁止令があるのに、です! 悪魔の集会に、参加したんですわ!」
「ちがうっ!違う!そんなこと、そんなことしていない!悪魔の集会なんて、しらない!私は何もわからない!」
告発された少女は無実を訴えるが、焦りが顔にでていて、気が動転して、狼狽していて、誰の目にも怪しかった。
というより、一度魔女といわれたら、どんな言動しても、怪しいものは怪しかった。
「魔女じゃないというのなら、審問をうけて、身の潔白を証明してみせろ。」
見物人の男が、怒鳴りだした。
すると集まった城下町の野次馬たち、観衆たちがごぞって、それに同調して、おおーおおーと騒ぎをたてはじめ、そうだそうだ、審問をうけろ、審問をうけろ、人間なら、審問を受けられるはずだ、と叫びだす。
四方ずらりと野次馬たちに囲まれ、魔女と疑われ、騒がれ、告発された少女は、顔を真っ青にさせて、恐怖に固まった。
ほとんどパニック状態だ。
告発をききつけた審問官たちが、さっそくやってきて、疑いのある少女に、審問をかけようとした。
それは、世にも恐ろしい拷問のはじまりであり、魔法少女と人間を区別するテストであるので、判別審問と呼ばれた。
スミレは、怯えた気持ちになりながら、きっとあの子は魔法少女なんだ、と思った。
昨日、夜間に外出したという目撃情報は、たぶん本当なのだろう。
魔法少女は、ここ最近、夜間の外出を控えていたが、どうしてもグリーフシードがないと、死んでしまう。
あの少女はまさにソウルジェムの限界がくるぎりぎりだったのだろう。
だから昨晩あの魔法少女は、決死の気持ちで、城下町のはずれに夜間、外出した。
城下町のなかよりかは、外の森にでかけて、そこで魔獣退治して、グリーフシードを稼いだほうが、人目がはずれて安全だという判断だったのかもしれない。
しかし、その判断が運の尽き。
不運にも、夜間の外出者に目を光らせる市民の女たちがそれを見つけた。
目撃情報が告発されたら、もう、言い逃れはできない。
「人間なら、痛みを感じる。人間でないなら、痛みを感じない。おまえにそれを試そう」
審問官は手慣れたやり口で、魔女の容疑がかかる少女を、審問へ誘導する。
「審問を拒むのはおまえが、人間でないことを秘密にしたいからだ」
審問官がそう説明すると、観衆たちも、そうだそうだ、審問を受けろ、魔女でないなら受けられるはずだ、といいだす。
まったくもって狂気だった。
審問官が用意したのは、魔女刺しと呼ばれる、羽ペンくらいの長さの針である。
これを、体の各所、とくに怪しいと思われるホクロや、痣(こういう箇所が悪魔と魔女の契約のしるしだと疑われやすかった)に、針をブスブス、刺していく。
そうして痛みを訴え続ければ、人間という判決であり、痛みを感じない反応をみせるなら、魔女、つまり魔法少女の肉体という判決になる。
魔法少女としては、この審問にかけられたら、最後まで、針を刺されても嫌がるという演技をすればよい。それで生き残れる。
もっとも、判別審問をうけてそれに成功した魔法少女の前例は今のところ一人もいない。苦痛のあまり、恐怖のあまり、痛覚遮断をして、人の体をしていない真実を衆目に晒し、火あぶりにされていった。
ソウルジェムの秘密を知られた魔法少女たちの悲運。
卑弥呼の時代から3000年以上隠されていたその秘密はこの時代に明るみへでた。
一旦でも魔女の疑いがかかると、審問を嫌がるのはつまり、針をさされても痛みを感じないのを秘密にしたいから、という意味にされてしまう。
となれば、疑いを晴らすためには、審問を受けてクリアするほか、何もない。
恐るべき魔女審問だった。
「人間なら、痛みを感じるはずだ。だがおまえが人間でないなら痛みを感じないだろう」
審問官は繰り返す。手に、魔女刺しの針を何個も持ち歩いて。
「拒むなら自分が魔女であることを自白のと同じである」
でも、どんなにそう諭されても、疑われた少女は、あくまで拷問をいやがる。
うけろ、うけろ、うけろ。審問を受けろ。
観衆たちはどよもす。
彼らは、日々の陰湿な空気に嫌気がさし、城下町に正体かくして暮す魔法少女の魔女容疑、その審議拷問に日常の楽しみを見い出すようになっていた。
日に日に謎の死人が増える毎日。安心して眠れぬ日々。
瘴気にまみれた暗黒と絶望、陰鬱の日々。
その原因が魔獣にあることが分からぬ彼らは、その原因はすべて魔法少女のせいであるから、魔法少女の火刑こそ、日常のなかで最大の楽しみになりつつあった。
だから彼らは、疑われた少女に、怒りをぶつける。
全ての怒りを。
審問をうけろ、審問をうけろ、と叫ぶ。
豹変した城下町の人々の狂気と、魔女を凝らしめろ、魔女を懲らしめろと怒鳴る声を一身に浴び続けて、とうとう気がおかしくなってしまった少女は、きゃあああとさけびをあげて、観衆のなかにとびごんだ。
「たすけて!たすけて!私を誰か、たすけて!」
といいながら、群集の壁を抜けようとする。
「私、魔女じゃない!魔女じゃない!魔女じゃない!人間だ!」
疑われた少女は、自分は魔女ではない、と無実を訴える。
しかし、観衆に紛れ込もうとした少女に、城下町の人々は、残酷な仕打ちをした。
日常の不満に怒りを溜め込んでいる城下町の人々は、手にトンカチや、用心棒の棍棒をもち、群集に紛れ込んで逃げようとした少女を、ガツガツ叩き始めた。
女も男も、全員、道具をもって、ひたすらひたすら魔女の疑いがかかった少女を打ち、囲い、リンチし、叩く。
人間とは残酷だ。ソウルジェムの秘密を知った人間たちは魔法少女を見つけると狩りはじめる。
城下町すべての人が敵だった。
い、いやああっ。
少女は頭をドンとトンカチで額を叩かれ、血を噴出した。
そしてぐらっと地面にぶったおれ、力をなくして、よろよろともがいた。
その場のだれも、疑われた少女の味方をしなかった。
あたかもマーティン・ルターが提唱して以来激化したヨーロッパの魔女狩り時代の再来のように、魔法少女たちは狩られていく光景だった。
しかし、あのときの魔女狩りと決定的に歴史的な意味でちがうのは、あの魔女狩りは人間も魔法少女も見境なく火あぶりにしたのに対して、この魔女狩りは完全に魔法少女だけを目の敵にした狩りであることだ。
少女は気絶して、ぐったりして、頭から血を流したまま、両手をロープに縛られ吊るされた。
審問官がその様子を見守る。
ロープで縛られて、爪先立ちに固定された、気絶した少女に、ばしゃあっとバケツの水をかぶせて無理やり起こした。
目を覚ました少女は、恐怖に絶叫するのだった。
しかし、ときすでに遅し。
両手は硬く縛られて、ソウルジェムも審問官の手に没収されていた。指輪であるそれが、なんであるか、もうその秘密は、王の手下たちには知れ渡っているのだ。
そして、ロープに両手を死刑台に括られ吊るされた少女は、ぐるりと四方を見物人が囲うなか、一本、また一本と、役人たちの魔女刺しの針を、受け止めていった。
「あ゛っ・・・…あああ゛っ…ぐ!」
最初は、本気で嫌がり、痛がる。まだ、痛覚を遮断してはいけない理性があるうちは、針を堂々うけとめ、足や腕、肩、腿などに、針がさされ、出血していく痛みを、人間の感覚として我慢する。
だが、10本、20本、と魔女刺しの針が増えていくにつれ、魔法少女の表情は絶望的になる。
ついに痛覚遮断するまで、拷問官たちの針を刺す手はゆるむことをしらない。
すでにヤマアラシに襲われたように体じゅうが針だらけで、体じゅう血だらけの魔法少女は、このありったけの血が抜かれても意識がくっきりしている様態を、市民たちに怪しまれる。
そして、目に涙ためて、歯をかみ締めて、針をまざまざ見せ付けられて嫌がる魔法少女の首筋に、針を刺す。
「あ゛…っ」
ふつう、首に針をさされれば、もう意識を保てないし、痛みのあまり発狂してしまうはずである。人間であるならそうである。
しかし、魔法少女は、首を刺されても、死ぬのはいやだという気持ちが働いて、とうとう痛覚を遮断してしまう。
市民たちは、首に針をうけても、血だらけになっても、もう痛がる反応を示さなくなった魔法少女の様態をみて、こいつは魔女だ、魔女だと叫び始めた。
そして、痛覚遮断してしまったことで、魔法少女であることが人々に知られたその少女は。
ロープら縛られて吊るされたまま、油を全身にふっかけられ、次の瞬間には、審問官に松明の火を投げ込まれる。
一瞬でぶわあ、と青い炎に魔法少女の全身は包まれ、火によってロープがこげてちぎれて、炎に包まれた魔法少女が暴れだした。
すると審問官が、焼けた炎の中に没収したソウルジェムを投げ込み、魔法少女の魂を焼く。
魔女の判決がくだった魔法少女は焼け死ぬ。本体であるソウルジェムは焼かれて焦げた。
しかし、悪夢はこれで終わりではなかった。
審問官は告げた。
「少女”サトルティ・アルコスト”は悪魔と契約した魔女であったので───」
市民は、焼け焦げた魔法少女の血みどろの遺体を蔑視の目で見下ろす。
「その一家、姉妹、母も魔女の容疑にかける」
これが、エドワード王は昨晩打ち出した新しい方針だった。
娘が魔女たったということは、その姉妹も、母も、魔女である可能性があるのと同時に、それをかくまっていた一家は、共犯であるので、審問を受け、かつ財産は全没収、死刑または投獄という法令であった。
この法令によって、もう家族は娘が魔法少女であることで匿うことができなくなってしまったのである。
匿えば家族全員が死刑になってしまうから。
王都の魔法少女たちに置かれた立場は、ますます悪化、緊迫化した。
350
サトルティ・アルコストはバター製造業者の娘であったが、魔女の容疑がかけられ、審問の結果、痛覚のない魔女であることが判明したので、その母も妹も連れられた。
母や、自分の娘が魔女だったことを知って、顔を蒼白にさせ、泣き叫んだ。
妹は、その場でおお泣きをはじめた。
しかし情け容赦はない。
妹も母も、同様の容疑にかけられた。
妹と母は、「そんな女は知らない、他人だ」と言い張ったが言い逃れできなかった。
王の勅令によって魔女の家族は全員共犯とされたからだった。
そして姉妹も母もみな、そろって火あぶりに焼かれ、全員灰になった。
城下町の人々の不満を和らげる唯一の魔法少女の公開処刑は、日に日に、苛烈になっていった。
魔獣が支配する町で、人々の心はほとんど、荒んでしまっていた。
人々の心に、希望を取り戻すには……。
魔法少女が、魔獣と戦うしかないのだ。
351
鹿目円奈もユーカも観衆のなかにいた。
この日も恐ろしい公開処刑がなされたが、二人は決意を固めた顔をしていた。
二人はこの魔女裁判を憎んだ。
憎んで、どうにか止めさせる方法はないかと考えた。
鹿目円奈は昨日、ユーカと魔獣退治がおわったあとの、別れ際の会話を思い出す。
”また次の日も、一緒に魔獣退治に連れてって、くれる───?”
”えっ?”
ユーカは、驚いた顔をして円奈をみる。
「どうして?王様に会うんでしょ?通行許可状を見せに…」
「ううん」
あの日の夜、円奈は首を横にふって自分の意志を告げた。「わたし、エドワード王には会わない」
「会って通行許可もらわないと、橋のむこうに渡れないよ?」
ユーカは諭したが、円奈の意志は変わらなかった。
「わたし、王の魔女火刑を、やめさせたいって、思う」
円奈は決意の言葉を口にしていた。「だって、ひどい……こんなことって…あんまりにひどすぎるから……。私、エドワード王は、敵だって思う」
ピンク髪の少女はこの城下町で、それを言い切る。
ユーカはしばし何もいわずに円奈を見つめていたが、やがてその顔は綻んで笑った。
「やっと、安心できたかな」
「えっ…安心?」
意外そうな顔をして円奈は目を開き、ユーカをみる。
ユーカは微笑んでいた。「私、最初あなたとあったとき、”王様に用がある”っていうから、てっきり王様の息がかかった新手の派遣兵かなにかだと思ってたの」
「そ、そんなあ…」
円奈はショックうけた顔をした。
「ごめんね、でもそれくらい、この城下町って人間を信じたくなくなるでしょ」
ユーカは寂しげに微笑む。
「でも、今のでやっと安心。円奈は、私たちの味方だね。エドワード王の敵は、わたしたちの味方。私たち、友達だねっ!」
友達────。
長らくきいていなかった言葉は。
円奈の脳裏に、すうっと入り込んでくる。
「友達……うん」
円奈は腕を伸ばして、そしてユーカの手をとって、握手した。
「私たち、友達だね!」
二人で手を交し合い、微笑みあい、そして王の魔女火刑──つまり魔法少女狩りをやめさせる───という二人の約束を、交し合った。
352
「昨日の夜、エドワード王に会うのやめたっていってたけど、たぶんそれで正解だよ」
ユーカは灰になったバター製造業者の母娘たちの後処理を眺めながら、円奈にいった。
「……通行許可状あるからって、いまごろ円奈が王に会っていたら…」
「私も魔女にされてたかも…ね」
円奈は引き締まった顔をして言葉を受け継いだ。もう、油断してはいけない状況下にあることは、わかっていた。
鹿目円奈は確かに王に会う権利を持つ少女だった。
通行許可状をエドワード城の入門口の衛兵にみせれば、王にお通ししてくれたかもしれない。
しかし魔法少女狩りに躍起な王は、たちまちに円奈に魔女の疑いをかけたかもしれない。
円奈自身その可能性に気づいたのだった。
鹿目円奈はこの城下町に住む危険を理解する。
自分の身は自分で守らなくてはいけない。
354
それにしても、どこか清々しい一日だった。
自分の信じてきたことしてきたことが、少しでも報われた気持ちがしてくる。
すうっと息を吸いたくなる。
私はやっぱり、まちがっていなかった。
魔法少女の使命を信じて、人の世界に希望をもたらす存在だと信じて、魔獣と戦い続ける。
そんな自分にやっと一筋の光が見い出せた気がした。
たった一人の少女が、今日も魔獣退治のとき、一緒にいてくれるって、そばにいてくれるって、そう考えるだけで……。
救われるような気持ちにさえなった。
それくらい、本当は、ユーカも苦心でいた。
今の日々に。
魔法少女たちが悪者に貶められ、魔法少女狩りされていく日々に。
毎日のように、150人ちかくいた仲間の魔法少女たちが、少しずつ火あぶりになっていく毎日に。
洗濯と牛の世話が終えると、一日のうちで唯一楽しみな時間、市場への買い物へでる。
その日も市場は盛り上がっていた。
自分は買い物にでたが、妹は今日もリンネル、衣類、下着の裁縫に励んでいる。今日もいいお嫁さんになる訓練を積んでいるわけだ。
市場のほうはというと、今日の小売商は、ワイン、織物、染料、羊毛、金属加工品、香辛料などをベンチにたてて売る。
小売商組合に属する商人に通達された規定では、香辛料、薬草、南国の果実、紙、木綿、亜麻布、羊毛織りリボン、ビロード、絹地、甘草、銀の売買が、市内のみで許可され、橋においては、これに加え、ビャカシンの実、染料、松の油煙、木製升、白檀、リボンなどが売買される。
通行してくる商人は、橋を渡る通行税を払うことになるが、王都の大いなる収入である。
その日、ユーカは市場にて、外套、靴、スカートなどを女性職人から買って、買い物をすますと、ある鍛冶屋見習いをたずねた。
この王都には、エドワード軍の拠点であるから、武器職人も多い。
ふるい工、車輪工、刃物工、蹄鉄工、刃物研ぎ、錠前工、クロスボウ職人。
彼らは、エドワード橋、つまり地表3キロの谷に架けられた巨大な橋にギルド通りに市場をもち、騎士や守備隊、傭兵に武器と工具をつくる。
ユーカは普段その橋側の武器市場には寄り付かない。
それもそうで、騎士でも王に雇われた兵隊でもないほすの城下町の娘にすぎないユーカが、どうして武器市場になんて寄る必要があろうか。
いや、魔法少女となったのなら、武器市場にいって、槍でも戦斧でも剣でもなでもかって、武装すればいいではないか、いや、やはりそういうわけにもいかない。
家族が、娘がギルド街の武器市場から、正規軍ご用達の剣なんか買って帰ってきたら、驚くだろうし、そもそも10代の娘を相手に、商売を武器職人たちはしない。
それでもなぜユーカが、武器市場に寄るか。
ユーカは買い物目的ではなく、とある鍛冶屋にて、見習いとして奮闘する鍛冶屋見習いの少年を訪ねようとしていた。
一年くらい前に知り合った少年だった。
橋にでると、樽をのせた荷車が何台か行き来する。通行税を払った商人たちだ。馬がひく荷車は行列をつくる。
たぶん、香料と芳香植物などを、持ち運んできたのだろう。もちろんそれは、宮廷料理で贅沢に使われる。
行き来する荷車のあいだを通り、橋のアーチを登る。
それにしても大きな橋だ。
切り取られた石が、レンガのように組み合わされて、ひっつけられてできたアーチ橋は、王城への道である。
事実、ユーカが足を進めている橋の正面には、王の城、エドワード城の入り口がある。
その入り口は、固く鉄柵に閉ざされ、門番が見張り、城壁に囲まれ、松明の火が城門の両端に燃える。
橋の両端────深い深い谷底のみえる崖っぷちの淵は、武器職人の家屋がならぶ。
盾に剣を二本、バッテンに交差させた紋章や、縄に蛇が交わっている紋章、一目で何屋かわかるギルドの紋章を吊るした、飾り看板。
ユーカが訪ねようとしているのは、鍛冶屋”イベリーノ”だった。
そこにはイベリーノという鍛冶屋主人のもとで修行する、リリド・ライオネルという見習いの少年がいる。
武器職人の市場にきた。
そこは風景がやはり、ユーカの日常でみる市場とちがっていて、騎士と武器職人の世界だった。
取引される品物は必ず武具で、弩袋、鞍袋、馬腹帯、馬勒、拍車、鐙、むながい、硫黄、硫酸塩、ろくしょう、えびら、蝋、紙、鏡、年鑑、着色毛皮など。
まさに戦争と男の世界って雰囲気の市場だった。
戦争に使うものを売るので、戦争を知らないユーカには、よく分からない品物が市場に並ぶ。
それにユーカとちがって、読み書きのできる騎士たちが行き来するので、書籍も取引されている。
詩集、説話集、文教集…。
この市場の職人たちは、エドレスの都市で馬上槍試合が開催されると、そちらにも出稼ぎにでて、同様の商品を定期的に売ることもある。
魔法少女とちがって、彼ら男は、戦うときにきらびやかな衣装姿になったりしない。
魔法少女にとっては、自分の身体に何を纏うのかは、魔力の根源にかかわるものですらあるので、必ず変身するが、男の世界ではそういう概念はない。
ここ最近、王の軍を指揮するオーギュスタン将軍が帰還して、ユーカはその帰還姿を見た。
オーギュスタン将軍はやつれていた。
その戦場に、城下町から二人の魔法少女が出陣したときいたが、帰還兵のなかに魔法少女はいなかった。
それにしても、やはりこうしてみると場違いだな、とユーカは想った。
自分を妙な顔つきでにらむ男たちもいる。
市場を行き来しているのは、やはり鞘に剣をさした、立派な背の高い軍人さんたちばかり。
騎士、兵士、傭兵さんたち。男の人ばかり。
そこにぽつんと、バスケットという可愛らしい買いかごを腕にかけた、古びたコットを着た娘がいる。
まるで森に迷い込んだ赤ずきんの少女だ。
しかし、そんな視線はなれっこだ。
武器市場の市街を歩き、イベリーノの吊り看板をみつける。
それをみると、緊張が一気に高まる。
足がとまる。
勇気をだせ、ユーカ!
きづいたら、イベリーノの鍛冶屋の店前にいた。
でも、入り口の前にたてず、壁際に背をつけて俯いている自分がいた。
すでに、吊るし看板のついた鍛冶屋のなかからは、カンカンカンという剣を鍛えるハンマーの音がする。
この音は、きっとイベリーノおじさんじゃない。
ライオネルだ。
身体がふるえてくる。
胸元で両手を組み、俯いて、緊張して、やっぱり今日のところは引き返そうかと思ってしまった。
「はあっ…」
息をはいて、自分を落ち着かせた。
すううっと息を吸い込み、深呼吸して、平常心になると、扉を開いて鍛冶屋にはいった。
てくてくてく、鍛冶屋のなかにはいってゆき、やはりイベリーノおじさんが、今日いないと分かると、落ち着かせたはずの胸は、はやくも脈を高めた。
鍛冶屋のなかでは、一人の少年が、真摯な顔つきをして、一本の剣とむきあっていた。
一本の剣は、木炭の火のなかにおかれていたが、やがて金床の上に運び出されると、カンカンカンカンと、鉄のハンマーで叩かれ、鍛え抜かれていく。
そのあとふいごを使って、木炭に空気を送り込み、火を強める。
これが鍛冶の作業場だ。
「ライオネル」
ユーカは、少年の名をよんだ。
鍛冶屋見習いの少年は、汗だくだったが、少女の声にきづいて、顔をあげた。
そして、朗らかに笑った。「やあ」
ユーカもニコリと微笑んだ。
少年は鍛えていた剣を再び火の中に突っ込みいれる。
「仕事、邪魔しちゃうかな…」
ユーカは緊張の面持ちで少年にたずねた。
「ううん」
少年は額についた熱い汗を、壁際にかけてあった布でふきとった。
顔に布をつけ、ごしごししたあと、少女と向き合う。「平気さ」
ユーカはまた微笑み、そしてバスケットから、衣服をひとつとりだした。「はい、これ…」
それは朝に洗濯してきた、少年の衣服だった。
服は、きれいにたたまれていて、新品のようだった。
ライオネルという少年は嬉しそうにそれを受け取った。
「わあ…いつもいつもありがとう」
そしてひろげてみせる。
ユーカは、ライオネルという少年のために、彼の服を洗濯して、朝に干してあげたものを、持ってきて彼に返したのだった。
「男しかいない作業場だからね、洗濯してくれる人がいなくて…」
少年はバツがわるそうに頬をかく。
「ぜんぜん、へーきだよ」
ユーカは優しく微笑む。「また私が洗濯してあげる」
仕事バカだから、仕事には真剣だけど、身の回りはとにかくひどい。洗濯をまったくしない。お風呂にもそんなに入らない。
だから、ユーカは彼のために洗濯をしてあげていた。
「いつも悪いね…」
少年は、少女が洗濯してくれた自分の衣服をまたたたむ。そして部屋の隅テーブルに置いた。
「ひとり立ちするって面目だから、母任せにもできなくてね、みんなには内緒にしていてくれる?」
「わかってるってば」
ユーカは優しく微笑んだあとは、少年の手元を眺めて、薪火に熱せられる剣をみる。
「完成しそう?」ユーカはたずねた。
「師匠に認められる出来か、自信はないんだ」
少年は自作の剣を見下ろす。その黒い瞳に火が映る。少年が剣をみると、途端に真剣そのものな顔つきになった。
「イベリーノおじさんがいたらまた怒鳴られているところだった」
少年は再び、自作の剣から目を離して、ユーカをみた。
「”女に自分の服を洗濯なんかさせるな”って」
「”女がくるところじゃない”とも怒鳴るかもね」
ユーカは笑って言った。そして自分もイベリーノおじさんに、この鍛冶屋にくるたび、出てけ出てけと怒鳴られた日々を思い出す。
騎士でも兵士でもない、服屋の娘が、鍛冶屋に何しにきた、仕事の邪魔だ、でてけでてけと、あの気難しい髭を生やしたおじさんに怒鳴られ、追い出された。
ユーカは懲りずにイベリーノにきた。
「見習いで、少ない賃金で生活してるけど───」
少年は穏やかな口調で話す。
「ぼくは必ず一人前の鍛冶屋になって、独立する」
「ライオネルなら、できるよ」
ユーカは少年を励ました。「私、よく知らないけど、その新作はかっこいいと思う…」
「そうかな?ありがとう」
少年は嬉しそうに自作の剣に目をまた落とした。
そして、グイっとそれをやっとこでつまみあげると、ばしゃあって水に入れ、ジュウっと音がなると、急にさめた剣をまたハンマーでカンカンカンと叩きはじめた。
すぐ少年の顔はまた汗だくになって、懸命にハンマーを剣に打ち込む。
ユーカは、ただ少年が、剣の鍛冶に打ち込むに励む姿をじっと見守っていた。
少年が手がけている剣は、ロングソードで、師匠に認められれば騎士に売るだろう。
ライオネルの丹精こめて造られた剣は、騎士の魂となり、戦場で活躍の場を待つことになる。
278 : 以下、名... - 2014/11/29 23:44:22.68 M8u44VlA0 1883/3130今日はここまで。
次回、第47話「ユーカのねがいごと」
第47話「ユーカのねがいごと」
355
一年前、ユーカは契約して魔法少女になった。
それまでは、王都の城下町に暮らす一人の人間の娘だった。
とはいっても、魔法少女の存在が隠れていないこの時代、契約するはるか前から、魔法少女の存在は常識のように知っていた。
とくにここ城下町では、人を疫病から救った奇跡の魔法少女・オルレアンさんがいる。
その名を知らない者はいない。
そうともなれば、年頃の少女ともなれば、なりたいとまでは思わなくても、魔法少女のことを、よく知りたいと思うのは、思春期の好奇心としては普通だった。
ユーカは、そのころも洗濯をしたり、服の小売を営む母の裁縫を手伝ったりもしたが───夜間になると、窓からよく魔獣と戦うために十字路に出かける魔法少女たちの姿を目で追った。
夜間はこのときから外出禁止令がでていた。
それは当たり前といえば当たり前で、オルレアンが、魔法少女でない人は、夜間に外に出てはいけない、ここは魔獣があまりに多く発生しているから、と警告したからで、城下町の人々はその警告を聞き入れて夜間の外出をしなくなった。
ユーカも両親からそれはきつく言われていたので、魔法少女たちのあとを追うことはできず、二階の窓から眺める日々だった。
夜間になると、町に魔獣が発生しているらしい…
雨が降りしきるなか、暗い雨の十字路へ、小さな少女たちが何人か、手をとりあって出かけていく…。
ああっ、戦っているんだな……すごいなあ…。
二階の窓から眺めながら。
ただ心で思う。
そんな日々だった。
356
ユーカは魔法少女が好きだった。
きらびやかで、素敵で、かわいらしい姿に変身していく少女たちは、夢に思い描く世界の乙女たちのようだった。
その衣装は、一人一人ほんとにいろいろな服があって、ふわふわしたスカートとか、きらきらしたワンピースとか、ひきしまったボディスとか、お姫様のようなコットとか…
中には、男の子のようなズボン姿になって、麗しき姿を披露しながら剣を振り回す魔法少女もいた。
ユーカの目からみても、それは、かっこよかった。
ある日、城下町開催の興で、魔法少女とエドワード軍の槍試合演目という大会がひらかれた。
城下町と王城をつなぐ、エドワード橋でひらかれたその大会は、ユーカの目を楽しませてくれた。
魔法少女も騎士も馬にのって、試合用の棒で突き合うという試合だった。
エドワード軍の騎士は、正規の軍であるので、彼らは騎士にかけたプライドをかけて魔法少女たちと戦う。
それは善戦を演じてみせた。
けど、最後まで馬上にのこっているのは、魔法少女の陣営だった。
騎士たちはみんな馬から落ちた。
城の音楽隊がパッパーと軍旗を巻いたラッパを吹き鳴らし、試合終了の合図をだし……。
魔法少女の勇姿ぶりは城下町の人々を熱狂させたのだった。
ユーカはそのとき、大会の主催者として出席していたエドワード王とメアリ姫の姿をみたことがある……。
王と妃は、二人並んだ木の椅子に腰掛け、うでかけに手をかけながら、試合を眺めていた。
「木の棒だから負けたんだ」
そのとき観客として試合を眺めていたユーカの隣で、ある男の子が、感想をつぶやいたのだった。
「騎士の得意武器じゃない。剣だったら負けなかった」
それは独り言だったが、観衆たちがおーおーおーと声あげながらパチパチパチと拍手しているなか、その言葉だけがなぜか妙にユーカの耳にはいって、思わず少年にユーカは、話しかけた。
木の柵に囲まれた試合場では、落馬した5人の騎士たちを、エドワード軍の兵たちが助け起こしている。
魔法少女はまだ馬にのって、馬術を披露している。
馬にスキップさせたりしていた。
そのたびに、柵の外を囲んだ観客たちは、おーおーと笑い、拍手した。
「魔法少女より騎士を応援してた?」
ユーカが、なんの気なしに話かけると、少年がユーカをみて、それから口を開いた。
「ぼくは小さな頃から騎士道物語がすきなんだ」
と、少年は語った。
パチパチパチパチ…という観衆の拍手の音が、また聞こえてくる。
「だってかっこいいだろ。甲冑を着込み、剣で戦うんだ。外敵と戦うためにね!馬と一心同体になって敵にぶつかるんだ!」
「男の子は騎士さまに憧れるんだね」
ユーカがいうと。
「じゃあ女の子は魔法つかいに憧れるというのかい?」
と少年はききかえしてきた。
ユーカは、その質問を少年からされると、なんだか急に頬が上気してしまい、照れてしまった。
そして、照れながら……目を逸らしながら、言った。「…うん」
しかしユーカの気持ちなどしったこっちゃない少年は、自分の気持ちだけ語る。
「きみも騎士道物語をよめばいい。魔法つかいよりも精神が高貴だ」
「なによ、あなたこそ、オルレアンさんの話をきけば?」
二人の話はだんだん口げんかになってきた。
「王から叙任されて、あるときは姫からスカーフを受け取ってそれを胸に結んで敵に勝つと、姫から褒美を授かるんだ。騎士の生き様だ」
それから彼はつけ加えた。
「剣さえ演目にあったのなら、魔法つかいに負けたりしなかった」
「まけないよ」
ユーカは変な意地をはっている自分をかんじた。「剣が得意な魔法少女も、いるんだから」
「だとしたら惜しいよ。ぼくは騎士のまける姿をみたくなんかない」
男の子はとつぜん、悔しさいっぱいの声にかわった。
「ぼくは見習い鍛冶屋なんだ。3ブロック後ろの”イベリーノ”で修行させてもらっている」
少年は自分のことを語った。
「いつか騎士に使ってもらえるような、立派な剣を自分の手で創りあげたいんだ」
ユーカはそのとき、少年が本当に騎士道物語がすきで、騎士が好きで、自ら厳しい道に進んだことを知ったのだった。
生まれの身分が庶民だから、騎士がダメなら、騎士の武器をつくる職人になってやろう…という夢を思い描く道だった。
自分のように、憧れの存在を遠目に眺めながら、なにもしていない自分とはちがう……。
この少年は、彼なりに、憧れた存在に近づきたくて、本当に努力している人だった。自分の道を進んでいる人だった。
そして自分の憧れのためになら、厳しい道に進むことを惜しまない人だった。
鍛冶屋の弟子入りは、数あるギルドの弟子入り制度のなかでも、いちばん修行年数が長くて、かつ厳しい。
一人前に認定されるまでの道のりは、最も険しい。
読み書きはもちろんのこと、体力、技術、鍛錬が最も要求されるこの時代の最高峰の職業のひとつ。
だが少年はその道に進んだ。
「最強の騎士に自分の剣を使ってもらいたいな。それくらいの剣をこの手でつくり上げてみたい」
少年の瞳は、夢をみていて、憧れを思い描いていて、美しい瞳をしていた。
ユーカは一瞬、すべての考えがとんで、ぼーっとした。
「そしたら、あの魔法つかい達にも、今度こそ一泡ふかせてやるさ!なんて、ね」
最後には笑って、ユーカをおちょくってきた。
それではっと我にもどったユーカ。
とっさに、どうしてこんなこと言ったのか自分でもわからないのだが───口にして答えた。
「そんなことできるわけないでしょ、理想を見すぎだってば」
少年が悲しい顔をした。
ユーカは、そしたらなんだか怒りというか、腹立たしさみたいなのが胸にこみあげてきて、ふんと鼻をならして少年に背をむけて、家にもどってしまった。
急ぎ足で。
逃げるみたいに。
357
その翌日からというもの、ユーカは、魔法少女を遠目に眺めているだけに我慢ができなくなってきた。
自分もなりたい。魔法少女に。憧れの存在に。
といっても、夜間は外出禁止令がでているから、昼間にユーカは時間をみつけては外に出かけ、城下町の魔法少女を探した。
ユーカが探す目当ての魔法少女は、オルレアンだった。
いまや城下町で最も認められているらしい魔法少女。
まだ人間の娘であるユーカには、あまりよく分からなかったが、オルレアンは城下町を疫病から救っただけでなく、魔法少女たちのことも救ったらしい。
それ以来、魔法少女は遠く森まで外出するようになったのだとか。
ユーカには想像もできない、気の遠くなるような話。
城下町暮らしの乙女にとっては、森というのはオオカミとか、幽霊とかが、出没する魔界のようなところだと想像したものだった。
というより、小さい頃から親からそういう話ばかりきかされて、森に対してそういう想像を抱くようになった。
森にでかけると、オオカミにであい、騙されて、腹のなかにはいってしまう…
森で迷子になると、お菓子の家に遭遇し、魔女に食べられてしまう…
妖精に出会い、湖の水面に映った自分の鏡像と、本当の自分とが、入れ替えられてしまう…
こんな話ばかり、親からされるので、なんでも信じた幼き時代のユーカは、森とは本当にそういうものだと思うようになった。
実際それは、好奇心旺盛な子供が、勝手に森に抜け出すのを抑える親の知恵だった。
でも、ちかごろ魔法少女たちはそっちにまで出かけて魔獣を退治するらしい。
オルレアンさんは、やっぱり朝早くに、スコップをもって、城下町の道路におちた汚物を処理していた。
城下町の夫人たちは、バスケットにいれたパンを、オルレアンにわけあたえたり、ナプキンを渡したりする。
人気者だった。
このとき城下町の人たちはまだ、オルレアンという人を、”同じ人間”としてみていた。
ユーカはこのとき、はじめて勇気をだして、オルレアンに話かけた。
つまり、魔法少女について教えてほしい、とせがった。
358
「ただ、なりたいってだけじゃ、だめ…なの、かな?」
ユーカは、城下町で一番の人気者である魔法少女のオルレアンに、そうたずねた。
「なりたいって、魔法少女に、ですか?」
オルレアンは驚いた様子で、城下町出身の若い娘を眺める。
「うん……」
ユーカはおずおず答え、指同士を繋ぎ合わせて、俯き加減なまま自分の気持ちを伝えた。
「魔法少女になってみたいって、何度か思ってね?でも、願いごととか、見つからなくて…」
「力そのものに憧れているということですか?」
オルレアンは目を大きくした。
「そう…なのかなあ…」
ユーカの俯いた顔に赤みが差す。「なんていうか…魔法少女って素敵だし、かわいい衣装に変身するし、城下町の平和を守るなんてかっこよくて民衆の味方っていうか……とにかく、なってみたいなってちょっと思ったりすることがあるの。そんな私って、だめ…?」
要するに興味本位で魔法少女になってみたいです、という申し出だった。
オルレアンは、ふっと笑い、そして、ユーカの額を指のさきで突いた。
「あっ」
俯き加減のユーカがおもわず顔をあげる。
オルレアンは告げた。
「そんな気持ちで魔法少女になっては、いけませんよ。」
そして彼女はまたスコップを握る。
「もし、本当になりたいのなら、願い事はしっかり見つけてからにしなさい。」
「で…でも…!」
ユーカはくいついた。
たしかに、特にどうしても叶えたい願い事もなくて、これといって生活に困っているわけでもないのに、ただ素敵だからかっこいいから、という気持ちで魔法少女になるというのは、甘いのかもしれない。
「でも…なってみたいって本当に何度も思ったことがあって…今だって…!」
「魔法少女になるということは、元に戻れないということですよ。」
オルレアンは平静にユーカの甘さを指摘する。
「ただなりたいって、一時の気持ちで契約しても、いつか後悔したときに、自分の気持ちを保てなくなりますよ。どうしても叶えたい願い事があって、魔法少女になるから、魔法少女は、自分のために戦い続けることができるのですよ。」
「…」
ベテラン魔法少女の人に、魔法少女として生きる道の厳しさをきっぱり教えられて、はやくもたじろき心が折れそうになるユーカ。
でもそのとき、なぜか、鍛冶屋を目指すと夢を語ったあの少年が脳裏をよぎった。
「でも…でも…だったら…!」
そして、いつになく気張る自分がいた。
「わたしには、魔法少女になりたいって願いがある…!だから、わたし、魔法少女になったら、それで願い事、かなっちゃうんです……!素敵で、私の憧れで、かっこよくて……そういうの憧れてるから…それも、いけないこと?」
「それは、あまりよくはありませんね。」
しかし魔法少女のベテランであるオルレアンはきっぱり告げる。
「魔法少女になりたいって気持ちが、いつか後悔に変わるかもしれませんよ。そのとき、あっという間に絶望してしまうかもしれませんよ。」
それから彼女は悲しげに付け加えた。
「一度契約してからでは、手遅れなのです。」
ユーカはなにもかも言いくるめられた自分を悟った。
どうしても叶えたい願い事がない。
ただそれだけで、魔法少女になる道なんて、最初から完全に閉ざされていたのだ。
「…ずるい…」
ユーカは、俯いた顔で、低い声で呟いた。
「オルレアンさんは、もう魔法少女になっているから、そうやって、これからなろうと志す人にいくらでも水を差すことができるんだ。じゃあオルレアンさんは、魔法少女になったとき、誰かにとめられた?誰かにいけませんっていわれた?私ばかり、だめだだめだっていわれて……!」
「円環の理に導かれることは、人の死よりも恐ろしいですよ」
するとオルレアンは、人間であるユーカに、そう告げた。
「…!」
それは、ユーカには、なにか大切な警句のようにも聞こえて……。
本当の本当に、それ以上なにもいえなくなってしまった。
そして、魔法少女になるということの、想像以上の重たさを……
去りゆくオルレアンさんの背中に、感じていた。
359
その夜ユーカは、自宅の部屋に戻り、ベッドに潜っていた。
蝋燭の火を照らし、天井をみつめる。
「ずるいよ…」
ユーカは、まだオルレアンとの会話のことを思い出していた。
円環の理に導かれることは、人の死よりも恐ろしい。
そんなことを、魔法少女の立場にある人から、人である私に言われたら、引くしかないじゃない…。
ずるいよ…。
「あーもう…」
その日は、ストレスでいっぱいだった。言い換えると、胸も頭も一日じゅうむかむかしていた。
「ずるいーっ!不公平だー!」
ひとつ嫌なことがあったり、悔しいことがあると、もう、その日はずっとむかむかする。
そんな気持ちに弱い自分が嫌になる。すっきりしたいと思うこともあるけど、悔しさがまさって、どうにもならない。
紛らわすものもない。
娯楽なんて限られた時代だった。
読み書きもできないユーカは、夜になると蝋燭の火で部屋を照らしつつ裁縫の練習か、歌の練習するくらいしか気分を紛らわすものはない。
そして、裁縫の練習はさっきやめたばかりだった。
むかむかの気持ちがおさまらず、手元がクルって、自分の指を針でさしてしまった。
その痛みが余計、昼間の悔しさを思い起こさせ、もっとむかむかしてきたユーカは、裁縫を投げ出した。
つくり途中のナプキンは、部屋の寝台に投げ出された。
歌は、たとえば将来的に結婚式に出席したり、都市開催の男女交遊会に参加するときは、女の子は歌を披露することになるので、小さい頃のうちから練習をつんでいくのが城下町の乙女のたしなみだった。
今の城下町で人気の歌は、”douce dame jolie”。
男にも女にも人気の、恋の詩だった。
中身は徹頭徹尾、片思いの詩らしいが。
しかし恋の詩なんて興味がない。
恋なんてもの、わからない。
大人たちは、恋だ恋だといつもいうけれど、私には恋なんてものがわからない。ただ男と女がくっつくだけじゃない。なにがいいの?
「あー、もう…」
ユーカはベッドの毛布を身体にまきつけて、天井をただただ眺めた。
「願いごと、なんてわかんないよ…」
そりゃ、叶ってほしいな、と思う程度のものなら、思いつくものはいくつかある。
もっとお金がほしいとか、もっと地位ある家系に生まれたかったとか、エドワード城のお姫さまになってみたいとか…
いろいろあるけど。
『たった一つの願い事と引き換えに、魔法少女になる』…。
となった途端、そうまでして叶えたい願い事が、果たして自分にあるのか、と考えたとき、願い事がみつからなくなる自分がいる。
お金がたくさん手にはいったところで、使えばなくなるし…
地位ある家系に生まれても、魔法少女として戦って、死ねば元も子もなくなるし……
エドワード城のお姫さまになっても、魔法少女になったら、戦いの日々ばかりで、お姫様の生活を堪能するどころじゃなくなるし………
魔法少女として生きる日々は厳しすぎる。毎日が命がけなんだから。
そうまでして叶えたい願い事なんて、そうそうあるものなの…?
みんなはどんな願いごとをして魔法少女になったというの…?
まして、ただなってみたいからなりたいです、と名乗った自分が、いかに甘いかなんてこと……。
「そんなこと、わかってるけど!!」
ユーカは、部屋で独り言を叫んだ。
「でもでもでも、やっぱり魔法少女になってみたいの!!」
ばたばたばた、ぐるぐるぐる。
ベッドで毛布を巻き込みながら身を回し、ベッドで悶絶した。
「もう…どうしたら願い事、みつかるの……。」
目に赤みが差しながら、ユーカは考えた。
そしてやはり、どうしても叶えたいたった一つの願い事、というのが、見つからなかった。
しかし、遠くない日のうちに。
ユーカは、魔法少女になる。
295 : 以下、名... - 2014/12/05 00:43:33.92 jut+RzYx0 1898/3130今日はここまで。
次回、第48話「城下町のヒーローたち Ⅰ」
第48話「城下町のヒーローたち Ⅰ」
360
次の日の朝、大して眠ることもできずにベッドで起きたユーカは、ふうとためため息だした。
しかし胸のなかにある決心というか、計画みたいなのを立てていた。
あまりにも昨日、ベッドのなかで一人悶絶していたので、髪の毛はぼさぼさで、あちこちに枝毛がある。
部屋のテーブルについて、水銀と錫を合金した鏡をみながら、髪の毛を櫛でとく。
お姫様になると、わざわざこんな髪の毛の梳かしを、自分ですることなく、侍女がしてくれるらしい。
ポピーの花飾りでちょこんとポニーテールに結び、服を着替える。
リンネルの下着と、その日のコットを着る。
どのコットも古びていた。
足元まである古びたこのワンピースは、町にでかけるときの普段着。
その日ユーカがたてた計画は、ずばり、魔法少女に突撃して、どんな願い事をしたのか聞きだすことだった。
城下町に行き来する娘のうち、どの少女が人間でどの少女が魔法少女なのかの見分けなんか、簡単だ。
荷車に樽をのせているわけでもなく馬に乗っているわけでもなく荷物を抱えているわけでもないのに城塞の外にでかけていく少女が間違いなく魔法少女だ。
鉄格子のアーチ門をくだって、門番兵のあいだを通り、森にでかける少女たちは、おそらく街道の平和維持という魔法少女ならではな任務を、出稼ぎ代わりに果たしにむかっているにちがいない。
ということでユーカは、その日洗濯と粉挽きと裁縫をとっととすませると、母親に市場のおつかいを言い渡される前に、とっとと暗い家を抜け出して、門番兵よろしく城門の前で待ち伏せした。
すると五分も待ち伏せしないうちに、もう誰がみたってそうとしか思えないくらいの魔法少女連中がやってきた。
4、5人でかたまっているその少女たちは、まるでもう騎士みたいに武装していて、どの腰にも鞘がついていて、女の子てかんじの見た目とは不釣り合いに剣は大きくて、バスターソードだった。
彼女たちは、もちろんなんの荷物もはこんでいない。
馬にのっているわけでもなく、ただ武装して出かけるだけ。
魔法少女じゃないわけがない。
ということでユーカは、勇気をだしてこの5人の連中を呼び止めた。
「どんな願いごとを、したの?」
前ふりなし、本題をいきなりたずねた。
少女たち五人は、門の前で、変な顔をして、五人とも互いに顔をみあわせた。
そのあとで、リーダー格らしき少女が一歩前に踏み出てきて、ユーカの前にきた。
「間抜けか、おまえは。人に、自分がどんな願い事をしたか、教えるわけないだろ。」
といって、ユーカを無視して、とっとと街道へ出かけていった。
五人組みは、ガイヤール国のギヨーレンに遭遇したら勝てるだろうか、といった、はやくもユーカのことは忘れた話題にうつっている。
ユーカは呆然と魔法少女五人組の背中を眺めた。
門を通り、自分の知らない街の外にでていく五人組みを。
呆然としたあとで、自分が侮辱されたことを知り、むかーっと頭に熱がのぼってきた。
「だれが間抜けって!?」
361
なかなか魔法少女がどんな願い事したのか聞き出せないとわかったユーカは、たてた計画がはやくも挫折する。
そこでまた、オルレアンさんをたずねた。
「オルレアンさんは、どんな願いごとを?」
その日もスコップで十字路を渡り歩いていたオルレアンさんは、足をとめてユーカに振り向いた。
ユーカは諦めない少女だった。「誰も教えてくれないんです。魔法少女は……」
オルレアンは優しい顔をしている。ユーカの話をきいてくれている。
この日のオルレアンさんは、自分の髪をみつあみにして、後ろに垂らしてした。そばかすの多い、荒れた肌の顔がユーカを見つめた。
「みんな自分の願いごとを秘密にしますので?」
頭を垂れて、遠慮がちに、しかし単刀直入な質問を口にだす。「秘密にする決め事が?」
「そんな決め事など──」
オルレアンはスコップを地面に立てた。
普段着のファスティアン織りは、ぼろぼろで、汚れていて、みすぼらしい少女だった。顔も汚れていた。
整っている顔の少女ではなかった。鼻に大きなほくろもあった。
「私たちのなかにはありませんよ」
「でも、誰も教えてくれない」
ユーカは目を落とした。
「”教えるわけないだろう”って…」
「魔法少女の願いごとは、心に秘めたたった一つの想いを、魂と引き換えに呼び起こすものです。」
オルレアンは語ってくれた。
「心に秘めたものですから、あまり、人にはいわない魔法少女が多いですよ。」
「じゃあオルレアンさんも?」
ユーカは訊いた。「オルレアンさんの願い事も、秘密に?」
するとオルレアンはわずかに頬に赤みを含ませながら、微笑んでいった。「私の願い事でよかったら、おしえてさしあげますよ。」
それは意外な展開だった。
「えっ、いいんですか?」
ユーカはにわかに緊張した。
人生で初めて魔法少女の願い事をきく瞬間だった。
362
「えーっ!」
そして、きかされた願いごとの中身は、もっと意外だった。「そんな願い事で?」
ユーカは愕然と口をあんがり大きくあけている。
オルレアンさんは、慣れっこという様子で、笑っていた。
「そんなこと願うくらいだったら、もっとこう…」
ユーカは、がくがく口を震わせながら、胸に沸き起こっているわだかまりのような、自分の気持ちを素直に口にしていく。
「金銀財宝とか、不老不死とか、満干全席とか…願えたはずでは?」
「願い事を教えると、よく人に反対されるので、それで教えようとしない魔法少女も、多いのです。」
オルレアンさんは笑みを崩さない。
「私にとっては、生まれが生まれでしたから、魔法少女の契約という機会に恵まれたとき、一生を、この願いに託すことに選んだのです。」
「貴族の服を着てみたいって…」
ユーカは教えられた願い事の中身を復唱する。「お金持ちになればいくらでも着られるじゃん…」
オルレアンは、貴族の華麗な衣装を着たいという乙女な願望を、魔法少女と契約し変身の衣装にするというかたちでかなえた少女だった。
だから、魔法少女に変身するたび、願い事が毎回のように叶うのであり、なかなか絶望しなかった。
「お金をいくら願い事で、ためこんでも、それが逆にいやになってしまうかもしれませんよ。」
オルレアンは難しい話をしてくる…。
ユーカには、いまいち分かりかねる話だった。
「たとえば金貨200枚を奇跡的に手に入れるという契約で、魔法少女になりました。でも、そのお金のことがあとでいやになったら、魔法少女になった自分のことまで、いやになってしまいますよ。」
「お金がイヤになるわけないじゃん…」
ユーカは首をかしげる。難しそうに顔を渋らせた。「あーあ、そんな願い事でいいのなら、私だって契約しちゃおうかなー」
すると、またオルレアンに、頭をやさしく叩かれた。
「たとえば、お金をたくさん手に入れたばっかりに、家族のなかで争いが起こったり、隣人に裏切られたり、腐心に巻き込まれたり…。いろいろあるかもしれません。願い事は、慎重に。そして、どうしても叶えたい願い事がないのなら、契約しないのが、一番です」
「またそれ…」
ユーカは唸った。「なんだかなあ……簡単なことで契約してもいいように聞こえるなあ……」
「では、どんな願い事をするのですか?」
オルレアンは、いきなり急転、肯定的に話を切り替えて、ユーカにたずねてきた。
するとユーカは、なぜか、頬に赤みがました。
「えっ?」
どうしてか鍛冶屋の少年が脳裏によぎる。
「えっと…」
それで、どきまぎしはじめ、視線をきょろきょろあっちこっち逸らし始めた。
「?」
オルレアンは、ユーカの挙動に、首をかしげて見ている。
「さ、最強の魔法少女に、なることかな…?」
”いつか、ぼくがつくり上げた剣を、最強の騎士に使ってもらうことが夢だ”
少年の語りを思い出したユーカは、なぜ自分がそんな願い事を思いついたのか、わからないまま、言った。
「最強の魔法少女にですか?」
「うん…」
しかし、口にだしてしまったあと、なぜだがユーカはそれが、自分にぴったりな願い事に思えてきた。
「そう、そうだよ、最強の魔法少女っ。いちばん強い魔法少女になること。だって強いほうが、たくさん魔獣を倒せるし、敵国の魔法少女がせめてきたって、返り討ちにできるし、みんなを守れるし。そうだよ、なにを悩んでいたんだろう、私の願いごとは、最強になることっ」
「力そのものに憧れている、ということですか?」
オルレアンは聞き覚えのある質問を繰り返してきた。
「ちがうよ、力そのものというより、強い力をもてば、みんなを守れるでしょって話。自分だって負けることないし。城下町のみんなを守れる、国を守れる。どんな騎士にだって負けない。どう、素敵でしょ、最強の魔法少女!」
自信たっぷりという様子だった。
しかしそんなユーカの様子を、オルレアンは少し失望気味に語った。
「それは、ただひたすら、世のため人のために、自分のただ一度きりの願い事をかなえる、ということですね」
「いけない?」
ユーカは、オルレアンの言葉の深みにあまり気にかけていない。
「いいじゃない。世のため人のためっ。それこそ魔法少女のあるべき姿でしょ。城下町の人たちは、みんなそう思ってるし。魔法少女のこと、尊敬してるし。そうだよ、人を助けるのが魔法少女だよ」
「いつかそうも言ってられない日々がくるかもしれませんよ」
オルレアンはため息とともに言い放った。
「どういうこと?」
ユーカはむっとして問いかけた。
「いつか人が、魔法少女の敵に回る日がくるかもしれませんよ」
オルレアンは空をみあげ、遠い未来を眺めるような視線で、告げる。
「それでも、”世のため人のため”の魔法少女を、つづけられますか?」
「どうして城下町の人が魔法少女の敵にまわるの?そんなわけないじゃん」
ユーカには分からない。
このときはまだ、なにもかも、わかっていなかった。
「人々を襲う魔獣を倒しているんだよ?魔法少女は、人々を助ける存在でしょ。恩返しされる覚えはあっても、仇で返されるなんて、あるわけないよ」
「そう仮定してみてください」
オルレアンはあくまで真面目な顔つきをした。
空を眺める視線を、ユーカに戻して、まっすぐ見つめる。
「人々が、魔法少女を憎んで、敵にして、あなたを貶めます。それでも”世のため人のため”の魔法少女を、つつげられますか…?」
一瞬、あまりにもオルレアンにまっすぐ見つめられるので、たじろいたし、心のなかで震えるものを感じ取ったが、でも、ユーカはそれを仮定してみた。
そして、仮定してみたあとで、自分が魔法少女になった姿を想像したあと、答えた。
「つづけられる」
オルレアンは少し悲しい目をした。
悲しさを瞳に浮かべたあとで、彼女はその口から、ユーカが一番うれしくなる言葉を告げた。
「それなら、あなたは魔法少女になる素質がありますね」
ユーカは、思わず嬉しくなり、顔を赤くして微笑んだあと、「ありがとう、オルレアンさん」といって、家へ走ってもどった。
オルレアンか話された仮定の話など、もう頭の中から消えていた。
363
そんなわけで、意気揚々と家にもどったユーカは、いきなり次なる障害にぶち当たった。
しかもそれは願い事をみつけるより大きな壁な気がした。
「あれ、魔法少女ってどうやってなるんだろ?」
その日も夜、蝋燭の火に照らして裁縫でナプキンを編んでいたユーカは、ふと口にした。
「契約するって?だれと?」
まさかオルレアンさんと契約?
いや、ちがう気がする…。
「願い事はきまったからいいけど、契約ってそもそも誰と?」
うわついた声をだし、天井をぼんやり見上げる。
そして、ふとある考えに辿り着いた。
「まさか悪魔と?いたっ!」
ユーカは、天井をみあげたままナプキンを編んでいたので、針で指をさしてしまった。
「いたた…」
指の先から血の一点が浮かびあがり、それは広まって、小さな細い一筋の血が垂れた。
「もう…」
昨日にひきつづき、また指を刺した。
ため息だし、指を口で噛むと、血を飲んだ。
そんな自分の仕草にきづいてはっとなった。
「やっぱ悪魔と契約?」
甲高い自分の声が口からでた。
まるで口寄せの儀式みたいだと思った。
悪魔を呼び寄せ契約する儀式は、指先の血で契約書に署名し、魂と引き換えに悪魔と契約を結ぶ。
そしてなんでも願い事をひとつ、かなえてもらう。
「そんな、魔女じゃあるまいし…」
箒に飛び乗って夜の満月に集合する魔女は確かに悪魔と契約するらしいが、その契約は、単に悪魔の奴隷になるという契約だ。
そういう伝承は、昔からある。
基本的に、世捨て人が魔女になる。
つまり、都市で暮らす城下町の人は、魔女には無縁である。
ヴァルプルギスの夜という伝承もあるけれども、それもまた、城下町とは無縁である。ただの春を祝う祭りである。
「うーん…明日オルレアンさんにきいてみよう…」
最強の魔法少女になる。
そんな願い事を心に見つめたユーカは、文字通り心躍っていた。
自分の魔法少女として生まれ変わる姿を想像してどきどきした。
しかも、最強になるのだから、城下町の魔法少女たちをあっと驚かせるような魔法少女になれるだろう。
ひょっとしたら、城下町の英雄になれるかも…?
そして有名になって。
王さまのお城にお呼ばれしちゃうかもしれない。
妄想が妄想を呼び、どんどん都合のいい夢の世界がユーカの脳裏にひろがっていく。
ということは、王さまの城に入れるというわけで、それはつまり、王子さまに会えるかもしれないということ。
王子さま!
エドワード王の第一子であり、馬上槍試合で無敵の王子さま!
ここ王都で最強の騎士といったら、まずまちがいなく王子さま。
エドワード王子は、王城に篭っていて、基本的に城下町の人々の前に顔をださない。
しかし馬上槍試合が開催されると、都市にでかけることがある。
そのときは、盛大なパレードみたいなことを、城下町の人々が、勝手に企画して、バスケットにいっぱいの花びらと花束を、王子さまにむけて投げる。
とくに、町の娘たちが。
王子さまは、もちろんどの花束も受け取らないけれども、それが逆に女たちに妄想を呼び起こさせ、もし花束を受け取ってくれたら、その人と王子さまは結婚する、という伝説が誕生した。
もちろん妄想もいいところなので、面白半分だということは、どの女だってわかっている。
ところが不思議なもので、いざ王子さまが城下町の十字路にあらわれると、面白半分だ妄想だという建前はどこへやら、女たちは必死になって、命をかけているような顔で花束を懸命に王子にむかって投げる。
もちろん、王子はどの花束も受け取らない。
庶民の花束など受け取るはずがない。
だというのに、城下町の独身娘はどこまでも王子をおいかけ、衛兵にとりおさえられるまで、花束をなげつづける。
ものすごい熱狂だった。
というのも、王子は、王位継承権をただしく継ぐため、花嫁探しをしているという噂が、ここずっと城下町に流れているためである。
エドワード王子の妹クリームヒルト姫の娘アンリさまが、そろそろ結婚できる次期になろうとしているので、そうなる前に、王子が先に結婚して王位を継ごうと動いている、いちおう筋の通る噂は、王都を染めている。
ユーカはたまに妄想する。
王子さまは、だれをお嫁さんにするのかな───?
いや、もちろん、考えるまでもなく、王城のなかでいちばんお金持ちな貴婦人と結婚するのだろうけど、たとえばお金目当てな女に嫌気をさして、純粋な娘にあえて恋をするなんて展開も、あるかもしれない。
その時点で妄想だけれども、ないともいえない。
そして政治の腐心に嫌気がさした王子さまは、しだいに城下町の娘を嫁にしたいと思うようになり、ガラスの靴を履けるような娘を嫁にする……
ま、まさかオルレアンさんと!?
いやいやいや。
そんな、お伽話のような物語が現実になるわけが。
「はっ、いけない、また手がとまってた…」
想像の世界に旅立っていた自分を、首をふって現実にもどし、そしてナプキンの裁縫練習をつづけた。
とにかく明日は、オルレアンさんにまた、きいてみよう。
364
「それで、本当にその願いごとで契約を?」
その日もオルレアンさんは朝早くから、役人のひとたちと一緒に、投げ捨てられた糞尿をスコップで麻袋に集めていた。
汚いものに毎日ふれているから、肌の荒れも、日に日に増していくばかりで、魔法少女なのに……すこし、哀れみを感じてしまった。
「そうだよ、最強の魔法少女になること、それが私の願いだよ」
ユーカはとにかく、意志を変えていないことを告げる。
「いままで、私のほかにこの願い事を思いつかなかった魔法少女がいないことが、不思議なくらいだよ。最強の魔法少女になれば、魔獣にも負けないし、魔法少女同士の戦いだって、まけないでしょ」
オルレアンさんはスコップをたてた。
「わかりました」
「それで、どうすれば契約できるの?」
ユーカは、わくわくしていた。
「まさか、悪魔と契約するわけでも?」
オルレアンはユーカの冗談は無視して、みつあみにした髪をゆらして、ユーカに告げた。
「今日の夜、会堂の前に」
ユーカの目が大きくなる。
「魔獣との戦いををその目でお確かめになるといいでしょう」
「会堂って、魔法少女の?」
ユーカは胸が高鳴るのを感じていた。
「ええ、そうです」
オルレアンは答えた。「お見せするものが」
365
夜間の外出禁止令がでているので、ユーカはその日、家族が寝静まるのを待ってから、こっそり家を抜け出した。
夜の城下町。
禁止令によって、しばらく真っ暗闇の城下町を見ていなかった。
しかし今夜そこに飛び出してみて、夜の町が、知っている町のはずなのに、まったく別世界のものにみえた。
人もいない、声もない、物音もない、冷たい、それに……。
人間の感覚ながら、瘴気のようなものを、たしかにユーカは感じた。
ぶるぶるっと夜の寒さに身を腕で抱きながら、フードをかぶり、飾り看板がカタカタと夜風にあてられて音をならすなか、夜霧のたちこめる町の十字路を歩いて、夜に青白く照らされた家屋の前にきた。
魔法少女の会堂。
修道院とも呼べる建物。
そこは魔法少女のための建物で、人間の立ち入りは禁止されている。
いよいよ、私もここに入れるようになるのだろうか。
すると、誰も居ないはずの夜間は、そこだけ松明の火が燃えて灯かりがついていた。
松明の火はオルレアンが持っていた。
真っ暗闇な、霧のたつ夜に松明を持つ彼女は、魔法少女の姿になっていた。変身姿だった。
「すごーい…」
確かにそれはすごかった。
黒いガウスのドレスは、カフスも毛皮で、ドロワーズもパニエも履いて、お嬢様姿に変貌している掃除屋の少女がいた。
なのに松明の火をもって立っているところはなんとも不釣り合いだが、たしかに息をのむような美しさがある変身した少女だった。
スクエア・ネックのガウンは、ブローチで縁取りされているし、宝石もそこに飾り付けられている(これが、ソウルジェムというものらしい)毛皮のカフスは、幅広のもので、下から見せかけのアンダースリーブをのぞかせている。
前のわれたスカート。ぶわぶわと、ふくらんでいる。刺繍を施したアンダースカート。黒くて、これまた、ぶわぶわとパニエによってふくらんでいる。
細長い足は、タイツが包み、足を美しくみせていた。
普段のオルレアンは、ファスティアン織りのローブを着ているので、足をこのように美しく魅せることはなかった。変身姿になると、こんなにも綺麗な足なんだと、驚いた。
いったいどんな職人が仕立てた服なのだろうかと思うが、それが、少女がソウルジェムの力を解き放つことで、その身に纏うことになる、変身衣装だった。
少女が美しく着飾ると、なにかそれだけで不思議な、神秘めいた雰囲気のような、目にはみえない力を感じた。
魔法のような、想像上の力が、その身から湧き出て、世界に神秘をふりまいているかのようだった。
それをみて、ユーカは、やっぱり魔法少女はすごいものだ、と心から思った。そして自分もちかいうち、魔法少女になれるんだという気持ちに、胸が弾んだ。
絵本の世界に夢みる乙女の世界に、没頭するような、ぼーっとする気分になった。
目前のオルレアンが、あまりに美しいので、ひょっとして本当に、王子さまにお呼ばれしてしまうかもしれない、と思った。
が、顔は相変わらずそばかすだらけで、衣装を身にはまとっているものの、あいかわらず肌はおそろしく荒れているので、それはないか、と胸中の声があがった。
さて、魔法少女の会堂、修道院の地下へ案内されたユーカは、暗い暗い地下への階段をくだった。
松明の火が両側の石壁を照らす。
石壁は湿っていて、じめっとした空気がたちこめて、土は黒く、くさかった。
雨水が流れ込む地下だからまあ当然といえば当然だった。
地下に一番奥まで階段をくだると、カビの生えた木の扉に当たった。
扉の鉄のわっかを手にとると、それを握りながらギィと奥へ開いた。
すると真っ暗な地下空間に、無数の蝋燭が立つ、妙な空間がひらけた。
真ん中に大きな長いテーブルがあり、蝋燭が何本かそこに燃えて、地下空間を怪しく照らしていた。
そこの席に、まるで円卓の騎士かなにかのように、変身した魔法少女たちが席に座り、話し合っていた。
地下の臭さがにおう、湿った壁際には、古びた本棚があり、古文書が並び置かれた。
蝋燭をおいたテーブルの真ん中は、赤い五芒星の魔方陣が描かれ、そこに数字のⅠとかⅡとか、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ──
古代ローマ数字の絵柄が、描かれた。
「魔獣退治の前には───」
オルレアンは火を灯した松明を、地下室の壁際に架けると、ユーカに話した。
ユーカは、目の前の怪しげな空間の世界に圧倒されて、緊張の息をのんでいる。
「今日だれか、どの地区の、どの魔獣を、どの程度狩るのか───」
さっきの、乙女な世界の想像はどこへやら、かなり緊迫感のある話をされてしまい、ユーカはたじろく。
「ここで話し合います」
オルレアンは、席にすわった魔法少女たちに並んで、自分も席についた。
「それがこの会堂」
ユーカは立ちっぱなしだった。
壁際に取り残されて、ただ一人だけ人間の女がそこに立っていて、きまずかった。
「魔獣退治の話もいいが、その女はだれだ?」
黒いマントをブローチにしてつけ、黒い髪の、黒い眼をした、眼光するどい魔法少女が、鉄の籠手をつけた指先でユーカをさした。
「新人か?」
「クローク、”魔法少女志望”ですよ」
ざわめきが起こった。
「まだ、人間か」
クロークと呼ばれた黒い魔法少女は、鉄の籠手をはめた手をもどした。
彼女の座る席の前には、蝋燭が一本あり、皿にタマネギがひとつ、のっかっている。
彼女はそれをかじりはじめた。バギっと噛み砕く音がきこえた。「人手は足りてるんだがね」
「魔法少女になると尊大、しおらしさかなくなる」
他の席に座る魔法少女が笑い始めた。長い勺杖をもっていた。勺杖の先端は赤い真珠がついていた。
まるで王の持つ王笏の杖だった。
「自分がいちばん偉いと思うからだ」
「おまえたちだけだろう、それは」
別の魔法少女が話し始めた。彼女はイシュトヴァール・クリフィリル、又はクリフィルと呼ばれていた。
「ベエール、クローク、ああ、そこの魔法少女志望の女───」
えっ、とユーカがドキリ、身体をふるわす。
「その二人はここにくるといつもこの調子でさ。なあに、人間に戻ればまた猫かぶるさ。気にするな。人手なんか、足りてまいが、きみには叶えたい望みがあるんだうう。契約するがいいさ。そのさき、キミがキミ自身の願いを無駄にしないで生きていける自信があるならばね」
といい、けらけら笑い出した。イシュトヴァール・クリフィリルはリボン工の家の娘である。
「自分の願いをあっという間に無駄にして逝ったやつなら、たくさん見てきたからな」
笑い声に乗じて、クロークも笑い始めた。
「たくさん食えるだけのお菓子がたべたいと願って、全部食い終わったら、することがなくなって円環の理に導かれたやつ!なんてやつだったか?リーゼロッテ?」
「魔獣を狩るだけ狩って、円環の理に導かれた魔法少女どものおかげで───」
テーブルを囲う、さらに別の魔法少女が語りはじめた。
髪は茶色くて、目は赤かった。いちばん、小柄で、声も高くて、いちばん幼い魔法少女だった。
けど、その見た目とは裏腹、黒いことを話す魔法少女だった。
「私たちに取り分がまわった。ストックが私たちにはある」
「でも魔獣は狩らなくちゃ」
黒い髪、目がエメラルドグリーンの、不思議な色合いをした少女がバンと席を叩いた。
「人々の、命を守るためです。さあ、本題に!今日は、どの地区の魔獣を倒しますので?」
ユーカがここにきて聞いたなかでは、一番まともなことを話す魔法少女だった。
「ヨヤミのいうとおり、ささ、本題にうつりましょ」
別の魔法少女、このなかでは一番大人の────27歳の魔法少女が、席をたち、言って、その場の会議をしきりはじめた。
すると、他のベエール、クローク、ヨヤミ、それからクリフィルにアナンが、全員、しぶしぶ、27歳の魔法少女のほうをむいた。
まあもっとも、聖地につけば、1000歳の魔法少女もいるわけだから、魔法少女が魔法少女とよぶにあたって、年齢が問題になることは、少なくてもこの時代にはそんなにない。
「今日、魔獣の発生が多いのは」
大人の魔法少女の名は、オデッサといった。
自分の願い事は秘密にしているが、彼女は不感症であったので、治してくださいと祈った。
結果的に結婚生活を手にした。夫はいつ妻が円環の理に導かれて消えてしまうかビクビクする毎日だ…しかし夫はそれを受け入れてなおオデッサに情熱の愛を注いだのである!
魔法少女が結婚生活を送るというとても珍しい魔法少女としても女として充実した人だった。
「この城下町を十字路で区切って───」
オデッサは、テーブルにおかれた城下町の地図に手をのせる。
地図は、城下町の十字路よにって、大きく四分されていた。
「井戸から3番地区北西、7番地区の西ブロック、この二つといったところかしら」
「じゃあとっとと二手にわかれて取り分をきめよう」
クロークが語った。
鉄の籠手につつまれた指を、ドンと地図にのっける。
「こっちのが危険地帯だ。先日、ゲルトルートがやられた場所だからな」
「じゃあ、あたし、安全なほうにした」
一番幼い魔法少女、アナンはさっそくいった。「危険なのはいやだもん」
「そのかわり取り分もないぞ」
クロークが冷たい目をしてアナンをみた。「危険がいやだというやつに取り分が残るとでも?」
アナンは不機嫌にうぬぬと唸る。
「わたしはこの危険地帯の魔獣どもを倒すぞ」
銀色の鎖帷子がジャラとなる。「いうまでもなく、いちばん取り分が多いのはこの私だ」
ドンドンドン、と篭手に包まれた指先が羊皮紙の地図をたたく。反動でそばの蝋燭の火がゆらめいた。
「決めるのはやいって。早いもの勝ちじゃないんだから」
クリフィリルが割り込んできた。長い茶髪をおさげみつあみにしてたらしている少女だった。
その服装は、ボディスだった。タックをしたインフィルをはめ込んだ細身のボディスで、帯状のブロケードを袖に飾りつけたスカート。下に詰め物とフレームをつけている。これは自作で、つまり、彼女は魔法によって生まれた自分の変身衣装に自分で加工していた。さすがリボン工の娘、というべきか。
「まず3番地区北西のほうが危険なら、そっちに経験豊富な魔法少女をまわすべきだと思うよ」
「おまえはどっちだ?」
クロークが鋭い眼つきしてクリフィリルを睨んだ。
クリフィリルは肩をすくめた。「もちろん、経験ないほうさ」
「自分で自分が経験豊富だと思う魔法少女は名乗り出ろ」
クロークは自らいい、そして、自分で鉄の籠手に包まれた手をあげた。
クローク以外誰もあげなかった。
沈黙。
「今日会堂に集まった魔法少女は腰抜けばかりださ」
ベエールが急に笑い出した。甲高い笑い声が地下室じゅうに鳴り渡った。
「あんたもだろ」
クリフィルが睨んだ。
「わたし、願い事かなえたかっただけで、魔獣との戦いなんて、飽きたもん」
いちばん幼い魔法少女、アナンは、ふうと頬をふくらませて不満な声をあげた。
「わたし、契約したから、ママもう怖くないもん。」
「じゃあさっさと円環の理に導かれて逝っちまえよ」
ベエールがまた笑った。「あたしらはあんたのママじゃないからな」
「あっははは」
クロークがけたけたしく笑った。「ママならいるだろ。オデッサママが」
「議論に戻れ!」
いきなり、クリフィルが、怒鳴り散らした。
「くだらん話しばかりするな!そのあいだに、魔獣が人を襲えばどうなる?見殺しにしたのは私たちだぞ!」
「人間の責任だ」
ベエールは手をふりあげ、はあと息はいた。「弱いのがいけないんだよ」
「魔獣は私たちにしか倒せないんだから」
ヨヤミ、いちばん真面目らしい魔法少女が、語り始めた。
「人間に責任はない。契約して、魔法の力を授かった私たちの使命だ」
「使命なんて、しらないー」
アナンは11歳の魔法少女。彼女は、わがままだった。「それに、たくさん魔獣が人を殺したほうが、たくさん、グリーフシードだって…」
「ふざけるな!」
クリフィルが怒鳴り、いよいよ雰囲気は険悪なものになってきた。
「おまえたちが、これ以上、真面目に話し合わないなら、今日は私ひとりでいく。おまえたちは、家にもどれ。わけてやる取り分もない。」
「わかった、わかった」
クロークは降参の意を示して、籠手に包まれた両手をあげた。
「私も、穢れがたまってきているから、それは困る。さて、さて、私はさっきいったように、危険地帯に飛び込むぞ。だれが私と共にきてくれるかね?」
「私、いきたい」
ヨヤミが声をあげた。「経験豊富な魔法少女についていったほうが、私も勉強になる」
「あ、ずるい、じゃあ、わたしもー!」
すぐにアナンがついてまわった。
強い魔法少女についていったほうがいいという判断をしたのかもしれない。
「じゃあ残りのオデッサさん、オルレアンさん、クリフィル、ベエール、西7番ブロックに」
あっさり分担がきまった。
「もしものときの連絡役は、カベナンテルに?いや、あいつじゃ信用おけないから、じゃあ…」
「私がします」
オルレアンさんが名乗りでた。「こちらに、なにかあれば、そっちに、応援を呼びにいきます」
「じゃあこっちからはアナンでいいかな」
アナンが、すぐにえーっという不満な顔をするが、するとヨヤミはなだめた。
「アナン、後ろでみているだけでいいよ、キミは。まだ11歳だ。私たちの戦いを、うしろで見守っていて、もし私たちが危なくなったら、オルレアンさんに連絡とるんだ。いい?」
漆黒の髪をしたエメラルドグリーンな瞳に、まじまじ見つめられると、アナンは納得した。
「うん」
茶髪に赤い瞳の、幼い腹黒魔法少女はうなづく。「そうするー!」
あっさり説得された。
「で、その新人志望は、どっちにくる?」
クロークはユーカを指差した。
彼女たちは、ユーカそっちのけでその日の魔獣退治の会議をしていたが、最後の最後になって、ユーカを会議に参加させた。
「彼女は、私についていかせます」
唖然として固まっているユーカの代わりに、答えたのはオルレアンだった。
「魔獣との戦いが、どういうものか、彼女にみせます」
「そうかい、そうかい」
クロークはなげやりに頷いた。「連れていきな。どこへでも。命あるまま戻ってこれたらいいな。ビールおごってやるよ!」
それからクロークは振り返って全員をみて、会議の最後の話題へとうつった。
「取り分は原則(ルール)どおり、”数わる人”だ。いいかね?」
その場の会議に参加した全員の魔法少女が頷いた。
「よしきまりだ」
さっそくクロークは地図のなかの”危険地帯”と示された場所へむかい、地下室の階段をかけあがった。
「まけるか!」
「おいていくな!」
つぎつぎと魔法少女たちがクロークにつづいて地下室の階段をのぼりつめる。
途中、椅子の席にからだをぶつけて、ずっこけた魔法少女もいた。クリフィルだった。
クリフィルは、くそったれ、と少女に似合わない愚痴を吐いて、ころげた状態から起き上がると、階段をのぼる。
倒れた椅子はそのままだった。
「どうでした?」
オルレアンは、地下室の会議がおわると、ユーカに、その感想をたずねた。
たずねたあとで、倒れた椅子を丁寧にたてなおす。
「どおって……」
ユーカは、唖然とするばかりだった。
乙女の夢の絵本のような表紙を開いたら、中身が、いじわるなシンデレラのお姉さまたちの激烈な日常を描く小説であったかのような気分だ。
「なんなのあの人たち?」
ユーカは、ぼそっと、オルレアンさんに疑問をこぼした。
366
さてオルレアンとユーカも出発して、その日魔獣が大量発生しているらしい7番ブロック西地区にむかう。
エドワード城が南に位置しているとすれば、大きなエドワード城からみて右の十字路から7番ブロック目あたり、が、魔獣の発生情報がある場所。
発生情報は、そこに住む魔法少女たちが、会堂に報告した内容によって得られる。
この時代の魔法少女たちは、基本的にグループをつくり、なんだかんだで協力しあう傾向があった。
というより、一人ずつ戦うなんて、とてもやっていられない。
鹿目まどかの宇宙再編によって、改変されたこの世界の新しい敵、魔獣は、必ずといっていいほど群れで現れる。
敵が群れをつくっているのだから、それを倒す魔法少女たちも、グループをつくって大多数で対抗しなければならないようになるのは、自然のなりゆきだった。
昔の、強い魔法少女たちだったら、100匹も群れている魔獣を、一人の魔法少女が片付けてしまったかもしれないが、今の魔法少女たちは、一人5、6匹倒すのも大変なので、魔獣の群れが発生すると自分たちも集団を結成した。
それが城下町の会堂に集まった。
城下町の魔法少女たちは、情報を提供しあい、グリーフシードの取り分とか、どこに発生したどの魔獣をどの人数で誰か狩りにいくか、という会議を、事前に話し合ってして、決める。
いきあたりばったりに魔獣を狩りにいって取り分争いにならないためである。
そりに、”数わる人”という原則も、城下町では暗黙の了解で魔法少女たちのあいだで共有されている。
数わる人の原則は、たとえば、得たグリーフシードが20個で、10人で狩ったのなら、一人二個ずつ。
100個で、30人が狩ったのなら、一人3個ずつ。残る10個は、会堂のストックにまわされる。
そこに、途中で脱落した人、戦線離脱した人が加わると、そのひとの分は少なくなる、とかのルールがあるのは、基本的にエドレスの都市の修道院と同じ。
というより、世界どこにいっても、この原則によって魔法少女集団が成り立っているケースが、多い。
聖地をのぞいて。
聖地エレム国では、それとはずいぶん違ったグリーフシードのやりとりが、魔法少女の人口が世界一多い国のなかでおこなわれている。
聖地の魔法少女・暁美ほむらは、その聖地特有のシステムによって、今も生き長らえているという人といえる。
さて、ユーカは、夜間の禁止令のでた十字路を、オルレアンさんたちと歩き、魔獣の結界といういまだ知らぬ世界へむかっている。
その緊張感は、ユーカには計り知れないものであったが、それが日常となっている魔法少女は、緊張感がなく、ただ、歌を鼻歌とともに歌いながら、深夜の城下町をぼんぼん大またで歩くだけであった。
「”モールニエ・アランティエ”」
城下町をずかずか歩きつつ、先頭をいくベエールは、口ずさむ。
「”モルニエ・ウトゥーリエ”」
ユーカとオルレアンは横に並んで歩いている。
四人のうち、魔法少女の変身姿になっていないのは、ユーカただ一人だけだ。
「”闇の帳が降りてきて───”」
果たして寝静まる城下町の人々を起こしてしまうのではないかと心配になるほどの音量で、ベエールは歌う。
「”あなたの道が光を失っても────”」
ユーカは、これから魔獣の結界という魔界の領域に、生まれてはじめて足を踏み入れるので、緊張しているのだが、その緊張感を、魔法少女のうるさい歌声は台無しにする。
「”願わくば闇の呼び声が遠くに消し去らんことを───”」
そこまでうたうと、あとはふんふんふんふーんと鼻息でメロディをつけて歌う。
耳障りだった。
そして、もし私が魔法少女になったら、こんな魔法少女にはなるまい、と心におもった。
ユーカが思い描くのは、こんな落ち武者のような魔法少女たちではなく、きらびやかで、ヒーローで、正義の味方な魔法少女だった。
目の前のように、鼻うたのやかましい魔法少女ではない。
しかしユーカは知らなかった。
あの会議といい、今のあの鼻歌の魔法少女といい、彼女たちはみな、いまのユーカの思い抱くような──。
無垢な乙女心の秘めたる憧れのなかで、契約した魔法少女たちであることを。
しかし、来る日も来る日も魔獣退治ばかりしている彼女たちは、しだいに夢をふりまくきらきらな魔法少女に疲れをかんじて、だんだんときらびやかな魔法少女を演じるのをやめて、今のような飾りっ気皆無な魔法少女になった経緯があるということに。
要するに魔獣退治するたびに決めポーズやらなにやらするのに疲れて、私はなんてくだらないことをしているんだ、と冷めていってしまった魔法少女たちであった。
そして、魔獣退治をはじめは非日常だと思っていた彼女たちは、次第にそれを日常と受け止めるようになって、契約したときの熱情あふれるハートを忘れ、人間のときも魔法少女のときもあまり心持がかわらないという、麻痺してしまった魔法少女たちであった。
それは、いまどきの魔法少女全体にみられる傾向で、たとえば来栖椎奈のような魔法少女も、飾りっ気のない領主であったが、昔は決めポーズというか、魔法少女らしい仕草に熱を入れた時期もあった。まさに心も思春期の17歳の頃(実年齢で)。
だが、それはやがて冷めた。
何千回と魔獣退治を繰り返していくうち、いちいち決めポーズするのに疲れた。する意味もないことに気づいた。
そして、魔獣さえ狩ればそれでよいという考え方に落ち着き、今に至る。
そんな、数多くの魔法少女たちが、はかなくも乙女の夢を花と枯れせていった経緯はしらず、ユーカは、やる気まんまんで契約するつもりでいる。
けれどもユーカは実際には、その熱情が長持ちするタイプの少女だった。
一年後、メルエンの森にて、鹿目円奈を助けるときに決め台詞を披露することになるが(魔の獣たちよ!私をみよ!そして消え去れ!)、彼女の乙女な熱情が長持ちしたのは、彼女が後に結ぶことになる契約の願いと関係があるかもしれない。
「ここよ」
オルレアンは自分のソウルジェムの反応をよみとって、告げた。
そこは確かに瘴気が濃い、と人間の身にもわかるような場所だった。
人も、目には見えないけれども、この場所はなんだか重苦しい、近づいてはいけない気配がする、なにか恐ろしい獣の気配がする、ここに足を踏み入れたら不幸なことが身に起こるのではないか、と感づいたりする。
そのとき人は、それは亡霊の住む場所だから、過去に死んだ人の怨念がいきているから、という想像で、自分のなかに感じた悪寒をかたづける。
魔法少女たちからみると、その正体は”魔の獣”であり、人々が感じるそれと同じように、やはり、恐ろしいものである。
なにか恐ろしい不幸を呼び、呪いが起こり、実際に人々の間に身の毛もよだつような怪事件を呼び起こす原因となる。
たとえば、ある人間がとつぜん発狂して家族を惨殺する、隣の家に乗り込んで皆殺しにする。
こうした事件は、魔獣の瘴気に、気の弱い人間からやられてしまったためだ。
それと戦えるのは、希望の戦士たち、魔法少女たちだけであって、また、魔法少女たちの使命でもある。
その意味ではやはり、魔法少女の戦いは、人を救う戦いである。恐ろしい呪い、不幸、事件から人を救うものである。
彼女たちが、無垢な乙女の熱情を忘れ、決めポーズなんかとらなくなっても、やはり魔法少女たちは魔法少女たちで、まちがいなく城下町のヒーローたちなのだった。
「さっさとぶっ殺しちまおう」
ヒーローは言う。「眠くなる前にすましてしまいたい」
「新人、もしここで死んだら、私の獲物を呼び起こす魔獣となってくれよ!」
ベエールとクリフィルは意気揚々と結界のなかに飛び込む。
それにつづいて27歳の、”ママ”としばしば仲間からからかわれる魔法少女、オデッサが飛びこみ、オルレアンとユーカが残るのみとなった。
「どう?怖い?」
オルレアンは、何もない城下町の裏路地を前にして、ユーカにたずねた。
何もないのに、目にはみえないが、まちがいなくここには、”何かいる”。ユーカにもそれがわかる。
それほどに、濃い瘴気がたまっていた。
亡霊か、呪いか、怨念かわからないが、とにかく、家と家のあいだの細い裏路地の通路は、真っ暗で、足を踏み入れてはならぬ領域な気がした。
「怖くなんか、……ない」
これから最強の魔法少女になるのだから、怖いはずがない。
ウソだった。
いままで避けてきた、森の世界、亡霊が住むとされる暗黒の領域、それには一切ちかづかないで生きてきた。
魔法少女になったら、日々それを対面することになる。
どんな化け物ともわからぬ魔の獣。魔界の生物たちに。
地獄からの使者たちに。
顔あわせする。
するとオルレアンは、そっと腕をだして、ユーカの指を手にとった。
「あっ…」
それはすぐに指同士、絡められて、手を持たれた。
「引き返さなければ、私とともにいれば、危険はありませんよ。」
そういいきるオルレアンさんは、本当に頼りになる、と思った。
目の前の、乙女にあるまじき肌の荒れた顔ながら、貴族のガウンを着た美しい女の子の、言うことを、信じた。
367
結果のなかでは、変身を遂げた魔法少女たちが、すでに魔の獣たちと戦っていた。
さっきまでの余裕ぶっこいた態度はなく、真剣に戦っていた。
彼女たちは、驚くべき動きを披露した。
瘴気に包まれた地面を、立ち上がり、街灯のついた壁を蹴り、壁で跳ねるや、魔獣の頭を、王笏でガンと叩く。
すると、杖の先端についた真珠が光を放って、それが人型をした魔獣を覆い、光とともに魔獣はバラバラになって、四散する。
ユーカは目を見開いた。
思えば魔法少女がその力を発揮し、戦う姿をみるのは、生まれて初めてだった。
オデッサは、大きな弓をとりだして、魔法の矢を放っていく。
矢が直撃した魔獣は苦しみもがいて、姿を消した。
その弓の命中率ときたら、達人なのではないかと思うくらい、正確に素早く矢は魔獣を射止めていった。
もちろん、魔獣のほうからも反撃はある。
彼らは糸を吐き出してきた。
その数は半端なものではなく、あたり一面ら糸があふれた。
魔法少女たちはよけるし、はらうが、何人かは白い糸につつまれた。
すると、ばだっと倒れてしまう。
「だ、っ、」
思わずユーカは悲鳴をあげた。「大丈夫ですか!」
前に踏み出そうとする。
すると、いきなり別の人の腕がだされて、ユーカは止められた。
「うっ」
腕の中に腹をあてがって、ユーカは呻いた。
オルレアンの腕だった。
腕一本で、動きも止められて、呼吸も苦しくて、呻きもともらない。
人間の弱さを思い知ったユーカだった。
「いけません」
オルレアンはユーカをとめた。
白い糸に囲まれた魔法少女たちは、ばたっと倒れたが、他の魔法少女たちがすぐに助けた。
オデッサの矢が白い糸を破壊し、クリフィルを助けた。クリフィルは助けられると、ベエールを助けた。
「撤退だあああ」
ベエールは叫び、白い糸のなかを通り過ぎ、叫びながら、全員の魔法少女が残った魔獣たちを残したまま、結界からにげた。
「えっ?えっ?」
ユーカは驚いた。
きっと魔獣をすっかり全滅させるものだと思っていたから、彼女たちは、撤退をはじめたからだった。
「急いで」
するとオルレアンもユーカの手をひっぱった。
「えっでも…」
ユーカは残った魔獣たちをみる。「魔獣はまだ…」
「それは、明日倒しますよ」
オルレアンはいい、さらに強くユーカの手をひっぱった。「ささ、急いで」
ユーカは、意外な気持ちがのこるまま、結界をオルレアンとともに走ってでた。
368
結界を脱出したユーカがみたのは、ヘトヘトとした魔法少女たちだった。
壁によりかかってぜえぜえ息を吐いたり、床に尻餅ついたり。
「危険になったら撤退を」
オルレアンは、説明をしてくれた。
「あれだけ瘴気が濃くて、数が多いから、一度に全滅させることはしませんよ。命が大事なので。いくらか取り分を得たら、それを使って、明日にそなえるのですよ」
意外と早い撤退と、意外に弱い魔法少女は、ユーカの思い描いていた魔法少女の戦いとは、またちがくて、地道なものだった。
ちょっと戦ってちょっと退治してちょっとしたらすぐ逃げる、それが今の魔法少女の戦い方だった。
「それで人々の命は救えるの?」
ユーカは疑問を口にした。
「魔法少女が死んでは元も子も」
オデッサが、彼女の疑問に答えを言った。
「下手したら死人がでるかもだ!」
クリフィルは尻餅つきながら、叫ぶ。
「死人を、仲間からださない。それが私たちの取り決めなんだ!」
ユーカはそれで黙した。
確かに正義の魔法少女たちだけれども、自分たちの命が危なくなったら、一目散に逃げ出すというのは、ふつうなのかもしれない。
自分が、魔法少女に夢をみすぎていただけだ。
ユーカは、こうして、実際の魔法少女たちと行動を共にしていくことによって、次第に魔法少女のことを、知っていく。
とにかく、その日の魔獣退治を終えた魔法少女たちは、さっそく取り分を分け始めた。
「ぜんぶで18だ」
ベエールが彼女たちの得たグリーフシードすべてを数え、一箇所に集める。
「ひとり4っつだな」
ベエールは、そのうち4つを手に取り、まずオデッサに渡した。「ママさん」
オデッサは投げられたグリーフシードを手に収めた。「今ならこんなでも感じるのか?」
余計な一言を加えながらベエールは仲間の魔法少女たちに取り分を渡していく。
「おまえのぶんだ」
バンと、4つ、グリーフシードを勢いよく投げる。「受け取れよプッシー野郎」
クリフィルが受け取った。
手にトン、とグリーフシードが収まって、それを手中に収める。
まだ、魔法少女姿のままだった。しかし、明らかにいらついた顔をしていた。
「あんたのプッシーもやぶいてやろうか?」
クリフィルはベエールに言い放った。
ベエールは起き上がり、クリフィルの前にたった。
お互い剣幕のたつ顔をちかづけ、睨みあう。
はやくも険悪なムードになる二人。
ユーカは、もう、またなんで…と心で参った気持ちになりながら、仲の悪いこの二人をみまもった。
「"垂れた"クソに塗れたカントだ!」
ぶっ、。
誰かの魔法少女が笑い出した。
なんと意外にそれは、オルレアンだった。
「こんどアシタのことをそういってみろ。殺すぞ」
クリフィルは顔を青くしてベエールを睨みつけ、そして、不機嫌そのものになりながら城下町の十字路をもどった。
335 : 以下、名... - 2014/12/12 02:11:45.10 2XYcRWVL0 1937/3130今日はここまで。
次回、第49話「城下町のヒーローたち Ⅱ」
第49話「城下町のヒーローたち Ⅱ」
369
ユーカはオルレアンからいろいろなことをこうして教わった。
「今日見た魔獣退治と、魔法少女のことで、まだ気持ちが変わらないのなら、明日も朝に会堂へいらして。」
とオルレアンは言い残し、ユーカは部屋にもどった。
次の日の朝、夜間外出のことが家族にばれて、父にも母にも叱られたが、そんなことはどうででもよかった。
いよいよ明日、魔法少女になる。
もうユーカはその気でいた。
たしかに、夢の中で思い描いていた魔法少女と、昨日みた実際に活躍する魔法少女の姿には、いささかの相違はあったが、やっぱりそれでも、ユーカは魔法少女は素敵なものだと思った。
あの口の悪いお下品な魔法少女たちは、それでも戦う姿はとても華麗で、かっこよくて美しかった。
やっぱりユーカの思い描く憧れの”魔法少女”なんだと思った。
明日も、自分もなって、悪い魔獣と戦うんだ。
命をかけて。
それを思うと、わくわくの気持ちで身体じゅう、熱がかけめぐっていて、他のどんなことも大して頭にはいらない。
裁縫も家事も洗濯もパン捏ねもぜんぶすっとばして、オルレアンさんのもとに走った。
走って…会堂を向かおうとして…足がふと、とまった。
その前に、あるところに寄りたい、と思った。
これから、魔法少女になる。もう人間の自分でなくなる。
そう思ったときに、最後に一箇所だけ寄りたい、最後に行きたい、と思う場所があった。
ユーカは方向を転じて、井戸のある十字路をまっすぐすすみ、そして。
エドワード城へつながる橋のほうへむかった。
370
エドワード橋は、大きなアーチを描いていて、ちかづくとその巨大さに驚いた。
橋は、たくさんの荷車の馬車が行き来しており、商人たちが、王に通行税を払ったり逆に王から報酬をもらいにいったりと、大忙しな朝だった。
橋の通行人は、いちいち衛兵がみはっており、とくに怪しいとみた商人の荷車は、衛兵たちが呼び止めて中身をチェックする。
樽の中身をあけ、なかをみる。箱の中身も蓋をあけて中身をみる。だいだい、中身は野菜だったり、果物だったり、塩漬けの魚であったり、穀物袋であったり、だ。
中身を確認した衛兵は手でOKの合図を送り、商人に道をあけ、王城への門へ通す。
バスケットしか手にもってないユーカはあっさり衛兵の検問を通り抜けた。
エドワード橋を進み────王の城の高さと谷に浮かぶ橋の壮大さに足が強張ったが────武器市場へきた。
王都のギルド通り。
そこは職人の街であり、エドワード正規軍の武器、防具、武具全般をつくる、工業地だ。
ユーカは、”イベリーノ”という鍛冶屋をさがした。
その鍛冶屋にいったことはなかったが、ただ、あのとき少年が、そこで見習いをしているといったときしか覚えがない。
その鍛冶屋をみつければ、少年に会えると思った。
でも、なぜ少年に急に会いに行きたくなったのか、わからなかった。
最強の騎士が剣さえ使えば魔法少女になんか負けない、と悔しそうに語った少年の顔は、まだユーカの記憶に強くのこっている。
先週の王が主催した馬上槍試合でであった少年。
ああ、そうだ。
ユーカは、なぜその少年に会いたくなったのか、わかった。
わたし、魔法少女になるって、そのことを少年に知ってほしいんだ。
少年は、騎士に憧れ、身分的に騎士は無理だけれども、せめて騎士のために剣をつくりたいと鍛冶屋の道にすすんだ少年だった。
自分の憧れる世界に、手段を選ばず険しさに怖気ず進んでいく少年だった。
その少年とであったことがきっかけで、ユーカも、魔法少女になる道に進みだした。
ただ憧れて、遠めに眺めて終わり、というなんとなくの毎日を抜け出して、ほんとうになりたいことのためにその道へ突っ込んでいくことを教えてくれた少年だった。
みて、私も、魔法少女になる道に進めたよ────
少年は、知る由もなかったが、でもそんな自分のことを知ってほしい。
私だって、負けてないんだから…。
ただそう、少年にいいたかった。
そして、ふと思わず”イベリーノ”の飾り看板をみつけたとき、ユーカはひどく緊張して、怖くなるのをかんじた。
いざ少年の働く鍛冶屋にきてみると、ひょっとして自分って迷惑なんじゃないかと悩んでしまったのだった。
よくよく思えば、自分が魔法少女の道に進んだことだって、少年にとっちゃ関係のない話だし、そんな話されても、相手は困ってしまうだけではないか。
それにユーカは気づいた。
よくよく考えたら、男の子と話したことなんて、ほとんどない……
定期的に開かれる夜の踊り会は、ユーカは女友達とすごした。そうでなければ、家族と踊った。
異性と話すことって、なにか悪いことなんじゃないか…… いけないことなんじゃないのか……
ユーカは、悩み、悩んで、イベリーノの鍛冶屋の前で動けなくなってしまった。
それに、もし少年に会えたとしても、どう話したらいいんだろう?
よくよく思えば少年にとって魔法少女は、憎たらしい存在なのかも?少年は騎士がすきな子だ。
騎士が魔法少女を相手に大敗する姿をみて、きっと騎士が魔法少女にかてるようなすごい剣を造ろう、って気持ちを語った少年だった。
それなのに、私、魔法少女になるって話したら、嫌がられるかも…。
でも、それでも。
やっぱり少年と話してみたかった。
だって、魔法少女になる道をいく勇気をくれたのは、彼だし、彼がもし最強の騎士のための剣をつくろうとしているのなら、私は最強の魔法少女になるんだ、と言ってみたい。
でも、それって、やっぱり嫌がられるだけなのかな…?
そもそも、自分を覚えてくれてさえいないかも…。
想いばかりが駆け巡り、足が動かない。
ああ、もう!
ユーカは心の中で自分を叱咤した。
むこうは、私のことを覚えているかどうかすらもあやふやなのに、どうして私のほうが、あの子のことでそんなに悩まなくちゃいけないっていうのか!
という結論にたっし、さっさとイベリーノの家の門を叩こうとした。
叩こうとして。
どききっ。
胸が信じられないくらい跳ね上がり、今まで味わったことのないような緊張と胸の高鳴りがユーカを襲った。
そして、イベリーノの門は叩かず、素通りしてしまった。身体が震えている。
「な…なに!?」
ユーカは胸をおさえる。
こわい…怖い…こわい。
門を叩くのが怖い。
あの少年と横に並んでいたときの馬上槍試合のときとは、信じられないくらいちがう。
なにがちがうって、あのときはたまたま少年が隣にいただけだ。
でも、こんどはちがう。
、、、、
自分から少年に会いにいっている。
それがとても緊張する。
あのときは、たまたま隣同士になったから、話せたけど、今は、自分から会いにきている。
「やだ……どうしよう…ちかづけない…」
自分の胸に突如として湧き出てきた、未知の感情は、強烈で、泣きそうになるユーカだった。
371
その強烈な感情にふりまわされて、ユーカはなんと、30分以上もあの少年の鍛冶屋の前で右往左往した。
扉にちかづけば、胸がバカみたいにどくどく高鳴り初めて、耐え切れず、撤退する。
そういう繰り返しだった。
繰り返せば繰る返すほど挙動不審だった。
たまに武器市場に買い物にくる騎士がいる。
騎士は、なんの気なしに”イベリーノ”へ入り、扉に入る。
そのたびに、傍らにたっているユーカは、どきんと胸が破裂しそうなくらい緊張に飛び上がるのだった。
中で少年の声がする。
「見習いの剣は買う気ねえ」
騎士は中で少年と会話する。「イベリーノはどこだ?」
「おじさんなら、王城ですが」
少年の声が聞こえ、ユーカの心臓は、どきんと音をたてて、緊張にはねあがる。
別の話しているのは自分ではないのにも関わらず、だ。
見つかってしまったらどうしよう、という妙な怖さだった。
「いつ戻るんだ。俺はアルザレヌ地方にむかうんだが。この剣をいますぐ鍛えてほしいんだ」
少年の息をのむような間があった。
「よかったら、ぼくに鍛えなおさせて───」
「黙れ小僧」
騎士の男は、冷たくいった。「見習いから買うものはねえ」
「タダで鍛えさせてください」
少年は食い下がる。「剣のキズ、なおせます。必ず鍛えなおします」
「俺の剣は、てめーみたいなもやしに叩かせるもんじゃねえ」
騎士は愚痴をこぼし、毒づいてから、イベリーノをあとにした。
「町一番の腕だときいていたが、親方がお留守じゃ意味はねえ。他をあたる」
騎士は扉からでてきた。
どきんどきんと早鳴る胸をおさえるユーカと目があった。
騎士の男は、ユーカを妙な顔して見下ろしたが、その渋い顔を元に戻して、市場の通路へ消えた。
372
さらに15分たってしまった。
ユーカは、まだしどろもどろ、胸をおさえて、自分の謎の感情とたたかっていた。
もう引き返そうかと思うと、それはいや、という気持ちになる。
ところが扉に近づくと、ありえないくらい怖くなり、気持ちが高鳴って、逃げてしまう。
しかし、ついにその感情に打ち勝つときがきた。
どうにでもなれえ…!
勇気をだし、胸が最高潮に高鳴ったが、扉を通り抜けることができた。
すると、そこには少年がいた。
「あ…」
少年が声をあげた。
それから、ふっ、と笑いはじめた。「女の子のお客か」
それから自分の作業場にもどった。金床の隣の、炉床に木炭を加える。火が真っ赤な勢いを増す。
「女の子が剣と盾なんて買ってどうするんだい?」
ユーカは、すぐに答えた。
不思議と胸の高鳴りは落ち着きを取り戻した。「ううん、わたし、客じゃないんだ。ごめんね」
少年は木炭を焚口にまたシャベルによって入れ、すると、造りかけの剣を炉火の上においた。鉄の剣は熱で赤い。
「私を覚えてる?」
ユーカは、少年をたずねる。
「馬上槍試合のときに…」
「覚えてるよ」
少年は答えた。「ぼくの隣に、きみがいた」
ユーカはうれしかった。
「覚えていてくれたんだ」
それにしても異性の男の子と話していると緊張がおさまらない。
「ぼくの愚痴をきいてくれた」
少年はふっと笑う。それから、火に焼かれる自作の剣をみつめる。
ユーカは少年がつくっている剣をみた。
「それにしても剣をつくるって大変だ」
と、ため息ついた。
「型に流しこんでから叩くんでしょ?」
ユーカは、自分が鍛冶について知っていることをいってみた。
「鉄鉱石をコークス炉で製鋼したのをこの型に流し込む。どろどろに溶けた真っ赤な鉄さ」
と少年は答えた。
「それを水の中に浸して冷やす。鉄が冷めて剣の容になる。そしたら型を壊して中身を取り出すんだ」
と少年はいって、ふいごという、空気を送り込む道具をつかって、ポンプで炭火に空気を送り込む。
火は勢いを増し、ぶわっと燃え上がった。
鉄の剣は先端から赤くなりはじめた。
だが、どうがんばっても出来上がるのはでこぼこの剣だ。
溶けた鉄を型に流し込んで、原型ができあがった剣を、キレイに叩き直す業が、まだ未熟だ。
見習いとして苦戦しているようだった。
ユーカはその、鍛冶に打ち込む彼の姿を見守っていた。
なんとか原型の剣を、立派なロングソードへ鍛えなおそうと奮闘する彼の姿を。
いつかユーカがみた、あの夢見る少年の瞳は、いままっすぐ真剣に鍛冶へとむけられていた。
赤色に光る剣…コークス炉の中で光る美しい剣…武器。
じっと見つめているだけで時間が流れていった。
「それで」
流れていく時間は、少年がせきとめた。「鍛冶屋に何の用?」
しばらく叩いたあと、少年はハンマーを手放し、金床から剣をとって、また炉火のなかに剣をおいた。
火の中におかれる剣。
ふいごをもって、空気を送り込む。
剣はさっきとでこぼこ具合があまり変わっていなかった。
鍛冶作業場は非常に熱く、少年の額は汗だくだった。
ユーカは、実際に溶けた鉄をどうにかして剣の形にしようと奮闘する彼を見守りながら、本当に名剣というのは、熟練の職人が手がけた剣なのだなあ、と思った。
名剣といかなくても、ちゃんと両刃があって、ぼこぼこがなく均等に鋭く尖って見事に光る剣というだけで、実は職人の丹精こめて打ち込まれた剣なのだ、と思った。
バスターソードやロングソードのような、巨大な剣になると、もっと大変なのだろう。
「用はべつに、なくて」
ユーカは答えた。「ねえ、お名前はなんていうの?」
少年は意外な顔をして少女をみつめた。
「用がない?」
おかしそうに笑ってユーカをみる。「いろいろな客がいるけど、用がない客は初めてだなあ」
「いーから、名前を教えてよ」
ユーカはせがんだ。
「ぼくは見習いだぞ。ぼくの名なんか大したこと…」
「将来は、最強の刀をつくるんでしょ」
「はは。なんだか恥ずかしいや」
少年は頬を染めた。「リリド・ライオネルだよ」
「そう」
ユーカは微笑んで名乗った。「わたしは、ユーカ。”ブリーチズ・ユーカ”だよ」
「城下町の子なんだろう。王城にお呼ばれしたわけでもないのに、どうしてここに?」
その少年の質問には、少女は逆にききかえした。
「どうして来たと思う?」
少年はそれで困る顔をみせた。
「いや、それはわからないなあ…」
汗を腕でぬぐう。
目に汗がはいったみたいだ。
「ねえ、いつか私が最強になるまでには、最強の剣を完成させてね」
ユーカは言い、鍛冶屋をばばっと走って去った。
少年には、その意味がわからず、首をひねった。
そして少女が去ったあとも、カンカンカンとハンマーで熱がこもって赤い剣を叩いて鍛えた。
373
それからユーカは、たびたび鍛冶屋”イベリーノ”に通うようになった。
オルレアンのところをたずねると、「魔法少女になる決意はわかったけれども、あなたの願いごとは危険なので、もう何回か私たちと魔獣退治を経験しなさい」みたいなことをいわれた。
夜は魔獣退治する口の悪いあの魔法少女たち(プッシー野郎!)と行動を共にして、昼間は鍛冶屋のところへいく。
そんな日常がはじまった。
ときには、イベリーノおじさんという親方師匠が鍛冶屋にいて、ユーカを怒鳴って追い出した。
「ここは、女のくるところじゃねえ。」
気難しい、町いちばんの鍛冶職人は怒鳴る。
「邪念にしかならねえんだ。」
鍛冶屋は、作業場という神聖な場所にいるとき、女のことなんか考えてはいけないし、剣と向き合うことの以外の考えなどあってはいけない。
それが町一番の職人の気性であり、ユーカからすれば、なにをそんなぴりぴり神経とがらすかなあ、と疑問をおもうところでもあった。
イベリーノおじさんがいるときは、追い返されてしまうので、おじさんが用あって王城にお呼ばれしているときに、ユーカは少年とあった。
鍛冶の作業場はとてつもなく熱がこもって、熱いので、少年の服はすぐ汗だくになった。
しかも少年は、自分が手がける剣のことしか頭になく、私生活に気がまわらなかったので、ユーカは、たびたび少年の服を洗濯してあげた。
家にもどって、洗濯して、それを少年に返した。
少年の未完成の原型にすぎなかった剣は、しだいに、キレイな刃の形へと変わってきた。
そんな日常を繰り返しているうち、運命の日がきた。
374
それは夜だった。
あの口の悪い魔法少女たちとの付き合いも、なれてきたし、むこうも、ユーカのことを覚えるようになった。
最も、口の悪さは相変わらずで、ユーカのことを、ことあるたびバカにしてきた。
そのあたりは相変わらず、ユーカの思い描く魔法少女の理想の姿とは、ちょっと違っていた。
「びびって漏らしてるんじゃないのか?」
ベエールはけたけた笑って、ユーカの腰をついた。
そして、つーっと腰から尻まで指先をおろした。
「なにすんだよ!」
ユーカには珍しい、荒っぽい声が思わずでた。
「不感症じゃないな」
ベエールは歯をみせてくっく笑った。「ママ!ユーカは"感じる"ぞ!」
「このプッシー吸い野郎」
歯ぎしりしながらクリフィルが毒づいた。「チーズの腐った匂いがする」
「てめーはママの乳でも吸ってな」
ベエールはさっそくクリフィルにつっかかった。
「少しだまってろ!」
クリフィルは憤激する。
「よしよし、いい子だ」
ベエールはクリフィルの頭をなでる。「パパのも吸うか?」
とうとうクリフィルは逆上し、「殺してやる!」と叫び、ベエールと大喧嘩をはじめる。
それが魔法少女と魔法少女の喧嘩なので、もう夜だというのに大騒ぎ、ばっこんばっこん爆発音やら家屋の壁にたてかけた梯子やらが破裂する音が鳴り轟きはじめる。
クリフィルはベエールにとびかかり、顔をなぐり、するとのしかかり、何度も殴りつづけた。
しかしベエールも反撃にでる。
ベエールはクリフィルの両肩をつかんでからぐるりと周り、上下の立場を逆転させると、クリフィルの顔面に上から頭突きする。
ゴツッ。
魔法少女同士の頭がぶつかった。
「おい、猫の喧嘩よりうるさいぞ!」
傍から見ていたクロークが、叫んだ。
この日のメンバーは、いつもより多くの魔法少女がいた。
例の危険地帯が、さらに魔獣の数を増しているとの報告で、この日はいつものメンバーより、三人ほど多くユーカと共に魔獣をと戦う魔法少女がいた。
一人は、ユーカにたいして、”願い事を教えるわけないだろ”と告げた、ユリシーズ。
もう二人は、ユーカとは初対面ではあるが、城下町の魔法少女、アドラーとマイアー。
「てめーのプッシーの”ひだ”を───」
ベエールはクリフィルの顔面を強く殴る。そして地面に叩きつける。
うぐ、とクリフィルが後頭部を地面にぶつけて呻いた。鼻血がでた。
「ひん剥いてやる!」
「もうやめろったら」
アドラーという魔法少女が、ベエールを掴んでとめた。
「邪魔するな変態!」
ベエールは怒鳴った。
「わたしのどこが変態だ?」
アドラーはぴくっと眉をひくつかせた。
「男のくせに魔法少女しやがって」
ベエールはすぐ答えた。
アドラーはベエールを殴り、壁にたたきつけた。
ドゴッ。
ベエールは体を壁にぶつけたあと、ドサッと地面に倒れ込んだ。
「心外だな」
アドラーは、倒れ込んだベエールの胸倉をつかみあげ、壁にまた叩きつけると、尋問した。
「この私が男だって?」
「うぐっ…」
ベエールは苦しそうに目をぎゅっと閉じる。
「口に気をつけろ。でないとケツ穴に鎌ぶちこんではらわた引き出すことになるぞ」
ギロリと睨むアドラー。
「少し黙ってろこのおかま野郎、べらべらしゃべりやがって!」
ベエールは苦しんだ顔のまま大声あげ、なお罵倒する。
するとアドラーは、ベエールを地面にたたきつけ、「死なせてやる!」と叫ぶと、手元に剣を召喚して、顔につきたてようとした。
「まて、まて、そこまでにしろ!」
クリフィルがアドラーをおさえつけた。
刀の先は、ベエールの口に突っ込まれる寸前でとまった。
「あわわ…」
ベエールは恐怖に血走った目を見開かせた。口元に突っ込まれかけた刃は、押さえられて震えている。
「なにを喧嘩してるんだ!魔獣を倒しにいくのを忘れたのか?」
クロークも叫び、ようやく喧嘩はおさまった。「いい加減にしろ!ベエールも口をつむげ!でなければ縫い合わすぞ!」
それにしても、毎晩毎晩こんな調子だった。
下品で、すぐに喧嘩する、粗放な魔法少女たち。
ユーカはオルレアンの隣にいたが、自分が魔法少女になったら、毎日この人たちと一緒に戦うのだなあ、といろいろな意味で感銘にふけった。
アドラーは刀をてばなしてどっかの街角の奥に投げて捨てた。
カラランと刀は鉄の音たてて通路の闇へと消えた。
あれは翌朝に誰かが拾うのだろうか。
アドラーは、それから目のあったユーカをみると、口を開いて告げた。
「女だから」
「うん…」
ユーカは頷いた。
たしかに見た目は男の子のようだった。変身姿はズボンで、剣を振り回す姿は、剣士のようで、振る舞いも男の子のようだった。
髪も短く、声も中性的だった。
「今日も例の危険地帯にいきます」
オルレアンがようやく言った。それは本来の話題だった。
「命が大事ですから、危険になったら撤退を」
「わかってるよそんなこと」
ベエールは魔法の変身衣装についた土と埃を、手ではたいた。「魔獣退治というのは飽きる」
他の魔法少女が、いささか黙しながら、若干控えめに頷いた。
「毎日同じ敵だしね」
「グリーフシードを得るためだ」
ヨヤミは冷静に、文句垂れる魔法少女たちを、諌めた。「魔法少女の使命だ」
375
そんな調子でこの日も七人の魔法少女、と人間のユーカが一人、城下町をパトロールした。
危険地帯と呼ばれる魔獣の大量発生地区へむかう。夜間の霧たちこめる城下町を七人はずかずか歩く。
その途中、十字路で、別の魔法少女集団とすれ違った。
「元気にやれよ」
別の魔法少女集団は、同じ仲間に声をかける。彼女たちは彼女たちで、別の魔獣退治場所を突き止めて、そこの退治にかむうらしい。
「生きてかえれ」
すると、ベエールやクロークたちも、挨拶を交わす。
「白い糸をよけて、頭をねらえ。魔獣は背後が弱いぞ」
と、助言を与え、自分たちは自分たちの狩り場へむかう。
その途中、とうる民家が、夜間の警備を番犬にまかせて、魔法少女たちの集団がぞろぞろ通りかかると、バウバウ吠えることがあった。
すると、ベエールは頭にきて、「てめえ、焼かれてえか!」と犬にむかって叫ぶ。
犬はくぅ~と怯えた声あげてひきさがった。
ユーカはそんな姿を後ろで見ながら、また、はあとため息ついた。
日に日に自分の夢に思い描く魔法少女の姿が崩されていく気がする……。
いや、自分はちがう。
私は契約したら、ぜったいきらびやかで、きれいで夢を振りまくような、きらきらな魔法少女になるんだから。
そう心に熱情をためていた。
376
その日は、七人もの魔法少女がいたので、以前よりもたくさんの魔獣を倒せた。
喧嘩っぱやいベエールもクリフィルも、魔獣との戦いがはじまると、息があう。
「クリフィル!ケツだぞ!」
ベエールが叫び、クリフィルに危機をしらせる。
「わかったよ!」
クリフィルは、魔獣の結界の中で宙を舞いながら、剣で背後にたつ魔獣の頭を裂く。
白い糸があたりじゅう舞い飛び、瘴気が魔法少女たちを襲う。
魔法少女たちははらりはらりと宙を舞いながら、白い糸をよけて、魔獣を殺していく。
彼女たちは、仲がイイのか悪いのか、こうしてみるとわからない。
「オルレアンさん!正面のやつら、ブッ叩いてください!」
「その必要はなくてよ」
オデッサが弓で正面の魔獣たち三匹を吹っ飛ばす。
「ママ!さすがだぜ!」
ベエールはすたんと白い糸をさけながら、結界の地面に着地する。「ママあいしてる!」
「余計なことは言わずに戦いなさい」
オルレアンは自分にちかづいてきた白い糸をスコップでおはらった。
「撤退だ!」
クロークが、結界の奥から逃げ帰ってきた。
その体は白い糸だらけだった。
彼女は、鉄の籠手に握った剣で、バンバン、白い糸をぶったぎるが、その数は増した。
そして、クロークロが撤退の合図をすると、魔法少女たち七人は魔獣の結果を逃げ去った。
ぶわっ…
赤黒い結界の世界はきえ、薄らぎ、城下町の十字路の景色がもどってくる。
グリーフシードはその日、28個も集めることができた。
「ひとり4つだな」
けれども、取り分はなんだかんだいって、いつもとそんなに変わらなかった。
「今日は穢れがおおい」
大きな十字架をもった魔法少女、ユリシーズはいった。「わたしの取り分をおおくしてくれ」
「あした、会堂にいって、ママからおこぼれをもらえよ」
ベエールはさっそく毒舌を言い放った。「ママに世話してもらいな」
しかしユリシーズは他の魔法少女のように、すぐに逆上してベエールの思う壺となる少女ではなかった。
ベエールはようするに、メス猫みたいなやつで、つねに誰かとじゃれあいたくて他の魔法少女にちょっかいだしてばかりいるのだ。
そして仲間の魔法少女を逆上させて、怒らせて、喧嘩する。
喧嘩してじゃれあう。魔法少女同士で喧嘩する。
それがベエールが一番すきなことで、いちばん楽しいのだ。
それを分かっているユリシーズは相手にしない。
するとベエールは途端に不機嫌そのものとなり、ますます激しい罵倒をはじめる。
「へ、無口無表情のでれ助め」
自分を相手してくれないベエールは怒り出す。
「大して魔獣も倒してくせに、取り分が足りないだ文句たれやがって、盗人猛々しい破廉恥女め!」
ユリシーズ、無視。
「くそっ!」
ベエールは足で地面をダンダンを踏み始める。「こいつを呼んだのはだれだ?ただキューブを持ち帰るだけのヒモじゃないか。なにか言い返せばどうだ言葉を知らないのかこんのべらぼう、梼昧、おたんこなす!」
まわりの魔法少女たちは、はっははと笑い出すだけ。
ベエールはとうとう顔を赤くしてしまった。
「ふん!」
そして鼻をならし、魔法の変身を解いて、普段の少女の姿になる。
途端に背が小さくなった。
「えっ」
ユーカはその変貌に驚いて、おもわずベエールを見下ろした。
どうやら変身姿になると背が高くなるらしい。これは厚底靴といったが、この時代の城下町の娘であるユーカは厚底靴というものを実物でみるのは初めてになる。
「なんだよ、みるなよ」
背が小さくなったベエールは顔を赤くしてユーカを睨む。
なんか急に子供になった。
「私はもうかえるからな」
ベエールはとっとと自分の取り分をにぎって家へもどった。
夜の寝静まる十字路へ。
そして、番犬がまたばううっと吠え出し、「うわっ!!」というベエールの悲鳴がきこえた。
魔法少女のときとちがって、変身を解くと可憐な娘になるみたいだった。
「私たちも戻りましょう」
オルレアンは笑い、自分も変身を解いた。
ソウルジェムが手元に灯る。
他の五人の魔法少女もみんなみんな、変身をといた。
それぞれ普段着の少女の姿になる。ほとんどの少女がコットを着ていた。
オルレアンだけがローブ姿だった。
ユーカふくめた六人は無事に魔獣退治を終えて、月の浮かぶ夜空の下、きらきらと星の光る城下町の十字路を歩いていたが、オルレアンがふと、足をとめた。
「魔獣が…」
オルレアンさんの声は、震えている。
「魔獣が?」
他の、変身解いた五人が顔をのりだす。
「敵は場所を変えました」
オルレアンさんは振り返り、五人をみた。
五人の魔法少女と、ユーカは顔をみあわせる。
クロークだけは、いち早くに予感を察して、眼を鋭くさせて夜風へ目を走らせた。
「魔獣の大群は王城へ移動しています」
オルレアンのソウルジェムは、激しく光を放っている。ギィンギィンと光を増し、反応を示している。
「王城?エドワード王のもとに何が?」
まだ事態がいまいち察知できてないアドラーは、問いかける。
「何が?じゃないだろ、王の身に何かあるのは、これからだよ」
マイアがいう。
「はっ?」
きょとんとするアドラー。
するとマイアーが、はっきり大声で告げた。「王の城に多量の魔獣がむかっているんだ!」
ざわっ。
魔法少女たちに緊張が走る。
「まって……じゃあ!魔獣の群れはいまどこに?」
慌てた様子のユーカが、声をあげる。「エドワード王の城に?」
「橋を渡って、ギルド街に到達しようとしています」
オルレアンはソウルジェムの反応を読み取った。
「あと少しで王城に到達します」
「そいつはコトだ!」
クロークもソウルジェムを掲げた。紫の光が強みを増した。
「王の身に何かあっては、城下町はイカれちまう!」
「よし!よし!そういうことなら!」
つついでマイアーも赤いソウルジェムを掲げ、手元に取り出した。赤みの光が増した。
「王を、私たちの手でお守りしよう!」
「よしきたあ!」
アドラーもソウルジェムを取り出した。水色のソウルジェムが夜の城下町にて、光を放つ。
「褒美はたくさんもらうからな!」
「私たちの手で、王さまをすくうんだ!」
ヨヤミも意気込んだ声をあげ、エメラルド色のソウルジェムをかかげた。
おおおおっ。
かくして五人の魔法少女たちは一致団結し、エドワード王を助けるぞおっと意気込んで、城下町から王城へわたる橋へ走り出した。
「ま、まってよお!」
ダダダダと走り出した魔法少女たち五人を追って、あわててユーカも彼女たちを追って走った。
はやい。はやすぎる。
さすがは魔法少女たち。
「はあ…はあ」
人間の身であるユーカは、はやくも息切れをはじめた。
王城へつながるエドワード橋は長い。長くかつ大きい。
大きなアーチを描く橋はまるで永遠につづく坂道だ。
走って走っても坂だ。
それにしても、喧嘩ばかりして仲の悪そうな魔法少女たちだけど、町に危機が訪れると途端に一致団結する。
なんだか、ぜえぜえ息をきらしながらも、笑ってしまうユーカだった。
彼女たちは、口も悪いしデリカシーもないけれど、やっぱり城下町と王都を守る、正義の味方だった。
377
橋を渡った魔法少女たちは、夜間のギルド街へくる。
月は夜空に浮かび、割れた谷のむこうの山々へ沈みゆく。
橋の上は、谷と谷のあいだに架けられた巨大な橋。橋は、王都の城につながれる。
まるで宙に浮かんでいる気分だった。
左右を見渡せば、断崖絶壁がみえる。どこまでも奥深くに沈む、大陸の裂け目が。人などらくらく飲み込んでしまう、巨大な裂け目は、まさに崖。”裂け谷”とも呼ばれるエドレスの絶壁。
橋を渡りきり、ギルド街へくると、さっそくすさまじい瘴気が町々を支配している異様さに魔法少女らはきづいた。
「こいつはひでえ」
思わず五人は足をとめる。
あとで追って走ってきたユーカが、その背中にぶつかった。
ドンッ
「あいたっ」
ユーカはふらふら、よろめき、なんとか立ち止まる。「どーして立ち止まるの?」
「五人じゃ厳しいんじゃないか」
アドラーが最初に言った。「かなりの数だ」
「でも、ほっとけば王の城に辿り着く」
マイアは標高700メートルになるエドワード城をみあげる。「王城は魔獣に喰らいつくされちまう」
「食い止める!」
ヨヤミは声を大きくして言った。「町の平和は守る!」
ユーカはどきまぎしている。
オルレアンも難しい顔をしていた。
だが彼女は彼女なりに、判断して、結界に飛び込むことを決意した。
「私とクローク、ヨヤミ、マイアは結界の中に。オデッサとアドラーは応援を呼んでください。ベエールとクリフィルを呼び戻し、他の会堂の魔法少女たちも呼んでください」
「王都の危機だな」
クロークは一歩進み出て、オルレアンの隣に並んだ。
月が向こうの大陸の山々へ沈む。
オルレアンは難しい顔をしながら、頷いた。「何事もなく夜がすぎるといいのですが」
月は、満ちかけていて、そのほのかな光を地上のエドワード城に注ぐ。
常夜灯の火に照らされるエドワード城の壁を、青白く照らす。
「言ってもはじまらん、ぶっ飛ばそう!」
クロークはわれ先にと結界のなかに飛び込んだ。
剣を抜きながら籠手の手で握り、赤黒い魔獣の結界のなかを走り抜けていく。
「私も!」
「おくれはとらないぞ!」
つづいてヨヤミ、マイアーが結界へ飛び込む。ばしゃあ… 赤黒い光がはじけて、二人の魔法少女の後姿は結界のなかへと消えた。
オルレアンとユーカ二人が残された。
「ユーカは、城下町にもどるのと私についてくるのと、どちらに?」
夜の月光にオルレアンさんの顔が照らされる。真剣な顔つきだった。
その真剣な目つきは、まるでこのままついてきたら、命の保障はないとでもいいたげだった。
ユーカは、そのオルレアンの瞳を見て、意味も悟ったあとで答えた。
「このまま戻れないよ。ほうっておけないよ…!」
ユーカの脳裏に、この武器市場で修行をつむ、少年の姿が浮かぶ。
「こんな場所で…!」
オルレアンはユーカのそれを覚悟と受け止めた。
「わかったわ。私について、決して離れないで」
「うん」
ユーカは力強く、頷いた。「ありがとう、オルレアンさん」
378
赤黒い結界のなかは、王城の前のギルド街を赤く染めていた。
魔法少女たち四人の前に現れた魔獣の数は、80匹ほど。
この時代の、魔法少女にとってみれば、大変な群だった。
そもそも、5、6匹倒して結界から撤退するような魔法少女たちなのである。
その数には圧倒され、たじろいだ。
「こいつはひでえ」
マイアーは目を見張っている。「ぶったまげた瘴気だ」
「王城に魔獣がちかづくことはなかったのに……」
オルレアンは不安な声をあげる。
「王の心になにかあったのでしょうか…」
これだけの魔獣が王城に発生するということは、よっぽどの負の感情が、王城を支配しつつあるということだ。
王城にはびこる負の感情。
それか、エドワード王に何か関係があるとしたら。
それは、一年後に起こる悲劇の予兆であった。
「てえい!」
マイアは、手に握った鎖のついたトゲトゲの鉄球───モーニングスターという武器を、魔獣にふるい、魔獣の顔を殴り飛ばす。
魔獣はうめき声あげて消し飛び、地獄へかえった。
モーニングスターは両腕にもって二刀流だった。
この鉄球をふるたび、クリクリクリと鎖が音をならし、ぶんとふるうと、重たいトゲだらけの鉄球がふるわれて、魔獣の頭を叩き割る。
しかしすぐに白い糸が充満しはじめた。
魔法少女たちは逃げながら、魔獣の本体と戦う。
ユーカは結界のなかで懸命に闘う魔法少女たちの勇姿を見守っていた。
「とりゃ!」
マイアは飛び上がり、二刀流のモーニングスターを空中でぐるんぐるんまわして、二本同時に鉄球を振り落とす。
二個の鉄球に叩かれた魔獣は消し飛んだ。
が、白い糸があたりを覆いつくし、マイラは白い糸に絡まれて身動きかとれなくなった。
「クローク!」
彼女は仲間をよび、クロークは気づいて、マイアに絡みついた糸をたたききる。
バザっ。
ロングソードによってふるわれた太刀が、白い糸をブチブチと細切れにした。
すると自由になったマイアは再び動いた。「死ね!」
まだ何十匹とならぶ魔獣のうち、一匹をモーニングスターで殺す。
だが、そこが限界だった。
「退却だ退却だ!」
クロークとマイアは、襲いくる瘴気からにげる。
瘴気は、霧のように濃さを増しつづけ、魔法少女たちが息も吸えなくなるほど邪悪なものと化した。
しかし、結界の出口にでようとして、その出口がないことに気づいた。
「どうなってんだ!」
クロークの声に焦りがはいる。「出口はどこだ!」
「魔獣の結界がひろまってる!」
ヨヤミが叫んだ。「出口はもっと奥に!」
きづけば、何十匹という魔獣たちに、取り囲まれていた。
魔法少女たち五人は一箇所に集い、背を守りあった。「応援はまだか?」
「戦うしかない」
マイラは諦めた声で告げ、それから、魔獣たちを相手に戦いにでた。
「互いに離れ離れになるな。一箇所にかたまって応戦を!」
「はっ!」
ヨヤミは、小さな小刀を手元にだして、それをつぎつぎ魔獣へ投げつける。
一匹、また一匹と、小刀は魔獣をしとめていく。
だが、数匹すがたを消しただけ。
魔法少女らを囲む魔獣の群れは、70匹以上あり、魔法少女たちとの距離をつめる。
「みろ!」
するとクロークは、ある方向を指差した。「あっちが出口だ!」
そこだけ光が放たれていた。外界からの光だ。
「全員同時に出口にむかえ!」
魔法少女ら四人は、オルレアンはユーカの手をひいて、魔獣の結界の脱出をこころみる。
「道をあけろ!」
クロークは剣をぶんぶんふるい、邪魔する魔獣どもを斬る。
オルレアンはスコップで魔獣たちを殴る。
マイアはモーニングスターの鉄球で魔獣たちを蹴散らした。
そうして道筋をつくり、出口をめざす。
けほけほけほ。
瘴気の濃すぎる結界のなかで、呼吸するたび魔法少女たちは苦しそうにむせる。
だが退却の途中で、クロークに魔獣の攻撃が集中し、彼女は白い糸に全身を包まれて、瘴気にあてがられ、とうとう倒れ込んだ。
「うっ…」
バタンと倒れて、魔法少女の変身がとける。
あわてて残りの四人が抱き起こそうとした。
「結界で変身を解くな!」
マイアが励ます。「人間にもどるな。瘴気で死ぬぞ!」
「いや、もう変身できない」
クロークの目は黒ずんでいた。汗だくで、体はつめたかった。「ソウルジェムを」
彼女は自分のソウルジェムを取り出した。
三人の魔法少女たちは、おびえた。
クロークのソウルジェムは真っ黒だった。ほとんど黒色で、濁っていて、どろどろした光を宝石のなかで渦巻かせていた。
「ソウルジェムが…」
「わたしはもう助からない」
クロークは目を伏せた。「みじめだ。魔獣の結界で死ぬなんて」
「あきらめるな出口はある!」
マイアーは諦めず、はげました。「グリーフシードを!」
「やめろ」
クロークは首をよこにふった。「私の回復なんか待つな。みんな死ぬぞ」
「何をばかな…」
なにかを叫びかけたマイアーの肩を、オルレアンがうしろからつかんだ。
「クロークの言うとおりです。回復は待てません」
マイアーは、信じられないという目をしてオルレアンをみあげ、そして、泣き叫びはじめた。
「ふざけるな仲間のうちで死をださないのが私たち魔法少女の原則だろう!」
「一刻もはやくでないと、みんなやられてしまいます」
オルレアンの体に白い瘴気がからみつきはじめる。
「回復は待てません。全滅します」
ヨヤミは小刻みに振るえ、小刀で絡みつく白い糸を追い払っている。しかし白い糸の数は多く、彼女のソウルジェムは、黒くなりはじめた。
白い糸に対して抵抗をやめているオルレアンのソウルジェムも、みるみるうち黒みが増した。
魔獣の糸に捕われ、瘴気にあてがられ、希望の魂は汚されていく。
「わかるでしょう。クロークの回復をまっていれば、私たちが穢れます。瘴気によって」
「…」
マイアーは言葉をなくし、そして、自分のソウルジェムも黒くなっていくのを見て、頷いた。
オルレアンも頷いた。
変身が解けて人間になったクロークは結界に取り残された。
「ああっ…!」
ついにソウルジェムがすべて真っ黒になり、ミシミシというヒビの入る音、それから、パリンと割れてしまう限界に達した音がきこえ。
「あぐあああっ…!」
クロークの苦痛の声が、最後まで結界のなかにこだましていた。
三人の魔法少女は結界の外にでた。
赤黒い結界から、三人とユーカは脱出し、ギルド街の風景へと出た。
四人の陰が、消え行く結界の映し身として映る。
結界は、やがて、無へと消えていった。
「くそっ」
マイアは、歯をかみしめて、地面を蹴った。
「クローク…こんなことが…」
ユーカは、おそるおそるオルレアンさんに、たずねた。
「クロークさんは、どうなってしまうの?」
オルレアンは目を閉じたあと、悲しそうに、告げた。
「向こう側で死ねば、死体だって残らない。こちらの世界では、彼女は永遠に行方不明者になる」
オルレアンの瞳に切なさがこもる。「魔法少女の最期なんて、そんなものよ」
「えっ…」
ユーカは、あまりに冷たいオルレフンの台詞に、しばし言葉をなくし、そして、目にわずかながら熱い粒が浮かんできた。
「そういう契約で、私たちはこの力と、願いを手にしたのだから」
オルレアンは表情を動かさなかった。でも、口は震えた。
「人間は、魔法少女の行方不明者を、”サバトの集会に魔女が連れ去った”だなんだって騒ぎ立てる」
ヨヤミが話し出した。
「とんだ妄想だよね」
ふう。
彼女は息をついたが、そのあと、途端に涙ぐんだ声になりはじめた。
「魔獣と戦って死んだって……家族にも友達にもわかってもらえなんだ…」
「あんなふうに死にたくない!」
マイアは二本のモーニングスターを肩にかけていた。
「瘴気と戦うと、ソウルジェムが黒くなる。ぜんぶ黒くなったら、ああなるんだ!」
ぶるぶる体を震わせはじめる。
ユーカは、仲間の死をみるのと同時に、いずれ自分も同じ運命を辿るのだと悟っている魔法少女たちが、さっきまでの元気と陽気さ、粗放さを失って、ただただ暗く沈んでいる姿をみつめた。
どの顔も目が恐怖を映していて、避けられない未来におびえているようだった。
ユーカはそしてはじめて分かった。
”円環の理に導かれることは、人の死よりも恐ろしいですよ”
オルレアンの警句が脳裏ににぎったのだ。
魔法少女になるということは、いつか円環の理に導かれて死ぬ、ということを約束されるということだ。
それはつまり、”契約したら死ぬ”という意味であって…。
”避けられない死”、しかも”円環の理”という見えもしなければ聞こえもしない存在の迎えを待つという死と、いつもいつも隣り合わせなのだ。
その隣り合わせの具合は、ソウルジェムの黒ずみ具合が知らせてくれる。
いつもいつも彼女たちは、これが濁りきったら死という、恐ろしい日々のなかを生きている。
だから、なんだ。
ユーカは魔法少女たちのことが分かってくる。
だから、この人たちは、下品だけれども粗悪だけれども、魔獣と戦う前に集うとき、なんでもいいから言い争いというか、喧嘩ばかりするんだ。
それは、互いが憎みあっているというよりむしろ、その逆で、”円環の理による死と隣り合わせ”な境遇の者同士、分かち合いたいだけなんだ。
”避けられない未来”の恐怖を。互いに、喧嘩でもなんでもして、紛らわしたいだけなんだ。
下品だろうとなんだろうと、なにかお互いに言い争いしていれば、”避けられない未来”のことは頭からなくなる。喧嘩していれば魔法少女の残酷な運命のことは、忘れることができる。
喧嘩するほど仲がいいなんていうけれど、まさに、そういう人たちだった。
仲間を一人失った三人の魔法少女たちが、目に恐怖を浮かべているとき、増援がきた。
クリフィルとベエール、とりわけ激しい喧嘩仲間である二人だった。
エドワード橋を渡って、王都の城の前、ギルド街へ走ってやってくる。
月はむこうの大陸、道の国に連なる山々のむこうへ、沈む。
「エドワード王が危機だって?」
ベエールは走ってくるなり口を開いた。「ホモの魔獣野郎に狙われてんのか?」
クリフィルとベエールは二人同時に、仲間と合流したが、オルレアンら魔法少女たち四人が、暗い顔して無言でいることにきづく。
「魂いかれちまったのか?」
ベエールは異変にきづき、様子を見守った。「ママの愛情がないとなんもできないのかよ?」
クリフィルは、目に涙を浮かべているユーカに、問いかけた。
「なにがあった?」
「クロークさんが…」
喋りだすと、余計、目になにかがあふれ出てきた。「魔獣の結界にとり残されて…」
ベエールとクリフィルは、起こってしまった事態を悟った。
「…くそ」
ベエールは頭痛をこらえるように額をおさえ、目をぎゅっと閉じた。
「あたしらのなかじゃ一番ベテランだった。そのクロークでさえ死ぬときは死ぬのか」
「いずれ私たちも同じ運命を辿るかも」
クリフィルがぼそっとつぶやくと、ベエールは怒った。
「辿るもんか!あたしは叶えたい希望があって魔法少女になったんだぞ!」
剣幕のある声で怒鳴りだす。
その様子を仲間の魔法少女たちが見つめる。
「死んだら私の願いはどうなる?死んだらすべておしまいだ。カベナンテルと契約したこともそれ以来ずっと自分の願いのために戦ってきたのもぜんぶおしいまいになるんだ!」
仲間の魔法少女たちは、目にまた、恐怖と悲しさを浮かべる。視線は下を見下ろし、俯き加減になる。
「あたしは死なないぞ!魔獣と戦って死んだりするもんか。自分が死んだら、自分がかなえた願い、ぜんぶ消えちまうだろ。命あっての魔法少女だ、誰も死ぬな!あたしもおまえたちも、みんな、だ!」
魔法少女は、当たり前だが、自分が契約してかなえた願い事を、大切にする。
だから自分の命を大切にする。自分の魂を捧げて願い事をかなえたのだから、自分が死んでしまっては元も子もない。
実際には、美樹さやかの願いが、上条恭介の腕を治したように、命を失っても(美樹さやかが円環の理に導かれても)奇跡が世にのこることも多いのだが、そうでもない願い事ももちろん、おおい。
暁美ほむらの願いは、鹿目まどかを守る自分になりたい、ということだったから、自分が死んでしまっては元も子もない。
今は聖地と呼ばれている、円環の理の誕生の地───かつての見滝原という舞台で、暁美ほむらは自らの命を賭けて鹿目まどかを救おうとめぐるめぐる時間のなかを繰り返したのだ。
「ああわかってるさ」
さて、エドワード城を目前に集まった7人の魔法少女たちは、気を取り戻し、怒鳴り散らすベエールの肩をもった。
「仲間のうちから死人はださない。アタシらの原則だろ」
「あんたらがもっとはやくきていれば、クロークはしなかかった!」
マイアは、クリフィルにつかみかかって、大声で言った。
「おそいんだよ!応援を呼んだだろ?どうせ二人で余計なことしてたんだろ。そのせいでクロークは、…!」
「余計なこと、だと?」
クリフィルは胸倉をつかまれながら、マイアを見おろし、言った。
・・
「アレは余計なことだったかな」
クイと首を曲げて後ろのほうを示す。
「…え?」
マイアは、涙浮かべたまま驚いた声を漏らし、そして、エドワード橋のほうをみた。
「な…!」
そして、目を丸くして大きく瞠った。
「おったまげたよ!」
漆黒の黒髪とエメラルドグリーン色の瞳をした魔法少女、ヨヤミもぽろっと感想を漏らした。
「パーティーでも始める気?」その顔が自然と綻びだす。ついには笑った。
「おーい!」
アドラー、男の子のような変身衣装をした魔法少女が、手をふりながら、エドワード橋を渡ってきた。
「増援をよんできたぞ!」
オデッサ、27歳の魔法少女もあとについてきている。「お待たせしました!」
「おいおいなんだあこれは…?」
マイアはただただ光景に圧倒されている。
オルレアンも苦笑してしまった。
「す、すごい…!」
その場で膝ついてしまっていたユーカは、目を見開いて、信じられない、という顔をした。
オデッサ、アドラーを先頭にして、やってきた増援は、城下町じゅうの魔法少女たち。
ありとあらゆる会堂に集い、魔獣と戦う魔法少女たちが、大集結して、ソウジェムの力を解き放って変身姿となり、王城の危機を救うべくむかってきている。
50人、60人は越える数だった。
城下町には、100人ほどの魔法少女がいるが、そのうち半数以上が、王城の危機ときいて駆けつけてきた。
ソウルジェムが、60個も煌き、そして少女たちは次々に色とりどりな魔法少女へと変身していく。
「もう一度きくが────」
クリフィルは、いたずらっぽい笑顔を浮かべて、マイアーにウィンクし、質問した。
「余計なことだったかな?」
赤いソウルジェム、黄色いソウルジェム、紫のソルジェム、桃色のソウルジェム、青いソウルジェム、白いソウルジェム、黒いソウルジェム、緑のソウルジェム、オレンジ色のソウルジェム、黄土色のソウルジェム、水色のソウルジェム…。そして色とりどりの魔法の変身衣装。
まるで虹を形成するような、魔法少女たちの変身の煌き。
おどろきの光景だ。
目前に60人を超える変身した魔法少女たちが駆けつけてくる!
マイアは、呆然と立っているだけ。
「オルレアンさん!」
10人、20人、そして何十人という魔法少女が、オルレアンのもとに集結し、挨拶する。
「ずいぶんと濃い瘴気ですね」
きづけば、50人ちかくの魔法少女が、オルレアンのまわりを環をつくって囲うようにして、大集結していた。
「ええ、実は、死者が一人でてしまって…」
オルレアンは悲しそうに告げる。
増援に駆けつけた魔法少女たちの顔が引き締まった。「もう出させません」
「こいつはぶったまげたぜ!」
ベエールはすっかり興奮していた。
「王都の魔法少女が大集合だ!」
グーをつくった手をぶんとふるい落とす。
「魔獣をおっぱらいましょう!」
増援にかけつけた魔法少女たちは、旗をとりだして(エドワード正規の軍隊の旗を、かってに借用したもの)ユニコーンの紋章を夜間の王城にかざしながら、魔獣の気配はごひる巨大な瘴気へと、先陣きって突撃していった。
旗をかざした魔法少女につづいて、増援にきた城下町の魔法少女たちがつづいて、80匹は越える魔獣との戦いに身を投じていった。
「サリー、あなたたちは、南東のギルド通りに」
オルレアンは役割分担を指示していく。
「フェレル、私とともに、西の通行路へ!」
フェレルと呼ばれたストレート髪の魔法少女は頷き、オルレアンにつづいて、王城へつながる通行路をめざした。
「魔獣の瘴気が最も激しい。この人数でもとめられるかどうか!」
オルレアンは、ユーカの手をとろうとした。
が、ユーカは、あっちも魔法少女こっちも魔法少女の、大団円になりながらも、オルレアンの手を拒否した。
「わたし、そっちにはいけない」
ユーカは自分でも言っていることがおかしいと思った。
でもたしかに自分はオルレアンについていくことを拒否していた。
二人の手がはなれ…
二人は距離を生み出す。
「魔獣の勢いが増しています。増援がきたとしても、安全では…」
オルレアンが言い切るよりも先に、ユーカはオルレアンから退いて距離をとった。
数歩後ろへ引き下がりながら、ユーカは、虚ろな声をだした。「ごめん…オルレアンさん」
とだけ言い残し、ユーカは、50人を越える魔法少女たちが多量の魔獣を相手にあちこちで奮闘をはじめるそのなかを、一人で駆け出した。
ギルド街のほうに。
「ユーカ、まって!」
オルレアンは呼び止める。
ユーカはきかない。
たった一人、人間の少女が、そこらじゅう魔法少女と魔獣の激突が繰り広げられているギルド街の通路を走り出す。
「なんてことを…」
オルレアンは、ユーカを追うか王都の通行路を進む魔獣の群れと戦うかの選択にせままれた。
373 : 以下、名... - 2014/12/19 02:22:19.91 7SxnNJSN0 1974/3130今日はここまで。
次回、第50話「後悔なんて、あるわけないよ」
続き
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─12─