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【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─1─

一つ前
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─9─

1 : 以下、名... - 2014/10/09 22:37:50.71 I3ilExMN0 1617/3130

このスレは一言で言うと『ヨーロッパ中世風な世界を舞台にしたまどか☆マギカ二次創作』です。


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※オリキャラが多いです

※史実の戦争や宗教、民族史は扱いません(地名・人名などはパロディ程度にでます)

※まどか改変後の世界です(ほむらの悪魔世界ではない)

※リドリー・スコット監督『キングダム・オブ・ヘブン』が元ネタですがオリジナル展開のほうが多いです

※残酷・残虐な描写が含まれます

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"madoka's kingdom of heaven"

【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り

1スレ目:ttp://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1391266780/

2スレ目:ttp://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1403355712/


3 : 以下、名... - 2014/10/09 22:40:07.74 I3ilExMN0 1618/3130

第39話「王都・エドワード城」


301

"madoka's kingdom of heaven"

ChapterⅥ: The edless castle and the king challenge


【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り 

Ⅵ章: 王都エドレスの城と国王の挑戦



その翌朝、この森を抜けることができる。

森の木々をかきわけ、馬に乗って抜けると、いきなり世界がひろがった。



まず見えたのはひろがる大陸だった。



大陸は真っ二つに割れてしまっている。まるで爪で引き裂かれてしまったかのように、大陸にぎざぎざとした裂け目があり、こちら側とあちら側を完全に隔てていた。



大陸の裂け目は永遠とつづき、東から西の果てまで、どこまでも亀裂はつづいていた。





壮観さに、思わず息を飲む。



だが円奈をもっと驚かせたのは、その大陸の裂け目に聳立する独立峰のような、巨大な城。


天まで届くかのような城だった。塔のように空まで伸びている。

4 : 以下、名... - 2014/10/09 22:41:32.75 I3ilExMN0 1619/3130



王都・エドワード城だ。



超巨大にして壮美なエドレス王都はまさに峨々の摩天楼ともいうべきか。



あまりの高峻さは、エドワード城を初めて目にした者を、例外のこさず瞠目させる圧巻な崇高さを誇る。


ただただ息を飲み、圧倒されるしかない。

森を抜けた瞬間、視界いっぱいに映る王都の城の高大さに。



大陸と大陸の裂け目に君臨して屹立するこの巨大な城塔は、地表3キロメートルある深谷のど真ん中に、に高邁と立つ。


この塔にも近い形の王城は、裂けた大陸同士の橋渡しという役割を果たす。

大陸間を行き来しようとする旅の者や、商人、国の遣いなどは、必ずこの王城を通る。そのたびにおそるべき額の通行税がとられる。



城の建つ崖っぷちの谷は、大きさはひろさ1キロメートルの幅もある、大きな谷だ。

深く深く、途方もなく大きな谷である。


谷の割れ目に、エドワード城は建てられ、王都として君臨する。



天然の巨大な裂け目は、この城を通ることで通行でき、裂けた大陸の向こう側へ渡れる。

6 : 以下、名... - 2014/10/09 22:42:45.24 I3ilExMN0 1620/3130



1キロメートルにもなる幅の谷に架かる橋は、高さ500メートルにもなる超大な石橋アーチ。

足もすくむような高さの谷に道を通す。



橋は巨大であるので、まずありえないが、もし足を踏み外そうものなら、深さ3キロの深い深い谷底に落ち、そして海へと落ちるだろう。



こんな深い大陸の裂け目に、こんな巨大な橋を、だれが造りえたのだろうかと疑問に思ってしまうほどの恐ろしく立派な、かつ頑丈な石橋だ。



石橋アーチをわたると、西世界最大の王国の首都、エドワード城の門に辿り着く。


その高さはみる者を圧倒させてしまう。



天まで届くかのような巨大な塔は、標高700メートル。


建てるのに千年かかったというこの城はまさに築かれた天空の城。



大陸の裂けた深い谷に屹立する天空の城。

7 : 以下、名... - 2014/10/09 22:43:35.46 I3ilExMN0 1621/3130


摩天楼と呼ぶにもふさわしい塔のごとき城は、崖っぷちの深淵のど真ん中に建っているから、やはり足を踏み外そうものならまさに断崖絶壁からの転落となる。


その下には海が荒れくいながら、哀れな転落者を待ち受けて波打っている。


海は暗い。


恐ろしいほどに深い谷は、太陽の光さえ届かない。谷の底は見えなく、暗闇の奥底で荒海の荒れ狂う音がきこえるだけだ。




鹿目円奈は、バリトンの村を旅立つこと一ヶ月以上、エドワード城へと、辿り着いた。




「これが…」


森を抜けた円奈は、丘にでていた。切り立った丘から見える、途方もない眺めをみあげる。


みあげ、嘆息を漏らしながら、辿り着いた王都の名を口にだす。



「エドワード城…!」



馬上の少女は丘から、森のむこうに建つ王都の城をみあげた。


冒険する少女騎士の、その小さな背中より、比べ物にもならないほど大きて壮大な王城が聳える。

8 : 以下、名... - 2014/10/09 22:44:43.34 I3ilExMN0 1622/3130



円奈は首いっぱい、顔をもちあげて、どうがんばっても視界に収まりきらない巨大な塔をみあげてみる。

こんな巨大な建造物を見たことも、想像だにしたこともなかった。



天空に浮かぶ雲にも届きなそうなエドワード城の天守閣。


下に目をむければ、大陸の裂け目。その幅は1キロメートル。途方もなき遠さ。



いったいかつて自然界にどんな現象が起こって、これほどの大陸の裂け目が誕生したのかは、誰も知らない。


そしてそんな大陸の裂け目に、石橋を建てて中心に城塔を建ててしまう人間の偉大さに、舌を巻く。




エドレス都市にきたとき、橋とは悪魔の建てるものだなんて冗談をいわれた記憶があるが、まさにそうとさえ思えてくる。



王都にあるのは、城だけではない。


円奈は切り立った丘から風景を眺める。


裂けた大陸のむこうがわには森がひたすらひろがっているが、こちら側には城郭都市、城下町がある。

9 : 以下、名... - 2014/10/09 22:46:10.32 I3ilExMN0 1623/3130



環状囲壁に守られた10万人の暮らす都。


ぐるりと四方、環状の市壁に囲まれて、ところどころ見張り塔という、丸い塔が建っている様子は、エドレス都市にも似ている。


これはエドワード城の城下町だった。


城下町を通ることで、王都の城に渡るエドワード橋へむかうことができる。



だがら円奈も城下町を通らないといけない。



エドレスの絶壁ともよばれる、裂け谷は、まさにその名のとおり裂けた谷であり、絶壁であった。



絶壁。


それは大陸の裂け目にのぞく断崖絶壁と、その下に休むことなく荒れ狂う海のことをさす。



エドレスの語源は、遥か昔にさかのぼると、エンドレス。終わりなき壁という意味になるという。

まさのこの断崖絶壁のことをいっている。また、天を見上げればどこまでも空へ届く城。エンドレスの高層塔である。

10 : 以下、名... - 2014/10/09 22:46:50.46 I3ilExMN0 1624/3130




もし、この絶壁に落ちてしまうものであれば、終わりなき落下が、身に待ち受けているであろうと……


落ちたら最後、ついに奥底の海に呑まれるまで、無限のような恐怖を味わうであろうと……

そしてその恐怖に終わりはこない。闇に包まれた谷は、いつ転落者を死に追いやるのかさえ分からない。



その恐怖を征服するかのように闇の谷に建った天空の王都城は、まさに偉大さそのもの。

そこに住む支配者の偉大さを示す。



つまり、エドレス国家のエドワード王の偉大さを。

11 : 以下、名... - 2014/10/09 22:47:56.17 I3ilExMN0 1625/3130

302


円奈は森を抜けてでた丘を降りた。


丘を降りると、城下町にむかう。



遠目にみえていたエドワード城の崇高たる外観は、城下町までくると、さらに高さを増したように見える。

ますます高大な塔に思えてくる容貌になる。



首をもちあげても見上げきれない。まさに天に届いていた。




と同時に大陸の裂け目もいよいよ目前となる。


足元がすくむような巨大な裂け目がひろがり、残酷な深く広い谷の、断崖絶壁に突き出たとげとげしい岩肌が、よりはっきりと目に映り、恐怖するばかり。



塔という人間の偉大さと大陸という自然の超大さが融合されたかのような王都は、まさに、王都と呼ぶにふさわしい。



田舎育ちの円奈には圧巻すぎる光景だ。



谷の奥底に眠る海は、その姿こそみえないけれども、ときどき絶壁をうち、波打つ音を轟かせ、遥か谷底で信じがたいほどの量の水が激しく蠢いている実感をさせられる。


それさえ城下町の暮らしに慣れない円奈には恐怖だ。

12 : 以下、名... - 2014/10/09 22:49:05.78 I3ilExMN0 1626/3130



大陸の裂け目は東の果てから西の果てまで永遠とつづく。


円奈は港をめざすため、むこうの大陸に渡らなければならないが、そのためにはこのエドワード城を通るよりほかないことを思い知らされる。



大陸の裂け目を見渡せる眺めはよく、太陽の入りから沈みまで、眺め続けていることができる土地だった。



谷に架かる橋は二つある。


城下町から城まで通す橋がエドワード橋。まんまその名のとおりの橋で、城下町寄りだから、円奈のみる手前側。


城からおくの、むこうがわの大陸に架かる橋はド・ラン橋という名前だった。

13 : 以下、名... - 2014/10/09 22:50:22.05 I3ilExMN0 1627/3130

303


空は曇っていた。


エドレスの裂けた谷は厚い雲が覆い、大空は灰色に染まっていた。


谷の間に建ち、天にまでそびえるエドワード城の天守閣は、雲と霧に隠れて天辺がみえない。





円奈は呆然と城の威容をみあげていた。


あまりに荘厳とした王都の前に立ち尽くし、城下町に近寄ることも億劫だった。



それに曇り空が覆う城下町は、どこか陰気で、どろどろした雰囲気が満ち満ちていて、とてもよそ者が近づける空気ではない。



エドレスの城塞都市と同じく、城下町も、その入り口は守備隊が見張り塔で目を光らせている。


しかも弓兵だった。



怪しい者が近づけばあっという間に撃ち殺してしまう弓兵が、丸い見張り塔に待機し、矢狭間の位置についている。

14 : 以下、名... - 2014/10/09 22:51:56.20 I3ilExMN0 1628/3130



見張り塔は丸い。円塔だ。円塔にすることで眺めがよくなり、死角がなくなる。

いつだってひろがる潮風の激しい草原を見張れる。


見張り役は、外敵からの侵入者を見張るけれども、逆に、許可なく城下町をでる者も見張る。


そんな者は撃ち殺してしまう。


エドワード軍の弓兵は、長弓隊と呼ばれ、1.8メートルは超えるロングボウを使う。


エドワード城には六千人の正規軍がいるが、その半分ちかくが長弓兵である。普段は城に雇われている。

残り二千人はクロスボウの使い方を知っている剣士たち、つまり弩弓兵兼歩兵。のこる千人は騎兵である。


15 : 以下、名... - 2014/10/09 22:54:17.48 I3ilExMN0 1629/3130




城下町に近づけず、裂けた陸地の草原で円奈は途方にくれてしまった。


城門は閉じられている。

鎖によって橋が巻き上げられ、入れない状態。



吊り上がった跳ね橋は頑丈そうな木材で、分厚い。

樫の木であった。


それに城門にはトラップもある。


城門の床は、仕掛けがあり、落とし穴が隠されている。

不用意に近づく侵入者を、この床の仕掛けを発動させて、落とし穴に陥れてしまう。



床は、巻き上げ機をゆるめることで、下向きに降りてしまう仕組みになっている。


落とし穴には無数のトゲがある。落ちた者は無事ではすまされない。


床の仕掛けは、城門の見張り役が発動させる。城門の側面の壁に、小さな覗き穴があいていて、見張り役はこの覗き穴を通じて、侵入者が城門を通りかかるとき、床の巻上げ機を作動させる。


そういう仕事だったが、見張り役の給料は、正規の歩兵より遥かに少なかった。



そのほか城門の天井には、”人殺し穴”という仕掛けもあった。

ただの穴だが、守備隊は城門の上から、この穴に石をいれる。


すると穴から石がでてきて、あわれな侵入者は天井から落ちてきた石に殺される。単純ではあるが、殺傷能力抜群の罠である。

16 : 以下、名... - 2014/10/09 22:55:27.40 I3ilExMN0 1630/3130


陽気な雰囲気と酒場の活気に溢れていた都市とはまるで違う、王都には王都の厳しさが、城下町にはあった。

ただ者は入れぬ空気だった。



すぐそばに絶対の王エドワードが君臨しているのだから、このいかめしき雰囲気も自然なのかもしれない。


だから円奈はなかなか城門に近づく勇気がでない。


侵入者を殺す罠が満載の城門は、もちろんめったに罠が発動することはなく、明らかな敵軍の進入というときに発動するものだが、円奈には恐くてたまらない。



そうして城下町の前で右往左往していると。






プオーーッ。


角笛の声がきこえた。



はっとして円奈が角笛のした方向をむくと。

17 : 以下、名... - 2014/10/09 22:56:53.63 I3ilExMN0 1631/3130



軍隊がいた。


円奈は驚いてしまう。



軍隊の数は、なんと千人ほどもいた。

エドワード城の紋章、白い馬の頭に一角の生えた、ユニコーンを描いた旗が、湿り気の風にゆらめきながら、騎士の軍隊に掲げられて、こちらに近づいてきた。



エドワード軍だった。



先頭にたって馬を歩かせているのはオーギュスタン将軍。


オーギュスタン将軍と円奈の目が初めて合った。



将軍は疲れた顔をしていた。何日かかけてやっと王都にもどってきたが、戦場を生き残って帰還したという生気が顔にはない。


むしろ地獄にむかうかのような顔だ。



やつれ、疲れきった顔した将軍は、傭兵部隊を率いて、王都へと戻る。

18 : 以下、名... - 2014/10/09 22:58:47.01 I3ilExMN0 1632/3130



将軍はそこに一人ぽつんといる鹿目円奈という少女には目もくれない。ちらっと見たら、あとは無視だった。



白いユニコーンの紋章を旗に掲げながらエドワード軍は城門へと入る。


「開けろ!」


今にも雨に降られそうな分厚い曇り空の下、王都の城下町から声があがり、城門をいま、ひらく。

「門をあげろ!王の軍が戻るぞ!」

厳しい号令の声が、城門に轟く。


「あっ…」

円奈が反応する。

いまなら入れるかもしれない。




でも、そんな勇気はとてもでなかった。



円奈の気持ちもしらず、オーギュスタン将軍は疲れた顔しながら、城下町の開かれた門をくだる。



将軍が入ると、あとに騎士がつづき、つづいて徒歩の兵士たちが、肩にクロスボウ担ぎながら重い足取りで門にぞろぞろと下る。


彼らはみな、白いユニコーンを描いた軍旗を掲げていた。湿った空気に流れる風にゆられて、ばさっとはためく。

19 : 以下、名... - 2014/10/09 23:01:37.72 I3ilExMN0 1633/3130




ユニコーンの軍旗が、エドレス軍の隊列に掲げられて、ばささと冷たい潮風にはためく光景を、呆然と円奈は眺めている。



弓矢を載せた荷車、水と食糧といった、兵糧を運び入れる荷車の群れが、長々と二百台ちかく列をつくり、ぞろぞろと順番に城門へと入る。


大軍の帰還だ。


そんな軍列が永遠と城門に入って、長蛇の列つくっているところに。


円奈の入る余地はない。



将軍が城下町に戻ると、角笛が再び吹かれた。

こんどは城側から吹かれた合図の角笛だった。

ブオーッ。

城から吹き鳴らされる合図の角笛の音がなりわたって。


「閉めろ!」

再び厳しい号令の声がする。


灰色の鎧を着た兵士らが、巻き上げ機をぐるぐる回して、城門装置を手繰る。


ガタガタ音をたてて、門の跳ね橋はまた鎖によって吊り上げられる。

20 : 以下、名... - 2014/10/09 23:02:28.46 I3ilExMN0 1634/3130



そうして、すっかり門はまた閉じられた。


長蛇の列たるエドレス軍は、城下町に入り、王都へ帰還を果たした。


王の勅令を忠実に守って。

21 : 以下、名... - 2014/10/09 23:03:21.02 I3ilExMN0 1635/3130

304



門をくだって城下町に入ったオーギュンタン将軍は、3ヶ月ぶりの王都帰還となった。


そして彼はすぐに、城下町が、異様な冷たさ、陰湿さ、重苦しい暗鬱の空気に包まれていることを知る。



将軍の帰還を出迎える民衆はなく、城下町の通路には、無言で将軍を睨みつける民衆しかいない。

しかも民衆たちの顔は頑なで、無表情で、死人のようだった。



恐怖に固まっている。



彼は空を見上げる。


ここずっと城下町を覆っている灰色の分厚い黒雲は、黒いエドワード城を覆う。


まるで雲が日に日に厚さを増し、ついには地上までかぶさってくるような。


そんな重苦しさだ。

息が苦しい。

22 : 以下、名... - 2014/10/09 23:05:53.61 I3ilExMN0 1636/3130



城下町の地面は石畳で塗敷されるが、立ち並ぶ民衆の家々は木造建築だった。


たくさんの茶色の柱が組み合わさり、漆喰の白色を塗り固めた家々。


そして屋根は三角形で、赤い。



城下町も都市であるから、商業組合ギルドが存在する。


漆喰職人、大工、石工屋、屋根葺き職人など。

他にはロープ職人、金銀細工師、樽職人、蝋燭師、羊皮紙工、皮なめし職人、石灰塗り屋、天秤計量器具職人。


漆喰は動物のふんに粘土と、補強剤の馬の毛を混ぜたもので、家々の壁に塗る。これが防水処理となるのだが、なにせ材料が材料なので、家々は臭かった。


もっとも、糞尿を窓から投げ捨てるような時代だから、悪臭は日常的なものだった。


エドレス領内の都市で使われる天秤計量器具は、すべてがエドワード王の認可を得た検印つきのものでないといけない。
その製造は、やはり王都でなされる。検印つき計量器具はこうして王都から都市へ出回る。

樽もおなじで、特にワイン樽も、王都でつくられたエドワード王が認可した検印つき樽でないといけない。
底を厚くした樽など、貯蔵量をごまかす商人に対策するためだ。

一個の酒樽は、だいたい120ガロンから240ガロンのワインを入れた。貧民には買えない値段で売られた。


城下町ではいくつもの養鶏所、豚小屋、はちみつ巣箱があった。


ほかはビール醸造、チーズ製造、バター製造などの仕事をする。パン焼きかまどは、市民の家にあり、市民は自宅で使ってよい。



もともと王や領主の干渉なしに、自分ただけで商活動したい衝動がきっかけではじまった組合ギルドの本拠地は城ではなく、城下町に建てた議会オフィスであった。ゴシック建築の建物オフィスだ。

尖塔アーチとリヴ・ヴォールトを特徴としている。


しかしその議会も結局は、王の息がしっかりかかっているのであった。

23 : 以下、名... - 2014/10/09 23:07:04.98 I3ilExMN0 1637/3130




とはいえ両者の関係は申し分ない。


組合ギルドにとって不都合なことは、王が保証してくれる。つまりギルドが決めたルール外の商売を始めた悪い商人は、王が排除してくれる。


そのかわり同業組合ギルドは王にしっかり税を納める。



王の城には多量の人員が雇われている。


標高700メートルもあるこの巨大すぎる城では、考えられないほどの人がたくさん雇われ、そこで生活している。

城のなかに無数の人たちの生活空間が並存しているかのような、ひとつの城がひとつの国であるかのような居城だった。


オーギュスタンたちの騎士も王の城に雇われた騎士たちだった。


傭兵はちがうが、正規のエドワード軍の騎士たちはエドワード城に自分たちの居間を持ち、部屋をもち、生活空間がある。

24 : 以下、名... - 2014/10/09 23:13:47.88 I3ilExMN0 1638/3130


標高700メートルという、途方もなき城は、無数の井戸があって、それぞれの生活空間に住む人たちのあいだで共有され、さまざまな用途に使う。


洗濯、食器洗い、湯沸し、風呂。

家畜への水やり。城内役畜の世話。


100以上ある、あちこちの井戸は城のなかに聳える。


一番たかくて100メートルの井戸。想像絶する巨大な井戸だ。落ちたらひとたまりもない。


それを汲み上げるほうも汲み上げるほうだ。

だが城には多くのそういった人員が雇われている。水運び人。井戸から汲み上げた水を、城に住む貴族たちに運び出す係り。


彼らは超巨大にして迷路のごときエドワード城の水経路が全部頭のなかに入っている。

つまり水路の経路、井戸の位置、下水がどう流れるか、そして雨水の貯水槽。
城の天井に伸びる水道管の構造に、中庭にある井戸の外壁濾過システム。これらすべて把握し水を給仕する。

無数の迷宮階層が折り重なる城の、何百週もする階段塔の螺旋階段はのぼるし、何万段とある城の大階段ものぼる。

そして生活水を貴人たちのもとに送り続ける。


しかしそんな彼らでも、この城の全貌は知りえない。人間の数十年間という生涯のあいだでは、この城の全貌を把握することは不可能だ。

それくらいとてつもない広く、大きく、無数の空間がある。


いったい誰がこんな城を考え出したのかと想うほど複雑な階層の折り重なった天空の城は、王でさえ、城の全部屋と全階層に足を運んだことがない。


何階建てなのかさえ誰も知りえない。500か600階だろうか。ひとまず、エレベーターもない時代に、この城を上から下まで行き来することは、数週間かかっても不可能である。


王の間、貴婦人の部屋、夫の部屋、騎士の部屋、召使いの私室、守備隊の私室、そして廊下、階段、扉…。
調理するための台所、配膳室、食糧を貯める鉄格子に守られた貯蔵庫。酒樽の貯蔵庫。

夜宴をもよおす城内の何百という大広間、雇われ音楽家たちの私室。


水路、井戸、貯水槽、城に飼われる役畜たち。


ありとあらゆる要素が何百何千と並存し、そして一大国家にまとめたかのような、城。

城全体がひとつの国。



それがエドワード城だった。

25 : 以下、名... - 2014/10/09 23:15:19.21 I3ilExMN0 1639/3130


石の国。



これほどの石を、いったいどこの山から切り取ってきたのかと不思議にさえ想う。




まさに過去の人間たちが数百年かけて建てた、偉大な城だった。

26 : 以下、名... - 2014/10/09 23:16:37.19 I3ilExMN0 1640/3130

305


鹿目円奈は、夜のとばり降りるエドワード城の外観を呆然とみあげていた。


途方にくれた気持ち。


あまりに巨大で迫力に満ちたエドワード城の威風に満ちた姿が、また円奈の途方もない気持ちに拍車をかける。



「はあ」

とため息ついて、自分の旅路に諦めの気持ちすら抱いてしまう。



まだまだ聖地は遠いのに、目の前に立ちはだかる関門が大きすぎて、もう、なにをしたらいいのか分からない。




ただ緑草原に座って、尻餅ついて、クフィーユと一緒に城を眺めているだけ。


頭上の空にひろがった、切り立った断崖絶壁の谷をはるかに超えて、天にむけて建った塔を。


山々よりも高い塔を。



石の城を。



さーっ。

静かな夜風が草原に流れ、草を流す。草のせせらぐ音が聞こえる。その風の音は優しい。


27 : 以下、名... - 2014/10/09 23:17:34.37 I3ilExMN0 1641/3130



月が夜に輝いて浮かび、エドワード城に並び立った。



ああ、まるで月とエドワード城が、あたかも同じ高さにあるかのように見えるではないか!

しまいに月は城の塔の裏側へ隠れてしまう!

空高くに浮かぶ月を隠せる建造物など、どうして想像しえただろうか!




優しい夜風は円奈の髪もゆらした。


ピンク色の前髪がゆれる。



海の音が聞こえる。それは、円奈が人生で耳にしたこともない、暗い海のさざ波の音だった。


だが海の姿はみえない。深く深く、谷底に海は眠り、暗闇のうちに流れ続け、今も岩を削り、波のうちに飲み込む。


そして激しく海は渦巻く。怒りの水流。暗闇の渦。



過去にここに転落した人間はいただろうか。



いたとしたら、歴史長いいえども、もっとも悲惨にして恐怖を味わう死だっただろう。

28 : 以下、名... - 2014/10/09 23:21:48.65 I3ilExMN0 1642/3130



円奈は城下町を草原から眺める。


ちなみに城下町を守る、エドワード城に比べればたいして高くもない囲壁のことを第一城下区層囲壁とよび、エドワード城の門を守る囲壁は、第二城区層囲壁と呼ぶ。高さは50メートルくらい。


そしてもっと高い200メートルくらいになる第三城区層囲壁、第四城区層囲壁、第五城区層囲壁、第六城区層囲壁とつづいて、ついには標高700メートルの天守閣区域に到達する。

つまり全体で七つの層にわかれている。第一区域層から第三区域層までが200メートル、第五区域層までが400メートル、最も守りの堅い第六区域層で600メートル、第七区域層の天守閣で700メートル。ここがもっとも高い。


そこに君臨するのはただ一人。


王だ。

その執政官にデネソールが仕える。


それぞれの囲壁は城門があるが、投石器なども備えられている。各城区層の囲壁から飛ばすことができる。


カタパルト式投石器だった。



途方もなく頑固な守りに固められたエドワード城にちかづきすぎた哀れな敵軍は、城のあちこちに仕掛けられたこの投石器によって、石の雨を受けるだろう。


それも、地上からとんでくる石の大群ではない。


標高数百メートルにもなる城壁に置かれた投石器からとんでくる石は、文字通り天空から、敵軍めがけて落っこちてくる。

空から落ちてくる岩石の破壊力は想像絶す。ひとたまりもない。山すら削りとる威力だ。



こんな城を攻め落とそうとする愚かな敵国はない。

29 : 以下、名... - 2014/10/09 23:23:52.69 I3ilExMN0 1643/3130

306


ついに円奈はその日、城下町に入ることを諦めた。


草原をいちどUターンし、きた道をもどり、森に入る。



盛りに入ると火打石で焚き火をつくり、小枝と積み上げて薪を燃やすと、そのまわりに石を集めて囲った。


火を燃やさないと、夜の森はあまりに暗く、夜霧たちこめて、不気味で恐くて、眠れない。

魔女が住むとさえいわれる夜の森は、旅立ってからも慣れない。



だから円奈はねるときは焚き火を燃やす。


そのせいで一度ロビン・フッド団なる少年たちの夜襲をうけた経験にもかかわらず、焚き火を燃やして、クフィーユと一緒に眠る。


たった一人の少女は、燃やす火なしには寝付けないくらい、やっぱり、心細い気持ちだった。

特に、故郷には戻ろうと想っても戻れぬこの状況、旅立って一ヶ月以上、行く先行く先が知らない世界なのだ。


まったく知らない、遠くはなれた異国の地。

30 : 以下、名... - 2014/10/09 23:25:10.24 I3ilExMN0 1644/3130




また一人になって、旅にでることの重荷に、ときどき耐えられなくなってしまう。


それに耐えられなくなって、円奈は、あの魔法少女の形見である鷹の翼を象った黄金の鍔をした剣をとりだす。


自分を騎士にしてくれたときに、授かった剣だった。



鞘から剣身を抜くと、夜闇に刃が現れた。魔法少女として、領主として、自分の国を護り続けて戦ってきた魔法少女の剣だった。

いまそれは青白い光を放っている。


月明かりを受けてか、夜闇のなか魔法の反応をしているのか、青白い光は刃からほのかに放たれ、円奈の顔を青く照らし出す。


薄めいた夜霧のなかに青白く光る剣。



円奈は、みたこともない、椎奈の剣の不思議な光をぼんやり見つめていた。


きっと自分の気持ちに応えてくれて、光ってくれたんだと想って、ちょっと嬉しい気持ちでいた。



だからすっかり忘れていた。

この剣が、青白く光ることの意味を。

31 : 以下、名... - 2014/10/09 23:28:28.55 I3ilExMN0 1645/3130

今日はここまで。

次回、第40話「賛辞の鐘」

33 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:18:45.07 Wb9R220j0 1646/3130

第40話「賛辞の鐘」

307


そういえばこの剣を戦いに使ったことはほとんどなかった。

と、円奈は振り返る。



自分の得意武器は弓で、剣は使い慣れない。



というか、剣術を習ったのが、来栖椎奈から”鷹の構え”という型を教わったその一度きり。



しかもその剣術の演目もさんざんだった。


相手が魔法少女で、しかも歴戦の領主だったから、勝てるわけもなかったけれども、それにしても自分の剣の下手さには落ち込んだ。



ジョスリーンからこんなことを言われたのを思い出す。


騎士なのに得意武器が弓?それじゃ騎士じゃない、まるで弓兵だ、とか、そんなこと。

34 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:20:20.31 Wb9R220j0 1647/3130


椎奈の剣をもちあげてみる。

手首をひねって、剣をぶんぶん、振り回してみる。



ブオッ。ブンッ。



円奈の手元で剣がまわる。

夜闇の森に、青白い光の軌跡がはしる。



円奈の顔が青く照らされる。



ズドッ。


重い剣を振り回すことに疲れた円奈は、剣先を土に突き立てて座る。


ふうと息をつく。



あたりを見回す。


ふくろうの鳴く声、狼の鳴き声やら、猪の縄張り争いするざわめきの音。


夜の森は獣たちの世界。


そういう世界には慣れっこだ。



そんな獣たちを狩りして生きてきたから。

35 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:21:05.96 Wb9R220j0 1648/3130



でも、そういう野生の獣たちに慣れたといっても、魔の獣たちには慣れない。


というより、人間である自分が、闘えるはずもない獣たちだった。


そういうのを狩るのは人間の役目じゃない。

世界にはそういう魔の獣たちがいる……世界には、魔法の乙女たちがいるように。



「……あれっ」


そこで円奈ははっとする。


今更ながら、来栖椎奈の剣の放つ青白い光の意味を、思い出すに至った。



つまり、こんな助言だった。



”それから、貴女が授かった椎奈さまの剣ですが”



”その剣は、魔獣の気配が近づくと青く光ります。貴女の身を守ってくれるでしょう”


二ヶ月も昔の、故郷の騎士たちの声を思い起こす。

37 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:28:17.67 Wb9R220j0 1649/3130


はっとなる。


「あ…あ…」

声が怯える。


「魔獣……!」

青ざめた顔で声をだす。


世界に存在する魔の獣。この世に瘴気をふりまく呪われた存在。

この聖地にむけた旅立ちの前、いちどだけ生身のまま魔獣に魅入られたこともある。


円奈は、青くひかった剣を鞘にも納めず、走り出し、馬を起こした。


「おきて!おきて!クフィーユ!」

馬が苛々と歯を鳴らしながら前足ついて、起き上がった。

「このままじゃ魔獣に食べられちゃうよ!」

ピンク髪の少女の命令を聞き入れて、クフィーユは主人をのせて、森を走り出した。


どっちの方向に進めとかいう指示もない。


ただひたすら、走り出した。

38 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:29:29.40 Wb9R220j0 1650/3130


でも遅きに失していた。



馬に乗って、月明かりのない森の闇を走れども走れども、霧は深くなるばかり。


この霧は魔法の霧。



飲み込まれれば脱出できない。



彷徨いこんだ哀れな心弱き人間を喰らってしまう魔の獣。


エドワード城周辺の森に現る。




人間を喰らう魔の獣がいる。

それが、宇宙改変後世界にはびこる脅威だった。



円奈たちはその犠牲となった。


霧に包まれた森は風景を変えた。

ぐにゃりと景色がやがんでしまい、まるで別の光景が、水面に映し出されるように、あらわれ、世界が変わった。

39 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:31:08.22 Wb9R220j0 1651/3130


はっと気づいたとき、でも光景はまたすっかり変わってしまう。



森ではファラス地方の森林を戻るバリトンの民の姿があった。


重いにもつを搭載した荷車をひき、疲れきっていた。みな不満に心を黒くして、二週間かけて帰路につく。

多くの死者をだし家族を失った村人たち。



そして、村にもどってくると、いなくなった来栖椎奈の代わりに、人間の代官が、村で権力をにぎった。


領主となった代官は、村人たちを集めるや、言い放った。


「おまえたちが不幸になったのは、あの女のせいだ。」


村人たちはいっせいに殺気だった。


怒りと憎しみ、自分たちを命の危険に二度とも三度も晒した鹿目という女。

その激しい憎悪が、もう抑えきれなくなる。


一度目は、神無という母が領主殺しをした上で村に逃げ込んできて、二度目は、その娘の、聖地遠征などというわけのわからぬ目的のために危険な遠征へ狩り出された。


代官が命令し、円奈の暮らしたあの家はバリトンの村人たちによって、焼かれた。

もともと村から隔離されていたレプラの家。昔から、村人たちにとって忌々しい家だった。

ついに家は焼かれる。

憎しみに駆られたバリトンの村人たちは、二度も三度も自分たちの村に不幸を呼び寄せた女の家を焼きはらう。

松明の火がいくつも投げ込まれ、木と藁でできた家は、ついに焼失してしまう。


代官は楽しげに円奈の家が燃えるのを目に映していた。


満足だった。

この女への恨みを、ようやく晴らすことができたのだ。


40 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:32:25.68 Wb9R220j0 1652/3130



それが故郷で起こったことだった。



「い…いやっ…!」

目にする光景に耐え切れず目を手で遮った少女は、村人たちの、自分を罵る声をたくさん、きいた。


不幸を呼ぶ女、夜な夜な魔法を使って、村に呪いをかけている、領主殺しの娘……平和な村にのこのこやってきて、悲劇を招いた異国の人殺しの女…。




「やだ…!」


負の感情に渦巻かれる。


すっかり円奈は魔獣の結界に捕われていた。


森は不気味な白い霧が覆い、濃くなり、溢れだしてくる。


そして森の白霧のむこうから、白い獣があらわれた。


人の形をした、布を纏った白い獣が。



造り変わった世界に現れる呪いの使者たちが。

姿を現し、結界にとらわれた円奈を、白い霧のなかに閉じ込め、バリトンの人々の憎しみに代わって、円奈の命を奪いにでる。



力抜け、生気吸い取られて、少女は馬から落馬する。


ドッテン。

頬を草に打ちつけ、気絶寸前。


馬が暴れた。

41 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:34:28.10 Wb9R220j0 1653/3130



「う……うう…」

地面に落ちた円奈が、青ざめた顔をあげると、ぐらついてかすむ視界に、白い獣たちの姿が目にはいった。


「も……もう…」

手放しそうになる意識。

懸命に自我にしがみつきながら、歯軋りし、草を握り締める。


「二度は……負けないんだから……」


でも、人間には魔獣に勝てる手立てはない。


それでも。

なすすべなく死ぬなんて嫌だった。


ここまできて、聖地に辿り着けずに死ぬのなんて。


「…嫌だ!」


背中のロングボウを取り出し、死力ふりしぼって、弓をしぼる。

矢を番えると、白い糸の絡んだ自分の腕がみえた。

42 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:35:17.53 Wb9R220j0 1654/3130



「いけえ!」


円奈は地面に突っ伏したままま、腕だけあげると、弓から矢を放った。


矢が魔獣の頭むけてとんだ。


矢は、魔獣の頭に当たったが、矢はすうっと魔獣の顔面を通り抜けて、森の奥へとすっとんでいって消えた。


矢が当たった瞬間、魔獣の顔面が、煙のようにわずかに歪んだ気がしたが、すぐ元通りになった。


「…そん、な」


少女が絶望の声をだす。


ふっと希望を失った瞬間、ガツンと頭に痛みが走って、意識が暗くなった。


目を開けているのかあけてないのかさえ自分でわからない。


ぐらぐらする意識。

身体の感覚が抜け落ちる。



そして、生気を吸われつくして……円奈は、とうとう気を失った。


ダランと頭を垂れ、手からも力が抜け落ちて、やがて、すべての力が失われ、突っ伏したまま身体は動かなくなった。


ロングボウの弓が手からこぼれおち、倒れた。



少女は森で息絶えた。


43 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:36:02.98 Wb9R220j0 1655/3130




改変後の地上には魔獣という、呪いをふりまき人命をむさぼる獣たちがいる。

だが忘れてはならない。


世界にはまた、呪いをふりまくのとは対極で、希望をふりまく少女たちがいるのだ。



その存在のことは、改変後の世界でも相変わらず、こう呼ばれている。




魔法少女。

44 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:38:18.70 Wb9R220j0 1656/3130

308


夜明けが近づいていた。


長いこと夜更けを森で過ごしていた少女、鹿目円奈は気づかなかったけれども、日の昇りがちかづき、エドワード城の裂けた谷では空が明るくなりはじめていた。


真っ暗闇の空は赤みが差し、西の果てより、日がのぼってくる。


雲は赤くなり、夜の過ぎ去った明け空が大陸のむこうより現れる。




そんな明けがた、暁の赤色が森に差し込んでくる。


赤い朝日の空。


森に明るみが増す。




円奈は息していなかった。

生気は失われ、三匹の魔獣に取り囲まれてしまう。



ただの人間が、この改変された世界で、魔獣にとらわれたら最後、どうあがいても、やっぱり死であった。




だが夜明けが近かった。


魔獣たちが姿を消す夜明けが。朝焼けの日にあたれば魔獣は消える。


だが日の光はまだ森には届かない。



日の出によって空が燃え、明るくなり、冷たい早朝の空気が、ひんやりと森にながれた。


明けた空の日差しはまだ森にとどかない。



魔獣たちはまだ存在する。

45 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:39:43.45 Wb9R220j0 1657/3130


だが、まさに、この夜明けのとき、日の出の暁が、森に差し込んでこようというそのとき。



森に現れた城下町の魔法少女が、高々に叫んだ。


「人を喰らう魔の獣よ!世界に呪いをふりまく魔の獣たちよ!私を見よ!」


魔獣たち三匹は、いっせいに声のしたほうに顔がむいた。

白い顔が同時にこっちにふりむく。


一人の女の子────魔法の力をもつ女の子────魔法少女は、岩の上に立っていた。


両手に一本の杖をもって。

変身姿の彼女は、杖の先を、バンと降ろして岩に叩きつける。



「そして消え去れ!」


岩がストンと、真っ二つに割れた。

杖の叩かれた箇所から、すぱーんときれいに岩が断面みせてわれ、すると光が奥から差し込んでくる。


岩に隠されていた日は森に現れ、日差しの光輝が眩いばかりに森に満ちる。


パアアアアッ…

まさに魔法のような太陽の光だった。



魔獣たちは、赤い太陽の日にあてがられ、苦痛の声をうめいた。


そして日の光に顔を焼かれ、煌めきのなかで、白い呪われし三匹の魔獣たちは姿をけしていった。


グリーフシードだけがのこった。

46 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:40:46.27 Wb9R220j0 1658/3130




魔法少女は杖もって、岩からストンと飛び降りた。


その魔法少女の肩に、ぴょんと白い獣が飛び乗った。

四足の、小さな獣だった。


赤い目に長い耳。



くるっとした金色のわっかが耳に浮かぶ。


「この子、生きてる?」

魔法少女は、独り言をつぶいた。


いや、ちがった。


独り言ではなかった。


普通では考えられないが、この魔法少女は、肩に飛びついた動物かなにかに、話かけたのだ。



「いきているよ。生気がのこっているよ」

白い獣が喋って、魔法少女に答える。

人間の言葉を話す獣だった。


「助けるの?」


「助けるよ、もちろんだよ」

魔法少女は、気を失ったピンク髪の少女の倒れた背中に触れた。

「人を助けるのが魔法少女だよ?」

それがこの魔法少女の信念だった。

47 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:42:36.69 Wb9R220j0 1659/3130



魔法少女は円奈の肩にふれると、自分の力を、注ぎ始めた。

つまり、ソウルジェムに宿る自分のぶんの生気を、彼女に分け与える。


「これで助かる?」


「助かるよ。たぶん…」


「たぶん、って、頼りにならないなあ、カベナンテルは」


「だって、本当のことと違うことなんて、いえないもの」


「そのへんはなんか真面目だね」

なんていうやり取りをする獣と魔法少女。


これは、少女と契約を結んで魔法少女に変える、契約の使者カベナンテルと、その契約した魔法少女との会話だった。



端からみたら、魔法少女は、独り言を喋っているようにしか見えない。

だから人間からすれば、気が違ってしまったように思うだろう。




というか実際にそうなってひややかな視線にあてられ続ける魔法少女も城下町にはいた。



なぜなら、契約の使者カベナンテルは、普通、人の目には見えないからだ。


48 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:43:41.56 Wb9R220j0 1660/3130


「この子、人間なの?」

魔法少女が訊くと。

「そうみたい」

肩のカベナンテルが答えた。赤い目で少女を見下ろしている。赤いリボンを髪に結んだ少女を。


「人間なのに、一人でこんな森で夜過ごすなんて…」

信じられない、というより、呆れた、という息を漏らした。

「ただでさえ最近魔獣が多いのに…」


「次から次へと沸いてくる」

カベナンテルも話した。「キリがない」


「どうしてこんな森に、いたんだろう」

魔法少女の頭に疑問が浮かぶ。「それも、女の子一人だけで……」


「さあ、なんでだろう」

カベナンテルは首をひねるだけ。

「この星には、精神疾患を患う生命体が多いから……」


「また、そういうこという!」

魔法少女が不機嫌になる。

口を尖らせながら契約のパートナーを叱る。「この星ってなに?いつも変なことばかりいって煙にまく」


「夜になったらたくさんみえるじゃない」

白い獣がいう。

「ぽつぽつと、きみたちの目にたくさんみえるアレ。この星もそのうちのひとつだ。目にあれほどたくさん見えているのに人類にはわからない。昔の人類ならわかってた」

49 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:45:05.67 Wb9R220j0 1661/3130


「それはわるかったねえ…」

ソウルジェムからの力をピンク髪の少女に注ぎ込みつづける。ふんっ、と鼻を鳴らして、気力を込める。

「でも、むかしの人類は、魔法少女の存在も知らなかったんでしょ?」


「まあ、ね」

白い獣はいう。「知らなかったというよりは、誤解していた、というのが本当のところ。まあそれは、いまもだけど…」


「人間はなかなか魔法少女のことをわかってくれないから…」

切なそうに魔法少女は口にした。


「あの城、めちゃくちゃでかいけど、なかが全然わかんないんだよね…」

城下町からきたこの魔法少女は、気弱な表情を浮かべ、そっと、エドワード城を遠めに眺める。


空にそびえる、裂けた谷に建つ巨大な城を。



暗闇の谷に浮かぶ黒い城。立派な石塔がいくつも建ち並列する。


関所となる城門をつけた防壁が城じゅう、あちこちに何百と築かれる。デコボコとした矢狭間のある黒い、狭間胸壁が、高所にも低所にも並ぶ。関所を越えれば越えるほどに狭間胸壁は高くなる。第二城壁区域、第三城壁区域…と…もちろんそこにも無数の石塔がある。


まさに城塞に城塞が積み重なったかのごとくの城。


城下町の人間でさえ、エドワード城の迫力にはいつも驚かされる。

いや、城下町の人間だからこそ、すぐそこに建つ絶対の王の居城に、いつも怯えている。



「城下町の人間は入れないし。城から出てくる人間もほとんど見たことない。軍隊がいるみたいだけど、あんな城でどう生活してるんだろう……食べ物とか、こまらないのかな?城のなかって、絶対真っ暗だよね…」


城下町生まれの娘であったこの魔法少女は、貴族たちの暮らすあの不気味な城の中身を知らなかった。

なんといっても、城の中に暮らしているらしい貴族たちは、生涯長けれども一度も城を降りず、外にも出ないのである。

城下町の人たちが不気味がっても不思議にならない。税としてパンと穀物と肉とがあの城に運び込まれ、中で病的に肌の白い、日の光を知らぬ貴婦人たちが、暗闇の城内で贅沢三昧に日々明け暮れているのだろうか。

50 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:46:12.10 Wb9R220j0 1662/3130


そのとき。

ぴく、ピンク髪の少女の瞼がひくついた。

「う…」

地べたの少女は苦しそうに歯を噛み締める。「ううう…」


悪夢に魘されているかのように唸る。「ううっ…!」


そして、瞼が開いた。ピンク色の瞳が地面をどんより見つめた。


「あっ、目さめた?」


魔法少女がふりかえって少女をみた。

思えばまだ変身姿のままだった。


「あう?」

少女は寝ぼけていた。

自分の置かれている状況をよく理解していない。「わたし…?」


「けっこうあぶないだったんだよ」

城下町の魔法少女は、膝をついて座ると、少女を抱き上げて、じぶんのほうにむかせた。

「魔獣に食べられそうになっていたの」


「あっ…」

円奈は意識を覚ました。

魔獣に襲われ、なすすべなく命を奪われていった恐るべき記憶が蘇ってくる。

と同時に、目の前に魔法少女がいて、自分の命がまだある現状を理解いた。


「私を……助けてくれたの?」


すると目の前の、名前をしらぬ魔法少女は、優しそうに微笑んだ。にこっとした微笑みだった。

「うん。人を助けるのが魔法少女だからね」

51 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:47:24.27 Wb9R220j0 1663/3130



「あ…」

円奈は、にわかには信じがたい気持ちになったが、すぐに、別の気持ちが沸いてきた。

そして命を救われた、生き長らえたという激情が込み上げてきて、円奈は、ぐすっと鼻をかむと、鳴いてしまった。

「ありがとうっ…!」

といって、とびついてしまった。


「あわわ…あわ…」

いきなり抱きつかれるとは思ってなくて、気圧されて自分まで押し倒される勢いだった。



「もうダメかと思った!」

円奈は目に涙なじませる。「恐かったあ…!本当にありがとう…っ!」



魔法少女の存在をみて、涙ながらに感謝されるという反応されたので、あまりに驚いた城下町の魔法少女は、ただただ狼狽した。


「と、と、とにかく……」

おろおろ、困惑しながら少女に話しかける。

「こんなところ、一人でいたら、危ないよ?どうしてこんなところに一人で?」


目に涙ためたピンク髪の少女は、ぐずっと鼻をすすると、腕で涙ぬぐうと、答えた。


「エドワード王に会わなくちゃいけなくて……」


「お、王様?」

これには目を丸めてびっくりしてしまう。

城下町の魔法少女は、目の前の、人間の女の子が何者かと、疑念を抱いた。

「どうして?」


「通行許可状……あって…」

少女は涙ぐみながら、質素な麻袋にある荷物から、一枚の羊皮紙をとりだす。


それをみせてきた。

城下町の魔法少女が受け取る。


いったいエドワード王とこの少女がどんな関係にあるのだろうかと勘ぐりながら、羊皮紙に目をむける。

52 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:49:09.51 Wb9R220j0 1664/3130



「………へえ…」

城下町の魔法少女は、鼻をならした。

領主の蝋印を見て察したのだ。アキテーヌ領の紋章だった。


「うん……だから……」

昨晩の魔獣に襲われた恐怖を思い出したのか、涙の溜めた目蓋をこすって、また少女は嗚咽を漏らす。

「助けてくれて本当にありがとう……」


城下町生まれの魔法少女はそこでまたうろたえる。


エドワード王に会う予定の少女から、こうも魔法少女としての自分に感謝されるのが、意外すぎて、もう訳がわからなくなってくる。


「助けてくれてありがとうって、あのね…」


呆れた声をだす。


「世の中の物騒さ、わかってる…?夜は、家からでない。まして外で野宿なんてしない。ここ最近魔獣が多いんだから、気をつけてね?」



「はあ……ごめん…」

魔法少女に叱られて、落ち込んだように謝るピンク髪の少女。「でも……最近魔獣が多いって?」


「あまりにも多すぎて、いま城下町は”魔獣の街”って魔法少女たちからもいわれてるの」

城下町の魔法少女は答えた。

「夜、一人で寝てたりなんてしてたら、毎日魔獣が沸くよ。だから城下町の人々は絶対に夜は家からでない。夜間の外出禁止令もでるくらいだよ?」


「そ…そうなんだ…」

恐怖に目を強張らせて、少女はぺたんと女の子座りになって、息はいた。


アリエノール・ダキテーヌの姫と共にアキテーヌの城をめざして大陸を駆け巡ったとき、地平線のむこうにみえた雪景色の山脈。

今まさに、そこにたどり着いたのだ。”裂け谷”と呼ばれるエドレスの王都は、まさに大陸の裂けた谷にある首都であった。

53 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:50:14.60 Wb9R220j0 1665/3130


「と、とにかく私は…」

円奈は、旅の目的を思い出し、勇気を奮って魔法少女に話し出す。

「この裂け谷を通りたいの。エドワード王に通行状をみせて、むこう岸に渡りたいんだけど……」



そのためには、大陸ごとぱっかり裂けたこの大きな谷は、エドワード城に架けられた巨大な橋をわたって通らないといけない。

裂けたこの谷を渡る唯一の道。


エドワード橋とド・ラン橋の二つだ。



谷に架けられた二つの巨大な石橋。どちらも数百メートルの長さ。


人間が造ったとは思えぬ規模のそのアーチ橋は、まさに巨人が建てたとさえ思える。



巨人ですらこのアーチ橋を渡るには、時間を要するだろう。



それを人間が渡ろうとおもったら、数十分以上はかかる。その高さは圧巻で、断崖絶壁の深谷に架かったアーチの高さは500メートル。


万里の長城がそのまま橋になってしまったかの如く迫力がある。もちろん両脇には胸壁と矢狭間のデコボコがある。


しかもその幅もまた、150メール前後あるのだ。

54 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:51:50.67 Wb9R220j0 1666/3130



城下町に住む魔法少女は、うーんと困った顔をした。

日はすっかり明るくなり、朝が二人の森にもおとずれる。木漏れ日が二人の頭を照らした。


「たぶんそれ、難しいかも……」

城下町の魔法少女は、悩んだあげく、いって、魔法の変身衣装を解いた。


朝の木漏れ日の光に包まれるなか、少女自身の身体もぱっと眩く煌いて、変身衣装が解ける。


「あ…」


魔法少女の変身解除という、神秘的な風景を、たまらず円奈は見つめた。目がきらめいた。


オレンジ色の、花びらをかたどったようなフレアスカートの変身が解けて、コットという長いワンピースの普段着にもどった。

ふわっと茶色い髪が浮かびあがって、やがて変身が終わると、くるり踵かえして、かろやかに、髪はまた背中に垂れた。



「いまエドワード城は、厳重警備固めて、誰も通れなくしてるよ?まして異国の騎士がたった一人寄り付いてきたところで、王様が許可だすかなあ…?」


疑問をだしながら少女は茶髪をオレンジ色の花でまとめた髪結びでポニーテールに結ぶ。

ポピーという燈色の、かわいらしい花だった。


「でも、通行許可状あるもん…」


円奈は簡単には諦められない。


「これ…」

羊皮紙をひろげる。


「その許可状だけどね、」

城下町の魔法少女が指摘する。

「アキテーヌ領の城主が、エドワード城を通れるように通行の許可を申請する書だよ。王の許可に直接つながる書じゃなくて。それをだして初めて王が、許可だすかどうか考えてくれるんだよ?それでも王がダメっていったら許可状あろうがなかろうがダメなものはダメってなっちゃうの」

55 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:52:50.15 Wb9R220j0 1667/3130



「ええ…そんなあ…」

円奈の顔がしょげる。

「じゃあもし王様にダメっていわれたら…?」


「エドレス国を引き返すしかないよ」

城下町の少女は告げた。



「そんなのイヤだよ、わたし聖地にいくんだよ…」

ピンク髪の少女が消沈しながらいうと。


城下町の少女は、驚きを目に湛えた。その黄色をした瞳が見開いている。


「聖地にいくの?」


「え?」

あまりに真剣そうな顔に、いきなり豹変した城下町の少女の様子に、ちょっと怯みながらも、円奈は答える。

「うん……」


「す、すご…」

すっかり感嘆したか、感動したかのような城下町の少女は、まじまじと円奈を眺める。

「いいなあ……聖地にいくなんて……円環の理さまに、会いにいけるんだ……」


それから、だんだん感動していた顔が、残念そうな顔つきにかわってきて、哀しそうに告げた。

「でもたぶん、いまいっても、王様の許可は降りないよ……いま、エドワード城は誰も通さない方針だから…」


とたんに元気をなくす円奈のほうをみて、城下町の少女は、話題を変えてきた。


56 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:53:56.65 Wb9R220j0 1668/3130


「どうして聖地にいくの?」

「うーんどうして……」

何度かされた質問。

でもいまだに、はっきりと答えられない。


「あっ…ところで聖地って、あのエレムの聖地だよね?」

城下町の少女は確認してきた。


「うん……そこにむかっているんだ」


「魔法少女のみんなの巡礼地なんだから、みんなで持てばいいのに……あっ」

ふと彼女は思い出したように、森から城下町のほうをふりむく。


「?」

円奈が不思議そうに相手の様子をみた。


「もうこんな時間じゃん……戻らなくちゃ……城下町の人に怪しまれちゃう」


「怪しまれる?」

円奈が首をかしげる。


「”賛課の鐘”が鳴る前にもどるねっ」

といって、城下町の少女は森をかけだす。

かけだして、ふっと足をとめて、円奈のほうにふりむいた。



円奈も城下町の少女をみあげた。


「一緒に城下町くる?」

魔法少女は、そんなことを言ってきた。「王に会う予定でしょ?」



円奈は一瞬だけ戸惑ったあと、自分が朗報を知らされていることに気づいて。


「うん」


と元気よく答えた。



魔獣に襲われたところを命を救われただけでなく、勇気がだせなくて近づけなかった城下町に、この魔法少女は招き入れてくれるのだ。

57 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:54:54.36 Wb9R220j0 1669/3130

309


「わあ……すごい」

城下町の少女は、森で、馬にのって騎乗姿になった円奈をみて、驚歎したかのような息をもらした。

「ほんとの騎士なんだね」


「ありがと」

クフィーユにのった円奈は照れて笑う。


腰ベルトの鞘には剣、背中にはロングボウだ。


「馬に乗れるなんてかっこいいなあ」

城下町の少女はまだ感心していう。

「私の家じゃ、牛しか飼ってないよ。いま、お産」


「馬に乗るとはやいから、一緒にのる?」

円奈は提案した。


「えっ、いいの?」

城下町の少女が、ぱっと顔を明るくさせ、羨望に目を赤らめる。


馬にのること。

それは、この時代の夢みる子供が、一度は思い描くことだった。


「のりたい!早く戻らないと、鐘の時間にも間に合わないしね!」


城下町の少女は馬の背にのった。


円奈の腰に手を回して、二人乗りになった。

58 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:56:00.61 Wb9R220j0 1670/3130


「とお!」

円奈が馬に合図をだす。

森を颯爽と走り抜ける。


ばささっ。草木をかきわける馬の音が、森に鳴り渡る。



「わああ…うわっ!」

城下町の少女は、初めて乗る馬の、腰にくる衝撃におどろいて、恐がってしまった。

「蹴飛ばされる!」

しかしそんな恐怖を味わいながらも、今まで感じたことのない風と疾走感に、たまらない興奮を感じる城下町の少女だった。




そんな調子で二人乗りして、円奈たちは城下町の市壁までやってくる。


この日もエドワード城の大きさに圧倒される円奈だったが、門番が警備を固める城門まできた。

二人はそこで馬を降りた。


まず円奈がばっと飛び降りる。


すたっと地面に着地。

いっぽう、馬に乗りなれない城下町の少女は、馬の降り方がわからない。


「背中の毛を掴んで降りるんだよ」


と円奈に教えられて、馬の背中の毛をわしっとつかみつつ、ずるずるっと腹を這いながら城下町の少女は地面に足着ついて降りた。


二人は城下町へくる。


円奈には近寄りがたかった王都の城下町へ、いよいよまた来る。



城門の跳ね橋は降りていた。人殺し穴と城門のトラップも解除されていた。”二重落とし格子”(侵入者を閉じ込めるための罠。閉じ込められた者は人殺し穴から撃たれる矢に殺される)も今は開かれている。

59 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:57:12.81 Wb9R220j0 1671/3130



門の警備にあたる門番兵たちは、鎧をきて、槍を手にしている。


そして、丸い円塔と城壁には、監視役にあたる弓兵たち。大人の長弓兵だ。円奈よりも大きなロングボウの弓。

円塔に立つ監査役の給料は低かった。城内に雇われているクロスボウ職人のほうが五倍くらい高い給料をもらっていた。

高いところに立って見張っている監視役は、”カラス”と呼ばれた。いつでも敵が近づけばけたましく角笛を吹き鳴らすからだ。



ガチガチに守られた城下町の入り口。



やっぱり、近づくと緊張する。

それに、空は相変わらず曇り空で、厚い灰色だ。日は差したものの、その太陽も、また曇に隠れようとしていた。


ごくっ。

唾を飲み込みながら、円奈は、門番兵の前に近づく。


門にくると防壁の高さに圧倒される。少女の背丈はゆうに越える6メートルの壁だった。

円奈は顔をかたくする。



門番兵も、見慣れない髪をした少女に、あからさまな警戒の目をむける。


「これなんですけど…」


ぎこちなく、円奈は、槍もった、男の門番兵に通行許可状を手渡した。


どうか門前払いされなませんよう、祈りながら。

「通行許可状なん、です……」


門番兵は怪しげな顔しながら羊皮紙をひろげた。


そこに書かれた内容と、赤い蝋印が、本物であることを確認する。

60 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:58:20.29 Wb9R220j0 1672/3130



門番兵たち二人は無言で目配らせすると、道をあけた。

「入城を許可しよう」


二人は告げ、ばっと槍を上向きにすると、姿勢をととのえる。


後ろで、城下町の少女が、微笑んで円奈にいった。「よかったね」



「うん…!」

円奈は通行許可状の羊皮紙をしまった。


「アドル城主さんにこれ書いてもらって、本当によかった…」


これがなかったら、絶対にこの城下町には入れなかっただろう。


アキテーヌ城で、傭兵騎士として戦場に出たあの一日は、結局この日のためにも役に立ったのだ。


城下町に入れれば、あとは王様に会うだけだ。

「エドワード王にも会えるかな?」


「それは……」

城下町の少女が口ごもった瞬間、鐘の音が城下町に鳴り轟いた。



ゴ──ン… ゴ──ン…


重くて荘厳な鐘の音だった。

城下町に建てられた、あちこちの庁舎にある塔が、鐘の音を鳴らしている。

61 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/16 23:59:51.74 Wb9R220j0 1673/3130



庁舎に建った塔は城下町のなかでは高い建物だ。四角い塔がそびえ、頂は三角にとがった尖塔だ。

エドワード城から派遣された役人たちのオフィスだった。





「”讃課の鐘”」

不思議そうに円奈が城下町の庁舎の塔をみあげていると、城下町の少女が、そっと円奈の耳に囁いた。



「え?」

円奈がおどろいて振り返る。

そこには、険しい目つきをしたさっきの少女がいた。でも城下町の少女は、さっきの明るい顔とは一転、城下町に戻ると緊迫した顔になっていて、鋭い眼つきで円奈をみていた。


まるで、”気をつけて!”と目で暗黙のうちに伝えてくるかのようだ。



「讃辞の鐘だ!」

城下町の誰かが、叫んだ。

「全員道へ出ろ!」

威令の声だった。


城下町の市民たちが、ぞろぞろぞろと、木造の家々から、通路にでてくる。


城下町の通路は、人々で埋め尽くされた。



「城下町の朝は”讃辞の鐘”ではじまるの」

城下町の少女は円奈にまた、囁いて耳打ちした。



「エドワード王万歳!」

誰かが叫び、すると。


「エドワード王万歳!」

城下町の市民の誰もが声そろえて叫ぶ。次に、城下町の上部に高々と建つエドワード城にむかって、片膝を地面について跪いた。

62 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/17 00:02:23.04 IH7kWKzo0 1674/3130


何万人という市民たち全員が、城下町に建つ王の城をほうをむいて、片膝をたてると頭を下にして俯く。

城下町じゅうの教会や十字路が、跪いた人々でいっぱいになる。


これが”讃辞の鐘”だった。


「エドワード王万歳!」


市民たちは再び唱えた。顔を下に俯きながら。

まさに平身低頭だった。城下町の民は王への絶対の忠誠を、こうして毎日のように唱えさせられた。


「さ、はやく」

城下町の少女も膝をついて跪いて、下に俯いた。

そして彼女も叫ぶのだった。「エドワード王万歳!」


チラと円奈をみあげる。


”はやく私の真似して!”

そう伝えられた気がした。


円奈はおずおずと、片膝たてて、みんなの真似をして、下をむいた。


「エドワード王万歳!」

市民たちが全員、また唱える。


「エドワード王ばんざい…」

円奈もぎこちなく唱えた。地面を見つめ、下に俯く。

でもときどき目線をあげて、ピンク色の瞳を、不安げにきょろきょろ、周りを様子見しながら。

63 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/17 00:03:38.66 IH7kWKzo0 1675/3130



そんなことが数分つづくと、市民たちは何事もなかったかのように、立ち上がって、この日の仕事にとりかかりはじめた。


つまり大工は、昨晩に引き続いての建築現場に。


石工屋は、切り石の作業場に。親方は設計図の準備、弟子は石を削り取る作業に、もっと程度の低い下っ端は、石を荷車にのせて運ぶ作業に。


ビール醸造業者は、自分宅の作業場に。



女たちは、井戸に水を汲みにかかり、洗濯に。

洗濯する必要がなければ、裁縫と羊毛の紡ぎに。


養鶏所をもっている女は、その鶏たちの餌やりに。

ぞろぞろぞろとじょうかまちの人々はそれぞれ動き出す。



「城下町では毎日がこんな調子なの」


城下町の少女も起き上がるといった。コットの服についた汚れをぱんぱんと払う。


64 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/17 00:05:19.64 IH7kWKzo0 1676/3130



「さあさあ、仕事にかかれ!」

庁舎の役人たちが、城下町の民に、怒鳴り散らす。

「井戸を使う者は、庁舎に認可を得てからだ!並べ!」



ボディスの羊毛服を着た夫人たちは、手に桶もちながら、役人たちの前に列をつくる。


質素なテーブルにおいた羊皮紙に羽ペンをたてて、黒い服の役人たちはインクを記すと井戸使用の許可を民にだしていく。


前のほうにならんだ女たちはすぐに井戸を仕えたが、列のうしろのほうになった女たちは、いつまでも、待たされつづけた。


曇り空だった。

夜明けのときの澄んだ空気はどこへやら、重苦しい陰湿な空気があっという間に城下町にたちこめる。



「私も家にもどるね」

城下町の少女は円奈にいった。

その顔が微笑む。


「わたし、ユーカだよ。困ったらまた私のところきてね」

「あっ…」

自分の方はまだ名乗ってないのに。

「あっ、それから、わたしの正体のこと、城下町のみんなには、内緒ね!」

ユーカと名乗った城下町の魔法少女は、口に指あてると秘密にしてねといって、すると庁舎の隣の尖塔アーチをくぐって、城下町の通路へ走り去ってしまった。



「また私のところきてねって…」

城下町のど真ん中に放置されて、困り果てる円奈。

「ユーカちゃんのところ、わたししらないよ……」



馬を連れて、城下町を渡り歩いてみる。


どこを歩いてもやっぱり目がいくのはエドワード城。


空に聳える巨大な石造の城。


城下町のどこにいても見え方が全く変わらない大きな城は、城下町にきてみると、圧倒的な存在感だ。


つねにあの城塔によって監視それ、見下ろされている気がしてくる。


自分の行動のすべてが見張られているかのような。

65 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/17 00:06:40.93 IH7kWKzo0 1677/3130


「すごいなあ……」

ただただエドワード城をみあげ、感嘆するだけ。



城下町のまわり通路は、エドレスの都市とちがって、街路がごみごみしてなく、整った十字路をしていた。


道幅がそろっていて、家も直線に並んでいる。


その綺麗に並び立つ家々の木造建築は、”ハーフティンバー”とよばれる建築様式。

ハーフティンバーの特徴はなんといっても、木の骨組みがまんま外観に見え見えな家の外観だ。

むき出しな木造の柱は、多量に使い、壁は白い漆喰を塗る。この漆喰は、動物の糞を混ぜている。


家々の窓には花壇があり、小さな花が咲いていたりもしていて、かわいらしい。


タイムとよばれる淡紫の花だった。



立ち並ぶ家々の屋根は切り妻屋根。急勾配な三角形をしていて、こっちも木造。



円奈は馬を連れて城下町をほっつき歩いていたが、目標は一つだった。



王に会うこと。



それ以外に、聖地に辿り着く方法はない。

66 : 第40話「賛辞の鐘」 - 2014/10/17 00:07:58.39 IH7kWKzo0 1678/3130



でも、城下町に入るだけでも緊張したのに、その何百倍も高くそびえたつあの城に近づくのが、とてもつもなく恐ろしい。


それに、城に辿り着くより前に、まず橋を渡らないといけない。


崖の高さ3キロメートルの谷に架けられたアーチ橋を。



城下町は、たまに海の荒れ狂う音がきこえる。


裂けた大陸の割れ目、闇の谷底では海が荒れ狂っているからだ。



そんな海の危険と隣り合わせな、橋を渡らないといけない。


67 : 以下、名... - 2014/10/17 00:09:01.11 IH7kWKzo0 1679/3130

今日はここまで。

次回、第41話「病なおしの魔法少女」

69 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 22:40:07.90 f0xZ6PVE0 1680/3130

第41話「病なおしの魔法少女」

311

ユーカは自宅にもどった。


久々に魔法少女として魔獣退治したら、人間に感謝された。そんな嬉しいような、浮ついた気分になりながら、小走りで城下町の十字路を駆けて、自宅に戻る。


そんな姿さえ、高大なしろエドワード城の塔からは観察できるだろう。城からは文字通りの城下町のすべてを、監視できる。


ハーフティバー建築の町並みと、石畳の道路を小走りして、自宅にもどる。石に塗装された町の道路を。


「ただいまー!」


菜園をもった自宅に着く。


するとまず母親が娘を出迎えた。


だが言葉はなかった。

ただ無言で、腰を折りながら、菜園の手入れをしつつ、娘にちらっと目をくれてやるだけ。


母は菜園でレンズ豆を育てていた。


家のなかにはレンガ造りのパン焼きかまどがある。

70 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 22:44:31.85 f0xZ6PVE0 1681/3130



家にあがっても靴を脱いだりしない。


木造の家に入り、かまどの火をぼんやり眺めていた。

薪がぼかぼかっと部屋の隅に積み上げられ放置されている。古びた鉄シャベルも隅に立て掛けられている。

パン種を焼くためのシャベルが。



天井は柱と梁があり、壁を覆う。

かまどの中では火が赤々と燃えている。


部屋を照らす蝋燭は直接テーブル上に立てられて、燃えていた。

だから、どろどろと溶けた白いろうが木造のテーブルにこびれついていった。



家にもどったら、しなければならないことが山ほどある。



父親にどうせ、役畜の世話しろだのパンをこねろだのチーズを市場から安く買って来いだのいわれるのだから。
それが終わったら、夕方までひたすら、羊の毛を紡錘する。

71 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 22:46:06.43 f0xZ6PVE0 1682/3130



「ユーカ、昨晩はどこにいってたんだ?」

父親はさっそく、二階から降りてくるなり、かまどの火を見つめているユーカに、話しかけてきた。


ユーカは左手の指輪をすぐにとって、服の中に隠した。


「俺にもイザベルにも何もいわずに夜にでかけたな?」


「夜じゃないよ、朝だよ」

ユーカは冷たく答えた。


父親は目を光らせながら娘の前にたった。

背の高い、ウールの服を着た父親は、フードは被らない。肩の後ろにフードは垂らしたままだ。


「夜に家をでるのは危険だぞ」


魔獣の街とすら呼ばれるこんな町では当たり前だが、人々は、夜間には決して外を出歩かない。

72 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 22:47:23.00 f0xZ6PVE0 1683/3130


なのに娘は両親には内緒で家をでた。

そして”賛辞の鐘”にかえってきた。



それが父親の疑心を掻き立てる。


「まさか、おまえ、サバトの集会にいったんじゃないだろうな?」


魔法少女のあいだで、”魔獣の街”と呼ばれるほどの、城下町における魔獣の大群発生による子供たちの行方不明は、人間たちには、魔女の集会のせいだと考えられた。


子供を連れ去るだけではない。魔女は人間に災厄をもたらしつづけている。

氷の雨つまり霰が降るとか、異常な気候現象もまた、魔女の仕業であった。


父親は娘を疑う。

「魔女に魅入られたのか?」



「やめてよ、ちがうってば!」

ユーカは否定した。

「サバトの集会なんて!」


「じゃあどこにいってたんだ?」

父親の疑心はすぐには消えてくれない。

73 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 22:49:04.32 f0xZ6PVE0 1684/3130



「それは……」


ユーカは口ごもる。


わたしは魔法少女で、魔獣を倒して、一人の女の子の命を救ったんだよ────


そんな本当のこと、いまここでいえてしまえたら。


だが哀しいかな、城下町の魔法少女は、そんな自分の気持ちと本当に向き合うことができない状況にあった。


魔法少女であるのに、人間として人間社会に紛れて生活しなければならなかった。


自分の気持ちにウソついて。



「俺は、薪割りにいってくるから、ユーカ、おまえは、水を井戸から汲んで来るんだぞ。そしたら今日のぶんは、おまえが洗濯しろ」


といって、桶をユーカのそばに置くと、父は薪割りに出かけた。



出かけたといっても家のすぐ外でまきを叩き割るだけだが。これがまた、近所トラブルになりやすい。
おれの道路でまき割するなと隣人がイチャモンつける。

74 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 22:49:48.56 f0xZ6PVE0 1685/3130



「水がたりないよ!」

母は叫んだ。

「ユーカ、はやく、水を汲んできなさいな!」


「はあい!」

ユーカはめんどくさそうに答えた。

食べかけのパンを皿に放置し、テーブルをたつと、ネズミがちゅちゅっと鳴き声たてて走り去る床を通り過ぎ、桶もって城下町の十字路へと出る。

75 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 22:51:17.55 f0xZ6PVE0 1686/3130

312


城下町の人々は、魔法少女を、希望をふりまく美しい存在だと思っていた。



実際に城下町はいちど、いや、いまもだが────魔法少女に、救われていた。



それは四年も昔になるが、オルレアンという極貧家族の少女が流浪しつつ城下町に雇われて、やってきたときのことだった。


そのとき、まだ城下町は、ひどい衛生状況にあった。


つまり糞尿が城下町の通路には捨てられ放題であった。汚物と排泄物の悪臭が漂わないところはなかった。


人々はハーフティンバー建築をした家々の二階や三階の窓からバケツにためた毎日の糞尿を全部通路に投げ捨てた。


そうして城下町は糞尿まみれとなった。



しかもそれを洗う役人係もいなければ掃除当番もいない。


毎日毎日糞尿が通路にたまって、到底考えられないような不衛生に町はみまわれ、病が流行した。

76 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 22:53:31.98 f0xZ6PVE0 1687/3130



しかも、大雨が降った日などは、もう最悪だった。


雨水によって、通路に塗れた糞尿がぜんぶがぜんぶ、混ざり合って、城下町をへどろにした。

糞尿の沼が城下町を覆った。



病の流行は深刻となった。


人々は、身体じゅうにぶつぶつができて、最後には肌が黒くなり、そしてバタバタと死に絶えた。



病が流行れば流行るほど、人々は、それが魔女の仕業だと考えた。


オルレアンはこの城下町の惨状を目の当たりにして、さっそく掃除屋の仕事にとりかかる。

極貧にして家さえもたぬ少女は、しかし給料さえ求めずに、十字路の糞尿をスコップで運び出しつづけた。


バケツとシャベルをもち、そして顔を布で覆って糞尿を処理しつづける少女の姿は、城下町の人々には、哀れとしかみなかった。


金貨を慈善としてめぐんでやったりする騎士もいた。


オルレアンは元気に、シャベルで糞尿を処理しつづける。


泥だらけの地面をだいだい綺麗にしてしまうと、バケツいっぱいにしたものを、荷車さえ持たない極貧の少女は、手持ちで森へ運んでいって、処理した。

77 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 22:54:34.43 f0xZ6PVE0 1688/3130


ある日オルレアンは、城下町の病気にかかった女たちに治療魔法を施した。


エドレスの都市にもあったように、城下町にも一つだけ、魔法少女の修道院があった。

この城下町では会堂とよばれていたその寺院は、やはり、ゴシック建築だった。


病気を患った女たちを、その寺院の前に呼び、そしてオルレアンは、治療魔法を実践した。


すなわちロウを塗った亜麻布を使って病気にかかった女たちの身を測り、それから大切なものであるかのように亜麻布を布を胸にしまった。

女たちの家の前を一晩中ずっと見張り、日が明けると、なにもいわずに出発してまた会堂にきた。

すると亜麻布に火をつけた。そこから滴り落ちるロウで、寺院の祭壇に十字の形を描いた。


それから外に出て、会堂のまわりをぐるりと、三週した。しばらくのあいだ亜麻布はパチパチと音をたてて、紫色の炎がたっていた。

これらすべてをおこなって、オルレアンは治療魔法を完成させた。


病人たちからすれば、意味不明の一連の行為は、魔法だった。



人々はオルレアンが魔法少女であることを知った。


とにかく、奇跡も魔法もあるとはよくいったもので、女たちの病は治った。

78 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 22:55:46.90 f0xZ6PVE0 1689/3130



”病なおしの魔法少女”────そんなふうに、城下町の人々から親しまれた。

毎朝はやくに起きて、健気に糞尿処理する少女に、城下町の人々は親しみを感じ始めた。


家に招いて食べ物を食べさせてあげる親切な家もあった。


魔法少女の魔法が、人の病を治すという迷信は、この時代では当たり前だったので、オルレアンの病なおしは人々に受け入れられ、よく病人が彼女を訪ねた。


ある日オルレアンは、そうして城下町の人々の評判を得て、エドワード城への入城を許される。


特別に王に招待されたのだった。



オルレアンは驚嘆の想いで畏怖すべき王の城に入る。



しかもなんと王への謁見も許されて、王と王妃の天守閣に招待されたのだった。



標高700メートルにもなる天守閣は、まさにこの時代の人間にとっては、天上の領域にも近い聖域だった。

まさに王の聖域だ。

79 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 22:57:11.48 f0xZ6PVE0 1690/3130



オルレアンは、エドワード城がただの高いだけの塔ではなく、一つの国のように人々が中に暮らし、生活を営んでいることに驚かされた。


城の中ではたくさんの人々がまるで町に住むかのように城のなかで生活していたのである。


すなわち城のなかには個別の部屋があり、人々の暮らす空間があった。廊下があり、階段があり、ギャラリーがあり、しかも市場のように広い室内空間もあった。


数多くの大広間では貴婦人たちが城内で暮らし、エドレス領内からたらしめた税金と酒で豪華な食生活をおくっていた。


それが何百階とつづき、第三城区域、第四城区域としだいに城をのぼってゆく。



すでに階段を何万段とのぼったあとだった。

何百週とするくるくるの螺旋階段を、目がまわるほど登り続ける。


ただ王に会うために城を登り、王の間へいく。


ただそれだけのためなのに、何日、何週間とかかった。



途中何度も休憩をとらないといけなかった。城内に設置された井戸の水を汲み、水を飲むと、隠者専用の狭き城室を借りて仮眠をとったりもした。



もう何日も日の光をみていなかった。

城のなかは暗く、石に囲まれた空間は湿っていて、じめじめで、寒かった。


蝋燭しか明かりをみない日々が続いた。

80 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 22:58:23.25 f0xZ6PVE0 1691/3130


だが日に日に天空の城の頂上がちかづいた。

近づくにつれて、不思議な気分に高まってきた。


まるで天国への階段を登りつめるかのごとく気分で、ついに天守閣へときた。



オルレアンはエドレス国の王の前にでた。

玉座に君臨するエドワード王に。



オルレアンとエドワード王は言葉を交し合ったあと、オルレアンは自分がなぜ城下町にきたのかを王に告げた。

すなわち都市の川の汚染が深刻であること、城下町の十字路も同様に汚染が深刻であること。


そして病なおしの魔法少女として、糞尿の処理が人々を救うとも王に述べた。




王は、驚くほど豪勢な玉座に座ったまま、答えた。


「川と城下町に美しさを取り戻させようぞ。」


七色に煌くステンドグラスを背にした王は玉座で告げる。


81 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 22:59:49.49 f0xZ6PVE0 1692/3130



オルレアンは喜びに笑みをみせた。


天守閣の凄まじさには恐れ入る気分だったが、なんとか本題を切り出せたのだった。



王の間は確かにすごかった。


空気が薄かった。


こんなに高くにあったら、雲を越えて、吸う空気がなくなってしまうのではないかと思うほどだった。

天守閣にはバルコニーがあり、外壁通路もある。

そこは空につながっているようにみえる。



オルレアンは興味をそそられて、バルコニーにでてみた。

そこから見渡せる高さ700メートルの景色に思わず息を呑んだ。



エドワード城のてっぺんから見渡せる風景。目にいっぱいにひろがる空いっぱいの景色。大地。この世界。



大地は裂けている。

エドワード城の建つ塔は、深い谷のど真ん中。谷こそは大地の裂け目で、割れ目だった。


おどろいたことに、この大陸に割れた谷は、エドワード城から見渡しても、地平線のはるか先までつづいていた。



まさに大陸の割れ目であった。


大陸が、二つにぽっかり裂けて、ギザギザと巨大な裂け目が、くっきりとみわたせる。



大陸は裂けていた。どこまでも。あたかもここが世界の境界線というかのように。


そしてエドワード城に架けられた橋だけが、裂けた大陸に橋渡しする道なのだ。

82 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 23:02:56.26 f0xZ6PVE0 1693/3130


オルレアンはそれを思い知った。


だがなぜ大陸がここでこんなに裂けてしまったかは分からない。

それを知るのは、かつてこの地上に何があったのかを知る、聖地の長寿な魔法少女。



エドワード城の天辺から見渡せる外の風景は、城下町と大陸だけではない。

地上の世界が、一望千里に眺められた。


圧倒的な遠望だった。



ふとオルレアンはバルコニーに別の女性がいることに気づいた。


エドワード城の姫だった。



頭に綺麗なサークレットを身につけ、美しい身なりをした姫だった。


ひらひらという獣皮の衣装に、きらきらした宝石をあちこち縫い付けた、驚くべき豪華な装いをした姫。


城に住まう姫。エドワード王子の妹。


この偉大な王の城に住む、クリームヒルト・マルガレーテ姫だった。

83 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 23:05:38.13 f0xZ6PVE0 1694/3130



煌びやかな衣装を着たい、身に纏いたい、そんな気持ちから魔法少女に契約したオルレアンも、そのクリームヒルト姫の桁外れに豪勢でぶ厚い衣装をみた途端、きっとどんな魔法少女の変身衣装も彼女の豪華さにはかなわない、と思った。



クリームヒルト姫はこっちを向いた。

きっと睨みつけられた。



腰まで伸ばした、豊かなブロンド髪をした女性が、黒い瞳でオルレアンを射抜く。


男か女かもわからないみすぼらしいファスティアン織りを着た、極貧の少女を睨むのだった。


姫のブロンド髪はところどころみつあみにしていた。そのみつあみを、編み込みしている髪型だった。

さらにそこに宝石のついた金色のサークレットをつけるという、絵本のお姫様でもなかなか見ないほどの華やかさだった。



姫はバルコニーを早足で去った。


みすぼらしい少女の横に並ぶことに屈辱を感じたのかもしれない。


ふわりふわりと獣皮の服装が、あるくたびゆれた。綺麗に磨かれたぴかぴかな床面をカツカツ音をたてながら去った。



ステンドグラスの七色の光をうけながら姫は王の前を通り過ぎ、召使いを連れて自室にもどる。

84 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 23:07:49.29 f0xZ6PVE0 1695/3130


オルレアンの奇跡は起こった。


都市の川は浄化活動がはじまり、都市の病気は消えた。

ルッチーアを悩ませていた川の汚染は、オルレアンによって、解消された。


それはエドレスの兵士が円奈にいつか言っていたように、”涙ぐむ努力の三年間”だったけれども、たしかに都市も城下町も救われた。


役人は王より、糞尿とゴミ処理の役目を言い渡された。

役人たちは真面目で、税金を民から受け取りながら、都市の浄化活動に従事し続けた。


救われたのだ。

オルレアンの奇跡と呼ばれ、城下町で、彼女は救い主のように、ますます城下町で慕われた。


そして、王ですら解決できなかった疫病という問題から、国を救って見せた魔法少女の存在は、王よりも、人々に尊敬されはじめた。



「やっぱり、人間の救い主は、魔法少女なんだ。」


希望とともに人々は、そう思った。


「エドワード王は、我々から、税金をとりたてるばかりで、病気の流行を解決してくれなかった。」

「王は、絶対的に自分が偉いと、口でいうばかりで、魔獣のひとつも倒せない。魔法少女のほうが、偉い。」



魔法少女は、王よりも愛されたのだった。


そうした希望が、やがて、絶望に変わってしまうまでは。

そう、つまり魔法少女の正体に住民が気づくまでは。

85 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 23:09:22.08 f0xZ6PVE0 1696/3130

312


ユーカはやっと井戸から水を汲む順番にきた。


城下町の十字路の真ん中にある井戸は、丸くて、石が積まれた古臭い井戸だった。


つるべからバケツを降ろして、地下水の水を、くみあげる。



井戸水の汲み上げは、二人一組になるこが多かった。




つるべのロープを吊り上げていると、ちょうど、二人一組になる相手が、ユーカの知っている少女だった。


スミレという、城下町の友達で、魔法少女だった。



「スミレっ!」

ユーカは、仲間の魔法少女との思わぬ顔合わせに、嬉しそうに顔をほころばせる。



こんな城下町にて、気兼ねなく魔法少女同士でお話できる友達に会えたのだから、心が嬉しさに跳ね上がる。


86 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 23:10:26.01 f0xZ6PVE0 1697/3130



「ユ、ユーカ、ちゃん…」

黒い髪をした、深い青色のきらびやかな瞳をした魔法少女が、身を震わせながら、不安そうに胸元で指同士をあわせて、そっとユーカの名を呼ぶ。


スミレという名のこの魔法少女は、城下町出身で、最近魔法少女になった。歴でいうと一年もない。


ユーカが先輩の立場であった。



「最近魔獣狩りした?」

ユーカが話しかけると、スミレという黒髪の魔法少女は、おどおどし始めてた。


それが彼女の気質なのも、ユーカは知っていた。


魔法少女としては信じられないくらい、弱気だった。

スキンシップひとつするくらいで、びくびくするような女の子だった。


そんなに弱気で内気で、命賭けて魔獣と戦えるのかと思えるくらい、かよわく、可憐な心持ちの女の子だった。


でも魔獣と戦うとなると、変身したように、きっと真剣な目つきになり、懸命に戦う。

とにかく一生懸命戦う。


が、魔獣退治が終わると、気持ちの線がきれたようにその場で泣きじゃくりだしてしまう、そんな女の子だった。


だからユーカがいつも一緒についてまわって、か弱き後輩魔法少女を鍛える先輩みたいなふうに、二人で魔獣退治をつづけた。

スミレとユーカは、いつも一緒だった。


魔獣の結果内では。

87 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 23:11:21.26 f0xZ6PVE0 1698/3130




でも最近は、そんなこともない。


ユーカはスミレのことが不安だった。


「最近、ぜんぜん、してない……」

スミレは目を落として、小さな、消え入りそうなかぼそい声を唇からそっとだす。

「してない……」


「やっぱり…」

ユーカの心配したとおりだった。

「魔獣と戦わないと、”神の国”にいっちゃうよ?」

ふう、と息ついて、先輩風ふかすユーカは、後輩の心細い魔法少女を叱る。


神の国にいく、とは円環の理に導かれる、という意味だった。


「でも……だって…」

深い青色をした瞳の少女は、怯えた声だし、その身体は、震え出してしまう。

「最近……」

なにかをいいかけた、そのとき。


88 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 23:12:21.73 f0xZ6PVE0 1699/3130



そのころ、城下町の上部、城の建ったほうで、優雅なトランペットの音が吹き鳴らされた。


ファンファーレの陽気な音楽がパッパーと吹き鳴らされ、城下町じゅうに鳴り渡る。



トランペット隊は口に楽器を含み、エドワード城の上に並び立って、音楽を吹き鳴らしていた。

列揃えて20人ほどが、左右に顔を動かしながら、町じゅうへ音楽の音を届かせる。

今から公開死刑が始まることを知らせる音楽だ。




「わたし、こわいもん…」

トランペットの音楽を耳にいれながら、スミレは怯えた顔を下向きにして俯いた。

黒い前髪が垂れる。


「夜に外に出かけたら、私まで、疑われるもん……」



「そんなこといったって、魔獣を倒さないと、ますますたくさんの人が廃人になっちゃうよ」

小声でユーカは囁き、耳打ちする。

すると、また、スミレという小さな魔法少女は、びくびく、震えだしてしまう。


「わたし、こわいよ……」

か弱き性格の魔法少女、スミレは、涙声になりはじめる。

小さな唇を震わせて、泣きそうな声をだす。

「あんなこと、いやだよ……されたくないよ……」

涙子はやがて、嗚咽の声にかわりはじめる。声はかぼそくて、ききとるのもやっとで、消え入りそうな声だった。

89 : 第41話「病なおしの魔法少女」 - 2014/10/23 23:13:18.03 f0xZ6PVE0 1700/3130


ぶるぶる震えだし、ここ最近、魔法少女活動をすっかりやめている後輩魔法少女を、ユーカは、それでも、勇気づける。


しかしそれは、自分を勇気づけることでもあった。


「だからって、私たちみんな魔法少女やめて、魔獣を野放しにしてちゃっていいの?」


それがユーカの、魔法少女としての信念だった。


「魔法少女は、人を助ける存在だよ。いつか、きっとみんなも、それを思い出してくれるから」



今はちょっとだけ、魔法少女のことが、人間に誤解されてるだけだ。


きっと人々は、わかってくれる。

私たち魔法少女は、人を助ける存在なんだって。


だから、魔獣狩りを続けていこう。


それがユーカの気持ちだった。

90 : 以下、名... - 2014/10/23 23:14:39.35 f0xZ6PVE0 1701/3130

今日はここまで。

次回、第42話「狼と狐、野ウサギ」

91 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:14:30.48 SOMcBiWs0 1702/3130

第42話「狼と狐、野ウサギ」


313

そのころ、エドワード城の天守閣では。


国王が、昼の食事をとる時間になっていた。



王の日課は、まず朝、召使いに起こされたら、風呂に入り、領邦諸侯と騎士たちを王室に呼び出し、それぞれ順番に5分くらい世間話をする、そしたら朝食をとる、役人から日報をきかされる、そして昼食、そしたら政務にあたる、夕食に宴をひらき、風呂に入る、寝る…。


大雑把にいうと、こんなかんじだった。



「アン、ドゥ!」


姫の声が、音楽の合図となる。このアン、ドゥの声が轟くとき、城に雇われた音楽家たちは一斉に楽器を構える。


そして。


一気に楽器が鳴らされ、演奏がはじまった。



ステンドグラスと尖塔アーチの大空間に、リュート、フルート、ハープ、そして姫の歌声が奏でられる。

ここはエドワード城の大聖堂。”天空の大聖堂”。

横笛フルート、リュートのギター、奏でる音色が重なり合い城の大空間を満たす。


姫は、楽団の吟遊詩人たち、音楽家たちのメロディーにあわせ、流行の詞をその美しい声で歌う。

92 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:15:25.32 SOMcBiWs0 1703/3130



J'ai vû le loup , le renard, le lièvre,
J'ai vû le loup -, le renard cheuler.
C'est moi-même qui les ai rebeuillés.



"私は見た,狼と狐,野ウサギ,"

"私は見た,狼と狐,野ウサギ,呑んだくれている,"

"私はじっと見つめていた"



J'ai ouï* le loup, le renard, le lièvre,
J'ai ouï le loup, le renard chanter.
C'est moi-même qui les ai rechignés,*



"私は聞いた,狼と狐,野ウサギ,"

"私は聞いた,狼と狐,野ウサギ,歌っている,"

"私はその歌声を真似たのだ"

93 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:17:08.08 SOMcBiWs0 1704/3130



クリームヒルト・マルガレーテ姫の美しい歌声は、大聖堂という荘厳な空気に奏でられる音楽にのせられて、響き渡る。


姫は真面目に歌っていた。


腹から声をだし、姿勢を整えて、音楽にのせて歌声をだす。



音楽家は次第に楽器を増やしてゆき、ハープも加わる。

弓のようなかたちした美しい楽器が奏でられる。



そうして、華やかにして艶やかな音楽が奏でられる王の大広間には、ずらりと長テーブルに豪華な食事が蝋燭とともに並んでいた。


テーブルに、黄金の燭台にたてられた蝋燭の火、列をそろえて、テーブルの食事の数々を灯す。怪しくゆらゆら燃えて。


つまり料理はイルカの丸焼き、鹿肉、鶏のロースト、王様好みのパイ、”激高気質の勇姿”を模した砂糖菓子。
ミーチトのペーパーソース煮、きばのついた猪の頭、大きなタルト、ポタージュ…。



食事テーブルには、王家の一族が大集結していた。
テーブルの席は貴婦人、騎士、貴族が並び、城宴の食事を囲んでいた。


クリールヒルト姫の歌声はつづく。

94 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:17:59.33 SOMcBiWs0 1705/3130



J'ai vû le loup , le renard, le lièvre,
J'ai vû le loup -, le renard cheuler.
C'est moi-même qui les ai rebeuillés.


"私は見た,狼と狐,野ウサギ,"

"私は見た,狼と狐,野ウサギ,呑んだくれている,"

"私はじっと見つめていた"



晩宴の食事と皿が並んだテーブルには、金属の三本枝つき燭台が置かれ、ゆらゆらと燃える金色の火が灯している。


天空の大聖堂はステンドグラスから差し込む七色の光が、虹となって城の大空間を照らしている。


城の大空間はあちこちの壁にタピストリーがかけられ、タピストリーは、緑の織地に、白いユニコーンを描く。

白いユニコーンは、エドワード城の紋章でもあった。エドワード軍の軍旗にも描かれる紋章でもある。


J'ai vu le loup, le renard, le lièvre,
C'est moi-même qui les ai revirés,
J'ai vu le loup, le renard danser.



"私は見た,狼と狐,野ウサギ,"

"私はそれをみて、自分も踊った,"

"狐も狼もそうして一緒に踊った"

95 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:19:20.66 SOMcBiWs0 1706/3130



ここまで歌うと。


クリームヒルト姫の歌がやんだ。


音楽の演奏も同時に終わり、いきなり静かになる。



一転して厳粛な空気につつまれる。



騎士たちも貴婦人たちもなにもしゃべらない。


するとエドワード王が、玉座をたった。


同時に貴婦人たち、騎士たちも同時にたちあがり、王をみあげた。

玉座を降りる国王を。



王は、ステンドグラスの七色の光に包まれながら、王座の席を立ち、壇の階段をくだってきた。

こと……こと……と、王の杖を持ちながら、赤い絨毯の階段を一歩一歩、ゆっくりとくだってくる。



王笏の杖もった王は頭に王冠をかぶっていた。王冠は金色で、キラキラ光って、冠らしくトゲトゲした形だった。


赤い獣皮の分厚いマントをひらめかせ、エドワード王は大空間に集結した騎士たちに目を配る。



その目つきは鋭く、まるで鷹のようだった。常人が睨みつけられたら気が滅入ってしまうそうなほど、鋭い眼光を放っていた。

雷帝の如く迫力を放つ眼力だ。


貴婦人たち、騎士たちは動じないで伏目をして立っている。



頭には王冠、服は赤いマント、左手には王笏という、まさにキングといった姿のエドワード王は、食卓テーブルについて座った。


同時に貴婦人たち、貴婦人たちも席に座る。ずわわっ。席に座る音が大空間じゅうに轟き渡った。

96 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:21:03.95 SOMcBiWs0 1707/3130



クリームヒルト姫もエドワード王の隣の席についた。


エドワード王は王笏を一度手放し、代官のデネソールに持たせると、デネソールは玉座にそれをたてかけた。



王笏にさわれるのは王以外には、執政官デネソールくらいなものだ。


王笏は金色の杖で、先端には宝石が埋め込まれていた。ルビーだった。

まるでその先端から魔法が飛び出しそうな王笏の杖は、まさに王の強さを象るものだった。




糞尿の処理さえ数年前までは放置され放題だったこんな時代、人間はすぐ病気になってしまう。


エドワード王は50を越えた老王だった。この時代では非常に長生きである。


例に漏れず、王は病気をわずらい、席につくとごほごほと苦しそうに咳を吐いた。



クリームヒルト姫が召使いに目配らせし、すると召使いは、金色の皿をもって、王の前に差し出した。


召使いはその場で跪き、頭上に皿を差し出して持つ。


王はその皿に痰を吐いた。


痰をはいたあと、白い顎鬚を手につかみ、姿勢ととのえると、ぎろっと席についた貴族たちを見回した。

優雅に唾を吐くこと。この時代の貴族に必要な身振りだ。

97 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:22:16.88 SOMcBiWs0 1708/3130



そのあとで、ブドウ酒を注いだゴブレットを持つと、言った。


「わしは夢をみた」

王の話がはじまった。


貴族たちは、今日一日の王の話に耳をよせる。


全員伏目になりながら、身動きひとつせず、王の話を拝聴する。


「夢だ」


王の話は、まるで呟くように、はじまる。


「魔女どもがわか国土に悪さをし────」


王のまわりに灯る三本枝の蝋燭たての火がゆれる。

蝋燭たては銀製だった。真ん中に一本の蝋燭がたち、左右にくねくねっと分かれてもう二本の蝋燭がある。

真ん中のキャンドルが一番高くて、左右のキャンドルはやや低い。キャンドルの火が王の顔を照らしだした。



火は明るいし、熱いが、音はたてず静かである。


「世界は呪いと悪で満ち満ち────」


王の話は、不吉な予兆からはじまる。



「ついには悪魔の手に世界は落ちるのだ」



「…」


貴族たちは無言。

王の話になんの反応も示さない。


「悪の手がひろがっておる」


王はいきなり厳しい声でいった。

98 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:25:35.45 SOMcBiWs0 1709/3130



それでも諸侯たちは、伏目のまま、なんの反応も示さなかった。



「王であるわしは悪の手に屈してはならぬ」



エドワード王は独白する。


───ダン!

王は、赤い宝石つきの指輪をはめた手を握り締め、テーブルをたたいた。


「世はだれのものだ?人か?あの魔女どもか?」



クリームヒルト姫の隣には、小さな少女が座っていた。


姫の娘だった。まだ世間を知らぬこの少女は、玉座の間という緊張感に、いまにも泣き出しそうになっている。


少女は生まれがエドワード城だった。


天空の城に生まれ、地上から隔離されたこの城内空間に暮らす15歳ばかりの少女は、毎日、国王の食事に出席していた。いや、出席させられていた。


この少女は、世継ぎの血筋にあたる。


まだ男児は生まれていない。長女一人だけ。つまりこの少女が正式な世継ぎなのである。


エドワード王と結婚しているのは王妃メアリである。この二人の間にエドワード王子が生まれ、そして妹にクリームヒルトが生まれ、クリームヒルトはアンリを生んだ。アンリは血筋のうちでは正式な世継ぎにあたる。


だから、この娘アンリの婿とり、結婚する騎士が、王位を継承できる。


もっとも血筋が全ての封建社会、王政社会であるから、少女の意志では自由に結婚はできない。


この時代の多くの女性の悩みと同じで、自分の結婚相手は、親族が勝手に決めた。



そしてこの少女をめとった貴族と、エドワード王子とで、王位継承をめぐる争いがはじまるだろう……という、歴史に何度も繰り返された王位継承争いと波乱は、この時代のエドワード城にも吹き荒れそうである。


つまり王の血を直接ひく長男と、正式な世継ぎである少女と結婚した貴族とで……どっちが王位が継承するのか、と。

どちらも王位を主張できる立場にある。


そんな事情にあるエドワード王子は、トマス・コルビル卿として都市の馬上槍試合に参戦し、また、みずからの結婚相手を求めてアキテーヌ城へとむかっている。

エドワード王子も王子いえども歳は重ねているから、最近はいわゆる嫁探しに忙しい。

99 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:31:26.78 SOMcBiWs0 1710/3130


しかし、この玉座の間では、いまの話題はそれとは別だった。


「世界の悪は魔獣が呪いを撒き散らすからだとやつらはいう!」


王の怒りが城内大空間にひびく。


ぎろっと、王は諸侯たちを睨んだ。


「なんでそんなモノがこの世に跋扈しているのだ?」


するとある一人の諸侯が、伏目のまま、テーブル席で、答えた。

「世に悪をもたらしているのは、魔女の仕業です」

諸侯たちはもちろん、王に気に入られるためにこの城宴に出席している。


王の前に何度も何度もでること、何度も目に触れること、そして覚えてもらうこと、そして王に自らの貴賓ぶりをみせること。

それができるのはこの城宴のなかだけだ。

100 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:33:26.27 SOMcBiWs0 1711/3130



「魔女、か」


王は病的な目つきで諸侯を睨む。恐ろしい眼光だ。「言え。魔女はわが国土に、なにをしておる?」


「呪いを生み出し、悪を国土にもたらし、呪術によって魔獣を生み出しています」

諸侯は答えた。


「おまえは魔獣というが────」


王は指輪のはめた指の先を諸侯にむけて、鋭く睨んだ。


「そんなものを見たことあるのか?」



「ございません」

諸侯は答えた。


「オーギュスタン、おまえは───」

エドワード王は、別の人物、城に正規軍をもち、将軍を務めるオーギュスタンを睨みつける。


「魔獣などというものをその目で見たか?」


オーギュスタンはどもって、身をびくびく震わせたあと、答えた。「王、魔獣を見たことは、私にはごさいませぬ」

101 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:34:44.71 SOMcBiWs0 1712/3130



「はん!」

王は鼻を鳴らした。

それから、自分の独白にもどった。


「魔獣などあの魔女どものふざけた言い草だ」


クリームヒルト姫の隣に座る、世継ぎの少女が、びくっと身を震わせて、泣き声と嗚咽を、押し殺した。


「愚か者は鵜呑みにするがわしは騙されん」


王はゴブレットのワインを飲んだ。


そして、飲み終えたゴブレットをテーブルに再びコトッと置いた。


「世界はこうだ。魔女がいなければ魔獣もいないのだ」


びくっ。

また、小さな少女は身を震わせた。


下に俯きぱなしだ。



「過去の人間は、魔女の脅威を知っていた」

王は話をつづける。

「だからみな火にかけたのだ」

102 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:35:22.84 SOMcBiWs0 1713/3130



沈黙が走る。


「トゥーレル、おまえ、南方の統治はどうなったのか?」


王はとつぜん話を変え、国内の事情から国外の事情へと転じた。

こんな乱世の時代、国境と領土の拡大は常に王の関心ごとだ。


「はい、王様」

トゥーレル将軍が答える。

「南方の統治は、和平になりました」



「それは領土が縮むのと同じことだ」

王は彼を睨んで、告げた。「村長の女をつかまえろ。”初夜権”をつかえ」


トゥーレルは頷いた。「はい」

103 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:36:03.72 SOMcBiWs0 1714/3130



「北方ファラス地方の国境はどうなった?」

王の声は突然、大きくなる。

「モルス城砦が落ちたそうだが、まさかそのままか?」


「王様、わたくしめが、モルス城砦に討伐軍を放ちました」

諸侯の一人が告げる。

ルノルデ・クラインベルガー卿だった。


「おまえは馬上槍競技に参加したそうだが、勝ち進めたか?」

王が問う。


彼は恐れた。

自分の答えが、ひょっとしたら王を激怒させるかと思ったからだ。


「第二戦にして、アデル・ジョスリーン卿に敗れました」



「…」


王は沈黙する。

が、その件は無視した。「もし次もファラス地方から野蛮族がくれば、焼き払え」

104 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:37:29.06 SOMcBiWs0 1715/3130

王は一旦、ごほごほと咳を吐くと、背もたれによりかかった。

そして、ふうと息をはき、いきなり声をやわらかくした。


「わしはもう古いかもしれんが───」


貴族たちが王のほうをむく。


「杯(さかずき)だけはいい鍛冶職人につくらせておる」


といって、手にゴブレットを持ち、また酒をのむ。


「聖女は聖女、魔女は魔女だ」


王は覇気の抜けた声でやわらかく言う。


「ジャンヌ・ダルクはどっちだったのだ?」



「どちらもです」

だれかの諸侯が答えた。

「救われた者は聖女と呼び、殺された者は魔女と呼びました」



「世界は悪に満ち満ちておる」

王はまた、息を吐き、呟いた。

「聖女にしろ魔女にしろ、結局は”奇跡の力”に振り回された人間どもが、殺しあったのだ」



貴族たちは再び押し黙る。


これが王の考えだった。



結局は、奇跡なんてものにすがるから、結局そこから最悪が生じるのだ。



王は、奇跡をもたらすのが何者かも、知っていた。

105 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:40:08.68 SOMcBiWs0 1716/3130

314


城宴は解散し、貴族たちはそれぞれエドワード城の私室へもどった。



何百何千と住む一大国家のような城は、それぞれ諸侯たちの住む空間がある。



クリームヒルト姫も私室にもどった。



天守閣の私室で、姫と、娘の世継ぎの少女はベッドに腰掛けた。



城の私室にも、燭台が壁に突き出していて、そこで蝋燭の火が燃えている。


この城はとにかく蝋燭をたくさん消費する。

多量の蝋燭師が、城内には雇われている。すなわち動物の脂肪から蝋燭をつくる職人が。



姫と娘はベッドに腰掛け、姫は娘の髪を撫でた。



「私、こわかった」


世継ぎの娘はいった。「王様も、諸侯の人も、恐いよ…」


緊張から解き放たれて、ぐずっと母親の胸元で嗚咽をもらす。

みんな自分を狙っている。


領邦諸侯の男たちは、みんな世継ぎの血筋をねらって、結婚をもうしいれてくる。


母のクリームヒルト姫は、そんな娘の頭を優しく撫で、そして……。

106 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:42:29.26 SOMcBiWs0 1717/3130




娘の左手にはまった指輪をみた。



契約の指輪だった。



娘の魂は、この指輪にある。娘の身体にはない。


それでも母は娘の選択を受け入れた。


王の城でまだ知られぬ秘密であった。


「王様、しらないのに、契約しちゃった……」


娘はいう。


「なんでも願い、かなえてくれるって、いうから……」


何でも願い事ひとつ叶えてくれるなんていわれたら、たいていの少女は二つ返事だ。

とくに、こんな城内暮らしに閉じ込められて、いつもいつも貴族たちにその血筋を狙われて、息苦しくて。


騎士たちの自分をみる目は愛しようという目ではない。

ただただ、王位を継がせる子を産ませよう、という目だ。少女にはそれが恐くて、嫌で、たまらない。

107 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:44:09.80 SOMcBiWs0 1718/3130



大事な世継ぎに、勝手に城外に出られでもされたらたまらない。

そういう王や貴族たちの都合によって、生涯を閉じ込められた王城で過ごすことを運命づけられた王妃の娘は。


外に飛び出したいと願う鳥籠のなかの世継ぎの少女は……。


契約して、魔法少女になった。




母に正体を打ち明けるだけでも勇気がいた。


だが母は魔法少女となった娘を受け入れ、そして、その正体は秘密にしなさいと娘にいった。


それ以来、クリームヒルトの娘、アンリが、実は魔法少女であるという秘密が、母と娘のあいだだけで共有されている。




それにしても不気味な狂気が城では起こっている。


その狂気の特異点は、”ヴァルプルギスの夜”のうわさ。




姫は”ヴァルプルギスの夜”を調べた。


城内に内臓されている書庫へいき、文献をしらべた。


すると、ヴァルプルギスの夜は、ずっと古い歴史をもっていることがわかった。

108 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:45:39.04 SOMcBiWs0 1719/3130



それは魔女の宴。


幼き子供を悪魔に売り渡し、料理し、子供からとれた脂肪は魔術に使う。


姫は魔女の恐るべき魔術についての文献にも目をあてた。




そこには、かまどにカエルの死体、ハゲワシの死体をいれたあと、自分の髪の毛を混ぜ、ぐつぐつ煮て、かまどから異様な浮遊物を発生させて、それがやがて天へとたち昇り、そして天候に超現象を起こしている恐るべき悪の魔法の実態が紹介されていた。



かまどでは死体がぐつぐつゆでられ、そこから沸き起こる怪しい煙が、やがて天体に昇り、魔法をかけ、災いとなって地上に降りかかる様子を絵にして紹介している。


雨がかたまって透明の石となって地上に降る異常気象。それは、魔女の悪い魔法のしわざ。



絵はもちろん、羊皮紙に印された、版画だった。黒いインクが、版画となって、羊皮紙に捺されている。



数ある悪い魔女どもの宴のなかで、最悪なのがヴァルプルギスの夜。


語るのも恐ろしい悪魔と魔女と使い魔の宴が、そこに載っている。

109 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:48:04.34 SOMcBiWs0 1720/3130





魔法─────”magic”。



magicは、もとはといえば、古代ペルシアの、占星術師のことだった。


占星術師は天体と星が、地上に及ぼす影響に気づいた。


だから、天体の形態によって、未来に起こるであろうことを予測した。



天体と地上の切っても切れぬ関係。



未来予知が、魔法の初歩であった。




魔法に対抗するには、魔法でなければならない。



異常な気候現象が魔の獣によって起こると信じたシュメール人は、呪文を唱えて神を味方につけ、異常気象と戦った。

110 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:48:39.98 SOMcBiWs0 1721/3130



そして今も同じだ。


いまエドワード城が脅威にされされている、黒幕”ヴァルプルギスの夜”は、すっかりエドレス国の文明をひっくり返してしまうだろう、と人々は恐れる。


つまり人間の偉大な城である最後の牙城を、その手中に収めようとしている。


大量の魔女が悪魔に魂を売り渡し、そして悪魔は力をつけ、千年無敵の異名もつエドワード城をついには支配下においてしまうだろう。



エドワード王は──

日に日に増す悪魔とその手下魔女どもの勢力と、懸命に戦っているのだった。

111 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:50:06.27 SOMcBiWs0 1722/3130

315


クリームヒルト姫の娘アンリは、一ヶ月前、契約して魔法少女になった。


契約の使者カベナンテルは、突然アンリの前に現れた。


カベナンテルはこう語った。


”王を守るためには、魔法少女の力がないといけない。人間は、人間とは戦えるが、魔女や魔獣とは戦えない。この街はいま、魔獣に満ち合われている。きみには、その素質がある。王を、諸侯を、きみが守るのだろう”




キミも戦える。



さあ、告げよ。


キミは何を祈りソウルジェムに煌きを灯すのか。













────こんな城をとびだしたい、と少女は祈った。






そしていつか、エドワード城に来たるべき黒いヴァルプルギスの夜との戦いを誓った。


宿命の戦いがきたら、きみはきっとこの城をでれるだろう……と。

112 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:51:49.27 SOMcBiWs0 1723/3130



まさにそのとき。



ガンガンガン!

突然扉がノックされた。



はっと慌てて母と娘は扉のほうに目をむけた。


ガチャ。


王家の姫の私室に、勝手に入ってきたその男は。


城代のデネソールだった。


デネソールは王よりも老いた男だった。


灰色の髪、灰色の顎鬚、やつれた肌、しわがれた声。


だがもし、ありえないことだが、王の身になにかあって、王が政務にあたれない、となれば、そのあいだは、この男が全権力を握る立場にある。


いわば王不在のとき代わりに政治をする執政官、代官だ。


もちろん、実際そうなったことは、一度もない。

113 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:52:54.95 SOMcBiWs0 1724/3130



「私の部屋に入るとは、無礼です!」

クリームヒルト姫はさっそくいった。母の声には怒気が含まれていた。


「今日の悪魔の手下どもの処刑についてあなたにお伝えを」


デネソールはさっそく言い返した。声は傲慢さに満ち溢れていた。


彼は実際に代官として城内の政治にあたったことはなかったが、王の右腕ゆえ、国内のことはだいたい知っている。


「朝、二名の魔女が火あぶりに」

デネソールは羊皮紙を読み上げる。「一名は灰となり川に流されましたが、もう一名はいま実刑執行中です」


「そんな気味悪い話をしにわたくしの部屋に?」

姫はデネソールを睨んだ。

そっと娘を背後に隠す。


「でていきなさい。伝えることは伝えたでしょう」



デネソールは怪しい目を光らせ、姫と娘を見下ろした。


羊皮紙を丸めなおし、紐を結ぶと、年老いた背をみせて、いった。


「オーギュスタン将軍の帰還にねぎらいをかけなくてよいのですか」


「あなたにはいわれのないことです」

姫は冷たく答えた。

114 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:55:00.29 SOMcBiWs0 1725/3130



「はあ。王はあなたを心配しておられる。つまり女のバカな恋心───」

デネソールは振り返って扉に手をかけた。

「戦好きの男を好きになる女の困った性に、心配をかけておられる」


「戦好きですって?」


姫は怒った顔をした。


「人を殺した男ほど惚れる。貴婦人とは困ったものだ」


デネソールは扉を開き、私室を去った。



ふう。

姫は息を吐いた。


娘のアンリが怯えた顔しながら、母の背中で顔をみあげた。

115 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:56:23.28 SOMcBiWs0 1726/3130



クリームヒルト姫は起き上がった。


ドレスの裾を地面に引きずりながら、私室の奥の扉を通り、そしてゆっくりと、城のバルコニーへむかう。

「母さま?」

そんな、魔法少女となった娘をおいて、姫は城外へでる。


苦悩したように病的に白く美しい手を額に添えながら。

扉を通って、城外へでる。



高さ700メートルの城外に。

女主人の部屋に設けられた城のバルコニーは、天空の高さにある城の頂上にある。

空を見渡せるバルコニー。



高峻峨々の城。

権力のすべてが集まる王都の城。


姫のドレスが風にゆれる。

バルコニーの手すりにかける姫袖、サークレットをつけたブロンドの長髪も。



クリームヒルトが立つ城のバルコニーから見渡せるのは、世界のすべてだ。


どこまでも広がる大陸の、すべてが見渡せる。

116 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:57:20.38 SOMcBiWs0 1727/3130



それでもクリームヒルト姫は。



まるで自分が捕われの姫であるかのように、高き城のバルコニーで、哀しそうに地上の世界を眺めつづけた。



エドワード城という、天空の城に生まれた姫は、娘と同じで、地上の世界をほとんど知らない。




まさに天上人だった。

地上に降り立つことが許されぬ王城の姫。




その意味でクリームヒルトは、本当に、捕われの姫だった。この城こそが檻だ。




もし、願いごとが、ひとつだけでもかなうなら。

妖精のように、背中に羽が生えて、自由な地上の世界に降り立ってみたい。


姫はいつもそう想いを巡らせた。

美しい地上の世界。山々があり、森があり、畑と、ゆたかな川があり、香りのする花と、土の臭いがある世界。


姫はまったくそれらを知らない。


森の湖に、水汲みへ出かけたら、妖精さんに出会えるのかしら……。


と本気で考えるくらい、地上の世界を知らない姫だった。

117 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/30 23:58:42.83 SOMcBiWs0 1728/3130




姫が知るのは王の城だけ。政治と騎士と、毎日のように催される城宴だけ。

足りなくなることのない毎日の贅沢な食事。ありがたみのわからぬ食事の数々。肉とワイン、珍味、香辛料、野菜、魚、パイ、蜂蜜とデザードで溢れかえる食事。


何もしているわけでもないのに毎日のようにやってくる食事の数々。


そうした食事が、地上の世界の農奴たちと、都市の商人の買い付けによって、王の城に運ばれることさえ、姫には想像しかできない。



捕われの姫はあまりにも知らない。地上の世界を。

母も娘も、城に捕われている。


王城に生まれた高貴な女の運命など、そんなものだ。


地上の世界の女は、王城の女の生活に憧れるが、王城の女は、地上の女の生活に憧れる。




姫は悲しそうに地表700メートルの塔のてっぺんに建つバルコニーに立って、世界をみつめた。



触れることのなき地上の世界を。

天界の王城から、羨望の気持ちで眺める。

118 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/31 00:00:25.01 WGLTF+L80 1729/3130



と、そのとき。



白いユニコーンを描いたエドワード城の紋章が、旗のなかではためき、そして旗はついにビリっとやぶれてエドワード城の塔から空に舞った。


びゅうっと旗は風に飛ばされてゆき、雲り空の彼方へ飛んでいってしまう。



クリームヒルト姫は、悲しい目をして、風にのっていったやぶけた旗を追う。


旗でさえ、意志をもって城を飛び立った。

だが自分には自由の身にはならないのだ。空より高いところにいるのに、かごのなかの鳥だった。


姫にとって見渡せるすべての世界は、柵と檻。



旗は、空の下を風に乗りながら、やがて、700メートルも目下の、城下町へと、ひらひら舞いながら、落ちていった。


自由に憧れる姫は、やぶけて飛んでいった旗を目で追う。



ピンク髪の少女騎士が、城下町のアーチ橋にやってきて、エドワード城を訪れたのは、まさに旗が風にのってとんでいった、そのときであった。




その少女騎士は、遠い遠い国から、やってきた。

119 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/31 00:01:48.73 WGLTF+L80 1730/3130

317


鹿目円奈は城下町のエドワード橋の前にきた。



ぶ厚い曇り空がエドワード城を覆っていて、城下町は暗い。十字路を行き交う人々は陰気で、顔に生気はない。

魔獣の街と呼ばれる城下町を、負の暗鬱がどんよりと包み、滅滅としている。




そんな人々が唯一楽しみにしている見物が、公開処刑の火あぶりだった。


城からは火刑の音楽が鳴らされ、すでに見物客が、なんと1000人ちかくも、集まっていた。



円奈はこの人だかりが分からない。


何事だろうと思う。



まさか今から始まるのが火あぶりの公開処刑だとは思ってもいない。



円奈はふと、暗い曇り空をみあげていたら、ひとつの白い旗が舞い落ちてくるのを見た。


城から飛んできたのだろうか。


白いユニコーンの紋章が描かれた織物の旗は、バサっと風に飛ばされて、円奈のそばに落ちた。


落ちたあとも、風にふかれて、はらりと布をはためかせていた。

旗はまるでだれかの想いをのせたように、空から舞い降りてきた。

120 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/31 00:03:25.02 WGLTF+L80 1731/3130



とにかくエドワード王に、通行許可状を見せたかったので、円奈はエドワード橋の入り口にきた。



だがそこで目の当たりにしたのは、千人もの人と、城の音楽家、黒いローブの僧服を着た役人たちだった。



パッパッパー。

音楽家たちがトランペットを鳴らし、音楽がなりやむと、審問官の役人がいった。


「子供の誘拐と殺人、魔法薬を調合した魔女バルドゥング・ディアーナを───」


鹿目円奈がその場にいるなかで、審問官は逮捕状を読み上げて、恐るべきことを宣言した。


「火刑に処する」



円奈は目をみはった。


火刑、が宣言されたとき、そこにいたのは一人の女だった。



審問官たちは薪をならべおき、十分に女の足元に薪を積みあげると、松明の火を、何本も同時に薪へと投げ込んだ。


ぼううっ。

松明の火は薪へと燃え移る。赤い火は、薪を黒く焦がしながら、やがて火の手を大きくしていく。


火はそうして女の足元で燃え上がる。

121 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/31 00:05:45.21 WGLTF+L80 1732/3130


どおおおおっ。

途端に城下町で沸き起こるどよめき。歓声か、悲鳴か。


混乱してしまった円奈には、わからなかった。



とにかく人々の声を───、きいたのだった。




薪からは火が燃え上がり、女の足に火があたる。

足の裏からまず、薪の火に焙られる。薪から伝わってくる火の熱さは、炭火よりも烈しい。


体を火によって焼かれる。


柱に鎖に縛られた、女は痛みに叫ぶ。

肌は焼かれ、血は火のなかでボタボタと垂れ落ちた。血は、薪の炎のなかで蒸発していった。

最後には、骨に火が通る。あつあつにあぶられる。






魔女は、火あぶりとなり、全身を焼かれつづけた。


薪に燃え上がった炎は、女の体よりも高く高くもえあがっていた。

ごうごう。



薪は効果的に火をあげつづけた。バチバチ音をたて、炎のように高く高くもえあがった。


女は火のなかにいる。

真っ赤になった火のなかに、女がいる。


吸う空気は灼熱のごとく熱かった。空気を吸えば肺が焼けた。



鹿目円奈は、魔女の火あぶりという恐怖をその目で目の当たりにしていた。

122 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/31 00:07:01.07 WGLTF+L80 1733/3130

318


火がやむと、そこにのこったのは灰だった。


まだ生き血の交じっている黒い灰を、役人の審問官たちはすっかりバケツに集める。



骨、足、肌に焼け残った灰。……ぜんぶ、灰になったそれらを、バケツに集める。

ぽたぽたと赤い血の混じった肌の灰、肉の灰、べとべと油たぎる焼け残りの脂肪。


役人たちはバケツに集めた女の灰を、川へと運ぶ。


川へと運び、破棄する。




鹿目円奈は、目の当たりにしたものがあまりに残酷で、痛々しいものであったので、その場にしばし立ち尽していた。



魔女が摘発され、火刑にされる公開処刑の見物がおわった観衆はまた城下町にもどり、仕事にはいる。


荷車に樽をのせたり、羊の世話をしたり。




チーズを買う通行人もいる。

バターはここでは手の平サイズ、銀貨二枚で売られる。




円奈はすっかり恐怖に震えて、その場から動けないでいた。

123 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/31 00:07:54.64 WGLTF+L80 1734/3130


円奈はエドワード城をみあげる。



地表700メートルという巨大な黒い城を……。


その城は冷たい空気に包まれていて、暗い。暗雲の世界に立つ城とでもいうべきか。


黒い城のあちこちを、黒いカラスが飛び交って死体を探している。



まるでこの魔女狩りの恐怖を象徴しているかのようなこの巨大な城に、頂点に立つのは、エドワード王。



円奈が会って、通行許可状を見せなくちゃいけない相手だ。





円奈は、嘆息ついた。


立ち塞がる城が強大すぎて、とても近づけない。



今も審問官たちが、今もエドワード城の入り口にたって並んでいる。




この奥には、高さ3キロの谷を渡る巨大なアーチ橋がある。


その入り口は鉄柵に守られている。立ち並ぶ衛兵たちによって。


……とても、近づけない。


───鹿目円奈は、この街でその夜、宿をとることに決めた。



魔女が、民衆に晒され火あぶりになるのを目撃した少女は、臆病になってしまっていた。

124 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/31 00:09:11.85 WGLTF+L80 1735/3130

319



ゴーン…… ───


  ゴーン…… ───



夕方の鐘が教会から鳴らされる。



夕方の鐘が鳴ると、城下町の人々はベンチや荷車に並び立てた商品をしまい、市場やギルドから撤収する準備をはじめる。



夕方以降の商売は禁じられている。


女たちはバスケットに焼いたパンを入れて家へ持ち帰った。



鹿目円奈は、騎士姿をしてクフィーユに跨り、城下町の十字路でテクテクと馬を進めていた。

剣をさした鞘がゆれる。背中のロングボウは紐でくくりつける。



手綱をたぐって馬を進めながら、宿を探した。



恐ろしく絶望的な気持ちになりながら。


円奈はこれまでに、騎士として戦争に参加したこともあったが、人が火に焼かれ死ぬ場面には、はじめて居合わせたので、心に深い恐怖がのこっていた。

125 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/31 00:13:12.67 WGLTF+L80 1736/3130



夕闇のエドワード城は黒い。


暗闇のなかに浮かび上がる城は、あちこち常夜灯の松明が灯りはじめ、ゆらゆらとした明かりが、夜の摩天楼のごとき城のあちこちに燃えて浮かびあがっている。


夕闇のエドワード城は美しかった。


常夜灯の明かりはぽつぽつと100、200以上もあり、エドワード城の高き城塞の積み重なる胸壁…関所…あちこちに灯されて、城門から天空の聖堂まですっかり常夜灯の明かりに照らされている夜の城。



電気も水道もないこの時代の城の生活は、どんなものだろうか。

円奈には想像もできない。



テクテク馬を進めていると、宿らしき建物をみつけた。



家壁に吊るされた飾り看板があり、吊るされた看板には、宿とかいてあった。



飾り看板の下を通って、円奈は宿を……借りようとして……


金貨は200枚もあるのだから金銭的にはまるで問題がないどころか家を買えてしまうほどのお金持ちである円奈だが……



まず、馬を厩舎におかないといけない。

そのことを思い出した。




エドレスの都市での失敗は、もうしない。

126 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/31 00:15:36.79 WGLTF+L80 1737/3130

320


宿のなかに、エドレスの都市のような陽気さはなかった。


逆に暗闇の支配した陰気さが宿に満ちていた。



蝋燭の無音の火だけが宿を照らす唯一の活気だった。


他は、なにもなくて、宿の酒場はからっぽで、旅人はいなかった。

円奈は宿主人から部屋を借りて、銀貨15枚払うと、二階にあがって、階段をすすんで部屋を借りた。




部屋に入ると、壁にかかった松明の火を使ってテーブルの蝋燭に火を灯し、そしたら、腰にさした剣の鞘もロングボウの弓矢もベルトの小刀もぜんぶ武装を外して、壁に掛け置き、はあと息つくとベットに身を投げた。

ギラン。

円奈の剣が壁際に寄せ置かれる。鋭い光を反射する鋼鉄の魔法の剣。



少女はベッドに身を投げ、明日のことを悩んだ。


ベットに四肢をなげだし、毛布をしわくちゃ握りながら、王に会いたいのに一向に会えない自分の勇気のなさに落ち込んだ。


通行許可状はちゃんとあるのだから、堂々と王に会えばいいだけのことなのに、少女にはそれができなかった。

127 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/31 00:16:30.02 WGLTF+L80 1738/3130


「どうして…」


円奈はベッドに顔を伏せながら、つぶやく。「どうしてこんなことに……」


自分の情けなさにベッドでじたばたする。


聖地を目指さなくちゃいけないのに、とてもあのエドワード城を通れる勇気がでない。

せっかく城下町まできたのに。


「はうう…」


ベッドで背を丸める。


目を閉じ、悲しそうに俯いて、円奈は目を閉じた。




蝋燭の火は、ゆらゆらと、夜の宿屋の部屋を照らし続けた。



部屋の片隅にたてかけた円奈の剣が、ほのかに青白く光りはじめていた。

128 : 第42話「狼と狐、野ウサギ」 - 2014/10/31 00:17:55.87 WGLTF+L80 1739/3130

321


城下町は夜になり、しずまりかえる。


夜になると、化け物たちが城下町の十字路をのさばり歩く。


キラキラキラと光る虹色の邪悪な顔。


白い衣の男たち。



ゆらゆらと、死んだ顔をしながら城下町をあるく彼らは、魔獣。



城下町にふんぞりかえる夜の支配者たちだ。



エドワード城の町は魔獣の天国だった。



本来魔獣の天敵であるはずの魔法少女たちは、活動しなくなってしまった。

夜間の外出は法令によって禁止されている。魔女が箒に乗って夜月の下を飛ぶ、羊や猫に変身して外を出歩く、と警告されているからだ。


城下町のほとんどの魔法少女たちは、魔獣狩りをやめた。



夜に魔法少女が活動しない城下町。そこに、魔獣は出現し放題であった。



魔獣たちの群れはエドワード城の城下町を列なして歩き、数十匹という魔獣たちの群れが、城下町の人々の魂を吸い取ろうと悪の衝動をみせている。



いや、果たして本当に魔獣はこうして野放しにされたままなのだうろか?


そうしたら、鹿目まどかの世界再編の願いは、どうなってしまうのか?


世界は魔獣の悪の手におちてしまうのだろうか?



そんなはずはない。この世界は、希望そのものとなった少女が、造り替えた奇跡の世界なのだ。

129 : 以下、名... - 2014/10/31 00:23:01.79 WGLTF+L80 1740/3130

今日はここまで。

次回、第43話「暴かれた魔法少女の正体」

131 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/06 23:14:18.39 Yg8IyQVA0 1741/3130

第43話「暴かれた魔法少女の正体」

322


これは今から三年前の話。

そのときからこの街には、とにかく魔獣が多かった。



多量の糞尿による疫病の流行は、人々を恐怖のどん底に陥れ、魔女の呪いのせいだといって、人々は魔女を呪った。


そんな呪いが呪いを呼ぶような街で、魔獣が増えないはずがない。



魔法少女たちは懸命に、日に日に増える魔獣と戦っていた。


エドワード城の城下町には多くの魔法少女がいた。


それこそ100人以上いた。



しかし、100人の魔法少女がいてもなお、退治がおいつかないくらい、魔獣は多かった。


倒しても倒しても次から次へと沸いてでてくる。


要するに人の呪いが消えない限りは発生しつづけるのが瘴気だった。


132 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/06 23:17:01.99 Yg8IyQVA0 1742/3130



それに、この時代の魔法少女、数こそ多けれど、潜在の因果は低いので、一人一人の持つ力はよわかった。


だからこそ100人という数でも、互いが互いを助け合って魔獣と戦っていた。

力が弱いので、協力しあうことが不可欠だった。


昔のように、たった一人の魔法少女が、何十、何百という魔獣の群れを相手にできる時代ではなかった。

百匹の魔獣がいたら、百人の魔法少女が必要というような時代だった。


もちろん、魔法少女ではある以上、ソウルジェムを生み出して、それさえダメージなければ無敵という、人間にくらべればずっと強い力をもっているけれども、たとえば魔弾の舞踏みたいな華麗なことをやってのける強力な魔法少女は、ほとんどいなかった。



地道。


まさにそれがこの時代の魔法少女にふさわしい戦いぶりだった。とにかく地道だ。


ウスターシュ・ルッチーアは、クロスボウで一本一本矢を射ながら、魔獣を一匹ずつ倒した。


来栖椎奈は剣をつかって、一体一体の魔獣を、地道にばっさり切った。



城下町の魔法少女たち100人は、夜にはびこる魔獣たち一匹一匹と、正面から対峙して、剣できったり、自宅から薪割り斧をとりだして来て魔獣の首をバキッときったり、ギルドのロープ職人に生まれた魔法少女はロープで魔獣をしばって動きを封じたり、大工生まれの魔法少女はトンカチをもちだして魔獣を叩いたり、とにかく地道に倒し続けた。

ほとんど物理攻撃に頼る戦い方だ。

結局その地道な退治では、増える魔獣を抑え切れなかった。

133 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/06 23:20:47.97 Yg8IyQVA0 1743/3130


100人の魔法少女は日に日に魔獣との戦いに力尽きて倒れてゆき、結界のなかで行方不明となった。

魔獣の結界の中で命果てれば、人間世間では行方不明者となる。


100人の魔法少女でさえこの魔獣の増加を抑えきれなかったのだ。

魔獣の数は、100人という魔法少女の数を越えて、500、600、700と……数を増していった。


魔獣が強勢で、魔法少女が劣勢だった。

そしてあくる日もあくる日も……魔法の力を授かった少女たちは結果のなかで倒れ……円環の国の人、黄泉の国の人となった。



少女が行方不明となり、帰ってこない。


それは、魔獣の結界というものを知らぬ人間にとって、”魔女が子供を連れ去った”と考えるに至るものだった。



すなわちサバトの集会の噂が人々のあいだで広がり始めた。



他に、どんな説明ができようか!


疫病がはやっている。魔女の呪いがささやかれている。そんななかで、少女が、女の子ばかりが突然消えていなくなる。


もし女の子を誘拐して殺すような黒幕がいるとしたら、悪い魔女たちに他ならない。


134 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/06 23:23:58.26 Yg8IyQVA0 1744/3130



魔女は子供を連れ去り、閉じ込めて、喰らうものだと考えられていた。

ヘンゼルとグレーテルの話にもそれは有名だ。


なぜ魔女は子供を喰らうのか。



それは若さを取り戻すためだ。



年老いた魔女は、肌がしわがれて、鼻は大きく鉤のよう。かさかさの声をした、みるに醜い老女だ。


老女は子供を喰らうことで若さを取り戻そうとする。


一般にそう広く信じられて、若い女の子の行方不明は、老いた魔女の誘拐によるものだと人々は考えた。

若い少女の処女血をすすって、若返りの秘薬をつくる。



サバトの集会の噂がひろがりはじめ、魔法少女を魔女が喰らっているという噂が強まれば強まるほど、ついに誰かかが、歴史にも古い”ヴァルプルギスの夜”の伝承話をもちだした。


ついに魔法少女たちはやっつけられてしまい、そして、魔女が優勢となり、城下町の文明はひっくり返されるだろうと……。



絶望が渦巻く。

日は隠され、黒い雲が、王都を覆ってしまったかのようだった。

135 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/06 23:30:10.36 Yg8IyQVA0 1745/3130



しかし。

この暗雲は割れ、天が姿をだし、一筋の希望が城下町に灯る。


オルレアンという魔法少女は、王都と城下町を救ったのだ。



魔獣と戦いながら彼女は、そもそもの魔獣の発生源である、疫病の流行という要因をどうにかしなければと魔法少女の会堂で発言した。



すなわち街に発生した魔獣と戦うだけが魔法少女の使命なのでなくて、魔獣の発生源、つまり人々のあいだに撒き散らされる絶望の根源とも戦う、希望を体現する存在でないといけない、と言った。


糞尿が魔獣大量発生の原因とは、思いも寄らなかった魔法少女たちは、オルレアンの話をあまり相手にしなかった。


それどころか、魔法少女の大半は、魔獣の大量の発生を魔女のせいだと考える始末だった。


つまり魔法少女の敵は魔女であるという、鹿目まどかが宇宙を改変する前の世界の名残みたいなことを頭で考える魔法少女が多かった。


事実、”ヴァルプルギスの夜を防ぐ”といって、城下町じゅうの老女を、魔女だと決め付けて殺してしまった魔法少女さえ城下町にはいた。




すなわち物乞いの老女、独身の老女、城下町に生きていても仕方がないと思われる罪もなき老女たちを、魔法少女たちは殺した。


魔法少女による魔女狩りであった。

136 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/06 23:32:12.12 Yg8IyQVA0 1746/3130


しかしやっぱり、オルレアンが正しかった。


王に謁見し、糞尿の処理を提言した彼女は、城下町と、エドレスの都市を救った。

王都とエドレスの都市で、糞尿・川の浄化活動が始まって、疫病に苦しむ人々は減った。


掃除屋として日ごろの仕事で糞尿の処理にあたりつづけた彼女だからこそ起こした奇跡だった。



しかしそれは絶望のはじまりだったのだ。



奇跡と希望が叶うと、それに見合った絶望と悪夢がいずれ訪れる。


それは改変前も改変後もかわらない。

137 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/06 23:35:05.61 Yg8IyQVA0 1747/3130

323



オルレアンは城下町を救った。


城の役人たちが糞尿を処理するようになり、疫病の数は減った。


魔獣の数も減った。

発病すると肌が黒くなり、しまいには生体機能を失って、バタバタと人々が倒れ、その絶望が絶望を呼び起こす暗黒の日々に、終止符が打たれたのだ。


この疫病は、王都と城下町から3分の1の人口を奪い去ったが、生き残った人々はオルレアンを讃えた。


糞尿の処理だけでなく、自宅の食糧貯蔵庫に出入りするネズミ退治も推奨されて、人々はそれをおこなった。

といっても、そのネズミの退治の仕方というのは、見つけた人間がホウキでばんばんたたいて、追い払うことが精一杯だったけれども……。




オルレアンの正しさは、魔法少女の会堂でも、認められた。


それにオルレアンは治療魔法の数々を学んでいた。


薬草の知識もあった。



家もたぬ掃除屋の彼女は、都市から都市へと渡り歩く途中、森にさしかかるとき、よくこの薬草を摘んだり調合したりして、自らの病をなおして自活していた。


つまり都市と森の両面の生活知識があった。

138 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/06 23:38:44.92 Yg8IyQVA0 1748/3130



たとえば麦角は堕児に有効な薬になることを知っていた。


こんな時代では、子供を堕ろすのも大変な命がけだ。

棍棒でバンバンと妊婦のふくれた腹をぶっ叩きつづけないといけない。そうして胎内の子を殺すのだが、当然ながら、母の苦痛も相当なものだった。



それに比べたら麦角は、棍棒で叩くよりは効果的な薬草として堕児に使えた。

これを食べた妊婦は、陣痛がはじまって、死んだ子を体外にだした。



しかし、そうした治療魔法と薬草の知識を、彼女が、”サバトの集会”から学んだという話は、城下町の魔法少女たちを、ぎょっとさせた。


おまえは、魔法少女でありながら、魔法を魔女から学んだのか。



会堂の魔法少女は問い詰めた。


オルレアンは答えた。


魔女の集会、つまりサバトというものは、実際にありますし、私も参加したことがあります。
しかし、ここの町の人々が考えるような、悪魔を奉る儀式ではありませんし、そこでいかなり姦淫も犯されません。魔法を習得する自然の儀式であって、魔女の邪悪な集まりではありません。



もともと豊饒を祝う儀式であった、自然を愛する儀式であった、とすらオルレアンはいう。



しかし、城下町の魔法少女たちは、オルレアンに疑いの目をもった。

139 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/06 23:40:15.60 Yg8IyQVA0 1749/3130



それに、別の問題も起こった。


城下町は確かに救われたし、疫病は消え、人々の不幸もなくなり、平和な日々が訪れた。



だが、平和な日々が訪れるということは、魔獣も数を減らす、ということだった。


これはこれで、問題があった。



つまり魔法少女は、魔獣を倒して、グリーフシードを得ないといけないのだけれども、魔獣の数が減ったのに対して、希望が増した城下町に魔法少女は増えた。


100人どころか、150人ちかくにもなった。


要するに希望と絶望のバランスが逆転した。


だんだん、グリーフシードの数が不足してきた。



不足してきたどころか、枯れ果てたように、城下町の魔法少女はどんどん円環の理に導かれて神の国へと旅立った。


まるで花のように、希望に花咲いた魔法少女たちは、その短命を散らしていった。



魔獣退治の苦手な弱い魔法少女から、順に。死を迎える。


こうなると事態は厄介で、深刻だ。

140 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/06 23:46:40.20 Yg8IyQVA0 1750/3130



そこでオルレアンは、提言した。



私たちの、魔獣狩りの範囲をひろげるべきです。

森にも魔獣は多く発生します。私たちは、森へ出かけて、魔獣を退治しましょう。



森に行動範囲を広げるべきだという、この発言は、城下町の魔法少女を、またも動揺させた。



もともと、都市生まれの少女たちにとって、自然界の森は、未知の領域だ。


都市のなかは、城郭に囲まれて、すべて人工化されている。

整備された道路があって、守りを固めた壁があって、野獣もいなくて牙と爪で人を襲ったりもしない。市場があって、食べ物はいつも整っている。


だから、都市から一歩も外に出ないし、出たら危険がいっぱいで、ましてや森なんて人が入ってはいけない領域、魑魅魍魎の別世界だと考える魔法少女が圧倒的多数だった。

思えば森には人を喰らうオオカミが活躍する赤ずきんの童話、お菓子の家をつくって子供を食らうため罠を張っている魔女の童話、だいたいの怖い話というものは大抵が暗い森が舞台であって、そういう話を幼い頃から両親から聞かされて育って第二次性長期に成長した魔法少女たちが森を嫌がるのも不思議なかった。


城下町の魔法少女は、森を恐れた。



だがオルレアンはいった。


森に魔女はいませんし、狼は魔法少女を襲いません。私どもの臭いを覚えているので、嗅げば逃げ出すでしょう。盗賊団はいますが、魔法少女が力をあわせれば、まけません。森の木々と枝に、リボンを結んで、目印にして、森に入りましょう。




都市と森、両面の世界をしっているオルレアンは、城下町の魔法少女たちを連れて、森へときた。


夜の霧が深々と白々と包む不気味な森。

深い森を初めて目の当たりにした城下町の魔法少女は恐がった。


一歩足をふみいれた途端かえりたいかえりたいといいだす魔法少女ばかりだった。

141 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/06 23:48:07.84 Yg8IyQVA0 1751/3130



けれども、そこに魔獣の発生があるとみつけるや、いつもの調子を取り戻して、魔獣を退治した。


たしかに森にも魔獣が発生していた。

これは、森の奥深くに捨てられた子供たちが、親を呪いながら、餓えていった負の瘴気だった。


しかしインキュベーターとかつて名乗った獣からすれば、そうした無垢な子供の呪いすら、エネルギー源であって、魔法少女に回収させるべきグリーフシード源だった。



それ以降、少しずつであるが、城下町の魔法少女たちは、グリーフシードが不足すると、森にでかけた。


森で魔獣たちを狩った。



さんざん森を恐がった城下町の魔法少女は、だんだんと森を知っていった。


実際には案の定迷子になって、ヘイゼルとグレーテルよろしく帰れなくなった魔法少女もいたけれども、他の魔法少女たちが、互いのソウルジェムを探知しあって助けた。


ときには、狼に襲われる魔法少女もいたけれども、返り討ちにした。

腹をすかした狼は、魔法少女の力で撃退できるのだ。

142 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/06 23:54:09.87 Yg8IyQVA0 1752/3130


そうすると、森へやってくる城下町の若い娘たちには勝てない、とオオカミたちが臭いを覚えて、彼女たちの臭いがするとむしろ逃げ出すようになった。


日に日に行動範囲をひろげて、隣町の森にも魔獣狩りにでかけたり(そこで縄張り争いが発生したこともあったが)、ときにはエドレスの都市と城下町までを通行する人を護衛するなんていう活躍もする魔法少女もいた。


つまり街道を行き来する商人の手助けをした。



城郭に囲まれた城下町から、森へ。行動範囲をひろげる。


ただそれだけのことで、城下町の魔法少女は、飛躍的に生きやすくなった。


グリーフシード不足の問題は、こうして緩和されたし、商人たちも都市から城下町まで辿る道で護衛してくれる魔法少女の存在を歓迎した。

金銭を惜しみなく支払った。


「べらぼうに税をとる役人騎士より、よっぽどよい。」


商人たちは荷車と馬車を進めながら、城下町から護衛の仕事にやってきてくれる街道の魔法少女たちのことを、そういった。

街道はいつだって盗賊団の脅威があったから、護衛役に魔法少女がついてくれることは、頼もしかった。



オルレアンは城下町を二度も救った。



会堂の魔法少女たちから尊敬を得たし、城下町の人々はオルレアンを慕った。



その日もオルレアンは朝はやくから、家々からバケツで投げ捨てられる路地の糞尿を、スコップで運んだ。



鹿目円奈が森で魔獣に襲われたとき、ユーカという魔法少女がわざわざ森までやってきて、円奈を救ったのも、そもそもはオルレアンの提言があったから、なのだ。

143 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/06 23:55:41.16 Yg8IyQVA0 1753/3130

だが城下町は救われたとして、エドワード城ではどうだろうか。



裂けた谷に君臨する高峻なる王都の城は、オルレアンに不穏な視線をむけていた。

144 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/06 23:57:12.82 Yg8IyQVA0 1754/3130

324


オルレアンの評判はエドワード城の玉座にまでとどいた。


すなわち玉座に君臨するエドワード王は、オルレアンという魔法少女が、城下町の英雄となり、人からも魔法少女からも慕われている話を耳にする。



王は不機嫌になった。



当然である。


人々の声ときたら、不敬罪で首を切り落としたくなるようなものばかりだ。


つまり民は、王よりもオルレアンが偉いというのであった。


王は、魔獣のひとつもやっつけはできないし、税金をとりたてるばかりで、城下町の人々のことをなんにもわかっちゃいない。

奇病の流行を解決してくれなかったし、王にできるのは自分が偉いってことを毎日毎日、口をでかくしていうだけだ。


それはとても滑稽だ。本当に城下町の人と、魔法少女のみんなをすくってのけたオルレアンのほうが偉いし、尊敬の気持ちが沸く。


これが民の声だった。


王は激怒した。必ず、かの不敬千万の市民の邪心を除かなければならぬと決意した。



王には、魔法少女やら魔獣という話がわからぬ。


いや、頭では理解しながらも、到底そんな話を受け入れることはできぬ、という気持ちであった。


145 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:03:37.66 e/d80c9W0 1755/3130


農村の女が、領主の初夜権によって処女を奪われ、ついには絶望して悪魔と契約して魔女になる話はよくあるけれども、はたして人の絶望の感情が魔獣となって具現化して、意志をもち、人の形をして歩き出し、民を襲うなんていう突飛な話が、王には受け入れられぬ。

自分が一人怒り狂ったり嫉妬したりすればどこに魔獣がぽつんと誕生するのか?受け入れるのか?そんな話?


王は、魔獣をその目でみたことがない。


魔獣は、話によれば、白い衣をもった頭髪もない老いた男の姿であらわれ、町をほっつき歩くらしいが、そんな目撃情報は魔法少女だけにしかあがらず、城下町の人々は魔女をみたという。



どうにもうさんくさい話だ。


王は魔法少女を疑っていた。



というより、魔法少女の正体を知っていた。



すなわちやつらは、カベナンテルという妖精と契約すること、その契約によって、ソウルジェムを生み出して、魔法少女になること。



王は、魔法少女を憎んでいた。



魔法少女の存在がよく知られてるようになったこの時代、人間の地位と尊厳はおちゆくばかりだ。

どんどん世界の主導権は魔法少女の手に渡っていく。



魔獣を倒せるのは、魔法少女だけで、人間の王がいかに権威的に絶対的であろうと、魔獣に襲われれば弱い。

魔法少女に守られなければ王もただのヒトだ。


朕は国家なりと豪語したルイ14世が魔獣に襲われたら、それでも偉いか?

この世をばわが世とぞ思うと唄った藤原道長が魔獣の結界に囚われたらそれでもこの世は彼のものか?


結局、魔法少女が魔獣を倒してくれなければどんな偉い人間も弱い。

146 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:05:27.09 e/d80c9W0 1756/3130



王はそれにひどく憤激する。



王たる王が、たかだか魔法少女なる、魂を売り渡した連中に、命を保障してもらうとは!

自力で問題を解決もせず、他力本願な若い女どもが、契約とやらで奇跡とともに力を手にする。



そして王より偉くなる。



たえがたい屈辱だ。

それは、王の自尊をいためつけた。これじゃまるで裸の王様、玉座に座っているだけの人だ。



日を追うごとに王たる王は魔法少女の存在に自尊を傷つけられ……屈辱をうけ……


魔法少女への憎しみと敵意を深めた。


海のように荒れ……雷のように激しい怒り……憎しみだ。




そして王はあることを決心した。


それは、オルレアンという城下町に住まう極貧の魔法少女が、”サバトの集会”に参加したという噂の真偽を確かめるところからはじまった。

147 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:11:45.46 e/d80c9W0 1757/3130

325



王の計画は単純明快だ。

人類の英雄気取りである魔法少女どもを、魔女に貶めてやればいい。



いやちがう。

魔法少女は魔女そのものであると民を真実に目覚めさせる。


そして、いい気になっている魔法少女どもに、手痛い鉄槌を人間の王たる自分が下して、人間の王たる尊厳を復活させるのだ。



すなわち王はオルレアンの審問を命令した。計画の最初の始動だ。

これは王の黒い計画が練られはじめてから三年後、つまり、円奈がエドレスの都市でジョスリーン卿と共に馬上槍試合に参戦していた頃だった。


魔法少女が、夜な夜な魔女の集会に参加しているという噂を確かめるため、わが城に呼び出せという命令が内密にくだされた。


しかもその命令は過激で、寝込みの最中にソウルジェムを奪い、寝たままの彼女から100ヤード以上離して、気絶して生気をなくしたら、そのまま死体の状態にしてわが城までもってこいとの命令だった。



執政官デネソールの部下たちはこれを実行した。


寝込みの魔法少女のソウルジェムを密かに盗んだのである。


すなわち宿をとり、何もしらないで眠っていたオルレアンは、眠っているあいだに指輪のソウルジェムを指から抜かれて盗まれて、眠りにおちたまま意識を手放した。


夜の寝静まった城下町で、一人の魔法少女が、何も知らぬまま一時的に死んだのである。

148 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:13:52.92 e/d80c9W0 1758/3130



死んだ状態になったオルレアンは、一週間もソウルジェムと肉体が切り離された状態のまま、王の城に運ばれた。



そしてやっとソウルジェムが戻された。



オルレアンが目覚めたとき、まず自分が一週間も寝ていたことを知らされた。


オルレアンはなぜ自分が一週間も寝ていたのかわからなかった。


もっといえば、なぜ自分がまたこの城にくるまで全く意識がなかったのかさえ、わからなかった。


そして哀れな極貧の少女は、ラックという拷問台に乗せられていた。


まだ拷問は発動していないけれども、手足に鎖と枷をつけて、上下に引き伸ばすという拷問台にかかった彼女は身動きができないでいた。



ソウルジェムはそばにはあるけれども、没収はされ、王の手の平にある。


その気になれば壊せるということだ。



審問官たちは黒い服に、鉄の仮面を顔につけていた。


鉄の仮面をつけた審問官たちは皆、灰色の顔をしていた。


149 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:15:22.42 e/d80c9W0 1759/3130



オルレアンは、王の悪意に気づいた。


いつかそんな日がくるのではないかと思っていた。



つまり、人間が魔法少女の敵にまわる日。


いつまでも、魔法少女は人間の英雄、正義の味方でいられない。いつか人間に憎まれ、敵にされてしまう日がくるだろう。


少なくともそんな日がくることを恐れて、魔法少女たちは自分の秘密を守ってきた。

すなわちソウルジェムが弱点であるという秘密を。


だから修道院やら会堂やらがあった。秘密を共有されるそこは、魔法少女のみが立ち入りが許され、人間の出入りは禁止される。秘密はここで共有される。


だが、ソウルジェムと体の距離が100ヤード以上はなれたら意識を失って死ぬとは、オルレアンは知らなかった。


そこまで魔法少女の肉体が、人離れしたものであるとは思わなかった。思いもよらなかった。

150 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:17:10.37 e/d80c9W0 1760/3130




王は、魔法少女よりもソウルジェムの秘密に詳しかった。



「おまえをここに呼んだのは、お前が悪い魔法使いである疑いがあるからだ。」


手の平に命をのせた王が告げた。ソウルジェムは王の手の平で、ほのかに水色の淡い光を放っている。

はかない魂の灯だ。いまにも消えてしまいそうな光である。風前の灯。


王は、いつも人の前にみせるマントと王冠をかぶった、あの威風に満ち溢れた姿をしてはいなかった。

暗闇の拷問室のなかで憐れなオルレアンの前に現れた王の姿は、ただのローブ姿であった。





灰色のローブ姿。


まるで地獄に現れる番人だ。



「城下町から、おまえが、サバトの集会の宴に参加した、と噂を耳にしたが。」

王の声がした。

151 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:18:28.46 e/d80c9W0 1761/3130



オルレアンは答えた。


手足をのばしたまま。手首と足首に絡まる鉄の枷は、冷たく、重たい。命を王の手に握られている緊張感は、想像を絶する。


王の手は、ソウルジェムををにぎっている。



「わたくしはたしかに、サバトの集会に参加しました。」



「おまえはサバトの集会で、なにをするのか。」


王は質問した。


命を握られた立場のオルレアンは答えを返す。


「魔法を取得する儀式です。12人の魔法少女が集い、月をみあげ、剣で二重の円を描き、そのなかに星を描いたりもします。五芒星です。この円を囲い、踊って、魔法を会得していきます。」


「その魔法とはなにか。」


王は冷たい声でたずねた。


「治療魔法、それから、呪術です。」


正義感の強いオルレアンは、正直に答えすぎて、口を滑らせた。


「魔法少女は、人間を呪うこともできます。土人形か蝋人形を使います。」


「なぜ人間を呪うのか。」


王は問うた。


「ときに魔法少女は、人の悪意にあてられますので。その仕返しに。」


オルレアンは正直な少女だった。

どこまでも……愚かにも。

152 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:20:55.14 e/d80c9W0 1762/3130


「おまえは、魔法の力をつかって人に災いをもたらしている。この意味がわかるか」


王はいった。


オルレアンは初めて身にせまる危険にきづいて、あわてた。異様な予感への寒気をかんじた。

このやりとりはもはや王と極貧の身分にある自分との対話ではない。今後の仲間の魔法少女たちの命運を左右する対話だった。


「魔女というものは、この世界には存在しません。魔法は存在しますが魔女はいません。魔女は、そのすべてを円環の理さまが消し去りました。そしていまの世界があります。世界には魔法があるので、魔女の存在が信じられますが、空想上です。王様、わたしたちの敵とは魔獣です。人と、魔法少女が、敵対しあってはいけません。」



「わしは魔獣が敵だとは信じん」


王は告げた。


「おまえたちは、人間の感情が魔獣を生み出すというが、魔獣など見た者はいない。わしも見たことがない。どうして人間が魔獣なんて生み出せる?生みの親になれる?だが城下町では確かに、行方不明者が続出しておる。おまえたちのソウルジェムに隠された秘密があるのだ。ちがうか?」


尋問がはじまる。


命を握られた立場のオルレアンは次第に冷静な判断を失っていく。


「行方不明者は、たしかに魔獣の結界によるものです。城下町の人々は、魔獣の結界にとらわれ命を失ってしまいます。ですから、王様、魔法少女の話を信じてください。証拠を示せというのでしたら、グリーフシードをお見せできます。それが、魔獣の魂です。」

153 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:22:57.69 e/d80c9W0 1763/3130



「そのグリーフシードとやらはおまえたちのソウルジェムの賜物だ」


王の尋問はつづく。


「ちがいます、王様。たしかに、人間には魔獣のみえる人とみえない人といますので、疑う気持ちもありますでしょう。しかしグリーフシードは、わたしたち魔法少女のソウルジェムからでるものではありません。確かに魔獣からでるものです。魔獣のグリーフシードは、人の呪いを集め、やがてできたものです。」


オルレアンを囲う別の審問官たちは、オルレアンの発言を、羊皮紙に無言で静かに羽ペンのインクで書き留めていく。


口からでる言葉、すべてあまりことなく、審問官たちに書き留められる。


少女は恐れをかんじた。


「私どもは、王を尊敬しています。私どもは、王の城のために、魔獣の手から国を守ります。」

だが王は再びいった。


「その魔獣というのはおまえたちが生み出したものだ」

王は言う。


「だが、魔法少女は自分では気づいておらぬ。自らの穢れきった魂、つまり魂を売り渡したことで、悪魔と契約していることを。悪魔と契約したおまえは、人間の感覚と感情の一切を捨て去っている。自分が魔法を使うときは、夢のように甘く、愉快だろう。だが人間の目にはそれは、邪悪で、醜悪で、悪なのだ。」


「そ、そんなことは、ありません。」


オルレアンは怯える。


魔法少女は、正義の味方……希望をふりまく存在……自分でそう信じてきた。

それが、人間の目からみたら、醜悪で邪悪で、悪……。


そんなことあっていいものだろうか?

だとしたら、今まで魔法少女が何千年と魔獣と戦ってきた歴史は、人類にとって何の意味があったのだろうか?

154 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:27:09.80 e/d80c9W0 1764/3130


「悪魔と契約したおまえは、すべて人の感覚を失っているから、魔法を使う心地よさに、身を委ねておる。その快楽に身をまかせているが、それは悪魔と契約した何よりの賜物だ。自分で希望をふりまいていると思いながら、邪悪をふりまいているのだ」


オルレアンが恐怖しはじめたとき、王は話をつづける。


「悪魔と契約したおまえは、自分でそれに気づいていない。自分たちの振る舞いが、人間にどう見えるかが、わからぬ存在に堕ちている。自分にだけ都合のよい願いごとを、なんでも悪魔にかなえてもらって、その代わり世に歪みを生み出し、最悪を生じさせる。だがおまえたちはそれを希望だといって、世に悪をふりまきつづける。答えをだせ。人間の王であるわしが、それを許すのか?見過ごしているのか?」


「私たちの希望は、……」


オルレアンは、口ごもる。

何も答えられなくなってしまう。


なんでも願いをかなえてもらう。


それは本当に善だったのか。私たちの存在は、ひょっとして人の世界にとって悪だったのだろうか。

希望を信じた自分たちの祈りは、結局はぜんぶ自分のためで、人の世界からすれば呪いだったのだろうか。

だとしたら、円環の理さまは、どうして……。



結局、魔法の力をつかって人の世を歪ませているだけだったのか。


自分は、きっと絶望に打ち勝てると思って、契約した。

だが絶望に打ち勝てるかどうかという問題ではなかった。



契約すること自体が、間違いだったのだろうか。

それは悪魔との契約だったのだろうか。

人の世間に歪みをうみだしているだけだったのだろうか。

だとすれば、魔法少女の存在そのものが世にとっての歪みということになる。

だとすればその敵である魔獣とは?むしろ歪みを正そうとする神からの使者とでも?


だとすれば、今までの魔法少女と魔獣の戦いの意味が尚更わからない…。

155 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:28:15.96 e/d80c9W0 1765/3130



「おまえを救ってやろう。オルレアンよ。」


王は彼女の返答をまたず、告げた。


「おまえから、悪をとりのぞこう。すなわちおまえの魂は救済されければならぬ。だがそのためにはおまえがした罪を、すべてここに自白しなければならぬ。おまえの罪を数えなければならぬ。そして、お前は悪魔と契約した穢れた魂を捨て、人間に戻るであろう。」

156 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:29:37.25 e/d80c9W0 1766/3130

326


それから何日も、尋問はつづいた。


オルレアンは飲まず食わず、8日間、審問されつづけた。


食べ物がなければ、思考力はおち、相手の思うがまの返答がだんだん返ってくるようになる。


眠りはつねに妨げられて、暗い城内の拷問室に監禁され、昼か夜かもわからない状態だった。



視界に見えるのはいつも同じ天井。

目を覚ましても眠ってしまっても同じような暗い天井ばかりみあげる日々。


ラックという手足をちぎる拷問台に繋がれつづける不快感を八日間あじわう……



「おまえは、魔女の集会にいったことがあるか。」


審問官たちがたずねた。


まともに思考力がはたらかなくなっているオルレアンは、どんよりした口調で、答えてしまう。


「いきました。」


「魔女の集会では、人を食うのか。」


「人はくいません。」

どんよりしたオルレアンは、意識朦朧のなかで答える。


その少女の声と、一語一語のすべては、すぐさまテーブルに座る審問官書記が、羽ペンで羊皮紙にかきとめる。

そう、もうすでに王の計画は、こうして歯車が廻りだしていたのである。


157 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:31:56.66 e/d80c9W0 1767/3130



「おまえはサバトの集会で、なにをくうのか。」


「なにも、たべません…、ああ、おなかがすきました。なにか、食べさせてください。」


「魔女の集会にはだれがいた?」


「友人が数名……森でしりあった仲間と、他国の魔法少女です。」


「いったいなにをするのか。」


「審問官様、わたしは、なんどかこの質問には答えました……薬草調べです。毒と効力を調べて、それから、魔法の習得を……」


「魔法をなぜ習得するのか。」


「魔法少女だからです。」


「おまえは、魂を引き換えに悪魔と契約して、魔法の力を手にしたのか。」


「はい、そうです…かもしれません…」

思考力のおちた、半分意識を失っている少女は、ぼんやり答える。

口はいつも半開きで、かわいて、返答するときだけ力なく口が動く。

どこかで、自分の魂をあんな固形のソウルジェムに変えてしまったかの契約者のことを、どこか悪魔のように感じていたオルレアンの心の奥底…いや、あらゆる魔法少女の心の奥底が、ぽろりと人間に知られた瞬間だったかもしれない。


「どのように契約した?悪魔から口付けはうけたか?」


「願い事をいいました……あの悪魔は、魂と引き換えに、なんでも願い事をかなえてくれます……」


審問官書記は、かかさずこれを書き留める。


「契約は快楽をともなったか。」


「はい…」


「どんな快楽か。心地よいのか。」


「とても心地がよいのです…」

少女はうっすり小さな声で、答えた。

審問官はまたこれを書き留める。

158 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:34:00.25 e/d80c9W0 1768/3130

327


審問の15日目、オルレアンへの質問攻めは、苛烈さを増した。


つまりいよいよ拷問がはじまった。



審問官たちは多量の水と漏斗を用意した。水がめに入った水の量は、18リットル。



水がめのなかから水を壷に掬いとり、漏斗をオルレアンの口にあてて、それを注いだ。


漏斗を口に放り込まれたオルレアンは強制的に水を飲まされる。


1リットル……2リットル……3リットル…少女の喉を通り続ける。



とちゅう、あまりに水が口に注がれつづけるので、オルレアンはむせて、ごふごふと水を吐いた。

しかし審問官は水を注ぎ続けた。


4リットル…5リットル…


なすすべなく水を飲みつづけていた彼女だっだか、水が喉を満たしつづけると、呼吸ができなくなり、オルレアンは苦しみだした。


呼吸を求めてのたあうちまわり、鎖に手足をつながれたラックの台でもがいた。


が、漏斗にまだ水は注がれつづけ、少女の口に水が満たされつづけた。

はじめて、水を飲まされつづける嫌悪と恐怖に、陥った。



「うぐっ……ごふっ!うぐ……ああがっ!」


少女の喉は水でいっぱいだった。

ぼふっとむせて水を吐き、呼吸を求めた。


しかし、水を吐いた直後、喉にはいってきたのは水だった。


むせてもむせても漏斗の水でいっぱいだ。息を吸うためには、水を飲み続けるしかない。


ごく…ごくっ!


飲んでも飲んでも水が漏斗に注がれる。


呼吸に喘ぎながら多量の水を飲み続ける苦しさは、いままで経験したどんな苦痛も超えていた。

本当に限界がきて、手足の枷と鎖をひっぱって、いよいよ命かながらに暴れた。


「うぐむう……!ぐぐむうっ!ごごふっ!うぐ!」


バタバタとラックの拷問台で暴れたが、たいした身動きにはならず、漏斗には6リットル目の水が注がれた。

159 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:35:42.87 e/d80c9W0 1769/3130



漏斗は限界まで水が注がれて溢れた。

あふれた水は苦痛で暴れまわるオルレアンの顔におちて濡らした。


「ごふっ…!」

水でいっぱいの口から呼吸をもとめて泡を吐いた。



空気を求めたいのに、口に入るのはどうあがいても水ばかりだった。


喉も胃も水でぱんぱんだった。

なのに漏斗も水でいっぱい。飲もうとしても喉がむせて水がごった返して、いったりきたりを繰り返している。

そのたびに喉に激痛がはしる。


むせてむせて、ごふごふ水を何度も吐きながら、その何度も吐いた水をオルレアンは最後まで飲み込むと、ようやく水の注入がおわった。


漏斗が口から取り外され、オルレアンは死に物狂いで空気をハアハアと吸う。


…が。


その直後、また漏斗が口に注入された。


「むぐっ…!」

恐怖に目を血走らせ、なにかを叫ぼうとしたその声は、多量に注がれてきた水によって、塞がれた。


「ごふ…!むぐぐっ!」


水が多量にまた口にはいってくる。またたく間に喉に流れ込み、満たしてしまう。

また、飲まなければならなくなった。


しかし本能では恐怖の中で、呼吸ばかりを求めている。


本能は空気をもとめ、オルレアンは水のなかで無理やり空気を吸おうとした。

結果として、また、むせた。



「うぶっ…うぶっ…!」

口のなかで泡がはじける。


ザーッ。

大量に、また口に、漏斗から水が注がれた。



そうして水責めがつづき、9リットルの水によってオルレアンは責められつづけた。


おなかはぱんぱんで、限界だった。


漏斗による水の注入が終わると、体内の胃にたまった多量の水を、すべて口が吐いた。

げほけぼむせながら、口から全ての水をだす。

そこらじゅう、水と、胃液だらけになった。

160 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:38:04.62 e/d80c9W0 1770/3130



喉は、何十回と水が行き来して、腫れ上がっていた。むせつづけた肺は、激痛がする。


もう二度と水なんか飲みたくない…。


そんな気持ちになったオルレアンに、ある問いが投げかけられる。



「おまえは、サバトの宴の夜で、人間への悪さをたくらんだのか。


オルレアンは恐怖にかたまった。

焼け爛れたような痛みのする喉で呼吸しながら、はあはあ息をしながら、絶望の気持ちのなか、答えた。



「審問官さま、悪さなんて、たくらんではおりません。」


「おまえは、サバトの宴で、エドワード王と城下町に、謀反を企んだのか。」


壷にまた水が満たされる。

オルレアンは恐れた。


心の底から恐れた。


「謀反などは、企んでおりません。サバトの集会は、自然を賛美する儀式です。ですから…あああっ!」


オルレアンの口に漏斗が差し込まれた。


なにか懸命に叫ぼうとするその口に水が入り込みはじめる。


「ごぶっ……ごぶぶ!」


必死になって水と戦う……だが、襲い来る18リットルものあらたな水に、なすすべなく喉を満たされる。


声が水にかき消される…


焼け爛れた、腫れ上がった喉……に、水が多量に注ぎ込まれる。


もう、ごくっと飲み込むことさえ、やっとだ。



あまりの喉の痛みにのたうちまわる。


手足の重たい枷がガタガタなり、鎖がジャラジャラ鳴る。

そのオルレアンの口にまた、水が注がれ、満たされつづける。その口が水を飲んでも飲んでもあらたに水がそそがれる。


いつまでたっても呼吸ができない。



こうしてまだ水責めがつづいた。

161 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:39:14.20 e/d80c9W0 1771/3130



注がれつづける水をすっかり飲み込むまでは、呼吸ができない恐ろしい苦痛を……。

162 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:40:51.30 e/d80c9W0 1772/3130

328


数回繰り返される水責めのなか、オルレアンの意識は朦朧とした。


口と喉が水でいっぱいなのはわかる。

だが、意識が朦朧すると審問官がふくれた腹をおして、全部飲み込んだ水をひっくり返して口から吐き出させてしまう。


「うぐっう……うぼ!」


多量の水が口から吐き出される。

こんどは自分の意志じゃない。


他人の手によって勝手に、水をすべて強制的に吐かされた。水を含んでふくれた腹を、力いっぱい押され潰されたのだ。

胃液まじりのぬるぬるした水がすべて口から逆流して出る。


いったい自分の体のどこにこれほどの水がはいっていたのかと思うくらい多量の生暖かい水が床に流れ落ちた。

「うごう…」

ごぼごぼ口から水がでる。多量の水が喉をくみあがる。腫れ上がった喉を水が激流して口にでる痛みは、想像を絶した。



水責めが終わると、オルレアンの顔は欝血して、肌が紫色に変わっていた。


審問官は、水責めしたあと、質問をくりだす。


「おまえは、サバトの集会の夜で、なにをしたのか。」


オルレアンは、恐ろしい気持ちでいっぱいだった。


もしまた、自然を賛美する儀式です、と答えたら、水を飲まされる。

163 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:41:47.55 e/d80c9W0 1773/3130



「…なにもしておりません…」


恐れたオルレアンは、こう答えた。



「おまえは、円を描いて踊る、といったが、悪魔と踊るのか。」


もう、水は飲みたくない……そう思ったオルレアンは、力なく、答えた。


「はい…」


審問官書記はこれを羽ペンでかきとめる。



「悪魔は、どんなやつだ。おまえの貞操を奪うのか。」


「はい…」


書記が書き留める。

オルレアンの言葉は、いまたしかに、悪魔との姦淫をみとめた。



「悪魔と契約したおまえは、城下町の謀反をたくらんだのか。王の反対勢力をつくったのか。」


「はい…」


審問官の思うがままのこたえをだしていく。



「おまえはサバトの宴に参加し、悪魔と契約し、王へ謀反を計画し、王都を魔女の手に取ろうとしているという容疑がかかっていたが、これを認めるのか。」



「はい…」


少女は、すべて認めた。


もう水を飲まされるのはいやだったし、水をのまされるくらいなら、「はい」と一言答えるだけのそれは、なんと楽だろうかと思った。



こうして15日間にもおよぶ審問の結果。



オルレアンは、自分が魔女であることを自白した。

164 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:42:52.96 e/d80c9W0 1774/3130

329


翌日の朝、王のお触れがだされた。



城下町の人々はすべて集められた。


3万人にも集まった城下町の民は、英雄オルレアンが、十字架に磔になっている姿をみて、おどろいた。



だがもっと城下町の人々を驚かせたのは、オルレアンが実は魔女であるという王からの通告だった。



人々は衝撃をうけ、城下町の魔法少女たちも衝撃をうけた。




すなわちオルレアンは、魔法少女であるが、正体は魔女であることを自ら認めた。

王の謀反を計画していた。


数々の魔法を使い、人々に呪いをもたらしていた。その呪いは、魔法少女のいうところの魔獣だった。

165 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:45:37.09 e/d80c9W0 1775/3130



「おまえたちは、騙されている。」


王は、城の上から、民へ告げた。


「魔獣を生み出したのは魔法少女だ。知るのだ!魔法少女の正体は魔女だ。世に歪みと、絶望、呪いをもたらす本当の存在は誰なのか。」



だが、城下町の人々は信じなかった。

にわかには信じられない話だった。



人々が王の話に衝撃をうけ、どよめいているなか、城下町の魔法少女たちは……恐怖を感じた。


自分たちの存在が、魔女に貶められようとしている。



その証拠を、王は示した。


即ち審問官に命じて、オルレアンの身体を、”魔女刺し”にした。


魔女には、痛みを感じぬ点がある。そこは悪魔の口付けと呼ばれ、悪魔との契約のしるしとされる。

こういう伝承が古くからあった。


審問官たちは、金色の針を、ブスブスと残酷にもオルレアンの体じゅうに刺した。針にさされるたび、十字架に磔のオルレアンは痛みに泣き叫んだ。


十字架の鎖に縛られた魔法少女はなすすべなく”魔女刺し”の餌食となった。


全身、針だらけになっていく……。


あちこち血を流して、十字架で血だらけとなった。



だらだら血の筋を垂らして、十字架に磔とされて力なく頭を垂れる魔法少女オルレアン。

その顔に生気はなく、紫色。その肩にまた針が刺される。


「あああっ…アア──ッっ!」


針が刺されて、また磔のオルレアンは痛みに悲痛な叫びをあげた。


城下町の三万人が眺めるなか魔女刺しされていく。


はじめは、城下町をそして世を救ったオルレアンに、王はなんて残酷な仕打ちをするんだ、と民は怒り、抗議、非難していた。

166 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:47:23.31 e/d80c9W0 1776/3130



しかし、この公開拷問が続いているうち、民たちは奇妙なことに気づく。


体中ブスブス針に刺され続けていくうちに…かの魔法少女の体に不思議なことが起こっていた。



それは、その場を見守る城下町全ての人を、震撼させた。



次に針が刺されたとき、ブス…と血が流れたけれども、晒し台で魔法少女はなんの反応もしめさない。


それから二、三本、針が腕と肩に差し込まれたが、オルレアンは微動だにしなくなった。

なんの痛がる様子も素振りもないのである。まるで針に刺されても痛みを感じていないかのように。



「意識はあるか。」


審問官がたずねると。


「あります。」


オルレアンは答えた。



城下町の人々はぞわっと身の毛をたたせた。


針に刺されているのに、まるで痛みを感じていない魔法少女……痛がる反応を全くしない魔法少女……



それから以降、審問官たちが、何本針を刺そうと、平然と体を刺されていく魔法少女の姿が、そこにあった。

ぐらっと身体を磔の状態で揺らすだけで、あとは表情ひとつ変えず、からだに、針をどんどん受け入れていく。

まるで針をぶすぶす刺されていく人形だ。痛みを一切訴えない。



ばけもの、城下町の子供が、魔法少女にむかって叫んだ。




城下町の人々が目を見開き、真実に瞠目している視線に、オルレアンはきづかない。




ひどいことをされすぎて、ろくに判断能力を奪われている彼女は、自分が知らないうちに痛感遮断をして、針の痛みから精神を守っていることにきづかない。



十字架に磔になった自分を見下ろしながら、なぜ私はこんなことになったのだろうかとぼんやり自問しているだけだった。

167 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:48:22.51 e/d80c9W0 1777/3130



三万人の人々の目線が集まる前で……



魔法少女は、知られてはならぬソウルジェムの秘密を暴露した。



人間のもつ痛みという感覚がないのだということを…


人間ではないのだということを……



すべて、明らかにした。

魔法少女は人間ではなかった。王都の人々は、魔法少女の正体を知った。

168 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:52:34.56 e/d80c9W0 1778/3130

330


三万人の人々の前で、オルレアンは魔女として、火あぶりの刑に処される。

それも民衆の満場一致で…。



審問官たちは、薪を積み上げて、この魔法少女を火あぶりにする準備をする。


それはあっという間に完了する。


薪がぼかぼかと積み上げられ、十字架にかかったオルレアンの足元を十分に薪で満たした。

この薪がやがて炎となる。




すると城下町の人々が、見守っているなかで、審問官たちは松明の火を薪に投げ込む。

ぼうぼう。



火の手か薪の山にあがりはじめる……



火の光は聖なる光。穢れた闇の魂を浄化する。

古くよりそう信じられていた。アフラマズダーの火がアーリマンに打ち勝つように。


希望と絶望の相転移。



十万人の住む城下町を救った魔法少女は、魔女として、公開処刑の観衆三万人の人々に見られながら火あぶりになった。

それも、人間ではないと軽蔑されながら。


極貧の身分に生まれ、家も持てず、掃除屋としてスコップを相棒に、糞尿を処理する仕事を生業とした少女。


契約して魔法少女となり、希望を生み出して、城下町を救った。糞尿まみれの城下町に流行る疫病の魔の手から救った。


だが王の魔の手におちた。


最後には、王の城に謀反を企てた悪い魔女として、魔法少女の肉体の秘密を城下町の晒し目に暴露しながら、絶望のなかで魔法少女はその生涯に幕を降ろした。

169 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:55:06.43 e/d80c9W0 1779/3130


魔獣の大量発生。それにる人々の死。行方不明者。


それらぜんぶはオルレアンのせいにされて、城下町じゅうの人々に憎まれながら、魔法少女は、十字架のなかで火あぶりとなり燃える。


魔女め、魔女め、魔女め。

よくも、今まで騙していたな。人間でさえ、なかったんだな。化け物どもめ、悪魔の手下め。

魔獣だなんだといって、世に悪をもたらしていたのは、結局おまえたちだったのか。


城下町の人々は、痛覚のない少女が火に燃えていくのを見上げ、そう罵った。


今まで人間だと思っていたオルレアンが、人間でないと分かると、民衆の反応は残酷だった。

城下町の誰もが彼女を罵倒しながら火刑を求めた。焼け死んでいくオルレアンに誰もが喜んでいた。




薪に燃えた火は、大きな火柱をつくり、燃えあがった。


薪の火はオルレアンの服にだんだんと燃えうつりだした。そして服に火がつき、ひろがりだす。


服が燃えると魔法少女の身体を火が覆った。そして火は激しく魔法少女を燃やし続けた。

本格的に火が魔法少女に燃え移りだすと、民の喜びの声は増した。

170 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:56:18.94 e/d80c9W0 1780/3130



こうなると誰の手にもつけられなくなり、オルレアンは、火のなかで叫びつづける。


苦痛と悲しみの声を……



「ああっ……あああ゛ッッ──!」


火の手が魔法少女の下半身をまず焼く。足から腿、両足は火に包まれる。

腰から胸、そして、全身を火が覆う。



「あ゛あ゛あ゛ア゛あっ゛ッ───!!」


まさに魔法少女を焼く火が、全身を包んだとき、オルレアンの身体に最後の変化が訪れた。



身体が煌きだし、不思議な光に包まれて、彼女は、変身した。


十字架に縛られたまま……姿だけ、魔法少女姿に変わる。


ありったけの苦しみと、無念と、悲しみと、水責めで味わった苦しさが、ぜんぶぜんぶ心のなかに溜まって、一気に魔力として解き放たれた変身だった。



本人の意思とは関係なく、勝手に、ソウルジェムが目覚めて、彼女を変身させた。


それは魔法少女の魂の叫びだった。



そして、光を解き放ち、希望の変身姿を最期にみせた魔法少女は………火あぶりのなかで、ソウルジェムごと焼かれた。


そして変身した魔法少女の美しい衣装は火に包まれていった。

171 : 第43話「暴かれた魔法少女の正体」 - 2014/11/07 00:59:31.05 e/d80c9W0 1781/3130


それは、魔法の衣服を着ることこそが希望だった魔法少女の絶望の死の姿に、皮肉にもふさわしい。

希望であった魔法の衣装ごと焼かれ、死んでゆき終わるのだ。


火につつまれて焼かれて……十字架に磔の魔法少女は燃えつづける。





無念、恨み、悲しみ、痛み……全てを叫びながら魔法少女は火に焼かれた。

ソウルジェムの秘密を暴かれ、痛みを感じない、人間ではないことが晒される無念のなかで……。


顔も、髪の毛も、ついに焼け落ち、焼けくずれ、肌はめくれ、灰へとかわりはじめる。

骨、肉、目……すべてにまんべんなく火が通る。


「ああ゛っ……ああ゛あ゛あ゛あ゛アアアあ゛っ………っ…う…」


魔法少女の変身衣装はすべて焼け、爛れ、消えた。少女の体は火とともにぼろぼろ崩れた。




ソウルジェムは魔法少女の魂だ。


魂であるソウルジェムは、直線火のなかで焼かれた。


この魂を焼かれる叫びは、城下町じゅうに記憶された。


魔法少女の叫び…魂を焼かれる叫び……魔女の叫び。



そして固形化されてしまったソウルジェムという魂は、火のなかで溶け……


蒸発し、天へのぼった。



オルレアンはかくして、人間として魂を救済され、天へ果てた。

円環の理に導かれるのとはまた別の天国へといった。

172 : 以下、名... - 2014/11/07 01:01:53.67 e/d80c9W0 1782/3130

今日はここまで。

次回、第44話「円奈とユーカの魔獣退治」


続き
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─11─


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