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【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─1─

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642 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 22:43:36.85 BrXd6rky0 1473/3130


第35話「闇ジョスト」

275


「コルビル卿」

王子とさっそく会話するのは、ジョスリーン。


円奈とルッチーアの二人は王子とまともに口もきけない。

そんな勇気は二人にはない。



なんといってもそこにいるのはエドワード王子。


現エドレス国王のエドワード王の息子だ。



貴族身分の侍女という設定ではある二人も、本当のところの身分は市民とか通りかかりの旅の者くらいなものなので、とても王子に話なんて持ち出せない。


「闇ジョストとはなんです?」


ストレートな質問だった。


円奈もルッチーアも、王子のいう”闇ジョスト”がどんなものであるのか、想像もつかないでいた。


すると王子は口を開いた。


彼はフードをかぶり、顔を隠し、トマス・コルビル卿として正体を隠し、都市の裏路地を進んでいる。


「見れば分かる」


王子はフードに隠された顔の口から、声をだして答えた。「私があの試合を闇ジョストと呼ぶのは、王家が認めない試合だからだ」

643 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 22:44:31.42 BrXd6rky0 1474/3130



「…」

ジョスリーンたち三人が、不安そうに顔を見合わせあう。


「こっちだ」


コルビル卿は年の裏路地の街角を曲がり、太陽の日もあたらぬ暗い街路へと着いた。


そこの石壁に小さなアーチ穴があいていて、入り口になって、地下室へと続いている。


ルッチーアは顔をしかめていた。

そこは、昨日自分が魔法少女と喧嘩した娼街よりも奥深くの、魔法少女でさえ立ち入りの遠慮する都市の闇も闇の部分。


闇商人たちが闇取引する闇市付近。

ソウルジェムは高く売れる。


戦場や油断した魔法少女から盗まれたソウルジェムが生きたまま売られたりする、なんていう噂が漂う闇市。

644 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 22:45:35.65 BrXd6rky0 1475/3130


もちろん噂の域はでないが、不気味で、魔法少女でさえ近づかないエドレスの都市の濁りが沈泥したかのような場所であった。

ルッチーアが顔を渋らせているなか、先頭のコルビル卿は小さなアーチ穴に腰を曲げて入り込む。


暗い通路の壁面は石だった。


入り口にすぐ入ると、黒いローブの男がいて、たずねてきた。

「誰からここを教わった」


「”レ・ストックス”からだ」

コルビル卿は答える。「彼の晩餐に招かれてね。俺はトマス・コルビルだ」


フードの男は納得した。

「こちらへ」

松明もって通路を振り向き、奥へと案内をはじめる。


円奈、ルッチーアの二人もついて、湿った石壁の通路を進む。


進めば進むほど湿気が増し、じめじめした空気になってきた。


「こんなところでジョストなんてできるわけないだろ」


ルッチーアがぼそっと文句をこぼした瞬間。

645 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 22:46:43.22 BrXd6rky0 1476/3130



通路の扉が開き、おくの大空間から光が飛び込んできた。


「…!!」


途端に三人とも瞳を大きくさせる。


通路最奥の湿った扉があけられた瞬間、向こう側には巨大な地下空間がひろがっていた。


その広さはまさにあの馬上競技場とほぼ同等。


しかし天井に空はない。土と湿った臭いがむわっとたち込める。




石壁のそこらじゅうの鉄籠に掛けられた松明。火が燃えて地下空間を怪しくめらめら照らし続ける。


天井はアーチ型。


もちろんアーチ構造でないと、石を積み上げてつくったこの地下空間はつぶれてしまう。


そこに50人か60人かほどの観客がいた。


馬上競技場と同じような観客席があって、段のついた桟敷が設けられる。


しかし、ここの観客席の桟敷を満たしている客層に、ほとんど女の姿はなかった。


中流階級の男たち。


騎士階級ではあるが王家や、ジョスリーンのような血筋ある名門の家系ではない階級。



封建社会のときは農民だったが都市の社会で商売に成功させてのし上がってきた層。

急に金持ちになってきた層。

つまり成金たちであった。


646 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 22:47:40.17 BrXd6rky0 1477/3130



「…こんなところがあったなんて」

ジョスリーンは我が目が信じられないという顔しながら、地下空間の馬上競技場を眺め呆然として立ち尽くしていた。


「席をとるぞ」

コルビル卿は、けたましく中流階級の男たちがビールを飲んで顔を真っ赤にさせながら騒いでいるなかを通り、いくつか空いている席をみつけて座る。


その隣にジョスリーン、つづいて円奈、最後にルッチーアが席にすわる。


「いったいここではなにが?」


ジョスリーンは隣のコルビル卿───フードをかぶって顔を隠した王子にたずねた。



まさにそのとき、馬上競技場のフィールドに選手があらわれた。



その途端、中流階級の成金たちはやかましく雄たけびをあげる。


おおおー!

あああー!


まさに雄たけびというしかないやかましい叫びの数々。


ジョスリーンが驚いてフィールドにあらわれた選手をみた。



おかしなことに、この地下馬上競技場には柵がなかった。


柵。

それはジョストに挑む騎士たちが沿って右側を走る柵。これがないと騎士はどこを走ったらよいのか分からない。


この柵があるから騎士と騎士は正面激突せず、すれ違い様にやり過ごすことができる。

そして槍と槍だけを衝突させ、自分たちは走り抜けるのである。



その柵がない。

647 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 22:48:57.79 BrXd6rky0 1478/3130


つまり…。


ここで開催される馬上槍試合は。


「トーナメントですか?」


ジョスリーンがたずねると。

「いや、ジョストだ」

コルビル卿の声は険しくなった。「だが、おまえたちの知っているジョストとは違う」




「…いったい、どんな?」

おそるおそる、ジョスリーンがたずねると。



コルビル卿は、驚きべきことを答えた。


「ここで開催されるジョストは────」


選手がばっと馬に乗り、槍を上方へ掲げた。

中流階級の、身なりだけは豊かな、しかし振る舞いが醜くみっともない太った男たちが、興奮に声をまくし立てた。


「魔法少女と魔法少女の───」



地下馬上競技場のアーチ門をくぐって現れた選手は、馬に跨った、小さな。



鋼鉄の鎧を着込んだ少女だった。



「かぶせ物なしの一騎打ちだ」

648 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 22:49:45.73 BrXd6rky0 1479/3130



まずジョスリーンが目に驚きを湛え、次に円奈がはっと息を飲み、つぎにルッチーアが目を大きくさせてショックを顔にだした。


「まさか!そんな!」



円奈はガタガタ身を震え出している。


「だがここにあるのだ」

コルビル卿は対照的に冷静そのものな声で告げる。

「私はこの”闇ジョスト”を突き止めにきた」



フィールドに現れた馬上の少女は、3メートルある槍を持ち、馬の手綱を握り締め、相手の登場を待ち受けている。


槍をもつのはジョストする人間の騎士たちと同じだが、その槍は、人間たちの馬上槍試合に使うそれより遥かに危険だった。


その槍にはかぶせ物がない。


つまり…。



槍の先端に人を殺せる刃がある。槍の先端についた鋭利な刃が光る。



「そんな…」

がたがた震えた円奈が、震える声をあげてしまう。

「あんな槍を使ったら…」



あんな槍をつかって、ジョストをしたら。



馬の速度も加わって互いに激突したら。


考えるだけでも恐ろしい。

649 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 22:50:43.00 BrXd6rky0 1480/3130



予想だにしなかった見世物に円奈は顔を覆ってしまう。


だが中流階級のエセ貴族たちは、この魔法少女対魔法少女の危険極まりない一騎打ちに夢中だ。



これが見たくて、楽しみで、血で血を洗う試合が、一般向けの馬上槍試合よりも遥かに、彼らを興奮させた。



地下馬上槍競技場に、相手が現れた。


現れた一人目の先週に受けて立つ二人目の選手。




彼女は金髪で、赤い目をしていた。もう右手には一人目の選手と同じ刃つきの槍をもっていた。


ジョスリーンのように甲冑を着込んでいて、胸元のふくらみに配慮された鎧を着込んでいた。



審判がいきなり両手をひろげ、中流階級の人々に、挨拶をはじめた。


いきなり審判が叫びだすと、おおおおおおおっと中流階級の男たちがビールのジョッキ片手に立ち上がった。

振る舞いに礼節がない成金どもは、せっかく纏っている高価なプールポワンを、びちょびちょと零れ落ちるビールにぬらした。



ルッチーアがしかめっ面をする。



わあああ。

審判が一声一声煽るたび、反応を示しどよめく地下空間の会場。


暑苦しい。



湿った空間は空気もくさい。


ルッチーアは胸糞悪そうに地下空間を見渡した。

650 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 22:52:55.26 BrXd6rky0 1481/3130


女どもが松明のめらめら燃える壁際を歩き、客人たちにビールのジョッキを配っていた。



「…なんてところだ」


ルッチーアはため息ついた。



「いつも我々人間を救うため、魔獣と戦う彼女たちですが───」


審判は高々とフィールド真ん中で喋り続ける。


「今日はその彼女たちが、ここでその力を互いぶつけ合う!」


うおおおおおおおっ。

いきなり騒ぎが大きくなる地下会場。


「魔法少女と魔法少女の対決です!」


大きく審判がひとさし指を立てて叫ぶと、ますます中流階級の人々は盛り上がり、興奮を露にした。



松明の火がゆらゆら燃える地下空間に照らされる彼らの顔は、どれも赤い。



審判は全部語り終えると身の安全を確保すべくフィールドを去る。通路のなかに逃げ込む。


「見事な戦いぶりがあれば、どうぞ彼女らに応援の金貨を!」


といい残し、審判は自分が通った通路の鉄格子を閉める。

これで自分は絶対安全だ。

651 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 22:54:14.32 BrXd6rky0 1482/3130



どおっと観客の歓声が沸き立つなか、こんどはフィールドの係りが数人、刃物がむきだしの槍を5本も、壁際にたてかけた。


いつでも魔法少女たちがとれるように。


どちらの陣営側にもたてかけられる。



最初に地下に現れた黒髪に茶色い瞳の魔法少女と、あとから現れた二人目の、金髪に赤い目の魔法少女。


どちらにも5本ずつの刃つき槍が与えられる。

しかも係りは、そのほかにもロングソードなどの実践用武器を、ガチャガチャと何十個も持ち出して、やはりそれらを、二人の陣営にそれぞれ置いて並べた。



剣、斧、フレイル、モーニングスター、メイス、ほか、盾などの防具もある。



対戦者は、これらを自由に使っていい。



槍だけ使うジョストではない。


それに落馬して終わりのジョストでもない。



この馬上槍試合は、限りなく”トーナメント”にルールの近いジョストだった。


つまり、ハードタイプのジョスト。


ジョストにもソフトなルールのものとハードなルールのものがあって、ソフトなのがカトリーヌとアドアスが実践してみせたような槍試合。

ジョスリーンが参加している都市開催のジョストもソフトなルールのもの。


落馬すればそこで試合終了だし、槍は相手を傷つけないようにかぶせ物もする。
そういう試合用槍を使う。


だがいまこの地下会場で催されようとしているのはハードなルールのジョストだ。



そのルールはトーナメントと同等かそれ以上に過酷。


ルールなどほぼ無用。



その勝利条件とは。

652 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 22:55:29.34 BrXd6rky0 1483/3130



「相手を殺すことだ」

トマス・コルビル卿は観客席で難しい顔しながら顎をつかみ、ジョスリーンらに”闇ジョスト”のルールを教えた。

「ただれだけだ。武器の制限もない。武器はなんだっていい。槍でも剣でも。落馬しても試合は終わらない。敵が命ある限りこの試合は続く」



試合といいながらほとんど中身は戦争のトーナメント槍試合と、ルールは同じであった。



だから柵がないのだった。


柵があるのは、あくまで騎士同士が正面激突を避けつつ槍だけを交差させるための隔たり。


だがこのジョストでは魔法少女同士が正面から激突しようがなにしようが構わないルールだ。


敵を殺すためならなんでもあり。

なら、安全に考慮した柵など必要ない。




審判が鉄格子を降ろしたむこうで、試合開始の合図をくだす。

「開始!」



おおおおっと中流階級の観客が声をあげ沸き立った。


観客席から喚かれる期待と興奮。



その圧倒的な歓声のなかで、ついに魔法少女と魔法少女のジョストははじまる。


”闇ジョスト”。


653 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 22:56:02.83 BrXd6rky0 1484/3130



二人の魔法少女は鎧を着込み、兜も頭にかぶせて、いよいよ戦闘へ躍り出た。


馬を進め、刃物つき槍を前に突き出し、相手むけて突撃を開始する。

相手側の金髪の魔法少女も受けてたった。



ギロリ。


鋭い刃物が槍の穂で光る。それが相手へ向けられる。

馬を進め、まっすぐ相手の正面へ、突き進む。



魔法少女たちの馬が激しく駆け出す。


物凄い勢いだ。

蹄の四足でフィールド上を突っ走る。

654 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 22:57:28.84 BrXd6rky0 1485/3130



地下だというのに、試合がはじまった途端、汗がふきだすほどの熱気に包まれ、息苦しくなった。


だが中流階級の人々は気にしない。ビールを飲みながら殺し合いを見物する。


二人の距離はちぢまった。



刃物と刃物。

実戦に使う本物の槍と槍が、馬のスピードに乗せて、突き進み、相手の胸元へ。



「…やっ!」

激突の瞬間、円奈は見ているのも恐ろしくて、目を両手で覆った。



バキ!

ゴキキ!


二人の魔法少女の槍が激突、交差した。



刃は互いの鎧に食い込み、鎧に傷つけ、いちぶ破損させた。



都市開催の馬上槍試合の、ただの木の槍とちがって、激突の瞬間、鉄の刃が鎧を傷つける、甲高い金属音のような衝突音が、耳をつんざき会場じゅうに響き渡った。



ガキキ!


ギターン!


刃は元の形をとどめず、まったく別の形に変型してしまう。

砕け、つぶれ、相手の鎧に先端がささったまま。


だが魔法少女の肉体までは傷つけなかった。

655 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 22:58:19.03 BrXd6rky0 1486/3130


おおおおおおおおおお────っ!!


命すら危険な馬上槍試合に、たまらず見物客は最高潮の興奮に盛り上がる。



二人の魔法少女は使い物にならなくなった槍を投げ捨て、フィールドの壁際にたてられた二本目の槍を手にした。


このやりももちろん、実戦用の槍で、刃つき。




ただでさえ、もう二人の鎧は傷がついているのに、このまままた槍同士を激突させたら。



もう今度こそ危ない。




「…くそっ」

こんなとんでもない催しの観客席についてしまったルッチーアは、不機嫌そのもの、胸糞が悪そうに、愚痴をこぼした。

「なんでこんな、人間の見世物みたいなことしてんだよ…」


同じ魔法少女として、悲しくなるし、悔しくなるルッチーアだった。



しかし思えば昔からこういうのはあった。


”パンと見世物”なんていわれたローマ時代にも円形闘技場があって、そこでも市民の欲求を満たすために奴隷が命をかけて戦わされたのだった。

656 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 22:59:12.31 BrXd6rky0 1487/3130


興奮が渦巻くなか、魔法少女たちは二回目のやりの激突に入る。



ルッチーアはふと気づくと、中流階級の見物客たちが、興奮するのにまかせて、懐の金貨をジョストのフィールドに投げ込んでいる光景に気づいた。


彼らは声あげ魔法少女たちを煽りながら、金貨を手に握り、フィールドに投げ込んでいる。



フィールドのあちこちに金貨が落ちている。



「なんなんだよこれ」


ルッチーアは訳がわからない。

というより、目にしたものが信じられない。


二回目の激突がおこった。



途端に見物客がさらに騒ぎたち、金貨がなかに投げ入れられる。


つまり彼らが満足すればするほど、金貨が観客席から魔法少女たちのフィールドに投げ込まれるのだった。



もちろんその金貨は魔法少女たちが自由にしていい。



これが闇ジョストの隠れルールだった。


657 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 22:59:49.55 BrXd6rky0 1488/3130


「金のためかよ」

ルッチーアは心底失望した声だし、観客席に深々と背をつけた。

「そんなもののために晒し者になりやがって」



ガキ!


ガキキ!



二人の槍の刃同士が互いに相手をつく。


槍は折れ、二人の魔法少女はジョストを走りきった。


鎧に刃が食い込む。


二人とも三本目のやりを手にしている。



「王子、こんなことはやめさせなくては!」

ジョスリーンも我慢できず、コルビル卿に提言した。

「国の法に反しています。撤廃を!」


コルビル卿はなにも答えない。

難しい顔して顎をつまみ、魔法少女同士の馬上槍試合を見物しつづける。

658 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 23:00:24.77 BrXd6rky0 1489/3130



三回目の激突!



二人の魔法少女の馬が勢いよく走り、正面から相手に突っ込み、その刃のついた槍先を相手にめりこませる。


すると、ついに恐れられていたことが起こった。



馬上槍試合における最大の惨劇。



だがその惨劇とは裏腹に、観客席では今までで最高の歓声が沸き起こった。

耳も覆いたくなるほどの蛮声の嵐が。



「いやっ!」

円奈が飛び散る血を目の当たりにしてまた目を覆い、身をすくめる。



「…!」

「っ!」

ジョスリーンとルッチーアも目を瞠った。



三本目の槍が魔法少女同士で交えたとき、刃が片方の胸に食い込み、鎧を貫いた。


刃のついたとがった槍は相手の腹に入り込み、血が飛び散り、相手は落馬した。



馬上槍試合における最大の悲劇。


槍で本当に相手を刺し殺してしまう、試合と呼ぶには程遠い事故。

659 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 23:01:07.30 BrXd6rky0 1490/3130




だが、見物客たちはまさにそれが見たくて観客席にいた。



雨のようにそそがれる金貨。


60人あまりの中流階級たちが、金貨をつぎつぎにフィールド上に投げ込む。



そこらじゅうピカピカの金貨だらけになる。


槍に貫かれた魔法少女はハデに落馬し、背をつけて地面に倒れ、口から血を流した。


ガタと頭を砂の敷かれた地面に叩きつけ、意識失ったかのようにぐったり倒れる。



その腹に3メートルの槍がしっかり食い込み、突き立っていた。




だがこれで終わりではなかった。


人間のトーナメント馬上槍試合なら、もう終わっている頃合だが。



相手を貫いた金髪の魔法少女は、四本目の槍を手にした。


おおおおっ。

観客たち、試合の続行にたまらず感嘆の息を漏らす。



「えっ?」

円奈が恐る恐る、目をあけた。



槍に突き刺された、死んだはずの少女が起き上がった。


黒髪の、腹かも口からも血を流す魔法少女は、意識を取り戻し、目をあけた。死からの蘇り。

腹にささった槍をバキと叩き割ってしまうと、鞘から剣を抜いた。


ロングソード。



おおおおおおおっ。

槍に貫かれた選手の復活に、また興奮した見物客たちが金貨を投げ込む。

660 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 23:01:56.49 BrXd6rky0 1491/3130



「あれだ」

コルビル卿は複雑な顔して目を細め、復活した魔法少女を眺めた。

「なぜ起き上がれる?」


コルビル卿の隣に座るジョスリーンは答えられない。

「…」

無言のままだ。


「人間なら槍のただの一撃でも動けやしない」

コルビル卿は語る。

「なのになぜ魔法少女は起き上がれる?」


人間からみれば不可解で、不気味な復活。


死人の復活といってもよい光景。


槍に腹を貫かれた少女が、何秒かはぐったりしたのち、息を吹き返したかのように起き上がる。


理解不能の光景だ。



フィールドでは戦いが新しい場面にうつっている。

差され、地べたに落ちた少女が、まだ馬に乗る少女の槍の一撃に備えて構える。



相手の馬がヒヒーンと鳴き、物凄いスピードで駆け出してくる。


そのスピードにのせてむけられる槍。それは、まっすぐこちらに向けられてくる。


その槍を身を屈めてかわし、振り返りざまに馬の腹を剣で斬る。


馬は痛みに暴れ、頭を左右にふりながら、倒れた。


すると金髪の魔法少女も馬から前へ投げ出されて転げた。

661 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 23:02:33.16 BrXd6rky0 1492/3130



おおおおっ。

あらたな展開に見物客は騒ぎ、金貨何枚かがフィールドに投げ入れられる。



すると金髪の魔法少女は素早く起き上がり、フィールド壁際のベンチに並びたてられた数々の武器のうち、剣をもち、鞘に携帯すると、盾も持って、槍を手にし相手に対峙した。




それをみた相手、黒髪の魔法少女も盾を手に取る。


お互いに盾と剣、槍を持つ。



馬上槍試合の様相は変化し、二人とも馬を失い地面に降り立って、剣闘士と剣闘士の戦いのようになった。


地に足ついた、徒歩戦。



「まるで槍を痛がっている様子さえない」

コルビル卿は二人の魔法少女の戦いぶりを観察しながら呟く。

「どうなっている?」


そこまで王子の呟きを耳にして、はじめてルッチーアは、王子の真の目的に気づいたのだった。


王子がここにきた目的は、違法の”闇ジョスト”を取り締まりにきたのではない。

662 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 23:05:14.21 BrXd6rky0 1493/3130


”魔法少女の正体”を探りにきたのだ。


ルッチーアの心中に穏やかでない気持ちが沸き起こる。身体じゅうにそれが巡る。


危険な傾向を知らせる虫の知らせに……。


いつか修道院長に警告された危険に……。


心中が騒ぎ立つ。



そこに座る王子は、国王の息子。エドワード王の息子。


ソウルジェムのことを知られたら……。


隣に座る円奈もジョスリーンも知らないソウルジェムの秘密を知られたら…。



都市の魔法少女の立場は今よりもっと厳しくなるかもしれない。


いや、厳しくなるどころか……。

663 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 23:08:03.93 BrXd6rky0 1494/3130



そんなルッチーアの心配はよそに、二人の魔法少女の剣闘試合はつづく。


金髪の魔法少女が3メートルの槍を伸ばし、相手をブンブン突く。


相手の魔法少女は全部それを盾で受け止める。


ギン、ギン、ガン。


槍先の穂が相手の丸い盾に何度も当たる。


ブン!

さらに槍が突き伸ばされる。


相手の魔法少女は、伸ばされた槍を盾で下にたたきつけた。


槍先は盾の縁によって下向きに叩きつけられ、地面に刺さり、矛先の動きが封じられる。


するとその槍を足で思い切り踏んづけた。すると槍が割れた。

バギッ。


槍がわれてしまうと金髪の魔法少女が赤い目を大きくさせる。


その隙をねらって、黒髪の魔法少女はロングソードを鞘からぬき、相手の首元めがけて一気にふるった。

ビュッ!

鋭い斬撃。剣の軌跡が空気に迸る。


間一髪、反応して相手はよける。


首元すれすれを剣が裂いた。


すると相手も鞘から剣をぬいた。


盾持つ二人の剣がぶつかる。交じり合う。ガキン。音がなる。


二人は剣同士をぶつけたり、盾で防いだり、盾同士をぶつけたりしながら、剣舞をつづけた。

664 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 23:12:44.35 BrXd6rky0 1495/3130



もとから戦闘むけな身体に作り変えられて、運動神経のよい彼女らの戦いぶりは、迫力があった。


中流階級の成金たちはこれをビールと共に嗜んだ。



あるときは相手の振るう剣をくぐってかわし、あるときは相手の顔面めがけて剣を突き伸ばし、それは盾にふせがれて…。


剣と盾が衝突する。


金髪の魔法少女は、自分の突きが、正面から盾に防がれると、いちど剣を引き戻して、隙になったフトコロに剣先をのびした。


一瞬の隙をついた攻撃だった。

それは相手の横腹に突き刺さる。


サクリとグラディウスの剣先が脇の腹に差し込まれる。



黒髪の魔法少女は苦痛にうっと呻き、何歩か退いた。その後ずさった地面に血がぼたぼた数滴、滴り落ち、砂に零れた。


横腹から剣をぬいた金髪の魔法少女は、苦痛に呻く相手の魔法少女へ容赦なくせまる。

顔面へよこむきに剣を振り切る。



相手は仰け反ってすれすれでそれをよける。

動きが鈍い。


痛みを遮断しすぎて、神経そのものが機能不全。


バランスうしなったように後ろへよろけていき、ひるむ。

665 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 23:15:07.91 BrXd6rky0 1496/3130



そこを金髪の魔法少女が剣にかけて襲う。盾で身を守ったが、するとドンと盾ごと金髪の魔法少女に足で蹴っ飛ばされ、盾も剣も手放して地面にころげてしまう。



それでも剣だけは拾いなおして、なんとか起き上がる。


足元がふらついている。


動くたびにそこらじゅうの砂に血が滴る。



もう剣舞のフィールドは血だらけだった。



血がなくなればなくなるほど、魔法少女は、意識を保つために魔力を使わないといけない。


口からも腹からもわき腹からも血をだしながら、息を乱して喘ぎながら黒髪の魔法少女は相手に対峙する。


もう余裕がない。


必死の思いで反撃にでる。

それは相手の剣に防がれる。


ガキン!

音がなって、剣同士がぶつかり、絡まる。それで二人の剣の動きはとまってしまう。

すると身動き取れない彼女は、足でわき腹を蹴られた。

「うっ!」

ただでさえ血をはいた顔が血だらけになる。


後ろによろけ、目を閉じ、苦痛に呻いたあと、フィールドの観客席の建つ壁際に背中をドンとぶつける。

666 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 23:15:48.41 BrXd6rky0 1497/3130



いよいよ追い詰められた。

逃げ場はない。



金髪の魔法少女が赤い目で睨みつけ、自分を補足してきた。



「やぁ!」

決死の思いで、最後の抵抗。黒髪の魔法少女は思い切りロングソードを横向きにふるった。


それはかろやかな動きで身を屈めた相手にかわされ、次の瞬間、金髪の魔法少女の剣がのびてきて。



首筋を裂いた。


ぶしゃあっ。


首から鮮血が出て、血飛沫が首筋から飛び出る。空気中に赤色が舞う。

グラディウスと呼ばれる剣の先端が首を切り裂いた。


途端にガクンと力を失って黒髪の魔法少女は壁際にストンと尻餅ついて気絶した。

ぐったり裂かれた首を壁際にもたれさせ、血を流しながら目を閉じ、もう動かなくなる。



観客席の壁にすさまじい量の血がこびれつき、血飛沫が垂れた。バタリと彼女は壁際に倒れた。



金髪の魔法少女は血に塗れたグラディウスの剣を両手に持つと観客席むけて掲げ、くるりとその場で一周まわると、勝利を示した。



おおおおおおおおおおお!!!

勝負決着。


脚光を浴びながら金髪の魔法少女は、金貨が雨のように投げ込まれるなか、それら一個一個の金貨を拾い上げる。


自分の金貨袋にいれる。



合計するともう、50枚ちかくはあそうだった。

667 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 23:18:13.90 BrXd6rky0 1498/3130


金貨をぜんぶ拾い集めると、倒れた黒髪の魔法少女を優しく抱きかかえ、姫だっこで、連れ帰った。



会場入り口の鉄格子をくぐりぬけ、フィールドをあとにして消えた。



「出よう」

コルビル卿が最初に口にした。

言葉を失って固まる三人に呼びかける。

「これ以上いたら危険だ」

668 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 23:19:10.51 BrXd6rky0 1499/3130

276


試合の終わった二人の魔法少女は控え室に。


石壁に囲まれた地下の控え室は狭く、息苦しく、湿っていて悪臭がする。


「いい戦いぶりだったね」

控え室の男が、槍もちながら選手に声がけした。

「たっぷり稼ぎもしたし。あんたら魔法少女からしてみれば一攫千金ってものだろ?」


金髪の魔法少女は、首を裂かれた黒髪の魔法少女を姫だっこから降ろした。


地面に丁寧に寝かせる。


「そいつはどうするんだ?」

控え室番人の男は訊いてきた。


「私が持ち帰る」

金髪の魔法少女は、意識のない黒髪の少女を見下ろしながら、答えた。


控え室の布をとり、首筋とわき腹、胸にでる血のどれも丁寧にふきとる。


布切れはまたたくまに真っ赤になり、ぬれて、使い物にならなくなる。


「私たちは叶えたい願いがあって魔法少女になった」

金髪の少女は呟く。

誰に話しかけているというわけでもなく、ぼんやりと、自分に語りかけるみたいに、口にだして語る。

「なのに、まるで人間の見世物だ」


「おかしなことを言います」

番人の男はにやけた。

「馬上槍試合は、見世物ですよ」


虚ろな赤い目をした金髪の魔法少女はわずかだけ首を動かし、頷いた。

「そうだな」


血を拭いた黒髪の魔法少女を抱きかかえ、控え室をあとに、地下の奥へと消えた。

669 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 23:19:38.11 BrXd6rky0 1500/3130


277


地下馬上競技場の控え室をでて、地価通路から都市の裏路地にでた二人の魔法少女。


一人は金髪。もう一人は黒髪の少女。


人気もなく、日の光があたらず暗くて、だれもいない裏路地で、黒髪の魔法少女は目を覚ました。



金髪の魔法少女が懸命に治療魔法をあてたからだ。


黒髪の魔法少女は意識を取り戻して、ふっと笑いかけ、金髪の魔法少女と手を握り合った。

「いい戦いだった」


金髪の魔法少女が赤い目に涙を溜める。

膝をつき、泣き崩れてしまう。

「こんなこと八百長でもいやだ」


「賢く生きていこうって決めたじゃないか」

黒髪の魔法少女は横たわったまま、ふっと笑いかけ、言う。

その声は弱い。

まだ傷が癒えてない。


670 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 23:20:22.70 BrXd6rky0 1501/3130



「戦場に駆りだされるよりはマシだ。それに…」


目に涙ためて震える赤い目の少女の頬を優しく撫でる。


「たくさんの金が入った。これで私たちは暮らせる。私たちだけで……人間と関わることもなく…」


「私たちだけで…」

赤い目の魔法少女が繰り返す。震えた声で。目に涙こぼして。


「そう。私たちだけで」

黒髪の魔法少女は、赤い目の少女の頬を撫で続ける。

横たわったまま。彼女を心配そうに見下ろす金髪の魔法少女の顔を、優しく。


「人間に関わって生きたくない」

彼女は言った。


二人は集めた金貨を山分けした。



二人は、この八百長がバレるよりも先に、別の都市へと去って、自分たちの居場所を見つけに発ったという。

671 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 23:21:11.77 BrXd6rky0 1502/3130

278


鹿目円奈、ウスターシュ・ルッチーア、アデル・ジョスリーンの三人は、コルビル卿と別れるところだった。


王子と三人は扇状の都市広場にもどり、石畳が扇状に敷かれている噴水のちかくで、別れる。


「私が”闇ジョスト”に潜り込んだのは魔法少女が何者なのかをこの目でみるためだった」


コルビル卿はジョスリーンに言う。


「これから私は都市を発つ。しばらく王都からもはなれる」


「では…」

さっき見たばかりの光景がまだ記憶から抜け落ちていないジョスリーンは、困惑気味にたずねる。

「王子はどちらに?」


王子は答えた。

「アリエノール・ダキテーヌ姫に拝謁を」


聞き覚えある人名に円奈が思わず顔をあげた。


「アキテーヌ城にむかう。わたしの妃に迎えたい。だがそのためには魔法少女とは何かを知る必要があった」


トマス・コルビル卿はフードをかぶり、優雅に白馬に乗り込む。


「さらばだ」


王子は白馬に跨り、都市広場を去る。


これが王子と三人の別れとなった。


672 : 第35話「闇ジョスト」 - 2014/09/11 23:22:02.77 BrXd6rky0 1503/3130



ルッチーアが白馬の王子の後姿を見送る。


その顔つきは複雑であった。


ジョスリーンはその顔を指先で叩いた。


「あんなものを見て気分が悪くなるのもわかるが」

女騎士は魔法少女の頭を優しく撫でる。

「元気をだせ。みながみな魔法少女を見世物に思っている人間ばかりでない」


「どうだかな」

ルッチーアはジョスリーンの手をふりはらった。


一人、都市広場を歩き始めてしまう。



「…」

ジョスリーンと円奈の二人はルッチーアの後姿を追うこともできずに見守った。


「鹿目さま、うかうかしてはおれません」

さきにジョスリーンが喋った。

女騎士は金髪を腰まで流し、風に靡かせながら、去る魔法少女をみつめていたが、その翠眼には闘志が宿っていた。


「決勝戦です」

と、ジョスリーンは告げる。腰に手をあてながら。

女騎士は、とうとう、都市開催の馬上槍試合の、決勝戦へ挑む。



「ルッチーアはもどってきます。ですが、ここまできて棄権はできません」


円奈もジョスリーンも馬上槍試合の競技場に急いだ。


決勝戦。



都市最強といわれる騎士、ベルトランド・メッツリン卿との一騎打ちだ。

673 : 以下、名... - 2014/09/11 23:22:55.87 BrXd6rky0 1504/3130

今日はここまで。

次回、第36話「馬上槍試合・五日目 決勝戦」

674 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:17:31.14 8Ei2yFaN0 1505/3130

第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」


279


表の馬上槍試合では、都市開催のジョストもいよいよ決勝戦ということで、今までで一番、人が多く集まっていた。



都市開催ということで運営側である市庁舎の市長や、ルッチーアたちの裁判沙汰を審査した裁判長まで、ジョスト決勝戦には出席し見守る。


他にはなんとあのビュジェ修道院長まで出席し、貴人席にてジョストの決勝戦を見守る。



今回の馬上槍試合に参加した今までのすべての騎士、その従者たち、都市じゅうの魔法少女たちまで、観客席に座って、今年度の都市最強の騎士誕生の瞬間をこの目にとどめようと見物する。



修道院の番人役であった魔法少女のレーヴェス、市庁議員のグワソン、ルッチーアと娼街で激闘を演じたあの魔法少女まで。



なぜ今回の馬上槍試合にはこうも魔法少女の観客が多いのだろう。


本来彼女たちはそこまでジョストに夢中ってほどでもなかった。



だが決勝戦に進出する女騎士の紋章官が、ウスターシュ・ルッチーアという魔法少女が務めている、ただそれだけのことで、都市の多くの魔法少女の関心と興味を集め、決勝戦の馬上試合は大盛況。








675 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:18:12.10 8Ei2yFaN0 1506/3130



決勝戦の審判席には特別な席が設けられ、そこに市長、裁判長が並んで座る。


あのさきの裁判のようだ。


ルッチーアが大いに暴れてみせたあの裁判の図が。



ジョスト決勝戦という、はるかに名誉な場において、ふたたび演じられようとしている。


「今回の我々主催の決勝戦ですが───」

特別席に座った市長が、隣の特別席の裁判長に、話しかけた。

「裁判長はどのように考えます?」


「実に面白い展開ですよ」

裁判長はテーブ上に両手を絡めて置きながら、毅然とした様子で答えた。

「つい先週くらいに、酒場暴行の件で我々が裁判、判決をくだしたあの三人の被告が───」


わーわーわー。

きゃーきゃーきゃー。


観客席じゅうが騒ぎたち、盛り上がりをみせているなか、裁判長は落ち着いた様子でゆっくり語る。



「今日はこの名誉ある舞台に立つ。まったく面白い」


「ええ、そうですね」

市長も頷いた。

「それに、女性騎士の決勝戦進出も、都市では初です」

676 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:18:57.41 8Ei2yFaN0 1507/3130


「それもまた面白い」

裁判長はテーブルで両手を絡めたまま、うむと頷く。


「決勝戦進出は、今までは夜警騎士として都市の犯罪を取り締まっていたアデル・ジョスリーン卿です」

市長は羊皮紙の証明書を見ながら裁判長に伝える。

「今までは、都市の違反的な商売、目方偽造、川への不法投棄、主に夜間の犯罪を取り締まっていました」



裁判官はうむとまた、頷く。


「しかし今回の馬上試合に参加し、夜警騎士の役を捨て、”騎士”としての道を目指したそうですね」


「保安官から騎士へ、ということですね」

裁判官が続きを受け持った。

「実に情熱あふれる筋立てです。この決勝戦にふさわしい」


「この決勝戦に勝てばジョスリーン卿は騎士として戦場にでるのですか」

市長がたずねた。

裁判官は答えた。

「かもしれませんな。女性騎士は戦場では魔法少女の護衛役にたつことが多いそうで」


「ええ、この時代ではそうです」

市長も納得という顔をする。

「なんといっても、魔法少女いえども男と女ですからね。男に取り囲まれている護衛では魔法少女も心中落ち着けないでしょうに。ですから、女性騎士が護衛役と世話役にたつわけです」


「貴婦人の世話役が侍女であるのと同じですかね、あたかも」

裁判官はいった。


「ええ」

市長は頷いて肯定した。「まさにジョスリーン卿は、そんな騎士をめざして、この決勝戦に挑むのです」

677 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:19:23.11 8Ei2yFaN0 1508/3130


市長と裁判長が決勝戦の解説をしているさなか、選手があらわれた。




甲冑姿になって登場する女騎士と、それに従うピンク髪の紋章官。


決勝戦の会場にあらわれる。



二人とも闘志を燃やした目つきをしている。ジョスリーン卿も、紋章官も。

決意に満ちた目つきだ。




だが二人だけだった。


ルッチーアの姿はない。



すると馬上競技場の観客席に座っていた修道院長のビュジェと。


番人役のレーヴェスが、残念そうな顔をした。



ほかの観客席に座る都市の魔法少女たちも寂しげな顔をする。

678 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:19:57.66 8Ei2yFaN0 1509/3130




円奈は決勝戦がひらかれる馬上競技場がとりわけ特別な仕様になっている様子にきづいた。


競技場は、観客席と、騎士たちが戦うフィールドのあいだには、ずらりと槍を持った警備兵が立ち並んでいて、絶対に決勝戦の邪魔をさせまいと厳しい顔をしている。


名誉ある舞台には、審判席に特別席も増設されて、そこには市長と裁判長が並んで隣同士になって座る。


円奈はその二人に見覚えがあった。



ルッチーアの宿屋での暴走からはじまって、自分までその暴行事件の容疑者として裁判沙汰に巻き込まれて、そのときにいた二人。


いま思い出すと、なんだか笑い話のように思えてきて。


円奈は笑ってしまう。


「円奈よ、どうして笑っているのだ?」

騎乗姿になったジョスリーンは円奈の思い出し笑いに気づき、訊いた。


「なんだかルッチーアちゃんのこと思い出しちゃって…」

円奈が笑いながら、話した。

「いきなり私たちのところに泣きついてきて……裁判沙汰になっちゃって…」


ジョスリーンもふっと笑う。「そんなこともあったな」


「二度と会わないって自分でいったくせに自分で戻ってきて……今思うと楽しかったな」

なんだか感浸った気分になりながら円奈が両手を絡めていうと。

ジョスリーンは円奈を戒めた。

「思いにふけるのは決勝戦を勝ってからだ」


円奈の目に真剣さがもどった。「そう、ですよね」

679 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:20:57.55 8Ei2yFaN0 1510/3130


きっと巍然とした顔つきになり、馬上競技場を見回す。



互いの騎士の出撃位置に掲げられる、一家の紋章。


騎士の誇りそのものである紋章。



ジョスリーン卿のもつ紋章は、赤色の背景色に金色の鷹を描いた紋章。


対して決勝戦の相手である、メッツリン卿のもつ紋章は、緑色の背景色に金色の三日月を描いた紋章。

ばさばさと風になびく。



観客席で掲げられる旗のは、自分たちの応援する騎士の紋章を、描いた旗を見物客たちが振っていた。


本当のところをいうと貴族家系の紋章を市民ごときが真似て旗を自作してはいけないのだが、こと馬上槍競技において、紋章官によってそれは黙認される。

もっともエセ紋章官の円奈はそんな慣習もしらない。


680 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:21:29.24 8Ei2yFaN0 1511/3130



それに、そんなことはどうだっていい。


円奈はただ、観客席を満たした、盛り上がる見物客たちを眺める。


本当に決勝戦を楽しみにしてくれる人たち。


本当に馬上槍試合が好きで、観戦にきてくれた人たち。


自分たちを応援してくれる人たち。



ジョスリーン卿を応援する旗と、メッツリン卿を応援する旗の数は、ちょうど半々。


ぐるりとフィールドを囲んだ観客席を埋め尽くす人々の応援は、相手と自分で半々。


ジョスリーン卿を応援する赤色の旗と、メッツリン卿を応援する緑色の旗が、観客席じゅうではためき、大きな歓声に包まれる。



いよいよこれから開戦というとき、メッツリン卿が黒い甲冑を着こんでジョスリーンの前に現れた。


もう何度となくエドレスの都市開催の槍試合を優勝でかざっている最強の騎士。



黒い甲冑、黒い馬、槍の色まで黒。


その”黒騎士”は、甲冑の面頬プレートをあけ、顔をみせ、ジョスリーンに対峙した。

681 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:21:55.79 8Ei2yFaN0 1512/3130



求婚する黒騎士と求婚される女騎士。


これがジョスト決勝戦に挑む二人の組み合わせだった。


「まさか本当に決勝戦で貴女とあたりますとは」


メッツリン卿が話した。


「あなたの実力は本物だ。だが私には勝てまい」


得意気なメッツリン卿はさわやかに笑う。


「ところで、約束を覚えで?」



ジョスリーン卿は無言で頷き、翠眼で相手を睨んだ。


「嬉しい限りです」

メッツリン卿は相手の肯定の頷きに、嬉しそうな顔をしてみせた。

歯をみせて笑う。

「まだ美しいうちにあなたと結婚ができる」


「さっさと出撃位置につけ」

ジョスリーンは相手の挑発を一蹴した。あごを突き出して、むこうにいけと示す。


メッツリン卿の微笑がわずかにゆらいだ。

一瞬だけ目を細めたあと、ここは大人しく女騎士に従って、最強の騎士は出撃位置へと黒馬を走らせる。

682 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:22:32.07 8Ei2yFaN0 1513/3130




円奈がきっと険しい目線で出撃位置にむかう黒騎士を見送っていた。


だが会場では大盛り上がり。


なんといっても最強の騎士メッツリン卿だ。


その彼が馬上競技場のフィールドを渡ったのだから。


とくに女たちの黄色い声、喚き声が、あっちからもこっちからもあがり、飛び交う。


女騎士は甲冑の可動面頬プレートをガシャッと閉じた。その顔が鉄の面頬に覆われ、顔は隠される。



もちろん、槍の直撃を顔面にうけても無事なように。


メッツリン卿が相手なら、顔面直撃も容易に繰り出してくる。



審判が白い旗をだして開始の合図をだす準備をしている。


683 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:23:08.44 8Ei2yFaN0 1514/3130



「がんばってー!」

どこからか、声がした。

「ジョスリーン卿、がんばってー!」


円奈の聞き覚えのある声だった。


それは観客席で小さな旗を振る、漁師一家の女の子だった。

円奈は一度、漁師の一家に泊めてもらったことがある。


その母親も、少女を抱きながら、笑顔で、円奈に手を振っていた。



「勝つのはジョスリーン卿じゃねえ!」

その母親の応援に噛み付くのは、父親。

とその息子、男の子。

「そうだ、勝つのはメッツリン卿だ!」


女の子と男の子はこうして、観客席でまたあの喧嘩をはじめてしまう。

手作りの小さな槍で互いの頬をつつきあう。

楽しそうに兄弟げんかを見守る母。

「勝つのはジョスリーン卿よ!」

「いや、メッツリン卿だ!」

男の子が男騎士を応援し、女の子が女騎士を応援した。


その逆パターンもあった。

ある観客席では、カップルが、男はジョスリーン卿を応援し、女はメッツリン卿を応援する。

そしてカップルは喧嘩沙汰になってしまう。

俺よりあの騎士がかっこいいのか!

私よりあの騎士がきれいだって思うわけ!


そんな喧嘩だった。

684 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:23:45.68 8Ei2yFaN0 1515/3130



決勝戦の観客席には、なんとレミアやデンタータのような、ジョスリーンの侍女たちまでいた。

特にレミアは、今朝に部屋を抜け出された悔しさにナプキン(今朝引きちぎったのたのとはまた別の刺繍いりナプキン)を噛み締めながら、観戦している。

「お嬢様…!」

侍女たちは心配そうに主人を見つめている。



「円奈よ」

フィールドの、出撃位置に馬を立たせたジョスリーンは円奈を呼んだ。

「決勝戦にむけて、紋章官としてキミは最後の説明役を担うのだが…」


あっと、円奈は口をあける。


ジョスリーンは馬上から頭を伸ばして、円奈に伝えた。

「文を考えてない。ネタ切れだ」


「えっ!」

円奈が顔をあげて馬上のジョスリーンを見返す。


「だから、キミが説明してくれ。初の、キミ自身による、キミによる私の紹介だ」

ジョスリーンは微笑む。

晴天の青空のそよ風が、馬上競技場にふかれて流れる。心地よい空気だった。

「初戦のときは、キミも私のことをあまり知らなかったから、紹介できないと思った。だから文を読ませた。だが今や決勝戦。いまならキミも私を紹介できるだろう」


「紹介…」

円奈の顔に緊張が走る。

「わたしが…」


ジョスリーンは馬に乗りなおし、槍を手にもった。「たのんだぞ」


「…」

最初だけ無言だった彼女だが。


ピンク髪の紋章官は、きっと決意に満ちた目つきになると、答えた。「はいっ!」


落ち着いた足取りで審判席の前にでる。


685 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:24:48.16 8Ei2yFaN0 1516/3130



と同時に、メッツリン卿の紋章官も前に進み出てくる。


審判席の前、市長と裁判官もいる特別席の前に、でる。


二人の紋章官は、同時に頭をさげる。

これに応えて市長も裁判官、審判、貴婦人たちも頭をさげる。


そして、二人の紋章官による選手の紹介がいよいよはじまる。




そのころ、出撃位置についていたジョスリーンは、後方の三人の騎士から、声をかけられた。

「おい、アデル・ジョスリーン卿!」

男の声がして、ジョスリーンは馬上で振り返る。


そこにいたのは、ジョアール騎兵団だった。


「てめーのみじめッたらしい負け姿を拝みにきてやったぞ!」

三人の騎兵団はにやにや笑う。

が、三人は、さむざむしい下着姿であった。



「どうしてそんな姿になった?」

ジョスリーンがたずねると。


「なに、博打に負けちまっただけさ。」

と騎兵団は答えた。

「まあ、もうそんなことはどうだっていい。恨みなんかないし根にも持ってない。そういうヤツは博打にむかないもんでね。だが、てめーらの紋章官が俺たちにかけた恥は忘れねえぞ。最後まで見届けてやる!」

「誤解するなよ!」

別の騎兵団の男がジョスリーンを指差し、叫んだ。

「てめーらなんかクソほども応援してねえからな。負け姿をみにきただけだ。せいぜいメッツリン卿に叩きのめされるがいいさ」


「それはどうもありがとうさん」

ジョスリーンはあしらった。

「だが負け姿は見せられそうもない」


「へっ!強がってろ、あんたがメッツリン卿に勝てるわけあるか!」

三人の騎兵団は下着姿になって足そろえながら去った。


その息の揃った行進ぶりにジョスリーンは笑ってしまう。


「金貨100枚の賞金ってそういうことか」

ジョスリーンは五回戦の円奈とルッチーアの狼狽ぶり、必死ぶりにようやく合点いったのだった。

主人に内緒で賭け事してしまう無礼極まりない紋章官の二人には、呆れを通り越して笑ってしまう。

686 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:25:22.05 8Ei2yFaN0 1517/3130




会場のほうではすでに、決勝戦となる最後の華、紋章官による騎士の紹介がはじまっている。



「わが主人を紹介いたします」


と、対戦相手の従者は、語り始める。


「その父はグレリー公爵」


決勝戦にでる騎士の血筋の紹介だ。


円奈が思わず神経を集中させる。

自分達の番がきたら、今度は私が、あんなふうに説明をするのだ。


「長らく続くメッツリンの家系であり───」


紋章官は、胸をはって、堂々と、主人を紹介する。


「南の国サルファロンにて傭兵部隊を率いる勇戦なる騎士であります───」


ああ、あんなふうに説明するんだ。

わたしに、できるのかな。


心の不安が大きくなる。


でも、都市にきてジョスリーンさんのこと、多くを知った。

今ならきっと、私にもあんな紹介ができるだろう。


「わが主人こそはベルトランド・メッツリン卿であります!」


と高々と告げ、そのあとは、足を交差させて胸下に片腕を静かにおろし、頭をさげてお辞儀する。

この時代におけるお辞儀の仕方だった。


ベルトランド卿は馬に乗った甲冑姿で、手に持った3メートルの突撃用槍をばっと晴天へもちあげた。


おおおおおおおおおっ。

観客たち、総立ちである。



片方の騎士の説明がおわると、こんどは対戦相手側の従者が、紋章官として説明をはじめる。


鹿目円奈の出番だ。

687 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:25:48.16 8Ei2yFaN0 1518/3130



ある意味今年度の大会で一番有名な紋章官の注目が、次に観客席から集まる。


あらゆる市民、レーヴェスやビュジェ修道院長のような魔法少女、いままでジョスリーンと戦って敗れた騎士たち、ルッチーア事件の裁判沙汰を審査した市長と裁判官たち、漁師の一家たち…



今まで都市で円奈と関り持った人たち。

そのすべての注目が、注がれる。



誰もが、楽しみに待っている。円奈の説明を。


すううっ。

円奈は心地よさそうに、審判席の前、馬上競技場の真ん中で息を鼻で吸う。


大丈夫。

もう、大丈夫。


何も恐がることはない。


今の私なら、ジョスリーンさんを紹介できる。


決勝戦の一騎打ちを楽しみにしている人たちに、それに挑む人がどんな人なのかを、説明できる。


今までは、ジョスリーン自作の文を読まされるだけだったり、いざ失敗したらルッチーアが代わりに紹介をしてくれる、そんなことばっかりだった。


この決勝戦。


はじめて自分はジョスリーンさんを自分の言葉でみんなに紹介するのだ。


この都市にやってきて七日間、一緒に過ごしたこの人を…。


自分ならどう説明するだろう…。


円奈はそれを考える。

688 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:26:30.91 8Ei2yFaN0 1519/3130


「私は───!」


ピンク髪の紋章官は語り始め、すると馬上競技場のだれもが、円奈の話を聴き、静かになった。

静まり返る決勝戦の舞台。


ただ鹿目円奈の声だけが……円環の理の生まれ変わりたる少女の声だけが……この舞台に、ひびきわたる。



「私は本当は、紋章官じゃありません!」



ざわわっ。


エドレスの都市の華、文化の極点である馬上槍試合、白熱必至の決勝戦を前にした紋章官の爆弾発言に。


見物客じゅうが騒然とする。



審判もこれには目の色を変え、鹿目円奈という少女に迫ろうとした。


が、そのとき、市長がばっと手をふりあげ、無言で審判をとめた。



審判が嫌疑の目を市長にむける。


しかし、市長の手をふりあげた動作から、”続けさせてやれ”という意図が伝わってきた。


審判は戸惑いながら足を止め、もとの審判席の前にもどった。

689 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:27:00.56 8Ei2yFaN0 1520/3130



「この都市の人間でもありません!」


鹿目円奈は、騒然たる馬上競技場のど真ん中、周囲の観客席を埋め尽くしたエドレスの人々にむけて、高々と声明する。


競技場はますます騒然とし、だんだん、不満の声、野次の激しい声がとびはじめた。


ざわざわざわ。がやがやがや。

雑言が混ざりだす競技場の声援と騒乱。


「ここからずっと北、バリトンの地で生まれ育ちました」



見物客の戸惑いの声を気にせず、鹿目円奈は、大きな声で語る。



「そして騎士としてここにやってきました!」


騒然だっていた馬上競技場の空気は、いっきに静まった。


雑言や野次は消え、声援すら消えて、一気に静まる。


今までジョスリーンの侍女で、紋章官を務めていたとされていたはずの少女みずからが、自分は本当は騎士だと名乗ったのだから、驚きで誰もが声を飲み込んでしまったのだ。



審判と市長、裁判官まで、これには驚いた様子をみせる。

彼らは特別席で姿勢を直す。

690 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:28:15.92 8Ei2yFaN0 1521/3130



「この都市にくるまで、いろいろなものを見てきました」


自らの正体を明かした鹿目円奈は、都市の観衆むけて、怖気けず語り続けた。


「農村をみてきました。そこではたくさんの農民が、農業に励んでいて、都市の人々のために麦を育てていました」


観衆たちは静まり、ただ円奈の話を深沈とした様子で聞いている。

都市育ちの市民たちが、自分たちの普段の食べ物がどこから来ているのか、直に語られて、話に関心を引かれてしまう。


市民たちはパン屋へいって、パンをかったり、蜂蜜を食べたりするけれども、そもそものパンを焼くための麦穀や、蜂蜜は、都市のなかではなく農村でつくられたものだ。


その農村が都市に麦を売りに来てくれるから、都市はなりたっている。


蜂蜜は、農村の領主の城で巣箱をつくって、つくっているのだ。


だが都市生まれの市民は、その現実をなかなか知らない。頭ではわかっていても農業の実態はしらない。

ギルド組合のことになら市民はよく知っているが、三圃制農業のことはしらない。その手法もしらない。
”都市の空気は自由にする”とすらいわれた都市生まれの人々が、”農奴”とすらいわれる農民の暮らしはしらない。


だから、農村を実際に見て旅をしてきたという少女の話に、市民たちは興味をそそられている。



「森をみてきました。そこではたくさんの人と、魔法少女が、縄張り争いをしていました。たった一つの土地をめぐって……命を張って戦っていました」


市民たちは、都市の外という、自分たちが知らぬ世界の話に興味をひかれ、聞き及んでいる。

観衆のだれもが静まり返って静聴する。


ジョスト決勝戦の見物にきた、観客席に紛れる魔法少女たちも、都市の外で生きる魔法少女の話に、関心をひかれている。

都市の魔法少女は、もちろん人間関係で苦労はするけれども、命がけの縄張り争いをするほど辛辣な現実にあたることはめったにない。修道院という組織にみな属して、最低限のルールがあるからだ。


だがそのルールさえ無用の農村世界、森の世界では、命がけの縄張り争いが展開されている…。


そんな話を異国からきた騎士から聞かされて、都市の魔法少女は、ただただ円奈という少女の話に気を引かれてしまう。

691 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:28:58.38 8Ei2yFaN0 1522/3130



「そして私は、生まれて初めて都市にきました」

少女はつづけた。

「都市のみなさんには、外の世界が未知ですが、私には、都市の世界が未知でした」



市民は静寂とする。盛り上がるはずの決勝戦は、不思議な静けさに包まれる。

観客の声ひとつなくて───

でも誰もが少女の話に夢中にななっているかのような、静かな熱気だ。



「都市は大きくて…いままでみたこともないほどたくさんの人がいて……たくさんの人が関りあいながら暮らしていました。たくさんの人が店をだし、食べ物を売り、職にいそしんでいました。そんななかで、私は会ったのです」


いきなり、市民たちの様子がはっとなる。


「わたしはそこで会ったのです。今回わたしが紹介することになる騎士……今から決勝戦に挑む騎士は」


市民たちは心にどくどく、じわじわと沸き立ってくるよな興奮を胸に抱きながら、少女の紹介話に耳を傾ける。

みな無言。円奈の話に集中するだけ。


「夜警騎士でした。初めて都市にきて、右も左もわからない私は、夜に宿も見つけられず、寝床もなくて、そのとき助けてくれました。それが私とその人の出会いでした」


円奈はもったいぶる。

市民はもどかしそうに、観客席でもじもじ、身をよじる。

692 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:29:58.23 8Ei2yFaN0 1523/3130


「その人は私だけに限らず、都市の市民のみんなを守る人でした。市民のみんなが安心して眠ることができるように。都市の犯罪はその人が防ぎます。わたしもそうして助けられました。その人は、店でたまにだされるワインの細工も見抜き、みなさんの口に腐ったワインが入ることからも守ります」


あっはははは。

観衆の何人かが苦笑する。


悪徳商人には困らされた思い出のある市民たちならではの笑い声だ。


「しかしその人が守りたいのは市民だけではないのです」


笑い声が消える。

話の意外な展開に観衆はまた静まり返る。

少女の声に誰もが集中する。


「その人が本当に守りたいのは、都市の平和です。都市の平和は誰が守っているのでしょうか。都市にきたばかりで、右も左も分からない私には、それは分かりませんでした。でも、その人がこのジョスト決勝戦に挑むその気持ちなら分かります」


市民、貴族、騎士、市長、裁判長、ギルド職人たち、魔法少女…。

観客席を満たした、都市に住むさまざまな人々が、円奈の話の続きを待っている。


「都市の平和を守るのは騎士と、魔法少女です!」


円奈ははっきり、都市じゅうの人々の、視線と注目が集められているなかで、言い切った。


「騎士は都市を犯罪から守ります!魔法少女は都市を外敵と、内なる敵から守ります。内なる敵は、魔獣です。そうして都市の平和は守られます!」


驚いたように目を見開き、あっとなる市民たち。

魔法少女たちまでこの発言には驚いて、大きく目を瞠ってしまった。



というのも、都市の魔法少女たちは、声を大きくして”自分たちが都市の平和を守っている!”なんて市民に対して主張したことなどなかった。


そんなこと主張したところで、たいして相手にされないからだ。

693 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:30:31.65 8Ei2yFaN0 1524/3130




だが少女は言い切る。それもはっきりと。



都市の平和を守っているのは騎士と魔法少女だ、と。


「決勝戦に挑むその人は、いいました。魔法少女の助けになれる騎士になりたい、と」


観客席の魔法少女たちが首をのばし、いてもたってもいられず席を乗り出す。

まわりの市民たちが嫌そうな顔をしようがお構いなし。




「都市の平和を守る騎士と、魔法少女が、助け合うことがあれば、それは素晴らしいことだって思います!」


円奈は大声で観衆たちに言い切る。


「さあ、ご紹介いたしましょう!」

ばっと手をあげる。


わあああああ。

市民も魔法少女も、同時に席をたって拍手しはじめる。



「市民の守護者にして未来の魔法少女の守護者!その名は────!」


指をたて、ついに紹介もクライマックスに。


「私の誇らしき友人!アデル・ジョスリーン卿!私と同じ騎士にして決勝戦にベルトラント・メッツリン卿挑む勇者!どうぞ応援ください!」


おおおおおおおおおっっっ!!!


馬上競技場の盛り上がりは最高潮へ!


最高の盛り上がりのなか円奈はお辞儀してフィールド上を小走りで去る。

694 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:31:24.67 8Ei2yFaN0 1525/3130



にも関わらず、観衆の歓声と騒ぎはいっこうに収まらない。


誰もかも、叫び捲くりの、雄たけびだしまくり。


大歓声の嵐だ。


審判は、とてもこんな不正は認められない、と苦い顔を噛み締めて、ニセ紋章官の騎士を見つめていたが。


ついに自分の負けだとばかりに顔をくずして、ついには笑い出し、呆れたようにパチパチ、拍手しはじめた。


観衆たちの拍手にまぎれて。



裁判官と市長も二人して苦笑している。


「なんとイレギュラーの多い今年度の馬上槍試合なことか」

審判はもう呆れたように笑いながら、拍手しつづけていた。

「女性騎士の参加、紋章の読み間違え、そこに魔法少女の飛び入り参加、棄権寸前に屋根からの登場、最後には紋章官の身分偽証告白…めちゃくちゃです」

しかし審判はもう、笑いをとめることができない。



怒る気力も、円奈という少女の罪状の追求すらする気力もでず、ただ呆れたように笑ってしまうだけ。



「これほどルールが破られているのになんと市民の楽しそうなことか」


審判は市民も魔法少女も盛り上がりまくる観客席を眺めながら、まだ笑い続けた。



円奈はジョスリーンのいる出撃位置にもどってきた。


「ありがとう」

ジョスリーンはいった。

「キミらしい紹介だった。ウソを嫌うキミらしい、すべて明かした真っ白な紹介だ」


「本当はちよっと恐かったんですけどね…」

円奈は苦笑した。

「ルッチーアちゃんに、ウソはいけませんって、叱っちゃったし…だったら自分だってウソついちゃきっとだめだな、と思って…」


「なにはともあれ、いろいろあったが、いよいよ最後の決勝戦なんだ」

ジョスリーンは槍をしかと手に握り締める。

「応援していてくれ」


「もちろんです」

円奈はニコリと微笑む。

「応援しています。勝ってください」


はっきりしたもの言いに、ジョスリーンは歓心したような表情で円奈をみたが、やがてフィールドへ目をむけた。

695 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:31:48.19 8Ei2yFaN0 1526/3130


フィールドの向こう側には、決勝戦の相手・メッツリン卿がいる。黒い馬にのった黒い騎士がいる。


決勝戦の相手は都市最強の騎士。



「相手に不足はない」

女騎士は数歩馬を進めた。


出撃位置のフィールドへ飛び出すギリギリまで前に出る。気持ちは、いつ始まってもいい準備ができている。



「ジョスリーン卿!メッツリン卿!準備はよろしいか?」

すると審判が二人に問いかけた。


二人の騎士は槍を同時に持ち上げ、上へ掲げる。



審判は二人の準備よしの合図を見届け、すると合図旗をもって前へでた。


裁判官と市長も頷き、許可がでて、審判はフィールドへ。



決勝戦、ジョスト一戦目。


フィールドで、審判の合図旗がゆっくり降ろされる。白い旗がそよ風にゆらめく。

観客席の人々は息を飲んで見守る。

これがふりあげられれば決勝戦開始だ。

696 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:32:19.27 8Ei2yFaN0 1527/3130




ジョスリーンは面頬のプレートを閉じて、目を細めた。

メッツリン卿。


勝てば結婚しろとせまってくる騎士。


「もっとマシなプロポーズはなかったものかね」

女騎士は片目を細めながら決勝戦の相手に毒舌を吐く。



いっぽうメッツリン卿も戦闘モードに入っていた。

ほとんど殺し合いに近いトーナメント槍試合の数々で生き残っている彼は、自分の優勝を信じて疑わない。


「最高の戦利品が手に入る」

彼は決勝戦の相手を見ながら、愉快そうに呟いた。


すると、次の瞬間。


ばっ。


審判の合図旗がふりあげられ────。


晴天の燃える日差しが注がれるなか、馬上槍競技の決勝戦ははじまった。



どおおおおおおおっ。


審判が白色の合図旗を振り上げるのと同時に都市じゅうの人々がどっと声援をあげて叫ぶ。


歓声一色となる槍試合のフィールドを、二人の馬が駆け出した。

697 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:32:55.24 8Ei2yFaN0 1528/3130




「優勝はいただいたぞ!」

メッツリン卿は槍を伸ばし、前へ倒しながら、馬を走らせだした。

右手に持ち、まっすぐ対決者へむけ、槍を馬の勢いに乗せる。



「やぁ!」

同時に女騎士も馬を駆け出した。

ヒヒーンと馬がなき、前足ふりあげると、柵の敷かれたフィールドへ出撃する。

日差しの照りつけが女騎士を煌かせる。甲冑が輝く。

「とおっ!」

掛け声あげながら槍を前にのばす。決勝の相手を叩き潰すべく。




求婚する騎士と求婚される女騎士の、ジョスト決勝戦はこうして火蓋が切られ、泣いても笑っても最後の一騎打ちがはじまった。


二人の騎士は柵に沿いながら距離を縮める。



馬の速度が速まる。


ドダダダッ。

大きく脚を前にだし、激しい勢いでバタバタ走り出す。

蹄の音は、競技場じゅうに轟く渡る。




どんどん近くなる二人の騎士。



近まれば近まるほど観客たちの声援が大きくなる。


円奈は身を固くしてジョスリーンが敵騎士に挑む後姿を見守りつづけた。


698 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:33:57.03 8Ei2yFaN0 1529/3130



ジョスリーンの侍女、レミアたちも、激突の瞬間、思わず席をたちあがった。


魔法少女たちも目を瞠った。


次の瞬間!



バキキ!


ドガッ!

ドゴッ──!


決勝戦のジョスト一回目、槍同士が激突!


二人ともやりのコントロールは完璧だった。


二人とも相手の急所をついた。


互いに左肩にあたり、正確な攻撃で、あとは落馬しないように耐えるだけとなった。


二人の騎士は槍攻撃を受けて、槍のぱらばらと砕けた残骸の棒が、馬同士の突っ走るフィールドに落っこちるなか、馬に乗りつづけ、ジョストを走りきる。



互角の戦い。


途端に大歓声が再び沸き起こった。

699 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:34:34.83 8Ei2yFaN0 1530/3130



「お嬢様っ……!」

あぶなっかしい槍同士の正面激突を目の当たりにした侍女のレミアは、思わず目を覆ってしまう。

「ああっ…お嬢様あんなことして…!どうか傷がつきませんよう…!」



ジョスリーンは馬の並足で出撃位置にもどってきた。

円奈の前にもどってきて、砕けた槍を捨てる。


「息ができない!」

ジョスリーンは苦しそうに鎧の胸元を籠手でガンガン叩いた。

「ものすごい力だ!うぐっ…うぐっ!」

苦しそうに喘ぎ、懸命に喉に息を吸う。




「ジョスリーンさん…!」

円奈が心配そうに張詰めた声を漏らす。



ジョスリーンは苦しげに、左肩の甲冑の接合部分にめり込んだ槍の破片を、身体から抜いた。

途端に血があふれ出た。


「うッ…!」


ジョスリーンは顔をゆがめ、抜いた破片から血が滴るのをみた。

血は砕けた槍の木片に染み、じわっと赤色をひろげていた。


ジョスリーンは血のついた破片を投げ捨てた。


二本目の槍を円奈に渡されてそれを持つ。


「負けられん」


ジョスリーンは自分に言いか着せ、歯を噛み締め、痛みをこらえ、きたるジョスト二回戦へ備えた。

700 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:35:23.50 8Ei2yFaN0 1531/3130



対するメッツリン卿も出撃位置にもどっていたが、余裕の顔を浮かべていた。


「さすがに練習を多く積んでいるだけあって技はあるが」


メッツリン卿は相手を冷静に分析して評価くだすくらい、余裕だった。


「そんなことでは私は倒せん」


従者たちが見守るなか、メッツリン卿は二本目の槍を手に持つ。


「力がなきゃ技があったって倒れん。すぐれた剣術が大木を倒すか?最後に勝負を制するのは力だ」



「現在、1-1で引き分け!」

審判は高らかに宣言する。


「ジョスリーン卿、メッツリン卿、準備はよろしいか?」


二人の騎士は槍を持ち上げ、応える。



審判は頷き、合図の白旗を持ち、フィールドへ出た。


ジョスト二回戦。


その幕がもうじき開く。

701 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:36:25.32 8Ei2yFaN0 1532/3130

280



都市広場の噴水にウスターシュ・ルッチーアがいた。


年齢にして17歳。魔法少女歴1年。エドレスの都市に生まれ、市民として魔法少女になって、人間関係やら恋人関係やらに苦労してきた少女。


苦労してきたというより、彼女の人間関係はほとんど壊滅状態。

友達はいない、恋人はできない、家族にすら勘当されるの涙なしには語れぬ境遇。


すべては自分が魔法少女に契約したことからはじまった。

この破局は。


でも、そんなふうに考えてはいけない。


自分が魔法少女になったことで絶望すると、死が速まる。


ルッチーアは噴水の水面に映った自分の顔をみつめていた。



水面には青空が映っている。

ゆらゆらとゆれる水面に映る青空は、水の世界の幻想的な空のよう。



黒い髪は肩あたりまでのび、最近浴場にいってないから、乱れはじめている。

最近の喧嘩沙汰のせいで枝毛があちこちにある。



黒い瞳。

漆黒の瞳ともいえる黒い瞳は丸々としていて、くりくりした女の子の瞳。

702 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:36:55.97 8Ei2yFaN0 1533/3130


ばしゃばしゃっと顔を洗う。


顔が水だらけのまま都市へ向き直る。


扇形の都市広場が視界にひろがった。



広々とした町の広場。公園。


市庁舎の臨む広場は、周囲に、レンガ造りなど石造りの建物が立ち並ぶ。裕福な層の家々。



後ろで聞こえる噴水の音が心地いい。


気分を落ち着かせてくれる。


それに扇状のひろがった都市広場は、空が見渡せる。


白い雲が流れる晴れ空。

レンガの囲壁に守られた城塞都市だが、空はいつだって綺麗だ。



ルッチーアは都市の外の世界をしらない。


都市の外には、広大な大自然と、どこまでも続く森、花畑に湖、高々と連なる山々がある。

巨大な岩をドンと地上に置いたかのような切り立った山々が、冠に雪を戴いて、立ち並ぶ世界。


その眺めはきっと美しく、信じられないほど雄大な世界があるのだろう。

703 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:37:55.19 8Ei2yFaN0 1534/3130



しかしそんな大自然を人間が住む世界とは考えない都市民であるルッチーアには、そんな世界に飛び出していこうとも思わない。



でも円奈は飛び出していく。

もともと雪景色の山々に囲まれた高原峰で育ち、やってきたあの少女は、この都市もやがて発ち、聖地へむけてこの途方もない地上の遥かなる世界へ旅していってしまう。


無数の山々を越えて、夜がくるたびに深森のなかで眠り、食べ物は狩りで得る。山河にめぐりあえば喉を潤す。


朝がくれば馬に乗りこなし、野道と獣道を進み、地道に聖地を目指す。一日何マイルかすすんで、2000マイルもむこうの大陸をめざす。




ルッチーアには到底、想像もできない日々。



都市生まれからすれば考えられもしない日々だが、農村生まれの人々からすれば、都市の生活こそ考えられもしない日々。


なにせ自然に囲まれて育った農民が、見渡す限り人工物しかない都市をみたら、驚くにちがいない。


自然ありきという常識を打ち破られてしまうだろう。


地面の石畳、その四方はすべて市壁に囲まれた城塞都市で、なかに樹木の一本も土も湖もない。



鳥も猪もいなければ、脅威の獣である森の狼もいない。



そこの生活は守られている。

もっとも守っているのは私たち魔法少女だが。

704 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:38:40.21 8Ei2yFaN0 1535/3130



しかし農村世界、あるいは森と山の世界では、魔獣を倒す魔法少女さえ自分の土地を守るために命がけで、激しい乱世の世界を生きている。



ルッチーアは都市のなかを歩く。

第一市壁、第二市壁…都市が大規模に成長していくにつれて、建て直されて大きくなる囲壁。


かつて汚染されていた川の、アーチ型のレンガ橋を渡って、馬の引く荷車が行き来する人々の間をすりぬけ、ごみごみした街路へ。

天井の多い持ち出し構造をした木造の家々が並ぶ通路にきた。


真ん中には雨水を溜める溝が。

糞尿もここに集められる。



きづいたら、自分の家の前にいた。


さんざん家族から金を魔法悪用で稼ぐように言われ続けて、ついに嫌気がさして、飛び出してしまった家。


いま、ルッチーアの手元には、円奈と二人で賭博を勝ち抜いた200枚の金貨のうち、半分の100枚がある。

家族が数年かかっても稼げないような大金。



お金持ちになりたいと契約して、お金持ちになった。


魔法少女としての自分の希望がここにある。


なのに、胸のなかは寂しさでいっぱいだ。

705 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:39:19.84 8Ei2yFaN0 1536/3130


果たしてこのまま家に戻ってしまうのが正しい道なのか。

家にもどれば、たちまちこの金貨100枚は家族のために使われ、自分は魔法少女として家族に認められるかもしれない。

家族はお金持ちになり、貧民層を脱する。つまり、中流階級にのしあがる。

まさに契約して望んだことだ。それが叶った。


でも、金の醜さを知ってしまった。

あの宿の女主人といい、闇ジョストといい……金は、人を醜くさせる。




いま自分は戻るべきなのか。

家に。


一歩踏み出すと、猛烈な悔しさが心中に生まれた。


この金貨は…100枚の金貨は……自分の希望。だが、希望の中身は……醜く、真っ黒だった。



「ちがう」

ルッチーアは振り返った。

目に溜まった水滴をうででぬぐった。

「私が戻る場所は、こっちじゃない」



自分には、還るべき場所がある。


でもその前に、最後まで見届けなくちゃ、還るにも還れない。


だから。


「どうか間に合って」


といって、ルッチーアは急いだ。

706 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:40:05.97 8Ei2yFaN0 1537/3130

281


馬上槍競技場ではジョスト二回戦がはじまろうとしていた。

泣いても笑っても最後の決勝戦、二回目のジョスト。



観客という観客、観衆という観衆がもりあがっているなか、審判は合図旗を降ろす。



ばっとそれがふりあげられる。


おおおおおおっ。


観衆たちが沸き立つ。


二人の騎士がフィールドに駆け出す。



ババババッ…



槍を前に突き出した二人の騎士が、激突しあう。


中央の柵を隔てて入れ違い、騎士同士は槍をぶつけあう。


ヒヒーン!

馬が鳴く。


ジョスリーンの槍もメッツリン卿の槍もくだけた。


二人とも顔面に直撃した。



互いに狙う場所が同じだった。


さっきは左肩、こんどは顔面……

技のレベルは同等。二人とも急所を正確に打てる。



ジョスリーンもメッツリン卿も顔面に槍をうけて大きく仰け反る。


バキバキと槍が細切れに砕けてゆき、ジョストをした二人の馬のあいだ、柵のところに落ちていく。


顔面を突いた槍の先端はこうしてフィールドのなからバラバラと砕けて落ち、原型も残さなかった。

フィールドは槍の破片だらけとなる。

707 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:41:04.17 8Ei2yFaN0 1538/3130



二人の騎士はジョストを走りきる。



応援と声援が高まる競技場の熱気。


「3-3でジョスリーン卿、メッツリン卿、現在引き分け!」


審判が宣言する。


「最終戦にうつります!」



ジョスリーンは出撃位置にもどってくる。


侍女のレミアは、いかにも恐ろしいものを見てしまったという顔をして、表情をゆがませ、主人の無事を祈る。


ジョアール騎兵団も緊張した顔つきで女騎士を見守っている。


メッツリン卿が勝つかジョスリーン卿が勝つかで喧嘩した漁師一家も、カップルたちも、互角の戦いから目が離せない。


レーヴェス、ビュジェ修道院長……黙って試合の行方を見守る。


市長、裁判長…あの女騎士と紋章官の裁判沙汰を知っている二人は、心内でひそかにジョスリーン卿を応援。



ルッチーアと娼街で喧嘩した茶髪の魔法少女、ルッチーアの不在に不満げな顔をしつつ試合を観戦する。


ロジャー・モーティマー卿、クラインベルガー卿、アンフェル卿、フーレンツォレルン卿。


今までジョスリーンと戦い、敗れた騎士たちまで、不満げな顔をしている。


自分に勝って決勝戦に進むのだから、勝てよという気持ちをてしいる。


残り半分はメッツリン卿のことを応援する。


彼の勇姿に夢中な男女たち。


メッツリン卿を応援する緑色の旗を振る。



さまざまな想いが交差するなか、ジョストは最終対決を迎えた。

708 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:41:35.12 8Ei2yFaN0 1539/3130

282



日が落ち始めていた。


都市開催の馬上槍試合は四日目、五回戦と準決勝と決勝戦。



午後を過ぎ、日差しは輝きを失いつつある。


大空はオレンジ色に染まり始める。



そんななか、今年度の都市開催のジョントは決勝戦へ。

それも、三回戦。最後も最後もジョストだ。



「現在、3-3で引き分け。ジョスリーン卿!メッツリン卿!準備はよろしいか?」

いよいよもって最終対決となり、審判の声もいささか緊張していて固い。


観客席の観衆たちも顔を固くして、最終対決の始まりを見守っている。

まさに緊張の沈黙。息を殺して見守る観客たち。



オレンジの日差しが木造の槍競技場に降り注ぐ。競技場全体が輝く。騎士二人は槍をばっと上へ持ち上げる。


生暖かい空気。観衆たちの熱気と夕暮れの暖かさが交じり合う空気。


決勝戦の空気。



審判は緊張した顔つきを浮かべながら、ゆっくり頷き、最終対決の幕をあげる合図旗を持ってフィールドへ出た。

前へあるき、槍の破片だらけの柵の前へ。


709 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:42:03.19 8Ei2yFaN0 1540/3130



誰もが声を殺して審判を見つめる。


まさに合図旗をあげようとしたとき、少女の声が轟いた。


「まってよ!」


どこからか声がして、観客たちがいっせいに声のした方向へむく。


審判も顔をあげて声の方向をむいた。


「まってったら!」


赤色がかったオレンジの日差しが降りる頃、その燃える夕日のむこうで、黒い魔法少女が現れた。


はあはあ息を喘ぎながら、馬上競技場へ現れる。



観客席に座っていた見物客に紛れた魔法少女たちが、顔を綻ばせる。

レーヴェス、修道院長が、嬉しそうに笑った。「ルッチーア…」


娼街で喧嘩していた茶髪の魔法少女も鼻をならした。

710 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:43:20.63 8Ei2yFaN0 1541/3130


「なに私なしで決勝戦はじめてるのさ!」

ルッチーアはぜえぜえ息つきつつ、ジョスリーンと円奈に叫んだ。

「私はいらないっていうのか!」


「いや、時間がきていたものでね」

ジョスリーンは甲冑の面頬をいちどあけた。

魔法少女のほうへふりむく。「次で最後の三回戦だ」


「次で三回戦かい、そーかい」

膝に手をつけて息をはあはあ吐きながら、呼吸を整える。

「で、今の点数は?」


「3-3で互角だ」

ジョスリーンは答えた。


「私なしで二回戦もして……」

ルッチーアは顔をあげた。

「あんたらが決勝戦にこれたのは私のおかげだぞ!」


ジョスリーンも円奈も笑った。

「そうだな、五回戦で円奈にかわって紋章官をしてくれたな。キミのおかげだ」


「だったら私なしで決勝戦するなよ!」

ルッチーアは怒っている。

「決勝戦くらい、私にも見届けさせろってば!」


「わかっている。この二回戦までは前哨戦みたいなものだから、大丈夫だ」

ジョスリーンは前に向き直った。金髪と翠眼をしたその姿にオレンジ色の夕日が降りる。

「次が本番だ」


夕日を浴びる女騎士の姿。

騎乗姿は、燃えるような赤色の日差しを帯びる。

その色が甲冑にも映る。夕日の色が。

711 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:44:13.95 8Ei2yFaN0 1542/3130



「ジョスリーン卿の人員が揃いました!」

突然、馬上槍競技場で、ある人が席をたって、大きな声を競技場にだした。


なんと、それは、特別席に座る、市長だった。


「ジョスリーン卿らは、あの三人で一つ。やっと揃いました!」


市長の声は、都市じゅうの人々が観戦にきた観客席のほうへ、届いていく。


「選手として挑むジョスリーン卿。それを支えた異国の騎士鹿目円奈と、そして魔法少女のウスターシュ・ルッチーア。彼女たちは決勝戦にくるまでいろいろありましたが、三人いてはじめてこの決勝戦にまで来れたのでしょう!最後の最後にして、ようやく三人揃いました。さあ、エドレスの都市の諸君!皆で見届けましょう。この決勝戦を!」


パチ、パチ、パチ。

市長は特別席を立ちながら、拍手する。



すると、次には。


パチ、パチパチパチパチパチ。

市長につづいて、都市じゅうの観客も、拍手しはじめた。


市民、貴族、騎士たち、魔法少女も───一緒になって拍手する。


パチパチパチパチパチ……


満場の拍手。優しい拍手だ。波乱に満ちた三人の決勝戦進出を、暖かく、迎えた。

712 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:44:48.87 8Ei2yFaN0 1543/3130



「いっただろう、次が本番だって」

ジョスリーンはもう一度馬上で振り返り、ルッチーアをみた。

「キミがこないと本番じゃないのだ」


「…」

ルッチーアは言葉を失くして女騎士をみあげている。


競技場に響き渡る、観客席からの拍手も。



フィールドの向こう側にたつメッツリン卿は、顔色ひとつ変えず最終決戦の始まりを待っている。


「でも…私は」

ルッチーアの声は、寂しい。

「わたしは、この試合が終わったら、また一人になるよ」


円奈は聖地に旅立つ。

ジョスリーンは実戦にでる。


「私だけ残されるんだ」

ルッチーアは呟いた。

「帰る家もない、都市からも出れない。一人だよ」


顔を俯かせ、黒色の前髪に表情を隠してしまう。

713 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:45:16.69 8Ei2yFaN0 1544/3130


市長は特別席に座りなおした。


審判は、合図旗をあげてもよいのか迷っていて、ジョスリーンらの様子をうかがっている。



顔を俯かせている黒髪の魔法少女。

都市で円奈とジョスリーンを暴行事件に巻き込んだことからはじまった、この三人の馬上槍試合。


するとジョスリーンは、決勝戦に挑む前、最後にルッチーアに語った。

それは最後の会話だった。


「ルッチーア、わすれるな」

女騎士は告げる。

ジョスリーンが話し出すと、ルッチーアは顔をそっとあげた。


「いつも、どこかで、だれかが───」

ルッチーアがジョスリーンをみあげる。

女騎士の甲冑姿が夕日に照らされる。

「キミのために戦っている。それを忘れない限りは────」


いよいよ、決勝戦だ。


「おまえは、孤独などではない」



女騎士は面頬を閉じ、円奈から槍を受け取った。


審判は合図旗をふりあげた。



ジョスリーンは最終対決へと馬を駆け出していった。

714 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:45:45.98 8Ei2yFaN0 1545/3130


「やぁ!」

掛け声だし、馬の速度をはやめる。「はぁ!」

馬が走り出すと、槍を前へむける。



夕日を帯びて煌く女騎士は、ジョストのフィールドへ。


ジョスト最終対決へ…。



対するメッツリン卿もフィールドへ駆け出した。


槍を前に突き出し、馬は柵の隣を走る。速度はすぐに高まる。激突に申し分ない速さとなる。




都市じゅうの人々、魔法少女、市長に裁判長───これまで戦ってきた騎士たち。


全員が見守っているなか、槍同士は激突した。



槍の砕ける音は、競技場じゅうに轟き渡る。


ドガッ。

バキッ!


二人の槍が砕ける音。


互いの身体に直撃する槍。



正面から槍を伸ばして当り散らす二人の騎士…。


これが、本当の本当に最後の激突。

715 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:46:46.00 8Ei2yFaN0 1546/3130


そして、決着はついた。



猛烈な一撃に耐え切れず、ついに、騎士の身体は落ち始めてしまう。


後ろ向きによろけ、騎士は空をみあげ、視界いっぱいに夕日をみたあと、がたん…と音をたてて、地面に落ちてしまう。



落ちたのは……。




ジョスリーンだった。



女騎士は空をみあげながら、馬から落下し、手足を投げ出して、フィールドで仰向けとなった。



馬だけがジョストを走り抜け、向こう側に辿りついた。



メッツリン卿は勝利した。


折れた槍をふりあげ、勝利のポーズを示す。



審判はジョスリーンが落馬し、メッツリン卿はジョストを走りきったのを認め。

顔を頷き、声高に宣言した。


「ポイント、3-6でメッツリン卿の勝利!優勝、ベルトラント・メッツリン卿!」


審判の宣言する声が遠く聞こえる…。

716 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:47:19.06 8Ei2yFaN0 1547/3130



ジョスリーンは、赤く染まった夕日をみながら、きれいだ、と思った。


草原に寝転んだかのような気分が胸にひろがっていく。

爽快な気持ちだ。


「私の騎士を目指す夢は」

ジョスリーンはすうと息をすい、目を閉じると、言った。「終わった…」


夢は終わった。

ジョスリーンの、女騎士に憧れ焦がれる夢は、いま、終わった。



競技場で叫ばれる歓声、声援、黄色い声の嵐…。


それらの全ての声が、遠く聞こえる。



人は誰だって夢を見る。

多くの場合、つかめず叶えられず、夢は崩れてしまう。


でも、それでも追い求めて。

夢にむかって真っ向に突き進み続けたジョスリーンの姿は。


たしかに、いま、都市じゅうの人々に、見届けられた。

717 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:47:55.64 8Ei2yFaN0 1548/3130

283


全ての種目の試合がこうして終わり、表彰式が開かれた。


表彰式は、市長が同席し、その隣で審判が、試合結果を副審判が書記として書きとめた試合結果の羊皮紙に目を通しながら、優勝者、準優勝者のの名を呼ぶ。


すべての槍の破片が片付けられたフィールドに、今年度の競技大会に参加した全ての騎士、70人あまりが、整列している。


私服の騎士もいれば、甲冑姿の騎士もいた。


夕日を帯びて鎧がオレンジ色の光を反射する。



「フレイル試合優勝者───」

審判がくるっとまとめられた羊皮紙を上下に開き、内容をよみあげる。

「ロジャー・モーティマー卿!」


おー。

パチパチパチパチ。


フレイル試合の優勝者が市長の前に出て、お辞儀すると。


すると市長は都市側で用意した賞品を、表彰状とともにモーティマー卿に手渡す。


モーティーマーは卿は二つとも受け取り、またお辞儀する。


表彰状には、モーティマー卿の紋章が、描かれていた。

黄色い盾に、赤いバッテンを印した紋章だ。


表彰状の下部分には、市長による真っ赤な封蝋が捺されている。


「剣試合優勝者───」

審判はまた、あらたな羊皮紙を両手つかって上下に広げ、読み上げる。

「アクイナス・シュペー卿!」


といった調子で、表彰状の授与が、つづく。

718 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:48:40.39 8Ei2yFaN0 1549/3130


夕日の赤色はますます濃くなる。


「弓試合優勝者───ストーリブル・シャステル卿!」


弓試合の優勝者は表彰状とともに、金メッキの施した矢を受け取る。


「そして、馬上槍試合優勝者に、準優勝者───」

一気に騎士たちの注目が増した。


審判が一度息いれてから、羊皮紙を慎重に読み上げる。



馬上槍試合の優勝こそが、最も名誉で、最も高価な賞品を得られる。

ジョストの参戦者は非常に多いので、準優勝者まで、式で讃えられる。



「発表します。準優勝者は、アデル・ジョスリーン卿!」


おー。

ぱちぱちぱちぱち。



騎士たちと市民たちの拍手が起こる。


ただ準決勝まで勝ち進んだ、健闘を演じてみせただけでなく、紋章官の読み違いから魔法少女の乱入、最後には紋章官が実は異国出身の騎士だった等等の、観客たちを何度となくハラハラさせたジョスリーン一行の戦いぶりを、誰もがここでは讃えた。


ジョスリーンは市長の前にでて、表彰状と、金メッキを施されてできた小さな騎士を象った駒を受け取る。

手の平サイズの騎士の駒で、きらきら、金色に輝いていた。



「続いて、馬上槍試合の優勝者にして今年度の総合大会優勝者───!」


審判がいきなり声をいっそう高くして読み上げる。


騎士たち、市民たちの注目が集まった。


「発表します!」

審判は羊皮紙に描かれた緑色ベースに銀色の月を描いた、有名な家系の紋章を読み上げる。


「ベルトラント・メッツリン卿!」


おおおおおおっ。

ぱちぱちぱちぱち。



騎士と市民じゅうの喝采が沸き起こる。メッツリン卿は表彰状と賞品を市長から授与され、お辞儀する。

719 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:49:43.48 8Ei2yFaN0 1550/3130


お辞儀したあと、観衆へくるり向き直って、両手に授与されたものを掲げた。


右手には賞品、つまり金色の大きなカップ、左手には賞状。

両腕をふりあげて優勝っぷりをアピールする。




もう何度となく大会総合優勝者になっているメッツリン卿は、今回も観衆たちから喝采を浴びた。

720 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:50:26.04 8Ei2yFaN0 1551/3130

284


表彰が終わると、市長は、今回の大会に参加したすべての騎士たちにむかって、式辞をはじめる。


「今回、私の都市開催の大会に参加した、エドレス領内の騎士の諸君、それから、国外の騎士の諸君…、」



こういう話はほとんど誰もきかない。



隣同士並び立ったジョスリーンとメッツリン卿は、市長の前に整列しながら、式辞は聞きもせず二人で会話をはじめていた。


「いい戦いでしたよ」

メッツリン卿はジョスリーンに話しかける。

「私に勝つには力不足でしたが」


「そうだな、それは認めよう」

ジョスリーンも答える。市長の式辞は、もう二人の耳には入らない。「見事な一撃だった。普通の騎士は槍をあてただけで終わりだが、あなたは私の腹の奥まで槍を突き出した。今も腹が痛い。子を孕めなくなったみたいだ」


「きつい冗談だ」

メッツリン卿は笑う。面くらったような笑い方だったが、余裕は消えていない。

「いろいろ理由つけて私から逃げるつもりかな」


「逃げるなど」

ジョスリーンは市長の顔だけは見つめている。話は耳に入らない。

「騎士のすることではなかろう」


「貴女はもう騎士ではない」

メッツリン卿は意地悪くいった。「貴婦人だ。それも、最も地位と富のある」

721 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:50:59.09 8Ei2yFaN0 1552/3130


「それはどうかな」

ジョスリーンは、市長の式辞が語り終わり、みんなが拍手すると、自分たちもまわりにあわせて拍手した。


結局市長の式辞を一言もきかなかった。

ただ、まわりが拍手したから、自分も拍手するだけだ。


「私は逃げるもりはないといった。つまりこれから、前科持ちになるのだ。地位も富もなくなるよ」


メッツリン卿は怪訝な顔をした。

「どういうことだ?」


「この試合が始まる前、私はちょっとした職権濫用をしてしまってね」

ジョスリーンは答えた。

「これからその自白をする。そのあとでよければ、あなたと結婚しよう」



メッツリン卿はうろたえた。

前科持ちの貴婦人と結婚はできない。家系が認めるわけがない。父も母も親戚も。


「いったい何をしたというのだ?」

相手の話が信じられなくて、メッツリン卿は問いただす。


「夜警騎士の権限をつかって、魔法少女に有利な証言を通した」

ジョスリーンは告げた。「私は市長と裁判長に自白する。ルッチーアに罪状がいくが、そこは私がなんとかする」


「魔法少女だと?」

メッツリン卿は愕然とする。自分の耳にした話が信じられない。

「そんなやつらのために家系に泥を塗ったと?」

722 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:51:30.62 8Ei2yFaN0 1553/3130


「家系など、私にはどうでもいいし、家系も、私のことなどどうでもいい」

ジョスリーンは、貴族家系に貴婦人として生まれた自分の境遇と心境を、そう言い表した。

「あなたと結婚すれば、家系は喜ぶが、私はそんなことどうでもいい。私が前科持ちになろうと、そんなこと家系にとってはどうでもいい」


メッツリン卿は顔を青ざめさせて固まる。


「それでは先に失礼するよ」

そんな固まっている騎士を尻目に、市長の式辞も閉会式も終わった場を解散して、ジョスリーンはその場をあとにして去った。

723 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:52:33.18 8Ei2yFaN0 1554/3130

285


ジョスリーンはルッチーアと円奈のもとに戻った。

甲冑は脱いでいた。


甲冑の下のダブレット姿。男装だった。



「こういう結果になったが」

ジョスリーンは、心配そうに見上げてくる円奈たちに、話した。

「おまえたちのおかげで、私は騎士になれた。そんな舞台に立てたんだ。こんな嬉しいことはなかった」


といって、円奈とルッチーア、二人の肩に触れる。

「ありがとう。感謝している」

今にも泣き出しそうな円奈の頭をぽんと触れる。

「聖地に旅する騎士、鹿目円奈。こんな私のために紋章官をしてくれてありがとう。無事に聖地に辿り着けるよう、祈っているぞ」


ひっく。

円奈の肩が浮き上がる。


それからジョスリーンは次に、ルッチーアのほうに向き直った。

準決勝で得た賞品、金ぴかの騎士のおもちゃを、手渡す。


ルッチーアが訳もわからず賞品をうけとる。「これは?」


「きみにだ」

ジョスリーンは優しく笑いかけた。「金貨50枚くらいの価値はある。これから、キミに困ったことが起こるかもしれない。そのとき、これを金貨に換えて、なんとかするんだ。私からの贈り物だ」


「金貨50枚…」

ルッチーアは手元に抱えた金メッキのおもちゃを見つめる。

これには、金貨50枚の価値がある。貧民層のルッチーアには到底手も届かないような金額。

「いらないよ、こんなの」

ルッチーアは顔をみあげ、ジョスリーンをみた。

「かえすよ!お金なんか、もういらないんだ」

景品をジョスリーンに突き返す。

724 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:53:10.84 8Ei2yFaN0 1555/3130


自分が契約した祈りとは真逆の言動をとる。



「いや、キミのものにしてくれ」

ジョスリーンは首を横に振る。

「キミのものだ。これからくる苦境には、それで切り抜けてほしい。私からできるせめてものことなんだ」


「どうしてさ…」

ルッチーアは、また、下向きに顔を落として、俯いてしまう。

「どうして私なんかにそうまでしてくれるのさ……」


両手に抱えた金メッキの景品が、震えている。


「私はこれから、キミを助けるために酒場の暴行事件で職権濫用したことを自白する」

ジョスリーンがいうと、あっと円奈が驚いた顔をした。

「キミに容疑が再びかかるかもしれない。だから、金貨50枚で、罰金として支払えば、キミは安全だ。市長には自白のとき、そのようにお願いする」


するとジョスリーンは、ルッチーアと円奈の二人に背をむけた。

「だから、キミたちとはお別れだ。一緒にジョストを戦ってくれて、本当にありがとう。では、さらばだ。私は牢獄で暮らすだろう」


円奈が驚いて動けもしないままのとき、去るジョスリーンの背中を、ルッチーアは掴んで止めた。


「まって!」

ルッチーアは懸命にジョスリーンを引き止める。「まって!いかないで!」


725 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:53:44.10 8Ei2yFaN0 1556/3130



ジョスリーンが振り返る。「はやくしないと、メッツリン卿が動いて、私の職権濫用のことはもみ消される。私はいかねば」


「だめだ!いかないで!」

ルッチーアはそれでもジョスリーンを引き止める。「今は私と一緒にいて!お願いだから…」



ジョスリーンは困った顔をする。「どうしてだ?」


ルッチーアは、顔を震わせながら、恐ろしいことを口にした。「もう、限界、なんだ…」


ジョスリーンと円奈の顔に、驚きが浮かぶ。


「しってる?魔法少女には、限界があるんだ…」

ルッチーアは、ジョスリーンの背中を掴みながら、身体を震わせつつ、語る。

「限界がくると、円環の理に導かれる…」


ジョスリーンが魔法少女のほうに向き直る。


「一人で導かれたくない」

ルッチーアの身体の震えはとまらない。

じきにくる、もうじきくる、その時を身に感じ取って、恐怖に震えている。

「だから、今は一緒にいてほしいんだ」


ルッチーアの、身体の震えが、掴まれたジョスリーンにも伝わってくる。


人間には分からぬ終焉への怯え。

726 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:54:27.62 8Ei2yFaN0 1557/3130



天から導きがやってきて、導かれるその瞬間を、途方もない気持ちで待つしかない恐怖。

逃れられぬ魔法少女の末路を待つだけの恐怖。


その恐怖がいま、ルッチーアを襲っている。


ジョスリーンは夕日の天をみあげた。都市の空を。赤色に染まった雲を、夕空を。


円環の理らしきものは見当たらない。

人間には見えないのだろうか。


「わたし、ここずっと、魔獣狩り、しなかったんだ」

身体を小刻みに震わせつつ、ルッチーアは、ジョスリーンと円奈の二人に、話した。


「ばかだなあ……円環の導きが近いって、自分でもわかってたくせして、グリーフシードも稼がないなんて」


人間の円奈とジョスリーンには、魔法少女の独り言の意味がわからない。

互いに顔を見合わせるだけ。


だが、今から、悲しいことが起こる、それだけは理解できる気がした。


「夜になったら魔獣を探しに行く…それが魔法少女の務めなのに、私はずっとあんたらと一緒にいた。魔獣狩りなんてに出かけたくなくて、ただ、あんたらと一緒にいたくて…正義の魔法少女なんかしちゃってさ…」


円奈は、ルッチーアがここ最近ずっと、自分と同じ宿に泊まっていたことを思い出す。

それを思えば、ルッチーアは、魔獣狩りに夜間、でかけていなかったことがわかる。


だって、ずっと自分と一緒にいたのだから。

727 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:55:21.08 8Ei2yFaN0 1558/3130



ルッチーアは力を失って、地面にばたりと倒れてしまう。

仰向けになって、天をみあげた。



いつくるかもわからない導きを待ちながら。

「でも、わたし、いますごく幸せなんだ」

震える魔法少女はいう。

「魔獣狩りはしなかったけど、あんたらと一緒にいる時間、楽しかったな。あんたらだけだったぜ。魔法少女の言葉を、真に受けてくれるの」


ジョスリーンと円奈には、いま魔法少女にかけてやれる言葉がみつからない。

できることは、死に際の魔法少女の、言葉を、そばにいて、きいてあげること。それだけだ。


「だから、わたしからも礼をいうよ…ありがとう」

ルッチーアは微笑んだ。


「円奈、ジョスリーン、お願いがあるんだ」


もう、円環の理に導かれるのを待つばかりだけとなった都市の魔法少女は、最期に、願いを二人に託した。

「わたしが円環の理に導かれたら、わたしの残された体、修道院にもっていってくれる?脱け殻が残るのはいやなんだ。同じ魔法少女のみんなにも面倒がかかる。それから、この賞品…」

ルッチーアは胸元に抱えた金メッキの騎士のおもちゃを抱きかかえる。

その手は震えている。

「家族に、渡してくれる?貧乏に苦しんでいるんだ。わたしの家族…だから、これを渡してしほいな。約束してくれる?」


円奈が率先して動いた。

ルッチーアの前に膝をついて座り、彼女の両手を握ると、うんと答える。

「約束する」

ピンク色の瞳がルッチーアを見て、頷く。

強い意志が声にも瞳にも、こもっていた。「約束するよ。ルッチーアちゃん」


ルッチーアはまた、笑った。


幸せそうに…。


「ありがとう、ね」


その言葉を最後に。

728 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:56:02.40 8Ei2yFaN0 1559/3130


パシッ。

ルッチーアの左手の指輪に亀裂がはしる。


「うっ…!」

いきなり、苦しそうにルッチーアが呻いた。


パキキ!

指輪の亀裂は増える。魂にはいった亀裂だ。そのたびにルッチーアの顔が苦しくなる。

「うッっ─!ぐっあ…!」

目をぎゅっと閉じて、耐えがたき苦痛と戦い、すると。



「…!?」

ジョスリーンは確かに見た気がした。


天から現れたピンク色の煌きを…。たった一筋の神聖な光の筋を…。


夕日の天空からあらわれたそれは、雲のあいだを伝い、あっという間に降りてきて、ルッチーアの指輪に流れ込み、包む。

優しい光が。


迎えがきた。


ルッチーアの苦痛が和らいだ。


ルッチーアは眠るようにぐだりと顔を横向きにして、とうとう、動かなくなった。

女神の優しさに包まれて、子守唄の音色のなかで眠る子のように。ぐっすりと…。



魔法少女の宿命を、ルッチーアは正しく辿った。


そして円環の理に導かれて、ルッチーアは、”神の国”へと旅立った。

729 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:56:39.06 8Ei2yFaN0 1560/3130

286


円奈はいま目の前で起こったことが信じられないでいた。

彼女自身、実は、”円環の理”というものがどんなものなのか、知らないでいた。



ただ、来栖椎奈や、アリエノールから、”救いの地”と教わっていただけだ。


だから、魔獣と戦い続けた魔法少女を。


大切に祝福して、天国に送り届けるような、優しい救済だと思っていた。


だが円奈は、円環の理に導かれ、その天命を終える魔法少女の現実の姿を、いま初めて目の当たりにする。



魂だけ天にもってかれ、脱け殻が残された魔法少女の死体を…。


円奈にはそれが信じられない。

この残酷すぎる末路を受け入れることができない。


円奈は抱き上げる。

意志を失くしたルッチーアの体を……。


もう二度と動かない、ルッチーアの身体を…。



円奈がたまらず抱き上げると、だらんと首だけ垂れた。ルッチーアの死んだ瞼が開いた。

瞳に意志はなく、生気もない。でろんと白い目玉が垂れ落ち、呆然と地面を見下ろすだけだ。


太陽の日を目にあてようとも、瞳孔は大きくなったり小さくなったりしない。

完全に死んでいる。

730 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:57:18.55 8Ei2yFaN0 1561/3130




「ルッチーアちゃん…!」

円奈にはこの残酷な現実が信じられない。

「ルッチーアちゃん!」

懸命に黒髪の少女を呼ぶ。背中を抱き上げる。でも、頭は力なく垂れてしまっていて、瞼は開かれ、瞳は人形のように虚ろだ。


円奈がどんなに呼んでも、ルッチーアはもう動かない。円環の理に導かれ、魂は天へ導かれたのだから。


ジョスリーンは目を驚きに見開いて、まだ天を見上げている。


ピンク色の閃光が雲から現れた夕日の赤い空を。


「神の国は」

ジョスリーンは夕暮れの天空を見上げながら呟く。「実在するのか…」


赤色の雲が流れる。

人間の手には届かぬ天に…雲は流れ、夕日を帯びて赤色に染まりながら、どこかへ流れゆく。


雲はどこに流れてゆくのか。ジョスリーンには分からない。この時代の人間には知る術もない。

知るのは神のみ。

731 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:57:58.89 8Ei2yFaN0 1562/3130



「ルッチーアちゃん…!」

円奈の頬から涙が伝い、ルッチーアの死んだ目をした顔の頬に落ちた。

「そんな…目を覚ましてよう…!」


少女の想いは、届かない。


「円奈」

ジョスリーンが円奈にそっと声をかけた。

「ルッチーアは、円環の理に導かれた。もう、戻ってはこない」



「円環の理に導かれたって…」

円奈は、まるで納得できない、というように声を荒げる。

「円環の理に導かれるってなに!?」


きっと、涙に濡れた目でジョスリーンを見あげる。

怒っている。


「ルッチーアちゃんがこんなことになっちゃって……ひどすぎるよ!」


ジョスリーンは何も答えることができない。

ただ押し黙って、死んだルッチーアと、それを抱きとめる円奈を見ていることしか、できない。


「これが救いなの…?これが、救われるってことなの…?」


円奈には分からない。

人間の円奈には、否応なしに天に命をもっていかれる円環の理の残酷な仕組みの、どこが、救いなのかが理解できない。

732 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:58:46.14 8Ei2yFaN0 1563/3130


「ひどすぎるよ…ルッチーアちゃん…あああ…」

一緒に馬上槍試合の優勝のために。

あるときは口喧嘩し、あるときは別れ、あるときは助けられて、あるときは金貨100枚を賭けるヒヤヒヤを共に体験してきた。


そんな彼女の悲しい末路、円環の理による死が、円奈には受け入れられなかった。


ルッチーアがどうして円環の理に導かれる最後の最後、怯えて震えていたのかがわかった。

自分は死ぬことだと、知っていたのだ。


「これが聖地ですることなの…?」


円奈は疑問を口にする。


「これが魔法少女の救いなの…?これが救いなら、聖地はこんなことばかりが、起こっているの…?」


だが世界中の魔法少女は、聖地を崇め、そして巡礼しにいく。

ルッチーアでさえ巡礼は夢見ていた。


「円奈」

ジョスリーンは地べたで泣き崩れてしまう円奈の肩に触れる。

自分もしゃがんで円奈に背を合わす。


「ルッチーアの約束を果たそう」


「約束…?」

ピンク色の瞳に目に涙を浮かべた円奈がジョスリーンに顔をむける。

「そう、約束」

騎士としての夢を絶たれたジョスリーンは、貴婦人として、少女騎士に丁寧に話す。

「この身体を、修道院に届けること、そして景品を家族に届けることだ」


目に涙を溜めた円奈は、泣き崩れた顔をしながらも、小さく頷いた。「…うん」


ジョスリーンも、優しげに微笑んだ。

733 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/18 23:59:26.50 8Ei2yFaN0 1564/3130

287


夕暮れが深まる。


二人は馬上槍試合場をあとにした。


もう二度ともどってくることはない競技場。

円奈は一瞬だけ振り返る。



自分が紋章官として何度か紹介役をつとめた競技場。

ルッチーアの乱入が起こった競技場。



ジョスリーンがジョストに挑んだ競技場を、あとにする。


心で別れを告げる。



二人は夕日の降りる都市広場へときた。


広々とした扇状の空間は、地面も建物群も全て石造り。


空は赤い。

広場にくると、よりいっそうそれがわかる風景になる。空が見渡せるほどの空間だからだ。


夕暮れの都市。


雲が増える。夕日はますます赤色を増す。美しい夕空。

肌に心地よいひんやりした風が、都市に流れ込む。夜風だ。



ルッチーアの死体を両腕に抱えたジョスリーンは、都市広場の市庁舎、噴水の横を通り過ぎ、修道院へ。



都市の魔法少女たちが使う修道院。

円環の理の救いを、身に感じ取るための、魔法少女たちにとっての神聖な場。

人間世界の俗から隔たれた場。


円奈の目指す聖地の片鱗ともいうる神聖なる家は、ここに建つ。

734 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/19 00:00:14.44 q5xmwXZ10 1565/3130


修道院の入り口にはレーヴェスが番人として立っていた。

以前もやり取りした円奈たちとレーヴェスは、前とはまったく違う視線の交わし方をする。



ジョスリーンはすまなそうに修道院の入り口に近づき、石造りの階段をのぼった。


そして、ルッチーアの死体を、そっと優しく、入り口の扉の前に置いた。


「彼女を修道院に沈めてくれ」

ジョスリーンは番人に頼み込む。

「わたしがきみにしてしまったことはもちろん覚えている。だが、今回はどうかそれを願う」


レーヴェスは、ゆっくりと頷いた。

「また君らとこんなことで顔をあわせるなんてね」

レーヴェスは黄色い瞳でジョスリーンと円奈の二人をみる。

「手品を披露しにきたわけではなさそうだ」


ジョスリーンは苦笑い。

「きつい冗談だ。ルッチーアにそうすれば入れるといわれたもんでね」


「ルッチーアらしいおふざけだ」

レーヴェスも笑う。だが、どこか寂しげだ。「それにまんまと乗るきみたちもお人よしな人間だ」


ルッチーアの死体を抱き上げながら、レーヴェスは一言、付け加えた。

「そんなお人よしのあんたらだから、ルッチーアがなついたのかもしれないな」

ジョスリーンが不思議な顔をする。

735 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/19 00:00:52.04 q5xmwXZ10 1566/3130



「よく修道院でもめていたんです、ルッチーアとは」

相手の疑問を感じ取ったらしいレーヴェスが、自ら話しだす。

「魔法少女のあり方について……自分のためだけに魔法を使うのか、それとも人のためにも使うべきなのか…そんなもめ方でしたね」


ジョスリーンはますます分からないという顔をする。


「まあ人間たちにいっても分からぬ話ですよ」


まるで相手の心を読むかのような魔法少女は、また告げる。


「でも、私らと共にいても、ルッチーアはあんなには笑いませんでしたよ」

くるりと身を返し、ルッチーアの死体を、修道院に入れるべく扉に向かう。


するとレーヴェスは最後に、修道院に入るという禁忌を犯した二人の人間に、問いかけた。

「修道院の中はどうでしたか?」


意外な質問にジョスリーンと円奈の二人は目を合わす。


ジョスリーンが先に口を開いて答えた。

「素晴らしい、神聖な、美しい場所だった」


ルッチーアを抱きかかえた魔法少女の背中がわずかに動いた。


「あなたがた人間は、”円環の理”を残酷だと思うかもしれませんが、私たちには、素晴らしい、神聖な、美しいものなのです。あなたがたが修道院の中で感じた、まさにそれなのです」


と言い残し、扉を通り、ルッチーアは修道院のなかへと運ばれた。


736 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/19 00:01:36.05 q5xmwXZ10 1567/3130



円奈とジョスリーンは、ルッチーアを二度とみることがない。

これが本当の別れだ。


二人は初めて修道院の本当の意味を知った。

魔法少女しか入れぬ、人間禁制である意味。



円環の理に導かれた少女たちが眠る場所だった。

737 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/19 00:02:32.30 q5xmwXZ10 1568/3130

288


ルッチーアの死体を修道院に引き渡したジョスレーンと円奈の二人は、まず市庁舎にむかった。

市庁舎へゆき、市長の許可を得て、市長議員から羊皮紙の名簿にのったルッチーアの家を探し当てた。



この戸籍情報を便りに、二人はルッチーアの家を訪れる。


初めて訪れる、魔法少女の家。

魔法少女の娘をもった家族。どんな家族なのだろう。どんな家族関係がそこで、築かれたのだろう。


円奈は、両手に、ただあの金メッキの施された騎士像のおもちゃを抱えて、緊張を顔に浮かべながら、ルッチーアの家の扉をたたいた。


家は、貧相だった。


土と泥を塗り固めた壁をした木造の家。


壁は、柱がバッテンに交差した組み立ての家の、屋根は三角形で、赤色。


木骨造の組み立て屋根。


扉が開いた。


ルッチーアの母は、見知らぬ少女と貴婦人の訪問に、驚いた顔してこっちを見る。


「なんの用だい?」


ボロ着れのようなつぎはぎの服をきた女は、言った。「あんたらみたいな、貴婦人らが、あたしに用か?」

738 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/19 00:03:00.52 q5xmwXZ10 1569/3130



「ルッチーアちゃんが…」

円奈は恐る恐る、母親に、話した。

「これを渡してほしいって…」


「ルッチーアだって?」

母親の様子が変わった。慌てている。「ルッチーアがいるのかい?ルッチーアはどこだい?」


円奈は悲しそうに目を落とした。ジョスリーンも口を噤んでしまう。


母親が二人の態度に気づいて、ますます、慌てて、うろたえはじめた。


「どこなんだい!ルッチーアはどこなんだい!会わせてくれ!」


円奈はすぐには答えられない。

母親に事実を告げるのが苦しい。


でも黙っているわけにもいかない。

申し訳なさそうに、円奈は、重苦しい口を開いた。

ゆっくりと、その言葉を、口にだす。

「円環の理に導かれて……」

739 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/19 00:03:50.11 q5xmwXZ10 1570/3130


「なんだって?」

母親は驚愕する。聞きなれない言葉に唖然としたが、何か、それが恐ろしい意味をもっているかのような予感を、母親として感じとった。


母親はますますうろたえ、狼狽し、我を失ってしまう。

「なんだいそれは!ルッチーアはどこだい!あわせてくれ!知っているんだろう!」


「ルッチーアちゃんは…もう」

円奈はこみ上げる嗚咽をこらえ、鼻をかんだ。「もうこの世界には……いないんです」


そんな話に納得できるはずもない母親は、怒りを爆発させてしまう。


「わけわかんないこといってるんじゃないよ!」

二人は押し黙ってしまう。

「なんだい円環の理って!はやくルッチーアに会わせてくれ。さいきん喧嘩しちまったんだ。いまも元気なのかい? 食べ物に困ったりしてないだろうね?」


円奈はそれには答えず、ただ、ルッチーアとの約束を守るため、景品を母親に手渡した。

「これを…」

騎士像のおもちゃを母親に手渡す。「ルッチーアちゃんから、渡して欲しいって…」



母親は言葉を失いながら受け取る。意味不明の品。こんなもの手渡して、なんの意味があるのか分からない。


奇人をみるような非難の目を円奈にむける。「なんだいこれは?」



「金貨50枚の価値はあります」

母親の顔に猛烈な怒りがこみあげる。

それでも円奈は告げる。「ルッチーアちゃんが、せめて家族のためにって……そういって、あなたに渡すことを頼まれました」

740 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/19 00:04:39.26 q5xmwXZ10 1571/3130


「いらないよ、そんなもの!」

母親は叫び、ついには泣き出してしまった。

ゴトっと騎士像のおもちゃを落とし、力なく地面に崩れ落ちる。

「なにが金貨50枚だい!そんなものほしいなんていってないだろう。ルッチーアにあわせてくれ。ルッチーアに…」


泣き崩れる母親にかけてやれる言葉は、円奈たちには見つからない。

申し訳なさそうに、母親を見守っているだけ。


「なにが円環の理だ?そんな話、あたしゃきいてないよ…ルッチーアをかえしてくれ。ああ、ルッチーア、不器用な母でごめんよ。こんな母親でごめんね?ああルッチーア、こんなふうになっちまって…」


金貨50枚の価値があるという、金ぴかの騎士像のおもちゃを手に抱きかかえる。


「これが契約した魔法少女の、なれの果てなのかい?ああ、確かにあたしらを大金持ちにしてくれたね? でもおまえさんが、こんな姿になっちまったら、元も子もないだろうよ……バカなルッチーア!」


騎士像を抱いて泣き崩れる母親のもとを、円奈とジョスリーンは静かに去った。


約束は果たした。


もう、自分たちからできることはない。

ルッチーアは戻らない。

ただ金貨50枚という価値だけが、母親の元に戻った。



魔法少女の希望は確かに、叶えられた。

自分の存在を希望の価値に変換してしまうことで。




そしてそれが、魂を代価にする、ということだった。

741 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/19 00:06:13.62 q5xmwXZ10 1572/3130

289


ジョスリーンと円奈の二人は都市の夕暮れ空をみあげる。



赤色の夕空は、だんだん、夜の青色へと変わりはじめる。


夜風の冷たい風が空気にふきつける。


「鹿目さま、お別れです」

ジョスリーンが最初に、言った。

「私は市長に自白しに。あなたは、都市をでるのです。あなたは、聖地を目指す騎士だ」


「……はい」

円奈は小さな声で頷いた。


「本来、聖地を目指す貴女を、都市開催の馬上槍試合につきあわせてしまった私がいうのもですが───」

騎士の夢を終えたジョスリーンは、隣の本物の騎士に言う。

「あなたがこの都市でみたものは、これからの旅にも、なにかの意味をもつでしょう。そう信じたいものです」


「…はい」

円奈の声には元気がない。


すると、ジョスリーンは、円奈の頬をパチパチ、何度か叩いた。

「さあ、しっかり!」

ジョスリーンは円奈の顔をみて、言った。

円奈もジョスリーンをみあげた。

「ルッチーアは、一足先に、”神の国”へいったのです。あなたの聖地への到着を、待っていますぞ! さあ元気をだして、勇気を振るい、他国の世界へ飛び出しなさい!といっても、まずはエドワード城を通らないと、いけませんがね!」


「エドワード城…」

円奈は自分の声にだして繰り返す。

「もともとそこを目指していたんだよね…」


エドワード城をめざすつもりが、周辺地域の都市に寄ってしまった円奈。

でもそこからはじまった、円奈とジョスリーンとルッチーアの馬上槍試合に挑んだ一週間は。


たしかにきっと、意味は持つものだと、信じたい。

742 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/19 00:06:57.56 q5xmwXZ10 1573/3130


「エドワード城は我らがエドレス国の王都です」

ジョスリーンは教えてくれる。

「ここなら南に40マイルほど進むのです。きっとエドワード城はみえますよ。見逃せないはずですから」


「見逃せない?」

円奈にはその意味が一瞬、理解できなかった。


するとジョスリーンはふっと笑うのだった。

「見たら驚きますよ」



後に円奈は無事エドワード城に辿り着くことになるが。

たしかにジョスリーンのいったとおり、驚くこととなった。

743 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/19 00:07:40.92 q5xmwXZ10 1574/3130

290


ジョスリーンと円奈は別れた。


ジョスリーンは、別れ際にはあっさりしている性格の人だった。

別れるときには別れる。

そういう割り切りをする人だった。


特別に熱い言葉を交わしあうとか、涙ぐんで抱き合いながら別れるとか、そういう感じの別れ方をする性格の人でなかった。


ただひとこと、


「鹿目さま。あなたの旅の無事を祈っています。では、お別れです」


とだけ言い残して、くるりと背をむけて、手でばいばいすると、とっとと都市の街路を歩いて去ってしまう。



円奈は無言でジョスリーンの背中を見送った。

さらさらの金髪が流れる、美しい女性の人を。騎士として馬上槍試合の準決勝をかざった人を。



「さようなら…ジョスリーンさん」

円奈も、静かに、呟いた。


744 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/19 00:08:17.65 q5xmwXZ10 1575/3130



鹿目円奈の聖地をめざす旅は、まだ続くのだ。


聖地は2000マイル先にある。



この途方もない冒険は、さらなる危険へと、円環の理の生まれ変わりたる少女を、誘う。

そして聖地につけば、彼女は巻き込まれることになる。


聖地をめぐる聖戦の舞台に。

それは、聖エレム国とライバル国サラドの聖地をめぐる戦い。

745 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/19 00:09:05.89 q5xmwXZ10 1576/3130

291


円奈は預け屋へいって、銀貨を10枚ほど支払うと、イチイ木のロングボウと、鞘に納めた魔法少女の剣、狩りのための小刀、古いチュニックなど、かつての装備を全部取り戻し、身につけた。



腰に革のベルトを巻き、鞘に剣を納め、カシャッ!と小刀もベルトに取り付ける。


背中に大きな長弓────ロングボウ───円奈の得意武器を担い。


本来の騎士の姿に戻る。



侍女姿のチュニックも着替えた。

古いチュニックにした。


古いけれども、これから出る森林と山、岩肌の世界では、この新しいチュニックはすぐ汚れて、価値を失うだろう。


だったら昔から着古していて、動きやすいチュニックにしよう、と円奈は思った。

746 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/19 00:10:09.19 q5xmwXZ10 1577/3130


馬を預けていた馬小屋の経営者に賃金を払い、クフィーユを六日間世話してくれたお礼をする。

ついでそこから干し草を大量に買っておいた。


「クフィーユ、久しぶり!」

すると円奈は馬に飛び乗る。


嬉しそうな顔をしたピンク髪の少女は、都市では乗馬が禁止されていることもすっかり忘れて、都市を馬で駆ける。


馬上槍試合のような迫力はない。


でも、クフィーユの背中にまた乗れることが円奈には嬉しかった。


馬をタタタっと走らせ、颯爽と街路を駆け抜ける。びっくり仰天した市民たちがあわせてて道の端に飛びのいてよけるなか、円奈はすっかり騎士気分になって、都市を駆け抜ける。


ババッ。ババッ。

久しぶりに乗るクフィーユの蹄の音がする。


それが楽しくて、仕方がない。


都市の囲壁に近づき、都市入口の門がみえてきた。


この門を抜けたら、エドレスの都市を出る。再び、大自然の世界へと、飛び出す。

都市の人工物がまったくない、草と土、大地の世界がみえる。


門のむこうの景色がみえてくる。山々が地平線に並び立つ、雄大な景色が。


「いこう!クフィーユ!」

馬に話かけ、円奈は、闊歩で都市の道路を走りぬけ───。


馬で、都市の門を飛び出した。

747 : 第36話「馬上槍試合・六日目 決勝戦」 - 2014/09/19 00:11:01.39 q5xmwXZ10 1578/3130



夕暮れ空が一面にひろがる。


赤色から青色に染まりだした夜空。


都市の城壁内は視界から消え、レンガ造り家々も、街路も路地も、鉄格子も、荷車を運んで行き来する人々の姿も、あらゆるものが消えた。



そして目にみえるのは夜空に広がる、一面の大草原だけになった。

見渡す限りの緑草原は、夜風にふかれて、流れるようにささめき、ゆれている。


大地のむこうに連なる山々にかぶる雲は、ゆっくりと横向きに流れ、夕暮れから夜空の色に染められていく。


途方もなくすこやかな大気が大地をつつんでいた。


すずんだ空気。心地よい風。


円奈の知る、都市ではない森と大地の空気だった。風は強く、雲を流す。



大草原にふく静かな夜風が円奈のピンク髪をゆらす。円奈は心地よさそうに目を閉じ、草原を流す風を顔に受けている。


エドワード城へいこう。

王都へ。


鹿目円奈は、エドレスの都市を発った。

748 : 以下、名... - 2014/09/19 00:11:40.39 q5xmwXZ10 1579/3130

今日はここまで。

次回、第37話「辺境紛争」

750 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:19:11.05 NG9aX8f80 1580/3130

第37話「辺境紛争」

292


ある日の朝、エドレス国西方の国境で────。


一大国家エドレスと、その国境の先にある他国が、抗争を繰り広げていた。




国境に建てられた城塞都市は切石を高く積み上げ、壁にして、鉄壁に守られる。


何百人という守備隊が城壁の守りについて、エドレス側の軍を押し返す。

近づけば矢を放ち、火を放ち、燃える硫黄を城から流しこんだ。無用心に近づいた人間は焼き殺された。



対するエドレス軍は、地上に布陣した。


その数は千人と少し。


エドワード王による、傭兵を中心にして構成された軍隊。

だが率いる将軍は正規の将軍で、エドワード王には絶対の忠誠を誓っている騎士だった。



地上に布陣した千人程度のエドレス軍は、前方に立ち塞がる他国の城塞の陥落をねらっている。


攻城し続けること三ヶ月。

751 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:20:19.90 NG9aX8f80 1581/3130



エドレス軍は、敵国の城主にむかって、いま城を明け渡し、この領土をわが国に譲渡すれば、命は助けてやるという交渉を持ちかける遣いをだしたが、野蛮な隣国は、この遣いの首だけを返還してきた。



エドレス西方遠征軍の将軍、オーギュスタンは、他国にもう情けの余地はないと判断した。



約300ヤードもむこうにある、地平線に見える城に、徹底攻撃を決めた。



オーギュスタンは、カタパルト投石機と呼ばれる巨大な兵器を10個ほど軍勢のなかに並び立てた。


クロスボウなどの弩弓を巨大化したような兵器で、巨大な弦の張力によって、発射台の皿に載せられた岩が、トーンと空へ打ち上げられるという投石器。


なんと400ヤード飛ぶ。



仕組みは、クロスボウと原理と同じで、巨大な弓の弦を、牽引装置の巻上げレバーで可能な限りひっぱって、ひっぱった弦は鎖でつなぎとめて下向きに固定する。


人間たち数人が、一丸となって、機械弓の巻き上げ機をふーっとひっぱって、限界まで引き絞ったら、固定する。



鎖でつなぎとている間は、弦も弾かれることなくひっぱられた形のまま、固定されている。


発射台の腕木はスプーンのようなかたちをしていた。つまり見た目は巨大なスプーンであり、スプーンの、つぼ部分に、石をのっけて飛ばすのだ。


そのため、この投石器は、スプーン式投石器とも呼ばれた。

752 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:21:12.61 NG9aX8f80 1582/3130



「撃て!」


将軍が命令がくだると、兵士が繋ぎとめた鎖を固定するフックを、剣でぶったたき、ガシャンと外してしまう。


バス!

鎖が外れた投石器のしぼられた弦が、勢いよくしなる。



するとスプーン型の腕木は、ガタンと上向きに持ち上がり、すると岩が空へ飛ぶ。


ぽーんと、巨大な岩が早朝の空を舞う。



エドレス軍1000人あまりが、空を飛ぶ岩をみあげる。


それは400ヤード飛んで、地平線のむこうに聳えたった城塞へ落ちていった。


おそらくいまごろ城塞のなかでは恐怖のどん底に叩き落されているだろうが、そんなことには一向に構わない。


「放て!」


将軍が再度指示をくだした。

エドレス軍たちは並び立てた投石器の鎖を繋ぎとめるフックを、次々にガシャンと剣で叩き、外した。



整列して並んだカタパルト投石器から岩が次々と飛ぶ。

ぽーんぽーんと、順に発動した投石器の腕木が、岩を飛ばし、空に岩の雨を降らせ、敵国の城塞をメチャクチャにする。


跳ね上げられたスプーンの腕木は、上向きになると、ガンと投石器の組み立て柱にあたって、垂直に立つ。

と同時に石が空を飛ぶ。どんどん石がとんでいって、敵の城に落ちる。

753 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:22:47.28 NG9aX8f80 1583/3130


オーギュスタン将軍は、敵国の民が隠れる城塞に石が落ちるのを眺めていたが、やがて二人の魔法少女に、声をかけられた。


「我が国の遣いは?」

一人の魔法少女が訊いた。


ミラノという魔法少女で、エドレス軍の傭兵として戦場に参加していた。

黒いマント姿だった。武装をした騎士姿。鎖帷子の鎧に、鞘のベルトには剣と小刀。


戦場に赴いている魔法少女だ。

この時代の戦争は、どこの戦場でも、必ずといっていいほど、魔法少女が活躍している。

人間よりも戦闘力が強いからという極まともな理由で。




「みせてやれ」

オーギュスタン将軍は、従者に、木箱をもってこさせた。


従者は魔法少女のミラノに木箱をみせた。


ミラノは怪訝な顔をしながら木箱の蓋をあけた。

蓋をあけると、箱に収められた生首の髪をひっぱってもちあげ、目のえぐりとられた我が国の遣いの顔と対面した。

目玉のある箇所がすっぽり空洞だった。空洞の部分の中には血でそまったピンクっぽい生皮と、切り取られた神経の筋しかなかった。


ものすごい死臭がした。


ミラノは凄惨きわまる我が国の遣いの顔を木箱に戻し、蓋をしめた。くさいものには蓋だ。


「敵国は死を選んだ」


ミラノは言い捨てた。仲間の魔法少女を連れて、エドレス軍の宿営地へむかう。


黒いマントをはためかせて歩く彼女の後ろに、もう一人の魔法少女、ロワールがついてまわる。

754 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:24:23.93 NG9aX8f80 1584/3130


「飛ばせ!」

「撃て!石を飛ばせ!」


命令がくだり、発射され続けるカタパルト投石器。

綺麗に並びたてられた10台の投石器は、第二波の攻撃を繰り出す。並んだ投石器が順に発動する。


腕木が持ち上がり、垂直に起立する。岩は打ち上げられて空を飛ぶ。


空を飛ぶ岩は城塞の壁もたたく。ガドーン。岩が城壁にあたると砕け、ドーンと地響きが起こる。


見ている側からすると愉快だが、岩を投げ込まれたほうは恐怖するだろう。




「わが国の遣いは?」

心配そうなロワールという名の魔法少女は、ミラノの背中を追いかけながら、問いかけた。

声も不安そうだった。
もっともこの魔法少女は、いつも不安そうで、心配げで、安心している顔をみせことはめったにない。


ミラノはロワールに向き直って、答えた。「敵国は命がほしくないらしい」


「じゃあ、城に攻め込むの?」


ロワールの顔は不安げだ。「どうやって?」


「まず、オーギュスタンと共に、敵国に石を投げ込みつづける。夜がくるたび投げ込んで、敵国の眠りを邪魔し、戦意を失わせる」

戦場に長いこと身を置いている歴戦の魔法少女・ミラノは、そう答える。

「三日くらいそれを続けたら、攻城機を完成させ、敵国の捕虜をそこにはっつけて、城塞に攻城機を進め、乗り込む」


攻城機とは移動櫓ともよばれる。梯子つきの塔で、やぐらと同じ機能があり、車輪つき。

このやぐらをグイグイと人間たちが押して進め、敵城にとりつけることで、敵側の城壁に乗り込むことができる。

755 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:25:59.08 NG9aX8f80 1585/3130



「そしたら敵国の人間どもは、ありとあらゆる体液を城のなかに散らして、この世のものとは思えぬ絶望をみながら全員死ぬ」

「勝てるの?私たち、生きて国に帰れるの?」

不安そうなロワールはしつこく訊いてくる。

だがロワールは、勘の強い魔法少女だった。「ねえ、ミラノったら!私たちは、国のために命を捧げるような魔法少女じゃない。逆だ。生き延びるためだ。死んだら元も子もないよ!」


「しなないさ、わたしたちは魔法少女だ、人間に負けたりするものか」

ミラノは、不安な顔いっぱいのロワールを励ます。

「この戦争が終われば、国に帰れるんだ。エドワード王から、大量の報酬を得てね」

2人が傭兵としてこの戦場にやってきたのは、ほかの魔法少女の例に漏れず金のためだった。

魔法少女の圧倒的なパワーを兵力として国に提供し、その対価として報酬を受け取る。


二人は宿営地にもどった。



軍の宿営地には大量のテントが張られて、千人にもなる男の兵隊たちが軍備にあたっていた。


魔法少女専用の宿営テントに、二人は戻る。


この宿営テントに立ち入りした兵士は、死罪になる。

756 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:27:02.36 NG9aX8f80 1586/3130

293


3日が過ぎた。


エドレス軍は敵国の城めがけて、夜に石を飛ばし続けた。


敵国の民は安心して眠ることができなかっただろう。




ちょうど鹿目円奈がこのあたりを通りかかったが、円奈は戦場にくることなくエドワード城をめざしてこの地方を通り過ぎた。



ミラノとロワールの二人は宿営地のテントをでて、四日目の朝、戦場で目覚めた。

森付近に設営した軍営地。



朝目覚めると、二人の魔法少女は、白いテントの立ち並ぶ宿営地を歩き、雲ひとつない青空のむこうにある敵国の城塞を横目に眺めながら、森へはいった。


すると、女の悲鳴が聞こえてきた。


二人の魔法少女は森の奥に流れる川へ水飲みにむかっている最中だったが、女の悲鳴に注意をひかれた。

ミラノたちは森の木々をかけわけて、女の悲鳴のするほうへ足を運んだ。


するとそこでは、敵国から連れ込んだ捕虜の女一人が、自軍の男兵士ら5人によって、草木の地面に押し倒され、強姦されていた。


どうやら将軍の目を盗んで森に連れ、泥みまれになりながら女を犯しているらしい。



敵国の捕虜の女は、城塞に逃げ遅れエドレス軍に捕まった。

女はいま、男兵士にのしかかれ、服を破かれていた。


女は悲鳴あげながら暴れる。だが男の体重にのしかかられて、たいして動けない。

757 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:28:09.30 NG9aX8f80 1587/3130



魔法少女二人がそこに乗り込む。


「ああああ!」

悲鳴をあげる女。声がけたましい。


それを犯す男。


魔法少女の登場に気づかない。



「おい」

魔法少女は強姦に夢中な男に声をかける。

「おい!」

さっきより声を大きくする。


でも男はきづかない。女のからだに夢中になっているだけ。


「おいったら!」

魔法少女は腰に手をあて、怒った顔して男兵士に最後の警告をした。

だがそれでも男兵士たちはきづかなかった。


女の口にむりやり自分の唇を押し付けようと夢中になっていた。女は顔を左右させて嫌がり、逃げる。

男の唇がそれをおいかける。


その男兵士の髪を、魔法少女は無理やり掴み挙げ、自分のほうにむかせた。


「あいでででででで!!」

髪をひっぱりあげられた男兵士は顔をゆがめる。「髪が!髪が!」


「きいているのか?」

魔法少女は男兵士に問い詰める。


苦痛に歪んだ男兵士が目を開いた。自軍の魔法少女がいるのをみて、はっとした顔になると、答えた。

「きいてます」


「うそをつけ」

魔法少女は男の髪をひっぱりあげるまま、どこかへ投げ飛ばした。

「あう!」

男はふっとび、女の横に倒れこんだ。とんでもない怪力だった。

758 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:28:57.92 NG9aX8f80 1588/3130


「ミラノさん、これは…」

他の男たち四人が、はだけたダブレットを着なおしながら、言い訳をはじめる。

「女から求めてきたんです。本当です。我々がやったのでは……」


「だまれ」

魔法少女が一言いうと、男兵士らは黙り込んだ。


「捕虜を大事にしろ」


男たち、沈黙。


「魔法少女さん…」

すると犯されて、息も絶え絶えな女が、魔法少女の足に、すがりついた。

「ありがとうございます…」

女は地べたを這い、自分を救ってくれた同性の魔法少女に、感謝をのべつつ、助けを求める。

両腕を魔法少女の足に絡めてすがる。

「ありがとうございます…魔法少女さん…助けてください…」



魔法少女、ミラノは捕虜を見下し、するとしゃがんで、女に優しい微笑みをみせた。


「おまえを城に送り返そう」

といって女の髪を撫でてやる。


女の顔がはっとする。だんだんその顔は、自分生き残りへの可能性という希望を見い出して、明るくなっていく。

「ありがとうございますっ…!」

敵国の女は、目に涙ためて、この世で強くて心優しい、魔法少女の足に絡みついて、涙ながし、草木を濡らした。

「魔法少女さん、ありがとうございます…!」

759 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:29:29.75 NG9aX8f80 1589/3130



「送り返す、ですか?」

すると服を着なおした男たちが、ミラノにたずねてくる。

「どうやってです?いま城に近づけば、火と矢がとんできますよ」



「もう方法は考えてある」

魔法少女は男たち四人に告げた。

「攻城機に張り付けろ」


760 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:30:55.64 NG9aX8f80 1590/3130

294



捕虜の女は、組み立った移動櫓の壁面に、貼り付けにされた。


「ああ゛っ…。あ゛アァ。…アアッ…──!っ…」


釘が打ち込まれるたび、捕虜の女の苦痛の呻き声が漏れる。


大きな釘は女の手の平、腕、肩、足などに打ち込まれる。

血がぼたぼたと、地面に滴る。

体じゅう釘だらけになって、攻城機のやぐらに肉体ごとはっつけられる。


二人の魔法少女は女が攻城機の張り付けにされていくあわれな様子を、見上げていた。


ミラノは無表情に。

ロワールは痛ましそうな顔をしながら。



釘がガンとハンマーによって打ち込まれる音がするたび、小さな少女であるロワールの憐れむ目に、涙がじわりと浮かぶ。

761 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:31:59.86 NG9aX8f80 1591/3130

「ひどいわ…」


ロワールは釘を生身に打ち込まれ、張り付けにされる女をみて、言った。


組み立った20メートルほとの高さの攻城塔に、張り付けにされる女は、エドレス軍の兵たちに釘を打ち込まれ、磔にされる。



そしてこのまま敵国へ送り返される。



ミラノは張り付けにされた女をみあげ、大きな声で告げた。

「敵国が攻城塔を破壊すればおまえは死ぬ」


血だらけの女は恐怖に顔を引きつらせる。

敵国は自国を守るためだったら、もちろんこのやぐらの塔のような攻城機を破壊しないといけない。

破壊しないと、城に敵軍が押し込んでくるからだ。

だがそれは貼り付けられた女の死を意味する。



「だが攻城機を破壊しなければおまえは無事国に帰れるだろう。国は滅びるかもしれないが」


魔法少女は言い捨て、マントひるがえして踵かえし、エドレス軍の顔が怯えているなか、宿営地にもどった。



全身あちこちの四肢に、太く巨大な釘をうちこまれ、移動櫓の前面に貼り付けにされた女は、絶望の気持ちで祖国の城を眺めた。


高く聳え立った攻城塔に貼り付けられた視点からの眺めは、よかった。


そしてこのまま国に帰れるだろう。死体として。



エドレス軍は、魔法少女の残虐な発想ぶりに、うろたえている。


険しい視線を男兵士たちは魔法少女にぶつける。


やりすぎではないか、という視線だ。


だがミラノはその視線のなかを去り、宿営地にもどった。

762 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:33:22.59 NG9aX8f80 1592/3130

295


ミラノはロワールとともに宿営地の裏で落ち合った。


ロワールは涙を流していた。


「戦場なんて」

赤いマントの魔法少女は泣き出してしまう。「戦場なんて、きたくなかったのに……」


両手で顔を覆って涙する。


「こんなのひどすぎる…」


ロワールは、エドワード王に派遣されて西方の戦場にきた。

そこでは、少女が目にするには、あまりに惨いことの数々が繰り広げられる場所だった。



「私だってきたくなかったさ」

ミラノもいう。

丸い瞳をした黒いマント姿の魔法少女も嗚咽を漏らす。


男兵士たちには絶対みせない、二人だけのあいだだけで、見せ合う本音の顔だった。

「だが半端なことじゃ戦争は終わらない。私たちはもう、ここに80日間もいる。戦争は、勝たないと報酬はでない。雇われ金だけだ。それじゃ私たちは国外にでれない」


それが二人の本当の願いだった。


エドレスの城下町に生まれた二人は、魔法少女として暮らしていたが、人間たちの冷たい視線にさらされつづけて、城下町の生活が苦しくなり、国外に出ようと決心した。


だが封建的な色が濃く残るこの時代、そう簡単に国外には出れない。


そこで二人の魔法少女は王に願い出た。


エドワード城の名高き玉座の間にでて、王の前に謁見して、国外に出たいことを願い出る。


理由は、魔法少女としての暮らすのに、城下町の生活は苦しすぎるから、と述べた。



すると王は答えた。

「西方国境の領土を広げたら、国からは出してやろう。」


そうして二人の魔法少女は戦場にきた。


戦場はエドレス領内西果ての辺境、エドレス国とアルダイ国の隣接地。


その隣接地に建つ軍的拠点、サンクテア城の支配権を、国同士の規模で繰り広げている地域だった。

いまはエドレス軍が城を取り返そうとしている。


戦場にやってきた二人の魔法少女を、現地の男兵士らはそれぞれの迎え方をした。


強力な味方の登場を喜ぶ兵士、ただ単に魔法少女が好きで戦場でやる気をだした兵士、逆に嫌いでげんなりした兵士。

763 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:34:36.97 NG9aX8f80 1593/3130



だが戦争にきてみると、敵国の城はなかなか陥落しない。

80日陣をはっても落ちない。


包囲しているわけじゃないから、いくらでも食糧が敵の同盟都市から支給されるのであろうが、それを絶つ手段もあるわけではない。



こんな辺境の地に派遣されたエドレス軍は1000人。


千人であの規模の城の包囲はできない。


お粗末過ぎる戦場だった。エドワード王は大してこんな辺境の地の現状を真面目には考えてくれないらしい。



傭兵が中心の軍隊はぐだぐだと戦をしていて、敵国の捕虜ほつかまえては犯して楽しむだけ。

統制もたいしてとれていない。




生半可なことでは城は落とせぬと覚悟を決めたミラノは、攻城機による突破に、自ら乗り出る。

やぐらの塔を敵城にはっつけ、はしごをよじ登り、城壁に乗り込む。そっから先は地獄の混戦だ。


今日その決戦の日だ。


「私たちは生き延びるために戦場にきたんだ」

ロワールは悲しい声をだす。「国のために命を捧げにきたんじゃない」


「わかっている」

ミラノも目に涙ためつつ、答えた。戦場では隠し続けてきた、少女の涙だった。


残虐非道の魔法少女を演じ続けていた彼女だが、ロワールの前だけには、可憐な少女の姿になる。

「この戦争さえ…」

黒い目にたまった涙をふきとる。

「この戦争さえ終わったら……私たちは自由に生きられる」


「うん…この戦争が終わったら、私たちは国に帰って、報酬を手にして……自由に暮らすんだ…」

764 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:35:02.67 NG9aX8f80 1594/3130


ロワールとミラノは、誰もみていないところで、そっと近寄りあうと、互いの身体を抱きしめあった。

魔法少女と魔法少女の二人が、抱擁しあって、ぬくもりをたしかめあう。

絡まる髪と髪。触れ合う肩と肩。寄せ合う胸と胸。長い睫毛と睫毛。二人とも目を閉じている。



これから始まる最後の戦争の前に、覚悟を、勇気を、わけあう。

抱きしめあい、互いの背中を守りあい、寄せ合ったあと、二人は抱きしめあった体を放した。


「生き残ろう」

ミラノが言った。「この戦争が終わったら、きみと共にいきる」



二人は宿営地の奥の森で肩に手をのせあう。


魔法少女と魔法少女の戦場の絆がそこにあった。

765 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:35:51.55 NG9aX8f80 1595/3130

296


そのころ宿営地本陣のテント内では、将軍のオーギュスタンが、今日魔法少女が強行するであろう作戦のことを部下からきかされ、顔をしかめていた。


テント内の軍議用テーブルに、一枚の羊皮紙をひろげる。そこに地図が描かれている。


地図を睨みながら、ミラノが強行するであろう作戦について、将軍として許可できるかどうかを頭に悩ませた。

将軍は両手をテーブルに置いて地図を睨みながら、軍義に悩ましい顔をして首をひねる。



部下は不安そうに将軍を見つめている。



将軍はテーブルに広げた地図を睨みつづける。鎖帷子を着込む腰は曲がり、剣収めた鞘が腰のベルトにはみ出た。

そんな体勢のまま、将軍は悩んだあと、告げた。


「作戦決行だ」


「……」

部下はどもる。なにかいいたげだが、唇を噤む。


テント内は蝋燭が何本か燃えていた。


「きこえなかったか?」

将軍はイライラと首を振り、もう一度言葉を吐く。

「作戦決行だ。傭兵どもに知らせろ」

766 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:36:50.60 NG9aX8f80 1596/3130


部下は恐怖を顔に浮かべた。

だが覚悟を決めて、あることに口にした。


「実は、エドワード王が…」



将軍は部下へ向き直る。

「王がどうした?」


「命令を……先日、届きました」

恐る恐る部下はも結ばれた紐に封蝋のされた羊皮紙を渡す。手が震えている。


紐に丸めてられたそれを、怪訝な顔しながら将軍は受け取り、紐を解いて羊皮紙をひろげた。

テント内の薄暗さのなか、将軍は羊皮紙に目を通して黒インクで記された文面を読み取る。


だんだんとその顔が、ひきつっていき、ついには信じられないという顔をして部下を見た。

その目はあたかも悲劇を目の当たりにしたかのような、驚きに瞠った目だった。



「エドワード王からの命令です」

部下はいたたまれない様子で告げる。震える身体のまま、頭を深々と下げた。

「捏造の類ではありません。王からの勅令です」


「だが、これは…」

将軍は自分が見たものかまだ信じられないという顔をしている。


蝋燭の火が隙間風にふかれて乱れる。



だが将軍は王に絶対の服従を誓っていた。



オーギュスタン将軍は覚悟を決めた。

「すぐに進撃の準備をさせろ!攻城塔を前線にだせ。ミラノとロワールの二人に私の騎兵団をつけろ」


部下は恐怖に震えながら、お辞儀して軍議用テントをあとにする。


テント幕が開けっぴろげられてめくられ、そのむこうへ部下は去った。

767 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:38:18.77 NG9aX8f80 1597/3130

297


ミラノとロワールの二人は同時にソウルジェムの力を解き放ち、変身姿になった。


この時代の魔法少女には珍しくないが、変身姿と、武装姿が、あまり見た目では変わらない。



さて魔法少女姿に変身した二人は、それぞれの軍馬に跨る。

よく調教され、訓練された戦場用の馬は、戦場の音に驚かない。


馬は本来、大きな音が苦手な動物。

訓練されてない野生の馬は、人間の少女がちょっときゃーって叫んだだけでも暴れだしてしまう。

女の子の甲高い声が、とくに馬は苦手。


だが軍馬は訓練されている。

投石器の石が落っこちる音、人間たちの血みどろの戦場で泣き叫ばれる音、それらの音に、耐えられるよう訓練される。


体重でいえば軽い魔法少女を乗せた軍馬が、黒い目をきょろきょろさせる。

耳をたて、戦場の音を聞き分け、騒々しい進軍の準備がはじまっている軍営地のなかを蹄の四足で歩く。


魔法少女たちに手綱をひかれ、馬は歩く。

テクテクテクという並足。馬のなかではいちばん遅い歩き方。


手綱は、小指と薬指のあいだと、人差し指と親指のあいだに通して持つ。

つまり真ん中の指三本をつかって綱を握るような握り方。


そして手綱は上向きにして、親指は上にして持つ。

ちょうど親指の爪が前になるような握り方が一番よい。

768 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:38:48.41 NG9aX8f80 1598/3130



戦場の魔法少女は馬を乗りこなす。


早足はもちろん、闊歩もできる。



馬を軍営地に進めた魔法少女は、千人あまりの傭兵部隊が、進撃の準備をしている様子を目に映した。


将軍はしっかり私たちの作戦を聞き入れてくれたらしい。



千人の軍が並び立つ森を背にした草原を馬で進み、魔法少女は、つぎに、木材を組み立てた大きな攻城塔をみあげた。


そこに張り付けにされた女。


血だらけになって、ぽたぽたとまだ、釘を刺された箇所から生き血を垂らしている。


犯されながら殺されるよりマシな運命を与えてやった。

769 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:39:39.65 NG9aX8f80 1599/3130



魔法少女は前線まで進み、騎乗の変身姿を兵隊たちに披露してみせながら、剣を鞘から抜くと、片手で馬の手綱にぎりながら、将軍の前へでた。


「私が先頭で進撃します」


ミラノは剣を前に突き出しながら、言った。


「攻城塔の後ろに傭兵たちを並び立てよ。攻城塔が城壁に接近したら、乗り込ませよう。私は攻城塔員を援護する」


「承知した」

オーギュスタン将軍はいった。



将軍は部下たちに旗をあげさせた。進軍の合図だ。


「進軍しろ!」


部下が旗をあげる。

すると戦場の音楽係が、パーっとラッパを吹き鳴らした。


「進め!」


変身姿の魔法少女二人が先頭にたち、敵国の城壁へ。


まず二人が馬にのって進み、つづいて攻城塔が動きだす。

列を揃えた傭兵部隊はそれにつづいて、盾をもちながら、草原を進みだす。


攻城塔は、何十人という兵士たちが、うしろから力をあわせて押して、車輪をコロコロとまわし、このやぐらを運ぶ。

770 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:40:24.32 NG9aX8f80 1600/3130



千人の部隊が、大規模な城塞へ、接近する。



距離は200ヤードきった。


軍隊の接近に気づいた城塞側の守備隊が、慌てふためき、城壁の歩廊をあたわた行き来しはじめた。



そうこうしているうちに150ヤードきってしまう。


攻城やぐらの接近。




それほどの事態なのに、城塞側があたわたしているのは、敵軍がもちだした攻城やぐらに、女が張りつけられているから。


ふつうだったらクロスボウでも弩砲でもなんでもつかって攻城機を破壊するところだが、女が貼り付けられていては、迷いが生じてしまう。



結局ミラノの作戦はうまくいっているのだった。



「さっさと構えろ!のろまめ!」

城塞側の守備隊長が、弓兵をかき集める。


「火を用意しろ!」


あたわたしながら城壁の矢狭間に弓兵たちがつく。その数60人ほど。


千人に対してはあまりに少ない。

771 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:41:05.85 NG9aX8f80 1601/3130



だが守備隊長は弓兵たちに命令し、持ち場につかせた。火付け係に松明を持たせ、並び立った鎧を着た弓兵たちの矢に火を順につけせていく。



一人、また一人と、順に弓兵たちの矢に火付け係りの火が燃えうつる。


矢に火がつくと、弓兵たちは火矢を弓に番え、矢狭間にだし、狙いを定める。




ミラノたちにむけられる弓兵たちの火矢。


だが迷いがある。



「構わず進めろ」

ミラノが将軍に提言する。


戦場では、魔法少女の発言力は、大きかった。



将軍は無言で頷く。


ロワールが不安そうな顔をしている。




攻城塔はいよいよ城塞へ接近、100ヤードをきる。



弓兵たちの火矢は、いつ放たれるか分からない。

彼らはまだ上向きに構えたままでいる。60本の火が、ぼうぼうと、城壁で燃えている。


もう飛んで来てもおかしくない距離まで接近している。

772 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:42:00.79 NG9aX8f80 1602/3130



いよいよ城壁まで70ヤード、互いの顔すら認識できはじめる距離にくると。




城塞側から火の矢が飛んできた。

ズバババババ……



火のついた60本の矢が飛び、空を舞い、きれいな弧を描きながら矢が草原に落っこちてきた。


ズドドドドドドド!


落ちてくると矢は恐ろしい。


草原あちこちに火がつき、燃え広がりだし、火の海をつくりはじめた。



「構うな進めろ!」


この日に戦争を終わらす気でいる魔法少女は攻城塔を進めるよう指示だしする。


あたりにめらめらとした火と煙がたちこめる。草原一帯は霧のように深く、灰色になっていく。



そんななか、オーギュスタン将軍は部下に目配らせする。


部下は将軍の目配らせを察して、静かに旗をふりあげ、Uターンするよう指示した。



軍は静かに引き返していく。


きずかないで城壁側に進む先頭の魔法少女たち。

773 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:43:15.61 NG9aX8f80 1603/3130



「放て!」

城塞側の守備隊長が叫ぶ。「火を降らせろ!」


バシバシ弓兵たちの背中を叩くながら鼓舞する。

「撃て撃て!磔の女は殺せ!」


弓兵たちがまた火のつけた矢を空へ飛ばす。


魔法少女たちはそれを盾で守る。盾に火がついた。




こうして矢の襲撃が終わったあと、ミラノとロワールの二人は、異変にきづいた。


軍の声がしない。


彼らは早足で森へ歩き去っていた。


「臆病者どもめ!」

魔法少女は叫ぶ。その声は怒りがこもっていた。「将軍!これはどういうことだ!」


将軍がそこにたっていた。


オーギュスタン将軍は残念そうに、そして申し訳なさそうな顔をして、告げた。

「エドワード王からの命令なんだ」

将軍はつらそうな声を喉からだして言う。一瞬だけ目を下に落とし、魔法少女に餞別を送った。「すまない」



将軍は馬に乗り、森側へと去る。


「…王の命令?」

突然、敵国の城塞側から城門が開き、なかから騎兵軍が何十人とあらわれた。

ドババババ…馬の足が50騎、60騎ぶん、ドコドコ地面を叩く。

敵の迎撃部隊だ。

敵軍は城のなかにこの部隊を隠し持っていた。いわば切り札だった。


無数の火矢が放たれ、たちこめた煙幕の陰から、迎撃軍は不意をついて篭城から現れた。

白い煙幕のむこうから剣をもった騎兵団が走ってくる。


魔法少女二人は反応できず、あっという間に敵軍に包囲された。


「…裏切り者めェッ!」

ミラノは叫んだ。ロワールとたった二人、城塞の前で敵軍に包囲され、そして矢の雨に撃たれた。


774 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:44:04.15 NG9aX8f80 1604/3130


「あがっ…ぐっ…!」

背中と首に矢がズトズト刺さり、落馬する。


ロワールまで落馬した。


地面にころげる矢だらけ魔法少女、二人。


二人の変身はとけた。



すると何十人という敵軍の軍馬が、わああああっとやってきて、魔法少女たち二人に襲い掛かり、取り囲んで、捕らえた。


何十という槍のなかに包まれて、敵軍に紛れ、魔法少女の姿はみえなくなった。



二人の運命は、どうなったかは、わからない。

775 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:44:54.92 NG9aX8f80 1605/3130

298


オーギュスタン将軍は宿営地の軍議用テントにもどった。


荒々しくテントの幕をあけ、イライラとテーブル席につく。


「…この命令はなんだ!」

ダンッ!と王からの勅令がインクで印された羊皮紙を、テーブルに叩きつける。

地図がそこ横にあった。



オーギュスタン将軍が強く問いただした相手は、エドワード王からの勅令で、わざわざ首都から派遣されてきた、側室の使者だった。


エドワード王の側近であるこの使者の名は、デネソールという。


「さて、王のお考えですから、わたくしにいわれましても」

デネソールは老い始めた灰色の髪した頭を、悩ましいシラミのかゆさのためにかきながら、軍議用テーブルに並べた皿に盛ったフルーツ類を勝手に手につけてもしゃもしゃと食べている。

りんご。まるめろ。いちじく。ざくろ。



「”ミラノとロワールの二人を敵国に売り渡せ”」


将軍は怒りを含めた声で、羊皮紙にインクで記された王の勅令をよみあげる。


「おかげで私は裏切り者になった」


776 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:45:35.42 NG9aX8f80 1606/3130



「しかしわたくしは、兵の声をききましたよ」

デネソールはぶどうを口にふくむ。

ぶしゃっとぶどうの汁が、紫色の唇からはみでた。


「戦場の魔法少女は、どうも”度がすぎる”と」

デネソールは将軍をチラとみやる。「人の心を失っていると」もしゃもしゃした口でいう。

新しいフルーツにら手をかける。


「たしかに今日の作戦は残酷だったかもしれない」


将軍は両手をテーブルについてまま、息を吐く。


「だがこんなやり方はひどすぎる。共に戦った仲だった」



「しかし戦争にも法があります。残虐に度がすぎてはいけない」

デネソールは言葉を返す。

「それがあなたがたのいうところの、”騎士道”というものでしょう。彼女たちはそれに反した」


777 : 第37話「辺境紛争」 - 2014/09/25 23:46:41.29 NG9aX8f80 1607/3130


ふううう。

オーギュスタン将軍は、怒りをこらえるような吐息を口から吐いた。

そして言った。

「そんなもの戦場じゃクソの役にも立たん」


「おかしいな話です。騎士とは戦場で戦うもの。なのに騎士道が戦場には役立たない?意味がわかりませんぞ」

デネソールは不思議そうな顔をしながら言い、いちじくの実にかぶりついた。果汁が飛び跳ねた。



「戦場を知らん人間が知った口聞くな」

将軍はまだ、こみあげる怒りと戦っている。顔は赤く、息も声も荒い。怒鳴り散らしたくなる衝動を抑えている。

「ミラノの作戦は残酷だったが、俺たちは今日それで勝てていたかもしれない」


「エドワード王の第二勅令をあなたにお伝えしよう」

すると急にデネソールは立ち上がり、将軍を見下した。


「軍を引き返しなさい。”王都に戻れ”との命令だ」

冷たい告げ口だった。



将軍は何の反応も示さない。ただテーブル面に手をついて怒りのこめた目をしている。

赤い顔から息を吐く。やるせなさと怒りを噛み締めている。


するとデネソールはつまらなそうに幕を開け、テントから去った。

778 : 以下、名... - 2014/09/25 23:47:41.68 NG9aX8f80 1608/3130

今日はここまで。

次回、第38話「円奈は王都へ」

783 : 第38話「円奈は王都へ」 - 2014/10/02 22:30:39.75 b1OOrlgO0 1609/3130

299


ぐるぐる、白黒の結果世界が渦巻いている。


鹿目まどかは、息を切らしながら、白黒のチェス盤の通路を、ずっと走っていた。



彼女の足音と吐息の他は、何の音もない。静寂。無音。
閉じ込められた結界の世界。

走る姿の影がチェス盤に映る。


「はぁ…はぁ…」


出口を求め、まどかは走るが、チェス盤の通路は果てしなく続いている。
だが、走りをやめるわけない。


白黒世界の結界を、ずっと走り続ける。
魔女の結界は、果てしなく広い。

どこをあてに走ったらいいのかは分からないが、ぼんやりしてはいられない状況だ。

白と黒の、円形に花咲く無数の表象や、無限に連なるタイルの壁や、白黒の柱が乱雑する道、全てを走りぬけ、ようやく見つけた。


「はぁ…はぁ…」息をあげながら、天井の鉄材に取り付ついた”非常口(EXIT)”の光る緑色の文字を、立ち止まって見つめる。


おそらくここから外に出れるだろう。


”EXIT”の標示の前で一度息を吸い、覚悟を決めると示された出口への階段を、まどかは一歩一歩のぼりつめる。


その階段もピアノ盤のように白と黒が一段ごとに入れ替わる。


出口の扉の前に行き着いた。




扉から外に出るまで、まどかは、外の世界がいかに終末的であるのかをまだ知らなかった。

かつて、美樹さやかが通いつめていた病院タワーの窓ガラスに、無数のビルの浮かぶ破滅的な光景が反射して映される。


まどかが扉を押すと、奥の鉄チェーンの歪む音がして重い扉が開いた。
外にでるため、まどかは最後まで力いっぱい扉を押し出す。


扉のむこうの景色をみて、はっと思わず息をのみ、そして。



意識が今にもどった。


暗闇のなかで鹿目まどかがこっちに気がついて、はっと声をあげると、顔をふりかえった。

そして、光に包まれた。

784 : 第38話「円奈は王都へ」 - 2014/10/02 22:31:34.20 b1OOrlgO0 1610/3130

300


「ん…」


ピンク色の瞳が開かれる。重たい瞼が薄く開き、日差しが少女の頭を照らす。


やわらかな朝の日差しが森を、あたためている。

チュンチュンと森の鳥たちが鳴いている。鳥たちの歌声が、森の朝を知らせてくれた。


眺めると青い川が流れている。

青く涼んだ川は、日差しを浴びて白く煌いている。


円奈は樹木の下の影で眠っていた。

川辺の木の葉からこぼれる木漏れ日の日差し。キラキラと緑色の日差しを注いでくれる。



翌朝がきていた。

円奈は木漏れ日の光が漏れる、緑色の森の天井をみあげ、それから、ロングボウの弓矢を立てて胸に抱き寄ると、はああとため息をついた。


「はあ……また変な夢……」


ため息つきつつ独り言。

ピンク髪が木漏れ日の陰に照らされる。

785 : 第38話「円奈は王都へ」 - 2014/10/02 22:32:16.85 b1OOrlgO0 1611/3130



森のど真ん中で目を覚ました少女は、川に降りて、水で顔を洗う。


山河の景色を鏡のように反射する、濁りひとつない、川水だった。

冷たくて涼んでいて、心地いい。


ばしゃっと顔を洗うと、そこに映る自分の顔が目に入った。


「…あれ」


少女はそこで気づいてしまう。


夢でみた少女と同じ顔をしている自分が川を覗きこんでいることに。



あの夢で走っていたのは私?


でも、変な夢だった。あんな記憶はない。つまり、白黒の世界を駆け抜け、奇妙な空間を一人で彷徨う夢…。


円奈はたまにあの夢をみる。

最近、その夢をみる回数があがっている気がする。

786 : 第38話「円奈は王都へ」 - 2014/10/02 22:33:33.75 b1OOrlgO0 1612/3130



あたかも聖地に近づけば近づくほど、夢は鮮明になってくるかのよう。


でも少女は、あの夢が、まさに聖地の聖地たる所以の夢だとは、知る由もない。



ばしゃばしゃと川の水で顔を洗う。両手に透明の水をすくって飲み、容器に水をいれて、クフィーユに飲ませる。



クフィーユの朝の世話をし、都市で買い漁った干し草をクフィーユに与えて、少女は弓矢を担ぐと。



木の傍らで馬に乗り、この日の冒険にでる。


「とぉっ!」

掛け声あげて、すると馬が出発する。

馬は軽快に走り出す。今日も、クフィーユは元気。



小さな少女は冒険にでて、川辺を馬で通り抜ける。


その朝は静かで、平和だ。


人の影もなく、獣の影もなく。



緑ばかりの大地に、青ばかりの空があった。

川辺をぬけると、ひらけた大地があらわれた。


圧倒的な大気が少女を包み込む。圧倒的な大地が冒険する少女の前にあらわれる。

787 : 第38話「円奈は王都へ」 - 2014/10/02 22:34:07.81 b1OOrlgO0 1613/3130


世界は、どこまでも広大だ。


聖地までの、道のりは遠い。

世界の魔法少女たちが崇め、聖地と呼ぶ円環の理に、円奈は会えるのだろうか。



ときには山地の山々をもくもくとした白い雲が覆ってしまう。



アキテーヌ城のとき渡された地図を頼りに、ひたすら、馬とともに南をめざす。


そんな日が何日か続いた。

40マイル先にあるという王都は、まだまだ辿り着かない。



788 : 第38話「円奈は王都へ」 - 2014/10/02 22:35:39.88 b1OOrlgO0 1614/3130


あるときは、夕暮れに通りかかった大きな湖に、美しい古城が浮かんでいるのを見た。


湖は、薄明かりの夕暮れに、音もなく森のなかにひろがっていた。


でも時とともにそれも暗くなり、消えてしまう。

暗闇のなかに隠れる。



森に囲まれた湖に浮かぶ城は、夜の闇に包まれていく。


この世界に存在する城は、大きくわけて二種類ある。


ひとつは、湖という天然の堀に囲まれたところに築かれる城。いま、円奈が付近にまで訪れている城だ。

かつて円奈が通りかかったアリエノール・アキテーヌの城も、そのタイプであった。


もう一つは、山地や丘という、高いところに築かれる城。

貴族の城、騎士の城である。しかしこちらは、水の確保という問題が強く直面するため、数は多くない。


とはいえ、農民たちを避難させ、かくまう大きな規模の城をたてることができるので、領主は農民という財源を守ることができる。



湖に立つ城はそれができない。



あの城も、きっとどこかの騎士の城なのだろう。


馬上槍試合に参加した騎士の城かもしれない。なんといってもエドレス領内の古城だ。


ひょっとしたらフーレンツォレルン卿?アンフェル卿?モーティマー卿?

馬上槍試合のことを思い出してしまい、円奈は笑う。


そして、ルッチーアと一緒にジョスリーンを応援したあの日々が、やっぱり楽しかった、と思い返せるのだった。

789 : 第38話「円奈は王都へ」 - 2014/10/02 22:37:53.39 b1OOrlgO0 1615/3130


あの湖の古城にもっと近づけば、城の掲げる紋章が旗にみえるのかもしれないが、そんな寄り道はしない。



めざすはエドワード城のみだ。

そしてこのエドワード城と呼ばれる、この時代における破格の規模にあたる王城は、実は、湖にたつタイプの城でも山地の丘にたつタイプの城でもない。


”エドレスの絶壁”とよばれる天然の崖っぷちに立つ城だった。



円奈は、湖を通り過ぎて、森へと入る。”王都”エドワード城を目前にした森を。


そこはメルエンの森と呼ばれていた。


円奈はそこで野宿した。

790 : 以下、名... - 2014/10/02 22:42:48.00 b1OOrlgO0 1616/3130

今日はここまで。

次回、第39話「王都・エドワード城」より、Ⅵ章に入ります。

話の区切りもいいので次回投稿分から次スレを建てる予定です。


続き
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─10─


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