最初から
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─1─

一つ前
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─6─

236 : 第27話 - 2014/07/19 21:58:19.46 aWm0Od2+0 1077/3130

第27話「馬上槍試合大会・一日目」

210

ゴーンゴーン。

翌朝を知らせる、都市の支庁舎の鐘が都市に響き渡る。


まず都市広場から、赤い三角形の屋根が並ぶ貴族層の住宅から、流れる川のむこう側の町まで。


朝を知らせる鐘は鳴り響く。




馬上槍競技───ジョスト大会の開催だ。


競技大会は都市の闘技場で開催される。


闘技場は木造の建造物で、ぐるりと長方形に観客席が設けられた劇場だ。



階段状の観客席の桟敷は朝早くにもう人で埋め尽くされ、登場する世界各国の騎士たちに声援をおくっている。


世界各国!

少なくとも”西世界の大陸”にある各国の腕に覚えのある地方諸侯の選手たちが、エドレス国開催の馬上槍競技にごぞって名乗りをあげ、名声と勝利を求めて今日の競技大会に集結した。



劇場のなかの騎士たちは、すでに観客席の声援に包まれながら、自分たちの国で熟練した馬術をみせつけて、観客を楽しませている。


リズミカルに踊るように蹄で歩く馬たち。まるでスキップしているかのような馬の動作は、ノリノリで、美しい馬術だった。騎士たちの馬術のほどがうかがえる。



定期的に開かれる馬上競技大会は、円奈がエドレスの都市を訪れたときも、まさに世界選手権が開催されている期間ちょうどそのときだった。


そのなかでも今回開催される大会は、年に一度の、馬上槍試合の大型選手権だ。

237 : 第27話 - 2014/07/19 21:59:36.67 aWm0Od2+0 1078/3130



世界各国から集結した騎士たちはすでに鎧姿で、馬の上で大きな槍をふりあげ、観客たちにポーズをとったりしている。


かたい甲冑を着込んだ騎士たちが、色とりどりの紋章の旗を掲げながら、観客席にその勇姿をみせつけ大会に出場してくる。


観客は観客席から小さな旗をふって、騎士たちのパフォーマンスに応えて歓声をあげるのだった。


朝から、競技場は、大盛り上がりであった。


円奈は侍女姿となって、女騎士のジョスリーンのあとに従うように歩いていた。

地方諸侯たち大集結の公の場にでる、紋章官として、今日円奈は馬上槍試合の司会の一端を担う。


ジョスリーンのあとについて歩いていると、競技場がみえてきた。

木造の劇場。縦に細長い。細長いのはもちろん、競技場のなかで馬が一直線に走るからだ。


競技場は都市の支庁舎の裏の道を進んだところにあった。


ぐるりとそのまわりを観客席が囲っている劇場は、すでに熱気がわきたっている。

239 : 第27話 - 2014/07/19 22:01:53.38 aWm0Od2+0 1079/3130



「いよいよだ」

ジョスリーンの声は緊張しているのか、うわずっていた。

「いよいよ試合だぞ!」


円奈は、うきうきして昂ぶってた声をあげる女騎士をみあげ、その楽しげにしている姿を見守りながら、ついさっきのことを思い出していた。



円奈が紋章官としてふさわしい侍女姿になったように、ジョスリーンも騎士姿になった。



つまり、文字通り”貴婦人の騎士”の姿になったのだ。


ジョスリーンは、ローブを脱ぎ捨て、鋼鉄の鎧を着込んだ。


胸を守る胸甲と、背中を守る背甲。二枚あわせてバンドで繋ぎ合わせ、鎧を着込む。

銀色の鎧だ。


頭には面頬のプレートを着用する。鉄の兜が顔を覆う。しかし兜の面頬は全面が可動式で、上下に動かして開閉できる。


長い金髪は兜から背甲へ流れた。馬にのった姿は、華麗で、馬が歩くたびに金髪が風にゆれて流れる。


「かっ…」

円奈は、甲冑の騎士姿になったジョスリーンを見つめ、小さな声を漏らした。「かっこいいっ…!」


「それはよかった」

ジョスリーンは面頬をかぶったまま翠眼で円奈をみつめ、楽しそうに笑った。「私の鎧は13キロある。重たいというほどではないが、動きづらい」


ジョスリーンの鎧は胴冑だけでなく、肩当て、胸当て、腕当て、肘当て、手甲…といった具合に、間接ごとに動かせるようにパーツごとに守られたしっかりとした鎧だ。


もちろんそれは、円奈がこれまで見てきた騎士たちと同じであったが、円奈はとりわけジョスリーンの騎士姿に、感銘の声を漏らしてしまうのだった。


金髪翠眼の、馬に乗った女騎士の騎乗姿が、これまで見たどの騎士たちよりも似合っている気が円奈にはしてしまったのであった。

馬上でさらさらの金髪をゆらす甲冑の姿が、とても格好いいとおもった。


ジョスリーンは、夜警騎士から、この日、馬上槍試合の世界選手権に参加する騎士となる。

参加する50人の騎士たちと戦い、優勝杯をめざす!

240 : 第27話 - 2014/07/19 22:04:13.37 aWm0Od2+0 1080/3130



話は今にもどる。


馬上槍競技場の入り口手前までにきた二人は、審査員たちの前で最後の打ち合わせをしているところだ。


「この槍競技で優勝すれば」

ジョスリーンは馬上でいった。女騎士のジョスリーンは、いまや馬上槍競技を前にして、興奮に声が昂ぶりっぱなしだ。

「わたしは騎士として、実戦にでれるかもしれないんだ。夜警しているだけの騎士じゃない。実戦にでれるんだ」


「うん。それがジョスリーンさんの目標だもんね」

侍女姿の円奈は微笑んで馬上のジョスリーンをみあげる。それにしても馬に跨り、長い金髪を風にゆらす姿は、きれいだった。

馬は、円奈の馬とはちがって、鐙やら鞍やらを備えた、しっかりとした馬であった。


「実戦の最前線で戦っているのは魔法少女だ」

ジョスリーンの声は興奮気味だ。

「私が実戦にでれるようになれば、魔法少女のおそばにいられる騎士になれる」


「うん。わかってます」

円奈はにこりと微笑む。



「ありがとう。大会に出れるのは本当にきみのおかげだ」

女騎士は鎧を着込んだ腕でグーを握った。「優勝できれば、夢がかなう。審査員の前にでて、きみを紋章官として正式に任命する。いいかな?」


「うん」

侍女姿の円奈は、うなづく。

がやがや、二人の周りでは、空いた観客席を求めて急ぐ市民たちがごっがえしている。


「そのとき、わたしの名前と、4代前までの家系をすべて紋章の根拠を説明して、審査員を納得させてくれ。そうすれば試合に参加できる」


「がんばります」

円奈は微笑んで言った。

241 : 第27話 - 2014/07/19 22:06:19.21 aWm0Od2+0 1081/3130



「今日は開会の式と予選だが───」

女騎士は馬上からいう。彼女の目の前に建つ競技場をみあげる。「明日は朝から一日中、本選だ。腕が鳴るよ!」


気張るジョスリーンだが、世界各国から参加を表明してあつまった選手たちはほとんど男の騎士だった。

披露する馬術は見事だし、なにより屈強そうだ。



それを思うと不安になる円奈だった。


魔法少女のように途方もない力を発揮する少女ならともかく、ジョスリーンは女性の騎士だった。


それも、実戦経験のない夜警の。


「このチャンスはフイにできない」

女騎士は競技場をみあげながら、金髪を風になびかせて呟く。「国内の警備仕事から離れ、国外の実戦にでるチャンスだよ」


会場の熱気は、すでに十分にこちら伝わっている。

がやがやがや、おーおーおー。

ひゅうひゅうー。


口笛やら歓声やらの混声が、競技場から溢れでているのだから。


「きみもしってのとおり、わたしには実戦の経験がない」

女騎士はいう。

「だが、馬上槍試合(ジョスト)の練習なら、かなり積んだ。名簿をみると強者揃いだが、まけるわけにはいかない!」


円奈はうん、うんと頷く。

そしてジョスリーンを励ますように、両手を握り、もちあげた。

「がんばってくださいね。私を紋章官にしたんですから」


「ああもちろんだ!」

彼女の声は興奮に上ずっている。観客席からあふれ出る歓声を耳に触れ、気分が昂ぶっている。

「ねらうは優勝さ!」


円奈は、優しく笑って馬上のジョスリーンをみあげた。「うん」

242 : 第27話 - 2014/07/19 22:08:51.07 aWm0Od2+0 1082/3130

211


馬上競技場の入り口を通り、円奈とジョスリーンの二人は試合場にむかう。


ジョスリーンは馬で。円奈は歩きで。


円奈の馬クフィーユは、世話役を宿屋に任せている。銀貨を5枚、とられた。


もっとも、円奈は金貨を100枚ももっている、超お金持ちなのだが。



金貨百枚は、銀貨に換算すると、銀貨3000枚だ。



「馬上競技には王家から騎士が参加することもあるんだ」

ジョスリーンは馬を御しながら、円奈にむかって語る。

手綱を両手に握り、茶色の馬を歩かせる。


その手綱握る腕も鎧の籠手に覆われていた。

「だが今回の槍競技の参加者名簿をみる限りは────」


ジョスリーンは、人々がごったがえして行き来する競技場付近の町並みを、馬で進める。

「王家からの参加者はいなかった。王家も忙しいのだろう」



王家。

エドレスの王家は、エドワード王の家系。


円奈はエドワード王に、アキテーヌ領の城で書いてもらった通行許可状をみせて、エドワード城を通る予定だ。


「わたしとしては嬉しいくらいだ」

女騎士は語る。

馬具の鐙にかける足は、防具ブーツに覆われている。

「いくら優勝をめざすといっても────」


馬を進ませるその後ろに円奈が追いかけてつづく。


「王家が相手では厳しい」

243 : 第27話 - 2014/07/19 22:09:52.55 aWm0Od2+0 1083/3130


しばらく進むと、審査員席があった。


そこは馬上槍競技の参加者が貴族の騎士であるかどうかを確認する場だ。



円奈たちにとって最初の難関がきた。


ごくり。

円奈の喉がなる。


円奈が正しい紋章官かどうかが試される最初の難関だ。


あの審査席にむかって、円奈は、ジョスリーンの家系を四代前まで説明しなくちゃいけない。

もちろんそこは暗記している。


「ようし……」


円奈は、槍競技場にむかうまでの通路を先がけ、審査席へと足をはやめる。「がんばるぞお……!」


「円奈、円奈、まて!」

すると、ジョスリーンに、呼び止められた。


「へ?」

円奈が振り返る。


「主人より前を歩く従者はいない」


円奈は最初頭に疑問のマークを浮かべていたが、やがてその意味を理解した。


「んもーう!」

そして、すねた顔してジョスリーンの背後にもどった。

244 : 第27話 - 2014/07/19 22:12:42.15 aWm0Od2+0 1084/3130



侍女という設定で紋章官を偽る鹿目円奈は、ジョスリーンのあとにつづいて、審査席の前にきた。



ここまでくると、競技場の観客席への入り口がもうすぐそこだ。


切り妻壁の木造建築が並び立つ馬上槍競技場の道は、貧民層の街路のように、ごみごみしている。

そこは酒場、宿屋が乱立し、賑わっている。


槍競技を見物した客が興奮に高まった気分で飲み明かすため、酒場が集中しているのだ。


こうした”木骨造”建築は、まず木の骨組みを、縦と斜めバッテンに組み込ませてつくり、壁は、網枝とドーブ(泥または粘土)をつめて固め、石灰で白く塗られた建物だ。

石灰を塗るのは、雨風を防ぐだめだった。



さて審査員の前に立ったジョスリーンと円奈の二人は、参加の表明をまずした。


ジョスリーンは審査員の前に馬をよこし、告げる。


「飛び入り参加だ」


ジョスリーンは、テーブルに腰掛ける三人の審査員むけて言う。


「競技に参加したい。当日参加はできるだろう?」


審査員は頷いた。テーブル上で両手を握り、机面におく。

「君の家系の正しさが証明されれば」


「もちろんだ」

ジョスリーンは隣にたつ円奈の肩をぽんと叩く。

「わたしの侍女でね。今日、紋章官をしてくれる。今日、といっても、前も紋章官をしたことがある。国境での戦いのときに、騎士たちを見分けた」


「では説明をしてくれたまえ」

審査員はテーブルに両手を結び、置いたまま、たずねてくる。


ジョスリーンは円奈に眼で合図した。


すると円奈は、こくりと頷いて、前へ、でてきた。

245 : 第27話 - 2014/07/19 22:14:13.97 aWm0Od2+0 1085/3130



審査員三人の注目が円奈に集まる。


「わたしの主人、アデル卿は」


円奈は、頭に覚えた内容を、語りだす。


「母方の祖父がシラード卿、曾祖父がアデル公爵」

さらさらと、流暢に家系を紹介する。

「高祖父ギベリンの父親はヴェンディッシュ家の……」

ぺらぺらぺらと、指先たてて得意そうに喋っていると。


「もういい」

ところが、審査員にとめられた。

「そこまで聞けば十分だ。証明書を」


「……証明書?」

円奈がぽかーんとした顔を審査員にみせる。

するとジョスリーンは、侍女に耳打ちした。


「…」

円奈はジョスリーンの口に耳を寄せる。

それから、「ああっ!」と声をあげた。


円奈は、アデル家の紋章が描かれた羊皮紙のそれを、ぱっとだして、丸められたそれをぺらぺらと広げた。



審査員がテーブルから身を乗り出して羊皮紙を目で確認する。



確認したあと、その羊皮紙を審査員は手に受け取った。


「アデル卿が参加する競技の種目は?」

受け取りながら、審査員はたずねてきたので、ジョスリーンは馬上から長い槍をもって、それを伸ばした。




ジョスリーンは馬上から槍を伸ばして、審査員たちの後ろに吊るされて掲げられている種目を印した盾をいくつか叩いた。


女騎士の伸ばす槍の先が、二本槍が交差した”槍試合”を意味する印の盾と、二本の剣が交差する”剣試合”を意味する印の盾をたたく。


ガダーン。

ゴドーン。


槍が盾をつく鈍い音が二回した。


槍先に叩かれた盾は吊られたまま、ぶらーんと揺れ動いた。


馬上槍競技と剣術競技を意味する紋章だ。

246 : 第27話 - 2014/07/19 22:15:43.79 aWm0Od2+0 1086/3130



「初戦の相手はモーティマー卿だ」


審査員は席で告げる。



「どうも」

ジョスリーンは槍を手元にもどし、円奈にむきなおった。


円奈も彼女をみあげた。


騎士姿となったジョスリーンは、種目参加の審査が無事通過したことを喜ぶように、円奈にむかっていずらっぽく笑った。



円奈もふっと小さく微笑んだ。

247 : 第27話 - 2014/07/19 22:19:02.66 aWm0Od2+0 1087/3130

212


「第一関門突破だ」

ジョスリーンは再び馬にのって、馬上槍競技場へ進む。

「信じられない大会に参加できるぞ!」

声は、ますます興奮してきていた。



憧れの馬上槍試合に参加できるのだ!



すでに他の参加者であろう甲冑の騎士たちが、通路を行き来している。
たくさんの従者をつれて。


円奈とジョスリーンもそうしたペアたちの一人となったわけだ。


正式に参加が決定したのだ。



「あとは本番だけだ」

ジョスリーンは馬上から語ってくる。

その甲冑姿の背中に流れるさらした金髪が、風にゆられて、ふわふわ流れている。


なんとなく、そのさらさらの髪を目で追ってしまう円奈だった。


「わたしの出番になったら───」

ジョスリーンの腰に差した剣の鞘がカチャカチャ、鎧の鉄と擦れて音をならす。

「まず、鹿目さま、あなたが観客にわたしのことを説明し、次に対戦相手の家系を説明する。大声で! 会場のみんなにきこえるように!」


ジョスリーンは説明をつづける。

最後の打ち合わせだ。


「良識ある観客は紋章官が登場すれば静かにしてくれるもんだが────」

ジョスリーンは会場へ馬を進め続ける。

「興奮してる観客は、紋章官がいようといまいとお構いなしに騒ぐ。そいつらに負けないくらいの大声で説明しなくちゃいけない!」

「うう…」

円奈の緊張が高まってくる。

「わたし大声だすのは得意じゃないんだけど……」


「ここまできたら引き下がれん!」


女騎士は、気合いっぱいだ。


「私も本当の騎士になれる日がくるぞ!」

248 : 第27話 - 2014/07/19 22:21:04.12 aWm0Od2+0 1088/3130

213


二人はいよいよ馬上槍競技場へと出た。

ぐるりと桟敷に囲まれた長方形の観客席は、劇場のようだ。


長細い劇場の真ん中に広がるフィールドが、馬上槍試合(ジョスト)のフィールドになる。


フィールドの真ん中には、柵が一本設けられていて、フィールドを縦に二分する。


この柵が隔てた両サイドを、馬がはしり、騎士たちか槍を交える。


おなじサイドを走ることはない。それは、正面激突を避けるためで、騎士たちはあくまで柵に隔てられた両サイドをはしって、すれ違いながら、槍だけを交えて試合をする。




すでに劇場ではジョストがはじまっていた。


世界各国から集った豪腕の騎士たちが、馬をダダッっと走らせ、互いの槍をぶつけあう。

それがジョストだ。


「うわあ……」

競技場へでた円奈は、その人の多さと熱気、想像以上の騎士の多さと劇場の広さに驚いた。


木造で立てられた劇場は、観客席に埋め尽くされ、観客たちは、フィールドで戦う騎士たちに声援をおくっている。


市民にとって最高の娯楽であり、楽しみである馬上槍試合の見物は、この時代の都市での最高の流行だった。


観客たちは席から小さな旗を手に持ち、騎士たちにぶんぶん振り、きゃーきゃー黄色い声あげながら騎士たちを応援する。


観客たちの旗は、自作で、お気に入り騎士を応援するために絵をオリジナルで描いた旗だ。

それをぱたぱたと観客席から、ふる。色とりどり、さまざまな旗が、ぐるりと囲んだ観客席ではためく。



それくらい、観客達の、ジョスト見物への熱意は強かった。


円奈とジョスリーンは、劇場の入場門のところあたりに突っ立って、すでに試合中の騎士たちを見物した。

そのうち自分たちの挑むことになるジョスト本番を。

249 : 第27話 - 2014/07/19 22:23:10.41 aWm0Od2+0 1089/3130



ジョストは、一騎打ちだ。


二人の騎士が一騎打ちをする。



二人とも男の騎士だった。



ジョストに挑む甲冑姿の騎士達は、専用の突撃槍を持つ。


槍は大きく、長さ3メートルある。木製だ。形は円錐でとがっている。試合用の突撃槍だ。


従者が、予備の槍を何本も掛け台に立てかけている。


騎士は、自分の馬に乗った騎乗姿よりも遥かに高い槍を持ち上げ、自分の勇姿をアピールする。


パッパッパララー。

パッララララパッパッラララー。


催し物にはつきものな音楽隊が、トランペットを吹き鳴らす。

騎士の登場にあわせて奏でられるファンファーレは、大空にまで届く。


赤い毛織物を羽織った音楽隊たちは、トランペットを吹き鳴らしおえると、くるりっとトランペットをまわして手に収めてしまう。

トランペットには、緑色の旗織物がくくりつけられていた。緑色の旗織物には、エドレスの紋章が描かれる。


それでも、ドドドド、ドドドという、小太鼓のリズミカルな音が、まだ騎士たちの勇姿を彩っていた。


騎士たちの対決の場は、四方をぐるりと鎖帷子の鎧を着た兵士たちが警護し、槍を持ち、見守っている。



馬上槍試合(ジョスト)審判の前に、二人の騎士が現れ、対決者同士、顔と顔をあわせた。



「おまえたちは、その紋章をになった騎士として、誇りある戦いをすることを誓うか。」


審判は、顔をあわせた騎士二人に、問いかける。


「わたしたちは、我が一家の紋章にかけて、騎士として、誇りある戦いをすると誓います。」

対決者同士の騎士二人が、声をそろえて、同時に答える。



「たとえ、試合中いかなる水も、食糧も、治療処置も施されぬとしても、最後まで戦うと、誓うか。」

審判は再び問いかける。


「最後まで、誇りにかけて戦います。」

二人の騎士は同時に答えた。

250 : 第27話 - 2014/07/19 22:23:54.13 aWm0Od2+0 1090/3130



そして対決者同士の騎士は互いにくるりと背をむけて、馬同士を逆向きにして進め、はなれた。

騎士たちは3メートルもある槍を立てて持ち、持ち場へとむかう。



ダダダダタダダダン。

音楽家たちの鳴らす小太鼓の音がとまった。



静まりかえる馬上槍試合の会場。


ジョストに挑む騎士たち二人は甲冑の兜をかぶり、顔を覆った。



すると、審判から合図がくだった。

試合開始だ。


すると、騎士たちの馬がフィールドの柵に沿って走りはじめた。


ダダッ。ダダッ。



駆け出す馬。四足で走り出す馬。



おおおおおおっ。

観客席がどっと興奮の声を騒ぎ立てる。


251 : 第27話 - 2014/07/19 22:24:51.51 aWm0Od2+0 1091/3130



どちらの騎士も、試合場のフィールドを一直線に走り、速度をあげる。


ものすごい速さだ。


馬の走る速度は、文句なしの全速力だ。重さ500キロの馬という巨体が、人間を遥かに超すスピードで試合会場を走り抜ける!

蹄の音が激しさを増す。



ドダダッ。ドダダッ。


馬の勢いが激しさを増し、槍を前に伸ばす騎士の動きも激しさを増す。

槍の先は、互いに相手へとむけられる。




騎士たちの馬を馳せる姿を、観客席の見物客たちが声をあげながら応援している。






だんだん互いの距離が縮まる二人の騎士。


槍と槍が物凄い速さで接近する。



そして、激突!

ドガッ!

槍が柵越しに互いの身体をど突いた。



252 : 第27話 - 2014/07/19 22:26:06.54 aWm0Od2+0 1092/3130



「…うわっ!」

円奈が、騎士の槍同士の激突を目の当たりにして、思わず目をそむけてしまう。


だが観客達は槍同士が激突した瞬間、おおおおおっと大きく声があがった。


観客達は、この瞬間をみたくて、見物にきているのだ。



観客は、男も女もいた。


市民の男は、スポーツとしての馬上槍試合をみるのが好きだし、女は、騎士たちの勇姿をみて黄色い声をあげた。

おーおーおーという男の興奮した雄たけびと。

きゃーっという黄色い声が競技場全体を沸きたてる。熱気が熱気をよぶような歓声の嵐だ。


とにかく、人気のスポーツだった。


「うう…」

円奈が、顔をしかめながらようやく視線を騎士たちに戻した。



激突した槍同士はバギっと折れ、砕け、そこらじゅうに木片がとびちった。激突した騎士と騎士は二人とも槍にどつかれ、ぐらって馬上でよろめいた。


時速45キロ以上はある馬同士の全速力が加わった槍の衝撃が、互いの身体に走る。

自分は相手へと走り、相手は自分へとはしって、正面からぶつかりあうのだから、単純計算で時速100キロちかい槍に当たることになる。


その衝撃の強さは見た目以上にある。とてつもなく重たいものを胸に受けるような衝撃だ。



が、二人とも、落馬せずにもちこたえた。



落馬すれば負けである。

しかも、馬を相手の騎士にとられてしまうルールだ。

253 : 第27話 - 2014/07/19 22:34:47.12 aWm0Od2+0 1093/3130


「あれ…」

円奈が、思わず、女の子として最初に抱いた感想を口にする。

「あぶなく……ないの?」



「危ないことには滅多にならない」

女騎士のジョスリーンは、円奈の疑問に答えた。

「参加者はみんな鎧をきているし───」

ジョスリーンは胸元の甲冑をダンダンと叩く。

円奈がその仕草をみあげる。

「槍には危なくないように、かぶせ物をしてある」


ジョスリーンが説明するなか、騎士たちの試合は二戦目をむかえる。


騎士たちはまず互いの出撃位置にもどる。

従者から予備の槍を受け取り、3メートルあるその槍をまず天に向ける。

これは、準備オーケーのサインだ。



すると審判が、白い布の合図旗をまず下向きにさげる。それを、何秒かしたあとに、ばっと上へ振り上げる。

この合図がでると騎士たちは二回戦へ出撃する。



馬が走りだし、ダダっと蹄がフィールドの草を蹴り、四足をだして駆け出す。


騎士たちは柵のすぐ右側にそって走る。

長い長方形のフィールドのど真ん中にたてられた柵だ。フィールドを細長く二分している線のような柵。


互いに柵のすぐ右脇を走るので、ちょうど柵越しにすれ違う。


このすれ違うタイミングまでに、3メートルもの長さになる槍を、力の限りを尽くして対戦相手へぶつけるのである。


もちろん、相手だって槍をぶつけてくる。



そして、だいたい、ほぼ同時に、槍が激突する。


バキキ!

ガキ!


ものすごい音がなり、槍はあっという間に真っ二つにへし折れる。

相手騎士の鎧を突き、形を潰し、木片となった。


走る馬同士の激突する瞬間のスピードも凄まじいので、槍も、あっという間に空中へ飛び散って舞った。


槍の木片は天空まで跳ね上げられた。

254 : 第27話 - 2014/07/19 22:38:34.02 aWm0Od2+0 1094/3130


槍をぶつけあった騎士たちはぐらっとまたゆらぎ、落馬しないように体勢をもちなおす。


槍同士を激突して対戦はおわりではない。


激突したあと、ぐらついた体勢をいかに持ち直してフィールドの反対側まで走りきれるかどうかまでが、ジョストだ。



おおおおおおおおおおおっ。おおおおおおおおおおおっ。



いよいよ試合開始となって、競技場はどよめきと歓声に満たされ尽くされる。

一人とて雄たけびと黄色い声をあげぬ者はいない。



声と声に包まれて、不思議な熱気に包まれて体が浮くかのようだ。



「これは本物の戦争じゃないさ。あくまで試合だ。相手を傷つけない」

凄まじい喚声の嵐のなか、ジョスリーンは円奈に言った。



騎士たちが、三回戦目のために出撃位置に戻る。


「ルールは、対戦者同士が三回、ジョストをする」

ジョスリーンは解説をしてくれる。

「相手の胴に槍があたれば1ポンイト。相手の顔面に槍をあてれば2ポイント」


騎士たちは三回戦のための位置につく。


「相手を落馬させたら3ポイントで────」

ジョスリーンは指をたてて、手の平にあてる。

「相手の馬をもらえる。あいつらはどちらも1ポイントずつ二回、取ったから───」


円奈は、三回戦目に挑む騎士と騎士に目を移す。


「次の三回戦目で勝負が決まる。いまのところ引き分けだ」


「うう…」

円奈は、不安な面持ちで三回戦へ挑む騎士をみつめた。

255 : 第27話 - 2014/07/19 22:41:47.08 aWm0Od2+0 1095/3130


騎士の甲冑は黒く、馬も黒い。馬まで甲冑を着込んでいて、まさに騎士という格好だった。


3メートルあり突撃槍を手にもち、天に掲げ、出撃合図を待つ。


審判が、馬の頭が描かれた旗を降ろす。


降ろしたあと、ばっとふりあげた。


と同時に審判はフィールドを足早に去る。



騎士たちが同時に出撃をはじめた。


騎士の掛け声と共に馬が走り出す。


柵にそって馬を走らせ、だんだんとそれはスピードをあげて、全速力へと近づく。


ドダダタダダダッ。


巨体の蹄が全速力で地面を蹴る。ハアハア息はきながら馬は前へ突き進む。槍を伸ばす騎士を乗せて!



うおおおおおっ!

盛り上がる観客たち。


わああああっ!


槍が三回目の激突を迎えた瞬間、観客席からの声は頂点に達した。


観客は旗をふり、スカーフをふるって、騎士たちに声援をおくる。



バギッ!

「うおっ!」



それは一瞬の出来事だった。


腹のちょうど真ん中を槍にどつかれ、対戦者の騎士は馬上から叩き落された。



槍に急所をつかれた騎士は馬から落ち、重い鎧姿をガタンと地面に落とした。


身体がバウンドして跳ね、馬は主人を失ってフィールドを走り去った。



わああああああっ。

決着だ。

256 : 第27話 - 2014/07/19 22:44:11.36 aWm0Od2+0 1096/3130



わああああああっ。

決着だ。


一気に騒ぎ立つ喚声。観客全体が席から立ち上がり、勝者の騎士にむけて拍手と声援をおくった。


すると黒い騎士は、ばっと折れた槍をもちあげポーズをとり、雄たけびをあげた。


それに応えるように、さらに喝采が大きくなる競技場。興奮と熱気、熱狂。熱狂の中心には勝者の騎士。

まるで英雄だ。



審判が、白い旗を、黒い騎士の陣側へ振り上げた。



勝負あった。


この審判の判決により、黒い騎士のトーナメント進出が決定した。



「参加者は50人を越えるほどだ」

女騎士は言った。

「勝ち進み方式のトーナメントだから───」


従者が、敗者の騎士を運び上げている。

甲冑を着た騎士は、自力では起き上がれない。

やっと敗戦した戦士から甲冑を脱がせ、試合場の場外へ連れ出した。



「だいたい、7回くらい私もジョストをする」

両手の指をつかって7回をジェスチャーで示す。

二本たてた指を全て立てた指の手の平にあてる。

「一回のジョストにつき三回戦あるから」

女騎士は言う。

円奈がジョスリーンの話をききつつ、槍試合を眺めている。

「21回くらい、私も槍を交える。21回のうち15回くらい勝てば優勝できる」


逆にいえば、六回しか負けられない。

257 : 第27話 - 2014/07/19 22:49:26.04 aWm0Od2+0 1097/3130



「勝敗が決定しました!」

槍試合の審判が、声高に宣言する。


「あの紋章は分かりやすいだろう?」

期し姿のジョスリーンは、籠手と鎧に覆われて腕を持ち上げて、ゆっくりと騎士の従者が掲げる紋章を指差す。


紋章は、従者によって槍試合競技場の入場門に立てかけられていた。


木のシールドに、紋章が描かれている。


その紋章は、赤色の背景色に白鳥が描かれた紋章。


「うん」

円奈は応えた。赤い紋章を見つめ、目を細めると、応えた。「カーライル家」


ジョスリーンは嬉しそうにふっと笑った。「その通り」



審判は、パチパチパチと手を三回ほど叩いたあと、告げる。


「ポイント5-2でカーライル卿の勝利!」

左手を伸ばし、カーライル卿を腕で示す。


おおおおおっ。

カーライル卿は腕をふりあげ、紋章の描いた旗を掲げた。


赤色に白鳥の描かれた紋章の旗が、ばさばさっと風にはためく。


わあああああああっ。


観客は、つかれをしらず、喚声をたてつづける。




「次の対戦へ移ります」

すると従者たちは、勝者も敗者も、自分の紋章を掛け台から外した。


掛け台は壁に刺された釘だった。



釘に紋章を紐でぶらさげるだけの原始的な掲げ方。


紋章を描いたシールドを外し、すると、次の対戦者たちが自分達の紋章を描いたシールドを釘に吊るす。

258 : 第27話 - 2014/07/19 22:51:48.04 aWm0Od2+0 1098/3130


「そういえばアキテーヌ領城でもこんな試合をみました」

と、円奈は、前のことを思い起こしながら、ジョスリーンに話した。

「それは魔法少女と騎士の槍試合でした」


「どちらが勝った?」

ジョスリーンが馬上から円奈を優しい顔で見下ろし、たずねると。


円奈は答えた。「魔法少女」

カトリーヌのことだった。


「だろうな」

女騎士は頷いた。頭を傾けたら、ぐらっと、兜の面頬がずれた。彼女はそれを自分で直した。

「魔法少女とジョストなんてしたら大怪我になるよ」

ジョスリーンは円奈を見つめる。

「ルッチーアを思い出してみればわかるだろう」


「うん…」

円奈はぼんやりとした顔になって、ルッチーアを思い出す。

いきなり酒場で暴れ、あれよあれよといろんなトラブルを起こした魔法少女。


裁判沙汰にもなった。円奈はそれに巻き込まれた。


けれども、圧倒的な力量を発揮して裁判で圧勝した。


さらにいえば、円奈は、魔法少女と魔法少女の馬上槍試合さえ、見たことがあった。

それを思い出す。

いまから五年前、円奈がまだ10歳だったころ。


バリトンの隣国メイ・ロンの領土で開かれた城の市場で、いきなり槍試合をはじめた二人。

クーフィルとネーフェラという二人の魔法少女。


それは正式なジョストとは程遠く、ただの喧嘩に近かったが、魔法少女と魔法少女が互いに力をぶつけはじめたら、城の市場はメチャクチャになって、食卓は崩壊、市場の商品はすべて散らかされるの惨事になった。


おもえば、魔法少女は、人間からするとお騒がせ屋、トラブルメーカーなのかもしれない。


「だがあいつらにはあいつらの悩みがある」

ジョスリーンはそう言うのだった。

「魔法少女の助けになる騎士になりたい」


それがジョスリーンの夢だ。


魔法少女は、実戦の戦場で戦っている。

スポーツ感覚の槍試合につまづいていたら、とても、実戦にはでれない。


259 : 第27話 - 2014/07/19 22:52:39.20 aWm0Od2+0 1099/3130



「私の出番になったら頼んだぞ、円奈」

ジョスリーンの声は、さっきの昂ぶった様子とは違い、緊張して、固くなりはじめていた。

「ここで負けてられん」

260 : 第27話 - 2014/07/19 22:54:50.14 aWm0Od2+0 1100/3130

214


競技大会の試合は次へと移った。

組まれたトーナメント表の、名前が読み上げられ、すると参加者が馬に乗ってフィールドに躍り出てくる。


おおおおおっ。

あらたな騎士の登場に、熱狂する観客たちは、席から身を乗り出して、手をめいっぱいふる。




試合場に出てきた騎士の従者が、騎士のもつ血筋をあらわす紋章を、入場門の掛け台に吊るす。


緑の背景色に月の描かれた紋章と、赤色と黄色の市松模様の紋章。



円奈は、そのどらちも知っている紋章だった。


「誰と誰の対戦だ?」

ジョスリーンが質問してきた。


円奈が答えた。

「メッツリン家と───」

円奈は手前側の月の紋章をまず見つめ、それから、奥側の、赤黄の市松模様の紋章をみつめる。

「フェキンヒュゼン家」

目を細めながら紋章を分析して、言った。


「そのとおりだ」

ジョスリーンは微笑んだ。

261 : 第27話 - 2014/07/19 23:00:36.01 aWm0Od2+0 1101/3130


すると従者は、紋章を騎馬競技場に掲げたあと、フィールドの真ん中へとむかった。


対戦相手の騎士同士の従者たちが、互いに顔をむきあって歩き、フィールドの真ん中へ。



フィールドの真ん中には、壇上の審判席があった。


席に腰掛ける審判にむかって、従者たちは一礼し、すると、胸をはって、説明をはじめた。



「わが主人を紹介いたします」


と、従者は、語り始める。


「その父はグレリー公爵」


紋章官としての、血筋の説明だ。


円奈が思わず神経を集中させる。

自分達の番がきたら、今度は私が、あんなふうに説明をするのだ。


つまり紋章官のお手本をみる、今は絶好のチャンスなのだ。


「長らく続くメッツリンの家系であり───」


紋章官は、胸をはって、堂々と、主人を紹介する。


「南の国サルファロンにて傭兵部隊を率いる勇戦なる騎士であります───」


ああ、あんなふうに説明するんだ。

わたしに、できるのかな。


心の不安が大きくなる。


そもそも、ジョスリーンのことは、会って三日目だから、ほとんど知らない。

夜警騎士をしているっていう紹介しかできない。


もし、本物の紋章官じゃないってばれたらどうなってしまうんだろう。

心はどんどん不安のほうへ傾く。

262 : 第27話 - 2014/07/19 23:02:02.06 aWm0Od2+0 1102/3130




「わが主人こそはベルトランド・メッツリン卿であります!」


と彼は高々と告げ、そのあとは、足を交差させて胸に片腕を静かにおろし、頭をさげてお辞儀する。

この都市におけるお辞儀の仕方だった。


紋章官としてはできて当然の礼儀作法である。



紋章官の紹介が終わると、ベルトランド卿は馬に乗った甲冑姿で、手に持った3メートルの突撃用槍をばっと晴天へもちあげた。



おおおおおおおおおっ。

観客たち、総立ちである。



片方の騎士の説明がおわると、こんどは対戦相手側の紋章官が、紋説明をはじめる。


「わが誇り高き主人は」

と、対戦相手の従者が語りだす。相手の騎士に負けないくらい自分の騎士を誇らしい人物として、この公の場で堂々たる口にて紹介しなければならない。またそれが、紋章官としての腕の見せ所だ。


胸をはって、目を瞑り、物語を紡ぐように。

彼は口を開いて、語る。


「フェキンヒュゼン家の輝かしい騎士であります。その功績は───」

といった調子で、従者は登場する騎士がいかにすばらしい騎士であるかを、とりあえず、語りまくる。


まるでそれは、鹿目円奈が、アキテーヌ城の餐宴のときに騎士たちにさんざんベタ褒めされたときのような、あの感覚にちかかった。


本当かどうかなんてことは二の次で、とにかく、盛りにもって大げさな話として語る。

そのトークが、会場を盛り上げるわけだ。


「エドレス国境の反乱鎮圧。西の野蛮人どもの討伐。その剣一つで全てを治めるがごとく光の太刀───」


「まあ、あんなふうにいってるが」

と、女騎士のジョスリーンが円奈にこっそり話した。

「だいたい、つくり話だよ。実際の戦場じゃ、活躍するのは魔法少女さ」


「うん……そんな気がする」

円奈はかつてみてきた戦場を思い出す。


263 : 第27話 - 2014/07/19 23:03:18.66 aWm0Od2+0 1103/3130



「わが主人の名こそは、エッカルト・フォン・フェキンヒュゼン卿であります!」


ひゅーひゅーひゅー。

おおおおお。


乱れ飛ぶ口笛と喚声。



それにしても熱気がすごい。


みんな、馬上槍試合が好きなんだなあ……。

円奈は思った。



審判がフィールドへでる。


馬の頭を描いた旗をまず下向きおろし、フィールドの真ん中の柵あたりにまで進み、すると。


いちど下げた旗を、ばっと振り上げる。


ばたたっ。旗が風にはためく。

試合開始の合図だ。



と同時に、二人の騎士が、出撃した。柵に添って進撃する。


おおおおお。

観客席から飛ぶ声援。


二人の騎士は同時にダダッと馬を駆け出し、速度を速めていく。


途中で曲がったりしない。



ただ一直線にフィールド走りぬけ、速度を高めて。ドダダッと走り、相手の騎士の胸元むけて。


槍を伸ばす。


馬の速度が速まれば速まるほどに、槍はまっすぐの向きに固定され、一直線の相手へ。


脇に挟んでしっかり固定し、狙いが外れないように、持ち続ける。


相手との距離がつまるまでが槍の狙いを定める猶予だ。


相手が接近してからでは、槍の向きの変更はきかない。

264 : 第27話 - 2014/07/19 23:04:31.74 aWm0Od2+0 1104/3130




そうして二人の騎士が正面から距離をつめ─────


最後に力を込める!



ドゴッ!


バキキ!


両者の槍が激突する。


全速力で走る馬同士がすれ違う。と同時に、騎士が互いの身体を槍でブッ刺す。


槍は砕け、折れて、木片が飛び散って、甲冑にあたって粉々になる。


ばごっと槍の激突をうけて身が仰け反り、バランスを崩し、そのまま鎧の重さにひっぱられて、馬の尻から後ろ向きに頭から落ちてしまう。


「うあああ」

騎士は落馬し、猛スピードで走る馬から落ちて頭を強打した。



ガターンと鎧の重たい音がした。



うおおおおおっ。


さっきとは違い、一回戦目で決着。


「3-0で勝者、メッツリン卿!」


審判が白い旗を左側へ、また挙げる。



うおおおおおおっ。


観客席の興奮。


「さすが、メッツリン卿だ!」


観客の何人かが、拍手してエールを送る。

槍試合の観客席に集まっているのは、エドレスの市民だけではなかった。


他国からの参加してきた地方の騎士を応援するために、その国からはるばるやってきた市民や農民も、かなりいた。

265 : 第27話 - 2014/07/19 23:05:46.39 aWm0Od2+0 1105/3130

215


それからもトーナメント表にしたがって、試合はつづいた。


市松模様と縞模様の紋章。


エアランゲン家とヴィルボルト家。



二人の騎士は柵に添って突撃し、やり同士をぶつけあう。


バキッ───


ゴキッ───


まずエアランゲン卿の槍が敵にあたり、つづいて、ヴィルボルト卿の槍が相手をどつく。



かぶせ物をしてある槍の先端が相手の肩にあたり、すると槍はくの字にへし折れて、木片となる。


肩に槍をうけた騎士はその衝撃で馬の手綱を放してしまい、自分の馬から身を投げ出され、激しくぐらついたあと、落馬した。


馬の背から、横転、ころげるようにして落っこちる。

騎士は地面に身体をうちつけ、ごろごろとまわった。砂埃が舞った。


槍試合は、確かに槍の技も重要だが、本当に勝つために大切なことは、敵の槍の直撃をうけても落馬しないことだ。


「0-3でヴィンボルト卿の勝利!」

審判が旗を右側へあげる。



おおおおっ。

観客席のどよめき。

やまない騒ぎ。


266 : 第27話 - 2014/07/19 23:07:07.20 aWm0Od2+0 1106/3130



ところで、騒ぎ疲れた観客は、席をたって、劇場をあとにし、街路の酒場へと足を運ぶのだった。


そこでたまたまテーブルが同じになった、顔も知らないやつと、優勝する騎士は誰か、という話でもりあがり、ジョッキでビールを飲み干す。



この都市では、休日とか仕事の日とかそういう概念はない。


槍試合があるなら、自分の店を閉じて、好きなときに酒場へゆき好きなときに店をだす。


自分で店をもっている商業ギルドの職人が多いので、そんな世間だった。お気楽だった。


どこの酒場も大盛り上がりだった。

エドレスの市民だけでなく、他国からの農民や市民、貴族まで入り乱れて、大盛況だ。

テーブル席が埋まってしまうと、彼らは、樽を椅子がわりにしてビールを飲みまくった。





「鹿目さま」

女騎士ジョスリーンは、緊張に強張った声をしぼりだしていた。

「え?」

円奈がジョスリーンへ顔をむける。


「次は私の番です。トーナメント表を」

円奈がトーナメント表をみる。



ヴィンボルト卿とエアランゲン卿のトーナメント表がかかれ、その隣は、アデル卿とモーティマー卿とかかれている。


「じゃ、じゃあ……」

円奈の顔も、少しばかり強張る。


「ああ」

ジョスリーンは告げた。籠手に包まれた手を胸元で丸める。自分を落ち着かせるように。

「私の番がきた。まずは、君がフィールドにでるんだ。円奈よ、私の説明をたのんだぞ」

267 : 第27話 - 2014/07/19 23:07:52.56 aWm0Od2+0 1107/3130


ごくっ。

円奈が、緊張に強張った顔のまま、ぎこぎこと身体を動かし、フィールドへ向かい始めた。


足と手が一緒になって動いている。


右足と右手、左足と左手、でるタイミングが同じになってしまっている歩き方だ。


よほど緊張しているのだろう。



いよいよ円奈は、紋章官として、観客席の前へ立つときがきたのだ。

268 : 第27話 - 2014/07/19 23:09:21.51 aWm0Od2+0 1108/3130

216


そのころウスターシュ・ルッチーアは支庁舎にいた。


馬上槍試合のどよめき声は、支庁舎にまで轟いてくる。


しかしルッチーアに槍試合への興味はない。


「うるさいなあ…」

わーわー騒ぎ立つ槍試合の盛り上がる民衆たちの声を、ルッチーアは愚痴る。


石壁の廊下を歩き、松明の火に照らされたアーチ通路を進み、木製の番い扉をキィとあけて、修道院長の前にでる。


「魔獣を…」

ルッチーアは、テーブル席にすわるビュジェ修道院長に、言った。

「狩りました」


グリーフシードを修道院長にみせる。


四角い形の黒い塊。ほのかに黒い光を放つ、不気味なキューブ。



それを手元に載せて、修道院長の魔法少女にみせる。


修道院長は、まさに、修道服という服装そのものな格好をしていた。

頭を白い布で隠し、顔だけみせる、年配な魔法少女だ。


「これをもって、市長室へいきなさい」

修道院長は羊皮紙に羽ペンで証明書をかき、ルッチーアに手渡す。



ルッチーアは手渡された羊皮紙に目を通す。「銀貨10枚?」


ルッチーアは修道院長の顔をみる。「この前の半分以下じゃないか」


「不満ですか?」

修道院長は、テーブルに腰掛けたまま、黒髪の魔法少女・ルッチーアをみあげる。


「命を張って魔獣を狩ったのに……」

ルッチーアは切ない顔をしていた。「外でがやがやスポーツを楽しんでいる騎士の参加賞より安い」

269 : 第27話 - 2014/07/19 23:10:34.20 aWm0Od2+0 1109/3130


「ルッチーア」

修道院長はテーブル席で姿勢を整える。両手をテーブルの机面で握り、ルッチーアに目をむけて、やさしく諭し始める。

「わたしたち魔法少女は、たったひとつの願いをかなえた存在です。それ以上の高望みはしないものです。その願いと引き換えに、すべてを諦めるものです」


「修道院長、わたしの願いは金持ちになることだ!」

ルッチーアは反論する。

「希望をもつことが、そんなに間違いとおっしゃるのです?ええ、今回の、銀貨10枚という修道院長の決断に、文句はつけませんよ。でも私は全て諦めたりなんてしません!」

といって、ルッチーアは啖呵きって、修道院室をあとにしようとした。

すると、その背中を呼ばれた。


「ルッチーア」

修道院長の声が、いきなり変わった。

優しく諭すような声ではなかった。


ルッチーアが振り返る。


「あなたに話さなければならないことが」

修道院長はいった。

「思い当たりはありますか?」


「…」

ルッチーアはちぇ、というような、渋い顔をして、顔をしかめると、修道院長にむきなおった。



「人間を───」

修道院長は難しい顔をしている。

「修道院にいれたという報告がありますが」


ルッチーアは歯を噛み締めた。

苦い顔しながら、答える。「入れました」


「なぜ入れたのですか?」

修道院長はたずねてくる。


「人間が、入りたいといったからです」


「ルッチーア」

修道院長の自分を呼ぶ声が、だんだん険しくなってくる。


「わたしたちの魔法少女には────」


修道院長はルッチーアを見つめたまま、険しい声で、告げる。


「人間には知られてはいけない秘密がある。違いますか?」


270 : 第27話 - 2014/07/19 23:11:26.30 aWm0Od2+0 1110/3130



「だから修道院があるんです」

ルッチーアが言うと。

「ではなぜ人間を入れたのですか?」

すぐに修道院長から詰問された。

「恩を返すためです。私を助けてくれました」


「ルッチーア、昔から、魔法少女と人間は────」

修道院長は語りはじめ、自分のソウルジェムを、机面にコトンとおいた。

「対立と共存を繰り返してきました。共存関係を守るためには────」

白色のソウルジェムがぽわっと光を放つ。

「私たちの秘密を守ることが肝要だと、過去の魔法少女たちの犠牲が私たちに教えました」


「そんな共存関係は偽りです」

ルッチーアがきっぱりそう言ってしまうと。


修道院長の声に怒りが交じってきた。

「だから全てを諦めるものだといっているのですよ」


「どうして希望を叶える存在が、すべてを諦めるのさ!」

ルチーアも声を荒げた。

「オルレアンさんは決して諦めなかった。だから都市の川はきれいになった。みんなは救われた! それが、魔法少女ってものです!」


「ルッチーア、希望をかなえた者が最後に待つものは────」

修道院長は冷たく言い放った。

「”絶望”です」

271 : 第27話 - 2014/07/19 23:14:43.90 aWm0Od2+0 1111/3130


「…」

ルッチーアは押し黙る。

悔しそうに拳を握り、ギリっと歯軋りする。


「あなたの以後の処遇についてですが───」

口論を終えると修道院長は、また事務的に口調もどって、述べた。

「人間を修道院にいれたことに対して、厳しい処置をとらざるをえません」


ルッチーアは耳を貸していない。


「結論からいえば、出禁です。円環の理に導かれるまでは」


修道院長はそう告げ、席をたった。


修道院室奥の、控え室への扉をあける。


そしてバタンと閉じた。


むなしく、ルッチーアだけがそこに取り残された。


ルッチーアは力なく、ふらふらと扉をあけ、自分は廊下にでる。


支庁舎の廊下を歩いていると、窓から、わああああっという喚声が聞こえてきた。


「槍試合か……」


ルッチーアは、石壁にあいたアーチ窓から身を乗り出して、競技場のほうをみてみた。


修道院の出禁が正式に決まった。


魔法少女としての拠り所である、円環の理を感じ取れる聖なる場所への出入りが禁止された。


アーチ窓からぼんやりと、晴天の青空をみあげる。

ルッチーアの黒い髪が、ゆらりと暖かな風になびいてゆれた。

272 : 第27話 - 2014/07/19 23:17:01.10 aWm0Od2+0 1112/3130




石壁の通路をあるく。

昼間だが、通路は暗い。

建物の中は光が差し込まないから当然だ。




窓があるアーチ天井の廊下は、眩しいほど明るく、窓がない内部の廊下は、松明の火がゆらめいて照らすほどに暗い。



ルッチーアは市長室に入った。


市長室には、質素な木のテーブルに、市長が腰かけていた。


ルッチーアは市長に修道院長から書いてもらった羊皮紙をみせ、すると市長は頷いた。

市長は、羊皮紙に自分の印章を押した。赤色の蝋燭たらし、その蝋燭に、ドンと印章を押す。


「銀行か両替商に渡せばこれと銀貨を交換してくれる」


市長の捺印した印章があって、はじめて銀貨と交換ができる。


ルッチーアはそれを受け取った。


支庁舎というのは、何するのも、あっちいったりこっちいったりしなくちゃいけない、たらい回しをするところだ。


「きみの裁判での」

市長は急に、関係ないことを話しはじめた。

ルッチーアが振り返る。


「活躍ぶりを見届けていたが───」


そういえば、裁判には裁判長だけでなく、市長も同席していた。

ルッチーアはそのことを思い出す。


「あまり公平な裁判とはいえなかったと裁判官と私で判断した」


「だから?」

ルッチーアはいらいらと訊く。


「ハンディを設けようと思っていてね」

市長は魔法少女をみあげた。

「なにかいいハンディはないものかね?魔法少女と人間が裁判するときは、人間には弓矢を持たせるとか」


「しるかよ、裁判の種目を馬上槍試合かなんかにしたらどうだよ」

ルッチーアは適当なことをいいながら市長室を去った。

273 : 第27話 - 2014/07/19 23:18:33.06 aWm0Od2+0 1113/3130

217


ルッチーアは支庁舎をでて、都市広場へでた。


この時間帯は広場も市場でもりあがっている。


いつもより人が多かった。



馬上槍試合が開催されているからそれもそうだろう。

世界各国の騎士が集い、その見学にきた世界各国からの客たち。異国の客たち。農民、市民、貴族、魔法少女も。


そうしてエドレスの都市広場の市場はまさに、世界的な交流市場という規模にさえなっていた。


異国の国々からやってきた人々が、エドレス国の珍しい品物を次々に買いあさる。


魚、肉、パンなどをかって、それをバスケットにつめて馬上競技の会場へと急ぐ。



都市にとって、馬上槍競技を開催することは、市場を活性化することでもあった。


だからこそ、あちこちで槍競技大会はしょっちゅう開催される。経済活性化の目論見だ。


だがそれは、やはり、この時代の人々が、槍競技を愛しているからこその経済効果であった。



ルッチーアは特に何も買おうとは思わない。


羊皮紙をもって一直線に、銀行へ。


銀行は、高利貸しであった。


ギルド街の入り口付近に建てられている、石造の建物へむかう。


アーチの入り口に飾り看板を吊るしているのは、高利貸し屋。



昨日戦った魔獣の絶望をつくるきっかけになった店だ。


というより、都市の市民の絶望は、だいたい、こういう高利貸しの魔の手にかかった人々がもたらすものだ。


とっとと高利貸しにはいって、銀貨と変換しにいく。

店に入ると、魔獣の結界でみたあの高利貸しがいた。



貴族の騎士と手を組んで、貧民層にけしかけ、金を高いの金利つけておしつけ、貶め、略奪婚をものにした高利貸し……。


きっと騎士から、多量の裏金を受け取っているのだろう。

「どうしてそうひどいことができるもんかなあ……」

と、疑問を口にする。

274 : 第27話 - 2014/07/19 23:19:57.34 aWm0Od2+0 1114/3130



「これを換金してくれよ」

ルッチーアは羊皮紙を高利貸しに渡した。

「ああ」

高利貸しの仕事ぶりはてきぱきしていた。


羊皮紙に描かれた内容と、市長の印章が本物かどうかを確認する作業をあっという間に終わらせ、すると、ぱぱっと銀貨10枚をルッチーアに手渡す。


ほんとにあっという間だった。


「どうも」

ルッチーアは銀貨を受け取って、ギルド街へと出た。


あくどい商売をしているイメージがあったが、一般客に対しての仕事振りは、真面目だ。

両替商とちがって、一銭の利益にもならないこの仕事に、文句一つ呟かずに銀貨を渡してくれた。

しかも、数もごまかさないで。



時間帯は昼へと近づく。

魔獣退治の報酬を受け取ったルッチーアだが、これで一日は終わりじゃない。


むしろ、これからといったところだ。


ギルド街を隅から隅へと渡り歩き、職をみつけなければならない。


都市では、職につくためには、商業組合ギルドに加入しないといけない。


ギルドに加入するためには、職がなければならない。


ギルト議会へいって、加入を申請するときに、なんの職もありません、では話にならない。

剣も持たないのに騎士にしてくれと貴婦人におねがいするようなものだ。



ではどのようにギルドに入るのかというと、既に店を構えている職人ギルドの親方の弟子入りをする、というところからはじまる。



だから、都市での職探しは、自分を弟子として雇ってくれる親方探しからはじまる。


たとえば鍛冶屋、ロープ製造屋、ビール醸造屋、染色職人、織物職人、靴職人、武器職人、漆喰職人、葺き屋根職人、金糸職人、蝋燭職人、石工屋、宝石職人、炭鉱職人、高利貸し屋、リボン工…。


都市にはさまざまな商人ギルドの店があり、親方が経営している。

275 : 第27話 - 2014/07/19 23:22:10.74 aWm0Od2+0 1115/3130



親方は、職人としてその道一本で生きている店のトップだ。


その親方から、弟子として雇い入れてもらって、仕事を習う。


鍛冶屋だった鍛冶屋の弟子として親方の隣で手伝いなどをしながら、仕事を習い、やがて独立をめざす。


織物業だったら、織物をどのように織るのか、親方の横で手伝いながら習う。


弟子入りの期間は短くても三年、長ければ五年を要する。それは、組合ギルドによって正式に決められている期間だ。


しかも、少年と少女では賃金に大きな差がある。


少年の給料が週に銀貨13、12枚だとすると、少女はその半分以下、5、6枚くらいの給料だ。


一ヶ月だと、少年が平均銀貨50枚、少女が20枚前後。


まさに貧民層の給料だった。


だから、一日魔獣退治するだけで銀貨10枚を受け取れるルッチーアは、貧民層のなかでは、遥かにお金持ちである。調子のいいときは、一日の魔獣退治で、銀貨25枚を手にした。


一ヶ月に100枚も夢じゃない。



ルッチーアはそれで満足していた時期もあったが、彼女の母親が満足していないから、もっとお金を稼がないといけない。


だから魔法少女として、ギルドに所属するための親方探しをした。


女性の働き口としては、この都市では、織物業がやはり代表的だ。

織物を織る、糸を通して裁縫するといった作業は、古来より女性向きだからだ。


といっても、都市であるから、農村の女たちの裁縫より、よっぽど織物としては手工業が発展している。


彼女たちは職場で、織物ギルドの手工業として機械を使って織物を織る。


織機と呼ばれる、木でできた簡単な機械だった。



女たちは織機を使って、糸から布を織る。水平織機と呼ばれるタイプなので、地面とは水平な向きに機械を構え、椅子に腰掛け、ペダルも踏みながら織機を扱う。

まるでピアノを前に腰掛けた女性たちのようだが、彼女たちは真面目に、この機械で、布を織った。

276 : 第27話 - 2014/07/19 23:24:22.40 aWm0Od2+0 1116/3130



他に女性がギルド街で働いている場となると、以外と、金融関係が多い。

たとえば両替商。女性の経営する店が多い。

これは、夫によって帳簿の記帳を任され続けた妻が、やがて会計帳簿をつけていくうちに金融の仕組みも覚えて、独立していった経緯がある。


独立した女性は、夫の指図から開放されて、自由気ままに、都市をいきる空気を謳歌した。

都市の世界は、封建世界の領主の支配から解き放たれた、自由の世界であった。


”都市の空気は自由にする”なんて言葉もあった。


とはいえその言葉は、親方として独立した者にだけいえる言葉であった。

労働者として働く貧民層からすれば、領主に命令されて農奴として農業に励む農民と、あまり変わらない。

277 : 第27話 - 2014/07/19 23:28:00.30 aWm0Od2+0 1117/3130




さらに意外なところでは、女鍛冶職人というのが少なくない。


鍛冶屋は、金銀細工師とも呼ばれる。


鍛冶屋こそは、数ある同業者組合ギルドのなかでも、最も尊敬される職人であった。


なぜなら騎士たちの使う剣、鎧、矢の鏃を製造、修理する職人だからだ。


その仕事振りは、市民から尊敬される。


鍛冶職人は、小さな職場をもって、そこで剣をつくったり、修理をする。


彼らは鉄を溶かし、カンカンカンとトンカチで叩きながら鉄を伸ばし、鍛え、剣という武器をつくりだす。


折れた剣を溶かし、赤色に溶けた鉄をカンカン叩きながら、繋ぎ合わせることもする。


鏃もつくる。


特に、エドレス国では首都エドワード城の警備衛兵を務める弓兵の多くが、ロングボウを使うので、ロングボウ専用の鏃をつくる職人がいる。


エドワード軍の長弓隊の使う鏃は、ボドキンと呼ばれる。それは、”鎧通し”、という意味をもつ。


千枚通しのように鋭く長く伸びた針のような鏃で、この細やかな鏃が、敵兵の鎧の鎖帷子の隙間へと入り、致命傷を与える。

よろい通しという名前をもつ鏃のボドキンは、鋼鉄の鎧さえ射抜くように思われることがあるが、そうではなく、鎖帷子の小さな隙間に入り込む意味での”よろい通し”であった。


だから、本当に鎧を貫通させる兵器は、ロングボウではなくクロスボウだった。

ガイヤール軍が使ったような、巻き上げ機式クロスボウのような兵器が、鋼鉄の鎧をも射抜く。



ボドキンは、鍛冶職人によってつくられる。


鉄を溶かし、真っ赤に焼けてとろけたところを、鏃の形にした溝へ流し込み、その形になった鉄をやっとこで掴み上げ、台でカンカンカンと叩いて鍛える。熱せられたそれは、形になってくると、水にいれて冷やす。



それを何千本とつくる。


それだけで、国王から、べらんぼうな給料が払われた。



鍛冶屋は、だから一見すると、男の鍛冶職人が務めているイメージだが、実は、女鍛冶屋も、少なくないのだった。


それも、独立して女親方として鍛冶屋に励む女鍛冶屋が。



女が親方をするところでは、少女の雇い入れがギルドによって正式に認められていた。


職種にもよるが、鍛冶屋だったら二人か三人までの少女の雇い入れ、未婚の金糸製造工の女親方は4人までの少女の雇い入れが許され、、結婚した女親方だったら三人までの少女の雇い入れが許されていた。


そこはもちろん、給料がダントツに高いので、ルッチーアにとっては、まさにそのあたりが狙い目だった。

278 : 第27話 - 2014/07/19 23:29:37.75 aWm0Od2+0 1118/3130



他の女たちみたいに、紡績機と睨めっこしながら週に銀貨15、16枚くらいちまちま稼いでいるより、女親方の鍛冶屋の弟子入りして、金貨を集めることこそ、ルッチーアの思い描く未来だった。


それに、魔法少女は、鍛冶屋にむいていると思った。


カンカンカンとトンカチを叩き続ける力作業は、魔法少女の得意としそうなところだ。



ところが、魔法少女が商人ギルドに入ること、親方に弟子として雇われることは、難しいことだった。


「ウチじゃ魔法少女は弟子入りさせない」

女親方は、きっぱり、そういった。


「どうしてさ?」

ルッチーアは訊く。



「魔法少女不可侵って法律あるだろ。それのおかげで──」

女鍛冶屋は言う。

「あたしはあんたのケツにも触れない。だから一緒に仕事するのは無理だ」


「わたしのケツになんか触らなくてもいいだろ!」

ルッチーアが怒った声あげると。


「魔法少女を雇い入れると───」

女親方は別の理由を口にした。

「ウチに変な噂がたつ」


「なんだよ変な噂って?」

ルッチーアは両手をひろげて、問いかける。


「例えば錬金術と魔術を組み合わせた妙ちくりんなイカサマで剣を偽造したとか───」

女鍛冶屋は、ふいごと呼ばれる道具で焼ける鉄に空気を送りながら、いう。

空気を送り込んだあと、また、トンカチでカンカンカンと叩いた。

「妖術のこもった呪いの剣ができるとか、そういう噂がたつ。それを使うと不幸になるとか」

279 : 第27話 - 2014/07/19 23:30:32.26 aWm0Od2+0 1119/3130


「そんなことしないってば!」

ルッチーアは言う。指の先を女鍛冶屋へむけて、怒りっぽく話した。

「あんたら、そりゃ、魔法少女を、誤解してる。そんな魔法、使ったりしないよ。魔法少女は、魔獣を倒す存在だ。剣に呪いかけたりするか」


「だめだ、別のところにしてくれ!」

女鍛冶屋は迷惑そうに魔法少女を突っぱねる。

「魔法少女を雇い入れるってことは、鍛冶屋から魔術屋に移転するってことだ。そんな商売したいとはおもってないんでね。わるいね」


「くそっ」

ルッチーアはそこを諦めた。



他の商業ギルドでも、おんなじような扱いだった。


たとえば撚糸工。


ここでは、男性が作った亜麻糸を、大青と呼ばれる高級な染料で染め上げ、きれいに艶出しをして仕上げる女性の仕事があった。



ルッチーアはそこに弟子入りを頼み込んだ。


すると、撚糸工ギルドからは、こんな答えが返ってきた。


「魔法少女を雇い入れていると、艶出し、仕上げの見た目を、魔法のイカサマで偽装していると客にいわれてしまう。わるいが、別のところにしてくれ。」


「だから、そんなことするかあ!」

ルッチーアは悲しさいっぱいの気持ちで、叫ぶ。

「魔法少女は、魔法を、悪用したりする存在じゃない。」


「きみがそういっても、客に信用してもらわないとだめだ。商売にならない」

撚糸工ギルドはそうきっぱり答え、断った。

それにしても筋が通らない。

商人が当たり前のようにイカサマするこの時代、客からの信用なんて!


針金屋は、とぐろに巻いた針金のその長さを、途中から太くしてごまかす。腐りかけワインに香りのよい香辛料を混ぜて客にだす。ビールを樽ごと売るなら、樽底を厚くして量を誤魔化す。

商人なんか、いかに客を騙すかってことばかり考える連中じゃないか!

280 : 第27話 - 2014/07/19 23:34:41.45 aWm0Od2+0 1120/3130



この時代の魔法少女は、人々から広く認知されているので、その正体を隠して職につくことはできない。
そもそも、支庁舎にいけば修道院長に頼んで、都市に住む魔法少女の名前一覧を調べ上げることなんて、簡単にできる。



だから、魔法少女としての正体を知られつつ、何かしらの職種ギルドに加入しないといけない。


これがとんでもなく難しいことだった。


人々は、魔法少女が、変身して魔獣と戦う、奇想天外な存在だと思っていた。

それが自分たちを助ける存在だと知っているし、なかには、川の汚染の浄化が魔法少女の奇跡だと勘づいている人すらいるのだが、職場で共にしようとまでは思わない。


人間は、魔法少女の力の恐ろしさを知っているので、近づこうとはしない。距離を保つ。


また、そうした現実があるからこそ、支庁舎は魔獣狩りをした魔法少女に対して、修道院を通じて金銭を払う。


都市の魔法少女はだから、都市だけでなく、外部まで出かけて、魔獣を狩って金銭を稼ぐ者もいた。


ところで、ギルドという同業組合が生まれたこと自体、経済対策であった。


この都市の人口は19万人。


そのなかで、たとえば鍛冶屋で剣を買うもの、修理を頼む者は、ほとんどもっぱら、騎士や、城の守備隊、傭兵、監視兵に限られる。


靴を売るにしても、ほとんどの場合、それを買うは19万人の都市の住民に限られる。

服にしてみれば、ビロードの衣服は、19万人の都市民のうち、貴族層に限られる。


要するに売れる数が最初から決まっているようなものだ。


そんななかで、同業者同士が無秩序に価格競争して、値段を下げすぎたら、そもそも店が成り立たなくなってしまう。

価格競争するあまり、共倒れだ。



そんなことにならないように、価格の下限を決める、製造する数を決める、一定以上の品質を保つ、といったルールをつくりあげるための組合がギルドであった。


だからギルドに加入すれば、そうしたルールは必ず守る。また守らなければ、同業者ギルドとは認められない。


ギルドに加入しないまま店をだせば、ギルド組合から、打ちこわしの憂き目にあう。



しかもそれは、非合法な打ちこわしではなく、現国王・エドワード王から、正式に認められた暴力だ。


こうしてギルドは、国王の権威を借りてその力を強めた。虎の威を借りたわけだ。

代わりに国王は、自分の権限を譲渡する見返りとして、ギルドに忠誠を要求する。



国王は、ギルドという都市の勢力に覆いかぶさる形で、都市に忠誠を誓わせた。


そういう統治だった。

281 : 以下、名... - 2014/07/19 23:36:35.13 aWm0Od2+0 1121/3130

今日はここまで。

次回、第28話「ロック・ユー!」

282 : 第28話 - 2014/07/26 22:28:20.11 SybOLUp80 1122/3130

第28話「ロック・ユー!」

218


結局、その日もルッチーアはどこのギルドの弟子入りもできず、家に戻った。

銀貨10枚が、今日の成果だ。



ドンドンドン。

家の扉を叩く。

「かあさん」

ルッチーアは家の扉に声をかける。

「もどった。報酬もうけとって」


「いくらだ?」

扉のむこうから声がする。老いた女の声。「報酬はいくらだ?」


ルッチーアは、少し迷ったあと。

嘘をついた。「銀貨8枚…」


「…」


沈黙が一瞬、扉のむこうに流れた。


ルッチーアは、また母が自分を中にいれてくれないのだろうかと予感したが、そのとき、扉がキィとあいた。


「かあさん」

ルッチーアは母親をみあげる。


母親はみすぼらしい衣服だった。

ぼろきれの服。ぼろぼろの婦人服。


「みせてみろ」


母親は命令してくる。

顔は険しい。

283 : 第28話 - 2014/07/26 22:30:36.75 SybOLUp80 1123/3130


「うん…」

ルッチーアは、銀貨八枚を、手の平の乗せてみせる。


すると母親は、言葉もなしに、ぶんとそれを全て奪い取った。

「あっ…!」

ルッチーアが思わず声をあげる。「まってよ…!」


「ここ三日でやっと銀貨8枚か、え?」

母親はルッチーアを睨んでくる。「こんな稼ぎで、妹を嫁にいかせられるか。魔法は使ったのか?」

「だから、魔法は……」

ルッチーアがいおうとすると。


「あたしゃきいてるよ」

母親が娘の言葉を遮った。

「この都市には、悪事を働く魔法使いがたくさんいるってな。路地に隠れる売女どもの稼いだ金を、根こそぎ奪い取っちまう魔法少女ってやつらの話をね。賢い生き方ってもんだ。売女どもから金を奪い取ったところで、だあれも同情しないさ。裁判にもできないしね。うちの娘はいつ賢くなるんだ?」


「そんなの、わたしにはできないよ!」

ルッチーアは泣きそうになる。

同じ都市に、そんな、弱者を食い物にするような魔法少女がいるとも、信じたくなかった。


ルッチーアは母親の横を通り過ぎて、部屋へ。



木造の建物は、網枝に壁が泥と土を塗り固めた壁。


食卓には長方形のテーブルが一台おかれていて、そこに家族人数分の椅子がおかれている。


テーブルの上には蝋燭が二本ほどおかれ、明かりを灯していた。



窓がないので、これくらいしか光源がない。


薄暗い蝋燭の火に灯される部屋の椅子に腰掛ける。


そのまま、いたたまれない気分で、部屋での時間を過ごしていた。




魔法少女になってから、どうも、家にいる時間が苦痛になっている。

284 : 第28話 - 2014/07/26 22:32:08.25 SybOLUp80 1124/3130



「おねーちゃん」

すると、妹のリッチーネが、部屋にやってきた。


ウスターシュ・リッチーネ、ルッチーアの妹は、人間だ。妹は、くりくりした瞳を煌かせながら、ぴょんぴょん飛び跳ねるようにやってくると、ルッチーアの隣の椅子に腰掛けた。


「今日はいくら稼いだの?」

「八枚だよ」

ルッチーアはうんざりする気持ちになりながら、いった。


「魔法で、おかねもちになるって、いってたのに……」

リッチーネの顔が悲しそうになる。

「わたしね、こんど男の人と、二人ででかけるの。もっと、銀貨ちょーだい」


「…」

ルッチーアは妹の顔をみない。


妹は、母の期待をうけて、裕福な男と結婚しようと日々切磋琢磨、女を磨いている。

女を磨くためには、金が必要だ。

そして結婚には、結婚のための持参金が必要だ。


母も妹も、お金持ちになりたいと願った文字通り金づるな魔法少女に、たかっているのであった。

285 : 第28話 - 2014/07/26 22:34:01.28 SybOLUp80 1125/3130



「おねーちゃんじゃさ、恋人できないでしょ?」


妹はいってくる。


「だから、わたしがそのぶん、お金あつめて、綺麗な衣装きて、結婚するね。」


「そーかよ、じゃあ私のぶんまで頑張りなよ」

ルッチーアは妹とは目を合わせないままで言う。その視線は、ただテーブルの机面を見つめている。

「もっとも、私の金はぜんぶ母にとられたけどね」


「かーちゃんが?」

妹が目をくりりとさせる。「そっか、わかった!、じゃあね、おねーちゃん!」


どうせ妹は銀貨8枚にがっかりして、あとで不満たらたらなんだろうな。

ルッチーアは心で思いながら、部屋を出て二階へあがっていく妹のはしゃいだ後ろ姿を見送った。


部屋に誰もいなくなると、手に残った二枚を手の平にのせた。

それをまじまじ見つめる。


結局、命がけの魔獣退治のすえ、手元に残った二枚だ。


「これだけは…」


ルッチーアは手元の二枚の銀貨をぎっと握り締める。「これだけは……わたしのもんだ……」

286 : 第28話 - 2014/07/26 22:41:07.73 SybOLUp80 1126/3130

219



馬上槍競技場では、いよいよ鹿目円奈ペアが出場となった。



競技場は、いよいよ昼もすぎた時間帯となり、酒の入った観客がめだちはじためた。


顔を赤くさせながら観客は、ジョッキに入ったビールもちながら、観客席をたちあがり、あらたに登場する騎士を待っている。


そして観客は、会場全体にわたって歌をわーわー歌うのだった。



”道端で遊ぶ 平民の子供”


”偉大な男になると大口をたたく”


”顔に泥をつけて いい面汚し”


”空き缶を蹴飛ばしながら 遊んでいる”


ドンドンドン。

ダンダンダン。

観客達は思い思いのリズムを木造の観客席でとりながら、足で地面を踏みしめ、手を鳴らし、歌う。



”いつか おまえたちを 揺り動かしてやる”


”いつか おまえたちを 揺り動かしてやる”



競技場の、ジョストするフィールドを、いま審判が疾走している。


審判は馬頭が描かれた旗をもちながら、観客席の柵の前を走る。審判が自ら競技場を盛り上げる。

バサササ。審判の持つ旗が風にはためく。


すると、観客は、審判が目の前を走ったタイミングにあわせて、おーっと観客席をたつ。

手を大きく振りながら。


まるで観客席全体が波立つように、何百人という観客たちは走る審判の走りにあわせて席をたつのだった。



おーおー声を騒ぎ立てて。

287 : 第28話 - 2014/07/26 22:44:08.06 SybOLUp80 1127/3130




鹿目円奈は、ジョスリーンが使う突撃用槍を手に抱え、会場へむかっていた。

長さ3メートルあるその木製の槍を両腕に抱えて持つ。ジョスリーンの後ろについて会場へ。


そのピンク髪の少女の顔はつらそうにしている。


「これ……おもたいよ!」


そう言う少女の持つ槍の先は、ぷらぷら揺れている。

しっかりと持てていない。


それでも少女は懸命に槍を運んでいた。両手に抱え、胸元で支え、槍が落っこちたりするのをぎりぎりで耐えている。

そもそもジョスト用槍は、従者二人で持ち運ぶサイズのものだ。前と後ろ、肩に抱えて持ち運ぶ。

少女一人では苦しいのももちろんだった。



ジョスリーンは出撃位置についた。

馬の手綱をひっぱり、すると馬がとまる。ジョスリーンは、馬のうなじをとんとんと叩いて撫でる。馬が尻尾をぶるんぶるんふるう。


「槍を渡してくれ」


ジョスリーがいうと、円奈が、ええいっと声を漏らして、槍を最後の力ふりしぼって持ち上げ、貴婦人の女騎士に槍を手渡す。


金髪と翠眼の女騎士は槍をうけとった。それを天にむけて持ち、会場へ目をむけた。


「夢の舞台だよ」


と、ジョスリーンは言うのだった。


「ジョストの試合は初参加だ。家系のなかで練習はかなりしたが、本番の試合ははじめてだ!」


「…ジョスリーンさん、勝てる?」

円奈が、おそるおそる上目で、馬上のジョスリーンをみあげる。

甲冑姿で馬に跨る金髪の女の人を。


「心配するな」

ジョスリーンは微笑む。「きみには紋章をたくさん覚えてもらった。きみのおかげでこの日が実現したんだ。その頑張りを、いきなりフイなんてできないだろう」


「は、はあ……」

円奈がこまった顔をする。

それは喜んでいいのか、怒るところなのか。

どう反応したらいいのかわからなかったからだ。

288 : 第28話 - 2014/07/26 22:46:39.79 SybOLUp80 1128/3130


それにしても槍試合に臨むジョスリーンをかくも心配そうに見上げている円奈の様子は頼りなくて、おどおどで、かよわい。


とても、このときの様子だけみたら、後に聖地を巡る途方もなき戦いに巻き込まれていく少女の姿にはみえない。


「私はかつよ」

ジョスリーンは不安な顔を浮かべている紋章官の少女とは反対に、自信のある顔つきをしながら、はっきりと言い切るのだった。

「では試合後にまた話そう」

といい、ジョスリーンは甲冑のヘルメットの面頬(フルプレートともいう)を下に降ろした。

面頬に顔が覆われて、鉄に覆われた顔になった。……甲冑で顔が覆われる。

覗きの部分が目の位置あって、そこだけジョスリーンの鋭い翠眼がのぞいた。

ジョスリーンは馬を進ませる。


いよいよ出撃開始をまつ体勢となった。


「私の説明についてだが……」

すると顔まで甲冑姿になったジョスリーンは、ごそごそと籠手で羊皮紙を一枚、取り出し、それを円奈に渡した。

「自分で考えてきた。きみはこれを読み上げてくれるだけでいい。最高に盛り上がるぞ」


「…」

円奈が無言で羊皮紙をうけとる。

そこに目を通す。


とたんに、不安を浮かべていた顔が、だんだん、困惑になり、ついには、顔を赤くして恥ずかしさいっぱいの顔つきにかわった。

「ええっ~!」

円奈は、顔を真っ赤にして声をあげる。「これ、私が読むの…!?」


「なんだ、その反応は!」

甲冑姿のジョスリーンが馬上で首をひねる。「いいかね、盛れば盛るほど注目が得られるんだ。馬上槍試合では実は、そこが肝心だ。騎士の宣伝だから」


「で、でも…!」

円奈は羊皮紙を読みながら悶絶している。「これ、恥ずかしいよぉ……っ!」


「恥ずかしいとはなんだ!」

甲冑の面頬から怒った声がした。

「わたしが、自分でずっと、考えてきた文(ふみ)だぞ!きみはそれをバカにするのか!」


「うう……でもこれはいくらなんでも……!」

円奈が最後まで抗議しようとすると。


「もう時間だ紋章官、審判の前へでてくれ!」

ジョスリーンからいわれてしまい。


なすすべなくして、円奈は、唸りながらとぼとぼ審判官の前へ歩いた。

289 : 第28話 - 2014/07/26 22:49:40.69 SybOLUp80 1129/3130


鹿目円奈、紋章官としての初デビュー。


国じゅう、いや、あらゆる土地からの貴族、諸侯、豪族の騎士たちが集う馬上槍試合の会場、公の場へ。


てくてくてく、小さな少女が消沈気味になって馬上試合のフィールドを歩く。


すでにその顔の頬は熱く、恥に耐えているかのようだ。


場違いなピンク色の髪した少女の、とぼとぼした歩きに、観客たちは訝しげな視線をむける。


会場じゅうの視線が円奈に集まる。


てくてくてくっ。

円奈は、馬上競技場の審判席の前にでた。


奇怪な視線が集まるなか、円奈は、まず対戦相手の騎士の紋章を目で見やる。


黄色い背景色に、赤いバッテン印。


この紋章ならわかる。



「え……こほん……ええと……」


きょどきょどと、円奈は、語り始める。


声が小さすぎて、誰にもきこえていない。



ぽかーんとなる観客席。


「ロジャー・モーティマー卿と戦います私の主人たる騎士は……」


と、相手の紋章を読み取った上で、自分の仕える騎士の説明へとうつる。


そのとき、羊皮紙に目を映した。


そこに書かれたジョスリーン直筆の紹介文。


「……い」


その紹介文を読み始める勇気がでない。

「…い……」

口がどもる。


すると、審判から指摘を受けてしまった。


「紋章官、もう少しはっきりと大声で、この場のみんなに伝わるように話したまえ」


「は…はいっ!」

びっと背筋がのびる。

290 : 第28話 - 2014/07/26 22:51:09.39 SybOLUp80 1130/3130


もう、どうにでもなれえ……!

覚悟をきめて、大声で話し始めた。

「い…その岩を砕く剣の一撃は疾風剣っ!!」

目をぎゅっと閉じ、恥のすべてを捨て切って、大声で話し始めた。

「その剣を抜ける騎士こそは天に遣われし勇者!」


やけくそになって、羊皮紙に書かれた内容をぜんぶ読み上げる。


「そうエクスカリバーを抜くわが主人、わが月光の金を帯びた髪の、翠の眼の騎士の登場で────」


これまでだしたことのないくらい、大声で、円奈は、馬上競技場に叫ぶ。



「世界は驚乱の園となる!その騎士こそはアデル卿ジョスーン!!」



と、最後まで読みきった。


すると、観客席の反応は。



しーん。

沈黙だった。


何百人という、ぐるりと囲う桟敷に座る観客の誰もが、ぽかーんと口をあけて固まっている。


「ううう…」

円奈は、ぽっぽと頬を熱くさせながら、てくてくてくと持ち場に帰っていった。


「なんだあいつ?」

おちょくりだす観客もいて、ぷぷっと周りの何人かが笑った。



「円奈、円奈」

興奮気味なジョスリーンが、息を荒くしながら、もどってきた円奈にたずねた。

「なんで私の紹介のときだけ反応がいまいちなんだ?」


「それは…」

円奈は、ジョスリーンが大真面目に自分であの紹介文をかいたと知って愕然とした。



「私が女の騎士だからか?」

声が少しだけ怒りっぽい。「私が女騎士だから、反応なしか?」


「たぶん、ちがうと思います……」

円奈は伏目になって、顔を赤くしながらジョスリーンの後ろについた。

ジョスリーンの馬が大きな黒い尻尾をぶんとゆらしている。

291 : 第28話 - 2014/07/26 22:52:22.60 SybOLUp80 1131/3130



「私の主人を紹介いたします」

会場のフィールドでは相手側の騎士の紋章官が、説明をはじめている。

「その家系はモーティマー、歴史に名高い誇れる私の主人です」

相手側の紋章官の説明はいたって生真面目で、その語り口も、ほどよい音色で、落ち着きがある。



「周知のちおり」

男の紋章官は空に顔をむけて、はきはきと語る。

「モーティマーの家系はエドレスの国境をいつも広げ、国家を安泰させてきました。その実績は西方エドレスの市壁の建築、国境警備と森林伐採、土地の荘園化、そして盗賊団の討伐です」

紋章官はお辞儀する。

「審判殿!それから貴人の皆様に、市民の皆様!誇れるわが主人をご紹介いたします、その名はロジャー・モーティマー卿であります!」

と述べ、丁寧に胸元に手を置いて頭さげ、お辞儀する。


おおおおおおおっ!!!!

すると、観客たちは総立ちである。


色とりどりの旗が競技場全体ではためき、声援と黄色い声、熱気が爆発する。


と同時に、対戦相手の騎士が馬を早足にして会場に現れ、槍を手にもってばっと上向きにして空に向けた。


すごい人気である。



「円奈、なんでわたしのときより反応がいいんだ!」

女騎士は不服そうにたずねてくる。


「うーん、紹介の仕方に問題があると思います」

円奈はそっと答えた。

相手の紋章官のほうがよっぽど丁寧で真面目で、締まった説明をしていた。


「そんなはずはないだろう盛ればもるほど人気がでるはずだ!」

たががジョスリーンは納得していない。

「女の騎士がジョストすることがそんなに観客は面白くないか?」


「試合はじまります」

円奈はそう受け流した。眼だけフィールドにむけ、審判へ視線をむける。


審判が馬の頭を描いた織物の旗をもち、フィールドにでる。


するとジョスリーンは固唾をのんだ。

人生初の本番のジョスト。


292 : 第28話 - 2014/07/26 22:55:52.24 SybOLUp80 1132/3130


夜警騎士として永らく務めていたが、初めて、本物の騎士らしいことができる。




審判が、馬上競技場のど真ん中で、馬の頭を描いた合図旗を、ゆっくりと降ろす。



これが持ち上げられれば試合開始だ。


ごくっ。

女騎士は人生初のジョストを目前にして、喉を鳴らした。



次の瞬間!


ばっ!

審判の合図旗がふりあげられ、はためいた。


旗がふられ、するとすばやく、審判はフィールドから走り去る。



「円奈、きみが紋章官になってくれた、そのお礼をするときがきた!」


女騎士のジョスリーンは告げ。

そして────。


試合開始!



おおおおおおおっ。

とたんに競技場の観客席から、声援のどよめきがいっせいにあがる。

293 : 第28話 - 2014/07/26 22:57:07.94 SybOLUp80 1133/3130




出撃開始だ。


まず試合開始の合図がだされると同時に相手のモーティマ卿が馬を駆け出した。

ドダダッ。


槍をまっすぐに降ろし、ジョスリーンのほうへむけて、馬を走らせてくる。

まっすぐこちらへ馬で走ってくる!槍の先がこちらへむく!


「はっ!」

ジョスリーンも受けてたった。

掛け声あげ、鐙でトンと馬の腹をたたく。



するとジョスリーンの馬が、ヒヒーンと鳴いて、前足ふりあげた。

ダダッとふりあげた蹄を地面に落とし、ドンと地面が鳴ると、馬が走り出した。



ジョスリーンの馬が発進する。


馬上槍試合のフィールドへ。

女騎士は躍り出る。槍を持って!


甲冑の背甲に流れる金髪が、さらさらと風にながれて、競技場へ飛び出していく。



脇に挟みこんでもった槍をしっかり対戦相手にむけて。



ジョスリーンの馬が走り出す。



「が……」

円奈は、きづいたら両手の指を絡めて、祈るように見守っていて応援していた。

「がんばって……!」



ジョスリーンの馬は、だんだんと、速度をはやめる。

柵にそってバババっと走りつづけ、フィールドを突き進む。女騎士の馬は、懸命に泥をけって突っ走り、全速力をだす。


馬がはしるたびに尻が浮き上がり、ジョスリーンの金髪がゆらゆらと馬上でゆれる。



円奈の知っていた、あの夜警騎士は、いま甲冑姿となって、相手の騎士と槍を交える。

294 : 第28話 - 2014/07/26 22:58:34.78 SybOLUp80 1134/3130




二人の騎士の距離がいま、ゼロになる。



ヒュ!


バキキキ!

ドゴッ!


「いや…!」

円奈が思わず眼を背ける。


激突の瞬間、まず目にしたのは槍の砕ける無数の破片だった。槍はバキバキバキと二本ともおれ、木片と木片がまじりあってあちこちに飛ぶ。


その無数の木片の舞い飛ぶなかを、二人の騎士が通過する。


男の騎士と女の騎士。


二人とも、馬から落ちていない。



ぐらっとよろめいた動作はあったが、二人とも持ちこたえた。



おおおおおっ。

観客席、沸き起こる歓声。激突を目の当たりにした興奮と歓喜の熱狂。


「は……はああああ」

いっぽう円奈は、ほっと息ついて、胸を撫でおろした。

「無事だった……」



ジョスリーンは馬を歩かせ、円奈の場所にもどってきた。


「だ…」

円奈が、おそるおそる声をだす。

「大丈夫ですかっ…?」


ジョスリーンの馬はてくてく、並足でもどってきた。


女騎士は、甲冑の面頬をもちあげた。そして顔をみせた。

「ううっ!」

ジョスリーンは苦しそうに顔をゆがめている。


「ジョスリーンさんっ!」

思わず円奈が彼女の名を呼ぶ。

295 : 第28話 - 2014/07/26 23:00:41.55 SybOLUp80 1135/3130



「なんて力だ、息ができない!」

面頬あげた彼女の顔が汗ばんでいる。

翠眼のあたりについた汗を籠手でゆぐう。顔色が悪くて、口から苦しい喘ぎが漏れ出る。

「胸がくるしい!息ができない!うふっ!」

といって咳き込む。


「ジョ、ジョスリーンさん…!」


銀色をした甲冑の胸をドンドン叩いていた。

それから深呼吸する。


「恐ろしい力だ」

と、女騎士は呟く。

「私もジョストの練習をしてきたが、親族には手加減されていたのかもしれん。私が女だから」


「そ、そんな…」

円奈の顔が落ち込む。


「だが、勝つ!」

ジュスリーンはそう宣言すると。


甲冑の面頬を降ろし、顔を鉄で覆った。


馬を再び進め、二回戦目へ。


296 : 第28話 - 2014/07/26 23:02:31.13 SybOLUp80 1136/3130



審判が旗を降ろす。


「ジョスリーン卿!準備はいいか?」

審判がきくと。



ジョスリーンは、槍をばっと上にもちあげ、返事をする。



すると、さっきとはちがい、いくらかの歓声が、観客席から起こった。



審判はすると、自分の合図旗を地面にまで近づけて降ろし。


ばっと持ち上げた。


旗がはためき、審判は走ってフィールドから去る。


その奥でジョスリーンが馬を走らせはじめる。


相手の騎士も走る。


バババッ。


「はぁっ!」

槍を前にむけ、脇に挟み込むジョスリーン。

その馬が区切り柵に添って歩を速め、やがて駆け足になる。


ダダッ。

馬が走り、ジョスリーンの身体が上下にゆれる。

しかし槍だけはしっかり抱えもって、ぐらつかせない。固定している。


「やぁ!」

掛け声あげ、懸命に、相手騎士の槍と正面から激突した。


バゴッ!


二人の槍が柵を越えて交差し、バッテンに交わる槍が、互いの相手の胸をつく。


モーティマー卿の伸ばした槍はジョスリーンの胸に当たり、ジョスリーンの槍はモーティマー卿の胴にあたった。


そして二本の槍とも砕け散る。

297 : 第28話 - 2014/07/26 23:03:39.07 SybOLUp80 1137/3130



ぐらっと馬上でゆらめく二人の騎士。

ジョスリーンは槍に胸をど突かれて、大きく馬上でのけぞり、からだが勝手に空をみあげた。

体の感覚が飛ぶくらいの衝撃だった。


それでも手綱だけは握り、何歩か馬が走ったあと、身を起こして耐えた。



相手のモーティマー卿も耐えた。


馬から落ちたら負けだ。



「す……」


円奈は、ジョスリーンという女騎士が、ジョストに果敢に挑んでいく姿に。

「すごい……」

目を奪われ始めていた。



二人の戦いは互角だ。


男と女のちがいあれども、対等に戦い抜いている。


最初の紋章官の紹介で大コケした女騎士だったが、しだいに、互角に渡り合って戦い抜いていくうち、観客の人気と歓心を集めはじめていた。


「ジョスリーン!ジョスリーン!」


そんな声まできこえてきて、観客席の盛り上がりが、高まってきている。



円奈はそんな観客席の人々を眺めた。

夢中になって騎士たちを応援し、酒を飲んだりしながら、観客席で楽しんでいる。



ジョスリーンを応援している人がいる。


それだけで、なくとなく、嬉しくなってくる円奈だった。

298 : 第28話 - 2014/07/26 23:05:30.16 SybOLUp80 1138/3130


ジョスリーンはまた、馬の並足で円奈のところへもどってきた。


「次で三回戦だ」

ジョスリーンは馬上で甲冑の面頬をあけた。

その顔に汗は増している。顔から余裕は消えている。


「次で決着がつく。いまのところポイントは私とモーティマー卿で2-2。引き分けにもなりえるが、次で勝つ!」


といって、また、甲冑の顔の面頬を降ろして閉じた。



三回戦開始の合図をだす審判が、すでに旗を地面に近づけて降ろしている。


「ジョ、ジョスリーンさん…!」

円奈は、紋章官としての自分の立場すら忘れて、自然と、口からでた。

彼女を応援する言葉が。


「がんばって……!」



甲冑の面頬を閉じて顔のみえないジョスリーンは、槍だけふりあげて、円奈に応えた。


”勝ってみせるぞ!”



そういってくれた気がした。



円奈が両手を絡めながらそっと微笑む。

299 : 第28話 - 2014/07/26 23:08:43.34 SybOLUp80 1139/3130



審判が合図旗をふりあげた。

ばさっ。青空を仰いではためく白い合図旗。


審判はすばやくフィールドの草むらを去る。


観客席から沸き起こる興奮の声。


「はっ!」

ジョスリーンが鐙で馬の腹をトンと叩き。


進撃をはじめる。



槍が伸びる。



柵の脇に添って走り、一直線にフィールドを駆け抜け、対戦相手へ。



円奈が、両手を絡めていっときも目を離せずに見守っている。



相手の騎士もちかづいてきた。


互いに、全身と顔を、フルプレートで隠しているので、それだけ一見すると性別の区別はつかない。


けれどもジョスリーンの背には豊かな金髪がなびいてゆれているので、それで対戦相手も女騎士だとわかるだろう。



その女騎士が、一歩も引かず、槍を伸ばし……



同時に、槍同士の先端が、相手の身体に激突した。



ズドッ!

モーティマー卿の槍が女騎士の腹に直撃。


ジョスリーンの身がぐらっとよろめき、馬上でゆれる。


「…ああっ!」

円奈が、思わず声を漏らしてしまう。


だが負けじとジョスリーンの槍も伸び、モーティマー卿の顔面をついた。甲冑の面頬へ槍先がめり込み、つぶれる。

木片が顔面から散り、飛び散って、騎士が大きく仰け反った。


300 : 第28話 - 2014/07/26 23:12:24.82 SybOLUp80 1140/3130



おおおおおおっ!

観客席から沸き立つ興奮。



モーティマー卿は背中を馬の背につけるくらいぐったりとよろめいた。


一瞬、そのまま甲冑の重みで落馬してしまうようにみえたが。



よろめいたままバランスだけは保たれ、相手は馬上にのっかったままジョストのフィールドを走りきった。


落馬しなかった。

槍同士を交えた馬上の二人の騎士は、ジョストを走りきる。



おおおおおっ。

「すげえ!」

際どい戦いに観客の興奮の声が、あちこちから聞こえてくる。「すげーぞ!」「やるじゃないか!」


女騎士は金髪をゆらしながら、馬を歩かせ円奈のもとにもどってきた。


ジョスリーンは、真っ二つに折れた槍をばんとフィールドに投げ捨て。


甲冑の面頬を開けると。


円奈に言った。


「勝った!」

その顔は汗ばんでいるが、嬉しさに満ちていた。「円奈、勝ったぞ!」


といって、笑う。


「えっ!」

円奈が驚いた顔をする。


それからフィールドの審判へ目を映した。

301 : 第28話 - 2014/07/26 23:13:53.71 SybOLUp80 1141/3130



審判は、白い旗を二本、左右にもっていたが、やがて左手を持ち上げた。


ジョスリーンのいる側だった。


「ポイント4-3でアデル卿の勝利!」


おおおおおおおおっ。


観客、今までにないくらい大興奮、今日で一番のどよめきが起こった。


「ジョスリーン!ジョスリーン!」


「女だと思っていたが、なかなか強い!」


そんな声がきこえてくる。

「いい戦いだった!」


ジョスリーンはすうと息を吸っている。

喜びに満ちた顔を太陽の日にあてる。


「ふう」

大きくい息をはいて、円奈にむきなおった。

「相手の顔面を突く練習はたくさんした。ポイントは2だ」

といって、微笑みかける。



「うん……!」

円奈はなんだか、ジョスリーンの勝利が、自分のことみたいに。

嬉しく思っていた。

302 : 第28話 - 2014/07/26 23:16:59.98 SybOLUp80 1142/3130

220


ジョスリーンは馬から降り、面頬をとった。

頭だけ外気に晒し、髪をだし、甲冑姿で競技場を歩く。


「信じられない本番のジョストに勝てた!」

と、ジョスリーンは子供のように喜びを露にしている。

「私みたいな女の夜警騎士には大会出場は無理だって家でいわれ続けてきた」

甲冑姿でガタガタ音をたてながら、円奈をつれて歩く。

「でも初勝利した!きみのおかげだ」

突然女騎士は立ち止まり、籠手に包まれた手で、円奈の両手をもちあげる。

「ほんとうにきみのおかげだ、円奈、ありがとう!」


円奈も喜ぶように笑っている。

「かっこよかったです!とても!」


「そうかな?」

ジョスリーンはますます嬉しそうな顔をする。「きみは俗な都市にいるうち、世辞を学んでしまったのか?」

「そんなんじゃないです」

円奈は首を横にふる。

その顔つきは優しい。

「騎士ってかんじでした。あんなかっこいいジョスリーンさん、初めてです!」


ジョスリーンはうーんと腕組んで、鼻をふんと鳴らした。

「たしかに世辞は学んではいないな」

303 : 第28話 - 2014/07/26 23:18:38.67 SybOLUp80 1143/3130

221


それから二人は、次の試合種目である”剣試合”の会場にむけて、都市の競技場を歩いた。


競技場で最も大規模なのは、いうまでもなりジョスト用の劇場だが、他にも都市では、”剣試合”、”弓試合”、”フレイル試合”、”斧試合”がある。


このうちもっとも野蛮なのは斧試合かもしれない。

互いに鎧を着込んでるとはいえ、本物の斧をぶつけあう試合だ。


ジョストでは試合用の殺傷力を控えた槍を使うのに、斧試合は本物の斧。


血みどろの試合となる。

首がおちることはしょっちゅうだ。

安全第一というかんじに交流試合する時代ではない。




ジョスリーンは自分の参加する種目として、”ジョスト”と”剣試合”の二種目を選んでいた。


「どうして二種目を?」

円奈が、剣試合の会場にむかいながらジョスリーンにたずねると。

「騎士として馬術と槍の技術が要求されるのはもちろんだが───」

ジョスリーンが答える。

街路を激しく人々が行き来するごみごみした切り妻壁の通路を、せわしなく通り抜け、会場へむかう。


ビールのジョッキを樽に置いてのんだくれている市民から、真面目に商活動して魚を路地に敷いたベンチで売る市民など、その姿は十人十色だ。街角には卸売り業者もいる。


ジョスト参加者の騎士の破損した鎧を治す鍛冶屋もいる。


頭に籠をのせて穀物を運ぶ女もいる。農村から都市に運ばれた穀物類を買ったのだろう。


円奈は何度も人と肩がぶつかりそうになり、人並みを際どくよけて、落ち着かない足取りをしながらジョスリーンに懸命について歩く。


「騎士はもちろん、徒歩戦もする。馬上で戦うだけが騎士じゃない。剣の技でも、私が実戦にでれることを証明しなければ」


「…」

円奈が、不安そうにジョスリーンの背中を見つめた。


「もう試合の時間になっている。急がないと」


甲冑姿のジョスリーンが早足にする。


円奈も足をはやめた。

304 : 第28話 - 2014/07/26 23:21:10.18 SybOLUp80 1144/3130


が、その円奈の目に、ある光景が入ってきた。


”弓試合”の光景だった。


二人はちょうど、通路を通り抜けるとき、”弓試合”会場の横に通りかかっていた。


「…」


弓試合では、同時に10人くらいが横列にならび、同じ距離から、的むけて弓を放つ。


バシュバシュと参加者たちが弓から矢を放ち、50ヤードほどむこうの円の的むけて矢を放っている。



そのほとんどはあまり当たっていない。


的は丸くて、中心に小さい円、まわりにもっと大きな円を何重にも重ねている的だ。

弓試合のルールは、10人が同時に弓を放って、一番中心に近い円に当たった三人が勝ち残り、その三人が、三本ずつ矢を放って、その三本の矢がもっとも中心に近い一人が、次の試合に進出。

使う弓はなんでもよい。

ロングボウでも複合弓でも竹弓でもなんでも。





「円奈?」


ジョスリーンによばれ、円奈が我に返った。

「あ…うん」


円奈がジョスリーンにむきなおって、女騎士のあとについて剣試合の会場についた。



剣試合の会場は、ジョスト会場に比べたら遥かに質素だった。

まず狭い。



四角い会場で、剣を交えるフィールドは柵で覆われているだけ。


あのときの裁判のような狭さ。



そのまわりに人だかりができていて、わーわー声をかけている。


剣試合する剣士と観客の距離がとてつもなく近く、下手したら剣が観客にあたってしまうのではないかというくらいだ。


「剣は私の得意種目だ」

女騎士はいい、鞘から剣を抜いた。


「フィールドに入るのと同時に試合がはじまる」


というと、金髪を背中にながしながら、鋼鉄の剣を抜いたままフィールドの柵中へと入った。

ギラギラと重たい剣を手にもったまま入場する。

305 : 第28話 - 2014/07/26 23:23:06.32 SybOLUp80 1145/3130



「あ…」

どうやら、ジョストとちがって紋章官の説明は不要らしい。

円奈をおいてとっとと柵に入ったジョスリーンは、さっそく相手の騎士に襲いかかられた。


「うううおおおお!!!」

相手の騎士は剣ふりあげ、いきなりジョスリーンに襲い掛かってくる。


そして、いきなり太刀が振り切られる。


「うわっ!」

円奈は、自分にまで剣が当たる気がして、あわてて柵から飛びのいた。


「はっ!」

ジョスリーンが剣をもちあげる。


対戦相手の剣をきれいに受け止める。ガキィン!二人の剣が交差する。



おおおおおっ。


柵の外側の観客がわーわー声をだし、騒ぐ。


剣試合も、そこそこ人気の種目だった。



すると対戦相手は、ジョスリーンに迫りながら、繰り返し繰り返し剣を振り切ってくる。


ガキン、ガキン、ガキン────。


ジョスリーンは後ろに退きながらその一撃一撃をすべて受け止める。


剣同士が当たるときに鳴る金属の重たい音が、連続して空気中に轟き渡る。

が、その衝突音も、ほとんど観客のどよめきにかきけされた。



対戦相手は五回目、剣を縦にふりきり、ジョスリーンはそれを自分の剣で横向きにうけめた。


相手の剣の動きがとまる。


ギシギシギシ。


剣が交差しながら、押し合いになる。しだいに、相手の騎士が女騎士を、柵の隅へとおいつめていく。


剣の押し合いは、力が男騎士のほうが強いみたいだ。

306 : 第28話 - 2014/07/26 23:24:04.48 SybOLUp80 1146/3130



「…っ」

円奈が思わず息を飲む。


ジョスリーンを柵の隅までおいつめると、男騎士はとどめとばかりに、大きく剣をふりかざした。


ブンッ!


剣の太刀が落ちる。

ジョスリーンはずはやく潜り抜け、柵の隅を脱出し、男騎士の後ろへ回り込んだ。


その身軽な芸当に、おおおおっと観客が声をだす。


男騎士の体勢はゆらぎ、女騎士の体勢は整っている。ジョスリーンは剣をまっすぐ前に構えもち、相手の剣を待ち受けている。


「とりゃあああ!」


七回目の攻撃!


その攻撃は力任せで、適当で、剣術ってふりかたじゃない。


いっぽうジョスリーンは華麗にそれらを綺麗にうけとめる。


振り落とされる剣は横向きに受け止め、防御する。まっすぐ伸びてきた太刀は自分の剣ものばして絡め、剣先をそらし、相手の懐にはいってしまう。


そして、10回目の敵の攻撃。

ブンと横向きにふるわれた相手の剣を、懐に入ったジョスリーンが頭を屈めてよけようとした。


が、甲冑も重たさにそこで気づいた。


思いのほか身体が動かず、遅くて、相手の太刀をかわせなかった。

307 : 第28話 - 2014/07/26 23:25:32.56 SybOLUp80 1147/3130



ドス!

ガキ!

敵のふるった剣がジョスリーンの鎧へ食い込む。


と同時にジョスリーンの身体はバランス失って傾き、膝をついた。手に握った剣をとりこぼして、どてっと身を投げ出して崩れ落ちた。

つまりころんでしまったのだった。


おおおおおっ!


観客、大歓声。口笛がふきならされる。



「ジョ…ジョスリーンさん!」

円奈が思わず叫び、手を前に投げ出してころんだ女騎士を呼ぶ。



「アデル卿対ファウルファースト卿、現在0-1でファウルファースト卿の優勢!」

審判が白い旗を左側へあげる。


おおおおおっ。

観客、興奮。


するとファウルファースト卿は、兜をぬぎ、顔をみせつけ、おおおおおっと自分で雄たけびあげ、自分の勇姿と、戦う姿を、対戦相手を叩きのめしてみせた自分を、思う存分アピールした。

「おおおおお!」

脚光のなか、一人で雄たけびをあげている。「おおおお!!!」

もっともっと自分をみてくれといわんばかりに、両手をひろげ、天を仰ぎ、観衆の熱狂のなかで雄たけびをあげている。



いっぽうぶっ倒れたジョスリーンは、起き上がれないでいた。


長い金髪を地面の砂につけ、地面でもがいている。


円奈が慌てて柵のなかに入り、かけつけて、ジョスリーンを起こそうとした。


「鎧が重くて自力ではたてない!」

と、ジョスリーンは苦しそうに歯を噛み締めながらいった。

「起こしてくれ!」


「は…はい!」

円奈はジョスリーンの鎧をもち、もちあげようとしたが。


「おもたっ!!」

まったく微動だにしなかった。


鎧の重さを、今更思い知った。

308 : 第28話 - 2014/07/26 23:27:39.68 SybOLUp80 1148/3130



そうして動けないでいると、一人の少女が柵のなかに入ってきた。


ジョスリーンと同じ金髪の少女で、背は円奈とジョスリーンの中間くらいだった。


赤い目をした金髪の少女は、鎧の間接部分の隙間に指をいれ、片手でひょいともちあげてしまう。

ジョスリーンがぐいっと身体をもちあげられる。


「人間というのは───」

金髪の赤い目の少女が言った。「こんな重たい衣装を着てまでしないと戦えないのだな?」


ジョスリーンが相手を見た。「魔法少女か」


金髪で赤い目の少女が不敵に笑った。「まあね」


「人間の剣試合が面白いかな?」

ジョスリーンがたずねると。

「私は観客の一人だよ」

魔法少女は答え、すると、立ったジョスリーンを手放した。

「女だが、勝てるか?」

今度は魔法少女がたずねてきた。


ジョスリーンは頷き、答えた。「あの相手なら楽勝だ」


「そうか」

魔法少女は笑って、柵外へと戻り、観客のなかに再び紛れた。


「あの…」

円奈が、不安そうに二人のやり取りをみていると。


「円奈」

ジョスリーンが、従者である彼女に、告げた。

「ここからは私がヤツを叩きのめす番だ!」

「えっ」

円奈が驚いた顔をすると。

309 : 第28話 - 2014/07/26 23:30:10.60 SybOLUp80 1149/3130



審判がばっと、腕をふりあげ、指示をだした。

「攻守交代!」


さっきは、ファウルファースト卿が攻撃側で、ジョスリーンが守り側だった。


ファウルファースト卿の攻撃10回のうち、9回は防ぎ、一回だけ受けた。


それで、現在のポイントは0-1で、ファウルファースト卿の有利。



つまり、攻守交代した今、ジョスリーンは、攻撃側に立って、10回のうち2回でも相手に剣をいれれば勝ちだ。


審判が旗をばっとふりあげる。「後半戦開始!」


おおおおっ。

観客が沸き立つ。


「いくぞ!」

ジョスリーンがいっきに相手へ距離をつめ、剣をふる。


まず横向きに一撃。左脇を狙う。


相手のファウルファースト卿はそれを縦に受け止める。ガキン!一回目。


「はっ!」


そのまま横向きに剣を流し、こんどは逆向きから斜め向きに斬撃をくりだす。

相手はそれも右側で受け止める。ガキィィン!二回目。


しかし、さっきは左で守ったのに、次には右から剣が繰り出された、その左右をゆさぶる攻撃の激しさに、だんだん、ファウルファースト卿の剣の動きが不安定になってくる。


さらにジョスリーンは、前へ突きをくりだした。



「うお!」

ファウルファースト卿はそれを受けて、突きを下へ受け流して守った。三回目。




が、このとき、手首のむきがおかしくなり、いよいよ剣の持ち方がぐらついた。


このときをまっていた。


「とりゃあっ!」

ジョスリーンがおもいきり剣を両手に握り、振り落とした。


この守りにわずかに間に合わず、ファウルファースト卿の腕に剣かドシンとあたる。

310 : 第28話 - 2014/07/26 23:31:41.82 SybOLUp80 1150/3130


ドッ!

「うっ!」


「アデル卿に1ポイント!」

審判が叫ぶ。


おおおおおっ。観客が騒ぐ。



腕に剣の一撃が上から落ちたファウルファースト卿は、ぐらっとゆらぎ、甲冑の重さにひっぱられて、柵側へとよろめいた。


一度体勢を崩せば、もうこっちのものだ。


「はっ!」


さらに、五回目の攻撃。振り落とした剣を、大きくもちあげてふるう。繰り出される斬撃。


甲冑の重さにひっぱられ、思うように身動きとれないファウルファースト卿は、守りがまにあわない。


ドッ!

五回目の斬撃が、ファウルファースト卿の胸元を打った。


「アデル卿に1ポイント!」

この時点でジョスリーンの勝利は決まった。


もちろん、そこで止まる女騎士ではない。


さらに彼女は、ぶんぶん右に左に、剣の攻撃を繰り出していった。剣がいったりきたりするたび、相手の鎧をたたく。

ドゴッ!ドコっ!バキン!

「アデル卿に3ポイント!」

審判が声をふりうげる。


そして、9回目の攻撃。

ドガッ!

相手騎士の顔面をたたく。「アデル卿に1ポイント!」


ファウルファースト卿は顔面を剣でたたかれ、柵によろめいた。

彼もなんとか繰り出される攻撃を防ごうと剣を振るうのだが、甲冑の重さのせいでついていけず、どの動きも一歩手遅れ。

攻撃をうけてからやっと受けに入るということの繰り返し。

さらにジョスリーンは、思い切りもう一度、剣を頭上へふりあげ、全体重のせて敵の顔面に振り落とした。


剣の先が、円を描きながら、ファウルファースト卿に頭におちる。

311 : 第28話 - 2014/07/26 23:33:18.96 SybOLUp80 1151/3130

ドガッ!


「ぐっ…!」


ついにファウルファースト卿は大きくよろけて、ふらふらと、柵によりかかり、すると、甲冑の重さに耐え切れず柵が折れた。


柵がバキッと割れる。

彼は尻から落ち、ドッテンと大の字になった。



おおおおおおっ。

観客の歓声。声援。剣試合場を包み込む。


「ポイント7-1でアデル卿の勝利!」


わああああああっ。

会場見物していた誰もが、女騎士の活躍ぶりに熱狂した。


ジョスリーンは兜を脱いだ。


そして顔をみせ、円奈に微笑んでみせた。

が、その微笑んでいたところを、審判に肩をたたかれた。


ジョスリーンが顔の向きを審判にむける。

「ん?」審判とジョスリーンの目が合う。

審判はジョスリーンに言った。「柵を割るのは反則行為だ」


「ちょっと待て割ったのは私じゃない」

するとジョスリーンは抗議した。「割ったのはアイツだ。アイツが勝手に柵にもたれかかって折れたんだ」

といって、ぶっ倒れた敵騎士を指差す。


審判は女騎士をじっと睨む。

しかしそのジョスリーンの抗議に納得したらしく、無言で頷くと、ジョスリーンのもとは離れた。


「ギルドから大工をつれてこい!」

と審判は、会場の副審判に命令をくだし、すると副審判は、ギルド街むけて走り去った。


きっと柵を修理するための大工を呼んでくるのだろう。


「ジョスリーン!ジョスリーン!ジョスリーン!」

会場では女騎士への熱狂がまだやんでいない。

馬上槍試合で貴婦人が、騎士の甲冑をかぶり、男騎士を相手に激戦の末勝利したこと、華麗な剣術で初戦の相手を叩きのめしたこと───。



その女騎士のことが都市で噂になりはじめていた。


円奈は、観客たちがジョスリーンの名を呼び、エールを送る光景を目にしながら…。


なんとなく、自分まで誇らしくなってくるような、変な感覚を覚えていた。

312 : 第28話 - 2014/07/26 23:35:14.52 SybOLUp80 1152/3130

222


それから二人はジョストの試合にもどった。

ジョスリーンは初戦を勝ち進み、二回目のジョストへ。



円奈はまた、別に文を渡され、審判の前で読み上げている。



「天使よ!馬に跨り地上を覇す剣の乙女よ!」


顔を真っ赤にさせながらジョスリーン自作の文をよみあげ、紹介する。


ハハハハハ。

観客からは失笑が漏れる。しかし観客たちは、女騎士のその説明を、ひやかすのではなくて、もうそうゆうものだと思って受け入れ始めていた。


「大地を揺るがすアーサー王の再臨!」


円奈の恥を耐える声が劇場に轟く。


「わが主人こそは騎士道精神の結晶、アデル・ジョスリーン卿は───」



語りながら、ちらと、相手側の騎士が掲げる紋章に目を通す。


赤い三角形がふたつ、上下に描かれた紋章をみる。



「クラインベルガー卿と戦います!」



甲冑姿となって現れる女騎士。

おおおおおっ。


観客は彼女の登場を喜び、声援をごぞって送った。


円奈は顔を赤くしながらそそくさと足早にフィールドを去る。

313 : 第28話 - 2014/07/26 23:36:29.17 SybOLUp80 1153/3130



そして、審判が旗をばばっとふるって試合開始の合図。


「はっ!」


ジョスリーンの馬が走り出す。柵に沿ってフィールドを、一直線に。


そして、騎士と対決。


バキキ!


槍が吹っ飛ぶ。


吹っ飛んだ槍は、相手の槍だ。


ジョスリーンは相手の肩に槍を直撃させ、貫いた。すると敵は槍を手放してしまう。


手放された槍はフィールドに落ち、それを馬が蹴りあげた。猛スピードで蹴られた3メートルの槍がポーンとフィールド上を跳ねあげられる。


そして何度も何度も馬の四足に蹴られて、立ったり傾いたりして、槍はやがて地面に転がった。



おおおおおっ。

観客席から飛び交ってくる歓声。



ジョスリーンは折れた自分の槍をバンと投げ捨てた。


自分の立ち位置に戻り、二回戦目へ。



「1-0で現在、アデル卿の優勢!」

審判が告げる。


「二回戦、準備はいいか?」


二人の騎士は予備の槍をぐいともちあげ、準備ができていることを動作で示す。

314 : 第28話 - 2014/07/26 23:39:54.20 SybOLUp80 1154/3130



二人の動作を察した審判が、合図旗をもって前へでる。

そして合図旗を下へ降ろし、地面に近づけ、そのあと、ばっと振り上げる。


と同時にジョスリーンもクラインベルガー卿も突進を開始する。



ダダタダダッ。蹄の音が二匹分、轟き。


その蹄と蹄の音はしだいに近づき。



槍がぶつかる。


ジョスリーンの伸ばした槍がクラインベルガー卿の胴にあたった。


ドッ!

槍が曲がる。3メートルある槍は馬の速度と甲冑の激突のなかで、だんだん折れ曲がってゆき、やがて真っ二つにはじける。


いっぽうクラインベルガー卿の槍もジョスリーンの胸にあたった。


甲冑に守られた胸のふくらみのあいだくらいに槍がささる。


が、こっちの槍は折れず、クラインベルガー卿は槍を突いたときの反動にたえきれず、槍を手から取りこぼした。


そして槍は柵の上に落ちた。落ちた槍はすれ違う二匹の馬に蹴飛ばされて、柵の上でくるりと回転した。
猛風にあてられた風車のように、ブンとまわって、やがて柵から地面に落ちた。


相手の騎士は、初戦で腕を突かれた痛みで、槍を満足に持ちきれない状態なのだろう。



「2-0でアデル卿の優勢!」

審判が告げると。



観客がわあああっと沸き立つ。

それにしても声がやまない。底なしの活気であった。


声をあげ疲れたら、すぐちかくに酒場があるので、そこで元気を補充してきているのだった。


観客のなかには魔法少女もいた。

都市の女たちが騎士に夢中になって、きゃああああっと黄色い声あげているなかに紛れて、席で人間同士の戦いを見物する。


実戦の戦いに出ている魔法少女はこの場には当然ながら、いなかった。


ジョストを見物にくる魔法少女といえば、普段は市民として暮らし、夜は魔獣退治をするような市民階級の魔法少女。


昼は人間と同じように暮らすから、人間と同じように、ジョスト見物を楽しんでいた。

315 : 第28話 - 2014/07/26 23:40:55.62 SybOLUp80 1155/3130


基本的に貴族の遊びだから、市民出身の魔法少女はジョストに出場できない。


また魔法少女のジョストの参加そのものが、そもそも禁止であった。


勝てる人間の騎士がいなくなってしまうからだ。



本物の槍に突かれても平気で立ち上がってくる魔法少女が、かぶせ物同士の槍のぶつけあいを、ものともするはずがない。


だからジョスト見物をしていて、やがてジョストそのものに興味を魔法少女がもちはじめても、参加資格はないのだった。

もっといえば、市民出身の魔法少女は、自分の馬を持たない。


指をくわえて人間たちの華麗な戦いを見物するだけだ。



「円奈、円奈」


三回戦目を控えたジョスリーンが、馬上で甲冑の面頬をあげると、苦しそうな顔をみせた。

「腕がしびれてきた手首が痛い!」


馬の馬力も加わった槍を、敵の甲冑の鉄にぶつけることを繰り返してきた負担が、女騎士の腕にかかりはじめいた。


「槍を渡してくれ自分じゃとれない!」


「う、うん…!」

円奈は、重たい槍を両手に抱えて、うーっと力む声あげながらジョスリーンに渡す。


ジョスリーンがそれを持つ。


「馬が走りだせば槍が軽く感じる」

それが空気圧力という仕組みにあることは、この時代の騎士はしらない。

「だがそれまでが苦痛だ」

女騎士は甲冑の面頬を閉じた。

316 : 第28話 - 2014/07/26 23:42:16.08 SybOLUp80 1156/3130




「三回戦にうつります」


審判が告げる。

「準備は?」


二人の騎士が槍を持ち上げる。



審判は旗で試合開始の合図をする。


試合開始だ!

二回目のジョストの三回戦!

2-0でジョスリーンが優勢だから、落馬さえしなければほとんど勝ち確定。


もし顔面を相手に突かれたら、2-2で引きわけとなる可能性はある。




女騎士が馬を走らせる。槍をまっすぐに前へだす。だだだだっ。馬が走る。その黒い尻尾がゆれる。




追い詰められた相手のクラインベルガー卿も、馬を駆け足で走らせる。




ジョスリーンも、クラインベルガー卿も、柵の右側に沿って馬を走らせる。


騎士二人は槍をしっかり抱えもつ。


上下にゆらぶられながら二人の騎士は、槍を相手へとむけ、互いの顔をみながら、距離をせまめる。


いよいよ距離がちぢまると、右脇を動かし、槍の狙いを定め、柵を相手側へ乗り越えさせる。


相手の胸元へ狙いを定める。


それはジョスリーンもクラインベルガー卿も同じタイミングだった。


ヒュッ!


クラインベルガー卿の槍が伸び、ジョスリーンの首を突いた。


ドゴッ!

バキイッ!


ジョスリーンの上あごが槍に突き上げられ、彼女は首が上向いて天をみあげた。

甲冑の兜が浮き上がり、首元のバンドが裂け、女騎士の顔が露になった。

317 : 第28話 - 2014/07/26 23:43:15.80 SybOLUp80 1157/3130




「…そんなっ!」

円奈の悲鳴があがる。


だがジョスリーンは落馬しなかった。


顔が上向いたまま自分の槍をのばし、それはクラインベルガー卿の身体にあたる。


その槍は砕けなかったが、ガンと音がして、クラインベルガー卿の甲冑を突いた。

狙いだけはぶれなかったのだ。槍は先端だけばぎぎっとと砕けた。



おおおおおおおっ!!

激しい展開に興奮した観客が騒ぎ立つ。



ジョスリーンは兜を落としたが、ジョストを走りきった。



会場を走りぬけ、体勢をたてなおす。



「決着!」

審判は告げ、旗を構える。


その旗を、左手にもちあげた。


「3-2でアデル・ジョスリーン卿の勝利!」


「いやったああああ!」

その場で一人、飛び上がってはしゃいだのは円奈だった。飛び上がりながら、腕を胸元で握り締める。

「すごいよ、ジョスリーンさん!」


といって、馬で戻ってきたジョスリーンの前に喜色いっぱいの笑顔をして走る。


「勝ちましたね!」

円奈がはしゃいだ様子でジョスリーンに呼びかけると。


「ああ、もちろんだ」

と返す女騎士だった。


「今日の部はあと剣試合がもう一戦だけだ。息着く間もない。いくぞ、円奈」

「はい!」


円奈は、嬉しさいっぱいで、観客たちのどよめく歓声のなか、女騎士のあとについていった。

318 : 第28話 - 2014/07/26 23:44:36.30 SybOLUp80 1158/3130

223


場所を移しながら二人はいくらか話をした。


また、あの弓試合の会場の横を通り過ぎ、剣試合第二戦目とむかう。

弓試合では、弓のビュンビュン弦のしなる音が轟き、矢が飛んでいる。


そして、ビターンという的に当たる音。


そのときも、観客が、おおおおっと歓声をあげるのだった。


「敵が首を狙ってくる気はしていた」

とジョスリーンは話す。

「あの時点で、差は2-0。私に勝つなら落馬させるしかない。それでもせめて引き分けに持ち込むとしたら顔面を突くことだ。そこは警戒されているだろうから、首元が盲点になることはある。ジョストは、読み合いだよ。敵がどこを狙うか、私はそれを受けてどこを狙うのか」


「首に槍をうけたとき…」

円奈は歩きながら、あの瞬間を思い起こして、心配な顔をした。

「すごく痛そうで……思い出すだけで息がつまりそう……」

目にじわっとわずかだけ涙が浮かぶ。


「ジョストが────」

女騎士はからかうように笑いかけた。「恐いか?」


「それは……まあ…すこし…」

円奈が、しゅんと顔をふせて答えた。


「円奈もしたいとは思わないのか?」

ジョスリーンはそんなことを訊いてくる。


「わ、わたしは、ああいうことはしないもん……」

と、円奈がいうと。


「きみも騎士だろう」

と、ジョスリーンはまだからかってくるのだった。


これには円奈も少しだけ怒って、頬を赤くさせるとすねた。

「わたしは、ジョストするために騎士になったんじゃないもん。聖地に旅するためだもん」


といって、ジョスリーンをおいて先に剣試合の会場へ早足でむかった。



その歩き去る円奈の後姿を見つめながら、女騎士が両手をふりあげて降参の意をしめした。


「これはきついお言葉です、鹿目さま、お待ちくだされ!」

319 : 第28話 - 2014/07/26 23:45:47.78 SybOLUp80 1159/3130

224


こうしてジョスリーンは剣試合の二回戦目へ。


柵の中にはいり、腰に差した鞘から剣を抜くと、対戦相手と剣を交える。


キィン、キィン、キィン────。


柵のなかで剣同士のぶつかりあう音が轟く渡る。


剣試合も、ジョストに負けず劣らずの観客の数だ。



剣試合の二回戦目は、またもジョスリーンが守備側からのスタートだった。


五回目、六回目、七回目───。


相手の剣を七回目まで無事に受け止める。


ジョスリーンの動きは見事で、剣の動きも流れるようだ。自分で剣が得意種目だという自信も頷ける動きだ。


だが二回のジョストを終えたあとでは、さすがに女騎士の息はあがってきていた。


動きこそ余裕をみせるが、甲冑の面頬から漏れる息遣いはつらそうにしている。


相手もそれに気づいた。


うおおおお!

相手の騎士が剣をふりきってくる。

320 : 第28話 - 2014/07/26 23:47:37.85 SybOLUp80 1160/3130



「ふっ!」

女騎士も剣もちあげそれを受けた。

が、男の全霊の体力をつかったその一撃が、ジョスリーンの剣ごと彼女の甲冑を斬り、ジョスリーンは男の剣に力負けして、押されて、自分の剣で自分の鎧をガギギイっと叩いてしまった。




「ロリング卿に1ポイント!」


審判が旗をあげる。剣が当たれば一本、だ。


「おおおお!」

勢いづいたロリング卿がさらに剣をふりきる。


ダン!ドガッ!


逃げようしたジョスリーンの背甲を正確にとらえる。


金髪の流れる背中に剣が入り、ダンと鎧をたたく。


ジョスリーンは前のめりに数歩よろめき、苦しそうな顔をした。


「くらえ!」


さらにロリング卿の思い切り振り切られる、水平の斬撃。

これがまたジョスリーンのわき腹にあたって、ガンと音がなった。


鋼鉄の剣が鎧をたたき、ジョスリーンは衝撃でさらにぐらつき、バランス崩し、膝をついて倒れこんだ。

321 : 第28話 - 2014/07/26 23:49:12.88 SybOLUp80 1161/3130



「ロリング卿に2ポイント!3-0で攻守交代!」


「いぇああああ!!」

ロリング卿が見物客の喝采のなか腕をふりあげる。剣を天に掲げ、そして観客の声援と脚光に包まれる。

天にむけた剣先が太陽の光で眩く反射した。


「ぐっ…!」

ジョスリーンはけほけほとむせながら両手を地面につく。


「ジョスリーンさん…!」

円奈が駆けつける。

「大丈夫だ。円奈、柵にいたら危険だ。外でみておけ」

ジョスリーンは答え、剣をダンと下向きにすると地面に突きたて、それを支えにして起き上がった。


「弱い自分を演じて油断させただけだ。この相手なら勝てる」


といって、ジョスリーンは立ち上がると、あがった息を整え、剣をまっすぐに立てる。


ジョスリーンが攻撃側にたつ。


許された攻撃の回数は10回。


3ポイント取られているから、4ポイントとれば勝ち。


「いくぞ!」


女騎士は剣を大きくふりあげ、相手の騎士へ挑んでいった。

322 : 第28話 - 2014/07/26 23:50:47.74 SybOLUp80 1162/3130



「とりゃ!」

大きく掛け声あげ、第一回目の斬撃。

ダンッ。


女騎士のふるった剣が、相手の騎士の剣にあたる。

ガキッ!


剣の鋼鉄と鋼鉄とが、ぶつかる音。そしてキリリと擦れる音。


「とぉ!」

ジョスリーンは腕を伸ばし、今度は横向きに剣をくりだす。

水平に走る斬撃。


それは相手騎士にまた防がれた。ロリング卿はすばやく剣を持ちあげ、斬撃を頬の前で受け止める。


勢いを殺された。


「がっ!」

しかしジョスリーンは剣を流し、手元に戻すと、また両手いっぱい、上向きに振り上げ、剣を落とした。


ブンっ!

剣先が相手騎士の兜へおちる。


敵が剣もちあげ、それをうける。ドガッ!ザンッ!


相手の剣にジョスリーンの剣があたる。


ガキィィン!


絡まった剣同士が、斜め下向きに受け流される。


さらにジョスリーンは一歩前にでて、剣の柄を両手に握り締め、もう一度思い切り頭上から叩き落とす。


相手騎士が、落ちた剣をまたもちあげ、顔面を叩かれる前にそれを受け止める。


キィィィン!


これで五回目だ。

ジョスリーンの全体重をのせた一撃が、相手に防がれると、ジョスリーンのゆたかな金髪が反動でふわっと浮き上がった。

323 : 第28話 - 2014/07/26 23:52:02.54 SybOLUp80 1163/3130



攻撃回数を半分使いきって、まだポイントは0だ。


「ジョスリーンさん…!」

円奈が両手を絡めて固唾を飲んで心で応援する。


「おりゃあ!」

ジョスリーンは再び、剣を頭の上から、ブンと振り落とした。前に一歩ふみだし、歯をくいしばって、精一杯の力をこめて。

相手の騎士はそれも受け止めた。


二人の剣が上下に動いて当たり、そしてそれは地面へと受け流される。下向きに落ちて行く二本の剣同士。



が、これで六回目。まだポイントはない!


「うおお!」

ジョスリーンは掛け声だし、7回目の斬撃を上から繰り出した。



相手はいまいちど、剣をもちあげ、これを受け止めようとしたが。


何度もさんざん剣を下に叩き落され続けて手首がしびれた。

しかもいま、剣は地面にまで落とされているから、持ち上げるには重たい。


甲冑の重さのなかで、剣を受け止める位置まで持ち上げるまでに間に合わない。



そして。


ガン!

ジョスリーンの剣が、ついにロリング卿の甲冑に入った。


「ジョスリーン卿に1ポイント!」

審判が旗をあげ、宣言する。


ぐらっと、ロリング卿の体勢がくらつく。バランスを失って、よろめいて、後ろに数歩、引き下がる。
剣がぷらんぷらんになって定まらなくなる。


いちど防御が崩れればもうあとはなし崩しだ。


ジョスリーンはさらに剣をがんがん繰り出した。


324 : 第28話 - 2014/07/26 23:53:16.62 SybOLUp80 1164/3130




女騎士は剣を持ちながら相手への距離をつめ、そして、剣を伸ばす。


まずそれはよろめいたロリング卿の腹にあたる。これで8回目。

ダン!

剣が甲冑を叩く。

さらに相手はよろめく。


重たい甲冑のなかで、おもうように体勢を元に戻せない。


あとは押すだけだ。


9回目の攻撃。

わき腹へ剣をぶちあてる。

力限り剣をふるい、相手の鎧に強く剣を叩きつけるのだ。


それは斬るというより叩くという剣の使い方。

甲冑と、鎖帷子という、重装備の騎士が相手の戦いでは、剣の使い方は斬るではなくて叩くだ。



繰り出される斬撃の連続を受け、どんどん柵側へ押しやられるロリング卿。


そしてドンと、背中が柵にあたり、逃げ場がなくなると。


ジョスリーンが、とどめの一撃を、思い切り振り切った。

下向きにもった剣を、水平に、持ち上げつつ、相手のわき腹へ。


ドゴッ!

鋼鉄の剣が甲冑を叩く。

325 : 第28話 - 2014/07/26 23:54:34.03 SybOLUp80 1165/3130



「あが!」

ロリング卿は上向きに仰け反り、くるりくるりと舞うようにとまわって、柵からはじき出された。

バキっと柵が折れ、木片と一緒になって、騎士はうつ伏せに転げ落ちた。


「ジョスリーン卿に3ポイント!」

審判が旗をもちあげ、宣言する。

「試合終了!ジョスリーン卿対ロリング卿、4-3でジョスリーン卿の勝利!」



おおおおおっ。

観客、またも大興奮。噂の女騎士の活躍と、その勝利を、目の当たりにできたからだ。

「よ……」

円奈も柵の外側で、ほっと息をついた。

「よかった……!」


女騎士は、剣試合で打ち負かした相手を、ふうふう息をあげながら見下ろしていた。

その両手に握られた剣は、下にむけられたままだ。



ジョスリーンは甲冑の兜を手でとった。

髪がふぁさっと広がり、空気へ流れる。



観客の人気と熱狂のなか、ジョスリーンは、自分の剣を持ち上げた。


おおおおおっ。

観客がひゅーひゅー、手をふりあげ、口笛をならし、ジョスリーンを讃える。

326 : 第28話 - 2014/07/26 23:56:16.33 SybOLUp80 1166/3130


「ジョスリーン卿」

すると審判は、顔を渋らせながら、また女騎士の肩をツイツイと叩いた。


「なんだ?」

息の荒いジョスリーンが審判のほうをむく。目をあわす。


「さっきもいったが、柵を壊すのは…」


ジョスリーンは壊れた柵の部分へ目を移した。

それからもう一度審判の顔をみて、言った。

「だからそれは私じゃない壊したのはロリング卿だ!」

審判と顔をむけあいながら、指だけでぶっ倒れたロリング卿のほうを指す。

「あいつが勝手に倒れこんで、柵を壊しただけだ」


「困るんだまた修繕しなくちゃいけない!」

審判はめんどくさそうな顔をしてみせた。

「大工はギルド職人のなかで一番高い値がかかる。腕はいいが」


「なら鉄の柵にでもすればいいだろ!」

ジョスリーンが大声でいう。

審判もいらいらとした口調で言った。

「そうもいかん鉄はもっと時間と金がかかる!そもそも臨時的に建てられた競技場だ!それに、きみの、敵を転ばすような剣の使い方も改めるところがあるんじゃないか?」


「審判、私たちは互いに甲冑きてるんですよ、転ばすのが基本です!」

女騎士は反論する。

「叩いて叩いて叩きまくって、転ばしたら、とどめをさすんです!」


すると審判は黙りこくった。

そして無言で頷き、すると副審判に命令した。「大工をギルド街から呼んでこい!いますぐにだ!」

命令された副審判はまた、ギルド街へ走っていった。

327 : 第28話 - 2014/07/26 23:57:09.59 SybOLUp80 1167/3130

「はあ、まったく」

柵外へ出たジョスリーンは、ため息つき、腰に手をつけると円奈にいった。

「剣試合の審判にはいささか難点がある」


「なんだか今日のジョスリーンさん…」

円奈は、ぽっと頭に浮かんだ感想を、そこで口にするんだった。

「ルッチーアちゃんみたいだよ…」


「なんだって?」

ジョスリーンが意外な顔をする。

「どんなところが、あのルッチーアみたいなんだ?」


「えっと…」

円奈が指を持ち上げて、首をわずかに傾げると、共通点を指摘する。

「男の人を柵外にたたき出すところ?」


「…」

ジョスリーンが振り返って裂けた柵をみつめる。


あのルッチーアが裁判のときに大暴れした痕跡にそっくりだ。

「柵の脆さにはまいる」

女騎士はそう感想を述べた。

328 : 第28話 - 2014/07/26 23:58:41.45 SybOLUp80 1168/3130

225



一日目の馬上競技大会が終わった。


ジョスリーンは順調に勝ち進み、ジョストと剣試合ともに、二回戦を勝ち抜いた。


全部で7回戦あるから、のこり五回戦ある。



しかし、騎士として武術大会に初参加であるジョスリーンにとって、こうして初日を勝ち抜いただけでも、本人はかなり喜んでいた。


だから、このありさまである。


「ありがとう!円奈!」

何度も何度も円奈はジョスリーンに感謝の言葉を投げかけられながら、都市の街路をつれられている。

「きみのおかげだ!円奈、いや、ここは騎士同士の関係にもどりましょう、鹿目さま、あなたのおかげです! 私の力を試せた!そして、二回戦を勝ち抜いてのです!ああ、なんと感謝したらいいのか!」

円奈はもう、そんな言葉をずっと聴かされつづけていた。


もう嫌というほど。それが顔にでている。

「はう…もう、わかったから…」

はああとため息つきながら円奈がいっても。


「鹿目さまには、無茶なことをさせてしまった!」

ジョスリーンはとまらない。

「どうもありがとう!鹿目さまはやってくれた。紋章官になってくれた。私の無茶な要求────」


「もう、わかりましたから」

困った顔しながら円奈がジョスリーンの話を遮る。

「言葉でいうよりも、優勝してください」


というと。

ジョスリーン顔色が、ますます驚きに満ちた。

「ええ、そうですね!」

と答え、円奈の両手を持つ。「あなたに誓おう勝利すると!」


「はい」

円奈もニコリと笑い、嬉しそうにジョスリーンの手を包み込んだ。その手は柔らかかったが、傷もあった。


ジョスリーンは甲冑を脱いでいた。

といっても、自分では脱げないから、円奈の力を借りて脱いだ。


背甲と胸甲を結ぶ脇のバンドを外したり、籠手をとったり、兜の首もとのバンドを外してやったり、草摺の間接部分の留め金をはずしたり。


脱いだ甲冑は、重たくて、全部で13キロあった。

それを全部持ち運ぶことは不可能だから、ジョスリーンは従者を呼んで、従者に運ばせた。

従者は、甲冑一式を、手に持って、ジョスリーンの自宅へ持ち運んだ。

329 : 第28話 - 2014/07/26 23:59:35.20 SybOLUp80 1169/3130

226


それから二人は、都市の酒場へはいった。


というより、円奈が、ジョスリーンに連れられて酒場へ。

ジョスリーンが酒場に登場すると、酒場の客人たちが、おおおおっといきなり歓声をあげた。


「アデル・ジョスリーン卿!」

と、酒場の客人たちは、武術大会で大活躍中の女騎士の来店に喜び、叫びをあげ、迎え入れるのだった。



「これは、ようこそ、いらっしゃいました!」

酒場の店主も嬉しそうにしている。

「数ある酒場のなかで、私の店にきてくださるとは!私、フィリプ・ガランは、嬉しい限りでありますぞ!」


「うーん、たまたま近くあった店にしただけなんだがな」

といいながらジョスリーンは円奈と一緒にテーブル席にすわる。

「ビールを頼むよ。二杯」


「あ…」

円奈が、テーブル席ではっとして、顔をあげ、慌てて何かをいおうとした。「あ……まっ…!」


「二杯ですね、ええ、お待ちくださいな。」

しかし店主の注意はジョスリーンにしかむいていなかった。

女騎士から頼まれると、さっそく店主は、うれしそうに、次の瞬間には、大きな木製ジョッキにはいったビールを、ドンとテーブルに置いた。


その瞬間、ジョッキに入った金色のビールが、ぐらっと水面をゆらした。


「肉料理も?」

「ああ、たのむよ」


円奈が、はうううと声だしてため息ついているのをよそに、店主とジョスリーンの間でやり取りがすすむ。

「ソテーを?」


「二人ぶんをたっぷり頼むぞ」


ジョスリーンはといって、二本の指をたてる。

330 : 第28話 - 2014/07/27 00:01:15.44 /nygLLg50 1170/3130


「しばし、お待ちくださいな。すぐにお持ちしますからね、へへ」

店主は嬉しそうにニタニタ笑いながら答える。

「うちのソテーは、うまいですよ、ジョスリーン卿。港の業者から、最高級のスパイスを使っていますので。鶴は、ダキテーヌ城からの仕入れです」


「それは楽しみだ」


ジョスリーンはいい、円奈に向き直った。


「鹿目さま、さすがにお腹がすきました。二回のジョストと、剣試合のあとなので。」


「うん…」

円奈が、小さく頷いて、賛同の意を示した。「私も……少しだけ…お腹へったかな……」


「さすがに武術試合は、夜警で巡回するよりよっぽど身体を動かすものですね」

ジョスリーン痛そうには肩を回す。

「体中あちこちが痛みます。今日はゆっくり休まないといけません」



「うん…」

円奈はそっと、酒場で飲んだくれている男たちや、女たちを見回す。


男たちだけで飲んだ暮れて、はしゃいでいるテーブルと、男と女が酒を一緒になって飲んでいるテーブルもある。


どこもジョッキに入ったビールやら、グラスのワインを飲んでいて、あぶら焼きソテーやウサギローストの肉をナイフで切り、頬張っている。


「都市の人は…」

と、円奈は、そっと話しだす。

「このお酒を飲むのが好きだよね……どうしてお酒ばっかのむんだろう…?」


都市の人々の生活ぶりを見てきた円奈が、そんな疑問をふと呟く。

昼も夕方も夜も、いつも酒場が人々で盛り上がっていて、ジョキに入ったビールやら、ワインやらばかり飲んでいる。

331 : 第28話 - 2014/07/27 00:02:16.11 /nygLLg50 1171/3130




「うーむ…どうしてといわれてもですね…」

ジョスリーンは腕同士を組んで、考える。

「都市で飲むものといったら、そもそもビールかワインくらいしかないですからね。水も飲めますが、買わないといけませんし。」


この都市では、水は買う飲み物だった。

都市を流れる川の水は、汚染された以前よりかは遥かにマシになったとはいえ、飲み水として使えるほどではない。


だから山々の水源から汲んだ水を売りにくる商人は都市に多い。それが飲み水になるのだった。


しかし、それが実は、酒とほぼ同等の値段で売られる。

だったら、と人々は水よりもビールとワインを飲み水として選び、酒場に入る。


そんなわけで、都市では、昼も夜も、飲み水を求めた客が酒を飲み干し、そしてどんちゃん騒ぎとなるのだった。



ビール醸造職人が、数多くいて、都市ではそれが酒場で飲まれる。

ワイン製造は、どちらかといえば農村に多いので、商人がそれを船を使って輸送してきて、貿易商たちが取引する。


ソルグ川へくる輸送船から多くのワイン樽が商人によって運ばれる。

ワイン樽はすると、輸送船に括りつけられたロープによって、地上へ降ろされる。
そのとき、貿易商と、役人で、関税含む品質チェック、量査定などのやりとりをすませる。



するとワイン樽は酒場の店主によって買い取られ、荷車に積まれて運ばれ、店の地下貯蔵庫に保存される。


ジョスリーンのような夜警騎士は、その権限をつかって、店の地下貯蔵庫に入り、ワイン樽のチェックができる。


腐ったワインを香辛料を使ってごまかす輩が、都市には多いからだ。

332 : 第28話 - 2014/07/27 00:02:58.80 /nygLLg50 1172/3130



「わたし…」

円奈は、ジョッキに入った黄金色のビールの水面を見つめる。

「これあまり好きじゃなくて……」


「鹿目さまは、ワインのほうが?」

とジョスリーンがたずねると。


「ううん…なんていうかお酒自体があまり飲めなくて…」

と、うつむいた表情になって、そっと言う。

「ほとんど飲んだことがないんです…」


「ふむ…それは失敬した」

ジョスリーンは顎を掴む。「しかし、都市はほんとに飲み物がビールかワインかしかありませんからね…家庭にいけばミルクを分けてもらえるかもしれませんが、まるで物乞いです」


「うう…」

円奈は、悲しい顔して、諦めたように。

ジョッキのビールを口にした。

「うべ…」

そして、すぐにまた、苦い顔してジョッキを口から離した。

「どうしてこんな苦いものみんな飲むんだろう…?」


「苦いからいいんですよ」

ジョスリーンが答え、なれた手つきでジョッキの把手を掴み、ぐいと飲んだ。

「苦いものをのむと気分が締まります。それでいて、ぽかぽかしてきます」

333 : 第28話 - 2014/07/27 00:03:56.19 /nygLLg50 1173/3130



「ぽかぽか?」

円奈が、不思議な顔をしてジョスリーンをみる。


「そうです、頬とか、頭とか」

ジョスリーンはいう。

「これを飲まずにはあじわえない気分です」


「うーん…」

円奈は悩むような仕草をする。「べつにそんな気分を味わおうとは……」


「今日わたしは、ジョストを勝ち進み、剣試合も勝ち進めたのです。あなたのおかげで」

ジョスリーンはジョッキの把手を掴んだまま、金色の水面をみる。

「その喜びとともに酒を飲むと、いい気分になれるんです。つまり……」


そこでジョスリーンは、ちょっと顔を渋らせて考える。次にだす言葉を。

「つまり……酔いしれるというか、ですかね?」


「酔いしれる?」

円奈も首をかしげる。


「そうです。この勝ち進めたという気持ち…それをかみしめずには…」

ジョスリーンは、ジョッキの残りのビールをすべて飲み干した。

「明日の試合にはのぞめません!」

その頬がかっかと熱くなり始めていた。

334 : 以下、名... - 2014/07/27 00:04:52.84 /nygLLg50 1174/3130

今日はここまで。

次回、第29話「馬上槍試合大会・二日目」

336 : 第29話 - 2014/08/01 01:08:52.27 hMxTTUeD0 1175/3130

第29話「馬上槍試合大会・二日目」


227


時刻は夕方だった。


日が暗くなってくるととともに武術競技はその日は終了し、会場の人気は消えた。


暗いなかでは槍同士を激突させるジョストが続行できないからだ。



ウスターシュ・ルッチーアは、夕方の街路をとぼとぼ歩いていた。


たった二枚だけある銀貨を手に握って、気分紛らわしに、酒場にはいった。


とにかく日常は、いやなことばかり起こる。

自宅にもどっても、魔獣狩りにしても、とにかく、いやなことばっかり。


最近では、町で噂も広まり初めている。


ルッチーアが、裁判で大暴れした、その暴れっぷりが噂され、暴力女とか、危険なメス猛犬だとか、獰猛な女豹だとかなんだとかいわれはじめていた。


「女が強いのがそんなにいけないことかよ」

ひとり、愚痴りながら、酒場を求めて店に入る。


こんな嫌な気分を紛らわす魔法の飲み物は、酒しかない。

魔法少女は、当然だが、強い。そして、強い女は、男ができなかった。ルッチーアの悩みである。


「マスター!ビール!」


と、またもおっさんくさい台詞で店主に頼み、するとビールの入った大きなジョッキを受け取って、テーブルつくや、あーっと声をあげて、ジョッキを飲み干す。


酒場の店内は薄暗く、壁とテーブルにあるろうそくの火だけが明かりだった。

石壁で建てられた店内は、ろうそくの薄明かりによって、赤色っぽくめらめらと、照らされている。

酒場の客たちはがやがやと、うるさい。その騒ぎと熱気で、石造の店内をこの赤色に照らしているがごとしだ。

337 : 第29話 - 2014/08/01 01:10:48.95 hMxTTUeD0 1176/3130


「はああ…」

ため息つきながらテーブルにジョッキをおく。

「これがなくちゃやってられないよ、ほんと」

愚痴りながら、一人、ジョッキの把手握りながら、テーブル面をみつめる。


「魔法少女になってから波乱万丈だ」


とつぶやく。


すると、ルッチーアのまわりのテーブルで飲んだ暮れていた常連客たちが、ぞっとしたようにルッチーアを見つめ、奇怪な視線を彼女にむけた。

恐がっているような目もある。


どうやら自分で魔法少女になったと呟いた独り言が、店内に聞こえてしまったらしい。


「ちっ」

ルッチーアはジョッキでビールを飲む。

それから、まわりを睨む。


目のあった常連客は、あわてて、目をそらして、自分のテーブルへ視線をもどした。


「よせ」

常連客の男と女たちが、ひそひそ話をはじめる。

「魔法使いと目を合わせるな。またあばれだすぞ」


「まあ、やだ!」

女は、ルッチーアにわざと聞こえるくらいの声の大きさで、男と話した。

二人のあいだには、小さな蝋燭がひとつ、灯る。

「また、暴れるの?危険な女の子ね!」


「ああまったくだ」

男は女とひそひそ話しをつづける。そして、声ををわざと小さくすることで、女との顔の距離をつめた。

「いちど怒り出したら、もう、だれの手にも止められない。危険きわまりない存在だ。魔法少女にちかづいちゃいけないよ」

「ええ、もちろんよ」

女は男と顔を近づける。「ちかづかないわ」


すると男は、微笑んだ。「それがいいさ」

338 : 第29話 - 2014/08/01 01:11:53.62 hMxTTUeD0 1177/3130



視線が集まっている。

酒場の常連客たちは、一人壁際のテーブルに座って、酒を飲んだ暮れる魔法少女の姿に、興味しんしんといったかんじで、ちらちらと視線を寄せている。


「ああ、もう」

ルッチーアは両手で額を覆う。悩むあまり頭痛がしてくる。

「魔法少女がそんなに珍しいかな…」



「みたか、あれ、魔法少女なの?」

どこかのテーブルの若い男連中が、蝋燭の灯るテーブルで顔を寄せ合って、話し始める。

「本当に?すげえ、はじめてみた!」

別の男がいう。

その声は、ルッチーアにきこえてくる。

「魔獣倒しにきたのか?」

「いや、あれはどうみても、へべれけだぞ」

ぶっ、男たちが噴く。

「変身するのか?」

ある男は、目をきらきらさせて、輝かせながら、問いだす。

「おい、変身するか?俺はついに、魔法少女の変身を、この目でみれるのか?」

339 : 第29話 - 2014/08/01 01:13:04.52 hMxTTUeD0 1178/3130



「こんなところでするかよ、ばーか」

ルッチーアは小さく呟いた。


「変身ってなんだ?」

他の男が真剣な顔つきで訊く。

「しらないのか」

男はひそひそ、男に耳打ちする。手の平たて、耳に、そっと吹き込む。

「魔獣を倒すときに、変身するんだよ」

「だから、その変身ってなんだよ」

最初に訊いた男が再度たずねた。

「そもそも魔獣ってなんだよ」

別の男が言い出す。

「なに?魔獣って?」

「しるか」

「おまえら、ほんとに何もしらないんだな」

一番最初に話し出した男が、ドンと拳でテーブルをたたいた。

「いいか、よくきけ。魔法少女はな、俺たちの都市の平和を守っているんだよ。」

「はあ?」

男が目を瞠る。「なにそれ?」

「だまれ、よくきけ」

男の真剣な話がつづく。

ひそひそ声は深刻そうで、男たちが、思わず神経を集中する。

「魔獣ってのは、おれたち人間の、負の感情だ。」

と、男は、とても真面目に、語る。

「負の感情が撒き散らされたとき、都市の平和は脅かされる」

ごくっ。

テーブルの席に集まって男たちの喉が、鳴る。

「その都市に平和を取り戻すのが魔法少女だ。神々しい存在なんだよ」

340 : 第29話 - 2014/08/01 01:15:05.32 hMxTTUeD0 1179/3130


「だが…」

ある男が、腑に落ちない顔をして、問いかけた。「負の感情ってなに?」

「それは…」

男は、自分でもよくわからないところに質問を投げかけられてしまい、悩むように首を何度か傾げた。

「それはだな……人間の、よくない感情のことだ」

「よくない感情って?」

男三人が彼をみる。

「それは…たとえばそう…たまにあるだろ…耐え切れなくなる感情…」

彼は、目を大きくさせていく。小さく頷いて、自分でも答えを得たというように、言い放った。

「”便意”とか」


「…」

ぶっ。

ぶっはははは。

男たち、いきなり三人とも酒くさい口からけたましい笑い声漏らして、みんなして爆笑。


どの顔も下品に口を大きくあけて、たまらず笑い転げる。


「それゃ確かに神々しいや!」

男たちはジョッキ持つ手をドンとテーブルに叩きつける。するとジョッキからビールが飛び散った。

「俺の便意とも戦ってくれ」


口からビールこぼしながら男たちは顔を真っ赤にし、笑いあう。


「てめーみたいなやつが川を汚くするんだよ」


「ああそうだ」

男は答える。

「三年前は、便意と戦えないやつらは、みんな川で……」

「そして都市の平和が脅かされる」

男の一人がいいきった。

一瞬、男たちは静まり、沈黙した。険しく膠着した顔できょろきょろっと、目線を互いに絡ませあい。

そのあと、堪えきれなくなって、またぶぶーっと吐き出して笑い転げた。

341 : 第29話 - 2014/08/01 01:16:24.54 hMxTTUeD0 1180/3130


「はあああ」

ルッチーアはため息ついた。


いつもの自分だったらもうこのあたりで暴れだしていたが、その暴れるってのがいけないと頭ではわかっている。


男どもは酒場では平気で喧嘩するくせに、魔法少女が喧嘩しだすと、もう、町じゅう大騒ぎだ。


あいつらに限らず、都市の酒場で盛り上がる人間どものばかばかしさときたら、あんなのばかりだ。



「マスター!でるよ」

いたたまれなくなったルッチーアは、店主に銀貨を二枚わたした。


店主が銀貨二枚を手の平にのせ、それをみつめる。


「どうしてそう魔法少女を茶化すかねえ人間は…」

と呟きながら、店の出口にむかうとしすると。


酒場の店主に、肩をがしっと掴まれた。


「あ?」

ルッチーアが振り返ると。


店主は、怒りの満ちた顔をしていた。

「俺を騙そうとたな」

歯軋りしながら、じりじり声をだしてくる。


「なんの話だよ?」

ルッチーアはわからないというように首を振った。


「このくそったれ銀貨は、金じゃねえってことだ」

店主は怒りに右手で握り締めていたが、やがて開いた。すると手のなかに握られていた銀貨が、ばららと床に散って落ちた。

342 : 第29話 - 2014/08/01 01:18:52.82 hMxTTUeD0 1181/3130



床に落ちると銀貨はコツン、跳ねた。

そして縦向きに立ってころろろと床をころがっていく二枚の銀貨。

テーブル下の暗いどこかに滑り込んだ。


それを、別のテーブルの常連客のたちがあわてて追いかけた。


そして、その銀貨をめぐって、喧嘩がはじまった。

「さわるな」

常連客の一人が、別の客の胸倉をつかむ。「俺の銀貨だ」

「なんだと?」

男が顔を赤くしながら、言い返した。「てめえみたいなひよわ野郎の銀貨だ?」

「この月経野郎!」

と、この時代における最悪の悪口を罵り、ついに喧嘩へ。


肉を切るためのナイフを使った男二人の斬りあいがはじまった。


テーブルごとひっくり返るの騒ぎになるなか、店主は、ルッチーアをにらみつけた。

               
「偽物の銀貨よこしやがって”くそ尼”」


「は?」

ルッチーアは、なにをいわれたのか理解できなかった。

偽物?



「偽物なんか使ってないよ!」

とルッチーアがいうと。


「だまれ魔法使い」

店主はルッチーアの首をつかんでもちあげた。


「うっ…ぐっ…」

魔法少女の身体は軽く、いとも簡単にもちあげられる。

背の低いルッチーアの身体が浮き、地面に足つかなくなり、店主の太い腕一本によって、首をつかまれ、持ち上げられる。

343 : 第29話 - 2014/08/01 01:19:49.34 hMxTTUeD0 1182/3130


「ぐぐ…」

息が苦しくなって苦悶の表情を浮かべる魔法少女。


「魔法使いだからって調子のりやがってイカサマ女め」

店主は、そのままルッチーアを店の扉までもってゆき、外にはじき出した。

「二度とくんな、魔法使いはこの店に入れん」


「うう!」

ルッチーアは地面にころげた。

身体がころげ、髪も服も地面にひっついて、汚れる。


ルッチーアは酔いがまわりながらも起き上がった。だらんと黒い髪が首筋から垂れた。

「偽物だあ?」

と呟き、自分の過去を振り返ってみた。


さっき店で使った銀貨二枚は、高利貸しにいって両替してもらった銀貨10枚のうち、自分が家族の手から守ったへそくりだ。

それが偽物だったというひとは…つまり…。

あの真面目な仕事振りをしていた高利貸しが……。



「あ……」

ルッチーアは、悔しさにダンと拳を地面にたたきつけた。「あんのやろお!」


勢い欲たちあがり、ぱっぱと服の砂埃を取り払うと、ギルド街へ。


あの高利貸し屋へ一直線。


どばっ。


高利貸しの木製の蝶番つき扉をあける。


「このやろう!」

ルッチーアは怒りいっぱいに、高利貸しへ叫んだ。

「平然とすました顔して、わたしを騙したな!」

344 : 第29話 - 2014/08/01 01:24:34.08 hMxTTUeD0 1183/3130



高利貸しが、あわててルッチーアの前にきた。

「なに、なに、なんです?」

高利貸しは慌てている。「困ります、ほんとに、こまります!日没とともに店を閉じてるんですよ!」


「そんなことしるか悪人め!」

ルッチーアはさっきの店で起こった経緯を話す。

「てめえに換金してもらった銀貨をはらったら、偽物だといわれたぞ!偽物を私に持たせたのか? 他でもない金貸しが、なんてことするんだ!」


「偽物?とんでもない!」

高利貸しは恐怖に顔をひきつらせている。目の前で魔法少女が怒っているので、どんな暴れ方されるかと思うと、震え上がっているのだった。

「魔法少女さま、私は、誓ってそんな不正しとりません。ほんとです、仮に、それが偽物だったとしたら、市庁舎からまわってきたこの銀貨が、偽物だったってことになってしまいます、いくらなんでもありえませんよ!」


「なんだとお?」

ルッチーアが瞠目する。「市庁舎からの銀貨だ?」


「そうです、そうです」

高利貸しは懸命に説明する。

「私の商売は、なんといっても、銀貨、金貨の換金、融資、貸付です。しかしそのためには、まず私が金をもたなくてはなりません。そこで国の銀行から、私も借款しているのです。。ですから、その銀貨が偽物だなんていわないでいただきたい!そんなことがあったのだとしたら、私どころか、市庁舎まで、不審ってことです!ああ、どうかお願いですから、そんなことはいわないでいただきたい!」


「ぬぐ」

ルッチーアは言葉を失う。

「…ぐぐ」

反論の言葉が思いつかない。

この店に文句つけることが、市庁舎に文句つけることだとなっては。

「くそっ!」

ルッチーアは高利貸しの店をあとにした。


完全に魔法少女の姿が消えると。



高利貸しは、ぼそっと一言、吐き捨てた。

「馬鹿野郎が」

345 : 第29話 - 2014/08/01 01:25:56.41 hMxTTUeD0 1184/3130

228


ルッチーアは途方に暮れた気持ちで街路を歩いた。

よろっ…よろっ…と、歩くたびに足元がぐらつく。酒に酔っているみたいだ。


左手に嵌った指輪が鈍い光を放っている。


「……どうやってさっきのビールのぶん……払おう…?」


飲んだからには、ちゃんと払わないといけない。

正義の魔法少女が盗みグイなんて、するものじゃない。


でも、手元に銀貨はない。


「また魔獣狩りかなあ……」


そう思うと、気がめいってくる。



しかし、魔法少女になった自分に、他にすることもない。


家にもどっても、入れてくれないだろうし。


また、魔獣退治したところで、人間たちには、茶化されるんだろうな……。


そんな重い気持ちで街路を彷徨っていると、すれちがった男に、声をかけられた。

「まって」

「んん?」

ルッチーアが振り返る。


「さっき一緒の酒場にいたんだ」

と、男はいった。「あの店主に、きみのぶんはぼくが払っておいた。だから……きみは戻らなくても大丈夫だ」


「え?」

ルッチーアは奇妙な顔をする。「なんでおまえが私のぶんまで払ってくれるんだあ?」


それが本当なら、今日くらいは魔獣退治をしなくてすみそうだ。


「それは…」

男の顔が、少し、赤くなる。

「き、きみが、魔法少女だってきいて…」


「きいて?」

ルッチーアは両手を広げて、次の言葉に構える。どんな、茶化しもどんとこいというみたいに。


「いてもたってもいられなくなって…」

男は、小さな声で、ぼそっという。「きみと飲みなおしたんだ。いいかな?」


これは、誘われてるってことなのか?

私を、魔法少女だと知った上で?

346 : 第29話 - 2014/08/01 01:26:29.11 hMxTTUeD0 1185/3130


「別にいいけど……」

ルッチーアはおろおろ、目線をそらしながら、答える。

「わたし、いま、ほんとに手元に銀貨ないよ?」


「いいんだ」

男が微笑む。「さあ、一緒に飲もう。飲みなおそう。きみは好きなものを飲んでいいから」

347 : 第29話 - 2014/08/01 01:28:19.86 hMxTTUeD0 1186/3130

229


そうして男とルッチーアは、飲みなおすことになった。

さっきとは別の酒場。



ギルド街をでて、パン屋街にもどり、さらにその奥の、宿屋・酒場街。

二人はこの路地の酒場に入る。


この酒場も大盛り上がりだった。

テーブルがあって、テーブルを囲って樽に腰掛ける客たち。どの顔も赤い。


都市は、昼も夕方も夜も、とにかく、酒場で飲んだ暮れる生活だ。


二人はテーブルについた。

白い蝋燭が一本、火を灯して燃えている。


蝋燭の明かりが二人の顔を薄暗さのなかに映し出す。


「さっき一緒に酒場にいたとき」

と、男は、話し始めた。「きみが魔法少女だってきいて……」

その話し振りは、どこか緊張している。


目の前にいるのが魔法少女だと分かっていれば、それもそうだろう。


「ああそうだよ」

ルッチーアは答える。店主によって、ジョッキに入ったビールが運ばれる。

「そうさ私は魔法少女だよ。それなのに私と酒を飲むのか?」


「ああ」

男はビールの入ったジョッキを持ち上げた。

「魔法少女だから、さ。」


348 : 第29話 - 2014/08/01 01:29:27.88 hMxTTUeD0 1187/3130


「魔法少女だからだあ?」

ルッチーアは不思議な顔をしてジョッキを持ち上げる。

「前からきみみたいな人に憧れていたんだ」

「憧れ?」

ルッチーアはたずねながら、男とジョッキ同士を当てて、乾杯をする。

「魔法少女に憧れてるのか?」


「まあ、そんなところだね」

男は楽しそうにいう。「だって素敵じゃないか……」


「素敵?あっそう?」

ルッチーアはあまり真に受けない。

いつ茶化されるかと思うと、あまり真剣にきこうという気分にならない。

「魔法少女を素敵だなんていう男は、変わり者だよ」


「そんなことないさ」

男は言う。

「魔法少女は、人知れず都市のみんなを守ってくれている。ぼくたちがこうして安心して暮らせるのは、きみたちのおかげだ。素敵じゃないわけがない」


「…だいたいそういうところをバカにされるんだけどなあ」

と、ルッチーアは、うんざりといった表情を顔に浮かべる。

ジョッキを持って口につけ、ビールを飲む。

349 : 第29話 - 2014/08/01 01:30:24.17 hMxTTUeD0 1188/3130



「ぼくは本当に素敵だと思っているよ」

男はいう。

店主によって猪肉のあぶら焼き料理がおかれた。

ソテーになったそれを、ナイフで切り分け、まずルッチーフの皿に、それから、自分の皿に載せる。

「魔法少女は本当に素敵だ。美しくて気高い。それに強い。そんなきみたちに憧れているんだよ」


「ふぅん…」

ルッチーアは適当に聞き流す。

というのも真に聞いていたら、恥ずかしくなってくるからだ。



「正義の味方だよ。そんな存在とこうしてお話ができるなんて嬉しいよ。夢のようだ」


「はあ…そう?」

ルッチーアはへんな顔して、男の顔をみる。


「そう」

男はいう。

「最高だよ。いまぼくの目の前に魔法少女がいて、それでいてぼくと話してる!」

男の顔は興奮気味で、赤い。

「ぼくに、きみが魔法少女であることを見せて欲しいな……よかったら、ああ、そしたら、ソウルジェムとか、みせてくれる?」


「うーん」


ルッチーアは眉を寄せる。

なんだか変な感覚だ。

どうやらこの男、本気で魔法少女に興味があるらしい。

「まあいいけど……ほら」

といって、左手のばして、指輪を差し出して見せた。

350 : 第29話 - 2014/08/01 01:31:46.70 hMxTTUeD0 1189/3130


「そうなんだ…これが…!」

男は、感極まった様子で、指環をみつめる。

「これがソウルジェムなんだ…!」

声が震えている。


「そんなに珍しいもんでもないだろ。ただの指輪さ」

ルッチーアは、嘘をついた。

指輪をはめた左手を男のほうへ差し出しながら、右手は自分の頬杖をつく。照れ隠しするみたいに目を逸らして、自分の黒髪をいじる。

「まあでも…私が魔法少女であることの証ではあるね。私は魔法少女さ」


なんだか、男と二人っきりのときに、自分が魔法少女だなんて打ち明けるの、ちょっと恥ずかしいな。そう思うのだった。


男は目を見開いて、まじまじ指輪をみつめている。


いよいよ恥ずかしくなってきて、ルッチーアはもう男に差し出した左手の指輪をひっこめた。

自分の指輪を守るように胸元で撫でる。

「そんなじろじろみるなよ……」


「あ、ご、ごめん」

男はまた顔を赤くしてしまう。

「でも、見るのは初めてで…」


「は、初めてっていったって……」

ルッチーアまで顔が赤くなってきた。「みてどうこうするもんじゃないだろうよっ…」

ますます指輪を胸元によせて、右手で撫でて隠すようにしてしまう。


「う……うん…でも」

男の声が震えている。

「本当にぼくの目の前にいる女の子が魔法少女なんだって思うと……感動しちゃって…」


「なんだよ感動って、おかしなやつだな」

頬がかっかと熱い。

自分が魔法少女だと知って感動した…だあ?

なんだこいつは…?

疑問を感じるのと同時に、なんだかちょっと恥ずかしくて、身体が熱い。酔いのせいだろうか?

351 : 第29話 - 2014/08/01 01:32:49.19 hMxTTUeD0 1190/3130



「ああ、最高だよ、きみは魔法少女だ、みんなを守ってくれる強い魔法の女の子だ!」

男は言い、テーブルで身を少しだけ、乗り出した。

「ねえ、きみは、変身もするの?」


「変身?ああ、まあ、するね」

ルッチーアはどきまぎしながら、答える。

ああ、まただ。また、男と目を合わせられない。


目をちらちらあっちこっち逸らしながら答えたルッチーアは、男の喜ぶ声をきいた。


「そうなんだ、すごい!」

男は驚いた顔して、いった。

「すごいよ!いつかぼくに、その変身を、みせてくれる?ここじゃだめ?」


「ここじゃだめに決まってるじゃないか」

ルッチーアは照れ隠しに、ジョッキを口元に寄せ、ビールをくっと少しだけ飲んだ。

これで赤くなっている顔は半分くらい隠れたはずだ。

「恥ずかしいじゃんか。いや、それ以前に、追い出されるよ」


「そっか、ごめんよ」

男は申し訳なさそうにいう。

「こんどでいいんだ。ぼくと二人きりのときに、変身してくれる?ぼくからのお願いだ。つまり…その…」

男は、恥ずかしそように、目線を逸らしたあと、言ってきた。

「きみとは友達になりたいんだ。またぼくと会って欲しい。ううん、明日!明日また会ってくれる?」


「明日?」

ルッチーアはビールをまた飲んだあと、答えた。

「まあ…いいけど…さ」

よくみれば、顔も悪くない男だし。


私を魔法少女と知った上で友達になろうとする変なやつだけど……まあ、銀貨を払ってくれたし、いっか。

そんなちょっとした気持ちで、友達になってみることにしたルッチーアは、男にたずねた。

「それで…明日はどこで会う?」

352 : 第29話 - 2014/08/01 01:33:35.35 hMxTTUeD0 1191/3130


すると、男は答えた。

それは、予想だにしてなかった返事だった。




「明日、一緒に馬上槍競技をみにいかないかな?」

ルッチーアの動きがとまった。

ビールジョッキを右手に持ったまま、身体が固まる。

驚きに目が丸まる。

そして聞き返した。「馬上槍競技だって?」


353 : 第29話 - 2014/08/01 01:35:27.54 hMxTTUeD0 1192/3130

230


翌日の朝、馬上槍競技場で待ち合わせたルッチーアと若い男は、観客席に隣同士になって座った。

男はシャノル・グワソンという名前の男で、貴族身分だった。


その家系は市庁舎の公務に務める者が多く、騎士身分ほどではないにしろ、支庁議員をよく輩出している家系だ。


グワソンも、市庁舎に務める男で、公務にあたる人間であり、支庁議員の補佐だった。

市民の愚痴や要望について寄せられた羊皮紙について、市長議員が議論するとき、その会議の内容を書記として羊皮紙に羽ペンで書き留める。


他には、貿易商と取引した役人からあがった報告で、取引された品目と取引金額、関税率、統計を記録した帳簿を確認することもする。ズンド関税帳簿という。これは、都市の貿易推移を把握するためだ。


そういう公務につく男だった。



さてそんなシャノル・グワソンの趣味の一つは、馬上槍試合の見物だった。



観客席に座ったグワソンとルッチーア。

その二人がみているなかで、馬上競技場のフィールドでは、世界各国からやってきた騎士二人が、柵に沿って走り、ものすごい勢いで槍同士をぶつけあう。


ドゴッ───!

バキッッ!


二人の騎士の持つ槍が砕け散る。


片方の騎士が槍に突かれて落馬する。

馬上から投げ出され、腕をひろげ、どってんと回転しながら、柵に身を落とした。

1メートルある馬の背から落っこちる。

頭から柵につっこんで、ガンと頭部を柵にぶつけたあと、フィールドにころげ落ちてぐったり天を仰いだ。

354 : 第29話 - 2014/08/01 01:36:24.12 hMxTTUeD0 1193/3130



おおおおおおっ。

まわりがその瞬間、大きく騒ぎ立つ。


総立ちである。


ルッチーア一人だけが、席に座ったままだった。


隣のグワソンですら席をたちあがって、騎士に声援をおくっている。


「やったぞ!すばらしい!そうだその一撃がみたかったんだ!」


グワソンはルッチーアの隣で、熱狂している。


ルッチーアは一人冷めた気持ちで観客席に座っていた。

「なんだよ、もう」

自分をおいといて騎士に夢中じゃないか。

馬上槍試合のなにがいいんだ。




「4-1でブラディミア卿の勝利!」


わあああああっ。

ルッチーアの周りで、市民の女たちがきゃああああっと黄色い声あげている。



勝利した騎士に夢中になって旗をふって声援をおくっている。


「そんなに夢中になるもんかねえ?」

ルッチーアは頬杖を右手でついて、ふーんといったかんじの顔で勝利した騎士をみつめる。



ブラディミア卿は折れた槍をぐっと振り上げ、自分の勝利した姿を誇示した。

355 : 第29話 - 2014/08/01 01:38:27.00 hMxTTUeD0 1194/3130


「ルッチーア、きみは、魔法少女には馬上槍試合が楽しくないの?」

グワソンは試合が終わると、ルッチーアにたずねてきたた。


「べつに、嫌いじゃないけどさ、好きってほどでもないな」

「どうしてだい?騎士同士が槍をぶつけあってるんだ。最高じゃないか?」

「うーん」

ルッチーアはまだふーんという顔をしている。

「今まで魔法少女同士の喧嘩もいっぱいみてきたからねえ……」

「そいつはすごいよ」

男はルッチーアに向き直る。

席に座りなおし、ルッチーアをみつめる。

「魔法少女と魔法少女の喧嘩?すごそうだ。きみもしたことあるの?ルッチーア」

「まあね」

ルッチーアは答えた。

「槍、剣、フレイル、弓矢、モーニングスター、なんでもぶつけ合うよ。たまに石も投げ合う。だが最後にはみんな殴りあいになるんだ。魔力使い果たしちまって、ね」


「どうして魔法少女同士で喧嘩するんだい?」

男は疑問を口にする。

「魔獣を倒すと、それなりの報酬があってね。しかもそれは金に換わるんだ」

ルッチーアはいう。

「だから、その報酬めぐって、喧嘩になってね。”やばくなったら”ストックが修道院にあって、いつでも使えるんだけど…」


「”やばくなったら”?」

男は、その部分に不思議を感じ、たずねた。

「もっと魔法少女のこと、いろいろ知ってると思っていたよ」

ルッチーアは男に言った。

二人は観客席に隣同士で座り、競技場をみおろし、そして次の試合がはじまりつつある。

「やばくなるっていうのは、ソウルジェムの限界が近づいて、消えちまうときが近づくってことさ」


「消えてしまう?魔法少女じゃなくなるってことかい?」

男がそう訊く。

「いや、存在そのものが消えるといってもいいかな」

「ばかな、そんなことあるはずないだろう?」

男は、驚いた声をあげた。

「それじゃ、まるで死じゃないか」


「まあ」

ルッチーアは馬上槍競技場にあらたに現れた騎士をみつめた。

「そんなところだね。だから、あいつらみたいに」

あいつら、といって、競技場の騎士を指を差す。

競技場で男の騎士が槍を振り上げていた。

「遊びの喧嘩してるんじゃないのさ」

356 : 第29話 - 2014/08/01 01:40:01.75 hMxTTUeD0 1195/3130




「わたしの主人は───」

フィールドでは、従者が観客にむけて説明をはじめている。


堂々と胸を張り、晴れた天にむけて、高々と演説する。


「パーシバル卿の次子にてウォリックの第三伯爵」


と、家系を説明したあとに、胸に手をそっとあてる。


「ご列席の貴人、貴婦人方、私の誇れる騎士を紹介いたします」


といって、深々とお辞儀する。



すると観客席のなかでも、貴婦人のためにつくられた、屋根つきの席に列席した貴婦人やら貴族やらが、小さく頭を降ろした。


「わが主人こそは、トマス・コルビル卿であります!」


おおおおおおっ。

パチパチパチパチ。



今まででも一番丁寧な従者の説明に、貴族層も市民層も感銘うけた声をあげ、騎士の登場を拍手もまじえて出迎える。


パッパッパー。

と同時に審判席に待機したトランペット隊が楽器を吹き鳴らし、騎士の登場を盛大に飾った。


白馬に乗った騎士が登場した。


鎧は銀色で、その全身は甲冑に覆われているから、顔はみえない。


だが、どっかの国からやってきた、豪腕の騎士という風格がでている。

馬に騎乗し、槍を握り、槍を掲げる騎士。


「あんなふうに出場するときはかっこよく登場する騎士たちだけどね」

と、観客席でグワソンが、ルッチーアに楽しそうに耳打ちした。

「馬にのったあとだから、あんなにかっこつけていられるんだ。馬に乗るときは、すごくかっこわるくて笑えるんだ。甲冑が重たすぎて、自力じゃ乗れないから、何人もの従者に手伝われて、やっと馬に乗れるんだ。そのみっともなさといったら!」


と、得意気に薀蓄を語るグワソン。


ルッチーアは、また、ふーんという顔をするだけだった。

357 : 第29話 - 2014/08/01 01:41:39.01 hMxTTUeD0 1196/3130

231


「はくしっ!」

鹿目円奈は、馬上槍競技の裏側、観客のいないところで、くしゃみをした。

「うう…」

鼻をすする。


「どうした?風邪でもひいてしまったのか?」

女騎士のジョスリーンはいま、馬に乗ろうとしていた。


「いえ、そんなんじゃないんですけど…」

侍女姿となって、馬上試合の二日目も紋章官としてジョスリーンの従者をする円奈はいま、ジョスリーンを馬にのせることを手伝っている。

「鐙をどっちに動かすの?前?後ろ?」


「自分じゃ確認できない重くて!」

と、ジョスリーンはいう。この女騎士はいま、馬に乗るため、腹をドンと馬にのせている。そして腹だけ乗せて、四肢はぶらんと宙に泳がせている。



甲冑が重たくて、自力では馬に乗れないので、円奈に手伝ってもらっているのだった。


「私の足を鐙にいれてくれ!胸が苦しい!」

女騎士は胸元が圧迫されて、苦しそうな顔をしている。胸のふくらみが押しつぶされているのだ。

「は……はい!」

円奈がジョスリーンの馬の鐙を手でとり、なんとか彼女の足にいれようと奮闘する。


しかし、これまたなかなか、うまくいかない。


そもそも鐙に足をかけるのは、ちゃんと馬に直立した体勢をしてからだ。

だが甲冑を着込んだジョスリーンはそれができない。


甲冑の重さに耐え切れず、直立した体勢のまま両足に鐙をかけることなんてできない。


そんな女騎士はどうやって馬に乗ろうと試みているのかというと。


まず踏み台にのぼる。馬にのるための高さにあわせた踏み台だ。


この踏み台から、馬の背に、ドンとよりかかるようにして全体重をのせる。


その体勢のまま片足に鐙がはいったら、その片足に全体重をのせて、ずるずるずる…と馬の背を這うようにようやくもう片足も鐙にかけて、やっと直立できる。

騎士としてはなんともいえぬみっともなさである。


「こんなところは絶対に観客にみせられない」

と、ジョスリーンはいう。

「馬が乗るところがこんなみっともないなんて。だが、実は実戦でもそうだ。市民は大抵幻滅する」

358 : 第29話 - 2014/08/01 01:43:54.19 hMxTTUeD0 1197/3130



「こんな重たいの着るからですよ…」

と円奈は言い、鐙をどうにか女騎士の足にいれようと奮闘をつづける。

「これを着ないと槍の衝撃にたえきれんだろう!私は魔法少女じゃないんだ…うっ!」

胸の苦しみに、呻きをあげる。

「はやくしてくれ胸がつぶれるよ!私を胸板にする気か?」


「も、もう…!ちょっとまってください…!」

円奈の声がいらいらしてくる。

「うーん!」

踏ん張る声あげ、鐙を両手でひっぱり、ジョスリーンの足をにぎって、ようやく鐙に足を通す。

「通りました」


「よし!」

女騎士は馬の背によりかかったまま、慎重に身を這うと、まず馬の首筋の毛をぎゅっと手でつかみ、片足に全体重をのっける。


そして手探りに、身体の四肢を馬の背に這わせ、するするするっと怪しい動きで、足をもう片方の鐙にものせ、やっと馬の背に乗る。

「まるで夜這いだ」

自分のことで感想をつぶやいたジョスリーンはやっと鐙に両足をのせ、馬の手綱を手に握った。


「次の試合まで時間はある」

ジョスリーンはいい、円奈から手渡された兜を手に取った。

それをまだ被らず、脇に抱えもつ。


「だが今対戦している騎士の見学にいこう」

「はい」

円奈は答えて、馬を歩かせ始めたジョスリーンのあとについて歩いた。

359 : 第29話 - 2014/08/01 01:46:08.75 hMxTTUeD0 1198/3130



会場では審判が合図旗をふりあげ、試合がはじまっている。


二人の騎士が走り出す。


ルースウィック卿対コルビル卿。


ルースウィック卿はエドレス本国の王都で守備隊長を務めている。


「はぁっ!」

掛け声とともに走り出す守備隊長ルースウィック卿と。


受けて立つコルビル卿。


二人の騎士が柵を挟んで向かい合い、走り、一気に距離をつめる。


コルビル卿の槍がルースウィック卿の胸元に直撃する。


首の下あたりに直撃し、槍は砕けた。ズババッ。槍の破片が宙高くに飛び散る。

観客席にまで槍の破片が届くかと思うほどの勢いづいた砕けっぷりだった。



コルビル卿の槍の構えは鋭く、固定されていて、ぶれがない。まさに100%の勢いがまったく殺されないで相手の騎士に直撃したかのような完璧さ。


いっぽう相手のルースウィック卿の槍は外れた。なにも突かず、砕けず、空ぶるだけだった。


コルビル卿の槍の直撃を胸元に受けたルースウィック卿は耐え切れず、体が大きくゆらいで、馬から落ちた。

背中からころげて、ダンと後頭部をうちつけておちる。

地べたに背中が落っこちる。



だが、鐙に足が絡まったままだった。

そして彼は、鐙に足をひっかけたまま、走る馬にひきづられていった。



「ああっ…あああっ!」

ルースウィック卿はみっともなく競技場の地べたをひきずられつづける。ずざー。砂埃。

360 : 第29話 - 2014/08/01 01:47:45.68 hMxTTUeD0 1199/3130




「0-3でコルビル卿の勝利!」

おおおおおっ。


審判が旗を左にふりあげると、その場の誰もがコルビル卿を讃え、歓声をさけんだ。


ルッチーアも、拍手していた。

「あの騎士は強いね」

と、ルッチーアはいった。「魔法少女の目からみれば分かるさ」

「ルッチーアにもわかるかい」

隣のグワソンも満足そうに言った。

「コルビル卿の技は完璧だ。ぼくもはじめて見た。間違いなくジョストの達人だよ。あの守備隊長ルースウィックを一撃で倒すとわね。今回の大会の優勝候補で間違いないと思うな」


「優勝したら……賞金とかあるのかな?」

と、ルッチーアは、そんなことを口にした。

「賞金、そりゃあもちろん、たんまりとある」

グワソンは答えた。

「なんといっても世界各国の騎士たちの試合だ。その優勝者には、たぶん、金貨100枚相当の金塊かなにかか贈られるんじゃないかな」

「金貨100枚!?」

ルッチーアがばっと席をたった。

「私の友達の5年の給料よりたけえ…」

目を大きくさせたまま息を漏らす。

361 : 第29話 - 2014/08/01 01:48:39.42 hMxTTUeD0 1200/3130



歓声をあげるコルビル卿の騎士をみつめる。


コルビル卿は槍をふりあげて、観客席の歓声に応えている。


「ジョスト…」

ルッチーアは席を立ったまま、目を大きくしながら、呟く。

「私もジョストできる?」


「ルッチーア、急にジョストに興味がでたの?でも魔法少女には無理みたいなんだ」

「どうして無理なのさ?」

ルッチーアがグワソンを見下ろして訊く。

「強さが違うからだよ」

グワソンが言う。

片手の平をひろげ、残念だという意志表示をする。「参加できないことになってる」

ひゅーひゅーひゅー。沸き起こる喚声。

コルビル卿の退場。次の騎士の登場。


「…そうかよ」

ルッチーアは席についた。

いらいらいら、不満そうに席に座りなおす。


ふんと息をならし、次の試合の参加者に目をむける。

そのとき、あっとルッチーアは声をあげた。


「…どうかした?」

グワソンが声をかけてきたのに、ルッチーアは反応しなかった。

というより、グワソンの声が耳に入ってきていなかった。


ルッチーアの目は、ただそのとき現れた、ピンク色の髪の小さな少女を捉えていた。

「…あいつら」

ルッチーアは驚いた顔をしながら、そっと呟く。「勝ち進んでたのか……」


「…ん?」

グワソンもその少女に目を留める。

362 : 第29話 - 2014/08/01 01:50:46.47 hMxTTUeD0 1201/3130


ピンク色の髪と目をした小さな少女は、ぴょこぴょこ足早にフィールドに現れるや、審判の前にたって、主人の説明をはじめる。


「えー…えーとお…」

観客席の見物客たちが、もうそれだけで笑い出す。

ある意味、騎士たちよりも、この紋章官は、有名になっていた。


「いまからアンフェル卿と対戦します私の主人は……」


くすくすくす、女たちが笑っている。


「その血筋はなんと初代ローマ皇帝オクタヴィアヌスにまでさかのぼり…」



ははははははは。

客席たち、爆笑。

名物紋章官の期待を裏ぎらない説明ぶりに、競技場は笑いに包まれた。



ピンク色の少女が競技場の中心で恥ずかしそうに体を奮わせる。が、しかし、根気だけで説明をつづける。


「聖地巡礼を志す世界の聖なる魔法少女を常に守り抜き、聖地を脅かす邪の悪魔たちを追い払った希望の光こそは、わたしが紹介します主人のエクスカリバーの軌跡!」


はははは。

もうピンク髪の少女はやけくそで、最後まで語る。



「嵐の地上を雷とともに歩む聖剣の女騎士よ!正義の雷光放つ虹の剣の使い手よ! その名はアデル・ジョスリーン卿っ!」



いええええええええいっ。


観客たちはもうノリノリで、このわけのわからぬ紋章官の説明を盛大に迎え入れた。


とともに、金髪の髪をした女の騎士が、槍をもって出撃してくる。


「なんだああれ?」

変な顔をして、グワソンは、恥ずかしそうにフィールドを走り去る紋章官の少女を指差す。

それから、ぷっと吹き出した。「あの紋章官、イカレてるな」


その隣でルッチーアが、みてるこっちが恥ずかしいというように、席で額を手で覆って息をはいた。

「はああ…あんのバカ…」


「頭に病気をもってるぞ。なんだあの髪?」

グワソンはまだ笑っている。

「失色症か何かか?何くえば髪があんな色になるんだ?」

363 : 第29話 - 2014/08/01 01:52:31.00 hMxTTUeD0 1202/3130



するとルッチーアは、少しだけむかっときて、グワソンに言い返した。

「人間は年とればみんな髪が白くなるだろ。それとおんなじで、たぶん、あいつの国じゃ、みんな髪がピンク色なんだよ」


「そういうものかな?」

「ああ、そうさ」

ルッチーアは適当にいってのけた。

「人の身体のことをからかうのはよくない男のすることだぜ」


「…そうか」

するともうグワソンはだんまりした。

…かと思えば、次は、現れた女騎士への文句を言い始めた。

「女かよ、まったく」


「女がジョストするのがダメなのか?」

ルッチーアが問うと。

「相手が女騎士にあたった騎士に同情するよ」

と彼は語った。
 ・・・
「手加減しなくちゃいけない」


ルッチーアは聞き返した。「手加減?」


「そうさ。力に差があるし、それに───」

グワソンはいう。

「胸も腹も狙えないだろ。胸は女の大事に膨らみがあるわけだし、腹は、下手したら子を産めなくなる。かといって顔面にぶちあてるわけにもいかない。結局狙うのは首くらいしかのこらない。肩もねらいどころだが、そこは急所すぎて、手加減にはならない」

はあと息ついて彼は言うのだった。

「結局相手の騎士は、いろいろ気遣いながら女騎士を相手にジョストしなくちゃいけない。心から楽しめない」


「そんなの気にしないで、思いっきり戦っちまえばいいじゃんか」

ルッチーアは少しむっとして、反論した。「あの女騎士も、そういう危険をしっててジョストにでてるのさ。なら手加減なんていらないよ。あの女騎士もそれが望みだと思うけど」


「あの女騎士の気持ちなんか関係ない。貴婦人の方々がこうもたくさんみているなかで、女を叩きのめしづらいだろう」

グワソンはそう言い返すのだった。

「やりにくいったらありゃしない。名目上、男も女もジョストはできることにはなってるが、実際にはやりずらくてしょうがないだろうなあ…」


なんていっているうち、試合がはじまる。

364 : 第29話 - 2014/08/01 01:54:03.26 hMxTTUeD0 1203/3130



審判が白い旗を降ろし、次の瞬間、それをばっともちあげる。


旗が持ち上がると、試合開始となり、騎士たちが馬を走らせる。


女騎士がゃぁっ!と掛け声だし、馬を走らせる。槍をしっかり脇に抱え、まっすぐ前へむける。


馬が猛スピードで走りだし、相手騎士の方向へ一直線に突っ込む。



ルッチーアのよく知っているあの金髪の女騎士が、いま、相手のアンフェル卿と激突する。


バキキ!

槍が折れる。


それは女騎士の伸ばした槍だった。

アンフェル卿の槍はからぶり、空を突いた。



ドガッと音がして、アンフェル卿が馬上でゆらめく。

飛び散る槍の破片。


もう、今や馬上競技場のフィールドは、折れた槍の破片だらけで、片付けが大変そうであった。



おおおおっ。

観客たちの声援。


あっと声をあげる小さな紋章官、鹿目円奈。




「ほら、ね」

グワソンは試合の様子を見ながら、言った。「アンフェル卿は女騎士のどこを狙ったらいいのかわからない。いっそ胸を突いてやりたいが、それもできないだろうし」


「ただ下手なだけだろ?」

ルッチーアはどうも、あの二人のことを悪くいわれるのが、嫌に感じた。

「ジョスリーン卿の槍の腕はなかなかじゃないか。魔法少女の私から見てたら分かるよ。狙い通りのところに槍をあてている。その相手に手加減はいらない」


「そうかなあ」

グワソンは納得していないようだ。

365 : 第29話 - 2014/08/01 01:55:05.55 hMxTTUeD0 1204/3130



そうこうしているうち、第二回戦がはじまろうとしていた。



自分の持ち場に馬でもどったジョスリーンは、円奈に頼み込んだ。

「円奈よ、槍をわたしてくれ!」

女騎士は辛い声をあげている。

「昨日の痛みが腕からとれていない!私に渡してくれ」


「はい」

円奈は力いっぱい、3メートルの槍をもって、ジョスリーンに手渡す。

ジョスリーンががしとそれを掴み取る。

右手にもち、翠眼を細めて、対戦相手の騎士をしっかり見据える。

「勝つ!」

といい、女騎士は、審判の合図がでると同時に、馬を走らせた。


「やぁ!」

長い金髪が馬上でゆれて、晴天の風になびく。


円奈はその後姿を見守った。


槍を構えもち、馬を馳せ、ジョストに挑んでいく女騎士としてのジョスリーンの姿。

馬上で美しい金髪を太陽に晒してゆらす、流れるような動作。


それを、きれいだなあ、と円奈は思って見守っていた。


だが、やがて恐ろしいときがくる。


相手の騎士との激突。


槍同士が交じり合い、時速50キロちかい速さの槍に、ジョスリーンがまっすぐあてられる。


今度はジョスリーンの槍が空ぶった。

アンフェル卿の槍がジョスリーンの首に直撃し、ジョスリーンはぶわっと槍を手放して馬上で大きくぐらついた。



うおおおおっ。

騒ぐ観客席。



槍を手放したジョスリーンは、しかし手綱は手放さない。

落馬には耐えた。

ふらふらしたまま、やっとの思いで円奈のもとにかえってくる。

366 : 第29話 - 2014/08/01 01:56:27.34 hMxTTUeD0 1205/3130



「現在、1-2でアンフェル卿の優勢!三回戦へうつります!」

審判が左手にもった旗をあげる。

ひゅーひゅー。

飛び交う拍手と声援。



ジョスリーンは円奈のもとに馬を並足で歩かせ、もどってきた。


彼女は馬上でふらふらしている。甲冑姿が馬の一歩一歩にゆさぶられている。


「ジョ、ジョスリーンさん…」

円奈が不安な声をあげる。


「うう…」

ジョスリーンは、いよいよ苦しそうな顔をみせていた。

彼女は面頬を開け、円奈に顔をみせた。



「…っ!」

そして、円奈ははっと息をのんだ。


顔面をみせたジョスリーンの額からは、血の筋が垂れていた。

「頭がくらくらする!」

と、ジョスリーンはいった。

「目に青くて黒ずんだものがみえる!」

といって女騎士は、ガンガンと籠手で自分の額をたたく。


「だっ…」

円奈は、切り詰まった声を張り上げた。「大丈夫ですかっ!?」


「わからないが戦える!」

ジョスリーンは答えた。

槍を円奈から受け取り、面頬を閉ざした。「私は負けん!」

そして一声、ぜえぜえ息を吐きながら顔を真っ赤にしてつぶやいた。

367 : 第29話 - 2014/08/01 01:58:23.55 hMxTTUeD0 1206/3130



ジョストの三回戦へ。


このとき。

観客席でルッチーアが、わずかに身を乗り出した。




審判が合図旗を持ち、前へ。


次第にそれが降りる。


降りたあとは、振り上げられる。


ばっ。



三回戦がはじまった!


沸き起こる観客のどよめき。

おおおおおおっ。


その声に包まれるなか、ジョスリーンは三回戦へと躍り出た。


額から流れ出る血が目を覆う。


「はぁっ!」

目が見えなくなる。

それでも掛け声あげ、馬の腹を鐙でけり、馬を全速力をあげる。


ジョストは、相手よりも早い速度で激突しなきゃ不利だ。


激突までには、とにかく馬を早く走らせる。



ババッ。


馬がジョスリーンを乗せて走る。



相手騎士と激突寸前。

槍と槍が交わる───。


まさにそのとき、ルッチーアは無意識のうちに、席を立ち上がっていた。

368 : 第29話 - 2014/08/01 01:58:58.89 hMxTTUeD0 1207/3130


そして、二人の騎士が柵越しに交差し────。

槍同士の先端がぶつかる。



ドゴッ────!


ゴタッ!


同時に槍が砕ける。

ジョスリーンの肩にアンフェル卿の槍が直撃。


大きくぐらつく。


が、ぐらつくのと同時に、ジョスリーンの槍がアンフェル卿の胴へめり込む。



「ううっ…!」

円奈が息を飲む。



アンフェル卿の胴に食い込んだ槍は折れた。折れて、さらに、奥の奥まで食い込んだ。

裂けていく槍。その深さは1メートルから2メートルにまで……深々とめり込んでいく。


「うおおおお!」

ジョスリーンの、血に塗れた顔のあげる叫び声を、円奈はきいた気がした。



すると次第に、アンフェル卿は後ろに押し出されはじめた。

手から手綱が離れる。そして、バランスを失い、体は背中から宙へ投げだされていく。

369 : 第29話 - 2014/08/01 02:01:18.23 hMxTTUeD0 1208/3130



おおおおおおおっ。


観客が大声をあげる。


砕け散った槍の破片たちと一緒に、アンフェル卿は宙に投げ出された。


騎士はくの字に体を曲げながら、馬から転がりおちた。

宙返りしながら、ゆっくりと地面におち、身体がバウンドする。



ドテッ。


天を仰いで地面に落ちる騎士。

騎士はぐったり倒れ、動かなくなった。泥と土が飛び散った。



わああああああああっ。

勝敗が決した。



「ようし!」

ルッチーアがその瞬間、思わずぐーを握って叫び声をあげた。



ジョスリーンは砕けた槍をバンと投げ出した。


折れた槍はフィールドにおち、破片だらけのフィールドに紛れた。


そのまま、円奈のもとに戻ってくる。



「勝敗が決しました」

審判はつげ、すると、旗を。


左腕に持った旗をあげた。「4-2でアデル・ジョスリーン卿の勝利!」



おおおおっ。

観客、大いに盛り上がり。


だれもが歓声をあげ、そして拍手した。


ジョスリーンはクイと冑の面頬を持ち上げた。


血は、鼻筋にまで垂れていた。

面頬を開いたジョスリーンはまずそれを籠手でぬぐう。


「勝った!」

そしてジョスリーンは開口一番、告げた。

「勝てたぞ!」


円奈も、嬉しそうに微笑むのだった。

370 : 第29話 - 2014/08/01 02:03:42.11 hMxTTUeD0 1209/3130



そのころルッチーアは観客席に座りなおした。


「やるじゃんか、あいつら」

と、どこか感動した気持ちにさえなって、手をパチパチたたく。


すると隣ではグワソンが、不服そうな顔をしていた。

「うーん、アンフェル卿が気の毒だ」

「気の毒?」

ルッチーアが目をグワソンにむける。

「女に負けた姿を晒したんだ。情けない気持ちでいっぱいだろう」

と、グワソンはいう。

するとルッチーアは、怒りっぽい顔をした。

「情けないってなにが?」

「女にはわからんだろうけどね、男には男のプライドがある」

グワソンは話した。

「ましてジョストで女騎士に負けたなんて屈辱は耐えがたいものだ。アンフェル卿の姿がみていられないよ」

といってグワソンはアンフェル卿をみつめる。



落馬したアンフェル卿は、従者たちに助けられて、ようやく抱き起こされた。

ずるずると従者に両肩をひかれながらフィールドを退場する。


「その女に負けたら屈辱っての、なんだよ?」

ルッチーアはますます苛々してきた。

「それって、男が、女を見下してるからだろ?」


「だからいっただろう女にはわからないって」

グワソンは言い返した。

「いや、もっともきみは、魔法少女だけどね。素敵で、強くて、正義の味方だ。だから魔法少女は人類の英雄だ。だが、ただの女に負けるのはいつの時代だって男の恥だ」


「あんたの話、ぜんぜん納得できないよ」

ルッチーアは席をたった。


「どうしたのルッチーア、まってよ」

グワソンはルッチーアをおいかけた。

「どこにいくの?本当に楽しいジョストはこれからさ」


「いや、私には、さっきの試合が最高だったな」

ルッチーアは背をむけて、グワソンのもとから離れた。

「あんたの考え方はよくわかった」

371 : 第29話 - 2014/08/01 02:05:16.70 hMxTTUeD0 1210/3130



「男ならみんな同じこと思ってる!」

グワソンは大声だし、ルッチーアを追って足をはやめた。

「プライドをなくしたら、どこに男が立つっていうんだい?きみは魔法少女だが、それに釣り合うほどの男になってみせるさ!」


「そのプライドってのが、どうもむかつくんだよ」

ルッチーアは馬上競技場の観客席を降りて、街路へとむかった。

「まってよルッチーア!まって!」

グワソンの呼び止める声がするなか、すべて無視して街路を進む。





こうして二人は、一日ももたずに破局。


ルッチーアは、破局20人目の記録に迫りつつあった。

372 : 第29話 - 2014/08/01 02:06:51.22 hMxTTUeD0 1211/3130

232


馬上試合の二日目が終わった。


ジョスリーンは三回戦も勝ち進み、優勝までのこり4回のジョストを残すのみとなった。


剣試合も順調に勝ち進み、4回戦まで勝ち進んだ。のこり、3回で優勝できる。



今日はジョスリーンと円奈は酒場にいかないでその場で解散した。

明日になればまた、馬上競技場の入り口で待ち合わせすることを約束して。


頭に怪我を負ったのだから、これも自然な流れだろう。


二人は街路を歩く。


「明日は第四回戦だ」

と、ジョスリーンはいう。

もちろん、鎧は脱いでいた。

「おそらく、明日からは、かなり手ごわい騎士ばかりに当たるだろう。たぶん、トーナメントを日常的にしているレベルの騎士たちだ」


トーナメントとは、馬上槍試合の別バージョンである。というより、ジョストの原型にもなった競技だ。

ジョスリーンが参加している槍試合のことはジョストといい、一騎打ちである。一方トーナメントは、多数の騎士たちが国と国にわかれて、何十人という集団同士で乱闘する試合のことだ。


しかもそのトーメメントは、もはや試合と呼ばれるような内容ではない。


なにせ国と国の戦いなのだから、試合とは名ばかりで、やってることは戦争だ。



事実、トーナメントでは、相手国の軍隊である騎士をどうやっつけるかに重点が置かれる。

相手を落馬さえさせればよいジョストとは次元が異なる。血みどろの試合である。

敵国の騎士をやっつけ、捕虜にすれば、身代金を相手国から要求できる。

身代金か支払われるまでは、自分たちの国の城に拉致して、幽閉さえやってのける。

まさに金と命をかけた戦い、それがトーナメントだ。

373 : 第29話 - 2014/08/01 02:08:22.12 hMxTTUeD0 1212/3130



そんな彼らにとって、ジョストは遊戯のようなものだ。


この野蛮な試合───トーナメントは、都市というよりも、どっちかというと封建社会の色が濃く残る、農村領主の城で開催されることが多かった。


明日には、そのトーナメントで名をあげてきた豪腕ぞろいが相手になるにちがいない。



「明日、また入り口で」

ジョスレーンは円奈の手をとった。「今日もありがとう。今日はゆっくり休もう」

「はい」

円奈は答えた。

休みが必要なのは、自分よりも、ジョスリーンのほうだと思った。


「あと四回だ」

ジョスリーンはいう。

「あと四試合、ジョストを12回勝ち抜けば、優勝できる」


「うん」

円奈は頷いて、ジョスリーンの手を握った。「がんばってください」


「ありがとう」

女騎士はすると円奈にお辞儀し、去った。「今日のところは、さらばだ」

374 : 第29話 - 2014/08/01 02:09:52.51 hMxTTUeD0 1213/3130


「…」

円奈は何もいわず、去るジョスリーンの後ろ姿を見送った。

街路の路地を曲がり、その後姿もみえなくなると、自分も振り返り、一人で新しい宿屋を探して街路をあるいた。


もう夜だった。


夜になると、都市には好ましくないことが起こるのは、もう経験から学んでいた。

「のどかわいた…」

しかし円奈は、ふと、そうつぶやくのだった。


というのも、都市にきてから喉を通るものがビールとかワインばっかだったので、それを遠慮し続けた円奈は、さすがに喉の渇きを感じたのだった。


もう3日間くらい水を飲んでいない。


そこで思い至ったのが都市広場の噴水だった。


ふつう、都市ではそれは飲み水として提供はされていないのだが、そんなことは知らない農村育ちの円奈は、まっすぐ吸い寄せられるように噴水へとむかう。



都市の広場にでると噴水がみえた。


もう何度となくきているこの場所。



何度となくみた市庁舎。何度か見た修道院。中にはいったのは一度きりだったけど、その経験すら思えば特別だったのだ。


せまぜまとした街路が突然ひらけるこの広場の開放感は、心にゆとりをもたらしてくれる。


円奈はすうって息をすう。


都市の夜星に煌くお星様をみあげながら、空気を吸い込んだ。


「自由な空気……なんて、ね…」


と、独り言をいう。


そう、都市は自由の空気だった。


封建世界のど真ん中、田舎のバリトンに生まれ育った円奈には知らない空気だった。

バリトンでは、領主の許可もなく領土からでることもできなかった。ただの一歩も。
全て封建的なしがらみに縛られた世界だった。

農村にもよるけれども、厳しい領主のもとでは、勝手に領地からでるだけで、領主に殺される世界だった。
いつも見張られ、仕事をしなければ厳しく鞭をうちれる封建農奴の世界だった。



そんな農村で生まれ育った円奈が、はるばるこの都市まで旅して、初めて知る空気だった。


375 : 第29話 - 2014/08/01 02:11:59.17 hMxTTUeD0 1214/3130



「世界にはいろいろな世界があるんだあ…」


と、洒落めいたでたらめなことをいい、自分の旅路にちょっとだけ感浸る円奈だった。


そんな彼女の目指すたびの最終着点は、聖地エレムだ。


噴水の前にたつと、囲いからみを乗り出して、水を両手にすくって、ごくっと飲んだ。


のんだあとは、ばしゃばしゃ顔を洗ってみた。


すると、ピンク色の髪から水滴が弾けた。

心地よさそうな円奈の顔が水滴をとばす。


宙を舞う水滴に都市の夜空が映った。



と、そんなとき、円奈は女の人に声をかけられた。

「ねえ、あんたってさ…ひょっとしてさ」

「はい?」

円奈は指先を顔の頬にあて、水をはらっていたが、返事した。

「やっぱ、あんた!」

女が嬉しそうな顔をした。「あの紋章官じゃない!」

「え?あ…うん」

円奈は、自分のことをいわれていると分かるのにわずかに時間を要した。

「はい…」


「あんた、この町じゃ今や名物紋章官だよ」

女はハハハと笑う。

「私も聞いていたが、バカの騎士の自慢話より、あんたの話はバカバカしくて面白い。もうあんたを見に槍競技場へいってるみたいなもんだ」


「あ…あはは……どうも…」

円奈は、苦笑いした。

私が考えた文じゃないんだけどね、あれ。

376 : 第29話 - 2014/08/01 02:12:53.43 hMxTTUeD0 1215/3130



「これ使いな」

女はナプキンを手渡してくれた。


花柄の刺しゅうも入った少しだけしゃれたナプキンを受け取る。


「あ…ありがとうございます…」

顔洗うとき、べつに布で顔をぬかない円奈だが、相手の厚意をうけとって顔をそれでふく。

ふきふきと。


「それに、あんたを付き添えている女の騎士も、なかなか勝ち進むねえ。応援してるよ。」

女は円奈の髪をくしゃくしゃあっと荒っぽく撫で上げて、そして、去っていく。

去ろうとして、振り返った。

「どうして騎士の従者がここに一人でいるんだい?」

女は不思議そうな顔をしていた。

「あんたの主人は?」


「あ…」

円奈は顔をみあげて、相手の口にした疑問の意味を理解する。

従者なのだから、主人に付き添っているものだ。


それが夜に一人年広場をぶらついているのだから、不思議がられているのだった。

「く…空気を吸いたいかなって…主人にいったんです」

円奈は、とっさに思いついたことをいう。

「そしたら許可をくれました」


「へえ…そうかい…」

女性はまだ訝る顔つきをしていたが、やがて、また円奈に背をむけて、去る。


夜の路地へ、背中を溶け込ませていく。

377 : 第29話 - 2014/08/01 02:13:50.26 hMxTTUeD0 1216/3130




「あっ…」

円奈はすると、声をあげて、自分の手元のナプキンをみおろした。

そのナプキンをちょっとだけ持ち上げる。それは、自分の手元に持たされたままだ。



「ま、まって!」

円奈は慌てて、ナプキンもって、女性をおいかけた。

「これ、もってください!」


自分がもらうわけにはいかないと思って、女性に追いついて、ナプキンを返す。

「あー、別に、いいんだよ」

女はいう。「まあ、あんたが返してくれるなら、受け取るけどね。あの女の騎士はいい従者をもったもんだ」

女はナプキンを受け取った。

「はあ…」

円奈は女の目の前で、安心したみたいに胸を撫で下ろしていた。「よかった…」


「なに、そんな、おどおどしてるんだい?」

女はちょっとだけ可笑しそうに顔をして少女をみつめた。

「まるであんた、私の従者みたいじゃないか」


「いや…別にそんなつもりでゃないんですけど…」

円奈は息をあげながら、答えた。

「私がもらうわけにもいかないですし…」


「そうかい、騎士身分の方々に、女がナプキンを贈るのは、よくあることだよ。」

女は冗談ぽくいって笑った。

「女の騎士だがね」

378 : 第29話 - 2014/08/01 02:14:43.25 hMxTTUeD0 1217/3130



「はあ…まあとにかく…」

円奈は、そんな習慣なんて初耳だった。

「これ…ありがとうございましたっ…」

といって、お辞儀する。


「つくづく変な紋章官だね」

女は困った顔をする。「騎士の従者にお辞儀されてるところなんか、みられたら、困るのはわたしだよ」


「ああっ…ごめんなさい…」

円奈は頭をあげて、そそくさと足を速めて街路を去ろうとした。

「まちな」

すると女に呼び止められた。


「はいっ?」

円奈がザザーっと踵でブレーキかけると足をとめて、すると振り返る。


「あんた今晩主人のところに帰れるのかい?」

女はそんなことをきいてくる。


「あ…いやあ…」

円奈は頭を手にあて、困った顔したあと、答える。

「今日は帰れなくて…」


そこは嘘でも、帰れますというべきなのに、そういう器用さがない円奈であった。

379 : 第29話 - 2014/08/01 02:16:05.04 hMxTTUeD0 1218/3130


「やっぱね、だろうと思ったよ」

女はいたずらっぽく微笑む。

「なにか主人の怒りを買ったんだね?なにをしたのかしらないが、一日あんたは追い出されているわけだ」


「ええ…あっ、はい、まあ…」

円奈は、相手の解釈に助けられた。だから、頷くだけでよかった。「そんなところ、です…」


「だから、一人でうろついているわけだ」

女は図星を言い当てた嬉しさに、得意気になる。

「ウチにくるかい?あんたみたいな少女が、こんな夜に都市を歩いてたら……」



「い、いいんですか!?」

円奈がすぐに飛びつくと。


「…」

女が、驚いた顔をして目を丸める。


「はれ?」

円奈は、女の反応に、また何か失態でもしたのだろうか、と不安になる。

都市の世界では、自分の気持ちに正直に動いていると、なにかと恥をかく。


「いや、騎士の従者ほどの人が、そんなに市民の家に上がりこむのを容易く受け入れるのにちょっとびっくりしてね…」

女は、すまないね、と付け加えた。

「あんたみたいな、おもしろい紋章官がきたら、うちの子も喜ぶよ。もちろん、すべておもてなしさせてもらうよ。あんたら騎士の家系のおもてなしにくらべたら、大したもんじゃないけどね!」


あのアキテーヌ城でのおもてなしを、頭に思い描く。

あんなおもてなしは、一生に一度きりでいいよ。

380 : 第29話 - 2014/08/01 02:17:44.13 hMxTTUeD0 1219/3130

233


ということで二人はエドレスの都市の街路をあるき、円奈は市民の女に家へ招かれ、その家にむかっていた。


「あの…」


円奈がさきに、夜道の街路を歩きながら、女に、たずねた。

「貴女のほうは……こんな夜に広場で何を?」


「ああ、そうだね、そこはあんたも不思議に思うだろうね」

女は言った。

そうなのだ。円奈は水を飲みに噴水にいっていたが、こんな夜に女が一人で出歩くこと自体、都市では危険なのは円奈も経験から学んでいる。

ましてこの都市に住む女がそれを知らないわけもない。

なのに、なぜ一人で、こんな夜に?


それは当たり前と思えば当たり前な疑問であった。


「このことは、秘密にしてくれるかい?」

女はきいてくる。

その顔には緊張がこもっている。


「あ、はい…」

秘密、というわれると好奇心にくすぐられて、さっそく答えてしまう円奈だった。

この声は小さくて、弱かったけれども、答えをだすのははやかった。


「”闇市”だよ」

すると女は言った。「この夜に、闇商人がたまに路地に店を開く。貴族ども、王族どもからの盗品。戦場で死んだ騎士たちの備品と金品、装飾品、指輪、ネックレス、運いいときは…勅令の手紙や紋章印、めちゃくちゃ高く売れる」


「ひええ…」

円奈は、怯えた声をあげる。


「闇商人は預け屋に一時的に盗品をおいておいて───」

と、女は語る。

「夜警騎士どもの目を盗み、隙をみて売りさばく。あたしはそれをかい、質屋にいれる。すると質屋は騎士の装飾品を死ぬほど欲しがっている他国の収集家に売る。だが最高に高く売れるのは”ソウルジェム”だ」

381 : 第29話 - 2014/08/01 02:18:36.42 hMxTTUeD0 1220/3130


「そ、ソウルジェム?」

円奈がよく知るそれを挙げられて、思わずびっくりして聞き返す。


「そう、戦場で盗まれた魔法少女のソウルジェムだ」

と、女は答える。

「これはメチャクチャ高く売れる。闇市で取引される最高のブツだ。だがこれは、扱いに気をつけないと、ある日とつぜん消えてしまうから、取引もなかなか独特なようだ。あ!いっとくが、わたしはそんなもん目当てではないよ。そこまであくどくないさ」

女はあわてて言い繕う。

「騎士の使者が落とした手紙くらい買えればいいかなと思ったくらいさ……世界中の敵国たちが、その情報を求めてべらんぼうに金をだすからね。手紙の中身をしるだけで、たんまり金がはいるわけ」


「は、はあ…」

円奈は息をはく。

あらためて、都市っていろんな人がいるところだ。そう思った。


農村みたいな単純さがない。


都市は自由だけれども、自由なぶん、いろいろある。



騎士の使者が持つ手紙は、いま家系がどんな状況にいまあり、どんな一存があって別の国にどんな交渉をもちかけ、そこにどんな取引と物品のやりとりがあるのか、そんな情報まで満載である。

戦国時代ともいうべき動乱のこの時代、その情報を求めてあらゆる国が高値をつけてそれを求める。

382 : 第29話 - 2014/08/01 02:21:22.19 hMxTTUeD0 1221/3130

ではそれくらい盗みと暴力が多かったのかといえば、それはもう、とても多かった。

しかも盗賊団の多くは、その正体は、騎士であった。

国の正規なる騎士と傭兵の騎士。どちらにしても、戦争がないと、失業だから、彼らは平和だと仕事がなくて、よく農村に押し入って、盗みを働いた。


だから、農村からしてみたら、平和のときよりも、戦争があるほうが、ましであった。


盗賊団と化した騎士たちは、ときに無謀にも魔法少女の修道院を襲うこともあった。

そこにはたんまりと金目のものがあって、美しい装飾品、円環の理だとかいうわけのわからぬものを讃えるためにつくられたありったけの絵画や美術品、彫刻の施した祭壇、立派な金糸入り革表紙の本、金のグラス、皿、台座、高級な燭台。宝石。

なんでも盗めば、山のような金になった。


しかしさすがに、修道院に盗みにはいった盗賊団は、魔法少女の力の前に散り散りになって退散するのだった。

その人間離れした力量をさんざんに見せ付けられて、痛い目をみた盗賊団は、さすがにもう、魔法少女と戦おうとはしなかった。


しかしこの時代ではもっと厄介なことに、魔法少女の統べる盗賊団というのが存在する。

ファラス地方で渦巻いていたあの盗賊団たちがまさにそうだった。黒い鎌を操る姫の魔法少女だ。



とにかく、戦争がないと盗賊団と化してしまう騎士たち。

この騎士たちの鬱憤のはけ口として、結局トーナメント試合、馬上槍試合がよく開催された。

農村を襲うくらいなら、騎士たち同士で思う存分殺しあって、金のとりあいをしていろという領主の願いであった。

戦争がないからって農奴を相手に戦争しては税の取立て先がなくなってしまう。

383 : 第29話 - 2014/08/01 02:21:59.38 hMxTTUeD0 1222/3130


騎士といえば騎士道であるが、それは文学の話で、実際にはそれくらいひどいものだった。



「闇市のことは、みんなには内緒だぞ!」

女は円奈に念押しするのだった。

384 : 第29話 - 2014/08/01 02:23:47.69 hMxTTUeD0 1223/3130

234


円奈は女に家へと招かれた。

「とにかくまあ、いらっしゃいな。」

女は蝶番の扉をひらき、円奈を中へと招いた。

「今日は闇市はなかったが、かわりにあんたにめぐり合えた。おもてなしさせてもらうよ」


「あ…おじゃまします…」

円奈はおずおすと扉をくぐる。

家は木造で、木の骨組みが壁に突き出ている木骨造。



質素な屋内だった。

木のデーブル、そこに立つ蝋燭、並べられる皿。柱には持送りが左右にあって天井の梁をささえる。
庶民層の、古風な家だった。


円奈はその一階へとあがる。もちろん、靴のままで。


すると中には二人の子供がいた。


二人の子供は、円奈の少女をみるや、いきなり目を輝かせて、飛びついてきた。

「あの紋章官だ!」

と、男の子が最初にいった。

「アデル・ジョスリーン卿の紋章官だわ!」

つぎに女の子がいって、とびついてくるのだった。

385 : 第29話 - 2014/08/01 02:24:51.28 hMxTTUeD0 1224/3130



「私を知っているの?」

円奈が驚いた顔しながらたずねると。


「今日はもう、とてつもないお客さんをお連れしたさ。」

女はいい、それから、自分の名を名乗った。

「わたしは、マリアン・スタトリー。奥にいるのが…」

といって、奥を指でさす。



「ウィル・スタトリーだ」

家屋の置くで、天井から吊るした大きな網を手でいじり、修繕の作業をしている男が円奈にいった。


男は椅子に座り、天井に吊るした網の網目をひとつひとつ丹念に指で修繕していた。


「うちは漁船をだしていてね」

と、マリアンと名乗った女はいう。

「ウィルはああやって明日の漁のために網を直している。ほんとは1インチの網に編み直したいところだが、2か3インチだ」


はあと女はため息つきながら語り続けるる


「1インチだと、川の魚をなにもかも一網打尽にしちまって、川の生物がいなくなっちまうからって、王さまが禁止してしまってね。だから2か3インチの網にしないといけない。まあ、文句をいわれないのは3インチだね。なんでも、生物の住む川でないといけないらしい」


「だが漁がまともにできなかった三年前よりマシだ」

ウィル・スタトリーという男が口を挟んだ。

「ああ、そうだね、そうだよ!」

マリアンはいい、すると、自分は食糧貯蔵庫へとむかった。

家々の食糧貯蔵庫は地下にある。


地下の樽などに、魚などが塩づけにされて保存されている。

「あたしは、このアデル・ジョスリーン卿の紋章官さまに、食事をだすよ。文句ないな?」


「ああ、ない」

ウィル・スタトリーは網の修繕作業をしながら、答えた。

386 : 第29話 - 2014/08/01 02:26:33.13 hMxTTUeD0 1225/3130


子供たちは紋章官を輝いた目でみつめていた。

「わたし、あなたが馬上競技場で喋ってたのをみてたわ!」

と、指をびしって円奈にむけて差す。

「へんな、わけのわからない話ばっかり!」


「でも、その話が、いちばん今じゃ、うけてるんだぜ!」

男の子が、楽しそうに言った。

「真面目な紋章官の退屈な自慢話より、面白くて、名物紋章官だってさ!」


「ううう…」

なんだかバカにされている気持ちになってくる円奈だった。

しかも、年下も男の子と女の子たちに。


「わたし、騎士ごっこで、いつもアデル・ジョスリーン卿の役よ。」

と、女の子が話し出した。

「強い女騎士になるのよ。」


といって、おもちゃの槍を取り出して、男の子とわあああーっと声あげながら槍同士をぶつけあう。

おもちゃの槍が相手の頬をつき、ぷにぷにの頬がへこんだりする。


その無邪気な様子が面白くて、円奈は楽しい気持ちで眺めていた。


「俺はメッツリン卿の役目さ」

男の子は妹と槍をぶつけあいながら、言った。


「メッツリン卿?」

円奈がたずねると。


「あの騎士にきまってるじゃん!」

男の子は紋章官に挑発的な声で話した。

「知らないの?紋章官のくせして。ベルトラント・メッツリン卿だよ!この都市で最強の騎士さ。ジョスリーン卿なんか、かないっこないさ。」


「それはどうかな?」

円奈も挑発にうけてたっていると。

387 : 第29話 - 2014/08/01 02:27:56.26 hMxTTUeD0 1226/3130


「そうさ!」

男の子はおもちゃの槍で、女の子をぐいぐい槍で叩いた。

「そら、俺はメッツリン卿だ!ジョスリーン卿なんか、こうだ!」

すると女の子も反撃するのだった。

「ジョスリーン卿は負けないわ!そりゃあ!穴あけてあげる!それに、ジョスリーン卿の紋章官もいるわ!」


と、また喧嘩する二人だった。


子供って可愛いかも。

なんて思いながら眺めていたら、二人の兄弟の母マリアンが、食事を円奈のもとに運んできた。


それはタンカードに入ったミルク、オーツ麦のパン、手作りチーズに、はちみつだった。


「こんなもんですまないね」

マリアンはいった。



すると、円奈は驚いた顔をしていた。「わたし、こんなにいただいても…!?」


「謙虚な紋章官だねえ、あんたは!」

こんどは母親が驚く番だった。「わたしは、あんたが貴族だと思って、精一杯最大のおもてなしをさせてもらっているだけさ。」


円奈はテーブルに並んだ食事をみつめる。


酒ではなくミルクをいただけるのがありがたかった。

なんか、庶民的な食事って、いいなあと思ってしまう円奈だった。


というか、その食事で庶民的と思ってしまう自分は、いよいよ騎士身分に板がついてきたのだろうか。


はちみちは、蜂からとれた巣がそのままどんと、蜜まみれになっておかれている。


とても甘そうな匂いがするので、すいよせられるようなに鼻をよせるのだった。

388 : 第29話 - 2014/08/01 02:28:49.26 hMxTTUeD0 1227/3130



「ああやって娘と息子は、どの騎士が馬上試合で優勝するか予想ごっこしてるが────」

マリアンは円奈の対面席に座った。

「こうしてあんたはここにきてくれたんだ。私はジョスリーン卿を応援するとするよ」


「ああ…どうも…」

円奈はミルクを飲み干したあと、いった。


「女の騎士が男の騎士に勝てるわけねえだろ、バカか!」

するとウィル・スタトリーが、いきなり叫んできた。彼はまだ網目の修繕をしている。

「いままで相手の騎士が間抜けだっただけだ。明日からは、そうもいかん。」



「それは、明日になれば、わかるさ、ウィル。」

母親は適当にあしらう。

それからまた円奈に向き直った。

「とにかく今日は、私らと過ごすがいいさ。夫がいやだってんなら、夫には今日地下でねてもらう。」


「いや、私地下でもいいですけど…」

なんて円奈がいうと。


「だめだ、だめ!紋章官を地下で眠らせたとなったら、アデル卿に殺されちまう!この恩はあくまで善意だ。恩着せがましいことをするつもりはない!」

といって、女は譲らなかった。


円奈は、蜂蜜の味を楽しむことにした。

389 : 第29話 - 2014/08/01 02:30:34.26 hMxTTUeD0 1228/3130

235


ちょうどその頃ウスターシュ・ルッチーアが、魔法少女変身姿になって、街路を歩いていた。


灰色のソウルジェム翳して、光らせて。


すでにもう魔獣を何匹が倒したあとだった。


しかし、一回魔獣の群れを倒せばそれで終わりではない。


都市に別の魔獣の気配を感じたら、もちろん、そっちも退治しにいく。


そういうとき、別の魔法少女とぶつかることは多いのだが、市庁舎と修道院の決まりによって、いろいろ魔法少女同士のなかにも規定があって、グリーフシード目当ての喧嘩はしちゃいけないことになっている。


喧嘩すれば、負けたほうは、告発も修道院長にできる。



では魔獣退治の手柄はどう分け合うのかということだが、たとえば二人で協力して退治すればきれいに二分してわけあうこと、三人で協力すれば三分してわけあうこと。単純明快にして平等な分け方だ。

しかし、必ず協力し合って魔獣退治にあたらないといけないというルールでもない。

先に魔獣の気配を見つけたほうの魔法少女は、あとからやってきた魔法少女が共闘したいといっても、断ることができる。


そのときは、先に魔獣をみつけたほうの魔法少女が手柄を独り占めする。
魔獣の発見がおくれたほうは手出ししちゃいけない。


しかし相手が、ソウルジェムの穢れが深刻であることを告げたとき、先に魔獣をみつけたほうも相手方の協力の申し出を拒否できない、とか、まあいろいろ都市にも決まりがある。


それに、協力関係をとにかく拒否しまくって、一人で魔獣退治を退治し続け、手柄を独り占めしつづける一匹狼のような魔法少女も、結局市庁舎から報酬をうけとるときは、ソウルジェムの穢れに余裕があったら、その何割かだけは市庁舎に納めないといけない。


市庁舎に納められたぶんは、修道院に大切に保管されて、本当にソウルジェムの限界がちかくてどうにもならなくなった魔法少女の救済措置のために回される。


そんな仕組みであった。

390 : 第29話 - 2014/08/01 02:31:58.04 hMxTTUeD0 1229/3130



都市の製造業が組合ギルドという仕組みの中でルールがあるように、都市の魔獣狩りも修道院によってルールがあった。



まあこんなものはルールとしてあるだけで、実際には喧嘩が絶えなかったりする。


都市では暴力沙汰が禁止であるのに、そこらじゅうの酒場で喧嘩が絶えないのと同じだ。

とはいえ酒場の酔っ払った男どもの喧嘩は、夜警騎士や守備隊がとめにはいるが、魔法少女同士の喧嘩になると、もう誰も止められないひどい有り様になる。


ある朝市民がおきてみたら、路地の壁が半壊していた、なんて事件になる。

こんなだから、魔法少女は、市民に、敬遠される。



ルッチーアはそこの日、15匹くらいの魔獣を倒して、グリーフシードは20個得ていた。

昨日はグリーフシード15個で銀貨10枚だったから、それよりは多くの報酬を期待していいだろう。


「二度とあんな高利貸しに換金なんか頼むもんか」

ルッチーアは怒りっぽく独り言をつぶやきながら、路地をあるく。


路地裏。


売女どもが、魔法少女の登場に怯えた顔して、あわててはだけた服を着なおすと逃げさる。


娼婦からしても魔法少女は恐ろしい存在らしい。


「ふんだ」

自分の変身姿を見て逃げ去る娼婦どもを睨むルッチーア。


母親の噂によるとこうした売女どもから金を巻き上げる魔法少女がいるらしいが、やつらの反応をみると、本当の気がしてくる。


ヒーローになれると思っていた。

だが魔法少女になったら、みんな魔法少女になった自分を恐がったり、逃げたり、友達扱いしてくれなかったり。


「魔獣より恐れられている気がするよ」


ルッチーアはやけで、自嘲気味な気持ちになって言葉を漏らした。


魔獣を倒せば人間に茶化されるし、ひどいときはイカレ女呼ばわりされるし、路地ではこうして恐れられる。避けられて、逃げられる。


それが寂しくなれば修道院にいけば仲間内でいろいろ打ち解け話ができるのだが、ルッチーアはそこさえ出禁だ。

391 : 第29話 - 2014/08/01 02:33:13.40 hMxTTUeD0 1230/3130



つよがっていたけれども、本当は、たまらなく寂しい気持ちになりはじめていた。


しかし思えばこんなことはずっと前からあることだったのだ。


自分が魔法少女になる気持ちになったときから、こうなるさだめだったのだ。


イーザベレット、オーヴィエット、マンジェット。昔の友達三人。


今じゃすっかり他人だ。


相変わらず、ルッチーアだけ仲間はずれにされて、この三人同士では仲がよかった。

三人同士でよくパーティーを開き、結婚パーティー、誕生パーティー、休日のパーティーやら、いろいろ三人の仲間内でひらいた。

魔法少女のルッチーアは呼ばれなかった。


「…はあ」

最近、ため息が多い気がする。


魔獣を狩っても狩ってもけだるい。


自分が狩れば狩るほど、魔獣の数が増していくかのような錯覚がしてくる。


手の平に載る灰色のソウルジェムは、鈍い光を仄かに放ちつづけている。


何度目かわからぬため息を吐いていると、ルッチーアに、甲高い少女の声がきこえた。

392 : 第29話 - 2014/08/01 02:34:08.52 hMxTTUeD0 1231/3130


「ああっ!」


それはとても元気そうで、はしゃいだ女の子の声だった。「ルッチーアちゃんだ!」


「…はあ?」

自分のことを呼んでくる知らない声に、ルッチーアが振り返る。


「やっとみつけたあ!」

ルッチーアが振り返るとそこにいるのは、声に違わない可愛らしい女の子だった。


女の子は、ルッチーアと同じ黒髪で、黒い瞳をしている。でもその瞳はルッチーアよりもくりくりで、まんまるで、うきうきしている。黒い髪は長くて、腰あたりまであった。その髪はさらさらで、夜風になびいてゆれる女の子の髪は、美しかった。


白い肌の顔は小さくて、小柄な女の子は、ルッチーアの前で足を組み、両手は後ろにまわして、魔法少女を見つめている。


楽しげな視線で。



「なんだよ?あんた」

ルッチーアは女の子に問い詰める。肩までの髪がゆれた。「私になんの用だあ?」


「わたしがわからないの?」

女の子は少し悲しそうに、うつむいた。

黒い髪には、黒いリボンをくっつけていた。


ルッチーアが目を細める。”なんだあこいつ?変な格好してさ”と心で思う。


しかしいま変身姿であるルッチーアには全く人のことがいえなかった。


黒いに近い灰色のワンピースはシックで、胸元に三日月の印。

髪は肩まである左右のぴょこんと伸びたツインテール。


むしろ、自分のほうが、よっぽど変な格好だった。


ツインテールなんて髪型をする女は、この都市にはいなかった。

393 : 第29話 - 2014/08/01 02:35:17.93 hMxTTUeD0 1232/3130


「わたしは、ずっとルッチーアちゃんのことみてたの」

と、女の子はいう。

それからまた悲しそうに俯くのだった。

「私のこと、ほんとにわからないの?」



ルッチーアは女の子を目つめた。

それで、やっぱり記憶にない少女だと分かると、言った。

また茶化しにでもきた人間かもしれない。


「残念だがさ、まったくわからないね。あんたがなんで私の名前をしってるのかしらないけどさ、人間だろ? さいきん、魔法少女が増えた話も聞かないしね。人間が私に何の用だよ」


女の子ますます悲しそうに地面を見つめるばかりだった。


「わたしたち、会ったことあるのよ」

と、小さな声でいう。


ああ、もう、めんどくさいなあ。

ルッチーアは心で毒づく。


「あんたさっきから自分のことが分かるかどうかだけ、きいてばっかじゃんか。それなら、わかないよって、いったろ。何の用だよ?なにが、"やっとみつけたあ!"だよ」

諦めたようにため息はあとつく。手元のクロスボウを放り捨てる。

かしゃあっと音たてて魔法のクロスボウが空気中に光の粒となって消えた。

394 : 第29話 - 2014/08/01 02:36:43.93 hMxTTUeD0 1233/3130



「あの裁判のとき…」

すると女の子は、足も手も組んだまま、ぶつぶつと語りだした。

「わたしルッチーアちゃんのこと見てたんだよ…応援してたんだよ…」


「裁判だあ?」

ルッチーアは聞き返す。一歩思わず前に体が前にでた。その動きにあわせて灰色のワンピースがふわりとゆれた。


あの、男9人との決闘裁判か。


そこに見物客としていたってことか。



「そういえば応援する声が聞こえた気がするかもな……」

ルッチーアが思い出すように上目で月を見つめながら、呟くと。


「そう!そうよ」

女の子は白い腕を、こんどは前向きに絡ませた。

そして夢中になって魔法少女をみつめる。

「私は、裁判のとき、ずっとルーチーアちゃんをみてた。強くて、可愛くて、素敵なの。魔法少女は、素敵なの。わたしは、ずっとあれから、ルッチーアちゃんを探してて……そしたら、変身してるところ見れちゃうなんて! 変身姿、すっごく素敵!かわいい!」

と、感激に浸った声をあげる。


「そりゃあどうも…」

ルッチーアは適当に受け流した。

どうせ人間がたまたま魔法少女みつけて、面白がってるだけだろうと思っていたら、少女は、こんなことをいいだした。


「私も、魔法少女になるわ!」

395 : 第29話 - 2014/08/01 02:37:45.68 hMxTTUeD0 1234/3130


「…はあ?」

ルッチーアの眉が曲がった。「なんで?」


「なんで?って、素敵だから、よ!」

おんなのこは顔の前で手の平と平をあわせる。


「魔獣を倒すヒーローじゃない。可愛いし。強くて、変身が素敵で、身が軽やかで、華麗で、はなやかで…女の子の夢いっぱいの、魔法少女!わたしもそれになって、ルッチーアちゃんのお友達になるっ!」

といいきる女の子だった。

「そう、私も魔法少女になって、ルッチーアちゃんと、魔法少女コンビを結成するの!」


と張り切る女の子だったが。


ルッチーアは冷めた気持ちをしていた。

「いや、わるいけど、そういう相方とか探してないもんでね」

といって、振り返る。女の子に背をむけて歩き出す。

「まっ、まってよお!」

女の子が追いかけてくる。

「どうして?わたし、ルッチーアちゃんのお友達になりたいっていってるだけだよ!」


「いや、魔法少女になるとか、いってるじゃんか」

ルッチーアはツインテールゆらしながら、背中で答えた。

「あんたのそれ、夢だぜ。いいもんじゃないさ、魔法少女って」

396 : 第29話 - 2014/08/01 02:38:54.14 hMxTTUeD0 1235/3130



女の子の動きがとまる。


それでもルッチーアは背をむけて、歩き続ける。


「無理してかっこつけてるだけでさ…さみしくてもつらくっても誰にもわかってくれないし…一人ぼっちになって泣いてばかり…いいもんじゃないんだよ、魔法少女は」


ルッチーアは背中で語り続ける。


「大変だぞ……?ケガもするし…恋はできないし、友達はなくすし…誰もそばにいてくれないんだよ」


「それでも…それでもがんばる魔法少女に、わたし、憧れてるんですっ!」

女の子は、魔法少女をまた、おいかける。

「それに、一人ぼっちじゃありません。私が、一緒に戦いますからっ!」


「気持ちはありがたいけどさ、そういうことじゃ、ないんだよ」

ルッチーアは女の子に背をむけたまま、歩き去った。

「都市に魔法少女はたりてる。あんたは人間のままでいな。こんな想いして生きるのは私だけでいいんだよ」


女の子は、目に涙溜めながら、街路を歩き去り、夜の闇へと消える魔法少女の後姿を見送った。

397 : 第29話 - 2014/08/01 02:39:35.89 hMxTTUeD0 1236/3130

236


ルッチーアは自分の家にもどった。

扉は開いていた。



扉をあけて中に入ると、閉じて閂の鉄棒を内側から通して閉じた。

こうすれば泥棒は入れない。



家に戻ると家族は寝静まっていた。

部屋のテーブルの蝋燭もすべて消されていた。

蝋燭の燃えていた白い煙だけが立ち昇り、焦げた臭いだけがのこっている。



テーブルに自分のぶんの食事はなかった。

用意されたのは自分をのぞく家族の分だけだ。


いつものことだったから、ルッチーアはそのまま寝床へとむかう。

木の階段をのぼって、三階へ。


そこが寝床だった。


寝床は、地べたに敷いた布に、毛布だ。


ルッチーアはそこにくるまる。



家族との会話はなかった。


ただそこにくるまって、自分の形になったソウルジェムが鈍く仄かに光り続けるのを。


毛布のなかで、じっと見つめつづけていた。

398 : 以下、名... - 2014/08/01 02:40:31.24 hMxTTUeD0 1237/3130

今日はここまで。

次回、第30話「馬上槍試合大会・三日目」

401 : 第30話 - 2014/08/07 21:11:27.79 cVfmm/Ev0 1238/3130

第30話「馬上槍試合大会・三日目」


237

翌朝の午前9時。


市庁舎から鐘楼の鐘が鳴り轟くとき、円奈は先日泊めてもらった漁師の家の前にたっていた。


「あの…」

円奈は、ぺこりとお辞儀する。「お世話になりましたっ…」


「いや、いいんだよ。」

漁師の女、マリアンは、笑う。

「それより今日もあんたをみにいくから、試合、勝ち進むんだよ。」


「はいっ」

円奈は元気よく答えるのだった。

「がんばりますっ…」


「それにしても、へんな紋章官だ。どうしてそんなにあらたまるかねえ?」

女は可笑しそうにいう。

円奈はこの朝、女からベーコン、ミルク、卵などをご馳走してもらっていた。


貴族の従者をもてなす最低限の礼儀だったが、円奈にはそれがたまらないもてなしにみえた。


「ありがとうございましたっ」

礼を述べた円奈は、約束の待ち合わせ場所へと体を走らせる。


402 : 第30話 - 2014/08/07 21:13:11.87 cVfmm/Ev0 1239/3130

少女が馬上槍競技場へ走っていく姿を。

女は、苦笑しながら見つめていた。


「これで、あいつらが優勝したら、金貨いくぶんかはめぐってくれるかね?───なんてね」


「アデル卿は優勝しないさ」

夫のウィル・スタトリーが、呆れたように声をだす。「優勝はメッツリン卿だ」


「さあね?わからないよ」

女はまだ笑っている。「世の中には、奇跡も魔法も、あるんだからね?」

「は?魔法だと?」

ウィル・スタトリーが手から金づちを落とした。ついでに釘何枚かも一緒に。

「おい、マリアン、魔法使いに何か吹き込まれたんじゃないだろうな?」

「やめてよウィル、わたしじゃない。娘の独り言さ」


「娘の独り言?」

聞き返すウィルの顔が凍る。

「おい、娘に、魔法使いの友達ができたんじゃないだろうな?」

マリアンはかぶりをふる。「まさか」

「冗談じゃない俺の娘に魔法使いを近づけるな!」

ウィルはいきなり顔を真っ赤にして、怒鳴った。

「魔法使いの友達ができて、ウチの娘まで、魔法使いになっちまったらどうするんだ?いいか、絶対に娘には、魔法使いをちかづけるな!」

「わかってますってば」

マリアンはうんざりといった顔をすると家のなかにもどる。

「ささ、馬上槍競技場にいくよ」


やったああああっ、と声をあげる二人の子供たち。


二人の子供をつれて、馬上槍競技場へむかう母を。


父は、心中穏やかでない気持ちで見届けた。



「魔法使いなんか、とでもねえ」


そう、呟くのだった。

403 : 第30話 - 2014/08/07 21:16:00.89 cVfmm/Ev0 1240/3130

238


迎える馬上槍競技3日目!


観客席ははやくも埋め尽くされる。


三日目ともなれば、いよいよ激戦を勝ち抜いた上位ランク騎士同士のジョストの連続となる。

観客たちはいちはやく席をとり、酒場からありったけのビールを買ってきて、朝から飲みまくって騎士たちの登場を待ちわびているのだった。



「お、おそくなっちゃった…!」

はあ、はあ、はあと息をあげながら槍試合会場にむかう円奈は。


急ぎ足で待ち合わせの入り口にむかい、そして辿り着くと、膝をまげて手をあてると、はあ、はあ、はあと息をはいて整えた。

「ジョスリーンさん、もういいるかな…?」


まわりはもう、人だらけだ。


なかには、名物紋章官の登場に、いええいと円奈の肩を叩いてやる通りすがりの男や、女やらがいる。


円奈という紋章官のまわりでにやにや笑っていたり、声援をおくったり。


かれらは、決して円奈をからかおうなんて気持ちではなかった。

4回戦まで勝ち進んでいるアデル・ジョスリーン卿の従者として有名な紋章官に、彼らなりの応援をしているのだった。


しかし円奈にはそれがわからない。

「ちょっと、やめてくださいっ…!」

肩を叩いてくる男たちの手をふりはらい、怒った声だした円奈は、主人の騎士の姿を探した。


「おい、今日はどんなでたらめ話を披露する気だ?」

と、すれちがいざまにジョッキ持ってからかってくる男たちのあいだを通り抜けながら、円奈は主人を探す。

404 : 第30話 - 2014/08/07 21:16:55.76 cVfmm/Ev0 1241/3130



「あっ!」

そしてやっと甲冑姿の女騎士をみつけると、円奈はそこに駆けつけた。


「おそいぞ」

ジョスリーンはすでに籠手を右手にとりつけていた。

「はい…ごめんなさい」

円奈が小さな声で謝る。


するとジョスリーンは、籠手の指先で、ちょいと額をつついた。

「元気をだしてくれ私も優勝まであと四戦なんだ」

といって笑う。


それから、文をとりだして、円奈に渡した。

「今日も文を考えてきたぞ」


円奈がそれを手に受け取る。

「はあ…またですか?」

困った顔をして文を受け取り、その羊皮紙をひろげ、書かれたインクに目を通す。

「…また、こんなの私が……」

すぐ顔が赤くなり、抗議の声をそっと呟くと。

「こんなのってなんだ、こんなのって」

女騎士の主人はさっそくふて腐れてしまうので。


「はあ…」

円奈はため息ついて、諦めたように羊皮紙を丸めもった。

405 : 第30話 - 2014/08/07 21:18:18.50 cVfmm/Ev0 1242/3130

239


「三日目だが、だいぶ体がきつい」


ジョスリーンは甲冑の肩のぶぶんを回しながら、いう。

「あちこちが痛いんだ。とくに肩が」

肩は、ジョストで一番つかうところだ。


ジョスリーンは肩をまわすところを手でおさえ、痛みを和らげるような仕草をする。


「さて、いこう」

二人は馬上槍競技場に辿り着いた。



「次の次が私たちの出番だ」

と、ジョスリーンは円奈に告げる。

「今はディーテル卿とメッツリン卿が対戦している」


「メッツリン卿?」

その名をきいたとき、と円奈の顔色が変わった。

数歩前へ乗り出し、馬に乗った主人より前に進んで柵へ乗り出してしまう。


「メッツリン卿…!」

といって、円奈は険しい目をして、その名を呼んで騎士を睨みつける。



メッツリン家の紋章は、緑色の盾の真ん中に、金色の三日月を描いた紋章だ。

対するディーテル家の紋章は、赤色ベースの盾に、白色の筋がVの字で描かれた赤と白の紋章。

406 : 第30話 - 2014/08/07 21:19:42.14 cVfmm/Ev0 1243/3130


「現在、0-3でメッツリン卿の優勢」


審判が現状を観客席へ説明する。


「三回戦へうつります。ディーテル卿、メッツリン卿、準備はよろしいか?」


二人の騎士が槍を上に持ち上げて答える。


すると審判は頷いて、試合用の合図旗を下に降ろした。


そして一旦おろされた旗を、ばっと上にふりあげる。



と同時に、二匹の馬が走り出す。


そこまでは昨日のジョストと同じだ。



二匹の馬は長細い馬上競技場を柵に沿って走り、まっすぐ進み、互いの騎士同士で距離を縮めあう。


そして、一気に互いにちかづいて……。


円奈が柵の外で険しい顔つきで息をのむ。




バキキ!

ゴッ!


二人の槍が激突した。

馬と馬がすれ違い、馬力の速さで槍と槍が互いに身を突く。

ディーテル卿の槍がメッツリン卿の胸元へ。

対してメッツリン卿の槍は、ディーテル卿の左肩へ。


互いに直撃する。


ディーテル卿の体勢が、槍に左肩をつかれた途端、大きくぐらついた。


槍がバキキと凹み、へし曲がっていくにつれて、ディーテル卿は馬上でバランスを失い、すると自分の槍の狙いが定まらなくなった。


けっきょく槍の狙いが不安定になり、ディーテル卿の槍はメッツリン卿の胸元に直撃したものの、くだけず、威力不足で、折れないままだった。

407 : 第30話 - 2014/08/07 21:21:07.11 cVfmm/Ev0 1244/3130


するとなにがおこるのかというと、折れない槍によって今度は自分が反動で弾かれるのだ。

一度くにゃりとまがった槍が元にもどって弾けるその強烈な反動。

その反動がそっくりそのまま自分にかえってきて、激しい勢いでディーテル卿は馬上を投げ出された。

「うわっ!」

馬から横向きでハデに落っこちる。

自分の槍に弾かれて馬から落ちるディーテル卿は、地面をぐるぐる回り、何週もころげたあと、ぐったり仰向けになった。

投げ出した折れない槍と一緒に。





おおおおおおおっ。

観客席からのどよめきも、一段と大きい。


「メッツリン卿はエドレスの都市で最強の騎士だ」

と、ジョスリーンは円奈の後ろで、馬上から言った。

「その狙いは正確で、敵の弱点もよく見抜いてくる。左肩はジョストの急所だ」

ジョスリーンは自分の肩をみせ、そこを手で触れつつ、円奈に説明をしてくれる。

「右肩に槍を挟んで持っているから、左肩を突かれるといっきにバランスが崩れる。槍の狙いは外れるし、そうして不安定なまま槍を相手の騎士にぶつけても、槍は砕けない。自爆になるんだ」


円奈はジョスリーンの説明をきくと、ますます顔を険しくさせて、息をごくっと飲み込むと、メッツリン卿をきいっと睨む。


「どうした、円奈、メッツリン卿がきらいなのか?」


と、ジョスリーンがきくと。


「きらいってほどじゃあ…ないんですけど…」

円奈は、柵の内側から、メッツリン卿を相変わらずきつい目つきで眺めながら、答えた。

「負けたくない相手だとは思います」

408 : 第30話 - 2014/08/07 21:22:20.92 cVfmm/Ev0 1245/3130


「そうか」

女騎士は、ちよっといたずらっぽく笑ってみせて、いった。

「わたしはあのメッツリン卿に求婚されているのだ」


「…へえっ!?」

円奈がばっと顔のむきをかえ、ジョスリーンをみあげた。


「本当の話だ」

ジョスリーンはふっと笑った。「まあ、断っているのだがね」


「ううう…」

円奈は頭をたれる。


「結婚したら女として騎士になれなくなる」

甲冑の面頬が落ちてこないようにそこを掴みながらジョスリーンは小さな声でいうのだった。

その視線の先はメッツリン卿を眺めている。

「あの…!」

ジョスリーンの騎乗する馬の下で、円奈が、ジョスリーンむかって声を張り上げた。

「負けないでください……!メッツリン卿には、絶対に負けないでください…っ!」

と紋章官は懸命に繰り返し告げるのだった。


するとジョスリーンは、円奈を馬上から優しい視線で見下ろした。


「メッツリン卿との対戦は7回戦目。決勝であたる」

409 : 第30話 - 2014/08/07 21:24:30.58 cVfmm/Ev0 1246/3130

240



「はぁっ!」

騎士の一人が馬を走らせる。

バババッ。颯爽と槍試合のフィールドを駆ける騎士をのせる馬。

大きな槍をもち、天に掲げていたそれを、前向きにへと降ろす。


降ろした槍の先を、まっすぐ相手の騎士へむける。


相手の騎士も同じように槍を伸ばして、相手を狙いたてる。


互いが互いの顔を見れるほどに接近しあう。


そして。


バキキ!

バキ!


二人の槍が破裂する。

槍を胸にうけ、馬上でのけぞる騎士。


一人の騎士の槍は直角にへし折れた。




騎士はへし折れたままの槍をもちあげ、ジョストを走りきる。


もう一人の騎士も、粉々に砕けた槍を上向きに持ち上げ直し、ジョストを走りきる。


「エアランゲン卿対リキスタイン卿、2-2で互角!三回戦になります」

審判が告げる。

410 : 第30話 - 2014/08/07 21:25:41.66 cVfmm/Ev0 1247/3130




三回戦へむけ、騎士たちは持ち場に戻る。


従者から新しい槍をうけとる。それを天高くに掲げる。



そして、審判の合図とともに突撃。



馬が走り、槍が交わる…。


槍と槍が砕け、折れ、破片が飛び散る音が馬上槍競技場に轟く…。



観客たちの喝采。

誰もが歓声をあげ、激突を迎える騎士たちに声援をおくる。


二人の騎士は落馬せず、ジョストを走りきる。




「この試合引き分け!」


審判が告げる。


旗を両方にあげ、試合が引き分けであることを観客たちに旗でも示す。


パチパチパチパチ。


騎士たちの健闘ぶりをたたえる拍手の音に会場が包まれるなかに。



ウスターシュ・ルッチーアがいた。



一人だった。

誰とも一緒にきているわけでもなく、一人で観客席をとっていた。


朝早くにも席がうまってしまうにも関わらず、ルッチーアはしっかりと席をとって、騎士たちの槍試合を眺めていた。

411 : 第30話 - 2014/08/07 21:26:59.05 cVfmm/Ev0 1248/3130


べつに槍試合が好きだから、というわけでもない。

まして昨日グワソンという男に連れられて、見てみたら、面白くてはまってしまったわけでもない。



そんな彼女がなぜここにいるか。


ただ、なんとなく。

あのジョスリーンと円奈が、今日も槍競技に挑むのだと思ったら。


ここにきたくなった。


それだけであった。



「次の試合に映ります」


騎士たちが無事に退場していくなか、審判が告げ。



次の騎士の登場を待った。


その間、いわゆる観客側にとっては休憩時間のようなこの合間の時間に、肉屋が観客席に肉を売る。


「猫の肉はいらんかね?猫の肉だ」


肉屋の串には、焼かれた肉が串刺しとなって、何個か刺さっている。


「ビールつきだ。一緒にくいながら槍試合を楽しみたいかね?」

そう宣伝しながら肉屋は、猫肉の串刺しをもちながら、観客席の前を歩いてまわる。


「いらん、いらん、そんなもん!」

観客は肉屋に野次を飛ばす。

「俺たちの前からどけ!女騎士の登場をまってんだよ!だから俺の視界のなかに立つな! ちゃんと登場の瞬間をみたいんだよ!」


「そうか、わかった、去るよ」

肉屋は答える。

「だが、買ってくれたら、もっと早く去ってやるぞ。」


「うるせえ、きえろ、きえろ!」

観客の男は怒っている。

「さっさときえろ!目障りな野郎め、猫肉なんかうりやがって、そのへんの野良猫を焼いたのか?」

412 : 第30話 - 2014/08/07 21:28:20.52 cVfmm/Ev0 1249/3130


ルッチーアは遠めに肉屋と観客の怒鳴りあいを眺めていたが、歓声があたりじゅうで沸き起こると、視線を移した。


槍試合の入り口に、女騎士が現れた。

さらさらの金髪を背中に流し、馬に騎乗し、槍をもって現れるどこか誇り高き、美しい女騎士。



彼女が会場にあらわれると、会場も一気に盛り上がった。


「ジョスリーン!ジョスリーン!」


観客たちはいっせいにエールをおくり、登場した騎士の名を声揃えて叫ぶ。



いまやジョスト大会の人気者となったジョスリーンは、美しい女性の騎士として、観客の人気を集めていた。


そのけたましいほどの歓声のなか、ピンク色の少女がひょこひょこっと現れて、音もなく走り、ぴょこぴょこっとフィールドを早足で駆け抜け、審判の前に立つ。


おおおおおっ。


名物紋章官の登場に、観客はけたけた笑い始める。

しかしその笑いも、からかう笑いでなく、名物紋章官のおバカ話を期待するような、暖かく迎えいれるような笑い声だった。


とにかくその笑いに会場が包まれる。


すると少女はすっかり恥に体が射抜かれたように、震えてしまう。


そして文を読み上げるのだった。


「天を護りし円環の理」


もうただその一言だけで、どっと会場が笑い始めた。


「地を血で染めるは魔の獣。円環の理の遣わせしは魔法の使者。魔法の使者こそは、魔法少女。その保護者!」


けたけたけたけた。

もう、なにがなんだかわからない説明がはじまった紋章官の台詞に、ただただ爆笑する観客は、もう大いに楽しんでいる。

413 : 第30話 - 2014/08/07 21:29:41.63 cVfmm/Ev0 1250/3130



「はああ…」

ただルッチーアだけが、ため息ついて、あの少女の話にあきれ返る。

「あいつバカか…。なにいってんだよみんなの前で…」


「そう、地上の血を染め上げる獣を清めるは天の清き雷撃!月の雫の力を宿す蒼の聖剣!それを振り回す天下無敵の騎士!その名は────」


顔を真っ赤にしながら紋章官は観客席にむかって叫ぶ。


「アデル・ジョスリーン卿!」



わあああああ。


金髪の女騎士がやりをふりあげると、観客が喝采した。



だが、この先で問題がおこった。



「わが主人こそは今日これより、フーレンツォレルン卿と対戦を!」


と紋章官が説明を終えた瞬間、沸き起こった笑いが、一気に消し飛んだ。


消える笑い声。


凍る雰囲気。



「あのばか…」

ルッチーアは相手の騎士が掲げた紋章へ目をむける。


あの鷹が描かれた紋章は、フーレンツォレルン家のものではなく、ベルトルトーイライヒェナウ家のものだ。


同じ鷹が描かれているから、読み間違えたのだろう。


だがその読み間違いは、一般人に許される話であって、他でもない紋章官が読み間違えるなんてことは、本来あってはならないことだ。

414 : 第30話 - 2014/08/07 21:30:51.62 cVfmm/Ev0 1251/3130



ジョスリーンはふうと馬上でため息ついた。



「あれ…はれっ!?」

円奈は、会場の空気が一気に冷えて、観客の誰もが無言になったので、おかしさに気づいた。


誰もなにもいわない。じーっと誰もが言葉を失ってただ紋章官を見下ろしている。



円奈はもう一回紋章へ目をむける。

この鷹がこっちむいて羽ばたいている様子は……。


「あ、ああっ!」

しまったという顔をし、それから、すぐに言い直した。


「これからわが主人は、ウルリック・フォン・エクター卿と一騎打ちです!」



しーん。


さらに冷たくなる空気。


いや、冷たいどころか、痛い。


「はれっ!?」

円奈のなかに気まずさがこみあげてくる。

焦って焦って、あっちこっちに顔をむける。


まずジョスリーンをみつめ、それから観客席のみんなをみあげ、次に振り返って審判をみつめた。

415 : 第30話 - 2014/08/07 21:31:56.59 cVfmm/Ev0 1252/3130


どの顔も冷たい顔をしていた。


紋章官が、相手貴族の紋章を二度も読み間違えるとは、なんたる醜態だ…。


そんな空気が張詰めていた。



貴婦人から、貴族から、諸侯から、騎士たちから、そして相手の騎士から、観客たちから…。



「これまでか」

ジョスリーンは馬上でやり持ちながら、ふうとため息つき、諦めた顔をした。

「円奈はよくやってくれた。だが、ここが限界だ」




「ふざけるな!」

観客席から、野次が飛び始めた。

「冗談がすぎる!」


観客席から飛びかいはじめる野次、文句、ブーイング、非難ごうごう…。



しまいには観客の持っているビールのジョッキやら肉の串やらが、円奈のほうに飛んでくる始末。



「ひっ」


ジョッキがとんできて、円奈は逃げた。

「やめてっ…」


観客席から嵐のごとく飛んでくるさまざまなブツ。


競技場の向こう側にたった対戦相手の騎士と、その従者も怒った顔をしている。

とくに従者は、円奈という紋章官を指差しながら、顔を真っ赤にして、あーだこーだ円奈のことを罵りまくっている。
自分たちの家系と血筋ともいえる紋章を読み間違えられたのだから、その怒りも当然だ。

416 : 第30話 - 2014/08/07 21:33:11.27 cVfmm/Ev0 1253/3130


「おわり、だな…」

円奈への野次がごうごうと高まるなか、ジョスリーンは諦めた顔して呟いた。そして面頬を開け、槍を上に掲げた。


「この試合棄権する!」

これ以上の暴動沙汰にならないように、ジョスリーンは、すぐに宣言をした。

「降りる!この試合、棄権する!」


だが、会場じゅうあまりに野次とブーイングが飛び交っていて、ジョスリーンの声が誰にも届かない。


とにかくひどい有り様だった。


がーがーがー。

何百人という観客の非難を浴びせられ、罵り声をあてがられ、円奈はその場で、どうしようもなくなって。


ただ、ぽろぽろぽろ…と。


立ち尽くして、涙を流すのみ。



紋章官が二度もジョストの対戦相手の紋章を間違える失態。泣いたって許されない。

一家の紋章は騎士にとって命だ。名前より大切だ。それを読み間違えるほどの失態はこの時代にはない。

417 : 第30話 - 2014/08/07 21:34:18.48 cVfmm/Ev0 1254/3130



それでも、円奈は。


ただ、何百人という人間の非難と野次、罵りをいっせいにこの身に浴びるというかつてない経験に。


ぽろぽろぽろと、なすすべなくピンク色の瞳から涙の粒を頬に滴らすのだった。


「う……は……う…」

なにか言いたいし、なにかしなくちゃいけないのは頭でわかっていても、目に涙がでてくるばかりで、なにもできない。


せめてごめんなさいをいうべきなのに、それもできない。喉からあふれ出てくるのは嗚咽ばかりだった。


「うう……ううう……」

ただただ、紋章官の少女は目から涙をこぼしつづける。



「棄権だ!降りる!この試合、降りる!」

ジョスリーンがせめて円奈から注目を自分へむけさせようと、懸命に叫んでいるが、観客や貴人たちの視線はすべて円奈へ冷たく注がれているので、だれもジョスリーンの宣言にはきづかない。


審判ですら気づかない。驚くほど冷たい目で円奈をみおろしているだけ。



「ううう…」

ついに円奈は両手で目を覆ってしまった。

うつむいて、ただ、泣き続ける。



まるでそれが同情を求めているかのような仕草に映り、ますます、観客からの野次と罵声が激しくなった。


円奈にはそんなつもりはないのに、泣けば許してもらえると思ってる、そんなふうに観客に思われているのだった。



もうこうなっては、なにしても負の方向へころげおちる。

泣いても無駄、謝っても無駄、弁論しても無駄、何も言わずに立ち去っても印象が悪い。



どうしようもないのだった。

418 : 第30話 - 2014/08/07 21:35:28.16 cVfmm/Ev0 1255/3130



「ううう…」

ブーイングの嵐と観客の投げるジョッキ、飛び交うなか、ただ泣き続ける。



───タンッ。


するとそんな円奈の肩を、だれかが叩いた。

「え…?」

円奈がそっと手で覆った顔をあけ、涙を溜めたピンク色の瞳で、相手をみると。


円奈の知る魔法少女がそこにいた。


肩までの黒い髪、黒い瞳、円奈よりちょっとばかし背の低い小柄な魔法少女…。


それは、円奈がこの都市にきてひょんなことで知り合った魔法少女。



修道院という、魔法少女専用の建物にいれてくれた魔法少女でもあった。


その魔法少女は、ウスターシュ・ルッチーアだった。


「まったくさ、みてらんないってんだよ」

ルッチーアは円奈にいうと、非難ごうごうの観客席を見回した。

どうにも収集つきそうにもない馬上槍競技場の怒りと罵声。はじまりそうもない次の試合。

そんなとげとげしい雰囲気を一通り眺めたあと、ルッチーアはふっと笑って、円奈にむきなおる。


「いいからもうすっこんでなよ。わたしが手本みせてやるからさ」


といって、黒髪の魔法少女は、円奈の肩をもう一度だけぽんと叩くと競技場のフィールドを歩いてゆき、審判の目の前へでる。


ごーごーごー。

がーがーがー。



劇場じゅうの非難と野次のど真ん中に、ルッチーアが躍り出る。


円奈はただ、目に涙ためて、久々にあったあのルッチーアを見つめた。

419 : 第30話 - 2014/08/07 21:37:23.85 cVfmm/Ev0 1256/3130



ジョスリーンもあの魔法少女の登場には驚いている。

自分から人間に関わるなといって去っていった彼女が、自ら自分たちの前にまた現れた。


その展開にジョスリーンは少なからず驚かされていた。


そして、棄権を宣言した彼女だったが、どうもそれも聞き届けてくれないみたいだし、何を考えてるかわからないあのルッチーアを見守ることにした。



ルッチーアは審判の前にでるや、くるりと身を翻して、競技場をぐるりと囲む観客席へと向き直った。


そして開口一番、大声で、叫んで見せたのだった。


「わたしが紋章官だ!」



魔法少女の怒声が轟く。


「え?」

その叫びに思わず円奈はルッチーアを見上げる。




観客の注目のいくつかが、円奈からルッチーアへとむいた。



ジョスリーンも驚いた顔をして、いきなりそんなことを叫んだルッチーアを見やった。


「ご紹介が遅れました!」


ルッチーアは大声で、野次のやまぬ観客席にむかって、また高らかに、叫んでみせる。


「わが主人の名はアデル・ジョスリーン卿!その母方の祖父はシラード卿、曾祖父がアデル公爵…」


ジョスリーンの家系を正しく説明していく魔法少女の声に、観客と貴人たちが気づいて、そっちに注意をむけはじめる。


「高祖父ギベリンの父親はヴェンディッシュ家のジョスリン一世。ええ、ここ都市の領土をエドレス王から最初に封授されたあのジョスリン一世です」




ルッチーアの話に、観客席の人々が、だんだん集中しはじめる。円奈への野次と罵声がやんでいく。

420 : 第30話 - 2014/08/07 21:38:16.44 cVfmm/Ev0 1257/3130



「その家系に生まれ、アデルの紋章を授かったわが主人ジョスリーンは」


ルッチーアは大きな声で、観客の視線を一心に集めながら、目を瞑り、ゆっくりと、はっきり、語りつづける。


「夜警騎士として市民の平和を守っていました。都市の夜を脅かすさまざまな危険、そう、酔っ払いの暴力、闇市の取り締まり、泥棒の退治、川の洗浄を脅かす不届き者の不法投棄業者…すべて、取り締まり、我らがエドレスの都市の平和を守り続けてきた騎士でした」



観客席に座るだれもが、野次とブーイングをやめて、ルッチーアの話に聞き耳たてはじめる。

どこか心地よさそうに。


会場の様子は変わった。



「そんな夜警騎士の願いは、ジョストに出場することでした。名誉のため?賞金のため?有名になるため? わが主人の願いはそんなチンケなものじゃありません。このジョストを優勝で飾り、実戦へでて、都市の平和を本当に守れる誇り高き騎士になることです」



観客たちが目を瞠る。

誰もが驚いた顔をする。



「ご紹介しましょう!観客席のみなさまがた!それから高貴なる席に座る貴人がた!」


ルッチーアは両手を大きく掲げた。


「わたしの誇れる主人です!その名こそは───」


いったんそこで息をのみこみ、間を挟む。そのあとに。


胸を張り、天を仰ぎ見て、主人の名を高々に告げた。


「アデル・ジョスリーン卿であります!」


421 : 第30話 - 2014/08/07 21:39:13.21 cVfmm/Ev0 1258/3130



すると。


おおおおおおおおおっ!!!


観客席から沸き起こる大きな喝采とどよめき。歓声。興奮の渦。


熱気を含んだ声に、いきなり会場全体が包まれる。




ルッチーアは満足そうにぐると囲う競技場の観客席を見回していたが、審判にいわれた。


「そこの紋章官」


審判の声は決して、優しい声ではない。


「ジョスリーン卿とはどういう関係だ?だれもかれも紋章官になれるわけではない」

いいながら審判は、険しい顔でジョスリーンの貴族家系を記した証明書に目を通している。

「あの鹿目円奈という紋章官は侍女らしいが、きみはジョスリーン卿とはどういう関係なのだね?」


その冷静な指摘に、ふたたび観客席の声が静まる。


しーんと静まり返る。


ルッチーアの返答を、その場の誰もが待っている。


「わたしと主人の関係ですか、はい!」

ルッチーアはすると、まったくあわてず、得意気に指をたてた。

「どちらかといえば、私とあのもう一人の紋章官との関係ですがね───」

といって、指を円奈のほうにむける。


すると円奈は、びくっと身体を奮わせた。


おーおーおー。

観客からは、わずかにブーイングのまざった、野次がまた飛び出す。

円奈のことを思い出したからだった。


「わたしとあの紋章官は、姉妹なのです。私が妹なのですよ。どちらも侍女です」

422 : 第30話 - 2014/08/07 21:40:11.18 cVfmm/Ev0 1259/3130


「はっ??」

この切り返しにはさすがの審判も耳を疑った。


あわてて家系の証明書に目を通す。しかしその証明書には、ジョスリーンの家系のことがかいてあるだけで、紋章官同士の血縁関係など載っているはずもないので確かめられない。



おーおーおー。

うーうーうー。


この説明には観客席の連中も納得していないらしく、またブーイングが、激しくなりはじめた。



「ルッチーアは、それはさすがに無理があるぞ」

ジョスリーンは馬上で小さく呟いた。


ルッチーアと円奈の見た目は、姉妹と呼ぶには違いすぎる。


二人の類似点は、二人とも少女という、年齢が近いという点だけで、他はなにもかも見た目がちがう。

髪の色、目の色、顔も声も性格も挙動も……なにもかもちがすぎて、とても姉妹というには無理がある。



しかしルッチーアはこのごり押しを貫き通す。


「そうです、わたしとその紋章官は姉妹です」

指をたてて、目を閉じ、得意気に、自信満々に答える。「二人でわが主人に仕えているのです」


「うそつけ、てめえ!」

観客の一人が、野次をとばしてきた。

「おれはあんたを知ってるぞ。裁判をみてた。てめえ、魔法少女だろーが!」

423 : 第30話 - 2014/08/07 21:40:56.86 cVfmm/Ev0 1260/3130



「なんだと!」

「ええっ!?」

観客席で起こる、戸惑いと恐怖の反応。


しかしその恐怖は次第に怒りに、その怒りには激しい野次とブーイングへと変わり始めた。


「なにが紋章官だ、うそっぱちじゃねーか、魔法少女め!」

観客席ではルッチーアのことを指差して、罵声を浴びせかける客が目立ち始める。

「きえろ!きえろ!魔法少女め、馬上競技場からきえろ!おれたちに魔法をかける気か!」



円奈がうううっと目を手で覆ってしまう。


ジョスリーンの頬を気まずそうな冷や汗が伝う。



「おおおお、おお!」

するとルッチーアは余裕そうな動作で両手をひろげてみせ、観客席からとんでくる野次を受け止めた。

「ええそうです、わたしは確かに魔法少女ですよ」



本人が告げると、ますます観客からは激しい野次とブーイングがとぶ。

この声が怒りに高まる。

「魔法使いめ!去りやがれ!競技場から去りやがれ!」

424 : 第30話 - 2014/08/07 21:43:06.62 cVfmm/Ev0 1261/3130




「まあ!まあ!まあ!」

ルッチーアは動じない。

にこにこ笑って、手でなだめるようなジェスチャーをしてみせたあと、ゆっくり、話し始めた。

「怒りをお沈めくださいな。私は魔法少女ですが、間違いなくそこの紋章官、鹿目円奈との姉妹ですよ」


「うそつけ!」

観客は騙されない。

二人にそんな血縁関係がないことは、見るからに明らかだ。


「もっといえば、わたしは鹿目円奈とも姉妹ですし、ジョスリーンとも姉妹ですし、みなさまがたとも兄弟です」



「はあ?」

観客がぽかーんとする。


「そうです!われわれ地上の人間はみな兄弟姉妹!」

ルッチーアはすると、ぴょんと身軽な動きでフィールドの柵に飛びのった。
1メートルちかくある高さの柵にひょいと。


細長い柵の上をバランスよくとんとんと歩き始める。


その身軽で軽快な動きは、魔法少女にしかできない芸当であった。

何百人という観客席の人間がみているなか、ルッチーアはこの芸当を披露してのける。


「私は魔法少女ですが───」

細い柵の上をてくてく歩き、両手をひろげてバランスとりながら、ルッチーアは観客席の人間たちに語りかける。

「私だけで生きているのではありません。この服──」

ルッチーアは柵の上で自分の服をつねる。

「わたしが日々口にする魚料理、水、はちみつなどは────」


ルッチーアはまた両手を水平にして、バランスとりつつ、語った。

「ギルドの職人方、私でない人間の皆様がたに与えられているものです。わたしたち都市の人間はそうやって──」


観客席の人間たちは、魔法少女に険しい視線をぶつけていたが、だんだんその視線も、険しいものから、真剣に彼女の話を聞いていく目に変わってきた。


「互いに支えあって生きています。私の家系は葺き屋根職人です。皆々様の屋根をつくり、壊れれば修繕します。そして私は魔法少女!みなさまの負の感情とりまく獣から邪な瘴気を取り除き、都市の平和を守ります──でもその活動ができるのは、みなさま人間がたの支えあってこそです!」


無言になる人間たち。

でもその目には驚きがある。

425 : 第30話 - 2014/08/07 21:44:30.47 cVfmm/Ev0 1262/3130



「ですから我々魔法少女は、人間に対して特別に傲慢だったりしません!みくだしたりもしていません。少なくとも都市においてはです。だってあなたがたに支えられて魔獣狩りができるのですから───そう、私たちは、立場の違いあれど、互いに支えあって生きているのではありませんか。それが兄弟姉妹でなくてなんというのです!」


といって、両手をばっと広げてみせる。


観客たち、いまだに無言。


「だから、私が最初に宣言してみましたように、私と鹿目円奈は姉妹の関係ですし、ジョスリーン卿とも姉妹の関係です。みなさまがたとも兄弟姉妹の関係です。いちどここで、すべての立場の違いを忘れ、兄弟姉妹として、ひとつの舞台を装置していこうではありませんか!」


と、高々に告げる。



「そう、舞台です!わたしとあなたがたが装置する舞台!他でもないこの馬上槍試合の舞台です。見てのとおり、わたしの主人、いまからジョストに立ち向います騎士は、女!女騎士です。」



観客席での熱気が高まる。


「ですが相手が女だからって、遠慮することはありません!主人に仕える身として、姉妹として、そこをここに宣言いたします。さあ、我が主人、アデル・ジョスリーン卿と戦いますイェシバー・ベルトルトーイライヒェナウ卿よ、全力でかかってきなさい!」


と、ルッチーアはそこで、相手側の紋章を正しく読み上げる。


「私たち女の騎士の代表としてジョスリーン卿は、全力であなたと戦うでしょう!それに対し、あなたは全力で迎え撃つのです。そして全力で男と女の騎士が激突するとき、わたしたちはひとつの舞台を装置するでしょう。それこそが、まさに、私たちみながつくりあげる、」


ルッチーアは今までで一番高い声をあげて、天を仰いでみせた。


「馬上槍試合、ジョスト(一騎打ち)なのです!」

426 : 第30話 - 2014/08/07 21:46:14.75 cVfmm/Ev0 1263/3130



おおおおおおおおおっ!!!!

きづいたら観客席では総立ちになっていた。



誰もが喝采し、その場で席をたって、魔法少女に拍手万雷。


わああああっ。


パチパチパチ。



ルッチーアはすると満足そうに、鼻をならして、柵からトンと地上に降り立った。


「どうも」

といって頭を軽くさげる。そのあと、得意気に鼻をならして、てくてく歩いてフィールドをそそくさと去る。

「どうもひいき目に!」


審判がきつい目でルチーアの後姿を見つめていたが、こうまで観客が喝采一色では、文句ももうつけられない。

それにこの紋章官は、相手の紋章と家系も正しく説明した上で、会場を盛り上げてみせたのだ。


これでは文句はいえない。



そうしてジョストの劇場は熱気に包まれ、試合開始のムードになった。


言葉も失って涙を流し続ける円奈の横を通り過ぎ、ルッチーアは、ジョスリーンの前へ歩いて出た。



ジョスリーンは自分たちのところに舞い戻ってきた、あの黒髪の魔法少女を馬上からみおろした。

「さすが、魔法少女だ」

最初にジョスリーンがそういった。


「はあ?」

ルッチーアはジョスリーンをみあげた。

「あんなでたらめな説明から、ここまて盛り返すのは、奇跡か魔法か、ってことだ」

女騎士は楽しげに笑っている。「おまえは魔法少女として、ひとつの奇跡をここに起こして見せたのだ」


ルッチーアは首をひねった。


「つべこべいってないでさっさと勝ってこいよ」

とだけ言い残し、黒髪の魔法少女は女騎士の横を通り過ぎて去った。



ジョスリーンはますます楽しげに笑う。

「これは負けられないぞ」


槍を持ち、審判の合図を待つ。


すると審判はしぶしぶ、白い合図旗を掲げてフィールドへ進んだ。

427 : 第30話 - 2014/08/07 21:47:15.18 cVfmm/Ev0 1264/3130


おおおおおおおおおっ!!!

試合開始の合図がでることを知って、もりにもりあがる会場。


ジョスリーンは槍を持ち上げ、フルプレートの面頬を閉じた目を細め、開始の合図をまった。




審判は最後まで躊躇し、にがい顔をしていたが。


会場の、試合開始を臨む観客席の熱気に圧されて、堪えきれず、ついに合図旗をふりあげた。

ばさっ。


旗がはためく。



うおおおおおおおおっ────!!!!

すでに最大限の盛り上がりだった。


信じられないくらいの歓声。もう何百人が叫んでいるというより、何千人もの声の波のようだ。


四回戦開始!


圧倒的な熱気が会場を包み込むなか、女騎士はついにジョストに出撃。


天に掲げた槍を、前に伸ばし始めた。


足にかける鐙で馬の腹をトンとける。


と同時に、馬が走り、柵に沿って進撃する。



相手の騎士も、最初こそは機嫌を損ねたが、今までで最高の会場のどよめきのなかですっかり機嫌をなおして、喜んでうけてたった。


柵の右側にそって馬を走らせる。ドダダッ。蹄が土を蹴り上げ、馬はまっすぐに女騎士のもとへ突撃する。



しだいに距離が縮まってくる二人の騎士。


向け合う槍と槍。

早まる馬と馬の速度。


そして。

ドダダダダッ。


馬と馬が接近し、それに乗る騎士と騎士の槍が交差し、衝突。

428 : 第30話 - 2014/08/07 21:48:31.19 cVfmm/Ev0 1265/3130



ゴッ!

ドゴゴ!


二人の騎士が槍を柵越しに交えて、互いを突く。


槍と槍がくにゃりと曲がり、そして反動が二人の騎士を襲う。


いちどくにゃりと曲がった槍が元の形にもどる強烈な反動。


この反動に耐え切れば、槍のほうが負けて、パキとへし折れる。



二人の騎士は大きく馬上でぐらついて、外側へとよれたが、手綱だけはしっかり握りしめ、落馬せずジョストを走りきった。


二人とも槍が折れた。真っ二つに。反動に打ち勝ったのだ。


折れた槍はジョストのフィールドに転がり落ちて、すれ違う馬たちが蹴り飛ばしてどこかにすっ飛んだ。


「ようし!」

槍競技場の入り口に戻ったルッチーアが拳を握って声をあげた。



「1-1で現在ひきわけ!」

審判が両腕左右の旗をふりあげる。

「二回戦へうつります!」



おおおおお。

観客席の歓声と拍手。手をふる何百人もの見物客たち。

自作のオリジナル旗をふる女の子もいる。



そのオリジナル旗には、女騎士ジョスリーンの絵が、子供らしい下手くそな絵で描かれていた。


「女の子の夢、か」

ルッチーアは一人でぼそっと、つぶやいた。

昨日の少女にいわれたことを。

429 : 第30話 - 2014/08/07 21:49:42.87 cVfmm/Ev0 1266/3130



ジョスリーンはジョストの二回戦に挑むべく、馬を並足ですすめもどってきた。

馬の並足は、いちばん馬の遅い進み方で、ほとんど歩きにちかい。



その歩きだけでも、だいぶジョスリーンの身体は上下にゆさぶられている。


馬が歩くたびに彼女の金髪がさらさらと靡いてゆれる。


「なんて力だまるで金づちの一撃だ!」

女騎士は最初に、フルプレートの面頬をとると叫んだ。

「あの騎士、本気で私を殺すつもりでジョストしてる!」


「スポーツ感覚はおしまいってことだよ」

ルッチーアがいたずらっぽく笑った。

「あんな紋章官をつれてるんだ。相手に殺意も抱かせるさ」


「…まったく」

ジョスリーンはつらそうな顔で空をみあげ、息をめいっぱい胸に吸い込む。

「あんな槍の突撃もう耐えられない!あと二回ものこっているのか」

ううっと呻いて、胸と腹をさすって痛みを和らげる。


それから、ルッチーアを見下ろして、たずねた。

「鹿目円奈はどうしてる?」


「あいつなら、あそこでいじけてるよ」

ルッチーアは指差した。


ジョリーンがルッチーアの指差した方向をみると、ピンク色の髪した少女は貴婦人席の前でしょんぼりしていた。

頭を垂れ、うつむき、そこだけ雨がふっているかのように暗い。


「連れ戻してきてくれ」

ジョスリーンはルッチーアに頼み込む。「それまで二回戦には出撃しない」


「そうかよ」

ルッチーアは槍競技場へまた歩みでて、円奈を連れ出してきた。

430 : 第30話 - 2014/08/07 21:50:53.54 cVfmm/Ev0 1267/3130



いっぽうその頃、相手の騎士、イェシバー・ベルトルトーイライヒェナウ卿は。


甲冑のフルプレートの面頬を上に持ち上げ、汗だくになった顔でふうと息をついた。

「あの女騎士」

と、イェシバーはつぶやく。

「力はないが、勇気は一流だ」

とまでいうと、また息切れしたように、ふうと息をついて深呼吸する。


「勇気は一流、ですか?」

イェシバーの従者の男たちが、訊く。


「そうだ」

騎士は答える。「槍の激突の瞬間まで目を逸らさなかった。日さしに槍の破片が入ることだってあるのに、一瞬たりとも私から目をそらさない。まるで獲物を捕捉する目だ」


騎士はまたふうと息をつく。自分を落ち着かせるみたいに。

ひさしとは兜の覗き穴部分のことだ。騎士は兜をかぶると、そのひさしの部分だけが視界となる。


「あんな恐ろしい目とあと二回も戦わないといけない。厳しい戦いになるぞ」


従者たちは、不安そうに互いの顔を見合わせた。



「イェシバー卿!ジョスリーン卿!準備はいいか?」

審判が白い旗をあげる。


イェシバー卿は槍をふりあげて返事する。

しかしジョスリーン卿は槍を持たない。待ってくれの合図だ。


審判は不満そうにジョスリーン卿のほうを首を伸ばして見やる。目を細め、眉を寄せ、彼女らを眺める。

431 : 第30話 - 2014/08/07 21:51:49.93 cVfmm/Ev0 1268/3130


ルッチーアが円奈を連れ戻した。

円奈はすっかり落ち込んで、まだ顔をうつむかせて、頬を濡らしている。


「円奈」

女騎士が紋章官の名を呼ぶ。

反応はない。


「円奈!」


やっと、円奈が顔をあげた。

ピンク色の瞳から光る涙がぽろりとこぼれ落ち、地面を濡らす。

ずずっと鼻をすすった。


「私の試合を見届けていてくれ」

ジョスリーンは槍をやっと持った。

「最後まで。私がたてなくなるまでだ。いいかな?」


円奈は、嗚咽漏らしたままで、こくりと頷いた。


ジョスリーンは微笑んだ。

「ルッチーア、円奈をたのんだぞ」

ジョスリーンは自ら出撃位置へ馬を進め、槍をばっと上向きにして持ち上げ、二回戦に臨む意思表明をした。



途端に起こる観客席からの歓声。おおおおおおっ。誰もが手をふる。自作のオリジナル旗をふる。


審判の合図旗が下におろされる。

432 : 第30話 - 2014/08/07 21:52:55.11 cVfmm/Ev0 1269/3130



「左肩をうつ」

いよいよ試合開始を待つときになると、イェシバー卿は作戦を呟いた。

「落馬させてやる。遠慮はいらんといったのはむこうのほうだ。力のぶつけあいなら勝てる。ジョストに一番大切な力が相手には欠けている」



「頭を打つ」

いっぽう受けてたつジョスリーンも作戦を呟いていた。ジョストは心理戦でもある。

「あの一撃だ。次は耐えられない。ポイントで稼いで逃げ切る。必ずあててやる」



いっぽうルッチーアは、隣でしょげている円奈の頭をついと叩いた。

「いたっ」

円奈が額を手で押さえると。


「みとけよ、主人のジョストなんだろ」


と円奈に諭すのだった。


「うん…」

円奈は目に涙ためながら顔をあげる。両腕で左右それぞれの目から涙をぬぐって、顔をあげる。

真剣そのものなピンク色の瞳でジョストに駆け出すジョスリーンを見つめる。



審判の合図旗がいまもちあがる。

433 : 第30話 - 2014/08/07 21:55:14.48 cVfmm/Ev0 1270/3130



「やぁ!」

ジョスリーンが鐙で馬の腹をけり、そして馬が発進した。


バババッ。


柵に沿って一直線に馬は進み、馬のスピードがあがってくるにつれて、ジョスリーンは上向きにした槍を下に降ろし、前へとむける。


相手の騎士も同じタイミングで槍を前に降ろした。




槍先同士が、ものすごい勢いで接近しあう。


時速50キロと50キロ。

一秒に14メートルも進むはやさの槍の進撃。



馬力と馬力の正面衝突。


たがいの距離が一気に縮まり。


その間50メートル…30メートル…10メートル…


一秒ごとに、信じられない速さで縮まる二人の騎士同士の距離。


せまる槍と槍。



そして。


槍と槍が交差した。

激突しあう槍先同士。



────ヒュッ!


バキッ!ゴキキ!


馬上の騎士たちが槍をまじえる!

槍は吹き飛ぶ。

434 : 第30話 - 2014/08/07 21:56:03.14 cVfmm/Ev0 1271/3130


ジョスリーンは右脇に挟んだ槍を、右肩の筋肉で動かし、敵騎士の顔面へあてた。


3メートルもある槍なので、わずかに調整がずれてもいけない。


ジョスリーンは家系でジョストの練習を積んできた女騎士だった。


ジョスリーンの槍先は正確に相手騎士の顔面に直撃する。


かぶせ物をした槍の先端が騎士の顔面にめり込み、先端がバラバラに砕ける。バララッ。破片が四方へ飛び散る。

相手の騎士が顔面をゆらしてぐらつく。馬がヒヒーンと叫び声をあげる。



敵も槍を伸ばしてきた。

が、顔面を槍にあてがられたなか、その槍の狙い方は不安定となり、ふらついていた。

結局、敵の槍は女騎士をしとめなかった。


ジョスリーンの左肩すれすれのとひろに伸びて、空ぶる。


シェイバー卿は力尽きたように馬上でぐったり仰け反って、頭をぐらっとさせた。




そのまま馬にのっかってふらいた体勢のままジョストを走り去る。

落馬はしなかった。




おおおおおおおおっ。

観客席からの拍手と声。

435 : 第30話 - 2014/08/07 21:57:00.15 cVfmm/Ev0 1272/3130



「3-1でジョスリーン卿の優勢!三回戦へ移ります!」


審判の旗が左にあがる。




ジョスリーンは円奈たちのもとに戻ってきた。


「この調子で逃げ切るぞ」


ジョスリーンは円奈とルッチーアの二人にいう。


「この四回戦も勝ち進み、優勝する!」



「次は落馬さえしなければ勝ちだ」

ルッチーアも頷いた。


すると、ジョスリーンは意外そうな顔をしてみせた。

「ルッチーア、ジョストがわかるのか?」


「まあ、ね」

魔法少女は腕組んで頷いた。


「ちょっとした縁があってね、実は昨日からあんたらの試合をみてた。そこでルールも覚えた」


「ちょっとした縁?はは、そうかね」

女騎士は笑って面頬をまた閉じて、三回戦へむかう。ジョスト最終戦。



槍を持ち上げ、審判の合図を待つ。



するとルッチーアは、隣でまたしょげはじるた円奈の額をついと指先でつついた。

「いたっ」

円奈が目をぎゅっと閉じて痛がる。


「元気だせってば」

ルッチーアは指先で円奈の額つつきながら、またいうのだった。「主人のジョストをお見届けしな」

436 : 第30話 - 2014/08/07 21:58:13.14 cVfmm/Ev0 1273/3130



いっぽうシェイバー卿は、三回戦の出撃位置にもどったものの。


苦しい顔つきでフルプレートの面頬をあけ、ぜえぜえ息をはいた。


すると従者たちは驚きあわて、顔を青ざめさせた。



主人の顔面はあちこち皮が裂けて、真っ赤だった。

頬からも口からも目下からも血が飛び出していた。


さっきの対決で槍が顔面に直撃したとき、槍の破片の数々が兜に入り込み、彼の顔面を裂いてしまったのだった。



「棄権する」

シェイバー卿はゆっくりと告げた。

「もう戦えない」

顔面が血と破片だらけの彼は命令する。「棄権させてくれ」


従者は戸惑う動作をみせたが、すぐに主人に従った。


従者たちは大きな白い旗を持って運び、それを紋章を吊るしてある掛け台にかぶせる。


すると紋章を描いた盾は白い旗にすっぽりおおわれ、隠されてしまう。



これが棄権の合図だった。



おおおおおおっ。

観客席から起こるなんともいえない掛け声。若干トーンが下がっている。



シェイバー卿は従者に手伝われて馬を降りた。

甲冑を脱ぎ、顔をみせ、彼はジョスリーン卿にお辞儀して試合辞退の意を表明する。

その隣で従者たち二人も丁寧にお辞儀した。



ジョスリーン卿は槍をふりあげ、相手の棄権を受け入れた。

437 : 第30話 - 2014/08/07 21:59:02.66 cVfmm/Ev0 1274/3130


「相手の棄権により、ジョスリーン卿の勝利!」


審判が判決をくだした。


おおおおおおっ。


観客席からは見物客たちが立ち上がり、拍手し、オリジナル旗を振り、女騎士の五回戦進出を讃えた。


パチパチパチ。

わーわーわー。



喝采と拍手のなか、ジョスリーンは円奈たちのもとに戻る。


「五回戦進出だ!」

女騎士は嬉しそうにいう。


「いよいよ優勝もみえてきた!」


「だが、残りはツワモノ揃いだ」

黒髪の魔法少女・ルッチーアが言う。

「メッツリン卿、カーライル卿、ウルリック卿もいるし……なにより、一番やっかいそーなのはトマス・コルビル卿だね」



腰に手をあててルッチーアは馬上に乗る女騎士に語る。


「昨日コルビル卿の試合をみたんだ。あの技と力は完璧だ。間違いなくジョストの達人だよ。あんたで勝てるかどうか……」

438 : 第30話 - 2014/08/07 22:00:00.95 cVfmm/Ev0 1275/3130


「今日のことは、感謝するぞ」

ジョスリーンは馬を降りた。

腹を馬の腹に這わせるようにして、するすると。

ガシャン、と甲冑の重たい音がした。


「ルッチーア、きみのおかげで五回戦に勝ち進めた。円奈の名誉も守ってくれた」

隣で円奈がびくと肩をふるわす。


「だがわたしもさすがに身体が傷む。あちこちだ。家に戻り、休む」

女騎士は円奈を見ながら言った。

円奈はうつむいたままで、ジョスリーンとは顔をあわせない。あわせられない。


「明日、朝に競技場の入り口で円奈と私は待ち合わせする。きみもくるか?」


ジョスリーンは魔法少女を誘った。


するとルッチーアは、少しなやむ仕草したあと、目で天をみあげて、答えた。

「ああ。いいよ」


「ならまた明日に」

ジョスリーンは笑い、美しい金髪をそよ風に受け流しながら歩いて去った。

439 : 第30話 - 2014/08/07 22:01:17.29 cVfmm/Ev0 1276/3130

241


鹿目円奈は歩き去るジョスリーンの後ろ姿を見送っていた。


あるくたびゆれる腰近くまであるさらさらの金髪。一目みれば彼女だとわかるその金髪。


ただ、目に涙ためて、じっと見送る。


またじわっ…と、ピンク色の瞳に透明の水滴がたまってくる。


すると円奈は、ルッチーアに、ついっと額を突かれた。

「あいたっ」

円奈が赤くなった額を手でおさえ、痛がる表情をする。

「いつまでしょぼくれてんのさ」

ルッチーアは円奈の前にいた。腰に手をあて、円奈のうつむいた表情を下から覗き込んでいた。

「ちょいと面かしな。酒場にいこうよ」

「へえ?」

円奈は、あの裁判沙汰に自分を巻き込んだ魔法少女に、思いもがけない誘いをうける。

「酒場だよ」

黒髪に黒い瞳の魔法少女は言うのだった。「別にどこの酒場だっていい。あんたが好きな酒場があればそこでもいいよ」


「ううん…わたし」

円奈は小さくかぶりを振った。「そういう気分じゃない……もう宿屋いってやすむね……」

「そーゆーなよ私の酒につきあいな!」

ルッチーアは強引に円奈を酒場へと連れるのだった。


がしと腕をつかんで、抵抗する円奈を、半ば連行するように連れて行く。


「やあだ!」

ざーざー踵で地面にブレーキかけて抵抗する円奈を、後ろから肩をむんずとつかんで連れて行くルッチーア。

なすすべなく引きづられていく。

円奈は、魔法少女の怪力を、改めて知ったのだった。

440 : 以下、名... - 2014/08/07 22:03:39.23 cVfmm/Ev0 1277/3130

今日はここまで。

次回、第31話「賭け勝負」


続き
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─8─


記事をツイートする 記事をはてブする