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【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─1─

一つ前
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─5─

1 : 以下、名... - 2014/06/21 22:01:52.95 o2ISmWCx0 847/3130


このスレは一言で言うと『ヨーロッパ中世風な世界を舞台にしたまどか☆マギカ二次創作』です。


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※オリキャラが多いです

※史実の戦争や宗教、民族史は扱いません(地名・人名などはパロディ程度にでます)

※まどか改変後の世界です(ほむらの悪魔世界ではない)

※リドリー・スコット監督『キングダム・オブ・ヘブン』が元ネタですがオリジナル展開のほうが多いです

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"madoka's kingdom of heaven"

【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り

1スレ目:ttp://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1391266780/



3 : 以下、名... - 2014/06/21 22:04:36.57 o2ISmWCx0 848/3130


第23話「酒場で大暴れ」

171


女は男の落としたグラスをとり、中にのこった酒を全部地面にぶちまけた。

「都市の男どもはこの酒を飲みさえすれば───」

女は語りだす。「精力みなぎり、楽しい夜が過ごせると考え込んでいる。中身は赤ぶどう酒、しょうが、シナモン、ハーブの入ったヴァーネージュだ」


女は、地面にうつ伏せて眠りにおちた男をみおろす。すると金髪の長い髪が、首筋から流れ落ちた。

「男の考える女は、雀の肉さえ食わせればいつでも身体を許すらしい」


身体を許す。

その表現にぞっとする円奈だった。


「まったく妄想もいいとこだよ!」

女はすると男のもとを去って、ずかずか歩きはじめた。

「そうだ、名をきいてなかったな、騎士よ、名はなんと?」


「鹿目円奈です」

円奈は女性についてゆきながら、名乗った。もう何度目かわからない名乗り。もう慣れていた。

彼女自身は知らなかったが聖地出身である。円環の理が生まれた土地エレム国の帰国待たれる姫である。

鹿目という苗字の血筋はほむらがずっと見守ってきたのだった。1000年という永い時まで。

さて名前がそっくりなら見た目もそっくりなまどかと円奈である。もし二人が一緒に並んだら世界ではほむらただ一人しか識別できないであろうに!

そしてほむらはいうのだ、成長した円奈の姿を見て、あなたはまどかよりも濃いピンク色の髪ね、まどかより背が高いし肩の骨格が逞しいわね。きっと生身の体で弓矢を撃ちつづけたせいでしょう。目はまどかがとろ目ならあなたは"ネコ目"ね、でも、わたしが今まで見てきた子たちのなかでいちばんそっくりよ。いえ、瓜二つといってもいいくらい。きっとあなたは、まどかに望まれて世に来た生まれ変わりなのでしょう。


「そうか、騎士よ、鹿目円奈よ」

女はいう。目を閉じ、しばしその名前を吟味していたが、とつぜん振り返った。「マドンナだと?」


「まどな、です!」

もう、慣れっこだしと思った自分が間違っていた。

「まどな、か、愛の騎士よ」

「そ、その変なあだ名はやめて…」


「天使よ!馬に跨り地上を覇す剣の乙女よ!」


「ううう…」

円奈はまた、うな垂れた。

この人、人の話を聞いてくれない人だ…。

4 : 以下、名... - 2014/06/21 22:06:23.36 o2ISmWCx0 849/3130


女はスキップしつつ歌うように語りつづけた。

「世界の神秘!美だ!そう、すべての魔法少女に愛されて……きみは、円環の理を、しっているかね?」

くるりと向き直って円奈をみてくる。

「一応は…」

円奈はなぜか自分の顔が赤くなっていた。


「すべての魔法少女に愛される天使だ!」

女は、興奮した口ぶりでいう。

「修道院をみただろ?」

「…うん」

二人の温度差が激しい。

「あのなかではな、魔法少女たちが、お祈りしているのだ。円環の理にむかって。修道院のすべては東向きだ。東!きみは、東のはるか先になにがあるか知っているかね?聖地だ!聖なる場所があるのだ!」


もちろん円奈はそれを知っているし、その聖地こそ円奈の旅の目的だ。


「その聖地は、まあ……問題もいろいろある国だが、それでも、すべての魔法少女に愛される国なのだ。魔法少女!きみは、魔法少女に憧れたことがあるかね?」

6 : 以下、名... - 2014/06/21 22:07:25.66 o2ISmWCx0 850/3130


「……はい…まあ……」

円奈は、仕方なしに答える。

「そうだろう!」

女の人は、円奈の手を握る。

「へぇっ?」

円奈がまた、怯える。

予想外の反応だった。

「魔法少女に憧れるだろう!女に生まれたのならそうだ!一度くらい、魔法少女になって、変身してみたいと思うだろう!魔法の衣装をまとって、かろやかに、きらびやかに、かれいに、魔獣を退治したいと思うだろう!」


「ま……まあ……うん」

円奈は、おずおず答える。「どっちか…でいえば……」



「わかってくれるかね!」

女は円奈の手をもちあげる。「いやきみとは、いい話ができそうだ!さすがはアリエノールさまの護衛傭兵を務めたお方だ、実にうらやましいぞ。その話をきけること、楽しみだ。さあ、着いた!」

7 : 以下、名... - 2014/06/21 22:09:36.24 o2ISmWCx0 851/3130



と、女が指差したのは、ひとつの建物だった。


石造の建物をした宿屋だ。

切石を積み上げた壁は、モルタルで繋ぎあわされている。


宿屋の外なのに、がやがやざわざわ、騒ぎ声がきこえる。

皿同士のすれあう音。人間同士の騒がしい声。ろうそくの火の明かりが、室内で燃えているのが、ガラス窓からはっきりする。熱気がこっちにも伝わってくる。


宿は酒場でもあった。


安価なガラス窓はくぐもっていて、透明にすけていない。ガラス工職人が、溶かしたフラスコの底をはっつけまくった窓なので、ぐにょぐにょのガラスで、とても透明に透けたガラスとは言いがたい。


それでも、室内でろうそくの火が燃えていることぐらいは、くぐもりながらも黙認できる。

ガラスのむこうに火の明かりがみえるからだ。



ここは確かに都市の宿屋であったが、同時に酒場なのでもあった。

一階が酒場で、飲んだくれたあと、二階で寝る。そんな人のための宿屋だった。

9 : 以下、名... - 2014/06/21 22:10:51.20 o2ISmWCx0 852/3130



「あ、馬は?」

と、円奈は金髪の女が宿屋に入ろうとしたとき問いかけた。「馬は一緒に入れても?」

「きみは、馬小屋で宿をとる気か?」

女は変な目をして円奈をみた。「まっててくれ」


女は宿屋の扉をあけて、酒場のなかに入ってしまう。


すると、円奈が1人そこに取り残された。

急に静けさが円奈を包み込んで、不安になる。


また男の人にいい寄られたらどうしようとか、恐怖が心にこみ上げてくる。


あの人がそばからいなくなってはじめて、円奈は人が一緒にいてくれることの安心さを思い知ったのだった。



変な人だけど、なんだかんだでいまは一緒にしてほしい。

いまはそんな思いで、またあの人がでてくるのを待ち望んだ。

10 : 以下、名... - 2014/06/21 22:12:43.53 o2ISmWCx0 853/3130

172


「あっはははは!」

その女騎士の人はいま、円奈の目の前で、酒場のジョッキからビールをのんで笑いこげている。

「ひ…ひどいよ!」

円奈がテーブル席で、顔を赤くして抗議の声をあげる。「わたし…真剣に悩んでたのに!」


「いや……まさか馬を宿屋にいれて追い出されるとは……」


ジョスリーンの翠目に涙がたまっている。

女騎士はその涙を、ジョッキ握ってないほうの手の指で拭う。「都市は”お初”で?」

「うん…」

円奈は答える。


二人は宿屋一階の酒場でテーブルを共にした。


木のテーブルには皿と、火を灯した蝋燭、ジョッキがある。


ジョスりーンと名乗った金髪の女騎士はそのジョッキからビールをぐいぐい飲んでいたが、円奈は自分のジョッキに入ったビールを見つめているだけだ。



「都市は農村とちがって、俗なものが多い」

彼女は酒場のまわりを目でみやった。ビールいれたジョッキをテーブルに置く。


円奈もまわりを見回すと、男達が顔を真っ赤にして顎髭をビールまみれにしながらげらげら笑いあい、ひどいところだと上半身裸になっている男同士もいる。


「夜には気をつけることだ、おのぼりさんの騎士よ」


「ううう…」


しゅんとする。それにしても人が多くて、多すぎて、息ぐるしい。


森とか、土とか、木がまったくない環境は、ゆたかな森林の国で生まれそだってきた円奈にはきつい空気だった。


「まだ聞けてないが、どこ出身の騎士だ?」

「バリトンです…」

自信のない声で円奈は答える。それから、変な匂いのたちこめる金色の飲み物がはいったジョッキを両手にもちあげる。

把手があるのに、それに気づかないで両手に持ち上げる円奈の動作はやはり、おのぼりさんだった。

11 : 以下、名... - 2014/06/21 22:13:54.40 o2ISmWCx0 854/3130


「バリトン?」

ジョスリーンが聞き返してくる。「そりゃまた、しらん国だ。遠いだろう?」


「たぶん、遠いと思います…」

円奈はいう。自分の声が小さいので、まわりの騒ぐ男たちの声にかき消されそうだ。

「ここにくるまで、二ヶ月以上は…」


「そんな田舎の騎士が、どうしてここに?」

女騎士の人はまたジョッキからビールを飲む。


「エレムの地、神の国を目指します」

円奈が答えた。その声だけは自信がこめられていた。


「エレムの地に?驚いた」

女はジョッキをおろす。眼を大きくして円奈をみつめ、口元のビールを腕でぬぐう。

「聖地はここからはあまりに遠すぎる。都市の魔法少女たちは、聖地巡礼を諦めて、修道院の祈りで我慢しているのに」


「…」

円奈は無言でビールの黄金をみつめる。


「わたしも騎士をしているが────」

女騎士の人は遠目をして、言った。「私がすることは訓練と、模擬の馬上槍競技だ。警備はするが、実戦の経験はあまりないんだ」

12 : 以下、名... - 2014/06/21 22:14:47.67 o2ISmWCx0 855/3130



「…」

円奈が申し訳なさそうに金髪の女性を上目で見つめる。


「だがあっちは───」

女騎士の人は悔しげに、ジョッキのビールを最後まで飲み干した。「本物の戦争だろ。たった一つの聖地を、二つの国が奪い合っている。馬上槍競技のような、スポーツじゃない。いや、きみほどの騎士なら……」


「どうして…聖地では戦争が?」

円奈は、気になっている疑問を、女騎士の人に投げかけてみた。

「聖なる場所で、魔法少女にとって大切な場所なのに…」

「大切な場所だからだ」

女はきっばり言った。

「大切な場所だから、守りたい一心で、争いが起こるのさ。まあ私も、聖地のことは知らないから、これは人から……いや、魔法少女からきいた話だ」


「うん…」

円奈は両手にもったジョッキから一口、金色の飲み物を口にしてみた。

「うべ!」

そして、すぐに口をはなした。

「にがいよお、これ!」

13 : 以下、名... - 2014/06/21 22:15:54.59 o2ISmWCx0 856/3130


「……」

女騎士はじっと、真剣な目を円奈にむけていた。

じいっと見つめられ、その視線に気づいた円奈は、女騎士を上目で見つめ返した。


「あの……」

円奈は、恐る恐る訊く。「なにか?」


「きみに決めた!」

と、真剣な顔をした金髪の女騎士は、いきなり言った。「わたしは、きみに決めたぞ!」


「へえ?」

円奈の動きが硬直した。「なに……が?」


「きみにお願いがある!」

女騎士は席をたち、テーブルに手をバンとうちつける。

そして円奈見おろしながら告げた。

「明後日に開催される、馬上槍競技大会の、わたしの”紋章官”になってくれ!」


「…えっ?紋章官…?」

円奈は、怯えた顔つきで、女騎士を見上げる。


女騎士の翠眼も円奈をみつめた。真剣そのものな顔だった。

「ずっと私にふさわしい紋章官を探していた」

と、彼女は呟く。顔つきはとても真面目だ。じろじろと熱い視線を円奈に注ぎ続ける。

「まちがいない、きみだ」

だが、真面目になりすぎて、円奈の戸惑った反応に気づけていない。

「あの、紋章官って?」

円奈は混乱している。

「やったぞお!あきらめかけていたが、やっと私にもふさわしい紋章官がみつかった! これで今年度の馬上槍競技会に、出場できる!」

14 : 以下、名... - 2014/06/21 22:17:15.95 o2ISmWCx0 857/3130


1人で席をたちあがり、わいわい騒ぎ、その場で暴れだして、酒場の客の注目を集めた。

どこまでも自分のペースな、女騎士の人だった。


「きみをみていたら、私も騎士として、いてもたってもいられなくなったぞ。きみは魔法少女の聖地を目指す騎士だ。だがわたしも負けてはいられない!わたしは、明日の馬上槍競技になにがなんでも出場し、優勝する。そして念願の───!!」

そこでぐらっと何かに足をひっかけてぐらつき、女騎士の人のバランスが崩れた。

「うわっ!」

女騎士の人が円奈の胸元に崩れこんできた。


身長は、女騎士の人のほうがずっと高かったから、円奈は受け止めきれなかった。


金髪のさらさらの髪が円奈の身体に絡みつき、そして二人もろとも地面に重なって転んだ。


「いったい…」

円奈は泣きそうな目をしていた。


すると隣のテーブルの男が、ビールのジョッキもちながら怒りに叫んだ。

「なに女同士でいちゃいちゃしてんだ!てめえら、さっさと起きろ!そして俺の視界から消えろ」


「ううう…ごめんなさい…」

完全に被害者なのに、謝る円奈だった。「でも…起き上がれないんです…この人…重たくて……」

15 : 以下、名... - 2014/06/21 22:18:22.85 o2ISmWCx0 858/3130


「ふざけやがって!」

男の怒声があがる。


「なに、怒ってんだよ?」

同じテーブルの男がたずねた。「女に悪い思い出でも?」


怒っている男は、答えた。「昨日、女房との裁判に負けたんだよ」


「なに?」

男はきょとんとした顔し、それから、ぶーっと噴出した。

つばとビールが、怒った男の顔に浴びせられた。


「裁判にまけた?そいつはコトだ!」

男は大笑いする。

「決闘で?」


「くそ!」

男は顔にかかったつばを腕でぬぐいながら、愚痴をこぼす。

「女の力を甘く見ていた。いや、容赦のなさを甘くみていた。謝っても謝っても決闘はつづいた。殺されるかと思った」


「まさか、魔法のお嬢さんじゃないだろ?」

「人間の女だ!」

男は顔を真っ赤にして叫ぶ。

「この世界のどこに、魔法の女なんか、女房にする男がいるんだ。地獄と結婚するようなもんだ」

16 : 以下、名... - 2014/06/21 22:19:14.12 o2ISmWCx0 859/3130


「なんで負けた?」


「頭を石でぶったたかれて……」

男は語る。

「額が血だらけになったから、おれがわるかったから、娘の留学金のことは認めて……なのに…」

男の目に涙がたまってくる。

「なによ!あんたなんか、このあいだ、魔法少女に言い寄ってたくせして!このバカ男!って…許してもらえなかった…」


「女はまったく関係ないことまで裁判に持ち込むな」


「そうなんだ!裁判の議題はあくまで、娘の留学金を、おれが勝手に没収したことに女房が怒ったことだ。なのになんで、過去の関係ないことまで裁判に持ち込む?まったくわけがわからん!」


「なにが地獄との結婚、ですって?」


男二人が会話していると、そこに小さな少女が割って入ってきた。

少女は腰に手をあて、厳しい目つきで男二人をみている。


「魔法少女なんかと、だれが結婚するかと、いったんだ!」

男はめいっぱい叫んだ。

口からビールがとんで、女の顔にかかった。


女は険しい顔したまま男を睨み、言った。

「ここに魔法少女がいるんですけど?」

17 : 以下、名... - 2014/06/21 22:20:23.41 o2ISmWCx0 860/3130


「なに?」

男の顔がひきつった。それから、怒った顔が、ますます赤くなった。

「近寄るな、魔法使いめ!そうやって若い姿を晒して、どれだけ多くの男が家庭を狂わされたと思ってる! 消えろ、消えろ、ついでに、そこのいちゃいちゃしてる女騎士どもも、運び出して、みんなまとめて消えろ!」


「男はすぐ女のせいにする!」

魔法少女も怒っている。

「自分がだらしないだけなくせに」

前髪にかかったビールとつばを気にしていない。

「それから、地獄と結婚するようなものだって、どおおおおいう意味?」


「いってやる」

男はビールくさい口を魔法少女にむけ、思い切りいってやった。

「魔法少女は、くそ生意気で、手に負えないじゃじゃ馬で、くそくらえってことだ!」


魔法少女は男の手を掴み取った。その手を、ぎゅっと強く握りしめだした。



グギギギギギ。握られた手から鈍い音が鳴る。


「うごっ!」

男の顔が歪む。「いでででてでで!」


魔法少女の、男の手を握り締める力が、さらに強まる。


「くそ生意気で、じゃじゃ馬だって?」

魔法少女の目が恐い。

18 : 以下、名... - 2014/06/21 22:21:31.99 o2ISmWCx0 861/3130


「そうだよ!」

男は苦痛に顔をゆがめながらも、意地を張る。「この、くそ力もちの、怪力女の、月経なし女めが!」


魔法少女は男をひっぱって、背負い投げした。

ぐるんと男が宙を舞う。

そしてテーブルに男の背中がドンとたたきつけられて、蝋燭も皿もビールのジョッキも、がしゃーーん! と音たてて落ちた。


確かに怪力だった。

男が小さな少女にひょいと持ち上げられた。

「ぐっ…」

テーブルに叩きつけられた男が唸る。「ほらみろ、だから、地獄との結婚だといったんだ!」

「女に負けるのが、そんなにいやなわけ?」

魔法少女は、途端に悲しい目つきになった。

「へんなプライドばっかり!いいじゃない、べつに喧嘩にまけたって!わたしが、守ってあげるんだからさ!」


「そういう考えの女は男ができないさ」

男がいうと。


魔法少女は、男をテーブルから引きずりおとした。


ドゴッ!と音がして、男はテーブルからおちた。床に後頭部をうちつけた男は、めまいを感じて、魔法少女をみあげた。


「ああそうだよ!わたし、男ができたことないさ!」

魔法少女は、じわっと目に涙を溜めて、悲しそうに叫ぶ。

「こうして、酒場から酒場を渡りあるいても、言い寄ってくれるのは最初だけ!わたしが力持ちで、喧嘩が強いってわかると、みんな逃げてしまうんだ!」


「そりゃ逃げたくもなるさ」


男はぶっ倒れたまま女を見おろすと、声を漏らす。「女は大人しくしてるに限る」

19 : 以下、名... - 2014/06/21 22:22:36.43 o2ISmWCx0 862/3130


「大人しくしてちゃ、魔法少女はつとまらないんだよお!」

魔法少女は嘆きの声をあげる。

「あんたら男とちがってね、命賭けて魔獣と闘っているんだ。これが大人しくしていられるか。そして気づいたら、喧嘩も強くなっちゃって、できた男も喧嘩するたびに10秒で勝ってしまう。そしたら、次には、別れ話だ!」


「だろうな」

男は苦しく息を乱しながらも、へへと笑った。


「お母さんにも、おばあさんにも、男をつくれっていわれてるんだよお!」

魔法少女の叫びは悲痛だった。

「教えてよ。どうしたら魔法少女にも男ができる?」


「一生魔獣とつきあってろ、閉経女め」


魔法少女は男の胸倉をもちあげた。

「おぐぐぐっ…」

男は胸倉つかまれた喉をつかむ。ぶらぶらぶらと、足先が宙に浮く。


そして彼女は悲しみと怒りにまかせて、男をいともやすやす投げ飛ばした。


男は宿屋をふっと飛んで、別のテーブル席に身体を投げ込んだ。


がしゃん!と客席テーブルは派手にひっくりかえって、皿と蝋燭が宙を舞った。

20 : 以下、名... - 2014/06/21 22:24:08.31 o2ISmWCx0 863/3130


「てめえ、この魔法使い!」

ひっくりかえったテーブルの男達が怒鳴る。食事中のテーブルがひっくり返ったのだから怒るのも当然だ。

「調子にのってんじゃねえぞ!生意気女め!」


「なにが生意気で、調子にのってるのさ!」

魔法少女は泣き顔で、目をぎゅと閉じて怒鳴り返す。「喧嘩の強い女がそんなに嫌いか!そんなに嫌いなのか!」


「はっ倒せ!」

男達数人が魔法少女に襲い掛かった。


「ウチの家系は市民だけど───」

魔法少女は語りながら、男達を相手にした。こぶしを手でうけとめ、肩にもちあげて背負い投げし、別の男の腹に肘をいれた。

「わたしが魔法少女になれば、お金もちになれるって────そういうから!」

魔法少女に襲い掛かった酒場の男達は、酒に酔っていることもあって、あっという間に片付けられていった。


男達は次々に投げ飛ばされ、ありとあらゆるテーブルに身を投げ込んで、テーブルは次々に、ひっくりかえった。

カジャン。がらがら。

皿とジョッキ、ナイフ、蝋燭…ぜんぶ地面に散りばめられる。

酒場の店内はまたたくまに壊滅状態となった。


「おい!」

テーブルがひっくりかえった別の席の男たちが立ち上がる。「外でやれ!とここで喧嘩すんな!」

「そのへんにしろ!」

宿の主人も怒った。「魔法使いめ、もう怒ったぞ!次の日からは、この宿は魔法少女の立ち入りは禁止だ! クソ女め、腐れ閉経プッシー、修道院からでてくんな!人間の前にでてくるな!」

21 : 以下、名... - 2014/06/21 22:25:35.83 o2ISmWCx0 864/3130



「なんだよもう、そんなにみんなして、あたしが嫌いか!」

魔法少女はやけくそになって、どんどん暴れた。

客の男を頭上にもちあげ、ぶんぶん、棒のようにぐるぐる回し、そして宿の主人むけて投げつけた。


「うわああああ」

主人は飛んできた男の身体をかわした。投げ飛ばされた男はカウンターにぶち当たった。

カウンター奥の戸棚が壊れて、戸棚の数えきれない羊皮紙、皿、食器が全部おちた。カウンターはメチャクチャになった。

「顧客台帳が!」

宿主人の堪忍袋は切れた。「この女、殺してやる!」


小刀を抜いて、魔法少女に切りかかる。

しかしその腕を魔法少女にがしっと掴まれて、ぐいと手首の間接を折り曲げられた。


「ふげぇぇあおう!」

宿主人の悲鳴があがる。


「人間に負けるたまじゃないんだ!魔法少女は!」

といって、魔法少女は、主人をなげとばした。


主人は宿屋をぐるぐる回されながら飛ばされて、扉をつきやぶった。扉はパカっと両開きに開いて、外に投げ飛ばされた。


彼は屋外の地面に頭をうちつけ、気を失った。

22 : 以下、名... - 2014/06/21 22:26:22.15 o2ISmWCx0 865/3130



鹿目円奈は、その一部始終を見つめていた。きづけば酒場の客が全員気絶していた。


まだ身体には女騎士が覆いかぶさっている。


あまりにも訳がわからない出来事で、円奈は、一言呟くのがやっとだった。


「なに…なんなの……」

23 : 以下、名... - 2014/06/21 22:27:28.87 o2ISmWCx0 866/3130

173


「で…」

円奈は、ぼそっと口を開く。「どうしてこの子まで一緒?」


アデル・ジョスリーンと名乗る女騎士と鹿目円奈は、あのあと、二階にあがって部屋に泊まった。

宿舎の一階はカウンターと酒場だったから、客室は二階だった。


円奈はついさっき知り合ったこの女騎士の人と、木造の階段をあがって、廊下を渡ると二階の客室に入った。


客室のなかは、丸いテーブルがあって、そこに円奈とジョスリーンが腰掛けているのだが、もう1人、酒場で大暴れした魔法少女もいて、テーブルに腕つけて、顔をうずめて泣きじゃくっている。



「どうしてこの子まで一緒かって?」

女騎士のジョスリーンが円奈の疑問に答えた。「この可愛そうな魔法少女を、きみはほっとくか?」


「いや…ほっとくというか…」

円奈は微妙な顔をしている。

「ここ二人部屋だし……」


「うううー」

魔法少女は、円奈とジョスリーンの腰掛ける、丸いテーブルに腕をあてて、今も泣いている。「うううー」


鳴泣き声がやまない。


「かたいこというな。三人分、宿主人にはらっただろう」

女騎士はうんと自分で頷ついている。両腕を組んでいる。


「いや…はらったって…」

円奈は、納得できないでいる。「今も外でのびてるし……」

24 : 以下、名... - 2014/06/21 22:29:30.81 o2ISmWCx0 867/3130


「うううー!」

魔法少女の鳴き声がうるさい。


「ちゃんと、宿主人の金銭箱に三人分の金銭をおいてきたさ。」

ジョスリーンはさも当然といった口ぶりで、言うのだった。

「なにも不正なことはなかったぞ。そうだろ?」


といって魔法少女の頭を、ぽんぽんたたいた。

すると泣きじゃくる魔法少女は、顔をあげて、涙で目が真っ赤な表情をみせた。

「男はみんな、魔法少女がきらいなんだああ」

魔法少女は嘆く。

「最初はね。ひょっとしたら、人気者になれるんじゃないかって思ったんだあ。だって、魔法少女だよ? すごいんだぞ、私たちは、おまえたち人間が思ってるよりずっと!苦労してるんだ!命がけで魔獣と戦ってるんだ!そしてさ、民衆のヒーローになるんじゃないかって……」

「ちがいない、きみはヒーローさ」

女騎士は、魔法少女の肩をたたく。談合をつづける三人を照らす明かりは、数本の蝋燭の火のみだ。

それ以外は真っ暗な宿部屋だった。


「だが、みんなみんなみんな、わたしから逃げるんだ」

魔法少女はずずっと鼻をすする。

「おっかねえあぶねえ、つきあいきれねえって。わたし、そんなにきけん?きけんな女かな?」


「うん…危険じゃないかなンンンン!」

円奈がいおうとしたら、女騎士に口を手でふさがれた。

「きみは頼れる魔法少女でヒーローで、みんなの命の恩人だ。きみの戦う姿に、めろめろさ。さあ、気を取り戻すがいい!美しさを魔法に込めて、愛に生きろ!」


「わたしには男がわからないんだあ」

魔法少女は、また腕に顔をうずめてしまった。

「喧嘩で負けたからって、なんだよお。それくらいで、きみとはつきあいれない、とか、ひどいときは、命がいくつあってもたりない、とかいわれるんだ。いいじゃんか!女に喧嘩でまけたって。要は、仲直りができればいいのにさ。でも、みんなわたしから逃げる!」

「うん…命いくつあって足りなンンンンン!」

円奈はいいかけて、また女騎士に口を手で塞がれた。

「まったく、男はわからずやばっかりだな!」

女騎士は、魔法少女の話に合わせて会話する。

「つまらないプライドの生き物なのさ。あんたは、それにも勝る、最高の魅力と美しさをもった、魔法少女じゃないか。あんたから逃げた男は、その程度な男だったのさ。もっと、これから素敵な出会いが、あるはずさ!」

25 : 以下、名... - 2014/06/21 22:31:31.23 o2ISmWCx0 868/3130


「もう喧嘩別れ、17人目だよお」

魔法少女は顔を埋めたまま嘆いた。「友達は、みんな男ができたのに……わたしだけ…わたしだけ…」

魔法少女は真っ赤な目をして、女騎士に言った。

「やっぱさあ……弱い女であるべきかなあ?大人しくなるべき?なんかさあこう……喧嘩が弱くて、間抜けな走り方して、ひよわで、かれんな、樽ももてない女の子になるべき?」


「うーん、わたしは、その所見には反対だ」

金髪の女騎士は、翠眼を閉じると、腕組んだ。

「わたしは、騎士になったから、むしろ強さを求める女さ。馬上試合には勝ちたいし、いつか実戦に出れることにも憧れてる。きみみたいな魔法少女は強くて美しいから、私には眩しく見えるさ。自信もて」

「女に褒められても嬉しくない!」

魔法少女はドンと小さな握りこぶしをテーブルに叩いた。「女なんか!わたしの友達は、毎日毎日、朝の市場準備のときに、自分の男がこんなふうに素敵で、強くて、かっこよくて、まもってくれて、なにしてくれて、ってことばかり話すんだ。なにも、わたしにむかって自慢しなくてもいいだろ!」

「もういっそ、男いらずで生きてもいいんじゃないか?」

女騎士は、そんなことを提案しだした。

「きみは魔法少女じゃないか。支庁舎にいけば、魔獣退治の報酬を受け取れる。住民税だって免除されてるだろ。なに、いきていけるさ」

「いやだ!」

魔法少女は、すぐに拒否した。

ドンとテーブルにたたきつけた小さなこぶしに力がこもる。

「1人で生きていけるとか、そういうことが問題じゃないんだ。女として、これが問題だ。仮に生きていけたって、男に見向きもされず、逃げられて、だれのお嫁さんにももらってくれなかったなんてことが、問題なんだ。いやだ!そんなの!いやだよお!」

しくしくしく、また目に涙を溜めてしまう。

26 : 以下、名... - 2014/06/21 22:33:10.15 o2ISmWCx0 869/3130


女騎士は腕組んで考える仕草をし、悩ましそうに告げた。

「しかしそやって何度も失恋して失敗してを繰り返してたら……気に病んで、寿命がちちまってしまう……円環の理に導かれてしまうぞ」


「円環の理に導かれたら、素敵な男に会えるかなあ」

魔法少女は、やけになっていた。


「いや、男はいないだろ。」

女騎士は冷静に告げるのだった。

「円環の理に導かれるのは、魔法少女だけなんだから。その先に、天国があるとしたら、みんな、女ばっかだろ」


「最悪だ!」

魔法少女は黒い髪を手でおおった。「最悪だあ………まだ導かれたくないよお……」


うううと唸ってしまう魔法少女。

だが、突然、がたとテーブルの席を起き上がった。

「きめた!ぜったいぜったい、なにがなんでも、生前のうちに男をつくってやるんだ。それができずに円環の理にいくか。もう弱い女とか、そういう演技もなしだ!どうせわたしは喧嘩が強い女さ。魔法少女だからね。だから、」


魔法少女の目に怪しい光が宿る。


「逃げたくたって逃がさない。力でわたしが男を押さえ込んでやる。そして私なしじゃいられないほど、私をわからせてやるんだ。身も心も完全に私のものになるまで」


「うむ、その意気だ」

女騎士が、納得したように、力強くうなづいた。「それでこそ、愛に生きる魔法少女だ」


「いや……そんなことしたらそれこそ嫌われンンンン!」


円奈が心配そうに、言おうとしたらまた女騎士に口を手で塞がれた。

27 : 以下、名... - 2014/06/21 22:34:39.58 o2ISmWCx0 870/3130

するとそのとき、コンコンコンと、宿の扉をノックする音がした。


「はん?」

女騎士が円奈の口元を抑えながら、扉の方向へ目をむける。


「夜警隊の者です」

扉のむこうの声がいった。「開けますね」


カチャ。

鎖帷子を着込んだ兵士が1人、部屋に入ってきた。


「何か御用で?」

女騎士のジョスリーンがたずねて、夜警隊の兵士は、姿勢正して立つと述べた。

「この宿で、暴動事件がありましてね。犯人の調査中です。通報があって巡回したのですが、いやいや、かなりひどい有り様ですね。一階の客人と宿主人は、みな気絶していましたので、いま病院の者が手当てに駆けつけるところです。それで、」


夜警隊は目を細めた。


「ここでの暴動事件について、何かご存知なことは?」


「ふうぬ…」

女騎士は顎に手をあてて、考える仕草をする。

それから魔法少女に尋ねた。「なにかしってるか?」


「いやあ」

魔法少女は首をかしげ、まったくわからない、という表情をする。「ぜんぜん、わからないよ。露も知らないことだね」

女騎士は今度は円奈をみる。「きみは?」

「へえ?」

円奈は、事実を言おうとした。「それはさっき…」


ジョスリーンにものすごい形相で睨まれる。


「あ……はい……事件のことは……よくわかんなくて…」

威圧されて、小さく震える声でやっとそう言った。

28 : 以下、名... - 2014/06/21 22:36:15.56 o2ISmWCx0 871/3130


「そうですか」

夜警隊の兵士はお辞儀して、くるりと向き直って、部屋の扉から出ようとした。


出ようとして、突然またこっちにやってきて、怒鳴った。

「そんな手口に私がかかるとでも思っているのか!」

夜警隊は重たい金属の枷をとりだす。「この宿で、おまえたちのほかに意識ある者はいないんだよ。暴行罪、器物破損、かつ偽証罪。三人とも、逮捕だ。牢獄で詫びろ」


三人分、鎖の手枷がジャランと机に置かれる。


「私は夜警隊だぞ!わたしの目をごまかせるとでも?」


円奈と魔法少女が目を見合わせる。


すると女騎士はたちあがって、夜警隊の兵士の前にでた。

「私も夜警隊だ」

ぎろり、鋭い目で夜警隊の男を睨みつける。「それも夜警騎士だ。本当だぞ?」

「そんなはったりに、私は騙されないぞ」

男も女騎士を威圧する。

「疑うとは、無礼だな」

ジョスリーンは、ローブから四角い印章を取り出して夜警隊にみせた。

夜警隊は顔を強張らせた。「あ、アデル卿……夜警騎士…!」


ごくっ…。

夜警隊が緊張の顔つきで喉を鳴らす。

「わたしとこの騎士、鹿目円奈が、」

女騎士は、円奈の肩をトンとたたく。「この宿にきたとき、すでにみんなのびていたから、私たちは部屋だけを使わせてもらっているんだ。事件の真相については、さっぱりしらん」


ジョスリーンは夜警隊の男の目の前にドンと歩み寄って、威圧した。


「夜警騎士の私がそういってるんだ。さっさと真犯人を捕まえにいけ!今ごろ、街路かどっかを走ってるだろ!」


「え、ええ…」

夜警隊はたじろいで、こんどこそ扉から外へ出て行った。「どうも失礼を!」

29 : 以下、名... - 2014/06/21 22:37:57.39 o2ISmWCx0 872/3130


バタンと扉が閉じられると、ふうと三人とも息をついた。


「助かったよ」

魔法少女が最初に喋った。安心の顔つきをしている。

「あんた、夜警騎士だったんだ。おかげで、逮捕されずに…」


「んー、それなんだがな」

するとジョスリーンは、腰に手をあて、翠眼を魔法少女にむけた。

「わたしたちはともかく、きみは助かるのが難しいかもしれないな」


「は?」

黒髪の魔法少女は、きょとんとする。目が点になっている。


「明日の朝、調査がはじまって、一階でのびてる男達の、聞き込みがはじまるだろ。」

女騎士は腕を降ろすと、手のジェスチャー交えて、そう説明した。

「そしたらもちろんのことだが、男たちはおまえの顔と特徴を、口を揃えて証言するだろうな。そして役人か警備隊かが、あるいは両方が、その証言をもとにキミを探し出すだろう」



魔法少女の顔が凍ってゆく。

「えっと……じゃあ…?」


「まあ、運が悪かったな」

ジョスリーンは魔法少女の肩を、ぽんぽんと叩いた。「残念だが、これ以上は私からも無理だ。牢獄での生活を楽しんでくれ」

30 : 以下、名... - 2014/06/21 22:39:36.82 o2ISmWCx0 873/3130



「ちょ、ちょ、ちょっとまってよお!」

魔法少女は途端に別の意味で泣きそうになって、女騎士の肩にしがみついた。

「助けてよお!わたし、まだ捕まりたくないよ。前科がついたら、ますます男がこなくなるよ! 宿をぶっ壊した危険暴力女だって、町じゅうから思われるよ。頼むよ!そんなのいやだ!」

「思われるもなにも、事実おまえはこの宿を、めちゃくちゃにしただろう。」

女騎士は諭して話す。「あんたの相談にはのってやったし、通報するつもりもなかったが、べつの夜警隊の耳にもうはいってるし、明日の聞き込みがはじまれば、言い逃れなんてできないだろうに」

「そ、そんなあ!」

魔法少女の顔が絶望する。「ひいいいっ…牢獄暮らしなんか、いやだあ!なあ、夜警騎士なんだから、わたしの罪状を取り消せない?ねえったらあ!」

ジョスリーンははあと息をつくだけ。「さすがに今回は、きみが暴れすぎたよ」



「お願いだよ!お願いだあ!いまの私には、おまえしかいないよ!なんでもするから……」


魔法少女はジョスリーンの肩にすがって、涙声で訴え続けた。ぶんぶん女騎士の肩をゆさぶる。

すると、ジョスリーンの顔つきが動いた。

「なんでもするって?」


「するよ!なんでもする!なんでもだよお!」

魔法少女は涙声でいって、ジョスリーンにうんうんとうなづいた。

「なんでもか……」

翠眼の女騎士は、顎に手をあて顎をつまみ、考える仕草したあと。

決意に翠眼を見開く。

「よし、明日わたしがなんとかしよう」

ジョスリーンは言って、それから円奈に軽くウィンクした。

「ほんとか?」

魔法少女の目が輝く。「ほんとだな!助かったあ!恩に着るよ!初めて人間に助けられた!」

それから魔法少女は女騎士にたずねた。

「で、私はなにすれば?」


ジョスリーンはニコリ笑い、そんな笑い方するのは初めてだったので、魔法少女はちょっとした悪寒を感じた。

彼女は自分の要求を魔法少女に伝えた。


魔法少女は、地獄を目の当たりにしたような顔をした。


31 : 以下、名... - 2014/06/21 22:40:49.02 o2ISmWCx0 874/3130

174


次の日の朝、宿屋で目を覚ました円奈は身支度をした。


ピンク色の伸びた髪を梳かした。その髪に赤いリボンを括りつけて結んだ。


メチャクチャになった宿屋の一階では、ジョスリーンがいったとおり、すでに役人による調査と聞き込みがはじまっていた。


役人たちは、宿の一階を調べるや、これはひどい、とか、こいつはひでえ、とか独り言いいながら、暴行事件の悲惨な現場を調査し羊皮紙に様子を報告書として書き留めていく。


二階の客室では昨日の黒髪の魔法少女がおどおどして、目に涙ためて、身体を震わせて小動物かのようだ。

「なあ、なあ!」

魔法少女はまた、女騎士にすがるのだった。「下で、聞き込みしてるじゃないかあ!ほんとに、大丈夫なのか?」


ジョスリーンは自信たっぷりに答えた。胸をはっていた。

「大丈夫だ。おまえはここにいろ。あ…でも、名前を教えろ」


「ルッチーア」

魔法少女は言った。「わたしはルッチーアだよ!ウスターシュ・ルッチーア!」

32 : 以下、名... - 2014/06/21 22:42:28.43 o2ISmWCx0 875/3130

175


さてジョスリーンは一階へと降りた。

一階の酒場は、それはもうひっちゃかめっちゃかだった。


テーブルはすべてひっくり返って、食器は割れ、ナイフはあちこちに落ちて、溶けたろうそくが地面にこびれついて、宿屋のカウンターは棚が壊されて、崩壊状態。


縁なし帽子をかぶった黒い服の役人たちは丁寧にしらべあげ、毀損物リストをつくり、事件の深刻具合をきめる。

その深刻具合によって、捕われる犯人の刑罰の重さが決定される。


羽ペンにインクをつけ、役人たちは毀損物を羊皮紙にまとめていた。


ろうそく7本、食器17枚、棚、テーブル6台、ナイフ3本、破損。ほか、地面の清掃代、ガラス窓、扉の修理代…。


他の役人は、昨日の夜に被害にあった男たち9人から、聞き込みを進めている。



「魔法少女だったんだ」

頭を包帯に覆われた男は、懸命に、真犯人の特徴を話す。「いきなり暴れだして、おれの頭に食器があたって…」


「肩から背負い投げされ、テーブルに投げ込まれた」

別の男も話す。「黒い髪で、身長は、俺の肩より下ぐらいで、でも、すげーバカ力で…」


「髪の長さ、顔の特徴は?ほくろとか」

役人が羊皮紙に男達の証言を書きとめながらたずねる。


「ほくろはないが、髪は、肩より下ぐらいだったぞ。」

男は答えた。「瞳も黒くて、……」


その一階での話し声は、二階にも聞こえていた。


二階の客室ではルッチーアが狂乱して、円奈の剣を勝手にとりだして、髪をきろうとしている。

「肩までだってよ!」

ルッチーアは叫ぶ。「いますぐ短髪にしてやる!ほくろもつける!」


「お、おちついて!」

円奈が魔法少女の手を懸命にとめている。「いま髪きったら、だめえっ!」

33 : 以下、名... - 2014/06/21 22:43:43.78 o2ISmWCx0 876/3130


ジョスリーンはそんな事件現場にずかずか、歩き出た。


役人たちがジョスリーンをみる。


「調査は進んでいるかな」

女騎士は役人に問いかける。


役人は答えた。

「かなり証言が多いので、夜逃げでもしてないかぎり、2日以内には逮捕できますよ。支庁舎の修道院長に名簿を調べさせます」



「証言がおおいか、え?」

女騎士は額に手をあて、困ったふりをした。そして小声で囁いた。

「だがそいつら男の話は、半分まで事実で、半分はウソなんだな」


役人が訝しい顔をしてジョスリーンに言った。「というと?」


「そこに男ども!」

ジョスリーンは大きな声で、被害者の男たちに呼びかけた。

「昨日、わたしもここにいたよな?覚えている者は?」


男の何人かが、その場で手をあげたり、控えめに頷いたりした。

「あの、女同士で、イチャイチャしてたクソ女騎士だろ」

男の1人がいった。

34 : 以下、名... - 2014/06/21 22:45:27.48 o2ISmWCx0 877/3130


「きいてのとおり、」

ジョスリーンは役人に向き直った。「わたしもたまたま、現場にいあわせていた。事件の一部始終を、みていた」


「ほう?」

役人の目つきが鋭くなった。「では、あなたの証言もお聞かせ願いたい」


女騎士は、すうと息を吸ったあと、腰に手をあて話し始めた。

「ここでおこった暴力は本当で、その犯人は魔法少女だった。その魔法少女は、この男どもを投げ飛ばし、暴れに暴れて、宿をめちゃくちゃにした。」


「あのやろう!」

二階の床に耳をあてていた魔法少女が、金切り声で叫んだ。「なにいってんだよお!なんとかするんじゃなかったか! 裏切り者!ぺてん女!くそっ!呪ってやるう!」


「ルッチーアちゃん、おちついて…」

円奈が、魔法少女をなだめた。「声が一階にもきこえちゃうよ!」


「いますぐ逃げる!」

魔法少女はこんどは、窓ガラスに手をかけた。「おいあんた、手伝っておくれ!こっから脱出する!」


「お願いだから落ち着いてえ!」


窓にばんばん頭をぶつけだした魔法少女の動きを、円奈は後ろから背中にしがみついて懸命に抑えようとする。


「下にきこえちゃうよお!」

35 : 以下、名... - 2014/06/21 22:46:11.17 o2ISmWCx0 878/3130



ドンドンドン。

変な音がする。


「何の音だ?」

役人が不思議な顔して天井をみあげる。



あのバカ魔法少女っ…と心で思いながら、ジョスリーンは役人に話して、注視を自分にむけさせた。


「だが、そこまでで半分なんだ」


男たち9人が全員顔を女騎士ほうにむける。みな変な顔をした。


「その魔法少女が暴れたにはわけがあるんだ」


ジョスリーンはそう語った。


「わけ?」

役人の注意がこっちにむいてきた。


「この男どもは、」

ジョスリーンは酒場の男達を一瞬見やる。

「クソ女だとか、クソ生意気めとか、閉経女とか魔法少女をさんざんに罵りながら、酒に酔いに酔って、欲に駆られるまま、魔法少女の身ぐるみをはぎとった。醜く笑いながら、9人全員で襲い掛かったのだ。」


「は、はあ!?」

男達の顔が驚愕に変わる。


役人の顔も険しくなる。「まことか?」

36 : 以下、名... - 2014/06/21 22:47:39.93 o2ISmWCx0 879/3130



「魔法少女は懸命に抵抗したのだ」

女騎士は説明する。

「そして暴れてしまった。恐怖と孤独、生理的嫌悪感のなかで、我を失くしてしまい、」


がーがーがー。

ギャーギャーギャー。

男たちの猛烈な抗議が騒ぎ立つ。


「暴れてしまったのだ。いうなら正当防衛だ。こいつらは、女の敵だ。同じ女の夜警騎士としてまったく腹が立つ。さっさとこの男9人どもを牢屋にぶち込んでくれ」


「ふざけるな!」

「クソ女!俺たちを売る気か!」

「俺は何もしていない!何もしていないよ!」


「あーやっていいわけ並べ立てているが、」

男たちが猛然と抗議してくるなか、女騎士は役人に告げた。「わたしはあいつらも認めたとおり、現場に居合わせていた夜警騎士なのだ。さ、証言はすべてした。罪状は強姦未遂、暴行、魔法少女不可侵侵害などだな」


役人はジョスリーンにお辞儀した。「仰せのまま」



数分後、男達は全員鎖に繋がれ、役人たちに連行された。


男どもはみんな口々に抗議と罵り声を最後まであげつづけていた。

37 : 以下、名... - 2014/06/21 22:48:30.34 o2ISmWCx0 880/3130


「おぼえてろ!クソ女騎士!」

「はなせ!おれたちをはなせ!くそ、はめやがったな!」

「あの女!!!ふざけやがって!こんどあったら、ぶっ飛ばしてやるう!」

「こんなのってないよ!ひどすぎるよ!」

「俺たちは巻き込まれただけだ!」


暴言はきながら、男達は連行された。


調査役の役人は女騎士にお辞儀した。

「証言ご協力に感謝します」


「いやいや、わたしこそよかったよ」

立った女騎士は言った。「女を守れるのは、同じ女だけだからね。女の夜警騎士って必要だろ?」

「改めてそれを実感しましたよ」


役人はすると、ジョスリーンの前から去った。


ジョスリーンは役人が町の街路を歩き去るまで見届けて、それから、悔いるような額に手をあてて苦悩の仕草をした。

「都市はまったく俗なことが多いな」

38 : 以下、名... - 2014/06/21 22:49:54.30 o2ISmWCx0 881/3130

176


ジョスリーン、ルッチーア、鹿目円奈の三人は、無事宿屋を出て街路を歩いていた。


「友よ、ありがとう!」

ルッチーアが嬉しそうな明るい顔して、女騎士をみあげた。

「助かった!ありがとう!さすが、夜警騎士だねえ!こころ暖かい人間もいたもんだあ!かっこいいよ!」


「まあな」

女騎士は腕組んだまま平静に街路を歩く。歩くたび、背中まであるさらさらの金髪がなびく。


円奈は馬小屋からクフィーユを連れて歩いた。


いっぽうルッチーアは、肩までの黒い髪をゆらゆらゆさぶって、ぴょんぴょん跳ねながら、嬉しそうに女騎士に話しかける。

「やさしい人間!この都市におまえみたいな女もいたのか!」


「そのへんにしてくれ」

女騎士は歩をとめた。なびいた髪も背中についた。

魔法少女もとまって彼女をみあげた。くりくりの黒い瞳で彼女の顔をみつめる。魔法少女より彼女の背は高かった。


「あの…ジョスリーンさん?」

するとクフィーユの轡をひいて連れる円奈が、ぼそっと、疑問を口にした。

「あの男のひとたちはどうなったの?」


「ん、あいつらか」

ジョスリーンは腕組んだ体勢のまま、うんと頷いて、答えた。

「気にしなくていいぞ」

39 : 以下、名... - 2014/06/21 22:51:01.91 o2ISmWCx0 882/3130


「えー…」

円奈は、釈然としない声をこぼす。クフィーユがヒヒンと悲しい声をで鳴く。ぶるっと頭をふるわせて。

「ああっ!」

それで円奈は愛馬の訴えに気がついたのだった。

「クフィーユの食事がまだだよお!」

「クフィーユ?」

ジョスリーンが円奈をみる。「その馬か?」


「うん」

円奈は控えめにこくりと頷く。「昨日のばんごはんと、今日の朝ごはん…」


「おい」

黒い髪の魔法少女は、円奈をみるなり、不機嫌な顔して、ジョスリーンにぶつぶつ小声で問いかけた。

「このピンクはなんだあ?」


「そのピンクはな」

ジョスリーンが答える。「騎士だよ」


「騎士?こいつも?」

魔法少女は意外そうな顔をする。そのあと、目を細めて額に手をつけて、円奈を観察した。

「そんなふうにみえないけど。でもだとしたら、わたしが一番身分が低いのか」


「わたしより偉い騎士だぞ。本当だ」

ジョスリーンがいうと、魔法少女はますます警戒心の強い、渋い顔で円奈を睨む。

「アリエノール・ダキテーヌ姫の専属傭兵を務めて、ガイヤールのギヨーレンを打ち負かした騎士なんだな」


「ガイヤールのギヨーレン?」

同じ魔法少女として、ルッチーアもその名を知っていた。「ほんとか?ギヨーレンは、ここらで一番強い魔法少女だぞ。人間の騎士が勝てるもんか」


ルッチーアは半信半疑だ。

40 : 以下、名... - 2014/06/21 22:52:14.32 o2ISmWCx0 883/3130


「それが、この騎士はギヨーレンに勝ったのだ」

しかしジョスリーンはルッチーアの疑いに取り合わなかった。「だから、わたしより偉い騎士なのだ。無礼がないように。それから、わたしの”紋章官”に頼んだ」

「紋章官?」

魔法少女が、驚いた顔してジョスリーンをみつめる。「じゃああんた、明日の馬上槍競技大会に?」


「そうだ」

女騎士は言って、得意そうにニヤリと笑った。「だからくれぐれも、鹿目円奈の機嫌をそこねることのないように。紋章官を辞退されたくない」


「あのわたしより貧乏そうな女が、紋章官だあ?」

魔法少女は振り向いて、円奈をみた。


円奈は馬の背をなで、ごめんね、クフィーユ、とかいって馬と会話している。

馬と会話!

都市の住民からみたら、不気味な光景だ。


農村の田舎育ちの少女には、よくあることなのではあるが。


「あんな女が本気で紋章官をするのかよ?」

魔法少女はどうも、円奈に好意的でないみたいだ。

「エドワード城から、王家の選手もくるかもしれないのに?」


「大丈夫だ」

ジョスリーンは自信ありありだ。「わたしが紋章官らしく仕立てるさ。司会役のときは、わたしの文(ふみ)をよませるだけだ」


「ふうーん…」

ルッチーアは口を尖らせる。「読み書きもできなさそうなみずぼらしさだよ。それに、」

ちらっと円奈のほうをむいてから、ぼそっと囁く。
 ・・
「臭う」

魔法少女は嫌そうな顔で鼻をひくつかせる。「土と馬の匂いがする」

41 : 以下、名... - 2014/06/21 22:53:02.09 o2ISmWCx0 884/3130



「鹿目円奈さま!」

ジョスリーンはルッチーアの愚痴は無視して、円奈に呼びかけた。「さあ、こちらに!都市の広場に泉が。そこで休みを!」


「あ…うん」

円奈はクフィーユを世話する手をとめた。女騎士と魔法少女の二人が自分のことをうわさしているとも知らず、ジョスリーンについて、泉へと町を歩いた。

42 : 以下、名... - 2014/06/21 22:54:07.39 o2ISmWCx0 885/3130

177


泉は、都市広場にあった。



支庁舎、修道院、長屋式の貴族住宅がならぶ扇形の広場。


朝のそこは物凄い人で、路地はごったがえしていた。


支庁舎の鐘楼からはゴーンゴーンと鐘を鳴らして、午前を告げる。


泉にやってきた円奈たち三人は、噴水と泉の囲いに腰かけていた、


円奈は泉の水を汲み取って、馬に水を飲ませた。

ぴちゃぴちゃ口つけて飲むクフィーユを見守った。


嬉しそうに馬耳をたてるクフィーの頭を撫でた。


「この人たちは」

円奈は、クフィーユの頭撫でながら、ジョスリーンにたずねた。「いま何を?」


「市場の準備ですよ」

金髪の女騎士は答えた。「午前10時から、ここでは市場が開かれます。みなその出店の準備を」


円奈は、あたりの人々の行動を見回す。


市民の多くが荷車と一緒に移動していた。

荷車には、多くの麻袋、木箱などが載せられる。


その中身は食料品だったり、薬品だったり、日用品だったりするだろう。



すなわち食品は、パン、マメ類、野菜、塩漬けの魚、豚、牛、鳥、卵、蜂蜜。
ベンチに並べたりバスケットに入られたりして売られる。

道具類は、ろうそく、亜麻、針金、かなづち、やっとこ。

日用品は、羊皮紙、羊毛、裁縫の針、ナプキン、スカーフ、織物、他いろいろ…。

43 : 以下、名... - 2014/06/21 22:54:48.04 o2ISmWCx0 886/3130




都市民は農民ではないから、こうした商品のやりとりによって、日銭を稼いで生活する。


市民達は協力しあってベンチを運び、広場に並び立てる。


ここにも役人たちが足を運び、商品を並べ立てるためのベンチの並べ方を指示している。


商人たちの売る品物に、不正がされてないかチェックする役人もいる。



「さあて」

女騎士は泉の囲いから立った。「馬の食事はおわりで?」

「まって。まだなの」

円奈は、麻袋から、干し草の束をとりだした。もうわずかしか残っていなかった。

「これで最後だよ」

円奈はクフィーユに話しかけながら餌を与えた。

クフィーユは、円奈の手の内ある干し草をむしゃむしゃと食べた。


ルッチーア、黒髪と黒い瞳の魔法少女は、泉の囲いに腰をつけて、空をみあげている。


晴天の青空であった。


日が都市を照らしている。

44 : 以下、名... - 2014/06/21 22:55:29.13 o2ISmWCx0 887/3130


「さて、あなたに紋章官をやってもらう前にですね……」

女騎士は、悪巧みのの素振りをみせる。顎に手をあて、目を閉じて考える。

「あなたに朗報が」


「え?」

円奈がくるり、身体を回してジョスリーンをみる。クフィーユが蹄の前足を曲げた。



女騎士は円奈に朗報を伝えた。


「ほ、ほんとに!?」

途端に円奈は嬉しさに目を煌かせた。

45 : 以下、名... - 2014/06/21 22:57:19.06 o2ISmWCx0 888/3130

178


「というわけで、私が救ってやったこの魔法少女、ルッチーアが、」

ジョスリーンはぽんと、魔法少女の肩をたたいた。

魔法少女はぶるぶる、口を噤んでその肩を震わせている。


「人間である私たちを修道院にいれてくれることになった」

修道院。

ゴシック様式な建物で、魔法少女専用の建物になっているお祈りの場所だ。


「やったあ!」

円奈は目を輝かせて、両手の指を絡めて修道院の建物をうっとりみあげる。

「人間の私でも入れるなんて!すごく、入ってみたかったんだあ……」

恋焦がれる少女の瞳をして修道院の入り口をみあげている。うるうるの瞳であった。



ジョスリーンは、きのうの夜に円奈が、修道院に入ろうとして入れないでいることを覚えていた。
そこでルッチーアに、容疑を晴らしてやる代わりに、自分と円奈を修道院に入れるよう要求した。


それは、一方的に円奈を紋章官に任命しようと目論むジョスリーンなりの、円奈への義理であった。


ルッチーアは、顔を目で覆っている。「ああ、最悪だあ…」


「なぜ最悪なんだ?」

女騎士は魔法少女の頭をぽんと叩いた。「きみが恩返しする番だろ?」


「ばれたら修道院に出禁だ…」

魔法少女はひどく落ち込んでいた。まるで破滅を目の前にしたかのようだ。

「私はどこで円環の理に導かれたらいいんだあ?」


「なんだかわからんけど、さあ、私たちをあのなかに案内しておくれ」

金髪の女騎士は魔法少女をせかす。「どうやって入る?」


ルッチーアは考える。

しばらく考えたあと、自分を否定するみたいに、ぶんぶん頭をふった。

そしてこんなことを魔法少女は言い出した。

「なんでもするといったけどさ、別の要求にしてくれないかな?」


「できん相談だ」

ジョスリーンは突っぱねた。「なんでもするといったのは、きみだぞ?」

「うぬぬ…」

魔法少女は広場を数歩、進む。それからまた数歩、もどってくる。いったりきたり。


円奈とジョスリーンの目が、彼女を追って、左右する。

46 : 以下、名... - 2014/06/21 22:58:00.78 o2ISmWCx0 889/3130



「わかった。入り方を教えるよ」

ルッチーア、この黒髪と黒い瞳の魔法少女は、女騎士の要求に屈して言った。

「けどな、練習が必要だ。こっちに」

47 : 以下、名... - 2014/06/21 22:59:09.40 o2ISmWCx0 890/3130

179


ルッチーア、鹿目円奈、ジョスリーンの三人は、都市の裏路地に集まった。

そこで作戦会議をした。


すなわち魔法少女専門の修道院に、どうやって人間が入るのか、という会議だ。



「いいか?」

この三人のなかで唯一魔法少女のルッチーアが、指をたてて、念を押して語る。

「中にはいったら、くれぐれも人間って素振りをみせるなよ。なかでどんなものが目に飛び込んできても、驚いたり、叫び声あげたり、動揺したりするなよ。平然としているんだ。平然と」


「それはまあ、いいが…」

金髪と翠目の女騎士、ジョスリーンは、怪しむ視線をルッチーアにむけた。

じとっと目が細まる。

「こんな方法で本当に入れるのか?」

彼女の手元には卵型の入れ物がある。それとナプキン一枚。


「入れるさ」

ルッチーアは自信たっぷりな声で答えた。黒髪がなびいてのびた。「成功した前例があるんだ」

目を閉じ、得意そうに指をたてて言い切る。



円奈も戸惑っている。


円奈がさっきルッチーアに渡されたのは、銀貨一枚。

不思議そうに銀貨を目の前で眺め、裏表を確認する。


どうみてもただの銀貨だ。

48 : 以下、名... - 2014/06/21 23:00:13.69 o2ISmWCx0 891/3130


「そんな前例、夜警騎士の私もきいたことないが」

ジョスリーンがいうと。

びしっと、ルッチーアは彼女を指差した。「そりゃそうだろうさ。知れ渡っちゃあ、まずいからね」


「ふーん…」

女騎士は考える素振りをする。腕組んで目を閉じる。金髪がさらさら、背中でゆれた。

「まあやってみるか」


「さすがだね、あんたなら、わたしの話をわかってくれると思ったよ!」

ルッチーアが嬉しそうに笑った。

「魔法少女の話を信じてくれるんだ?珍しい人間さんたちだねえ!」

49 : 以下、名... - 2014/06/21 23:01:37.38 o2ISmWCx0 892/3130

180


というわけで、鹿目円奈、ジョスリーン、ルッチーアの三人はいよいよ修道院の前にきた。



あの石の彫刻が施されたゴシック様式の修道院。



その入り口は荘厳で、神秘な雰囲気、静けさにつつまれている。


都市ではがやがや俗でうるさいのに、ここだけ外の世界から切り離されたかのように、厳粛に修道院が建っている。



その扉は、いまは鍵が開けられているが、魔法少女の門番がたっている。


門番の魔法少女は槍を持っていて、部外者を追い出す気まんまんである。


さて、ルッチーアはその問題の魔法少女の前にでた。


修道院入り口の階段をのぼって、門番に挨拶する。


「やあレーヴェス!」

ルッチーアは門番をよび、腕をあげて、にこにこ笑う。「いい天気だね?そう思う?今日はきみが当番?」


「まあそうだけど」

レーヴェスと呼ばれた、門番をしている背が高めの魔法少女は、後ろに控える二人を注意深くみた。

「あの二人は?」


「ああ、紹介するね」

ルッチーアは後ろの二人を腕で示した。「最近魔法少女になった、新米の二人なんだ。円環の理の家に招待しにきたんだ」


「そんな話は修道院長からもきいていないぞ」

レーヴェスは首をひねる。「まずは支庁舎にいって、魔法少女人員として登録してもらってこいよ。生み出したソウルジェムのタイプと、色と、変身の服装とか、ぜんぶ登録してからだ。でないと、身分照合できないだろ」

50 : 以下、名... - 2014/06/21 23:03:04.41 o2ISmWCx0 893/3130



「そうかったいこといわずにねえ」

ルッチーアは手で二人をこまねく。円奈とジョスリーンの二人が、門番の前にきた。

「円環の理は私ら魔法少女みんなのものじゃないか。その救いを感じ取りたいんだ。それを拒む権利がキミに?」


レーヴェスはすると黙り込んだ。

渋い顔をし、目を細めると、ぼそっと低い声で答えた。

 ・・・・・・
「魔法少女ならな」


ルッチーアはすると、目をわざとらしく丸めた。

「レーヴェス、やめてよ、疑っているの?あんたは、信心深い魔法少女じゃないかあ!」

「そして疑い深い」

レーヴェスの声は冷たい。ついでいうと目も冷たい。「魔法少女は、疑い深くあるべきなんだ」


「はあ…頭がかたいなあ、石だ、頭まで石かよ」

ルッチーアははあと息ついて額を手でおさえると、後ろ二人をよんだ。

「さあ二人とも、自分が魔法少女であることの証を見せてやってくれ」

51 : 以下、名... - 2014/06/21 23:05:05.92 o2ISmWCx0 894/3130


「よし、わたしからだ」

長い金髪に翠眼の女が門番の前に立った。

石の階段をのぼって、階段の入り口へくる。


門番の魔法少女が、自分よりも背の高い女の出現に、眼をぱちくりする。


「ここにナプキンあるだろう?」

女はいった。右手のナプキンを、門番にみせる。

門番は頷いた。


「これを左手に入れるとだ」

女はナプキンを左手の中に押し込んでいく。くしゃくしゃと。

白色に花柄刺しゅうのナプキンが、左手の中に収まる。


門番の魔法少女は、眉間にしわ寄せて、女の左手を見つめている。


「卵になるんだ!」

ぱっと女は、左手を開いた。

そこにナプキンはなく、かわりに卵があった。



「どうだ、これがわたしの魔法だ」


門番の魔法少女は目をひくつかせて、金髪の女を、言葉も失ってみつめた。

52 : 以下、名... - 2014/06/21 23:06:03.64 o2ISmWCx0 895/3130



「円奈、さあきみの番だ」

金髪の女は言った。

すると今度は、ピンク髪の少女が階段をのぼってきた。


「は、はいっ」

背の低い少女が、門番の前にきた。


門番は無言で少女をみつめた。

すでのその黄色い目はどんよりじどーっとしている。


「こ、こ、ここに…銀貨一枚があるんです」

少女の声は緊張していた。

「これを……宙に飛ばします!」

少女はパチンと親指で銀貨をはじいた。



銀貨は宙でくるくる裏表反転しながら、落ちてきて、やがて少女の手元におさまった。


ぱっと、少女は両手を交差させるみたいに銀貨を手にとった。「どっちに銀貨がありますか?」


門番の魔法少女は、いらいらを抑えながら、ピンク色の髪をした少女の左手をトンと叩いた。


「あたりです!」

円奈は笑って握った左手をひらいた。そこに銀貨一枚があった。

53 : 以下、名... - 2014/06/21 23:06:36.92 o2ISmWCx0 896/3130


「じゃあ、もう一回いきますよ…」


円奈は右手に銀貨をおき、また、親指でパチンと弾き飛ばした。


門番の魔法少女がまた宙にとんだ銀貨をみあげ、裏表反転を繰り返しながら落ちてくるそれを、目でおった。



そして、パっと。



銀貨は、また少女が両腕を交差させながら握る手に入った。

「どっちに?」

魔法少女はまた少女の左手をトンとたたいた。


少女は目を大きくした。

「あたりです!」

少女は左手をひらいた。銀貨がそこにあった。

「でも…実は…」


少女は右手も開いた。「こっちにもあるんですっ…!」

なんと、右手にも銀貨があった。



いつの間にか銀貨が二枚に増えていた。

「これが私の魔法ですっ……!」

54 : 以下、名... - 2014/06/21 23:07:05.56 o2ISmWCx0 897/3130


魔法少女は別段おどろいた顔しない。しれーっと冷たい目をして少女を見おろしているだけだ。

軽蔑すらこもっている気がする。


「さて、わたしたちは見てのとおり、魔法が使える女だ」

金髪の女が言ってきた。「だから魔法少女だ。さて、お邪魔するよ」門番の横を通り過ぎる。


「おじゃましまーす…」


ルッチーア、円奈、ジョスリーンの三人はそうして、修道院の入り口を通ろうとした。

「楽しみだなあ…」

円奈は乙女気分で瞳を煌かせ、楽しげに両手の指同士をこすり合わせながら、入り口の扉に手をかけた。

55 : 以下、名... - 2014/06/21 23:08:37.64 o2ISmWCx0 898/3130

181


数秒後、三人は門番の魔法少女に弾き飛ばされ、階段を転げ落ちた。


「いたたたっ…」

ジョスリーンは傷む腰に手をあてている。「くそっ…乱暴だな…」


「いたいっ…」

円奈も頬に手をあて、涙声をあげている。それから正座すわりになって、溜まった涙を腕でぬぐった。

「ひどすぎるよ…」


「道化師か手品師、手芸師でもやってろ、バカ人間どもめ。」

門番の魔法少女は転げた三人を冷たく見おろし、告げた。

「二度と修道院に来るな。その穢れた思惑を、神聖な場に二度ともちこんでくるな」



「くそっ…穢れた思惑だと?」

女騎士ジョスリーンは、腰が痛むせいで、まだ立ち上がれない。階段を投げ飛ばされて、ころげおちたせいで、身体のあちこちが痛い。

「私は魔法少女にいわれたことを、やってみただけだ」


「私まで乱暴することないだろ!」

ルッチーアは、階段をころげたとき髪についた埃、砂、土をはらっている。「レーヴェスめ、冗談の通じない魔法少女だ…」


「おい、冗談だったのか?」

ジョスリーンはルッチーアの肩をむんずと掴んだ。「なにが成功の前例があるだ!私たちを弄んだのか? はめやがったなこの魔法少女!このぺてん!嘘つきぃ!練習が必要だなんだ御託ならべて、最初からわたしたち人間を騙すつもりでいたな!」


「わるかった、わるかった!」

ルッチーアは肩を掴まれた手から逃げようと抵抗する。「わたしがわるかった!まさか、本気にするとは思ってなくて……」


ルッチーアは、ジョスリーンに羽交い絞めにされた。


「やめろお!女同士で絡むな気持ちわるい!場所を移そう、場所を!最後の手段があるから…!」

56 : 以下、名... - 2014/06/21 23:09:19.83 o2ISmWCx0 899/3130


円奈は、階段を転げ落ちた痛みに、まだしくしく泣いていた。

57 : 以下、名... - 2014/06/21 23:10:41.48 o2ISmWCx0 900/3130

182


「最後の手段って?」

さっきの裏路地にもどった三人は、ふたたび作戦会議をたてている。

「たしかにそういったよな?」


魔法少女は、裏路地を数歩いったりきたり、顎をつかみながら往復する。「まあね」


「こんな、卵型の入れ物つかった手品とか、」

ジョスリーンは手品につかった卵型の入れ物をぽいと放り捨てた。入れ物の中にはナプキンがつめられていた。

「銀貨を袖にいれといて、隙をみて二枚に増やすとかじゃないな?」


円奈がしゅんとする。



「いや、もうそんなんじゃない」

ルッチーアはレンガ造りの壁をした裏路地を行き来しながら、ぴっと指をたてる。

「だがなここは修道院は諦めて、別の要求にするのが賢明だ……」


「さて、支庁舎にいって、今日の暴行事件の正当防衛について、異議を…」

女騎士は街角の裏路地を歩きさった。


「まって、まって!」

ルッチーアがジョスリーンの後姿をつかまえた。腕で彼女のローブをひっぱって、止める。

「最後の手段は、たしかにあるんだ。ほんとうだ。でもね、それは本当の本当に最後の手段で、魔法少女として最低な行為なんだよお!」

ルッチーアは懸命に訴える。

「できれば同じ魔法少女として、それだけはしたくない。本当だ。これは本当の気持ち。もう冗談いったりしない」


「それは、きみの人生を牢獄から救った私への恩をおちょくるより、最低な行為なのか?」

ジョスリーンがふりむいた。顔が怒っている。

「明日に馬上槍競技大会があるんだ。きみのおふざけにも、付き合いきれるほど余裕はない!」


「おふざけじゃない。この方法は危険あるが、成功できる」

魔法少女は、悲しい顔しながらいった。

「魔法少女にしか効かない方法だ。最低な方法だが、わかった、あんたに恩を返す。それでいいだろ」

58 : 以下、名... - 2014/06/21 23:11:30.54 o2ISmWCx0 901/3130

183


というわけで新しい作戦を立てた三人は、また修道院の前へきた。



門番のレーヴェスは、すでに身構えている。

「二度と来るなといったはずだぞ」


ルッチーアはにこにこ笑って、門番の前へ進んだ。


円奈が階段下のところにいて、さらに遠くのところに、ジョスリーンが立っている。


まるでパス回しでもするかのような三人の立ち位置の距離。



「わたしならいいだろ?」

ルッチーアは微笑んで、門番に話しかける。「昨日いろいろあって、ジェムに溜まってきててね。修道院にいれてくれ。わたしだけだ。本当だよ」


「おまえなら別にいいんだが…」

レーヴェスは扉の入り口に手をかける。「なんで人間と一緒に行動してるんだ?」

「別にいいじゃないか」

「いいけどさ…」

門番はルッチーアに背をむけて、扉をあけた。

まさにその刹那、隙をついて、ルッチーアはレーヴェスにとびついた。

59 : 以下、名... - 2014/06/21 23:12:27.01 o2ISmWCx0 902/3130



「説明と謝罪はあとでたっぷりする!」

ルッチーアは言いながら、レーヴェスの指輪を強引に指から奪いとった。

「いまは一歩先に天へ旅立っててくれ!」



「か、かえせよ!」

レーヴェスが怒りに顔を歪ませる。いや、これは怒りだけじゃない。恐怖もある。「いやだ!」

指輪は手から抜けて、ルッチーアの手元に滑り落ちた。


ルッチーアは奪い取った小さな指輪を、円奈にパスした。

「円奈といったな、ジョスリーンに渡せ!」


ピーーンと、指輪が空気中を飛ぶ。

ルッチーアの手から円奈の手へ。


「は、はいっ」

円奈はわけもわからず、指輪をジョスリーンにパスする。


「なげろ!」

ルッチーアは、レーヴェスを抑えつけながら、指示。


えいっ、と円奈は力いっぱい、手から指輪を投げる。

ピーンと、また指輪がくるくる回りながらとんだ。


ジョスリーンがその手に指輪をキャッチする。あっという間に指輪がパス回しされる。


「修道院長に報告してやる!」

ルッチーアに捉まれながら、レーヴェスは、怒りに叫んだ。もがくが、がっちりルッチーアに動きを封じられて、指輪はどんどん離れていく。「裏切り者!魔法少女が人間の側についたあ!」

60 : 以下、名... - 2014/06/21 23:13:27.46 o2ISmWCx0 903/3130


「ごめんよ」

ルッチーアは悲しそうに、レーヴェスを抑え続けた。「ほんとごめん…」


小さく囁いたあと、顔をふりむいて、ジョスリーンにむかって叫んだ。

「ここから100ヤードはなれろ!どこでもいい!それをもって、走れ!」


ジョスリーンも、わけがわからない顔をしていたが、そういう作戦だったので、街路をひたすら指輪もって走りだした。


長い金髪をゆらしながら、ジョスリーンは都市の通路を走り去った。

たくさん行き来するローブ姿の人のあいだをすりぬけ、ときにぶつかったりしながら、全速力で都市を走り抜ける。



指輪もちながら離れる。



するとルッチーアの胸元で、レーヴェスが気を失った。

人形のようにぐたりと力ぬけた。その身をルッチーアに委ねた。


ルッチーアはやさしく抱きかかえた。

「円環の理よ、どうかレーヴェスを導きください」

と囁いて、目を赤くして、気を失った彼女を、修道院裏側の菜園と水道施設のところに、そっと隠すように寝かせた。

61 : 以下、名... - 2014/06/21 23:14:30.28 o2ISmWCx0 904/3130

184


「指輪はどこに隠した?」

修道院の扉の前にたったルッチーアは、ジョスリーンにたずねた。

「誰の目にも触れないところに。安全なところさ。私の菜園だ」


「そ…か」

ルッチーアの意気は消沈している。「ほら、いってこいよ。門番のレーヴェスは、私がねかせてやったから。わたしがそのあいだ代わりに門番してるから、いってこいよ。扉もあいているから」


「そりゃあどうも…」

ジョスリーンは階段をのぼった。修道院の入り口にまた立つ。

門番役になったルッチーアに、顔をむける。訝しげな視線を彼女にぶつける。「どうやって門番をねかせた?」


「あんたに語る気はない」

ルッチーアは言った。その顔に元気は消えていた。「恩は返しただろ。これ以上は、答えない」


円奈が一部始終をみていたが、それでも、さっぱり分からなかった。

レーヴェスが突然倒れたのだから。


「修道院に人間を入れてしまうんだ。私は罪深い魔法少女だよ」

はあっと息をはいて落ち込んでいるとジョスリーンが問うた。

「別に人間がはいったっていいだろう。前から思っていたことなんだが。人間も魔法少女も仲良く使えばいいではないか」


「そうもいくかよ、なにもしらないくせに」

魔法少女は冷たく言い放った。

62 : 以下、名... - 2014/06/21 23:15:10.95 o2ISmWCx0 905/3130



ルッチーアがあまりにも暗い顔しているので、円奈が心配そうに彼女の顔色をうかがった。


「なにみてんだよ」

ルッチーアは、ますます不機嫌になった。



「あの、」

円奈は恐る恐る、でもルッチーアから目を逸らさないで、小さな声をだして言ったのだった。

「ありがとう…ね」


ルッチーアの頬に、わずかだけの血の気がもどった、気がした。

「う、うるさいな」

魔法少女は円奈から目を逸らした。

63 : 以下、名... - 2014/06/21 23:17:19.70 o2ISmWCx0 906/3130

185


そのころ、エドレスの都市の支庁舎では、市長のもとに、9人の男が鎖に繋がれ連れ出されていた。



黒い服きた市長は、木のテーブルに腰掛けていた。

市長は役人によって連行されたこの9人の男をみた。


その匂い、みすぼらしい服装に、市長は嫌悪の顔色を示したが、やがて羽ペンを持ち上げて、問いはじめた。


「この男どもは?」


「昨晩の暴行事件の犯人です」

役人は答えた。役人の手元には鎖の束があり、その鎖は男達の鉄の手枷につながっている。


「犯人じゃねえ!」

男は、ビールの匂いのこる口で、怒鳴った。「おれたちは被害者だ!あの魔法使いの女に殴られて、投げ飛ばされて、しかも、くそ女騎士に冤罪をふっかけられた被害者だ!」


「そうだよ!こんなのってないよ!ひどすぎるよ!」

若い男も抗議の声を市長に訴える。


市長室は石壁に囲まれた小さな部屋だった。


木の戸棚、蝋燭、木のテーブルの質素で、脚と台があるだけ。椅子さえ質素だ。


市長室の窓はガラス窓で、昼の間はここから光が入る。


その窓は菱形切子と呼ばれる模様のガラス窓で、長い線が細かく斜めに交差している。


そんな模様だった。

64 : 以下、名... - 2014/06/21 23:18:59.80 o2ISmWCx0 907/3130


「俺たちは、魔法使いの女に襲い掛かってもいないし、一方的に暴力をうけただけだ。市長さん!俺たちを放してくれ!そして本当の犯人をつかまえて、俺たちの見ている前でとっちめてくれ!」


「こいつらが魔法少女を襲ったという証言はだれからなんだ?」

市長は羽ペンの先を役人にむけて、たずねた。

「夜警騎士です」

役人は姿勢正して、答える。「アデル卿です。夜警騎士の役職があり、現場にも居合わせていたとのことです。それはこの容疑者どもも認めております」

「そのくそ女夜警騎士に、はめられたんだ!」

男達は鎖のなかで叫ぶ。

「おれたちが、平和に会話してたら、魔法使いがわりこんできて、いきなりそいつが暴れだして……」


「理由もなく暴れますか?」

役人は疑っている。「数々の暴言を吐いたそうですな。…そして酔った勢い魔法少女の身ぐるみを…」


「だからそれはうそっぱちだ。いいがかりだ!」

男達は抗議の声をやめない。「俺たちはなにもしていないさ!本当だ!あいつらにはめられたんだ!」


「ふむ…」

市長は、テーブルで難しい顔して、指同士を絡めた両手を顎に添える。


「だが夜警騎士の証言だし、女の証言だ。魔法少女が襲われたという事案に関して、女の証言を世論は味方するだろう」

「だからまさにこそを利用されて、はめられたんだってば!」


男達は泣き叫ぶ。鎖のなかでジャラジャラ、暴れる。「市長!わたしどもは、この仕打ちに、納得ができません! 真犯人は魔法少女と、あの女騎士なんだ!あいつらぐるだったんだ!おれたちははめられた!」


「ぬう…」

市長は悩む。「どうしたものか…」

65 : 以下、名... - 2014/06/21 23:20:06.00 o2ISmWCx0 908/3130



「市長!」

そのとき別の兵士が市長室に現れた。

カチャンと扉をあけ、その兵士は入室する。市長の前で姿勢をただす。「昨晩の酒場暴行について、報告が…」


「まさにその事件について話していたところだ」

市長は兵士をみあげる。「話したまえ」


「はいっ」

若い役人の兵士は胸を張り、手を後ろで結び、語り始める。

「わたくしは、昨晩の夜警兵をしておりました。例の事件現場には、最初に着きました。」


市長の目が鋭くなる。「つづけよ」


「通報があり、その現場に巡回しましたとき、この男どもは、気絶しておりましたが、三人ほど宿にのこっておりました。」


「さの三人とは?」

市長はテーブルで問う。


「はい。夜警騎士のアデル卿と、黒い髪の少女と、ピンク髪の少女の三人です」


「そいつらだ!」

男どもは、また鎖の中で暴れだした。「ほら、市長、ききましたか!その三人が一緒にいたんですよ! やっぱりぐるだったんだ!」

「静かに」

市長は冷静に男どもをなだめ、静めた。

「つづけてくれ」

66 : 以下、名... - 2014/06/21 23:21:47.67 o2ISmWCx0 909/3130



「はい」

夜警兵は胸を張り、手は後ろで結び、続きを述べる。

「わたしがその三人について、事件について知っていることはあるかと問いましたところ、三人とも、何もしらない、一切関与していないと供述を」


「なに?」

市長の目つきが変わり、報告書の羊皮紙に、目をおとした。

「その夜警騎士は、現場にいあわせて、証言もしていたはず」


鎖もっている役人もはっとしている。「アデル卿の証言には食い違いが。疑いの余地があります」


「ほら、だから!」

がーがーがー。

がやがやがや。

鎖の男達はがなりたてる。


「たしかに…そのようだが……アデル卿ほどの家系になるとそう簡単に容疑をかけられん」

市長は悩ましそうにいう。


「なにが家系だ、あいつが犯人なんだよ、さっさと俺たちを放してくれ!」

男達、さらに暴れる。


「しずかにしろ!」

鎖もった役人たちが怒鳴る。「市長の前で、みっともない姿を晒すな。今後、不利になるぞ」


「なにが不利だ、ばかやろー!」

男達は怒りとともに糾弾する。「不利も有利もあるか。おれたちは無罪なんだよ!被害者なんだよ!犯人はあいつらだ! 宿を破壊した賠償は、全額あいつらが払うんだよ!」


67 : 以下、名... - 2014/06/21 23:23:05.45 o2ISmWCx0 910/3130


市長は再び腕をあげて、静まるように合図した。

「まあまあまあ、落ち着いて」

と、市長はいう。

「正しく無難にこの問題を解決する方法を思いついた」


若い夜警兵士も、市長の考えを察したようだった。「裁判ですか?」

「うむ」

市長はうなづく。

「その三人を捕らえよ。そして裁判に。アデル卿の家主と私と、裁判長が出席する。皆がみているなかで事件の解決を」


「やったぞ!!!」

男達は、鎖のなかで、飛び跳ねて喜んだ。「裁判だ!!」


「おおおおっ!!!!」

男達は市長室のなかで雄たけびあげ、腕をふりあげる。「おめえら、まけるんじゃねえぞ! あのクソ女騎士どもを、とっちめて、こらしめてやる!」


「おうともよ!!!」

元気いっぱいに声を張り上げる。

「はったおして、ぎたんぎたんの、ぼこぼこさ!」

68 : 以下、名... - 2014/06/21 23:24:30.21 o2ISmWCx0 911/3130



おおおおおっ。

はしゃぐ男たち。


市長は嫌そうな顔をして、役人たちに、さっさと連れ出すように羽ペン持つ腕で指示した。


役人はそれを察して、その場でお辞儀すると、鎖をひいて市長室をさった。


「さあこい」

男達は鎖にひっぱられて市長室をあとにする。


「市長さん!!!」

男達9人は順に礼をのべる。鎖にひかれながら、丁寧に、お辞儀していった。

「ありがとう!!!市長さん!!やっぱ、市民の味方だ!ありがとう!市長さん!!!」


あまりにも声がでかいので、市長は、役人にさっさと男どもを連れ去るように役人に羽ペンで指示。



役人は男達の鎖を強くひっぱった。「こい!!」


男たちは、ついに市長室を連れ出される最後まで、お礼の言葉を元気よく叫びつづけた。


パシャンと扉が閉められても、その声は、まだ聞こえてきた。



はあと市長はため息つき、肩をすくめた。

テーブルの羊皮紙に羽ペンで、今日裁判があることを知らせる書類をかく。


書類をかきおえると、羊皮紙の左下に赤いろうを溶かして垂らし、それからドンと印章をおした。

印章を捺印するとくるくる丸めて、紐で結び、若い兵士に渡した。


「アデル卿と裁判官と、あと町にお触れを」


兵士は手紙をうけとって、お辞儀すると、市長室をでた。

69 : 以下、名... - 2014/06/21 23:25:37.49 o2ISmWCx0 912/3130

今日はここまで。

次回、第24話「裁判」

71 : 第24話 - 2014/06/28 22:00:06.72 jNMOfO5M0 913/3130

第24話「裁判」

186


鹿目円奈、ジョスリーンの二人は、入り口の扉を通り、修道院のなかに入った。


この都市では、魔法少女のみが立ち入りを許される空間となっている。



生まれて初めて魔法少女専門の空間に足を踏み入れた円奈は、その厳粛さ、空間の美しさにおどろかされた。


ゴシック様式の修道院の床は石造で、見事に平らだった。ひんやり固い石床。


修道院のなかは大きな廊下であった。

廊下の両端には身廊と側廊をつなぐ部分に柱が並んでいる。



中心の通路は、身廊という空間で、いちばん広い。天井も圧倒的に高い。荘厳な空間だ。

天井の低い側面の通路は、側廊という空間で、列柱の並ぶ壁側だ。そこにスンドグラスがある。



とはいえ身廊も側廊も、人間の頭より天井はとても高かった。みあげてしまうほど高々とした空間だった。
このアーチはリブヴォールトと呼ばれ、かまぼこ型のアーチ天井だ。




壁際である側廊に、ステンドグラスの窓がある。ステンドグラスは七色で、虹色の光が空から差込み、ピカピカの床に虹色の光を映し出す。



音はまったくといっていいほどなく、もの静かで、自分たちの足音しかしないほどだった。



まさに神秘のイメージを建物にしたかのような空間で、そのなかに魔法少女だけが立ち入りを許される。

72 : 第24話 - 2014/06/28 22:01:26.68 jNMOfO5M0 914/3130



円奈たちは無言で───ステンドグラスの模様と七色の光を眺めながら────足をすすめ、修道院の最深部へきた。


そこの天井はとくに高く、遥か頭上に、何面ものアーチが重なった神秘的な丸い天井───ドームが、あった。



まさに神が住まうかのような空間であった。


魔法少女たちは円環の理の家といったりする。そこは自分たちの救い主を、世俗から心をはなして、魂に感じ取るための空間であった。


だから、人間に入られては、魔法少女はここで心からのお祈りができない。



魔法少女の聖域を侵して修道院に足を運び入れた円奈とジョスリーンは、すっかり修道院の神秘めいた空気に話し言葉もわすれて、ドーム天井をみあげていた。



ドーム天井のむこうには空が描かれ、青色の空と、海の空が描かれ、ある地上が描かれる。


この地上に、聖なる光が灯る。



聖地の光だ。



西世界の大陸の魔法少女は、訪れたことのない聖地を、楽園の島のように想像していた。


そこは地上の聖地というよりも、天上の聖地であり、自分たちが円環の理によって導かれたその先にある天国を、思い描いているようだった。


73 : 第24話 - 2014/06/28 22:03:15.19 jNMOfO5M0 915/3130


ドームからも天井から白い光の筋が差し込んできて、円奈たちの立つ床へ降りる。


円奈とジョスリーンの顔が日の光の筋に照らされる。



空間の中は石に囲まれて、あまりに静かなので、足音ひとつたてれば、修道院じゅうにぴきぴきと響きわたった。


カツンという足音が空間の隅々にまでこだますのだった。

冷たくて、厳粛な、張詰めた空気感。


こんな雰囲気では、喋ろうなどという気には、とてもならない。



円奈とジョスリーンが呆然とドームの光をみあげていると。


1人の魔法少女が、現れた。


もちろん、修道院には、同じ魔法少女しかいないことが建前なので、その魔法少女は、円奈たち二人を疑いもしない。



円奈たち二人がみている前で、魔法少女は、ドームの天井から降りる光に身を入れて、その場に跪くと、きらきらと光のカーテンに照らされながら、両手を握りあわせて、目を閉じると、祈りはじめるのだった。


言葉は別になにもない。



そこに魂を込めて、心から、自分たち魔法少女のために祈ってくれた円環の理という存在を信じて、感謝を述べる。


口にだすのではなく、ひたすら、心で感謝を述べる。


それは純粋な感謝である。


口にして祈ることはできるが、心から感謝することは、自分との対話だ。


そうして心から円環の理のために感謝を告げるたの空間たった。


膝をついて、両手の指を絡めて、目を閉じ、円環の理のことだけを考える空間だ。


それは魔法少女にとって大切な時間であり、都市ではこの修道院でしかできないことだった。


かつて鹿目まどかが全ての魔法少女のために祈り、概念になったその祈りは、こうして西暦3000万年の地上にも、届いているのだ。

74 : 第24話 - 2014/06/28 22:04:48.21 jNMOfO5M0 916/3130

187


「すごいところだったね……」

円奈の声は、感動に震えている。「きれいで……不思議で……なつかしい気持ちもするところだったなあ…」

「ああ、美しかった」

ジョスリーンの口調も、すっかりあらたまっている。

「俗にまみれた都市に、あんな美しい場所があったとは。ルッチーアには感謝しないとな」



ところが、二人が扉から出た瞬間、そのルッチーアは槍を振り回していた。

円奈とジョスリーンが目をみはってルッチーアの暴走をみる。


「だから、人違いだってばあ!」

ルッチーアは目をぎゅっと閉じて、抵抗している。

支庁舎から派遣された警備隊が、彼女を囲っている。


「私じゃない!私はずっと当番していたから、酒場なんか、いってない!」

「男達の証言ときみの特徴が一致しているんだ」

役人は槍をよけながら、冷静に告げる。

「その暴力をとめたまえ。不利になるだけだ」

「不利ってなんだあ!」

ルッチーアの目に涙が溜まっている。「不利もなにも、私は無罪だあ!しらないぞ!そんな事件はあ!」

「いや、きみが無罪かどうかは、これから裁判できめることだ」

役人はいう。

「証言によれば、酒場にいたのはキミみたいな、黒髪の魔法少女と、ピンク色の髪と目をした少女騎士と…」


「えっ?」

円奈が、自分の特徴をあげられてびっくり声をあげる。


「金髪に翠眼の女性夜警騎士の三人だそうだ」


「ん?」

ジョスリーンも自分の特徴をよみあげられて思わず反応する。


75 : 第24話 - 2014/06/28 22:05:38.67 jNMOfO5M0 917/3130



すると、羊皮紙にしるされたお尋ね者の特徴を読み上げていた役人が、ちょうど修道院からでてきた二人をみつめた。


役人と円奈、ジョスリーンが視線を交し合う。

微妙な沈黙が流れた。


「ピンク色の髪の少女騎士と、金髪翠眼の…」役人は、もういちど羊皮紙を読み上げ、それから、もういちど二人をみつめた。


これ以上ないくらいの特徴の合致だった。


「とらえろ!三人ともだ!」

76 : 第24話 - 2014/06/28 22:06:59.31 jNMOfO5M0 918/3130

188


「なんで私まで───」

周囲でエドレスの市民が熱狂している。

そのわーわーきゃーきゃー騒ぐ熱気のなか、円奈は、精一杯の抗議の声を、ジョスリーンに叫んだ。

「裁判に巻き込まれるの!?」


「いいじゃないですか、一緒に修道院に入った仲でしょう」

熱気のなか、ジョスリーンと円奈の二人は耳を手でおさえながら、大声で会話する。

「いや、わたしはなにもしてないよ!」

円奈が市民の熱い視線と歓声に包まれながら、泣きそうな顔をしている。

「少なくとも昨日の事件は、私は完全に巻き込まれただけなんだからね!」


「そうかたいこといわずに!鹿目さま、ともにこの裁判、うけてたとうぞ!」

ジョスリーンは円奈にいって、裁判相手へ目を配った。



ジョスリーンの見つめた先には、やる気まんまんの男たち9人が、今か今かと裁判開始の小槌の音を待ちながら、こぶしを握り締めたり、戦闘のポーズをとって、息を荒くしている。


「おまえなんか、信じたのがわたしのバカだった!」

ルッチーアは、見物客と野次馬がさわぎたっている騒ぎ声にも負けないくらいの大声で、悲痛に嘆いた。

「なにが、なんとかするだ!ぜんぜんなんとかなってないじゃないかあ!しかもおまえたちのために、修道院にまでいれて…」

「そのことは感謝しているよ。本当だ!」

見物客の声にかきけされてしまいそうだ。

ジョスリーンは声をめいっぱい口からだす。「絶望するにはまだ早いぞ!要するに、裁判で勝てばよいのだ!」

77 : 第24話 - 2014/06/28 22:08:19.50 jNMOfO5M0 919/3130




町に裁判開廷のお触れがだされ、市民たちは興味にそそられて、数百人がそこに集まった。


女も、男も、裁判を見物しに法廷をぐるりと囲むみたいに集まっている。見物客たちはみな、裁判の容疑者たちに声援を送り、盛り上がっている。


おーおーおーと腕をだし、やっちまえ、がんばれ、とか、いろいろな声をだしている。



法廷は、へんてこりんな場所だった。


都市広場に臨時的に建てられたのは、粗末な木の柵に六角形に作られた囲い。

そのなかに円奈たち3人と、男達9人が入れられている。




囲いを見守る立ち位置に、裁判官机が置かれた。裁判官がこのテーブルの椅子について、柵内を見守る。



テーブルはもう一つあった。そこには、裁判の経過を見守る市長が座る。


裁判官と市長はテーブル同士を並べ、隣同士だ。この二人が裁判における正当な権威である。



六角形に囲われた柵のなかに、容疑者たちが入れられているわけだが、この柵のまわりを警備隊がぐるりと囲い、興奮した見物客が法廷に乱入するのを防ぐ。


逆に、容疑者がこの法廷から逃げ出そうとするのも、防ぐ。



都市の広場のど真ん中、屋外で開かれる裁判なので、どんどん、見物客は集まってきた。



まさにそんな場に、円奈たちはいた。


ジョスリーンの家系、アデル卿の人たちが、特別に設けられた席についてこの裁判を見守る。

彼女の父、母、弟に兄、妹、姉、親戚の面々が、みな席について見守っている。

78 : 第24話 - 2014/06/28 22:09:53.43 jNMOfO5M0 920/3130



それにしてもすごい熱狂だ。


「静粛に!静粛に!」

裁判官はカンカンカンと小槌をたたき、裁判進行の司会を務める。

「先日起こった宿屋”バーゼル”で、暴行事件があった。その事件について───」

裁判官はテーブルから、まず男たち9人を手で示す。


「この男たちが、魔法少女を強姦未遂したのか───」


「ふざげんじゃねえ!」

男達は、口を揃えて叫ぶ。「だれがするか!そんな女!」


「静粛に!!」

裁判官はどなる。小槌をカンと叩く。


「それとも魔法少女たちが三人でぐるで、暴力を働き、かつ男達に罪をかぶせたのか────」


「私はぐるではありません!」

円奈が抗議の声を、法廷であげた。見物客たちが騒ぎたった。

「私は関係ないんです!私は、この裁判を降ります!」


「おい、抜け駆けする気か!」

ルッチーアが円奈の肩にとびつく。逃がすまいとがっちり円奈を押さえつける。「裏切るのか!」

「わたし、なにもしてないもん!」

円奈も退かない。魔法少女に抱きとめられながらも、もがいた。「ほんとだよ!なにもしてないんだよ!」


「静粛に!静粛に!そこの少女騎士!」

裁判官から名指しされた。

「はいっ!」

円奈は驚いて背筋がピンと伸びた。


「貴女がこの事件について、無関係かどうかは、これから裁判で決めることなのだ。いいな?」


「そ、そんなあ!」

円奈は悲痛な声をあげて、両手で顔を覆った。

79 : 第24話 - 2014/06/28 22:11:08.72 jNMOfO5M0 921/3130


「この男たちか、この女たちか、どちらに罪があるのか、決着つけなければならない!」

裁判官が高々に宣言する。

すると、見物客たちがわああああっと沸きあがった。


「やっちまえ!女たち、男をとっちめるんだよ!」

見物客の女が、言葉を投げかけてくる。「あいつらは、女の敵さ。魔法少女を襲うなんて、サイテーな男どもめ、タマなしにしちまえ!」


「おまえたち女は、すぐそうやって、男を悪者にする!」

見物客の別の男が、反論した。「なにが、女の敵だ。だったら一生、女同士で仲良くしてろ。男にこびへつらうくせして、生意気いうな!」


「なに?」

別の見物客の女がくってかかった。

「いつ女が、男にこびへつらったって?おまえの頭のなかだけだろ。勘違いばかりしやがって、ばか男め。女のくせに生意気いうなだ?じゃあ、おめえらこそ、男同士だけで一生仲良くやってろ!」


「私たちを助けるために、魔獣と戦っている、魔法少女を襲うなんて最低!」

都市の少女が、甲高い声で口いっぱいに叫んだ。

「けだもの!けがらわしい!やじゅう!魔法少女さん、ぜったい負けないでね!!」


と、見物客たちのあいだでも意見がわれ、喧嘩がはじまる。


「なにがけだものだ、くそったれ!」

見物客のさらに別の男が叫びはじめる。

「誰が働いて、都市を支えてると思ってる!」


その男は、法廷のなかの男たち9人を応援した。

「おまえら、絶対にまけるなよ!名誉にかけて、女どもにわからせてやるんだ!」


「おうよ!!」

男たち9人は、腕をふりあげる。ピースする男もする。「ぜったいまけねえ!おれたちは、おこってるんだ。まけられねえ!」


「まけないでー!」

都市の少女も、柵の外枠から叫んだ。「魔法少女さん、絶対にまけないでー!」

80 : 第24話 - 2014/06/28 22:12:39.96 jNMOfO5M0 922/3130



わいわい。がやがや。

ものすごい熱気だ。


「どうやら私を応援してくれいるみたいだ」

ルッチーアはホキポキ、両手の骨を鳴らして、楽しそうに言った。「腕が鳴るよ」


円奈がわけもわからず市民の熱狂を、法廷の柵内から呆然と見つめていると、ジョスリーンが円奈に言った。

「裁判のやり方をご存知で?」


円奈はふるふるふる、首を横にふる。「全然知らないんですけど…」


「いいですか、簡単なことです。とっても簡単だ」

ジョスリーンは円奈に耳打ちして、六角形の柵の向かい側で荒い息をしている男達9人を指さす。


男達9人はすでにやる気まんまんで、こぶしを握り、円奈たちを睨みつけ、戦闘態勢にある。

ぎろぎろ、円奈たちを睨み、今か今かと開始の合図をまっている。


「裁判官の”審判開始”の合図が小槌から鳴らされたら───」

円奈は、裁判官のもつ小さなハンマーのような小槌をみる。

「私たちであの男どもを全員ぶっ飛ばす。それだけです。そしたら、私たちは晴れて無罪放免ですよ」


「えー…」

円奈は、唖然とした。

81 : 第24話 - 2014/06/28 22:13:48.52 jNMOfO5M0 923/3130



「認められている武器は、布つき石と、鎖の二種類」

ジョスリーンは二本指をたて、ジェスチャーも交えて説明する。

「相手が降参したら、それも私たちの無罪放免です。これだけです!いいかな?」


「いいかな…ていうか……」

円奈が釈然としない様子で首をかしげて苦笑いしていると。



カンカンカン!

ついに、裁判官が小槌を叩いた。「審査開始!」


「うおおおおおお!!」

男達9人が、猛然と柵の囲いのなかをはしって、円奈たちに襲いかかってきた。

「やろう、ぶっ殺してやる!」


裁判官は真剣な目つきで、柵内の決闘を見守る。


「さあこい!相手してやる!私をバカにした男ども!恨みは晴れてないぞ!」

まず最初にルッチーアが受けてたった。


ついに判決がはじまった。


「おっ死ね!」

さっそく男がルッチーアに掴みかかり、投げ飛ばそうとした。



しかしルッチーアは逃げた。男の脇をすりぬけ、背後に回りこむと、後ろから男の背中に手を回し、持ち上げると、男の体が宙にういた。



おおおおおっ。

見物客たちが驚いた声を揃えてあげる。


「そんなんじゃわたしには勝てないぞ!」

ルッチーアは言い、男をもちあげたまま頭上へ放り投げた。男は空中でひっくりかえって、頭から落ちた。

82 : 第24話 - 2014/06/28 22:15:00.48 jNMOfO5M0 924/3130



「うごお!」

脳天を地面にうちつけた男が呻く。


魔法少女のとんでもパワーぶりをさっそく裁判で発揮してみせたルッチーアだった。




「やったあああ!」

見物客の都市の少女が喜び、腕ふりあげてはしゃいだ。


こんどはジョスリーンに男が攻撃をしかけた。

「女だからって容赦しないぞ!」

男は拳のばしてジョスリーンの顔面に殴りかかる。

それは、ひょいと身を逸らしたジョスリーンにかわされた。


「女は女でも、私は女騎士だ」

ジョスリーンいって、男のこぶしの手首もつと、グイと折り曲げた。


「いでででででで!」

目に涙ためて男が痛がる。


するとジョスリーンは男の腕をぎったまま引き寄せ、くるりとまわって肩を持つと背負い投げした。

「でなおしてこい!」

男は投げ飛ばされ、体を柵にうちつけた。


粗末な柵はバギっと折れて、男は柵を突き破って場外に落ちた。

「くそったれえ!」

83 : 第24話 - 2014/06/28 22:16:13.04 jNMOfO5M0 925/3130



円奈は意味もわからず裁判の法廷をみつめていた。

これじゃ裁判じゃなくて、まるでただの喧嘩だ。



しかしそんな円奈の戸惑いもしらず、裁判はつづく。


ルッチーアは別の男と拳をまじえた。


男の拳を身を逸らしてよけ、男の腕を握ると、自分を軸にして男をぐるんと振り回し、遠心力つけて男を柵の場外へ投げ飛ばす。まるで砲丸投げだ。


「んが!」

飛ばされた柵へ頭からつっこんだ。


男の頭が柵をバギっと割った。男は場外へ落ちた。木の破片が飛んだ。



「魔法少女さん、つよーーい!」

見物客の都市の少女が熱狂して目を輝かせている。「やっぱり、魔法少女って、素敵だわ!」


「あの暴力女の、どこか素敵なんだよ」

別の見物客が呟いた。


「くそが!」

柵内の男たちはついに我慢できなくなり、裁判官に武器を要求した。

「裁判官!鎖だ!武器の使用を!」



裁判官は頷いて、言った。「容疑者の武器使用を認める」


守備隊の1人が一本の鎖を彼に渡した。


ジャラジャラする鉄の太い鎖を受け取った彼は、ぐふふふと笑い、得意げに笑った。

「おれたちに散々にしやがる女どもめ、もうゆるさねえぞ……」



鎖をもち、うおおおおっと襲い掛かる。

「ぶっ殺してやる!」


ぶんぶん鎖をまわし、ふりあげ、魔法少女に鎖をあてようとする。


魔法少女はそれに気づいて、ぴょんとその場を飛んでよけた。


鎖は地面をたたき、石の地面を叩いた。

84 : 第24話 - 2014/06/28 22:17:31.07 jNMOfO5M0 926/3130



うおおおおっ。

観客が興奮の声をあげる。



「まだまだあ!」

男は鎖をぶんぶん振り回し、魔法少女に攻撃をしかける。

今度は横むき。


ぐるんと鎖がまわり、ジャラジャラ鳴った。

魔法少女は素早く屈み、片膝ついてしゃがんでよけた。ブン!鎖は空気中を横切った。


うおおお!

その華麗なかわしっぷり、身のこなしに、観客たちは熱狂し釘付けになる。


鎖はこうして空振り、遠心力で勢いづいてしまい、男のまわりを一周し、そして彼自身に巻きついた。


ジャラ!

ローブ姿の男に鎖がまきつく。そのとき、バシーンといい肉を叩く音がした。


「いってえ!!!」

彼は涙声で痛みを訴える。


間髪いれずルッチーアは立ち上がって、男に迫った。


彼の片足に手をかけ、もちあげる。


「うおおおっ!」

男は片足をもちあげられ、バランスを失ってよろめいた。


「地獄に案内してやる!」


魔法少女はそう言い、男をぐいぐい前へ押しだした。男は、片足もたれたまま後ろへ飛び跳ねた。


片足立ちのまま押され続け、ついには柵まで追い込まれ、そして押し出された。

男は背中からくるりと柵をひっくり反って頭から場外へおちた。

「うがっ!」

柵をひっくりかえった彼は地面に頭を打ちつけた。


「おねんねしてな!」

魔法少女は、場外へはみでた男を見下ろし、言い放った。

85 : 第24話 - 2014/06/28 22:18:51.86 jNMOfO5M0 927/3130



おおおおおおっ。

見物客たち、熱狂。


「ルッチーア!ルッチーア!ルッチーア!」


そんなエールまでかかる。

するとルッチーアは笑って、手をあげ、見物客のエールと声援に答えた。

「ありがとう!ありがとう!もっとわたしを応援してくれ。」


おおおおおっ。

「ルッチーア!ルッチーア!」

見物客のエールは、ルッチーア一色となる。



「ふざけやがって!」

別の男は、すっかり裁判所の人気者となった魔法少女に不満を爆破させ、殴りかかる。


「昨日といい今日といい、我慢ならねえ!暴力悪女め!」


「裁判官!」

魔法少女は裁判官を呼んだ。「相手側の武器の奪取は認められてますよね!」


裁判官はテーブルで、静かにうなづいた。「容疑者の武器の奪取を認める」


「よっしゃ!」

ルッチーアは鎖をもちあげた。ジャラ。魔法少女が、鎖を握りもつ。

1メートルほどある長さの、太い鎖を振り落とす。

それで男の顔をなぐった。


「へげっ!」

男は顔面を鎖にあてられて、真っ赤にしてぶっ倒れる。


「このアマ!」

もはや生き残り少なくなった別の男もルッチーアに襲い掛かる。


「あう!」

その彼も鎖で殴られて、ぶっ倒れた。二人の体が交差して重なった。


「ルッチーア!ルッチーア!」

エールは、魔法少女に声援を送り続ける。

「ルッチーア!ルッチーア!」



男側の陣営は、こうして生き残り三名となった。

86 : 第24話 - 2014/06/28 22:21:00.45 jNMOfO5M0 928/3130



「やるじゃないか、ルッチーア!」

法廷の柵のなかで、女騎士のジョスリーンが手を叩いて魔法少女を激励している。

「さすが魔法少女だ!そのまま私たちの無罪を証明してくれ!」両手広げて、女騎士はそう言った。


「うおおおおお!」

「うわあああああ」


もはや法廷の場は、鎖をぶんぶん振り回す魔法少女とそれから逃げる人間の男の追いかけっこの場と化した。


ルッチーアは鎖を鞭のように頭上でまわし、男達は助けてくれえと悲鳴あげながら法廷の柵内を逃げ回った。



「どうした!ほら!かかってこい!」

魔法少女は、鎖振り回しながら、男達に呼びかける。

「私をぶっ飛ばすんじゃなかったか!ほら、かかってこい!どうした!腰抜けめ!」


「うわあ!」

男はルッチーアに柵の隅まで追い詰められた。

彼の顔が恐怖に引きつり、恐怖に固まった顔で、彼女をみあげる。


「しね!」

魔法少女は怒鳴って、男の顔面むけて鎖を振り落とした。


「いやああ!」

男は必死に、柵から逃げた。

木の柵は、バギっと鎖によって裂かれ、折れた。


木片が飛び散った。柵は裂けた。



おおおおおっ。


見物客たち、拍手。命からがらの男の脱出に感心したのだった。


「逃げるだけの意気地なしめ!」

魔法少女が男たちを追いまわし、罵倒を叫ぶ。

「どうした!わたしと裁判してるんだろ!わたしと闘え!」



「無茶いうな!」

男達は必死に逃げつづけた。しかし、ルッチーアの鎖に尻を叩かれた。

「いだーっ!」

目に涙ためて痛がる。

87 : 第24話 - 2014/06/28 22:22:20.05 jNMOfO5M0 929/3130



「鹿目さま、わたしたちの無罪放免も時間の問題ですね」

ジョスリーンは冷静に、裁判の戦況を分析していた。

円奈はぽかーんと目を開けて裁判を見届けていた。「わけわかんない……」


尻をたたかれた男は足を何かにひっかけてころげた。ドダンと頬をうちつけ、ぎゅっと目を閉じた。

魔法少女は、鎖をもちあげ、まさに男にとどめをさそうとしているところだった。

「これで私たちは無罪放免だ!」

「やめてくれ!」

男は顔を両手で覆い、助け請った。ルッチーアは容赦しなかった。鎖をふりあげ、ぶんと振り落とす。

1メートルほどの長さの太い鎖が、ふるい落とされる。

「うわあああっ!」

男は叫び、本能的にぐるりと身を回した。頭抱えながら身を回転させ逃げる。

すると鎖は床をたたき、地面をえぐった。石の破片がバラバラと飛び散った。煙があがった。


おおおおおっ。

見物客、すれすれの男の回避に拍手。


すると男はころげた体勢のままで、足を動かすと魔法少女の足に絡めて、ひっかけた。

ぐいっ。

足を絡めてまわす。


「うお!」

ルッチーア、足を絡めとられてすってんところぶ。尻餅をつく。鎖が手元から落ちた。

88 : 第24話 - 2014/06/28 22:23:42.52 jNMOfO5M0 930/3130


おおおおおっ。

観客、驚きの声。


「調子にりやがってこの暴力女め!」

男はころんだ魔法少女の体をもちあげた。ひょいと持ち上がる体。魔法少女は、かるかった。


「だれが暴力女だ!」

ルッチーアは男にひょいと持ち上げられながら叫ぶ。


すると、見物客は野次を飛ばした。「おめえだよ!」



男側を応援する見物客たちがこの展開になってわーわー沸き立つ。

「やっちまえ!目のものをみせてやるんだ!」


「場外に投げ込んでやるさ!」

男はつかみあげた魔法少女を、場外へ運んだ。「みてろ!イカレ女を裁いてやる!」



「あ、まずいな」

ジョスリーンが動き出した。


「こっからは俺たちによる裁きだ!」

男は魔法少女を頭上に持ち上げて、柵外に落っことそうとした。

「悪女どもめ!男の裁きをみててやる!」

が、まさにそのとき、彼は鎖に首を絞められた。


「うごごご!」



女騎士が背後から鎖で彼を首絞めていた。


「そいつを場外にだされたら困るんだな」

ジョスリーンは男の首を鎖でしめ、背後から睨んで囁いた。「わたしの大事な弁護人なのでね」


男は柵の内側へと戻された。

背後から鎖をぐいぐいひっぱられ、男は後ろ向きに数歩よろめき、そして女騎士によってぶんと投げ飛ばされた。


男は魔法少女と一緒にどってーんところげた。二人は柵の中心で頭うちつけた。

89 : 第24話 - 2014/06/28 22:24:49.04 jNMOfO5M0 931/3130



裁判官がテーブルで目を見張る。



「いってえ!」

ルッチーアがぱんぱん、服の埃をはらいながら起き上がる。「乱暴しやがって!」



「おまえにいわれたくねえ!」

男は起き上がって、ルッチーアに馬乗りになった。

「乱暴女め!いま大人しくさせてやる!」


男は、馬乗りした上から魔法少女の顔をなぐった。



「いて!」

拳骨が鼻にあたる。


ついに男側の反撃がはじまった。


「やれ!その調子だ!」

見物客、興奮が高まる。


ところが二発目を殴ろうとしたら、男の肩は、魔法少女につかまれた。


「顔を────」

ルッチーアの怒りが爆発している。「殴ったな!」


魔法少女は、男の肩をつかむまま引き寄せ、頭突きをした。


「うごっ!」

男の顔面に魔法少女の頭がぶちあたる。


そして何度も何度も頭突きされた。馬乗りにされた魔法少女は男の肩をがっしり掴み、繰り返し頭を持ち上げ、男の顔面に頭突きする。




男の鼻から血がでてきた。

もう何度目か分からないくらいの頭突きをうけた男は、ついにぐったり倒れた。



すると魔法少女は馬乗りにされた男を追い払った。

男はルッチーアの隣に身を倒した。

「吹っ飛べ!」

すると魔法少女は男をもちあげて、肩から投げ飛ばした。

男は砲丸投げされた。


投げ出された男は柵をブチっと突き破って、場外へはみ出た。裁判官の机の真下あたりに落ちて、彼は気絶した。

90 : 第24話 - 2014/06/28 22:25:39.99 jNMOfO5M0 932/3130


「すごーい!」

場外の見物客の都市の少女が、手と手を合わせて感動している。「かっこいい…!」



別の男は、ジョスリーンによって、鎖をふるわれぎたんぎたんにされていた。


女騎士はヌンチャクみたいにびゅんびゅん器用に鎖を振り回している。

「う!」

鎖が男を叩く。

「いたっ!」

ぶんぶん、振るわれる鎖は男に当たる。鎖はバチバチと背中を叩き、顔をたたき、足を叩いた。


男は鎖の痛みから逃げるように柵へ。


柵にひっかかった男は、柵を乗り越えて逃げようとする。

「なんだ?外にいきたいのか」

そのはみだした尻を女騎士はトンと蹴った。「てつだってやる」


ドン。

尻を蹴りだされ、男は柵からずり落ちる。

「うげ!」

彼は顔面を枠外にうちつけた。

91 : 第24話 - 2014/06/28 22:26:45.92 jNMOfO5M0 933/3130


のこる一名となった男は、円奈に襲い掛かった。


円奈の服をひっぱり、髪をひっぱった。


「い、いや!」

円奈は昨晩のことを思い出し、男の感触におびえた。

「触らないで!やだあ!髪をひっぱらないで!」

あまりにも少女が嫌がるので、男は戸惑って、手をとめてしまった。「あ……なんか、ごめんね…悪気はなかったんだけどね…」




女騎士が、男をうしろから羽交い絞めにした。

「そのお方に触れるとは、命運尽きたな」


「え?」

若い男は恐怖して、ふりかえった。


「私の大切な紋章官なのだよ。ルッチーア!ほれ!」

女騎士は男の背中をドンと蹴った。男は前のめりになりながらルッチーアのもとへ、つまづいた。


「はいさ」

ルッチーアは男の足首を後ろからつかんだ。「天変地異を味わえ!」


魔法少女が足首をもちあげた。ずるっ。すると男は逆さ立ちになって、顔面を地面にガンとうちつけた。

「ううう…」

男は、泣いた。

92 : 第24話 - 2014/06/28 22:27:42.65 jNMOfO5M0 934/3130


勝負あった。

カンカンカンカーン!

裁判官の小槌が鳴る。


「そこまで!そこまで!静粛に!」

裁判官は、テーブルで宣言する。

「公明正大なる法廷において───」

裁判官が話し、すると市長は羊皮紙に書き留める。

「判決がくだった!アデル・ジョスリーンら三人は無罪!ジゾールら9人は、有罪!」


「ちっくしょおおおおお!」

場外にでた男、柵内で失格した男、裁判に負けた男たちはみな悔しがった。


彼らは再び守備隊たちに連行され、牢獄へともどった。

「またも裁判で女にまけちまった!くそったれえ!」

と、昨日の酒場で、娘の留学金のことで裁判した男は、この二度目の裁判の敗北に嘆いた。


93 : 第24話 - 2014/06/28 22:29:02.37 jNMOfO5M0 935/3130



それにしても、なんたる裁判だろうか。

しかしこれがこの時代でいう裁判だった。



トラブルの当事者同士が、裁判官と市長が見守るなかで決闘し、その勝敗によって判決をくだす。

それは正式にして公明正大な判決だった。



結局、トラブルの当事者同士が、決闘して罪状の如何を決定するしかないのだ。



もちろんメリットだってある。

トラブルの当事者同士は、もちろん互いに敵意を抱くから、決闘すること自体は当事者同士の合法的な喧嘩である。


裁判官がみているなか、堂々と、トラブルの憎き相手を叩きのめすことができる。


それに解決もはやい。


証拠をあつめて、話し合い、弁護して……といった裁判は、金がかかり、しかも時間もかかる。


いっぽう決闘裁判は、一日でトラブルが解決し、白黒はっきりする。


しかも、賄賂などの不正の入る余地はない。


裁判官と市長はあくまで決闘を見届けるだけだから、いくら彼らに賄賂をおくったところで、結局は決闘にかたなければ意味はない。


決闘こそは、不正の入り込む余地のない、まさに正々堂々としたトラブル当事者同士の解決方法だった。



肝心な公平さが大きく欠けてしまっているのだが。


こうして男達は魔法少女をあいてに戦い、決闘裁判に負け、有罪が正式に決定した。



決闘裁判に勝利した鹿目円奈ら三人は、無罪が正式に決定した。


もう、守備隊に容疑もかけられないし、彼女らについて容疑を口にするこも許されない。

完全なる白の身になるのだ。

94 : 第24話 - 2014/06/28 22:29:53.50 jNMOfO5M0 936/3130



「次回からは──」

市長が、決闘の様子を見守っていたなかで、感想を裁判長に呟いた。

「魔法少女が法廷にたつときはは、ハンディを設けましょう」


裁判長も頷いた。あまりに一方的に暴れる魔法少女の圧倒的すぎる力量は、いささか、この公明正大なる裁判において、不公平な感じがある。


「そうしましょう」

95 : 第24話 - 2014/06/28 22:31:32.88 jNMOfO5M0 937/3130

189


「さてめでたく、これで私たちも潔白だな」

裁判に無事勝利に、無罪を証明したジョスリーンら三人は、法廷を離れた。


決闘が終われば、もうなんの手続きもいらなかった。



「一時期はさすがのわたしもきついな…と思ったが、さすが魔法少女が味方にいると負ける気がしないものだな」

女騎士ジョスリーンは、うんうんと頷きながら、腕組んで目を瞑り、裁判を振り返っている。

その動きに合わせて金髪のさらさらの髪がゆれた。


「あ……あれで…よかったのかな…」

いっぽう三人のうち、まだ釈然としない気でいるのが、円奈だった。

「鹿目さま、どうされましたか、これで私どもの疑いは晴れたのですよ」

ジョスリーンは円奈の肩に手をおく。

「安心を。市長も裁判長も私どもの無罪を認めましたから。だれももう文句いいませんことよ!」


「いや……そうじゃなくて…なんていうか…」

円奈は困った顔して、言葉をさがしている。「かわいそすぎないかなって…」


「鹿目さま、あの男どものことで?お優しい方だ!」

ジョスリーンは円奈の肩から手を放して、両手をあげた。

「実に気高き少女騎士よ!ですがね、最初に喧嘩をふっかけたのはあの男どもですぞ。ルッチーアに対して発言した侮辱の数々を覚えてますか?この都市には魔法少女不可侵という法律がありましてですね、都市の魔法少女に言葉や暴力で傷つけることは、罰則なのですよ」


「ううん…」

円奈は、まだ重く沈んでいる。


地面をみつめ、はあとため息つくと、裏路地を歩いた。



「鹿目さま?どちらに?」

金髪の女騎士は翠眼で円奈をみつめ、それから、走っておいかけた。

「無罪放免になったのに、どうして元気がないので?鹿目さま!」



「あのときはどうやってルッチーアさんを助けたのかわからなかったけど…」

円奈は、女騎士に背をみせたまま、ぽつぽつ裏路地を歩いて、声をこぼした。

「あの人たちの罪をでっちあげてたんだね…」

静かに言い放ち、女騎士に背をみせる。

96 : 第24話 - 2014/06/28 22:32:16.13 jNMOfO5M0 938/3130


ジョスリーンは、その場で立ち止まり、腰に手をあて、言葉もなく翠眼で円奈の後姿を見つめた。

あとを追おうとはしなかった。


円奈は、女騎士のもとを去る。


「あんたには感謝している。本当だ」

ルッチーアはジョスリーンの後ろにいた。

「けどここでさよならとしよう」

黒髪の魔法少女は、金髪の女騎士の後ろから、少しだけ寂しそうに言った。

「人間がさ、わたしら魔法少女に関わると、いいことないぜ。二度と会わないにしよう。互いのためさ」

といい、彼女も、ジョスリーンのもとを去った。



1人そこに取り残されるジョスリーン。

円奈もルッチーアも彼女のもとを離れた。



途端に、三人は解散となった。



だがそこでジョスリーンは諦めない。

97 : 第24話 - 2014/06/28 22:33:57.65 jNMOfO5M0 939/3130



円奈もルッチーアもそれぞれの方向に去ったが、ジョスリーンは、円奈のあとを追って走った。


裏路地の街角を曲がり、細い通路を走って、円奈のあとを追う。


「鹿目さま!」

女騎士は走る。「鹿目さま!」


円奈はクフィーユを裁判所から取り戻して、その背に乗ろうとしていた。


円奈は、顔をジョスリーンにむける。


「鹿目さま!」

ジョスリーンは円奈のもとに走ってきて、はあはあ息をはく。

「私の紋章官をしてくれる話は!」

と、女騎士は、息をきらつつ問う。「私の紋章官をしてくれるのでなかったか!」



「やらない…」

円奈は、落ち込んだ声をしていた。「私、エレムの地を目指しているんです。だから、そんなことしてる場合じゃ…」


「紋章官がいなければ、私は馬上槍競技大会にでれないのです!」

ぜえぜえ、顔を赤くして息を乱しつつ、女騎士は円奈に頼み込む。

「あなたしかいない!」


「罪状をでっちあげた上に、次には楽しいスポーツを?」

円奈の声は冷ややかだ。

彼女はクフィーユを連れて街路を歩き出した。「ごめんね。別の人を探して」


98 : 第24話 - 2014/06/28 22:35:09.16 jNMOfO5M0 940/3130


円奈は街路を進み、都市をでる決意でいた。女騎士は息をぜえぜえしながら、去る円奈の後姿を見つめていた。



しかし、女騎士は、諦めなかった。


「あなたが羨ましい!鹿目円奈!」

と、突然ジョスリーンは、いきなり大声で、そんなことを言った。




「私は、貴婦人の騎士に生まれながら、魔法少女の護衛兵になれたことがない!」



円奈の足がとまった。



「だがきみはエドレス領土の姫・アリエノール・ダキテーヌの専属傭兵を務めた少女騎士! 自分を汚すこともなく────」


赤く顔を染め、息を乱し、ぜえぜえ喘ぎながら女騎士は語る。


「魔法少女のおそばにいられる騎士だ!だがわたしは、わたしは───」


円奈はピクリとも動かない。ジョスリーンに背をむけているだけだ。


「夜警騎士としての立場を使うことでしか、魔法少女の助けになることができない!実戦の経験も実績もなく──」


女騎士は膝に手をつきながら、懸命に息をつなぎ、翠眼で円奈を見続ける。


「魔法少女の護衛兵でもない私ができることは、権利を使うことだけだ。だから夜警騎士になった!」


円奈はまだ動かない。

99 : 第24話 - 2014/06/28 22:36:52.91 jNMOfO5M0 941/3130



「私はルッチーアを助けたかった。いつも誰にも知られずに魔獣と命かけて戦っている魔法少女の助けになりたくて───」


女騎士は、語り続けた。


「職権をつかって彼女の無罪を証言した!鹿目円奈、私は夜警騎士として、いつだって魔法少女の味方だ! そのためになら私は汚れたっていいんだ。魔法少女の助けにさえなるなら───」


そこで、彼女はいったん、息をつなぐ。


「あなたはキレイなままで魔法少女護衛を務める騎士だ!だが私は汚れている!世間さえ敵に回してでも魔法少女の味方になる。都市には、他に魔法少女の味方にたつ人間なんていないからだ!」



ぴく。

はじめて円奈の背中が、わずから震えた。


「私はこの都市でいちど、魔獣の結界にとらわれた。そこを都市の魔法少女に命を救われた。彼女たちはそうやって寝る間も惜しんで魔獣と戦い────昼間は人間世界の孤独と戦っている!」


一度そこで間が入る。

彼女は息をすって、つづけた。


「私を助けてくれた魔法少女も、都市という人間世界のなかで生きる孤独に苦しみ、そして修道院で円環の理に導かれた。人間の誰にも理解されないままこの世から消え去った。町の人々は、魔法少女の存在を頭では理解しつつ、心では敬遠している!」

100 : 第24話 - 2014/06/28 22:38:27.18 jNMOfO5M0 942/3130


円奈の肩が、すこし震える。


「あいつらは、みんな孤独なんだ!自分達の魔獣との戦いは、決して報われることがないんだって、諦めかけている! 私は魔法少女の味方になりたい!たとえ職権濫用しようとも、助けを求める魔法少女の声を無視しない! 夜警騎士になったのは、この権利を使って魔法少女の助けになりたいからだ。でも本当は、いつか魔法少女の護衛兵になって、魔法少女のあそばにいてあげられる騎士でありたい。それが私の夢だ!」



円奈は、なにもいわない。


「だがそのためには実績が必要だ。馬上槍競技大会でトロフィーを勝ち取らないとだめなんだ。頼む、お願いだ、鹿目円奈。これが最後のお願いだ。それでもきみがいやだというのなら、もうきみには頼まない。鹿目円奈、魔法少女護衛兵を務めた気高き少女騎士よ、私の紋章官になってくれ!そしたらもう不正はしない!きみに誓う!」


「…」

まだは無言だ。


女騎士はまっすぐ翠眼で円奈の後姿を見つめ続けた。

彼女も、一歩も退かない。


すると、ついに、円奈が口を開いた。

「…いいよ」

やっと円奈は振り向いて、ジョスリーンをみた。その顔は優しかった。

「わかった。あなたの紋章官になってあげる。少しだけね?」

101 : 第24話 - 2014/06/28 22:39:21.69 jNMOfO5M0 943/3130



女騎士の顔が明るくなった。


「でも、馬上槍競技大会は───」

円奈は、クフィーユの頭を撫でると、言った。「騎士として正々堂々、戦ってよね」



女騎士は円奈の前へ歩き進み、手をとった。「もちろんだ」

円奈の手が、ジョスリーンに握られる。

「感謝する」

102 : 以下、名... - 2014/06/28 22:40:30.93 jNMOfO5M0 944/3130

今日はここまで。

次回、第25話「同業者組合ギルド」

103 : 第25話 - 2014/07/05 21:33:13.17 +QKUOdV50 945/3130

第25話「同業者組合ギルド」

190


ジョスリーンらと別れたルッチーアは指輪をレーヴェスにもとに戻した。

場所はジョスリーンが自分の菜園といっていたから、アデル卿の私宅にいって、とってきた。

そばにいけば、魔法少女は別の魔法少女のソウルジェム位置を魔力反応で知ることができる。



レーヴェスは修道院の菜園で目を覚ました。


この時代、ゴシック様式の修道院の裏側には、小さな庭に菜園などを造り、香料となる植物を育てている。

菜園だけでなくて、水道施設もあって、泉を水がながれている。



ゴシック様式の修道院の外側は、フライングバットレスという飛梁の構造があり、外壁を多数の尖塔アーチが支えている。


飛梁アーチの先端には尖塔があり、それがゴシック様式の特徴だ。

104 : 第25話 - 2014/07/05 21:34:54.42 +QKUOdV50 946/3130



その外壁にかかった尖塔アーチの下で、レーヴェスは目を覚ました。


指輪がレーヴェスの胸元におかれる。


水道施設を囲う緑色の芝生にレーヴェスは腰かけていた。目に生気が戻り、目をあけ、修道院の水道施設に流れる透明の水を眺めながら、呟いた。

「人間に魂を売ったな」


ルッチーアは言った。「人間に恩を返しただけさ」


「おまえは私たちの唯一の心の寄りどこに人間をいれた。おまえは私たちの居場所を汚した」

レーヴェスの声には軽蔑がこもっている。

「修道院長に報告する。私にした仕打ちについてもだ」


「本当に私の恩人だったんだ」

ルッチーアは、切実に話した。「助けてほしいといったら助けてくれた。別になにも悪いことしてないさ。それに人間の石工屋と大工が建ててくれた修道院だろ。たまにはいいじゃないか」


「じゃあおまえは、円環の理に導かれるところを、人様の前で晒してもいいというのか?」

レーヴェスの冷たい口ぶりは変わらない。

「私たちの魂が天に運ばれて、脱け殻になった肉体が残るのを、人様に晒してもいいと?修道院は、私たちの秘密を人間に隠すための場所だ。みんな約束を守ってる。おまえだけが約束を破った。裏切り者め」


「ああ、わるかったよ!」

ルッチーアは立ち上がった。「私はこれにて晴れて修道院、出禁だね。」


修道院外側の尖塔アーチをくぐりながら、ルッチーアは修道院のもとを去る。


最後にくるりと向き直って、レーヴェスに告げた。


「いつまでもそうやって修道院にこもっていろよ。だがいつか人間にばれるときがくるんだ」


レーヴェイは冷たい目をしながら、地面の芝生をみつめ、言い放った。


「そのいつかをつくるのはおまえみたいな魔法少女さ」


ルッチーアはそれには言い返さず、ただ両手をあげるだけの仕草をした。返す言葉はないよ、のポーズだ。

彼女はするとまたくるりと回って、背を見せると、彼女は修道院の土地を去った。

105 : 第25話 - 2014/07/05 21:37:10.10 +QKUOdV50 947/3130

191


時間は昼過ぎになった。


昼過ぎとわかったのは、支庁舎の建物の鐘楼が、ゴーンゴーンと"六時課"の時刻を知らせたからだ。


すると、市場広場は、いよいよ市場として盛り上がりをみせはじめた。


彼らはベンチを用意し、商品をならべる。荷車で商品を運び、市場に買い求めにくる客と、やり取りをする。


商品を売るには、みな市民であった。


都市の市民はみな職人なのであり、何かしらの商品を売っている。

それがさまざまな品目だったりするのだが、昼過ぎの時間帯で多いのは、やはり食糧品だ。


ざっとあげると家畜用の干し草商、焼いて食べるための家禽、チーズ、バター、塩漬けの魚(ソルグ川でとれた魚の転売は禁止されている)、レンズ豆、さくらんぼ、アーモンド、桃の種、干しブドウ、きび、さんご、白ビールなど。


市民たちは、それを市場まで、馬に乗せたバスケットや、荷車などを使って運び出す。



時間帯によって、市場の開かれる時間と、時間帯ごとに市場に並ぶ商品も決まっていた。


その時刻を知らせるための市庁舎の鐘の音である。


朝に準備がはじまって、10時ごろ市場は開かれる。このとき、朝の鐘が市庁舎で鳴り、町に響き渡る。

106 : 第25話 - 2014/07/05 21:38:42.74 +QKUOdV50 948/3130



朝には食料品がおもに市場に並びたてられるが、二時過ぎからは日用品になる。

日用品は、衣服、石けん、麻、ろうそく、黒色フスティアン織地、油、着色毛皮、時計、鏡、書籍(文説教集)、真珠、紙、ろうそく芯ばさみ、靴、巾着。特に大量に売れたのが麻と石けんだった。



他、馬上槍試合の開催期間であるここエドレス都市は、騎士たちのための装備品も多く売った。


ギルド職人たちが、わざわさ店舗から都市広場にまで荷車で運ばれて売られるそれらは、鞍袋、馬勒(馬の顔にかぶせる布)、馬腹帯ベルト、拍車、鐙、むながいなども売る。


4時ごろは撤収の準備をしろと知らせる号鐘が鳴る。


夕方を過ぎると、夜警兵士が巡回をはじめる。

違法な売春婦や、盗品を売る悪徳商人が、日没とともに街路や路地にぽつぽつ出現しはじめるので、都市の風俗を守るため取り締まらないといけない。


もっと夜が深くなり、誰もが寝静まると、魔法少女たちが都市にでかけ、魔獣退治のために動きだすのだが、熱心な夜警隊は、そんな深夜の時間帯になっても巡回をする。

107 : 第25話 - 2014/07/05 21:39:58.59 +QKUOdV50 949/3130



夜警隊には歩兵の夜警兵士と、騎兵として夜警にあたる夜警騎士がいる。女性は珍しい。女騎士ジョスリーンがまさにそんな珍しい夜警騎士の一人だった。夜に都市を巡回・警戒態勢をとるので、魔獣の結界に迷い込んでしまった経験がある。


そもそも彼女は、貴婦人として申し分のない家柄に生まれていた。つまり王家の家来である。

だが彼女はあえて夜警騎士の職についた。親戚からは、”貴婦人騎士”と呼ばれるが、まさにジョスリーンは、貴婦人騎士であった。


戦うことを使命とした女騎士ではなかった。文句なく名門の家系に生まれた貴婦人女性だった。


108 : 第25話 - 2014/07/05 21:41:24.71 +QKUOdV50 950/3130



「お腹が───」

さてジョスリーンは、都市広場へ進みながら、円奈に話かけた。

「すきました?」


「う、うん…」

円奈はちょっと恥ずかしそうに、俯き加減で答えた。「昨日から何も食べてなくて…」


「せっかくですから」

この女騎士は翠眼で市場に集まる人だかりと、青空をみあげる。「食事を?」


「…うん」

円奈は、少し照れた顔して、上目で女騎士をみあげた。


「何をお食べに?」

女騎士は率先して都市広場の食品売り場へと足を進める。円奈が慌て彼女の長い金髪を追いかける。


「うーん…」

円奈は、真っ先に、いつも食べている肉を思い浮かべた。ところが、市場の家禽は生きたまま売られたり、やかれぬままバスケットの籠に入れられていた。つまり、家に持ち帰って焼けという意味であった。


旅の者である円奈にはこれでは買えない。


「…あの…食べたいのはそうなんですけど…」

円奈は、指先同士あわせて、困った彼女をみあげて、言う。「調理するところが……」


ジョスリーンはまわりの市場で売られている商品を見回した。

エンドウマメ、ソラマメ、レンズ豆、塩漬け魚、生肉。ぜんぶ調理しなくちゃいけないものばかりだ。


焼いたりゆでたり、捌いたり。

円奈には、それができる場所がない。また宿屋を借りたりしない限りは。

109 : 第25話 - 2014/07/05 21:42:58.02 +QKUOdV50 951/3130



「あー…」

女騎士は、こくこく、頷いて納得した。「そうでしたね」


市場では昼の盛り上がりをみせ、都市じゅうの人が集まった。


いや、都市の人だけではない。農村から出稼ぎにきた村人、収穫の余剰分を売りにきた田舎の者、都市まで道具を買いにきた他国の人など、さまざまな人たちが集まり、市場は活発な盛り上がりをみせていた。

耳をすますと、田舎の方言や、ワイン商人、外国のスパイス商人、いちご売りや炭火焼人の売り声や売り子の歌声、そのほかふれ役の声も。

いっぽうで、腐った魚を売った廉で女が、首手枷で晒し者にされている。そしてふれ役は、腐った魚を売るとこうなるぞ、と市民にふれてまわるのだった。


とにかくあらゆる声が交じり合い、飛び交っていた。



「料理店にいきましょう」

と、ジョスリーンは提案した。その翠眼は、いまやすっかり元気さを取り戻している。

「そこで調理してくれます。わたしたちはコインを渡して、あとは料理人が調理してくれるのを待つだけ。酒場みたいなものですよ。さあ」

「…うん、ありがとう」

円奈は決して聖地をめざす使命を忘れているわけではなかったが、今は、この女騎士の夢にもう少しだけ、付き合ってみることにしていた。

110 : 第25話 - 2014/07/05 21:44:06.26 +QKUOdV50 952/3130

192


こうして二人は晴天の下、エドレスの都市の小通路や、路地を巡り料理店を探した。


もちろん、都市にはさまざまな料理店がある。


だが代表的なのはなんといってもパン屋だった。



三圃制農業によって向上した麦の収穫量は、農村では余剰部分を生み出し、市場へと売られる。



麦は市民や、パン屋が買い取る。麦の種類はライ麦かエール麦が主だ。


麦を買い取ったパン業者は、捏ねた麦を客のためのその場で焼き上げ、客にもてなす。


エドレスの都市におけるパン業者のパンを焼き上げることへの情熱は高く、こだわった製造法をとっている。

その製造法は、円奈たちが、その目でみることになるだろう。



都市の他の料理店をあげると、家禽をローストにしてくれる肉屋料理店、ワインを売る居酒屋が目立つだろう。
居酒屋は、宿屋と複合した酒場になることもある。


「肉にしましょう」


女騎士ジョスリーンは、提案した。

円奈と二人で都市の路地を歩き、料理店を探している。


しかし円奈は、どの建物も石造りのレンガ模様をした店舗ばかりなので、どれがどれだか、さっぱり分からない。



「肉を食べましょう。明日の馬上競技のため、力をつけたい。鹿目さま、紋章官は、力を使う仕事です」


111 : 第25話 - 2014/07/05 21:44:59.62 +QKUOdV50 953/3130



肉は、円奈の主食だ。

「うん…」

円奈は、きょろきょろ路地に並ぶ料理店などの店舗と建物を眺めながら、答える。「そうするね」


円奈はだんだん、建物の料理店や商店の見分け方が、わかりはじめた。


街並を見渡すと、店舗や建物の壁に、飾り看板が吊るされているのだった。



看板にはいろいろな絵が描かれている。


たとえば骨と肉の絵。きっと肉屋だろう。



飾り看板は店舗の外壁に吊るされている。看板を吊るす鉄部分は、装飾に凝っていて、花柄模様などを表現し、レストランの絵柄を描いた看板を吊るす。


他にもいろいろな飾り看板があって、靴が描かれたり、ビールが描かれたり、鳥の絵が描かれていたり…。

円奈はきっと、靴屋さんとか酒場屋さんなんだなあ、と思った。

112 : 第25話 - 2014/07/05 21:45:27.92 +QKUOdV50 954/3130



「ここです」

女騎士は骨つき肉を描いた飾り看板が吊るされた店の前でたちどまった。


「さあこちらに」

ジョスリーンは円奈に微笑みかけて、店へと誘った。


ぐうとお腹のなった円奈は、お腹すかせながら、照れつつ店へと入った。

113 : 第25話 - 2014/07/05 21:46:30.82 +QKUOdV50 955/3130

193


肉屋の店内へと入った二人は、店内食卓で肉を頬張る客達の横を通り抜けて、カウンターまで進んだ。


店内は薄暗かった。



蝋燭の火と、窓から入ってくる光が少しばかりあるだけで、石に囲われた店内は冷たい。



「肉をくれ」

女騎士は肉屋の主人のもとまでずかずか歩いて、注文した。

カウンターに白く細やかな腕を載せ、店主に話しかける。「肉だ。腹をふくらませたい」


「どれだ?」

カウンターの店主はたずねる。

それからカウンターに張られた板に記された肉の種類とメニュー、値段について店主は説明した。


「うちが扱っているのは」

カウンターに張られたメニューへ指を沿わせる。

「牡鹿、兎、しゃこ…」

メニューを読み上げるごとに、メニューに沿わす指を隣へ隣へ、移していく。

「豚、牛、あなぐま、ビーヴァー、かわうそ肉だ。うちじや、どれも最高のローストに仕立て上げる。ソテーでもいいですがね。うちにきてよかったな、え?あんたには肉屋を選ぶ目がある」

といって店主はニタニタ、笑って女騎士に顔を近づける。


「うーぬ」


ジョスリーンは顎に手を添えて目を閉じ、考える素振りをする。

都市の肉屋は、どこにいっても同じことをいう。


「”ファルセット・チキン”もあるぞ!」店主は冗談めかして笑う。

114 : 第25話 - 2014/07/05 21:49:06.60 +QKUOdV50 956/3130



「まあ肉はどれでもいいんだが…」

金髪翠眼の女騎士であるジョスリーンは、カウンターに腕を載せたまま、メニューを見つめ、
注文した。

「まあ、私は雉と牛だな。あ、やっぱかわうそも。ソテーで頼むよ。ローストじゃなくていい。鹿目さま!貴女は?」

円奈は、ジョスリーンの後ろで二人のやり取りをじっと見ていたが、自分に振られて、うっと反応を示したあとで、呟き始めた。


「豚、牛、あなぐま、ビーヴァー、かわうそ、雄鹿、雉…」


いろいろありすぎる。


「まあ、わたしは、兎かな……」

バリトンにいたころよく食べた肉だった。狩りをして。


「兎?」

女騎士は不思議な顔で円奈をみつめたあと、しかし、何もいわず、店主に注文した。

「じゃあ、あの方には兎肉を頼むよ」



「あいよ」

店主はさっそく、カウンターでジョスリーンと円奈が見ている前で、肉をまず計る。


家禽などの肉類は、天秤の計量器具に乗せられて、重さを計る。


エドワード王は、エドレス都市すべての肉屋やパン屋に、客にだす肉量を、天秤で計量するように命じていた。

不正を防ぐためだ。



ところが商人とはずる賢いもので、計量器具にさえ仕掛けをうって量を偽る肉屋などがあった。


「うちの計量器具は国の検印つきさ」


と、肉屋の主人は言った。国王の認可のある正式の計量器具をちゃんと使っているわけだ。


「そりゃよかった」

女騎士はカウンターの計量器具をみつめた。

115 : 第25話 - 2014/07/05 21:51:30.31 +QKUOdV50 957/3130


この計量器具は、”棹ばかり”とよばれるタイプの計量器具。見た目は天秤だ。


天秤によって重さを量る。


錘をのせる皿と、肉をのせる皿があり、平行に天秤がつりあえばよい。




こうして肉屋の主人は棹ばかりをつかっ肉の量を計り、牛肉、兎肉、かわうそ肉、雉肉などを計り、厨房でナイフで適量に切ると、天秤皿ふたつが最も平行になった肉の量を定めて、焼き上げた。

厨房にてフライパンで炒める。


店主は炒めながら、こっちむいてたずねてきた。「バターか、あぶらか、ソース?」

「まかせるよ」

女騎士はいい、カウンタをはなれた。



すると円奈とジョスリーンの二人は、食卓のテーブルについた。


窓際の席だったので、比較的明るい。アーチ窓から外の光が差し込んできていた。

光は二人の座る木のテーブルも一部照らしていた。



電灯とは違って、光の当たる部分と、当たらない部分の明暗の差がはっきりしている。


「明後日に馬上槍競技がはじまります」

女騎士はテーブルの席に座り、両腕をテーブルにのせながら、説明した。

「最初の鐘で、まあ、午前9時ですね────開会の式です」


「それで…」

円奈はテーブルの席では、おとなしく手は膝にのせている。

「わたしは何をすれば?」

紋章官をするという話には乗ったものの、円奈はその紋章官というのがどういう職業なのかを知らない。

116 : 第25話 - 2014/07/05 21:53:37.80 +QKUOdV50 958/3130



「紋章官として、私を競技場にて紹介をしてほしいのです。血筋とか、家系とか、そういう説明です」

ジョスリーンは答えた。

「あとはそうですね、まあないとは思いますが、私が棄権するとなったら競技場の入場門に掲げた紋章に白旗をかぶせるとか、まあ、いろいろ…」

騎士には紋章がある。


紋章官は、そうした紋章があらわす国柄やら貴族の経歴を、公の場で大衆にむかって説明する役だ。



「家系なんてわからないよ…」

円奈は、困った。

「私が説明します。それに、私の家系だけじゃなくて。対戦相手、私の参加しない騎士たちの紋章も、きちんと読めなくてはいけません。騎士は紋章官がいないと、競技には参加できないのです」

ジョスリーンが言った。「だからあなたが必要なのです。あなたには、私が説明する紋章をすべて、覚えて、その読み上げ方も、覚えてほしい。まあつまり、馬上槍競技に参加する全ての騎士の紋章を。明日まで」


「それ…わたしにできるの?」

自信なさげな円奈が言うと、まさにそのとき店主によって、焼かれたソテーが皿ごとテーブルに置かれた。


途端にバター風味の香りがテーブルにたつ。

焼きあがりたてのソーテは、酪農業者が製造したバターで炒められ、かわうそ肉、雉肉、牛肉など全部ごっちゃになってドーンとおかれる。

円奈のほうに置かれた兎肉は油焼きであった。

こっちはソテーではなく油焼きで、ソースもふりかけられていた。

ギャランティン・ソースと呼ばれるそれは、パン、シナモン、ジンジャー、砂糖、赤ワイン、酢などを混ぜ合わせたとろりとした風味のソースだ。



バター風味のソテーと油焼きソースの肉料理のにおいに、思わず鼻がひくつく。

「おいしそう……」


円奈は、兎のあぶら焼きを見つめ、ナイフを手に取った。


この料理店にはフォークもあった。この時代のフォークは中流階級の下くらいの食器であって、円奈がいつか参加したダキテーヌ城での餐宴では、上流貴族はフォークは使わず、三本の指でゆうがに食事する。

そして優雅に唾を吐く。

きれいに横をむいて、ぺっと華麗に。

117 : 第25話 - 2014/07/05 21:55:38.62 +QKUOdV50 959/3130



円奈はフォークとナイフで、肉をきり、そして一口サイズにして、口にする。

途端に、顔が幸せいっぱいになった。

香辛料ソースいっぱいの肉料理の味が口にひろがった。



まるで薄幸の貧乏少女が肉料理をはじめて口にしたような反応に、女騎士のジョスリーンはふっとおかしそうに微笑んで、自分もナイフをとった。


アリエノール・ダキテーヌの専属傭兵を務めたなら、今ごろ自分よりよっぽどお金持ちのはずなのに。


「鹿目さまには私の紹介役もしてほしい」

と、ジョスリーンは話した。

「馬上槍競技で私が出番になったとき、あなたは観客と、主催者たちに、私のことをざっと紹介を」


「うーん…でも」

円奈は肉を噛み締めている。「どう紹介すれば?」


「そこは心配なさらずいてください。紹介文は自分で考えてあります」

女騎士はソテーの肉をナイフで切る。

「鹿目さまにはそれを読み上げてほしいのです。私が自分で考えた文を」

といって、フォークで肉を口に運ぶ。


「はあ…」

円奈が声をもらす。生まれて初めて使うフォークでぎこちなく肉を口に運んだ。

118 : 第25話 - 2014/07/05 21:57:43.63 +QKUOdV50 960/3130



「紋章はご存知で?」

女騎士はたずねてくる。


「えっと……へんな模様みたいな、あれだよね…」

と、自信なさげにいうと。


「へんな模様なあれ…」

女騎士は、呆れた力抜けたような声をだしたが、頷いた。「まあ…そんなところです」


といって、自分の印章をとりだす。

「これが私のアデル家の紋章てす。これは印章で、溶かした蝋を手紙にはっつけたりするものですが…この模様は」


印章は、木の小さな箱のようなものだった。手の平サイズの四角い印章は、模様が彫られていて、その模様は、盾のような形したかまぼこ型の印章で、鷹が描かれていた。


鷹は翼をひろげていて、顔は横向きで、口ばしを開いていた。


なんとなく円奈は、鷹の絵をみて、来栖椎奈を思い出した。



自分の印章をとりだして円奈にテーブルで説明しているところを、肉屋の店主が、そっとカウンターから身を乗り出してみつめた。



女が印章をもっているところを見るや、眉間にしわ寄せ、まずい、という顔をした。


「これを、全部覚えていただきたい!」

女騎士は、ローブの中から、今日の馬上槍競技の参加名簿が書かれた羊皮紙をとりだし、くるくる丸められたそれを、ひろげた。


そして、円奈の前に、どんとひげた。


「…ええっ!」

円奈は、テーブルにひろげられたそれを見て、あっと声をあげた。

119 : 第25話 - 2014/07/05 21:59:18.08 +QKUOdV50 961/3130


羊皮紙にはおびただしい数の紋章が描かれていた。馬上槍競技の参加者一覧の名簿と紋章。


ざっとみただけで40人、50人の名前は載っている。そして紋章は、小さく名簿に描かれて、50人分の紋章と系図が、そこに記される。


西世界と呼ばれるこっちの大陸の、腕自慢たちが、今日の槍試合のためにごぞって参加した豪腕騎士たちの名前であった。


「ご安心を!」

と、女騎士はいった。「この対戦相手たちに、魔法少女はいません。みな騎士たち。人間だけです」


「いや…それはいいんだけど…」

円奈は、目を見張って、羊皮紙の参加者名簿に目を通している。


「これ…わたし全部覚えるの?」


「紋章官ですから、紋章が読めなくてはなりません」

女騎士は説明をはじめる。

「この紋章がウルリック公…」

羊皮紙名簿の一番左に載っている名前に指をあて、その紋章を示す。

赤色に染め抜かれた金色のドラゴンが火を噴いている紋章だった。円奈はその紋章に見覚えがあった。


「これがジル家…」

女騎士はその右隣の名前に指をあて、紋章を示す。

その紋章は、青色ベースの色に、猛々しい黒い鷲が描かれている紋章だった。


「これがリキテンスタイン家で…」

次に示された紋章は、赤と白の斜め縞模様。


「これがコルビル卿…」

赤い背景色で、黒い獅子が尻尾ゆらしながら飛び掛る図の紋章。


「…」

円奈は、言葉も失って紋章という紋章の数々に目を通す。


「カーレル、ドビー、ポール、アントニン、デービー、ベベルルレー、ブラディミア……」


黄色と緑色の市松模様、縦の縞模様、横の縞模様、斜めの縞模様、バッテン印に交差した紋章、下だけ市松模様で上が縞模様、なんでもありだった。

そして女騎士は50人分の参加者名簿の紋章をすべて説明しおえた。


「それでこれがヒリップ伯爵。」

白色ベースに、赤色の筋が横に一本はいった紋章。50人分の紋章がこうしてすべて説明された。


「さ、もうこれで大丈夫ですね?」

120 : 第25話 - 2014/07/05 22:00:40.02 +QKUOdV50 962/3130



「ぜん、ぜん」

円奈は首を横にふった。「なんか、途中から全部同じにみえてきました」


「時間がないんだすぐ覚えてくれ!」

女騎士は両手をふりあげ、円奈に頼み込む。

「対戦相手の紋章を読み間違いになったりしたら、その場で参加資格を失う!どんなに成績好調でもだ!」


「そうはいっても!」

円奈も声が大きくなる。「こんなの無理だよ!覚えられないよ!」


「明日まであります!今日と含めて二日間!」

女騎士は指を二本たてて強調し、懸命に頼む。「その気になることが大事です。その気になってやりきるんです!」


円奈もジョスリーンも席をたって言い合いをはじめる。

「こんなの無理だよ!どうして私を紋章官に選んだの?他にもっと紋章わかる人いたでしょ!」

「いいや鹿目さま、あなたしかいない!私がなぜ馬上試合に優勝したいかいったはずです!」

「そうだけどー!」

「こんな言い合ってる時間がもったいない。さあ、予行演習を。この紋章はどこの一家?」

「えーっと、フーレンツォレルン家?」

「ちがうベルトルトーイライヒェナウ家だ!」

女騎士は大声を散らす。「鷲だと思ったらぜんぶフーレンツォレルンと思ったら違いますよ!」

「ほら、わたしには無理だよ!」

円奈も女騎士に負けないくらいの大声になる。

「その気になれ?無茶いわないでよ!」円奈の声もいらいらしている。

「ムルファトナール家はどれだ?」

「これ?」

羊皮紙に描かれた50の紋章のうち、上半分は黄色、下半分は赤の紋章に指をあてる。

121 : 第25話 - 2014/07/05 22:02:21.31 +QKUOdV50 963/3130



「そう、それ!」

女騎士は嬉しそうに顔を綻ばせた。円奈の手をつかみ、両手にもちあげた。

「みなされ!その気になればできる!わたしのいったとおりではありませんか!」

「ううう…」

円奈は、しゅんと頭を垂れた。「あてなきゃよかった…」



「てめえら、うるせえな!」

あまりに二人が大声でいいあっているので、隣のテーブル席の男たちが、文句いってきた。

「静かにくえ!くそったれ!」


「……」

円奈は、静かにテーブル席にまた座る。ジョスリーンも席についた。


「マスター!ローマニィはまだか!」

怒鳴った男は、今度は店主にむかって叫ぶ。「楽しみにしてるんだよ!」


すると店主は、梅噛んだような気まずい顔をした。女騎士をちらっと目をむけたあと、頷いた。「ああ待ってな」


「ローマニィ?」

ジョスリーンはちらっと顔をあげて、店主のほうを翠眼の眼で不思議そうにみつめた。


金髪がはらりとゆれ動く。

「ローマニィって…」

女騎士は、腕をテーブルにのせ、グーにした手を顎元に添え、考える素振りをする。


円奈は、兎肉のあぶら焼きローストを、ナイフで切り分けて、フォークで口にしていた。


マスターが鉛のグラスに水差しからワインを注ぐ。

「これがローマニィか!」

客人は、テーブルのグラスに注がれたワインを、目を輝かせて見つめる。


122 : 第25話 - 2014/07/05 22:03:28.89 +QKUOdV50 964/3130



「ああそうさ、手に入れるのに苦労したぜ」

マスターは気まずい顔しながら言う。ちらっちらっと女騎士のほうに視線むけて気にしている。


「こいつが目当てだったんだよ!」

客人は感激の声あげながら鉛グラスをみつめ、そして、そっと、ワインを口に運んだ。

ぐいっ。


ワインが客人の喉を通る。


それから、はあっと息をはいて感銘にひたった。「ローマニィか!なかなか、独特な味だ。甘口だときいていたが、なるほど渋い辛口じゃないか」


マスターはニタニタ笑う。「だろ?」


「独特だが、ありだ!」

客人は満足しているようだ。「これが西世界最高級品ワインか!なかなか、趣な味だな!」



「そうだろ、そうだろ」

マスターは言いながらカウンターへ戻った。女騎士には目を合わせない。


ジョスリーンは訝しそうにマスターの行動を見守っていたが、やがて、彼女も口を開いた。

「そのローマニィ、わたしも頂けるかな」


ぎくり、マスターの背が動いた。

「あー、それなんですがね」

肉屋のマスターは振り向くと、ひくついた笑顔をみせる。「なにせ、貴重なワインでね!きらしてしまいましたよ」



ハハハハ。

隣のテーブルの痩せ老いた男が笑った。

「わるかったな、お嬢ちゃん、最後のローマニィは私が頂いたのだよ」

男は楽しそうに笑い、グラス持ちながら女騎士のほうへ振り返る。


「ふぬ、それは残念だな」

ジョスリーンは腕組んで残念そうに鼻を鳴らし、呟いた。

123 : 第25話 - 2014/07/05 22:04:48.98 +QKUOdV50 965/3130



それで諦めたかに思えた彼女だったが、ガタっと席をたつと、ワインを楽しむ男のテーブルに同席した。


「それを飲ませてくれないかな」

「あぁ?」

痩せ老いた男は、変な目で女騎士をみる。「やなこった。こいつは俺のワインだ。おれのローマニィだ!」

ジャラララ。

女騎士はテーブルの上に金貨をならべた。


「へべ!」

男は口からワインを吐き出した。目を丸めて女騎士をみつめる。「それは?」


「私にゆずってくれ。こいつがお礼だ」

女騎士はそういって交渉してきた。椅子の上で足組み、両手をひろげ、嘘偽りないみの潔白さを示す。

「ゆずってくれたら、すべてきみが受け取ってくれ」


「もちろんゆずるとも!」

男の返事ははやかった。


鉛グラスを女騎士へ渡す。「ローマニィも、おれのハートも、全部きみのもんさ。さあ、さあ」


じゃららら。

金貨数枚を手元にかき集める。「今日はついてるな!」



「さて」

女騎士は鉛グラスをとった。鼻に近づけ、ワインの香りを楽しんだ。

「ふうむ」



円奈は兎肉を食べ続けていた。

124 : 第25話 - 2014/07/05 22:06:11.00 +QKUOdV50 966/3130



ジョスリーンは、鉛グラスのワインを口に含んだ。

西世界最高級品ワインという伝説のそれを、口に、含み、目を閉じて舌で味をたしかめる。


「うーむ、やはりこれは」

といい、ワインを飲んだ女騎士は、席をたちあがった。


「マスター、わるいが、台所をみせてもらうよ」


「はあ?なんで?」

マスターの顔は恐れている。

「わるいがきみに厨房はみせられん。こっちも商売なんでね」

汗だく満面の笑みでそう述べる店主。


「その商売に問題ありのようだ、残念だが」

女騎士はマスターを無視してカウンターを通り、台所へ。

「私は夜警騎士だが、昼間でも権限がある。悪いが調査だ。入らせてもらうよ」


「ままままま、まあまあまって!」

マスターは焦り、女騎士の前に先回りして、進路を塞ぐ。

「商売に問題?そいつはおかしいってもんですよ、こっちは、エドワード王検印のしるしつきの肉屋だ」


「だがワインはちがうだろ」

女騎士が指摘する。

マスターは冷や汗ながして天井を見つめ目を逸らす。

「あー…ワインは…ええ、たしかに。こんどエドワード王に検印をもらうさ。つぎの月の満ち欠けまでに!」


「そうかい?じゃあたわしがいま調査して、エドワード王に調査状を送るから。すぐに検印をだせるよ」

女騎士は男の横を通って台所の奥へはいった。

「ああまって、そこにいっちゃダメですよ、まって、とまれ!うわほ!!」

制止しようと肩を掴んできた店主の顔面をジョスリーンは腕ふりあげて殴った。

マスターは顔面を赤くさせてぶったおれた。

125 : 第25話 - 2014/07/05 22:08:08.77 +QKUOdV50 967/3130



樽をあけ、中をみる。

鼻をちかづけ、香りを嗅ぐ。

「ここまでは普通の赤ワインなんだがな…いや、腐りかけだ」


女騎士は独り言をいいながら、台所のなかを見回す。台所や壁際のキッチン棚におかれた、怪しげな食材を探しあてていく。

「あのにおいは…」

香辛料や果実、種子などの食材を入れた壷、木箱、陶器の列をみつめる。

「こいつか」

彼女は果実のやにや、松やに、月桂樹の粉などを探り当てる。

「この香りは、さっきのワインにそっくりだな。実に上品な香りがする。香りがいいと───」

女騎士は月桂樹や松やになどを手の平に集め、においを鼻で嗅ぐ。

「まるで腐りかけたワインまで上品な味に感じてくる。あとは最高級ワインだとかいえば客は疑いもしない…か」


「ちくしょ…」

台所にぶっ倒れた見せのマスターは、すべて図星を言い当てられて、面くらっている。


「腐ったワインに加工したな?」


「…はん」

マスターはバンバンと服のほこりを落としながら、女騎士を睨む。

「どこでもやってることさ。こっちは高い値で海の運送業者からワインを買い取ってるんだ。腐ったもん全部廃棄してたら商売あがったりだ。いいか、もう一度いうが、みんなやってることだ」


「そいつは仕事が増えるな」

女騎士はマスターの横を通り過ぎた。「支庁舎に報告するよ。今日にでも調査員がくる。お客さんがたくさんきみのワインをのみにくるぞ。楽しみにしてな」


「くそったれ、おれの商売を台無しにしやがって!」

マスターは憤激し、悔しそうにガシャンとフライパンを床にたたきつけた。「くそっ!役人どもめ! おれたち市民をいつもいつも苦しめやがって!くそったれ夜警騎士め!」


マスターの愚痴を聞き流し、ジョスリーンは円奈のテーブル席にもどる。

「場所を移しましょう。鹿目さま、悪徳業者の店ですよ、ここは」

といった女騎士は円奈と一緒にテーブル席を立った。


いつまでも愚痴を喚いている店主をよそに、二人は肉料理ぶんの金銭をおいて、店をあとにした。


「釣りはいらんよ」

女騎士はそういい残した。

126 : 第25話 - 2014/07/05 22:09:57.54 +QKUOdV50 968/3130



「おい?」

金貨を受け取ったさっきの痩せ老いた男が、女騎士を呆然とした顔で見つめ、そして尋ねた。

「どうしたんだよ?さっきのワインがなんだって?」


「ああ、そのワインなんだがな」

女騎士は腕組んだまま店の扉の前でとまり、そして、告げた。「腐ってるよ」


「くさ……あ?」

痩せ老いた男は、突然目を見張って喉をつかみ、うげえっと口をならした。

「くさってるだ?」


呆然としたあと彼は怒り、顔を赤くした。愚痴をこぼしっぱなしの店主むかって喧嘩をふっかけた。

「俺を騙したな!このクソ野郎!」

店主の胸倉をつかみ、怒鳴り散らす。「なにが最高級品だくそったれが!なめた真似しやがって!」


「どうせてめーは、」

店主は胸倉掴まれながら、言い返した。「腐ったワインの、松やに入りの香りを楽しみながら、趣のある味だなーとか得意になってるアホだろうが!」


「このやろう!」

痩せ男は店主を殴った。ぼご!店主はすっ転んだ。

「ゆるさねえ!」


ぼこっ。ぼこっ。

殴り続ける。



そんな殴打の音が鳴り轟くなか、店をあとにしたジョスリーンは、円奈に話した。

127 : 第25話 - 2014/07/05 22:11:39.13 +QKUOdV50 969/3130


「まあ、都市は実に俗でまみれたところでしてね」

女騎士は腰に手をあてて困った、というように鼻をならす。「夜警騎士として、私はワインの香りと味を鑑識する訓練を受けているんです。まあ、それだけ悪徳業者が多いんです」




「うん…」

円奈も困った顔しつつ小さく笑った。

「他にも松やに、樹脂、香りを演出するためにスパイスを混ぜ合わせてですね、腐ったにおいをごまかします。もっとひどい業者になると蝋をいれて味と色さえごまかしてきます…ま、私の目はごまかせませんがね!」


そして女騎士は、自分より背の低い少女騎士の頭をぽんぽん、叩くのだった。


「鹿目さまもお気をつけなされ!」


「うん…あの…これだけど」

円奈は女騎士に頭叩かれながら、参加者名簿の紋章一覧を眺めていた。

「ブイヨン家?それともアンフェル家?ルースウィック家?」

指差しながら、たずねる。

黄色ベースに、灰色の十字が描かれている紋章だ。


「それはエルンスト家です。エルンスト・ゴトフロワ卿。他国からの選手で、手強い。西大陸随一の選手でしょう。私もなるべく当たりたくない敵です」


「ううう…」

円奈は、頭を垂れた。


明日にはじまるという都市の馬上槍競技について、不安しか感じなかった。

128 : 第25話 - 2014/07/05 22:12:55.56 +QKUOdV50 970/3130

194


そうして円奈とジョスリーンの二人は、場所を移して、パン屋をおとずれた。


路地を進むと、パン屋街に入った。

少女騎士と女騎士の二人は、明日にはじまる町の馬上槍競技に参加するための紋章官について、会議をおこなうための、食事屋を探しているのだった。


「この都市のパンはうまいもんです」

と、ジョスリーンは話した。「肉もですが、ここエドレスの都市はパンで有名です」


得意気に語る女騎士。

「パイもうまいもんですよ。みな創意工夫をしてします」


創意工夫がなされたパイ。そうきいて、円奈は、あるドッキリ仕掛けの施されたあのパイを思い出した。

「と、鳥はいないよね?」

円奈が、不安そうに両手を絡めながらたずねると。

「はっは。鹿目さま、あなたは生きた鳥パイを?」

ジョスリーンは笑った。


「一度だけ…」

あれは、たぶん、15年の人生のなかでもっとも驚いた瞬間だった。


「それは貴族達の遊びです」

女騎士は円奈の肩を叩いて微笑む。「都市で売っているパスは、フルーツパイ、肉入りパイ、魚パイ、塩味のパイです。鳥はいません。しかし、うまいですよ!」


それから、彼女は都市の街並をみあげる。太陽は、晴天を昇りつめ、 陽光を都市に注ぐ。


「さあ、時間がありません。鹿目さま、私はあなたが立派な紋章官になるまで、あきらめませんよ!」


といって、パン屋へと円奈を連れた。

「ほんとうに……わたしでやれるのかなあ…?」

不安そうに呟く円奈は、そのまま強引に女騎士にパン屋へ連れられていった。

129 : 第25話 - 2014/07/05 22:13:54.75 +QKUOdV50 971/3130

195


パン屋のなかは熱かった。

日差しが暑いのではなく、かまどの火が室内でごうごうと赤く燃えているのが部屋に熱気をつくっていた。

石壁に囲われた店内はかまどの火に暖められ、汗がでた。



「もちろんエドワード王の検印を受けたパン屋です」


ジョスリーンは食卓テーブルに座る。


「今度こそ、へんな偽装はされてないはずですよ」

「うん…」


円奈も食卓テーブルに座る。

それにしても、私は一日一食で生きていたけれど、都市の人たちは一日に何度も食事するんだなあ…。

と思う彼女だった。


「ここのパン屋はとくにうまい」

ジョスリーンおすすめのパン屋らしかった。

「特に”マズリン”、このパンが最高ですが──」

彼女は店のメニューを紹介する。

「”シムネル”…白パンです。麦がよく挽かれています。ひきわり麦です。”トルト”もありますよ。まあ、このお店だったらまず、”マズリン”ですね。小麦粉とライ麦を混ぜたパンですが、この店では香りづけが最高です」


と説明したのち、彼女は勝手に店主へ注文してしまう。

「マズリンをたのむよ!」


店内の女が、注文を承った。

130 : 第25話 - 2014/07/05 22:15:14.01 +QKUOdV50 972/3130


パン屋は何人かで経営されていた。



客からの注文をとる、いうなら接客の女、パンを焼くパン職人、原料麦の仕入れ人、そして焼きあがったパンを街路へ出て売りに行く女もいる。



マズリンの注文をうけたパン職人は、”モールディング・ボード”と呼ばれる台で麦をこねる。

ジョスリーンがいったとおり、それは小麦粉とライ麦の混ざった雑穀パンだった。


これを二人分、つまり二つ捏ねる。その形は丸型で、くるくる回したり、ときにはぐにゃーっと伸ばしたりして、捏ねくりまわす。


パン種を捏ねたら、それを長い柄のついたシャベル状の台にのせ、このシャベルでかまどの火へ入れる。


かまどのなかは火が赤く燃え盛っている。

パン種をいつでも焼けるようになっているのだが、もちろんそのためには多量の薪も必要だ。


厨房のなかには予備の薪と、それを割るための斧が、いつもそばに備えられていた。


かまどの火が弱くなってきたら、すぐに薪を割ってかまどに補充できる。



室内は石壁に囲まれているから、窓だけが光源だった。

窓は光源ではあるが、部屋のなかは、かまどの火によって赤く照らされてもいる。

131 : 第25話 - 2014/07/05 22:16:13.85 +QKUOdV50 973/3130



都市のパン屋も、国王からの公認がないと経営できない。


必ず国公認の天秤式計量器具にを使い、定められた量のパン種を焼き上げなければならなかった。



しかしそれでもなお、商人とはあくどいもので、ある種芸術的とさえ思うイカサマを、
法律の網をくぐって実行した。


それは、パンを捏ねる台への仕掛けだ。


まず客の見ている前で、国認定の計量器具でしっかり量をはかって、量に不正はないことを客にみせ安心させる。

そのあと、仕掛けのある台でパンを捏ねる。


この仕掛け台には小さな穴があいていて、その下に召使いの人間が隠されている。

召使いの人間は、捏ねられるパン種の塊を、少しずつ台の下から削り取って回収するなんてイカサマをやってのける。


そして国認定の計量器具でしっかり量られたはずのパンは、本来の量より少なめになって焼き上げられ、客にだされる。


客の安心を逆手にとる、盲点を突いたイカサマであった。




結局こういう悪徳業者が後を立たないので、ジョスリーンのような、警備騎士の仕事が都市では必要だった。

警備騎士は一般客のフリして店内へ入り、イカサマがないかをさりげなく調べ支庁舎に報告するのが仕事だ。

132 : 第25話 - 2014/07/05 22:17:13.84 +QKUOdV50 974/3130



さて、ジョスリーンが選んだこのパン屋では、そんな不正はないので安心だ。



都市はイカサマに熱をあげる職人ばかりでなくて、パンを焼き上げることそのものへ情熱を注ぐ立派なパン職人もいる。


まさにこの店がそうだった。

パンには、芳ばしい香りをつけて焼き上げる。

芳ばしい香りをつけたパンは、パセリ、ローズマリー、バジルなどのハーブを混ぜて作られ、色づけもされて、ふっくら焼き上げられた。


都市でもそうそうお目にかかることのない、色つき香りつきのパンだ。


焼きたてパンはこうして接客の女によって運ばれ、円奈たちのテーブルへおかれた。


皿にのった丸いパン。


芳ばしい香りをつけて焼きあがった色づけパンだ。



「食べてみてください。うまいもんですよ」

ジョスリーンはいって、自分は香りたつあつあつのパンを手にとり、あむと口にした。


円奈も焼き上がりのパンをぱくと口にする。

そして、また幸せな顔をした。

ほかほかのパンを両手に取り、口に運んでかじる。そしてにこりと笑顔になる円奈だった。


都市のパン職人の味は格別であった。

133 : 第25話 - 2014/07/05 22:18:08.92 +QKUOdV50 975/3130



「さて、そしたら復習のつづきといきましょうぞ!」

ジョスレーンはまた、馬上競技の参加者名簿一覧の羊皮紙をテーブルにひろげた。


紋章の絵柄が名前リストとともに記されたそれを、円奈にみせる。


「ヴィルボルト家出身の騎士は?」

「んー」

円奈は集中し、眉を寄せて羊皮紙を睨む。「これ?」


指さしたのは、赤色と黄色の市松模様の紋章。



「おしい」

ジョスリーンは首を横にふった。「それはフェキンヒュゼン家です。ヴィルボルト家の紋章はこれ」


彼女は羊皮紙のある紋章に指をあてた。



それは赤と黄色の縞模様になっている紋章。



「もー!」

円奈は目をぎゅっと閉じて唸り声をあげる。

「ぜんっぜんっ、わからないよ!」



「嘆いている時間はない!」

女騎士の声が、また大きくなる。「今は覚えるのみなのです!鹿目さま、さあ、私の紋章官よ、これはどの家系ですか?」


「デレス、ドルーザー、……いや、キーナー家!」


円奈が予想をたてまくる。


「ちがう、これがリキテンスタイン家だ、さっきいいましたぞ!」

134 : 第25話 - 2014/07/05 22:20:11.18 +QKUOdV50 976/3130


女騎士の声が荒くなる。「この赤色と黒色の模様が特徴だ。右上と左下が赤、左上と右下が黒、チェスみたいでしょう」

それから、と彼女は加えて説明した。

「右上が赤、左下が黒、右下が黄色、左上が白なのがデレス家で、右上が赤、左下が白、右下が青、左上が黒なのできみの予想したキーナー家です」


「ええと…ええと…」

円奈は、指を折りながら復唱する。

「右上と左下が赤、右上が赤、右下が黄色、白、赤、黒…ふええ」


「これは?」

ジョスリーンは白色ベースに赤色のバッテン模様の描かれた紋章を示す。

「それは、モストッキク家だ!」


それからも、円奈の勉強はつづいた。


「これは?」

女騎士は名簿の紋章に指をあてる。

「ノイシュヴァン家!」

円奈が答える。

「ちがう!」


その繰り返し。


「これは?」

「エアランゲン家!」

「ちがう!」


「これは?」

「アルペルト家!」

「ちがう!」



「これは?」

女騎士の顔がいよいよいらいらしてきている。

「ハ、ハ、ハイデウンダー!」

円奈の顔も必死だ。

「ちがう!」


「これは?もう間違えてはられませんぞ!」

「それは、」

円奈の顔も真っ赤で、息切れ寸前であった。

「ミニステリアーレン!」

「ちがうちがうちがう!」

135 : 第25話 - 2014/07/05 22:21:18.83 +QKUOdV50 977/3130


ジョスリーンの声も熱がこもっていた。「はずれですよ!14連続はずれ!」


「もう目が回った…」

円奈は頭から湯気がでそうだった。「もうなんの紋章もみたくない…」


「そうもいってられません、時間は一日とあと少しです!」

女騎士は指を一本たて、その手の平に左手の指先をあてて叫ぶ。


円奈は目を手で覆っている。顔が赤い。「いま紋章を見ると頭がいたくなる…」



「わかりやすいのから覚えていきましょう!たとえばこれは分かりやすいですよ」

ジョスリーンは牙の生えた象の描かれた紋章に指をあてる。

「うん。それなら」

円奈が目を覆った手の指と指の隙間から紋章を覗く。「ユーディキウム家」

「そうです!」

ジョスリーンは嬉しそうに指先で円奈の胸を差した。その動きに合わせて長い金髪がゆれた。

「これは?」

黄色ベースに、赤い正三角形が二つ描かれた紋章。

円奈は指の隙間からまた紋章をみる。「クラインベルガー家」



「あたりです!」

ジョスリーンの声は楽しげだ。「これは?」


次に女騎士は青色ベースに、灰色の城が描かれた紋章を指で示す。

城の絵は、屋狭間の凸凹が描かれた狭間胸壁だ。


円奈は疲れた顔しながらも、答え続けた。顔を手で覆ったままで。「アキテーヌ家…えっとちがう、シュパイエル家!」


「あたり!」


そうして覚えやすい紋章から、円奈は次々に、ジョスリーンに指された紋章を言い当てて言った。


赤色ベースにVの字が白く描かれた紋章。

「ディーテル家」


緑色ベースに金色の三日月を描いた紋章。

「メッツリン家」


金色ベースに青色が縦に一本入った紋章。

「ニーゼル家…」

136 : 第25話 - 2014/07/05 22:23:04.04 +QKUOdV50 978/3130



「あたり、あたり、あたりだ!」

女騎士はすっかり驚いたように翠眼を見開き、席をたちあがる。

テーブルに手をつき、円奈をじっとみつめた。

「すばらしいぞ、これなら間に合う!」


「紛らわしいの以外なら覚えたんだけどね…」

円奈の顔は疲れきっている。顔は赤く、火照っている。「知恵熱かなあ…?」


「熱だされたら困るよ頭を冷やしてくれ!」

女騎士はすがるように言い、首を左右ふりながら円奈をじっと見つめた。

「あなたならできる!27個は覚えた。のこり23個の復習とこう。これは?」


「のこりは紛らわしくてやになるよ…」

円奈は悩ましいようにテーブルに肘のせて、手で顔を覆う。

「他は全部同じにみえる…」


「似たようなものを整理していきましょう」

ジョスリーンは似た紋章同士の違いを説明する。

「いいですか、エアランゲン家とキーナー家とリキテンスタイン家は、ぜんぶチェスみたいな絵柄で、しかも色も似ている。赤色の数と位置で覚えられます。エアレンゲンは赤が1、リキテンスタインは赤が2、キーナーも2、ただし赤色の右上か左下か、組み合わさっている色が黒なのか白なのか」


「そのへんが私には苦手すぎるよ…」

円奈はテーブルに肘をついて手を覆ったまま首を横にふる。


「難しいと思うから難しいんだ、簡単に思えば簡単さ!」

女騎士は諦めない。

「赤の位置がちょっぴり違うだけですどこが難しいのです?それからフーレンツォレルン家とベルトルトーイライヒェナウ家の見分け方だがね、鷹がこっちむいてるか、あっちむいてるかです。フーレンツォレルンは鷹があっちむいています。ベルトルトーイライヒェナウは鷹がこっちむいて羽ばたいているのです」


「はうううう…」

円奈は顔を赤くしながら息を吐く。「頭がくらくらする…」



「他はイヨン家とかアンフェル家とかルースウィック家だが、たしかにここらはみんな十字をした紋章で、まぎらわしいです。がね、イヨンは黄色ベースに白い十字、アンフェルは赤ベースに白い十字、ルースウィックは緑色に黒の十字です」


「緑…黄色…白…赤…緑…黒…」


円奈は呪文のように色を唱えている。「アンフェルルースウィックイヨ…ン」


自分でもなにいってるのかわからなくなってきた。

137 : 第25話 - 2014/07/05 22:24:58.00 +QKUOdV50 979/3130

196


「いいですか?鹿目さまもあなたをこれから───」

パン屋をあとにした女騎士ジョスリーンは、エドリスの都市の街路を歩きながら、円奈に告げるのだった。
            
「身も心もわたしの紋章官に”仕立て上げ”ます」


その隣では円奈が、頭痛に悩ましい表情を浮かべながら、額に手を当てている。

まるで知恵熱の頭を冷やすみたいに。

「いいかな?」


「みもこここももんしょーか?」

円奈は頭痛と戦っている。「なに?」


ジョスリーンは円奈の前にたって、円奈の頬をバチバチバチと三回、頬を軽く叩いた。

「さあ、お気をしっかり!」

円奈が、頬を叩かれて目をパチクリさせる。ピンク色の目で女騎士をみあげる。


「あなたはこれから、紋章官になるのですよ!諸侯たちが集まる、公の場で司会をするのです。武術競技大会は西大陸じゅうの貴族が集まりますから、その場にたてる身なりが必要なのです!」



「身なり…」

円奈は自分のチュニック一枚の服装を見下ろす。ぼろくて、足首が外気に晒している状態。

 ・・・・
「ギルド街にいきますぞ!」

女騎士は円奈の手をもちあげる。「あなたはこの日、田舎出身の貧乏騎士から、都市の紋章官へと、生まれ変わる。あなたをそれに変えるのは、武器屋、服屋、靴屋、下着屋、理髪屋、そして”仕立て屋”です」


ジョスリーンは都市の路地を歩きながら話していた。

円奈とジョスリーンの二人が通る路地は、他にもローブ姿の男女が、荷車などをひきながら行き来している。


「それから、これはいいにくいことだったんですがね」

女騎士は円奈をみて、すまなそうな顔をした。


「…?」

円奈は不思議そうに、ジョスリーンをみあげた。


「紋章官になるには───」

金髪の彼女は言うのだった。「あなたは少し故郷の匂いが強いようで…」


円奈は最初、きょとんとした顔を首をかしげたが、だんだん、その意味を理解してきた。


「えっ!」


それから慌てた顔して、自分の腕に鼻よせ、自分のにおいを嗅いだ。

138 : 第25話 - 2014/07/05 22:27:27.57 +QKUOdV50 980/3130

197


そんなわけで、二人はエドレスの都市の路地を歩き続け、パン屋街からギルド街へときた。


ギルド街!

そんな呼ばれ方をしているのは、製造同業組合ギルドの加盟店が並んでいるからだ。



ギルド通りに立ち並ぶ店は、武具屋だけでも剣専門店、鎧専門店、盾専門店、というように区分されて、それ専門の職人が品物を作り上げている。

武器だけでなく、織物屋、服屋、靴屋、鍛冶屋、染色屋、ロープ屋、馬具屋など、分野は多岐に及ぶ。

都市に並ぶこうした専門店は、基本どれも業種ごとにギルドという組合に入っているで、ギルド通りと呼ばれる。




店に立てかけられた飾り看板には、ギルド紋章が描かれている。


盾屋なら盾の絵柄、剣屋なら剣が二本下向きに交差したような絵柄、鎧屋なら鎧の絵柄、といったように、飾り看板には紋章が描かれる。



そのギルド紋章の数々をみて、円奈はまた、頭痛が復活した。

「あれ…」

円奈は、額に手をあてる。「なんだか、へん、だな……どうしてわたしまた紋章みてるんだろう…」


「鹿目さま、それはギルドの紋章だ!」

と、女騎士は説明する。「同業者組合の集まりですから、その紋章はギルド職人のものです。ささ、騎士たちの参加者名簿とはまた別なので、これは覚えなくてよいのです!こちらへ!」


「ううう…」

円奈は、ズキっとくる頭痛に、下に俯いて顔をしかめた。

「覚えてなくていい…覚えなくてもいい…ああだめ、そう意識すると、今まで覚えたのもまで忘れる気がする……」


「鹿目さま、お気をしっかり!」

女騎士はまたパチパチパチと円奈の頬を軽く叩く。


また、円奈の目がぱちくりする。その視線がうつつに戻る。


「風呂にはいりますよ!」

と、ジョスリーンは告げた。「風呂屋はこちらです。勿論、公共浴場じゃないですよ!女風呂です」

139 : 第25話 - 2014/07/05 22:28:43.45 +QKUOdV50 981/3130

198


田舎も田舎の農村育ちの鹿目円奈は、実は、これが生まれて初めての風呂だった。



森林を流れる川の水浴びという経験はあった。たとえ真冬だとしても体を洗おうと思ったら淋浴だ。

風呂という、温められたお湯に入る経験は、円奈にはこれが初めてだ。


円奈の故郷バリトンでお風呂に入ることができたのは、領主の来栖椎奈ただ1人だった。


この時代の田舎は、風呂に入れる贅沢など、領主くらいしかできなかった。


井戸から水くむこと、何十回と繰り返す重労働の末、風呂にはいったらあっさり水を捨てるのだから、そんな贅沢は、領主にしかできない。



そんなわけで農村暮らしの人々は頭がシラミだらけだった。それは人も魔法少女も同じだった。


このエドレス近辺を脅かすガイヤール国のギヨーレンですら、戦争の会議をしながら頭をしょっちゅう掻いたりする仕草をみせるのだった。

わしゃわしゃと頭を掻いた。

ギヨーレンは、頭掻き魔法少女、とガイヤール国の王子からはからかわれている。

140 : 第25話 - 2014/07/05 22:29:44.94 +QKUOdV50 982/3130



さて、女風呂屋は、小さな店だった。


風呂は、なんと質素な桶だった。


石壁に囲われた薄暗い空間は、壁の鉄籠にかけた松明がめらめらと照らしている。


そんな松明に照らされた薄暗い部屋に、丸い桶が5、6個おかれていて、そこにお湯がはいっていた。


3000年も昔に栄えたローマ帝国の浴場よりも質素な風呂屋だった。


円奈とジョスリーンの二人は、隣同士の木製の桶に満たされたお湯に浸かった。

二人とも丸裸だ。


この時代なりのおもてなしを受ける。


それは吟遊詩人たちが風呂場にはいってきて、リュートというギターに近い楽器を奏でた。



彼はお風呂を楽しむ客人の目の前にきて、ピーヒョロ笛をふいたり、即興の詩をハープに載せて歌い上げたりしている。


「ねえ!」

円奈は丸裸になってぬるま湯につかりながら、桶のなかでジョスリーンに呼びかけた。「女風呂だったんじゃ?」


「女風呂ですよ」

ジョスリーンも風呂を楽しんでいる。大きな桶のなかにどっぷり浸かり、お湯を楽しんでいる。

「客は女しかいないでしょう?」


「客はって!」

円奈は、顔を赤くして、目の前で詩を歌い上げる吟遊詩人をちらっと見やる。「恥ずかしいよう…!」


「ではどいてくれるようにいったらいかがです」

ジョスリーンは桶のなかで大の字になって、風呂を全身で堪能している。

「なんだかそれも恥ずかしいの…!」


円奈は困り果てた顔して赤く染め、嫌そうに吟遊詩人をちらちらと見つめる。


吟遊詩人は、目を瞑って歌の世界に没頭し、詩をハープの音色にのせて歌い上げている。

141 : 第25話 - 2014/07/05 22:30:58.91 +QKUOdV50 983/3130



「恥ずかしいっていわないとつたわらりませんよ」

ジョスリーンがいうと。


「恥ずかしいっていったら私が恥ずかしいって気持ちしてることを知られてそれが恥ずかしいの!」

と、円奈は返した。

「なんだかよくわかりませんが」

ジョスリーンはもう風呂は楽しんだとばかりに、桶をたちあがった。



ばしゃあ…という音とともに、桶をたちあがった。


すると、水にぬれた金髪がばさっと伸びて、水滴を弾いた。そして、裸体のなにもかもがみえた。


「うう!」

円奈が目を瞠る。自分よりよっぽど成長した女の騎士の身体をみあげる。

自分よりよっぽど成長した……とくに、胸あたりが。


円奈は目を今回は頬を叩かれることなく、ぱちくりさせて、それから自分の胸をみつめた。



「おい、そこの詩人」

ジョスリーンは歌に夢中になっている吟遊詩人をよんだ。

「私の紋章官が、恥ずかしいっていうと恥ずかしい気持ちしてしまうらしいから、この場をあとにしてくれ」


「はああ…!」

円奈が慌てた声をこぼす。ばしゃっ。風呂のなかで身をびくつかせる。


吟遊詩人は手持ちサイズのハーブを奏でながら、その音色にあわせた足取りで、風呂場をさった。

142 : 第25話 - 2014/07/05 22:31:56.59 +QKUOdV50 984/3130

199


鹿目円奈とジョスリーンの二人は風呂場をあとにした。

彼女たち二人は全裸のまま風呂をあがるとその場で着替え(着替え室、更衣室なんてものはない!)、すっかり身体を清潔にした。


「ふー」

円奈は満足そうに羊毛タオルで身体をふき、風呂を堪能したのだった。「すっきりした…」



「農村の土と草と牛の臭いをいま捨て、紋章官になるのですよ!」

女騎士はもうローブを着ていた。

「さあ、ふやけている時間はありません。刻一刻と、あなたが紋章官として武術競技場にでる時間はせまっています。つぎは武器屋です!」


「武器……屋?」

円奈は顔を羊毛タオルでふきながら、不思議そうに目をみあげた。



二人は再びギルド街へでた。

風呂をでて、身体を清潔にしたあとは、身なりを紋章官らしく、ジョスリーンによってコーディネートされていくのだった。


まずは剣屋。


剣二本が交差しているギルド紋章の店に入る。


店のなかは剣屋というだけあって、たくさんの剣が置いてあった。

種類だけでも、両刃剣、バスターソード、レイピアなどある。


円奈はそうした剣の使い手たる魔法少女に出会っていくが、このときは、まだだ。

143 : 第25話 - 2014/07/05 22:33:06.81 +QKUOdV50 985/3130



「鹿目さまの剣は立派ですが───」

ジョスリーンは円奈の腰の差した鞘の剣をトンとたたき、告げた。

「この都市じゃ田舎者に思われる形です。ここで一本買うといいでしょう」


「うーん…」

円奈は武器屋の立て掛けられた剣を見つめる。

そもそも円奈は、あまり剣を使って戦ったことがない。得意武器は弓矢なので、剣を使ったことがあるとしたらファラス地方でのモルス城砦のときくらいなものだ。


「わたしこの剣大事だから…」

戦いに使うとは別の意味が、この剣にはあった。「新しいのは…欲しくないよ?」


「ですがね田舎者と思われては紋章官するときに不利なのです!」

ジョスリーンは腕を組む。それから、ため息をふうとついた。

すると金髪がなびいてゆれた。

「まあでも貴女にその気がないなら……次は、服屋ですね。ついで盾屋も寄りますか?」




円奈は剣屋をでて、ギルド街を歩いたのち、盾屋に寄ってみた。

盾が描かれた紋章の飾り看板が鎖で吊るされた店へ入り、店内をみつめる。



すると不機嫌な顔した店主が、渋い顔しながら問い詰めてきた。

「盾を買うのか修理の予約かどっちだ?」


ジョスリーンは両手ひろげて答えた。「どっちでも」


「ああ?」

盾屋の店主の不機嫌な顔がさらに渋くなる。「なにしにきた?」

ジョスリーンの姿を足から頭までじっとり視線を注いだあと、呟いた。

「うちの視察にでもきたか?夜警騎士め」


「いや、まさか」

ジョスリーンはいう。「興味を満たすためさ」


「でていけ。糞供」

盾屋の店主は、きつい口調で告げた。

144 : 第25話 - 2014/07/05 22:34:12.38 +QKUOdV50 986/3130



盾屋から追い出された円奈とジョスリーンの二人はギルド街を歩き続けた。

いまのところ、なにも買っていない。風呂屋にいってリフレッシュしただけだ。


「同業者ギルドには気難しい人が多い」

路地を歩きながら、女騎士は話した。「だがその実、そういう職人の店がいい品が揃っているものです」


円奈とジョスリーンは二人並んで晴天の下の路地をあるく。


「それにしても」

女騎士は円奈の背中の武器を気にした。「でかい弓ですね」


トンと指先で円奈のロングボウをつつく。


円奈のロングホウは1.2メートル。イチイ木の弓。円奈の背中をほとんど飛び出すくらいの大きさだった。

「小さい頃から使ってて…」

と、円奈は苦笑しながら、話した。「弓と一緒に生きてきたようなものです」



「弓と一緒に?」

女騎士は少しおかしそうに言う。「騎士なのに?それじゃ弓兵だ」


すると円奈は、ふて腐れた顔する。「わたしは弓なの!魔法少女になっても弓なの!」

ふんだと鼻を鳴らす。


ジョスリーンは、円奈が馬に乗りながら矢を射ることができる騎士とは知らなかった。

アキテーヌ城を襲ったガイヤール国との戦争のときの戦いぶりを、知らなかった。

145 : 第25話 - 2014/07/05 22:35:34.13 +QKUOdV50 987/3130



さて二人はギルド街を歩きつづけ、服屋へとやってきた。

さっきみたいに興味本位に入るのとはちがって、目的のある入店だ。


そこは下着屋だった。


「あなたの身なりはみすぼらしすぎます」

女騎士は、店内に入ると円奈に言った。「その格好では、騎士とは誰も思いません」


円奈は、この都市に入ってきたばかりのとき、守備隊に疑われて武器を没収されかけたのを思い出す。

「あはは…」

力なく苦笑する円奈。「やっぱりそう……かな?」


それから、アリエノール・ダキテーヌの城をでるときに、都市にいったら、いろいろ買い揃えたらどうだと助言されていることも記憶に思い起こした。その身なりでは騎士と思われないぞ、と。


きづいたらまさにその助言どおりにことになっていた。いまこうしてギルド街で装備を買い揃えて、紋章官へコーディネートされている。

それが円奈をそっと苦笑させていた。


「もちろん、その身なりでは、とうてい紋章官では通りません」

女騎士は告げる。「わたしが、立派な紋章官たりうる姿に、仕立て上げて見せますよ!」


円奈は下着屋を見回す。


そこにあられているのはリンネルの下着で、ワンピースタイプだった。

リンネルは農民も着る素材ではあるが、羊毛より肌触りがよく、かゆくならない。

そのため貴族さえリンネルの下着を好んだ。



だが円奈はこのリンネルさえ着ない少女だった。


「一着、いえ二着…三着かっておきなされ」

ジョスリーンはすすめてくれる。「貴女のお年頃でしたら、これがいいでしょう」

といって、もうリンネルの下着をもう何枚か買ってくれて、下着屋の女主人に銀貨を渡している。


「あっ…いいよ!」

円奈はあわてて、ジョスリーンの横に並んだ。「わたしお金あるからっ…!」


このあいだ金貨100枚という給料を受け取ったことを思い出す。


「いいのですよ」

女騎士は買った下着数枚を円奈に投げ渡した。

円奈は両腕にそれを抱えてキャッチした。


それから微笑んで円奈をみた。

「チュニックも新調を?」


146 : 第25話 - 2014/07/05 22:37:07.60 +QKUOdV50 988/3130



円奈は、両腕に下着を抱えながら、外気に晒されている足首を気にした。

この足首のせいで、昨晩は、”くだらん男”ら、言い寄られた。



そうして円奈とジョスリーンの二人はギルド街を歩き回り、買い物をつづけた。


チュニックは新調し、円奈の身長にあわせたものを買った。

それは円奈が自分で払おうとした。が、店主に怒鳴らされた。


「あんたな、こんな金貨ならべやがって、うちをつぶす気か!」


新しいチュニックを買ったとき、銀貨5枚を要求されたのに、金貨5枚をだした。

それは銀貨を145枚お釣りとしてださないといけない計算だった。

「ごご…ごめんなさい…」

円奈は店主のあまのりの怒鳴り声に、怯えて、弁明するのだった。「金貨しかもってなくて…」

「両替商にいってこい、バカ女!」

老いた女店主に罵られ、円奈はすっかり落ち込んだ。


結局銀貨を持ち合わせていたジョスリーンがまた、円奈に買ってくれた。


かくしてリンネルの下着と、新しいチュニックを新調した円奈は、次に理髪屋へ。


理髪屋はハサミをつかって髪を切ってくれる店だった。


しかしこの時代ではおしゃれのためというより、頭に増えるシラミをどうにかするために、理髪屋に通う。

ただ円奈の場合かなり髪が伸びていたので、ここで切ってもらうことにした。



これがまた理髪師とは名ばかりの乱暴で、ぐしゃぐしゃと頭を手でいじられまくる、驚きの理髪であった。


「あいたた…た」

円奈は客席で、理髪師によって頭を乱暴に扱われている。「いたっ!いたっ!」


円奈は困った顔して理髪師をみあげる。「あの…もうちょっと優しく…」


理髪師は冷たい顔して円奈をじろっと見下ろし、いちど壁際のテーブル台へと戻ると、鉄バサミを手にとった。

「おとなしくしてな」

チョキチョキ音をたてながら円奈に接近してくる。


「ひっ」

円奈はなぜか、髪ではなくて自分が切られるのではないかと恐れを感じた。


ところが、はじまってみたら髪を切る扱いは前よりは優しくなった。

背中辺りまで伸びていた髪は、注文どおり肩より少し下くらいまでの長さに調整された。


すっきりした。

147 : 第25話 - 2014/07/05 22:38:38.53 +QKUOdV50 989/3130


理髪屋をでた円奈は、赤いリボンを一本、髪に結びなおして、ポニーテールにした。


ちょうど鹿目まどかが鹿目宅でポニーテールに結ぶくらいの長さだった。


理髪師にお金を払うと(両替商により、忠告どおり銀貨に両替をしていた)、理髪師に、お前さんみたいな髪ははじめてだ、といわれた。



「へえ?」

きょとんとした顔で理髪師を見つめた円奈だったが、意味がわからず、木の扉をあけて外にでた。



そこにジョスリーンが立っていて、円奈を待っていた。


「さて、」

女騎士は円奈に語った。
 
「服も新調した。髪もきって、すっきりした。においもとった……いや」

彼女は言い直す。

 ・・・・・
「都市の臭いをつけた。最後は仕立て屋だ。そこで鹿目さま、あなたは、ついに紋章官となる」



「仕立て屋?」

髪が短くなった円奈は、首や顔にあたる空気を気持ちよく感じながら、ジョスリーンにたずねる。


「そう。仕立て屋です」

ジョスリーンは答えた。「まあ、騎士みならいが鎖帷子の着込みをならったり、結婚式に出る女が使う店ですが……花嫁だけでなく、紋章官としてみきみを仕立て上げる店をしっていますよ。さあ、こちらへ」


ジョスリーンは楽しそうに円奈の手をひっぱってギルド街をつれた。

その背中でさらさらの金髪がゆらゆら、ゆれている。その背中がなんだか楽しそうで、なんだか円奈は、つきあってあげてよかったなあ、なんて少しだけ、心で思った。


それはジョスリーンには内緒だ。

148 : 第25話 - 2014/07/05 22:41:02.13 +QKUOdV50 990/3130



仕立て屋に入店した円奈は、店の女主人によって無理やりその場で着替えさせられた。

「ふええ…」

赤く頬染めながら古いチュニックは脱がされ、その場でリンネルの下着を着た。

白いワンピースタイプの下着を着た。


その上に、新しいチュニックを二枚重ねて着た。仕立て屋によってきれいに着せられる。

これが都市の高貴な女性の服装で、長いタイト・スリーブのついた白い絹の布地だった。

円奈が今まで来ていた白麻製のものよりはるかにすべすべした着心地におどろき、動くたびにひらりひらりとやさしくゆれる裾は、まさに乙女の洋服だった。

チュニックはひじから裾にかけてドレイプをほどこされている。それが少女に優雅な動きを与えてくれる。


身長にあわして足首はきれいに隠された。


貴婦人といわないまでも、都市の中堅以上の高貴な少女へと服で変身した円奈だった。



円奈はこの場でくるりと身を回したりして、新しい乙女の服を楽しんでいるみたいだ。


「なかなか、いい」

ジョスリーンも満足げに、腕組んでうんとうなっている。

「わたしの紋章官にふさわしい身なりになってきましたぞ」


「わああ」

円奈は、貴婦人に仕える侍女の服装となった自分の衣装を、まだ見回している。

くるくる身を回すたびに、ふわりふわりと裾がゆれる。どの動きも優雅にみえた。

「すべすべだよ」


円奈の驚いた顔が、間抜けた感想を口にした。


「まあ、そうでしょうよ」

女騎士は腕組んだまま、言う。「まあ、驚くのは今だけに。今から一歩外にでたら、きみはもう田舎者の騎士じゃない。私というアデル卿の侍女として、紋章官を務める少女になる」


「侍女…」

円奈はその言葉を、吟味するみたいに自分で呟く。


「そう。わたしの侍女だ」

女騎士はウンと頷く。それから、ニヤリと笑ってみせて、満足そうな顔して円奈の姿をみつめる。

「自分の服にいちいち驚いている侍女はいない。店をでたら、なりきるように頼んだぞ」

言葉遣いももう変わっていた。

149 : 第25話 - 2014/07/05 22:42:24.86 +QKUOdV50 991/3130



新しい服を纏った円奈はギルド街へ再びでる。


髪は仕立て屋によってかれいに梳かされ、赤いリボンをむすんだポニーテール。

リンネルの下着に二枚の白い絹のチュニックを着込み、裾をゆらゆらゆらしながら町を歩く姿は、騎士に仕える侍女の姿そのもの。


「侍女…侍女…侍女…」


円奈は裾つかみながら路地をあるき、自分に暗示をかける。「私はいま、侍女だ…」


女騎士は、こまった顔して額に手をあてた。

「”私は侍女だ”と連呼する侍女はいない」


「…うう」

円奈は、指摘されて照れた顔をする。



「もう馬上競技大会まで時間がない」

と、ジョスリーンは言った。「馬と武器を荷物屋に預けよう。いまのきみには不要だ」


カシャカシャカシヤ…

樽を満載した荷車とすれ違う。ギルド街を進むその荷車は、馬によって運ばれ、街路を進んだ。

「あ…うん…そうだね」

円奈はすると、外に待たせていたクフィーユの背中に、馬具もなしにばっと乗り込んだ。馬が自然と伏せてくれる。

その動作が流れるようで見事だったので、町の者の注目が集まった。


ジョスリーンはまた額に手を当てた。

「円奈、主人が徒歩なのに馬に乗る侍女はいない」


「あうう…」

侍女姿の円奈は、馬上でしゅんとして、主人のお叱りを受け入れた。

150 : 第25話 - 2014/07/05 22:44:13.36 +QKUOdV50 992/3130

200


明日に始まる馬上槍競技に備えて、二人のイメトレがはじまった。

円奈はジョスリーンの侍女として、そう振る舞い、ジョスリーンも円奈に対して、侍女に対するそれとして接する。


「円奈よ、大会がはじまったら───」


呼び方もかえる。


「まずは私の血筋が参加資格をもつことを審査員に、紋章官であるきみが説明しなくちゃいけない。第一の関門だ。きみがわたしの侍女であることは私から説明する。だから、怪しまれないようにだ」


「うん」

円奈はうなづく。


「あと、いまのところ参加はないみたいだが、王家の騎士とすれ違ったら、その場で膝をつくこと!」


二人はギルド街をあるき、預け屋へとむかっている。


「第二の関門は、わたしが出番になったとき、私と対戦相手の紋章を、きみがよみあげること!」


ジョスリーンは説明する。


「私は鎧を着て、馬に乗り、槍も持つ。出撃準備して、待機している。わたしが待機しているあいだ、きみは観客にむかって、次に出場する選手の家系と対戦相手の家系のことを、ざっと説明する。相手も紋章を掲げるから、きみはそれをみて読み上げるんだ」


「ううん…」

円奈は自信のない顔になる。「まだ半分くらいしか覚えてない…」


「大丈夫さまだ一日あるから!」

ジョスリーンはぐっと手を握りしめて励ます。「きみが必要なんだ。どうしてもジョストにでたい!」


「それはわかったけど…」


なんて自信のない円奈と、それを励ます女騎士が歩いていると、預け屋についた。


「とにかく、武器は一度預けましょう。侍女が持ち歩くものじゃない」


チュニックの侍女姿になった円奈は、背中に弓、腰のベルトに剣を差した姿だった。


それが市内の人々の視線を集めていた。

151 : 第25話 - 2014/07/05 22:46:08.07 +QKUOdV50 993/3130

201


二人は預け屋に入る。


木造建築の店で、木骨造とゆばれる建物。三角形の葺き屋根をした建物だった。


それは下層の市民たちの家々と同じ構造だ。


「預けたいんだが」

女騎士が預け屋の店員をたずねる。「空きはあるかな?」


「ものによるが」

店員はいった。「どれをだ?」



円奈はおずおず店員の前へでて、自分の背中のロングボウを紐を解き、外して、カウンターにドンとおいた。

1.2メートルあるイチイ木の長弓がおかれ、店員はたじろいだ。


それから、剣。来栖椎奈の剣。鷹の翼を象った金色の鍔。


「こんなでけえ弓は初めてみた」

店員は驚き顔で弓矢を持ち上げる。「ロビン・フッドのつもりか?」

「空きがあるのかないのか!」

女夜警騎士はいらいらした声だした。

「長弓なんてエドワード城の弓兵がいっぱいもってるだろ。驚いてないで預かってくれ」


「じゃあこの名簿に記してくれ」

店員は羊皮紙の名簿をカウンターにだした。

羽ペンをぱっと渡す。


女騎士はそれをうけとって、インクで名簿に名を記した。

152 : 第25話 - 2014/07/05 22:47:27.91 +QKUOdV50 994/3130


店員がその名をみると、嫌そうな顔をした。

「夜警騎士がここになんの用だ?うちはなんの不正もしとらん!」


「そんなことしにここにきてないよ」

女騎士は表情うごかさずにペンで名簿に記す。


「なあたのむよ勝手に倉庫にあがったりしないでくれこまるんだ!」

店員はまだ動揺している。

「客には、だれにもみせるなって約束のもと預かってるのもあるんだこないでくれ!」


「だからそんなことしにきてないといってるだろ」

ジョスリーンは名簿に記入し終えた。


「うちには盗品もねえ!闇商人たちの密輸品につかわれてねえ!」


「それ以上自爆するとほんとにあがらせてもらうことになるぞ」

ジョスリーンは顔を渋らせてロングボウと剣を預ける。

「さあ預かってくれ。一日いくら?」


「一日にして銀貨2枚だよ」

店員は答えた。「一週間で契約の更新が必要になる。更新なしで延長したら3枚いただく」

立てる指を二本から三本に増やす。


「そうかいじゃあそれで頼むよ」


「なんの囮調査かしらんがなめやがって!」

店員はすごく嫌そうな顔しながら、女騎士との取引をおえた。



「くそったれ!」

ぺっと愚痴をはいて倉庫へ品物を運ぶ店主を。


はあとため息ついてジョスリーンは見送った。

153 : 第25話 - 2014/07/05 22:48:47.88 +QKUOdV50 995/3130

202


「まあ、この職業は嫌われ役さ」

預け屋をでたジョスリーンは円奈に言った。

円奈は寂しい顔をしてジョスリーンをみあげている。


「どこにいっても嫌がられる。不正してる店もそうでない店も。入った時点で”疑われてる”って思われる職業柄さ」


「なんだか……悲しいね…」


円奈がいうと。


「都市は俗にまみれたところだ。いろいろ人間関係があるのさ」


といい、ギルド街の出口へむかう。それから彼女は付け加えた。


「魔法少女と人間の関係はもっと悲しい」



「…」

円奈は、胸をぎゅっとしたくなるような悲しさを感じた。泣き顔にもなりかけてジョスリーンをみあげた。


ジョスリーンはゆたかな金髪を風になびかせて歩き続けた。


154 : 第25話 - 2014/07/05 22:49:31.19 +QKUOdV50 996/3130

203


二人はギルド街をでた。


パン屋街、宿屋街、酒場街、ギルド街を通ってエドレスの都市を一周し、都市広場へもどってきた。



午後四時ちかくになり、都市広場の市場は撤収の準備をはじめている。



日は下がり、オレンジ色の日差しが都市に降りる。





ガゴーンガゴーンと、支庁舎の鐘が響き渡る。


まるで結婚式でも開かれたかのような荘厳な鐘の音だ。



何重にも響き渡って、建物に囲われた都市の空間に共鳴し、轟く。




円奈は弓矢も剣も持たないで都市を歩いた。


ずいぶんと身なりが軽くて、心細い気さえした。



155 : 第25話 - 2014/07/05 22:50:14.31 +QKUOdV50 997/3130


「きみに渡しておこう」

そういってジョスリーンは、馬上槍競技の参加者名簿と紋章の記された羊皮紙を円奈に渡した。


「わたしもそろそろ家に戻らねばならん時間だ。きみには思い出せるように渡しておくよ」


「うん…」

円奈は自信なさげに、羊皮紙を受け取る。


「今日はありがとう」

いきなり、そんなことを女騎士からいわれた。


「えっ?」

円奈が驚いてジョスリーンをみあげた。


「きみにはいろいろつき合わせてしまった」

と、女騎士はいう。「明日から馬上槍競技がはじまる。きみのおかげで参加できそうだ。感謝している。本当にありがとう」


「あ、はあ…」

急にあらたまった態度で礼をいわれた。

円奈はどうしていいかわからない。ただ、自分の頬が熱いのだけはわかった。


「それでは明日だ!」

ジョスリーンは笑って、ばっと背をむけると、円奈に手をふりながら都市広場を歩き去ってしまった。


「ああっ…」

円奈は何もいえていない自分が情けなくて、でも女騎士を追えなかった。

「はうう…」


去る女騎士のローブの背中をその場で見送った。

156 : 第25話 - 2014/07/05 22:50:50.81 +QKUOdV50 998/3130



それから、しょうがないなあもう、と心で呟きながら、笑った。


いろいろ振り回されているけれど、ちょっとお礼を言ってくれただけで、まあ、よかったなあと思ってしまう円奈だった。



こんな自分でも、人の役にたてるのなら。

それはとても嬉しいことだった。


明日は、紋章官としてあの人のためにがんばろう。


「…あれ?」

そこで円奈は、1人取り残されて、まだ宿もみつけていないことに気づいた。


「ああっ!」

1人その場で黄色い声をあげてしまう。


また夜になって、半裸の女とか、変な男の人たちがでてきたら、やだよう。

そんな恐れを抱きながら、宿を探しに、クフィーユを連れて都市を急いだ。

157 : 以下、名... - 2014/07/05 22:51:31.29 +QKUOdV50 999/3130

今日はここまで。

次回、第26話「オルレアン」

158 : 第26話 - 2014/07/12 21:44:19.17 VPxyv7Tj0 1000/3130

第26話「オルレアン」

204


その夜は円奈は無事宿屋をみつけて、泊まることもできた。


円奈がみつけた宿屋とは別の酒場で、ある魔法少女が酒を飲んだくれていた。



酒場でジョッキのビールを飲んだているその魔法少女は、がやがやとうるさい酒場のテーブルで、1人だった。

ひたすら無言でビールを飲み続ける。


「くそ…」


魔法少女は、変身したりしていないから、見た目は今は普通の少女だ。


「修道院を出禁だあ……」


そう独り言をつぶやき、ジョッキのビールを飲む。もう三杯目だ。「さんざんだよまったく…」


黒い髪。黒い目はくりくりしている。だが、顔は赤い。できあがっている。


彼女の名は、ウスターシュ・ルッチーア。


これから夜になり、魔獣退治の時間帯になるというのに、魔法少女は酒場で飲んだくれていた。



「まったくもお!」


昼のことを考えるだけでいやになる。

裁判沙汰、人間を修道院に連れ込んだ罪、それによる修道院の出禁…つまり、魔法少女界隈からの追放。

これが現実逃避しないでいられるか。


「マスター!ビールをおくれ!」

なんてオヤジみたいな口ぶりで銀貨を渡し、ビールは早くも四杯目。

159 : 第26話 - 2014/07/12 21:46:02.75 VPxyv7Tj0 1001/3130


裁判での彼女の大活躍っぷりは、すでに町で噂になっていた。


男9人を相手に叩きのめし、情け容赦なしの血みどろの裁判を繰り広げた、とか、あれは裁判じゃない。
裁判という名の地獄の裁判だった、とか、とにかく、噂は広まれば広まるほど、脚色がされていった。


「くそっ!みんなして私がそんなに嫌いか!」


はあああとため息ついて、テーブルに突っ伏してしまう。


するとそのとき、テーブルの対面の椅子に、がたっという音がした。


「席いいかな?」


「あ?」

真っ赤な顔に涙ためてみあげたルッチーアの目に、若い男が映った。


茶髪に涼んだ茶色の瞳。髪は短髪で、すっきりしている。瞳はきれいで、細身。


若い男は、くびをちょいとひねって、少女にたずねた。「きみと飲みたい。だめかな?」


ルッチーアは目をこすった。涙を弾き飛ばす。

なかなか、格好いい男じゃないか!

「いいよ」

魔法少女は、自分の正体は隠して、おずおずと答えた。「わ…わたしみたいな女の子でよかったら」


ちょっと緊張している自分にきづいた。


「ありがとう」

男は優しげに笑い、席についた。ビールのジョッキをコトンと丁寧におく。

「なにかあった?悲しそうにしちゃって」


「ああ……ああ、いや、うん!」

予期もしなかった男との相席に、とくとくと心臓は早まり、緊張が増してくる。

「そうなん……のよ。ちょっとつらいことがあって……」

160 : 第26話 - 2014/07/12 21:47:00.35 VPxyv7Tj0 1002/3130


男は悲しそうに目を落とした。

「そうなんだ……実はぼくもそうなんだ」

と若い男はいう。ジョッキにはまだ手をかけない。「ちょっとつらいことがあってね……一緒だね?」



「うん、そうみたいだね」

ルッチーアは微笑んだ。目からぽろりと粒が伝った。「一緒だね」


「とりあえず」

男ははじめてジョッキの把手を手に取った。「乾杯」


「うん」

ルッチーアもジョッキをもった。

二人のジョッキがぶつかった。「かんぱい」

ジョッキの中のビールがゆれる。




「どんなことがあったのか……」

男は、涼んだ茶色い瞳を、まっすぐルッチーアにむけてくる。「きいてもいいかい?」


「ああ…ええ…おお…」

ルッチーアは、男のまっすぐな視線にたじろく。

「うん…いいよ」

なんだか、目をあわせられない。視線が泳いでしまう。


「ありがとう。きかせてくれる?ぼくでよかったら相談にのるよ」

男は優しくいってくれる。まっすぐルッチーアをみつめながらいう。たずね方は丁寧で、優しい。

161 : 第26話 - 2014/07/12 21:48:37.55 VPxyv7Tj0 1003/3130



「じ……じ…じぶんに自信が最近もてなくてさ……」

ルッチーアは、話し始めた。

目をあちこちに逸らす。男のまっすぐな視線は顔に注がれているままだ。

「生きる意味っていうのかなあ……?わたしってなんのための存在してるのかなあとか…そのへんを見失ってしまってね」


「……そうか」

男は、まるで自分のことのように悲しそうに俯く。ろうそくの火のその顔が照らされた。

「かなり悩んでいるんだね。でもどうして?」


また、茶色い瞳をまっすぐこっちにむけて、訊いてくる。


「友達とうまくいってないし……もっといえば、仲間はずれにされてるんだ。無視されて……あなたと私たちはちがうって…」



「それはひどい話だ」

男の顔は悲しそうだ。「ぼくにも似た経験がある」


男は悲しげにろうそくの火を見つめながら、語る。


「仲間の遊びに入れてもらえなかったりね…パーティーに誘われなかったりしたんだ」



「わたしもだよ」

ルッチーアは小さく笑う。「最近じゃまったくパーティーに誘われない。友達がみんな男をつくったりしてね、誕生パーティーを恋人同士でひらいてるんだ。友達をたくさん誘って…でも私は誘われないんだ」


目からこぼれおちる涙が、ろうそくの火にきらりと光る。

「仲間はずれさ」

指で目をぬぐう。「もう友達じゃないのかも」

162 : 第26話 - 2014/07/12 21:49:52.93 VPxyv7Tj0 1004/3130



「都市には理不尽なことが多くある」

男も言った。

「ぼくも今日、この世の理不尽を味わったばかりだ…でも、自信までなくしてはいけないよ」

彼はそっと手をテーブルにおき、ルッチーアの手を握る。

「あ…え?」

ルッチーアの戸惑った目が男を見る。

「きみは本当に美しい女の子だ」

男はまっすぐルッチーアを見つめながら、言った。

「きみみたいなきれいな子が悲しんでばかりではいけない」


「…えっ」

ルッチーアは急にそんなこといわれて、戸惑った。

ただ、かあっと頬が熱くなるのだけは感じ取れた。



「きみとこうして出会えたことは、偶然じゃない気がする」

男はルッチーアを目で見つめながら、つづけた。

「ほんとうにきれいで美しいよ…だから、自信を失わないでほしい。その黒い髪。黒い目。とてもきれいだ。自分に自信がもてないなんて、もったいない」


「…そ…そ…」

きれいな子だっていわれて。

照れるとか越えた、くすぐったいような熱い感覚が全身にした。


ルッチーアは言葉を探したが、顔が熱くて、たまらなくて、まともに喋れない自分にきづいた。ぽっぽと熱くなる。


「…そんなこといわれたって……こまるよ…」


恥ずかしい。

自分の髪のこと、目のことをきれいだといわれて、嬉しいような、でもそれを知られるのが照れるような、どうしようもないくらい恥ずかしくて、それが全身を熱くさせる。


「謙虚なんだね」

男は優しく微笑む。「謙虚で、大人しくて、美しい。夜に咲いた花のようだ」


男は話をとめ、まっすぐルッチーアをみつめてくる。

ただ、ひたすら。じいっと。「ほんとうに美しい」

そんなことを言ってくる。

163 : 第26話 - 2014/07/12 21:51:05.56 VPxyv7Tj0 1005/3130



「や…やめてよ」

自分の声が自分の声じゃないほど上ずっている。

それがまたたまらなく恥ずかしい。

「からかわないで…」

どくどくどく、全身の血のめぐりが熱くて熱くてしょうがない。ぽっぽと頬にそれが集まる。


「こころから思ったことだ。本当だよ」

男はすぐにそう言い切った。ニコリと微笑み、優しい口調で話した。

「きみはぼくの理想の女性だ。本気だ。美しくて、謙虚で、どこか奥手だ。ああ、きみはなんて素敵なんだ」


ルッチーアは恥ずかしさでたまらなくなり、両手で顔を覆った。

顔から火が出そうだ。


「あああ…」

赤い頬から涙を流す。「ねえ……どうして?どうして私なんかにそんなこと言ってくれんだい?」




「お願いだ泣かないで」

男はいってくれる。両手をそっと持ち、握り、まっすぐルッチーアの瞳を見つめた。

「美しい君が悲しむところは見たくないんだ。ぼくはきみが幸せでいるところが見たい」


「ああ…ああ…」

ルチーアは、感激に頬を熱くさせ、また、目から粒をこぼした。「ちがうの…嬉しいんだよ…」


「そうか」

男は優しく微笑んだ。「じゃあきみの幸せのために…乾杯」

「うん…ありがとう」

ルッチーアもにっこり笑った。


二人のビールのジョッキが、コツン…と小さな音たててあたる。


ルッチーアも、若い男も、二人してジョッキのビールを飲む。


まわりでがやがやがや…と騒がしい酒場だが、気にならない。

世界は二人だけのものになっている。

164 : 第26話 - 2014/07/12 21:52:15.77 VPxyv7Tj0 1006/3130


「きみとお付き合いをしたい」

そっとビールのジョッキを丁寧においた男は、告げた。

「本気だ」


「ああ…ああ」

ルッチーアは、涙ぐんだ目を赤くして、そのプロポーズをただただ受け止めている。

「わたしなんかで……いいのかな?ほんとうにわたしなんかで?」

でも、魔法少女として数多くの男と破局してきた彼女は自信がもてない。

弱気で、悲しくて、たまらない気持ちで胸がいっぱいだ。


「きみでなくちゃだめだ」

男は真剣な顔つきをしていた。「きみみたいな人との出会いを待っていた。これは偶然じゃないとぼくは思う。ほんとうにすてきだ。きみを見ていると天よりも明るい気持ちになれる」


「わ、わたし、も……」

ぎこちない口ぶりで、ルッチーアは、そっと答えた。

「あなたと会えたことは……偶然じゃない気がする。わたし、うれしいよ。わたしなんかに、そんなことをいってくれるなんて……」


魔法少女に恋はできない。

そんな、仲間の魔法少女たちと一緒にくだした結論は、いま打破されようとしている。


「きみもそう思ってくれるかい嬉しいよ!最高だ!」

男も、嬉しそうに、ルッチーアに手を握り締めた。この力加減はあくまで優しく、包み込むかのよう。

「これから二人で、たくさんの思い出をつくっていこう!」


「うん!うん!」

ルッチーアは幸せに満たされようとしていた。なんて素敵な夜だろう!

魔法少女に変身する瞬間より最高の気分だ。


わたし、恋人ができたよ─────やっと!

165 : 第26話 - 2014/07/12 21:53:12.75 VPxyv7Tj0 1007/3130



「今日は落ち込んじゃうこともあったけど、きみと出会えたことは最高の幸せだ」

男はそう言ってくれる。

「わたしも……すごく幸せだよ!」


二人の手が互いに握り合う。


「それで…」

ルッチーアは、片方の手を使ってビールをちょっとだけ飲むと、たずねた。

「そっちにはどんなことが……あったの?つらいことがあったって…。」


男はすると、突然悲しい顔をした。


「いや、あの…どうしてもききたいってわけじゃなくて…」

ルッチーアは慌てた。

すると男は悲しい顔したまま、口元だけふっと笑ってこまった顔をした。

「少し長くなるけど……きいてくれるかな?」


「もちろんだよ!」

ルッチーアは優しく微笑んだ。「わたしでよかったら、相談にのれるかは分からないけどさ……聞いてあげることくらいはできるから…」

信じられないくらい胸がどきどきしていた。

「じゃあ、少し重たい話になるけど…」

男はそう言って、間をいれたあと、話し始めた。

「今日、父が……」


「父が?」

ルッチーアは、首をかしげてたずねる。目をぱちくりさせて、上目で男を訊く体勢になる。


「父が不当に冤罪をふっかけられて……牢獄に入れられてしまったんだ…」

166 : 第26話 - 2014/07/12 21:54:26.68 VPxyv7Tj0 1008/3130



「…へっ?」

ルッチーアは上目遣いしていた目を点にして、きょとんとなった。

もう一度たずねた。「父が……なんだって?」


「ぼくが知ったときもう裁判になっていて……取り返しがつかなくて……」

男の目に涙が溢れてくる。

「魔法少女を襲ったって強姦未遂を容疑にかけられて……でも、父はそんな人じゃない!息子のぼくだからわかるんだ!ぼくの父さんは、そんなことをする人じゃない!でももう裁判になってて……」


男は嗚咽を漏らし、肩をひくつかせて、大泣きした。


ルッチーアは、目を瞠って男を見つめている。


「相手の魔法少女はひどいやつで……自分から父さんに暴力をふるったくせに自分は無罪だって臆面もなしに裁判で大暴れして……ぼくの父さんは懸命に闘ったけど、負けてしまったんだ…。自分の無罪を証明したくて…」



ルッチーアの顔が固まっている。石みたいに。



「でも相手の魔法少女はそんな父さんの思いを踏みにじった。容赦なく殴りつけて、裁判を勝ち取って、今もどこかでのうのうとしている最低なやつなんだ!ぼくは家族に、親族に説明した父さんはそんなことする人じゃないって!きみは信じてくれるかい?ぼくの父が、そんな人じゃいないって、信じてくれるかい?」

男のすがるような目がルッチーアを見つめてくる。

その目は情けないほど涙が溜まっていて、ぼろぽろと頬を伝って滴り落ちた。


「…えーと…」

ルッチーアは戸惑った顔をみせている。


すると男は悲しい顔をした。


「あー…」

ルッチーアは、恋心もときめきも完全に消し飛んだ、固まった顔で天井を呆然とみあげた。

「あー…うん、信じるよ。きみの父さんはそんな人じゃないさ、きっと」

天井みあげながら適当に言う。

167 : 第26話 - 2014/07/12 21:56:26.34 VPxyv7Tj0 1009/3130



「きみなら信じてくれると思った!」

男は、嬉しそうに、ルッチーアの手を優しく握る。

「やっぱりきみとの出会いは運命だったんだ。だれもわかってくれなかった。でもきみだけは信じてくれる! 父のこともぼくのことも!」


「うん…うん」

ルッチーアは投げやりな気持ちになって頷いた。「そうだね、きみの父はきっとそんな父じゃないと思う。本当にそう思っているよ。本当に」


「ありがとう!」

男は感激に震えている。「世間のだれも信じてくれなかったのに…きみだけは信じてくれる。きみは優しい子だ。ぼくの理想の人。本当にありがとう」

「あー…うん、それはどうも」

ルッチーアは頭を手で掻いた。もう気持ちは恋心どころではなかった。

しかし男はますます感激に燃え上がっている。

「いまものうのうとしているどこかの魔法少女が憎たらしいよ。本当にひどいやつなんだ。ぼくの父を足からひっくり返して、乱暴して……。何の罪もない人に乱暴するんだ!自分の罪は棚にあげて!」


「ああ…うん」

ルッチーアは、ぎこちなく頷いた。「そりゃあ……まったくひどい魔法少女もいたもんだね」


「魔法少女なんか、みんなこの世から消えればいいのに!」

男の口調が愚痴になってきた。

「ひどい暴力ばかりする、危険な存在だよ!世界で戦争ばかりしている!人間にとって迷惑でしかない! だが、きみはちがう」

急に優しい口調に変わる。

「きみは優しい子で、大人しくて、謙虚で奥手で、美しい。きみみたいな女性に出会えたぼくは幸せだよ」


「…わるいけど、さ」

ルッチーアはテーブルの席をたちあがった。

「わたしは、あなたが思っているような女性じゃないと思うな……そう、それこそ、きみにとっては消えてしまえばいいと思うくらいの女さ。…たぶんね。もっといい人がいるよ。だからわたしはこれで帰るね」


「ま、…」

男は驚いた顔をしてルッチーアをみあげる。それから、慌ててルッチーアを追いかけた。

「まってくれ!どうしたんだい急に…?」


ルッチーアは足をとめない。酒場の出口を目指してまっすぐ歩く。


「名前を!」

若い男は、ルッチーアを必死に呼びとめた。「きみにはまた会いたい!一度限りなんて悲しくて胸が苦しくなるよ!せめて名前を教えてくれお願いだ!」


ルッチーアは酒場の出口からでる。

168 : 第26話 - 2014/07/12 21:56:58.74 VPxyv7Tj0 1010/3130



「マ、マスター!」

男は慌てて、酒場の店主にむかって、叫んだ。「必ず払う!ぼくと、あの美しい女性のぶんは、必ず払う!愛に誓ってね!だから今はあの人を追わせてくれ!」


するとマスターは、はいよといって、他の客の相手をつづけた。


「マスター感謝するよ!」

男は丁寧にいうと、酒場を出てルッチーアを追いかけた。

169 : 第26話 - 2014/07/12 21:59:02.01 VPxyv7Tj0 1011/3130

205


若い男は酒場をでると、町の路地を走った。

「まってくれ!」

去るルッチーアの背中を追いかける。

「お願いだまってくれ!」


ルッチーアに追いついた。

その肩を手にとり、振り向かせる。


「どうしたの?ぼく、なにかきみを傷つけること言ったかな?」

少女を振り向かせ、まじまじと顔をみつめて、問いかける。


「…いやそうじゃなくてね」

ルッチーアの目に悲しみが浮かんでいた。「わたしとあんたの出会いは偶然じゃなかった。たしかにそうだと今も思ってるよ。でもそれは運命の出会いというより、まるで因縁の再会だよ」


「…因縁?」

男は不思議な顔をしている。


「きっと真実を知ったらきみはがっかりする。このまま二度と会わないのが互いのためさ。本当のことをいってる」


ルッチーアは告げて、そしてまた背中みせて去ろうとした。


「まって!」

すると男は、またルッチーアの肩をもって自分へ振り向かせた。

顔を近づける。

「そんなことでぼくは退けないよきみはぼくの理想の女性だ!やっと会えたんだそんな悲しいこといわないでくれ!」


「あんたが会ったのは理想の女性じゃない因縁の憎き相手だよ!」

ルッチーアは大声をだした。その顔に怒りやら悲しみやら、どうしようもない感情が織り交ざって目を涙に潤わせ、赤くしている。


「……」


ルッチーアの大声とその迫力にたじろいてしまう若い男。

言葉を失っている男を尻目にして、ルッチーアは歩き去った。

「…まるで呪いだよ希望が芽生えたとおもったらどん底だ」

そんな独り言をいいながら路地をふらふらと歩き去る。「円環の理に呼ばれてるのかなあ…?」


「円環の理?…なんの話だ…」

男は、呆然と、わけがわからないという顔をして呟いている。

だが男は諦めなかった。それが間違いともしらず。

170 : 第26話 - 2014/07/12 22:02:03.26 VPxyv7Tj0 1012/3130


「まってくれ名前を教えてくれ!せめて最後に!これが最後の別れなんていやさ!」


「そんなりしりたいかよじゃあ教えてあげるさ!」

ルッチーアは男に向き直った。両手をひろげて、もう何も隠さないという仕草を示しつつ、告げた。

「わたしの名はウスターシュ・ルッチーア!あんたのにっくき相手!この世から消え去ればいい魔法少女!」


「…は?」

こんどは男がきょとんとする番だった。ぽかーんと口をあける。


「この世から消え去ればいいのにっていってたな!」

ルッチーアの声には怒りがこもっている。「だが安心しなよ、そうさすべての魔法少女はいずれこの世から消え去る!それを円環の理っていうんだよ。わたしもそのうちこの世から消え去るさどうだ嬉しいか!」


「…」

男の顔は唖然としたまま動かない。言葉を失い、身体まで固まっている。


「どうした私とまた会いたいんだろいつでも会ってやるさ!喧嘩相手になら何度でもなってやる!」


ルッチーアの怒鳴り声はどこか悲しみも交じった震え声だった。

「親子そろって裁判で叩きのめそうか!どうしたかまって意気地なしめ!そんなところが父そっくりだよ!」


男は完全に凍っていた。思考停止状態とでもいおうか。


考えの整理がつかないでいた。目の前で少女が本性を暴いたとたん吐く暴言の数々、乱暴な態度、挑発…。


これが理想の女性?ぼくはなにをまちがえたんだ?


だが、だんだん、いま目の前にいる女性こそが、父の無念を晴らす仇であることだけが分かってきた。

171 : 第26話 - 2014/07/12 22:03:57.07 VPxyv7Tj0 1013/3130



「…この」

男の顔が、だんだん、怒りに赤くなってくる。「…このやろう!」


ルッチーアに飛び掛ろうとした、そのとき。

誰かにがしっと後ろから肩を掴まれた。

「…あ?」

男が怒った顔して後ろの人物をみる。


するとそこにはさっきの酒場の店主が立っていた。


店主と男の目で合う。


店主は、ゆっくりとした口調で、穏やかに告げた。

「金は?」


「は?」

男は目をぱちくりさせて店主をみる。


「金だよ。あんた、愛に誓って女性のぶんも払うっていったろ」

店主は男の去り際の発言を指摘する。

その口調は穏やかだし、素敵な笑顔もみせているが、明らかに脅しのオーラがでている。

「もちろん払うね?」

172 : 第26話 - 2014/07/12 22:05:05.78 VPxyv7Tj0 1014/3130


「…あ…あ」

男は目をぱちぱちさせながら、店主の笑顔と、理想の女性を、かわりがわりに見つめた。

払えという店主と、理想の女性を…。


理想の女性???あの魔法少女が?

男はだんだん、あまりの理不尽さに腹がたってくる。



「だ、だ…だれが…」

男は、怒りを顔に露にさせて、歯をかみしめると、言った。

「だれが払うかあんな女の分!」

と叫んで、男はルッチーアを指差す。

「なんでぼくがあんな女のぶんも払わなくちゃいけないんだ冗談じゃない!」

といって、店主にむかって顔をちかづけ、叫びつづける。

「いいかマスターこっからはもう金銭の問題じゃないプライドの問題だ!この際いくらなんてことは問題ではない。ただの一銭も、あんなやつのための払ってしまうことがぼくのプライドが許さない!いいか、あいつは、ぼくの父をはめたやつで…あがっ!!!」


次の瞬間、男は店主のふるったフライパンの裏面に思い切り顔をぶっ叩かれた。

バコーンといい音がして、男は路面へぶっ倒れた。


「うわ…すごい音…」

まるで楽器のようにフライパンが音を鳴らしたので、ルッチーアは思わず呟いた。

173 : 第26話 - 2014/07/12 22:06:34.95 VPxyv7Tj0 1015/3130



「わけわかんねえこといってんじゃねえ!」

店主の笑顔は顔から消えた。

「そういう御託は金払ってから並べてろ!」



店主は男に馬乗りになる。胸倉を持ち上げる。

「なにが金銭の問題じゃねえだ?金の問題にきまってるだろ糞が!」

拳をつくり、男の顔面をぼがっと殴る。

「いいやプライドの問題だ!」

男は殴られながら、店主に言い返す。

「いくら痛い目みようたって、ぼくは払わないぞ!父も受けた恥辱だ。いくらでもぼくをそうやって痛めつけるがいいさ!それでこそ父の辛い気持ちがぼくにもわかる!」


「わけわからんこといってんじゃねえこの阿呆が!」

店主はまたぼがっと男の顔面を殴る。今度は左から。「泥棒め!食い逃げ野郎!なにが愛に誓って女性のぶんも払うだ寝言いいやがって!」


ばぎっ。ぼがっ。

男は殴られ続ける。


「はあー…まったくもう」

ルッチーアはため息ついて、完全に冷めた気持ちになりながら、暴れる店主の肩をついついとつついた。


「邪魔するな!」

店主はルッチーアに怒鳴った。「いま、愛の誓いとやらを叩きのめしているところだ!」


「わるかったよ、わたしが自分の正体を隠したのがもともとの始まりなんだ」

ルッチーアはそう告げて、店主に銀貨を渡した。

「これで勘弁してやってくれよ」


店主が銀貨を受け取る。

驚いた顔して、ルッチーアを見上げた。


「じゃあな」

ルッチーアはその場を去った。黒い髪をゆらして、夜の路地へと消える。溶け込むように。


店主は銀貨の枚数を確認した。ちょうど二人分だ。

すると店主は男を殴るのをやめた。

174 : 第26話 - 2014/07/12 22:07:21.40 VPxyv7Tj0 1016/3130

        
「…このくそが。虫唾が走る」

愚痴をこぼして、店主は銀貨をにぎって酒場へと戻った。「二度と俺の店に愛の誓いとやらを持ち込むな」



顔面が血だらけの若い男だけが、路地にのこされた。

175 : 第26話 - 2014/07/12 22:08:20.56 VPxyv7Tj0 1017/3130

206


ルッチーアはとぼとぼと闇の路地を歩いた。

ついに巡ってきたかに思えた恋も、泡となってきえた。


「家に戻るしかないかあ」

はあとため息つき、魔法少女は呟く。


本当は家が嫌いなのだが、他に仕様がない。



路地を歩いていると、女に声をかけられた。

ルッチーアがみると、その女はローブの裾をはだけさせ、誘惑するみたいに足をちらりちらりとみせつけた。


「魔法少女さあん」

と、色気づけた声で呼んでくる。「わたしと遊んかなあい?」


「なんで私があんたと遊ぶんだよ!」

思いっきり叫ぶ。怒りを込めて。

あんた、魔獣に食われてもしらんぞ!心で罵ってやる。


「あらあ」

女はルッチーアに接近してきた。にこにこ微笑みながら近づいて、肩に手を回してくる。

「魔法少女ってえ、男も女もいけるんでしょう…?」

耳にふうっという吐息とともに声をかけてくる。


「だれから聞いたんだよそんな話!」

ルッチーアは売春婦を突き飛ばした。女はルッチーアから離れた。女はくそっ、金持ってそうだったのに、と愚痴りながら裏路地へ消えた。


「ああもう」

ルッチーアは路地を歩き続けた。

ぶるっと背筋震わせ、自分の肩を抱きながら、女に耳へ吹きかけられた悪寒を振り払う。

「あんなやつらのために魔獣と闘って町を守るのか」

ぶつぶつ呟きながら、路地を歩きつづけ、家へ急いだ。

176 : 第26話 - 2014/07/12 22:09:27.42 VPxyv7Tj0 1018/3130

207


しばらく都市の夜道を歩いて、ルッチーアは自宅に着いた。


まさに失意だった。


落ち込んだ気持ちのまま、自宅の前にたつ。


ルッチーアの自宅は裕福でなく、むしろ貧しい市民の家だった。

木造の家で、長屋式の家。突き出し構造をしていて、切り妻壁。



この街路はごみごみとしていて、ギルド街やパン屋街、都市広場よりも、狭くて迷路のようで、入り組んででいる。



まさに貧民層の家々が並ぶ狭苦しい街路だった。


ルッチーアの家系は葺き職人のギルドに加入している。

葺き職人とは、こうした家々の屋根を作ったり、修繕したりする職人。


ルッチーアは家の扉を、コンコンコンと手で叩いた。


それから、二階の窓にむかって、声をあげた。


「かあさん!もどったよ!ルッチーアだよ!」



反応はない。

いつものことだ。


「かあさん!」

もう一度大声をだす。「もどったよ!わたしだよ!」

177 : 第26話 - 2014/07/12 22:10:07.75 VPxyv7Tj0 1019/3130



すると、しばらくがたってから、家の扉のむこうで小声がした。

「もどったんだね?」

大人の女の声だった。母親だ。


ルッチーアは扉に身を寄せた。「うん。もどった」扉のむこうへ声をかける。



「それで───」

老いた女の声が扉のむこうからする。「魔獣退治の報酬を支庁舎から?」


「いや、き、きょうは狩りはしてないよ、かあさん」

ルッチーアは、恐る恐る、言った。


「……」

扉のむこうで、沈黙。

沈黙のあと、また、扉のおくから女の声がした。

「どこかのギルドはお前を雇ったか?」


「………いや…」

ルッチーアは顔を下に落として、答える。「……雇われてない」

178 : 第26話 - 2014/07/12 22:11:19.05 VPxyv7Tj0 1020/3130


「そうかいじゃあ今日は入れないよ」

扉のむこうで冷たい声がする。「魔獣狩りでもスリなんでもやって、金もってから家に入りな」


「かあさん!」

ルッチーアは扉をたたく。


だがそれ以上はなんの反応もなかった。「かあさん!」


いくらルッチーアが呼んでもこれ以上の反応は一切なかった。



また家に入れてくれなかった。


「ああ…」

うな垂れて、扉に手をかけたまま、力なく膝をついてだらんと身を落とした。

膝を曲げて女の子ずわりになり、開かぬ家の扉の前で頭を垂れ、髪が前へ降りる。



そうして髪も垂らしたまま地面をしばらく見つめていたが、そうもしていられず、起き上がった。


こうんふうにしているとソウルジェムが黒くなる。


それが魔法少女だった。

179 : 第26話 - 2014/07/12 22:12:23.48 VPxyv7Tj0 1021/3130


「いかなくちゃ…」

小さな声でふっと呟き、ふらふらと立ち上がり、夜の路地を歩き出した。「魔獣退治…」



手元の指輪を変型させて、灰色のソウルジェムも手元に照らす。

ぽっ。

手の平に宝石の光が灯る。


穢れて灰色なのではなくて、もともとルッチーアのソウルジェムは灰色の宝石だった。



手の平にのせたソウルジェムは弱い光をほのかに放っている。


まるで自分の感情みたいだ。


弱っている。



反応は示さず、魔獣の出現も兆しもない。




しかしそんなことで諦めない。

狩るまでは、帰る家もない。



まず狭い路地をあてもなく彷徨い、ソウルジェムの反応をみつつ歩く。


ときどき変な光をぱっと放ったりするが、それは魔獣の反応じゃない。


たぶん、どっかの家の魔法少女のそばを通りかかっただけだ。

180 : 第26話 - 2014/07/12 22:14:22.07 VPxyv7Tj0 1022/3130


街路を歩き回ると、次は橋へ。


ソルグ川を渡す大きなレンガ橋。アーチ石橋の上を歩く。


むかし、この川は悪臭がひどかった。


この都市を横切る巨大な川が、下水よりひどい状態になっていた。川のそばにすむ貧民層はたてつづけてに病に倒れる有り様だった。


それを現エドレス国王、エドワードが改善した。


王は川の汚染に激怒した。

そもそもエドレス国民の誇りは、自然の恵みである川を大切にすること、涼んだ川を愛していたこと、透明で純潔な精神を美しき川と共にして暮らしてきたことでなかったか、と国民に呼びかけた。


国民は目覚めた。



エドワード王から直属の役人が派遣され、川の本格的な洗浄作業が大々的におこなわれた。


もちろんそれにも血の滲む努力があったのだが、エドワード王の改善策はそれで終わりではなかった。


今後の川の清潔さの保持も義務づけた。


川への糞便の廃棄は厳しく罰せられた。肉屋、家禽屋、魚屋、居酒屋に、ごみと余った食材、腐ったワインの破棄を禁じた。


もちろん、法律で禁じただけでは、こんな都市の俗にまみれた人間は誰も従わない。


そこでエドワード王は貴族家系に夜警隊の派遣を命じた。

都市の貴族はこうして夜警兵士、夜警騎士を派遣し、夜な夜な川を汚す悪徳業者に目を光らせている。

181 : 第26話 - 2014/07/12 22:15:32.69 VPxyv7Tj0 1023/3130



そうした夜警騎士の一人に、ルッチーアは出会ったわけであった。


あの女騎士だ。



エドワード王から派遣された役人は、家の窓から道端へ投げ捨てられる都市民の汚物を集め、処理し、荷車にのせて、都市の外へとだす。


この国の役人は、下手な都市民よりよっぽど国のために努力をする、真面目な連中だ。


だからこそ税金を納める気にも市民がなるのであるが。



あの女騎士は私を助けてくれた。


いまどき魔法少女を手助けしてくれる珍しい人間だった。



ルッチーアの家系は貧しかったから、カベナンテルという妖精が現れたとき、そしてそれが自分への魔法少女変身への招待だとしって、家族と相談して、契約した。


その契約は、単純に、”お金持ちになりたい”という、なんでも願い事がかなうといわれれば誰もが一度は考えるであろう内容で契約した。


この都市では魔法少女の住民税は免除される。


彼ら人間は、都市に魔法少女が必要であることを理解していた。

魔法少女が都市にいなかったら、謎の死と行方不明、廃人、精神を病む被害者が続出することを経験則から知っていた。


それは魔獣という存在のせいで、それに対抗できる存在は魔法少女しかいないことを受け入れた。


つまり魔法少女とは、都市の守り手なのだ。


都市に魔法少女がいないと、市民は安心して暮らせない。

だから魔法少女には、住民税を免除する。


182 : 第26話 - 2014/07/12 22:18:03.61 VPxyv7Tj0 1024/3130



それに加え、魔獣退治が都市にとって有益であることを認めた支庁舎は、報酬も払う。


支庁舎には都市内の修道院長が出入りする。修道院長は、もちろん魔法少女で、都市内の魔法少女が狩った魔獣のグリーフシードの数やら規模やらを数えて、それを報酬に代えて支払う。


要するに、魔法少女にとって、この都市での魔獣狩りはまんまそのまま金儲けになる。


魔獣を狩り、グリーフシードを得たら、支庁舎へいって、修道院長にみせれば、支庁舎から報酬を受け取れる。

グリーフシード一個につき、銀貨何枚だとか、そんな換算で。


ルッチーアは、魔法少女に変身することで、住民税がカットされ、かつ魔獣退治の報酬として銭を稼げるようにもなって、前の極貧生活に比べればお金持ちになった。



しかしそれは、契約するときに思い描いた、いわゆる”夢のような”お金持ちではなかった。


お金持ちはお金持ちでも、それは貧しい前の生活に税の免除と魔獣退治の報酬が加わった程度のものだった。


そして母親はそれに満足しなかった。


なに、おまえ、どんな願い事でもかなうんだといっただろうが、この程度でお金持ちだと、ふざけんじゃないよあたしはみとめないよ、魔法が使えるようになったんなら、もっとスリでも貴族を騙すなりして、がっぽり夢のようなお金持ちになれるんだろ、あたしはこんな程度を金持ちだなんて認めないよ。さっさと、稼いでこい。



といわれて、よく家をしめだされた。



つまり母は、ルッチーアが魔法少女に変身できると知った途端、娘に魔法を使わせ、どんな悪事もできると期待した。


そしてその期待は今日も、ルッチーアにむけられている。


母親は、魔法を悪用することしか考えてなく、その期待は、重圧となってルッチーアにのしかかり続ける。

183 : 第26話 - 2014/07/12 22:19:45.80 VPxyv7Tj0 1025/3130


ルッチーアはしばしば、その魔法を使って、金を騙し取ってこい、とよく母親に命令されて育った。


実際のところは、魔法の悪用はしたことがなかった。


というより、できたものではなかった。



人間は、魔法少女というだけで、万能な少女であるかのようによく誤解する。

相手に幻覚をみせることができるとか、動物に変身できるとか、空を箒にのって飛べるとか、呪文を唱えれば未来を操れるとか、人間が抱く魔法少女のイメージはそんなのばかりだ。


魔法は、そんな万能なものではなかった。



そもそも魔法少女は魔獣を倒すためだけの力を持ってるにすぎない存在だった。魔獣を倒す少女で、魔法少女。


契約して魔法少女になると、ソウルジェムさえ傷つかなければ無敵という身体に作り変えられる。そうして得る身体能力は抜群で、文字通り無敵だ。

そうした身体で魔獣と戦うわけだけれども、その強さは、人間世界の戦争でも力を発揮する。


今の時代、戦場では、ほぼ必ずといっていいくらい魔法少女が活躍している。その身体能力を活かして、魔法の武器を、人間にむけ、一騎当千の力を発揮することもある。


けど、それまでだ。


天気を操れるとか、呪文ひとつで相手を操れるとか、相手の心を奪い取れるとか、そんな摩訶不思議な力まで持っていると人間に誤解される。


いや、なかにはそういう魔術的なことをする連中もいるのかもしれないが、魔法少女だからってみんながみんなそうだと思うことが、誤解だ。


ルッチーアは、母親や家族からもそうした誤解を受けていた。


魔法少女になったルッチーアは、呪文で貴族の心を操り、自分にいくらでも金を貢がせることができるだろう、とか家族から期待された。

あるいは、両替商に幻覚をみせて、石ころと金貨を交換できるとか、高利貸しにたくさん借りといて、その借金の存在を一切忘れさせることができるとか、宝石商人を騙せるとか。


そんなことができると、期待された。考えることは全て魔法の悪用による金儲けばかり。

184 : 第26話 - 2014/07/12 22:22:38.06 VPxyv7Tj0 1026/3130



サバトの集会を通じて治療魔法と、病の予防魔法を会得しようとしている魔法少女の集まりが存在するらしいが、そんな彼女たちの魔法の会得の方法は秘密にされている。


ルッチーアは知らない。


薬草を調合して治療魔法を覚えた魔法少女もいる。それは、エドワード城の城下町に住む魔法少女で、地元からは、病気治しの魔法少女として親しまれ、人気者だ。


ルッチーアにはそんな魔法の知識はない。




自分にできることは魔獣を倒すことだけ。自分には魔獣と戦えるほどに作り変えられた身体があるだけ。



この時代の魔法少女のもつ因果は、とてつもなく低かった。


それこそ、鹿目まどかや美樹さやか、巴マミといった過去の魔法少女たちの世代と比べたら、とても低い。


ルッチーアは、お金持ちになりたいと願ったら、住民税の免除と魔獣退治の報酬を得る程度の金銭しか回ってこないくらいの契約だ。

それくらい、少女のもつ因果が低い。叶える願いの奇跡も小さい。


いろいろ原因があって、たとえば、この時代における魔法少女の多さそのものも一つの原因だ。


鹿目まどかの世代に比べて、とにかく多くて、一つの都市に50人、60人といる町もあるくらいだ。

円奈が後に目指す聖地になると、もっともっと多い。


となれば、ひとりの少女に背負う因果もまばらになって、低くなる。一人が魔法少女になったくらいで、世にもたらす因果は、小さい。

185 : 第26話 - 2014/07/12 22:24:37.08 VPxyv7Tj0 1027/3130



あとは、魔法少女が人間からよく知られた存在になっていることも理由だ。



もし、鹿目まどかや巴マミの世代が、魔法少女となって、そのまま人の世にでたら、世界は騒ぐだろう。

世界は魔法少女という存在に驚き、ついで慌て、恐怖すらしたかもしれない。世界中の人間を驚かせるかもしれない。


つまり、魔法少女となるただそれだけのことで、世界中の人間を驚かせるくらいの強大な因果をもっているのだった。


だから、魔法少女に選ばれる少女のもつ因果は大きい。存在を知られれば社会が動乱するという爆弾を抱える。これが強大な因果を内包する。



ところが、今の時代では、少女が自分の正体を打ち明けて、私は魔法少女です、といったところで、まわりの人間は、だからどうした、そんなのいくらでもいるだろ、とうんざりされるだけだ。


魔法少女になったところで世間に与える影響力は小さくて、因果もほとんどない。


そんなわけで、言ってしまえば、この時代の魔法少女は数が多くても、魔力は強くない。というより、魔法の力はほとんど使わない。使えない。


契約して生み出す魔力の因果が小さすぎる。


ルッチーア、来栖椎奈、カトリーヌ、榎捺津、ギヨーレン…この時代の魔法少女が武器にするのは人間の武器と同じ剣やら弓矢やら。

彼女たちは魔法少女としての自分の作りかえられた身体を武器とするのであり、魔力にはほとんど頼らない。


なぜなら魔法少女の本質は、魔法を使う少女ではなく、魔獣を倒すための身体を得た少女だからだ。

186 : 第26話 - 2014/07/12 22:26:03.96 VPxyv7Tj0 1028/3130


魔法そのものは昔からあるし、今もあるから、それを会得しようとする魔法少女も数多くいるのだが、そんな彼女たちでも、巴マミが繰り出すような魔法の大技の数々をみたら、たじたじになるに違いない。


まして時間をとめるなんて魔法の能力は、今の時代の魔法少女からしても仰天してしまう魔法だ。


いまの時代の魔法少女は、いうなら戦闘マシーンであった。馬に乗り、騎兵として槍で突撃する。
盾と剣をふるって第一線で戦う。その戦闘スタイルは人間とやってることが同じで、しかも戦う相手も人間だ。


あるときは領主として隣国と戦い、あるときは人間の国王から派遣されて戦場で戦い、あるときは盗賊団の討伐を請け負う。


どれも”戦い”の場にて特に活躍するのが魔法少女だった。



なぜなら、”戦う”ために、作り変えられた身体を持っている存在だからだ。


しかしルッチーアはこうした現実とは離れて、”魔法の悪用”を家族から期待されてしまっている魔法少女だった。


自分にはそんな能力ないし、魔法少女というのは戦う存在であって、魔法に万能な存在じゃないことは、再三家族に説明したが、理解されない。


なにいってんだ、スリくらいできるだろ、魔法が使えるんだろ、質屋を騙してこい、といわれるだけ。
魔法で金貨を倍に増やせといわれたこともある。それじゃまるで錬金術だ。


いってしまえば、それくらい、貧乏な家系の金への執着は、盲目的であった。

187 : 第26話 - 2014/07/12 22:28:00.72 VPxyv7Tj0 1029/3130



ルッチーアは夜中のレンガ橋を渡り続ける。


川は静かで、空気はひんやり冷たく、水のなかは暗闇だ。ぷかぷか木片がういている。

暗い夜を流れる黒い川は、せせらぐ音をたまにたてるが、そのほかの音はない。




レンガ橋を渡り、都市広場に近づくと、ルッチーアの灰色をしたソウルジェムがわずかに反応を示した。


「こっちか」


冷たい声で囁く。

黒い目をした魔法少女の目がソウルジェムの反応を目に捉える。

ピクと黒い目が反応する。


黒い瞳はソウルジェムの光を映す。

自身の魂の光を。”命の灯”を。



都市広場にでると、修道院、支庁舎、噴水などがあって、石畳の通路を進んだ先に、赤色の結界が張られていた。


「あそこだな」

ルッチーアは結界にむけて進む。

結界に入ればその途端に戦闘がはじまるから、その前に変身をする。


結界の前へきて、変身しようとソウルジェムを両手に掲げ、天の月にむけた。


都市のはるか見上げた夜空に浮かぶ月の銀色の光が、ソウルジェムを照らす。月光がソウルジェムに力を与える。




あたりで夜警騎士がうろちょろ巡回しているような気もするが、気にしない。


月の光を帯びながら、黒髪に黒目のルッチーアは、魔法少女へ変身する。

188 : 第26話 - 2014/07/12 22:30:23.41 VPxyv7Tj0 1030/3130



ソウルジェムの色に違わず、灰色の衣装だった。

その服装のタイプはワンピースで、まさに修道女服にも似た黒色にちかい灰色のワンピースだった。
でも、髪は隠さない。


修道女服にちかいけれども、裾はひらひら、白い生地のフリルがたくさんあしらわれ、とても少女チックだ。



靴は黒色のブーツで、長靴タイプ。


胸元は黒色の三日月が紋章として描かれ、黒い髪にも、小さな黄色い三日月の髪飾りが左右に結われた。
肩あたりまで伸びた左右のツインテールだった。ツーサイドアップとツインテールのちょうど中間くらいの長さの束を、左右対称に垂らす。


変身を遂げるルッチーアの身体はふわりと浮く。全身が夜風にやさしくふかれて、ワンピースのフリルや、黒い袖や、髪の毛が、ゆらゆらとはためいた。


ルッチーアはその全身にうける風を目を閉じて感じ取っていた。まるで心地よさを味わうかのように。



スタンと…ゆっくり着地すると、風もおさまった。

うきあがっていたワンピースの裾やフリルは垂れ落ちた。するとルッチーアは目を開いた。

気合一発。きっと目を真剣に開く。



魔法少女姿に変身したルッチーアは手に黒いクロスボウを取り出した。

彼女の武器だった。



魔法のクロスボウは引き金をひいて、魔法の矢を打ち出したら、カシャカシャと複雑な歯車同士が回って、自動的に弦が元の位置にもどる。


だから、引き金ひくだけでいい。人間の使うクロスボウみたいに、あぶみに足をひっかけて自力で巻き上げ機を巻いたりしなくていい。


それはまさに魔法のクロスボウであったが、それでも相変わらず、連射速度は低かった。

いちど撃ち放ったら、自動的に弦が戻るまで、10秒以上はかかる。


なんだか、弓矢を普通に連射していたほうが早そうな気さえしてくる。


けれども、魔法のクロスボウが放つ魔法の矢が、魔獣には効き目があった。



クロスボウを両手に構えて、魔獣の結界へと入った。

189 : 第26話 - 2014/07/12 22:32:38.76 VPxyv7Tj0 1031/3130




結界に入ると、一瞬、視界のすべてが真っ暗になった。


地面が消えてなくなり、どこまでも落ちる感覚がする。


そのひゅーっという感覚のなか、ルッチーアは冷静に、ツインテールになった髪を靡かせながら、目を開いて、結界の行き着く先へと落ちて行く。


スタンと着地するとそこは、赤色と黒色が織り交ざる、炎と闇の結界の世界だった。
ぴょこんと肩くらいまでのツインテールが跳ねる。


魔獣の結界といったらこんなのばっかりだ。



ルッチーアは結界の奥に潜むヒマティオンを着た白い人影むけてクロスボウを構える。


両手にもち、目元をクロスボウの台座に寄せ、狙いを定める。次の瞬間、魔弓の弩をバチンと放つ。


黒い矢が飛んでいって、魔獣の頭をいぬいた。


一匹の魔獣は消滅した。

が、一匹倒されたことで魔法少女の襲来に気づいた魔獣たちが、いっせいにこちらをむいた。


「よお!」

クロスボウ構えながら、ルッチーアが、魔獣たちに挨拶した。「きてやったぜ!」


魔獣たちはぞろぞろぞろと、集団になってルッチーアのほうへ歩き出した。

さわさわさわと、ヒマティオンの裾と衣のすれる音だして、引きずりながら。


「その動き方が相変わらず───」

ルッチーアは二発目のクロスボウを放つ。「気味悪い!」


黒い矢がクロスボウから飛んで、魔獣の頭を射抜いた。射抜かれた魔獣は頭を仰け反らせ、消滅した。


だが、まだまだ列なして、魔獣たちは結界のなかを、ぞろぞろぞろとルッチーアへすりよってくる。


ルッチーアのクロスボウはまだ再装填中だ。

このぎゅるぎゃるいう歯車ののろまな回転がもどかしい。さっさと戻れ!手でやったほうが早い気さえしてくる。


魔獣たちはルッチーアとの距離をつめた。

190 : 第26話 - 2014/07/12 22:34:09.11 VPxyv7Tj0 1032/3130


いよいよ魔獣の数が増えて、ルッチーアを囲ってくると、魔獣の結界に色がつき形ができた。



床は石畳になり、壁は石柱が並び、そしてむこうには草原がひらけた。草原にはエドレスの都市の城壁があった。


「なんだあ…?」

ルッチーアは警戒する。こういうとき、何が起こるかわからない。


どんな人間の負の感情が、魔獣を生成して、害をもたらすかわからない。


もしかしたら自分自身の負の感情が具現化してくるかもしれない。


なぜならルッチーアのソウルジェムは、いま穢れているのだから。


まあなんにせよ、結界が変化しているのを待つバカな魔法少女はいない。

とっとと魔獣をやっつけるのが一番よい。



ルッチーアは3発目のクロスボウを放った。クロスボウを肩に持つと、発射装置のある台座に目を寄せ、狙いを定め、放つ。


バスッ!


とんでいった黒い矢が、魔獣の腹を射抜く。魔獣はまた消滅した。が、結界の変化は進んだ。



石畳の通路が空中あらゆるところにくねくねと伸び、迷路をつくった。


その通路の入り組み具合は非現実的で、何もない宙に浮いたり、立体交差したりして、渾沌とした空間を形成する。


通路はまだまだ延びた。通路そのものが面積をまして引き伸ばされるみたいに、ルッチーアの立つ通路ものびた。


ルッチーアはただそこに立っているだけで伸びる通路に運ばれて、後ろへさがっていった。


どんどん伸びる通路は、左右に伸び、上下に伸び、勝手に通路ができて、迷路が形成された。

191 : 第26話 - 2014/07/12 22:37:51.34 VPxyv7Tj0 1033/3130



随分と広い結界になった。


あらゆる通路に魔獣が現れ、ゆらゆらと歩く。


亡霊の列みたいに。


結界のなかは通路が浮く部分と、何もない空虚の闇にわかれているが、炎が燃えたりもした。


ルッチーアは結界の闇に浮き上がった迷路を見回した。


迷路のあちこちに魔獣が並んで歩いている。


ルッチーアはクロスボウを構え、ひとまず目前の魔獣の列へ矢を放った。


魔法仕掛けの弩から黒い矢が放たれ、魔獣の列に矢が突っ込む。


矢は魔獣の列を貫いた。


一本の矢に魔獣の顔がつぎつぎ打ち抜かれて、列ごと消滅する。


この調子だ。


ルッチーアは迷路を駆け始めた。

トトトトトと素早く迷路を走り、あちこちの浮かぶ通路へ飛び移る。

呆然とした顔で通路をうろつく魔獣たちの列に弩弓を放っていく。

魔獣たちはつぎつぎに姿をけした。


「とぉっ!」

ルッチーアは声あげて、闇に浮かぶ通路から通路へとまた飛び移った。


その身軽さは魔法少女ならではで、距離にして何十メートルとあるだろう空虚を飛び、別の通路へ着地する。

192 : 第26話 - 2014/07/12 22:38:39.16 VPxyv7Tj0 1034/3130


その通路に着地すると、階段をテクテク駆け上り、その先に並ぶ魔獣たちと対面する。


魔獣たちはあーあー声をあげながら、ルッチーアの方向をむく。


ルッチーアは目元にクロスボウの台座を寄せ、狙いを定める。

目を細め、弩の発射台の先に魔獣がいるのを確認する。


すると引き金をひいた。


魔獣たちは魔法の矢をくらって、ばしゃあと煙のように消滅した。

白い霧がぶわっと闇の空間に立ち込めて、姿を消す。胡散霧消。


ところが、魔獣は消えたが、消滅した魔獣の残した瘴気が、空間に飛び散った。


そして霧のような瘴気は、もくもくと闇の空間にひろがって、ルッチーアの視界を覆った。


「うわっ」

ルッチーアが瘴気にあてられて嫌そうな顔をする。


あわてて、飛び退いた。

193 : 第26話 - 2014/07/12 22:39:42.10 VPxyv7Tj0 1035/3130



魔法少女は、魔獣の瘴気にあてられるとソウルジェムが穢れることがある。


しかし一度髪や肩に触れた瘴気は、ねっとりしつこくルッチーアについてきた。


ソウルジェムを汚すつもりだ。


いや、瘴気そのものにはそんな意図はなくて、ソウルジェムの穢れという……負の感情の気配をかんじて、ねっとりとついてまわってきたのだった。


養分を探りあてた蔓のように。


まとわりついてくる。


一度まとわりつかれたら、振りほどくのは難しい。

瘴気は触れて剥ぎ取れるものじゃない。

「こんのっ」

顔をおおってきた瘴気が視界を包むと、ルッチーアは、ある光景をみた。


景色がかわり、目にそれが映る。

194 : 第26話 - 2014/07/12 22:40:48.83 VPxyv7Tj0 1036/3130


エドレスの都市だった。


「…んん?」

エドレスの都市の、貧民層の家が目に映る。

目をこすってそれを見つめる。


自分の家ではなかった。


木造で、長屋式の、切り妻壁と葺き屋根の家で。


男が泣いている。

「返してくれ!」

男は泣き崩れ、地べたに伏せて、嘆き声をあげている。

「金は返す!だから、娘だけは!」


「残念だかきみに返せるだけの金の目星はたたないようでね」

と、泣き崩れる男を、足元で見下ろしているのは。


都市の高利貸しの男だった。

裕福な服装をまとった高利貸しの男は、借金に借金を重ね首が回らなくなった男を見下ろして告げる。

「貴族の騎士があんたのところの娘と結婚したいってよ。よかったな。貴族との結婚で借金も返せるだろ」


「やめてくれ!」

男はうーうーと泣き、起き上がろうとする。

そこを高利貸しの召使いに取り押さえられる。「娘をかえしてくれ!」


泣き叫ぶ彼の娘は、貴族の騎士に担がれ、攫われていた。

いわば略奪婚だった。


貴族の騎士は市民の娘をかっさらい、馬車にのせ、連れ帰る。


略奪婚は、都市の法律で認められた結婚であり、両者の同意があれば、成立する。


もっとも、同意はほとんど無理やり同意させられるパターンが多いのだが…。

高利貸しと、貴族の騎士は、ぐるで、娘を略奪して攫うために、手を打っていた。



男は召使いたちに取り押さえられて、なすすべもなく泣く。

連れ去られた娘が担がれて、無理やり馬車にのせられ、貴族の家へ連れ去られるを見送ることしかできない。

195 : 第26話 - 2014/07/12 22:43:36.40 VPxyv7Tj0 1037/3130


「…」

ルッチーアは目を凝らして瘴気の景色をみつめた。

瘴気はすると、景色をかえた。同じエドレスの都市だったが、昔の景色になった。


もっと川が汚れていた昔。

悪臭がひどく、川に溺れた猫や犬は死ぬ始末だった。


ヘドロまみれで、糞尿、ゴミ、廃棄物、腐った肉とワイン、動物の内臓、殺した家畜の血と肉、骨。
すべてここに捨てられた。



悪臭はひどく、川の近くに住む貧民層は病にすら犯された。

でも、貧民層であるルッチーアの家族は、場所を移して暮らすことができなかった。


幼少時代のルッチーアには、同じ境遇の少女の友達が何人かいた。

イーザベレット、オーヴィエット、マンジェットという三人の女友達。

三人とも、身体に赤い斑点が、ぶつぶつとできていた。


汚染された川に住まう、同じ貧民層の少女たちだからだった。


三人は病気に侵されて、都市の療院へ通った。

でも、川の汚染という肝心な問題を解決しないかぎり、療院に通ったところで、病状は悪くなっていくばかりだった。


身体にできるぶつぶつの赤い斑点は数を増して、大きくなってきた。


それでもルッチーアと少女たちは、仲がよかった。


世間を知るまでの束の間の少女時代を、夢のなかに過ごした。


ルッチーアと少女たちは、都市のなかでよく遊びをした。


四人で環をつくってくるくる回って、歌を歌いながら、少女同士で手をつなぐ遊び。


「薔薇の花環をつくろうよ────」


少女達は、頭に、都市の外で積んできた花を、頭に飾って、環をつくる。


「ポケットには花びらいっぱい───」


少女達は、都市の外にでかけて、花を摘むのが大好きだった。ルッチーアもそうだった。
スミレの花、たんぽぽの花、ラベンダーの花、ローズマリーの花など、たくさん摘んで、髪に飾った。

ポニーテールにして結ぶ紐に花を添えつけることもあった。


花を髪に飾ること、首に飾ることが、この時代の少女達の流行の遊びだった。

196 : 第26話 - 2014/07/12 22:44:40.94 VPxyv7Tj0 1038/3130



「ハクション!ハクション!」


少女達は自分好みに髪を飾って、そして手をつないで環をつくって、歌を歌う。

歌にあわせて、身体を動かしたりする。



「みんな倒れちゃった。」


といい終えるのと同時に、みんないっせいにすっころぶ。


ただそれだけの遊びなのに、みんな同時に倒れこむ、意味もなく地面にハデにころぶところが、なんとも面白おかしくて、少女たちはそれだけで笑いころげた。


転ぶ瞬間の一致団結っぷり、みんなタイミングあわせていっせいに転げ落ちるところがなんともいえず面白くて、ばからしくて、少女達はけたけた笑った。


それだけの遊びだったけれども、少女達は、仲がよかった。


日に日に、身体の赤い斑点が増して、やがて訪れる死をどこか心に感じながら。


この遊びに夢中になっていた。



やがて、ルッチーアの身体にも、赤い斑点が現れた。

ぶつぶつとするそれは、最初は、痛くもかゆくもなかった。


けれども身体からは消えず、数は増し続けた。

やがて体調不良をもよおした。


咳と、くしゃみが頻繁にでて、胸は苦しく、たまに咳から血がでた。



「わたしたちは、川の汚染のせいで、しぬんだ────」

ルッチーアと、仲のいい少女たち三人は、みんな、同じことを、考えはじめていた。


ハクション、ハクション───。

みんな倒れちゃった……。


遊びでしていたそれが、現実になろうとしていた。

197 : 第26話 - 2014/07/12 22:45:39.68 VPxyv7Tj0 1039/3130



絶望しかけていたころ、ルッチーアたち4人の少女は、そうした自分の絶望につかまった。

ようするに、魔獣につかまった。


そして少女たちは、どうせ死ぬのだから、ここで魔獣にくわれて死んでしまおうと思っていた。

またそういう気の弱った人間を狙うのが魔獣だった。



ルッチーアも同じ気持ちだった。



少女たち四人で身を寄せ合って、死を待っていると、声がした。


「生きる希望を見失わないで───」


少女たち四人がみあげたら、そこに、別の少女が一人、魔獣の前に立ち塞がって、そこにいた。


少女は、へんてこりんな格好をしていた。


ぶわぶわしたスカートの黒いドレスを纏っていた。それが、貴族女性の着るガウンというドレスであることは、貧民層の少女たちにもわかったけれども、現実のなかのガウンよりも、それは妙な服装だった。



綿なのか羽毛なのかわからないけれども、とにかくスカート部分がぶわぶわで、膨らんでいる。
そこからスラリと伸びるストッキングの足。



腰には白いサッシュリボンを蒔いて、黒との基調をコントストする。



ルッチーアたちは、突然あらわれた少女のガウンのスカート丈が、なぜこうもぶわぶわしているのか知った。

ガウンの下には、ふわふわのパニエやらドロワーズやらを、着込んでいるからだった。


198 : 第26話 - 2014/07/12 22:47:25.85 VPxyv7Tj0 1040/3130



黒いガウンのドレスはビロードで、高級素材だった。


手には、柄のついたスコップ。質素なスコップで、貴族の服装を纏う黒いガウンドレスに不釣り合いだった。
そこもまた少女の奇妙さを演出していた。

貴族女性が泥臭いスコップなんか手にするだろうか?


黒いガウンの少女は、スコップを手に握り、きっと魔獣を睨みつける。


かと思うと、はあっと声あげて、魔獣のほうへ駆け出した。

走って魔獣に近づいてゆき、突然、飛び上がった。


飛び上がると、スコップをふりあげ、両手で魔獣の頭にゴーンとたたきつける。

ぴょーんと空を舞い、上空から魔獣の頭をスコップで殴るのだった。




魔獣は消え去った。


ルッチーアたちは、ただ呆然と、身軽な少女が魔獣を倒していくのを見つめていた。


わかったのは、魔獣が倒されたということと、少女が、とてつもなく身軽であることだけだった。




少女はすたっと着地した。

身長くらい大きなスコップは、まだ左手に握られている。シャベルの部分を下にして、地面に突き立てている。


少女はこちらに振り返った。


黒いガウン、ぶわぶわしたスカート、黒いストッキングの足。手にはスコップという、へんてこりんな少女はこちらをむいて微笑む。


「生きる希望をなくしてはだめ───」


少女はスコップを捨てた。ガラーンという音たててスコップが倒れた。


「奇跡も、魔法も、あるんだから───」


素敵な衣装の少女は、希望そのものな微笑を、照れくさそうに赤くした。

199 : 第26話 - 2014/07/12 22:48:24.42 VPxyv7Tj0 1041/3130



「あ、あなたは…?」

オーヴィエットが最初に口にした。


     
「彼女は、”魔法少女”」

すると、きいたこともない声がそれに答えた。


ルッチーアたち含めた四人の少女が、声のしたほうを振り向く。

そこに、白い獣がいた。


白い尻尾をぴょこんとあげて、赤い目であの身軽な少女のほうを見つめている。


「”魔獣を狩る者”たち。」


白い獣は、そう説明を付け加えた。


「いきなり全部説明されちゃったね……」

身軽な少女は、気恥ずかしそうに顔を赤らめたまま、ルッチーアたちのところへきた。


「わたしは、オルレアン」

少女は、名乗った。「カベナンテルと契約した……」

白い獣が、ガウン姿の少女の身体へ駆け上る。その胸元で優しく抱かれた。

「”魔法少女”よ」



「魔法少女…」

オーヴィエットはぼそっと、その言葉を呟いた。

唖然としたまま。


「ほんとうにいたんだ…」

マンジェットも驚いたまま、そっと口にする。


ルッチーアは言葉も失って、ただ”魔法少女だ”と名乗った少女をみあげていた。

体中を不思議な感動が駆け巡っていた。


世の中には魔獣がいて、それを倒す魔法少女がいるんだ、って、よく都市の人々は噂していた。


それは、本当だった。

200 : 第26話 - 2014/07/12 22:49:42.25 VPxyv7Tj0 1042/3130


でも、噂が本当だから感動しているのでなかった。

少女の軽やかなな動きと、その魔獣を倒す姿が目に焼きついてはなれない。


ぴょんと飛び立った姿、スコップを振り落とす華麗な姿、身振り…。


戦って動くたび、舞うようにひらめく素敵な衣装。

そして私たちを襲う魔獣をやっつけて。


奇跡も魔法もあるんだから、なんていってくれる少女。


信じられない気持ちで、胸がどきどきするくらいの気持ちを、全身にめぐらせていた。

それは、強烈な憧れという気持ちだった。



魔獣の結界は消え、都市の景観にもどった。

汚染された川。貧民層のごみごみした街並み。


切り妻壁が続く、木骨造の、長屋式の家々の街路。



そこにきれいな衣装の少女が立っていた。

魔法少女が。


結界が消えても、変身姿は健在だった。くるくるしたヴェールがかった黒い髪、黒い瞳。でも髪はぼさぼさしていて、埃もかぶっている。


オルレアンと名乗った魔法少女は、そのきらびやかな衣装に身を包まれて素敵にみえたけれども、その顔立ちは、整っているとは言い難かった。


顔の肌は荒れていた。

足とか手は、ざらついている。


でも、ルッチーアたちのように、赤い斑点はできていなかった。


「わたし……変身している衣装がすきなんだけどね、」

魔法少女は、気恥ずかしそうに語ったあと、もじもじして、変身を解いた。

「さすがになんていうか……魔獣と戦っていないときも変身しているって、恥ずかしいよね」

ぱああっと光が身体から発散して、すると、服が変わった。

201 : 第26話 - 2014/07/12 22:51:52.02 VPxyv7Tj0 1043/3130



その服は、みすぼらしかった。

質素なフードつきローブの服は、まるで農民の服だ。つぎはぎもあって、長年着古しているのがわかる。
ファスティアン織りという、農民が着る織物だった。

貴族衣装に包まれて、華やかにみえた魔法少女は、変身を解くと、いかに貧相な、小さな少女だった。



少女は、魔法少女だったときの自信たっぷな様子が、魔法の衣装の消滅とともに無くなって、いまやおどおどする自信のない少女になっていた。


どうやら、魔法の衣装をまとっていると、自信がでてくるけれども、魔法の衣装から変身を解くと、自信をなくしてしまうようだ。そういう気性の少女だった。


「ねえ…助けないほうが…よかった?」

自信をなくした少女は、悲しげな声で、きょどきょど、そんなことをたずねてくる。

フードはかぶってなくて、顔をだしているから、その不安いっぱいな顔つきは一目瞭然だった。


だが、ルッチーアたちはそんな質問などまったくお構いなしで、魔法少女という存在に喜びいっぱいで飛びついた。


「すごーい!」

と、質問にも答えることを忘れて、まずマンジェットが、つぎにオーヴィエット、つづいてイーザベレットが、オルレアンを囲んで飛びつき、目を輝かせ、質問攻めをはじめた。

「ねえ、いまのなに?どうやって変身したの?」

「さっきのすごーい!どうしてあんな飛べたの?」

「さっきの服すっごくかわいい!ねえ、またさっきの服みせてよ!」

と、少女たちは、噂にしか知らなかった魔法少女の本物が目の前に現れるや、目に興味を燃やしてオルレアンを囲んだ。


「ええ……ええっとお…」

オルレアンは、予想もしない反応にたじろいている。しかし、オルレアンがたじろいて一歩思わず退くと、少女たち三人は、ぬっと前にでてオルレアンにさらに迫った。


「ねえ、ねえ!」

オーヴィエットの瞳が輝いている。「どうやって魔法少女になったの?また変身してみせてよ!」

「魔獣を倒すとこ、かっこよかった!」

「ねえねえ、なんで武器がスコップなの?騎士みたいに、剣は使わないの?」


「お……おろ」

オルレアンはすっかり参って、どの質問にも答えられないでいる。

「ま……まず…」口がうまく動かない。

「まず???」

少女三人が、問い詰めてくる。

「まず…」

魔法少女は、こまった顔して目を逸らし、それから、答えた。「場所を変えよっか…」

202 : 第26話 - 2014/07/12 22:54:03.43 VPxyv7Tj0 1044/3130



ルッチーアは、ただ呆然と、じっと魔法少女に視線を注いでいた。

その一門一句の言動と、身振りすべてに、目を奪われて見つめていた。



場所を移した少女たちは、都市の路地を歩いて、人通りの少ない街路へきた。


時間はすっかり夕暮れをすぎた夜だった。


人気のないレンガ造りのアーチの通路を過ぎる。鉄柵をキイとあけ、通り過ぎたら、閉める。


街路のなかで、魔法少女は、説明をはじめた。

「ええっと……どっから話し始めたらいいのかな…変身からかな?」

ローブ姿の少女は、語る。

「変身は、ソウルジェムの力を解き放つこと。そうして魔法の力を、全身に帯びて、魔獣と闘えるようになるの」


「ソウルジェム?」

マンジェットがたずねた。


するとオルレアンは、自らのソウルジェムを、そっと手にとりだした。

卵型をした宝石は、綺麗な黒色。

穢れているのではなく、もともと、黒い色で、透き通るような黒色をした美しい宝石だった。


キラキラと、固くて、透き通っていて、光を放つそれは、”命の灯”だった。


「わああ……」

オーヴィエットが、たまらず声を漏らす。「きれい……」


「これがソウルジェム」

オルレアンは説明する。「魔力の根源で、魔法少女であることの証…」


それから三人の少女はさまざまな話をきいた。

願いと引き換えにソウルジェムを授かること、魔獣との戦いは命がけであること、そして最後には円環の理に導かれて消滅すること。


「噂にはきいてたけど…」

イーザベレットが、感極まった様子で、言葉を漏らす。「全部本当だったんだ…」


この時代では、魔法少女も魔獣も、その存在の認知はある程度以上はある。

だから、人間たちの間でも、その存在がよく囁かれる。でも、本物の魔法少女から、そうした話を、直にきくことは、貧民層の少女たちにはたまらない刺激であった。


「魔法少女に興味ある?」

と、そんなことを、オルレアンは訊いてきた。

ルッチーアと少女たちは最初、顔を見合わせたが、やがて、うん、と答えた。

「じゃあ」

オルレアンは微笑んだ。「魔獣退治一緒に、してみる?」

203 : 第26話 - 2014/07/12 22:55:58.68 VPxyv7Tj0 1045/3130


それは、魔獣退治体験コースだった。

オルレアンについてまわって、ルッチーアたちは、一緒に魔獣を探し、結果に入り、そして魔獣を倒した。

武器はいつもスコップだった。


少女達はオルレアンが変身するたび、喜びの声をあげた。質素なフードつきローブが、ビロードのガウンの貴族衣装に変わる。きらきらな変身。

光とともに。


それは、少女達の思い描く夢の具現だった。


そして、スコップを手にして、世の悪い魔獣をやっつけるその華やかな戦う姿は、ヒーローだった。


少女達は、魔獣体験コースを大いに楽しんだ。


最初は、スコップが武器なのが変に思っていたが、そのスコップで魔獣の頭をぶっ叩き、やっつけていく姿をみているうち、その違和感も少なくなっていった。


少女たちと、オルレアンは、友達になった。


魔法少女と人間という違いはあったけれども、間違いなく、友達だった。



「ねえ、どうして、武器はスコップなの?」

ある日ルッチーアが、はじめて、オルレアンにたずねた。

人間同士の会話ならともかく、初めて魔法少女に話しかけるとき、とても緊張がした。


「私はね、」

すると、オルレアンは答えた。「家が、掃除屋なの。」


「掃除…屋?」

そんな商売をするギルドはないはずだった。「なに?それ」


オルレアンは悲しい顔をした。魔法の衣装になってないので、みすぼらしい、自信なき少女の顔だった。

「私の家は、この都市にはないの。」

少女は話す。

「ううん、帰る家が無いの。」


「えっ…」

赤い斑点が顔じゅうにできたルッチーアは、驚いた声をだす。それから、罪悪感を感じた顔になった。

「ごめん…」

204 : 第26話 - 2014/07/12 22:57:47.53 VPxyv7Tj0 1046/3130



「ううん。いいの」

魔法少女は小さく首を横にふる。「私のパパもママも、そして私も、いろんな人の家をたずねて、掃除をするの。
たとえば忙しくて掃除に手がつかない人。しばらく家をお留守にする人。それから…」

オルレアンは話をつづける。


掃除屋は、家を持たず、都市から都市へ転々とめぐって、他人の家を掃除し賃金を受け取る。


だから、ギルドにも加盟しない。


その収入はまさに貧困のなかの貧困だった。


ときには、掃除した家の馬小屋に泊めてもらうこともあった。藁を積んだ倉の床で眠ることも。


まず掃除するために家にあげてもらわないといけないから、収入が安定しない。

ほとんど、追い返される。


しかも、掃除屋の仕事は、実は、糞尿の処理が主な仕事だ。


家にたまった糞尿、牛小屋の糞、家畜の糞……。

農村なら、肥料に使うが、都市では、使いようのない汚物だ。


こうしたものの処理が、掃除屋の主な仕事だった。

だから掃除屋は、都市を転々としてこうしたものの処理の仕事にあたる。


賃金は低く、この時代における、もっとも不名誉な仕事であった。


ときには城にも雇われた。


城には、いわゆる腰掛式ぼっとん便所があって、穴には、多量の糞尿がたまっている。

それを処理するのも掃除屋の仕事だ。


使う道具は、スコップ。

スコップで、多量な人々の落とした糞尿をとりだし、便所をきれいにする。

205 : 第26話 - 2014/07/12 22:58:51.16 VPxyv7Tj0 1047/3130


「だから…」

と、オルレアンは、語った。「私は、ふだんからスコップが使い慣れているから……」


ルッチーアたち四人の少女は、互いに戸惑ったように目を見合わせた。

貴族女性のような衣装を身に纏う、華やかで美しくて、かっこいい魔法少女が。


普段は糞尿を処理する掃除屋の家系だったなんて。



「あはは…」

少女達の戸惑った反応をみて、オルレアンは小さく笑う。「幻滅…されちゃったかな。そうだよね。汚いって思うよね」



少女達は、慌てて、つくろった。「ご、ごめん……でも、そんなんじゃなくって……」


「また、魔獣退治にも一緒にいきたいもん!ねえ!」

少女たちは、うんうんと頷きあう。


「…ありがと」

オルレアンは微笑んだ。でも、心のなかでもう、嫌われた気がしていた。



どこへいっても、汚い目でみられて、嫌われる。

それが掃除屋の宿命というものだった。




それから後日になると、やっぱり、少女たちとオルレアンが一緒に魔獣退治にいく回数は減った。

一人で魔獣退治することも多かった。


少女達はすっかり、オルレアンになつかなくなった。

206 : 第26話 - 2014/07/12 23:00:13.66 VPxyv7Tj0 1048/3130



「結局……一人ぼっちになってしまうのね…」

なんて寂しい思いで呟いていた。


ところが、そうではなかった。


あの四人組の少女のうち、ただ一人、ルッチーアだけが、またオルレアンの前に現れた。

「ねえ、また、魔獣退治に、連れて行って」

ルッチーアはそうお願いした。


オルレアンは、嬉しそうに、うんと頷いた。


そしてオルレアンとルッチーアの二人は、エドレスの都市のあらゆるところを、歩き回った。

仲良し同士みたいに手を繋いで。


パン屋街、広場、噴水、修道院、ギルド街、貴族の街路…ふだんの生活では、まずいかないようなところまで、すみずみに歩き回って、一緒になって魔獣を探した。


ルッチーアは、オルレアンの背中について回りながら、住んでいた都市のいったこともないような場所に足を運んで、初めて知った道もあった。


自分の住んでいる都市に、こんなところもあったなんて、という新鮮な驚きも感じながら、魔獣退治についてまわった。


ギルド街なんて路地は、貧民層のルッチーアには、縁がなく、近づいたこともない街路だった。


魔獣をみつければ、オルレアンは変身して、退治した。

その後姿を、ルッチーアは、憧れの眼差しで見つめた。


魔獣退治がおわって、二人は、都市広場にもどった。


噴水がそこで水を噴き上げてきた。夜中、しずかに水を噴き上げるその囲いに腰をかけて、二人は、話をした。

夜空をみあげながら。


「ねえ、魔法少女はさ、願い事が、”なんでもひとつ叶えられる”って…」

ルッチーアは、オルレアンにたずねる。

「どんなお願いごとをしたの?」


ずっと感じていた疑問を、オルレアンにぶつけてみる。

207 : 第26話 - 2014/07/12 23:01:51.47 VPxyv7Tj0 1049/3130



オルレアンは、噴水の囲いに腰をかけ、夜空の星をみあげつつ、答えた。

「素敵な衣装を着たいって…」

その声がどこか夢見る乙女のように、響く。

「貴族のように、ガウンを着たいって、願ったの…」


その契約で魔法少女になり、魔法の衣装が、ガウンになることで、その願いは叶ったわけだ。

だから、オルレアンは、魔法の衣装に変身するとき、とても楽しそうで、生き生きとするのだった。

「あんな」

オルレアンは楽しそうに、目を閉じて語る。夢みているように。それはまさに、希望の魔法少女の姿だった。

「貴族のきれいな衣服を着ることが、掃除屋に生まれた私の、夢だったから…」



「でも…」

ルッチーアは、腑に落ちないことがあった。

「お金持ちになればよかったのに……」

そんな疑問を、口にする。

「なんでも願い事がかなうなら、私ならそう願うよ。わたし、貧乏だもん」


といったルッチーアは、すぐ気まずい気持ちになった。

ルッチーアも葺き屋根職人の、貧民層の生まれの少女だったが、隣にいる魔法少女は、帰る家すらない、もっと極貧の少女だったから。


「…そうよね」

オルレアンは、口を開く。「なんでも願いごとがかなうっていわれたら、一度は考えるよね」


「だったら…!」

ルッチーアはもうとまらなくなった。「お金持ちになりたいって願えばよかったじゃんさ……!そうすれば…」

言うことが気まずいけれど、ルッチーアの気持ちは、もう抑えられない。

当然感じている疑問を、魔法少女にぶつける。

「今も掃除屋なんてしてないで、もっとお金持ちになって、貴族になれたかもしれないじゃん……! なんでそうしなかったのさ……!そしたらもう糞の処理なんか……!」


オルレアンの顔が暗くなっていく。

ルッチーアは、気まずい気持ちを噛み締めながら、魔法少女をみつめた。

208 : 第26話 - 2014/07/12 23:03:13.76 VPxyv7Tj0 1050/3130



「……ルッチーアちゃん」

するとオルレアンが彼女の名を呼んだ。初めて名前を呼ばれた気がした。

魔法少女は、すると、不思議なことを語り始めた。

「希望をかなえればその分だけ、絶望が撒き散らされるの」

「絶望?」

10歳の少女には、少し難しい言葉だ。

「そう……絶望」

魔法少女は、言った。その顔つきは真剣だった。

「私がお金持ちになりたいって願えば……私にはお金が巡ってくるのかもしれない…。でもそしたら、きっとそのぶんだけ、お金を失う人がでるわ」


「……?」

ルッチーアには、話がよく分からない。


「私が、お金持ちになりたいって気持ちで契約したら、きっと貴族の誰かが宝石を落として、それを私がたまたま拾ったり、旅先で騎士の人が戦いで倒れて、そこにら私がたまたま通りかかって、その備品を拾って、質屋で高く値がつくとか、そんなことが起こって、私もお金持ちになれると思うの。でも私がお金持ちになったぶんだけ、金を失う人がでてしまうの。奇跡なんて、そんなものよ。」


ルッチーアは難しい顔をして眉を寄せている。


「わたしは掃除屋だけど、そんなふうにして、お金持ちにはなりたくなかったから……」

魔法少女は、悲しい顔しつつ、話した。

「誰かを絶望させてまで、自分がお金持ちになりたくはなかったから……私は、私の夢を祈った。そして魂をつかったわ」

大切そうに、ソウルジェムを胸元で両手に包み込む。目を閉じる。

「歪んだ希望はどこかに最悪をもたらしてしまう……だから私は、その最悪と戦える祈りを選んだの」


ルッチーアは、納得いかない顔をしている。

そのルッチーアの頭を、魔法少女は、優しく撫でた。

「今の私は、自分の祈りに誇りを感じているわ。だから戦えるの。自分の祈りがもたらした最悪と戦えるの。だからルッチーアちゃんも、もし魔法少女になれるチャンスがきたら、祈りは、よく考えたほうがいいよ?」

209 : 第26話 - 2014/07/12 23:05:07.96 VPxyv7Tj0 1051/3130


「……なんだか、よくわからなんよ」

ルッチーアは、素直に自分の気持ちをいった。

10歳の少女には、分かりかねる話だった。いや、それどころか、そもそも人間には、分かりかねる話であった。


「ごめんね」

オレレアンはふっと優しく笑って、ルッチーアの頭にまた撫でた。

「ごめんね……こんな話しちゃって。また魔獣退治のとき、一緒にきてくれる?」


「…うん」

ルッチーアは、頭撫でられながら、小さく笑って頷いた。



ある日、奇跡が起きた。

ルッチーアとオルレアンがそれからも3日間くらい、一緒に魔獣退治をしてからのことだった。


少女達の病気は、いよいよ深刻になった。

ルッチーアの友達では、イーザベレットがまず倒れた。

ベッドに寝たきりで、咳には血が滲み、喉を食べ物が通らなくなった。


マンジェットとオーヴィエットは二人で話し合った。

「きっと、わたしたちも、ああなってしまうわ。」

二人とも、生きる希望を失っていた。

ルッチーアも、顔にぶつぶつは消えないで、食欲もなくなってきていた。

呼吸するたびに胸が痛くなり、咳をすれば激痛がはしった。



まさに絶望に染め上げられていた。

川の汚染はとどまることをしらず、都市じゅうの家畜の糞や動物の死骸が、処理もされずに投げ捨てられ続けた。

210 : 第26話 - 2014/07/12 23:05:49.71 VPxyv7Tj0 1052/3130


生き残ったルッチーアとマンジェットとオーヴィエットの三人で、自殺を目論んだ。


少女達三人はその手を繋ぎ、川へ飛び込もうとした。

手を繋ぐ少女同士の腕は赤い発疹だらけで、がさがさで、病魔に侵されている。


この川は、飛び込むだけで、死人がでるほど、汚染された川だった。


「手をつないでバラの花環をつくろうよ───」

「ポケットには花びらがいっぱい───」


少女達は、最期に、一緒に歌う。


「ハクション、ハクション────」

「みんな倒れちゃった。」


三人一緒に飛び込もうと、身体を傾けたとき────。



「待って!!」


声がひきとめた。


少女達三人が振り返った。


そこには…。



「…あっ…」


”魔法少女”がいた。


「オルレアンさん…」

ルッチーアが、小さく呟く。



オルレアンは、変身姿になって、そこに立っていた。

スコップを手に持っている。その衣装は、貴族のガウンで、スカートがぶわぶわ。ドロワーズをはいて、タイツの足。


「生きる希望をなくしてはだめ───」


魔法少女は、死の川へ飛び込もうとする少女たちを、呼び止める。

211 : 第26話 - 2014/07/12 23:07:16.77 VPxyv7Tj0 1053/3130


「でも……」

顔じゅう赤い斑点だらけの、マンジェットが、乾いた声で言う。気力の抜けた声だった。

「生きる希望なんて、もう持てないもん。イーザベレットちゃんもあんなになっちゃって……次は私たちの番だよ……」

「そうだよ……」

オーヴィエットも言った。「病気、なおらないもん川もひどくなるばかりだし……生きられないよ」


ルッチーアも悲しい顔をして、オルレアンから目を背ける。


「この病気は治らない……奇跡か、魔法でも、ないかぎり……」


絶望していく三人の少女。


「ある!」

しかし、オルレアンという魔法少女だけが。

そのとき、希望を振りまいた。


「奇跡も、魔法も、あるんだよ!」



奇跡は、本当に起こった。


魔法少女は、ルッチーアたち三人の少女たちの自殺を思いとどまらせ、こう、告げるのだ。


「あなたたちの病気は、私が、治してみせるわ。川も、きれいにしてみせる。」


少女達は疑っていた。


魔法少女が実在することは分かったし、魔獣をやっつける正義の存在だということもわかった。

でも現実の川の汚染と病気は別だ。


しかし少女たちは、オルレアンに連れられて、都市の修道院の前へつれられた。


修道院の裏の、水道施設のところに連れられて、そこに、三人並んで立たされた。


少女たちは、都市にこんなきれいな美しい水道施設かあるとは知らなかった。

それもそうだろう。魔法少女にしか基本的には、立ち入りの許されない空間だ。

212 : 第26話 - 2014/07/12 23:08:29.52 VPxyv7Tj0 1054/3130


川とは別の水源から引水して敷かれた水道施設の水は美しく、透き通って、綺麗だった。

静かに水道を流れる水の音は涼んでいた。


「成功した試はないの」

オルレアンは、少女達の前で語った。

「でも、奇跡を起こしてみせる」


まず少女たちは、オルレアンによって、水道施設の涼んだ水を飲まされた。

両手にすくって、都市の川とはちがって透明な色をしたその冷たい水を、ごくっと喉に通して飲んだ。


するとつぎに、オルレアンは、両手に含めた塩水を、ぱっぱと少女たちにふりかけた。


聖水と過去に呼ばれていたそれは、魔法少女が修道院での清めに使う水だ。



とにかく少女たちは、その塩水を、ぱっぱと顔や肩にふりかけられた。


そのあとオルレアンは、怪しげな薬草や薬品やらの、調合をはじめた。


少女達が見たことも聞いたことも名前も知らない薬草や薬品が、たくさん地面に並べ立てられた。

これは、魔法少女専用の建物であるゴシック様式の修道院の薬品貯蔵室から、オルレアンが取り出してきたものであった。

こうした薬品の調合方法や、種類は、魔法少女のあいだで共有される知識で、人間には秘密にされている。


薬品は、ヒヨス、ベラドンナ、チョウセンアサガオ、油性で脂肪質の物質を含む有毒のナス科の植物の液体からつくる。

そのほか、パセリやそらまめなどの薬草も含める。


こうしたものをぐりぐりとすり鉢で混ぜ合わせて、調合する。

さてこれは、なんに使うのかというと、これをつかって、”魔法”を実行する。

213 : 第26話 - 2014/07/12 23:09:21.70 VPxyv7Tj0 1055/3130



過去の時代では、魔法の実行そのものが、犯罪にされて罰せられたこともあったが、オルレアンは、魔法少女としてこの時代を生き、調合した薬剤をつかって、その魔法を、実行する。


魔法の実行は、魔法を知らない人間からみると、へんてこりんな行為そのものだ。


オルレアンは、調合した魔法の薬剤を、三人の少女たちの前に、円を描くように床に浸す。


きれいな円だ。


円環。


するとつぎに、両膝をつき、目を閉じて、なにかを祈るような言葉を口にした。円環を描いて浸した薬剤の印にむかって呪文を唱える。


そのあと、薬剤に蝋燭で火をつけた。


火は、すぐ燃え広がった。

油性で脂肪質の薬草だから、ぶわっと火は青く燃えた。薬草からでてくる青い火からのちのぼる煙が、少女たちの肌にふれた。


鼻にはいってきたりもした。


なにか強烈な薬草も燃える香りを鼻に嗅いだルッチーアたちは、けほけほとむせた。




これでおしまいだった。

オルレアンの覚えたたての薬草を使った魔法は、これでおしまい。


しかしそれが、奇跡のはじまりだった。

214 : 第26話 - 2014/07/12 23:10:44.85 VPxyv7Tj0 1056/3130



へんてこりんで、無意味に思えたこの行為の後日。

少女達の赤い班点が減っていった。


希望を振りまく魔法少女が、もたらした奇跡と魔法、そうとしかいいようがない。


奇跡も、魔法も、あるんだよ───。


少女達は、その言葉を、信じた。


信じると、胸に希望が宿って、ますます、病気は治っていった。


ルッチーアはますますオルレアンになついた。姉にくっついて回る妹みたいになった。

奇跡も、魔法も、あるんだ。


心からそう信じて、オルレアンの魔獣退治についてまわった。そして、魔法少女という、人々を絶望から救い、希望をもたらしてくれる存在への憧れを、ますます強めた。



病気がすっかり治ってきたころ、ルッチーアは、不思議なことをオルレアンから聞いた。


「こんど、”ヴァルプルギスの夜”に参加することになったんだ。」


そんなことを話された。


ルッチーアは、まったく知らない単語を初めて聞かされて、思わず聞き返した。「ヴァルプルギスの夜?」


「うん」

オルレアンは楽しそうに、話してくれる。

「夜に集う、魔法少女の催し物なの。こんど、エドレスの隣国、サルファロンの森で、ひらかれるみたい。」


「魔法少女の集い?なにするのさ?」

ルッチーアは不安そうにたずねる。

ヴァルプルギスの夜という、言葉の響きは、どこか邪悪で恐ろしいものに感じられた。


「夜に魔法少女がたくさん集まって───」

オルレアは夢見心地に目を閉じて語る。

「魔法のお勉強をするの。治療魔法と予防魔法───」


それは、ルッチーアたちの病を治した治療魔法のひとつだった。オルレアンは、薬剤を燃やすことによる病の治療を、その集会で学んだとのことだった。


「魔力を高めあう集会なの」

215 : 第26話 - 2014/07/12 23:12:32.78 VPxyv7Tj0 1057/3130



「…」

ルッチーアは、ついこのあいだ、自分の病気が治ったことを思いだす。

人々の病気を、治してくれる魔法少女たち。


その治療魔法は、ヴァルプルギスの夜という魔法少女の集会で、学ばれているらしい。



実際には、勉強会というより、怪しげな、儀式めいたものだった。

だから、夜にそれはおこなわれる。昼にできる儀式ではない。


「お別れだね、ルッチーアちゃん」

オルレアンは、とつぜん、そんなことを告げるのだった。

「……えっ?」

それは、あまりに突然で。

一瞬、何をいわれたのか分からないルッチーアは、呆然と魔法少女をみあげる。


すると魔法少女は、寂しそうに微笑んだ。

「わたしは、この都市をでるわ。」

魔法少女は告げる。


「そ、そんな…」

ルッチーアは、病気を治してくれた恩人をみあげる。目にうっすら涙をためて。


「わたしは、こんど、エドワード城に雇われることになったの。」

魔法少女は、優しく微笑みながら、ルッチーアの頭を撫でた。

「エドワード城の城下町に、住むわ。」


もちろん雇われる、とは、掃除屋として雇われた、ということだろう。

それがどうしてかルッチーアをいらつかせる。


「いくことないよ!」

ルッチーアは声を荒げる。

「ねえ、他に仕事だっていっぱいあるじゃんさあ。私たちの病気を治してくれたんだ。もっとそうやって、この都市の人々を助けてやってよ!川の汚染で、みんな苦しんでる。オルレアンさんみたいな、魔法少女がいたら、きっとみんなは喜ぶよ……」


魔法少女は、小さく首を横にふる。

「わたしは、エドワード城にいくことを、心に決めたの。」


「どうしてさ…」

ルッチーアは、悔し涙を目に溜めることしかできない。

魔法少女と一緒に、魔獣退治して、都市をよくしていく。そんな日常が、危険だけどどこか楽しい日々が、つづくと思っていたのに。

216 : 第26話 - 2014/07/12 23:13:48.74 VPxyv7Tj0 1058/3130



エドワード城は、このエドレスの都市のもっと50マイル南にある、裂け谷ともよばれるエドレス国の首都だ。


もちろんエドワード城というくらいだから、エドワードという名の国王がいる。

その王家は、たまーに、都市で開催される馬上槍試合にひょっこり顔をだすこともある。



世界は、西世界の大陸と、東世界の大陸がある。


ルッチーアたちの住む大陸は、西世界の大陸。そのなかでもエドレスという国は、強大な国の一つだ。

その国を治めるエドワード王の権威は、西世界の大陸だったら、最も強い。


いっぽう、東世界の大陸は、聖地エレム国と、そのライバルのサラド国がある。そっちの情勢にルッチーアは詳しくないが、魔法少女にとっての聖地があることだけは知っている。



「わたしは、エドワード王にお会いするわ。」

と、オルレアンは話した。「どうしても、王に、話さなくちゃいけないことがあるから。」


「なにをさ?」

ルッチーアは訊いた。

自分のそばから、魔法少女をとっていく、王に嫉妬を感じながら。


「川を……」

オルレアンは、小さな声で語る。ぼそっと、口を開き、彼女は告げる。「川を……きれいにするために」



それは、魔法少女としての言葉、というより、掃除屋という貧民に生まれた少女の言葉だった。



ルッチーアとオルレアンは別れた。

それから、会えていない。


でも、数年後に、エドレスの都市で、大規模な川の洗浄作業がはじまった。

エドワード王からの命令だった。


都市じゅうの廃棄物を捨てた川の汚染と、都市じゅうの人間が戦った。

川は昔の綺麗な姿をとりもどした。

それはたゆまぬ努力の賜物だった。


そしてルッチーアは知っていた。


それが、オルレアンという魔法少女のもたらした奇跡なんだ、ということを…。


だって、奇跡も魔法も、あるんだから。


掃除屋という、糞尿という現実と真っ向から戦い続けた彼女だからこそ。

誰の手にも負えない川の汚染に対して、真っ向に向き合って、王に意見を通すことができたのだ。

217 : 第26話 - 2014/07/12 23:15:07.07 VPxyv7Tj0 1059/3130



ルッチーア、イーザベレット、マンジェット、オーヴィエットの四人は、生きながらえた。


絶望しかけて、自殺を図ったときに。

魔法少女によって、少女達は、希望を振りまかれた。都市の川も、その魔法によって、美しさを取り戻して。

エドレスの都市は救われた。



ルッチーアは、心から、魔法少女という存在の希望に煌いた姿に、憧れつづけて───。

夢をみつづけた。


貧乏な葺き屋根職人の家系として育ち、ある日。


あの獣が、ルッチーアの前に現れた。


「ルッチーアにはその素質がある」

白い獣は、人間の言語を喋った。

「きみの胸に秘めたる希望を、いまきみの身に纏えよう」


そのときのルッチーアは、14歳。

ただ、まじまじと、4年ぶりに再会した白い獣を、見つめている。



希望に満ちた煌びやかな黒い瞳で。


「その魂を円環の理への代価にして───」

白い獣はルッチーアに誘いかけてくる。

「覆ることのない奇跡に約束を?」


218 : 第26話 - 2014/07/12 23:16:26.70 VPxyv7Tj0 1060/3130



ルッチーアは二つ返事だった。

魔法少女に契約した。


その願いは、お金持ちになること。


ルチーアの家系は貧しい屋根葺き職人。

それも、女子のギルドへの加入は認められていない職種。


そんな職種の家系に生まれたルッチーアが、お金持ちになろうとしたら、奇跡か魔法に頼るしかない。


奇跡も、魔法も、あるんだから。


私はきっと、あのオルレアンのように、魔法少女になって、都市を救い、こまった人に希望を振りまく魔法少女になるんだ。


魔法少女は、人々にとってヒーローで、希望そのもので、絶望と戦う存在だ。


それを、身をもってたわしは知っている。


そんな私だから、憧れていた魔法少女になれたんだ。私は選ばれたんだ。



ルッチーアが魔法少女になったときの意気込みと、希望にみちみちた気持ちは、計り知れないほど、幸せだった。



生まれて初めての変身は、どきどきだった。


いつもオルレアンについてまわって見てきた変身。

いつもはオルレアンの変身を横でみているだけだった。

それを自分が体験するときがきたのだ。



魔獣の結界をみつけ、どきどきの気持ちを堪えつつ、冷静に変身した。


そのときの高揚感と心地よさは、なんともいいがたい。

自身の衣装が変わっていく……自分の衣装が、憧れの衣装へと変わっていく感触は、風に乗ったかのような気持ちよさだ。


ぴかぴかっとした光が身体を包み、すべっていくその感覚は暖かくて、くすぐったくて、酔いしれる。


魔法少女になって、本当によかった、と思った。

219 : 第26話 - 2014/07/12 23:18:17.67 VPxyv7Tj0 1061/3130


しかし。

だんだん、人の俗にみまれた都市に希望をふりまくことが、どんなに大変で、難しいことなのか、わかりはじめた。

魔法少女になって一年目のことだった。


そして、都市の人間のだれもが、魔法少女のことをヒーローみたいに思っている自分が、思い違いをしていた現実も知っていった。


最初は、本当に、ヒーローになれると思っていたし、そのつもりだった。


魔法少女になったその日、女友達に、さっそく自分のことを告げた。



イーザベレット、マンジェット、オーヴィエットの三人は。ルッチーアが魔法少女になったことを知って、最初は目を輝かせた。


その三人は、魔法少女に救われた過去があるから、友達が、その魔法少女になったという知らせに、驚き、喜び、情景の視線をルッチーアにむけた。


それはルッチーアにとって、得意の絶頂にもちあげるものだった。



得意の絶頂にあったルッチーアは、魔獣退治だけじゃなくて、とにかく、人助けをした。


オルレアンみたいに、人助けをする、希望を振りまく魔法少女になるんだ──。

そんな気持ちを心に抱いて。


自分の身体が、前の人間の身体より、随分と強化されたことにも気づいた。

ジャンプは、その気になれば、3、4メートルくらいできる。


樽は、片手でもててしまう。


年老いた女性が、採石場から採った鉱石を積んだ荷車を、苦しそうに運んでいるときは、自分がかわりに運んだ。

女が、男に暴力をふるわれていたら、自分がかわりに男を倒した。



ルッチーアは、魔法少女を楽しんでいた。

楽しんでいたし、これでこそ魔法少女だとも自負していた。


人を助け、魔獣を倒して、希望をふりまく。

お金もかせげて、家族も助けられる。いいことだらけだ。


希望をふりまけばふりまくほど、同じだけの絶望が撒き散らされるとは知らずに……。

220 : 第26話 - 2014/07/12 23:19:18.28 VPxyv7Tj0 1062/3130



魔法少女としての自分の生き方に、陰りを感じたのは、魔法少女歴が一年がすぎたころ。


地元では、ルッチーアが魔法少女だと有名になった。


有名になればなるほど、ルッチーアの境遇に、変化が訪れた。



友達三人が、ルッチーアへの態度を変えはじめた。


イーザベレット、マンジェット、オーヴィエットの三人。


遊び仲間だった三人と、ルッチーアの関係は、なんだか、ぎくしゃくしはじめた。

いつも四人一緒だったけれども、ルッチーアが魔法少女になると、魔獣退治はルッチーアにしかできないから、ルッチーアの一人行動が多くなった。


残された三人は、三人で、いつも遊んだ。

そして三人で友情を深めていった。



その変化に気づきもせず、ルッチーアは、得意のなかで、やれ人助けだの正義だのを地でいく魔法少女を演じつづけていた。


だんだん、三人と、ルッチーアの溝が深まった。


ルッチーアがある日、三人と一緒に遊ぼうとしたら、それを、無視された。


三人はルッチーアを無視して、三人で遊んだ。


三人はひょっとしたら、自分達をおいて魔法少女になり、地元ですっかり有名になった彼女に、嫉妬したのかもしれない。

あるいは、魔法少女と人間である自分たちの立場の違いに、距離を感じたのかもれしない。


ルッチーアは、仲間はずれにされていった。

221 : 第26話 - 2014/07/12 23:20:32.71 VPxyv7Tj0 1063/3130



そして家族からは、こんなことをいわれはじめた。


「ルッチーア、魔法をつかって、金儲けをしてこい。」


母からいわれたその言葉の、意味がわからなかった。


だが母はつづけた。


「魔法少女になったって、いったな?魔法が使えるんだろ?石ころでも質屋にいれて、それを金塊かなにかに魔法で変えて、ごまんと換金するんだ。いや、幻覚をみせるだけでいい。それでうちは大金持ちさ。」


ルッチーアは、母からそんなこといわれたことが信じられなかった。

魔法少女は、希望を振りまく存在だ!私はそれをオルレアンから学んだ!魔法を、悪用するなんて、していいことじゃない。


すると、母は、ルッチーアに怒鳴った。


「人助けなんか、一枚の金貨にもならねえだろ。なんだ、お金持ちになりたいのが願いだといったくせに、金のために、魔法も使えないのかい?そうだ、貴族の男に恋の魔法でもかけちまいな。そして、貴族と結婚して、お金持ちさ。」


ルッチーアは、そんなにはちがう、まちがっていると叫んだ。


しかし家族は、魔法少女である自分を、金持ちのための道具にしか考えていないことに気づいた。


そもそも、魔法なんて、そんないろいろ悪事できるものじゃない。


母はわかってくれない。


「物乞いのふりをしてこい。魔法で身分証を捏造しろ。療院と救貧院からたっぷり金をもらうんだよ。そして金貨をもってきたら、家にいれてやる。」


といって、家をだされた。


この時代じゃ、特に貧民層は、娘を金持ちの道具にしか考えないことはしょっちゅうある。


男子なら職人ギルドを継げるから家族にとっても重宝するが、女子は、稼ぎがなくて、家族にとっちゃ負担そのものだ。


だから娘を売春宿に売り飛ばすとか、娘をわざと貴族の略奪婚にはめるなんてことは、珍しいことじゃない。

222 : 第26話 - 2014/07/12 23:21:46.19 VPxyv7Tj0 1064/3130



ルッチーアは、魔法少女として、そんな境遇におかれはじめていた。



ある日ルッチーアは、三人の女友達に、なぜ最近、自分を無視しつづけるのか、たずねた。


最初はそれすら無視された。


けれど、あとがないルッチーアは……魔法少女としての自分を信じてくれるはずの三人に……しつこくたずねた。


やっと返って来た答えは、こうだった。


「私たちと、ルッチーアちゃんは、もう、ちがうから。」


ちがう。なにがさ。

そう問い返す。


「私たちは人間で、ルッチーアちゃんは、魔法少女だから。もう、友達になんて、なれない。」


それは、訳のわからぬ理屈だった。

人間と魔法少女の違いあれど、おなじ友達だったのに。


すると、彼女たちはこう口にした。


「ルッチーアちゃんと一緒にいると、へんな噂がたつの。魔法の悪事に肩入れしてるって。それに、喧嘩がとても強いから、ルッチーアちゃんと一緒にいたら、男の人が遠のく。」


ルッチーアにとって、衝撃的なことだった。

すでに魔法を悪事のために使う少女だと悪評がたちはじめていた。ルッチーアはなにもしていない。

223 : 第26話 - 2014/07/12 23:23:09.72 VPxyv7Tj0 1065/3130


それに、喧嘩が強いことが、少女達に敬遠される理由になるなんて、もっと衝撃的だった。


この年頃になって、はじめてルッチーアも知ったのだが、都市では、基本的に女というのは、男に大人しく従うことを期待される。


いや、期待されるどころか、男に大人しく従わない女は、社会的人権すらろくに与えられない仕組み。


そんな世の中を初めて知ったのだった。


ギルドへの加入を査定するのは、ギルド議会の男たちである。女がギルドに加入しようとしたら、男に従う”いい女”であるかどうかが、じっくり審査されたあと、加入できる。


ギルドに加入できないと、商売活動の一切ができない。それは仕事がないのと同義だ。

都市とは、そういう仕組みだ。


ルッチーアは頭がくらくらした。


女が男に大人しく従うなんて!

なぜそうなんだ?


男だろうと女だろうと、同じ人間なのに、どうしてそんなことになってるんだ?


しかも、魔法少女になったら、大人しく男に従う女になるなんて、無理な話だった。


そもそも戦う存在だし、力も強い。


ルッチーアは、だんだん、魔法少女は都市にとってヒーローでもなんでもなくて、目の上のこぶみたいな存在なのだという世間の事実を、知っていった。


友達も家族もなくした。


そんな気分だった。

224 : 第26話 - 2014/07/12 23:24:42.27 VPxyv7Tj0 1066/3130


だんだん腹が立ってきて、酒場の喧嘩沙汰には自ら首をつっこんで、暴れた。


そしてこう呼ばれる。


暴力女、クソ生意気、じゃじゃ馬、危険女…。



だれも魔獣を退治する自分のことに感謝なんてしやしない。

迷惑がられている。



ある日ルッチーアは、修道院にいって、同じ魔法少女仲間に、それを相談した。


魔法少女になったら、友達を失くしたこと、家族から金稼ぎのための道具にされたこと。

魔獣の退治なんかしたって、人間は、さっぱり、感謝もしないこと。


すると修道院の魔法少女は、答えた。


「わたしたちは、私たち自身の祈りのために、戦うものです。それが、他人によって報われることはありません。」


報われないなんて!

じゃあオルレアンの奇跡は?あの魔法は? 奇跡も魔法もあるって話は?


でも、都市の川がきれいになったことが、オルレアンという少女の奇跡だなんてことを、知る人なんていない。


みんな、エドワード王のおかげといっている。


「そうまでして叶えたい願い事が、わたしたちにはあったのです。わたしたちの戦いは、自分の祈りのためのものです。他人のためでは、ありません。」


それじゃあ本当に、私は、友達も家族も失くしたみたいじゃんか……。


ルッチーアは失意の底に沈んだ。


初めて、魔法少女にならなきゃよかった、なんて思った。

225 : 第26話 - 2014/07/12 23:26:24.02 VPxyv7Tj0 1067/3130



「……ううっ!」


瘴気にあてがられ、通路の地面に叩きつけられる。


カラランと手からクロスボウがこぼれおちる。


「……くそうっ!」


随分瘴気にけがれをあてられた。


魔法少女になったことを後悔した、人生であの最初の記憶を掘り起こされた。


身体じゅうに、魔獣の白い糸が、絡みついていて、身動きとれない。



這うようにして手元から落ちたクロスボウに手を伸ばす。


ソウルジェムは、黒くなっていくばかりだ。


ふと、オルレアンのあの言葉が思い出される。


”私は、本当に自分の叶えたい夢のために祈ったから、自分の祈りがもたらす最悪と戦えるの”


私は、そうだろうか?

オルレアンとちがって、あまり考えずに、お金持ちになりたい、なんて願った。


その願いはやがて最悪を生み出した。


自分の祈りがもたらした最悪と、戦えるのだろうか?

いや、否応なしに、戦い続けなければならない。


魔獣と戦うというのは、そういうことだ。



心が黒くなってくる。


そしてルッチーアは、自分があと、魔獣にぐるり取り囲まれて、見下ろされていることにきづいた。


地べたに這いつくばる自分。それを囲って見下ろす魔獣はあくまで無表情で、淡々と穢れていく魔法少女をみおろしている。


自分達への仲間入りを、待っているかのようだ。


「…だれが」

ルッチーアは、クロスボウを手にとることは一度あきらめて、身体に巻きついた白い糸を振り払った。

ぱっぱと白い糸をふりはらうと、自由になった体を使って、クロスボウを手にした。


いつの間にかほんさか増えていた魔獣の列に、矢を放った。


「おまえたちなんかに、倒されるか!」


ルッチーアはクロスボウの再装填をまたず、それを鈍器のようにつかって、飛び上がると、ばこばことクロスボウで魔獣たちの頭を叩いた。

226 : 第26話 - 2014/07/12 23:27:20.12 VPxyv7Tj0 1068/3130



消えていく魔獣。

消えていく瘴気。

消えていく穢れ。



穢れは消え、グリーフシードになる。


ばこばこと魔獣をなぎ倒し、すると、通路の延びた結界は消えた。


ゆらゆらと視界はゆらめき、ぶわっと赤と黒の結界の姿が残像のようにのこって、それさえ消えると、都市の景観がもどってきた。


真夜中の都市の景観。


支庁舎。鐘楼。噴水。修道院。貴族の邸群。


地面が丸石敷きな広場。


「……はあ」

ルッチーアはそこらじゅうに落ちたグリーフシードを拾った。



ぽろぽろと落ちた黒い塊をひろいあげていると、そんな魔法少女の行動を見ている、視線があった。


「…んん?」

ルッチーアは視線の感じたほうへ振り返る。


そこでは、石床の段差に腰かけて、ジョッキでビールを飲んだ暮れている、赤い顔をした男が二人、いた。


男は、黒い月を描いた灰色ワンピースの姿に変身したルッチーアを、にたにた見つめている。

黒髪を左右にぴょこっと伸びたツインテールは、この時代ではおかしな髪型だ。

227 : 第26話 - 2014/07/12 23:28:42.91 VPxyv7Tj0 1069/3130



「うぉううぉううぉう!!」

男は、酔っ払いだった。

変な声あげて、魔法少女姿のルッチーアに、声援を送る。


「魔法少女だ、魔法少女、ええ?魔獣でもやっつけのか?ええ?うぉう!」


ルッチーアは、その男に見覚えがあった。

結界のなかで瘴気にあてられたときにみた、略奪婚で娘を失った男だった。

もう一人の男は、その友人かなにかだろう。とにかく二人して、酔っ払っている。


「やったね!魔獣が倒された。魔獣が倒されたんだろよお。これで都市は平和だ!」

男はいったあと、自分で自分のいっていることが可笑しいというように、けたけた爆笑した。


「魔法少女が、魔獣をやっつけたんだってよ!」

隣の男も、げらげら笑っている。


「おい、おい、魔法少女さんに、失礼のないように。」

赤い顔の男は、茶化しはじめる。

「魔法少女さんはなあ、俺たちのために、命がけで魔獣と戦っているお方なのだよ。みたまえ!あのへんてこりんな御姿!そして、都市の平和を、守っているのさ。」


ぷ、あっはははは。


二人して、爆笑。


自分の変身衣装を笑われている。


ルッチーアはいらいらする気持ちを感じていた。

ちょうど、お前たちの負の感情が、魔獣を具現化させ、他の人々さえ襲うかもしれないところだったのに、この男どもときたら、その自覚がまるでない。


「魔法少女さんよ、魔獣を退治してくれて、ありがとうよお。」


男どもはまだからかってくるが、ルッチーアは無視した。

無視して、床のグリーフシードを拾い集める。


「それなにあつめてんの?なあ、魔法少女さんよ、それが魔獣なの?思ったよりも小さいねえ!」


あっははは。

男達、またも爆笑。

228 : 第26話 - 2014/07/12 23:30:25.00 VPxyv7Tj0 1070/3130


「ねーなんで変身するの?」

男は、魔法少女姿のルッチーアみながら、酒のジョッキを手に持ちながら、にたにたしながら見てくる。

「魔法少女って、なんで変身すんの?いちいちそれ必要なの?」


ぷっ。ぶははは。

男達の茶化しはやまない。


「そりゃあおめえ、必要さ。魔法少女には、変身が必要さ。」

もう一人の男が答える。

「魔獣を倒すところを、見て欲しい願望さ。それが、女心ってもんだ。」


男達、けたけた笑う。


「笑えるぜ」

男達は笑いをやめない。

「都市の平和を守る私たちを見て欲しいってか。もっと私をみて、みて!」


あっはははは。

男達、これまでにないくらい爆笑。


ルッチーアは、もう、我慢の限界にきた。


報われないなんて、うそだ。

だが、こういう人間たちがいるから、魔法少女は、報われないなんて、諦めてしまうんだ。


「あのなあ!」

変身姿のルッチーアは、男達へ怒鳴る。

「都市の平和を守るために戦っている、ってわかってんなら、魔法少女おちょくってふさげけるのやめろよ!」


どうして変身が必要か。

そんなこと知るか。契約したら、変身しなきゃいけない身体になってたんだから。


「どうしてそうやって魔法少女を茶化すのさ!あたしはな、おまえの絶望と闘ってやったんだぞ!」

と、ルッチーアは、本当のことを告げる。

229 : 第26話 - 2014/07/12 23:32:19.40 VPxyv7Tj0 1071/3130



が、しかし…。


男は、目を丸くするばかりだった。


彼は、自分の娘が略奪された負の感情と絶望が、魔獣を生み出したなんてことは知っていない。知っていないし、そう理解する気持ちもない。


「おれの絶望とたたかっただと?」

酒に酔って赤くなった男の顔が怒りにかわってくる。

「俺の絶望とたたかった?はあ?」


男は広場の石畳の地面からたちあがった。それからビールのジョッキをぐっと飲み干すと、怒鳴り散らした。


「間抜けたこといいやがって!なにが俺の絶望と戦っただ?わけわからんこというイカレ女め! おまえに、俺の気持ちの、なにがわかる!くそ女め、人の心を、バカにしやがって!」


ルッチーアの目に涙がたまってくる。


「そうさ俺は絶望していた!だからこんなところで飲んだくれている。だがな、おれがどんな理由で絶望しようが、ふさぎ込もうが、あんたは関係ないだろうが!俺の気持ちもしらねえで、なにが俺の絶望のために戦っただふざけんな!正義ぶってんじゃねえ!道化め!イカレ野郎、きちがいめ!」


ルッチーアはふりむいた。

変身姿のそれを、後ろ向きにする。変身衣装の後姿をみせる。

「……ほんとうのことなのに」

ルッチーアは消え入りそうな声で呟き、その声は、夜風のなかにへと消えた。


ふらふらと、変身も解かないで、都市の道をあてもなく歩き出した。


ゆらゆらゆらと、ツインテールの髪がゆれる。寂しげに。


「いかれてる!」

男は怒鳴り続けた。

「魔法少女ってやつらは、みんないかれてる!なにが俺の絶望とたたかっただくそったれ!だったら、俺の娘を、返しやがれ。魔法でもなんでもつかって、貴族どもを呪い殺してみせろ!」


ルッチーアは歩きをとめない。

背をむけて、都市の街路へと、歩き去る。


「いかれ女め!」

ついにルッチーアが視界から消え去るまで、男は、怒鳴り続けた。

「人の不幸を、自分の正義感のための種にしやがって、ゆるせねえ、魔法少女なんか、ゆるせねえ……」


230 : 第26話 - 2014/07/12 23:34:10.25 VPxyv7Tj0 1072/3130

208


ルッチーアは目を手で抑えながら家へ戻った。


深夜の都市。


「かあさん」

黒い塊グリーフシードを、手の平に何個も載せている。

「わたし、魔獣を狩ったよ……」



扉は開かない。

もう、自分を家に入れるつもりはないようだ。



「かあさん……」

ルッチーアは、また、力なく、扉の前で膝をついてしまった。

だらんと力なく崩れ落ち、すると魔法の変身が自然に解けた。


ぶわあん、と不思議な音がして、魔法の衣装が光の粒となって夜風に消えた。


女の子ずわりになったルッチーアは、家の前の地べたで力なく頭を垂れていた。

231 : 第26話 - 2014/07/12 23:35:08.29 VPxyv7Tj0 1073/3130

209


都市の深夜。

宿屋”ヴェイセインエック”の客室で。


少女騎士の鹿目円奈が、明日開かれる馬上競技大会に紋章官としてでるための、最後の練習をしていた。


もう都市ではだれもが寝静まった時間帯なのに、円奈は、ろうそくをテーブルに立て、その弱い光を便りに、参加者名簿と紋章の描かれた羊皮紙を睨み続け、一夜漬けで暗記をしつづけた。


「イヨン家……アンフェル家……ルースウィック家」

紋章をにらめっこしながら、暗記していく。

むずかしい顔しながら、蝋燭の弱々しい火に照らされる紋章を見つめ、暗唱を繰り返す。

チェスのような市松模様の紋章。紛らわしい紋章。

「エアランゲン家…」

「キーナー家…」

「リキテンスタイン家…」


ひととおり唱えたあと、名簿の名前へ目を移し、答え合わせをする。


「……あってた!」

嬉しそうに顔が綻ぶ。

蝋燭が完全に溶けて使い物になるのはもうこれで四本目だ。

円奈は五本目の蝋燭に火をともした。松明は、宿屋の暖炉に燃えているものだ。


四本目の、完全に溶けてなくなった蝋燭の横に、五本目の蝋燭をたてる。


蝋燭の白い蝋が、熱でとろけて、何滴か滴り落ちる。それを皿に落とす。

溶けたろうが数滴かたまった上に蝋燭をたてる。


するとピタリと蝋燭が皿に立つ。

232 : 第26話 - 2014/07/12 23:36:00.77 VPxyv7Tj0 1074/3130



「この調子で残りも……」


円奈は、羊皮紙をめくる。


のこり7人の参加者名簿。

騎士の名前と、紋章が示す家系。



すべて覚える。


「カーレル家」


「ベベルルレー家」


「ブラディミア家」



このあたりが紛らわしい。

黄色と緑の市松模様、縞模様、斜めの縞模様。


おなじ縞模様でも、赤と白の位置が入れ替わっただけとか。


それらすべてを、紋章をみて家系を読み上げ、そして、名簿をめくり、答え合わせ。


「……あってる!」

円奈はまた、嬉しそうに顔を綻ばせるのだった。

233 : 第26話 - 2014/07/12 23:37:08.48 VPxyv7Tj0 1075/3130


蝋燭の小さな火に照らされた、最後の名簿を、何かやりきった達成感のある気持ちで見つめる。


最後の名簿、アデル卿の紋章をみつめた。




紋章の描かれた羊皮紙を、どこか達成感に満たされた気持ちのまま、明日を楽しみにして、見つめ続けた。


”都市の社会とか、人間と魔法少女の関係とかは、わたしには難しくて…”


心に、明日のことを思い描く。

暗記をやっとの想いでものにした紋章の羊皮紙を、胸に抱く。


”よく分からないけれど……”



夢見るように目を閉じる。



”魔法少女のために、頑張ろうとするジョスリーンさんの言葉を信じてみようと思います”


蝋燭の火は深夜の客室で、仄かな光を灯して燃え続ける。


”こんな私でも、あんなふうに誰かのために頑張れるのなら”



農村で育っていた頃は、煙たがれれて、不幸を呼ぶ女だと呼ばれていたことを思い出す。
そんな円奈の憧れは、魔法少女になって、だれかの役にたつことだった。そして自分が認められることだった。




紋章を描いた羊皮紙を載せたテーブルの蝋燭の明かりは、ゆらゆらと、深夜の室内で灯り続けた。


”それはとっても嬉しいなって……思ってしまうのでした”



234 : 以下、名... - 2014/07/12 23:37:47.44 VPxyv7Tj0 1076/3130

今日はここまで。

次回、第27話「馬上槍試合大会・一日目」


続き
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─7─


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