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【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─1─

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【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─4─

832 : 以下、名... - 2014/05/31 22:00:37.03 dCwear9K0 735/3130

第20話「アキテーヌ城の饗宴」

155


城の外でがやがや騒ぎ立っている音で、円奈は目を覚ました。


目を開けると、すっかり暗い城室の石壁が目に入る。


どこの部屋なのか、円奈は意識が戻ってくるのとともに分かった。


アリエノールさんの部屋だ。



それにしても城の外が騒がしい。


でも昼間での、戦争が起こっていた波瀾と禍乱のけたましい騒ぎ声とはちがっていた。

どちらかというとお祭り騒ぎのような、 陽気さに包まれた華やいだ騒がしさ。


そして円奈は質素な木造天蓋ベットからおきて、格子窓から城を見下ろして、文字通りお祭り騒ぎなのを見た。



いつのまにか夜になっていて、城の外はすっかり暗かった。


にも関わらず城の中庭は人々で満たされ、かがり火を灯し、酒飲みの踊りの大騒ぎである。

城は完全に農民のために開かれていた。

833 : 以下、名... - 2014/05/31 22:01:41.95 dCwear9K0 736/3130


農民たちは賑やかに夜宴を楽しみ、夜通し踊る。歌いあい、城の楽団の楽器にあわせて踊り、かがり火のまわりに環をつくって笑いあい、語り合い、そして踊る。


中庭には木の細長いテーブルがだされ、城内の宮廷料理が次々酒とともに持ち運ばれた。


農民たちは酒のジョッキ握りながら踊り、酒を芝生にこぼしながら、肩とりあって踊る。


ウールのボディス姿の女たちはかがり火のまわりに集まって男達と踊る。

女同士で痴話にふける人たちもいる。あの騎士がよかったとか、あの騎士がカッコイイとか、そういう痴話話。
そのどの手にも酒のジョッキが握られている。


かがり火のせいだけではないだろう、女たちの顔は赤い。



とにかく、石の城壁に囲まれた、かがり火に照らされる城のなかは、飲め歌えの祭り一色になっているのであった。



月が夜空に浮かんでいる。


三日月。星空が浮かぶなかで、ひときわ明るい白色の月は、城のお祭り騒ぎを見守っている。

834 : 以下、名... - 2014/05/31 22:03:03.82 dCwear9K0 737/3130



ぼーっと農民たちの酒宴を城の窓から見下ろしていた円奈だったが、アリエノールに声をかけられた。

「目が覚めた?」


「アリエノールさん」

円奈は城から振り返って、城の魔法少女をみた。

「みんな楽しそうですね」

円奈も笑っていう。


城のなかは暗く、蝋燭も何の明かりも灯されていなかった。だから部屋を照らすのは、城に降りてくる月の明かりだけだ。


「これから、あなたが主役になるのよ」

と、アリエノールは伏目がちの視線のまま、円奈に寄った。「城主が貴女をまっているわ」


「えっと、わたしでも旅にでますから……」


円奈は遠慮した。


「裂け谷へ……」



アリエノールは伏目のまま、円奈の前へくる。その眼差しは、どこか優しい。

「残念だけど、まだ私はあなたの傭兵義務を解いてないわ。契りは結ばれたままよ」


「う…」


自分からいいだいたことなだけに、こういわれてはアリエノールに従うしかない。

騎士としてアリエノールに護衛と忠誠を、自ら誓ってみせたてまえである。

鹿目円奈の主導権は、この魔法少女に握られたままであった。

835 : 以下、名... - 2014/05/31 22:04:15.49 dCwear9K0 738/3130


困った、という表情を浮かべたとき、円奈のお腹が音をたてた。


「お腹すいたでしょう?」

アリエノールは円奈の手をとる。

「さ。おいで。おじさまがあなたを待っているわ」


「は、はい…」

狩りをして生きる円奈は、空腹に抗いがたかった。

それにあの戦いである。


馬を走らせ、クロスボウ隊にロングボウの弓で戦いを挑み、戦争の渦中へ。


お腹がすかないわけはなかった。


アリエノールに手を引かれて、円奈は部屋をでる。石壁の廊下へでる。

松明が掛け台にかけられ燃える廊下を進み、階段塔の螺旋階段へと歩いた。



その途中で、ふっと円奈は足をとめ、アリエノールの手をひっぱった。

不思議そうにアリエノールが振り向く。首を傾げ、少女騎士をみつめた。


「……恐かったんです」

円奈は話し始めた。

そのピンク色をした不思議な目は、数時間前の戦場を思い出して、少しだけ虚ろになる。


「クロスボウの敵に正面からむかっていって───」


円奈の口が、それを語る。


「敵は私にクロスボウの矢先をむけました。少しおそかったら死んでました」



アリエノールは息をつまらせた。張り詰めた表情で円奈をみた。



「死と隣り合わせの戦いに───」

円奈はつづけた。

「民の人たちはだせません。あんな戦いに身を投じていいのは、騎士と兵だけです」



思い起こすように語る円奈の言葉はそこで終わって、再び歩き始めた。

836 : 以下、名... - 2014/05/31 22:06:05.30 dCwear9K0 739/3130

156


時間帯は午後7時過ぎ。


普段ならすっりり日も沈んで、農民は寝静まっている頃の時間帯。


しかし今晩は違う。


城の精力をあげて催される饗宴の夜だ。


その主席にたつは円奈である。



異国の騎士、アキテーヌ城の危機を救った騎士が、今宵の饗宴に出席するのを城主アドル・ダキテーヌは待ち受けていた。


円奈が城の一階の大広間に出たとき、びっくりして目をまんまるくしてしまうほどの宮廷料理に満たしつくして。



城内お抱えの音楽家たちが(ふだんは守備隊でもあったが)、円奈が大広間にでると、二階の手すりから、パーッとトランペットを吹き鳴らした。


かと思えば城の見習い騎士たち(領主の手下の騎士たちの息子たちなど、まだ年端もいかない訓練中のこどもたち)が、城の壁際に綺麗に整列して、円奈に丁寧にお辞儀して頭をさげる。

彼らは、のちに円奈にたくさんできたての料理を運んでくる、いまは給仕たちなのだ。


円奈は、自分より1、2下くらいの少年たちの列をみて、ロビン・フッド団の少年たちを思い出したけれど、城の大広間に整列した少年たちはやはり、育ちがよい身なりだった。


膝丈ほどの小さなウプランドを着て、足は毛織のタイツを履いている子どもたち。

みな騎士たちの子だ。


城の壁際に立ち並ぶ様子はたいとう上品で、エチケットにかなっている。金髪の短髪に、青色の目をした肌もピチピチな少年たち。

円奈のほうが作法で負けてしまうのではないかと不安になるほどであった。

837 : 以下、名... - 2014/05/31 22:09:27.59 dCwear9K0 740/3130


城主はいま、ウプランドを纏った姿であらわれ、大層豪勢な衣装であった。銀地に金メッキの施されたベルトは健在で、腰元に巻いている。


胸元には首飾りのペンダントが煌いた。


「鹿目円奈よ、きたか!」

と、城主は席のテーブルをたちあがると手を叩く。


いつの間にか名前を覚えられているらしい。

「きたか、目が覚めたか。はじめにいっておこう、よくぞ無事にもどった。救国の乙女よ。美しい小娘だ。席につきなされ。」


トランペットが響き、テーブルを満たしつくした料理の数々に、わけもわからなくなってる円奈に、城主は呼びかける。

とりあえず城主の人に、美しい小娘よといわれて、恥ずかしくなる気持ちだけは感じた。


円奈は唖然と、みたこともない宮廷料理の並んだテーブルをみつめていた。


城のテーブルの席についているのは、城主とその夫人、土地の有力な騎士たち、その貴婦人たち、カトリーヌ、といった面々だ。


テーブルにはずらりと皿に盛られた料理が並んでいるが、燭台に灯る蝋燭の明かりもある。

等間隔ごとに置かれた蝋燭の火だ。

838 : 以下、名... - 2014/05/31 22:11:33.67 dCwear9K0 741/3130



とうぜん電灯などない時代だから、こうした蝋燭の火が城内を照らす。


テーブルの食卓に並んだ蝋燭はだけでなく、城の壁に突き出した燭台などの火も、城内を明るくする。
大広間に燃えるレンガ造りの暖炉も。


壁の突き出し燭台は、アーチ窓とアーチ窓の間の壁に、ひとつずつ、灯る。



それにして長方形テーブルに並べられたテーブルの、なんと目を見張る料理の数々だろう!

おびただしいほどの皿に満載される食材は、ざっと見回しただで、きばのついた猪の肉、雉、青鷲、孔雀、鶴、豚、兎といった肉料理と、鰻、ニシン、鱈、ひらめ、鮭などの魚料理、ポタージュ、ゼリー、梨、パイ、タルトといった食材まで、盛りだくさんだ。


もちろんそのどれもが丹念に料理されている。肉料理だったら、鹿の肉はシチュー仕立てに調理され、兎はロースト肉のマスタード添え、豚は丸焼きにして、詰め物をしている。にしんはベイクに、魚の豆煮込み、鮭はゼリー寄せといったふうに、田舎の農村出身の騎士である鹿目円奈には、もう、わけがわからない料理がバーンとテーブルに満載であった。


「さあさあ、席につけ、つけ!」

城主は、高らかに、言ってくる。円奈がおどろいた顔して料理を見つめている様子に、得意気であった。


「国を救った、美しい小娘よ。そなたが席につかないと、はじまらないのだ。」



839 : 以下、名... - 2014/05/31 22:12:59.39 dCwear9K0 742/3130



「わ…わたし?」

円奈ははもう、驚くばかりである。「わたしがここの席に?」

とりあえず、美しい小娘というのはやめてほしい、という心の声が起こった。


「そうよ」

アリエノールが笑って、円奈を席に誘う。「この餐宴は、あなたによってはじまって、あなたで終わる。あなたのための餐宴よ」


「えええっ!」

びっくりあんぐり円奈の口があいた。

「さあさあ座って」

アリエノールに背を押され、席に半ば強制的に座らされる。


アリエノールはすると、隣の席に座って、隣の円奈にふっと微笑みかけた。


円奈はテーブルに並んだ料理と、自分の席の目の前におかれた、コチコチのパン五枚を見つめた。


すると給仕の少年たちがぱっと動いて、テーブル上にある水差し丁寧に手にとって、円奈やアリエノールのグラスにブドウ酒を注ぐ。

この水差しには蓋はなくて、ブドウ酒専用の水差しなのである。


注いだら、丁重にお辞儀して、また壁際へ戻る。


「あっ、私が自分でするのに…」

人に給仕される経験が皆無な円奈は、すまなそうに、切ない顔して呟く。


「ほんと、謙虚な騎士の乙女」

アリエノールは隣でそれを見つめて、また、小さく笑みを浮かべた。


しかし円奈は謙虚というよりは、そもそも人の上にたって、仕えられるという経験がほとんどない少女なのであった。

840 : 以下、名... - 2014/05/31 22:14:59.23 dCwear9K0 743/3130


「さあ、はじめよう!」

城主がまた席をたつと、夫人、騎士たち、貴婦人たちが同時にばっと席をたちあがった。

アリエノールとカトリーヌもたちあがった。ドレスの裾のそれる音が重なった。


「あえっ!」

円奈だけが席に座りっぱなしであった。どうも城主が席を立つと他の人も席をたつルールがあったらしい。


まったくそんなことを知らない円奈は、変な声あげてきょどきょど見渡すばかりであった。


城主は気にしない。


円奈が戸惑ったあと、バツが悪そうに立とうとしたら、アリエノールから大丈夫よととめられた。


「うう…」

円奈は、諦めて座りなおした。恥ずかしそうに、顔を赤らめてテーブルを見つめてしまう。

841 : 以下、名... - 2014/05/31 22:19:13.22 dCwear9K0 744/3130



「われらがアキテーヌ城は、この日に、」

城主は、給仕の少年たちに注がれたブドウ酒のグラスもちながら、語りだした。

グラスは鉛製で金属のものは使わない。黄金のものも使わない。味を重視して鉛製である。


「敵に迫られて窮地に一度おちいった。そこをこの娘に救われた。この小さな乙女は、救国の騎士だ。この弓の名手はガイヤールどもを蹴散らした。わしはたしかに、この目でそれを見届けたぞ。」

おおおー。

騎士たちはパチパチと握手。

このタイミングにあわせて、二階手すりから楽団たちが、ラッパを二階ほど、吹き鳴らす。



「私は、鹿目円奈殿が、」


と、グラスもった騎士の1人が、語り始めた。

城の餐宴は、食事にありつく前に、こうしてメンバーたちが、べらべらといつまでも雑談するのが、風習であった。


「颯爽とあらわれ、われらを鼓舞したとき、そこにおりました。わたしは馬を失い、敵の伏兵から矢がとんでくるとき、絶望と死のなかを彷徨っておりました。貴なる乙女、鹿目円奈殿が、」


騎士はグラスもってないほうの腕で、席にすわったままの少女を腕で示す。


「そこへ天が遣わしたように現れ、馬に乗りなさい、突撃するのですと叫びましたとき、我は勇気が生まれ、勝利の希望が胸に沸くのがわかりました。そして、美しき鹿目さまの背中を夢中で追いかけました。その先にあるのは、輝かしい勝利でした。」


おーー。

パチパチパチ。




騎士の体験談を交えたこの盛った話は、こうしてべらべらと、展開される。


城主も、さぞ感浸っている様子だ。城主はアキテーヌ城から、たしかに鹿目円奈が戦場へ突進し敵部隊を散らし、宿敵ギヨーレンを敗走させる活躍を見ていた。そしてその功績、勇者ぶりを感服していたのだ。だから、この宴に招いた。

842 : 以下、名... - 2014/05/31 22:22:49.04 dCwear9K0 745/3130


「わたくしも、鹿目円奈殿とともに突撃をいたしました。」

と別の騎士が、席をたったまま語りだす。


「鹿目円奈殿が、」

グラスをもってない手を少女騎士のほうへむけ、示す。

「いけ!いけ!と、私どもを、鼓舞しました。傷を負いましたわれらは鹿目殿の言葉によって奮い立ち、騎士の誇りと勇気を思い起こしました。それを思い起こさせました鹿目円奈殿の勇気、言葉、そしてなにより彼女の美しき雄姿こそが、われらを奮い立たせ、あの勝利へ導かれたのです。」


円奈を讃えたい気持ちは、みな同じ気持ちであった。この10代半ばという乙女が戦場にあらわれ戦況をひっくり返したその場にいた騎士達は、円奈に命を助けられたのであり、英雄だった。


だが、当の円奈は恥ずかしくてたまらない。

逃げ出したいくらいの気持ちに襲われていた。なにをそんなにわたしのことを褒めそわすのだろう?と。


彼女は騎士たちが盛った話をかたるたび、ええっええっ、と視線を泳がし、アリエノールに助けを求め、それはアリエノールに意地悪に無視された。

そして恥ずかしそうに、顔の頬をぽっぽと燃やして席で俯くのであった。


「わたくしも、鹿目円奈殿と共に戦いました。」


こんどは、別の騎士が席で話し始める。

もうとにかく、話を盛りに盛りまくって、誇張した話にすればするほどパーティーは盛り上がった。

それが本人にとっては、恥ずかしくてたまらないのであっても、お構いなしである。


「敵どもは卑怯にも森に隠れ、卑劣な、騎士の誇りも微塵もないクロスボウを使いました。しかし卑劣な武器はわれらを窮地に陥れ、わが兵は壊滅寸前。そこへ鹿目さまが、」


騎士は円奈を手の先で示す。


「戦いの女神のように現れました。彼女こそは敵の卑劣にして愚鈍な武器を倒せと、我らに叫び、私どもに誇りを呼び覚ましました。そのときの突撃!そう、われらは騎士道精神を捨てませんでした。敵のクロスボウどもに、一歩もひかずにげず、突撃いたしました。われらは敵どものクロスボウ隊をさんざんに蹴散らしました。しかし我らがかくも勇敢に、苛烈に戦えましたのは、我らが先頭で戦いました、誇り高きロングボウの射手にして誇り高き可憐な乙女なる、鹿目さまの、敵陣へ先頭に立ち突撃するあの美しき勇姿でしたのです。」

843 : 以下、名... - 2014/05/31 22:24:51.43 dCwear9K0 746/3130


おー。

ぱちぱちぱちぱち。



なかなかどの騎士も、盛り話を披露してみせる。

国の救済の乙女・円奈を称えたい賛辞の言葉は絶えることない。

上流階級な人たちのこの長々しい雑談は、まだまだ続き、城主はいちいち騎士たちのトークに耳を傾け、満足し、いいぞいいぞと声をだす。円奈の活躍ぶりに敬服したいと顔にでている。



円奈は、もう顔真っ赤にして、顔を伏せていた。


しかし騎士たちの雑談はとまらぬ。


まったく食事前の雑談の長さときたら、上流階級のパーティーを知らぬ円奈には、ほとんどカルチャーショックであった。


「ガイヤールのギヨーレンでさえ、動揺の顔をみせたのは、卑怯の武器を打ち倒す、正義の……」


「森の中の突撃は、最高の騎士道精神でした。勇気こそなによりに勝る……」


「鹿目さまの、騎乗の背中を追う我らは栄光の突撃であり、……」



果たして、いつになったら終わるのか。


しかし騎士たちは、城主の前でトークできるというこのチャンスを逃がさない。いつまでもいつまでも口達者に語りまくり、アピールしてのける。


「やめてえ」

円奈は、顔を両手で覆うばかりであった。

844 : 以下、名... - 2014/05/31 22:29:05.40 dCwear9K0 747/3130

157


パーっとトランペットが大広間に吹き鳴らされると、騎士たちの長ったらしいトークはやっと終わった。


「よい!よい!」

城主は満足そうに言い、最後に自分が語った。

「聞いてのとおり、鹿目円奈こそはわれらが兵を奮い立たせわが国を救ったのだ。年も若き乙女だが誰よりも勇気があるのだ。その勇気は卑劣な敵を打ち砕くほどであった。それはこの日、おまえたちのだれもが見ていたであろう。民を守り、アキテーヌ城の名誉を守ったこの美しい乙女を讃えよ!そして今宵は、我自身の名誉にかけて、この気高き救国の勇者をもてなす餐宴だ!」


おー。

トランペットからまた、音が鳴らされる。


円奈はというと、生まれて初めて、穴があったら入りたいみたいな気持ちをテーブル席で味わって、じっと顔を下にむけていた。

勇者とか、美しい乙女とか、戦いの女神とか、救国の天使とか、そんな呼び方は拷問のように恥ずかしかった。


カトリーヌが席でたちあがった。もちろん、頬や髪についた血は侍女たちにふき取らせた。カトリーヌは水を浴び血を落とした。水浴びは桶に水を満たし、部屋で桶にはいって水浴びする。侍女たちがその水を城内の井戸から満たす。

血のついた衣装は、いまごろ城内に暮らす洗濯召使女たちがごしごし洗っている。


「本日のメニューは」


と、今日なったばかりの魔法少女は、コット姿で(昼間の戦いのときとは別の毛織のコットである)、やわらかく微笑んで、餐宴のはじまりを告げる。


「肉のコースと魚のコース。それにデザートです。ですが今回は多くの”仕掛け”を用意しているゆえ、存分に今宵の晩餐を、楽しみください」

845 : 以下、名... - 2014/05/31 22:31:12.69 dCwear9K0 748/3130



メニューを告げると、いよいよ食事のはじまりだ。

カトリーヌは席につき、城主や騎士たちも席につく。テーブルの上は、盛り付けの皿やトレンチャー以外は、ナイフ類とちょっとした砂糖の装飾菓子しかない。


そう、ナイフしか使わないのである。

騎士たちはこのナイフをつかって、さらに並べられた魚やパン、鹿肉を一口サイズに器用にきりって、トレンチャーにとりわけ、自分なりに口にするメニューをつくりあげる。

どれほど綺麗に、かつ鮮やかなメニューを自分のセンスでテレンチャーに表現できるかも、また騎士としてのアピールポイントの一つである。



円奈は自分のテーブルに並べられたものを見つめた。

テーブル自体は白いクロスがかけられていた。真っ白いテーブルクロスだった。

さらにその上に、”サナップ”と呼ばれるオーバークロスが掛けられたテーブルだ。

「す、すごい…」

狩りで食いつなぐ生活をしていた円奈に、この宮廷料理の数々は刺激が強い。



まずナイフが置かれていて、それから、トレンチャーという硬い薄切りのパンが五枚、あった。

トレンチャーは四枚が下段におかれ、五枚目だけが上に載せられていた。


このトレンチャーというパンにはスパイスが効いていて、彩色がほどこされている。たとえばパセリによる緑色、サフランによる黄色、レッド・サンダルウッドによるピンクというようにだった。

円奈の前に用意されたトレンチャーはピンク色で、ひょっとしたら髪と目の色にあわせてきたのかもしれない。


846 : 以下、名... - 2014/05/31 22:35:00.00 dCwear9K0 749/3130



「い…いただきます…」

とにかく円奈は空腹であったので、このトレンチャーを一枚手に取り、口に当てた。


すると食事をはじめていた騎士たち、城主、魔法少女、だれもが驚いた視線を円奈にむけた。


「…あれ?」

円奈は、トレンチャーのパンを歯にあて、みわりの人たちを見渡した。

アリエノールも驚いた顔して円奈をみていた。


「それはお皿なのよ」

と、アリエノールは小さな声で言ってくれた。

「その皿に好きなものをナイフで取り分けるの。食べるものじゃないわ…」


「…へえ?」


まさか目の前に置かれたパンが食べるものじゃないなんて想像もしなかったので、円奈は一瞬思考停止した。

けれども、騎士たちはテーブルのメニューから鹿肉をナイフで切り分け、トレンチャーに並べ、それを指で食していることに気づき、自分の失態を思い知らされた。


「へう……」


落ち込んだ声あげ、トレンチャーを元に戻した。こんないい匂いのする、スパイスのきいたパンが、食べ物ですらなかったなんて。まったく宮廷文化とは、円奈にとって、カルチャーショックだ。


トレンチャー自体は、たしかに食べ物だった。

だが城内の人はそれを皿として使った。皿として使い、食べ物をのせる。するとスパイスや魚料理のソースが次第にパンにしみこんでいくので、その味がしみこんだ段階となってはじめて食べる。

それまでは皿なのである。


そして食べるトレンチャーも、五枚目の上段のパンのみであり、下段の四枚のトレンチャーは貧民への施しにまわされる。

847 : 以下、名... - 2014/05/31 22:36:43.85 dCwear9K0 750/3130


城の餐宴の主役あろうものが、貧民の食べるようなものに口をつけた。


しかし実際に円奈は、貧民かそれ以下の暮らしをしていたから、騎士の食事の作法などまったくわからず、ここに晒した。


戸惑ってしまう城内の人間、とくに城主の妻は、はっと息をのんで信じられないわと呟く。


だが城主はこんなことは気にしない。


そんな微妙な温度差ある空気が一瞬ながれたなか、騎士の1人が語りだした。

 ・・
「皿は最後に食べるものですが、それをあえて最初に口にする演出ですぞ。アドルさま、あなたが用意なさった仕掛けは、はたしてこれを超える仰天を我々に与えうるものですかな!」

「もちろんだとも。」

城主は椅子で騎士のほうに体むけ、答える。

「わしには自信がある。仕掛けはたっぷりだ。わが創意工夫を、こらしておるのだ」



「…へえっと、あの?」

二人の話についていけない。

だが城内の空気はやわらぎ、みな笑って、城主の仕掛けとやらにすでに関心が移っていた。


するとアリエノールがナイフを使って鹿の肉をとりわけ、円奈のさらに乗せた。

「なにも気にすることはないのよ。おたべ」

魔法少女は微笑み、自分もトレンチャーの上に乗せた食材を、指で楽しんだ。

「指は親指、人差し指、中指だけを使うの。飲み物をのむときは、小指をたてて。薬指で、唇をぬぐうの」


アリエノールは、騎士と城主が会話している影で、円奈にこっそり教えてくれた。

円奈はなんと食べることだけにルールの多いことだろう、と心でまいってしまいながら、でも、香りただよう鹿肉のソテーを指でとって口にした。

848 : 以下、名... - 2014/05/31 22:46:33.34 dCwear9K0 751/3130


こんなもの食べるのははじめてだ。


鹿肉のソテーは、獣や鳥や魚からとれた天然の脂肪や油を使って焼かれ、香辛料で味付けされる。円奈が口にしたソテーを味付けする香辛料はサフランの琥珀色だ。


口のなかにひろがる、鹿肉のソテーの味だ。

「お、おいしいっ」

香辛料でピリっと辛味のきいた油やきソテーの肉を食べるのは初めてな円奈は、肉を噛み締めることに、口に広がる味にしばし夢中になったあとは、けほけほとむせはじめるのだった。


しかし宮廷料理の真髄は、こんなものではないのだ。



「さて、前菜<アペタイザー>のメニューに入ります。」

カトリーヌがまた席をたつと、伏目な眼差しで説明しはじめた。

「本日の前菜は、デーツのシロップ煮、ポタージュ、果物、鹿肉です。」


魔法少女となっても、カトリーヌは晩餐ではメニューの到着をアナウンスする役目であった。

彼女は本日のメニューについてあらかじめ城主によってすべて教えられている。
カトリーヌはそれを覚え、タイミングをみて、次へのメニューを食卓へ運ばせるアナウンスをする。

いわば餐宴の進行役、司会役なのである。


カトリーヌから前菜のアナウンスが告げられた途端、大広間二階の楽団たちが、トラペットなどでファンファーレを奏でる。


円奈かびっくりして天井をみあげ、二階に並ぶ音楽家たちをみつける。トランペット!こんな楽器をはじめてこの目でみた彼女は、また驚かされるのだ。

その楽器の派手で華やかな演奏にも!


音楽とともに城の台所から調理された料理が運ばれてくる。

台所で調理しているのは、城に雇われている臨時料理人や、下働きの男たちであったが、それを運び出し上流貴人の食卓に運び出すのは、騎士見習いの少年給仕たちである。


給仕たちは料理を、銀の大皿にのせて、ご馳走が運んでくれる。


ファンファーレの奏でとともに給仕たちは大広間に登場し、客人たちのテーブルの上にドーンとおく。

こうしてご馳走が運ばれたあと、給仕たちはお辞儀して、また台所へと戻る。

849 : 以下、名... - 2014/05/31 22:48:41.67 dCwear9K0 752/3130



前菜と称して皿に並べられているのは、果物の数々だった。


シロップ煮の梨、デーツ、桃、りんご、いちじくといったフルーツの数々だ。


大皿は二人分の食材が載せられる決まり。逆にいえば、これだけ山のように盛られたフルーツが、二人分である。

席の隣同士で、この二人分の食材を二人でわけ、トレンチャーに取り分ける。そして二人で仲良く食する。


隣同士になっているアリエノールと円奈は、必然的に皿で食事をわけあうペアとなった。


これだけ色とりどりなフルーツの数々をみるのは、五年前のあの市場以来かもしれない。

だがあの時と今回で決定的に違うのは、今回はそれが、自分のためら盛られたフルーツだということだ。

円奈は目を丸くして、ぽかーんと果物の山を見つめている。


「わたしとあなたで」

アリエノールは微笑んで、シロップ煮のデーツを指でつまみ、口に運んだ。



すでにテーブルの男騎士たちはさらに盛られたフルーツを指で口に運んでいる。

ナイフで切り、一口サイズにし、すると優雅な指の動きで口にする。



円奈はといえばナイフは、狩りでつとらえた鹿の肉を切り刻むくらいしかしたことなかったので、果物の裁き方は分からない。


むしろ、一口サイズにするまでもなく、そのままかじってしまうのが円奈の食べ方だ。

850 : 以下、名... - 2014/05/31 22:50:35.17 dCwear9K0 753/3130



そんなわけで、シロップ煮のデーツやいちじくを食べることにした。


それはすでに最初からサイズが一口サイズである。

指で口に運び、口にする。


途端にフルーツの味がシロップ仕立ての甘さとなって、口の中に広がった。


「ふわ…!」

円奈は思わず口に漏らす。目を見開き、びっくりした様子で、口にしたシロップ風味のいちじくを味わった。生涯味わったこともない風味を、口の中でころがしながら味わう。強烈な甘味であり、砂糖のどろどろした風味でりんごを食べた。



アリエノールが楽しげに、円奈の反応を見つめている。


アリエノールと円奈の二人は果物の盛られた皿を二人で取り分けた。

円奈はナイフで桃やりんごをきりわけることに挑戦し、何度も手を切りそうになって、アリエノールにとめられた。


そしてアリエノールに一口サイズにきってもらって、それを食べさせてもらったりしていた。


「ううう…」

なんだかお母さんに世話されてるみたいだよ。

本来は騎士と魔法少女だったら、この時代だったら、決まって騎士のほうが、魔法少女に食事を取り分けてやるのだがこれが全く逆の関係になっていた。


だがアリエノールは世話好きな少女だった。ことごとく円奈のためにナイフで切り分けて食べさせた。

円奈が恥ずかしがっても、アリエノール自身が楽しんでいるのであった。

851 : 以下、名... - 2014/05/31 22:53:33.29 dCwear9K0 754/3130



騎士たちはというと、さすが普段こんな食事に慣れているだけあって、山のような果物の大皿を空にするのがはやかった。

ナイフで切り分け、口に運び、あっという間に前菜を平らげる。


男たちは、やっぱり円奈やアリエノールより食べるのがはやかった。


円奈がフルーツの味を楽しんでいると、給仕たちが現れて、そっと円奈とアリエノールの隣に、ヴァージュースという、果物の果汁ジュースが運ばれる。

これは未熟なぶどうや、酸っぱいりんごのジュースで、これを入れている容器は金属製のタンカード(把手つきのコップ)だったり、ゴブレット(把手なし脚つきコップ)だったりする。


「わああ」

円奈はその果汁ジュースの登場に、また驚いた声をあげて見つめる。

りんごがジュースになった飲み物。生涯を通じて水しか飲んだことのない円奈は、これまたびっくりする。


円奈はそっと、本当にわたしなんかが飲んでいいのかな、と思いつつタンカードの果汁ジュースを、飲んでみた。


どろっとした果汁のジュースが喉元をとおり、甘酸っぱい味が口いっぱいにひろがった。

「ふげっ」

それはおいしいというより、円奈にとっては、珍味であった。そもそも酸っぱい味覚の刺激が舌に触れるが、人生初めての経験であった。


一度口にしたヴァージュースをすぐに口元からはなす。

アリエノールが楽しそうに円奈の反応を、横目で見つめている。

852 : 以下、名... - 2014/05/31 22:55:44.09 dCwear9K0 755/3130


次に円奈が挑戦した食べ物は、まるめろというフルーツで、これまた初めて口にする果物だ。


これにも香辛料として人気のシナモンが多量に使用され、味付けされる。

多量のシナモンは、初めて香辛料を口にする円奈には、刺激の強いものだった。



騎士たちはもう前菜を食べ終えて、ヴァージースを飲み、鹿肉を食べる。驚いたことに、最初テーブルに満載していた鹿肉、猪肉、雉のローストなどは、すでに騎士たちがすっかり平らげて、次々に空になった銀の皿が給仕たちによって運び出されていった。


「前菜のメニューは以上です」


カトリーヌが席をたち、アナウンスする。「つぎは、アントレです。本日のアントレは、わがアキテーヌ家の料理人たちが腕によりをかけた、」


カトリーヌがアナウンスすると、騎士たちはおーおーと手を叩いて、コース料理の次なる登場を歓迎する。


「”カーヴァー”と”パンター”が、もてなしいたします、ケイポンとミートパイ、ざりがに、孔雀、鰻のソース添えです。」



アナウンスが告げ終わるのと同時に、大広間二階の音楽家たちがトランペットでファンフファーレを吹き鳴らす。

パッパーと、トランペットの愉快で陽気な音楽が、大広間の隅々にまで広がる。


しかも驚いたことに、大広間の入り口から登場したのは、新たなる音楽家たちであった。



新たに登場した楽団は、臨時的に城に雇われた人たちで、彼らはリュート(ギターのような楽器)、ハープ、ダルシマー、笛、オーボエなどを奏でる。


こうして奏でられる楽器の種類はより一層増えた。食事のアントレーが運ばれてくる大広間の雰囲気にあわせて、音楽がさらに音色のバリエーションを増して、盛大に演奏される。


城の酒宴がいよいよ音楽華やかとなり、城主は満足そうに席で笑う。


音楽がさらなる盛り上がりをみせるなか、新たに料理が大広間に登場、給仕たちに運ばれる。


今回の運ばれる料理の注目点は、意外なことに、料理そのものではなく給仕たちであるかもしれない。

ギターの演奏がはじまり、ギターのメロディーにあわせて笛が吹かれるなか、給仕たちは、運ばれた料理を、まず食卓テーブルにはおかずに、”ドレッサー”とか”サヴェイシシング・ボート”とよぶ特殊なテーブルにおく。


ここでは料理の最後の味付けや仕上げ、つまりドレッシングやソース、肉切りといったことがなされる。


カーヴァーとは、肉切り係のことで、騎士見習いたちは、騎士や貴婦人、城主がそこにいるというプレッシャーのなかで、決められた料理方法に則って最後の調理を仕立て上げる。



騎士見習いの子たちは、戦闘訓練だけでなくこうした宮廷作法も、実際に給仕をすることで幼いころから学ぶ。

853 : 以下、名... - 2014/05/31 22:57:29.59 dCwear9K0 756/3130



さてケイポンという去勢した雄鶏を、調理する騎士見習いの給仕はこれを切り分けて、ワインとスパイスを効かせたソースを混ぜいれて、細かく刻んだ左の手羽元だけを貴人たちに差し出す。


ミートパイは、熱いときには上の部分にナイフを入れて熱い空気を逃がして供する。逆に冷めているときは上から真っ二つにナイフをいれて供する。


小鹿や仔山羊の肝臓は、ご馳走であった。給仕たちはこれを、あばら骨一本添えてテーブルに出す。

ざりがには、腹部を下に切り裂き、身をとりだして汚れを落とし、身を落とし、はさみも叩き潰して、パンを殻につめこんで完成だ。



円奈の前に料理が運ばれてきた。

細かく刻まれた手羽先は、きれいに切られていて、形がよかった。

手羽先の肉から立ち昇る湯気から、ワインやスパイスの香がたちのぼって、鼻をくすぐる。


「わっわっ」

円奈は、慌てた声ふげて、あっつあつに焼けたスパイスとワイン仕立ての手羽先を見つめる。

すると次に給仕によって運ばれたのは、またもあつあつの、熱い空気が切れ目から湯気たつミートパイ。

つづいて、これまたこんがり油焼きされた鹿肉に、香辛料をどばっとふりかけたじゅうじゅうと音立てる肉料理。


笑い声と談笑にみちあわれていて、騎士と城主たちは、肉料理のご馳走を口にしながらグラスでワイン酒を喉に通し、顔を赤くしながら、楽しげに会話をつづける。

854 : 以下、名... - 2014/05/31 23:00:08.77 dCwear9K0 757/3130



円奈はミートパイを指につまみ、口に運ぶ。

「お、おいしいっ」

顔を満面に綻ばせて、席で嘆息を漏らした。

ミートパイの料理をまたゆっくりと、口に運ぶ。

「ほふっ」

アリエノールからみても、遠慮がぬけた円奈は食事を楽しみ始めていた。幸せそうな声を、料理を口にするたびに漏らし、そのたびに顔をニコリと綻ばせる。

とにかくどの料理もあたたかい。

「は、はふう」

さらに円奈は、給仕の騎士見習いによって運ばれた、内臓料理を口へ運んだ。

内臓料理は、豚や羊、魚の胃をとりだしたもので、肉や卵、スパイスが詰められた料理。


円奈が食べたのは、羊の胃に、鳥肉と豚肉をつめて、チーズ、卵、スパイス類を詰めて焼いた料理だ。

スパイスはミント、にんにく、胡椒、アルコストなど、多種多様なものを同時にドカーンと入れる。

火を通した料理にエイゼルワインを加えて味のできあがりである。


この内臓を調理した料理を口にした円奈は、肉とチーズの味、ぴりっとしたスパイスとワインの味付けを、噛み締めて堪能していることだろう。


「ほふ」


城雇いの料理人がつくった内臓料理を口にした円奈は、その口いっぱいの味に、満たされていた。

めいっぱい惜しみなくふんだんに使われた多種類スパイスとワインの贅沢な風味は圧倒的だ。


わたし、なんで、こんなしあわせなものをたべれるんだろう!

そんな気持ちでいっぱいで、もう、わけわかんなくて、15年間狩りばかりしている円奈には、夢のような味が口に満たされていた。


855 : 以下、名... - 2014/05/31 23:02:05.27 dCwear9K0 758/3130



アリエノールが、円奈があまりに幸せそうに食卓を楽しんでいるようなので、自分まで楽しさいっぱいの気持ちになってきた。こんな気持ちは、久々であった。


「どうやら鹿目円奈は、楽しんでくれているようかな!」

円奈も満面な微笑みと反応はさすがにテーブルで目だって、城主の目にとまる。それはもちろん、城主を、満足させ喜ばせる。


城主は得意げな口調で円奈にたずねる。「料理はいかがかな?」


「城主さん、すっごくおいしいです!」

円奈は即座に答えた。おさえたくても笑みが顔からおさまらない。「わたし、こんなおいしいもの、たべたのはじめてです!」

それは心からの言葉であった。


「そうか、そうか!」

城主は円奈の返事になおさら得意げになる。それからこのように言った。


「だがの、鹿目円奈よ、救国の騎士よ、」


騎士たちが城主のほうをむいて笑う。

テーブルの騎士たちは、城主が喋りだしたら、きちんと彼のほうに体をむけて、顔で反応を示すことを忘れなかった。


「この料理はほんのお口汚しで、本当のおもてなしは、これからなのだよ!」

856 : 以下、名... - 2014/05/31 23:03:09.73 dCwear9K0 759/3130



「ふぇぇぇ…」

円奈はもう、ガーンと頭たたかれた気持ちで、へなへなと席の背もたれに腰ついた。

「もうすごすぎるくらいなのに…」


隣の席でアリエノールが声あげずに顔で笑っている。


そう、そうなのだ。

これは城として料理をだしただけ。


城のおもてなしとは、こんなものでなく、客人をおどろかせ仰天させるもの。


その本番がいよいよはじまる。

パーティーも最大の見せ場となるのだ。


857 : 以下、名... - 2014/05/31 23:05:12.70 dCwear9K0 760/3130

158


それからも円奈は、口にしたこともない宮廷料理の数々を、楽しんだ。


鰻のソース添え。

鰻は、そのままの姿で料理になっているのでなく、細やかに叩いて作る料理だ。

ソースは、赤ワインにシナモンで風味づけたものから、パン、シナモン、ジンジャー、砂糖、クラレット・ワイン、酢などを、粥のようにどろりと混ぜ合わせつくる。

それから、グリーンソース添えの魚料理も口にした。


グリーンソースは、さまざまなハーブ、パン粉、酢、胡椒、ジンジャーほ取り合わせた芳ばしいソースで、辛口のワインをあわせてつくったものだ。


あつあつでとろとろに煮込まれた細切りのウナギを、香ばしさたっぷりのワイン風味ソースでめしあがれ!


「はうっ……!あ!」

口にするたび、円奈は、んふっと声漏らして、贅沢すぎる風味に幸せに微笑んで、豪勢な料理ひとつひとつをゆっくりと味わう。

料理されているものを食べるとはなんと幸せなことなんだなあ。

母親すら亡くして育った鹿目円奈はそういう気持ちに浸った。


口の中でスパイスとパン粉ふくめた胡椒風味のワインソース味の絡んだ細切れのウナギが舌にとろけた。


他の騎士たちみたいに、猪のソテーや、魚のマスタード添え、りんご酒、シロップ煮梨、鶴料理などを、ばこばこ口に運びまくるのでなく、初めて口にする料理の数々を、ひとくちひとくち、じっくり味わっては、そのたびに、料理のありがたい味に感動し、幸せの気分に浸った。

858 : 以下、名... - 2014/05/31 23:07:22.31 dCwear9K0 761/3130


「さて、次のメニューはいよいよお待ちかね、」


カトリーヌが席をたって、アナウンスをはじめた。

ついに騎士たちはおーっと大声あげ、パチパチパチ、拍手しはじめた。


「われらが城主のアドル・ダキテーヌが、創意工夫をこらしたメニューになります。」


おおおおっ。

騎士たちは大声あげ盛大に、城主の考案料理の登場に、喜んで騒ぎたてる。


城主はわっはっはと席で笑っている。もうワインで顔が赤い。



城の音楽家たちが、ファンファーレを奏で、盛大な音楽が吹き鳴らされるなか料理が登場する。


給仕たちが銀の大皿に料理をのせて、テーブルに持ち運んでくる。



「うわっ!」

それをみて円奈は、料理のあまりの見た目に、驚いた声をだすのだった。


孔雀!

そう、孔雀がいきたままそこにいた!

それも生きたままの姿で、料理になっている。


そのなかはもちろん、きっちり料理されていて、丸焼きにされている。丸焼きにされているのにどうしてこれが、生きたままの姿であり、孔雀の羽の色はそのまま、あの色とりどりな虹色の模様の羽が、その存在を誇示しているのだ!


こんがり焼きあがった肉でとても焦げた香りが鼻を刺激するのだが、不思議と見た目では色模様のある孔雀の生きた姿のままなのだ。


なのに孔雀の肉はいうと、こんがりローストにされており、しっかり火を通している。火を通したはずなのに、生きたままの孔雀の虹色の姿が、ドーンと食卓におかれる!


ローストは、城の台所で大鍋で調理される。

焼き串に孔雀の頭部を刺して、火のなかで丁重にくるくるまわされ続ける。均等にどの部分にも火が通るようにだ。


にも関わらず羽が生きたままで飾られている秘密は、単純で、ローストにするまえにこの羽一本一本を料理人が抜き取っていたのだ。


抜き取ったあとでローストにし、こんがり焼き、そのあとで抜いた生前の羽をまたくっつける。


”生きたローストチキン”のできあがりだ。

859 : 以下、名... - 2014/05/31 23:10:07.68 dCwear9K0 762/3130



表面も虹色の羽、尾羽根も虹色の羽に彩られたローストチキンは、騎士たちがナイフで切り取って、トレンチャーに載せて食する。


トレンチャーもこのころになると、マスタードやグリーンソース、フルメンティがしみこんで、味がつきはじめていた。


だが城主の創意工夫なる、おどろきべき料理は、まだまだ運ばれてくる。


こんど登場したのは、鳥の上半身と豚の下半身をたくみに縫い合わせてローストした、”世にも不思議な獣のロースト”を食卓に召す。


まさにそれは、頭部は鳥だが体は豚という、驚きべき姿をした獣のローストであり、みる者をおどろかせた。

もちろんローストはあつあつに丸焼きされて香りが芳しい。城の食事空間を満たすほどだ。


摩訶不思議な料理は、次々登場する。


パン、鳥、果物、あらゆる食材が、なんと金ぴかになっている。そう、金色に輝いているのだ!

だかこれは純金ではない、立派な食材であり、料理である。

まるでテーブルクロスのしかれた食事テーブル風景が、黄金の料理に包まれてぴかぴかと光を放つような光景だ。


食材の数々が金ぴかになっているこれは、この時代の料理人に”金めっきをする”と呼ばれている手法の料理で、文字通りこの手法にかかった食材は金ぴかになる。


その材料はいろいろあるが、順にあげていくと卵、サフランなどの黄色の香辛料に、たんぽぽの色素で表面を金色に塗る、ジンジャーパウダーに硫黄を混ぜる、など材料をつかって、立派な金色に見えるように丹念に塗る。


とくに卵は大量につかい、そのとろみをふんだんに使って、つやつやにした。


これは料理における錬金術であった。


まるで黄金でできた食材がテーブルに並んでいるかのように錯覚する演出となる。

860 : 以下、名... - 2014/05/31 23:12:02.20 dCwear9K0 763/3130



奇想天外なご馳走は、城主が客人に驚いた顔をみたいがための創意工夫であり、客人をもてなす城主からのサプライズである。

挽き肉のミートボールをパセリとはしばみの葉のような緑色の素材で着色し、”青リンゴ”にしたり、魚の卵を豆の絞り汁で染めて、本当の豆のようにみせかけたり。


見た目の色と、実際の食材がまったくちがうので、食べてはじめて口にした者はおどろく仕掛けだ。


こうした色とりどりな食材の数々は、アリエノールたちには慣れっこだったが、円奈は目を見張るばかりであるので、城主は楽しんだ。



だが、極めつけな奇想天外料理が、いよいよ円奈の前にだされた。


それは見た目はパイであった。

さんざん妙な色あいの食材をだされたあとで、一見ふつうな料理が出たので、円奈はやっと落ち着いて食べられると思って、ナイフをパイに入れる。


「わあああっ!!」

そして円奈は、次の瞬間、びっくり仰天、心臓がとまるんじゃないかと思うほど驚愕した。

大広間じゅうに轟き渡るんじゃないかという声をあげ、城の注目を集めた。



パイにナイフをいれたら、なんとそのナイフの切れ目から小鳥が飛び出してきた!

ぴよぴよぴよと鳴いて鳥は、パイから飛びだして、円奈の顔面の前を通り過ぎて、城の大広間に舞う。


「わはは!」

城主は、想像以上な円奈の反応ぶりに、またも満足するのだった。城主は笑い、円奈に呼びかける。

「おどろいたかな!」



いまも円奈たちの頭上でぱたぱたぱたと大広間のなかを飛び回っている。

この生きた鳥が、パイのなかにいて、中から飛び出してきたのだ。



食しようとした料理の中から生きた鳥がでてくる、とんでもない仕掛けであった。


「びびび、びっくりしたあ!」

円奈は、胸を手でつかんで、今でも動揺している。その頭上を鳥がばさばさ、飛び回る。


861 : 以下、名... - 2014/05/31 23:13:27.71 dCwear9K0 764/3130


騎士たちはげらげら笑った。生きた鳥がパイに仕込まれている演出は上流階級のなかでは定番で、お約束だったのに、異国の少女騎士ときたら本当に心から驚いているようだ。


「そ、そ、そういえば…」

円奈は、アリエノールがかつて城の外壁通路で歌っていたのを思い出す。

「黒ツグミがパイのなかで歌いだすって……」


”ポケットいっぱいのライ麦と24羽の黒ツグミをパイの中に焼きこんで──”


”パイを切ったら黒ツグミが歌うのよ”


アリエノールは円奈の席の隣で、微笑んでいた。「本当でしょう?」


「……まさかこの目で本当にみる日がくるなんて」

円奈は苦笑して、金ぴかな鳩のローストやミートボールを、丁寧に口に運んだ。


「おいしい…っ!」

口にすると、にっこり微笑んで、幸せそうに味を噛み締める。

金ぴかミートボールという黄金の肉団子を口にする。サフランいっぱいの風味とたんぽぽの花びらの香りと、じゅうじゅうに焦がれた肉汁のあつあつを口のなかで味わった。



つぎつぎ登場する奇想天外な料理にはびっくりさせられてしまうが、円奈は、ひとつひとつしっかり口のなかで、味わいながら、食していった。


へんてこりんな料理の数々はこうして遺憾なくその演出ぶりを発揮し、主役の円奈をおどろかせ、目を見張らせ、生きた鳥パイのドッキリは大成功。

862 : 以下、名... - 2014/05/31 23:15:38.07 dCwear9K0 765/3130



するとカトリーヌが、コース料理も最後の段階にきたことをアナウンスした。


「いよいよデザートです。プディングにストロベリー、アーモンドミルクです。」


吟遊詩人たちがギターに似たリュートを弾き、笛を吹き、大人なしめ演奏の音楽とともに、給仕たちによって最後のメニュー、デザートが持ち運ばれる。


ところがこれがまた、デザートと呼んだとき普通人が連想するような、生易しい料理ではなかった。


登場したのは、超巨大なプディングであった。


どれくらい巨大かというと、席についた円奈が、みあげてしまうくらいの大きさである。


城主が身を見張っている。こんなものは、我が予定していたデザートに、なかったぞ!という顔をしている。


そう、この巨大プディングの仕掛け人は城主ではなかった。ある別の人物による策謀である。


給仕係りが何人も協力しあって、プディングをドカーンとテーブルにおく。



すると食卓につくもの全員がみあげてしまうような、特大プディングがそこに現れた。

863 : 以下、名... - 2014/05/31 23:17:06.77 dCwear9K0 766/3130



プディングは牛乳とアーモンドミルク、ハーブ、ナツメヤシの実、卵、ビネガー、ナツメヤシの実などを煮た料理で、プリンと呼ばれるデザートの一種ではあるが、その見た目はおどろおどろしい。


まずプディングは牛乳とアーモンドが主で、味付けが香辛料だったから、見た目は白色にアーモンドの色がまざったクリーム色。


べたべたしたクリーム色に、真っ赤ないちごがプディングの上に盛り付けられ、バラの赤い花も、添えられていた。


つまり、クリーム色の巨大なプディングに、点々と赤色がぶつぶつと浮かび上がっているような、不気味でおどろおどろしいデザートである。


「これはおどろいた!」

城主は、巨大プディングをみあげ言った。


円奈もぽかーんと言葉なくしてデザートを見つめている。


はじめに動き出したのは、アリエノールだった。


スプーンなんてないから、手で巨大なデザートを掴みとり、指でそっと口に含む。

「おいしいわ」


牛乳をアーモンドで煮て、香辛料で味付けしたそれを、アリエノールは堪能した。

おいしそうに魔法少女がプディングをたいらげるので、円奈もこのデザートに挑んでみることにした。


「よ、よお…し」


手でクリーム色のプディングに、手を伸ばす。


「た、食べるぞお…」


びちょびちょしたクリームをつかみとろうとした、そのときだった。

864 : 以下、名... - 2014/05/31 23:18:59.40 dCwear9K0 767/3130


「わたくしは救国の乙女騎士、鹿目円奈殿と、ぜひお話したく、ここに参上いたします。」


巨大プディングが形を崩した。

クリームが詰められたプディングのなかから、甲冑姿の騎士が飛び出してきた!


騎士はぐしゃっとプディングを崩して、中から現れ、全身プディングみまれの鎧姿で登場する。


「初めてお目にかかります、鹿目円奈殿。わたくしはアドアス、きょうガイヤールどもと戦い、あやうく死ぬところであったアキテーヌ家の騎士でございます。」


剣を大広間の天井へむけ、ろうそくの火に煌かせたあと、ふたたび鞘にしまう。


それにしてもなんたる度肝をぬく登場の仕方であろう!


「アドアス!」

カトリーヌもさすがにこれには驚き慌て、共に昼間たたかった騎士の名を叫んだ。

それから目を見張って、話しかけた。「傷は、大丈夫なの?」

「ええ。おかげさまで。」

アドアスはカトリーヌのほうに向き直って、答えた。プディング塗れの鎧が、がしゃっと軋んで動く。

「地獄から舞い戻ってきましたよ。あなたが、魔法をかけてくれたおかげです。それにしても、タイミングを見計らって、プディングから出たかったので、それまでずっと中に潜んでおりました。せっかく助かった命も、プディングのなかで窒息してまた落とすところでしたよ。」



ははははは。

貴婦人たち、大爆笑。大うけである。


865 : 以下、名... - 2014/05/31 23:20:46.53 dCwear9K0 768/3130


さすがの城主もこれには苦笑いし、テーブルクロスをプディングまみれに撒き散らした食卓をみて、掃除が大変だろう、と思った。


いっぽう席にいた騎士たちは、すっかり面食らっていた。


結局いいところは、このアドアスという騎士が独り占めにしてしまう!


予定にないこの巨大デザートは、つまるところアドアスの策謀であった。


「もう、なんでこんなこと」

カトリーヌは呆れ顔でつぶやくと、額に手を寄せた。頭痛でもかんじてそうな表情だった。


「わたくしなりの、国をお救いくださった異国の乙女であらせる鹿目円奈さまへの、おもてなしでございます。」

甲冑も顔も剣も、プディングまみれてぐちょぐちょの騎士は笑う。


テーブルの上に現れた騎士はまた身をくるりと翻して、円奈をみた。


「…ほひ」

円奈は騎士に見つめられて変な声をこぼした。


アドアスは、円奈の前に片膝をつき、胸元に手をつけるとお辞儀した。

「われらが国と騎士たちそしてカトリーヌさまをお救いくださったと。それを聞きまして、わたくしは、いてもたってもいられず、プディングのなかにこの身を投げ入れました」


貴婦人たちまたも爆笑。


円奈は、困った顔をしている。

866 : 以下、名... - 2014/05/31 23:22:14.08 dCwear9K0 769/3130


「ここに感謝の意を述べます。国を民をカトリーヌさまを、そしてアリエノールさまをお救いくださったあなたに栄えあることを!」


「そうだそうだとも、アドアスよよくぞいったぞ!」

城主がまず食いついた。バンバン手を叩き、顔を赤くしながら、大きな声で話す。

「わしは見ていたぞ。この乙女の戦いを!おまえたちアキテーヌ騎兵軍を救ったのを!鹿目円奈は救国の騎士だ」


パチパチパチパチ。

城のテーブルの者どもは拍手し、音楽家たちはトランペットを吹き鳴らした。


「もう…そんな、いいのに…」

食卓のテーブルに現れた大柄の騎士の男にすっかり戸惑いながら、円奈は照れる。

「アリエノールさんの護衛にでた騎士として、戦いにでただけだから……」


「そう、そうです!」

しかしアドアスはそこに食いつく。

「あなたは異国の騎士。我らアキテーヌ家の騎士でなくて、アリエノールさまと魔法少女と騎士の契りを結んだと。いったいどこでお二人は?」


つまりどこでどのように出会ったのか、という経緯をたずねられているらしい。

「森で会ったのよ。旅の方なの」

アリエノールがすぐに答えたが、さっきまでの楽しげな表情は顔から消え、どこか不満そうに眉よせていた。

円奈とのことを他人につけ込まれたくないみたいだ。

「旅のお方、なんと!どちらに?」


円奈は席で答えた。

「神の国です。エレムの地です」


「神の国?」

城主が妙な顔つきをする。


騎士たちは首をひねり、アドアスは驚き顔。

円奈の対面の席のカトリーヌは息つめたように、目を丸く見開いて円奈をみつめた。


867 : 以下、名... - 2014/05/31 23:24:32.98 dCwear9K0 770/3130


「神の国とは、なんだ?」

城主はワイン酒で顔を赤くしながら、たずねてくる。

「その…なんていうか」

円奈は、意外にもここの人たちが聖地のことを知らないでいるので、少しばかり途惑ったけれども、説明の言葉をさがして、語り始めた。


ところが呂律が思ったほどまわらず、頭がぐわんぐわんしている。城の味付けに使われた多量の香辛料やワインが、円奈の頭にのぼってしまったのだろうか。


「聖地です。世界の魔法少女のひとたちが、救われる場所とか……なんとか……わたしにもよくわかってないんですけど…」


「きいてことありますな」

アドアスが言った。考えるような仕草みせてから、その口で説明しはじめる。

「魔法少女の巡礼地…ええ、そういわれてるそうで。いやわたくしは男ですから、魔法少女の巡礼というのは、なににどう祈るの巡礼なのか、わかりませんがね!ですが世界の多くの魔法少女がはるばる、その地へ巡礼に命かながら出かけ、かえってくる話はききます。命かながら!ええそうです、巡礼をしたという魔法少女から、その話を、わたくしは、ききました。」

「”円環の理”です」

するとカトリーヌが話し始めた。

「いまの世界は、その地の奇跡によってつくられたという伝説が、魔法少女のなかで語り継がれています。わたしども魔法少女は、いつか円環の理に導かれて”神の国”へゆくのです」

魔法少女たちは、いつか訪れる円環の理に導かれてたどり着く先のことを、神の国と呼ぶ。

ソウルジェムが濁りきって消滅することを死とは呼ばず、神の国へいったと言う。


「わしもそういう話はきいたことあるが……」

城主はしかめっ面で考える顔をして語る。

「その”神の国”を、目指すのか?鹿目円奈よ」

「はい」

円奈は、そこだけははっきり答えられた。「わたしの目標なんです」


「その神の国とやらはどこだ?」


「エレムの地。東世界の大陸ですよ」

別の騎士が話した。「ここから2000マイルは遠いのでは」

868 : 以下、名... - 2014/05/31 23:26:35.31 dCwear9K0 771/3130


「2000マイルだと?」

これには城主も驚いた様子をみせる。

「そんな旅してるのか?1人で?」


「最初は領主さまだった魔法少女と、村人たちと一緒に、旅にでてたんですけど…」

円奈は、バリトンを旅立ってからの旅路を思い出して語る。

「ファラス地方の森でいろいろあって…わたし1人になってしまいました」


「あの無法どもの巣か」

騎士の1人がため息ついて呟く。「わたくしは、そこの無法者を討伐する仕事を請け負ったことがありましたぞ。野蛮で、騎士道精神のかけらもない、魔女どもの巣でした。あんな場所を通ってきたとは、心中察しますな!」


たしかにファラス地方での人たちは恐い人がたくさんいた。

捨てられた子供たちを集め盗賊団を形成していた黒い鎌の魔法少女、その奥で続けられていた魔法少女同士の縄張り争い、いろいろ…。


「あの地ではもう何百年と、エレム国とサラド国が争っているとか」

騎士の1人がまた言った。

「巡礼地として多くの魔法少女が集いますが、平和とはほど遠い地域」


「何百年も?たしかに大したもんだ!」

城主も腕くみ、世界の聖地について考えを巡らせた。

「なぜそんなに戦うね?」


「さあ私どもには、わからぬことでございます。」

騎士は伏目で丁重に、城主に答えた。結局エレムの地とは魔法少女の聖地であり、遠い国の男には、わからぬことなのであった。


「しかしまあ、」

城主が話し出す。

「鹿目円奈がそこを目指すなら、わしどもはその無事の到着を願うばかりだ。鹿目円奈よ、そなたは、これからどのような道を通り神の国をめざす?」


869 : 以下、名... - 2014/05/31 23:28:01.44 dCwear9K0 772/3130


「ん、と…」

円奈は話を振られるとどうも緊張してしまう。

どもりながら、ゆっくり説明をはじめる。

「裂け谷を通って港へでるんです。港からエレムの大陸に…」


「そこは、エドレスの国王エドワードが治めている城がある。」

城主は円奈をみて、指差し話した。

「エドワード城だ。そこを通らなければ、港にはつけぬ。大陸がぽっかり割れていてしまっているからな。裂けてしまった陸は、エドワード城が橋渡しをしている。許可なくて城は通れん。だが安心せい。わしから通行許可状を書こう」


「あ、ありがとうございますっ」

円奈は、嬉しそうな声あげ、思わず席を立った。


よかった。どうやら裂け谷のエドワード城というのは許可なく通れないものらしい。

でもこの城に傭兵として雇われたおかげで、通行許可状がゲットできた。


これは円奈の旅路に大きな希望をもたらすアイテムになりそうだ。


いっぽうカトリーヌは、エドワード王のことが話題にでたので、昼間の戦いでギヨーレンに告げられたあの言葉を思い出した。


エドワード王は気を病んでおられる…


「エドワードさまは今もご健常で?」

カトリーヌは口にだし、城主にたずねてみた。


すると城主は、前に受け取った国王からの手紙を思い出し、顔をしかめたあと、ちらりと大広間の彫刻を見つめて、それからぽつりと言った。

「今も国を発展させておる」

カトリーヌは城主がチラと目をむけた彫刻をみあげた。つられるように。


そこには、馬にのった魔法少女が老いた魔女の首に槍を刺して、やっつけている場面が描かれていた。


ああ、わたしもあんな魔法少女にいよいよなったのね、と心でおもった。




でも、魔法少女が倒す魔物は魔獣であって、魔女じゃない。そこは誤解だ。

870 : 以下、名... - 2014/05/31 23:29:25.61 dCwear9K0 773/3130



「鹿目円奈殿、あなたはどうやってあの弓術を──?」

アドアスは話題を変えて、円奈にたずねた。

「きけば、城からあの戦場まで矢を飛ばしたそうな。まことなので?」

「そうともわしはみたぞ!」

この話題には、すぐに城主ものってきた。円環の理だ聖地だ、そういう話はいまいち、人間たちの場では盛り上がらない。

そんなことより、今日の戦いの話だ。


「中庭からギヨーレンまでひとっ飛びだ。まったく驚いたよ」

城主は今日見た円奈のロングボウ技を思い出しつつ感服したように語った。


「300ヤード以上はありますぞ。わが兵にはそれほど飛ばせる弓兵はおりませぬ」


「ロングボウだ」

城主は言い、それからチラと円奈を見やった。

「世界最高の射手だ」


「そ、そんなこと…」

円奈は頭髪に手をのっけて照れる。


「あんなに矢が高く飛ぶのは初めてみた!」

城主は席から立ち上がり、興奮気味に口で語った。

「空に届くかと思ったぞ。晴天の遥か雲にまで飛んだのだ。そして憎きギヨーレンへ! おまえたちにも、見せてやりたかったぞ!」

ぶかぶん指先をふるって、高らかな声でそう話す。

「であれば、明日にでもまた、鹿目円奈殿に射てもらうとしましょう」


ハハハハ。

騎士たち、城主が笑う。


「いやあ、ちょっと、それは…」

恥ずかしいよ。

871 : 以下、名... - 2014/05/31 23:32:00.32 dCwear9K0 774/3130


「鹿目円奈殿、あなたの国バリトンては、長弓隊の射手を養成しているので?」

軍事訓練ではなく狩りを生業としてロングボウに長けた鹿目円奈は、軍隊のように止まった的を射るよりも生きた動物つまり動く的を射てしまうので、その鍛えられた弓技は今日の戦場でいかんなく発揮されたのだった。

騎士にたずねられ、円奈はまた緊張する。

「いえ……私がただ、矢の練習はじめただけなんです。”魔法少女ごっこ”で……」


そこで自分が口を滑らせたことに気づいた。


「魔法少女ごっこ?」

城主が驚いて聞き返し、それから声上げてわらいだした。

「ははは。まったくおもしろい小娘だおまえは。」

騎士たちも笑っている。


これには円奈はしまったという顔をして、それから顔面を真っ赤に染めて、俯いてしまった。

カトリーヌとアリエノールすら笑って、口元を手で隠している。


「いやいやしかしわたくしの息子どもも、”騎士ごっこ”をしているのでございます。」

騎士の1人が笑いながら話し出した。

「そう、騎士ごっこですよ、いま子供たちのあいだで流行の。二人ひとペア、1人が馬役、1人が騎士役、そして別の騎馬ペアと棒でつきあうものです。いやまったく、かわいいものですよ」


「そうだな、わしも子供どもがそんな遊びしているのをみた」

「とはいえ、魔法少女ごっこは初めてききましたがね。」

騎士たちはまた笑い出してしまい、その場の者全員が、笑いをこらえきれずにクスクス声を漏らした。

「わか国にも、魔法少女ごっこを流行らせましょう。」

別の騎士が提案した。

「さすればわが国にも、長弓隊の射手が養成できます。なんとすばらしいではありませんか!」

さらに笑い出す騎士、魔法少女、貴婦人たち。

872 : 以下、名... - 2014/05/31 23:33:51.08 dCwear9K0 775/3130


「も、もうやめてよぉ!」

さすがに円奈は叫んで、顔を真っ赤にして、手をぶんぶん振って降参の意を示した。

「わたし小さな頃、成長して女の子になったら魔法少女になるって、思い込んでたの。なったら弓矢使うんだって、それで……」


「なるほど。たしかに気持ちはわかりますな。私も騎士見習いだったころは、騎士になる自分を想像して、よく、木の棒を槍にみたててふりまわしたものです。」


はっはっはっは。

酒の入った騎士たち、城主、魔法少女たちはまた笑う。貴婦人たちも、手の動作つきの騎士の話につられて、クスクス笑った。


「も、もう、からかわないでください!」

バーンと両手をテーブルに叩きつけて、大きな声でいった。

その顔は赤かった。


「しかし実に、昼間の戦いの鹿目殿の姿は、果敢でありました。」

からかっていた騎士は突然、真面目な顔つきに変わって、そう話した。

「私どもは鹿目殿に奮い立たされて、敵のクロスボウ隊に突っ込みましたが、その先頭で馬を走らせたのは鹿目殿です。」

トンと指先でテーブルを小さく叩く。


貴婦人たち、城主、騎士たち、魔法少女の姉妹二人。みな円奈をみる。


「ふえ?」

顔を赤くして抗議していた円奈が、目を見開いて騎士のほうに顔をむけた。


「考えてもみてください。クロスボウ隊に正面から突っ込む勇敢さ。勇ましさです。そして、クロスボウは卑怯極まりない武器ですが、まぎれもなく恐るべき兵器です。しかし鹿目殿の弓の前に散り散りになりました。それを後ろからこの目で追えた栄光、まったくもって、すばらしい。あなたが女として生まれたなら、すでにその勇気があれば、もし魔法少女になるとあらば、最強の魔法少女にだってなれる戦士の素質があります。鹿目殿には胸を張っていてほしい。私の心からの想いであります。」


「そ…そんな…」

円奈の抗議に荒げていた声は、しだいに照れた声へと変わった。

「そうかなあ…?うへ」

ピンク色した頭髪を撫で、変な声あげながら、こんどは別の意味て顔赤くして笑う。「うっへへへえ」

もし魔法少女になれるなら最強になれるだろう、とまでいわれて、悪い気しないはずない鹿目円奈だった。

873 : 以下、名... - 2014/05/31 23:36:12.11 dCwear9K0 776/3130


「やっと笑ってくださいましたね。」

すると騎士は円奈みつめながら、やわらかく微笑んで、告げた。

「パーティーがはじまる前は、顔を下にむけっぱなしで、わたしどもの話を、まるで苦痛のように感じられておられた。しかし私どもの声は、やっとあなたの心に届いたようだ。」


「えっ…と」

円奈は一瞬きょとんしとしたが、騎士にやわらかく微笑みかけられているうち、だんだん意味がわかってきた。

「……あ」

魔法少女ごっこの話で、こうもひっぱってきたのも、円奈に抗議をあげさせて、パーティーの会話にひっぱりだす作戦だったのかもしれない。

そしてようやく円奈が抗議の声あげたところで、改めて円奈を讃える気持ちをここで述べる。

騎士はそこで、やっと心に届いたと。そういっているのかもしれない。


「あ…ありがと」

静かに礼をいいながら、円奈はゆっくりと、席についた。


「胸を張るのです」

騎士はふたたび、円奈向けて、優しく言った。「俯いてしまうのでなく、胸を張ってほしい。あなたは勇気に満ちた騎士です。もっと自信を持ちなされ!」


「よくやったぞ、グレイヴゼンドよ!」

城主が、今までで一番嬉しそうな声で、騎士の名を呼んで褒めた。

「わしらが、どれほど語ろうとも、とうの鹿目円奈は、苦痛そうにしていた。だがやっと、正面から我々の気持ちをきいてくれたようだ。それでこそ、われわれの今日ももてなしも、意味があったというもの。さて鹿目殿よ、我々のおもてなし、満足してくれたかな?」


「あえ…あ」

席でまた緊張してしまう円奈だったが、ここはとごくり息をのみこんで、席をたって話しはじめた。


「こほん…えっと、みなさん、ありがとうございます。すごく料理もおいしくて、いろいろびっくりすることもあって、楽しかったです。こんなことは生まれて初めてでした。こんな場に招いてくれて、嬉しかったです…」


話し終えて、席つきながら、不安げに視線をきょろきょろ泳がせる。

こ、こんなかんじで、いいのかな…?

上流階級の催すパーティーに引っ張り出されて、自分の発言に自信がもてない。


「胸を張るのですよ。鹿目円奈さま」

グレイヴゼンドと呼ばれていた騎士が、優しく微笑んで円奈にいった。

874 : 以下、名... - 2014/05/31 23:38:01.25 dCwear9K0 777/3130


「国を救った乙女の騎士、鹿目円奈さまが楽しんでださったようだ!」

おー。

吟遊詩人たちの音楽がならされる。笛、ギター、オーボエ。いっせいに奏でられる。

「さて、フィナーレとしよう!デザートだ」

城主もいうと、彼らは、運ばれてきたデザート料理に口をつける。



デザートは、”ストロベリー”という、いちごを赤ワインで洗ったあと、ライ麦でアレイ(量の多少によるあじつけ)したあと、サフラン、胡椒、ジンジャー、シナモン、ギャリンゲール、そして砂糖をたっぷり加えられたデザートである。


他にもウェースハースという菓子が登場した。蜂の巣を模したもので、鉄板同士のあいだで焼いた薄焼き菓子である。その食感はパリパリだ。貴婦人達に大人気の菓子で、ワインとともの食するのが普通だ。

円奈も遠慮がぬけて、この菓子や、ストロベリーを食した。

騎士たちは談笑し、それが終わると吟遊詩人たちからハープを受け取って、即興の詩をその場で歌い上げる。


アリエノールからワインをすすめられて、円奈は飲んでみたが、すぐにべーっと舌だして飲むのを諦めた。

横で見ていたアリエノールは笑った。


酒宴も終盤にちかづき、蝋燭の火も弱くなってくると、暗くなってきた雰囲気のなか騎士たちは吟遊詩人たちからハープをうけとって順番に歌を披露する。


手持ちサイズほどのハープを手に、即興のメロディーをその場で奏で、詩にのせてうたう。


コロンコロンとハープをかなで、目を瞑り、詩をうたってパーティーの最後に音を飾る。

875 : 以下、名... - 2014/05/31 23:39:09.52 dCwear9K0 778/3130



するとカトリーヌが、そっと席をたった。

プディングまみれの大広間を歩き、廊下へむかった。


「どこへ?」

アリエノールが妹をそっと呼び止める。

するとカトリーヌは顔で笑って、「外に」とだけ答えると、廊下へでた。


「カトリーヌ?」

アリエノールは心配そうに、妹の出ていく姿をみつめる。


その隣では円奈が、ストロベリーのデザートを頬張って幸せな顔をしていた。

876 : 以下、名... - 2014/05/31 23:40:23.09 dCwear9K0 779/3130

159


時間帯は深夜にちかづき、月も真上に昇る頃。


城の外ではお祭り騒ぎがつづいていた。

そう、農民たちの祭り騒ぎだ。


開かれた城内の中庭にはたきぎが燃え、赤々と火が燃えている。
農民たちはワイン酒を飲み、音楽にあわせて夜通し踊りつづけて。


農民の女たちが笛を吹き鳴らした。


吟遊詩人がこっちにも登場して、リュートやハープを演奏もした。


この音楽にあわせて焚き火の周りで農民たちは輪になって踊って、タンカードでワインを飲む。


ワインは、城から持ち出された。


城の中庭が農民たちに開放されているいま、城の守備隊たちは、地下に多量に貯蔵されている城の大酒樽を両手に抱えて運びだし、農民たちが踊る中庭にドサっと酒樽をおく。


酒樽には蛇口がついている。

この蛇口を使って、タンカードにワイン酒を注ぎいれて農民たちは飲む。


城から持ち出されるのは、大酒樽ばかりではない。


城で料理された鹿肉のソテー、猪肉のロースト、雉、鶴、鳩、イルカ肉、タルトやパイ、さまざまな料理がテーブルに運び出され、農民たちはそれを楽しそうにそれを食する。


滅多にない城から出されぬ食材を、農民が口にする機会であった。

たんまりビールとワイン、スパイス仕立てとソースの鹿肉をほうばり呑んだくれる。


「食え、食え、民よ、アキテーヌ家の民よ!」

守備隊は叫びながら食材をテーブルに次々持ち運び、料理されたものを、テーブルに並べる。

夜なので外気は冷たく、農民たちはあつあつのローストやソテーが冷めないうちに、食べる。

スパイス、バター、油の利いた焼き料理をナイフで頬張り、この夜通しのパーティーを楽しんだ。

877 : 以下、名... - 2014/05/31 23:42:17.08 dCwear9K0 780/3130



カトリーヌは1人そっとそんな農民たちの踊り楽しむ城外の中庭にでた。


冷たい外気がふっと吹いて、彼女の毛織コットの服をゆらした。


彼女は城入り口の扉の前の、城の石壁の小さなでっぱりにそっちちょこんと腰掛けて、ドレスの乱れた裾をなおした。


楽しそうに踊る農民たちを見つめる。


たきぎのまわりに環をつくっておどり、腕同士を組んでくるくる踊る農民たち。


彼ら農民の環には入らずに、遠くから、じっと見つめていると。



農民の女の子がひとり、タンカードにミルクをいれて、カトリーヌの前に走ってきた。

女の子はミルクの入った把手つきのコップ、タンカードを差し出して、カトリーヌを見つめる。


「まあ」

カトリーヌは女の子を見つめ返し、微笑んだ。「ありがとう。受け取っていいの?」


「うん。カトリーヌさま」

粗末なウールのエプロン姿をしたこの女の子は、昼間にわたしも魔法少女になりたいです、といってきた、あの女の子だった。


「あなた、名は?」

カトリーヌは嬉しそうにミルク入りタンカードを手に受け取りながら、たずねる。

「アーティ」

女子は、長い睫毛でカトリーヌの顔をみあげながら、こたえた。「アーティよ」

878 : 以下、名... - 2014/05/31 23:43:58.15 dCwear9K0 781/3130



「そう。アーティ」

カトリーヌは、名前を教えてくれた女の子を呼ぶ。「ありがとう。うれしいわ」

といって、タンカードを口にあててミルクをそっと飲む。目を閉じて。


「カトリーヌさま、どうして城のお外に?」

アーティはたずねてくる。女の子は心配そうな顔でカトリーヌをみつめたずねてくる。

なかなかこの年頃の女の子は鋭かった。人の気持ちがわかるようだ。


でも、カトリーヌはそっと首をよこにふる。

「城のなかばかりでなく────城の外もみたくなったのよ」

カトリーヌは、芝生の中庭でさわぐ農民たちを見守る。「私が守りたかった民を。夫人たちに主人たちを」


「カトリーヌさまは、今日守ってくれたわ」

女の子は言う。「敵の人たちが攻めてきて、戦ってくれたわ」


「ありがとう」

ミルク入りタンカードを手に持ったカトリーヌは笑って、お礼を女の子に言った。

「優しいのね」

それからカトリーヌは、話し始めた。

「でもね、城の餐宴では、わたしの名前は一度も出なかったのよ。騎士たち、城主さま、だれもが”鹿目円奈の活躍だ”って───」


カトリーヌは、伏目がちで語る。女の子がじっとカトリーヌの顔を真剣に見つめている。


879 : 以下、名... - 2014/05/31 23:45:21.42 dCwear9K0 782/3130


「私も命かけて、魔法少女になって戦ったのにね。たくさんの剣を持った敵と戦って、たくさんの敵を倒して───」

思い出すように語るカトリーヌの目に、潤みがでてくる。

「魔法の衣装を血まみれにしてまで戦って… でも戦いが終わってみたら、みんな、鹿目円奈って子のおかげだって、だれもわたしのことは一言も触れないのよ」


「それで城のお外にでてきたの?」

女の子は目の前の魔法少女に、そっと訊いた。でもこのストレートな質問は、子供らしかった。


「……そうなのかしら」

カトリーヌは、湿った目を片手でぬぐった。目が赤くなっていた。

「だとしたらわたし、つまらない人間だわ。国を救われたのに、不満を抱いてるみたいで…」


小さな透明の粒が頬をつたう。

「すごく恐かったのよ。多くの敵の兵がわたしを捕らえにきた。囲まれて、矢に撃たれて…もう殺されてしまうと何度も思った。そこをあの子に救われたの」

女の子はずっと、頬をぬぐって涙流す魔法少女を見つめている。

「わかってるつもりだったの。魔法少女になったら、どんなに戦っても血を流しても、報われることなんてないって……それでも姉上のために民のために、この力が欲しかった。憧れてた。なのに、ね」


「カトリーヌさま」

女の子はその小さな手で、魔法少女の肩に触れる。

「わたしは感謝しています。カトリーヌさまは、わたしたちのために戦ってくれました。」


880 : 以下、名... - 2014/05/31 23:46:35.94 dCwear9K0 783/3130



「私はこれからも1人で闘いつづけるのよ」

カトリーヌはまた、伝った頬の滴をぬぐった。


「カトリーヌさま」

女の子が魔法少女に身を寄せる。「カトリーヌさま、わたしも魔法少女になって、カトリーヌさまと一緒に、戦いたいわ!」


「ダメよ。魔法少女には、なれる女の子となれない女の子がいるの。あなたはもっと自分を大切にして」

「いやよ」

女の子は首を横にふる。「わたし、大きくなったら魔法少女になりたいわ。どうすれば魔法少女になれるの?」


農村社会では基本的に、農民出身の魔法少女は歓迎しない。また農業しながら魔獣退治という両立自体無理がある。


農業は、日が昇る前から起きて、農地を農具で耕し、水はけをよくする重労働なのである。薪を切り、羊毛を織り、家畜を世話し、森を伐採する。

なのに夜間は命がけの魔獣退治ともなれば、疲労で、もたない。

城に住む少女のように、日ごろは収穫の税で暮らすような少女にしか、魔法少女はむかない。


三圃制農業はたしかに収穫を格段にあげたが、それでも重労働であった。



「あなたはなれないわ」

カトリーヌは切なそうに言った。昼間のときのような優しい気の利いた言葉は今はいえず、現実ありのままのことを口にしてしまう。


女の子は少し泣きそうな顔になった。


「でも1人で戦い続けてほしくないわ。そんなの寂しいわ。カトリーヌさまのおそばにいたいわ」

女の子は、魔法少女のドレスの裾をひっぱる。

せがむような気持ちがそこにあった。

881 : 以下、名... - 2014/05/31 23:47:42.35 dCwear9K0 784/3130


二人が城の懐で会話しているさなか、中庭の芝生の農民たちは、いまもかがり火のまわりで吟遊詩人たちの音楽にのせて踊っている。


「そしたらいつか、大きくなったら、私を守ってくれる騎士になってくれる?」

と、カトリーヌはアリエノールと円奈の二人のことを思い出しつつ、女の子にそんなことを言い出すのだった。

「騎士?」

女の子は、カトリーヌの前に膝立ちになって、不思議そうにたずねてくる。

「そう、騎士よ」

カトリーヌは、自分でもへんな冗談だと思いながら、女の子に甘える口調で話した。

「私を守ってくれる、一緒にいてくれる、見守ってくれる騎士になってくれる?」


「一緒にいれるの?一緒に戦えるの?」

女の子は、目を大きくして、まじまじカトリーヌを見つめる。

「カトリーヌさまのおそばに?」


「ええ、私の専属騎士になるのよ」

カトリーヌは微笑んだ。「私の護衛を務める騎士に、なってくれる?」


「うん、なる!」

女の子は大きな声で元気に答えた。「わたし、カトリーヌさまの騎士になるわ!大きくなったら、きっとなるわ!いまから騎士ごっこする!」

「アーティ、優しくて、心のあたたかい子!」

カトリーヌはまたも涙を目に溜めて、女の子を片手で抱きしめた。

882 : 以下、名... - 2014/05/31 23:48:43.60 dCwear9K0 785/3130

160


三日月が城の夜空に浮かぶ。三日月は雲に半分身を隠す。


夜も更けると、城内の餐宴も、中庭の農民たちの酒宴も、終わりを告げた。


すっかり寝静まった。

城内の人はみな寝床についた。農民たちは自分たちの村の家々にもどった。


城の人々はあまりマメでなく、中庭に散らかされた酒宴のあとは、片付けられておらず、テーブルの上は皿だらけ、肉だらけ、こぼれたミルクまみれだった。


とはいえ音一つない、静かな夜だった。


冷気がそっと流れる城に、1人の少女が立っていた。



少女は、片付けのすんでいない酒宴のテーブルには目もくれず、芝生に散らかされっぱなしの皿、コップ、薪の残りかすなど気にもしないで、そこに立っている。


くるくるした巻き毛の髪が、寝静まった深夜の風にゆれる。


夜風を顔にうけながら前髪をゆらし、目を閉じ、精神を集中させている少女は、カトリーヌ。

883 : 以下、名... - 2014/05/31 23:49:55.68 dCwear9K0 786/3130



皆が寝静まって、だれ1人いなくなったとき、少女は、魔法少女になる。


手元の卵型の、クリーム色のソウルジェムを、城の中庭でぽつりと煌かせた。



彼女が見つめる先に、”瘴気”がある。


農民の土道、煙突つきの家々を渡り歩く瘴気。


誰もしられないところで、命がけの戦いがはじまる。



城の入り口から城門へすすんだ。不用意なことに、城門の落とし格子はあげられっぱなじった。

きっと夜通し、守備隊も農民も一緒になって酒と踊りでどんちゃん騒ぎしたせいだろう。


カトリーヌは城の中庭の芝生を横切って、歩を進め、城の落とし格子の下をくぐろうとした。

そのとき声をかけられた。


「カトリーヌ!」

カトリーヌが、手の平に載せたソウルジェムを光らせたまま、ふりかえった。


城の入り口に、アリエノールが立っていた。


カトリーヌは夜空に浮かぶ月光と、自身のソウルジェムの光りに顔を照らされて、姉の魔法少女をみる。


「瘴気と戦います」

カトリーヌは言った。その顔つきは少しだけ、怯えていた。「味方はいません」

884 : 以下、名... - 2014/05/31 23:51:10.16 dCwear9K0 787/3130



アリエノールが数歩中庭をすすんで、戦いに出向く妹をみつめる。


「昼は戦争をして…」

カトリーヌは、ソウルジェムのほのかな光に顔を照らされながら、独り言みたいに話す。

「夜は瘴気と戦うのです。それが”魔法少女”」

カトリーヌは呟く。



姉が心配そうに妹の表情を、遠めにのぞきこもうとする。「それがあなたの憧れだった?」


カトリーヌは顔を髪に隠した。

「姉上をがっかりさせません」


とだけいいのこし、夜の村へ、進んだ。


1人孤独な、瘴気、魔獣との戦いへ身をとおじていく妹の魔法少女姿を───。

姉は、悲しそうに見送った。

885 : 以下、名... - 2014/05/31 23:52:00.60 dCwear9K0 788/3130

今日はここまで。

次回、第21話「城塞都市へ」

886 : 以下、名... - 2014/06/07 23:10:06.09 QbtIzeWr0 789/3130

第21話「城塞都市へ」

161


翌朝、円奈は城門の前に立っていた。


「ええ、こ、こ、こんなに?」

ピンク色の目を丸く大きくして、城主に渡された金貨袋を手の平にのせ、その重さに驚いた。


「報酬だ」

城主は、円奈の前で言った。「昨日われらがアキテーヌ家の傭兵として、戦いにでただろうに。その見返りを払わせてもらうだけだ」


「で、で、でも、昨日、あんなにいろいろ、おいしいもの、食べさせてもらったし……」

戸惑う円奈の声がどもっている。

金貨袋に入っているのは、なんと、金貨100枚!


「なにをいっとる、昨日の宴はわしからのただのおもてなし。あれは給料にのうちにはいらん。」

と、城主は楽しげにいう。笑顔がほがらかだ。

「さあさあ、受け取れ」


「でも、こんなにたくさん……」

円奈は手の平にどしっと乗った布製の金着袋を見つめる。このなかに、金貨100枚が入っている。

金貨100枚!円奈は、生涯を通じて、銀貨17枚というのが最高の財産であった。銀貨は30枚で金貨一枚と換算される。

887 : 以下、名... - 2014/06/07 23:11:10.56 QbtIzeWr0 790/3130



「おまえは命を張って国を救ったのだ。わが国と民を。」

城主は、孫娘のアリエノールが微笑んでいる傍ら、自分も笑う。

「それにしても傭兵として雇われたくせに、給料も求めぬ騎士など、はじめてみたぞ。」


「は、はあ…」

円奈は息をつくばかり。

そうか。あのときはそんなこと考えもしなかったけれど、昨日の戦いに出たたわたしの行動は、りっぱな”仕事”であって、給料を受け取れるんだ。


給料!

狩りをして生きてきた円奈が、生まれてはじめて受け取るものだ。


肩書きと身分だけでなくて、いよいよ戦いを仕事にして、給料を受け取る、本当の騎士らしくなってきたのだ。

それにしても金貨100枚とは、なんたる大金だろう。



この時代では、金貨10万枚で、国家同士の賠償金レベルの金額になる。


そうはっきりいって、円奈はお金持ちになったのだ。

888 : 以下、名... - 2014/06/07 23:12:10.12 QbtIzeWr0 791/3130



「盗みには気をつけるがよい、旅の者よ!」

城主が言った。

「世の中には盗賊団が、多いぞ!」


「いちど……いえ、二回か三回くらい…遭遇してます」

円奈は苦笑しながら金貨袋をいよいよ受け取って、布袋のなかに仕舞いいれた。ここれで金貨100枚という大金は、給料として円奈へ支払われた。



「都市へいって、いろいろ装備でも買い揃えたらどうだ」

と、城主は提言する。「おまえは騎士と名乗るにしては、あまりに装備がみすぼらしい。」


「あはは…」

円奈が着ているのは、ボロなチュニック。武器はロングボウと剣だけ。馬の馬具はなく、轡だけ。


「エドレスの都市は、50マイル先だから、三日もあれば着くだろう。その給料で、鎧、盾、馬具、服、いろいろ買い揃えたらどうだ。」


都市というのはどうも、いろいろ売っているところらしい。


「装備、かあ…」


円奈は考えてみる。いままでお金なんてほとんどもったことがないから、装備を買い揃えるなんて、考えたこともなかったけれど…。


そういうのもいいかもしれない、かなあ…。


鎧を着け、盾をもって、剣振るう自分の姿を想像してみる。


あ、絶対おもたくて、ろくに動けそうにないや…。


やっぱ私は、弓矢を撃てればそれでいいかな。

889 : 以下、名... - 2014/06/07 23:13:59.71 QbtIzeWr0 792/3130


「都市についたら、考えて見ます。」


城主の提言を前向きに受け取りつつそう答え、円奈はアキテーヌ城に頭さげて、背をむけた。


アドル・ダキテーヌ城主の蝋印つきエドワード城通行許可状をしっかり荷物袋にいれて、この城を去る。


「あ…」

去る途中で、思い出す。

今朝のやり取りを。



目が覚めたときは、アリエノールの部屋だった。

円奈がおきたとき驚いたのだが、アリエノールと同じベッドに二人で一緒に眠っていたらしい。


ベッドから飛び退くと、アリエノールも目を覚まして意識を覚ました。


今日で、あなたとも別れてしまうのね。

とアリエノールは、ガウンを脱ぐと下着姿になって、言った。


下着姿は質素で、リンネルのシャツだった。肌にじかにきるので、かゆくならない素材を選んだ。


「昨日、”魔獣”をみたわ」

「ええっ!?」

円奈がびっくりして、声をだした。「アリエノールさん、戦ったの?」

アリエノールはかぶりをふった。長い髪の毛がゆれた。「カトリーヌが…」

「あ、ああ!カトリーヌさんは、無事?」

円奈が、ぞっとした予感にぶるっと身をふるわせる。

「無事よ。でも初めての魔獣退治に……疲れてしまって……」

アリエノールは悲しげに目を落とす。

「いまも自分の部屋で眠っているの。眠る時間も十分にはとれず…」

昼間は戦争して夜には魔獣と戦い、生き残ったものの疲れきってしまい城を出れなくなったカトリーヌの困憊した姿が脳裏に浮かぶ。

今も気絶してしまったように私室の天蓋ベッドで眠り続けている。あんなにやつれたカトリーヌの寝顔はみたことがない。

「彼女いったわ”村が絶望に満ちている、今日の戦いで夫を失った家族の絶望に”」

円奈が口を閉じて彼女の話を聞いている。

「”この村に希望を取り戻せるのは魔法少女だけ”」

「…」

アリエノールの言葉を耳にしながら、円奈は来栖椎奈にかつて教えられたことを思い出していた。

魔獣は、魔法少女にしか倒せぬ瘴気だ。

890 : 以下、名... - 2014/06/07 23:15:14.44 QbtIzeWr0 793/3130


「どうして魔法少女にしか…」

と、円奈は、そっと口にした。

「どうして魔法少女にしか魔獣は倒せないのでしょう?」

アリエノールの顔をまじまじ、円奈は正面からみつめる。

アリエノールも円奈を見つめ返した。

「そうして魔法少女にしか倒せないから……」

口調が少し寂しげになった。


「村人も私も、カトリーヌさんがどんなに命がけで、みんなを守ってくれたかしらないんです。なのにわたしばかり、みんなに褒められて……人と、魔法少女のあいだには、いつもこんなこが、起こっているのかな…わたし…」

目つきに険しい力がこもる。

「しらなかったんだ……生まれの故郷で、椎奈さまが、どんな命がけの戦いをしてたのか……みんなをどれだけ守ってくれていたのか…それとおなじなんです」



椎奈という人をアリエノールはしらなかっが、きっと円奈の生まれ故郷の魔法少女のことだろうと、思った。


円奈は、弓矢と剣を取り出し、腰元の鞘もベルトもしめて装備を整えた。


891 : 以下、名... - 2014/06/07 23:16:41.54 QbtIzeWr0 794/3130




それがさっきまでのアリエノールとのやり取りだった。

城の中庭を歩きながら、もう一度城門のほうを振り返る。



城主と、アリエノールが自分を見返して、手を振ってくれる。


聖地を目指す旅に出る。だから、もう会わなくなる人たち。


城の守備隊たちがつれてきてくれたクフィーユの轡の綱を受け止る。

どうやらクフィーユは昨日、たっぷり干し草をご馳走したようだ。


もてなしされたのは私だけでなかったのだ。


円奈はばっと、馬に乗り込む。手綱を両手にとり、向きを変えさせる。



馬の向きを、城門へ。むけたあと、いちど馬のむきをひるがえしさせて、アリエノールたちをみた。


「さらうなら!」

と、円奈は馬上から手をふって、大声をだした。「アリエノールさーん!城主さん! さようならー!ありがとう!」


「さようなら!」

アリエノールがめいっぱいの笑顔で、手をふりかえしてくれる。「お元気で!さようなら!」


「さらばだ、達者であれ!」

城主も手をふってくれる。すると、昨日ともに餐宴を楽しんだ騎士たちが甲冑姿のまま顔面の面頬だけ外して、顔をだすと、かれらも手をふってくれた。

「鹿目殿、ご無事に聖地に辿り着きなされ!」

騎士の1人、アドアスはいってくれる。「われらが、ここで離れ離れになろうとも、つねに心から応援していることを、あなたの心にもどうか留めくださいませ。あなたを忘れませぬぞ!」


「アドアスさーん、ありがと!」

円奈も馬上から笑って、手に口をあてて声をだす。「でも、プディングの中で窒息しないでよねー!」



餐宴に同席していたブラッセルなどの騎士たちが爆笑した。

「窒息しちまえばよかったのに!」


こんどは城主と魔法少女の姉が笑った。


「とぉっ!」

掛け声あげて、クフィーユが走り出す。

アキテーヌ城の城門をくぐり、ギランと光る落し格子の鋭角の下を通って、湖の橋を渡った。



この城にもどってくることは、もうないだろう。

892 : 以下、名... - 2014/06/07 23:17:37.54 QbtIzeWr0 795/3130



それでも円奈は、最後にこの領地にしたいことがひとつだけあった。


農村を走りぬけ、農民たちの前にでる。


男は蒔き割りをし、羊を放牧し、女は洗濯か糸紡ぎ、縫い物、編み物に励んでいる最中だった。

縫い物は、夫の仕事で痛んだ服の破損部分などの修理だ。



円奈という騎士が農村の前にでてくると、農民たちは顔をあげて、仕事を中断した。


おーーーっと、声をみなあげて立ち上がって、騎士を歓迎する。


「アリエノールの騎士ー!」

と、農民たちは笑い声あげて、彼女の到来を喜ぶ。「アリエノールの騎士だー!」

わーわーきゃーきゃー。

「ロングボウの射手!」

救国のヒーローの登場といったムードな農民たち。

893 : 以下、名... - 2014/06/07 23:19:15.30 QbtIzeWr0 796/3130

円奈は昨日みたいに浮かれなかった。

農民がそういってくれるのはすごく嬉しいし、昨日の命をかて戦った甲斐もあった気がしてくるのだが、いっぽうで、まったく声もかけられない魔法少女もいる。

その人も、命をかけて、あなたたちのために戦ったのに。

魔獣はふつう人の目に触れないから、農民たちにはそれがわからない。人間にはわからない。



「昨日私は」

円奈は、真剣な口ぶりで、話しはじめた。


すっかりうきうきモードの農民たちは、円奈の意外な重苦しい口調に、顔の笑みが消える。農民たちまで真面目な顔つきになる。


「アリエノールさんの傭兵として、戦いました。ガイヤールのギヨーレンと戦いました。それを追い返すこともできました。それが私の、騎士としての仕事でした」


農民たちは口を閉ざして円奈の声をきいている。


「私が森に突撃したとき…敵のクロスボウの矢が、わたしの頭のすぐ上を通り過ぎました。敵の矢がかすりましたクロスボウに撃たれるところでした。わたしは撃たれる前に自分の矢を放ちました。そうしなければ、あと一歩おくれていたら、死んでいたのは私です」


農民たちの顔が強張る。沈黙。しーんとなる農村。


「たくさんの人が痛みと、流血に、叫びました。自分が先に矢を放たなければ…自分が死ぬ世界でした。敵の槍を飛び越えましたが、失敗したら、わたしは落馬して、敵に首を切り裂かれていたと思います」


農民たちは、円奈が、何をいいたいのかいまいち分かりかねている様子だったが、眉をひそめ、暗い顔して、戦いの様子を頭に思い描いているようだった。


「戦いは恐ろしいものでした。恐くて、痛くて、たくさんの人が死んで……わたし、恐かった。それはきっと、戦う人は、みんな同じ気持ちなんだって…思います。魔獣であっても戦争であっても…。わたしのいいたいこと、……それだけです」


円奈は口を閉じた。

気まずそうに農民たちを見回し、気弱な顔つきで上目になって、いたたまれなさげに、馬を静かに走らせ、ゆっくりと農村を去った。


農民たちはぽかーんとした様子で、あっけにとられたように円奈の去り行く後姿を見送った。


城の城壁に、円奈を追うように登ったアリエノールも、円奈の去る馬を馳せる姿をみていた。


城の矢狭間に手をかけて、農村をでて、平原へと走っていく円奈の姿。ピンク色の髪と結ばれた赤いリボンが馬が走るたび風にゆれる。


「さようなら…」

アリエノールは小さく呟いて、走り去る聖地をめざすたった一人の少女に別れを告げた。

そっと、こう囁いた。「円奈……」

894 : 以下、名... - 2014/06/07 23:21:32.62 QbtIzeWr0 797/3130



魔法少女の契約は、契約したとたんに願いがかなうのが大半だが、そうでない魔法少女もいる。


契約して得た力によって、自分の希望を戦いのなかで実現にむけていく魔法少女も多くいる。


ワルプルギスの夜を倒したいとおもって契約したら、契約したとたんにワルプルギスが倒れるのでなくて、契約して得た力によって倒す戦いに挑む。そんなパターンもある。


フランスを救うという希望へむけて、契約し力を得て、母国の開放のためトゥーレル砦を攻略したジャンヌ・ダルク。

さらにそののちに、パリのランス(ノートルダム)でシャルル七世の戴冠式がひらかれた。フランスは救われた。


そして何より鹿目まどかの奇跡だ。


契約した途端、すべての魔法少女が救われたのでなくて、こうして西暦3000年となった今でも、その願いは、地上に届いている。


アリエノールはそうした、契約してから希望がかなうまでに時間のかかるタイプの魔法少女だった。



自分の契約が呼び寄せたピンク色の髪の少女を、平原の先の先まで、森のむこうへ抜けて消え去ってしまうまで、魔法少女は騎士たちと一緒に城から見つめ続けた。


私の願った希望がめぐり合わせた人。



広大なエドレスの森で、ひょんなことからひょっこりでくわした二人。それが奇跡だったのだ。

895 : 以下、名... - 2014/06/07 23:22:48.70 QbtIzeWr0 798/3130



農村を去っていった円奈という少女騎士の後ろ姿を。

アーティと名乗った村の少女が見つめていた。


アーティはむすっとした目つきで少女騎士をじとっと見ていたが、やがてくるりと向きをひるがえすと両親の家のもとに駆け込んだ。


ぱぱぱっと小さなウールエプロンの少女服の裾を両手に持ちながら草むらを走り、煙突つきの両親の石造の家へ。

そこで蒔き割りをしていた父に、飛びついて、アーティはだずねた。


「どうしたら馬にのれるの?」

「ああ?」

父は間抜けた声あげて11歳の娘をみおろした。娘は父の粗末なウール服をぐいとひっぱっている。

「馬?」


「そう。馬」アーティは父をみあげ、たずねる。「馬に乗る。どうしたら乗れる?わたしの馬はどこ?」

「アーティ、馬なんか、おまえにはねぇよ」

父は呆れて、首をひねり、切り株の上で蒔き割りをつづける。「そんなことより、はやくかーちゃんの乳搾り手伝ってこい」

「馬に乗りたいわ!」

アーティはせがむ。「乳搾りなんて、もうしない。わたしは騎士になる!」

896 : 以下、名... - 2014/06/07 23:24:37.33 QbtIzeWr0 799/3130

「はあ?」

父が蒔き割り斧を手から落とした。目を丸くして娘を見つめる。「なにいってんだ?おめえ」


「騎士になるの!」

アーティは真剣そのものな黒い瞳を、父にむける。「馬の乗り方、教えて!」

「おい、アーティ、どうした、あの変な髪の色した騎士の娘さんに夢みてるのか?」

父は呆れ声、ため息、いろいろまじった吐息をはあとはく。

それから手から落とした斧をひろいあげ、また切り株の上で、蒔き割りをはじめた。

「騎士ってのはな、農民がなるものじゃないんだよ。農民に生まれたら、死ぬまで農民だ。騎士は、生まれた頃から騎士になるって決まっている。それがほれ、宮廷のなかの少年たちだ。ほら、かーちゃんのところにいけ! ミルクをしぼれ!」


「カトリーヌさまが、いってくれたもん!」

11歳の金髪の少女は、声を荒げ、父にいう。「”私の騎士になってくれる”って!」


「そりや、おめえ、カトリーヌさまは、おまえに冗談をいったのさ。」

父は相手にしない。「子供はすぐ本気にする。困ったもんだ」


「冗談じゃないもん!」

娘は、かんかんに怒って、口いっぱい叫ぶと、父のもとを走り去って、小さなエプロンの裾握りながら農村を駆け抜けた。

ゆたかな緑の森にめぐまれたこの農村を。


「じゅうぶんにミルク絞ってくるんんだぞ!」

走り去る娘の姿を見送りながら、父はいって、娘が見えなくなると、はあとため息ついて、首をぶるんとゆらした。

897 : 以下、名... - 2014/06/07 23:27:28.86 QbtIzeWr0 800/3130

162


円奈はアキテーヌの領土を出て、平原と森をぬけ、またも見知らぬ土地へきた。


そこは広々とした原っぱが永遠とつづいていて、その地平線のさなかに、雪景色の残る山脈がみえる。



城主アドル・ダキテーヌからもらったものを、いまいちど確認してみた。


馬上で麻の荷物袋からいくつか手にともだす。



「通行許可状……かあ」


くるくる巻きにされた羊皮紙の紐を解き、ぺらっとまくって内容をみてみる。

アドル城主の手書きで記された許可状は、一番上にアキテーヌ城の黄色い紋章が描かれたあと、インクの文章がいろいろ横文字で書かれていて、最後に城主自身のサインがあって、一番左下に城主の赤色の封蝋がペタンと捺印されていた。


印象は赤い丸印で、騎馬姿の騎士がなかに描かれた封蝋だった。


「これを、エドワード城の、エドワード王って人に……みせればいいんだよね」


と、円奈は、アキテーヌの城をでるとき城主からいわれたことを復唱する。

エドワード城、別名王都エドレス城は、円奈が目指す海岸の港に辿り着く道筋にあり、そこを通らないと到達できないらしい。


「ええっと……地図地図っ…と」


いったん開いた通行許可状をくるくるに丸めて閉じ、紐を結び直した。それからもうひとつ、城主からもらった羊皮紙をとりだした。


それは地図だった。

898 : 以下、名... - 2014/06/07 23:29:19.33 QbtIzeWr0 801/3130


この時代の大陸を描いた地図。そこに描かれた地図にユーラシア大陸はない。3000年の時を経て、地球の大陸の姿は、すっかり別物になってしまっている。


それに、地球全体を描いた地図もない。言い換えると、いまの地球の全体図をしる者は地上にはいない。

せいぜい宇宙からやってきたインキュベーターがしるくらいで、人間も魔法少女もいまの地球がどんな姿なのか、南極と北極の存在さえ知らない。



アドル城主から渡された円奈の地図は、アキテーヌの領土からエドレス国全体の領土、それから港までのルートを古びて黄ばんだ羊皮紙にまとめてインクで描かれた。

数字の”4”のような印で、東西南北、の方角が地図の墨にかかれて、アキテーヌ城とエドワード城の位置関係を図にしている。



今と昔で大陸の姿がまるで違うのは、過去の人間の強大な文明による大陸の変動なのか、自然な大陸の動きなのか、知る者はごく一握り。

そう、聖地に住む何千年と生きている魔法少女だ。




少なくともそうした聖地で尊ばれている魔法少女たちに出会うまで、円奈が真実を知る由もない。


「このまま南に進めばいいのかあ」

円奈は地図を見てむむっと難しい目をして睨みながら、自分なりに地図を解釈してみる。


「お日様があっちにあるから……」

時刻は昼すぎ。

太陽はやがて沈む。


「あっちからのぼってきて……こう沈むから……南は、こっちだよね」


馬が大人しく野原に直立しているとこに主人は、呑気に地図と方角を分析して独り言をいう。

それから地図を仕舞うと、背中のロングボウと一緒に荷物袋もかついで、馬に出発を合図をした。



馬はてくてく野原を歩き始めた。


899 : 以下、名... - 2014/06/07 23:31:17.09 QbtIzeWr0 802/3130

163


夕方がきて、日がオレンジ色に染まる頃。

円奈とクフィーユは川をみつけて、休んだ。


川のごつごつした岩肌に生えた樹木の根に荷物や弓矢、剣を置いて、岩肌をくだって、円奈は川の水を飲んだ。

両手に水を掬って顔を洗い、ばしゃばしゃしたあと、ごくごく両手の水を飲んだ。

水筒の水も一度すて、川の水をあらたに汲み入れる。


その水を、樹木の陰で休むクフィーユに飲ませた。


水を飲むクフィーユの黒い毛を撫でながら、茶色のからだのほうも撫でてあげる。



そうして馬の横で世話していた円奈に、ふとあるものが目にとまった。

「…ん?」

ピンク色の目があるものを捉える。



鹿だった。

大きな角を生やした牡鹿が、水を欲して川にやってきた。そしてぴちゃぴちゃと足を川に浸して、口先で水を飲んでいる。

円奈は馬から離れ、樹木に寄せ置いたロングボウを手にとった。ぴょんと岩肌に降りる。


矢筒から一本矢を手に取ると、矢羽を指で整え、弦に番えた。


鹿に矢の先をむけ、音をたてないように弦をひく。耳元まで弦を引き、弓を目に寄せて、矢で狙う。


川はざーざーと岩肌を流れ続ける。


狙いと鹿の位置がぴったり合致したが、円奈はそこで、狙うのをやめた。


弦をひく手を戻していく。番えた矢も手に戻した。


今は、そんなに空腹じゃない。

昨晩はあれだけたくさんの料理を口にしたから、今日くらい何も食べなくたって、生きていける気がする。




鹿は水をたっぷり飲み干して、満足したのか川の奥の森へ帰った。

900 : 以下、名... - 2014/06/07 23:32:57.19 QbtIzeWr0 803/3130

164


それから三日も平原と森を南に進んだ。


夜になれば薪を集めて、火打石で火花散らせたあと干し草と枯葉に火をつけて、ふうと息をふきつけて火を燃やしたら、石をあつめ、焚き火にする。薪を組んで火に燃やす。

慣れた野宿。

鹿目円奈が、9歳ごろから続けている生活だった。



焚き火を明かりにして、持ち歩いた本を読んだ。

バリトンの村で読み書きを覚えて、バリトンから持ち歩いている本。本は羊皮紙で、表紙は革だった。


「”森は魔女の住処、恐ろしい妖精が湖に住み、迷い込む人を妖術にかける”」

円奈は本をよみあげる。

「”鷹の目と狐の耳があれば───”」

クフィーユはすっかり目を閉じて眠りにおちている。

「”森の魔女の妖術に勝てる”」

901 : 以下、名... - 2014/06/07 23:33:38.03 QbtIzeWr0 804/3130

今日はここまで。

次回、第22話「エドレスの都市と馬上槍大会」

904 : 以下、名... - 2014/06/14 23:51:40.69 cbwl9HZ60 805/3130

第22話「エドレスの都市と馬上槍大会」

165

"madoka's kingdom of heaven"

ChapterⅤ: Edless city and the joust tournament


【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り

Ⅴ章: エドレスの都市と馬上槍大会



そしてアキテーヌ領地を離れた四日目。

その日も夕暮れの頃合になった時間帯、円奈は、平原に列をつくって歩く人々にめぐり合った。



200人、300人ぐらいの集団で、行列になっている。


荷車や、馬車、役畜に木箱や麻袋を載せて、果てしない行列が平原に蛇のように伸びていて、ある一方向へ進んでいる。


円奈は過去の経験のせいで、いきなり大勢の人をみると緊張してしまう性格だったが、胸を手で触れて呼吸いれたあと、集団たちに馬に合図だしてぱかぱかと歩きよって話かけた。


「この先に何が?」

円奈は馬で荷車をひくお婆さんに、馬上からはなしかけてみる。


「なにって?おめえ」

婆さんは馬に乗った円奈をみあげた。「エドレスの都市さ、他になにかあるのさ」

「わあ、そうなんだ」

円奈は嬉しそうに顔を明るくした。「わたし、都市についたんだ」

「お嬢さんよ、見物にきたのかい?」

おばあさんが荷車の木の柄を手にとりながら引っぱり、車輪をまわしている。

「馬上槍競技に?」

婆さんは荷車ひきながら前むいて、尋ねた。

「はい?」

円奈は聞き返した。

「知らんのか」

婆さんはいちど顔を下にむけたが、また前に顔をあげると、口をあけて説明しだした。

「”馬上槍競技”ジョストだよ。騎士さまたちのスポーツだろ」

「へええ……」

円奈はただ、感心したように声を漏らすだけだった。「都市では、そんなことを?」

「世界の腕利きたちが集ってくるとか、どうとか、はっ」

婆さんはぺっと嫌味ったらしく言い切ると、馬車を引く手に力を込めた。

「うちら市民は働かされて、貴族と騎士たちはスポーツか。へっ」

905 : 以下、名... - 2014/06/14 23:54:56.57 cbwl9HZ60 806/3130


「はああ…」

円奈は髪に頭をあて、困った顔で婆さんを見つめ返し、それから彼らの集団がむかう先をみた。

「あなたたちは…いまここで何を?」

「何を、だって?」

婆さんは嫌悪に満ちたしわがれた顔を円奈にむけた。

「うっ」

円奈が表情を硬くする。怒られると思って身構える。

「これが、目に入らないかね?都市の金銀細工師が加工するに必要な鉱石を、40マイルもこんなに、」

といって、荷車に満載の木箱を目で見やる。重たい鉱石が積まれて入っているのだろうか。

「鉱脈からの商人を通じて、運んでるのさ。市民の苦労がわからないかい?」

「ううう…」

円奈は落ち込んでいる。



お婆さんにすっかり嫌われてしまったので、円奈は、し、失礼します…と言い残して、彼ら集団がめざす方向へと、馬を早めた。


草原を、人たちの行列になぞらえて進む。


すると前方に、見渡す限りの広く、長い長い城壁が見えた。

これが都市の外観だった。


想像もできないほど長い城壁は、ひょっとしたら10マイルもの長さに渡って聳える、強大な石造りの市壁だ。


万里の長城とまではいかないまでも、長大な防壁だった。


この市壁は区間ごとに高い塔があって、天に向けて先っちょが尖がっている円形の尖塔だ。

見張り塔という呼ばれ方をしていた。


尖塔には出窓が開いていて、外敵をここで見張る。見張り役の兵士は、この見張り塔にいる。


市壁の高さは30メートルほど。とても人間が登れる高さじゃなかったし、ねずみ返しのように、城壁は上部でもりあがっていて、登ろうとすることなんて無謀だ。


市壁にすっかり四方をまるく囲まれて守られた城塞都市。


それがエドレスの都市だ。

906 : 以下、名... - 2014/06/14 23:57:00.29 cbwl9HZ60 807/3130



アキテーヌ城も大きな石造の城で、威容を誇っていたけれども、都市を囲う城壁はそれを裕に越えた、超巨大な城だった。


「す、すごーい…」

円奈は都市を囲う防壁を遠めに眺め、声を漏らす。

夕暮れのオレンジの日差しが都市を照らす。何十にも市壁に築かれた城の丸塔、40メートルはいこうかという巨大な見張り塔の数々は、日の赤い日差しをうけ、その姿を地上に君臨させる。


トンガリ帽子のように尖った塔のてっぺんに、旗が立てられ、ばさばさと夕暮れの空にゆられている。


バリトンのような田舎の、山嶺と高原地帯の村に暮らしてたら、絶対、こんな都市の城を見れなかったと思う。


城塞都市の城にむかって馬をすすめているうち、円奈はふと小さな背丈の少女が二人、絨毯を土の地面にしいて、その上で、跪いている光景を目にとどめた。


少女たち二人はクロークのマント姿をしていた。ここからみてもわかったが、腰には鞘があって、剣を差し込んでいた。


騎士にも思える姿の二人の少女は、日の降りる夕日にむかって頭を下に、地べたの絨毯に額をつけている。


地平線の沈む大きな夕日にむかって、絨毯で跪き、額を地面につける二人組の少女たち。


「あの…」

あまりに気になったので、円奈は近くの荷車を馬にひかせている若い男にたずねてみた。

「あの二人は、何を?」


「ふうーん?」

男が円奈を見つめる。それから円奈が指差している絨毯の二人組みへ目をむけて、目を細めたあと、男は答えた。

「あいつらは、魔法少女だろ」


「魔法少女?」

円奈が目を大きくする。絨毯に頭をすりつける二人組みを遠目に見つめる。

この都市にもやっぱり、魔法少女が住んでいるみたいだ。

907 : 以下、名... - 2014/06/15 00:00:03.26 h+lOflDy0 808/3130


「でも、あれは?」


「お祈りだよ」

男は馬で荷車をひいていた。カシャカシャと車輪が回る。

荷台には、樽が数個、あるのだった。

「東にむけてお祈りしてるんだ」


「祈り?」

そんな言葉をきくこと自体があまりなかった円奈は、思わず聞き返す。


「東のむかうにある───」

男の頬が夕日を帯びる。

「聖地にむかって、お祈りしてるんだよ。あいつらは円環の理とかいってるが──」

男が円奈をじろっと見やった。

「俺にはわからん」


「聖地があのむこうに…」


魔法少女が円環の理とよび、それは聖地で果たされた約束だとされていることまでは円奈は知っていたが、その聖地にある東にむかって、お祈りしている魔法少女というのは初めて見た。


だが円奈はこのときまだ、魔法少女の聖地にむけた祈りが、なんなのか、どんな意味なのか、わからなかった。

908 : 以下、名... - 2014/06/15 00:01:14.75 h+lOflDy0 809/3130



「もう夕方だから──」

と、男は語りだした。

「都市をでかけていた者はみな、もどってくる。時間に間に合わなくて、門を閉じられたら大変だからな」


「へえ…」

と円奈がいいながら、ぼんやり夕日にむかって祈る魔法少女を見つめていると。

その視界に、ぬっと男の顔があらわれた。


「ひっ」

円奈の顔がひきつって、男から遠のいた。


「運がよかったな、っていってるんだ」

男は円奈にむかってぼっそり言うと、その直後、途端に満面の笑顔になって、げははははははと笑った。

909 : 以下、名... - 2014/06/15 00:02:57.17 h+lOflDy0 810/3130

166


夕日が東の地平線に降りる頃、円奈は都市に辿り着く。

巨大な城門が円奈の前にあらわれる。


その圧巻なアーチ門をくぐって城門格子の下をくぐると、いよいよ市壁を通って都市のなかへ。


この市壁は都市のまわりをぐるりと囲っている囲壁で、第二囲壁と呼ばれている。

というのも、以前は囲壁はもっと小さくて、町も小さかったが、人口が増えるにつれて、囲壁も新しく作り直されて、より大きな町を守る第二囲壁となった。


エドレスの都市の人口は19万人ほどで、こんな時代だから、都市世界いえども階級は厳しく封建的に制度づけされている。


貴族、聖職者、騎士、支庁職員、公共施設従業者、市民、労働者、見張り役、娼婦、物乞い、といった順だ。

おおざっぱにいえば。


聖職者については、あとで、円奈が目で触れるだろう。

都市の公共施設はたとえば学校、療院、水道、門(門には公共トイレがある)、支庁舎、馬上槍競技の劇場、ほか、都市広場、鐘楼、噴水、通路、街路、川の水路、アーチ橋といったものも、公共財産扱いだ。


910 : 以下、名... - 2014/06/15 00:04:26.14 h+lOflDy0 811/3130



まず驚いたのは、囲壁のなかの世界は、すべてが人工物の世界だった。ということだった。


そこには森も土も川もない。


広がっている景色はレンガ造りの家々、石舗装の通路、切り妻壁に挟まれた街路、そして見上げるほど高々とした建物の数々。

建物は商人たちのオフィスだったり、裕福な市民の家々だったり、修道院だったりして、その建築様式は、天にむけて突き出した尖塔がある点で、ゴシック様式に近い。



都市のなかは、私的空間と公的空間が混在していて、ごちゃごちゃしている。

かつ、ぐるりと外を城壁に囲われた町のなかだから、狭小で、人口の過密状態は恒常的なことだった。


私的空間は、個々の市民の家や店舗、庭園・菜園などから成る。

公的空間だと、市場、都市広場、街路、路地、川の橋、同職組合ホール、公共浴場などが中心だ。


都市には私的空間でも公的空間にもあたらない特別な空間があって、そこは、魔法少女しか立ち入りの許されない、修道院があった。


都市の町並みは不規則だ。


都市を計画的に、かつ規則的に建造、増築するほど、中央集権的な権力が都市に備わっていなかった。


人口がふえるたび、いきあたりばったりに家を建て、壁をとりこわし、あらたな壁を築いたりして、囲壁はでこぼことして、かたちは歪だ。結果的に私的空間・公的空間すら入り乱れて、市民は職人に頼んで好き勝手に家をたてるので、町の街路や通路はくねくねとしたり、ごみごみして、枝分かれして、しかもどっちも行き止まりだったりする、迷路のような町になった。


都市をしらない人間が歩いたら、わけがわからなくなるほど、ごちゃごちゃな都市開発が長いこと続いている。

911 : 以下、名... - 2014/06/15 00:09:20.13 h+lOflDy0 812/3130



ゴーンゴーンと、鐘楼の鳴る音を円奈はきいた。


どうもそれが午後六時をまわった晩鐘の音のようで、すると都市の囲壁を開く城門はやがて閉ざされる。


「さっさと入れ!」

城壁の入り口の門番たちが、入り口に走りこんでくる市民に、腕をぶんぶんふるって急ぐよう促しながら、怒鳴っている。

「ほら門を閉じるぞ、締め出された者は、明日まで壁によりかかって眠ってろ。」

鎧と槍の門番たちは怒鳴り、閉じられつつある落とし格子の下を慌ててくぐる市民たちに声をかけて、腕でさっさと中に入るように促して、通り過ぎる市民たちの肩を叩いたりしている。


やがて、ガシャーンと音をたてて落とし格子が降りる。つづいて両開きの木の城門が閉ざされる。

樫の木材でつくられた城門は頑丈で、破城槌が持ち運ばれても耐えるだろう。



円奈はクフィーユに乗ったままで城門の閉じる様子をぼんやり見ていた。


城門が完全に遮断されると、外からの夕日の光りが入らなくなって、いっきに囲壁内側の都市が暗さを増した気がした。


空をみあげれば、すでに夕空の赤みは沈み、だんだん青色ががった日没の夜空と変わりはじめていた。


薄暮の夕景空だ。


円奈はあてもなく、人、人、人だらけのエドレスの都市のなかを馬で進み歩いてみる。


人々は荷車に多量の木箱や袋、樽などを満載して、それぞれの方向へ帰っていく。

樽の中身は、魚だったり、牡蠣、ムール貝、海辺から輸入されたワインだったり、水だったりする。
木箱の中には、乳酪製品、オート麦穀類、野菜、香料などを入れて都市へ運ぶ。


だが円奈には右も左もわからない。


囲壁のなかはまず右手に警備隊の待機室があって、小さなレンガ造りの家だった。

912 : 以下、名... - 2014/06/15 00:11:56.45 h+lOflDy0 813/3130


都市の石で舗装された地面は段差があちこちにあり、全体的に斜面がかっている。



つまりななめっていて、安定した地面でない。



都市を知らない人間が段差に足をとられてつまづくのはしょっちゅうだし、石敷きの地面は斜めになっているで、落ち着いて歩けない。


ところが都市の人間ときたら、もうどこにどう段差があって、どんなふうに斜面になっているのか慣れているので、まるで平然と歩く。


とにかく都市の姿には驚かされる円奈だった。


地面がすべて石できれいに舗装されているのも驚きだったし、あの囲壁を越える高さの人工の建物が隙間なく窮屈に立ち並んでいる姿、ゴシック様式の修道院、レンガ造りの家々の町並み、ところどころ鉄柵のついたレンガのアーチ門があって、そこの拱道をくぐって行き来する人々の多さ。


なにもかも、おどろきだ。

あてもなく都市をてくてく馬で歩いていると、目立つ自分に気づいた。


馬で都市を歩いているのは自分だけだった。


都市の人々はみな徒歩で、荷車をもったり両手いっぱいに袋や壷、陶器を抱えたりはしているが、馬で歩いている人はいない。


913 : 以下、名... - 2014/06/15 00:13:54.34 h+lOflDy0 814/3130



そしてやっぱりそれがまずかったらしく、町の守備隊に呼び止められた。

「そこの女」


円奈がびくっとして、声のしたほうにむきなおる。

ゴーンゴーンという、夕暮れの刻を告げる都市の晩鐘の音は、まだ遠くで鳴り轟いている。

「この町では武器の持ち歩きは禁止だ」

と槍もった守備隊が、円奈を鋭い目つきで見上げている。

「武器を持ち歩いていいのは、領主一家か騎士だけだが」


「わたし、騎士です…」

ちょっと自信なさげに、円奈がうつむきながら小さく言った。「これでも…」そっと相手をみあげる。

守備隊は疑う目つきを円奈にむけ、馬にちかづいた。

「騎士なら鎧から武具、盾、馬具まで一式、買い揃えられるはずだ」



円奈は自分の井出達を見下ろした。

ボロいチュニックは昔から着古しているので生足首を晒している。この都市では足を晒すのは遊女くらいしかしない。

盾はなく鎧もなく、かとおもえば鎖帷子もなく、乗る馬の馬具は轡だけ。鞍も背あても鐙もない。


騎士となるのにはあまりにお粗末な姿なので、守備隊に疑われている。


ううう…。

やっぱり、アドル城主さんにいわれたとおり、装備一式揃えたほうが、いいのかな…。

914 : 以下、名... - 2014/06/15 00:16:24.51 h+lOflDy0 815/3130



「答えろ」

守備隊は仲間の守備たちにパチンと手を鳴らして合図して、呼び寄せている。すると円奈のまわりに、もう二人、三人くらいの守備隊たちが、歩きよって円奈を囲った。


全員、夕闇の弱い赤みを帯びて鎖鎧(チェインメイル)をほのかに光らせている。


「わたし、…」

自分が本当に騎士なのだという身分を説明する手段が思い浮かばない。


「武器は没収だ」

守備隊たちはもう待たなかった。

円奈の鞘の剣に手をかけて抜いて、持ち運ぼうとする。「おまえは町長に報告しろ。おまえは、この女に罰金を課せ。なければ晒し台にかけてやれ」

と、手際よく仲間の守備隊にてきぱきと指示をくだす。


「ああ、まってよ、まってください!」

来栖椎奈の剣が勝手に守備隊にもってかれそうになったので、円奈は懸命に抗った。

「わたし、騎士なんです!ほんとうです!バリトンで叙任式をうけました。その剣はだめっ!」

「バリトン?」

守備隊が剣とろうとする手をとめる。それから仲間の守備隊たちに目を配らせた。「知ってるか?」

仲間たちは首をふる。「しらんな」


「ううう…」

都市からすると、バリトンは田舎も田舎らしい。


「適当な嘘ならべやがって」

守備隊の兵士はまた円奈の剣を没収しようとした。

「だいたい髪の色からして怪しいと思ってたんだ」

「ああまってくださいってば!」

円奈はまた必死に抵抗する。「ああそうだ!これ、これみてください!」

「これ?」

守備隊がまた顔をあげた。

「これです!」

円奈はようやく、自分の身分を証明できそうなものを思い当たって、手に取り出した。

915 : 以下、名... - 2014/06/15 00:18:08.64 h+lOflDy0 816/3130



通行許可状だった。


羊皮紙にまとめられ、くるくると丸められたそれを、守備隊は怪しそうに手にうけとり、円奈を変な目でみつめながら、羊皮紙の上下両端をもってひろめ、中身に目を移した。


途端に目の色が驚愕にかわっていった。


「アリエノール・ダキテーヌの傭兵を務め…」


その名前がでたとたん、ほかの守備隊たちも驚いた顔を見合わせる。


「パリトン出身の騎士…」


「宿敵ガイヤールのギヨーレンを追い返し……」


「エドワード城の通過を許可することを保障すべし…」


守備隊が驚愕の目を見開いて円奈をみつめる。それから、羊皮紙をくるくる丸めて紐を結び直すと返した。


「失礼した。あまりに装備がなってないもんで、……」


ごもごも言い訳を並べ立てる。


「わかってくれれば、いいんです」

円奈は安心して笑った。

「ガイヤール国のギヨーレンは、我々エドレスの都市にとってもささやかな脅威でした」

守備隊は途端に丁寧語になって、円奈にうやうやしく話しする。

「あなたはそれを取り払ってくれたお方だ。英雄です」


916 : 以下、名... - 2014/06/15 00:20:11.07 h+lOflDy0 817/3130



「ありがとう。」

円奈はニコリと笑う。目をあけて、目下の守備隊にたずねた。

「えっとね、この許可状をエドワード王って人にみせて、城を通りたいの。エドワードって人はどこに?」

「えっえ、エドワード王?」

守備隊の挙動が不審になる。目が狼狽する。

「バリトンの騎士、バリトン卿さま。エドワードさまは、この都市にはおられません。」

「…へぇっ?」

円奈の顔がきょとんとする。「ここは、でもエドレスの都市で…」


「たまに旅の者が勘違いするのです。」

守備隊は言った。

「ここはエドレスの都市ですので、エドワード城ではありませぬ故。王様にはお会いできませぬ。エドワード城は、この都市のもっと40マイルほど先の、”裂け谷”の橋渡しになっている城のことです。いうならここは自治の従属都市で、首都はもっとこの先です。」


そういえばエドレスの絶壁なんていう裂け谷って場所があるんだっけ。

エドワード王はそっちにいるみたい。


「…そう、でしたか」

少し落胆したように言い、円奈は馬を翻させて、城をでようとした。しかしもう城門は閉ざされていた。

「バリトン卿さま、どちらに?」

守備隊が円奈の様子を心配がって追いかける。「町からは出られませんよ。どの門も閉じています」


都市からでれない。

「ううう…」

円奈が馬上でがくり、と頭を垂れた。クフィーユが黒い尻尾をぶんと回した。

「今日どうやって夜をすごそう……」

なんて悲しげに呟いていると、守備隊が助言してくれた。

「でしたら、宿をお使いになっては?」

「宿?」

円奈が目を見開いた。聞きなれない単語だった。

「ここの道をもっと西にすすんで───」

と、守備隊は、鉄柵のついたアーチ門の小さなレンガの通路を指差した。

「都市のソルグ川を渡り、支庁舎に突き当たった左側面の通路に、使える宿があります」

それから騎士をみあげ微笑んだ。「安心して使える、女主人の宿ですよ」

「宿…」

円奈はその単語をぼんやり口にする。

宿なんて使ったこともない。


森のどっか適当な場所に寝転べばいい自然の世界ちがって、人間社会がすべての都市では、眠れるところも少ない。


一気に不安になる。

917 : 以下、名... - 2014/06/15 00:22:49.79 h+lOflDy0 818/3130



そんな、顔を強張らせている円奈の様子をみかねた守備隊は言ってくれた。

「わたしが案内しますか?」


「…ううーん…」

円奈は考えてみる。ちょっと見渡しただけでも、都市はごちゃごちゃした町だ。街路は迷路のよう、狭小で人だらけで、まったく未知の世界。

この守備隊には身分を証明できたものの、また別の守備隊に疑われたらちょっと面倒。

「あなたのような娘さまが、」

と、守備隊はいった。

「騎士とはいえ裏路地に迷い込んだりすれば、危険です。私はもう自分の仕事の役務を終えています。どうぞ気楽に案内役に使ってください」

「うーん…」

円奈はもう一度腕組んで考える仕草をみせる。

数秒もしないうちに、たぶんそれが一番よさげだと結論に達した。


「じゃあお願いさせてくれる?」

「もちろんです」

守備隊は笑って、自分の兜をとると鎖鎧も脱いで仲間に手渡した。鎖帷子の下に着たダブレット姿になり、手に持った槍も仲間たちに手渡した。


それにしても相手が騎士だとわかった瞬間、態度が途端に丁寧になる人だった。


「騎士のあなたにこれをいうのも恐縮ですが、馬を降りください」

守備隊は武装を解くとお辞儀して、そうお願いした。

「都市は騎士いえども、馬で歩くことはできないのです。馬上槍試合のときのみが例外です」


「うん…」

円奈はばっと馬を降りて地面に着地する。ばさっとピンク色の髪がゆれる。
その動作の流れが見事だったので、守備隊は息をのんだ。


「馬具もなしに飛び降りるとは、大したお方だ」

「そうかな?」

円奈はクフィーユの轡を手ににぎる。

「しかし、馬に乗るときは?鐙もなしに…」

守備隊が疑問を投げかけると、円奈はクフィーユの頭をぽんぽんと叩いて撫でてあげたあと答えた。

「乗るときは、クフィーユが座ってくれるよ」


「…大した信頼関係だ」

守備隊は感心した。この少女騎士と馬には、心の通じ合いがあるにちがいない。

918 : 以下、名... - 2014/06/15 00:24:04.29 h+lOflDy0 819/3130


守備隊と少女騎士の二人が、都市の奥へ進んでいく背中を、仲間の守備隊たち二人が見送っていた。

919 : 以下、名... - 2014/06/15 00:25:13.10 h+lOflDy0 820/3130

167


鹿目円奈は市壁の守備隊に案内されて、エドレスの都市の街路をすすんだ。


まずアーチ型のレンガのトンネルを潜り抜けて、鉄柵を開け、通路へでる。


通路の石畳もでこぼこしていた。砂石によって丹念に舗装されてはいるが、でこぼこで、段差がしょっちゅうあって、階段を下りたり登ったりする。


円奈はそのたびにクフィーユが階段に苦戦する姿を、轡もちながら見届けた。


街路は狭く、ぎっしり町の家々や建物が並び立って、天井も突き出した構造の家は、みあげても空がちょっとばかししか見えない。


それに行き来する人の数もすごかった。

円奈はこんなに多くの人をみるのが初めてだった。19万人という人口がいる都市である。

アキテーヌ領土でさえ数百たらずの国だったのに、とにかく人で満たされた都市の世界は、円奈はちょっと具合悪くしてしまうほどだった。

それに足元が落ち着かない。


まず平らではない。どこも斜面になっていて、真ん中に凹みというか、溝がある。


溝にむかって斜面がずっとあって、なにかがそこに集められていくかのようだ。

歩いているとつねにバランス感覚がへんになる。右足と左足の踏む地面が高さちがって、感覚が揃わない。

920 : 以下、名... - 2014/06/15 00:27:07.37 h+lOflDy0 821/3130


ついつい足元が気になって地面を見下ろしながら円奈が歩いていると、守備隊が喋り始めた。


「地面を───」

守備隊は微笑んで、馬を連れる円奈に話しかける。「お気にされて?」


円奈が目線をあげた。「うん…なんか、落ち着かなくて…」


「都市に初めてきた人はそうなります」

守備隊の人は説明をはじめた。

「もちろん、斜面になっているのにはわけが」

彼はその場でくるりとまわると指で、上を示した。

円奈も彼の指差したほうへ顔をあげた。そこに空があった。

 ・・
「雨水です」

と、彼は言う。

「地面は石で舗装されていますので、農村とちがって雨水が溜まりますから───」

彼はまた道を歩き始め、円奈もおって馬に歩きの合図だし、足を進めた。

「こうして斜面にしています。雨水をこの溝に集めるんです」

といって彼は革靴で、斜面の一番深い溝のぶぶんを、トントンと踏んづけた。


つまり雨が降れば、雨水はこの斜面をくだって溝に集められる、という仕組みだ。



「雨水かあ…」

円奈がつぶやく。



本当は雨水だけでなく、もっと汚いものが窓から投げ落とされてこの溝へ流れてゆくのだが、その説明は省かれた。

921 : 以下、名... - 2014/06/15 00:29:09.02 h+lOflDy0 822/3130


「町にされている工夫はそれだけでありませんよ。さあ、家々をご覧に」


守備隊の彼は楽しそうに、異国の少女騎士に話しかけ、切り妻壁をした家々を腕で指し示した。

円奈が街路を挟んでならぶ家々をみあげる。


都市に住む市民の家々は通常三階建てか、五階建て。木骨造とよばれる木造建築だ。

その家々の多くが、持ち出し構造になっている。


つまり三階よりも四階が広く、四階よりも五階が広い。下階よりも上階が面積が大きいという家のアンバランス構造。

なぜそんな不安定な形に家々をつくるのだろうか。


「こうして家の上階を持ち出しにすることで───」

と、彼は流暢な口調で説明してくれる。

「我々は雨宿りできる。つまり我々は家々の下を歩き、雨水を避けて街路を通る」


とのことだった。

持ち出し構造をした家々は、出っ張り部分に天井ができるので、その下を人々が通り、雨水を避けて通るのだ。


この街路を通ったとき、狭くて、空をみあげにくいと思った円奈だったが、もともとそういう仕組みにつくられているのがエドレスの都市の街路だった。


雨水が落ちる部分を少なくしているのだ。


思えば、ただでさえ都市の街路は狭いのに、通行する人々は両端に寄るように歩いていて、中心の溝を通っていない。

家々の持ち出し構造の下をくぐるようにして通行している。


「そして家々にはもちろん、この持ち出し構造を支える持送りが──」

といって彼は顔を見上げ、家々の持ち出し部分を支える柱を、腕を伸ばして指さす。

「きちんと備わっています。構造上は安定しています」


「へええ……」

円奈は家々の持送りの支柱をみあげ、通路を歩きながら、感心の声を漏らした。

支柱は、斜め45度に組み立てられて、突き出す屋根を支えていた。

922 : 以下、名... - 2014/06/15 00:32:02.46 h+lOflDy0 823/3130



バリトンや農村では雨水にうたれるくらい、気にしないものだったが、都市の人々はそれを嫌って、わざわざ街路を通行する人々のために家を持ち出し構造にして、雨水にうたれずに街路を通れる町にしていた。



さて、アーチ型の入り口をした家々、狭い通りを横切ってして家と家を繋いでいる天井の通路などの下をくぐって通り過ぎ、ごまごました都市の迷路を抜けると、いきなり都市はひらけて大きな川にでた。


ソルグという川で、都市を横断して流れ、その幅は100ヤードほどもある、ゆるやかな川だった。


都市の川には多くの船が浮かんでいた。その多くは漁船で、船から綱を投げ出し、漁をするのだが、この時間帯では撤収の準備をしている。


川に面する両岸のどちら側もぎっしり長屋式の木組み建物が隙間なく立ち並び、屋根葺きされた三角形の屋根も街路に並ぶ。地面はすべて舗装されて、石敷きの地面。


大きな川がそこを切断しつつゆったりと流れている、といった景色だ。


川の流れにのって、浮いた漁船がレンガ橋のアーチをくぐり抜ける。

そんな風景だった。




日はますます沈み、夕空は夜空へと変わる。星が目立ち始める。


漁船はすでにいくつかが松明の明かりをもう灯していた。ぽつぽつとした松明の火が川に浮かび、舟と一緒にがゆるやかに流れる、そんな眺めであった。


「川を渡ります」

と、守備隊は円奈に言った。「宿は川のむこうですよ」


「うん」

都市と川の眺めに気をとられていた円奈が、我に戻ると頷いて、守備隊についていった。

レンガ造りのアーチ橋を渡る。

923 : 以下、名... - 2014/06/15 00:33:54.35 h+lOflDy0 824/3130



「この橋は──」

と、守備隊は口減らずで、またも語り始めるのだった。「悪魔が造ったのですよ」

「へっ?悪魔?」

円奈がぎょっとする。

「そうです、悪魔ですよ」

ダブレット姿の守備隊は笑う。すっかり日の沈んだ都市の景観と川を眺め、目を細めると語る。

「人々はこの橋を毎日のように渡り、行き来しますが───」

レンガ造りの橋は、荷車を馬にひかせる運搬業者、商人、市民、宿を求める旅の者、そして魔法少女も、行き来している。

「毎日使う橋だというのに、この橋がどこの出身で、どんな職人のなんて名前の人が造った橋なのか誰もしらない」

といって守備隊は、革靴で橋の石をタンと踏んづける。

「だから我々は、”悪魔がきまぐれで建てた橋なのだ”と」

「ううん……」

円奈は鼻を鳴らして、それからアーチ橋をみつめた。

「バリトン卿さま、名は?」

と、守備隊はたずねてきた。「できればせめてあなたの名前を知り、案内に仕えさせてほしい」

どうやら橋の悪魔うんぬんいう話は、そういうフリだったらしい。

「わたし、鹿目円奈です」

クフィーユを後ろに連れながら、円奈が名乗った。「この子はクフィーユだよ」

「そうですか、鹿目さま」

守備隊はまたお辞儀した。

「私は、ハウスブーフ。鹿目さまの案内役に仕えさせていただきます者」

「そんな、あらたまらなくても…」

円奈は照れて髪を手で撫でる。それになんだか仕事終えたばかりの役人にお辞儀までさせて、罪悪感みたいなのも感じていた。

「じゃあハウスバーフさん、宿まで……よろしくね」

「あなたは謙虚な騎士のお方だ」

と、アキテーヌ地方の城でもいわれたようなことを、ここでも言われた。

924 : 以下、名... - 2014/06/15 00:36:24.10 h+lOflDy0 825/3130

168


二人はレンガ造りのアーチ橋を渡りつづけた。


川の水のせせらぐ音。アーチ橋を行き来する人々の雑談。帰宅に急ぐ市民の足音。荷車の車輪のカシャカシャ回る音。


さまざまな音が二人のまわりでがやがや、行き交う。


守備隊の人は川の水をのぞくように見下ろし、水面をみつめた。

円奈も不思議がって水面をみつめる。



都市の川の水はもう夜のせいか暗くて、もう何もみえない黒い水面だった。


「かつて汚染がひどかったんです」

と、守備隊は言った。

「ええそれはもう、どれくらいひどいって、川のあまりの悪臭に、死人がでたほどです───いっときますが、本当ですよ!」

彼は大げさな声をだし、また足を進めて橋を渡る。


「今でこそこの川もマシになって、匂いもしませんでしたがそのむかし、この川は無法地帯でした」


円奈は彼の背中について橋を歩く。

「一言でいえば、この川はかつてごみ処理場だったんです。台所の生ごみ、都市に溜まる糞便、品質規制にひっかかったワイン、ガチョウなど家畜の糞尿、馬糞、市民はなんでもかんでもここに投げ捨てました。川の底は、もう、ごみとくそで山をつくっているありさま!」

守備隊は嘆く口ぶりで語り、はあとため息つき肩をすくめた。

彼の話はつづく。

「肉屋と屠殺屋が、血と肉くず、内臓もそのまま処理もせず、川に投げ入れました。肉屋は、売れ残り、腐った肉と動物の死体をこの川に投げ捨てましてね!信じられますか?糞便と尿、生ごみ、血とくさった内臓のすべてが、この川の底に沈められて、へどろでした。それはもう最悪の匂いでした。3年前のことでしたが、市民は”悪臭の年”と呼んでいます」


円奈は川の水を飲んで生きてきた少女だから、川の汚染の話には背筋にぞっとするものを感じていた。

925 : 以下、名... - 2014/06/15 00:39:18.21 h+lOflDy0 826/3130


「しかしです、その三年前から、」

守備隊の口調が変わった。

「この川の本格的な浄化運動がはじまったのです。我らがエドレスの王、エドワードさまは、この川の汚染にお怒りになり、あらゆる禁止令と浄化命令がだされました。市民、肉屋と屠殺屋に、不法な投げ捨てを禁じました。糞便の川への投げ捨ても全面に禁止され、かわりに汚物は荷車で都市の外へ運ばせました。役人から浄化係を任命し、港を使う業者───漁や貿易の運搬業者ですがね───からの税金から賃金をだし、川の浄化運動へあたらせました。それはもう、涙ぐむ努力でしたよ」

彼は熱い口ぶりでそう語った。

「川はまだ汚れていますが、悪臭はマシになりました。エドワード王のおかげなのです。もちろん、禁止令は今もつづいております。警備隊を配置し、ごみをすてる市民、糞尿を捨てる肉屋、みな取り締まります。不法投棄でつかまったものには罰金が課されます。二度つかまれば倍の罰金、三度目も罰金、四度目で投獄です」


「へええ…」


都市も都市なりの問題があって、王は王として政務を果たしている。

これだけ人が多いと、たちあがる問題も、大きくなるのだろう。


二人は長い長いレンガ橋をようやく渡り、向こう岸へと辿り着いた。


改めて都市の建物群の高さに驚かされる。


五階建てか六階だてもある石の建物は、裕福な商人たちのオフィスだった。アーチ型の窓がいくつも覗き、中はゆらゆらろうそくの火や暖炉が灯る。


さながらレンガ造りの長屋式のオフィス群は、多量のろうそくの火で、夜の都市の景観を照らしてくれているかのよう。


向こう岸に渡ると、さらに行き交う人々は増えた。



ほとんど隙間がないくらい人、人、人で、人の海だった。


女性、男性、多くは30過ぎの人々で、子供は見当たらなかった。


女性の多くははローブを着用していた。ローブは都市の外出用の服で、屋内で着るのはコットやシュミーズだった。


いっぽう都市の貴族男性たちはプールポワンという服装をしていた。貴族たちはこの上着に足はタイツを履き、縁なし帽をかぶったりもする。

若い男子はローブを着ることもあった。赤い短めのローブで、黒い革帯に布巾をさげ、履物をはき、靴下を膝下で丸めるという装いだ。

926 : 以下、名... - 2014/06/15 00:41:15.94 h+lOflDy0 827/3130



「都市広場にでます」

と、守備隊の彼は言った。

「支庁舎と、修道院のある広場です。そこは狭くはないですよ」

と彼は笑う。

「昼間は市場も開かれていましたが、さすがに撤収しているようだ」


円奈は納得した。

だからさっきの切り妻壁の家々をあいだを通った街路にくらべて、この通路は広いのか。

広いとはいえ人の数がとにかく多く、狭苦しい想いをする状況なのはかわっていない。


はじらく都市の道を進んで、急に建物も長屋式に立ち並ぶ家々もなくなった、ひらけた場所にでた。


ひらけたといってもまわりは立派な石造の、ゴシック様式の修道院や市庁舎に囲まれてはいるものの、広場というだけあってたしかに広々とした空間だった。


人は相変わらず多くて、あらゆる方向へ行き来していたが、景観は美しかった。


地面は石畳の舗装で、ここも相変わらず、ところどころ無意味な段差があるのて、足元に気をつけないといけない。


広場の中心部には噴水がある。せわしなく都市広場を交差する人間たちの目に癒やしをあたえる。



空間全体を見下ろすと、広い扇状のようだ。


この広場を扇の形にたとえるなら、いわゆる”要”にあたる部分に、噴水がある。


927 : 以下、名... - 2014/06/15 00:43:00.62 h+lOflDy0 828/3130



噴水の奥には支庁舎があり、この支庁舎に町長と役人、市会議員などが政務にあたる。


役人の仕事は、いつの時代もそうだが、基本的には罪びとの捕縛と懲罰、税金の管理、取立て、戸籍登録、町の開発と修築、裁判官といったところだ。


広場には修道院もあった。



過去とはちがって、人と魔法少女が当たり前のように互いに存在を認知する社会で、この修道院は魔法少女専用の建物だった。


人間の立ち入りは、禁止されている。

だからこの修道院のなかで魔法少女がなにをしているのかは、支庁舎の人間しか知らない。

というのが建前で実際には、ほとんどの人間が修道院の役目をしっていた。



聖地にむけるお祈りであった。

いまの世界を造り上げ、自分達の救い主である女神へのお祈りをする場だった。修道院はどれも東にむいている。


修道院は尖塔アーチを特徴にもつ構造なので、ゴシック様式に近い。入り口の上部には円形のバラ窓があって、壮美なステンドグラスだ。


入り口は階段になっているので、5段か6段ほど、石の階段を登ると、入り口の扉にたどりつける。



入り口の扉は、大きくて、人間1人に対して5倍くらいの大きさはある扉だった。


扉は石で、多くの彫刻───天使、騎馬、女神、あるいは地獄───を描いた彫刻の施された、美しい扉だった。



本当はというと……この修道院には、隠されたもうひとつの役目がある。

そしてそれこそが、魔法少女専用であり、人間の立ち入りが禁止される真の理由だった。


円環の理のために祈ること自体は、人間だってしようと思えばできる。

928 : 以下、名... - 2014/06/15 00:43:37.38 h+lOflDy0 829/3130


円奈が修道院の暗いばら窓をずっと眺めているので、守備隊の彼はふうと息をつき、声を出した。

「バリトン卿さま、宿はこちらの道です」

「あっ、あっ…そうだった…よね」

修道院に見とれていた円奈は恥ずかしがった。

顔を赤くして向き直り、ばつが悪そうに照れて笑った。

929 : 以下、名... - 2014/06/15 00:45:23.46 h+lOflDy0 830/3130

169


二人は都市広場を離れて、また街路に入った。


木の屋台や、荷車などが、石造りの建物の壁面に寄せて置かれている。

建物は入り口がアーチだが、中は誰もいなかった。


「みなもう二階にあがって、休んでいるのですよ」

と、案内の守備隊が教えてくれる。

「朝と昼に商売し、夕方に片付けと明日の準備、そして寝静まるのです」



樽なども置かれっぱなしだ。


円奈はふと、左側の建物をみあげてみた。



石工屋が切り石をモルタルをつかって積み上げた建物は、25メートルほどの高さ。一階にアーチの入り口があって、二回に小さなアーチ窓があいている。黒い猫がそのアーチ窓の脇にちょこんと座っていて、円奈を見下ろしていた。


円奈はぼんやりアーチ窓の黒猫をみあげる。



黒猫は円奈と目が合うと、尻尾立たせながら高い窓から室内へ去った。



夕闇はすっくり深くなって、暗くなった。


石工屋が建てた建物のてっぺんは、塔のようで、城みたいに胸壁狭間の凸凹があった。


壁面には盾形の紋章が張られて住む者の血筋をあらわす。


その紋章は百合の花が描かれたり、真っ赤なドラゴンだったりした。ドラゴンの鱗は金色で、大きな翼をはためかせている。


織物の紋章に描かれた模様は見事だ。


都市のいろんなものが、円奈の目を惹きつけた。

きょろきょろあっちみたりこっちみたりして通路を進んでいると、やがて守備隊はとまった。

930 : 以下、名... - 2014/06/15 00:47:13.16 h+lOflDy0 831/3130



「ここです」

彼は都市の宿を指差す。「”オルタイ・ローラー”」

彼は宿の店名を読み上げる。

「宿を経営する女主人なら、一番の評判です」


円奈はクフィーユの轡をひき、宿屋の前にやってくる。


建物の入り口はアーチ型の木の扉だった。扉の左右にガラス窓がある。

ガラスは高級品なので、市民の家にはなかなかない。どうやら高級層むけの宿屋のようだ。


「気前いい女将ですから、ご安心を」

案内役の彼は言う。

「ノックも不要ですよ。そのまま入って部屋のあきがあったら、名簿に名前を記入してもらって泊まれます」


「ううん…」

円奈の顔は緊張している。

「じゃあ…じゃあ…」

扉の前にたち、心配そうに守備隊の彼を見つめる。「いいんだよね?」


「大丈夫です」

彼は丁寧にお辞儀し、するときた道を去ってしまった。「いい夜を」


「あ、ありがとうね!」

円奈は手をふる。「案内してくれて、ありがとうー!」


彼は振り返り、離れたところで円奈をみて、またお辞儀した。


「さて、と…」

緊張に変な汗をかいている。


ノックは不要とらしいから、取っ手にてを掛けて扉をあける。


キィっと音がして、扉が両開きになった。


円奈は中をみた。


宿屋の一階はひらけていて、たくさんの人がいた。


テーブルにろうそくをたて、談笑している人々はジョッキでビールを飲んでいる。

その人々が円奈が部屋に入ってくるや、だんまりして彼女をみた。


「ううう…」

円奈は顔を下にむけて、恐る恐る宿屋に入る。

931 : 以下、名... - 2014/06/15 00:48:57.62 h+lOflDy0 832/3130


部屋の中は、壁にも蝋燭の火が燃えていた。銅合金の燭台があって、ゆらゆらと赤く燃えている。

それが宿屋の暗闇を照らしていた。


「へえっと…」


円奈は客達の視線を集めながら宿屋のカウンターまで進んだ。

すると女主人らしき婦人が、皿をふきんで拭きながら、仰天した目を円奈にむけた。


「ええっと…」

円奈は女主人に話しかける。

「泊まりたいんですけど…」


「でていけ、イカレ女!」

女主人は怒り心頭、叫んだ。


「ひっ!」

皿が飛んできたので、円奈は腕で顔をかばった。腕に皿があたっておちた。カララランと皿が地面を回った。


「どこに、馬を宿にいれるバカがいるんだい、このうつけ者め、出てけ、二度とくるな、バカ女!」


「あうう…」

それで客人たちが、奇人でも見る目を円奈をむけていたのだった。

いや奇人そのものだ。


「あの…」

円奈はお願いする。

「馬はどこに泊めれば?泊まりたいんです…」

932 : 以下、名... - 2014/06/15 00:49:52.25 h+lOflDy0 833/3130



ますます女主人の顔は険しくなる。


「出ろ!このぼんくら女め、出ろ!うちの宿を汚しやがって、くそっ!」

ばんばん皿が飛んでくる。


「ひいい…」

円奈は泣きそうな顔で飛んでくる皿を顔に受けていた。

そしてクフィーユと一緒に宿を逃げ去った。


宿の扉を閉めると、はうううとため息はいて途方に暮れた。


守備隊にすすめられたときの言葉を思い出した。


「気前のいい女主人、ね……」


すごく気性のすばらしい、女の人でした。

933 : 以下、名... - 2014/06/15 00:50:53.05 h+lOflDy0 834/3130

170


さて宿を追い出された円奈は、本格的に眠る場所に困り果てた。


ああ、自然の森のなかで、眠ってしまえばどんなに気楽か!


人間の社会が凝結したここ都市では、眠ることひとつにも、ルールがいちいちあるのだった。

今までいつも寝るときはクフィーユと一緒だったのに、都市では馬と一緒に宿をとると怒られてしまうようだ。

田舎育ちの円奈は、都会のことを何も知らなかった。



時刻は8時すぎて、完全に真っ暗。


街灯なんてない時代だ。


その日は新月で、夜空を照らすものさえない。



ひどく真っ暗な都市に取り残された。


行き来する人々はもう帰宅したのか、通路にはほとんど人がいない。



代わりに、怪しい層がぶらぶらと出現しはじめた。


ローブを着た女性は、夜の街路によそよそと出てくると、いきなりローブの裾をもってあけっぴろげ、自分の裸体のなにもかも見せた。


「う…」


円奈が思わず顔を青ざめさせる。

そして、ローブをもちあげて何もかも見せて男を誘い、釣られた男と一緒に街路の細い裏路地へと消える。

934 : 以下、名... - 2014/06/15 00:52:31.04 h+lOflDy0 835/3130


円奈にとっては、あまりの衝撃的な光景だった。


目を見張ってしまう。


しかもそんな、ローブを怪しげにまくり、足をみせる女たちが、ふらふらとあっちにもこっちにもあらわれ、誘っている。



すると夜警隊が走りよってきて、「去れ、去れ!売女ども!あばずれどもめ!」と叫んで、ローブを脱ぐ女たちを追い払う。


女たちは警備隊が現れると走り去って、裏路地の暗闇へ消えた。まるで狼にほえられた羊だ。



「ううう…なにこれ…」


もう、わけがわからない。

都市とはなんと恐ろしい場所だろうか。


「やっぱ……どっかの宿を探さなくちゃ…」


と決心した。



とはいえ、他に宿なんて知らないし、そもそもどの建物が宿なのかさえわからない。


困り果てた末、さっきどうしても気になった建物のそばにいくことを決めた。



守備隊に案内された道を戻る。

クフィーユを連れて、都市広場へ。



この広場も静かだった。人はいなくて、森閑とした雰囲気がのこっていた。


それは自然の森の静けさを思い起こさせた。やっと円奈は心を落ち着かせた。


すうううっと口で息を胸に吸い込み、深呼吸して、それからある建物に目を向けた。

935 : 以下、名... - 2014/06/15 00:54:16.96 h+lOflDy0 836/3130


修道院だった。

守備隊の説明によると魔法少女しか使えない、人間の立ち入りが禁止されている建物みたいだが、それでも円奈の興味を惹いた。



円奈は自分が魔法少女にいつか変身する憧れを、完全に捨てたわけではない少女だった。



修道院へと足を進める。宿の女主人に皿を投げつけられた頭のこめかみが痛い。


まったく気前のよいと評判の女主人は、激烈な歓迎をしてくれた。



頭の傷の手をあてると、指先は赤く滲んだ。



さて、興味津々な修道院の目の前へきた。



誰もいなくて、気配はない。

大きな石の扉───彫刻の描かれた扉は───美しく見事で、荘厳な雰囲気をみせる。


石の階段をのぼると扉の目の前にきて、扉に施された彫刻がさらによくみえた。


石の扉は空洞がいくつか凹んでいて、そのなかに彫刻が埋められていた。


彫刻は、小さな騎馬像、少女たち(思えば、魔法少女たちなのだろうが)、そして卵の形した宝石。


少女たちは手にいろいろなものを持っている。


剣だったり、真珠のついたステッキだったり、くねくねした杖だったり、弓だったり。


さまざまな魔法少女の像が彫刻として描かれていた。


卵の形をした宝石が、ソウルジェムだと気づいたのは、ほどなくしてからだった。

ソウルジェムが埋め込まれた彫刻に、一匹の獣が喰らいついている。


獣はふわりとした尻尾があり、耳からも長いものが生えていた。さながら耳から別の耳が生えているかのようで、わっかもあった。


その正体をこの時点では円奈はまだしらない。

936 : 以下、名... - 2014/06/15 00:55:33.44 h+lOflDy0 837/3130


そして、ソウルジェムに喰らいつく獣を何かか跳ね除けている。ソウルジェムは聖なる炎に包まれて、獣を弾いていた。ソウルジェムからでる炎はある一点へと導かれ、天使の手へと消えている。


天使は、扉の一番頭の部分に描かれた彫刻だった。白いドレスをまとった天使が、ソウルジェムからでる炎を右手におさめて、吸い取る。対して左手からは、どろどろしたものがでている。それが扉の左部分へと降りて、おどろおどろしい悪魔たちが描かれる。


それが魔獣であることに、円奈は気づいた。


魔獣たちは顔をひきめきあわせて、魔法少女たちを睨んでいた。口をぽっかりあけて、喰らおうとしているかのよう。

それと戦うのが、彫刻に描かれた魔法少女たちだった。


彫刻には、魔女も描かれていた。



老いて、裸で、毛もくしゃくしゃな醜い魔女たちは、天使の腹のなかにぎゅうぎゅうづめにされ、喘いでいる。

使い魔たちに血を与え、邪悪な力を増そうとしている。


そこを魔法少女たちが、剣で魔女を下から突いたり、杖で魔女をこらしめている。

足の裏を剣でさされる魔女と、杖であたためられる魔女。悪魔の冷たい精気を吸った魔女は、杖の温かみに耐えられない。



そんな図だった。


937 : 以下、名... - 2014/06/15 00:57:18.90 h+lOflDy0 838/3130


全体的に環の流れだった。


ソウルジェムから炎がでて、天使の右手にきえて、天使を通って左手から瘴気がでて、魔獣があらわれ、魔法少女の力が倒していって、魔法少女たちから霊気のようなものがぶわぶわでて、ソウルジェムになり、また炎になり、天使に吸い取られて…


といった、ぐるぐる回ってしまう図式が描かれた。


天使の髪はながくて、魔女達があえぐ下まで伸ばされていた。


それらは包み込むように魔法少女たちにかかり、どの魔法少女も天使の伸びた髪に絡めとられているといった図だった。


天使は穏やかにほほえみ、目は閉じている。夢見ているかのようだ。


まさかその天使が、自分の遠い親戚とは円奈は知らない。


その円奈は扉の彫刻を見回して、意味を解釈した。

「円環の理…」

と、彼女は呟いた。


どうしても修道院の中が気になって、扉に手をかける。


大きすぎる石の扉はびくともしないで、鍵がかけられている現実を知った。



「ふぐぐっ…!」


力を込めても扉は動かない。

938 : 以下、名... - 2014/06/15 00:58:41.26 h+lOflDy0 839/3130


赤くなった指先をぱたぱたさせながら石の階段を降りて、またため息ついた。

「はあ……今日どうしよ」

下に俯いて息もらし、夜の過ごし方について考えをめぐらせたところ、いきなり肩に誰かの腕が回された。


「え…?」

驚いて見ると、そこに男がいた。


「お嬢さんさ」

と、男はいう。「こんな夜になにしてんだ?今夜は泊まらないのか?」

「いや…なんていうか」

円奈は肩に回された腕と、男をなんとなくいやだと思った。

「泊まりたくても追い出されて……」


「そりゃあんたが泊まったりしたら、悪い評判が宿にたつからさ。」

と、男はいって、鉛のグラスに入れた酒を円奈の口元へ寄せた。

「さあ飲め。”まじない”の酒だ」


「いや、いいです…いらないです…」

口元に寄せられた酒を、円奈は遠慮する。「わたし、宿探さなくちゃ…」


「飲むんだ!」

男の声が大きくなった。「おまえがこれを飲んで俺も飲む。そして楽しむんだ」


円奈は生涯感じたこともないような悪い予感と、恐怖に襲われた。

939 : 以下、名... - 2014/06/15 00:59:33.64 h+lOflDy0 840/3130


「や……やめてください…」

肩にかけられた腕を払おうとする。「私にはかまわないで……」


「いかせないさ!」

男は円奈の肩から腕を放さない。

「あんたには一目ぼれした!いい声もしてる」


「やめて…」

ぐいぐい口元に寄せられる酒の水面がゆれる。「わたし…!」


「こんな時間にうろついて───」

男は胸元に円奈の頭をくっつけ、抱き寄せる。
 ・・
「相手を探してたんだろ?」



農村社会の夜も、獣など恐ろしい存在がいたが、都市の夜も獣のような存在がいた。



円奈はいよいよ本気で嫌がった。


相手とかそういう話はまったくピンとこない話で、とにかく嫌悪しか感じられかった。


すると、男の肩をトントンとたたく別の人がそこに現れた。

940 : 以下、名... - 2014/06/15 01:01:25.44 h+lOflDy0 841/3130


「そのへんにしろ」

「あ?」

男は顔をあげる。

そこには金髪の長髪を流した、翠眼の瞳をした女が立っていた。

その美しい顔だちをした女性の顔は険しい。男を睨みつけている。


「なんだ?あんたはさ」

男は問いかける。


「私は夜警騎士だ」

女はいった。


「はあ?騎士だと?」

男は眉をひそめ、女の足、それから胸、そして顔をみあげた。「女のくせに騎士だ?」

「なら見せようか」

女はごそごそとローブの中に手をいれ、印章を手に取り男にみせた。


「ああ?」

男は印章をみつめる。そこに描かれた紋章を。この時代の印鑑ともいうべき印章は、身分を証明する。


紋章をみる男の火照った顔が、凍っていった。

「この紋章はアデル家の…」


その間抜けた男の顔を、女はぶんと殴った。

「ふげえ!」

男が声をあげ、のけぞった。


その男の肩を掴み、腹に膝をいれる。

「うげ!」

男が呻く。

すると男の首筋をガンと肘でたたいた。

男はうつ伏せにぶっ倒れた。

手にもったグラスから酒がこぼれた。

941 : 以下、名... - 2014/06/15 01:02:38.72 h+lOflDy0 842/3130



その容赦ない女の人の暴力を、呆然と見おろした円奈だったが、女がやがて円奈の手をとった。


「平気かな」

円奈は金髪の髪に翠眼をした、背の高い女の人をみあげる。

「は、はい…」

円奈はどうにか答える。

「おかげで……」


「そこの男と同じ質問をするみたいで気持ち悪いが」

と、女の人は言った。

「こんな時間に、ここで何を?」


「わ、わたし…」

円奈はまださっきの恐怖感が身体から抜けてなくて、身体が震えている。

「修道院に入ろうとして…」


金髪の女は驚いたように翠眼を少し見開いた。一瞬だけ修道院のほうへ目をむけ、それから円奈に視線を戻した。

 ・・
「人間は入れんぞ?」


「は、はい…」

まさに悪いところを見つかった子どもみたいに、円奈はしゅんとして謝った。

「ごめんなさい…」


942 : 以下、名... - 2014/06/15 01:04:14.19 h+lOflDy0 843/3130



「まあ、人間なのは私も同じだが…」

と、女はおずおず言った。

「とにかく……こんな時間にあんたみたいな年頃の女が出歩くもんでもなかろう。いや、その点なら、わたしも同じなんだが…」

なぜかちょっと気まずそうな話す女だった。

「とにかくわたしは夜警騎士職分という、保障はある。だがあんたには……」


「あ、いえ…」

円奈はこの都市にきたばかりのセリフを、またここで口にする機会にあたった。

「わたしこれでも騎士で……」


「な、なに?」

女は翠眼を大きくした。

「騎士?おまえが?」


円奈は、小さくこくりと頷く。

また通行許可状を出さないと信じてもらえない気がしたが、女は驚いた顔をしながらも、納得する素振りをみせた。

「その背中の弓、剣。馬…。たしかに騎士だな……だが」

女は顎に手を添える。

「その格好はなんだ。足を見せて。それじゃくだらん男に寄り付かれて当然だ」

943 : 以下、名... - 2014/06/15 01:05:36.02 h+lOflDy0 844/3130



「く、くだらん男…」

円奈はどういう意味か分からなかったが、訊くのも恐ろしい気がしたからきかないことにした。


「どこの貴族なんだ?」

と、女はきいてきた。

「どこの紋章を?」


「いや、そういうのもなくて…」

円奈は気まずく女性と話す。「でもこれでも本当に騎士です。アリエノール・ダキテーヌさんの専属になって傭兵を…」


「アリエノールの専属傭兵?……なに!」

女の人は目を大きくした。

感激した口ぶりに急変して、円奈の両肩をがしとつかんだ。

「ひっ」

円奈はついさっきの男の腕を思い出して、怯えた。


「では、きみがそうなのか!」

女の声は興奮している。鼻息も荒い。

「話はきいています!まさかここでお会いできるとは!ガイヤール軍の兵をみななぎ倒し、馬を駆ける姿は天の使い!魔法少女を守ると誓い、その剣に誓いの力を込めて、勝利を呼んだ少女騎士!きみなのか! きみがそうなんだな!」

944 : 以下、名... - 2014/06/15 01:07:06.10 h+lOflDy0 845/3130


「いや…ええっと…」

円奈は顔を引きつらせて笑う。

「それ……だいぶつくり話にされるよね……」


「誓いの力は魔法を呼び起こし、その魔法は、ギヨーレン王すら敗走させる!」


「そ……そんなんじゃないです…」

円奈は、なんだか都市というのは変な人が多いところだな、と心で思い始めていた。

「ギヨーレンは勝手に退却を……」


「それにしても、なんと羨ましい話だ!」

女は円奈に聞く耳もたなくて、突然、悔しそうに、頭を垂れてうなだれた。

「魔法少女の専属護衛を務めるとは!まさにそれぞ、女騎士の誇れではないか!」


「そ……そうかな…」

円奈の両肩を握りながらうなだれる金髪のローブ姿の女性。


「きみと話がしたい!」

と、女性はうなだれた顔をあげると、円奈むけて言った。その頬は熱く、火照っている。
そして目つきは真剣だ。

「宿はもう見つけているのか?」


円奈は金髪の女の迫力に圧されて、言葉はでずに、ふるふると首だけ横にふった。その顔は固まっていた。


「よし、ならばともに宿へいこう!もちろん、酒場のある宿だ。」


女は嬉しそうに言った。


「それにしても、エドレスの姫アリエノール・ダキテーヌの専属護衛を務めたきみにお会いできるとは……。その話を私に聞かせてくれ。きっとだ!さあ、こちらに!」



こういうとき、断れないのが円奈の性格だった。


どのみち宿に連れて行ってくれるみたいだし、一応、女性だし……

と考えて、彼女に付き合うことにした。

945 : 以下、名... - 2014/06/15 01:08:23.59 h+lOflDy0 846/3130

今日はここまで。

次回、第23話「酒場で大暴れ」より、次スレになります。


続き
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─6─


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