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【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─1─

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【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─3─

607 : 以下、名... - 2014/05/03 21:50:18.59 hFkL6S0t0 525/3130

第13話「アキテーヌ居城」

117


朝がすぎ、昼になった。

日差しは強さを増し、林に降りてくる光の筋も、いよいよ暖かくなってきた。

昼になって活発になった林の野鳥たちは、ウグイスが、嘴で落ち葉のなかに落ちた木の実をつつている。



晴天はどこまでも青く、晴れ空だった。もくもくの雲ひとつなくなった。春色の温かみがどこまでも青い空に満ちる。



いよいよ二人は、アキテーヌ家の居城に辿り着く。

円奈とアリエノールは、二人並んで馬を走らせ、ついに林のなかを抜ける。


林がひらける。

すると、広々とした平原にでた。


まず目に飛び込んでくるのは大きな湖だった。青色の、広々とした涼んだ湖が、視界に飛び込んでくる。

608 : 以下、名... - 2014/05/03 21:51:23.65 hFkL6S0t0 526/3130



「わあああ…」

そして円奈は、たまらず息をもらしてしまう。


湖の上に建てられている城。巨大な城。高さは50メートルくらいあり、大きさは湖に負けないくらいの、石造りの城。


湖の大きな水面に、城の姿が反射して映っている。湖のなかに景色が丸写しになっていて、見事な鏡写しの世界になる。



石造の城の壁は強固な凝灰岩を積み上げてつくられた。

見事な威容を誇る城の壁は、ところどころアーチ型の窓がつけられ、湖に面している。



そのアーチ窓のひとつひつつも、青色の湖のなかに反射して、水面のなかに城の姿を映している。

湖の青と、晴天の空。水面に浮かぶ城と、映る山々の自然の景色。見事な調和だ。



すっかり円奈は喜んでしまった。

「す、すごい…!こ、ここが、アリエノールさんの居城なの?」

609 : 以下、名... - 2014/05/03 21:52:34.05 hFkL6S0t0 527/3130


「ここはアキテーヌ家の居城」

と、アリエノールは、話し出した。

「わたくしアリエノール・アキテーヌの居城ですし───」


「あ、まってよお!」

円奈は、あわてて、クフィーユの馬を足で挟んで合図おくり、アリエノールについていった。

クフィーユは走った。

「アキテーヌ家の治める領土の城であり───」

アリエノールは、馬をさっさと前へ歩かせ、淡々と語る。ドレスの裾は、もちろん、左右にかけわけて、足を隠す。


「民を治める支配の場所でもあるの」


アリエノールについていって、円奈も、城に近づいた。


「民と、領主一族を───領土に縛り付ける磔の城」


城がちかくなればなるほど、その景色の壮観さはまして、円奈は、見たこともないくらい石が積み上がった城を、真下から見上げた。

増したからみあげると、城は空にまで聳え建つかのようだった。

610 : 以下、名... - 2014/05/03 21:53:36.08 hFkL6S0t0 528/3130


城は、農村に面していた。



農村があり、民家があり耕地があり、白い毛皮の羊たちが群れる羊牧場があり、その中心に領主の城がある。


だから、城に入ると、そこに暮らす農民・農奴たちの目に、二人は触れる。


「アリエノールさまだ!」

と、羊を放牧していた農民たちが、口々に、大きな声をあげる。

「アリエノールさまが、もどっておいでだ!」


すると農村から、何人かの男や、女たちが、自分たちの領地の魔法少女の帰りを、迎えに集まってきた。


「アリエノールさま!」

羊毛を紡錘の糸車で紡いでいた女たちが、作業を中断して魔法少女の帰還をでむかえる。

「ああ、アリエノールさま、おかえりなさいませ!」


農民たちは、泥に塗れた手袋で額の汗をぬぐい、魔法少女の帰還に、喜びの声をあげる。


みんな、アリエノールが領土に帰ってきたことを、本当に喜んでいるみたいだ。

611 : 以下、名... - 2014/05/03 21:54:42.71 hFkL6S0t0 529/3130


それだけの歓迎を、農村の人たちから受けているというのに、アリエノールはというと。


農民たちの声をほとんど無視して、まっすぐ居城への道を馬を進ませていた。

領主と騎士しか入れぬ支配の城へ。


農民には目もくれず、ただまっすぐ城だけ見つめて。


「あっ…えっと…」

すると気まずくなるのは、円奈のほうだった。

アリエノールこそは、領主の一族として、魔法少女として、農村に知られた少女だったが、それに付き添っているピンク色の髪と目をした騎士などは、農民からしたらまったくのよそ者だ。


「えっと…こん……にちは?」

円奈は馬上から農奴の人たちを見て、挨拶し、笑って見せたが、農民に無視された。

「あはは…」


苦笑い。


基本的に、農奴という人たちは自分の領地を離れない。領主の許可がないかぎり、領地を出てはいけない。

ひどい領地になると、見張り役の監督がいて、勝手に領地をはなれた農民にむけて弓矢を撃つなんてこともある。

それだけでなく、農業をさぼり、鋤と鍬をもって耕さない農奴を、びしばし鞭うって回る。

それが農奴と領主一族の関係である。


そんな封建的社会のなかで、よそからやってきた顔知らぬ異邦人など、警戒と排除の対象でしかないのだった。

612 : 以下、名... - 2014/05/03 21:56:15.91 hFkL6S0t0 530/3130



円奈は、アリエノールについて馬を進め、城をめざして進みながら、農村のあらゆる光景を見つめた。


農村の煙突をもった家々が野原に立ち並んでいる様子や、農民たちが、羊毛を糸紡ぎ車で紡いでいる様子。


羊から、ふわふわした毛をハサミで刈り取っている作業をしている女の様子。


ハサミは、刃同士をこすり合わせるタイプの鉄の糸きりバサミ。



農村では、いくつかの家畜が飼われる。

羊がその代表格で、農民たちは、羊を牧場に放牧し、育て、羊毛をとる。とれた羊毛は市場へ売りにいく。
自分たちの衣服をつくるために、自分で糸を紡ぐこともあった。


羊毛を紡ぐためには糸巻き棒つきのはずみ車という道具が必要になる。

羊毛まず手で洗い、けばだてたら、はずみ車の溝を通る糸を指でほぐして、糸巻き棒に巻きつける。



他の家畜はというと、鶏が飼われ卵が採取される。

ウールのエピロン姿をした農村の女は、数匹の鶏を飼っていて、小皿にいれた餌を手でぱっぱと野へばら撒く。
群がる鶏たちがその餌を啄ばむ。


鶏たちは足をロープで杭につながれていた。放し飼いというよりは、繋ぎとめて飼っていた。

613 : 以下、名... - 2014/05/03 21:58:30.35 hFkL6S0t0 531/3130



農村は、もちろん、農業が中心であるが、栽培するのは麦だけではない。

この農村では果樹園もいくつか持っている。主に育てられるのはブドウだ。


果樹園は、城壁のすぐ下、騎士たちの管理が行き届くところに設けられ、木造の柵に囲われて経営される。

庭園としての果樹園は、決して広くはない。

そこでブドウは丹念に育てられる。

ブドウの実は、熟した実をとって樽の中にいれ、はだしの足で踏んづけて汁を絞り出した。


この汁から、ワインがつくられるのである。


果樹園は、農民の経営によるものでなく、城に住まう騎士たちの経営する庭園だった。

しかし騎士たちは、経営するといっても、現場監督としてそこに立つだけで、実際の作業をさせられるのは結局農民たちであった。

こういうのは、領主や城の騎士たちの権力で経営される私的所有の果樹園ということで、”荘園”とよばれる。

614 : 以下、名... - 2014/05/03 22:00:29.00 hFkL6S0t0 532/3130


さて、ここの農村ではどんな農業が営まれているのだろう。

円奈が馬をすすめながら見たのは、平原にひろがる耕地の、長細い線模様がたくさんついた広い畑だ。



長くひろい麦畑が、農地の、あっちこっちにある。どれも、細かく線引きがされた縞模様をしている。


この線模様こそ実は重要で、広い畑において、農民たちが耕す範囲を分担するための線だった。


つまり、農奴たちが担当する個人ごとの範囲は、この線引きによって区切られ、分担されている。

線と線のあいだの幅は、ちょうど一人の人間が鍬で土地を耕すのにちょうどいい広さで、農奴が一人、この線と線のあいだの範囲を前後に行き来するだけで、担当範囲の耕地をまかなうに足る。


だから線が大量にひかれて、あたかも縞模様のようにみえるのであった。



こうした細かくタテに線引きされた畑が、農村には、基本的には三箇所ある。


三箇所つかって、サイクルをする。


春に耕す畑、秋に耕す畑、放牧のために使う休耕地という三種類の使い分けを、三つの畑で、三年に一度、1サイクルさせる。


なぜ休耕地が必要かといえば、麦を育てるための肥料に、羊のふんが必要だからである。



春畑、秋畑、休耕地という三つの使い分けを、年ごとにローテーションし、三年すれば一周する。


この農業方式は、三圃制農業と呼ばれる。

615 : 以下、名... - 2014/05/03 22:01:59.70 hFkL6S0t0 533/3130



冬畑に蒔かれる種は、ライ麦であり、上質な麦である。これは、夏に収穫される。

春畑に蒔かれる種は、大麦という、ライ麦に比べれば品質の落ちる麦である。秋に収穫される。


畑は種蒔きのときも、刈入れのときも、農民たちに仕事を命令をくだし見張る、現場監督の役につく騎士がいる。

もちろんこの耕地からとれる収穫量のいくほどかが、領主の手の内へ貢納されるわけだが、税率は、領邦君主たちによってまちまちである。ここアリエノール公家では、農奴たちの税は、とれた収穫物全体の10分の1が税である。



三圃制農業は収穫を確保させてくれるが、働かされる農民は、所詮は奴隷であった。





しかしここアキテーヌ領の農奴は、比較的安定した収穫高もあって、苦しい生活を強いられてはいなかった。



三箇所ある畑は、近いところ同士につくるのではなく、それぞれ三つとも遠くに別離させたころにつくる。


これは、畑を守るためである。


たとえばイノシシや狼が森から降りてきて、春畑が荒らされたとしても、秋畑を遠くにはなしておけば、そっちまで荒らされる可能性は低くなる。冬でシモができて、春畑がダメになったとしても、秋畑を遠くにはなしておけばそっちまでダメになる可能性は低くなる。

というふうにリスク拡散をするためだ。





馬を飼うため、農村では、干し草もつくる。


それを農民の女たちが、草を刈り取り、一箇所に集めて、一日中、陽にあてる。

この干し草が馬を飼うための餌になる。

616 : 以下、名... - 2014/05/03 22:03:27.81 hFkL6S0t0 534/3130


円奈は、さまざまな放牧、羊毛の大きな紡ぎ車、役畜のひく牛車、鶏の放し飼いや果樹園など、バリトンの村にはみられなかった人々のいきいきとした農村の生活に目で触れ、驚きながら、ついに、居城の入り口にきた。


居城の入り口は湖に面していた。入り口の跳ね橋は鎖でもちあげられていた。


つまり、この跳ね橋を渡らないと、城にはいれず、湖にはばまれる。


「アリエノールさまのお戻りだ!」

城の兵士たちが叫び、そして、跳ね橋が降ろされる。鎖がキイキイと音をならし、跳ね橋がおり、湖に面した城の入り口に橋が掛け渡される。


跳ね橋の鎖は、巻き上げ機が降ろす。


鎖を巻き上げるとき跳ね橋は持ち上がって、鎖を降ろすときは巻き上げ機をゆるめる。

巻き上げ機のL字型アームを、左右男の兵士二人がかりでタイミングあわせて回し、ゆるめ、アリエノールのために橋を降ろす。


農民たちが集まり、見守るなか、魔法少女は跳ね橋を馬でわたって、城門の鉄格子をくぐった。


本来ならば領主一族か騎士しか入れぬ農村の居城に。


「うう…」


円奈は一瞬、自分も入っていいのかとすごく不安になったけれど、アリエノールにおいていかれて農村に取り残されるのはもっと不安になることだったので、どうか何事もありませんようにと心で祈りながら、城へと入った。


明日、このダキテーヌ家の居城で、”魔法少女叙任式”が、催される。


「馬はここに」

アリエノールは、小さくつぶやいて、城壁のなかの郭の、芝生の生えた中庭の納屋に、馬をいれた。

「ここを使っていいわ」

魔法少女の、声は元気がない。事務めいた口調。円奈は、心中でアリエノールのことを不安がった。


農民たちが降ろされた跳ね橋から顔をのばして、魔法少女をみつめ、視線が集まっている。

アリエノールはまるでその視線を毛嫌いするみたいに、とっとと、城の中へ早歩きするのだった。

617 : 以下、名... - 2014/05/03 22:05:37.45 hFkL6S0t0 535/3130

118


アリエノールに続いて、鹿目円奈も、歩いてアキテーヌ城へ入る。


最初の城壁をくぐると、その中に、さらに城壁があった。

二重の守りを固めるこの形式は、二重同心型城郭、または集中型城郭とよばる。

もっともそれは正面だけで、まわりを湖に囲まれている城は、途中で合体してしまっているタイプだった。



緑色の芝生を通り、最初の城門を通ったあと、二つ目の壁の城門を、円奈はくぐった。



鉄格子をくぐり、槍と盾もった鎧の守備隊たちのあいだを通ると、入り口係りの守備隊たちが、木でできた扉を両開きにバカっと開いた。

中に招き入れてくれる。


いよいよ、鹿目円奈は、お城の中に騎士として入城するのである。

城のなかは、廊下になっていて、日の光はなかった。円奈はその暗さに驚く。



ギイイ…

中に入ると、ふたたび扉が音を鳴らし、入り口係りによって閉じられた。


バタン。


城内が一気に暗くなる。

目の前が真っ暗になって、なにもみえなくなり、円奈は目をパチクリさせる。


すると目も暗闇に慣れてきて、城の中がみえてきた。


城は、廊下の両側の壁側に蝋燭が立てられて、わずかばかりの明かりが灯っていた。


蝋燭は、壁の突き出し燭台にたてられて、仄かな火を小さく灯している。


そんな城の廊下を興味心身に見回していた円奈だったが、すると、アリエノールのふうというため息の声を耳にした。

618 : 以下、名... - 2014/05/03 22:10:03.86 hFkL6S0t0 536/3130


「アリエノールさん?」

城の暗闇で、円奈が彼女の名を呼ぶと。


「気が重たいわ…」

と、オレンジ色のガウンを着た姫は、目を伏せてため息をついた。



「アリエノールさん、元気、ないです…城にきたときから…」

円奈は心配する。「農民の人たち、みんなアリエノールさんの帰りを、喜んでたのに……」


「あんな人たちなんて!」

すると、アリエノールは、怒った声をだす。円奈はびくっとして、身構えてしまった。



「私を、魔法少女としてしか、みてないんだわ!」

そう言ってアリエノールは、早歩きで、ドレスの裾つかみながらとっとと廊下をすすんでしまった。


「あ、まってよお!」

さっきもいったようなセリフで、円奈は慌ててアリエノール姫をおいかけた。



城内の廊下を進み、突き当りの門にくる。

アリエノールはそこで足をとめ、すうと息を吸った。まるでなにかの覚悟を、ここで据えてるみたいに。


「口ウラをあわせましょう」

と、アリエノールは木の扉の取っ手にかけながら、思いついたことを口にした。

「えっ?」

円奈が、アリエノールの意図がわからずに、聞き返す。

「私の話しにあわせるのよ」

アリエノールは円奈に背をむけたままで告げ、すると、扉をあけた。

「あの…それってどういう…」

「私は、あなたを傭兵として、雇ったという話に」

「よ、傭兵…」

「そう」

アリエノールはするとくるりと円奈に向き直って、優しく笑った。

「私に雇われた騎士として」

「傭兵の騎士…あはは…」

円奈は、弱々しく笑った。

そういう建前でもなければ、きっと一国の城にも入ることも本来は、許されないんだなあ……。

素性が知られたら、あっというまに牢屋にいれられてしまうかも。


こんな時代である。許可なき入国者には甘くない。


だからアリエノール姫の雇われ傭兵騎士という設定は、思えば円奈にとっては今や命綱だ。

619 : 以下、名... - 2014/05/03 22:11:48.75 hFkL6S0t0 537/3130


アリエノールはニコリと笑って、円奈に一瞥くれると、扉をあけて前に進み出た。

円奈も、緊張しながら、城の扉の先へと、進む。


「わあ…」

円奈は、そこでまた感嘆の息をもらす。


扉をあけるとそこには、さっきまでの暗い廊下とは打って変わった、明るい日差しの空間がひらけていた。

日差しは、アーチ型の窓から差し込んできた。白色の日差しは、城の大広間とよばれる空間を照らす。


窓のむこうには、涼んだ青色の湖が見渡せた。湖のむこうでは鳥が泳いでいた。


大広間の壁は白色の切石でできていて、天井は木の柱に支えられていた。


その天井は、豪華なシャンデリアが鎖でぶらさがる。

シャンデリアとは鎖で燭台を天井に吊るし、ともし火で明かりにするものである。


部屋の中心は、テーブルクロスの敷かれた大きな食卓テーブルが、ドンとおかれている。

テーブルには、木製の椅子の席がいくつか、並べられていた。


領主の一家はふつうここで食事をする。



窓とは反対側の壁には大きな暖炉があった。暖炉は壁に埋め込められていて、凹んでいる。食卓の前にある。
暖炉の内部は、鉄の掛け台に丸太を横向きにして置き、火を燃やす。


暖炉からでる煙は、城内の煙道を通って排出される。

煙道は、煙突とはちがって、細やかな小さな穴であり、よくみないと気づかないような、ぶつぶつした穴だが、ここを通って煙が、城の屋根へ、たちのぼって空気中にでる。

620 : 以下、名... - 2014/05/03 22:13:04.60 hFkL6S0t0 538/3130



暖炉の真上には、絵のようなものが、実際は彫刻だったのだが───描かれていた。


横長の長方形の額のなか収まっている彫刻で、馬にのった少女が、馬上で槍を伸ばし、醜く年老いた魔女をやっつける場面が、彫刻にされて、描かれていた。


この時代における、人間たちが思い描く魔法少女の像だった。


あとで、というかのちに辿り着く王都の城下町で円奈は、いやというほど知ることになるのだが、人間は鹿目まどかの改変後の世界でも相変わらず、魔獣という存在への理解が、あいまいであった。


時折人の心をくい、廃人にする呪いは、魔獣とか、”魔女”の仕業だと、考えた。


魔女は、夜な夜な角の伸びた山羊にまたがって夜の集会に飛び出す。箒にまたがって夜の集会にとびだすときもある。
そして人間たちにときおり、悪さをする。その集会でも、特に大規模なものは、ヴァルプルギスの夜とよばれる。

それをやっつけ、民を守ってくれる存在。騎士を従え、盗賊や、他国の侵略から保護する者。

それが魔法少女だ。

621 : 以下、名... - 2014/05/03 22:14:13.05 hFkL6S0t0 539/3130


「おお、アリエノール!」

すると、彫刻の額をぼうっと見上げて眺めていた円奈の耳に、男の老人らしい声が、はいってきた。

「もどったか、アリエノール!」


円奈が声のしたほうをみると、やや年をとった男が、大広間の石の階段を降りて二階から下へ、くだってきた。

手すりをつかみながら一歩一歩、歩調を確かめながら降りてくる。


「おじさま」

アリエノールは、小さく囁いた。


男は、城主だった。


城主である人間の男は、ウプランドとゆばれる、豪勢な衣装を身にまとう。布製のワンピース型の衣装をきたその城主は、腰に金メッキの施されたベルトを巻く。


ウプランドに隠れてみえないのであるが、男はリンネルのシャツ着用し、足はウールのストッキングを履く。

この時代ストッキングは女性用と決まった履物ではなかった。



「アリエノール!」

その60歳くらいの城主は、一階に降りてくるや、大広間の隅に置かれた掛け台から杖を一本とり、手に握るとその杖で大広間を歩きながらアリエノールの名を何度もよんだ。

「アリエノール!」


「きこえていますわ」

アリエノールは、疲れた顔して、はあと息はいた。「何度も」

622 : 以下、名... - 2014/05/03 22:15:58.85 hFkL6S0t0 540/3130


城主は、髪と顎髭が茶色い男だった。顔に皺があり、目つきは生気が鋭い。杖でてくてく歩き、大広間の食卓テーブルの前にくる。席につこうとして、その前に、杖をもちあげアリエノールのほうにむけた。


「またも城を勝手にぬけだして───」

城主の男は、険しい視線をアリエノールにぶつけ、杖の先をぶんぶん伸ばす。「どこにいってたのだ?」


「どこだっていいでしょう、領土はでてませんし」


「おまえの身勝手さに、民は不安を覚えておる!」

城主は、まだ杖をつきだしてくる。その足元がふらついている。


「よいか、おまえがいなくて────」


城主に叱られながら、しかし説教にはうんざりといった顔を、アリエノールは露骨にだした。

はあああと大きく息をはいている。


「だれが民をまもれるのだ?」



「私がいたところで、どうにもなりませんわ」

アリエノールは、ため息と一緒に、そう告げる。


「バカなことをいうな!」

城主が叫び、そして、咳き込む。「うご……けほっ!」すると、大広間の壁際に立っていた召使いのエプロン姿の女何人かが、城主にかけよってきて、彼を支えた。


「おまえは魔の獣と戦って、民を守る───」

城主は、召使いの女たちに手伝われて、どうにか食卓のテーブルにつく。ふらつきながら席に腰かける。

「それがおまえの役目だ」


城主はテーブルにつき、水差しをもってブドウ酒をグラスに注ぐ。


「”国の守り手(魔法少女)”としての」

623 : 以下、名... - 2014/05/03 22:16:55.96 hFkL6S0t0 541/3130



「…」

アリエノールは、黙りこくる。無口になって、地面をみつめる。


城主の、なじりと説教はやまない。

「戦いにも出ず、魔女とも戦わず、わしの許可もなく城をでる!民は不安がっておる────”アリエノールで、この村は安全なのか”と」


アリエノールは何もいわない。



「わたしは戦いたくなんてありません」


アリエノールは、下に俯いたまま、呟く。


「それでも、国の守り手か!」

城主は一喝し、ブドウ酒をいれたグラスをやけくそ気味に、ぐいと飲み干した。顔が、怒りのせいか、赤い。

「よいか、おまえは、この地方の領主一族の孫娘だ。魔法少女の力を得て、民を守らればならん。きけば、隣町の農村はすでに、略奪に堕ちたとか。アリエノール、おまえだけだぞ、戦えるのは!」


「わたしは、戦いなくて怖くて、できません!」

アリエノールは泣き顔で叫び、すると、ドレスの裾をひきずりながら踵を返し、どこかへ早歩きで去ってしまった。

ぶんぶん怒ったように早歩きし、姫袖がゆれる。


「まて、アリエノール!まて、話は終わってないぞ!」


城主の怒鳴り声が大広間に轟くなか、アリエノールは完全に背をむけて無視して、城の扉をあけて廊下へ入った。

624 : 以下、名... - 2014/05/03 22:20:36.57 hFkL6S0t0 542/3130


「アリエノールのバカめが!」

城主は愚痴をこぼし、また、水差しからテーブルのグラスへブドウ酒を注いだ。

ふと彼は、ピンク色の少女がどきまぎした顔でその場に突っ立っていることに気づいた。

「なんじゃ、おまえは!」


「へっ!?」

円奈が、びくっと身を跳ねて反応する。「わ、わたし、は……」


「わしの領土の事情をききつけて、銭稼ぎにでもきたか?」

城主は、騎士を指差し、目を細め険しい視線を送る。「いっとくが、わしの金払いは、気前よくなどないぞ!」


「は、はあ…えっと」

円奈は、助けを求めるみたいに、右と左をみたが、もちろん、だれもいない。

「わたしは……アリエノールさんに誘われて……」


「ということは、傭兵志望だな!」

城主は、勘ぐった。「おまえが、アリエノールに付き従って、戦いに連れるのだな?それを約束してくれるなら、雇ってやる!だが失敗は許さん!」


城主は円奈を目で睨みつける。まるでこいつが、信頼に値する騎士なのかどうか、見定めするみたいに。

しょせん非力な小娘が剣やら弓矢で武装しただけではないか…と声が聞こえんばかりの、険しい目つきである。


いわゆる戦場はそうはいっても男ばっかなので、そこに立たされる魔法少女の付き添い役としても、同年代の女の子が魔法少女のおそばに仕えて話し相手になる。

だから、戦力を期待されているというより、魔法少女の心の支え役みたいな期待をされることのほうが、少女騎士の場合は、多い。

男ばかりの戦場で気が滅入ってきた魔法少女と一緒に食事してあげるとか、悩みをきいてあげたりとか、服を洗濯してあげたりする役目のほうが、多いし、魔法少女と少女騎士の組み合わせの意図は、だいたいそれだ。

しかしそれが大事なことではある。10代の女の子が戦いの運命を背負うのが魔法少女だから、そばに付き添う心の支え役がいるかいないかは、とても大きなちがいだ。

それでも小娘は小娘だ。度胸がなくては戦場では役に立たん。それを知っている城主の厳しい査定の目である。


円奈はその視線に、耐え切れない。


「ええっと……し、失礼します!」

ピンク髪の騎士はおどおど汗をたらしたあと、城主に一礼して慌ててアリエノールの去った扉をあけて、城主の前から逃げるとアリエノールをおいかけた。


口ウラあわすなんて、とても、できなかった。

625 : 以下、名... - 2014/05/03 22:22:47.94 hFkL6S0t0 543/3130




それしても自分の娘を魔法少女にするとは、鹿目まどかや、美樹さやかたちの世代の魔法少女たちが見たら、アリエノールのことをなんと不憫な、と思うかもしれない。


しかし時代が違い、価値観も違った。

領邦君主たちは、一概にはいえないが貴族たる者、領主の一族たる者、農民たちを守る義務があるとされていた。

魔法少女の存在が人の世に明るみになり、しかも表舞台に活躍するようになったこの時代に当てはめてみると、それは、つまり、領主一族の娘が魔法少女となり、魔獣の手や、他国からの侵略から自国を守る役目を担う、という義務になる。

これは魔法少女システムの理にもかなっている。

農民やごく平凡な人生を与えられた娘よりも、領主一家や王侯貴族のような身分の高い生まれの娘が魔法少女になるほうが、国の守り手として立派な魔法少女になれる。


つまり、城主は、農民の娘を魔法少女にさせて、危険極まりない命運を背負わせるのではなく、わが一族の長女であるアリエノールにこそ、農民たちを守る役目を与え、農民の娘たちには人としての生活を保障しようとした。

農民は農民らしく生き、城に住む領主の娘が魔法少女となり、農民たちを守護する、それが"ノブレス・オブリージュ"の理想である。



もちろん、城主は、娘が魔法少女となったら、それに従える騎士たちの部隊を編成するつもりでいるし、事実、アキテーヌ公家には200人ほどの軍隊が存在していた。

626 : 以下、名... - 2014/05/03 22:25:04.07 hFkL6S0t0 544/3130

119


「アリエノールさん!」

円奈は、城の暗い廊下にもどって、アリエノールを追いかけた。

「アリエノールさん!」

返事がない。


円奈は、蝋燭の火を頼りに、石壁の廊下を駆け足で抜けて、扉をあけ、アリエノールを探す。


「アリエノールさん!」

扉をあけたら、階段があった。

二階へと繋がる階段だ。


円奈は、それを駆け上ろうとする。

すると、背中に取り付けていたロングボウの弓弦の上端部分が、天井にガタとひっかかって円奈はつっかえた。

「ううっ!」

慌てて背を低くする。


天井に火鉢が鎖で吊るされている。木でつくったロングボウはそこに引っかかってしまっていた。

円奈は、ぐらついた火鉢の傾きを元に戻して、ちゃんとまっすぐに調整し直してから、階段をのぼった。


ズリッ



「ううっ」

また、ロングボウの弓が何かにひっかかった。

こんどは、壁の突き出し燭台だった。弓がそこにぶつかって、蝋燭をふるい落としてしまった。

城内は暗くてよくみえない狭い通路だ。

627 : 以下、名... - 2014/05/03 22:27:00.91 hFkL6S0t0 545/3130



「ううう…ごめんなさい…」

円奈は、それをもちあげようとして、手を伸ばし、落ちた蝋燭に触れた。


「あちちちち!あっつ!」

そして、慌てて引っ込める。あまりの熱さに手をひっこめ、身体もあとずさる。


ガシャ!

「いた!」

すると、さっきの鎖に吊るされた火鉢に、こんどは頭をぶつけた。すると、火鉢がぐらついて、そこからも蝋燭が落っこちた。


「ううう…」


あっちもこっちも蝋燭が落ちて、どうしようもなくなった円奈は。


「こ、こんなことしてる場合じゃない…」


諦めて、階段を通り過ぎた。

狭すぎるのがいけないんだから。


ロングボウはその名のとおり、弦が特別に長い弓だったので、小さな通路を通ると、とにかくいろいろなものに、ひっかかった。

628 : 以下、名... - 2014/05/03 22:28:11.40 hFkL6S0t0 546/3130



二階にのぼって、木の扉をキイとあける。


「アリエノールさん…」

彼女の名前を呼ぶ。


アリエノールは、二階の城のバルコニーにいた。

湖と緑の森林が見渡せるバルコニーは、白色の石造の手すりに囲われていて、ベランダのようだった。


アリエノールはそのバルコニーで、手すりに手をかけ、切なそうな後姿で、城から山脈の世界を眺めていた。


その、春風に腰まである長い髪をなびかせてバルコニーに佇む姫の切なげな姿が、綺麗だった。


「アリエノール、さん…」


円奈は、ゆっくりと話しかける。「探しました…わたしひとり、おいてかないでください…」


そっと、アリエノールの隣に、ならぶ。自分も城のバルコニーから湖と森林、雪景色の山脈をながめる。


「…」

アリエノールは押し黙ったままで、しばらくバルコニーで髪をそよ風にふかれるままにしていたが、やがて、話しはじめた。


「おじさまは民を守れるのは”わたしだけ”と」


「…」

円奈もバルコニーの手すりに手をかけた。城にふけつける風が、円奈のピンク色の髪にふきつけ、額が露になった。

「あなたも、こんな世界を旅してるおかたです。みてきたでしょう?魔法少女の暴力────」


アリエノールの手すりに置いた手が、強く、握り締められた。その左手には、指輪がある。

「人と魔法少女の殺し合いを…」

629 : 以下、名... - 2014/05/03 22:29:20.00 hFkL6S0t0 547/3130



「…」

円奈は、この領地に辿り着くまえ、情け容赦なく殺しあう人と魔法少女たちをみた。
その戦いに巻き込まれ、命を奪われるところだった。



「おじさまも、民も、ここではだれもが、同じことを私にしろと期待する」


アリエノールは、そっと、つらそうに目を細めた。長い睫毛が際立ち、少女の目はとても、悲しそうだった。


「あんな戦い……したくないのに」


「…」

円奈は、アリエノールのことをおもった。

自分は騎士として自分の意思で、この危険な世界の旅にでたけれど。


アリエノールは、意志も関係なく、魔法少女とされて、あんな殺し合いの世界に身を投じることを期待されているなんて。

それも、城主からも農民からも、まわりのすべての人たちから。


領地を逃げ出して、森で1人にもなりたくなる。

アリエノールという魔法少女は、そんな、自分の運命に嘆く姫だった。

630 : 以下、名... - 2014/05/03 22:30:13.00 hFkL6S0t0 548/3130


「”魔法少女”として───」

アリエノールは、強く握り締めた手を、手すりからおろす。長い姫袖が、ダランと垂れた。


「戦いもしないわたしを、民はどう思うでしょうか…?」

アリエノールが振り返って、円奈をみた。悲しそうな目に水滴を溜めて。

「戦わないわたしを…戦わない魔法少女であるわたしを…責める?」



円奈は、アリエノールを見つめた。美しいガウスドレスの姫をみつめた。

いっぽう騎士姿の円奈は、チュニックにベルトを巻いて鞘に剣差した、背中にはロングボウをとりつけた姿。


何年も着古したチュニックはみすぼらしくて、足首の肌がみえてしまっている状態。


対するアリエノールは、まさにお姫さまといった服装。姫袖に大きな腰のサッシュリボン。引きずる裾。

対照的な二人だった。


二人がしばらく見つめあったふと、円奈が口を開いた。


「責めません」

円奈は、静かに、目を閉じて、そう答えた。


「誰も、アリエノールさんを責めることなんて、できないです。だって…」


アリエノールは姫袖の腕同士を、重ね合わせて握る。

どこからともなくこんな言葉が口から出てきた。

「”魔法少女を責めることができるのは、同じ魔法少女の運命を背負った子だけ”と。わたしはそう思います」



アリエノールは、大きく目を見開いた。

631 : 以下、名... - 2014/05/03 22:32:09.71 hFkL6S0t0 549/3130

120


そのころ大広間では、城主がまだ愚痴を口からこぼしながら、食卓テーブルの果物にありついていた。


荘園や、果樹園でとれたブドウ、リンゴ、ナシ、市場で取り寄せたイチジク、オレンジ、レモンなど。

ぜんぶ同じ皿にドーンと盛り付けられている。


それらを手にとり、小さな皿にわけると、城主は、ぐちゃりと口にして食べる。


「まったく、アリエノールは!」

食卓テーブルの席で果物を口にする城主の愚痴は、大広間の壁際に行儀よく待機している召使いの女たちが無言で拝聴する。



城主は、ナシをかじる。口でごもごも、言葉をだしつづける。

召し使いの女たちは、エプロン姿のまま、俯き加減に下をむいたまま。

「戦いたくない、だと?」

城主は、ため息を強く、漏らす。

「国の守り手としての使命があるというのに。これでは民を守れん」

城主は苦しそうに、声をあげる。


孫娘アリエノールが魔法少女になったが、魔獣の一匹たりとも退治してくれない。

これが城主を悩ませる。

632 : 以下、名... - 2014/05/03 22:34:21.62 hFkL6S0t0 550/3130


ほっとけば、そのうち農民の娘のうちから契約した魔法少女が誕生して、農民が力を持つようになってしまう。


農民の娘たる魔法少女が、領主一族に対して、たとえば”税を軽くしないと魔獣を倒してあげない”なんていいだしたら、農奴たちはごぞってその娘に味方して、税の軽減を訴えてくる。

これは支配側の領主一族にとっては一大事だ。

「よわったものだ。アリエノールには魔法少女の務めを果たしてもらわねば…」

城主には城主なりの、悩みがあるのであった。

「この一族にも権勢が保てん」


「そう、気を病みにならないで、おじさま」

すると、別の少女の声がした。


アリエノールではなかった。


新たに大広間にやってきた少女は、見た目の年齢だと17歳くらい。背は高く、コットの服を着た姿。

黄土色のコットの上着の上に、茶色の胸当てをつけ、長い裾を引きずりながら、頭にはサークレットをつけて、二階から階段をおりてくる。

彼女の上品そうな装飾品の数々をあげようとしたら、暇がない。

宝石をあしらったネックレス、ペンダント、ブローチ、飾りピン。ブローチはアメシスト。


これらは、”姉”から、譲り受けたものであった。

633 : 以下、名... - 2014/05/03 22:36:37.25 hFkL6S0t0 551/3130


「おお、カトリーヌか!」

城主は、降りてきた孫娘の名を呼ぶ。


カトリーヌは階段を、手すりに手をかけながら、そっと優雅に降りてくる。二階から一階の、大空間へ。
その動きはゆるやかで、ふわりと宙を舞うかのよう。


コットにあてた胸当ては、ブラジャーのようなものを連想してしまうかもしれないが、それではなくて、胸のふくらみの間にあてられる厚い衣服だった。これを胸にあて、腰につけると、腰だけ、きゅっと引き締まったスタイルになる。

コルセットに近いともいうべき胸当てであった。腰から肩まで、胸が引き締められる。ふくらみだけ開放されるというスタイル。


「ああ、カトリーヌ、意思は変わらないのか?」

城主は、さっきのぶつぶつ愚痴をこぼしていた挙動とはうってかわって、姿勢を正して椅子に座りなおると、孫娘を迎える。

「アリエノールが戦わないからって、おまえまで、”魔法少女”になるというのか?」

「私自身が決めたことなのです」

カトリーヌは、一階に降りてくるや、城主にむかって、やわらかく笑いかけた。

「姉上のぶんも、わたしが戦います。そう、自分で決めたのです」


「その決意が変わらないなら、”叙任式”が、明日だが…」

城主は、眉をさげ、悲しそうな顔をしてカトリーヌをみた。「ほんとうによいのか?契約をして魔法少女になってしまうのか?」


「気持ちに変わりはありません」

カトリーヌは、城主の老いた手に自分の手を重ね、やわらかむ微笑む。城主をみつめる。

「民を」

カトリーヌの声が、大広間に、和やかに響く。「この城を」


城主は、カトリーヌのやわらかな少女の手を見下ろす。

「そして姉上を、守りたいのです。わたしの力でそれができるなら」


アリエノールの姉妹で二女であるカトリーヌは、姉のアリエノールが魔法少女としての務めを果たさず破棄しているのをみて、領主一族を守るために、そしてこのアキテーヌ地方の農民達のために、みずから”私が魔法少女になる”と名乗り出た。


そしてカトリーヌが魔法少女になり、契約するその儀式は、明日が予定されている。

634 : 以下、名... - 2014/05/03 22:39:36.25 hFkL6S0t0 552/3130



「おまえまで魔法少女になったら、新たな世継ぎを他国から探さねばならん。どこからかの公女をわが領土に招かねば…」

城主は、悩ましい顔つきをして、呟く。「アリエノールが戦いたくないなんて言い出さなければ、こんなことには…」


「姉上を、責めないで。おじさま」

カトリーヌは、優しく囁く。

「わたしが、姉のぶんまで戦います。戦う決意はあります。契約する気持ちも変わりません」

そしてカトリーヌは、城主の手に重ねた自分の手を持ち上げた。

妹のカトリーヌは、本来だったら跡取りとして人間の娘として生きることを望まれていたが、姉を守るために、と魔法少女になる決意を固めたのだった。

「姉上はお戻りに?」


「…ああ」

苦悩する城主は、答えた。「ついさっき戻ってきた」

635 : 以下、名... - 2014/05/03 22:41:34.52 hFkL6S0t0 553/3130

121


そのころアリエノールと鹿目円奈の二人は、城の一室のなかにいた。

円奈はアリエノールに誘われて、彼女の私室に入る。


城室は四角い部屋だった。


階でいえば三階で、ここまでは、階段塔という城の塔からのぼった。部屋の入り口は、木の扉で、蝶番で開けられ、中から鍵をかけた。

鍵は、閂式であった。


城のなかは、やはり暗かったが、アリエノールの部屋にも光採り入れアーチ窓があって、そこから夕日の光が差し込んでいる。アーチ窓には、鉄格子がはめ込まれる。


城の床は石で塗り固められていた。手で触れると冷たかった。木で組み立てられた質素な天蓋ベットがあり、アリエノールはそこにちょこんと腰掛ける。

円奈はというと、突っ立ったままで、部屋のまわりを見回していた。


部屋の石壁のくぼみ部分にはめ込まれた鉄の格子扉と、その中の棚にある陶器、水差し。


薪の上に鎖で吊るされた火鉢。火鉢の燃える部分の壁には、小さな穴がぽつぽつとあいていて、煙はここから外へ逃げる。


城の姫部屋ひとつひとつのものに、とにかく感心するばかりでいた円奈だったが、アリエノールに、誘われた。

「さあ、座って」

アリエノールは、木材の天蓋ベッドにしかれた毛布の、自分の隣を指でとんとんと触れている。


「えっと…いいの、かな?」

円奈は、遠慮がち。


「いいのよ」

するとアリエノールは優しく笑って、質素な天蓋ベッドを起き上がった。

腰まで伸びた背中をみせて、ゆっくりと城室のなかを歩いて、壁際に近づく。

636 : 以下、名... - 2014/05/03 22:48:30.76 hFkL6S0t0 554/3130



壁際の、火鉢の上にある棚から、ランプのようなものを手にとった。

円奈がそれをじっと見つめている。


ランプは銅製で、ポットのように注ぎ口と把手、蓋があった。


「魔法のランプの話を?」

魔法少女がランプを手に取ると、そんなふうに円奈に問いかけた。


「…ううん」

円奈は、首を横にふる。


「魔法のランプをこすると魔神がでてきて────」

アリエノールは青銅製ランプの蓋をあける。その中に、沈香とよばれる木片をいれる。

「願いごとを、なんでも叶えてくれるのよ」


「願いごと…魔法…」

まるでそれじゃ、魔法少女みたいって、円奈は思ったけれど、思えば目の前にいるこの少女こそ魔法少女だった。


「金銀財宝……不老不死……ひらけごまって唱えれば」

語りながらアリエノールは、ランプのなかにいれた沈香の木片に、火をつけた。


ランプは香炉としても使われた。


ランプのなかで沈香を炊くと、白い煙が、ランプから昇ってくる。

まるで本当に、魔神がでてくるんじゃないかって。


円奈はその光景を見つめながら、思った。


「武器はおいていいわ」

1.2メートルある長弓がアリエノールの手にとられて、城室の隅に立てかけられる。

剣納めた鞘も、壁にたてかけて並べられた。


チュニックだけの姿になった。

「座って」

アリエノールは質素な天蓋ベッドに腰かけ、隣に円奈を誘った。「さあ、ここに」


「うん…」

円奈は、緊張の面持ちしたままゆっくりと、アリエノールの隣に座った。

637 : 以下、名... - 2014/05/03 22:50:31.22 hFkL6S0t0 555/3130



ふわり、といった感触が、腰に感じられる。

アリエノールの部屋を、円奈は顔をみあげて見渡した。


城室の部屋は大きくはなかった。二人でいたら、狭く感じるくらいだ。

でも、棚や暖炉、陶磁や水差しをいれた凹みの格子窓、天蓋ベット、テーブルと燃える蝋燭の火…

どれも、初めて目にするものばかりだった。



「髪が伸びきっているわ」

アリエノールは円奈の、背中の後ろまで伸びてきたピンク色の髪を、手で梳かした。


「旅にでてから、きってなくて」

円奈が、苦笑いして、言った。「そんな余裕がなかったというか…」


アリエノールは天蓋ベッドの腰掛けたまま、箪笥の引き出しをひいて、中から木の櫛をとりだした。

お姫様必須の日用品である櫛で、円奈のピンク色の髪を、梳かした。




人に髪を梳かされるのははじめてで、しかも、それが領主の孫娘である姫にされていると思うと、身体が強張った。

「あ…あの…」

髪をとかされながら、円奈は、困った顔つきで、アリエノールをみた。「これって、立場が逆じゃ…」


「いいのよ」

アリエノールはすぐに答えて、小さく微笑んだ。髪を梳かす手はとまらなかった。「わたしにさせて。ね?」


「うう…」

円奈は、諦めて、前に向き直って、強張った顔で地面をみつめた。


円奈は自分が緊張するばかりで気づかなかったが、部屋にもどってくると、すっかり上機嫌にもどったアリエノールだった。

638 : 以下、名... - 2014/05/03 22:52:03.35 hFkL6S0t0 556/3130




アリエノールは目を瞑って、夢見るような顔つきで、ピンク色の髪を梳かし続けた。


「父は”アリエノール・ダキテーヌ”のように強く、華やかな女性であってほしいと────」

アリエノールが、円奈の髪を梳かしてくれつつ、後ろから話しかけてくる。

円奈は、自分の髪を梳かしてもらっているうち、次第に、心地よくなってきた。



「わたしにそう名前をつけた理由を」


それだけ聞いていると、アリエノールさんのほかに、アリエノールという別の人がいるみたいだけど…。

そうなのかもしれない。



「強くて華やかだといったって、”魔法少女”なんて生き方、したくなかったわ」


「…」


アリエノールは、悲しそうに、口にする。「私は、戦いたくなんて…」


「…」

頭に感じる、櫛の心地よさとは裏腹に、アリエノールの心の声は悲しくて、苦しいものだった。

私も騎士となったけれど……魔法少女は、それ以上に戦いに身をおく。


もし私も魔法少女だったら……耐えられるだろうか?あの戦いの世界に…。


そう思うと、苦しくなった。

639 : 以下、名... - 2014/05/03 22:54:37.16 hFkL6S0t0 557/3130


「グリーフシードの話、しってる?」


「…本のなかでだけ、読みました」

櫛で髪をとかされながら、円奈は、うとうとと答えた。眠たくなってきていた。

「魔獣が落とす種子だって……魔法少女に、必要なものだって……」


「…そう」

アリエノールは、小さく、円奈に囁く。「でも、魔獣と戦ったこともないわたしは──」

円奈を、人形かなにかのように、大事そうに、髪を扱う。

「グリーフシードを、”契りの魔法少女”から分けてもらっていたわ」


「契りの魔法少女…?」

そういえば、本で読んだことあるかも。

魔法少女と魔法少女が契約する関係のことである。

任期は1年と40日で、ちょうど、領邦君主が騎士を雇うような契約で、魔法少女が魔法少女を雇う。

臣従関係である。

封建制度の社会には珍しくないことなので、アリエノールは、自分が戦わない代わりに、他国の魔法少女を雇った。

いままでこの領土の魔獣退治はそうしてまかなわれてきたのだった。グリーフシード稼ぎも。

もちろんそれは、城主に幾度となく反対される。



「民とおじさまは私に失望して───」

アリエノールは、再び、話した。

「妹のカトリーヌが魔法少女になることを決めたの」


「じゃ、じゃあ…」

円奈が、顔をあげる。「それが…叙任式で契約するっていう…」


「そう、明日の朝、妹が魔法少女になるの」

アリエノールの口調は切なげで、重苦しい。「妹は自ら決めたのよ。戦いの世界に身を投じるって」


「…」


こうして1人、また1人と、魔法少女になる。

世界はこうして、魔法少女のものへとなっていくのであった。


昔の時代とくらべたら、比較にならないほど、今の時代は、魔法少女の数が多かった。

640 : 以下、名... - 2014/05/03 22:55:46.64 hFkL6S0t0 558/3130

今日はここまで。

次回、第14話「隣国のガイヤール城」

645 : 以下、名... - 2014/05/06 00:49:38.45 O9cWSLrG0 559/3130

第14話「隣国のガイヤール城」

122


エドレスの領地。ダキテーヌ居城から50マイルくらい離れた場所で。


ガイヤールという小国の領主であり魔法少女であるギヨーレンが、その居城でいったりきたりしていた。


ここも立派な石造の城であった。ギヨーレンがうろうろ、居城のなかでいったりきているは城の大広間で、アーチが高くてタピストリーが何枚も壁側には垂らされていた。


王の間ともいうべき空間だ。


大広間のなかは、アーチ型の開き窓から日の光が差し込む。その陽光が採光されて、城内に映る。


ここガイヤール城でいったりきたりする一人の魔法少女は、この城の王。ガイヤール国の王で、領主で、強力な魔法少女で、農民たちから税をとって、魔法少女同士の領土争いたえぬこの乱世の時代の優れた戦術家でもあった。



「まだか!」

と、ギヨーレンは王の間にて、手下の騎士に怒鳴り散らした。

怒鳴ったというっても、魔法少女の声は可憐な少女の声であった。



「あの二人は、まだなのが?」


その甲高い魔法少女の声が、城内に轟く。魔法少女は毛皮のマントを羽織り、いったりきたりするたび、ふわりふわりと背中のマントがうきあがる。それは、勇姿であった。

646 : 以下、名... - 2014/05/06 00:51:22.40 O9cWSLrG0 560/3130


手下の騎士は、銀の鎧を着て手に槍をもった衛兵の格好で答えた。「まもなく参ります」


「それは、よかったが!」

マント姿の魔法少女はバンと手をたたいて、感情の昂ぶりを身振りに顕した。

「どれほどの騎士と兵士をつれてだ?数は、どれくらいだ?それ、いってみろ!」

嬉しそうな王がいうと、はたっと毛皮のマントがはためいた。


「それが…」

騎士は気まずそうに、歯をかみしめた。

しかしここは腹をくくってと、前を向いていった。「兵はただの1人も連れておらず…」


「はあ?」


「単独で参りました」


「…は?は?」

王の魔法少女は目をまん丸くして、するとそのときバーンと城の大広間の扉が開けっぴろげられた。


二人の魔法少女が、城の大広間に勢いよくはいってきた。てくてくてくと歩き、前にやってくる。

1人は兜を手にもった鎧姿の少女で、もう1人は鎖帷子を着込んだ少女。


二人とも魔法少女であったが、服装も格好も騎士と変わらない武装姿であった。

647 : 以下、名... - 2014/05/06 00:55:01.20 O9cWSLrG0 561/3130


「おお、きたが!」

ギヨーレンは二人の魔法少女の登場に、嬉しそうにぱあって顔を明るくした。

ばっと手をひろげ、堂々然として、すると毛皮のマントも広がった。


「さあさあ、共にたちあがるぞ!」

と、ギヨーレンは大声で語りだした。ガイヤール城の大広間に、その声が隅々にまで轟く。

「ともに、ダキテーヌ家をやっつけ、あの領土をわがものにしてしまおうぞ!よいか、魔法少女とは戦う存在なのだ。なれば、戦いに勝って強くなることは、魔法少女の最大の名誉だが。これで余の名声は、いよいよなりとどろいて、民は、いっそうよくしたがうことになるだろうて!ほかの魔法少女連中も、ますます、余に頭をさげねばなるまいが!」



二人の魔法少女は黙ってずがずがとギヨーレンの前にやってきた。

ギヨーレンの高々な叫びとは裏腹に、どこか冷めた態度の二人に、ギヨーレンはとまどって、うぬぬと唸って二人をみおろした。


様子のおかしさにきづいたギヨーレンは、まず緑目をした黒い短髪の魔法少女に目をむける。


「わたくしどもは、あす、故郷に帰らせていただきまする。」

と、緑目をした魔法少女、アクルスは言い出した。

「ああ?」

ギヨヘーレンはびっくり仰天した。この大事なとき、わが名誉と名声をかけた大事な戦いのときに、なにをいいだすのか!と。

怒りをふくんだ声でギヨーレンは、といただした。

「なぜだが?」

「わたくしが、あなたと契りを結んだとき、」


”契り”とは、もちろん領土をもった魔法少女同士の、例の臣従の契りのことである。


「あなたにしたがって戦いにでるのは、一年に40日かぎりと、おやくそくもうしたはずでございます。」

と、丁寧そのものの口調で、アクルスは頭を若干低くし、伏せ目がちのまま話す。

648 : 以下、名... - 2014/05/06 00:58:25.82 O9cWSLrG0 562/3130


「して、きょうがちょうどその一年と40日目。」

と、伏せ目のままアクルスが告げると、ギヨーレンははっとしたように顔を青ざめさした。

「わたくしの”子分”として義務は、ことしはもう、はたしおわりました。」


かわってもう1人の魔法少女、鎧着込んだ魔法少女は、きのどくそうな顔をしてギヨーレンにいった。

リークルという名の魔法少女であった。

「春がきましたので、故郷(くに)へかえって、村人どもの種まきを監督しなければなりませぬ。自分の村のことがいそがしくて、とてもこれ以上あなたの戦争につきあっているわけにはいきませぬ。」


「それではごめん。」

二人あわせてそう告げ、頭を同時に下げ、踵をかえして城をさってしまう。


ギヨーレンのとめる声もきかず、城内をでて郭の中庭にでるや、馬にまたがってひとむちくれると、ガイヤール城の石造アーチを潜り抜け、ゆたかな畑と林へと飛び出し、魔法少女たちはそれぞれの道へ去った。


「ぬがが!無念だが!」

頭をかきむしり、毛皮のマントをハラハラと舞い上がらせて領主の魔法少女は悔しがった。

「ぬぐぐぐぐ…」

うなりながら歯を噛み締め、顎をつかみ、城の大広間をいったりきたりする。

649 : 以下、名... - 2014/05/06 01:00:08.38 O9cWSLrG0 563/3130



するとそれを見かねた手下の騎士が、魔法少女に提言した。

「ギヨーレンさま、アキテーヌ城ごとき、われらだけで、落としてご覧いれます。」


「ほう?」

ギヨーレンは頭をかきむしる手をとめ、顔をあげ手下の男の騎士を見つめた。


「何か策…!」

ギヨーレンは騎士をみおろす。そしてビっと、大広間の玉座の壇から騎士を指差した。


「策略っ…!読み…!勝算っ…!あるのが?」


「策というほどのものではありませぬ。しかし、」

騎士は語る。

「アキテーヌ領の魔法少女といえば、戦うことを放棄した、取るに足らぬ魔法少女でございます。あなたほどのお人が負けるとは、あなたさまに長きに渡り仕え申した私の立場からみても、到底おもえませぬ。」

650 : 以下、名... - 2014/05/06 01:02:15.22 O9cWSLrG0 564/3130



「…アリエノールだが?」

「はい」

騎士は頭をさげ、伏目になって丁寧に答える。

「いまきくとこによれば、戦わぬアリエノールのことに業を煮やして、アドル・ダキテーヌはその妹を、魔法少女に叙任しようと動いているのでございます。しかしそうはいっても素人の魔法少女。重ね申し上げますが、ギヨーレンさまが負けるとは露も思えませぬ。」


「ほうほう」

魔法少女は顎をつかみ考える仕草をした。毛皮のマントが、頷く動作にあわせて上下にゆれた。

それからしばらくして、また頭を掻きはじめた。頭がかゆいからだった。


毎日お風呂に入る習慣はなかったし、シャンプーとかリンスみたいな洗髪料もなかったから、誰もがみな頭は、シラミだらけであった。

シラミこそ人々の悩み事であった。


それは魔法少女として同じで、領主や姫であろうと頭がシラミだらけで、しょっちゅう頭がかゆくなって手でかきっぱなしであった。


ギヨーレンは頭を手でかきながら、決断をくだした。

「われらだけで、戦いにでるぞ!」

「はっ」

騎士は顔をさげ、内心嬉しそうにしていた。

651 : 以下、名... - 2014/05/06 01:04:19.06 O9cWSLrG0 565/3130



戦いになることが嬉しいのではなく、部下の兵士たちに仕事を与えてやれるのが嬉しかった。


いわゆる騎士たちや傭兵たちは、戦争のときこそ仕事があるのであるが、平和だとかえって苦しい生活に見舞われた。


戦争こそが彼らの仕事であるだから、平和であるということは仕事がないことを意味する。


失業した騎士や傭兵は、食べ物をえるためになんの罪もない農村に襲い掛かって、火を放ち食べ物を奪い取るなんてことに明け暮れてしまう。

こうして盗賊や山賊と成り果てた傭兵たちは、今の世の中いくらでもいた。


それは魔法少女とて同じで、農地を荒らす魔法少女というのも存在した。


それに正規の戦争は、血みどろの紛争とちがってちゃんと相手の捕虜を殺してはいけない暗黙の約束のもと、おこなわれる。これは騎士道に拠る。


農民にとっては城主が交代するだけだ。


アキテーヌ家には、申し訳ないがその踏み台となってもらう。

652 : 以下、名... - 2014/05/06 01:06:59.56 O9cWSLrG0 566/3130

123


さてアキテーヌ城のほうでは、夕暮れがすぎ夜を迎えていた。

日は地平線の山脈のむこうに沈み、夜のとばりが地上におりてくる。



城は夜になると、あちこち燈台と松明、燭台に火をつける。



ゴーンゴーンと、城の塔てっぺんの鐘が音をならし、すると城は夜の景観へと姿を切り替える。




あたかもしれは、ほたるの光に囲まれたような姿で、城のあちこちに火がぽつぽつと、ともりはじめる。



夜の湖にも、城に灯る明かりの数々が反射して映った。



美しい夜の城の景観であった。



円奈はアキテーヌ城の裏側の外壁通路にでていた。

城から湖に囲まれた景色を見下ろし、虫たちの鳴き声を耳にしながら思いにふけった。


この外壁通路は、石でできた出っ張りの通路で増設された部分だった。

653 : 以下、名... - 2014/05/06 01:09:32.88 O9cWSLrG0 567/3130



通路に置かれたかがり火の松明が燃えている。通路の脇は、石でつくられたへりがあって、そのへりには、矢狭間という小さな隙間がいくつもあった。


外敵の侵入にあったとき守備隊はこの矢狭間から矢を射る。

もちろん、城が湖の上にドーンと建っているのも、ただ見た目の演出のためだけにたっているのではない。


城を建てるには水の確保という最低条件がある。


敵に包囲されたとき、城の内部で水の調達が最低限できなければ、城は一週間の包囲にも耐えられない。


だからこのアキテーヌ城にも、湖に城を建て、水を城内から汲み取れる地下貯水槽と井戸が存在する。


また水に囲まれることは、敵側にしても、梯子を城壁にかけるとか移動式やぐらを城壁にくっつけるとか、破城槌を運ぶことができなくなるので防御に大いに有利なのである。

654 : 以下、名... - 2014/05/06 01:12:12.52 O9cWSLrG0 568/3130



鹿目円奈はこの矢狭間つきのへりに手をかけ、夜の景色を城から、じっと眺める。


「どれくらい離れたところにきたのかな……」

と、独り言をつぶやいた。

故郷のことを思い浮かべた。


いまごろバリトンの人たちは、またあの山嶺河野の地にもどって、収穫と刈入れでもしているのかな。


こゆりちゃんも、紗枝ちゃんも、椎奈さまとは別の新しい魔法少女をみつけて、村に迎えているのかな。


すると円奈の後ろ、城外壁のアーチ扉から一人の少女が現れた。アリエノールだった。

「6ペンスの歌───」

アリエノールは、色のちがうガウンドレスに着替えていた。オレンジ色ではなく水色のガウンに着替えていた。
サッシュリボンは白色で、相変わらず裾をひきずった。

「ポケットいっぱいのライ麦と24羽の黒ツグミをパイの中に焼きこんで──」

アリエノールは歌を口ずさみながら、円奈の隣にきた。そして彼女も矢狭間のへりにてをかけた。

「パイを切ったら黒ツグミが歌うのよ」

655 : 以下、名... - 2014/05/06 01:14:04.46 O9cWSLrG0 569/3130


円奈はさっき抜き取られた武器と弓を手に戻していた。背中にイチイ木のロングボウを取り付け、腰にまいた革ベルトには鞘と剣。


騎士姿にもどって、夜の城を見回して眺めた。


ところどころに灯した松明の火。明かり火。城をみあげると、どこまでも明かり火が点々とあって、城を夜の暗闇のなかに浮かび上がらせている。


どこからか、城のなかで女たちの奏でるハープの音が、円奈のいる外壁通路にまできこえてくる。



円奈はへりの手すりに手をかけたままで、城の外の山々の夜景をみつめていた。


アリエノールは円奈のピンク色の髪に赤いリボンが結われて、ゆらゆらと夜風にふかれて靡いているのに気づいた。


「そのリボンは…?」


「ああ…あのね、これは」

円奈は、来栖椎奈が自分の髪にリボンを結んでくれたときのことを思い出した。

「私を騎士にしてくれた魔法少女から、もらったんです。お守りにって。その人は、”ある人から授かったものだ”って」

656 : 以下、名... - 2014/05/06 01:16:28.58 O9cWSLrG0 570/3130

「…」

アリエノールは神妙そうな顔つきで赤いリボンを見つめていた。それから首をかしげて、リボンを見つめつづけてこんなふうにいいだした。

「触れても?」

「え?」

円奈は振り向いてアリエノールをみた。

「素敵なリボン」

と、アリエノールは言う。「私の手で、触れてみても?」

「う、うん…」

円奈はうしろを振り向いてアリエノールに背をむけた。

そっとアリエノールの指が赤いリボンに触れた。1000年の時を経たリボンが、この時代の魔法少女の手にふれる。


「不思議だわ…」


と、アリエノールはリボンに触れながらまた囁く。赤い帯を、魔法少女になった姫の細い指が撫でる。

円奈は自分の髪に結んだリボンが、魔法少女の手の指に触れられるのが、櫛に梳かされるのとはちがって、なんともヘンな感覚だな、と思った。

657 : 以下、名... - 2014/05/06 01:18:52.62 O9cWSLrG0 571/3130


「大げさだよ」

円奈は小さく笑う。「でも、大切なものだって、わたしにも分かる。ひょっとしてひょっとしたら、神の国と関係あるものだったりして……なんて、たまに思ったりするの。」


赤いリボンはこの世界には二枚ある。

一つは鹿目円奈のもの。そしてもうひとつは─────神の国に。


黒い長髪の魔法少女が、いまも聖地で身につけている、もう一本の片割れ。

彼女との再開は遠いかの国で果たすことになる。まだまだ、全然遠い国である。



「”聖地にいかなきゃいけない”って、そういわれたんです。魔法少女に…」

円奈は城の外壁通路からみ渡せる山脈のむこうにある、”裂け谷”のことを考えた。


大陸と大陸がぽっかり開けた裂け目。その先に海がみえるという。


「だから、わたし、もうここをでようかなって思います」

と、円奈は告げた。

「いつまでもお邪魔してるわけにもいかないですし……もともと私がここにいること自体、ちょっと変ですし…それにおなかもすいちゃった。そろそろ狩りにいかなきゃ」

お腹を手で触れながら円奈は笑う。

「こんな素敵なお城につれてくれて……ありがとう。アリエノールさん。わたし、いかなくちゃ」

そういって、去ろうとした円奈の両手をアリエノールはつかまえた。

658 : 以下、名... - 2014/05/06 01:20:33.96 O9cWSLrG0 572/3130



「夜は危ないのよ。魔獣だっているわ」

「魔獣が近づけば、私の剣が青く光るんです」

姫と向き合ったまま騎士は言った。「もともとそんな旅をしていますから」

「危険よ」

アリエノールは譲らない。円奈を引き止める。「それに────明日、魔法少女叙任式、一緒にきてくれる約束でしょう?」

「それなんですけど……」

円奈は目を下に落とす。「城にきてみて、すっごいわたし場違いっていうか……ここにいちゃいけないって感じがして…」

「そんなことないわ。叙任式に一緒にしてくれるって───」

円奈の手がアリエノールの暖かな手につつまれ、まっすぐ見つめられ困り果てる円奈。

「わたしが招待したのよ」

「で…でも…城主の人が……口ウラあわせ……できなかったし……」

「あなたがいないと明日の叙任式で、わたしひとりだわ…そんなのいやよ」

659 : 以下、名... - 2014/05/06 01:21:24.61 O9cWSLrG0 573/3130



「ううう…」

円奈はすっかりまいってしまった。

お姫さまにこんなにお願いされたら……断れないよ。

「でもお腹がすいちゃって……狩りにいってもいいかな?」

「ダメよ。この森の動物はすべて私たち一家のものよ」

すぐにいうアリエノール。

「部屋に戻りましょう」

アリエノールは提案する。「私が貯蔵庫からお食事を運ぶわ。いい、ね?部屋からでてはダメよ。守衛兵と見張り役にみつかったら騒ぎになるわ」


「う…ううう……はい」

円奈は諦めてがっくり頷いた。


すぐにでも聖地にむけて出発したい気持ちだったのに、なかなか城がでれなくなる、円奈なのであった。

660 : 以下、名... - 2014/05/06 01:22:40.74 O9cWSLrG0 574/3130

124


アリエノールの部屋に戻った円奈は、城室を眺めた。


アーチ形の格子つき窓から、月明かりが差し込んでくる。


月光の青白い筋はアーチの形した窓を通って、石壁に囲まれた城室の床を照らし出す。

月の光が映る地面は、窓の鉄格子の模様が影になって映えている。


円奈は窓から顔を寄せて城の外を見る。

夜景に静まった暗い湖と、奥に連なる雪景色の山脈と、山に降りる夜空とを眺めた。


そこに浮かぶ三日月も。



城のどこからか、ハープの美しい音色が響いてくる。城全体に響きわたっている。

まるで城そのものから、音楽が奏でられているかのようだ。


ハープの音楽はゆったりと、ゆるやかで、眠りをさそうような音色だ。



それが断続的に、ずっと奏でられているのだ。



きっと城の大広間かどこかで、女たちがよるもハープを奏でているのだろう。



「ふぁ…」

ハープの音は眠りを誘う。

円奈は、城室の光採り入れ窓から月を見つめたまま、あくびをして手で口をおさえた。

661 : 以下、名... - 2014/05/06 01:24:39.55 O9cWSLrG0 575/3130


そのころアリエノールは…。


城の階段塔とよばれる、四角い城全体の城壁から微妙に飛び出した塔のなかで螺旋階段をくだっていた。

四角い塔のなかかが螺旋階段によっていて、一階、二階、三階とつながる。


城は、基本的には下から上にいくほど身分の高い者の空間となる。


一階は守備隊の部屋。二階は客人用の部屋。三階がアリエノールら領主の家族の部屋。四階が領主の部屋。


そして地下は食糧貯蔵庫であり、樽にさまざまな食糧を保存した。

塩漬けの豚肉、魚などを多く蓄える。


食べ物と限らず、ビールやワインなども多く貯蔵する。


麻の袋にたんまりと香辛料もためられ、ほかに多量の塩、小麦とライ麦、大麦など穀物類も貯蔵される。


城の地下に貯蔵するのはこうした食糧だけではない。


小石を大量に袋に詰め、貯蔵している。

ほんとの、ただの石ころである。



この無数の石ころの用途はなにかというと、敵が城に攻めて来たとき、農民を城内に避難させ、戦闘経験のない農民たちにこの小さな石ころを渡して、敵の頭めがけて落とす戦いを命じるのである。

それが籠城戦とよばれる戦いで、この時代にはよくある戦争だった。

662 : 以下、名... - 2014/05/06 01:27:59.80 O9cWSLrG0 576/3130



食糧庫の入り口の両側立っているのは、夜勤の守備隊たちだ。鉄格子の扉の前に、二人して並び立つ。


守備隊たちは槍を片手にもって鎧を着込み、眠たそうにあくびをする。


足音が階段から降りてきて、はっと目をぱちくりした守備隊は来訪者におどろく。


「アリエノールさま」

守備隊は呼ぶ。「こんな時間に、どうされました?」


「料理をしたいの」

アリエノールは言った。アリエノールは夜に静まった城内を照らすため、片手に松明を持っていた。


「ええ、こんな時間に、ですか?」

守備隊は困った顔をした。「しかし台所もいま閉じてますし……勝手に火をかけてはならない決まりですし…だいいち鍵を渡しする権限がわたしには…」



城には大広間の隣に、台所が設置されているのだが、火を扱うため規定の時間以外は人は入ってはならぬ決まりだった。


アリエノールは、この城に暮らすこと長いから、もちろんそれを知っている。


「それでもお願いしたいのよ」


「アリエノールさまのお願いでしても、応えかねます…」

守備隊は気まずそうに答える。「それでしたら、大広間にお戻りに。今日の食事の料理が、まだ残っていますから。」

「残り物なんて!」

アリエノールは声をあげた。

663 : 以下、名... - 2014/05/06 01:29:36.30 O9cWSLrG0 577/3130


「しかしですね…」

守備隊は冷や汗を額からぬぐう。「こんな時間に、料理すること自体が、規定外ですから……」

「…」

アリエノールは押し黙って、下をみて口を噤むと、踵を返して守備隊に背をみせ足早に去った。

「わかったわ」

そういい残してドレスの裾と姫袖をゆらしながら城の通路を歩き去る。


「…アリエノールさま、なにかあったかな?」

守備隊の1人がいうと、もう1人の守備隊が口を開いて答えた。

「明日、カトリーヌさまが…」

守備隊と守備隊が、互いに目を見あわせる。「”魔法少女になる”って」


「民は魔の獣の恐怖から解き放たれるってわけだ」

アリエノールと話した守備隊がいう。

するともう1人の守備隊も頷いて、それからこう言った。

「カトリーヌさまが魔法少女になり戦うのであれば……アリエノールさまは、民からすればもう”無用”のお人」

守備隊が、おどろいた顔して相手をみる。

「民にとってアリエノールさまはもう用済み、自分達の税を吸い取ってのうのう暮らす女でしかなくなるのさ」

「…」

守備隊はアリエノールのことを思い出す。

民にとって魔法少女は、魔獣という恐怖から守ってくれる存在。そういう存在のはずだった。

だから魔法少女の存在を歓迎する。

664 : 以下、名... - 2014/05/06 01:31:12.19 O9cWSLrG0 578/3130


でもアリエノールは戦いを放棄した。戦いたくないと駄々をこねつづけた。民はそれでも、アリエノールこそ自分たちをさまざまな外敵から守ってくれるはずのお人と、首を長くして魔法少女の自覚に目覚める日を待っていた。


それが明日からは状況が一変する。


妹カトリーヌが、自ら戦うことを決意して、魔法少女になることを決めている。

民にとっては歓迎すべきことだし、自分達を守ってくれる英雄が誕生したわけだが、そうなれば民がアリエノールに期待することはもうなにもない。


ただただ自分たちの税を、収穫を、10分の1も収穫のたびに徴収して、それで城で贅沢に暮らす女でしかなくなる。


アリエノール自身もそれを知っているのだろう。

そういう心境の変化なのかもしれない。



深夜にはいつも部屋に閉じこもっていたアリエノールが、急にこんな時間に料理をしたいなんていいだすのは。


「でもそんなわりには…」

守備隊は、さっきのアリエノールとの会話を思い出す。

「なんだか、いつになく元気な様子であられたような…?」

665 : 以下、名... - 2014/05/06 01:32:59.87 O9cWSLrG0 579/3130

125


城の大広間にもどったアリエノールは、テーブルに並べられた多くの食事をみた。


トレンチャーと呼ばれる固いパンのうえに、食事が並んでいる。


四角いこのパンを皿代わりにして、食事を嗜むのが城の食卓であった。


トレンチャーは五枚使う。

四角いトレンチャー四枚を、土台としておき、さらにのその上に一枚トレンチャーをおく。

この二段目のトレンチャーが皿となる。


トレンチャーがおきっぱなしなのは、これが明日の朝に、領土の貧民に施す食材となるからで、早晩に城の前に行列つくって並ぶ民にこのトレンチャーを食べ物として分け与える。



それまでは廃棄処分とせずにとっておく。


アリエノールは大広間にでて、そこでハープを奏でる女をみた。


女は、自分の身長よりも大きなハープを、愛しそうに指で触れてハープを奏でており、その姿は、夜の大広間に差し込んでくる窓の月明かりに、青白く照らされていた。

666 : 以下、名... - 2014/05/06 01:34:33.62 O9cWSLrG0 580/3130


頭にはサークレット。肌色のコット姿。


「カトリーヌ…」

アリエノールは妹の名をよんだ。「眠らなくていいの?」


「明日はわたしが魔法少女になる日」

カトリーヌはハープを奏でながら、言った。「そう思うと、眠れなくて……」


「カトリーヌ…」

アリエノールは寂しそうに目を閉じる。「あなたまで、あんな宿命おうこと、ないのよ」


「おじさまからききました」

カトリーヌは告げた。「騎士のおかたを、連れているそうで…?」


「…」

アリエノールはそれについてはなにも答えない。


「わたしが明日から魔法少女となってお守りさしあげるのに」

カトリーヌはハープを奏でた。

この姉妹はどちらも楽器がすきであった。


カトリーヌはハープを、アリエノールはフルートを好んでいた。


「守りたいものがありますから。姉上も、おじさまも民も……」


「……」

アリエノールは再び黙ったが、しかししばらく間をおいたあと、語りだした。

「魔法少女になったら明日からあなたは────」

数歩前に進み出てカトリーヌに近づく。ドレスの長い裾が床をひきずった。

「腰に剣を差し、弓矢を持ち、馬に乗って、ドレスではなく鎧を着込み、その武器を人にむけるのよ。戦いの残酷さがわかる?」

667 : 以下、名... - 2014/05/06 01:35:55.34 O9cWSLrG0 581/3130



「手下の騎士たちかにら学びます」

カリトーヌは動揺しない。決意はかたかった。


「魔獣とも戦うのよ」


「…」

カトリーヌはハープを奏でる手をついにとめた。

ハープの席から立ち、城内の大広間を歩くとアーチ窓の前にきて、湖とそこに映るゆらゆらした三日月を眺めた。

「わたしが魔法少女になることで、姉上もおじさまも、民も、あらゆる人が助けられるのですよ。私が魔法少女にならない理由なんてどこに?」


カトリーヌの意思をかえることが難しいとあらためて知ったアリエノールは、部屋で待っている円奈のことを思い出して、食卓に残されたトレンチャーの上の、料理をいくつか手にとった。

668 : 以下、名... - 2014/05/06 01:37:38.22 O9cWSLrG0 582/3130

126


そのころ城の四階、城主の部屋では───。

カトリーヌと同じように城主も、明日の魔法少女叙任式のことを想って、眠れないでいた。



暖炉にはまだ丸太が燃えている。


その赤い火に照らされた城主の部屋のなかで、アドル・アキテーヌは夕方に受け取った手紙を手にする。


領主のベッドは天蓋ベッドで、カーテンつき。


机にはいくつかの蝋台に蝋燭の火がゆらゆらと燃えていて、その明かりが手紙を照らしだす。

燭台(しょくだい)は銅合金製で、動植物を象った彫刻をした、凝ったつくりの金色の燭台。

三脚をもった杯のような形をした燭台だ。


そこに立てる蝋燭は樹脂でつくられる。



城主が手に取った手紙には、手紙を留める赤色の封蝋があり、その右下に丸型の玉璽が捺されている。


この玉璽をみれば、手紙をよこしたのが誰なのか一目瞭然なのである。


玉璽は、騎乗姿になって冠をつけた王が剣を持ちあげる姿が描かれ、その円の周囲には、EDWARDⅡとぐるり一周しながら文字が記されている。

669 : 以下、名... - 2014/05/06 01:38:53.94 O9cWSLrG0 583/3130


エドレス国王、エドワードからの手紙であった。


こうした印章は、国章として、自分たちが何者であるのか相手に一目でわかるようにつくられる。



アドル・ダキテーヌは、手紙の封蝋をあけ、手紙の中身をみた。


羊皮紙があらわれ、そこに記されたインクの横文字を読む。



”エドワードより アドル・ダキテーヌに警告する───”


エドワードこそは、のちに円奈がめざすことになる、裂け谷の異名もつエドレスの絶壁に建つ王都の城を支配する国王の名である。



”魔女についての警告を────”


魔女。

その単語をみて、アドル・アキテーヌは眉をひそめる。

670 : 以下、名... - 2014/05/06 01:40:09.99 O9cWSLrG0 584/3130



”わしの考えでは魔女の正体はいわばいうところの、魔法少女であるという警告だ”


羊皮紙を読むアドルの目が見開く。


”魔女どもはその魔術をつかい わが国土に病と狂気をもたらしている”


もちろん世界はすでに、鹿目まどかの改変がされた世界である。

にもかかわらず、人間はいまだに魔女の存在を信じていた。


”やつらはかまどにカエルの死体に髪の毛を焚き 天候に災をもたらす”


エドワード王の警告なる文字の語りはつづく。


”夜になれば山羊に跨り 夜空に飛び立ち 月にのろいをかけ 赤色に染める”



アドルは顔をしかめた。

671 : 以下、名... - 2014/05/06 01:40:56.88 O9cWSLrG0 585/3130


自分の孫姉妹が民を守るために、世の魔物どもと戦うというのに、その正体が魔女だとはなんたる言い草か!


”魔女どもに心せよ 火にかけよ───”


ありえない。

魔法少女は、悪と戦える存在だ。それはこの目でみてきている。



アドルはもう手紙を読んでいられなくなり、手紙を暖炉のなかに投げ捨てた。


手紙はすぐに暖炉の火に包まれた。王の蝋封の手紙は黒く燻り、ぼろぼろ焦げて焼失していった。

672 : 以下、名... - 2014/05/06 01:41:37.05 O9cWSLrG0 586/3130

今日はここまで。

次回、第15話「魔法少女叙任式」

676 : 以下、名... - 2014/05/10 22:07:11.06 LlyQ2eet0 587/3130

第15話「魔法少女叙任式」

129


朝日が城内に差し込んでくる。

白い城に照らされる日の光。湖はキラキラと反射する。



城の入り口では、民が行列をつくっていて、順番に、宮廷料理の残りをその籠にもらいうけている。


民の行列は長く、200人、300人と居城の前に並び続けている。


城の入り口では食べものを配当する係と、万が一の事態に備えた鎧の守備隊たち、それを見守るドレス姿の貴婦人たちが並ぶ。

トレンチャーという固いパンに、ソースがまじって味がついたもの、パンの耳くずなど、貧民を優先して、城から分け与えられる。


貧民と農民が食べ物を求めて殺到する朝の城は、がやがやと騒がしかった。

最初は順番どおりに並んでいた民たちも、城から供給されるパンの残り数が少ないことを察すると、順番をやぶって、我先にと籠を城の配給係りに突き出す。

そうして押し合いへしあいがはじまると、兵士たちが、順番をまもれ!と怒鳴り散らし、それでも騒ぎが収まらないと、跳ね橋をつりあげて、今日の食糧配給を打ち切りにする。

677 : 以下、名... - 2014/05/10 22:09:21.57 LlyQ2eet0 588/3130


ギリリリリと跳ね橋が鎖によって吊りあがり、城の門は閉ざされる。


それでも食べ物を求めた農民たちは、つりあがる跳ね橋にしがみついて、城に入ろうとするが、やがて力つきて、じゃぼーんと湖に落っこちる。



こんなことが朝のデキテーヌ城では、しょっちゅう起こった。

城の朝はいつも騒がしかった。



外がこんなにがやがやざわざわ、騒ぎになっているので、城内の天蓋ベッドで眠っていた円奈もだんだん、意識がはっきりしてきていた。


「んんん…」

天蓋ベットのなかで目をこする。アーチ窓から差し込んでくる朝日が眩しい。


「あれ…?」

感じたこともない寝心地に戸惑いながら身を起こすと、信じられないくらいふわふわした心地よい毛布が、身体からすべりおちた。


「うわっ!」

そして円奈はびっくり仰天して起き上がった。


「目、覚めた?」

アリエノールはうふふと笑って、円奈をみた。すでに起きていたアリエノールは、鏡の前に立って、自分の髪を櫛でとかしていた。

「ぐっすりだったわ」

円奈をみて、いたずらっぽくアリエノールは笑う。櫛にとかされた髪は、アリエノールの左手に持たれている。

678 : 以下、名... - 2014/05/10 22:11:00.90 LlyQ2eet0 589/3130



きのうあれからフリエノールさんに、ミルクと”ストロベリー”という料理を食べさせてもらって、”ウェースハース”というお菓子を食べさせてもらって……

そのまま寝ちゃったみたい…。


「ご、ごめんなさい……」

円奈はすぐベッドから降り立った。

それからいつもの癖で、部屋の隅に置かれたロングボウと、剣の鞘を手にもとうとした。


そしたらアリエノールに言われた。

「武器はもたなくていいのよ」


「で、でも…」

私、騎士ですし…といおうとしたら。

「”魔法少女叙任式”の準備が整っているわ」

アリエノールは髪の毛をとかす櫛をゆっくりと棚に置いた。「あとは私とあなたの出席を待っているだけ」


「うう…」

円奈は緊張してきた。少女が、魔法少女になる儀式…どんな儀式なのだろう。

その瞬間を目の当たりにできることは確かに、興味があった。

679 : 以下、名... - 2014/05/10 22:12:48.73 LlyQ2eet0 590/3130



「あなたも身支度を整えて、いきましょう」

「う、うん…」

円奈は乱れた自分の髪を整えるため、荷物から櫛をとろうとした。

そしたらアリエノールに、鏡の前に誘われた。「こっちにきて」

「ああ、でも、わたし、櫛が…」

「わたしのを使いましょう」

「うう…」

なんだか、ずっとアリエノールさんに世話されてるかんじな私…。



いったん赤いリボンが髪からしゅるりとアリエノールの手に解かれて、棚におかれる。
ピンク色をした、背中まで伸びてきた円奈の髪を、櫛で梳かし続ける。


円奈は、リボンを解いてストレートになった自分の髪と顔をみつめた。

ピンク色の髪にピンク色の目。鏡は錫と銀の混合物からつくられたもので、でこぼこしていて、ちゃんと光を反射せず、鏡にうつる自分の顔は歪で、ぼやけている。



まだ水面のほうがはっきりと自分の顔と姿をみれるくらいだ。

自分の後ろで、髪を楽しそうに梳かしているアリエノールのも映っている。もちろんぼやけていて、顔は肌色をしていることしか見えない。


今の時代の鏡の質などこんなものだった。

だから、乙女が自分の顔をほんとうに確かめるときは、湖の前へでかけて、水面を覗き込むのである。

680 : 以下、名... - 2014/05/10 22:14:51.14 LlyQ2eet0 591/3130

130


城の外では、食糧を受け取れなかった農民たちが、がやがやと、城の前でがなり声をごぞってあげていた。


「まだ城にたくさん、食糧があるくせに!」

「おれたちの収穫を、たんまりと貯蔵しているくせに、門を閉ざすのか!」


農民たちは口々に不満をもらし、閉ざされた城の門の前で、いつまでも騒ぎ立てつづける。


「今日の配給はおしまいだ!」

守備隊たちは槍を伸ばして、農民たちに威嚇をする。「去れ、去れ!おまえたちは、放牧と刈入れの仕事にもどるがいい!」


「なぜパンを受け取れるやつと、受け取れないやつがいるんだ!」

わーわーわー。

農民たちはすぐには引き下がらない。

「数に限りがあるからだ!」

守備隊たちが、農民達に負けじと叫びかえす。


「それがうそだっていってるんだ!まだまだ城には、俺たちが食べたこともないような、料理と、食材が、たくさんあるじゃないか。」

681 : 以下、名... - 2014/05/10 22:17:02.20 LlyQ2eet0 592/3130


「ええい、だまれ!」

守備隊は槍を突き立て農民たちをおしのける。「食材は城主さまとその一族のものなのだ。城主さまは、おまえたちに土地を与え、安全を守る方なのだ。無礼なことをいうな!」


「なにが、守るだ!」

農民たちの不満はなかなかおさまらない。「他国から攻めいれられたとき、だれが守るのか!魔の獣からは、だれが守ってくれるというのか!」



「いや、いや、それならおまえ、状況は今日から変わるぞ。」

と、別の農民が、叫んだ農民に話し出した。「きいたろ?今日、魔法少女叙任式、城で開かれるって。だからおれたちにもやっと、安心した生活が望めるようになるのさ。そうカリカリすんなって。」


「それはどうだかな!」

農民は、トゲトゲしい、イライラした口調で喋る。「その新しい魔法少女さまも、あとになってからやっぱ戦いたくないとか、恐いから魔法少女やめる、とかいいだしたら、俺たちの生活は、前となにも変わらんよ。」


「いやいや、カトリーヌさまはね、」

別の農民がなだめる。「自らの意思で戦うと決めて、わたしたちのために、魔法少女になってくれるお方なのさ。まさにわたしたちにとってありがたいお人だ。無礼なことをいうのは、やめときなさい。」

682 : 以下、名... - 2014/05/10 22:19:26.74 LlyQ2eet0 593/3130



「なに、それ、ほんと?」

農民たちが噂話にがやがや、別の意味で騒ぎはじめる。

「領主の孫娘さまが自分の意思で決めて、私たちのために魔法少女になるって?それはすばらしい!感謝しなくては!」

「やった、やった!私たちはもう怯えなくて済むんだ!」

「ばんざーい!」

わいわい。がやがや。

「なら今から、カトリーヌさまをお出迎えする、準備をわたしたちもしよう!」

農民たちは拍手し、笑顔満面になり、手をわいわいふりあげる。

「めでたい日だ。みんなで祝おう!」

さっきまでの不満爆発な騒ぎは一転、喜びいっぱいの黄色い騒ぎになる。

男も女も笑い声に包まれ、エプロン姿の妻を、男がひょいと抱き上げたりする。



農民というのは、感情の起伏や移り気の激しい層であった。

領主一族が民のために、娘を魔法少女を務めさせるともなれば、農民は大喜びだった。自分たちは安全になるから。

世に恐れられる魔獣をやっつけてくれる心強い味方があらわれたから。

683 : 以下、名... - 2014/05/10 22:21:22.26 LlyQ2eet0 594/3130

131

そのころ、円奈は。

アリエノールの後ろについて、緊張に顔を強張らせながら大広間につながる扉の前に立っていた。

この扉をあけたら、また城主さまたちの前にでることになる。



心の準備おぼつかぬまま、大広間へと円奈は連れられた。

そして城の大広間の豪華さに、ふたたび驚かされた。


ひらけた広い空間。アーチのガラス窓から入ってくる朝日の日差し。


白色のテーブルクロスを照らし出し、中心には長細い食卓テーブルがあり、席が何個も均等に並ぶ。


窓ガラスとは反対側の壁には暖炉があり、その上に大きな彫刻がある。


大広間の壁際には、召し使いの女たちが手を結んで俯き気味に立っており、城主や一族の命令を待っている。


「きたか、アリエノール!」

城主は食卓テーブルの一番奥の椅子に座っていた。すでに食事にありついている。

「さあさあ、座れ!」

684 : 以下、名... - 2014/05/10 22:23:02.38 LlyQ2eet0 595/3130



円奈は食卓の席についた城主の一族のメンバーを眺めた。


一番奥の王の左隣の席についているのは、おそらく城主の妻。


テーブルの窓側に面した席についているのは、1人の少女。

「あ…」


円奈はその少女をみて、声を漏らした。


アリエノールさんにそっくり…。違うのは、髪の毛が茶毛で、くるくる巻き毛になっていること。
くるくるしてるけど、長くて腰くらいまである。


「カトリーヌは最後まで魔法少女になる決意を変えなかった」

城主は話す。鉛のカップで、ブドウ酒を飲んだ。「今日がその日だ」


「そうなのね」

その話については、姉妹同士でもう決着をつけていたが、アリエノールは頷いて席についた。


「へっ…?」

取り残された円奈が、素っ頓狂な声あげて、おろおろ右と左を見た。「へえっと…」


「おまえ、まだいたのか?」

城主がピンク色の少女をみて、睨んだ。「はっきりせんか!おまえは、傭兵志望か?」

「わたし専属の傭兵です」

アリエノールは告げて、席につくなり下を見て、トレンチャーに並んだ食事をみた。

「わたしが雇った騎士なのです」

685 : 以下、名... - 2014/05/10 22:25:47.39 LlyQ2eet0 596/3130


魔法少女にお供して戦場へ出るから、騎士という称号をあずかっているが、もちろん鹿目円奈に戦争の経験はない。

ただおそばに仕えるだけである。少なくとも今は。


「そうなのか?」

城主はブドウ酒のカップをおき、円奈を見据える。


”話の口ウラを合わせて…”


昨日のアリエノールとした話を思い出す。


「そ、そうです!そう……です!」

緊張でぎこちない口調の円奈は、どうにか答える。


「どこからの出身だ?」

城主は問い詰めてくる。


「バリトンから…」

円奈は正直に答える。


「バリトン?きいたことない!」

城主にあっさりそう言われた。


「みすぼらしいわ!」

城主の隣に座った隣の女が、つまり城主の妻が、円奈のことをみて険しい顔をしている。

「本当に騎士なの?」

686 : 以下、名... - 2014/05/10 22:28:19.51 LlyQ2eet0 597/3130


「彼女は騎士。ほんとうの騎士です」

アリエノールが円奈に代わって話した。「はるばる遠くの国から旅し、ここに寄ったので、私が雇って護衛の仕事を」


「一年と40日の契約を?」

城主がそうきくと、円奈は心でぎょっとした。


1年と40日!その契約をしたら、わたし当分はここから出られないよ。

ううん落ち着いて。これはただの口ウラあわせなんだから。


「ではなく日雇いです。だから傭兵です」

アリエノールは答え、トレンチャーの食事をみた。

「わたし専属の護衛を務めてくださいます」


牛肉、サケなどの魚料理、ナツメヤシ、ウナギ、ヒバリ、香りつけのハーブ、ハチの巣なんてものもあった。


城主は円奈に大した関心ははらわず、きくだけきくともう話を変えて、城主にとって本当に気がかりなことを語り始めた。

「民はもうカトリーヌのことを知っているのか?」

「そのようです」

召使いが丁寧にお辞儀したあと、下を向きがちの姿勢で答えた。「噂は農地にも、ひろがっています」

「そうか…」

城主は声を落とした。「となればもう、もどれはせんか」

687 : 以下、名... - 2014/05/10 22:30:45.48 LlyQ2eet0 598/3130



「戻る気なんてありません」

カトリーヌが話し出した。香辛料を、食べるために使わない指でそっとふりかけ、肉料理に味付けをしている。

「今日から私が魔法少女になって、みなを守るのです」

ちらとアリエノールを見る。「姉上も」


「カトリーヌ、お前が今日からはこの国の守り手となる。戦いの宿命を負って……」

城主は切なげだ。「アドアスの騎兵団をお前につける。お前を守ってくれるはずだ」



「いいのです。それは、姉上だって同じ。わたしは今日でやっと、姉上と同じ立場にたてるのです」


同じ立場かあ……。

円奈は頭で、魔法少女と同じ立場にたつってどんなことだろう、とぼんやり考えながら城の食卓をみた。


「それにしても外が騒がしいな」

城主はぶやいて、アーチ窓の外に目をやる。「民がさわいでおるのか?」

「カトリーヌさまの歓迎の準備をしているとか」

「そうか、歓迎か!」

城主は顔をしかめた。複雑な心境だったのである。

それからパンを口にしてモグモグと噛むと、顔をみあげ、召使いにたずねた。

「準備は?」


「できています」

召使いの女が頭をさげて丁重に答えた。

688 : 以下、名... - 2014/05/10 22:32:07.57 LlyQ2eet0 599/3130


「よし!」

すると城主はガタという音とともに椅子をたちあがり、するとアリエノールとカトリーヌに、目配らせした。

「もうあとには戻れぬ。カトリーヌは今日の叙任式で魔法少女となる!」


カトリーヌはすると、やわらかく微笑んでゆっくりと席を起き上がった。

対して落ち込んだ様子のアリエノールは、それでもゆったりとした仕草で席をたち、円奈をちらとみた。

きてという意味らしい。


本当にいいのかな…。

不安になる気持ちをおさえアリエノールの背中についていくと、やっぱり城主に睨まれた。

「おまえまでくるのか?」


「わたしの護衛を務める騎士です」

アリエノールは例の口裏話を述べた。「式にも同席させます」

「ならん!」

城主は怒りをこめた声で、アリエノールに告げる。「わが一族の秘儀なのだ。護衛いえども同席など!」

「彼女が同席しなければ私もいきません」

アリエノールは下に目を伏せたまま言った。

魔法少女のその口調は、やわらかくはあったが、ここは譲らないという固い決意みたいなのが声にこもっていた。

「専属の騎士ですから」


専属の騎士、かあ……

ちよっと照れくさいな。


なんて1人で勝手に想像し、頭を掻いていると、怒った城主はアリエノールに説教をはじめていた。

689 : 以下、名... - 2014/05/10 22:33:12.56 LlyQ2eet0 600/3130


「まったくお前は───」

城主は顔と目を怒りに赤くする。「勝手に城は抜け出すわ、勝手に傭兵は雇う、勝手に臣従の契りを結ぶわ、挙句は専属の騎士を勝手に雇って叙任式に同席させる?」


城主が怒鳴るとアリエノールは下に伏せ目になっているまま。

カトリーヌは、ただ優しげに微笑んでいる。


それをみた円奈は、あの人はどんな時でも笑っているなあ…って、なんとなく心でおもった。


「だがまあいいだろう。そんなおまえのわがままも、今日限りだ」

そう城主は言い切って、ぶんと踵かえすや、ウプランドの裾をはためかせながら城の扉をあけ、地下室へとむかった。


するとアリエノールが、くるりと後ろの円奈にふりむいてクスといたずらっぽく笑う。



「さあ」

アリエノールは円奈の手をとって、引き寄せる。円奈はついていくように、腕にひかれるまま、魔法少女叙任式へと、同席することになった。



魔法少女叙任式は、居城の地下室で催される。


円奈も経験した騎士叙任式の魔法少女バージョンなのであるが、騎士叙任式より怪しげな式である。

690 : 以下、名... - 2014/05/10 22:35:58.66 LlyQ2eet0 601/3130

132


魔法少女叙任式の準備は、本当のところをいうと、それが開催されるその二日前からはじまっている。


城主とその手下たちは、二日前の夜明けに、一度も使ったことのない新品の小刀で、ハシバミの木から一枝切り取る。

その枝は、一度も果実がなったことのない枝でなければならず、しかも太陽が地平線からのぼると同時に切り取らなければならない。


そのあと薬屋が販売している血玉髄と二本の蝋燭を仕入れ、これが前準備となる。



儀式をおこなう場所は、人のいないさみしい場所がよいとされる。


今回は、式の場所として、普段つかわれない城の地下室が選ばれた。


何年と使われない、錆びくさくなった城の奥深い地下である。


地面も土が積もっていて、あまりに古くなった城の地下室で、その式は催される。


アリエノールと円奈は、くねくねした地下通路を通って、蝋燭の火だけで照らされたこの地下室に辿り着く。

臭気ただよう地下室は四角い部屋で、人が5、6人入れるていどの地下室である。

天井は低く、天井を支える柱の木は朽ちている。泥だらけの地面は、しめってジメジメしている。

そんな冷たい土の上に、蝋燭が二本ほど立てられる。

ゆらゆらと燃える蝋燭の何本かの火は、地面に立っているだけで、部屋はとても暗い。そこに居合わせる人の互いの顔は、近づかないと見れないほどの暗さであった。


さて式は、血玉髄でもって床の上に三角形をかき、三角形の二辺に、蝋燭をたてることからはじめられる。


円奈たちがみているゆらゆらとした蝋燭の明かりは、この二本の蝋燭だった。

691 : 以下、名... - 2014/05/10 22:38:24.68 LlyQ2eet0 602/3130



この三角形と二辺の蝋燭の前に、カトリーヌがたつ。


しかしここに立つまでにカトリーヌは、ある試練を潜らなければならない。


円奈とアリエノールもここにくるまでのあいだ、くねくねとした暗い地下通路を通ったのだが、カトリーヌはそこにたった一人だけで、目隠しされた状態で、だれの助けも借りずにここまでくる。


暗闇で目隠しされ、なにもみえない状態の不安のなか、印のまえにカトリーヌは慎重にやってくる。

すると目隠しがとかれて、カトリーヌはいきなり、蝋燭の立つ印の前に立っていることを知るのである。


これは、暗闇の不安からの帰還、無の世界に一度旅立ち、そして世界にもどってくること、”見える”ということの明るみを新しく知ることで、人間から魔法少女への変化を暗示するものである。


人間ではなくなる、新しい自分への出会いを、暗示する。


するとカトリーヌは、しるしの前に膝をついて跪いた。祈るように両手を握り締めると、目を瞑って、印の前でなにか祈りの句を呟く。


それから手ににぎったエメラルドの宝石を、ぐっと口のなかにいれ呑みこむのだった。


「あの石を飲み込めれば──」

アリエノールが小声で、円奈に耳打ちする。

「魔法少女の資格があるの」

円奈がぎょっとした顔で、エメラルドの宝石を飲み込むカトリーヌの喉を見やる。

「もし吐き出せば…」

アリエノールはつづけた。「式は中断、契約は失敗」


カトリーヌはエメラルドの宝石をたしかに、喉を通して飲み込んだ。

ぐぐっと音が鳴って、吐き出すことなく大きな宝石を、喉に通したのだった。


のちに胸から飛び出してくることになる、ソウルジェムの原石とされる。

エメラルド石には、乙女の純潔という意味があり、それを飲み込めぬことは魔法少女の資格が持てぬことを意味する。少なくともこの時代の農村地の風習ではそうである。

692 : 以下、名... - 2014/05/10 22:40:27.70 LlyQ2eet0 603/3130



城主が真っ暗闇の地下室の壁際で、じっと、契約の儀式をおこなうカトリーヌを見つめている。


「契約の使者よ、魔法の使者よ、」


カトリーヌは宝石を飲み込み、すると目を瞑ったまま契約の祈りの句を唱えた。


「私、カトリーヌは、魔法の契約をあなたと望みます。わたしを魔法少女にして、魔法の力与える使者よ、ここにその契約を望みます。」


カトリーヌが一通り唱えたあと、彼女は羊皮紙にかかれた契約書を、三角を描いた印の中心におく。

蝋燭が二等辺の頂点に置かれて灯る三角形の中心に、自分の願いごとをかいた羊皮紙を、そこにいれるのである。


わたしは、願い事をここに示しますから、契約の使者たるあなたは、これを受け取ってわたしと契約をし、あなたはわたしの願いごとをかなえるので、自分を魔法少女にしてください、といった内容がかかれ、カトリーヌ自身の署名が最後に書かれていた。


円奈や城主には見えなかったが、このときカトリーヌの前には白い妖精、昔はインキュベターと名乗り、あるときはキュゥべえと名乗り、今はカベナンテルと改名した契約の使者、異星人が、印の上にちょこんと座っていた。

さてインキュベーターを意図的に人類が儀式的に呼び起こすこの召喚式は、黒魔術に起源があり、悪魔を呼び起こす儀式と扱われた秘儀であった。


円を描き、三角を印し、その二等辺の頂点に蝋燭をたて、十字を描く。


願いごとを何でもかなえてもらう代わりに、魂を捧げ物とするのである。

693 : 以下、名... - 2014/05/10 22:42:58.15 LlyQ2eet0 604/3130



カベナンテル───異星の生命体で、人類の有史以前から交渉してきた獣の姿は、その場の人間には見えない。アドル城主や鹿目円奈や、他儀式の同席者には基本みえない。


すでに人間ではなく魔法少女になっているアリエノールと、いままさに、人間から魔法少女へと自身の天命を生まれ変えようとしているカトリーヌの前にのみ、カベナンテルはみえる。


カトリーヌは、印の前にあらわれた獣と心で会話し、契約書にかかれたとおりです、と告げる。


いるとカベナンテルは頷いて、告げよ、ダキテーヌ城主の孫娘たるカトリーヌよ、なにを願い祈り、ソウルジェムに光をもたらすのか告げよ、とそう述べる。



そこでカトリーヌは、はじめて願いを実際に口にして、言葉にだすのである。

「わたくしの願いごとは、魔法少女となり、民を守り外敵に打ち勝つ力を手にすることです。」


するとカベナンテルはこれを受諾し答える。


カトリーヌよ、あなたの願い事は、魔法少女になり、魂が我らとともにあることで叶えられた。
受けよ、ソウルジェムを、願いを秘めたその魂を、希望がために燃やせ。いま宇宙にひとつ、希望という火が、光り輝いた!



その言葉がおわると同時に、カトリーヌの胸元に、ひとつの光が灯る。

ひれは自然の火や、太陽の炎、水の反射といった類の光ではなく、人の魂という、宇宙のなかで他に類のない光であり、精神の火であった。



この火は、自然界や宇宙のどこにも見当たらず、ただひたすら人の魂のなかにのみあるという意味で、カベナンテルにとって、宇宙の法則を覆すほどの光なのである。

694 : 以下、名... - 2014/05/10 22:46:11.37 LlyQ2eet0 605/3130


カトリーヌはすると、全身の神経のすみずみにまで、いままでの五感では感じたことのない光と熱、不思議な力の奔流を感じ取った。その激流は全身を駆け巡ったあと、やがて胸の一点に集中しはじめる。


カベナンテルと契約によってもたらされた宇宙からの力が、少女の全身にめぐって、やかで人間の循環器系と神経細胞を宝石に変えてしまう力であった。


これには、苦痛が伴う。


全身の神経から剥離された力が胸元に集中し、だんだんと熱が高まってくる。ついにそれは限界まで集約されて、胸元から飛び出してくる。

驚くほどの輝きと煌きを持つそれは、虹色に光を放ちながら生まれる。

少女の全てを宝石に固め、集約したものが生まれる。


「ああっ…!」

円奈が声をあげた。

ソウルジェムというものを魔法少女がもつことは知っていたが、まさかそれが、体内からでてくるものなんて知らなかったので息を呑んだ。



いっぽうのカトリーヌも胸から虹色の卵型の宝石がでてくるとき、胸元を手でおさえて、苦悶の表情を浮かべ、全身の力が抜けてしまうのを感じてバタリと横向きに横たわった。


その様子があまりに苦しそうだったので円奈は不安になり、固唾をのんで一人の少女が、魔法少女に生まれ変わる瞬間を見つめ続けた。


あんな熱そうなものが、自分の胸のなかから体内より浮き出てくるのだから、想像しただけでとてつもない苦痛が少女をおそっているような気がしてくる。

円奈はきっとソウルジェムが、儀式の直前に飲み込んだ、エメラルドの宝石が魔法の宝石となってでてきたものだとおもった。

またカトリーヌ自身もそのつもりだった。

しかし実際はそうでもなかったのである。

695 : 以下、名... - 2014/05/10 22:48:03.61 LlyQ2eet0 606/3130



「うぐぐっ…うあああっ…」

カトリーヌが悶絶し、全身でもがき苦しんだあと、やがてそれはおさまった。



希望の光よ、カトリーヌに、魔法の力をもたらせ!

あなたの魔法の力は、宇宙の敵である魔獣と、たたかう資格をあなたにもたらす!

宇宙の敵と戦うあなたは、やがて宇宙に理へと、導かれ円環となるだろう!



こんな祝福の言葉とともに魔法少女になったカトリーヌは、ソウルジェムを手もとに収める。

696 : 以下、名... - 2014/05/10 22:49:37.55 LlyQ2eet0 607/3130

133


「お…おわっ…た…?」

魔法少女叙任式の様子を見守っていた円奈は、カトリーヌが悶絶し苦しんだ姿をみたあと、そっと口にだした。

「カトリーヌさん、魔法少女に……なったの…?」


カトリーヌは胸元から飛び出てきたソウルジェムの宝石を大事そうに抱え、それを胸元に寄せ、目を閉じる。


「成功よ」

アリエノールはそう告げたが、顔つきは重苦しかった。「でも儀式はまだ終わりでないの」

「まだ何か続きが?」

円奈がたずねると、アリエノールが弱く微笑んで、答えてくれる。

「このあとは、"変身の儀式"。そして"披露の儀式"」

「へえええ…」


カトリーヌさんが無事であることにも安心したが、これから変身と、披露の儀式というものがあるらしい。

変身ときけばもちろん円奈にはわかるし、披露というのも、なんとなく想像つく気がした。

そして想像してみて、それをこの目でみれるとおもうと、すこし楽しみになった。

697 : 以下、名... - 2014/05/10 22:51:19.48 LlyQ2eet0 608/3130


「カトリーヌよ」

城主は湿った地面に跪き、胸元でソウルジェムを抱えて目を閉じているカトリーヌに、そっと声をかけた。

「気分は?」


カトリーヌは閉じていた目を開け、城主をみあげた。

「すばらしい、気分だわ」

カトリーヌは答え、夢見る少女のように目をそっと細め、頬を染めながらたちあがった。

「わたし、魔法少女になれたんですもの────」

今日から私は民と城を守る、大切な役目を負ったんだわ───。そんな希望に満ち溢れた。

まさに強敵ガイヤール軍が接近中とも知らずに。



カベナンルは、その場でそっと印の上で消えた。

印の上に置かれた契約書は、カベナンテルが異星の次元へと持ち帰った。


印の上はもうなにもなかった。

698 : 以下、名... - 2014/05/10 22:53:30.45 LlyQ2eet0 609/3130

134

鹿目円奈ら一行は城の大広間に戻り、そこに儀式の同席者全員が集まっていた。


魔法少女叙任式は、第二段階、変身の儀式へと移る。


これは人間から魔法少女に生まれ変わった少女が、その力を解き放ち、最初の変身を遂げる初披露の場としての意味をもつ。


カトリーヌが大広間の前にたち、アリエノールや家族たち、同席者の鹿目円奈らに囲まれ、ソウルジェムを両手にもって、城主の前に膝を折って跪いている。


跪き、祈るように両手のソウルジェムを胸元に抱え、目をとじているカトリーヌは、城主から魔法少女としての生き様をこのように誓わされる。


「カトリーヌよ、アキテーヌ公家の娘よ、いまそなたは人間の立場を越え、魔法少女となったのだ。今ぞその力を解き放て、この土地の守り手、民の希望、人間世界の担い手よ!いまぞたて、魔法少女よ!」

そういわれ次の瞬間、ガツーンと城主の持つ剣によって、カトリーヌの頭は叩かれる。


これは騎士叙任式と同じパターンで、鹿目円奈も騎士となる瞬間、来栖椎奈に頬を叩かれた。

騎士叙任式にしても、魔法少女叙任式にしても、本人にその自覚を促す瞬間のとき、ガツンと頭を叩いたり、首をたたいたりするのだった。


しかしそのときのカトリーヌの頭を叩いた剣の音が、ごつーんとあまりにでかく轟いたので、円奈は心配になった。

あんなに思い切り叩かれて、痛くないのかな…って。


699 : 以下、名... - 2014/05/10 22:55:05.15 LlyQ2eet0 610/3130



しかしカトリーヌは何事もないようだった。


すっくと起き上がり、するとカトリーヌは振り返って、円奈たちをみて。

ソウルジェムの力をぱあっと解き放つ。


「わあっ…!」

そのとき思わず円奈は声をあげた。


魔法少女変身のシーン、その瞬間を、この目でみるのは生涯で二回目であった。


円奈にとって魔法少女が変身する瞬間は、憧れの場面であり、乙女な夢そのものでもあった。



光がカトリーヌの全身を包み込み、衣装がかわりはじめる。


コットを着込んでいた姫の衣装は、さらに艶やかに華やかに、ふわりふわりと麗しく変化していく。


スカートのふくらみは、もっと大きくなった。花びら咲くようにふわふわっとスカートは広がり、おどろいたことに、花びらが本当に大広間に舞い飛んだ。白い花であった。



胸当てはコルセットに変わり、腰上をきゅっと引き締めた。姫袖ははらはらと広がり、ふわふわ絹の衣装へと変化していく。


肩はふくらみ、スリーブは大きくなる。


カトリーヌのくるくるした茶色の巻き毛には黄色い大きなリボンが結びつき、髪の後ろをまとめた。


足は編み上げブーツが包んで、両足の踵の部分に、それぞれ大きな結びリボンがついた可愛らしい編み上げのブーツ。


そして茶色の編み上げブーツにクリーム色のコルセットドレスを着た、美しい魔法少女が誕生した。

700 : 以下、名... - 2014/05/10 22:57:01.88 LlyQ2eet0 611/3130



「わぁ……!」

円奈は思わずパチパチ、拍手する。「すごい……!」


魔法少女の変身という、めったにお目にかかれないこの世の神秘に感動してしまう。

この時代では、奇跡を目の当たりにでもするに近いほどの素晴らしい光景だった。



カトリーヌは光に包まれながら、幸せそうに目を閉じ、変身した余韻に心から浸っていた。

やがて目を開くと、大広間を歩き出し、窓の外を見つめた。


「カトリーヌよ!」

城主は大きな声でカトリーヌを呼ぶ。その声には感嘆と、驚きと、張詰めたような気持ちのすべてがつまった、心からの呼び声であった。

「カトリーヌ!」

「おじさま」

魔法少女姿になったまま、カトリーヌは、城主と抱き合う。白い絹の手袋つけた手が、城主の背中を包んだ。


「ああ、美しい、カトリーヌ!」

と、城主は叫び、孫娘のくるくるな巻き毛を、髪で撫でた。

「おまえは魔法少女になっても、美しい!だがおまえは、これから民を守る宿命を負うことになったのだ!」

悲痛そうな感情さえまじった。魔法少女の姿になった孫娘を抱きながら。

祖父として、孫が魔法少女になった姿を見るのは、なんとも複雑な気分だった。


しかしこの孫娘は、祖父と二人で相談ししかも同意のうえ、魔法少女になる道を自ら選んだのである。


「こんな日を待っていました」

カトリーヌは、目に涙をため答える。「わたしも今日から、戦えるのです!」




そんな城主とカトリーヌのやり取りを、円奈は祝福する気持ちで見守っていた。

二人を応援する気持ちだった。


ところが円奈の隣に立っていた、もともとの魔法少女アリエノールは、気を悪くしたみたいに顔を落として、はあとため息ついていた。


外ではがやがやがやと、新たに誕生した自国の魔法少女の姿を一目みたいと騒ぎ立っている民たちが、既に歓迎の準備をおえて、城の外でカトリーヌの披露目を待っていた。


魔法少女叙任式は、"披露の儀式"へと移る。

701 : 以下、名... - 2014/05/10 22:58:51.22 LlyQ2eet0 612/3130

135


城の外ではすでに何百人というダキテーヌ領土の農民たちが、わいわいがやがや、列成して、カトリヘーヌの披露姿を一目みたいと列なして並んでいた。


城の跳ね橋は降ろされ、守備隊たちは武器である槍の代わりにラッパをもち、いつでも吹ける体勢にある。


農民たちは魔法少女叙任式のうわさをきいてから、慌てて集めた、春の花畑から摘んだ花びらをバスケットや籠のなかにありったけいれて、新たな領土の守り手になる魔法少女を歓迎する準備を整えている。


あとはカトリーヌが、変身姿をその農民たちの前に出すだけだ。


「まだかな!」

農民たちは、もう待ってられないと、首をもちあげ城を見つめる。

「まだ、おいでにならないのかな?」


「きた!」

農民の女が指さし、次の瞬間、わあっと鼻を手と手で挟んだ。「来たわ!」


途端に農民たち数百人が、一挙にわああああああっと騒ぎ立つ。


パッパーっと、城の城壁に並び立った守備隊たちが、同時にラッパを吹き鳴らす。

こうして音楽が城から奏でられ、魔法少女の登場と誕生が領土じゅうに知れ渡る。


魔法少女叙任式で、ある意味もっとも華やかな瞬間、披露の儀式である。

702 : 以下、名... - 2014/05/10 23:00:28.87 LlyQ2eet0 613/3130


魔法少女となったカトリーヌは、その変身姿を民の前に披露する。


ソウルジェムの力を解き放ったその姿で、民の前にあらわれ、そしてスピーチする。


城の入り口から現れたカトリーヌは、美しかった。


くるくるした巻き毛をまとめるリボンや、クリーム色のドレスにつけたコルセット、茶色の編み上げのブーツには踵にリボンという、可愛らしい少女の姿であり、魔法少女の姿であった。


民はそれをみてわあああっと騒ぎたち、歓声をあげ、盛大に魔法少女の登場を出迎える。


民にとって新しい魔法少女の誕生は、魔の獣を退治し自分たちを守ってくれる新たな国の担い手の登場を意味し、外敵から自分達を守ってくれる少女の誕生を意味している。


強い魔法少女。


自国の守り手を、民は精一杯に祝う。



カトリーヌが民の前にでてくるや、農民たちは、摘んだ春花の花びらをわああっと空気中に投げ飛ばし、ピンク色や黄色の花びら、白色の花びらなどが、ひらひらひらと空気中に舞い飛ぶ。舞い飛んだ花びらは、春風に乗って、カトリリーヌの現れた城を飾り立てる。

703 : 以下、名... - 2014/05/10 23:02:23.23 LlyQ2eet0 614/3130



変身姿のカトリーヌは、並び立つ数百人の民の前にたち、こうスピーチをする。


「わたしは今日、魔法少女になりました。」

すると民は微笑んで、新たな魔法少女の話に耳を傾ける。

「私はこの国と住まう民を守るため、戦うのを誓います。それは私がこの土地を愛するからです。」


民は笑って、パチパチパチと拍手する。さらに、大量の花びらが舞い飛ぶ。


「わたしはこの土地を守るため、めいっぱい戦います。だからわたしを、見守っていてください。」


といい、ペコリと変身姿のカトリーヌは、頭をさげる。



すると、民はわあああああああああっと歓声をあげ、その声に包まれたカトリーヌは、幸せそうに笑う。


農民たちは籠に入れた花びらを残りすべて手から飛びして、風に舞わせる。


魔法少女姿のカトリーヌは、華やかな花びらに包まれながら、農民たちの行列のなかを歩き進む。




鹿目円奈も、あまりに農民たちが喜び沸き立って、カトリーヌ自身もなんだか幸せそうなので、自分も嬉しくなって、パチパチパチと城の内側のほうで拍手していた。



「やった、これでわたしたちはいよいよ、安全な日々を送れるんだ。」

と、農民の女は、喜びを露にしながら言った。

すると、別の農民もそれに答えるように言う。

「わたしたちを、守ってくださる魔法少女が、新たに誕生したんだ。めでたいことだ。これで、魔の獣にも、外敵の攻撃からも、カトリーヌさまが守ってくださる。領主さまはわたしたちから、税をとりあげるばっかりではなかった。」

704 : 以下、名... - 2014/05/10 23:03:41.15 LlyQ2eet0 615/3130


こうして農民たちにのあいだで、カトリーヌが人気を集め羨望を集めるほどに。


前からの魔法少女であったアリエノール・ダキテーヌはいよいよ自分の居場所をなくして、苦しそうに披露目の場から目を背けると、さっさと城の中に戻ってしまう。


「あ…」

その姿は、円奈が見かける。「あ、アリエノールさん!」

農民の拍手喝采が続いているなか、アリエノールのあとを追う。

城の城壁をくぐり、郭の中庭に入って、自分も城のなかに再び入った。

705 : 以下、名... - 2014/05/10 23:05:21.45 LlyQ2eet0 616/3130

136


城のなかに戻っても、農民の騒ぎたつ歓声の声は聞こえてくる。


壁と壁のなかに響き渡って、地鳴りのように、耳に届いてくる。


円奈は城の階段を三階までのぼって、アリエノールを追って、姫部屋の扉をあけた。


「アリエノールさん…」


アリエノールは部屋の天蓋ベッドに腰掛けて、窓から外を眺めていた。

城の窓からみえるのは農民たちの喜ぶ姿。戦う魔法少女カトリーヌに、心から声援を送る民たちの姿。


「わたしも戦えば……」

アリエノールは窓から城壁の庭を見下ろし、呟く。「あのように歓声を浴びていたのかも…」


それから窓から目を逸らして、石の床を見つめた。「でも、そんなのは望まないわ」


円奈はそっと、アリエノールの隣に腰かける。

でも、彼女にかけてやる言葉が、見当たらなかった。


確かに魔法少女叙任式は、華やかで、誰にとっても喜ばしいものだった。

カトリーヌも自ら望んで魔法少女の道を選び、式は成功した。

民は乱世の時代に、強力な守り手ができたとおもって喜んだ。


でも目の前には、魔法少女であることの自分が受け入れられなくて、闘えない少女がいた。

706 : 以下、名... - 2014/05/10 23:06:34.46 LlyQ2eet0 617/3130


「私は願ったわ」

アリエノールは顔を目で覆い、悲痛な声で語った。「私でない誰かが代わりに、ここを守って戦ってくれますようにって────自分は戦えないからって───。」


ノブレスオブリージュの価値観のもと、領主の長女であったカトリーヌが、民と城主に期待されて、半ば強制的に魔法少女となる道を選ばされたとき、叶うことを望んだアリエノールの願いは。


せめて自分の代わりに誰か戦う人が顕れてくれますように、であった。

結局それは妹のカトリーヌだったわけだ。


アリエノールの願いはたしかに叶った。

しかしそれは結局、魔法少女になった自分が負うことになる宿命を拒み、妹に負わせたにすぎなかったのだ。




円奈は悲しみに暮れるアリエノールの傍にいた。

本当は、もう魔法少女叙任式の出席もこなしたから、もう城をでて、聖地を目指すべく裂け谷をめざせたけれど、今はまだもう少しアリエノールと一緒にいよう、とおもった。

707 : 以下、名... - 2014/05/10 23:09:06.36 LlyQ2eet0 618/3130

137


そのころダキテーヌ居城の外では、魔法少女姿のカトリーヌが農地を歩き回って、羊牧場の前にきていた。


羊牧場の隣の休耕地の前に足を運ぶ。


美しくクリーム色のドレスの魔法少女姿であるカトリーヌが、横を通り過ぎるたび、民はわああっと手を振って、新たな魔法少女に精一杯、声援をおくる。


カトリーヌも精一杯それに応え、笑って手をふる。



「がんばってください!」

と、農民の女子供は、魔法少女姿のカトリーヌの前にあらわれるや、目を輝かせカトリーヌに言った。

「これから魔の獣との戦い、がんばってくださいっ!」


農民の女子供は、新たなヒーローの登場を目の前にして、すっかり目を羨望の眼差しに燃やして、カトリーヌをみあげている。


するとカトリーヌも笑って、女子供たちに答えるのだった。「ありがとう!とても、かわいらしい子供たち!」


「わたしも、カトリーヌさまみたいな魔法少女になれる?」

7歳くらいの小さなエプロン姿の女の子が、カトリーヌを憧れの眼差しでみあげて、問いかける。


「それはわからないわ」

カトリーヌは苦笑いする。「かわいらしい子供たち、魔法少女は、あなたたちにはまだはやいわ!」


「でもわたしも、カトリーヌさまみたいに、なりたいわ!」

と、農民の女の子は、カトリーヌの魔法少女姿の衣装を手でひっぱる。

「みんなを守るかっこいい魔法少女になりたいわ!」



カトリーヌは愛しそうに、女の子を見つめる。

「頼もしい子!」

と、魔法少女は、自分の衣装をひっぱる少女に告げる。「いつか、あなたと共に戦える日がくることを、願いましょう!」

女の子は、ぱああっと顔を輝かせて本物の魔法少女をみあげる。

昔では、絵本の物語か、劇画の物語の世界の架空の存在であった魔法少女は、人の世に姿をだす。

それは当然、幼い夢みる女の子たちの羨望の的となる。

708 : 以下、名... - 2014/05/10 23:10:57.54 LlyQ2eet0 619/3130


さてカトリーヌは、ただ魔法少女姿を農民たちに披露するためだけに農村を歩いているのではない。


これから彼女は、魔法少女になってさっそく、戦闘訓練というものに臨む。


魔法少女には、魔獣退治という戦いももちろん、魔法少女同士の戦い、あるいは侵略者との戦いがある。


そのため、魔法少女叙任式が終わったらさっそく、カトリーヌはその戦闘訓練を、村の騎士たちと一緒になって積むのである。


カトリーヌは農村のはずれの休耕地にむかっていた。

ここは農地をおこなわない土地なので、ときたま騎士たちの訓練場になる。



通りすがり農民の洗濯女たちが、新たに生まれた魔法少女に感激して、握手を求めた。



カトリーヌは優しく笑ってそれに応じる。


人間と魔法少女が握手すると、農村の洗濯女は、感激で目に涙ため、腰のエプロンで目をふいた。



それくらい、農民にとって魔法少女は、自分たちを守ってくれる守り手であり、英雄的な輝かしい存在だった。



しかしそんな民の期待はさておき、カトリーヌは魔法少女になって初日の、まだなんの戦いの経験もない少女だ。


だから現実としては、いつ起こるかわからぬ実戦のため、今から訓練を積まなければならない。

709 : 以下、名... - 2014/05/10 23:16:32.32 LlyQ2eet0 620/3130



農民たちが集まってきて、新たな自国の魔法少女の初訓練を見守る。



休耕地の柵のまわりに、野次馬するように集まってカトリーヌを見守る。


カトリーヌは、農民たちに一瞥くれて笑ったあと、戦闘訓練に励む騎士たちと合流する。


魔法少女姿のカトリーヌが柵を乗り越えてやってくるや、騎士たちは、自国の新しい魔法少女に礼をした。


「武器を手に」


と、騎士の1人がいうと、カトリーヌは不思議そうに首をかしげる。

「持ってないわ」


「あなたがつくるのです」

騎士は説明する。「あなたは魔法少女です。武器を手にできるはずです」


カトリーヌは難しい顔して、手ぶらの手をみつめた。武器が現れるかと期待したが、何も起こらなかった。


「わからないわ」

カトリーヌはかぶりをふる。彼女こそまだ、魔法少女になりたての少女で、武器の取り出しかたもわからないのであった。

そんな初々しい魔法少女の姿を可愛らしく思いながらも、騎士は実物の剣を彼女に持たせることにした。

「ではこれを」

予備の剣ひとつを、カトリーヌに手渡す。

710 : 以下、名... - 2014/05/10 23:18:05.71 LlyQ2eet0 621/3130


カトリーヌが鞘に納まった剣を受け取ると、それを抜いた。


ギラン。

魔法少女が抜いた剣が日の光を浴びる。

剣は両刃で、鋼鉄製。ひし型の断面図をもつタイプ。長さは1メートルほどの剣で、少女で手に取るには大きい。
重さは2キログラム越えるほど。


その先は尖っていて、長い三角形。突き刺せば人を殺せるだろう。


騎士たちの武器であり、魔法少女たちも使う武器だった。


「これで…」

カトリーヌは光煌く長い両刃剣を見つめながら、呟いた。「私も今日から戦うのね……」

領民の守り手として。領主一族の高貴なる義務。民を守ること。魔法少女のつとめ。


まじまじと片手に握った剣をもちあげ、眺めていたカトリーヌだったが、騎士に剣を使ってみるよう促された。


「使ってみてください。あちらの柱で」


騎士が立ったまま指差し示したのは、土に突き立てられた一本の木の棒。


「切ってみるのです」

土に立てられたこの棒は、訓練用の柱で、これを剣で斬ってみるのが訓練の内容である。


「ええ」

カトリーヌは、生まれて初めて握った剣の重さに驚きながら、棒の前に足を進める。


魔法少女変身姿の、踵にリボンのついた少女らしい姿のカトリーヌは、剣という武器を持ち棒の前へ。



この木の棒を斬ってみることで、剣の実践と扱いに慣れていく。


この訓練自体は、魔法少女専用の特訓というよりは、騎士をめざす身分の子供が幼いころからおこなう実際の訓練だった。


他の訓練はといえば、石をもちあげて筋力を鍛えるとか、テーブルの上で逆立ちするなどの体操でバランス感覚を鍛える、レスリング、槍に見立てた棒同士の試合などである。

711 : 以下、名... - 2014/05/10 23:19:26.17 LlyQ2eet0 622/3130



カトリーヌは剣を持ち、木の柱の前にたつ。


「思い切り振るのです」

騎士は言い、自分の鞘から剣を抜いた。

ぶんとふるい、隣で空を斬ってみせる。これが見本の動作だった。


「ええ、ええ」


カトリーヌは頷いて、騎士の見本をみたあと、前の木の柱にむきなおった。


ちよっとだけ緊張したあと、剣をふりあげ、とおっと思い切り振り落とした。



ズバッ!


おもった以上に勢いのついた剣の一撃は、木の柱を見事バッサリ両断する。


パカっと断面が開いて、木の柱はドスンと畑におちた。



おおおおおおっ。


パチパチパチパチ。


訓練の景色を見守っていた農民たちが声をあげ、ごぞって拍手する。


「さすがは、魔法少女になったお方だ」

騎士も楽しそうに笑い、カトリーヌにそういった。「見事な一撃です」


「やったわ!」

カトリーヌ自身も喜んだように声をだし、驚きに目を開き、自分に宿った新たな力を知るのだった。

712 : 以下、名... - 2014/05/10 23:22:02.12 LlyQ2eet0 623/3130



ふつう初訓練で、いきなり木の柱を綺麗に切り落とせる人間はそういない。


この時代では少女も騎士となることも珍しくなかったが、男にしろ女にしろ、初めて剣を持ったその扱い慣れぬ手つきで、最初から立木を一太刀で切り落としてみせることは普通ない。


だがカトリーヌは今や魔法少女であった。


ソウルジェムを生み出し、戦闘向きな身体に造り変わっているので、剣の扱いが初めてでも、楽々訓練をこなすのだった。


こうして実践練習に励むことで、魔法少女は、自分についた新しい戦闘能力を知り慣れていく。



それからもカトリーヌは騎士と共に戦闘訓練をつづけた。


こんどの訓練は、騎乗訓練だ。


馬に乗り、槍を持ち、的をつつくという訓練。いわゆる槍の突撃である。


槍こそは馬に乗って戦う武器として、最重要の位置をしめる武器だった。



槍は、脇の下にしっかり挟みこみ、しっかり前に向けて、馬が突き進むに任せてどつくという攻撃の仕方をする。

槍の向きをぶらしてはいけないし、馬の走行をゆるめてもいけない。


最初は柱に括りつけられた的を槍でつつくだけだが、訓練していくうちその難易度もあがる。


ただの木の丸い的だったそれは、自動的に仕返ししてくるような意地悪な的へと変わる。


その的とは、木の枝に吊るされた錘で、馬に乗りながら槍でその錘をつつくのだが、突かれた錘は浮き上がってクルッと回転し、一周して騎乗者をドンと後ろから叩くのである。


だから早く馬で通り過ぎないと、仕返しされるという的であった。スピードが要求されるのだ。

713 : 以下、名... - 2014/05/10 23:23:14.40 LlyQ2eet0 624/3130



カトリーヌはこの訓練も積み、魔法少女として、その戦闘能力を発揮しはじめた。


昨日まではハープを奏で、宮廷に暮らしていた高貴な少女は、契約して魔法少女になり、戦いに身を投じる戦場の少女へと姿が変わっていく。


カトリーヌは仕返ししてくる的への突撃さえもクリアした。


あまりに訓練を楽々こなすので、農村の騎士相手に馬上槍試合の本番に挑むことさえした。


訓練の成果をだす華ともいえる実戦的な試合だ。


といっても馬上槍試合の本番にも、いろいろなタイプがある。

大きく分けるとハードなものとソフトなものになり、カトリーヌが今回挑むのは、ソフトな馬上槍試合の一騎打ち。


ルールは、互いが互いに槍で突き合い、馬から落ちたほうの負けなのであるが、槍の先端は綿を丸めたクッションをつけるので、相手を殺してしまうことはない。


一騎打ちは、相手と自分が互いに一直線に馬で走り、槍を交える試合。

途中の進路変更は認められない。

クッションがあるとはいえ、時速50キロちかくもの本物の槍が、相手と自分に直撃する、まさに戦いである。

このルールによる一騎打ちは、ジョストと呼ばれる。人気のスポーツでもある。

714 : 以下、名... - 2014/05/10 23:24:50.71 LlyQ2eet0 625/3130



「いくらわれらが国の魔法少女、カトリーヌさまがお相手でも、」

と、馬上槍試合の相手の騎士、最初にカトリーヌに剣を渡した騎士は言った。

「私にも騎士としてアキテーヌ城に長年、仕えてきた身。騎士としてのプライドがありますので、手加減はいたしません。」

といい、面頬のある兜をかぶり、甲冑姿になる。面頬が頭からずり落ちないように、しっかり調整して、あごひもをしっかり結ぶ。


彼こそは、都市主催の馬上槍試合の選手権の参加歴もあるいっぱしの騎士であった。名はアドアス。



「ええ!」

カトリーヌは楽しそうに笑い、馬に跨った。馬には背当ての織物が敷かれ、カトリーヌはその上に乗る。

「本気でかかってらっしゃい。」


「もとよりそのつもり!」

騎士は騎乗用の踏み台から鐙に足をかけ、すると馬の背に乗る。

馬に噛ませた轡の手綱たぐって、カトリーヌには背をむけて一度離れる。


馬上槍試合は、馬が猛スピードで互いが互いにむけて走るため、いちど十分にはなれて距離を確保しないといけない。



カトリーヌも騎士に背をむけて距離をとりはじめた。

騎士と魔法少女、二人して互いに背を向け合って、離れる。一騎打ちの前の静けさである。


十分に距離をとったあと、二人はそれぞれ、農村の他の騎士から一本、大きな試合用の槍を受け取る。



槍は3メートルほどもあるので、重たかったが、魔法少女になるとこんなものも楽々扱う。


相手の騎士のほうも槍を手にもった。


「どきどきするわ」

馬上に跨ったカトリーヌは、そう言いしっかり、脇の下に槍を挟み込んで向きを固定した。

715 : 以下、名... - 2014/05/10 23:26:31.34 LlyQ2eet0 626/3130


あとは合図を待つのみとなった。


城では貴婦人たちや守備隊たちが、城壁に並び立って、興味津々に試合の様子を見下ろして見守っている。


馬上槍試合そのものは訓練ではあったが、見世物としても当時の流行であり、貴婦人たちは騎士を応援し、守備隊たちは魔法少女を応援した。


どっちが勝つのか賭けする、守備隊たちもいた。


騎士にとっても見せ場であり、相手が魔法少女とはいえ、ここは勝たせてもらって、貴婦人達のお目にかかる大きなチャンスと考えた。


いっぽう守備隊たちは魔法少女を応援した。なんだかんだいって守備隊という男たちは、馬上槍試合に挑む戦う乙女に心奪われ夢中だった。



農民たちといい、城の貴婦人たちといい、領土の誰もが注目する馬上槍試合になってしまったので、守備隊たちはラッパを口にふくみ、そして吹いた。


城から音楽が奏でられ、それは試合の場にも届く。


すると柵外の農民たちはわああああっと歓声をあげ、試合の雰囲気をますます盛り上げた。


貴婦人たちの一部は城壁の席をたち、スカーフを手でふって、騎士を応援し、他の貴婦人たちは、手に扇もったまま、淡々と試合を見物した。



ラッパの音楽が鳴り止むと、ついにカトリーヌと騎士の二人は馬の突進をはじめた。


馬が走り始め、互いに槍伸ばし、距離を一気につめる。

716 : 以下、名... - 2014/05/10 23:28:07.16 LlyQ2eet0 627/3130


おおおおおおおおっ。

農民たちは仕事することも忘れ、騒ぎたち興奮し、そして城の守備隊と貴婦人たちも、目を見張って試合を見つめた。


ドドドドドド。



騎士と魔法少女。


二人の馬がスピードをあげる。どちらも槍をまっすぐ相手へむけている。互いに距離をつめる。



草原にて、みるみるうちに距離は縮まり、二人の馬たちはますます速度をあげ、蹄で土を蹴りあげて全速力で走る。

ドドドドド。槍をまっすぐむける魔法少女。


ダダダダダ。受けて立つ甲冑の騎士。


農民たちがおおおっとこえをあげ、次の瞬間、馬上の二人の槍が交差した。


「うごっ!」

バキッ!


まずカトリーヌの槍が騎士の胸元を突いた。つづいて騎士の槍がカトリーヌに当たった。


すると槍はひん曲がって折れ、砕けた木片が飛び散った。



おおおおっ。

農民と城の守備隊たちが、騒ぎ立つ。


槍が折れたのは、騎士のほうの槍だった。カトリーヌの槍は折れず、馬の走る速度に任せるまま、騎士を馬から押しのけ、突き飛ばした。


騎士は馬から転落し、ドッテンとひっくり返って落ちた。カトリーヌは馬に乗ったまま過ぎ去った。



おおおおおおっ。わあああああっ。


勝負は魔法少女の勝ちだった。

717 : 以下、名... - 2014/05/10 23:29:51.44 LlyQ2eet0 628/3130


農民たちは歓声と喝采、拍手に沸き立ち、カトリーヌに声援を送った。


カトリーヌは、馬をくるりと向き直らせながら、初の馬上槍試合に勝利した自分自身の力に驚きながら、声援を送ってくれる農民たちを見回した。


それから、ブンと槍を上向きに振り上げ、空に向けそして勝利を示した。馬がヒヒンと鳴いて前足ふりあげ、馬までも勝利に興奮し酔う仕草を示した。

馬上槍試合の一騎打ちを勝利で飾った魔法少女のポーズであった。


おおおおおおお!!


農民たちはますます沸き立ち、盛り上がり喝采の嵐となった。

それぐらい魔法少女の勝利を農民たちは祝い、心から喜んだ。



いっぱしの騎士に馬上槍試合で勝てるほど、私たちの領土に誕生した新しい魔法少女は、強くて華やかで、美しいお方だ。


きっともう他国の強い魔法少女が攻めてきても、このお方なら私たちを守ってくださる。


そう思ってこれからの暮らしに希望すら見い出して、農民たちはとにかく、喜びの声をあげあった。




自分たちの国に住まう魔法少女がどれくらい強いかどうか。

それは暮らしに直結する問題であった。

718 : 以下、名... - 2014/05/10 23:31:31.51 LlyQ2eet0 629/3130



アリエノールとちがって、ちゃんと戦ってくれる強い魔法少女が、自分達の国に誕生したのである。


「ぬぬぬ、まいりました。」


と、騎士は、ズドっと落ちた自分の身を、仲間たちに起こされながら声をこぼす。


騎士の鎧は重たく鋼鉄製なので、一度ころぶと、もう自力では起き上がれない。仲間達に助けられて起き上がる。

これが人間の騎士の限界であった。



それが魔法少女になると、ソウルジェムさえダメージなければ無敵という、まさに戦闘マシーンな身体になるのであった。



「まさか魔法少女の方が相手とはいえ、初試合で私が負けるとは。いやいや、まいりました。」


騎士はやっと起き上がりながら、甲冑の兜をぬぎ、顔をみせてカトリーヌに告げる。



「まあ、ありがとう。」

カトリーヌは馬を降りて、騎士と握手をかわした。「まさか私も勝てるとは、思いませんでしたわ。」


「大いなる力が、あなたには宿ったのです。」

騎士は笑って握手に応える。「しかし実戦はもっと過酷です。これからも、魔法少女になったあなたは、さまさまな戦いがあるでしょう。とはいえ幸先のよいスタートです。」


「ありがとう、アドアス!」

カトリヌーは嬉しそうに笑って、アドアスと呼んだ騎士に感謝の言葉を告げた。

「あなたも気高い、騎士のお方!」

719 : 以下、名... - 2014/05/10 23:34:39.54 LlyQ2eet0 630/3130



そんなわーわー盛り上がってる、馬上槍試合の休耕地を、城の窓から、鹿目円奈が眺めていた。


魔法少女になったカトリーヌが、馬に乗って騎士を相手に槍で突撃して、勝利するところから、握手を交し合うまで、アリエノールの部屋の格子つき窓から、ずっと見ていた。


「…すごい、なあ」

と、城の格子窓の前で外を見つめながら円奈は呟いた。「なんかいかにも騎士って感じ……」


カーンカーン、と昼の時刻を城の鐘楼が告げている。


バリトンにも騎士の人はいたけれど、あんな試合は初めて見たのだった。国が違えば文化も違うのだ。


「カトリーヌさん…すごく嬉しそう…」

窓から彼女を見つめながら円奈は、そう思って呟いた。

魔法少女としての新しい自分の門出に、張り切ってるかんじ。



いっぽうこの領土のもう1人の魔法少女・アリエノールは、自分の質素な天蓋ベッドに腰掛けて、無言で、じっと顔を下にむけて自分を見下ろしていた。


「どんなに戦ったって……血を流したって…」


と、アリエノールは、自分の左手にはまった指輪を見つめ呟く。

指輪は鈍い光を放っている。


「報われることはないのよ」



円奈は格子窓から振り返って、アリエノールをみた。


「わたしは今日から……」

アリエノールは、自分のガウスのスカートを、掴んでいる。「1人だわ。一人ぼっちになるのよ」


城の鐘楼は、まだカーンカーンと鐘の音をならしている。

「アリエノールさん…」


円奈はそっと彼女の名前を呼ぶ。それから天蓋ベッドに腰掛けてる彼女の前で、静かに言った。

「ごめんね。わたしは、神の国をめざなくちゃ……」


といって、腰掛けるアリエノールの前に膝ついて屈んで、アリエノールをみあげる。

720 : 以下、名... - 2014/05/10 23:35:39.76 LlyQ2eet0 631/3130



「ええ。わかっているわ…」

アリエノールは言い、胸元に手を結び、円奈をみつめた。

「ありがとう…いままで一緒にいてくれて」


「私の方こそ」

円奈は微笑んで、すると立ち上がった。背中にロングボウの弓矢を紐でとりつけ、
鞘に納まった剣を手に取りベルトを腰に巻きつけた。


騎士姿にもどり、麻袋を取り旅立ちの準備をする。


アリエノールがベッドに腰掛けたまま、寂しそうに地面を見つめているのを最後に振り返って。

円奈は部屋の扉に手をかけようとする。



そのとき城の外で不思議な、けたましい角笛の音が轟き渡った。

722 : 以下、名... - 2014/05/10 23:38:56.32 LlyQ2eet0 632/3130

今日はここまで。

次回、第16話「隣国・ガイヤール迫る」

725 : 以下、名... - 2014/05/12 23:17:14.22 COsr1X0S0 633/3130

第16話「隣国・ガイヤール迫る」

138


プオーッとけたましく角笛がなり轟くなか、ガイヤール国の魔法少女・ギヨーレンはまだ眠りこけていた。

宿営テントのベッド中でいびきかきながら眠りつづける。

すでに他の騎士たちや、兵士たちは進軍の準備も整えているのに、当の領主がまだ眠っているのだった。


「ギヨーレンさま」

手下の側近が宿営テントの幕を捲くり、中に入って魔法少女を起こす。


「ああ?」

魔法少女は、側近の兵士に呼ばれて不機嫌そうに目を開いた。

幕が捲くれると外の光がはいってきて、宿舎テントに眠る魔法少女の目に当たる。それが彼女をイライラさせた。


「進軍の時間です」

側近はベッドの魔法少女に冷静に告げる。

宿営テントは、木で組み立てられたベッドのほかに、蝋燭を燃やす燭台とテーブル、そこに燃える何本かの蝋燭と、鏡、水面台などがあった。


外はがやがや、馬の走る音やら剣の抜く音、角笛の吹き鳴らす音など混じって騒々しい。


「はやいだろが」

ギヨーレンは目をこすり、またベッドの枕に頭をおしつけて眠る。「昨日、魔獣を5匹退治した。おかげで、眠いが」

726 : 以下、名... - 2014/05/12 23:19:35.28 COsr1X0S0 634/3130


「いいえ、ギヨーレンさま」

手下は領主が不機嫌になることを承知で、なお告げる。「昼です」



「ひる?」

魔法少女はベッドで目を瞑りながら言った。「ひると、いった?おまえ」


「はい」

武装姿の側近は答える。「お湯の準備が」



ギヨーレンはすると、青銅の洗盤に満たされたぬるま湯に顔をおしつけた。

ばしゃばしゃと顔をぶるぶる振るう。


水面器を乗せたテーブルは小さくて、背丈の小さな魔法少女にあわせてつくられている。

顔をばしゃばしゃするとの水面器からゆるま湯が飛び散って、テントの幕を水しぶきで濡らした。


「目が覚めたぞ!」

ギヨーレンは顔面も髪も水びだしになりながら、目を見開いて、ふーっと声をあげる。「昼か!」



「あと3マイルでアキテーヌ領です」

側近は頷いて言った。魔法少女とプライベート空間で会話できる人間は、ごく限られていた。


「アキテーヌ領か」

魔法少女は呟くようにいい、宿舎テントの幕の出口へむかった。


すでに鎖帷子を着込み、腰に鞘も差している彼女は、武装姿のまま眠り一晩を過ごしていた。

だから側近は剣を手にとって、魔法少女の鞘に納めてやるだけでよかった。

727 : 以下、名... - 2014/05/12 23:21:26.10 COsr1X0S0 635/3130



ギラーン。

蝋燭の火を反射して赤く煌く剣が、鞘の中へと収まっていく。側近は魔法少女の鞘に剣を収める。

「兵の士気は朝に鋭く、昼にぬるく、夜に眠い。あなた自身のお言葉です」

鞘に剣いれながら側近の騎士は言った。

「そうだな」

魔法少女はすると幕をあけ、兵どもの前にでた。


ギヨーレンが幕から登場すると、おおおおおおっと兵どもは大歓声をあげ、槍と、剣やらをふりあげた。


ガイヤール国の兵どもは300人越えるほどで、騎兵が100人、兵士が150人、そして秘密兵器の保持者がもう50人といった構成だった。おおざっぱにいえば。

細かく言えば、近衛兵、衛生兵、偵察兵、斥候部隊、など一部が区分されている。


プオーッ。

角笛が吹かれ、誰もが魔法少女の登場に熱狂し声をあげる。


「ロクスリー!」

すると魔法少女はうんざりといった顔して、側近の名を読んだ。「声はいらん!」

「みな、あなたを愛しています」

側近は答えた。彼の名はロバート・ロクスリー。


「気味悪いこと言うな!」

すると魔法少女は顔をしかめて側近に怒鳴った。それから騒ぎ立つ熱狂のなかを歩き、白い馬に跨る。手にガイヤール国の紋章が描かれた青色の旗をもつ。


「あなたへの忠誠ですよ」

側近は笑っていい、アキテーヌ領土のほうを指差した。「今日からあなたが、あの領土の主です」


「あいつらの忠誠は、地獄の鐘のように響く」

寝起きの魔法少女は愚痴をこぼし、騒々しい人間ども300人の前へ馬を進めた。

728 : 以下、名... - 2014/05/12 23:23:11.44 COsr1X0S0 636/3130


ギヨーレンの白い馬には、馬の背あてという刺繍入り布を背に敷いていた。その上に跨ったギヨーレンは、バンと馬の腹を足で挟み込み、すると馬はドドっと野原を走りだす。



馬が走ると、ガイヤール国の青い紋章が描かれた旗が風にはためきゆれた。



青い晴天。緑の野原。馬たち。兵たち。風にゆれる紋章の描かれた軍旗。



ガイヤール国の紋章は盾のような形をしていた。紋章には青色が塗られ、真ん中に、銀色のイルカが自在に泳ぐ様子が描かれた紋章だった。

イルカは竜のように青色のなかを飛ぶ。そして尾や背中にも、ヒレがついている凶暴な性格のイルカ。


この紋章が描かれた旗は魔法少女だけでなく、騎士たちも何十本ともっている。

729 : 以下、名... - 2014/05/12 23:24:20.94 COsr1X0S0 637/3130



自分たちがガイヤール国の者だと相手に示し、戦争の相手だとも相手にみせつける紋章である。



「ガイヤール!」


とギヨーレンが一声叫ぶと、騎士と兵士たちは、おおおおおおおっとそれに応じて雄たけびをあげた。


「われらがガイヤール!」

魔法少女は紋章の旗を手に、馬上から兵たちに呼びかけ鼓舞する。


「戦争は好きか!」


おおおおっ。武装の兵たちは、武器をぶんぶん振り上げ騒ぐ。


「殺しあうのが好きか!」


魔法少女の馬が走る。旗が風にはためいてゆれる。兵たちは何百という武器を振りかざす。


「敵の頭を砕き、剣で胸を刺し、命果てるまで血を流すのが好きか!」



おおおおおおおおっ。おおおおおおっ。

歩兵も騎士たちも、魔法少女の呼びかけに、わーわー騒いで応じる。叫び声あげる騎士もいる。

730 : 以下、名... - 2014/05/12 23:25:59.04 COsr1X0S0 638/3130



「野蛮な、粗野なやつらめ!」

魔法少女は馬を駆けながら、軍旗をはためかせて騎士たちを煽り立てる。
少女の声で。


「ならば戦うがいい!」


と、魔法少女は叫び、甲高い声で兵どもに声をとどろかせる。


「ガイヤールの強さ!」


おおおお。兵たちはどよめく。


「ガイヤールの勇気!」


2メートルちかくある軍旗を軽々もちあげ、魔法少女は圧倒的な力量を兵たちに示す。


「ガイヤールの誇り!それを示せるのは他の誰でもない!おまえたちだ!」



うおおおおおお!

こうして鼓舞された騎士と兵たちは沸き立って、どよめいて腕ふるい喚声をあげまくった。



満足した魔法少女・ギヨーレンはふっと得意に微笑んで、3マイル先にあるアキテーヌの領土へ、侵攻をはじめた。



「余が、アキテーヌ城の新たな主よ」


と、一言呟いた。

731 : 以下、名... - 2014/05/12 23:27:28.01 COsr1X0S0 639/3130

139


ガイヤール国のギヨーレンは、300人の兵と騎士たちの先頭にたって、軍を進める。


ギヨーレンは深い青色の目をした魔法少女で、髪は赤みがかった濃い茶髪であった。

毛皮のマントを肩に纏い、そのマントは胸元で結び、鎖帷子つきのダブレットを着込み、その上に鎧をつける。

胸冑と背冑の二枚を着込む胴甲と呼ばれる鋼鉄の鎧。

その前後二枚の鎧板を腰バンドと、肩でつなぐタイプの鎧で、騎士たちの鎧と同等のもの。


これを着込むと、ギラギラ銀色に鎧の煌く威圧的な騎乗姿になる。


足はサバトンという鉄靴をはき、腿や脛も、鉄の防具があてがられ守られる。

腰にバンドを巻き、鞘をとりつけ、剣を納める。



この時代の魔法少女にありがちな、普段着としての武装姿。

732 : 以下、名... - 2014/05/12 23:29:01.90 COsr1X0S0 640/3130




ギヨーレンはいつか円奈が来栖椎奈からきいたような、”民のために戦う”タイプの魔法少女だった。



民に恵みを与え、民を魔獣の手から守り、外敵の手から守ために戦い、国のために戦う。



そして彼女自身歴戦の魔法少女であり、魔獣退治はよほど強力な敵でもない限りお手の物、外敵の侵入も何度も撃退する、国と民のために戦う魔法少女だった。


ギヨーレンは民に人気のあるタイプの魔法少女だった。


今回ギヨーレンは国のために戦うその矛先をアキテーヌ領土にむけているが、これもやはり、ガイヤールという国の利益のためである。



なんといっても今は魔法少女の乱世、群雄割拠ともいうべき戦国の世界なのである。



和平だなんだといって他国を牽制もせずほっとけば、だんだん他国が力をつけて大国に育ってきて、自分の国が存続危うし。


そうなるよりは勝てるうちに他国を倒し、自国の領土を広げ、自国を大国に育てる。


領主にとってそれは立派な行動指標だ。




闇雲に暴虐を働く魔法少女とちがって、国のために戦争へでるギヨーレンは、民に人気あるタイプであった。

733 : 以下、名... - 2014/05/12 23:31:26.08 COsr1X0S0 641/3130



ギヨーレンは馬をすすめ、そのギヨーレンに300人の兵がついて従う。


ギヨーレンが馬の向きをくるりと変え、兵に向き直って、剣を抜いて空に向ければ、その仕草だけで兵が奮い立った。




魔法少女の剣抜くポーズに兵たちが興奮し、声をけたましくまくし立てる。



改変前の魔法少女が人にとって害になる魔女になってしまう世界では、ありえない光景だった。


しかし鹿目まどかによる宇宙の再編によって迎えた西暦30世紀、人に害を及ぼす魔獣を倒す魔法少女こそは、人間たちにとって英雄であった。



兵たちは雄たけびあげ、槍をもちあげ、そして腰元の紐に吊るした角笛を口にふくみ、プオーっと吹き鳴らすのであった。




鹿目円奈とアリエノールはこの角笛の音を耳にした。

734 : 以下、名... - 2014/05/12 23:33:09.88 COsr1X0S0 642/3130

140


他国の掲げる旗の紋章。

盾型に青色の紋章、そこに凶暴なイルカの描かれている。


この旗の紋章の数々はガイヤール国の紋章。


アキテーヌ領土の農民は敵国の紋章を見つけて恐怖に叫びをあげ、慌てふためきその場をあてもなく逃げ去った。


女たちは鶏の餌やりや、羊毛を毛で刈り取る作業、井戸の水汲みや洗濯を中断して村を逃げさる。

男達は馬上槍試合の盛り上がりから一転、恐怖に叩き落されて、呆然と敵国の紋章をみあげる。



「なにごと?」

まだ魔法少女姿のままになっているカトリーヌは、騎士のアドアスに問いかけた。

「彼らは、何者?」


「ガイヤール国のギヨーレンです」

アドアスは草原のこむう、あらわれた敵国のはためく無数の旗の紋章を見上げ、目を凝らせると答えた。

「ここなら50マイル西の隣国です」


「隣国?」

カトリーヌははっとして敵国の紋章を見つめ、それが自国に近づいてきていることを悟り、どくどくと血の巡りが早くなるのを感じた。


敵の兵は300人ほど、紋章の旗を風にはためかせ、すでに農村をでた平野に布陣をはじめている。

今日、国を守る使命を負うために魔法少女になったが、こうもいきなり侵略者たちに襲来されるとは。

不安が、新しい体を手にしたカトリーヌの心を動揺させ曇らせる。

735 : 以下、名... - 2014/05/12 23:35:17.52 COsr1X0S0 643/3130


プオーッ。

敵国の軍隊が角笛を吹く。草原を越えて農耕地にまで音は響いて聞こえてくる。

角笛をけたましく鳴らし、アキテーヌ領がどう応じるのか伺いたてている。


もちろん平野戦のほうがリスクが高い。城とは、敵国の攻撃の手から有利に守るために造られたものであるから、当然、守る側は城に立て篭って戦うのがセオリーである。


しかし、しかしである。

守備側が城に立て篭もるとなると長い時間、包囲されつづけることになる。しかも、あとがない。

最後の手段ともいうべきものであり、もし城が陥落すれば農民は全員死ぬ。

もちろん敵国たるガイヤールは、城を落とすためのたくさんの攻城兵器を運んできている。

城の壁にかけるはしご、動物の死体を城に投げ込んで疫病を発生させるための投石器など。

ほか、水源である湖に毒を流し込むなどの準備もある。


カトリーヌは側近騎士に相談した。

「城に篭って戦うべきでしょうか?」

「普通ならそうです」

騎士は目を細め、西の平原に陣を張った敵国、騎兵100、歩兵150ほどの規模の軍隊を見据え、考えをカトリーヌに伝える。

「しかし戦争はしばし、気持ちで負けることから敗戦の入り口にもなるものです」

城に立て篭もるとは、敵軍に圧されて逃げる、という行為と変わらない。

その心境のまま士気マンマンの敵国の包囲と戦えるだろうか。


736 : 以下、名... - 2014/05/12 23:36:41.42 COsr1X0S0 644/3130


「野戦に打って出ましょう」

騎士は覚悟を決めた、しかしカトリーヌを勇気付けるような歯をみせた笑いで、答えた。

カトリーヌもすると覚悟が決まって微笑んで頷く。「騎士たち集めて」

魔法少女になって数時間しかたっていないけれど、さっそくもう国を守るために授かった力を使うときがきたのだ。

カトリーヌは闘志を抱いた。


「わたしどもがあなたを守りいたします」

自信たっぷりな騎士アドアスが、魔法少女の姿になったカトリーヌに言う。

そうだとも。アキテーヌ兵たちだって味方をしてくれる。

「戦火を開くときは、弓兵に合図を出してください」


アドアスは馬に乗ってすぐに城むけて出発した。


蹄が草むらをけり、馬が走り出す。


その馬で駆け出したアドアスの後ろ姿を見守って、カトリーヌはやってきた敵国の方をみつめた。


西の方角から攻めてきた敵の数は、300人越えるほど。農村のむこうに開けた平野に布陣、今は動きをとめ、こちらの様子を見守っている。というより、戦いがはじまるのを待ち受けている。


草原の平地に青色の紋章の旗をかかげ、そよ風にふかせているだけだ。



人類の歴史ながしといえど、魔法少女の力が軍事力として発揮され、国と国でぶつかりあう戦争は、いまだかつてない最近になって始まった戦いである。


果たしてどんな展開をみせるのだろうか。

737 : 以下、名... - 2014/05/12 23:38:33.61 COsr1X0S0 645/3130

今日はここまで。

次回、第17話「魔法少女合戦」

739 : 以下、名... - 2014/05/17 22:06:09.83 KBP+asf90 646/3130

第17話「魔法少女合戦」

141


アキテーヌ城のなかが騒がしくなっている。

守備隊たちは武器庫へ降り、剣と槍、弓矢を取り出している。


騎士たちは集められ、城の入り口前に集まっている。



騎士たちはアキテーヌ領土の紋章を描いた軍旗を掲げた。


アキテーヌの紋章は黄色い。そこに描かれた砦の落とし格子。それがアキテーヌ領の紋章だった。



描かれた落とし格子は、城門入り口に落とされる鉄格子の絵だが、その下がギラギラ尖っていて、これまた凶暴なイメージをもつ鎖と鉄の紋章。


何百人と兵たちが城に集められ、ラッパが吹き鳴らされると、それを合図に、黄色い紋章をもった兵たちがどーっと城を飛び出し、敵国の現れた南の方角の平野へ進む。


「なにごとだ!」

アキテーヌ城の城主アドルは、騎士たちのあわただしい武装と出発に、まわりの者へ問いただす。

「なにがあったというのだ!」


貴婦人たちは黙りこくっているだけ。


アドアスが城主に答えた。「ガイヤール国のギヨーレンです。攻めてきました」


「ガイヤールだと?」

城主は目を見開き、遠く平野へ現れた青い紋章の軍を眺め、顔を強張らせた。

「先年に和平を結んだはずだ!メープル林の一部割譲と共にだ!」

740 : 以下、名... - 2014/05/17 22:07:40.39 KBP+asf90 647/3130


「それに飽き足らなくなったんでしょう」

アドアスは告げ、この戦争に受けて立つ意を城主に示した。

「それか失業した敵国の傭兵に仕事を与えるための戦争です」

騎士は答え、自らも馬に乗り込んだまま、槍を手にした。「であれば、一ヶ月もてば敵軍は勝手に撤退します。民を城に避難を」


城主は無言で頷き、そして農民たちが安全を求め城へ逃げ込んでくるのを見た。

「門をあけよ!」

城主は守備隊たちに命令する。「避難させろ!」



正規の戦争は、ここ”西世界の大陸”と呼ばれる地方では、互いの国の魔法少女同士、顔をあわせたあと開始する。



すでに農村のむこうにひろがる平野へ布陣しているガイヤールのギヨーレンは、そこで敵側の魔法少女を待ち受けていた。

そう、待っている。戦争をまだ仕掛けてはこない。


ギヨーレンは草むらに布陣した300人の兵たちの先頭で、馬をいったりきたりさせ原っぱを走り、ただアキテーヌ城の動きを見守っていた。



この草むらは、アキテーヌ領土の農村をすぐ出たところに広がる土地で、森に面している。

ギヨーレンからみて左に森。アキテーヌ側からみたら右に森が生い茂って緑に覆われている。

741 : 以下、名... - 2014/05/17 22:11:25.42 KBP+asf90 648/3130


でてくるのはアリエノールかカトリーヌか。


それとも二人ともこないのか。


「…はん」

ギヨーレンはそう心で考えてそして思わず鼻で笑う。我らが軍の前に姿を現すこともできないか。


「ここの魔法少女は、自分たちは闘わないで、人間だけに戦争させる腰ぬけどもだが!」


ハッハッハッハッハ。

ガイヤール兵たちは、けたけた笑う。

魔法少女がその力を発揮し、戦争するのが当たり前の時代なのに、相手国ときたら顔を出しもしない。

特別な力を得たくせにそれを戦争に活かそうともしない。腰抜け、と罵った意味は、これである。


だがもう少し待っていると、やがて馬にのったクリーム色のドレスと編み上げブーツの魔法少女が、前へやってきた。


目前に現れたアキテーヌ領土の兵は、200人ほど。ガイヤールに比べ規模の小さい国にしては、よく集めたほうか。


黄色い落し格子の紋章が現れ、アキテーヌ側に並び立つ。


足並みそろえて200人は、黄色い紋章かかげ、ギヨーレン軍の前にぞろぞろやってきた。



あわれにも、これからはじまる戦いのものの数十分で、全滅されるであろう兵たちだ。


青色の紋章と黄色の紋章が睨みあう300人と200人。国と国の兵たちが対峙する。


カトリーヌは馬を進めて、ガイヤールのギヨーレンにむけて告げた。


「何しにここに?」

742 : 以下、名... - 2014/05/17 22:14:38.41 KBP+asf90 649/3130


「あっはっは!」

するとギヨーレンは、相手の間抜けた問いかけに、今度こそ心から笑い声あげてしまった。

「何しにここに、はなかろうが。後ろに控えるわが兵どもが目に入らぬのか?決まっている。我らガイヤールは、おまえたちに戦争を仕掛けようとしているのだが!」


「和平の道を」

カトリーヌは、魔法少女の変身姿で騎乗したまま冷静に言い返した。

「戦うことはありません。互いに物品の交易を。そして栄えるのです」

魔法少女叙任式を経て、国の守り手となったその初日、さっそく初陣となったカトリーヌは和平を提案する。


「和平?それはおまえ無理な話だろが!」

ギヨーレンはまた笑った。「魔法少女とは戦う存在なのだ。戦わなければおまえ、あっという間に円環の理に導かれて逝っちまうだろが。"神の国"へいっちまうってことだ」


ガイヤールの兵たちが押し黙る。

そのへんの話は、人間たちにはいまいち理解できない話であった。

せいぜい、隣国を略奪すればたんまり領土、それも肥えた耕地が手に入り、農奴をたくさん持って、より贅沢な暮らしが実現するくらいにしか思ってない。

「希望をもつのが、魔法少女だろが」

ギヨーレンは手にもった剣を、びっと前へ伸ばしカトリーヌへむけた。剣先がカトリーヌに突き出される。

するとカトリーヌがその剣先を険しい目つきで睨んだ。

「我慢してたら心に鬱憤がたまって、そういうやつらから、円環の理に逝っちまうが。好き勝手やり放題、戦いに勝って勝つこと、魔法少女の長生きの秘訣ぞ」

魔法少女は戦わずして生きていられない。たとえば、暁美ほむらが時間軸を巡って、まどかを救おうとしたときは、まさに戦いの連続だった。戦いをやめたらグリーフシードに変わる運命にあった。

巴マミは交通事故に遭い、契約をしたことで一命をとりとめたが、自分だけ助かったことに自責を感じてしまい、街の平和を守るために戦いをやめるわけにはいかなくなった。

美樹さやかは意中の男子の右腕を治す奇跡を叶えたが、そのあとは、自分のことを魔女を倒す、それしかない石ころだといって、戦いをやめるわけにはいかなくなった。

佐倉杏子は父のために願いをかなえたが、その願いが家族を破綻へ追いやり、他人のために魔法なんか使わないものだと後悔、あとは自業自得の人生を取り戻す決意のもと、戦いをやめるわけにはいかなくなった。

743 : 以下、名... - 2014/05/17 22:17:08.63 KBP+asf90 650/3130



ガイヤール国の王、魔法少女ギヨーレンは馬を何歩か進め、カトリーヌへ接近する。


「それ以上私の土地に近づけば戦いになります!」

カトリーヌは相手に警告する。昨日までただの少女だった魔法少女の、精一杯な威勢の張り方であった。


「戦いかっ、ははっ!」

ギヨーレンはまた笑い、マントひらめかせながら馬を進め、相手国の魔法少女をからかった。

「それにしても、可愛らしい変身衣装だが、え?それで戦いになるっていうものか?剣もってるより、ハープでももって、奏でているほうが似合ってるんじゃないが?」


ハハハハハハハ。

またガイヤール兵たちがごぞって、けたけた笑い出し、カトリーヌは頬を赤くして相手をにらみつけた。


ハープを奏でる。まさに魔法少女になる前は、そういう少女だった。


いっぽうのギヨーレンは、変身姿ではなく、マントと鎧を纏った騎乗姿だった。鉄靴のサバトンを馬の鐙に乗せ、剣を前へむけたままさらにカトリーヌに接近する。

ギヨーレンとにって、変身は魔獣退治のときにしか必要ない。軍を率いて戦争に出るときは、魔法少女の力は使わない。



カトリーヌは相手のからかいのと侮辱から立ち直って、平静な顔つきを取り戻し兵たちに呼びかけた。

「弓兵!」

甲高い乙女の呼び声。

100人あまりのアキテーヌ軍の兵士が、弓を手にとりだす。

矢筒から矢羽のついた矢を一本とりだし、番えると弦を引き、構える。


ガイヤール軍にむけられる100本の矢。

アドアスに教わったばかりの戦争の始め方だ。魔法少女なりたてのカトリーヌは、戦術とか、戦争の仕方、兵法、軍旗と軍笛、陣の動きも知らない。本来ならば、アドアスに教わって予行練習するはずだった。

その隙のがさずガイヤールは攻めてきたのである。つまりカトリーヌが魔法少女になりたてという情報が、敵国に漏れているのである。

744 : 以下、名... - 2014/05/17 22:22:29.53 KBP+asf90 651/3130



魔法少女の号令によって、動き出す人間の軍。


「ガイヤール兵、番え!」

するとギヨーレンも応じて叫んだ。ガイヤール軍150人あまりが、弓に矢を番え、斜め上向きに構えた。

曲射と呼ばれる弓兵たちの構えである。



100本の矢と150本の矢。


”矢合わせ”。

戦争のはじまりは、投石器のなげあいだとか、矢の撃ち合いからはじまる。



矢を互いに撃ち合うこと。それは戦争開始の暗黙の合図となる。つまり、この矢が互いに放たれてしまえば、もうどちらかの王が倒れるまで、戦いは続く。




農村をでたすぐそこの平原で、両軍の弓矢同士は番えられ、むけあう。

軍同士が睨みあう奥には、アキテーヌ城。石造りの城。


「さあさあどうする!」

ギヨーレンは相手に剣突きのばし挑発し、ヒヒンと馬を後脚たちにさせると、もう一歩前へ進んだ。

「戦いになるんじゃなかったのか!」



「私どもの領土に手を出せば───」

カトリーヌは、最後の説得を相手に試みる。

「私たちが敗れてもエドレス国エドワード王は黙っていません。私どもの盟主です。和平の道を」

戦争のノウハウがないカトリーヌは今日の戦争は避けようとする。

それどころか魔法少女として戦った経験さえないのだ。

魔法少女の初戦は、死亡確率が3分の1とすらいわれる。

745 : 以下、名... - 2014/05/17 22:25:34.12 KBP+asf90 652/3130



「そう、そうだな!」

ギヨーレンの余裕そうな態度は変わらなかった。

「だがその王はいま、気を病んでおられる!戦争どころであるまい!」


「気を病んで?」

カトリーヌはおどろいて目を見開いた。そんな話は初耳だった。


「どうやらしらぬようだな、あの王都で起こっていることを!」

ギヨーレンはにたにた笑い、さらに馬を一歩進ませた。「気を病めた王より、余だ!さあ渡せ!」


カトリーヌはきりっと歯軋りの音を鳴らし、背中の腰まで伸びたくるくるの巻き毛をゆたかにゆらしたのち、ギヨーレンの挑発について魔法少女として受けて立つ決意をした。

つまり魔法少女対魔法少女、国対国の合戦に挑むのだ。

「弓兵、射て!」

カトリーヌは叫び、命令をくだした。これによって自ら戦争の戦火を切ってしまうことになるが、国を守るために戦いきる決意だった。


「ガイヤール兵ども、放て!」

するとギヨーレンも笑い、余裕を見せたのち、腕をあげて指示をくだした。


まずアキテーヌ兵側からの弓矢が放たれた。100本にもなる矢が平野を飛んで、ガイヤール兵らめがけて飛んでいく。

ズババババ!矢の雨が野原に飛ぶ。


対してガイヤール兵の弓からも矢がとんだ。150本。


ひゅーっと浮き上がる無数の矢。空へ飛ぶ。


250本もの矢がぶわーっと一度青空に舞い、交差し、弧を描いて、そしてやがて兵たちの頭へ。

落ちてくる。

戦争がいきなりはじまってみると、カトリーヌはその光景の凄まじさにしばし心が動揺した。


矢あわせ。


それは数百という尖った針をもつ矢が、空をふさいで降ってくる光景だった。

746 : 以下、名... - 2014/05/17 22:27:31.36 KBP+asf90 653/3130


「防いで!」

カトリーヌは矢が落ちてくると叫び、自らも手にした盾で、落ちてくる矢から身を守った。


ズドドドドドド。

次々に矢が重力の勢いに乗って降り注いできた。兵たちは盾を頭上にかぶせて身を守る。その盾に矢がドスドス刺さり、ある矢は盾をも貫通する。


しかし盾だけでは全身を守りきれず、足の各部やつま先、腿、膝などに、次々矢が刺さった。


「うがッ──!」

「あぐぅっ…!」

アキテーヌ兵から呻き声が、続々あがる。まだ降ってくる矢は、アキテーヌ兵たちのつま先に落ち、また刺さり、矢羽が足に突き立つ。

足首、脛、腹、腕…落ちてくる矢がどんどん、兵たちに刺さり、身に食い込んでくる。

矢の雨は、悪夢のような時間であった。




対してギヨーレンは、同じく盾で頭上に注ぐ矢で頭を守った。

ガイヤール兵たちも盾で身を守るが、アキテーヌ側とちがって、その場にしゃがみこみ、盾を蓋のように身をかぶせ、守っていた。


これで身体を晒す部分が少なくなり、直撃する矢は激減した。事実、両陣営の矢が飛び交ったあと、矢に当てられた兵の数は、ガイヤール側の兵にはほとんどいなかった。


「あたらんぞ!」

矢が飛び交ったあと、ギヨーレンは矢だらけの盾をどけると顔をだし、相手国を挑発した。


一方矢によって打撃をうけたアキテーヌ兵たちは、まだ矢を身に受けた痛みに呻いている。


「さあどうする、そっちの兵は随分と痛がってるようだが!」

矢の雨から帰還したほぼ無傷のガイヤール兵たちはげらげら笑い、第二派の矢を弓に番えた。

747 : 以下、名... - 2014/05/17 22:29:20.61 KBP+asf90 654/3130


150本の矢が再びむけられる。


カトリーヌはするとギヨーレンを睨みつけ、剣を右手に持ち上げると、それを相手にむけて言った。


「あなたを倒します!」

とだけ叫ぶと、魔法少女姿のカトリーヌは馬を走らせ、突撃する。

魔法少女合戦の火蓋が切られた。


ギヨーレンにむかって突き進んでいった。


「カトリーヌさまをお守りしろ!」

すると手下の騎士アドアスも叫び、それに続いて、馬を走らせる。


自らカトリーヌが先陣切って疾駆をはじめると、それに従う兵達も進撃、駛走しだした。

「突撃だ!」

他の騎士たちも叫ぶ。

ドドドドド。


50人、60人…そして70人という数の騎士たちが、いっせいに馬を馳せ、平野を走り、敵陣へ。


さらにそれに続いて100人あまりの歩兵も走ってきた。槍、剣、斧、弓矢…さまざまな武器を手に、走ってくる。


そのバカ正直な突撃は見た目が派手であるから、ガイヤール兵もそれなりに怯みたじろく。

748 : 以下、名... - 2014/05/17 22:30:40.97 KBP+asf90 655/3130


しかしこんな戦争を何度も勝ち抜いてきたギヨーレンだけは、こんな総攻撃にでられても余裕である。


互いの陣営の距離は50ヤードほど。


森と森のあいだに広がるこの平野を埋め尽くして、200人あまりがこっちに走ってくる。



「放て!」

ギヨーレンは剣を前へ伸ばし、弓兵たちに合図した。「全員、殺しちまえ!」


弓兵たちは番えていた矢を撃ちはなった。

整列した弓兵たちの手から150本の矢が再び飛ぶ。

さっきの上向きに放った矢とはちがって、今度はまっすぐに。



矢が直線に飛ぶ。


それは走ってきたダキテーヌ騎兵たちに次々命中し、騎兵の胸を射止め、腹を貫き、頭を射抜いた。


矢に当てられた騎兵たちは次々に、落馬する。

「あがっ!」「うごっ!」


20騎、30騎、…と、矢に撃たれ落馬する。


顎に矢があたった騎士は手綱を手放して落ちた。仰向けに身体をぶつけ、頭を打撃した。

すると後続からぞくぞく走ってくる騎兵たちに馬で踏まれ、大怪我を負う。



それでも70人ちかくという騎兵たちが、馬を走らせ、まだまだやってきた。

馬の全速力がギヨーレン率いるガイヤール軍300人へ迫る。



200人vs300人。


平野を埋め尽くしたそれぞれ異なる紋章を掲げた兵たちが、いよいよ激突寸前だ。

749 : 以下、名... - 2014/05/17 22:33:28.42 KBP+asf90 656/3130



「むかえうて!密集隊形だ!」

ギヨーレンは叫び、弓兵たちはすると弓をすて、地面に並べ置いておいた木の槍をもった。

その槍を持ち、すばやく突撃してくる馬達にむけて、しかと槍先を固定して待ち受ける。


キラン。

敵兵たちの構え持った槍先が数百本、光る。さながら槍の防壁ができあがった。パイクと呼ばれる、軍馬対抗の槍の構えである。

ヤマアラシ戦法。


罠に気づいたカトリーヌだったが、だからといって馬はすぐに止まらない。

そして結局70人以上という騎士たちは、カトリーヌを先頭にして、敵の待ち受ける槍の隊形へ自ら突っ込んでいってしまった。


ヒヒーン!

グサグサグサ。


馬達が次々に槍の隊形に貫かれ悲鳴をあげる。腹を槍に貫かれ、深々と刺さり、横向きに倒れたり、前足ふりあげたりした。


先頭を走った騎兵たちはみな馬を刺し殺され、槍の隊列の餌食になる。カトリーヌさえ馬を殺され、ハデに落っこちた。

「ああっ!」

カトリーヌをのせた馬は敵陣の槍陣形につっこみ腹を刺し殺され、横向きに倒れ、カトリーヌも平野に落馬して倒れこんだ。



そして先頭が落馬し滞ると、後続して走ってきた馬たちも次々に前列に激突して転び、それに乗る騎兵が吹っ飛ぶ悲劇へ。

「うわあ!」

前列の馬に激突した鎧の兵士が馬から投げ出され、前向きへころび野原に体を打ちつけ倒れる。ずさーところげてうつ伏せになった。


そして二列目、三列目、四列目と、40人、50人という騎兵たちがどんどん落馬、横転、すっ転びまくるの大惨事。


五列目あたりの騎兵がようやく馬をとめ、なんとかこのドミノ倒しの巻き込まれずに済むのだった。

750 : 以下、名... - 2014/05/17 22:34:58.78 KBP+asf90 657/3130



「こいつらはどうやら、なーんの戦術もしっとらんようだ!」

ギヨーレンは勝手に雪崩れ込んでしまった敵の騎兵たちを眺めて、たっぷり嫌味をいってやった。




「さて、畳み掛けてやるが!」

ギヨーレンは自国の兵たちに呼びかけ、剣をぶんぶん空へ振り回した。


「皆殺しだ!」



おおおおおおおおっ。

すると槍もっていたガイヤール兵たちが、次々に鞘から剣を抜く。

ギラギラ、100本もの剣が日の光を反射して煌き、横転して身動きとれないアキテーヌ兵たちに襲い掛かる。


ドドドドドドドドド。

おおおおおおおお。

森に囲まれる平野を歩兵たちは走り、剣を光らせながら前へまっすぐ突っ走る。


そして敵陣へなだれこんだ。


敵兵たちは、馬の下敷きになって身動きとれないでいる騎兵にのしかかり、剣の剣先を首筋にあて、ぶっ差す。


抵抗もできぬまま首を貫かれる騎兵たち。ガシガシと剣が首に入り、抜かれるころには血だらけだ。



「起き上がりなさい!」

まんまと敵の罠かかったカトリーヌは、しかしそれでも諦めずに、兵たちを鼓舞し、みずから戦う姿勢をとった。

「戦うのです!」

戦いは初心者だが、闘志だけは心に熱く滾る魔法少女だった。

751 : 以下、名... - 2014/05/17 22:37:06.12 KBP+asf90 658/3130


「魔法少女の首をとれ!」

血気さかんなガイヤールの兵たちは、よってたかって、アキテーヌ国の魔法少女に剣むけて走り寄ってきた。

敵国の魔法少女を討ち取ることは、大きな手柄であり、昇格を意味する。


叫びながら野原をはしってくる敵兵たち。



カトリーヌは一瞬恐怖を覚えたが、魔法少女になった自分のことを思い出し、剣もってガイヤール兵たちと戦った。


ガイヤール兵たちが剣ふるってくると、自然と受け止められている自分に驚いた。

敵の剣を自分の剣で受け取め、横にそらし、すると相手の胸元が隙だらけになっていることに気づく。

よろめいた敵のむけて剣を伸ばし、その胸元を一突きにした。

「うぐぁぁっ!」

相手は悲鳴をあげ、胸元おさえながら、口からも血をはいて倒れる。


もう1人の敵兵が剣を、自分の腕を狙って剣を振り落としてくるのがわかる。

だからそうなるまえに身を横に投げて肩で敵に体当たりし、敵兵を突き飛ばした。


「うわっ!」

思いのほか強い力で体当たりされた敵兵は、驚いた声あげながら、平野の草むらに身を投げる。

するとカトリーヌは最初の敵兵に刺した剣をなんとかぬいて、ころんだ敵兵に、その剣先を上からふり落とした。


「ああああ゛っ!」

敵兵の顔は、剣に一突き、とどめをさされる。ズドっと剣先が顔に差し込まれて、血が剣先にこびれついた。

752 : 以下、名... - 2014/05/17 22:38:36.58 KBP+asf90 659/3130



他の兵たちも戦闘状態に入っていた。


剣同士を絡ませ、ぶつけあい、蹴りあったりして、殺しあっている。

アキテーヌ軍とガイヤール軍。


激突する紋章と紋章。剣と剣。


その戦争がいよいよ激しくなる。



馬の下敷きになっていた騎士たちは、どうにか抜け出した。彼らは鞘から剣を抜いて、敵兵たちの剣と戦いあう。



まわりでがやがやざわざわ、見渡す限り剣同士の激突音が鳴り轟き、野原と森は戦場となった。



アキテーヌ兵とガイヤール兵の激しい剣のぶつけあい。



「カトリーヌさま!」

馬を失ったアドアスが、カトリーヌの前にきた。「ご無事で!」


「ええ…!」

カトリーヌは、殺し合いの戦場に目を見張ったように見回しながら、信頼のおける騎士に答えた。

「わたしは無事…!」


「敵を倒すのです」

アドアスはいうと、襲い掛かってきた敵兵の剣を、ガキンと受け流し、自分の剣でぶんとふるい、敵兵に反撃した。

それが敵兵の顔にあたって、目元を裂いた。刃はやわらかい眼球を裂き、血と目が飛び散った。


他のダキテーヌ兵たちも混戦中で、敵兵の剣とガチンと剣同士を激突させている。

753 : 以下、名... - 2014/05/17 22:40:23.87 KBP+asf90 660/3130




あとからあとからダキテーヌ兵が増援にやってきた。


斧で戦う兵もいた。


戦斧と呼ばれる斧で、木こり用の斧ではなく、人殺し用の斧である。

柄は長細く、先端に小さめな斧の刃がついている。刃の後端部は口ばし状にとがっていて、突くこともできる。


ガイヤール兵の剣をかわし、距離をつめると、ブンとこの戦斧をふるう。

それはガイヤール敵兵の頭にあたり、頭の上半分が斧によって消し飛んだ。脳が飛び散った。



戦斧をふるうこのアキテーヌ兵は盾ももたずに、両手に斧をもって、歯を食いしばって斧を振り回した。


ブンと横向きに斧が回され、敵兵の腹へ。


敵の腹に斧があたり、敵兵はうっと呻いた。背後から別の敵がせまってくると、腹きった敵を押し倒すようにして地面にころんで背後のからの剣をよけ、起きあがると斧をぬいた。


斧と剣がブンと互いに振り切られ、激突する。


ガキィン!


剣と斧がぶちあたると、剣のほうが力まけした。斧の刃が強かった。


剣は弾かれ、敵兵は数歩しりぞき、よろめきいた。その刹那にいっきょに接近して、斧で敵兵の脳天をかちわった。


敵兵は目を真っ白にして、頭から血を垂らして、横向きに倒れていった。

頭に食い込んだ斧を、また取り出すのは、一苦労であった。

754 : 以下、名... - 2014/05/17 22:41:50.41 KBP+asf90 661/3130



「やれどうした、全員殺せ!」


ガイヤールの領主ギヨーレンは、馬上から怒鳴って自国の兵を鼓舞する。

「負けてるんじゃないぞ!」


 
「"秘密兵器"を発動させますか」

ロクスリーという、ギヨーレンの側近が提言した。「準備はできてますから」


「そうしよう」

ギヨーレンは一度馬をクルリと一周させると、言った。馬もイライラしていた。

毛皮のマントがひらめき、風に乗って浮き上がったあと、魔法少女は、腕をあげて号令をくだした。

「クロスボウ隊!出番だ!」



死者が山のように増えていくなか、森のほうで伏兵たちが動いた。

755 : 以下、名... - 2014/05/17 22:43:24.05 KBP+asf90 662/3130

142


「な…な…な…なんだか、すごいことになってるよ…」

アキテーヌ城の格子窓から見下ろしていた円奈は、固唾を飲んだ。


アキテーヌ城にはいま農民たちが避難している。

避難所として門をあけられ、そこを通って農民たちは城内に避難した。


城内にはいった農民たちは城壁にのぼって、防壁の上から平野での合戦を見守っている。


だれもがカトリーヌを応援し、カトリーヌと共に戦う騎士たちを応援した。

どうか彼女たちと、彼らたちが勝てますように。




円奈もダキテーヌ城の窓から、戦場を眺めていた。



「ガイヤールのギヨーレン」

アリエノールは暗い顔して、彼女も円奈の隣で窓から戦場を眺めた。

「隣国の領主…」


「攻めにきたの?」

円奈はたずねるが、戦場から目が離せないでいた。

何百人という人間が、剣か斧かで、殺しあっている。その真っ只中に、カトリーヌさんがいた。

魔法少女となったカトリーヌさんもいま、まさに国を守るために戦っている。

756 : 以下、名... - 2014/05/17 22:44:16.60 KBP+asf90 663/3130



「この国はいま、狙われています」

と、アリエノールは重苦しい声で言った。

「この城も乗っ取るつもりでしょう」

「そんな…!」

円奈は息を張詰めて国を襲う危機をしった。そしてその城にとどまっている自分の身の危険も。

時勢の天下は魔法少女の乱世と重々わかっているつもりの少女騎士・鹿目円奈だったけれども、いざ戦争に巻き込まれると、体がこわばってきた。


窓から身を乗り出すようにして、戦場を見下ろした。


ここから100ヤード以上も離れた遠くの戦場で、戦い抜くカトリーヌの白い魔法少女姿は、ここからも見て判別できた。


757 : 以下、名... - 2014/05/17 22:47:34.88 KBP+asf90 664/3130

143


戦場ではカトリーヌが数人の敵兵を相手に戦っていた。


敵が剣で攻撃してくると、自然とそのよけかたや受け流し方、反撃の仕方がわかる自分がいた。

魔法少女になって得た力であった。



突きは横にそらし、横向きの一撃は屈んでかわし、縦に振り落とされれば自分の剣をだして受け止めた。


そして攻撃を受け止めたあと、敵の腹をドンと蹴り、うっとうめいて退いた敵兵へ、前へ踏み出して思い切り剣をふりきる。



敵兵の鎧に剣が食い込んだ。鎧はヒビわれて、敵兵の胸に剣先がくいこんだ。そこからだらだら、血が流れでてきた。


敵兵は痛みに顔をゆがめたが、歯を食いしばると、自分の剣をまたぶんとカトリーヌめがけてふるってきた。

カトリーヌはかがんでそれをよけると、足に力こめて、ぐいと剣先を押し込んだ。


「ぐぐっ…ぐっ…!」

敵兵の口から血がもれでてくる。どうやら胃か食道に剣が食い込みつつあるらしい。それでも敵兵は食いしばって堪えていたが、やがて力尽きてバタンと後ろ向きにたおれた。

758 : 以下、名... - 2014/05/17 22:49:05.46 KBP+asf90 665/3130



カトリーヌは剣を敵兵の胸から抜いた。

隣にも敵兵がせまってきていた。

敵兵が剣を頭上にもちあげた瞬間、カトリーヌの剣が先に反射的にふるわれた。

ブン。斜め向きに斬撃がくりだされる。



2キロほどある鋼鉄の刃が、敵兵の肩に落ちた。

ザクッ。

斜め向きに落ちた剣が、敵兵の肩から腰まで食い込んだ。


斬られた兵は、あああっと声あげる。


敵兵は力尽きて倒れていき、剣と一緒に、草むらの地面へ倒れた。


するとカトリーヌまでよろめいて地面に膝ついた。剣が敵兵の腰から抜けないのだ。


別の敵兵がやってきて、カトリーヌめがけて、剣を振り落としてきた。カトリーヌは近くに落ちていた盾を左手に拾いその盾でうけとめる。盾にドンと剣の鋼鉄があたる音がした。


カトリーヌは血に塗れた剣持ち上げながら起き上がり、盾をどかして、敵兵と対峙した。

さっき刺した敵兵の胸からやっとの思いで剣を抜きとり、真っ赤になった血と皮つきの剣を、新たな敵兵にむける。

759 : 以下、名... - 2014/05/17 22:50:23.84 KBP+asf90 666/3130



敵兵も剣先を伸ばしてきた。

カトリーヌの剣と敵兵の剣が同時に伸びる。


ガチィン!

剣同士があたり、激突、力勝負になる。


カトリーヌが力の限り剣をふりあげると、敵がぐらっと後ろへよろめいた。胸元に隙ができる。


カトリーヌは剣を思い切り突き伸ばした。

それがよろめいた敵兵の鎖帷子をまとった腹をドスと刺した。

血飛沫が数滴舞って、敵兵は倒れた。剣は殺した敵兵の腹に貫通したままだった。


敵兵と戦い、歯を食いしばる魔法少女。



可愛らしい魔法少女の衣装は、次第に人間の血を浴びて、赤く染まり始めた。



ともかく戦闘に長けた魔法少女の身体は、人間相手にも、圧倒的強さを発揮する。


まさに何人がかりの人間が襲おうとも、返り討ちにするのが、魔法少女であった。



アドアスも戦い続けていた。

敵の盾を叩き、真っ二つに割りる。ブンと剣をふるって敵兵の兜をガンとたたく。兜叩かれた敵兵はよろめいた。


別の敵兵か攻撃をしかけてきた。彼はそれを前へ走ってかわした。敵兵は剣を振り落としてきていた。
前のめりになった敵兵の首筋に肘をドンと叩いて突き落とす。


また現れた別の敵兵の剣を受け止め、十字に絡ませ、力で押しのけたあと、さらに別の敵兵の剣を横向きにうけとめる。


見渡せば死体が折り重なり、腹を裂かれ足を切り落とされた人間たちの生殺しのうめき声が、満ち溢れていた。

760 : 以下、名... - 2014/05/17 22:52:57.29 KBP+asf90 667/3130



だが勝利が見えてきた。

混戦は、アキテーヌ側に勢いがある。



200人と300人の敵同士が、森に挟まれた草むらで乱闘し、殺し合う戦いが続いたが、勝利の希望がこえてきた、そのときであった。


「クロスボウ隊!出番だ!」

敵国の魔法少女の号令が轟いたのである。


かと思えば、共に戦っていた味方の兵たちが、いきなりバタバタ倒れていったのである。


「なに!」

アドアスは声をあげた。


バタバタ倒れて言った数十人の味方たちは、首に矢が刺さっていた。ただの矢ではなく、ボルトと呼ばれる、ぶっとい短矢だった。


首、腹、胸、腕、どこにも刺さっている。


驚くべきは矢が鎧を貫いていることだ。鉄の鎧に保護されているはずの胸が、飛んできたボルト矢によって貫かれ、血が流れ出ている。


「クロスボウか!」


アドアスは叫ぶ。

どこから飛んできているか最初はわからなかったが、やがて気づいた。

平野に面した森の奥から、クロスボウの矢は飛んできている。

伏兵だ。

761 : 以下、名... - 2014/05/17 22:54:32.34 KBP+asf90 668/3130



森の暗がりの奥からバスバス矢が飛んできた。するとアキテーヌ兵たちの頭や、腹、胴に直撃して、深々と刺さって、自力では抜けなくなるくらい、身体の奥へと食い込んだ。


「うぐっ!」

「があっ!」


さらにとんできた一本の矢が、兵の下腿部を貫いた。

ドスッ!矢が足を貫通し赤く染まる。

兵は足の痛さに歩けなくなり、膝をついて痛みに呻いた。




わずか数秒のうちに10人も20人もクロスボウの矢に殺される。伏兵の罠の餌食になる。

バスバスとダキテーヌ兵の身体に刺さり、容赦なく殺していく。


「カトリーヌさま!」

現状を告げるべく、アドアスは、クロスボウ矢が嵐のように飛ぶ戦場のなかをカトリーヌに歩きよる。


「カトリーヌさま!」


「どうました?」

カトリーヌは聞き返した。彼女は、戦斧をもった敵兵と戦っている。

ブンと振り切られた敵兵の斧を何度か剣で防ぎ、跳ね返し、突きに構え持った剣先を敵の胸元に差し込んだ。


敵兵は悲鳴あげ、目をぎゅっと閉じて、痛みに苦悶の表情をうかべた。

その胸から剣を抜いた後は、背後に迫ってきた敵兵の気配にむかってふるかえりざまぶおんと剣をふるうと、背後に来ていた敵兵のこめかみをカトリーヌの剣が切った。カトリーヌの茶毛の巻き毛に返り血が飛び散って付着した。


「このままでは危険です!」


クロスボスの矢が飛び交うなか、アドアスはカトリーヌに告げる。「伏兵に狙われています!」

762 : 以下、名... - 2014/05/17 22:58:41.05 KBP+asf90 669/3130


「なんですって!」

カトリーヌは血だらけの剣を持ち上げて、アドアスをみる。その顔は返り血みまれだった。「どこに?」


「森の中から、敵は矢を放っています。戦いは続けられません!」


「でも…」


と、二人の会話を割って入るように、敵兵が割り込んで剣をふりってきた。

二人はいちど会話を中断し、次から次へと現れてくるガイヤール兵と戦った。


カトリーヌは敵のふるった剣を潜ると、脇をくぐり、下から自分の剣で敵の膝ウラを斬った。

そのまま肉にひっかけ、もちあげた。


相手はすてんと足を転ばせ、尻餅ついた。尻餅ついた敵兵は魔法少女の両手に握る剣の、おろされた剣先をみた。

そしてそれがまっすぐ降りてきて、自分の腹に食い込むのをみるや、絶叫した。


カトリーヌは、人間の敵に狙われたときに勝手に動く魔法少女としての身体と、その運動神経にまた驚いた。

763 : 以下、名... - 2014/05/17 23:02:11.49 KBP+asf90 670/3130



森からクロスボウはまだまだ飛んできた。

森奥の木々の陰に隠れている伏兵たちは、しゃがんだ体勢でクロスボウの狙いを定め、発射している。


ガイヤールの秘密兵器であるこのクロスボウは、ただのクロスボウではない。

ただのクロスボウは、引き金をひけば弓から矢が発射される素人でも扱える武器だ。


彼らガイヤール兵の特殊兵器であるクロスボウは、そんなものよりもはるかに高性能な、照準つき巻き上げクロスボウだった。


仕掛け巻き上げ機のついたこのクロスボウは、きゅるきゅると巻き上げ機を何重にも回して、弦を回転の力で限界まで絞る。人力の弓より遥かに強靭な弦の力を得て発射できるようになる。


巻き上げ機を巻き上げれば巻き上げるほど、弦の弾力は強力になり、恐るべき破壊力を発揮する。


その威力は敵兵の鉄の鎧を貫く。つまり敵の防具を無力化してしまうほどの破壊力である。



それだけの破壊力もった矢が、照準つきという正確さも加わって、アキテーヌ兵に襲い掛かるのである。


巻き上げ機クロスボウは、この時代における、最強の威力を持つ最新鋭の武器であった。


この武器は、西世界と呼ばれるこの地方では希少価値の高いもので、それをつくるクロスボウ職人は、重宝されている。

764 : 以下、名... - 2014/05/17 23:04:44.01 KBP+asf90 671/3130



どんどんクロスボウの矢がアキテーヌ兵の身体を貫く。


飛んできた矢が、アキテーヌ兵の足に刺さり、膝の骨を砕き、彼はもうろくに歩くこともできなくなった。


こうしてアキテーヌ兵は窮地に陥り、いっぽうガイヤール兵の士気はあがった。何十人という死者をだしたにもかかわらず、数百人という残りの兵がどーっと前線の押し寄せてきた。



森から飛んでくるクロスボウによって狙われ、射抜かれた犠牲者はもう30人以上いた。



クロスボウ隊は弩弓専用の短矢を発射台に設置し、照準を定め、引き金ひいてアキテーヌ兵を射止める。


弩弓専用のボルトと呼ばれる矢は、通常の弓矢より短くて太い。太い矢が刺さった肉体は激痛が襲うだろう。


ボルトの矢羽は、鳥の羽を使うこともあったし、羊皮紙でつくることもあった。

通常の弓矢の矢羽は三本だが、クロスボウに使う短矢は矢羽が二本である。

左右に一本ずつとりつけた二本の矢羽だ。


矢羽をつけると射程距離は落ちるのだが、正確さは増す。


クロスボウの仕組みは、石弓と呼ばれる構造と基本は同じ。


弦は水平むきであり横たて。この弦をひっぱり、台座とよばれる箇所の弦受けにひっかけて固定する。



そしたら発射台に短矢を設置する。

発射台は、溝になっていて、その溝にちょうど短矢をはめ込むように装填する。


弦受けは、引き金をひくことで角度をさげる。すると弦のひっかかりがなくなって、自動的に矢が発射される。



一度矢を発射したら、また巻き上げ機をきゅるきゅるまわして、弦をひっぱり、また台座に弦を引っ掛けたら、矢を発射台に設置し再び引き金をひけばをまた矢を撃てる。


するとバチーンと音たてて物凄い速さで矢が飛ぶ。通常の矢とは比べ物にならぬ速さである。
それこそ目にもとまらぬ速さであり、見てよけることなんか不可能だ。

ほとんど銃器と呼んでいいクラスの破壊力だった。

765 : 以下、名... - 2014/05/17 23:07:32.17 KBP+asf90 672/3130



今の時代の最強武器であった。


地道に森から放ち、混戦を続けているアキテーヌ兵に、このクロスボウが浴びせられる。


一度は勢いを巻き返したかに見えたアキテーヌ兵は、ふたたびガイヤール兵によって圧されてきた。



「いいぞ!いいぞ!」

アキテーヌ兵どもがクロスボウの射撃の雨に悲鳴をあげ、逃げ始めたのをみて、ギヨーレンは満足そうに言い放った。

「地獄に送りつけろ!痛がれ痛がれ!」



「カトリーヌさま!」

前線で戦いを続けているアドアスは、もう限界だとばかりに魔法少女に進言した。

「撤退を!」


「なんですって!」

カトリーヌは叫び返す。その顔も頬も、魔法の衣装も、血だらけだった。



カトリーヌの後ろでは、クロスボウに射られた兵が悲鳴をあげている。

腹を矢が貫通し、肋骨を砕いた。盾で防ごうとしても、盾すら真っ二つにわって体に矢が食い込んだ。


「助けてくれ!」

背中をクロスボウに射られた兵士は、泣き叫ぶ。「もう、やめてくれ!」


「もう限度です!」

アドアスはも叫び返す。「城に引き返しましょう!」


森の奥から飛んでくる伏兵のクロスボウ。


ここで敵兵と戦い続けても、彼らの餌食になるだけ。


クロスボウの矢に足を貫かれた兵士は、痛みに悶え苦しむ。そこを敵ガイヤール兵に襲われる。

逃げることもできず、ガイヤール兵のふり落とした斧に思い切り頭を叩かれ、砕かれる。

頭を叩かれた彼は突っ伏した。そこを、さらに敵の戦斧によって首を斬られる。

断面からでる血の水面がひろがった。

766 : 以下、名... - 2014/05/17 23:09:49.68 KBP+asf90 673/3130



「撤退を!」

いまいちどアドアスは、魔法少女に提言する。


「退けません!クロスボウが相手だろうと、勝つのです!」

しかしカトリーヌは戦い続けた。くるくるの巻き毛をゆらしながら激しく動き、敵兵に剣を繰り出す。


するとそのとき、新たに飛んできたクロスボウの矢が、カトリーヌめがけて飛んできた。


「カトリーヌ!」

アドアスは敬称つけて呼ぶのも忘れ、クロスボウの短矢を彼女に刺さるよりも前に自分の身体にうけた。


ズドッ──!


「うっ…!」

呻き倒れる。胸にささったクロスボウの矢は、見事命中していた。ふらっと身体がぐらつき、バランス崩し、膝をつく。

「アドアス!」


カトリーヌは目を見開いて、彼を支えた。それから矢が彼の胸元に食い込んでしまっているのをみた。

「アドアス!ああ、なんてこと!」


「国を守るのです」

アドアスは歯を食いしばり、片目閉じながら痛みを堪えつつ告げた。

「国を…民を。もはやあなたにしか、できません」


「アドアス、しっかりして!」

カトリーヌが必死にアドアスをゆすぶるが、血をだらだら口から垂らして、アドアスはもう何も喋れなくなった。

うぐっと呻くたびに血が吐き出され、目は見開かれたまま動かなくなる。


「そんな!」


カトリーヌは悲痛の叫びをあげたが、戦槌をもった敵兵何人かが、カトリーヌに接近してきていた。


「ううう!」

カトリーヌは叫び、金づちをぶんと振り回してくる敵兵たちと戦った。

いったん後ろにひいてかわし、別の敵兵の繰り出してきた戦槌の一撃を、自分の剣で頭上で受け止めた。

767 : 以下、名... - 2014/05/17 23:11:45.49 KBP+asf90 674/3130



もはや戦意をまともに保てているのはカトリーヌだけであった。

他のダキテーヌ兵は森のどこからか飛んでくるクロスボウの矢を恐れ、びくびく、その場に突っ立っているだけ。


そうこうしているうち、だんだん、敵兵たちにカトリーヌは包囲されていく。

五人、六人という敵兵に囲まれていく。


森の奥からとんできたクロスボウの矢一本が、魔法少女衣装の編み上げブーツに当たり貫いた。


「────あぁっ!」

足を猛スピードで飛んできた矢が貫通する感覚に声をあげる。足首の上あたりを、一本の矢が貫通した。

苦痛に顔をしかめ、目をぎゅっと閉じ、痛みを堪える。矢が刺さったほうの足の膝をがくんと着いた。
編み上げの茶色いブーツが血で赤くなった。



「ガイヤール兵の強さをみよ!」

敵国の魔法少女・ギヨーレンは、剣をふりあげ、天の光に反射させながら叫んでいた。

「ガイヤール兵の勇猛さをみよ!残忍さをみよ!無慈悲な兵どもの恐ろしさをみよ!」


おおおおおっ。

ガイヤール兵たちは奮い立ち、わーわーと、剣などの武器を手にまだまだ、やってきた。

768 : 以下、名... - 2014/05/17 23:12:47.67 KBP+asf90 675/3130

144


城壁から農民たちが戦場を見守っている。

国の紋章と紋章が掲げられ、そして戦っている。


だがもはや、自国が敗れようとしているのが、城に避難した農民たちの目にもわかった。


黄色の紋章は地面に投げ捨てられ兵たちは逃亡し、そうでない兵士は斬り合いに負けて、バタバタ倒れる。


カトリーヌは敵兵に囲まれ、懸命に戦い抜いているが、今にも捕らえられてしまいそうだ。



「カトリーヌさま…」


「カサリーヌさまが…」


農民たちは口々に呟き、そして、自国の兵が敗れたあとの自分達を待ち受ける運命のことを思って、絶望的な恐怖を感じるのだった。


わが国の戦士・魔法少女のカトリーヌが負けたら、今度は敵国が攻めてくるのはこの城だ。

状況はそしたら絶望的だ。


敵はこれから、梯子を使って城に登ってくるかもしれないし、そうでなくても農地を全部焼き払って、刈り入れた麦も全部灰にして、何ヶ月も包囲され続けるかもしれない。

そうしたら自分達を待つ命運は死だ。

769 : 以下、名... - 2014/05/17 23:14:26.28 KBP+asf90 676/3130


「ああ…!」

農民の女は嘆き悲しみ、そして涙声で悲痛の叫びをあげるのだった。

「わたしたちはきっと死んでしまうんだ…!」


「カトリーヌさまが、戦ってくれている…でもこのままじゃ負けてしまう…!」

他の農民たちも口々に嘆きの言葉、自分の命運を悟ったような叫びをあげる。

「わたしたちはみな殺されてしまうんだ!」


そんな絶望が城内の農民たちに重くのしかかるなかで。

ある農民は、いやこの国にはもう1人の魔法少女がいるではないか、ということに気づき、それを口にする者があらわれた。


「アリエノールさまが…」

と、農民はぼそっと言葉にする。「アリエノールさまも、戦ってくれさえすれば…」


「そうだ!」

別の農民もはっとなる。「そうだとも!私たちの国には、カトリーヌさまだけじゃなくて、アリエノールさまもいる。アリエノールさまも戦ってくれれば、私たちの国の魔法少女は二人。きっとこれなら…」

「アリエノールさま!」

エプロン姿の農民の女は、城のどこかの部屋にいるであろう、アリエノールを叫ぶ。

「アリエノールさま!」


農民たちは、誰もが、彼女の名を何度も呼び始めた。アリエノールこそ最後に残された農民たちの希望であった。


城じゅうに、彼女の名前を呼ぶ声が響き渡る。

そうとも。魔法少女は国の守り手で、魔獣も倒すような強い力を持つから、敵軍の脅威からだって、国を守ってくれるはずだ。

わたしたちアキテーヌ城にのこされた、さいごの希望の戦士だ。


そしてそれはアリエノールの部屋と、そこにいる鹿目円奈のもとにも、しっかり届いていたのだった。

770 : 以下、名... - 2014/05/17 23:15:50.03 KBP+asf90 677/3130



アリエノールさま、アリエノールさま────。

農民たちのすがるような声は、円奈とアリエノールの部屋に轟き、城の壁に反響する。


そんな声を耳にしながら、アリエノール・アキテーヌは、耳を手で塞ぎぎゅっと目を閉じ、やめてと声をだした。


「やめて」

アリエノールは天蓋ベッドに腰掛けて、恐怖に顔を強張らせ、目に涙を溜める。


「わたしに、戦えなんて、いわないで!」



その場にいた円奈は、格子窓から振り返った。

魔法少女は目をぎゅっと閉じて、天蓋ベッドで身体を震わせていた。

「アリエノールさん…」

円奈はアリエノールの隣に腰掛ける。


魔法少女は身体をぶるぶる震わせながら、怯えた声を口からしぼりだす。

「あの人たちは、わたしに戦えというのよ!戦いにでろというのよ!いやだわ、恐いわ!」


震える左手の指輪が、鈍い光を、ほのかに放っていた。


「農民もおじさまも、だれも”わたし”をみてくれない!”魔法少女”としてみて、戦えとばかり!」

円奈は心を痛めて、魔法少女を見つめた。

771 : 以下、名... - 2014/05/17 23:16:54.27 KBP+asf90 678/3130


戦いは確かに惨たらしいものになっていた。また、惨たらしくない戦いなんてない。

いくら魔法少女の宿命が戦いだからといって、それを怯える気持ちは分からないわけがない。


それは人間も魔法少女も同じのはずだ。


なのに農民たちは、自国の魔法少女であるアリエノールに、戦うことばかり期待する。自分たちを守ってくれることを期待する。

どこかズレてしまう、人間と魔法少女の気持ち。


そうして自国でただ1人の魔法少女だったアリエノールは、気持ちで一人ぼっちになっていった。

人間から魔法少女になった、ただそれだけのことで、こんなに孤独になってしまうのだと……。


アリエノールだって、もとは人間だったはずなのに。


誰とも分かちあえない。

戦いが恐ろしい、戦いたくない、ただそれだけの気持ちなのに、人間たちにはこの気持ちが通じない。

772 : 以下、名... - 2014/05/17 23:19:04.88 KBP+asf90 679/3130



城壁の外では、農民たちがアリエノールの名前を呼び続けていたが、次第にそれが罵り声へと変わり始めていた。


「やっぱりアリエノールさまは、戦ってくれないんだ。」

そんな声が聞こえす。

「アリエノールさまは、こんな一国の危機のときでさえ、戦ってはくれないんだ。俺たち民のことなんか、守ってくれやしないんだ。」


「カトリーヌさまは戦っているというのに、おまえは城に隠れて、誰もかれも見殺しにするんだ!」


農民たちの罵り声は強くなる。


「なにひとつ俺たちのためにしてくれなかった!税だけ徴収して、最後までのうのう暮らしてるんだ!」


その声もあの声もぜんぶ、部屋に届いてくる。


「いやっ…!」

アリエノールはもう目を両手で覆って、泣き出してしまった。

「いやだわ…!」


さめざめ泣いてしまった魔法少女を見つめながら、円奈は自分が旅路のなかで、この少女と出会った理由がわかった気がした。


国ではいつも戦うことを要求され、それが嫌で居城を抜け出し、森でひとり笛を奏でる少女と円奈は出会った。


そんな円奈が、バリトンの魔法少女と誓ったことは、”天の御国”をみつけること───。

魔法少女と人が分かち合える、そんな国をみつけること。

773 : 以下、名... - 2014/05/17 23:20:31.81 KBP+asf90 680/3130



なら自分こそが、この魔法少女の気持ちを、分かってあげなくちゃ。

それが私がここにやってきた意味なんだ。


「大丈夫。しっかりして」

と、円奈は腰掛けるアリエノールの前の地面に膝つけて、彼女の手をとった。


涙ぐむアリエノールの目が円奈をみつる。


「わたしにはわかるよ。アリエノールさんのこと」


アリエノールの手をとりつつ、円奈は姫を見上げ、告げる。


「それに私はいいました。魔法少女を責めることができるのは、同じ魔法少女だけなんです。農民の人たちは敵に攻められているのが恐くて、ちょっとそれを忘れているだけなんです。安心して」


「でも…!」

円奈を見下ろす魔法少女の目に、またじわっと涙が滲む。「カトリーヌも戦っているわ!みんなも戦っているわ! わたしだけ、戦っていないんだわ!」

いくら本人が自由意志で魔法少女になったわけではないとはいえ、領主一族にはやはり、国を守る義務がある。

今の時代ではそれは主に、一家の娘が魔法少女となって国を守る使命を負うという義務である。

魔獣から、敵軍から、民の安全を。アリエノールは戦いが怖いから、いやだと逃げ続けてきた。

774 : 以下、名... - 2014/05/17 23:22:03.39 KBP+asf90 681/3130



すると円奈は優しくかぶりをふって、地面に膝ついたまま、魔法少女をみあげる。


「いいんです。それで。戦いは恐いですから。たくさんの人が死にますから。戦えなんていわれても、恐いものは恐いです」


アリエノールは頬に涙流しながら、円奈をそっと見つめる。それから目を閉じて悲しそうにいった。


「でも、国を守らなければならないのよ」



「なら私が、」

と、円奈は心に決意を固めて告げた。「なら、私が戦います。あなたの代わりに戦って、この国を守ってみせます!」


アリエノールは、赤くなって涙ぐんだ目を、驚いたように見開く。「えっ…?」


「私が、あなたの傭兵になるんです!」

と、円奈は、力強く宣言した。「あなた専属の騎士として、一日、雇われるんです!」


アリエノールは、困ったように言った。「それは、口ウラ合わせの話でしょ…?」

「ううん、そうじゃなくて!」

円奈は微笑んで答える。「本当に、あなた専属の傭兵になります。給料は───まあ、あとで考えようかな。とにかく今は、戦います!アキテーヌ公家の雇われ騎士として!」


「そんな、でも、」

アリエノールは、驚いた顔のまま、言う。「恐ろしい戦いなのよ!人間のあなたがいったって───」

円奈は、ううんと再び首を横にふる。

「これでも神の国を目指す、聖地エレムの同盟国の騎士です。それなりに、何度か危ない目にはあってきていますから。さあ、私をアキテーヌ家の傭兵にしてください!」

775 : 以下、名... - 2014/05/17 23:23:39.82 KBP+asf90 682/3130



「…」

アリエノールは、びっくりした顔のまま無言で、しばらく円奈を見つめていたが、やがて…。

ゆっくり頷いて、立ち上がった。「本当にいいの?」


「もちろんです」

円奈は、微笑んで答える。「私は騎士です。戦うのが仕事です」

なんて自分でいいながら、そういえばそうなんだなあ、と思うような不思議な感覚がした。



「わかったわ…」

魔法少女は目に涙浮かべつつ言い、そして円奈を見下ろして、静かに、震えた声を出してこう命じる。「跪いて…」


円奈はいわれたとおり、アリエノールの前に両膝をついて、跪く。頭を下にさげる。

ごくっ…。わずかに、俯きながら円奈が緊張して息をのんだ。


「鹿目円奈、あなたは、傭兵としてわたしの騎士となり───」

と、涙ぐんだ声のまま告げて、そう誓いを立てさせる。

もう、あとには戻れない。

「わたしを守り、国を守ることを誓いを立てて」

城の石壁に囲われた小さな部屋で、ドレス姿の魔法少女の前に、騎士が膝立ちで跪いている。

部屋の格子窓から白い日差しが差し込む。


「誓います」

円奈は答え、すると顔をあげ魔法少女の左手の指輪に、そっと唇をつけた。


途端に、光りだすアリエノールの指輪。指輪に口付けされた途端、アリエノールは、全身をぶるっと震わせた。

776 : 以下、名... - 2014/05/17 23:25:06.03 KBP+asf90 683/3130


「こんな場面をどっかでみたんです」

と、円奈は、指輪から唇をはなすと、魔法少女をみあげて話した。

「アーサー王物語かなんだったか…忘れましたけど」


最初は口ウラあわせにしか過ぎなかった、姫と騎士の関係。

だがいま、円奈はアリエノールという魔法少女の姫を守る使命を、いま騎士として本当に誓った。



「それじゃあ…」

円奈は微笑み、魔法少女の前にたつと、お辞儀した。「いってきます」


そういい残し、背中にはロングボウを担ぎ、腰には来栖椎奈の剣を鞘に収め、城を飛び出した。


「無事で…!」

さいごに、目に涙ためたアリエノールが縋るように、円奈をみた。「無事でいて!」


「大丈夫です」

円奈はすぐ答え、部屋を出た。


そんなピンク色の髪した騎士の後ろすがたを見ながら、アリエノールは…。


自分の願いのことを思い起こした。


”私でない誰かが代わりに、ここを守って戦ってくれますように───”


ソウルジェムを生み出した願いが、いま本当に叶ったことを知った。


そのだれかはカトリーヌではなく。


「あなただったのね…」

アリエノールは1人で呟いて、バリトンからやってきた少女騎士との出会いが、偶然でなかったことを知った。

777 : 以下、名... - 2014/05/17 23:26:01.51 KBP+asf90 684/3130

今日はここまで。

次回、第18話「バリトン騎士の傭兵 ①」

780 : 以下、名... - 2014/05/24 23:53:31.77 nw+mhbbG0 685/3130

第18話「バリトン騎士の傭兵 ①」

145


一日ぶりに城の外へ出た鹿目円奈は、芝生の生えた中庭を突っ切って、馬たちの納屋へ急いだ。


ほとんど騎士たちが出払って馬もいないなか、愛馬クフィーユだけ、ちょこりといた。


「クフィーユ!」

円奈は愛馬の名前を嬉しそうに呼んで、納屋から連れ出す。「一日ぶりだね!」

クフィーユは納屋の干し草をむしゃむしゃ食っていたので、主人の登場にふんと鼻を鳴らしただけであった。



「もー」

主人を歓迎していない馬の感情にきづいた円奈は、頬を膨らませ腰に手をあてる。

「あいかわらず、食いしん坊さんなんだから…」


馬の轡をひき、納屋からだし、中庭でばっと馬に跨った。

芝生を歩かせて進む。守備隊たちがあたふたと城の防衛戦の準備に急いでいるなか、円奈は城主アドルのもとへ出向いた。


「城主さま!」

と、円奈は城の主に話しかける。「城の入り口をあけ、橋をおろしてください!」


「な、なんだと?」

城主はびっくり仰天、たじろいだ。それこそ、信じられないという顔つきで少女騎士をみあげた。

「敵がきているのだぞ。城を開けろとは一体全体、どういうつもりだ!」

城とは外敵の侵入を防ぐ要塞だ。

まさに敵が攻めてきているこのときに、城を開けろとは、まったくふざけたことを言いだす騎士がいたものだ、と城主は神妙な顔つきで円奈を睨む。

781 : 以下、名... - 2014/05/24 23:55:33.68 nw+mhbbG0 686/3130



「おまえは、たしか、アリエノールの傭兵だったな」


「はい」

今や口ウラあわせなどではなく、はっきりとそう答えられる円奈は、そんな自分が嬉しかった。

「アリエノール様に命じられました。私を城からだしてください。カトリーヌさまを助けます!」


「しかしそれは無理な話だ」

城主はつらそうに、首を横にふった。「たしかにわがアキテーヌ兵への加勢はほしいところだ。それこそこの命を賭けてでも。だが城はあけられん。民が避難しているのだ」


城は、いちど開城したら、すぐに閉じられるわけではない。

くるくる巻き上げ機を何重もまわしてやっと落とし格子を閉じることができる。それまではあけっぴろげだ。
まさにあいだ、ガイヤール軍の敵がなだれ込んできたりでもしたら、国は滅ぶ。


城主として、いま城をあけるなど絶対にできない選択だ。


「そこを、なんとか…。急がないと、みんなやられちゃいます!」

円奈はそれを承知の上で、何度もお願いする。

「お願いです!私がガイヤール軍を追い返します!」



「できん!」

城主は叫んだ。

「わしも苦しい選択をしておるのだ。城を閉じているということは、カトリーヌを城に避難させることができないのだ。それでもなお、わしは民のために城を開けられぬのだ!」

だいたい、どっからの国から来たかもわからん15歳の馬乗った女の子に、わたしが敵軍を払いますなんていわれてもとうていアテにする気にもなれない。


ジャンヌダルクにわたしが国を救いますといきなりいわれたヴォークールールの守備隊長ボードリクールも同じ気分だったにちがいない。

少女騎士なんてのは、せいぜい魔法少女のそばに仕える付き添い役なものであって、単独で戦力になるとは誰も期待していない。

782 : 以下、名... - 2014/05/24 23:57:24.01 nw+mhbbG0 687/3130



「うう…」

さすがにそこまで決意の固さを見せ付けられては、これ以上お願いすることもできない。

しかし城を開かなければ、当たり前だが外にでることはできない。


業を煮やした円奈は、自分でもとんでもないと思う提案が頭に浮かんだ。

きっとロビン・フッド団なんて少年たちと、かつて一緒に時を過ごしたからだろう。

こんな提案が思いついたのは。




「ならこうしませんか」

円奈は城主にもちかける。「私がここから弓を放ちます。それでギヨーレンをしとめたら、開門してくれますか」


「なに?」

城主は目を丸くし、相手が冗談をいっているのではないかと疑った。

「バカいうな!ここからギヨーレンをうつだと?」

ここアキテーヌ城からあの戦場は、かなりはなれている。

そしてもう円奈には呆れたとばかりに、その場を去ろうとする。

「くだらん!アリエノールはなんでこんなやつを雇った?」

城の芝生を踏みつけ、中庭を移動し城内へと戻ろうとする。

783 : 以下、名... - 2014/05/24 23:58:44.73 nw+mhbbG0 688/3130



「あ、まって!」

円奈は、馬でそれをおいかける。

「討てます!だってこれをみてださい!」


といって円奈は、自分の背中に取りつけていたイチイ木の弓を城主にみせた。


イチイ木のロングボウ。麻の弦をはった木材の手作り弓。1.2メートルある長弓。


それをみたぐらいでは、普通の人にしてこれば、それがどうしたと思うだろう。


しかし城主は、円奈に見せ付けられた弓が、今の戦争でどんな意味をもつか分かる人間だった。


「ロングボウか」

城主は円奈の弓をみて、呟く。「なるほどな……面白い」


そう。ガイヤール兵たちが持ち出した秘密兵器は、クロスボウ。

鎧すら貫く無敵の超兵器。
かつ正確さも長ける最新鋭の武器。


しかし天下無敵に思えたこのクロスボウにも、たった一つだけ、天敵が存在した。

クロスボウにとって最悪の相性にあたる武器が、この世でたったひとつだけある。


城主はそのクロスボウの唯一の天敵を、まさにいま円奈によって見せられた。



そしてその武器を使えるのは、よほどの熟練した弓兵でなければ扱えぬ。クロスボウのような、引き金を引くだけで使える素人向けの武器とは程遠い、達人向けの武器。

784 : 以下、名... - 2014/05/24 23:59:24.73 nw+mhbbG0 689/3130


「使えるのだな?」

城主は円奈に念をおしてたずねた。


「はい」

円奈は答えた。「もう、6、7年は使っています」


「いいだろう」

城主は納得した。それから城壁のむこうに広がる晴天の青空を示した。



敵からは城の中庭はみれない。つまり、鹿目円奈が矢を飛ばすところは敵からは見えない。

そして飛んだ矢が空を飛び、弧を描いて戦場に落ちるとき、油断したギヨーレンに届けばソウルジェムも割ることができるだろうという挑戦。


ホールインワンなんてものじゃない。成功したら奇跡だ。

だが城主は鹿目円奈の弓技に賭けてみる決心をした。


「しとめてみるがいい、ギヨーレンを、その長弓で!」

785 : 以下、名... - 2014/05/25 00:00:58.52 JSAbfBc70 690/3130

146


かつてその昔、今は聖地と呼ばれているエレムの地が見滝原と呼ばれていた頃、ワルプルギスの夜という魔女が都市を襲っていた。


全ての魔女を消し去ると願い、契約した鹿目まどかは、魔法少女へと変身し、想いを込めた矢を弓から空へ、放った。


花咲くバラと木の枝を象った魔法の弓で。

大気を包む暗雲は解き放たれ、晴天になった。真っ青な晴天に。



いま、鹿目まどかの祈りが生んだ子、鹿目円奈が、ロングボウという弓に矢を番え、晴天へ向けている。

あのときの、鹿目まどかのように。


アドル城主、城に避難した農民たち、守備隊たちの注目を集めるなかで、彼女はロングボウに番えた矢を目で見つめ、雲ひとつない晴天へ向ける。



城の外では、森に挟まれた平野でアキテーヌ家とガイヤール家が、剣を交えて戦っている。

アキテーヌ家は劣勢に追い込まれ、ガイヤールの領主ギヨーレンという魔法少女はその戦場にいる。

786 : 以下、名... - 2014/05/25 00:02:37.02 JSAbfBc70 691/3130



魔法少女ギヨーレンを、この場から討とうという、鹿目円奈の挑み。


弓矢を構えるピンク色の瞳が細められる。


ダキテーヌ城を囲う壁は30メートルほど。これを飛び越えさせて農村も越え、森のところまで矢を届かせなければ、到底ギヨーレンをここから仕留めることなど不可能だ。



馬上に跨った円奈は、矢筒から一本矢を取り出し、ロングボウの弦にあてがい、そしてギィーっと弦を引いた。



そして矢の向きを、斜め上向き、晴天へとむける。その方角は、戦場になっている森と平野。


ダキテーヌ城の誰もが、弓を番えた円奈を固い顔で見守る。

「ギヨーレンはあの方向です!」

城に立つ兵隊が一人、目印の旗をもって、狙うべき方角の指標を示している。ばさばさと旗は風に吹かれる。

「距離、330ヤード!」


円奈は、ロングボウの弓の弦をしっかり手で引き絞って、意識を矢の先に集中させる。


「45度…」

と、彼女は小さく呟いた。

弓矢が最も飛ぶ角度。

それは30度でもなければ70度でもない。きっかり45度である。

787 : 以下、名... - 2014/05/25 00:04:24.80 JSAbfBc70 692/3130



それを体感で計り、矢の先を45度、空へむけた。


青空には傾き始めた日が、円奈の視界にはいって、眩い。


それでも意識を集中させて、十分に弦をしぼると。



「届け……!」



次の瞬間、円奈のロングボウから矢が飛んだ。



一本の矢が上空へ放たれる。スパーンと飛び、すぐにそれは城壁の上を通り過ぎ、農村の空へと舞った。




城内の誰もが、遥かに高く青空へ飛翔する一本の矢を、驚いた顔して目で追う。

城主、農民、守備隊たちが、城壁を越え、影を残し、晴天へ飛び立った矢を。



円奈の矢は、まだまだ空へ高く高く、飛び上がっていった。まるで矢に羽が生え、鳥になったかのように、風に乗ってどこまでも浮き上がる。


ヒラヒラ風に乗りながら飛翔する矢は、いまや農村の畑が小さく見えてしまうくらい、空高くにあった。


その矢が空中で、やがて失速し、だんだん下向きになってきた。かと思えば、矢は重力が加わって急にスピードをはやめ、ぐいぐい猛スピードになって落ちて行く。



落ちれば落ちるほどスピードは速まり、矢は隕石のごとく勢いで、戦場へ落ちる。


そんな一本の矢の存在には、戦場のだれも気づけていない。

788 : 以下、名... - 2014/05/25 00:06:31.73 JSAbfBc70 693/3130




戦場ではガイヤール兵たちが猛威をふるっていた。

クロスボウの矢に撃たれた兵たちは、ひいひい悲鳴あげながら、ガイヤール兵と剣を交えている。


しかし矢の撃たれた体ではまともに戦えず、ガイヤール兵に顔をばっさと斬られ倒れた。


そして折り重なる死体。

もう50人以上、死体が折り重なった。その真っ只中でカトリーヌが戦っている。

敵勢の剣を盾で受け止め、あとずさる。


「うぐっ…」

カトリーヌはつらそうな顔つきをする。敵の剣を自分の剣で防いだものの、矢が貫いた足首に傷みが走った。


目を細め、痛みに顔をひくつせながら、耐えて懸命に剣で戦い抜く。



「やい、捕虜にしろ!」


魔法少女のギヨーレンは、にたにた笑いながら声を轟かせていた。

「あいつを捕まえて、嫌というほどの身代金を、アキテーヌ家に要求するのだ!捕らえた者は、その身代金のいくらかを報酬にまわすが!」


おおおおおっ。

ガイヤール兵たちはカトリーヌに群がり、包囲した。

後ろから剣を伸ばし、背中を斬ろうとする。


それはカトリーヌに感づかれ、カトリーヌは振り返って剣を受け止めた。ガキン!すると正面の兵が剣のばした。

その剣も盾で防いだ。


しかし彼女にも疲労がたまり、動きは鈍くなっている。


森の奥からはまだまだクロスボウが飛んだ。

巻き上げ機をまき終えて、弦をしぼり、短矢を発射台に設置したクロスボウから矢が放たれ、アキテーヌ兵の顔に直撃する。


「うぐっ!」

命中した矢は顔の鼻筋裂いて、顔に穴あけた。血飛沫が数滴、森に散った。

789 : 以下、名... - 2014/05/25 00:07:42.77 JSAbfBc70 694/3130



「そろそろ、戦いも決着だが!」

とガイヤールが笑い、言い放ったとき、側近騎士のロクスリーが彼女を呼んだ。

「ギヨーレンさま」


「なんだ?」

ギヨーレンは、ロクスリーに向き直って彼をみる。


「お気をつけください」

と、彼は青空を指差した。「矢が飛んできます」


「ああ?」

ギヨーレンはその深い青色の目を大きくして彼に問う。「どっから?」

「空からです」

ロクスリーは、青空をもういちど指差す。「よけてください」


「空から?バカな、なんで空から矢がくる?」

しかしまさにそのときだった。


ヒュ────ッ!


ズドッッ!


「うおおおっ!」

ギヨーレンの目前に一本の矢が落ちてきた。


地面にズドっと突き立つ。

ギヨーレンの馬が驚いて、前足ふりあげてヒヒンと鳴き、勝手に数歩あとずさった。

790 : 以下、名... - 2014/05/25 00:09:09.20 JSAbfBc70 695/3130



「なんだ!」

ギヨーレンは驚いた様子で、馬を一周くるりと向きを翻らせる。「この矢はどっからきた!」


「城からです」

ロクスリーは冷静に答える。彼の目前では、何十人という兵たちが、剣で今も斬りあっている。


「あの城からここまで届いた矢です」


「なんだと?」

ギヨーレンは、目をぐっと見開いて、野原のむこうにある農村のさらにその先にある、遠くの城を見つめた。

今日から自分が主となるアキテーヌ城。まだ、遠くにある城。森のむこうにある城。


「あそこからだと?」


「あの城からここまで矢を届かせる弓があるとすれば私の知る限りでは、ひとつです」

ロクスリーは、自分の考えを冷静に、魔法少女へ報告する。

「ロングボウです」



ギヨーレンは見開いたまま、目を凝らし、張り詰めた表情を浮かべる。「その弓が射てる射手はあっちにいないはずだぞ!」

791 : 以下、名... - 2014/05/25 00:10:55.52 JSAbfBc70 696/3130

147


城のなかで沸き起こる高揚感のなか、円奈は二本目の矢を弓に番えた。

農民たち、守備隊たち、貴婦人たちは円奈の飛ばす矢に目を見張る。

ほとんどギヨーレンを仕留めるところだったのに熱狂し、おおおおっと声をあげるのだ。


「いっけえ!」

円奈はロングボウから二発目の矢を放ち、それはまた晴天へと飛んだ。

農民たちがみあげる上空の青へ。


城壁を飛び越え、農村の空を舞い、鳥のように飛び立っていく円奈の矢。


おおおおおおっ。

城壁の人々が夢中になって矢を目でおう。


「もう一本!」

三本目、四本目と、次々に円奈は矢を放つ。

目で狙いを定め、雲ひとつない青空へ、矢をばしばし飛ばせる。


どれもが晴天を飛んで、空風に乗り、農村の上空を突っ切って戦場へどんどん落ちる。



「おわっ!」

ギヨーレンは空から降ってきた矢に、また一歩あとずさった。ギヨーレンの馬の手前に矢がボトボト落ちる。


「うわっ!あがっ!」

さらに二本、三本と矢が落ちてきた。馬が矢を恐がって、ついにヒヒーンと大きく後脚立ちになった。


「おわわわっ!」

ギヨーレンは馬に振り落とされ、馬の背からころげた。

しかし運動神経のバツグンな魔法少女は、馬からころげおちながらも宙返りすると、うまく着地をとって、地面に降り立った。


「もう一本!」

さらに円奈は、ロングボウから矢を放つ。矢は目にもとまらぬ速さで浮き上がり、空を飛び、また戦場へ落ちる。


「なっ!」

ギヨーレンの足元に降ってきた。ギヨーレンは足ふりあげて後ずさり、足元に落ちた矢を間一髪でかわした。

それはまさに間一髪であり、ギヨーレンの前髪の数本を落ちてきた弓矢は裂いた。

792 : 以下、名... - 2014/05/25 00:12:46.58 JSAbfBc70 697/3130



城壁では人々が円奈のロングボウの撃ちっぷりにすっかり目を惹かれ、円奈が弓を放つたび喚声がおこった。


「すごいぞ!」

城主もすっかり興奮気味で、円奈を讃えた。

「なるほどすごいぞ!小娘だと思っていたが、たしかにおまえさんは間違いなくロングボウの名射手だ。アリエノールが雇ってのもわかる。よしわかった。おまえが、その命を賭けるというのなら、カトリーヌを、わが兵どもを救ってくれるか?」


「はい!」

円奈は強くはっきりと答えた。「わたしが国を守ります!」


「その覚悟を買おう。よし、わかった。城を開けよう。お前に賭けてみるぞ。」

城主は言い、すると城壁の守備隊たちに呼びかけ、命令をくだした。


「門を開けよ!この小娘を騎士として送り出すのだ!」

声が轟く。


命令されて守備隊たちは、城壁を走ると位置について、鎖巻き上げ機のL字型アームを手に取り、二人がかりで息揃えてくるくる回しだした。



鎖はゆるみ、伸び、だんだんと歯ね橋が角度をさげ、湖へと降りる。



跳ね橋が降りると、城の湖に橋が一本架けられ、外への道ができた。


すると円奈は、城門の外に開けた山々と森の世界を見つめ、決意を固めた。


「いってきます!」

と城主にいうと、弓を再び背中に紐でとりつけた。


おおおおおっ。おおおおおっ。

城壁の農民たちが、少女騎士の出撃を讃え、声援をおくる。

793 : 以下、名... - 2014/05/25 00:17:11.52 JSAbfBc70 698/3130



花びらが舞い、ひらひらと円奈のもとに落ちてきた。

農民たちは籠にいれた花びらを手から飛ばして、華やかに盛大に彼女の出撃を見送る。


恐らくカトリーヌの魔法少女叙任式のときのあまりだろう。



「がんばれー!」

と、農民たちの声がきこえる。「がんばれー!騎士!アリエノールさまの騎士!」


初めて円奈は、この国の農民達に認められた自分に気づいたのだった。


城壁を見上げると、花びらが舞い落ちてくる。農民たちはみんな手をふって、自分に声援をおくっている。

ひらひら舞い落ちてくる花びらは、ピンク色、白色、黄色など、さまざまだ。


ほとんどさっきの魔法少女叙任式のときと変わらない盛大さが、ここに再現されていた。

その盛大な声援のなか、円奈は、一国の命運を負った騎士として、ついに城門から出撃する。



クフィーユが盛大な声援のなかで興奮したのか、ヒヒーンと前足ふりあげ、つま先だちになった。


「おおおっと」

円奈は、馬から落ちないようにしっかり背にしがみついて、手綱ひっぱって、城内を見渡す。


そんな馬がつま先だったポーズをとっているなか、舞い落ちてきた花びらは、円奈を包み、彩る。
まるで披露宴のように。

だが戦場という死地へ騎士を送り出す儀式の送迎だった。

794 : 以下、名... - 2014/05/25 00:18:34.77 JSAbfBc70 699/3130



盛大な見送りのなか、円奈はついに馬を走らせた。

「はっ!」

クフィーユが全速力で走り出す。


出撃だ。

バババッ。

蹄が芝生を蹴りだす。



花びらの舞うなかを突っ走り、門をでた。城の出口の、開かれた城門をくぐり、橋を渡って湖を横切る。

馬の黒い蹄が橋をバコバコ踏んづけ、円奈を乗せてまっすぐに駆け出す。腰に差した剣の鞘がかちゃかちゃと揺れる。


おおおおおおおおっ。


騎士がいよいよ出撃すると、農民たちはいよいよ最高潮になって、あらんかぎりの声援を円奈という騎士へおくった。

戦場へ飛び出した少女騎士へ。

一人の少女は、こうして一国の命運を背負った。


「がんばれ!がんばれ!カトリーヌさまを、わたしたちを守っておくれ。」


そんな盛大な見送りのなか城を出撃した円奈の姿を。


アリエノールは、城の格子窓から、そっと見守っていた。

795 : 以下、名... - 2014/05/25 00:19:02.73 JSAbfBc70 700/3130

つづけて、第19話「パリトン騎士の傭兵 ② 」を投下します。

796 : 以下、名... - 2014/05/25 00:20:15.93 JSAbfBc70 701/3130

第19話「パリトン騎士の傭兵 ② 」

148


円奈が城から出ると、すぐにまた跳ね橋はあげられ、城門は閉じられた。

鎖はもちあがり、橋は元の位置へ戻る。城の前には湖が広がる。



円奈は振り返って、もう戻り道はないことを悟った。



馬の手綱たぐり、向きを変えさせ、戦場の森のほうをみつめた。


あそこで…カトリーヌさんが、戦っている。


「いけ!クフィーユ!」

円奈の一声で、クフィーユは農村へでた。


村と村の家々の間を走りぬけ、煙があがる煙突つき民家の横を通り過ぎ、畑も抜けると、休耕地に入った。


休耕地に入ると、羊牧場の柵を馬が飛び越える。

「とぉっ!」

円奈が掛け声あげ、すると馬は羊牧場の柵を足で飛び越すのだ。


柵を越えると、羊牧場に入る。

羊たちが群れのなかを馬が猛スピードで走る。約百匹の羊たちはメーメーいいながら、乱入してきた馬からてくてくと逃げさる。


羊牧場の出口へくると、その柵を再びクフィーユは飛び越えた。


飛び越えたときの日影が牧場の野原に映る。馬と、それを馳せる少女の影が。


円奈は手綱握りながら馬を御し、方向を操って、農村から森へ出た。

797 : 以下、名... - 2014/05/25 00:21:55.16 JSAbfBc70 702/3130


森に面した平野。


戦場へ突入だ。

森からはクロスボウの短矢が、ビュンビュン飛んでくる。



円奈はクロスボウの雨のなかを馬で走りぬけ、負傷し血だらけの兵士達の前へ馬を馳せ、そしてカトリヘーヌの横へと辿り着いた。


「カトリーヌさん!」

馬上から地べたで戦う魔法少女を呼ぶ。「カトリーヌさん!」


「あなたは!」

カトリーヌは肩も胸も血だらけの姿で、円奈をみあげた。「姉上の……!」



「わたしも戦います!」

円奈は大声で告げた。

「アリエノールさんから、戦いに派遣されました。敵兵たちのクロスボウの攻撃の手を止めなくちゃ!」


「でもどうやって…」

顔が返り血塗れのカトリーヌは、うろたえる。剣も血まみれだった。カトリーヌの前には、何十人という、討たれた敵兵たちが横たわり、呻いている。腹を刺された者、胸を一突きにされたもの、腕を斬りおとされた者。

798 : 以下、名... - 2014/05/25 00:23:56.25 JSAbfBc70 703/3130


円奈は、馬の左の手綱だけぐいとひっぱって、クフィーユを一周ぐるりと向きを変えさせて、あたりを見回す。


「わたしが敵のクロスボウ隊と戦います!」

と、円奈は叫んだ。「でも、騎士が50人必要です!ううんせめて25人!それでクロスボウ隊を打ち破ります! 騎士たちを借りますね!あなたはここで踏ん張って、戦い抜いててください!」


「えっ…あの?」

カトリーヌは驚いた顔をし、困った仕草をみせたが、もう円奈はカトリーヌには背をむけて、騎士たちに命令をくだしていた。


「馬に乗りなさい!」

円奈は大声で兵士達に呼びかけ、鼓舞する。「馬に乗るのです!そして森へ突撃します!敵のクロスボウ隊をうちやぶり、森の中からギヨーレンに回り込みます!」


アキテーヌ兵たちは見知らぬピンク色の髪をした少女を戸惑った視線で見つめていた。が、やがて意を決して、馬を探すと、ばっと乗った。


他の兵士たちも、クロスボウの攻撃に怯えるばかりであったが、円奈に勇気づけられて、馬に乗り込んだ。


なんだかよくわからないけれども、この状況を打開できるのなら、なんだっていい。

そんな気持ちだった。


「私に続いて!」

と円奈は馬に再び乗り込んだ騎士たちへ、叫んだ。「森に突撃します!」


馬に乗り込んだ騎士たちはすると、おおおおっと声をあげた。剣を再び手にもち、まだクロスボウの雨がふるなか、円奈につづいて、森へと突撃を開始する。


「私につづけ!」

円奈は先頭きって、クフィーユとともに森へ飛び込んだ。

クロスボウの雨ふる森へ!


それにつづき、ダキテーヌ家の騎士たち30人以上ほどが、顔も知らぬ、しかしアリエノールからの派遣ときいた少女騎士のあとに従いぞくぞく、草木をかきわけて森へと突入!

「アリエノールさまが遣わした騎士につづけ!」

騎士たちも掛け声あげあって、馬を全速力で走らせる。

799 : 以下、名... - 2014/05/25 00:25:22.52 JSAbfBc70 704/3130



そのころアドアスの手下だった部隊は、敵国の魔法少女・ギヨーレンが、馬から落ちたことをチャンスとみて、襲い掛かっていた。

「ギヨーレンを打て!」

兵士たち何人かが剣を手に、敵国の魔法少女へ突撃する。「ギヨーレンをとれ!」

命知らずなアキテーヌ兵どもがギヨーレンの前に走ってくる。



「ここは私めが」

ギヨーレンの側近騎士ロクスリーが、一歩前に踏み出た。


するとロスクリーの肩にも満たない身長の魔法少女・ギヨーレンは、首を横にふって、自分が鞘から剣を抜いた。


「あいつらは人間の身で、魔法少女に勝てる気でいる、バカどもだが。」

初めて抜かれるギヨーレンの剣。

この戦争がはじまって初めて、ギヨーレンは戦う体勢をとった。



ギヨーレンの剣は、片手半剣と呼ばれるタイプの剣で、バスターソードとも別名ある剣。



長さは1.2メートル。鋼を鍛えてつくった剣は両刃で、人間でも片手で扱える。


とがった剣先で敵を突くこともできる。

剣の柄頭は大きく、重たい。この柄頭の重さによって、剣全体の重心が握り部分にくる構造をしている。

これが扱いやすさの秘密である。


「ロススリー、おまえは、」

自分の身長ちかくもあるバスターソードを両手に握ったギヨーレンは、側近に指示する。マントがはためいた。

「あのロングホヴ女を捕まえろ。ロングボウの射手は、高く身代金を要求できるぞ。おまえに報酬をはずんでやるが。」


「はっ」

ロクスリーは頭をさげ、命令に従った。自軍の騎士たちを連れ、森へはいった。

800 : 以下、名... - 2014/05/25 00:27:29.25 JSAbfBc70 705/3130



「ギヨーレン!」

何人かのアキテーヌ兵が、剣をギヨーレンにむけてきた。「覚悟しろ!」

トバババババ。彼らは走ってくる。


ギヨーレンは、片手半剣の剣先を人間どもに伸ばし、彼らを待ち受けた。

ぶんと剣を前へ伸ばすと、風が沸き起こって、彼女の毛皮マントが捲くれあがった。


「ここまでこれたら、相手してやろう。」


次の瞬間、あざけ笑うギヨーレンの両脇から、二本のクロスボウの短矢が飛んできた。

ギレーレンの後方に待機する近衛隊のクロスボウだった。


矢は二本、ギヨーレンの両側を通り過ぎ、アキテーヌ兵たちの胸に当たる。



「うぐっ!」「あぐッ──!」


クロスボウに当てられたアキテーヌ兵は身体を崩れ落ちさせる。


「余にいったい、何を覚悟しろというのだ?」

ギヨーレンは片手半剣を、地べたに倒れたアキテーヌ兵にむけ、そして刺し殺した。


瀕死の馬を刺すみたいに。

801 : 以下、名... - 2014/05/25 00:28:30.04 JSAbfBc70 706/3130

149


そのころ森では、鹿目円奈とクロスボウ隊が激突寸前であった。


「いけ!」

円奈の馬は、森の木々のなか、日光に当たらない暗い森のなかを駆け抜ける。


「私につづけ!」


円奈の馬につづいて走ってくる、30人の騎士たち。


森に飛び込むと、30人ほどのクロスボウ隊が、伏兵として散在していた。




彼らは撃ちおえたクロスボウに矢を再装填するため、巻き上げ機を回している。


「うたせるな!」


円奈は、馬上で手綱を手放すと、馬上でロングボウの弓を手に持ち出した。



802 : 以下、名... - 2014/05/25 00:30:04.79 JSAbfBc70 707/3130



円奈は馬を走らせながらで矢筒から一本矢を抜き取り、弓に番えた。


馬が猛スピードで森を走り抜けるなか、弓で狙いを定める。


馬から弓矢を撃つ───。円奈の得意技だ。


クロスボウ隊の1人が、巻き上げ機をやっと回し終わって、発射台に矢を装填し、円奈にむけた。


しかし既に矢を番えていた円奈のほうが早く、円奈の矢が先に放たれた。


スパン!



ロングボウから矢が飛ぶ。それはクロスボウにあたり、矢が食い込んで、クロスボウが使い物にならなくなった。

「うわっ!」

矢がクロスボウの弦を切り裂いたのを、びっくりして見つめ、思わず手放したクロスボウ隊の隣を。


ピンク色の髪をした馬上の少女が通り過ぎた。かと思えば、あとからダキテーヌの騎兵たちが30人ほど、あとから追うようにやってきた。


そしてクロスボウ兵はその騎兵たちの軍団に、けとばされた。


「うごっ!」

馬の足が顔面にあたる。落ち葉だらけの地面にころぶと、その体を後から後からやっとくる騎馬が彼の背中を踏んづけた。

体重300キロの馬の四足が彼を踏みまくる。この時代の馬は比較的小型だ。


「突撃!」


騎士たちは剣を抜き、森のなかを疾走する。「クロスボウ隊をうちやぶれ!」

ギィィン。騎士たちの剣の鋭い音が、日のあたらぬ森に轟き渡る。


森にはまだまだ、30人、その奥にもう50人くらいの敵国の伏兵がいる。


円奈を先頭にして、彼ら伏兵に突撃し挑むアキテーヌ家30人の騎士たち。

803 : 以下、名... - 2014/05/25 00:31:25.34 JSAbfBc70 708/3130


すでに森の奥には、再装填を終えたクロスボウ隊が、焦った顔つきで、慌てながらも突撃してくる騎士たちへ照準をあわせていた。

「狙え!」

クロスボウ隊たちは片膝ついて発射台に目を寄せ、照準機の狙いを騎兵たちにあわす。

「撃て!」

クロスボウ隊たちが弩弓の引き金をひく。

シュバババ!

クロスボウから矢が放たれる。5本も6本も。



森の木々の隙間を飛んでくる。目にもとまらぬ速さで。



「怯まないで!」


円奈はクフィーユを走らせ、騎士たちに告げた。「恐れないで!そのまま突撃!」


おおおお!



飛んできたクロスボウの矢は、円奈の頭上を通り過ぎる。円奈は頭を伏せて馬の背につけ、ぎりぎりで矢がかすった。
ピンク色の髪何本かが裂かれて森の中を舞った。


あとからあとから飛んできたクロスボウの矢は、騎士たち何人かに命中する。

騎士たちは矢に当たると、落馬してしまう。


そうして犠牲をだしがらも、騎士たちは突撃をつづけ、クロスボウ隊の列にせまった。


「槍だ!」

クロスボウ隊たちは、いったんクロスボウを捨て、槍を馬達へのばす。「槍で突け!もたもたするな!密集隊形!」

804 : 以下、名... - 2014/05/25 00:32:47.46 JSAbfBc70 709/3130


パイク。

突撃する馬を槍で待ち受ける隊形だ。

敵兵はこの隊形で円奈たちの馬を待ち受ける。


「うおおお!」

円奈と騎兵たちは、この槍の戦列に突っ込む。


「いけ!クフィーユ!」

円奈が一声くれると、クフィーユは大きく足をふりあげ、ジャンプした。敵兵たちの槍をなんと飛び越え、そのまま敵兵たちの顔面を蹄で蹴っ飛ばす。


「うごっ!」

槍もった敵兵は、勢いよくころんだ。身体をぐるぐる回しながら落ち葉だらけの地面をすっころぶ。


槍の隊列はこうして崩され、あとからつづく30人ちかくの騎兵たちに、馬で蹴飛ばされる。


戦列が崩されたら兵たちは槍すてて逃げた。


しかし、逃げようとした敵兵の背中は、騎士の剣がとらえた。

「ああっ!」

ばっさと馬上からの剣で斬られる。背中から血が飛び散って、落ち葉に滴り落ちる。クロスボウ隊は地面に突っ伏した。


「まだ前だ!」

円奈は声をあげる。

「私につづけ!進み続けるんだ!」


円奈が走る森では、50人のクロスボウ隊や弓兵、槍もった兵たちが散らばっていて、あたりじゅう敵だらけだ。

805 : 以下、名... - 2014/05/25 00:35:26.62 JSAbfBc70 710/3130



クロスボウ隊たちは、くるくる巻き上げ機をまわして、反撃の作業にとりかかっている。


円奈はそれを許さない。


手に握ったロングボウを手に取り出し、弓に矢を番えて、狙うと、ビュンと矢を放った。

円奈の手から弦が弾かれる。


「ふげえ!」

矢が尻に刺さったクロスボウ隊は、甲高い声をあげて、尻の矢を痛がった。

悲鳴あげて、尻の矢をぬこうと背中に手を回した。

きゅるきゅる巻き上げ機をまわしてばかりいたから、背中が隙だらけであった。



他のクロスボウ隊たちもまだ、再装填ができず、巻き上げ機をまいている状態。

まさにこれは無防備といっていい状態だった。


かれらはクロスボウ先端についたあぶみ(鉄のワッカ)に足をかけ、両手を使って巻き上げ機をまいているのだ。


つまり足も両手も使って、敵に背をむけて巻き上げ機をひたすら回しているだけの状態。


これで無防備にならないわけがない。


そうこうしているうちに彼らクロスボウ隊は、巻き上げ機を回しているところを、ロングボウの射手によって狙われ、また矢を撃たれる。


「いてえ!」


足の腿に矢が刺さったクロスボウ隊は、悲痛な叫びをあげる。まさに無防備なところを、ロングボウの射手につかれのだったた。


矢が刺さり、身動きとれなくなったクロスボウ隊のところへ、アキテーヌの騎士たちが剣ふるって、襲い掛かってくる。

ばっさとクロスボウ隊は騎士の剣に斬り捨てられる。

806 : 以下、名... - 2014/05/25 00:38:22.03 JSAbfBc70 711/3130




円奈はまた新たな矢の一本をロングボウに番えていた。馬が走り、自分がむける矢先と標的の位置が重なった
タイミングで、矢を放つ。

そう、やぶさめだ。


故郷での”魔法少女ごっこ”なる経験が、この実戦にいきているのだ。



ビュン!


森のなかをとんだそれは、やはりまだ巻き上げ機をまいていたクロスボウ隊の腕に命中し、貫通した。
クロスボウ隊は痛みのあまりに巻き上げ機をまく作業を中断し、武器を捨てた。




クロスボウの天敵はロングボウ。

天下無敵のクロスボウが唯一無二で相性最悪の敵、ロングボウだ。



クロスボウは、人間の力ではなく、機械の力で弦をしぼるから、その破壊力は歴然である。

かつ弦を引いたまま固定しておけるから、正確さも抜群だ。


引き金をひくだけだから、素人でも撃てる。



だが、弱点もあった。


さんざ無防備なところを晒してしまっているので、もうこれは明らかなのだが、一度矢を発射すると、次の矢を再装填するまで、とてつもなく時間がかかること。


これがクロスボウの弱点だった。


一度矢を放ったら、次の矢を飛ばすまで、きゅるきゅる巻き上げ機を回し続けること、30秒以上。


30秒間無防備になる。

807 : 以下、名... - 2014/05/25 00:39:47.33 JSAbfBc70 712/3130




その点で円奈の弓、ロングボウこそは、射程と連射力において最高の武器だ。


矢を取り出し弓に番え射るだけ。その間は10秒もない。


ともなればもはや、形勢は歴然である。


「いけえ!」

敵兵たちの潜む森を円奈と騎士たちは走り、猛スピードでかけぬけ、クロスボウ隊へ襲い掛かる。



巻き上げ機を回している最中のクロスボウ兵の隊列に剣を抜いた騎士たちの馬が突っ込む。


「あがっ!」

クロスボウ兵たちは、全速力で走る馬に踏まれ、すっころぶ。その手から、弩弓がこぼれおちる。


円奈のロングボウから、またやぶさめの要領で、矢が放たれた。

森の中を一本の矢が猛烈な速さで飛ぶ。


それは、やっとの思いで再装填がおわったクロスボウ隊の足にあたり、彼はクロスボウの狙いを乱した。

「いぎい!」

痛みに声あげながら膝をつき、痛がり倒れこむ。

808 : 以下、名... - 2014/05/25 00:41:12.41 JSAbfBc70 713/3130



しかし森の中の敵兵たちは、全員が全員、クロスボウ隊なのではない。


敵兵たちは、この進撃をくいとめるため、ふつうの弓矢に火をつけて、円奈たちを狙った。


火は、森の中に置かれた火鉢から点火。布の巻いた矢の先を火鉢にあてがい、火を燃やし、火矢となったそれを円奈たちにむける。


「撃て!」


敵兵たちの声が轟く。すると円奈たち騎士の前に、火の矢が10本ほど、飛んできた。

赤く燃えた火矢は森のなかを突っ切り、弧を描いて、煙あげながら円奈たちのもとへくる。



「よけて!」

円奈は騎士たちの先頭で呼びかけ、自分も手綱を片手でとって、馬の方向をかえた。



クフィーユは左へ方向を転じ、火矢の数々は、円奈の傍らを通り過ぎた。頬の右と左を燃えた矢が飛びぬけた。


騎士たちも円奈に続いて馬の方向を転じさせたが、間に合わず、火矢の雨を浴びてしまう騎士たちがなんにんかいた。

鎧にガツガツ火の燃えた矢があたり、くいこんで、体に焼き付ける火に痛みの声をあげて、ドテっと頭から落馬した。

矢はすぐには抜けない。そして燃えた矢がいつまでも肌に食い込みつづける。騎士の肌は焼かれ続けた。

809 : 以下、名... - 2014/05/25 00:42:04.91 JSAbfBc70 714/3130



円奈は森のなかを突き進み続けた。

「もうすこし!」

と、円奈は、新たなロングボウの矢を一本、弓に番えながら、叫んだ。「もうすこしで、ギヨーレンにまわりこめる!」



クロスボウ隊を馬で蹴飛ばし、地べたの剣士は剣で斬りおとし、弓矢の攻撃はかわして、アキテーヌ家の騎士たちは森の突破をめざした。

810 : 以下、名... - 2014/05/25 00:43:18.09 JSAbfBc70 715/3130

150


森と同じようなことが、野原のほうでも起きていた。

つまりクロスボウ隊の弱点にアキテーヌ兵がようやく気づいた。


「弩弓兵を襲え!」

アキテーヌ兵たちは声をあげ、反撃にでる。巻き上げ機をまわす無防備なクロスボウ隊に勇猛に襲い掛かかった。

ぶんと剣ふるい、肩や、首筋に剣をあてがう。


「うう!」


クロスボウ隊は血を流して倒れる。地面に頭をあてて、痛みに苦しむ。彼の手から弩弓が落ちる。
がしゃっと音がなって弩弓が地面でバウンドする。


するとクロスボウの護衛を失ったギヨーレンが、ただひとりぽっつりそこに取り残された。


「ギヨーレンをとれ!」

こんどこそとばかりにアキテーヌ兵たちの剣士たちが血に塗れた剣をふりあげ、接近してくる。



ギヨーレンは歯を噛み締め、人間どもを怒りのめつきで見つめた。

「人間どもが!」


4、5人のアキテーヌ兵たちが剣でギヨーレンに挑んできた。


まさにバスターソードを構え、魔法少女に戦いを挑む無謀な男どもに、思い知らせてやろうと思ったそのとき、ギヨーレンに提言する側近の騎士がいた。


「ギヨーレンさま」

「なんだが?」

構えとったままで、問う。目だけチラと側近へ向けて。


「撤退を」

ガイヤール国の側近騎士の1人、レミはそう進言する。

811 : 以下、名... - 2014/05/25 00:45:58.33 JSAbfBc70 716/3130


「なに?なんだと?」

「いま撤退しなければ、回り込められます」

と、レミは告げる。「ロングボウの射手率いる敵の騎士の一団が、クロスボウ隊の戦列を突破しました。背後にせまっています」


「あいつか!」

ギヨーレンは、戦いの途中で登場したピンク色の髪した女を思い起こす。

「魔法少女か?」

「わかりません」

レミは答える。「撤退させます」


「…」

ギヨーレンは、あたりを見回した。

自分が話す代わりに、アキテーヌ兵と応戦しているわが兵。

他のわが兵どもはカトリーヌと戦い、敗れている。


森ではクロスボウ隊の悶絶がきこえる。


いま森から回り込まれれば、全軍の隊列は混乱する。


「撤退だ!」

ギヨーレンは、引き際をわきまえている魔法少女だった。


「軍を引き返せ!」


魔法少女か叫ぶと、アキテーヌ兵どもは、おおおおおおっと勝利の雄たけびをあげはじめる。


城のほうでも農民たちかおおおおっと手をふりあげ喜色だって歓声あげるのが聞こえた。


「この決着はいつか必ずつける!」


ギヨーレンは、自らのオーソワと名づけた馬に乗り、鐙に足をのせ、織物しいた馬の背あてに跨った。

「撤退だ!」

812 : 以下、名... - 2014/05/25 00:47:50.54 JSAbfBc70 717/3130



「私と戦いなさい!」

カトリーヌが撤退の気配感じ取った敵国の魔法少女をみて、ひきとめる。

「逃げますのか!」


「次はおまえが、わがガイヤール城にせめてくるがよい、カトリーヌめ!」

ギヨーレンは罵り声あげ、カトリーヌに叫んで、馬を引き返させた。「いけ!」


ガイヤール兵たちはギヨーレンに続いて、逃げさる。


アキテーヌ兵があとを追う。



数十人もの死体乗り越えて、わああああっと雄たけびあげながら、逃亡兵の背中を追いかける。


何百人という兵の剣に追われながらガイヤール兵は必死に敗走する。

何人かはおいつかれ、背後から剣に刺された。


剣にサクっと背中を貫かれ、うっと呻いて膝をついて死んだ。



先頭で逃亡するギヨーレンは、背のマントひらめかせながら、馬で平原を走り抜ける。



だがまさに原っぱをぬけようとしたころ、ピンク色の髪した少女が質素な馬にのって、ギヨーレンらの前に森からあらわれた。


少女騎士が現れると、それにつづいて、30人の騎士たちがあらわれた。


わずかに遅かったらしい。

813 : 以下、名... - 2014/05/25 00:49:07.90 JSAbfBc70 718/3130


だが撤退を宣言したいま止まるわけにもいかない。


「突き抜けろ!」

ギヨーレンは大声で、逃亡する仲間たちを鼓舞する。「たかが30人ごときだ!突き抜けろ!」



ギヨーレンの馬はとまらない。


ドバババババと蹄が土を蹴り、上下に跳ねながら、ギャロップで円奈へ迫る。



すると円奈も受けてたち、ロングボウの弓を矢に番えた。



その矢先が、胸元へゆっくり、むけられる。


少女のピンク色した目が、ギヨーレンを見据え、弓で胸元を狙ってきた。


そこにはソウルジェムがあった。


「この……!」

ギヨーレンの顔が強張る。

しかし馬はとまらない。ギャロップで走り続けるだけだ。

円奈のむける矢の先に、みずから突っ込んでしまうギヨーレンの馬────それを御すギヨーレン───


やぶさめの要領で狙いをたてる円奈のロングボウ。


「ぐっ…!」

ギヨーレンが歯を噛みしめ、深い青色の目を見開いた、そのとき。


ロングボウの弓から矢が飛んだ。

814 : 以下、名... - 2014/05/25 00:50:28.03 JSAbfBc70 719/3130



「うぐっ!」

ギヨーレンは顔を逸らし、矢を受け流す。矢は反対側の森の奥へと飛んだ。


馬を走らせながら、自分の頬を手で触れた。手の指先に赤い血がこびれついていた。

ギヨーレンは自分の頬が矢に裂かれたのを知った。


「ギヨーレンさま!」

レミがギヨーレンの後ろを馬で走りながら、魔法少女に呼びかける。「ご無事ですか!」


「わざとだ」

ギヨーレンは、自分の血のついた手をみながら、呟くように言った。


「はい?」

レミがききかえす。


「あの女!」

ギヨーレンは、背中のマントひらめせながら、馬上で叫ぶ。「わざと手加減した!」


その気になればあてれたはずだ。


「わざとタイミングを早め、頬をおすめる程度にうってきた!」


ギヨーレンは喚き散らす。


「余は、情けをかけられて、いま生かされているのだ!今後の余命、死ぬまで、余はこの情けを忘れはしないだろう!屈辱に誓ってだ!」



頬から垂れた血をまた手でぬぐい、ギヨーレンは馬で走りさった。


ガイヤール兵は撤退した。

815 : 以下、名... - 2014/05/25 00:52:57.33 JSAbfBc70 720/3130

151


あたりじゅうで、倒れた負傷兵たちの呻きが渦巻いている。


戦闘不能になった者たち。


野原で剣に斬られた兵士たち、クロスボウに撃たれた兵士たち、戦斧、戦槌に体に穴開けられた兵士たち。


森で馬に蹴飛ばされ、体重300キロちかい馬に何度となく踏んづけられて骨を折った兵士たち。

だれもが血を流して横たわり、痛みに呻いている。



そんななかの1人ロスクリーは、アキテーヌの騎士の槍に腰を貫かれ、落馬し横たわっていた。


腰を貫いた槍は、倒れた体に、いまも突き立っている。


「うぐっ…」


口から血が垂れる。


ロクスリーのもとに、1人の少女が立った。

くるくるした巻き毛の、編み上げブーツで、踵にはリボンをつけた、可愛らしい少女だった。

でもその服装は返り血に塗れていて、顔の頬も、髪も、血の赤々とした飛沫が点々とこびれついていた。


「あなたの名は?」

少女はたずねてくる。


「ロバート」

ロクスリーは、腰を貫く槍の痛みに耐えながら答える。「ロバート…ロクスリー」

彼は名乗ったあとで、敵国の魔法少女に見下ろされながら、ぺっと唾を自分を刺す槍にむかって吐き出した。

816 : 以下、名... - 2014/05/25 00:56:05.49 JSAbfBc70 721/3130



「そう…ロバート・ロクスリーさん」

魔法少女は瀕死の騎士を見下ろし、ゆっくり膝まげて座ると、その槍を手でふれた。


「うぐ…!」

槍が動き、肉体に食い込み、ロクスリーは呻きをあげる。「なにする気だ!」


「魔法少女にはこのような力があると、きいたことが」


変身姿のカトリーヌは、手をロクスリーの槍が刺さった部分にあてる。

すると治療とほどはいかなかったが、痛みが和らぐのをロクスリーはかんじた。

「わたしは魔法少女になって、一日目ですから」

と、カトリーヌは、自分の魔力をロクスリーのために使いながら、いう。

「魔法の使い方はわかりませんけれど……これがわたしの気持ちです」


「魔法少女になって一日目…か」

ロクスリーは、血の垂れた口で、小さく笑った。「大した魔法少女だ、あんたは」


大半の魔法少女は、初戦では死亡確率3分の1だというのに。

この魔法少女は初戦を生き抜いたばかりか、その足元には、40も50も打ち倒した敵兵の屍がころがっているのである。

将来、強い魔法少女になるだろう。

817 : 以下、名... - 2014/05/25 00:58:13.22 JSAbfBc70 722/3130



側近の騎兵たちがカトリーヌのもとへやってくる。

胸を撃たれたアドアスは、騎兵たちに肩をもたれながら、カトリーヌのもとに戻ってきた。


「手負傷した敵兵たちを敵国の宿営地にもどし────」

と、カトリーヌは、手下の騎士たちに命ずる。

「わたしたちの負傷兵は、名簿をつくって医療院に」


「はい」

手下の騎士たちは答え、すると、肩を支えられた負傷したアドアスが笑った。

「あなたは国を守ってみせたのです」


するとカトリーヌはアドアスを見て、目を閉じると、首を横に振って答えた。

「わたしじゃないわ」


「といいますと?」

アドアスに問われ、するとカトリーヌはにこり笑って、指差した。「”彼女”よ」


アドアスが、カトリーヌの指差したほうへ顔をむけると、そこにはアキテーヌ兵たちに囲まれて、わーわー、歓声に包まれているひとりの少女の騎士が目に入った。


「アリエノールの騎士ー!」

と、アキテーヌ兵たちは、剣を天にむけて、ぶんぶん振るい、喜びの声をあげている。


「アリエノールの騎士ー!万歳!」


少女騎士は困ったように、兵たちを馬上から見下ろして、手を振っている。

髪の毛は不思議な色をしていて、ピンク色の髪に結われている赤いリボンが、風にのってゆれた。


「あの方は何者です?」

アドアスがたずねると。


「姉アリエノールの雇われ騎士よ」

とカトリーヌは答え、それから、優しげな眼差しで円奈をみつめた。



カトリーヌの見つめる先には、騎士姿の円奈がアキテーヌ兵たちに囲まれて、歓声を浴びている。





それからソウルジェムを卵型に戻して、すると自分の衣装は解けて元のコットの衣装に戻った。

剣もった17歳の乙女がそこにいた。

818 : 以下、名... - 2014/05/25 01:00:39.66 JSAbfBc70 723/3130

152


昼過ぎて夕方になりはじめた頃、宿営地にまで避難したギヨーレンと、ガイヤール兵たちは負傷兵を運び出す。



帰還した負傷兵たちは、地面に敷いた織物の布に横たわり、治療を受ける。


治療は、矢をペンチで抜き取る、包帯をまく、消毒するなどの施しを受ける。

この時代で、消毒液に使うのは酢であった。


麻酔がない環境のさなか、矢を抜く作業は惨たらしい。


負傷兵の矢を抜く際、折った矢をペンチで挟み込み、抜くが、そのとき負傷兵はのたうちまわって抵抗するので、何十人という兵が彼を手で押さえ込んで、医療兵が矢を力づくで矢を抜き取る。


「骨のこぎりを」

荒治療ともよべる現場では、そんな声もきこえる。「骨のこぎりをここへ。」


「いやだ!」

負傷兵は泣き叫ぶ。「やめてくれ!骨のこぎりなんて!」

手足じたばたさせて暴れる兵を、また何十人という味方の兵が上から押さえ込む。


「いまぬかねぇと、一生矢が刺さったままだぞ」

医療兵は情け無用、問答無用で、負傷兵の肌の傷口を小刀で切開し、肉の奥に浮き彫りになった白い骨を、のこぎりでぎこぎこ、肉ごと骨をきって、奥の矢じりを抜き取るための開口部をつくる。


「うわあああああ!」

それはもう、とにかくすごい悲鳴である。


「はなすんじゃねえ!」

すると負けないくらいの大声で、医療兵が怒鳴る。「絶対はなすな!いま放したら、こいつは死ぬんだからな! そしたら、てめぇらのせいだ!」


死に物狂いで暴れる兵を、必死に押さえつける兵たち。鉄ペンチが骨をけずった傷口の奥にねじ込まれ、グイグイ脂肪と肉をこねくりまわりながら鏃をとりだす。血があふれ出す。


こうして矢を抜けとったあとで、やっと鎮痛剤を含めた包帯を施されるのである。

鎮痛剤は、エーテルで溶かしたビャクダン液を湿布に浸したもので、これを含めた湿布を傷口部分にあてがう。



これで治療完了である。


819 : 以下、名... - 2014/05/25 01:02:40.71 JSAbfBc70 724/3130



剣に裂かれた兵は、意識あるままで針を肉に刺され縫われる。もちろんこれも、兵たちが上から押さえつける。


そんな赤色の悶絶と悲鳴が、何十人と野原じゅうで喚き散らす。


戦争のあと見渡せる、惨劇の光景であった。



ギヨーレンは、宿営テントのなかで顔と、手にこびれついた自分の血を洗ったあと、乳香液など含めた解毒用の溶液で浸した布で止血していた。


止血がおわると、宿営テストをでた。


「ロクスリー」

と、魔法少女は、負傷した手下の騎士の名を呼ぶ。

地面に敷かれた布に横たわっている。


ロクスリーは、アキテーヌ側からその身柄を明け渡された。

槍に腰を突かれた彼の治療具合を、ギヨーレンは確かめる。


ギヨーレンと同じように乳香液などの解毒剤に浸した布を巻いていた。

「具合は?」

魔法少女は、痛みに苦しむ側近の部下を見下ろしたずねる。


「生き永らえそうです」

と、ロクスリーは、横たわったままで答えた。

腰を貫いた槍は腰骨にヒビをいれた。そして重要な器官を傷つけた。

「一生、立って小便できなくなりましたがね」


魔法少女は笑った。

「わたしもそうだ」

そしてロクスリーを見下ろしたままで、またたずねる。

「今日という戦争のことは?」

820 : 以下、名... - 2014/05/25 01:05:03.03 JSAbfBc70 725/3130


ロスクリーは答える。

「最高でしたよ」


魔法少女は、また笑う。「なぜだ?」


「騎士という血が滾って───」

ロクスリーは、腰の痛みに顔を一瞬しかめたあと、平静な顔にもどって言った。

「騎士として最高の舞台にたてました」


魔法少女は無言で、ロクスリーを見下ろしている。


「鎧を着込み、馬に乗り、剣をふるった。あの瞬間───」

ロクスリーは何時間かにわかってアキテーヌ家と戦かった、あの場面を思い描く。

「馬を走らせ敵兵と激突するあの瞬間。最高でしたよ」




「ロバート・ロクスリーめ、おまえは、気高き戦士だ」

ギヨーレンは言い、すると踵をかえして、腕組むと目を閉じた。

背をむけて、マント姿の後姿ををみせてロクスリーのもとから離れる。



離れていく魔法少女の後ろマント姿を見送りながら、ロクスリーは小さく呟いた。

「貴女の兵として戦えるからこそ、本当に最高でした。照れますから、直接あななたにはいいませんがね」

821 : 以下、名... - 2014/05/25 01:06:20.46 JSAbfBc70 726/3130

153


負傷兵たちの処置がすむと、解散の準備が進められた。


宿営テントはたたみ、馬車などに器材を積み、兵たちは整列する。


領主であり魔法少女であるギヨーレンの帰還命令の一言を待つ。





ギヨーレンは、マントひらめかせながら兵たちの前へきた。


300人ほどの兵。半数近くが負傷した。


壊れたクロスボウは荷車にがちゃがちゃと積み込み、国に戻って、職人に直してもらう。

剣は兵たちが鞘に差込み、ベルトに巻いてもったまま。


パンなどの食糧、水、水筒、弓矢なども荷車に山のように積まれた。これらは馬が運ぶ。


ギヨーレンは、意気消沈した兵たちの顔を見渡した。



整列した300人の兵。包帯を巻いたり、腕をなくした兵。足を砕かれたてなくなった兵。

死者は数十人。すでに土へ埋められた。友人の死を悲しんで今も泣きじゃくる兵。



いろいろ、いた。

822 : 以下、名... - 2014/05/25 01:08:20.92 JSAbfBc70 727/3130



そんな兵たち、共に戦った兵たちのどの顔をも見つめて、それからギヨーレンは語りだした。

「痛ましい負けだ」

と、少女は話しはじめる。


兵たちは目を落とし、悲しそうに落ち込む様子をみせる。

どんより沈み込み、目を腕で覆ったりする。


「手痛い負けだ」


すると魔法少女は息をすいこんだ。彼ら兵たちを見渡し、口をあける。


「だがなんと清々しい負けではないか!」

と一声、大きな声で告げる。


兵たちが目を大きくして、驚いて、魔法少女をみた。


「清々しい負けだ!」


魔法少女は兵たちにむかって、これ以上ないくらいはっきりとそう宣言する。


「そうだとも。こんな晴れやかな負けがあるか。われわれは秘密兵器クロスボウで敵を混乱へ陥れた。そこへロングボウの射手がきた。われわれは回りこまれ撤退した。どうだ、不服か!これが! この結果が!」


兵たちは、目を見張り、おどろいた顔である。誰も何もいわない。



「われわれは納得いく負け方をしたのだ。おまえたちは騎士であり戦士だ。負けるというのもまた」


ギヨーレンはいちど、そこで息をため、言い切った。


「誇りなのだ」

823 : 以下、名... - 2014/05/25 01:08:52.60 JSAbfBc70 728/3130




お、おおおおおっ。

兵たちは、魔法少女の語りで声をあげ、するともう緊張がとけた。

今日という戦争を戦い抜いた仲間たちと肩をだきあい、涙を流しあった。


ギヨーレンはすると、レミなどの側近騎士に、帰還命令をくだした。



ガイヤール兵たちは、ガイヤール国への帰路へむかった。

824 : 以下、名... - 2014/05/25 01:10:48.62 JSAbfBc70 729/3130

154


アキテーヌ城では避難した農民たちが、帰還兵たちを盛大に迎え入れた。


夕方に日が染まりかけた頃、オレンジ色に照らされる城で、また花びらがひらひら舞う。


「アリエノールの騎士ー!」

と、農民たちは、夕日か降りる城の上から、わーわー手を降って迎え入れる。


「アリエノールの騎士ーありがとう!」


農民たちが特に呼びかけているのは、ピンク色の髪したロングボウの射手。

異国の騎士、鹿目円奈であった。


そんな花びらと喝采のなか、馬上の円奈は照れたように苦笑い浮かべ、そっと片手だけあげて民衆の声に応える。


城壁の上から手を振ってくれる農民たちへの、ちょっとした返事だったが、それだけで農民たちは、おおおおっと歓声をあげた。


そして農民たちの半数くらいは、城を降りて、騎士たちにたかってきた。


馬たちに手を伸ばし、騎士たちに握手を求める。


とくに農民の女たちは戦った鎧の騎士たちに、手を伸ばして握手を求めた。


それをみた農夫が、おい!と女たちに怒鳴り、そして、ちょっとぐらいいいじゃない、騎士の方と触れ合う機会ですもの、と反論する。


円奈に握手を求める農民も多かった。


「へえっと…」


円奈は、戸惑うばかり。「通してほしいなって…」

825 : 以下、名... - 2014/05/25 01:13:24.67 JSAbfBc70 730/3130



農民たちは敵軍が去ったこと、自軍の騎士たちがめいっぱい戦って、勝利したことを祝って、口々に兵たちを讃えあい、喜び踊った。



そして口々に農民たちから、こんな言葉が聞こえ始めたのである。


「アリエノールさまは、わざわざ他国まて出かけてあの騎士を雇ったんだ。」


「そうだ。」

別の農民も、喜びながらいう。

「あんな弓を射てる射手は、このあたりじゃあまずいない。だからアリエノールさまは、城をときどき留守にして、異国まで出かけて、あの射手を見つけて私たちの城に雇ってくださった。アリエノールさまは、わたしたちのことを考えてくださっていたんだ。」


「さすが、アリエノールさまだ!」


農民たちは喜びいっぱいに、アリエノールを讃えだす。「アリエノールさま!」


まったくこれは誤解であったが、農民は自分たちにとっていいことがあれば、思考も都合よくなる気質であった。



円奈は馬を降りた。

馬の背に、自分の腹をあてるよにうにして、地面を足につけ、ずるずると降り立つ。


握手を求めて手を伸ばしてくる農民たちのなかをかき分ける。



すると城の入り口からアリエノールが。


アリエノール・ダキテーヌが、でてきていた。



アリエノールはぽつんと城の入り口に立っていた。円奈を見つけると、走り出す。

円奈は歩いて、アリエノールのほうへむかった。



農民たちが、自然と道をつくる。左右にどき円奈を見守る。


円奈は農民たちのあいだを歩いて、城へむかい、そして走ってきたアリエノールの前へ。



ふらりとぐらついて、アリエノールの胸元に、よりかかってしまった。


アリエノールがそれを抱きとめる。驚いた顔してアリエノールは胸元の円奈をみつめる。


「おわったよ…わたし、戻ったよ…」

円奈はうっすらとした目で、小さく、言った。「すごく恐かった…何度も死ぬんじゃないかって思った…」

といい、疲れ果てたように円奈は、アリエノールの胸元で、眠るように目を閉じた。息はしている。


魔法少女は少女騎士をしっかり抱きとめる。ピンク色の髪した頭を抱き込んで、大事そうに守った。
そして、涙した。

826 : 以下、名... - 2014/05/25 01:15:53.87 JSAbfBc70 731/3130


「アリエノールさまー!」

農民たちが、そんな二人の様子みながら、アリエノールを讃えた。


アリエノールがはっとして農民たちを見渡した。そしてすぐ顔を強張らせた。

魔法少女として戦いもしなかった私が、農民たちの前にでてしまった、と。


しかしアリエノールの予感とは裏腹に、アリエノールを見守る農民たちの視線は、暖かく、喜色に満ちている。



「ありがとうー!」

と、感謝の言葉さえきこえてくるほど。「アリエノールさん、ありがとうー!」

「アリエノールさま万歳!」


アリエノールは、訳がわからず、目を大きくして農民たちを見渡す。


「あなたが雇ってくれた騎士のおかげで、国は救われました。」

と、農民たちはいう。

「アリエノールさまが、その射手を雇ったおかげです。」


「アリエノールさま、ありがとう!」

農民の女の子も魔法少女を、輝く目でみあげている。



それでアリエノールも、農民たちの誤解を分かりはじめた。


たぶん円奈自身が、”アリエノールに雇われた”と自分で言ったのかもしれない。


農民たちや騎士たちは、それをそのまま受け取って、鹿目円奈という騎士を雇ったのを自分だと思っているようだ。


そして確かにそれはその通りなのだが、円奈のほうから自分を傭兵にしてほしいと名乗り出たことは彼らは知らない。


アリエノールの人材確保のなせる業だと思い込んでいるようだった。

827 : 以下、名... - 2014/05/25 01:17:28.75 JSAbfBc70 732/3130



「よくやったぞ!」

城主も興奮気味に、アリエノールのもとにくる。



「おじさま」

目に涙ためたドレス姿の魔法少女は、城主をみて呟く。


「よくぞやった!アリエノール、大した射手をみつけたものだな、え?城を留守にして、長弓の射手を見つけてきたか!おかげで国は救われたのだ。」


こうして城主まで円奈に騙されているわけだが、まあいいだろう。


「この騎士を、今晩の晩餐に招こう」

と、城主は、顎つかみながら言った。「年端いかない娘にみえるのに大した騎士ぞ! 国を守った使命、このわしがたしかに見届けたぞ。名はなんという?」

魔法少女でもない10代の小娘に一国が救われるなんて、まったく誰も予想もしてないことだった。

「名は」

アリエノールは、答える。「この子の名は、円奈。バリトンの騎士。鹿目円奈よ」


「そうか、鹿目円奈か、救国の乙女よ!」


城主は大声を、城に中庭に轟かせる。「城内は宮廷料理と音楽で満たし、踊ろう!」


農民たち、守備隊たち、帰還兵たち───。

だれもが勝利気分の喜びに満ちている。


828 : 以下、名... - 2014/05/25 01:18:37.58 JSAbfBc70 733/3130


そこへ、返り血を頬や髪に浴びたカトリーヌがもどってきた。


ガウンにサッシュリボンを巻いたアリエノールという魔法少女と、カトリーヌという魔法少女の目が合う。

魔法少女の姉妹───領主の孫娘の城に住む姉妹。


カリトーヌはやわらかく微笑んで、鹿目円奈の騎士を抱きとめる姉にむかって、音もなく拍手した。



農民たちははやくも踊り始め、夫婦はくるくるまわって踊りだし、独身男は独身女のペアをみつけて、腕絡めて、くるくる踊りだす。


円奈がきいたこともない歌詞の歌をうたいだす。


狼たちが騒ぎ出すぞ、狐たちも騒ぎ出すぞ、狼たちはふらふらに酔うぞ……



アキテーヌ城は、栄えある城として、盛り盛った。


だが本当の盛り上がりはここからだ。


宮廷料理人と見習い騎士の給仕、城内の音楽家が結集する最高の晩餐が今夜、催される。

829 : 以下、名... - 2014/05/25 01:19:55.17 JSAbfBc70 734/3130

今日はここまで。

次回、第20話「アキテーヌ城の饗宴」


続き
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─5─


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