―ブラック企業―
社畜(ああ……もう疲れた……死にそうだ……)
社畜(このままじゃ、俺は過労死してしまう……)
上司「なあ、君」
社畜「はい、なんでしょう!」ビシッ
上司「○○社に出向してくれんか?」
社畜(○○社といったら……ホワイト企業として有名な会社じゃないか!)
元スレ
社畜「念願だったホワイト企業に勤めることになったぞ!」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1475507729/
社畜「行きます! 行かせて下さい!」
上司「では今の業務を引き継ぎ次第、頼むよ」
社畜「分かりました!」
社畜(やった……! 念願だったホワイト企業に勤めることになったぞ!)
―自宅―
社畜(どうにか業務を引き継いで、いよいよ明日から○○社へ出向だ……)
社畜(ホワイト企業か……)
社畜(きっとウチみたいな会社とは違って、素晴らしい会社に違いない!)
社畜(楽しみだなぁ……)
翌日――
AM4:00
社畜「う~ん、いつも通りに目が覚めた!」
社畜「初日だし、いつもより早めに出勤すべきだけど」
社畜「あまりはりきると、空回りすることになりかねないし、いつも通りでいいか……」
―ホワイト企業―
AM6:00
社畜「おはようございます!」ビシッ
社畜「私、本日よりこの会社に出向を命じられました――」
シ~ン……
社畜(あれ!? ――誰もいない!?)
AM7:00
社畜(まだ誰も来ない……)
社畜(もしかして今日は休日……いやバカな! 月曜日のはず! 祝日でもない!)
社畜(なのにいったいどうして誰も来ないんだ……?)
AM8:00
社畜(ウソだろ……!? もう8時だぞ!? なんで誰も出勤してこないんだ!?)
社畜(ウチの会社なら、もうとっくに全員揃ってる時刻だ!)
社畜(もしかして……とんでもない大事故があって、みんな死んでしまったとか!?)
社畜(あるいはテロかなにかで、足止めを……!?)
社畜(警察に通報すべきか!? いや、もう少し待とう……)
AM8:40
社畜(よし……警察に通報しよう!)サッ
ザワザワ… ザワザワ…
課長「おはよう」
同僚「おはようっす!」
OL「おはようございます」
社畜「来た!」
社畜(今頃!? ――大遅刻じゃないか! 何やってるんだ、この人たち!?)
社畜「おはようございます!」ビシィッ
課長「ああ、君が今日から出向してくれる人だね、おはよう」
課長「もし、こっちの会社が気に入ったら移ってもいいことになってるから、頑張ってくれたまえ」
社畜「は、はい」
社畜「それより、皆さんずいぶん遅かったですけど、なにか事故でもあったんですか?」
課長「え、どこが遅いんだね?」
社畜「え?」
課長「え?」
課長「6時に来てたのかい!?」
同僚「マジかよ!」
OL「ウッソォ~!」
社畜「本当ですけど……」
課長「ウチはね、5分前に来てくれたら問題ないから」
課長「もし遅刻する時も、連絡をくれれば問題ないから」
社畜「は、はぁ……そうですか」
社畜(始業時刻の5分前に来ればいいなんて……信じられない)
社畜(走り幅跳びを助走なしで跳ぶようなものじゃないか……)
社畜(これがホワイト企業というものか……)
課長「ウチでの仕事は、同僚君に教わってくれたまえ」
同僚「よろしく!」
社畜「こちらこそ」
社畜(教えるといっても、きっとろくに指導なんかされずに“見て覚えろ”スタイルに違いない)
社畜(じっくり見なければ……!)ジッ…
同僚「じゃあ、まずはウチの部署でやってることを説明していくから」
社畜「へ……?」
同僚「え、どうしたの」
社畜「いいんですか? そんな丁寧に教えて……」
同僚「いや、丁寧っていうか、普通に教えるつもりだけど……」
社畜(新しい仕事を始める時、きちんと指導してもらえるなんて、ウチでは考えられなかった……!)
社畜(これがホワイト企業というものか……!)
OL「お茶です」
同僚「ありがとう!」
社畜「え!? お茶を入れてくれるのですか!?」
OL「え、ええ」
社畜(ウチの社はみんなギスギスしてて、お茶を入れてくれる子なんて誰もいなかったな……)
社畜「……」ゴクッ
社畜「うまい」プハーッ
課長「さ、今日はそろそろお開きにして、彼の歓迎会といこうじゃないか!」
同僚「そうですね!」
OL「賛成!」
社畜「ありがとうございます」
社畜(やはりこの展開になったか……。予想通りすぎて片腹痛いわ)
社畜(飲み物はビール強制で、特に新入りである俺は一発芸を強要されるに違いない!)
社畜(だが俺はこういう時のために、百を超える宴会芸を身につけている!)
社畜(モノマネ、カラオケ、腹踊り、漫談、イッキ飲み、お下劣ギャグまで何でもござれだ!)
―居酒屋―
課長「じゃ、みんな好きなもの頼んで」
同僚「俺、梅酒サワー!」
OL「あたしはカシスオレンジで!」
社畜「え……?」
社畜「ビール強制じゃないんですか?」
課長「ビール苦手って人もいるからね。私はビールを飲むけど」
社畜「はぁ……」
社畜「もしかして、ゲロ吐くまで日本酒とウイスキーのカクテル飲まされたり」
社畜「一発芸で笑わせられなかったら、ビール瓶で殴られるってこともないんですか!?」
課長「もちろんないとも」
社畜「ああ……なんてことだ」
社畜(これがホワイト企業というものなのか……!)
―自宅―
社畜「飲み会をやって帰ったのに、まだ22時か……」
社畜「こんな時間に帰ったのはいつぶりだろう……?」
社畜「もしかして、社会人になってから初めてかもしれない……」
社畜(これが……ホワイト企業……)ゴロン…
数日後――
―ホワイト企業―
社畜(しまった……ミスをしてしまった! なんということだ!)
社畜(これは俺に制裁が下されることは間違いない!)
社畜(罵倒か!? それとも暴力か!? 執拗な集団イジメか!?)
社畜(しかしどんな制裁だって、耐えてみせるぞ! 鋼鉄の肉体と精神力で!)
課長「今回のミスは君だけのせいではない部分もあるし、仕方ないことだよ」
課長「次回から気をつけてくれたまえ」
社畜「……?」
社畜「あの……それだけですか?」
課長「ああ、これだけだが」
社畜「あ、そうですか……」
社畜「……」
社畜(ほっとしたけど、なんていうか、ちょっと物足りないな……)
課長「終業時刻だ、さあ帰ろう!」バッ
同僚「はい!」ババッ
OL「帰りましょう!」バババッ
社畜「お疲れ様でした……」
社畜(毎日17時過ぎには退社できる……)
社畜(でも正直やることないんだよなぁ……何してりゃいいんだろ)
また別の日――
社畜(くっ、あの取引先め!)カタカタ
社畜(こんな膨大なデータをこんな短期間でまとめろなんて無理に決まってる!)カタカタ
社畜(だが、やってやる! 俺はこういう無理難題をいくつも乗り越えてきたんだ!)カタカタ
社畜(俺としたことが、久々にワクワクしてきやがった!)カタカタ
同僚「――おい」
同僚「これ、いくらなんでも無茶ぶりすぎじゃないか?」
同僚「取引先に納期延期して下さいって頼んでやるよ」
社畜(そんなことできるわけがないのに……しかし、その気持ちがありがたい!)
取引先「分かりました、二週間延期しましょう」
同僚「ありがとうございます」
社畜「えええ、こんなあっさり!? しかも二週間も!?」
取引先「無茶を申し上げてしまい、すみませんでした」
社畜「い、いえ……」
社畜(二週間もあれば余裕でできてしまう……)
社畜(嬉しいはずなのに……なんだろう、この気持ち……)
社畜(なんなんだろう、このモヤモヤした気持ち……)
またある日――
社畜「ハーックション!」
社畜「ん……風邪ひいたかな」
課長「大丈夫かね、すぐ早退したまえ!」
社畜「え、でも……仕事が……」
課長「大丈夫さ、君の仕事は!」
同僚「俺たちに!」
OL「任せておいて!」
社畜「は、はぁ……」
社畜(風邪どころか、インフルエンザでも他人にうつさず仕事する訓練は積んでるんだけどなぁ……)
―自宅―
社畜「熱は……38度か」
社畜「これぐらいどうってことないのになぁ……」
社畜「ああ……仕事したい」ゴロン…
社畜「残業したい……寝不足になりたい……胃がキリキリするようなストレスを浴びたい……」
―ホワイト企業―
重役「本日はワシから訓示を行う!」
課長「はいっ!」
社畜(いよっ、待ってました、訓示!)
社畜(ウチの社長は毎回毎回、グダグダとうっとうしい訓示をしてくれたけど……)
社畜(この重役もかなり長そうだな。一時間は覚悟しておかなくちゃ!)ワクワク
重役「みんな、業績も大事だが、まずは自分を第一に考えよう!」
重役「しっかり休養を取り、しっかり仕事をしよう! 以上!」
課長「はいっ!」
同僚「はいっ!」
OL「はいっ!」
社畜(えええ……もう終わり!? しかも訓示の内容ヌルすぎだろ!)
社畜(個人的にはもっと発破かけて欲しいもんだが……)
社畜(会社のために死んでくれ、とかいってくれてもいいのに……)
課長「お疲れー」
同僚「お疲れ様ー!」
OL「お疲れ様でーす!」
社畜(今日も定時上がり……か)
社畜(この会社のシステムは完璧だ……やるべきことをやってれば、余計に働く必要はない)
社畜(だから毎日こんな時間に帰れる……けど)
社畜(もっと会社に残っていたいなぁ……)
―自宅―
社畜「……」
社畜(家帰ってもやることないなぁ……)
社畜(あ~……イライラする)トントン
社畜(あ~……仕事したい)トントントン
社畜(無茶ぶりされたい、叱られたい、居残りさせられたい、目にクマを作りたい)トントントントントン
社畜(指をトントンする癖がおさまらん)
社畜(禁煙してる人ってこんな気分なのかな……)
一ヶ月後――
―ホワイト企業―
課長「給与明細だ」サッ
社畜(出向したてだし、大した額はもらえないだろうな……)ピラッ
社畜「えええええ!?」
課長「どうしたのかね?」
社畜「まだ実績らしい実績もないのに、こんなにもらえるんですか!?」
課長「こんなにって……君は頑張ってくれてるからねえ。当然の結果だよ」
社畜(頑張ってるつもり、全然ないのに……)
―居酒屋―
友人「よう、今の会社はどうだ?」
社畜「うん……定時で帰れるし、給料もいいし、みんな優しいよ」ハァ…
友人「……?」
友人「なんでそんなため息つきながらいうんだよ?」
友人「昔、会社がキツイキツイいってた時のがずっと生き生きしてたように見えるけど……」
社畜「分からない……俺にも分からないんだ……」
―ホワイト企業―
課長「最近、元気がないけどどうしたんだね?」
同僚「有給使って休んだ方がいいんじゃないか?」
OL「仕事なら出来る限りカバーするから」
社畜「ハァ、ハァ、ハァ……」
社畜(あああ……ああああ……)
社畜(やめてくれ……みんな……俺を……気遣わないでくれ……)
社畜(俺の心が……コワレル……)
社畜「あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
―ブラック企業―
社長「……彼は今頃、どうしているかねえ」
上司「きっと○○社で平和にやってますよ」
上司「さすがにあの会社でなら、彼も社畜ではいられないでしょう」
社長「だろうねえ」
社長「ウチは元々、そこそこレベルのブラック企業だったのだが――」
社長「彼が入社してから、それが加速したからねえ」
上司「ええ、なにせ入社式当日から日が変わるまで残業してましたからね」
社長「うむ、はっきりいって異常だよ。仕事が好きだとか、そういう次元ではない」
社長「彼の社畜精神に全社員がつられて、ウチは凄まじいブラック企業になってしまった」
上司「しかし、彼がいなくなった今、ようやく我が社もホワイト企業への道を歩めるわけですね!」
社長「そういうことだよ」
タッタッタ…
社長「――ん?」
上司「き、君は……!」
社長「どうしてここに……!?」
社畜「わたくし、あちらの許可を得て、このたび戻って参りました!」ビシッ
社畜「これからもこちらの会社のため、バリバリ働かせていただきます!」ビシィッ
社長&上司「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
<終わり>