いつだってそうだった
帰りは早くとも21時だった
遅いときは23時にもなった
街はほとんどその灯りの全てを消し去って
冷たく無骨なコンクリートの建物を闇に落ち込ませるだけの
荒涼とした無機質な世界を形作るだけだった
その世界は人為のものに見えずかといって自然なものでもなく
ただ機能というだけの意味を付与された
限りなく物質的な物物の存在があるだけだった
あかり「疲れたよぉ」
元スレ
あかり「おうちに帰るよぉ」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1475072691/
ほとんど人通りのなくなった歩道は
永劫続く回廊のように思われた
遠くに人影が夢のように見えるもすぐに闇に紛れ
決して追い付けない何かを追っているようで辟易し
道路を走る車は時間のように過ぎ去ってあかりを置いてきぼりにした
24時間を掲げる店の明るい看板に
人の営みを感じるも
そこにいる無表情な人の顔に人をみることが出来なかった
あかりは交差点に差し掛かる
あかり「早く帰ってビール飲みたいなぁ」
スマートフォンで時間を確認すると10時の半ばまで針が進んでいた
無意味なまでに煌々と照る液晶画面にあかりは目を痛めた
ここ10年の間に随分目が弱くなった
闇に光る信号の光が虚空に滲む
あかり「3歳の時とは大違いだよぉ」
かつての自分と比較する言葉を言ったあとに
まるで自分が闇に沈んで自分でさえ自分を見つけられなくなるような
恐ろしい思いに陥って
それを消すようにスマートフォンの明かりを消し去った
永遠なんてないんだよぉ
あかりは青になった信号を渡りながら思う
ニューヨークシティの汚いダウンタウンの細かな通りを進む
注射器や小さな袋が道端に捨てられ
月に一度の教会のボランティア以外は誰も省みないゴミが至るところに散乱している
道でさえ…
あかりは思う
道でさえ、月に一度、バプテストのお人好しクリスチャンに省みられるというのに
あかりは…
あかりは一体誰に省みられているのだろうか
あかりは涙をこらえた
くたびれたスーツはもう一月もクリーニングに出していなかった
お団子はボサボサになって飛び出した髪がウニのようになっていた
何故…
何故あかりはこうまでして生きてるのだろう
あかりの営みに意味はあるのだろうか
あかりは少し考えてからすぐにそれを頭から消し去ろうとした
そう思う事はとても危険な事だとあかりは知っていたからだ
あかりがその考えに陥ったとき
それは社会人としての生活を致命的に損なう可能性のある考えに
もっとも帰結しやすくなるのだった
しかし涙は次から次へと溢れてきた
あかりは何故
こんなにもなって生きてるの
あかりは人生とはもっと楽しいものであると
信じてそしてそれを心掛けてきたはずなのに
それなのになんで…
あかりの涙は止まらない
こらえようとして天を見上げ
そしてふと、主といわれる教会が信仰する存在を思い出していた
そこにいるのかなぁ
あかりは天を見上げて思った
だけど元より何かを祈るような性格でもなかったため
一度たりとも信仰心をもつことはなかった
だから祈りの言葉も知らなかった
豊かな恵み…祝福…
そういった言葉の断片は子供の時にいかされた日曜教会のミサで聞かされた覚えがある
あかり「あかりに祝福を」
それだけ呟いて天を見上げるのを止めあかりは帰路に戻った
救いなんてあるはずはなかった
救いなんてあるはずはない
世界はあかりに関係なく周り
それが故に誰にも省みられることもなく
日々の仕事に深夜近くまで忙殺され
心を削られてそしていずれ自殺する
それがあかりに提示された未来であって
疑いようは持つ方がおかしい状況にあった
あかりは限界だった
誰か助けて…
あかりの呟きは遠い過去からきた残響のように消え
静けさと冷たさと息苦しさのなか
闇を掻き分けて帰路を辿る
あかりが深く沈ませていた意識を引き上げたのは
自分の住むアパートメントに着いたときだった
助かった…
そんな思いがあかりにはあった
安堵
安心
あかりが日々の果てしないストレスから逃れられる唯一の居場所
汚い外観のアパートメントの門を開け、あかりは自室に戻った
世界はあるべき姿を取り戻したように色彩が鮮やかになる
外界から抜け出して辿り着いたここは
世界のある本来の場所だった
あかり「ビールをやるよぉ」
あかり「京子ちゃんに電話しなきゃだよぉ」
あかりはスマートフォンを手に取る
心が消耗したとき
いつも話し相手になってくれるのが京子ちゃんだった
明るい性格とリーダーシップをもっていて
いつもあかりの憧れの存在だった
あかりがこうなってからも
あかりの話を聞いて相談に乗ってくれる
大切な友達だった
「この電話は現在…」
その音声が流れたとき
あかりの背筋は凍った
あかりは恐怖に通話を切った
そしてもう一度ダイヤルをしっかりと確認して
登録されてるが故に間違うはずのない番号に掛けた
また、同じ音声が流れた
予兆はあった
あかりの暗い話を聞く京子ちゃんの声が次第に元気を失っていくのを
あかりは薄々(存在感ではない)感じていた
いつかこうなることがある可能性も
自覚していた
だけど
だけどこんなことは…
あかり「あああああああああああああああああああああ!!!!!」
到底受け入れられることではなかった
あかり「京子ちゃんんんんんんんんんんんん!!!!!!!!」
あかり「あああああ…」
放心しあかりはスマートフォンを手から落とした
帰路で神に祈ったことは何の意味も持たず
そして名もない道より誰からも省みられることもなく
ガタガタと音が立つように崩れていく自我の均衡を感じながら
あかりは安いアパートメントの部屋で
苛む心の病の苦しさに顔を青ざめさせていた
救いなんてあるはずはなかった
世界は救いのためにあるのではなく
無意味に成立してるものためにある犠牲のためにあるのだった
この惑星が銀河系のうねりの中で太陽の周りを公転し自転する
それに意味をもたせることがないように
おそらくは終焉まで喜劇を演じ幕が引かれるかわからないこの宇宙の中で
それは続くのだ
天と地の狭間であかりが苦しもうと
たとえあかりが自殺しようと
それとは関係なく
また意味を持つこともなく
この世界は次の演目を進めるだけだった
死ねば良い
それが答えだ
そう告げるかのようなスマートフォンをあかりは見つめる
悲劇と離れることは出来ない
無意味なワルツを自分の出番が終わるまで踊るだけだ
あかりはスマートフォンを拾い上げた
死ぬまでに必要なことはワルツをいかに踊るかだと思った
明日は精神科へ行こう
あかりはそう決心した
おわり