1 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:31:06.78 ks9I9hz50 1/124

ゲームとは異なる設定を含みます。
また、全体的に胸糞悪いので、読む人を選ぶと思います。

元スレ
【艦これ】お役に立てるのなら
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1472261466/

2 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:31:36.60 ks9I9hz50 2/124

(飛ばして結構です)
私は以前、もう艦これssは書かないという宣言をしたのですが、ここ数ヶ月、艦これがフラッシュバックしてきたので、書きました。
過去作:欠けた歯車、良質な物【艦これ】
http://ayamevip.com/archives/45405491.html

51 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 11:29:26.86 ks9I9hz50 3/124

>>2 にて、変なことを書いてしまいました。フラッシュバックではないです。
最後の過去作以降は全くお話を書けなかったのですが、書けるようになったので書いてみたまでです。

3 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:32:07.99 ks9I9hz50 4/124

不気味なほどに静かな執務室で機械的にこなす、書類管理。

キリキリと痛む胃を抑え、冷や汗を流しながらも、せっせとこなしていく。

提督の書類作業を手伝うのは、艦娘の一人、朝潮。

艦娘は本来、海に出て戦うか、それに備えて訓練をしている。

しかし朝潮はこの1ヶ月、出撃も、訓練もしていないのだ

4 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:32:48.51 ks9I9hz50 5/124

コンコン

執務室がノックされ、少女が一人入ってくる。

「失礼します」

朝潮型駆逐艦の2番艦、大潮。先の出撃の旗艦であり、出撃の報告書を提出した。

提督と出撃の話をいくらかした後、朝潮を見下ろしてきた。

5 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:33:37.96 ks9I9hz50 6/124

「訓練もせず、一日中座っているなんて、良いご身分ですね」

朝潮は歯を噛み締め、溢れそうな涙を飲み込み、消えそうな声で、「ごめんなさい」、といった。

「私に謝まったって、何も変わらない」

大潮は吐き捨てるようにそう言って、執務室から出て行った。

朝潮は涙を噛み締め、書類作業に没頭する。提督の冷たい目線が、頭に刺さった。

6 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:34:08.02 ks9I9hz50 7/124

いつからこんなことに、なってしまったのだろうか。

ほんの1ヶ月前まではみんなと同じように、出撃と訓練に明け暮れていたのだ。

しかし急に戦績が落ち、出撃が少なくなり、次は訓練さえも少なくなり、

気づけば、一日中、ただ座って書類作業をするだけの毎日となってしまったのだ。

なぜ、こうなってしまったのか。

朝潮は何度も考えたが、いつも、答えは同じだ。

『自分が弱いから』

7 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:34:35.61 ks9I9hz50 8/124

「寝る」

夜も遅くなり、提督はベッドに入る。

朝潮はまだ作業中だ。

本当に眠くならないと寝付けないし、寝てもすぐに起きてしまう。

提督よりも遅く寝て、早く起きる。

これが朝潮の生活だ。

寝不足は貯まるが、この負担によって、朝潮は少し、貢献している気になれるのだ。

8 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:35:40.39 ks9I9hz50 9/124

目の前がぼやけ、目の焦点が合わなくなる。

朝潮は灯を消し、隅に置いてあるたたんだ布団を広げ、毛布を一枚かぶる。

眠りにつくとき、頭の中に艦娘の皆の冷たい表情が浮かんでは消え、浮かんでは消える。

姉妹から浴びてきた罵声は絶え間なく朝潮を襲い、朝潮は大粒の涙を流す。

死にたい、消えてしまいたい。

そんな感情が絶え間なく朝潮を襲う。そして、戦場という場におけるその感情の不謹慎さに自己嫌悪し、

朝潮は目を開け、手探りでポケットからカッターを取り出す。

9 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:36:09.65 ks9I9hz50 10/124

いつから始めたことだろうか。

いつ、知ったことなのだろうか。

朝潮は左腕のアームカバーをめくり、線の入った部分に歯を押し付け、

上下に動かし切れ目を入れていく。

とても痛い。しかしその痛みが、朝潮の心をどこか癒してくれるのだ。

心が落ち着いたらカッターをポケットに姉妹、アームカバーを元に戻し、

深呼吸をしながら、眠りにつく。

10 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:36:44.75 ks9I9hz50 11/124

目の前が明るくなり、目が覚める。そして時計を見る。

3時間程度の睡眠時間。

朝潮は起き上がり、布団を畳み、ランプをつけ、机に向かう。

相変わらず眠いが、静かで穏やかなこの瞬間は、少し、気が楽だ。

しかしその平穏も、長くは続かない。

11 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:37:25.92 ks9I9hz50 12/124

少し時間が経てば早朝練習が始まり、提督も起きてくる。

また、夜戦の分の書類が来る時もある。

今日はその日だった。

「失礼します」

駆逐艦の電が、執務室に入ってくる。朝潮は彼女が非常に苦手だ。

朝早くから、胃が痛んでくる。

電は書類を提督に渡した後、わざわざ朝潮の横に来て、耳打ちする。

「いつもご苦労様です」

12 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:37:52.45 ks9I9hz50 13/124

皮肉のこもったその言葉に、朝潮は思わず、涙を流した。

何度となく言われた皮肉にも関わらず、一言一言が、朝潮の心をえぐるのだ。

かろうじて頷き、目の前の書類を睨みつける。

死にたい、死にたい、死にたい。

戦場という場におけるその感情の不謹慎さに自己嫌悪し、

朝潮はまた、涙を流す。

13 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:38:30.66 ks9I9hz50 14/124

「朝潮」

提督は冷たく、朝潮の名前を呼ぶ。

泣き顔を悟られぬよう、朝潮は短く、「はい」と答えた。

「お前は臭い。今すぐ、入渠してこい」

朝潮はすみやかに立ち上がり、重い脚を精一杯動かして、執務室から出た。

14 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:39:00.89 ks9I9hz50 15/124

替えの服は、朝潮型の部屋にある。

この時間に待機してる姉妹は少ないが、居るときは居る。

朝潮は目を伏せて部屋に入り、ロッカーから自分の着替えを取り出し、目を閉じて、すぐにしめる。

足早に部屋を去るが、後ろから罵倒が聞こえてくる。

「役立たず」

「ほんとクズよね」

「私昨日大破したんだ〜」

15 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:39:33.71 ks9I9hz50 16/124

目を伏せて足早にドッグに向かう。艦娘の治療が主な役割だが、単に体を洗うこともできる。

臭い服を洗濯機に入れ、入室し、手早く体を洗う。水で体を流す頃、後ろから声がかかる。

「朝潮! その傷は何!」

傷。朝潮が習慣的になっている自傷の跡だ。

やるときは暗くてよく見えていなかったが、傷跡はかなり太く、黒く内出血している。

朝潮は体を流し、返事もせず、足早にその場を立ち去った。

「朝潮! ったく、ほんとクズねあなた!」

16 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:40:12.27 ks9I9hz50 17/124

小走りで執務室に向かうと、途中、艦娘にぶつかって倒れる。

しかもそのぶつかった相手は、戦艦だ。

「出撃も訓練もせずに、悠々とお風呂タイムとは、良い御身分だな」

氷よりも冷たい表情で朝潮を見下し、拳が目の前に迫ってくる。

「ごめんなさい!」

朝潮は戦艦を振りぬき、執務室に走っていく。

戦艦たちの嘲笑が、後ろから聞こえた。

17 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:40:49.52 ks9I9hz50 18/124

息を切らせて執務室に入ると、そこには、姉妹の荒潮が出撃の報告をしていた。

荒潮の冷たい目線が朝潮の胸に刺さった。

朝潮はすぐに机に向かい、書類作業に没頭する。

「あらあら、どこかの誰かさんのせいで、何言うか忘れちゃったわ〜。では提督、またね〜」

今にも張り裂けそうな胸を抑えて、書類作業に没頭する。

18 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:42:05.72 ks9I9hz50 19/124

決まった時間になると、朝潮は、提督の食事を取りに行く。この時が朝潮にとって、一番辛い。

食堂に向かい、提督用の食事と、自分用の白米一杯を貰う。

時間が時間なだけに、食堂には多くの艦娘がいるのだ。

「ねぇ見てよ! いつものメイドさんだよ!」

「相変わらず呑気に生きてるクマ」

「ゴーヤもお休みほしいでち」

「あいつの顔見てると、無性に腹が立つんだよな」

「朝潮型の恥さらし」

19 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:42:55.60 ks9I9hz50 20/124

降り注ぐ罵倒で痛む胸を抑え、朝潮は、執務室に向かう。

こんな毎日を過ごし、出撃も訓練もしようにもできず、ただただ、書類作業に没頭する。

ああ、なぜ自分は生きているのだろうか。

なぜ、戦場に出られないのだろうか。

最後に役に立てるのなら、自分の命など惜しくはない。

朝潮が本当に怖いのは、私だけが生き残り、他の艦娘が死んでしまうこと。

最後まで役立たずとなってしまうことだ。

20 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:43:53.40 ks9I9hz50 21/124

書類整理をしていると、こんな書類が目につく。

『深海棲艦の発生場所特定』

「えっ!」

朝潮はその報告に目を丸くし、思わず声を上げる。提督が書類を覗きこむ。

「ああ、これか。前々から調査が進んでいたが、ついにわかったのか」

その後提督は鼻で笑い、「まあ、お前には無関係だな」と言った。

朝潮は書類を隅々まで目を通す。深度、規模など、最新のデータがそられていた。

ふっと、朝潮の頭に一つの考えが浮かぶ。

それは朝潮にとって、非常に魅力的であり、また、この地獄のような生活を打開する、確実なものだった。

「欲しけりゃやる。早く仕事しろ」

「えっ! あ、ありがとうございます!」

朝潮は書類を小さく畳み、ポケットに大事にしまった。

その日の夜は、久しぶりに、自傷をしなかった。

21 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:45:20.15 ks9I9hz50 22/124

朝潮はいつも以上に早く目を覚まし、執務室を出る。

向かうのは工廠。

「明石さん!」

急な呼び出しに驚き、明石は入り口の方を振り向く。

「朝潮ちゃん!? どうしたの? 提督の口づて?」

「いえ? 私個人のお願いです」

朝潮は手を地面に付き、土下座をして、言葉を発した。

「私のために、回天を作っていただけないでしょうか?」

22 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:46:33.44 ks9I9hz50 23/124

人の間の空気が凍る。

「え……回天って、あの、人間魚雷?」

「はい。先日、深海棲艦の居場所が判明しました。しかし場所が場所なだけに、直接的な攻撃は難しいようです。

しかし、潜水して自爆するという形でなら、直接的に攻撃できるはずです。

お願いです。どうか私のために、回天を作っていただけないでしょうか? お願いします!」

「無理無理。第一、そんなお金がないよ」

「お金なら」

朝潮は自分の通帳を明石に差し出す。

まだ一人前に艦娘として活動していた頃。

将来のため、姉妹のためといって倹約を続けた結果の賜物だ

23 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:47:16.82 ks9I9hz50 24/124

「……やっぱり無理。そんな、戻ってこれない兵器なんて……」

「お願いします。私は、死ぬのは怖くないです。ただ、最後の最後まで役立たずとなってしまうのが怖いんです。

私が回天で十分な成果を上げられるかはわかりません。でも、きっと上げてみせます。

お願いです! 私のために、回天を作ってください。お願いします!」

その後、明石との口論が数十分続いた。

そして、明石は回天を作ることを承諾した。

24 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:48:32.46 ks9I9hz50 25/124

「……わかったよ。やるだけやってみるよ」

「本当ですか! ありがとうございます! ありがとうございます!」

朝潮はキラキラした瞳で、繰り返し、明石にお礼を言った。

精神が壊れ、誰もを恐れるようになってしまった少女、朝潮。

あまり外に出ない明石も、一度、その噂は聞いたことがある。

何かに常に怯え、格好は汚く、目の隈は深い。

そんな少女が、一途な瞳でもって、訴えてくるのだ。

回天をつくってほしい、と。

25 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:49:09.46 ks9I9hz50 26/124

潜水艦は200m程度しか潜らないようにできている。

これは、水中から水上へ攻撃することを想定して作られているからであり、

あまり深く潜っても、「潜水艦」としては役に立たないからだ。

しかし技術的にはもっと深く潜ることはできるし、実際に到達している。

ただ、それで攻撃ができるかは別だ。

装備が限られるし、浮力をいかに確保するかの問題がある。

ただ、「もどってこない」のなら、話は別だ。

26 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:49:50.20 ks9I9hz50 27/124

明石の主な仕事はアイテムの開発や装備の改修だ。兵器の開発は専門外だ。

しかし、技術や妖精を総動員すれば、オリジナルの兵器を作ることは、技術的に可能である。

提督の許可さえあれば。

「んなもん、許可できるわけないだろう! バカが!」

「お願いです! もう私には、この作戦しかないんです!

人々から戦力とみなされることもなく、ただただ鎮守府に留まる。

こんな毎日を送るくらいなら、私に、戦わせてください。

……これで死なせて、ください……」

27 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:51:02.18 ks9I9hz50 28/124

提督との口論は、1時間に渡った。

他の艦娘の混乱を防ぐため、できる限り小声で、『回天』の名を出さずに話し合った。

提督は何度も何度も拒絶した。

朝潮は別に、戦力から外したわけではない。

単に、『休暇』を与えていただけだったのだ。

大規模な事故を起こす前に、長期間の休暇を与えていたに過ぎない。

そして、他の艦娘も、それを認めていた。

しかしその判断が、朝潮を更に苦しめていたのだ。

日に日に強くなる強迫観念。被害妄想。

妄想と指摘したところで、こちらの話は通じない。それが妄想というもの。

提督は朝潮の意志をくみ取り、最終的に、回天の開発を許可した。

28 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:51:29.77 ks9I9hz50 29/124

「私は、死ぬのは怖くないです。ただ、最後の最後まで役立たずとなってしまうのが怖いんです。

最後の最後まで役立たずとして生き、何も貢献できないまま、戦ってきた皆さんが死んでしまう。

それが何よりも怖いんです。

どうか、私に特攻をさせてください。

どうか私に、最後だけは、艦隊のお役にたたせてください」

29 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:53:20.83 ks9I9hz50 30/124

回天の開発は極秘に行われた。これは、朝潮の希望だった。

「私のことは忘れてほしいのです。

もしこの戦争でこういった作戦が行われたことを知ったら、

艦娘の皆さんは、その罪を背負って、一生を生きてしまいます。

明石さんと司令官には、本当に申し訳ないです。

お二人の間だけにとどめてください。お願いします。

きっと私の、最後のわがままです。おこがましいですが、お願いします」

30 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:54:38.17 ks9I9hz50 31/124

回天には、簡易的なナビゲーションシステムを搭載した。

これで深海棲艦の住処まで行く時に、多少の助けにはなる。

さらに、前方には、浅瀬での事故防止にカメラも搭載した。

分厚い鋼で作られた、巨大な魚雷。

操作室は狭く、息苦しい。ひとつ間違えれば、一環の終わり。

練習は2度だけ行われた。

深海棲艦のいるくらいの深さまで潜ることはなかったが、潜水艦としての機能は普通に持っていることが確認できた。

あとは運の問題だ。

31 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:55:04.16 ks9I9hz50 32/124

回天特攻が決まってから、朝潮は活発になった。

何があっても、姉妹に合うことはなかった。それは、『忘れてもらう』という計画の一環だ。

そして、明石の作業室でひっそりと、回天の資料を繰り返し見ては、たまに、遺書を書いた。

それは単なる気を紛らわすためであり、仲間に向けたものではない。

書いてはやめ、書いてはやめを繰り返した。

ただ、破ったり、炭で潰したりといったことはせず、全部を、封筒に入れて残していた。

朝潮も人間。

「忘れてほしい」などと言ったが、何かしら残るかもしれない。

そんな無責任で汚い思いが、朝潮の救いとなっていた。

32 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:55:40.15 ks9I9hz50 33/124

誰も出撃していなければ、いつでもいっていい。

それが特攻の決まりだった。

監視の艦娘から報告が入ることがあるかも知れないが、300mも潜ればまず安全だ。

本部から送られてきた、深海棲艦の住処の最新の調査状況に目を通し、

何度も作戦をイメージし、

回天の設計図を何度も見なおした。

未練を断つために、封筒は燃やした。

部屋のロッカーは空にした。

私物を全て燃やしきったことを確認して、夜のうちに回天を、簡易基地まで運ぶ。

明石以外の艦娘は、朝潮の姿を、1ヶ月以上見ていない。

それに気づく者もいたが、忙しい毎日。簡単に忘れてしまう。

33 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:56:55.20 ks9I9hz50 34/124

午前未明。まだ暗い頃。

朝潮は回天に乗り、最後の動作点検をする。

艦娘の人が監視をしているが、早めに深く潜れば問題ない。

このあたりは、練習でやったことだ。

朝潮はふと、自分の今までを振り返る。

戦うために生まれてきて、生まれた頃から艦娘と提督しか知らなかった。

なぜ戦うのか。攻められているから。

いつか深海棲艦がいなくなることを願って、戦い続けた。

親しい仲間が傷つけば、自分も傷ついた。

姉妹が傷つけば、自分のことのように、傷ついた。

そして戦争が終わったら、平和になった世界で、いろんなことをしたかった。

34 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:57:22.83 ks9I9hz50 35/124

いつか、なんて当てにならない。未来はわからない。

戦場で戦い続けると思っていたのに、気づけば書類作業に追われていた。

大事にしていた姉妹には、嫌われた。

尊敬していた人には、冷たい視線を送られた。

強くなりたい、そう思っていたのに、どこかで崩れてしまった。

朝潮は回天の中でゆっくりと、涙を流す。そして、カメラを通して、周りが少し明るくなっているのを感じた。

35 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:58:31.42 ks9I9hz50 36/124

出撃。ミスは許されない。

タオルを鉢巻代わりに締め、朝潮は舵を握る。

もう、跡には引けない。ここで引けば、あらゆる人に被害が及ぶのだ。

今まで補助してくれた提督、明石さんが刑を受けるかも知れない。

妹達が差別を受けるかも知れない

今すぐにここから立ち去り、敵を殺して自分も消える。

これが、朝潮の使命である。

なるべく深く潜り、徐々に速度を上げてゆく。

さよなら鎮守府。さよなら皆。

皆さんの未来に、幸がありますように。

36 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:58:58.32 ks9I9hz50 37/124

監視の艦娘が、一瞬、微弱な反応を受ける。

しかしあまりに微弱で一瞬のことなので、その艦娘は、それを誤作動とみなした。

37 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 10:59:33.60 ks9I9hz50 38/124

深海棲艦がいかにして深海で生まれ、地上に被害を加えるのか。

これは開戦以来の最大の謎だった。

しかし、それを知る必要さえも、もうなくなるのだ。

朝潮は徐々に深度をあげていく。

深海棲艦の住処まで、あと半分程度。

これでいなかったらどうしよう。

ふと脳裏によぎる不穏な考え。

朝潮はすぐに結論を出す。

『仕方がない』

38 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 11:00:08.53 ks9I9hz50 39/124

回天自体が軋み始めてきた。そして圧力のためか、少々耳が痛い。

深海棲艦の居場所まで、あと、少し。

カメラに光は入らず、ナビのみを便りに進んでいく。

しかしふっと、カメラに白い光が映り込む。

複数の白い光の玉のようなものが、カメラに写り込んでいる。

朝潮はその場で気づいた。

これが、深海棲艦の元の姿なのだ。

39 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 11:02:26.14 ks9I9hz50 40/124

水上では恐ろしい姿をしている深海棲艦も、ここでは小さな光の玉。

水に揺られながら、上へ上がっていく。

さらに、目的地には、真っ暗な視界でぼんやりと白く光を放つものが見える。

あれが深海棲艦の住処。

ぼんやりと光り輝く光景は美しく、朝潮はさっきまで持っていた強い目的意識を失ってしまっていた。

今からでも戻ろう。生きていればきっと、いいことがある。

朝潮は目を閉じ、体の力を抜く。

体が震え、温かい涙が出てくる。

40 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 11:03:23.89 ks9I9hz50 41/124

「無理だ!」

自分の声に自分で驚き、朝潮はナビゲートとカメラを見つめる。

鎮守府に、朝潮のいた痕跡は何も残っていない。

それに、これは極秘なのだ。今鎮守府に戻れば、警備の艦娘に攻撃されるだろう。

もう、跡には引けない。そもそもこの回天は、戻ることを前提に作られてはいない。

朝潮の急な動きのせいで、軋みが激しくなってように思えた。もう、後には引けないのだ。

引けないのなら、作戦だけは。

朝潮は、ポケットに持っていたカッターナイフを左手に持ち、右手で舵を握る。

そして速度を最高にもっていく。

すさまじい速さで近づいてくる深海棲艦の白い光。

朝潮は震える右手をカッターナイフで刺そうとするが、その左手も不自由だ。

「くそっ!」

朝潮は脇腹に、カッターナイフを刺した。

目の前には無数の白い玉が、不規則に揺らいでいた。

41 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 11:18:19.18 ks9I9hz50 42/124

「スクランブルだ! 全員出撃せよ!」

大量の深海棲艦が発生したとの報告を受け、提督はスクランブルを出した。

不特定の場所に出現する深海棲艦。警備の艦娘では手に負えず、一部の民間にまで、被害が及んでしまった。

これほどの大規模な出現は過去に例を見ない。

しかし、制圧にはそれほど時間はかからなかったのだ。

艦娘いわく、深海棲艦側は混乱しており、まともに連携がとれていなかったとのことだ。

提督はこれを受け、作戦の成功を感じた。

それ以降、深海棲艦は現れていない。

また調査によって、深海棲艦の住処が消滅したとの報告がすぐに入ってきた。

42 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 11:19:14.35 ks9I9hz50 43/124

深夜。

執務室では明石と提督が椅子に座り、出来事を振り返る。

どう考えても、朝潮の特攻が成功したものであると、双方が一致する。

それは非常に喜ばしいことであるのだが、二人の心には、どこかポッカリと、穴が開いていた。

「……心のどこかで、また会える、なんて思っていました。

だってそうでしょう。実際死を目の前にした時、何がなんでも生きたいと思うでしょう。

この作戦で私は、自分がどれほど汚い人間だったのかを、知った気がします」

提督は黙ったまま、帽子を深くかぶり。手を組んで肘を机の上に乗せ、虚空を見つめている。

「特攻、なんですよ。普通の出撃じゃないんですよ。

もう、帰ってこないんですよ。頭ではわかっていました。でも、心では、わかっていませんでした。

大切な仲間が、こんな形で、いなくなってしまうことが」

43 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 11:19:40.12 ks9I9hz50 44/124

提督の頭の中では、今までの朝潮の言葉が、繰り返し繰り返し、こだましていた。

「司令官! ご命令を」

「やだっ、痛いじゃない!」

「お役に立てず、申し訳ありません」

「本当に、本当に……申し訳ありません」

「…………」

「……ごめんなさい」

「司令官、少し、お時間頂いても、よろしいでしょうか」

「お願いです! もう私には、この作戦しかないんです!」

「きっと私の、最後のわがままです。おこがましいですが、お願いします」

44 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 11:20:41.84 ks9I9hz50 45/124

そんな願い、聞かなきゃ良かったのに。

提督は、もう取り返しのつかない決定を悔やみながら、涙を流す。

「私は、死ぬのは怖くないです。ただ、最後の最後まで役立たずとなってしまうのが怖いんです。

最後の最後まで役立たずとして生き、何も貢献できないまま、戦ってきた皆さんが死んでしまう。

それが何よりも怖いんです。

どうか、私に特攻をさせてください。

どうか私に、最後だけは、艦隊のお役にたたせてください」

もしも叶うのなら、自分も回天に乗りたい。そんな気分だった。

静かな執務室に響く、波の音。海は静かに波を打つ。

それは今日も明日も変わらない。

45 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 11:21:08.98 ks9I9hz50 46/124

大規模出撃から終戦まで、鎮守府のすべての者が、目の回るような忙しさに追われていた。

出撃報告に加えて艤装、備品の事細かな点検。

一部の被害を受けた地域への護衛、修理。

また終戦後は給金が艦娘の健康状態、成長状態などを踏まえて給付される。そのための検査など。

息をつく暇もなく一日が終わり、一日の始まりと共に走り回る。

朝潮は静かに艦隊から、また、この世から消えた。

回天に使われた火薬、鋼材は、適当に辻褄を合わせておいた。

46 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 11:21:57.56 ks9I9hz50 47/124

深海棲艦の住処が消滅したことを受けて、終戦が決定した。

艦娘は給金を使って、普通の女子として生きていくことになる。

もちろん、軍隊に再度入るのも自由だ。

艦娘はそれぞれが、それぞれに合った道を見つけ、旅立っていく。

しばらくは姉妹で固まっても、やがて分かれていくだろう。

人生は長い。戦争も長かっただろうが、これからのほうがもっと長い。

艦娘全員に、幸せな人生を送ってもらいたい。

提督はそれを、心の底から望んだ。

47 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 11:22:59.81 ks9I9hz50 48/124

「提督さん、今までお世話になったぽい」

「提督、またいつかお会いしましょう」

「司令官。今までありがとう」

提督は一人ひとりに握手をして、見送る。そして、大潮の番

「司令官、今までありがとうございます!」

「ああ、お疲れ様。長女一番艦として、妹達を引っ張って行けよ!」

「はい!」

大潮は泣きながら、提督の手を握る。提督の情報操作はひとまず成功だ。

以下の他の艦娘にも、同義の励ましをして、皆を見送った。

静かになった鎮守府。寂しいが、平和の証だ。

48 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 11:24:17.18 ks9I9hz50 49/124

「皆、行ってしまいましたね」

隠れていた明石が、姿を現す。

「ああ。これで、良かったんだよな」

「……はい、きっと」

「お前はこの後、どこに行くんだ?」

「普通に勉強して、普通に就職します。艦娘も社会に出れば、普通の人。

過去の栄光にすがり続けるわけにもいきません」

提督は、キラキラと輝く海を見つめる。

深海棲艦の住処が消滅し、平和が戻った海。

「あのことは、二人だけの秘密だぞ」

「もちろんです。あの人のためにも」

海は今日も明日も、波を打つ。

57 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:43:14.20 ks9I9hz50 50/124

・大潮型駆逐艦に1番艦が存在しない理由は、建造計画時の事情である。

・朝潮とは幻の1番艦であり、そのためまれに朝潮型と呼ばれることもあるが、大潮型駆逐艦と呼ぶほうが一般的である。

・幻の1番艦朝潮は建造時に設計に重大な欠陥が見つかり、急遽建造が中止された。しかしすでに建造は終盤であったため、型の名称は朝潮型のまま、朝潮は朝潮型1番艦として、姿を消した。

58 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:43:53.64 ks9I9hz50 51/124

ジリリリリリリ

目覚まし時計が鳴り響く。

「みんな〜! 朝だよ!」

大潮の声でのそのそと起きだす大潮型の姉妹。

大潮、満潮、荒潮、朝雲、山雲、霰、霞の7人姉妹。

「霰! 起きなさい」

「んん……眠い」

初めの数年は、軍部の管轄のもとで年齢相応の義務教育を受ける。

しばらくは、一部の艦娘の仲間たちとは一緒だ。

「ほらっ、さっさとご飯食べて!」

しかし、何から何までを軍部が保証するわけにはいかない。

艦娘の社会復帰を第一に考えて、居住はなるべく、姉妹ごとに独立させている。

そして、一定の年齢に達したら、一部の志願者を除いて、完全に軍部から去るのだ。

59 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:44:28.61 ks9I9hz50 52/124

「忘れ物ないね! いくよー!」

姉妹が全員家から出るのを確認し、大潮は家に鍵をかける。

向かう先は軍部管轄の簡易教育施設。完全に習熟度別になっており、姉妹でも、クラスが異なる場合がある。

ここで、年齢相応の教育を受け、社会復帰を促すのだ。

いわば、艦娘専門の夜間中学校のようなものだ。

「おはよう、大潮ちゃん」

「おはようございます! 瑞鳳さん」

大潮に続き、元気に挨拶する子、照れながら会釈する子、微笑む子、目を伏せる子。様々だ。

60 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:45:05.28 ks9I9hz50 53/124

授業が終わると、部活動や委員会活動が行われる。

もちろん、そのまま家に帰る人もいる。

大潮型では、食事は交代で作ることにしている。たいていの姉妹はそうだ。

姉妹はそれぞれ部活動に属したり、また、趣味を楽しんだりしている。

艦娘も戦争が終われば、普通の少女。

自分の好きなように過ごす。

大潮はバスケ部に入り、ジュニアバスケを楽しんでいる。

61 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:45:37.15 ks9I9hz50 54/124

「てぇーい!」

敵に囲まれた大潮は3Pシュートを放つが、入らない。

「ドンマイ! 大潮!」

同じチームの雷が、大潮を励ます。どこか、艦隊と似た風景。

しかし、ここではあの頃のような恐ろしさはない。そう、戦争は終わったのだ。

大潮は額の汗を拭い、ゲームに戻る。

今日の料理当番は、満潮だ。

62 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:46:06.56 ks9I9hz50 55/124

「ただいま〜、ご飯できてる?」

「おかえり、もう少し待ってちょうだい」

相変わらず手際は悪いが、料理もだんだんと慣れてきた。

最初の頃は、炊飯器で炊いた米に塩のみというメニューも多かったほど。

今は、味は微妙だが、ご飯におかずに、たまに汁物。

質素ながらも、素敵なご飯が食べられるのだ。

63 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:46:35.85 ks9I9hz50 56/124

「料理って難しいわよね〜、レシピとか見てもうまくできないし」

「満潮姉さんは雑なのよ〜、料理は心って、言うでしょ」

「う、うるさいわねえ、だいたい何よ! この図書室で借りたお手軽簡単レシピブックって。

近所のスーパーに売ってないものばかりよ!」

「あらあら、ならこの料理部の荒潮が、満潮姉さんに料理を教えましょう」

平和な家庭の風景。ゆったりと流れていく時間。

これが、平和というものなのかと、大潮はしみじみと感じた。

64 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:47:08.21 ks9I9hz50 57/124

ピンポーン。

玄関のベルが鳴る。

「きっと提督ね!」

ベルを聞くとすぐに、玄関に走ってゆく霞。

戦時中はピリピリしていた霞や満潮も、終わった後は柔らかくなった。

「こんばんは。元気にしているか?」

「今ちょうど夕飯よ」

満潮が自分の皿を持って、玄関まで行く。

「司令官、このキンピラ、私が作ったのよ」

「おお。料理もできるようになったのか」

「……うん」

65 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:47:49.78 ks9I9hz50 58/124

提督と少し雑談をした後、別れる。

戦争を共にやり抜いたというだけあって、今でも艦娘から信頼されている。

大潮型の部屋に来ると、姉妹たちは早いもの勝ちで、提督と話そうとする。

しかし、大潮は、あまりこの提督と関わりたくなかった。

戦争の頃と同じ提督のはずだが、何かが違う。

うまく言葉で説明できないのだが、何かが違う。

その妙な違和感が、大潮と提督を遠ざけた。

66 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:48:41.61 ks9I9hz50 59/124

「もう寝るよ〜」

大潮が、蛍光灯の紐に手を伸ばし、電気を消す。

寝る前の大潮型姉妹は、本を読んでいるか、すでに夢うつつとなっているか。

娯楽らしい娯楽は甘い食べ物しか知らない子たち。

大潮は布団に入り、目を閉じる。

この生活になってから2ヶ月が経っている。

最初は中々慣れなかった生活も、すっかり馴染み、

穏やかな日々を過ごしている。

67 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:49:22.13 ks9I9hz50 60/124

その一方で、何か、妙な違和感を、大潮は拭えずにいた。

戦争が終わり、平和になった世の中。

基本的な教育を受けら、今後、普通の少女として人生を渡ってゆくだろう。

一見すると恵まれた今の生活。しかし、何かが違う。

別に戦争が復活することを望むわけではないし、

可能なら、もう戦いたくはないとすら思っている。

しかし、何かが抜けている。

自分の意識の外で何かが起こっている。

そう感じられて、仕方がないのだ。

68 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:49:52.34 ks9I9hz50 61/124

翌日。教室で授業を受ける大潮。

しかし授業の内容は中々頭に入ってこない。

自分は何に違和感を抱いているのか。

届きそうで届かない妙な感触が、胸をくすぐり続ける。

ひょっとしたら、全くもってどうでも良いことかもしれない。

それでも知りたい。

「大潮さん、答えはなんですか?」

「……」

「大潮さん!」

「はいっ!?」

「まったくもう、ちゃんと聞いてなさい!」

「はい、ごめんなさい」

69 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:50:18.09 ks9I9hz50 62/124

「大潮、どうしたのよ、ぼうっとして」

給食の時間。妹の満潮に注意される。

「しっかりしてよね。あなたが頼りなんだから」

頼り。何かが引っかかる、この言葉

「大潮!」

「うわっ! あっ、あー、ごめんごめん。なんかぼうってしてて」

「もう、しっかりしてちょうだい」

「なんか、悩みでもあるの? 大潮」

雷が慰めようとしてくれるが、大潮は、軽く微笑んで、首を振る。

この問題はきっと、自分個人のものだ。大潮はなんとなく、そう思った。

70 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:51:04.75 ks9I9hz50 63/124

気分が乗らず、部活で何回も失敗をしてしまった。

雷はそのたびに慰めてくれたが。心はさほど動かなかった。

チームメイトに申し訳思うが、なぜか、気分が乗らなかった。

雷の勧めで早めに切り上げ、家に向かう大潮。今日の料理当番は、荒潮だ。

料理部に所属してるためか、姉妹の中でも、料理がうまい。

それを考えると、少し、気分が良くなった。

71 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:51:54.45 ks9I9hz50 64/124

「ただいま〜」

「あっ、大潮姉さん……ごめんなさい、ちょっと、お料理失敗しちゃって」

「もう、すぐそうやって調子に乗るんだから」

「ごめんね〜、私もまだまだねぇ」

焦げたフライパンを、満潮が洗い、荒潮はスープと野菜炒めを作り始めた。

「ムニエルって、結構難しいのね。あんが焦げちゃったわ〜」

72 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:52:24.69 ks9I9hz50 65/124

大潮は部屋着に着替えて、居間でぼうっとしている。

拭えそうで、拭えない違和感。

きっとどうでもよいことであろうのに、なぜか気になる。

考えるのをやめようにも、やめられない、妙な違和感。

「はい、お待たせ〜」

「大潮! あんた本当に大丈夫なの?」

「熱、測る?」

気づくと、姉妹が全員揃い、食卓を囲んでいた。

全員の顔を見て、一段と深まる、妙な違和感。

……あれ、なんでこんなに気になるんだろう?

73 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:52:50.49 ks9I9hz50 66/124

「大潮、ほら体温計」

布団で横になっていると、霞が差し出してくる。

「所詮風邪でも、重くなると辛いって言うでしょ」

「……ありがとう」

霞の優しさも心に響かず、とりあえず体温を測る。

結果はもちろん平熱。

ただ、ぼうっとしているだけだ。

「切り替えないと。長女なんだから」

力めば力むほど、渦巻く違和感。

渦に飲まれて大潮は、眠りに入ってゆく。

74 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:53:25.24 ks9I9hz50 67/124

ジリリリリリリ

目覚めの悪い朝。大潮はしぶしぶと体をおこす。

非常に気分が悪い。しかし、起きないわけにはいかない。

「みんな、朝だよ」

布団を畳み端に寄せ、昨夜のおかずを冷蔵庫から取り出し、電子レンジで温める。

ぼーっとしている暇はない。大潮型の長女として、妹達を引っ張っていかなくてはならないのだ。

「あれ、あれ……霰のノートがない」

「昨日のうちに、準備しておきなさい!」

そう、長女として。

75 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:53:58.17 ks9I9hz50 68/124

「大潮お姉ちゃん、大丈夫かなぁ?」

「ここんとこ、なんか、変よねぇ」

「授業中もぼーっとしてるし……何かあったのかしら」

「うふふふ、大潮姉さんも、色々あるのよ、きっと」

大潮はゆっくりとした足取りで、妹達の後ろをついてゆく。

見かねた霞が、大潮の腕をつかむ。

「もう、ちんたら歩いていたら、遅刻しちゃうでしょ」

霞に引っ張られる大潮。

妹に引っ張られる姉。

76 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:54:36.55 ks9I9hz50 69/124

「ごめん、今日もちょっと、何か調子が良くなくて」

「うん、わかったわ。チームの子には、私から言っとく……無理、してない?」

雷が、心配そうな目で、大潮を見つめる。

「ううん、大丈夫。ごめんね」

大潮はその日、まっすぐ家に帰り、押し入れを漁った。

色々と忙しく、まだ整理のすんでいないものも多い。

大潮は手当たりしだいに、物色する。

すると、埃で汚れたフォトアルバムが目についた。

中を開くと、大潮型の様々な記念写真が目につく。

「なつかしいなぁ〜」

思わず顔がほころびる。ところどころ抜けているのが、また、大潮らしさを表しているように思えた。

77 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:55:08.21 ks9I9hz50 70/124

初めての出撃、遠征、演習。

改、改II実装、改修。

ついこの間まで、当たり前だったこの風景も、今では懐かしく思える。

「今じゃもう、『艦娘』じゃないんだよな」

艦娘も、日本の英雄的存在も、社会に出ればもうただの女性。

過去の栄光にすがって一生を生きていくことなどできない。

人並みに勉強し、人並みに努力し、人並みに幸せになっていくのだ。

78 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:55:39.48 ks9I9hz50 71/124

「よし!」

大潮は心に決めた。もう、うじうじと悩みはしないと。

しかも自分には、妹達を引っ張っていく役割があるのだ。うじうじ悩んでいては、妹達に迷惑をかける。

よく分からないことは後回しにして、今、やるべきことをやり遂げよう。

大潮は、そう、心に決めた。

79 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:56:12.54 ks9I9hz50 72/124

自分意志とは関係なく、時間は淡々と流れていく。

大潮型は全員、基礎教育を終え、それぞれの道へと歩んでいく。

流れるように進学する者、希望を見つけて専門教育を志す者など。

学生の頃は、狭苦しいアパートで7人で暮らしていたが、

徐々に、それぞれに道へと巣立ってゆく。

満潮と荒潮は大学の寮に。

朝雲と山雲は姉妹とは独立して同居している。

大潮、霰、霞は、未だに同居している。

大潮は就職に強い女子大に、

霰はプログラムの専門学校に、

霞は保育士を目指して、専門学校にて勉強中。

80 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:56:43.70 ks9I9hz50 73/124

妹達を精一杯引っ張ってきた大潮も、

妹達が一人、また一人と巣立っていくうちに、

虚無感、そして以前のような、拭えない違和感を再度抱き始める。

一度、妹達にこの違和感について尋ねたことが合ったのだが、

あまり感じている様子はなかった。

言われてみれば、少し、といった程度のものだった。

81 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:57:27.29 ks9I9hz50 74/124

「就職決まった」

帰ってくると同時に、霰が柔和な笑顔で、大潮に告げる。

「そう、おめでとう! 私は連絡がまだ先で。多分、大丈夫だと思うんだけど」

「私も、実習成績は良かったから、まあ、大丈夫でしょ」

結果、全員が無事に就職し、皆、一人になっていった。

82 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:57:58.49 ks9I9hz50 75/124

「大潮さん、合コンしない?」

「ごめん、そういうのちょっと……」

「付き合いわる〜い。一回だけ、ね? 人数足らなくて、困ってるのよ」

「……ごめん、本当に。ごめん」

定時になり、大潮は職場から出る。

「大潮さん、感じ悪いよね〜」

「仕事中もなんか暗いし」

83 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:58:26.41 ks9I9hz50 76/124

別に嫌いな仕事ではない。

与えられたものを淡々とこなす。そんな単純作業は、結構好きだ。

ただ、自分を優先して、自分のペースで淡々とやっていたら、気づくと同期に馴染めず、

孤独な職場が、だんだんと居づらくなっていった。

「合コンか……」

一度だけでも参加してみようとは思う。そうすればきっと、同期とのギクシャクした関係も、少しは直るかもしれない。

しかし、大潮は提督以外の男性を知らないし、その上で何度か痴漢に合った経験もある。

それが偏見を作り、恋愛に一歩踏み出せずにいた。

また、姉妹とは一人暮らしを初めてから、一度も合っていない。

それが更に大潮の寂しさを促す。

「……誘ってみたいけど、皆忙しいだろうな。」

84 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:59:01.18 ks9I9hz50 77/124

「かんぱーい!」

ファミレスにて、ソフトドリンクで乾杯する。大潮型姉妹。

集まったのは、大潮、満潮、荒潮の3人。

他の面子は仕事で忙しいらしい。

朝雲と山雲はお互いの家事や仕事の関係で、会いに行くのは色々と難しいようだ。

「初めてだよね、別れてから会うの」

「都合がめったに合わないものね」

話を聞くと、荒潮は銀行に勤め、満潮は外国語の講師として、色々な所に行くという。

「私なんか、外国にいることも多いし」

「銀行も、仕事量が凄く多くて、しょっちゅう残業してるわ」

仕事の話をする二人は、内容とは裏腹にどこか楽しそう。

これで良いのか、まだ、やり直せるのではと、不安になってくる。

85 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 18:59:56.59 ks9I9hz50 78/124

「そういえば、この面子で作戦組んだこと、あったよね」

気まずくなり、とっさに話を変える、大潮。

「あー、あったかも」

「戦場も今となっては、懐かしいわねぇ……」

あれ、

あと一人、居たような……

「……あと一人、居なかったっけ?」

「えっ?」

二人が大潮を不審な顔で見る。

「何言ってるの? 第八駆逐隊任務の話でしょ。主要はうちら3人よ」

「作戦に空母とか、重巡の方が混ざったこともあったけど、第八駆逐隊は、私達3人よ。

大潮、満潮、荒潮でしょ」

「あれ……」

満潮が額を抑える。

大潮と同じ、あの、違和感を感じたのだ。

86 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:00:44.80 ks9I9hz50 79/124

「あと一人、いたような……」

「満潮お姉さんまで……デジャヴって、やつじゃない」

「やっぱり……」

大潮はついに、確信した。

『何かが欠けている』

数年に渡った疑問が、ようやく解けるかもしれない。

「荒潮は、何も気づかないの?」

「え、ええ……あと一人って……特に、何も」

「思い出して! 戦場で過ごした私達姉妹のことを。

何かが、抜けてるの」

大潮は、自分の言葉をきっかけに、あることに気づく。

ついに、その違和感が確信へと変わっていく。

87 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:01:24.38 ks9I9hz50 80/124

「ロッカー……」

「えっ?」

荒潮は自分で考えるのをやめて、大潮の注目する。

満潮も同様だ

「ロッカーだよ。私達の部屋のロッカー。

今よく思い出してみたら、私の隣に、2つロッカーがあった。

私達姉妹は、7人じゃない」

「ちょ、ちょっと、お姉さんは、何を言っているの?」

「……私は、大潮は、長女じゃない」

大潮は、長女じゃない。

88 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:01:59.28 ks9I9hz50 81/124

ファミレスを出て、3人は帰路につく。

学生の頃のように、3人でゆっくり話す十分すぎる時間もない。

皆それぞれ、事情を持っている。

「……ごめんね、大声出して」

「大潮、ちょっと疲れてんじゃない?

でも……私も、なんとなくだけど、何かが欠けているような、忘れているような、

そんな気はするわ」

「……ごめんなさい、私はあまり、思い出せないわ」

暗くなった道を、3人で歩く。

こうして過ごす日は、次は、いつ来るのだろうか。

89 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:02:26.13 ks9I9hz50 82/124

「じゃあ、私達はこっちだから。

大潮お姉さん、なんかあったら、遠慮せず、相談してね」

「大潮、また会いましょう」

荒潮と満潮は駅の雑踏に消えてゆく。

大潮は一人でぽつんと、突っ立つ。

「また、会えるかな……」

「大潮?」
声のする方を振り向くと。そこには霰の姿が。

「霰! 久しぶり!」

「うん……大潮は、何してるの?」

「さっきまで、満潮と荒潮としゃべっていたの」

「ああ、メールの……」

「霰は、どうしたの? こんな時間に」

大潮は霰の格好に目を凝らす。

Yシャツにスーツ。会社員の仕事の格好。

「さっきまで、仕事……うち、軽いブラックだから」

90 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:03:34.09 ks9I9hz50 83/124

「ごめんね、洗濯までしてもらって」

「大丈夫大丈夫、霰、疲れてるでしょ」

「うん……ありがと」

霰はご飯を買ってきたご飯を黙々と食べている。

「……ちょっと、聞いていい?」

「ん?」

大潮は霰に、あの違和感のことを話した。

霰は少しわかるとは言ったが、それはほんの、微かな感じ。

もしかしたらいたかもしれないけど、よくわからない。

「艦隊といえば……うちの職場に明石さんがいるよ」

「あっ、そうなの。明石さん、懐かしいなぁ。元気そう?

って……元気なわけないか」

91 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:04:41.16 ks9I9hz50 84/124

「うーん……」

霰は口を動かしながら、天井を見上げる。

「……なんというか、なんか、空っぽな感じ。心がない感じなの。

私の教育係だったんだけど、なんか凄く事務的で、淡々としていて……」

明石と関わることは、大潮型にとって、非常に少ないことだった。

しかし,明石の性格がそんな風ではなかったのは知っている。

過酷な仕事の中で、変わってしまったのだろうと思った。

「霰、よかったら私達、一緒に暮らさない?

私は一人暮らし寂しいし、悪いけど、定時にちゃんと帰れる仕事だから。

どうかな?」

霰は少し考えた後、「時間が取れたら」と答えた。

その日大潮は霰の家に止まった。

92 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:05:14.31 ks9I9hz50 85/124

「大潮さん、しつこいけど、合コン、どう?

彼氏いないんでしょ?」

またまた合コンの話。しかし、寂しい気持ちはよくわかる。

もしも自分に姉妹が居なかったらと考えると、ぞっとする。

「……うん、行ってみる」

その台詞に、休憩室がざわめく。

「本当!? ありがとう、大潮さん。

じゃあ、明後日の19時ね!」

同期の人は嬉しそうに、休憩室を出て行った。

93 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:05:43.94 ks9I9hz50 86/124

「大潮さん、合コンとか興味あったんだ」

「てっきり、恋愛に興味ないと思ってた」

その日、大潮は以前よりも、同期の人とよく話した。

話してみると、皆、良い人ばかりだった。

そして、合コンの日。

「よろしくお願いしまーす」

相手がどんな人かは、大潮は知らなかった。

しかし、屈強な体、大きな声。大潮は会った瞬間に感じた。

自衛隊の人だ。

94 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:06:31.73 ks9I9hz50 87/124

すぐに二人組に別れ、私は余った男性と向かいあっている。

合コンなんて、二度と行きたくない。

ここに来てから、ずっとそう思っていた。

男性は頑張って話しかけてくるのだが、

大潮は全く楽しく感じないし、そのため話をする気もない。

そして、ふと、男性はこういった。

「大潮さん、カンムスって、知ってますか?」

大潮は驚き、目を上げて、その男性を、チラリと見た。

得意そうな顔で、こっちを見てくる。

95 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:07:08.13 ks9I9hz50 88/124

男性は艦娘の概要をひと通り述べた後、自分の感想を言い始める。

「俺、カンムスって、嘘だったと思うんですよ」

その言葉で、大潮の心に暗い何かが影を作る。

「カンムスは、我ら海の作った生きた兵器。しかしその格好は女性の形。

この時点で胡散臭いっすよね〜

そんでその深海棲艦ってのも、未だ謎の多い硬い生物って、

ラノベの痛い設定かよ! って感じですよね」

男性は間に個人の感想を交えながら、頼んでもないのに色々なことを教えてくれる。

元艦娘の本人から言わせてもらえば、まあ、半分くらいはそのとおりだ。

ただ、男性の個人的な感想は耳が痛い。

96 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:07:51.59 ks9I9hz50 89/124

「深海棲艦が現れて、カンムス作って、で戦わせて。

そんでもってある日突然、深海棲艦は消えたんですよ。

俺、どう考えても、軍隊が国から金ぶんどるための演出だと思うんすよ。

まあ、俺もその軍隊に勤めてるんですけどね〜」

ああ、そういえばそうやって終わったなと、

大潮は過去をしみじみと振り返る。

急にスクランブルが入って、全員が色々な場所に出撃して、

大量発生した深海棲艦をあっさり倒した。

きょろきょろする深海棲艦に向かって普通に砲撃して、

最後まで避けずに死んで行った。

そんな光景ばかりだった。

97 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:08:27.39 ks9I9hz50 90/124

「で、そのカンムスってのがですね〜」

「あー、はい」

男性はあいかわらず、艦娘の話をしてくる。

「深海棲艦がいなくなったあと、カンムスは普通の女の子になったと言われています。

まあ、胡散臭い話ですが、これが本当だったら怖いっすよね〜

だってカンムスって人間じゃないんすよ!

自衛隊でも、お前の女はカンムスだ! ってジョークが流行ってますし」

大潮は心を閉じた。

「一回、カンムスの司令やってたっていう上官に、カンムスについて聞いたんすよ。

そしたら、目を閉じて首を振るだけで。

いやまじ、胡散臭いっすよね〜」

もう、帰りたい。

98 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:08:56.84 ks9I9hz50 91/124

合コンはなんだかんだ終了し、最後に、促されるままにメールのアドレスを交換した。

大潮はもう、断る気力も話す気力もなかった。

適当に別れを告げて、足早に帰っていった。

艦娘は実在するし、深海棲艦も実在する。

艦娘は実際、こうやって普通の人になった。

人と何が違うかなんてよくわからないけど、人として生きている。

そう、私は人だ。

99 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:09:37.75 ks9I9hz50 92/124

大潮は、最初に鎮守府に来た時のことを思い出す。

ぼんやりとした状態がだんだんと具体的になり、

光が見え、人の姿が見える。

「ようこそ鎮守府へ」

懐かしい、ずっと聞いていない声。提督の声。

「     」

ん?

艦娘として生まれ、息を吸うように、普通に、艦娘として動いていた。

妹もでき、姉として妹を引っ張っていった。

じゃあ、私を引っ張ってくれたのは、誰?

提督? 違う。

もっと近くにいた誰か。

100 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:10:10.17 ks9I9hz50 93/124

「これで、もう全部だよね」

「うん。大潮姉さん、本当にありがとう」

「大丈夫、大丈夫。姉妹でしょ」

霰の荷物をひと通り、大潮の部屋に運んだ。

今日から、大潮と霰の二人暮らしだ。

「私、めったに家事とかできないけど、よろしくね」

「うん、大丈夫。霰も大変だね〜」

「しかも、たくさん働いても貰えるお金は普通なの。転職しようかなと思うけど、あとが怖い」

空気が重くなってきたので、大潮が話をそらす。

101 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:11:09.43 ks9I9hz50 94/124

「そういえば、明石さんって、どう?」

「んー……相変わらず、そんな感じ」

「話すことって、ないの?」

「なくはないんだけど……なんというか、すごい他人行儀で

同じ艦隊の明石さんっていうのは、確認したんだけど。

ああ、そういえば、艦娘の明石さんですよねって聞いたら、すごい怯えたような顔で睨まれて、そうですって言われて

ちょっと怖かった」

人生、ほんとうに色々。大潮はまた、しみじみとそう感じた。

そして、明石の艦隊の頃の、僅かな記憶を思い返してみが、

思い出が少なすぎて、姿以外、何も思い出せない。

102 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:11:39.16 ks9I9hz50 95/124

「久しぶりですね」

「ああ……お前は痩せたな」

「はい、仕事が忙しいので」

「正確には、忙しくしているんだろ」

「……はい」

提督と明石が、プライベートとしてこう会うのは、珍しいことではない。

戦争が終わってから、数カ月に一度はこうして会っている。

「……私、もう狂ってしまいそうなんです。

こんな重いものを、常に背負い続けるなんて……

私はそんなに強くありません。そう、あの子みたいに」

「やめろ」

103 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:12:41.46 ks9I9hz50 96/124

明石と提督が会うのは、決まって適当なカフェだ。

酒が入り、理性が弱まり、変に暴走するのを防ぐために、

こんなルールを設けていた。
「……あの子、本当に、忘れられましたよね。見事なまでに」

「彼女が望んだ結果だ」

「誰にも覚えられることなく、死んでいく。でも結果は出している」

「人生なんて、そんなもんだ。

千年後には、何も残っていないだろう」

「……本当に、誰も覚えていないんでしょうか?

せめて姉妹の子たちくらいは」

「俺の知る限り、誰も、疑問に思っていない。

思っているのなら、何らかの形で俺のもとに連絡が来るはずだ」

104 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:13:07.10 ks9I9hz50 97/124


・大潮型駆逐艦に1番艦が存在しない理由は、建造計画時の事情である。

・朝潮とは幻の1番艦であり、そのためまれに朝潮型と呼ばれることもあるが、大潮型駆逐艦と呼ぶほうが一般的である。

・幻の1番艦朝潮は建造時に設計に重大な欠陥が見つかり、急遽建造が中止された。しかしすでに建造は終盤であったため、型の名称は朝潮型のまま、朝潮は朝潮型1番艦として、姿を消した。

105 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:13:41.62 ks9I9hz50 98/124

ピンポーン。玄関のベルが鳴る。

「こんな時間に……誰だろう」

ドアスコープを覗くと、そこには、私服の提督の姿。

「司令官! お久しぶりです」

「久しぶり。元気そうで何よりだ。艦娘の現状の調査だすぐ帰る。

今は、何をしているんだ?」

大潮は、知る限りの姉妹の状況を全て、提督に話した。

提督は、普通に暮らしていることに、安心した。

106 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:14:19.41 ks9I9hz50 99/124

「じゃあ、俺はこれで帰る。またな」

「あ、司令官、ちょっと、いいですか?」

「ん?」

大潮はついに、提督に、違和感のことを話す。

何かを忘れているような気がすること。

部屋のロッカーが一つ多かったこと。

実際に並べてみると非常に薄いことではあるが、

提督はそれぞれの話を、真剣に聞いていた。

「司令官、何か、心当たりはありませんか?

なんとなく、気持ちが悪くて……」

提督は柔らかく微笑み、幻の1番艦のことを、話し始めた。

107 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:15:02.59 ks9I9hz50 100/124

「深海棲艦が現れると同時に、軍部には小さい人型の生物、妖精が現れた。

そしてその妖精の意志をくみ取り、資材を渡す。

するとなんと、少女と兵器を、その妖精は作り出した。

これが、艦娘の話だ。

胡散臭い、非科学的だという輩が海軍には多く居る。

しかし、これは私、そして君たちが実際に目撃したことだ。

非科学的? 知らん。実際にそこで起きたんだ。

起きたことを頭から否定して、何が科学だ」

108 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:16:56.53 ks9I9hz50 101/124

「妖精が兵器を作る。しかもそれが、深海棲艦に絶大な効果があり、

軍部にとってもメリットが大きいとわかると、

我々は妖精に、性能を指定した上で艦娘を作ってもらったんだ。

それがいわゆる、型だ。大潮型、綾波型といった。

そして、君たち大潮型を作る際に、我々は大きな誤算をしてしまった。

今ここで説明するには長すぎる。当時の開発背景、目的に合わなかったんだ。

しかし開発も終盤。修正を加えることもできない。

そして、その本来、艦娘として作られるはずだったのが、

大潮型0番艦ともいえる、朝潮という艦娘だったんだ。

今でも朝潮型という言葉は一応残っているが、ほぼ死語だ。

そして大潮、君たち艦娘は間違いなく人だが、少し特殊だ。

生まれるはずだった朝潮が意識に介入しても、なんの不思議もない。

きっと、それが今頃になってきているだけだろう。

ちなみに、名簿では朝潮型2番艦大潮となっているが、そういう都合だ。」

109 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:17:46.77 ks9I9hz50 102/124

大潮は提督の話にいちいち首を振り、

長年の疑問が次々に晴れていく様子を感じた。

部屋に余分なロッカーがあったこと。

姉がいるなどという妄想をしていること。

そして、一部の姉妹とその妄想を共有していること。

全て、その0番艦朝潮が残したものだったのだ。

「わかったか?」

「はい! 非常にスッキリしました! ありがとうございます!」

大潮は提督に最敬礼をして、提督を送りだす。

これで、もう悩む必要がない。

こんなことならもっと早くに提督に聞きに行けば良かったと、大潮は後悔した。

110 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:18:28.20 ks9I9hz50 103/124

霰との共同生活も慣れはじめ、お互いがそれぞれのペースで、人生を楽しむ。

最近満潮が、本の執筆の仕事を受けたらしい。

荒潮が婚約したらしい。

朝雲と山雲は、よくわからないが元気なようだ。年賀状は毎年来る。

霞は保育士として、子供によくモテるそうだ。

一度散歩の時間を見にいったことがあるのだが、とても楽しそうだった。

霰は相変わらずプログラマ。私は事務職。

111 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:19:24.44 ks9I9hz50 104/124

ある日、霰が帰ってこなかった。

電話にも出ない。会社に泊まることはほんの稀にあったのだが、連絡がないのは初めてだ。

二日くらい、霰は帰ってこなかった。

会社に電話したが、すぐに切られてしまった。

そしてその日の夜に、霰は帰ってきた。

服はそのままであり、汗の匂いが漂った。

「どうしたの、霰! 心配したんだよ」

「ごめん、寝ていい? あと会社潰れるかも」

「えっ!」

理由を聞きたかったが、聞けなかった。

霰は下着姿のまま布団に入り、すぐに寝てしまった。

もし霰の給料がなくなったら、生活はかなり苦しくなる。

もちろん、失業保険があるが……ただ、事情がわからないと、何もできない。

112 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:20:05.56 ks9I9hz50 105/124

目を覚ますと、霰はすでに起きていた。そして、出社の準備をしていた。

「おはよう、大潮。じゃあ、行ってきます」

「ちょっと待って、一言でいいから、会社で何があったの」

霰は大潮の顔を見ず、淡々と仕度をする。そして、ポツリと言った。

「明石さんが、会社で自殺未遂を図った」

霰は出社した。大潮は、徐々に、事態を理解した。

そして、強い虚無感に襲われた。

113 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:20:45.02 ks9I9hz50 106/124

霰はその日も帰ってこなかった。

きっと、明石さんが抜けたために。仕事が切羽詰まっているのだろう。

大潮の職場は相変わらず、普通に、安定している。

大潮は、つい昨日まで、自殺する人は、救いようのない馬鹿だと思っていた。

勝手に絶望して、勝手に死んで、勝手に人に迷惑をかけていく無責任な行動。

良くしてくれた人々全員に対する、裏切り。

それが自殺というものだと、強く思っていた。

しかし、明石の自殺を、知人の自殺を目の前にした時、自殺したという結果よりも、

『なぜ、自殺に至ったのか』という動機が、強く気になった。

114 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:21:41.63 ks9I9hz50 107/124

霰に、明石がどこに入院しているのかを、メールで聞いた。

どうせわからないというのは、想像がつく。それでも、この方法しかない。

そして、霰からの返信はしばらくなかった。

さらに、家にも帰ってこなかった。会社に電話しても、すぐに切られた。

3日後。霰は以前よりも汚い格好で、帰ってきた。

「もう、あの会社はおしまい。

色んな人が色んな形で消えていって、

下の人にその負荷が回ってくる。

それでも納期は変わらないし、急な変更もいつもどおり。

壊れないわけがないよ」

115 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:22:18.69 ks9I9hz50 108/124

「明石さんは、そんなにすごい人だったの?」

霰はゆっくりと、首を縦に降る。

「仕事『しか』しないひと。

休憩もとらない、休暇もとらない。

連続出社の最高記録は常に更新。

それでいて、スキルも最高。

本来なら、大きな会社で年単位のプロジェクトとかに参加していても、おかしくないと思う。

……私は知らない世界だけど、興味はあるから。

そんな明石さんが、急にいなくなっちゃったの。

もう、あの会社は終わり。私は無職」

116 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:22:55.12 ks9I9hz50 109/124

あまり関わらなかったとはいえ、戦場で過ごした仲間。

そんな人の武勇伝を聞いたあとの自殺は、非常に耳が痛い。

それと同時に、将来への不安も出てくる。

貯金はあるが、一生をまかなえるほどでは決してない。

倒産した会社の元社員というのは、どういう扱いになるのか。

色々なことに頭を巡らせていると、ふと、ある疑問がわき、霰に尋ねる。

「霰……あんた、どうやって会社辞めたの?」

霰はご飯をほうばりながら、大潮の目を見て、はっきりと言った。

「バックレた」

117 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:23:26.59 ks9I9hz50 110/124

「バックレたって、大丈夫なの!」

「うちの会社では日常茶飯事。私もバックレ手順くらい知っている。

さっき辞めることをメールで送ったし、会社側に書類も請求した。

あとは、転職先をみつけるだけ」

「あんた……もう少しいたら、失業者として、就活ができたのに」

「無理。気が狂う前にやめた。あと、これ」

霰は、文字が書きなぐられたメモ帳を大潮に渡す。

「明石さんの、入院している病院。土曜日、行こう」

118 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:24:26.34 ks9I9hz50 111/124

翌日目覚めると、霰がいた。

ご飯を作っていた。

「おはよう、大潮姉さん」

「おはよう……早いのね」

「癖で目が覚めちゃって……それに、お姉さんにはしばらく迷惑かけるから」

大潮は霰の作った朝食を食べる。霰は朝早く夜遅かったので、

食事は実質、大潮の当番だった。

「味、変じゃない?」

「うん、大丈夫……そんなに気張らなくて、いいんだよ。

気張って体壊すなんて、そっちのほうが、悲しいから」

「ありがと……でも、私も大丈夫だから」

大潮は霰に見送られて、出社する。

一人暮らし以来、初めての経験であり、非常に新鮮な感じだ。

119 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:24:52.68 ks9I9hz50 112/124

土曜日。明石の病院にお見舞いに行く日。

病院に問い合わせたところ、現在はかなり状態が落ち着いており、

明石が拒否さえしなければ、誰でも見舞いには行けるらしい。

大潮と霰は電車を乗り継ぎ、明石の病院に行く。

某病院精神科病棟。

部屋をノックし、開けると、そこでは、明石と、提督がいた。

「おはようございます。明石さん、それと、司令官」

お見舞いの果物を明石に渡す。

120 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:25:40.09 ks9I9hz50 113/124

「明石さん、その……具合は、良いのですか?」

「はい。今はかなり落ち着いています。

あの時は、まあ、本当に色々あったので。精神的にも、会社でも……」

そして、霰が明石の手を取る。

「明石さん……ごめんなさい、何も気づかなくて」

霰の突然の謝罪に、明石は狼狽し、否定する。

「ごめんって……霰さんは何も悪くないでしょ」

「いえ……ごめんなさい。自分でもよくわかりませんが、ごめんなさい。ごめんなさい……」

深く俯いたと思うと、霰は、静かに涙を流し始めた。

明石はその姿を、ただ、見ている。

そして、深いため息をついた。

121 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:26:25.34 ks9I9hz50 114/124

「……提督、もう、隠すの疲れちゃいました。

もう、終わりにしませんか?

嘘を突き通して、何になるんですか」

「落ち着け。彼女たちは、以前に納得してくれた。

次、疑問を抱くなら、その時は、その時考える」

「だから……」

明石は咳をきったように、大粒の涙を流す。

大潮と霰は、何もわからず、その場で突っ立つ。

そして霰に誘導され、病室で明石と提督を二人にした。

提督はそれを横目で確認した。

122 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:27:45.56 ks9I9hz50 115/124

「私は、強くないんです。

あの時の罪を背負ったまま、生きていくなんて、できません。

初め、会社で霰ちゃんを見た時から、ずっと、胸が苦しいんです。

大潮型、いや、朝潮型の皆のためでしょうが、

私はもう、辛んですよ……

なんで私のことを、考えてはくれないのですか、提督」

「……言ったところで、お前は楽になるのか?」

「なりませんよ! ならないから、私はこうなったんですよ!

仕事で気を紛らわしても、最初はうまくいっても結局だめで、

会社で手首切っちゃって、救急車呼ばれて入院して。

もう、私はどうすればいいんですか。

罪は一生、私を苦しめます。もしかしたら、死んでも苦しめます。

もう、嫌なんです……」

123 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:30:16.52 ks9I9hz50 116/124

目の前で泣き崩れる明石。かけようにかけられない、慰めの言葉。

提督は目をつぶり、ゆっくりと、当時の言葉を暗唱する。

「私のことは忘れてほしいのです。

もしこの戦争でこういった作戦が行われたことを知ったら、

艦娘の皆さんは、その罪を背負って、一生を生きてしまいます。

明石さんと司令官には、本当に申し訳ないです。

お二人の間だけにとどめてください。お願いします。

きっと私の、最後のわがままです。おこがましいですが、お願いします」

124 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:31:11.59 ks9I9hz50 117/124

提督はまた、別の言葉を暗唱する。

「私は、死ぬのは怖くないです。ただ、最後の最後まで役立たずとなってしまうのが怖いんです。

最後の最後まで役立たずとして生き、何も貢献できないまま、戦ってきた皆さんが死んでしまう。

それが何よりも怖いんです。

どうか、私に特攻をさせてください。

どうか私に、最後だけは、艦隊のお役にたたせてください」

「彼女は、自身の希望通りに戦い、希望通りに死んでいった。

そして、素晴らしい戦果を上げた。

それだけだ。もう、それで、いいじゃないか」

125 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:31:53.08 ks9I9hz50 118/124

「提督はいいじゃないですか!

名誉もあるし、お金もあるし、戦争のおかげで階級も上がったし

朝潮ちゃん一人死んだおかげで、そこまで裕福になって。

でも私は、庶民として毎日必死に生きてるんです

その上で、朝潮ちゃんの死が、毎日毎日頭に渦巻いてくるんです。

このストレスがあなたにわかりますか? いや、わかってたまりますか!」

そこで提督は、床を思い切り蹴りつける。

めったに見たことのない、提督の感情的な動作に、明石は思わず身をすくめる。

126 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:33:00.35 ks9I9hz50 119/124

「……暴力ですか?」

「違う」

「これだから、男の人は」

「違う!」

提督はもう一度、床を蹴る。

「お前に俺の苦悩がわかってたまるか。

海軍訓練生の間では、艦娘はネタにされている。

部下が命を命を懸けて終わらせた戦争に対して、

少し平和になれば、すぐに胡散臭いと言い出す。

そんなもんだ。

はっきり言うが、クズで浅い奴しかいない、そんな場所だ。

朝潮の特攻を語ることも許されず、

慢性的な差別を恐れ、艦娘を肯定し証明することも許されない。

というよりも、できるかもわからない。

しかし何もしなければ、いつしか過去の戦争について責められるかもしれない。

しかし、何もできない。

深海棲艦はもういないし、妖精もいない。あるのは艤装と艦娘。

そして艦娘は細胞レベルで人間と区別がつかないし、艤装はただの兵器だ」

127 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:36:07.43 ks9I9hz50 120/124

提督はひと通り吐き出し終わった後、小さく、「すまない」という。

明石はそれに、会釈する。

二人の間に長い沈黙が流れる。

「……でも、隠すべきなんでしょうか?」

「朝潮の希望だ」

「でも、それが朝潮ちゃんの本心とは、限りません」

「知らん。しかし朝潮の希望だ。なぜ、我々の推測で、勝手なことができる」

「……ごめんなさい。でも、誰にも覚えられないなんて、あまりに悲しくないですか……

それに、朝潮ちゃんが当時精神的におかしくなっていたのは、提督が何よりもご存知でしょう。

ならば、こちらで修正を加えるというのも、一つの手では」

「死人に口なしと、言うことか?」

「そういうわけではないですが……その」

「朝潮の希望だ。

朝潮の希望通り、全ての証拠を消した。朝潮は、この世にいなかったのだ。

私はこの件に関しては、何も証拠を残していない。徹底的に消した。

姉妹にも、情報を操作した。

まあ、また疑問を抱く時がくれば、考えるが」

「大潮ちゃんたちも、まだ何も知らないのですか?」

「きっと知らないはずだ

さすがに違和感を訴えることはあったが、私がうまく対処した。

記憶の因果をうまくずらせば、記憶の操作は簡単にできる」

「そこまで……」

「朝潮の願いだ。

私は死ぬまで、この秘密は守り続けるつもりだ。

非難されようとも、これが最も善い行為だと、確信している。

そして我々は、ある意味その朝潮が悲しまないような生き方をすべきだと、私は思う」

128 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:37:12.41 ks9I9hz50 121/124

「……朝潮ちゃんの望む生き方とは、何でしょうか?」

「この際だ、教えるべきだろう。

上官として見てきた、朝潮の姿を

朝潮は本当に強い人だった。

実際、特攻作戦を言い出した時、たとえ心が病んでいようとも、ああ、朝潮らしいなと、感じたものだ」

129 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:37:40.48 ks9I9hz50 122/124

「司令官と明石さんて、もしかして、恋仲、なのかな?」

「う〜ん……」

霰は少し考えて、答えを出す。

「そうかも。

今日の明石さん、職場なんかよりも、ずっと綺麗だったし」

「そっか〜……恋をすると、綺麗になるって、言うよね」

「大潮、好きな人、いるの?」

「いや、まだいない」

霰は小さく微笑み、言う。

「私も同じ」

130 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:39:36.17 ks9I9hz50 123/124

行く時は複雑な心境の中で埋もれていたが。

電車から外を見ると、一面に海が広がっている。

「うわぁ、海だ! なつかしいなぁ」

幼いときの自分の姿を、大潮は海と重ねる。

今では社会人でも、子供の頃は艦娘として戦っていた。

その頃の思い出が、ひしひしと蘇る。

「そのうち、海に行かない?」

「うん、行こう。その前に霰は、お仕事見つけないとね」

「うん」

海は今日も波を打つ。

-FIN

131 : ◆zPnN5fOydI - 2016/08/27 19:40:51.95 ks9I9hz50 124/124

閲覧有り難うございました。
またいつかお会いした時は、よろしくお願いします。

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