1 : VIPに... - 2014/06/07 19:22:28.37 SHdsg/E2o 1/53



ザアアアアア…


優花里「西住殿」

みほ「何?」

優花里「雨が…」

みほ「うん」

優花里「ひどくなって、きましたね」

みほ「うん。こんなに降るなんて思わなかった」

優花里「西住殿」

みほ「何?」

優花里「ずっと操縦してて、疲れませんか?」

みほ「大丈夫だよ」

優花里「でも、こんな悪天候だし…」

みほ「これくらいで疲れちゃったら、いつもの麻子さんに申し訳ないよ」

優花里「私、考えたんですが。今っていい機会だと思うんです」

みほ「いい機会?」

優花里「私に操縦を教えてください」

みほ「今は天気が悪いし、暗くなってきたから危ないよ。私がやる」

優花里「ですが、私もこのⅣ号を動かせるようになった方が…」

みほ「確かに私、操縦は苦手だけど。今は試合中じゃないし」

優花里「……」

みほ「道の上をただ進むだけだから大丈夫。……それより、優花里さん」

優花里「はい」

みほ「何だか……寂しいね」


ザアアアアア…




元スレ
【ガルパン】優花里「これは恋ではない」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1402136548/

2 : VIPに... - 2014/06/07 19:24:01.10 SHdsg/E2o 2/53

優花里「寂しい?」

みほ「天気が、どんどん悪くなっていって。どんどん辺りが、暗くなっていって…」

優花里「……」

みほ「もう日が沈んだのかどうかも、分からないくらい」

優花里「……」

みほ「ほかの3人は、Ⅳ号から降車しちゃった」

優花里「私たち二人だけになっちゃいましたね」

みほ「僚車も……ほかの車両のみんなも、先に戦車倉庫へ向かっちゃった」

優花里「……」

みほ「こんなに暗くて雨の降ってる中を、私たち二人だけが…」

優花里「ただ、道の上を進んでる…」

みほ「何だか……寂しいね」

優花里「……西住殿」

みほ「うん」

優花里「さすが、と言うべきなのかどうか、分かりませんが…」

みほ「何?」

優花里「西住殿はどうして、そんなに落ち着いてるんですか?」

みほ「落ち着いてる?」

優花里「あんなことが、あった後なのに」

3 : VIPに... - 2014/06/07 19:27:23.10 SHdsg/E2o 3/53

みほ「だって、今の私たちが心配しても、できることなんて何もないから」

優花里「それはそうですが……」

みほ「1年生の子たちはちょっと動揺してたね」

優花里「ちょっとどころじゃ、ないですよ」

みほ「気を失ってグッタリしてる人を見るのなんて、初めてなのかな」

優花里「しかも、自分の知ってる人ですし」

みほ「それに一人だけじゃなく、二人も」

優花里「半泣きで名前を呼んでる子もいました」

みほ「人が搬送されてくのも、見たことないんだろうね」

優花里「西住殿はやっぱり、これまでの試合や練習の時に?」

みほ「うん。本当に珍しいことなんだけど、何回かあった」

優花里「安全は、完璧に保証されてるわけじゃないんですね」

みほ「ほかの競技と同じ。アクシデントで失神しちゃう人は、いる」

優花里「怪我人だって、出ることがある…」

みほ「どうしても避けられない。滅多にないんだけど」

♪~ ♪~

優花里「あ。携帯」

みほ「うん。鳴ってる」

優花里「西住殿のですね」

みほ「出てくれる? 優花里さん」

優花里「え? 私が?」

4 : VIPに... - 2014/06/07 19:28:57.44 SHdsg/E2o 4/53

みほ「今、そっちへ渡すから」

優花里「いいんですか?」

みほ「だって操縦中、携帯の操作はできないもの。はい、これ」

優花里「…分かりました」パカ

みほ「誰から?」

優花里「“会長”って表示されてますが…」

みほ「あ、会長かぁ。生徒会の角谷会長」

優花里「え!? 私なんかが出ても…?」

みほ「うん。お願い」

優花里「は、はい……」ピッ

会長『もしもーし。西住ちゃん? 角谷だ』

優花里「はいッ。あんこうチーム装填手、秋山優花里です!」

会長『あれ? 秋山ちゃんか。こんちは』

優花里「こんにちはッ。西住殿は今、操縦中で…」

会長『操縦? 西住ちゃんが? やっぱり何かあったんだね。じゃあ携帯には出られないか』

優花里「はい。私、秋山が代わりに…」

会長『分かった。それならⅣ号の無線につなぎ直すね。西住ちゃんと話したいから』

優花里「は……?」

会長『この電話はこれで切るよ。そんじゃ』

優花里「は、はい。失礼します」

5 : VIPに... - 2014/06/07 19:30:44.32 SHdsg/E2o 5/53

みほ「会長、何だって?」

優花里「よく分かりません。西住殿と話したいから無線につなぐ、と言ってました」

みほ「無線? どういうことだろ。じゃあ通信の準備をしておこう」

優花里「はい。……あ、早速来ました。西住殿、お願いします」

みほ「西住です」

会長『やぁ西住ちゃん。久しぶりだねえ』

みほ「会長、お元気でした?」

会長『いやー戦車道を引退してから、ヒマでヒマで』

みほ「出席日数が足りてるのは知ってますけど、たまには顔を出してください」

会長『まあ世間話はいいとして』

みほ「でも会長。今、どうやって話してるんですか?」

会長『あー、まずそれを言おうか』

みほ「はい。戦車に搭乗中じゃない会長が、どうしてⅣ号と通信できてるのか」

会長『生徒会室の電話を艦橋にある無線の設備へつないで、そっちと交信してるんだよ』

みほ「そんなこと、できるんですか」

会長『滅多にやらないけどね。今は、そうする場合だから』

みほ「……」

会長『何があったんだい? 艦載ヘリが出動して、戦車道の練習場所へ向かったなんて』

6 : VIPに... - 2014/06/07 19:32:13.79 SHdsg/E2o 6/53

みほ「今日の練習は紅白戦だったんです」

会長『どこでやってたの?』

みほ「180Y地区です」

会長『艦尾に一番近い所かあ。戦車道の練習で使える区域のうち』

みほ「もうみんな、大抵の練習場所に慣れちゃって」

会長『それで、戦車倉庫からそんなに離れた所にしたんだね。で、何かトラブルがあったの?』

みほ「試合中、私たちのⅣ号がⅢ突の待ち伏せを受けました」

会長『うん』

みほ「左側面を接射の距離で撃たれて、砲手と操縦手が気を失っちゃったんです」

会長『五十鈴ちゃんと冷泉ちゃんか。今、二人は?』

みほ「この後、容態を確認します」

会長『じゃあ当然、その時点で練習は中止?』

みほ「はい。一人ならまだしも二人ですから。それで、保健室へ送ることにしたんですけど…」

会長『その場所だと救急車が行くのは大変だね。だからヘリが出動したのか』

みほ「二人には沙織さん、いえ、武部さんが付き添っていきました」

会長『それでⅣ号に乗ってるのは今、西住ちゃんと秋山ちゃんだけになっちゃった』

みほ「はい」

会長『でも何か変じゃない? 西住ちゃんが操縦して、今のⅣ号は自走できてるんだよね?』

7 : VIPに... - 2014/06/07 19:34:16.80 SHdsg/E2o 7/53

みほ「はい。移動に問題はありません」

会長『Ⅲ突の徹甲榴弾を至近距離でまともに食らったんでしょ?』

みほ「すごい衝撃でした。車体が歪んじゃったかもと思いました」

会長『で、もちろん撃破の判定が下された』

みほ「はい。車両は停止です」

会長『ますます分からない。どゆこと?』

みほ「砲弾は車両の左側面、やや前方に当たりました。エンジンとかは無事だったんです」

会長『撃破されても、回収車が必要なほどじゃなかったのか』

みほ「念のために、倉庫へゆっくり戻ることにしましたけど」

会長『どこにどんな影響が出てるか、分からないね』

みほ「でもこれまで異常無しです。多分問題ないでしょう」

会長『ほかの撃破された車両は…』

みほ「ありません」

会長『へ?』

みほ「私たちが一番最初にやられちゃったんです」

会長『ほー。西住ちゃんを真っ先に討ち取るなんて、エルヴィンたちも大したもんだ』

みほ「はい。白組の指揮車は私たちで、それを最初に撃破したんですから」

会長『そういう意味じゃないけど……まあいいや』

みほ「はぃ? 何か変でした?」

会長『じゃあほかの車両は全部、もう倉庫へ帰ってるんだね』

みほ「これも状況を確認してませんけど、そのはずです」

会長『西住ちゃん』

みほ「はい」

会長『急かす気なんて別にないけどさ、できるだけ早く戦車を倉庫へ戻して、うちへ帰ってね』

みほ「はい。そのつもりですけど…」

会長『今、学園内に残ってる全生徒へ下校命令、艦にいる人々全員へ異常気象警戒警報を出した』

8 : VIPに... - 2014/06/07 19:35:58.35 SHdsg/E2o 8/53

みほ「え? 下校命令? 異常気象、って…」

会長『我が艦の進路上に、発達中の低気圧がある』

みほ「……」

会長『私らはこれから、その中へ突っ込んでいく』

みほ「……」

会長『最悪の場合、この艦が揺れるくらいの荒天になる可能性があるんだ』

優花里「ええっ!? 艦が揺れる!?」

会長『あ、聞いてた? 秋山ちゃん』

優花里「うっ。す、すみません。決して盗み聞きしてたわけでは…」

会長『分かってるよー。今は通信手の代理をやってるんでしょ? 無線の内容は聞こえて当然』

優花里「はい……。装填手は、今の状況で必要ありませんから」

会長『秋山ちゃん。ここにずっと住んでる秋山ちゃんなら、それがどういうことか分かると思う』

優花里「はい。艦が揺れるなんて、台風並みってことです。私、小さい頃に経験しました」

会長『こういう極端な天候は、通常なら回避するんだけどね。被害が出るかもしれないから』

優花里「前の台風は急に進行方向が変わって、どうしても避けきれなかったと聞いてます」

会長『不可抗力だね。でも今の私らは、あえて低気圧の中へ突っ込んでいく』

みほ「あえて? どういうことですか?」

会長『今回はまたしても、廃校の件が原因なんだ』

みほ「廃校……?」

9 : VIPに... - 2014/06/07 19:37:51.00 SHdsg/E2o 9/53

会長『西住ちゃんたちには後日改めて、詳しいことをゆっくり話すけどさ』

みほ「……」

会長『廃校の危機は去ったわけじゃないんだよ』

みほ「だって……私たちが優勝して成果を上げた、それだけじゃ駄目なんですか?」

会長『成果はね、上げ続けて、積み重ねていかなくちゃならないんだよ』

みほ「……」

会長『今、艦がどこへ向かってるか知ってるよね?』

みほ「はい。陸上競技の大会が開かれる県です」

会長『で、今の陸上部のことも知ってるよね?』

みほ「学園の陸上部史上、最強らしいですね。その大会での活躍をみんながすごく期待してます」

会長『ところが、我が校より陸上へ力を入れてる学校なんて無数にある。総合優勝は難しいと思う』

みほ「そうなんですか」

会長『でもさ、種目別で個人優勝を狙える生徒が何人かいるんだよ』

みほ「その選手たちに、どうしても優勝してもらう…」

会長『そーゆーこと。戦車道以外でも、成果を上げる必要があるんだ』

みほ「……」

会長『西住ちゃんのお陰で戦車道は優勝した。で、廃校の対象にすることは取り下げてもらえた』

みほ「……」

会長『でも学園艦の統廃合計画そのものが、なくなったわけじゃない』

みほ「だから、いろいろな面で、成果を上げ続ける必要がある…」

会長『そのとーり。低気圧を回避してたら現地到着が遅れて、選手たちの調整日程に影響が出る』

みほ「……」

会長『突っ込んでいくしかない。これが生徒会や船舶科とかの、関係各所が協議して出した結論』

みほ「私たちの時も、北緯50度を越える所まで行ってもらいましたし…」

優花里「準決勝、対プラウダ高の試合でしたね」

10 : VIPに... - 2014/06/07 19:39:33.92 SHdsg/E2o 10/53

会長『まぁそれはさて措き、西住ちゃん。今回の件で私に何かできることってある?』

みほ「……いいえ。心配なのは二人の具合ですけど、それは…」

会長『校医の先生へ任せるしかないね。今の私たちがヤキモキしたって何の価値もない』

みほ「そのとおりだと思います」

会長『じゃあ、ヘリのスタッフへお礼でも言っとこうか』

みほ「ヘリを使わせてもらって、ありがとうございました」

会長『それは私へ言うことじゃないよ。第一、こんな場合のためにも艦載ヘリがあるんだし』

みほ「はい」

会長『救急搬送は久しぶりだったはずだから、スタッフたちも張り切ったんじゃないかな』

みほ「会長にまで気を遣わせて、ごめんなさい」

会長『どーして謝ったりすんのさ。それから私は、倉庫にいるみんなへも連絡しておこう』

みほ「会長たちが引退した後、カエサルさんが副隊長、澤さんが副隊長補佐になりました」

会長『あー、そーらしいね』

みほ「二人がそっちにいるはずです」

会長『了解。じゃあ西住ちゃん、操縦はあんまり得意じゃないらしいから、安全運転で帰ってね』

みほ「はい。秋山さんと二人っきりの、夜のドライブのつもりで気楽にやります」

優花里「……」

会長『何を呑気なこと言ってんのさ。これから風も強くなってくるし、気を付けるんだよ?』

みほ「了解しました」

会長『秋山ちゃんも気を付けてね』

優花里「は、はいッ。ありがとうございます!」

会長『そんじゃ』


ザアアアアア…



11 : VIPに... - 2014/06/07 19:41:20.23 SHdsg/E2o 11/53

優花里「あー緊張しました。会長と話す機会なんて滅多にないですし」

みほ「生徒会の3人はみんな、すごくいい人だよ。……それより、優花里さん」

優花里「はい」

みほ「艦が揺れる、って…どんな感じ?」

優花里「あ。そんな状況、西住殿は知りませんか」

みほ「前にいた所では全然、そういうことはなかったから」

優花里「黒森峰やグロリアーナくらいの規模の学園艦なら、全てが陸と変わらないでしょうね」

みほ「すごく揺れるの?」

優花里「普通に“揺れる”って言う場合の感覚とは、違うと思います」

みほ「どんな感覚?」

優花里「一度船体が傾いたら、なかなか元に戻らないんです」

みほ「……想像がつかない」

優花里「もちろん、そんなに大きく傾くわけじゃありません」

みほ「よく分からないけど、何だか微妙に斜めになってる、みたいな感じかな」

優花里「はい。何かのボールを、床に置いたら…」

みほ「自然に、転がっちゃっていく…」

優花里「そのとおりです。気持ち悪いですよ、自分の体が傾いてるみたいで」

みほ「……」

優花里「で、その状態が何十分も続いて、今度は…」

みほ「元に戻って、反対方向に揺れるんだね」

優花里「その繰り返しです。しかも、傾くのも元に戻るのも、すごくゆっくりです」

みほ「ここは黒森峰より小さい学園艦だけど、やっぱり巨大な船だものね」

優花里「だから、そういう揺れ方になるんでしょう」

みほ「できれば経験したくないなぁ。私、酔っちゃうかも」

優花里「会長は“最悪の場合”って言ってました。多分、大丈夫ですよ」

12 : VIPに... - 2014/06/07 19:43:35.60 SHdsg/E2o 12/53

みほ「……その会長の、さっきの話なんだけど」

優花里「はい」

みほ「何だか、プレッシャーをかけられちゃったね」

優花里「プレッシャー、と言いますと?」

みほ「成果を上げ続けなくちゃならない、っていう」

優花里「あ……。話は、陸上部のことでしたけど…」

みほ「うん。暗に私たちのことも言ってたような気がする」

優花里「来年も絶対に優勝しろ、という意味ですか」

みほ「“後日改めて話をする”って言ってたのは…」

優花里「そういう内容の話かもしれませんね」

みほ「連覇なんて、すごく難しいのに」

優花里「でも西住殿。黒森峰は9連覇もしました」

みほ「……」

優花里「同じ高校生なんです。可能性は、ほんの少しでもあるんじゃないですか?」

みほ「あれは“全てがうまくいっていた結果だ”って、お姉ちゃんから聞いたことがある」

優花里「……」

みほ「いい戦績を収めれば収めるほど、戦車道への注目度、期待度が上がる」

優花里「……」

みほ「予算が、たくさん取れるようになる」

優花里「装備や設備、練習環境がどんどん改善されていったんですね」

みほ「それに、戦車道へ興味を持つ人が増えた。参加者が年々、増えていったの」

優花里「じゃあ、新入生も…」

13 : VIPに... - 2014/06/07 19:45:56.01 SHdsg/E2o 13/53

みほ「戦車に乗りたいから黒森峰に入学する、っていう人が多くなっていった」

優花里「名門になって選手層が厚くなる。ますます、いい戦績を収められるようになる」

みほ「そういうのが全ていい方向に行ってた、ということだと思う」

優花里「シナジー効果ってやつですね」

みほ「うん」

優花里「我が校もそうなるといいですね。西住殿、そのために…」

みほ「何?」

優花里「今、必要なのは何でしょうか」

みほ「えーと……やっぱり、人かな。大事なのは」

優花里「いくら装備や設備が良くても、使う人に問題があったら無駄ですね」

みほ「逆に貧弱な装備でも、うまく運用すれば…」

優花里「私たちみたいに、優勝だってできるんです」

みほ「だから、会長たち…今の3年生が引退しちゃったのは、正直言って痛手」

優花里「必修選択の授業には、出てきてくれる先輩もいますが…」

みほ「対外試合にまで参加してもらうのは、無理だから」

優花里「じゃあ、来年度の新入生に期待ですね」

みほ「才能のある子が入ってくれればいいんだけど……」

優花里「戦車道をやるためにこの学園へ入学する子が、きっといますよ」

みほ「……私たちが、優勝したから?」

優花里「はい。無名校が並みいる強豪を倒して頂点に立ったんです。注目度は全国一です」

みほ「才能のある子が、黒森峰やプラウダじゃなくて、ここを選んでくれるといいけど……」

14 : VIPに... - 2014/06/07 19:48:16.07 SHdsg/E2o 14/53

優花里「あ…ちょっと待ってください西住殿。また通信です」

みほ「……」

優花里「こちらあんこうチーム」

カエサル『グデーリアンか? カエサルだ』

優花里「あ、お疲れ様です」

カエサル『隊長に代わってくれ』

優花里「了解。西住殿、カエサル殿です」

みほ「ありがとう。…西住です」

カエサル『隊長。カエサルだ』

みほ「お疲れ様です、副隊長」

カエサル『少し前に全車が帰還した。隊長は角谷会長と無線で話をしたそうだな』

みほ「はい」

カエサル『私たちへも連絡が来た。活動を中止して帰宅するよう、命令を受けた』

みほ「天気はこれから、もっと悪くなるそうですね」

カエサル『車長たちと相談したが、すぐ命令に従おうと意見が一致した』

みほ「はい、もう練習を終了しましょう。速やかに全員、下校してください」

カエサル『今日の練習に関するミーティングは後日でいいな?』

みほ「もちろんです」

カエサル『了解した。少し待ってくれ。――おい澤、隊長の許可が下りた』

『――皆さん、練習終了の指示が出ました。ミーティングはありません。すぐ帰宅してください』

15 : VIPに... - 2014/06/07 19:49:43.19 SHdsg/E2o 15/53

カエサル『隊長。だが、Ⅳ号が帰ってくるまで倉庫を無人にはできない』

みほ「それは……どうしようかな」

カエサル『アリクイチームの猫田が残ってくれることになった』

みほ「猫田さん……。助かります」

カエサル『車長の中で、あいつが最も学園の近くに住んでいるからな。今、隊長たちは?』

みほ「順調にそちらへ向かっています。エンジンや足回りに異常はないみたいだから」

カエサル『試合中とはいえ、すまなかった』

みほ「何言ってるんですか。お見事でした」

カエサル『褒めるなら車長のエルヴィンを褒めてやってくれ。あの待ち伏せはあいつの発案だ』

みほ「他校との試合でも是非、やってもらいましょう」

カエサル『それから、私が会長と話している間に、澤の携帯へ武部から連絡があった』

みほ「華さんと麻子さん、具合は?」

カエサル『二人とも、搬送中に意識が戻ったそうだ』

みほ「あ、良かったぁ…!」

カエサル『様子を詳しく聞きたければ、澤と代わる』

みほ「お願いします」

『…西住隊長、お疲れ様です。澤です』

みほ「お疲れ様、副隊長補佐」

『ヘリの中で、まず五十鈴先輩が目を覚ましたってことでした』

みほ「うん」

『付き添ってた武部先輩が、状況の説明をしました』

みほ「うん」

『そしたら五十鈴先輩は、怒り出したそうです』

みほ「え? 怒り出した?」

『“保健室送りなんて大袈裟です。傷病兵扱いしないでください”って言った、と』

みほ「……何だろ、それ? 自分の立場を分かってるのかな」

16 : VIPに... - 2014/06/07 19:51:29.34 SHdsg/E2o 16/53

『次に冷泉先輩が起き上がりました』

みほ「麻子さんの様子は?」

『周りを見回して、すぐに自分へ何が起こったかを理解した、ってことでした』

みほ「さすが麻子さん」

『で、こう言ったそうです。“大義であった。皆の者”』

みほ「前言撤回。麻子さんも何だかなぁ……。カバさんチームの人たちの真似でもしてるのかな」

『最近読んだのが時代小説だったんでしょうか。ヘリの乗務員さんたちは呆れてたらしいです』

みほ「会長はスタッフの人にお礼を言っといてくれるけど、私も行って謝っとかなくちゃ」

『地上に降りても先輩たち二人は、保健室なんか行く必要ない、って駄々をこねて…』

みほ「そのくらい元気なら逆に、心配する必要なんてないのかも」

『武部先輩が“校医の先生に一応診てもらうんだよ!”と叱りつけて、強制連行したそうです』

みほ「やっぱり沙織さんは頼りになるなぁ」

『一方で先輩たちは、練習が中止になったのは自分たちのせい、と落ち込んでたってことでした』

みほ「そんなの気にしなくていいのに。後で私が二人にそう言っておこう」

『私からは以上です』

みほ「分かりました。ありがとう澤さん」

『とんでもないです。西住隊長、気を付けて帰ってきてくださいね』

みほ「うん、心配してくれてありがとう。もう一回カエサルさんに代わって?」

カエサル『…隊長。では申し訳ないが、猫田を除く全員は先に引きあげる』

みほ「はい、お疲れ様でした。気を付けて」

カエサル『隊長たちも気を付けて』

みほ「ね、カエサルさん」

カエサル『何だ』

17 : VIPに... - 2014/06/07 19:52:46.10 SHdsg/E2o 17/53

みほ「さっき私へ訊いてくれたことなんて、事後連絡でいいのに」

カエサル『……』

みほ「カエサルさんと澤さん、車長のみんな。私以外の全員で勝手に決めて?」

カエサル『そういうわけにはいかない。やはり隊長の許可を得なくては』

みほ「だって今みたいなことは、絶対に私の指示が必要って内容じゃないから」

カエサル『……』

みほ「作戦行動だったら話は別だけど。こういうのは、私がいなくても勝手に決めて?」

カエサル『……』

みほ「私はみんなを信頼してるの。だから今度からは、そうして?」

カエサル『分かった。次の機会にはそうさせてもらおう』

みほ「うん」

カエサル『隊長』

みほ「何?」

カエサル『やっと、敬語を使わず普通に喋ってくれたな』

みほ「……ふふふ。変? 聞き慣れない?」

カエサル『隊長も次からは、そうしてくれ』

みほ「うん。分かった」

カエサル『交信を終了する』


ザアアアアア…



18 : VIPに... - 2014/06/07 19:54:14.58 SHdsg/E2o 18/53

みほ「ふう。これで一安心かぁ」

優花里「五十鈴殿も冷泉殿も無事みたいで、良かったですね」

みほ「それに、全車がこの天気の悪い中、遠い練習場所から問題なく帰還できた」

優花里「全員が早めにうちへ帰ることができます」

みほ「あとは私たちが、この二人っきりのドライブを、無事に終わらせるだけだね」

優花里「……」

みほ「……あれ?」

優花里「……」

みほ「……優花里さん? どうしたの?」

優花里「……西住殿」

みほ「うん」

優花里「それ……さっきも、言ってましたよね……」

みほ「それ?」

優花里「……二人っきり、って……」

みほ「あ、そうだね。それが何?」

優花里「……どういう、意味ですか……?」

みほ「え? どういう、って……」

優花里「……」

みほ「別に……」

優花里「……」

みほ「言葉どおりの、意味だけど……」

優花里「……私は……」

みほ「何?」

優花里「……意識しないように、してたのに……」

みほ「意識?」

19 : VIPに... - 2014/06/07 19:55:50.31 SHdsg/E2o 19/53

優花里「私は、カエサル殿たちが羨ましいです」

みほ「羨ましい?」

優花里「副隊長のカエサル殿、澤副隊長補佐、車長のみんな……」

みほ「……」

優花里「西住殿と、戦車隊幹部のみんな。すごく仲が、良くて……」

みほ「それは……だって、もし仲が悪かったら困るよ」

優花里「……」

みほ「……それとも、優花里さん」

優花里「何ですか?」

みほ「優花里さんもその中に入りたかった?」

優花里「……」

みほ「優花里さんってさっきの話みたいに、この戦車隊のことをすごく真剣に考えてくれてるし…」

優花里「西住殿。何ですか、それ?」

みほ「……」

優花里「どうしてそんなこと、訊くんですか?」

みほ「……」

優花里「私がそんなこと、できるわけないじゃないですか」

みほ「……ごめんなさい。意地悪だったかもしれないね」

優花里「私は車長じゃないし、副隊長にもなれません」

みほ「うん……。隊長と同じ車両のメンバーは、副隊長になれないから」

優花里「もし隊長車が撃破されたら、隊長と副隊長が共倒れになってしまいます」

みほ「……」

優花里「分かってるのに。大体こんなこと、戦車道で当たり前のことなのに…」

みほ「……」

優花里「どうしてそんなこと、訊くんですか?」

みほ「……」

20 : VIPに... - 2014/06/07 19:58:43.42 SHdsg/E2o 20/53

優花里「西住殿は、やっぱりすごいって思います」

みほ「すごいって……何が?」

優花里「西住殿はどうして、誰からも好かれるんですか?」

みほ「誰からも、好かれる?」

優花里「今の我が戦車隊は、西住殿を中心にすごくまとまってます」

みほ「……」

優花里「みんな、西住殿を大好きなんです」

みほ「自分じゃそんなこと、分からないけど…」

優花里「しかも会長と、あんなに普通に話せて」

みほ「生徒会の人たちとは、いろいろなことを打ち合わせる機会が多かったから」

優花里「我が校の仲間だけじゃありません。他校の人たちだって…」

みほ「……」

優花里「あんなにすごい強豪校の人たちにだって、西住殿は好かれてるじゃないですか」

みほ「好かれてるっていうか……私たちが無名校だから、皆さん、気を遣ってくれてるんだよ」

優花里「唯一、黒森峰の副隊長殿だけは、ずっと感じが良くなかったです」

みほ「あ…エリカさんのことだね」

優花里「でもあの人だって、最後は笑顔だったじゃないですか。笑顔で、爽やかに…」

みほ「……」

優花里「再戦と、自分たちの勝利を誓ってました。最後は笑顔だったじゃないですか」

みほ「……」

優花里「西住殿はどうしてそんなに、誰からも好かれるんですか?」

22 : VIPに... - 2014/06/07 20:00:22.87 SHdsg/E2o 21/53

みほ「優花里さん」

優花里「何ですか?」

みほ「優花里さん、一体どうしたの? 何だかおかしいよ?」

優花里「……」

みほ「いきなり、カエサルさんたちが羨ましいって言ったり」

優花里「……」

みほ「急に違う話になって、私が誰からも好かれる、なんて言い出したり」

優花里「……」

みほ「それに、何だか……突っかかるみたいな、話し方したり」

優花里「申し訳ありません……」

みほ「別に、謝るほどのことじゃないけど……」

優花里「……」

みほ「もしかして、低気圧が来てるから、優花里さんも低気圧?」

優花里「……」

みほ「あ。こんなのもう、古い言い方なのかな。機嫌が悪いのを“低気圧”って言うなんて」

優花里「……そうかも、しれません……」

みほ「え?」

優花里「そういう映画が昔あったのを、知ってます……」

みほ「映画?」

優花里「台風が近づいて来てる時に、何人かの生徒が、学校に閉じ込められちゃって…」

みほ「……」

優花里「その生徒たちが、どんどんおかしくなっていくんです。台風が接近するにつれて」

23 : VIPに... - 2014/06/07 20:02:06.36 SHdsg/E2o 22/53

みほ「ちょっと……怖いこと、言わないで……」

優花里「でも、私がおかしいのは、そんなことのせいじゃなく…」

みほ「ね、優花里さん! 違う話しようよ、違う話!」

優花里「……」

みほ「えーと、何かないかな……あ、そうだ!」

優花里「……」

みほ「みんな、会長の命令どおりに急いで先に帰っちゃうけど、猫田さんが残っててくれるって」

優花里「……はい。私も、聞いてました」

みほ「猫田さんって、すっごく美人だと思わない?」

優花里「そうですね……。猫田殿は多分、我が戦車隊で一番の美人でしょう」

みほ「もちろん、あのグリグリ眼鏡を取ったらの話だけど」

優花里「あの眼鏡を外した途端に、姿勢まで変わるんですよね……」

みほ「うん。いつもの猫背が、シャン!ってなるの」

優花里「どうして、なんでしょうね……」

みほ「私、本人に訊いてみたことがある」

優花里「……」

みほ「“眼鏡を取ったら何も見えないから、緊張してるだけなんだけどぉ”って言ってた」

優花里「周囲を警戒してる、だけなんですね……」

みほ「いつも眼鏡を外してれば、ずっと、スラッとしたすごい美人なのに」

優花里「それは無理な話、なんですね……」

みほ「あのグリグリ眼鏡がなかったら、『銀河鉄道999』に出てくるメーテルみたいな美人だよね」

優花里「……お言葉ですが、西住殿」

みほ「何?」

24 : VIPに... - 2014/06/07 20:03:24.96 SHdsg/E2o 23/53

優花里「私は、猫田殿がそっくりなのは『宇宙戦艦ヤマト』のスターシャだと思います」

みほ「え、そうかな? 『ヤマト』だったら、森雪っていう可能性もあるけど」

優花里「髪の長さが違います。それを言えば、クイーン・エメラルダスだって候補ですが」

みほ「猫田さんは顔に傷跡なんかないし。……分かりました。私が結論を言います」

優花里「……」

みほ「猫田さんが似てるのは、この人。異論は認めません」

優花里「その人、とは……?」

みほ「それは『男おいどん』に出てくる、ヒロイン役の全ての女性」

優花里「……」

みほ「どうかな? これで文句ないよね?」

優花里「……西住殿」

みほ「何?」

優花里「何だか……まずいんじゃないでしょうか……」

みほ「まずい? 何が?」

優花里「私たちの、今の話……」

みほ「……」

優花里「絶対に、猫田殿の前で喋っては、いけません……」

みほ「……うん……。そうだね……」

優花里「もし、本人が聞いてしまったら…」

みほ「とんでもないことに、なっちゃうね……」

優花里「三式中戦車の、中を…」

みほ「松本メーターだらけに…」

優花里「改造されて、しまいます……」

25 : VIPに... - 2014/06/07 20:04:23.12 SHdsg/E2o 24/53

みほ「何だか、変な話題を選んじゃったかな……」

優花里「西住殿」

みほ「うん」

優花里「私……好きな人が、いるんです」

みほ「……今度は、恋の相談?」

優花里「……」

みほ「そういう話なら、沙織さんにした方がいいと思うなぁ」

優花里「……」

みほ「私、恋愛なんて疎いから」

優花里「……西住殿は、人を好きになったこと、ないんですか……?」

みほ「恋人なんて今まで、いたことない」

優花里「……」

みほ「だから私に相談しても、全然役に立たないよ」

優花里「……いえ、いいんです」

みほ「……」

優花里「西住殿に……聞いて、ほしいんです」

みほ「……」

26 : VIPに... - 2014/06/07 20:06:03.81 SHdsg/E2o 25/53

優花里「その人は、とてもすごい人なんです」

みほ「……」

優花里「才能があって、実力があって。その力を発揮して、実績も持ってます」

みほ「……」

優花里「それに、性格が良くて。だから、誰からも好かれます」

みほ「何だかその人、完全無欠って感じだね」

優花里「はい。でも本人は、自分のことを全然すごいと思ってない」

みほ「……」

優花里「自分に実績があるのは、周りが助けてくれるからと思ってるようです」

みほ「……」

優花里「もちろん、周りの人たちはその人を支えてます」

みほ「周りの人たちがその人を好きで、協力してるってことだね」

優花里「はい。その人に実力があって、しかも、周りが支えてるんです」

みほ「ふーん……いいなぁ」

優花里「いい?」

みほ「優花里さんは、すごい人と知り合いなんだね」

優花里「……」

みほ「私も隊長をやってるんだから、そういう人にならなくちゃいけないんだけど」

優花里「……」

みほ「私なんか全然……あれ? 優花里さん?」

優花里「……」

みほ「急に黙っちゃって、どうしたの?」

27 : VIPに... - 2014/06/07 20:07:20.97 SHdsg/E2o 26/53

優花里「いえ……。何でも、ありません……」

みほ「私、そういう人が身近にいたら尊敬しちゃうなぁ」

優花里「私もその人を尊敬してます」

みほ「うん」

優花里「でも…それだけじゃ、ない……」

みほ「え?」

優花里「私、気付いたんです」

みほ「……」

優花里「この気持ちは、尊敬だけじゃない」

みほ「……」

優花里「これは、“好き”ってこと……そう、気付いたんです」

みほ「えーと、優花里さんは…」

優花里「はい」

みほ「その人へもう告白したり、付き合ったりしてるの?」

優花里「……」

みほ「……あれ? また黙っちゃった」

優花里「……そんな、こと……」

みほ「……」

優花里「そんなこと、できるわけありません」

みほ「……」

優花里「これは、多分……永遠に、片思いです」

28 : VIPに... - 2014/06/07 20:08:39.99 SHdsg/E2o 27/53

みほ「“そんなことできない”って……どういう意味?」

優花里「私は、駄目なんです」

みほ「駄目? 何が?」

優花里「私は、その人を好きになっちゃいけないんです」

みほ「……」

優花里「好きになったって、どうしようもないんです」

みほ「……優花里さんが、どんな意味でそう言ってるのか、私にはよく分からないけど…」

優花里「……」

みほ「好きになっちゃいけない、とか…どうしようもない、とか…」

優花里「……」

みほ「そんなこと、ないんじゃないかな」

優花里「どうしてですか?」

みほ「そういうのって、自然なことだと思う」

優花里「……」

みほ「すごい人、尊敬しちゃう人。そういう人のそばに、いつもいたい…」

優花里「……」

みほ「そう思うのって、自然で、当たり前のことなんじゃないかな」

優花里「……」

みほ「何だか、いいなぁ」

優花里「今度は、何ですか? その“いい”って……」

みほ「私にもいつか、そういう人が現れないかなぁ」

優花里「……」

みほ「私も、優花里さんと同じ気持ちになると思う」

優花里「……」

みほ「その人のことを、好きになっちゃうと思う」

優花里「……」

29 : VIPに... - 2014/06/07 20:10:10.66 SHdsg/E2o 28/53

みほ「ね、優花里さん」

優花里「はい」

みほ「その人、何ていうか…見た目は、どんな感じなのかな」

優花里「見た目?」

みほ「才能があって、実績があって…」

優花里「……」

みほ「しかも謙虚で、性格が良くて、誰からも好かれる」

優花里「……」

みほ「これで外見も素敵だったら、もう完璧だと思う」

優花里「……」

みほ「もちろん私、人間は見た目じゃないって分かってるけど」

優花里「はい。その人はまさに、その“完璧”です」

みほ「やっぱり……。本当にいるんだね、そういう人」

優花里「すごく、可愛い人なんです」

みほ「……え?」

優花里「私なんか、比べものにならないくらい…」

みほ「“可愛い”? “カッコいい”じゃなくて?」

優花里「もう本当に、可愛いくて…」

みほ「年下の人なのかな。でも、どうして自分と比べたりするの?」

優花里「スタイルだっていいんです」

みほ「スタイル? 何? どういうこと?」

優花里「私みたいな胸の小さい女とは、全然違う…」

みほ「……優花里さん……まさか……」

優花里「……」

30 : VIPに... - 2014/06/07 20:12:12.14 SHdsg/E2o 29/53

みほ「その人って……男の人じゃ、なくて……」

優花里「……」

みほ「女の人、なの……?」

優花里「……はい。そう、です……」

みほ「……」

優花里「やっぱり、変ですよね……」

みほ「……」

優花里「やっぱり、おかしいですよね……? 普通じゃ、ないですよね?」

みほ「……え、えーと……」

優花里「多分、私、変なんです。私は、ほかの人と違うんです……!」

みほ「……」

優花里「まともな人間じゃないんです……! 女なのに、女を好きになるなんて!」

みほ「……」

優花里「こんなの、異常ですよね? 気持ち悪いですよね!?」

みほ「優花里さん……」

優花里「西住殿も今、気持ち悪いって思ってるでしょう!?」

みほ「そ、それは…」

優花里「私、異常な人間なんです! きっと私、変態なんです!」

みほ「優花里さん、落ち着いて……!」

優花里「女のくせに、女へ興味を持っちゃう、変態なんです!!」

みほ「お願い、落ち着いて!」

優花里「私みたいな、こんな気持ち悪い奴、いなくなっちゃった方がいいんです!!」

みほ「優花里さん! もう黙って!!」

31 : VIPに... - 2014/06/07 20:13:20.60 SHdsg/E2o 30/53

優花里「…!!」ビクッ

みほ「お願いだから、落ち着いて!」

優花里「……は…はい……」

みほ「とにかく車両を一旦、止めるね」ガクン

優花里「……」

みほ「……」

優花里「……ごめん、なさい……」

みほ「……」

優花里「……こんな、話をして……」

みほ「……」

優花里「……大きな声を、出して……」

みほ「……ううん……」

優花里「迷惑だった、ですよね……」

みほ「……」

優花里「びっくり、しましたよね……」

みほ「……それは……」

優花里「……」

みほ「少し……驚いた、けど……」


ザアアアアア…



32 : VIPに... - 2014/06/07 20:14:37.32 SHdsg/E2o 31/53

みほ「優花里さん」

優花里「はい……」

みほ「私、こんなときに…」

優花里「……」

みほ「どんなことを言ったらいいのか、分からないけど……」

優花里「……」

みほ「優花里さんの、勘違いかもしれない……って可能性も、あるんじゃないかな」

優花里「……勘違い?」

みほ「うん。優花里さんはその人を、すごく尊敬してるんだよね」

優花里「はい」

みほ「その気持ちが、強過ぎて……尊敬を、好きっていう気持ちと、勘違いしてる」

優花里「……」

みほ「そういう可能性、あるんじゃないかな」

優花里「……」

みほ「きっと、そうだよ」

優花里「……違う……」

みほ「え?」

優花里「違い、ます……」

みほ「……」

優花里「私、女なのに……その人に対して、こう、思っちゃうんです」

みほ「……」

優花里「手を握りたい、とか…」

みほ「……」

優花里「抱き締めたら、どんな感じなんだろう、とか…」

みほ「……」

33 : VIPに... - 2014/06/07 20:15:59.22 SHdsg/E2o 32/53

優花里「それで、分かったんです」

みほ「その気持ちは、尊敬だけじゃ、ない…」

優花里「はい。これが、“好き”ってこと、なのか…」

みほ「……」

優花里「これが、恋、なのか…」

みほ「……」

優花里「そう、分かったんです」

みほ「……」

優花里「それに…」

みほ「それに?」

優花里「私……嫉妬、してしまうんです」

みほ「嫉妬……」

優花里「その人は、誰からも好かれます」

みほ「……」

優花里「だからその人は、誰とでも仲良くなれる。仲良くする」

みほ「……」

優花里「どんな人とでも、普通に話せる」

みほ「じゃあ……優花里さんは、そういうのを見ると…」

優花里「はい。嫉妬して、しまうんです」

みほ「……」

優花里「そんなに、誰とでも…仲良くしないで、ほしい」

みほ「……」

優花里「もちろん、無理な話だって分かってます。でも、せめて……」

みほ「……」

優花里「せめて、一番仲良くするのは、私にしてほしい……そう思って、しまうんです」

34 : VIPに... - 2014/06/07 20:19:35.66 SHdsg/E2o 33/53

みほ「優花里さんのお話は、分かったけど…」

優花里「……」

みほ「すごく……難しい話だね」

優花里「……」

みほ「私なんか、何も言えない。どう思ったらいいのか、分からない」

優花里「……」

みほ「でも私、これだけは言える」

優花里「何ですか?」

みほ「それは、さっきみたいな言葉なんて、口にしちゃ駄目ってこと」

優花里「私が、言ったことですか……?」

みほ「うん。“自分みたいな人は、いなくなった方がいい”なんて、言っちゃ駄目」

優花里「……」

みほ「だって優花里さんっていう人は、この世に一人しかいないから」

優花里「……」

みほ「誰も、優花里さんっていう人間の代わりなんてできない」

優花里「……はい」

みほ「操縦手は、代わりがいる。今みたいに麻子さんがいなかったら、私や、華さんも操縦できる」

優花里「……」

みほ「砲手も、華さんがいなかったら、優花里さんが代わりをできる」

優花里「……」

みほ「でも優花里さんっていう一人の人間は、そんなのとは違う」

優花里「はい……」

みほ「誰も、秋山優花里さんっていう人の代わりなんて、できないの」

優花里「……」

みほ「だから絶対に、いなくなった方がいいなんて、言っちゃ駄目」

35 : VIPに... - 2014/06/07 20:21:53.90 SHdsg/E2o 34/53

優花里「分かりました……」

みほ「じゃあ、前進しよう。猫田さんが待ってるから」

優花里「西住殿」

みほ「何?」

優花里「西住殿は、どう思いますか……?」

みほ「……今の、話を?」

優花里「はい」

みほ「それは……さっき言った、とおりだよ」

優花里「……」

みほ「すごく、難しくて……私なんか、全然分からない」

優花里「……」

みほ「優花里さんのお話は、分かるけど……それについて、どう思えばいいかなんて…」

優花里「……」

みほ「私には難し過ぎる。そんなの、分からないよ」

優花里「そう……ですか……」

みほ「でも、何となく……私はこう感じるの」

優花里「はい。どういうふうに、感じますか?」

みほ「好きになっちゃいけないとか、どうしようもない、なんて…」

優花里「……」

みほ「そんなこと考えなくてもいい、って」

優花里「え…? そう、ですか……?」

みほ「だって、その人を好きって思うのは、優花里さんの正直な気持ちだよね」

優花里「はい」

みほ「それなら、自分の気持ちに正直でいて、いいと思う。自分に嘘をつく必要なんてないと思う」

優花里「それは……その人を好きでいて構わない、ってことですか……?」

みほ「だって、好きになっちゃ駄目って思ったら、好きな気持ちが止められるの?」

36 : VIPに... - 2014/06/07 20:23:26.35 SHdsg/E2o 35/53

優花里「それは…確かに、不可能です……」

みほ「それなら自分の気持ちに対して、そのまま正直でいていいと思う」

優花里「はい……。ありがとう、ございます……」

みほ「別に、お礼を言われるようなことじゃないけど」

優花里「私は、今の私でいて、いいんですね…?」

みほ「誰も、駄目なんて言わないよ」

優花里「ありがとう、ございます……」

みほ「どうしてお礼なんて言うのかな。そんな必要ないのに」

優花里「いえ……西住殿にそう言ってもらえて、すごく…」

みほ「……」

優花里「すごく……嬉しいです……」

みほ「恋愛経験のない私が、恋の相談の相手になって、お礼を言われるなんて変な感じ」

優花里「西住殿」

みほ「何?」

優花里「今、私は西住殿に力をもらいました」

みほ「大袈裟だなぁ。私なんて何もしてないのに」

優花里「だから、思い切って訊いてしまいます」

みほ「何を?」

優花里「西住殿だったら、どうしますか?」

みほ「私だったら?」

優花里「自分と同じ、女から…」

みほ「……」

優花里「女から好かれて、女から告白されたら…」

みほ「……」

優花里「どうしますか? 受け入れて、くれますか?」

みほ「私は、無理だよ」

37 : VIPに... - 2014/06/07 20:25:11.56 SHdsg/E2o 36/53

優花里「………無理………」

みほ「私は、無理。ちょっと考えられないなぁ」

優花里「……」

みほ「だって私は、今の優花里さんのお話を聞いて…」

優花里「……」

みほ「ずっと、どんな男の人なんだろうって思ってたの」

優花里「……」

みほ「私はそういう、普通の女の子だから」

優花里「……」

みほ「その人はすごい男の人なんだから、カッコよければもっと素敵だなぁ、って考えてた」

優花里「……」

みほ「だから、実は女の人って聞いて、ものすごくびっくりした」

優花里「……」

みほ「私は、どこにでもいる普通の女の子だから」

優花里「……」

みほ「いつか自分にも、素敵な男の人が現れたらいいなぁ、って…」

優花里「……」

みほ「いつか私にも、素敵な彼氏ができたらいいなぁ、って…」

優花里「……」

みほ「そう思っちゃう、女の子だから」

優花里「……」

みほ「もし同じ女から、そんなことを言われても、ごめんなさいって言って…」

優花里「……」

みほ「今話したみたいな理由を、説明するだけだと思う」

38 : VIPに... - 2014/06/07 20:26:41.92 SHdsg/E2o 37/53

優花里「……う……」

みほ「……」

優花里「う。ううっ……ううう」

みほ「……優花里さん?」

優花里「ううっ。……うう。ううう」

みほ「優花里さん? どうしたの? 泣いてるの?」

優花里「うう……す、すみま……せん……ううっ」

みほ「どうしたの? なぜ泣いてるの?」

優花里「ううう。ううっ。すみま……せん……ううっ」

みほ「謝らなくていいから。泣かないで」

優花里「うううう。ううう。すみ、ませ……ううううっ」

みほ「だから、謝ったりしないで。急にどうしたの?」

優花里「ううう。うううう。ううううう」

みほ「困ったなぁ……。私だったら断っちゃう、って言われてショックだったのかな」

優花里「うううう。ううううう。うううう」

みほ「でもその女の人は、とってもすごい人なんだよね」

優花里「ううう。そ……そう、です……ううっ」

みほ「ひょっとしたら、私みたいな反応なんて、しないかもしれないよ?」

優花里「ううう。うううう。ううううう」

みほ「すごく心の広い人で、優花里さんのことを受け入れてくれるかもしれないよ?」

優花里「うううう。わ、私……うううう」

みほ「何?」

39 : VIPに... - 2014/06/07 20:28:23.55 SHdsg/E2o 38/53

優花里「私、は……さ、さっき…ううっ。西住殿が、言った、みたいに…」

みほ「……」

優花里「思えれば……よかった、のに……」

みほ「さっき言ったみたい、って?」

優花里「尊敬、してるって……うううっ。き、気持ちを…」

みほ「……」

優花里「好き、って勘違い、してる…」

みほ「……」

優花里「そ、そう考え……られれば、よかったのに……」

みほ「……」

優花里「これは、好きっていう…気持ちじゃ、ない……」

みほ「……」

優花里「これは、恋では、ない……」

みほ「……そう思えれば、よかった……?」

優花里「はい……ううっ」

みほ「……」

優花里「私は……男の子に、産まれたかった……」

みほ「……」

優花里「うううっ……女なんかに、産まれなければ、良かった……」

みほ「……そんな……」

優花里「もし……もし、神様が、本当にいて…」

みほ「……」

優花里「この世は、全て……神様の決めたこと、なら…」

みほ「……」

優花里「その、神様は……残酷な、神様です……」

40 : VIPに... - 2014/06/07 20:29:44.89 SHdsg/E2o 39/53

みほ「……」

優花里「ううう。うううう」

みほ「……優花里さん」

優花里「ううう。うううう。うううううう」

みほ「優花里さん、お願い。もう泣かないで」

優花里「うううううう。ううううう。うううううう」

みほ「……」

優花里「ううっ。うううう。ううううう」

みほ「……優花里さん」

優花里「うううう。ううう。うううううう」

みほ「優花里さん。車長として、命令します」

優花里「ううう。う……な、何ですか……?」

みほ「操縦を代わってください」

優花里「え……?」

みほ「今すぐ、泣き止んでください」

優花里「……」

みほ「そして、こっちへ来てください。このⅣ号を操縦してください」

優花里「……」

みほ「私と、代わってください」

優花里「……そ……それは……」

みほ「何?」

優花里「だ、だって……さっき……」

みほ「さっきが何?」

優花里「今は……危ないって…」

みほ「いいから、こっちへ来てください。操縦を代わってください」

41 : VIPに... - 2014/06/07 20:32:05.44 SHdsg/E2o 40/53

優花里「は、はい……」ガタ

みほ「……あーあ。もう、涙で顔がベトベトだね」

優花里「すみません……」

みほ「だから、謝る必要なんてないから。さ、座って」

優花里「はい……」

みほ「私は後ろで見てるね」

優花里「……」

みほ「優花里さん。実はもう、操縦の仕方を知ってると思う」

優花里「はい。知識だけは…」

みほ「だから、実際に動かしたことがない、ってだけだね」

優花里「……」

みほ「じゃあやってみて」

優花里「い、いきなりですか?」

みほ「だって優花里さん。今、すごくワクワクしてる感じ」

優花里「……」

みほ「あんなに泣いてたのに、もう普段どおりへ戻ってる」

優花里「……」

みほ「本当は、早く動かしたくて仕方ないんだと思うけど」

優花里「……はい。そのとおり、です……」

みほ「じゃあ始めて。まず…」

優花里「はい。クラッチペダルを踏んで、ギアを1速に入れて…」

42 : VIPに... - 2014/06/07 20:33:47.14 SHdsg/E2o 41/53

みほ「うん。その調子」

優花里「クラッチをつないで、アクセルを踏んで…」

みほ「まずは、微速前進」

優花里「了解です」

みほ「……おっと」ガクン

優花里「え? と、止まっちゃいました!?」

みほ「やっぱり、やったね。クラッチはもっと静かにつないで」

優花里「はい……申し訳ありません。エンストさせちゃいました」

みほ「でもこれで、イグニッションから始められて良かったかな」

優花里「はい。エンジン、始動します」カチ


ドルルルルル


優花里「今度は、うまく発進してみせます」


グオォォオン


みほ「うん。いい感じ」

優花里「そういえば五十鈴殿も最初、エンストさせてましたね」

みほ「ほとんどの人が、初めて操縦する時にやるの」

優花里「冷泉殿は…」

みほ「麻子さんは例外中の例外。あんなに才能ある人、見たことない」

優花里「あ…前方にカーブです」

みほ「じゃあ私は砲手の席に座って、照準器から前を見るね。優花里さん、うまく曲がれる?」

優花里「や、やってみます……」

みほ「操縦桿で動かす戦車は、直感的に操作できるハンドルの戦車より、慣れるのが少し大変かも」

優花里「はい……」

43 : VIPに... - 2014/06/07 20:35:25.55 SHdsg/E2o 42/53

みほ「……すごい! 優花里さん、すんなり曲がれたよ?」

優花里「ほ、褒めてもらって、嬉しいですけど…」

みほ「どうしたの?」

優花里「今は、それどころじゃ、ないっていうか…」

みほ「初めてなんだから、当たり前だよ」

優花里「……」

みほ「しかも夜で、こんなに天気が悪いんだし」

優花里「でも…」

みほ「何?」

優花里「前照灯って、こんなに明るいんですね」

みほ「うん。それは私も今回、初めて知った」

優花里「試合の時は絶対に点灯しませんから。相手に見付かっちゃいます」

みほ「それに、今はカバーも外してる」

「……あ……!」

優花里「……」

みほ「……」

優花里「私たち、今、声が合ってしまいました」

みほ「優花里さんも見た?」

優花里「はい。前照灯で明るくなった道を…」

みほ「何かが横切っていった。道の真ん中で一瞬立ち止まって…」

優花里「こっちを見ました。猫でした」

みほ「うん。猫の目ってあんなに光るんだね。野良猫かな」

優花里「多分そうです。もう少しで街区ですから」

みほ「それって関係あるの?」

優花里「あの子たちは、山野区より街区にいた方が、簡単にエサへありつけると知ってるんです」

みほ「なるほど」

44 : VIPに... - 2014/06/07 20:36:54.92 SHdsg/E2o 43/53

優花里「もしかして…」

みほ「何?」

優花里「猫田殿からの使者でしょうか。“早く戻って来い”って伝えるための」

みほ「あれ? そんなこと言うなんて、余裕が出てきたみたいだね」

優花里「ほんの、少し……落ち着いたかもしれません」

みほ「じゃあスピードを上げよう。中速で前進。ギアを上に入れて」

優花里「はい」グコン


ゴガガガガガ


みほ「前方にまたカーブ。この速さのまま曲がれる?」

優花里「多分、大丈夫です」

みほ「……また、うまく曲がれた。優花里さん、私なんかより上手いかもしれない」

優花里「そんな……何を言ってるんでしょう」

みほ「もちろん、初めて操縦した時を比べての話だけど」

優花里「それにしたって、そんなことはないと思います」

みほ「もっとスピード出せる?」

優花里「了解。……3速に入れました。時速25キロで巡航……初めてなのに、いいんでしょうか」

みほ「構わないと思う。今は天気が悪いから、周りに車も歩行者も全然いないし」

優花里「警戒警報が出されて、みんな外出を控えてるんですね」

みほ「今の私たち、すごく順調に前進してるよ」

優花里「はい」

みほ「ね、優花里さん」

優花里「はい」

みほ「女の子に産まれて、良かった……って思わない?」

優花里「……」

45 : VIPに... - 2014/06/07 20:38:24.82 SHdsg/E2o 44/53

みほ「もし、男の子に産まれてたら…」

優花里「戦車道を、できない……」

みほ「うん。今みたいに戦車を操縦なんて、できなかったかもしれない」

優花里「……」

みほ「戦車道は、乙女が嗜む武芸」

優花里「……」

みほ「その戦車道なんて、できなかったんだよ?」

優花里「……はい」

みほ「戦車道をできない。戦車に乗れない。試合なんてできない」

優花里「……」

みほ「全国大会優勝なんて、できなかったんだよ?」

優花里「……」

みほ「それに、何よりも…」

優花里「はい」

みほ「沙織さん、華さん、麻子さん。それから、ほかのチームのみんな…」

優花里「……」

みほ「こんな素敵な仲間たちに、出会えなかったんだよ?」

優花里「はい……」

みほ「女の子に産まれたから戦車道をできて、素敵な友達、仲間たちに出会えた」

優花里「……」

みほ「だから優花里さん。女の子に産まれて良かった、って思わない?」

優花里「……」

みほ「それでもやっぱり、男の子に産まれたかった、って思う?」

優花里「……」

46 : VIPに... - 2014/06/07 20:39:49.80 SHdsg/E2o 45/53

みほ「あ、そこを左折だね」

優花里「はい」

みほ「この速度くらいになってたら、ギアを…」

優花里「はい。シフトダウンですね」グコン

みほ「……分かってて、ちゃんとできてる。やっぱり私より上手だよ」

優花里「だから、そんなことありませんって」

みほ「街に入ったから気を付けて」

優花里「了解」

みほ「ますます余裕が出てきたね、優花里さん」

優花里「少し慣れてきました」

みほ「もしかして倉庫までの道、知ってる?」

優花里「西住殿。私は小さい頃からずっと、ここに住んでるんですよ?」

みほ「そうだね。余計なこと言ってごめんなさい」

優花里「これも、そんなことありませんよ。……それより、西住殿」

みほ「うん」

優花里「大事な人が一人、欠けてます」

みほ「何のこと?」

優花里「さっき西住殿が挙げた、仲間の名前…」

みほ「……」

優花里「大事な人が一人、いないと思います」

みほ「……私、って言いたいのかな」

優花里「そうです。分かってるじゃないですか」

みほ「私なんて……」

47 : VIPに... - 2014/06/07 20:41:31.40 SHdsg/E2o 46/53

優花里「西住殿は、どうしてそんなに控えめなんですか?」

みほ「控えめなんて、そんな…」

優花里「誰がどう考えたって、西住殿はすごい人じゃないですか」

みほ「……」

優花里「ただの素人集団だったこの戦車隊を、超短期間で全国トップレベルへ引っ張り上げた」

みほ「……」

優花里「そして、優勝してしまった。全国の頂点に立った」

みほ「それは……そうできたのは、みんなが…」

優花里「もちろん、西住殿一人でやったことじゃありません。戦車道は個人競技じゃありません」

みほ「うん」

優花里「でも西住殿がいなかったら、私たちにこんなこと、可能だったと思いますか?」

みほ「……」

優花里「西住殿がいてくださったお陰で、できたんじゃないですか」

みほ「……」

優花里「私、こう思いました」

みほ「何?」

優花里「私は今まで、自分の好きなその人が…」

みほ「うん」

優花里「自分を、受け入れてくれるかどうか。そんなことばかり考えてました」

みほ「……」

優花里「でも、そんなのを考える前に、やることがあるって分かりました」

みほ「どんなこと?」

優花里「それは今の自分を、自分自身が受け入れてあげることです」

48 : VIPに... - 2014/06/07 20:42:52.98 SHdsg/E2o 47/53

みほ「自分自身を、受け入れる……」

優花里「はい。女に産まれた自分」

みほ「……」

優花里「女なのに、女を好きになってしまった自分」

みほ「……」

優花里「でも女だから、こうして戦車道をできている自分」

みほ「そういうのを全部、受け入れる……」

優花里「はい。人に受け入れてもらえるかどうかなんて、その後の話だって分かりました」

みほ「……」

優花里「まず私自身が、こういうのを全部、受け入れてあげないと」

みほ「……」

優花里「私が、私自身から目をそらしちゃいけない。そう思いました」

みほ「うん」

優花里「だから西住殿。西住殿だって、自分を受け入れてあげてください」

みほ「……私は……」

優花里「西住殿は、こんなにすごい人なんです」

みほ「……」

優花里「そのすごい自分を、自分で認めてあげてください」

みほ「……」

優花里「自分が自分を認めてあげなくて、どうするんですか?」

みほ「……」

優花里「自分自身が自分を受け入れてあげなくて、どうするんですか?」

みほ「うん……。そうだね、優花里さん」

49 : VIPに... - 2014/06/07 20:45:11.41 SHdsg/E2o 48/53

優花里「学園の敷地内に入ります」

みほ「倉庫の前にあるグラウンドへ出たね」

優花里「やっと着きました」

みほ「昼間なら、向こうに倉庫が見えるんだけど…」

優花里「今は夜だし、こんな天気ですから」

みほ「照準器でも雨で視界が悪くて……」

優花里「倉庫の明かりでも見えるといいんですが」

みほ「雨が吹き込まないように、窓や扉を全部閉めてるだろうね」

優花里「とにかく、その方向へ前進します」

みほ「あれ? 倉庫の方で何か光ってる?」

優花里「光? ……あ、本当です。光が左右に揺れてる……」

みほ「……猫田さんだ」

優花里「えっ。照準器なら姿が見えますか?」

みほ「ううん、雨が激しいからそれは不可能。でも光のある位置が、地面から…」

優花里「そうか。猫田殿が立って、手を上へ伸ばしてる位置なんですね」

みほ「あの人の高い背と、スラッと長い腕。多分、間違いない」

優花里「整備の時に使うライトでも振ってるんでしょうか」

みほ「猫田さんはⅣ号の前照灯が見えたから、私たちが到着したことに気付いて…」

優花里「夜だし、雨で見通しが悪いと思ったから…」

みほ「倉庫の前でライトを振って、進む方向を指示してくれてるんだよ」

優花里「有難いですね」

みほ「優花里さん。停車」

優花里「は? は、はい。停止します」ガクン

50 : VIPに... - 2014/06/07 20:46:43.06 SHdsg/E2o 49/53

みほ「倉庫まで約300メートル」

優花里「はい」

みほ「グラウンドだから、前方に何も障害物がない」

優花里「そうですね」

みほ「優花里さん。倉庫まで全速前進」

優花里「えっ!?」

みほ「どうしたの? 発車して? そして、最高速度を出して?」

優花里「そんな、全速なんて……」

みほ「大丈夫だよ。一直線だから、ただスピードを出すだけ」

優花里「……」

みほ「速度を落とすタイミングは、残りの距離を見て私が指示するから」

優花里「はい……」

みほ「じゃあ発車して? 猫田さんが振ってる光を目指して、前進」

優花里「……西住殿。失礼なのを承知で、言いますが…」

みほ「何?」

優花里「低気圧のせいで、おかしいのは…」

みほ「……」

優花里「西住殿の方、なのでは」

みほ「……」

優花里「未経験の私に、いきなり操縦しろって言ったり…」

みほ「……」

優花里「初めて操縦するのに、最高速度を出せって言ったり…」

みほ「ふふふ。優花里さんが話してた映画みたいだね」

優花里「……」

51 : VIPに... - 2014/06/07 20:51:03.05 SHdsg/E2o 50/53

みほ「台風が、近づくにつれて…」

優花里「おかしくなってるのは私じゃなくて、西住殿の方なんじゃないですか?」

みほ「でも優花里さん。今の様子、私が操縦をお願いした時と同じだよ?」

優花里「……」

みほ「本当は、最高速度を出してみたい」

優花里「……」

みほ「全速で飛ばすのがどんな感じなのか、知ってみたい。ウズウズしてるんだと思うけど」

優花里「……図星です」

みほ「試合では最高速度を出す局面が何度もある。これも経験のうちだよ?」

優花里「そうですね……。分かりました。じゃあ発進します!」

みほ「よし! Panzer vor!」


グオォォォオン


みほ「アクセルをもっと踏み込んで。スピードに乗ったらギアを、どんどん上へ」

優花里「了解」グコンゴッ


ゴガガガガガガ


みほ「もっとスピード出して。短距離、短時間で、速度を一気に上げるの!」

優花里「了解!」


ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


優花里「すごいエンジン音です…!」

みほ「うん…! 私たちもう、大きい声を出さないと話ができない!」

優花里「……あれ? 猫田殿の光が…!?」

みほ「何だか、揺れ方がおかしくなった……!?」

優花里「フラフラして……まるで、慌てたりしてるみたいに見えます!」

52 : VIPに... - 2014/06/07 20:52:31.77 SHdsg/E2o 51/53

みほ「うん…! 多分、Ⅳ号が急に速度を上げて…」

優花里「猛スピードで向かってくるから、驚いてるんでしょうか!?」

みほ「きっと、何が起こったのか分からないんだよ、猫田さん!」

優花里「猫田殿、ビビってるんですね!?」

みほ「じゃあもっとビビらせてあげよう! 最高速度で、あの光に向かって突撃!」

優花里「了解であります!」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


優花里「何だか私まで、おかしくなってきちゃったかもしれません…!」

みほ「え、何!? 聞こえない!」

優花里「もう、叫ばないと会話できませんね!」

みほ「うん! エンジン音がすごいし、雨も風も強くなってきて…!」

優花里「私、自分までおかしくなった、って言ったんです!」

みほ「パンツァー・ハイだね、優花里さん!?」

優花里「私、西住殿の作戦にうまく、のせられちゃいました!」

みほ「何のこと!?」

優花里「私がメソメソしてたから、元気を出すようにしてくださったんですね!?」

みほ「だって優花里さん、あんなに操縦をやりたそうだったから…!」

優花里「私はまた、西住殿から力をもらいました!」

みほ「とにかく、優花里さんが元気になってくれて良かった!」

優花里「やっぱり西住殿はすごいです!」

みほ「泣いてる顔なんて、優花里さんに全然似合わないよ!」

優花里「私、これからもずっと、西住殿に付いていきます!!」

53 : VIPに... - 2014/06/07 20:53:44.92 SHdsg/E2o 52/53

みほ「元気になったなら、優花里さん!」

優花里「何ですか!?」

みほ「アレを叫んでくれなくちゃ!」

優花里「え…!? アレって、何ですか!?」

みほ「こういうときに優花里さんが叫んでくれる、アレだよ!」

優花里「あ、アレですか…! でも、そう言われても…!」

みほ「今こそ、アレを叫んでくれないと!」

優花里「…分かりました! じゃあ西住殿も一緒に叫んでください!」

みほ「私も!?」

優花里「はい! 西住殿が一緒なら叫んであげます!」

みほ「私は…いいよぉ…!」

優花里「西住殿と一緒なら、私、もっと元気になります!」

みほ「…うん、分かった! 私も叫ぶ!」

優花里「ありがとうございます!」

みほ「それじゃあ、いくよっ!?」

優花里「はい!!」

「せーの」

「ヒヤッホォォォウ! 最高だぜぇぇぇぇ!!」




58 : VIPに... - 2014/06/09 05:48:55.09 tZtEnXTZo 53/53

皆さん、レスありがとうございます。

元ネタはピチカート・ファイヴの『これは恋ではない』です。
参加してたドラムの宮田繁男さん、亡くなっちゃいましたね……。

それにしても、書き手の年代がバレるようなネタばかり突っ込んでしまいました。

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