1 : ◆Xz5sQ/W/66 - 2016/08/01 13:54:14.37 2/YuYt880 1/9

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 山道に、シルバーカラーの車が一台。
 
 外観はひと昔前に流行った渋めなデザインで、
 いかにも落ち着いた雰囲気のある車であった。
 
 今、シルバーカラーの車は路肩に停車した状態で、
 連絡を取ったロードサービス会社の車がやって来るのを待ちながら、
 先ほど寄ったスタンドでの会話を思い出していた。

2 : ◆Xz5sQ/W/66 - 2016/08/01 13:55:12.46 2/YuYt880 2/9

 
「これはまた、随分と年季が入ってますね。そろそろ新しいのと交換した方が、いいんじゃあないですか?」

「いえね、これはわざと古くしてあるんですよ。こっちの方が、経験も落ち着きもありますし……
 新しいのはどうにも、馬力がある分扱い辛いって言うでしょう?」

「ははぁ、なるほど。流行りのクラシック趣味ってやつですね。
 だけど言っちゃあなんですが、古いと突然のトラブルなんかが怖いですよ」


 そう言ってスタンドの店員が、店に立っているのぼりの一つを指し示す。
 そこには、期間限定の部品交換サービスを行っているといった内容が書かれていた。

3 : ◆Xz5sQ/W/66 - 2016/08/01 13:56:18.41 2/YuYt880 3/9

 
「まぁ、そうなんですがね。思い入れもあるんですよ。なにせコイツとは、ずっと一緒の付き合いですから」

「そうですか? なら、無理にとは言いませんけど……でも、そういう関係ってのも羨ましいですね。
 実は僕なんて、会社の規定のせいで何年かに一回は新しいのに替えなくちゃいけなくて。
 今乗ってるのなんて、四代目ですよ、四代目」


「それはまた、大変でしょう?」

「確かに、初めのうちは慣れないもんで大変でしたけど……。でも、逆に楽しみにもなるんです。
 今度の奴は一体、どんな風な走り方をするんだろうってね」

4 : ◆Xz5sQ/W/66 - 2016/08/01 13:57:32.91 2/YuYt880 4/9


 あの時は交換なんて、まだまだ先の話だと思っていたが。
 まさか僅か数十分後に、こんな目に遭うなんて誰が予想できただろう!

 
 走行中に起きた突然のアクシデント。

 幸い、慌ててそのまま壁や物にぶつかったり、ガードレールを突っ切るなんてこともなく路肩に車体を寄せることが出来たのは、
 乗っていたドライバーがこれまでに積んで来た経験のお陰だったと言っていい。

 
 それでも、動くことが出来たのはそこまでで。
 後はいくらクラクションを鳴らそうが、タイヤを振ろうがビクともしない。
 
 完全にオシャカになってしまったのは、誰の目にも明らかだった。

5 : ◆Xz5sQ/W/66 - 2016/08/01 13:59:01.18 2/YuYt880 5/9

 
「お前とは長い付き合いだったのに、最期はなんて呆気ないんだろうなぁ……」

 空を見上げながら考えるのは、スタンドでの会話。
 
 あれはそろそろ別れの時が近づいて来ていることを知らせる、
 コイツからの虫の知らせだったのかもしれない。


 ――それからさらに数十分後。ようやく道の先に、連絡を受けたロードサービスの車が姿を現した。

6 : ◆Xz5sQ/W/66 - 2016/08/01 13:59:47.15 2/YuYt880 6/9

 
 派手に社名をペイントしてあるその車は停車していたシルバーカラーの車の傍までやって来ると、
 
「いやぁ、お待たせしました。少々道が混んでいたものですから」

「いえ、ご苦労様です。それじゃあ早速……交換の方を」

「ええ、了解です」


 作業が終わると、シルバーカラーの車は試しにエンジンの音を辺りに響かせてみた。
 
 心なしかその音は、部品を交換する前よりもずっと若々しく聞こえる気もする。どうやら、無事に交換できたようだ。

7 : ◆Xz5sQ/W/66 - 2016/08/01 14:01:21.03 2/YuYt880 7/9


「もう完全に、大丈夫みたいですね。こちらの古い部品については一旦ウチで預かって、
 ご希望でしたら、後日梱包してお送りしますから」

「どうもありがとう。……とはいえ、やっぱりちょっと不安がありますね。
 今までよりもずっと新しい部品って言うのは」

「なぁに、すぐに慣れますよ。今時の部品は、学習機能も高性能ですから……それでは、良い旅を」


 ロードサービスの車がその場を離れると、シルバーカラーの車は恐る恐るといった様子でエンジンをふかしながら、
 スタンドの店員が言っていた言葉を思い出していた。

8 : ◆Xz5sQ/W/66 - 2016/08/01 14:02:22.15 2/YuYt880 8/9

 
「さてさて、こいつはどんな走り方をするんだろうな?」

 そうして新たなドライバーを乗せた車は勢いよく道路へと飛び出すと、
 ぐんぐんとスピードを上げて道路を進んでいく。
 
 それは久しく忘れていた高速走行の感触。
 以前の古いパーツなら、決して出さなかったスピードで。
 
 幾つもの曲がり道を抜けながら、忙しなくブレーキを操るシルバーカラーの車がぼやく。


「まったく……やはり若いパーツってのは、聞いてた通りにスピードを出したがる!」

9 : ◆Xz5sQ/W/66 - 2016/08/01 14:04:06.79 2/YuYt880 9/9

以上、おしまい。暑い毎日が続くから、なんかサクッとした短編が書きたかった。
それでは読んでくださって、ありがとうございました。

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