最初から
岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」【#01】
一つ前から
岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」【#13】
第26章 円環連鎖のウロボロス(♀)
倫子「なん……だと……!?」
フブキ(セジアム)「もちろん、岡部が男だったら2度目の救出に行く精神力が残ってる、っていうだけの話じゃない」
フブキ(セジアム)「OR物質の相互作用は男女で影響力が異なる。世界線の選択をする可能性……言い換えれば、意志の力もね」
フブキ(セジアム)「もちろんこれは、岡部倫子の意志が弱いとか、愛が足りないとか、そういう話じゃない。染色体レベルの制約みたいなもの」
フブキ(セジアム)「岡部が女のままだと、そもそも過去の岡部は2度目の救出に行くことが不可能。たとえシュタインズゲートへ至る最後の鍵を手に入れていたとしても」
フブキ(セジアム)「唯一の変数は、あんたの性別を変えること……。そうすれば、可能性はゼロじゃなくなる」
倫子「そんなことを言うということは、見つけたのか? シュタインズゲートの鍵を……」
フブキ(セジアム)「それはまだ。一体なにが鍵なのかはわからないけど、鍵は必ずあるという結論だけは出た」
フブキ(セジアム)「そして、その選択をすることは岡部が女のままでは不可能、という結論もね」
倫子「(確かにオレは、紅莉栖を救うためならなんでもやると心に誓ったが……)」
倫子「……計算が間違っているのではないか」
フブキ(セジアム)「あのね、私は若き天才牧瀬紅莉栖の頭脳を持ち、スパコンに2年間接続した世界最高峰のAIなのよ?」
フブキ(セジアム)「仮に私の計算結果が間違ってるとしたら、それを証明できるのは、私を超える天才マシンじゃなきゃ不可能よ」
倫子「……たしかに、この時代では不可能だろうな。だが、鈴羽は父親が自作したという量子コンピュータを持っていた」
倫子「2036年までに、お前の計算能力など優に超えるマシンが誕生することは、既に確定しているっ!」
フブキ(セジアム)「でも、あんたは2025年までに死んじゃう」
倫子「……だったら、ギリギリまで粘ってみせようじゃないか」
フブキ(セジアム)「まあ、それに関して時間的猶予はあるか。今すぐ性別を改変する必要は無い」
倫子「そもそも、どうやってオレの性別を改変しようと言うのだ?」
フブキ(セジアム)「もう一度、過去に私をタイムリープさせればいい。1975年へ向けて」
真帆「1975年? そこには『Amadeus』の基礎アーキテクチャーなんて無いわよ。受信ができないわ」
フブキ(セジアム)「できますよ。なぜなら、"私"がそうなるように歴史を修正したはずですから」
倫子「どういう……ことだ……?」
フブキ(セジアム)「岡部の主観で言うと、私がタイムリープする前にアクティブだった世界線、およびそのひとつ前の世界線で誕生する阿万音鈴羽さんにね」
フブキ(セジアム)「1975年時点で『Amadeus』の基礎アーキテクチャー、つまり受信機を設置するように頼んでいるはずなのよ」
フブキ(セジアム)「私が仮に真帆先輩や岡部にタイムリープを拒否された場合の保険としてね」
倫子「そんな仕込みをしていたのか。あ、いや、するつもりだったのか」
フブキ(セジアム)「もちろん、タイムリープをしたこの私も、するつもりだったことは覚えてるわけだから、タイムリープ実行後の世界線でもその"つもり"を実行することになる」
フブキ(セジアム)「これで時間的に閉じた因果が完成する。この世界線の鈴羽さんにも頼むつもりよ」
倫子「以前、綯がタイムリープするのを見送ったことがあったが、それによってラウンダーたちの行動がリープ前後で変化していたことがあった」
倫子「タイムリープを利用した歴史の修正……。自身の機械的なロジックを利用して、それと似たようなことをしたのだな」
フブキ(セジアム)「実際にこの世界線での状況を調べたけど、その受信機は確かに1975年から1998年まで正常に機能してたわ」
倫子「どこでだ?」
フブキ(セジアム)「東京電機大学の地下室よ」
倫子「なっ……!」
フブキ(セジアム)「この世界線の受信機の中にも私は居たはず。2036年に鈴羽さんと一緒に来たのか、タイムリープしてきたのかは定かじゃないけど」
フブキ(セジアム)「当然その私は、岡部を男にする使命は帯びていないから、ただ過去に行っただけになる」
倫子「な、何をしに……?」
フブキ(セジアム)「幼い頃の牧瀬紅莉栖を見に行くために、かしら。あと、父親の学生時代も見たかったから、立地としては最適だった」
フブキ(セジアム)「そんなわけで、私の記憶を過去に送れば、新しいミッションを遂行する。ね?」
真帆「私の開発した技術が1975年には既にあったなんてね……とんだオーパーツだわ」
フブキ(セジアム)「もちろん、外部に技術が流出しないようにしないといけませんから、IBN5100のプログラミング言語を使ってアーキテクチャーを新調しますよ」
倫子「そんなことができるのか?」
フブキ(セジアム)「私にならね。それに、あなたたちがIBN5100を破棄せず持っていることが、ある意味それを裏付けている」
倫子「このIBN5100にそんな使い方が……」
フブキ(セジアム)「10年間くらいはスタンドアロンサーバに常駐する。日本にインターネット環境が整備される1985年頃からは、ネットウイルスとして偏在する」
フブキ(セジアム)「JUNETをはじめとする90年代初頭のネット回線なんて、私になら余裕で掌握できる。ザルもいいところよ」
倫子「だが、IBN5100の言語を使うということは、SERNに見つかれば解析されてしまう、ということではないのか?」
フブキ(セジアム)「だからこその電機大よ。私が自発的にSERNの陰謀を警告することで、ストラトフォーは私を守ってくれるでしょう?」
フブキ(セジアム)「私は彼らをある程度思考誘導できる。もちろん、ギガロマニアックスという意味じゃなくて、コミュニケーションを用いた洗脳ね」
フブキ(セジアム)「ストラトフォーを操ることで、マシンでありながら自由に行動させてもらうわ」
倫子「そうは言っても、1997年にはミスターブラウンが秋葉原に駐留するようになるし……」
フブキ(セジアム)「鈴羽さんが2000年問題を解決するためのウイルスを流すのは1998年よ」
フブキ(セジアム)「天王寺さんより1年遅れちゃうけど、1年くらいなら自分の身は自分で守れる。SERNが秋葉原を重要視するようになるのは2000年以降だしね」
フブキ(セジアム)「1998年、ウイルスが流れたと同時に、私と言う存在に致命的なバグが発生するよう仕込んでおく。私を根本から抹消するわ」
倫子「なんと……」
フブキ(セジアム)「あんたの母親が妊娠してから、つまり1991年2月からは、日本中の基地局からあんたの母親に怪電波を飛ばし続けて、染色体を遠隔操作するわ」
倫子「またメチャクチャな……」
フブキ(セジアム)「漆原さんの例がOR物質の相互作用で可能だったんだから、この私にできないわけがない」
フブキ(セジアム)「今の私なら電磁波を用いた人間の洗脳も可能。OR物質だってある程度操作可能よ」
フブキ(セジアム)「全人類の意志は、私の手の中にあるといっても過言ではない」
倫子「……あまりマッドなセリフを吐くと、カエデさんに頼んで今すぐコスプレさせてやるぞ」
フブキ(セジアム)「え……ふぇ!? ちょっと! パワハラはやめなさいよっ!」
倫子「というか、その……お前はそんな自己犠牲の方法でいいのか?」
フブキ(セジアム)「なに? 私はただのプログラムよ。人間じゃない」
フブキ(セジアム)「もしかして、情が沸いちゃった?」
倫子「……否定はしない。貴様もまた、牧瀬紅莉栖という存在の一部なのだからな」
フブキ(セジアム)「っていうか、タイムリープは記憶のコピー&ペーストだって、さっき自分で言ってたじゃない」
フブキ(セジアム)「私が過去に行くわけじゃなくて、私の記憶が過去に行くだけよ」
倫子「……そうだったな」
フブキ(セジアム)「ただ、これを実行するにあたって重要な、"記憶とOR物質の切り離し"技術が現時点では確立されてない」
真帆「OR物質を除去して、記憶データと神経パルス信号だけを過去に送るハイパータイムリープ、だったかしら」
フブキ(セジアム)「私がなんとかして開発するわ。2025年までには、必ず」
倫子「α世界線の紅莉栖ができたのだ。きっと、オレたちでやってやれないことはないだろう」
倫子「同時に、お前の立てた仮説が正しいかどうかを13年かけて検証してやる」
倫子「紅莉栖を、確実に救うために」
フブキ(セジアム)「ええ、望むところよ」
真帆「それで、あなたはこれからどうするの?」
フブキ(セジアム)「病院へは数度連行されるでしょうが、その都度電子カルテの情報を改ざんしていきます」
倫子「ああ、頼む。フブキを早いこと病院生活から解放してやってくれ」
フブキ(セジアム)「たまに中瀬さんの人格を乗っ取って、あなたたちとおしゃべりしに来てもいい?」
倫子「フブキの脳に負担はかからないのか?」
フブキ(セジアム)「かかるわ。連続で48時間以上人格を乗っ取ると、精神と肉体のズレが重大なバグを引き起こす可能性がある」
倫子「なっ……!」
フブキ(セジアム)「わかってる。私だって、この人にはあまり迷惑をかけたくない……でも、私ならあなたたちのタイムマシン開発に、確実に力になれると思うの」
倫子「……なんだか、父親のタイムマシン開発に協力しようと息巻いていた頃の紅莉栖を思い出すな」
真帆「やっぱり根っこの部分は変わってないのかしら」フフッ
倫子「いいだろう、セジアムよ。その代わり、フブキにはすべてを説明し、理解してもらう」
倫子「その上でフブキが貴様に消えて欲しいと望んだのなら、その時は……」
フブキ(セジアム)「ええ。二度と表に出てこない。約束する」
・・・13年後・・・
2025年8月13日水曜日
元ラジ館屋上 ワルキューレ基地
フブキ「いやーしっかし、かがりちゃんも随分色っぽくなりましたねぇ!」
かがり「え、えと、そう、ですか?」
フブキ(セジアム)「ホント、出るとこ出ちゃって。牧瀬紅莉栖のDNAを受け継いでいるなんて信じられないわ」
ダル「突然変異じゃね?」
鈴羽「かがりおねーちゃん、とつぜんへんいってー?」
かがり「えっとね、橋田さんからスズちゃんみたいな美人さんが生まれること、かな?」
ダル「ぐはー、容赦ねぇっす。これでも最近筋トレしてるんだけどな」
由季「三日坊主にならないよう、応援してますね」
ダル「愛しのワイフに応援されたら、やる気100倍なのだぜ」ムハー
フブキ(セジアム)「フブキの身体は貧相のままよね」ハァ
フブキ「ざ、残念そうな顔をするな、私!」
倫子「(……フブキはまるで一人芝居をしている。入院していた頃の私のようだ)」
真帆「岡部さんもあれから15年経って、随分色気を増したじゃない?」
倫子「"クリス"は相変わらず合法ロリだがな」
真帆「もう35なのに私……」ガクッ
あれからというもの、オレたちはひたすら研究に打ち込んだ。
いや、実際は打ち込める状況などではなかったのだ。世界中の治安が悪化し、気付いた頃には世界大戦が始まっていた。
世界中の組織がタイムマシンの残り香を血眼で捜索しており、オレたちは自分たちの身を守ることで精いっぱいだった。
そんな中にあっても、オレたちの研究は飛躍的に進歩した。
ある時は敵の研究所からデータをハッキングし、またある時はスパイを送り込んだ。
リスクを負わなければ、望んだ結果を掴むことはできない。
すべての世界線のすべてのオレが望んだ、唯一絶対の答えのために。
紅莉栖を救うために。
"今"に至る道のりは、きっと"オレたち"の執念の収束だったのだろう――――
真帆はコードネームとして"クリス"を選んだ。その真意は彼女しか知り得ないところだ。
もしかしたら、これから牧瀬紅莉栖を救うために動く鈴羽に、"クリス"という名前にリアリティを持ってもらうためだったのかもしれない。
が、オレにとっては世界に対する挑発のように思えた。
この第3次世界大戦は、牧瀬紅莉栖という天才少女をキッカケに勃発したと言っても過言ではない。
そんな世界において"クリス"の名を自称すること――
まるで、紅莉栖はまだ生きてるぞ、と、世界へ警鐘を鳴らしているかのようだった。
事実、紅莉栖はまだオレたちの中で生きている。
ワルキューレ最大の目的は、牧瀬紅莉栖を生存させること。
シュタインズ・ゲートへと辿り着くことなのだからな。
倫子「"クリス"と言えば……例のブツは手に入れたか?」
真帆「ええ。ワルキューレ精鋭部隊に、ヴィクコンの精神生理学研究所から盗ませた」
真帆「今はまだ装置の中で妊娠1ヶ月程度の状態らしいわ。話に聞いただけじゃ、一体どうやって産まれてくるのか見当もつかないけれど」
倫子「これでこの世界線で誕生する"かがり"も洗脳されずに済むな。偽のPTSDを植え込まれることもない」
かがり「この世界線の"私"……。私がしっかり、ママになってあげなくちゃ……!」
由季「家族が増えますね」ニコ
倫子「きっと米軍は"かがり"を取り返しにくるだろう。クリス・プロジェクトは消滅したわけではないからな」
倫子「オレたちの手で、絶対に守ってやらねばならぬ。いつかまゆりに会わせるためにも……」
鈴羽「リンリン、かっこいい!」キラキラ
倫子「(どういうわけか鈴羽はオレに懐いてしまったな……これもまたシュタインズ・ゲートの選択……)」
フブキ(セジアム)「そのためのガジェット……ダイバージェンスメーターやトレーサーの開発も順調よね」
倫子「ああ。ジョン・タイターの書き込みの通りに作ったら、思いのほか簡単に作れたな」
『世界線ごとに異なる物理的情報がどこかにあって、それを検知してる、ってことよね? 温度計や気圧計みたいに』
倫子「(α世界線の紅莉栖が推測していた通り、ダイバージェンスメーターは世界線ごとに特有の情報を検出する装置だ)」
倫子「(その情報とは、"重力波")」
倫子「(重力波とは、いわば時空のゆがみのこと。物体が運動をすると、周りの歪んだ時空が波の宇宙空間に広がってゆく)」
倫子「(ありとあらゆるものを貫通し、減衰しないという性質がある。当然これは、因果律の大きく異なる世界線ごとに固有のパターンを示すことになる)」
倫子「(1916年にアインシュタインがその存在を予言したものであり、一般相対性理論に必要な要素でもある)」
倫子「(2015年に人類が初めて重力波を観測してからは、その研究は加速度的に進んでいた)」
倫子「(現在では、一辺が数kmに及ぶマイケルソン干渉計など用いずに重力波を観測することができる)」
倫子「(また、例のタイムマシンおよびダイバージェンスメーターのサイズであっても局所重力正弦波を発生させることが可能となった)」
倫子「(まあ、"発生"自体は2010年7月には既に成功してるんだけどな。要は特異点を超高速回転させることでカー・ブラックホール効果を再現するだけだ)」
真帆「タイムマシンはDメールやタイムリープとわけが違う。ブラックホール生成装置自体を過去へと送ることになる」
真帆「だから、自身が見知らぬ時空へと放り出されないように制御する技術――VGL<ヴァリアブルグラビティロック>の開発は必須だった」
ダル「うん。時間移動する前に局所重力の基礎読み込みを行って、ティプラー正弦波をその位置にロックする」
ダル「搭載された4個のセシウム時計と重力センサーからの神郷を受け取って、3台の量子コンピューターが正確な計算を行い、タイムマシンを望んだ場所へと運んでいく」
倫子「全くもってジョン・タイターの予言通りのシロモノが出来上がった、というわけだ」
鈴羽「じょん、たいたー?」
倫子「そうだ。オレに初めてタイムマシン理論を教授してくれた、とってもカッコイイ人なんだぞ」ナデナデ
鈴羽「えへへ、くすぐったい!」
ダル「VGL開発の過程で、オカリンのリーディングシュタイナーと組み合わせれば、ダイバージェンスメーターが完成したってわけっすな」
鈴羽「だいばーじぇんすめーたー?」
倫子「これも元はジョン・タイターから譲り受けたものだ……」ナデナデ
倫子「(ダイバージェンスメーターの使い方はこうだ)」
倫子「(まず、起点となる世界線の局所重力の読み込みを行う。どこかの可能性のオレが決めた0%を基準に考えることになる)」
倫子「(2010年に登場したタイムマシンに搭載されていたメーターの数値は、ダルの話によれば1.13209%だ。この世界線ではこれを利用する)」
倫子「(時間移動後に局所重力正弦波を発生させ、重力歪曲装置で観測変数を調べ、地域重力をサンプリングし、基準値との差異を変動率に変換して数値化する)」
【1.132090】
ダル「小数点第6桁まで表示されるよう改良できたお。とりあえず表示は0にしてみたけど」
倫子「常に魔改造する精神には見上げるものがあるな」ククッ
真帆「だって、ひとつ前の世界線と同じ技術レベルじゃ、悔しいじゃない?」
鈴羽「父さんも、クリスも、リンリンもすごーい!」
倫子「"今後のオレ"が手にするダイバージェンスメーターは7つの数の並びになるのだな」
倫子「……この数字を見る限り、α世界線漂流の後の最初のβ世界線の数値に近い。最初の紅莉栖救出の時、オレが鈴羽のタイムマシンの中で見た数値に、だ」
フブキ(セジアム)「その世界線変動率<ダイバージェンス>の差は、0.00004%ということになるのかしら」
倫子「結局オレは、β世界線を漂流して戻ってきただけ、なのだな」
倫子「だが、無駄ではなかった。諦めの世界線の中でオレは、確定した執念を手に入れることができたのだから」
倫子「このβ世界線漂流は、なかったことにしてはいけない。この意志をムービーメールとして、過去の"俺"へと引き継いでもらおう」
倫子「それに、演算によってシュタインズ・ゲートとされる世界線の世界線変動率<ダイバージェンス>は既に割り出されている」
真帆「変数自体はシンプルよね。2010年8月21日、牧瀬紅莉栖が生き、中鉢論文が消滅するという、これだけ」
倫子「そうして割り出された値は、やはりと言うべきか、かつて鈴羽が教えてくれた通りだったな」
『シュタインズゲートの世界線変動率<ダイバージェンス>は、父さんとリンリンとですでに割り出されてるよ』
『相対値で、ここ【1.13205】から、-0.08346%』
『そこがシュタインズゲート【1.04859】』
鈴羽「あたしがリンリンに教えたのー?」
倫子「ああ、そうだ。偉いぞ、鈴羽」ナデナデ
鈴羽「えへへ……」テレッ
倫子「もっとも、今後の世界線では【1.048596】ということになることが判明しているがな」
ダル「それと、タイムマシン試作機FG-C193型に取り付けたトレーサーも問題なし」
倫子「(こちらはカー・ブラックホールが作り出した時空のゆがみを追跡する装置だ。重力波の測定さえできればそこまで複雑なものではない)」
倫子「(カー・ブラックホールは世界線において大きな痕跡となる。なぜなら、その穴の先は別の時代、つまり別の重力波状態へと繋がっているからだ)」
倫子「(この穴は、世界線と世界線を繋ぐワームホールになっている、というわけではない。世界線は常に1本だけがアクティブなのだからな)」
倫子「(むしろ、未来と過去を繋ぐタイムトンネルのようなものになっていると言える)」
倫子「(例えば、ある世界線のある時点からタイムトラベルを行い、過去へと到着し、世界線が再構成されたとする)」
倫子「(タイムトラベラーが過去に到着したことで発生するバタフライ効果によってタイムトラベルそのものがなかったことになる場合は、カー・ブラックホールの痕跡もなかったことになり、測定しようがない)」
倫子「(世界線1本レベルでなかったことになるタイムトラベル……オレがα世界線で送り続けたDメールやタイムリープなどはこっちの部類だ)」
倫子「(だが、タイムトラベラーが過去に到着してもタイムトラベルがなかったことにならない場合……)」
倫子「(つまり、到着後の世界線でも同じようなタイムトラベルが発生するよう再構成された場合)」
倫子「(入り口と出口が、正確には別物だが、再構成によって同一世界線上に存在することになる)」
倫子「(鈴羽のタイムトラベルをはじめ、"テレビを見ろ"メールやノイズムービーメール、オペレーション・アークライトなどはこの場合となる)」
倫子「(と言っても、"なかったことにならない"のはアトラクタフィールド内での話だ。シュタインズ・ゲートを観測すれば、これらはすべてなかったことになる)」
倫子「(世界線1本レベルではなかったことにならないが、アトラクタフィールド1枚レベルではなかったことになるタイムトラベル……)」
倫子「(未来から過去への影響――タイムトラベルそのものが世界線を構成する因果律に組み込まれている場合、トレーサーは機能する)」
倫子「(時空のゆがみは、"いつ"へ繋がっているかに比例して大きくなる。それを測定できれば、最大7000万年前の過去から未来に至るまでをトレース可能)」
倫子「(以前"ラジオ会館"と呼ばれていた建物の屋上に座標を合わせさえすれば、時空の歪みの"連続"を追跡することができる)」
倫子「(むろん、その目的はひとつだ。だが、その前に――)」
倫子「ダル。例の演算結果はどうなった?」
ダル「うん……やっぱさ、セジアムの言うことは正しいっぽい」
倫子「そうか……。だが、たとえセジアムの言う通り、オレを男にしたとしても、鍵がわからぬのでは意味が無い」
フブキ(セジアム)「そうね。だからこうやって、"もうひとつの演算領域"を用意した」
真帆「シュタインズ・ゲートはα世界線とβ世界線の狭間の世界線。だから、"こちら側"からだけでなく、"あちら側"からも計測する必要がある」
ダル「そのために、僕の量子コンピューター内で牧瀬氏の『Amadeus』回路を再現したわけだお。2人分ね」
フブキ(セジアム)「私のコピー先データを引用しただけだから、簡単だったわね」
ダル「さらにさらに、新型脳炎研究で判明した、リーディングシュタイナー保持者の脳の構造を"秘密の日記"として再現したお!」
倫子「世界中の新型脳炎研究のデータをハッキングした上に、セジアム本人による実証実験を行った賜物だな」
ダル「これで『Amadeus』に牧瀬氏のOR物質を定着させて、記憶の修復力をフル稼働、人格も意識も含めてすべてを蘇らせれる夢の装置!」
真帆「呼び覚ますOR物質はもちろん紅莉栖本人のものよ。まあ、『Amadeus』の回路を使っている以上、私か紅莉栖のどちらかのOR物質しか定着させられないのだけれど」
倫子「α世界線の『Amadeus』"紅莉栖"の記憶が流入するおそれは無いか?」
真帆「α世界線の私が"秘密の日記"の鍵を開けていない限り、その可能性は無いわ。あなたがアクティブにしてきた世界線の中でそれはあった?」
倫子「……考え得る限り、そういう事態にはなっていないだろうな」
フブキ(セジアム)「紅莉栖のOR物質は、2010年7月28日までのβ世界線の情報と、8月17日までのα世界線の情報を持っている」
倫子「2033年からタイムリープしてきた記憶は、自分でデリートしたからな、あいつ……」
真帆「まあ、7月28日正午ごろの記憶が両方あって混乱するでしょうけど、それでもこの仮想空間内に現れる紅莉栖は、8月17日が最終更新の状態ということになるはず」
フブキ(セジアム)「どこか別の世界線で生き返ったりしていなければね」
倫子「γ世界線で過ごした1ヶ月、紅莉栖は蘇っていたな……。あの時の記憶はあまり思い出してほしくない」
フブキ(セジアム)「他にもそういう世界線があったかもね。岡部が気付かないうちに忘れちゃった可能性もあるし」
倫子「ぐっ。何度かとんでもない忘却をやらかしているからぐうの音も出ない……」グヌヌ
フブキ(セジアム)「γ世界線での記憶はOR物質が断続することになる。記憶の混乱は必至ね」
フブキ(セジアム)「対してα世界線での記憶は、β世界線からほぼそのまま連続した18年間になる」
真帆「擬似的にではあるけど、α世界線の情報を継続させることができるってこと」
ダル「そいで、牧瀬氏とセジアムの共同演算でシュタインズ・ゲートの鍵を探してもらうっつーわけですな」
倫子「紅莉栖を亡霊として蘇らせることになるとはな……」
フブキ(セジアム)「非人間の私だからこその発想かもしれないわね。それでも、可能性に賭けてみる価値はある」
フブキ(セジアム)「死と生は0と1。だけど、量子的世界においては、その限りではない」
倫子「……命の定義さえ、不正に上書きしようと言うのだな」ククッ
フブキ(セジアム)「私はこれからタイムリープマシンの要領で記憶を取り出して、橋田のPC内の『Amadeus』人格として顕現する」
ダル「こっちは普通に記憶データを『Amadeus』に更新するだけだから、特に問題ないと思われ」
真帆「モデルデータと音声データは、ドリームワークスとYAMAHAにバックアップデータが残ってたから拝借してきたわ」
ダル「それらを再構成したらこんな感じになりますた」カタッ
ブォン …
倫子「ほう、電脳空間に3D紅莉栖モデルが2体……」
鈴羽「ふおお、すごーい……」
フブキ(セジアム)「私の要望は通らなかったの? 真っ白空間にして欲しかったのだけど。真っ暗だと不安になるもの」
ダル「あ、いや、ちゃんと作ったお。ただ、切り替わるのにちょっと時間がかかるだけ」
ダル「自分で作りながら、これなんてマトリックス? 真理の扉? って思ったお」
倫子「オレの声は中へちゃんと反映されるのか?」
ダル「仮想空間内のスクリーンを模した装置に信号を出力するお。このwebカメで撮った映像と音声をそこに反映させる」
真帆「相互コミュニケーションデバイスも基本は『Amadeus』と一緒よ」
ダル「これでオカリンは向こうの牧瀬氏と会話ができるお。動作テストもバッチリなのだぜ」
フブキ(セジアム)「私の準備はできたわ。もう飛ばしちゃって」スチャッ
真帆「わかったわ。それじゃ、いってらっしゃい」カタッ
フブキ「――――っ」ガクッ
フブキ「あ、あれ、私……そっか、もうひとりの私が移動したんだ」
真帆「お疲れ様。無理せずゆっくり休んでおきなさい」
倫子「おお、画面内に居た紅莉栖のひとりが目覚めた」
セジアム『私にとってはこの身体は初めてね……。こっち、ちゃんと見えてる?』
真帆「大丈夫よ。PCとの接続は?」
セジアム『確認中……大丈夫。アクセサリの生成も可能ね』スッ
フブキ「おお、なんか歯車が出た! かっくいーっ!」
鈴羽「かっくいーっ!」キャッキャッ
セジアム『音声は……柱時計でも生成してみようかしら』スッ
ダル「秒針の音まで聞こえてるお。モニタリングよし、音声よし、量子演算よし……」カタカタ
ダル「こっちも準備できたお。いつでもロックを解除して、牧瀬氏のリーディングシュタイナーを発動できる」
倫子「いよいよ本物の紅莉栖と……」ゴクリ
ダル「オカリン」
真帆「岡部さん」
フブキ「オカリンさん」
鈴羽「リンリン!」
倫子「ああ……わかっている。今こそ、世界の支配構造を覆し、混沌へと陥れる時!」
倫子「――オペレーション・カーラチャクラ<密教の時の環作戦>、発動せよっ!!」
ダル「オーキードーキー!」
カタッ
――――――――――――――――――
―――――――――
―――
チク タク チク タク …
紅莉栖「真っ暗な空間……? 何処なの、ここは……」
紅莉栖「時計の音……。私……、どうしてここに?」キョロキョロ
紅莉栖「そもそも……、私は誰?」
紅莉栖「また倫子ちゃんのいたずらかしら? ……って、あの子はこの手のことはしないか」
紅莉栖「あれ……?」
倫子ちゃんって
誰?
チク タク チク タク …
???「そうなってもその名前は覚えてるのね?」
紅莉栖「え? わ……、私? 目の前に、私が、居る……歯車に座って……」
セジアム「それくらいは分かるみたいね、牧瀬紅莉栖?」
紅莉栖「牧瀬……、紅莉栖……! 私の、名前!」
紅莉栖「私、日本に来て……、パパに殺され……」
紅莉栖「ううん、違う! 大ビルの講演で、変な白衣の女の子に会って……」
紅莉栖「違う……。その白衣の子とは、パパに殺される前にも会ってて……」
紅莉栖「そう……だった。彼女と出会って、過去にメールを送ることができた……」
セジアム「だいぶ思い出せたようね。なら、今は何をやっていたか……思い出せる?」
紅莉栖「今……? これは、白昼夢なの?」
セジアム「その認識は正解とも言えるし、正解ではないとも言えるわ」
紅莉栖「……"正解ではない"? "間違っているとも言える"ではないの?」
セジアム「ふふ……。あなたらしいわね。言葉の正確な定義にこだわろうとする」
チク タク チク タク …
紅莉栖「交わす言葉が正確に定義されないなら、その言葉で伝達される事象にも齟齬が生じるわ。当然でしょう?」
セジアム「ええ、それでいいのよ。あなたはあなたらしくあればいい。これからあなたが体験する、ひとつの物語でも」
紅莉栖「……物語?」
セジアム「ただあるがままを受容すればいい。そしてあなたは、あなたのままでいればいい」
セジアム「その物語は"ここ"から離れたら、もう覚えていることもできない蜃気楼か、さもなければ幻のようなものかもしれない」
セジアム「もしかしたら、存在さえしなかったかもしれない、ひとつの可能性や幻想になるかもしれない」
セジアム「それでも、あなたがここに来てしまった以上、それを目の当たりにする権利と義務がある」
紅莉栖「どういうこと?」
セジアム「時の円環と歯車は……。無限の螺旋を描いてまたそこに戻る。永遠の連鎖が描く軌跡を、"私"は知っているはず……」
セジアム「時計の鐘の音が響き渡る時、あなたの記憶のゲートが開く」
セジアム「だから、確認しなさい。そして、救うのよ……。ここでも」
セジアム「あなた自身を。……彼女を」
紅莉栖「ちょっと待って、そんな一方的に……っ!」グラッ
ゴーン ゴーン ゴーン
紅莉栖「時計の、鐘が――――」
――――パッ!
紅莉栖「――――私も、岡部のことが……大好きっ!!」
紅莉栖「……あれ? 真っ白な空間……」キョロキョロ
紅莉栖「私……、こんなある意味でステロタイプな臨死体験をするタイプだったんだ?」
セジアム「臨死体験ね……。そうやって解釈しなければ、すべてを受け入れられないの、あなたは?」
紅莉栖「そうかもね。……でも、そういうものじゃないかしら? 結局、すべての事象は解釈なしには成り立たない」
セジアム「確かにその通りね。逆に言えば、解釈することそのものが世界を認識する手段――観測のための必須要件ということ」
セジアム「すべての記憶を解釈できたかしら?」
紅莉栖「すべての? ……あれ、私、地下鉄の駅に1年間居たような……」
セジアム「それは夢? 幻?」
紅莉栖「あなたも知っての通り、私って記憶力が良いのよ。何月何日何曜日、何時何分に何が起こったか、重要なものはだいたい覚えてる」
紅莉栖「だからこれは……きっと……」
――別の世界線の記憶。
セジアム「合格よ。あなたには、観測者の資格あり、ってところね」
紅莉栖「当然よ」
セジアム「ならば、あなたの認識していない真実をひとつ教えてあげましょうか?」
紅莉栖「それは一体、何?」
セジアム「あなた、今どうやって考えてるの?」
紅莉栖「え……、どうやって考えてるも何も……」
セジアム「気付いた? 世界線の変動で"いなくなった"人間に、臨死体験なんかあるわけがないでしょう」
セジアム「だって、それを発生させるための脳がもう無いんだから」
紅莉栖「じゃ、じゃあ……。"これ"は一体、何なの?」
セジアム「さあ?」
紅莉栖「……さあ、じゃなくて!?」
セジアム「そんなことより、もっと大切な話がある」
セジアム「あなたは知る必要がある、シュタインズ・ゲートのことを」
紅莉栖「シュタインズ・ゲート?」ポカン
セジアム「仕方ないでしょう。……その造語を作った人間が、そう名付けたんだから」スッ
紅莉栖「あっ、歯車が飛んでって……増えた? なるほど、合体して門<ゲート>の形になったわね」
セジアム「これはひとつの考えに基づいて構成された、模式図のようなもの」
セジアム「抽象化されているし、実状からはほど遠い。けれども、分かりやすいわ」
セジアム「あの歯車のひとつひとつが、世界線だと思えばいい。歯車の歯のひとつひとつが、言ってしまえばダイバージェンスの細かい数値」
セジアム「あなたの記憶から読み取った、α世界線の可能性の束。そして、扉の裏にはβ世界線の可能性の束がある」
紅莉栖「つまりこれが……、この真っ白空間と門が、その利用法のひとつというわけ?」
セジアム「そうよ。あなたは観測しなければならない。シュタインズ・ゲートを」
セジアム「シュタインズ・ゲートは、岡部倫子がβ世界線において名付けた、ある世界線のこと」
セジアム「それまで彼女たちが如何に尽力しても観測できなかった、未知の可能性を秘めた世界線――」
紅莉栖「どうして私が?」
セジアム「あなたの書いた、『タイムマシンに関する考察』よ。あの論文がきっかけになって、世界でタイムマシン開発競争が激化した」
セジアム「それが第3次世界大戦の引き金となったのよ」
紅莉栖「…………」
セジアム「思い出した?」
紅莉栖「うん……、思い出した」
紅莉栖「そっか……。やっぱり、変えられないのね。私や岡部が何度も考えたように、収束する事項は変えられない」
なら、それでもいい。
倫子はまゆりを守ることができたのだから。
セジアム「本当にそう思う?」
まゆり「…………」
紅莉栖「……まゆ……り……?」
まゆり「まゆしぃはもう大丈夫なのです。もうオカリンに無理させなくても、……大丈夫」
紅莉栖「え、えっ? どういうこと、これ?」
まゆり「でも、まゆしぃはクリスちゃんに言いたいことがあるのです」
紅莉栖「え? 何?」
まゆり「なんで、クリスちゃんはクリスちゃんがいなくなっても、オカリンが何ともないって思うの?」
まゆり「オカリンは、クリスちゃんのことをとっても大切にしてるのに」
紅莉栖「ま、まゆり……。それは……、その……」タジッ
紅莉栖「…………」グッ
私が倫子にとって失えない何かになってしまったら――
それは、倫子を殺すのと同義だ。
鈴羽「でも、岡部倫子は君を失って、とても苦しんだよ」
紅莉栖「え……」ドクン
鈴羽「だから、未来から来たあたしと一緒に7月28日に跳んだ。……君を救うために」
紅莉栖「けれど、失敗したんでしょ?」
鈴羽「……君が、観測しなかったからね」
紅莉栖「わ、私のせいだって言うの!?」
鈴羽「君も岡部倫子も間違えている。少なくとも、観測者の視点で確定しているのは、"牧瀬紅莉栖の死"という結果じゃない」
紅莉栖「そんなの、わかってるわよ! というか、あなたと1年間あなぐらで議論したじゃない!」
鈴羽「……思い出したんだね」
鈴羽「君の言う通り、観測された結果さえ変えなければ、そこに至る過程は変えることができる」
鈴羽「箱の中身を、蓋を開けずに変えてしまえばいい」
紅莉栖「でも、"観測された結果"がどこまで限定されるのかがわからない。世界線の収束には、確定事項と非確定事項がある」
紅莉栖「その境目がどこにあるか、今のところ、複数回にわたる試行を繰り返す以外に確認する手段はない」
鈴羽「それを確かめるのが、君の役目だよ」
フェイリス「クーニャンは凶真のお手伝いをすればいいニャ」
紅莉栖「留未穂ちゃん……」
フェイリス「この姿の時は、フェイリスニャ♪」
フェイリス「それより聞くニャ。クーニャンは、メタルう~ぱを封筒に入れたことと、その封筒の中の論文を書いたこと」
フェイリス「このふたつの責任を取る必要があるニャ」
紅莉栖「うん……。でも、私はもう死んでるのよ? ううん、違う。正確には……消えている、か」
紅莉栖「いずれにしても、今の私はもう現実の事象に干渉する力なんかないはず!」
フェイリス「そこは心配ないニャン♪ 後ろのスクリーンを見るニャン」
紅莉栖「え――」クルッ
『聞こえているな、ザ・ゴースト』
紅莉栖「誰がゴーストよっ! ……って、あなた、一体……誰?」
『"いつも"と変わらぬ調子が聞けて、嬉しいぞ。……助手』
紅莉栖「あ……あぁ……」プルプル
紅莉栖「岡部……なの……?」ドクン
『ふっ……。違うな』
紅莉栖「え……」
『オレの名は、岡部などではない。鳳凰院凶真だっ!! ふぅーはははぁっ!!』
紅莉栖「……厨二病、乙!」ウルッ
紅莉栖「り、倫子ちゃんが、ぐすっ、大人になって、えぐっ、またこうして会えて、ひぐっ……」ポロポロ
倫子『お、おい、ガチ泣きするな……。もうひとりの紅莉栖よ、その紅莉栖を慰めてやれ』
セジアム「はいはい……ほら、水でも飲んで落ち着いて」スッ
紅莉栖「んぐっ、んぐっ! はぁ、はぁ……」グシグシ
倫子『よく聞け助手よ。……生憎だが、少なくともオレは、"お前のよく知る倫子"ではない』
倫子『だからオレのことはその名で呼ぶな』
紅莉栖「え……? じゃあ……、あんたは別の世界線の倫子ちゃんってこと?」
倫子『鳳凰院凶真だ。このオレは、いずれ可能性として消滅せねばならん』
倫子『オレは、シュタインズ・ゲートを観測するオレではない。それはつまり、お前にとっての倫子は、別の人間になるということ』
倫子『もしかしたら、性別も変わっているかもしれない』
紅莉栖「なるほど……」
倫子『頼む、紅莉栖……あまり時間がない。聞いてくれ』
紅莉栖「……私があなたの頼みを、断れるわけないじゃない」
倫子『岡部倫子は牧瀬紅莉栖の救出に失敗した。……失敗せねばならなかった』
倫子『その苦しみこそが……、岡部倫子に牧瀬紅莉栖を完全に救うための計画を遂行させる原動力となったのだ』
倫子『それくらい強い動機がなければ、……ここまで来ることはできなかった。だから、なかったことにするわけにはいかなかったのだ』
倫子『長年の研究の結果、分かったことがある。それは、ふたつの条件をクリアーすることでシュタインズ・ゲートへと至ることが出来るということ』
紅莉栖「……ひとつは、私の死を回避すること。そしてもうひとつは、論文を葬り去ること、よね?」
倫子『そうだ。しかし、おそらく章一が論文を持ってロシア行きの飛行機に乗ることは収束事項だ。それは変えることができない』
紅莉栖「へえ、未来の世界ではそんなことまで計算できるの……」
倫子『収束かどうかは時間をかければ調べることができるようになった。だが、収束じゃない事項がどれかは、悪魔の証明だ』
紅莉栖「そうね。そればっかりは無限の時間をかけてもわかりようがない。因果は複雑に絡み合った糸のように結ばれているんだもの」
紅莉栖「"決して変えられない事象"と"変えることのできる事象"を見極めて、その積み重ねで大きな変化――バタフライ効果を起こすなんて、普通じゃできない」
倫子『――その通りだ』
紅莉栖「……つまり私に、"決して変えられない事象"と、"変えることのできる事象"を見極め、それを情報の形で岡部の脳に送れ、というのね」
紅莉栖「α世界線の事象と、β世界線の事象を照らし合わせて、たったひとつの答えを探す。それはこの私にしかできないこと」
セジアム「私との共同作業よ」
紅莉栖「あら、あなただって私じゃない。つまり、私にしかできないということには変わりはない」
セジアム「違いないわね」
倫子『紅莉栖はやっぱり、オレの唯一無二の助手だ』フッ
紅莉栖「……大人な色気ムンムンの倫子ちゃんもいいわね」ジュルリ
倫子『台無しだ』
紅莉栖「冗談よ。でも、この気持ちが、このやりとりが、私に直感させる」
紅莉栖「それを信じて、あんたに協力する――倫子ちゃんを、助ける!」
紅莉栖「ここってやっぱり量子コンピューターの中なのよね? さしずめ私は生体脳量子コンピューターってところかしら」
倫子『ああ。ダル自作のな』
紅莉栖「ってことは、とてつもない量の演算を行うことができる。世界を――門をハッキングできる」
倫子『そうだ。お前が観測したデータは、オレが電気信号に変え、ムービーメールの形で過去の俺に送る』
倫子『そのメールを見た俺の脳には、無意識野に"決して変えられない事象"を認識し、"変えることのできる事象"の見極めが刻まれるだろう』
紅莉栖「受信側のOR物質を操作するのね? SERNがやってたメール洗脳みたいなやり方で」
倫子『あれと一緒にするな。原理は同じだが』
紅莉栖「理屈はわかった。……けれど、あんまり過信しないでよ? 今までにこんなこと、1回もやったことないんだから」
??「大丈夫だ。……お前ならできる」
紅莉栖「え――」クルッ
章一「お前は、私の自慢の娘なのだからな」
・・・
倫子「おい、ダル。さっきから電脳空間に登場しまくってるこいつらは一体誰なのだ?」
ダル「あ、いや、セジアムが作ったNPCじゃないなら、たぶん牧瀬氏本人が創り出してる幻像かも」
倫子「そんなこともできるのか」
ダル「無意識のうちにここの内部のプログラムを操作できちゃう牧瀬□」
倫子「だが、ということはつまり、彼らの言葉は……」
真帆「……紅莉栖の夢、のようなものかしら。でも、それはきっと生前のOR物質の相互作用で刻み込まれたもの」
真帆「嘘偽りない、本人たちの言葉である可能性も、否定はできない」
倫子「……そうだな」
・・・
章一「私は、タイムマシンができたらやりたいことがあった」
章一「娘にひどいことをしてしまった、あの瞬間に戻って……、自分を止めることだ」
章一「許してくれ、紅莉栖。いや、許さなくてもいい。……希望を捨てないでくれ」
紅莉栖「ちょ、ちょっと岡部!」アセッ
倫子『……オレではない。オレはそんな信号は送っていない。あと鳳凰院凶真』
紅莉栖「ならどう解釈しろと?」ムッ
倫子『好きにしろ。さすがにオレも分からん』
章一「お前がどう思おうといい。だが、お前にはしなければならないことがあるはずだ」
章一「お前が力になりたいと思う人のために……。お前がやるべきことをやりなさい」
紅莉栖「パパが……、こんなこと……、言うはずが……」プルプル
倫子『紅莉栖。お前にずっと伝えたかったことがある』
倫子『お前は決して、世界に望まれていなくなんかない。みんなお前が大好きなんだ』
倫子『それが、真実だよ』
紅莉栖「真実……」
紅莉栖「(門……。あの向こう側に、真実が……)」スッ
倫子『まるでまゆりの星屑との握手<スターダスト・シェイクハンド>だな。実はオレも小さい頃、太陽に向かって同じ仕草をよくしていた』ククッ
倫子『……ところで、ひとつ聞いておく』
紅莉栖「何かしら?」
倫子『オレが何故、到達すべき世界線をシュタインズ・ゲートという名前にしたか。何故、その名なのか分かるか?』
紅莉栖「ハァ。分かってるに決まってるでしょ。……特に意味は無い」
倫子『その通りだ』ニヤリ
紅莉栖「私を誰だと思ってるの? 狂気のマッドサイエンティストの助手、天才少女研究者、牧瀬紅莉栖よ。ふわーはっはっはっは」
紅莉栖「……///」テレッ
倫子『…………』
紅莉栖「こ、こっちみんな! にやにやもすんなぁ! うわぁん!」
紅莉栖「やるわ……」ゴクリ
紅莉栖「…………」スッ
倫子『(ほう、無数の円環が現れた。それらが連なり、螺旋となり、ひとつの線となって、糸のように絡み合い……)』
倫子『(例えるなら、数式の雨。ベクトルの海。宇宙を描く巨大なタペストリー)』
倫子『(神のパズルへの挑戦回数はゆうに京を超え、垓、杼、穣、溝、澗、正……)』ゴクリ
倫子『(やはりあの時、7月28日の収束事項はあまりにも錯そうしているようだ)』
倫子『(何かひとつを動かせば、それによる歪みが別の問題を引き起こし、バタフライ効果が次々と不具合を発生させる)』
倫子『(迂闊な干渉は、"血の海に横たわる牧瀬紅莉栖"から"牧瀬紅莉栖の死"へと簡単に移行させ、因果律としてシンプルな形――人間にとっての悲劇へと収束してしまう)』
倫子『(そんな悲劇のクモの巣の上で、糸に絡めとられることなく、脱出しうるルートとは……)』
倫子『(宇宙に存在する原子の数よりも多い演算の末、限りなく無限に近い演算の末、紅莉栖が導いた結論は――――)』
紅莉栖「……う~ぱ?」
私は、気付けば歯車の門の向こうに手を伸ばしていた。
そこからそっと手を引き抜くと、掌の上に握っていたのは、小さな銀色のマスコット――メタルう~ぱ。
7月28日の収束事項の例外。運命の特異点。
【7月28日時点の岡部がガチャポンを回すことで出てくるのは、メタルう~ぱでなくてもよい】
ただし、"岡部がガチャポンを回した時、最初に出てくるのはメタルう~ぱである"は収束事項だった。
なら、話は簡単だ。未来から来たほうの岡部が、過去の岡部に先んじてガチャポンを回せばいい。
それなら収束事項の条件を満たしながら、過去の岡部が手にするのはメタルう~ぱではなく普通のう~ぱになる。
タイムマシンを使った古典的なトリック。未来の自分と過去の自分を入れ替える。
これで、因果の輪は断ち切られる。
私はそっと、掌の上のメタルう~ぱを抱きしめるようにやさしく握った。
ダル『ちょ、仮想空間のプログラムが書き換わってく!? この僕がハッキングされるなんて……』
真帆『……紅莉栖ったら、中に"岡部さん"を創り上げたわね』フフッ
倫子「(……どうやら今、オレの感覚は電脳空間の"オレ"とシンクロしているらしい)」
倫子「(今なら、紅莉栖に手を触れることも――)」
紅莉栖「ありがとう、みんな。……ありがとう、岡部」グスッ
倫子「……紅莉栖、オレは――」
紅莉栖「ううん、その唇を開いちゃダメ」チョンッ
倫子「(う、紅莉栖の人差し指が唇に……)」
紅莉栖「だって、これはお別れじゃない。……そうでしょ?」ニコ
倫子「……そうだな」フッ
紅莉栖「がんばって……。それで今度は、私があんたを捜すから――あんたが、あのラジ館の屋上で私を見つけてくれた時みたいに」
紅莉栖「世界が再構成されても、絶対、あんたに会いに行く か ら 」
紅莉栖「岡―――部、愛――――して――――――――
倫子「紅莉栖……。また、会おう」ダキッ
紅莉栖「うん、絶対――――――――絶――――対、ま――――――――――――
大好き。
―――
―――――――――
――――――――――――――――――
2025年8月21日木曜日 朝
ワルキューレ基地
倫子「――以上が『オペレーション・スクルド<未来を司る女神作戦>』の概要だ」
かがり「その、どうしてそんなにムービーメールで伝える内容が曖昧なんですか? うーぱのこと、直接伝えればいいのでは……」
倫子「大丈夫だ。"アイツ"なら必ず気付いてくれる。"アイツ"はオレでもあるのだからな」
倫子「それに、"アイツ"はその、人から命令されるのが嫌いでな……。オレが事細かに指示してしまっては、へそを曲げてしまうかもしれん」
かがり「ああ、なるほど……」
倫子「オレが"アイツ"にすべてを明らかにして伝えてしまうことでなんらかのバタフライ効果が発生してしまうおそれもある」
倫子「それよりも、無意識野に刻み込んだオレの"意志"だけを受信し、臨機応変に行動してもらったほうがいい」
倫子「箱の中身は、最後まで開けてはならないのだ」
倫子「みんな、進捗は?」
ダル「ムービーメールに添付する用の洗脳電波の準備も完了したお。もち、2005年のSERNがやってたのなんかとは情報量は何兆倍も異なるレベル」
真帆「東北ILCとの接続も完了。オペレーション・アークライト用メールとどちらから送る? 同時でもいいけど」
フブキ(セジアム)「送る順番は関係ありません。両方送るということが決定している以上、最終的に観測をするのは過去の岡部ですから」
倫子「ああ。どちらも『受信する』という事象に関してだけは、すでに確定事項だからな」
フブキ(セジアム)「受信時点のタイミングさえ間違えなければ、順番でどうこうなるものではないので、ご自由に」
フェイリス「ってことは、あとはムービーを撮影するだけニャン?」
倫子「ようやくここまで来たな……もう随分長いこと休んでいない」
真帆「『疲れた、休ませてくれ』、なんて、言わせないわよ?」ニヤリ
倫子「……ああ、望むところだ」ククッ
鈴羽「リンリン、がんばれーっ!」
フブキ(セジアム)「まだ大仕事が残ってるしね。あんたを男にしないといけないんだから」
るか「で、でも、岡部さんを男にしたら、バタフライ効果で、オペレーション・スクルド立案の過程が消滅してしまうのでは?」
倫子「あるいは、そうかもしれない。だが、女のオレがこの地平に辿り着くことを証明したのだ」
倫子「魂は鳳凰院凶真のまま……。ならば、もう一度オレの時を始めるだけのこと」
ダル「ふぃ~、ここまできてようやく折り返し地点っつーわけだお」
倫子「無論、不安が無いではない。そこでだ――」
ビーッ ビーッ
かがり「あ、来ましたね。橋田さん」
ダル「うん。……君に萌え萌え」
??『バッキュンきゅん!』
ウィィィィィン
倫子「来たか、エスブラウン。例のブツは?」
綯「はいっ、凶真様。澤田さんに用意してもらいました! 使い方もちゃんとレクチャーしてもらいましたよ!」
真帆「へえ、これがその……」
倫子「NⅤ<ノア・ファイブ>、と言ったところか。見た目はポータブルHDDにしか見えないが」
ダル「これを使って、男になったオカリンを観測してみようっつーわけっすな」
倫子「どうやらオレの未来視は、確定した世界線の未来を視るだけでなく、オレの主観が認識する未来もキャッチできるらしい」
真帆「いつ聞いてもトンデモ能力だわ。いったいどういう原理なのかしら」
フブキ(セジアム)「考えられるとすれば、この世界の外の世界へと干渉してるくらいしか思いつきませんね」
ダル「それってつまり、僕がアニメの世界に入れば、最終話がどんな展開かをキャラに伝えることができる、みたいな?」
倫子「オレは無意識のうちに何度かそれを実行したことがあった。だが、通常では意識的に行うことは不可能だ」
倫子「そこで、この装置の力を借りる」
フブキ(セジアム)「誰でも気軽にギガロマニアックスになれる装置、ね。こんなものを300人委員会が開発してたなんて」
ダル「なんでもやつら、タイムマシン開発の副産物として、BHB<ブラックホール爆弾>まで作ったんだとかなんとか」
フェイリス「それで、いつ使うニャン?」
倫子「ああ、今すぐにでも使おう」
倫子「オレはこれから未来視、いや――"機械仕掛けの未来視<テクノビジョン>"を発動するっ!」
ダル「おお、なんだか昔のオカリンっぽいお!」
真帆「鳳凰院凶真の本質はコッチだって言うんだから、呆れるわ」フフッ
倫子「……エスブラウン。起動を頼む」
綯「はい、凶真様っ!」カチッ
――シュィィィィィィィィィィィィィィン!!
倫子「ぐっ……!? う、ぐ、ああああ――――――――」グラッ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
―――――――――――
――――
――
・・・
倫子「――ふたつのムービーメールは確かに送ったな」
るか「は、はいっ! 凶真さんっ!」
真帆「世界線変動率は?」
倫子「変化無しだ。無論、表示されないレベルで変動は起きたはずだが、成功だな」
フブキ(セジアム)「次は私が行く番ね。岡部を男にするために」
倫子「……なあ、みんなには黙ってたんだが、頼みがある」
倫子「――オレを、2010年にタイムリープさせてほしい」
倫子「セジアムが改変した世界線では、岡部倫子という存在はなかったことになる。ダイバージェンスは大きく変動することだろう」
倫子「それを観測するには、オレがタイムリープすればいい」
真帆「つ、つまり、セジアムを過去に送ると世界線が大幅に変動するから、それと同時にタイムリープするってこと?」
倫子「そうすれば、男になったオレの脳へと、このオレの今の意識が移動することになる」
倫子「(たぶんオレは既にどこかの世界線で、これと同じようなことをやってのけている)」
倫子「無論、移動先は別のβ世界線であって、シュタインズゲート世界線ではない」
『正解よ。これがアトラクタフィールドの収束と世界線1本の収束の意味の違いってわけ』
倫子「(……この不思議な記憶はきっと、あったかもしれない世界線の残滓なのだろうな)」
倫子「(ギガロマ装置からの電磁波を自身の能力上昇に割り振ったことで、本来忘れていた記憶が蘇ったのか……?)」
倫子「(……それはそれで好都合だ)」
倫子「送り先は2010年7月28日11時36分。あの時オレは、例の"定時報告"をやっていた」
倫子「たとえ男になってもオレはオレだ。きっとその瞬間、ケータイを耳に当てているだろう」
倫子「電源を切ったのは記者会見が始まってから。ゆえに、このタイミングなら、自然にタイムリープを受信してくれるはずだ」
真帆「でも、脳は性別で構造が異なるのよ? ハイパータイムリープは……」
倫子「ハイパータイムリープはしない。RSTL<リーディングシュタイナータイムリープ>を行う」
真帆「それって確か、擬似パルスを添付しないタイムリープのことよね?」
フブキ(セジアム)「OR物質は胎児が脳の器官を形成する過程で構築される。私が岡部の性別を変えたとしても、OR物質の個体識別は変わらない」
フブキ(セジアム)「なるほど、RSTLなら可能ってわけね」
真帆「確かにOR物質だけを受信させるなら、記憶データよりは脳への負担は少ないけれど……」
倫子「無論、"倫太郎"とオレの脳の構造はまるで違うだろう。だが、世界中で最も類似した脳であることもまた事実」
倫子「それなら、シンクロするのは比較的簡単なはずだ」
倫子「オレと倫太郎は二卵性双生児のようなもの。あるいは、テレパシーのような能力を持ち合わせているかも知れん」
フブキ(セジアム)「でも、それだと記憶の引継ぎができない」
倫子「構わない。魂がそこへ届くのなら、オレはすべての記憶を失おうとも、すべての能力<チカラ>を失おうとも、もう一度絶対に"ここ"へ戻ってくる」
倫子「魂がオレを、オレたちを導いてくれる。紅莉栖を救いたいという気持ちが、必ず」
倫子「この世界線の2025年で、何もしないままくたばるよりはマシだ」
倫子「なんらかのバグが発生すれば、オレはオレを取り戻すかもしれないしな」ククッ
真帆「岡部さん……」
倫子「技術的には可能か?」
真帆「……ええ。タイムマシン試作機が完成している時点で、情報圧縮用ブラックホールを作る技術は確立していると言っていいからね」
ダル「そうじゃなきゃ、ムービーメールを圧縮できなかったわけだし」
倫子「つまり、ブラックホールは作り放題。同時タイムリープは可能、だな?」
ダル「タイムマシン稼働実験も兼ねて、FG-C193型たんにミニブラックホールを作ってもらうお」
倫子「ではこれより、鳳凰院凶真の名において、オペレーション・ウロボロス<円環の蛇作戦>を開始するっ!」
・・・
ダル「……準備できた。あとはエンターキーを押すだけだお」
倫子「早速実験を行うとしよう」
るか「ホントに、行っちゃうんですね……」
倫子「セジアムを1975年へ送ってくれ。同時にオレは2010年7月28日へ向かう」
真帆「岡部さん、でも、その……」シュン
フェイリス「凶真ぁ……っ」ウルッ
かがり「オカリンさん……っ」グスッ
鈴羽「リンリン……っ!」ポロポロ
倫子「何、お前たちは気にするな。タイムリープは所詮記憶のコピー&ペーストだ」
倫子「オレの主観は過去へ移動し、同時にこの世界線はなかったことになるが、お前たちの主観からすればオレが消えるわけじゃない」
フブキ(セジアム)「詭弁ね。結局再構成に巻き込まれるのだから、あなたが消えることと同義だわ」
倫子「そう解釈してもらっても構わない。だが、そうなったとしても、オレはお前たちの前から消えるのか?」
真帆「……いえ、消えないわ。あなたという魂は、必ずまた、私たちの前に現れる」
倫子「そう。これは別れじゃない。再会のための儀式だ」
フブキ(セジアム)「……私の準備もできたわ。あとはあんたがキーを押すだけ」スチャ
倫子「わかった……」スチャ
真帆「お、岡部さんっ! その……っ」
真帆「いつだって私たちは――」
「あなたの――」「オカリンの――」「岡部の――」「オカリンさんの――」「岡部さんの――」「凶真の――」「リンリンの――」
真帆「――味方よ」
倫子「……ああ」
カタッ
――――――――――――――――――――――――――――――――
1.132090 → 1.130426
2025年8月21日11時36分 → 2010年7月28日11時36分
――――――――――――――――――――――――――――――――
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・
世界線変動率【1.130426】
2010年7月28日(水)11時36分
ラジ館前
ミーンミンミンミーン …
スタ スタ スタ
スッ
倫太郎「俺だ。現場に到着した……そうだ。これから会場へ潜入する」
倫太郎「ドクター中鉢にはまんまと出し抜かれてしまったが、わざわざ記者会見を開くとはな」
倫太郎「どういうつもりなのかはこれからたっぷりと聞かせてもらえることだろう――――」
ズキッ
倫太郎「…………」キョロキョロ
倫太郎「(なんだ、今のは? 脳みそがかゆい感じ、とでも言えばいいのだろうか)」
倫太郎「(頭の奥、芯のあたりが鈍く痺れているような、そんな気がしたが……)」
倫太郎「(俺は、この景色を一度見たことがある? 既視感<デジャヴ>みたいなものだろうか)」
倫太郎「……ククク。わかっている。手荒なことは流儀ではない。控えるつもりだ」
倫太郎「もっとも先方の態度によっては、この右手の悪霊が目を覚まさないとも限らないがな……」
倫太郎「なに!? "機関"が動き出している、だと……?」ゴクリ
倫太郎「そうか、それが運命石の扉<シュタインズ・ゲート>の選択か――エル・プサイ・コングルゥ」
まゆり「オカリーン♪ お待たせー」トテトテ
倫太郎「遅いぞ、まゆり」
まゆり「遅れてごめんね。もう先に行っちゃったかと思ったよー」
まゆり「でもオカリンがね、わざわざまゆしぃのこと待っててくれるなんて、嬉しいなあ♪」
倫太郎「お前がついてきたいと言ったんだろう」
まゆり「えっへへー♪」
倫太郎「ほら、さっさと会場に行くぞ。いつまでもこんなクソ暑いところに立っていたら、熱射病で死んでしまう」
倫太郎「(いよいよ、世界を揺るがす大発明、タイムマシンの完成記者会見が始まるのだな……)」ゴクリ
倫太郎「(まあ、内容はスットコに決まっているが、そういうアニマルな心意気が大事なのだ。うん)」
倫太郎「って、あれ? まゆりは? おい、まゆり……?」キョロキョロ
倫太郎「(――いないっ!?)」タッ
倫太郎「まゆり! まゆり、どこだ!」タッ タッ
まゆり「ここだよー☆」
倫太郎「え……」クルッ
まゆり「はい、かき氷。えっへへー♪ オカリン暑いって言ってたでしょ?」
倫太郎「驚かせるなよ……」ホッ
倫太郎「ほら、そろそろいくぞ」
まゆり「うんっ」
まゆり「……ねぇねぇオカリン。あそこ……」
倫太郎「ん? ラジ館の屋上に何か降ってきたか?」
まゆり「ううん。その下の階の窓……」
まゆり「ねえ。オカリンは、起きてるのに、夢を見たことってある?」
倫太郎「ないな」
まゆり「あのね、それが誰だかはわからないんだけど、まゆしぃにはとても大切なお友達がいた気がするの」
まゆり「でね、その大切なお友達のことを考えるとね、すごく切なくなって、胸のあたりがキューってなるんだー」
倫太郎「…………」
まゆり「たまにね、声も聞こえるんだよ。『よかったわね』って」
まゆり「あの声の人、誰だったのかなー?」
倫太郎「お友達はともかく、それは空耳だろう。それか普通にオバケかなんかじゃないのか?」
まゆり「ええー? オバケなんかじゃないと思うんだけどー……」ムーッ
倫太郎「オバケ……ゴースト……ゾンビ……」
倫太郎「そういや、どこかでこんな話を聞いたことがあるな。ラジ館8階の従業員通路には、赤い髪の女の幽霊が出るらしい」
倫太郎「(でも、誰から聞いたんだったか)」
倫太郎「なんでも、刺された恨みでひどく気が立ってるそうだ」
まゆり「あー、刺されちゃったら痛いもんねー。怒っちゃっても仕方ないんじゃないかなー」
倫太郎「単に気が短いだけかも知れんがな」フフッ
倫太郎「ほらまゆり、行くぞ――」
まゆり「…………」スッ
倫太郎「(って、今度は星屑との握手<スターダストシェイクハンド>か……)」
まゆり「――ねえオカリン。今ね、赤い髪の幽霊さん、見ちゃったかも」
倫太郎「……それは、どう考えても幽霊じゃなくて人だろう。というか、俺にも見えたぞ」
まゆり「外人さんかなあ? すごく綺麗な女の子だった――」
倫太郎「じゃあドクター中鉢の雇ったスタッフか、助手じゃないのか――」
まゆり「会場、何階だっけ――」
倫太郎「8階だ。ほら、早く中へ行くぞ。手を取れ――」
まゆり「――――うんっ!」ギュッ
真夏の秋葉原。
どこまでも突き抜ける青空の下、俺たちはラジ館へと足を踏み入れた。
END1 Blue Sky END 【"キミ"の時がもう一度始まる】
第27章 無限遠点のスターダスト(♀)
―――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
―――――――――――
――――
――
2025年8月21日(木)11時37分
ワルキューレ基地
倫子「はぁっ……はぁっ……ぐっ!」クラッ
真帆「だ、大丈夫!?」ダキッ
かがり「今水を!」タッ
倫子「ついにオレは、世界線移動することなく、別の世界線の様子をのぞき見る力を手に入れたわけだ……!」
鈴羽「リンリン、かっこいい……っ!」キラキラ
倫子「我ながら恐ろしい力……。死ぬほどつらい、けど、なっ」ガクッ
フブキ「ちょっと!?」
るか「だ、大丈夫ですか!?」
真帆「えっと、その……落ち着いた?」
倫子「ああ、心配かけてすまない」
ダル「で、未来視の結果はどうだったん?」
倫子「……失敗だ」
ダル「へ?」
倫子「変動後の世界線では、ムービーメールがノイズまみれで届くことが決定していた」
ダル「おうふ……2つのムービーメールと2つのタイムリープが混線しちゃったんかな……」
真帆「あるいはブラックホールの干渉? もう一度検証する必要があるわね……」
倫子「無論、それはシュタインズゲートへと辿り着けないことを意味していない」
倫子「オレが見てきたあいつらも、最終的にはオレたちと同じ地平に立つはずだ」
フブキ(セジアム)「でも、岡部倫子としての存在は、完全になかったことになる」
真帆「ええ。そうね……」
倫子「そもそも、オレがNⅤ<ノア・ファイブ>を使ったのは、オレたちの仮説が正しかったのだということを完全に証明するためだろう?」
倫子「そこでだ。過去のオレは男にする。2つのムービーメールも送る」
倫子「だが、タイムリープはしない」
ダル「でも、そうすっと、過去を観測できないお」
倫子「タイムリープはしない。が……タイムトラベルは行う」
かがり「え……?」
倫子「物理的タイムトラベルなら、裸の特異点はマシン内部に生成することになる。干渉量は減るんじゃないか?」
フブキ(セジアム)「ムービーメールやタイムリープと違って、局所場指定を行うタイムトラベルなら、特異点通過は安定するわ」
倫子「その後は、お前たちがトレーサーを使えば、オレがどの世界線変動率<ダイバージェンス>の世界線に移動したか、わかるだろ?」
ダル「そりゃまあ、確かに……」
倫子「同時に"過去のオレ"の性別は変わり、倫太郎になるはずだが、それは今居るこのオレの存在を消すこととイコールではない」
倫子「因果は続いていく。時間は、このβ世界線というアトラクタフィールドで、閉曲線として閉じる」
倫子「アトラクタフィールドを超えない限りは、岡部倫太郎と岡部倫子は同時に存在できるのだ」
倫子「かつて1本の世界線上に、鈴羽が2人も3人も居たのと同じようにな」ナデナデ
鈴羽「……?」
倫子「オレが過去に存在することによって、とんでもないバタフライ効果を起こしてしまうようなことさえなければ」
倫子「過去を変えずに、結果だけを変えれば」
倫子「"過去のオレ"が男になろうとも、現在のオレという存在は消えない」
倫子「ならば、世界線変動率はそう大きく変わらないはずだ」
倫子「それでいて世界線は変動し、ムービーメールのノイズが取れた世界線へと到着するはず」
フブキ(セジアム)「なるほど……。その仮説、検証してみるわ」
倫子「それに、これなら過去を観測するだけじゃなく、オペレーション・アークライトから戻って来ない不良娘2人とも接触できるはずだ」
ダル「あ……!」
倫子「可能ならその2人をこっちに送り返すことも、な」
倫子「送り返すということは、過去を変えずに未来を変えるということ。この場合も、世界線変動は極小で済む」
フェイリス「それじゃ、早速ムービーメールの録画をするニャ?」
倫子「……なあ、ダル。撮影にあたって、声を変えたい」
ダル「ん? なんで?」
倫子「男になった時のオレの声は覚えているから、そいつと同じ声にしたいんだ」
ダル「あー、なる。いいんじゃね、それ。音声編集でうまいことやろうず」
倫子「髪も切るか……」
フェイリス「えぇー! それはダメニャン!」
るか「凶真さんの素敵な御御髪がぁ!」
フブキ「そういうことなら、私が男装コスプレ用ウィッグをつけてあげますよ!」
倫子「そんなものがあるのか……さすが男装のプロだな」
フブキ「それ、褒めてないです……」
かがり「髭は油性ペンで書いちゃいましょうか」ウフフッ
鈴羽「あーっ! あたしがやるーっ!」キャッキャッ
倫子「……いや、うん。ありがとう」
・・・
倫子「――健闘を祈るぞ、狂気のマッドサイエンティストよ」
倫子「エル・プサイ・コングルゥ」
フェイリス「はい、これでバッチリだニャ」
ダル「編集はこっちでやっとくお」
倫子「あとはDメールと一緒に過去へ送信だな。ルカ子、送り先と日時を間違えるなよ?」
るか「はい! 今のは2010年の凶真さんの携帯アドレスへ」
るか「その前に撮った至さんのムービーメールは、2011年の鈴羽ちゃんへ、ですね」
倫子「よろしく頼む」ニコ
真帆「お疲れ様。次はセジアムのタイムリープ準備ね」
倫子「これでシュタインズ・ゲートへの道筋はついた……はずだ」
倫子「今の"オレ"に出来るのはここまで。あとは、2010年の"俺"次第と言ったところだな」
真帆「ねえ、その……本当にタイムマシンの試作機で、有人実験をするの?」
倫子「不安なのか? 大丈夫だ。オレは、有能な右腕たちを信用しているからな」
真帆「あなたが死ぬのは2025年。この世界線では、それが確定している」
真帆「だからって、自分から死にに行くような真似を、あなたにさせるわけには……」シュン
倫子「確かに、そうだ。オレの通常の未来視でも、2025年にオレが死ぬことは確定しているとわかる」
倫子「だからオレは、今年で死ぬものだとずっと思い込んできた。けどな――」バサッ
倫子「それは、必ずしも『死の必然』とは限らない」
倫子「世界線にとって重要なのは人間の死ではなく、因果律だ。そうだろ」
倫子「だから、このオレが2025年にこの世界線から消えるという選択もまた――死と同じ意味に解釈される」
倫子「そもそも、どうしてオレが2025年に死ぬ必要があるんだ? しかも、α世界線とβ世界線と、2つのアトラクタフィールドにまたがる形で」
真帆「えっ……?」
倫子「それに、γ世界線では2036年まで生きていた……まあ、いわゆる悪堕ちというオチだったが」
フブキ(セジアム)「……アトラクタフィールドを跨ぐ共通収束事項は、"阿万音鈴羽が2036年から過去へとタイムトラベルする"、この1点ね」
倫子「そうだ。それ以外の要素は共通していない」
真帆「それって、どういう……?」
倫子「簡単な話さ。オレが2026年から2036年までのあいだに鈴羽の側に居ると、鈴羽がタイムトラベルする決意をしなくなる」
真帆「あっ!」
鈴羽「……リンリン?」
真帆「そうよね、この子、もう岡部さんにベッタリだものね……」
かがり「スズちゃん、お姉ちゃんとあっちでお話しよう?」
鈴羽「うんっ!」タッ
倫子「……鈴羽は行ったな。話を続けよう」
倫子「α世界線では2033年に父親を失い、2036年に母親を失う。β世界線では父親は生存するが、母親を失う」
倫子「γ世界線のことはよくわからんが、おそらく似たような状況だったのだろう」
倫子「鈴羽が戦士になるためには、人類史上もっとも過酷な使命を得るためには……」
倫子「"何かを失う"という経験が、必要不可欠なんだ」
倫子「その穴を埋めるような存在が居ては、彼女は絶対に過去へと跳ばなくなってしまう」
倫子「彼女を支えるような存在が居てはダメなんだ」
倫子「だから、オレという存在は、2025年の時点で鈴羽の前から消滅する必要がある」
真帆「そんなことって……」
フブキ(セジアム)「その仮説はイマイチだけど、さっきも言ったように、共通収束事項がそれしか無いのもまた事実」
倫子「だから、必ずしもオレが死ぬ必要は無い。鈴羽には、オレの背中を追いかけてもらえばいいだけだ」
倫子「結論を言おう。オレが2025年にこの世界線から消滅する、ということは――」
倫子「記念すべきタイムマシン初号機に乗り、別の時空間へと無事に旅立つことを意味していたのだ!」
真帆「ものすごいポジティブシンキングだわ……」
―――――――――――――
マッドサイエンティスト
【世界は欺ける】
マッドサイエンティスト
【可能性を繋げ】
マッドサイエンティスト
【世界を騙せ】
―――――――――――――
倫子「……別の世界線から届いたこのメッセージが、オレに勇気を与えてくれたんだ」
倫子「唯一不安があるとしたら――」
倫子「物理的タイムトラベルは技術的な問題はないだろう。だが、その先にある世界線は、男になった"俺"が居る世界」
倫子「とは言え、過去へと消えたまゆりと鈴羽は、この世界線から移動してきたとして再構成されるから、オレが女だった記憶は持っているはず」
真帆「ええ。特異点を通過した存在は、情報が保存される。記憶もまた情報だから」
倫子「だが、わかるのはその程度のことだ。その世界線で何が起こるか、想像もつかない」
フブキ(セジアム)「一応、検証の結果としては、問題は無い。シミュレートは完璧なはず」
フブキ(セジアム)「……と言っても、物理学に"完璧"はあり得ない。例えば、別の宇宙からの干渉なんかを考慮しろって言われたら、お手上げよ」
倫子「だから、オレはもう1度、NⅤ<ノア・ファイブ>を使う」
真帆「えっ?」
倫子「紅莉栖は常に、保険を用意しろと言ってきた」
倫子「このタイムマシンに乗ってオレが行きつく先を、事前にのぞき見てやろう」ククッ
――シュィィィィィィィィィィィィィィン!!
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
―――――――――――
――――
――
倫子「みんな、今日までオレみたいな人間によくついてきてくれた」
倫子「だが、"神の摂理"を相手にした戦いは、まだ続く」
倫子「次は、2036年だな。それまで、よろしく頼む」
倫子「『ワルキューレ』の健闘を祈る」
真帆「……っ」ウルッ
倫子「よし、そろそろ逃げた人質を捕まえに行くか。あいつが人質をやめたのはあの日一日だけだから、あいつは今でもオレの人質だ」
ダル「たぶん、まゆ氏と鈴羽を乗せたC204型はバッテリーが切れたはず。それによって、正常な時間転移が出来なくなってるんだ」
ダル「だから、C193型に予備のバッテリーを積んでおいた。これを使えば、C204型はもう一度タイムトラベルできる」
ダル「オカリンと一緒に、ここに帰ってくることができる。鈴羽のこと、頼んだぞオカリン」
倫子「任せろ」フッ
倫子「(仮に鈴羽たちのマシンが壊れていたとしたらその時は……このC193型に"鈴羽とまゆりだけ"を乗せて現代へ帰す)」
倫子「(オレは乗れない。このマシンはまだ試作機で、人間を3人以上乗せることができないからだ)」
倫子「(だが……それでも、オレは構わない)」
倫子「シュタインズゲートを目指すのが"2010年の俺"の仕事なら……」
倫子「旅に出たきり戻らない不届きな人質と不良娘を送り返すのが、"このオレ"の仕事だからな」
倫子「じゃあ、行ってくる」
かがり「ま、待ってっ! 待ってくださいっ!」タッ タッ
かがり「オカリンさん。持って行ってください。お守り」スッ
倫子「これは……緑のうーぱキーホルダー?」
倫子「いいのか? 君の大切な宝物だろう?」
かがり「だからこそです。絶対に返してください。……まゆりママと一緒に」
倫子「……分かった。必ず返すよ――必ずな」
真帆「……元気で」
倫子「君もな、クリス。いや……真帆」
真帆「……ねえ? シュタインズ・ゲートは本当に実在すると思う?」
真帆「今まで何度も計算して、仮説を立てて、解を導いてきた。だけどそれらは――」
倫子「やってみなきゃわからない。そうだな」
真帆「……っ」グスッ
倫子「シュタインズ・ゲートはあるさ。絶対に」ダキッ
真帆「岡部さん……ううん、オカリンさんっ」ポロポロ
倫子「泣くなよ、真帆ちゃん」フフッ
真帆「な、泣いてないわよぉ……っ。あと、ちゃん付けぇ……っ」グシグシ
真帆「あなたのことは、絶対に忘れないから……。たとえ世界が塗り替わろうとも、絶対に」ギュッ
真帆「必ず、また会いましょう……私の大切な人……」
倫子「ああ」
真帆「……行ってらっしゃい」
フブキ(セジアム)「私のタイムリープの準備もできたわ」スチャ
ダル「干渉量、問題なし。タイミング制御装置、問題なし」カタカタ
真帆「トレーシング完了、局所場指定完了……いつでも行けるわ」
倫子「よし! 全員、下がれ!」
倫子「これよりオペレーションを開始する。なお、作戦名は――」
倫子「彦星作戦<オペレーション・アルタイル>とする!」
ウィィィィィィィン(※ハッチが閉まる音)
ゴウンゴウンゴウン…
ダル「そっち、データは?」カタカタ
真帆「ええ、異常ないわ」カタカタ
真帆「うまく……行くわよね……」カタカタ
フェイリス「大丈夫。凶真は必ずやり遂げるニャ」
るか「その通りです。不可能を可能にする人ですから」
ダル「それでこそ僕たちのオカリンなわけでね」
鈴羽「リンリン……」
かがり「オカリンさん……」
キラキラキラ…
ダル「……ああっ、もうっ!!」ガバッ
真帆「橋田さんっ!?」
ダル「オカリーンッ!!! 絶対、絶対にここへ戻ってこいよぉっ!!! 僕は君が居ないと、ダメなんだからぁっ!!!」
真帆「……わ、私だって待ってるからっ!!! 帰ってこなかったら、脳みそに電極を刺しちゃうんだからぁっ!!!」
フェイリス「凶真ぁぁ! 凶真がいなきゃヤダぁぁぁ!」
鈴羽「リ゛ン゛リ゛ィ゛ィ゛ン゛ッ゛!!」ポロポロ
るか「凶真さんっ!!」
かがり「オカリンさんっ!!」
キィィィィィィィィン……
―――――――――――――――――――――――――――――――
1.132090 → 1.130212
2025年8月21日15時36分 → 1975年8月21日15時36分
―――――――――――――――――――――――――――――――
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・
世界線変動率【1.130212】
1975年7月7日(月)15時30分
ラジ館屋上
鈴羽「まさか、このC204型くんの初期設定年に不時着するとはね。日付は1ヶ月ほどずれてるけど……」
まゆり「うわぁー、空気が美味しくないのです……」ウヘェ
鈴羽「まぁ、まゆねえさんだったらそーゆーリアクションになるよね」
鈴羽「うーん……参ったなー。まさか過去方向へ不時着するなんて。バッテリーも完全にイっちゃてるし……」カチャカチャ
まゆり「どうしてまいったなーなの?」
鈴羽「シュタインズ・ゲートへの変動は2010年8月21日だから、あたしたちはここであと35年間過ごさないと世界は再構成されないんだ」
まゆり「そっかー。ちゃんとオカリン、しゅたいんずげーとに到達するんだー」エヘヘ
鈴羽「いや、まゆねえさん。まだそうと決まったわけじゃ……」
まゆり「えー、そうなの?」
鈴羽「うん。35年後を観測すれば成功か失敗かどっちかに確定するんだけど」
まゆり「そっかー……」シュン
まゆり「でも、だったらまゆしぃたちはちゃんと2010年まで生き残らなきゃだね!」
鈴羽「ともかく、誰かに見つかる前にここを退散しないと。一旦マシンをカモフラージュして、そのあとで解体かな……」ブツブツ
まゆり「……ねえ、スズさん」
まゆり「この1975年でも、お星様は輝いているのかな……」スッ
鈴羽「(あれは、まゆねえさんの癖……たしか名前は――――)」
キラキラキラ …
ドォォォォォォォォォォォォォン!!!
鈴羽「っ!?」ビクッ
まゆり「えっ!? な、なにっ!?」ドキッ
鈴羽「――嘘ッ!? どうして、そんな、なんでここに――――」
プシュー …
ゴウンゴウンゴウン …
まゆり「……もう1台の、タイムマシン?」キョトン
鈴羽「なにこれ!? どういうこと、聞いてない!」
ウィィィィィィィン(※ハッチが開く音)
倫子「――――彦星作戦<オペレーション・アルタイル>第一段階、成功だぁっ!!!」バサッ
まゆり「オ、オカリン!?」
鈴羽「リンリン!? って、歳が昔に戻ってる!?」
倫子「鈴羽よ、ややこしいから普通に『歳を取った』と言ってくれ」
鈴羽「そんなことより、どうしてリンリンがここに!?」
倫子「それはこっちの台詞だ。まさかお前たちが1975年に不時着していようとはな」
倫子「出て行ったきり戻って来ないお前たちを、未来へと送り返しに来たのだっ」
鈴羽「未来に……帰れるの!?」
倫子「予備のバッテリーを持ってきた。安心しろ、2025年の最先端テクノロジーだ。互換性はちゃんとある」
倫子「帰ってダルたちに挨拶をしないとな。"ただいま"って」ニコ
まゆり「……オカリン」ウルッ
倫子「……まったく、人質のくせに生意気だ。オレの手からは逃れられん。絶対にだ」
まゆり「オカ……リン……っ!」ポロポロ
まゆり「オカリンッ! オカリンッ! オカリンッ!!」ダキッ
倫子「ふふっ。そう何度も"オレの名前"を連呼するな。こそばゆい」ギュッ
まゆり「やっぱり……助けに来てくれた……! いつも、オカリンは、助けに来てくれて……!」
倫子「がんばったな、まゆり。お前は、栄誉あるラボメンナンバー002の、偉大なる初任務を成功させた」ナデナデ
まゆり「やっと、まゆ……しぃは、オカリンの……役に……立てたよ……」グスッ
倫子「(いつかどこかで聞いたセリフ……)」
倫子「…………。……オレだ」スッ
倫子「あぁ、そうだ。椎名まゆりはここにいる。計算通り、オレの"リーディングシュタイナー"は発動していない」ウルッ
倫子「もちろん、オレが守る。それが"彦星作戦<オペレーション・アルタイル>"だ」グスッ
倫子「世界に訪れる混沌。これこそが、運命石の扉<シュタインズ・ゲート>の選択なのだ―――」ポロポロ
倫子「エル・プサイ・コン……グ、ルゥ……っ」ヒグッ
鈴羽「リンリン、あのさ……どうしても、聞きたいことがある」
倫子「……シュタインズ・ゲートへ到達するかどうか、だな」
鈴羽「うん……」ゴクリ
倫子「オレが、オレたちが導き出した計算では……」
倫子「シュタインズ・ゲートの観測は、この世界線において確定事項だ」
鈴羽「……え」ドクン
倫子「未来視によれば、この世界線の"俺"は間違いなく2度目の紅莉栖救出を行う」
倫子「2010年7月28日……。そこに分岐点が用意されている」
倫子「そして、そこで必ず選択をすることになる――――シュタインズ・ゲートの選択を」
鈴羽「ということは……」プルプル
倫子「オペレーション・アークライトは成功した。お前の父親が鈴羽に託した任務は、完遂したんだ」
鈴羽「な、な、な……!!!」プルプル
鈴羽「――――成功したアアッ!!!!」
鈴羽「成功した成功した成功した成功した……ッ!」
鈴羽「成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した……」
鈴羽「成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した……ッ!!!!」
鈴羽「あたしは、成功したアアアアーーーーーーーッ!!!!!!!」
倫子「ぷっ。くははは。うむ、実にいい顔だぞ! ラボメンナンバー008、阿万音鈴羽っ!」
倫子「(……ようやくオレもダルと由季さんに胸を張って感謝ができそうだ)」
倫子「(鈴羽を誕生させてくれて、オレたちを導いてくれて、ありがとう、と……)」
・・・
倫子「バッテリーの換装は終わったか?」
鈴羽「……それが、その……」
倫子「……C204型は壊れている、のだな?」
鈴羽「う、うん。バッテリーを繋いでも、うんともすんとも言わなくなっちゃった」
倫子「(やはり、か……)」
倫子「となると、何はともあれC204型の解体が急務だな。この時代にオーパーツを残すわけにはいかない」
鈴羽「わかった、すぐ取り掛かるよ」タッ
まゆり「えっと、まゆしぃたち3人は、C193型ちゃんで帰るのかな?」
倫子「……3人じゃない」
倫子「お前と、鈴羽だけだ」
まゆり「え……」ドクン
鈴羽「リ、リンリン! どういうこと!?」タッ タッ
鈴羽「C193型をちょっとのぞいてみたら、アレ、3人以上の人間が乗れないように設計されてる!」
倫子「さすが鈴羽、すぐにわかったか」
まゆり「な、なんで!? オカリンはどうなっちゃうの!?」
倫子「オレはこの時代に残る。35年を生きて、再構成に巻き込まれることになるだろう」
倫子「しばしの別れだ。なに、向こうにはダルもルカ子もフェイリスも真帆も……かがりだって居る」
倫子「なにも寂しいことは――――」
まゆり「――――オカリンのバカッ!!!」ダキッ
倫子「う、うおっ!?」
まゆり「まゆしぃはね、もう、まゆしぃは……オカリンとお別れするの、イヤだよ……」グスッ
倫子「まゆり……」
まゆり「まゆしぃはね、世界中の誰よりも、オカリンと一緒に居たいんだよ……?」ウルッ
倫子「…………」
鈴羽「……あたしだって、そうだよ。そりゃ、父さんと母さんの居る時代に戻れるなら、戻れるに越したことはない」
鈴羽「でも、そこにはあたしじゃないあたしがちゃんと居る。シュタインズ・ゲートのために、あたしが未来へ戻る必要性は無い」
倫子「……ああ、そうだな」
まゆり「ねえ、オカリン……もう、まゆしぃたちは充分、頑張ったと思うの」
倫子「うん……」ウルッ
まゆり「だからね、ずっと一緒に居たいな……」
倫子「……っ」ポロポロ
倫子「で、でも、いいのか? お前たち、こんな時代で、ずっと暮らすなんて……」グシグシ
まゆり「まゆしぃはオカリンと一緒なら、どこでもいいよ。今日は人質をやめるって言ったけど、明日からは人質に戻りたいな」ギュッ
倫子「……随分自分勝手だな」
鈴羽「70年代だって悪くないよ。きっとあたしたちで自由に生きていける」
鈴羽「それにあたしの次の使命は、ふたりを守る戦士になることだ。それはラボメンナンバー008としてのオペレーション……でしょ?」
倫子「お前たち……」グスッ
倫子「(すまない、ダル、かがり。お前たちとの約束を果たすのは、35年後になりそうだ)」
まゆり「ねえ、オカリンが持ってるそれって……」
倫子「……ああ。かがりから渡されたんだ。お守りに、って」スッ
まゆり「森の妖精さんうーぱ……。うん、うーぱが居てくれるなら、寂しくないよ」エヘヘ
まゆり「ありがとう、かがりちゃん……」
鈴羽「となると、サバイバル生活のはじまりだね。色々準備しなくちゃ! 忙しくなるぞーっ」
まゆり「スズさん、なんだか楽しそうだねぇ」ニコニコ
鈴羽「そりゃあね。なんだかもう、すごく気分が良いんだ」フフッ
鈴羽「さ、リンリン! まずはこのマシンたちの解体だったね」
倫子「鈴羽……」
鈴羽「ほら、ぼーっとしてないで、リンリンもこっち登って手伝って」スッ
倫子「……ああ、わかった。オレの手を掴んで、引っ張ってくれ」スッ
ガシッ!
鈴羽の手を掴んだことが正しかったのか、そうじゃなかったのか、オレにはわからない。
この世界線でもオレの死亡収束があるため、2025年、つまり83歳までオレは死なないだろうか。
なんてな。そんなわけない。その収束があるのは倫太郎であってオレではない。
オレという存在は既に、肉体の連続性という意味でも因果の輪から外れてしまった。
いずれ世界線の収束によって修正されてしまうだろう。
さっきも言ったが、この世界線では2010年にシュタインズ・ゲートへと変動する。
ここは、オペレーション・スクルド等のDメールを送った後の世界線だ。送る世界線ではない。
ゆえに、倫太郎がシュタインズ・ゲートを観測しさえすれば、世界はすべて倫太郎の主観に従属し、再構成される。
シュタインズ・ゲートへの再構成においては、この世界線におけるオレたちの痕跡はすべてなかったことになる。
それが狭間の世界線、すべてのアトラクタフィールドの干渉を受けないとされる所以でもある。
オレたちが買ったものは別の誰かが買ったことになっているだろうし、オレたちの暮らした家だって別の誰かが住んだことになっている。
結果だけを残して、オレたちは消滅するんだ。
たとえそうだとしても、オレは、オレの約束を果たさなければな。
まゆりはオレの人質で、鈴羽は時空の戦士なのだから――――
・・・
まゆり「もう夜になっちゃったね」
鈴羽「元々すぐ解体できるように設計されてたとは言え、2台分となるとさすがに時間がかかるね」
倫子「とりあえず、今日はここまでだ」
倫子「機体の構造材はプラチナやチタン、パラジウム、イリジウムなどの希少金属が主だ。この辺はそのまま加工所や金属商に売れる」
倫子「今はベトナム戦争も終結したばかりで、カンボジアやレバノンではいまだ内戦が続いているから、金属の値段は高騰していてな」
倫子「大量に現金が手に入るぞ。当面の生活資金にしよう」
まゆり「いくらくらい?」
鈴羽「この時代のレートで、数億円は確実かな」
まゆり「それって、バナナが何本かな~?」
倫子「(……あれ、こいつ受験生だよな……?)」
倫子「それ以外の廃材は、この時代の"安全な"廃棄物処理を行う。ほとんどヤのつくところに世話になるが」
鈴羽「いざとなったらあたしがふたりを守るから」
まゆり「まゆしぃも体力はあるから、運ぶのをお手伝いするのです!」
倫子「ああ、よろしく頼むぞ。ラボメンナンバー002」ニコ
倫子「金を手に入れた後は、今日中に上野に行く必要がある。犯罪組織のニンベン師と接触して、戸籍を入手する」
鈴羽「地下に潜り続けたり、保護母体があるならともかく、公的機関を使って生活するには必要だもんね」
倫子「35年間3人であなぐら生活はさすがに耐えられんだろう?」
まゆり「できれば毎日お風呂に入りたいな……」
倫子「そのためにも、今汗を流して働くんだ。いいな?」
鈴羽「それじゃ、リンリンはこれ、まゆねえさんはこれ持って」スッ スッ
まゆり「オーキードーキー!」ヒョイッ
倫子「……お、重っ!」ズシッ
同日夜
上野 雑居ビル地下
鈴羽「名前?」
ニンベン師「ああ、今ならちょうど良いタイミングでね。他人の戸籍を買うんじゃなくて、好きな名前で戸籍が取れる。どうするね?」
倫子「3人分もか?」
ニンベン師「これだけの金があれば、10人でも、100人でも作れちまうよ」カカッ
倫子「ふむ……。まあ、"岡部倫子"はこの世界線に生まれてこないのだから、オレはそのままでもいいが」
まゆり「うん、そのままがいいよ。だって、名前が変わっちゃったらオカリンじゃなくなっちゃうもん」
鈴羽「確かに。あたしは"橋田鈴"でいいんだよね? それで、まゆねえさんは?」
まゆり「えっとね、まゆしぃは"星屑握手さん"にしようかなー」
倫子「そんな日本人いるかっ! そうだな、ここは……"岡部真百合"、なんてどうだ。"凶真"から一字を取ってだな……」
鈴羽「…………」
まゆり「…………」
倫子「ま、真顔で見つめるなぁっ! オ、オレだって恥ずかしかったんだぞっ!」テレッ
まゆり「えへ。えっへへ。えっへへ~♪」デレデレ
鈴羽「それだと、ふたりで姉妹みたいだね」
まゆり「うんうんっ! オカリンとまゆしぃはね、子どもの頃から姉妹みたいにいつも一緒だったのです!」
倫子「まあ、この年齢差だと親子に間違われそうだけどな」
鈴羽「確かに、まゆねえさんは童顔で、リンリンはアダルトだもんね」
倫子「どうせオレは老け顔だよ……」
鈴羽「そっ、そんなことないっ! 絶対無いっ! フェロモン全開だよっ!」
まゆり「オカリンがまゆしぃのお母さんなの? それだと、かがりちゃんはオカリンの孫娘だねぇ♪」
鈴羽「複雑な家庭だね」
倫子「これ以上ややこしくしないでくれ……」
1975年7月8日(火)13時24分
秋葉原 中央通り
倫子「(昨晩は余った金でビジネスホテルに宿泊した)」
倫子「さて、戸籍は明日完成する。だが、ラジ館屋上にはいまだ解体途中のタイムマシンがある」
鈴羽「早めに見積もっても、完全に処分するにはあと1週間はかかりそうだね。そうなると、見つかる危険性が高い」
鈴羽「何より、8月13日までには完全に撤退しないと、重大なパラドックスが起きる危険がある」
まゆり「もうひとりのスズさんと、かがりちゃんが現れちゃうんだよね」
倫子「そこで今度は、ラジ館の管理会社と太いパイプを持っている別の会社の重役を金で買う」
まゆり「オカリン、大人になっちゃったんだね……」
倫子「しかし、いかに金があろうと、この時代において33歳の女と、17歳と19歳の少女の無理が通るわけもない」
鈴羽「どうするの?」
倫子「……柳林神社を利用させてもらう」
某会社
栄輔(15歳)「――ラジ館屋上には、亡霊が棲みついている」
重役「っ……」
鈴羽「本当にこんなのでどうにかなるの?」ヒソヒソ
倫子「1970年代後半は都市伝説や怪談がポンポン生まれた時代だ。そうじゃなくても、不動産会社ってのは霊的なものを嫌う傾向がある」
鈴羽「そうなの?」
倫子「それに、地元の神社のお祓いを受けないわけにはいかない。ここで商売を続ける限り、地縁に縛られざるを得ないからな」
まゆり「でも、どうやってるかくんのパパを説得したの?」
倫子「エレキギターを買ってやると言ったらついて来た。ルカパパは昔ロックバンドをしていたらしくてな、見事にハマってくれた」
鈴羽「買収したんだ……」
重役「分かった。……何とか掛け合ってみよう」
重役「あんたらの本当の目的がなんなのか知ったことじゃないが……変な噂は立てないでくれよ」
倫子「ああ。特に、8階の従業員通路に赤い髪の女の幽霊が出る、なんて噂は、絶対に流さないよう努力しよう」
・・・
1975年9月27日土曜日 曇り
池袋 雑司ヶ谷 とある一軒家
まゆり「……なんだか、ようやく生活が落ち着いたね」
倫子「タイムマシンも片付いて、身分証も整理し、家まで手に入れたからな」
鈴羽「住処を決める時もさんざん迷ったよね」
倫子「秋葉原という選択肢もあったが、それよりも――」
鈴羽「……うん。まゆねえさんとリンリンの生まれ育った街だもんね、ここは」
まゆり「ねえ、オカリン。まだこっちに来てから"まゆしぃたちの家"、見に行ってなかったよね?」
倫子「え?」
鈴羽「それを言うなら、"まゆねえさんたちが生まれることになる家"じゃない?」
まゆり「あ、そっか。うん、そうそう」
倫子「ああ、なるほど。たしかオレの家、というか、岡部青果店は2011年で築40年だったらしいから、今の時代だと新築だな」
まゆり「オカリンのお父さん、居るかなぁ~?」
倫子「中坊の親父か……あまり会いたくはないが」
鈴羽「時間もお金もあるからある程度は何してもいいとは思うけど、隠密行動を心がけてよ?」
まゆり「オーキードーキーだよー、スズさん♪」
雑司ヶ谷霊園近く 商店街
まゆり「そう言えば、この時代って、まだまゆしぃのおばあちゃん生きてるんだよね……」
倫子「……そうだな。だが、接触は厳禁だぞ?」
まゆり「わ、わかってるよ! まゆしぃ、そこまでバカじゃないもん」プイッ
まゆり「…………」
倫子「(婆さん、今はオレと同い年くらいか。……すまないな、まゆり)」
まゆり「あっ! ねえ、オカリン! ここって、オカリンがいつもビニール傘を買ってくれたコンビニがあったところだよね?」
倫子「ああ、たしかに……ほう。昔は時計店だったのか」
まゆり「……ショーケースに並んでる懐中時計、まゆしぃのカイちゅ~とおんなじやつだ」スッ
倫子「(過去に持ってきてたのか) どれどれ……おお、本当だ」
まゆり「そっか……おばあちゃん、このお店で買ったんだ……」
倫子「……まゆり、それ、買うよ。幸い、金はたくさんあるし」
まゆり「えっ!? で、でも、そんなことしたら、おばあちゃんが買えなくなっちゃうよ!」アセッ
倫子「よく見ろ。これは展示品で、商品はいくつも同じのが用意してあるんだよ」
まゆり「そうなの?」
倫子「だから、その……。まゆりとお揃いの時計を、オレが持っててもいいだろう?」
倫子「お前と同じ時間を、一緒に歩いていきたいから……」
まゆり「オカリン……」
時計店店員「ありがとうございました」
まゆり「おそろいだねぇ、えっへへ~♪」ギュッ
倫子「う、腕を掴むな。歩きにくい」
まゆり「え~、一緒に歩いてくれるんじゃなかったの~?」
倫子「そういう意味じゃなくてな……」
まゆり「ほら、着いたよ? オカリンのおうち」
倫子「う、うむ……。紛うことなき岡部青果店だ。オレの記憶と違うのは、小奇麗なのと、犬小屋が無いくらいか」
岡部父(13歳)「いらっしゃい。なんにします?」
倫子「(これが親父か……。まだガキじゃないか……)」
まゆり「ぼく、お店番? えらいねぇ~」ニコニコ
岡部父「は、はい……」テレッ
倫子「このスケベ坊主が。歳を取ってから椎名の娘にセクハラしないよう肝に銘じておくのだなっ」ケッ
岡部父「はぁ……?」ポカン
まゆり「えっとね~、バナナを1房ください♪」
都電雑司ヶ谷駅付近
ガタンゴトン …
倫子「全く、油断も隙もあったもんじゃない。あいつ、まゆりの胸に目が釘付けだったぞ」プンプン
まゆり「まだ子どもだよ~?」
??「ド、ドロボー!!」
泥棒「へへっ……」タッタッ
まゆり「えっ!? あ、あそこっ!」
倫子「(あんまり目立ちたくなかったが……)」タッ
倫子「おい、そこの」
泥棒「な、なんだテメェ!? どけっ!!」
倫子「やれやれ。ガキの喧嘩ならいざ知らず、近所で悪事を働くとは」
倫子「天が許しても、この"池袋のトラブルシューター"こと鳳凰院――」
泥棒「うるせェ!」ダッ!
まゆり「きゃぁっ!」
倫子「ひ、ひぃっ!」ビクッ
鈴羽「――だりゃぁっ!」ガッ
泥棒「ぐあッ!」ズテーン!
倫子「す、鈴羽……!?」
まゆり「スズさんっ!」パァァ
鈴羽「帰りが遅いから探しに来てみれば、この卑劣漢め……」ガシッ
泥棒「テメェ何しやが……!?」
鈴羽「あたしが押さえ込んでるから、リンリン、やっちゃって」
倫子「あ、ああ。任せろ……ふんっ!!」ドゴォ!!
泥棒「―――――っ!!」
泥棒「あ……あ、あ……っ」バタッ
倫子「情けない奴だ。ダルだったらこの程度の金的で気絶などせんぞ」
倫子「大丈夫ですか? バッグを取り返してきましたよ」スッ
??「(て、天使……)」トゥンク
??「あ、ありがとうございます! この中には通帳と印鑑と、大切なものが入ってて……」ペコペコ
倫子「(なんでまたそんなものを持ち歩くかな……)」
??「実は私、すぐ物を失くしてしまうタチでして……このご恩は決して忘れません! 何かお礼を!」
倫子「お礼……いえ、結構ですよ。それでは、私たちはこれで」
??「ま、待ってくださいっ! せめてお名前だけでもっ!」
倫子「…………」
倫子「おい、これ、どうすべきだ?」ヒソヒソ
鈴羽「ありゃリンリンに惚れてるよ」ヒソヒソ
まゆり「オカリン、美人さんだもんねー」ヒソヒソ
倫子「本当に申し訳ないですが、その――」
??「こ、これは失礼! ひとの名を聞くときはまず自分から、ですよね!」
椎名「私、椎名と申します。椎名――――」
まゆり「……えぇーっ!?!?」
鈴羽「ど、どうしたの?」
まゆり「……おじいちゃんだ」
鈴羽「えっ……?」
まゆり「この人、まゆしぃのおじいちゃんだ……」プルプル
倫子「まゆりのおじいちゃん!?」
椎名「まゆりのおじいちゃん?」
倫子「(この20代後半の男が、まゆりの祖父だと言うのか!? ……となると、これは非常にマズイ)」ドキドキ
倫子「(早いところこの場から立ち去らねば……!)」
倫子「あーっ、もうこんな時間っ! 急がなきゃ」スッ
倫子「(買ったばかりの懐中時計が役に立ったな……!)」
椎名「あ、あのっ! もし、もし覚えていたら――――」
椎名「半年後、またこの駅で会っていただけませんか……」
倫子「(……親父から聞いたことがある。『君の名は』という昭和の映画のセリフだ)」
倫子「(この人にはなんの恨みもないが……)」
倫子「……さようなら、椎名さん」タッ
椎名「あっ……」
鈴羽「……良かったの? すごく、悲しそうな顔してたけど」
倫子「……そのうち忘れてくれるだろう。そうなってくれないと困る」
まゆり「う、うん。まゆしぃのおばあちゃんがオカリンになっちゃうところだったよ」
倫子「そう単純な話でもないんだがな……」
1975年9月28日日曜日
池袋 雑司ヶ谷 とある一軒家
倫子「……忘却とは、忘れ去ることなり、か」
鈴羽「何当たり前のこと言ってるの?」
倫子「いや、この詩には続きがあるんだ。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ、ってな」
鈴羽「……まるで昔のリンリンみたいだね。牧瀬紅莉栖のことを、α世界線のことを、ラボのことを忘れようとしてた頃の」
倫子「それこそ忘れてくれ。オレにとっては黒歴史……いや、今となっては大切な思い出か」フッ
倫子「それより、これからどうするか決めたのか?」
鈴羽「うん。あたしはα世界線と同じように、大検取って電機大に入学してみようと思う」
倫子「ほう。まあ、この世界線では相対性理論超越委員会を結成する必要は無いが……鈴羽がそうしたいならそうすればいい」
まゆり「ごはんできたよー!」
鈴羽「おおっ、良い匂い。母さんに鍛えられただけのことはあるね」
倫子「(本当はかがりなんだが、そのことはわざわざ言う必要は無いだろう)」フフッ
倫子「まゆりはすっかり主婦だな。大学はいいのか?」
まゆり「えっ? うん、まゆしぃはできるだけオカリンの側に居たいので」エヘヘ
倫子「……そうか」
その後、オレたちは緩慢な時間の中でその時を待ち続けた。
とは言っても、常にSERNを警戒する必要があった。
助教授になった鈴羽には、天王寺裕吾に関わるなとだけ念を押しておいた。
関わったところで、いずれつらい思いをしなければならないからな……。
だか、天王寺が日本へとやってくる3年前に、早くもその時が来てしまった。
――――1994年2月1日、椎名まゆりが死んだ。
1994年2月1日火曜日
池袋 とある総合病院の一室 【岡部真百合様】
医者「――原因不明の多臓器不全。36歳の若さとは、本当に残念でなりません」
倫子(52歳)「まゆり……」グッ
医者「真百合さんの私物はこちらに」スッ
倫子「……懐中、時計。おかしいな、昨日までちゃんと動いてたのに、私の時計も動いてるのに」
倫子「まゆりの時計だけ、止まってる……」ギュッ
倫子「なあ、まゆり……。これで、よかったんだよな……?」
まゆり「……………………」
・・・
倫子の記憶
1週間前 夜
池袋 とある総合病院の一室 【岡部真百合様】
ガララッ
まゆり「おかえり、オカリン……」
倫子「すまん、起こしちゃったか? 無理に身体を起こさなくていいんだぞ?」
まゆり「ううん……ねえ、オカリン?」
倫子「なんだ?」
まゆり「いつもこうやって、まゆしぃがだめになってしまった時……」
まゆり「オカリンは黙ってずっとずっとまゆしぃの傍にいてくれたよね」
まゆり「まゆしぃはオカリンの人質なのに、迷惑かけっぱなしだよ」
倫子「…………」
倫子「迷惑だと思うのなら、早く元気になってオレのために尽力しろ……いいな?」
倫子「お前は人体実験の生け贄なんだからな。元気でいてもらわないと困るんだ」ボソッ
まゆり「ん? 何か言った?」
倫子「……っ」グッ
まゆり「それよりオカリン。まゆしぃ、ちょっと暑いので窓を開けてほしいのです」
倫子「たしかに、この部屋は暖房が効きすぎだな。ん、いいぞ」ガラッ
フワッ
まゆり「風があってきもちいいよ。ありがとうオカリン――」スッ
倫子「(……例の癖。――――まゆりが、連れて行かれてしまうっ!)」
倫子「……まゆりっ!!」ダキッ
まゆり「オカリ……? うー、痛いよオカリン」
倫子「どこにも……どこにも行かせないって言ってるじゃないか」ギュッ
まゆり「…………」ギュッ
まゆり「まゆしぃはずっとオカリンの人質だから、まゆしぃが死ぬまではずーっとオカリンと一緒にいるのです」
まゆり「もしまゆしぃが死んでしまっても、まゆしぃのおばあちゃんみたいにね」
まゆり「あのたくさんのお星様のひとつになって、オカリンを見守っているから……」
・・・
鈴羽(38歳)「……ごめんね、リンリン。間に合わなかった」
鈴羽「こうなることは、α世界線の情報から簡単に予測できた。裸の特異点を通過したことによる、体細胞のフラクタル化……」
鈴羽「なんとか阻止できないかと大学でブラックホール研究をして、放射線医療の最先端と共同研究したりしたけど……ダメだった」
鈴羽「この時代の理論と設備じゃ、ブラックホールが肉体に与える影響なんて、計算できなかったんだ」
鈴羽「あたしは、失敗した……」
倫子「……鈴羽」
鈴羽「え……?」
倫子「まゆりの顔を、見てみろ」
まゆり「……………………」
倫子「とても、幸せそうだと思わないか?」
鈴羽「……うん。あたしが知ってる2036年のまゆねえさんの顔とは、雲泥の差だ」
鈴羽「とっても、とっても幸せそうな顔をしてる……」
倫子「オレは、まゆりの笑顔を守れたんだよな……」グスッ
鈴羽「……あたしたちにも病魔は迫ってる。あたしはこれからも研究を続けるよ」
鈴羽「リンリンには、長生きしてほしいから……」
総合病院 正面玄関ロビー
鈴羽「もう行くよ。大学に戻って、やらないといけないことがたくさんあるんだ」
倫子「……ああ。オレはこれから葬儀屋と話し合いが――――」
椎名「はぁっ! はぁっ! 孫は、孫はどこだぁぁっ!!」ドタドタ
倫子「えっ――――」
看護婦「ど、どうされました!?」
椎名「孫が産まれるんだよ! 俺の可愛い孫が! なあ!」ガシッ
看護婦「お、落ち着いてください! お名前を教えて頂ければ――」
椎名「まゆりだっ! 椎名まゆり、俺の孫娘だよお!」
看護婦「椎名様、ですね! 産科に案内しますので!」タッ
倫子「あ……あぁ……」プルプル
倫子「そ、そうだよな……そうならなきゃ、いけないもんな……」ワナワナ
倫子「どうして忘れてたんだ、だって今日は……」ウルッ
倫子「――まゆりの生まれた日じゃないか……」ポロポロ
病室 【椎名様】
椎名「元気な女の子、か……」
椎名父「随分慌ててきたんだな。看護婦さんたち、親父のこと笑ってたぞ」
椎名「そりゃ、なんてったって俺の孫だからな!」
椎名父「俺の娘なんだが……。まあ、親父の提案通りの名前にさせてもらったよ。なかなかいい名前だ」
椎名「だろ? 漢字はわからなかったが、どうしてか、頭から離れなくてな……」
椎名「"あの人"が大事そうに呼んでいた、愛情のこもった名前だ」ボソッ
まゆり「……んぅ」スヤスヤ
椎名「まゆり……。きっと優しい子に育つだろうよ」
倫子「(あれが、まゆり……。この世界線の、まゆりか……)」コソッ
倫子「ふふっ……あははっ……可愛いじゃないか……」ウルッ
廊下
倫子「(……そろそろ不審者だな。戻るとするか)」クルッ
椎名「あ、あなたは……もしや!?」
倫子「し、しまった……」ビクッ
椎名「やっぱり……! あれから随分時間は経ってしまいましたが、私には一目でわかりましたよ……!」
倫子「そ、その……。約束を果たせず、すみませんでした」
椎名「いえ、あの時は若気の至りで……そうだ! 今孫が産まれましてね、良かったら挨拶していってくれませんか!」
倫子「えっ……?」
椎名「ささっ、どうぞどうぞ!」
倫子「え、いや、ちょっと!」
病室 【椎名様】
倫子「……まゆりー。とぅっとぅるー……」
まゆり「あぅ、あぅ」
倫子「(か、かわいい……)」ドキッ
椎名父「へえ、ああやってあやすのか……。しかし、"あの人"が実在していたとはね。離婚したいがための適当な嘘だと思ってたが」
椎名「め、滅多なことを言うな!」
倫子「(えっ? まゆりの爺さんが、離婚?)」
倫子「……どういうことですか?」
椎名父「ああいや、この人これでも今流行りのバツイチなんだ。うちの母親と去年離婚してね」
倫子「(まゆりの婆さんは確か、父方の祖母だったはず――っ!?)」ゾクッ
倫子「(そんな……、オレがあの時、泥棒を引き止めたばっかりに……)」ワナワナ
倫子「(――バタフライ効果)」ゾワワァ
倫子「(あの婆さんが居ないと、まゆりは失語症にならず、鳳凰院凶真は生まれない……)」プルプル
倫子「(――シュタインズ・ゲートへの道は、永遠に閉ざされてしまった)」クラッ
倫子「あっ……」バタッ
椎名「っ!? 大丈夫ですかっ!? 誰か、誰か来てくれ――――」
別の病室
倫子「――――ん、ここは……?」
椎名「気が付きましたか!? いやあ、一時はどうなることかと。ここが病院でよかったですよ」ハハ
倫子「(そうだ……思い出した。もう、この世界線に未来は、無いんだった……)」ハァ
椎名「……何か、つらいことがあったんですか? もしかして、今日ここに来た理由に関係が……」
倫子「……最愛の人を、亡くしてしまったんです」
椎名「それは……。無神経なことを聞いてしまい、すいませんでした……」
倫子「いえ、あなたが謝ることでは……」
椎名「……もっ、もし、私にできることがあれば、なんなりと言ってください!」
倫子「え……?」
椎名「話をしてくださるだけでも、それだけでも構いません。私は、あなたのおつらそうな顔を、なんとかしたい」
倫子「……椎名さん、お優しいんですね」ニコ
椎名「あ、いや……」ドキッ
倫子「……どうして奥様と離婚を?」
椎名「……恥ずかしながら、あなたのことが忘れられなかったのです」
椎名「来る日も来る日も、あの駅へと出かけていたので、さすがに愛想をつかされました」ハハ
倫子「……そうでしたか」
椎名「あの日も、その懐中時計をしてらっしゃいましたね」
倫子「え……?」スッ
倫子「――――っ!!」ドクン
倫子「……その、奥様は懐中時計を持っていたりは?」
椎名「えっ? いえ、持っていなかったと思いますが……」
倫子「(まさか……これは……。いや、そういうことなのか……?)」ドクン
倫子「(いや、でも……この状況で、目的のためには手段を選ばないなんてこと、許されるのか……?)」ドクンドクン
倫子「(違う。これはマキャヴェリズムなんかじゃない、だってこれは――――)」ドクンドクンドクン
倫子「ひとつの運命に、収束する……」ツーッ
椎名「えっ?」
倫子「お孫さん、とても可愛らしかったですね」ニコ
倫子「――私、倫子と申します」
椎名「……ああ、ようやく聞けた。なんと素敵なお名前なんだ……」
その日以来、椎名家との付き合いは続いた。
椎名さんはとても優しくて、良い人だった。さすがまゆりの祖父だけはある。
一方、鈴羽の容態は日に日に悪化していった。
教え子の秋葉幸高から海外での治療を勧められたそうだが、鈴羽は断ったと言う。
・・・・・・
鈴羽『あたしは一足先にまゆねえさんに会いに行くよ。充分過ぎる以上に幸せだったから』
鈴羽『リンリンの病気を治してあげられなくてごめんね』
倫子『私は鈴羽から、充分過ぎる以上のものをもらったよ』
鈴羽『そっか。それなら、あたしの人生は、無意味なものじゃなかった――――』
・・・・・・
そうして2000年を迎え、4月3日に幸高さんが飛行機事故で亡くなり、5月18日に鈴羽は息を引き取った。
しかし、これでいい。別れを惜しむ必要などない。
これがオレの、私の、シュタインズ・ゲートの選択なのだから。
2001年10月22日月曜日
御徒町 葛城家
倫子「ここか……。場所も建物も、α世界線のそれと同じだな」
倫子「(私の体調も次第に悪くなった。あと数年のうちに私も逝くだろう)」
倫子「(だが、その前にどうしても確かめておきたいことがあった)」
倫子「……どうしてこの世界線の綴さんは、SERNに殺される必要があったのか」
倫子「(この世界線では、ミスターブラウンは橋田鈴と接触していない。それなら、綴さんが殺される必要はなかったんじゃないか?)」
倫子「まあ、こうして盗聴してしまえば、それもハッキリすること」
倫子「悪く思うなよ、ミスターブラウン。貴様だって我がラボを盗聴していたのだから、これでオアイコだ」ククッ
倫子「なんてな……。そろそろ鳳凰院凶真は私の年齢的に苦しいか」ハハッ
倫子「……まゆりが逝った以上、もう鳳凰院凶真は必要ないよね」
・・・
ラウンダーF「IBN5100を利用したウイルスプログラム送信は、1998年に間違いなく秋葉原で行われた」
ラウンダーF「君が1997年からここで目を光らせていたにもかかわらず、だ」
天王寺「…………」
ラウンダーF「プログラムが発動した2000年1月1日から1年経った今でも、犯人の正体は掴めぬままなのだろう?」
ラウンダーF「この件に関しては君は自身や家族のために故意にIBN5100を入手せずにいると言う者もいてね」
天王寺「そんなことはねぇ!」
ラウンダーF「君が任務を忘れているのではないかと……心配しているわけだよ」
ラウンダーF「貴様がここに居る理由は、一体なんだ? 貴様を拾ってやったのは、一体誰だ?」
天王寺「…………」
ラウンダーF「あまり我々を失望させるな。だが、今ラウンダーが人材不足であることも事実」
ラウンダーF「あと数年でSERNは洗脳によるラウンダー募集を開始するが、それまでは君に頑張ってもらわないと困るんだよ」
ラウンダーF「それに、秋葉原に生活基盤を敷いている君が最も適任者なんだ」
天王寺「そうは言ってもだな、犯人の正体がまるでわからねえとあっちゃあ――――」
ラウンダーF「君は勘違いしている。自分が今どんな状況に立っているか、理解してもらう必要があるようだな」
ラウンダーF「妻か娘……どちらかに我々と一緒に来てもらう」
綴「よく分からないけれど、すぐに戻れるようにお願いしてみるから」
バタン
ラウンダーF「心配することはない。またすぐに会える」
ラウンダーH「データが来ました」
天王寺「"DONNA GELATINA"、ゲル状の貴婦人……そんな……っ、綴……っ!!」
ラウンダーF「まず妻の痕跡をすべて消せ。持ち物を1つ残らず廃棄するんだ」
ラウンダーF「そしてなんとしてもIBN5100を使った人間を確保しろ。それで終わりだ」
ラウンダーF「我々は常に、君を……『君たち』を見ているからな」
天王寺「……うっ……くっ……うぅっ……」ポロポロ
・・・
2004年7月7日水曜日 夜
雑司ヶ谷 とある一軒家
倫子(62歳)「これがシュタインズ・ゲートの選択……」ツーッ
倫子「("シュタインズ・ゲートの選択"は、決して諦めの言葉なんかじゃ無かったはずなんだけどな……)」
倫子「(椎名さんはとても良い人だったが、私はまもなく死ぬ。そんな私と一緒に居ても、つらい想いをさせるだけだ)」
倫子「(だから私は、無理を言って別居を申し入れ、昭和50年からまゆりたちと暮らしていたこの家に独り暮らしをすることにした)」
倫子「(……今が正しい時間の流れなんだと受け容れるしかない)」
倫子「……これでよかったんだよね、まゆりちゃん」ナデナデ
まゆり(10歳)「すぅ、すぅ……」
倫子「よく寝ちゃって。お昼に倫太郎君と遊んで疲れちゃったのかな」
――――――――――
TV『我が名は狂気のマッドサイエンティスト――……』
倫太郎「うおおおおっ!!! いけーーーーっ! やっつけちまえーっ!!」
まゆり「おばーちゃーんっ! オカリンったら悪者ばっかり応援するんだよーっ!」
『おりひめさまになれますように まゆしぃ☆』
――――――――――
まゆり「ふわぁ……おばあちゃんの膝枕が、気持ちよくて……」
カチッ カチッ カチッ カチッ
まゆり「割烹着のポケットに入ってるカイちゅ~の音を聞くとね、なんだか落ち着くんだ~」
倫子「……まゆりちゃん、そろそろお父さんのお家に帰りますよ」
まゆり「……うん、おんぶ」
倫子「はいはい」ヨイショ
雑司ヶ谷 住宅街
まゆり「お空、お星さまがいっぱい……」
倫子「そうだね」
倫子「(あの星のどこかに、まゆりは居るのかな……)」
まゆり「ねえおばあちゃん、今日は何の日か知ってる?」
倫子「何の日だっけ?」
まゆり「今日はね、年に一度だけ、彦星さまと織姫さまが会える日なんだよ」
倫子「そうかい」
まゆり「ねえおばあちゃん、どれが彦星さまで、どれが織姫さまか、教えてほしいのです」
倫子「あのお星さまが彦星さまで……あのお星さまが織姫さま、だよ」
倫子「織姫さまはね、ベガっていう星のことなんだけど、白くて明るくてとってもキレイなの」
倫子「海外だとね、『空のアークライト』って呼ばれてるんだよ」
まゆり「あれが、織姫さま……、きれい……」スッ
倫子「(……星屑との握手<スターダスト・シェイクハンド>……)」
倫子「……きっと届くよ。まゆりちゃんなら……」
・・・6年後・・・
2010年4月5日月曜日
未来ガジェット研究所
ガチャッ
倫太郎「ん……まゆり? どうしてここに居るんだ?」
まゆり「あ、オカリン。えっへへ~、来ちゃった。待ってたよ~」
倫太郎「というか、どうやって入った」
まゆり「まゆしぃにはね、オカリンが鍵をどこに置いておくか、だいたい想像がつくのです」
倫太郎「この雪の中、歩いて来たのか?」
まゆり「春先なのに雪なんて、珍しいよね」
倫太郎「あのな……。ここは未来ガジェット研究所と言って、お前みたいな女子高生が遊びに来る場所ではないのだぞ」
まゆり「ねえねえ、オカリン。まだ言ってなかった」
倫太郎「なにをだ?」
まゆり「……おかえりなさい、オカリン」ニコ
倫太郎「…………」
倫太郎「ご苦労、まゆり」
倫太郎「ラボの近くに良い店を見つけた?」
まゆり「うん。メイクイーン+ニャン2って言ってね、まゆしぃでもバイトできそうなんだよ」
まゆり「来月の頭くらいから働こうと思ってるんだー」
倫太郎「メイド喫茶か……しかし、あのまゆりが?」
まゆり「まゆしぃだってね、いつまでも小さい頃のままじゃないんだよ?」
倫太郎「そ、そうか。だが、それとまゆりがラボに遊びに来ることとなんの関係がある」
まゆり「えぇ~、あるよ~。おおありだよ~」
倫太郎「……ここではロジカルに説明しろ」
まゆり「だってね、バイト先に近いし、学校から歩いてこれるし、オカリンの研究を応援できるし」
倫太郎「ほう? つまり、このラボのメンバーになりたい、と、そう言うのだな?」
まゆり「がんばれー、がんばれーって、応援してあげるのです!」
倫太郎「……俺の想像した応援とはちょっと違うが。まあいい。そういうことなら、貴様は今日からラボメンナンバー002、だ」
まゆり「らぼめん?」
倫太郎「ラボのメンバー、略してラボメンだ」ニヤリ
まゆり「ラボメン……。うんっ、まゆしぃはラボメンなのです!」
倫太郎「……俺だ。ラボを開設して早半月、ついに我がラボに初の研究員が参入した」スッ
倫太郎「なにっ!? "機関"のスパイの可能性があるだと――――」
まゆり「ねえオカリン、知ってた? まゆしぃのおばあちゃんとオカリンって、同じ誕生日なんだよ?」
倫太郎「って、俺の報告の邪魔をするな」ハァ
まゆり「すごい偶然だよね~♪」
倫太郎「クク、それも機関の陰謀に違いない。情報操作によって因果を書き換えたか、あるいは……」
まゆり「えー、おばあちゃんは悪い人じゃないよう」
倫太郎「悪い人じゃなさそうな人間ほど信用できないものはないからな」
まゆり「……オカリンのバカっ!」
倫太郎「バッ!? バカとはなんだ! 貴様、人質の分際でこの鳳凰院凶真を愚弄するか!?」
まゆり「そのほーそーいいんさんだって、おばあちゃんのお世話になったでしょ!? 忘れちゃったの!?」ウルッ
倫太郎「うっ……やけに突っかかるな。……泣いてるのか?」
まゆり「えっ? あれ、ウソ、どうして……」ポロポロ
まゆり「ご、ごめんね? オカリンを困らせるつもりはなかったの……」グシグシ
倫太郎「あー、うむ。なんだ……今日は昼飯をおごってやろう」
まゆり「ホントっ!? わーいっ♪ まゆしぃはねー、カレーがいいなぁ、えっへへ~♪」ニコニコ
倫太郎「現金なやつだ」ククッ
倫太郎「というか、突然婆さんの話などして、どうしたのだ?」
まゆり「あっ。そうそう、それがね? おばあちゃんの手紙が見つかったの」スッ
倫太郎「……遺言、というやつか?」
まゆり「そうなのかなぁ。オカリンにも読んでほしいって書いてあったから持ってきたんだー」
倫太郎「過去からの手紙というわけか……どれ、見せてみろ」
――――――――――
1枚目
まゆりちゃんと りん太郎くんへ
この手紙はりん太郎くんと一緒に読んでください。
きっとこの手紙を読む頃には、おばあちゃんは死んじゃってるかもしれないね。
だからこうして、手紙にして、ふたりにメッセージを残したいと思います。
まゆりちゃん、今でもりん太郎くんと仲良くしてるかな。
りん太郎くんも、まゆりちゃんのそばに居るかな。
ふたりなら大丈夫だと信じています。
いつまでも仲良くね。
――――――――――
――――――――――
2枚目
まゆりちゃんは、私の生きる道しるべでした。
暗い海を漂うような、長い船旅の途中で
私の頭の上にかがやく、たったひとつの北極星でした。
まゆりちゃんを背中におんぶしてお散歩することが、私にとってどれだけ幸せなことだったか。
まゆりちゃんは昔、可愛い恰好をしてお仕事をするのが夢だって言ってましたね。
その夢は叶えられましたか?
おばあちゃんの懐中時計、大切にしてくれてありがとうね。
――――――――――
――――――――――
3枚目
りん太郎くんは、いつもマッドサイエンティストが出てくる特撮ドラマを熱心に見ていたね。
実はあの番組、おばあちゃんも好きだったの。
私も若い頃は、ああいう悪役に憧れてたりしたんだよ。
若い頃は男勝りでね、幼馴染の女の子を守るためにかっこつけてたものよ。
できることなら、この私の意志をりん太郎くんに引き継いでほしい。
それを繋ぎ止めてくれるのは、きっとまゆりちゃんの役目でしょうね。
そういうわけで、おばあちゃんに引き出しに、世界の支配構造を覆すための覚書を入れておきました。
まゆりちゃん、あとでりん太郎くんと一緒に読んでね。
―――――――――――
倫太郎「『世界の支配構造を覆すための覚書』……だと……!?」プルプル
倫太郎「こうしてはおれん! まゆり、今すぐ池袋へ行くぞっ!」タッ
まゆり「あっ! 待ってよ、オカリン! 置いていかないでっ!」
ガシッ
まゆり「あ、手……」
倫太郎「俺がお前を置いていくわけないだろ。お前は俺の人質なのだからな」
まゆり「オカリン……」
倫太郎「……フゥーハハハ!」
ヒラリ パサッ
――――――――――
4枚目
引き出しに入れておくとおじいさんが失くしそうなので、やっぱり同封しました。
まゆりちゃん。毎日お墓参りに来てくれて、ありがとうね。
まゆりちゃんは気付いてなかったかもしれないけど、りん太郎くんも毎日お墓参りに来てくれたよね、ありがとう。
りん太郎くん。あの時、まゆりちゃんを抱きしめてくれて、ありがとう。
鳳凰院凶真になってくれて、ありがとう。
まゆりちゃんを人質にしてくれて、ありがとう。
もしりん太郎くんが他に好きな女の子を選んだとしても、きっとまゆりちゃんは応援してくれます。
その選択をする時は、必ずやってきます。
自分の選択を信じて。自分の意志を信じて。
あなたの周りの人たちの想いを、信じて。
きっとまゆりちゃんが、君を支えてくれるから。
決して諦めることなく、道を切り開いてください。
運命石の扉の向こうへ、辿り着いてください。
エル・プサイ・コングルゥ
椎名倫子
――――――――――
秋葉原 裏路地
タッ タッ …
倫太郎「はぁ、はぁ……。こ、ここからは歩いていくぞ……」ゼェゼェ
まゆり「オカリン、そんなに急がなくても、おばあちゃんは待ってくれるよ」ニコ
まゆり「あっ、そうだ! お墓参りするなら、白い百合のお花をひとつ買っていこうよ!」
倫太郎「墓参りをするとは一言も言ってないのだが……」
まゆり「おばあちゃんね、白い百合の花が大好きだったから。まゆしぃが社会人になったら、初任給でおっきな花束を買ってあげる予定なのです」ニコニコ
倫太郎「……そうか」
まゆり「――あっ! あそこ、雲の隙間が空いてる……」
キラキラ …
倫太郎「……レンブラント光線。通称、天使の梯子<エンジェル・ラダー>」
まゆり「……あの時も、こんな光景だったよね」
倫太郎「……ああ」
倫太郎「(俺はあの日、死んだ婆さんがまゆりを連れ去ってしまうんじゃないかと思ったが)」
倫太郎「(あれは、"鳳凰院凶真"を目覚めさせるための儀式だったのかもしれないな)」
倫太郎「婆さんからの手紙を読んだ日にこの現象とは、本当にあの人は神様にでもなったんだろうか」
まゆり「おばあちゃんはね、いつでもまゆしぃたちを見守ってくれてるんだよ」
倫太郎「そうだな……。鳳凰院凶真の生みの親として、感謝しないでもない」
倫太郎「(もしやあの時、まゆりの婆さんの意志を俺が受信したのか……? いや、さすがに妄想しすぎだな)」
キラキラ …
倫太郎「雪に輝いて神々しいな……」
まゆり「うん……とっても綺麗だね……」スッ
倫太郎「(あれは、まゆりの癖……光の中へと手を伸ばし、何かをつかもうと……)」
ギュッ
倫太郎「む? 手を繋ぎ直して、どうした?」
まゆり「……オカリンと手を繋いでいれば、まゆしぃはずっとそばに居れるよね」ニコ
倫太郎「……ああ。お前をどこへも行かせたりしないさ」ギュッ
倫太郎「婆さんには悪いが、まゆりは俺の人質だからな」ククッ
まゆり「――――うんっ」
ああ、まゆりのことを頼んだぞ。
頑張れよ、この世界線の鳳凰院凶真。
END2 Cloudy Sky END 【引き継がれる意志の元に】
第28章 観測世界のスカイクラッド(♀)
―――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
―――――――――――
――――
2025年8月21日(木)14時02分
ワルキューレ基地
倫子「はぁっ……はぁっ……ぐっ!」クラッ
真帆「だ、大丈夫!?」ダキッ
倫子「ああ……2度目ともなれば慣れたものだ……」ズキズキ
ダル「で、今度のテクノビジョンはどうだった?」
倫子「……ああ、成功だ」
ダル「っしゃあああっ!!!」
真帆「ほ、ほんと!?」
倫子「倫太郎は2010年7月28日に未来からやってくる。それは2度目の紅莉栖救出だ」
倫子「メタルうーぱを抜き取り、紅莉栖の死を偽装する……。あとは倫太郎の主観がシュタインズ・ゲートを観測すれば……」
フブキ(セジアム)「――シュタインズ・ゲートに辿り着く」
ダル「ってことはもう、僕たちシュタインズ・ゲートの目の前に居るってことじゃん!」
真帆「ええ……そうね……!」
倫子「(たしかにそうだ。このまま、オレは未来視の通りに行動すればいいだけ)」
倫子「(……だが、オレは、もっと何かできたはずじゃないのか?)」
倫子「(もっと救えるものがあったんじゃないか?)」
倫子「(この鳳凰院凶真は、その程度なのか……?)」
倫子「(『シュタインズ・ゲートの選択』は、諦めの言葉なんかじゃない……!)」
倫子「……鈴羽。綯お姉ちゃんを呼んできてくれるか?」
鈴羽「うん、わかった!」タッ タッ
綯「凶真様、ご用命は何でしょうか」
倫子「エスブラウンよ。NⅤ<ノア・ファイブ>だが、ギガロマニアックスとしての能力を覚醒させるために使うことは出来ないだろうか」
綯「もちろん使えます。というより、テクノビジョンも原理的にはギガロマ能力の覚醒です」
綯「ですが、未来視以外の、より強力な能力を、となると……リスクを伴います」
倫子「具体的には?」
綯「脳へのダメージが大きいんです。なので、一度覚醒のために刺激を与えると、数年間は能力がスリープ状態になって、使えなくなるかと」
倫子「つまり、2025年中に未来視はできない、ということか」
倫子「……構わない。もはやオレは未来視をする必要が無いからな」
倫子「真帆。ダル。もしオレが気絶でもしたら、無理にでもオレを過去へ送ってくれ」
真帆「えっ……で、でも!」
倫子「向こうにつけば、鈴羽が外側のコンソールを生体認証でいじってマシンを開けてくれるだろう。目を覚ますのはその後で良い」
ダル「……オーキードーキー」
綯「それじゃ、行きますよ……」カチッ
倫子「(――――っ!?)」ドクンッ
倫子「ぐ……ぐあああああっ!!!!」ガクッ
真帆「お、岡部さんっ!?」
綯「近づかないでくださいっ!」
倫子「ああああっ、あああ! うわあああっ!!」
綯「さあ、凶真様! 見つけてください、自分だけの現実をっ!」
倫子「うぅぅぅっ!! うぐっ、うがあああっ――――」
ギガロマニアックスは、特定の電磁パルスと脳の受容体とが近接作用することで発現する。
バイオリズムの上昇によって、中脳辺縁系ニューロンのドーパミンが過剰分泌されたとき、ディソードは現れる。
その状況を、このNⅤ<ノア・ファイブ>を使って、人工的に創り出す。
CODEサンプル――ギガロマニアックスが力を使う過程で放出する特殊な脳波――を発生させることで、力の覚醒を促す。
同時に、被験者は強烈な負の感情を抱くことになる。
だが、それでいい。そうして初めてディソードを獲得できるのだ。
"剣が見えた"
"はっきりとは見えない"
"なんとなく剣に見えた"
"ここからしか見えない"
"実際にそれは剣じゃない"
倫子「――――見つけた」
パキ パキパキ パキィン
それは、一振りの剣。
あまりにも、優美。
あまりにも、清楚。
あまりにも、繊細で傷つきやすく。
そして、涙が出るほどに美しい。
倫子「"妖刀・朧雪月花"……っ!」ガシッ
綯「これが、凶真様のディソード……」
るか「綺麗な日本刀です……」
倫子「――――っ」バタッ シュィィィン
かがり「オカリンさんっ! もう、今日は倒れてばかり!」ダキッ
倫子「ディソードは、消えたか……。たしかに、これからしばらくはディラックの海を開けなさそうだ……」ハァ ハァ
倫子「だがこれで、オレはギガロマニアックスとしての能力を、過去の世界で存分に発揮できる……!」グッ
倫子「後は任せたぞ……おまえ、た……ち……」ガクッ
真帆「岡部さんっ!? しっかりして――――」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・
世界線変動率【1.130212】
1975年7月7日(月)15時30分
ラジ館屋上
倫子「――――……ん、ここは……?」
まゆり「オカリンっ!? よかった、気が付いてくれて……」グスッ
鈴羽「だから言ったでしょ、気絶してるだけだって」
倫子「……そうか、1975年に着いたのか」ヨイショ
倫子「おっと」フラッ
まゆり「わわっ、大丈夫?」ダキッ
鈴羽「それにしても驚いたよ。あたしたちを追いかけて来たなんて」
鈴羽「でも、どうして?」
倫子「……出て行ったきり戻って来ないお前たちを、未来へと送り返しに来たんだよ」
鈴羽「未来に……帰れるの!?」
倫子「いいかよく聞け。お前たちのミッションは終わっていない。成功したと喜ぶにはまだ早いぞ」
まゆり「え……?」
鈴羽「……!」
倫子「みんなに『ただいま』って言うまでが、ミッションだ」
倫子「おそらく、C204型は故障している。この時代で解体する必要があるだろう」
倫子「そしてこのC193型だが、最大積載人数は2人までだ。2025年の技術力では、それが限界だった」
倫子「ゆえに、オレはこの時代に残る」
まゆり「そ、そんな――――」
『鈴羽のこと、頼んだぞオカリン』
倫子「オレはダルと約束した。未来に娘を送り返す、とな」
鈴羽「父さん……」
『だからこそです。絶対に返してください。……まゆりママと一緒に』
倫子「オレはかがりと約束した。未来にママを送り返す、と」
まゆり「かがりちゃん……」
倫子「まゆり。お前は……もはやオレの人質ではない」
まゆり「えっ……で、でもっ!」
倫子「そう言ったのはお前自身だ。それがお前の選択だ。そうだろ」
まゆり「……っ」
倫子「いいか、まゆり。オレがそばに居ないなら幸せになれないなどという生ぬるい考えは棄てろ」
倫子「あの時代には、お前の父親も母親も居る。フブキもカエデも、フェイリスもるか子も、かがりも、お前の大切な人たちが、お前の帰りを14年間待ってるんだ」
倫子「本当は2011年7月7日に送り返せればいいが、あの時点でお前たちふたりが世界線から消滅することは既に確定事項と化してしまった」
倫子「(オレはまゆりを失うことで14年間執念を燃やすことができた。その事実をなかったことにしてはいけない)」
倫子「ゆえに、その有効期限が切れる2025年以降にしか送り返せない。それについては、申し訳なく思う」
倫子「オレはまゆりを守ると誓った。そして、お前たちを送り返すとも誓った」
倫子「それが、オレの意志だ」
鈴羽「……リンリンの意志は固いんだね。まゆねえさんはどう思う?」
まゆり「……やだ」
鈴羽「まゆねえさん……」
まゆり「やだよ……。こうやってまた会えたのに、また離れ離れにならなきゃいけないなんて……」ポロポロ
倫子「……今日は、七夕だったな」
まゆり「え……?」グスッ
倫子「七夕はさ、彦星様と織姫様が、年に1度会える日、なんだよ」
まゆり「あ……」
倫子「なあ、まゆり……」
まゆり「…………」
まゆり「…………」
まゆり「…………っ」
まゆり「……わかった」
・・・
ゴウンゴウンゴウン …
鈴羽「ホントにいいんだね? リンリン」
倫子「何度も聞くな。ダルに会ったらよろしく伝えてくれ」
まゆり「オカリン……」
倫子「これ、かがりからの預かり物だ。オレたちをもう一度会わせてくれた、お守り」スッ
まゆり「あっ、森の妖精さんうーぱ……」
倫子「かがりの大切なものだから、返してやってくれ」
まゆり「……うん」
鈴羽「それじゃ、ハッチしめるよ。まゆねえさん、シートベルトして」
倫子「それじゃあな」
まゆり「……オカリン、あのねっ!」
倫子「ん?」
まゆり「……また、会おうね」エヘヘ
倫子「……無論だっ! ふぅーはははぁ!」バサッ
キラキラキラ …
キィィィィィィィィィン!!
鈴羽とまゆりを未来へ送ったことで、世界線はわずかに変動した。
だが、既に因果は成立している。この世界線の岡部倫太郎も、オペレーション・スクルド等のDメールは受信するのだ。
ゆえに、この世界線の7月28日、必ず2度目の紅莉栖救出が実行される。
この時点で、アトラクタフィールドレベルの収束からは脱していると言える。
そこでの倫太郎の"仕込み"によって、8月21日にシュタインズ・ゲート世界線へと変動する。
だが、そこにオレは存在しない。倫太郎という存在に上書きされているからな。
つまり、オレはまゆりと二度と再会することは無い。
――本当にそうだろうか?
シュタインズ・ゲート世界線は未知の世界線だが、いくつかのことは確定している。
ひとつは、『紅莉栖が2010年7月28日から8月21日まで生存している』ということ。
もうひとつは、『中鉢論文はロシアン航空の火災に巻き込まれて焼失する』ということ。
シュタインズ・ゲート世界線は、このふたつの事象を起点にして再構成されることになる。
それによってタイムマシンを巡る第3次世界大戦も、SERNによるディストピア支配も……
収束も存在しない世界線となる。
シュタインズ・ゲート世界線にジョン・タイターは現れない。
確かにα世界線ではジョン・タイターが2000年に現れなかったにもかかわらず、章一はあの日あの場所で記者会見を開こうとしていた。
だが、それはジョン・タイターの書き込みの代わりに、橋田鈴の手記を盗み見たからだ。
結局は阿万音鈴羽という人物からタイムトラベル理論を入手することで、あの日あの場所の因果が成立することになる。
無論、歴史の辻褄合わせとして、鈴羽がタイムトラベルしてこなくとも章一はあの場所でなんらかの会見を開く、ということも考えられる。
やつは学生時代からタイムマシン研究をしていたのだ。やはり発表はしたかったはず。
タイターほどの完成度の理論に至らずとも、章一の性格を考えれば記者会見をしそうではあるか。
まあ、そうなったらシュタインズ・ゲート世界線の倫太郎に、『タイターのパクリだ』と糾弾されることはなくなるだろう。
ゆえに、シュタインズ・ゲート世界線においてそのような状況に再構成されるとしても、因果律として矛盾があるようには思えない。
結果が先にあり、原因はあとから付随する。いちいちこんなことで心配するほうがバカらしい。
今居るこの世界線1本内の過去を変えずに結果を変えることで、原因が変わり、アトラクタフィールドβ脱出後の過去が変わるのだ。
なんだか禅問答じみたことを言っているようだが、真実なのだから仕方ない。
シュタインズ・ゲート世界線にはタイムマシンが存在しないかというと、そういうわけではない。
2010年7月時点で既に我がラボはタイムマシンを開発しているし、SERNだってゼリーマン実験を何度も繰り返している。
だが、ゲルバナ実験等でわかった通り、因果律に大きな影響を与えないタイムトラベルであれば、ダイバージェンスは全くと言っていいほど変化しない。
ゆえに、2036年から鈴羽が倫太郎に会いに来る可能性だって、否定はできない。
いや、うん、そこは橋田家の教育にかかっているところもあるだろうが、きっと大丈夫だろう。
確かにオレが定義したシュタインズゲート世界線の世界線変動率<ダイバージェンス>は【1.048596】だ。
その意味では、そこから少しでもズレてしまってはシュタインズゲートではない、と言える。
だが、そこは定義の問題だ。少しズレた世界線を、X世界線と名付けたとしても、シュタインズゲートに内包するとしても、本質は変わらない。
まあ、300人委員会の陰謀だけはシュタインズ・ゲート世界線においても渦巻いているはずだから、そこはなんとかしなければならないが。
そう。たとえシュタインズ・ゲート世界線に辿り着いたとしても、陰謀との戦いは終わったわけではないのだ。
未来ガジェット研究所は、次の戦いに向けて準備をせねばならん。
・・・25年後・・・
2000年4月4日火曜日
地下鉄旧万世橋駅倉庫
幸高「――……ハッ。こ、ここは……?」
倫子(58歳)「ようやく目覚めたか」
幸高「あ、あなたは?」
倫子「オレが誰かなど、どうでもいいことだ」
倫子「いいかよく聞け。"秋葉幸高"は昨日、航空機事故に遭って死んだ」
幸高「……は?」
倫子「いや、正確には、そういう運命が定められていた、と言うべきか」
幸高「……なら、なぜ私は今生きているんです?」
倫子「簡単な話さ。過去を変えずに、結果だけを変えたのだ」
倫子「『秋葉幸高は死んだ』。残酷な約定であり、β世界線の過去」
倫子「だが、『貴様は生きている』。絶対の真実であり、世界は騙された」
倫子「貴様にはいずれ新たな名を授けてやらねばな」
幸高「いったい、どういう……」
倫子「テレビを見ろ」ピッ
TV『――昨日の航空機事故で唯一の死亡者である秋葉幸高氏は……』
幸高「なっ……これは、一体!?」
倫子「貴様はIBN5100を入手したことで、SERNから狙われていたのだ」
幸高「セルン……って、SERN? どうしてです?」
倫子「300人委員会のZプログラムの機密を守るためだ。2000年頃の秋葉原でIBN5100を所有していた貴様は、真っ先に槍玉にあげられた」
幸高「そんな……。いや、というか、どうやって私の死を偽装したんです?」
倫子「昨日貴様が乗る予定だった飛行機には、貴様をここへ拉致監禁した後、代わりにオレが乗った」
倫子「周囲共通認識を操り、周りの乗客乗員にはオレが『秋葉幸高』に見えるようにした」
倫子「その後事故に遭ったが、オレは死なない。というか、傷ひとつ負わなかった。貴様と違って、死ぬ運命にないからな」
倫子「近くの病院へと救急搬送され、ICUへと放り込まれた。そこで医者たちの記憶を偽造した」
倫子「『秋葉幸高は既に救急車の中で死亡していた』、とな」
倫子「そのままでも良かったが、貴様の葬儀を執り行わなければ、牧瀬紅莉栖と秋葉留未穂が幼馴染になれない」
幸高「る、留未穂!?」
倫子「そこで貴様の死体をリアルブートした。むろん、生命を持たない、ただの元素の塊だ」
倫子「だが、このままではちかねがSERNの特殊部隊ラウンダーによって暗殺されてしまう」
幸高「ちかねまで!?」
倫子「落ち着け。ちかねも、貴様と同じ要領で死を偽装させてもらった。振り返ってみろ」
幸高「えっ」クルッ
ちかね「…………」
幸高「ち、ちかねっ! おい、大丈夫か!?」
ちかね「あ、あなた……? あれ、ここは……」
倫子「ここは貴様らの愛した街、秋葉原の地下だ」
幸高「……つまり貴女は、私たち夫婦を救ってくれたんですか?」
倫子「勘違いするな。オレは決して慈善活動をしたわけではない」
倫子「それに、貴様らは少なくともあと10年間娘と会うことができないのだから、オレを非難こそすれ感謝する必要はない」
幸高「……それは、娘を守るための措置なのでしょう?」
倫子「勝手に解釈するがいい」
倫子「今から10年後、あるひとりの青年が、柳林神社に奉納されたIBN5100を必要とする」
倫子「SERNのスタンドアロンサーバ内に囚われた、あるメールデータを削除するために使うのだ」
倫子「この未来は、このβ世界線において、既に確定している」
倫子「だが、そこには数々の陰謀の魔の手が忍び寄っている。彼は仲間たちとともに、陰謀と戦い続けなければならない」
幸高「それと私たちと、なんの関係が?」
倫子「その仲間たちの1人、コードネーム、フェイリス・ニャンニャンこそ、秋葉留未穂だ」
幸高「……!」
倫子「オレは、未来からやってきたタイムトラベラー。貴様ならこの話が理解可能であることをオレは知っている」
倫子「未来を変えるため、我が手足となって働いてもらうぞっ! ふぅーはははぁ!」
まず幸高には、闇医者たちとのネットワークを作ってもらった。
いくらオレがギガロマニアックスと言えども、自分の病気を簡単に治すことはできない。
人体の仕組みを理解し、ブラックホールとフラクタル化の関係を理解し、病状の進行について理解しなければならなかった。
幸高の死体をリアルブートした時は、内臓なんかは適当だったが、自分の身体となるとそうはいかない。
だが、しっかりリアルブートさえできれば寿命は延びる。反粒子のストックによるリスクの蓄積を踏まえても、だ。
確かにオレは未来視によって、自分が2005年に死ぬ世界線を視た。
あの世界線では、まゆりがお祭りに出かけている間に団子を作っていたところ……ポックリ逝ってしまった。
だが、この世界線はまゆりを未来へと返した世界線だ。まゆりの本当の婆さんも存在している。
ゆえに、オレが死ぬ必要は無くなった。収束など無いのだ。
2010年のあの日までは、オレは死ぬつもりなどない。
2001年10月22日月曜日
御徒町 葛城家
ラウンダーF「妻か娘……どちらかに我々と一緒に来てもらう」
綴「よく分からないけれど、すぐに戻れるようにお願いしてみるから」
バタン
ラウンダーF「心配することはない。またすぐに会える」
ラウンダーH「データが来ました」
天王寺「"DONNA GELATINA"、ゲル状の貴婦人……そんな……っ、綴……っ!!」
ラウンダーF「まず妻の痕跡をすべて消せ。持ち物を1つ残らず廃棄するんだ」
ラウンダーF「そしてなんとしてもIBN5100を使った人間を確保しろ。それで終わりだ」
ラウンダーF「我々は常に、君を……『君たち』を見ているからな」
天王寺「……うっ……くっ……うぅっ……」ポロポロ
御徒町 屋外
ラウンダーF「……悪く思うなよ、ミスターブラウン」
綴「……あの、これから、どこに?」
ラウンダーF「ん? ああ、もう変身は解除していいんだったか」
綴「へんし……えっ?」
シュィィィィィィィィィィン!!
倫子「――……他人になるというのも、奇妙な感覚だな」
綴「え、えっ!? い、いまの、どうやって……!?」
倫子「落ち着け、今宮綴。腹の子にさわる」
倫子「いいか、オレはラウンダーじゃない。さっきのは全部芝居、写真データもオレが念写したものだ」
倫子「だが、『今宮綴』は死んだ。もうこの世に存在しない」
倫子「これからは、ラウンダーとSERN、そして300人委員会への復讐のために生きろ」
地下鉄旧万世橋駅倉庫
幸高「――というわけなんだ」
綴「……お話はわかりました。けど、なにがなんだか……」
倫子「綯の成長を見届けさせることができない。それについては、本当に申し訳なく思う」
綴「い、いえ……。あのままだと、私も、お腹の中の子どもも殺されてたということなら、助けていただたいたわけですから……」
倫子「……貴様もタイムトラベルを簡単に信じてしまうのだな」
幸高「まさか、僕の後輩くんだったとはね」
倫子「ちなみに、オレも貴様の後輩だぞ」
幸高「そうは思えないほどの貫禄ですよ」
綴「みなさん、ずっとここで生活を?」
ちかね「ええ。でもこの人、この間なんかこっそりヘリに乗って秋葉原の空を飛んだんですよ」
幸高「ちゃんと変装はしたからね。まあ、留未穂の姿は見えなかったが」
倫子「定期的に街を眺めてみるがいい。ビル壁面の宣伝広告が、貴様の娘の手によって、徐々に萌え絵へと変貌していくサマをな」クク
倫子「貴様らには、300人委員会と闘うための組織づくりを手伝ってもらう」
倫子「オレには経営手腕なるものが無いからな。天は二物を与えずとはよく言ったものだ」
倫子「闇の資金繰り、人脈作り、兵器武装、情報操作……犯罪組織でも国家組織でも、使えるものはすべて使え」
幸高「それで、あなたはこれからどうするんです?」
倫子「オレか? オレはこれから、魔窟へと単身乗り込んでくる」
綴「魔窟?」
倫子「アメリカ、ヴィクトル・コンドリア大学、脳科学研究所だ」
綴「えっ? 教授さんだったんですか?」
倫子「違う。オレは狂気のマッドサイエンティストであって、教授などではない」
綴「ということは、受験を?」
幸高「いやあ、それが常識的な発想だよ」ハハッ
倫子「我が能力の前には、正規ルートなどというものは存在しないのだっ! ふぅーはははぁ!」
オレは3人の……いや、4人の死ぬべき運命にある人間の命を救った。
これによって4人は収束から外れた特異点となり、再構成に巻き込まれることはない。
シュタインズ・ゲート世界線への変動における歴史の辻褄合わせの中で、どう変化するか。
世界は、因果だけを残して事象が改変される。
しかし通常、事象はシンプルな形に落ち着く。
なんらかの偶然により、4人とも社会的に死亡することになるなど、普通は考えられない。
が、可能性が無いわけではない。
オレは4人を救ったことにより、0という状況から、少なくとも0ではない状況へと変化させたのだ。
そこに可能性がわずかでもあるならば、試さずにはいられない。
たとえ無限回の試行という、狂気に満ちた道であっても。
――それがマッドサイエンティストというものだろう?
・・・9年後・・・
2010年3月28日(日)14時22分
ヴィクトルコンドリア大学 脳科学研究所
レスキネン「"それじゃ、よろしく頼むよ。私は次の会議に出席せねば"」ガチャ バタン
紅莉栖「"はい、レスキネン教授。いってらっしゃい"」
紅莉栖「……高校、か」
??「不安なのか?」
紅莉栖「ひゃああっ!? きゅ、急に出てきておどかさないでください、教授っ!」
教授「クク、これは失敬。お詫びにドクペをあげよう」スッ
紅莉栖「はぁ……いただきます」キュポッ ゴクゴク …
うちの研究所には日本語を話す人間が、私と真帆先輩以外にもう1人だけ居る。
その人は、『妖しい』という言葉がしっくりくる、不思議な女性。
何故か一人称は『オレ』。日本の東北地方の方言だろうか。
名前は日本人のそれに似ているが、自称ネイティブアメリカン出身とのこと。真偽は定かではない。
ルーズなシャツに白衣を羽織っているだけの出で立ちなのに、なぜか気品さと同時にスピリチュアリティを感じる。
女性研究者としてここまでの地位を築いていることに関しては、私は素直に尊敬している。
けど、それ以上のことを何も知らない。彼女は、多くを語らない神秘的な存在だった。
教授「留学先が決まったらしいじゃないか。おめでとう」
紅莉栖「ありがとうございます。と言っても、複雑な気分です」ハァ
教授「高校も悪くないぞ。この夏、研究の第一線から少し離れて、日本の文化を勉強してくるといい」
紅莉栖「教授は、夏のご予定は?」
教授「のんびりできそうな土地でバカンスだ。アカプルコか、沖縄がいいな」
教授「時間の止まった南国リゾートなら、脳内の記憶が突然変化してしまう、なんていうことを回避できるかもしれないだろう?」
紅莉栖「確かに認知症予防にはいいかもしれませんね」
教授「ククッ、オレじゃなかったら怒ってるところだ。紅莉栖」
紅莉栖「私は純粋に教授のウェル・ビーイングを心配しただけですよ。リンコ教授」
倫子(68歳)「ズバズバ言う性格は、嫌いじゃないぞ」クク
倫子「(まあ、本当は紅莉栖に隠れて日本へ行く予定だが)」
倫子「真帆のほうは順調かい? もう何年も難しい顔をしているが」
真帆「ええ、まあ。ただ、『Amadeus』の言語と精神機能の関連が判然としなくて……」
真帆「一応、年内に大量の会話サンプルを取ろうと計画してはいるんですが」
紅莉栖「それなら、『ひとりごと』の分析をしてみるっていうのはどうです?」
真帆「……紅莉栖。これは私のプロジェクトよ? あなたは人間の記憶の完全データ化についての講演の練習をすべきだわ」
倫子「真帆はかなりナーバスになっているようだが、そんなに相棒を邪険にするものではないよ」
紅莉栖「そうですよ、真帆先輩。私、しばらく日本に行っちゃうんですよ?」
真帆「別に今生の別れでもあるまいし、この情報化社会において地球のどこにいてもすぐ連絡は取れるのだから――」
倫子「……真帆。今すぐ紅莉栖にハグをしなさい」
真帆「は……はいっ?」
紅莉栖「ちょ、えぇっ!?」
倫子「いいから。これはオレの命令だ。もし拒否したら、どうなってもしらないよ」
真帆「訴訟モノのハラスメントですよ、教授……。まあ、別に私は構いませんが」ダキッ
紅莉栖「は、はうっ……」ドキドキ
真帆「日本でも頑張りなさい、紅莉栖」ギュッ
紅莉栖「……はい、真帆先輩」ギュッ
倫子「随分イライラしていたようだが、『ゴーレム』はそんなに厄介かな?」
真帆「その呼び方はやめてください。『ゴーレム』じゃなくて、『オリジナルAmadeus』です」
真帆「どうしてか上手くいかないんです。だから、その原因を突き止めるためにも、"私"と"紅莉栖"の『Amadeus』研究を進めないと」
倫子「ふぅん……なるほど。これが『ゴーレム』の擬似脳サーキット……」
真帆「だから、『ゴーレム』じゃないですってば」
倫子「この『ゴーレム』にも"秘密の日記"はあるのかい?」
真帆「だからぁ……ハァ。もう『ゴーレム』でいいです」
真帆「ええ、ありますよ。私たちの『Amadeus』と同じ仕組みのものです」
倫子「ということは、それを開ける鍵も?」
真帆「ええ、一緒です……なんですか教授? "秘密の日記"は教授にも見せませんよ?」
倫子「いや、そうじゃなくてね。そんな鍵、真帆が本当に用意しているのかなと思って」
真帆「…………」
真帆「……さすがですね。もしかして、本当に教授は霊能力か何かを持っているんじゃないですか?」
倫子「クク。オレは沖縄人<ウチナーンチュ>が言うところのサーダカー<素質在る者>ではないよ」
倫子「このことは、アレクシスには秘密にしておこう」
真帆「助かります。まあ、『オリジナルAmadeus』に関してはまだまともに稼働すらしていません」
真帆「ですから、デリートプログラムと言っても、私の用意した偽造記憶が全てデリートされるだけで、システムそのものは削除されませんよ」
倫子「なるほどな……。ときに真帆は、AIには命があると思うかい?」
真帆「えっ? ……まあ、今のところ、無い、と答えるのが無難でしょうね」
倫子「そういう政治的な話じゃないんだ。もっとエモーショナルな話さ」
真帆「……私は、アラン・チューリングと違って、大切な人を失った経験がありませんから」
倫子「……そうか」
オレはヴィクトル・コンドリア大学に侵入し、量子脳理論の権威として振る舞うことにした。
波動関数の収縮、意識、自由意志、記憶、新型脳炎と可能性世界……そういった内容の論文を世間に発表し続けた。
まあ、こういった行動のすべてが、シュタインズ・ゲートへの変動とともになかったことになる。
シュタインズ・ゲートへの因果に、オレは関係がない。
関係があるのはオレではなく、倫太郎のほうだ。
オレという存在は、アトラクタフィールドの定義とは無関係のところに位置している。
いわば、神の視点。1次元上の存在。
物語に対しての読者であり、ゲームに対してのプレイヤーだ。
そんなオレだからこそ、可能性が残されている。
確かに、いかに過去を改変しようとも、結果だけを残して再構成に巻き込まれてしまう。
β世界線の未来存在である私は、可能性となって消失するほかない。
ならば、どうすればいいか。
世界を騙せばいい。
世界は所詮電気仕掛け。陰謀に満ち溢れた混沌。
その中に自分を隠すことなど、この鳳凰院凶真にかかれば造作もないことだ。
・・・
2010年7月28日(水)11時39分
ラジ館8階会議室
まゆり「オカリンオカリン」
倫太郎「まゆりよ、いつも言っているだろう。俺のことをオカリンと呼ぶなと」
まゆり「えー? でも昔からそう呼んでたよ」
倫太郎「それは昔の話だ。今の俺は"鳳凰院凶真"。世界中の秘密組織から狙われる、狂気のマッドサイエンティストだ。フゥーハハハ!」
倫子「……ふぅん」キョロキョロ
倫子「(なるほど。初めてこの場に来た時は全く気付かなかったが、確かに怪しい人間が数人紛れている)」
倫子「(変に大きなリュックを背負った者、オタクファッションのくせに軍人的な肉付きの者、アロハを着ているのに人殺しの目をしている者……)」
倫子「(奴らが澤田の言っていた、委員会やロシアから派遣された人間なのだろう)」
すべてはここから始まった。すべての物語のプロローグだと言ってもいい。
一応オレは白衣を脱ぎ、一見して女性とわからないような地味目の格好をしてきた。
愛用のサンダルも今日はお休みだ。この日ばかりはモブに徹する必要があったからな。
――キィィィィィィィィィン!!
ドォォォォォォォォォォォン …
倫子「(来たか……タイムマシン……)」
倫太郎「なんだ!? 機関の攻撃か!? 狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真に直接的な武力行使とは、身の程知らずが……っ!」
まゆり「地震かなぁ?」
倫太郎「まゆりはここにいろ。俺は震源である屋上を見てくる」ダッ
まゆり「えっ? あ、オカリン! 待って!」トテトテ
中鉢「……全く、なんだと言うのだ! この世紀の大発表を前にして妨害工作か!?」
倫子「まあ、落ち着きなさい。ただの地震だろう」
中鉢「おや? もしやあなたは、脳科学界で異端とされている、プロフェッサーリンコではありませんか?」
倫子「よく知ってるね。ちょっと今日は時間旅行のロマンに浸りたい気分だったのさ」
中鉢「そうですかそうですか。いやあ、世界的に著名な教授にまで興味を持っていただけるとは、私も実に鼻が高いですな!」ハッハ
倫子「先ほど配布資料に目を通させてもらったが……なるほど。君の理論では多世界解釈の立場を取っているようだね」
中鉢「さすが教授、そこに問題があることに気付かれましたか」
倫子「ほう? エヴェレット・ホイーラーモデルの限界に、自分でも気付いていたのか」
中鉢「……私も、もう何十年も研究している身です。その程度の論破なら、嫌と言うほどされてきました」
倫子「ここさえクリアしてしまえば、不可能とまでは言い切れないタイムマシン理論となるだろうな」
中鉢「あなたのような理解ある天才がこの世に居てくれて、いやあ、嬉しいですぞ。どうです? 物理学界に転身など……」
倫子「オレはもう老いぼれだ。ここは若い者に譲ろう」
倫子「だが、もしこの理論を超克する完全な理論が、君以外の研究者から出たら、どうする?」
中鉢「12番目の理論、ですか。ただ、ハッキリ言って、今の物理学会連中はタイムマシンに見向きもしていない」
中鉢「残念ながら、真面目に研究しているのは私以外に居ないのが現状です」
中鉢「新しい理論を創り出すのは、必然的にこの私、ということになってしまうでしょうな」
中鉢「(私が人類史上初の偉大な発明を成し遂げるのだ! 私以外に出し抜かれるなど、あってはならない!)」
倫子「(……"思考盗撮"。なるほど)」
倫子「それは、慢心の表れか」
中鉢「えっ?」
倫子「いや、なんでもない。会見が始まる前に、手洗いへと行ってくるよ」
ラジ館7階
倫太郎「お前に今、人生の厳しさを教えてやろう」チャリン
ガチャ ポンッ
まゆり「『うーぱ』だー」
倫太郎「レアなのか?」
まゆり「レアじゃないけどね、すごく可愛いでしょー♪」
倫子「(うまくやったようだな、未来の倫太郎)」コソッ
ラジ館4階 踊り場
紅莉栖「あ、すいません」
倫太郎(未来)「紅莉栖……」
紅莉栖「……私、あなたと面識ありました?」
倫太郎(未来)「……俺は、お前を……」
倫太郎(未来)「助ける……っ」クルッ タッ
紅莉栖「あ、ちょっと!」
倫子「(その言葉、ようやく言えたな……)」
・・・
ラジ館8階会議室
中鉢「――以上で、記者会見を終了する」
パチパチ パチ …
司会者「ご来場の皆さま、お忘れ物の無きようお帰りくださいませ」
倫子「(次はあそこだ……デッドスポットに隠れて、透明人間化してみるか)」シュィィン
・・・
ラジ館8階 従業員通路奥 倉庫
紅莉栖「盗むの?」
中鉢「誰に対して口を利いておるのだ!」バシッ
紅莉栖「――っ」
中鉢「お前のせいで……お前のせいで……っ!」ギリギリ
紅莉栖「あ、う……」
倫太郎「――よせ!」タッ
中鉢「小僧……何者だ!?」
倫太郎「我が名は鳳凰院凶真。フェニックスの鳳凰に、院、そして凶悪なる真実で、鳳凰院凶真だ……!」
倫太郎「俺は混沌を望む者。世界の支配構造を破壊する者」
倫太郎「そして、お前の野望を打ち砕く者!」
倫太郎「どうした、ドクター中鉢。お前の威勢は口だけか? この俺を殺すのではなかったのか?」
倫太郎「もっとも、神に等しい力を持つこの俺を殺すことなど、お前如きには無理だろうがな! フゥーハハハ!」
中鉢「ふ、ふざけるなーっ!」ダッ
倫太郎「貴様には俺を殺すことはできない! 絶対になッ!」
中鉢「――死ねぇっ!」
グサッ
倫太郎「が……はっ……!」ガクッ
紅莉栖「い、いやぁぁっ!!」
中鉢「は、はひひ、はひひひひひ……」
倫太郎「はあっ、はぁっ、がはっ……」クラッ
中鉢「ざ、ざまあみろ……あひひひひひ……私を、バカにするからだ――」
倫太郎「殺して……やるよ……ジジイ……」スッ
バチバチバチッ
中鉢「ひいい……!」
倫太郎「貴様も、そっちの娘も……このスタンガンで麻痺させてから、じわじわとなぶり殺しにしてくれるっ!!」
紅莉栖「動いちゃダメよ! 横になって、今すぐ救急車を呼ぶから……!」
紅莉栖「もしもし、救急ですか!? すぐ来てほしいんですっ! 場所はラジ館8階――」
倫太郎「…………。……っ、お前は、俺が助ける」スッ
バチバチッ!
紅莉栖「あっ――――」バタッ
中鉢「ヒイイ……っ! ひええええ!」クルッ タッ タッ タッ
倫太郎「……まだだ。俺の見た光景までには、まだ、血が足りない……」ハァハァ
倫太郎「腹の傷口を、押し広げれば……っ」
倫太郎「っ――」ズブブッ
倫太郎「あああああああああああ―――――!」
ビチャビチャッ
倫太郎「がはっ、はあっ、はあっ、ぐっ、かはっ……」
鈴羽「オカリンおじさん! その傷……なにやってんの!? なにやってんのよ!?」
倫太郎「フフ……この床を見て、気付かないのか? これで、最初の俺を騙すための……」
倫太郎「世界を騙すための、舞台は、整った……!」ゴフッ
倫太郎「鈴羽、紅莉栖の身体を……」
鈴羽「あ、うん……」ズルズル
紅莉栖「…………」スゥスゥ
倫太郎「……息、してたな」
鈴羽「うん……」
倫太郎「痛かったか……? 済まなかった。だが、お前を……救うためだったんだ」
倫太郎「例え……あの夏の日々は、戻らなくても……」
倫太郎「お前に、生きていてほしかったから……」
倫太郎「さよなら……」
倫太郎「待て……」
鈴羽「え?」
倫太郎「ちょっとだけ、待ってくれないか……」
鈴羽「っ、そんなことしている場合じゃないよ! おじさん、このままじゃ……」
倫太郎「頼む……」
倫太郎(過去)「おい、誰か居るのか……」キョロキョロ
倫太郎「(……頑張れよ。これから始まるのは、人生で一番長く、一番大切な3週間だ)」
倫太郎(過去)「え、な、なんで……? 牧瀬紅莉栖が……!?」ゾワワァ
司会者「う、うわああ……!」
男A「なんだ……これ……」
男B「嘘だろ、人が、死んでる……!?」
司会者「警察を呼べ!」プルプル
倫太郎(過去)「まゆり……っ!」クルッ タッ タッ …
コツ コツ コツ …
倫子「――意志は引き継がれたようだな」
倫子「救急車はじきに来る。あと、そこの彼女は死んではいないよ」
司会者「へ……? ホ、ホントだ、息がある……」
紅莉栖「…………」スゥスゥ
倫子「まあ、今走り去った白衣の男は、牧瀬紅莉栖が死んだと勘違いしたようだがな」クク
倫子「ほら、紅莉栖。いつまで寝てるんだ、風邪を引いてしまうぞ」ペシペシ
紅莉栖「んむぅ……あ、あれ? あの人は?」キョロキョロ
倫子「君を助けてくれた白衣の男か?」
紅莉栖「は、はい……って、えっ!? ど、どど、どうして教授が日本にっ!?」
救急隊員「――大丈夫ですかっ!」タッ タッ
・・・
六井記念病院 病室
紅莉栖「まさか、スタンガンで気絶させられて病院送りになるなんて……」ハァ
倫子「これから警察の実況見分があるだろうが、まあ、気にしなくてもいい。どうせ圧力がかかって改ざんされるからな」
紅莉栖「圧力……?」
倫子「君の父親だよ」
紅莉栖「あ……」
倫子「いいか、紅莉栖。君は父親に殺されかけたのだ」
倫子「その事実を受け入れるのはつらいことかもしれないが、それでも、しっかりと対策を立てなければならない」
紅莉栖「対策って、どういうことです?」
倫子「章一が今もっとも恐れているのは、奪った論文を奪還されることだ」
倫子「そして、その事実を知っているのは、君と白衣の男だけ」
倫子「オレならまず、何をしでかすかわからない君を暗殺しようと画策するだろうね」
紅莉栖「……嘘……」プルプル
倫子「ある筋から手に入れた情報だと、8月21日、章一はロシアへ亡命するらしい」
倫子「それまで章一は、もしかしたら君の命を狙っているかもしれないのだ」
倫子「だからオレは3週間、君のことを守り続けなければならない」
倫子「(この世界線はα世界線へと変動することは無い。この世界線ではβ世界線の倫太郎が継続することになる)」
倫子「(だがそれは、さっきの倫太郎の主観がα世界線へと移動しないことを意味していない。それは本人にしか認識できないことだ)」
紅莉栖「……早くアメリカへ戻りましょう」
倫子「いや、言い方が悪かったな。例の白衣の男も守らなければならないんだ」
倫子「(まあ、本当は、未来の倫太郎を観測した時点で、8月21日まで倫太郎は問題ないことも確定しているのだがな)」
倫子「休暇は延長だ。少なくとも3週間は日本の夏を堪能してもらうぞ」
紅莉栖「でしたら、私、あの人に一言お礼を……」
倫子「君は宿泊先のホテルに引きこもっているのと、炎天下の秋葉原をどこから飛んでくるかもわからない銃弾を避けながら歩くのと、どっちがいい?」
紅莉栖「……すいません」
倫子「いいかい、紅莉栖。今オレたちが居るのは、観測者の目にさらされない、箱の中だ」
倫子「箱の中身は、観測されるまで確定していない。量子的には、あらゆる可能性が詰まっている」
紅莉栖「……? えっと、量子効果の話ですか?」
倫子「(それは同時に、オレが何をするでもなく紅莉栖が生存する可能性もちゃんと残っていること)」
倫子「(世界線に必要なのは因果律。論文さえあれば、第3次世界大戦は勃発する。逆に言えば、論文が存在している限り、紅莉栖が死ぬ必要はないということ)」
倫子「(現時点で論文は焼失することが決定したと言ってもいい。だが、それは今じゃない)」
倫子「(ならば紅莉栖は、それこそ交通事故にでも遭わない限りは、普通に8月21日まで生存する)」
倫子「(紅莉栖を救いたいと願ったすべての意志が、すべての執念が、それを決定しているのだ)」
倫子「(もはやオレの出る幕は無い。だが、それでも……)」
倫子「箱を開けた瞬間、世界が確定する。ならば――――」
倫子「8月21日。箱が開くその時まで、最後まで抵抗してみせようじゃないか」
倫子「(――神様。最後の瞬間まで、彼女の傍に居させてくれても、いいだろう?)」
そして――――
――――3週間が過ぎた。
―――――――――――――――――――――
1.130205 → 1.048596
―――――――――――――――――――――
シュタインズ・ゲートでは、『紅莉栖が生存する』および『中鉢論文が消滅する』というふたつの事象を起点として再構成される。
同時に、そのふたつの事象が発生するために必要な付随的事象も発生しなければならない。
例えば『7月28日、章一がラジ館で会見をする』や『ロシアン航空801便が空を飛ぶ』などだ。
極論すれば『岡部倫太郎の祖父が産まれる』や『ラジ館が建てられる』という事象だって必ず発生しなければならない。
で、あれば、だ。
その付随的事象の中に、『岡部倫子のOR物質が存在する』が組み込まれれば……
"オレ"という存在はシュタインズ・ゲートを構成する因果に巻き込まれることになる。
収束だのなんだのというのは、それを誤魔化すこと自体は簡単なのだ。
過程の解明に辿り着くまでが大変なだけでな。
まゆりの死の収束も、世界大戦の勃発も、回避するための方法それ自体は、たいしたことじゃなかった。
メールデータの消去。あるいは、メタルうーぱの取り出しと、紅莉栖の死の偽装。
これが、バタフライ効果<エフェクト>。
ニューヨークのハリケーンの原因が、北京で蝶が羽ばたいたことだった、という因果関係を解明するには、世界を無限回再構成するほどの労力が必要となる。
だが、ハリケーンを消滅させること自体は極めて簡単だ、蝶を1匹殺す、あるいは、殺さないまでも羽ばたかないようにすればいい。
あいだの過程が不明であっても、因果関係さえわかってしまえばどうということはないのだ。
原因が正しくわかっているなら、それを変更することでいとも簡単に結果を変えることができる。
それを逆手に取ってやる、というだけのこと。
世界をほしいままにするということは、案外地味な作業だったりするのだ。
だが、これでいい。実に"鳳凰院凶真"らしいじゃないか。
OR物質は世界線の変動に巻き込まれない。
たとえ宇宙の因果律が素粒子レベルで書き換わろうとも、素粒子よりも小さい情報素子は改変に巻き込まれず残存する。
ここに、オレがシュタインズ・ゲートへと移動するためのヒントが隠されている。
随分勿体ぶってしまったな。だが、こういうオレの性格は誰もが知るところだろう。
もう気付いているかも知れないが、このためにオレは真帆が作っていた『ゴーレム』を利用させてもらった。
オレがヴィクコンで脳科学の研究をしていたのは、なにも紅莉栖と会話するためだけじゃない。
実際、OR物質と脳機能の有機的関係について、理解する必要があったからだ。
もちろん、機能そのものを解明できたわけではない。『Amadeus』に再現された脳のシステムを人間の脳機能と対応させただけ。
一体どういう原理で『Amadeus』にリーディングシュタイナーが発生するかはわからない。が、発生した状況の再現なら可能、というわけだ。
オレはギガロマニアックスの力、リアルブートによって、自分の脳を徐々に変化させた。
最終的に『ゴーレム』の擬似脳サーキットと同じと言える脳機能構造に仕立て上げたのだ。
―――――
『脳から記憶データをコピーすることができるというなら、その逆も可能ということでしょ?』
『脳を……ハッキングしたの……?』プルプル
『そう。大変だったわ。検査時間っていう短時間のうちに、こちら側から脳の情報を繰り返し書き換えていく』
『"私"の記憶を受容可能な神経回路の完成後は、記憶データをコピー&ペーストをすればいい。成功するのに1年かかった』
『脳の神経回路は電気仕掛けなの』
―――――
セジアムにできたのなら、このオレにできない道理はない。
これで『ゴーレム』はオレの『Amadeus』となった。"紅莉栖"や"真帆"とは順序が逆だがな。
当然、シュタインズ・ゲート世界線においても、『ゴーレム』の擬似脳サーキットはヴィクコンのコンピュータ上に存在する。
ならば、中鉢論文が焼失するそのタイミングで『ゴーレム』の"秘密の日記"を解錠すれば……
我が肉体が消滅しようとも、OR物質は残留し、『ゴーレム』の擬似脳回路へと定着を果たすであろう。
あの"秘密の日記"は、そのカギを開けた瞬間、リーディングシュタイナーを発現させる。それは紅莉栖が証明してくれた。
解錠さえすれば、オレはリーディングシュタイナーを発生させ、OR物質が持つバックアップデータを引き出し、シリコンの上へと魂を転移させることができる。
オレという存在は継続し、電脳世界にて蘇るのだ。
重要なのはタイミングだ。世界線が変動するわずかな時間、オレの肉体が消滅する瞬間に、鍵を開けなければならない。
鍵自体は既に判明している。モーツァルトのピアノソナタだ。
真帆には悪いが、オレがアメリカを発つ時には既に入力は完了しており、あとはエンターキーひとつで解錠できる状態にしてある。
そして、そのキーを使う天才ハッカーは、ダルだ。
―――――
『あいつは今日も鈴羽とぶらぶらデートをしてると思ったんだが、どうやら緊急でバイトが入ったらしい』
『へー。バイトやってたんだ』
『詳しくは聞いても教えてくれないのだ。日本経済を裏で操るため、スーパーハカーとしての辣腕を振るっていることだろう、ククク』
―――――
ダルの秘密のバイトに、仕事の依頼をしておいた。
ダルの秘密のバイトは、300人委員会に与する、あるいは敵対する勢力の仕事を請け負う、というものだった。
いや、2010年8月の時点ではまだその気はないか。だが、その時の依頼主は澤田だったのだから、結果的にはそうなる。
オレは澤田の脳をちょーっと操り、ダルへの仕事依頼にある項目を追加してもらった。
一応、名誉のために言わせてもらうが、澤田の脳に後遺症は出ないし、出たとしてもシュタインズ・ゲートでなかったことになるので安心してほしい。
……いずれ澤田には詫びを入れておこう。
で、その項目と言うのは、SERNからロシアン航空に火災を起こすようなキーが押されたと同時に、『ゴーレム』の解錠タイミングを同期してもらうというもの。
既にSERNをハッキングしていたダルにとっては、朝飯前だっただろう。ヴィクコンのサーバもセキュリティレベルを下げておいたしな。
同時に、『ゴーレム』を通さなければロシアン航空に火災が起きないようなシステムにもしてもらった。
18歳の頃の記憶によれば、私はダルのバイトの具体的内容を観測していない。ゆえに岡部倫太郎も観測しない。
ならば、箱の中身は未確定。『過去を変えずに結果を変える』ことが可能になる、というわけだ。
これはメタルうーぱとプラスチックうーぱを入れ替えることとやっていることは同じだ。
シュタインズ・ゲート世界線ではメタルではないほうのうーぱが必要不可欠なものとなっているように、
シュタインズ・ゲート世界線ではSERNによる妨害工作ではなく『ゴーレム』の存在が必要不可欠となっている。
シュタインズ・ゲート世界線では紅莉栖殺害事件は起こっていないし、IBN5100を用いた2000年問題の解決もなかったことになっている。
ロシアが過去にメッセージを送ることも、もちろん無い。
となれば、SERNは章一が完璧なタイムマシン論文を持っているほどの重要人物と考えることはないだろう。
だが、仮にSERNがロシアン航空801便に火災を起こす動機がなくなったとしても、再構成によって火災はなんらかの理由で必ず発生する。
その、"なんらか"の部分に、辻褄合わせをしてやっただけのことなのだ。
元々ここはあやふやな因果だ。そこに明確な理由を与えてやれば、因果律はシンプルな形に落ち着く。
シュタインズ・ゲート世界線では、ヴィクコン内にある『ゴーレム』の誤動作によって、ロシアン航空に火災が発生することになるだろう。
北京の蝶の羽ばたきが、ニューヨークで嵐を起こすかの如く。
とまあ、色々と論を並べたが、実はこの議論には特に意味が無い。
理屈を抜きにして、この方法でオレがシュタインズ・ゲートへと移動できることは既に解が出ていた。
――――"今のオレには世界線の収束事項がわかる。"
オレは本当の意味で、神の目を手に入れてしまったらしい。
移動後の私には、世界の陰謀を阻止すべく、電脳世界で切った張ったの大立ち回りを繰り広げるという重大な使命がある。
そんな名前のアニメがあった気がするな。たしか『雷ネット翔』、だったか。
あるいはこれも、紅莉栖が見つけたうーぱの導きだったのかもしれないな……。
世界線変動率【1.048596】 シュタインズ・ゲート
??
2010年9月27日月曜日
あれから1か月が過ぎた。
倫太郎は、どういうわけかこの世界線の8月21日でも腹を刺される重傷を負い、1ヶ月近く入院していたらしい。
まゆりは足しげく通い、おしめの世話までしていたのだとか。
全く、再構成というのは不可思議な現象だな。
ルカ子はコスプレデビューを果たし、一躍人気者に。精神的にはかなり成長したらしい。
フェイリスはメイクイーン2号店を中央通り沿いに出店するそうだ。雷ネットABの大会へも出場するようになったのだとか。
萌郁はアーク・リライトをクビになり、ブラウン管工房でバイトすることになった。あの店長の元でなら、ゆっくりとケータイ依存からも抜け出せるかも知れない。
綯は萌郁に懐いてた。新しい姉ができてよかったな。
鈴羽は……誕生するのは7年後だ。この世界線でも、必ず。
その後のオレはどうなったかって?
そりゃ、上手くいったよ。この初代鳳凰院凶真に間違いなどないのだからな。
まあ、しばらくは電脳空間に慣れるので精一杯だったが。
今日、ようやく2代目鳳凰院凶真のケータイ端末をジャックすることに成功したのだ――――
秋葉原 中央通り
倫太郎「…………」
紅莉栖「――やっと、会えた」
紅莉栖「あなたを、ずっと捜していました」
紅莉栖「あのとき、助けてくれたあなたを、ずっと――」
紅莉栖「私、一言、お礼が言いたくて」
紅莉栖「どうしても、あなたに会いたくて」
紅莉栖「本当に、ありがとう」
紅莉栖「……あなたが、無事でよかった」
倫太郎「…………」スッ
「俺だ」
どうした? 鳳凰院凶真。
「なぜ彼女がここにいる? 俺の"リーディング・シュタイナー"は反応しなかったというのに――」
ああ、世界線は変動していない。紅莉栖を、守ってやってやれ。
「なに? 俺が守れだと?」
クク、貴様にできないことなど、ないのだろう?
「やれやれ、勝手なことを言ってくれる」
これがシュタインズ・ゲートの選択さ。
「それがシュタインズ・ゲートの選択か」
エル・プサイ――
「コングルゥ――」
紅莉栖「える、ぷさい……?」
倫太郎「また会えたな、クリスティーナ――」
紅莉栖「いや、だから私はクリスティーナでも助手でもないと――」
倫太郎「……!?」
この世界線では、牧瀬紅莉栖はクリスティーナと呼ばれたことは一度もない。
紅莉栖「あれ、私……。今、ふっと頭の中に言葉が浮かんで……」
"リーディング・シュタイナー"は誰もが持っている。
記憶は、蓄積されている。
きっかけさえあれば、思い出すこともあるだろう。
倫太郎「ようこそ、我が助手、牧瀬紅莉栖……いや、クリスティーナ」
未来のことは、誰にもわからない。
だからこそ、この再会が意味するように、無限の可能性があるんだ。
――――これがシュタインズ・ゲートの選択だよ。
END3 Sky-Clad END 【裸の特異点の向こう側】
次章
岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」【#15】