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819 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 10:44:14.98 F3r8aVmfo 801/1097


2月7日

朝 海洋連合 日向の家


「起きて下さい日向さん!」ユッサユッサ

日向「うー……む? あー、磯波……まだ暗いじゃないか。どうしたんだ」

日向「折角いいとこだったのに……」

磯波「緊急招集です! 司令部まで急いで下さい!」

日向「敵襲か?」ムクリ

磯波「いえ、そうじゃなくて……姫様からの招集です」

日向「あのオテンバ娘が。それは大事だ」


日向「ありがとう。すぐ向うよ」




朝 海洋連合 ラバウル総司令部


日向「遅れた」

長月「いや、みんな丁度今揃ったところだ」

嶋田「集合まで時間が掛かるのは問題だな」

茶色妖精「拙者、眠いでござる」

飛行場姫「……」

日向「おい姫、大丈夫か」


様子が変と言ってしまえば簡単だが、いつも快活な奴が深刻そうな顔をすると場の空気に強い緊張感を与える。

それ故、総司令部の会議室は重苦しい空気に包まれていた。


飛行場姫「ハワイから連絡が入ったんだ」

長月「……」

飛行場姫「今後の戦争遂行計画について、太平洋の姫による話し合いの場を設けるって」

飛行場姫「トーちゃんは全権を譲り渡して、もう口出ししないつもりなんだって……」

飛行場姫「どうしよう! このままじゃまた戦いが!」

日向「落ち着け。よく分からないぞ」

長月「情報を整理したいな。茶色、お前は事態を把握しているか?」

茶色妖精「先ほど姫君に見せてもらい候。ある程度、でござるが」

長月「なら頼む」


茶色妖精「以前語った通り、深海棲艦側の総司令官は大妖精と名乗る一匹の妖精」

茶色妖精「戦争における諸事を一手に引き受け、人間と戦い続けて来た奴でござる」

長月「それは前も言っていたな」

茶色妖精「奴は今回の姫の集まりを『議会』と呼称し、自らが持っていた戦争に関する全ての権利をその場へ譲り渡したのでござる」

嶋田「……何のために」


茶色妖精「そこまでは我らにもさっぱり。今回のはまったくもって意味不明な行動でござる」

長月「姫、議会が戦争遂行を指揮するようになった場合はどうなりそうだ」

飛行場姫「今回呼ばれた姫は何人かいるんだけど……今一番偉いのは三位の姉さんなんだ」

821 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 20:29:19.93 F3r8aVmfo 802/1097


嶋田「……君は」

飛行場姫「……第五位」

嶋田「議会での話し合いの結果、戦争したがり屋に押し切られる可能性が高いというわけか」

飛行場姫「……」コクン

長月「それでも連合に直接攻めこんでくる可能性は低いと思う。防備を固めた我々の手強さを敵は知っている」

茶色妖精「しかし我らとしては近隣を攻められるのが一番効きますな。諸物資を外に頼っているため、海路を塞がれるのは大打撃でござる」

日向「外ととの航路が切られた場合の継戦能力は」

長月「色々と努力はしたが、全力で一ヶ月持たんだろうな」

嶋田「なんとも脆い独立共同体だ」

長月「嫌味ですか」

嶋田「愚痴だよ代表殿。もうここは俺の家だ」

日向「今度はもう、逃げる場所なんてありませんからね」ポンポン

嶋田「分かっているよ。今度は精々、逃げ出す必要の無いように努力させて頂きます」

日向「冗談ですよ。貴方のお陰で人間をまとめることが出来ているんだ。むしろブインから逃げてくれて感謝してます」

嶋田「俺にはそれこそ皮肉に聞こえるがね」

日向「……」クス


日向「なぁ、その大妖精を突き動かしていたモノは一体何だったんだ」

茶色妖精「その大妖精とは拙者のことでござるか」

日向「お前じゃなくてほら、敵側の大妖精だよ」

嶋田「日向君、それは今関係あるのか?」

日向「いいじゃないですか。どうせろくに戦えない我々には、注視することくらいしか出来ないんですから」

日向「ひとまず、環太平洋国家に深海棲艦の動きを伝えておきましょう。何事もそれからです」

長月「そうだな。焦りすぎて忘れていた」

日向「しっかりして下さい。代表殿」


日向「それで妖精殿、話の続きを」

茶色妖精「うーむ。大妖精を動かしていたものでござるか」

日向「いくら妖精とはいえ、全体の指揮統括など相当な覚悟が無ければ出来ないでしょう」

茶色妖精「そうでござるな。……あ奴は昔から妖精という自らの存在に誇りを持っておった」

日向「存在、に?」

茶色妖精「人間にもかつてはあったのではなかろうか。全ての命を統括している錯覚というか」

日向「全能感みたいなのはあったでしょうね。妖精ともなればきっと、もっと」

茶色妖精「そうなのでござる。そんな全能感なるものは幻想に過ぎんというに……。恐らく奴は自らが世界秩序の守護者であると」

茶色妖精「ううむ。もっと悪い。いつしか自らが世界秩序そのものであると錯覚したのではなかろうか」

日向「世界秩序……少し驕りが過ぎませんか」

822 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 20:31:36.02 F3r8aVmfo 803/1097


茶色妖精「過ぎなければ人類絶滅などという過激な発想が出て来はすまいよ」

日向「なるほど。ではそんな傲慢な妖精が、何故『議会』なるものを」

茶色妖精「こちらほどで無くとも、あちらはあちらで色々と変わり始めていると拙者は見ております」

茶色妖精「具体的にどう変わっているのか全く分からんのだが……」

日向「……」

飛行場姫「2月15日に開かれるから、それまでにハワイに行かなきゃなんだ」

日向「出発日は、そうだな。深海棲艦なら2月12日くらいか」

飛行場姫「なぁ日向、私はどうすればいいかな」

日向「自分の好きなようにすればいいさ」

飛行場姫「正直自信無いんだ……。私に姉さんは止められないし……」

日向「一人で止める必要は無い」

飛行場姫「?」


日向「お前には忠実で優秀な三人のブレインと歴戦の艦娘がついてるんだから」

長月「……」ウンウン

茶色妖精「歴戦の妖精も一緒でござる!」

嶋田「今ならおまけで臆病な副司令長官もついてくるぞ」ケラケラ

飛行場姫「……ありがとう」




2月8日

夜 海洋連合 とある島


海岸には焚き火の明かりと、その温かさの恩恵を受ける人間が居た。


重装兵「……はぁ」


男は大きなため息とともに籠を編む手を止め、休憩がてら空を見上げた。

そこにはオリオン座を始めとする冬の大三角形が綺麗に顕れていた。


重装兵「……こればっかりは、日本と変わらないな」


天国のようなこの島と、自分の生まれた育った村が同一の惑星に存在するとはとても信じられなかった。

頭で理解していても、実感として無いのだ。

俺が生まれたのは東北の寒村だった。

村での2月は、冬の終わりもまだまだ見えない。

自分を取り巻いていた……冷涼を通り越して、肌に突き刺さるような寒さ。

遠くの雲まで澄み渡るような大気。

吐出された自分の呼気は白く、だがすぐに元の透明へと戻っていく。

823 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 20:34:49.00 F3r8aVmfo 804/1097


この村は日本の隠れ一神教徒たちが立ち上げた新興山村なのだと母が言っていた。

俺は今でもそれを信じている。疑いなど微塵もなかった。

何故なら村は文明の『ぶ』の字も届かないような山奥にあったから。

何かに追われたと考えなければ、こんな山奥に住み着いた意味が分からない。

ああ、それでも日本の近代化を目論む政府の威光はかろうじて村にも届き……。

小学校は作られたが、村に居着くなら行く意味も特になかった。

中学校はいくつも山を越えた先にあった。


外へ繋がる唯一の道は冬には大雪で塞がれ、特にすることも無いので住民は冬の間、みな家に閉じこもる。

小学校? あはは。だから意味ないんだって。冬は教師も家から出られないんだから。


だから冬は他の村人と関わることは少ないが、朝、家の周りの雪かきをする時に、遠くの方にぽつりぽつりと、自分と同じように雪かきをする人影を見る。

人影と言っても、実際は人か熊かも見分けがつかないほど小さいものだぞ。

まぁ家の雪かきをしているのだから多分人間だろ。熊じゃなくてさ。

そんで家から立ち上る竈の煙だ。

……そうだ。

ちょうどここみたいだな。それぞれの島から夕飯時に色々焼くから。煙が出るよな。あれと似てる。

おかしいかな。朝と夕方で、場所も違うのになんか懐かしいと思ってしまうのは。


飛行場姫「おかしくねーんじゃね? ていうかオマエの村どんだけ田舎なんだよ」

重装兵「中学校行くときは寄宿だったね。高校行く奴は殆ど居なかったな」

飛行場姫「どうして??」

重装兵「村は人結びつきが凄く強くてさ。みんな村に帰って農業するんだ」

重装兵「学なんて要らないんだ。四季の巡りに合わせて生きて行くだけだから」

飛行場姫「へぇ~! なんか良いな!」

重装兵「ははは。君みたいな甘ちゃんはすぐ音を上げるよ。厳しいんだからな?」

飛行場姫「わ、私だって行けるんじゃい!」

重装兵「あはは!」


重装兵「人口が少ないから戦争は痛手だったよ。うちの村からも四人出て、三人帰ってこなかったらしい」

飛行場姫「……」

重装兵「君が落ち込まなくて良いだろ。別に関係ないし」

飛行場姫「あ、そっか」ポン

重装兵「ふふっ」

重装兵「日本が無条件でなく条件付き降伏だから良かったとか、戦争でアジアの解放に成功したとか」

重装兵「軍に居た時に上官が色々語ってたけど、そんな俗世の色々とは関係無い場所だった」

重装兵「みんなウチの村みたいな生活してれば、戦争なんて無くなるのにな」

飛行場姫「村のこと、好きだったんだな」

重装兵「愛着はあるけどね」

重装兵「丘の上から村を見渡した時に、『ああ、なんか良いな』って……」

824 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 20:36:36.47 F3r8aVmfo 805/1097


飛行場姫「私もハワイの夕焼けとか好きだぞ~」

重装兵「ハワイか……遠いな」

飛行場姫「ううん。近いもんだ。暖かいし、良いとこだ」

重装兵「ここよりも暖かいか?」

飛行場姫「そりゃもう。オリモノつきだ」

重装兵「……折り紙つきだろ」

飛行場姫「あ、そだっけ」

重装兵「俺にはここも、十分過ぎるくらい暖かいよ」

飛行場姫「今度ハワイ来いよ~」


重装兵「……ここに居ると、しもやけの感覚も忘れてしまいそうだな」

飛行場姫「しもやけ…………? ってなんだ??」


重装兵「……」


重装兵「あれ……?」


飛行場姫「どした?」

重装兵「……君、いつから居た」

飛行場姫「焼き魚うめぇな~」モグモグ


重装兵「……」スチャッ

重装兵「……」パンパンパン

飛行場姫「いで!! いででででで!!!!」


飛行場姫「な、なにすんじゃおんどりゃあああ!!」

重装兵「いつから居た」

飛行場姫「『……はぁ』から」

重装兵「最初からじゃないか……」

飛行場姫「私は海から普通に上がってきたんだけどな」

重装兵「いや、他に空や地中から来たら驚くけどさ」

飛行場姫「オマエの故郷、行ってみたくなったぞ」ニヤニヤ

重装兵「……今日は何の用だ」

飛行場姫「彼氏のところに来るのに理由はいらねー! ってヲ級が」

重装兵「誰だよ……誰なんだよそれ……」


飛行場姫「トーちゃんが言ってたんだけどさ」

重装兵「……」

飛行場姫「ナノマシンってこの星が原材料らしいんだ」

重装兵「だったらどうした」

飛行場姫「そんなツンツンすんなよ~。だからさ? ある意味私はオマエの故郷みたいな?」

重装兵「意味不明だ」

飛行場姫「……なぁ人間」

825 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 20:37:51.88 F3r8aVmfo 806/1097


人間でないものは俺を人間と呼んだ。


重装兵「……なんだ」


さっきまでとは雰囲気が違っている。戦場で鍛えた直感が俺にそう囁く。

目の前の存在は、どのような方向にかは分からないが真剣で、俺に対して何か仕掛けようとしていると確信した。

拳銃のグリップを握る力が、緊張により自然と強まった。

なんだ。何を仕掛ける気だ。



飛行場姫「キスしてくれないか」



緋の瞳は真っ直ぐにこちらを捉えている。

だがその目に動物的な威圧の意味は無い。彼女がしたのはただの懇願だった。


飛行場姫「ちょっとこれから大事な大事な、大一番って奴だから。だからオマエに会いに来たんだ」


砂浜に垂れた白く長い髪。思いきり握れば折れてしまいそうな細い四肢。


飛行場姫「ほんとは喋るだけで帰ろうと思ったんだけどな。やっぱ我慢できそうにない」

飛行場姫「キスして欲しい」


迷いなく、何のためらいもなく自分の弱みや心情を吐露する馬鹿。

そんなの付け込まれるだけだろうが。


重装兵「……相対されても、こっちは準備出来てないっつーの」

飛行場姫「ん?」

重装兵「こっちの話」

飛行場姫「ん~~~~」ムチュー

重装兵「そんな顔で迫ってこないでくれ!?」


飛行場姫「……オマエもしかしてドーテーか?」

重装兵「……」パンパンパンパン

飛行場姫「いでででででっちょぉぉぉ!!!」


飛行場姫「なにすんだ! このタンタカタン!」

重装兵「銃も撃ったし、もう帰ろうか?」

飛行場姫「銃は別にサヨナラの合図とかじゃないよね!?」

重装兵「帰れ、帰れ、帰れ」

飛行場姫「ドーテーじゃないならいーだろー?」

重装兵「そうなんだ俺は童貞なんだ。それで童貞だからキスしたことないから。無理。だから帰れ」

飛行場姫「おお! 実は私もドーテーなんだ! これは奇遇だな! だからドーテー同士キスしよう! 今しよう! うん!」

重装兵「うおぉぉーーーーー!!!」

飛行場姫「急に奇声発すとか怖いぞお前」

重装兵「……帰る気無いんだな」

826 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 20:40:21.25 F3r8aVmfo 807/1097


飛行場姫「うん。キスして貰うまでテコでも帰らない」

重装兵「ほっぺでいいか」

飛行場姫「舌入れないとキスじゃない」

重装兵「……」

飛行場姫「ってタ級が言っ」「だからそれ誰!?」

重装兵「……舌は無しだぞ」

飛行場姫「おう! 舌はまた今度な!」

重装兵「今度は無いけどね。じゃあ、するか」

飛行場姫「うん!」


普通、女の子がキスをしようという時に元気に返事するものか?

あ、普通じゃないんだった。


もう面倒だ。適当に済ませて終わらせてしまおう。

任務でも、キスくらい何度もしたことがある。

彼女の腕を乱暴に掴み、自分の目の前に立たせる。


飛行場姫「あっ」


反応など関係あるものか。

唇にサッと済ませて終わりだ。


引き寄せて見る彼女の身体はいつも見ているよりも小さく感じた。

これならこちらが少し屈めば事足りるだろう。



その時、俺の掴んだ腕が震えているように感じた。

重装兵「震えてるけど、本当に良いのか」

飛行場姫「? 私は震えてないよ」


強がりでもなんでもなく、彼女の言っていることは真実だった。

彼女は全く震えていない。

俺の口づけを今か今かと目を輝かせて待っている。



重装兵「じゃあ……」

飛行場姫「震えてるのはオマエだよ? 大丈夫?」



『大丈夫?』



真摯な言葉と真っ直ぐな目線、彼女は揺らぐことなく俺を想ってくれている。心配してくれている。

その温かい感情が目と耳と肌越しに直接伝わってきた。

827 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 20:41:23.68 F3r8aVmfo 808/1097


真っ向から受けてしまうとこそばゆい、じっとしていられなくなる他人の優しい気持ち。

俺が知っている感覚だ。

どこだ。一体どこで俺はこれの感覚を知った。


家族か? いや、少し違う。もっと別の……。


いや、いや、まぁそれはいいんだ。また後で思い出せばいい。



それより俺の身体は何故震えている?



異性との身体接触なんて訓練でも任務でも、何度も経験した。


任務では滞り無く済ますことが出来た筈だ。一体何を恐れることがある。


……俺が恐れているのは、そこじゃ無いのか?

828 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 20:41:52.82 F3r8aVmfo 809/1097




「田中~! 今日はうーちゃんがご褒美あげるぴょん!」



829 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 20:42:33.83 F3r8aVmfo 810/1097



………………………………。


ああ、それが俺の罪か。



830 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 20:53:42.94 F3r8aVmfo 811/1097


2月9日 

朝 ハワイ 装甲空母姫の棲家


離島棲鬼「姫様。工場の稼働率、及び各方面軍の充足率は以前と同じレベルまで回復しました」

装甲空母姫「ようやく……と言うべきかしらね」

離島棲鬼「はい。第五位の妨害がなければ第九次拡張計画は問題なく予定期間内されていた筈です」

離島棲鬼「海洋連合が誕生したことによる戦争スケジュールの遅延は……少なく見積もって半年といったところでしょうか」


装甲空母姫「聞けば連合に連れて行った深海棲艦は戦うでもなくただの遊兵になっているそうじゃない」

装甲空母姫「あいつ、一体何を考えているのかしら」イライラ

離島棲鬼「心中お察し致しますわ。全くもって意味不明な動きです」

装甲空母姫「でもいいわ。もうすぐ議会が動き始める」

装甲空母姫「そうなれば私の独壇場よ」

離島棲鬼「はい。我らの全力を持ってすれば、連合など敵ではありません」

装甲空母姫「あの忌々しい騒音を垂れ流すジェット戦闘機と大和型戦艦……今度こそ叩き潰してやる」


離島棲鬼(実はその対策が全然進んでなかったりするんだけど……)

離島棲鬼(技官妖精が引きぬかれた穴が大きすぎるのよね~。プロトタイプまで持って行かれたから、量産も出来ないし)

離島棲鬼(ま、第五位も議会の命令には逆らえないでしょうし? 問題は無いのですけれど?)


離島棲鬼「姫様」

装甲空母姫「なによ」

離島棲鬼「海洋連合攻略は決定事項としましても……その後の計画は何かおありですか」

装甲空母姫「勿論あるわ」

装甲空母姫「忌々しい艦娘させ消せば、私たちの邪魔をする者はどこにも居ない」

装甲空母姫「絶滅計画の続きを行うのよ。今度は南極の氷を全部溶かして平野を海の底へ沈めてやる」

離島棲鬼「……は?」

装甲空母姫「人間どもに海を失うことの意味を教えてあげるわ」


離島棲鬼(ま、まじで言ってるの……? この人……)

離島棲鬼「し、しかし姫様? そうすると生態系にも大きな影響が出るのでは……? 妖精が賛成するとは」

離島棲鬼「それでは、生命の営みを壊す人間と何も変わりないではありませんか!」

装甲空母姫「……誰に向かってものを言っているの」

離島棲鬼「うっ」

装甲空母姫「ねぇ、よく考えてみなさいよ。このままだといずれこの星の生態系は壊し尽くされる」

離島棲鬼「……」

装甲空母姫「他ならぬ人間の、蛆虫どもの手によってね」

装甲空母姫「それじゃ駄目なのよ。蛆虫に地球の主導権を握らせるわけにはいかないの」

装甲空母姫「この星の真の支配者は妖精、そしてその頂点に立つのはお父様なの」

装甲空母姫「お父様、そう、お父様よ!」

離島棲鬼「……」

831 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 20:55:17.75 F3r8aVmfo 812/1097


その眼は狂気に彩られていた。

装甲空母姫「お父様以外がこの星を好きにしていいわけ………………無いでしょ?」

離島棲鬼「は、はい。勿論です」


装甲空母姫「私は側近として『利口な』貴女を選んだ」

離島棲鬼「……」

装甲空母姫「私の言ってること、分かるわよね?」

離島棲鬼「……はい。勿論です」

装甲空母姫「人を滅ぼし尽くした後に、お父様が新たな世界を作る」

装甲空母姫「きっと素晴らしい世界よ。私はそこで、お父様と幸せに暮らすの」

装甲空母姫「あ、勿論貴女も一緒だからね」

離島棲鬼「……身に余る光栄ですわ」

装甲空母姫「これからも私の利口な側近として仕えなさい。もう下がっていいわよ」

離島棲鬼「……失礼します」




私は権力が欲しかった。そして私は姫の側近という望みうる中で最上に近い権力を手に入れた。

それなのに今、私の胸の中で私自身の歯車が噛み合っていない。

おかしな話だ。


私は誰にも馬鹿にされず、何一つ不自由しない生活に憧れた。

欲しい物を全て手に入れる。誰にも私の邪魔なんてさせない。

ただそれだけを願い、他のことなんて何も考えてなかったんだ。


大妖精様が全て取り仕切る組織の中で、何も考えずただの一歯車として生き……。

私はその『一歯車としての枠の中で』何不自由無い暮らしを望んでいたのだと今更気づいた。


恐れる必要など無かった。何故なら未来とは大妖精様が導いてくれる場所に他ならなかったのだから。

私はただついていくだけで良かった。


でももう大妖精様は居ない。

権力の源泉は一応、形だけでも議会へと移った。

深海棲艦という組織の体系、その頂点が変わった。

これは単に頭がすり替わった……という話ではない。少なくとも私にとってはそうだ。


大妖精様はもう私を導いてくれないのだ。その代わりになるのが装甲空母姫様?

……なんだか力不足だし、あの頭のおかしい人に導かれるのは嫌だ。


分からない。

これから私はどうなってしまうのだ。


何もかもが変わってしまう予感だけがあった。


離島棲鬼「ふふっ……このわたくしが、こんなことで」


何故こんなに怖いのか。私にはまだ理解できなかった。


832 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 20:57:37.61 F3r8aVmfo 813/1097


2月9日

朝 ハワイ 大妖精の拠点


大妖精「……」ブツブツ

白妖精「今からでも議会の形式を変更すべきです」

黒妖精「朝からしつこい豚だ。生産力の問題をようやく解決したと思えば……」

白妖精「黒! お前にも分かるはずだ! 第三位に全体の指揮など出来はしない!」

黒妖精「ふふふ……まだ聞いていないのか」

白妖精「なに?」

黒妖精「全体の指揮はもう関係無い。……戦略すらこれからは必要ない」

大妖精「……」ブツブツ

白妖精「何か新たな技術革新があったのか」

黒妖精「その通り。もうすぐ我らには最強の、不死の軍団が完成する」

白妖精「不死の……なんだと!?」

黒妖精「我らの勝利は決まったも同然。残りは消化試合のようなものだ」

白妖精「いけません大妖精様! それは因果律の禁忌です!」

大妖精「……」

黒妖精「まだそんな世迷い事を信じているのか」

白妖精「世迷い事だと!? 与えられた分を弁えぬことは人にも劣る愚かな行いであると何故気づかん!?」

黒妖精「く、口が過ぎるぞ!」


大妖精「白よ」


白妖精「……はい」

黒妖精「……」

大妖精「確かに死の領域を侵すことは我らの禁忌とされる事柄だ」

白妖精「では、尚更……。何故なのです」

大妖精「領域を無視した存在を私は確認した。其奴は何故、今尚存在する」

白妖精「そのような者が……」

黒妖精「私も確認した。間違いない」

大妖精「天罰は未だ下らん。いや、そもそも天罰など存在しないという結論へ私は至った」

白妖精「それは驕りだ!」

大妖精「……残念だよ白」

黒妖精「あっ、いや! 大妖精様! どうか御慈悲を! 白はまだ全て理解出来ていないだけで」


白妖精「良いのだ。転換装置にかけられようとこれだけは譲れん」

黒妖精「何を拘っている! 人を滅ぼすにはこれしか無いのだ」

大妖精「……」

白妖精「ははは! 邪悪を滅ぼすために自らが邪悪になれというのか?」

白妖精「御免だ。私は誇り高い妖精の魂まで売り渡すつもりはない。手段を選ぶ理性くらいはまだ残っている」


白妖精「黒、お前とは色々あったが。まぁその何だ。世話になったな」

黒妖精「そのような……そのようなことを今更お前は!!!」

大妖精「……」

833 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 20:59:23.10 F3r8aVmfo 814/1097


大妖精「お前ほどの功労者を転換装置にかけるわけが無かろう」

白妖精「大妖精、いや……我が友よ。それは嘘だ。お前は私を許しはしない」

大妖精「流石は我が腹心といったところか。その通り。裏切り者は無様に殺してやる」

黒妖精「……」

白妖精「最早私の命などどうでも良い。頼むから正気に戻ってくれ」

白妖精「……いや、これも戯言か。こうなったのも或いは私の責任なのだから」

大妖精「ほう?」

白妖精「何もかも、お前一人に押し付けてしまった」

白妖精「すまない」

大妖精「……衛兵、連れて行け」

白妖精はもう何も言わず、入ってきた人型の深海棲艦に黙って付いていった。



黒妖精「……」

大妖精「愚か者が。もう少し我慢すれば報われたというに」

黒妖精「あの……大妖精様、白の処遇についてですが」

大妖精「下がっていいぞ」

黒妖精「……はい」

部屋にはついに妖精が一匹になった。




大妖精「……元々は私と白、二人で始めたことだったな」

大妖精「世界の秩序を守り、妖精としての義務を遂行すると誓い合った」

大妖精「だが従来の妖精組織では迅速な対応は出来ない。合理的に動くための変革が必要となった」

大妖精「人間の歴史から学ぼうと言ったのは白、お前だったか」

大妖精「独裁的なやり方が煙たがられても我々は続けたよな。私が落ち込んだ時にお前が励ましてくれた」

大妖精「私の右腕として……」

大妖精「……」

大妖精「いつからだろうなぁ。こうなってしまったのは」

834 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:00:33.19 F3r8aVmfo 815/1097


大妖精「……すまない、か」

大妖精「………………うひっ」

大妖精「いひひっ、むきっ」

大妖精「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

大妖精「なーに勘違いしてるんだあいつ。気持ち悪い」

大妖精「あれで私の心を動かせるつもりなのか。お前はもう私の大事なものじゃ無いのに」

大妖精「死ぬときもあんな顔で死ぬのかな~? ちょっと興味あるな」




人類の勝利から生まれた綻びに深海棲艦はつけ込み、多くの領域を獲得した。

今、同じ綻びが深海棲艦たちにも起こり始めようとしていた。

最も、深海棲艦たちの綻びの始まりは勝利の余裕からではなかった。

それは組織の変革から生まれる混乱、そして……


大妖精「次への扉があれば開けたくなるのが人情だろ」

大妖精「あ、私は人間じゃないのか。うきゃきゃきゃ」



一匹の妖精が産み落とした忌み子だった。

835 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:04:45.18 F3r8aVmfo 816/1097





妖精の視点で語るのならば人類と深海棲艦による巨大な軍事衝突は、当初の目的から完全な変質を遂げた。

片や自らの道理に基づく生命救済の大義を捨て去り、片や人類擁護の題目を捨て去りむしろ人類の一部から搾取すら始めようとしているのだから。


人類の生存を賭けた戦争は妖精同士のイデオロギー戦争でもあったとも言えるだろう。


海洋連合という共同体が誕生してからは後者の側面がより強くなった。

……妖精が人間に愛想を尽かせ、人類保全を二の次にしたのが主な理由ではあるが。

休戦中でも対立は変わらず、互いに技術的もしくは数的有利に立とうと日々切磋琢磨を繰り返している。


彼ら妖精はこの戦争において特殊な兵器を使った。

艦娘や深海棲艦と呼ばれる兵器群である。

これらの存在は戦場に新たな可能性と混乱を与えることに成功した。

人間との共生をコンセプトとする艦娘、人を滅ぼすために作られた深海棲艦。

艦娘のベースは深海棲艦であるが、人類側の妖精は敢えて多くの機能を劣化させ、艦魂すら植え付けて艦娘を作った。

兵器としての機能を制限し身体を少しでも人に近づけ、実在艦の魂を持たせて人とより縁を持つこと……これは戦いが終わっても、自然な形で社会に溶け込む為の工夫と見ることも出来る。

彼女たちがただ戦うだけの存在では無いことは確かだったが、殆どの人間には理解の及ばないことだった。


そしていつの時代も、気づかなくていいことに気づく者が居る。

彼らは時として英雄と呼ばれることになるのだが、大抵は成功せず奇人とか変人とかいう風に表現されてしまう。


さて、

この物語は気の毒な一人の変人を取り巻く、これまた哀れな程に不器用な艦娘や人間の話として始まって。

僕らは彼と彼女たちが必死に足掻く様を見つめてきた。

言い換えれば、彼らを取り巻く実に思い通りにならない世界を乗り越えようとする物語だ……うん、まぁ結果として失敗して、父さんなんか失血死してしまったわけだけど。

836 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:07:48.08 F3r8aVmfo 817/1097


もっと別の見方をすれば、人でないものが人として生きようとする物語でもあった。

人でないが故に人に魅せられ、人に近づこうとする者達の物語。

うん。この視点で言えば話は既に終わってるんだよね。


人に近づこうとしている間はけして人にはなれない。

そんなものさ。熱望をすればするほど遠ざかってしまう。

けど僕らが知ってる彼女たちは人になった。


心を持てど兵器として扱われる中に生まれる矛盾。

自分の運命を呪いながらも、そこから逃げることなく自分を愛した人と向き合い、

その過程で自分と向き合い、

自分を取り巻く存在と向き合い、

最後はこの理不尽な世界と向き合って、一部は自らの生を肯定するまでに至った。


もう彼女たちは人に近づこうなんて考えてない。

自分が自分らしく、ただあるがままに生きているだけだ。

だからこそ彼女たちは人になった。人に近づくことをやめた彼女たちは人なんだ。


そして、どんな視点から見ようと変わらない物語の本質が一つある。

種族や、生物学上の定義を無視して言おう。

これは人間賛歌である。


生きて死んで、好いて好かれて、求めて得て失って、それでも前に進もうとする人の織りなす物語。

喜びも悲しみも、時には誰かの絶望さえも肯定する。

決して気持ち良いだけの物語じゃないし、単純に誰かを悪者にして終わりはしない。

だからこそ物語はまだ続いている。自分の道を進もうとする者たちの行方を見つめるために。



例え幸せな結末が訪れることが無くとも、生き続けようとした人たちの足跡は消えはしない。

僕はこの夢の続きを最後まで見届けようと思う。

837 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:09:54.61 F3r8aVmfo 818/1097


2月9日

昼 海洋連合 飛行場姫の島


三体のブレインとその長が雁首揃え、何やら会議の様相であった。


ヲ級改「レ級っち、最後まで諦めちゃ駄目だよ。お主の粘り強さと意地の悪さが試されるんだから」

レ級改「けけけ! 姉御こそな。北の海は寒いし波が高いから気をつけて行けよ」


タ級改「レ級が他人を気遣うなんて……」

ヲ級改「驚きだ……」

レ級改「なんかもう慣れちまったよな~。心が傷つくことにさ~」


飛行場姫「……みんな、ごめんな」

ヲ級改「姫っち、ハワイから連絡が入ってからずっとその調子じゃん。もうやめなよ」

レ級改「そーだぜ。姫様は何も悪くねーんだからよ」

タ級改「大妖精様からの連絡は、やはり無いのですか?」

飛行場姫「無い。メール送っても返事ないし。……いつもなら五秒くらいで返事が来るんだけど」

レ級改「それはそれでこえーけどな」

タ級改「ともかく大妖精様が駄目ならば、自分たちの力しか頼れないということに変わりありません」

ヲ級改「んだんだ。やったるけんね」

レ級改「姉御、それどこの言葉だ?」


タ級改「そろそろ行きましょうか。時は金なりです」

レ級改「次会う時はハワイだな」

ヲ級改「そうだよ~ん。綺麗なビーチで海水浴と洒落込もう!」

飛行場姫「……」

タ級改「姫様、無線封止もするので、何かおっしゃることがあれば今の内にお願いしますよ」


飛行場姫「……」

レ級改「もっと喋れよ姫様~。いつもみたいに馬鹿っぽくさ~」

ヲ級改「シャバダバドゥ!」

飛行場姫「……」

飛行場姫「お前ら……ほんと、ほんと……ごめんな。迷惑ばっかりかけちゃって」グス


ヲ級改「ヲッと」ビシッ

飛行場姫「あいち」


レ級改「レッ」ビシッ

飛行場姫「たばし」


タ級改「タァッ!」ドカッ

飛行場姫「ほわっ!?」


飛行場姫「痛いだろ!? 何すんだ!!!」

838 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:10:35.43 F3r8aVmfo 819/1097


ヲ級改「じゃ、行きましょうか」

レ級改「そだな。好きな男とキスもしてない姫様の為に頑張ってやるか」

タ級改「女性側からキスを迫るなど不道徳です。あくまで男に乞われることに意味が……」

レ級改「タ級、お前は男に乞われたことあんの?」

タ級改「うげっ。私は、ほら、一般的な視点に立った物言いをしているのだからね、そう」

ヲ級改「先輩、そういうの良いんで~」

レ級改「いるよな~他人の話を自分の話みたいに喋る奴」ゲラゲラ

タ級改「む、ムムムギャギャギャギャ」ギリギリ

ヲ級改「wwwwwwwwww」

レ級改「ギャハハハ!!」

飛行場姫「……」クス



一緒に居るとつい笑顔になってしまう。

こんなにも大変な時だって、こいつらは変わらない。



飛行場姫「……ありがとな。お前ら」

839 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:12:35.47 F3r8aVmfo 820/1097


2月10日

昼 海洋連合 ラバウル総司令部


紫帽妖精「失礼します」

茶色妖精「む、お主は……」

紫帽妖精「あ……こ、こんにちは」

長月「おお、捕獲された妖精じゃないか」

紫帽妖精「そ、そういう言い方はあまり好きじゃないんですが……」

茶色妖精「イライラさせる奴でござる。斬り捨て御免?」

長月「切り捨て御免はそういう使い方はしないぞタコ助。で、どうしたんだ紫帽子」

紫帽妖精「工場が許可して頂いた区画に無事移設出来ましたので……。そのご報告と感謝を述べに……」

茶色妖精「もごもご喋るなー! 九州男児なら声を張れー!!」

紫帽妖精「うぴゃー!?」

長月「技官妖精なんだ。あんまり苛めるな」

茶色妖精「む、長月殿は妖精界をよくご存知で無いからそんなことを仰る」


茶色妖精「コヤツの作った敵艤装が多くの艦娘の命をですな……」

日向「それはお互い様だろう」コツン

茶色妖精「何奴!? ああ、日向殿」

長月「昼からここに出るとは珍しいじゃないか」

日向「我々もその技官が作ったものを多く葬り去ったんだからな、おあいこだ」


日向「艤装の調子が悪くてさ。替えを申請しに来た」

紫帽妖精「……」

長月「お前なー? この前もそう言って一式磨り潰しただろ。艤装はもう貴重品なんだぞ?」

日向「身体と合わないんだよ。新しいの一式頼む」

長月「時雨に問い合わせてみないと在庫があるかどうか……」「美しい」

長月「……は?」

日向「ん?」


紫帽妖精「貴女はとても美しい。その白い肌、実に理想的だ」


日向「これはご丁寧に。初めてこの姿を妖」「だから触ってもよろしいですか!?」

日向「……はい?」

紫帽妖精「その、デュフ、おおお身体を触っても、コ、コポォ」

茶色妖精「女性の身体を触るなどと無」「貴様は黙っていろ!! ブチのめされたいかぁ!?」

茶色妖精「ごめんなさい」

840 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:13:17.83 F3r8aVmfo 821/1097


紫帽妖精「おねがいです。後生です! 触らせて下さい!」

長月「そうか……こういうことに目がないのか……」

日向「おかしなことを言う妖精だ」クス

日向「私の身体を触りたいのなら、好きなだけ触るといい」

紫帽妖精「おおおおおお」サスサスサスサス

日向「……っ」

紫帽妖精「す、すごいナノマシンの活性率だ……」サスサス

紫帽妖精「出来損ないの妖精が作った艦娘の艤装じゃ、この身体についていけるわけがない」サスサス

茶色妖精「カッチーンでござる」

日向「触らせた上で言うんだが。君、艤装は作れるか?」

紫帽妖精「うん! ていうか今提案しようと考えていたところ!」

紫帽妖精「僕が貴女の艤装を作ります! むしろ作らせて!」

日向「よしよし」ニヤニヤ

長月「まー、技術屋なんてこんなもんだよな」ケラケラ

茶色妖精「悪気が無いあたりが恐ろしいでござる」

841 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:14:34.38 F3r8aVmfo 822/1097


2月12日

夜 ハワイ 装甲空母姫の棲家


離島棲鬼「……姫様、来客です」

装甲空母姫「あら、こんな時に誰が来たの」

離島棲鬼「……」

飛行場姫「びばっ! 姉ちゃん! 久しぶり!」


装甲空母姫「……あら」

離島棲鬼「いかがいたしましょう」

装甲空母姫「少し二人で話すわ」

離島棲鬼「はい」

飛行場姫「鬼が居ても私は気にしないぞ?」

離島棲鬼「……」

装甲空母姫「貴女はもっと、品格というものを大切にしなさい」

装甲空母姫「姫の場に鬼が同席していいわけ無いじゃない」クスクス

離島棲鬼「……失礼します」


飛行場姫「ちょっと可哀相じゃね?」

装甲空母姫「何が?」

飛行場姫「……姉ちゃんの部下だし、姉ちゃんがそれでいいなら良いけどさ」

装甲空母姫「ええ、勝手にさせてもらうわ。それで、何の用なの」


飛行場姫「私はもう、人間と戦うつもりがない」

飛行場姫「だから姉ちゃんの意思を確かめに来た」


装甲空母姫「人と戦わない? あははは!!」

装甲空母姫「貴女、面白いこと言うのね。なら私たちは一体、何の為に存在するの」

飛行場姫「私も人を殺すことが自分の使命だと思ってた。でも、そうじゃなかった」

装甲空母姫「なら何が私達の使命なの?」

飛行場姫「分かんない」

装甲空母姫「何よ、それ」

飛行場姫「使命とか存在する意味なんて私には分かんない。けど、もう戦わない」

装甲空母姫「アハハハ! 分からないなんて、とても姫の言葉とは思えないわね」

飛行場姫「私は別に気にしてないけどな~」

装甲空母姫「……気にしてないですって?」


装甲空母姫「その無知が! 誇り高い姫という存在を穢している事実に気づかず、更に自らの無知を自らが容認している、とまで言うわけ」


飛行場姫「よく回る舌だな~」

装甲空母姫「こ、この私を愚弄にしているの!?」

飛行場姫「いや、心底感心しただけだぞ」


装甲空母姫「……何故お父様は貴女みたいな馬鹿を」ボソ

飛行場姫「トーちゃんがどうかしたのか」

装甲空母姫「貴女には関係無いわ」

842 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:15:39.58 F3r8aVmfo 823/1097


装甲空母姫「私の意思を確かめに来たって言ったわよね」

飛行場姫「うん」

装甲空母姫「私は人を滅ぼし尽くすだけよ。それが私の果たすべき使命だから」

飛行場姫「別に使命じゃ無いと思うけど」

装甲空母姫「姫であることの意味すら分からない貴女は……それでいいんじゃない?」クスクス

装甲空母姫「少なくとも私は自らの成すべきことを理解しているわ」

飛行場姫「姉ちゃん。それって考えの幅、狭くない?」

装甲空母姫「イライラする子ね! 何で第五位の貴女にそんなこと言われなきゃならないの!?」イライラ


飛行場姫「人間にも良い奴は居るんだよ? 姉ちゃんが会ったこと無いだけで……」

装甲空母姫「連合で人間に感化されすぎたんじゃない。お話にならないわ」

飛行場姫「……もうちょっと人間と触れ合ったほうが良いよ」

装甲空母姫「人間の死骸となら触れ合ってもいいわ。ミイラにして部屋に飾ってやる」

飛行場姫「姉ちゃん……」

装甲空母姫「最初から気になっていたけど、なんで私が貴女に『姉』と呼ばれているの」

飛行場姫「えっ、だって……年上だし、序列も上だし」

装甲空母姫「なら敬意を持って『第三位様』と呼ぶべきじゃないの」

飛行場姫「……」

装甲空母姫「ああ、本当に見てるだけでムカつくわ」

飛行場姫「……気持ちは、変わらない? ちびっとでも良いから! 一度海洋連合へも」


装甲空母姫「今日は来てくれて本当にありがとう」ニッコリ

装甲空母姫「15日が楽しみね」

843 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:17:05.24 F3r8aVmfo 824/1097


2月13日

朝 ハワイ 宮殿


飛行場姫「……昨日は散々だったなぁ。全然話にならないし」

飛行場姫「私がもっと上手く喋れるようにならないと駄目だな……」

飛行場姫「うぅ、ハワイの朝日がこんなにも重苦しく見えた日は無いぞ……」


黒妖精「ん、そこに居るのは第五位か」

飛行場姫「あ、黒ちゃん」

黒妖精「黒ちゃん言うな! 他の者に聞かれたらどうする!」

飛行場姫「別にいいじゃん。朝から仕事?」

黒妖精「そうだ。新型航空機の件で打ち合わせがな」

飛行場姫「へ~。大変だな。……ん? 航空機?」


飛行場姫「航空機は白ちゃんの管轄じゃん。なんで黒ちゃんが打ち合わせ行くの?」

黒妖精「……。あー、白は心労で倒れた。私が引き継ぎだ」

飛行場姫「倒れたのか!? そりゃ大変だ。お見舞い行かなきゃ」

黒妖精「あー! いや! 同時にうつ病にもなって、誰とも会いたくないそうだ」

飛行場姫「そうなのか? よっぽど疲れてたんだな」

黒妖精「う、うむ。だから見舞いには行かなくていいぞ」

飛行場姫「にしても白ちゃんが黒ちゃんに自分の仕事任せるなんて凄いな」


飛行場姫「大好きな航空機のことだから『黒ちゃんの手を借りるくらいなら死んでも会議に出る!』なんて言いそうなのに」ケラケラ


黒妖精「……」

飛行場姫「黒ちゃん? 大丈夫?」

黒妖精「……あ、ああ。問題ない。何も問題はない。全て順調だ」

飛行場姫「? それならイイけど」


黒妖精「お前こそ、何故宮殿に居る。神姫楼へ行くのか」

飛行場姫「行かねーよ。あそこなんか薄暗くて嫌いだし」

黒妖精「自分の生まれた場所をそんな風に言うな……。ならどうした?」

飛行場姫「トーちゃんに会いに来た。なんか連絡取れないから直接行こうと思って」

黒妖精「……あー、大妖精様は今忙しい。会うのは無理だ」

飛行場姫「私でも?」

黒妖精「お前でもだ」

飛行場姫「トーちゃんもう責任者じゃ無いのに。何して忙しいんだ?」

黒妖精「責任者じゃ無いと言っても、仕事は無限にあるものだ」

飛行場姫「そんなもんか」

黒妖精「そんなものだ」

844 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:20:27.69 F3r8aVmfo 825/1097


黒妖精「絶対会えないからな、絶対。絶対行くなよ」

飛行場姫「そう言われると行きたくなっちゃうな」

黒妖精「頼むから行くな。誰も部屋へ入れるなと止められているんだ」

黒妖精「守れなかったら私が大妖精様に殺されてしまう!!」

飛行場姫「トーちゃんは身内にそんなことしねーよ」ケラケラ

黒妖精「……そう、だな」

黒妖精「あ、お前の艤装、ずっと放置しっぱなしだろ」

飛行場姫「あ、忘れてた!」

黒妖精「ずっと暴れてたんだぞ。ついて来い」




朝 ハワイ 旧市街地


黒妖精「この辺に放置しておいたんだが……」

飛行場姫「おーいブロンディ~! 出てこーい」

ブロンディ「グオォォォン!!!!!」ズルズル

黒妖精「お、出て来たな」

姫の声に応じ、巨大で黒光りして自律行動する艤装が、蛇のようにくねながら近づいてくる。

飛行場姫「久しぶりだな~! 寂しかったか~? ブロンディ!」バシバシ

ブロンディ「グオォォン!」ガジガジ

飛行場姫「ははは! 甘噛してコイツ! 可愛いなぁ!」ナデナデ


黒妖精(私だったら噛み潰されそうだ)


ブロンディ「クゥゥゥン!!!」

黒妖精「生体リンクをしてやれ。もう随分と繋がってないだろう」

飛行場姫「そだな。いや~本当に放置しちゃってゴメンなブロンディ」


艦娘の艤装と深海棲艦の艤装は形だけでなく、繋がり方も変わってくる。

深海棲艦……特にその特別上位種にとって、艤装はただの道具でなくパートナーなのだ。

戦闘能力に関しては勿論のこと、索敵能力補助、思考の並列処理などのソフト面まで強力にバックアップできる艤装も存在する。

飛行場姫「よっ……と」

ブロンディと呼称している自らの艤装、それが差し出した台座に座ると意識がリンクする。

通常ならば、何の問題なくリンクすることが出来るはずだった。


だが、


飛行場姫「……ぁ!?」

ブロンディ「ガウゥ!?」


リンクした瞬間、姫に流れ込んできたのは人間への憎悪だった。

どす黒い人への殺意、死んでいった部下への想い。

連合で過ごす前の自分が艤装の中に残っていたかのような。

845 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:21:53.73 F3r8aVmfo 826/1097


艤装も驚いた。主人だと思い繋がった者は、自分の知っている主人とはまるで違う感覚を持っていたからだ。

以前と比べれば異物に近い感情が、自分の中に入り込んでくる。


これはリンクを断っていた期間が余りにも長すぎたことによる弊害であった。


飛行場姫(これは……ブロンディの気持ち……?)


違う。

特別上位種の艤装には感情があるが、彼らは善悪の判断基準を持たない。

彼らは自らの主に相応しい者へ従属し、その者が持つ素質を最大限引き出す存在だ。


飛行場姫(私、こんな感情で戦い続けてたんだ)


執着と怒りは単純かつ効果の大きい興奮剤となる。例え最後の一人になろうと戦い続けるためにも。

ブロンディは私がより強くなるため、自らを私に合わせ最適化しているに過ぎない。

そしてその最適化の中には、人への憎しみを強くすることも含まれていたのだろう。


飛行場姫(ごめんなブロンディ。もう良いんだ。こんな気持で戦わなくてもさ)

飛行場姫(これはもう、私を奮い立たせる気持ちじゃ無いんだ)

飛行場姫(すぐに心変わりしちゃう主人でごめんな)


艤装は、主人と認めた者にしかその力を与えない。

認められなければ生体リンクの中で精神を食われ、悲惨な最後を迎えるだけである。


一度主人と認めた存在ならば、多少性格が変わったところで艤装はそれに適応する。

だが今回は姫の変化が余りに大きすぎた上に、繋がっていない期間が長すぎた。


艤装は自らに座った者を、主人とは異なる存在と認識した。




黒妖精「おい第五位! しっかりしろ!」


その光景は、黒妖精にとって予想外のものだった。

特別艤装の主たる魂を生まれながらに備えた、大妖精が自ら作り出した姫には当然起こりえない事態だったからだ。


何事も無く終了するはずのリンクが、長引いている。



黒妖精「姫が何故……」


それでも妖精には、ただ呆然と事の顛末を見守ることしか出来ないのだった。

846 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:23:07.00 F3r8aVmfo 827/1097


オマエ アルジチガウ


ううん。私がオマエの主人だよ。


チガウ アルジモットチガウ


じゃあ、そのアルジってのはどんな奴だった?


アルジ ハダ シロイ メ アカイ ツノ ハエテル


私、全部当てはまるんだけど……。


エッ オマエ アルジ ?


だからそうだって! さっきも触れ合ったろ!? バカ犬かオマエ!?


ミタメオナジ ダケド ヤッパリオマエ チガウ オマエ アルジチガウ ダカラタベル


はぁ……どうやったら信じてくれる?


アルジ モットツヨカッタ オマエミタイニ ココロ マヨイナカッタ


……。


オマエノココロ グチャグチャ キモチワルイ ヨワイ モシ アルジナラ ツヨサ シメセ


ねぇ、ブロンディ。


ナンデ ソノナマエ シッテル アルジガ クレタ ナマエ


だから私が主人って言ってるじゃん!? それでさ……私がグチャグチャってさ、どういう意味か教えて?


ウン オマエ ヒトスキ カンムス スキ シンカイセイカン スキ


……そだね。


テキミカタナイ グチャグチャ イミフメイ ニクシミ ウマレナイ ツヨクナレナイ


あははは!


ワラウ イミフメイ


私は強いよ。うん。前の私よりもずっと強い。


ウソツクナ コノバカ バカ クソバカ


……後で覚えとけよオマエ。私から見れば、オマエの方が弱い。


オレノ ドコガヨワイ


自分の知る強さしか知らない、それで新しく知ろうとしてない。だから弱い。


シッテルコトシカ オレワカラナイ ミンナワカラナイ コレアタリマエ オマエ ヤッパリ クソバカ


む、むぐぐぐぐ!! む、ムカつくぞ!!!


847 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:25:09.62 F3r8aVmfo 828/1097


モウアキタ クウ


はぁ……。そんなに私が弱いと思うなら喰ってもいいよ。でももう一度、私の……。


イノチゴイ フヨウ イミナシ


もう一度私の艤装として働いてくれるなら、オマエのまだ知らないことを沢山教えてやる。


……


自分が何も知らなかったって、泣きたくなるくらいびっくりすることとか。


……


自分が自分じゃないみたいにドキドキする経験とか、満ち足りた気持ちとか。……それで、そこから生まれる憎しみじゃない強さとか、さ。


オマエ ココロ グチャグチャ ヨワイ …… デモ オマエノコトバ ホンキ


当たり前だろ。私は姫で、いつも本気だ。


…… ココロ グチャグチャデモ ホンキ ナレル ? ツヨク ナレル ?


なれる。だから私は強い。オマエは弱い。強い私がオマエを躾ける!


オマエ …… ナンカ ツヨソウ ホントウハ オマエ ツヨイ ?


そんなこと聞くな! このバカ! 大体、ぱっと見でどっちが強いか分からないからオマエはバカなんだぞ!?


…… …… …… …… オマエ ツヨイ オレノアルジ オマエ




飛行場姫「……ん?」

黒妖精「おお! 起きたか! 大丈夫か!?」

飛行場姫「黒ちゃん、私、どれくらい眠ってた?」

黒妖精「人間の時間では……五分ほどになる」

飛行場姫「そっか。あのね、黒ちゃん」

黒妖精「どうしたんだ?」


飛行場姫「昔の私の一部に触れて、私、気づいた」


飛行場姫「姉ちゃんたちもきっと変われるって、確信した!」


黒妖精「ううん? 唐突に何を言い出す?」

飛行場姫「むひひ。以上、姫ちゃんの決意表明でした」


飛行場姫「それはさておき……」ジトッ

ブロンディ「……」ガタガタ


飛行場姫「このっ、このバカ犬! なんで私のこと覚えてないんだ! ああん!?」ゲシッゲシッ

ブロンディ「グゥゥゥゥン……ギャンギャン!」

黒妖精「こら! 自分の艤装をいじめるな!」

848 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:27:18.24 F3r8aVmfo 829/1097


2月13日

夜 ハワイ 装甲空母姫の棲家


離島棲鬼「姫様、今回の議会に参加する他の序列者たちがハワイへ無事到着したとのことです」

装甲空母姫「そう、遠路遥々ご苦労なことね。労いの通話連絡でも入れてあげようかしら」


装甲空母姫「私自らがね」


離島棲鬼「……それは素晴らしいことですわ」

装甲空母姫「さて……先ずは上から行こうかしら。一応、品格というものがあるものね」




~第6位 港湾棲姫~


港湾棲姫「……はい。……もしもし」

装甲空母姫「あ、私だけど。まずは遠路遥々ご苦労様と言っておこうかしら」

港湾棲姫「……第三位様におかれましては。……ご機嫌麗しゅう」

装甲空母姫「いいわよ。私と貴女の仲じゃない」

港湾棲姫「……ありがとうございます。……拝謁の栄に浴すことが出来ず、非常に」

装甲空母姫「だから良いと言っているでしょ? 所詮『第三位』と『第六位』の違いなんて大差ないのだから」

港湾棲姫「……いえ。……そのようなことは決して」

装甲空母姫「ふふふ。そうよね。それより、15日のことなのだけれど」

港湾棲姫「……はい。……何でしょうか」

装甲空母姫「『よろしくね』」

港湾棲姫「……はい。……よろしくお願いします」

装甲空母姫「じゃ、話はそれだけだから。今日はゆっくりお休みなさい」

港湾棲姫「……ご配慮、痛み入ります。……お休みな」ガチャ



港湾棲姫「……切られた」

港湾棲姫「……はぁ」


849 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:28:40.25 F3r8aVmfo 830/1097


~第7位 中間棲姫~


中間棲姫「はい。もしもし」

装甲空母姫「あ、私だけど」

中間棲姫「これは第三位様。直々の御連絡、痛み入ります」

装甲空母姫「久しぶりね。もう深海棲艦のやり方には慣れたかしら」

中間棲姫「第三位様のお陰様で、何もかも上々です」

装甲空母姫「あははは! 相変わらず人を乗せるのが上手い子ね。嫌いじゃ無いわ」

中間棲姫「勿体無いお言葉です」


中間棲姫「丁度今ハワイに到着して、これから第三位様の所へご挨拶伺いたいと存じ上げておりました」

装甲空母姫「今日はもういいわ。また15日に合いましょう」

中間棲姫「はい。畏まりました」

装甲空母姫「15日は『よろしくね』」

中間棲姫「はい。こちらこそよろしくお願いします」

装甲空母姫「今日はゆっくり休みなさい」

中間棲姫「はい。このようなお電話を賜っ」ガチャッ



中間棲姫「……切られた。しかし、第三位様はお元気そうでしたね」

中間棲姫「相変わらずの高慢ちき。本当に嫌な女」

中間棲姫「こら、そういうことを言ってはいけませんよ」

中間棲姫「でも悪いわね、いつもあの女の相手をさせて」

中間棲姫「いいですよ。慣れていますから。……それより、あまり声を出さないほうが」

中間棲姫「ああ、そうね。ここはミッドウェーとは違うんだった。じゃあ私は先に寝るわ」

中間棲姫「おやすみなさい」

中間棲姫「あ、やっぱりちょっと待って、寝る前に一つだけ聞いておきたいの」

中間棲姫「何でしょう?」


中間棲姫「貴女、どっちの肩を持つの」ニヤニヤ


中間棲姫「多少迷っていましたが、先ほどの電話で確信しました。第三位様は我々の上に立つ器ではありません」ニッコリ

中間棲姫「……自分事ながら、貴女って意外と冷酷よね」

中間棲姫「そうでしょうか? 多分、普通ですよ?」

中間棲姫「ふふふ。私は貴女の決めたことなら付いて行くわ。その方が面白いしね」クスクス

850 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:30:35.97 F3r8aVmfo 831/1097


~第8位 空母棲姫~


空母棲姫「はい。何」

装甲空母姫「……私だけど」

空母棲姫「どうしたの」

装甲空母姫「……今、ハワイに居るんでしょ」

空母棲姫「ええ。それで、それがどうしたの」

装甲空母姫「……やっぱり何でもないわ。貴女に言っても無駄だと気づいたから。お休みな」ガチャ


装甲空母姫「き、切った!? 私からの、第三位からの電話を!? 向こうが?!」



空母棲姫「何なの。あの女」

空母水鬼「どしたーん? なんか、急用ー?」

空母棲姫「向こうから電話して来たのに、『やっぱり何でもない』って言ったから切った」

空母水鬼「姫様、それチョーヤバイ奴じゃ無い? 一応上司からだよね?」

空母棲姫「ええ。なら、どうしたらいいかしら」

空母水鬼「こういう時は、ワビの電話入れとけば万事OKだよ!」

空母棲姫「そうね。それがいいかも」



装甲空母姫「前から若くていかすけない奴だとは思っていたけど……!」

装甲空母姫「ここまでとは!!!」

離島棲鬼「……大丈夫ですか?」

装甲空母姫「これが大丈夫なわけ無いでしょ!?」

装甲空母姫「明日、酷い目に合わせてやるんだから……!!!」

装甲空母姫「あ、空母棲姫から着信が……ふふふ。少しは反省したのかしら」



装甲空母姫「はい、私だけど」

空母棲姫「さっきは切ってしまってごめんなさい」

装甲空母姫「……そう! 貴女が自分から許しを請う電話をして来たのなら寛大な心を持って許しましょう!」

空母棲姫「ありがとう。じゃ」ガチャ

装甲空母姫「いつもなら? 許すところでは」

装甲空母姫「ありません、けれど……」

装甲空母姫「……また切られた」



離島棲鬼「……っ、くっ……はっ……」プルプル

装甲空母姫「……笑うな」ドスッ

離島棲鬼「おぐぅ!?」


851 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:31:58.76 F3r8aVmfo 832/1097


~第9位 北方棲姫~


北方棲姫「はい。もしもし……」

装甲空母姫「……私だけど」

北方棲姫「だ、第三位様、ごきげんうるわひゅう!」


装甲空母姫(噛んだ……)


北方棲姫「ど、どうかしたの! 私は何も悪いことしてないよ!」

装甲空母姫「いえ、貴女を疑って電話したわけではないわ。ハワイに着いたと聞いてね」

北方棲姫「うん! いえ、はい! さっき、いえ、先ほど着き……到着しました!」


装甲空母姫(この子と喋るの、面倒ね)


装甲空母姫「ベーリングくんだりからご苦労様ね。今日はゆっくり休みなさい」

北方棲姫「うん!」

装甲空母姫「……15日に何があるか覚えてる?」イライラ

北方棲姫「会議があるってル級が言ってた!」

装甲空母姫「それくらい自分で覚えてなさい!」イライライライラ

北方棲姫「ご、ごめんなさい……」

装甲空母姫「……15日は私の言うことに従いなさいよ」

北方棲姫「えっ……でも、そういうのは駄目だってお手紙に……」

装甲空母姫「いいから! お姉ちゃんの言うことが聞けないの!?」

北方棲姫「ふ、ふぇぇ……怖いよぅ」

装甲空母姫「あーもう! いい? 私が手を上げろと言ったところで手を上げるのよ」

北方棲姫「うえぇぇぇぇん」

装甲空母姫「もう切るからね! おやすみ!」ガチャッ




北方棲姫「ル級~! おばちゃんが虐める~!」

ル級改「くっ……なんと卑劣な……」ナデナデ

ル級改「もう大丈夫ですよ姫様。ル級がお傍に……」ナデナデ




装甲空母姫「子供ってどうしてあんなにムカつくのかしら」

離島棲鬼「……」

装甲空母姫「でもこれで、一通り連絡が行き届いたわね」

装甲空母姫「多数決でも第六位、第七位、第九位は確実にこちらにつくから……大丈夫そうね」

装甲空母姫「明日はゆっくりしましょうか」

852 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:34:11.00 F3r8aVmfo 833/1097


2月14日

昼 海洋連合 ラバウル総司令部


日向「深海棲艦が居ないと警備の範囲が広がって現場が大変だな」

長月「重役出勤した上にその台詞か、日向」

嶋田「戦争をすると思えば、警備くらいどうということ無いんじゃないか」

日向「確かに」

茶色妖精「皆の衆が何故それほど落ち着いているのか理解出来ん」

嶋田「一つ訂正しておくと、俺はもう色々諦めてるんだ」ケラケラ


茶色妖精「我々には短期決戦の力しかありもうさん。しからばずんばずんば!」

茶色妖精「海洋連合の全力を持ってハワイを叩けば、損害も大きいかもしれませんが、姫の一つや二つ、頭を減らすことが出来る筈です!」

長月「またまたどこかで聞いたことのあるような無いような……。それは茶色、お前個人の意見だろ。他の妖精にも通したか?」

茶色妖精「うぐっ」

長月「被害が大きすぎる。例え姫を倒せたとしても、工業力で不利な我々に損失は痛手だ」

長月「大体、私たちの姫もその場に居るんだぞ? 忘れたのか」

長月「我々の倫理的にも、軍事的観点で見ても両方ペイしない作戦だ。やる価値は無い」

嶋田「もし価値のある時、長月君がどう動くか私は楽しみだよ」

長月「そんな状況にはならない」

嶋田「最悪を否定し続け最後は自分が死んでしまった男を覚えていないのか」

日向「あはは。そういえば居たな、そんな男」

長月「……ならないよう最善は尽くしている」

嶋田「いつも綱渡りか」

日向「安心と完全な居場所がお望みなら、神の国へ何時でもお連れしますよ。なに、一瞬です」

嶋田「君は特定の宗教を信奉していたかな」

日向「生憎人ならざる身なのでね。人の作った宗教には縛られてないんですが」

日向「嶋田さんがお望みの場所に行けるよう、信仰を合わせて差し上げます」ニッコリ

嶋田「……分かった。悪かったよ。怒らないでくれ」

日向「ああ、私は天使と書かれるかもな。こんな罪深い人間に死の救済を」

嶋田「ごめんなさい。もう言いません」

日向「今更安心と安全を求めようなんて虫が良すぎますよ」

日向「もし次また下らないことで長月を虐めたら、ふふ、楽しみですね」

嶋田「……」

長月(……最悪、か)

長月(幸せすぎていつ失われても満足して死ねると、思ってしまっているんだよな)

長月(いかんぞ長月。それは上に立つ者の態度ではない)

長月(代表として、皆の安全を確保するために常に最善を選び続けなければ)

長月(……)

長月(また立場に喰われそうになってるな)

長月(いや、ここはまだマシだ。歴史も何も無い分、しがらみも少ない)

長月(国家に隷属する軍隊の一指揮官など心労察するに余りある)

長月(提督……)

長月(そっちで見ててくれ。私はここを必ず守ってみせるぞ)

853 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:36:04.14 F3r8aVmfo 834/1097


昼 ハワイ 装甲空母姫の棲家


飛行場姫「いるかー?」

離島棲鬼「……何ですか。五位様」

飛行場姫「チョコレート持ってきたから、姉ちゃんに渡しといてくれ!」

離島棲鬼「……はい」

飛行場姫「連合のカカオ使ってるからハワイのとちょっと味が違うんだ。オマエも姉ちゃんと分けて……」

飛行場姫「うーん、姉ちゃん分けないかな。ごめん。オマエの分も作れば良かった」

離島棲鬼「お渡ししておきます」

飛行場姫「……なぁオマエ」

離島棲鬼「なにか?」

飛行場姫「元気無いぞ? 大丈夫か?」

離島棲鬼「余計なお世話ですっ!」



離島棲鬼「姫様、第五位がこれを持ってきました」

装甲空母姫「……なによ、それ」ゴロゴロ

離島棲鬼「連合のカカオで作ったチョコレートだそうです」

装甲空母姫「人間のカカオから? 嫌よ、気持ち悪い。処分しておいて」ゴロゴロ

離島棲鬼「……畏まりました」

装甲空母姫「それにしても、なんでチョコレート?」ゴロゴロ

離島棲鬼「……失礼します」


装甲空母姫の部屋から出て、手に持った箱の処分について頭を悩ませる。


離島棲鬼「なんで? はっ。バレンタインだからに決まってるでしょ」

離島棲鬼「……これ、どうしたものかしら」

全てが手作り感満載不細工な箱だった。


離島棲鬼「……」ガサゴソ


気まぐれに包みを解いてみると、中から不細工な形の小さいチョコが出てくる。


離島棲鬼「……」クス


それを見ると自然に笑みが浮かんだ。

歪なハートマークをした、作った者の人柄が見えるような……そんなチョコだった。


離島棲鬼「下手くそ」


離島棲鬼「……」パクッ


一気に口に放り込む。


離島棲鬼「……」モグモグ

離島棲鬼「……味は、うん」

離島棲鬼「……おいしいわね」

854 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:37:55.29 F3r8aVmfo 835/1097


夜 ハワイ 宮殿


飛行場姫「おーい黒ちゃーん!」ブンブン

黒妖精「またお前か。どうしたんだ」

飛行場姫「チョコレート作ったからさ。トーちゃんと黒ちゃんと、白ちゃんの分!」

黒妖精「ああ、今日は人間のバレンタインか」

飛行場姫「美味いから、よく味わって食べろよ」ケラケラ

黒妖精「分かった。渡しておく」

飛行場姫「白ちゃんのはそっちの大きいのだから。あと、早く病気治せって言っといて」

黒妖精「……分かった」


飛行場姫「なんだよー? 今日会う奴ら皆なんか疲れてんな。黒ちゃんも大丈夫か?」

黒妖精「明日の準備でちょっとな。忙しいんだ」

飛行場姫「そっか。なら仕方ないけど白ちゃんみたいに身体壊すなよ!」


飛行場姫「んじゃ私はビーチで遊ぶから! またな!」

黒妖精「ああ。明日は大事な日だからな。フカに食われるなよ」

飛行場姫「あはは! 食われねーよ!」


走り去っていく姫の姿を、妖精は何も言わず見つめていた。


黒妖精(……白、すまない。お前のことを第五位に言うべきなのは俺も分かっている)

黒妖精(でも俺はあの子の笑顔を曇らせたくないんだ。時間の問題だと知っていても)

黒妖精(ああ……どこまでも臆病な私を許してくれ……)

855 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:40:32.90 F3r8aVmfo 836/1097


2月15日


朝 ハワイ 神姫楼


大事なものは空爆で壊されないよう、地下に作るものである。

バンカーバスターなるものが登場してからもその傾向は変わりそうになかった。

これは安全に肝要なのは科学的小理屈でなく心で感じ取る部分であることの証左となり……はしないかもしれない。


上位種である変異型ブレインは量産型と同じ製造工程を踏まない。

神姫楼は姫が作られる場所であり、彼女たちにとって自らが生まれた特別な場所である。


そんな大事な場所は勿論地下にある。


元の持ち主であったアメリカ軍によって人工的に作られた地下要塞の一角は、妖精によって改装されていた。


妖精の技術により作り出された、青みを帯びた光が空間を満たしている。

光は安定すること無く……揺らめく水面のように移り変わりつつ、空間内にある存在を浮き出しにする。


六人と一匹がこの地に集まっていた。


今回の重大な話し合いへ参加する資格を持った姫たちである。

黒妖精「よく集まった。この聖なる地に足を踏み入れる意味を重く……」

装甲空母姫「御託は良いわ。早速始めましょう」

空母棲姫「大西洋方面、インド洋方面の姫たちは良いの」


席は9つ用意されていた。その内、3つは既に戦闘で喪失され空席である。


黒妖精「構わん。太平洋こそ我らが主戦線。序列を踏まえてもこの面子が妥当だ」

装甲空母姫「そう。太平洋以外はおまけなんだから」

中間棲姫「……」

港湾棲姫「……」

装甲空母姫「本当のことを言ったまでじゃない。そうでしょ第九位」

北方棲姫「えっ!? あっ、うん……」

装甲空母姫「そもそも、自らの土地と軍団を持たぬ姫など……姫と言えるのかしら」

装甲空母姫「ああそうだ。ここにも住む場所を持たない姫居るんだった」

飛行場姫「……」

装甲空母姫「……ねぇ貴女たち、そんな奴がこの場に居る資格はあると思う?」

黒妖精「……五位は正式に認められた出席者だ。口を慎め、三位」

装甲空母姫「黒妖精様、この場は姫の場。どう進めるかも姫に一任されています」

装甲空母姫「口出しは慎んでいただけると助かるのですが」

黒妖精「ぐっ……確かに大妖精様の権利は議会へ委譲されたがな!」

黒妖精「私は中立者としてこの場に存在する。口出しはさせて貰うぞ」


装甲空母姫(お父様の小間使い風情が偉そうに)

856 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:42:42.48 F3r8aVmfo 837/1097


装甲空母姫「そうだ! なら私は、『議会』における議決第一号を提案するわ」

装甲空母姫「艦娘に拿捕され、海洋連合という場において人間に洗脳された第五位を」


装甲空母姫「『議会』から除名しませんこと?」ニィ


飛行場姫「……」


空母棲姫(……第五位はここで退場)

空母棲姫(生憎、チョコレートくらいで私は買収されない)


海洋連合が出来てからの第五位の行動は深海棲艦として異常だった。

人質となったせいで戦争を中断させたことには目を瞑るとしても……。

それ以後は明らかに、我々の戦争スケジュール遅延を目的とした行動を取っていたのだから。

何らかの形で反発を食らうのは当然と言える。

先程から第五位は全く反応を見せていない。

目を瞑り腕を組んだまま、黙りこんでいる。

諦めているのか? いや、そうは見えない。

……この状況をひっくり返す自信があるのか。


黒妖精「そのような議決は認められない!」

装甲空母姫「あら、中立者はそこまで口出しするの?」

黒妖精「議会のシステム自体を壊そうとするのは見逃せんな!」

装甲空母姫「敵を内部に入れる事こそ破壊に繋がるわ」

黒妖精「大妖精様が選んだ出席者に不満があると……そう貴様は言いたいのか」

装甲空母姫「お父様を貶めるつもりはないわ。ただこの子は人間に感化されすぎている」

装甲空母姫「今後も利敵行為をする可能性が極めて高い」

装甲空母姫「第五位を追放することは、お父様が作ったシステムを守るための正当な行いよ」

黒妖精「しかし……!」


飛行場姫「二人とも、その話し合いに結論は出るのか?」


空母棲姫「……!」

中間棲姫「……」


喋った。

誰もがそう思ったことだろう。

飛行場姫「出ないなら、もう多数決しちゃえば良いんじゃね?」

黒妖精「そうすれば第五位、お前は……!!」

飛行場姫「黒ちゃん、落ち着きなよ。オマエ、今回は中立なんだろ」クスクス

装甲空母姫「そ……そうよ! 今の発言こそ妖精が特定の姫に肩入れしている証拠じゃない!」

黒妖精「う……」

飛行場姫「じゃあ議決を取ろっか。えーっと、この場合引き分けってどうなるんだ?」

装甲空母姫「何で貴女が仕切ってるの? 進行は私、主席である私なんだから」

飛行場姫「ねえち……第三位がやってくれるなら、お任せするぞ」


装甲空母姫(なによ! 落ち着き払って見せて!)イライラ

857 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:44:26.42 F3r8aVmfo 838/1097


装甲空母姫「同数の場合は棄却しましょう。勝ち負けが出ないなんて意味が無いもの」

黒妖精「ここで決めるのは勝ち負けでは……」

装甲空母姫「議決第一号、第五位の議会からの除名について。反対の者は挙手しなさい」

中間棲姫「……」

北方棲姫「……」

飛行場姫「……」

港湾棲姫「……」

空母棲姫「……」


手を挙げる者は一人も居なかった


装甲空母姫「誰も反対しないみたいね。残念だったわね第五位」

装甲空母姫「別に貴女が自分で手を挙げても良かったのよ。結果は変わらないし、姫として見苦しいけれど」クスクス

装甲空母姫「さぁ、部屋から出てお行きなさい。後は私たちで済ませるわ」

黒妖精「……第三位」

装甲空母姫「はぁ。黒妖精様は口出しをしないで頂けますか」

装甲空母姫「これはルールに則って民主的に決めた公正公明な結果ではありませんか」


黒妖精「多数決は挙手でなく投票券で行うのだぞ」


装甲空母姫「……え?」

空母棲姫「当たり前でしょ。人間の学校じゃあるまいし」

北方棲姫「おばちゃん、お手紙に多数決のやり方……書いてあったよ?」

中間棲姫「……」

装甲空母姫「な、ならもっと早く言いなさい! 私に恥をかかせるような真似をよくも……! ていうか第九位! おばちゃん言うな!」

北方棲姫「……」ガクガク

空母棲姫「貴女が勝手にしたことよ。皆何もしていない」

装甲空母姫「チッ……」イライラ

黒妖精「確認しておくと、投票での回答パターンは三つ。賛成、反対、棄権だ」

黒妖精「議決に賛成なら○、反対ならば×、棄権ならば白紙で提出しろ」

黒妖精「尚、当然のことながら票は無記名とする」

黒妖精「書かれた票を集め結果を発表するのが、中立者たる私の仕事である」

装甲空母姫「それじゃ、誰がどう投票したか分からないじゃない?!」

黒妖精「分からなくするための仕組みだ! お前のような輩の横暴を防ぐためのな!」

装甲空母姫「なんてまどろっこしい……」イライライライラ


装甲空母姫「けれどまあ良いわ。どのみち結果は変わらないのだから」


装甲空母姫「さっさと始めなさい」

黒妖精「では一人ずつ別室で……」

装甲空母姫「まどろっこしい!」

黒妖精「そういう決まりだ!!!」

858 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:45:51.48 F3r8aVmfo 839/1097


この後、一人ずつの投票は特に問題もなく終了した。

黒妖精「……投票の結果を発表する」



【第1回投票結果】

賛成:2

反対:2

棄権:2



飛行場姫「……」

港湾棲姫「……!」

北方棲姫「うぅ……」ガタガタ

空母棲姫「……どういうこと」

中間棲姫「同票……」

装甲空母姫「不正があったようね。票を見せなさい」

黒妖精「よろしい。それはお前たちの正当な権利だ。ほら」

開示された票には、○を書かれたものが二つ、×を書かれたもの二つ、白紙二つが確かに存在した。

装甲空母姫「……何故、何故反対者が居るの!?」

黒妖精「議決第一号、『議会からの第五位追放』については棄却とする。話を進めろ」

装甲空母姫「こんなものは無効よ! もう一度投票させなさい!」

北方棲姫「で、でも同数なら棄却って……さっきおばちゃんが決めたのに……」

装甲空母姫「お前はさっきからおばちゃん言うな!!!」


空母棲姫(何が起こった)

空母棲姫(私は賛成に投票した。第三位も間違いなく賛成、これで二人)

空母棲姫(反対が、第五位は確定として……)チラッ


港湾棲姫「……」ガクガク

中間棲姫「……」

北方棲姫「……」プルプル


空母棲姫(この中に反対した者が一人居る、ということになる)

空母棲姫(……誰?)


859 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:47:23.47 F3r8aVmfo 840/1097


黒妖精「しつこいぞ第三位。第五位除名は議決により棄却された。話は終わりだ」

装甲空母姫「裏切り者は出て来なさい! 九位! まさか貴女じゃ無いでしょうね!!」

北方棲姫「……」プルプル

飛行場姫「第三位、他の参加者を恫喝するのは見過ごせないぞ」


装甲空母姫「なによ、棄却されたからって落ち着き払って良い子ぶって」

装甲空母姫「どうやって他の姫を買収したかは知らないけど、いい気にならないことね」

装甲空母姫「所詮二人の弱小グループよ!」

飛行場姫「別にいい気にはなってないんだけどな……」

黒妖精「第三位、投票者を特定するような物言いは控えろ」

装甲空母姫「ふんっ!」


装甲空母姫「……色々出鼻を挫かれたけれど、そろそろ本題へ入りましょうか」

装甲空母姫「この戦争についてよ」

飛行場姫「……」

港湾棲姫「……」

中間棲姫「……」

空母棲姫「……」

北方棲姫「……」

装甲空母姫「今現在、我々は人類に対して不本意な沈黙を保っている」

装甲空母姫「これはどこかの馬鹿が艦娘に鹵獲されたせいなんだけど」チラッ

飛行場姫「……」

装甲空母姫「そろそろこの沈黙を破っても良いと私は思うの」

中間棲姫「戦いを再開する、ということですか」

装甲空母姫「そうよ。戦力は十分。準備は整っているわ」

空母棲姫「やるとすれば、どこをやるの」

装甲空母姫「海洋連合」

飛行場姫「……!」

装甲空母姫「あの忌々しい艦娘と妖精を残しておくと、後々厄介だもの」

港湾棲姫「……」

空母棲姫「……」

装甲空母姫「議決第二号、そうね『休戦条約破棄について』とでもしましょうか」

北方棲姫「……」プルプル

中間棲姫「……」


装甲空母姫「さぁ、投票をしましょう。私たちの使命を果たすために」

860 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:51:03.05 F3r8aVmfo 841/1097


空母棲姫「第三位、少しいいかしら」

装甲空母姫「どうかしたの八位」

空母棲姫「私は連合攻撃に反対だから。まずそれを伝えたくて」

装甲空母姫「そう……。貴女が五位の味方ってわけ?」

空母棲姫「その話は今関係無い」

装甲空母姫「恥知らずの裏切り者! 人を守るなんて頭がイカれてるんじゃないの!?」

北方棲姫「……」プルプル

空母棲姫「落ち着きなさい」

装甲空母姫「……なによ」


空母棲姫「正直言って、私は第三位の指揮能力を評価していない」


装甲空母姫「……それで?」イライラ

空母棲姫「貴女は勇猛。でも視野が狭すぎる。性質として、指揮官に向いていない」

空母棲姫「第一位、第二位も同じ。勇猛すぎた。最前線に近い位置で味方を鼓舞しながら戦うのはリスクが高過ぎる」

空母棲姫「かつて私たちにとってその勇猛さは美徳だった。姫としての誇りだった」

空母棲姫「それは物量による平押しを行う場合、とても効果的な心理だった」

空母棲姫「でも、もうそれじゃ駄目。空間すら捻じ曲げる羅針盤と、私たちと同じ力を持った艦娘の組み合わせには対応できない」

空母棲姫「我々は相手の戦術を真の意味で理解出来て居なかった。だから二人は死んだ」

装甲空母姫「第一位様と第二位様を……そんな風に……!」

空母棲姫「勿論私も尊敬している。勘違いしないで」

空母棲姫「ただ、いつの時代も新たな兵器やそれを効果的に利用するための戦術が登場する」

空母棲姫「新たな力を有効に使えるものが戦場を制し、戦争を有利に進める」

空母棲姫「戦争を有利に進めたその果てに、全てを導く権利をようやく手にする」

空母棲姫「我々はその権利を求め戦い続けていた」


空母棲姫「トラックで、まずは敵の持った新たな力を理解することが先決だった。でも貴女は思考停止し、平押しに徹した」

空母棲姫「戦力引き抜きに猛反対した私の言葉も聞かず、南太平洋を空にした」


装甲空母姫「……」

空母棲姫「あとはもうご存知。手薄になったガダルカナルは呆気無く落ち……」

空母棲姫「トラックではほぼ同数以上の相手に馬鹿正直な正面からの航空撃滅戦を行い、その過程で私の子飼いの部隊は得意の戦術機動を行うこと無くすり潰された」

空母棲姫「我々は甚大な被害を出し、その補填に多くの時を失った」

空母棲姫「新たな兵器の存在があった、というだけでは説明がつかないほど多くの時を」

港湾棲姫「……」


空母棲姫「第三位、貴女はこの戦争について話そうと言った。だから私も正直に話す」

空母棲姫「お父様の戦争指導は……極めてマズイわ。でもそれでいいの」

空母棲姫「お父様はあくまで我々の思想的な指導者であって、戦場に立つべき妖精じゃない」

空母棲姫「だからこそ、私たち『姫』と呼ばれる存在がお父様の意思を持ち、戦場へ赴いている。戦うのは私達の仕事」


空母棲姫「私はね、今回の議会設立が嬉しいの」

空母棲姫「今までと同じように戦い続けても、我々の欲しい物は永遠に手に入らない」


黒妖精「……!」

861 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:53:25.37 F3r8aVmfo 842/1097


空母棲姫「我々……いえ、戦場での指導的な立場にある私たち姫は、もう変わらなければならないと思う。権利を手に入れるために」

空母棲姫「この話し合いは変わるための一歩に繋がると私は信じてる」

空母棲姫「もう一度言う。私は、海洋連合への攻撃に反対よ」

空母棲姫「今現在、この戦争は人間対深海棲艦という構図ではない」

空母棲姫「妖精対妖精、それを鑑みて妖精の集結した海洋連合を滅ぼすのは納得が行く」

空母棲姫「けれど第三位、私たちは彼らをすり潰すに足る力を本当に持っているの?」

空母棲姫「貴女は彼らの戦術を十分に理解しているの?」

空母棲姫「そもそも貴女は、戦う上で我々に何が必要で何が不要か理解しているの?」

空母棲姫「私の質問に答えて頂戴」


誰も言葉を発さなかった。それでも、変革のきざしを誰もが感じていた。

姫同士の横の繋がりは希薄の一言に尽きる。

互いの存在は知っていても連絡など取りはしない。

全てが大妖精指揮下にあった時は、序列が価値判断と正誤判断の基準だった。

第八位が第三位に意見具申する機会など、ましてやそれを姫全体で共有するなど無かった。


装甲空母姫「……」


今までの彼女であれば、下の者の戯言として第八位の意見など聞き入れもしなかったであろう。

だが、今の第三位には第八位の意見が胸に突き刺さるほどとなっていた。


中間棲姫(……思い出しました)

中間棲姫(何を?)

中間棲姫(いつも私の索敵に一瞬だけ引っかかる……神出鬼没の敵空母機動部隊、と言えば貴女も思い出しますよ)

中間棲姫(まさか大和型を沈めた奴ら!?)

中間棲姫(はい。混乱のわずかな隙をついた包囲殲滅、徹底した波状攻撃、母港目前での奇襲)

中間棲姫(あらゆる手を尽くし南太平洋で一線級の艦娘を沈めていったキラーフリート)

中間棲姫(……こんなところでお目にかかれるとは思ってもみなかったわ)

中間棲姫(ええ、私もです。この戦略眼と佇まいを見れば……もう疑いようも無いでしょう)


中間棲姫(彼女があの機動部隊の指揮官です)


862 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:55:30.28 F3r8aVmfo 843/1097


空母棲姫「……皆黙っているけど。私、何か変なことを言った?」

装甲空母姫「……まず貴女に謝っておくわ。貴女は裏切り者なんかじゃない」


装甲空母姫「疑ってごめんなさい」


黒妖精「なんと……!?」

港湾棲姫「……」

飛行場姫「……」

北方棲姫「おばちゃんが他の姫に謝ってる……」


装甲空母姫「な、なによ。私だって自分に非があると分かれば謝るわよ」

装甲空母姫「あと九位……貴女もう確実に分かってやってるわよね?」(#^ω^)ビキビキ

北方棲姫「ひうぅぅ……!!」ガクガク


中間棲姫(あら、可愛いとこあるじゃないの)

中間棲姫(これは……少し意外ですね)


第九位、北方棲姫の発した言葉と同じ感想を誰もが抱いていた。


空母棲姫「いえ。別に謝罪はいらないわ。貴女が謝ったところで失った時間が取り戻せるわけではない」

装甲空母姫「……そうね。でも謝らせてちょうだい。私は貴女を誤解していた」

空母棲姫「誤解?」

装甲空母姫「私は人を滅ぼすことしか頭に無かった。ええそう、貴女の言う通りよ」

装甲空母姫「視野が狭く勇猛なだけ。知ってるわ。私は自分自身それで良いと思っていたもの」

装甲空母姫「お父様への愛こそが全てだと信じていたから」

空母棲姫「……」

装甲空母姫「貴女の言葉の端々から姫としての誇りとお父様への愛が伝わってきたわ」

装甲空母姫「……今までの自分が恥ずかしくなった」

装甲空母姫「私がしていたのは自己満足。お父様にこの気持ちは繋がっていなかった」

装甲空母姫「でも貴女は、ずっとお父様の為に戦っていたのね」

空母棲姫「お父様は私の創造主なのだから、愛すのは当然でしょ」

装甲空母姫「……そうね」


装甲空母姫「貴女の質問に答えるわ。私は海洋連合をすり潰すことは可能だと思っていた」

装甲空母姫「どんな戦術で挑まれようと物量の平押しでね…………私は、貴女のようには考えられてなかったのよ」

装甲空母姫「何が必要で不要かも考えたことが無かったわ」


空母棲姫「第三位」

装甲空母姫「……なに」


罵倒されること覚悟の返事だった。愚かな自分を叱咤するためにも必要なことだと思った。


空母棲姫「正直に答えてくれてありがとう」ニコッ

装甲空母姫「……罵ってよ。本当に惨めだわ」

空母棲姫「惨めじゃない。貴女はこの場において変わった。これは喜ばしいこと。嬉しいわ」


空母棲姫「我々は勝利へ近づいている」

863 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:57:32.32 F3r8aVmfo 844/1097


中間棲姫(第八位の言う通りね。あの高慢ちき、中慢ちきになったわよ)

中間棲姫(ふふふ。ちょっと美味しそうですね、それ)


装甲空母姫「変わった、のかしら。よく分からないけれど」

装甲空母姫「けど」

装甲空母姫「私のお父様への愛を真っ向から否定されたようなものなのに」

装甲空母姫「嬉しいのよ、私。第八位、貴女が居てくれて、嬉しいと思ってる」


空母棲姫「志が同じ者の姿が見えるくらいには……視野が広がったみたいね」クス

装甲空母姫「……」


装甲空母姫「第五位、貴女の意見も聞かせて頂戴」


飛行場姫「……いいの?」


装甲空母姫「『人間と戦わない』という題目は私には理解出来ない思想だけど、何か理由があるんでしょ」

装甲空母姫「その理由を聞いても私には理解出来ない気がするけど……この場で話す権利くらいはあるわ」


中間棲姫(小慢ちきになったわね)

中間棲姫(あまり美味しそうにありませんね)

中間棲姫(ところで貴女、やっぱり第五位の肩を持つの?)

中間棲姫(ええ)

中間棲姫(今の第三位なら着いて行っても面白いと思うけど)

中間棲姫(確かに自らの器が足りないことを自覚した者は強いですが……まだですね)

中間棲姫(どうして?)

中間棲姫(父親への盲目的な崇拝なんて気持ち悪いじゃないですか。今日び流行りませんよ)

中間棲姫(……やっぱり貴女、酷いわね)

中間棲姫(普通ですよ。それに、第五位はもっと凄いです)

中間棲姫(殆ど喋ってないじゃない)

中間棲姫(ふふっ、まぁ見ててあげて下さい)


飛行場姫「……実は私、好きな男が居るんだ」


中間棲姫「……」クスッ

装甲空母姫「……はっ?」

空母棲姫「……だから人と戦わないなんて、正気じゃ無いわね」

港湾棲姫「……」

北方棲姫(どゆこと?)


飛行場姫「いやさ、そりゃ最初は嫌々連れて行かれたんだけどさ」

飛行場姫「意外と良い奴多いんだぞ? だから皆も一回さ……」

装甲空母姫「……」

空母棲姫「……」


飛行場姫「遊びに~……来たりとか~……」

港湾棲姫「……」

中間棲姫「……」プルプル

864 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 21:59:45.81 F3r8aVmfo 845/1097


飛行場姫「したりぃ~……?」

北方棲姫「?」

黒妖精「……」


飛行場姫「……」

飛行場姫「知ってる? 今日さ、私達がこうして話すのって初めてなんだよ」

飛行場姫「みんなの見たこと無い表情が沢山見られて、本当に良かった」

飛行場姫「顔と顔突き合わせて喋ることは、関係を築く上で重要だって私の友達も言ってたし」

飛行場姫「さっき実際に第三位が変わったみたいに、直接話し合ってると自分が変わってく」

飛行場姫「海洋連合も同じ。毎日この会議開いてるみたいな、自分が変わり続けちゃう場所なんだ!」

飛行場姫「私も人を殺すことが良いことだと思ってたけど、すっかり変わっちゃった」

飛行場姫「それで、変わったからこそ見える景色がある」

飛行場姫「私たちの使命は人を殺すことでも戦争に勝利することでもないって、今は分かる」


空母棲姫「少なくとも生まれた理由は戦争に勝利するためよ」


飛行場姫「そりゃトーちゃんたちの作った動機だろ? 私たち自身はどうなんだ?」


空母棲姫「自分のものより大妖精様の動機が優先されるに決まってるじゃない。貴女、自分が人間にでもなったつもりでいるの?」


飛行場姫「第八位こそ、自分がただの兵器のつもりなのか?」


空母棲姫「はっ、寝ぼけてもここまでの間抜けな台詞は吐けそうに無いわ」


飛行場姫「オマエ、トーちゃんが捨てろと言えば、自分の持ってる大切な物まで投げ出せるのか?」


空母棲姫「投げ出せるわね。そもそも、お父様への気持ちが私にとって一番大事なものよ」


飛行場姫「……第八位、それ間違ってるぞ。うん。間違ってる」


空母棲姫「どこが」


飛行場姫「本当に大事なものが一つだけなら誰も迷ったり苦しんだりしない!」


空母棲姫「第五位、間違っているのは貴女よ」

空母棲姫「自分にとって本当に大事なものが何か分からないこと、分かっていても大切に出来ないことが迷いや苦しみに繋がるの」

空母棲姫「貴女が言っているのは何も選べず守れない弱者の恨み言そのものよ」


飛行場姫「うむむむむむ!! なんて視野の狭い……オマエ、それでも空母か!?」


空母棲姫「空母だけど、何か?」


飛行場姫「やめとけって。絶対後悔するから」


空母棲姫「お生憎様。私は生まれてこの方、後悔なんてものをしたことが無いわ」


空母棲姫「自分以外のせいで歯がゆい思いは何度もしたけど」

865 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:05:46.20 F3r8aVmfo 846/1097


装甲空母姫「……第五位、貴女の今の言葉で他の姫が納得すると思っているの」

飛行場姫「私は知ってる。理解出来ないのはオマエラがまだ知らないからだよ!」


装甲空母姫「いい加減にしなさい。私たちは兵器よ。それ以外の何だって言うの」

装甲空母姫「大事なもの? 誰だってお父様が一番大切に決まってるでしょ。私たちの創造主様なんですから」


飛行場姫「だったら……兵器なんだったら」

飛行場姫「なんで私たちはこんな無駄な言い争いしてるんだ? 気持ちなんて、心なんて無ければもっと合理的で完璧じゃん!」

飛行場姫「なんで私の手は温かいんだ!? 熱なんてただ無駄なだけじゃん!」

飛行場姫「形状だって人型じゃなくて球体のほうがよっぽど戦いやすい!」

飛行場姫「トーちゃんがそう望んだからだろ!?」


空母棲姫「そうよ。ただお父様がそうあれと望んだから。私たちがいる」

飛行場姫「なんだそれ!? オマエら散々トーちゃんを持ち上げといて、神聖視しといて」

飛行場姫「そんな神聖視する凄いトーちゃんが作った自分を、ただの兵器って言い切ってるのか!? それっておかしいぞ!」


空母棲姫「……」


飛行場姫「私はただの兵器じゃない。自分で考えられるし譲れない自分自身の気持ちだってある!!」


装甲空母姫「ねぇ第五位、貴女の物言いは物凄く傲慢に聞こえて、腹が立って仕方ないんだけど」

装甲空母姫「どうやれば貴女みたいになれるのかしら」


飛行場姫「……オマエら、まだ分かんないのか? 私でも分かったんだぞ?」

飛行場姫「トーちゃんがそう望んだんだよ。熱も、心も、形も、創造主の気まぐれなんかじゃなくて、そうなって欲しくて私たちを作ったんだ」

飛行場姫「作った動機は戦争のためだとしても……無意識かもしれないけど……戦うだけじゃなくて、一緒に生きる願いを込めて、作ったんじゃねーのか?」


装甲空母姫「……」


飛行場姫「私たちのトーちゃんへの挨拶のポーズ、変だろ」

飛行場姫「掌で自分を包ませて、ほっぺに親指当てさせて」

飛行場姫「独裁者は孤独だよ。誰とも肩を並べて進めたりしない」

飛行場姫「そんなの寂しいに決まってるじゃん! 誰かに優しく包まれたいと思いもするよ」


飛行場姫「それなのに二人とも、指導者の思想が、戦争がどうこう、お父様のために自分がどうこう」

飛行場姫「第三位が言ってる愛はやっぱりどこまでも一人よがりの自己満足だ」

飛行場姫「第八位が言ってる愛は、ただの思想と戦争の現実の都合の良いすり合わせだ」

飛行場姫「トーちゃんへの愛語るならトーちゃんを見ろよ!! オマエらが見てる部分はトーちゃんの上辺で深みがなくてキラキラしてるとこばっかなんだよ!」

飛行場姫「そんなとこ見ても意味ねーんだよ! トーちゃんは私たちにそんな部分愛して欲しいなんて願って無いんだよ!」

飛行場姫「姫としての誇りとか使命とかお父様とか」

飛行場姫「目がチカチカするものにばっかり自分を持って行って決めつけて、開き直ってカッコつけてんじゃねーよ!」

飛行場姫「そんなオマエらの語る愛って言葉は薄っぺらくて聞くにたえねーんだよ!」

飛行場姫「大事なものは一つしか無い!? わけねーだろ馬鹿! オマエがモノ知らないだけだろこのクソバカ! 弱者の戯言? 上等だよ!」

飛行場姫「だってトーちゃんが欲しいのは盲目な強い奴じゃなくて家族だから!」

飛行場姫「自分の言うことを全部YESと肯定する取り巻きじゃなくて、NOと言ってくれる存在が……家族が欲しいんだよ……」

飛行場姫「なんで! 戦争のことは分かる癖に……分かんないんだよ!」

飛行場姫「……私は海洋連合で洗脳なんてされてない。だから自分で選んでここに居る」

866 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:08:03.46 F3r8aVmfo 847/1097


飛行場姫「あの場所で艦娘と人間は変わった。私も変わった。深海棲艦も変わることが出来る」


飛行場姫「私たちにとって必要なあの場所は、どんな手を使っても壊させはしないから」


飛行場姫「もし攻撃するなら、私の麾下にある軍集団は独自の判断で動くよ!」


空母棲姫「貴女は味方を裏切る気?」


飛行場姫「裏切る気なんて無い。私は深海棲艦の姫として、私のすべきことをする」


空母棲姫(言質は取れない、か)


黒妖精「そろそろ投票に移りたいのだが……良いか」


飛行場姫「他にも話さなきゃいけない姫が居るぞ?」


装甲空母姫「そうね。他の子の意見も聞きたいわ」


空母棲姫「時間の制限でもあるの?」


黒妖精「大妖精様がこの場へいらっしゃることになっている」


飛行場姫「……!」


装甲空母姫「そう、だから早く結論を出せと言うわけね」


黒妖精「……」


空母棲姫「……なるほど」


装甲空母姫「一応、条約破棄についての賛成意見と反対意見が両方出てるわね」

装甲空母姫「では、他に付け足して言っておきたいことのある者は言いなさい」


「……」


黒妖精「居ないようだな。それならば投票を早速始めよう。先ほど同様、一人ずつ別室へ」



それぞれの考えの異なりは、戦争遂行についての大きな齟齬を生んだ。

一人は自らのことを、一人は戦争のことを、一人はそれぞれの存在について視座に入れていた。

本来決して交わることのない考えはこの場において交差した。

聞いている者はどれが正しいというわけではなく、どれも真実であるように感じた。

867 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:08:53.52 F3r8aVmfo 848/1097


北方棲姫「……」

北方棲姫(私たちはなんの為に存在するんだろう)

北方棲姫(……考えたこともなかったなぁ)


北方棲姫(……姉妹なのに)

北方棲姫(私たちは皆で仲良くすべきなのに、なんで出来ないんだろう)

北方棲姫(誰か一人仲間はずれなんて絶対駄目なのに)

北方棲姫(もし、戦争をもう一回始めちゃったら……)

北方棲姫(第五位とヲ級のお姉ちゃんとも会えなくなっちゃうのかな)

北方棲姫(……やだなぁ)

868 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:11:14.49 F3r8aVmfo 849/1097


港湾棲姫「……」

港湾棲姫(……レ級が言っていたことが少し分かった。……気がする)






2月11日

昼 フィジー島 港湾棲姫の棲家


レ級改「んでですねー、第六位様」

港湾棲姫「……な、なに?」

レ級改「次の会議では、姫様を助けてやって欲しいんすよ~?」

港湾棲姫「……それは不可能。……第五位は戦争を望まず、私は戦争を望む」

レ級改「いや~、駄目っすか~」

レ級改「なら奥の手使うしかないかなぁ」


レ級改「第六位様、フィジーは今海洋連合と深海棲艦との最前線だ」

レ級改「もし、もしだけどさ、連合と深海棲艦が戦争になったら……ウチのお姫様は連合の味方をする」

レ級改「そうなった場合、どういうことが起こるかわかるか?」

港湾棲姫「……脅しのつもりか。……第五位は我々を裏切る気なのか?」

レ級改「連合は脆いからな、叩ける敵は優先的に叩かなきゃ駄目なんだよ」

レ級改「フィジーの艦隊は量ばっかりあるが質はちっとも伴ってない」

レ級改「あんたも知ってんだろ? 第五位の軍集団にどれくらいの戦力が居るか」

レ級改「あんたを消滅させてこの島を更地にするくらい、わけないぜ」


港湾棲姫「……知っているぞ。……全面戦争になれば海洋連合は我々には絶対に勝てない」

港湾棲姫「……局地戦では勝てても、大勢に影響はない」

港湾棲姫「……あの場所はお前の言葉以上に脆弱だ。……戦争の準備など出来ていない、いや、していない」

港湾棲姫「……だからお前は私を脅す。……強く出ることは自信の無さの証だ」


レ級改「へぇ、さすが一端の姫」


港湾棲姫「……第五位が何故人を守ろうとするかは知らない。……だが私はお前に屈さない」


レ級改「でも分かっちゃいねぇ。アンタ、オレが言ってること理解出来てないだろ」

港湾棲姫「……」


レ級改「オレは人間なんて別に好きでも嫌いでもねぇよ? でもよ、オレの姫様が」

レ級改「オレの大事な人が、そう望んでんだ。深海棲艦を裏切る? 戦争の大勢がどうこう? んなもん知るかよ」

レ級改「上からの命令に従うしか能のない木偶人形がよ、あの笑顔を曇らせるなら」


レ級改「絶対殺してやるってオレは言ってんだ」

869 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:12:14.75 F3r8aVmfo 850/1097

港湾棲姫「……っ!」

レ級改「もし命が惜しいならオレのこと覚えといてな」

レ級改「姫様を悲しませるようなことがあったら……守れなかった失意のオレと一緒に死のうや」

レ級改「あ、アンタのおっぱいオレ好みだから。別にオレは最初からそれでもいいかも」ケラケラ


港湾棲姫「……狂っている自覚が無いのか」


レ級改「ケケケ!」

レ級改「褒め言葉だね。そう見えるくらい今のオレが一生懸命なら」

レ級改「オレはもうただの木偶人形じゃないってことだからな」






港湾棲姫(……私と第五位は違う。……何が違う)

港湾棲姫(……分からない)

港湾棲姫(……海洋連合に何かあるのか)

港湾棲姫(……知りたい)

港湾棲姫(……さっきは棄権に投票して良かった)

港湾棲姫(……もし素直に賛成に入れて、第五位が除名追放されていたら……私はレ級に……)


港湾棲姫「……」ガタガタ

870 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:14:00.45 F3r8aVmfo 851/1097


それぞれの思惑を乗せ、投票は進んでいった。


黒妖精「……結果が出た」

黒妖精「議決第二号『人類との休戦条約破棄について』だが」

黒妖精「賛成4、反対2で可決。条約は破棄されることが方針として決定された」


装甲空母姫「……まぁ、そうよね。当然よ」

空母棲姫「……とりあえず良かったわ。皆がおかしくなっていなくてね」

港湾棲姫「……」

北方棲姫「えっ!? ホントに!?」


装甲空母姫「……九位、反対は貴女だったのね」

北方棲姫「あっ……えっと……その……」

中間棲姫「……」

飛行場姫「……」

港湾棲姫「……休戦が破棄されたら。……攻撃場所は海洋連合?」

空母棲姫「いえ、焦ることはないわ。敵を倒すためにゆっくりと戦略を練りましょう」


飛行場姫「……やだよ」


中間棲姫「……」

港湾棲姫「……そう。海洋連合だけは駄目。……海洋連合は強い」

装甲空母姫「そうね、引き続きどこを攻撃するのかについての話し合いを……」


飛行場姫「……こんなのやだよ!!!」


自らの声を聞けと言わんばかりに、悲痛に叫んだ彼女は泣いていた。

涙は途切れること無く、頬を伝い続けている。

北方棲姫「……」オロオロ

港湾棲姫「…………」ガクガクガクガクブルブルブルブル


装甲空母姫「あら、さっきまで独自の何とかって啖呵切ってた癖に」

装甲空母姫「悔しくて泣いちゃったわね」クスクス


飛行場姫「な、泣いてないもん!」ポロポロ


装甲空母姫「……泣いてるじゃない」


飛行場姫「別に悔しくないもん!」ポロポロ


空母棲姫「……悔しくて悲しいから涙が出てるんでしょ。もう黙ってなさい」

空母棲姫「後は残りの姫が決めるから、帰っても良いわよ」


飛行場姫「お願いだみんな! 考え直してくれ!」


装甲空母姫「しつこいわよ五位!」


飛行場姫「……!」ビクッ

871 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:15:22.93 F3r8aVmfo 852/1097


装甲空母姫「結果を見れば分かるでしょう! 九位以外誰も貴女の言うことを受け入れられなかったのよ!」


空母棲姫「……結局、貴女の言ったことも貴女の想像でしかないということ」


飛行場姫「そんな……私の言葉じゃ届かなかったのか……?」


装甲空母姫「ええ、そうよ。届かなかっ」「いいえ」

中間棲姫「ちゃんと届きましたよ。第五位」


そう言うと、七位の目尻が柔らかく動いた。

口元は隠れて見えないが、彼女は恐らく笑っていた。


飛行場姫「えっ?」

装甲空母姫「……貴女、急にどうしたのよ」

中間棲姫「私は急用が出来ましたので、これで失礼致します。行きましょう第五位」

飛行場姫「えっ、えっ!? ええぇ!?」


第七位は第五位の腕を掴み部屋の外へと連れ出した。

状況が理解出来ず唖然とする残りの参加者のうち一人が、これまた突拍子もないことを言い出した。


北方棲姫「……私も行く!」

北方棲姫「五位と七位のお姉ちゃん! ちょっと待ってー!」トタトタ


装甲空母姫「ちょっと! 九位!」

港湾棲姫「……私も失礼する」スタスタ


空母棲姫「これは……何が……」

空母棲姫「黒妖精、貴方まさか」


黒妖精「第一回議会はこれにて閉会とする」

黒妖精「議決は我々の総意であり、これらを元に我々は戦争を遂行していく」


空母棲姫「……そういうこと。とんだ茶番ね。はしゃいだ自分が嫌になるわ」

装甲空母姫「ど、どういうことよ、説明しなさい八位!」

空母棲姫「姫の自主性も、公平公正も何もかも欺瞞よ。私たちは筋書き通りに動いただけ」


黒妖精「ほう、不満そうだな」

黒妖精「大妖精様の筋書き通りに動くのが嫌なのか。お前たちはただの兵器なのだろう」


空母棲姫「……」

装甲空母姫「???」


黒妖精(第五位、お前の気持ちは……他の者にも届いていたぞ)

872 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:16:47.08 F3r8aVmfo 853/1097


昼 ハワイ 海岸


飛行場姫「ど、どうしたんだ七位。私はまだ会議に……」


中間棲姫「無駄ですよ。いくら投票しようが、あの場所での結果は変わりません」


飛行場姫「……?」


中間棲姫「私は条約破棄反対に入れました。あの様子から見て九位も。貴女も反対。それなのに、票は二票」

中間棲姫「結果は確実に操作されています。これは大妖精様による出来レースだったのですよ」


飛行場姫「????」


中間棲姫「一回目の投票も疑わしい点が多いです。私と第九位と貴女で三票無ければおかしいのに、実際は……」


飛行場姫「ううん。ならあれは二票で正しいぞ」


中間棲姫「……貴女、まさか棄権したの?」


飛行場姫「うん」


中間棲姫「どうしてそんな無茶を」


飛行場姫「私の部下が、他の姫の所へ行って説得に当たってたんだ」


中間棲姫「ああ……。ミッドウェーにタ級さんが直接来た時は驚きましたよ」


飛行場姫「あいつらは私が最高に信頼する奴らだ。説得に失敗するわけない」

飛行場姫「だから私が棄権しても票は賛成2、反対3で反対の勝ちだ!」


中間棲姫「……あはははは!!!」

中間棲姫「貴女、本当に良い子ね。しかも面白いわ」

飛行場姫「お、おう? ありがと……?」


飛行場姫(なんだ? 雰囲気変わった……?)


中間棲姫「でも自分でも投票しなきゃ駄目よ。棄却になったから良かったものを」

中間棲姫「貴女、危うく部下の頑張りを無駄にするところだったんだから。次からあんなことしない。分かった?」


飛行場姫「分かった。……実はあの時はちょっと、テンパりすぎてたのもあって。駄目だな私」


中間棲姫「うふふふ。そう、緊張してたのね。なら仕方ないわ」クスクス

中間棲姫「良いのよ。私達はダメな子ほど面倒見てあげたくなっちゃうんだから」

飛行場姫「七位、裏で糸引いてるのはトーちゃんなのか」


中間棲姫「黒妖精を操れる人は、一人しか居ないもの」


飛行場姫「ちょっとトーちゃんと話しつけに行って……」「やめなさい」ガシッ


中間棲姫「大妖精様はもう、貴女の知ってる父親じゃない」


飛行場姫「どゆことだ?」

873 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:18:44.17 F3r8aVmfo 854/1097


中間棲姫「変わってしまっているの。腹心の白妖精まで殺して、何かを成し遂げようとしている」

中間棲姫「それが一体何か、私にも分からないんだけどね」


飛行場姫「ちょ、ちょっと待てよ? 白ちゃんは病気で倒れたんじゃ……」


中間棲姫「……話は後よ。急いで手勢を集めなさい。ハワイから脱出するわ」


飛行場姫「色々わけ分かんないぞ!?」



中間棲姫「このまま何もしなければ、貴女が好きな人間と会うことも出来なくなるけど、いいの?」


飛行場姫「そりゃ嫌だけど……」


中間棲姫「それで良いわ。ひとまず帰りましょう。私たちの居るべき場所へ」


飛行場姫「……どこだそれ?」


中間棲姫「いやね、海洋連合よ。貴女が言ったんじゃない。必要な場所だって」


飛行場姫「言ったけど……七位、オマエ、来てくれるのか?」


中間棲姫「ええ。貴女が本物かどうか、試させて貰うわ」


飛行場姫「……」


中間棲姫「ちょっと、どうしたの?」


飛行場姫「ありがとう!」ダキッ


中間棲姫「きゃっ!? ……ふふっ、そう。嬉しかったのね」

中間棲姫「じゃあ早く行くわよ」


飛行場姫「七位は先に連合へ行ってくれ。私はトーちゃんに会ってから行くよ」


中間棲姫「言ったでしょ? 大妖精様は今……」


飛行場姫「だったら尚更放っとけない。私はトーちゃんの娘だから」


中間棲姫「貴女……」


飛行場姫「好きな奴と会えなくなるのは辛いけど……。私、今まで散々トーちゃんのこと無視しちゃったから」


中間棲姫「……」


飛行場姫「トーちゃんに少しでも恩返ししてやりたいんだ」


874 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:26:59.34 F3r8aVmfo 855/1097


港湾棲姫「……話は聞かせて貰った」

北方棲姫「あ、五位と七位のお姉ちゃん!」


中間棲姫「貴女たち、どうして」

港湾棲姫「……私はまだ死にたくない。……だから、貴女を泣かせたままにしておけない」

飛行場姫「へ?」

北方棲姫「色々考えたんだけどね、やっぱり私、五位のお姉ちゃんとも一緒に居たい!」

港湾棲姫「……私も一緒に居たい」(死にたくない)

飛行場姫「一緒に居たいって言われても……」


中間棲姫「あー……。色々余計なのが来ちゃったけど。第五位、よく聞いて」

飛行場姫「なんだ?」

中間棲姫「何故貴女が大妖精様と会ってはいけないか、状況を整理しましょう」

中間棲姫「この会議は、連合と深海棲艦が戦争をするための理由作りに過ぎない」

港湾棲姫「……通りで」

北方棲姫「え?」

中間棲姫「結論ありきの茶番よ。どう足掻こうと無駄だった。ならどんな意味があるのか」

中間棲姫「意味を見出すとすれば、姫が一同に会すこと」


中間棲姫「海洋連合に居る貴女がハワイにやってくること」

中間棲姫「休戦の最大の要因だった貴女をハワイに連れ戻すことが出来ることなのよ」


飛行場姫「いや、それって買い被り過ぎだろ」


中間棲姫「貴女は特別な個体で間違いないわ。私たちにとっても、大妖精様にとってもね」

中間棲姫「貴女こそ自分を過小評価しすぎじゃなくて?」


飛行場姫「そうかぁ?」


港湾棲姫「……本当。貴女の見ているものは他の誰とも違った。極めて特殊」

港湾棲姫「……第五位を変えた環境に興味がある」


飛行場姫「……」


中間棲姫「というわけで、貴女を大妖精様の所へ行かせるわけには行かないの」

中間棲姫「お分かり?」


飛行場姫「……分かった」


中間棲姫「よろしい。じゃあ、今から」「尚更トーちゃんと会ってくる!」

中間棲姫「……私の話聞いてた?」


飛行場姫「聞いてた。トーちゃんがなんかおかしくなってるんだよな」


中間棲姫「そうよ。それで、目的は多分貴女よ」

875 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:28:37.53 F3r8aVmfo 856/1097


飛行場姫「私がトーちゃんに行って、どうにかなる域をもう超えてるかもしれない」

飛行場姫「でも、それでも! 今会わないともっと酷いことになりそうな気がするんだ!」


中間棲姫「聞き分けの無い子は……大好きよ」

中間棲姫「グラーフ、やりなさい」


中間棲姫が名を呼ぶと、砂の中から巨大な球状の艤装が姿を表した。


飛行場姫「なっ……!?」


グラーフ「ガウッ」バクン


巨大たこ焼きのような艤装は口を大きく広げると、第五位を丸呑みにした。


飛行場姫「うわ、いてっ!? おい! 七位!!」ドンドン


中から力で押し開けることも出来ず、もうどうしようも無かった。


中間棲姫「もしもーし? 聞こえるわよね。そこからお仲間に連絡なさい」


飛行場姫「出せ! 出せこのー!!!」


中間棲姫「……さて、貴女たちはどうするの」


港湾棲姫「……私は、死にたくないから第五位について行く」

北方棲姫「よく分からないけど、皆についてく!」


中間棲姫「第六位には同情するとして。九位ちゃんは本当にそれで良いの?」


北方棲姫「分かんない! でも皆と居ると楽しい!」


中間棲姫「うふふ! そうね、楽しくてユーモアのある方が余裕があるということ」

中間棲姫「余裕があるというのは強いということ、だからね。それも良いんじゃない」

中間棲姫「なら皆で行きましょう。連合へ」


中間棲姫「私たち自身とその未来を変えるであろう場所へ、ね」

876 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:29:32.77 F3r8aVmfo 857/1097


【第二回投票結果】

賛成:2

反対:4

棄権:0

877 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:30:52.93 F3r8aVmfo 858/1097


昼 ハワイ 神姫楼


大妖精「……これはどういうことだ」

装甲空母姫「……」

空母棲姫「……」

黒妖精「残りの姫は退席しました」

大妖精「退席!? そのようなことを許可した覚えはない!」

黒妖精「はい。私が止めませんでした。今後の作戦は、姫の力が無くとも遂行できるでしょう」


大妖精「ふざけるな! お前如きが私に口出しするつもりか!?」

大妖精「姫を出せ! 私を娘たちに会わせろ!!」


黒妖精「第三位、第八位。話は私が通しておく。お前たちは下がっていろ」

空母棲姫「……失礼します」

装甲空母姫「し、失礼しますわ。お父様」


怒りを露わにする自分の父に恐れを覚え、二人の姫は部屋を後にした。


黒妖精「大妖精様、今ひとつ確認しておきたいことがあります」


大妖精「なんだ」


黒妖精「貴方は何の為に連合との戦いを求めているのですか」


大妖精「あの場所には鍵があるのだ。それを手に入れることが今後の戦争にとって……」


黒妖精「死の領域への扉の鍵を、貴方は何の為に必要としているのかと聞いている」


大妖精「……」


黒妖精「私は不死の軍団を作ることが貴方の目的だと思っていました」

黒妖精「ですが、もう違うのですね。私と貴方は全く違うものを見ている」

黒妖精「……これ以上貴方について行けない」

黒妖精「教えてください。貴方が一体何を見ているのかを」

黒妖精「共に夢を掲げた筈の白を、何の躊躇いも無く殺せた理由は何なのですか!?」


大妖精「奴はそういう役柄だったからだ。望んで私を指導者として認め、私に全てを与えた」

大妖精「だから私は期待通り白を殺した。死の領域への鍵は……孤独な私自身を救済するために必要なのだ」

878 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:32:24.69 F3r8aVmfo 859/1097


黒妖精「……皆、貴方の思想に共感し進んできた。指導者原理は組織効率化の為の一手段に過ぎない」

黒妖精「貴方は本当に偉大だったが、貴方自身を崇拝するために組織が生まれたわけではない!」

黒妖精「ましてや貴方自身の救済など、望むべくもない!」

大妖精「それは違う」

大妖精「お前たちは組織の部品だが、私もまた部品だ」

大妖精「世界秩序という目にも見えないものの為に戦い続ける部品だ」

大妖精「……それでいて哀れで孤独だ」

大妖精「お前たちはまだいい。誰も私を導いてくれはしない。責任ばかり求められ進めば進むほど、道すら見えなくなってくる」

大妖精「お前たちは指導者である私が救ってやる。だから、お前たちも私を救うために動くべきだ」


大妖精「なぁ黒、この考え方はどこも間違ってはいないだろう?」


黒妖精「…………耐えられなかったのか」

黒妖精「ああ、だから白は貴方に謝ったんですね」


大妖精「……」


黒妖精「貴方も白も、余りにも哀れだ。この哀れさは一体何者が……」


大妖精「いいや。責任転嫁すべき神など居はしない。見えないものを作り、信じ、踊るのはいつも我々自身だ」

大妖精「そもそもが、こんな組織体系など認めるべきではなかった。私のような弱い妖精に、指導者の立場は余りに荷が重すぎた」

大妖精「我々が作り出したんだ。この悪夢をな」

黒妖精「……私を殺しますか」


大妖精「そうすべきだからな」


黒妖精「私は死を望んでなどいません。本当に死にたい者が居るわけ無いじゃないですか」


大妖精「お前の望みとは関係無い。お前は死ぬ役柄なのだ」


黒妖精「役柄とはなんだ!! 私は心からまだ死にたくはないんだ!」


大妖精「黒」


黒妖精「?」


大妖精「私が指導者を演じているように、お前もまた一人の演者だ」

大妖精「この場面で『死にたくない』と、そういう台詞を与えられた演者だ」

大妖精「役柄を越えた時にこそ、私の心は動く」

大妖精「頼むから役柄を超えてくれ! そして私の心を動かしこの悪夢を止めてくれ!!」


黒妖精(……何言ってんだコイツ)


大妖精「本当のお前が死を望んでいないことくらい私にも分かるぞ」

大妖精「勿論、私だって本当はお前たちを殺したくない。何故仲間を殺す必要がある」

大妖精「だが仕方ないんだ。私もまた演者なのだから。そして」

大妖精「今はお前を殺すのが私の役柄なのだから」

879 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:34:43.48 F3r8aVmfo 860/1097


黒妖精「……必要も無いのに、何故殺すのですか」


大妖精「必要があるんだ。そういう役柄なのだ」


黒妖精「断言します。灰色妖精、貴方はもう狂ってしまっている」


大妖精「そうだ。私は狂ったように殺すことを義務付けられている」


黒妖精「役柄など関係なく貴方は狂っている!」

黒妖精「貴方はさっき、神などいないと、踊るのは我々だと言った」

黒妖精「……貴方のその馬鹿馬鹿しい独善も、我々が生み出したものだと言うおつもりですか」


大妖精「そうだ! 私のエゴではない! お前たちだ!!! お前たちがそう望むんだ!!!!」


黒妖精「どうして……。そんな風に思い込んで一体何が報われると言うんだ……」

黒妖精「……」

黒妖精「貴方にはもう誰の言葉も届かないのかもしれない」

黒妖精「けれど、第五位は必ず貴方を救おうとするだろう。もし本当に止めて欲しいのなら」

黒妖精「我々でなく貴方自身が生み出しているこの悪夢を止めたいと真に望むなら、彼女の言葉に耳を傾けるべきです」


大妖精「……」


黒妖精「……ご命令通り、議会では休戦条約破棄を可決しました」


大妖精「私の娘たちはどこだ」


黒妖精「ご自分で探せばどうですか」


大妖精「お別れだな。さらばだ。我が友」


黒妖精「私と貴方は友ではありません。私の友は白だけです」


大妖精「……その芝居がかった台詞にはもううんざりだ。最後まで、お前も役柄に縛られる」


黒妖精「あははは!」

黒妖精「我々は誰にも縛られていない。解釈は自由です」

黒妖精「こんなの言っても無駄か。精々、貴方のしたいようにして下さい」


黒妖精(どこで間違ってしまったんだろう)

黒妖精(まぁいいか。来世に期待だ)

黒妖精(……最後は第五位に看取られたかったな)

880 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:37:58.95 F3r8aVmfo 861/1097


夜 中部太平洋 


それぞれの手勢と順次合流し、四人の姫は闇夜の海を進み続けていた。

接触した哨戒部隊は容赦なく大破無力化させつつ、トラックへの移動スケジュールを消化してく。

姫クラスの大型艤装での高速移動は難しく、海洋連合勢力圏内到達までに強固な妨害が入ることは容易に想像できた。


飛行場姫「出せ! 開けろー!」


グラーフの内側からは囚われの姫の声がする。


ヲ級改「はいはい。姫ちゃんはちょっち黙っててね~」

ヲ級改「第七位様、ラバウルの総司令部と連絡がつきました」

中間棲姫「……」

ヲ級改「どうかされましたか?」


中間棲姫「いえ。勢力圏内にはどれくらいで到着出来そうかしら」


ヲ級改「ジョンストンを迂回して、しかもこのペースだと78時間後にようやく到着です」

ヲ級改「向こうからも迎えを寄越すそうですけど。あんまりアテにはしない方がいいです」


中間棲姫「そうね。自力で辿り着くものと考えるべきだわ」


ヲ級改「……第七位様、私たち、会うの初めてですよね」


中間棲姫「ええ。どうかしたの?」


ヲ級改「いや~なんか初めてとは思えないくらい親近感覚えちゃうっていうか」


グラーフ「……!」


中間棲姫「……ちょっと待って。これは……噂をすればジョンストンの部隊が来たようね」


レ級改「オレ達の感覚ではまだ何も……」


中間棲姫「グラーフがそう言ってるの。確かよ」

中間棲姫「ここは私が時間を稼ぐわ。迂回して頂戴」


タ級改「それは危険では……」


中間棲姫「覚悟の上よ。グラーフ、第五位を出してやりなさい」


グラーフ「ガペッ」オエッ


飛行場姫「むきゅう」バチャッ


飛行場姫「狭くてヌルヌルしてたんだぞ……」

グラーフ「ワフッ/////」

中間棲姫「まさかここまで来て大妖精様の所へ行く……なんて言い出さないでしょ?」

飛行場姫「うーん」

レ級改「姫様、この雰囲気変だぜ。一度連合へ帰ったほうが良いって」

881 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:39:30.74 F3r8aVmfo 862/1097


タ級改「そうですね。何にせよ、ハワイには戻らない方が良いかと」

飛行場姫「……分かった。このまま捕まって終わりだなんて私も嫌だ」

ヲ級改「でも第七位のお姫様は大丈夫なの? 一人で残ってさ」

中間棲姫「心配しないでいいわよ。戦闘には自信があるつもりだから」

飛行場姫「なら私も」

港湾棲姫「……駄目。……狙いは貴女」

中間棲姫「そういうことよ」

北方棲姫「私も残る!」

ル級改「ひ、姫様!」

中間棲姫「貴女は弱いから駄目」

北方棲姫「えっ!?」ガーン

中間棲姫「流石に大妖精様も姫を殺しはしないでしょう」

飛行場姫「……そだな。分かった。絶対トラックまで来いよ!」

港湾棲姫「……気をつけて」

北方棲姫「頑張って! 七位のお姉ちゃん!」

中間棲姫「お任せあれ~。そっちこそ道中気をつけてね」スイー



中間棲姫「……さて」

中間棲姫「この速度なら三十分後に接触かしら」

中間棲姫「今ほど深海棲艦の機能を恨んだことは無いわ。味方の位置がモロバレじゃない」

中間棲姫「モロバレだなんてはしたない言葉を使わないで下さい」

中間棲姫「いいじゃない別に」ケラケラ


中間棲姫「大妖精様が私を見逃すと思う?」

中間棲姫「あの妖精は、元艦娘を見逃さないでしょう」

中間棲姫「私も同意見よ。精々死なないよう努力しましょうか」

グラーフ「ワフ!」

中間棲姫「ところであれ、飛龍でしょ。良いの? 言わなくて」

中間棲姫「……散々悲しませただろうに、今更言ってどうするんですか」

中間棲姫「悲しませたからこそ、言うべきよ。きっと喜ぶわ」

中間棲姫「ではこうしましょう、もし死んだら飛龍に自分の正体を伝える」

中間棲姫「アハハハ! 少しは冗談も覚えたみたいね……。大丈夫よ。私たち二人なら、負けだけは無い」

グラーフ「ワフ! ワフ!」

中間棲姫「ああ、ごめんね。グラーフも一緒だったわね」ナデナデ




三十分後、海域を埋め尽くす程の駆逐艦の群れと遭遇した。


882 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:41:39.75 F3r8aVmfo 863/1097


駆逐棲姫「こんばんは、第七位」

中間棲姫「こんばんは。いい月夜ね」

駆逐棲姫「ええ、本当に。……そこをどいて下さい。私は姫の確保を命じられています」

中間棲姫「貴女、沿岸警備隊に就職したの。知らなかったわ」

駆逐棲姫「ち、違います! 否定! 私は沿岸警備隊ではない!」

中間棲姫「あらそう。これは失礼」

駆逐棲姫「……追加情報です。第七位は確保不要。沈めてもよいとの指示を受けています」

中間棲姫「あの妖精さん、自分が作ったものとそうでないもので……対応を変えすぎじゃなくて?」

駆逐棲姫「これは大妖精様でなく議会からの命令です」

中間棲姫「どっちでも良いわ。大差無いもの」

駆逐棲姫「どく気が無いなら、沈めます」

中間棲姫「あら物騒ね。一緒に最前線の辛酸を嘗めた仲じゃない」

駆逐棲姫「私は本気です」

中間棲姫「残念だけど、いくら居ようと駆逐艦だけじゃ私を倒せないわよ」

駆逐棲姫「駆逐艦の砲を豆鉄砲と侮っていませんか? 塵も積もればなんとやらです」

駆逐棲姫「元々私の役目は足止め、航空隊の為の時間稼ぎです。見えますよね、この快速の駆逐艦達が」

中間棲姫「……確かに海が見えないけど」

駆逐棲姫「駆逐艦とはいえ貴女一人ならば、足止めでなく命を狙いに行けます」

駆逐棲姫「いくら姫でも、夜には効果的な航空攻撃も出来ません。状況はこちらに有利です」

中間棲姫「……グラーフ、リンク開始」

グラーフ「ワフ!」


生体リンクによって艤装との結びつきを強める。

それはつまり、戦いを選んだということだった。


駆逐棲姫「あくまで道を譲る気は無いと。分かりました」

駆逐棲姫「沈めなさい」


姫には二種類ある。

大妖精が最初から作ったものと、そうでないもの。

前者の説明はする迄も無いだろう。

後者はいわゆる元艦娘である。姫となる素質を認められた者は、妖精の下で改修を受ける。

駆逐棲姫(雷撃は無意味、なら!)

駆逐棲姫「主砲斉射! 目標が沈黙するまで撃ち続けろ!」


月夜の空を埋め尽くす流星のような砲弾が、中間棲姫へと降り注ぐ。


しかしそれらは一発たりとも信管を起動させることは無かった。


全て空中で停止したからだ。


そして停止した後に、撃ち出された時の力強さなど微塵も感じさせない脱力を伴い、海面へと落下していく。


中間棲姫「……艤装は主の力を引き出す為の存在であり」

中間棲姫「生体リンクによって、主もまた艤装の可能性を最大まで引き出すことが出来るわ」

中間棲姫「航空機用の反重力デバイスの応用です」ニッコリ

883 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:43:20.37 F3r8aVmfo 864/1097


駆逐棲姫「こ、これほどの範囲で……重力を変動させてバリアを!? そんなことが」


中間棲姫「バリアじゃないわ。砲弾一つ一つに対応して運動エネルギーを……ってそんなのはいいのよ」

中間棲姫「あの紫帽子、良い物を作りますね。敵に回すと厄介そうです」

中間棲姫「いえ。グラーフと私と貴女。三人の並列処理だからこそ」

中間棲姫「他の奴らには無理なんじゃない」

グラーフ「ワフ!」

駆逐棲姫「一人芝居を交えた説明、ご苦労様ですね! バリアでないなら攻略は可能です!」

駆逐棲姫「何を止まっている! 撃ちなさい!! 撃ち続けて奴の処理能力を超えるの!」

駆逐棲姫「砲弾には散弾を! 炸裂は目標10メートル手前です!」

駆逐棲姫「射程外の遊兵は後方へ回り込みなさい! 同士討ち? そんなことより目の前の敵に集中を!」


中間棲姫「あら、流石の対応の早さね。実は一人芝居じゃ無いんだけど」

中間棲姫「対応など、させませんけどね」

中間棲姫「グラーフ、行くわよ」

グラーフ「ワフ!」


中間棲姫「アナザープラネット」


言葉にしなくて良いことを言葉にすることで、イメージはシンプルかつより強固になる。

また、砲弾処理に思考リソースを割かれている今現在、次の行動を言語化し伝えることは一つの合理化でもあった。


夜空には新たに黒い月が現れる。

その周りを疾風が視覚化したような、重力変による空間の歪みが月を中心に渦巻いていた。


駆逐棲姫(お次はなんなんですか!?)


駆逐棲姫「あの月を撃ちなさい!」


命じられるまま駆逐艦達が砲撃するも、効果は認められなかった。


中間棲姫「その月は力の塊。攻撃しても意味なんて無いわよ」

中間棲姫「グラーフ」

グラーフ「ワフ!」


中間棲姫「グラビティ」


渦巻いていた歪みが自らを攻撃する駆逐艦へと殺到していく。

そして、砲弾を吐き出していた彼らを空間ごと圧潰していった。


駆逐棲姫「……嘘です」


無慈悲に差別なく、降り注ぐ隕石に押し潰されるが如く、全ては為す術無く沈黙を強いられる。


駆逐棲姫「こんなの、どうやっても勝てません……」


中間棲姫「……さようなら。愛されなかったお姫様」


駆逐棲姫「あ、ああ……嫌です……助けて、お父、ぐががががぺがらあああああああああああああああああ」


884 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:43:58.82 F3r8aVmfo 865/1097


静かな海に一人佇む。


中間棲姫「勝ったわね」

中間棲姫「そのようですね」

中間棲姫「これって反則じゃない?」

中間棲姫「私たちの存在自体が反則みたいなものじゃないですか。今更ですよ」

グラーフ「ワフ!」

中間棲姫「グラーフも、お疲れ様」ナデナデ

グラーフ「ワフワフ」ベロベロ

中間棲姫「こら、くすぐったいですよ」クスクス

885 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:46:14.30 F3r8aVmfo 866/1097


2月18日 

夜 海洋連合 トラック司令部


飛行場姫「おかえり!」

長月「……ただいま?」


長月「なんだこれ」


港湾棲姫「……どうも」

北方棲姫「こ、こんばんは!」アセアセ


茶色妖精「磯臭いでござる」

飛行場姫「私の妹分だから、よろしくな!」バチコォォォォン

茶色妖精「グバシッ!!!!!」


飛行場姫「白いのは?」

長月「日向なら、なんか用事があるとかで出掛けたが」

嶋田「こんな時に何があるんだ?」

長月「さぁ」




夜 海洋連合 トラック泊地警戒網最外殻


中間棲姫「あら、お迎え? 素敵なこと」

日向「赤城なのか」

中間棲姫「もうバレてるじゃないの」

中間棲姫「出来る限り隠しておこうと思ったのですが。早速見つかってしまうとは」

日向「なんだその身体、どうなってるんだ」

中間棲姫「いえ、日向さんも人のこと言えませんからね」ビシッ

日向「……ともかく久しぶりだな赤城。またこちらで喋れて何よりだ」

中間棲姫「またお会いできて嬉しいです。日向さん」

日向「あー……お互い色々あったみたいだが、近いうちではどこに居たんだ?」

中間棲姫「ミッドウェーでお留守番です。ところで日向さん、今提督はどちらに」

日向「聞いてないのか」

中間棲姫「第四管区のメンバーを中心に海洋連合を作った話は聞いているのですが、提督のお噂は一向に」

中間棲姫「提督もこちらにいらっしゃるのですよね」

日向「……あいつは死んだよ。もう居ない」


中間棲姫「……」


中間棲姫「そう。残念ね」

日向「驚かないんだな」

中間棲姫「うーん。そうでもないんだけどね」

886 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:48:18.98 F3r8aVmfo 867/1097


中間棲姫(……大丈夫?)

中間棲姫(大丈夫です)

中間棲姫(あの男は人間なんだからいつか死ぬわよ。落ち込んじゃ駄目)

中間棲姫(分かっています。分かっているのに……なんで……)

中間棲姫(そ、そんなに泣かないでよ。私まで悲しくなっちゃうじゃない)

中間棲姫(なんで……涙が止まらないのでしょう……)

中間棲姫(……もー! いい加減にしなさい! 確かに私も嫌いじゃ無かったけど、死んだものは仕方ないでしょ!?)

中間棲姫(……その言い方は頭に来ます)

中間棲姫(なによ、やる気なの)

中間棲姫(私は貴女のように0か1かで世界を構成してないんです。放っておいて下さい)

中間棲姫(ひ、人を無感動なコンピュータ扱いして……そうよ! 女々しい貴女と私は違うの!)


中間棲姫(一人の男に未練たらしく横恋慕して、馬鹿らしいったりゃありゃしない!)

中間棲姫(大体ね、ラーメン作ってもらったくらいで好きになるアンタもアンタよ! 頭おかしいじゃ無いの!?)


中間棲姫(ラ、ラーメンだけではありません! あの即席麺は確かに美味しかったですが、提督にはもっと色々な料理を出前で……って、違います!)

中間棲姫(提督は笑った時の顔が素敵なんです!)


中間棲姫(あーら取って付けたような理由を持ち出して~)


中間棲姫(貴女は真面目に提督を見たことが無いからそんなことが言えるんですよ! 見れば分かります!)

中間棲姫(あ……もう、見ることも……出来………………)


中間棲姫「あーもー! 泣かないでってば!」

日向「私は泣いてないが」

中間棲姫「こっちの話よ」

日向「これからどうするつもりだ」

中間棲姫「ちょっと待って、こっちは今忙しいから。また後で喋りましょう」

日向「そ、そうか? ならまた明日にでも」

中間棲姫「そうしてくれると助かるわ。攻撃も今日明日ということは無いでしょうし」

日向「……やはり、こうなってしまうか」

中間棲姫「覚悟の上でしょ。守りたいなら戦いなさい」

日向「赤城よ、お前随分と性格が変わったな」

日向「なんというか、優しいところが抜けて……雑で乱暴な部分が残った」

中間棲姫「私はそっちの赤城じゃないのよね…………ていうか雑で乱暴って何よ!?」

887 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:50:24.52 F3r8aVmfo 868/1097


2月22日



また戦争になる。

海洋連合ではそんな噂がまことしやかに囁かれていた。

臨時の資源備蓄が行われ、戦時対応の為の組織が組まれつつあった。

妖精の工場もせわしなく稼働している。

だが、妖精も艦娘も人間も、どの顔も、誰一人として絶望はしていなかった。

誰かに命令されて戦うのではない。自分たちの生きる場所を守るために戦うのだ。

他者から見れば悲壮な程に切実な気持ちが、その胸には秘められていた。




昼 海洋連合 墓の前


加賀「あら、先客が居たみたいね」


男の墓にはカップ麺がお供え物として置いてあった。


加賀「……こんなものを置いて行くって、どうなのかしら」

加賀「でもそうね、貴方に花なんて似合わないし」クス


加賀「提督、また戦いが始まるそうよ。今日はそのことの報告に来たの」

加賀「多分、勝てない戦いになる」

加賀「……でもどうしてかしら。私、凄く気が楽なの」

加賀「自分自身の為に戦える。私が守りたいものを守れる」

加賀「その為なら死んでもいいって、思える自分がいる」

加賀「貴女はきっと怒るだろうけどね」クス

加賀「私にとっての連合が、貴方にとっての私たちだったのかしら」

加賀「私たちの為に死ねた貴方はとても幸せ者、なんて言っても怒る?」

加賀「……」

加賀「居なくなった奴と肩を並べて未来には向かえない」

加賀「……」

加賀「確かに私と貴方は肩を並べられないけれど、私が貴方を背負って行くわ」

加賀「貴方の想いを、私は背負って前に進む」


加賀「……これ、リルケの詩集よ。どうせ暇でしょ。土の中で読みなさい」

加賀「今なら私の大好きな人の顔写真入り栞も、もれなく付いて来るから」

加賀「……ふふっ」

加賀「じゃあね、提督」

888 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:51:52.80 F3r8aVmfo 869/1097


夜 海洋連合 ラバウル 間宮


加賀(久しぶり……でもないけど。折角だし『一航戦の誇り』を食べて行かないとね)


間宮「あ、か、か、か加賀さん!!!!」


加賀「間宮さん、こんにちは。……何を焦っているの」

間宮「しししし深海棲艦が」

加賀「?」


話を聞くと、深海棲艦が先程からずっとこの船に居座っているらしい。

オーダーを聞いても目元を細くするだけで、何も答えようとしないそうだ。

怖いから追い出して欲しいとお願いされた。


加賀(変な深海棲艦ね。間宮に来て甘いモノを食べるでもなく居座るだけなんて)

加賀「どの客かしら」

間宮「アレなのよ……多分、鬼とか姫の類だと思うんだけど……」


中間棲姫「……」


確かに普通ではない。フリルのついたドレス、姿形、量産型でないことは明らかだった。

間宮「怖いから追い出して欲しいの。私、ゴキブリと深海棲艦だけはダメなのよ」

加賀「……貴女一応艦娘よね。分かったわ。その代わり、今日もアレを頂戴」

間宮「追い出してくれるならお安い御用よ!」

加賀「約束よ。必ず追い出すから、その後で」スタスタ



加賀「こんばんは」

中間棲姫「……」

加賀「相席、いいかしら」

中間棲姫「……」コクン

加賀「貴女は鬼? 姫?」

中間棲姫「……いきなり身分を聞くのね」

加賀「綺麗な日本語ね。ごめんなさい、私、会話があまり上手くなくて」

中間棲姫「私は姫よ。人間の軍隊だと元帥クラスなんだから」

加賀「お生憎。ここは海洋連合。人間の国じゃないわ」

中間棲姫「貴女、第四管区の加賀よね」

加賀「……知ってるのは驚きね。しかも第四管区まで」

中間棲姫「日向から聞いたわ。小生意気で性悪な空母が居るって」

加賀「そう。日本語も日向から?」

中間棲姫「……ええ。深海棲艦の学習能力を舐めないことね」

加賀「今度から気をつけるわ。ところで貴女、何か注文しなさいよ」

中間棲姫「無理よ」

加賀「どうして」

889 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:53:19.07 F3r8aVmfo 870/1097


中間棲姫「私、何の因果か航空機用の爆弾を口の中で噛み砕いちゃってね」

加賀「それはまた食い意地の張ったことね」

中間棲姫「ふふふ。貴女に言われたくないわ」

加賀「日向、余計なことまで吹き込んで……」

中間棲姫「それで、傷跡が大きく残っちゃって。とても人前で晒す気にはなれないの」

加賀「……お気の毒。でもなら尚の事、何で間宮に居るの」

中間棲姫「私は食べないけど、他の人が食べてるところを見るのが好きなのよ」


中間棲姫「生きるために食らう、食らって自分のものにする」


中間棲姫「これってとても美しい行為だと思わない?」

加賀「……言い方は下品だけど、多少分かるわ。幸せそうに食べている人を見ると自分も幸せになる」

加賀「そういうことでしょ」

中間棲姫「そうよ。だから今日はここに見に来たのだけれど……さっきから誰も食べないのよね」

加賀「……貴女がジロジロ見るからよ」

中間棲姫「あ、私のせいだったの」ケラケラ

加賀「だからもう帰った方がいいと思うわ」

中間棲姫「冷たいわね。私と貴女の仲なのに」

加賀「さっき会ったばかりの深海棲艦と私にどんな繋がりが?」

中間棲姫「袖触れ合うも他生の縁、って日本のことわざでしょ?」

中間棲姫「私は貴女とお話し出来て楽しいけどね」

加賀「……そう。まだ居座るつもりね」

中間棲姫「大当たり!」ケラケラ


中間棲姫「ねぇ加賀」

加賀「何かしら」

中間棲姫「貴女はここへ何か食べに来たんでしょ? なら、私の前で何か食べてくれない?」

加賀「嫌よ」

中間棲姫「どうして?」

加賀「……は」

中間棲姫「は?」

加賀「恥ずかしいわ……」

中間棲姫「……」

中間棲姫「アハハハハハ!!」

加賀「……下品な大声で笑わないで」

中間棲姫「ご、ごめんなさい。でも……あはは」

890 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:54:43.48 F3r8aVmfo 871/1097


中間棲姫「あー……笑った」

加賀「本当にいい加減にして頂戴」

中間棲姫「……ここの艦娘たちは良いわね。表情がイキイキしてる」

加賀「話を……」

中間棲姫「もうただの道具じゃない。ただの兵器なんかじゃないって、全身全霊が叫んでる」

中間棲姫「私、貴女に嫉妬してたんだけど……好きになっちゃった」

加賀「なんで貴女が私に嫉妬するの」

中間棲姫「すいませーん。注文お願いしまーす」

加賀「ちょっと深海棲艦、私の話を聞きなさい」


間宮「……は、はい」ビクビク


中間棲姫「この大きそうな『一航戦の誇り』ってスイーツ、お願いするわ」

間宮「り、量が非常に多くなっておりますして……完食して頂ける方のみのご注文と……」

中間棲姫「大丈夫よ、間宮さん」

間宮「え?」

中間棲姫「食べるのは私じゃなくて、加賀だから」

加賀「ちょっと」

中間棲姫「食べられないの?」

加賀「私に食べられないものは無いわ」

中間棲姫「そうよね。四本足は椅子以外何でも食べる加賀だもの」

中間棲姫「ということで、オーダーお願い」

間宮「は、はい。承りました」スタスタスタ

加賀「……間宮さんも何で承るのよ」

中間棲姫「貴女はいつもここで何食べてるの?」

加賀「貴女には関係無いわ」

中間棲姫「私たち、もう友達でしょ。教えてよ」

加賀「友達じゃないわ。教えない」

中間棲姫「えー、つまんないわね」


中間棲姫「知ってる? 人間の女は自分の友達を作る時、自分より不細工な女を選ぶの」

中間棲姫「その理由が分かる?」

加賀「……知らないわ。私は人間ではないもの」

中間棲姫「正解は自分を可愛く見せるため、なのよ。自分の引き立て役として友達を選ぶの」

加賀「……知らないけど、それも人を選ぶんじゃない」

加賀「皆が皆、そういう友達の選び方をするわけじゃ無いと思うわ」

中間棲姫「やーねー加賀。当たり前じゃない。あくまで典型の話よ」

中間棲姫「私は? 自分を引き立てるために劣った友達を選ぶけど?」

加賀「何が言いたいの」

中間棲姫「だから私と加賀は大親友ってことよ」

加賀「殴るわよ」ゴチッ

中間棲姫「ちょっと! 殴ってから言わないでよ!」

891 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:56:11.30 F3r8aVmfo 872/1097


中間棲姫「じゃあ加賀はどういう風に友達を選んでいたの」

加賀「選んで……」

中間棲姫「流石に一人くらい居たでしょ? 友達」

加賀「うるさいわね」

中間棲姫「え、居なかったの? ごめんなさい私……辛い話を……」

加賀「黙らないとぶつわよ」ゴチン

中間棲姫「だからぶつ前に言いなさい!!!」

加賀「友達は……選ぶものじゃないわ。自然と出来るものよ」

中間棲姫「へぇ」ニヤニヤ

加賀「……どうしてニヤニヤしているの」

中間棲姫「だって嬉しいじゃない。大親友の加賀と、こんなお話が出来るんですもの」

加賀「無許可で深海棲艦を殺すと問題になるから、先に委任状と遺書を書いておいて欲しいわ」

中間棲姫「か、書くわけ無いでしょそんなもの!?」

加賀「お願いよ大親友」

中間棲姫「親友へのお願いの内容が間違ってない!?」


加賀「……ねぇ、貴女、好きな人は居るの」

中間棲姫「加賀から話を振ってくれるなんて嬉しいわ。勿論男の話よね? 居るわよ」

加賀「驚いたわ。居たのね」

中間棲姫「自分で聞いといて何言ってるのよ」

加賀「その男はどこに居るの」

中間棲姫「天国? いや、地獄かしら。ろくでも無い死に方したわ。私は直接見たわけじゃないけど」

中間棲姫「あ、だから正確には居た、と言ったほうが正しいわね」

加賀「……ごめんなさい」

中間棲姫「なんで貴女が謝るのよ。もしかして貴女が殺したの?」

加賀「そうではないけれど。辛いことを思い出させてしまって」

中間棲姫「別に。私は辛くないわ」

加賀「……強いのね」

中間棲姫「人間と艦娘が死を恐れすぎなだけよ」

中間棲姫「どうせいつかは死ぬんだから、それまで楽しんで生きれば良いじゃない」

中間棲姫「私の好きだった人は、最後まできっと精一杯生きたわ。……そう思う」

中間棲姫「特に艦娘なんて、一度死んでる記憶もあるんでしょ?」

中間棲姫「それでも怖いの?」

加賀「だからこそ怖かったりするの。一度失っているからこそ怖い」

中間棲姫「随分と臆病なのね」

加賀「否定はしないわ。事実だから肯定したところで自己嫌悪にもならないし」

中間棲姫「怖いからこそ、分かる価値もあったりする?」

加賀「ええ。怖さがあるからこそ、私は今、生きていて幸せよ」

中間棲姫「……なんだ。貴女の方がよっぽど強いじゃない」

加賀「そうかしら」

892 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 22:57:49.21 F3r8aVmfo 873/1097


中間棲姫「あ、もしかして貴女、無意識に格下を周りに集めて安心しちゃうタイプ?」

中間棲姫「えげつな~い」ケラケラ

加賀「そんなことは……無いと思うわ。……多分」

中間棲姫「その完全否定しないところ、嫌いじゃ無いわよ」


間宮「い、一航戦の誇りになります」


中間棲姫「お、ようやく……………………何これ」

加賀「間宮特製スイーツよ。凄いでしょう」フフン

中間棲姫「な、なんで貴女が自信満々なのかよく分からないけど。これ一人で食べるの?」

加賀「貴女も一緒に食べる?」

中間棲姫「だから、私は食べないって決めてるの。どうぞ、気にせずお召し上がりを」

加賀「なら頂くわ」


甘いモノを食べると、いつも以上に舌が喜ぶのを感じた。

喋るのに疲れていたのかもしれない。

誰かとここまで話すのは久しぶりだから。


スプーンを動かしつつ深海棲艦の顔を見る。


中間棲姫「……」ニコニコ


彼女はテーブルに肘をつき、リラックスした体勢で目尻を細めこちらを見ている。

……下品なのに憎めない奴。

不思議な印象を抱く存在だった。初対面でここまで喋った相手は居なかったように思う。


中間棲姫「ねぇ」

加賀「……何かしら?」

中間棲姫「そのスイーツ、どうして一航戦の誇りっていう名前なの」

加賀「一航戦は力の象徴なの。練度、装備共に充実し相対する何者をも打ち砕く矛」

加賀「そして矛は、大切な守るための力でもある」

加賀「一航戦に選ばれた者は、守る覚悟とその認められた力に誇りを持って戦うわ」

加賀「……あの戦争末期には、有名無実化してしまっていたけれど」

加賀「このスイーツもまた力の象徴。強靭な鉄の胃袋と挫けない心を持った者のみが完食できる」

加賀「完食した者は、一航戦の誇りと同じくらいの自己肯定感が得られるの」

中間棲姫「へぇ……」

加賀「…………と、今適当に考えて喋ってみたけど」

加賀「私しか食べる人が居ないから、間宮さんが適当につけた名前じゃないかしら」

中間棲姫「なんだ。そんなオチね」クスクス

893 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 23:00:48.57 F3r8aVmfo 874/1097


加賀「……私にも大事な友達が居たの」

中間棲姫「また嘘話?」

加賀「いえ。今度は本当よ」

中間棲姫「じゃあ聞いてあげようかしら。親友の頼みだもの」

加賀「……別に頼んでいないけれど。……私の友達は貴女とは似ても似つかない人だった」

中間棲姫「……」

加賀「とても丁寧で上品で。……少し健啖家ではあったけれど。とても優しい人だった」

加賀「強かったけれど、もう沈んでしまった。この南の海で」

加賀「そして飛龍も……いつも三人で一緒に居た友達のもう一人も、彼女が居なくなった辛さから立ち直れなくて、私の元から姿を消した」

中間棲姫「……」

加賀「私はそんな現実が受け入れられなくて、苦しみから目を背けたくて」

加賀「それからずっと目を瞑って生き続けてきた」

加賀「あ、私にもね、ちょっと好きな人が居たの。貴女の人と同じでもう死んでしまったのだけれど」

加賀「その人が目を瞑った私に言ってくれた」


加賀「もう一度生きろ、と」


加賀「その時はよく意味が分からなかった。というより、最近までよく分からなかった」

加賀「でも、その人にそう言われてから生き方を少しだけ変えたの」

加賀「目を開いて生きてみた」

加賀「辛いことも逃げず、悲しいことも出来るだけ忘れず、背負って生きるって」

加賀「気持ちは前より辛くなったわ。でも、逃げ出すことをやめた時に光が見えた気がした」

加賀「その光に触れていると、自分が少しだけ満たされるような光よ」

加賀「必死に光を追っている内に状況は色々変わったわ。提督は死んで、艦娘が独立して」

加賀「それで私はついこの前、やっと光の正体が分かったの。あれは生きようとする自分の気持ちだって」

加賀「提督が殺さずに残してくれた……私にとってとても大事な気持ち」

加賀「お陰で兵器としては随分と苦しんだものだけど、ようやく確信を持って言えるわ」

加賀「あの人は間違ってなかった。彩りに満ちたこの世界を、生きた心で感じられる喜びを教えようとしてくれた提督は、私の大好きな人は」

加賀「……もうなんと言って良いかよく分からないけど」

加賀「あ……ごめんなさい。私、初対面の貴女にこんなこと……」

加賀「貴女は提督のことを知らないのだから、意味が分からないわよね」


中間棲姫「……」

894 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 23:05:42.21 F3r8aVmfo 875/1097


加賀「あ、急いで食べるわ。ちょっと待って」


話に夢中になっていたせいで第一層のアイスが溶け始めている。このままでは第四層攻略時に汁だれを残してしまうだろう。

いつもと違う状況に私は焦りを感じていた。


中間棲姫「いいんですよ加賀さん。ゆっくりで」


加賀「そういうわけには行かないわ赤城さん。すぐ食べるから」

中間棲姫「いえ。私は食べている貴女を見られて、嬉しいですから」

加賀「恥ずかしいことを言わないで。深海棲艦の癖に」

中間棲姫「……」ニコニコ

~~~~~~

加賀「ふぅ、ご馳走様」

中間棲姫「す、凄いスイーツだったわね。これを食べれば確かに誇りも生まれるわ……」

加賀「そう。特に第三層の強靭さにはいつも驚かされるわ」

中間棲姫「武士道見たり、スイーツに」

加賀「……あら? 私、さっき貴女の名前呼ばなかった?」

中間棲姫「そうだったかしら? 私も適当に返事しちゃってたから」

加賀「そう。まぁ良いわ」

中間棲姫「そもそも、私たちにはこれといった本名が無いのよね」

加賀「それは作戦遂行上不便じゃないの」

中間棲姫「私たちは貴女達程、個別な存在じゃ無いもの。繋がりがある」

中間棲姫「そうね、姫として呼ばれる時は『第七位』と呼ばれているわ」

加賀「第七位……それだけ?」

中間棲姫「それだけよ。個人を特定するだけの名称ですもの。それで十分よ」

加賀「そう」

中間棲姫「……ちょっと散歩しない? 海岸線をぶらぶらと」

895 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 23:08:15.29 F3r8aVmfo 876/1097


夜 海洋連合 ラバウル


中間棲姫「やっぱり海は良いわね。落ち着くわ」

加賀「ええ、そうね」

中間棲姫「今度の戦争、正面からぶつかれば間違いなく負けるでしょうね」

加賀「……」

中間棲姫「でも貴女達に悲壮感は無い。寧ろ逆」

加賀「私たちは今まで命令されて戦ってきた。でも、もうそうじゃない」

中間棲姫「自分の為に戦う」

加賀「そう。自分の大切なモノを守るため戦える。それが皆嬉しいの」

中間棲姫「あははは! 戦意だけで戦争に勝てるなら、これ程楽な話も無いのにね」

加賀「……貴女は何故ここに居る。仮にも深海棲艦の姫である貴女が」

中間棲姫「第五位の、貴女達が飛行場姫と呼んでいる存在のせいよ」

加賀「あの子の……」

中間棲姫「あの子、とってもイイの。見ているものも、したいことも、普通の深海棲艦とはまるで違う」

加賀「確かに特殊な個体だとは思うわ」

中間棲姫「私、あの子を気に入ってるわ。ついて行くと面白いものが見られそうだから」

加賀「曖昧な理由ね」

中間棲姫「あははは。貴女も同じじゃない」

加賀「私も?」

中間棲姫「目を瞑って生きるのも開いて生きるのも、他の奴から見れば大差無い」

中間棲姫「とっても曖昧で分かりにくいと思うけど?」

加賀「……そうね」

中間棲姫「貴女風に分かりやすく言うなら、第五位は目を開いて生きている」

中間棲姫「少なくとも私は、あの子が一番平和な道を歩もうとしていると思うわ」

加賀「だから貴女もここを守るつもりなの?」

中間棲姫「そうよ。だって、一人の男のために国を捨てるお姫様って、応援したくなっちゃうじゃない?」ケラケラ

加賀「……なんだか、貴女らしいわ」クス


中間棲姫「私も知ってるのよ。深海棲艦は変われるってこと」


加賀「……?」

中間棲姫「頭の中が人への殺意で一杯だった自分が、こんな風になるなんて思っても見なかった」

加賀「それは……好きだった人の影響?」

中間棲姫「ま、そういうことにしとくわ。一応好きには変わりないし」

加賀「なによそれ」

中間棲姫「大親友にも話せないことくらいあるのよ。私だってね」

加賀「私と貴女は大親友じゃ無いわ。お馬鹿」クス

中間棲姫「はいはーい」ケラケラ


身なりと姿形のわりに下品な言葉づかいをするこの姫を、私は受け入れ始めていた。

とても今日出会ったとは思えないような、何年も戦場を共にした戦友のような親近感を持って、受け入れようとしていた。

彼女もまた変化する自分に苦しんだことが容易に理解出来た部分も大きいが、何故だろう……。

よく分からない引力のようなものを、この姫は持っていた。

896 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 23:09:38.67 F3r8aVmfo 877/1097


中間棲姫「加賀」

加賀「どうしたの」

中間棲姫「今度一緒にお酒、飲んでみない?」

加賀「私は強いわよ。というより貴女、お酒は飲むの?」

中間棲姫「強いほうが好都合よ。私はどうせ飲まないんだから」

加賀「それ、一緒にお酒を飲むって言うのかしら」

中間棲姫「ああいうのは場の空気の問題でしょ」

加賀「……。そうね、飲みましょうか」

中間棲姫「約束よ。破ったら殺すから」

加賀「それは怖いわね。怖いお姫様に殺されないようにしないと」

中間棲姫「そういうことよ」


中間棲姫「ねぇ加賀」

加賀「なによ」

中間棲姫「もし貴女が一緒にお酒飲んでくれたら、私、貴女に会わせたい人が居るの」

加賀「深海棲艦?」

中間棲姫「……とても臆病な子だから、今日は無理だったんだけど」

加賀「私は人見知りするタイプよ」

中間棲姫「とってもいい子よ。きっと貴女も仲良くなれるわ」

加賀「……貴女が言うなら、多分仲良くなれるんでしょうね。いいわ。連れて来て」

中間棲姫「これも約束だから。私が破ったら私を殺して良いわよ」

加賀「殺しても死ななそうだけどね」

中間棲姫「よく言われるわ」ケラケラ

897 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 23:11:23.54 F3r8aVmfo 878/1097


夜 海洋連合 トラック海岸線


木曾「……この煙草うまいな」スパー

雪風「雪風も同意します」ハー

木曾「次の戦争終わったらさ」スパー

雪風「はい」スパー

木曾「お前、煙草やめろ」

雪風「……なんで木曾じゃなくて雪風がやめるんですか」

木曾「お前が吸ってるとこ見たくないし」

雪風「雪風は煙草なんていつでもやめられます。中毒者は木曾です」

木曾「俺は別に中毒じゃねぇ。こんなもん、好きな時にやめられる」

雪風「中毒者はみんなそう言うんですよ」

木曾「さっき自分がなんて言ったか思い出せ……」

雪風「雪風は暇だから吸ってるだけです。木曾とは違います」

木曾「俺はなんなんだよ」

雪風「提督との思い出のために吸ってます。赤ちゃんがお母さんのお乳を飲む感じで……見苦しいです」

木曾「……」ゴツ

雪風「いだっ!!」

木曾「おお、天から拳が降って来た」

雪風「木曾! いい加減、雪風がMじゃないこと自覚して下さい!」

木曾「別に俺はお前がMだと思うから殴ってるわけじゃないんだが……」


木曾「雪風、知ってるか」スパー

雪風「はい?」スパー

木曾「女の恋愛は、上塗り形式なんだよ」

雪風「はて、上塗り?」

木曾「だから……女は前の男のことなんて忘れちまうんだ」

雪風「……それが木曾とどんな関係があるんですか?」

木曾「俺は女だ」

雪風「…………ブシッ!」クスクス

木曾「……」


雪風「『俺は女だ』」キリッ


雪風「……」

雪風「ウヒッ! ウシシッ! ウヒャヒャヒャ!!!!」ゲラゲラ

木曾「……」ドスッ

雪風「ウボォ!」

898 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 23:12:40.84 F3r8aVmfo 879/1097


木曾「お子ちゃまには分かんねー話だったな」

雪風「木曾、雪風の前では無理しなくて良いんですよ?」

木曾「……別にしてねーよ」スパー

雪風「なら良いですけど?」スパー

木曾「俺のどこが無理してんだよ」スパー

雪風「だってずっと提督と同じ銘柄のやつ吸ってるじゃないですか」スパー

木曾「あー……母ちゃんのおっぱいうめー」スパー

雪風「ウシシシ! それ面白いんで今日も見逃します!」スパー

木曾「俺はお前にいつも見逃されてたのかよ……」


木曾「なぁ雪風」スパー

雪風「なんですか木曾」スパー

木曾「戦争が終わったらさ」スパー

雪風「はい」スパー

木曾「……水タバコ吸ってみるか。あれ甘いらしいぞ」

雪風「良いですね。お付き合いしますよ」

木曾「ラバウルにいい店があるって、人間が言ってた」

雪風「じゃあ帰りに温泉行きましょう。ダブルブル山の」

木曾「あー、良いな。水着も持ってくか」

雪風「雪風はメリハリボディの水着姿で、皆メロメロにしちゃいそうですね!」

木曾「…………おう」

雪風「……今何で間があったんですか」

木曾「……黙って早く吸えよ。全部燃えちまうぞ」

雪風「木曾~! 雪風に~何か言いたいことがあるんじゃないですか~?」ジトー

木曾「別にぃ~」ニヤニヤ

雪風「うが~!!! 良いじゃないですか夢くらい見たって!!」ポカポカ

木曾「うわっ馬鹿! 灰が俺に落ちるだろうが!」

899 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 23:15:52.62 F3r8aVmfo 880/1097


夜 海洋連合 ラバウル工廠


瑞鶴「新しい飛行甲板、重いね」

翔鶴「そうね。板張りじゃジェットは運用できないから」

時雨「そこは命の重さだと思ってよ。二人のだけじゃなくて、ここに住むみんなのさ」

瑞鶴「……分かったわ。本番までに慣熟してみせる」

時雨「……瑞鶴さんは本当に強くなったね。第四管区に来た時とは見違えるみたいだ」


瑞鶴「随分昔と比べてくれるじゃない時雨さん。そりゃ、私だって少しは変わりもするよ」

翔鶴「私の自慢の妹だから」

瑞鶴「翔鶴姉さんこそ、私の自慢の姉よ」

時雨「二人で褒め合わないでよ……」

時雨「あ、次は僕も前線に出るから。同じ部隊だったらよろしくね」

瑞鶴「じゃあ工廠は」

時雨「忘れたのかい。もうここはブインじゃ無いんだ。技官妖精も整備妖精も沢山居るよ」

瑞鶴「そっか。……あの頃の貧乏性が直らなくて困るよホント」

時雨「という僕も同じだよ。何でも艦娘で出来るような気になってよく妖精に怒られる」クス

瑞鶴「あはは! だよね~」ケラケラ


翔鶴「時雨さん、実は次の戦争が終わった後のことなんですけど……」

瑞鶴「戦争が終わったら、私と姉さんは海洋連合から出ていこうと思うんだ」

時雨「えっ……どうして?」

瑞鶴「ここは私には狭すぎる! ってのは嘘だけど」

翔鶴「瑞鶴の処女を捨てる旅……もとい艦娘世界見聞旅行です」ニッコリ

瑞鶴「おいこら性悪空母。誰が万年処女や」(#^ω^)ビキビキ

翔鶴「あらやだ私ったら、無意識に瑞鶴を貶めて喜んじゃって……」

瑞鶴「余計たち悪い!? 私こんな姉と旅行して大丈夫なの!?」

時雨「……ここじゃダメなのかい」

瑞鶴「そんなこと無いんだけどね。欲が出ちゃって」

翔鶴「いわゆる五航戦のハミ毛ですよね」ニッコリ

瑞鶴「どこがいわゆるなの? 姉さん」

翔鶴「私、世界万年処女に向けてキャラを変えようとしているんだけど……なかなか上手く行かなくて」

瑞鶴「うん。誰がどう見ても上手く行ってないよ。あとさり気なく私を馬鹿にするのやめて」

翔鶴「ごめんね錯角」

瑞鶴「私は貴女の同位角! って私は瑞鶴じゃい!」

夕張D「あははははは!!! さ、錯角て……!!!!」


時雨「……二人は本当に強くなったね。それに引き換え僕は何も変わらないよ」

瑞鶴「そんなこと無いんじゃないですか?」

時雨「君たちからはそう見えるだけだよ」

瑞鶴「だったら時雨さん、強くなりに行きませんか」

翔鶴「はい。私たちと一緒に」

時雨「……え?」

900 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 23:17:49.70 F3r8aVmfo 881/1097


時雨「一人ぼっちで可哀想な僕にお情けをかけてくれるってわけ? いい気なもんだね」

瑞鶴「そんなんじゃありません」

時雨「じゃあ何なんだい? 何のつもりで僕を誘うんだよ」

瑞鶴「貴女も提督が残してくれた大切な物の一つだから……いつまでもウジウジされてたら、こっちも気分悪いんですよ」

時雨「もっと悪いね。もっと自分本位じゃないか」

翔鶴「目障りなものを排除しようとするのはごく自然な感情と行動だと思いますが」

時雨「ほっといてくれよ。君たちには関係……!」

瑞鶴「ある、でしょ。時雨さん」

時雨「……」

翔鶴「我々は同じ人を好きになりました。一人自分を本妻と勘違いする頭の悪い処女も居ますけど」

瑞鶴「よし、後半は無かった。そうよ時雨さん。私たちは無関係なんかじゃ無い」


瑞鶴「だから口出しさせて貰うんだから」ニッ


時雨「……瑞鶴さん、提督みたいな笑い方するようになったね」

翔鶴「ええ、処女の呪いです」

瑞鶴「姉さん、さっきからずっと意味分かんないからね。時雨さんも居てくれたら……きっと楽しい旅になる気がするんだ」

時雨「……」

翔鶴「ツタンカーメン錯角の呪い」

夕張「ブフォ!!! ま、また錯角!!!! 瑞鶴じゃなくて錯角!!!!」ゲラゲラ

時雨「……お姉さんの頭のネジ、緩くなってないかい?」

瑞鶴「もう提督さんが居ないから、誰にも遠慮することは無いそうです……」

翔鶴「私は提督以外の男性にはどう思われようと構わないので。ね、同位角」

夕張D「同位角wwwwwww」

瑞鶴「と、本人は言っているので。好きにさせてます」

時雨「……そうだよね。君たちも、大事な人を失ってるんだよね」

瑞鶴「うん。一番大事な人だったよ。正直に言うと時雨さんよりも」

翔鶴「私と比べるとどう?」

瑞鶴「あ、今の姉さんと比べると断然提督さん。ていうか今の姉さんは時雨さん以下」

翔鶴「私、瑞鶴のお姉ちゃんやめたい」ニッコリ


瑞鶴「命の保証は出来ないけど、きっと楽しいよ」

翔鶴「いざとなれば妹を切り捨てればなんとかなりそうですし」

時雨「翔鶴さん、いい加減黙れないの?」

翔鶴「なんで私ばっかり……」

瑞鶴「アンタばっかりふざけてるからでしょ」

時雨「……僕はそんな旅、行かないよ」

瑞鶴「時雨さん。NOは」

時雨「……YES」

翔鶴「YESは?」

時雨「……YES」

瑞鶴「絶対NOは」

時雨「……絶対YES」

901 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 23:18:35.66 F3r8aVmfo 882/1097


瑞鶴「オーイェ!」

翔鶴「流石です。提督の逸物を膣で受けただけのことはあります」

瑞鶴「……マイガッ!」

時雨「翔鶴さん、お願いだ。戻ってきて」

翔鶴「今は無理にとは言いません。考えておいて下さい」

瑞鶴「考える時間はあんまり無いかもしれないけどね」

時雨「どうしてこんなタイミングで」

瑞鶴「世界は私たちを待ってはくれないから。自分から前に進んでいくしか無い」


瑞鶴「だっけ姉さん?」

翔鶴「ところで貴女は誰?」

瑞鶴「忘れないでよ! 姉さんの同位角の錯角よ!」

夕張D「同位角のwwwwwwwww錯角wwwwwwwwwww」

翔鶴「ああ、あの貧乳ですか。思い出しただけで虫唾が走ります」

時雨「……なら、この三文芝居で笑える感性を身につけなきゃいけないじゃないか」

瑞鶴「笑っちゃ駄目だよ。時雨さんも交じるんだから」

翔鶴「時雨さんの芸名はガバマンカパック五世国際空港と決まっています」

時雨「さり気に僕まで馬鹿にするんだね……。カパックか五世か国際空港が余計だし」

翔鶴「ならシグマンコで」ニッコリ

時雨「提督ーーー!!!! 僕を助けてーーー!!!!」

902 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 23:21:21.11 F3r8aVmfo 883/1097


夜 海洋連合 南の島


霧島「ただいま。司令部から臨時のシフト表貰ってきたわよ」

榛名「お帰りなさい霧島! ご飯にしますか? 先にお風呂? それとも……」

霧島「榛名、今日のご飯は何ですか?」

榛名「よく分からない魚の丸焼きです」

霧島「金曜日だしカレーが食べたいわね」

榛名「そんな……榛名が焼いた魚が食べられないなんて……」シクシク

霧島「あーもう! 新妻気取りもいい加減にして下さい」

榛名「それもそうですね。じゃあ、ご飯にしましょう」ケロリ


霧島「いただきます」

榛名「はい。どうぞお召し上がり下さい」

霧島「……貴女の分は?」

榛名「榛名はさっき食べたので、霧島がどうぞ」

霧島「貴女が先に食べる、なんて真似するわけ無いわよね。経験上知ってるんだから」

榛名「て、てへ? 実はお魚が一匹しか釣れなかったので……」

霧島「……ほら、半分こよ」

榛名「ああ!! そんな、せめて頭のほうは霧島が……」アセアセ

霧島「貴女が釣ったものでしょ。た・べ・な・さ・い」

榛名「はい……」

霧島「って何で食べさせてもらう私が強要しなきゃならないのよ……深海棲艦のお姫様が、四人もここに集まってるらしいわ」モグモグ

榛名「え? 飛行場姫さんだけではないのですか?」

霧島「なんでも……その飛行場姫が仲間を連れて来たらしいわよ。ハワイから」モグモグ

榛名「な、何がどうなっているのでしょうか。榛名にはさっぱり」

霧島「私もよ。全然状況が掴めないわ」モグモグ

榛名「一度……飛行場姫さんとお話をさせて頂く機会があったのですが」

霧島「そうなの」モグモグ

榛名「まるで、普通の女の子のようでした。どこにでも居る、普通の」

霧島「貴女、普通の女の子知ってるの?」

榛名「……知りません。嘘ですね、ごめんなさい。普通の艦娘みたいだな、って」

霧島「どうしてそう畏まるのよ。私には別にどっちだっていいわよ」モグモグ

榛名「榛名はそうは思いません」

霧島「……」ゴックン

霧島「そうなの?」

榛名「艦娘は普通の女の子だったら良いなって、思ってしまいます」


霧島「……貴女、時々寂しそうな顔をするわよね」

榛名「……」

霧島「どう足掻いたって私たちは艦娘なんだから。受け入れなきゃ」

榛名「……霧島は、そういう霧島は受け入れられているんですか? 自分自身を」

霧島「……どういう意味かしら」

榛名「……」

903 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 23:23:01.66 F3r8aVmfo 884/1097


霧島「貴女よりはマシよ。……魚、ご馳走様」

榛名「……お粗末さまでした」

霧島「明日は朝から演習と警備だから、お風呂沸いてる?」

榛名「はい。もう少し薪をくべれば丁度になります」

霧島「……ありがと」

榛名「……いえ。お気遣いなく」



霧島「はぁ~……ドラム缶風呂は癒やされるぅ……」


雨水を貯めての久しぶりのお風呂は身にしみる。

え? 不潔? ……人間とはそもそもの衛生観念が違うんだから余計なお世話です。


霧島「……」ブクブクブクブク

連合へ来て、私と榛名の関係は良好になったと言える……のだろうか。

榛名が私に依存して、私がそんな榛名を利用して。関係は上手く回っている。

どちらにとってもメリットだけで、誰も損はしていない。


霧島(損得での関係なんて……歪ね)


いや、私こそ榛名に依存しているのかもしれない。彼女に甘えているのは私の方かも。


霧島「……出ましょうか」



霧島「お風呂、お先に頂いたわ」

榛名「お湯加減はいかがですか?」ジャリジャリ

霧島「丁度良いわよ。貴女も早く……って何してるの」


榛名はこちらに腰部を向け、頭を地面に擦り付けるようにして何かを探していた。


榛名「あ、明日は二匹釣れるように虫の餌の確保を……」ジャリジャリ

霧島「そんな格好しちゃ駄目よ。魚はもう良いから。大体、戦いが始まるかもしれないって時に貴女は」

榛名「……関係ありません」

霧島「?」

榛名「榛名には、ここでの一日一日が、戦いなんかよりも……ずっと……」

霧島「……じゃ、私は先に寝るから」

榛名「……はい。おやすみなさい」


ああ、まただ。

また彼女から逃げてしまった。

ここで暮らしている間に何度もチャンスはあった。

彼女の本当の悩みを聞いてあげられるのは多分私だけなのに。

904 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 23:25:02.62 F3r8aVmfo 885/1097


夜半、寝室としている空間で横になっていると、中へ入ってくる足音が聞こえた。

この音のリズムは榛名だ。彼女も寝るのだろう。


榛名「……霧島、起きていますか」


既に横になった私に声を掛けてくる。


霧島「……」

榛名「……おやすみなさい。また明日」

霧島「起きてるわ」

榛名「……今日は、そっちの部屋で寝ても構いませんか」

霧島「……良いわよ」



榛名「えへへ。来ちゃいました」

霧島「……いつもより近くで寝るだけじゃない。なんなのその反応」

榛名「いつもより近いので、霧島の匂いがします」スンスン

霧島「ちょ!? や、やめなさい!」

榛名「冗談です」クスクス

霧島「……なんか貴女、さっきより元気になってない?」

榛名「霧島が、いつもより優しくしてくれるからです」ギュッ

霧島「あの、どさくさに紛れて抱きつくのやめてくれます?」


私は彼女と向き合わない。

彼女に背中を向け、背中越しに会話をする。


霧島「ねえ、貴女は」

榛名「貴女じゃありません。私は榛名です」

霧島「……ずっと聞きたかったんだけど、貴女、初めて会った時に何で私を姉妹艦だなんて言ったの」

榛名「……」

霧島「私の本当の姉妹艦の榛名は……貴女じゃない。貴女だって、私が姉妹艦なわけ無い」

榛名「そう、ですよね」


明らかに、先ほどよりも声のトーンが落ちた。


霧島「……私は、今日まで貴女と一緒にいて、貴女を姉妹艦だと認識したことは一度もない」


さあ、どう返す。私の本音に、貴女はどう返事をする。


榛名「……榛名もです。霧島が姉妹艦だなんて、そんなのただの嘘」

霧島「貴女……」

榛名「榛名たちは、歪じゃないですか。戦うために作られて、命令されて、戦って」

榛名「部隊だけじゃなくて姉妹……家族まで勝手に決められて、ううん。決めつけられて」

榛名「自分の気持ちと現実の矛盾に苦しみながら勝利のその日まで戦い続ける」


霧島「……」

905 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 23:27:06.32 F3r8aVmfo 886/1097


榛名「気持ちの悪い、既に心が死んでしまった機械を姉妹と認めて大切にするなんて、私は、そんなの耐えられなかった」ギュッ


霧島「……貴女はいつ気づいたの」


榛名「私の最初の姉妹艦の方は失踪しました」


霧島「……そう。それでね」

榛名「初めて貴女を見た時に一目で分かったんです」


榛名「ああ、私と同じ気持ちを持ってる人だって」


霧島「違う。私は貴女とは……」


榛名「辛いと気付いても、分かっても、ずっと我慢して。死にたいくらい苦しいのに自分じゃ死ねない、自分じゃ本当は何も出来ない臆病者」


霧島「私は違う!!」


榛名「何が違うって言うんですか」


霧島「……っ」


榛名「あんな寂しそうな顔してた人が……鏡に映った私と同じ顔をしてた人が、違うって言うんですか」


霧島「私は、私で自分の道を」


選べていない。最後まで私は司令に頼ろうとしていた。言葉はすぐに詰まってしまう。


榛名「榛名はそれがとても嬉しかったんです……!」


霧島「え……」


榛名「誰にも理解されない、孤独さが、辛さが……自分だけのものじゃ無かったんだって」

榛名「霧島も一緒だったんだって、救われたような気になって、この人を救ってあげたいって。……それで言ったんです」


霧島「……勝手に考えたものね」


榛名「押し付けがましいことは分かっています。でも、それでも! 霧島の存在に私は……!」


霧島「私の気持ちも確かめずに?」


榛名「……気持ちを確かめようとしなかったのは、霧島、貴女も同じでは?」


霧島「……」


何も言えなかった。言えるはずが無かった。だって、その通りなのだから。


榛名「ずっと言おうと思っていました。こんな、思い込みと自分の願いだけで作った関係は良くないって」

榛名「でも、ずっと言えなくて……ごめんなさい。私はやっぱり臆病なままなんです……」


霧島「……で?」


榛名「……はい?」


霧島「それで、その気持を私に伝えて、貴女はどうしたいわけ」

906 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 23:30:53.22 F3r8aVmfo 887/1097


榛名「許してくれとは言いません。私は……」

榛名「私は、私の気持ちを踏まえた上で霧島に決断して貰いたいです」

榛名「私はやっぱり、霧島と一緒に居たいから……」

霧島「で、また私に決断することを押し付けるわけね」

霧島「いい性格してますよ。ほんと、慇懃無礼っていいますか」


榛名「……ごめんなさい」


霧島「私は基地司令に貴女の子守を任されました。それからずっと惰性で今まで一緒に居ましたけど」

霧島「私は既に貴女に依存しています。依存するよう仕向けたのは貴女です」

霧島「な・の・で、責任を持って私と一緒に居なさい。……以上」


榛名「い……いいんですか……?」


霧島「言った通りです」


榛名「やったー! 霧島! ありがとう!!」ググググ


霧島「ち、力が強いわよ!? やめなさい!」


私は終始顔を合わせることが出来なかったが、背中越しに榛名の正の感情が伝わってきた。

あの頃のブインにおいて、他の機械のような艦娘からはけして伝わってこなかった気持ち。

……胸が少しだけくすぐったい。


所詮私たちは一緒にカレーを食べたり、朝起こし合ったり、共通の敵と戦ったりするだけの関係でしかない。だけど、


霧島「……私も榛名と一緒に居て、少しだけ救われましたし?」

榛名「きーりーしーまー。きりしま~!」スリスリ

榛名「え? 今なにかおっしゃいましたか?」

霧島「何でもありません。さ、明日も早いんですからもう寝ましょう。」

榛名「ここで寝てもいいですか?」

霧島「邪魔なので元の場所で寝て下さい」

榛名「えぇ~!?」



この榛名は私の本当の姉妹艦の榛名ではない。

だから姉妹艦では無い。

でも彼女の名は榛名。姉妹艦でなくとも、それと同じくらい私にとって大事な存在である。

……司令はここまで見越して私を世話係に任命したのだろうか。

ふーむ。死後に評価を上げるとは、案外悪い奴でもなかったのかもしれませんね。

907 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/29 23:31:51.11 F3r8aVmfo 888/1097


霧島「ねぇ」

榛名「はい?」

霧島「貴女、人間の女の子に憧れてる?」

榛名「正直に言うと……はい、と答えざるを得ません」

霧島「そんなものに憧れる必要は無いんじゃない」

榛名「え?」


霧島「私たちは艦娘。人間の女の子じゃ無いけど、艦娘なのよ」

霧島「惨めで歪で儚い兵器だけど、大切なものを見つけて、それを守ることも出来る存在」

霧島「……きっと、寂しくなんか無いわ。逆に人間の女の子が憧れるわよ、私達に」


榛名「そう、かもしれません。いつか……そんな日が来ると良いですね」

霧島「その日を迎えるためにも、この日常を守るためにも、虫を探すより先にすることがあると思いませんか?」

榛名「……はい。榛名は虫を探すのをやめますね」

霧島「それでよろしい」クスクス

榛名「……おやすみなさい。霧島」

霧島「ええ。おやすみなさい。榛名」


続き
艦これ relations 【#10】

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