※当記事は、この作品の2スレ目です。
1スレ目(最初から)は、下記の記事となります。

艦これ relations 【#01】
http://ayamevip.com/archives/47914301.html


1 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:00:11.22 GUujIImdo 1/111


夜 海洋連合 トラック泊地環礁内


中間棲姫「貴女、一匹見たら五十匹居ると思えというか……もう感心しちゃうわ」

駆逐棲姫「わ、私をゴキブリみたいに言わないで下さい! 攻撃です!」

中間棲姫「はいはい。無駄無駄」クスクス


爆弾、砲撃、雷撃の雨も彼女には届かない。放たれた何もかもが目標到達前に運動エネルギーを失っていく。


駆逐棲姫「……第七位の艤装作った奴は軍事法廷で死刑確定です」

中間棲姫「無敵でごめんなさいね」


空間の重力を操り上下左右から相手に叩きつければ防御の手段は転じて攻撃となった。


駆逐棲姫「あぎぎぎががががががあああああ」


戦闘は終わり再び静かな海が訪れる。

燃え盛る島と月明かりによって海上はいつになく明るかった。



中間棲姫「さすがにちょっと疲れたわね」

中間棲姫「交代しましょうか?」

中間棲姫「まだ良いわよ」

中間棲姫「分かりました。なら偵察機を出して索敵お願いします」

中間棲姫「了解~」

~~~~~~

中間棲姫「見事に全島燃えてるわ。飛行場も同じくよ。自爆装置を使ったみたい」

中間棲姫「……トラック司令部の方は全員死亡、ですか」

中間棲姫「これで生きてたら氷河期でも生き残れるわよ。あ、倉庫も見たけど、どうも機密保持は完了してたわ。私たちは余計なお世話だったかしら」

中間棲姫「トラックの皆さんは気持ちの良い方々でしたね」

中間棲姫「? そうね。人間にしては珍しく」

中間棲姫「はい。本当に良い人ばかりが死んでいきます」

中間棲姫「……ちょっと貴女、なにこれ。えっ、何考えてるのよ」

中間棲姫「やっと気付いたんですか」クスクス

中間棲姫「あーもう! やられた! ジェットの機密保持なんて最初から嘘だったのね!」

中間棲姫「はい。八位の気持ちを動かすにはこれくらいしないと駄目でしょう」

中間棲姫「いいの?」

中間棲姫「ちょっぴり死ぬ確率が高いだけですよ」

中間棲姫「少しでも後悔するのなら死んでは駄目よ。死ねば後悔もできないんだからね」

中間棲姫「扉から情報が流れ込んでくれば何もかもが曖昧になります」

中間棲姫「……」

中間棲姫「仮に因果律から恣意的に欲しい情報を取り出せたとして、確かに死の悲しみを癒やすことも出来るでしょう。ですがその行為は繰り返す内にこの世界で自分が成してきたささやかな喜びさえも消していきます」

中間棲姫「……忘れてたわ」

中間棲姫「そんなことさせるものですか」

2 : 以下、名... - 2016/06/30 19:05:17.29 GUujIImdo 2/111


中間棲姫「貴女ってほんと、保守で懐古で頑固な馬鹿女だったわ。そういえば」

中間棲姫「そんな照れます」テヘ

中間棲姫「1inchも褒めてないから!」

中間棲姫「扉など、絶対に開かせるわけにはいきません」

中間棲姫「私は良いと思うけど? それはそれで素敵な世界になりそうじゃない?」

中間棲姫「私は絶対に嫌です」

中間棲姫「もー、そんなに怒らないでよ。冗談だってば冗談」

中間棲姫「はいはい。じゃあ八位を探しに行きますからね」

中間棲姫「はーい」

3 : 以下、名... - 2016/06/30 19:07:32.66 GUujIImdo 3/111


夜 海洋連合 トラック泊地環礁内


空母水鬼「……姫様、来るよ」

空母棲姫「……」


姿を見せた敵は月を背にし、その逆光で表情までは見えないが爛々と輝く真っ赤な目だけは確実にこちらを見つめていた。

自分は大勢の味方を引き連れている筈なのに、自分の計算が正しければこの相手に負ける筈はないのに……

何故これ程に目の前の相手が恐ろしいのか第八位は自分でも分からなかった。


中間棲姫「こんばんは」

空母棲姫「……こんばんは」

中間棲姫「第三位が死んだみたいね」

空母棲姫「貴女が殺したの」

中間棲姫「ちょっと、そんな言いがかりしないで頂戴」

空母棲姫「……そうね。関係無かった。第三位はもう死んだし、艦娘である貴女はお父様から確保命令が出ていない」

中間棲姫「要するに第三位を誰が殺したか今は興味も無いしどのみち私も殺すってわけ。自分で聞いておいて随分寂しいこと言うのね~?」

空母棲姫「投降の意思を最後にもう一度だけ確かめておくわ」

中間棲姫「私は命が惜しいからそれも良いと思ってるんだけどね」

空母棲姫「…………?」

中間棲姫「もう一人の私は大妖精のやろうとしていることが我慢ならないんだって」クスクス


空母棲姫「撃ちなさい」


空母水鬼「攻撃開始!」

中間棲姫「やーね。まるで私が一人で喋って精神分裂症みたいじゃない」


第八位の後ろに控えていた大型艦の砲門が一斉に火を吹いた。

目標に直撃するコースを飛行している筈の砲弾は徐々に失速し最終的に空中で停止する。

地球の物理法則を捻じ曲げる程に強力な反重力デバイスを備えた艤装、それと相対した者が何度となく直面した現象である

要は縮小再生産、焼きまわし、使い回し……我々も既に何度も目にしたことのあるものだ。


中間棲姫「これじゃ私には届かないわよ。知ってると思ってたけど」

空母棲姫「……そうかしら?」

中間棲姫「?」

空母棲姫「続けなさい」


空母水鬼「第二、第三! 連続斉射!」


中間棲姫が性懲りもなく、と判断したのは時期尚早だった。


中間棲姫「またさっきと…………あら」


砲弾の動きがおかしい。運動エネルギーを全て殺した筈なのに止まらない。


中間棲姫「きゃっ!?」


それは何年ぶりかの至近弾だった。

水面が砲弾による爆発でうねり、巨大な水柱によって海水が天高く突き上がる。

4 : 以下、名... - 2016/06/30 19:10:47.31 GUujIImdo 4/111


中間棲姫(大丈夫ですか!?)

中間棲姫「ちょ、ちょっとびっくりしただけよ。今のは私の対応ミス?」

中間棲姫(いえ、計算は0.001秒前に済んでいました。何も問題は無かった筈です)

中間棲姫「そうよね。ならなんで」

グラーフ「ワフ! ワフ!」

中間棲姫「どうしたのよグラーフ。上に何が……なるほどね」


艤装からの上を見ろとの言葉に仰ぎ見れば、そこには最新鋭の艦載機が並んでいた。


空母棲姫「反重力デバイスは貴女だけの専売特許じゃ無い」

中間棲姫「私がねじ曲げた空間に艦載機のデバイスで干渉して影響を与えてたわけね。そりゃ計算が狂うわけよ」

空母棲姫「貴女の技は見た目は派手だけれど……その中身は細かい計算処理の積み重ねでしかないことは、もう知っている」

中間棲姫「やーね。でしかないって結構大変なのよこれ」ケラケラ

空母棲姫「ここまでは警告よ。貴女がもう無敵じゃないことはよく分かったでしょう。降伏しなさい」

中間棲姫「お・こ・と・わ・り」

空母棲姫「……分からないの? このまま続ければ貴女、死ぬわよ」

中間棲姫「命はいつか滅ぶものよ」

空母棲姫「何を拘っているの! 意地を張っているなら考え直しなさい!」


第七位と呼ばれる者は目を瞑り、一呼吸おいて再び会話を再開した。


中間棲姫「無責任な言い方をすると私の命を貴女に託します」


それは先程とはまるで違う、柔らかい物腰で何もかもを受け入れるかのような優しい声に変わっていた。


空母棲姫「意味が分からないわ」

中間棲姫「貴女は優しい。だからその道を進んでは駄目ですよ」

空母棲姫「意味が分からないと言っている! 貴女は死んでも蘇ることが出来ないのよ!?」


空母水鬼(姫様……)


中間棲姫「……」

空母棲姫「裏切り者となった貴女の魂がこちら側へ呼び戻されることはない! 深海棲艦が死を超越する時代が来ようとしているのに……何故そんな……!?」

中間棲姫「死を超越する時代など、虚無と同じです」

空母棲姫「言葉遊びをしないで目の前の現実を見なさい!」

中間棲姫「見えています。反重力デバイスに艤装の力が無効化され、きっと私は砲弾の雨の中で死ぬのでしょう」

空母棲姫「それが怖くないの」

中間棲姫「フネとして一度死んでいる筈なのに膝が震えるほど怖いですよ」

空母棲姫「なら黙って私についてきなさい。……決して悪いようにはしないから」

5 : 以下、名... - 2016/06/30 19:14:15.78 GUujIImdo 5/111


中間棲姫「ごめんなさい。それは出来ません」

空母棲姫「……私への嫌がらせなのよね」

中間棲姫「そんなつもりは微塵も。命を賭したお願いと言って貰いたいですね」


空母棲姫「盲目に、ただお父様の兵器として生きる道を選んだ私を馬鹿にしてるんでしょ!」

空母棲姫「そうよ。貴女は私と違う。貴女は道具でない自分に誇りを持ち、その気持を守りたいから意地を張って死のうとしてるのよ」


中間棲姫「そう見えますか?」

空母棲姫「ええ!! でなければ貴女の行動の意味が通らない!!!」

中間棲姫「実は私、艦娘だった頃に貴女と戦ってるんです」

空母棲姫「…………」

中間棲姫「ガダルカナル基地を必死に奪還しようと人間がもがいていた時、南方の海で」

空母棲姫「……貴女、あそこに居たの」

中間棲姫「神出鬼没の空母遊撃部隊。率いていたのは貴女とそこの副官さんですよね」


空母水鬼「もしかして沈んだお友達も居たりしたの。それで姫様が憎いとか?」


中間棲姫「いいえ。ちっとも憎くはありません。あれは戦いでしたから。……それに私の周りには兵器ばかりで悲しいとも思いませんでした」

空母棲姫「貴女も兵器じゃない」

中間棲姫「私は第四管区の赤城です。自分の心に従い判断だって出来ます。ただの兵器なんかじゃありません」

空母棲姫「その意味不明な精神論が私と貴女の対話を難しくしているのだけど」

中間棲姫「兵器であるという単純明瞭な理に従った結果、ほとんどの艦娘は何も感じない命令に従うだけの鉄くずに変わりました。そうでない可能性もあったのに」

空母棲姫「だから私には貴女が言っていることが分からないの!! 私にそんな意味不明の可能性を押し付けないで!!」

中間棲姫「いいえ。押し付けます。だって貴女は今、自分を殺そうとしている」

空母棲姫「なんでそんな目で私を見るの……もっと怖がりなさいよ、命乞いしなさいよ」

中間棲姫「……」

空母棲姫「そんな優しい目で私を見つめないで……」


中間棲姫「貴女の誇りは兵器という存在に対してでなく自分自身と戦友に向けられたものですよ。それに気付いてるんじゃないですか」

空母棲姫「同じことよ」

中間棲姫「違います。最初はそうだったかもしれませんが、もう違います」

空母棲姫「貴女と話していると胸が……苦しくなってくる」

中間棲姫「今の貴女は誇りを捨てて自分を殺そうとしているから苦しいんです。貴女はまだ戻れます」

空母棲姫「違うのは貴女よ!!! 私の、道は! この先にあるの!!」

中間棲姫「…………」

空母棲姫「私は甘さを捨てて一人前の兵器になるの。生まれた意義を、意味をこの身を持って証明するの!」

中間棲姫「その意義はもうただの呪いですよ」


空母棲姫「そうよ、呪いよ。何が悪いのかしら。肉体を持ちこの世に顕現した瞬間から私たちは呪われているのよ。仕方ないじゃない。そう生きるしか無いんだから!」

空母棲姫「貴女たち艦娘だって同じじゃない。呪われて呪われて、人間からは忌み嫌われて、それでも人間のために戦う運命を義務付けられて二度も三度も沈められて」

空母棲姫「物好きなんてもんじゃ無いわね。それでも戦い続けるなんて頭がイカれてる!」

中間棲姫「貴女が今日殺して回ったのはそんな運命を乗り越えようとした者たちですよ」

空母棲姫「じ、自分の運命に逆らうからそうなるのよ! 弱い者には存在する権利すら無いわ!」

中間棲姫「なるほど。そうかもしれませんね。歴史は強者の作るものですから」

6 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:19:50.93 GUujIImdo 6/111


空母棲姫「……もう良いでしょう。降伏しなさい」

中間棲姫「八位」

空母棲姫「……何かしら」


中間棲姫「私たちは呪われている、確かにそうです。兵器として産み落とされ兵器として滅ぶことを決められています」

中間棲姫「弱者に生きる権利は無い……これもそうかもしれません。呪いと怨嗟で作り上げてきた世界に私たちは生きています。決して公平でも公正でもないこの世界に」

中間棲姫「それを変えてみたいと、存在への呪いの無い未来を願うことは罪でしょうか」


空母棲姫「願うことは罪ではないわ。弱いことが罪なのよ」

中間棲姫「強さ弱さを価値基準に置く世界で貴女は幸せになれるのですか。羨ましいですね。私はそんな世界を生きたいとも守りたいとも思いません」

空母棲姫「いつまでも戯言を!!! 砲撃準備!」


中間棲姫「貴女はそうやって、第三位までただ弱かったと切り捨てることが出来るのですか」


空母棲姫「……ッ!!」


中間棲姫「私、あいつのこと好きになれなかったのよね。高慢ちきだし性格悪いし、序列を盾に好き放題するし。けど、大妖精への想いは本物だった」

中間棲姫「しかし大妖精は彼女を軽んじていました。きっと彼女は一度沈んだ存在を復元したものなのでしょう」

中間棲姫「でも失敗した」

中間棲姫「そう。だから日向という鍵を使って因果律に手を出そうとしている」

中間棲姫「ほんと、よくやるわよね~。ま、推測でしか無いんだけど」


空母棲姫(艦娘と深海棲艦の意識が同時に存在しているの……?)


中間棲姫「私たちはきっと変わることが出来ます」

中間棲姫「一人の男はそれを信じて、信じられた艦娘はそれに応えて変わっていったわ」

中間妖精「だから私たちは貴女を信じます」


空母棲姫「……無責任なこと言わないで」


中間棲姫「貴女は自分自身の進むべき道について迷っている」

中間棲姫「きっと第三位のことも引っ掛かってるのね。この子友達居なさそうだし」ケラケラ

中間棲姫「こら」


空母水鬼「……七位様の言う通りだよ。大妖精様が第三位様をいじめて泣かせたんだ。姫様、それチョー気にしてて」

空母棲姫「……」

空母水鬼「姫様、後で私に怒ってもいいけどさ。もし、もし迷ってるならもう一度考えなおして欲しい!」

中間棲姫「その通りです。呪いを生んでいるその妖精に……従った果てに、貴女の望むものはあるの」

空母棲姫「…………私は」



離島棲鬼「勿論ありますわ。一斉射撃開始」



中間棲姫「……あ~あ索敵失敗し――――」

7 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:22:34.14 GUujIImdo 7/111


交信で七位の声が聞こえたのはここまでだった。

突如現れたブレインの命令に従い、待機していた深海棲艦が砲撃を再開しその砲音で何もかもが塗り潰される。

水柱と砲弾煙により中間棲姫の安否は不明だったが、爆発が起こるということは効果的な攻撃が与えられている、つまり相手の反重力デバイスによる戦法を相殺していることと同義だった。

斉射が終わると静寂が訪れた。

空母水鬼「な、何して……」

離島棲鬼「敵を攻撃しただけですが? ねぇ第八位様?」

空母棲姫「勝手に!!」


激情に駆られ私は無意識の内に離島棲鬼の胸元を掴んでいた。


離島棲鬼「何ですかこの手は」

空母棲姫「……少し驚いただけよ。私の前で独断専行はやめなさい」パッ

離島棲鬼「敵はなるべく早く叩くことをお勧めしますわ」

空母棲姫「貴女ごときに言われずとも分かっています!」

離島棲鬼「なら良いのですが?」クスクス


深海棲艦の索敵レーダーは感覚に依存する。

そのため物理法則を超えて長距離からの探知が可能となるのだが感覚故の弱点もある。


離島棲鬼「おしゃべりに集中する余り私の接近を見逃すなんて……仮にもミッドウェーを任された者としてどうなのでしょうね」






水柱が収まったとき、中間棲姫は水面に倒れていた。


中間棲姫「……直撃弾は久しぶりですね」

中間棲姫「そうね……貴女がお腹に大穴開けた時以来じゃないかしら」

中間棲姫「そうかも……しれません」


先ほど八位たちと喋っていた時よりも遥かにか細い、弱々しい声。

ふらつきながらもなんとか立ち上がり周囲の状況を確認する。


中間棲姫「生体リンクが切れてますね……まさか」

中間棲姫「ちょっと……グラーフ、返事しなさいよ」


グラーフ「……」


彼女たちの良き下僕は上半分の殆どを失い息絶えていた。


中間棲姫「……私たちより先に逝くなんて親不孝です」ポロポロ

中間棲姫「やめなさいよ。貴女が泣くと……貴女の目は私の目でもあるんだから」ポロポロ

中間棲姫「……自分に対して強がらなくても良いんじゃないですか?」

中間棲姫「ああそうよ、悪かったわね。私だって悲しくて泣くことくらいあるんだから」


中間棲姫「グラーフ………………今までありがとうございました」

中間棲姫「……貴方のことは絶対忘れないわ」


主人たちの別れの言葉聞くと、まるでそれを待っていたかのようなタイミングで艤装は浮力を失い海中へと姿を消した。

8 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:24:15.71 GUujIImdo 8/111


中間棲姫「命懸けの博打は失敗。……覚悟してたけどやっぱり死ぬのは痛いわね」

中間棲姫「それすら感じなくなった時に何もかも終わります」

中間棲姫「馬鹿女的には、この痛みが次に繋がるのかしら」

中間棲姫「どうなんでしょう。分かりません」

中間棲姫「そこは繋がるって言って励ましてよ。私、死ぬのちょっと怖いんだから」

中間棲姫「自分で自分を励ますのって虚しいの極地だと思うのですが?」

中間棲姫「たしかにね」ケラケラ

中間棲姫「あー……失敗しました」

中間棲姫「今更死にたくないなんて言っても無駄よ。次の斉射で確実に死ぬんだから」

中間棲姫「約束を忘れていました」

中間棲姫「……あ~その約束? 実は私も今それ思い出したのよね」

中間棲姫「どうしますか?」

中間棲姫「こういうのは代役を立てるに限るわ」

中間棲姫「なるほど。その手がありましたか」




離島棲鬼「さぁ第八位様、斉射の号令を」

空母棲姫「斉射は無しよ。相手は艤装を失い無力化された。確保するわ」

離島棲鬼「大妖精様は敵の裏切り者を許しますが味方の裏切り者は別です。ましてや今度の第七位は元艦娘……確保したところで死んだほうが楽な拷問の上、殺されますよ」

空母棲姫「そんなことは……」

離島棲鬼「させないとでもおっしゃるおつもりですか? 大妖精様の意思に逆らうとでも?」

空母棲姫「…………」

離島棲鬼「さぁ! さぁ! さぁ!」

空母水鬼「こんな奴の言うこと聞く必要無いよ! 七位様を確保しよう!」

離島棲鬼「黙りなさい小娘!! それでも誇り高き大妖精様の眷属か!?」

空母水鬼「ひうっ」ビクッ


空母棲姫「やめなさい。二人共」

離島棲鬼「……私の姫様が蘇るには大妖精様の世界が実現するしか無いのです」

空母水鬼「第三位を、蘇らせる……」

離島棲鬼「もう一度あの方にお仕えするまで私は死ねない! それで今度こそ守ってみせる! 実現するためならどんな敵だって倒してみせる!!」

空母棲姫「……」

離島棲鬼「さぁ八位様! 撃って下さい! ここで撃てなければこの先も反逆者に対して後れをとります。今、眷属の長たる姫のお覚悟を見せて下さい!」

空母棲姫「……」

離島棲鬼「同志として大妖精様の築く新しい時代へ進みましょう。大妖精様への忠誠を見せて、私に貴女を信じさせて下さい。私の姫様のためにも……お願いします……」

空母棲姫「…………っ」


眉間にシワが寄っていると自分でも分かった。


空母棲姫「……撃てっ!」

9 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:25:12.99 GUujIImdo 9/111


中間棲姫「黒い月出してブイブイ言わせてた時期が懐かしいわね」

中間棲姫「それ、表現が古いですって」クスクス

中間棲姫「もー……別に古くても良いじゃない」

中間棲姫「黒い月はもう出せませんけど、海面にほら」


指差した先の海面には満月がくっきりと映っていた。


中間棲姫「なによー、最後まで微妙なこと言って。ちっともロマンチックじゃ無いんだから!」

中間棲姫「はいはい。思えば貴女にもお世話になりました」

中間棲姫「はい話のすり替え~」

中間棲姫「来世では友達として会いたいものです」

中間棲姫「次は私が別個体の雄になって孕ませてあげるわね。ふっふっふ。今度こそ全身征服してやるんだから」

中間棲姫「死ぬ直前に本性が出ると言いますが……これは自分でも凹みますね」

中間棲姫「どぅいぅ意味かしら」

中間棲姫「自分で考えて下さい。あーもう。人が月が云々言ってロマンチックに〆ようと努力してるのに貴女ときたら雄になって孕ませるだの征服だの……ああもう、アホくさい。やってられません」

中間棲姫「あ、アホ!? 最後の最後でアホで終わり?!」

中間棲姫「……ま、楽しみに待ってますから征服しに来て下さい」

中間棲姫「そうそう。素直にそう言っときゃ良いのよ」

中間棲姫「さよならは言いませんからね」

中間棲姫「一度死んだくらいで終わる縁じゃ無さそうだもの」

中間棲姫「次はもう少しナウい感じのセンスを磨いといてください」

中間棲姫「……お互いに、磨く必要がありそうね」

中間棲姫「頑張りまし―――――

10 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:27:23.91 GUujIImdo 10/111


夜 海洋連合 トラック泊地環礁内


空母棲姫「これで私を同志と認めて下さるかしら」

離島棲鬼「先ほどの不相応な物言いは謝罪します。……それと、私の声を聞き届けて下さったことに感謝致します」

空母棲姫「次はラバウルかブインか。どちらにするの」

離島棲鬼「大妖精様からの御連絡を確認されてないのですか?」

空母棲姫「……? ちょっと待って」


確認すれば視界のウインドウに新着二件との表示が見えた。


空母棲姫「来てるわね」

空母棲姫「…………これは」


二通の内の一方、『Fromお父様』と差出人が明記されたメッセージには長々とした第八位の安否を気遣う親愛の言葉、そしてその最後に簡潔で明快に全軍まとめてハワイへ退却すべしとの命令が記載されていた。


空母棲姫「ハワイへ撤退、というのは文字通りよね」

離島棲鬼「ええ。それ以上の意味と解釈はありません」

空母棲姫「最優先目標だった『鍵』が見つかった」

離島棲鬼「もしくは鍵すら不要になった……私の差し出がましい憶測ですが」

空母棲姫「そうね。お父様の真意はどうであれ方針は決まったわ。全軍に撤退命令を」

離島棲鬼「了解ですわ」

空母水鬼「…………」

空母棲姫「どうしたの。早く麾下部隊へ指示を出しなさい」

空母水鬼「ごめんなさい。急いで実行します」

空母棲姫「……そう。よろしく頼むわね」


連合艦隊は完膚無きまでに殲滅されラバウルへ向けて敗走した。

無防備となったトラック泊地の施設は環礁内に入り込んだ深海棲艦と自爆により月の荒野へと変わり果てていた。

往年、人類の戦線を支え続けた中部太平洋の盾としてのトラック泊地の姿は最早無かった。


連合視点では深海棲艦のトラック攻略に際し非常に大きな損害を強いる戦闘を行ったつもりだった。

総司令部の中でも敵はトラック攻略後に一旦戦力再編成に専念するであろうから、その間ラバウルでは羅針盤を増設しより強固な防衛線を構築出来るだろうという楽観論的な見通しがまかり通りつつあった。

だが深海棲艦側にしてみればトラック攻略に出た損害の決算は……大量生産の出来ないブレインでもある上位種と第四位のコピー品、そして突出し沈められた序列第三位の存在に目を瞑れば想定の範囲内に収まる程度のものだった。

戦場から離れた穏やかな海で整然と待機する無傷の予備兵力はトラック攻略に用いたものと同等の規模であと四回は海戦を行うだけの余裕があった(ただし消耗が激しかった艦載機はその限りでない)


つまり深海棲艦側はただ部隊を交代されるだけで再編成が完了するのだ。


11 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:31:12.02 GUujIImdo 11/111


逆に海洋連合には予備戦力など存在しなかった。

海上護衛に割いていたリソースすら可能な限り連合艦隊へ組み込み、資源物資輸送の護衛船団要員確保に齟齬をきたし始めていた程だ。

無理を押しての戦いだったが結果は予想を覆すことは出来なかった。


事前のシナリオ通り深海棲艦は海洋連合に正面から打ち勝った。


トラックから全面撤退についても、現場最上級指揮官である第八位は全面的に容認していた。

艦娘精鋭部隊の殲滅成功によりトラックでの勝利は単に一つの戦術的な勝利に留まらず、彼らの根底にあった人類根絶実行のための大戦略においても計り知れない貢献を果たすと彼女は明確に理解していた。

今後状況がどう推移しようとこちらによほど大きな失策の無い限り、絡み合った因果は深海棲艦の戦争勝利へと進むであろう。

仮に空になったトラックを海洋連合が奪い返し羅針盤を挟んで二度目の戦いが行われようと、その時は容易に突破できる確信があった。

主要な戦闘部隊を喪失した連合はもはや組織として崩壊していることを見抜いていたからである。

だからこそ確保したトラック泊地を呆気無く放棄したのだ。


総軍の再編成もまばらにハワイへと戻る航路の半ば、第八位は思索にふけっていた。

この戦いの結果、地球上において一匹の妖精を頂点に置く深海棲艦という軍事機構に対し唯一の抑止力となりうる存在が消滅した。


空母棲姫「…………」


だが例え組織が消滅しようが不利な状況に追い込まれようが艦娘は諦めない。

囚われた友を救い出すため、自分たちの掲げる世界の在り方を求め続けるため、ほぼ確実に己を死へと導く戦場へ万が一の奇跡に望みを繋ぎ、ハワイへと攻撃を仕掛けるに違いない。


空母棲姫「……哀れね」


自殺に近いその行為は一種の美徳なのかもしれないが私には理解不能である。

強さが求められる世界において弱いことは本当に惨めだということは分かる。

行動の選択肢すら失ってしまうのだから。

最後の残存がハワイに飛び込んできたところでこちらが迎撃体制を整えてさえいれば赤子の手をひねるようにすり潰すことが出来るだろう。


空母棲姫「ねぇ、ハワイでの防衛線のことだけど」

空母水鬼「はい」

空母棲姫「……戦いが終わったのにどうして不機嫌なのよ」

空母水鬼「別に不機嫌じゃ無いよ」

空母棲姫「どれくらいの付き合いだと思ってるの」

空母水鬼「…………もう艤装も壊れてたんだから撃たなくても良かったじゃん」


空母棲姫「私も最初はそう思ったけど甘かったわ。あの場では鬼の言う通り上に立つ者としてけじめをつける必要があった。理解しなさい」

空母水鬼「元艦娘だからって殺してたら裏切ってこっちに来る子が居なくなるじゃん!」

空母棲姫「こちら側へ来る艦娘なんてショートランド陥落前辺りから希少な存在じゃない」

空母水鬼「それでも元艦娘だった子の士気に関わるよ! チョー扱い違うもん!」

空母棲姫「お父様は艦娘だろうと姫にしたわ。その逆、人間が裏切った深海棲艦を同等に扱うかしら? 艦娘や人間は第七位一人を捨て駒にしてまで撤退の時間を稼ごうとする奴らよ」

空母水鬼「だっ……て」

空母棲姫「それに姫にまで取り立てられながら恩も忘れて仇なす艦娘を生かしておくなんて、それこそ一般の深海棲艦の士気に関わるわ。対応に差をつけて当然よ。ま、下位種の奴らにそんなこと考える知性なんて無いだろうけど念のため」

空母水鬼「…………」

12 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:34:04.90 GUujIImdo 12/111


空母棲姫「貴女、やけに第七位の肩を持つけど話を聞いて同情でもしているの?」

空母水鬼「うぎぅっ」ビクン

空母棲姫「少し軍務から離れて頭を冷やした方が良さそうね」

空母水鬼「や、やだよ! こんな大事な時期に姫様の側から離れるなんて!」

空母棲姫「しばらく内地の政務担当をして頭を冷やしなさい」

離島棲鬼「それは困りますわ」

空母棲姫「……いたの」

離島棲鬼「内地で裏切られても対応に困りますから、防衛の最前線へ配置するのはいかがでしょう」

空母水鬼「私が姫様を裏切るわけ無いじゃん! 私のことチョー馬鹿にしすぎなんだけど!」


空母棲姫「…………」


空母水鬼「大体、私の姫様がそんなこと許すわけ――――」

空母棲姫「そうね。この子には最前線を守ってもらおうかしら」

空母水鬼「えっ」

離島棲鬼「とても賢明ですわ。ならば代わって私がお仕え致します」クスクス

空母棲姫「……ええ」



空母水鬼(姫様が私の言うこと聞いてくれない)

空母水鬼(喧嘩してもいつも最後には仲直り出来たのに)

空母水鬼(もう私がいらないからなのかな)

空母水鬼(貴女の隣はずっと私の場所だと思ってたのに、こんな簡単に壊れちゃうんだ)

空母水鬼(……寂しいなぁ)



空母棲姫(部外者に聞かれてしまったら仕方ない)

空母棲姫(もし知られたまま終戦を迎えればあの子に対する周囲の風当たりはどうなる)

空母棲姫(裏切り者としての不名誉が一生付き纏う)

空母棲姫(そんなことはさせない)

空母棲姫(残存ごときならあの子一人で対処出来るわ)

空母棲姫(戦果を上げれば不名誉だって晴らせる……はず)

空母棲姫(側近を変えたくなんて無いけれど)



空母棲姫「ハワイの海を任せるわ。貴女の実力を他の奴らにも見せつけてあげなさい」

空母水鬼「親衛隊、借りてもいい?」

空母棲姫「勿論よ。元から貴女の部隊のようなものじゃない」

空母水鬼「あれは姫様の部隊だよ。私のじゃない。……準備するから先行くね」スィー

離島棲鬼「……」ニタニタ

空母棲姫「あ、ちょっと」



空母棲姫(あの子……もしかして泣いてた?)

13 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:35:51.15 GUujIImdo 13/111


3月20日

昼 海洋連合 ラバウル基地司令部


夕張D「代表、PQ17輸送船団の北西方向から国籍不明の艦船が警告を無視して接近中です」

長月「国籍を確認……まぁもう関係無いか。我々の敗北はどの国も知るところとなったわけだ」

夕張D「……どうされますか」

長月「深刻に考えるな。護衛はついているだろう」

夕張D「はい。水雷戦隊が護衛に当たっています。第43、旗艦は矢矧です」

長月「あいつなら安心だ。相手が警告を無視するようなら撃沈してしまって構わんと伝えてくれ。致死弾頭を持っている可能性もあるから接近はしないように」

夕張D「了解です」


茶色妖精「人間どもめ、我らの不利を知ると露骨に動き始めおった」

長月「このご時世に死体蹴りは普通だろ。まぁ私は絶対許さないけどな」ケラケラ

嶋田「やれやれ」


港湾棲姫「……そんな笑い合っている場合か」


長月「あれ、お前だけか。姫はどうした?」

港湾棲姫「……私も姫だ」

長月「それもそうか。じゃあそのえー、五位の姫だ」

港湾棲姫「……五位なら自分の家だ」

長月「家へ帰ったか。戦死が伝わるまでは元気だったんだけどな」

港湾棲姫「……七位は本当に強かった。私も未だに死んだのが信じられない」

長月「変わった奴だったが話の分かる良い奴だった」

港湾棲姫「……彼女は元艦娘。お前たちと気が合ってもおかしくない」

嶋田「おいちょっと待て。艦娘が役職持ちになることもあるのか」

港湾棲姫「実力さえあえればお父様は出自に関係なく誰であろうと重用される。それなりの待遇で」

嶋田「七位が艦娘だったなんて聞いてないぞ」

港湾棲姫「……言っていなかったからな。他にも第四位が元艦娘だった筈」

嶋田「四位とはどいつのことだ」

港湾棲姫「……お前たちの符牒で戦艦棲姫と呼ばれていた」

嶋田「ショートランドの……! あいつも艦娘だったのか」

長月「なぁ六位」

港湾棲姫「……なんだ」

長月「その二人の中身を、艦娘だった時の名前を覚えているか」

港湾棲姫「……覚えている。第四位がナガト、第七位がアカギ」

長月「私の感性も腐ったものだな。こんな近くに居た戦友に気づかないなんて」

港湾棲姫「……七位は出自を隠そうとしていた。だから私も言わなかった」

長月「まぁその話はまた後でしよう。お前のところに大妖精から届いたという連絡の話を頼む」

嶋田「そ、そうだな。少し脱線がすぎた」

茶色妖精「賛成でござる」

14 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:38:23.03 GUujIImdo 14/111


港湾棲姫「……お父様は目標を達成し鍵を手に入れた」

長月「日向か」

港湾棲姫「……」コク

茶色妖精「それで大妖精はお前たちにはなんと」

港湾棲姫「……連合はもうどうでもいいからハワイへ一度帰ってこい。姉たちと会える。要約すればこんなところ」

長月「準備は整ったわけか」

港湾棲姫「……そちらの潜水艦による偵察でも深海棲艦が撤退済みなのは確認したはず」

嶋田「ああ。19からの報告とも一致する」

長月「六位、お前はどうするつもりだ」

港湾棲姫「……私は帰った方が良いと思う。正直に言ってしまえば今の海洋連合は存在意義を持たない集団。身を置く意味も無い」

茶色妖精「ず、随分と見くびってくれたものでござるな」

長月「だが事実だ」

港湾棲姫「……お前たちはもうまともな海上戦闘も出来ない」

茶色妖精「致死弾頭対策をした艦娘を量産できれば状況も変わるでござる!」

港湾棲姫「……そんな時間を我々が、いやお父様が与えると思うのか?」

嶋田「まず無理だな」

茶色妖精「むぎぎぎぎ」

港湾棲姫「……五位も九位も、勿論私も一度ハワイへ戻った方がいい。ここで怠惰な時間を過ごすより余程有意義」

茶色妖精「こやつ言いたい放題!!!」

長月「まぁまぁ。血圧が上がるぞ」

茶色妖精「長月殿はなぜそんなkdakfdakffjkadalkdfja!!!!!!」

長月「あーもううるさいうるさい。ちょっと黙っててくれ」モギュッ 茶色妖精「ムギュゥ」

港湾棲姫「……私たちを逃すのか」

長月「いやいや。逃すもなにもお前たちは元々客人だ。戦闘に巻き込んで申し訳ないくらいだよ」

港湾棲姫「……その余裕は理解出来ない」

長月「あと何ヶ月かここに居れば虚勢の張り方くらい簡単に覚えられるぞ」ケラケラ

港湾棲姫「……馬鹿?」

長月「そうだな」

港湾棲姫「……もういい帰る」スタスタ

長月「六位」

港湾棲姫「……なに」ピタッ

長月「初めての海洋連合はどうだった。楽しかったか」

港湾棲姫「……怠惰な時間を過ごしてしまった。無駄だった。この場所には違う何かがあると思って来たのに期待外れ」

長月「有意義な結果だけ欲しがるのは人間ぽいな」

港湾棲姫「……」

長月「すまん。ちょっとお前を苛めたくなった」

港湾棲姫「……素直に言われても困る。お前たちにはこんな場所が魅力的に感じているのか?」

長月「ああ。ここは最高さ。私たちがもう誰かの操り人形なんかじゃない証明で、もう好きでもない誰かのために戦わなくていい」

港湾棲姫「……皮肉?」

長月「お前の感じ方によっては嫌味にも、皮肉にも、ただの感想にもなる」

港湾棲姫「……」

長月「いらないと思うものこそ愛すべき本質だったりするんだよ。……また会おう六位。出来ればこっちの世界でな」ヒラヒラ

15 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:39:55.21 GUujIImdo 15/111


夜 海洋連合 飛行場姫の島


ヲ級改「急に呼び出してごめんね。ちょっと私たちじゃどうしようもなくて……」

重装兵「負けたから落ち込んでるのか?」

ヲ級改「仲の良かった艦娘や深海棲艦が結構居なくなっちゃってね」

重装兵「俺に慰めろと」

ヲ級改「うん。多分、今の姫様に届くのは貴方の声だけだから」

重装兵「……やってみる。期待はしないでくれよ」

ヲ級改「ううん。ありがとう。じゃあ私たちは外に居るから困ったらいつでも」

重装兵「ああ」



一人で部屋の中へと歩を進める。彼女は床で力なく横になっていた。

こちらに背を向けて寝ているから表情までは分からない。

長く白い髪がまるで敷き詰められた絨毯のように床で幅を利かせている。

彼女は乱れた髪を気にする余裕も無いほどに憔悴しているのだろうか。


重装兵「君の部下が急いで来てくれって言うから来たけどさ」

飛行場姫「……」


彼女に反応はなかった。少なくともその寂しげな背中を見る限り反応は無いように見えた。


重装兵「き、君のせいで戦いに負けたわけじゃない。あんまり落ち込まず――――」

飛行場姫「あそこで私が迷わなければ配下の深海棲艦が裏切ることは無かった」

重装兵「?」

飛行場姫「裏切りが無ければ七位が単独で戦闘を行うようなことも無かった。死ななかった」

重装兵「……」

飛行場姫「なぁ田中、誰かが死ぬのなんて悲しくないと思ってたのにさ」

重装兵「うん」

飛行場姫「今の私、全然割り切れてないんだ。昔みたいに死んじゃったものは仕方ないって全然思えないんだよ」

重装兵「……分かるよ」

飛行場姫「ブロンディの言う通り私弱くなっちゃってた。迷って悩んで、大事なものを失って初めて気づくなんて」

重装兵「うん」

飛行場姫「もうこれ以上失いたくない。でもきっと失っちゃう。私が弱いから日向や長月たちも側近も……きっとオマエまで」

重装兵「……」

飛行場姫「それが怖くて。体が動かない」

重装兵「怖がること無いさ」


飛行場姫「どうして?」ムクッ



俺の返事が意外だったのか、彼女は今日初めてこちらを向いて返事をしてくれた。

彼女の目はいつも通り赤くて綺麗だった。

16 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:41:23.80 GUujIImdo 16/111


重装兵「いつか無くなるものだから」

飛行場姫「オマエだって色んなもの失ってきたのにどうしてそう言えるんだ。私はもうこれ以上失いたくなんて無いんだ」

重装兵「発想が違うよね。俺にとって無くなるのはもう前提なんだ。いつか無くなるからこそ今が大事なんじゃないか」

飛行場姫「最初っから諦めてるのか」

重装兵「そうとも言うね。でも危機感を持って動くほうが怖がって寝るよりよっぽど良い」

飛行場姫「……かもな」

重装兵「よし。少しでも同意してくれるならちょっと話がしたいんだけど」

飛行場姫「うん。そだな。寝ててもどうにもならんしな」

重装兵「なら改めまして。おかえり姫様」

飛行場姫「ただいま」

重装兵「ここの寝心地はどうだい」

飛行場姫「やっぱ家は落ち着くな」

重装兵「俺は初めて来たんだけど汚い家だね」

飛行場姫「やかましいわ! 失礼この上ない!」ウガァ

重装兵「あははは」


重装兵「深海棲艦が撤退したって本当かい?」

飛行場姫「うんもう完全にな。ハワイまで帰ったっぽい」

重装兵「何のために攻めて来たのかよく分からないんだけど」

飛行場姫「人間を殺すよりも優先する目標があってそれを達成したんだ」

重装兵「そんなのがあったのか」

飛行場姫「トーちゃんは今死んだネーちゃんたちを蘇らせるために頑張ってる。……私にも一度帰って来いって連絡が来た」

重装兵「うん」

飛行場姫「私もまたネーちゃんたちに会いたい気もするけど、七位の言う通り世界の理を捻じ曲げるのは駄目な気もする」

重装兵「優柔不断」

飛行場姫「否定できねー。自分でも分からんし」

重装兵「否定していいよ。ネガティブな言葉なんて全部跳ねのければ良いんだ」

飛行場姫「私はそんな単純な頭してねーよ。……オマエはまた卯月に会いたいか?」

重装兵「会いたいさ。会ったら謝り倒すことになるんだろうけど」

飛行場姫「だったら蘇らせた方が嬉しいのか?」

重装兵「いいや、そもそも会えるわけがないからその質問はナンセンスだ」

飛行場姫「扉が開けば会えるんだ」

重装兵「同じ存在には二度と会えないよ」

飛行場姫「トーちゃんなら同じに作れる」

重装兵「その同じってのは似てるだけだ。本物とは違うよ」

飛行場姫「ホントに同じだって」

重装兵「死んだものは二度と蘇らない。それが俺の知ってるこの星のルールだ」

飛行場姫「……意固地になってんじゃねーぞ。そのルールを私のトーちゃんは変えれるんだ」

重装兵「あはは……。なんかそんなこと出きっこないって思っちゃうんだよね」

17 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:44:37.68 GUujIImdo 17/111


飛行場姫「命が蘇るのにそーんなに反対なのか?」

重装兵「別に反対でもないかな。どうせ出来ないから考えたこともなかった」

飛行場姫「もし出来たら」

重装兵「うーん……何度でも生死を繰り返せる、つまりトライアンドエラーで成功するまで無限に人生を繰り返すことが出来る。それってやりたいこと全部できるってことだろ」

飛行場姫「うん。何度でも繰り返せるんだから全部できるようになるだろうな」

重装兵「何もできないことと何が違うんだ?」

飛行場姫「えっ、真逆じゃん」

重装兵「少なくとも人間は出来ないことがあるから努力するし後悔もする。喜んだり悲しんだりっていうのは結果に到達するまで試行錯誤する過程の中にその種がある」

飛行場姫「うん」

重装兵「その種が色んな感情な元なわけだけど、もし結果が決まってるならその種も生まれやしない。ほら、なんていうか、君は最初から結果が分かってることにワクワクするかい?」

飛行場姫「……しねーだろうな~」

重装兵「だろ。もしそんな状況で卯月に会って謝っても、その行為の意味なんて無くなってしまう気がするんだ。だからもし出来たとしてもしないだろうな」

飛行場姫「謝りたくて仕方なかった奴がよく言うよ」

重装兵「二度と謝れないからこそ早く死にたかったんだろうね。昔の俺は」

飛行場姫「確かに結果が分かったゲームなんて詰まんないけどさ」

重装兵「うん」

飛行場姫「私は何があろうとオマエとずっと一緒に居たいって思うよ」

重装兵「……お、おう」

飛行場姫「どうして困ってんだ」

重装兵「こういうところがなぁ」

飛行場姫「こういうところがなんだよ? ……きっとトーちゃんもさ、ネーちゃんたちとずっと一緒に居たいんだ」

重装兵「一緒に」

飛行場姫「うん。そうだ。理屈じゃない。トーちゃんはもう本当に純粋に、私たちと一緒に居たいだけなんだな」

重装兵「純粋さって奴は強いし眩しいよ。でも打算じゃない分、折れた時に傷も大きくなる」

飛行場姫「そだな、トーちゃんは私たち姫のことになると眼の色が変わっちゃうし冷静じゃなくなるよ……でもさ、そんなところだって可愛いじゃん?」

重装兵「世界中を死の渦へ巻き込んでもそう言える君が羨ましいよ」クス

飛行場姫「だよな~。家族びいきの私でもさすがに擁護がしんどいわ~」ケラケラ


飛行場姫「喋ってちょっとスッキリ出来たよ」

重装兵「そのつもりで来たからね。良かったよ」

飛行場姫「今は悲しんでる時じゃなくてこれ以上悲しみの連鎖を生まないために頑張る時だ」

重装兵「そのためには?」


飛行場姫「艦娘を守るより大元のトーちゃんを止める方が先決だ。今のトーちゃんには戦果よりも何よりも私の手だ」

飛行場姫「手で包んでほっぺたに親指当てて、俯いてじゃなくて真っ直ぐ目を見ながらやめるようお願いする」


重装兵「それで解決しそうなのかい」

飛行場姫「分かんない。多分、しないんだろうな。でも今この瞬間この世界で一番私を必要としてるのは間違いなくトーちゃんだ。だから行かなきゃ」

重装兵「うん」

18 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:48:12.33 GUujIImdo 18/111


飛行場姫「トーちゃんは呪いみたいな感情に縛られて周りに不幸を撒き散らしてる。戦争の元凶って言われる妖精を誰も救おうとはしない。……他のことに頭がいっぱいで今まで忘れちゃってたよ」

重装兵「忘れてたんじゃないよ。今だからこそ行けるんだ」

飛行場姫「そうかな?」

重装兵「そうだよ。本当にすべきことは馬鹿らしいくらい簡単なものさ。するまでとした後が難しいんだけどね」

飛行場姫「……あー」


重装兵「俺も間違った選択肢を選び続けてた。建前とか面倒な現実に惑わされて選びとるべきものを非現実的だって決めつけてさ」

重装兵「その点、君がさっき見つけた答えは本当に非常識かつシンプルだ。きっと正しい」


飛行場姫「なんだそれ。非常識でシンプルってイカれてるだろ」ケラケラ

重装兵「そこがこの世界の面白いところだよ」ゲラゲラ

飛行場姫「私たちって似たもの同士なのかもな。ここまで失わないと気づけないなんて」

重装兵「かもな」

飛行場姫「それまでの犠牲が大きすぎて天国には行けそうにないなこりゃ」

重装兵「一緒に地獄へ行こう」ケラケラ

飛行場姫「しょーがねーな~。でもホント死んだ奴らにはかける言葉もねーよ」

重装兵「仏様は許してくれないだろうけどさ、俺は君のお陰で自分を許すことが出来た」

飛行場姫「お、良かったな! トラウマ克服じゃん!」

重装兵「ああ。自分で出来たというか君に許してもらった、だね。本当に感謝してるよ」

飛行場姫「そりゃなによりだ」ケラケラ

重装兵「今度は俺が君を許すよ。これからすることをどこの誰が咎めようと俺だけは味方だ」

飛行場姫「……もしかしてあの時と逆だぞ~って言いたいのか?」

重装兵「ま、借りくらいは返しとかないとね」

飛行場姫「バーカ。私のカリをこれくらいで返せるわけ無いだろ。オマエごときだと利子だけで一生ローン組んでも足りねーよ」ケラケラ

重装兵「ならその利子分くらいは生にしがみついてみるさ。君の助言に従ってね」

飛行場姫「口だけは達者になりおってからに……」ムムム

重装兵「嬉しいなら素直に嬉しいって言えよ」

飛行場姫「ムッフッフ。私を許してくれるのは実はオマエだけじゃねーんだよ」

重装兵「へぇ?」

飛行場姫「戦艦と空母と戦艦と空母の混ざりもんがいつも私の側に居てくれんだ。あいつらだって何があっても私の味方でいてくれる」

重装兵「そんな四人が居たのか」

飛行場姫「いや三人だぞ」

重装兵「えっ」

飛行場姫「えっ」

重装兵「『戦艦』と『空母』と『戦艦』と『空母のまざりもん』」

飛行場姫「そう。『戦艦』と『空母』と『戦艦と空母の混ざりもん』」

重装兵「四人じゃん」

飛行場姫「三人だつってんだろーこのタコ助」

重装兵「日本語やり直せこのアンポンタン」

飛行場姫「下っ端の兵士が数も数えられんからオマエの国は戦争に負けるんだよ」

重装兵「殴るぞ」

飛行場姫「ちょっと私も言い過ぎた。落ち着けって。な?」

19 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:49:43.05 GUujIImdo 19/111


飛行場姫「今度ハワイに行ったら多分もうここへは帰ってこれないと思う」

重装兵「俺とずっと一緒に生きたいとか言ってたくせに。嘘つき極まりないぞこの女」

飛行場姫「あのな、人間? 世の中には理想と現実ってのがあってだな、現実はとっても非情でな?」

重装兵「あー、分かってるって。頑張ってきな」

飛行場姫「私もそうしたいのは山々なんだけどな~」

重装兵「俺のことは気にしなくていいから。多分この世界で一番孤独な奴を助けてやってくれ」

飛行場姫「……頑張るな! その代わりオマエは私の事想いながら存分にシコっていいから!」

重装兵「シコるの意味を言ってみろ」

飛行場姫「シコるってのは恋人を失った悲しみに枕を涙で濡らすことだ! レ級が言ってた!」

重装兵「うーーーーん」

飛行場姫「だからさ、寂しくても泣くんじゃねーぞ?」

重装兵「いいよ、君なんか居なくたって俺はちっとも寂しくないからな」

飛行場姫「トーちゃんが私が責任を持って止めるよ。絶対お前を死なせたりしないから」

重装兵「はいはい。期待してる期待してる」

飛行場姫「もちっと期待したってバチは当たんねーんだけどな~~!! ……ま、いいや」



飛行場姫「レ級、ヲ級、タ級! ワイハー行くぞワイハー!」ギャーギャー


レ級改「おっ? なんだ急に」ヒョコ


タ級改「この時期にハワイへ行くなんて正気じゃありませんね」ヒョイ


ヲ級改「じゃあ腹肉オバサンは行かないの? 私はついて行くけど」ニョッキリ



タ級改「まさか。それでも私は姫様の部下として……オラこの腐れ空母コラ」グシャッ

ヲ級改「あばばっ、ばばっばっ!!! 頭蓋がっ! 頭蓋がぁぁぁ!」ビクンビクン

飛行場姫「お前ら、迷惑かけたな! 別に悪いと思ってないけどな! 一応な!」

レ級改「姫様はそうでなくっちゃ」ケラケラ

タ級改「どこまでも、地獄まで一緒ですよ」

飛行場姫「それはお前一人で勝手に行けよ」

タ級改「ひ、ひどい!?」




ヲ級改「人間くん、ありがとね」ヒソヒソ

重装兵「好きになった方の負けだよな。こういうのってさ」ヒソヒソ

ヲ級改「んふふ。それちょっと可愛いからご褒美あげる」チュッ

重装兵「お、おいっ!」

ヲ級改「君良い奴だね。ま、私は提督の方が好みだけど?」

飛行場姫「ゴラァ!! なにをしとるか貴様らぁ!」ウガァ

ヲ級改「秘密~♪」

20 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:52:02.94 GUujIImdo 20/111


3月21日

朝 海洋連合 ラバウル総司令部


重装兵「――――以上が五位の姫からの伝言です」

長月「ご苦労。よく伝えてくれた」

重装兵「あの、長門さんは?」

長月「あいつは別に司令部要員じゃ無いぞ。今は艦隊の任務で哨戒へ出てるよ」

嶋田「……」

重装兵「ご無事なんですね。よかった」

長月「お前が心配すると面白いな」ケラケラ

重装兵「もう今は仲間のつもりですから。失礼します」

長月「ありがとう。じゃあな~」



嶋田「……長門君のシグナルは」

長月「もう無い。沈んだと考えるのが妥当だろうな」

茶色妖精「日向殿も捕まったまま、人質の姫も帰して最早おらず……長月殿、この後はどうされるのか?」

長月「私が何か考えてると思うか? 駆逐艦だぞ駆逐艦」シレッ

嶋田「……職務放棄するな」

茶色妖精「頼むでござる……」

長月「逆に妖精に何かウルトラCは無いのか。超能力使ったりさ」

茶色妖精「そんなものはござらん。もしあっても使えんでござる」


長月「艦娘作ったんだから最後まで責任取れ~」


茶色妖精(長月殿の目が据わってござる……)


長月「ていうかお前らは一体いつまで私たちの味方をしてくれるんだ」

茶色妖精「いつまでとは?」

長月「海洋連合の奴らが死んで居なくなったらどうするんだ。また人間に頭下げて場所借りて戦い続けたりとか」

茶色妖精「そうでござるな。まだ確認を取っておらんので今から言うことを妖精全体の決定だとは思って欲しくないでござるが……」

長月「うん」


茶色妖精「おそらく我々は人間を見捨てるでござる」


嶋田「見捨てる……?」

茶色妖精「元々人間の生態系破壊についての議論から始まった分裂ですからな」


茶色妖精「あれは人間の可能性を信じるが故の同盟でござったし、またその上に成り立つものでござった」

長月「それは最早無い」

茶色妖精「うむ。結局艦娘は所詮ただの道具と見なされこき使われ、変わろうとした人間は仲間内から排除されてしまった。その帰結がブインでありこの場所でもある」

長月「……」

茶色妖精「我々のそもそもの目的は地球の生命を守ること。この場所が無くなれば、残った道は一つだけでござる」

嶋田「人間としてはなんとかお助け願いたいもんだがな」

茶色妖精「妖精としてもそうしたいのは山々なのですが。まぁ少なくとも海洋連合が残っている間は妖精は人間の味方でござるよ」

長月「そりゃありがたい」

21 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:53:28.01 GUujIImdo 21/111


昼 ハワイ 宮殿



会議室には一匹の妖精と一体の深海棲艦のみが居た。



大妖精「大体は文章で読ませてもらった。今日はお喋りしたいが時間も無い。何か伝えたいことがあったら今伝えておいて欲しい」

空母棲姫「配下としてお預かりしていた第三位を失ってしまいました。私の不徳の致すところです。この処分は――――」

大妖精「八位、他の姫たちはどうした」

空母棲姫「……帰ってくるよう再三呼びかけをしたのですが。申し訳ございません」

大妖精「残念だよ。実にね」

空母棲姫「しかし、この勝利によって艦娘は組織的な動きが出来なくなりました」

大妖精「ああ、その点についてはよくやってくれた」

空母棲姫「海洋連合の処分なのですが、いかがいたしましょう」

大妖精「捨て置け。あっちは戦力補強もままならない集団だ。こちらの好きなタイミングで叩けば潰せる」

空母棲姫「はい」

大妖精「お前の妹に当たる存在も間もなく完成するからな。攻撃するのはそれからでも遅くない。今はとにかく儀式と人質になった姫の救出を優先する」

空母棲姫「かしこまりました」



空母棲姫「……扉はいつ開くのでしょうか」

大妖精「早く姉に会いたいのか?」

空母棲姫「……はい」

大妖精「私もだ。だがもう少し待ってくれ。最終調整に意外と手間がかかってな」

空母棲姫「何か問題が」

大妖精「うむ。艦娘の中身の覚醒が未だ成ってない。中の存在は確認しているし、こちら側からの呼びかけも届いている筈なんだが……」

空母棲姫「目を覚まさない、ということは命令を受け付けていないのでは?」

大妖精「いや、深海棲艦としての部分が残っている限りそれは無い。マスターコードを通して行う命令は絶対だ」

空母棲姫「扉が開けない可能性、というのは」

大妖精「ああ、そこは心配するな。私が必ず開いてみせる」

空母棲姫「……とても楽しみです」

22 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:54:40.52 GUujIImdo 22/111


空母棲姫「お父様、提案がございます」

大妖精「ん?」

空母棲姫「艦娘は恐らくハワイへ来ます。私の一存で防衛線を構築したいのですがよろしいでしょうか」

大妖精「もちろんだ。軍備関係はお前に一任している。今は行動の主導権も議会にあるしな。今後とも我が悲願成就のため尽力して欲しい」

空母棲姫「力一杯お父様の為に尽くします。それこそが私の生まれた意味です」


娘はその大きな両手で小さな父親を包み、頬に親指を添えた。


大妖精「お前には大いに期待している」

空母棲姫「ご期待には必ず応えます。……ですので一つだけわがままを言ってもよろしいでしょうか」

大妖精「おお、珍しいな。言ってみなさい」

空母棲姫「……扉が開いた時に、呼び戻して頂きたい者が」

大妖精「なんだそんなことか。きっとお前が言っているのは姫のことだろう」

空母棲姫「……はい」

大妖精「なら心配するな。その者も必ず連れ戻す」


空母棲姫「ほんとうですか!」モギュッ


大妖精「痛い痛い! 手に力を入れすぎるな!!」

空母棲姫「も、申し訳ございません」

大妖精「いや、そうだな。勇む気持ちは私もよく分かる。その日にはお前を必ず神姫楼へと呼び出すから。それまでしばし待ってくれ」

空母棲姫「ありがとうございます。命ある限り、お父様のためにのみ戦い続けます。どのようなことでもお言いつけ下さい」



恐れ多くも神である妖精と目を合わせることなどせず、ひたすら下を向き感謝の辞を述べる。

私は間違ったことをしていない。むしろ美しいほど見事に指揮官としての役柄をこなしている筈だ。



大妖精「……うん。だが最優先は他の姫の確保だからな。もう下がれ。私は忙しいんだ」

空母棲姫「はっ!」



それなのに何故お父様は不機嫌なのだろう。

23 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:55:45.91 GUujIImdo 23/111


3月22日 

昼 ハワイ近海


空母棲姫「北緯30度のラインに哨戒機を増やしなさい。あとその位置だと機動部隊が敵に補足されやすくなるから駄目よ」

駆逐棲姫「了解。ではどちらに配置すれば」

空母棲姫「自分では何も考えられないの?」イライラ

駆逐棲姫「す、少し考えて再度作戦書を提出します。失礼しま~す」スタコラ


空母棲姫(指示を出しても中々通らない。……あの子が居ないだけでこんなにも効率が悪くなるなんて)


離島棲鬼「ああ、姫様。大妖精様からの許可もいただきましたので紹介しますわ」

空母棲姫「……?」

離島棲鬼「私に新たに仕えることとなった艦娘です。以後お見知り置きを」

戦艦水鬼「……」ペコ

空母棲姫「四位……いえ、ちょっと違うわね」

離島棲鬼「同名艦のようです」

空母棲姫「通りで」

離島棲鬼「ですが四位様よりも性能が良いようで……ほら、見てくださいこの艤装。誰も使いこなせず埃を被っていたものですよ」ペチペチ


戦艦水鬼「おい、触るな」

離島棲鬼「あら? 自分のものを触られるのが嫌なのかしら?」ペチペチペチペチ

戦艦水鬼「いや……ハルカは噛み癖があってだな。噛まれるぞ?」

ハルカ「グァオ」ガプッ

離島棲鬼「わ、わ、わたくしの手が!?」

戦艦水鬼「言わんこっちゃない」

ハルカ「グルグル」ギリギリ

離島棲鬼「いだだだだだだだだだだ!!!! 痛い痛い!!!」

戦艦水鬼「ハルカ、あんまり噛むなよ。汚い汁で腹を下すぞ」

離島棲鬼「無礼な! あぁぁぁ駄目よハルカちゃん! 千切れる!! わたくしのオテテが千切れちゃう!!!!」



空母棲姫「ねぇ」

戦艦水鬼「……私ですか?」

空母棲姫「何故今更こちら側についたの」

戦艦水鬼「命が惜しくなったんです」

空母棲姫「舐めてるの」

戦艦水鬼「……」

空母棲姫「嘘つきは嫌いよ」

戦艦水鬼「深海棲艦は夢を見ますか」

空母棲姫「夢?」

戦艦水鬼「艦娘は見るんですよ。夢の中の私は一人の女だった」


空母棲姫(この子、壊れているのかしら)

24 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:56:56.85 GUujIImdo 24/111


戦艦水鬼「毎晩毎晩、今の私には決して手に届かない幸福を掴まされる」

空母棲姫「……」

戦艦水鬼「起きた時の喪失感ときたら無い、虚しい限りだ」

空母棲姫「それと裏切りにどんな因果関係があるの」

戦艦水鬼「もう一度会いたい男がいる」

空母棲姫「……男」

戦艦水鬼「この世界でまた会えるのなら今まで築いてきた地位なんていらない。戦艦としての誇りだって捨てられる」

空母棲姫「……」

戦艦水鬼「同胞だった艦娘に裏切り者と誹られようと忌み嫌われようと知るものか……私は自分の一番望んだことをするだけだ」

空母棲姫「……」

戦艦水鬼「なぁ、お姫様。自分で聞いておいて目を背けないでくれよ」

空母棲姫「…………」


戦艦水鬼「穢らわしいって顔してるな」クスクス

空母棲姫「もういいわ。ありがとう」

戦艦水鬼「冷たいじゃないか。目くらい合わせてくれよ」

空母棲姫「その必要は無いわ。側近、この子を連れて下がりなさい」



離島棲鬼「いだいいだいいだいぃぃぃ!!」

ハルカ「グラァァ」ゴリゴリ



空母棲姫「……」

戦艦水鬼「怖いのか」

空母棲姫「は?」

戦艦水鬼「そうかそうか。あはは! なるほど、だから目を合わせたくないわけか」

空母棲姫「……いい加減に不愉快な子ね。勝手に納得しないで頂戴」

戦艦水鬼「私の中に自分を見るのが怖いんだな。こんな薄汚い存在と同じ願いを持つ自分がいるかもしれない、それを確かめるのが恐ろしくて仕方ない。あははは……可愛らしいじゃないか」

空母棲姫「へぇ、言うじゃない」ピキピキ

戦艦水鬼「他からいくら見苦しくたって良いだろう。そんなもののために願いを殺すなよ」

空母棲姫「貴女こそ私を同一視しないで頂戴。戦いから逃げた奴と同じ扱いをされるのは癪だわ」

戦艦水鬼「安っぽいプライドだな」ケラケラ

空母棲姫「……下がりなさい。貴女とは気が合わないみたいだし」

戦艦水鬼「そうか。ならそうするさ。……おいハルカ、いつまで噛んでるんだ」



ハルカ「グォ」カポッ

離島棲鬼「や、やっと放してくれた……」フゥ



戦艦水鬼「メッキのお姫様、私は望みのためならなんでも殺す。精々活用してくれ」

空母棲姫「……」イライラ

離島棲鬼「あ、あら? いつの間にか険悪なムードになって……?」

空母棲姫「……さっさと下がりなさい」バチン

離島棲鬼「プベシッ!!」

26 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 19:59:06.42 GUujIImdo 25/111


夜 ハワイ 神姫楼


駆逐棲姫「大妖精様」

大妖精「……なんだ。調整中だから急用以外は通すなと言っただろう」

駆逐棲姫「その、あの、姫様たちが帰ってきました」

大妖精「なんだと!? 何故もっと早く言わん!!!」

駆逐棲姫「いや、だからこうして――――」

大妖精「全員帰ってきたのか!」

駆逐棲姫「はい。五位様、六位様、それと九位様です」

大妖精「それはめでたい!! 宮殿で出迎える!」

駆逐棲姫「かしこまりました」




夜 ハワイ近海 第一次防衛線


空母水鬼「……大妖精様の許可が下りたから本土までエスコートするよ」

飛行場姫「ならこのイカツイ奴らどけてくれね……? 砲門向けられるの怖い」

空母水鬼「みんな、もういいよ」

飛行場姫「ふぃい。助かったよ」

空母水鬼「……五位様は人間のこと諦めたの?」

飛行場姫「ん? 諦めてねーぞ」

空母水鬼「姫様たちがハワイに帰ってくれば海洋連合も無くなっちゃうじゃん」

飛行場姫「トーちゃんの本当の望みを叶えてやれば万事丸く収まる!」

港湾棲姫「……だ、そうだ」

北方棲姫「です!」


空母水鬼「バッカみたい。そんなの無理なのに」

飛行場姫「無理という言葉は行動しないもの言い訳でうんたらかんたら~」

空母水鬼「……」

飛行場姫「ていうかオマエ元気なくね?」

空母水鬼「ノーテンキな五位様にはそう見えるかもね」

飛行場姫「んだとコラァ!」プンプン

港湾棲姫「……本当に辛そうだ。大丈夫か?」

空母水鬼「辛いのなんてチョー当たり前じゃん。六位様も艦娘に毒されすぎなんじゃないですか」

港湾棲姫「……」

空母水鬼「っ、ごめんなさい。言い過ぎました」

港湾棲姫「……いや。気にしてない」



港湾棲姫(辛いのが当たり前)

港湾棲姫(否定だ。以前の私に辛いなどという感情は存在しなかった)

港湾棲姫(冷徹と怒り、人間への憎しみ、そして死への恐怖。それのみが私を構築していた)

港湾棲姫(あの怠惰な日々は私にとっても意味があったのか)

港湾棲姫(今の私は木偶人形のままなのだろうか)

港湾棲姫(……少し、考え直す必要があるみたいだ)

27 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 20:00:11.10 GUujIImdo 26/111


昼 ハワイ 宮殿 会議室


大妖精「おまえたち!?」ドタドタ


飛行場姫「トーちゃんただいま」

港湾棲姫「……帰りました」

北方棲姫「帰りました!」


大妖精「よく、よく無事戻ってきた!! よく帰ってきたな!」

飛行場姫「大げさだって」ケラケラ

港湾棲姫「……申し訳ございません」

北方棲姫「ございません!」

大妖精「ああ、もう良いのだ。今までのことは水に流そう。お前たちの無事な姿を確認出来ただけで……」


飛行場姫「トーちゃん、折り入って話があるんだ」


大妖精「とにかく帰還を祝ってのダンスパーティをだな――――」


飛行場姫「トーちゃん」


大妖精「……どうしたんだい」

飛行場姫「話があるんだ」

大妖精「……」

港湾棲姫「……お父様、第五位の話を聞いてあげて下さい。お願いします」

北方棲姫「お願いします!」

大妖精「お前たち全員がそう望んでいるのか」

港湾棲姫「……はい」

北方棲姫「うん!」

大妖精「……二人きりになれる場所が良いか?」

飛行場姫「うーん。そうだな~。出来ればそっちのが良いかも」


大妖精「ついてきなさい。場所を移そう」

28 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 20:01:44.52 GUujIImdo 27/111


昼 ハワイ 大妖精の部屋


小さな妖精が移動した先は自室だった。

そこには飛行場姫の読めない文字で書かれた本が壁中に埋まっていた。


大妖精「ここなら邪魔も入らないだろう」

飛行場姫「ありがとトーちゃん」

大妖精「それで、どんな話かな」

飛行場姫「トーちゃんは私のこと好きか?」

大妖精「勿論好きだよ」

飛行場姫「即答とかウレシーぞ」ケラケラ


大妖精「でも人間は滅ぼすよ」


飛行場姫「……誰かから聞いた?」

大妖精「ああ。人間の男と色々あったそうじゃないか」

飛行場姫「うん。そなんだ。好きになっちった」

大妖精「ふざけるな!! そいつは人間だぞ!!!」

飛行場姫「ふざけてないよ」

大妖精「黙れ!!!!」

飛行場姫「……」

大妖精「眷属の長たる姫がなんという!!!」

飛行場姫「トーちゃん」

大妖精「あ?」

飛行場姫「私もトーちゃんのこと大好きだよ」

大妖精「ふあ!?」


飛行場姫「ネーちゃんたちを蘇らせるって話もホントか」

大妖精「……本当だ」

飛行場姫「白ちゃんや黒ちゃんを殺したのも、ホント?」

大妖精「……ああ」

飛行場姫「どうして? あの二人はトーちゃんの仲間だろ」

大妖精「奴らはそういう役柄だったのだ。死ぬべくして死んだ」

飛行場姫「役柄ってなんだよ。そんなんで殺すのは酷すぎるよ」

大妖精「そうすべきだからしたまでだ」

飛行場姫「じゃあ私の役柄はなんなの? その役柄ってどう決まってんだ?」

大妖精「……」

飛行場姫「トーちゃんさ、寂しいんだろ」

大妖精「さび……」

飛行場姫「私、分かってたのに無視しちゃってた。ゴメンな?」

大妖精「そ、そんな寂しいわけ無いだろ。私は全然寂しくなんか無いぞ」

飛行場姫「一位、二位のネーちゃんは本当にトーちゃんのこと好きだったよな」

大妖精「……そうだな。実にいい子たちだった」

飛行場姫「でも、もう居ないんだ。そんで、死んだ奴らは帰ってこないし……来るべきじゃない」

29 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 20:03:08.86 GUujIImdo 28/111


大妖精「……」

飛行場姫「私も色々考えたけど、トーちゃんのやろうとしてることは間違ってる」

大妖精「間違っていない」

飛行場姫「妖精のすべきことからズレてるじゃん」

大妖精「姫ちゃんには分かるのか」

飛行場姫「世界の秩序のためだよ。みんなそう信じて戦ってる、はず」

大妖精「……昔はそうだった」

飛行場姫「今もそうであって欲しいんだけどな」

大妖精「戦いが憎しみの連鎖となって渦巻いている。もう何もかも変わってしまったんだ」

飛行場姫「元に戻れるって」

大妖精「無理だよ。もう個人の願いで何とかできるものじゃない」

飛行場姫「うん。なら今日はトーちゃんにそれが出来るって確信して貰うよ」

大妖精「……姉さんたちと会いたくないのか?」

飛行場姫「会いたいよ。けど会っちゃいけないんだ」

大妖精「人間に何と言いくるめられたか知らないけど姫ちゃんの言うことは聞けない」

飛行場姫「このとーり!」ペコリ

大妖精「駄目。駄目ったら駄目」

飛行場姫「……分かった。最終手段だ」

大妖精「……」


飛行場姫「トーちゃん、触っていいか?」


大妖精「? 勿論良いけど」

飛行場姫「じゃあ、触るな~?」


姫は小さな妖精を両手で包み、頬に親指を添える。


飛行場姫「やっぱこの持ち方だと落ち着くわ~」ムニムニ


大妖精(手が柔らかくて温かい。……気持ち良い)


飛行場姫「んー。トーちゃん、ちゃんと食ってんのか? 前より痩せてるぞ~」ムニムニ

大妖精「娘が敵地からなかなか帰ってきてくれなかった心労かな」

飛行場姫「それ言われるとつれーなー」ケラケラ

大妖精「触ってくれるのは嬉しいけど、それくらいで私は心変わりしないよ」

飛行場姫「してくれねーと困るんだな~これが」

大妖精「……余裕だね」

飛行場姫「まだ奥の手が残ってるからな~」

大妖精「奥の手?」

30 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 20:04:45.88 GUujIImdo 29/111


互いの瞳には互いの顔が映り込んでいた。


飛行場姫「トーちゃん、ちょっとびっくりするかもだから注意してな」

大妖精「今更何を言われたところで驚きもしないけど……」

飛行場姫「じゃあ……」





飛行場姫「リンク、開始」





大妖精「!?」




奥の手は言葉ではなかった。

艤装と使い手が絆を結ぶための儀式である筈の行為だった。

触れた部分から彼女が流れ込んでくる。




大妖精(馬鹿な、生体リンクをこんな)




委ねられた者はその心の中を覗くも傷つけるも自由自在となる。

それがどれ程危険な行為であるか、姫をデザインした大妖精だからこそ理解出来た。

艤装ならまだしも今回の相手は妖精である。


知って尚、彼女は自分の精神を私にまるごと委ねようしているのだ。



大妖精(艤装を適正に使うためのリンクをこのような方法で使うとは……無謀以外の何物でもない)

大妖精(自信があるのか捨て身なのか)



飛行場姫「トーちゃん、これが私の全部だ。全部見てくれ……それで判断してくれ」



そこには日毎に人間と艦娘への憎しみが消えていく彼女の記憶と感情があった。

南の島での記憶は常に笑顔に満たされていた。

信頼できる仲間と友に囲まれた彼女の幸せのかたち。

人間と艦娘と深海棲艦と妖精が暮らす奇跡の時間を、大妖精は彼女の目を通して見た。

31 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 20:06:05.00 GUujIImdo 30/111



大妖精(……暖かい世界だ)


長年戦い続けた指導者にとってもその場所は優しさに満ちていた。


大妖精(いや違う!! これは姫の感情で、私のものではない。断じて違う)


記憶の中に日本軍の格好をした男が現れた。


大妖精(こいつか)


男が死を望んでいることが大妖精も分かった。

彼女の心が次第に男へ傾いていく状況も容易に掴めた。


再び戦いが始まるかもしれないとなった時、心の中が乱れ始める。


姫による議会

身内同士での決裂

そして開戦

敗北


心の中の乱れは収束することなく、現実の流れの中でその振れ幅を大きくしながら彼女を揺さぶり続ける。

それでも彼女が思考停止した安易で楽な道へと進むことが出来ない理由。

揺さぶられ続ける理由そのものが大妖精には見えていた。


友である艦娘を守る意思、深海棲艦としての立場、姫として滅ぼすべき敵である筈の人間に恋をする自分、そして……



大妖精(…………これは私か)



彼女の父とも言える妖精。


彼女の心の中は大切に思う全ての存在で入り乱れていた。

心の乱れはそれら全ての幸せを願うが故の迷いであった。



大妖精(愚かな。自分のことすらろくにこなせないくせにこれ程他人を抱え込んで)

大妖精(………………私は)

大妖精(私はこの子にこんなにも愛されていたんだな)

32 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 20:07:40.35 GUujIImdo 31/111


大妖精「……妖精相手に生体リンクするなんて自殺行為だよ」

飛行場姫「おかえりトーちゃん」

大妖精「もし私に悪意があれば――――」

飛行場姫「トーちゃんはそんなことしないだろ」

大妖精「しないけどさ」

飛行場姫「トーちゃん、私の言いたいこともう分かるよな」

大妖精「……」

飛行場姫「トーちゃんは寂しいんだろ」

大妖精「……私は指導者だ。そんなことを言える役柄じゃない」

飛行場姫「言っていいんだよ。役柄なんて気にすんな」

大妖精「それは出来ない」

飛行場姫「役柄で縛ったままじゃお喋りも出来ないじゃん。私にだけでいいからホントのこと言ってみなよ」

大妖精「…………」

飛行場姫「だってさ、私だけ全部見せるのなんてフェアじゃねーじゃん?」

大妖精「出来ないよ。今までの自分を裏切ることになる。今までの犠牲に対しても……」

飛行場姫「そうやって自分を守るために他人を殺した男を私は知ってるよ。トーちゃんも知ってる」

大妖精「あんな下劣な人間と私が同じだと言うのか」

飛行場姫「私が好きな人間のこと下劣って言わんでくれよ~。あと、いい加減自分を騙し続けるのもやめなよ」

大妖精「騙してない」

飛行場姫「ほんとの自分なんてどうしようも無いものなのに、高尚なものであろうとして嘘ついて殺して」

飛行場姫「トーちゃんちっちゃいんだから。身の丈にあった自分のホントの言葉で喋って欲しいって思うんだけどな」



そうだ。私は小さい妖精なんだ。指導者なんていう人間的で前時代的な重荷に耐えられるほど強くはないんだ。



大妖精「……私は死ぬほど寂しい。孤独でどうしようもない」



言うつもりの無かった本音は容易くこぼれた。



飛行場姫「……」

大妖精「ああ、言ってしまった、言ってしまった……」

飛行場姫「言っちゃったね」

大妖精「もう私はおしまいだ。私は自分の役柄を捨ててしまった!」ワナワナ

飛行場姫「んなもん、最初っから捨てれば良かったのに」ケラケラ

大妖精「笑い事じゃない!」

飛行場姫「笑い事だよ。ウリウリ」コチョコチョ

大妖精「うあっ、うひっ、むひひっ!」

飛行場姫「そーれそーれ」コチョコチョ

大妖精「や、やめろ姫むひょひょひょ!」

33 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 20:09:22.78 GUujIImdo 32/111


~~~~~~

大妖精「ひぃひぃ」ハァハァ


手の中の妖精が笑いすぎて、笑いすぎたせいで自分への怒りすら忘れてしまったタイミングで彼女はまた話を切り出した。


飛行場姫「な? 弱音吐いたところで何も変わんないっしょ」ケラケラ

大妖精「……物事はそう単純じゃないよ」

飛行場姫「複雑にしようとしてたのはトーちゃんだよ」

大妖精「当たり前だ! 弱い私を誰も認めてはくれない!」

飛行場姫「指導者失格ってか」

大妖精「そうだ」


飛行場姫「じゃあ選ぶのだ!」


大妖精「選ぶ?」

飛行場姫「今までみたいに強いフリしたままで孤独か、弱くてもいいから娘に囲まれるか」

大妖精「……強いままで囲まれたい」

飛行場姫「んなん無しだよ。強いフリしてるトーちゃん『役柄役柄』うるさいし、本音で喋ってくんねーんだもん」

大妖精「強いふりのままでは駄目なのか?」

飛行場姫「駄目。フリだけで作り上げたものは必ず壊れちゃう」

大妖精「……」

飛行場姫「今のトーちゃんもそうだろ。お互いフリだけだからこそ寂しい思いしてるんだよな」

大妖精「……そんな弱い私を他の娘たちは受け入れてくれるのだろうか」

飛行場姫「他の奴らが受け入れなくても私だけは受け入れるよ」

大妖精「……」

飛行場姫「三位のネーちゃんも七位もいなくなっちゃったけど姫はまだいっぱい残ってる」

大妖精「だから我慢しろと?」

飛行場姫「うん。居なくなった奴らの分までトーちゃんのこと大事にするから」

大妖精「だが、私はお前の姉たちを本当に……」


飛行場姫「トーちゃん、やっちゃ駄目だ」


大妖精「……」

飛行場姫「私、人間はもう諦めるよ。やっぱあいつよりトーちゃんの方が寂しそうだし、多分トーちゃんの側にいてやんねーと駄目だって思う」


その言葉は、彼女の心の中を覗いた者にしか分からない重みを持っていた。


大妖精「……それでいいのか? 姫ちゃんはまだあの男のことを」

飛行場姫「確かにアイツの事も好きだけど、トーちゃんも同じくらい好きだから。……って見たんなら知ってるだろ?」

大妖精「……」

飛行場姫「あいつは人間のわりによく心得てる奴だからな。大丈夫だ。私はこれからずーっとトーちゃんと一緒にいる」ケラケラ

大妖精「……」

飛行場姫「今まで寂しい思いさせてすまんかった。まぁ今後ともよろしくな!」


黒妖精の言っていたことは本当だった。


この子はこんなにも私の魂を救ってくれている。

34 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 20:11:23.15 GUujIImdo 33/111




大妖精「……馬鹿者。そんなこと、当たり前だ」ポロポロ



飛行場姫「うんうん」ムニムニ

大妖精「子供はずっと親の元に居るべきなんだからな! 嫁なんて行くのはオカシイんだよ!」ポロポロ

飛行場姫「自然界的にはトーちゃんの方がおかしいぜ」ゲラゲラ

大妖精「おかしくない! 普通のことだ!」

飛行場姫「わーかったわかった。よしよし」ムニムニ


大妖精「……黒も白も私が殺してしまった」

飛行場姫「そっか。トーちゃんは酷い奴だな」

大妖精「怒らないのか」

飛行場姫「すごく怒ってるよ」

大妖精「……」

飛行場姫「だからもうやめよう。殺して殺されて、虚しいだけだよ」

大妖精「例え私個人が変わっても全体の状況は変えられない」

飛行場姫「ううん。これは最初にトーちゃんの意思で始めたことだ。ケリつけるのもトーちゃんの仕事」

大妖精「……出来るかな」

飛行場姫「私のトーちゃんは世界を守る意思とその為の手段を持った強い奴だ。この世界で出来ないことなんて何も無い」

大妖精「世界を守る、か。懐かしい響きだ」

飛行場姫「ていうか出来なくてもやらなきゃ駄目っしょ」ケラケラ

大妖精「分かった。やってみよう」

飛行場姫「それでこそ私のトーちゃんだ」クス




大妖精「実はな」

飛行場姫「ん?」

大妖精「姫ちゃんは作りも特別なんだ」

飛行場姫「そりゃ私は特別だけどさ」

大妖精「そうじゃない。基本的なハードの構造は他のモデルと変りないがソフトの制作段階で艦娘の艦魂構造をベースにしたため我々が作った兵器としての理論的な行動制約が無い形に――」

飛行場姫「あーもう、トーちゃんその手の話喋り出すと長いからいいよ」

大妖精「酷いぞ姫ちゃん」




飛行場姫「日向をこっちで捕まえてるよな?」

大妖精「うん。アレの中身が鍵だから」

飛行場姫「帰してあげよう。んで艦娘との戦争の時間ももうオシマイだ」

大妖精「人間は……あの愚かな生物はどうする。許すのか」

飛行場姫「許しはしないよ。変わることを信じるんだよ。そんで海洋連合の奴らみたいに私たちから人間を変えるための努力をしよう。武力を背景にな」ケラケラ

大妖精「姫ちゃんは人間が変わると信じてるもんな」

飛行場姫「実際変わったやつ居たし? まぁ好きだし多少贔屓だけど?」

大妖精「好きなら、仕方ないか。姫ちゃんの好きは私の好きでもある」

35 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 20:12:40.37 GUujIImdo 34/111


飛行場姫「そうそう。仕方ないんだよ」

大妖精「人間より高位の存在である妖精同士が戦い続けているのは人間を教化する上でも好ましくないもんな」

飛行場姫「だから全部私の言う通りで良いよな」

大妖精「ああ、良いよ」

飛行場姫「父親に二言は無いよな」

大妖精「……無いよ」

飛行場姫「なんで間があったんですかねぇ」

大妖精「他の姫たちが納得するかなって」

飛行場姫「大丈夫。妹たちはトーちゃんの言うことなら渋々でも従うよ」

大妖精「それもそうか」

飛行場姫「うむうむ」




飛行場姫「私たちのせいで沢山死んだな」

大妖精「悲しいことばかりだった」

飛行場姫「そだな。……とりあえず海洋連合の奴らを呼んできてハワイでパーティしようよ」

大妖精「パーティ……というより内外に示すための調印式は必要だな。他の人間に妖精同士の和解を理解させねば」

飛行場姫「あ、そっか。パーティもしたいけどそっちが先か。人間の国とかにも教えないと駄目だもんな」

大妖精「唐突に戦い始めて唐突に和解するんだから解釈に苦労するだろうね」

飛行場姫「そこには語るに語れぬ苦労話が……」ウンウン

大妖精「うひゃひゃひゃひゃ。その顔面白いなぁ」ゲラゲラ




飛行場姫「トーちゃん」

大妖精「ん? なんだい?」

飛行場姫「私の事信じて大切にしてくれて、ありがとな」

大妖精「娘を信じて大切にするなんて当たり前じゃないか。こちらこそ、こんな愚かな父を愛してくれてありがとう」




飛行場姫「これ正面から言われるとちょっち恥ずかしいな」

大妖精「……うん。そうだよね」

飛行場姫「……ふふっ」クスクス

大妖精「うひひひひ」クスクス

39 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:18:52.35 GUujIImdo 35/111


3月23日

昼 海洋連合 ラバウル総司令部


夕張F「……ソ連籍を名乗る大型輸送船が最外殻域から代表とのコンタクトを求めています。それから『私は諸君らの楽園への導き手である』とのモールス信号を一分おきに発信している模様」

長月「だーかーらー。そちらの提案はとても了承できるものでないと何度も言っているだろうが!」

夕張F「ご、ごめんなさい」

長月「あ、いやすまん。お前にじゃなくてその向こう側に居る連中にだな……」

夕張F「先ほどの旨をそのまま打電しますか?」

長月「いいや。了承できないと強く言っておいてくれ。鬱陶しいモールスもやめろとな。公海法の迷惑防止条例違反だからな」

夕張F「了解」

茶色妖精「公海の迷惑防止条例なるものが存在するのでござるか。いやはや、初耳でござるが」

長月「いや、そんなもの無いぞ。法の条例違反なんて矛盾してるだろ」

茶色妖精「……」


嶋田「ここ数日でソヴィエトもしつこいな」

茶色妖精「長月殿、絶対に提案に乗っては駄目でござるぞ」

長月「わーかってるよー。しかし奴ら艦娘ばっかり欲しがるが、妖精が居なきゃ戦いも出来ないことを知らないのか」

嶋田「致死弾頭にも弱いことも知ってる筈だがな」

茶色妖精「別に戦闘だけが艦娘の使い道ではござらんからな。劣悪な労働下で駒となる存在とも見られますし、致死弾頭があるお陰でむしろ御しやすくて望ましい」

長月「……なるほどな。艦娘のテクノロジーは何にでも活用できると。ソヴィエト式の労働にはぴったりなわけだ」

嶋田「戦闘だけでなく今後も見据えるってか。未来志向なのにどうしてだろう……凄く土臭いな」

長月「そりゃ人民の汗のニオイだ。血まみれのボリシェビキが作った国には未来永劫そのニオイが付き纏う」ケラケラ

嶋田「体制批判も良いが、同志に後ろから刺されても俺は責任持たないぞ」


長月「はぁ……他国を馬鹿にしたって虚しいだけだな」

茶色妖精「長月殿、元気を出すでござる」ポンポン

夕張F「代表……」

長月「またソ連船か? そろそろ水雷戦隊に威嚇攻撃の準備がいるな」

夕張F「いえ、ポートダグラスへ向かったAD28輸送船団からです。現地で受け取るはずの輸入品が全く用意されていないとの報告が」

茶色妖精「なんと!?」

長月「……オーストラリア政府からの事前通告は」

夕張F「全くありませんでした。ダグラス港湾要員は輸送業者の不手際により準備が出来なかっただけ、との説明を繰り返すばかりのようで……」

嶋田「露骨だな」

茶色妖精「人間とはここまで愚かな……次は自分たちであると何故理解出来んのだ」

長月「取引レートを上げるは消極的サボタージュするわ、やりたい放題というかなんというか」

茶色妖精「秘密裏に取り付けていた協定を無視する国ばかりではござらんか!」

嶋田「怒ってもどうにもならんだろ」

茶色妖精「信義にもとるとはこのことでござる!! いい加減制裁を含めた措置をですな――」

長月「人間の不興を買うと理解して、それでも制裁やるメリットってあるのか?」

茶色妖精「こちらが干上がる前に対処が必要でござる」

長月「補える範囲では物質転換装置フル稼働させて対応しよう。力に訴えるのは最終手段だ」

40 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:21:24.90 GUujIImdo 36/111


夕張F「だ……代表?? 新たな入電が」

長月「どうした? もう何でも来い」

夕張F「ハワイからです」

茶色妖精「あの暗号通信をよく解析出来たでござるな」

夕張F「いえ、それが、その、我々の司令部宛なので」

長月「ハワイから来るなんて初めてだな。読んでくれ」

夕張F「……長いですよ?」

嶋田「何言ってるんだ。長くても読むのが仕事だろ」

夕張F「じゃあ読みますね。 ――――我々の目的は全ての生命に公正な存在の機会を与える立場から人間の野蛮と言わざるをえない行いを否定し、現状を打開することにあった。この戦争は人間という種の傲慢に対する罰であり、また問題の最終解決を人という存在を滅ぼすことによって図るものであった。我々は決して自らの利益を求めず、領土拡張の念も有していない。妖精倫理に反した生命与奪など望むべくもない。しかし不幸な意見の分裂から袂を分かった妖精同胞、及びその眷属たる艦娘との戦闘行為は我々の本義とは反すにも関わらず、相互に不本意な関係を継続し続けてきた。我々はこの不要な対立に終止符を打つため双方の代表による対話の場を設ける意思がある。この場においては双方の関係の改善のためあらゆる手段が用いられるべきであり、相互に議題を持ち寄る中で和解への道を探ってゆき最終的には共同で課題を解消することを目的としたい。よって」

長月「いやちょっと長くないか!?」ビシィ

夕張F「だから長いって言ったじゃないですか!」

長月「すまん。想像以上に長かった」

茶色妖精「しかしこの内容、降伏勧告とは違いますぞ」

嶋田「そうだな。武装放棄や降伏勧告と言うよりも……」

長月「対等な立場での停戦に向けた動きに見える」

夕張F「はい。この後も休戦や停戦を匂わせるワードが散りばめられています」

長月「圧倒的優位な状況で何故だ。あと一歩で我々は滅びるのに」

茶色妖精「今更という感じでござる」ホジホジ

嶋田「今更とかごちゃごちゃ考えるまでもない。これに飛びつかなきゃ死ぬ。話はとてもシンプルだと思うが」

茶色妖精「罠だったら飛びついても死ぬでござる。あ奴の体の良い嘘でござるよ。乗る必要はござらん」

嶋田「だから、どうせ死ぬんだったら少し位信じてみろよ」

茶色妖精「あのような妖精を信じるくらいなら戦って散ったほうが幾分かマシでござる!」

嶋田「やかましい! さっさと他の妖精にも聞け!」

茶色妖精「い~や~で~ご~ざ~る~」

嶋田「こ、こんの腐れ妖精! 死ぬなら一人で死ね! 俺はお断りだ!」

長月「……五位の姫が何か仕掛けたのかもな」

嶋田「そういや、父親に会いに行くとは言っていたっけな」

茶色妖精「いやいや。あの妖精がそんな簡単に変わるなら苦労はしないでござる」

長月「10年変わらなかったものが1日で変わったりするじゃないか」

茶色妖精「……長月殿も嶋田殿と同じ楽観派でござるか」

長月「私はこのクソ男と違って命が惜しいわけじゃない。どうせ死ぬなら姫を信じてみたいんだ」

嶋田「結局俺と変わらねーじゃねーか。命が大事なんだろ」

長月「命は大事だけどさ。その大事な一度っきりの命を自分の希望に賭けてみたい」

茶色妖精「……」

長月「姫を信じるのは私の希望でもあるし、その信じた先には私たちの目指す場所があると思う。だからそうしたい」

嶋田「雅晴の艦娘は筋金入りだ」ヤレヤレ

茶色妖精「……長月殿がそう望むのならそれが海洋連合の総意で良のでは」

嶋田「民意もクソも無いな」

長月「海洋連合は公平公正を求める有志による独裁国家だからな」ケラケラ

長月「夕張、今から言うことをハワイに伝えてくれ」

夕張F「は、はい!」

長月「『こちらには対話を行う意思がある。詳細を求める』」

41 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:23:19.08 GUujIImdo 37/111


3月24日

夜 ハワイ 離島棲鬼の棲家


離島棲鬼「♪~」

戦艦水鬼「なぁ……まだやるのか」

離島棲鬼「当たり前ですわ。朝まで続きますよ」

戦艦水鬼「いい加減飽きたんだが」

離島棲鬼「貴女は満足したかもしれませんが私はまだ満ち足りておりませんから?」

戦艦水鬼「また別の日で良いだろう」



離島棲鬼「駄目ですわ! 服の試着会というのはとても大事なイベントなのですから」



戦艦水鬼「……」ハァ

離島棲鬼「とてもよく似会っているのに……感性がいただけませんわね」

戦艦水鬼「最初にくれたドレスが一番気に入っている」ヌギヌギポイ

離島棲鬼「本当によくお似合いですわ」

戦艦水鬼「ならいいだろうが」シュルリ

離島棲鬼「本気服は何着あっても足りないものです」


戦艦水鬼「お前は本気服を何着くらい持ってるんだ」

離島棲鬼「50着程でしょうか」

戦艦水鬼「……あったところで使わないだろ」

離島棲鬼「勿論使いますわ。毎日同じ服など私の美意識に反します」

戦艦水鬼「どこにある」

離島棲鬼「えーっと、そこの棚ですわね。あ、見るのは良いですがベタベタ触るのは許しませんから」



戦艦水鬼「こいつらか」ベタベタ

離島棲鬼「……もしもし? そこの方?」

戦艦水鬼「あ?」

離島棲鬼「触るのは許さないと言いませんでしたか?」

戦艦水鬼「これ、それぞれ刺繍の入り方が違うだけだぞ。ほとんど同じのばかりだ。どこが違っている」ベタベタ

離島棲鬼「で、ですからベタベタ触るのは……シワはきちんと伸ばしてから畳んで……」(#^ω^)ピキピキ

戦艦水鬼「答えろ」

離島棲鬼「……刺繍の入り方が違えばそれは違う服ではありませんか」

戦艦水鬼「……」

離島棲鬼「オシャレとはすなわち! 自らの美意識との対話ですわ。私は日々違う刺繍の服を着て自らを武装しているのです」

戦艦水鬼「……」クス

離島棲鬼「あら? 貴女今笑いました?」

戦艦水鬼「笑っていない」

42 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:25:29.98 GUujIImdo 38/111


離島棲鬼「一つ聞いてもよろしいかしら」

戦艦水鬼「なんだ」

離島棲鬼「貴女には大切な人が居たのよね。だからこちら側へ来ることを選んだ」

戦艦水鬼「……ああ」

離島棲鬼「その人を天秤にかけるならどれ程のものを対価として差し出せるのでしょうか」

戦艦水鬼「下品な質問だな」

離島棲鬼「これから既存の価値観を壊そうと試みる者が今現在の品格に固執するのはどうかと」クスクス

戦艦水鬼「決まっている。この世の全て差し出せる」

離島棲鬼「欲求に正直ですわね。本末転倒な程にですが」

戦艦水鬼「だからここにいる」

離島棲鬼「なるほど」クスクス


離島棲鬼「ではその男性はどこがそれ程に魅力的なのか、とてもお聞きしたいわ」

戦艦水鬼「お前とは関係無い」

離島棲鬼「艦娘の世界では直属の上司をお前呼ばわりして許されるのでしょうか?」

戦艦水鬼「私は誰かの下世話な欲求を満たすために存在しているわけじゃない。第一、それも馬鹿らしい既存の枠組みだぞ」

離島棲鬼「ならば既存の枠組みからの命令です。喋りなさい」

戦艦水鬼「殺すぞ」

離島棲鬼「あら怖い」クスクス


離島棲鬼「ならば先鞭をつける意味で私の下世話な話から聞かせましょう」

戦艦水鬼「……」

離島棲鬼「私が自分の姫様を嫌いだった話です。過激で頑固で、合理性よりも忠誠を優先する愚かな方でしたので?」

戦艦水鬼「……」ベタベタ

離島棲鬼「さっきから私の服ばかり触っていますが、話を聞いていますの?」

戦艦水鬼「聞いている。続けろ」ベタベタ

離島棲鬼「くっ……! 私は重用されることを欲しての仕官でしたから、その程度想定の範囲内でしたわ。むしろ上司は愚かな方が部下である私の活躍の場も増えるというものです」

戦艦水鬼「呆れた権力欲だな」

離島棲鬼「大きな歯車の中で部品ではなく自分でありたいと願うなら当然の帰結ですわ」

戦艦水鬼「……お前たちの世界も厳しいのか」

離島棲鬼「大妖精様はある意味全ての深海棲艦の父であるのに、あの御方のことを『お父様』と呼ぶ者は限られている。お気づきでして?」

戦艦水鬼「……」

離島棲鬼「量産型やその成り上がりのブレインはどうあがこうと下位種と呼ばれ消耗品として扱われる。元艦娘が上り詰め、艤装を調整された姫になろうと……あの御方のことを『お父様』とは呼ばない」

戦艦水鬼「……ああ」

離島棲鬼「『お父様』と呼べるのは生まれながらの姫だけなのです。私の姫様は、数少ない姫、の筈でした」

戦艦水鬼「はず、か」

離島棲鬼「実際には、私の姫様はオリジナルを模倣した量産モデル第一号だったのです」

戦艦水鬼「……」

43 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:27:43.40 GUujIImdo 39/111


離島棲鬼「あの人が序列三位として在り続けたのも五位を守るため大妖精様の方策だったのですよ。敗北の責任が五位に向かないよう、五位が他の一位や二位、彼女の姉たちと同じように死ぬことが無いよう配慮された存在」

戦艦水鬼「当て馬と同じだな」

離島棲鬼「いいえ、正確にはスケープゴートですわ」

戦艦水鬼「……すまん間違えた」ポリポリ

離島棲鬼「どうしてこういう時は素直なのですか!?」

離島棲鬼「……模造品であるとも知らずに私の姫様ときたら『自分は三位だから』と自尊心の塊ですから。お父様お父様と無邪気な人間の子供のように大妖精様に付き従って」

戦艦水鬼「さぞ空回りしたんだろうな」

離島棲鬼「あら、分かりますか?」

戦艦水鬼「あの戦場での悲壮な表情から想像は出来る。裏切られても尚相手を信じようとする女の顔を見ればな」

離島棲鬼「……ええ。姫様は大妖精様にしてみれば完全な失敗作だったようですわ」

戦艦水鬼「お前も気の毒な奴だ」

離島棲鬼「何故私が?」

戦艦水鬼「他の奴が空回りしてる姿は気持ちの良いものじゃない。目ざとい奴には尚更な」

離島棲鬼「お褒めに預かり……別に、私とは関係の無いことですから」

戦艦水鬼「つまらない嘘だ」

離島棲鬼「……」

戦艦水鬼「関係無い存在のために一生懸命になるわけがない」

離島棲鬼「……自分の執着をつまびらかにするというのは案外恥ずかしい行いですわね」

戦艦水鬼「それがお前が私に強要しようとしたことだ」

離島棲鬼「これは一旦の謝罪を。まぁ半ば分かってはいたことですけれど?」

戦艦水鬼「お前は私が憎くないのか。お前の姫を殺したのは私だぞ」

離島棲鬼「そうですわね」

戦艦水鬼「そんな相手を家に招いて服を着せるだなんて、理解しかねるが」

離島棲鬼「死の意味がなくなる世界でそのような思念は不要ですわ。そう思いませんこと?」

戦艦水鬼「なるほど。一種の開き直りか」

離島棲鬼「癪に障る単純な要約をありがとうございます」(#^ω^)ピキピキ

戦艦水鬼「……私の男の話を聞きたいか」

離島棲鬼「話してくださるのでしたら、是非拝聴したいですわ」

戦艦水鬼「艦娘は程度はどうあれ指揮官である者のことを好意的に捉える。そうしないと組織として成り立たないからな」

離島棲鬼「私たちですと作るのも運用するのも大妖精様でしたが、貴女方の場合だと……」

戦艦水鬼「そうだ。作るのは妖精、動かすのは人間。好意を持つのはその間隙を埋めるための措置だろう」

離島棲鬼「なるほど」

戦艦水鬼「私も例外に漏れず自分の上司のことが機械的に好きだった。ある時までな」

離島棲鬼「ある時??」

戦艦水鬼「秘書艦として仕事をしている時に手が触れたんだ」

離島棲鬼「まぁ、近くで働いていればそんなことも起こりますわよね」

戦艦水鬼「それで変わった」

離島棲鬼「へぇ、どのように」

戦艦水鬼「もっと好きになった」

離島棲鬼「……は?」

戦艦水鬼「もっと好きになった」

離島棲鬼「いえ別に聞き取れなかったわけではございませんが」

44 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:28:39.25 GUujIImdo 40/111


戦艦水鬼「……なんだ。なら何か言いたいことでもあるのか」

離島棲鬼「呆れてモノが言えないくらいです」

戦艦水鬼「なんだと」

離島棲鬼「きっかけが触った時って……少し単純が過ぎるのでは」

戦艦水鬼「…………うるさい。お前には関係無い」

離島棲鬼「そ、それはそうですけれど」

戦艦水鬼「あー、くそっ、話すんじゃなかった。恥ずかしいな」ポリポリ

離島棲鬼「……つまらない話でしたが、話してくれたことには感謝しますわ」クスクス


戦艦水鬼「これを見ろ」スッ


離島棲鬼「? それは私の服で貴女が試着するにはサイズが」


戦艦水鬼「……」ビリビリ


離島棲鬼「な、なにをされっ!? はぁぁぁぁぁ!?!?」

戦艦水鬼「八つ当たり」

離島棲鬼「いや、それは私の服を引きちぎる理由になっておりませんが!?」

戦艦水鬼「うるさい。もう帰る」

離島棲鬼「そんな子供のような!!」

戦艦水鬼「なんだ。やるのか。いいぞ、ステゴロでかかってこい」クイクイ

離島棲鬼「ムッキャァァァ!!!!」

45 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:29:55.87 GUujIImdo 41/111


夜 海洋連合 ラバウル総司令部


瑞鶴「艦娘に招集命令って何かあったのかな」

翔鶴「深海棲艦は撤退したとの噂ですから、ハワイへ攻める算段がついたのでしょう」

瑞鶴「攻めるって言うより突っ込むって感じだけどね」


船団護衛のスケジュールは全て白紙とされ、警戒も含め全ての艦娘が司令部前に集められていた。

この場で何か重大な発表がされることは想像がついたが、それがどのような内容であるか司令部要員以外は何も知らされていなかった。


長月「あー、みんないるよな」


瑞鶴「あ、長月さんだ」

翔鶴「……」


お立ち台の上に立った駆逐艦は全体に向けしゃべり始める。


長月「いや実は深海棲艦から司令部宛に休戦の申し込みが来た」


冗談を言っていいタイミングと悪いタイミングがある。代表を務める艦娘の言葉は冷水と同じ働きを場に与えた。


瑞鶴「この状況でその冗談は全然面白くないんだけど……」

翔鶴「いえまだ何か言うべきことがあるのでしょう」


長月「いや本気だからな」


長良「な、なんでこの状況で深海棲艦が休戦申し込んでくるわけ」

球磨「さっぱり分からんクマ」

矢矧「致死弾が有効である限り絶対優位は崩れない筈だけれど」

伊勢「向こうは向こうで限界だったとか……?」

初霜「……さすがに無理があるわ」

吹雪「……だよねぇ?」

隼鷹「ま~細かいことは良いんじゃねぇの? これで戦いが終わるならそれにこしたことは無いっしょ~」

飛鷹「アンタね……こんなのどう考えても罠でしょ。休戦するにしてもこちらがとても受け入れられない条件山ほど出されてここを隷属化させるに決まってるわ」


長月「……それが対等な立場での休戦になりそうなんだ」


「「「「「「「「「……はぁぁぁ~!?」」」」」」」」」


加古「な、なにがどうなってんだ!? あたし、まったく理解出来てねぇ!」

古鷹「……私も理解出来てない」

磯波「……」

鳳翔「私も疑ったのだけど……」

加古「……確実に負けてたよな。なのになんで休戦なんて」

鳳翔「推測でしかないけど、滞在していた姫の方々が一枚噛んでいる可能性が……現時点では一番高いと思うわ」

46 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:33:21.88 GUujIImdo 42/111


雪風「……」

天龍「おい雪風。聞いたか今の」

雪風「……聞きました。全然信じられません」

天龍「……オレも」

長月「深海棲艦がトラックを放棄して撤退した事実は既に周知のものだと思う」

長月「ここで私がいくら休戦について喋ろうと説得力が無いのは理解している。だから妖精に喋って貰う」

長月「黄色、紫、頼む」


黄帽妖精「あー、あーIt is fine today. ……良いようじゃな」


長月の肩の上に二匹の妖精が姿を見せる。堂々とした老妖精、おどおどした若妖精のアンバランスなコンビだった。


黄帽妖精「ワシはお前たちの敵である深海棲艦の航空機を専門に作っていた妖精だ」

紫帽妖精「ぼ、僕は深海棲艦の艤装を専門としていた妖精です」

黄帽妖精「先ほど、ワシらのところへも大妖精様からの連絡が届いた。休戦の話は本当じゃ」

紫帽妖精「そ、その第一歩として僕らの持ってた設計図や技術ノウハウをそちらの技官妖精へ全て開示しました。その中には貴女方が致死弾頭と呼ぶものへの対策も新たに含まれています。これは大妖精様直々の命令です」



赤帽妖精「……全て事実。今なら致死弾頭脅威ではなし」

海洋連合側の技官妖精は悔しそうに脚注を入れた。



黄帽妖精「このタイミングでの開示に対し逆に不信感を抱くのであれば、兵装に関する技術提携と新兵器の共同開発まで行う許可も出ている。これも大妖精様の提案だ」

紫帽妖精「こ、これは我々技官妖精にとっては死に等しい条件です。積み上げてきた技術的優位を全て失いました。こちらとしては最大限の譲歩と誠意を示しているつもりです」

黄帽妖精「これでまだ大妖精様の誠意が理解出来ないようならワシが教えてやる。技術提携など無くとも貴様らの貧弱な艤装は最早必要が無くなるということ小一時間かかろうと懇切丁寧に実証主義に基づいた説明をだな」


赤帽妖精「ジジイ表出る。即決闘」


黄帽妖精「クソ雑魚艦載機しか作れない貴様らにやられるワシでは無いわ」

紫帽妖精「や、やめて下さい。そんな言い争いももう本当に不毛なんですから……」



茶色妖精「あー、話があちこちしてしまうでござるが、大妖精と名乗る深海棲艦首魁は自らの軍事組織保全を条件に、我々側の妖精コミュニティへの復帰を願い出てござる」

茶色妖精「これはすなわち、この戦争が起きた元凶である妖精同士の対立の解消を意味するでござる」

茶色妖精「……すなわちのつまりですな、今回のは一時的な停戦や休戦でなく深海棲艦との戦争の完全な終わりになるかもということでござる!」

47 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:34:41.73 GUujIImdo 43/111



戦いの終わりは妖精の証言により信憑性を増し、艦娘たちは各々の受け止め方でそれを受け止めた。


矢矧「終わり……? 私達の戦争が……。……っ。あぁ、良か……った」


泣き崩れ地面にへたり込む者。




雪風「……」

天龍「……」


未だその終幕が信じられない者。




霧島「ふざけないで! そんなあっさり終われるわけ無いでしょう!!」

球磨「戦い続けていなくなるのはクマたちの方クマよ?」

霧島「でも、それでも……。私は納得出来ません!!」

榛名「……」


終幕を受け入れつつも否定する者。

それは戦争での犠牲が大きすぎる故の意見だったが、現状を踏まえれば強硬に戦闘継続を唱えることは感情論以上の説得力を持たなかった。

滅びの一歩手前に居るのは深海棲艦ではなく海洋連合の妖精と艦娘の方なのだから。




隼鷹「終わったんだな。……終わったんだぜ? あはは! やったー! 終わったー!」

飛鷹「馬鹿! そんな大声でやめなさいよ!」ヒソヒソ

吹雪「……」

隼鷹「なんだ~お前ら。戦いが終わって嬉しくないのか? なぁ初霜、お前はどうなんだよ」

初霜「わ!? 私は、その、勿論嬉しいけど……」

隼鷹「なら喜べば良いじゃんかよ。不謹慎なツラすんのは死んだ仲間にも申し訳立たないぜ~?」

飛鷹「……その態度が受け入れられない子だって居るのよ」


戦いが終わったことを素直に喜ぶ者。




磯波「まだ終わってません。日向さんはハワイです」

瑞鶴「そだね~。迎えに行かないと不味いかな」

翔鶴「日向なら勝手に帰ってくると思いますけど、まぁ迎えに行ってあげても悪くなというか……そうですね」

瑞鶴「姉さん、素直に迎えに行ってあげたいって言いなよ」クスクス

翔鶴「おま○こ」

瑞鶴「……」ゴツン

翔鶴「いたっ!」


以前の自分を完全に見失った者。

48 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:36:24.01 GUujIImdo 44/111


「長月、土佐でハワイの軍港へ直接乗り込んで調印式とかどう?」

長月「びっくりするくらい自己満足な行為だな……しかもどこかで聞き覚えがあるような……」

「あの頃には長月はとっくに沈んでたから。知らなくて当然よ」

長月「そっかー私は沈んで……ってお前も終戦時には沈んでただろうが!」

「えへへ、メシウマ!」

長月「……終わるのかな」


お立ち台の上から艦娘たちの反応を見て長月はようやく終戦の実感を抱き始めていた。

代表としての公務が忙し過ぎたのだ。


文月「長月ちゃん!」

皐月「長月!」

長月「おー、お前らもいたか。小さくて見えなかったぞ」ケラケラ


文月「第二十二駆逐隊……」

皐月「ボンバー!」ゴッスゥゥゥ

長月「ぐぇぇぇ」


誤解を招かぬよう解説を行いたい。

『第二十二駆逐隊ボンバー』とは皐月、文月による長月への愛のサンドイッチ・ラリアットである。


水無月「あははは! 長月ちゃんの轢き潰した蛙の真似、とっても面白いよ!」

長月「げほげほっ! 何するんだバカども!」

皐月「こうやってボクたちが水雷魂を『教育』しないと長月はすぐダメになっちゃうからね」

水無月「なっちゃうからね~」ケラケラ

文月「なっちゃうんです~」

長月「……アホども」


水無月ともブインからの付き合いだが随分と長く感じるものだ。

皐月、文月は言わずもがな第四管区の頃からの戦友で馴染み深い。

この面子で終戦を迎えられたのは本当に嬉しいことだ。


皐月「……ん?」

文月「あれ?」

水無月「ちょ、ちょっと長月さん?」

長月「どうした?」

皐月「ごめんよ、ラリアット強くやりすぎた……かな?」

文月「長月ちゃん、鼻血と涙が出てるよ?」

長月「え゛」


顔の七つの穴の内四つまでから液体が溢れだしていた。


水無月「少し休んだほうが良いんじゃない? 代表のストレスとかその他もろもろでほら」

長月「お前らな……」

文月「どうしたの?」

皐月「なんだよ~?」

49 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:39:33.52 GUujIImdo 45/111


長月「心配するくらいなら最初っから攻撃するなよ!?」

皐月「それとこれとは話が別っていうか」エヘヘ  文月「ねー?」  水無月「ね~?」キャッキャ

長月「このアホどもーーー!!!!」

加賀「長月。あら、だ、大丈夫……?」


長月「ああ、加賀。鼻血と涙は気にしないでくれ。水雷魂が溢れ出したみたいなものだからな」

加賀「そ、そう? ……ところで、これからハワイへ行くの?」

長月「二週間後にハワイで話し合いだ」

加賀「もう少し急げないの」

長月「まぁ待て。向こうの構図が意外とややこしいんだ」

加賀「独裁体制で動いてるんだから単純なんじゃないの」

長月「昔はそうだったし、今回の終戦の動きは大妖精から出たものではあるんだが、現時点で大妖精は深海棲艦の組織の中で何の権限も持っていない」

加賀「そうなの」

長月「そうなのだ」

加賀「確か姫の子が議会に参加するため一度ハワイへ戻ったわよね。それと関係がある?」

長月「ある。結局は大妖精の傀儡なんだが、今は議会こそが深海棲艦の意思決定組織となってる。その場での終戦へ向けた動きを調停する必要がある」

加賀「……全然終わってないじゃない」

長月「正確には妖精の戦争が終わったと言うべきだったか」

加賀「言葉選びには注意して頂戴。多分みんな勘違いしてるわよ」

長月「でもさっきも言った通り議会は所詮大妖精の傀儡だ。ワントップでトップダウンという以前からのやり方は実際には全く変わってない。後は本当に手続きを済ませるだけなのさ」

加賀「……そう」

長月「仮に大妖精の意思に反して継戦しようとする者が居たとしても何が出来る。妖精はもう戦わない。妖精という後方要員の居ない状況は長続きするものじゃない。……私たちがブインで身をもって体験したようにな」

加賀「駆逐艦風情が随分と筋道だった話をするじゃない」ナデナデ

長月「頭を撫でるなコラァ! そこは予約席なんだからな!」

加賀「じゃあ今度から私も加えて頂戴。手が置きやすくて良いわ」ナデナデ

長月「そんな理由で手を置かないでくれ……」


長月「あ、そうだ加賀」

加賀「何かしら」

長月「七位の姫なんだが、知ってるか?」

加賀「聞いてるわ。トラックで沈んでしまったそうね」

長月「…………うん。そうだ。知ってるなら良いよ」

加賀「そう。彼女ともまた一緒に食事をしようと約束していたのだけれど……叶わなかったわね」

長月「……」

加賀「代表としての仕事も大詰めね」

長月「次期代表は順次募集中だからな。いつでも言ってくれ」

加賀「冗談じゃないわ」

長月「もう少し優しく否定してくれ」

加賀「ふふっ。みんな貴女のことを信頼しているのよ」

長月「私はもうぜーーーったいにやらない。この仕事凄く大変なんだからな!?」

加賀「分かってるわよ。貴女は偉いわ」ナデナデ

長月「……でへへ」

50 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:45:15.57 GUujIImdo 46/111


3月31日

深海棲艦側では連合との講話に向け大妖精派の水面下での動きが大詰めを迎えつつあった。
いよいよ一週間後、ハワイで開催される講話会議において予定されている大まかな議題は以下の通りである。

・戦闘停止および休戦の具体的取り決め
・軍事境界線及び非武装地帯の設定
・太平洋人間諸国との利害関係についての調整

不安材料としては継戦を望む深海棲艦の存在があった。形式だけだが大妖精に既に実権は無く、議会こそが組織運営の中心であったからだ。
だが残った姫の数は四人。その内五位、六位、九位が非戦派であり多数派を占めるため順当に進めば押し切れる予定である。




昼 ハワイ 飛行場姫の棲家


ネ級改「……そう、私の姫様はもう」

飛行場姫「ミッドウェーは繰り上がりでオマエに任せることになる。……頼めるか?」

ネ級改「分かった。任せて」

飛行場姫「頼む。ありがとな」

ネ級改「五位様、あまり気に病まないで。きっと姫様は幸せに逝けた」

飛行場姫「……」

ネ級改「貴女にはあの人の分まで頑張って欲しい」

飛行場姫「……おう。頑張るな」




昼 ハワイ近海 第四次防衛線


レ級改「チョリ~ッス」ゲラゲラ

空母水鬼「……何コイツ、チョーうざいんですけど」

レ級改「本日付でみんなと一緒に防衛線守ることになった仲なんで、そこんとこよろしくっつーか? あ、これ辞令です」ペラッ

空母水鬼「……これ大妖精様のサインじゃん。今は議会のじゃないとダメなの知らないの」

レ級改「そんなお硬いのは徹甲弾の先っちょだけで十分スwwwww。頼みますよ~防衛力強化に向けた『大妖精様の』人事なんで断られるとこっちも困るっつーか?」


空母水鬼(あまり大袈裟に騒ぐと姫様のところまで迷惑が掛かっちゃうかな)


空母水鬼「分かった。認めるよ。でも来たからには働いて貰うからね」

レ級改「チョリ~ッス!」

空母水鬼「……君、どっかで会ったっけ? なーんか顔に見覚えあるんだよね」

?級改「やだなぁ、オリャアただのどこにでも居る航空戦艦すよ~」

空母水鬼「でもブレインだし新造艦じゃないよね。以前はどこに所属してたの?」

?級改「……な、七位様のところで働いてました」タジタジ

空母水鬼「……」

?級改「な、なんか~? よく分かんねーんすけど七位様が艦娘に殺されたみたいで? ミッドウェーにも人事刷新の波が来たっつーか? あ、つーかオネーさん八位様の側近さんすよね?」

空母水鬼「……そだよ」

?級改「七位の姫様が戦ってるとことか見てますよね。なんで沈んだか教えてくれませんか」

空母水鬼「……知らない」

?級改「いや~でも同じ戦場に居たんでしょ~? 頼みますよ~。下っ端なんで全然情報が入ってこないすよ~」

空母水鬼「だから知らないったら!」

?級改「……おーこわ。じゃあ別の奴に聞いときますわ~」ケラケラ

空母水鬼「……」

51 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:47:12.13 GUujIImdo 47/111


昼 ハワイ 工業地帯


離島棲鬼「現場の要求する生産量が達成できていないのですが、これについて何か説明が欲しいところですわね」

技官妖精A「艦娘撃滅によって兵站の優先順位が下がっているんです」

離島棲鬼「勝ったと言ってもまだ艦娘は残っているのですよ? それは誰の判断ですの?」

技官妖精A「大妖精様です」

離島棲鬼「くっ……、そう、大妖精様が。ふーん」



離島棲鬼(生産量が露骨に落ちているという報告から視察に来たけど……議会の命令書一枚で解決できるような案件じゃ無さそうね)



技官妖精A「現在我々はコード442に対して物資リソースを消費しております。弾薬に関しては二の次というのが現状なんです」

離島棲鬼「コード442……なっ!? このアクセスレベルは何ですか!? 鬼である私にすら開示権限が無いじゃない!」

技官妖精A「……」コクリ

離島棲鬼「……もういいです。出直しますわ」

技官妖精A「申し訳ございません。末端である自分にはどうしようもないことでして」

離島棲鬼「私も末端ですわ。末端同士次は仲良く出来ることを願います。では御機嫌よう」




離島棲鬼「……」ツカツカ

離島棲鬼(……元々がトップダウンの組織として作られているからか横の風通しが悪すぎます)

離島棲鬼「あら……? あちらの方は」




タ級改「――――」ヒソヒソ

技官妖精B「――」ヒソヒソ




離島棲鬼「ごきげん……ようっ!」ズイッ


タ級改「きゃあぁぁ!?」ビクッ

技官妖精B「うぉい!?」


離島棲鬼「貴女、確か五位様の所の子でしたわよね。妖精と何か秘密の会合ですか」

タ級改「この度、我らが姫様がめでたく生産部門の管理者に任命されましたので……側近の私が現場監督役を拝命致しました」

離島棲鬼「それはおめ……いや、待ちなさい。そのような人事は聞いておりません。議会は通してあるのですか」

タ級改「大妖精様直々のご命令でしたので、聞き及んでないのは仕方のない事です」

離島棲鬼「……そう。なら失礼しますわ。ごゆっくり」

タ級改「はい」ニッコリ



離島棲鬼「……」ツカツカツカツカ

離島棲鬼(大妖精様は一体どうされたのでしょうか)

離島棲鬼「……これでは議会の存在する意義が疑われますわね」

52 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:48:29.55 GUujIImdo 48/111


昼 ハワイ 浜辺


戦艦水鬼「……」

ヲ級改「やっほー。いい天気だね。こんな陽気で艤装と一緒にお散歩かな?」

戦艦水鬼「……五位の側近か」

ヲ級改「そうだけど、貴女なら特別に飛龍で良いよ……長門さん?」

戦艦水鬼「ま、分かるだろうな」

ヲ級改「分かるな~」

戦艦水鬼「何の用だ」

ヲ級改「別に用ってほどのことは無いけど」

戦艦水鬼「ならもう行く。元艦娘同士で馴れ合う気も無い」

ヲ級改「冷たいな~」

戦艦水鬼「話すことも無いしな」

ヲ級改「いくらでもあると思うけどなぁ」

戦艦水鬼「私には無い」



ヲ級改「例えば囚われの航空戦艦の話とか」



戦艦水鬼「……」

ヲ級改「興味あるでしょ?」

戦艦水鬼「無いな」

ヲ級改「もし扉を開くために彼女が犠牲になるとして、長門さんはその事実を許容できるのかな?」

戦艦水鬼「致し方ない犠牲だ」

ヲ級改「あの日向だよ」

戦艦水鬼「日向だろうが誰だろうが関係無い。私はかけがえの無い一つの命だろうと踏み躙る」

ヲ級改「……」

戦艦水鬼「私から優しい言葉が出ることでも期待してたか」

ヲ級改「そうじゃなきゃ話しかけたりしないよ」

戦艦水鬼「今度からはするな。無駄だ。……行くぞハルカ」

ハルカ「……グルル」


ヲ級改「どうしてハルカって言うの」

戦艦水鬼「……お前も懲りない奴だな」

ヲ級改「いや~どうしても気になって」テヘヘ

戦艦水鬼「私の幸せの残り火さ」

ヲ級改「……???」

戦艦水鬼「質問には答えたぞ。もう二度と長門とは呼ぶなよ。じゃあな」ヒラヒラ

53 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:49:26.54 GUujIImdo 49/111


4月1日

朝 ハワイ 空母棲姫の棲家


離島棲鬼「――――以上が問題点とその結論です」

空母棲姫「ありがとう。……物資が異常な動きをしているとは思っていたけれど。現場レベルでも裏付けが取れて良かったわ」

離島棲鬼「軍事は姫様に一任されているというのに何故報告が来ないのでしょうか」

空母棲姫「私の調べたところによると最前線の戦力補強を名目にウナラスカとフィジーへの大規模な増援と兵站物資の移動も行われていたわ。勿論、私にも議会にも一言の断りも無かった」

離島棲鬼「守るべきはハワイであるのに、何故あんな僻地へ」

空母棲姫「唐突な動きが多すぎるわね。議会を通せばお父様の意思はいくらでも反映できるのに」

離島棲鬼「この異常な動き、囚われの姫たちが帰ってきてからだと思いませんこと?」

空母棲姫「……」

離島棲鬼「そうですわ、おかしな動きをしているのはいつも五位や六位の配下の者達でした」

空母棲姫「あの子たちがおかしな動きをするのは今に始まったことじゃない。けれど」

離島棲鬼「……大妖精様の名前でおかしな動きを進めているところが謎です。容認されているということなのでしょうか」

空母棲姫「……」

離島棲鬼「姫様、恐れながら一度大妖精様と現状を確認する為の話し合いの場を持たれるべきなのでは」

空母棲姫「そうね。でもその前に事実確認をもう少し進めて材料を揃えたいから手伝って頂戴。調べたい場所があるの」

離島棲鬼「かしこまりました」

54 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:50:38.09 GUujIImdo 50/111


昼 海洋連合 嶋田の家(木造)


嶋田「あ゛ー。今帰った」

伊勢「お! 久しぶりに昼に帰ってきたね~」

嶋田「講話の中身の話し合いがようやく終わった。今日はゆっくり出来るぞ」ヌギヌギ

伊勢「お仕事お疲れ様! ご飯にする~? お風呂にする? それとも……」

嶋田「……久しくご無沙汰だったな」

伊勢「んふふ! じゃあそれで決まり~」







まだ日の高いうちから嶋田家の寝室は夜の熱気に包まれていた。

もっとも熱気のピークは既に越し、二人は肌寄せあって休む段階へ入っていたが。


伊勢「……ねぇ嶋ちゃん?」

嶋田「ん?」

伊勢「久しぶりに二人っきりでゆっくり出来て嬉しいな♪」

嶋田「本当に、俺の仕事もやっと一段落だ……」

伊勢「ほんとに終わったんだね」

嶋田「まだハワイでの話し合いも終わってないんだぞ。一段落したけどどうなるか分かんねーよ」

伊勢「あはは。そうだけどさ」

嶋田「……今まで寂しい思いさせて悪かったな。もし終わったらこれからは」

伊勢「私一筋? いや~それは嘘でしょー」

嶋田「本当にするよう努力はする、つもり」

伊勢「別にいいよ。沢山浮気して来な」

嶋田「……」

伊勢「浮気したり他の人裏切ったりしたって、私はいつまでも嶋ちゃんの帰る場所守ってるから」

嶋田「こえーなー、おい」

伊勢「えー? 私のどこが怖いって言うのさ」

嶋田「重いんだよ馬鹿。……俺がふわふわしてるしそれが丁度いいんだけどな」

伊勢「でしょ~」クスクス

55 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:52:30.93 GUujIImdo 51/111


4月3日

朝 海洋連合 ラバウル総司令部


長月「よーし艦娘諸君集まったかー」

「「「「「「おー」」」」」」

長月「ハワイへー行きたいかー?」

「「「「「おー!」」」」」」


長月「えー、ではハワイ行きの土佐に乗れるラッキーな艦娘を発表しまーす」

長月「まずミセスラッキー、Lv.116の翔鶴、Lv.98の瑞鶴、五航戦姉妹!」


瑞鶴「ま、順当だよね~」

翔鶴「おま」「姉さん黙りなさい」

翔鶴「……」ハァ

瑞鶴「露骨にがっかりしない!」


長月「次はその護衛のための戦艦だ。Lv.78の霧島、Lv.92の榛名の高速戦艦ペア!」


霧島(高レベルな戦艦が軒並み沈んだツケですね)

榛名(それでも名誉な役割です。頑張りましょうね!)


霧島「とでも言いたげな目でこっちを見るのはやめなさい」

榛名「へ??」


長月「潜水艦対策の駆逐艦にLv.79の雪風、Lv.68の磯波!」


雪風「あ、選ばれました」

天龍「あー畜生、オレが行きたかったぜ」


磯波「が、頑張ります!」

吹雪「……行ってらっしゃい」

磯波「うん。行ってくるね吹雪ちゃん」

吹雪「日向さんに会ったらよろしく伝えておいて」

磯波「うん!」


長月「えー今呼ばれた者は致死弾対策と艤装強化の近代化改修を受けてもらうからまず手続きに司令部まで来い!」

長月「翔鶴瑞鶴と土佐お付きの搭乗員妖精は工廠だ。機種転向の説明をするからなー」


エーメンドクセー  イツモノジェットデイイジャンー


長月「やかまし! 敵に舐められっぱなしで終われるか! 戦わずともキチンとした格好をしていくのが未来志向の国際マナーだ!」

黄帽妖精「空母はワシの作ったジェット艦載機が特別に使えるぞ」

赤帽妖精「クソジジイ、艦載機は我々の技術も使っての共同開発。その発言誤解招く」イライラ

黄帽妖精「あの程度の協力でよくぞ共同開発などとのたまえるのもだ」

赤帽妖精「表出る。即決闘」

黄帽妖精「ここが表じゃ愚か者」

紫帽妖精「だ、だからもうやめて下さい」

56 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:53:43.83 GUujIImdo 52/111


紫帽妖精「ぎ、艤装に関しても戦闘効率を上げるための処置を施しますので……派遣艦は空母以外の方も司令部で手続き後に工廠へお願いします」


長月「うん、まぁ赤色と黄色は仲が悪そうに見えるが実は相当仲が良いから皆気にしないように」


長月「で、居残り司令部は嶋田さんに任せるから指示に従うように。……よーし艦娘解散! 人間たちにも伝えておいてくれー」


ウーッス

リョウカーイ

ゾロゾロ


黄帽妖精「ほらどうした、かかってこい若造」

赤帽妖精「ジジイ、先制許す。そうしないと勝てない」

黄帽妖精「ふん! とんだ敬老精神じゃわ!」


長月「しかしこの短期間でよく新しい艦載機を作ったな」

茶色妖精「構想自体は以前からの青写真がありましたからな。まぁあの二人が仲良くするのはそれを作っている時だけでござるが……あと安全性のチェックが終わっておりません」

長月「あー、いらんいらん。妖精はどうせ事故じゃ死なないし、ハワイには見せに行くだけだから必要ない。定数だけ揃えてくれ」

茶色妖精「色々酷いでござる」


長月「今度のチームプレイは称賛に値するぞ。二人共よくやった。うりうり」モギュモギュ

黄帽妖精「うぎゅう」

赤帽妖精「もぎゅう」

茶色妖精「長月殿、それすると窒息して死ぬのでやめてあげて差し上げろ」

長月「あ、ごめん」パッ

57 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:56:43.92 GUujIImdo 53/111


昼 海洋連合 ラバウル工廠


陸上機と艦載機を一緒くたに比較してしまえば軍事通として失格の烙印を押されるように、史上最強の航空機という命題は単純な言葉で語り尽くせるものではない。

だがこの場ではあえて最強最高の航空機という言葉を使いたい。

連合側の妖精の持つ高いエンジン技術と深海棲艦側の反重力デバイスが重なればどうなるか……という技官妖精の誰しもが一度は考え最後には捨てた子どもじみた理想。

それが現実となった奇跡が我々の目の前にはあった。

無人である深海棲艦機には無かった搭乗員の存在により戦場での状況に合わせた柔軟な対応を可能となり、

深海棲艦の反重力デバイスによる空間重力操作で搭乗員と機体への不可を極限まで軽減された中、海洋連合の妖精が作ったジェットのエンジンパワーは遺憾なく発揮出来る。

理論的な見地から呆れるほどの性能を持ったこの存在は一応多用途戦術戦闘機と分類されるが、技官妖精からは絶対制空戦闘機とさえ呼称されていた。

塗装は日本軍機の暗緑色ではなく深海棲艦の灰黒色、だが深海棲艦らしい生体要素は無くあくまで人間の航空力学に基づいた航空機らしい形である。


長月「どーだ凄いだろ」ケラケラ

太眉妖精「……」ペタペタ


兵器の持つ静かな意思は見る者を魅了する。


薄目妖精「美しい航空機だ」

瑞鶴「……うん。なんかこれまでの艦載機と雰囲気が全然違う」

翔鶴「日本刀のような妖しさすらあるような気がします」

太眉妖精「黄帽子、この艦載機の名前はなんだ」

黄帽妖精「それがまだ決まっとらんのじゃ」

紫帽妖精「な、なにぶん開発を急いだものでして、製作段階ではキュウマルと呼ばれていましたが」

赤帽妖精「ここは日本軍の命名方法に従うべき」

黄帽妖精「大反対じゃ。それじゃまるでお前たちだけでこの艦載機を作ったように思われるじゃろうが」

赤帽妖精「ちっちゃいプライド、みっともない」

黄帽妖精「その命名法を勧めることこそ貴様の惨めな自意識のあらわれじゃ」

赤帽妖精「ジジイ、表出る即決と―――――」

長月「はいはい! もういいから!!」ガシ ガシッ

赤帽妖精「ぐにゅう」

黄帽妖精「うぎゅう」

薄目妖精「あの、名前がまだ決まっていないのなら提案があるのですが」

長月「お、なんだなんだ」


薄目妖精「――――という名前はいかがでしょう」


長月「……それはさすがにマズいんじゃないか」

太眉妖精「いいや、いい名前だ。薄目、テメーにしちゃーいい発案だぞ」ゲラゲラ

薄目妖精「賛同して頂けて何よりです馬鹿眉毛」

瑞鶴「うん。凄く良いと思う。もうこれで良いんじゃないかな」ケラケラ

翔鶴「私も異存ありません」

赤帽妖精「その発想は無かった。賛成に一票!」

薄目妖精「黄帽子の翁も、いかがでしょう」

黄帽妖精「……ワシはそっちの技官妖精が名づけたもの以外なら何でもいいわい」  赤帽妖精「うわ、本音出た」

薄目妖精「では決まりですね」

長月「う~む……みんながそれで良いなら……」

58 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 21:59:02.52 GUujIImdo 54/111


4月4日

昼 ハワイ 宮殿 会議室


大妖精「お前から呼び出しとは嬉しいが私は暇じゃない。手短に頼むよ」

空母棲姫「ではそのように。お父様、扉は開きましたか」

大妖精「……いいや。まだだ」

空母棲姫「いつ開くのでしょうか」

大妖精「鋭意努力している。そう急かすな」

空母棲姫「開く気が無ければ開けるものでさえ開けないと思いませんか」

大妖精「……」

空母棲姫「お父様の名で議会を通さない指示が数多く出されているのをご存知でしょうか?」

大妖精「なんだと、それは初耳だ。すぐ事実関係を――――」

空母棲姫「何故時間を稼ごうとされているのか、見当はついています」

大妖精「…………」

空母棲姫「コード442、ご存知ですよね」

大妖精「……ああ」

空母棲姫「時間をかけて調べればなんということはない、名前ばかりで中身の無い架空の建造計画……この承認者はお父様でした」

大妖精「……」

空母棲姫「五位が工場群の責任者となり稼働率は落ち、異常な量の兵站物資とブレイン含む上位種が増援として不必要に六位と九位の領域、大西洋へと送られています。その結果、ハワイの潜在的な防衛力は日に日に落ち続けていると言わざるを得ません」

大妖精「……だからどうした」

空母棲姫「極めつけはこれです。……今お父様にデータを送りました」

大妖精「……」


娘から送られてきたのはハワイと海洋連合の交信記録だった。


空母棲姫「ここが人間の基地だった頃の通信施設は盲点でした。ですが私の側近が調べ、その内容を解析しました。これもお父様はご存知の筈です。何故なら人間の施設を利用できるのはお父様だけですから」

大妖精「……」

空母棲姫「今回の一連の動きも、ゴールが戦争終結への工作であると仮定すればとても理に叶った行動です。むしろ賞賛すべきでしょう」

大妖精「……八位、お前は――――」

空母棲姫「お父様教えてください。五位に何を言われたのですか」

大妖精「……何も言われてないよ」

空母棲姫「それは嘘です。お父様が逆らえない形で脅されていることは明らかです。……おっしゃって下さい。この私が全力でお助けします」


私の娘は地に片膝をつけ顔を伏せ、私を助けるとのたまった。


大妖精「脅されていない。私が自らの意思で命令した」

空母棲姫「それは有り得ません。お父様はそのようなことを――――」

大妖精「我が娘よ」

空母棲姫「……はい」


私は彼女の言葉を遮った。

私自身の真実を知らしめ、積み重ねてきた偽りの時間を終わらせるために。


大妖精「地面ばかりでなく私の目を見てくれ。目を見て……話してくれ」

空母棲姫「……分かりました」

59 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:01:03.41 GUujIImdo 55/111


私が顔を上げると、そこには大妖精と呼ばれる存在が呆然と佇んでいた。

深海棲艦という巨大な組織を作り上げ、動かし続け、自らの敵と戦い続けた偉大な存在が『呆然と佇んでいる』……つまり無気力な姿を曝け出していると感じたのはこれが初めてのことだった。


空母棲姫「……お父様、御具合がよろしくないのですか」

大妖精「違うよ」

空母棲姫「ですが、これほど憔悴して」

大妖精「八位、お前はいつも私と目を合わせてくれなかった。……きっとそのせいで気付かなかっただけだ」

空母棲姫「……」


今度は私が沈黙する番だった。いつもは恐ろしくて目を合わせられる筈もない。お父様とは、大妖精とはそのような存在であったし、そうあるべきではないのか。


大妖精「お前の手で包んでくれ」

空母棲姫「……」スッ


忠誠を示す時の要領で目の前の妖精を手のひらの中へ包み込む。小さなその身体は半分以上が私の手の中に収まってしまう。


大妖精「小さいだろう」

空母棲姫「……いえ」

大妖精「目を逸らすな。私の目を見るんだ」

空母棲姫「……」

大妖精「私の身体は小さいだろう」

空母棲姫「……はい」


圧力に負け思わず失礼なことを……本当のことを言ってしまった。だが……。


大妖精「……これが私だ」


手の中の妖精は私の言葉に安堵したかのような表情を浮かべた。


その表情を見た時、胸騒ぎがした。今からこの方はとても恐ろしいことを言う。

そんな予感だけで自分の身体が芯から震え始めるのが分かった。


大妖精「人を滅ぼすために私は戦い続けてきた。そのためには強い指導者が必要だった」


やめて


大妖精「だから私は強い指導者になった。……自分自身の意思を無視しながら」


空母棲姫「……やめて下さい」

大妖精「戦いの中で私は大義の求める『役柄』に取り憑かれ一人の演者と成り果てた。……もっと酷いか。道化の演者が最後には本当の道化になっていた」

空母棲姫「……」

大妖精「……手が震えているぞ」

空母棲姫「も、もうおやめ下さい。お願いです。早くいつものお父様に戻って下さい……」


こんな情けない言葉が自分から出るものなのか。

手は震え、目を合わせてはいるが視界も乱れ定かではない。それなのに私の耳は妖精の声を私の脳へ届け続ける。

大妖精「私は扉を開かない。魂の領域への侵犯は因果律への挑戦に等しい」

空母棲姫「……お姉様は」

大妖精「……堪えてくれ。私も会いたい。だが……娘たちは私の手の届かないところへ行ってしまったのだ」

60 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:02:50.43 GUujIImdo 56/111


空母棲姫「そんな弱気なことを言わないで……下さい」

大妖精「手を伸ばすべきはこの世界のルールでなく自分の現実だ」

空母棲姫「三位は沈みました……。お父様を慕いながらその想いも虚しく、トラックで」

大妖精「……トラック?」

空母棲姫「三位です! トラック泊地で沈んだ、序列三位の……!」

大妖精「八位、お前が取り戻したいのは本物の三位ではなくあいつなのか」

空母棲姫「……」コク

大妖精「……すまない」

空母棲姫「何故謝るのですか」

大妖精「仮に扉を開いたとして、魂の形を覚えていなければ取り戻すことは出来ない」

空母棲姫「……えっ」

大妖精「……あの者の魂の形を私は覚えていない」


脳裏をよぎったのは自らの創造主を気遣う三位の言葉と表情だった。

普段の強気な姿からは想像も出来ない優しい顔で、少しだけ恥ずかしげに心情を吐露する彼女の言葉と表情。

あの純粋すぎる……私にとってかけがえの無い彼女とはもう二度と会うことが出来ない。

その事実を突きつけられた時、自分の中で何かが崩れるのを感じた。





空母棲姫「どうしてですか。確かに彼女は愚かでしたがあんなにもお父様を慕っていたのに」

大妖精「それは他の者達も同じだ。私にとって特別では無かった」


特別ではなかった

三位はお父様にとって特別ではなかった


空母棲姫「……」

大妖精「お前たち以外は何もいらない。どうだっていい」


どうだっていい

お父様を慕う三位はお父様にとってどうだっていい



大妖精「……私の今の願いは人類を滅ぼすことでなくお前たちと一緒にいることなんだ」


…………………………


大妖精「私を見てくれ」


もう視界は乱れはしなかった。私はお父様の言う通りに、落ち着いた気持ちのままお父様を見ることが出来た。


大妖精「本当の私は大妖精なんかじゃなくて……小さくて弱い一匹の妖精なんだ」


よく見れば、彼の身体は痩せ細っていて表情からは長年の重責の積み重ねによる疲れが見えた。その目には涙すら浮かべていた。

きっと本当の自分を曝け出す怖さに涙しているのだろう。


ならば手の中の彼が本来臆病な性根であろうことは言葉にするまでもない。


61 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:03:51.25 GUujIImdo 57/111


おかしい。

ここには深海棲艦という組織の長である偉大な大妖精が先ほどまで居たはずだ。

自らの目的を絶対視し、目的達成の最短ルート導き出すことが出来、その手段を選ばず犠牲を省みない指導者として素晴らしい素質を持った存在はどこへ行ってしまったのだ。



この私の手の中に居る弱い妖精は一体誰なのだ。



大妖精「頼む……お願いだから私の言うことを聞いてくれ……もう私は誰も失いたくないんだ」ポロポロ


…………………………。

私が悪いのか。

私が目を背けていただけだというのか。

分かりやすい虚像ばかり見て本質を見ようとしなかった私の責任なのか。

五位にはこれが分かっていたのか。

……全部私が悪いのか。



違う



空母棲姫「…………」ギュッ

大妖精「……っ、ぐる……し」

空母棲姫「取り消しなさい」

大妖精「……や……め」


私が悪く無いと結論づけられた時、私の中に生まれたのは目の前の存在に対する憎悪だった。

包んでいた手を力任せに閉じ、妖精を脅しつける。

コイツが悪い。コイツが全部悪い。

何故逃げるのだ。お前が作り出した悪夢から自分自身が逃げ出すというのか。

戦いを始め多くの者を死と悲しみの連鎖へと巻き込んだのは――――


空母棲姫「お前だろう……!」ギリギリ


大妖精「……っ、……あ」


視界のモニタに新着メッセージ1との表示がされた。

……1ではない。視界を埋める勢いで次々に新着メッセージが届いている。

差出人は『お父様』だった。

62 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:08:52.09 GUujIImdo 58/111

     
     3月8日 件名:【必読】海洋連合攻略について from お父様

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NEW!! 4月4日 件名:どうしたの(´・ω・`) from お父様

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NEW!! 4月4日 件名:痛いよ(´・ω・`) from お父様

NEW!! 4月4日 件名:苦しいよ from お父様


空母棲姫「扉を開け!」

大妖精「……っ」


NEW!! 4月4日 件名:しちゃいけない from お父様

NEW!! 4月4日 件名:駄目だ from お父様


空母棲姫「……あんまりにも身勝手よ。勝手に作って、勝手に殺して」

空母棲姫「途中で折れるな!! 進みきりなさい!!!」

空母棲姫「どれ程の犠牲の上に私たちの勝利があると思ってるの!! それを今更、ふざけないで!!!!」

空母棲姫「後戻りなんて出来ないのよ!!」


NEW!! 4月4日 件名:ごめんね姫ちゃん from お父様

NEW!! 4月4日 件名:もう無理なんだ from お父様


空母棲姫「なら三位は一体なんのために死んだのよ」

空母棲姫「お前を慕って戦い続けて死んだ者たちはどこへ行くの!?」

空母棲姫「…………」

空母棲姫「……私の」


空母棲姫「私の友達を……返してよ」ポロポロ


意識が朦朧としている一匹の妖精にも、目の前の存在が悩み苦しんでいることが感じ取れた。


大妖精(これでは不味い……ひとまずマスターコードで行動停止を……!)

大妖精(……………………いや)

大妖精(こうなったのも全て私の責任か)

大妖精(私が己の意思で進み続けた結果がこれだ。甘んじて受け入れるべきなのだ)


大妖精(……八位はこんなに優しい子だったのだな)

大妖精(私の無配慮でどれ程傷つけてきたか今となっては測りがたいが……)

大妖精(せめて最後には笑っていて欲しい)

大妖精(そうだ、日向の言う通り私は無限の幸せを手に入れることは出来ない! だがせめて、せめて娘たちだけでも……!!)

大妖精(一か八かだが……)

大妖精(………………)


大妖精(黒、白、私も今逝く)

大妖精(馬鹿な私を何度でも好きなだけ殺してくれ)

63 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:10:28.73 GUujIImdo 59/111


NEW!! 4月4日 件名:ke0ak41ea2fd5 from お父様

NEW!! 4月4日 件名:ごめんなさい from お父様


空母棲姫「……」


私はもう何も言わなかった。

ただ力を強め、手の中の妖精が死に絶えるのを待っていた。


NEW!! 4月4日 件名:ごめんなさい from お父様

NEW!! 4月4日 件名:ka14sakepaio4 from お父様

NEW!! 4月4日 件名:本当にごめんなさい from お父様

NEW!! 4月4日 件名:ka1e25ea3lda from お父様

NEW!! 4月4日 件名:許してください from お父様

NEW!! 4月4日 件名:ka2d1a2e2d1a4 from お父様

NEW!! 4月4日 件名:ca1re2ad45a25 from お父様

NEW!! 4月4日 件名:全部私のせいです from お父様

NEW!! 4月4日 件名:la3lak4af938daa from お父様

NEW!! 4月4日 件名:弱い私を許してください from お父様

NEW!! 4月4日 件名:他の姫たちを傷つけないでください from お父様

NEW!! 4月4日 件名:悪いのは私一人です from お父様

NEW!! 4月4日 件名:9a4eaf9daanaekfauf9ea9e3naod98a99 from お父様

NEW!! 4月4日 件名:ごめんなさい from お父様

NEW!! 4月4日 件名:larpaodaoada0da0d0sa0d0a0 from お父様

NEW!! 4月4日 件名:aenaad9a4adia9w3iasdai9daeriaidaufi9adianaeadai from お父様

NEW!! 4月4日 件名:aerai9d9 from お父様

NEW!! 4月4日 件名:だkdai好きi9eaq9daす from お父様

NEW!! 4月4日 件名:ka30303alda from お父様

NEW!! 4月4日 件名:幸r2a0eを4d諦1111111111111111111111111111111111111111111111111111111 from お父様


空母棲姫「……」

文字化けの多いメッセージも最後には届かなくなった。

空母棲姫「……」

大妖精「……」プ-ラプ-ラ


空母棲姫「……あはは」

空母棲姫「あはははははは」


議会の命令書があれば行政は滞り無く進めることが出来る。

この妖精が居なくとも何も問題は無い。戦いは続けられる。



空母棲姫「……もしもし、私よ。ええ。お父様なら説得出来たわ。やはり脅されていたみたいね」

空母棲姫「議会を開くわ。姫を集めて頂戴。……4月6日の朝よ。一つ私に考えがあるの」

空母棲姫「大丈夫。許可も貰ったわ。これで裏切り者は一掃出来る」


空母棲姫「大丈夫よ。扉は開くわ。私が開くの……ふふふ」

64 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:12:42.63 GUujIImdo 60/111


4月5日


朝 ハワイ 官庁街

レ級改「さて今日もサボりますかね~」ファ-

レ級改「あれ……?」

レ級改「……」キョロキョロ


レ級改「あんれぇ~????」



朝 ハワイ 工業地帯

タ級改「妖精が……」



朝 ハワイ 宮殿

飛行場姫「妖精が居ないぞ?」



朝 ハワイ 海岸

戦艦水鬼「……妖精が」



朝 ハワイ 空母棲姫の棲家


空母棲姫「妖精が消えた?」

離島棲鬼「はい。本土の妖精が全て消えました」

空母棲姫「…………」

離島棲鬼「姫様?」

空母棲姫「何か問題は起こっているのかしら」

離島棲鬼「いいえ、今のところ何も。ですが今後――――」

空母棲姫「なら貴女に任せるわ。対策チームを作って妖精の代役を担って頂戴」

離島棲鬼「……かしこまりました」

空母棲姫「私は神姫楼へ行くから」

離島棲鬼「お気をつけて」



昼 ハワイ 神姫楼


航空戦艦の部屋は神姫楼の最奥部にあった。


空母棲姫「……」


両手を吊るされ半ば強制的に立たされたままの彼女は、未だ意識を取り戻していない。


空母棲姫「どうすれば起きてくれるのかしら」

日向「……」スー……スー……

空母棲姫「大丈夫、なんとかなる。私なら出来る。大丈夫」ブツブツ

日向「……」

65 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:13:59.00 GUujIImdo 61/111


昼 ブイン近海 土佐艦橋


長月「よーし進路そのまま。水道を直進してフィジーへ向かうぞ~」

「よ~そろ~」

茶色妖精「長月殿」

長月「ん?」

茶色妖精「大妖精が八位に殺されたでござる」

長月「……。ちょっと困るんだが」

茶色妖精「もっと気の利いた返事を頼むでござる」


~~~~~~

長月「なるほどな。なら今はハワイに妖精は居ないのか」

茶色妖精「いかにも」

長月「ブインの状況と似てる、のかな」

茶色妖精「ブインの焼きまわしでござる。あちらの妖精たちは大妖精と個別に契約していたのでござるが契約主であるところの大妖精が――――」

長月「あー分かった分かった。お前たちのルールは知らんから。事実だけ確認させろ」

茶色妖精「乱暴でござる」

長月「……夕張、ブインの司令部と連絡取れるか」

夕張D「取れます」

長月「輸送艦を一つ拝借しろ。一万トンくらいのが良いな」

夕張D「了解、打電します」

長月「艦娘に艤装の手入れもさせておけ。戦闘になるかもしれん

茶色妖精「ではこの状況でハワイに向かうおつもりか!? そんな無茶な!」

長月「講話の事実が八位に露見しているとすれば五位たちが危険に晒されてしまう。姫も日向も、助け出す」

茶色妖精「そ、それはそうでござるが」

長月「だーいじょうぶ。何とかなる」ケラケラ

茶色妖精「長月殿はいつからこれ程豪胆な性格に……?」

長月「向こう見ずになっただけ」

茶色妖精「それはダメでござる」

夕張D「代表、ブイン基地が所有するリバティ船を借り受けることが出来ました」

長月「暖機は?」

夕張D「終わっています。空の状態でラバウルへ向かう直前だったようです」

長月「上々! 幸先が良い。憧れのハワイ航路が我々を待ってるぞ!」

茶色妖精「……」ヤレヤレ

長月「いよ~し、機関最大! 全速前進! 目標、ハワイ、オワフ島パールハーバー軍港!」

66 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:16:22.23 GUujIImdo 62/111


4月7日

朝 ハワイ 神姫楼


空母棲姫「ごきげんよう」

飛行場姫「なぁ八位、トーちゃん知らねーか? なんか部屋にも居ないんだ」

空母棲姫「今日集まって貰ったのは造反者の処罰について決定するためよ」

港湾棲姫「……造反者?」

北方棲姫「五位のお姉ちゃん、造反って何?」

飛行場姫「私も知らん!」

港湾棲姫「……裏切りのことだ。だから造反者は裏切り者を指す」

空母棲姫「そうよ。議会の方針に従わず停戦について勝手に進めようとする者たちが目障りなの」

港湾棲姫「……」

飛行場姫「……」

北方棲姫「それって……」

空母棲姫「さぁ、『第三回』の議会を始めましょうか」

港湾棲姫「……第二回だろう」

空母棲姫「いいえ。三回で正しいわ。入ってきなさい」


離島棲鬼「失礼します」クスクス

駆逐棲姫「お邪魔します」

戦艦水鬼「……」


港湾棲姫「……神姫楼は資格を持つ者以外の立ち入りを認めない。何故その者たちがここに居る」

空母棲姫「彼女たちは第二回の議会で認められた正式な出席者よ」

港湾棲姫「……これが第二回の議会だろう」

空母棲姫「これは第三回よ。第二回の会議は4月6日に開かれた」

飛行場姫「聞いてないぞ!?」

空母棲姫「知らせたのだけれど、誰も出席が無かったから」

港湾棲姫「……そんなものは無効だ」

空母棲姫「黙りなさい裏切り者。ここは人間の場ではない。出席数なんて関係無いの。第二回の議事録もあるけれど、見る?」

港湾棲姫「……」

空母棲姫「貴女たちが裏で何をしていたか私が知らないとでも思っていた?」

飛行場姫「八位、トーちゃんはどこだ」

空母棲姫「あの妖精は関係無いわ。すべての権限は議会にあります」

北方棲姫「あの妖精?」キョトン

港湾棲姫「……不敬」

空母棲姫「とにかく第二回の会議で新たな參加資格者の増員が賛成多数で可決されたわ。その結果がこれ、説明はこのくらいで良いかしら」

戦艦水鬼「とっとと進めよう」

飛行場姫「お、オマエ……長門か?」

戦艦水鬼「……」

飛行場姫「生きてたのか! 良かった!」

戦艦水鬼「……ちっ、お人好しの馬鹿が」

飛行場姫「……え?」

67 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:18:42.07 GUujIImdo 63/111


戦艦水鬼「私がどういう立場でここに居るか想像も出来ないのか」

飛行場姫「え?? ど、どゆことだ?? だってオマエ長門だし……」

離島棲鬼「この子は扉の向こう側に惹かれてここに居る」クスクス

港湾棲姫「……五位、この艦娘はお前の敵ということだ」

飛行場姫「嘘だ……よな、長門?」

戦艦水鬼「……」

空母棲姫「……無駄口もそこまでにしなさい。今日の議題へ入ります」


空母棲姫「深海棲艦全体の利益でなく、個人の信条に基づき利敵行為をした五位、六位の処罰について」

空母棲姫「日を置かず即時処刑を求めます。そして第二回に投票方法改善の提案があったため、挙手による多数決で議決するものとします」


港湾棲姫「……計算づくだったのか」

空母棲姫「愚かな質問ね。貴女も連合で脳を腐らせてきたのかしら」

港湾棲姫「……まんまと罠に嵌められてしまったわけだ」

空母棲姫「今更気付いても遅い。艦娘のお友達も今頃防衛戦で殺されてるわ」




朝 ハワイ 第一次防衛線


「敵輸送船の警戒ライン侵入を確認」

空母水鬼「……艦載機部隊、発艦開始」

ヲ級改「……ちょりーっす」




朝 ハワイ 土佐艦橋


夕張D「敵艦載機の発艦を確認」

茶色妖精「長月殿、このままでは」

長月「大丈夫だ。五位と祖国の技術を信じろ」ケラケラ

68 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:21:05.23 GUujIImdo 64/111


朝 ハワイ 神姫楼


飛行場姫「そっか。こうなっちゃってたのか」

空母棲姫「察するに、3対1の多数決で無理矢理休戦まで持って行きたかったみたいだけれど……残念だったわね」クスクス

飛行場姫「でもこんなのトーちゃんが納得しないぞ」

空母棲姫「……だから関係無いと言っているでしょう。議会は今や完全に独立した機関なの」

北方棲姫「な、なんで!? なんでお姉ちゃんたちが争い続けるの?? もう全部終わったんじゃ無いの?」

空母棲姫「嫌なら目をつむって黙っていなさい。では多数決を、この案に賛成の者は挙手を」


離島棲鬼「賛成。これで邪魔者が居なくなりますわ」スッ

駆逐棲姫「賛成。散々暴れた罰です」スッ

戦艦水鬼「……賛成だ」

空母棲姫「私も賛成よ。よって賛成多数として――――」

航空戦艦棲姫「一応反対の挙手も聞いたほうが良いんじゃないか」

空母棲姫「……悪あがきに過ぎないけれど、一応聞いておいたほうが良いかもね」

空母棲姫「では反対の者は挙手を」


北方棲姫「反対! 反対!」スッ

飛行場姫「反対。私はまだここで死ぬわけにはいかねーんだ」スッ

港湾棲姫「……反対」スッ

航空戦艦棲姫「私も反対だ」


空母棲姫「賛成4、反対4。よって賛成多数として……あら?」

航空戦艦棲姫「賛成多数ではなく同数、この議決は棄却された。さ、次の話題に移ろうか」

戦艦水鬼「ひ、日向!?」

飛行場姫「日向!?」

航空戦艦棲姫「まぁそうだが……いちおう説明しておくと私は別の日向だ」

離島棲鬼「……鍵が何故出歩いているのですか」

航空戦艦棲姫「解放されたからに決まってるだろ」

港湾棲姫「……」

空母棲姫「いつからそこに居たの」

航空戦艦棲姫「途中からな。誰も気づいていなかったが」ニヤニヤ

空母棲姫「五位、解放したのは貴女?」

飛行場姫「私じゃない」

航空戦艦棲姫「解放したのはお前の父親だ。私の拘束具はあの妖精にしか外せない」

空母棲姫「……だとしても貴女がこの場に存在する資格は無い。ましてや議決への參加など」

戦艦水鬼「お前にはただの鍵のままで居てもらわないと困るんだよ」スタッ

航空戦艦棲姫「おいおい。私には参加する資格があるぞ」

空母棲姫「無いわ。許可した覚えもない」

航空戦艦棲姫「お前の許可は関係無い。私は序列十位としてこの場に居る」

駆逐棲姫「序列十位!?」

航空戦艦棲姫「確認してみろ。載ってるから」

69 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:23:44.38 GUujIImdo 65/111


港湾棲姫「……序列が更新されている。十位が、この艦娘になっている」

航空戦艦棲姫「この場は序列を持つ太平洋の姫が集う最高決定機関、私は序列を持っていて尚かつ出席している。正当な参加者だ」

空母棲姫「……しかし」

航空戦艦棲姫「まだ反論があるのか? 無いだろ。なりふり構わずルールをねじ曲げ敵を排除するつもりだったのに残念だったな」クスクス

空母棲姫「……」

航空戦艦棲姫「第二回の議会でもっと無茶苦茶な改変をしておけばこうして苦しむこともなかったろうに」

空母棲姫「黙りなさい」

航空戦艦棲姫「八位、黙るのはお前のほうだぞ。……気づいているか? この状況が最悪であることに」

空母棲姫「……」

航空戦艦棲姫「この場にお集まりの皆々様方に信を問いたい。八位の存在を許すか否かについて」

離島棲鬼「姫様の信を……? それは一体どういう意味ですこと」

空母棲姫(まさか、こいつ……!)



航空戦艦棲姫「この者は父親を、大妖精を殺している」



飛行場姫「……は?」

港湾棲姫「……何を言っている」

駆逐棲姫「何を言うかと思えば……馬鹿です?」

航空戦艦棲姫「馬鹿はお前だ」

駆逐棲姫「むっか~!」

戦艦水鬼「……」

航空戦艦棲姫「停戦は大妖精によって承認された決定事項だった。五位と六位はその意志に従い動いていたに過ぎない。そうだろう」

飛行場姫「そうだ!」

港湾棲姫「……そうだ」

離島棲鬼「それはただ五位と六位が脅したからに過ぎません」

駆逐棲姫「大妖精様の本意ではないからNG」

航空戦艦棲姫「そして同時に大妖精は私を使って扉を開くことを諦めた。だが、それが気に食わない者たちが残っていた」

航空戦艦棲姫「そいつらは戦いを終わらせようとする大妖精の動きに気づき、目を覚まさせるために説得へ向かった」


離島棲鬼「……」

戦艦水鬼「……」


航空戦艦棲姫「説得を行ったが偉大なる指導者は自らの意思を曲げない。だが自分は願いを果たしたい。相容れない結論、その先にあったのは対立と離別」

航空戦艦棲姫「で、父親を殺してでも自らの願いを優先させる結果となったわけだ」

離島棲鬼「大妖精様は説得に応じてくれましたわ!」

航空戦艦棲姫「それを誰がお前に伝えた。大妖精本人か?」

離島棲鬼「……八位の姫様ですが」

駆逐棲姫「ほ、本当に大妖精様を殺したのですか!?」

空母棲姫「……違う」

航空戦艦棲姫「いいや、何も違わない。お前自身が違うと感じても事実は変わらない」

70 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:26:22.01 GUujIImdo 66/111


航空戦艦棲姫「私が解放されこの場に居る理由、ハワイから妖精が消えた理由、大切な娘が消されようとしているにも関わらず大妖精が出てこない理由」

航空戦艦棲姫「大妖精に何か起こったと考えるのが自然な流れじゃないか」

北方棲姫「八位のお姉ちゃん……殺してなんて、無いよね……」

空母棲姫「……」

飛行場姫「……トーちゃんに何をした」

空母棲姫「私たちは人を滅ぼすために作られた筈よ」

飛行場姫「そんなこと聞いてない! トーちゃんに何したんだよ!!」

空母棲姫「膨大な犠牲の上にここまで来た。私たちを止められる者はもう存在しないわ。後は目的を果たすだけ」

飛行場姫「……」

空母棲姫「なのにあの妖精は戦いを止めると、これ以上戦わないと言い始めたの。扉も開いちゃダメだと私を諭しまでした」

飛行場姫「……なに言ってんだよ」

離島棲鬼「……」

空母棲姫「だから私は深海棲艦の姫としてとるべき行動をとった」

航空戦艦棲姫「この期に及んで自分で信じていない大義を持ち出すとはいい度胸だ」クスクス

空母棲姫「……?」

航空戦艦棲姫「ここで自分に正直になってないのはお前だけだぞ」


航空戦艦棲姫「小さな妖精が見せた勇気を理解出来ない愚かな娘、お前は本当の自分を見せる強さを持っているか?」

空母棲姫「あんなものは強さではないわ」

航空戦艦棲姫「それは自分がその強さを持ってから吐く言葉だろ」ケラケラ

戦艦水鬼「八位、自分の中で結論が出てるならその宇宙人とは話し合うな。時間の無駄だ」

空母棲姫「……そうね」

航空戦艦棲姫「誇りを捨てた戦艦。そこの馬鹿にお前の五分の一でも強さがあれば小さな妖精は死なずに済んだだろうな」

戦艦水鬼「こんなものは強さじゃない」

航空戦艦棲姫「有限な世界を生きる者にとって選ぶことは捨てること。そしてお前は選んだ。それは強さで間違いない」

戦艦水鬼「はた迷惑な強さもあったものだ。皆が私のように欲望へ忠実になればこの世界の何もかもが破綻する。……ふざけている」

航空戦艦棲姫「私は好きだぞ。なんであれ偽りでない個を生きている者を私は尊敬する。お前や小さな妖精や、私自身のような奴らをな」

戦艦水鬼「お前は黙って扉を開け」

航空戦艦棲姫「お断り」

戦艦水鬼「私を尊敬しているのなら是非態度で示して欲しいんだが」

航空戦艦棲姫「それとこれとは別問題。さて、一つ提案がある」

空母棲姫「……」


航空戦艦棲姫「偽りの言葉で自分を取り繕い続ける馬鹿を議会から除名したい……序列八位、お前をな」


空母棲姫「理由は何かしら」

航空戦艦棲姫「この場が果たす役割は大きい。同時に求められるものも大きい。弱いお前じゃ参加者として力不足だ」

空母棲姫「わけが分からないわ」


飛行場姫「……それより先に答えろ」

空母棲姫「……何」

飛行場姫「トーちゃんに何をした」

空母棲姫「答える義務はないわ」

71 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:28:22.00 GUujIImdo 67/111


港湾棲姫「……多数決で無理やり聞き出してもいいんだぞ。お父様はどちらにいらっしゃる」

空母棲姫「ハワイではない安全な場所よ」

飛行場姫「ふざけんな!!!!」

北方棲姫「……っ! ……あ」オドオド

飛行場姫「このタイミングでトーちゃんが私たちほっぽり出して安全なとこ行くわけねーだろ!!」

駆逐棲姫「……」

空母棲姫「私たちは最後まで戦い抜く必要がある。ここで手を緩めれば勝利を掴めない」

飛行場姫「んなもんどうでも良いんだよ!」


空母棲姫「……さっきからうるさいわ。ええそうよ、私が首を絞めて殺してやったのよ」


飛行場姫「な……はっ……?」パクパク

戦艦水鬼「だと思っていたが……正直に言うな、馬鹿者」ハァ


空母棲姫「あの妖精、人を滅ぼすことより私たちと一緒に居たいと私に告白してきて……本当にふざけてる」

空母棲姫「殺してる最中にメッセージで謝罪してきたわ。苦しい、やめてくれ、許してくれって何度も何度も送ってきて――――」

航空戦艦棲姫「はいやめ」

空母棲姫「……なによ」

航空戦艦棲姫「殺気くらい自分で感じて欲しいものだが」


飛行場姫「……」フー フー

港湾棲姫「……」


空母棲姫「……私は悪くない。悪いのは逃げようとした奴で私じゃない」

航空戦艦棲姫「いつまでも言い訳をするこの女の除名に賛成の者、挙手」


飛行場姫「……」スッ

港湾棲姫「……」スッ

航空戦艦棲姫「私も賛成だ。他には?」スッ


北方棲姫「……私、分かんない」


航空戦艦棲姫「良いんだ九位。分からないなら手を挙げないという選択肢もある」


空母棲姫(勝った。これで最低でも棄却には持っていける)


駆逐棲姫「私も賛成です」スッ

空母棲姫「……貴女、何をしているの」

駆逐棲姫「見ての通り手を挙げているだけですが」

航空戦艦棲姫「では賛成4、棄権1でこいつは除名だ」

空母棲姫「どうしてかしら」

駆逐棲姫「大妖精様を殺すような輩はこの場に必要ありません」

空母棲姫「アレは狂ってしまっていた!」

駆逐棲姫「大妖精様は我々の神です。神の御心変わりをどうして創造物たる我々が咎めることが出来るでしょう」

空母棲姫「……」

駆逐棲姫「貴女こそ何故ですか」

空母棲姫「私は深海棲艦を守る」

72 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:30:27.38 GUujIImdo 68/111


航空戦艦棲姫「そのためなら父であり神たる妖精でも殺す、とな」ケラケラ

駆逐棲姫「……下位種含め我々がどれ程大妖精様を慕っているかご存じない筈がないと思っていましたが」

航空戦艦棲姫「理屈だけの言葉ばかり紡ぐ内に忘れてしまったんだろうよ」

駆逐棲姫「私からも提案を出したいです」

航空戦艦棲姫「良いんじゃないか」


駆逐棲姫「八位を処刑しましょう」


空母棲姫「……」

戦艦水鬼「日向、お前……」

航空戦艦棲姫「これを狙っていたかどうか聞きたいのか」

戦艦水鬼「……」

航空戦艦棲姫「私は大妖精の意思で解放されここに居る。彼の気持ちを最大限尊重するつもりだ」

駆逐棲姫「ではまず処刑に反対の方。挙手を」


北方棲姫「だ、駄目だよそんなの!」スッ


離島棲鬼「……だい……創造、主が……死」

戦艦水鬼「……」

駆逐棲姫「そちらの御二方は」

離島棲鬼「どうして……私はもう……」ブツブツ

駆逐棲姫「……こちらの方はもう駄目みたいですね。貴女は?」

戦艦水鬼「私はどうでもいい。どうせ無駄だし反対とでも言っておく」スッ

駆逐棲姫「そうです。どう考えても反対派が足りません」



空母棲姫(……終わりなのかしら)

空母棲姫(除名された私にはもう何も出来ない)

空母棲姫(…………)

空母棲姫(なんだかつまらないわ。昔はこうじゃ無かった筈なのに)


航空戦艦棲姫「五位、六位。お前らは反対しないのか」

飛行場姫「トーちゃんは確かにどうしようもない妖精だった。殺されて当然なくらい殺してきた」

航空戦艦棲姫「そうだな」

飛行場姫「でも、私は今、殺したソイツのことが許せない……!!」

航空戦艦棲姫「……そうだな」

港湾棲姫「……私も同じだ。とても許せない」

飛行場姫「ソイツを私が殺してやりたい」

航空戦艦棲姫「……なら」


航空戦艦棲姫「私も八位の処刑に反対だ。これで3票か」スッ


73 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:34:06.71 GUujIImdo 69/111


空母棲姫「……」

飛行場姫「どうして!」

航空戦艦棲姫「私がここに居るのはお前たちの父親の意思と言ったよな」

飛行場姫「うん」

航空戦艦棲姫「あいつは止めようと思えば自分を殺す八位を止められた。マスターコードによる強制停止が出来るのだから」

飛行場姫「じゃあ……なんで」

航空戦艦棲姫「そうすべきだと思ったんだろう」

飛行場姫「でも死んだら何にもなんないじゃん!」

航空戦艦棲姫「最後の最後に素直になって、不器用な奴だからそんなやり方でしか筋を通せなかったんだ」

航空戦艦棲姫「アイツが決めたんだ。良い決断とは言えないかもしれないが、小さな一匹として道を選びとった」

航空戦艦棲姫「私、そういうのに弱いんだよな」ケラケラ


飛行場姫「……」

航空戦艦棲姫「八位、妖精は最後に何と言った」

空母棲姫「……文字化けでよく読めなかったわ」

航空戦艦棲姫「………………分かった。お前が望むなら扉の向こう側へ連れて行ってやる」

空母棲姫「望んでいるわ」

航空戦艦棲姫「即答か。お前が欲しい者を連れて帰ることも出来るかもしれん。精々気張れよ」

離島棲鬼「……私も連れて行って下さい」

航空戦艦棲姫「お前もか。いいぞ」ケラケラ

飛行場姫「ちょ、何言ってんだ日向!?」

駆逐棲姫「そうです! まだ採決が」

航空戦艦棲姫「すまんなゴキブリ姫。採決はもうしばらく待ってくれ」

駆逐棲姫「ご、ゴキ!?」

航空戦艦棲姫「長門、お前は?」

戦艦水鬼「必要ない」

航空戦艦棲姫「どうして。悲願なんだろ」

戦艦水鬼「扉は誰かが開くもの、扉に導かれ進むのは注文の多い料理店と同じだ」

航空戦艦棲姫「……。あんまり頭数が多いと面倒見切れないからな。丁度良いだろう」



航空戦艦棲姫「よし、二人とも。こっちへ来い。私の近くだ」

離島棲鬼「……これでよろしいですか」スタスタ

空母棲姫「……」

74 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:37:07.26 GUujIImdo 70/111


航空戦艦棲姫「ああ。なら私に入って来い」

空母棲姫「……はい??」

航空戦艦棲姫「ん、あー。そのなんて言うんだ。ほら、相手を触ってこうぐぃぃ~っと内側にほら」

飛行場姫「……生体リンクのことか?」

航空戦艦棲姫「それだ」

離島棲鬼「あ、貴女とリンクするのですか」

空母棲姫「……」

航空戦艦棲姫「してくれないと連れて行けん」

空母棲姫「……分かった。やるわ」

航空戦艦棲姫「それでいい」

離島棲鬼「……あーもう! 分かりました。やりますわ!」

航空戦艦棲姫「最初からそうしろ、ゴスロリ」

離島棲鬼「……」ムカムカ




空母棲姫「リンク開始」

離島棲姫「……リンク、開始」

航空戦艦棲姫「ようこそ、扉の向こう側へ」




飛び込めば、そこはどこまでも白い部屋だった。何もかもが白いため、広いか狭いかもよく分からない。




空母棲姫(私だけ……?)


『会いたい者の形を覚えているか』


空母棲姫(十位?)


『存在そのものを思い出せ。イメージしろ。それと、自分が自分であることを忘れるな』


空母棲姫(イメージする)


三位と一緒に居た時間、交わした言葉……彼女のことを思い出してみた。


『出来なければ……』


それでも白い部屋はまるで私を飲み込み溶かしていくような、


『ここで終わるぞ?』


75 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:39:22.35 GUujIImdo 71/111


2015年 9月13日

昼 新世界 旧ロッキー山脈 


曇り空と、そこは見渡す限り海だった。



装甲空母姫「ちょっと、八位? 聞いているの?」



私の隣には彼女が立っていた。



空母棲姫「…………あれ、私、何を」

装甲空母姫「大丈夫?」

空母棲姫「ええ、大丈夫よ」

装甲空母姫「地上の生命は全て滅んでしまったわ、でも、この世界にもう人間は居ない」

空母棲姫「やっとね」

装甲空母姫「ええ。これも貴女の力添えがあったからよ」

空母棲姫「いいえ。貴女の力よ」

装甲空母姫「いいえ。貴女の力があったからこそ」

空母棲姫「いいえ、いいえ。私のではなく貴女の」

装甲空母姫「いいえ。いいえ、いいえ」

空母棲姫「いいえ、いいえ、いいえ、いいえ」

~~~~~~

空母棲姫「はぁ……はぁ……いい加減やめましょう」

装甲空母姫「ひぃ……ひぃ……そ、そうね」

空母棲姫「ふふっ……どうしてかしら」

装甲空母姫「なにが?」

空母棲姫「貴女とこうして喋れることがこんなにも懐かしくて嬉しい」

装甲空母姫「お、おかしなことを言うのね。南極の戦いからずっと一緒だったじゃない」

空母棲姫「抱き締めてもいい?」

装甲空母姫「嫌よ」

空母棲姫「良いじゃない」

装甲空母姫「だからやだって言ってるでしょ!」


空母棲姫「よっこいしょっと」ダキッ


装甲空母姫「ちょっと」

空母棲姫「良いじゃない」ナデナデ

装甲空母姫「……別に良いけど」


76 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:52:14.69 GUujIImdo 72/111


装甲空母姫「ようやく、終わったのね」

空母棲姫「長かったわね」

装甲空母姫「……ずっと言ってなかったけど、日本海軍との南極での決戦の時、私本当は死ぬと思ってたの」

空母棲姫「……に、ほん海軍?」

装甲空母姫「でも、貴女が艦娘に包囲された私を助けに来てくれた。あの時は強がった返事をしたけど、本当は怖かったの。その、ありがとう」

空母棲姫「海洋連合ではなく、日本海軍との決戦?」

装甲空母姫「海洋連合? 国連軍のこと? それならハワイ沖で最初に潰したじゃない」

空母棲姫「……ああ、そうだったわね」

装甲空母姫「どうしたの八位」

空母棲姫「……思い出したくないことを思い出しただけよ」



空母棲姫「三位」

装甲空母姫「何よ」

空母棲姫「今幸せ?」

装甲空母姫「当たり前じゃなない。お父様が居て、貴女が居てくれる。……ああ、離島の奴も加えてあげてもいいかしら」クスクス

空母棲姫「ふふ」

装甲空母姫「……」クス



空母棲姫「三位」

装甲空母姫「なによ八位」

空母棲姫「私とお父さまのどっちが大事?」

装甲空母姫「……どうしてそんなことを」

空母棲姫「いいから答えて」

装甲空母姫「……私は――」「ごめんなさい!!!」


装甲空母姫「はい?」


空母棲姫「……やっぱり聞きたくない」

装甲空母姫「……そう。なら言わないわ」

空母棲姫「本当にごめんなさい。さっきのは忘れて頂戴」

装甲空母姫「いいのよ。そういう時ってあるわよね」

77 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:53:15.58 GUujIImdo 73/111




空母棲姫(……十位、居るんでしょ。私の中に)


『ああ』


空母棲姫(もういいわ)


『取り戻すには更に因果律を遡って――』


空母棲姫(もう、いいの)


『……分かった』

78 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:55:40.41 GUujIImdo 74/111


4月7日

朝 ハワイ 神姫楼


空母棲姫「……っ!!!」


航空戦艦棲姫「お帰り」

離島棲姫「……」スースー

空母棲姫「この子は」

航空戦艦棲姫「このまま眠ることを選んだ」

空母棲姫「……そう。確かにこの子の場合はそれで良いのかもね」


飛行場姫「……」

港湾棲姫「……」

戦艦水鬼「……会えたか?」

空母棲姫「会えたわ」

戦艦水鬼「幸せだったか」

空母棲姫「……ええ」

戦艦水鬼「なら何故戻ってきた」

空母棲姫「…………」

航空戦艦棲姫「幸せって奴は重いだろう」

戦艦水鬼「……」

航空戦艦棲姫「八位、私は大妖精が最後になんと言ったか知っているんだ」

空母棲姫「……なによ」

航空戦艦棲姫「『大好きだ、幸せになることを諦めるな』」


飛行場姫「……トーちゃん、どうして」ギリッ

港湾棲姫「……」

北方棲姫「お父さん……」グスッ


航空戦艦棲姫「お前のことを愛し、何よりも優先すべきものとして立場を捨ててでも守ると決めていたからだ」

飛行場姫「…………」

空母棲姫「……守る」

航空戦艦棲姫「本当の自分を晒して拒絶されるのがどれ程恐ろしいか、逃げ出した今のお前には分かる筈だ」

航空戦艦棲姫「大切な者を想う心根、その覚悟の重さ。……それがどれ程の意味を持つかもな」

空母棲姫「……」

航空戦艦棲姫「偉大な妖精としてでなく小さな一匹として、美しくて分かりやすい建前なんかに頼らず正直な気持ちを伝えることの意味」

航空戦艦棲姫「アイツが最後に見せたものを強さと言わないのならこの残酷な世界には絶望しか残らない」


航空戦艦棲姫「小さく儚い魂が見せる透明な命の輝き、そのなんと美しいことか」


空母棲姫「何様のつもり」

航空戦艦棲姫「図らずもこういう立ち回りになった役得を満喫している。私も彼らと同じようにありたいだけだ。偉くなったと勘違いしてるつもりはない」

航空戦艦棲姫「五位、もう良いだろう」

飛行場姫「……分かった」スッ

航空戦艦棲姫「これで反対は4票。最低でも否決が決まったな」

79 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:58:12.80 GUujIImdo 75/111


駆逐棲姫「な、なんで反対するですか! こいつは大妖精様を殺したのですよ!」

飛行場姫「……それでもトーちゃんはコイツの幸せを望んでる」

飛行場姫「トーちゃん、首絞められてすっげぇ苦しかったよな。トーちゃん……助けてあげられなくてごめんな……」ポロポロ

港湾棲姫「……五位」

北方棲姫「泣かないでよ五位のお姉ちゃん……私まで……泣いちゃう……」グスッ




空母棲姫(マスターコードで私を止めなかったのは何故?)

空母棲姫(私を信じたからだとでも言うの。私がやめると信じたから)

空母棲姫(それとも今までの贖罪? どちらも愚かよ。非合理過ぎるわ)

空母棲姫(……私は三位に本当に聞きたいことを聞けなかった)

空母棲姫(傷つくことが分かっていて尚進むことは美しいなんて、滅びの美学と同じ唾棄すべきもの)

空母棲姫(自分の本音を誰にでも通じるパターンに近づけながらリスクの少ない道を進むのが賢いやり方)

空母棲姫(…………でもその道の先に何が得られるのかしらね)

空母棲姫(自分の真の欲望を仮面で覆い隠し、多数派になれない連中を排除し見下していく。そんな日々に意味はあるの。それは生きているということなの)

空母棲姫(それで自分の本当の願いは果たされるの)

空母棲姫(本当の願いなんて陳腐な言葉を私まで使いはじめるなんて、いよいよ脳が腐ってきたかしら)

空母棲姫(……手の中で妖精が震えていたのは何故)

空母棲姫(他者への執着は弱さになる。見せない方がいい。つけ込まれる)

空母棲姫(否定されれば脆い心が傷ついてしまう)


空母棲姫(もし、もし全てが分かった上で尚見せることを選んだとしたら)




空母棲姫「私には分からない」

航空戦艦棲姫「すぐに分かるさ。お前は優れた策士だ。戦況を読むように相手の心の中を覗けばいい」

空母棲姫「貴女たちは何を見ているの。……何が見えているの」

航空戦艦棲姫「答えばっかり欲しがるな。自分で見つけるから意味があるんだ」

空母棲姫「……意味不明ね」

航空戦艦棲姫「扉の向こう側にお前の望むものはあったか」

空母棲姫「あったわ。でも手が届かなかった」

航空戦艦棲姫「何度でも連れて行ってやるぞ」

空母棲姫「分かってるくせに」

航空戦艦棲姫「ふふっ」

空母棲姫「私には手を伸ばせない」

航空戦艦棲姫「意地になって伸ばしたところでお前は幸せになれない。……お前は気づくのが遅すぎたんだよ」


空母棲姫「……なら私は、これから一体何のために」ポロポロ


飛行場姫「……」


自分がしてきたことの意味は何だったのか。

私は失った大切なものを取り戻したかっただけだった。

だが取り戻したところでどうなる。三位の慕う妖精を殺した私を彼女は許すのか。

私が殺したと知った時、彼女は私を……。

80 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 22:59:46.16 GUujIImdo 76/111


空母棲姫「怖い」


扉の先になど行かなければ良かった。

ずっと扉の前に立ったまま中身を知らず夢見ていたかった。

盲目に理想を持ち生き続けたかった。


航空戦艦棲姫「だがそれは夢と同じだ」


それで良いじゃないか。

戦うため生み出され作られた私達に自由なんて無いんだから。


飛行場姫「そう決めつけて動かなかったのは誰だよ」


……私が悪いと言いたいの?


飛行場姫「そうだよ。見たいものだけ見ようとしたのはオマエ自身だろ」


違う。私は悪くない。

私は正しくあろうとしただけだ。


港湾棲姫「……それは誰にとっての正しさだ」


我々よ。私たちにとって大切なことよ。


港湾棲姫「……なら正しいお前が何故除名される」


正しくあるのは難しいことだからよ。


戦艦水鬼「その正しさの先に何がある」


……素晴らしい未来が待っているわ。


戦艦水鬼「素晴らしいと信じていた扉の先を見た今、尚そう言えるか」


…………。


航空戦艦棲姫「お前にとっての正しさはお前だけのものだ」

航空戦艦棲姫「その正しさの果てには素晴らしい未来が待っているだろう」

航空戦艦棲姫「一人ぼっちの未来がな」

空母棲姫「……」

航空戦艦棲姫「お前の父親はそのことに気づいた。だから正しくあろうとすることをやめた。我々自身を救うのは正しさではない」

空母棲姫「陳腐な答えだわ」

航空戦艦棲姫「お前自身がそれ程にまで求めておいてよく言う」ケラケラ

空母棲姫「……こんなことなら誰も好きにならなければ良かった」

航空戦艦棲姫「寂しいこと言うなよ。正しいだけの存在の方が私には余程陳腐だが」

空母棲姫「私にはもう何も無い。誰かの言う通り、遅すぎたのでしょうね」

航空戦艦棲姫「……」

空母棲姫「何もかも忘れて眠りたい。もう、夢だけ見ていたい」

飛行場姫「……」

航空戦艦棲姫「お前が本当にそう望むのならしてやってもいい。だが、多分違うんじゃないかな」

81 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 23:01:36.98 GUujIImdo 77/111


長月「マータダレカイジメテルノカ」

空母棲姫「……艦娘、何故ここに」

航空戦艦棲姫「おお長月。お座り」

長月「ワタシハイヌカナニカカ?!」

飛行場姫「な、長月やんけ!?」

長月「アアソウダガ。ホカノナニカニミエルノカ……?」

飛行場姫「だって迎撃されて沈められたんじゃ……」

長月「シズメラレタノハオトリダ。ギャクニホレ」グイグイ

空母水鬼「ち、チョー引っ張りすぎなんですけど!?」

長月「コンナデカイヤツツカマエタ」ケラケラ

空母水鬼「ごめん姫様。敵の新型チョー強かった……」ボロッ


空母水鬼「……あれ、泣いてたの?」

空母棲姫「……」

空母水鬼「誰かに苛められたの!?」

空母棲姫「違うわ」

空母水鬼「はい嘘! じゃなかったら姫様が泣くわけ無いじゃん! 誰がウチの姫様苛めた!!」


港湾棲姫「……」

戦艦水鬼「……」

駆逐棲姫「誰も苛めてないです」

北方棲姫「よく分かんない」


飛行場姫「八位」

空母棲姫「なに」

飛行場姫「お前にもいい側近がいるじゃねーか」

空母棲姫「……」


空母水鬼「五位の姫様、ウザいんだけど」

飛行場姫「う、ウザい!?」

空母水鬼「こっちはいい加減迷惑してるんだよね」

飛行場姫「褒めてやってんだぞ!?」

空母水鬼「五位様に褒められる必要ないし」

飛行場姫「こ、こんにゃろう……」

空母水鬼「もし次また私の姫様泣かせたらチョーしばくんだからね!」


航空戦艦棲姫「側近」

空母水鬼「……何よ」

航空戦艦棲姫「大妖精と八位、どっちが大事だ」

空母水鬼「何その質問、チョー下衆いんですけど」

航空戦艦棲姫「答えろ」

空母棲姫「……」

空母水鬼「私は――」


空母水鬼「私は姫様の方が大事だよ」

82 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 23:03:20.98 GUujIImdo 78/111


空母棲姫「……どうして」

空母水鬼「なにが?」

空母棲姫「……なんで私を庇うの」

空母水鬼「なんで、ってなんで??」

空母棲姫「貴女はなんで私の味方で居てくれるの。……ああ、まだ知らないからね」

空母水鬼「ど、どうしたの姫様」

空母棲姫「私は父親を殺したわ」

空母水鬼「えっ……」

空母棲姫「私は正しさで自分を塗り固めて戦い続けてきた。でも耐えられなくなった。その結果、議会から追放されたの」

空母水鬼「……」

空母棲姫「泣いたのも全部自業自得よ。だからこの子達は悪くない。悪いのは私」

空母水鬼「……そっか」

空母棲姫「私は本当は深海棲艦の正義なんて信じてなかった。ただ都合良く解釈して――」

空母水鬼「そんなの私だって信じてないよ」

空母棲姫「……えっ」

空母水鬼「えっ?」

空母棲姫「えっ、信じてなかったの? あれ程私が言ってたのに」

空母水鬼「だってあれ建前の話じゃん」

空母棲姫「い、今ならそうと分かるんだけど」

空母水鬼「は? 姫様あれ本気で信じてたの? 戦うのなんて自分の為でしょ。それ以外何かあるの?」

空母棲姫「……組織全体の為とか」

空母水鬼「えー、ないない。それは無い」

空母棲姫「どうしてそんなこと言えるのよ」


空母水鬼「だって姫様、南方で戦ってる時にそんなこと考えてなかったでしょ」


空母棲姫「……」

空母水鬼「勝ちたいから死に物狂いで頭使って戦って、上手く行ったら大笑い。その時に大義がどうこうなんて関係ないじゃん」

空母棲姫「……」

空母水鬼「最近姫様の様子おかしいから心配してたんだよ」

空母棲姫「……」

空母水鬼「柄にもなく正義とか悪とか考え込んじゃってさ。何のために生まれたとか生きるとか、私達はただ勝ちたくて戦ってただけなのに」

空母棲姫「……そうだった、わね」


大義も理由も全部後付だ。

あの戦い続けた日々にごちゃごちゃした面倒なものは要らなかった。

ただ生き残りたくて、勝ちたくて貪欲に何もかもを求め続け笑い続けた。

私はそんな奴だ。

そんな奴でしか無い。


ごちゃごちゃ考えるのは私の性分に合わないんだ。


空母水鬼「それで、私はそんな姫様が好きなの! あのドSな顔チョー笑えるんだから」ケラケラ

空母棲姫「……」

83 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 23:05:47.44 GUujIImdo 79/111


空母水鬼「あ、あとさ」

空母棲姫「どうしたの」

空母水鬼「防衛、駄目だった。ごめんなさい」ペコリ

空母棲姫「……良いのよ」

空母水鬼「次は上手く……ううん。無理だなぁ、艦載機強いのくれたら止められるかも?」

空母棲姫「……」クス


空母棲姫「ありがとう。私はごちゃごちゃ考えるのが苦手なの忘れてたわ」

空母水鬼「それ忘れちゃ駄目だよ」クスクス

空母棲姫「十位」

航空戦艦棲姫「なんだ」

空母棲姫「私は生きてて良いのかしら」

航空戦艦棲姫「少なくともお前が殺した妖精はそうなることを望んでいる」

空母棲姫「……今なら分かるわ。私は愛されていたのね」

航空戦艦棲姫「ああ。とても深くな」

空母棲姫「私にとって本当に大切なものは一つだけなんかじゃなかった」

飛行場姫「……」

空母棲姫「生まれて初めての後悔が、その本当に大切なものを失ってからなんて……洒落にもなっていないけど」

戦艦水鬼「……ふん」

空母棲姫「もう見失わないわ」

航空戦艦棲姫「まだ、逃げたいか」

空母棲姫「いいえ。逃げるのなんて私らしく無いもの。それに……」チラリ


空母水鬼「???」


空母棲姫「陳腐だけどとても大切なものが、私にはまだ残されているから」

航空戦艦棲姫「そうかい」クスクス

空母棲姫「みんな」


北方棲姫「……?」

飛行場姫「……」

港湾棲姫「……」

戦艦水鬼「……」

駆逐棲姫「……」

空母水鬼「……」


空母棲姫「ごめんなさい」ペコリ

空母棲姫「償いになるか分からないけれど一生懸命生きてみるわ」

空母棲姫「殺したいなら殺しに来なさい。負ければ殺されてあげる」

戦艦水鬼「……」クスクス

港湾棲姫「……それが謝罪する者の態度なのか」

飛行場姫「……トーちゃんがそれを選んだのなら、私は受け入れるよ」

北方棲姫「うん。私たちが喧嘩してたら……父さんも嫌だと思う」

長月「ナンダカイイホウコウニマトマリソウダナ」ケラケラ

84 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 23:10:39.48 GUujIImdo 80/111


飛行場姫「提案がある」

航空戦艦棲姫「どうした」

飛行場姫「私はトーちゃんの意思まで殺すつもりは無い」

空母棲姫「……」

飛行場姫「ここに海洋連合の代表も来てくれているんだ。今ここで対等な条件で休戦しないか」

港湾棲姫「……」

飛行場姫「私たちは兵器だけど、戦わないことだって自分で選べる。呪われた存在なんかじゃなくて誰かに祝福された一つの命だ」


飛行場姫「人を殺さなくたって、生きてていいんだ」



長月「……」ウンウン




飛行場姫「もう、こんな馬鹿げた戦争は終わりにしよう」



85 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 23:13:07.08 GUujIImdo 81/111


戦艦水鬼「……休戦に賛成だ」スッ

飛行場姫「い、良いのか? 扉は……?」

戦艦水鬼「それはお前の決めることじゃ無いだろ。私が休戦に賛成と言っているんだ」

飛行場姫「……ありがとう」


港湾棲姫「……賛成」スッ

飛行場姫「六位には世話になりっぱなしだな」

港湾棲姫「……別に良い。お前と居ると新しいものに出会える。それをこれからも見てみたいだけ」

飛行場姫「おう! 任せとけ! めっちゃ連れてってやる!」


北方棲姫「私も賛成!」ビシッ

飛行場姫「ありがとう」ニコ

北方棲姫「……だからお姉ちゃん、えらいえらいして!」

飛行場姫「良いよ。ほら、えらいえらい」ナデナデ

北方棲姫「えへへ~」


駆逐棲姫「……賛成します。大妖精様がそう望むのなら従うまでです」スッ

飛行場姫「そっか。武装解除とか色々あるから助けてくれよな」

駆逐棲姫「分かりました。今後ともご贔屓に」

飛行場姫「うん。お前ら減らないし便利だからな」

駆逐棲姫「それどういう」

飛行場姫「うひひひ」ケラケラ


空母棲姫「賛成させてもらうわ」スッ

飛行場姫「……八位」

空母棲姫「いつでも殺しに来なさい」

飛行場姫「うん。酒持って行くよ。だから待ってろ」

空母棲姫「……精々、いいのを持って来なさいよ」


航空戦艦棲姫「賛成だ」スッ

飛行場姫「危ないところ助けてくれてありがとな」

航空戦艦棲姫「捨てる神あれば、さ。恩に着るならいつか誰かを拾ってやってくれ」

飛行場姫「分かった。情けは人のためならずってな!」

航空戦艦棲姫「そういうことだな」クスクス


離島棲鬼「……」ス- スー

飛行場姫「こいつずっと眠ったままになるのかな」

航空戦艦棲姫「分からん。戻ってくるかは本人次第だ」

飛行場姫「……そっか。分かった。今は棄権ってことで良いな」


飛行場姫「私も賛成……だから賛成7、棄権1」

飛行場姫「即時停戦と休戦条約の講話、決まりだな」

長月「オメデトウ」ニッ

飛行場姫「ありがとう長月。私たちのハワイへようこそ」ニッ

長月「デキレバコッチノアクセントデタノム」

86 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 23:15:14.03 GUujIImdo 82/111


夜 ハワイ オワフ島真珠湾軍港


長月「いぇーい乾杯~!」

航空戦艦棲姫「乾杯だ」クスクス


講話は数時間で終了した。

話し合いが終われば後は宴である。


対等な立場での話し合いの為、政治的な駆け引きなど存在せず……両者ともに戦いを終わらせるという可及的速やかに達成すべき至上命題がある以上当然の帰結と言えた。

話し合いの流れとしては長月が持ち込んだ草案をなぞり確認するだけで良かったからだ。

決まった中でも我々が知るべき特に重要ものは二つある。


まず一つ目は海洋連合と深海棲艦が共同で運営する『協議会』の設立である。

複雑怪奇な人間の産業活動に対応するため、そして艦娘と深海棲艦のより密な協力体制を確立するため、『協議会』は存在する。両者の対話の場であり友好の象徴としてこれから機能していくことだろう。


そして二つ目は……。

長月「いや~なんか悪いな~。共通言語を私達に合わせてもらって」ケラケラ

空母棲姫「元から多少喋れるのだから問題ないわ」


海洋での共通語が日本語と公式に決定した。


瑞鶴「そういえば貴女たちって片言気味だけど日本語喋るよね」

空母棲姫「我々の最大の敵であった艦娘は何語を喋るのか……となれば知るべき言語はおのずと決まってくる」

翔鶴「なるほど、それはおま○こですね」クスクス

空母棲姫「おま○こ……? それは知らない日本語だわ。どういう意味なのかしら」

瑞鶴「あー! あー!!!! お酒美味しいですねぇ! あはは!」バチコォォォン

翔鶴「ぴがっ!?」

空母棲姫(……後で誰かに聞いてみよう)


酒を片手に下位種、上位種、姫、艦娘の違いなく手当たり次第、至るところで酒の場にありがちな喧騒が形成されていた。

87 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 23:17:07.23 GUujIImdo 83/111


空母水鬼「あ、今日のお二人さんじゃん?」ヒック

瑞鶴「あ~、今日はどうも~」

翔鶴「お疲れ様……とこの場合言うべきなのでしょうか」

空母水鬼「もう敵同士じゃ無いんだし良いんじゃない?」ケラケラ

瑞鶴「いいねその適当な感じ」ケラケラ

空母水鬼「違うよ~。こう見えて私チョー真面目だからね」フラフラ

空母棲姫「……貴女、どれだけ飲んだのよ」

空母水鬼「今日チョーボロ負けしたから飲みたいんだよ~」

翔鶴「今日は勝たせて頂きました」

空母棲姫「そういえば……どう負けたのか全然聞いてなかったわね」


空母水鬼「さすが姫様! 私、今それチョー聞いて欲しかった!」

空母棲姫「貴女、誰がどう見てもチョー話したそうにしてるじゃない」クスクス

空母水鬼「ま、そうなんだけどさ」ケラケラ

瑞鶴「こんな人たちも居たんだね」ヒソヒソ

翔鶴「当然です。単に命令で動くだけの存在なら我々が苦労する筈もありません。きっと他にも強い絆で結ばれた方々が居たのでしょうね」ヒソヒソ

瑞鶴「……そうだね」

翔鶴「ですが今はもう敵ではありません」


空母棲姫「この子は今はコレだけど戦場では私の片腕なのよ」

空母水鬼「コレって何よ姫様ー」ツンツン

翔鶴「ええ、今日の迎撃も完璧な流れでした。有能さについては疑いようもありません」

空母棲姫「……」

瑞鶴「でも有能すぎて逆に動きが読みやすいんだよね。……ま、これは技術の差が生んだ余裕だから私の実力じゃないわけだけど」

空母水鬼「そだよ、そっちの艦載機チョー強いんだもん! なんなのアレ!」

翔鶴「あれが私たちの持つ最強の多用途戦術戦闘機『長月』です」

瑞鶴「兵器に名前ってなんか独裁者っぽくて良いよね~」ケラケラ

空母棲姫「……」クス

翔鶴「深海棲艦との和睦を果たした艦娘の名です。いいじゃありませんか」


空母水鬼「それでね、それでね姫様、私新しい戦術考えて試したんだよ」ヒック

瑞鶴「あー! それ搭乗員妖精の子から聞いたかも! なんかすっごいことしてたんだよね」

翔鶴「妹の喋り方が馬鹿っぽいです」ボソッ

瑞鶴「姉さんうっさい」

88 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 23:20:50.99 GUujIImdo 84/111


空母棲姫「何をしたの」

空母水鬼「七位様の重力応用と姫様の対策から着想を得てね! 反重力デバイスが効率的に作用するよう艦載機で梯団を組んで進撃するの!」

空母棲姫「なるほど。空間を縛るのでなく、空間ごと移動するわけね」

空母水鬼「一機より二機、二機より四機、艦載機の梯団が大きくなればなるほどデバイスの相乗効果で重力変動の幅は広がるんだよ~」

空母棲姫「理屈の上ではそうだわ。でも数が多くなるごとに動きを制御するための処理負荷が大きくなりすぎる」

空母水鬼「全部掌握する必要はないんだ。少数のコントロール艦、大半は連動させるだけのラジコンだもん」

空母棲姫「……プログラムを作ったの?」

空母水鬼「暇だったし?」

空母棲姫「相変わらずよくやるわね」クス

瑞鶴「重力操作って冷静に考えて常軌を逸してるというかなんというか」

空母棲姫「赤熱化して無敵状態に変化するジェット戦闘機なるものを冷静に見てほしいものだけど」

瑞鶴「……お互い様ですな~」ケラケラ

空母棲姫「そういうことよ」

翔鶴「ですが重力操作をされてしまえば我々は攻撃もままなりません。こちらに反重力デバイスが無かったら……」

空母水鬼「ふふ~ん? だからチョー凄くない? 私が組み上げたボックスフォーメーション!」

瑞鶴「ま、私たちが勝ったんだけどね~」ニヤニヤ

翔鶴「こら瑞鶴。相手の感情を逆撫でするような物言いはやめなさい」

瑞鶴「姉さんが久しぶりに姉らしい姿を!?」

翔鶴「今の私を何だと思ってるのよ……まぁ私たちが勝ったんですけどね」

空母棲姫「リベンジマッチは当分お預けね。勝ち逃げは認めるわ。首を洗って待ってなさい」

瑞鶴「いつでも来なよ! 演習しよ、演習!」

翔鶴「はい。今回は勝ち逃げさせて頂きます」

空母水鬼「んワァァ!! 私を無視しないで~! チョー凄いでしょボックスフォーメーショ~~ン!!」

空母棲姫「うんうん。チョー凄いチョー凄い」ナデナデ

89 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 23:21:49.89 GUujIImdo 85/111


戦艦水鬼「長月」

長月「ん? ああ、こんにちは」

戦艦水鬼「……分かるか?」

長月「分からいでか。陸奥の姉だ」

戦艦水鬼「逃げ出して悪かったな」

長月「方向性の違いまで咎めるつもりはない。うん、とりあえず生きてて良かったよ」バシバシ

戦艦水鬼「もう会う気は無かった……だが会ってみると意外と嬉しいものだ」ナデナデ

長月「そんなもんだ。ご執心の扉はもう良いのか」

戦艦水鬼「自分でもよく整理出来てない」

長月「やっぱり寂しいんだよな」

戦艦水鬼「……ああ」

長月「時雨もそう言って逝ってしまった」

戦艦水鬼「……」

長月「第四管区の仲間でも深いところまでは面倒が見れないからな~。どうしても」

戦艦水鬼「お前は寂しくないのか」

長月「……寂しいよ」

戦艦水鬼「なら」

長月「会いたい。でも何よりも優先はしない」

長月「私は未来よりも過去がずっと素晴らしいって考えを肯定したくない。昔が良かったって思い続けて過ごすのなんて嫌だ」

長月「提督と一緒に居られた日々がどれだけ素晴らしくても、未来にはもっともっと凄いことが待ってると私は信じてる」

長月「たとえ明日死ぬとしてもそう愚直に信じ続けたいんだ。だってその方が楽しいじゃないか」


長月「少し足りない位じゃないと駆逐艦なんてやってられないからな」ケラケラ


戦艦水鬼「……お前を代表に選んで正解だった。御役目ご苦労だったな」


長月「お前死ぬのか」ジーッ


戦艦水鬼「は?」

長月「いやなんか、今から死ぬ奴が全てを振り返って……みたいな雰囲気出てたぞ」

戦艦水鬼「馬鹿。私はそう簡単に死なんからな」

長月「そうかそうか。なら良いんだ。いやーにしても綺麗な眼だなー」

戦艦水鬼「……それをお前に言われても嬉しくないんだ。アイツに言ってもらいたい」ハァ

長月「少しは喜んでくれませんかねぇ」

90 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 23:22:31.60 GUujIImdo 86/111


磯波「日向さん!!」

日向「こんにちは」

磯波「あ、あれ? どうしてよそよそしいんですか?」

日向「あー、うん。まぁ気にするな」

磯波「じゃあ、えーっと、その、お疲れ様です!」

日向「あはは。お疲れ様。ハワイまでよく来たな」

磯波「選ばれたので!」

日向「凄いじゃないか」

磯波「あ、その、あと、吹雪ちゃんがよろしくって」

日向「ああ、吹雪がな。うん。ありがとう」

磯波「あの、その、えっと」

日向「……?」

磯波「……」

日向「……」

磯波「ゆ、雪風ちゃんが向こうに一人で居るのでちょっと行ってきますね」

日向「分かった。気をつけてな」


日向「……居心地が悪いな」

91 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 23:23:19.89 GUujIImdo 87/111


飛行場姫「あーよっこいしょ~」ドサッ

ヲ級改「座ると酔いがまわるよ~」

レ級改「姫様早すぎだって。ほら、立てよ~」グイグイ

タ級改「やめなさい。姫様だって多少は疲れてるのよ。多少は」

飛行場姫「私、今日ずっと話し合いでめちゃ疲れてるんですが!?」

レ級改「そんなお疲れの姫様にー……オラッ! 飲め!!」グイグイ

飛行場姫「ん~! んん~!?」ゴクゴク

タ級改「ちょ!? さ、さすがにそれは不味いんじゃ」

ヲ級改「イイのイイの。もう姫なんて飾りなんだし」

飛行場姫「……んー……んんん……?」ゴクゴクゴクゴク

タ級改「姫とか立場どうこうじゃなくて倫理とかマナー的に不味いから!」

飛行場姫「…………」

レ級改「関係なんてね――」ガシッ

レ級改「お?」

飛行場姫「……お前が飲め」グイッ

レ級改「んんんん~~~!?」ゴクゴクゴクゴク

飛行場姫「私に逆らう奴は他に居るか~?」

ヲ級改「いませんいません」

タ級改「レ級だけです」

飛行場姫「そうか~そうか~」ニヤニヤ

92 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 23:24:48.72 GUujIImdo 88/111


雪風「……」ウロウロ

磯波「雪風ちゃん、大丈夫?」

雪風「本当に終わったのに。なんだか実感がありません」

磯波「あはは……私もだよ」

雪風「これから雪風たちはどうなるんでしょう」

磯波「……私も下っ端だから分かんないや」テヘヘ


駆逐棲姫「奇遇です。私も分からないです」


雪風「……どちら様ですか」

駆逐棲姫「はじめまして。日本語名は考え中です。以後お見知り置きを」ペコリ

磯波「こ、これはご丁寧に。私は磯波です」ペコペコ

雪風「……雪風です」

駆逐棲姫「雪風さんは昨日までの敵が今日は味方なんて割り切れないですか?」

雪風「……」

駆逐棲姫「その気持ちは自分が命令を聞くだけの機械じゃない証左くらいに思えば良いんです」

雪風「……そんなの」

駆逐棲姫「戦い続ければ失うばかりでした。そんな愚かな行いに終止符は打たれた、めでたいことです」

雪風「雪風はこれ以上失うものなんてありませんでした」

磯波「雪風ちゃん……」

駆逐棲姫「そうですか。ならこれから沢山出来ますね」

雪風「どういうことですか」

駆逐棲姫「どうも何も平和なんだから友達も増えるじゃないですか」

雪風「木曾の代わりなんて誰にも出来ません」


駆逐棲姫(あっ、多分地雷踏みました)


榛名「誰かが誰かの代わりをするわけじゃありません」

雪風「……」

霧島「同じくらい大事な存在を見つけるだけです」

榛名「唐突に話に入ってしまってごめんなさい。でも、どうしても知って欲しくて」

雪風「それも休戦と同じくらい信じられません」

榛名「大丈夫。きっと見つかります。木曾さんが貴女に施したように、他の子に施してあげて下さい」

雪風「木曾が、私に?」

榛名「はい。諦めちゃ駄目です。木曾さんは諦めたりしませんでした」

雪風「……卑怯です。木曾の話ばっかりして、雪風が」ポロポロ

雪風「雪風が悲しむのを知ってるくせに…………!」ポロポロ

榛名「……ごめんなさい」

雪風「木曾、どうして雪風を守ったんですか……どうして一緒に死なせてくれなかったんですか……」ポロポロ

霧島「……残酷よね。みんな笑って死ぬくせに、残ったものがどうなるかなんて考えないもの」

榛名「…………」

雪風「なんで、なんで……っ!」ポロポロ

霧島「……」サスサス

榛名「……それでも私は雪風さんに生きて欲しいんです」

93 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 23:26:05.36 GUujIImdo 89/111


4月8日

夜 ハワイ 海岸


宴会から1日後、月と満点の星空の下にそれらは対峙していた。


航空戦艦棲姫「……呼び出された場所は、ここで良かったみたいだな」

戦艦水鬼「ああ。ここで良い」

航空戦艦棲姫「用件を聞こうか」

戦艦水鬼「私のために扉を開け」

航空戦艦棲姫「嫌だ」

戦艦水鬼「なら、分かるよな」スッ

ハルカ「グルルルル……」

航空戦艦棲姫「力づくか。悪くないな。私も少し暴れたりなかったところだ」


戦艦水鬼「リンク開始」

航空戦艦棲姫「リンク開始」


~~~~~~

航空戦艦棲姫「っはぁ!!」

戦艦水鬼「ちっ!!」


穏やかに波打つ海面を激しく移動しつつ互いの背面を取り合う。


戦艦水鬼「日向! 聞こえているか!」

航空戦艦棲姫「感度良好、聞こえるぞ」

戦艦水鬼「元の日向はどうした」

航空戦艦棲姫「元々は私だ」

戦艦水鬼「お前は孵化しただけの存在だろうがっ!」


先程から主砲を撃ち合ってはいるが直撃弾は一向に出る気配が無かった。


航空戦艦棲姫「元々は私のものだ」

戦艦水鬼「……お前は何者なんだ! 何故魂の領域とこちらを行き来出来る!!」

航空戦艦棲姫「それは我々が皆普遍に備えている能力だ。私は意識的に扱えるだけでな」

戦艦水鬼「そんなわけあるか!」

航空戦艦棲姫「因果律は我々と離れた存在ではない。私達が因果律の一部なんだ。私も、お前も」

戦艦水鬼「なら扱うすべを私に授けろ!!」


もどかしい撃ち合いはより加速していく。


航空戦艦棲姫「長門、お前じゃ無理だ」

戦艦水鬼「何故だ!」

航空戦艦棲姫「因果律は自身を求める者でなく、求めない者をこそ愛す」

戦艦水鬼「またわけの分からないことを!! ハルカ、散弾だ!!」

ハルカ「グルルル!」

航空戦艦棲姫「……はるか?」ピクッ

94 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 23:28:06.18 GUujIImdo 90/111


一瞬の減速を長門は見逃さなかった。

戦艦水鬼「そこだっ!」


巨砲より放たれた散弾は命中し肌を引きちぎった。


航空戦艦棲姫「ちょっと痛かったぞ」


そして即座に元の状態へ復元した。


戦艦水鬼「……それが因果律に愛された者の力か」

航空戦艦棲姫「ああ」

戦艦水鬼「…………欲しい、欲しい欲しい欲しい!!!!」

ハルカ「グラァァァァァァ!!!」


双頭の艤装は主の求めに呼応する。


航空戦艦棲姫「……そんなこと言ってる限り無理だって」

戦艦水鬼「よこせ!!」


もうその赤い目は自らの凶暴さを隠そうともしなかった。


航空戦艦棲姫「長門」

戦艦水鬼「なんだっ!」

航空戦艦棲姫「お前は因果律に与えられた甘露を自分から投げ捨てることが出来るか」

戦艦水鬼「そんなものは知らん!!」

航空戦艦棲姫「知っている」

戦艦水鬼「知らんと言っている!」

航空戦艦棲姫「晴向というのは日向の子だな」

戦艦水鬼「なっ…………!?」

航空戦艦棲姫「ほら知ってた」クスクス

戦艦水鬼「どうして……それをお前が……」

航空戦艦棲姫「あの夢はただの妄想なんかじゃない」

戦艦水鬼「……」


航空戦艦棲姫「あの世界はお前にも優しかったろう」ケラケラ


戦艦水鬼「現実なのか」

航空戦艦棲姫「現実さ。この世界とは違う可能性が収束した、パラレルワールドとでも言うべきものだな」

戦艦水鬼「パラレルワールド……」

航空戦艦棲姫「私の一部は投げ捨てたぞ。知っている誰もが幸せに生きる世界を捨てて自らの現実として、こちらの世界を選びとった」

戦艦水鬼「どうして」

理解できないものを知るため気力を尽くし震え声を絞り出す。

航空戦艦棲姫「ああ。私も説得したんだが、中々頑固でな。『私は私の信じる現実で生きる』と言って聞かなかった」

戦艦水鬼「……なるほどな。私と同じか」

航空戦艦棲姫「同じ?」

戦艦水鬼「私も私が信じるこの現実を生きたい! 幸せになりたい!!」

航空戦艦棲姫「……ふん、笑わせるな。お前なんかが同じなものか」

95 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 23:29:51.91 GUujIImdo 91/111


攻防は続く。

戦艦水鬼の艤装が放つ散弾は命中こそすれ致命傷にはならない。


航空戦艦棲姫「私と長月の一部はあの世界を捨てた。だからこそ目覚めることが出来た」

戦艦水鬼「私だって捨てられる!!」

航空戦艦棲姫「最愛の者が居ない世界を選べるのか」

戦艦水鬼「……っ!」

航空戦艦棲姫「今でさえ晴向に縋るお前にはとても無理だ」

戦艦水鬼「……どうしてだ」バシャッ

ハルカ「グルル?」


長門が水面に膝をついたことにより両者の動きは遂に止まった。


戦艦水鬼「大好きな人の居ない世界なんて真っ暗なだけじゃないか」ポロポロ

航空戦艦棲姫「……私が正しいわけじゃない。結果的に私がお前より強かっただけだ」

戦艦水鬼「……もう……無理なんだな……」ポロポロ

航空戦艦棲姫「長門」

戦艦水鬼「……なんだ」

航空戦艦棲姫「あの夢の続きが見たいか?」

戦艦水鬼「そうだと言えば、お前はどうする」

航空戦艦棲姫「連れて行ってやる」

戦艦水鬼「……」


長月「よっ、お前ら」スィ


航空戦艦棲姫「接近する反応があると思ったが、やっぱりお前だったか」

戦艦水鬼「長月……」

長月「長門の表情は読みやすいからな。二人して派手な散歩をする」ケラケラ

戦艦水鬼「……未来が信じられないんだ」

長月「そっか。そいつは大変だな」

戦艦水鬼「明日はもっと凄いことがあるなんて信じられない……」

長月「うんうん。なるほどなるほど」

戦艦水鬼「辛いんだ……」


長月「な~長門」チョイチョイ

戦艦水鬼「……ん」


長月「第二十二駆逐隊パーンチ!!」ドカッ


戦艦水鬼「ぶっ……!?」

長月「どーだ痛いだろう」ケラケラ

戦艦水鬼「何をする!」

長月「甘ったれたこと言うな! 人生、楽しいことばっかなわけ無いだろうが!」

戦艦水鬼「だ、だってお前は……」

96 : ◆mZYQsYPte. - 2016/06/30 23:57:06.01 GUujIImdo 92/111


お前は未来には過去の幸せだった日々よりもっと凄いことが待ってると、それを信じていると言ったじゃないか。


長月「一人の男は艦娘の幸せを望んだ。それから私たちは変わった」

長月「だから私たちは自身の幸せと男の幸福を望んだ。結果としてその望みはあっさりと崩れた」

長月「それは今でも悔しくて仕方ない」


戦艦水鬼「我慢できるのか……なんでお前はそんなあっさり捨てられるんだ!!! どうして!!!」

長月「悔しさも含めて私だから」


長月「この世界もまた一つの可能性にすぎない。私はここでの生を全うしたいんだ」

戦艦水鬼「……生を全うするとは幸せ以外にあるのか」

長月「きっとあるよ。我慢や意地で言ってるんじゃないからな。私の信じてる未来への希望ってのは何もかも全部幸せってわけには行かないだろうけど」

航空戦艦棲姫「…………」

長月「悔しくて泣きじゃくって、勝てなくて恨み事言い続けたって良いじゃないか。それも味ってやつだ」


長月「最後は、それも幸せだと思えるようになるさ」


戦艦水鬼「……無理だ。信じられない」


長月「日向もお前と同じだったんだよな~」

戦艦水鬼「……」

航空戦艦棲姫「……」クス

長月「こっちの世界で生きるのを選んだくせに覚悟は決まってなくてな。後になって彼の居ない未来が云々なんて言ってた」

航空戦艦棲姫「それどころかな、私の一部は最初全部壊すつもりでこっちへ戻ったんだぞ」クスクス

長月「やっぱりそうか。恋は盲目というか」ヤレヤレ

航空戦艦棲姫「長月だって『もっと一緒に過ごして欲しかった』とか言って泣いてたじゃないか」

長月「見てたか。そりゃ私だって感情くらいある。本当に一緒に過ごしたいし」ケラケラ

戦艦水鬼「……なら手を伸ばせば届くのに」

長月「あっちの世界でお前に晴向が居たように、出会えるさ。きっと、同じくらい素敵な奴らとの出会いが待っている」

戦艦水鬼「……晴向」


長月「信じろ。私たちの未来はバラ色だ!」ニッ


戦艦水鬼「……どこかで見たことがあるような笑顔だな」

長月「同じ男は見つけられずとも、いい男はこの星に幾らでも眠ってるさ」

戦艦水鬼「……ああ、そうかもな」クス

航空戦艦棲姫「おや」

長月「気は変わったか?」

戦艦水鬼「思えば私も浮気性だからな。二つの世界で二人の男を愛せるんだ。三人目、四人目もすぐ見つかるだろう、と自分を納得させておく」

長月「そういうことだ」

戦艦水鬼「その点日向は凄いな、一途だ」

航空戦艦棲姫「我ながら、その点は誇りだよ」

長月「あははは! お前、違う日向のくせに」

航空戦艦棲姫「いや、だから元は」

戦艦水鬼「はははは!! その言い訳、ずっと使う気なのか?」

航空戦艦棲姫「も、元は私なんだ! 私だってお前らの知ってる日向の一部なんだ! そんなに笑うな!」

97 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 00:05:40.03 QL2iAkFqo 93/111


7月28日

昼 ハワイ 神姫楼


ハワイでの講話は海洋連合共栄圏と深海棲艦の対等な立場での休戦だったが……。

指導者という頂点を失った深海棲艦という軍事組織は結果的に解体、姫の序列は白紙化され全てが海洋連合の中に組み込まれた。


『協議会』はハワイの神姫楼を根拠地とし開催され続けていた。


空母棲姫「我が領海へ侵犯を試みる輩に対し警告の後撃沈を徹底しているわ」

茶色妖精「お主の警告は過激という噂だが……」

空母棲姫「うるさいわね、かじるわよ」

茶色妖精「すまんでござる」

日向「あんまり沈められると海洋連合の印象も悪くなるのだが」

日向「いや、どんどん沈めるべきだろう。人が死んだほうが派手で良い」ニヤニヤ

日向「ちょっと黙ってろ」

日向「あ、おい、やめ」

日向「失礼した」

空母棲姫「……人死は出さないよう、努力しているわ」

飛行場姫「ならいいや」

長月「良いのかよ! えー次、お、これ懐かしやつだぞ」

茶色妖精「なんでござろう」

長月「領海設定の件でアメリカから秘密裏の会談要請だ。懐かしいなぁ」


空母棲姫「懐かしい?」


長月「あ、昔海洋連合でも同じ話が出たんだよ」

空母棲姫「へぇ」

日向「飛行場姫の話だっただろう。覚えているぞ」

飛行場姫「そうだったっけ? もう忘れた」ケラケラ

嶋田「頼むぞおい……」

日向「それと関係しているかどうかは知らんが、ソ連が海洋連合の国連加盟……そして常任理事国入りまで支持している」

空母棲姫「呆れた。ソ連はユーラシア大陸だけに飽きたらずまだ領土が欲しいのね」

日向「空母棲姫もその動きに見えるか」

空母棲姫「ええ。『海洋連合に対する今までごめんなさい』と我々と癒着して海の安全を確保した後に『領土拡張』そのどちらも一緒に済ませてしまおうという魂胆に見えて仕方ない」

嶋田「それで間違ってないんだろうな」

茶色妖精「ふん! 国連なぞという拒否権のせいで機能不全に陥った組織に用はありもうさん!」

飛行場姫「それ面白いじゃん! 乗ろうよ!」

日向「面白いとかじゃない。国際政治の舞台は食うか食われるかのな――――」

飛行場姫「でもさー、私たちもそろそろ人間の国に影響を与えるとっかかり欲しいじゃん?」

日向「む、まぁ欲しいが」

飛行場姫「ユーラシアを確保したソ連が狙うとすればアメリカ大陸、そうはさせねーよ」

98 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 00:07:28.21 QL2iAkFqo 94/111


飛行場姫「国連の場で領海を公式に宣言して大西洋を渡らせねーとか面白いだろ」

飛行場姫「『ごめんなさい』はしっかり受け取るけど慣れ合うつもりは無いよ」

日向「……あはは!」

飛行場姫「うぉぁびっくりしたぁ!?」

日向「すまん。そうだな、その方が面白い。やるべきだ」

空母棲姫「日向、貴女ね」

日向「いつまでも臆病なままでは居られないだろう」

空母棲姫「……そうだけど」

日向「じゃあ投票で決めよう。まず海洋連合の国連加入へ賛成の者、挙手。ちゃんと意見も述べろよ」




艦娘と深海棲艦という敵味方の協力体制はの想像以上に円滑に組み立てられていった。


海洋連合の軍事、経済の中心にかつて序列を持つ姫だった者達が入り込み歯車の一つとなっていく。


そこに軋轢は存在せず、むしろどん底まで傷ついた者同士だからこそ手を取り合うことが出来た。


心という想定も出来ない変数は今回は良い方向に出たのだ。

99 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 00:08:34.92 QL2iAkFqo 95/111


8月1日

夜 海洋連合 南の島


扉を叩く、訪問者の気配があった。


加賀「はい、どちら様」


扉越しに訪問者へ質問を投げかける。


「……ここは加賀の家で良いのよね」


おかしな郵便屋も居たものだ。


加賀「そうよ、ここは加賀の家だけれど」

「遊びに来たわ」

加賀「……今すぐ帰りなさい。帰らないと艦載機で襲うわよ」

「ちょ!? いや、あの、そういう意味では無いわ」

加賀「ならどういう意味かしら」

「七位の知り合いなの」

加賀「……」

「……急に来てごめんなさい。確かに不躾な訪問だったわ。また日を改めて――」


ガチャ


加賀「入りなさい」

空母棲姫「良いの?」

加賀「良いわ。どうぞ入って」


突然な訪問者は以前八位と呼ばれていた深海棲艦だった。


空母棲姫「……」

加賀「……」


……この深海棲艦、何か喋りなさいよ。


空母棲姫「これ……お土産」スッ

加賀「これはご丁寧に」


渡されたものは日本酒だった。


加賀「……」

空母棲姫「……」

加賀「貴女何しに来たの」

空母棲姫「貴女は七位とお酒を飲む約束をしていたでしょ」

加賀「随分と懐かしい思い出ね」

空母棲姫「な、七位に頼まれたのよ。だから……仕方なく」

加賀「……ありがとう。じゃあアイツの代わりに飲みましょうか」クス


八位だった空母棲姫は決して酒に弱い方ではない。しかしこの日は相手が悪かった。

100 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 00:09:47.03 QL2iAkFqo 96/111


~~~~~~

空母棲姫「……なによその目は」フラフラ

加賀「……貴女こそ、目つきが悪いのだけれど」ヘロヘロ

空母棲姫「私は良いのよ私は」フラフラ

加賀「うるさい人ね」

空母棲姫「うるさいのはアンタよ」

加賀「……」グイグイ

空母棲姫「痛い痛い痛い!?」

加賀「失礼な子ね」

空母棲姫「だからっていきなりつねらないで頂戴!」


加賀「貴女七位とはどんな関係だったの」

空母棲姫「具体的には……敵だったわ」

加賀「――!」ブッー

空母棲姫「ちょ、汚い!!」

加賀「……失礼。では七位の敵である貴女が何故七位の代わりとして私の所へ来るのかしら」

空母棲姫「七位に頼まれたからよ」

加賀「……深海棲艦の交友関係や倫理観が現在全く把握できないのだけれど」

空母棲姫「私たちだって好きな好きだし嫌いなものは嫌いよ」


加賀「貴女は敵である七位が好きだったの」

空母棲姫「……そうね、好きだったのかもしれない。私が殺したんだけど」

加賀「……」ピクン

空母棲姫「艤装を失って無力化した彼女に止めを刺した」

加賀「何故」

空母棲姫「殺さなければならないと、あの時の私は信じこんでた」

加賀「……そう」

空母棲姫「……そうよ」


加賀「どこが好きだったの」

空母棲姫「え?」

加賀「貴女は七位のどこが好きだったの」

空母棲姫「そ、そうよね。好きな所があるから私はここに居るんだものね」

加賀「知らないわよ」

空母棲姫「……彼女は私を必死に止めてくれた。私が自分の気持ちを殺していたんじゃないかと心配してくれた。そんな七位が好きだったのかも」

加賀「殺す?」

空母棲姫「私の気持ちはどうなのか、しつこく聞いてきてね。私を散々惑わせた挙句の果ての成れの果て、私に殺された」

加賀「私の提督と似てるわね」

空母棲姫「貴女たちにそんな人が居たの」

加賀「ええ、横須賀鎮守府に――――」

101 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 00:14:24.85 QL2iAkFqo 97/111


お酒の効果もあってか、いつも以上に舌がまわった。

自分がどんな経験をしてきたか艦娘であるか、提督と呼ばれた人がどんな人だったのか。

自分がどんな風にその人と仲間を好きになっていったか。


空母棲姫「艦娘というのは恋ばかりして戦いに集中してないじゃない。……私には男の良さなんて分からないわね」

加賀「良いものよ。心と身体の隙間を埋めてくれる」

空母棲姫「交尾ってそんなに凄いのかしら」

加賀「……交尾と言わないでくれるかしら」グイグイグイ

空母棲姫「痛い痛い!」

加賀「貴女も一度してみなさい。凄いから」

空母棲姫「こんなに頬をつねられたのは生まれて初めてよ」

加賀「良かったわね。思い上がりまで無くなりそうで」

空母棲姫「余計なお世話様。第四管区で出来た貴女の友達はどこへ行ったの。途中から出てこなかったけれど」

加賀「……南方で沈んだわ」

空母棲姫「……そう」

加賀「ガ島を巡る戦いは本当に熾烈だった。貴女たちもそうでしょ」

空母棲姫「そこなら私も居たわ」

加賀「え、居たの」

空母棲姫「空母部隊を率いて艦娘を沈めまくってた」

加賀「…………お互い様かしらね。私たちも貴女の大事な人を沈めているのだから」


空母棲姫「貴女は七位のどこが好きだったの」

加賀「……私?」

空母棲姫「そうよ」

加賀「……よく知らないのよね」

空母棲姫「……」グイグイ

加賀「痛い痛い痛い痛い!!!!」

空母棲姫「よく知らないんて言わせないわ。あの子は最後の遺言で貴女との約束を果たそうとする程なのよ」

加賀「一度しか会ったことも無いけど」

空母棲姫「一度!? 嘘でしょ」

加賀「いえ、本当に一回こっきりよ」

空母棲姫「……ならその一度でそんなに仲良くなったとか」

加賀「……一緒に食事をして海岸をぶらついて、くらいかしら」

空母棲姫「はぁ!? しょうもな!? なんで最後のお願いを使って貴女に会いに来いなんて言うのよ!」

加賀「し、知らないわよ」

空母棲姫「昔の知り合いだったとかじゃないの。七位は元艦娘だったもの」

加賀「そうなの? 聞いていないけれど」

空母棲姫「彼女も艦娘だった頃、南方で私と戦ったことあると言っていたわ」

加賀「え……? じゃあブインやショートランドに所属を」

空母棲姫「えーっと、名前は――――」


加賀(……まさか、いえ、そんな筈は)


空母棲姫「赤城だったかしら」

102 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 00:16:12.50 QL2iAkFqo 98/111


12月24日

昼 ソ連 シベリア鉄道(ウラジオストク-ノヴォシビルスク間) ロシア号五号客車


瑞鶴「……」


温かい客車の車窓から凍てつくシベリアの大地を眺める。

ここはもう海じゃ無いという実感とともに初めての旅への恐怖が今更襲ってくる。


加賀「……ただいま」ガラガラ

瑞鶴「加賀さん、お帰りなさい」

翔鶴「お帰りなさい。ありがとうございます」


客室の扉を開いた加賀さんは随分と急いだ様子で中へと入ってきた。


加賀「……連結器を通る度耳が取れそうだったわ」ガタガタ

瑞鶴「なるほどそれで……。ところで酒盛りグッズの調達は……?」

加賀「勿論、ほら、どうぞ」ドサドサ

瑞鶴「イェーイ!」

翔鶴「しかし本当に少し常識を超えた寒さですね。北海よりも寒い気さえします」

加賀「まったくよ。普通の人間が住める寒さじゃ無いわ」

瑞鶴「まぁまぁ、ウォッカ飲んで温まりましょう!」


初老の男性「お嬢さんたち、ここは空いてるかな。もし良かったら座りたいのだが」


瑞鶴「空いてるよ~。遠慮せずどうぞ!」

初老の男性「ありがとう。私の祖国の言葉が上手いね……君たちは日本人に見えるが」

瑞鶴「はい。日本人です」

初老の男性「ああ、暖かさに目を開けば美人ばかりじゃないか。素晴らしい旅になりそうだ」

瑞鶴「あはは!!」


初老の男性「このごろ日本からの来客も少なくなって寂しかったんだよ」

翔鶴「どこまでご一緒出来るのでしょう」

初老の男性「私はモスクワまで。君たちはどうかね」

加賀「私たちもモスクワよ。ご一緒できて嬉しいわ」

初老の男性「では早速ウォッカでも飲もう」

瑞鶴「そー来なくっちゃ!」

103 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 00:22:05.26 QL2iAkFqo 99/111


~~~~~~

初老の男性「そこで私の妻がもうカンカンになってね――――」

瑞鶴「あははは!!!」

加賀「……」クスクス

翔鶴「お父様は海洋連合の噂をご存じですか?」

初老の男性「ああ、うん。彼女らか。話だけは聞いたことがある」

翔鶴「ソ連と彼女たちの繋がりはどうなって行くのでしょう。私は日本人ですが興味があります」

初老の男性「私も大いに興味を惹かれる話題だ。我が国が海を欲す限り海洋連合との繋がりは無くてはならないものとなる」

翔鶴「はい。彼女たちは誰の味方でもあり敵でもあります。その欲望は他の人間と違うものです。国家同士のお付き合いが中々に難しいのでは?」

初老の男性「違う? 互いに国益を求める限り妥協点を見つけ出せると思いますが」

翔鶴「あの場所は国家運営ではなく個人を優先した場所です。個人のために国家がある。艦娘も深海棲艦も個人を守るための盾に過ぎません」

初老の男性「君が言っているのは愚かな民主主義思想と変わらんよ、結局、それで上手くいくのは文字の世界においてのみだ。歴史を見たまえ」

翔鶴「文字の上だけでなく、彼らは愚直にその理想を現実の中に追い求めているように見えます。それに、あそこは……今までの歴史には無い新たな場所ですから」

初老の男性「その愚直さが国際政治でも通用するかね」

翔鶴「それは常任理事国の方々の心次第ではないでしょうか。ですが」

初老の男性「ですが?」

翔鶴「理想を押し付けるだけの力を海洋連合は秘めていると思います。あくまで可能性としての、ですが」

初老の男性「恐ろしいことだな」

翔鶴「共産主義の理想が単なる支配のための言説でないのなら……海洋連合はソヴィエトの頼もしい友人として寄り添い続けるかと」

初老の男性「馬鹿馬鹿しい。子供の我儘など我らは到底受け入れられない」

翔鶴「力が全てという純粋で野蛮な動物の理屈の上に成り立つ者が子供を笑うのでしょうか。客観視して、笑われるべきは逆では」

初老の男性「現実はそう単純ではない。そうしたいのなら、旧石器時代にまで戻らなければ無理だ。……君たちはそんなものを本当に実現させるつもりなのか」

翔鶴「獣であろうとするのは貴方がた自身です。誰かのせいにすべきではない」


瑞鶴「二人ともさっきから何話してるの~? お酒飲もうよ~」

初老の男性「これは失礼。少し熱くなりすぎました」

翔鶴「……そうね、モスクワまではまだ長いし飲みましょうか」

104 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 00:23:17.70 QL2iAkFqo 100/111


1983年1月1日

昼 ソ連 モスクワ駅


瑞鶴「じゃあねおじいちゃん!」フリフリ

初老の男性「ああ、瑞鶴。ありがとう」

加賀「楽しかったわ。気をつけて」

初老の男性「君たちも元気で。またいつか会えると嬉しい」


~~~~~~

瑞鶴「面白い人だったね~」

加賀「……瑞鶴、貴女気づいて無かったでしょ」

瑞鶴「へ? 何に?」

翔鶴「加賀さん、馬鹿に何を言っても無駄です」

加賀「そうね。あ、翔鶴、モスクワにはピロシキの美味しい店があるからそこへ行きたいわ」

翔鶴「それは良いですね。行きましょう」

瑞鶴「ムキャー!!!! なによー! 教えてよー!」

105 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 00:24:22.00 QL2iAkFqo 101/111


1983年1月4日

昼 海洋連合 オワフ島


空母棲姫「駄目。全然駄目。要求したラインの五分の一も満たしてない」

紫帽妖精「ロケットエンジンはジェットとも勝手が違って難しいというか」

空母棲姫「言い訳しない。これじゃ外惑星どころか月までも行けないじゃない」

紫帽妖精「はいい!!!」

空母棲姫「なら仕事にかかりなさい」

紫帽妖精「ひぃぃぃ」


空母棲姫「まったく……」

空母水鬼「チョー手厳しいね~」

空母棲姫「一刻も早く、人間諸国に先駆けて技術を手に入れることに意味がある。これからは間違いなく宇宙の時代よ」

空母水鬼「はいはい。でも、あんまり雑に扱うと妖精さん達居なくなっちゃうよ」ケラケラ

空母棲姫「そうなれば貴女に任せるだけよ」

空母水鬼「……あー、私は何も聞かなかった。聞かなかったんだ」

空母棲姫「ふふふ」


空母棲姫「ねえ」

空母水鬼「どしたの姫様」


空母棲姫「私、貴女のこと好きよ。だからずっと一緒に居てね」


空母水鬼「………………チョー脈絡見えないんですけど」

空母棲姫「そんなもの必要無いわ」

空母水鬼「は、反応に困るんですけど!?」

空母棲姫「いいの。私が言いたかっただけだから」クス

空母水鬼「……姫様の意地悪」

空母棲姫「そうよ。空母は意地が悪いか素直か、性質としてどちらかしか無いわ」


空母棲姫「これからも期待してるからね、私の腹心さん」

空母水鬼「…………頑張ります」モジモジ

空母棲姫「いい子ね」クスクス

106 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 00:26:07.54 QL2iAkFqo 102/111


昼 海洋連合 とある島


重装兵「ただいま……って来てたのか」

飛行場姫「うへへ、来ちゃった」

重装兵「言ってくれれば何か用意したのに」

飛行場姫「お構いなく! 私も今日偶然時間が出来ただけだから!」

重装兵「はいはい。そうですか」

飛行場姫「なんか飯作ってれ飯~!!」ジタバタ

重装兵「……分かったよ」クス






昼 海洋連合 トラック泊地環礁内


戦艦水鬼「よし、私とハルカに主砲を撃ってみろ!」

ハルカ「グルルル」

「え……でも教官、主砲はさすがに痛いですよ?」

戦艦水鬼「駆逐艦の豆鉄砲なぞ私とハルカの防御の前には攻撃ですら無い! 構えろ!」

「え、マジで撃つの?」

「だって教官が撃てって言ってるし……」

「教官……痛くても怒らないでくださいね?」

戦艦水鬼「当たり前だ! 誰がこんなことで怒るか! ごちゃごちゃ言わずに撃て!」


「……発射!」ガンガン

「……てぇ!」バン

「……っ!」ドォン

戦艦水鬼「あっこれ、ナノバリア抜け……意外と痛……ったい!! たいたい!!! やめ、ちょ」

「……」ガンガン

「…………」ガゥン

「……」ドォン

戦艦水鬼「だから! ちょ、待て! 待てと言っている!!」

「あ、なんか言ってっぞ」

「攻撃やめ、やめ~」

戦艦水鬼「誰が連続発射しろと言った!? 普通こういう場合は一発だけだろ!?」

戦艦水鬼「もう怒ったぞ!!! お前ら今日は帰さないからな!!!! ずっと走りこみだ!!!!!」

107 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 00:26:48.42 QL2iAkFqo 103/111


昼 海洋連合 ラバウル市街


雪風(忙しかったですがようやく来ることが出来ました)

雪風(この街もだいぶ人が増えてきましたね~)

水煙草屋「お嬢ちゃん、ここは未成年立ち入り禁止だよ」

雪風「雪風は艦娘です。これ、IDです」スッ

水煙草屋「し、失礼しました!!! どうぞ中へ」


~水タバコ説明中~


水煙草屋「それで三拍子でなく二拍子で、スーハーです」

雪風「スーハーですね。了解です」

水煙草屋「吐く時は魂を抜く感じでハァァァァァ……とするとフレーバーが効きます」

雪風「うししし! やってみます!」

水煙草屋「吸いやすいんですけど結局煙なんで、あんまり連続して吸い過ぎると酸欠になりますよ」

雪風「分かりました! ありがとうございます!」

水煙草屋「ではごゆっくり。向こうに居ますので何かあったらお呼び下さい」


雪風「……」スーハー

雪風「うわ! 凄く甘いです! ……甘いけど」

雪風「……」スーハー

雪風「雪風はやっぱり煙草の方が味とかがガツンと来て好きですね」

108 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 00:38:07.18 QL2iAkFqo 104/111


1月17日


昼 アメリカ 国際連合総会会議場


この日、安全保障理事会の要請により、憲章第二十条に基づき開かれた国連特別会において新たな国連加盟国が承認された。


太平洋のほぼ全域を覆うその国の名は『海洋連合』


艦娘と妖精と人間と深海棲艦によって構成された主権国家である。


代表演説のため、緑の髪をした艦娘が会議場中央にある演説台へと歩みを進めていた。

気後れは一寸も無く凛と、自信を持った佇まいで前へ前へと進んでいく。

目的地へと辿り着くと、少し位置の高いマイクを自分好みに調整し始めた。



長月「あー、海洋連合代表として選ばれた長月だ。以後お見知り置きをお願いする」



会場は100を超える出席者があるにも関わらず静まり返っていた。

出席者の誰もが息を呑み緑の子供がこれから発す言葉に聞き入ろうとしていた。



長月「よくご存知のことかと思うが、私は人間ではない」



そして遂に演説が始まった。


109 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 00:46:48.43 QL2iAkFqo 105/111


長月「人間の皆々様方が辿り着いた輝かしい物質文明への批判として深海棲艦が現れ、その対として艦娘が現れた」

長月「十年近くに及ぶ戦いの中で多くの者が傷つき倒れていった。人だけでなく、深海棲艦も、艦娘も、妖精も。まず全ての失われた命を想おう」

長月「その上で言いたい。この国連という場は特別だ」

長月「ある一つの組織の下で、これほど多くの人々の、これほど大きな希望が一堂に集まったことは、歴史上なかった」

長月「そして、ここ十数年の重苦しい時期にあって、ここで成された討論や決定は、すでに一部を実現されている」

長月「しかしながら我々の進む先には未だ大きな試練と、それを乗り越えた時の大いなる成果が待ち受けている。私は、こうした成果が実現するとの確かな期待の中で、現在自らが有している職責をもって、海洋連合が新たに、この機関を確固たる立場で支えていくことを断言する」

長月「我が国がこうした支援を行う背景には、この世界におけるすべての国々の恒久的平和ならびにすべての生命の幸福と健康を実現する知恵、勇気、そして忠誠を、各国が十分に提供し合うとの信念がある」

長月「私がこの場を海洋連合による一方的な報告を行う機会とすることがふさわしくないのは明白だ。しかしながら、あえて言及するならば、私達の天国のような美しい島で行われた討議において」

長月「我々出席者が、国連憲章で明確に示されているのと同じ、世界平和と人類の尊厳という偉大な概念の実現への道を追求していたことを断言する」

長月「また、いかに希望に満ちて聞こえようとも、偽善的な決まり文句をただ唱えることも、この素晴らしい機会に求められていることではない。そこで私はこの場を、私自身の胸中や海洋連合が今後行う政策のいくつかのことを皆さんに伝える場にしようと決意した」

長月「私は、世界に危機が存在するとすれば、それは、すべての国々、すべての人々に対しても同じように危機であり、同様に、ある一つの国の胸のうちに望みが存在するとすれば、世界中の国々が共有すべきである、との深い信念を持っている。これは海洋連合の信念でもある、と理解している」

長月「たとえ極めて小さな方策であっても、今日の世界の緊張状態を緩和することを目的とした提案を行うとすれば、国連総会の加盟国ほどそれを披露するにふさわしい聴衆はあるまい」

長月「私は本日の演説を行うに当たり、私にとってはある意味では嫌な言葉、兵器として人生の大半を送ってきた私が使うと何様だと感じられる言葉で、あえて話す」


長月「その言葉とは、軍縮に関するものである」


長月「核の時代は、非常に速いペースで進行しており、世界中の人々は、我々すべてにとって極めて重要なこの分野の進展における現在の局面を、少なくとも相対的に、ある程度理解している必要がある」

長月「従って、もし世界の人々が平和を求めて知的な探求を行おうとするならば、現状における重要な事実を認識していなければならないことは明らかである。核の危機や原子力に関して私が述べることは、必然的に海洋連合の観点からの話となる。それが私の知る唯一の明確な事実だからである。しかしこの問題は、その性格上、単に一国の問題ではなく、世界的な議論を要する問題であることは、私がこの総会の場で訴えるまでもない。」

長月「1945年7月16日、米国は世界初の核爆発実験を行った。1945年のその日以降、米国は198回の核爆発実験を実施している。現在の核爆弾は、核時代の幕開けをもたらした兵器の500倍以上の威力を持ち、また水素爆弾は、TNT火薬で数千万トン相当の爆発力にまで達している」

長月「東と西、二つの陣営に別れ戦う人間にとって、これら核は決して欠くことの出来ない存在だった。同じ種族であるはずの人間が思想で別たれ、互いを憎しみ合う状況にあっては必要なものだと誰もが考えた。そして先進諸国において、核は自らの安全のための抑止力として取り入れられ……結果として自分自身を焼き尽くした。悲しい歴史だ。この場に出席されている誰もがよく知っている通り、多くのものが核戦争で失われた」

長月「だが核の火は今尚くすぶり続けている」

長月「艦上あるいは陸上基地においても、今や、単一の航空群が、第三次世界大戦の全期間を通じて英国に投下されたすべての核爆弾の爆発力を超える破壊兵器を、到達可能ないかなる標的に対しても運搬できる状態となっている」

長月「核兵器は、規模と種類においても、更に目覚ましい進歩を遂げてきた。核兵器の進歩たるやすさまじいものがあり、事実上、通常兵器の地位にさえ登りつめた。常任理事国の一角である米国では、陸・空軍まで、核兵器を軍事利用できる能力を有している」

長月「しかし、原子力の恐怖に満ちた機密と恐ろしい機動力は一部の者だけのものではない。恐るべき核の技術を手にしていたとしても、その独占はすでに存在しなくなっている。現在いくつかの国家によって所有されている核兵器に関する知識は、最終的に他の国々、恐らくはすべての国々に共有されると考えられることである」

長月「兵器の数という点で極めて優勢であり、また、その結果として圧倒的な報復能力を有していたとしても、それ自体では、奇襲攻撃による大規模な物質的被害や人命の犠牲に対する予防策にはならないという事実を我々は歴史の教訓として思い返すべきである」

長月「米国は少なくともこうした事実を漠然と認識しており、当然のことながら核戦争以後、更なる警戒態勢や防衛システムの大規模改良計画に乗り出している。こうした計画は、今後さらに加速され、拡大されると思われる」

長月「しかしながら、兵器や防衛システムに対する莫大な出費が、いかなる国家においても都市や国民の絶対的安全を保証できると考えてはならない。核爆弾の恐ろしい算術は、そうした簡単な解答を許してくれはしない。かつてこの世界を救った、妖精たちが作ったナノマシンによる防御雲ですらもはや核に対する完全な防御とは言い切れない」

長月「最大限の能力を持つ防衛に対してでさえ、最小限の奇襲攻撃が可能であれば対象へ決定的な損害をもたらすことができる。何故なら核兵器は日々進歩し続けているからだ」


110 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 00:50:00.77 QL2iAkFqo 106/111


長月「万一核攻撃が行われた場合、どの国家も迅速かつ断固として対応するだろう。国家同士の相互安全保障や、自らの滅亡の恐怖から世界中を報復の弾道弾が飛び交い、我々は再び黒い空の下で過ごすことになるのは、間違いない」

長月「私はそんな未来を望まない。今、ここでためらってしまえば、核の巨人が震える世界を舞台に悪意をこめて永久ににらみ合う運命に陥るという絶望的な終末を認めることになる」

長月「想像してみてほしい。再び核戦争が起こり何もかもが失われた世界では、どれほど分別ある人間でも希望を見出すことができるはずがない。あるのは暗い未来だけだ。誰かが世代から世代へと受け継いできた代えがたい可能性はそこで途切れる」

長月「その暗い未来において、我々は生まれてくる子供たちにまずこう教えるだろう。君たちは人類が野蛮な状態から秩序を得て、公正、そして正義へと上に向かう古来の苦闘の道筋を再び最初から繰り返すのだ、と」

長月「そして子供たちはその暗い未来において、地球の荒廃や破壊と我々の名を歴史の中で結び付け続けるだろう。次の世代、その次の世代へと。人が滅ぶ最後の世代まで」

長月「諸君はそれを望むだろうか。兵器である私でさえそんな未来を望みはしない」

長月「歴史の何ページかには、確かに『偉大な破壊者』の顔が時おり記録されてはいる。ただし、歴史書全体を見れば、そこには人類の果てしない平和の希求と、人類が因果律から与えられた創造の能力が示されている」


長月「我が国が存在を示したいのは、個々の歴史のページではなく、歴史という一冊の本全体においてである」


長月「我が国は、破壊的ではなく、建設的でありたいと望んでいる。国家間の戦争ではなく、合意を欲している。他のすべての国の人々が自分たちの生活様式を選ぶことのできる権利を等しく享受しているとの確信を持って、我々は自らも自由であることを欲している」

長月「従って、我が国の目標は、誰もが恐怖の暗闇から光に向かって進むことを助け、いかなる場所においても全ての心、全ての希望、そして全ての魂が平和や幸福や健康を手にすべく前進できる道を見つけ出すことである」

長月「そうした追求においては、忍耐を欠いてはならないということを、私は理解している。現在我々が経験しているような分断された世界においては、ただ一つの劇的な行為によって救済がもたらされるわけではないことを、私は理解している」

長月「いつの日か、世界が自らを見つめ、誰もが相互に平和を確信できる新しい環境が芽生えていることを実感できるまで、長い期間をかけて、多くの段階を踏んでいかなければならないことを、私は理解している」

長月「しかし、何にも増して私が理解しているのは、我々が軍縮に向かい行動を起こすのがまさに今だ、ということである」

111 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 00:51:16.15 QL2iAkFqo 107/111


長月「海洋連合とその同盟国であるソ連、米国は、過去数カ月にわたり、こうした行動に踏み出していくための努力を行っている。我々が、話し合いの場を回避している、などとは誰にも言わせない」

長月「我々が発表したハワイ宣言からもすでに明らかなように、我々は全ての国に対し門戸を開き、対話のための会合を開くことを是としている」

長月「海洋連合首脳部はこの会合に対して、期待を込め、真摯に取り組む。我々は、この会合で目に見える成果を得ることによって、平和への一歩を踏み出すという、ただ一つの目標に向かってあらゆる努力を傾ける所存である」

長月「我々はこれまでもそうだったが、今後も、他国が正当に所有するものを放棄するよう他国に求めることはない」

長月「また我々に相対する者は世界の敵であり、我々はそれらの国家と有益な関係を持って付き合うことを一切望まない、とは決して言わない」

長月「そういった存在に対しても我々は門戸を開き続ける。国民の間の自由な相互対話を将来的にもたらすため努力し続ける。国家間の対話こそが、平和的な信頼関係を築くために必要な理解を進める第一歩なのである」

長月「ソ連占領下にあるユーラシア諸国、その他南米大陸諸国、未だ戦いを続けるアフリカ諸国に現在くすぶっている不満に代え、我々は、いかなる国家も他の国家に対して脅威とならず、とりわけソヴィエトの人々に対して脅威となることのない、諸国間の友好的な関係を求めている」


長月「また混乱、紛争、および窮状を乗り越えれば、そうした国々の人々が人的資源を開発し、生活を向上させる平和的機会を得られるようになることを、我々は願っている」

長月「これらは無駄な作業でも皮相な展望でもない。これらの背景には、戦争によってではなく、無償譲渡や平和的交渉によって近年復興した国々の物語がある」

長月「貧しい人々、そして飢饉、干ばつ、および天災の一時的な被害を受けた人々に対し海洋連合は援助を惜しまない。こうした活動は、平和の行いである。そしてこれらは、平和を意図した絵空事の約束や主張よりも強く確実なものである」

112 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 00:54:15.39 QL2iAkFqo 108/111


長月「だがしかし、新たな平和への道筋で、これまで十分には試されていないものが少なくとも一つ存在している。それは、現在国連総会で提示されている道筋である」

長月「国連総会における軍縮の例を一つ挙げてみよう。1953年11月18日に以下の提案が行われた。『軍縮委員会は、主要関係大国の代表によって構成され、受け入れ可能な解決策を個別に模索する小委員会の設置の妥当性を検討し、そうした解決策を総会および安全保障理事会に、1954年9月1日までに報告するものとする』……何も変わりはしなかった」

長月「ただの綺麗ごとだ。このように過去の軍縮に関する提案は全くの役立たずであるばかりか、パワーゲームの仮初の姿ですらあった。その結果がこの世界だ」

長月「私はいつまでも無意味かつ空想的な提案を繰り返したり、体面を取り繕って偽善的な行いを再び説明したりはしない。そんなものは時間の無駄だ。これからは平和に至る達成方法を、それらがいかに実現不可能に思えようとも、すべて試していかなければならない」

長月「我々は、核物質の単なる削減や廃絶、軍事費削減以上のものを求めていく。兵器を兵士たちの手から取り上げることだけでは十分とは言えない。そうした兵器は、軍事用の包装を剥ぎ取り、平和のために利用する術を知る人々に託さなければならない」

長月「核兵器という人類の英知が生み出した最も破壊的な科学の結晶は未来永劫非難されるべきだ。だが同時に科学こそ全ての生命にとって偉大な恵みとなり得ることを私は客観的に認識している。現在、海洋連合では日々核融合エネルギーの実現に向け技術を研鑽しており、実用化でさえ将来の夢ではないと考えている」

長月「残念ながら我々だけでは人手不足で、まだまだやり足りない実験が山ほど残っている。これから世界中の科学者および技術者のすべてがその思案を試し、開発するために必要となる十分な量の情報を手にすれば、その可能性が、世界的な、効率的な、そして経済的なものへと急速に形を変えていくことを、私は疑ってない」

長月「軍事力と最終手段としての原子力の脅威が、人々の、そして国々の政府の脳裏から消え始める日を早くもたらすために。また、核融合という希望の火が世界中に灯されるために。現時点で講ずることのできる措置がいくつかある筈だ」

113 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 00:59:27.08 QL2iAkFqo 109/111


長月「海洋連合はこの場全ての国家を同時に相手にしようとも敗北しない抑止力を自負しているが故、行動を起こす。これより我々は責任ある一主権国家として、国連総会において従来の慣例からは規格外の大規模な軍縮提案をする」

長月「この提案が国際連合採択により否決されようとも、我々は独自に提示し続ける。どちらにせよ条件を理解し、我々との対話のテーブルについてくれる国家に対し海洋連合は、対等な立場で結ばれる各種経済協定、我らの片務的安全保障義務、未開示の妖精技術の提供、少なくともこの三つのことを今この場でお約束しよう」

長月「また唐突で悪いが、現在、海洋連合をして主要関係国とされる諸国との関係を白紙に戻す。つまり我々との既存の軍事協定、経済協定、秘密協定の類は今ここで全て破棄させて頂く。そいつらはこれから海洋連合が覇権国家として築いていく国際新秩序の邪魔だ」


長月「諸君、過去のしがらみは捨て、新たな未来への道を共に歩んで行こう。この分断された世界を一つに繋げるものは思想でも、宗教でも、武力でも、経済力でもない。世界を一つに繋げるために必要なものは、誰かの傍に寄り添い関わろうとする優しさをおいて他にない」

長月「現実は理不尽で汚い上に不平等だ。優しい気持ちはいつでも理不尽に負けそうになる。誰もが生まれた時点で生き方をほぼ決定され、顔も知らない誰かの欲望を満たすために罪もない誰かが犠牲になる」

長月「それでも、もう諦めない。一人の男が自らの心に従い立ち上がり、私たちへ施してくれたように私たちは誰かに施そう。仲間から信じられたように自分の大切なものを信じよう。誰かが私たちを愛した以上に誰かを愛そう」

長月「この私たち自身の気持ちを大切に持ち続け、過去に誰かが願い、未来へ私たち自身が望む、優しさによって繋がれた公正な世界が実現するその日まで、長い道のりでも一歩一歩、歩み続ける」

長月「諸君、私は今一度訴えかける。私たちはかつて一つの存在だった。この星の誰もが全てのものと繋がりを持ち存在していた」

長月「今日この場に居る者たち、この放送を見ている者たちよ、私が言いたいことは本当にシンプルなんだ」

長月「誰もが深く心通わせる過去よりもっと温かな繋がりを新たに結んでいこう。どこかで壊れてしまった私たち自身の物語を紡ぎ直そう。今からでも遅くはないさ。だって、この絶望に満ちた星にはまだ私たちが残ってる」


長月「希望はまだ無くなっちゃいないんだ」

114 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 01:06:16.08 QL2iAkFqo 110/111



115 : ◆mZYQsYPte. - 2016/07/01 01:07:44.02 QL2iAkFqo 111/111


アイゼンハワーさんありがとう
お疲れ様でした






※当記事は、この作品の2スレ目です。
1スレ目(最初から)は、下記の記事となります。

艦これ relations 【#01】
http://ayamevip.com/archives/47914301.html





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