1 : ◆XkFHc6ejAk - 2016/06/09 16:11:04.58 LfybRj+M0 1/10

「やあ」

「……また来たのか」シュッシュッ

「まあね。しばらく雨宿りさせてもらうよ」

「勝手にどうぞ。じめじめしてるな」

「ああ」

ザアアアァアアアァ……

「よく毎日、物ばかり作れるね。疲れないのかい?」

「ああ、疲れるさ。楽に生きたいよ」

「その割には、随分丁寧な仕事をするね」

「手は抜くなと教えられたからな。親父の口癖だった」

「ふーん。仕事を継いでから、何年目かな?」

「……さあな。覚えちゃいねえさ」

「でも、私は好きだよ、君の作る物」

「そうかい、そりゃ良かった」

「少し休憩しないかい?」

「……ああ」

2 : ◆XkFHc6ejAk - 2016/06/09 16:13:27.45 LfybRj+M0 2/10

「やあ」

「……おう、今日も暑いな」

「そうだね……あ、団扇があるじゃないか。借りてもいいかい?」

「勝手にどうぞ。どうせ俺ぁ両手が塞がってるしな」シュッシュッ

「扇いであげるさ、ほら」

「……ん」

「へえ、変わった模様の狐のお面だね」

「気持ち悪いか?」

「ううん。全然。不思議な力が宿ってるみたいに見える」

「そうか」

「見てて落ち着くよ。描き方がうまいね」

「……なんだ、今日はやけに褒めるじゃねえか。何も出さねえぞ」

「ひどいなあ、人を鳥の雛か何かと勘違いしていないかい?」

「どっちも似たようなもんだ。ぴよぴよとよく喋る」

「君の無口と合わさって、ちょうど良いくらいだよ」

「……別に俺は無口って訳ではないが」

「じゃあ、今日は君の話をたくさん聞きたいな」

「……生憎、忙しくてな」シュッシュッ

「ほら、すぐ仕事に逃げる」クス

3 : ◆XkFHc6ejAk - 2016/06/09 16:15:46.43 LfybRj+M0 3/10

「やあ、それは……瓢箪の明かりかな? すごく丁寧に彫られてるね」

「ああ、去年の奴だが。蝋燭はつけるなよ? 暑苦しくて適わん」

「まあ、今は明るいしね。また夜に来た時にでも見せてもらうよ」

「お前の言葉を借りるなら」

「ん?」

「よく毎日俺の所に通い続けれるな」

「まあ、君と居ると、退屈しないしね」

「そうか……よく分からんが」

「おいおい、ちょっとぐらい照れてくれても良いんだよ?」

「照れ方なんて忘れちまったよ」

「まるで君が人形みたいな言い方をするね。君だって、感情を持った人間なんだぜ?」

「どうだろうな。ただの物作り人形かもしれないぞ」

「人形にしては、随分と表情に愛想が無いけど」クス

「仕方ない。生まれつきだ」

「君は生まれた時も、そんなしかめっ面だったのかい?」

「別にしかめっ面をしている訳ではないが」

「じゃあ、たまにはにっこり笑ってほしいものだねぇ」

「そのうちな」

「もう」

4 : ◆XkFHc6ejAk - 2016/06/09 16:18:30.26 LfybRj+M0 4/10

「やあ、来たよ。さっそくだけど、明かりをつけてくれるかい?」

「本当に来たのか……」

「まあまあ。お酒と、肴もちゃんとあるからさ……ね?」

「……まあいい。入れ」

「おじゃまします、はいこれ」

「鮪の刺身か。ええと、確か醤油は……」

「ああ、いらないよ。これで食べよう」

「……塩?」

「商人から手に入れてね。岩からとったものらしいよ」

「へえ……」スッ

「……おお、光と影の塩梅が良いね、暖かい光だ」

「だろう」

「それじゃ。乾杯しようか」

「ああ」

5 : ◆XkFHc6ejAk - 2016/06/09 16:21:37.51 LfybRj+M0 5/10

「……おお、旨いな。この酒……」

「だろう? これでも高かったんだよ」

「うん、確かに刺身も旨いや」

「塩で食べるのも、乙なものだろ?」

「ああ」

「……」

「……」

「……どうした。今日はやけにだんまりだな」

「……うん」

「何かあったんだな?」

「……うん。実は……親に勧められて、結婚する事になったんだ」

「……ほう」

「役所の人でね。人柄も良さそうだった」

「良かったじゃねえか、玉の輿ってやつだな」

「ああ、そうだね」

「……」

「……」

6 : ◆XkFHc6ejAk - 2016/06/09 16:23:28.88 LfybRj+M0 6/10

「……明日、遠くの町へ引っ越す事になったよ」

「随分と急だな」

「ああ、早く母さん達を安心させてあげたいしねぇ」

「……じゃあ、今夜で会うのは最後か」

「……そうだね」

「……」

「……」


7 : ◆XkFHc6ejAk - 2016/06/09 16:24:52.43 LfybRj+M0 7/10

「……私ばかり喋っていたけどさ、君は私といて楽しかったかい?」

「……いや」

「迷惑かけてたら、ごめんね」

「……そんなことはない」

「……そうか」

「……ああ」

「……今日は涼しいね」

「……ああ」

「……良い、気分だ」

「……そうだな」

「……お酒が、回ってきたかなぁ。毛布借りるよ? 私が持ち込んだものだけども」

「……!」

(……言わなければ)

(……このままだと、あいつは何処かへ行ってしまう)

(……伝えなければ)

「……ああ」

「おやすみ」

「……おやすみ」

(結局、伝えたい言葉は、喉を通らなかった)


8 : ◆XkFHc6ejAk - 2016/06/09 16:25:45.20 LfybRj+M0 8/10

「……朝、か……!?」

(これは!)

【お世話になったね。先に出発するよ。今までありがとう】

【君は顔は悪くないんだから、もっとにこにこ笑ったら、きっと人気が出るよ?】

【体に気を付けてね。それじゃ、いつかまた】

「……」

(結局、あの時俺は何を伝えたかったのだろう)

9 : ◆XkFHc6ejAk - 2016/06/09 16:32:25.31 LfybRj+M0 9/10

(あれから、俺は独り、物を作り続けている)

「……蝉の抜け殻か」

(抜け殻、面、瓢箪。全てに共通している事がある)

「空っぽなんだ。こいつらも、俺も」

(どちらも、表面ばかりで中身が無い)

(だから、中身が無いと、そのすかすかな存在が、周りに浮き彫りになる)

(暑い夏、騒がしい蝉の声。俺の周りだけが静かだ)

「……女」

(ああ、なんだろう、この気持ちは)

(俺は、俺は)

(俺は)


『やあ』


「……ああ、俺は、あいつが好きだったのか」

(長い間、喉の奥で眠っていた言葉は、ゆらりと抜け殻に吸い込まれていった)

10 : ◆XkFHc6ejAk - 2016/06/09 16:37:50.74 LfybRj+M0 10/10

終わり。

そろそろ僕らの夏がやってきますね。

前作

男「夏の通り雨、神社にて」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1437922627/
http://ayamevip.com/archives/44942633.html

少年「鯨の歌が響く夜」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1438310494/
http://ayamevip.com/archives/45154503.html

少年「アメジストの世界、鯨と踊る」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1449757236/
http://ayamevip.com/archives/46799899.html

男「慚愧の雨と山椒魚」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1447667382/
http://ayamevip.com/archives/46046779.html

男「とある休日、昼下がり」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1455541122/
http://ayamevip.com/archives/47239140.html

男「とある平日、春の夜に」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1460366051/
http://ayamevip.com/archives/47336575.html

男「とある街の小さな店」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1457533059/
http://ayamevip.com/archives/47135235.html

「奇奇怪怪、全てを呑み込むこの街で」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1458734925/
http://ayamevip.com/archives/47239149.html

旅人「死者に会える湖」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1463231919/
http://ayamevip.com/archives/47560979.html

少年「魚が揺れるは灰の町」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1463836215/
http://ayamevip.com/archives/47616947.html

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