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【艦これ】重巡加古はのらりくらり【壱】
-哀れな空想家-
例の事件は無事に収束し、青葉たちによってヒゲの提督は拘束された。
軍法会議にかけた後に銃殺されるだろう。将校たちは、彼の罪状を読んでドン引きしたとかなんとか。
海軍内に彼の肩を持つ者は存在しなかった、それこそ街のならず者たちや深海棲艦ぐらいであり、
彼と同じ決戦主義者ぐらいはいたが、それは主義主張が同じだから同調していただけの話だ。
部下であった球磨型さえも、気にも留めていない様子であり、既に知っていたと言わんばかりの態度で、
彼女たちの洞察力というのはまだまだ健在であったということを物語っている。
しかし多摩曰く、
「外で何やってるかはわからなかったにゃ、失態にゃ」
との事なので、弥生の精神的負担は無意味な犠牲ではなかったんだ。
立派な海軍将校から金の亡者に成り下がったヒゲの提督。おそらく他人事ではないんだろう。
誰にだって欲はある、金だったり、名誉だったり、それこそ、誰それとエッチしたいとか、
恋慕、性愛だって欲の一つだし、死にたくないってのも、ある種の欲ではある。
誰しも普遍的に欲を持っているんだから、それに従うのは、まあ人に迷惑をかけなきゃ悪いことじゃない、
悪いのはその、人に迷惑って部分だし、欲に目が眩んでしまうってことだと思う。
特に軍人というのは私欲を抑え込み、徹底して利他的に振舞うべき存在だ、現実にできている者は少ないが。
ヒゲの提督は金のために、ならず者たちに餌をやって戦災孤児たちを攫わせ、
あろうことか敵であるはずの深海棲艦に売り渡した、多数のレアメタルと引き換えに。
結果よければ全て良し、なんて言葉があるけど、だからと言って過程でどんなことをやってもいいってのは
そりゃ違うんじゃないの、って思うんだよ。だから彼は粛清されたわけだし。
それともう一つ、彼の別荘からは、壮大と言っていいほどの計画書が見つかった。
司令長官を引きずり下ろして、海軍と艦娘によって世界を支配する、といった誇大妄想のような書類群だった。
きっと深海棲艦と取引したことで、そいつらさえも手玉に取れると勘違いしたんだろう。
だが実態はそうじゃない、深海棲艦にとって海底に膨大にあるレアメタルよりも兵士の素材となる女児の方が
価値が高かったってだけの話だし、人身売買ってのを置いとくと、互いに得するギブアンドテイクなんだ。
だから手玉どころか、ただ単に対等に商売をやっているだけだったんだ。
こうなってみると、豪華な別荘に一味徒党を従えて、全て我が意のままとほくそ笑んでいたであろうヒゲの提督は、
かのドンキホーテよりも哀れな空想家であったことが暴露されてしまった。
昔からこういう夢を描いてかえって破滅に終わった野心家は、そりゃたくさんいただろうさ。
そういう野心、空想を抱えていたからこそ、あたしたちが人身売買を突き止めて破綻させたことに逆上し、
一味を駆り出してあたしたちに指令を出した司令長官を抹殺しようとしたんだ。
まるで自分は既に偉いと言わんばかりの傲慢さを感じる、大変な自惚れだ。
数日後、ヒゲの提督は処刑された。もちろん銃殺刑だ。
さらに、多摩やあたしや弥生、白雪なんかは勲章を頂戴した。その夜に多摩があたしを飲みに誘ってくれた。
「今日はめでたい日だからじゃんじゃか飲むにゃぁ」
多摩の部屋には酒やつまみがズラリと並んでいる、祝い酒だから気兼ねなく、と思ったんだけど、
古鷹と弥生の事が気がかりでなんだか酒が美味くない。
「ちょっとちょっと、なんにゃその顔は、もちっと楽しげにしろにゃ」
そうは言っても心配事があるもんだから、無茶だ。
と、思ったんだが飲んでいるとなかなかいい気持ちになってきて、
今心配してもしょうがないかーだなんて思い始めてきた。
「炊事場に行こう、こんなさもしいつまみじゃ酒がまずくなる」
「お、いいにゃいいにゃぁ」
途中、白雪なんかも無理やり連れてきて、一晩中飲んでたんだ。
翌日、炊事当番が悲鳴を上げることになるが、何がどうなったかはご想像におまかせする。
司令長官にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
-黒いリボンと菊の花-
これはまたあたしの失敗談なんだけど、まあ笑い話にでも、こちとら笑えないんだけどな。
古鷹が件の怪我で入院しているんだから、こういう見舞いの時は花がいいと聞いたもんで、
街に出て花屋へと向かったんだ。
「いらっしゃいませ艦娘さん、どんなお花をお探しですか」
「いや、ちょっとね」
とりあえずは一通り見てみると、綺麗な白い花が置いてあった。古鷹にはぴったりだと思う。
「この花はなんて言うんだ」
「それは菊の花ですが」
店員はなぜだか暗い雰囲気になったんだが、とにかくこれが欲しかったので、
「これがいいな」
「はぁ、お悔やみですか」
「おくや……まあそんなところかな」
お悔やみの意味をこの時は知らなかったもんだから適当に返事をした。
「では黒いリボンにしましょうか」
「うん」
古鷹はどっちかというとこういう黒や白なんかの色が似合う、と個人的には思う。
世慣れないもんだから、これがどんな意味を持つかだなんてさっぱりわからずに、
花屋が包んでくれたままを持って帰ってしまったんだ。
鎮守府に戻ると艦娘たちはあたしを見るなりどよめく。が、今は興味もないので古鷹の元へと急ぐ。
ノックして病室に入ると、古鷹と明石がいた。
「あ、加古」
古鷹の顔がパァっと明るくなる。左目には包帯を巻いていた。
「そいじゃ、伝えましたからね」
明石はそそくさと部屋を立ち去る、きっと気を使ってくれたんだろう。
「古鷹、元気か」
「加古の顔見たら元気になっちゃった」
「そっか、見舞いに花を買ってきた」
自慢げに花束を渡す。
「わぁ……これって……そっか……」
古鷹は少しだけ哀しそうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「ありがとう、嬉しい」
でもあたしは、何か気に入らなかったのかな、と不安になってしまったよ。
「なんか、ダメだったか?古鷹のイメージにぴったりだと思ってさ。今度はまた別のにするよ」
「いいの、加古が持ってきてくれたんならなんだって嬉しい」
「そっか」
また、無理をさせてしまったかもしれない。
「そういや、目、大丈夫か」
「うん、実はもう手術は終わったの」
「本当に?」
「義眼なんだけど、動くし、なんとちゃーんと見えちゃうの!」
それは、義眼と呼んでもいいものなのだろうか、もはや超越しているだろ。
明石曰く、艦娘は丈夫だし修復剤の超回復があるからこういう部分は何かと融通が利くのだそうな。
「もう包帯外していいんだって」
「そうか」
「加古が外してくれる?」
「手は怪我してないだろう」
「いいから」
「わかったよ」
恐る恐る、包帯を解く。包帯の下に隠れていた古鷹の左目は、元の目よりも明るい黄色がかった色だった。
「どう?」
「綺麗だ……」
でも、不自然な綺麗さでもある。オッドアイ、って言うんだっけか、ひと目で義眼とわかるものだ。
あたしは、胸が苦しくなってきた、やっぱりあの時はあたしの不注意のせいだったんだ。
「古鷹、ごめん、あたしのせいで」
「ええ?」
「だってそうじゃないか、あたしが確認を怠ったのが」
「まだそんなこと気にしてる」
「何か、できることがあったら言ってくれ」
「んもう」
古鷹はハッとして、少し考え始める。そして、少し俯いたのち固唾を?み、こう言った。
「できることって、なんだっていいの」
「もちろん、できることはできることだ」
「じゃあ……き、きき、キスも、してくれるよね」
彼女はフイッと向こうを向いてしまったが、耳まで赤くなっていた。
あたしも思わず赤面する。
「な、何を、お前」
「なんだって、て言った」
「言ったけどさァ」
きっとこれは、彼女は本気だ。冗談だと思いたいんだが、
「じゃあ、じゃあ約束守ってよ」
「うぅ……わ、わかった」
これはもう、覚悟を決めよう。古鷹が望むんなら。
ゆっくり、顔を近づける。古鷹は目をつぶって、口をとんがらせた。
そこに優しくちょんっと唇を引っ付け、慌てて顔を離す。
「こ、これでいいだろ」
「……うん」
古鷹の顔はもう真っ赤っかになっていて、俯いている。
あたしの顔も赤くなっているんだろう、ポカポカしていて、心臓はドカドカ暴れまわってやがる。
「じゃあ、もう、帰るかんな、お大事にな」
と言うと、古鷹はちっちゃく手を振ってくれた。
それで、ドアの方を見ると磯波が呆然と立っていた。
「あ、その、あの、菊の花って、縁起が悪いって、お伝えしたかったんですけど」
磯波は何やら言い訳をしているが、あたしの頭には何にも入ってこない。
「えーっと、その、アリなんじゃないかな、と思います、はい!」
そう言って一目散に逃げていった。あたしはなんだか体から力が抜けて、その場に座り込んじゃったよ。
それで古鷹とあたしが付き合ってるって噂がたっちまったもんだから、しかも全くの誤解とも言えず、
どうしようか途方に暮れていた。古鷹の方はまんざらでもなかったみたいだが。
4.白露型珍騒動
本土でウダウダやってる間にオホーツクとセレベス海で勝利を収め戦線が拡大し、これにより艦娘の需要が増した。
そこで政府は全国から適性のある、詰まるところ運動が得意であったとかり、頭脳明晰だったり、
忠誠心や愛国心のとりわけ強い女生徒を厳選し、艦娘として徴用した。
そのため、志願した者もいるが、半ば強制的に連れて来られた者もいる。
そういう連中は士気が低くて素行も悪い場合が多く、上官たちの悩みの種となった。
特に白露型駆逐艦はその典型だったんだが、それをあたしが受け持つ事になっちまったんだ……。
-暫しの別れと弥生の帰還-
古鷹と弥生が入院しているからといって、戦線の拡大が待ってくれるなんてことはありえないんだが、
最近というのは特に連戦連勝で、徐々に東南アジアは解放されつつある。
北は千島列島、南はブルネイと結構な範囲になったもんだから、なかなか人手が足りなくなってきたんだと。
そこで、青葉、衣笠、他軽巡洋艦や駆逐艦たちが駆り出され、しばらくの別れとなる。
「手紙出しますから、お元気で!」
「ああ、死ぬなよ」
「縁起の悪いこと言わないでよ!」
あたしと古鷹はと言うと、あたしも前線に出るつもりでいたんだが、
司令長官が古鷹と弥生のことを配慮してくれたのかあたしはまだ本土にいることとなった。
弥生は回復に向かっているらしく、もうすぐ戻ってくることができそうだという。
しかし古鷹は、膝に受けた深海棲艦の砲弾が周囲を蝕んでいて、治療には時間がかかるという。
これは深海棲艦の兵器の一つでもあり、ただの人間ならば触れただけでも全身の肉がグズグズになって死ぬらしい。
随分と恐ろしい兵器で、それに対抗できるのが艦娘だという。詳細は軍事機密だ。
ともかく鎮守府は随分と寂しくなってしまった。特型の連中も前線に行ってしまうし、
睦月型もあたしらの部下の睦月、如月、卯月以外はみんな海外に出て後方勤務をこなしている。
他に残る者は、訓練教官の大井ぐらいで、あとは名前もわからんような海防艦ばかりだった。
鎮守府は、以前と比べると驚く程静かになっていた。
「なんだか、寂しいっぴょん」
「だねー」
食堂のテーブルで卯月と睦月がダラダラしている。沿岸の警備は海防艦たちに一任しており、
訓練が終われば特にするべきことはないから暇でしようがないんだ。
「古鷹、早く治らないかねぇ」
「膝が悪いって言ってたぴょん」
「膝は悪くしたら長引くって言うし」
「そうなのか」
「てきとーに言ったけど」
「なんだい」
そんな他愛もない会話を繰り返す日々が続いていた。せめて近くに楽しげな食堂でもあればいいんだが、
現実はそう都合はよくないもんだ。こんな時勢じゃ飯屋は仕入れもままならない。
でも結局娯楽といえば食べることしかないし、隙さえあれば炊事場で小腹を満たしていたもんだから、
あたしと卯月と睦月はちょっと太ってしまった。これじゃ市民に睨まれちまうぜ。
そんな時、弥生がついに帰ってくるのだという。これには両手を挙げて大はしゃぎだ。
そこで退院の祝賀会が行われ、鎮守府一同が出席して随分と騒いだ。
「どうだ、具合は」
「うん、良くなった……」
「しかしあれだな、また戦場に戻ってくるとは」
「卯月と加古さんだけじゃ、心配だし……」
「言ってくれるね」
弥生が帰ってきたことは本当に嬉しかった。
この様子なら大丈夫そうだ、と不安はすっかりなくなってしまったよ。
卯月たちも同じように思ったらしく、明るい笑顔を見せていた。
ただ弥生本人はというと、古鷹のことを気にかけていた、まあ知らないうちに怪我してたんだから当然だ。
これでまた六人揃って頑張ろうって思ったんだけど、まさしく嵐の前の静けさというか、
鎮守府に大変厄介で、はたまた妙に愉快な嵐が迫っていたんだということを、
この時のあたしたちは知る由もなかった。
-艦娘大徴用令-
戦線が拡大したってことで、部分的な徴兵令、まあ艦娘はあくまで艦艇扱いだから徴用と言ってもいいだろう、
とにかくそれが大々的なキャンペーンとして行われた。
徴兵令ってのはもちろん表面的には志願を募るものだが、自治体ごとにノルマが課せられたとか噂だ、
実質的には強制的な手段が取られたんだろうさ。あんまりそういうのはよろしくないとは思うけどね。
能力が高い者が優先されるってのはちょっとどうかと思うが、政府の方針だ、
あのお偉いさんがたは艦娘ってものをちっとも理解していない、艦娘は頭や体力より心意気だ、
無理やり連れてきたところで覚悟も決まっていない連中なんか宛にならんのだ、と司令長官は憤っていた。
この鎮守府には十人ほど増員され、訓練がなされることになる。
新人の入営当日、鎮守府の門前は大賑わいだった。十人と聞いていたんだけど、
見送りはその十倍もあるんじゃないかってぐらいに多くて、艦娘たちは大慌てである。
受付をしていた大淀も流石にこれにはてんやわんやで、あたしも家族やらなんやらの質疑応答を任された。
「お休みはいただけるんですか」
「無いわけじゃないけど、有事にはいつでも呼び出しますよ」
「お給料は」
「命かけてるんだからそれなりの支払いはあります」
「あのー、前線に出たりしませんよね」
「出るに決まってるでしょうが」
「そんな!横暴だ!」
と訳のわからん親もいるわけだ。大井なんかも出てきてるが、意味不明な質問にイライラしている様子だった。
こんなのを見ていると、自分がこの艦隊に入った時のことを思い出す。
何の取り柄もない自分が世の役に立っているんだから、司令長官や提督には感謝してもしきれないぐらいだ。
しかしそう思うと、学生でありながらここにやって来た彼女たちがなんとも気の毒な気がしてならない。
こういう人が死ぬような仕事はあたしみたいなボンクラがやるべきことなんじゃないかな、と思うんだ。
でもそれじゃ成り立たないんだろう、政府は徴兵令という判断を下した。
そうしているうちに役者が揃ったようで、受付のテーブルを前に整列している。
大淀がその前に立ち、話を始めた。
「ではそちらから自己紹介を」
「あ、はい、あたしは松田……」
「いえ、今からあなたの名前は白露です」
「え?」
「今までの名前なんかすっかり忘れて下さい、今日から、少なくとも海軍の中では白露と名乗りなさい」
「は、はい……白露です」
とまあ一人ずつ順番に命名される。こんな儀式があるとは知らなかったよ。
白露に続き時雨、村雨、夕立、春雨、五月雨、海風、山風、江風、涼風と名付けられ、
ここに白露型駆逐艦娘が誕生した。さらに大淀はこちらを向いて言う。
「それから、加古」
「ん」
「あなたがこの子達の面倒を見るんです」
「はぁ?」
「司令長官からの推薦です。頑張ってくださいね」
「おいおい」
聞いてないよ、そんな、いきなり言われたって……そうか、それで前線に出なくても良かったのか。
しかし大井がいるからそっちに任せればいいじゃないか、と司令長官に聞いたんだが、
彼女も近々前線へと行ってしまうらしい。艤装の重雷装艦としての改装がそろそろ完了しそうなんだとか。
ちぇっ、損な役回りになっちまったぜ、と思ったがその分卯月と弥生が所謂当番兵として
身の回りの世話だのなんだのをやってくれるようになるらしいから、少しぐらいは楽になるのかもしれない。
卯月はともかく、弥生はなぜかやる気満々だ。というのが、
「弥生は、加古さんの片腕……」
といつぞや言った言葉を律儀に守っていくつもりらしくて、いじらしいやら健気やらで、
こんな可愛いやつが部下について案外あたしは幸せ者なのかもしれない。
なんて思ったのも束の間、白露型はなんと言うか、一風変わった連中揃いだったんだ。
-白露型の第一印象-
大淀からの詳しい説明を受けた後、あたしはこいつらを集合させた。
さて、こうして並べると壮観だね、教官になるとは随分と偉くなったもんだ。
となるとやることは一つだろうか。
「あたしがお前たちの教官になった加古ってんだ。よろしく」
神通の件もあるから、可愛がってやらなければいけないな、袋叩きにはされたくないし。
「改めて、自己紹介してもらおうか。一番艦から」
「はぁーい!呼びましたか―?」
「うん」
「白露型駆逐艦のいっちばーん艦、白露です!」
元気がいいのは一番艦、白露だ。一番になにやらこだわりがあるらしく、隙さえあれば一番を分捕ろうとする。
何が彼女にそうさせるのかはわからないが、一番を取ると意気込んでるのは悪いことじゃないな。
「時雨」
「……他に言う事はないのか」
「ないよ」
時雨は飄々とした雰囲気の変わった子だった。集合前の様子を見るに誰かしらについて回るってことはないが、
輪の中にはいるというか、別にみんなと悪い雰囲気ではなさそうだから変わった子だからって心配はいらないだろう。
「はいはーい!村雨だよ。みんな、よろしくね。オシャレのことならなんでも聞いてね」
「ここじゃオシャレはできんよ」
「女の子はどんな時でもオシャレを忘れちゃダメよ、特にあなたみたいな野暮ったい人にはなってはいけないの」
「失礼な……」
彼女は村雨、白露型の中心的存在になっていた。どうやら女の子らしくオシャレに気を使っているんだが、
それゆえに軍隊の規則に不満が多いらしく、なんとか穴をすり抜けようと考えてるらしい。
「夕立っぽい!よろしくね!」
「ぽいって、夕立だろう」
「わかんない人っぽい、頭に弾薬が詰まってるっぽい?」
このぽいぽいやかましいヤツは夕立。なんとも失礼な事を言うヤツだが、悪気がないのがタチが悪い。
人のことは言えないけど頭はそんなによろしくないらしく、逆に訓練ではいつでも好成績を収めた。
「五番艦の春雨です、はい」
「美味しそうだな」
「春雨っぽい!?食べるっぽい!」
「うぅ、違います!なんでこんな名前に……」
春雨だ。彼女はあんまりここに来るのは本意ではなかったらしい。
訓練よりは学科の方が得意で、戦闘よりも輸送作戦がいいみたいだ、司令長官は満足そうだった。
「有近です!」
「はぁ?」
「あ、違う!五月雨です!よろしくお願いします!」
五月雨だ、有近は本名だという。
送られてきた資料を見るに、こいつがまた手のかかるドジっ子らしい、要注意人物。
「七番艦、海風です。加古教官、どうぞよろしくお願いします!」
「随分とやる気があるが、志願か」
「はい!お国のためにやれることをと思いまして!」
「まあほどほどにな、真面目な奴はすぐ死ぬから」
「ふえっ!?」
とまあ脅しかけてやったのが海風だ。生真面目な性格で、問題行動もほとんどない、
模範的な艦娘だ。みんながみんなこうだといいんだが、まず第一にあたしがそうじゃないからな。
八番艦に山風ってのもいたんだが、どうも存在感が薄いらしくて、はっきりしない。
特に悪行動が目立ったわけでもないみたいだから、どんなやつだったかなァと頭を捻らせても全然出てこない、
しょうがないから彼女についての描写は省略する。
ただ資料には残ってるらしくて、いつの間にかやってきて平然と終戦まで生き残り、退役していったらしいとか。
「……ンだよ」
「お前さんの番だ、自己紹介を」
「はっ、知ってんだろーが」
「みんなに紹介する意味もあるんだけど」
「チッ、九番艦の江風だよ」
この柄のよくないのが江風だ、彼女も徴兵で来たんだろう、結構に悪そうな感じだが、
それは無理やり連れてこられたことへの反発だろうから、気を使ってやらなければいけない。
「ちわ!涼風だよ!私が艦隊に加われば百人力さ!」
「随分と大きく出たな」
「そうだろうそうだろう!あたいがこの艦隊を変えてやらぁ!」
「それじゃ、どうしても改革してもらわなきゃいけないね」
「できらぁ!」
この大口叩いとるのが涼風、白露型の十番艦だ。悪い奴じゃない。
ただ、思いつきや気まぐれで突飛な行動を起こすから気が気でしょうがないんだ。
さて彼女たちの紹介だが、実のところこれらは第一印象、あるいは初めの方の印象だ、それで変な書き方になったんだが。
これからどんどんこの第一印象というのが全くアテにできないというのを思い知らされることとなる。
387 : ◆TLyYpvBiuw - 2015/11/15 17:38:39.73 1pQSAxolo 261/866とりあえずここまで
-行われている訓練についての大まかな流れの説明っぽい!-
艦娘の基本的な訓練というのは、陸軍兵の訓練を一部参考にして、さらに艦娘の特性を織り交ぜた特殊なものです。
まず最初に水上での歩行訓練であり、それから基礎的な射撃、雷撃訓練や爆雷の投射訓練、
陸上戦闘の訓練、上陸戦とその支援、さらには応急処置など数多くの訓練をこなします。
それに加えて艦種ごとに特別な訓練を受けます。駆逐艦や巡洋艦であれば、船団護衛、近接戦闘術。
戦艦や空母には艦隊指揮、偵察機による観測射撃、航空隊指揮。潜水艦は長距離航行と隠密行動など、
それぞれの艦種の特性に見合った訓練が行われています。
戦闘訓練の他にはサバイバル技術や、水泳、スキーなどのスポーツ他、調理なども教育されます。
また学科では軍事学に加えて駐屯地における振る舞い方やその国の文化なども学びます。
当然、艦娘たちはそれを習得するだけの素質を持ったエリートです。
例え素質がなくたって習得させるのが軍隊というものです。
大井「わかりましたか?」
加古「そんな一気にポンポン言われてもわかんないよ」
-イマドキの艦娘-
下品な話ではあるんだけど、一つ。
ここは軍隊なんだから学校と比べると、緩い所もあるが厳しい所はとことん厳しい。
例えば髪型なんかはこっちじゃ誰も気にしないし、度が過ぎなければある程度自由だ。
しかし、被服に関しては1から10まで厳重に規定されている。
何から何まで教えてやらんといけないから骨が折れるんだまた。
「下着は指定のものを着用しろよ、いくつかデザインは選べるけど」
「えー!」
「新しいの買ってきたのにー!」
こいつらは修学旅行か何かと勘違いしているんじゃないだろうな。
「捨てろとは言わないから、家に送り返せ。今夜送り方を教えるからな」
「そーいえば、あの日はどうするっぽい」
「艦娘にあの日は無い、当然妊娠もしないよ」
「じゃあエッチしたい放題って事かしら」
「んなわけあるか、将校たちの前でそんな話はするなよ」
こんな事知ったら男はショックだろうな。あたしもショックだもん、学校行ってた連中ってみんなこうなのか?
とりわけ白露と村雨は男関係で特に酷くて、同じ白露型でさえも引くほどのものであった。
外で済ませてくるんならまだいい方で、夜中に抜け出したり、男連れ込んだりして大変な問題児だったんだ。
「今度連れてきたらまとめてスパイ容疑で射殺するからな」
と釘を刺して、ようやく鳴りを潜めたが、改善しない場合の解体まで考えられたのはこいつらぐらいだろうな。
こういうのがいると柄の悪いのが嗅ぎつけてやってくるんだよ。
よく番兵が絡まれてたりするのを追っ払うんだが、しつこい連中もいるんで、
そんな時は相手が軍隊だと教えてやるために、色々と脅しかけなきゃいけない。
一回一回出向いて警告するだけってのも面白くないので、スパイ容疑の警告文を送りつけて出頭させ、
応じないものには集団で武装して訪問するってのを繰り返していたらこういうことは自然と減っていった。
結構ノリノリでやってたのか睦月と卯月は残念がっていたな。
そんなこともあって、二人は一時期孤立していた。
となるとあたしのところに来るんだよまた、昼寝でもしようと思ってたのに。
「だって、門番に見つかったら文句言われるし」
と白露は言う。そりゃ当然だ。
「お前ら徴兵の艦娘と違って志願の艦娘はそういうのはてんで素人なんだよ。あしらい方も知らない」
「じゃあ処女って事?」
「多くはそうだね、一人二人はチラホラいるみたいだけど」
特に睦月型は全員が未経験だった。如月はちょっと脳内経験値が高かったが。
「ふぅーん」
「加古さんは、どうなのかしら」
村雨が聞いてきた、どうでもいいだろそんな事。
「あたしも未経験だよ」
「あらあらあら~」
「じゃあいい人紹介しよっか?」
「いや必要ないよ」
そんなので純潔を差し出すんなら浮浪児時代にとっくに売春してるよ。
「だいたい何が楽しいんだよ、金でももらってるのか」
「もらう事もあるけどね」
古鷹が聞いたら卒倒するだろうな。
「それに未経験のまま戦死するのもねぇ」
まあそれは尤もな意見だろう、だからこそ二人の素行をある程度黙認している。
「とにかくヤルのは勝手だが、性病もらってきたら艦娘みんなの前で発表するからそのつもりで」
「えー!艦娘って性病になるの!?」
「進行はしないけど定期検診で引っかかるぞ」
高雄型の愛宕とやらが引っかかったという噂だ、ホントかどうかは知らん。
流石にそんなことは恥ずかしいと思ったのか、彼女たち二人は今までよりは大人しくなった。
それですっかり安心しきっていたんだが、卯月が
「こんなのが流行ってるぴょん……」
と、恥ずかしそうに、その、あれだ、大人のオモチャってのを持ってきたもんだから慌てて村雨に問い詰めた。
「なんだこれは」
「なんだって、これは一人で慰める時に使うのよ」
「そうじゃない、どうしてこんなものが流行っている」
「だって、ストレス溜まるじゃないの、軍隊生活って」
「風紀的に良くない」
「でもエッチするのは黙認してたでしょ、今更」
「う、うーん……それもそうか……」
そういうことはコッソリやれ、とだけ言ってもう観念してやった。
彼女の言う通りにストレスが溜まるのはわかるし、それを発散できるんであればこういう物も必要なのかもしれない。
どうやら男連中にはバレていないらしいし、見知らぬ人間を鎮守府に入れてるわけでもないし、
大っぴらに未成年がセッ○スするのを認めるわけにもいかない。
それならもう自慰ぐらい好きにさせてやるってのが筋ってもんだろう、怒られたんなら怒られた時にまた考えればいい。
ただ、そんなにイイモノなのかと一回だけ借りてみたけどどうもしっくりこなかった。
どうせならもっといいやつを持ってきて欲しかったとは思わなくはない。
-鎮守府鮮魚市-
重巡のあたしに爆雷の訓練をやれって言ってもそりゃ無茶な話だ。
そこで、卯月に予習をさせてもらったんだがどうにもうまくいかない。
水上機に航空爆雷を落とさせるのは出来るんだけど、自分で落とすとなるとなんとも難しい。
「とにかく練習あるのみ!ぴょん!」
と身も蓋もないことを言われてしまった。そもあたしに教官なんかやらせるのが間違っているんだ、
学科の時みたいに大淀が代わってくれたらいいんだけど、あいつは心が狭い。
「それじゃあなたじゃなくて、私が教官みたいじゃないですか」
だってさ。なんであたしが指名されたのか不思議でならない、単なる気まぐれだろうか。
そんな調子で訓練の日がやってきてしまった。しょうがないから結局弥生を連れてきちゃったよ。
弥生は片腕だから、と意気込んでいた。だがしかし、
「始める……まず……して……」
とボソボソ話すので、白露型の面々は頭の上にハテナマークが浮かんでいた。
「全員、近づけ」
「はぁーい」
これじゃどうしようもないので近くに呼び寄せる……が、まだ航行も慣れていなかったのか、
海風が勢い余って弥生に突っ込む。弥生は後ろに倒れた。
「うわぁっ」
「おいおい、大丈夫かい」
「下手くそっぽい~」
「ダッサ」
とはやし立てる白露型たち。
「おいおい、そう言うなよ、初めはみんなこんなもんだ」
「加古さん」
「ん」
立ち上がった弥生が話しかけてきた、ちょっと焦ってる様子だ。
「どうした」
「爆雷落とした」
「退避ィッ!!」
と同時に倒れてる海風を担ぎ上げてその場から離れる。みんなも慌てて逃げ出した。
五月雨がバランスを崩して前のめりに倒れたのと同時に爆音が海中で鳴り響き、水柱が上がる。
「怪我はないか」
「死ぬかと思ったぜ……」
誰も怪我が無いようでよかったんだが、問題は海風だ。原因になったからか半べそをかいている。
「ごべんなざいぃ」
というか思いっきり泣いていた。
「誰も怪我しなくてよかった」
「恐ろしいなぁ、訓練で死ぬなんて浮かばれないよ」
「水の上には浮かんでいるけどね~」
まあみんな無事そうだ、もう軽口叩いてら。するとしばらくしてから涼風が叫んだ。
「あーっ!魚!」
爆雷の水圧にやられてぷかぷかと魚が浮き上がってきた。
「網!網持ってない!?」
「持ってるわけないだろこのバカ、手だ!手でつかめ!」
白露と江風がはしゃいでいる。
「それじゃ、一番多く取れたやつには酒保で何か奢ってやる」
と言うとわぁっと一斉に魚を取り始める、しかし村雨は嫌そうな顔をしていた。
海風はというと、ずっとあたしにしがみついていたから、
「お前さんも行ってきな、見ての通り誰も気にしちゃいないよ」
と言ってやると、涙を拭って魚を拾い始めた。
10人掛かりで拾い集めたもんだから手づかみでもそれなりに大漁で、その日の夕食は新鮮な魚を腹いっぱい食べた。
少し前まで漁師だって満足に海に出られなかったこのご時世だから魚なんか海軍の外じゃ滅多と食べられない。
中には艦娘になってから初めて食べたって奴もいるんだから、深海棲艦の脅威によって
どれだけ日本が疲弊したかは想像に難くない。しかしこれだけ漁れるとなると商魂たくましいやつも出てくる。
翌日、自主練と言って爆雷を抱えて夕立と時雨が海に出ていった。
感心なことだ、と思ってのんびりしていたんだが、その事を大淀に話すと、
「ちゃんと監督してください!」
と怒られちゃった。仕方がないから慌てて沖に出ると、クーラーボックスを抱えた二人が、
浮いた魚を網で掬い取っていたところに出くわしたもんだから、苦笑いだよ。
「お前ら、そんなに魚がうまかったのか」
「いや、その、これはだね……」
「売るっぽい!売ってお小遣いに」
「こら夕立シー!」
そんなことされては今や数少ない漁師が商売上がったりだ。それに爆雷で漁をするのは環境によろしくない。
結局のところ、二人は司令長官にやかましく叱られることとなる。
司令長官の説教を受けてしょぼくれてる夕立に対し、時雨は獲ってきた魚を献上してなんとか懐柔しようとするんだから、
こんな面白い話はないだろうな、白露型みんな大笑いしていた。
そんな姉妹艦たちを見て時雨は不機嫌な犬みたいな顔をして黙ってふてくされていた。
-寒中水泳大会-
寒い冬の朝、物干場で五月雨と涼風が洗濯物を洗っていた。どうやら下着らしい。
「そんなもん洗濯機に放り込んじまえよ」
と言うと五月雨はムッとした表情で答える。
「涼風ちゃんと同じこと言って!下着はですね、意外と繊細なんですよ」
「でもよぉ、どうせ支給品だろ!?」
「愛着湧かない?」
そうかなァとは思うけど、まあわからなくはない。
「それに、洗濯機に入れる前に洗わないと汚いじゃないですか」
「そうか。あたしは卯月か弥生がやってくれてたから全然気が付かなかったよ」
あいつらすぐ持って行っちまうんだよな、洗濯物全部。
「それじゃダメです。いざ前線に出たらどうするんです」
前線に出たら垂れ流しだろうよ、洗ってる暇なんかないだろうし。
「前線で下着の具合を気にする奴なんていねーって」
と涼風が言いたいことを言ってくれた。するとヒュウっと冷たい風が吹く。
「うー、冷た~い」
五月雨は手を擦り合せる。
「ほれ」
と手を握ってやると確かに冷え切っていた。
「冬の海はこんなもんじゃないよ」
飛沫を浴びて、しかも高速で移動するんだから寒いなんてものじゃない。
まあ防寒着はもちろん着るんだけど、それでも寒いものは寒いんだ。
なんて考えてると突然お腹がヒヤッと冷たくなった。
「うへっ」
「ウヒヒ、あったかーい!」
と涼風があたしの服の下に手を突っ込んでいた。手はキンキンに冷えていて具合が悪くなりそうだ。
「直はやめろ直は」
「減るもんじゃねーしいいじゃんか!」
減るわ、体温が。無理矢理引っぺがすと、あー!と何かを思いついたみたいだ。
「寒さに耐える訓練だ!」
「え?」
涼風はまさに妙案閃いたり、という表情だが、五月雨は怪訝な顔をしている。
「それって……寒中水泳とか?」
「それだよそれ!」
涼風は一人で勝手にはしゃいでいる。
「じゃあ洗濯が終わったら水着に着替えて埠頭に集合でいいかな」
試しに言ってみると、涼風は満面の笑みで、
「おう!」
と言って洗濯物を適当に片付けると準備に走っていった。
「あー……こりゃどうしてもやらんとあいつ納得しないだろうな」
「ハァ……」
五月雨は余計な事言っちゃったって顔をしているがもう遅い、まあ一度ぐらいは経験しても損はなかろう。
あたしも冬の訓練で散々泳がされたからな。実際戦闘中にずぶ濡れになることは多い。
自身も水着に着替え、卯月たちにボート出すように指示し、埠頭で待っていると、
不満そうな顔で白露型の面々が水着姿で現れた。
「この寒過ぎる中を……うーぶるぶるぶる」
「五月雨ちゃん余計な事言ったっぽいィ」
「ごめんなさァい」
「早く早く!」
涼風以外は暗い面持ちだ。
「じゃああそこのブイに触ってまた戻ってくるんだ」
そう遠くにはないが、この寒さだから辛かろう。ひょっとすると水温の方が暖かいかもしれない。
「本格的にまずい時はボートを用意してあるから」
「はぁい」
「でも何もないんじゃやる気出ないっぽい」
「じゃあ一着はあたしが酒保でなんでも奢ってやる」
「そう言われると俄然やる気が出てきた」
「絶対いっちばーんはあたしだよ!」
「いーや!あたいだね!」
白露や夕立、江風に涼風は闘志をメラメラ燃やしているが、他のはそれでもやっぱり嫌そうだ。
とりあえずしばらく水に慣らさせて、スタートの合図を出すと一斉に飛び出した!
もちろん大人気なく本気を出させてもらう、あたしは泳ぎには自信があるんだ。
涼風が先頭に躍り出た、あたしの目前に来たもんだから顔に水が掛かってえらいこっちゃだ。
それなら奥の手があるぞ、とバタフライだ、飛沫を上げて泳ぐもんだから後ろはたまったもんじゃないだろうね。
「プー!こりゃひどい!」
「大人気ないぞ!」
こちとら奢りがかかってるんだから当たり前だぜ。そいでなんとか涼風を追い抜く。
ブイに触って後ろを見ると、涼風、夕立、江風、白露はすぐそこだが、
時雨は背泳ぎでのんびりと、五月雨は大きくコースを外れて泳いでいる、村雨は早くもボートに乗って休んでいた。
春雨と海風は犬かきっぽい動きでゆっくりと近づいて来ている。
「ごらぁ!村雨ぇ!」
と叫ぶも、村雨はボートからのんきに手を振っており、運転している卯月も肩をすくめた。
しょうがないので反転して、そのままゴールへと向かう。
「早いっぽい」
「かなわねえや」
もちろんあたしが一着だ。だが陸に上がってやることはまず、村雨に問いただす事だった。
「お前、早くにボートに乗り込んだな」
「だって足つったもの」
「本当か?」
「本当」
試しにふくらはぎをツンと突いてみると、
「いだぁ~~~~~!」
と叫ぶからこりゃ本物だ。失礼しました。でも日頃から運動してるくせにつるなよ。
「うーちゃんが何か加古さんに奢ってあげるっぴょん!」
「あーあ、いいなぁ」
きっと一着だからって気を使ってくれたんだろうが、
「まあいいさ、自分だけ食ったってうまかない」
と言って断った。そんでもって如月に頼んでおいた風呂がそろそろ沸いている頃だろう、
みんなで風呂に駆け込んだ。風呂がこんなに気持ちいいなんてことは滅多ないだろうな、
寒い中泳いだもんだからすっかり疲れ切っちまって、みんなで湯船の中で眠っちまった。
-退院祝い-
そうやって訓練しているうちに、古鷹はすっかり回復して訓練を始めていた。
「よかった、元気そうだな」
「すっかり良くなったよ」
こうやって久しぶりに元気な姿を見せてくれるとなんだか涙が出そうになるよ。
しかし、目はオッドアイのままだ。だがこれはこれでカッコいいかもしれない。
「かっこいい?」
「いや、間違えたよ、綺麗だ」
ふふっ、と古鷹は微笑む。彼女の笑顔というのは以前からそうだが天使のような笑顔で、
彼女にはなんだか天使の素質があるのかもしれない、意味わかんないけど。
せっかく元気になったことだし、みんなで退院祝いでもと提案した。
「いや、加古と二人がいいな」
「お、そうか」
とまぁ、休日に二人で街に出かけたわけだ。
映画館だのなんだのって、入ったことなんて一度もなかったもんだからもう大興奮だよ、あたしがね。
古鷹の退院祝いだってのにあたしばっかり楽しんじゃってさ、悪いことをしたもんだ。
でも古鷹は満足そうな様子だった、まあ腹ん中じゃ何考えてるかわからないんだけど、
終始ニコニコしてたもんだからきっと不満はないのだろう、と信じたいぜ。
そんなこんなで夜になり、酒とつまみを買ってきたらばやることは一つだろう。
「そんなに気に入ったの?お酒」
「まあね」
古鷹の部屋でちょっとした宴会だ、二人だけのね。
この間の船上での反省もあってか古鷹はちょっとづつ飲んでいた。
あたしは相変わらずグイグイ飲んでたんだけどね、どうもあたしは酒に強いみたいだ。
「加古、ありがとう」
「何が」
「入院中いつもお見舞いに来てくれていたでしょ」
「そうだっけか」
小っ恥ずかしいからしらばっくれる。
さて、それから2時間3時間と飲み続けるもんだから、古鷹がもうすっかり酔っ払ってえらい騒ぎだ。
あたしはというと眠くなってきちゃったもんだから最初とはあべこべだな。
「加古、加古加古、飲まないの」
「パジャマはどこやったっけ」
「お祝いはどうなるの」
「一人で、どうぞ」
「いや」
「もう飲まん」
フラフラと服を脱ぎ始めるけど、ここまで酔ってるとなかなか脱げないもんだ。
「加古加古加古加古加古かこかこかこかこかこ」
「うるさいなぁもう飲まんと言っただろう」
なんとか脱ぎ捨てて、パンツ一枚になったところで古鷹が突進してきた。
「うわっ」
「ウヒヒ」
そのままベッドに押し倒されちまった。
「そんなことしたってもう寝るよ」
しかし古鷹はジッと顔を近づけてくる。そんなに見つめられちゃったらなんだか顔が赤くなっちゃうよ。
もう変な雰囲気になってしまったから、心臓がバクバクいっててとても眠気なんて覚めちまった。
「な、なんだよ」
そしてついに古鷹は目をつぶる。これはきっとそういう合図なんだろうと、あたしも目をつぶった。
結論から言うと何もなかった。ガバッと覆いかぶさってきて覚悟したんだが、
古鷹のやつそのままイビキかいて眠っちまった。ケッ、別になーんにも期待なんかしてなかったよ。
-基地祭-
基地祭ってのがあって、定期的に鎮守府を開放して訓練の見学や屋台なんかで楽しむイベントだ。
にしたって、こんな寒い冬にやることなんてないと思うけどね。
なんでこんな時期に急遽開催が決まったのかっていうと、徴兵艦娘の影響だ。
彼女たちの親族らの強い要望、また艦娘たちの嘆願もあってか全国同時開催ってことになった。
春雨と江風は志願でなく徴兵された艦娘であるというのは最初に説明した通りだ。
ただ江風については、元々明るい性格らしくて一応みんなと打ち解けて、
なんとか頑張って前向きにやっていこうとしているんだけど、
春雨の方はうまくいかない様子だ、別に孤立したりしているわけではないが、
彼女はこの状況自体に納得がいっておらず、常に家に帰りたがっていた。
時折、夜中にすすり泣く声が聞こえるのは彼女が家族を思い出して泣いているからだという。
そんなもんだから春雨はこの日はずっと上機嫌で、親の元へと一目散に走っていった。
他の子達も大なり小なり同じことを思ったみたいで、やっぱり親元へと駆けていく。
こういうのを見るとやっぱり壁を感じてしまうんだ、でも別に羨ましくなんかないよ、
両親がいるやつに嫉妬だなんて全然してない、むしろ気が楽だ、強がりじゃないよ。
でももし両親があたしに残っていれば艦娘にはならなかっただろうし、
そうなると古鷹や卯月と弥生、青葉、衣笠、それから白露型にも出会えてないんだから、
ある意味あたしは両親が先にくたばってくれたことに感謝の気持ちを抱いているのかもしれない。
その顔も覚えていない両親がなんと言うかは知らない、お前なんて娘じゃないとでも言うかもしれなけど、
死人に口なしだ、お前らなんかもうどうでもいいんだ。
なんてことを考えているから顔に出ちまって、こうやって今心配そうに取り囲まれるんだ。
「加古さん、暗いね」
「加古さんのお父さんとお母さんは!?」
「シッ!きっと不仲なんだよ、そっとしといてやれってば」
ある意味では正解だ。ところで卯月はというと、
「親には来るなって言ったぴょん」
という調子で、きっとあたしの件についてなんだろうが、
「そんなつまらないことで親と別れるような真似はするんじゃないよ」
「あんなの親でもなんでもないぴょん」
「悔やんだってあたしは知らんぞ」
「悔いはないぴょん、うーちゃんは加古さんの家族っぴょん!」
「家族か」
そう言われると、なんだか照れくさくなっちゃってそれ以上何も言えなくなっちまうよ。
まぁ、そうなんだろう、あたしにとっちゃ艦隊が家族みたいなもんだ、
それがいいことなのかどうかはわからない、きっと世間様から見るとすごく寂しい事なんだろうというのは
なんとなく予想がつくし、結局のところ血は繋がっていないんだけど、あたしはそれでいいんだ。
少し思い立って司令長官に『オヤジ』って言おうとしたけどなんだか恥ずかしくて声が出なかった。
教官ってことで親族らの質問だの文句だのに追われていると、集合がかかった。
既に全員集まっているようで、あたしが最後に来たんだ、司令長官が前に立って命令を出す。
「集まったな、親類の強い要望で急遽白露型のみで演習が行われることとなった」
「おおー」
「えー、やだなぁ」
「いっちばーんいいとこ見せなくちゃ!」
「詳しい内容は古鷹、加古に任せる。それじゃあ、準備に取り掛かれ、以上!」
と言い放ってさっさと立ち去ってしまった。いきなり呼び出しておいてこれとは無責任なやつだ。
あたしと古鷹は顔を見合わせてため息をついた、家族も見てるんだからこりゃどうしても成功させなきゃいけない。
-演習-
紺色の長ったらしい外套を着込んで、あたしたちは鎮守府から遠く離れた海上にいた。
遠くで如月がカメラを構えている、また上空から秋津洲とか言う奴が動かしているらしい
二式飛行艇が全体をバッチリ写していた、生中継だ。さて、こうなったら頑張らなきゃいけないよ。
というのがチーム分けが白露型五人づつを二つに分かれ、古鷹とあたしを旗艦にするっていう
全く同艦種の編成で、まさに旗艦の指揮能力が問われる組み合わせだ。
さらに、あたしと古鷹は火力と装甲が駆逐艦と比べると桁違いなので、小口径砲の使用に加え、
必ずしも撃破する必要はない、というルールを加えた。
さらに、『勝ったチームの言うことをなんでも聞く』とかいうとんでもないことまで口走り、
まあなんだ、とにもかくにも勝たなくちゃいけなくなっちまった。
あたしのチームは白露、村雨、春雨、海風、江風の奇数番艦の編成だった。
あたし自身は古鷹型の二番艦なんだけどね、いや、艤装付けるのがスムーズにいかなかったんだよ、
古鷹はさっさと終わらせちゃって、あたしはその、要領が悪いから……まあそんなことはいいんだ。
とにかくこれであっさりコテンパンにされちゃ、頭が悪いのを公衆の面前で露呈しちまうから、
もう冷や汗がダラダラと止まらなかった。別に名誉とかそういうのじゃなくて恥ずかしいんだ。
しかしまあ、そんな姿を見せちゃいけないから、態度には出さないけど。
「作戦会議だ」
「はぁい」
一つだけ優位点があるとするならば、あたしは彼女たち全員についてよく知っているということだ。
性格、得意なこと、苦手なこと、癖などこれは大きなアドバンテージだと思う。
そう思うと普通は緊張が解けてくるって話はよくあるだろうが、そんなことは全くなかった。
「あー、ちょっと、考えさせてくれ」
「えー」
「あたしが一番に飛び出して」
「一番にやられたけりゃ勝手に行けよ」
「チームワークが大事です!」
「でも、夕立ちゃんとか怖いし……」
「そうねぇ、時雨ちゃんもなかなか」
好き勝手に言い合っている、あんまり士気は高くないようだ。
確かに夕立の戦闘センスはずば抜けている、だからこそ彼女は挑発に乗りやすい、勝負を挑めば必ず向かってくるだろう。
時雨についても意外と熱しやすい。彼女はつかみどころが無いようだが内面はかなり感情的な様子を見せていた。
「だとすれば、本隊から引き離すことは可能かもしれない」
彼女たち二人は白露型でも飛び抜けている。誤解を恐れずに言えば、深海棲艦殺しの才能がある。
この演習に勝ちたいのなら早期に叩きのめしておくべきだ。
「各個撃破ですか!」
「ちょっと待って。そんなの簡単に想定できるんじゃない」
言われてみればそうだ、あたしのオツムで思いつくんなら古鷹だって思いつくだろう。
「裏の裏をかきましょう!」
「裏の裏の裏をかかれたらどうすンだ」
「そしたら裏の裏の裏の裏を」
「キリがないよぉ」
各個撃破を読んで、挟み撃ちを仕掛けてくるかもしれない、個人の実力に関してはあちらのが上だ、
ならばいっそのこと行き当たりばったりでやってみるか、なーんて考えてもいい案は浮かばない。
「どうしたもんかねぇ……」
「魚雷をいきなりかっ飛ばして、やっつけたらどうでしょう!?」
「そんなもので倒せるなら苦労はしないわよ」
案外悪くはない手だ、フィリピンの戦いでも使っていた。
「なんにしろ、相手側がどう出るかにもよるな」
「ンだよ、それじゃやっぱ行き当たりばったりってことか」
「やっぱあたしが一番に」
「いってらっしゃい」
「お気を付けて」
「じょ、冗談だよ、きっと」
白露が騒いでいるのは無視して、とりあえず偵察機に意識を集中する。
どうにも敵の動きは全くないようだ。
「爆雷でも落としてみてはどうでしょうか」
「多分すごく怒るぞ、古鷹」
「はァ、冗談です」
そんなら、こっちから出向いてやろうじゃないか、いいだろう古鷹、ここで一つ勝負だ。
「全員、雷撃の準備だ」
「出るの?」
「了解です!」
「あたしの後に続け、単縦陣だ」
「わかりました」
「戦隊前進」
一斉に機関を鳴らし、行動をはじめる。敵にはまだ動きがない。
十数kmほど進んでようやく敵影を発見、敵側左翼から攻勢を仕掛ける。一先ずは先制雷撃だ。
「撃て」
計六本の雷跡が敵集団に伸びる。古鷹は様子を見ているようで攻撃をしてこない。
「夕立と時雨を挑発しろ、白露、村雨、任せた」
「わっかりましたー!」
「村雨のちょっといいとこ、見せたげる」
二人は夕立と時雨を狙い、砲撃を開始。そこでようやく反撃が来る。
誘い込むために距離を取るが、あまり積極的に深追いはしてこない。
「きっと古鷹が何か吹き込んだんだな」
「手懐けられてンのかね」
先制の雷撃は難なく回避された。
「どんどん砲を叩き込んでやりましょう!」
海風はやたらめったらと砲撃している。江風、春雨も同様だ。その時、前方に雷跡が見えた。
「止まれ」
「おっと、危ない危ない」
向こうさんも同じことを考えていたようだ。
「しかしこれじゃ埒があかないな」
「突撃して、やっつけたらどうでしょう!」
「お前頭ん中でよく考えてから物しゃべれよ」
海風は思いついたことをそのまま意見として述べているようだ、意見を出してくれるのはいいことだが。
春雨も江風もいい案は浮かばないようで、このままはジリ貧だと判断し一時的に下がることにした。が、しかし。
「んん!?追撃!?」
「何がしたいかわかんないわね!?」
古鷹たちも動き出す。こりゃますますわからん、何の策でもあるのか。
「よくわからんがとにかく迎撃!」
「いっくぜー!」
こちらも反撃を開始する、しかし正面にいくつか雷跡が現れた。
「散開!魚雷を回避しろ!」
こういう時一つに固まるとまずいのでバラけさせたんだが、これがまずかった。
というのが、敵は始めからこうやって孤立させるのが目的で、
こっちは夢中になって反撃しているもんだから気がつけば周りには誰もいなかった。
やっぱり実力は向こうのが上で、砲撃によって徐々に徐々に誘導されていたようだ。
なるほど、ちっとも被弾しないとは思ったよ、初歩的なミスだ。
こうやって単独で戦うのは圧倒的に不利だ、例え無線で連携を取れるとは言っても、
いつでも無線が使えるわけではない、無線封鎖の状態だとこれはマズイ、偵察衛星使ってるわけでもないしな。
前方から夕立、時雨が向かってきている。
「加古さん!勝負っぽい!」
「失望させないでくださいね」
その直後に砲声が鳴り響く、二人とも一斉に射撃を開始したようだ。
慌てて横っ飛びに跳ねると今までいた位置に水柱が4本、真面目に訓練しているようであたしは嬉しいよ。
だがしかしそう一直線に来られるとこっちも的あて気分だ。バンバン砲を撃ち合う。
焦って回避運動を始めたようで、当然ながら向こうさんの命中率もかなり落ちていた。
「あ!こ、これじゃ狙えないっぽい!」
あたしは魚雷を撃ち込む、すると二人は慌てたのか妙な動きでフラフラとバランスを崩していた。
一先ずは夕立を狙い、引き金を引いた。
「いっちょあがり~」
「あーん!ひどいっぽい!」
夕立は被弾し、中破判定。後は時雨か、こりゃ余裕だなと思った時、頭に衝撃が走る。
「だぁっ!?」
ガオォンと砲を弾いた音がした、見事にデコに当たったみたいで頭がガンガンする。
「いたたたた……」
怯んでる所にどんどん砲弾が飛んでくる。というか、とっとと仲間の救援に行かないとマズイかな。
「僕を倒してからにしてほしいな」
「へいへい」
響く砲声に爆発音、悪いがまだまだ相手にゃならんよ。時雨は煙に包まれる。
「うぐっ、やめてよ、大人げないじゃないか」
「うるせー」
そも、ここまで巡洋艦に接近してきたのはまずかったな、編成の関係で仕方ないとは言え。
あたしたちぐらいになると数km以内なら必中だ。
しかしまぁ、結果は予想通り、分断されて各個撃破されたのはあたしらのようだった。
なんとか涼風を撃破したらしいが、五月雨に山風、古鷹はニンマリしている。
「か、加古さ~ん」
「分断されて一気にやられちゃったわぁ」
五人はしょんぼりしていた。あたしもしょんぼりだ、まんまとしてやられたんだからな。
こんな単純な手にやられちまうのはあたしの頭の悪い証拠だ。やっぱり指揮官がバシッとしてると違うな。
「いや、流石に古鷹は冴えてるな」
「約束、忘れないでね。なんでもするんでしょ?」
古鷹は口笛でも吹かんばかりの上機嫌である、
対照にあたしら6人は何をやらされるやらなんやらで不安とも不機嫌ともとれる顔をしていた。
一体何をやらされるってんだよ、くそう。
-卯月は見た-
官能小説じゃないんだからこういう事は書きたくないんだけど、
まぁ予想通りというかなんというか、古鷹はあたしのベッドに入ってきた。
「あったかーい」
「これが望みか」
「ん?これじゃないよ」
「ああ?」
確かに、こいつは無言で入ってきやがった。
「じゃあ出てけ」
「寒いもん」
「酒臭い、お前酔ってるな」
「当たり」
当たりじゃないだろ、しかし酒の臭いってこんなに臭かったんだな、気をつけておこう。
「ご褒美だよ」
そう言って古鷹は強引に口付けし、舌をねじ込んできやがった。
口の中で古鷹が暴れまわって、なんだか頭がクラクラするよ。
こっちも舌を使って追い出そうとするが、逆にそれに絡みつかせてきて、
そのまま1分ぐらいはされるがままだった。
ちゅぱっ、と音を立てようやく口が離される。
「これで、いいだろ」
「お願いした覚えなんてないよ、加古が勝手に受け入れたんだもの」
これだよ、このままなし崩し的に最後まで行ってしまいそうだ。
気づけば古鷹はあたしの胸を触っている。
「おい、よせって」
とは言ってみたが、やっぱり古鷹は無視して胸を揉み続け、膨らんできた先端をつまみあげる。
「んっ」
「加古ってここ好きだよね」
「違う」
「だって、一人エッチの時もずっと弄ってるし」
なんで知ってるんだ畜生、見られてたのか。
「ちょっと失礼」
とパジャマのボタンを外し、脱がされてしまう、ブラまで外されちまった。
寒いはずなんだが、なんか顔も胸もポカポカして熱い。
「どうして、抵抗しないの?」
「……うるさい」
抵抗したって無駄だろ、くそ、言わせるつもりなんだろうがそうはいかない。
今度は古鷹のやつ、舌で弄び始めた。
「あぐっ、ちょっと」
甘噛みしてみたり舌で弾いてみたりとやりたい放題だ。
「やめてよ、女の子同士だろ?」
「だからでしょ?」
「ええ?」
「加古の可愛い顔、もっと見たいな」
ああもういいよ、好きなだけ見ればいい、好きにしちまえ。
別に拒絶とかそういう気持ちは一切なかった、実のところ満更でもないのかもしれないが、
古鷹に対しては、なんだか責任があるような気がしてあたしは強く出れないんだ。
なんてったって、あたしが勝手に連れ出したようなもんだからな。
でも彼女がいつだか言ってたのは全く逆で、あたしが窮地から救い出してくれたんだとさ。
まああんな親父だ、近いうちに娘に手を出そうなんて考えそうだから、古鷹を救ったってのは間違いない。
しかし傷の舐め合いさ、こんなものは。艦娘同士の恋愛みたいなのは別段珍しいことじゃない、
極限状態や共に命懸けで戦って困難を乗り越えていくんだから、そういう感情を抱くのよくあることなんだ。
とりわけ、良くない境遇から艦娘になったあたしたちみたいなのだと関係を持つのはすぐだ。
それは結局のところで傷の舐め合いなわけで、こんな特殊な環境にしか適応できない連中の最後の拠り所なんだろう。
古鷹はあたしの体を貪り尽くす、もう顔も胸もヨダレまみれだ。
そうしてついに、下の方に手を伸ばした。脱がせ易いように腰を浮かせると、
「本当に嫌だったら、言ってね」
ここまでしといてヘタレるやつもないだろうが。下着は自分で脱いでやった。
そうして体を起こし、ベッドから足を下ろして開く。古鷹はまじまじと見ていた。
恐る恐る指でいじる。
「んっ」
自分以外に触られたことなんて初めてなんだからこそばゆくてしょうがない。
クンクンと臭いを嗅いで、顔をしかめる。
「舐めるのは、今度にしよっか」
ちょっとショックだ。ただ気になるのか癖になったのかしきりに嗅いでいる。
そうして、グイっと押し広げて、突起をつまむ。
「んっ!」
「私もね、ここ好きなの」
「も、もういいだろ、やめてくれ」
古鷹はニコリと微笑んで、つまんだ指をグリグリと動かす。
「あ、あああぁ、あぅ」
敏感なんだから声が出ちゃうんだ。と、その時にチラッと見えたんだが、
扉が少し開いている。そこに向かって股を開いてる形になるんだけど。
「ふ、古鷹ぁ、ねえ」
「ん?」
気づいてるのか気づいてないのかわからない返事だ、誰かが見ているような気がするんだよ。
「そこに誰かいる」
「えっ?」
「ぴょんっ!?」
卯月か……卯月か……まずいところを見られてしまった。
「あ、その、これは、艦隊司令より命令書ですぴょん」
「うん、ご苦労……」
「それじゃあ、ほどほどにぴょん」
卯月は慌てて逃げていった。畜生、見られちゃった、どこまで恥を晒せばいいんだあたしは。
見られたのが卯月でよかった、のか?弥生だったら?そんなことはどうでもいい、
問題はあいつが口に戸を立ててられる人間じゃないって事だ。
翌日にはもう噂になってて、何かと囃し立てられるもんだから、ああ面白くない。ちっとも面白くない。
約束の件もうやむやになってしまって、まぁそれはそのうちにでも果たすとしよう。
ちなみにみんなはおやつを奢ってもらったり罰ゲームだったりで、
古鷹もきっと素直にそんな風にすればよかったって思ってくれりゃあいいんだが、
まだまだ何かを考えている様子だ、これ以上あたしにどうしろってんだよ。
-最重要事項-
司令長官からの命令は白露型を長距離練習航海へと連れて行くことであった。
ああ、アレかぁ……とあまりいい思い出はない。この訓練は艦娘にとっての洗礼のようなものだ。
最も重要な事を学び、究極の選択を迫られる過酷な訓練である。
本当を言えばこんな事は香取教官か鹿島教官にお願いしたいのだが、
彼女たちは空母だの潜水艦だのの指導に忙しいみたいだ。
「全員、聞け。明日から長距離練習航海に出発する事になった」
ざわざわとどよめく。
「なんですかーそれ」
「戦力移動、海上護衛の基礎の部分だ。長い間目的地を目指しながら海の上で生活してもらう」
「楽しそうっぽい!」
んな事を言っていられるのは今のうちだ。
「海の上で寝てもらう」
岩礁なんて見つけりゃ運のいい方で、大抵は立ち寝か不眠不休になる。
一応、自動航行なるものはあるにはあるが、あんまり上等なものでもないし、慣れなければ休憩すらままならない。
「やっぱり全然楽しくなさそうっぽい!」
「無茶な事言うわね、海の上で寝るなんて」
「本当にそんなことが出来るんですか?」
「出来ないと眠いぞ」
「えー!」
無理だ無理だと言うから無理なんだ、とまでは言わないが何事も挑戦してみるべきさ。
もちろん出来ない。いや、出来ないこともないがあまりオススメはしない、疲れ取れないし。
これらは脅かしで、実際には輸送艦や艦娘母艦がついてきてくれるから交代で見張りをやるぐらいだ。
さて問題はもう一つある。かなり重要だからしっかり説明しなくちゃならない。
「よく聞け、超重要事項を話すから、心して聞け」
なんだなんだとこちらに集中している。
「これは艦娘にとって最も重要なことと言っても過言じゃない」
ゴクリとの音が聞こえるかのように、緊張が走った。
「おしっこだ」
「はぁ!?」
「おしっこって……馬鹿にしてるのかい?」
「なんだ、糞尿って言ったほうがよかったか」
「女の人が、はしたないわ加古さん」
「あー、じゃあお小水についての講習だが……」
「えー、おしっこじゃん」
「その、おしっ……って何が重要なんですか?」
みんな不思議な顔をしている。あたしも最初はそう思ったよ、でもこれほど重要なことはない。汚い話だけども。
「わかってないなぁ……」
「ンだよ、馬鹿にしやがって」
「ほう、じゃあお前はおしっこの話を聞かないというんだな?」
「ンだよその言い方、まるでおしっこが大事だなんて言い方」
「女の子がおしっこおしっこ言わないの!!」
「もしお前が海の上でおしっこしたくなっても誰も助けてやらんぞ」
「あぁ~~!そういうこと!気がついた!」
白露は合点がいったようだ。続いて五月雨と海風、時雨も気がついたようで、
「江風、ここは大人しくおしっこについて聞こうじゃないか」
と言う。いや厳密にはおしっこだけじゃないんだが、まあいいや。
「おしっこの話をしようか」
ただ夕立だけはよくわかっていないようで、
「なんでおしっこで盛り上がってるの……」
となんだかついていけていない様子だ。純情な男子学生が聞いたら卒倒するだろうな、この光景は。
そうして、沖合にて講習を行う。なんだか呑気な様子だ。
「いいか、まず履物と下着を下ろす」
ズルッと五月雨が下を脱ぐ。
「いや、まだ実際にやらなくていい」
「あひっ、すいませんっ」
あはははは、と笑いが起こった。笑ってられるのも今のうちだろうね。
「で、しゃがんで用を足す」
「そんなの知ってるよ」
「ではやってもらおう」
「え?」
空気が静まり返った。
「どうした、早くやれって」
「いや、でもみんないるし……」
「みんなも遠慮せずどうぞ」
「いや、あの、無理よ」
「人がいるのに」
「実戦でもそうだな」
「あっ……」
ようやく、戦場での排泄の重大性に気がついたようだ。
みんな唖然とした顔をしている、流石に同性でも排泄する姿を晒すのは恥ずかしいようだ。
平然と排泄を出来るようになってからが一人前、とは言われないが、
艦娘にとっては出来て当たり前の行為だ、というか出来なきゃ漏らすだけだ。
漏らしてしまうと、ノーパンで過ごすか気持ち悪いのが寄港するまで続くかを選ばされてしまう、
そんなだからそりゃみんな出来るようになるさ。
中には立ちションしたり、思いっきりおっ広げてする豪傑までいるんだから面白い。
アレを軽くイジるのがコツと聞いたが、こんなこと今すぐにでも忘れたいよ、嫌な知識を覚えてしまった。
ともかくも、排泄は無防備状態になるんだからサッとやってもらわないと困るって訳なんだな。
当然戦友の見守る中で出来なければならない、一度は経験させた方がいいと大井から教えてもらった。
「やるしかないっぽい」
と夕立が先んじてパンツを下ろし、放尿した。続いて五月雨、春雨、涼風と続く。
「うぅぅ……」
「大事な、事だから……」
「しょうがねーよな……」
なんだかあきらめの境地だけど、どうせすぐに慣れるよ。
白露と海風もなんとか達成、残るは時雨、村雨、江風だ、残るべくして残ったような気もする。
「どうした、三人とも」
「僕は遠慮しておくよ、もし必要になったらその時はするさ」
「今がその必要な時じゃないのかね」
「むぅ……」
渋々、下着を下ろす。
「……わ、わかったわよ!」
村雨もし始めた。
「さて、残るは江風だけか」
「勘弁してくれねーか……」
何か嫌な理由でもあるのか頑なに拒む。
「別にいいけど、漏らしても知らんよ」
「うぐぐぅ……」
江風はみんなに睨まれている。そんな中でも夕立は気楽なもんで、
「あ!そうだ!加古さんもやってないっぽい!」
「そうよ!おしっこしなさいよ!」
と余計なことを思い出したようだ。村雨もそれに乗っかる。人の小便見て楽しいのか?
別にあたしは抵抗がないので、サッと下ろして済ませたら、なぜか拍手が起こった。
小便して拍手されるなんてバカバカしい話じゃないか。
そうして迎えた、翌日からの長距離航海だったが、江風はついに観念したのか、
無事に事を済ませたようだ、ただ大きい方は……まぁ彼女の名誉のためにこれは伏せておくことにしようか。
ほとんど言ってるようなものだけどさ。
493 : ◆TLyYpvBiuw - 2015/12/02 23:26:22.59 uhkAjr65O 328/866
世界各国の潜水艦娘に最も恐ろしい瞬間を質問してみたところ、
全ての国の艦娘が口を揃えて「味方水上艦隊の排泄」と答えた。
初霜書房刊『愉快な艦娘さん -各国海軍ホントの事情-』より
みたいな感じで時代背景を補強してくのはどうよ!?
諸事情により携帯から
-告別行進曲-
その日の午前の訓練も終わり、暖房の効いた食堂で昼寝をしていると、古鷹に起こされる。
「加古、司令長官だって」
「んー、後で古鷹が教えてくれよ、それじゃダメ?」
「ダメ」
と司令長官の執務室まで引きずられた。司令長官が何の用事だ、と思っていたんだが、
どうも卯月らも呼び出されたらしく、こりゃまた大事だぞ、と気を引き締めた。
「ついに大規模作戦の時が来た」
あたしたちが白露型を訓練しているうちに結構な勝利を収めたようで、
マリアナ、パラオ、インドシナ半島東部、インドネシアのカリマンタン、セレベスを解放し、
各戦力大規模攻勢の準備に取り掛かっているらしい。
「それで、私たちはどこへ行けば……」
「一先ずはパラオへと向かえ。そこでまた指示を出そう」
古鷹の問いに司令長官は答えた。しかしパラオ、どんなところかあまり想像がつかなかったんだが、
あとで聞いた話じゃ結構なリゾートって感じらしいから結構楽しみだ、まあ戦争に行くんだけどね。
正確な日時を聞いたあと、執務室を出る。白露型はまだまだ訓練を続けるそうだ。
「はあ、日本ともしばらくお別れか」
「どうせすぐ戻ってくるぴょん」
「そうだね」
一人も欠けることなく、とっとと終わらせて帰るつもりでいたんだ、当然だろ?
後日、噂はすぐに広まった。引き継ぎ作業を見られていたらしく、白露が飛んできた。
「南方に行くって本当!?」
「ん、ああ」
白露は唖然としていた、そこまで別れを惜しんでもらえるなら教官冥利に尽きる。
「別に二度と会えなくなるわけじゃないぜ」
「そう、だけど……」
やはり寂しそうだ。まあ出会いもあるなら別れもあるんだから、そうやって湿っぽい空気を醸し出されると
こっちは気が気でしょうがないじゃないか、もっとシャキッとして見送って欲しいもんだぜ。
ちょっと今日のところは会わなきゃいけない人がいるから、そこいらで失礼して鎮守府を出た。
まあ察しがつくと思うが、いつぞやの女の子さ。待ち合わせ場所に急いで行くとそわそわした様子であたしを待っていた。
「すまんね、遅くなって」
「いや、今来たところです」
前会った時から数ヶ月、半年近く経ってると、この年頃の女の子というのは随分と様変わりする。
ちょっぴり大人っぽくなっててドキッとしちゃった、古鷹じゃあるまいし。
「悪いね、土産もなくてさ」
「いいんです、会えただけで……」
もしかしてこいつも古鷹と同じく、と思ったしまさにその通りだったんだが、この子はむしろ可愛いもんだね、古鷹には悪いけど。
「あたしは南方に行くよ」
「しばらく、会えないってことですか」
「うん、手紙出すから」
ごく最近の衛星通信やらインターネット通信やら無線通信はかなり調子が悪い。深海棲艦による各国分断の悪影響で、
技術者を含めたマンパワーが第一次産業に吸収され、それらの維持に必要な材料や技術が徐々に失われつつあるようだ。
その結果、アシさえあれば技術のいらない手紙でのやり取りが増えてきた。
もちろん郵便屋も人手不足だから、いつ届くのかは気を長くして待たなくてはならないんだが。
「一つ、いいですか」
「なんだ」
「私の家まで来てもらえませんか、近くなので」
そう言われるとホイホイついて行きたくなるんだが、あたしはちょっと他人の家にはトラウマがある。
「上がらなくていいなら」
「そんな、上がってください」
「いいってば」
こいつもまた強引なやつで、またもや引きずられた。この子の家も割といい暮らししてるみたいで、
こんな家に住住んでみたいもんだと見上げる。
「上がってってば」
「あたしは元々浮浪児だから……」
「それが何の関係があるんですか」
「何の関係もないけどさ」
もう力づくで強引に引っ張るんだから、ついに観念して上がってしまうことにした。
あたしがビクビクしてるのを見てその子は大変驚いている様子だ。
すると彼女の母親がいて、あたしを見るなり頭を下げる。
「どうもこの度はうちの娘がありがとうございます」
「もう昔の事です」
上げてもらって頭下げられるのも変な気分だし、とっとと用事を済ませて欲しかったんだが、
このお母さんの話が長い長い、女の子も呆れていたみたいでスパッと話をやめさせて、あたしを私室に連れ込んだ。
「はい、レアチーズケーキです」
「チーズなんて高級品だろ」
「なんとか見つけたんですよ」
これじゃ気分は最後の晩餐だと複雑な気分だったが、一口食べればそんな気はすっ飛んじまった。
うまいのなんのってさ、しかしレアチーズケーキとはよく言ったものだ、今やレアなのはチーズだぜ。
「うまい」
「よかった」
ニッコリと微笑んでくれる、こんな時勢にこれだけの贈り物をくれるんだから、
なんだかじんわり来るよ、あたしの涙腺は意外と緩いんだもん。
「もう一つだけわがまま聞いてください」
と彼女はあたしに唇を突き出した。下手すればもう二度と会えないわけだから、あたしは黙って願いを聞いてやったよ。
尤もあたしには死ぬ気なんてさらさらないんだけどな。しかし、艦娘とその周りってのは同性愛が流行ってんのかね。
鎮守府に戻ると中から『蛍の光』が聞こえ、門前では古鷹と弥生が待っていた。
「どこに行ってたの」
「ちょいとね」
「女の臭いがする」
「はぁ?」
何を言ってるんだか、って思ったがこいつ目がマジなんだ。弥生もビビってた。
「二人共、みんな待ってるから……」
古鷹はジトーっとあたしの目を見つめる。
「待ってるんだろ?行こうぜ」
このまま見つめられちゃかなわんからそそくさと歩き出した。
蛍の光のメロディ聞き、歌詞はどんなだったっけと考えながらぼんやりと本土の思い出に耽る。
504 : ◆TLyYpvBiuw - 2015/12/04 00:41:00.42 Lo+dh/lFo 338/866今夜はここまで
「蛍の光」の元の「オールド・ラング・サイン」のメロディーは
「告別行進曲」、「ロングサイン」という題で海軍兵学校の卒業式で使われたらしいな!
告別行進曲
https://www.youtube.com/watch?v=m771kUu9FCY
5.ソロモンの狼
南方への大規模な攻撃が開始された。シンガポールからソロモン諸島までの島々を一気に叩くとか。
かなり大規模な作戦のようで、日本の艦娘に加え、ロシアのシベリア艦隊や台湾海軍さえも総動員されたって話だ。
しかし、日本の艦娘以外の外洋での戦闘能力は低く、それらの国自体の疲弊も相まってか、
結局のところはマレー半島付近の沿岸部以外では日本の艦娘単独での戦いだったわけだ。
一見無謀のように見えたんだが、航空部隊の活躍によって深海棲艦はかなり消耗しているという話で、
ここで攻め込んでさらに追い詰めるというお偉いさん連中の目論見があったみたいだ。
事実、この戦いは後に『パーフェクトゲーム』と呼ばれる事となる。
それほどまでに一方的な戦いだった、ということはつまり、それだけ戦線が拡大したということでもある。
-艦隊集結-
白露型のみんなは軍艦行進曲が演奏される港で、帽子を力いっぱい振って見送ってくれた。
そして、パラオの港についてもまた、軍艦行進曲で迎え入れられる。
パラオってのは南の島という話で、確かに南の島だったんだが生憎その日は雨だった。
「こんな天気じゃ気が滅入っちまうよ」
「まあまあ」
天の気まぐれと書いて天気と読むんだから愚痴ってもしょうがないんだが。
ともかくも、あたしたち第六戦隊は再集結した。前線司令部には大勢の艦娘たちが集まっている。
「お、久しぶりです!」
「青葉か」
見知った顔だ、衣笠も一緒にいた。だがなんというか、ぎらついた目をしている。
やっぱり戦場にいるやつは違うんだな、気を引き締めた顔つきだ。
しかしこれでも中身はいつもの二人なんだ。
「連れてった睦月型はどこっぴょん!」
「あ……そ、それはですねぇ……」
青葉は苦い顔をして目配せをしている。衣笠も俯く。
「まさか、とは思うけど」
古鷹が不安そうに聞く。あたしだってまさかとは思いたい。
しかし彼女の目はそのまさかだ、と語っている。
「先の戦いで、水無月、夕月は戦死してしまいました、それで……」
「そうなの……」
再開の喜びはスッと無くなってしまった、卯月たちは今にも泣き出しそうなぐらいに表情をこわばらせている。
水無月、夕月とは別段親しくはなかったが、そんな彼女たちを見るとなんだか胸が締め付けられる気分だ。
本土で呑気していたあたしたちはこの報せによって一気に戦場に引きずり込まれた。
「彼女たちは、そっとしておいてあげてください」
「そうだな、それがいいかもしれない」
「睦月ちゃん、あなたたちは行ってやって」
「うん……」
暗い顔でトボトボと歩く。彼女たちの気持ちはあたしには身にしみてわかるさ、わかるとも。
だが、結局は前を向いて歩かざるを得ないんだから、現実ってやつは随分と冷酷な奴だ。
あと関係ないけど、こういう悲しみは時間だけが癒してくれる、だなんて抜かすやつもどうも信用できん。
暗い雰囲気のまま言葉を交わしていたが、ついに呼び出しがかかる。
「全ての水雷戦隊旗艦、重巡洋艦、戦艦、空母は集まれ」
となると結構な数になる。あたしが聞いたってしょうがないだろうけど、呼び出されちゃ仕方がない。
集まると、いつぞやの榛名、霧島に伊勢、日向、蒼龍、龍驤、妙高型に神通、那珂、長良が揃う。
榛名はこちらに気がつくと小さく手を振ってくれた。
だが神通もいる。じーっとこっちを見つめて、いや睨んでいて、あたしら四人は苦笑いしてしまう。
「あはは、久しぶり」
「ええ、どうも、おかげさまで」
やっぱりなんというか、オーラがあるもんだから萎縮してしまうよ。
いやあたしたちもやりすぎたかなぁーとか思っちゃったりなんかしちゃったりして、
別に言い訳じゃないんだけど神通の訓練にも問題があったと思うからそこはまあ、諦めて欲しいよ。
だが彼女を見る限りそんな気は全くないような気もするから、同じ屋根の下で寝るんならうかうかしてられない。
しかし幸か不幸か彼女とは別の海域の担当となる。
「第六戦隊、お前たちはソロモン諸島へと向かってもらう」
「はァ、一番隅っこのとこかい」
「神通が推薦してくれてな、お前たちなら必ずやってくれるだろうと」
神通がニヤリと笑みを浮かべる。したり顔だ。だがそれがどうしたドンと来いだ。
「全力を尽くします」
と古鷹が自信たっぷりに答える。もちろん青葉や衣笠、あたしだってやってやろうって勢いだ。
本土から一番遠く離れることになるから補給の面なんかがかなり不安定な海域だろう。
もし、ニューギニアなどの部隊が退却すれば、たちまち補給線が断たれ野垂れ死にするね。
かなり危険な海域であることは間違いない。かのガダルカナル島もソロモン諸島にある。
だが補給線についての心配は、古鷹曰くあまりしなくてもよさそうとのことだ。
一度起こした大きな過ちを繰り返すことはない、仮にそうなれば海軍の無能を再び晒すことになるだろう、
そんなことになればまさしく国の恥だから、司令部はそれだけは全力で阻止するはずだ、という考えで、
昔はともかく今の海軍が厚顔無恥でないことを祈るばかりだ。
もし今の海軍が厚顔無恥のあかんたれだったなら?そんなことは考えたくもないね、犬死は御免こうむるよ。
-神通の話-
それで、ソロモン諸島までさっさと行ければいいんだが、そういうわけにもいかない。
考えるまでもなくビスマルク海やらニューブリテン島やらを抜けていかなきゃいけないらしく、
そんならその辺りが終わってから命令を出せって思うんだが、やっぱり神通が一枚噛んでるようだ。
この作戦の最高責任者のノッポな提督曰く、
「もちろん、諸君らの戦いぶりを期待しているよ」
だとさ、自分は戦わないもんだから気楽な事言いやがる。
つまりはニューギニア方面隊の連中と協力してビスマルク海を抜けた後に、ソロモンでの戦いという事になる。
となるとそいつらに挨拶しとかないとな。
「お久しぶりです」
ニューギニア部隊の旗艦は榛名だった。
「フィリピン以来ですね」
「再開できて嬉しいです」
古鷹が応じた。向こうじゃそんなに会話を交わしたわけではないが、同じ戦場を共にすると連帯感が顔を出す。
「しかし難儀なことになりましたね」
「ああ、あの事かい」
「敵はソロモン方面から向かってくることが確認されているんです」
ほう、それじゃ本拠地である可能性もあるわけか。
「それなら是非とも叩きのめしておくべきね」
衣笠は俄然やる気のようだ。
「勝てないと思ったら、すぐに逃げるべきです。生きてさえいれば再戦の機会はありますから」
「そうは言っても軍人は死ぬもんですね、死ぬべき時は今なるぞ」
と青葉がおどけてみせるも、榛名は顔を曇らせた。
「私の、私の部下も同じことを言って……」
どうやら地雷を踏んじまったらしい。青葉はやっちまったって顔になった。
艦娘全体の戦死者は、決して少ない数ではない。特に艦娘としてのダメージコントロールが確立される以前、
睦月型より古い型の駆逐艦ともなると、戦死率は極端に上がるんだ。
さらに彼女たちの勇猛果敢な性格もあってか、目覚しい活躍はしても帰ってこないなんてのはザラで、
まだ十分に活躍できるはずの神風型や峯風型の連中の姿をあまり見かけないのはそういう理由がある。
そしてまた榛名も、そんな勇敢な部下を失ったのだろう。
「すみません、失言でした」
と青葉が頭を下げる。
「いえ、いいんです。勇敢なのは結構なことですが、無謀と履き違えてはいけませんね」
榛名という艦娘の人の良さったらないよ、この人は何をすれば怒るんだろうね。
ともかくも、彼女たちに協力してもらってビスマルク海を抜けなくてはならない。
「しかし、提督のやつ遅いね」
「そうだね」
久々に提督の顔を拝んでやろうってのに、会議から戻って来ないんだ。
暇潰そうにも外は雨だから観光なんかやってられん。
仕方がないから風呂にでも入るかというわけで、風呂で暇を潰す話になったが、
四人で浴場に入ると神通がいた。空気が凍りつく。
「どうも……」
「ああ、どうも」
せっかくの楽しいお風呂の時間が台無しだな、とか思いながらとっとと体を洗って湯船に浸かっていた。
すると神通はこちらに近づいてくる。
「お久しぶり」
「そうだね」
少しだけ身構える。神通はあたしたちに立ちはだかり、言葉を続けた。
「ありがたく思ってくださいね、おそらく激戦区ですよ」
「それはそれは、お気遣いありがとうございます」
古鷹は意外と喧嘩っ早いからすぐに噛み付く。
「先日はどうも、おかげでビクビクと顔を伺う日々ですよ」
「結構なことじゃないですか」
古鷹は立ち上がり、神通は仁王立ちの体勢だ。女二人が全裸で口喧嘩というのは実に滑稽な光景だよ、シャレじゃなくて。
青葉が肘打ちして来た。なんだと思ってそちらを見たが、神通のアソコを指差している。
見てみるとその、なんというか、生えかけな感じで、
「なんか、エロい」
とか青葉が言うから思わず吹き出しそうになる、その発想がまた変態だしね。
上の口は偉そうなのに下の口がちんちくりんなもんじゃ格好がつかないよ。
そしてその態度とのギャップが激しいからツボに入ってしまって、堪えるのに必死だったもんだから、
途中から神通と古鷹の口論は全然頭に入ってこなかった、ちっとも覚えてないや。
で、いつの間にやら古鷹と神通がこっちを見ていた。
「ん?ぶふっ、なんだよ」
神通は顔を赤くしてふくれっ面をしている。古鷹はジトっとした目で見つめてくる。
「あ、青葉も見てたよ!」
「誰もどこを見たとか一言も言ってないんだけど」
しまった、あたしとしたことが!
「な、別に、あたしは」
「神通に、目移りしたって言うの?」
神通の顔が羞恥から驚愕の色に変わった。青葉と衣笠も同様だ。
「え、二人って、そういう」
「そんな気配はあったけどいつの間に……」
「本土で何があったか気になりますねぇ」
「ねえ、答えてよ」
突如始まった痴話喧嘩に神通は戸惑いを隠せなかったから、すっかり空気は変わってしまった。
以来は青葉、衣笠は神通と以前ほど険悪な関係ではなくなったが、
あたしと古鷹は、なんというか、神通は腫れ物扱いしてきやがるからムカつく。
やっぱり神通は嫌いだ!生えかけのくせに!
とか言うと卯月の
「モッサモサっぴょん!」
という言葉が思い出される。あんまり人の毛の話はよろしくないな。うん。
532 : ◆TLyYpvBiuw - 2015/12/09 01:28:04.39 LiQwml43o 353/866
そもそも戦場において人肌恋しくなるのは当たり前なんです。
手近にあるこの美しくも艶かしいカラダを持つ戦友たちとて同じことを考えていますから、
彼女たちが触れ合い、絡み合うのは時間の問題でした。
初霜書房刊『艦娘の秘め事』より
いざこれを書くとなるとあんまり思いつかない
初霜書房は戦後に某戦記文学を読んだ初霜ちゃんがブチ切れて立ち上げた出版社、という設定なのです!
-始動-
「何か見えた?」
「なーんにも」
艦娘母艦の上での衣笠との会話だ。今はビスマルク海のど真ん中にいる。
どこを見ても海しかなく、恐ろしく退屈だ。
「あ……いや気のせいか」
何か見えたかと思ったけど、なんでもないただの波だった。
「あ、イルカ」
「もう見飽きた」
日光が照りつける。双眼鏡を持ち、並んで警備を行っていたんだ、
でも出発してからは駆逐艦1,2隻の散発的な襲撃が起こっただけで、
偵察機からの様子を見ても、特に変わった様子は見受けられなかった。
どうにも、敵が消耗しているというのは本当らしく、深海棲艦との戦争が遠い国の話のようだよ。
警備を交代して中に戻ると、連日の哨戒で疲れ果てた駆逐艦たちが眠っている。
霧島もそこにいたが、帰ってきたあたしたちを見ると口元に指を当てた。わかってらァそんなことは。
話をするために結局廊下に出る。
「どう、新型駆逐艦は」
霧島が質問してきた、やっぱりあたしの話は伝わってるみたいだ。
「流石に半ば強制なだけあって、根性はないな」
もちろん、志願の艦級に比べてだが。十二分に勇猛であるというのは知っているよ。
「新型と言えば聞いた話、潜水艦の計画があるそうよ」
「潜水艦?そりゃ無茶だろう」
数時間数日と海中に独りでいるストレスに耐えられるのだろうか。
「それが、適合者が現れたらしいわ。それも3人!」
「ほぉー」
「これからどんどん増えるかもしれない、と予測しているわ」
潜水艦がいてくれればこっちのもんだ、心強い。
「それにしても」
先程から何人か野郎が廊下を通っている。
「こいつらは」
「ニューブリテン島の占領部隊よ、1000人ぐらいしかいないけど」
「ふぅん」
陸上自衛隊、今は陸軍だけど、そこの連中らしい。
深海棲艦に既存の火器は通用しないんだが、唯一怯ませることができたのが、
火炎瓶、焼夷弾、火炎放射器だったんだ。この部隊はそういう兵装を装備している。
無いよりはマシ程度で、住民の保護や避難誘導、治安維持が目的の部隊だ。
結局陸でも艦娘が主力となる。……と、いうことは、
「ひょっとして、乗り込むのか、島に、あたしらが」
「そうなるわね」
「えー」
「えーじゃない」
陸で戦うとなると、いつもと調子が違ってくるなァ。
陸上の艦娘は単純に主砲と装甲が物を言うんだ、魚雷なんかお荷物になっちまう、当然といえば当然だけど。
そうなると気を引き締めていかなきゃならない、いつもと違う事するといつもと違う事が起きるもんだ。
「先に言って欲しかったぜ」
「私たちは直接指令を受けたから」
となると提督だな、あいつめ、伝え忘れやがったな。
しかしまあ、末端で好き勝手に作戦を立ててるんだから、それって大丈夫なのかって思う時があった。
今回だって、上陸部隊から駆逐艦を外し、ソロモン方面隊のあたしら重巡四人を入れている。
「なあに、上に持ってく時は誤魔化すさ」
とは提督の言だ。果たしてそれでいいのかね。
数日ほど後の夜中、ゴワゴワした迷彩服を着込み、上陸部隊の尖兵として、
榛名、霧島、古鷹、青葉、衣笠、そしてあたしは、静かに母艦を発った。
作戦始動だ。
-闇夜の行軍-
深海棲艦の習性の一つとして、占領時は都市部以外に重きを置かないというものがある。
奪われた膨大な領土でも、都市さえ占領下に置けば解放は容易い。
離島などもがら空きの場合も多いため、少ない戦力であっても十分に立ち向かえるんだ。
ただし、必然的に市街戦が多くなるという側面もある。
あたしたちは、北端の砂浜に物資を満載したボートを運び揚げると、装備を整え森の中に入り込む。
「この辺りはポツポツと家屋があるから、そこに警戒して」
霧島は言う。まずは辺りの警戒だ。この森は静かだった、僅かに動物の鳴き声なんかが聞こえてくる程度で、
人間や深海棲艦の気配は無く、家屋にも人は既に住んではいなかった。
「全員殺されてしまったのかな」
青葉が震えた声で言う、そうではないと信じたいんだが、いかんせんこの状況だ。
「都市部に行っているのかもね」
「そうだと願うよ」
「みなさん、無駄話はほどほどに」
榛名がピシャっと止める、確かに思わぬ伏兵が潜んでいるかもしれないからね。
それから数kmほど道沿いに歩いたが敵に出くわす事はなかった。
もちろん民間人も見当たらない。
「ここまで静かだと変ですね」
青葉が言う、実に不思議だ、まるでこの島にあたしたちしかいないかのようである。
「深海棲艦襲来時、オセアニアは逃げ出す暇さえもなかったという話です、最悪のパターンはありえます」
そうやって怖いことを言ったのは榛名だった。彼女は歴戦だから、こういう事にも慣れているかもしれない。
「そんな……」
「希望を捨てちゃいけないよ」
そう言って自分たちで元気づけても結局人間の気配はしなかった。
あまりにも何にも出くわさないので、ある時、ふとした疑問を隣にいた霧島にぶつけてみることにする。
「なぁ、霧島さんよ」
「……そうね、いい加減退屈だもの」
「何が?」
「無駄話でもしてみるかって話」
「ああ、そういう」
「で、何?」
「いや、深海棲艦ってのはなんで人間を襲うんだろうね」
「さあ」
「連中はあたしらになんかされたんかな」
「したかもしれないし、してないかもしれない」
「それじゃ会話になんないだろ、真面目に答えろ」
「そうね、私の推測だと、彼女たちは怨恨、怨霊なのかもしれないわ」
「オバケか」
「そう、平将門みたいな」
「じゃあ誰の恨みなんだ」
「色々あると思うわ、ヨーロッパ、アメリカ、日本による征服、太平洋戦争、中共との小競り合い……」
西欧諸国の原住民虐殺、圧政はもちろん、太平洋に散った若人の無念や支那の横暴に対する怒りなど、
様々な怨恨が具現化したものが深海棲艦だと言うんだ。
「そんな、じゃあオバケと戦ってるのか」
「そうじゃないと説明がつかないもの」
「うーん……」
そう言われると、艦娘でなきゃ倒せないんだから難儀なものだ。オカルトチックだとはあたしも思う。
「別の種族、海底人の侵略ってわけじゃないよな」
「あら、そういう考え方もあるのね」
あたしはそう思う、そう思った。なんで艦娘じゃないといけないかは知らないけど、
例の事件の時も、怨霊というほどあたしたち人間を恨んでいるようには見えなかった。
ただ、無感情だった。まるで虫けらでも見るかのような目つきだったんだ。
「あたしたちを、種族を増やすための餌としか考えてないんじゃないか」
「……その考えがもし正しければ、未来は絶望的ね」
「どうして」
「この戦いは生存競争になるわ」
「生存競争?それがどうした?」
「どちらかが絶滅するまで続くって事」
「……やっぱり、あたしが言った事は無かった事にしてくれ」
「もう聞いちゃったからどうしようもありません」
無駄話もこんなところで、一行は大きな交差点を左に曲がった。
一先ずはラバウル市街の確保が目的だ。
552 : ◆TLyYpvBiuw - 2015/12/14 00:16:14.51 /HXbFLSIo 367/866今夜はここまで
やった!待ちに待った夜戦だ!
ああ!夜戦!素晴らしい夜戦!敵はどこだろう!どこにいる!見つけ出してやる!
すぐに見つけるぞ!さあ魚雷だ!雷撃!探照灯照射!
[判別不可]しい夜戦!こん[判別不可]!夜戦は[判別不可]
[以下、著者が興奮状態で書き綴ったと推測され、多くが判別不可、よって次章まで省略する]
初霜書房刊『水雷魂』より
-深海棲艦量産体制-
「しかし、六人で占領しろって、アメリカ映画もびっくりね」
「そうねぇ」
衣笠と霧島が話している、確かに突飛な話だけど、量産も出来ない現状じゃある程度仕方ないんだな。
左に曲がれば後は真っ直ぐ道なりに進むのみ、そうすればラバウル市街はすぐだ。
山の中の一本道を進んでいく、深夜で灯り一つ無いから真っ暗だ。
このまま敵と遭遇せずにたどり着ければいいんだが、そう甘くはなかった。
「なんというか、気配がするな」
「怖いこと言わないでよ」
古鷹と話しているが、確かにさっきから何か雰囲気が違うような気がするんだ。
「慎重に」
榛名が呼びかける。みな息を殺して進んでいく。
しかし、次の瞬間道の向こうに閃光と轟音が鳴り響く!
かと思えば先頭の榛名が右手を振り上げた、カォーンと甲高い音が鳴る、敵弾を弾いたようだ。
「戦闘準備!」
みんな慌てて横っ飛びに草むらに飛び込んだ。
「霧島、三式弾!」
「はい!」
三式弾は対空用の砲弾だが対地、陸上でも有効だ、特にこういう森の中では。
霧島の砲から爆音が轟くと無数の弾が炸裂、辺り一面は火の海へと姿を変えた。
すると敵の姿もぼんやりと浮かび上がってくる。
「そこね!」
衣笠が叫び砲撃を開始した、釣られて青葉も撃ち始めるが盲滅法で手応えはない。
「ど、どこ!?どこ!?」
「そこ!そこ!」
どこそこじゃわかんねえよって思っても、そうとしか言い様がないんだろう、二人は大騒ぎだ。
草木に燃え移った火で相手の姿が見えたのは敵も同じようで、至近弾も多くなってきた。
立ち上がるとすぐに砲声が鳴る。
「霧島、再び三式弾を」
「了解」
三式弾の第二射が放たれた、今度はきちんと敵めがけて。
この三式弾というのは無数の小さな砲弾をバラまく榴散弾であり、面的制圧には持って来いだ。
炎はさらに燃え広がり、向こうから悲鳴も聞こえてくる。おそらく命中したんだろう。
あたしたちも乗じて主砲副砲機銃を撃ちまくった。
「前進ッ」
榛名の号令と共に部隊は前にじわじわと進み始める。
「多けりゃ勝てると思ったか!」
「くたばれ!」
怒号混じりで進撃する、待ち伏せたあいい度胸だ。包囲の心配もあったが、どうせ六人だ、
上陸した時点で孤立してるようなもんさ。騒ぎを聞きつけたのか前線司令部から通信があった。
『何事かね』
「現在、ラバウル市街へと至る山道にて敵の待ち伏せを受け交戦中」
『了解、すぐに支援を送る』
榛名は簡単に返事をするとすぐに無線を切る。その間にも砲火は飛び交っていた。
すると敵の一人、リ級らしき影が飛び込んでくる。
「うっ!?」
衣笠の目前に迫ったその次の瞬間、文字通り火を噴いた!
「も、ももも、燃えるぅぅぅうぅぅぅう!!」
素っ頓狂な悲鳴を上げてのたうち回る衣笠、直後リ級に砲火が集中し、そいつはバラバラになっちまった。
「大丈夫かよ衣笠!」
あたしは衣笠に駆け寄ったが、まだ体に火がまとわりついていた。
艦娘だから死にはしないだろうが、火傷は負うし、痛覚は生きてるからとにかく凄惨な状態だ。
「あつい!あついあつい!だれかだれかだれかけして!」
「おらしっかりしろい!」
転がる衣笠に携帯消火器を吹き付ける。艦娘は戦闘で炎上することもあるのでこういうのを持たされるんだ。
「これも使ってください!」
青葉の分も手渡され、それも吹き付けた。しばらくして火は無事に消えたが、
結構な時間燃えていたので衣笠の姿は変わり果てて、ゾンビみたいになっていた。
「ありがとう、助かったわ」
「その姿でピンピンしてちゃキモイな」
「神経まで焼かれちゃったかもしれない」
「グロい……」
「え、本当?鏡貸して」
「戦闘で死にそうって時に呑気なこと言ってんじゃないわよ!」
霧島にどやされちゃった。その後はなんとか敵を撃滅することが出来た。
衣笠の様子を詳しく書くと気分が悪くなるけど、顔も含めて上半身の皮膚がチーズみたいにとろけて、
とにかく見ていられない状態でその癖元気に動き回るもんだから、アレは本当にやばかったね。
なんというか、本人以外は気分が悪いのでその戦闘が終わってからずっと無言で市街地を目指す。
衣笠は不思議がってたが、勝手に鏡を見て納得していた。
「大丈夫、修復剤で美人な衣笠さんに元通りよ!」
修復剤ってのは便利だなァ、しかしショックはあまり受けてないようで安心したよ。
青葉が写真に収めていたらしい、後で明石が研修に使いたいとかで買い取ってもらったとか。
さて、ラバウル市街でも戦闘は続く。
あとからやって来た自衛隊の兄ちゃんたちの活躍もあってか、制圧作戦はうまくいったんだ。
狭い屋内じゃ連中もうまく力を発揮できないようで、こっちの火炎放射器でどんどん追い詰められ、
そこであたしら艦娘にトドメをさされちまうもんだから、ちったぁ同情するぜ。
なんとか全ての深海棲艦を炙り出した頃にはもう時刻は昼過ぎになっていた。
そうして一行は、中心部にあった大きな倉庫の前に来ている。
「あそこね、ヤツらが厳重に守っていたところは」
「突入しましょう」
榛名と霧島は俄然やる気だ、ラバウルでの最後の総仕上げだと息巻いている。
巨大な倉庫の扉を開くと、なんというかあたしには見覚えのある光景が広がっていたんだ。
「やっぱりそうか、ここでも……」
他のみんなは唖然としていた、人間が餌としか見なされていないとあたしは言ったが、
厳密なことを言うなら資材扱いと言った方が正しいかもしれない。
「こ、これって……」
震えながらも青葉は写真をパシャパシャと撮っていやがる。
溶鉱炉にも見える建造設備に生きた人間がコンベアで運び込まれていく。
やはりというか、深海棲艦の製造には何かしらの形で人間が必要なんだろう。
ここでは駆逐艦が建造されており、人間に加え鋼材、燃料、希少金属などがあれば、ものの十数分で作れてしまうという、
恐ろしくも画期的な設備だったんだ、いつぞやのチ級工場と違い、こっちは量産に適した工場ってわけか。
確かに、こんなものがあれば無尽蔵に軍隊を作り出すことができる、
連中の数がやたらと多いのもこいつのおかげなんだろうね。
そうするとショックなのは、あたしたちが元民間人を相手に戦っていたって事実だ。
どちらにせよ、元には戻れないんだからしょうがないとはいえ、特に榛名が落ち込んじまった。
「こんなことって……じゃあ私は今まで……」
「今更考えたってしょうがないわ」
霧島は割り切っているのか強がりなのかはわからないが、榛名を元気づけようとしていた。
古鷹と青葉、衣笠も、榛名ほどじゃないけど落ち込んでいる。
まさか敵が、異型の怪物が人間が改造された存在だったなんて、考えたくもない、悪い冗談だと思っても当然だろうよ。
しかし現実だったんだ、それが目前に降って掛かってきた、そりゃ衝撃も受けるさ。
こんな技術は不要だ、こんな悪魔みたいな設備はぶち壊しちまおう、と住民を助け出したあと、
爆薬を大量に詰め込んで倉庫ごとぶっ飛ばしてやった、というか榛名が強行した。
……この量産技術を使った未来もまたあったのかもしれないが、少なくともあたしたちは破壊したんだ。
だってそうだろ、同じ艦娘が大量にいるだなんて、キモイよ。
占領後はかつての今村将軍のように、自給自足可能な要塞を建設しようと考えられていたんだ。
かの聖将にあやかるって意味合いももちろんあった、験担ぎだな。
しかしまあとにかく今は休養が必要だろう、あたしたちソロモン部隊もラバウルに二日三日ほど停泊することとなった。
-手紙-
ソロモンへの進撃は順調に進んでいったんだ。
というのも、敵側の抵抗も散発的かつ小規模で、難なく撃破していった。
この時の戦訓、経験は後の勝利に大いに関わっていて、この消極的な攻撃はあたしらをただ強くするだけだったんだ。
そりゃあもう実践的な訓練だったよ。まるで自分らが無敵であるかのような錯覚すら覚えたね。
ともかくもあたしらはブイン、ショートランドを解放し前線拠点を建設し始めた。
いよいよここからが正念場だ。
「しかし、若いのに色気のない」
と、あたしは思うんだよ、自衛隊員、というか陸軍だが整備士だの工兵だのが数百人いるんだ、
でも別段関わることもないし、話したとしても世間話ぐらいで、気の利いたことは言いやしない。
衣笠と提督はこそこそとよろしくしているんだろうが、あたしらはそういうのはさっぱりさ。
そういう気持ちもちょっぴりはあったんだけど、すっかり萎えちゃった。
「別にいいんじゃないの」
古鷹は言う。ひょっとしてお前の仕業じゃないだろうな。
「まさか」
やりかねんとは思うが、まあ信じておこうか。
「じゃあトランプでもしようかな」
そう言ってあたしは荷物を漁り始める。するとそこに睦月がやって来た。
「お手紙ですって。それと慰問袋」
「お、きたきた」
漁るのをやめて受け取った。
「加古さんには2通」
「うん?」
2通とは不思議だ、あたしに手紙を出すやつなんか1人しか知らんぜ。誰からだろう。
「……弥生のかーちゃんか」
「へえ、弥生ちゃんの」
「なんだろう」
「見ていいですか?」
「悪かないと思うけど」
封筒を開く。そこに書いてあったのは、弥生から聞いたであろう出来事の話と、その感謝の文だった。
「弥生ちゃん……」
「なんか、小っ恥ずかしいな。やっぱ見ないでくれ」
慌てて手紙を懐にしまった。あとで弥生に一言聞いてみようかな。
小っ恥ずかしいってのは、内容を見られるのもそうだが、難しい漢字とかが読めないってのがバレちゃうことだった。
実のところ手紙とか書類はこっそり卯月に教えてもらっている、これはあたしと卯月だけの秘密だった。
あいつも意外に博識で色々と学ぶことばかりだった、今でこそこうやって利口ぶってるけど。
バレていたとしてもそれをとやかく言う人もいなかったんで、やっぱりあたしは周りに恵まれていたんだろう、
こんなにありがたいことはないよ。
しかし手紙が来るほど感謝されるようなことはしたつもりはないんだけどな。
弥生のヤツがなんか脚色でもしたんだろうか、あとで聞いてみたが、やっぱり結構誇張してたみたいだ。
もう1通はやっぱりあの子からで、何気ない世間話のような内容で特筆すべきことはなかった。
「ガム食べる?」
古鷹が差し出す。慰問袋に入っていたという。
「うん」
クチャクチャと三人でガム噛んでると、招集がかかったんで噛みながら集合した。
「諸君、いよいよここからが本当の戦いだ」
提督が仰々しく喋くっている。これがまたいちいち大げさで、スケールのでかい話だ。
「日本を、ひいては世界を救うために――」
ほらね。すると退屈したのか睦月がプクーとガムを風船みたく膨らませる。なかなかうまいもんだ。
あたしも膨らますと、これもうまいこといってかなりの大きさになった。睦月も負けじと膨らます。
が、二人揃って提督に顔を引っ叩かれてしまった。ガムがベットリと顔につく。
「とまあこんなふうに、敵の奇襲攻撃には気をつけるように」
アハハハハと笑い声が聞こえる。あたしら二人も苦笑いするしかなかった。
そのあとでたっぷり古鷹に叱られちゃった。そりゃあ、命懸けてんだから当たり前だけどさ。
582 : ◆TLyYpvBiuw - 2015/12/22 01:21:49.21 dsz/gFkTo 387/866今夜はここまで
時間がない、ナイル川のなーい
時々別の国の艦娘と交流する機会があり、私物の交換会が行われることもあった。
特に生活雑貨は高値で取引され、日本の物は割と人気だったようだ。
制汗剤や化粧品などもいい値がついたようで、わざわざ家から『商品』を送ってもらう者までいたらしい。
初霜書房刊『愉快な艦娘さん -各国海軍ホントの事情-』より
587 : ◆TLyYpvBiuw - 2015/12/25 12:52:33.64 J7pmVnvqO 388/866
ちょっと前のお話
12月25日
加古「クリスマスプレゼント貰った?」
白露「え?ああ、うん、届いたけど」
加古「そっかァ、じゃあいい子だったんだな」
白露「え、うん……かもね」
加古「あたしも貰った、でも不思議だよ」
白露「何が?」
加古「別にそんないい子にしてたつもりはないんだけどさ、サンタさんの判断基準は随分緩いんだなって」
白露「サンタって……」
加古「多分、みんないい子にしてたって事だからおまけで貰ったんだろ、ラッキー♪」
スタスタ
白露「……」
卯月「毎年アレぴょん」
白露「毎年……」
卯月「ほんっとに、もう、可愛い……っぴょん」
白露「本当の事教えたりは……」
卯月「本気の古鷹さんを撃退出来るんならどうぞ」
白露「ああ、そういう……まあ別に本人は幸せそうだからいいのかな?」
588 : ◆TLyYpvBiuw - 2015/12/25 12:54:40.77 J7pmVnvqO 389/866クリスマスネタっぽい
別に書いていたクリスマスSSは遂に当日間に合わなかった……
日曜日には!日曜日にはできるはずだから!
-あわや一大事-
さてショートランドでのあたしたちの戦いを挙げたらキリがないんだが、一つ書くとすればこの話だろう。
ソロモン諸島、チョイスル島の半分を解放したところで、ベラ島への上陸を計画しており、
その前段階作戦として付近の掃討、海上戦闘哨戒を命じられた。
まあ普段の戦闘は難なくこなすもんで、気が緩んでたわけだ、こう言っちゃ怒られちゃうかもしれないけど。
ずっと気が張ってちゃ疲れるし手を抜ける時に手を抜いておかないと過労死しちまうよ。
「古鷹さんや」
「なぁに?」
退屈しのぎに話しかけてみるが、古鷹は手元のスマホに目を落としたままだ。
「そんなに面白いか、それ」
なんたらストライクだったか、あたしは2分で飽きたんだが古鷹は暇さえあればやっている。
忙しそうに指を動かしてさ、指をつりそうだよ。
「面白くないよ」
「じゃあなんでやってんのさ」
「さぁ?」
古鷹ってのはこういうとこがある、あたしは適当にあしらわれたわけだ。
フンと鼻を鳴らして周り数kmに目をやると、青葉は一生懸命写真を撮ってるし、
衣笠は動画を見ているらしくスマホの画面に釘付けだ。
他の駆逐艦たちも思い思いの行動を航行しながらやっている、全く器用なもんだよ。
そうしているといつの間にやらあたしだけしか真面目にやってないってことになるからとんだ貧乏クジだ。
まああたしは寝るか飲むかが趣味だからしょうがないといえばしょうがないかもしれない。
ともかくも、そんな時に限って敵さんがおいでなさるのが世の常だ。
気づいた頃にはすっかりと浸透されていた。少し離れたところでチ級が海中から不思議そうな顔を覗かせている。
「敵艦隊出現!戦闘準備!」
と慌てて号令を出す、無論古鷹がああだからあたしが代わりに出したわけだが、
当の古鷹はビクッと驚いてスマホを海に落としちゃったようだ、いい気味だね。
「敵の数は!?」
「雷巡一隻を確認」
「攻撃開始!」
彼女は膨れっ面のまま命令を出した。
敵のチ級は一隻だから簡単にやっつけることができると皆が予想したんだけど、
回避に専念しているようでなかなか思うように当たらない。
「ったくぅ、すばしっこいなぁー」
衣笠が無線でボヤいた。
「なんだか誘い込まれてるみたいですねぇ」
と青葉。確かにこの予想は当たっていた。
古鷹はスマホをダメにされたのを怒っているみたいでどんどん追撃命令を出す。
いや正確にはあたしが叫んだせいで落としたんだろうけど原因は連中だし、まあ細かいことはいいだろう、
彼女は冷静さを若干欠いていたというわけだ。それでいて権限を持ってるもんだからな、しっかりしてくれよ。
「落ち着け古鷹」
返答はない、こりゃ聞く耳は持ってないようだね。
罠だと分かっても彼女一人を置いていくわけにもいかないので、艦隊はまだまだ追撃をかける。
気がつけばすぐそばに島がある、どう見てもベラ島ではない。
そもそもこの作戦はベラ島をぐるっと回って帰ってくるだけのはずだったんだ、
最初は確かベラ湾にいたはずだから、左手に見えるのはきっとコロンバンガラ島だ。だがすぐ右手にも島が見える。
「まずいっぴょん!!」
卯月が気がついたみたいで、無線が飛んできた。
「ブラッケット海峡っぴょん!待ち伏せされてるぴょん!」
このブラッケット海峡ってのは地図を見てもらえればわかると思うんだが、かなり細いところだ。
さらに南側にはまさしく隠れるにはうってつけの場所があり、ここで挟撃されれば命はなかっただろうね。
古鷹も流石にハッとしたのか、
「引き返します」
と退却命令を下した。こっちの様子を察したチ級は残念そうな素振りで眺めている。
殿の衣笠がシッシッと手を振ると反転してさっさと帰っていった。
あわや一大事というところでなんとか乗り切った、というよりは誘いを振り切ったんだ。
泊地に戻ると古鷹は提督に叱られてしまったようで、かなり落ち込んでいた様子だった、始末書も書いたみたいだ。
損害もなしにそこまでしなくちゃいけないかねと提督に聞いてみたけど、
「始末書を書いて形を残す事で忘れないようにするんだ」
との事だ。心情や状況がどうであれ、あたしたちは古鷹に殺されかけたんだから当然といえば当然かもしれないけど、
それでもなんだか古鷹がかわいそうでしょうがないよ。
これを言うとやっぱりみんなの意見は、駆逐艦たちなんかは怒られて然る可しだという態度だし、
青葉はまだまだ甘いと言うし、衣笠は微妙な顔をしていた。
みんな口を揃えてあたしが甘いんだと、やっぱりそうなのかなァ、そりゃ命を懸けてるし死にたくはないけどさ、
落ち込んでいる姿を見るとアレだね、どうにもあたしというのは古鷹が絡むとまともな判断が出来なくなるみたいだ。
それにね、いくら自分に非があるからって、ひとりぼっちになっちゃ堪えるだろ、
あたしぐらい彼女を甘やかしてやったほうがバランスが取れるってもんさ……多分ね。
-いざ、飢餓の島へ-
秋津洲の二式飛行艇というのは大変に高性能なもので、偵察から爆撃までなんでもこなすという話だ。
ここで説明しておくべきことは秋津洲についてだが、彼女は特殊艦娘として実物大、という表現はなんか変だが、
とにかく実物大の二式飛行艇と実艦を有する。他にも明石や速吸なんかもそうなんだと。
秋津洲はその二式飛行艇のパイロットでもあるわけだ。噂じゃUS-2やオスプレイも操縦できるらしい。
そんな彼女の偵察の結果、ガダルカナル島に深海棲艦の拠点が確認された。
彼女はガ島の絨毯爆撃を進言したらしいが、実地に乗り込んで情報を入手したい上層部は拠点の占領を命じた。
それで最も近くにいたあたしらに白羽の矢が立ったというわけだ。
既にサンタイザベル島まで上陸、掃討は完了しているからそんならやりましょう、ということになった。
まあ時期が早まっただけだ、こんな辺鄙な島にも人は住んでいるようで北部には市街地が形成されているから、
いつかは行かなきゃいけない島だった。
「しっかし、縁起が悪いですよ」
青葉は不安そうだ。大東亜戦争ではガダルカナル島で日本軍の主に陸軍兵士が補給切れにより大勢が餓死したという。
そんな中でもトラック泊地の海軍将校は大和ホテルにて贅を尽くしていたというのだから、辻参謀も嘲笑するわけだ。
その辺もしっかりと勉強した艦娘たちにとって旧海軍の評判というのは虫けら同然であったが(米豪軍の評判はもっと悪いけど)、
旧海軍の事を悪く言うことをよく思わない提督もいるからあまり口にはされなかった。
だが共通認識であったのは確かだ。この認識は後の大和竣工時にひと悶着を起こすことになる。
まあ先の事はともかくもこのガダルカナルという島は日本にとっちゃ曰く付きなんだ。
「ただでさえ贅沢は出来ない状況なのに」
「どっちにしろ潜入だから支援は期待できないんじゃない?」
衣笠の言う通り、これは短期決戦で終わらせるつもりなんだろう。そんな長いことあんな島にいたくないぜ。
「諸君」
後ろから聞こえたのは提督の声だ。
「話は聞いてるみたいだな」
「まあ、噂程度ですけど」
「その通り、君たち第六戦隊の四人にはガダルカナル島への上陸を命ずる」
「えー」
衣笠がぶうたれる。
「えーじゃない」
「どうせ補給もないんでしょ」
青葉も不満げだ。
「ああ、だから三日以内に終わらせろ」
「三日かァ」
「上陸し、敵の拠点を捜索、正確な位置を報せろ。何か有用な情報があれば持ち帰れ、以上」
「いつもにも増して無茶なこと言うよね」
「しかしなぁ、秋津洲の奴が急かすらしくて」
「そりゃあ、一帯を消し飛ばしゃ手っ取り早いからね」
「さて、どうしますか古鷹」
さっきからダンマリを決め込んでいた古鷹だが、
「命令とあれば行きましょうか」
と言うからには早々に決断していたようだ。尤もあたしらのリーダーは古鷹だから、
彼女が白といえば白なんだ、この間はちょっぴり失敗しちゃったけど、それでも全ての信頼を失ったわけじゃない。
「まっ、そうこなくっちゃね」
「敵の写真を頂いちゃいましょうか!」
と二人はやる気だ、となるとあたしも俄然やる気が出てきたよ。
「よっしゃ、あたしたちの出番だね」
「頼んだぞ、第六戦隊。必ず生きて戻るように。では出発は明日の午前1時とする、解散」
提督は去っていった。夜中の出発となると、今からでもグッスリ眠っておかないとな。
「みんな、ちょっといい?」
古鷹が皆を引き止める。
「どうしました?」
「なになに?円陣でも組む?」
衣笠があたしと青葉の肩に手を回す。古鷹も手を伸ばし円陣を組んだ。
「最近は空母とか航空機が目立ってるから、私たち重巡部隊の活躍もここいらで見せつけてやろう」
古鷹が珍しくなかなか熱い事を言うもんだから、三人ともぽかーんとしてしまった。しかし、しかしねぇ……。
「いや、スポーツのノリじゃないんだから……」
「まあまあいいじゃない!」
満面の笑顔で言われてもなァ、流石にそんな軽い感じで命のやりとりなんかしたくないぜ。
611 : ◆TLyYpvBiuw - 2016/01/07 02:03:30.72 /cE1k+PVo 403/866
秋津洲
艦種:水上機母艦
秋津洲は艦娘でありながら、工作艦艦長、航空機操縦士、航空機整備員、艦娘整備員を兼任した。
太平洋戦線において九七式飛行艇や二式飛行艇などに乗り込み、深海棲艦の大型艦数十隻と駆逐艦以下の小艦艇50隻以上(正確な数は不明)を撃沈するという戦果を挙げた。
また、敵戦闘機を12機撃墜したエースパイロットでもある。
戦意を失い逃げ惑う深海棲艦さえも徹底的に追撃して殺害したために「翡翠の死神」、「和製ルメイ」、「ジェノサイド秋津洲」などと渾名されるようになる。
初霜書房刊『艦娘図鑑』より
今夜はここまで丸
あ、あくまでこのSSの世界の中の秋津洲ちゃんだから……
619 : ◆TLyYpvBiuw - 2016/01/08 19:38:00.82 KzaqUm+JO 404/866–本編とはあんまり関係のない部分の世界観の補足っぽい妄想かも-
住民は徹底的に甘やかせ。
食糧、消費財、娯楽、ありとあらゆる贅沢を用意しろ。
職を与え、犯罪は公正公平に取り締まり、平穏の味を覚えさせろ。
たとえ賛美の言葉を受けようと謙虚に振る舞え、いい顔をしろ、人望を集めろ。
どんな小さな不満にも細かく対処し、社会的弱者を労わり、少しでも不満を取り除け。
本土の連中が羨む程に。
–-三笠幕僚長より樺太千島総督府、総督国後への命令書
夜中、小柄な女性が一人で出歩いているのを見かけて作戦の成功を確信しました。
–-樺太千島総督府、総督国後からの報告
日本はサハリンの市民を洗脳し、骨抜きにした!邪悪な分断工作だ!
–-戦後、ロシア軍サハリン市民虐殺事件について、ロシア軍高官の発言
国後
艦種:海防艦
国後は、主にオホーツク海で活躍した艦娘であり、樺太千島総督府の総督でもあった。
人望に厚く、現地住民から愛されていたが、戦後のロシア軍サハリン市民虐殺事件にて地元住民を庇い、ロシア軍艦娘スターリングラードの砲火を受け死亡。
彼女の死は地元住民による樺太千島日本編入運動を熱狂的にし、これにより日露の溝は大きく深まった。
初霜書房刊『艦娘図鑑』より
いらんかなァとは思ったけどせっかく書いたし投下
-緑の砂漠-
その日は朔日で、月明かりがほとんどない真っ暗闇の海を海図とにらめっこしつつ自らの勘で駆けていく。
目指すはガダルカナル島、人口6万人を擁する、あるいは擁しているはずの島だ。
荷物を載せた小型艇を引っ張って艦隊はなるべく静かに移動していた。
とは言うが、流石に機関の音と波をかき消すことは出来ないので気持ち的にはって事だが。
艤装の装甲は一応防音仕様で、爆音は鳴らないけどそれでも結構うるさいんだ。
遠くにぼんやりと島の影が見える。
「あれじゃないか」
「ラッセル諸島を越えた先だから、間違いないよ」
見た感じ警備艇などは配備されていない様子で、そのまま難なく島の北西部の小さな砂浜に上陸し、小型艇を引き上げた。
「ふぅ、さて忙しくなりますよ」
「青葉、衣笠、周囲の警戒を。加古は穴を掘って」
「了解です!」
「えー、あたしだけか」
「私は荷造りするから」
青葉と衣笠は副砲に消音器をつけると、森の中に消えていった。
大口径砲の小型化が可能な艦娘ならではの装備だ。流石に主砲の消音器の開発は難しいみたいだが。
あたしはスコップを持ち出して、大きな穴を掘る。船をそのままにしておくわけにはいかないから、
堂々と置かずに埋めておくんだ、痕跡が見つかると面倒だし。ぶっちゃけ要らなかったんだけどね、今回の場合。
しかしまあそこは艦娘だから、パパッと掘っちまおうかとガンガン掘り続けた。
1時間ほどして荷造りまで終わらせたところで、ちょうどその頃に二人が森から出てくる。
「周囲に敵影無しです」
「連中は相変わらずザル警備よね」
もしかしたら罠かもとは思ったが、流石に島全体を警備するほどの余剰戦力はないのだろう、ということで落ち着いた。
そんなもんこっちだって無いしな、潜入されることがあらかじめわかってるなら別だが。
「じゃあ、これ。みんな一セットづつ、食糧は考えて食べてね、ジャングルにトイレなんか無いから」
「野グソか、野グソは得意だぜ」
「ぶっ、ちょっと、笑わせないでよ」
衣笠が吹き出しそうになった、そもそもみんな海上で用を足すわけだから苦手な艦娘はほとんどいない。
「それと、例の薬については私が指示を出すまで使わないで」
「了解でーす」
例の薬っていうのは覚醒剤の事なんだが、艦娘の体じゃ効果が切れればさっさと分解しちまうから体に害はない、
問題は精神的依存の方で、あの高揚感を一度味わうと……という話だと提督から聞いた。
まあ使うような状況にならなければいいだけの話だし、いよいよの時は明石が何とかしてくれるだろうよ。
今回については安心してください、使ってませんよ。
「しかし、小島とはいえ四人で探せとは無茶苦茶だよな」
「諜報員は一人で何千万人もいる敵国に潜り込むんだから、それに比べれば」
「それとこれとは別じゃないです?」
「見つけたらどうするんだ」
「可能なら潜入して、その後発煙筒で報せる。あとは猛ダッシュで離脱する、敵の追跡と艦砲射撃と空爆が来る前に」
無茶苦茶だと思ったんが、意外とそうでもなかったらしい。
戦後に判明したことだが、この頃は深海棲艦の装備更新が追いついてなかったようで、
守備隊以外は一斉に引き上げ、もし海上で戦えば重巡四人でも拮抗出来るほどだったらしい。
尤も、そういう資料が深海側に残っていたことの方が驚かれたそうだが。
そんな風にだらだらと雑談しながら密林を進む。お決まりのパターンだ。
夜中だからどっち向かってるかわからなかったが、敵基地がどこにあるかもわからんので同じことさ。
翌日の昼前、錆びたトラックを発見した。
「何があるか見てみようか」
「罠だったら嫌ね」
「嫌で済めばいいけど」
辺りを確認しつつ、トラックを調べる。座席には何も無い。
「荷台かな」
何も考えずに覗き込んでしまう。
荷台には白骨が綺麗に並べられていた。服も着たままだ。荷台の底はドス黒い何かで染められている。
「ウゲッ」
「これって……」
「きっと市街地から逃げてきたんでしょう」
「じゃあ、奴らが現れてから数年間ここに放置されていたってことに……」
こうなってしまえばもはや性別さえもわからない、そんな彼らの境遇を察すると、
胸をつんざくような切ない気持ちになった。四人でトラックに手を合わせ、先を急ぐ。
進む先々に簡易なテント、焚き火の跡、骨の積み重なった窪み、逃亡生活の様相が伺えた。
どんどん薄暗い気持ちになり、会話も途切れ途切れになっていく。
ここは緑の砂漠、ジャングルにはバナナやヤシの木があると想像されがちだが、これらは立派な農作物であり、
自然に繁殖することはない。さらに土地も痩せこけているため果実もほとんど存在しない。
キャッサバやタロイモは焼畑農業で作るものだ、逃亡生活でそんなことができるだろうか?
主な食料は動物ということになるが、むざむざ捕まるほど動物もアホではないから、
死因の多くは餓死であることが推測される。無性に腹が減ってきたので持ってきたクラッカーをこっそり一齧りした。
「数ヶ月なら、望みはあったでしょうが」
襲来直後は艦娘の登場まで一方的に蹂躙されていたし、登場しても自国周囲が限界だったのだから、
しかもその頃のあたしらはただ子供だった。結局どうしようもなかったという虚しさだけが心の中を吹き抜ける。
「あーあ、しょーがないしょーがない」
そういう時、艦娘たちはみんなこう自分に言い聞かせて忘れようとした。
この『ああしょうがない』の精神は意外と重要だ、何でもかんでも抱え込もうなんて世の中そう甘くはない、
精神的疲労でぶっ倒れるくらいなら『もう済んだこと』と言い切ってしまう方が楽だし、
人間楽な方に逃げていくもんだから、みんなこの言葉を使い始めた。
不謹慎だとか無責任だとか外野の連中は好き勝手言いやがるが、これが浸透した事で艦娘たちの精神的負担が大幅に減ったのもまた事実だ。
とある川を渡ろうという時、青葉があるものを見つける。
「これって、何か引きずった跡でしょうか?」
「まだ新しいわね」
上陸してから大体50kmは歩いただろうか、その間は逃亡した島民の痕跡しか見つけられなかったが、
ついに何か手がかりになるものを見つけた。ようやくか、と安堵したよ。
「辿っていこう」
「戦闘準備」
肩にぶら下げていた砲を手に取る。足跡は川下へと続いていた。
「ついに来ましたか、期限に間に合ってよかった」
跡を辿り川を下っていくと民家が見え始める、それも手入れが行き届いている。
「島民か深海棲艦かはわからないけど、確かに誰かが住んでいるみたい」
体が見えないように隠れて住宅街を偵察すると、深海棲艦たちが何人か見えた。
何やら雑談でもしているような和気あいあいとした雰囲気だったもんだから、驚いた。
「連中もあんなことするんだな」
「気味が悪いというか、あまり考えたくはないわね」
「あいつら警備隊か、はたまた本隊か」
「とりあえず、今は放っておかない?」
「川を下ろう」
その場を離れ進み続ける、幸いにも敵には遭遇しなかった。
先は市街地であったが、深海棲艦の襲撃時そのままなのか、瓦礫の下から草が生い茂る、
人類の終末を想像させる荒廃した風景が広がっていた。
ところで、遠くに石の塔のようなものが見える。
「アレなんだ」
「記念碑か何かでしょ」
「いや、それに吊るされているやつ」
古鷹が双眼鏡を覗く。すると小さく驚愕の声をあげ、あたしに双眼鏡を手渡した。
あたしも見てみると、艦娘が数人、裸で吊るされていた、傷だらけである。日本人ではないようだ、となると、
「アメリカ軍、かしら……」
「許せない、深海棲艦め」
衣笠が憤る、もちろんあたしたちだって。グワッと頭に血が上り始め、髪の毛が逆立つような感覚が走る。
「待って、一人だけ生きてるみたい」
「助けよう」
衣笠が飛び出した!
「あ、待て!」
制止の声も無視して一目散に彼女の元へと走る。銃声が聞こえ始めた、バレたんだ。
「衣笠のバカーッ!!」
こうなってはもう仕方がない、と三人も飛び出し衣笠を追いかける。
「死ね!死ね!」
衣笠が相当頭に来ているようで、撃つたびに深海棲艦を口汚く罵る。
おかげでこっち三人が冷静でいられたので、まあそれは良しとしよう。でも女の子としてそれはどうなんだ。
「どうしようかなァ」
古鷹が呟く、ホントどうしようかね。
吊るされた艦娘の元までの遮蔽物は瓦礫が少しあるだけだし、結局艦砲を防げるような強度もないから丸裸の状態だ。
あたしも何発も体中に銃撃を受けたが、敵軍に重巡以上の艦がいなかったこともあり、なんとか動けた。
「痛い!ですねぇ、ほんとに」
「嫌になっちまうなァ」
軽口を叩き合いながら四人で茂みの中に伏せていた、だがそれもどれほど持つか。
たかだか100m程度の距離だが、生い茂る草と瓦礫、砲火に阻まれて、相当な距離に感じたな。
敵はホ級が4隻、ヘ級が2隻で必死の形相で撃ってくる。
砲と艤装に取り付けられた防盾で凌いではいるがこのままでは埒が明かない。
「突撃しよう」
「あー、それしかないかやっぱ」
副砲の消音器を外し、主砲には三式弾を装填、いつでも突撃は可能だ。敵も一箇所に固まっているから楽でいい。
「突撃ッ」
古鷹の号令により、四人はバッと立ち上がり猪突猛進の勢いで吶喊する。
相手は一瞬たじろいで、砲声が止んだ。
「糞が、死ねゴミどもッ」
にしても相変わらず衣笠は口が悪い。弾丸をばら撒きながら敵陣に到達、そこからは殴り合いが始まった。
こうなりゃこっちのもんだ、連中はステゴロは苦手なようで後ずさりするがもう遅い。
目に付いたヘ級に掴みかかり渾身の力で殴りつける、つけている仮面がぐにゃりとひしゃげて、
隙間から青い血が溢れ出してきた。ギャッ!と悲鳴を挙げてあたしを引き剥がそうとするが、
こいつの右手は砲になっておりうまく掴めないでやんの。もう一度殴るとカクンと力が抜け、動かなくなった。
顔を上げ、辺りを見渡すと、古鷹がホ級に首を絞められていたので、ホ級の顔面を蹴り上げる。
たまらず古鷹から手を離した、そこであたしは短刀を抜いて胸を一突きした。
ズッと刃が入り込む感触は何度やっても慣れないもんだ、そのままグシャグシャと刃を回す。
その間、ピクピクとかすかに震えていたホ級だったが、すぐに絶命した。
「大丈夫か」
「ゲホッ、ありがとう加古」
青葉の至近距離での砲撃を最後に、敵部隊は全滅した。
「吶喊は何も考えなくて楽ですね、はじめからこうすればよかった」
「増援が来る前に、彼女を救出しましょう」
記念碑を見てみると、どうやらガダルカナル島で戦死した米兵を祀った慰霊碑みたいだ。
衣笠はその慰霊碑に無理矢理よじ登り、強引にロープを切る。ゴリラかお前はとか思ったが、
火事場の馬鹿力というやつだろう、一刻も早く助けたかったんだろうな。
残念ながら、その生き残った子以外は既に絶命しており、そのまま連れて帰る他はどうしようもなかった。
「大丈夫ですか?私たちは日本海軍です」
古鷹が話しかける。英語だったんであたしはさっぱりだったが、後から聞いた内容を書かせてもらう。
にしても一体どこで習ったんだろうな。
「ああ……日本人か……」
「一体ここで何が」
「艤装を……」
その子は近くにあった倉庫を指差す。
「私は、スチュアート、艤装を……」
「衣笠、お願い。この子はスチュアート」
「うん」
衣笠は倉庫に飛び込み、いくつかの艤装を担いで出てきた。
「それ……」
スチュアートが指差した物を彼女に取り付ける。すると少しはマシになったようで、上体を起こした。
「スチュアート、ここの敵軍の拠点はわかる?」
「……そこの川の、一番上流にあった」
「どうして吊るされていたの」
「仲間と共に上陸したんだ、でも負けた。上陸部隊は皆殺しにされた。逃げ延びた艦娘は潜伏して戦ったが……」
数ヶ月ほど前、米海軍の艦娘が上陸するも、上陸後に包囲殲滅、生き残りが島内を逃げ回ってゲリラ戦を行っていたが、
先日に拠点を見つけたところで捕らえられ、このような状況になってしまったのだという。
「拠点の位置がわかった以上、一刻も早く退散しましょうよ」
「正直、この子が助かっただけでも十分だと思う」
古鷹は少し考える。
「じゃあ、発煙筒は誰が……」
「んじゃあたしが行こうか」
とあたしが名乗りを上げたのさ。足には自信があったし、何より他の三人は結構傷だらけだ。
ならば一番軽傷なあたしが行くべきだろう、と力説すると、
「気をつけてね」
と発煙筒を手渡してくれた。
641 : ◆TLyYpvBiuw - 2016/01/11 00:43:56.66 sWBPjTI5o 421/866今夜はここまで
参考:Google マップ
-降り注ぐ砲弾-
川の上を艤装を使って突っ走る。こうなればスピード勝負だ。
先ほど住宅街にいた連中がこっちに気がついたのか追ってきた。
連中の方が流石に早いがなんのことはない、振り返って弾幕を浴びせると、ひるんで距離を離していく。
いきなりスピードを上げてとばしていくと先の戦闘の傷口がなんだかズキズキ痛んできた。
それでも速度を緩めることなく突き進んでいく、何やら真新しい建物が見えてくる。きっと連中の拠点だ。
川の上に立つ歩哨らしき深海棲艦が何やら聞き覚えのない言語で叫んだ。
しかしすぐに主砲でぶち抜いてやった、辺りに青い血が飛び散る、拠点はもう大騒ぎだ。
砲声が拠点の方から散発的に聞こえるが肝心の弾が飛んでこなかったんで、多分やたらめったらに砲を撃ってるんだろう、
慌ててるからといってヤケクソにも程があるんじゃないか?訓練とか真面目にやってんのか?
とりあえず、その隙に乗じて発煙筒を点けてその建物の屋根の上にぶん投げた。
赤い煙が立ち上る、なるほどこりゃ一目でわかるな、と何故か妙な感心をしつつ反転し、
今度は逆に追っ手のど真ん中を突き抜けた。しばらくすると遠くで砲撃音が聞こえ始める。
「おーやっとるやっとる」
と軽口叩くのもつかの間、近くで着弾音。サーッと血の気が引いていったのを感じたよ。
「下手くそ!」
帰ったら一発殴りつけてやる!と心に誓い川をぶっ飛ばして進んでいく、
ボーゥと風切り音が鳴り響き、真横に着弾、川岸に叩きつけられる。艤装のせいで背中が余計に痛い!
痛みでのたうち回っている間にも砲弾はドカドカ降ってきた、この時は本当に参った。
なんでこんな役引き受けたんだろうとか、撃ってるやつ死ねとか、
もう故郷日本を拝むことはないんだろうなんて、惨めさと怒りと悲しみとが、
走馬灯のようにグルグル頭の中を回り、そのうち涙が溢れ出てきたね。
なんとか気を持ち直して衝撃で停止した機関を再始動させようとするけどウンともスンとも言わないんだ。
「ふざけんなよ、もぉ~~!」
と涙目で怒鳴りつけたり肘打ちしたりして艤装に当たっても何も変わりはない、こいつはへそを曲げたんだ。
もうどうしようもないし、ジャングルの中を岸に向かって泣きながら走った。
果たして傍からどう見えていたか問題だが、目撃者はいなかったようで名誉は守られた、のか?
どれくらい走ったか、何度も転びながらもようやく浜辺にたどり着き、沖合の艦娘に手を振る。
が、帰ってきたのは砲弾である。そりゃそうだ、この状況じゃ深海棲艦かと思うよな、あたしだって思うもん。
飛んでくる砲弾にどうしようもなく蹲る。早く殺してくれ!と心の中で強く念じながら。
横向いてたから肩や横っ腹に何発も砲弾が刺さり、血肉を垂れ流した。
命からがら逃げ帰ったら味方の集中砲火だから、こんな怖くて苦しい絶望はないよ。
しばらくすると気がついたのか砲声が止む、顔を上げると駆逐艦数人が血相を変えてこちらに向かってきた。
死なずに済んだと安堵するよりも先に慌てて涙を拭い取る。
「大丈夫ですか!?」
「んなわけないだろこのバカどもが!」
思わず怒鳴りつける、彼女たちに罪は……なくもないが、ここまでされちゃ誰だって怒るよな。
「申し訳ありません~~~」
とよく見ると睦月と如月だ、それに今回は榛名たちの隷下にいた第七駆逐隊の連中もいる。
みんなワンワン泣いているもんだから、こっちがなんだか申し訳なってきて、
「ああ、もういいよ、生きてるし」
と言ってしまうのはもうしょうがないんじゃないかなと思う。誰だってそうするし、あたしだってそうした。
でもそう言ってしまっても、傷口がふさがるわけでもなしハラワタはみ出させてるから、
彼女たちの罪悪感を余計に刺激したみたいで、泣き声はさらに激しくなるんだ。いいから早く手当してくれ。
「やかましい、もう、うごっ」
さっき怒鳴ったせいか、口から血がボトボトこぼれ始める、そういえばかなりの重傷だったなァとか思い片膝を付いた。
となると駆逐艦たちは一斉に泣き止み、あたしを抱きかかえる。思いの外意識ははっきりしていた。
『こちら第六戦隊司令、聞こえるか』
提督からの無線が思い出したかのように飛んできた、無線封鎖が解かれたんだ。
喋ろうにも口の中に溜まった血が邪魔して泡を吹くような声しか出ず、
「こちら睦月!加古、大破です!現在第七駆逐隊と共に曳航中!どうぞ!」
と睦月が代わりにやってくれた。
『ホニアラ市街地より敵艦隊の出撃を確認した、陸上攻撃を取りやめ海上戦闘に移る』
「加古さんはどうします!」
『睦月、如月で運べ。第七駆逐隊は応戦へ』
しかし駆逐艦二人で曳航というのは結構無茶な事で、重巡なら一人につき四人と規定されていたんだ。
四人でなきゃ安全に運ぶことはできないとされていた、特に戦闘が行われている海域では。
「せめて三人に、三人にしてもらえないでしょうか!」
『沖合に榛名一人なんだ、それに古鷹たちを戦闘に加えるわけにはいかない』
あの下手くそ艦砲射撃は榛名か、チクショウ覚えとけよ、生きて帰ったら鼻っ面ぶん殴ってやるわ。
ともかく、一足先に作戦海域を離脱中の三人は任務を終えた直後だから、こういう判断になったんだろう。
あの三人も今のあたしほどじゃないが、中破程度のダメージは受けていた。
軽巡揃いの連中でも流石に戦艦一人じゃ厳しいから、たとえ駆逐艦でも数が欲しかったというわけだ。
しかし、侮ってもらっちゃ困る。なあ古鷹?
『第六戦隊は出れます』
古鷹の無線だ。そうこなくちゃね、第六戦隊の名が泣くぜ。
『青葉も突撃取材しちゃいます!』
『ここは衣笠さんたちにお任せ!』
と続く二人、もう感涙ものだね。さあそれじゃあさ、あたしだけこんなところでくたばっちゃいられないだろ?
抱える睦月と如月を押しのけて、止まっていた機関を始動、今度はしっかり動き出した。
「ちょっと!安静に!」
制止を無視し、口の中の血を吐き出し、こう言い放った!
「よっしゃあ!あたしの出番だね!」
『いや、加古は引っ込んでて』
酷いこと言ってくれるじゃないか古鷹よ、だがこうなったあたしは止められない。
痛む体に鞭打って歩を進めようとするが、睦月と如月がしがみついてきて、
「待ってください!」
「ほんとに、ほんとに死んじゃう!」
『仕方ない、第六戦隊、加古以外は作戦海域に戻って戦闘に参加せよ。加古以外』
なんだい、せっかくあたしがやる気出して頑張ろうってのにさ、みんなひどいぜ。
あーあ、こうなったらいじけたもんねー、やってらんねーとか思っていたら、
急激に眠気が襲ってきた。
「あー、マジで死ぬー。死ぬほど寝かせてー」
「えぇ!?」
「ダメ、寝ちゃ!」
と睦月と如月が騒ぐ騒ぐ、うるさい、もうあたしは寝るんだ、出撃もさせてくんないんだから、
眠ったっていいじゃないかァとか喋ってたつもりだったが、ふがふがとしか言えてなかったみたいだ。
そうして、二人の呼び声と無線の向こう側の音と砲声を子守唄にあたしはグッスリと眠ってしまった。
656 : ◆TLyYpvBiuw - 2016/01/12 01:12:43.33 V2jSwurto 431/866
Q.アメリカ軍こんなとこで何しとるん
A.ハワイ、カリブ海でやられっぱなしなので腹たち紛れに南方進出、キリバスやサモアを経由してきたらしい
ていうか軍司令部が大恐慌を起こしていて自分たちが何やってるかわかってないっぽい
Q.って、なんで榛名ちゃんが!?
A.爆撃ついでに艦砲射撃やっとくか~と昨日ぐらいに戦力移動してきた
今夜はここまで
660 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/12 05:03:07.03 lbEdkhDlO 432/866沖から砲撃で内地って狙えるのか?
661 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/12 05:37:17.39 T8eFsa+AO 433/866>>660 え・・・
砲弾が海上の上でしか飛んでいけない、水平にしか撃てない・飛ばない訳じゃないからね…?
沖じゃなくても海岸近くでも撃てるし
仰角をつければ20km以上先まで届く
662 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/12 07:28:11.95 YgULrQwQo 434/866>>660
沖合から陸上拠点や陸地の攻撃目標を狙った砲撃は当時の戦術の一つ
敵飛行場を焼いた記録も残る対空兵器の三式弾が北方や港湾なんかに特効なのもそこに準えてる
664 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/12 13:26:23.26 VbI4Pr7UO 435/866>>662
まあ、それは分かるんだけども、森の中を狙うってことは艦上からは見えないものを狙うって事なんだよね?(多分)
発煙筒焚いてたけど、焚いた地面が見えないなら方角だけで砲撃する事になる気がするんだけど、そう言う時でも砲撃するものなのかなと
仰角をつければ届くのはわかるんだけど、方向だけじゃ砲撃出来なくね?という素朴な疑問だった
俺詳しくないから変なこと言ってたらすまん
あと、詳しい返事ありがとう。ちょっと調べてみる
665 : ◆TLyYpvBiuw - 2016/01/12 14:30:41.50 zOO6P826O 436/866
秋津洲「秋津洲がいる事も忘れちゃダメかも!いつ煙が上がってもいいように作戦中の昼間は上空で偵察してたかも!」
榛名「砲撃の際は秋津洲ちゃんからの情報を頼りに行っていました」
秋津洲「間接射撃かも!目標地点の距離、方位、標高を測定して射撃要求を攻撃部隊に送るかも!」
榛名「受け取った情報を算定して仰俯角や左右旋回角、弾薬を調整して射撃します」
秋津洲「そこで着弾を観測して、修正要求を送るかも!」
榛名「その要求に従って再び射角を調整し射撃、射撃目標を達成するまで繰り返します」
秋津洲「時には自分の艦載機を使って一人でやらなくちゃいけないから、艦娘は大変かも……」
榛名「でも榛名は大丈夫です!」
参考:Wikipedia
描写し忘れていた申し訳ない
加古の知りえない情報ではあるが、何か挟むべきだったかも
666 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/12 15:04:03.88 T8eFsa+AO 437/866つまりゲームでもある弾着観測射撃
667 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/12 16:42:21.67 VpJeo1+/O 438/866本家というかゲームでの彼女を考えると弾着観測は不安で仕方ないけど
ジェノサイド秋津洲さんなら仕方ないな
668 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/12 18:07:12.69 tEhvSpXKO 439/866ここの秋津洲は実に有能だなあ
あとスチュアート(Stuart)じゃなくてスチュワート(Stewart)でした。ごめんちゃい
670 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/13 07:32:31.60 KIZdF02AO 441/866憔悴してたし 聞き取りづらかったんやの
続き
【艦これ】重巡加古はのらりくらり【参】