梓が高校三年生になり、もう半年以上が過ぎて…………
一月一日 梓宅
梓「…………暇だなあ」
梓(お母さんもお父さんもどっか出かけちゃってるし)
梓(純と一緒に初詣行こうとしたら、家族全員で旅行中だし)
梓(憂と一緒に初詣行こうとしたら、唯先輩が帰ってきているらしくて断られちゃったし……)
梓「…………一人でどこかに行くっていうのも嫌だしなあ……」
ピンポーン
梓「……誰だろう、憂が唯先輩連れて、来てくれたのかな?」
ピポピポピポピポピポピンポーン
梓「……近所の子どもがいたずらでもしてるのかな?」
ドンドンドン!
梓「うわ、ドア叩き始めた……恐いなあ……誰だろ」
梓は玄関に向かう。
梓「ど、どなたでしょう、か……?」
律「お、やっと開けてくれたか」
梓「り、律先輩!?」
律「梓、久しぶりだな。あけましておめでとう」
梓「え、あ、あけましておめでとうございます、じゃなくて! 何で先輩がここにいるんですか!?」
律「詳しいことは後で話すからさ、とにかく上がらせてくれよ」
梓「は、はい……」
律は玄関で靴を脱ぐと、我が物顔でリビングに向かった。
律「あー、喉乾いた。何か熱いお茶でも持ってきてー」
梓「…………ずうずうしいですね」ボソッ
律「何か言ったかー?」
梓「いえ、何でもないです。お茶ですね? はい、どうぞ」
律「サンキュー」
梓「律先輩、いつ帰省してきたんですか?」
律「唯と一緒に帰ってきたんだよ。それでさ、自分の家に帰ろうと思ったら家族全員どっか出かけているんだよ」
梓「あれ? 事前に連絡してなかったんですか? 帰省するって」
律「父さんとか聡を驚かせようと思ってね。失敗したけど」
梓「自業自得じゃないですか」
律「それで、行くとこなくなって、ここに来たってわけ」
梓「澪先輩やムギ先輩はどうしたんですか?」
律「二人とも勉強やら何やらに忙しいらしくてなー、正月は帰省しないだってよ。薄情なもんだよなー」
律はお茶をすすった。
律「ま、それはともかく。父さんたちが帰ってくるまで暇だから、ここに来たってわけだ」
梓「なるほど。…………でも、私の家来ても出すものは何もありませんよ? お節なんか作ってませんし」
律「いいっていいって。お茶飲めただけ幸せだし」
梓「…………まぁ、律先輩がいいならいいですけど」
律「それよりさ、初詣行かないか? せっかくの正月なんだし」
梓「せっかくの正月なんだからのんびり過ごしていた方がいいと思いますけど」
律「梓も今年は受験生だろ? 一月後に受験も控えているわけだし、合格祈願のお守りでも買った方がいいんじゃないか? 落ちるぞ?」
梓「受験生に落ちると滑るっていう言葉は禁句ですよ……」
律「落ちたくないだろ? ほら、行こうぜ初詣」
梓「でも、二人だけですよ?」
律「いいじゃん。新鮮で」
梓「まあ、そうかもしれませんけど」
律「いいから行くぞ、ほら!」
梓「ちょ、手をひっぱらないで下さいよ」
外
律「そういえばさ、梓はどこの大学志望してるんだ?」
梓「先輩と同じ、N女ですよ」
律「おぉ、私の後輩になるわけか」
梓「はい。……そういえば先輩たちって、大学でもバンドやってるんですか?」
律「んー、やってるっていえばやってるし、やってないっていえばやってない」
梓「どういうことですか?」
律「私はバンド組んでないんだけどね、澪が外バン組んでる。唯とムギは完全に音楽から手を引いているなー」
梓「律先輩はまだ、音楽はやってるんですか?」
律「ああ。もちろん」
梓「一人で、ですか?」
律「だれか増やしたいとは思ってるんだけどね、人がいないんだよ」
梓「みんな、変わっちゃいましたね……」
律「梓もいずれそうなるぞ? 多分」
梓「変なこと言わないでください。私はずっと音楽をやり続けるつもりですよ?」
律「唯もそんなこと言ってたなー」
梓「唯先輩とは違いますよ」
律「じゃあさ、梓がN女に合格してら、私と組まないか?」
梓「……へ?」
律「音楽をやり続けるんだろ? 私もそのつもりだからさ。一緒に組まないか?」
梓「まぁ、……考えておきます」
律「期待してるぞ、梓」
律は梓の肩を叩いた。悪い気分ではない、と梓は思った。
神社
律「うわー、人で一杯。もっと早く来ればよかった」
梓「ですね。はぐれるかもしれませんよ」
律「あれだ、手繋いでいった方が得策じゃないか? はぐれないですみそうだし」
梓「繋ぎますか?」
律「繋ぐか」
二人はお互いの手を握った。
律「じゃあ、突入するぞ! おー!」
梓「え、あ、きゃっ――」
人込みの中をかき分けて、二人はさい銭箱の前に進む。
梓「うわー、髪がぼっさぼさになりましたよ」
律「私もだ。でもまあ、すぐなおるだろ」
梓「えーと、五円玉五円玉、と」
律「梓、太っ腹に五百円玉とかを投げたらどうだ? 神様もひいきしてくれるかもしれないぞ?」
梓「神様に五百円も出すのはちょっと……。せいぜい百円ですね」
律「あれだぞ? ケチると叶う願いも叶わなくなるぞ?」
梓「律先輩は去年、いくら出したんですか?」
律「私は五百円。そのおかげでN女受かったのかもしれない」
梓「……じゃあ、私も五百円にしときます」
律「おう、そうした方がいいぞー」
言いながら、律は五円玉をさい銭箱の中に投げた。梓も五百円玉を放る。
そして、両手を合わせた。
梓(……N女に合格できますように! 憂や、純と一緒に合格できますように!)
梓(補欠合格でもいから! 合格できますように!!)
梓が願い事を終えると同時、律も終えたようだった。
梓「律先輩、何をお願いしたんですか?」
律「梓が合格できますように、とお願いした」
梓「え」
律「何だよ? 意外かー? 梓が合格してくれないと、バンド組めないだろ?」
梓「……まだ組むとは言ってませんよ?」
律「それでも、合格するに越したことはないからなー」
梓「……ありがとうございます」
律「いえいえ。それよりさ、お守りも買わないか?」
お守り売り場
梓「律先輩は何のお守り買うんですか?」
律「私はそうだな……身体健康かな。風邪とかひきたくないし。梓は合格祈願だろ?」
梓「はい、もちろんです」
律「そういえばさ――」ヴーヴー「お、メールだ」
梓「誰からです? 澪先輩とか?」
律「いや。大学で出来た友達……『あけおめ、ことよろ』としか書かれてないな」
梓「…………本当に友達ですか、それ? なんか味気ない……」
律「まぁ、友達だ…………と思う」
梓「大学って入ったら、交友関係とか広がったりするものなんですかね?」
律「まあ、な。私だって友人が3人くらい増えたし」
梓「3人って……リアルな数字ですね」
律「気にすんな! 友達は数より質だ!」
梓(質も悪いような気が……)
律「それより早くお守り買おうぜ?」
梓「あ、そうですね」
二人は巫女のいるレジに向かった。
外
梓「律先輩の家族、もう帰ってきてるんじゃないでしょうか?」
律「そうかな? まあ、電話かけてみるよ」
prrrrr prrrrr
律「駄目だ。まだ留守電になってる」
梓「あぁ……」
律「どっかで昼飯食べてかないか? 腹減ったし、時間的にもちょうどいいような気がする」
梓「もうお昼近いですしね……そうしますか」
律「あそこにある喫茶店でいいんじゃないか?」
梓「ですね」
喫茶店内
律「じゃあ、私サンドイッチとホットコーヒーで」
梓「私は……ホットケーキとミルクティーで」
店員「かしこまりました」
言い残し、店員が去って行く。
律「ホットケーキとミルクティーって……甘甘なものばっかし」
梓「いいじゃないですか。無理してホットコーヒー頼むよりは」
律「無理なんかしてない! 味覚が大人になったんだ」
梓「じゃあ、砂糖とか使わないで飲むんですよね?」
律「う、あ、当たり前だろ」
店員「お待たせいたしました。ミルクティーとホットコーヒーになります」
梓「あぁ……甘くていい匂いです……」
律「………………ゴクリ」
梓「……」ズズズ「……やっぱミルクティーが一番ですね。あれ、律先輩。コーヒーは飲まないんですか? 冷めますよ?」
律「い、今飲もうと思ってたんだ」
ズズズズズ、と結構な量を飲む。
律「……うげ、苦い……、いや、コクがあって美味しいよ」
梓「顔が引きつってますよ?」
律「…………さーて、砂糖とミルクを入れて飲もうっと」
梓(………………すごく苦かったんだろうな…………)
何となく不憫だったから、律にそれ以上何かを言うのをやめた。
律「そういえばさ、軽音部に部員入ったか?」
梓「はい。一年生が三人入部してくれましたよ。憂と私とその三人の計五人ですね」
律「あれ? でも来年誰も入部しなかったら……廃部か」
梓「で、でも、大丈夫だと思いますよ? 一人くらいは入ると思いますから」
律「ま、そうであってほしいなぁ」
砂糖とミルクをコーヒーの中に入れながら律が漏らす。
ヴーヴー 梓「あ、メール。……純からだ。『今北海道! 雪がヤバーい!』」
律「お、純ちゃんか。あの子もN女志望してるのか?」
梓「はい。純も憂もN女ですよ」
律「お、憂ちゃんもか。唯のやつ、大学の寮生活が始まってまだ間もないころさ、毎日のように『憂がいない』って泣いてたんだよ」
梓「ああ、唯先輩ならありそうですね」
律「大変だったんだぞー? 講義中に、急に『憂がいない!』って泣きだすこともあったしな」
梓「うわぁ……」
律「ま、憂ちゃんが来るんだったら、そんなことはもうなくなるだろうけどな」
店員「お待たせいたしました。サンドイッチとホットケーキになります」
律「おお、美味そう」
梓「ですね」
二人はそれから、無言で昼食を食べはじめた。
そして、ほぼ同時に食べ終わった。
律「じゃあ、ここは私が奢るぞ」
梓「え、悪いです、そんなの」
律「いいって。私が誘ったんだしな」
梓「でも……」
律「それに、私は梓の先輩じゃん? 後輩にお金を出させるなんて先輩失格だろー?」
梓「じゃあ……お言葉に甘えて」
外
律「あー、駄目だ。まだ家留守電だよ」
梓「事前に帰省するって電話すればこんなことにはならなかったのに……」
律「うるせー、いまさら言っても後の祭りだ」
梓「どうします? 私の家に帰りますか?」
律「いや。正月番組は嫌いなんだ。面白くないから」
梓「じゃあ、どっか行きますか?」
律「とりあえず、その辺をぶらぶらするか。何か話でもしながら」
梓「でも、話すことなんてもうないような気がしますが」
律「そんなことないだろ。ここに現役女子大生がいるんだぞ」
梓「うーん、じゃあ……彼氏とかはできたんですか?」
律「彼氏がいたら帰省なんかしないね。絶対」
梓「ああ、そういえばそうかもしれませんね」
律「それに、女子大だから異性なんて教授くらいしかいないんだよ」
梓「なるほど」
律「梓はどうだ? 彼氏とか」
梓「彼氏がいたら正月は忙しかったでしょうね」
律「……まぁ、お互い頑張ろうや」
梓「……ですね」
律「あ、でもムギの奴は彼氏がいるみたいだぞ」
梓「え」
律「クリスマス、デートしているのを唯が見たらしい。羨ましいなー」
梓「……負けた気がします」
律「あぁ……私もだ」
梓「澪先輩とかに彼氏が出来るような気がしたんですけどね」
律「澪は……恥ずかしがり屋だからなぁ。男と手を繋ぐこともできないだろ」
梓「それは……言いすぎでは? 実際バンドも組んでるんですし」
律「いや、でもまぁ、澪は大学でファンクラブが出来てるしな。ある程度の人気はある見たいだぞ。女の子に」
梓「女の子にじゃ意味がありませんね」
律「まったくだ」
梓「あれ? 律先輩ってサークルに入ってるんですか?」
律「いや、入ってないよ」
梓「唯先輩たちは?」
律「唯も無所属、澪は軽音楽系のサークル、ムギが漫画研究会」
梓「ムギ先輩だけ異色ですね」
律「ああ、本人に何があったのかは分からないけど、同人に人生かける、とか訳のわからないことを言っていたのは覚えてる」
梓「…………意味不明ですね」
律「ま、ムギらしいて言ったらムギらしいんだけどな」
梓「何か……私の中の大学生活像がどんどん壊れて行きます」
律「私もさ、大学入ったばかりはどんな華やかな日々が続くんだろう! って思ったけどまったくの期待はずれだったしな」
梓「どんな生活を想像してたんです?」
律「唯達とまたバンド組んで、駅前とかで演奏する――そんな大学生活」
まあ結果としては
律「誰一人とも組めないまま、大学一年目が終わろうとしているんだけどな」
梓「…………お気の毒さまです」
律「まだ三年あるしな。気長に頑張ってみるよ。夢は武道館! って言ってみたいからさ」
梓「……律先輩の新しくできた友達とは、組んだりしないんですか?」
律「みんな体育会系の女の子なんだよな。バレーにソフトボールのサークルに入ってるし」
梓「それは、残念ですね」
律「だからさ、梓とか純ちゃんとか憂ちゃんとバンド組んでさ、もう一度武道館目指したいな、とか思ってるんだよ」
梓「憂まで誘う気ですか?」
律「憂ちゃん、物覚え早いしな」
梓「まぁ、確かにそうですね」
律「ま、憂ちゃんは唯とずっと一緒にいるだろうから、バンドなんかやらないと思うけどな。誰かと音楽をしたいね」
梓「…………いいですよ?」
律「え?」
梓「…………私がN女入れたら、律先輩と組むって話。私、乗りますよ」
律「! ほ、本当か!? 組んでくれるのか?」
梓「はい、もしかしたら純も入るかもしれませんが、それでもいいですか?」
律「あぁ! 大歓迎だ! いやー、楽しみが一つ増えた。絶対合格しろよ、梓」
梓「もちろんです。律先輩こそ、留年とかしないでくださいよ」
律「留年するほど単位はやばくなーい!」
それからも、二人は談笑した。気がつくと四時を過ぎていて、律が自宅に電話をかけると、家族はもう戻ってきているようだった。
律「じゃあな、梓」
梓「はい、先輩」
律「あれだぞ、絶対受かれよ、N女」
梓「わかってますよ。絶対合格して見せます」
律「約束だぞ」
梓「はい。約束です」
律「よし――。楽しみに待ってるぞ」
梓「楽しみに待ってて下さい」
律が笑んだことに、梓は気付いた。
そして、二人は別々の帰路に着いた。
梓宅
家に帰っても、まだ両親は帰っていなかった。梓は自室に戻り、携帯を開く。
梓「あ、純からメール来てる」
梓「なになに……『北海道の氷柱って美味しいね!』……うわ、純が氷柱食べてる画像付きだよ」
梓「……そうだ、純に訊いてみようかな」
梓は返信ボタンを押し、メール本文を書いていく。
梓「『大学に合格したらさ、一緒にバンド組まない?』――――と、送信」
数分後、返信が来た。
『from 純 本文:梓と二人だけで?』
梓は『ううん、違う。律先輩と』と送信する
ヴーヴー
梓「お、返信早っ!」
『from 純 本文:いいね! 面白そう!』
エピローグ N女校門前
その日はN女の合否発表日で、たくさんの受験生たちが自分の受験番号があるかを確認している。
その様を律は、校門わきにある大木の幹に、寄りかかりながら眺めていた。
悔しいと泣いている者、嬉しいと喜んでいる者、残念だったねと励ましている者。その中に、律は彼女の姿を見つけた。
律は彼女の元へと走る。
彼女は二人の友人と一緒だった。彼女もその友人たちも、涙を潤ませながら喜んでいる風だった。
真っ先に律の姿に気づいたのは、彼女ではなくその友人二人。
憂「あ、律さん!」
純「あ、梓の先輩じゃない? あの人」
友人の言葉で、彼女も律に気づいたようで――。
律「久しぶり、梓」
律の言葉に、彼女――中野梓は返答してくる。
梓「久しぶりですね、律先輩。約束はちゃんと守れましたよ」
終わり