※クドリャフカの順番のネタバレ注意
俺たちはカンヤ祭…いや、神山高校文化祭、で、文集200部を無事に売り切った。
文化祭終了後、俺たちは千反田の家で打ち上げをする事になった。まさか売り切る事ができるとは誰が予想しただろう。少なくとも俺は微塵も思っていなかった。
絶対に無理だと思っていた。
何とかなるもんだ。
文化祭開始当初は文集を纏めてシュレッダーに叩き込みたい衝動に襲われたけど。
元スレ
千反田「文化祭にまつわるミステリーです」
http://www.hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1349008814/
文化祭終了後。
千反田の家にて。
里志「ホータローはね…なんというか…いつもいつも気怠そうだよねほんと」
摩耶花「頼りにならないし」
里志「やる気もないしね」
摩耶花「全ての事に興味がなさそうだし」
…お前ら、そういうのって本人の前で言うか?
言いたい放題かよ。
そこに、千反田が口を挟む。
千反田「お二人とも、言い過ぎです!折木さんは頼りになりますし、優しい方ですよ!」
……………………。
いや、あのな。
そういう事も、本人の前で言わないでくれ。頼むから。どんな顔してここに座ってればいいのか分からなくなるだろ。
良い評価を貰えるのは光栄だ。
だがそれは身の丈に合っていればこそ。
故に、今回は別に喜べない。
…身の丈に合っていたとしても、喜べないかもしれないが。
それというのも、俺は千反田の事をそれほどよく知っている訳ではないから。
千反田が何を思ってどんな観点から俺を見ているか。それは極めて千反田個人の問題だ。
何か特別に思うところがあっての発言なのかもしれないし、あるいは皮肉のつもりで言っている可能性だってなくはない。
その判断が俺にはつかない。
まぁいずれにせよ、よく知りもせずに分かった気になるのは相手にとって失礼な事だろう。
俺は千反田の事がよく分からないのだから。
とか言って理由をつけてみる。
本当は俺も、薄々気づいている。
千反田の事を知れば知るほど、俺の中の何かが決定的に変えられてしまうような、そんな予感がする。
結局のところ、千反田との距離感が未だに分からないんだろうな。俺は。
近づきたいような、離れたいような。
わからん。保留。
とりあえず本題に戻ろう。
初めのうちは文集を売り切った事を讃え合い、十文字事件の事の顛末を俺が説明し…、ワイルドファイアの話をしたりして、楽しい時間を過ごした。
だが時間が経つにつれて話が逸れていき…今ではなぜか俺の生活態度の話になっている。何がどうしてこうなった。
大きなお世話だ。
摩耶花「ちーちゃんは折木を買い被りすぎだよ!」
…こう言っては何だが、俺もそう思う。
千反田「そんな事ないですよ!折木さんは素晴らしい方ですよ!」
…………………………。
いや、あの…。
俺は期待される事に慣れていない。
…どうしたものか。
そもそも、人から評価を与えられる機会すら少ない生き方をしている身だ。何でこんなに千反田が俺を買い被っているのかが全く理解できないんだが。
期待されたら、怖くなる。
俺はおそらく千反田の期待に応えられない。
…いや、違うか。
….期待に応えられなくて失望される事が怖いのか。
分からない。
が、どちらにしろ、重荷だ。
俺に、期待しないでくれ。
…だが、逆に
今、もし千反田が俺の前から消えてしまったなら…
俺が重荷と称している物が消えてしまったなら
俺は、どうするのだろうか。
…どう、なるのだろうか。
肩の荷が下りたと喜ぶのか。
…それは、きっと違う。
ならば荷物を探すのか。
それとも…
…少し、風に当たろう。
縁側に腰掛けると、千反田がやってきて、ちょこんと隣に座る。
千反田「いい風ですね」
折木「ああ」
千反田「あの、折木さん、私、少し気になる事があるんです」
またか。
千反田「先程折木さんから十文字事件の顛末をお聞きしましたよね。田名部さんが、陸山さんに「クドリャフカの順番」の原作を読んだのかを問うためにやった事なのだと。でも…なぜ、陸山さんは「クドリャフカの順番」の原作を読まなかったのでしょうか?」
折木「それは…」
そこまで考えが及ばなかった。というか、考えようともしていなかった。
ここが俺と千反田の決定的な違いなんだろうな。
千反田「陸山さんは、田名部さんや安城さんと仲が良かった筈です。一緒に漫画を完成させるくらいです。かなり仲が良かったと思います。なのに、何で」
俺は少し考えて言った。
折木「陸山は、才能に恵まれている。絵の才能以外にも、社交性や外見、学力、身体能力。漫画の道を選ぶ必要がなかったんだろう」
千反田「でも…そんな風には思えないんです。陸山さん、友達を大切にする方だと思うんです。きっと、誰より優しい方だと思います」
折木「…?根拠がないだろ」
千反田「ありません。けれど」
千反田が言い淀む。
が、一拍置いて言い切る。
千反田「陸山さんは、そんな事をできる方ではありません」
おぉ、断言。
折木「知り合いなのか?」
千反田「いいえ、違います」
折木「じゃあ何で」
千反田は答えない。
だが、その瞳はどこまでも真っ直ぐだった。
千反田「陸山さんが、クドリャフカの順番の原作を読まなかったのには、きっと、何か訳があるように思うんです」
…なぜ陸山の肩を持つ?
里志「千反田さんの言いたい事、分かる気がする」
いつから居たんだよ。
千反田「私、思うんですが…そもそも陸山さんは、本当に「クドリャフカの順番」を読んでいなかったのでしょうか?」
折木「『陸山はクドリャフカの順番』を読んでいた。だが、敢えて読んでないふりをしている』可能性か」
千反田「はい。仲良しの友人が書いた原作を読まずにいる方が不自然だと思います」
折木「それは一理あるが…仮に読んでいたなら、十文字事件に少しは反応を示すんじゃないか?」
千反田「反応を示せない理由があったんじゃないでしょうか?」
折木「例えば?」
千反田「それは…分からないです」
里志が言う。
里志「陸山会長は、田名部さんに遠慮をしていたんじゃないかな」
…遠慮?
里志は俺たちではなく、どこか遠くの誰かに語りかけるように、静かな口調で先を続ける。
里志「陸山会長の絵柄、1年間で結構変わってたよね。あれはクドリャフカの順番を描く為だったんじゃないかな?クドリャフカの順番に合った絵柄を模索したんだよ。陸山会長は「クドリャフカの順番」を読んでいた。多分ね。最初は描く気もあったんじゃない?」
なら、何で描かなかった?
里志「田名部先輩は、陸山会長に漫画を描かせたかった。でも、それは田名部先輩には漫画を描く才能が無かったから陸山会長に期待しただけだ。田名部先輩は本当は………本音を言えば、陸山会長に勝ちたかった筈だ」
里志「陸山会長と田名部先輩は多分すごく仲がいい。おそらく僕とホータローくらい」
何だその例え。
里志「陸山会長は田名部先輩を蹴落としたくなかったんだ。もし陸山会長が「クドリャフカの順番」を描いたら、田名部先輩は一時的には喜ぶだろうね。だけど長期的に見て、陸山会長の隣で笑っていられるかって言えば…答えはノーだろう」
…。
里志「だから陸山会長は戦線放棄をした。軽蔑されてもいいと思ったんだろう。陸山会長は、一時的に軽蔑されても、長期的に田名部先輩と友達でいられる道を選んだんだ」
里志「だからひたすら、十文字事件に気がつかないふりをした。クドリャフカの順番に関する事からなるべく離れようとした。それが陸山会長なりの優しさなんだろう」
…。
折木「何でそう思うんだ?」
里志「僕は田名部先輩の気持ちが分かるから。でも陸山会長の気持ちも分かるんだよ」
…はぁ?
千反田の家を出る頃には、
すっかり暗くなってしまっていた。
伊原は親が迎えに来るらしい。
よって帰りは俺と里志の2人。
並んで自転車を漕ぐ。
風が冷たい。冬の訪れを肌で感じる。
今日は長い1日だった。
里志「ねぇホータロー」
折木「何だ」
里志「さっきの話の続きだけど」
里志「千反田さんとホータローと僕の関係って、そっくりそのまま、安城先輩と陸山会長と田名部先輩に当て嵌められると思わないかい?」
…?
里志「安城先輩が描いた原作に、陸山会長が絵を描き、田名部先輩が背景を描いた。千反田さんが見つけ出した疑問に、ホータローが答えを見つけて僕が補足する。…ほら、似てるだろ?」
…何が言いたい。
里志「僕は田名部先輩の気持ちが分かるよ。よく分かる。ホータローが羨ましいから。才能があるホータローが。だからホータローに期待するんだ」
里志「だけどね、ホータローはいくら僕がけしかけたって、自分から謎を解いたりはしないだろう。ホータローが謎を解くのは、千反田さんありきのものだろうしね。」
…。
里志「そんなホータローに、僕はやきもきさせられる訳だよ。才能があるなら使えばいいのにってね」
折木「お前には、俺よりずっと優れた才能があると思うが」
里志「そう、ホータローはそう言うだろう。それが今回、陸山会長が十文字事件に気づかないフリをした動機なのさ。友に遠慮をし、友の為を思えばこその行動。泣けるね」
折木「前にも言ったが、俺はお前に好かれたいとは思わない」
里志「だけど、敢えて嫌われたいとも思わないだろう?」
言葉に詰まる。
里志「ホータローも陸山会長と同じ、相当なお人好しだよ。けどね、これだけは忘れないで欲しい。安城先輩と陸山会長と田名部先輩の3人は、僕たちが辿るかも知れない1つの道なんだ。」
里志「もし今、ホータローの目の前から千反田さんが居なくなったなら…たぶん、僕らは先輩達と同じ道を辿るだろうね」
俺はその時、何と答えただろう。
…いや、俺は何も言えなかった。
…何も。
あっという間に年を越し、
春休みを迎えて、
俺の1年目の高校生活は終わりを告げた。1年という月日が何を変えたのか。
それは、きっとこれから知ることなのだろうけれど。
太陽が無駄に眩しい5月。
俺は窓の外から入る日差しの眩しさに目を細めながら、去年の文化祭を振り返っていた。
回想の終着点はあの時の里志の言葉だった。
俺は、実は未だにあの時の里志の言葉を消化しきれずにいた。
…だけど、あと一息。
あと一息で、掴めそうな。
そんな気も、していた。
ふぅ、
小さな溜息をつくと、どうしたんですか、と声を掛けられた。
俺は声の起点に目をやる。
今、部室には俺を含めて2人しかいないから、声の主は歴然なのだがまぁ一応。目視確認。
そして問う。
折木「…なぁ、千反田。一つ聞いてもいいか?」
千反田「はい」
折木「抽象的ですまないんだが」
千反田「何でしょう?」
折木「自分が背負っている荷物が、突然軽くなったらどうする?」
千反田「……ええと…状況がよく分かりませんが…どうでしょう?荷物を無くしてしまったのか、それとも荷物を背負っているうちに、いつしか自分の一部のようになって、重さを感じないようになったのか…どちらなのかによると思います」
…。
…やはり千反田は、俺に欠けているものを持っているらしい。
荷物が、自分の一部のように?
重さを、感じないように?
そんな発想、俺の中のどこにも無かった。
一度背負った荷物は、いつか必ず降ろすものだと。
俺はそう思っていた。
『いつか失う』以外の結論も、存在するのか…。
折木「…なぁ千反田。もう一つ、聞きたいんだが」
俺の視線を真っ正面から見据えて言う。
千反田「はい、何でしょう?」
折木「去年の文化祭の時の話なんだ」
千反田「かまいませんが…文化祭というと随分昔の事のようにも感じますね」
えへへ、と微笑む千反田の姿が眩しく見える。太陽光、仕事しすぎだ。
ほんと眩しい。
カーテンを閉めるか、などと思いながら窓の方を見るとさっきまでの晴れ間はどこへやら、いい感じに曇り空だった。
…物理的には眩しくなかったらしい。
ええと、…こほん。仕切り直し。
折木「なぁ、何でお前はあの時、陸山会長の肩を持ったんだ?漫画を描く事への興味を失った、友達の期待を裏切る冷血漢だとも受け取れただろう?」
少し困ったような表情を浮かべる。
千反田「…あの、それは…」
千反田のこの反応…。考えられるのはただ一つ。聞いてみる。
折木「…お前、陸山会長の隠れファンなのか?」
千反田「ち、違います!!!」
折木「」
違ったか。
折木「じゃあ、なぜだ?」
千反田は少し考えて、言い辛そうに口を開いた。
千反田「……陸山会長と折木さんが、なぜだか重なって見えたんです。………だから、えっと…」
折木さんだったら、理由もなくそんな事はしませんから
きっと、何かそうせざるを得ない理由があったんだと思いました。
千反田「だから、です。それが理由の全てです」
なんだそれ。
…なんだそれ。
何でそんなに俺を買いかぶれるんだよ。
何で…。
千反田は俺の微妙な表情を察したのか、会話を繋ごうとする。
千反田「去年の文化祭はとても楽しかったですね」
折木「ああ」
千反田「折木さんは部室から殆ど出ませんでしたよね」
折木「ああ」
千反田「折木さんらしいです」
折木「ああ」
千反田「でも今年は、一緒に文化祭を見て回りましょうね」
折木「ああ」
…
…って今、何て言った?
千反田は微笑みながら、言う。
千反田「約束です!」
去年の俺ならひたすら面倒だったであろう事案が、俺の気持ち一つでここまで変わって見えるとは。
これが1年という月日がもたらしたものなのか。
どうやら俺は、遅ればせながらようやく千反田との距離感を掴みかけているらしい。
千反田「楽しみにしてますね」
俺も。
33 : 以下、名... - 2012/09/30(日) 22:42:10.38 P6NUEaOO0 26/26
終わりー!
最後まで貼れて嬉しいw
支援してくれた人ほんとありがとう!
次回も別ルート期待!