勇者「ぼく、ここで死んじゃうんだ」
勇者「お母さん、ごめんね。帰れそうにないや……」
勇者「……最初からわかってた。王様達が、ぼくを……魔族に殺させようとしてたって」
傷だらけの幼い勇者は、故郷で待つ母を想いながら意識を失った。
※朝チュンレベルだが後に凌辱要素有、R-15
※ショタホモ要素有、注意
元スレ
勇者「お母さんが恋しい」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1455097999/
Section 1 旅立ち
――旅立ちの日、ブレイズウォリア城・謁見の間
国王「勇者エミル・スターマイカよ。お前が旅立つことが決定された」
勇者「え?」
国王「お前の兄である次期真の勇者・リヒトが試練を終えるまであと五ヶ月はかかる」
国王「その間に少しでも魔属の戦力を削ぎ落すのだ」
一般的に、魔に属するものを一纏めに魔属と呼び、
その内知能の高い者は魔族、動物程度の知能の者は魔物と呼ばれることが多い。
勇者「え? え?」
勇者の一族の中でも最も勇者に相応しい者が、聖域で行われる試練を終えることで真の勇者となる。
真の勇者として認められると、光の大精霊により光の力の結晶である光の珠を与えられる。
真の勇者としての役目を終えるか、もしくは次期真の勇者が試練を終えると、
光の珠は一度大精霊に返還され、次世代へ受け継がれるのである。
勇者「でも王様、ぼくはまだ12歳で……」
勇者「光の力だって、ほんの少ししか受け継ぐことができませんでした」
勇者の血を引く者は生まれつき魔を滅する光の力を持っている。
光の力は魔属にとっては猛毒。勇者は攻撃に光の力を上乗せすることで魔属を葬る。
更に、通常であれば真の勇者の子供は生まれながらにして強い光の力を持つ。
勇者エミルとその兄リヒトの父親は真の勇者であるが、何故だかエミルの持つ光の力は微弱であった。
勇者「その上弱虫なぼくが旅立っても……」
国王「お前には強大な魔力があるではないか。兄の負担を軽減しようとは思わぬのか」
勇者「…………」
光の力をあまり受け継げなかったこととは対照的に、
エミルには異常なほど大きな魔力容量があった。
国王「その力があれば一人でもやっていけるであろう」
勇者「そんな」
神官「陛下、恐れながら……こんな小さな子に一人旅だなんて残酷すぎますわ」
神官「処世術も知らないでしょう」
国王「ならば神官ユダス、お主が勇者に同行するがよい」
国王「ただし、同行を許すのはこれより二ヶ月のみとする」
国王「他の同行者は認めぬ」
勇者「…………」
国王「お前の旅立ちは平和協会の決定なのだよ。逆らうことは許されぬ」
平和協会――大陸中の治安を司る組織であり、大陸内部の人間の国や近辺の島国はすべて加盟している。
真の勇者の子供には平和協会から養育費が強制的に給付され、戦う人生を義務付けられる。
例え、本人が戦いを好まない性格であっても。
勇者母「ごめんね、あなたの養育費を全て返すから旅立ちを取り消してほしいって頼んだのだけれど」
勇者母「返却できる制度は存在しないから、って……取り合ってもらえなかった」
勇者「お母さんがぼくを守るために協会といつも喧嘩してたことは知ってるよ」
勇者「今まで育ててくれてありがとうね」
勇者母「……あなたは、お父さんとお母さんの子供だから、絶対に大丈夫」
勇者母「この家に……お母さんのところに、帰ってきてね」
勇者「うん」
勇者「……行ってくるね!」
勇者母「ああ……世界は、あんなに優しい子になんて残酷なことを強いるのでしょう」
勇者母(エミルは、幼い頃からお料理とお勉強が好きで、平和を愛する子でした)
勇者母(一般的な道徳観念を魔属にも適用してしまうほど、心根の優しい子)
勇者母(この旅でも、きっと一匹も魔物を殺さないでしょう)
勇者母(そんな勇者が、世界にどう思われることか……)
勇者母(神様、どうかあの子にご加護を……)
武闘家「わりぃな、一緒に行ってやれなくて」
勇者「王様の命令だもん。仕方ないよ。見送りありがとうね」
神官「ご友人ですか?」
勇者「うん。幼馴染のコハク君。遠い親戚なんだ」
コハクと呼ばれた少年は、わずかであるが勇者の一族の血を引いている。
真の勇者とその実子は直系と呼ばれ、その他の勇者の一族の者は傍系と呼ばれる。
真の勇者の実子であっても、本人が真の勇者に選ばれなければ、次の代からは傍系となる。
直系から離れるほど、持って生まれる光の力は小さくなる傾向がある。
武闘家「俺、多分お前のにーちゃんと一緒に旅立つから」
勇者「そうなの!? お兄ちゃんのこと、よろしくね」
勇者と神官は村を出た。
武闘家(あいつ本人には何の罪もないってのにな)
神官(なんて綺麗な緑色の瞳……まるで、日に照らされた木の葉のよう)
神官「魔物を殺したことがないのですか?」
勇者「うん。大抵懐かれちゃうから、あんまり襲われたことないし」
勇者「誰かが魔物に襲われてる時も、防護魔法で凌げば剣を抜かずに済むし……」
勇者「本当に命が平等なら、魔物だってそんな簡単に殺しちゃだめなはずなんだ」
勇者「こんなこと言ったら怒られちゃうし、誰もわかってくれないけど……」
神官「あなたは……」
神官は勇者を抱きしめた。
神官「戦いになんて、向いていないのでしょうね」
勇者(ぼくは幸せだったな。今までいろいろあったけど、)
勇者(お母さんやお父さん、お兄ちゃんにいっぱい可愛がってもらえて)
勇者(もう、二度と会えないのかな……)
勇者「既に気が立ってる魔物にはどうしても攻撃されちゃうけどね」
勇者「でも最後には仲良くなれるんだよ」
神官(魔物に懐かれるだなんて……不思議な子)
神官(それにしても、あまりにも不自然だわ。この子を一人で旅立させようとするなんて)
神官(もっと強い光の力を受け継ぐ者は何人もいる上に、)
神官(我が国には、優秀な戦士や魔術師が大勢いる)
神官(平和協会は、どんな理由があってこの子を旅立たせたのでしょう……)
勇者「あ、村が見えたよ! 今日はあそこで泊まろうよ」
村長「おお、よくぞいらした勇者様」
勇者「こんにちは!」
村長「しばらく見ない間に大きくなられましたのう」
勇者「えへへ、まだまだちっちゃいけどね」
村長の孫「誰か来たと思ったら泣き虫勇者さんじゃねえか」
勇者「あ、えっと……こんにちは」
神官「……」
村長の孫「何でお前が旅してんだ? リヒトさんはどうした」
村長「これこれ、エミル様に助けていただいた恩があるというのになんという態度じゃ」
村長の孫「けっ」
神官「この村に訪れたことがあるのですか?」
勇者「うん。三年くらい前かな」
勇者「お兄ちゃんと、お父さんと一緒にね」
勇者「この辺りで採れる木の実がどうしても欲しくって、連れてきてもらったんだ」
――三年前
村長の孫「あっちの洞窟にモンスターが出るらしいぜ!」
子分1「それほんとっすか!?」
村長の孫「ちょっと肝試しに行ってみないか?」
村長の孫「この辺は平和すぎて全然モンスターなんて出ないしさ」
村長の孫「魔物がどんな生き物なのか気になるだろ」
子分2「退治できたら親分はこの村のヒーローですぜ!」
勇者「だめだよ、危ないよ」
村長の孫「あ? 誰だてめえ」
子分1「真の勇者様の子供ですぜ」
勇者「洞窟の方から感じる魔力、ちょっと大きいよ」
勇者「子供だけで行っちゃだめ、大人でも危ないよ」
村長の孫「勇者の子供だろうがなんだろうが俺に口答えする奴は許さねえぞ」
村長の孫「俺はこの村の村長の孫なんだぞ!」
子分1・2「「そうだそうだー」」
勇者「あうう……」
村長の孫「ついてくるなよ!」
勇者「だって……心配だから……」
村長の孫「年下のチビなんかに心配される筋合いねえっつーの! 失せろ!!」
勇者「うぅっ……ぐすっ……」
子分1「泣き出しやがりましたぜこいつ」
子分2「勇者の一族のくせに泣き虫ー!」
村長の孫「泣き虫勇者ー! 父親譲りの黒髪は飾り物かぁあ?」
勇者「ふええぇぇぇええええええん」
子分1「こんな奴勇者の血を引いてるかも怪しいですぜ!」
子分2「やっとついてこなくなりましたねーあいつ」
村長の孫「出てこい化け物! この俺様が退治してやるぜ!」
?「ガルルル……」
子分1「こ、こいつ……」
?「ギァアアアアア!!!!」
村長の孫「ド、ドラゴンだと……!?」
子分2「や、やばいですぜ親分……ににににににげないと」
村長の孫「つっても子供じゃねえか! 臆するな! こいつ怪我してるし!」
ドラゴンの背には矢が刺さっている。
村長の孫「お前なんてヒノキの棒で充分だ!」ブンッ
ドラゴンはヒノキの棒を噛み砕いた。
村長の孫「ひっ」
村長の孫は腰を抜かしてしまった。
そのドラゴンは子供だが、尾を含め全長2メートルはある。
ドラゴンは右腕を振り上げた。
勇者「だめー!」
ドラゴンの鋭い爪が引き裂いたのは、村長の孫ではなく、勇者の背だった。
村長の孫「あ……ぁ……」
勇者「っ……」
勇者「ガイアドラゴンさん、落ちついて……びっくりさせちゃってごめんね」
勇者「……そっか、お母さんとはぐれちゃったところを、人間に襲われたんだね」
勇者「怪我、治してあげる」
ドラゴン「きゅぅ……」
勇者「だいじょうぶ、だよ……ここから、西の方に、君とよく似た魔力があるよ」
勇者「ほら、あっち……お母さんも君のこと探してる。わかるでしょ?」
勇者「もう飛べるよ。元気でね」
勇者「は、ぁ……」
子分2「た、助かった……」
子分1「こいつ、血が……大人を呼ばなきゃ」
村長の孫「お、お前……」
勇者「大丈夫? 怪我、してない……?」
村長の孫「何で魔物と話ができるんだよ……?」
勇者「え……」
村長の孫「化け物!!」
勇者「…………」
勇者兄「エミル!! そこにいるのか!?」
勇者兄「目を離した隙に勝手にどっか行くのやめろっつってんだろ!!」
勇者兄「ドラゴンの子供が飛んでくのを見たぞ!」
勇者兄「お前また魔物を助けただろ! 殺せって何度言えば……」
勇者「おに……ちゃ…………」
勇者兄「なんて酷い怪我してんだよ……!」
勇者には自分の傷を治す集中力が残されていなかった。
勇者兄「今止血してやるからな!」
――村長の家
エミルは寝息を立てて眠っている。
勇者兄「俺のエミルがあぁ……傷痕が残っちまったら兄ちゃん悲しいぞ……」
勇者父「残らないよう丁寧に魔法かけといたから安心しろ」
勇者父「あとお前も剣の修行ばっかやってないで魔法の勉強しろよな」
勇者兄「へーい……」
村長「孫がご迷惑をかけてしまったようで……」
村長「なんとお礼を申し上げればいいのやら…………」
勇者父「気にしないでくれ村長。こいつは勇者の務めを果たしただけなんだからよ」
勇者(ばけ、もの……)
――――――
――
村長「あの時の恩は返しても返しきれませぬ」
村長「この村の食を存分に楽しんでいきなされ」
勇者「うん!」
村長「勇者様は料理を嗜んでおられましたな。保存の利く食材を用意いたしましょう」
村長「オリヴァの実も持っていきなされ」
勇者「ほんと? やったあ!」
村長の孫「じーちゃん! そんな奴歓迎する必要なんてないぜ!」
村長の孫「魔物を殺せない勇者なんて勇者じゃねえ!」
村長の孫「魔物の意思がわかる化け物だしよ!!」
村長「お前はまだそんなことを言うのか! しばらく黙っとれ!」
勇者「いいんだよ、村長さん」
勇者「ほんとは、勇者は……魔物を、魔族を倒さなきゃいけない存在なんだから」
翌日
勇者「ありがとうございました」
村長「よかったらまた来てくだされ」
村長「その頃までには、孫をもう少し教育しておきますゆえ……」
勇者「えっと、気にしなくていいからね! ぼく、全然平気だから」
神官「お世話になりました」
神官(この子といると、不思議と魔物から襲われないわ)
神官(一体どうして……)
勇者「お父さん、元気かなあ」
勇者「たまにふらっと帰ってくるんだけど、普段は行方不明でさ」
勇者「これからたまたま会えたりしたら嬉しいなって思うんだ」
勇者「あ、でもユダスさんはお父さんに近づいちゃだめだよ!」
勇者「すっごい女好きでさ、女の人が近付いたら危ないんだって」
神官「彼は、勇者としての素質は随一だったのに、その……」
神官「下半身が自由奔放であったのが玉に傷だと聞き及んでおります。」
勇者「そうそう。ぼくにはあちこちにお母さん違いの兄弟がいるんだって」
勇者「旅の途中で兄弟に会っちゃったりして……うーん心配だなあ」
勇者「今も兄弟増やしてるのかも……」
神官「一応、あなたが生まれて以降は自粛しておられる……という話を」
神官「平和協会の方から聞いたことがあります」
勇者「ほんとだといいなあ」
神官「尤も、近年は平和協会も彼の動向を把握しきれていないそうですが……」
勇者「そうなの?」
神官「12年前の魔王との闘い以来、各地を巡って人々を助けてはいるそうですが」
神官「神出鬼没なのだそうです」
勇者「そういえば瞬間転移魔法覚えたって言ってた気がする」
勇者「自分しか転移できないみたいだけど」
神官「ええっ!? あの魔法のアルゴリズムは解明されていないはず」
神官「今現在瞬間転移魔法を扱える人間はいないのですよ」
神官「使えるのは相当高位の魔族のみだと言われています」
勇者「んー……お父さんのことだから、魔王と闘った時とかに術を盗んだりしたのかも」
勇者(昔は、今よりも魔族と人間の争いが激しかった)
勇者(当時の魔王、ネグルオニクスは、とても残酷だったらしい)
勇者(12年前……ぼくが生まれた頃の闘いで、お父さんは魔王に大きな傷を負わせた)
勇者(それ以来、魔族の軍勢が攻めてくることはなくなった)
勇者(数年前に代替わりしたそうだけど、状況はほとんど変わっていない)
勇者(今でも小さな争いはあるけど、人間の方から攻め入ることがほとんど)
勇者(下級の魔物が人間を襲うのは、肉食獣が人間を襲うのと同じようなものだし、)
勇者(魔王自ら戦いを起こすような様子はない)
勇者「今の魔王って、どんな魔族なんだろうね」
勇者「平和主義者だったらいいなあ……」
宰相「陛下、あれでよろしかったのですか」
宰相「次期真の勇者の覚醒前に、魔王が沈黙を保っている現状で下手に刺激を加えては」
国王「問題ない。万が一向こうから攻め入られることがあったとしても、」
国王「老いているとはいえ真の勇者は存命しておる」
国王「何を目的に大陸中を飛び回っておるのかは不明だが、いざという時は奴が動くだろう」
宰相「し、しかし……」
国王「あやつは不穏分子。しかしながら、人の形をしている以上処刑もできぬ」
国王「魔族に殺してもらうのが最良だ」
国王「相手が魔王であれば更に良い」
国王「エミルが魔王に殺された時、兄のリヒトは魔王を深く憎むであろう」
国王「憎しみは人の強さを引き出す」
国王「リヒトの魔王討伐を成功させる足がかりとなるだろう」
勇者「村でもらったオリヴァの実でスープ作ったんだよ!」
神官「あら……おいしそうな香り」
勇者「実は具になるし、種は砕いたらすっごくおいしい香辛料になるんだよ」
勇者「あと、お漬物にしたら長持ちするんだー」
――――――
――
神官(エミルさんと旅立って一週間)
神官(エミルさんは一向に魔物と戦わない)
神官(三年前の出来事と同様、剣を抜くことなく、争いを鎮めている)
神官(魔法を使って、時には自分の体を張って……)
勇者「魔王がいい人だったとしても戦わなきゃいけないのかなー」
勇者「……それが勇者の宿命だもんね」
勇者「理想を描くだけじゃ何にもならないって、いつもお兄ちゃんが言ってた」
勇者「でも、ぼくは…………」
Now loading……
――魔王城
執事「魔王陛下、人間側に動きがありました」
執事「次期真の勇者リヒトが覚醒する前に、その妹エミルを送り出したようです」
魔王「……愚かな人間共め」
魔王「沈黙の時も終わりが近いな」
魔王「やはり、彼奴では荷が重かったか――――」
Section 2 旅路
勇者「旅立ってからもうすぐ一ヶ月かあ。あっという間だね」
神官「ええ」
勇者「……ごめんね」
勇者「ぼくが魔物を殺さないせいで、協会からの援助金がちょっとしか入らなくて」
神官「お気になさらないでください。最低限生きていける額はあります」
大陸中に平和協会の支部が点在しており、
勇者とその仲間は協会から支援金を受け取ることで旅を続けることができる。
勇者(食費でほとんど消えてしまう金額しかもらえないなんて)
勇者(これじゃ、馬車にも乗れるかどうか……)
勇者「あ! あの掲示板見て!」
勇者「この先の谷間の道を塞いでる魔物を退治できたら80万Gだって!」
勇者「ぼく達がこれから通る道だし、やってみようよ」
神官「でもエミルさん、あなたは……」
勇者「……退治はしないよ。ちょっと遠くへ行ってもらうだけ」
勇者「話せばきっとわかってくれるから」
神官「…………」
神官「エミルさん、あなたが殺さなかった魔物が、いつか人を襲うとは考えないのですか?」
神官「目の前の人と魔物を助けても、あなたの知らないところで誰かが犠牲になるかもしれません」
勇者「………………」
勇者「神官さんの言う通りかもしれない」
勇者「でも、肉食の動物は、人間から怖がられることはあっても忌み嫌われたりはしてない」
勇者「魔族ならともかく、魔物を目の敵にする理由がぼくにはわからないんだ」
神官「それは……魔属の持つ気が我々には有害ですから」
魔属は魔のオーラを纏っており、それは魔の気や魔気と呼ばれている。
人間や動物が魔気に長時間当てられると身体に異常をきたし、最悪の場合死に至るのである。
魔属同士であっても、相性によっては相手の魔気が有害となる場合がある。
勇者「でも、それはわざとじゃないし、お守りや魔法で防ぐ方法だってあるし……」
神官「貧しい者は魔気避けのタリスマンを買うことが困難でしょう」
神官「魔法を使用しても、長時間魔気を防ぐには相当な魔力と精神力が必要となります」
神官「身を守るために敵の命を奪うのはやむを得ないことなのです」
勇者「…………」
神官「あなたは綺麗事で誰かを犠牲にするおつもりですか」
神官「……ご自分の手を汚すのが怖いだけなのではないですか!」
勇者「そんなわけじゃ……」
神官「ならば、勇者として魔物を退治なさい」
勇者「……………………」
神官(ここでエミルさんを勇者として成長させないと)
神官(現実をお教えしなければ、この子はいつまで経っても甘ったれた子供のまま……)
勇者(同じような説教は、小さい頃から何度もされてる)
勇者(それに対して、ぼくはずっと答えを出せないまま)
勇者(みんな仲良く生きていけたらいいなって)
勇者(平和な世界を、創る方法はないのかなって……)
勇者(そんなぼくの価値観をわかってくれた人もいない)
『ぼくも、そう思うよ』
『魔族と人間の仲が良かったなら、きっと、今頃――』
勇者(ううん、一人だけいたはずなんだ)
勇者(名前も顔も、思い出せないけど……)
勇者「あれは……レオトルス! 図鑑で見たことあるよ!」
神官「あんなに恐ろしい魔獣の群れがこんなところにいるなんて」
レオトルス――獅子に近い体型を持つ、雷属性の魔物である。
魔物の中でも上位とされ、知能は高い方である。
通常は荒野や山奥に生息し、人間の街道沿いに姿を現すことは滅多にない。
勇者「すっごく怒ってる……」
勇者「人間に敵意を剥きだしにしてるよ」
神官「いくらなんでも危険すぎです!」
神官「歴戦の戦士と、勇者の一族の者を大勢呼ばなければ」
勇者「……なんとか、してみせるから。ここでバリアを張って待ってて」
勇者「どうして君達はこんなところにいるの!?」
レオトルス「ガアァ!」
一体のレオトルスが勇者に襲いかかった。
勇者「んっ!」
神官「エミルさん!」
勇者「大丈夫だよ! そこにいて!」
勇者「こんな異常事態には、何か必ず原因があるはずなんだ……!」
勇者「教えて! 君達がここへ来た理由を!」
怒り狂った雷獣達がエミルの言葉に耳を貸す様子はない。
100体近くの雷獣が代わる代わるエミルに襲いかかる。
神官(あれほどの攻撃を防護壁で防ぎ続けることができるなんて……)
神官(あの子は一体どれほどの魔力を持っているというの!?)
勇者(これじゃ埒が明かない……!)
勇者「――リベレイトマジック」
神官(あの子の魔力が膨れ上がった……今まで力の半分以上を隠していたというの……?)
勇者「ごめんね、一回寝てね!」
勇者「スリーピングミスト!」
優しい霧が辺りを満たした。
怒り狂った雷獣達は次々と微睡み、地に伏し始めた。
神官「嘘でしょう……?」
神官「凶暴な魔物達を……こんなに簡単に……一気に眠らせるだなんて……」
神官(こんなの……人間の魔力容量じゃないわ……)
神官(大魔導師クラスを軽く超えてるじゃない……!)
勇者「君が、この群れのリーダーなんだね」
一体だけ、最も体が大きいレオトルスは微睡みながらも意識を保っていた。
勇者「そっか。やっぱり、元の棲み処を人間に襲われたんだね」
勇者「魔王の命令で、人間を襲うのを控えていたのに……」
勇者(この子達の心は、魔王への不満と、人間への怒りで満たされている)
勇者「ここはだめだよ。近い内に、君達を討伐しに大人の人がいっぱい来るから」
エミルは感覚を研ぎ澄まし、魔力で辺りを探索した。
勇者「ずっと南西の方の荒野……今は人間も上位の魔物の群れもいないみたい」
勇者「君達が住むのに適してると思うよ。そこへお行き」
勇者「ユダスさん! 倒さなくっても、なんとかなったよ!」
勇者「人間の方から危害を加えなければ、あの子達は人間を襲わないんだって」
エミルが戻ると、神官は腰を抜かしていた。
勇者「これでこの辺りは平和になったし、当分お金には困らないよ!」
神官「ひっ…………」
勇者「ユダスさん……?」
神官「来ないで」
勇者「え……」
神官「化け物」
勇者「! ……」
勇者「ごめんなさい。びっくりしたよね」
勇者「今までありがとうございました」
勇者「これからは、ぼく一人で旅を続けます」
神官「…………」
勇者「……さようなら」
勇者は一度町へ戻り、半分だけ報酬を受け取った。
勇者「もう半分は、ぼくと一緒に来てた神官さんに渡してください」
町長「いいのかね……君の手柄だろう」
勇者「はい。神官さんがいなかったら、ぼくはここまで来るのにもっと苦労してました」
勇者(……大丈夫。ぼくはもう宿の泊まり方も、馬車の借り方も知ってる)
勇者(ユダスさんが教えてくれたから)
勇者(一人でだってやっていけるよね)
Now loading......
勇者(今まで旅をしてきて、わかったことがある)
勇者(魔王の命令を理解することができるくらい知能が高い魔物は、)
勇者(自衛のためを除いて、人間を攻撃することは禁じられている)
勇者(人間から争いを起こした方が危険なんだ)
勇者(でも、そんな命令を下す魔王を良く思わない魔属はたくさんいる)
勇者(いつまでこの状況が続くのかはわからない)
小さな勇者は、谷間の道へと歩を進めた。
たった、独りで。
勇者(お母さん、どうしてるかな)
勇者(会いたいよ…………)
谷間の道を抜けると、一件の小屋があった。
エミルは古びた戸を叩いた。
勇者「誰かいますか?」
少女「……はい」
扉を開けずに少女が答えた。
勇者「ここで泊めていただきたいんです」
少女「……ごめんなさい。ここはだめなんです。げほっ……」
勇者「どうしてですか?」
少女「こほっ……わたしが、病気だか、ら……うっ」
少女「がはっごほっ」
勇者(助けなくちゃ!)
勇者「ごめんなさい、開けます!」
少女「だめ、移っちゃう……」
勇者「!」
勇者(体中に青い斑点……)
勇者「大丈夫。これ、移らない病気だよ。本に載ってた」
少女「えっ……」
勇者「ちゃんと町のお医者さんに診てもらって、お薬をもらえば治る病気なんだ」
勇者(それなのに、ここまで悪化するまで放っておくなんて……)
勇者「ここに一人で住んでるの?」
少女「うん……」
少女「私はこの先の村で生まれ育ったのだけど、」
少女「呪いだとか、伝染性の奇病かもしれないとかで、みんな私を怖がるようになったの」
勇者「そんな……」
少女「お父さんとお母さんが、たまにこの家の外に食べ物を置いていってくれるの」
少女「それでなんとか生きてこられたのだけど……」
少女「このまま一人で死んじゃうのかなって、寂しくて……」
少女は泣き出した。
勇者「……大丈夫だよ。君はぼくが町まで連れていく。絶対死なせたりなんてしないから」
勇者(武芸者や術師じゃなければ、少しの間くらい誰かと一緒にいても問題ないはずだし)
勇者(人助けをしなきゃ勇者じゃないもん)
勇者(となると、ここの近くの村には行きづらいな)
勇者(この子と足場の悪い谷間の道を戻るのは無理だろうし、もっと西の大きな港町に向かおう)
勇者「ぼくはエミル。君、名前は?」
少女「……リラ」
勇者「リラ、綺麗な名前だね」
少女「っ!」
少女は頬を赤らめた。
少女(エミル君、か……)
翌日
少女(お父さんとお母さんにわかるように、扉に手紙を貼っておこう)
【病気を治してもらいにマリンの町へ向かいます、心配しないでね】
勇者(昨晩は暗くて気が付かなかったけど、この辺りはライラックが咲き乱れてるんだ)
勇者(綺麗だな……)
勇者「丸一日歩くことになるけど、がんばってね」
少女「うん!」
少女(病気になって以来、両親以外の人から優しくしてもらえるなんて初めてだわ)
勇者(人間でも、害があると思われたらあっさり迫害されてしまうんだ)
勇者(……この子だけじゃない。病気になった人が差別されるなんてよくあること)
勇者(どうしてそんな簡単に忌み嫌うことができるのだろう)
勇者(好きで病気になったわけじゃないのに。踏んだり蹴ったりだ)
平原
少女「うっ……」
勇者「この辺りで休もうか」
少女「けほっけほっ……ごめんなさい、足を引っ張ってしまって」
勇者「気にしないで。ゆっくり行こう」
勇者「あ、馬車だ! 待ってください!」
御者「へい」
勇者「マリンの町まで乗せてほしいんです」
御者「500Gかかるけどいいか……!? 何だいその子の肌は!」
御者「悪いけどお断りだよ!」
馬車は行ってしまった。
勇者「あう……」
少女「…………」
勇者「病院まで行けたら、もう大丈夫だから」
少女「ごめんなさい、もう歩けないわ」
勇者「じゃあ、ぼくの背に乗りなよ」
少女「え、でも」
勇者「こう見えて、ぼく力持ちなんだよ!」
エミルは軽々とリラを背負った。
少女(すごい……私と大して背も変わらないのに)
少女(優しくて、強くて、暖かい……私の勇者様)
――港町の門
勇者「よかったね、日の入りまでに着いたよ」
少女「でも……この見た目じゃ、町の人達に怖がられてしまうわ」
勇者「えっと……あ! ぼくのマント貸してあげる」
勇者「さっきもこれ被っておけばよかったね、気が付かなくてごめんね」
少女「いいえ……あり、がとう」
医者「!? かなり病気が進行しているじゃないか!」
医者「何故ご両親がもっと早くここまで連れてきてくれなかったんだい」
医者「珍しい病気だが、今からでも手遅れではない」
少女「ほんとですか!?」
医者「だがね……入院費込みで、治療費が最低でも15万Gほどかかってしまう」
医者「君達に払えるかい……?」
少女「そんな……!」
少女「そんな大金、うちにはないわ……」
勇者「ぼくが20万G置いていきます。どうかリラを助けてあげてください」
医者「な、なんと」
少女「どうして……」
少女「どうして出会ったばかりの私にそこまでしてくれるの……?」
勇者「困ってる人を見捨てるなんて、ぼくにはできないから」
勇者(誰かが困っていたら、それが人であっても、動物であっても、)
勇者(……魔属であっても、ぼくは……助けたいと思う)
少女「ごめんなさい、ありがとう、ありがとう…………」
翌日
少女「あなたと出会えなかったら、私……一人で寂しく死んでいたわ」
リラはエミルの頬にキスをした。
少女「生きて帰ってきてね」
勇者「……うん」
少女「また会える日が来るのを、私、ずっと待ってるから」
少女「その頃には、病気を治して元気になってるわ!」
勇者「うん」
少女「約束よ!」
勇者「……うん。約束する」
勇者(この約束を守れる可能性は、ほとんどないだろうけど)
勇者(……リラにぼくは女の子だって伝えそびれちゃったな)
勇者(ぼく、男の子からは全然モテないのに、女の子からはモテるんだよなあ)
勇者(男の子の格好してるせいかなあ)
勇者(縛ってる髪の毛、解いちゃおうかな)
勇者(……うっとうしい。無理だ)
勇者(もう男の子からモテる必要もないし、いっそバッサリしちゃおうかな)
勇者(でも、切っちゃったらお母さん怒るだろうなあ)
――――
勇者母『エミル、はやく素敵なお婿さんを連れてきてね』
勇者『えーなんでー?』
勇者母『真の勇者の子供でも、女の子は結婚しちゃえば戦いの義務が免除されるのよ』
勇者母『素敵な恋愛をして、幸せな結婚をして、可愛い孫の顔をお母さんに見せてね!』
勇者『うん!』
勇者母『そのために、お洒落よ! 髪を伸ばして、可愛いお洋服を着て……』
勇者『女の子らしい服なんてぼくには似合わないよー』
――――
勇者「まさか、結婚できる年齢になる前に旅立つことになるなんてね」
勇者「お母さん……」
Now loading……
国王「この頃、地震や火山の噴火、豪雨などの異常気象が多いのう」
国王「ところで、勇者エミルの様子はどうだ」
宰相「順調に魔王城のある西へ向かっているそうでございます」
宰相「しかし、相変わらず魔属を一体も殺さずに事件を解決しているとかで……」
国王「勇者らしくない勇者もいたものだ」
Section 3 邂逅
勇者(旅立ってからもう二ヶ月半かあ)
勇者(一人旅もだいぶ慣れたな)
勇者(……オリヴァの実、食べ尽くしちゃった)
協会職員「よくぞセントラルの町へいらっしゃいました、勇者様」
協会職員「こちらが支給金です」
勇者「いらないよ。自力でお金を稼ぐ方法をいくつか身に着けたもん」
勇者「それに、どうせお小遣い程度しかくれないんでしょ」
協会職員「ええ。戦わない勇者にお給料を出すなんてもったいないですから」
勇者(ゆっくり進もうにも、監視があるしなあ)
勇者(逃げたりしたらお母さんが国から何されるかわからないし、)
勇者(このまま旅を続けるしか……ないんだろうな)
勇者(ぼくのことを優しい勇者だって褒めてくれる人もいるけど)
勇者(腰抜けだって非難する人の方が多い)
勇者(この旅で、人間と魔族が仲良くなれる方法でも見つかったら嬉しいけど)
勇者(そんな簡単に見つかるわけ、ないもんな)
勇者(勇者が魔王城に向かっていたら、たくさんの刺客に襲われるのが普通なのに)
勇者(ぼくのところには全く魔族が襲いに来ない)
勇者(それは、魔王の命令なのか、ぼくが一体も魔物を殺していないせいなのか、)
勇者(わざわざ殺す必要もないと判断されるほど、重要視されていないからなのかはわからない)
勇者(やっぱり、大して光の力を持っていない勇者なんて……)
――――
――
七年前
国王『お前は本当にシュトラール・スターマイカの子供なのか?』
大魔導師『魔力検査・遺伝子検査共にシュトラールの実子で間違いないとの結果が出ております』
勇者兄『こんだけ似てるんだから疑いの余地ねえだろうがぁぁあああ』
勇者『お兄ちゃん落ち着いて!!』
――――――
勇者(それでも、ぼくはお父さんの子供なんだ)
勇者(自信持たなくっちゃ)
勇者(大陸の中央の国なだけあって、いろんな商品が並んでるなあ)
勇者(大陸中の物が集まってくるもんね)
勇者(あ、あのワンピースきれいだな)
白地の布に、木や花を模った刺繍が施されている。
勇者(あんな服着てみたいな……)
勇者(そんなことより、食料買い込んで装備を整えないと)
商人「君、この服が気になるのかい?」
勇者「は、はい」
商人「この服は大陸南西部のシルヴァ地方の民族衣装でね」
商人「僕もシルヴァのとある村出身なんだがね、まあ良いところだよ」
商人「美しい森が広がっていてね、滅多に争いの起こらない平和な土地さ」
勇者「へえー……」
商人「……君、お母さんの名前は?」
勇者「? カトレアだけど……」
商人「そうか……」
勇者「どうかしましたか?」
商人「いいや……君と似た女性を知っていたというだけだよ」
商人「姿形は似ていないが、雰囲気がよく似ているんだ。オーラとでも言うべきかな」
商人「僕の初恋の人だったんだがねえ、二十年程前に魔王に攫われてしまったんだ」
商人「綺麗な人だったからねえ……そして優しかった」
勇者「そうなんですか……」
商人「おっとすまない、話が長くなってしまったね。僕の悪い癖だ」
商人「お詫びにこれをあげよう」
勇者「髪留め?」
商人「オリヴァの枝を彫ってデザインされたものだ。お洒落だろう?」
商人「紐よりは楽に髪の毛を結えるはずだよ」
勇者「わあ、ありがとう!」
商人(! なんて彼女に似た笑い方をするんだ)
勇者「ぼく、魔王城に向かっているんです。攫われた女の人の名前を教えてください」
勇者「もしかしたら、その女の人のことについて調べられるかも」
商人「こんなに小さいのに……彼女の名はエリヤ。エリヤ・ヒューレーだ」
勇者「エリヤ・ヒューレーさん……はい、覚えました!」
勇者「あ、ぼくはエミルっていいます。あなたの名前は?」
商人「……僕はラウルスだよ」
商人(ああ、君は今でも生きているのかい? それとも……)
勇者(まだお昼なのに曇ってるせいで妙に暗いなあ)
勇者(早めに宿屋で休んじゃおうかな)
娘「きゃああ! 何するのよ!」
チンピラ1「騒ぐなって~ちょっと付き合ってくれるだけでいいんだからよお~」
チンピラ2「お前ほんとガキが好きだよなぁ。こんなちんちくりんのどこがいいんだよ」
チンピラ1「ガキなのがいいんじゃねえか~こいつは顔も綺麗だしよ」
娘「気持ち悪い! 近寄らないで!」
娘「パパが来たらアンタたちなんて肉片になっちゃうんだから!」
チンピラ1「そのパパは今どこにいるんだ? ん?」
娘「それは…………」
勇者「何してるんですか」
チンピラ1「あ゛?」
勇者「彼女、嫌がってますよ」
チンピラ2「何だ? このガキ」
勇者「その子を解放してあげてください」
チンピラ1「ガキはすっこんでろ!」
チンピラ1はエミルに殴り掛かった。
エミルはチンピラ1の攻撃を軽くかわし、
チンピラ1のバランスが崩れたところで足元を蹴った。
チンピラ1「がはっ」
チンピラ2「おるぁあ!」
チンピラ2は鋭く拳を打ち出したが、エミルはその勢いを利用し、チンピラ2の腕を手前に引いた。
二人のチンピラはあっけなく地に伏した。
娘「うそ……」
勇者「ぼくはエミル。勇者です。乱暴は許しませんよ」
チンピラ2「勇者だと? ……こいつスターマイカ家の顔付きだぜ」
チンピラ1「まさか……シュトラールのガキか!?」
チンピラ2「よく見たら奴そっくりだ! シュトラールのガキが現れた!」
町人A「なんだって!?」
町人B「女は全員避難しろ!! 微笑みかけられただけで妊娠するぞ!」
チンピラ達だけでなく、周囲にいた女性は襲われていた娘以外全員逃げ去った。
男達も警戒してエミルの様子を窺っている。
勇者「今まで通った村や町でも似たようなことはあったけどこれはひどい」
勇者(お父さん…………)
娘「あの……」
勇者「大丈夫? あ、妊娠しないから安心して。ぼく女の子だし」
勇者「あ、君……光の力を持ってるんだね。それじゃあ親戚だ」
娘「ええ……ほとんど役に立たないくらい、ほんの少ししかないけれど」
娘(この子、本当にシュトラールの子供なのかしら)
娘(光の力、私よりちょっと多いくらいしかないわ)
娘「私はミモザ。助けてくれてありがとう、エミル」
娘祖父「おお……孫を助けてくださったのですな」
娘祖父「今晩はうちに泊まってゆきなされ」
娘祖父の家
娘祖父「わしの娘の夫――この子の父親バーントが勇者の一族の血を引いておっての」
娘祖父「普段は南の村に住んでおるのじゃが、」
娘祖父「たまに家族でわしの家に泊まりに来てくれるのじゃよ」
勇者「そうなんですか」
娘祖父「お主は父親の小さい頃によく似ておるのう……」
娘祖父「あやつはもう少し面長であったが」
勇者「お父さんの子供の頃を知ってるんですか?」
娘祖父「うむ」
娘祖父「シュトラールは幼い頃から父親に連れられ、旅をしながら修行を積んでおった」
娘祖父「この町にも度々訪れておったよ」
娘祖父「現れる度に女性を口説くのが上手くなっておったのう……」
勇者「…………」
勇者「この家には本がいっぱいあるんですね」
娘祖父「町の者からは図書館扱いされておるよ」
娘祖父「奥の部屋にはとても古くて珍しい本もある」
勇者「!」
エミルは目を輝かせた。
娘祖父「普段、奥の部屋は人に見せぬのじゃが、興味があるのなら読んでおゆきなさい」
娘祖父「孫を助けていただいた礼じゃ」
勇者「ありがとう、おじいさん!」
娘父「ただいま。買い出し終わったぞー」
娘母「お父さん、ただいま」
娘「おかえりなさい。丁度今晩ご飯ができたところよ!」
娘父「おい、その子供は……」
勇者「こんばんは。ぼくはエミル・スターマイカです」
娘父「……歳はいくつだ」
勇者「12です」
娘父「…………」
娘母「あなた……」
勇者「…………?」
娘父「ブレイズウォリアから勇者が一人旅立ったとは聞いていたが……」
娘「ほら、はやく手を洗って席について! ごはんよ、ご・は・ん!」
娘「この頃涼しいわりに湧き水があったかいから助かるわ」
娘「薪を節約できるもの」
勇者「おいしい! どんな香辛料使ったの?」
娘「ココの種と、バジルルの葉っぱの粉末よ」
娘「コンブソウの出汁も取ったわ」
娘「キャロの根からも味がしみ出してるはずよ」
勇者「すごい! 今度ぼくも作ってみよ」
娘「ずいぶん家庭的な勇者様ね」
娘父「……男だったら切り倒してた」
ぼそりと娘の父親が呟いた。
勇者「えっと……お父さんがご迷惑をかけたり……していましたか?」
娘父「あの男! 俺の嫁さんに何度も言い寄りやがって!」
娘父「その上あの時は」
娘母「落ち着いて、あなた」
娘父「今度会ったらあの面ブン殴ってやる……」
勇者「お父さんの代わりに謝ります。ごめんなさい」
娘「もー!食事時の空気を悪くしないでよ! ごはんが不味くなっちゃうじゃない!」
娘父「す、すまん」
娘祖父「明日にはみな帰ってしまうのかの?」
娘父「いや、俺は帰れなくなった」
娘「え? 何で!?」
娘父「平和協会からの伝令だ。ここから北西の方角の山岳へ戦いに出る」
娘「嘘でしょ!? そんな……」
娘父「仕方ないさ。俺は平和協会の金で育ったんだから」
真の勇者の子供でなくとも、平和協会に申請すれば養育費の援助を受けることができる。
そのため、貧しくとも飢えることはないが、戦士として戦うことが義務付けられる。
バーントが育った家庭は貧しく、平和協会の援助なしでは子供を育てることができなかった。
娘父「ここ数ヶ月、異常気象や災害が多いのは知ってるだろ?」
娘父「この間の地震以来、山岳の魔物達が狂暴になってるらしくてな」
勇者「退治するんですか!?」
娘父「ああ。当然だろ」
勇者「でも、地震が原因だとしたら、しばらく様子を見れば元通りになる可能性も……」
娘父「その間に誰かが食い殺されるかもしれない」
娘父「お前は勇者でありながら魔物の肩を持つのか?」
勇者「そういうわけじゃありません!」
勇者「進んで戦っても、かえって犠牲が大きくなるかもしれないんです」
勇者「ぼくはそういった例を旅の中でいくつか見てきました」
勇者「防衛に徹し、攻撃は控えるべきです」
娘父「……お前の言うことが正しかったとしても、協会の命令には逆らえない」
娘父「俺が稼がなかったら、俺の家族は飢え死にするか協会の援助を受けるかの二択になる」
娘父「俺は、娘を戦場にやりたくはないんだ」
勇者「…………」
勇者「ぼくも行きます」
勇者「誰も死なずに解決できる方法が見つかるかもしれません」
娘父「……勝手にしろ」
娘父「幸いこういった突発の仕事は給料が前払いだからな」
娘父「俺自身が自ら逃げ出したりしない限り、お前に邪魔されたところで生活には響かない」
娘父(協会は何故こんな子供を旅立たせたんだ)
娘父(……まあ、大体察しはつくんだがな)
娘父(シュトラールは一体何をやっている)
夕食後
勇者(二万五千年前の大戦の本がある!)
勇者(この時代の歴史書って、ほとんど残ってないんだよなあ)
勇者(神話レベルになってるし)
――――
二人の勇者は、大精霊からそれぞれ力の結晶を授かり、
大いなる破壊の意思を封印した。
勇者の内一人は東にある故郷へ帰還し、
もう一人の勇者はいずこかへ姿を消した。
時を同じくして、大陸の生命の半分は魔に侵された。
――――
勇者「勇者が二人いた……?」
娘祖父「うむ。東へ帰った勇者の子孫は、勇者の一族として今でも現存しておる」
娘祖父「もう一つの力は、一体何処にあるのやら……」
娘祖父「今でも、正しき心を持つ者が受け継いでおると信じたいものじゃ」
勇者(大いなる破壊の意思が封印された直後に魔属が現れた)
勇者(魔属はその時新たに生まれた生命なのか、)
勇者(それとも、元いた生物が魔属に変化したのか……うーん)
勇者(争いの根本的な原因を知りたい)
勇者(人は同じ過ちを繰り返さないために歴史を学ぶ)
勇者(過去を知ることが、より良い未来を作るためには重要なことなんだ)
娘「お風呂上がったわよ。入ってきなさい」
勇者「ありがとう、じゃあお借りするよ」
娘「はあ……あなたが男の子だったらなあ」
勇者「あはは。実はそれよく言われるんだ」
娘父「あの時の赤ん坊と再会するとはな」
娘母「ええ……とても良い子に育っているみたいね」
娘父「ああ。余程あいつの嫁さんの教育が良かったのだろう」
娘父「とても優しい子だ……気味が悪いほど」
Now loading......
翌日。
勇者「ぼくは基本的に一人旅を義務付けられています」
勇者「今回の戦いに参加する許可をください」
協会職員「少々お待ちを」
娘父「おい、一人旅を義務付けられてるってどういうことだ」
協会職員「ええと、それは……極秘事項となっております」
娘父(……酷なことを。うちの娘と大して年も変わらんというのに)
協会職員「許可が下りました。討伐隊に加盟します」
勇者「ありがとうございます」
娘父(シュトラール……お前が命がけで護った娘は、世界に殺されようとしている)
勇者(狂暴な魔物であっても、魔王の命令を理解する知能のない子は人間を襲う)
勇者(仮に知能が高かったとしても、錯乱すればどうなるかわからない)
勇者(魔物達を説得することも困難かもしれない)
――北西の山岳地帯
いくつもの雷鳴が轟いている。
勇者(……寒いなあ。今の季節、この辺りの気候はもう少し温暖なはず)
娘父「風邪引くんじゃねえぞ。足を引っ張られたら困るからな」
勇者「はい」
隊員A「出たぞ! スノウジャガーだ!」
隊員B「スノウアウルまでいるぞ!」
勇者(普段は雪原か山奥の標高の高い所に生息している魔物が不自然に多い)
勇者(まるで、元の棲み処から避難してきたかのような……)
――――
娘『この頃涼しいわりに湧き水があったかいから助かるわ』
――――
勇者(! 頻発する地震、温かくなった地下水……)
勇者(これが、噴火の前兆現象だったとしたら……)
勇者「戦っている場合じゃない! 今すぐ遠くへ避難しなきゃみんな死んでしまう!」
娘父「いきなり何を言い出すんだ!?」
勇者「火山が噴火するかもしれません!!」
隊員A「知るか! 俺達の仕事はあいつらの始末だ!」
隊員A「進めー!!」
雪魔族「させるものか!」
冷たい突風に討伐隊の隊員達は吹き飛ばされた。
勇者「ま、魔族……!」
雪魔族「その小僧の言う通りだ。もうじきこの山岳地帯はマグマに包まれる」
雪魔族「そうなれば、この子達は焼け死んでしまう。東の山脈へ逃れなければならない」
勇者「寒い気候を好む魔属と避難するために、この辺りの気温を下げていたんですね」
雪魔族「その通りだ。我々の邪魔をするならば消えてもらおう!」
風竜「ガァアアア!!」
雪魔族と共にいる巨大なドラゴンが威嚇を行った。
勇者「みんな逃げて!!」
隊員の半数近くは逃げ出した。
残りは臨戦態勢を保っている。
雪魔族「ずいぶん勇敢な人間達だな」
雪魔族「やれ!」
勇者「待って!!」
勇者「みんな生きようとしてるのに、殺し合うなんて間違ってる!!」
勇者「人間も魔属も両方今すぐ避難しなきゃいけないんだ!!!!」
雪魔族「子供の綺麗事を聞いている暇はない!」
隊員C「魔属のために人間の領域が侵されかけているんだぞ!!」
勇者(何で……)
勇者(どうして逃げてくれないの……!?)
隊員A「くっ……突撃しろー!」
隊員達「「「「「うおおおおおおお!!」」」」」
娘父「子供はどうしても発言力が弱いからな」
娘父「真の勇者でもないのに、そんな簡単に人を動かせると思うな」
勇者「!」
隊員L「こいつらが安全な土地へ逃れるまでには、」
隊員L「いくつか人間の集落の近くも通ることになるだろう」
隊員L「こいつらはあまりにも危険なんだよ」
隊員P「はやめに駆除しなければならない。わかってくれ、小さな勇者さん」
勇者「そんな……そんなの、認めない!」
娘父「おい待て!!」
勇者は駆け出した。
勇者(高位の魔族がいるから、おそらくスリーピングミストは通用しない)
勇者(一つ一つ潰していかなきゃ)
勇者「バリア! フェイント! バリア! フェイント!!」
勇者は力の及ぶ限り、視界に入った者達を防護壁で包み、気絶させていった。
雪魔族と風竜による遠距離攻撃からあらゆる者達を守るため、
一度張った防護壁を解くこともしようとしない。
雪魔族(奴め、なんという魔法技術だ! 子供とは思えん)
雪魔族「だが」
勇者「!?」
エミルの脇腹を氷柱が裂いた。
勇者「あ……ぐ……」
娘父(まずい!)
雪魔族「他者を守ることに集中しすぎたな」
雪魔族「己の防護壁が薄くなっていたぞ」
勇者「くっ……」
雪魔族「これがお前の最期だ」
風竜「待て。魔王陛下の命令を忘れたのか」
風竜「エミル・スターマイカを殺してはならない」
雪魔族「腰抜け魔王の命令なんぞこれ以上守ってはおれぬ!」
雪魔族「私はこの子達を守るために戦う! 例え、魔王の命令に逆らうこととなっても!」
雪魔族「人間なぞ全員蹴散らしてくれるわ!!」
勇者「だめ……戦っちゃだめ!!」
雪魔族「あやつ、もうあの傷を治したというのか!?」
娘父「くそっ、数が多すぎる」
バーントは戦いながらエミルの様子を窺っている。
娘父(あいつ、何枚防護壁を貼ってやがるんだ!?)
勇者「お願い……殺さないで!」
勇者「うぐっ……」
エミルは時折流れ弾を受けつつも争いを鎮めようと走り続ける。
勇者「はあ、はあっ」
娘父「人間と魔物両方の九割方を気絶させやがった……!」
雪魔族「あ、ありえない……」
勇者(もう、これ以上魔法を使う余裕がない……)
魔力は尽きていないが、発動している魔法に対して身体の負担が大きすぎる。
勇者「通り道にある集落に、魔属に近付かず、防衛に徹するようお願いするから……」
勇者「お願い、殺さないで……戦わないで……!」
勇者(あ……意識が……)
雪魔族「……残念だが、お前の理想通りにはならないだろう」
雪魔族「人は己に害を及ぼす存在を許しはしない」
雪魔族「そして、それは我等とて同じこと」
雪魔族「恐るるに足らぬ大きさとはいえ、光の力を持つ勇者……貴様には死んでもらう」
風竜「待てフロスティ!」
雪魔族「止めてくれるなアネモス!」
雪魔族「今は理想ばかり述べる子供であっても、」
雪魔族「いつかは我々に剣を向けるようになるだろう! 所詮人間の勇者なのだ!」
雪魔族は風竜の静止を振り払い、エミルに突進した。
勇者「ぼく、ここで死んじゃうんだ」
エミルは茫然と迫りくる攻撃を眺めた。
勇者「お母さん、ごめんね。帰れそうにないや……」
そして一筋の涙を流す。
勇者「……最初からわかってた。王様達が、ぼくを……魔族に殺させようとしてたって」
傷だらけの幼い勇者は、故郷で待つ母を想いながら意識を失った。
雪魔族「!?」
雪魔族は既の所で攻撃を止めた。
雪魔族「こいつは…………!」
力無く倒れ行くエミルの身体を受け止めたのは、
魔王「…………」
雪魔族「へ、陛下……!?」
西の最果ての城で待ち構えているはずの、魔王であった。
Now loading......
Section 4 喪失
雪魔族が攻撃を止めたその瞬間、魔王が姿を現した。
魔王「サンダードラゴンの群れを手配した。明日には避難が完了するだろう」
雪魔族「は、ははっ」
娘父(おいおいこりゃ冗談だろう?)
娘父(はは、こりゃまた随分若い魔王様だ)
娘父(父親とよく似てやがる)
魔王「……エミルは殺すなと命じたはずだ」
雪魔族「も、申し訳ございません」
雪魔族は跪いて小刻みに震えている。
魔王「こちらも手配が遅れたからな。今回だけは見逃してやろう」
魔王「だが……次は無いぞ」
雪魔族「ひっ」
雪魔族「き、き、肝に銘じ、ます」
雪魔族(魂の奥深くに封印されていたが、わずかに見えた)
雪魔族(あの子供は…………!)
隊員Y(な、なんて威圧感だ……)
隊員Z(もうおしまいだ…………!)
娘父(まさか魔王様直々にお出迎えなんてなあ)
娘父(……エミルは確かに人間から処分されて当然の存在だ)
娘父(だが、平和協会はエミルの正体を確信しきることができなかった)
娘父(だから魔族に殺させそうとした)
娘父(しかし……魔王がエミルの正体を知っているとしたら)
娘父(エミルを仲間として引き入れる可能性は充分すぎるほどある……!)
魔王「アネモス、ご苦労であった」
魔王「我はこの者を連れて城に帰る。後は任せたぞ」
風竜「はっ」
魔王は瞬間転移魔法<テレポーション>を使用した。
魔王「エミル……」
魔王の瞳は憂いに満ちていた。
魔王「もう二度と相見えることはないはずだった」
勇者(誰……?)
勇者(力強い腕に、抱かれている気がする…………)
執事「お帰りなさいませ、ヴェルディウス陛下」
メイド長「お帰りなさいませ」
魔王「コバルト、エミルに施されている封印術を解読してくれ」
執事「はい」
コバルトと呼ばれた執事姿の青年が魔法陣を展開すると、
魔王はエミルを魔法陣の中に浮かせた。
執事「魔法解読<ディコード・マジック>」
エミルの胸元から小さな魔法陣が浮き上がり、そして文字の羅列となって流れ出した。
執事「くっ」
しかし、途中でバチバチと光が破裂し、魔法陣は収縮してしまった。
執事「封印の後半部分に、真の勇者の物と思われる光の力が纏わりついています」
執事「封印の解除方法を全て解読することは……我々には不可能です」
魔王「読み取れたところまででいい」
執事「それが、その……」
魔王「……」
メイド長「まあ……」
コバルトの言葉を聞き、魔王は眉をひそめ、メイド長は目を丸くした。
魔王「……あの男の考えそうなことだ」
『魔物を守る裏切り者ー!』
『すぐ泣く弱虫勇者ー!』
『魔力でっかちー!』
『『『ばーけーもの! ばーけーもの!』』』
『くぉらおまえらあああああ!』
『やっべーリヒトだ! 逃げろ!』
ぼくは、ばけものなんかじゃない……。
勇者「う……」
勇者(ここ、どこ? お城? 豪華な部屋……)
エミルは柔らかい寝台に寝かされていた。
魔王「目を覚ましたか」
勇者「!?」
勇者「あ……」
勇者(心臓と闇の力が同化してるのが見える。この魔族は……魔王)
魔王「…………」
勇者「…………」
魔王「………………」
勇者「………………」
魔王「……………………」
勇者「……………………」
魔王(何から話せばいいんだ)
勇者(何でぼく生きてるんだろ)
魔王「……水でも飲むか?」
勇者(敵から出された飲み物を飲むなんてぼく一体何やってんだろ)
勇者(でも、生きてるってことは生かされたってことだし、敵意は感じられないし……)
勇者(……寂しそうな目。氷の裂け目みたいな、冷たい青緑)
勇者(髪の毛は不思議な色してるなあ)
勇者(光の当たり具合で灰色の髪に薄く虹色が混じったりしてる)
勇者(遊色効果、っていうんだっけ、こういうの。オパールみたい)
勇者(魔王ってもっと怖い見た目なのかなって思ってたけど、)
勇者(肌が土気色なのと、髪の毛が不思議な色なのと、ツノが生えてるところ以外は)
勇者(ほとんど人間と同じ……)
魔王「……あまりじろじろ見ないでくれ」
勇者「! ごごごめんなさい」
魔王「…………」
勇者(怖い、けど……話せばもしかしたら分かり合えるかもしれない)
勇者「えっと……雪の魔物達は……」
魔王「今頃サンダードラゴンの背に乗って移動している。心配する必要はない」
勇者(サンダードラゴン……とっても飛ぶのが速くて、)
勇者(標高の高いところでも平気でいられる、上位の竜)
勇者「そう、ですか……ありがとうございます」
魔王「…………」
勇者(魔王なら濃い魔気を纏ってて当然のはずなのに、体内に収めてるみたいだ)
勇者「……魔気、抑えることって……できるんですか?」
魔王「ああ。多少肩はこるがな……」
勇者(ぼくのためにしてくれてるのかな……)
勇者「あ、ぼくの怪我、治してくださったんですか?」
魔王「……ああ」
勇者「えっと……ありがとう、ございます」
勇者「…………どうして助けてくれたんですか?」
勇者「ぼくは、魔族を倒すよう命じられた、勇者、なのに……」
魔王「…………」
魔王「………………落ち着いて聞いてくれ」
魔王「お前は、魔族だ」
勇者「え…………」
魔王「エミル、お前は魔族の血を引いている」
勇者「…………」
勇者(ぼくが、まぞく……?)
勇者「うそ……」
勇者「うそでしょ……」
勇者「だって、ぼくは、お父さんも、お母さんも、人間だもの……」
魔王「……父親は人間だが、お前の母親は」
勇者「うそだ!!」
勇者「何かの間違いだ!! 人違いに決まってる!!!!」
勇者「ぼくはお母さんの子だもの!!」
魔王は勇者を寝台に押し付けた。
魔王「お前の魔族としての血は封印されている!」
魔王「そして、その封印を解くには……」
――――
執事『それが、その……』
執事『魔族と……情を交わすこと、と』
メイド長『まあ……』
魔王『……あの男の考えそうなことだ』
執事『彼女を人間の元へ帰しましょう。これではエミル様を深く傷つけることになります』
魔王『帰したところで何になるというのだ!』
魔王『人間共は再びエミルを処分しようとするだろう』
執事『しかし、この土地には魔気が濃く染みついています』
執事『エミル様の封印を解かない限り、エミル様の体は魔の気に蝕まれてしまうでしょう』
執事『長くは持ちませんよ』
魔王『…………』
魔王はエミルを抱え、その場に背を向けた。
執事『エミル様を何処へお連れするおつもりですか』
魔王『……メルナリア、エミルのために東の空き部屋を整えておいてくれ』
魔王『私は自室へ戻る』
メイド長『承りました』
執事『完全に解読できたわけじゃないんですよ!』
魔王『……他にできることもないだろう』
執事『お待ちください魔王陛下!』
執事『陛下ったらー!』
――――
魔王「……お前を守るためにはこうするしかないんだ」
勇者「何するの? い、いや! はな、して」
恐怖のあまり、エミルの体は強張ってしまい自由に動けない。
勇者(お母さん、助けて……お母さん!)
「すまない」と、魔王はエミルの耳元で小さく囁いた。
――セントラルの町
娘「パパ、お帰りなさい! よかったわ、無事に帰ってきてくれて」
娘父「ああ……」
娘「ねえ、町中が避難避難って騒いでるけどどうしたの? エミルは?」
娘父「…………」
娘「ねえ……エミルは!? 何で一緒じゃないの!? パパ!!」
娘父「……あいつは頑張ったよ。あいつのおかげで死者が一人も出なかった」
娘父「大した勇者だ」
――ブレイズウォリア・平和協会本部
協会幹部1「エミル・スターマイカが魔王に捉われたそうだ」
協会幹部2「……死んだことにしよう。リヒトの怒りを駆り立てるために」
国王「うむ、それがよかろう」
協会幹部3「だがあの魔力は驚異。魔王に利用される可能性がある」
協会幹部3「本当に殺されていることを願いたいものだな」
――ブレイズウォリア北・聖域の森
勇者兄(試練もこれで残り半分弱か)
法術師「久しぶり、リヒト君」
勇者兄「よう、セレナじゃないか。どうしてここに……」
勇者兄「あ、そういや聖職者だったな」
法術師「コネを利用してこっそり様子を見にきちゃった」
聖域は真の勇者・真の勇者候補、
そして彼等の世話をする最低限の聖職者以外立ち入ることは許されていない。
また、試練に集中するため、外界の情報はほとんど遮断される。
勇者兄「飯持ってきてくれたのか? そこ置いといてくれ」
法術師「ええ」
勇者兄「ここで出される食いもんはあっさりしたものばっかりでよ、」
勇者兄「そろそろごっつい物も食べたいぜ」
法術師「……実は、悪い知らせがあるの」
――――――
――
勇者(……天井、じゃない。ベッドの天蓋だ)
勇者(さっきとは違う部屋みたい)
勇者(ぼく、泣き疲れて寝ちゃったんだ)
エミルは上体を起こした。
勇者「っ!」
勇者(おなか、チクチクする)
勇者(ぼく、男の人に汚されちゃったんだ)
勇者(本当は、両想いの人と結婚してからすること、されちゃった)
勇者(せっかくお母さんがくれた体なのに、傷付けられちゃった)
勇者(……お母さん、ごめんなさい、ごめんなさい)
勇者「あ……ぁ……」
エミルの手は毛布を握りしめ、震えている。涙は枯れていた。
勇者(ぼくとお母さんが親子じゃないなんて、うそだよね……?)
勇者(ぼくはお母さんから生まれたんだよね? そうだよね?)
勇者(ぼく、人間のままだもの)
誰かが部屋の戸を叩いた。
勇者「だ、れ…………?」
メイド長「失礼します」
メイド長「エミル様の世話係に任命されました、メイド長のメル=ルナリアと申します」
メイド長「親しい者からはくっつけてメルナリアと呼ばれておりますわ」
勇者「メル……海。海と、月の花。綺麗な名前」
メイド長「ありがとうございます、エミル様」
勇者(どうして、様付けなんだろう)
メイド長(虚ろな目……お可哀想に)
勇者(藍色の髪。蜂蜜みたいな目の色。海上に浮かぶ月みたい)
勇者(この魔族も、魔気を抑えているみたい)
勇者「……かなり高位のドラゴン……二つの種類が混ざってる」
メイド長「! よくお気付きで……」
メイド長「仰る通り、私はゴールドドラゴンとマリンドラゴンのハーフでございます」
勇者「魔力で、わかるんです……」
勇者「なれるんだ……人型……」
メイド長「ええ」
メイド長「こちらをどうぞ。魔気避けの強力なアミュレットでございます」
勇者「…………」
勇者「あれ……この服……」
メイド長「ヴェルディウス陛下が、そのお召し物をエミル様にと」
エミルは眠っている間に着替えさせられていた。
勇者(ラウルスさんが売っていた……南西の服とよく似てる)
勇者(偶然かな)
メイド長「……ふう」
執事「どうでした? エミル様のご様子は」
メイド長「しばらく男の人は近寄らない方がいいでしょうね」
執事「だそうですよ魔王陛下ー」
魔王「…………」
執事「成果はどうだったんですかー」
魔王「……わずかに魔族化の兆候が見られた程度だった」
魔王は頭を抱えている。
魔王「……私は床に就く。お前らも休め」
魔王の姿は回廊の闇へ融け込んだ。
執事「はあ、まったく……一度本気の目になったら止まらないんだから」
執事「そしていつも後悔する」
メイド長「しばらく気苦労が増えそうね」
Now loading……
勇者父「……ついに代替わりか」
光の大精霊「ええ……」
勇者父「長かったなあ、俺の真の勇者人生も」
光の大精霊「…………」
勇者父「心配すんなよ、俺には生まれ持った光の力だってある」
勇者父「そんなすぐに死にゃあしないさ」
女勇者「シュトラールー! 母さんがご飯できたってー!」
勇者父「娘が呼んでる。じゃあな、美人の大精霊さん」
勇者父「パパって呼んでくれよ~」
女勇者「い・や!!」
Section 5 味
エミルが死んだと広報されて二日が経った。
平和協会には優秀な情報魔術師が多く所属しているため、情報の伝達は非常に速い。
気功師「……」
気功師は胡坐をかき、床に広げた地図に意識を集中している。
気功師「……勇者エミルは生きておる」
武闘家「本当なんだな、師匠」
国王「あと二ヶ月以上かかると予想された試練をたった二日で乗り越えるとは」
国王「流石稀代の勇者シュトラールの長男だ」
国王「西へ旅立ち、妹の仇を討つがよい」
勇者兄「はっ」
国王「うむ、よい面構えだ」
勇者兄「……ところでよ」
国王「む」
勇者兄「エミルを旅立たせたったぁどういうことなんだよぉ国王陛下サマァ?」
宰相「へ、陛下に剣を向けるなんてとんでもない無礼じゃぞ!!」
法術師「無礼どころじゃないわね。あと、陛下に様は重複してるわ」
魔法使い「ああ、もう……普段は好青年なのに妹のこととなるとこれなんだから」
国王「は、反逆罪で極刑ものであるぞ!!」
勇者兄「やれるもんならやってみろよ。魔王を倒せる人材はいなくなるけどな」
国王「ひっ」
勇者兄「エミルはお前等に殺されたようなもんじゃねえか!!」
武闘家「それくらいにしとけよリヒトさん」
武闘家「平和協会に歯向かったら大陸中を敵に回すことになる」
武闘家「めんどくせえだろそんなん」
勇者兄「ふん」
勇者兄「ちくしょう……エミル……俺が聖域に籠っている間に……」
魔法使い(せっかく久しぶりに会えたのに、妹のことばっかり……)
勇者母「…………」
勇者兄「母さん、行ってくるよ」
勇者母「私、あの子を助けてあげられなかった……」
勇者母「リヒト……あなたまでいなくなったら、私……」
武闘家「エミルは生きてるよ」
勇者兄「なんだと!?」
勇者母「!?」
魔法使い「何ですって!?」
法術師「本当に!?」
武闘家「死んだなんてのは平和協会が流したデマだ」
武闘家「俺の師匠がエミルの居場所を念術で探ってくれた」
武闘家「あいつは魔王城で生きてる」
勇者兄「本当なんだな!!!!」
武闘家「あいつらはエミルを死んだことにしてリヒトさんと世間を怒らせ、」
武闘家「魔属を殲滅しようと思ってるんだろうな」
勇者兄「っ……」
勇者兄「ちくしょう…………俺は奴等の手駒なんかにはなりたくねえ」
勇者兄「いつか打っ潰してやる」
勇者兄「だが面倒なことは後だ! エミルを助けに行くぞ!」
気功・念術は東の大陸から入ってきた技術であり、神秘の力を秘めている。
しかし、魔術や癒しの力である法術が発達しているこの大陸ではほとんど浸透していない。
扱っている者のほとんどは東の大陸からの移民の血を引く者達である。
勇者兄「あいつが旅立ったのは、俺が聖域に入った一ヶ月後……」
勇者兄「俺が父さん並みの早さで試練を突破してさえいればこんなことには……!」
武闘家「試練の突破にかかる期間は平均六ヶ月だっけか」
魔法使い「リヒトは三ヶ月半くらいよね。充分すごいじゃない」
勇者兄「父さんは一週間だ」
魔法使い「え!?」
勇者兄「試練を終えたら母さんと結婚する約束をしていたらしい」
武闘家「周囲に女がいない環境に耐えきれず勢いで終わらせたって聞いたことあるんだが」
勇者兄「……それも真実のような気がする」
気功師「……助けに行くのだな」
武闘家「ああ。あんな奴でも一応ダチだからな」
気功師「お前は私の一番弟子だ。必ず帰ってこい」
武闘家「死ぬつもりはねえよ」
女子1「絶対帰ってきてね!」
女子2「パン焼いて待ってるから!」
女子3「コハク君が帰ってくるまでにはもっともっと美人になってるから!!」
女子4「旅先で女の子作ったら許さないんだから!」
女子5「絶対、エミル君のっ仇をっ討ってきてねっ……ぐすっ」
武闘家「おう」
気功師「こんなに大勢のおなごを誑かしていたとは!」
気功師「お前なんぞ私の弟子に相応しくない! 一生帰ってくるな!!」
武闘家「ひでえ」
勇者兄「……お前も親父の隠し子だったりしないよな?」
武闘家「しねえよ!!」
法術師「エミルちゃんもちょくちょく女の子に人気だったわね」
勇者兄「父さんは意識的に女を口説いてたが、あいつは天然ジゴロだったからな……」
武闘家「ナンパする時あいつ連れてったら便利だったな~」
勇者兄「ナンパって……お前何歳だよ」
武闘家「もうすぐ十三」
法術師「最近の子って進んでるのね」
勇者兄「エミルを変なことに使うんじゃない」
魔法使い「……真の勇者の不貞って罪にならないのよね」
法術師「強い光の力を持った子供がたくさんいるに越したことはないからね」
魔法使い「…………」
法術師「んもう、まだリヒト君と付き合ってすらないのに心配しちゃってるなんて~」
魔法使い「なっ」
法術師「アイオったらか~わいい~」
魔法使い「や、やめてよ。男二人に聞こえたらどうすんのよ」
法術師「せっかく久々にリヒト君と会えたのに、」
法術師「こっちを見てもらえなくて寂しいんだよね~うんうん」
魔法使い「やめてよ!! もう!!」
勇者兄「何喧嘩してるんだー行くぞ~」
法術師「は~い」
魔法使い「セレナったら……」
大魔導師「リヒトには見えていなかったのであろうか……エミルの魂に眠る黒き何かを」
国王「相当の術師であっても漸く微かに感ぜられる程度のものなのであろう?」
国王「その上、リヒトは盲目的に妹を愛している。気が付かないのも無理はない」
大神官「しかし、国王陛下に剣を向けるとは……」
国王「いざという時は母親を人質に取ればよい」
国王「非人道的なことではあるが、平和のためだ」
協会幹部1「不穏分子を尽く取り除くことで平和は保たれる」
協会幹部2「大陸の平和は、我等平和協会の名の元に」
――魔王城
勇者「ぼくが怖くないんですか」
勇者「小さいとはいえ、光の力を持っています」
勇者「魔属にとっては猛毒です」
メイド長「あなたが魔属に危害を加えないことは、よく承知しておりますから」
勇者「…………」
メイド長「こちらへ。髪を整えましょう」
勇者「…………」
メイド長「豊かな髪……いじり甲斐がありますわ」
勇者「……結ったって、可愛くなんてなりません」
勇者「ぼく……男の子みたいだし……」
メイド長「そんなことはございません。可愛らしくしてみせます」
勇者「でも……可愛くなる必要なんて……」
エミルは泣き出した。
勇者「ぼく……もう、お嫁さんにだって……なれないのに……」
メイド長「あ…………」
勇者「こんな綺麗な服着てたって……何の意味もない……」
勇者「ぼくの服……返してください……」
メイド長「…………」
勇者(誰も……恨んだり、憎んだりしたくないのに)
勇者(どんなにいじめられたって、相手を憎んだことはなかったのに)
勇者(男の人が……怖くて仕方がないんだ)
勇者(お母さん、どうしてるかな)
勇者(お父さんは滅多に帰ってこないし、お兄ちゃんもぼくもいなくなって、)
勇者(おうちでひとりぼっち)
勇者(寂しいだろうな)
勇者(おうちに……帰りたい)
――――――
――
勇者母『エミル、おかゆできたわよ』
勇者『ん……』
勇者母『ふーふーしてあげるから、ちゃんと食べるのよ』
勇者『うん』
――――――
勇者「お母さんのおかゆ……食べたい……」
勇者「調理場……貸して……」
勇者(魔王城で食べるご飯は、おいしい)
勇者(でも、魔族の味付け)
勇者(人間の……お母さんの味が恋しい)
メイド長(大丈夫かしら……あんなにぼうっとしてらっしゃるのに、お料理だなんて)
メイド「きゃっ……人間!?」
調理師「魔王様が飼っておられる女の子だ。害はないらしい」
メイド「あら……そうなの」
調理師「丁重に扱えってよ。魔王様も物好きだよなあ」
メイド長「お手伝いいたします」
勇者「よかった……知ってる食材、いっぱいある……」
メイド長「魔王陛下がエミル様のためにお取り寄せなさったそうです」
勇者「ぼくの、ため……?」
メイド長「ええ。東の地方まで超特急でドラゴンを飛ばしてまで」
執事「東へ往復させられたドラゴンでーす。あはは……」
勇者「メルナリアと半分同じ……ゴールドドラゴン……竜族最上位……五大魔族の一柱」
勇者「サンダードラゴンより飛ぶのが速い……はず」
メイド長「ええ。彼は純血のゴールドドラゴンです」
メイド長「人型に化けるのも私より得意なので、」
メイド長「人間の集落での買い物にはうってつけというわけです」
メイド長「頑張れば私だってもっと人間に近付けるんですけどね!」
執事「魔族の領域にいる時は完全に化ける必要もないですからね」
執事「コバルトと申します。以後、お見知りおきを」
メルナリアは人型となっていても二本のツノがあり、目元などに魔族らしさが残っている。
それに対し、コバルトと名乗った執事は人間の少年とほとんど変わらない姿をしていた。
勇者(柔和な笑顔……)
勇者(青空の様な瞳。純金の様な深い色の髪……綺麗)
勇者(男の魔族、だけど……女の人みたいに雰囲気が柔らかい)
勇者(……平気、かな)
勇者「二人は……いとこ……かな……」
勇者「魔力、似てる、から……」
メイド長「ええ、その通りでございます」
勇者「……どうして今も、そこまで人間の姿に似せてるんですか」
執事「この姿の方がエミル様と親しみやすいかと思いまして」
勇者「……そっか」
執事「とはいっても、人型の姿の方が僕達の本当の姿なのかもしれないんですけどね」
勇者「?」
執事「僕達の種族には人型魔族の遺伝子と、竜族の遺伝子の両方があるんです」
執事「どちらが本当なのか、どちらとも本当なのか、僕達ですら知らないのですよ」
勇者「本では読んだことなかった……不思議……」
メイド長(右腕のコバルトを短期間であっても城から離すなんて、)
メイド長(陛下はそれほどこの子が大事なのね……)
勇者「お母さんの味……出ない……」
勇者「お母さんが作ってた通りにしてるはず……なのに……」
メイド長「エミル様……」
魔王「おい、飯はまだか」
勇者「っ!」
魔王「……この雑炊は誰が作ったんだ。味見するぞ」
魔王「…………旨いな。はじめて食べる味だが」
勇者「ぁ……」
魔王「あ……」
エミルはその場でガタガタ震え出し、魔王は気まずそうに目を逸らした。
メルナリアは優しくエミルの肩を抱いた。
メイド長「エミル様がお作りになったんです」
魔王「その……よい料理の腕を持っているようだな」
勇者「…………」
魔王「………………」
執事「あーもう! 僕がすぐに運びますから部屋に戻っててください!」
魔王「う、うむ」
――――――
――
国王『お前は本当にシュトラール・スターマイカの子供なのか?』
大魔導師『魔力検査・遺伝子検査共にシュトラールの実子で間違いないとの結果が出ております』
勇者兄『こんだけ似てるんだから疑いの余地ねえだろうがぁぁあああ』
勇者『お兄ちゃん落ち着いて!!』
大神官『二人を自宅へ帰せ!』
勇者兄『エミルに何かしたら王様でも許さないんだからな!』
勇者『王様にそういうこと言うのやめてよお!』
国王『……ふう。静かになったな』
大魔導師『しかしながら……極端にシュトラールの遺伝が強すぎるのです』
大魔導師『まるで、母親の遺伝を隠したかのような……』
国王『奴め、一体何処の女と子供を作りおったのだ』
――――――
Now loading……
勇者兄『おいエミル、また魔物と遊んでるのか!?』
勇者『魔物さんだけじゃないよ、動物さんも一緒だよ』
勇者兄『動物はいいが魔物は駄目だ!』
勇者『なんで!? 魔物さんも動物さんもおんなじだよ!』
勇者『おんなじ命なんだよ!』
勇者兄『違うんだって!! そんなんだからいじめられるんだよ!!』
勇者兄『魔属にはあらゆる道徳は適用されないし殺して当然の敵なんだ』
勇者『お兄ちゃん何するの? やめて! 剣しまってよ!!』
勇者『いやあああああ!!!!!』
――
――――――
勇者「ぁぁああああっ!」
勇者「はあ、はあっ……嫌な夢」
Section 6 記憶
勇者「綺麗な朝日だなあ」
勇者(魔王城に連れてこられて数日が経った)
勇者(メルナリアさんの付き添いがあれば城内をわりと自由に移動できる)
勇者(おなかの痛みも治まった)
勇者(図書室の本は読み放題で、退屈はしていない)
勇者(でも、心が休まる時は……ない)
勇者(バーントさん達はどうしてるだろう)
勇者(お兄ちゃんはどこまで試練を進めたのかな)
勇者(お父さん、どうして助けに来てくれないの)
勇者(アミュレットがあったって完全に魔気からの影響を遮断できるわけじゃない)
勇者(このままじゃ、ぼく……少しずつ弱って……)
勇者「二十年前、エリヤ・ヒューレーさんって人間の女の人が魔王城に攫われたんだって」
勇者「何か知っていることはありませんか」
メイド長「二十年前……? エリヤ……聞いたことはございませんわ」
メイド長「現在、この城に人間はおりませんし……」
勇者「そう、ですか」
勇者(人間はいない、か……)
勇者「図書館……行きたいです」
――魔王城・図書室
魔王「……有益な文献は見つからないな」
勇者「あ……」
勇者(魔王がいる……入れない……)
執事「かなり高等な魔術ですからね……地下の書庫も当たってみましょう」
魔王「知恵の一族出身の賢者達はどうしている」
執事「この頃の異常気象から各地の魔物達を守るので精いっぱいらしく」
執事「しばらく城に戻るのは無理だそうです」
魔王「そうか……」
勇者(知恵の一族……聞いたことある)
勇者(五大魔族の一柱だけど、随分前の争いでかなり数が減ってしまったらしい)
執事「陛下は公務にお戻りください」
魔王「…………」
執事「ただでさえ人望ないのに最低限の仕事も放ったらまともに統治できなくなりますよ」
魔王「……うむ」
勇者(人望ないんだ……)
勇者(人間と戦争をしようとしないからって、不満が高まってたな)
勇者(そういえば、雪の魔族も、魔王のこと腰抜けって……)
勇者(ぼくと、おんなじだ。ぼくも、腰抜け勇者ってよく言われてた)
魔王「! エミル……」
勇者「…………」
魔王「その……腹はまだ痛むか」
勇者「………………」
メイド長「早く書斎へお戻りください。書類にサインをし終えたら謁見の間へ」
メイド長「仕事はたんまりあるんですからね!」
魔王「あ、ああ」
勇者(ぼくにかけられた封印を解く方法を探していたんだ……)
勇者(本当にそんな魔法、かけられてるのかな、ぼく)
執事「彼は、あなたを助けたいだけなんですよ」
勇者「…………」
執事「信じられないかも、しれませんが」
勇者「……わかります。魔王……陛下の魔力は、とっても澄んでて、綺麗」
勇者「ぼくに敵意や悪意を向けているようには感じられません」
勇者「でも……」
勇者(あんなこと、されて……許せるはずないもの……)
村に立てられた掲示板を見て、村長の孫は目を丸くした。
村長の孫「あいつが、死んだ……?」
村長「優しい子であったのに、残念じゃのう」
村長の孫「……」
勇者兄「お前、エミルをいじめてただろう」
勇者兄「あいつを化け物呼ばわりしといて何今更ショック受けてんだよ」
村長の孫「本当は……本当は、年下の女の子に助けられて情けなかっただけなんだ!」
村長の孫「そりゃ魔物と喋れるのには驚いたけどよ……」
村長の孫「こんなことになるなら……意地なんて張らなけりゃよかった……」
勇者兄「改心するのが遅すぎたな」
勇者兄(胸糞わりぃ)
協会職員「心優しき勇者エミルを葬った魔族を許すなー!」
協会職員「魔属を殺せえええ!!」
武闘家「散々エミルのことを腰抜けだの弱虫だと馬鹿にしていたくせに、」
武闘家「魔属を根絶やしにするために今度はあいつの名前を利用してやがる」
勇者兄「あいつら自身がエミルを殺そうとしたようなもんだってのに……ちくしょう」
ガヤガヤ
勇者兄「広場の方が騒がしいな」
魔法使い「演劇をやってるみたいね」
法術師「アベルとリリィの物語……魔王に捕らわれたお姫様を勇者が助けに行くお話だわ」
町娘1「ねえねえ聞いた?」
町娘1「今の魔王って、この世の者とは思えないほどの美形らしいわよ!」
町娘2「きゃー!」
町娘3「一度でいいから見てみたいわよね!」
町娘2「私も魔王に見初められて捕らわれてみたいわぁ」
町娘1「あんたじゃ無理よ」
町娘2「何ですってー!」
武闘家「暢気なやつらもいるもんだな」
勇者兄「捕らわれのお姫様ねえ」
武闘家「そういやあいつも一応女だったな。お姫様じゃねえけど」
勇者兄「!!」
勇者兄「魔王に見初められて誘拐された可能性が……」
武闘家「いや、ない」
勇者兄「エミルは可愛いし!」
武闘家「いやいや女としてはイケてな」
勇者兄「今兄ちゃんが助けに行ってやるからな!!!!」
魔法使い「……昔から、あいつは妹のことばっかり」
魔法使い(最上級魔族並みの魔力容量を持った化け物の一体どこが可愛いのよ)
――魔王城
魔王「…………」
勇者(何で同じテーブルでご飯食べてるんだろ)
勇者(緊張してお料理の味わかんないよ)
勇者(……何メートルあるのかな、このテーブル)
魔王「……一度、話を……しようと思ってな……」
勇者「…………」
魔王「謝って済むことではないとはわかっているつもりだが……」
魔騎士「魔王陛下!」
魔王「何事だ」
魔騎士「新たな真の勇者が旅立ったとの報告が入りました!」
勇者「!」
魔王「……そうか」
勇者(お兄ちゃん、もう試練を終わらせたんだ)
勇者(助けに来てくれるのかな)
勇者(でも、大陸の東から西まで横断するには、どう頑張っても五ヶ月くらいかかる)
勇者(ぼくの体が……そこまで持つとは思えない)
魔王「何者も真の勇者と戦ってはならない。犠牲が増えるだけだからな」
魔王「真の勇者と出会った場合には即刻退避するよう全魔属に伝えるのだ」
魔騎士「はっ」
勇者「……ぼくが旅をしていた間も、刺客から襲われることはありませんでした」
勇者「あなたの命令だったのですか」
魔王「……ああ」
魔王「お前を戦わせたくなかった」
勇者「…………」
魔王「………………」
勇者「ぼくが本当に魔族だったとしても」
勇者「ぼくを魔族にしたところで、あなたにどのような利益があるのですか」
勇者「ぼくは人間として育ちました。魔族だけの味方にはなりませんよ」
魔王「……利益だとかそのような問題ではない」
勇者「ならばなぜぼくを守ろうとしているのですか!」
魔王「っ……………………」
勇者「……………………」
魔王「………………………………」
勇者「…………………………………………」
執事(この沈黙苦手なんだよなあ)
メイド長「料理が冷めますよ」
勇者(綺麗な魔力。でも、寂しくて、胸が張り裂けそうなくらい切なくて、)
勇者(何かに飢えているような、悲しい色をしてる)
勇者(魔王の本当の目的は……一体何なのだろう)
勇者(お兄ちゃんはぼく以上にお父さんそっくりだから、)
勇者(行く先々で苦労してるかもしれないなあ)
町人1「真の勇者様がいらっしゃったぞ! 丁重に持て成せ!」
町人2「奴の若い頃と瓜二つだ……」
町人1「かみさんと娘を避難させるのを忘れるなよ!」
町人3「おう!」
勇者兄「あらゆる村や町でこんな扱いをされるんだが」
勇者兄「父さんはどれだけ節操なしだったんだ」
町人4「女性は全員避難したか?」
勇者兄「俺は!! 父さんと違って硬派だから!!!!」
勇者兄「女の人口説いたりとかしないから!!!!!!」
村娘1「あの……」
勇者兄「ん?」
村娘1「エミル君が……死んじゃったって……本当なんですか……?」
武闘家「ここだけの話、それデマ」
村娘1「ほんと!?」
勇者兄「ああ」
村娘1「あの、もしエミル君に会ったら……この手紙を渡してほしいんです……」
法術師「あら、ラブレターかしら」
村娘1「……」
村娘は頬を赤らめた。
村娘1「足を挫いてたところを助けてもらったのに、ちゃんとお礼、言えなくて……」
村娘1「出す宛てもないのにこんなの書いちゃったんです」
勇者兄「ああ、必ず渡すよ」
村娘2「実は私も……」
村娘3「私も……」
幼女「えみるかえってくるよね?」
村娘4「エミル君にこの種を……」
老女「わたしの荷物を運んでくれたのに、何のお礼もしてやれなかったのう……」
法術師「あらあら」
勇者兄「あいつも何人たらしこみやがったんだ!!」
町人1「こらお前達!! すぐに家へ帰るんだ!!」
勇者兄「先が思いやられるな……」
魔法使い(あんただってわりとモテるくせに)
勇者兄「あいつはそこそこ顔が良くて、」
武闘家(少年としてならな)
勇者兄「人一倍他人の心の痛みに敏感だからな」
勇者兄「…………男にモテるよりはマシか。変な奴に言い寄られてたりしたらと思うと」
武闘家「魔物退治はやらなくても人助けはかなりやってたみたいだな」
勇者兄「あいつ……頑張ってたんだな」
勇者兄(旅をしている間、あいつは一度も魔属を殺さなかった)
勇者兄(小さい頃からの信念を曲げなかったんだ)
勇者兄『魔属にはあらゆる道徳は適用されないし殺して当然の敵なんだ』
勇者『お兄ちゃん何するの? やめて! 剣しまってよ!!』
勇者『いやあああああ!!!!!』
『やめろ!!』
一人の少年がリヒトを突き飛ばした。
『エミルを泣かせる奴は許さない!!』
勇者『 『 』! 』
勇者兄『何すんだよ!! 俺はこいつに現実を教えなきゃいけないんだ!!』
『エミルの気持ちをわかってやれない奴がこの子の兄だなんてぼくは認めない!!』
勇者兄『いつもいつも俺の邪魔しやがって!!』
『この!!』
勇者兄『今日こそ決着つけてやる!!』
勇者『ケンカしないで!』
勇者『やめてよ!! お兄ちゃん! 『 』! 』
勇者『 『 』!! 』
勇者兄「っ……」
武闘家「どうしたんだ、怖い顔してるぞリヒトさん」
勇者兄「いや……嫌なことを思い出しただけだ」
魔王「こちらから争いを起こしてはならぬ」
重臣「しかし陛下! 若き真の勇者が旅立ったのですぞ!」
重臣「これを機に全面戦争をしかけるべきです!」
重臣「人間に舐められたままで屈辱ではないのですか!?」
魔王「自衛以外の攻撃は認めぬ。以上だ」
重臣「魔王陛下!」
魔王「我に逆らうのか」
重臣「くっ……」
魔王「……はあ」
執事「お疲れ様です。紅茶を淹れましょう」
魔王「即位してから五年が経ったが……魔王らしく振る舞うのはいまだに疲れる」
Now loading……
193 : 以下、名... - 2016/02/15 21:21:42.36 MMWUNhP1o 157/645
勇者【エミル・スターマイカ】
12歳 動物や魔物に好かれる不思議な少女(見た目は少年)。
魔王【ヴェルディウス】
17歳 平和主義のせいで支持率が低い。
執事【コバルト】
16歳 魔王がポンコツ気味であるため苦労している。
メイド長【メル=ルナリア(メルナリア)】
15歳 年齢の割に何故か地位が高いが、
高位の種族であるため本来メイドをやっていること自体ありえない。
勇者兄【リヒト・スターマイカ】
17歳 根はまともなのだがエミルのこととなると暴走してしまう。
魔法使い【アイオ・アメシスティ】
16歳 リヒトに想いを寄せているが、リヒトがシスコンであるためエミルを疎ましく思っている。
エミルの方が自分より魔力が大きいことも気に入らない。
法術師【セレナ・シトリニィ】
17歳 恋する者の味方。人の恋路を邪魔する者の敵。
武闘家【コハク・トウオウ】
12歳 足りない腕力を気功で補っている。モテる。
続き
勇者「お母さんが恋しい」【2】