梓「お願いしますよ……」
最近、澪の元気がない。
話しかけても反応が遅いし、常々なにか考え込んでいる。
特に軽音部が揃っているときにはそれがはっきり現れた。
ティータイムの時だけならいいけれど、
練習の間にも澪はボーッとしてミスを連発している。
それでも、私は澪から話してくれるまで待とうと思っていた。
軽音部の終わった後、梓に呼び出されてそんな風に言われるまでは。
梓「澪先輩、明らかに何か……調子が悪いみたいですし」
律「……」
どう答えるべきか悩む。
梓「……もう、最後の学園祭なんですよ。今のままじゃ、後悔が残ると思うんです」
澪は、たいていのことは私に話してくれる。
友達とした少し面白い話や、夜に読んだ小説のラストが納得いかないだのと言う小さなことから、
身体や声や性格に、ファンクラブのこと、進学といった重たいことまで。
わりと遠慮なく、澪は私に相談してくれた。
その澪がずっと黙っているのは、まだ私に話せる整理がついてないからだと思う。
だから今までみたいに、澪が自分から相談してくれるまで待つつもりだったんだ。
律「最後の学園祭ねぇ」
梓「……」
梓は無言で頷いた。
自覚したくないことだけれど、梓はそれに触れることも覚悟した上で私に言っている。
澪の抱えている悩みを解決してやってほしいと。
このままでは、私たちの最後の学園祭は失敗してしまうから。
律「……確かに、ここのところ澪はミスが目立つよな」
梓「ちがいます、そんなことじゃありません」
鋭い声で、梓は私のへっぴり腰な言葉をぴしゃりと打った。
梓「演奏がうまくいかなかったり、歌が出てこないだけなら……本番はちゃんと成功しますよ」
梓「でも、澪先輩は普段さえもあの調子じゃないですか」
律「……あー、あのな、あんまりそう言うなよ」
梓の肩をぽんぽん叩いてなだめる。
これ以上責められると、私は澪を問い質さなければいけなくなる。
律「澪なら大丈夫だって。それこそ、本番はきっちり決めてくれるよ」
私は長椅子に置いていたカバンをとり、「帰ろう」と言おうとした。
梓「それは律先輩がついてたからです!」
けれど、梓がいきなり大きな声を出したせいで、その声は封じ込められてしまった。
もしかしたら、声の大きさのせいだけではなかったのかもしれない。
梓「学園祭のときだって、小学校の作文発表のときだってそうじゃないですか」
梓「律先輩がいるから、澪先輩はしっかりできるんです」
律「やめろよ、むず痒いな……」
私はふだんのスタイルから外れて、カバンを持った左手をだらりとぶら下げた。
律「……わかったわかった、私も正直、目に余るものがあったんだ」
律「注意するなり、澪に何かあるならそれを解決するなりなんなりしておいたほうが良さそうだ」
梓「……すいません、押しつけてしまって」
律「いいよ、分かってる。私がやるのが一番いいし……私は、部長だからな」
顔を上げて、私は梓に笑いかけてみた。
こんなやる気のない作り笑顔で梓を安心させられたかは分からなかったけれど、
ひとまず梓は思い詰めた表情を解いてくれた。
梓「ありがとうございます。律先輩」
私もそれを見て、多少気のゆるい笑顔になれたと思う。
こんどこそ、カバンをいつものように背負った。
律「そんじゃ、帰るか」
律「……って」
違った。つい忘れるところだった。
梓「律先輩……唯先輩たちがいつものアイス屋で待ってるって言ってたじゃないですか」
律「わかってるっての! ちょっと忘れてただけ!」
梓「ほんとですかぁ?」
見下すような視線がさしてくる。
梓の前では隙を見せてはいけないと思うのだけれど、ほんの一瞬でも気を抜けばすぐこれだ。
とはいえ、相変わらずのかわいくないかわいい後輩に戻っている梓に、私は肩の荷がおりるような気分だった。
律「梓ぁ、お前だってあるだろ? ちょいとド忘れするくらいさ」
梓「えへへっ、律先輩ほど多くはありませんけどね」
律「おい。……まぁ確かに、忘れ物が多いのは認めるけどな」
ギターを背負った梓を連れて、準備室のドアを開ける。
この踊り場にも、いよいよ肌寒さが巣食うようになってきたらしい。
律「つぅ……この寒い中、アイス屋のことを覚えてろなんてのもなかなか無茶だろ」
唯なんかは寒がりを自称しているけど、
この季節の変わり目にさえペロリとアイスを食べてしまえる。
対する私は、もうこれだけ寒くなると、アイスなんて一口食べただけで腹を壊してしまうのだ。
梓「まあ、確かにそろそろアイスよりおでんや肉まんですよね」
律「だよなあ。なんつーかよ、唯と私ってやっぱ根本的に違うような気するんだよな」
律「澪なんかは、私と唯はそりが合うっていうけど……」
寒さひとつとってもそうだ。
唯は寒いところにいたって、手や足は冷たくなるかもしれないけれど、体の芯はいつだって温かい。
だけど私は、アイスで芯まで冷やされる。
律「なんっか違うって思うよなぁ」
梓「唯先輩とは合わないんですか?」
律「いやいや、そうじゃなくて。唯にはかなわないなあってさ」
階段を並んで下りつつ、私は弱音を吐く。
いつ梓に笑われるやら気が気ではないのに、暗い言葉が口元でとどまることはなかった。
梓「一緒だと思いますよ。唯先輩も律先輩も」
律「そりゃフザけるって意味でか?」
梓「……そんな感じです。少なくとも唯先輩は、律先輩みたいに色々考えてませんけど」
ほら言われた。
律「……ははっ」
軽い笑いは私の顔まで空へ向かせて、うっすらとほの白い息をあげさせた。
もうそんなに冷えるらしい。また、いやな季節が来たと思った。
梓「足元みないと落ちますよ?」
律「そこまで間抜けじゃないぞ」
仮に階段を踏み外したとしても、カメのいる手すりに手を置いているし、平気だろう。
律「そういう心配は唯にでもしてやれな」
梓「まったくそうですね」
梓は少し笑ったようだったけれど、言葉にトゲがまじっているような気もした。
律「おまえな……」
ふと、手すりがあたたかみを帯びる。
通りがかりで触れただけでなく、しばし手を置いていたような感じだ。
梓「どうかしました?」
律「ん、いや何でも。早く行ってやろう」
無意識に足を止め、わずかに暖かい木を撫でさすっていた。
明日も寒いようなら、手袋をはめてこようと決める。
階段をおりきって、下駄箱で一旦梓と別れる。
ローファーに履き替えて、昇降口ですぐ合流した。
三々五々帰っている他の生徒に紛れて、校門で待ち合わせをしている者も多くある。
律「……」
澪「おい」
その中に見覚えのある澪がいた気がしたが、気にせず校外へと出ていく。
澪「待ちなさい」
捕まった。
律「ハイ? なんでしょうか」
澪「気付いてたよな。どうして無視した?」
大した理由なんてない。
律「ふいにそうしたくなって」
梓「意地悪ですね」
そうだ。ただのちょっとした意地悪にすぎない。
律「でも、なんでここにいるんだ? 唯にムギは?」
澪「それは、その……」
私が尋ねると、澪は閉口した。
また例の、私にも話せないことのようだ。
梓「律先輩」
梓が小声で言う。わかってますとも。
律「ははーん、なるほど。私の顔が見たくなっちゃったのね?」
澪「ばか、そんなんじゃ……」
私は澪に見えない位置で、梓の背中を押しのけた。
律「しょうがないな梓、澪は私と二人きりがいいみたいだから」
澪「ちっ、違うぞ! ただ……ほら」
梓「あぁ、澪先輩って律先輩が大好きですもんねー」
澪「だからぁ!」
澪は顔を真っ赤にして怒鳴る。
だけど梓も、この1年と半年で澪が私以外に手を上げないことぐらいわかっている。
きゃーきゃー笑いつつくるくる回り、
お断りしまーすと言いながら奇妙な走法で去っていく。
どうやって動いてるんだ、あれ。
澪「見てろよ梓ぁ……」
いや、今はそんなことよりも。
律「まあいいじゃん。それより早く行こうぜ、澪」
澪「……うん、そうだな」
澪は浮かない顔で、ゆっくり歩き出す。
こうして見ていると、澪の悩みにもすこし見当がついてくる。
律「どうした? それとも私と二人きりでランデブーしたい?」
澪「……」
律「澪?」
澪「あぁ、ごめん……なに?」
律「アイス屋。行きたくないのか?」
澪「そういうわけじゃないんだけど……」
ばつ悪そうに口ごもる。
どうやら、そういうわけのようだ。
律「……澪」
私はなんでもない道端で、足を止めた。
律「はっきり答えてくれ。……澪、軽音部が嫌なのか?」
澪は驚いた眼をして、うつむいていた顔を上げた。
澪「そんな訳ないだろ! そりゃあ確かに、最初は文芸部が名残惜しかったけど……」
澪「今は軽音部がすごく大事なんだ。……ほんとうに、すごく」
噛みしめるように澪は言う。
でも、私にはその言葉をそっくり信用することはできなかった。
律「……じゃあ澪、訊き方を変える」
間違いなく、澪の気持ちを軽音部から遠ざけているなにかがある。
私が最近の澪を見ている限りでは、その何かとは。
律「澪。どうして唯を避けるんだ?」
澪「……」
澪は答えない。
しかしその表情には、明らかな不安が浮き彫りになっていた。
やっぱり、唯となにかあったに違いない。
私は澪の肩を掴んで、正面から両目と見つめ合う。
律「……」
澪「……」
ちょっと照れた。
律「なあ、唯になんか嫌なことされたんだったら、私から唯に言ってやるからさ」
澪「ちっ、違う! そうじゃなくて……」
律「じゃあムギか?」
澪「ちがっ……落ち着けって!」
肩を押し返されてしまう。
私だって、唯やムギがトラブルを起こしたまま放置するなんて思えないけれど、
澪はこうして現実に、問題の渦中にいる。
澪「別に誰のことも避けちゃいないし、なにも嫌なことなんてされてない」
澪「ただ……唯の目が見れないんだ」
金網を掴んですがりつくようにしながら、澪は苦々しげに言った。
律「目が見れない……?」
澪「……」
振り返った澪は、たぶん笑っていた。
澪「おかしいだろ。唯を見てると、胸が高鳴るんだ」
澪「目が合うときゅんとなって、一瞬だって合わせてられない」
律「……」
私はしばらく絶句した。
それじゃあ澪は、まさか。
澪「悪いな、心配かけて。ただそれだけのことなんだ……」
それだけのこと、なんて軽く言えるような問題じゃない。
澪は分かっているんだろうか。
律「……心配かけてる自覚はあるんだな」
澪「ごめん。だけど、どうすることもできないし……」
澪「もう忘れて。これからちゃんとするからさ」
私は大きく溜め息を吐く。
ぜんぜん変わらないな、澪は。
律「そうもいかないんだなー。怖い後輩からお前を更生するよう仰せつかってるんだ」
澪「更生って……」
律「梓にも心配かけて、これからちゃんとするってわけにもいかないだろ」
律「学祭ライブも近付いてる。言いたくないけど、これが学校でやれる最後のライブなんだぞ」
本当なら、繊細になってる澪にこんなことを言ってはいけないんだと思う。
澪のそばにいてやって、澪が自分の気持ちに分別をつけられるまでじっくり待つべきだ。
だけど私たちには、そこまで付き合ってやれる時間はない。
澪「分かってる、だから、頑張るよ……」
律「頑張るって、何をがんばるんだよ。澪の気持ちを諦めることか?」
唇をひきしめて、澪は頷く。
律「……馬鹿いってんじゃねーよ」
襟首を掴み、澪の目をじっと睨んだ。
律「いいか、学祭まであと2週間ないんだ。それまでに気持ちの整理つけられんのかよ」
澪「でも、じゃあどうしたら」
律「誰かに恋をした時、やるべきことは一つだろう」
澪「……告白?」
私は澪の顔をまねして頷く。
澪「……」
澪は何か言いたそうに口をもごもごさせ、結局黙っていた。
律「澪がそんなじゃ、ライブがうまくいかないからな」
律「今週中にもなんとかしよう。私も協力するし」
澪「り、律……ありがたいけどさ」
律「けどじゃない」
私だって、澪にこんなことは言いたくない。
でも軽音部は、私が高校でやりたかったことの、三年間の集大成なんだ。
律「自分のせいでライブが台無しになったら嫌だろ? ……唯だって失望するぞ」
澪「唯が……」
律「わかるだろ、澪。うじうじ悩んでる時間はもうない」
律「軽音部のために……澪自身のためにも。その気持ち、きちんと伝えような」
澪「……」
澪はゆらゆら首を振った。
澪「無理だよ……律だって同性から告白されたら気持ち悪いって思うだろ?」
律「思わないな。特別好きでもないならお断りするけどよ」
そう言った途端、胸の奥にじわりと熱いものが広がった。
まだ覚えてる。いや、忘れようもないか。
律「……私もさ、あるんだよ。女の子から告白されたこと」
澪「えっ、律が?」
口元を押さえ、澪は小さく驚いた。
澪「だ、誰に?」
律「……」
律「だから澪は怯えることなんかないんだって。案外よくあるんだよ、そういうの」
律「私も嫌だなんて思わないしさ。唯だって分かってくれる!」
澪「……分かってくれたってどうにもならないだろっ! 私は付き合いたいんだ!」
髪を乱して澪は叫んだ。
ここ、学校のすぐ外なんだけど。
律「おおー、その意気だぞ澪!」
澪「軽く言うな! どれだけ難しいことか……」
澪「……」
ビデオを停止したみたいに、ぴたりと澪が止まった。
律「明日は人が降るな」
その肩にぽんと手をのせ、小刻みに震える背中に声をかけてやる。
澪「はは……は」
大げさに咳払いをして、澪が立ち上がる。
澪「律」
くるりと振り返って、私を見据えるかすかに蒼い双眸。
ああ。彼女は今、空を翔けているよ。
澪「手を貸してくれるんだよな」
律「……もちろん」
これで失敗したら、澪を復帰させるのは時間がかかりそうだ。
それこそ学祭は悲惨なものになろう。
とばっちりを受けるのは私だ。また梓に呼び出されるだろう。
だがもはや引き下がれない。引き下がっても得はない。
いや、そもそも最初からこうする以外の道はなかったか。
澪「私やるよ。告白する」
澪の目は、私の大好きな真剣な光を宿している。
めったに見れないその顔なのに、私はまっすぐ見ていられなかった。
律「あ、あぁ」
私は曖昧に頷く。
澪と目を合わせられない。
まるで恋をしているような気分で、とてつもなく居心地が悪かった。
律「……」
胸がしめつけられる。
喉の奥に粘りが溜まって、息苦しさに似た感覚をおぼえた。
おかしいな。私はノーマルのはずなんだけど。
律「それじゃあ……まぁとにかく、唯のとこ行こうぜ。話はアイス屋に行った帰りにしよう」
澪「そうだな。唯を待たすといけないもんな」
律「……照れ臭いからって唯から逃げてきた奴の台詞とは思えん」
澪「あぁ、まずはそのことから謝らないとな」
律「お詫びのデートとかどうだ?」
ふつうの顔をしているのが辛いほど、心がきりきり痛んだ。
澪「ナイスアイデアだ。……一日休みをもらっちゃうけど」
私は何でもない顔をしながら、よたよたと歩き始めた。
澪も隣についてくる。
律「大事なのは練習だけじゃないってことだ。気にせず行ってこい」
澪「そうかもな。あとは唯の都合だけなんだけど……」
律「……こういうのは早いうちに予定を入れてやらないといけないぞ」
澪がごくりと唾を飲んだ。
澪「つまり、今日にでも誘ってやらないといけないのか」
律「だな。これからだし、ちょうどいいだろ」
澪「よ、よし……じゃあ今週の土曜でも」
律「いいんじゃないか?」
唯は日曜だけは外に出たがらない。
昼寝をして休むのを信条にしていると憂ちゃんは語っていたが、真偽のほどは分からない。
澪「……っと、唯、今週の土曜あいてるか? よかったら私とデートなんて」
律「いきなりデートっていうのも澪らしくないな。遊びにいくぐらいの感じのほうがよくないか?」
澪「えっとじゃあ、つ、つ付き合って遊びに行かないかっ」
律「なんていうか、お盛んだな」
唯たちが待つアイス屋に着くまで、私にアドバイスできることは全てした。
私だってそういうことに詳しいわけではないけれど、
澪よりは経験があると自負している。
たぶん、私の言ったことは間違っていない。
律「……」
唯がアイス屋の中から手を振っていた。
行かないと。
律「覚悟はいいか、澪」
澪「とっくに。まあ見ていてくれ」
からんからん、と乾いたベルの音。入り口のドアが開かれたようだった。
私は唯、ムギ、梓が囲んでいるテーブルまでやってきて、平静を装った顔で後ろ頭に手を当てる。
律「いやー、遅れて悪いねー」
唯「いいよ、あずにゃんから聞いてたし」
唯はにこりと笑って、私の腕に抱き着いて引っ張ってくる。
座席に腰から落ちていきながら、私はほんの少しどきりとした。
この甘え上手め。
それとも、私が余計な意識をしてしまっているだけだろうか。
唯「それよりも、澪ちゃんだよー!」
澪「うっ……ご、ごめん」
私は苦い顔をして立っている澪を見上げ、すっと席を立ち、向かいに座りなおした。
隣にムギ、向かいに梓と唯。
唯「はいここ、お座り!」
唯は私にしたのと同じように澪に抱き着き、強引に座らせた。
……澪、顔真っ赤じゃないか。どうして今まで気付かなかったんだろう。
澪の覚悟によって、いままで嫌悪にも見紛えた表情が、純粋な照れに変わったのか。
唯「澪ちゃん、私たちを置いていきなり学校に引き返してどうしたの?」
澪「えっと、いや、それは……」
違うよな。
澪の気持ちを知ったから、もう「嫌がっている」なんて風には見ることが出来ないんだ。
ずっとそうやって誤魔化してきたのに、あれだけはっきり言われたら認めざるを得ない。
唯「私さぁ、悲しかったんだよ。澪ちゃんが理由も言わずに行っちゃって」
唯「そっちのけにされたみたいで、寂しかった」
澪「……ごめん、そんなつもりじゃなかった」
澪は唯が好きで、でもそれを認めたくない気持ちが私の中にある。
私はむずむずする。膝に置いた指先が小刻みなタップダンスを踊る。
澪「……その。そういうことで、唯が寂しかったっていうなら」
途中まで言って、澪はぎゅっと目をつぶり、首を振った。
がんばれ、澪。
澪「ごめん、違うな……それは関係ないんだ」
唯「……澪ちゃん?」
澪「唯、あのさ。今週の土曜ってあいてる?」
唯「土曜? うん、ヒマだよ。えっと、」
唯がひるんだように見える。
私はこぶしを固めて、せわしない指先を押し込めた。
澪「な、なら、デートしないか? 唯がよければだけど」
梓から視線が送られているのを感じる。
私はそれをまるきり無視して、気分のいい時の顔で唯と澪を見つめている。
唯「でっ、でーと!?」
こくりと頷く澪。唯の左耳が、弱い暖房のかかった店内でほんのり赤くなった。
唯「……わかった、さっきのことの埋めあわせだねっ。いいよ、行こう!」
澪「ほんとうに!?」
澪はきらきらした目をして、ちらりと私を見た。
澪「……り、律! やったぞ!」
私に振るなよ。
律「あーうん、よかったな」
気のない答え。だけど、別におかしくはないはずだ。
律「……さてと。お前らもうアイスは食べたの?」
唯「あ、うん」
紬「ごめんなさい。先に食べちゃったわ」
唯とムギが、ちょっと肩をすくめて頷く。
何も頼まずに居座るわけにもいかないだろうし、そりゃ仕方ないか。
律「そっか。じゃ澪、一杯やろーぜ」
澪「いいけど、みんなを待たせちゃうだろ。持ち帰りにしよう」
律「バッカ! よせよ、外でアイス食べるなんて考えただけで凍る!」
私は強引に澪をカウンターへ連れて行こうとする。
澪「……そうか、律は寒がりだもんな」
くすりと笑って、澪は席を立った。
唯「私たちは待ってるね」
律「おう。……」
唯の後ろに梓がいる。
一瞬だけ目が合った気がしたけど、すぐにムギの方に視線をそらしてくれた。
到着時間からして、梓はたぶんまだアイスを食べていないはずだった。
問い質したってきっと寒さのせいにするんだろうけど、梓が何を思っているかは分かった。
澪「律、いくぞ」
律「あぁ、うん」
澪と二人でアイス屋のカウンターに並べるのはこれで最後だろう。
だからといって、どうというわけでもないけれど。
なんとなく二人でいたくて、頭の中にそれ以外のことを入れたくなくて、
梓はきっとアイスなんていらないよな、なんて勝手に推測しながら私はテーブルを離れていった。
律「みお、何がいい?」
澪「んーと……やっぱり、ぶどうかな」
律「またかー? いっつもそれじゃんか」
澪「いいだろ、別に。律は?」
律「そりゃあもちろんオレンジだな」
澪「律だって毎度それじゃないか」
律「いーじゃんか、別に」
私たちは笑い合って、それぞれのアイスを注文する。
席に戻るとテーブルをはさんで向かい合い、みんなで話をしながらアイスを齧った。
澪は唯の隣で、幸せそうに笑っていた。
――――
その帰り道で、私は案の定お腹を壊すことになった。
お腹をさすりつつ、それでも制服の前は留めない。
似合わないし、澪に心配させてしまうから。
律「うぅー……さーむいなぁ」
澪「あぁ、アイスなんて食べることなかったよな」
律「……お前、ほとんど唯に食われてたけどな」
澪「……」
澪の足元がふらついた。
律「唯は気付いてなかった……や、気にしてなかったけど」
律「口をつけたとこをあんなベロベロするのはさぁ……なんか卑屈っていうか」
まだ付き合ってもいないんだから、そういうのは自重しなさい。
といっても、そうやってガス抜きしなきゃ、こらえきれなくなってしまうんだろうけれど。
爆発するまで我慢して、とんでもない事態になるよりはよほど良い。
澪「ひ、ひひっ」
律「うわ、きもちわりい」
でも、あんまり澪にそういう卑しいことはして欲しくないから、
私は汚いものを見る目で澪を睨んでおいた。
律「まあ、あれだ。そんな変態行為は慎んでおいたほうがいいぞ」
澪「う……だよな。律だったからいいけど、唯にバレてたら……」
いや、澪がよくても私はよくないんだけど。
澪「付き合えるまで我慢しなきゃな」
律「……そういうこったな」
なにか間違っている気もするが、どうせ私に止められるものでもない気がした。
二人が付き合ったとしたら、いずれそういうこともするようになる。
そしたらもう、唯と澪の関係に私は口出しできなくなるんだ。
だったら今のうちに?
……違うな。
律「さみぃさみぃ……」
澪「……」
私はポケットに手を突っ込んで肩を縮めた。
夕陽もとっくに落ちて暗くなっている。やけに寒さが身にしみた。
律「よし、それじゃ」
澪の家の前で、私は手を振った。
澪「あぁ。また明日な」
律「ちゃんと唯にメールしろよな」
澪「わかってる。土曜日の予定を決めないとな」
律「それ以外のことも話すんだぞ」
澪「……うん。頑張るよ」
律「がんばれ、な」
門の前から離れられない。
澪との会話が途切れてしまうのが怖い。
それなのに、なにも言葉が出てこなかった。
律「じゃあ……さよなら」
澪「ああ。またな」
澪が小さく笑顔を浮かべて、玄関を開けて家に入ってしまう。
ただいま、と言う声はやけに明るかった。
私はしばらくそこに棒立ちになって、澪の部屋の窓を見上げていた。
律「……」
また、なんてない。
もう私たちに、今までのような一日は訪れないよ。
私は心の中で呟いて、静かに足を我が家へ向けた。
――――
翌日からの澪は、昨日までが嘘のように調子を取り戻していた。
会話の受け答えなんかはもちろんで、演奏もしっかり合っているしミスもない。
むしろ以前の澪より、よっぽど好調だった。
帰り道で、ご満悦の梓に礼を言われる。
どうやら、もう全部が済んだと思っているらしい。
私は笑っておいた。
律「まあな、私にかかればこんなもんよ」
梓「1日で解決されるなんてびっくりしました」
律「これでも小学校のころは解決りっちゃんと呼ばれたほどだからな」
実際のところ何も解決してはいないのだけど、この不安を梓に伝播させても仕方ない。
梓「……字が違いますよね、それ」
律「小学生なんだからそこはしょーがないって」
梓「ですね。……ふふ」
どうにか笑い話で終わったようだ。
私は、唯とムギに挟まれて談笑している澪の背中を見ながら、少し笑った。
唯「澪ちゃん、明日の遊園地楽しみだね!」
澪「そうだな。天気もいいみたいだし、思いきり遊ぼう」
律「……」
土曜日は学祭に向けて練習に打ちこむことにした。
正確なリズムを刻むことを意識すると、余計な思いは頭から消し飛んでいく。
いい調子だ。
でも少し音が負けてしまいそうだ。
もっと強く、と思うとリズムが走る。
律「……っふー」
なんだか叩き方から間違っているような気がする。
とん、とんとゆっくり雑誌の塔を打つ。
なにかおかしい。ここに来てスランプだろうか。
あと1週間なのに、まずいな。
律「ああーくそっ!」
腹立たしくなって、スティックを投げる。
乾いた木がカンカン打ち鳴らされて、ベッドに落ちた。
ごまかすのはやめよう。
気になるのは当たり前じゃないか。
人生の半分以上をつき合ってきた幼馴染が、私とそいつ共通の友達、
しかも同性と下心満載のデートをしているんだから。
時計は2時過ぎを示している。
10時ぐらいに出発する予定だと言っていたから、今ごろアトラクション3つ目くらいか。
澪のことだから、唯に振り回されているんだろうな。
絶叫マシンに乗せられたり、お化け屋敷に引っぱりこまれたり。
でも、それがきっと澪にも楽しいんだろうな。
律「……」
無性に悲しくなった。
そういう時は大抵、楽しんでいるのは私だけだったから。
2人で楽しめる唯が、うらやましい。
練習を再開しなきゃいけない。
でも、スティックが遠い。取りに行くのが面倒くさい。
その場にごろりと転がる。
こんな時に憂ちゃんがいれば、スティックを取ってきてくれるんだろうな。
律「ん?」
そう思った矢先、携帯電話が震えた。
手の届く範囲にあったから、どうにか手をのばして取る。
律「そこは憂ちゃんの流れだろ、むぎぃ」
自分でもよく意味の分からない独り言をつぶやきながら、電話に出る。
一体何の用だろうか。
紬『もしもし、りっちゃん?』
電話口の向こうのムギは、なんだか急いている様子だった。
律「ムギ、どうしたんだ?」
紬『りっちゃん、今日いまから大丈夫?』
律「ん、ああ」
紬『実は今、学校で和ちゃんと学祭の劇についてお話してて』
学祭の劇。
そういえば、うちのクラスは演劇をやることになっていたんだっけ。
澪のことで手一杯ですっかり忘れていたけれど、ムギが脚本を引き受けていたような覚えがある。
律「あー、劇ね。それで?」
紬『ちょっと相談したいことがあって。学校に来れないかしら』
動くのは少し面倒くさい。
けれど、別のことに頭を使えそうなのは良い。
律「相談? わかった、できるだけ急ぐよ」
紬『ありがとうりっちゃん。お休みなのにごめんね』
気にするな、と男らしく言ってやり、私は電話を切った。
――――
和「悪いわね、律。わざわざ来てもらっちゃって」
教室に入ると、ムギをと和が机を挟んでぼんやり座っていた。
律「いいっていいって。で、私に相談とは何事かな?」
紬「ええっと……まずはこれを見てほしいの」
ムギが机に置いていた紙をめくり上げ、私に差し出した。
目次のように縦書きの字が並ぶそこには、見知った名前がいくつもある。
律「なになに、ロミオとジュリエット配役表、と」
原作シェークスピア、脚本琴吹紬。
夢の共演だな。
和「投票の結果で演目はロミジュリに決まったし、台本もほぼ仕上がってるんだけど」
和がため息を吐いた。
和「配役でちょっとモメちゃってね。律に決めてもらおうと思うのよ」
律「ほおう……」
正直、ロミオとジュリエットはよく知らないから、配役の相談なんてされても困る。
ロミオが王子でジュリエットがお姫さまだよな、という認識で配役に目をやり、
律「ぶふぉんっ!」
噴き出した。
紬「どうかしら、りっちゃん」
律「いや、あのさ。モメた結果がこれか……?」
和「ほらムギ、普通はこういう反応よ」
ロミオが澪。ジュリエットは私。
私の認識が間違っているんじゃないかとも思ったが、和の言葉からしてそう言う訳でもないらしい
。
律「明らかなミスキャストだろ、アホムギ」
紬「適役だと思うのにー」
ライブもあるのに、合わない役の練習で手間を費やすわけにはいかない。
私は配役表を丸めてムギを引っぱたいた。
律「和は誰を推薦するんだ?」
ムギじゃ話にならない。
私は和に向き直って、再度配役表を広げる。
やたら役が多いと思ったが、「木」が8人分もある。
裏方に回せよ。さり気なく唯が「木G」だし。
和「そうね。まず、ジュリエットは唯にすべきだわ」
律「唯か。まぁ似合わないわけでもない……か?」
すこし微妙だけど、演技力と胆力は保証できるし悪くはない。
和「それでロミオは、律にやってもらおうと思うの」
律「……」
紬「それじゃ普通すぎるんだってば!」
和「普通で良いのよ。奇抜より余程ましだわ」
言葉がなぜか出てこない。
紬「せっかくの学祭なんだから、色々挑戦したらいいじゃない」
和「それを押し付けるのが駄目なのよ。澪は裏に回すべきだわ」
和「この配役じゃ反対が多くて、結局決め直すことになるわよ」
私は配役表を放り上げていた。
頭の上で、ぺらっぺらっと薄い紙がはためく音がしている。
右手がぎゅっと握られていた。
腕が、まっすぐに和の頬を目がけている。
私はどこか遠いところから、その一部始終を観察しているつもりになっていた。
幽体離脱ってこんな感じかなぁ、とか。
けれど、拳が和の横っ面を殴りつけた瞬間、やっぱり私の手には強い衝撃が返った。
私はびりびり痺れる腕を今さらになって押さえつけ、首だけ傾いた和の姿を呆然と見つめる。
紬「りっちゃん……?」
信じられない、とでも言いたげにムギが口を半開きにしている。
私だって信じられない。
どうしようもなく腹が立って、気がつけば手が上がっていた。
和「……ごめんなさい」
私がぼんやり立っていると、和が予想外の言葉を放つ。
律「え……」
和「律が気を悪くして当然よね……澪のことひどく言ったりして」
律「あ、いや。いいんだよ。私こそごめん」
ようやく、和を殴った理由に見当がつく。
「澪は裏に回すべき」。この発言がきっと、私の逆鱗に触れたんだ。
和「……お互いさまね。これっきりにしましょう」
律「……そうだな」
私はすっかり平静を取り戻して、こくりと頷いた。
紬「よかった……ごめんなさい、変なことで争って」
律「いや、ムギは気にするな。……それより、配役のことだけど」
床に落ちた配役表を拾い上げ、机に伸す。
律「私は……唯をジュリエット、澪をロミオにするのがいいと思う」
紬「間を取るの?」
律「そうじゃない。この配役がいいんだ」
唯はさすがに王子って柄じゃない。対して澪は見かけで行くなら男装もいけるはずだ。
そして何より、唯なら澪を楽しませてくれる。
私よりずっと、澪の力になってくれる。
裏に回るべきなんて言わせないくらい、かっこいいロミオを引き出してくれるはずだ。
律「これじゃなきゃ、だめなんだ」
紬「りっちゃん……」
和「確信があるみたいね。もともとそのつもりで呼んだわけだし……律を信頼しましょ」
紬「そうね。澪ちゃんを一番わかってるのはりっちゃんだし」
おかしな決め付けだ。
律「……私はただ、長く澪のそばにいただけだよ」
紬「? だから、私たちの中では一番よく理解してると思うわよ?」
ムギは不思議な顔をする。
普通はそう思うよな。
長い付き合いなら、人よりよく理解しているはずだって。
私だって、そう思っていた時期もあった。
律「そんなことはないさ。幼馴染ってだけじゃ、長い時間を共にするだけじゃあ……」
律「その人のことなんて、たいして理解出来やしないんだ。ただ、知ってるだけ……」
紬「りっちゃん?」
和「ちょっと律、平気?」
私は駆け寄ってきた二人に、首を振って返した。
律「悪い、私帰るわ。学祭に向けて練習しときたいんだ」
律「……劇のほう、頑張っておくれ」
和「え、ええ。……帰り、気をつけなさいよ」
手を振ると、私は急いで教室を後にした。
あんな場所で弱音を吐くなんて、どうかしてる。
何より二人は今、学祭の成功のために努力している所なのに。
律「……唯に澪、どうしてるかな」
もうすっかり太陽も沈んできて、空いっぱいに茜色がさしていた。
肩を並べて夕日を眺め、いい雰囲気になってたりするんだろうか。
律「……」
想像すると悲しくなるのは、私に恋人がいないからだろうか。
彼氏とか、つくってみるかなぁ。
あるいはなんかもう、彼女っていうのもありかもしれない。
同性愛に走っちゃうなら、アテもあることだし。
……ばかなこと考えてないで帰らないと。
まだお腹が本調子じゃないんだから。
太陽が沈んでいくなあ。
――――
澪から報告の電話があったのは、結局晩ご飯を食べ終わった後のことだった。
耳障りなノイズが澪の鼻息だと気付くまで、しばらく時間がかかる。
まともな会話ができるようになるのと澪の興奮がおさまるのが、だいたい同時だった。
律「……じゃ、改めまして。もしもし澪さんですか」
澪『みっ、澪さんです』
律「今日のデートがどんな具合にいったかご報告に上がりたい。そういうことですね?」
澪『うんっ、うん、そうなんだ、あのなあのなっ』
話はまず、待ち合わせの時間ぴったりに唯が来たことから始まった。
遅刻しそうで、少し走ってきたらしい。
朱に染まった頬と荒く吐かれる息、整えたのにあちこち乱れてしまっている髪型。
すべてが可愛かった、と澪は叫んだ。
やかましいなコイツ。
午前中は澪の好きなファンシーメルヘンなアトラクションを、
午後からは唯好みのジェットコースターやコーヒーカップ等の慌ただしい乗り物に次々と。
慣れなくて疲れたけど、とても楽しかったと語ってくれた。
律「そっか、よかったな」
今の澪に、前に一緒に行った遊園地の話をしても私が空しいだけだから、
いろいろ抑え込んで相槌を打つだけにした。
澪『それで、その後……なんだけどな』
ごくりと唾をのむ音がする。
澪『日も暮れてきたくらいに……唯が、観覧車に乗ろうって言ったんだ』
律「デートの締めっぽい感じだな」
澪『だろう!? ……だから、私さ。言おうって決めたんだよ』
律「……告白か?」
澪の高揚ぶりから、大きな進展があったことは分かっていた。
そして今なお収まらぬ澪の興奮が示す答えはひとつだろう。
澪『すごくいい雰囲気だったんだ。おっきな観覧車が夕日に照らされてさ』
澪『今日しかない、今しかないって思ったよ』
澪『唯も手を握ってきて……我慢できなかったっていうのが正しいのかもしれない』
律「……うん」
私はその情景を頭に浮かべる。
沈みゆく太陽。
オレンジ色の逆光に焦がされて、二人の姿は真っ黒なシルエットにしか見えない。
右手と左手で、シルエットは1つに結ばれていた。
律「……それで」
澪『観覧車に乗って……半分くらい上がった時にさ』
澪『それまで向かい合って座ってたんだけど、唯が急に、隣に来たいって言ったんだ』
律「……へぇ?」
なるほどな。
そんな展開、澪がこれだけ興奮するのも頷ける。
澪『そっ、それで……寄り添ってきて。……好きだって言われちゃった』
律「……先手打たれちまったな」
澪『ははっ、まあそうなんだけどさ。やっぱり、単純に嬉しかった』
律「だろうな」
ふやけきった澪の声。
幸せなんだろうなぁ。
澪『だから、私からもちゃんと好きって言ってあげて……そしたらさぁ!』
急に大声を出すんじゃない。
澪『えへへ……へへ。律、ファーストキスは私の方が先だったぞ』
律「……なんだってぇ?」
つまり、告白の姿勢のままキスまで済ましてしまったと。
そう言うんですね澪さん。
律「はぁー……恐ろしいご両人ですよ、あんたら」
つーかそういうのは観覧車が一番上まで行ってからやれよな。
とにもかくにも、唯と澪は両想いだったということだ。
これで二人は付き合う事になった。
澪は私から離れていく。
でも、これでいいんだろう。
私よりも唯の方が、澪を幸せにしてやれる。
幼馴染とか長い付き合いとかじゃなくて、二人の相性なんだ。
唯の方が、澪のことを分かってあげられる。
私は、澪をいじめるだけの、だめな幼馴染だから。
澪から離れなきゃいけない。
律「おめでとう、澪……ほんとうに」
澪『律のおかげだよ。律が背中を押してくれたから、唯をデートに誘えたんだしさ』
それはそうかもしれないな。
私が澪にしてやれた、唯一のことだ。覚えておこう。
律「あ、そうそう。実は今日、学祭の劇について話し合ってきたんだけどさ」
澪『ん?』
律「学祭の劇。唯がお姫さまで、澪が王子様役だってさ。いやぁ、こんなことってあるんだなー」
それを推したのは自分だということは伏せて、私はからから笑った。
澪『……はああああぁぁ!?』
律「がんばれよっ、唯の王子さま!」
言うだけ言って、電話を切ってやる。
すぐさま携帯が震えるが、無視して布団の上に置いた。
私に頼るのはやめて、唯からパワーをもらいなさい。
巣立つときがきたのですよ。
律「……」
ああ喪失感。
やっぱり付き合い長かったからかな。
分かり合えていなかったとしても、さすがに切ないものがある。
いいや、いいや。さよならだよ。
私が未練がましく思っちゃだめだ。
すっぱり離れて、澪を唯に引き渡そう。
不貞寝するしかないな、もう。
――――
翌週からは学祭の準備でてんやわんやだった。
澪は人目もはばからず唯といちゃついている。
いや、唯がむりやり捕まえているのか。
どっちでもいいから作業してくださいよ。
このペースじゃ終わりませんよ。
紬「りっちゃんはこの役をお願いね」
律「ん?」
なにか言われた気がしたが、ムギは和と一緒にすでに別のやつに指示を出していた。
後で聞いておけばいいか。
1日じゅうトンカチを持っていたせいで右腕がふいふい上がってきてしまう。
それを梓が小馬鹿にするものだから、30分ほど追いかけまわしてやった。
くたくたになりながら、ライブに向けた最終調整を行う。
私はやっぱり、少しばかりスランプみたいだ。
みんなには、本番までになんとかすると言っておいた。
どうにもなりやしない。
せめてうまくごまかさないとな。
そのためには、ばっちり練習しないといけない。
明日の作業は休ませてもらおうかな。
澪が安心して私を置いていけるように、しっかり演奏できるようにならなきゃいけないんだ。
なんか独りよがりっぽいな。
情けないし寂しいよ。
この感情を澪に話せないってことが、余計に辛い気持ちを増幅させる。
――――
すっかり訊くのを忘れていたけど、私は木Gという役を与えられていたらしい。
ただ立っているだけの役で稽古はいらないというから、
それを信じて私は作業に打ちこむ。
稽古よりも「木G」がいらないのではないかと思う。
そういえば澪は、案外すんなりとロミオ役を板につけてきていた。
澪自身の適応力もあったんだろうけれど、
練習風景を見ていると、やはり唯がうまくリードしているように感じる。
ほんといいカップルだよ。
さすがに付き合ってることは内緒にしているみたいだけれど、勘付いてる人もいそうだな。
私から皆に言ってやろうか。
まあ二人が付き合ってるって聞いて発狂してた和みたいな奴もいるし、やめておこう。
さて、大道具もそろそろ完成の段階だな。
あぁ、疲れた。
労働自体は大したことじゃないけれど、その後のドラムの練習が響いているのかもしれない。
全身くたくただ。
倒れこんだらもう一日中動けない気がする。
和「大道具もみんな仕上がってるわね」
紬「うん。準備はだいたい整ってるみたい」
和「衣装は?」
紬「昼ごろにさわ子先生が届けてくれたけど……」
和「そう、なら大丈夫ね。あとは……あれ、唯と澪は?」
紬「二人は部室で練習してるわよ。なにかあったの?」
澪め、いないと思ったらそういうことか。
和「いえ、練習してるならいいのよ。……私たちも、すこし休憩しようかしら」
紬「賛成。ちょっと頭がふらふらするの」
すでに学祭は明日に控えている。
1日目が劇の公演、2日目がライブ。
澪は目前に迫った主役の舞台に、さぞ緊張していることだろう。
それを唯が二人きりでほぐしてあげているんだ。
しかし唯のことだから、どうもそういう展開になると……
紬「……りっちゃん!」
律「うあっ!?」
突然頭上から声が降ってきて、心臓がきゅっと絞めつけられた。
見上げると、ムギが心配そうに私を見つめていた。
律「あ、ごめん……ちょっとボーっとしてた。何?」
紬「一緒に購買に行かないかって。お菓子とかまだ売れ残ってるかわからないけど」
律「あぁ、行く、行くよ」
顔が熱い。私は右手で首元に風を送りながら立ちあがった。
なんつーことを考えてるんだ、私は。
――――
かくして、学祭の当日。
空はぽつぽつと雲が浮かぶ程度で、雨の心配はなさそうだった。
気持ちのいい天気だ。
私はといえば、茶色の地味っこい全身タイツを無理矢理ムギに着せられて、曇天の心模様だけれど。
こんなものまで用意して、木の役8人にムギは何をさせたいのだろうかと思う。
みんなに出番をあげたい、とかだったらいいんだけど。
澪『……笑いたければ笑え。僕は痛みを知っている』
澪『恋する痛み……この胸の甘い疼きを!』
舞台袖でぼんやり待機していると、澪の声が講堂に力強く通っているのが聞こえてくる。
すごいじゃん、澪。
思わず頬を緩ませて、小さく拍手を送る。
和「次、また出番よ律」
律「……はいはい」
出番という言い方にツッコミたい気もしたが、そんな暇はなさそうだった。
裏に「木G」と書かれた板を持ち上げ、顔をはめると
カニ歩きで客席から見えないギリギリまで移動する。
照明が落ちて、場面転換だ。
ここに立つのも4度目、すっかり慣れた位置に板を置いた。
両手に枝を持たされる。
暗い中、慌ただしく、ただ静かにしようと努力している物音がする。
私の横に澪が立ったのが分かった。
私は何も言わない。
澪も何も言わない。
裏方たちが去っていく。
律「……」
澪は私の横でひざまずくと、床をじっと見つめはじめた。
薄暗い照明が戻ってきた。
はかなげなピアノの音がする。
場面は夜。どこか切ないように聞こえるBGMだ。
ロミオとジュリエットは悲恋の話だと、澪に聞いたことがあったような、ないような。
唯「ああ、ロミオ……あなたはなぜロミオなの?」
澪「あの天使のような声は!」
テラスの横に置かれた脚立をのぼっていく澪を、私はちょっぴり視線で追った。
高きに立ち、唯と向かい合う澪の背中。
ジュリエットの格好をした唯がちらちら見える。
唯「どうしてここに……屋敷の石垣は高くて越えられるはずはないのに!」
澪「高い石垣など、恋の軽い翼で飛び越えてみせましょう」
唯「ああ、ロミオ!」
澪「ジュリエット……」
二人が、無言で見つめあう。
ピアノの音は、二人の気持ちにまるで不釣り合いに思えた。
律「……」
沈黙が長い。
どうした澪、台詞が飛んだか。
教えてやれよ、唯。
私は首をさらに傾けて、唯を見上げた。
「わあっ……」
その瞬間だった。
客席から歓声が上がる。
私の角度からでは、澪の顔は見えない。
でもきっと、いい顔をしていることだろうと思う。
唯は目を閉じて澪と抱き合い、そこにあるだろう唇を重ね合わせていた。
律「……ははっ」
何やってんだよあいつら。
見せつけてくれるよ、まったく。
歓声はしばらく止まなかった。
指笛を鳴らす輩までいる。
唯「……ロミオ」
澪「……ジュリエット」
ささやき合った名前は、たぶんせいぜい私の耳にしか届いていなかっただろう。
律「……」
私は、客席に目を戻した。
そこにいる奴らは全員、ロミオとジュリエットを手を叩いて祝福している。
いやだ、もう何も見たくない。目を閉じても、歓声が耳に届く。
律「っう……」
泣くんじゃない。
そうだ、私は木だ。
木は泣かない。木になって、こらえろ。
律「く、……」
強く閉じた瞼から、溢れて頬を伝っていくあたたかな雫。
声だけは出さないように、唇をかみしめる。
手に持った2本の枝がぐらぐら揺れる。
フッと照明が落とされた。
和「律!」
同時に和が私に駆け寄って枝をひったくり、私の腕をとって舞台袖へ引っ込ませた。
拍手が鳴りやまない。おまえら、クライマックスはまだだっつーの。
気付けば私は、和に抱きかかえられて、埃っぽい講堂の隅でぐすぐす泣いていた。
和「……わかるわよ、律」
和の手が、私の頭をやさしく撫でてくれている。
和「……わかるわ」
律「のどかぁ……」
澪『私たちは愛し合っているのです』
澪の声が、とても遠くから聞こえてくる。
――――
劇が終わった後、私は何食わぬ顔でジャージ姿になってから教室に戻った。
ジュリエットの帽子やらエクステやらを取っ払い、いつものヘアピンだけつけた唯が、
私を見るなり驚いた様子で近付いてくる。
唯「……りっちゃん、泣いてたの?」
律「……わりーかよ」
にやにやしながら私は答えた。
唯「あっ、もしかして私たちの演技に感動して泣いちゃった?」
律「んなっ! ……まあ、そうなんだけどな」
律「名演技だったぞ、唯、澪」
ぽんぽんと肩を叩き、ねぎらってやる。
澪「そ、そうだったかな……」
律「ほんとだぞ? 照れるなよー!」
そんな顔をされると、ちょっと本気で頭にきちゃうからさ。
紬「もしかして、あれからりっちゃんがいなかったのって……」
唯「あーっ、そうだよ! 最後のシーン、りっちゃんいないしお墓もなくなるしで大変だったんだよ!」
まだ木Gの出る幕あったのかよ。
律「なははー……ごめんごめん、あんな顔は見せたくなくてさ」
澪「今もけっこうひどい顔だけどな。……どれだけ泣いたんだ?」
律「うっ、うるさい! なんでもいいだろ!」
私の心配なんかしなくていいから、唯の隣に行けっての。
律「さぁ、さっさと着替えて! 軽音部いくぞ! ライブも成功させなきゃいけないんだから!」
唯「だねっ!」
紬「うん!」
澪「……ああ。最後の学祭だからな。絶対悔いのないようにしよう!」
みんなでジャージに着替えて、部室へ大挙する。
今日は泊まり込みで練習に明け暮れようと、澪が提案したのだった。
部室で先に待っていた梓を追いかけまわし、ほっぺたに「木」と書いてやる。
それから何度も何度も演奏を合わせて、完璧な演奏を目指した。
夜が深まって、確かにミスはなくなったと思う。
でも、まだ何か足りない。
すでに日付も変わっていたことだし、私たちは練習をそこで切り上げた。
2日目は学祭の催し物を回る予定でもいる。
練習は2時ごろ集合して、軽く最終調整をする、という程度だ。
梓の言うように、たぶん本番では上手くやれる。それが私たちだ。
信じてテンションを上げていこう。
律「……とは言ったものの」
唯と澪はもちろん二人でデートに行ってしまい、
梓は模擬店の担当だからと、
ムギは隣のクラスの喫茶店にヘルプを頼まれているからといなくなってしまった。
一人で回るのもなんだかなーと思う。
律「……ん」
ふらふら歩きまわっていると、梓の教室の前に来ていた。
峠の茶屋。まるで江戸時代みたいな赤い座席が廊下に置かれ、風情を醸している。
ここで時間をつぶすか。
私はのれんをくぐって、茶屋に入ってみた。
純「いらっしゃーい! ……って、律先輩じゃないですか」
梓はいないようだ。厨房にまわっているとかだろうか。
ただ少し見慣れた顔があって、私に話しかけてきた。
律「おう、鈴木さんじゃん」
純「ちょうどよかった。折角来たんですから、ゆっくりしてかれますよね?」
律「そのつもりだよ。どうかしたの?」
純「お話したいことがありまして。あ、注文受けますよ」
慌ただしい子だなあと思いつつ、三色だんごと緑茶を頼んだ。
並べた机に赤い布をかけただけの座席につき、運ばれてきた団子を口に入れる。
律「んで……お話とは」
純「はい。えっとあの、私じゃなくて、澪先輩の話なんですけど」
律「……澪の?」
危うく団子を丸呑みしそうになって、胸を叩く。
中にあんこが入った赤の団子をさっさと噛み砕き、飲みこんだ。
純「実は、3日くらい前なんですけど、澪先輩から相談を受けたんです」
律「相談って……」
そもそも澪が鈴木さんと面識があったこと自体驚きだ。
しかも、相談相手に選ぶほど信頼しているみたいだ。
純「あっ、違うんですよ。私が無理に聞き出したようなものです」
純「なんだか落ち込んでるみたいで、丁度いいからって話してくれました」
律「ちょうどいい?」
純「たぶんですけど、私がみなさんより一歩遠い関係だからかもしれませんよ」
純「言うなれば友達の友達って感じじゃないですか」
要するに、自分の知り合いには相談できないような悩みだというのだろうか。
鈴木さんもそれを分かっているみたいなのに、ちょっとデリカシーが足りなくないか。
律「なるほどね。……じゃあさ、それって私に話しちゃいけないんじゃないの?」
純「あ、いえ、そうではなくって……澪先輩から律先輩に、っていう相談だったんですよ」
律「……へえ」
気の抜けた返事が出る。
なんだろう。虫の居所が悪い。
私は歯で串から団子を抜き取り、糖分を補給した。
律「どういう話だったわけ?」
純「……心当たりはないですか?」
唯のことなら相談を受けたが、私はなにか澪をそんなに悩ませただろうか。
律「ないな。教えてくれよ」
純「えっと。律先輩が、このところ澪先輩のこと避けてるって……聞いたんですけど……」
おずおずと鈴木さんが言った。
口の中が甘い。
私は湯気の立つ湯のみに口をつけ、緑茶をすすった。
落ち着け、りっちゃん。
この子が悪いんじゃない。
純「そんなことないですよね?」
律「……どうかな。分からない」
律「お茶、おいしいな。生粋のお茶リストたる私を唸らせるとはなかなかよ」
純「……葉っぱはコンビニで売ってますけど」
律「そうかい」
熱いせいで、味がよく分からないのかもしれない。
味わってみると、まずくない程度だというふうにも思う。
純「あの、分からないっていうのは、どういう……」
律「最近、澪と接する機会がなかったからな」
律「私自身も避けてるのかなんだかわかんないよ。……ただな」
ふーっ、とお茶に息を吹きかけて冷ます。
律「これから澪と接する機会があったとしても、私は澪を避けてやる」
どうしてこんなにも苛立つんだろう。
そんなに怒ることもないだろ、覚悟してただろ。
純「な、なんでですか!?」
律「鈴木さんだってさ、いやだろうよ」
お茶を飲む。まだ熱い。
ほうっと息を吐いて、窓の外を見た。
律「大切な人の大事な言葉が……他の誰かから言伝で伝えられたらさ」
律「それこそ避けられてるって思うよ。どうして私に直接言ってくれないのか、ってな」
純「あ、その……」
律「私はもう澪とは話さない。……明日、明日以降、そう伝えといてくれ」
緑のだんごと緑茶が残っていたが、私は居たたまれずに席を立った。
純「ま、待って下さいよ。それはいくらなんでもひどいですって」
純「澪先輩だって不安だったんですよ?」
純「避けられてると思う友達に、直接避けてるのかなんて訊けるはずないじゃないですか!」
頭の中で、何かがプツンとはじけた。
律「私のほうが、よっぽど……」
純「なんですか?」
律「……さっきの伝言に追加だ。澪はずっと私の重荷だった。離れてくれてせいせいする」
律「そう言っておけ。明日になったらすぐ、電話でもして言うんだ」
純「……わかりましたよ」
鈴木さんは歯噛みして、湯のみと団子の皿を集めた。
純「ふん」
食べ残しである緑の団子をちゃっかり口にしまいこみ、奥へ下がっていく。
もうここを出よう。
私はさっさと教室の出口に向かっていき、
憂「あれ、律さん。来ていただけたんですね」
いちばん会いたくない顔に会ってしまった。
律「あ、うん……いや、でも今から帰るんだ」
憂「そうなんですか? もっとゆっくりしていっても……」
律「ごめん、忙しいんだ。行くとこあるから」
入り口でとおせんぼをしている憂ちゃんを押しのけ、廊下を走りだした。
人にぶつからないようすいすいと。こういう時小さな体は役に立つ。
階段を上がっていくと、人はうんと少なくなった。
律「やれやれ……」
音楽準備室の戸を開いて、長椅子に座りこむ。
窓から、真夏を思わせる強い日差しがさしている。
昨日の雲がみんな飛ばされて、白い太陽がぎらぎら光っていた。
澪『りっちゃんは太陽みたいだね』
子供のころ言われた言葉を思い出す。
そう言ってくれた子の言語センスはちょっと特異だったけれど、
つまりみんなを照らしてくれる明るい子なんだそうだ。
律『そりゃだって、解決りっちゃんだからな』
あの頃の私はにんまり笑って言った。
そして今も、すこし笑う。
子供って馬鹿だなと思ったから。
律「……ちがうさ。澪が私の太陽だったんだ」
みんなは、澪は私がいなきゃだめだと言う。
恥ずかしがりで気が弱くて、私がそれを補っていると言う。
だけど、それは違うんだ。
私はときどき、澪のことをよく知る人間に尋ねられることがある。
澪のお世話は疲れないのか、と。
私はペットを飼うような表現に少し笑ってから、こう答える。
澪は、私が面倒見てやらなきゃだめだからな。
律「……」
そんな、嘘ごまかしの答えを返したものだった。
正直に言えるはずなんてない。
だって、そんなの恥ずかしいから。
私は澪がいないとだめだから。
自分ひとりじゃ何もできないから。
澪は私に依存してるって言われる。
ちがうよ、みんな。
私が澪に依存しているんだ。
律「……」
白光が、私のおでこを照りつけている。
その光は、あくまで太陽の光。
地球の半分を照らしつける大きな火の玉だ。
澪は、私だけの太陽だったんだ。
空に浮かんでるあいつとは違って1人分しかない、小さな太陽。
それでも私だけを照らしてくれていた。
私はきっと重荷だっただろう。
うっとうしかったことだろう。
私はそんな綺麗な光の玉に、じゃれつくことしかできなかった。
もう澪の邪魔になりたくない。
だから、もう終わりだ。
澪をもっと磨いて、ぴかぴかに光らせてくれるやつがいるんだから。
梓とムギから何度かメールが入っていたものの、私はそれをみんな無視していた。
寝ていたとでも言えばいい。
ぼんやりしていると、午後2時はすぐやってきた。
私は長椅子の肘かけを枕に、眠ったふりをする。
ばたばたと4人が駆けこんできた。
律「……おー」
今起きたような顔で、私は椅子から転げ落ちる。
梓「もう、何やってるんですか!」
梓がだらけきった私の体を引きずり起こす。
梓「昨日あれだけ遊ぼう遊ぼうって言っておいて……」
唯「まあまああずにゃん、それくらいに」
紬「りっちゃん、疲れてたのよね?」
ムギが制服についた汚れを払ってくれる。
律「ああ……でもしっかり寝たからライブは問題ないぞ」
澪「……あんまり余裕がないな。軽く音合わせだけして、急いで機材運ばないと」
律「よし。じゃあごはんだけ行くか」
私はスティックを握り、腰をひねる。
律「気合い入れるぞ!」
おー! と唱和。
すぐさま楽器を用意し、私の合図で軽快なイントロが始まった。
――――
機材を運び込むころには、開演まであと数分という頃合いになっていた。
講堂の舞台袖は、相変わらず埃っぽい。
和「がんばってね唯。律たちも」
唯「うん! 絶対決めるよ!」
律「まかせときな」
和に向けて、思いっきり晴れやかな笑顔を見せつけてやる。
スポットライトを浴びてる以上、無様なりっちゃんではいられない。
ドラムの前に置かれた椅子に腰かける。
ステージの幕が上がっていく。
割れんばかりの拍手が私たちを迎える。
唯「こんにちは! 放課後ティータイムです!」
テンション上がってきた。
――――
唯のMCは、だいたい昨日のロミジュリについての話に終始していた。
さすがにキスをしたことは話題に出さなかったけれど、
唯は私をぼろぼろに泣かせたことで、すっかり演技に自信を持ってしまったようで、
舞台上でひとシーン演じたりしていた。
唯「で、あのね、すごかったんだよ。りっちゃんや憂なんてぼろぼろ泣いちゃってね」
梓「唯先輩、ちょっと時間ないです!」
梓が唯に耳打ちする。うむ、よくやってくれた。
唯「あぁ……ええと、じゃあここでメンバー紹介ー!」
梓「今ですか!? 次最後の曲ですよ!?」
唯「へっ、えと、そしたら、お友達を紹介!」
律「えぇー!! っていいともか!」
どどしゃーん、と。
唯「でへへ。それじゃあ最後の曲いっちゃいます!」
唯がギターを持ち直す。
それに合わせて梓と澪の背中が動いた。
唯「聞いてください、U&I!」
U&I。
初めて見せられた時は、いささか私への皮肉にもとれる歌詞だと思った。
でも、唯はそんな性格の悪い子じゃない。
唯はまっすぐに、自分と誰かを見据えられるから。
この詞を見て、私もこんな風になれたらって思ったんだ。
紬「……りっちゃん?」
幼馴染に依存する私の、
憂ちゃんに依存する唯の、
反省と謝罪と、これからの歌。
律「……みんな行くぞぉ!」
みんな私に振り返って、力強く頷く。
一気に始まりのリズムを刻んだ。
唯「きーみがーいないとなにーもーできなーいよー」
唯「きーみのーごはんが食べたーいーよー」
澪。
私との別れを惜しんでくれてありがとう。
でも、もう離れなきゃいけないんだ。
でないと、いつまでもだめなりっちゃんのままだから。
もう私はいなかったことにして、唯と幸せになっておくれ。
――――
律「みんな寝ちゃったか……」
私は前かがみになってみんなの顔をそれぞれ見ると、
目を閉じ、小さく寝息を立てているのが分かった。
右手と絡みつくように結ばれた澪の手をそっと外し、やわらかそうな腿の上に置いてやる。
律「……」
静かに立ちあがり、窓際に寄る。
窓の外では夕陽が沈んでいっている。
それを見ているのは、私ただ一人だった。
あれは私の太陽じゃない。
だけど、私のイメージをそのまま写したような光景は、胸をくすぐった。
あの夕陽が沈んだら、帰ろう。
太陽のない道に慣れないと。
――――
半年後。
もうすっかり寒さも遠のいた春の日のこと。
近くのスーパーで鶏肉を選別していると、
突如にゅっと白い手が現れて、万引き犯でも捕まえるみたく私の手首を強く握りしめた。
この手の感触には覚えがある。
私は長細いため息をついてから、その手の主の方に顔を向けた。
憂「からあげですか?」
律「……いや、チキンカツかな」
内心はかなり焦っているが、つとめて冷静ぶって答える。
本当はからあげのつもりだったんだけどな。
憂「じゃあ、チキンカツにしますよ」
憂ちゃんはニコニコ笑っている。
律「へ……ああ、あはは……」
ようするに憂ちゃん、私を家に誘おうってわけだ。
晩ご飯くらい食べていって下さいよと。
憂「……」
いや、違うなこれ。
私の手首を掴んでいる力が、明らかに逃がす気がないことを物語ってる。
律「……憂ちゃん、わたしは」
憂「律さん。ご馳走しますよ」
憂ちゃんってこんなにしたたかな子だっただろうか。
唯が家を出て澪と一緒に住むようになってからは、ほぼ一人暮らしをしていると聞く。
一人でいる寂しさに打ち勝つために強くならざるを得なかったということか。
律「……」
憂「大丈夫ですよ。家には二人ですけど、変なことなんてしません。お姉ちゃんに誓います」
律「……わかったよ。行くから手を放してくれ。血が止まる」
憂「はいっ」
ぱっと右手が解放されたかと思うと、するりと指が絡められ、また手をぎゅっと握られる。
憂「恋人つなぎですね、律さん」
律「……ですね」
ツッコミが追いつかないことを悟り、私は憂ちゃんの左手を握り返してあげる。
憂「ふふ……」
律「……」
あんな広い家に、一人で住んでいる憂ちゃんの寂しさを想像して、
同情してしまったというのもあるけれど、やっぱり私も人肌恋しかったんだろう。
今日、偶然憂ちゃんに会えたことを心の奥では喜んでいる自分がいた。
律「あのさ……ほんとはチキンカツじゃなくて、からあげがいいなって思うんだけど」
憂「え? はい、もちろんいいですよ」
憂ちゃんは棚の奥から新鮮なムネ肉を引っ張り出して、右手に提げたカゴに入れる。
律「……ありがと」
憂「大丈夫ですよ、買い物の途中ですし」
律「それもそっか」
私の右手にきゅっと結ばれた、柔らかくて小さな手。
手汗はかかない体質だと思っていたけれど、どうも手のひらが湿ってくる。
憂「……えへへ」
なにか感じ取ったのか、憂ちゃんがつないだ手を握る。
私、年上のはずだよな。
意地で手を握り返す。
憂「……かわいいですね、律さん」
あぁだめだこりゃ完全にナメられてるもん。
なんで憂ちゃんはこんな余裕でいられるんだろう。
憂ちゃんにとって私は、過去に告白してフラれた相手だっていうのに。
お会計1742円になりました、と。
私が買い物袋を持ってあげて、憂ちゃんの家に向かう。
あまり通ったことはないけれど、懐かしい道のように思える。
憂「律さん、大学はどうですか?」
律「さあ……特に何もないよ」
憂「でしょうね。そんな顔してました」
律「どんな顔さ……」
憂「とっても可愛くて守ってあげたくなるような顔ですよ」
もうやだこの子。鳥肌立っちゃう。
律「そんな顔してないですー」
頬を膨らませて、むくれたふりをしようと思ってやめる。
どうせ返ってくる言葉はかわいいとかそのあたりだろうから。
憂「……ふふっ」
10分ほど歩いて、憂ちゃんの家に到着した。
憂「すぐ準備しますけど、けっこう時間かかっちゃいますから。私の部屋で休んでいていいですよ」
ようやく手を放してくれたかと思うと、ちゃんと手を洗ってエプロンを掛けながらそんなふうに言う。
律「……あぁ、じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」
憂「私の部屋は3階の右つきあたりですからね」
律「わかってるよ。サンキュ」
階段を上がり、3階へ向かう。
上りきると、かつての唯の部屋に通じていたドアが立っていた。
律「……」
私はふいっと右を向き、憂ちゃんの部屋のドアを開けた。
あたたかい匂いがする。
他人の部屋に入ったのはしばらくぶりだ。
なんだかテンションが上がってベッドに飛び込みたくなる。
律「漫画とか……ないのな」
本当に休むしかすることがなさそうだ。
あるいは憂ちゃんはここを寝室にしているだけで、
他のもの、たとえば本棚とかは、唯の部屋に移してあるのかもしれない。
でも勉強机は置かれているから、全部を移したわけでもなさそうだ。
律「……」
目の前には勉強机備え付けの木の椅子と、
ふかふか柔らかそうな白いベッド。
そういえば今日も大変だった。
朝の電車も混んでいたし、帰りの電車でも座れなかったし。
結構疲れた顔をしてたのかもしれないな。
だから憂ちゃんはこうして声をかけて、食事をご馳走してくれる気になったんだろう。
それなら、疲れてる私に変なことをしたりはしないよな。
ベッドに腰掛けて、柔らかさを確かめる。
そっと倒れて枕に頭をのせ、足を上げてベッドの上に降ろす。
律「ふはぁー……」
すごく心地がいい。
私がアパートで使っているベッドとは比べようもない。
毛布を抱きしめると、せっけんの匂いが鼻に満ちる。
律「憂ちゃんの匂い……」
わざと口に出してみる。
胸の奥から疼きが湧いてきて、全身に奇妙な感覚を走らせる。
いや、わかってるんだ。
自分が興奮してしまっていることは。
ただそれを認めたくなくて、さっきからいろいろ言い訳を試みているんだけれど、
口だけではもうどうしようもない気がする。
そもそも憂ちゃんのベッドに寝るという思い切った行動に出た時点で、
私が何を望んでいるかなんてわかりきっている話だ。
こんなところで好きな相手が自分の毛布を抱きしめて眠っていれば、
憂ちゃんでなくとも少しくらいイタズラしちゃおうという気が起きるものだろう。
まして、さっきからスキンシップというか歩み寄りが半端じゃない憂ちゃんのこと。
もうどうなってしまうことやら。
律「……」
求めているのは、ただ他人との接触だけだ。
だのにこれじゃ、間違っているんじゃないかと思う。
けれど、こうしたほうが憂ちゃんは私に近づいてくれるだろう。
いつか一度断った愛の告白をもう一度促して、憂ちゃんと付き合ったら、
私も憂ちゃんも、このところの寂しさを少しでも軽減できるんじゃないか。
そんな風に思うのだ。
あの学祭のあと。
私は露骨に澪を避けるようにした。
ムギや梓は最後まで私に構ってくれたし、澪に謝るようにも言っていた。
でも違う。そもそもあれは仲違いじゃなくて、私が決めた別離だった。
それがいつの間にか、皆を巻きこむ喧嘩になっていて。
かつて一緒の進路に大学を決めた私たちは、自然に別々の大学を目指し始めていた。
それが梓に知られた日には、何度ぶたれたやら覚えていない。
ムギとも頭のレベルが違いすぎて、同じ大学に行くことはできなかった。
そのままおのずと、卒業式以来、私は軽音部の誰とも会わずにいた。
大学に行っても無気力で、サークルも参加せずにだらだら通っていたら、
人と話すことがどんどん少なくなっていった。
そういうもんだ、と納得している。
律「……けどなぁ」
平気なふりをしたって、私も人間なわけで。
どうしても、人との触れ合いが欲しくなってしまう。
恥ずかしいことだし、いまさら何だという話だけれど、
あの学祭の日に戻って、鈴木さんに伝えたことを取り消したいとさえ考える。
澪のこと避けてないよ。
そう言ってしまえばよかったのにと。
いつまでも澪に依存していればよかったのだと考えてしまう。
だけど無論、時を戻るなんてできない。
できないから、私は私に触れてくれそうなものにすり寄る。
他に例は浮かばないけれど、たとえば憂ちゃんのような。
律「……」
目を閉じる。呼吸をだんだん遅く、深くしていく。
頭がぷかぷかして、私はまどろみの中に潜っていく。
――――
憂「……さん。律さん」
普通に揺さぶられて目が覚めた。
律「……あ、おはよう憂ちゃん」
憂ちゃんはベッドで寝ていた私を咎めるでもなく襲うでもなく、
ただニコニコと笑顔で「おはようございます」と返す。
律「……えっと。あれ?」
憂「よく寝てたみたいですけど、晩ご飯冷めちゃうとおいしくなくなっちゃうんで」
憂「さ、下に降りましょう!」
ぼんやりしていると、腕を引っぱって起こされた。
正直この展開は予想してない。
うんと昔、澪から唯との初デートの模様を電話で聞いたが、
平沢姉妹は予想を裏切る遺伝子でも組み込まれているんだろうか。
リビングに通されて、鮮やかなきつね色に揚がったからあげをおかずにご飯をいただく。
律「……おいしい!」
私も一人暮らしだからむろん料理はするけれども、純粋なおいしさに感動する料理は初めてだ。
意外といける、とかで嬉しくなるのはよくあるが。
憂「律さんさえよければ毎日作りますよ?」
積極的だなあ。
律「からあげ毎日? ははっそりゃあさすがにないよ」
憂「もうっ、そうじゃないですよー」
憂ちゃんがむくれるけれど、今の私には一生どうのこうのという話はできない。
逃げてるんじゃなくて、そんな約束をできるほど大人じゃないから。
憂ちゃんもこれに関しては真剣な目になって話題を引きずったりせず、笑い飛ばしていた。
律「いやでも美味いよ。1週間くらいこれでいい」
憂「ほんとですか? 嬉しいです」
憂ちゃんは私より先に食べ終わって、お風呂を沸かしに行った。
至れり尽くせりというか。
健気だなぁ。ほんとにお嫁さんにもらいたいくらいだ。
律「……」
律「お風呂?」
気のせいだろうけど、予感が私の頭を駆け抜けていった。
最後のからあげを口に入れ、
飽きないおいしさに頷きつつ、お茶を飲みほして食事を終らせた。
それと同時、憂ちゃんが戻ってくる。
憂「いまお風呂沸かしてるんで、律さん入っていって下さいね」
私は落ち着いて深呼吸をする。
このままずるずる流されるより、はっきり尋ねておいた方がいい。
律「憂ちゃん……わたし、今晩ここに泊まることになってる?」
憂「はい」
そうですけど、みたいに頷かれた。
そうですが何か、みたいに。
律「そっか。そんなことを言った記憶がないんだけど、憂ちゃん知らないかな」
憂「いえ」
ぷるぷる首を振る。
正直者のよい子だよ。
そういえば、変なことはしないって言ってたな。
憂ちゃんの「よく出来てる」っぷりをすっかり忘れていた。
律「じゃあどこかに落としちゃったんだな。しょうがないか」
憂「そうですね。家のどこかにあるかもしれませんし、今日は泊まっていきましょう」
うん、そうやって最初から手順を踏んでくれればいいのに。
いつも一足飛びだから、身構えてしまうんだ。
律「だな。ひと晩探していくよ」
憂「きっと見つかりますよ」
気休めを言う憂ちゃんに笑いかける。
そういえば着替えもなにもないけれど、どうすればいいんだろう。
全裸かな。
1階の居間に降りて、テレビをつけてバラエティ番組を見る。
たまにしか見ない番組だけれど、人と一緒に見るのは何倍も楽しく感じられた。
人がそばにいるだけで、あたたかさが違う。
律「……」
時折、憂ちゃんの方に目がいった。
憂「あ、お風呂ならもう沸いてると思いますよ。すいません言わなくて」
律「そ、そっか。ありがとう」
そうじゃないんだけどな。
髪をかきつつ、カチューシャを外して洗面台に置く。
服を脱いで、脱衣籠に入れておいた。
律「……うーむ」
着替えはどうなることやら、これも予想がつかない。
ちょっと汚いが、せめて下着だけはキープしておいた方が良かろうか。
律「いや」
もう知ったことか。
全裸にでも何でもしやがれ。
私は身につけていた全部を籠に投げ込んで、転がるように浴室に飛びこんだ。
――――
憂『律さん、着替えここ置いておきますね』
憂『下着は私のしかないんで、すみません……寝る時はブラなしで』
まったくもって常識的な応対だった。
律「あぁ、うん構わないよ。いつもそうだし」
――――
お風呂からあがると、丁寧に畳まれた着替えとバスタオルが置かれていた。
空になった洗濯カゴと、ごうごう回っている洗濯機。気が利くな。
体を拭きながら、置かれた着替えを眺める。
律「……」
笑えそうで笑えない。
胸に「ところてん」とプリントされたTシャツがそこに置かれていた。
選んだワード自体はなかなか心得てると思うけど、
問題はそれが書かれたTシャツがここにあるってことだ。
律「はあ……」
私の馬鹿。
憂ちゃんの気持ちも知らずにセッ○スセッ○スって、頭おかしいんじゃないのか。
唯がよく着ていた類いのTシャツ。
これを私に着てほしいってわけか、憂ちゃん。
水を拭きとって、髪を絞り、Tシャツを着る。
なんだか奇妙にすかすかした。
パンツとスウェットを穿いて、ドライヤーで髪を乾かす。
律「1回だけ、唯と私は似てるって言われたことあるな……」
熱風に唯より明るい色の髪が舞う。
もしかしたら唯は今頃、もっと明るい色に染めているかもしれないが。
昔はよく人目もはばからないでじゃれ合って、
そいつの目には私と唯がまるで兄弟みたいに見えたという。
一度だけ、唯に似ていると言われた記憶。
髪をよく乾かしてから、鏡の前で唯みたく髪を分けてみる。
律「……似てね」
私なんかが唯に似ているはずはない。
外見も中身も、まるで違うんだ。
憂ちゃんだって、そんなことは分かってるだろうに。
居間に戻ると、憂ちゃんがごろごろしていた。
なんとなく見てはいけないもののような気がする。
憂「あ、律さん。服大丈夫ですか?」
律「うん、いいよ。問題なさそう」
憂ちゃんのそばに座りこむ。
憂「ほっ」
転がってきて私の脚に頭を乗っけてくる。
それ自体はまったく可愛い行動なんだけれど、
いまは足を開いて座ってるんだから勘弁してくれないかな。
憂「……」
律「……」
なんて言えるはずもない。
私は憂ちゃんに甘えられたまま、その頭を軽く撫でてあげる。
憂ちゃんは幸せそうに目を細めた。
律「眠いか?」
憂「ん……はい。少しですけど」
律「もう寝よっか。明日も早く起きないと、学校遅刻しちゃうしさ」
そっと憂ちゃんの体を起こしてあげる。
憂「でも、お風呂入らなきゃ」
律「そうだな。じゃあ私、さきに部屋で待ってるよ」
目を擦る憂ちゃんに手を貸して、ぽんぽん肩を叩きながらお風呂場に連れていく。
案の定、衣服を入れた箪笥は唯の部屋にあった。
犯罪の匂いを鼻腔に感じつつ、
引き出しを開けて下着と寝間着になりそうな服を取って洗面所へ運んでおいた。
律「憂ちゃん、着替えここ置いとくよ」
憂『あっ、はい。ありがとうございます』
憂ちゃんの部屋へ戻り、ベッドに潜りこむ。
枕が横に長いのは、二人で寝るためだろうか。
唯がときどき憂ちゃんの部屋で寝ていると言っていたことを思い出す。
律「……」
私はベッドの右側に寄った。
しばらくして階段を上がってくる音がし、憂ちゃんがドアを開ける。
律「憂ちゃん、おいで」
ベッドを軽く叩いて促す。
憂ちゃんはまた笑顔になって、部屋の電気を消すと、私の隣で横たわった。
憂「律さん……ふあ」
大きなあくびをして、憂ちゃんはもぞもぞと私のほうに寄ってくる。
憂「もうすこし近くに来て下さい……」
律「うん……」
私は足を動かして、体をすこし左に寄せた。
憂ちゃんとぴったり肩がくっついている。
律「……」
憂「……」
なんでか、無言になってしまう。
律「……憂ちゃんさ。なんで、私を泊めたわけ?」
話題が見つからずに、訊くべきでないことを訊いてしまう。
憂「それは……寂しかったんです。ずっと、家にひとりだから」
律「知り合いなら、誰でもよかった?」
憂「律さんだからですよ。律さんでなきゃ、誘いません」
律「それっていうのは……」
私は緊張して、軽く息を吸う。
律「私が唯に似てるから?」
憂「え? どこがですか?」
律「……いや、ごめん。何でもないです」
やっぱ似てないよな。
ちょっとだけ希望を持ってしまっていた。
ばっさり切ってくれてありがとう。
憂「……そんなんじゃないですよ。律さん」
憂「私はお姉ちゃんがいなくてさびしくて……お姉ちゃんがいてくれたら嬉しいですけど」
憂「だからって、他の誰かをお姉ちゃんだと思ったりしませんよ」
まるで私に諭すように、憂ちゃんは言う。
左手が私のお腹を撫で、だんだんと上がってきていた。
律「じゃあ私に声をかけたのは……」
憂「かわいくて、守ってあげたい顔をしてたからです」
えへへっ、と憂ちゃんはいたずらっぽく笑った。
律「……ふふっ」
私も思わず笑ってしまっていた。
律「あはっ、はははは……」
憂「……どうしたんですか?」
可笑しくもなるさ。
憂ちゃんの手がけっこうくすぐったいし、
ようやく私だけの光を見つけられたと思ったのに、向こうからシャッターを閉じられてしまった。
律「ほんとさ……わたし、何のために生きてるんだろ」
憂「そんないきなり何を言ってるんですか……」
憂ちゃんの卑猥なまさぐりが止まる。
律「……私さ。昔、ある友達の女の子に、太陽みたいだって言われたことがあるんだ」
憂「太陽……」
律「そう、太陽さ。空高くにいる、みんなを照らす明るい太陽」
律「はじめはそんな風に言われて、単純に嬉しかった」
律「でも気付いたんだよな。私はそんな太陽みたいなやつじゃないって」
律「むしろその友達の女の子に照らされてる、月みたいなやつだった」
憂「……わたし、お月さま好きだよ」
律「ありがと。……でも月なんて、太陽がなきゃただの石ころなんだよ」
憂ちゃんは私の言い方に小さく不平をもらした。
律「太陽がいるころは、誰かしらを照らせてた。けど、そのうち太陽は沈んでしまった」
律「私に光が届かないくらい、遠い遠い場所に沈んで、別の人を照らし始めたんだ」
律「それからは石ころの月が浮かぶ、真っ暗な長い夜だった」
要領を得ない私の話を、憂ちゃんはまじめな顔で聞いてくれていた。
律「ただの石ころの月は居場所がなくて、空から地上へ墜ちてって」
律「そこで、また太陽の光に出会えたんだ」
憂「……私のことを言ってるんですか?」
私は頷いた。
律「憂ちゃんに会って……私はまた月になれるって思った。石ころじゃなくて、誰かを照らせる月に」
律「まだ居場所があるって思ったんだよ。おもったんだ……」
また笑いがこぼれる。
律「でも違った。私じゃ……いや、他の誰でも、憂ちゃんにとっての唯の代わりなんてできないんだよな」
憂「……」
息を吸い込むのにも、喉が震えてやりにくかった。
律「正直、私は自分の居場所が分からない。……憂ちゃんの姉になれるなら、嬉しいって思う」
律「つまり、どこでもいいんだ。私を必要としてくれるならさ」
憂「……私のお姉ちゃんになっていいのは、お姉ちゃんだけです」
少し迷ったように口をまごつかせたけれど、憂ちゃんははっきりそう言った。
律「そんなの分かってるけど……」
私は憂ちゃんの身体に向かって、両腕を伸ばす。
憂「お姉ちゃんの真似をしないで下さい!」
軽い気持ちで伸ばした手は、思い切り強く撥ねつけられてしまった。
憂「律さんは……もっと恋人らしくやってください」
いや、恋人になった覚えはないですけど。
律「……ごめん、今のは悪かった」
本人がいなくて寂しい人に、本人のふりをして接するなんて、
下手したらその寂しさを埋めるどころか広げることになりかねない。
髪をほどき、男ことばで梓に話しかけられた時、
あやうくまた手を上げそうになったのをうっすら覚えている。
憂「……律さんにも、わかりますよね」
憂「こういう、他の誰にも代わってほしくない大切な人がいるってこと」
律「……あぁ、いたな、そんな奴」
憂「居たんじゃないです」
憂ちゃんは、真っ暗な中でもじっと私の目を見つめている。
憂「今もいるんです。律さんにとってかけがえのない人がいます」
律「……」
律「いるなぁ」
私は仰向けになって、目の上に腕をかぶせた。
律「今でも……いっちばん大事なやつなんだ。すごい嫌われてるけどさ、大好きなんだよ……」
憂「……」
律「かわりじゃ、だめなんだ」
ごめんよ。
憂ちゃん1人ではルクスが足らない。
律「澪が太陽なんだ。澪のそばがいい。澪の光に照らされたい……!」
それはもう、かなわない願いなんだろうか。
二度と澪のそばに戻れないようなことをしたけれど、
どうにか元のように、みんなと仲良くできないだろうか。
律「そんなの……無理か」
ぎゅっ、と手の握られる感じがした。
憂「そんなはずないですよ」
憂「どんなに暗い夜でも、太陽がどれだけ深くへ沈んでも」
憂「陽はまた昇りますから」
律「……憂ちゃん」
憂「……」
私は右手を憂ちゃんの背中に回し、優しく抱き寄せた。
その手が払われることはなく、
それどころか憂ちゃんはにこりと笑って、私の体にぎゅっとしがみついてきた。
律「憂ちゃん……憂ちゃん。唯の住所、教えてくれないか」
憂「はいっ。もちろんいいですよ」
なあ澪。
依存って何だろう。
依存ってさ、それがなきゃ生きれなくなるってことだけど、
人間だれしもそういうものが一つくらいあるもんじゃないかなって思うんだ。
私の場合、それがとても得にくい、人間のあたたかみってものだっただけでさ。
だけどこれさえあれば、勇気がわいてくるんだよ。
これがなかったら私、からっきしだめなんだよ。
そんなへなちょこな私だけど、
もう一回だけ澪のそばに行ってみるよ。
だめならだめって言っていいからさ。
律「……わかった。ありがとう、憂ちゃん」
憂「どういたしまして。他でもない律さんのためですから」
私は今一度、憂ちゃんをきつく抱きしめた。
律「今は、さ……もしかしたら、寂しさを埋めるためにこう思ってるだけかもしれないから……」
律「寂しさがなくなって、それでも憂ちゃんのことそう思っていたら……また言いにくるよ」
名残惜しいけれど、憂ちゃんを抱いていた腕を離した。
憂「……そうですか。待ってますよ」
くすりと笑い、憂ちゃんも私から離れる。
つかず離れずぐらいの距離感で、私たちはそっと、呼吸を深く重たくしていった。
意識が海の中に落ちていく。
――――
律「ん……」
体に水が貼りついたような、不快な感触で目が覚めた。
重い。主に左半身がびっしょり濡れている。
なにごとかと確認しようと首を左に傾けると、
唇がむに、とかぴちょ、とかいった。
律「……」
憂「律さん……」
おはようございます。
あらためて天井を見る。
電気の通っていない、灰色の蛍光灯をつけた電灯がぶら下がっている。
窓の外はすっきり晴れて、暑いぐらいの強い日差しを私たちの部屋に射しこめていた。
律「憂ちゃん」
不意に、背中を寒いものが走る。
律「いま……何時?」
憂「えーっと……」
ぼんやりと部屋の時計に目をやる憂ちゃん。
動きがかなり緩慢で、自分で見てしまおうかとも思うが、怖くてできない。
……それにしても、すごくよく眠った気がする。
憂「えっと、11時です」
律「11時、何分?」
憂「よんじゅう……なな分ですね」
律「11時47分か」
憂「はい」
こくりと頷いたあと、さすがに暑いのか憂ちゃんは私を抱きしめていた腕を離す。
律「困ったねえ。確認したいことがいくつもある」
律「まず……今日って木曜日だよな?」
憂「5月12日木曜日、だったと思います」
律「……で、今は12時ちょい前か」
なるほど。
私は今日の授業をすっぽかしてやったということか。
田井中先輩マジカッケーっす。
律「……憂ちゃん」
憂「はい?」
律「私はいいとして、憂ちゃんは学校いいの?」
憂「学校……?」
首をかしげる憂ちゃん。
律「うん、学校だよ」
憂「……忘れてました」
律「忘れてたか。そっかそっか」
ま、1日くらいそんな日があってもよかろう。
律「よし。起きるか憂ちゃん」
憂「はい、起きましょうか律さん」
私たちは助け合いながら、あるいは引っ張り合いながら体を起こし、
リビングに下りて憂ちゃんの作った遅い朝食を食べる。
私はあおさの味噌汁をすすりながら、澪のことを考えていた。
律「……そういえば、憂ちゃんは怒ってないのか?」
憂「怒る?」
律「私は……ほら。私のせいで、軽音部をめちゃめちゃにしちゃったから」
律「唯も相当怒ってたし。憂ちゃんも正直頭にきたんじゃないか?」
憂「どうでしょう……」
憂ちゃんはご飯を口に運びつつ、曖昧に言った。
お米を噛んで、それ以上何も言わない。
律「……いや、ごめん。こんなの訊くべきじゃないか」
律「憂ちゃんさえ頭にきて当然だ。でも……唯や澪に許してもらわなきゃいけないんだな」
憂「大丈夫ですよ。律さんがどう思ってたかわかってもらえれば」
律「そうかな。……そうだといいや」
ごはんを食べ終わり、私は洗濯済みの昨日の服を憂ちゃんから受け取った。
扇風機の風を浴びせていたらしく、ひと晩のうちにすっかり乾いていた。
律「ありがと、助かるよ」
憂「いえ。このくらいしかできませんから」
律「……ほんと、ありがとう」
憂ちゃんに見送られて、家を出る。
最寄りの駅から電車に乗り、憂ちゃんの言っていた住所を頼りに2駅先まで行く。
意外と近くに住んでいたんだな。
今まで会わずに済んだのは奇跡みたいなものだと思う。
もしかしたら、唯や澪のほうは私を見かけているのかもしれない。
電車が駅に着く。
駅から少し離れたマンションに、唯と澪は部屋を借りているようだ。
5分ほど歩けば、白いマンションはすぐ見つかった。
なかなかこぎれいな建物だ。
私のアパートに比べると家賃がお高そうだが、2人で割っているからさほど高くもないんだろうか。
律「205号室だったな……」
エントランスで205と入力し、インターフォンを鳴らす。
静かだ。まだ1時過ぎだけれど、澪は家にいるだろうか。
やや待つと、ごそごそと受話器を持つ音がした。
澪『はい、平沢ですけど』
澪の声だった。
律「ぇあ……と、その」
とたんに何を言っていいか分からなくなる。
私は奇妙なうめき声をあげてしまう。
澪『……律か?』
なぜばれた。
律「ぅ、うん、私。……律だっ」
声がひっくりかえる。
もっと言うべきことがあるのに、喉がつっかえて一言も話せない。
澪『待ってろ、今行くから』
ああ、かっこよくなったな澪。顔は見てないけどわかるぞ。
私はずるりと床に崩れ落ちた。
やがて、澪が髪を乱して駆けてきた。
澪「律っ! 大丈夫か!?」
律「へいき……ちょっと、一瞬クラッてきただけ」
澪「とにかく、うちに来い。……唯はまだ帰らないから」
律「あ、うん……」
澪の肩を借りて立ちあがると、すっかりめまいはなくなった。
律「みお、ごめん……」
澪「ううん、いいよ」
澪は小さく笑った。
それだけで私は涙が出てきてしまう。
澪と唯の部屋に背中から押し込まれる。
女子大生が二人で暮らす部屋は、どこか甘ったるい匂いがする。
昨日もこんなこと言ってなかったか私。
澪「律、どうして急に来たんだ?」
澪は私を入れるなり、がちゃりと鍵を締めて奥へ行こうとした。
律「……まって、澪」
私は澪の背中を呼びとめて、廊下に正座をした。
冷たい床に両手をつき、体をぐっと折る。
律「……ごめんっ!!」
澪「律……?」
土下座の姿勢は、否応なく声が絞り出された。
ずっと前から溜めこんでいた想い。
澪のために口にできなかった想いすらも溢れてくる。
律「私が間違ってた、バカだったんだ……」
律「私、だめな奴だから……私なんかが、澪の友達じゃいけないって思って」
澪「……なんだよそれ」
律「澪に迷惑かけてばっかで、澪のために私ができることなんて、ぜんぜんなくて……」
律「それなのに……澪からは、たくさんのものもらって……恩返しもできないのに」
せり上がってあふれて、想いがまともな言葉に整う前にこぼれる。
律「っ……澪の邪魔になりたくないって、ずっと思ってた! もうずっと、ずっと!」
律「だから、唯が澪をもらってくれて……澪はもう、唯に夢中だった、からっ」
律「私は、澪の邪魔にならないように、離れようって……思ったんだ」
床の木目が、ぼやけていた。
睫毛が目に張り付いてるような感じがして、すごく痛い。
律「でも、やっぱり私、ひとりなんて嫌なんだ! 澪がいないなんて無理なんだ……」
律「ごめん、本当に……最低なことしたってわかってるけど、仲直りがしたいんだよ」
でこをぴったり床に押し付けた。
冷たい水がたまっていて、ぞくりとする。
澪「……」
澪が足音を鳴らして、近付いてきた。
澪「勝手だな、律は」
律「うん、勝手だ、最低だよ。……だけど澪のそばにいたいの。友達でいたいのっ」
律「澪……お願いだ」
澪の手が、私の肩にのった。
すっと優しく力が入って、私は顔を上げさせられた。
澪「……勝手すぎるよ。どれだけ辛かったか知ってるのか?」
律「……ごめんよ」
澪「律に嫌われてさ……唯に慰められたって、ちっとも心の傷が癒えないんだ」
律「ごめん」
澪「何度も何度も機嫌を直してくれって、私言ったよな! 許してまた友達になってって!」
澪「そのたびに無視して……その理由が、律が私の邪魔だから? ……何なんだよ、それ」
澪は身を細かく震わせながら、つーっと涙を流していた。
私の肩がぎゅっと掴まれる。
澪「それだったら私だって、もっと昔に律に別れを告げてなきゃいけなかっただろ」
澪「……友達になるのに、条件なんかいるのか? いらないだろ!」
律「うん……だよなぁっ」
自分のものとは思えないくらい掠れた声がでた。
澪「ただ一緒にいたいってだけでいいじゃないか」
澪の手が肩をおりて、背中に回される。
体が倒れこむように近付いてきた。
澪「私は今でも、律と一緒にいたいって思うよ」
律「……澪ぉ」
いつぶりか分からないけれど、私は澪に抱きしめられていた。
私もおそるおそる、澪の背中に腕をまわしてみる。
澪「まったく。……バカ律」
昔は胸を痛めたその言葉も、今は何ともない。
開き直ったから、だけどさ。
律「……ありがとう、澪」
澪「別に……いや。どういたしまして」
赤ん坊をあやすように、澪は私の身体をゆっくり揺らした。
ゆりかごに乗せられたような。でも、澪のぬくもりがする。
律「……あれ?」
ちょっと待って。
私はもちろん、これっぽっちもやましい気持ちはないけれど、
この状況ってちょっとまずくないか。
澪「どうした?」
律「やっ、あの。いま唯が帰ってきたら、これどう説明しようかって」
その時、首筋になにか冷たい刺々しいものが押しつけられた。
「誰が帰ってきたらって? りっちゃん」
押し当てられた側面がちくちくする。鋸刃のような形状の金属板か。
そこまで想像したころにはもう、唯の手がすっと真っ直ぐに引かれていた。
律「痛い痛い痛いっ!」
首の血管がグリグリ言った。
猛烈な痛みに振り返ると、キーホルダーから鍵をぷらぷら下げた唯がにんまり笑って立っていた。
律「ってー……」
澪「唯、聞いてたと思うけど、律は……」
唯「うん、わかってるよ澪ちゃん」
なにこれ、どうなってるの。
唯「りっちゃん、正気に戻ったんだね!」
律「へっ?」
正気っていっても、前もけっこう考えてたつもりなんだけど。
と言う前に唯が飛びついてきて、私は床に押しつぶされる形になった。
怒っている様子じゃないのは確かだけれど、わけわからないし痛い。
澪「えっと。実は、唯もいたんだけど……ちょっと外に隠れててもらったんだ」
澪が一緒に押しつぶされながら、懸命に言う。
律「なんで、んな事……」
唯「怖かったから。りっちゃんのこと……おかしくなっちゃったりっちゃんが怖くて」
おかしくなった。
確かに私の行動はそう思われても仕方ないレベルだったな。
澪「唯には、律が普通に戻ってるなら連絡して、帰ってきてもらうつもりだったんだけど」
唯「やっぱり気になって……立ち聞きしてました!」
律「……そっか」
どうでもいいよそんなの。
いまさら正気に戻った私を、どうしてこんなに暖かく迎えてくれるんだよ。
なにもなかったみたいに、水に流してくれるんだ。
唯「あっ、りっちゃんまだ泣くのー?」
律「う、うるせ……いいじゃんかよぉ」
うじうじ悩んでた自分が、どれだけ卑小だったか。
私はじぃんと広がる心地よい痛みを感じていた。
律「ほんと、お前らには泣かされっぱなしだよ!」
蒸し暑いなぁ。
廊下でも人が集まるとこんなに暑くなるのか。
私は涙を飛ばすように、大きな声で言ってやった。
澪「ほんとだな。律の泣いてるとこなんて、全然見たことなかった」
唯「だから澪ちゃん、役者目指そうって!」
澪「もう劇はこりごりだって!」
唯「またステージで澪ちゃんにちゅーしたいのー!」
おい、私をほっといてイチャイチャするな。
私が見えてるだろう。
律「なぁ、これは私へのあてつけか?」
唯「んん? あれぇりっちゃん、まだ恋人いないの?」
律「……いるわ!」
いない、と言いそうになって、慌てて訂正する。
澪「えぇ!?」
澪が慌てて飛び起きた。
これはもう引き下がれないな。
唯「いるの!? 誰っ、どんなひと!」
私はひと呼吸おいてから、にやっと笑って二人の顔を見てやった。
律「……澪にとっての、私みたいな人だ」
二人は互いに顔を見合わせ、首をかしげる。
澪「私にとっての律?」
唯「って誰?」
どうせ、答えはすぐにやってくる。
解説するのも面倒だ。
律「ま、すぐに分かるからさ」
そう言って、私は勝ち誇った顔で二人を思いきり笑ってやった。
おわり
225 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 06:08:16.66 4tbY8uLRO 130/132こんな時間なのに見てくれてありがとう
さようなら寝る
229 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 06:24:34.22 NoWieNIZO 131/132乙!
すごい良かった!!
でも一個疑問が。
憂んち泊まった翌朝の半身が水で濡れてたっていうのはどうゆうこと?
230 : 以下、名... - 2010/12/06(月) 06:26:11.89 4tbY8uLRO 132/132>>229
ぐっぴょり寝汗です
どうも一晩中抱きついてたみたいです