《1つ前》
後日譚第4話<イイ嫁の条件?>
《最初から》
第1話<呪い>
《全話リンク》
少女勇者「エッチな事をしないとレベルがあがらない呪い…?」
番外編<君を護る剣>
傭兵「……」カリカリ
勇者「…ねー、何書いてるの。お手紙?」
傭兵「今回の旅の報告書だ」
勇者「報告書かぁ、どうしてソルが書くの?」
傭兵「じゃあお前かくか」
勇者「あ、いい」
傭兵「…。一応俺はグレイスの任を受けてお前の旅に同行しているからな」
傭兵「めんどくさくてもきっちり仕事はこなさなきゃいけねぇんだよ」
勇者「大変だね」
傭兵「……わかったらあっちいけ」
勇者「けどめんどくさいっていうわりに、結構楽しそうに書いてたよね」
傭兵「あん?」
勇者「横顔がニヤニヤしてたっていうか。うきうき? 楽しそうだったよ」
傭兵「そ、そうか?」
勇者「ねぇソルと陛下ってさ」
僧侶「とっても仲良しなんですよ!」ヒョコ
傭兵「うぉあ! なんだ…みんなして」
僧侶「ね! ソル様はグレイス陛下と大の仲良しなんです」
傭兵「……仲良くないって」
僧侶「そんなこと無いですよ。私、いろいろ見ちゃったんですから」
勇者「色々って何…。ソルは騎士なんだよね?」
傭兵「あぁ…王とその騎士、しかも過去の話だ。それ以上でもそれ以下でもねぇよ」
僧侶「うふふふ」
傭兵「……」
勇者「ねー、昔なにがあったの? どうやってあの王様と仲良くなったの?」
勇者「ボクさ、あんまりこういうこと言うのもダメだけど、ちょっと苦手なんだ…」
勇者「怖いっていうか厳しいっていうか…ね?」
僧侶「グレイス様に廊下ですれ違うと背筋がピーンと伸びちゃいますよね」
勇者「うんうん。わかる」
傭兵「…しばらくあっちいってろ。邪魔だ」
勇者「うわーん。後で遊んでね。行こヒーラ」
僧侶「はい! がんばってくださいねソル様」
傭兵「……おう」カリカリ
傭兵(なんでもねぇって。ほんとに)
傭兵(あいつ、元気してっかな…)
傭兵(以外と寂しがってたりして…なんてな、無い無い)
傭兵(クソ、あいつのしたり顔を思い出してイライラしてきた…)
<7年前>
【太陽の国・城下町】
傭兵(ユッカ…元気でな)
傭兵(これで…俺はあの子の側には居られない)
傭兵(わかってはいる。だが、これほどまでに心が苦しいことがあるだろうか)
傭兵(ユイさん…こんなことになってしまってすまない…)
まだ年端もいかないユッカに、俺の全てを託してきた。
それが俺に残された最後の使命だと直感したからだ。
ユッカは惨劇の記憶を封印され、今後は王宮内で勇者としての素質を磨く訓練を受けるのだろう。
俺にできることは、もう何もない。
いまや俺の命の灯火は消えかけ、体がいうことをまるできかない。
魔力を失い、裸で極寒の雪山をさまよっているような心地だ。
手足が凍えるように震えている…まっすぐ歩くことすらままならない。
ドンッ
不良A「てぇな!」
不良B「ふらふらしてんじゃねぇぞ」
傭兵「……ぁ、あ」
不良A「おい聞いてんのか兄ちゃん。こっちは怪我してんだよ。肩の骨おれちゃった~」
傭兵「…す、ま…な」
視界がかすむ。
今俺はなにをしているのだろうか。それすらもわからない。
不良A「なぁおい!」
不良B「ひゃは、ビビっちまって顔真っ青か!? ちょっとツラかせや」
【路地裏】
――ミ゙シッ
不良A「いっちょあがり!」
傭兵「がは…ッ」
俺は薄暗い路地裏で、男たちに殴られていた。
容赦なく壁に叩きつけられて、崩れ落ちる。
不良A「んだよ。ちっとは抵抗してくれねぇとおもんねぇぞ」
不良B「お前本気だしすぎ。ボッコボコじゃねぇか」
傭兵「……」
不良A「あれ…死んだか? おーい」ゲシッ
不良B「おい…殺しはさすがにやばくねぇか…衛兵に見つかる前にさっさとトンズラしようぜ!」
不良A「ぺっ、これに懲りたら二度とふらふら歩くんじゃねぇぞ」
傭兵「……――」
傭兵(そうか…俺は死ぬのか)
傭兵(せっかく、ユッカとユイさんに拾ってもらった命なのにな)
傭兵(なんて、愚かな……)
傭兵(だめか…。せめて…ユッカ、お前だけは…元気に生きのび――)
『――お願いだよ。ソル君』
傭兵(あぁ…ユイさん……俺は約束を――)
『不死なる聖炎よ。愛する我が子に宿りて、永久の祝福を与え給え』
傭兵(この声……誰だ…懐かしい気分だ…)
トクン…
傭兵「!」
傭兵「……ぁ、あ」
暗闇へと落ちかけた瞬間、死の淵でいくつかの記憶が脳裏を駆け巡った。
しかし、果たしてそれは本当に俺のもつ記憶だったのだろうか。
聞いたこともない声と知らない母のようなぬくもり。
途端に心臓が熱く燃え上がり、沸騰するような程に熱い血が全身を駆け巡って体温が戻ってゆく。
傭兵「なんだ…これ」
傭兵「魔力は…うしなった…はずなのに」
傭兵「ぅぉ…ぁぁ!」
傭兵「はぁ…はぁ…生き…てる?」
なぜだかわからないが、俺はまたしても生き延びることが出来た。
依然として魔力はちっとも感じ取れない。
だが、俺は間違いなく生きている。
天が俺を生かしたがっているのだろうか。
ならばこれ以上、俺の生きる意味とはなんだろう。
傭兵「…決まっている」
傭兵「ユッカ…」
たった1つの心残り。
俺はユッカの成長を見届けるまで死ねない。
ユイさんのためにも、簡単に死ぬことは許されない。
・ ・ ・
<数日後>
【王宮前広場】
騎士長「よくぞ集まってくれた国を愛する若人たち」
騎士長「すでに聞き及んだ上でこの場に立っているのだろうが、先日、太陽の国は邪悪な魔物の大軍による襲撃を受けた」
騎士長「辺境の村々は無残にも焼かれ、罪のない多くの民の血が流れた」
騎士長「あまつさえ、彼奴らは我らが希望である、幼き勇者様をも手に掛けようとした」
騎士長「幸い今は王宮で保護されているが、その幼き御心に永遠に消えぬ深い傷を負わせてしまった…」
騎士長「人類は危うく、唯一の希望の火を失うところであったのだ」
傭兵(ユッカ……)
騎士長「我々は二度とそのような悲劇を繰り返してはならない」
騎士長「国防は王宮からの勅命であり、我々王国軍守備隊の最優先事項である」
騎士長「領内への魔物の侵入を二度と許すな!」
騎士長「我らの勇者様、そして太陽の国を命にかえて護るのだ!」
騎士長「そのためには、諸君らのような若く燃えたぎる血潮が数多く必要だ!」
騎士長「ではこれより!合同選抜実技試験を開始する!」
若者たち「ウオオオオ!」
傭兵(二度と悲劇は繰り返さない)
傭兵(ユッカ…少しでもお前が平和に暮らせる国を俺たちは作る)
傭兵(だから、またいつか会える日まで…俺は誰よりも戦い抜いてみせる!)
傭兵「99番。国境防衛部隊、前線配置希望のソルです」
傭兵「よろしくおねがいします」
兵士「うむ。貴様で1次募集の参加者は最後のようだな」
兵士「参加者の諸君。選抜試験の概要は理解したか」
兵士「試験のチェック項目は4つ。戦闘力・体力・精神力・魔力。それらを総合的に審査し」
兵士「基準に満たない者をふるい落とす」
兵士「審査に受かった者は晴れて国防軍見習い兵だ」
傭兵(…魔力。まずいな)
兵士「では受け取った紙にかかれた会場へ各々移動せよ」
傭兵(俺は魔力からか、幸先が悪そうだな)
傭兵(総合的に判断といっていたからすぐその場で落とされることはないだろうが……)
傭兵(なるようになるか)
【魔法適正審査会場】
兵士「よく来たなグループDの諸君。ここでは貴様らが今までの人生で培った魔力を見させてもらう」
兵士「では先生お願い致します」
魔導師「ふぉふぉ」
兵士「貴様ら聞け! この方は王宮つきの大魔導師様だ!」
兵士「貴様らのような新兵以下のひよこ共の選抜の為にわざわざご足労頂いたことに深く感謝せよ!」
傭兵(…! 魔道士のじいさん…審査員だったのか)
魔導師「では、審査をはじめる」
魔導師「審査方法は、魔力の資質」
魔導師「わしのこの杖の先についた球がみるかのぅ」
魔導師「これは魔宝石と言って、魔力を伝導しやすい純度の高い輝石なのじゃ」
魔導師「ここに諸君らのもつ魔力を込めてもらう」
魔導師「そして熱い志しを感じ取らせてもらおう」
魔導師(もちろん邪な者が紛れ込んでいないかどうか、判別するためのテストでもあるのじゃがな…)
参加者A「くっそー、どうやって魔力を意識的に外にだすんだ」
参加者B「ううう、おおお」
参加者は順番に並んでひとりずつ魔力をこめて行った。
またひとりと終えるたびに、魔導師のじいさんは何かをさらさらと書き記す。
おそらくあれが調査書なのだろう。
参加者C「おうどうした赤毛、てめぇの番だぜ」
傭兵「ああ…」
傭兵「99番。太陽の村から来たソルだ」
俺はじいさんに歩み寄る。
じいさんはやはり来たかとでも言いたげに、一瞬口元だけで薄く笑って、同じように杖を差し出した。
だがどうやっても魔力を込めることは出来ない。
俺には魔力は微塵も残っていない。
素質はすでに0だ。
傭兵「…」
兵士「む、貴様! 早く魔力を込めんか!」
兵士「大魔導師様の手をわずらわせるな!」
傭兵「……」
魔道師「まぁええじゃろう」サラサラ
魔道師「これで最後だったかのぅ?」
兵士「いえ、実は…追加で1人」ヒソヒソ
魔道師「ほぅ、それでどこにおる」
???「私だ」
ローブを被ったそいつは突如現れ、俺を退けて魔法石に魔力を込めた。
魔道師「ぬぬ…」
???「これで良いのだな」
魔道師「うむ。ご苦労」サラサラ
兵士「貴様! 無礼ではないか、参加者の分際で!」
兵士「そのローブをとれ! 受験者はこちらの指定した兵装に着替えてもらおう」
???「そうか、それが決まりならしかたあるまい」
いやみったらしいその声と口調にどこか聞き覚えがあった。
そいつはあっさりとローブを脱ぎ捨てる。
中から現れたのは気品あふれる端正な顔立ちと、白い肌。
赤みがかったブロンドの髪が煌めいた。
傭兵(王子…!)
王子「ふ…」
傭兵「お前がなぜ…」
兵士「お、お、王子…!」
参加者A「おい、王子だってよ。まじか」
参加者B「ほんもの?」
参加者C「嘘だろ…なんで王子が俺らなんかと一緒のテストを」
兵士「こ、これは一体どういうおつもりでしょうか」
王子「受験番号100、グレイスだ。さっさと次の試験にうつるぞ」
兵士「はっ!」
傭兵「おい、どういうつもりだ」
王子「ソルか。悪いが、お前に事情を話すつもりはない」
王子「それより、なんだその体たらくぶりは」
王子「魔力を一切感じ取れん…お前は本当に、私と引き分けた男か?」
傭兵「……」
王子「お前も、話すつもりはないのだな。ならばちょうどいい」
王子「お互い無事受かることを祈っている。ではな」
傭兵「グレイス…」
戦技長「ぐ、グレイス王子に試験などとんでもありません」
戦技長「どうか、ここはお引取りを…お手をわずらわすことは出来ません」
王子「それでは周りに示しがつかんだろう」
王子「私は、市井に下り、太陽の国の民のひとりとしてこの国を護る兵に志願したのだ」
王子「平等に扱うといい。父上に許可はとっている」
戦技長「そんなっ!」
その後参加者の中でグレイスは圧倒的な成績をおさめ、すべての審査は終了した。
俺はというと、やはり魔力を欠いた状態では思う存分のパフォーマンスを発揮できず、
自信のあったはずの体力や戦闘力でもさんざんな結果となった。
騎士長「それでは、みなご苦労であった」
騎士長「本日の結果は広場掲示板に張り出してあるので、確認するように」
騎士長「合格者は明日入隊式を行う、遅れぬよう今日はゆっくりやすめ」
【広場】
傭兵「…」
王子「当然ながら一位通過だ。戦闘力・体力・精神力・魔力のランクはすべてA。」
王子「しっているか? 通過順位によって兵団内でも扱いは違うようだ」
王子「当然受かったのだろうな?」
傭兵「…く」
王子「おい、お前…よもや落ちたなどとは言わんな」
傭兵「滑り込みで合格だ…ドベだな」
王子「ドベだと、ふ、ふははは」
傭兵「精神力B・体力E・精神力A・魔力E」
傭兵「今の俺なら打倒か…」
王子「どうやら、私と引き分けたのはまぐれだったようだな」
王子「貴様がこれでは、義姉上もむくわれんな」
傭兵「何…!」
王子「もう会うことはないだろう。同期であっても格の違いというものがある」
王子「訓練や作戦中に私に会ってもくれぐれも気安く話しかけるなよ」
王子「ではな。ソル」
<翌日・入隊後>
【兵舎の一室】
王子「……」
傭兵(俺は話かけないようにするぜ)
王子「ま、まさか、順位に応じて部屋の振り分けをするとはな」
王子「トップ合格の私がドベの貴様をこき使う権利を得た…というわけか」
王子「いや…しかし…なぜ他人と同室なのだ」ブツブツ
傭兵(兵舎なんてそんなものだとおもうが)
王子「ありえん…私は王子だぞ。私が…相部屋など…」
王子「それも、なぜ貴様のような奴と…」
傭兵「……」
王子「何か答えろ! ずっと押し黙っていると気味が悪くてしかたないだろう」
傭兵「……グレイス」
王子「!」
傭兵「これからよろしくな」
王子「…!! う、うむ…しかたあるまい」
王子「ルームメイトである以上、無下にはできん…特別に話かける権利をやる」
傭兵「そうか」
こうして俺とグレイスは再び出会った。
この時から、俺たちはしのぎを削り、戦い続けの日々を共に過ごしていく。
何も事情を語らずとも、お互いに、心に根ざした想いは同じだと直感していた。
傭兵(ユッカ…元気でな)
番外編<君を護る剣>つづく
番外編<君を護る剣>つづき
新米兵としての訓練がはじまり、しばらく経ったある夜のこと。
王子「だから、そのゴミは分別しろといっているだろう!」キーン
王子「あとこんな時間に武器の手入れをするな! 隣室に迷惑になるだろう」
傭兵「…お前の声のほうがうるさい」
王子「…まったく。何度言ったらわかるんだ」
王子「それと…ごほん、脱いだ服も散らかすな」
傭兵「あとでまとめて洗濯に出すんだ。いちいち畳まなくてもいいだろ」
王子「バカを言え。お前の汚い服が無造作に転がっているだけで不愉快極まりない」
傭兵「お前は細かすぎる。だからあんなへなちょこな攻撃しかできないんだ」ボソッ
王子「なに!」
王子「私の華麗なレイピアさばきをへなちょこだと?」
王子「お前は繊細さのかけらもない、無策な猪突猛進しか出来ないだろう!」
王子「その脳みそにまで筋肉が詰まったお前が私に駄目出しだと? どの口がいう!」
王子「私は前回の実践演習でも部隊トップの成績をおさめているんだぞ…!」
傭兵「俺の一撃特化の戦闘術のほうが、理にかなっている」
王子「それはお前が耐久力とは無縁の魔力0のカスだからだろ」
傭兵「カスだと! 王族の使う言葉とはおもえねーな」
王子「事実ではないか! 毎度毎度魔法演習で醜態を晒して恥ずかしくないのか」
王子「何回連続でE判定をとっているんだ!」
王子「あの時の燃え盛るような魔力はどこへいった。出してみろ!」
傭兵「あぁうるさい…」
王子「なんだその態度は! 私に逆らう気か」
傭兵「うるせぇなもう。だったらグラウンドにこい!」
王子「臨むところだ!」バタンッ
隣室の同期(またかよ…)
【修練場】
兵士「グレイス様…またですか」
兵士「もうここは閉める時間なのですが…」ビクビク
王子「開けろ。10分で片を付ける」
王子「寝る前にこの赤毛を地べたに這いつくばらせなければ気が済まん」
傭兵「やってみろ」
兵士「おいソル。またグレイス様になにかしたのか」
傭兵「何も。こいつがキィキィうるさすぎて俺もイライラしてんだ。借りるぜ」バタン
兵士「……はぁ。それが上官に対する態度かなぁ」
戦技長「どうした。なにかあったか」
兵士「戦技長…止めてくださいよぉ」
戦技長「無理だ。王子をとめることの出来る人間は隊にはいない」
戦技長「そもそもこんな場所におられること自体がおかしいのだ…一体なにを考えていらっしゃるのやら」
兵士「ですよねぇ…困ったなぁ」
戦技長「またソル相手か…あいつも難儀だな」
兵士「俺が王子と同室なら3日で兵団やめてますよ…っとと、いまのは聞かなかったことにしてください」
戦技長「……安易に成績上位順下位順でバディを組ませたのがまずかったか」
戦技長「…まさかここまでウマが合わないとはな」
兵士「その成績順って確か入隊試験時の話でしょう…」
兵士「ソルのやつ、ぐんぐん伸びていまやグレイス王子に負けず劣らずの実力者ですよ」
兵士「魔法は論外ですがね」
戦技長「ううむ…まさかこんなことになるとは思わなんだ」
ガキン ガキン!
兵士「やってますね…ふたりとも体力あるなぁ」
戦技長「それにしても王子、ここに来た頃とくらべて随分とお変わりになったような気がしないか」
兵士「えぇ。少しとっつきやすくなっというか、表情が柔和になったような」
兵士「いまもほら。怒ってるようで、どこか楽しそうに見えます」
兵士「これも我々が責任もって一人前に扱き上げた結果でしょうか?」
戦技長「…さぁな」
・ ・ ・
カチャン…
傭兵「ハァ…ハァ…」
兵士「そろそろ時間ですよ王子」
王子「うぐ……くそ、また時間切れか。早く膝をつけ」
傭兵「どうしたグレイス…俺はまだやれるぜ」
兵士「いや時間だって言ってるでしょ!」
傭兵「それともそのへなちょこ剣じゃもう俺を捉えるのは無理か?」
王子「…! また明日だ。覚えていろ」
兵士(明日もくるのか…)ゲッソリ
王子「私は風呂に入って寝る。空いているな?」
兵士「はい……空けますよ。王子のためならなんなりと…」
傭兵「おう。俺はもう今日は入ったし、濡れタオルでいいや」
傭兵「じゃあな」
王子「フンッ」
戦技長「この2人が大成するのが楽しみだ」
兵士「…ですね。もう前線に送っても大丈夫じゃないですかね……」
戦技長「……前線か」
戦技長「お前、西の国境の噂をしっているか?」
兵士「ええ、今朝伝え聞きました。何者かの襲撃で関が1つ落とされたとか」
兵士「隣国の偵察部隊か、それ以外の賊ですかねぇ」
兵士「魔物じゃなければいいんですがね……」
戦技長「報告では、その敵は人のなりをして巨大な刀剣を扱うそうだ」
戦技長「たった1人の仕業らしい」
兵士「1人!」
戦技長「だが仮面で顔まではわからず、その後は姿をくらませているらしい」
兵士「恐ろしいやつもいたもんだ。俺たちも前線でそいつと戦うことになるんでしょうか」
戦技長「指令が下ればいずれな…」
【兵舎・大浴場】
王子「…」キョロキョロ
王子「よし、だれもいないな…こんな時間だから当然か」
王子「……ふぅ、まったく」チャプ
王子「…ううむ」
王子(ソルめ…だんだんと反応速度があがってきている)
王子(入隊当初はひどく失望したものだが、剣士としての勘を取り戻したのだろうか)
王子(それとも、まだあいつは成長期か…)
王子(私の細腕で…この先わたりあえるのだろうか)
王子「負けてられんな…」グッ
王子「おっと、長湯はできんな」
ガラガラ
傭兵「やっぱ入ることにした」
王子「!? うわっ」
傭兵「あ、そういやお前と風呂入ったことないよな。邪魔するぜ」
王子「…っ! 入ってくるな!」
傭兵「なんでだ。汗を流すくらい許せ。お前の部屋じゃあるまいし」
王子「……っ! なら、さっさと体を洗って出て行け」
傭兵「…? あぁ、言われなくてもそうするが」
王子「……」キッ
傭兵「グレイス…お前さ、やっぱり庶民のことは嫌いか?」
王子「なに? 未来の王たる私が、愛する国民を嫌いなわけなかろう」
傭兵「だってよぉ。お前全然同期の奴らと入ろうとしないし」
傭兵「お前だけ王族特権だかなんだかしらねーが、風呂の時間ずらして1人でゆったり入ってんだろ」
傭兵「上官には新兵として平等にあつかえとか言ってたくせに、それってずるくないか」
王子「ち、違うっ、それは…だな…」
傭兵「違わないだろ。やっぱ王族の出自ともなると、一般庶民と一緒は嫌なんだな」ワシャワシャ
傭兵「つーわけで悪かった。出て行く」
王子「……」
王子「……う」
王子「ま、待て……あっ…行ってしまったか」
王子「はぁ…違うのだよ…誤解だ…。私はただ…」チャプ
<深夜>
王子「もどった。すまない、もう寝ていたか?」
傭兵「いや。寝ようとしてたとこだ」
王子「今日も引き分けだったな」
傭兵「あぁ…毎晩もやもやして眠れねぇよ」
王子「ふっ、私もだ」
王子「そうだソル。次の訓練休みに許可をとって町にでも出ないか」
王子「たまには気晴らしも必要だ。ここでの生活は何かと息が詰まる」
傭兵「すまん、休みには用事がある」
王子「お前はいつもそうだな…」
傭兵「…やることがあるんだよ」
王子「それは、ユイの…義姉上の墓参りか?」
傭兵「……」
王子「先週、私も訪れたんだ。行き違いだったか」
王子「墓標が綺麗に掃除されていた。花も枯れずに取り換えられている」
王子「律儀な男だ……が、花を選ぶセンスはないな。なんでも良いわけではないのだぞ」
傭兵「好きだった花だ…森にたくさん自生してる」
傭兵「よくユッカが花かんむりをつくっていたよ。まぁ…それがなんとも下手くそでな」
王子「そうか……なら、義姉上はとても喜んでいることだろう」
傭兵「死者に感情なんてない」
王子「そうだろうか」
王子「遠いどこかの国では、死者の御魂を降ろして交流する術があるらしいぞ」
王子「義姉上はお前のことをどこかで見て微笑んでいるかもしれないぞ」
傭兵「そんなことできるものか。死んだ人間は戻らない」
傭兵「俺は、ユイさんのためじゃなくて俺がしたいようにしてるだけだ」
王子「そうか…」
王子「やはり…ユッカのためか?」
傭兵「何がだ」
王子「お前は元は流浪の傭兵だと聞いている。なぜこの地に根を張る」
傭兵「……寝ていいか」
王子「まてこれだけは答えろ。ユッカは私の姪っ子だ。私にも関係がある」
傭兵「…わかった。そうだ。ユッカを護るためだ」
傭兵「直接は無理でも、なにか出来ることがある。俺にはこれしか思いつかなかった」
傭兵「…これでいいか」
王子「…よかった」
傭兵「?」
王子「ユイの復讐や仇討ちのためにお前がここにいるのではないかと、わずかに考えていた」
王子「お前は普段から言葉少ないからな。わからなかった」
傭兵「お前が口数多いだけだ」
王子「そうかユッカのためか……」
傭兵「グレイス?」
王子「いや、ありがとうソル。その言葉でお前のことは信用できる」
傭兵「なんだよそれ」
王子「寝ようか。明かりを消すぞ」
傭兵「…おう」
傭兵「グレイス。俺からも聞いていいか」
王子「なんだ。私に答えられることならかまわん」
傭兵「お前こそなぜこんな場所にいる。俺は生活の糧を得る傍らでもあるから不自然ではないにせよ」
傭兵「お前はどう考えてもおかしい」
傭兵「王宮でユッカの側についているべきなんじゃないのか」
王子「…」
傭兵「グレイス。寝たのか?」
王子「……お前はしらんであろうが、我が父、陛下の御身そう長くない」
王子「数年もすればお隠れになり、私は次期国王として戴冠するだろう」
傭兵「…そりゃ随分と急なことだな」
王子「その前に、世見をこの目で見ておきたかったのだ」
王子「そして、王の器として恥ずかしくない力をつけたかった」
王子「王宮の過保護なエリート教育では学べないこともある」
王子「出会えぬ者もいる」
王子「亡き兄にかわって、弟である私が王となるのだ。私がしっかりせねば…」
傭兵「…」
王子「それだけだ」
傭兵「お前は十分強い。俺でも敵わないほどだ。精神的にもだ。器量は十分だ」
傭兵「いまさらこんなチンケな山奥で己を鍛える必要なんてあったのか」
王子「…誰しも、足りぬものはあるのだよ」
王子「こう見えて私はコンプレックスの塊だからな」
傭兵「…それと、他に何か隠してることがあるな」
王子「何?」
傭兵「お前の態度をみてればわかる。嘘をつくのが下手な一族だな」
王子「…どういうことだ」
俺は真っ暗の部屋の中でそっと立ち上がり、気配を殺してグレイスに忍び寄った。
王子「ど、どうしたソル」
傭兵「クク、王族を拷問してはかせるわけにはいかないからな」
傭兵「ユッカがなにか隠し事してるときはいつもこうしてたんだ」
そして暗闇のなかを手探りでグレイスの体に触れ、わきばらをさするようにくすぐった。
王子「!!」
傭兵「ほらユッカ…じゃないグレイス。何か隠してるだろ」
こちょこちょ こちょこちょ
王子「~~っ! なっ、お前」
王子「くぁうっ~~~、ひゃ、やめろっ無礼な」
傭兵「ケチケチするな。俺は他言しない。嘘をついてたことを怒りもしない」
傭兵「話せば楽になるかもしれないぞ」
こちょこちょ こちょこちょ
俺はグレイスの華奢な体を容赦なくくすぐる。
傭兵(この体のどこにパワーがつまってんだろうな)
こちょこちょ こちょこちょ
グレイスは口元で手で覆っているのか、くぐもった声をあげながらなんとか俺の責めに耐えていた。
王子「あひゅっ、くぅ…バカもん、まずはこれをやめろ」
傭兵「しぶといな…。ならこっちはどうだ」
ふにゅっ
王子「ふぁぅ!」
傭兵「…?」
手のひらに伝わる弾力のあるやわらかい感触。
傭兵「なんだ?」
ふにゅっ ふにゅっ
王子「あ…あ…あっ」
傭兵「グレイス…胸元が腫れているんじゃないか。いつからだ。痛いか?」
王子「うう…」
傭兵「とにかく、放置しているのはよくない。治療だ」
王子「ま、まてっ」
俺は手元のランプに明かりを灯し、グレイスの患部を診察するために服を一気にめくりあげた。
傭兵「……」
王子「……」
腫れらしきものは見当たらない。擦り傷ひとつなく、とても美しい肌だった。
男とは思えぬ白くきめ細かい肌が灯りで照らしだされ、胸元にはわずかではあるがふっくらとした双丘。
傭兵「……コレは一体」
ふにゅっ
王子「~~~っ!! 貴様ッ」
傭兵「この手触り…お…お前…まさか」
王子「いやっ、ま、まて声を出すなっ! シー!」
傭兵「女だった――むぐっ」
どうやら俺は王家の知ってはいけない秘密に触れてしまったようだ。
番外編<君を護る剣>つづき
番外編<君を護る剣>つづき
王子「ただしい発音はグレースだ…」
傭兵「本当に女なのか」
王子「……あぁ」
王子「お前は義姉上からユッカや王家の事情を少しは聞いているな?」
傭兵「…聞きかじる程度は」
王子「義姉上も深いところまではしりはしない」
王子「義姉上の夫…つまり私の兄上は幼い頃から病弱だった」
王子「天性の魔覚をもって勇者としてうまれても、戦いに身を置ける状態ではなく」
王子「8年前、ユッカが生まれるよりも前に亡くなった」
王子「ゆえに父上は私をはじめから跡継ぎとして、男として育てられたのだ」
傭兵「お前の兄貴が長くないとしっていたのか」
王子「それくらい、誰がみても状態がよくなかった」
王子「部屋からほとんど出たことがない」
王子「思えば当時メイドをしていた義姉上と内密に抜けだしたくらいか…ふっ」
王子「おぼろげにしか覚えていないが、あの時は宮殿中が大騒ぎになった」
傭兵「跡継ぎって大変なんだな」
王子「そうだな。私にもう一人兄上がいればよかったのだが…」
王子「もしくは私が男として生まれていれば問題はなかった」
王子「父上はさぞがっかりしただろう」
傭兵「けど、それでもお前に女の名前はくれたんだろう」
王子「ん…む、そうではあるが」
王子「まぁ、気にしてはいない。私は幼い頃からこうなのだ」
王子「男の生活には常々慣れきっている」
王子「私のことを女としるものもほとんどいない」
王子「ユイですら知っていたかどうか」
傭兵「まぁ見た目もほとんど男みたいなもんだし……いだっ」
傭兵「なにをする。いま気にしてないって言っただろ」
王子「事情を知ったお前に改めて言われるのは腹がたつのだ」
傭兵「なんだよ。面倒だな、聞かなきゃ良かった」
王子「私もだ。こんなこと、部外者であるお前に話すことではない」
王子「気が動転して、どうかしていた」
王子「すべて綺麗さっぱり忘れろ」
傭兵「そうさせてもらうぜ。手のひらに変な感触がのこっちまった」
王子「……っ! ぐぐ、ぐぐぐぅ」
傭兵「冗談。グレイス、深夜だから」
王子「お、お前は! 少しはデリカシーというものを学んだ方がいい」
王子「戦場暮らしが長かったのだろうが、あまりに人間として欠陥だ」
傭兵「うるせぇな」
王子「少しは気遣える人間になれ」
傭兵「気遣いか…」
傭兵「じゃあ…休みに、どっかいくか」
王子「…!」
傭兵「気晴らししたいんだろ。付き合うぜ」
傭兵「もちろん俺の用事もやらせてもらうけどな」
王子「そ、そうきたか」
傭兵「嫌なのか? 誘ってきたのはお前だが」
王子「無論嫌ではない…が」
傭兵「なんだよ。まだなんかあるのか」
王子「いい、いやっ、なんでもない…どこに行こうか考えていただけだ」
傭兵「まず墓参りだぞ」
王子「わかっている!」
傭兵「男ふたりで連れ立ってどこかいくのははじめてだな」
傭兵「いや、女か…まぁ男でいいか。な?」
王子「…そうしてもらえるとありがたい」
傭兵「誰にも言わない。なんの得もないし、お前に消されても困るからな」
王子「…」
王子「…」
傭兵「グレイス?」
王子「どこにいくべきか…むむ、むぅ…お前は品性の欠片もないからな」
傭兵「狩りとか」
王子「断る。なぜ私が獣と戯れねばならん」
傭兵「魚でも取りに行くか?」
王子「動物じゃあるまいし、そんなもの漁夫に任せていろ」
傭兵「…じゃあどこだよ。俺はそれくらいしかおもいつかないぞ」
王子「そんなことばかりしていたのか」
傭兵「ユッカやユイさんがそれで喜ぶからな。お前もそれでいいかとおもった」
王子「…私を田舎暮らしの娘と一緒にしないでもらおう」
傭兵「じゃあ任せる」
傭兵「俺は寝るからな」
傭兵「ちゃんと服きて、腹冷やさないようにして寝ろよ」
王子「……? う、うわぁバカッ! 記憶を抹消しろ!」バサッ
王子「くそ…なんという恥辱だ」
王子「いつか責任はとってもらうぞ…」
傭兵「zzz」
<数日後>
【城下町】
王子「こっちだ」
傭兵「おいおい、王子がこんなとこぶらぶらしてていいのかよ」
王子「いまは王子ではない。グレースと呼べ」
傭兵「あんまかわんねぇよ」
王子「この変装が不十分だとでも?」
傭兵「……」
はっきりとした違和感。
普段戦友としてしのぎを削ってきたグレイスが、
肩や足を露出した実に乙女な服装で俺の隣を歩いている。
確かに似合ってないとは決して言い切れないが、俺は心中おだやかではない。
王子「私のことを王子だと感づくものはいまい…フフ」
傭兵(ユイさんでもそんな格好しなかったぞ…)
王子「変装はだいたんであるほどバレないのだ」
傭兵「お前…ちょくちょくこんなことしてたんだな」
傭兵「どこへ連れて行く気だよ」
王子「楽しくて時間が潰せる場所だ」
傭兵「あぁん?」
連れてこられたのは、街中の小さな劇場だった。
昼から歌劇団による公演があるらしい。
傭兵「俺…こういうのよくわからない」
王子「今日は座って静かに見ているだけでいい」
王子「内容は何度もみていくうちに理解できるようになる」
傭兵「……え」
傭兵(これから何度か来る気なのか…)
グレイスは普段みないような、どこか浮かれた様子だった。
ジュースと菓子をかかえたまま指定の席にすわり、場内は薄暗くなり劇ははじまる。
結論からいうと劇の内容はさっぱりだった。
きらびやかなステージで繰り広げられるミュージカルは、
血なまぐさい戦場を生きてきた俺の人生とは対極的であり無縁だ。
王子「どうだった。心震える物語だったろう」
傭兵「お、おう」
王子「特に私は第二章が気に入っていてな――」ペラペラ
傭兵(お前が楽しんでるなら…それでいいか)
傭兵(こうしてみると、普通の女だ)
傭兵(男であろうと心に決めても、生まれ持った性別を捨てきることは難しいのかもしれないな)
王子「さて、そろそろ夕暮れか…戻ろうか」
傭兵「その前に…」
王子「なんだ。義姉上の墓参り以外にも用事があったのか」
【王宮付近】
傭兵「……」コソコソ
王子「なぜ、こんなとこにくる」
王子「私はお忍びだぞっ。この姿が…城のものに見られてはまずい」
傭兵「じゃあお前はあっちで待ってろ。すぐ終わるから」
王子「一体隠れてこそこそとなにを……あっ」
視線の先には、1人の小さな女の子。
いましがた剣の稽古が終わったようで、ぐったりとした様子で芝に寝転がっていた。
傭兵「……」
王子「いつも見に来ていたのか?」
傭兵「……」
傭兵「俺はこれ以上先には入れない」
傭兵「この距離でいい。あいつが元気にしていることさえわかれば、それでいいんだ」
王子「ソル…」
勇者「…!」ピク
勇者「あれ?」トコトコ
王子(ま、まずい見つかったぞ)
勇者「あー王子ー。どうしてこんなところにいるの!」
王子「えっ、あ…なにっ、グレイス王子様がこんなところに!?」キョロキョロ
勇者「なにいってるの…王子でしょ?」
王子「ぐ……お前の魔覚は誤魔化せんか」
勇者「どうしてへんなかっこしてるの?」
王子「しー。ユッカ、いい子だからこれは内緒にしてくれないか」
王子「国の未来にかかわることなのだ」
勇者「…? うん! よくわかんないけどボクだれにもいわないよ!」
王子「いい子だな」
勇者「ねー、さっき王子のとなりにだれかいなかった」
王子「え……あ、いない」
勇者「気のせいかな? まりょくの感じはしなかったから、気のせいかも」
王子「…」ナデナデ
王子(ソル……)
勇者「えへへ、王子いつかえってくるのー」
王子「お前がもうすこし大きくなるころには必ず帰るさ」
【兵舎】
王子「先に帰っていたとは薄情だな」
傭兵「…」
王子「なぜ会ってやらん」
傭兵「…お前には関係ない」
王子「関係なくはない! ユッカは私のかわいい姪だ」
傭兵「……」
王子「ソル…なぜお前は魔力を失った。なぜ…ユッカはお前のことを覚えていない」
王子「教えてくれないか…私達は志し同じくした、仲間だろう」
傭兵「いつか、話したくなったときに話す」
王子「約束だぞ」
傭兵「あぁ」
王子「……お前はユッカに会いたいか?」
傭兵「会いたいさ。でもまだその時じゃない」
傭兵「いつか、堂々と面と向かって会える日が来る」
傭兵「俺はそう信じて、戦いつづけるだけだ」
王子「その時まで…私もお前とともに戦おう」ギュ
王子「ソル…」
グレイスは俺の背にもたれかかるように抱きついてきた。
いまは変装を解き、とても女とは思えない格好だが、
やはりその体温や体の柔らかさは女特有のものだった。
傭兵「グレイス…?」
王子「今日は楽しかった。また今度一緒に行こう…」
傭兵「……おう」
背中に感じるのはまるでユッカを抱きしめた時のような暖かさだった。
太陽の国の勇者の血筋とは、みなこうなのだろうか。
傭兵「……」
傭兵(けどやっぱお前にそんなことされるのはきもちわりぃ…)ゾゾッ
番外編<君を護る剣>つづく
番外編<君を護る剣>つづき
月日は流れて。
新兵を卒業した俺の元についに内地から国境周辺の守備部隊へと配置換えの指令が届いた。
【宿舎】
傭兵「今日でこのオンボロ部屋ともおさらばだな」
王子「……」
傭兵「行ってくる」
王子「ソル…すまない。私は…」
傭兵「気にするな」
軍上層部が下した決定は、グレイスの内地残留に加えて司令部への配属であった。
王族であるグレイスがむざむざと危険な戦地へと赴く必要はないということだ。
傭兵「当然のことだ。お前がやられたら国がガタガタになる」
傭兵「誰でもそう判断するさ」
王子「…」
傭兵「王になるんだろ」
王子「ソル。お前が…心配だ」
傭兵「お前の口からそんな言葉がでるなんてな」
王子「だってお前は…あまり自活能力がないイイ加減な奴だし、自分を大切にしないし…欠点だらけだ」
王子「そんなお前が何もない辺境の戦場でいきていけるのかと思ってな」
傭兵「…心配すんな。傭兵稼業でサバイバルには慣れてる」
傭兵「むしろ戦うしか脳のない俺にはうってつけの場所さ」
傭兵「お前は俺を待っていればいい」
王子「……!」
傭兵「必ず生きてお前とユッカの元に戻る」
傭兵「ユッカが大きくなるまでに必ず国境周辺の脅威を取り除いて、戦果をあげる」
王子「…不安ではないのか」
傭兵「腕試しにはいい機会だ。お先にレベルアップさせてもらうぜ」
傭兵「そうしなきゃいずれユッカのお荷物になっちまうからな」
王子「お荷物? 何を言っている」
傭兵「俺はユッカの旅についていくと決めた。あいつが成人して、勇者としての役割を担う旅に出る時」
傭兵「もう一度ガードとして…ユイさんとの約束を最後まで果たしたい」
王子「ソル…ユッカにひと目会うことは叶っても、残念だがそれは出来ない」
傭兵「……」
王子「わかってはいると思うが勇者に随伴出来る者は、由緒正しい家柄の貴人のみ」
王子「まだ何年も先の話だが、すでに次世代のガードの選出が評議会で進んでいる」
王子「名乗りをあげる貴族も多い。彼らはみな賢く腕が立つ」
王子「お前のような一介の兵士ではその役目を務めることはできない……」
傭兵「なら勝ち取るまでさ」
王子「何…?」
傭兵「グレイス。お前はいつかこの国の王になる。そうなれば側近の騎士が必要となるはずだ」
傭兵「お前に付き従う、お前の騎士だ」
傭兵「そうだよな?」
王子「私にお前を叙任しろというのか」
王子「…ッだがそれは険しい道だ。縁故で任命は出来ないし…採りたてようにも武勲の1つや2つでは到底事足りない」
王子「我が国で騎士号は、もはや数百年にも及ぶ世襲制となっている」
王子「個人が財力もなく武勇のみで新たに成り上がることは……不可能に近いのだよ」
傭兵「だから俺は強くなる。何度死ぬ思いをしてでも力を手に入れる」
傭兵「誰にも文句を言わせない、誇り高いこの国最強の戦士となって」
傭兵「いつか…お前たちの元に戻ってくる」
王子「ソル……」
傭兵「騎士の枠、空けとけよ!」
王子「…!」
ガチャ
戦技長「話はすんだか。おっとこれは王子、こちらにいましたか」
戦技長「このような劣悪な環境で長い月日をよく耐え忍びましたな」
王子「この程度…これから先ソルが向かう場所にくらべればぬるま湯のようなものだろう」
戦技長「…王宮より使者が参られております。部屋を引き払い、どうかご同行を」
王子「……うむ」
戦技長「ソル、外に荷馬車の手配は終わっている」
戦技長「早くお前も乗り込め」
傭兵「いま行く」
戦技長「生きて帰ってこいよ。すでに実力は遥かに俺の上をいっちまったが、お前は俺の教え子でもあるんだからな」
傭兵「ああ。二度と内地を戦場にしてたまるものか」
傭兵「魔物の一匹たりとも通さねぇよ」
戦技長「お前のような男が命をかけて国をまもってくれるとは心強いな」
戦技長「……あと3分だけ待ってもらうように伝えてくる」
傭兵「悪いな」
バタンッ
傭兵「グレイス。もう決まったことだ。これ以上迷惑をかけられないだろう」
王子「……」
王子「ソル…ッ!」ギュ
傭兵「グレイス…?」
王子「これだけは覚えておけ…」
王子「命は…誰かのために使うものではない。お前自身の物だ。辛くて苦しくて、逃げたくなったら逃げていい」
王子「お前は…まだ若いから…生きてさえいたら……」
傭兵「……」
王子「死んでしまえばすべてが終わる。もう二度と会うことはできない。お前は…死ぬことが怖くないのかッ」
王子「魔物の脅威は…身にしみて知っているはずだ…」
傭兵「…」フルフル
傭兵「俺の命は、とうに捧げたよ」
傭兵「この命はユイさんとユッカ…そして2人の愛するこの国のためにある」
傭兵「そしてこの国を背負うお前の物だ。グレイス…いや、王子、俺は戦います」
傭兵「君を護る剣となって、あらゆる脅威からこの国を護ってみせる」
王子「……」
王子(私は…私の覚悟は…この男ほどではない)
王子(なぜお前はそこまで…)
傭兵「……」
王子(そうか…義姉上を…愛していたんだな)
王子「……行って来い。己のちからを用いて最大限の戦果をあげよ、そして必ず生還せよ。これは司令部よりの命令だ」
傭兵「…了解」
傭兵「じゃあな。グレース」
王子「また会おう友よ」ガシッ
・ ・ ・
その後俺達守備隊は西へ東へと戦地を駆け周り、太陽の国周辺の脅威を1つずつ取り除いていった。
魔物だけではなく他国との紛争にも参戦した。
たくさんの戦友を失い何度も傷つき倒れながらも、俺たちの活躍により少しずつ、人々は過去の凄惨な事件を忘れて暮らしていけるようになった。
そしてその長く終わりの見えない戦いの中で、俺はある仮面の男と出会った。
【辺境の山岳地帯】
傭兵「よぉ、そこのあぶねー気配ビンビンの野郎」
傭兵「てめぇ…なにもんだ」
仮面の男「……」
傭兵「わりぃがここから先は太陽の国。俺たちは国境守備隊だ」
仮面の男「……そうか」
傭兵「かかってきやがれ!!」
仮面の男「…参る!!」ジャキ
そいつとの戦いは熾烈を極め、俺たちの因縁はその後何年にも渡り続いた。
さらに時は経ち……
【太陽の国・謁見の間】
大神官「…いま、なんと言った?」
傭兵「だからよぉ。俺もついていくって言ったんだ」
大神官「はぁ…。君が勇者様の旅に…だと?」
傭兵「評議会に口添えしてくれるよな? あと俺のことが気に入らなくて口うるさい貴族どもにもだ」
大神官「……陛下、これはどういうことなのです。私はうかがっておりませんが…」
王「う…」
傭兵「言ってなかったのか」
大神官「第一、君は陛下の側近中の側近の騎士だろう。国をあけて旅にでるなど…論外だ」
傭兵「じゃあ、あんたの娘とユッカが2人きりで旅に出ると? まだ15そこらの女の子だぜ」
大神官「貴族からすでに何人か腕のたつものが名乗りをあげている」
大神官「君とくらべたら実力は天と地の差だが…ううむ」
大神官「いやしかし…あいつらも若い男だったな…」ブツブツ
大神官「ううむ…もし旅の中でヒーラの身になにかあったら…」ブツブツ
傭兵「おーい」
大神官「いや、君がヒーラについていくと言うのはしかし…」
傭兵「ヒーラちゃんじゃなくてユッカな。一応勇者のガードってことでよろしく」
大神官「…っ。2人についていってくれるというなら戦力としては問題はなかろう」
大神官「君の実力は高く買っている」
大神官「だが…」ジトー
傭兵「何か言いたげだな」
大神官「ヒーラをたぶらかす男を同行させるなど私は反対だ」
傭兵「……って言ってんだけど」
僧侶「私は一緒に来てほしいです!」ヒョコ
大神官「なっ…ヒーラいたのかい…」
僧侶「騎士様がご一緒くだされば、ユッカ様の御身も安全でしょうし…なにより心強いです」
僧侶「お父様、お口添えくださいませんか…」
王「それに私からもソルを一任しようとおもっていた」
大神官「陛下まで…! よろしいのですか?」
王「ホーリィ。知っての通り、ソルの長きに渡る働きのおかげで太陽の国は随分平和を取り戻した」
王「いまや外敵と呼べる脅威は少ない」
王「私は彼にいつか休暇と褒美をとらせたいとおもっていたところだ」
王「彼の後生の願いを一つ聞いてやるのもやぶさかではない」
王「無論、淋しくはなるがな」
大神官「……」チラ
僧侶「お父様…ソル様は偉大な方です。とても強くて頼りになって、いつも私たちを護ってくれます」
傭兵「俺を信じろ。ユッカたちを任せてくれないか」
大神官「……」
大神官「……わかった。頭の固い評議会に話をつけてみよう」
傭兵「頼んだぜ」
大神官「陛下は本当によろしいのですね?」
王「私は我が友に一切の疑念を抱くことはない」
王「友であり…私の騎士だからな」
大神官「ですがソルの騎士号は剥奪は免れません」
傭兵「かまわねぇよ。元からこのためだけに手に入れた爵位だ」
大神官「なんと! そうか……君ならやりかねんな」
王「……ホーリィ、あとは頼む。まだ時間はあるからな」
大神官「かしこまりました」
傭兵「グレイス?」
王「私は少し部屋に戻る」
【王の寝室】
傭兵「どうした。らしくねぇ顔してるな」
王「いつか、この日がくることはわかっていた」
王「お前の戦果が耳に届いた時、お前が戦地から帰ってきた時、お前を騎士に迎え入れた時、心が踊った」
王「だがそれももう終わり。ついに私の元を離れていくのだな」
王「楽しかった…」
傭兵「我が魂は太陽の国にあり。そしてその君主であるグレイス王に捧ぐ」
傭兵「今生の別れにするつもりはありません」
傭兵「…なんてな」バシッ
王「!」
傭兵「次は旅から帰ってくる俺達を笑顔で出迎えてくれよ」
傭兵「この仏頂面じゃなくてよ」ムギュッ グニグニ
王「うあがっ…無礼な…プライベートだからって…やめろ」
王「…ソル。ユッカをよろしく頼む」
傭兵「あぁ!」
王「……ごほん、あと、義姉上に似てきたからって変な気を起こさないように」
傭兵「変な気ってなんだよ! 俺がガキんちょ相手にんなことするかよっ!」
王「ふ…どうかな」
王「ああ見えて母性あふれる子だ。お前など案外コロリと…とならぬようにな!!本当に!」
傭兵「ないない」
王「あとヒーラも要注意だな。気をつけろよ…あの子は魔性を秘めている…気がするのだ」
傭兵「ヒーラちゃん? あっはっは、お前は心配性だなぁ」
傭兵「考えてもみろ。2人とも俺より10近く歳下だぜ?」
王「う、うむ…確かに。では安心だな!?」
傭兵「当たり前だ。失礼しちゃうぜ…」
傭兵「それよりも俺はお前の方が心配でならねぇ」
王「? 国防は問題ないが」
傭兵「そうじゃなくて…いい加減、跡取り問題考えとけよ」
王「う……しかし表向きは男だし…」ゴニョゴニョ
傭兵「同情するぜ。もらえても嫁さんだもんな」
王「うう…お前が帰ってくるまでに考えて…おく…よ」
・ ・ ・
傭兵「ただいまをもって、陛下より賜わった騎士号を返上致します」
王「……確かに。これでお前はもう騎士ではない」
傭兵「ふぅ、肩の荷が降りた。あ、この剣も返しておく」
王「それは餞別だ。剣は必要だろう」
傭兵「いいのか?」
王「あぁ。持っていけ」
傭兵「んじゃせっかく手に馴染んでるしありがたくもらっておくか」
王「本当はユッカに聖剣をもたせたかったのだが…なにぶん私の父上の世代のいざこざで」
王「国宝と呼ばれるものはすべて紛失していてな…」
傭兵「あぁ…なんか聞いたことあるな。お前の身内にもとんでもねー野郎がいたもんだ」
王「はは……お前のような破天荒な男だったと聞く」
王「よりにもよって私の名はその男…つまり叔父上から数文字とっているそうなのだ…」
傭兵「俺って破天荒…か? 常に実直に任務をこなしてきた気がするがな…」
王「やることなすことすべてが私の予想を越えためちゃくちゃだ…」
王「だがそんなお前だから、未来をたくせる」
傭兵「…未来か…」
王「勇者の足取りを掴まれぬよう、盛大な門出とは行かんが頼んだぞ」
傭兵「おう。これくらいのほうが気楽な旅になりそうで良い」
傭兵「とりあえずユッカ拾ってくるわ」
王「うむ」
僧侶「ソル様。準備はよろしいですか」
傭兵「行こうか」
僧侶「はい…」
傭兵「えらく緊張してるな」
僧侶「そりゃもう…ガチガチです。私が世界のために…ユッカ様のお役に…」ブルルッ
王「ヒーラ、がんばっておいで」
僧侶「陛下のご期待に応えてみせます」
傭兵「ちょっくらいってくるわ!」
王「健闘を祈る」
【城下町】
傭兵「さてヒーラちゃん」
僧侶「はい」
傭兵「もうすぐここで合流の手はずだが」
僧侶「そうなんですか?」
傭兵「顔合わせの前にあいつを少し試させてもらう。そのために君にも一働きしてもらうぜ」
僧侶「えっ」
大男「へへ…兄貴、まかせてください」
僧侶「誰ですこの人」
傭兵「守備隊にいた時の後輩」
傭兵「俺がターゲットを路地裏にさそいこむから、そこでヒーラちゃんはこいつに絡まれておいてくれ」
僧侶「ええっ! 絡まれるって私がですか!?」
大男「これ台本っす」
傭兵「わかったな? 無力な女の子を演じるように。あとばれないようにこのローブで魔力かくしておいて。あいつ敏感だから」
僧侶「は、はいっ」
大男「行きましょうアネさん」
僧侶「アネさん!?」
【町の入り口】
傭兵「さぁて…どれだけ成長したか楽しみだ」
傭兵「ユッカは…っと。寝坊してねーだろうな」
勇者「何度きても城下町は賑やかで広いところだなぁ」キョロキョロ
勇者「ええと、王宮へはどの道を通ればいいんだっけなぁ」
傭兵(――――いた!)
傭兵(ユッカ……ついに会えた…)
傭兵「…ゴホン」
傭兵「おーいそこのお嬢さん」
勇者「…」
傭兵「おーい、君だよ」
勇者「え? あ、ボク!?」
傭兵(ユッカ……)
傭兵「道に迷ってるのか?―――――
・ ・ ・
傭兵「ふぁ……」
勇者「あ、起きた♪」
傭兵「ん…いま何時だ。あれ…俺なにしてたっけ」
勇者「ソルってば、王様へお手紙かいてる途中にうつらうつらしてたんだよ」
傭兵「そっか…で、いまは…お前なにしてんの」ジトー
勇者「 ひ ざ ま く ら ♪ どう?」ナデナデ
傭兵「……」ガシ
勇者「きゃうっ、なぁに? あまえんぼだね。嫌な夢でもみた…?」
傭兵「いや…なんでもない。懐かしい夢だ」
勇者「そっか!」
勇者「くふふ」
傭兵「…なんだ気持ち悪い笑い方しやがって」
勇者「お手紙読んじゃった」
傭兵「なにっ!」
勇者「意外と真面目に書くんだね」
傭兵「あたりめーだろ…報告書だぞ報告書。ふざけてどうする」
勇者「お疲れさま」ナデナデ
傭兵「それやめろ…俺はガキか」
勇者「ソルの寝顔かわいかったんだ。ぎゅー」
傭兵「……」
傭兵(む、胸が…)
勇者「あれ、嫌がらないね。えへへ」
傭兵「なぁユッカ…」
勇者「んぅ? えへへどうしたの」ニコニコ
傭兵「…いや……な、なんでもない」
勇者「変なソル。でもボクはもっと甘えてくれるとうれしいなー。ついでに耳かきしちゃおー♪」ガリガリ
傭兵「あがががっ、鼓膜がちぎれるぅーっ!」
番外編<君を護る剣>おわり
《次話》
後日譚最終話<丘の家>