《1つ前》
第21話<懐かしい味>
《最初から》
第1話<呪い>
《全話リンク》
少女勇者「エッチな事をしないとレベルがあがらない呪い…?」
第22話<ユッカ>
その日、俺は午後から雪降る森の奥でユッカに剣の稽古をつけていた。
勇者「えいっ、やああっ!」
傭兵「いいぞ。ちゃんと踏み込め」
勇者「えいい!」つるっ
勇者「うぎゅ!?」
傭兵「おっと危ない。大丈夫か」
勇者「うん…へっちゃら。ねーおなかすいたー」
傭兵「ん、そうだな。おやつにするか」
勇者「わーい! おやつー」
俺は太陽の森の神樹と呼ばれる大木に背を預け、ユイさんから預かった包みを広げた。
中の弁当箱には色とりどりの具を挟んだサンドイッチが小さく切られてかわいらしく詰まっていた。
その横には丸っこい字で『夕飯までに帰ってきてね♥』と書かれたメモが添えられている。
勇者「あーおいしそ!」
ユッカはピョンと俺の膝に飛び乗って、そのサンドイッチを食べさせてとせがんで大きく口を開いた。
傭兵「あまえんぼだな」なでなで
一年前に比べて少しだけ背が伸びただろうか。
それでも相変わらず小さくてくりくりしたユッカは可愛かった。
目元は特にユイさんに似ている。
大人になればユイさんのような見た目になるのだろうか。
傭兵(ユイさん…)
ユイさんと想いを重ねて数日、俺は村に帰ることを忘れて毎夜ユイさんのベッドで寝泊まりを繰り返していた。
その度に彼女の普段とは別の可愛らしい表情や声が、記憶の中に新たに刻まれていった。
勇者「どうしたのー」
傭兵「あ、いやなんでもない」
勇者「ソルはさいきんニコニコだね」
傭兵「そ、そうか?」
勇者「うん!」
勇者「でもよるはわるいこ…ママのことなかせてる」
傭兵「え……」
勇者「ママ、あーんあーんってないてる…ママいじめちゃいや」
傭兵「いや…あれはだな虐めてたわけじゃなくて…うーん、というかお前起きてたのか?」
俺ははぐらかすようにユッカを抱きしめた。
少女特有のミルクっぽいふんわりとした香りと、稽古を終えたばかりの汗っぽさが混ざった匂いが鼻をつき、妙な気分になった。
勇者「?」
傭兵「いつかユッカもお嫁にいくんだよなぁ」
すっかり父親気分に浸った俺はユッカの未来を想う。
傭兵(ユッカはどんな奴と付き合うんだろう。うわぁ考えたくねぇ)
勇者「??? あーん」
傭兵「はいよ」
勇者「むぐむぐ♪」
傭兵(やっぱ可愛い)なでなで
神は残酷だ。
こんなに小さくて、か細い1人の少女に過酷な宿命を背負わせる。
傭兵(家族3人で旅立つのもありかもしれないな)
そんなことを漠然と考えていると、ふいにユッカが落ち着き無くあたりをキョロキョロと見渡し始めた。
傭兵「どうした?」
勇者「ッ! っ! !?」
なにかを探っているように見える。
勇者「やだ……」
勇者「こわいの……くる」
傭兵「怖いモノ…?」
勇者「うん……こわいの…」
俺も周囲を探ってみる。
魔覚に触れるものはなし、殺気もなし。
間違いなくこの神樹近辺には俺とユッカしかいないはず。
なにがなんだかわからないままに、しだいにユッカは目を閉じて腕を抱きすくめカタカタと震え始めた。
傭兵「ユッカ? 寒いのか?」
勇者「…」フルフル
尋常じゃない様子に、俺は心臓がどきりと脈打った。
そしてその数秒後、
全身を覆うような激しい悪寒が日の沈む方角からぞわりと押し寄せた。
それは間違いなく膨大な魔力だった。俺でもわかるほどに明らかな悪意を孕んでいる。
傭兵「!!」
勇者「ああああああ!!」
ユッカは半狂乱になり、頭を振り乱しながらイヤイヤと泣き叫ぶ。
このままではユッカの敏感な魔覚が壊れてしまうかもしれない。
傭兵(なんだ! 何が起きている…!)
傭兵(まずい、ユッカをなんとかしなくては)
俺はユッカを抱きかかえて、神樹の幹に空いた大きな穴の中に押し込んだ。
傭兵「ここにいろ!!」
傭兵「行って様子を見てくる!」
勇者「あう…あう…あああっ」
傭兵「大丈夫。この中にいれば神樹の魔力がお前を護ってくれるさ」
傭兵「な、へっちゃらだろ?」
勇者「…」コク
傭兵「いいか。俺が迎えにくるまでここにいるんだぞ。いいな!」
勇者「うん…」
事は一刻を争うかもしれない、俺は邪悪な魔力が押し寄せる方角に向けて走った。
傭兵(何かが…何かよくない者達が太陽の村にやってきたんだ)
傭兵「そうだ、ユイさんは!」
ユイさんは今朝から1人で太陽の村へ出かけていた。
夕刻には帰るといっていたから、いまはちょうど帰路についている頃だろう。
傭兵「どこにいる…」
神樹の森を抜けて、足早に小高い丘の上に出て、さらに背の高い木の上にかけ登った。
そこから見渡す景色は想像を絶するものだった。
傭兵「なんだ…あれは…」
西の空をうめつくす程の黒い影。
その1つ1つがおぞましい邪気を携え、周囲の村や森に下降していった。
間違いなく、魔物だ。
傭兵「うそだろ…」
俺は呆然とその光景を眺めていた。
あっという間に村からいくつも火の手があがる。
傭兵「まずい…!」
俺は木の枝を大きく蹴って宙を舞い、太陽の村へとつながる林道に入った。
傭兵(何が、何が…!)
いくらで戦場暮らしでも、一度にここまでの数の魔物を見たことはなかった。
膨大な魔力の暴力に気圧されて、俺の魔覚はめちゃくちゃにされ、思わず手足が震えた。
傭兵(頼む…無事でいてくれ!)
走り続けること数分。
得体のしれぬ魔力を察し、その方向を振り向くと、大男が四つん這いのような奇妙な体勢で地に寝そべった何かを喰らっていた。
男は俺の方へ振り向き、ニタリと笑う。
その姿はどうみても人間ではなかった、丸で狼のような顔に、毛むくじゃらの体。
巨大な爪からは激しく血が滴っていいる。
傭兵「狼…人間…」
狼魔人「ああん? 誰だオメェは。ま、人間なんざ誰でもいいが」
狼魔人「オレの食事の邪魔すんじゃねぇ」
傭兵「何を食っている」
狼魔人「これか?」
魔獣の足元では大柄の男が無残な姿で息絶えていた。
応戦したのだろう、側にはへし折られた斧が転がっている。
俺はそいつのことをよく知っていた。
傭兵「貴様!」
狼魔人「んだよ」
狼魔人「オメェもくわれてぇのか」
狼魔人「人間の男がオレに勝てるとでも思ってんのか」
傭兵「お前達は何をしに来た…!」
狼魔人「何って。狩りだよ」
狼魔人「獣が餌を狩るのはあたりまえだろう!! ハハハ!!」
狂気を孕んだ高笑いとともに魔獣から強い魔力が発せられた。
傭兵「ぐっ…」
狼魔人「いいか人間のガキ」
狼魔人「長い歴史においてオメェらはオレたちの餌でしかないんだ。オレたちに従え!」
狼魔人「そして血肉を差し出せばいいんだよ!!」
魔獣がギラリと爪を向ける。
あれで引き裂かれるとひとたまりもないだろう。
そして筆舌に尽くしがたいのはその魔力。
やはり人間とは比べ物にならない量で、凶暴性が色濃く現れている。
傭兵(勝てるのか…)
俺は戦場で恐れを感じたことはない。
だが、いま感じているこの感覚は、間違いなく恐れそのものだ。
剣の柄を握る手が自然と震える。
冷や汗がこめかみを伝う。
そして小さく息を飲んだ瞬間、目の前の魔獣は跳躍した。
狼魔人「あばよ! 死ねぇ!」
敵の前腕から一度に5本の太い斬撃が繰り出される。
かろうじてそれらを刀身で弾きとばすも、次は空いた逆の腕から同じ攻撃が続けざまに放たれる。
傭兵(手数が違いすぎる!)
傭兵(これが魔物の戦いかた!)
剣を構えた人間相手とは違い、魔物には太刀筋など存在しない。
特にそれはこいつのようなしゃべることの出来る知性のある魔物になると顕著だ。
そこらのスライムや動物のバケモンとは違い、こいつらは本当の化け物だった。
格が違うと言える。
自身の性質をよく理解し、魔力を巧みに扱うことができる。
ゆえにこいつらは個々がそれぞれ突出した戦闘力をもっていて、たった1体相手とは言え攻略は並大抵ではなかった。
過去の任務では1体の魔獣を駆除するのに丸1ヶ月かけたこともあった。
ギィンと鈍い音がして、俺は遥か後方に吹き飛ばされる。
傭兵「うあっ…!」
狼魔人「この程度か。さて、食っちまうか」
傭兵「ううう…」
傭兵(なぜだ。うまく力が出せない)
傭兵(俺が怯えているのか…)
魔力をうまく扱うにはまず呼吸を整えて、発動条件を満たさなければならない。
戦闘中の土壇場に強大な魔力を上手く扱うのは、長年訓練していてもなかなか難しいとされている。
傭兵(やれるかどうかじゃない。やらなきゃ殺される!)
血がたぎる。
体から赤い魔力が噴き出て、木の枝や地面につもった雪をじわじわと溶かしていった。
狼魔人「さっきの野郎よりはやれるようだな」
狼魔人「クンクン…ん?」
狼魔人「でもやーめた」
魔獣はからかうようにぶらんと爪を降ろし、何かを嗅ぎまわっている
傭兵「なに」
狼魔人「どこからかいい匂いがするぜ。メスだ…」
狼魔人「うまそう!」
傭兵「! まさか」
そして魔獣はぴょんと飛び跳ねたあと、四つ足でかけていった。
本物の狼を越えるほどの駿足で、あっという間に視界から消えてしまった。
・ ・ ・
俺は木々の合間を飛ぶように駆けた。
傭兵(ユイさんならこの道を通って帰ってくるはず…!)
傭兵(やつより、やつより早く…!)
そして俺はついに見慣れた女性の姿を視界の端に捉えた。
いつもと変わらぬ様子で、買い物帰りの大きな包みを抱えて歩いている。
傭兵(良かった…無事だった)
安堵して、ユイさんの名前を呼び駆け寄ろうとした瞬間。
俺の背後からとびだした何かが、俺をはるかに飛び越えて、まっすぐに彼女の元へと向かっていった。
そして制止の間もなく振り下ろされる凶爪。
俺の目の前で、愛しい人の鮮血が跳ねた。
母親「え……?」
血は激しく飛び散って、辺りの雪を真っ赤に染めた。
長年の戦場暮らしの経験から、俺はそれが助からない傷だという事がひと目でわかってしまった。
傭兵「……ぁ?」
母親「…?」
ユイさんは目をぱちぱちとさせて、倒れこんだ。
紙袋からたくさんの食材がこぼれて、ゆるやかな斜面を転がっていく。
狼魔人「フフフ…ひゃっほう! 丁寧に案内ありがとよ!」
狼魔人「んじゃ、いっただきま~す」
傭兵「貴様…」
心臓が痛い。
いままで目の前で誰か死んでも、心は冷徹にすぐに戦闘態勢に切り替えることができた。
なのにいまは…。
血が熱い。
ドロドロとした感情とともにマグマのような魔力が噴き出してくる。
俺は無意識に、目の前の凶獣めがけて容赦なく熱線を放っていた。
熱線は敵の肩口を貫く。
狼魔人「ぐがああああ!!! あああああ!!」
狼魔人「いだあああああ!!」
狼魔人「グルルルル…あががああ」
狼魔人「なにを…しやがったあああ!」
先までへらへらとしていた魔獣は一変、飢えた獰猛な獣ようなおぞましい目つきで俺を睨みつける。
牙をむき出しにし、巨大な爪はさらに膨れ上がり鋭さを増した。
傭兵「消えろ!」
そんなこともお構いなしに俺は続けざまに熱線を放ち、駆けながら相手との距離を詰めた。
傭兵「ユイさんから離れろ!!」
狼魔人「グルルル!!」
斬りかかるもすんでのところで逃げられる。
狼魔人「てめぇは後で食ってやる! おぼえてやがれ!」
そして魔獣は駿足をとばして場を去った。
残された俺の足元には、血に染まったユイさんが横たわっていた。
傭兵「ユイ…さん…」
母親「……ぁ、あ」
抱きかかえると、なにか伝えようとユイさんは口を小さく動かしていた。
傭兵「どうして…こんなことに」
母親「ソル…く…」
傭兵「ユイさん! しゃべっちゃだめだ。いま医者に…!」
頭ではわかっていた。
傷が深くすでに手遅れだということ、村の医者が生きているかもわからないこと。
そして、もう永遠のお別れだということ。
ユイさんは最後のちからを振り絞って、俺の頬に手を添えた。
傭兵「あなたを…護るって…誓ったのに…」
母親「ユ…カ…を」
傭兵「!」
母親「おねが…ソルく……ユッカ…を…まもっ…て」
母親「あのこは…わたし…たちの…希、望…」
母親「おねがい…だよ…ソル…く」
ユイさんは青ざめた顔でうっすらと微笑んだ。
そして間もなく、細く白い手がはらりと力なく落ちた。
なぜだ。どうしてこうなってしまった。
誰のせいだ。
俺のせいだ。
ユイさんを死なせてしまった。失ってしまった。
俺はこの先どうすればいい。
そんなの決まっている。
傭兵「ユッカを…護らないと」
俺は最後に、小さな手を握りしめた。
ユイさんの亡骸は道を少し外れた樹の根元に寝かせた。
不思議と涙は出なかった。
さきほどまでと打って変わって、恐ろしく冷静に現実を直視できている。
傭兵「ユッカ…待っていろ」
強い決心を胸に、徐々に雪の勢いを増す林道を走った。
第22話<ユッカ>つづく
第22話<ユッカ>つづき
・ ・ ・
林道を抜け、丘の中腹に差し掛かった辺りまでたどり着くと、数匹の魔物が徘徊していた。
程度の低そうな人型でない魔物だ。
燃えたぎる剣で両断し、あっという間に駆け抜けていく。
ユッカの待つ神樹の森は、この丘を超えた反対側に位置する。
奴らはもうここまで迫ってきている。
傭兵「こんなところにもたくさん…まずい」
魔物達は海の向こうから翼を持った魔鳥の背にのって突然やってきた。
また一匹また一匹と俺の前に姿を現しては、頭を叩き潰されていく。
油断していると中にはとても生命力の強い個体もいる。
しっかりと止めをささなければならない。
傭兵「邪魔だ!!」
いまはただユッカのことだけが頭にあった。
きっと怯えて泣いているだろう。
はやくユッカの元へ駆けつけたい。その一心だった。
だが駆けつけたその時、俺はユッカにどんな顔を向ければいい。
なんて伝えればいい。
【丘の頂上】
ザッ ザッ…
狼魔人「よぅ。また会ったな」
狼魔人「どこへ向かうんだ。人間共の村はこっちじゃねぇぞ」
狼魔人「それともなにか。この先にお宝でもあんのか」
傭兵「……」
狼魔人「怖い顔すんなよ。この肩の穴の礼をしに来ただけだ」
狼魔人「イテェんだよ。いつまでも焼け付くような痛みが残ってやがる…」
狼魔人「オメェのツラむかつくぜ…なぶり殺しにしなきゃ気がすまねぇ」
狼魔人「それからあの女を…そういやあの女はどうなった。オレの爪であっけなく死んだか。ははは」
狼魔人「真っ二つにしねぇように、かな~り手加減したんだが、人間ってのはもろいもんだな」
傭兵「…」
狼魔人「おっと、激昂しねぇんだな。思ったより冷静だ」
狼魔人「いいぜその目つき。オレと同じだ。ただ冷静に獲物の性質を見極め、攻撃の瞬間を伺っている目だ」
狼魔人「種族は違えど、オメェはオレと同類だな」
傭兵「そこをどけ。いや、お前を殺してからじゃないと意味が無いか」
こいつは俺がいままで出会った魔物の中でも明らかに異質で危険だ。
狼の特性が色濃いこいつは、ほんのわずかな臭いから足取りをたどることだってできるだろう。
ユッカのもとへむざむざ案内するわけにはいかない。
ここで俺が始末する。
狼魔人「やる気かよ」
傭兵「その前に、口の聞けるお前にひとつだけ聞いておく」
狼魔人「あん?」
傭兵「お前たちは何をしに来た」
狼魔人「…狩り♪ というのはオレの趣味で、あーっと、なんだったか」
狼魔人「とにかく探しものだぜ。探しもの」
狼魔人「オレの仕えるお方があるものを探していらしてな」
傭兵(やはりユッカが狙いか)
傭兵「そうか」
狼魔人「ま、オメェには関係ねぇよ。今からここで死ぬんだからな!!」
あの凶爪が俺に向けられた。
あれが、ユイさんの命を刈り取った。
傭兵(仇は討ちます)
抜刀。
狼魔人「どうした! さっきのわけわからねぇ火は使わねぇのか!!」
狼魔人「なら好都合!! 死ね!」
魔獣の体術は明らかに俺より上だった。
速度も腕力も手数も、何一つ人間である俺は奴に及ばない。
傭兵(だが、魔力なら)
俺の全身を纏う豪炎の魔力に、魔獣は今ひとつ決め手をかいているようだった。
傭兵(肩を撃ちぬかれた痛みと熱さを覚えているな)
傭兵(近接では勝ち目は薄い。このまま距離をとって迎撃する)
狼魔人「チッ…近づくだけで肌がチリチリしやがる」
傭兵「お前が邪悪であればあるほど、この炎は威力を増す!」
狼魔人「なんだこいつ…」
狼魔人「だったやりかたってのがあるぜ!」
魔獣が5本の鋭い爪で空を裂くと、斬撃がかまいたちとなり俺に降り注いだ。
傭兵「!」
狼魔人「おらおらどんどんいくぜ!」
奴は攻撃の手を休めることなく、腕を何度も振り、無数のかまいたちを放ち続けた。
一本の剣で防げる量などたかが知れていて、俺は全身を浅く切り裂かれ、血しぶきをあげながら後退した。
傭兵「あっ…ぐ」
狼魔人「ズタズタだな。ハハハ!」
狼魔人「どうだ。自慢の魔力でもガードしていいんだぜ」
狼魔人「だが、それがどこまで持つかな…」
傭兵「…」
敵は遠距離戦にもかかわらず魔力をほとんど消費していない。対して俺は身を護るだけで精一杯だ。
傭兵(推しても退いても俺の不利はかわらないか)
その後、奴の懐に飛び込んで何度も切りつけたが、致命打を与えることは出来なかった。
傭兵「…」
狼魔人「ハァ…ハァ」
だが消耗はしているようだった。
狼魔人「ムカつくんだよその魔力…! チリチリ焼き焦がしやがって」
傭兵「お前と持久戦をしている暇はない」
こうしている間にも続々と魔物は集まってくるだろう。
他の魔物が神樹の森へ侵入したかもしれない。
ユッカのことを考えると気が気でなかったが、俺は現状を打開しなければ、自身の命すら危うい。
傭兵(魔力をどれだけつかってでもこいつを仕留めるしかない)
しかし熱線はすでに一度放っている。
奴は神がかった反射と身のこなしで直撃を避けて、肩を撃ちぬくだけで終わってしまった。
発動の所作を見られている以上、膨大な魔力を消耗するあれを次に回避されたら終わりだ。
傭兵(だがもう時間がない!)
傭兵(懐に飛び込んで…焼き払う)
狼魔人「来やがれ赤毛! オメェの体をバラバラにしてやる!!」
傭兵「…!」
同時に地を蹴って相手に向かって突撃した。
腕の振りは奴のほうが遥かに速い。
そして奴の場合、腕2本による攻撃で即座に二撃目を加えることができる。
狼魔人「オラァ!」
一撃目。
魔獣は右腕を目視不可能なほどの速度で振りぬいた。
俺は予め構えていた剣で、なんとかそれをはねのける。
しかし宙で体勢が崩れ、天地を失ってしまう。
そして寸分の隙もなく放たれる二撃目。
左腕の爪が俺に斬りかかった。
しかし撃ちぬかれた肩のダメージせいか、わずかに動きが遅い。
俺は攻撃を目で捉え、魔力を存分に寄せ集めた右足で応戦した。
狼魔人「何っ。足で」
傭兵「ぐあっ」
足に深々と5本の凶爪が突き刺さる。
狼魔人「勝った! このまま足をぶったぎって――」
傭兵「これで逃げられねぇ」
狼魔人「あぁ、お前はもう逃げられねぇよ! ぐちゃぐちゃにして」
傭兵「逃げられないのはお前だといったんだ」
俺は瞬時に魔力を練った。
痛みが頭をクリアにしてくれる。
そして、両手の平を奴の毛むくじゃらの胸に押し付け、至近距離でありったけの熱線を浴びせた。
狼魔人「!!!」
魔獣の胸は俺の手の形に焼き消え、そこから真っ赤な浄化の炎が全身へと伝っていく。
狼魔人「!!!」
魔獣は声をだすことも出来ず、後ろにのけぞった。
俺は剣で魔獣の左腕を切り落とし、右足に突き刺さった爪を痛みとともに引き抜いた。
傷が深く、再生が始まらない。
傭兵「う…ぐぁ…」
狼魔人「あ…が……が!?」
傭兵「ユッカの元へ向かわなくては…」
ユイさんの敵は取った。
俺はのたうち回る魔獣を背に、ユッカの待つ森へと入った。
【神樹の森】
神樹の森に群生する木々は強い魔力を帯びている。
ここなら魔覚を用いて正確な位置を把握することが出来ない。
ゆえにユッカの魔力を隠すにはちょうど良かった。
だがそれは俺にとってもリスクがある。
今仮に敵に背後から近づかれても、気づかない可能性があるからだ。
もはや走ることすらできない俺は、辺りに細心の注意をはらって少しずつ歩みを進める。
傭兵(あの狼男と同格の魔物に出くわしたら終わりだな)
傭兵「ここだ…ユッカ」
幹に空いた大きな穴の中で、依然ユッカはおとなしくしていた。
傭兵「よかった…無事だったか」
ほっと胸をなでおろすと、全身の痛みが回ってきた。
傭兵「ユッカ」
勇者「ソル……」
勇者「けが…してる」
ユッカは俺をみるやいなや、大きな瞳からボロボロと涙をこぼし、声をあげて鳴いた。
こんな森にひとりにされて、ずっと不安だったのだろう。
いまだ村の方角からはおぞましい魔力の源が微かに感じ取られる。
俺はそんなユッカの姿をみてどうしたら良いかわからなかった。
ユイさんを死なせてしまった。
それは腹を切っても贖罪なんてできないほどの失態だ。
傭兵「…ユッカ」
そしてこの先のこと。
傭兵(俺たちはこの状況をどうやりすごしたらいい…)
傭兵(奴らはユッカを見つけ出すまで手当たり次第破壊を続けるのか、それとも頃合いを見て退却するのか)
俺には何もわからない。
血にまみれた手で泣き続けるユッカを抱きしめた。
勇者「ソル…ぐすっ…うえええん」
傭兵「ユッカ。ここに隠れていよう」
傭兵「きっと、神樹が俺たちを護ってくれるから」
傭兵「奴らは見つけることなんてできないさ」
傭兵「奴らがいなくなるまでずっとここにいよう…ずっと」
ユッカは頭をふった。
そして、泣きながら、俺のやってきた方向をゆっくりと指差す。
勇者「こわいの…こわいのくる」
傭兵「!」
勇者「こわいのが…くる…」
傭兵「そん…な……」
そいつはまだ俺の遥か後方にいる。
だが気配をはっきりと察知できた。
魔覚ではない。俺程度の魔覚ではこの魔力まみれの森で何かを探し当てることはできない。
ならなぜわかったか。
それは、そいつから放たれる尋常ならざる殺気が、ただ一点俺に向いていたからだ。
傭兵「生きている…?」
俺は絶望に打ちひしがれた。
いましがた刃を交え、止めを刺したと確信した相手が、再び立ち上がりこちらへ向かっているのだ。
傭兵(手負いの俺で勝てるか…?)
傭兵(奴は鼻が効く…)
傭兵(なら俺はこれ以上ここにいるわけにはいかない…)
俺は立ち上がり、ユッカに背を向けた。
勇者「やだぁ…いっちゃやだぁ…」
勇者「ここにいて…よぉ…ソルぅ」
傭兵「またお前のもとへ戻ってくるよ。約束する」
そうだ。俺はユッカを護りつづけると約束した。
ここでユッカが奴にみつかったら、守り切ることはできない。
奴はいのいちばんにユッカの命を摘むだろう。
傭兵「行ってくる」
泣きじゃくるユッカの頭を5回6回と繰り返しなでた。
【神樹の森・入り口】
狼魔人「ちったぁ学習したな」
狼魔人「だが…この森のなかに…いることはわかった…ぜぇ、ぜぇ」
傭兵「なぜ生きている」
狼魔人「オレたち魔人種はよぉ…呪われてるんだ。だから、ちょっとやそっとじゃ死なない」
傭兵「なんだと」
狼魔人「おっと、これ以上教えてやる義理はねぇや」
狼魔人「手負いの狼同士、ラストバトルと行こうぜぇ」
傭兵「…なぜ、こんなことをした」
狼魔人「全てはオレたち魔族の再興のため…」ニヤリ
狼魔人「邪魔立てするやつは全員殺す!」
そして俺は、再三に渡って狼魔人と対決した。
・ ・ ・
斬りつけ合って数分が経った。
最初に悲鳴をあげたのは俺の剣だった。
小気味の良い音と共に、刀身が破砕し、切っ先が彼方へと飛んで行く。
狼魔人「終わったな」
狼魔人「人間の剣士。いい線いってたぜ」
狼魔人「最期に名前を聞いといてやる」
傭兵「…ソル」
狼魔人「あばよ赤毛」
狼魔人「オメェは俺が生涯戦った中で一番強かった」
狼魔人「安心しな。オメェのことは髪の毛一本残らず食ってやるから、オメェはオレの血肉となってオレの中で永遠に生き続ける」
狼魔人「寂しくないぜ」
狼魔人「さぁ…トドメだ!」
傭兵(ユッカ…すまない…どうかそのまま隠れ続けていてくれ)
傭兵(絶対に出てくるな。震えているだけでいい…)
傭兵(ごめん…俺はもう戻れない…今ここで…死ぬ)
傭兵(ユイさん。あなたとの最期の約束を違えてしまいました)
傭兵(俺に力がなかったから…あなたを救えませんでした)
狼魔人は俺の目の前で大きく右腕を振り上げた。
傭兵「…」
狼魔人「サクっとやってやるからよ。ハハハ!!」
狼魔人「……クン。ん?」
傭兵「…え」
背後から、雪をかきわける小さな足音が聞こえた。
それと、俺の名前を呼ぶ愛らしく甲高い声。
傭兵「どう…して…」
狼魔人「ハハハハハ!! そうか、ガキだったのか!! やっと見つけたぜぇ!!」
傭兵「ユッカくるなぁああ!!」
勇者「ソル! ソルぅ…! ボクを…ひとりに…やだ…よぉ」
狼魔人は振り上げた手を降ろし、ニタリと笑って跳躍した。
もはや俺のことなど歯牙にもかけていない。
同時に俺もユッカの元へ駆け出していた。
傭兵(ユッカ…なぜ来てしまったんだ…!)
傭兵(お前は神樹の中にいればよかったのに…!)
狼魔人「さっき殺った女とおんなじ臭いだ!!」
狼魔人「あたらずとも遠からずだったってことか!!」
傭兵「やめろ…!」
ユッカは固まって身動きひとつとらなかった。
いや、恐怖で取れなかったのだ。
このままでは暴虐性を孕んだ邪悪な魔力にユッカの鋭敏な魔覚が粉々に破壊されてしまう。
それ以前に小さな肉体が割かれ、ユッカは死ぬ。
魔獣は宙で大きく腕を振りかぶり、迷うことなく一撃を放った。
狼魔人「手柄はオレのもんだ!!」
鋭い斬撃音と飛び散る血潮。
そして俺の背中に激しい痛みが襲った。
傭兵「あぐっ…あ゛っ!」
狼魔人「!」
俺は気がつけばユッカを抱きしめるように、魔爪の盾になっていた。
背中を深々と切り裂かれ、もう、自分が助からないことを悟った。
狼魔人「オメェはよぉ、性懲りもなく!」
狼魔人「邪魔しやがって!!」
傭兵「……」
勇者「ソ…ル」
傭兵「守るから…お前のこと…」
勇者「…」フルフル
勇者「ち、が…」
傭兵「平気だよ。こんなの痛くない」
傭兵「ちっとも、痛くない」
俺は残された魔力で命を燃やした。
ユッカを護って死ぬならそれでいい。
魔力は真っ赤に燃え、ドロリとしたマグマのように狼魔人の右腕に絡みついた。
狼魔人「お、おわっ…ああああ!!」
狼魔人「熱いっ…なんだ…!? 腕が溶ける…! あああああ!!」
そして浄化の炎は俺とユッカ2人を包み込む繭のように形を変えていく。
狼魔人「あちぃ…アチぃぞ…なんだこの焼けつく炎はッ」
狼魔人「雪でも土でも消えねぇどうなってやがる!!」
ザク…ザク…
ローブの男「何をやっている」
狼魔人「! 呪術師様…!」
狼魔人「あぁちょうどよいところにおいでくださいましたよぉおお!」
狼魔人「このドロドロの炎を! 俺の腕の炎を消してくれぇええ!! 次こそ死んじまうよぉお!!」
ローブの男「これは…」
狼魔人「あちぃんだよぉ…死ぬほどいてぇ!」
狼魔人「あの野郎! 八つ裂きにして…内蔵食い散らかしてやる…!」
狼魔人「それでも気がすまねぇ…! ガキもろとも肉団子にして…!! ぐあああああ!!!」
ローブの男「見せてみろ」
狼魔人「あぁぁ…熱いんだよぉ…死んじまうよぉ」
ローブの男「闇を晴らす浄化の炎…」
ローブの男「あの小娘にまんまとしてやられたのか」
ローブの男「ならばあの娘が我らに仇なす一族の末裔というのは間違いないようだな」
狼魔人「いでぇえ…腕がなくなる…助けて」
狼魔人「あ、魔術師様…ち、近づいたらやべえです…全身がこうなっちまうよぉおお」
狼魔人「うおおおん痛い…痛い…体が擦り切られていくみてぇだ助けてくれぇ」
ローブの男「……撤退するぞ」
ローブの男「ああなってしまうと手に負えん」
傭兵「……」
勇者「ぐすっ…ぐすっ…」
狼魔人「それよりこの痛みをおおお!!」
ローブの男「あとで私の魔封陣でなんとかしてやる」
狼魔人「覚えてやがれクソ野郎! 次あったらぶち殺してやるからな!」
罵声と足音が遠ざかっていく。
傭兵(助かった…のか…)
やがて俺とユッカを包み込んでいた炎の繭は音もなく消え去った。
それとともに全身へ痛みや疲れがどっと押し寄せてきて、俺の意識は朦朧とする。
ユッカは大きく目を見開き、俺の腕の中でわなわなと震えていた。
勇者「ソル…ちが…。せなかからいっぱいち…が…」
傭兵(さすがに回復しきらないか…)
勇者「あ……あ……。ち…が…」
背中の鋭く深く切り裂かれた傷口が熱を帯びている。
おびただしい量の血が噴き出て少女の小さな手を汚し、膝元に血だまりを作った。
傭兵(そんな顔をするなユッカ…)
傭兵「お前が生き延びただけで…俺は…」
いまの俺だと、撃退できただけでも十分だ。
傭兵(俺は死ぬのか。あぁ頭がボーっとしてなにも考えられない。死ぬのか…でも死んでしまったら)
傭兵(ユイさんすまない。俺、約束…守れ――な――)
俺は真っ赤に染まった雪の上に崩れ落ちた。
勇者「あああああっ! ソルぅ! いやああああ!!」
俺は死ぬのだろう。全身の感覚がなくなって、今は痛みすら感じない。
光も音もだんだんと閉ざされ始めた。
唯一、ユッカの泣き声だけが微かに頭の中に響いた。
「かみさま! だれでもいいからソルをたすけて!!」
「おねがいします…かみさまだってあくまだって、だれでもいいから…ソルを…たすけて…」
「だれでもいいから…たすけてよぉ…っ」
「おねがいします…うわあああああん、あぁぁぁあああ!!」
耳元で少女の泣き声が聞こえる。
ユッカ、泣かないでくれ。
お前の泣いている声なんて聞きたくない。
笑って強く生きて…立派な勇者になってくれ。
『ほんとに悪魔でいいの?くすくす』
『じゃあ、助けてあげよっか?』
「なんでもおれいします…おねがい…します…ソルを…」
『そうねぇ。だったらお礼がわりにあたしの言うこと1つ聞いてもらおうかなー』
「ボク…なんでも…ぐすっ…」
『大人になったらあなたの体を頂戴♪』
『いい? 約束よ、約束。はい、契約完了♪』
誰だ。そこに誰かいるのか。
誰でもいいユッカを安全なところに…――
俺の大切な…ユッカを―――
――――
――
第22話<ユッカ>つづく
第22話<ユッカ>つづき
気づいた時、俺は見慣れた天井を見ていた。
ここ一年以上ずっと寝泊まりを繰り返してきた、おんぼろの宿舎だ。
なぜ俺はここにいるのだろう。
傭兵「…夢だったのか…? いッ…」
この背中の痛みは夢ではない。
あれが全て夢なわけがなかった。
俺は失ったんだ。大切なユイさんを死なせてしまった。
護ることができなかった。
傭兵「……どうなったんだ…俺は…」
傭兵「…切り裂かれて死んだはずじゃ」
背中や手足に痛みは走るが、動けないほどではない。
五体満足で、間違いなく俺は生きている。
金髪の少女「…むにゃzzz」
美しい少女がベッド横の椅子に座り、俺の腕を枕にするように眠りこけていた。
傭兵「誰だ…っけ」
ユッカと同じくらいの歳だろうか。
そういえば、何度か王宮内で見かけたことがあるかもしれない。
金髪の少女「…むぅ…? はっ! 起きてる!」
金髪の少女「おとうさま! おとうさまー!」
少女はいきなり起き上がり、口元を一拭いすると慌ただしく部屋の外へとかけていった。
しばらくして父親と思われる男と共に部屋に戻ってきた。
大神官「目を覚ましたのですね」
傭兵「あんたは…」
大神官「おや、自己紹介はしたことがありませんでしたか」
大神官「私は城下町の神殿にて大神官を務めています」
大神官「この子は娘のヒーラ。この子があなたを一週間看病していたのですよ」
金髪の少女「めをさましてよかったです…」
傭兵「いっ…週間」
傭兵「俺は一週間もねむっていたのか」
大神官「そうです。さて、どこから話したものか」
傭兵「ユッカは」
こっちから食いかかるように尋ねようとしたら、大神官は優しく頷いて俺を制止した。
大神官「まだ起き上がってはなりません」
金髪の少女「横になりましょうね」
大神官「聞きたいことはたくさんあるでしょうが、まずは冷静になって私の話を聞いてください」
大神官「ヒーラ、あなたは他の患者たちの様子をみてきてくれますか」
金髪の少女「はいお父様」
金髪の少女「おだいじに」ニコッ
傭兵「あ、あぁ…ありがとう」
・ ・ ・
大神官「まず最初に。あなたたちは事件の翌朝、魔隠しの陣の中でみつかりました」
傭兵「…なぜ、そんなところに」
大神官「あなたが施した陣ではないのですか?」
傭兵「俺はそんな高等な術は使えない…」
大神官「そうですか…。ではあれは一体…?」
傭兵「続きを聞かせてくれ」
大神官「事件発生後、王国騎士団は早馬の一報を聞いてすぐに駆けつけたのですが、すでに被害は甚大でした」
大神官「近隣の村々は焼かれ、多くの村人が犠牲になりました」
大神官「私はいま人々の手当と供養をするためにこの太陽の村に滞在しています」
傭兵「守れなかった…。ユイさんが、俺のせいで」
大神官「あなたのせいではありません」
傭兵「だけど…っ」
大神官「あなたはこの世界を未来をつなぎました。我々の唯一の希望の火は、無事生きています」
傭兵「…ユッカ」
大神官「魔物の軍勢の侵入をこうも簡単にゆるしてしまうとは…情けないのは我々国の人間です」
大神官「今回の聖地侵攻をきっかけに、国境の警備が殊更に厳重となることでしょう」
傭兵「魔物は…どうなった」
大神官「全て撤退、あるいは残党を騎士団が殲滅しました」
大神官「ですが被害は大きい。私達はあまりに多くのものを失いました…」
傭兵「……」
俺は、なぜのうのうと生きているんだろう。
ユイさんを護れず、ユッカを危険な目にあわせて…。
大神官「この村の者に聞きました。あなたは元は流れの傭兵だそうですね」
大神官「一年ほど前にこの村にやってきたとか」
傭兵「あぁ……ここよりずっと北の国で生まれ育った……」
傭兵「戦うことしかできなくて、幼い頃から戦場を転々として生きてきた」
傭兵「殺すことしかできないくせに…なにが、なにがガードだ…」
傭兵「俺は、なんのために……?」
なんのためって。
そんなのとっくに決まっているじゃないか。
『おねがい…だよ…ソル…く――――』
傭兵(ユイさん…)
ユッカを、護るためだ。
傭兵「ユッカはどこにいる!」
大神官「こうなった以上、今彼女は王宮で騎士たちに周囲を固められ、手厚く保護されています」
傭兵「…」
傭兵「もう起きられるのですか」
傭兵「ユッカに…会いにいかなきゃ」
傭兵「俺は…ガードなんだ」
大神官「おやめなさい。もはやあなたが行って出来ることはありません」
大神官「さぁ横になって、傷にひびきます」
大神官「私の魔法とて、あなたの傷が完全に癒えたわけではありませんよ」
傭兵「それでも…行かなきゃいけないんだ。俺はユッカのガードなんだ」
傭兵「残されたたったひとりの家族なんだ…」
大神官「…あなたという人は」
大神官「…はぁ」
大神官「以前、あなたが王子と決闘をしている場面に出くわしたことがあります」
大神官「信念の強さは、どんな状況でも変わらないのですね」
傭兵「ユッカに会いに行く。痛っ…つぅ…」
大神官「…馬の手配をしましょう」
傭兵「!」
大神官「どう諭しても、あなたを納得させることはできないのでしょう」
大神官「それまで食事にしましょうか。スタミナのつく食事があればよいですが」
傭兵「なにからなにまですまない…。本当にありがとう…ございます」
傭兵「あんたがいなければ、俺は死んでいた」
大神官「いえ、すべては神のお導きのおかげです」
大神官「私は魔法陣の中で倒れていたあなたを拾い、ここへ連れてきただけ。礼なら後ほどヒーラに」
傭兵「あの子にずいぶん世話になったみたいだな…」
大神官「ところで、あの陣についてもう一度伺いますが、本当にあなたが作りだしたのではないのですね?」
大神官「かなり精巧な物で、見慣れない印字がなされていました」
傭兵「俺には出来ない」
大神官「…そうですか。なにかわかれば御一報を」
傭兵(誰かが俺を生かした…?)
傭兵(だが心当たりがない。そんな芸当できる知り合いなんていない)
傭兵(そういえば、薄れゆく意識のなかで誰かの声を聞いたような…)
傭兵(あれは、天使だったのだろうか)
・ ・ ・
金髪の少女「お兄さんもう平気なのですか?」
傭兵「ありがとうな。包帯かえたり、変なドロドロ飯を食わせたりしてくれたんだろ?」
金髪の少女「それが私のつとめですので」
傭兵「いい子だ。将来が楽しみだ」
金髪の少女「え? えへへ…」
大神官「この手紙をお持ちなさい」
傭兵「これは?」
大神官「紹介状のようなものです。あなた一人では王宮へ入れないでしょうからね」
傭兵「ありがとう。行ってくる」
金髪の少女「行ってらっしゃい!」
大神官「神よ。どうかこの若者の行く末に幸あらんことを」
そうして俺は痛む背をかばいながら王宮に向けて馬を走らせた。
【王宮・入り口】
兵士A「誰だ」
兵士B「ほら、勇者様のガードの…」
兵士A「役立たずのガード風情が、何をしに来た」
傭兵「ユッカに会いに来た。通してくれ。紹介状ならある」
兵士A「よくもぬけぬけと! 貴様のせいで…!」
騎士「よせ」
兵士A「はっ」
騎士「手紙を拝借……ホーリィ大神官と会ったようだな」
傭兵「ユッカがここにいると聞いてきた」
騎士「入城は許可する。ただし、勇者様のいらっしゃる部屋には通さん」
傭兵「な、なに…!」
傭兵「ユッカになにかあったのか…!?」
騎士「ふん。お前にそれを語る必要はない」
騎士「城内もばたついていてな、お前をもてなしている暇はない」
傭兵「必要ない。ユッカに会えればそれでいい」
騎士「これは王による厳命だ」
騎士「いま勇者様は貴様ではなく、我らの庇護下にある」
騎士「何人たりとも、面会させることはできん」
騎士「まだ悪魔がこの国に潜伏している可能性も捨てきれんのだ」
騎士「お前とて例外ではない、悪魔が貴様に化けていることもありうる」
傭兵「ユッカに会えば俺が悪魔じゃないことはわかる」
騎士「ハハハ。ふざけたことを言うじゃないか」
騎士「まぁ、俺はそこまで疑っていないがな。建前だよ」
傭兵「何?」
騎士「今回の奇襲をうけて、誰もがふがいなく思っているのさ」
騎士「お前のような小僧ひとりに勇者様を護らせていたのは事実」
騎士「いまさら恥ずかしい話だが、我々は本当に護るべき存在を知ったのだ」
王子「そして、義姉上をあの地へ追いやったのも、私達王族の意固地さが端を発している」
傭兵「グレイス…王子」
王子「ユッカに会いに来たんだな」
傭兵「あぁ…」
王子「包帯だらけじゃないか」
傭兵「……」
王子「話は、聞いている」
普段から仏頂面の王子はその顔をしかめいつも以上に神妙な顔をしていた。
ユイさんの事はこの王宮の人間はみな知っているのだろう。
なら俺の醜態だって伝わっているはずだ。
俺の不手際でユッカを危険にさらしたと認識されてもおかしくはない。
王子「お前には、苦労をかけた」
傭兵「え…」
王子「姪の身の安全は保証する。お前の役目は王国騎士団が引き継ぐ」
王子「ソル。よくやった、お前に暇を与える」
傭兵「そう…か…」
それは俺への解雇通告だった。
傭兵(当たり前だよな…)
俺は流れの人間だ。
縁もゆかりもない地でうまれ、たまたまここへ来ただけの、なんの関係もない人間。
この国の内部に深く関わることは出来ない。
それはわかっていた。
だけど、ユッカは俺にとって…。
俺は踵を返そうとした。
傭兵「…」
王子「だが、いままでの働きに免じて最後に顔を見るくらいならかまわん」
王子「3階の貴賓の間だ」
騎士「し、しかし…」
王子「私の権限で面会を許可する。連れて行ってやれ」
騎士「御心のままに」
傭兵「グレイス」
王子「私はまたしばらく王宮を離れる。最後に、友人の願いを聞いてやるくらいわけもない」
王子「また会おうソル。会えるかはわからんがな」
傭兵「…ありがとう」
【貴賓の間】
通された部屋は豪華な装飾が施されていた。
大きなベッドの真ん中には少女が眠っている。
その脇の椅子には、ユッカの魔法の師である魔導師がゆったりと座っていた。
傭兵「ユッカ」
魔導師「おや。誰かと思えばおぬしじゃったか」
傭兵「ユッカは…なぜ面会謝絶なんだ」
傭兵「怪我…したのか…?」
魔導師「いんや、体は至って無事健康じゃ」
魔導師「じゃが、心に深い傷を負っておる」
魔導師「深い深い傷をな…」
傭兵「!」
傭兵「そう…か…」
魔導師「起きていると錯乱してしまうので、今はワシの魔法で眠っておる」
魔導師「この子の容態についてはワシに一任されておる」
傭兵「だけど、いつまでもそうしているわけにはいかないだろ…」
魔導師「うむ…そこでじゃ」
魔導師「ワシはおぬしを密かに待っておった」
傭兵「俺を…?」
魔導師「おぬしに悔いが残らんようにな、最後に会わせてやろうとおもってな」
魔導師「おぬしが来るこの日を待っていた」
傭兵「最後だと…? 確かに、俺はいまさっき首になったが」
魔導師「この子の心の傷を塞ぐために、ワシは禁術を使う」
傭兵「禁術…」
魔導師「記憶を、封印するのじゃよ」
魔導師「この子は今回の騒動にかかわる全てを忘れ、平穏な生活を取り戻す」
傭兵「封印だと!」
魔導師「そしてその記憶の中には、母やおぬしのことが数多く含まれている」
傭兵「俺を…忘れるのか…」
勇者「…すぅ、すぅ…zzz」
勇者「んぅ…う…う゛…」
勇者「ソル…やだ…しなな…いで…や…だ」
勇者「ぐすっ…zzz」
傭兵「ユッカ!」
魔導師「苦しんでおるのじゃよ。この一週間、何度も何度も夢の中でおぬしの名前を呼んでいる」
魔導師「なにがあったかは察しがつく」
傭兵「俺が…ユッカにトラウマを植えつけてしまった…?」
魔導師「いや、決しておぬしのせいではない。自分を責めるな」
魔導師「決しておぬしのせいではないのじゃ…」
魔導師「だから、こうなってしまったことをすまぬと、謝っておく」
魔導師「そして、ワシがこれからすることを許してほしい」
傭兵「……」
傭兵「それでユッカがまた笑顔で暮らせるなら…」
傭兵「俺は…かまわない」
傭兵「俺のことも、あの家で暮らしたことも全部忘れても…ユッカは強くならなくちゃいけないから!」
傭兵「勇者だから…ユッカは強く育ってほしい! 俺の願いだ!!」
俺はいつの間にか声を荒らげていた。
背中以上に、心臓が痛かった。
魔導師は椅子から立ち上がり、眠るユッカの頭の上にそっと手のひらをかざした。
魔導師「目覚めよ」
勇者「んぅ……?」
勇者「…ふぁ…」
傭兵「ユッカ!」
勇者「ソル…? あ、あ、あ…」
魔導師「術の詠唱に入る。最後におぬし自身のために言葉を交わしておけ」
傭兵「!」
傭兵「ユッカ。俺だ。俺は生きてる…」
勇者「ソル!」
ユッカは起き上がるやいなや、俺に激しく抱きついた。
傭兵「いたっ、いたた…」
勇者「ごめんね…ごめんねソル…ボクのせいなのっ」
勇者「ボクがわるいこだったの。ソルのいうこときかなくて…うわあああん」
傭兵「違うんだユッカ。お前は悪くない」
傭兵「だから泣かないで」
傭兵「俺、お前のこと護れてよかったよ。こうしてまたお前の声を聞けた」
傭兵「俺は…それだけで十分なんだ…」
ユッカを抱きしめる手に自然と力がこもった。
そして俺の中で、熱く魔力が燃えたぎり始める。
傭兵「ごめんなユッカ」
傭兵「これからもずっと護りたかった。けど、俺は…弱い傭兵でしかないから」
傭兵「お前の側にいてやることができないんだ」
勇者「…え…? ソル…?」
勇者「やだ! やだよ! もうどこにもいかないで!」
勇者「ボクをひとりにしないで…ママ、ママ…っ! うあああん! ママぁー!!」
傭兵「これが、お前がどんな悪い奴にも立ち向かえるような、力と勇気になりますように」
魔力が全身からあふれ出て、ユッカの魔力と同調し、溶け合っていく。
勇者「あったかい…なにこれ…」
勇者「ソルが…ボクのなかに…はいってくるよ…ん…」
傭兵「ユッカ…お前のことを、離れていても護るから」
傭兵「だから強く生きて…立派な勇者になってくれ」
傭兵「俺の想いが、お前をどんな災厄からも護るから…」
傭兵「愛してるよ…ユッカ」
魔術師「忌まわしき記憶よ、眠れ…心の奥底で」
魔導師の発した言葉とともに、部屋中を光が包み込んだ。
・ ・ ・
勇者「んぅ……あれ」
傭兵「……あぁ、あ…ごほ、ゴホ…」
勇者「おにいさん、誰…? ボク、ここで…なにしてるんだろう」
勇者「ここ…どこかな」
勇者「んぅーくすぐったいよ、離してぇ」
魔導師「…おぬし、今何をした!」
勇者「あれ、なんだかからだがぽかぽかしてあったかい…えへへ」
魔導師「なんということを…」
傭兵「…ぁ…ぁ」
力が出ない。
立ち上がることもままならなかった。
まるで病床の老人ともいえるほどの恐ろしい体力の低下。
魔力は練られない。体の中に毛ほどもその感覚を感じとれない。
魔力を失うとどうなるんだったか。
たしか、死ぬのか。
傭兵「へ、はは…できるもんなんだな…ゴホッ」
魔術師「そんなことはありえぬ……おぬし、自分がなにをやったかわかっているのか」
傭兵「あぁ…この子に…全部たくした」
傭兵「元気でな…」なでなで
勇者「??? えへへ、ばいばいしらないおにいさん!」
魔導師「ワシは…長年魔法の研究をしてきた」
魔導師「じゃが、ありえんのだよ。おぬしがいま行ったのは、魔移しと呼ばれる守護魔法じゃ」
魔導師「おおよそ、死にゆく母が子を護るほどの強い想いがなければ決して発動せぬ」
魔導師「赤の他人のおぬしに適正はない。習得不可能なのじゃよ」
魔導師「魔力が…結びつくはずがない…なぜじゃ…」
傭兵「子供…か」
傭兵「ごほっ、ゲホっ…ゴホ…」
魔導師「尋常ならざる想いが、超越したのか…」
魔導師「だがおぬしは…」
傭兵「かまわない…希望は残せた」
傭兵「あとはユッカ次第だ」
魔導師「こい。そのままでは死んでしまうぞ」
・ ・ ・
【王宮・入り口】
魔導師「いまはワシの魔力を少し貸し与えているが、じきに貰い物の魔力は尽きる」
魔導師「新しい魔素として体に定着することはない」
傭兵「わかっている」
魔導師「生きているのが信じられんくらいだ。普通は衰弱しきってそのまま死ぬ」
魔導師「神がおぬしを生かしたのかもしれんな」
傭兵「そうは思わない」
傭兵(この世に神様がいたら、ユイさんとユッカは…)
魔導師「して、これからどこへゆく」
傭兵「傭兵をクビになったんだ。生きる糧を探して彷徨うさ」
魔導師「…国境防衛部隊が新兵を募集しておった」
魔導師「こんな事になった以上、国境を強化するのじゃろう」
魔導師「なにも側にいることだけが守護ではない」
魔導師「おぬしにできることはまだあるはずだ」
傭兵「…あぁ。訪ねてみる」
傭兵「俺が無事生きているうちはユッカの成長を陰で見守るさ」
傭兵「世話になったな」
魔導師「……」
魔導師「ふとしたきっかけで、魔法の枷は外れ記憶はよみがえる」
魔導師「深い関わりのあったおぬしは十分にそのきっかけとなりうる」
傭兵「わかっている。近づかない」
魔導師「ゆめゆめ忘れるでないぞ」
傭兵「…あぁ」
魔導師「達者でな」
傭兵「またいつか会おう」
魔導師「うむ…」
傭兵「くたばるなよじいさん。後は頼んだ!」
そう、これは俺が魔力を失うきっかけとなった出来事。
そして、いまに続く運命――
―――――――
――――
【船上】
勇者「うー、ソル苦しいよぉ…!!」
勇者「なんなのさ、いきなりぎゅーってして!!」
勇者「ボクのスープおいしくなかった!? それで怒ってるんでしょ!」
傭兵「……」なでなで
勇者「うん? ほんとにどうしたの…変だよ」
傭兵「なぁーユッカ」
勇者「うん」
傭兵「食べ終わったら一緒に昼寝でもしないか」
僧侶「わっ大胆発言!」
勇者「な、何言ってるの!? ばかばかバカソル」ぺしぺし
魔女「……」
傭兵「ダメか?」
勇者「う、うーん……。う…えっと、いいよ♥」
勇者「だってそんな目で見られるとさ…う、うずうずしてきちゃうじゃん…」ヒソヒソ
僧侶「はぁ…どうぞごゆるりと」
魔女「スープがまずい」
【船室・ベッド】
勇者「やれやれぇ。お昼からこんなにおち○ちんおっきくするなんて、いい大人がみっともないよ」
勇者「それとも、ボクの手料理でボクのことますます好きになっちゃった?」
傭兵「ま、まぁな」
勇者「あれっソルが素直なんて珍しいね。えへへー」すりすり
傭兵「…」
勇者「やっぱり変だ! 難しいこと考える顔だ」
傭兵「そんなことないぞ」
勇者「そうかなぁ。ボクソルのことならなんだってわかるんだよね」
傭兵「あーそう、敏感な魔覚で結構!」ぐりぐり
勇者「ううん。魔覚じゃないよぉ、なんかね、えへへ…わかっちゃうの」
勇者「こうしてぎゅーってしてると…なんだか懐かしい気分になるんだ。どうしてだろう…?」
傭兵「ユッカ…」なでなで
勇者「ねぇ早くしよ! おまたのうずうず止まらないよ…いっぱい中にちょーだい♥」チラッ
勇者「ほら、赤ちゃんできないから安心でしょ?」
傭兵「……」むにゅ
勇者「ぎゃっ…ご、ごめんなさいっ…! やーんえっち! どこつかんでるの!」
傭兵(ここはやっぱなかなか大きくならないな…)
傭兵「ははっ」
勇者「なんで笑うの!! いじわる!」
ユイさん。
必ずこの子を幸せにします。
ずっと護り抜きます。
だから、見まもっていてください。
ユイさん、ありがとう。
第22話<ユッカ>おわり
《次話》
第23話<将来の夢>