《1つ前》
第20話<海日和>
《最初から》
第1話<呪い>
《全話リンク》
少女勇者「エッチな事をしないとレベルがあがらない呪い…?」
第21話<懐かしい味>
マナによる衝撃の告白から一夜。
俺はすっかり落ち込んでいた。
いまは潮風にふかれながら遠い水辺線をぼうっと眺めている。
傭兵(俺は劣等種…俺は劣等種…俺はもはや出来損ないのオス)
傭兵(いやオスですらない…俺は無性別のスライムです)
どんよりした俺の心うちとは裏腹に、からっと晴れ上がった上空では海鳥達がナンパに励んでいた。
俺をあざ笑うかのような甲高い鳴き声をあげて、周囲を飛び交っている。
傭兵「…くそっ」
しかしこれで合点がいった。
どうりであれだけ中で出したユッカやヒーラちゃんが妊娠しないわけだ。
そう、俺の精子はそこらの凡夫にも劣る類まれなる雑魚だったのだ!
傭兵「ははっはははは!!」
勇者「ねぇかわいそうだよ…教えなきゃよかったのに」
魔女「私の責任ではない」
勇者「慰めてあげようよ!」
僧侶「こればっかりはそっとしておいたほうが…。とってもデリケートな問題ですよ」
勇者「ボク行ってくる!」
僧侶「あぁぁ…絶対余計なこと言っちゃいますよ」
勇者「そ…ソル」
傭兵「どうしたユッカ。情けない男を笑いに来たか」
勇者「元気だして!」
傭兵「出るかよ…こんなショックなことは久しぶりだぜ…」
勇者「ソルの…ぉ、おち○ちんは立派だよ! 精子は死んでるけど…」
傭兵「…海に放り投げるぞ」
勇者「あわわわっ」
勇者「で、でも考えようによってはいつでも好きなタイミングで女の子を妊娠させられるってことだよ!」
傭兵「…」
勇者「えっと、ボクが魔力を貸すでしょ、それでソルがびゅーって中で出すでしょ?」
勇者「そしたらソルの精子も魔力を得て、赤ちゃんできるかも! すごくない!?」
勇者「ね!? マナもきっとそういうことを考えてボクに強くなれって言ったんだよ!」
傭兵「…はぁ」
傭兵「じゃあいますぐ魔力貸せ。船室でお前を犯しまくってほんとに孕むか実験してやる」ガシッ
勇者「ふええやめてよぉ落ち着いて!」
勇者「あれ…泣いてる?」
傭兵「泣いてない」
勇者「…よしよし」なでなで
傭兵「ユッカ…」
勇者「いい子いい子…」なでなで
傭兵「…薄々感じてはいたんだ。俺はお前たちを幸せにできないんじゃないかって」
勇者「そんなことないよ! ボクはソルと一緒にいて楽しいし、十分幸せだよ!?」
傭兵「だが、オスとして責任を俺は果たせない……終わりだぁ!」
勇者「あ゛ー待ってぇ! 飛んじゃだめだよぉ何やってるの!」がしっ
傭兵「はなせぇ! 魚の餌になれば俺の血肉はまわりまわって後世に伝わるんだよぉおお!!」
勇者「自分の役目をおもいだしてよぉ!」
傭兵「役目…! はっ! すまん…そうだ俺はまだ死ねない」
勇者「ほんとだよ」
傭兵「なら魔王の復活を阻止したら、こんな役立たず切断して…」
勇者「ちがうちがう!!」ぼかぼか
勇者「はぁ…困ったちゃんだなぁソルは」
勇者「ボクの手を焼かせないでよ」
傭兵「それお前に言われるとすっごいムカつくな」
勇者「よし待ってて。ボクが傷心のソルのためにお昼作ってあげるよ」
傭兵「お前料理作れるのか?」
勇者「作れるよ! オクトピアにつく前に約束したでしょ? ソルのためにご馳走するって」
傭兵「したっけか…したような、してないような」
勇者「むー…まぁ見ててよ。ソルの舌をうならせてあげるからね」
勇者「厨房かりてこよーっと」
傭兵「頼むからヒーラちゃんか船のシェフに手伝ってもらってくれ」
勇者「ひとりでできるもん!! ばんのうな勇者を侮るな…」
傭兵「お、おう…?」
・ ・ ・
<昼>
僧侶「楽しみですね」
魔女「不安でいっぱい」
傭兵「俺もだ。ユッカが飯ねぇ…」
傭兵「念のため船のコックに注文しておくか」
僧侶「失礼ですよ! ご飯をつくってあげたいとおもう乙女の気持ちを汲んでください」
傭兵「ヒーラちゃんはいつもそういう気持ちでつくってるのか?」
僧侶「ソル様たちの笑顔を思い浮かべながらつくってます」
傭兵「うまいわけだ」
魔女「おなかすいた」
勇者「おまたせ~~~♪」
ユッカがニコニコしながら大きな鉄鍋をもって甲板にやってきた。
テーブルに配膳された食器からすると、カレーかシチューであろうことは予測できる。
傭兵(カレーなら失敗しないだろうな)
僧侶「お疲れ様ですユッカ様!」
魔女「はやく」
勇者「じゃじゃ~ん。蓋あけるよ~♪」
そうしてユッカは勢い良く大鍋の蓋を開いた。
僧侶「わぁ…」
魔女「黄色い」
傭兵「これは…」
中からは黄金に輝くドロリとしたスープが現れた。
やや甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
とてもうまそうに感じたが、よく観察すると野菜はゴロゴロと不揃いに切られていた。
僧侶「おいしそうですね! ですが、ちゃんと煮えていますか?」
勇者「大丈夫だよ! 味見したもん」
傭兵「…」
勇者「どうしたの?」
傭兵「い、いや…一応聞いておくがこれってなんのスープだ」
勇者「もうっ! 匂いでわかるでしょ!」
勇者「パンプキンスープだよ!」
勇者「 か ぼ ちゃ !」
傭兵「かぼちゃ……」
傭兵(これを…ユッカが…?)
取り分けられた皿からスプーンですくい、その黄金色のスープをおそるおそる口元へと運んだ。
口の中に濃厚すぎるかぼちゃの味が広がる。
傭兵「……」
勇者「どうしたのソル?」
勇者「美味しくなかった…? 美味しいよね?」
僧侶「お、おいしいです~!! すごいユッカ様すごいです!」
魔女「おいしい」ずるるっ
勇者「えへへ~、実はこれ得意料理。なぜかパンプキンスープだけうまく作れるんだぁ」
魔女「おかわり」
勇者「いっぱい食べてね。で、ソルはどう? ボクのこと見なおしたでしょ?」
勇者「ちゃんと料理だってできるんだよ!」
ユッカは得意げに無い胸をはった。
コックから強引に借りたであろう背の高い白い帽子が風に揺れていた。
勇者「ソル…? まだ落ち込んでるの? ボクのスープたくさん食べて元気だしなよ」
傭兵「あ、あぁ…」
胸の中でざわめく奇妙なひっかかりの原因はすぐにわかった。
俺ははっきりとこの味を知っていた。
覚えていたんだ。
気づいた時には食器を置き、隣の席で微笑むユッカを抱き寄せていた。
水の入っていたコップが1つカシャンと勢いよく倒れて机を濡らした。
勇者「ちょっ…ソル…? どうしたの」
僧侶「ソル様…?」
傭兵(お前だって……小さな体のどこかで、この味を覚えていたんだな)
勇者「んぅ…? い、痛いよぉ…なんなの?」
スープを舌で味わいユッカのぬくもりを腕に感じながら、俺は遠くに置いてきた在りし日に想いを馳せた。
そう、それは俺が魔力を失うきっかけとなった出来事。
そして、いまに続く運命が始まった日。
<およそ8年前>
【雪の降る森】
傭兵「くっ…う…」
傭兵「ここは一体どこなんだ…もう3日も歩き続けてる…」
当時、10代の俺は傭兵業を日々の糧に世界中を転々としていた。
幼いころから少年兵としてずっと血で血を洗う戦いに身を置いてきた。
しかし、忠義を尽くし一生を捧げたいと思えるほどの人物に出会うことがなかった。
生まれつき根無し草が性に合っていた。
そうして常に場所を移らなければ、恨みを買った者に昼夜問わず命を狙われるだろう。
あてもない旅が唯一の生き延びる術だった。
だがそれもここまで、悪運と食料は尽き、俺はいよいよ生命の危機を迎えていた。
傭兵「寒…い…」
傭兵「腹…へった…」
傭兵「こんな名前もしらない森で…俺は死ぬのか」
傭兵「くだらない人生だったな…親の顔も知らない…仲間もいない…」
傭兵「来る日も来る日も殺して…また殺して…」
傭兵「俺は…なんのために生まれてきた」
吹雪く闇夜の空を見上げても俺を導いてくれる星ひとつみえやしない。
もはや自分がどっちへ向かって歩いているのかもわからなかった。
俺は死を覚悟して、側にある大木に背を預けて座り込んだ。
傭兵「朝には…きっと死んでるな」
傭兵「ざまぁないぜ…これが俺への罰なら…お似合いだ」
己の身を守る魔力もいよいよ薄くなりはじめ、寒さが身を突き刺す。
傭兵「死ぬ前にせめて……」
その先何を言おうとしたのかわからない。
会いたい人はいない。行きたい場所もない。やりたいこともない。
未練はこれっぽっちもないはずだった。
地獄へおちてもかまわないと思いながら、日々殺生を繰り返してきてはずだったのに。
なのに今際の際の俺の口をついて出たのは現世への未練だった。
欲しかったのは暖かい食べものか、心穏やかに眠れる家か、それとも愛する相手か。
俺は何ひとつ持っていない。
天涯孤独だった。
傭兵(まぶたが重い…)
傭兵(別れを告げる相手すらいないなんて…本当にくだらない人生だった)
傭兵「……――」
全てを諦めた時、ぼやける視界の中になにか動く物が見えた。
それは降り積もった雪をかき分け、ザクザクと足音をたてながら、俺に近づいてくる。
そしてそいつは身動きとれない俺をなにか棒のようなものでつついた。
???「ねーねー。おにいさんなにしてるの」
???「ここでねたらさむくてしんじゃうよ」
傭兵「……――」
???「ねむたいの?」ツンツン
傭兵「……――」
???「ママ! ねてるひとがいるー」
傭兵(子供…か……――)
やがて俺は意識を失った。
・ ・ ・
傭兵「!」
傭兵「…? ここは…」
気が付くと俺は見知らぬベッドに横わたっていた。
小さな家の中で暖炉が勢い良く燃え盛り、寒さに凍えた俺の身体を温めている。
窓の外は激しく吹雪いていて、強い風が小窓を打ちガタガタとうるさく震えていた。
傭兵(一体どこだ…)
傭兵(俺は死んだはずじゃ…助かったのか?)
子供「ママー! おきた!」
傭兵「…!」
ベッドの脇で活発そうな見た目の子供がジーっとこちらを覗いていた。
さきほどぼんやりとした意識の中で見えた子供と同じだった。
部屋の奥から、1人の女性がお盆を持って出てくる。
栗色の長い髪をしたとても美しい人だった。
ずいぶんと若く見えるが、どうやらこの子供の母親のようだ。
その人は優しい笑顔で俺に歩み寄り、手にしたスープを差し出した。
母親「飲んで。温まるよ」
傭兵「…俺を助けて…くれたのか」
母親「ユッカがキミのことを見つけたんだよ。あ、ユッカっていうのはこの子ね」
子供「えへへー。ボクもスープほしー」
傭兵「…」スッ
母親「それはあなたにあげた分。ユッカはこっちでしょ」
子供「はーい」
母親「さ、早く飲んで」
傭兵「…いただ…き…ます」
子供「いただきまーす!」
その黄金色に輝くかぼちゃのスープは、心身ともに疲弊した俺をまたたく間に癒してくれた。
いまだ凍える体を芯から温めてくれた。
スプーンがとまらない。
舌と喉をやけどしても俺は懸命にすすり続けた。
母親「うふふ」
子供「ずずずっ、ずずっ」
母親「もう、ユッカ。綺麗にたべなきゃだめだよ。またお口の周り汚して」
子供「ごめんなさーい。ねーママのスープおいしーでしょ」
傭兵「…」
母親「どう? お口に合う? 田舎くさい料理でごめんね」
傭兵「とても…うまい…。俺…こんなスープ飲んだこと無くて」
母親「お腹まだまだ空いてるでしょ。おかわりあるからね。たくさん食べて温まって」
子供「おかわりー!」
母親「あなたはいいの」
傭兵「…」
見ず知らずの他人にもてなしてもらったことは初めてだった。
誰かの優しさに触れたことすらなかった。
不思議と、なにか熱いものが頬を伝っていた。
傭兵(俺は…生きている…)
母親「よっぽど疲れてたんだね」
母親「あなたが倒れているところを見つけてびっくりしちゃった」
傭兵「礼を言ってなかった…助けてくれてありがとう」
母親「いいよ気にしないで。困った時はお互い様でしょ」
母親「んーと、でもあなた村の人じゃないよね。旅人さん?」
傭兵「…あぁ」
母親「そっか! 体力が回復して、外の吹雪がやむまでゆっくりしていって」
母親「何にもない家だけど、ここは安全だからね?」
子供「おなまえなんていうの!?」
傭兵「俺は……ソル」
子供「ボクはユッカ!」
ユッカと名乗った少女は口元を黄色でベタベタにしながらニッコリと歯を見せて笑った。
母親「私はユッカの母親のユイ。よろしくね」
傭兵「ユッカ…。ユイ…さん…」
ユイさんは優しく微笑みながらそっと俺の手に触れた。
まるで知りもしない母親のぬくもりのように感じた。
それから数日間、天が俺をここに足止めするかのように大雪の日が続いた。
・ ・ ・
母親「そっかぁ! ソル君は剣が得意なんだね」
傭兵「ま、まぁ…いちおう傭兵やってるから」
母親「…んー」
傭兵「ユイさん、火。鍋吹いてる」
母親「あわわっ、危ない危ない。お料理中にお話しちゃだめだね? えへへ」
傭兵「雪、すこしおさまってきた…きましたね」
傭兵「俺、明日にはここを発ちます」
母親「えっ」
傭兵「見ず知らずの人の家に世話になりっぱなしにはいかない」
母親「気にしなくていいのに。見ず知らずだなんて、もうこうして知り合いでしょ」
子供「ねーソルー。かたぐるまかたぐるま」
母親「ユッカすっかり懐いちゃったね」
傭兵「……」
子供「しゃがんでよー」
傭兵「しかたねぇな…」
俺は誰かに一方的な施しを受けることは好きではない。
しかしこの家は、決して居心地は悪くなかった。
ガチャッ
???「おお、ユイ。雪がおさまってきたので様子を見に来たぞ」
母親「パ……司祭様!」
子供「あーおじいちゃーん」
傭兵「…?」
突然家に中に豊かなヒゲを蓄えた中年の男が入ってきた。
ユッカはその男のことをおじいちゃんと呼び、俺の肩の上で激しく手を降っている。
ということはユイさんの父親にあたる人物だろう。
しかしその男は俺を見かけるやいなや、眼光を鋭くし大きな声で吠えた。
司祭「なんじゃ貴様は!」
司祭「ユッカを離さんか!!」
傭兵「…!」
母親「あっ…違うのパパ…この人は」
司祭「またユッカを付け狙う賊どもか…ええい。許さん…」
男は詠唱とともに手の中で魔力を練り始めた。
敵意は確実に俺へと向けられている。
傭兵「ユッカ。降ろすぞ」
傭兵「いますぐ出て行く。ここで魔法を使わないでくれ」
司祭「…消え失せろ!」
母親「待ってパパ。違うの!」
司祭「なんじゃユイ。こいつはお前たちを狙って」
母親「先日の大雪で遭難しているところを私が助けたの」
司祭「む…」
傭兵「お世話になりました」
母親「あ…」
子供「あーソルやだよー」トコトコ
司祭「なっ! これユッカ。得体のしれぬ男に近づくでない」
司祭「やはり成敗せねばならぬか! きぇえ!!」
傭兵「…」
家の扉をくぐった俺の背後で、男は魔法弾を発射した。
俺はそれを目の端で捉え、振り向くと共に抜刀し軽く弾き飛ばした。
司祭「なにっ!」
母親「すごい…パパの魔法をあんな簡単に…」
傭兵「もうここには近づかない。それで許してほしい」
傭兵「そうだ。これ、少ししかないが、宿代として受け取ってくれ」
俺は腰につけた路銀の入った巾着を玄関に置いて、しんしんと降る雪の中を歩き始めた。
司祭「…」
母親「待ってソル君!」
しかしなにをおもったかユイさんによって背後から抱きとめられる。
いつのまにか足元にはユッカがしがみついていた。
母親「あのね…」
母親「ソル君がよければ…もうすこしここにいてほしい」
司祭「何を言っとるんじゃ! そやつは見るからに怪しい男で…」
母親「パパの馬鹿! わかるでしょ!」
母親「ユッカがこんなに懐いてるのに悪い人なわけないじゃない! この子の魔覚を侮らないで!」
司祭「む、むぅ…しかしだな。用もなく男をお前たちに近づけるわけには…」
母親「用ならあります」
母親「前からパパ言ってたよね。ガードをつけなさいって」
司祭「ま、まさか…ユイお前」
母親「私はソル君を我が家の、ユッカのガードとして雇います」
司祭「ひぇ~!?」
傭兵「え……?」
母親「いいでしょ? ね? 傭兵は、お金で仕事をするんだよね?」ニコリ
傭兵「えぇ…金がもらえるなら」
母親「なら契約成立! これからよろしくね!」
こうしてひょんなことから俺のガードとしての仕事が始まった。
第21話<懐かしい味>つづく
第21話<懐かしい味>つづき
司祭「ガードを務めることは許す」
司祭「しかし、この家で寝泊まりすることはゆるさーん!」
傭兵「!」
司祭「貴様のような若い男が、可愛いユイやユッカと共に暮らしてなにもせんわけがない」
母親「もう…パパったら何言ってるの」
傭兵「たしかに」
母親「ええ!? ちょっ…ソル君何言ってるの」
傭兵「家事を手伝うくらいはする」
司祭「そういうことをいっとるんじゃないわ!」
司祭「貴様には村の宿を貸し与える」
司祭「この丘の家と村とを毎日毎日毎日雨だろうが風の日だろうが往復してもらう」
傭兵「丘? ここは丘に建っているのか?」
司祭「なんだ知らんのか」
母親「だからねパパ、私が遭難して倒れてるソル君をずるずるひっぱってきたんだってば」
母親「ちょうどここから見えるあの森だよ」
ユイさんが指さした先には小さな森があった。
その森を抜けた先にはポツポツと灯りが見える。おそらくそれがこの男の来た村だろう。
傭兵「家族なんだろ? なぜ離れて暮らしている…んですか」
司祭「ふんっ。貴様に話す筋合いはないわ」
母親「パパ…これからガードになってくれる人にそんな態度よくないよ」
司祭「人前では司祭様とよばんか!」
母親「ごめんねソル君。ほんとは怖い人じゃないんだよ?」
母親「ただ最近、この辺りに不審な人が出るから気が立ってるの」
司祭「お前たち親子のことが心配で心配で、こうして見回りにきたというのに」
司祭「どこの馬の骨ともわからん男なんぞ連れ込みよってからに!!」
傭兵「そういえば、旦那さんは」
母親「…」
傭兵(聞いちゃまずかったか)
子供「パパいないのー」
母親「この子が生まれるよりも先にね…体の弱い人だった」
傭兵「そう…ですか」
母親「この丘は、あの人との思い出の場所なんだ。だから私は多少不便でもここに住み続けるの」
司祭「一度言い出したら聞かん頑固娘でな」
司祭「近頃は物騒だから村へ住めと口を酸っぱくして言うとるのに」
司祭「家のなかで貴様がユッカを抱えているのをみて卒倒しそうになったぞ…」
傭兵「誤解を与えてすまなかった」
母親「謝らなくっていいよ。パ…司祭様のただの早とちりだもん。恥ずかしいよ」
母親「それに、これからは危ない人が来てもソル君が守ってくれる。でしょ?」
傭兵「全力で守ります。腕には自信がある」
司祭「ふん、ぬかしおる」
母親「えへへ。頼りにしてるからね」
子供「わーい」
司祭「まだ実力は眉唾ものじゃ。一度村へ来てもらう」
母親「もうっ! 私が頑固なのはパパ譲りだよ」
司祭「村一の使い手と手合わせして、もし貴様が負けるようなら…」
司祭「かねてからの約束通り、そっちの男をユッカのガードにつける事とする」
母親「私あの人苦手。それにあのおじさんもう良い歳でしょ。毎日往復してもらうの大変だよ」
子供「おうちいてくれるのソルがいい…」ぎゅ
傭兵「…」
司祭「むぐ…ユッカよ、これはとても大事なことだからな?」
子供「ソルいじめるおじいちゃんきらーい」
司祭「!」グサッ
母親「私もパパきらーい」
司祭「ひぇぇえ許してくれ。きらいにならんでくれ」
母親「くすくす」
傭兵(娘を持つ親は大変なんだな)
傭兵(手合わせか…誰が相手でも問題ない)
【小さな村】
司祭「ここは太陽の村と言う」
傭兵「太陽?」
司祭「そうじゃ。貴様は魔王と勇者の話を知っておるか」
傭兵「おとぎ話に興味はない」
司祭「遥か数百年前、闇を照らす太陽の勇者はこの地で生まれ、古の災厄である魔王を討ったとされている」
司祭「ゆえに伝説の勇者様にあやかって太陽の村だ」
傭兵「そうなのか」
斧男「おお、司祭様。その若造は誰です」
司祭「良い所に来たな。手はあいておるか」
斧男「ええ、まぁ。もしかして例の話うけてくれたんですか!」
斧男「俺、ユイちゃんのこと全力で守りますよ!」
斧男「四六時中、片時も離れることもなくガードするぜ!」
ちょび髭を生やした恰幅の良い大男が司祭に向かって何度も頭を下げていた。
表情を伺うとずいぶんと鼻の下を伸ばしている。
傭兵「例の村一番の使い手か?」
斧男「あぁ? で、誰なんです」
司祭「ユイのお気に入りの男じゃよ…はぁ」
斧男「なな、なんだと!? こんなやつ見たこともねぇぞ。城下町から来たのか!?」
傭兵「流れの者だ。この辺りの人間じゃない」
斧男「んなやつにユイちゃんとユッカちゃんを任せられるか!! ユイちゃんは俺が幸せにしてみせる!!」
司祭「どれ1つ手合わせしてみろ」
司祭「勝者をユッカのガードとする」
傭兵(ユッカの…? まぁなんだっていい)
村の広場で一騎打ちが始まった。
ぐるりと俺たちを取り囲うように村民の人だかりができている。
村人「なにがはじまるってんだ? あの小僧はなんだ」
村女「ほら、ユッカちゃんのガードがどうたらって話あったろ」
村人「あぁ…にしてもありゃ知らない顔だ」
村女「大丈夫なのかねぇ。村の真ん中で血なまぐさいことはごめんだよ」
俺は腰の錆びた刀剣を抜き、ゆらりと構えた。
斧男「なんだそのボロい剣は。若造、尻尾巻いて逃げるならいまのうちだぜ」
傭兵「来い」
決して戦いが好きだったわけじゃない。
俺は戦いに身をおくしか日々の糧を得る術を知らなかった。
物心ついたころからずっとそうして生きてきた。
武の才を与えてくれた顔もしらない両親に感謝しなくてはならない。
俺の体は戦いとなると自然と血がたぎり、躍動し、地を蹴って宙を跳ねた。
傭兵(まず一撃)
空中で横一線になぎ払う。
手加減して打ち込んだその斬撃を斧男はかろうじて受け流した。
傭兵(動き悪くないな。手練というのは本当のようだ)
次は少し距離をあけ、相手の攻撃をあえて受けてみる。
大きく振りかぶられた斧がビュンと風切音と共に眼前に迫った。
細い刀身に魔力を張り巡らし、振り下ろされた重撃を受け止める。
傭兵「!」
しかし、すでにボロと言っていい俺の剣はダメージに耐え切れず、
金属の破片をまき散らしながら真っ二つに砕け散った。
傭兵「やるな!」
大男はその巨躯に見合わず正確無比な攻撃を繰り出してくる。
当たれば即死とはいかずとも深い傷を負うだろう。
そう、彼は自らの力を証明するために、よそ者である俺に対して容赦する必要などない。
斧男「ははは! 直撃はしなかったが得物は奪ったぞ!」
斧男「どうしたどうした! 避けてばっかりじゃつまらねぇぞ」
斧男「さぁ痛い目見る前に諦めろ若造。ユイちゃんは俺がまもるぜぇ」
傭兵「護る…」
誰かを護るのは誰かを殺める以上の力がいる。
俺は依頼されるがままに殺すことしかしてこなかった。
俺に出来るのだろうか。俺に彼女たちを護れるのだろうか。
傭兵(いや、やるしかない)
傭兵(なぜなら、俺はまだ救われた恩を返していない!)
折れた剣を放り投げ、男相手に再び向かい合う。
たとえ丸腰であろうと戦いにおいて恐れを感じたことはない。
危機は幾度となく乗り越えてきた。
俺の中で熱く魔力が燃え上がった。
・ ・ ・
<数分後>
司祭「これは…」
村女「なんてことだい信じらんないね」
村女「村一番の戦士をあっという間にのしちまった…」
村男「ほとんど目で追えなかったぞ…」
母親「司祭様」
司祭「おお、ユイにユッカ。何しに来た。家で待っとれといったのに」
母親「お買い物。家はちゃんと閉めてきたから」
母親「あれ、ソル君」
子供「ソルとおのおじちゃんだー」
傭兵「…」
俺の足元には斧男が泡を吹いて倒れていた。
自慢の斧は無残に砕け散り、俺の折れた剣以上に見る影もない。
斧男「 」
司祭「ふぅむ…まさか素手でここまでやるとは」
母親「も、もしかして決闘!? もーやめてよパパぁ」
司祭「なんという力……」
司祭「身体能力、魔力ともに、あの青年に天が二物を与えたというのか…」
子供「おのおじちゃーん。げんきー」ペチペチ
母親「こらユッカ」
斧男「う……げほ」
傭兵「…悪い。もっと手加減するはずだったが、抑えられなかった」
斧男「…ぐ、げほっ…なんつーやつだ」
傭兵「起き上がれるか」ガシッ
斧男「すまねぇ……はっユイちゃん!? きゃー恥ずかしいとこを見られちまったぁ!!」ドタドタ
傭兵「なんだ…? まぁ元気そうでよかった」
司祭「…決まりだな。小僧、暫くのあいだ村の護り手としてユッカたちを頼んだ」
母親「ありがとう司祭様! よかったねソル君!」
子供「わーい」
傭兵「金と部屋さえもらえればなんでもやるさ」
母親「そうだ怪我はない!?」
傭兵「平気です」
母親「手から血でてるよ…すぐ手当しなきゃ」
傭兵(斧を砕いた時か。たいしたことなさそうだな)ペロリ
子供「こっちのてもついてるよー。ぺろぺろ」
傭兵「!!」ビクッ
母親「だめでしょユッカ。ソル君びっくりしちゃう」
司祭「うおおん! おじいちゃんにもぺろぺろしてくれたことないのに! なんでこんな小僧にぃ!!」
司祭「ユッカおいで。おじいちゃんが高い高いしてやろう」
子供「ソルーかたぐるましてー」
司祭「…」ガクッ
傭兵「なんだか悪いな」
司祭「加齢臭だろうか…」
母親「ユッカったら。ほんとソル君来てからべったりなんだから。えへへ」
司祭「いいか小僧。くれぐれも、くれぐれもユイとユッカに間違ったことをせんようにな」
傭兵「しない。俺は雇い主や護衛対象に対して特別な感情をもったことはない」
司祭「ならええが…親としては年頃の娘に男を近づけるのは心配でたまらんのだ…」
母親「年頃って…私とっくに一児の母なんだけど…それももう20も半ばなんだけど…」
司祭「親にとって娘はいつまでたっても娘なの!!」
村女「やれやれだよこの男は。こんなんでもうちの村長なんだよ」
村人「君これからよろしくなぁ。ソルで合ってるか?」
傭兵「傭兵のソルだ。しばらく世話になる」
村人「困ったことがあったらなんでも聞きな。へっへせっかく外から若い男が来たんだ。逃がしゃしねぇぜ」
傭兵「…?」
傭兵(なんとかやっていけそうだ)
傭兵(ユイさんに引き止めてもらえなければ、またあてもなくこの雪景色を彷徨い歩く羽目になっていたな)
傭兵「それで、俺は何から2人を護ればいい」
司祭「すべてだ。魔物、野盗、暴漢。ユイとユッカに近づくすべてを排除してくれ」
司祭「ここらは比較的平和だからあまり剣を抜く機会はないかもしれんがな」
傭兵「仕事を受ける身でこういうのもなんだが、ずいぶんと過保護だな」
司祭「……」
表情を見るに、ただの子煩悩というわけではなさそうだった。
雇われ兵ごときには言えない何か深い事情があるのだろう。
だがそこを詮索することはしなかった。
傭兵「了解した。俺は俺の任務をこなすだけだ」
司祭「それでいい。お前の寝泊まりする宿舎に案内しよう」
母親「よろしくねソル君!」
・ ・ ・
それから季節がひとつ過ぎ、太陽の村にも春がやってきた。
俺の任務は朝はやくおきることからはじまる。
寝泊まりしている村の宿舎はおんぼろだが、これまでの戦場生活に比べれば決して寝心地は悪くない。
多少手をいれて、外観も内装もずいぶんマシになった。
司祭「おおソル。おはよう。今日も早いな」
傭兵「おはよう。ユイさんの所にこれから向かう」
司祭「ならこれをもっていけ。いましがた畑で穫れた作物だ」
斧男「若造! これももっていけぇ。ユイちゃんは俺の作った豆が大好きなんだ」どさっ
傭兵「こんなにか」
斧男「おめぇさんも食うんだろ? ならこれくらいはないとな!」
傭兵「…助かる」
斧男「ユイちゃんたちと毎日ランチを一緒できるなんてうらやましいぜこのー」
傭兵「側に立っているだけだ」
斧男「んだつまんねぇ男だなぁ」
村女「あらソルくん、この魚ももっていきなさい。ユッカちゃんにうんと食べさせなきゃね」
村女「タコはきらいだったかねぇ。まぁいいか一緒に入れちゃえ」
傭兵「…ユイさんが喜ぶ」
村女「あぁそれと、うちの椅子の足が一本折れちゃったんだけど、ソルくん直せないかしら?」
村女「あのボロ宿の修理してるのってソルくんでしょ?」
村女「あたしの旦那ったら、日曜大工なんざてんでだめでねぇ。何度直してもぽきぽき折れちまうんだよ」
斧男「おめーが太りすぎだっての」
村女「なんだって! それが女に対していうセリフかい!」
村女「だからあんたユイちゃんにきっぱりフラレんだよ」ブツブツ
司祭「ユイは誰にもやらんぞ」
斧男「そんなぁ…」
傭兵「……。まだ時間があるのでいまから見に行く」
村女「あら悪いねぇ。忙しいのにいろいろ村のやつらの面倒みてもらっちゃって感謝しきれないよ」
傭兵「感謝しているのは住まわせてもらっている俺の方だ。ありがとう」
傭兵「…」
村女「どうしたいんだい?」
傭兵「いや…なんでもない」
傭兵(自分の口から感謝の言葉が出るなんてな)
村女「なんせ若いもんがみーんな城下町に仕事さがしにいってしまうもんだから、村にはじじばばしか残ってないのさ」
斧男「俺はまだまだ若いぜ!」
司祭「私もそこまで歳を食ったおぼえはないぞ」
村女「40、50をこえたおじんに用はないよ。ささ、ソルくん行きましょ♪」
傭兵「あぁ」
斧男「なははコイツは文句1つ言いやしねぇ。だったらどんどんコキつかってやるか!」
斧男「春になったんだ! やることは山積みだぜ」
司祭「この調子じゃそのうち契約金の見直しをせんといかんな」
傭兵「…」
住み心地のよい村だった。
みんなよそ者の俺のことを暖かく迎えてくれる。
ひとえにこれもユイさんとユッカのおかげだ。
それと彼女の父であり村の有力者でもある司祭の根回しも効いている。
俺は用事を済ませたあと村を出て、森を抜けた先のユイさんの住む丘の家へと向かった。
【丘の家】
母親「ソル君!」
傭兵「おはようござ…なにしてるんですか」
母親「急いで急いで!」
子供「むぅー…」もぐもぐ
傭兵「どこか出かけるのか?」
母親「そ、それがね! 今日午前中に先生のとこに行く日だったのにすっかり忘れてたの!」
傭兵「先生?」
母親「ユッカはやくたべて。ごっくんして」
子供「ねむいよぉ…」もぐもぐ
母親「ごめんねソル君来てもらったばっかりなのに! この後一緒に村に戻って!」
母親「そこから馬車に乗って王宮に向かうからね」
傭兵「王宮…どうして王宮なんです」
母親「そ、それは…」
傭兵「…?」
母親「ずっとガードをしてもらっていたキミに、私まだ内緒にしてることがある。ごめんなさい」
傭兵「言えないことがあっても問題ないですよ」
母親「馬車のなかで…話すよ」
【太陽の村】
司祭「そうか。城にソルを連れて行くことにしたか」
母親「うん。だってソル君はユッカのガードだから」
母親「隠し事をするのはよくないと思うの」
司祭「なら、私の代わりに行ってもらうか」
母親「いいの?」
司祭「母親のお前が決めたことだ。それに私達はこの数ヶ月で小僧のことを信頼しておる」
司祭「ええな。村の代表として付き添ってやってくれるか」
傭兵「それが任務なら同行する」
・ ・ ・
傭兵「それで、話って」
傭兵「なぜユイさんたちが王宮へ向かうんです」
母親「…」
雪解けとともに開通した山道を駆ける馬車の中で、ユイさんは神妙な面持ちでポツリポツリと話しはじめた。
母親「今から向かうのは、ユッカの魔法の先生のところ」
傭兵「魔法…? ユッカが魔法の訓練をうけているのか」
子供「うん! まいとしせんせーにまりょくおしえてもらってる」
傭兵「そうなのか…」
母親「この子は特別なんだ」
傭兵「ユッカが?」
母親「ユッカはね…太陽の勇者の血を引いているの」
傭兵「太陽の勇者?」
母親「ユッカは選ばれた勇者様…なんだよ」
母親「この子の魔覚の鋭さは知ってるでしょ。これは勇者に代々発現する能力なんだって」
傭兵「へぇ…。たしかに常人とはかけ離れているとは思ったが…そうだったのか」
傭兵「ならユイさんや司祭にも?」
母親「…」フルフル
母親「勇者の血は私ではなくて父親の方」
母親「あのね、驚かずに聞いてソル君。ユッカの父親はね…この国の王族なの」
傭兵「王族…勇者…」
母親「だから春になったら週に数回王宮に行って」
母親「魔導師の先生や騎士の先生とお稽古をするの」
傭兵「なぜ王家の人間があんな辺鄙な村のそれも離れの丘に、護衛もつけずに住んでいるんですか」
母親「……」
傭兵(言えないことなのか?)
母親「続きはユッカがお稽古してる間に話すよ」
傭兵「わかりました…」
【王宮】
傭兵「これがこの国の城か」
母親「大きいでしょ! 中はもっとすごいよ!」
王子「む。義姉さん」
勇者「あーおうじさまー」
王子「やぁユッカ。よく来たね」
母親「! グレイス王子…ご無沙汰しておりますっ! 遅れて申し訳ありません」ペコッ
王子「そう固くならなくていいですよ。あなたは我が兄の最愛の君だ」
母親「…」
王子「おや、そっちの者は」
傭兵「ユイさんとユッカのガードをしているソル…です」
王子「そうか。なら通れ」
兵士「ユイ様とガードの方はこちらの別室にどうぞ」
魔導師「おおユッカ。待っておったぞ」
魔導師「魔覚は昨年よりさらに育っておるようじゃな。これも大自然に囲まれた太陽の村のおかげじゃ」
魔導師「さて、稽古をつけてやろう」
勇者「はーい!」
【王宮・談話室】
傭兵「もしかして、あの王子とやらに嫌われているんですか」
母親「…っ」
傭兵「すいません…」
母親「私は…グレイス様のお兄様であらせられるフレア第一王子の専属のメイドをしていたの」
傭兵「そうなんですか」
傭兵(この話題はあまり立ち入らないほうが良さそうだな)
コツコツ
王子「我が兄は生まれながらに病弱で、ベッドから起きることもままならなかった」
傭兵「!」
王子「だが兄上は勇者としての資格である優れた魔覚と才覚を持ち、正当な後継者であった」
王子「私ではなく、兄上にはあった!」
母親「グレイス様…」
王子「様づけで呼ぶのはやめてもらおう」
母親「いえっ、たかがメイドの私なんかが恐れ多いです…」
王子「恐れ多いだと、ふ。兄上との間に子をもうけておきながらどの口が言うのです」
傭兵「勇者とは…なんだ? 何をするために存在する」
王子「なにもしらないガード風情が…まぁ良い教えてやろう」
王子「勇者とはこの世の災厄である魔王を打倒した古の英雄」
王子「勇者はこの地に国を興し、我々一族はその血を受け継いできている」
王子「そして、代々最も優れた才覚を持つものを、魔王復活を阻止するために旅立たせてきた」
王子「兄上はその役目に就くはずだった」
傭兵「…なら、あんたの兄の娘であるユッカが…」
王子「そうだ。ユッカには魔覚が発現している。大人になった暁に勇者の役目を継いでもらうこととなる」
王子「そのための英才教育だ」
傭兵「ユッカが…旅に…」
王子「だが兄上はもっと優れた血を残すべきだった。村娘のメイドではなく…もっと優れた血をな」
傭兵「この野郎!」
母親「まってソル君! ほんとに私が悪いの!」
傭兵「だが、黙っていられるか」
王子「見たところ私と同じくらいの歳のようだが、やはりただのガード。頭の巡りは悪そうだな」
王子「こい。王家の力をお前にみせてやろう」
【王宮・中庭】
王「グレイス。何をしておる。なんじゃこの騒ぎは…」
王子「父上。躾のなっていない蛮族が王宮に紛れ混んでいる」
大神官「しかし王子。このようなことは…お控えください」
大神官の娘「お父様…何がはじまるのですか…私怖いです…」
王子「ソルと言ったな。お前が本当に王族であるユッカのガードとしてふさわしいか…」
王子「私が試してやる!」ニヤリ
傭兵「…あぁ」
母親「ダメよソル君! やめて、王子様に剣を向けちゃダメ」
王子「かまいませんよ」
王子「これは私からの決闘だ。断ることは許さん」
傭兵「受けて立つ」
傭兵「ユイさんを侮辱されたまま引き下がれるか」
そして俺は剣を抜き、王族や神官たちの見守る中で王子へと斬りかかった。
第21話<懐かしい味>つづく
第21話<懐かしい味>つづき
鋼鉄がぶつかりあい激しく火花が散る。
軽装の王子はマントをひるがえし、軽い身のこなしで俺の攻撃をいなしていた。
何度剣を薙ぎ払っても思うように命中しない。
傭兵「くっ」
傭兵(速い…! 腕力は俺より下だが素早さでは分が悪いか)
王子「どうした。口だけか」
王子「これで我が姪のガードを務めるだと?」
王子「笑わせる! その鈍重な剣で何を護れるというのだ!」
ギィン…
傭兵(強い…ただの武芸者じゃない)
王子「口惜しいよ。私の武の才に加えて兄上の魔覚が備わっていれば、さっさと旅に出て本懐を遂げてやったというのに!」
ギィン!
傭兵「くっ」
傭兵(防戦一方になってしまう…!)
王「…変える気はない。我々は先祖代々、優れた魔覚を持つものを真の勇者として旅立たせてきた」
王「ワシの代でそれを歪めるわけにはいかん」
王子「ふっ…くだらないしきたりだ」
傭兵(これがエリートというやつか…)
王子「我がレイピアが繰り出す刺突の嵐からは逃れられん」
王子「消えろ!」
兵士A「まずい! 王子があの技を出すぞ! 後ろで見てる奴らは退避しろ!」
兵士B「あーあ。あのガキ死んだな…」
母親「ソル君…」
王子「殺しはしない。だが、私1人どうにもならんようなら貴様にガードの資格はない!」
王子「秘技:サウザンドスピア!」
傭兵「!」
かなり相手との距離をとっていたはずが、目の前にはあっという間に無数の斬撃が迫っていた。
まともに直撃すれば全身がズタズタにされてひき肉になってもおかしくない。
傭兵(回避を…!)
傭兵(速い! 間に合わない…!)
そして斬撃は辺り一体の植え込みを切り裂き、地を削り俺に降り注いだ。
激しい土煙が巻き起こり、周囲を視界を奪う。
王子「……手応えありだ」チャキ
母親「そん…な…」
兵士A「さすがです王子!」
兵士B「こりゃあのガキ、血煙になって消え失せたな」
王子「観衆の皆様。ご観覧いただきありがとうございました」
王子「父上。これでも私が旅立つことは反対なのですね」
王「う…むう…いかん。いかんぞ」
母親「ソル君! ソル君返事をして!!」
王子「無駄だ。我が一撃をかわした者はいない」
王子「残念だが、新しいガードを探したほうが良――」
王子「!」
傭兵「手応えがなんだって」
王子「何!!」
母親「ソル君!」
王「おお…グレイスのあれを避けたか」
兵士A「どうなってんだ?」
兵士B「あのガキどんなトリックをつかって避けやがった…」
大神官「いや…少年は避けたわけではない…」
王子「私の…千の突きを、すべて弾いたのか…?」
傭兵「全てじゃない…少しくらってしまったな」ズズ
王子「!」
血がたぎる。
まるで炎のように燃え盛って、俺の真っ赤な魔力が底なしに溢れ出す。
体を伝って高音に熱された剣の切っ先が、地を焦がした。
腕や頬から流れでた血は一瞬のうちに気化する。
気づけば深いと思っていた傷口はふさがりはじめていた。
じわじわと周囲の温度が上昇していき、中庭を取り囲んでいた兵士達は城内へと引き下がっていく。
王「ぬぅ! この魔力…!」
王子「な、なんだこの魔力量は…」
傭兵「撤回しろ。ユイさんは高潔な人だ」
傭兵「ユイさんがいたから、いまのユッカがある」
王子「ふざけるな…勇者の一族たるものより強い血を求めるのは至極当然のこと!」
傭兵「体は強くなくても、心は誰よりも強い」
王子「兵士の分際で綺麗事を言う。生半可な力では魔物共に対抗できんのだ!」
王子「失せろ! 次は直撃させる!」
傭兵「来い」
大神官「いけません! このまま2人を戦わせては大怪我じゃすまない」
大神官の娘「お父様!なんとかしてください」
大神官「間に合うか…結界を――」
魔導師「バカ者ども!」
傭兵「!」
王子「!」
突然の怒声とともに俺と王子の体はぴくりとも動かなくなった。
よく目を凝らすと、魔力で作られた白い茨のようなもので全身をガチガチに縛られている。
傭兵「ぐ…あ…なんだこれは」
魔導師「緊縛の魔法じゃよ。暴れたら痛いぞ」
魔導師「やれやれ…膨大な魔力の爆発を感じて、何事かと思って来てみれば」
魔導師「…」
俺を魔法で拘束した張本人である老人は、厳しい目つきで俺をじっと観察した。
つい睨み返すと、そろ老人の足元にへばりついたユッカが不安そうに瞳をうるませてこちらを見ていた。
魔導師「グレイス王子。決闘などと、またくだらんことをしておったのか」
王子「くっ、離せ。無礼だぞ」
魔導師「そのままふたりとも頭に登った血を冷ましておれ」
魔導師「なんなら氷魔法で頭をぶんなぐってやろうか」
王子「や、やめろ…」
勇者「ソルとおうじ…こわい」
傭兵「ユッカ…すまない。ユイさんも…」
母親「無事で良かった…ほんとに心配したんだから…」
魔導師「この場はワシが引き受ける。よろしいかな、王よ」
王「う、うむ。わしは政務にもどるとしよう」イソイソ…
王「グレイス。反省するのじゃぞ。壊した花壇の修理はお前がせい」
王子「…」
・ ・ ・
王子「非礼を詫びよう」
傭兵「…いや、こちらこそ申し訳ない…です」
王子「熊をも一撃で仕留める私の一撃を耐えたのは君が初めてだ」
王子「私に一撃こそ与えていないが、君が強者であることはわかった」
王子「名をソルと言ったか」
傭兵「…ああ」
魔導師「1つ気になったことがあるのじゃが、お主はどこで生まれ育った」
傭兵「なぜそんなことを聞く」
魔導師「いや、聞いておきたいだけじゃ」
王子「どこから来た。答えよ」
傭兵「北のほう…としか言い様がない」
王子「大雑把だな。もっとどこの国の出身など、相応の答えがあるだろう」
傭兵「言っておくが俺については何もかも不詳だ」
傭兵「俺自身知りはしない。気づいた頃から戦争の真っ只中だった」
傭兵「ずっと戦場を転々として、死にかけていたところをある日ユイさんに拾われた。それだけだ」
傭兵「やはり俺みたいな血統書付きでない野良犬に勇者のガードは出来ないか」
傭兵「ならば契約を終えて立ち去るのみだ」
傭兵「俺はただの傭兵。上のやり方に従う」
傭兵「俺の方こそ、一国の王子に不躾に剣を向けてすまなかった。処分でもなんでも好きにしてくれ」
王子「勘違いするな。ガードに必要なのは血統ではない」
王子「力だ! 私は直々にそれを試したにすぎん」
王子「これからも我が姪のガードを頼む」
傭兵「!」
王子「あの子はおてんばでな、目を離すとすぐどこかへ行ってしまうのだ」
王子「体が不自由でどこへも行けなかった兄上の代わりとでも言わんばかりにな…」
タッタッタ
母親「あ、あの…王子様。大変大変失礼をいたしました」ペコペコペコ
母親「この罪は私が身を持って」ペコペコペコ
王子「全く。そろいもそろって勘違いも甚だしい。たかが村娘のあなたの身で何を償えるというのですか」
母親「あぁう…申し訳ございません」
王子「あなたに唯一できることは、ユッカが大きく強く育つようにたくさん食べさせることです」
母親「!」
王子「もっとも。小娘と見間違えるようなあなたの娘が、そこまで大きくて強い体になれるとも思わないが…」
母親「…うう」
傭兵(この野郎…またユイさんをいじめやがって!)
王子「だが兄上は、そんなどうしようもなく凡庸なあなただからこそ好きだったのでしょうね」
母親「…あ」
王子「城を抜けだして、あなたと太陽の村の近くの丘に出かけたことがあったでしょう」
王子「その時描いた風景がを後生大事に部屋に飾っていましたよ。父上にバレて怒られることもいとわずに…ふふ」
母親「王子…」
王子「私はわけあってしばらく城を離れるが、またいずれ兄上の話を聞かせてもらいます」
王子「その時までお元気で、義姉上」
母親「は、はい!」
魔導師「話はついたようじゃな」
魔導師「ソルよ。ユッカのことを頼んだぞ」
傭兵「任せろ」
魔導師「じゃが1つ、ワシからのおせっかいを聞いてくれんか」
傭兵「なんだ」
魔導師「どんなときも心を強くもて。ここで魔力を制御するのじゃ」
そういって老人は俺の左胸を杖の先で小突いた。
傭兵「…わかった。心に留めておく」
魔導師「さぁ。今日の稽古はおしまいじゃ。気をつけて帰るのじゃぞ」
勇者「せんせーさよーなら」
魔導師「さようなら。また来週」
勇者「はーい」
勇者「ママ、ソル。おうちかえろー」
母親「ありがとうございました魔導師様」
母親「グレイス王子、これで失礼いたします」ペコッペコッ
勇者「おうじー。もうママとソルいじめちゃだめだよ」
王子「ん? はは、怖がらせて悪かった。またおいで」
勇者「ばいばーい」
王子「そうだ、ガード。ソル」
傭兵「なんだ。なんです」
王子「いつかまた手合わせ願おう。同世代には私を満足させる相手がなかなかいなくてな」
傭兵「あなたを怪我させると打ち首になるんじゃないか」
王子「ははは! なるほど、次は私に一発くらわせるとでも? ならばなおさら楽しみにしておこう」
王子「それまでユッカを頼む。兄上の最後の宝で、私の大切な姪だ」
傭兵「あぁ、任せろ」
【城下町】
傭兵「世の中には強いやつがいるもんですね」
傭兵「俺もまだまだ力不足だな…」
傭兵(まさかあの状態を見られてしまうとは思わなかった)
母親「ソル君はとっても強いよ」
勇者「こわいソルはおうじよりつよーい!」
傭兵「何言ってる。一方的にやられただけです」
母親「ううん、そんなことない。とってもかっこよかった」
母親「私なんかのために怒ってくれてありがとう…」きゅっ
傭兵「! お、往来ですよ」
母親「あはは、ごめんね」
母親「ん…ちょっと汗のにおいするね。そうだ、お風呂屋さん寄っていこっか」
勇者「わーいおふろおふろ! ボクまちのおふろやさんすき!」
傭兵「風呂屋があるんですか」
母親「ここは天下の城下町だからなんだってあるよ」
勇者「あめかってー。あめー。あめたべたーい」
母親「はいはい。帰りに一袋だけね」
勇者「わーー」ピョンピョン
【大衆浴場】
勇者「ソルとおふろー」
母親「がいいの? じゃあ今日はソル君にいれてもらおっか」
勇者「うん! ソルといっしょにはいるー」
母親「ごめんねユッカのことお願い」
傭兵「いいですよ。ユイさんは思う存分羽を伸ばしてください」
母親「そうさせてもらおっかな♪ じゃあ後でここで待ち合わせね!」
傭兵「はい」
【脱衣所】
傭兵「ほら両手あげろ」
勇者「あー」
傭兵「ちゃんとあげろ。引っかかってるぞ…よし脱げた」
勇者「あはははおとこのひとのほうはいるのはじめてー」タタタッ
傭兵「こらっ、走り回るな」
傭兵「ちゃんと下も脱いでからじゃないと入っちゃだめだからな」
傭兵「こい」
勇者「うん」
傭兵(ほんと手が焼けるな…ユイさん苦労してるんだろうな)
傭兵「脱がすぞー」ズルッ
傭兵「ん……?」
勇者「んぅ?」
傭兵「ゆ、ユッカ…あれ……あ゛?」
傭兵「ひぃっ!」ダダッ
勇者「どこいくのー」
傭兵「大変だユイさん! ユッカのアレがない!」
母親「キャー!ソルくん! なんでこっち来てるの!! 女湯だよっ!!」
傭兵「うわっ、す、すいません!」
母親「他のお客さんいなくてよかった…もうっ」
傭兵「見てません。見てませんので」
母親「で、なに?」
傭兵「ユッカのアレがないんです…男にとって大切なアレが」
母親「……」ジトー
母親「もしかして、おち○ちんのこと言ってる?」
傭兵「…!」コクコク
傭兵「なんてことだっ…どこで落としたんだ」
母親「あのさ。ユッカ女の子だよ…」
傭兵「…はぁ?」
母親「だからぁ、ユッカは女の子だってば。え゛…もしかして気づいてなかった!?」
傭兵「おんな…のこ…女の子!」
勇者「あーここにいた。ママのはだかんぼみたらめーっだよ」ぎゅっ
傭兵「お前女の子だったのか…」
勇者「うん」
傭兵「…言ってくださいよ」
母親「うわ本気で男の子だとおもってたんだ。ひどいねーソル君」
勇者「ひどーい」
傭兵「だ、だってこいつ自分のこと僕って!」
傭兵「それに服装だって少年っぽいし、髪も伸ばしてないし…」
傭兵「俺はてっきり男だと……はは、は」
母親「勇者だから男の子として育てなきゃだめだって言われたんだぁ」
傭兵「…」ガク
母親「はい、ちゃっちゃとお風呂行きなさい!」
母親「そこで突っ立ってたら他のお客さん来た時また叫ばれちゃうよ」
傭兵「行ってきます…」
【風呂場】
勇者「ボクおんなのこだけどだめだった?」
傭兵「ダメじゃない…ダメじゃないけど今日は衝撃的な事実ばかり打ち明けられて疲れた」しゃかしゃか
勇者「んぅ…せっけんめにはいった。いたいよぉ」
傭兵「あ、悪い。こんなことはじめてだからうまくできなくてな…流すぞ」
勇者「ボクもソルのおせなかをながしてあげるー」
勇者「ごしごし」
傭兵(あたりまえだけど力ないなぁ)
勇者「ここがきもちいですかー」
傭兵「おーう」
勇者「ごしごし。あははソルのからだきずだらけだねー」
傭兵「いいだろ?」
勇者「かっこいー」ぺたぺた
勇者「つぎはまえをあらいまーす」
勇者「…! なんかへんなのある」
傭兵「しらない…よな」
勇者「おーー。これおち○ちんでしょ」ぺちぺち
傭兵「やーめーろ」
勇者「あはは! おち○ちんだー! ソルのおちんちーん。ぷらぷら」
傭兵「だー! でっかい声出すな! ユイさんに聞こえるだろ!」
<なにしてるのー?
傭兵「なにもしてません! すぐ洗ってあがります!」
<ユッカー。ソル君のいうこと聞いておとなしくしなさいね。
勇者「は~~い! くふふふ…これおち○ちん…あははは」
傭兵(なにがおもしろいんだ…)
・ ・ ・
傭兵(風呂に入ったのにどっと疲れた…子供って大変だな)
勇者「…」うとうと
傭兵「おーい寝るのか。お前も疲れたか」
母親「おまたせ。あれ、ユッカ寝ちゃった?」
傭兵「稽古もあったし、寝かせてあげましょう。俺がおぶさります」
母親「ごめんね。じゃあちょっとだけ夕飯のおかずとかユッカのおやつを買い物してから帰りましょ」
傭兵「はい」
母親「くすくす。なんだかこうしてると夫婦みたいだね」
傭兵「え?」
勇者「…zzz」
母親「ううん。なんでもない!」
母親「今日はありがとう。これからもよろしくね」
傭兵「こちらこそ。お役にたてて嬉しいです」
母親「もうっ、真面目なんだから!」
母親「ま、それがキミのいいとこだよね」
その日俺はユッカにまつわるいろんな事をしった。
ユイさんは長年ずっと1人で、過去の重荷を背負っていたこともわかった。
それでも笑顔をたやさず生きてきた。
俺はすこしでも、この人の役に立ちたい、俺もずっと分けあって背負っていきたい。
そう思える春の暖かい夕暮れ時だった。
第21話<懐かしい味>つづく
第21話<懐かしい味>つづき
あっという間に季節は過ぎてゆく。
暖かい春の日は山へ3人でピクニックへ出かけ、
雨の日はユイさんの編み物を横目にユッカと勉強し、
夏の暑い日は湖で水遊び。
秋には庭や森で実りをたくさん収穫した。
俺は相変わらず村と丘を往復する日々を過ごしていた。
ただユイさんの父親である司祭や村人達が俺を見る目は、昔にくらべてずいぶんと甘くなり、
大雨の夜は村の宿舎へ戻らずにユイさんの家への宿泊を許してくれた。
【太陽の村】
司祭「ソル。出かける前に、今日はお前に話がある」
司祭「少しだけ時間をくれ」
傭兵「なんだ」
司祭「の前に…今日は何の日かしっておるか…」
傭兵「いや? 村で祭りでもあるのか?」
司祭「いんや…知らぬなら良い良い。忘れてくれ」
傭兵「話はそれだけか」
司祭「あー待て。いまのは雑談だ。では単刀直入に聞く!」
司祭「娘のことをどう思う」
傭兵「ユイさん? 雇い主だ。いや、直接の雇い主はあんたになるのか?」
傭兵「ならユイさんとユッカは俺にとって重要な護衛対象だ」
司祭「そういうことじゃないこの唐変木め」
司祭「お前は1人の女としてのユイのことをどう思う」
傭兵「おかしなことを聞くんだな。彼女は有能な女性だ」
司祭「…」
司祭「これで単刀直入にきいたつもりだったが、もっと噛み砕かんとダメか…」
司祭「お前はユイのことは好きか」
傭兵「!」
傭兵「好きか嫌いかなら、好きだ」
司祭「それは愛か」
この老人が言おうとしていることは俺にでもわかった。
ユイさんは気立てがいい。
鍋を焦がしたりと、すこし抜けたとこもあるが、そこもかえって女性として魅力的だとおもっている
傭兵「…」
司祭「どうなんだ…身内の欲目でなくとも、ユイは可愛いだろう?」
確かに若々しくて小柄な見た目は、10代と言っても誰も疑わないくらい愛らしい。
見ようによってはユッカの姉に見えないこともない。
俺はあの人の眩しい笑顔が好きだ。しかし――
傭兵「ユッカがいる」
司祭「やはりそこか…」
傭兵「ユイさんは義理堅い人だ。きっと、ユッカの父親である第一王子のことを今でも愛しているはず」
司祭「むぅ…。愛している…か」
傭兵「愛か…。俺には無縁な話だな」
司祭「聞いてくれ。ユッカはこの村での成人の儀を終えていずれは旅立つ」
司祭「勇者の宿命だ。あとたった7~8年後の話よ」
司祭「ユイはきっと寂しい思いをする。その頃はもういくつだ、30過ぎほどか」
司祭「若者すらろくにおらんこの村で貰い手を探すとなると…絶望的だろうな…」
傭兵「な、何が言いたい」
司祭「一度でいいから親としてユイに花嫁衣装を着させてやりたかった」
傭兵「結婚…してないのか?」
司祭「身分不釣合いというものだ。私は司祭とはいえ、片田舎の村長役でしかない」
司祭「ユイはユッカを身ごもってから、城を追い出させるようにメイドを辞めた」
司祭「そして相手の王子はその後まもなくして持病により天に召された」
司祭「生まれてくる娘の顔すら見られずにな…」
司祭「だからユッカは生まれてから一度も父親の愛を知らん。かわいそうに」
傭兵「そう…か…」
司祭「ここ一年、私がユイとふたりきりで会った時、あいつはお前の話ばかりするのだよ」
司祭「本当に楽しそうに…思春期の恋する乙女のようにな…」
傭兵「…」
司祭「ソル。もしお前がその気なら」
傭兵「…しばらく考えさせてくれ」
司祭「本当か!」
司祭「おおい聞いたかお前たち」
斧男「おうよ!」
村女「よかったねぇ。はりきってユイちゃんの花嫁衣装をつくらなくっちゃ」
傭兵「っ!? どこから出てきやがった」
村男「ユイちゃんまだ若いんだから、ばばーんとあと2人3人とユッカちゃんの弟妹をこしらえちまおうぜ」
村男「そしたらユッカちゃんが旅に出てもきっと寂しくねぇ」
傭兵「何言ってるんだ…考えるだけだ。まだ決めたわけじゃ…」
村女「とかいいつつあんただってまんざらでもないんでしょう? あんないい子の側にいられるんだからさぁ」
傭兵「ぐっ…」
斧男「おおんユイちゃんが取られるのは悔しいが、相手がおめぇなら仕方ねぇ。幸せにな」ガシッ
傭兵「なっ…」
司祭「快い返事を待っているぞ」
村男「それ、お祝いに肉でも持っていけ」
傭兵「……。もらえるものはもらっておくが、いいのか?」
傭兵「この時期に備蓄を減らすのはよくない」
村男「かてぇこと言うなって。村の若い男と女がくっつくんだ。こりゃお祭りだな」
司祭「ははは、さぁはやく行って来い。お前の女房が家で待っておるぞ」
司祭「なんなら2~3日帰ってこなくていいぞ!」
村女「今夜は冷えるから親子3人抱き合って眠るんだよ!」
・ ・ ・
傭兵(なんなんだみんなして…)
傭兵(いつの間にかそれだけ信頼を得ていたということだろうか…)
傭兵(俺としては毎日任務についているだけなのにな)
傭兵(ユイさんと結婚…結婚とはどういうものなんだ)
傭兵(今日は顔を出しづらいな)
ガチャ
母親「あ、ソル君。おはよう。今日は寒いね」
傭兵「おはようございます」
母親「外冷えたでしょ。入って入って。暖炉焚いてるからね」
傭兵「ユッカは」
母親「台所。珍しく早起きしたんだよ」
傭兵「台所でなにをしているんだ…」
母親「あーだめだよ入っちゃだめ」ぎゅっ
傭兵「!」
母親「あっ…ご、ごめんね。びっくりしたよね」
傭兵「いえ…大丈夫です」
母親「……えへへ」
ユイさんは俺の腕をつかんだまま照れくさそうに笑った。
司祭のいうとおり、その姿は年頃の少女のように俺の目に映った。
それからしばらく家のなかですることもなく、ユイさんの話相手を続けた。
ユッカは台所からなかなか出てこない。
ときどきガツンガツンと何かをまな板に叩きつける音がする。
傭兵「大丈夫なんですか」
母親「う、うーんどうだろ…」
母親「でもソル君のおかげでユッカは包丁さばきは上手になってるから!」
母親「包丁で怪我をすることはないと思うんだけど…あはは」
俺はこの半年ほど、ユッカに稽古をつけていた。
といっても俺の剣術は我流なので、王宮の剣の先生の妨げにならない程度にだ。
さすが勇者の血をひくだけあって、幼い子どもとは思えないほどにユッカは腕を上げた。
魔力の扱いも上手い。
大人になる頃には俺や王子ではかなわないほどの剣の達人になるかもしれない。
母親「なに考えてるのー?」
傭兵「あ、いえ…」
ユイさんは相変わらず笑顔で俺の顔をのぞきこんでくる。
俺は今朝司祭にされた話題を切り出すことが出来ずにいた。
<できたーー!
母親「うふふ。出来たって。ほんとかな」
母親「ちょっとだけ様子みてくるね」
母親「ソル君はダイニングのテーブル拭いといてくれる」
傭兵「分かりました」
傭兵(何ができたんだろう)
勇者「んしょ…んしょ」
母親「落とさないように気をつけてね」
しばらくしてユッカが大きな鍋を持ってきた。
腕を震わせながらそれを机の真ん中に置き、ユッカはご満悦な様子で俺の正面の席に座った。
傭兵「ユッカが作ったのか」
勇者「ママにちょっとてつだってもらったけどー」
勇者「あとはボクがつくった!」
母親「よくできましたー」なでなで
勇者「えへへへ。ふたあけてみて!」
恐る恐る鍋の蓋をひらくと、そこには黄金に輝くスープがあった。
食材はいつもにくらべて大きめに切られてゴロゴロとしたものが浮いている。
しかしその匂いはまごうことなく、ユイさんの得意料理であるパンプキンスープだった。
傭兵「よく作れたな」
勇者「ほめてほめてー」
傭兵「…すごい」
母親「今日のためにずっと内緒で練習したんだよね」
勇者「うん!」
傭兵「しかしなぜ急に…」
母親「ユッカがどうしても作りたいって言ったから」
勇者「ねー♪」
傭兵「…そうなのか」
続けてユイさんが奥から別の皿を持ってきた。
それにはケーキが乗っていた。
ユイさんとユッカは顔を見合わせてニッコリと笑った。
傭兵「ケーキ…何かあったんですか」
ユイさんは時々趣味でケーキを焼くことはあったが、これほど大きいものはユッカの誕生日以外で見たことがなかった。
俺は頭をひねって今日がなにかの記念日だったのではないかと記憶を掘り起こす。
しかしそれらしい答えは出てこなかった。
傭兵(そういえば司祭も今朝何か言おうとしていたような…)
母親「あ、わからないんだ」
勇者「ぶぅー」
傭兵「うーん…すいません。大事な日でしたか」
母親「うん! 今日はね――」
勇者「あーママ言っちゃだめぇ。ボクが言うんだよ」
勇者「ソル、おたんじょうびおめでとー!」
傭兵「は?」
母親「えへへ。びっくりするよね」
母親「ソル君自分の誕生日わからないっていうから、ここにきてちょうど一年目の今日を記念日にしたんだぁ」
勇者「そうなの!」
傭兵「一年…」
母親「もしかしてほんとに忘れてた?」
あの日、俺は吹雪く森をさまよって行き倒れているところを2人に救われた。
どうやらユッカの人並み外れた鋭い魔覚が、消えかかっている俺の魔力を拾ったらしい。
あの日あの時間にあそこを通りかかったのが、ユッカじゃなければ俺は死んでいた。
そしてユイさんが俺を救ってくれた。
母親「たべよ!」
勇者「ソルいっぱいたべてね!」
傭兵「あぁ。いただきます」
傭兵「それと、ありがとう…」
2人はまた顔を見合わせておかしそうに笑った。
あなたたちは、俺の運命の人だ。
・ ・ ・
勇者「おいしかったー」
傭兵「げぷ…あぁおいしかった。ごちそうさま」
勇者「まだまだあるよ! おかわりいれてあげる」ドバー
傭兵「ぐ……もう4杯目だぞ」
母親「こらこらユッカ。そんなにたべさせたらお腹こわしちゃうでしょ」
勇者「でもさー…じゃああしたたべよっか!」
傭兵「おう。そうしてくれ…」
勇者「ふぁぁボクねむたくなってきちゃった」
傭兵「まだ昼だぞ」
母親「朝早起きしてがんばったもんね。寝かしてくるね」
母親「あ、そうだ…ソル君。あとで…すこし話があるんだけど」
傭兵「さっきの続きですか? ちょうどいい、俺はもう少しユッカの装備の選定について説きたかったんです」
母親「あぅ…そうじゃなくて」
母親「大事なお話…ね?」
傭兵「はい…かまいません。どうせ、することがないので」
傭兵(なんだろう。まさか…)
いつの間にか外は一年前のあの日のように吹雪いていた。
窓がカタカタと鳴っている。
ふいに窓の外を何か黒い影が通りかかったような気がした。
傭兵「!」
コンコン
玄関から聞こえるノック音。
誰かが訪ねてきたようだ。
傭兵(こんな場所に?)
司祭は合鍵をもっているし、他の村の者だとしたらこんな吹雪く日にわざわざ訪れるのはありえない。
この一年間でそういったことは滅多になかった。
母親「はぁーい。ちょっとお待ちくださいね」
勇者「むにゃむにゃ…」
傭兵「ダメだ。出るな!」
ガチャ
母親「どなた…――」
野盗A「すんません。この雪でちっと迷っちまって」
野盗B「家をみかけたんでお邪魔させてもらいたい」
野盗C「へへへ。寒いんだからさっさと入れろ!」
母親「あ、あの…」
扉の外には数十人の野盗とおもわしき薄汚れた格好の奴らが、頭に雪をつもらせて立っていた。
すでに何人かは刃物をちらつかせている。
男の1人がユイさんに腕に触れようとした瞬間、俺は電光石火の如く家の中を駆け抜けた。
相手の腹を肘で打ち抜き、遥か後方へと吹き飛ばし、即座に抜刀して構える。
あっという間に灼熱のような戦意が体の底から湧いてくる。
野盗A「げはぁぁああ!」
母親「ソル君!」
傭兵「去れ。てめぇらの来ていい場所じゃない」
野盗B「んだこの野郎」
野盗C「しかしこれでここが噂の家ってことは確定ですぜ」
野郎の頭「へへへ。ってことはここに例のお宝ちゃんがいるのか」
野盗の頭「勇者の血族なんてマニアにゃ高く売れるぜ…」ジュルリ
野盗C「ボス。こっちの女も別嬪だ。もらっちまおうぜ」
野盗の頭「それもいいな。そこのガキ、通してくれるか」
傭兵「てめぇら!」
相手の力量から察して、束でかかられようと蹴散らすことは容易いだろう。
しかしユイさんの目の前で皆殺しになんて出来やしない。
この人は本来戦いとは無縁の存在なんだ。
それにこんな薄汚れた奴らの血で家の中を汚したくない。
傭兵「ユイさんは中に。外に決して出ないように」
傭兵「俺と勝負しろ」
野盗B「このガキ。女の前でいいかっこしようとしてますぜボス!」
野盗の頭「ハハハ! よぉーし外に出ろクソガキ」
野盗C「リンチにして、瀕死のてめぇの目の前で大好きな女をいたぶってやるよ」
俺は後ろ手に扉を閉めた。
傭兵「12人か…」
傭兵「全員でかかってこい」
斧や棍棒、ナイフなどさまざな武器をてんでちぐはぐな構えで野盗達は構えはじめる。
俺の発した気迫に気圧されて、じりじりと後ずさる者もいた。
明らかに戦闘経験の浅い烏合の衆だ。
寒い時期になると必ずこんな奴らが出てくる。
いままでの人生でいくらでも見てきた。
野盗A「いっつつつ…思っきりぶっ飛ばしてくれやがって…」
野盗B「血祭りにあげろ!!」
野盗C「こいつの剣も奪っちまえ!」
自ら何も生産性をもたないこいつらは人から奪う事しか知らない。
俺もそうだ。
俺も、戦うことでしか己の存在意義を見出だせない。くだらない人間だ。
だが今はこいつらとは違う。
傭兵(俺は…もう無闇に奪うことはしない)
背後にあるこの暖かい家に住む2人を護りたい。
傭兵(護ることは、殺すことよりも難しい…やってみせる!)
・ ・ ・
野盗の頭「ひぃやああっ…バケモンだ!」
野盗B「こいつ…素手で俺たち全員を…」
野盗C「鎌が蹴り折られちまった…」
傭兵「なぜこの家のことを知っていた。答えろ」
野盗の頭「へ、へへ…言うかよ」
傭兵「答えろ。俺はただの傭兵上がり、殺すことに躊躇はしないぞ」
野盗の頭「ひぃっ」
野盗の頭「く、くそ……クソぉ!!」
野盗の頭「なんてな、馬鹿が!」
ガチャ
傭兵「!」
勇者「むぐっ…むぐぅ」
傭兵「ユッカ!」
背後の扉の開く音に振り返ると、男がユッカを腕に抱えて人質にとり、首元にナイフを突きつけていた。
野盗の頭「俺たちが何人いるって? ははは、12人じゃねぇ。13人だ」
傭兵(油断した…?)
傭兵(いや、戦闘前に魔覚で確かに探ったはず)
最後に出てきた男はローブのようなものを身にまとっていた。
戦場で何度か見たことがある。
それは魔法使いが時々己の存在を隠すために使う、魔隠しのローブだった。
傭兵(察知できなかったのか…ク…こんなくだらない手で)
野盗の頭「ガキを殺されたくなければ剣を捨てろ。抵抗するなよ」
野盗の頭「さぁリンチのはじまりだ」
野盗の頭「っと。その前に、そのチビの母親がいるはずだろ」
野盗の頭「ここに連れてこい」
野盗A「へい! やるんすね!」
野盗の頭「このガキには痛い目あわされたからなぁ。責任をとってもらわねぇよ」
傭兵「…」
野盗の頭「なんだその目は。オラァ!」
ガッ
傭兵「…ッ!」
野盗の頭「蹴っても殴っても大して聞いてねぇなこりゃ。つまらねぇ」
野盗の頭「さすが国の雇ったガードとやらだ。だがこうなっちまえばただの無抵抗なガキ」
野盗の頭「こいつをいたぶるより、どうやらこの親子をなぶったほうがこいつにゃダメージが入りそうだなぁ」
野盗B「ですね!」
勇者「んぐぅ、んぐぅ!」ジタバタ
母親「ソルくん…」
野盗A「へへ、おとなしくしろよ」
傭兵「…やめろ」
体が熱く燃え上がる。
とっくに冷静でなんていられなかった。
いままで死地には幾度も立ってきた。目の前で同僚を失ったこともあった。
だがここにきて俺はなぜ自分を見失う?
魔導師『どんなときも心を強くもて。ここ【心臓】で魔力を制御するのじゃ』
傭兵「魔力…俺は…」
野盗の頭「さてどうしてくれるか」
野盗の頭「最初は俺でいいよな。女なんて久しぶりだ。それもこんなに美人」
傭兵「触るな」
野盗の頭「何ぃ…てめぇ自分の立場が」
傭兵「ユッカ。ユイさん。目をつぶっていてくれ」
傭兵「すぐ、終わらせるから」
悪党にこれ以上の手加減なんていらない。
俺はユイさんたちが目をぎゅっとつぶったのを確認して、体を一気に燃え上がらせた。
自分でも恐ろしい量の真っ赤な魔力が溢れだして、周囲の雪が一気に溶け出し地面がむき出しになる。
俺を取り囲んで蹴ったり殴ったり好き勝手していた野盗達はたまらず俺から距離を取った。
傭兵「俺の炎は、死ぬより痛いぞ」
ふっと野盗の1人に向けて手をかざすと、魔力が激しい熱線となり、相手にまっすぐ襲いかかった。
俺の魔力はまたたく間に捉えた男を焼きつくす。
男は声ひとつださず、消し炭となって地に還った。
野盗の頭「……は?」
野盗の頭「お、おい…何が」
傭兵「次はお前だ。」
野盗の頭「ま、まてこっちには人質が…」
傭兵「なら先にそっちからだな…」
俺はユッカとユイさんを抑える2人の野盗に同時に両手のひらを向けた。
野盗の頭「や、やめ…そんなことをしたら人質まで」
傭兵「俺の炎は悪人しか燃やさない」
そして念じるとともに熱線が激しい光をまき散らしながら飛んだ。
輝く炎はユッカとユイさん、そして男2人を包み込む。
そして男2人の肉体のみを瞬時に焼きつくした。
装備していた武具がガシャン足元に落下する。
勇者「…?」
母親「…??」
傭兵「まだ目をつぶっていてくださいね。俺がいいって言うまで絶対に」
野盗の頭「なんなんだお前はよぉおお!!」
これは俺が生まれた時から背負った呪いのような力。
なにかがきっかけで能力が解放されると、辺り構わず全てを焼きつくす。
王宮で王子と構えた時は危なかった。
だがそんな俺にも唯一燃やせない物がある。それが善の存在だ。
しかし人間の善悪はなにが基準になっているかはいまでもわからない。
ひとえに俺の持つ心象だけなのかもしれない。
だから俺はユッカとユイさんを燃やさない自信があった。
2人なら俺の炎に耐える自信があった。
そして目論見通り2人には毛ほども通用しなかった。
・ ・ ・
傭兵「あとはお前1人だな」
野盗の頭「! ま、まって…嫌だ…」
野盗の頭「死にたくないっ! お願いだ、もうここには来ない!」
野盗の頭「助けてくれぇ…」
傭兵「俺の炎で天地に還ればいい」
野盗の頭「いやだああああ!!」
母親「ソル君…」
傭兵「!」
母親「もういい。もういいんだよ」
傭兵「……」
野盗の頭「ひ、ひいいいい!!」バタバタ
傭兵「くっ」
母親「平気?」
傭兵「すいません…俺がいながら2人を危険な目にあわせました」
母親「ううん。大丈夫、私達は怪我してないよ」
母親「ソル君のほうこそ、大丈夫なの?」
傭兵「…傷は勝手に治るんです…変でしょ」
母親「お家、戻ろ」
傭兵「俺は…危険な人間なんです。凶暴で、凶悪で…いつもこうだ」
母親「そんなことない」
母親「ソル君がなにをしたかわからないよ。けど、あの時一瞬キミの想いを感じた」
母親「優しいキミに包まれた気がした」
勇者「たくさんのソルがね、ぶわーってボクのとこにきてね、あったかかった」
勇者「だからソル…なかないで」ペタペタ
傭兵「ごめん…2人とも」
その晩さらに雪は激しく降り注ぎ、太陽の村にも本格的な冬の訪れを告げた。
俺はユイさんの家に泊まることにし、寝支度していた。
母親「ユッカ寝ちゃった。朝からいろいろあって疲れちゃったみたい」
母親「ソル君も今日は大変だったね」
傭兵「近年ここらをウロウロしてた奴らってのはあいつらのことなんでしょうね」
傭兵「ひとり逃がした…」
母親「…」なでなで
傭兵「! な、なんです」
母親「がんばった。えらいぞ」
傭兵「やめてください。そんな母親みたいな…」
母親「母親かぁ…うーん」
母親「ぎゅっ」
傭兵「! ゆ、ユイさん!」
母親「しー。ユッカが起きちゃうでしょ」
母親「お話、聞いてくれるって約束したよね」
気づけばユイさんの顔が間近にあった。
すこし複雑そうな表情で眉を下げて、じっと俺のことを凝視している。
母親「あのね。今日ではっきりわかったの」
母親「私…」
傭兵「待っ――」
母親「言わせて」
傭兵「…はい」
母親「ソル君のこと好きだよ」
母親「…大好き」
傭兵「…そ、そうですか」
母親「ねぇ。ソル君は、ずっとここにいたいと思う?」
傭兵「…他に行く宛なんてありませんし、俺は生まれてからずっと根無し草でした」
母親「じゃあ、ここにいたらいいんじゃないかな」
傭兵「けど、俺はユイさんたちを危険な目にあわせてしまった…ガード失格だ」
母親「…」フルフル
ユイさんは再び俺を抱きしめた。
それはいままで経験したこともない熱い抱擁だった。
お風呂あがりのユイさんのいい匂いを間近で感じて、頭が溶けそうなほどにクラっとしてしまう。
母親「ガード、やめちゃうの?」
傭兵「国には俺よりもっと優秀な人がいると思う」
母親「ガードやめちゃおっか」
傭兵「…」
母親「かわりにユッカのパパになって」
母親「それでこの家にいてくれたらいいよ」
傭兵「…それは」
母親「私と結婚しよ」
傭兵「でも、俺は…」
俺は生まれてからずっと血にまみれた手をしている。
それは決して拭うことは出来ない俺の過去の業である。
そんな手でユイさんたちを抱くことなんて出来ない。
手の置きどころに困ってあたふたと視線を泳がせていると、ユイさんが肩を震わせているのに気がついた。
耳元では微かにすすり泣く声が聴こえる。
母親「やっと言えた…」
母親「一年間もこんな素敵な子がそばにいて、なにもできないなんてつらかったよ」
傭兵「ユイさん…」
母親「ソル君。私と一緒になろ」
母親「キミのことが好き。何度でも言うよ」
母親「大好き…」
傭兵「お、俺も…好き、です」
傭兵「ユイさんのこと敬愛してます」
母親「ただの敬愛?」
傭兵「………好きです」
傭兵「愛してます」
そう、俺の心はとうに決まっていたんだ。
はっきりと告げると彼女はますます強い力で俺の首元に抱きついた。
俺はそっとその小さな背に腕を回した。
傭兵(そうか。こんな小さな体でずっと1人でユッカを守ってきたのか…)
傭兵(なら俺のすべきことは…)
傭兵「ユイさん。これからもよろしくお願いします」
母親「うんっうんっ! ありがとうソル君…」
その夜、俺は生まれてはじめて雇い主と床についた。
いや、もう雇い主と傭兵という関係ではなくなる。
俺たちはもうすぐ家族になる。
ベッドの中でユイさんは少女のように愛らしかった。
・ ・ ・
母親「ねぇ、ソル君」
傭兵「どうしました?」
母親「いつにしよっか。いまは冬だから、春がいいかなぁ」
傭兵「なんのことです」
母親「なにって…もうっ、式だよ式!」
傭兵「う、うーん…どうしましょう」
母親「やっぱり私じゃ嫌…? 子持ちだもんね」
傭兵「いえっ、そんなことはないですけどっ!」
母親「まさか…ユッカをお嫁さんにしたいとか!?」
母親「でも私とユッカなら私のほうがソル君と歳近いよ!? ねぇどうなの!?」
傭兵「……何言ってるんですか」
母親「冗談冗談♪ ソル君の気持ちはさっきいっぱい受け取ったよ…」
傭兵「あなたって、可愛い人ですよね…」
母親「いまさら? …きゃっ、ソル君大胆…♥ だめだってばぁあんまりおっきい音立てたらユッカが起きちゃうよぉ…」
傭兵「ユイさん…愛してます」
母親「私も…♥ えへへ」
第21話<懐かしい味>おわり
《次話》
第22話<ユッカ>