1 : 以下、2... - 2016/01/03 23:54:36.00 hk0qelnk0 1/17

くぐもった振動音が聞こえた。
ぼんやりとした頭で、ベッドから窓を見る。僅かに開いたカーテンの隙間からは光が差し込んでいて、ひっそりとした寝室をやわらかく照らしていた。
いけない。少し寝過ぎてしまったらしい。そうはいっても、まだ冬休みだから慌てることもないのだけれど。

身体を起こしてベッドから出るその時に、そういえばと思い出す。
枕元の携帯電話に通知あり。差出人は由比ヶ浜さん。

『ゆきのん誕生日おめでとう!!ホントは0時になった瞬間送ろうと思ってたんだけど……えへへ。また今度お祝いするから楽しみにしててね!!』

顔が綻ぶ。
自分でも不器用だな、と思う手つきで返信文を打ち込んでは消し、打ち込んでは消しを繰り返した。そうしてできた自分なりに納得のいく文章を、少しの勇気を持って送信した。さてと……。


元スレ
雪乃「今年も、よろしく」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1451832875/

2 : 以下、2... - 2016/01/03 23:56:37.46 hk0qelnk0 2/17

立ち上がってうん、と伸びをして窓辺まで歩く。カーテンを開け放って、ベランダに出て外を眺めた。年末に降った雪は未だに道路に白く残されたままだ。
遠くに見えるあれは兄弟? 子供たちが朝から元気に雪遊びをしているのが目に入って、思わず笑みがこぼれた。

「私も頑張らないと」

センター試験まであと2週間。今更頑張っても何か大きく変わるとは思わないけれど、何かしていないと気持ちが落ちつかない。
だから、何度解き直したかわからない過去問に今日も向き合う事にしよう。
しっかりとやってきたことを確認しよう。いつも通りに過ごせばいい。

特別な何かを期待しないように。




×      ×      ×

3 : 以下、2... - 2016/01/03 23:57:56.19 hk0qelnk0 3/17

机に向かっていると、またメールが届いた。小町さんからだった。

『雪乃さんお誕生日おめでとうございます☆ ごみ……間違えました! 兄からも何かするように言っておきますのでお楽しみに!』

相変らず兄妹仲が良さそうで安心する。どこかの家とは大違いねと、少しだけ羨ましく思った。じっと、メールの本文、そのさらに後方を無言で読み返す。

『兄からも何かするように言っておきますのでお楽しみに!』

とくん、と心臓が跳ねた。急に暑く感じて、ぱたぱたと手の平であおぐけれど、それでも顔の熱は引いてはくれなかった。
意識しないように、そのことには触れずに返信文を打ち込んで送信した。

「……ちょっと素っ気なかったかしら?」

4 : 以下、2... - 2016/01/03 23:59:29.90 hk0qelnk0 4/17


たった今手拍子で送ってしまったメールを見返す。
そんなことをしても、いまさら何も出来ないというのに。

学校で会った時に謝ればいい。でも、何て言えば良いのだろう?素っ気ないメールを送ってしまってごめんなさい? ううん、そんなことをいきなり言われてもきっと小町さんは困ってしまう。だから……どうしようか?
かぶりを振って勉強を再開することにした。
瞬間、携帯が震える。また小町さんからだった。

『はい! 今度小町も部室におじゃまするので、その時に誕プレ持って行きますからね。そちらもお楽しみに~』

「ありがとう、小町さん」

それは、きっと色々なことに対して。
携帯を机の上に丁寧に置くと、今度こそ勉強を再開した。



×      ×      ×

5 : 以下、2... - 2016/01/04 00:01:00.64 bBjfBo6F0 5/17


ふと外を見れば、もう薄暗い。
冬至を過ぎたとはいえまだ1月。日が伸びたなと感じるには、もう少し時間がかかりそうだ。

「紅茶でも飲もうかしら」

そうひとりごちて、ひとり分だけの準備を始める。慣れたものだ。慣れているはずなのに、どこか寂しい。机の上の携帯を見やる。通知はなかった。
らしくない。そう思っても、どうしても気になる。
勉強中も、休憩中も、こうして紅茶を淹れている時も。ついつい気にしてしまう。

「らしくないわ、本当に」

はぁと息を吐いて、マグカップで淹れたミルクティーを啜っていると、断続的な振動音が聞こえる。メールではなく電話だった。
必死に気持ちを落ちつけて画面を確認すると、なんのことはない。深い溜息の後、通話ボタンを押した。

6 : 以下、2... - 2016/01/04 00:02:09.70 bBjfBo6F0 6/17


「もしもし」

『ひゃっはろー雪乃ちゃん!』

「姉さん、うるさいわ。少し静かにしなさい」

『えーひどーい。第一声がそれ? お姉ちゃん悲しいなー』

「用件を言いなさい。今勉強中だから、何もなければ切るわ」

『雪乃ちゃんなら今更勉強しなくても大丈夫だと思うけどなぁ。あ、用件はあるから切らないでね』

実家に顔を見せなさいとかそういった類だろうなと、おおよそ見当はつく。

「それで、なにかしら?」

7 : 以下、2... - 2016/01/04 00:03:38.78 bBjfBo6F0 7/17


『誕生日。おめでとうね、雪乃ちゃん』

素直に驚いた。
予想の斜め上だったから。姉さんがこれだけわかりやすい言葉を掛けてくれることが、久しくなかったから。電話の向こう側からは退屈そうな声が聞こえてくる。

『雪乃ちゃーん?おーい』

「……なんでもないわ。ありがとう、姉さん」

『んふふ~いいっていいって。今年はどうするの? こっち帰ってくる?』

「いえ、帰らないわ。ここの方が集中できるし」

『ふーん、そ。それでもいいけど。今年度中に1回くらいは顔見せなさい。もう高校も卒業するんだから』

「ええ。正直気は乗らないけれど」

『お子様みたいなこと言わないの。……あっ、そうそう』

「なに?」


8 : 以下、2... - 2016/01/04 00:05:36.10 bBjfBo6F0 8/17

うふふ、という含み笑いが聞こえてきた。今電話の向こうでどんな顔をしているかを想像すると、一刻も早く電話を切りたくなってしまう。

『いや、愛しの彼からプレゼントは貰ったのかなーって思って』

とくん、とまた心臓が跳ねた。

「……馬鹿馬鹿しい」

『ありゃ意外。愛しの彼の存在は否定しないんだ? 誰を想像しちゃったのかなー?』

「切るわね」

言って、一方的に通話終了ボタンを押してソファに沈み込む。けらけらという笑い声と一緒に「今年もよろしくね」と言っていた気がするが、気にしないことにする。

「ホントに姉さんは……もう」

机上のお気に入りのパンさんぬいぐるみを掴むと、それを優しく抱きしめた。

「……はあ」

誰を想像したのかなんて、聞かなくてもわかってるくせに。いや、わかってるからこそ聞いてきたに違いない。
だが何よりも悔しいのは、姉の予想に寸分違わぬ想像をしてしまったことだ。
ソファに鎮座する携帯電話を見やる。

通知は、まだ来ていなかった。



×      ×      ×

9 : 以下、2... - 2016/01/04 00:07:22.63 bBjfBo6F0 9/17

夕食は冷蔵庫に残ったもので簡単に済ませた。

本来であればもう少し机に向かうところだけれど、今日はどうにも手に付かなかった。
原因はわかっている。けれど、その原因を自ら除くことが出来ない。やる、やらないではなく、出来ない。なら私にはどうしようもない。そんな諦めの境地だった。

お風呂にでも入ろう。そして本を読んでもう寝てしまおう。
今日何度したかわからない溜息をもう1回吐き出すと、携帯から長い振動音が聞こえた。

「もしもし」

『ゆきのんやっはろー。今だいじょうぶ?』

「こんばんは。ええ、問題ないわ」

『ありがと。あっ、改めてだけど誕生日おめでとう』

「……ありがとう、由比ヶ浜さん」

メールに加えて電話までしてくれる。そんな彼女の優しさに胸が温かくなった。

10 : 以下、2... - 2016/01/04 00:08:45.32 bBjfBo6F0 10/17


『うんうん。でね? この前メールで話したかもだけど、部室でパーティしようかってなってるんだけど』

「でも迷惑、ではないかしら? みんな受験勉強で忙しいだろうし」

『ぜんぜん迷惑じゃないよ。でもちょっとだけその辺の事情も考えて、始業式の日はどうかなって思ってるんだけど』

「始業式?」

『うん。その日って授業ないから午前中で終わるでしょ? だから午後から始めて早めに解散ってのはどう?』

「私は構わないけれど……その、本当にいいの?」

『大丈夫だってば。あたしにまかせて!』

「……ええ。ありがとう」

ふふっ、と短い笑い声が聞こえる。思わず首を傾げた。

11 : 以下、2... - 2016/01/04 00:10:22.17 bBjfBo6F0 11/17


「どうしたの?」

『ううん何でもないよ。 ところで今日どうだった? なにしてたの?』

「特に変わらないわ。朝から勉強して、それだけね」

『ほえー1日勉強してたんだ。偉いなーさすがゆきのん』

「……由比ヶ浜さん。まさか勉強していないの?」

『えっ! いやほら今日はちょっと疲れちゃったし……お正月だし……』

「言い訳しない。……本当に大丈夫なのかしら?」

『だ、大丈夫大丈夫勉強するから。…………でも明日からじゃダメ?』

「今日からしなさい。センターまで時間もないし。それに……目標があるんでしょう?」

『……そうだよね、うん。わかった頑張るよあたし』

「ええ。頑張りなさい」

『うん。それじゃ、おやすみゆきのん』

12 : 以下、2... - 2016/01/04 00:12:00.92 bBjfBo6F0 12/17

おやすみなさい。そう言い残して電話を切った。

彼女との付き合いももうすぐ2年。あの頃よりきちんと成長したと思えば、どこか抜けていて。けれど、彼女も私にないものを持っている。それに随分と助けられてきた。
だから、今日言ったありがとうだけじゃきっとまだ足りない。由比ヶ浜さんに言えば否定されてしまうのだろうけれど。
笑みが自然とこぼれる。
今日は良く眠れそう、そんなことを考えていたら再び手の中の携帯が震えた。

「また? ……これは?」

登録外。それを意味する数字の羅列に眉根が寄る。番号を交換した人間は限られているし、数も少ないから登録漏れをしていることもないはずだった。
訝しんでいる間も振動は続いていたが、やがて途絶えた。

番号を見つめる。少しの不安と、大いなる期待を込めて。気が付けば番号をタップして耳に押し当てていた。
呼び出し音が聞こえる。相手は3コール目で電話に出た。

13 : 以下、2... - 2016/01/04 00:13:19.18 bBjfBo6F0 13/17


『……もしもし』

声を聞いた途端、心臓が跳ねる。

『もしもし? 雪ノ下か』

息を吸って、大きく吐く。努めて平静に。普段と変わらぬように。

「先ほどお電話をいただいたのですが、どちらさまですか?」

『俺だよ俺』

「誰?」

『俺だ。比企谷だ』

「……誰?」

『おい泣くよ? 泣いちゃうよ? つーかお前、最初の時点でわかってただろ』

こんなやり取りが楽しくて仕方がない。ひとしきり声を殺して笑うと、目尻に浮かんだ涙を拭った。

14 : 以下、2... - 2016/01/04 00:14:47.03 bBjfBo6F0 14/17


「冗談よ。こんばんは、比企谷くん」

『おお。悪いな夜分に』

「いえ、気にしないでいいわ。それより、なぜこの番号を知っているのかしら?」

『あー小町に聞いた』

「そう。小町さんから」

そうだろうなと予想はしていた。けれど、まさか電話が来るとは思わなかった。
意外な心境で、彼の言葉を待った。

『えっと、あれだ。用件なんだけどな』

「ええ」

『……おめでとさん』

顔が熱くなる。嬉しかったけれど、その言葉に満足できず、彼に対していじわるをしたくなってしまう。

15 : 以下、2... - 2016/01/04 00:16:23.70 bBjfBo6F0 15/17


「ええ。あけましておめでとう」

『いや、それもそうだけど。そうじゃなくてだな』

「でも、おめでとうだけではわからないわ」

『……お前遊んでる?』

「ふふっ。さあ、どうかしら?」

暫し沈黙。やがて観念したように息を吐いたのが電話越しに聞こえた。

『あー雪ノ下』

「なにかしら?」

『ちょっと遅くなって悪かったけど……今日誕生日だろ? だから、おめでとう』

頬が緩むのを抑えられない。
ただこの言葉を聞きたかった。他でもない、ぶっきらぼうな彼の口から。

「ありがとう比企谷くん。それと」

『なんだ?』

そして私も、あらかじめ準備していた言葉を返そう。小さな声で囁くように。

「今年も、よろしく」



×      ×      ×

16 : 以下、2... - 2016/01/04 00:18:54.16 bBjfBo6F0 16/17




満ち足りた気持ちで文庫本を閉じた。
立ち上がって文庫本をしまった時にふと、枕元に置いた携帯が目に入った。

「……そうね」

電話履歴を眺める。一番上には登録外の番号があった。それを選択して編集で文字を打ち込んでいく。

「登録、と」

履歴の一番上。ただの数字だったものが「比企谷くん」に変わったことを確認して携帯を閉じた。
電気を消して、もぞもぞと布団に入るとゆっくりと目を閉じる。すると、たちまちに意識が暗闇に吸い取られていく。

「おやすみなさい」

カーテンから漏れる月光が、まるで木漏れ日のようにゆらゆらと揺らめいていた。



<了>

17 : 以下、2... - 2016/01/04 00:21:07.57 bBjfBo6F0 17/17

超短編ですので以上で終わりです
ありがとうございました

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