関連
長谷川千雨「鳴護アリサ、って知ってるか?」#1
http://ayamevip.com/archives/46428023.html

6 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/22 14:01:35.16 YYv/RIQy0 676/920

 ×     ×

一応多足歩行汎用メカ「エカテリーナⅢ世号・改」コクピット内は、
見える者には見える青白い魔力で満ちていた。
コクピット内の三人、桜咲刹那、近衛木乃香、宮崎のどかは符を口に咥え、
近衛木乃香が印を組んで膨大な魔力を共有している。
葉加瀬聡美と繋がった携帯が予定の音を立てる。

「アデアット!!」

符をしまった刹那が、シートの固定具を外して建御雷を呼び出した。
同時に、木乃香、のどかがスイッチを押す。
木乃香、のどかがシートごとコクピットからその上空へと吹っ飛んだ。

「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……………………」

刹那の一刀がコクピットをバラバラに分解し、刹那も又成層圏に投げ出される。
そもそも、「エカテリーナⅢ世号・改」は地上で行動する事を前提としたロボットである。
従って、そもそも非常脱出装置の時点で色々おかしいのだが、
そこにパラシュートを付ける筋合いは無い。
とにもかくにも、シートの固定具を外した木乃香とのどかが落下して来る。
まだ、落下出来る高度だと言う事でもある。

「お嬢様、御免!
神鳴流奥義・斬鉄閃っ!!」

翼で飛翔した刹那の一振りが、
落下していた木乃香とのどかの軌道を落下から前進へと変える。

「んーんっ!」

口を結んだまま、のどかが熊手付の縄を放つ。
それは取っ手に引っかかり、
そこまで上ったのどかが目の前の壁にあるパネルのスイッチを押した。

7 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/22 14:07:15.10 YYv/RIQy0 677/920

ゆっくりと壁が開き、のどかはその中に滑り込む様に転がり込む。
その後から、超特急で木乃香をキャッチした刹那が滑り込む。
壁の向こうの奥で、バン、とスイッチを押す。
大音響と共に隔壁が降りて外部との出入りが遮断された。
気圧が調整され、ようやく三人は一休みする。

そこは、宇宙エレベーター「エンデュミオン」の非常出入り口の一つだった。
只でさえ人体の限界を超えた外気圧よりも更に低い気圧で中に入る者を取り込み、
隔壁を閉鎖してから気圧を調節する。
本来であれば、ここへの出入りは宇宙服を着用しての様々な準備が前提。
それを、三人は木乃香の強大な魔力を頼りにそれを防壁にしながら強引にやってのけた。

 ×     ×

刹那達は、アクセスポイントのドアから通路に入り、
エレベーターを昇って先へと進む。

「…これは…」
「綺麗なお庭やなぁ」
「絵本みたいです」

のんびりとした草原の風景に、三人がぽかんとした声を上げる。

「人工庭園と言うものでしょうか」

のどかな草原を見回し、刹那が言う。

「あ」

のどかが何かを見付けて歩き出す。
それは、一本の木だった。
余り背の高くない木、のどかはその下に立つ。

「これは…林檎?」
「!?宮崎さんっ!?」

のどかが背伸びした途端、青い光がのどかを貫く。
刹那が瞬動でのどかの身体をかっさらい遠ざけた。

8 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/22 14:12:17.70 YYv/RIQy0 678/920

「あやー、見事にフリージングしてるなぁー、なおれーっ」

突っ立ったままののどかの体をこんこん叩いた木乃香が、
ばさっと白い扇を一扇ぎする。

「あ、このか」
「神鳴流奥義、斬岩剣っ!!」

半ばこじつけに近い治癒効果でのどかがこちらの世界に戻って来た頃、
刹那が闘っていたのは、竜だった。
それも、胴長タイプの竜の群れ。

にわかに立ち籠め始めた霧の向こうから、
天から下に向かう様ににゅーっと首を伸ばしている。
そんな竜達が吐き出す火球と青い塊が、身を交わす刹那の周囲で交互に爆発する。

「火炎と冷気、ミイラでも作るつもりか…
神鳴流奥義・斬鉄閃っ!!」

刹那の攻撃と共に唸り声が重なり合う。

「今の反応、この竜達よもや一つの体…お嬢様っ!?」

すいっと自分の前に移動した木乃香を見て刹那が絶叫した。
木乃香は竜に向けてバッと白扇を扇ぎ、竜はきょとんとする。
木乃香はそんな竜の首の一つにすたすた近づき、頬を撫でた。

「お仕事してたんやなー、ええ子やええ子。
林檎取ったりせぇへんさかい堪忍なぁ」
「…ごめんなさいです」
「ぐるる」

てくてく動いたのどかがペコリと頭を下げ、竜はにゅーっと首を引っ込める。

「ご無事ですかお嬢様っ!?」
「ん、あっちの世界で結構見て来たからなぁ」
「肝を冷やしました。先を急ぎましょう」

9 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/22 14:17:26.05 YYv/RIQy0 679/920

 ×     ×

「ひゃあっ!」
「亜子っ!」

貯水槽を抜け、階段を上り、その先の廊下でバランスを崩した亜子をまき絵が支える。

「又あっ?やっぱりなんかおかしいよっ!」
「地震、って、ここ宇宙エレベーターだぞ」

先ほどから何度か続いた震動に裕奈が叫び、千雨が呻く。
千雨は、ノーパソ化した「力の王笏」を壁のパネルとケーブル接続していた。

「とにかく、今は進むしかない。
この倉庫を抜けたらサブコントロールはもうすぐだ、
そこでなら状況も掴めるかも知れない」

ロックが解除され、扉が開く。
その先は、山積みされた段ボールが迷路と化した倉庫だった。
千雨達は、その中を方角の見当を付けて通り抜けようとする。

「伏せるでござるっ!!」

長瀬楓の叫びと共に、一同が床にスライディングする。
緑色の光がババババッと段ボールをぶち抜き、
楓が振り返り様に巨大手裏剣を放つ。

「んー、なーんかセキュリティ抑えてみたらイレギュラーが侵入してたってね。
やっぱ監視カメラ映像使った遠距離攻撃、
なんて手抜きはいけないにゃーん」

崩壊した段ボール壁の向こうから姿を現したのは、
PDAをしまいながらにっこり笑みを浮かべる麦野沈利だった。

10 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/22 14:20:35.01 YYv/RIQy0 680/920

「亜子」
「え?」

その声を聞いた和泉亜子は息を呑む。
声の主、明石裕奈の様子は尋常ではない。
顔から血の気が引き、つーっと嫌な汗を浮かべている。

「戦闘用のドーピング、急いで」
「ゆーな…」
「急いでっ」

小声だが鋭い裕奈の声。

「ん。アデアット」
「あ?」

ぱああっと閃く白い光に一瞬麦野が顔を顰める。
その次の瞬間には、麦野はだっ、と、横に走り出していた。
そして、同じ方向に駆け出していたのは裕奈だった。

「おいっ!」

千雨が叫んだ時には、ダダダン、ドドンッと、
裕奈と麦野が光の撃ち合いの真っ最中。

「にんっ!!」

楓が×字に交差させた苦無が、パキーンと破壊される。
そして、しゅううと音を立てる勢いで、絹旗最愛が拳を突き出していた。

(速い、は速いでござるな)

絹旗から繰り出されるパンチ、キックを交わしながら楓が察知する。
ずず、っ、と絹旗が後方に足を滑らせてストップする。

11 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/22 14:23:44.25 YYv/RIQy0 681/920

「気を巻き付けていなければ拳が砕けていたでござるな。
鉄骨でも殴る様なものでござる」

絹旗と楓がじりっと対峙する。
楓の読みでは、理由は半々。
目の前の相手、つまり絹旗の格闘技能自体は、素人では無いが飛び抜けていると言う程でもない。
その一方で、何か人為的な攻撃・防御増大により、
むしろ相手に攻撃させて自爆させてカウンターをさせるのが彼女の得意手。

絹旗も又、息を呑んでいた。
恐らくこの相手は、格闘戦の世界に於ける本物だ。
窒素装甲を殴っても拳が砕けない所か僅かでも絹旗の肉体に響き退かせている。
只者である筈がない。

プロではあるが一流まではいかない、手堅い秀才の二流。
絹旗自身もそんな自分を心得ている。
ならば知恵を使うしかない。「本物」とまともにやるのは危険。

「先に進むでござる」
「分かった」

戦闘力に問題のある面子がうぞうぞいていい場所ではない。
それを察した千雨、亜子、まき絵、夏美、和美が動き出す。

「おい、っ!」

そちらに動こうとした麦野に裕奈の二挺拳銃からドドドドドッと銃撃が殺到する。

「ガキがあっ!!」

麦野からの丁重なお返しを五月雨に注がれて、
裕奈は這々の体で逃げ回る。
その間に麦野がダッと千雨の後を追ったが、その時には影も形も見えない。

「ちっ」

舌打ちした麦野が振り返り様に原子崩しを連射し、
魔法拳銃を構えようとしていた裕奈が壁の陰に転がり込む。

ダンッ、と、絹旗がロケットスタートで突っ込む。

12 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/22 14:27:00.85 YYv/RIQy0 682/920

「にんっ!」
「!?ぐっ!!」
「絹旗あっ!!」

割と意外な事態に、麦野が叫んでいた。
楓に突っ込んだ絹旗が後ろに吹っ飛ばされ、
段ボールの壁に突っ込みながらよろりと立ち上がる。
それは、只吹っ飛ばされただけでは済まない表情だ。

「浸透勁って奴かよ」

麦野が呟く。
すいと身を交わした麦野のその顔の側を光線が通り抜け、
ブチリと何かが切れた麦野の周囲からダダダダダと原資崩しが連射された。

「おおおおっ!!」

絹旗が体の前で腕を交差して飛来する巨大手裏剣を受ける。
ガガガガッと不快な震動を響かせながら、
絹旗は辛うじて手裏剣をあらぬ方向に受け流す。
その時には、目の前で何人もの長瀬楓が飛翔して拳が、脚が降り注ぐ。

「超分身ですか」

痛みこそ感じなかったが、それでも体に響くものはある。
それだけでも絹旗にとって十分脅威だった。
その道の達人であれば、
隙あらば木でも鉄でもぶち抜きかねない。
この空飛ぶノッポ、窒素装甲でも絶対ではない、そう思わせるに十分な実力だ。

「にににんっ!」

楓に向けて、フレンダが放った手投げロケット弾が次々と飛翔する。
楓は、そのロケット弾を手裏剣で撃ち落とすと共に印を組み気の防壁を張る。
爆風硝煙の最中にも、追加のロケット弾が楓を狙う。

13 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/22 14:30:26.08 YYv/RIQy0 683/920

「えっ!?」

フレンダがとっさに壁の陰に隠れる。
次の瞬間、楓が自分の前に放った符が爆発してロケット弾もその爆発に巻き込まれた。
煙が薄れる中、楓はちゃりっ、と、足を進め周囲を見回す。

「釘にパチンコ玉。
あの娘の防御力を計算、こちらのスピードを考えての選択でござるか」
「くっ!」

絹旗が、煙を突っ切る様にして突っ込んできていた。
だが、絹旗の拳がうなりを上げた、と、思った時には、
絹旗は音を立てて床に倒れ込み床に罅を入れていた。

「マジかよ」

麦野が呻く。
袖を取れない筈の窒素装甲相手に、楓は力の流れに手を添えるだけで合気道を炸裂させて見せた。
決して弱くは無い二人だが、これは足止めですら限度があるかもと麦野は腹をくくる。

「おおっ」

絹旗に一撃を入れようとした楓がざっと飛び退く。
楓の浸透勁を警戒した絹旗は、
窒素装甲の爆発で辛うじてその場から距離を取っていた。

絹旗はまともな打撃では倒れない。
そんな絹旗の防御力を信頼して、
細かい凶器が高速で多数ばらまかれる散弾炸裂弾が、
楓に防御を要求し高速移動攻撃から浸透勁へのスイッチを少しでも難しくする。

決して弱い相手ではない、そして食えない。
暗部の「強か者」が「強者」長瀬楓をじらして見せる。

19 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/25 15:16:41.44 kJeL14I+0 684/920

 ×     ×

「なるほどにゃー」

仕事に戻った土御門元春が、携帯を手に呟く。

「呪術であれ魔法であれ、昨日今日関わった訳じゃない。
ずっとそっちの仕事をして技を磨いて来た、完全にこっち側の人間。

それが、婚后のお嬢の手引きでジャッジメントまで動員して、
それで、この街の理系情報処理の演算で、
しっかりこの街の科学力の一翼を担う婚后航空の最新鋭メカで、
レベル4大能力のトンデモ発射場パワーで宇宙旅行行ってらっしゃーい。

まあ、あれだ、それを言うなら、
それで一緒について行ったのがと言うかこの街に勝手に現れたのがひい様って時点で…」

 ×     ×

「大丈夫かなぁ」

倉庫を抜け、通路を駆けるメンバーの中で和泉亜子がぽつりと言った。

「あんなゆーな見たの初めてや。
魔法の世界でも色々あったけど、さっき本当に緊張してた」
「仕方が無いよ」

佐々木まき絵が加わる。

20 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/25 15:21:43.73 kJeL14I+0 685/920

「あの麦野って人、すっごく強かったし」
「どんぐらい強いんだよ」

長谷川千雨が尋ねた。

「えーと、さすがにネギ君とかラカンさんとかだったら勝てると思うけど」
「うん全然参考にならない意見有り難う」

まき絵の返答に千雨が即座に切り返す、が、

「と言うか、マジでその超えられない壁の少し下にいるとかって言うのか?」

千雨の問いにまき絵が頷いた。

「あの舞踏会の後のパニックぐらいなら高笑いしながらフツーに一人で突破しちゃうかな?
もしかしたらコタロー君でも危ないかも知れない」
「レベル5か」

亜子の言葉に、千雨が息を呑む。
レベル5、千雨が正確にそうだと知っているのは御坂美琴だけだが、
先日の夜に襲撃して来た白い翼のメルヘン野郎。
科学の学園都市の超能力者にレベル5よりも上が無いとして、
あのメルヘン野郎に至っては小太郎と夏美と愛衣と三人がかりで
小太郎と愛衣を病院送りにした化け物だ。

美琴は第三位と言っていた。
それより上だとするとメルヘンと麦野がトップと言う事か?
だが、考え方にもよる。

確かにあの時あのまま戦闘を続けていれば、
小太郎が本気を出せば美琴をねじ伏せるのも難しくは無かっただろう。
だが、未知の電脳魔術相手に死にかけた千雨を救出して見せたのも美琴の天才的な電子能力。
その総合力で第三位だとすると、麦野はその下の可能性もある。
だが、その場合、裏を返せば

21 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/25 15:26:48.30 kJeL14I+0 686/920

(戦闘に特化した能力、って事なのか…)

一瞬、ぶるりと震えた千雨の足が止まった。
裕奈の戦闘力も決して低いものでは無いが、
あくまで「白き翼」の中でも成り行きで新規加入した急ごしらえ。

元々その為に、更にはその前から日々訓練を積んで来た面々と
ついこの間までは只のバスケット少女。
麻帆良のお祭り娘と言う時点で並ではない、
才能はあるらしいしあの夏の活躍も小さいとは言わないが、
当然その中では一つも二つも見劣りする。

「…行くぞっ!!…」

大きく叫び、千雨は先を急ぐ。
選択肢は他には無い。
今から自分達が引き返した所で、戦闘力ならその裕奈の足を引っ張る事しか出来ない。
楓もいる、何とかなるしそうするしかない、割り切るしかない。
今は、もうすぐ近くにあるサブ・コントロールを抑えて自分の出来る自分の役割を果たすしかない。
左折路が見えるが、行き先は真っ直ぐ。

「きゃああっ!」

その時、左折路の先から悲鳴が聞こえた。

「朝倉っ!」
「さよちゃんっ!」

千雨が叫び、朝倉和美の号令で「渡鴉の人見」相坂さよ専用機が左折路に飛んだ。

「くっ」

さよ専用機からの映像を受信するモニターを見て千雨が呻く。
画面の中では、一人の少女が大きな、鳥にしては大きな二羽の鳥に襲撃されていた。
千雨が進路を逸れて左折路に駆け込む。
当然、それを咎める者もいない、後に続く。

それでも、素人と言う訳ではない。
脇道を走っていた千雨は、びたっと曲がり角に張り付き様子をうかがった。
他の面々も追い付く。

22 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/25 15:31:56.83 kJeL14I+0 687/920

「人面鳥?」
「ハルピュイア、かな?二羽セットだし」

亜子の呟きに夏美が言う。

「ええいっ!」

まき絵のリボンが一羽を絡め取り、
そのまま勢いでもう一羽に叩き付ける。
リボンが解けて二羽共廊下墜落し、
取り敢えずこの中では辛うじて戦闘能力を持っているまき絵を先頭に通路に躍り出た。

「生きては、いるのかな?」

墜落したハルピュイアを棍棒でつんつん突いてまき絵が言う。
その間に、千雨他の面々は
すぐ近くの部屋から机や椅子やロッカーをドカドカと運び出していた。

「目ぇ覚ましたらソッコー頼む」
「ん」
「そーらっと!」

まき絵に見張りを頼みながら、
他の面々が目を回しているハルピュイアを部屋に放り込みドアを閉めて
ノブを固定してバリケードを張った。

「えーと、怪我ないん?」
「あ、有り難うございます」

亜子に尋ねられ、少女はぺこりと頭を下げる。

23 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/25 15:38:10.01 kJeL14I+0 688/920

「あれ?あんた?」

顔を上げた少女を見て千雨が言う。
年齢は恐らく千雨達の一つか二つ上くらい。
どこかおっとりと垂れ気味の大きな目に飾り気のない眼鏡、

お尻に届くぐらいの黒髪ロングヘアはムカデを思わせる飛びっぷりで、
その中から一房だけ束ねて垂らしている。

見たところ学校の制服にしか見えない白いブラウスにネクタイ、
膝の隠れる大人しい丈の紺色のフレアスカート。

全体に清潔な印象でほんわかしてどこか気弱な仕草の、
色んな意味でストライクにポイントの高い美少女なのだが、
文字通り最大のポイントを把握した朝倉和美が目を見張る。

(負けた?って言うか、もしかしてメートル行ってる?)

その清潔な白いブラウスをどぉーんっと盛り上げる存在感は余りにも圧倒的。
成人女性レベルでも十二分にグラマーで、
非常識クラス上位を張る程の朝倉和美にして、じりっと後じさりする程のド迫力だった。

 ×     ×

フェイト・パーティーと綾瀬夕映は、
一筋縄ではいかない目的地に向かう途中経過として、車線幾つ分かと言う幅の連絡通路を進む。

そこに、向こうから一人の黒い影が接近して来る。
フェイトは僅かに眉を潜める。
元々きりっとした表情からは殺気を隠しきれない、
全身黒ずくめの強化服に身を包んだ凄惨にそれでも凛としたものを持つ美少女。

「何だお前達は?」
「シャットアウラ・セクウェンツィア」

夕映が呟く。

「科学の学園都市の警備隊、
鳴護アリサをレディリーに引き渡した」

24 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/25 15:41:16.42 kJeL14I+0 689/920

「ちっ」

拳銃を抜いたその腕に向けて、
距離と言うものを無効化する勢いのフェイトの指が払われていた。
それだけでも激痛と共に拳銃が床を滑る。

「ほう」

トドメの一撃を辛うじて交わされたフェイトが小さく呟く。
スーツの影響があるにしても、侮れないらしい。
シャットアウラがフェイトとざっと距離を取る。
フェイトの周囲にずらっと現れた石針が一斉に飛んだのと
レアアースペレットが爆発したのは、ほぼ同時の事だった。

「あっ!」
「暦っ!?」

煙の中で、暦が悲鳴を上げた。
真っ先に暦の右腕を蹴り付けたシャットアウラは、
そのまま手から落ちた得体の知れないものを蹴り飛ばす。

「にゃあああっ!!」

突っ込んだ焔とシャットアウラがぱぱぱあんと手合わせして距離を取る。

「フェイト様っ、ここは我々が」
「頼むとしよう」
「はっ!」

フェイトと夕映が壁沿いに先に進む。
それを追おうとしたシャットアウラが、ざっと飛び退いた。

「極端な壁の破損は出来ない、加減が難しいですね」

ヴァイオリンを手にした調が言う。

「くっ!」

確かに加減が難しい事もあるが、
それでも、身軽にひょいひょい衝撃波を交わしたシャットアウラが、
あっという間に調が恐怖を覚える程に肉薄する。
その二人の間に焔が飛び込み、シャットアウラが距離を取る。

25 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/25 15:45:17.62 kJeL14I+0 690/920

「もしかして、私の弱点を狙ったのか?」

シャットアウラが口を開く。

「生憎だが、音楽と言うものは未だ理解出来ないが、
その音自体は不快ではない。当てが外れたな」

シャットアウラが言う事は調にとっては丸で意味不明だった。
取り敢えず、目の前に焔がいては攻撃は出来ない。

(地上ではない、宇宙エレベーターですからね。
ヴァイオリンしか使えないのが厳しい所です)
(…そう…そのまま…かかったっ!!…)

焔がカッと目を見開いた、
その時には、空間にぼうっと浮かんだ炎の横でシャットアウラが斜め前方に向けて
ざざっと焔との距離を縮めていた。

「く、ああっ!」

体勢を立て直すのが遅れた焔がシャットアウラの拳法に押される。

「なぜ、今、のがっ…」

ドッ、と、鳩尾への一撃を入れられ、焔が呻いた。

「発火能力か。勘だな。
恐らく本来であれば完全にバーベキューになるタイミングだったのだろう。
だが、私にはお前の目を見て何となく読めた」
「ぐ、っ、瞬時の、筈…」

シャットアウラの組まれた両手が、体を折った焔の背中を一撃した。

シャットアウラが、だっ、と身を交わしその横を衝撃波が通り抜ける。
調とシャットアウラの間で、
衝撃波と能力起爆を受けたレアアースペレットがドンドンドンと爆発し続ける。

「しま、っ!…」

爆煙の中、調が振り返ろうとしたその時には、シャットアウラの手刀が調の首筋に振り抜かれていた。

26 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/25 15:48:44.26 kJeL14I+0 691/920

 ×     ×

科学の学園都市第七学区。

「あ、土御門さん?」

病院の待合室で、準備中を待っていた佐倉愛衣が入って来た顔見知りに声を掛ける。

「よぉー、麻帆良の可愛い子ちゃん、
眼の方はいいみたいだにゃー」

「はい、お陰様で。土御門さんは?」
「ああ、ちょーっと用事があってにゃー」

ぺこりと頭を下げる愛衣に、
腰を曲げながら入って来た土御門が唇の端を歪める。

「そうだ、桜咲さんはあれからどうしました?」
「桜咲?」

土御門がぴくりと反応する。

「はい。もしかしてそちらに向かったのではないかと」
「ああー、もしかして今頃膾斬りにされてないかとか心配してくれたのかにゃー?」
「あ、いえ、えーと」

「ああー、大丈夫大丈夫、その辺の事は、
せっちゃんは賢いぃぐぷっ」
「え?あの、大丈夫ですか?」
「いやー、全然大丈夫」

27 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/25 15:52:50.81 kJeL14I+0 692/920

「いえ、あの、今、血を吐いてた様な…」
「んー、何の事かにゃー、
ああ、そうそう、刹那桜咲刹那ね。
うん、まぁー、流石は麻帆良学園流石は英雄の従者、って所かにゃー、
たまにはあれぐらいはっちゃけてくれた方がぁごふうううううっっっっっ!!!」

「きゃあああああっ!!誰かあああっ!!」
「ん?ああ、又来たのかね?
ふむ、今朝退院したと思ったんだがね?
これは、又突き抜けてるね?
見た所、動脈から食道を通って口まで直結で出血と言った所だね?」
「な、何かの病気かそれとも…」

「ああ、職業病って奴だね?
もちろん治すよ?僕を誰だと思っているんだい?」
「………ご、ぷっ………頑張れよ………
……裏の……ぐらい……てやる………」

32 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/29 14:35:07.30 eqHZCbDq0 693/920

 ×     ×

「千雨ちゃん、知り合い?(と言うかデカイ)」

ハルピュイアから救出した少女を前に、佐々木まき絵が長谷川千雨に尋ねた。

「ああ、ゲーセンで会った。
って言っても観光案内用のホログラムだけどな。
あなたがモデルでしたか
(こんな爆乳黒髪おっとり眼鏡って非実在美少女じゃなかったのかよ)」
「え?ああ、はい。
そうだ、あの時プリクラを撮った」

「ふーん、やっぱりモニター観察されてたって訳ね。
に、しても、こんな所で何してるんですか?」
「えーと、何と言いますかよく分からないと言いますか」
「やっぱりコンサートに来て迷子になったとか?」
「そうですね。いつの間にかここに来ていましたから」

和泉亜子の言葉に、少女は肯定的な返答をした。

33 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/29 14:40:15.37 eqHZCbDq0 694/920

「取り敢えず、時間がない。えーと、あー、あなた」
「風斬、風斬氷華と言います」
「風斬さん。私は長谷川って言うんだけど、
ちょっと事情があって詳しい説明は出来ない。
だけど、あんな状態なんでここに一人放り出して行く訳にもいかない。
申し訳ないが邪魔せずこっちについて来てくれませんか?」
「分かりました、そうします」

風斬は素直に千雨の言葉に従う。

「じゃあ、行くぞ」

 ×     ×

エンデュミオン中継ステーションサブコントロールルーム。
多少脇道に逸れたが、風斬氷華を加えて通路を進んでそこまで辿り着いた千雨チームは、
先にさよ専用機による偵察で無人である事を確認してから部屋に飛び込む。

「結構広いな、無人、って事は…」
「全員ごまかすのは難しいからね。
事情を知らないスタッフに妨害されない様に口実付けて先に排除した、って所かな?」

周囲を見回し無人を確認する千雨に朝倉和美が言い、
千雨はとにかく機材に向かう。

「お菓子めーっけ」

佐々木まき絵は目敏かった。

「結構緩い職場だねー。
ああ、冷蔵庫にジュースとかあるし」

和美が言う。

「でも、やっぱここまで疲れたよー」
「あー、金だけ払っときゃいいんじゃねーの」

夏美の言葉に千雨が言った。
地球の危機に臨む一応のチームリーダーとして、
この際多少のコンプライアンスより効率最優先だ。

34 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/29 14:45:20.09 eqHZCbDq0 695/920

「いっただっきまぁーっすっ」

早速反応したのはまき絵であり、和泉亜子も風斬氷華に話しかけている。

「風斬さんも食べる?
えーと、カマンベールにマスカルポーネ」
「いただきます」
「ふぅーん、やっぱりその辺に秘密が…」

そんな風斬にまき絵が相変わらず目敏さを発揮する。

「いいか、おやつ休憩は許したが、食べかすつけてこっち近づいたらぶち殺す…
なん、だこりゃ?」

口調が変わった千雨に、慌ててばんばん衣服で手を払った面々が殺到する。

「術式云々以前に、
やっぱりこのエンデュミオン自体がかなりヤバイ事に…アリサ!!」

機材に接続したノーパソ型「力の王笏」を操作し、
機材のモニター画面を図面表示からモニターに切り替える。

「アリサ、アリサは…」
「いたっ!」

和美の指摘に、千雨がモニターに画像送信するカメラを調整する。

「な、何やってんだ、アリサ?」
「歌ってる…」

千雨の疑問に、まき絵が画面の中の崩壊しようというステージでの
見たままありのままを答える。

「千雨ちゃん、ちょっとこうしてこうやって…」
「ああ」

和美の指示通りに千雨が画面を調整する。

「これって、タ○タ○ック?」

夏美が言う。
その視線の先では、モニターの中で係員の誘導を受けた一般人がぞろぞろ動いている。

35 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/29 14:50:35.24 eqHZCbDq0 696/920

「ああー、そうだな」

千雨が言う。

「何せこの船、船長からして例外なく最後に退艦する気満々だからな…
冗談じゃねぇっ!!」

ドンと機材の縁を叩いた千雨の手がノーパソに戻り、
その思考は彼女の安全のための立案、そのための把握に奔走する。

「さよちゃん?」

和美が、偵察に出たさよ専用機からの通信に気付く。

「えーと、ブロック………」

さよが、壁の表示から自分のいる区画ブロックを読み上げる。

「随分遠くまで行ったな」

千雨がそのブロックのカメラ映像を表示する。

「魔法、陣」
「又かよ」

和美の呟きに千雨が呻く。
確かに、その画面の中では、通路の行き止まりの床に書かれた魔法陣から何かが盛り上がっている。

「あれって…」
「馬?」

亜子と夏美が言葉を発する。
魔法陣からは堂々たる巨馬が姿を現し一声嘶いた。

「確か、綾瀬が言ってたな」

じわりと汗を浮かべて千雨が言う。

36 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/29 14:53:42.19 eqHZCbDq0 697/920

「ギリシャ神話の場合、常識的な肉食草食概念は通用しないと」
「うん、ギリシャから見てオリエントの異民族って事も考えると、
むしろ肉食だと考えた方がいい」

千雨の言葉に夏美がトドメを刺す。

「冗談じゃねぇ…」

ノーパソを操作した千雨がごくりと息を呑む。

「偶然別の場所に突っ込む可能性もあるが、
十回に一回それ以下の確率で避難路に突っ込むぞこれ…」
「さよちゃん、とにかくその馬、そっから動かさないでっ!!」
「了解ですっ!」

千雨の言葉に、和美がさよに指示を走らせる。

「ひぃやっはぁぁぁーーーーーーーーーっっっっっっっ!!!」
「ひいぃぃぃぃぃんんんんんんんんん!!!!!」

画面の中では、ステルス機能を解除したさよ専用機が馬の周囲を飛び回り、
その突進をギリギリで交わしながら懸命に翻弄していた。

「村上っ!」
「うんっ」
「佐々木、和泉っ!!
ここで辛うじて火力って言えるのはお前らだけだ、頼むっ!」
「分かった」

まき絵が即答する。

「とーぜん、折角のコンサートだもん。
気持ちよくお帰りいただかないとねっ!!」
「頼んだっ!!」

夏美の言葉に、千雨が機材を向いたまま縁に手をついて頭を下げていた。

37 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/29 14:58:26.08 eqHZCbDq0 698/920

 ×     ×

ネギ・スプリングフィールドは、科学の学園都市の一角で杖を前に向けていた。
その方向に存在するのは、巨大なコンクリートの塊。

「魔法世界での戦いすら遊びに思える程の、
大規模で複雑でそれでいて隠蔽された徹底した防御結界。
とても読み切れない、力ずくで迂闊に手を出したらまず無事では済まない。
その上に、科学的な何か。
僕の力を超えてる?それでも…
ラス・テル、マ・スキル………」
「何やってんのよっ!」

そこに飛び込んで来たのは、結標淡希だった。

「ああ、結標さん。
そうだ、GPSそのままでしたね」

杖を下ろしたネギがアハハと笑う。

「あれ、何だか分かってるんですかネギ先生?」

まずはその笑顔に唇を吸い尽くして、
と言う妄想を気合いでねじ伏せた結標が尋ねた。

「変わった建物ですね」

ネギがにこにこ笑って言う。
そして、ネギは真面目な顔になった。

「アポ無しで申し訳ないんですが、
今すぐあの建物の主に大至急面会しなければいけない用事がありまして。
ノックして無理ならやむを得ません」
「ストップストォーップッ!!」

完全に覚悟完了したネギの言葉に、結標が絶叫した。

「いや、それ、ノックの時点で間違いなく死ぬから」
「かも、知れませんね」
「かも知れませんって…」

詰め寄ろうとした結標は、ネギの微笑みに気勢をそがれる。

38 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/29 15:01:35.60 eqHZCbDq0 699/920

「大事な用事、なのね?」
「ええ、とても」
「命を懸けるだけの価値がある」
「僕はずっとそうして来ました」
「そうみたいね」

結標が天を仰ぐ。

「有り難う」
「え?」
「私に声を掛けないでくれて。
君はそういう性格、ずっとそうして来たんでしょうね。
その心遣いには感謝しておくわ。
君は、そうやって女の子を泣かせて行くのでしょうね」

結標の言葉に、ネギはにっこり笑って首を横に振った。

「泣く前に僕をドツキ倒してそのままついて来てしまいます」
「当然ね」

しゃがんだ結標の両手がネギの頬を挟み込む。

「君みたいないい男を手放してそっと涙を流して、
なーんて女はそんなに甘くない」

そう言って、手を離した結標は真っ直ぐネギを見る。

「まあ、何かロクでも無い事が起きてるってのは耳に入ってるし、
一つぐらい余計に命が懸かるかも知れないけどその分確実に。
どうせこれで終わりになっても、せめてご対面してからにしましょう」
「結標さん」
「さあ、行きましょうか」

39 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/29 15:04:44.76 eqHZCbDq0 700/920

 ×     ×

「ほう」
「学園都市統括理事長ですね?」

異様に非常識な姿に僅かなひるみも見せず、
ネギ・スプリングフィールドはその前で片膝を着いて一礼した。

「断りもなく罷り超したる非礼、まずはお詫び申し上げます。
敢えて肩書きも略させていただきます。
初めまして、ネギ・スプリングフィールドです」
「確かに、肩書きなどは不要だな」

統括理事長は悠然と言った。

「まずはこの始末をどうするか?
今ここに君を招いた覚えはないのだがね」
「申し訳ございません。
緊急事態に就き無理を通しました」

「彼女を制裁する、と言ったら?」
「無理に協力いただいた以上迷惑は掛けない。
そう約束した僕の顔を潰す事を意味します」
「ここへの無断侵入を実行した学園都市の生徒を見逃せと、
それが何を意味するかも理解しているかね?」

「故に、無理を通した事をお詫び申し上げます」
「世の中には頭を下げて済む事と済まない事もあるのだが、どうする?」
「申し訳ありませんが、妥協の余地はありません。
そうであるならば押し通ります」

ネギは、静かに杖を前方に向ける。

「数日間、案内とスパイに付けられた女のために、
命を懸けるのがヒーローの流儀なのかね?
これから二つの世界を救わなければならない男の」
「戯れ言、綺麗事のために命を懸けて来ました。
一人を救えぬ者に世界の何を救う事が出来ようか」

40 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/29 15:08:05.68 eqHZCbDq0 701/920

結標淡希はすとんと腰を抜かした。

(何、この格好いい生き物?もう既にぐちゃぐちゃなんだけど…)

結標から見えるネギの横顔はキリリと真剣で、
つーっとこめかみに汗が伝いそれでも杖を手にしっかと前を見据えている。
その息詰まる緊迫感は漢の最高の魅力を引き出して結標を溢れさせてやまない。

「本題に入ろう」

統括理事長が言い、一瞬だけ液体の外側の空気がほっと弛緩した。

「その無理を通して、君は何を望む?」
「僕は、僕の利害のために、この事態に介入します」
「君の利害?」

「僕自身も、麻帆良学園もウェールズも、
この北半球のちっぽけな生命に過ぎない。
確実に僕の利害関係の中にあります」
「ふむ、理屈は通っている。
であっても、ここは学園都市。私が否と言ったら?」

「僕は、僕の利害のために、この事態に介入します。
学園都市が妨げると言うなら、押し通します。
その上で、規定通りに出頭の上で各勢力に伝わる審問の場で弁明します」
「なるほど。実に不都合だ」

その口調は、特に不都合には聞こえない。
ネギの計算上では、少なくともこの世界の利害関係を理解していれば、
その事態は互いにとって大損の筈なのだが、
それを丸で退屈そうに聞いている態度ははったりには見えない。

「アレイスター=クロウリー」を名乗り、科学の頂点に立つ男。
通常の外交常識、パワーゲームが丸で通用しない。
目の前に浮かぶ水中倒立浮遊者にとって、学園都市、或いはそれ以上の事も、
何がどれだけ大事な事で、世界の全てを敵に回してどれだけの対処が出来るか、
その底が丸で見えない。

底が見えない事が分かるだけさすがはネギだと言う言い方が出来る状況で、
ネギのこめかみには嫌な汗が伝う。

41 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/29 15:11:34.48 eqHZCbDq0 702/920

「どちらにせよ、学園都市統括理事会として君の訪問を許したのは確かだ」
「有り難うございます」

「君はここで終わるつもりはない、
君にここで終わられてはこちらの顔も立たない。
仮に君達の勢力が許しても君達の属する勢力そのものにとっての絶好の口実となる」

「その通りだと思います」
「現に君は学園都市の許可を得てこの学園都市の中にいる。
その身を守るために必要な事を行う分には、それを阻む理由は無い」

「有り難うございます」

ぺこりと頭を下げ、ネギはその場を立ち去ろうとする。

「一人を救えぬ者に世界の何を救う事が出来ようか。
強き想いは幻想を打ち砕き戯れ言を現実と為すか。
それでは、私は待たせて貰おう」

その声に、立ち去ろうとしたネギが振り返る。

「君達の作る新しい世界と言うものがどういうものか、
ここで楽しみに待たせて貰うとしよう、姫の帰りたもうその世界を」

その瞬間、結標の血が凍った。
憤怒、悲しみ、悔恨、絶望、
とてつもなく熱く、冷たい。
何か桁違いの感情がエネルギーとなって部屋一杯に大爆発した、
そんな錯覚を覚える一瞬が結標の感覚を突き抜ける。

「行きましょう、結標さん」
「え、ええ」

いつもの笑顔。
しかし、そこにはほんの僅か、だが、決して消す事の出来ない負の感情が刻み込まれていた。

42 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/29 15:15:02.95 eqHZCbDq0 703/920

 ×     ×

「もしもし?あら…」

科学の学園都市内のホテルの一室で、
雪広あやかは携帯電話の着信を受けていた。

「ネギ先生からの伝言?そのまま進めろ…
ええ、分かりました。それでは…」

あやかが電話を切る。

「任せましたわよ、ネギ先生の戦場を」

呟いて、あやかは椅子に掛けてテーブルに向かう。

「それでは、続きを致しましょうか。
それともお茶のお代わりを?」

あやかがチェスの駒を摘んで尋ねた。

「私は避難を勧めに来た筈なんだけど」
「どこに避難すると言うのですか?」
「南米にある協力機関の核シェルターにだけど」
「随分と大がかりですわね」

「学園都市の最新鋭音速機を用いれば時間と言う程の時間は不要だけど。
裏でも表に近い情報はエンデュミオンの倒壊。
既に統括理事の中にも重い体をそのまま専用機に積み込んで
いの一番にそちらに向かった者もいるんだけど。
だけど、裏の裏ではもっと危険な情報も流れているんだけど、
当然、耳には入っているんでしょう?」
「よろしい、ならば駒を進めましょう」

カチャッ

「悪い言葉で言えば火事場泥棒だけど、
あなたからはそこから生きて帰ると言う余裕しか見えないんだけど」
「最も信ずべき仲間の言葉ですから。
それに比べるならば、核シェルターの壁など春の淡雪も同じ。
あなたはいかがなさいますか?」

43 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/29 15:18:10.07 eqHZCbDq0 704/920

「………私が南米に逃げた後は、
あなたが生存つまり事も無くであれば、
あなた達に学園都市をも巻き込んだプランの主導権を大きく握られる。
あなたがここで死ぬ時は、
シェルターを出てもモヒカンバギーが奇声を放つカオスな世界からのスタート。

ここで二人無事であれば、
そちらのプランに関する学園都市側の交渉権を私のついた勢力が一手に握る。
それだけのリターンに対して、ここで負けても世界諸共あなたと心中。
その程度の賭け金なら悪く無い賭けなんだけど」

カチャッ

進んだ駒に、あやかが目を細める。

「光栄ですわ。
わたくし、性的指向は至ってノーマルと自負しておりますが、
あなたの様に聡明でお美しい先輩と信義を貫いたとあらば、
例えそれが最期までとあっても後世に誇れる事です」

カチャッ

「それはあなたも大概なんだけど。
でも、私達が勝ち取るのは未来。その筈なんだけど」

カチャッ

「無論」

カチャッ

47 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/01 13:50:19.13 nD96pEjw0 705/920

 ×     ×

「頼むぜ…」

エンデュミオン中継ステーションサブコントロールルームでは、
人食い馬?への対処に向かった面々を見送り、長谷川千雨が祈っていた。
祈るだけではない、ノーパソと化した「力の王笏」を機材に接続して、
エンデュミオン自体が危険な状況、本来の目的であるアリサの救出、
そのために必要な情報と分析を続けていた。
その最中、千雨は携帯電話を取り出す。

「葉加瀬?」

着信を確認し、電話に出た。

「もしもし、千雨さんですか?」
「ああ」
「麻帆良の電子精霊チームがレディリーの電子結界を突破しました。
軽症者複数、一時的に危険な事も発生しましたが後遺症は無いそうです」
「それは良かった」
「レディリーが隠匿していたデータ、そちらに送りますので設定お願いします」
「分かった」

千雨は、葉加瀬聡美の送信したデータを
ノーパソ型「力の王笏」が無事受信した事を確認する。

「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか」

椅子に座りノーパソを操作する千雨の後ろに朝倉和美と風斬氷華が群がる。

48 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/01 13:55:21.52 nD96pEjw0 706/920

(こうやって押し合いで身近で見ると、やっぱなんて迫力…)

自分自身、並の成人女性にすら同じ感想を抱かせるグラマーナイスバディである事など見事に吹っ飛んで、
朝倉和美は改めて隣に視線を走らせ息を呑んでいる訳であるが、
その間にも長谷川千雨は真剣そのものの眼差しをディスプレイに向けてノーパソを操作する。

「これって…」
「名簿、ですね」

和美の言葉に風斬が続けた。

「乗員乗客名簿、って事は、オリオン号なんだろうな」

千雨がカチカチとマウスを操作する。

「ごめん、ちょっとどいて」
「ああ」

千雨が和美と椅子を交替する。

「確か、あの時初春さんは…」

手近な所からメモとペンを調達した和美が、
暫く首を傾げながらペンを走らせ続ける。

「数が合わない」

ペンを止めた和美が、ぽつりと言った。

「確か、初春さんもそんな事言って昏倒してたな」

千雨が言う。

「うん、これ、凄く単純な話なんだ。
88の奇蹟、って事で一般には通ってるよね。
確かに、事故当時オリオン号に搭乗していたのは88人。
だけど、その88人の中に鳴護アリサが存在しない」

「なんだと?いや、あったらおかしい。
鳴護アリサの名前は事故の後に施設で付けられたものだ」

49 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/01 14:00:33.06 nD96pEjw0 707/920

「うん、その通り。
名簿に名前があれば却っておかしい話になる。

時間が無いから手早く言うよ。
まず、搭乗当時の名簿にアンノーンは存在しない。
元々身元確認の厳格な科学の学園都市、それも宇宙シャトルなんだから当然って言えば当然。

そして、救出当時のデータに突如そのアンノーンが登場する。
情報操作で消そうとした形跡があるけど、全部は無理だった。
だから、救助作業で使用されたそのアンノーンの写真や特徴のメモが幾つも見付かった」

和美がノーパソを操作する。

「………アリサだな………」
「あのー」

風斬が口を挟む。

「何となく聞いてると、何か事故があって、
救出された時に搭乗名簿に載っていなかったアンノーンが突然現れた、
そういう事でいいんですか?」
「それで正しい」

風斬の言葉に和美が言う。

「数が合わない」

千雨が言う。

「88の奇蹟、乗員乗客88人、
搭乗時点に存在しなかったアンノーンが加わると89人になる筈だろ。
途中で一人降りたって事か?」

「いや、それはあり得ない。
進路的にもあり得ないし、人選的にもあり得ない」
「人選的にも?」

50 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/01 14:05:37.18 nD96pEjw0 708/920

「これが搭乗時点の名簿」

和美が画面に表示する。

「救出時に確定的に存在していた者を消した場合どうなるか」

名簿の名前が見る見るマスキングされて行く。

「ディダロス=セクウェンツィア」

風斬の言葉に千雨が目を見張る、一方で千雨の頭の中で何かがカチリとはまり込む。

「オリオン号機長、だと?」
「そう、88の奇蹟なんてトンデモイベントの機長様、
その情報がふっつり消えてるんだなこれが。
で、駄目押し」

和美がマスキングを一部除外する。

「シャットアウラ・セクウェンツィア」

千雨が読み上げる。

「アリサは密航者か何かだったって事か?」
「だとしても、機長が消える理由が丸で分からない」

千雨の言葉に和美が言う。

「それに、オリオン号のセキュリティを考えてもね、
よく映画ネタとかトンデモニュースとかでやってるけど、
地球上のジャンボジェットですら変なところに潜り込んだら飛んでる間に普通に死ぬから」
「まして宇宙で、って事か」

「奇蹟の歌姫、まさに文字通りミューズが降臨した、
って言った方が説得力あったりして」
「朝倉、マジで言ってんのか?」
「今更常識を言う?私達の間で」

「墜落しそうになった宇宙旅客機に突如として降って湧いた奇蹟を届ける歌の女神、か、
半端なく厨二発想だな。
だけど、これがまだマシな説明だってぐらい意味不明だぞこりゃ」

51 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/01 14:09:28.68 nD96pEjw0 709/920

千雨がノーパソで葉加瀬の携帯に架電して通話する。
イヤホンを二つ接続し、一つを自分の耳に、もう一つは和美に放る。

「88=89=88、麻帆良の見解は?」
「現時点では不明、調査中です。
只、相当に途方も無い仮説が出て来ています」
「ミューズ降臨か?」
「その線です」
「マジか」

「現実的な可能性を考えるならテレポーターか何かと言う事になりますが、
科学にせよ魔術にせよ、余りに意味不明に過ぎますし場所が場所です。
それであれば、科学の学園都市にいながら謎のままと言う説明も付かない。
魔術側の存在であれば、政治的に考えてネセサリウスが放置している筈が無い。

幽霊その他、そちら側の存在と仮定した場合、今度はエネルギーが強過ぎる。
実際オリオン号でも奇蹟を起こして、
イギリス清教筋の情報からもその他の情報からも、
聖人に匹敵する、しかも正確な検証が出来ない謎の力の持ち主である事は動かせない。
で、あるならば、いっそ彼女が奇蹟そのものと」

「神の子か天使様でも降臨したってのか?」
「そうなると、これは最早科学的な魔法理論の範疇ではありません。
抽象思考、高次の概念的な話になってしまいます」
「概念ねぇ、宇宙も次元も世界も超越した概念上の存在、とでも言い出すってのか」

「私達には、その様な存在を表現する一つの言葉があります」
「だが、アリサは間違いなく人間として現実に存在してる。
誰かが待ち構えて腕掴んで引きずり下ろしたとでも言うのかよ」
「あのー」

ガシガシ頭を掻く千雨に風斬が声を掛ける。

「人が突如として降って湧くと言うお話しですよね?」

52 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/01 14:12:46.31 nD96pEjw0 710/920

 ×     ×

「くそっ!」

犬上小太郎が、だっだっだっと飛び退きながら悪態をつく。

「うらあっ!!」

そして、前方から飛んで来た光球を小太郎の気弾が相殺する。
そして、たぁーんと橋の上に着地する。
扉の向こうから、双頭の大犬と三つ頭の大犬がのしっ、のしっと前進して来る。
その後から響くのは銃声銃声銃声。

「剣の女神もいっちょうっ!!」

懸命に防護ゴーレムを展開しながら、
早乙女ハルナが攻撃ゴーレムを放つ。
そしてそれが効果を待たず銃声に崩壊する確率も決して低くはない。

橋に向けてじりじり後退するハルナの前には、
黒い装甲服姿の機関銃部隊に加えて白塗り白スーツのSMG部隊まで加わって
薄いとは言わせないとばかりの弾幕を張りまくってハルナに迫っている。

「ハィィィィィィィィィッッッッッ!!!」
「フオオォォォォォォォォォ」

その橋の先、小太郎とハルナが押しまくられてそこまで撤退して来た
貯水槽と言うか貯水池の橋の上では、
十字路を越えた辺りで古菲が振るう巨大如意棒を、
ケンタウロスを従えたミノタウロスがその腕で凌いで見せる。

「はいっはいっはいっはいっはいいいいっ!!!」

ジャンプした古菲から降り注ぐ拳と蹴りを、
牛の上半身を持つ大男ミノタウロスはぶんぶん腕を振り回して弾き返す。
その古菲の着地を狙って、角を古菲に向けた突進が来た。
ミノタウロスの顎を狙った古菲のオーバーヘッドキックが空振りし、
ざざざっと後退したミノタウロスの前で古菲は辛うじて着地する。
その時には、ミノタウロスは跳躍していた。

53 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/01 14:15:54.51 nD96pEjw0 711/920

「おおっ!」

ぶうんっ、と、ぶっとい脚の回し蹴りを古菲は辛うじて飛び退いて交わす。

「見た目通りのパワーに猛牛の突進のスピード、
それをコントロール出来るアルか」

息が上がりつつあるのを自覚しながら古菲が瞳に闘志を燃やす。
どっぱぁーんっ!と、貯水池から巨大な水柱が上がる。
その水柱からばばばばばばっと水弾が飛び、
何羽かのセイレーンが叩き落とされる。
そして、水柱の真ん中からどぷーんと貯水池に飛び込んだ大河内アキラを
残ったセイレーンが羽音を立てて猛追する。

(やっぱり、人魚の原形…)

セイレーン達は、鳥人間ながら潜水して逃れるアキラをずぶずぶ追跡して来る。
アキラを中心に巨大な渦巻きが発生し、
アキラから引き離されたセイレーンを余所にアキラは這々の体で橋に近づく。
そのまま橋に飛び移ったアキラは、たまらず両手両膝をついて荒い息を吐く。

「!?」

そんなアキラを、ケンタウロス、ミノタウロスを辛うじてくぐり抜けた黒狗数頭が取り巻いた。
黒狗は激しく吠え立て、既に周囲を取り巻こうとしていたセイレーンと激しく威嚇し合う。

「くっ!」

だが、所詮は使役される程度のもの、それも多勢に無勢。
あっと言う間に八つ裂きにされる黒狗を尻目に、アキラは再び水に逃れた。

54 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/01 14:19:05.08 nD96pEjw0 712/920

 ×     ×

エンデュミオン基部エリア。

高音・D・グッドマンの目の前にいるのは、
一見するとまだ少年と言ってもいい年配の気取った仕草の優男。
だが、その実、「魔法」の世界でも実力者である高音が危うく弾き飛ばされかけた。
それだけの事を簡単にこなして見せるのも、
学園都市レベル5超能力者の中でも第二位の実力を持つ垣根帝督だからこそ。

「ほぉー、今ので立ってられるってか、素人じゃねぇな。
だが、こんなモン只の小手調べだ。
だからもう一度だけ選ばせてやる、俺の敵になるかならないか。
つまり、俺の質問に答えるなら別に構わない。答えないなら敵、それだけだ。
敵だと言うなら女だろうが容赦はしない、
十倍百倍の力で爪先から切り刻まれて喋らせて下さいって泣くだけの事だ」

「どうやら、相当に能力に自信がある様ですね」

コメカミに汗を浮かべ、高音が言う。

「当然だ。学園都市レベル5第二位、
つまり、オマエの目の前にいるのは限りなく最強に近い超能力者って事だ。
少なくとも第一位を名乗ってる奴がテメェな訳がねぇからな、
ここでの無駄な抵抗が何をもたらすか、馬鹿じゃねぇ限り理解出来るだろう」
「レベル5超能力者」

確かに、これは二つの意味でまずい。
一つは実力的に。
名乗られなくても今の一撃だけでもその点で非常に危険なのは理解出来る。
そして、政治的問題。
「魔法」自体が未だ秘匿された存在であり、ましてここは魔法禁断の科学の学園都市。
そして、学園都市の能力者の中でもレベル5となるとそれ自体が政治的存在。

55 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/01 14:22:44.76 nD96pEjw0 713/920

「ああー、最近その辺の事をよく理解してないクソボケが多くて困る。
しかも、暗部の中にもその辺の無理解に基づく妙な噂が流れてるらしいからな。
まずこのクソアマ見つけ出して八つ裂きにしてその辺の事は分からせる」

ぐしゃっ、と、聞き込みに使われた写真が握り潰された。

「で、テメェらだ。
今の所、多少の誤解はあっても敵対は留保していると解釈する。
だが俺は急いでいるから留保を認める事の出来る時間は限りなく短い。
それが分かったらとっとと教えろっ!」

「ナツメグ、行きなさい」
「え?」
「先に行って一人で任務に当たりなさい」

高音の指示を受け、夏目萌が動き出した。

「おいっ…」

追い縋ろうとした垣根の顔の前を、
ダダダッと槍の様な黒いものが突き抜けた。

「誰があの娘に手を出していいと言ったあっ!?」

それは、初見であればいかなる猛者とて無視出来ない程の大喝だった。

「アマアアッ!!」

垣根の背中から高音の体へ、
ぐあっと盛り上がり突き進んだ巨大な羽が高音の身から湧き出す黒いものにがしいっと阻まれる。

56 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/01 14:26:15.88 nD96pEjw0 714/920

「ん、だぁ?」

阻まれた事もそうだが、それに対する高音の反応にも垣根は怪訝な顔をする。
高音は下を向き、くっくっ笑い出していた。

「おいおいおい、恐怖で頭逝っちまうのは喋ってからにしてくれよぉ」
「どうやら、私は案外単純な人間の様ですね。
これでは彼女達にお説教など出来た筋合いではありません」
「あ?」

「裏の仕事の上での事、利害を離れれば恨み言も避けるべきなのでしょうが、
あの様な目に遭わされた上にふざけた事を言われては、
それを見過ごすほど私は出来た人間ではない様です」

垣根帝督は、あんぐりと口を開けて顔を前から上に向ける。
その視線は、高音よりも後方に向けられていた。

「その上五体満足で帰れる等と思っているなら、
まずはその幻想をモトイその間違いをその身に教えて差し上げましょう!!!」
「ムカついたっ!!
その蛸人形ごと愉快なオブジェにしてやるぜえええっっっ!!!」

62 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/04 13:53:19.72 /RObmkcZ0 715/920

 ×     ×

エンデュミオン基部エリアに、
ドン!ガン!!ドン!!!と白と黒の叩き合いが響き渡る。
高音・D・グッドマンが心の中で呟き、大きな機械の上に着地した瞬間、
空中で高音が放つ黒の防壁と白の翼が空中で激突する。

ぶおんっ、と、別の翼が迂回して来た。
その時には、高音は跳躍して橋に着地していた。

吹き抜けや橋の通路、機械やパイプの上、
跳び回って攻撃を回避する高音に対して、
垣根帝督はそんな巨大な機械室と言うべきエリアを白い翼で飛び回り、
強力な攻撃を叩き付けて来る。

(………厳しいわね………さすがは第二位、ですか)

高音は実感する。科学の学園都市能力者最高峰を示すレベル5、
その中でも第二位の名乗りは決してハッタリには聞こえない。

高音も正式な魔法使い活動は卒業してから、と言う事であるが、
それでもあの夏の戦いの第一線にいた。
身近にぶっ飛び過ぎた実例があると言うだけで、
「魔法」の世界において決して侮られる実力ではない。
特に防御に於いては、桁の一つ二つぶっ飛んだスーパー兵器レベルのものを持って来ない限り
力押しで負けるものではないし、その裏をかこうと言う相手に対して知略、技術も日々精進している。

そんな高音でも、今は防戦一方と言うのが実際、
とにかく今も絶え間なく降り注ぐ垣根の攻撃はスピード、パワー共に生半可なものではない。
通常は絶対防壁を誇る高音にして、僅かでも気を抜いたらぶち抜かれると言う恐怖が汗となって背中を伝う。

63 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/04 13:58:57.13 /RObmkcZ0 716/920

垣根の攻撃を受けて、高音が立っていた橋がへし折れた。
パイプの上に飛び移った高音は、
そちらへ唸る翼の槍を防御の黒ヒレで叩き付ける様にしながら、
更に跳躍して機械の外壁の上に跳び乗る。

「ちいっ!」

そして、垣根はその顔面の遥か前の空中で、腕を振るって飛んできた電撃を払い除ける。
高音は、ついで、とばかりに跳躍した時に垣根に向かって練習杖を振るっていた。

「ちょこまかとムカつかせやがる…」
(とは言え、まだまだこんなものではない筈)

高音が思いを巡らせたあの三人、高音の妹分の佐倉愛衣は自分より年下の学生身分だが、
将来性ではジョンソン魔法学校を首席卒業したその世界の才媛。
魔法使いとしての理論値は低くないし、あの夏の戦いでも前線で地道に戦っていた。

犬上小太郎は悔しいがその愛衣の一つも二つも上、
夏にはネギ・パーティーの中核メンバーとして
桁違いの魔法拳闘やフェイト側との死闘を展開した。
そして村上夏美は抜群の補助能力を持つレアアイテムの使い手。

それが、三人がかりで命からがら、重傷者を出して辛うじて退けた相手。
本来であればこんなものではない筈、と高音は見当を付ける。

「おおおっ!!」

高音が腕を振り、巨大な影人形が一瞬の隙を突いて空中の垣根を捕らえ、
触手に呑み込もうとする。

「らああああっ!!」
「ちっ!」

一瞬で触手が弾け飛び、術者への反動で高音の体が揺らぐ。

64 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/04 14:05:27.00 /RObmkcZ0 717/920

「(又だ、今の触手も力押しでぶっ千切ったが、
後一歩の所で素粒子変化が出来なかった。
あの蛸人形にあの女をガードしてる黒い物体、あれが能力ならとっくに俺の掌中。
あのクソアマの炎もそうだった。俺とは違う未元物質?)
そんなモンがああああっっっ!!!」

体勢を立て直そうとする高音に突っ込む翼の槍、
跳躍した高音は半ば破壊され辛うじて途中で支えられた橋に飛び移った。

(だとすると、今でも決して優位とは言えない。
流石にこの場所で大規模な破壊攻撃は避けていると言う事。
あの男がこのフィールドに慣れる前になんとかしないと…)

今でも劣勢なのは間違いない。
それでも、今の内になんとかしないとクロコダイルはドラゴンになる。
慣れない事をしたばかりに、と、高音のコメカミがキリキリ響く。

 ×     ×

「ああ、何か今の所はな」

風斬氷華の問いに長谷川千雨が答えた。

「少し、詳しく聞かせていただけますか?」

風斬の言葉に、朝倉和美が色々端折って歌手としてのアリサの事、
オリオン号事件の事、一連の抗争を抜いてアリサに就いて分かっている大まかな事を説明する。

「………むか………さんば………」
「え?」

風斬の呟く言葉に千雨が聞き返した。

「あなた達、見た所外の人ですよね?
ここが科学により開発された能力の街だと言う事は理解していますか?」
「ええ」

「学園都市には多種多様な能力者がいます。
その能力者達が放出している様々な能力、
炎であったり電気であったり物質を作り出したり人間の精神に関わるものも。
それらが一つに集まった場合、一人の人間が形成されると言う事も…」

65 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/04 14:10:53.18 /RObmkcZ0 718/920

「あり得ますね」

電話越しに風斬の言葉を聞いた葉加瀬聡美が言い、千雨はノーパソからイヤホンを抜いた。

「それは、AIM拡散力場の事ですね」
「えーあい…?」

葉加瀬の言葉に和美が聞き返す。

「科学の学園都市の能力者は、意図しなくても常に微弱な能力を放出していると言う」
「そうなのか?」

葉加瀬が説明し、千雨の問いに風斬が頷いた。

「理論的にはあり得ます。
AIM拡散力場は科学の学園都市の能力開発に於ける基本にして中核、
重要な機密としてこちらで分かる事は限られていますが、
基礎理論を発展させてシミュレーションした場合、
理論値として人間が一人出来上がる。その可能性は決して否定できない」
「そういうもんなのか?」

葉加瀬の言葉に千雨が尋ねる。

「はい。
分かっている事が限られていますので細部に於いて正確性の保障できない抽象的な説明になりますが、
科学の学園都市の能力と言うものはつまり能力者自身の作り出すものです。
故に、能力者自身の思考が色濃く反映されるメンタルの産物と言う一面がある筈です。

そして、人間の創り出す能力は人間そのものの如く多種多様、ありとあらゆる要素に及ぶものです。
それが一定量集約した場合、人間一人分の材料が揃うと言う事も、
理論上は否定する程に突飛な内容ではありません」

「材料が揃う、ってな、マッチや石鹸から人間を作ろうって話になるぞ」

葉加瀬の弁舌に千雨が口を挟んだ

66 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/04 14:14:06.35 /RObmkcZ0 719/920

「ええ、それだけでしたら只の人形です。
だから、能力、人の創りしもの、なんです。
例えば、人間の脳によって直接制御出来る電気を究めたならば、
人間の脳と言う科学者の遠く及ばぬ超高性能コンピューター、
その下位互換に過ぎない科学的なコンピューターの電気信号など自在に制御出来る。
その事を千雨さんも目にした筈です」

「ああ」

その通り、恐らく魔法の世界でも指折り、なのかも知れない電子精霊使いの自分を、
そんな自分が死にかけた修羅場から自らの電気使いで生へと引っ張り上げた超能力者がいた。

「エネルギーを含めた人間の構成要素が集まっただけの物理的集合体。
それだけなら、それは脳も含めて只の人形、
プログラムを入力していないハードウェアです。

しかし、科学の学園都市の能力、AIM拡散力場は、
物理的な物体やエネルギーであると共にその発生は能力者本人の思考と密接に関わっている。

従って、科学的に言えば思考データが圧縮された電気信号、
オカルティックに言えば残留思念。
そう言ったものが、無意識の内に放出される物理的な能力に付随して
その人形に取り込まれる事になるとしたら」

「無意識の中で意思を持って放出された能力の集合体、って事?」
「そうです」

朝倉和美の問いに葉加瀬が答えた。

「純粋に科学者がプログラミングする事で人形を人間にする事は不可能。
ゼロか1か、答えはゼロ、
少なくとも現時点では那由他不可思議の彼方まで演算を重ねてもその結論は覆らない。

しかし、それが元々人間由来の成分であるとするならば、
物理的存在と共に集結する能力者達の膨大かつ多種多様な電気信号は、
魂と呼ぶに値するのかも知れません」

「魂、それがソフトウェア」
「はい」

千雨の言葉に葉加瀬が同意する。

67 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/04 14:17:26.10 /RObmkcZ0 720/920

「科学の学園都市に於ける能力開発は人間の脳神経に深く関わるものである、
あの街の科学者の中でも最も危険な領域に在る者達は、
能力と精神、脳の構造研究に決して触れてはならない領域を
百も千も踏み越えた研究開発に勤しんでいる、
との科学者の極めて深い辺りの裏情報も聞こえて来ています。

科学の学園都市の能力がそうした人の思考、精神、医学的な脳の研究、
そうしたものに強く依拠したものである事はどうやら確かなものの様です。
その様にして開発されて来た能力者達、彼らが無意識に放出するAIM拡散力場。

多種多様な能力の残滓が一つに集結して、
それが人の思念と言う複雑な電気信号を伴うものであるならば、
脳細胞も含めたハードが一揃え作り上げられた、
能力で出来た人形に魂が吹き込まれて人間としての条件が揃う。

そもそも、無限に等しい組み合わせの材料を一人の人間として過不足無く整頓する。
その時点で、材料そのものに人としての思念が付随して調整されている。
そういう仮説も決して絵空事に終わりません」

「………葉加瀬、自重しろ」

チラッと横に視線を走らせ、青ざめた顔を見た千雨が言った。

「ああ、申し訳ありません。ついつい熱が入ってしまって。
確かに、これでは一歩間違えると
闇医者の助手やフランケンシュタインの製造過程です。
しかし、本当に能力の集合体と考えるならば、
奇蹟に就いても一定の説明が出来るかも知れません。

彼女が能力そのものの存在であれば、特に場所が科学の学園都市です。
無意識の内に他人の無意識の能力も含めて都合良く共鳴、誘導して
自然と奇蹟の様なシチュエーションを作り上げてしまう。
そういう可能性も十分考えられます」

「どうでしょうか?」

そこに風斬が、ここの面々から見て初めて否定的な発言をした。

「奇蹟、と言うものがどの程度のものか詳しい事は分かりかねますが、
この街の能力と言うものは高位になればなる程、非常に凄いものです。
逆に、微弱な能力の共鳴だけで、
運命に横車を押す様な奇蹟的な現象を引き起こすと言うのは難しいのではないかと」

68 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/04 14:20:49.54 /RObmkcZ0 721/920

「何かを動かす物理的エネルギーの絶対量が不足してる、ですか」

葉加瀬はあっさり認める。その辺の柔軟さは持ち合わせている。

「前例はあるの?」
「外の人に詳しい話をするのは難しいです」

全くの詐欺師でなければ、風斬の性格からして肯定と受け取るべき、
質問した和美はそう判断する。

「AIM拡散力場か…」

千雨が呟く。この訳の分からなさは、
訳が分からない概念で説明するしかないのかも知れない。

「鳴護アリサさんは、その事故の頃から記憶が無い、そう伺いました」
「それも状況証拠になるって事だね。
能力の集まりだって事は、宇宙で墜落する危機的状況だったら、
みんなの感情が高ぶる分可能性はより高くなるのかも知れない」

風斬の言葉に、それを説明した和美が言う。

「それに、奇蹟の歌と言うのも気になります。
先ほどもモニター越しに聞きましたが、あの歌は何かがあります。
多分、能力じゃない。でも何かがある」

「奇跡的に集まった能力の集合体、
奇蹟の歌声はそこから生ずる複雑な反応。
それで説明出来るかも知れないけど、そんな生易しいものでも無い様な」

千雨が少々不満げに言う。

「私もそう思います。それで説明出来る様な歌ではないと、
上手く説明は出来ませんが私もそう思います。

そして今夜はコンサート、大勢の人達、
それも能力者も多く含む学園都市の生徒がこのエンデュミオンに集まっています。
奇蹟の歌声を芯にして人々、特に能力者の心が一つになったとしたら」

「人間の一人ぐらい新たに生み出されても不思議じゃない、か」

風斬の言葉に千雨が天を仰いだ。

69 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/04 14:24:16.23 /RObmkcZ0 722/920

 ×     ×

「くっ!」

段ボールの壁に一瞬だけ爪先を突き刺しながら、
明石裕奈は倉庫の壁から壁へと飛び回り、
床に立つ麦野沈利を魔法拳銃で銃撃しようとする。

だが、麦野はそこから動く事無く、裕奈が僅かでも攻撃のモーションを見せると
その瞬間にドドドッとばかりにビーム攻撃原子崩しを放って来る。
結果として、裕奈はひたすらに段ボールの壁から壁へと飛び回って逃げ回る事しか出来ていない。

ダンターンッと壁から壁へと飛び移った裕奈は、
鋭い動きでそんな壁の向こう側へと滑り込む。
一息ついて体勢を立て直そうとしたその矢先、
壁がそのまま爆発し崩壊し、間一髪下敷きを免れた裕奈が
ドカドカと撃ち込まれるビームの雨あられからしゃかしゃかと這々の体で逃走した。

(まずい、いい加減ドーピングも切れる。
今でもこの状態、
このまま時間切れいったら命どころか死体も残らないよねこれ、っ!?)

自分を隠す壁が爆発し、
裕奈は床を転がりダンダンダンと発砲しながら次の壁の向こうへと転がり込む。

(跳んでも駄目、走っても駄目、狙っても駄目、止まったら死ぬ、
やっぱあの女無茶苦茶強い…
泣き言言ってらんない。
強い、そうだよ。ネギ君とは無茶苦茶凄いけど、
楽な戦いなんてなかった、筈っ!)

裕奈が素早く周囲に視線を走らせる。

「ひゃー、ブチギレてるねー麦野ー、
でもあれじゃあ鼠が猫をいたぶってる所か、なっ!!」

同じ倉庫の一角で、フレンダがさっと身を交わし、
間一髪で拳を交わされた長瀬楓がスタンと着地する。
絹旗最愛がざざざっとそんな楓の前に回り、じりじり牽制する。

70 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/04 14:27:52.15 /RObmkcZ0 723/920

(やっぱ凄いよあのノッポ、間一髪って訳よ)

フレンダの背筋に恐怖の汗が迸る。
一般的な世界で言えばフレンダの格闘技術も暗部で磨いた実力者の域に達している。
それでも、あのノッポとまともに殴り合ったら
フル稼動に卑怯な手段を使っても秒の世界で負けるのは見ていてよく分かる。

「まずいでござるな…」

楓が呟く。
裕奈と距離が空きすぎた。
そして、あの麦野沈利は尋常ではない実力者。

恐らく今の裕奈では勝ち目は無い。
麦野は能力が高い上に実戦慣れしている、
裕奈が知恵と勇気と奇策でカバー出来る範囲を超えている。

楓が相手をしている二人も、恐らくそれを分かっていて楓の足止めに徹している。
一人危険を避けているだけの滝壺理后は、
楓から見ると隠し球なのか荒事には向かないのか、油断は出来ない。
麦野が早々に裕奈を仕留めて、滝壺を除いても三対一、と言う事になれば、
楓でもかなり厳しい戦いになる。それ以前にそうなっては裕奈が危ない。

73 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/05 02:52:36.88 tjFNdW/C0 724/920

 ×     ×

「おらおらおらぁガキがあっ汚ねぇケツ振って逃げてんじゃねぇぞっ
パリィパリィパリィパリィってかあああああっっっっっ!!!!!」

倉庫の中を、段ボールの壁の陰から別の壁へと逃げ回る裕奈を麦野の原子崩しが執拗に追撃し、
間一髪の所で次々と壁が爆発しその向こうから裕奈が飛び出して逃走する。

「………一周りして戻って?………」

麦野がざっと振り返る。
壁の陰から赤い金属の塊が飛び出して来ていた。

「小賢しいっ!………」

宙を舞った消火器が銃撃を受けて爆発する。
次の瞬間、麦野の左手に一瞬だけ人の気配がよぎった

「!?」

麦野の背後で彼女に銃口を向けた裕奈が、
次の瞬間その感覚一杯に星を感じた。

「あ、っ………ぐふっ!…………」

気が付くと、麦野の左手が裕奈の右手をがっしり掴み、
麦野の右の拳が裕奈の鳩尾に突き刺さっていた。

74 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/05 02:58:07.75 tjFNdW/C0 725/920

「ぐ、あっ!」

麦野の指の動きと共に、
裕奈の右腕に握力の維持を不可能にする激痛が走り拳銃が落ちる。

「バスケ上がりか、それがテメェの固有のスキルって奴かぁ?
チャカの距離感も三動作にかかる時間も知らねぇガキがよおっ!!!」

裕奈に頭突きした頭を反らした麦野が、
ドカン、と、裕奈の腹に膝を叩き込む。

「しっ!」

跳ね上げられた麦野の爪先が、
銃口を前に向けた裕奈の左の腕に下から撃ち込まれる。
続く手刀を受けて、拳銃が床を滑った。

「か、はっ!」

麦野の回し蹴りが横一線に裕奈の胸を直撃し、
窒息を感じた裕奈の背中が近くの段ボールの壁に叩き付けられた。

(や、ばい。素手攻撃でこのダメージ、
魔法強化でこれって生身だったら確実に死んでる)
「らあああっ!!」

飛び込んで来た麦野の脚が段ボールに埋まり、
裕奈は最後の力を振り絞って床を蛙跳びした。

「いっ!」
「オムツも取れねぇガキにはちょーっと早すぎるオモチャじゃないのかにゃーん」

ずぼっと段ボールから脚引き抜かれた麦野の足は、
床に這って拳銃に届こうとしていた裕奈の右手をしっかり踏みにじっていた。

「今の状況分かってるのかにゃーん?
私がちょーっと脳味噌に入力するだけで、
テメェの脳味噌がこの世から無くなるって」

それは、丸で止める理由を探していたかの如く、
裕奈の体からくたっと力が抜けた。

75 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/05 03:04:44.84 tjFNdW/C0 726/920

「い、っ」

麦野が、裕奈の胸を掴んでその身を引き起こした。

「ガキが発育だけは一丁前かよ。
このまま裸に剥いて暗部のクソ野郎共ん中に放り込んだらどういう事になるのかしらね」
「あ、いっ」

ぎゅうっと握り潰す勢いで掴み起こし、ぐわんと揺さぶって見せる。

「あっれー、もしかして震えてるのかにゃーんこの子猫ちゃん?
やーっと誰に喧嘩売ったのか分かったのかにゃーん?
これ、見逃してやるって言ったら靴ぐらい舐めてくれるんじゃないの?」

嘲笑されても今の裕奈には視線を外す事しか出来ない。

「ここでマッパで土下座で靴舐めて大股開きでオ○ニーして
いい感じによがり泣いてアヘ顔ダブルピース写真撮影してから
知ってる事ぜぇーんぶ喋る、
って言うんなら他人の振りしてテキトーな所に放り出してやってもいいんだけど?
イッツ・ショータァーイムッいってみるぅ?」

裕奈の今までの常識で言えば非常識極まりない言葉だが、
そんな裕奈にも分かるのは、これは冗談でもなんでもない。もし断ったら、

「もしかして断ったら殺してくれるとか私ってそんな菩薩様マリア様に見えたのかにゃーん?
別にいいのよ、私らが損する訳じゃないから。

このまま無駄に発育のいいあんたの全身45分45分ロスタイム1時間サッカーボール扱いで
腕も脚も指も爪もぐちゃぐちゃにされてどうぞ喋らせて下さいお願いしますって懇願してから、
ああ、多分歯医者は定番コースだから喋るの無理か。

暗部で変態野郎共の玩具になるかマッドサイエンティストのモルモットになるか、
殺して下さいって祈りながら残りの人生過ごす事になる訳だけどさぁ。
ま、狂って楽になるまでの辛抱じゃないの?」

当たり前の世間話の様に喋った麦野が裕奈の目を見る。
見開かれた目の元々は大きな瞳は確かに口ほどに物を言っている。

76 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/05 03:09:59.56 tjFNdW/C0 727/920

「すくすく健康的に育ちやがったんだ、いい加減オイタもこの辺でいいんじゃないの?
ちょーっと高い授業料になるけど、
くっだらねぇ意地か感傷で人生丸ごと身ぐるみ剥がれないと分かんねぇぐらい幸せな馬鹿ってか?」

その通り、理屈はその通り。
元々単純な性格の裕奈の詰まらない演技が通じる相手ではない。
ここで屈して掛け替えのない仲間を売ったら、らもう後戻りは出来ない。
例え許されても自分の心が顔向けできない。
それでも、現実は只只圧倒的過ぎる。
一時の青春と友情のために、そのままの意味で人生の全てを捨てる。
流石にその現実が分からない程馬鹿でも幼稚でもない。

(…これが、心が折れる、って言うのかな…)
「ガキが…」

吐き捨てる様に言いかけた麦野が硬直した。

「手を離して下さい、今すぐに」

麦野は、即座に従った。
裕奈の体がその場に頽れる。

麦野に言わせればこちらも甘ちゃんのヒヨッコだが、
それでも、麦野が僅かでも違う素振りを見せたら
刃を僅かに右側に動かして赤い噴水ショーを躊躇無く開幕していた筈。
丁重かつ簡潔な警告にはそれだけの重みがあった。

そこが、この馬鹿ガキとの違いだ。
このヒヨッコ、欠片かも知れないが、間違いなく闇と言うものを知っている。

「(て言うか、私が気づけなかっただと?)おい」

麦野が、背後に立つ桜咲刹那に声を掛ける。
刹那はその右手に握る白き翼の剣の切っ先近くを、
麦野の左側から首筋に向けていた。

77 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/05 03:15:02.63 tjFNdW/C0 728/920

「こいつ、テメェの仲間か?」
「ええ」
「じゃあ、テメェは私の敵って事でいいんだな?」
「事情を説明していただけますか?」

声が僅かに引きつっている事を自覚しながらの、
それでも低い迫力に満ちた麦野の質問にも、
刹那は丁重かつ芯の強い態度を崩さない。
先の騒動で互いの実力はある程度知っている筈だが。

「!?」

気が付いた時には、刹那は麦野と真正面から相対していた。

「チェックメイトだな。
この程度の痛みなら、テメェの首一つ分ぐらいの演算には十分だ」
「私の首がついていると言う事はまだ交渉の余地はあるのですね」

麦野の左手に握られた刹那の剣から粘っこく赤い液体が滴り、
カッと目を見開いた麦野の周囲に緑色の光球が浮遊する。

「他人が飯食ってるテーブルにチャカぶち込んどいて事情もクソもあるかよ」
「あ、ぐっ、それは、流れ弾が…」
「あ゛?」

身を起こそうとした裕奈が口を開き、
麦野がギロッと殺意の視線をそちらに向ける。

「おっ!?」

刹那の背後の物陰から刹那と麦野の間へと、
刹那の驚愕を跳ね返す様にしてするりと現れたのは、
宮崎のどかから耳打ちを受けた近衛木乃香だった。

「そちらさん、その手、離して貰えますやろか?
うちがここにいれば十分ですやろ。
それ見ながら話続けるのきつうおす」

木乃香の言葉に、麦野は握った左手を自分の側に引き戻す。

79 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/05 03:22:07.75 tjFNdW/C0 729/920

(射線に、わざわざ人質になりにだ?
なんなんだこのお嬢?)
「この度は、こちらの身内の不始末で
そちらさんにはえらい迷惑をおかけいたしました。
申し訳ございません」

深く頭を下げて丁寧に一礼し、頭を上げて真っ直ぐ前を見た木乃香の姿に、
麦野は毒気を抜かれていた。

「つまり、そもそもの事の起こりは

食い物を粗末にするんじゃねぇ

殺すぞ

と言う事で」

「ああ…」

「こちらからの始まりで大変恐縮ですが、
こちらも非常に重要な問題で先を急いでいます。

こちらの不始末でお腹立ちはごもっともですが、
別の用件の中で起きてしまったまことに申し訳のない間違い。
私どもにはそちらさんに含む所も、互いに益のある争いとも思えまへん。
ここはこちらが頭を下げて弁償すると言う事で収めていただけませんですやろか?」

「ふ、っ、ざけてんじゃないって訳よっ!!」

叫んだのは、近くの壁の上からすとーんと着地したフレンダ=セイヴェルンだった。

「あんた、アイテムに喧嘩売っといてそんなんで済むとでも…」

まくし立てながら、
背後でにこにこ微笑むノッポの気配にフレンダの顔から血の気が引く。

「よろしい」

返答を始めた木乃香はフレンダから半身をずらし、
典雅な笑みを白扇で隠す。

「ならば…」

80 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/05 03:25:10.34 tjFNdW/C0 730/920

「あー、分かった分かった」

パンパンと手を叩こうとした麦野が顔を顰めながら割って入った。

「そっちのサムライ女に半端モンのガンクレイジー、
あっちにいるサイコメトラーにここにはいないのか発火能力者、
腹ん中が真っ黒なのか真っ白なのか分からねぇお嬢様。
この分じゃあ他にもいるんだろうよ。
手札が丸で見えないとあっちゃあね」

そこらの猛者でもチビる眼力でギロッと睨み付けた麦野を、
木乃香はにっこり受け流す。

(本物の馬鹿か心臓に剛毛が生えてるのか)

しかし麦野には分かっていた。
麦野自身、上流世界と無縁ではない。
今がどうしてこうなったのかはとにかく、育ちも教養も持ち合わせている。

だから分かる。京人形の様に一見か細く脆い、
そんな少女の所作、雰囲気、その全てが「本物」。
それもその辺の成金には及びもつかぬ飛び抜けたレベルの上玉。
「王の資質」すら秘めていると言う事。

そして、血で血を洗う暗部の実力者の感覚は、確定的な確率で警告している。
その正真正銘のお嬢様に指一本触れた瞬間、
ここに転がるのは自分の首、それは刺し違えてでも実行されると言う事を。

「勘違いするなよ。
これは仕事じゃないからな、そっちが筋を通すって言うんなら、
ガキの遊びに付き合ってる程こっちは暇じゃねぇって事だ。
これが仕事なら今頃テメェら全員灰も残しちゃいねぇ所だ」

「賢明な判断、感謝します」
「ああ」
「では、口座番号を。食事代にお店の方も…」

「あー、それはいい。
ド素人のクソガキ相手にさんざ追いかけ回した挙げ句捕り逃がしたなんてのはこっちの落ち度だ。
飯代だけ貰っとくよ」

81 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/05 03:29:15.47 tjFNdW/C0 731/920

「おおきに」

そう言って、木乃香はすっと麦野に近づく。
白く、柔らかな掌が麦野の左手を包んだ。
無論、暗部の殺し屋の性として抵抗する事も考えたが、やめた。
持ち替えたバカデカイ日本刀の鯉口が切られた感覚と言う現実的な理由が一つ。
目の前の濁り一つ無いふうわりとした微笑みがもう一つ。

「おおきに」

木乃香が、ぺこりと頭を下げて麦野から離れた。

「…再生能力者?それも、とびっきりの…」
「つっ…」

そこに、裕奈がふらりと現れて大きく体を折る。

「全部、私が悪かった、です。ごめんなさい」

「あー、もういいわ。
世の中謝って済む事と済まない事あるから、
今更テメェに汚ねぇ頭下げられたって一文にもなりゃしねぇ。
バックフィーバーにトリガーハッピーなガキの遊びにかかずり合ってる程こっちは暇じゃねぇ、
殺る価値もないってだけの話だ」

麦野がうるさそうに手を払って動き出す。
麦野の背中を見送り、佇んでいた裕奈の体が吹っ飛び床を滑った。

「大概にして下さい」

刹那は床に片膝を着いて、
拳を裕奈の頬に思い切りぶち当てた右手で裕奈の胸倉を掴み静かに口を開いた。

「私達が剣を抜くと言う事は命のやり取り、
まして、私事でそれをするのは腹を切るのと隣り合わせ」
「うん」
「お嬢様は友の命が掛かればいかなる対価も厭わなかったでしょう。
その内容次第では、私があなたを斬って腹を切っていました」
「本当に、ごめん」

裕奈は、素直に頭を下げた。

82 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/05 03:32:24.79 tjFNdW/C0 732/920

「私、何やってんだろ?」

裕奈が、小さく乾いた笑いを見せる。

「思い出しただけで震えが来てる。
自分のした事の始末も出来ない。
この様でネギ君やお母さんの後に続こうとかってさ」

もう一発、がこんと裕奈の頭に拳が振り下ろされた。

「痛みも恐れも間違いも知らない者など、
この世界では周りを巻き込んで自滅するだけです。
どこまでが自分で出来て、そして仲間と、組織とどう繋がって責任を分担するか。
それを見極めるのも仕事の内です」

「うん」
「こちらは慢性人手不足です。
こちらに来ると言うのなら使い物になるまでしごきますよ」
「…よろしく、先輩」

89 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/06 14:39:21.98 Frw5Jfxa0 733/920

 ×     ×

立ち上がろうとした明石裕奈が、携帯を取り出した。

「もしもし?」
「明石か?そっちに桜咲のチームも合流してるな?
サブコンからカメラで把握してる。みんな集めてよく聞いてくれ」
「分かった」

長谷川千雨からの依頼に声に力が戻った裕奈が立ち上がり、頷いた刹那が皆を集める。
携帯をスピーカーにして耳を傾ける。

「最初に言う。このエンデュミオン、落ちるぞ」
「落ちる、って?」
「そのままの意味だ。こっちで何か事故があったらしい。
建物のバランスが保たない。
宇宙に届くバベルの塔がそのまま地球にぶっ倒れてわははーいって話なんだよ」

裕奈の問いに千雨が答えた。

90 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/06 14:45:11.61 Frw5Jfxa0 734/920

「話は最後まで聞け。
色々調べた結果、下の方で関係者が動き出してる。
多分、そいつらが考えてるのは下にある爆砕ボルトを手動点火して、
倒れる前に建物を切り離して宇宙側に放り出す。
確かに他に方法が無い。この状況なら私でもそうする。
だけど、このやり方には穴がある」

「駄目なの?」
「ああ」

裕奈の質問に千雨が返答する。

「簡単に言えば、このエンデュミオン最終段階で色々と増築されて強化一体化されてる。
その際に取り付けられた安全装置の事がこの作戦だと計算に入ってない。
そいつを止めない事には成功しても不完全、もっとまずい状況になる」
「それは、どうすれば止まるんですか?」

桜咲刹那が尋ねた。

「現実的な方法は一つだけだ。
その倉庫から、今から長瀬に地図送信するエリアに入って、
安全装置に繋がるケーブルを切断する。

問題は幾つかある。
ケーブルはそのエリアの五本の柱の中を通っているんだけど、
その柱、壊れない、壊してはならない事を前提に作られた宇宙素材だ。

で、その柱を全部へし折った場合、
一刻も早くエリアを出て非常用隔壁を下ろしてエリアごと捨てないと、
エリアごとぶっ潰れてこのステーションと宇宙が筒抜けのオワタ状態に突入する。
そうなったら元も子もない。結論として桜咲」

「はい」

刹那の返答はしっかりしている。
既に、刹那は呈示された材料から結果を算出しているのかも知れない。

91 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/06 14:50:51.66 Frw5Jfxa0 735/920

「可能性があるとするなら、
お前が行って柱ぜんぶぶった斬ってダッシュで戻って隔壁を下ろす。以上だ。

一応言っておくがな、隔壁遮断のスイッチは内側と外側、
もっと言うと捨てる側のエリアにも幾つか設置されてるが、
間違ってもそんなモン使うんじゃねぇぞ。
時限爆弾でもありゃあ良かったんだけどなぁ…

無理なら無理だと今言ってくれ、
仕方がない、作戦中止で総員撤退の指示を出す」

「いえ、私がやります」
「分かった。それが終わったら貯水槽に回ってくれ。
レディリーがモンスターの大量召還かけやがった。
小太郎達が抑えてるが押されてる。押し切られたら大変な事になる」
「分かりました…」
「…おいっ!」

刹那がざっと振り返ったのと電話の向こうの千雨が叫んだのはほぼ同時だった。

「フレェーンダ」
「はいよ、麦野」
「聞いての通りだ、ここがぶっ倒れたら元も子も無い」
「オッケー、麦野」

「滝壺もフレンダについて、そのまま出口探して下に戻ってろ。
どの道能力を検索してどうこうって状況じゃないみたいだし、
この際身軽に行くから」
「わかった」

「彼女に宇宙素材の柱五本、これを破壊して戻って来る事が出来ると言うのですか?」
「なーんかそれ、岩ぐらいなら斬れそうって訳だけど、
餅は餅屋って訳よ」

刹那の質問にフレンダが応じた。

92 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/06 14:56:22.27 Frw5Jfxa0 736/920

「それでは、フレンダ殿滝壺殿に拙者が付いていこう」
「は?」

長瀬楓の言葉にフレンダが聞き返す。

「どうも、この建物の中、色々な意味で危険な様でござる。
そこもとらが足止めを食ってしまえば我ら全員巻き込まれる。
そちらのお二人と別行動と言うのなら、いかがでござるかな?」

「いいんじゃねぇの?今だけは対立する理由が無い。なら確実にやればいい」
「有り難いでござる」

麦野沈利と楓の間で合意が成立する。
フレンダは「邪魔するなよって訳よ」と毒づいているが、
内心では楓の実力を身に染みて理解している。
フレンダとしては少々不快だが、
全員巻き込まれる運命を背負う以上お目付役を付けられても仕方がない状況でもある。

「あなた達は?」
「ケリ、付けてくるよ」

刹那に聞かれ、麦野が言う。

「少なくとも今ん所、あんたらのイレギュラーが私らに含む所が無いってのは了解したけど、
別筋で巻き込まれちまったからねぇ。
まあ、仕事になりそうって威力偵察したらがっつり呑み込まれてこの様な訳だけど、
それでもアヤ付けられちまった以上、
こうなったらヒュドラの頭捕まえてケリ付けるしかないって事さ」

「そうですか」

刹那はそれ以上言わない。
下手をすると同じ方向の仲間とかち合う危険性があるが、
止めて止まる相手ではない、ここで再び戦端を開くには危険過ぎる相手だ。
知っている限り、直接かち合うのがあの面子ならアイテム相手でも何とかなるだろう。

「それでは、私達は貯水槽に向かいます」

麦野の背中を見送り、刹那が言った。

93 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/06 14:59:56.17 Frw5Jfxa0 737/920

 ×     ×

「あ?」

行き先に繋がる扉から倉庫を出ようとしていた麦野と絹旗最愛が気配に振り返る。

「何やってんだテメェは?」
「私の行き先、こっちだから」

未だ裕奈がチビりそうな眼力を向けた麦野に裕奈が答える。

「行き先が、なんだって?」
「レディリー=タングルロードはテロリスト、
このエンデュミオンを使って本気で地球規模の大規模な破壊工作を企んでる。
嘘みたいな話だけどこれ、本当だから。だから私はそれを止めに行く」

「ガキが、正義の味方の魔法少女です、とでも言うのかテメェは?」
「それも、否定はしない。大雑把に言ってそんなモンだから」
「へぇー、偉いでしゅねー。テメェに何が出来る?」

「仲間がそっちに先行してる。
頭は冷えた。私は、私に出来る事をする」
「言ったよな、ガキの遊びにかまってる暇はねぇって。
だから今構う暇はねぇ。目障りだったら物理的に視界から消す」

麦野は、返事を待たず扉の向こうの通路をスタスタと先に進んだ。

94 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/06 15:03:42.10 Frw5Jfxa0 738/920

 ×     ×

「麦野沈利の仲間か…」

サブ・コントロールで通信を受けた長谷川千雨が呻く。

「聞いてる限り、腕利きのプロ。
利害関係が一致している限りでは信用してもいい、するしかないんじゃない?」

朝倉和美が言った。

「ここで出来る事はもう無い、肝心のアリサがあのままだ。
そろそろ行くぞ」

千雨の言葉に和美が頷く。

「あの…」

風斬氷華が口を挟む。

「見たところ、今アリサさんの所に向かうのは危険な事ですよね?」
「だな、エンデュミオンのバランス失調の影響で建物自体がヤバイ事になってる。
ここからあそこに行き着くまででも建物の損傷が出て来てる。風斬さんは…」
「アリサさんは長谷川さんのお友達なんですか?」

千雨の言葉を遮って風斬が尋ねた。

「え、ええ」
「先ほどの話、もしかしたらアリサさんはその、能力の集合体、
そうでなくても、墜落寸前のシャトルに突然降って湧いた存在、
そういう話をしていたんですよね?」

「ええ」
「私の事をどう思っても構いません、現実的な質問をさせて下さい。
それを踏まえてでも、命の危険がある中でもあそこまで助けに行くお友達、
鳴護アリサさんはあなたにとってそういう存在なんですか?」

風斬の問いに、千雨と和美は顔を見合わせる。
そして、吹き出し、揃って笑い出していた。

95 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/06 15:06:45.07 Frw5Jfxa0 739/920

「あ、あの…」
「あ、ああ、すいません。
うん、言いたい事は分かる、現実的なリスクから心配してくれてるって。
でもまあ、何て言うか、アリサが何で出来ているかとか、
そういうの今更って言うか」
「だよね」

もう一度くっくっ笑った千雨に、和美もキツネ目を見せて応じる。
そして、千雨は、両手を頭の後ろで組んで身を反らした。

「考えて見りゃあ、アリサと顔を合わせたのなんて数える程しか無いんだな。
面と向かって言葉を交わしたのはあの公園の一回だけか。
後は電話で上等、留守電とかメールとか」
「私はそれすらないね」
「それすらない、って」

「昔のテレビ番組にこういうのあったって?
考えてみれば友達の友達って状態。
但し、その元の友達が戦友みたいなモンだってのと
私自身の実利的な問題がちょっと絡んでるって事で」

眼鏡の向こうで目を見開いた風斬に、和美はキツネ目で笑う。

「だけどまぁ、どう考えてもアリサは私の友達なんだわ」

千雨が嘆息しそうな口調で言った。

「アリサが何であろうが何で出来ていようが、
ホントにキザったらしくて厨二病で口に出すのもやになんだけどさ、
私のここがそう言ってるんだからどうにもならない。
そうじゃなきゃ頭だけじゃあここまで来てないし」
「同感」

自分の胸を掴んだ千雨に和美も応じる。

「ここ…」

風斬が呟き、試してみる。
風斬の白いブラウスの上でぐにゅっと力を加えながら直接掌サイズと比較されると、
ついついまじまじと眺めてしまうぐらいのボリュームが改めて強調される。
だが、少なくとも外見上人より分厚いその奥底から沸き立つ思いは、

96 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/06 15:10:14.58 Frw5Jfxa0 740/920

「風斬さんは、何とか避難路か安全な所を見付けたらそこで、
とにかく、私達はこれからアリサを助けに行く」
「あ、あの、私は…」
「動くな」

風斬が言いかけた時、全く異質な声に一同が入口を見る。
そこには、拳銃を構えたシャットアウラ・セクウェンツィアが剥き出しの殺気と共に立っていた。

「させない」
「何?」
「貴様、確か公園の事件で見かけたな、
あの時の、学ラン少年の一味か。
アリサを助けに行く?そんな事はさせない」
「どうして?」

そのブツブツに切れた口調が精神的な危険を感じさせる、
そんなシャットアウラの言葉に和美が尋ねた。

「説明している暇はない、これよりお前達を拘束する。
どういう類のイレギュラーかは分からないが、
可能な限り危害は避けたい。だが、邪魔をするなら命は無い、これは本気だ」
「シャットアウラ・セクウェンツィア」

千雨の声に、シャットアウラは反応する。
千雨と和美が目で言葉を交わす。元来、それはこっちの役割である、と。

「シャットアウラ・セクウェンツィアさんですね?」

和美の問いは硬いがインタビューの如くしっかりしていた。

「あなたの父親は、オリオン号のパイロット、機長だった。
88の奇蹟、鳴護アリサ」
「言え、何を知っている!?」

危険な感情の振り幅と共に、シャットアウラは和美に銃口を向けた。

97 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/06 15:13:34.50 Frw5Jfxa0 741/920

「分からない」

和美が言う。

「分かっているのは分からないと言う事。
その様子ではあんたも同じなんじゃないの?
88の奇蹟がアリサを生んだ…」

次の瞬間、和美の体は床を滑り、
裏拳で頬を打たれた和美が唇の端から血を垂らす。

「!?」

千雨が目を見張る。
目の前では、風斬の跳び蹴りを受けたシャットアウラが床を滑っていた。

「風斬さんっ!」

千雨と和美が同時に叫ぶ。
風斬が掴み掛かろうとした所で、シャットアウラの拳銃が火を噴いていた。

「くっ!」

動き出そうとした千雨の前方で、
立ち上がったシャットアウラが引き金を引き銃弾が床に突き刺さる。
次の瞬間、風斬がシャットアウラに飛び付いていた。

「は、離せっ!」

右手に銃を握ったシャットアウラの右腕が風斬に掴まれ、揺れ動く。

「かっ!?」

千雨が絶句する。
ここにいる全員の聴覚がまともであるならば、
揉み合いながら風斬に向けられた拳銃が銃声を上げたのを把握した筈だ。

98 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/06 15:16:59.38 Frw5Jfxa0 742/920

「このおっ!」

シャットアウラが風斬を振り解いた瞬間、和美が床からシャットアウラに体当たりするが、
シャットアウラの小柄だが道具と鍛錬で強化された体は小揺るぎしかしない。
ばあんと二発目の裏拳を食らい、和美の体は吹っ飛んだ。
その間にシャットアウラは拳銃のマガジンを交換する。

「朝倉さんっ!」

和美の前で、風斬が大の字に立った。
そちらに吸い寄せられる様に動いていた拳銃が立て続けに銃声を上げる。
風斬がダッシュでシャットアウラに組み付き、
風斬の体に押し付けられた拳銃が更にくぐもった音を立てる。
その時には千雨は椅子を手にしていたが、今度は風斬が邪魔で手が出せない。

「行って下さいっ!」

風斬が叫ぶ。

「え?」
「先に行って下さいっ!」
「いや、ちょっと待て、風斬さんが…」
「私は大丈夫ですっ、そういう能力者ですから。
だから、だから早くお友達をっ!!」
「分かったっ!」

立ち上がり叫んだ和美が千雨に目配せし、千雨も頷いて走り出した。

「邪魔するなああっ!!」

揉み合いの中、シャットアウラは風斬の太股目がけて引き金を引く。
それでも、シャットアウラの腕を掴む風斬の力はさ程緩まない。
気が付いた時には、銃口は彼女の眼鏡の、右のレンズの真ん前で、
それも二度、三度と火を噴いていた。
ようやく、バッとその腕を振り払ったシャットアウラの顔は蒼白だった。

99 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/06 15:20:33.15 Frw5Jfxa0 743/920

「な、なんだ、それは?」
「いいですよ、何と言って下さっても。
だけど、ここは通しませんっ!!」
「ちっ………おおぉぉーーーーーっっっっっ!!!」

引き金が乾いた音を立てた拳銃をしまったシャットアウラは、
その脛で、丁度がら空きで特に女性の痛覚神経が集中している、
そして彼女の見た目は体質的に非常にそれがきつそうな胸部を思い切り薙ぎ払った。
そして、そのままドンドンッ、と、ボディー、リバーに拳を突き刺す。
そのまま入口に走ろうとしたシャットアウラが、背中にぶにゅっと迫力ある弾力を察知する。

「ああああっ!!」

シャットアウラが叫び風斬おんぶおばけ氷華を振り払い、
その隙に風斬はシャットアウラの進路を塞ぐ。

さっきので一度膝を屈した以上ノーダメージと言う事は無さそうだが、
格闘家でもまずダウン、病院送りの攻撃だった筈。
もっとも、それを言うならそれ以前の段階で生きてる方がおかしい。

風斬も必死に抵抗する、そして身体能力も想像以上に高い。
だが、所詮は素人、はっきり言ってシャットアウラにボコボコにされながら懸命に食らい付いてくる。

「おあおぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!!」
「ごふっ!!」

風斬の体に、千雨が放り出して行った椅子が横殴りに叩き付けられる。

「まっ、て…」

それでも追い縋って来る風斬を振り切る様にシャットアウラは入口に走り、
そして、振り返り様にレアアースパレットを放り込んだ。

「お、友達、を…クス…ちゃ…」

105 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/09 04:08:51.80 cqnkD1XT0 744/920

 ×     ×

「忘れなさぁい、そして、行きなさぁい」
「ヒャッハwwwwwwwwwwwwwwwww」

全裸の男が国道へとダッシュするのを尻目に、食蜂操祈は歩き出す。
堤防上を行く食蜂の手にはUSBメモリが握られている。

「確かにピンポイントでいい線を辿ってると思いますよ」

食蜂が足を止める。

「だけど、そのやり方だと本命に辿り着くまで最低でも三日、
そこから突破するのに一日以上。それまでには知らない所で全部終わってるでしょうね」
「何の事かしらぁ坊や?」

一見すると無邪気な笑みを浮かべ、食蜂が振り返った。
そして、木陰から現れた小さな人影に照準を合わせる。

「つっ!」

食蜂が顔を顰める。

106 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/09 04:14:13.41 cqnkD1XT0 745/920

「非常に繊細な技術力みたいですから、
こちらの出力が大きくても慎重にやれば隙間を抜けるかも知れませんが、続けますか?」
「確かに、出力だけなら御坂さん以上ねぇ。
しかも、私達が知っている組み合わせとはどこか違っている。
うっかり手を突っ込んだら全身呑み込まれそうねぇ」

「それじゃあ、お互い安全に譲歩すると言う事で、
腹を探り合うスタンダードな手段、お茶に致しましょうか」
「こんな可愛い英国紳士の坊やにご馳走いただけるの、楽しみだわぁ」

「(防御成功率99.9%以上、それでもゼロには出来なかった)
こちらこそこんな魅力的な、それも常盤台のお嬢様へのお誘いは緊張します」
「お上手ねぇ、どこで覚えたのかしらぁ?
魅力的な影は大量なぐらいによぎりまくりみたいだけどぉ」

 ×     ×

そこは、これから中身を充実させる予定だった、
今は只、規模だけは体育館を思わせるガランとした通路だった。

「キタキタキタキタ―――――――――――ッッッッッ!!!」

フレンダが叫ぶが、一般的な用法とは違い余り歓迎すべき状況ではない。
殺到する警備ロボの群れの中で、フレンダが放ったロケット弾が次々と爆発する。

「ニンッ!」

巨大手裏剣が一直線に警備ロボを薙ぎ払う。

「ニンニンニンニンニン♪」
「便利ーっ!」

長瀬楓が更に押し寄せるロボを苦無で弾き飛ばしている中、
フレンダ、滝壺理后を含む三人が駆け抜ける。

「目印も何も無い、位置関係から割り出すしか無いって訳よ」

その先のスペースで、立ち並ぶ大量の柱を前にフレンダが言う。
その前後から警備ロボが殺到し、楓が苦無を振るって奮戦する。

107 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/09 04:19:45.62 cqnkD1XT0 746/920

「!?」

立て続けの銃声に、三人が一斉に飛び退いた。
そちらを見ると、象か麒麟かと言う大型サイズの多足歩行ロボットが機関銃をぶっ放して来ていた。

「くっ!」

フレンダが放ったロケット弾が大型ロボに撃ち落とされて空中爆発する。

「反応はしている様でござるな」
「多分いくつかのセンサー、温度センサーや動作センサーから警備ロボを除外してるって所かな?
そんなに難しいものじゃないって訳よ」
「にんっ!」

発砲が始まり、楓の糸車手裏剣が盾となる。

「フレンダ殿、柱の破壊はそこもとに任せて大丈夫でござるかな?」
「あんたが背中を守ってくれるってんならそれが私の仕事って訳よ。
麦野は宇宙の果てに放り出しても泳いで戻って来そうだからね。
ここで尻尾巻いたらそっちの方が洒落にならないって訳よっ!」
「了解したでござる」

その間、滝壺理后は柱の陰で携帯電話を使っていた。

 ×     ×

エンデュミオンシティーとある隠しラボの一室。

「は?いや、警備ロボならなんとかなるだろうって、
いや、いきなりそんな訳の分からない事言われても」

「わかった。
そんなことできるわけないだろくそぼけ
常識で考えろJK
byメガネーズ
責任を持って私からむぎのに伝えておく」

「「「「「粉骨砕身誠心誠意身命を賭して天地神明に誓って
喜んでやらせていただきますやらせて下さいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!
ワハハァァァァァwwwwwwwwwwwイwwwwwwwwwwwwwwwww!!!!!」」」」」

108 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/09 04:25:03.21 cqnkD1XT0 747/920

 ×     ×

「もしもし、千雨ちゃん?」

エンデュミオン内の通路で、近衛木乃香が携帯電話に出た。

「もしもし、そっちは桜咲と宮崎のチームで合ってるか?」
「うん」
「じゃあ、取り敢えずその三人でこの電話聞いてくれ。
近衛と宮崎は大至急引っ返してサブコントロールに向かってくれ」

確かに、大至急と言うべき切迫した声だった。

「シャットアウラ=セクウェンツィアが拳銃持って暴れてる。
そいつを鎮圧して風斬氷華を救出してくれ」
「かざ、きり?」
「こっちで遭遇した協力者だ。私達を逃がしてシャットアウラとやり合ってる」
「ちょっと待って下さい、今拳銃を持って暴れていると言いましたよね?」

刹那が割り込んだ。

「ああその通りだよっ。
何だか知らないがシャットアウラは明らかにテンパッてる。
風斬は自分は能力者だから大丈夫だと言ってたけど、
何発も撃ち込まれてどうなってるか分からないっ!

シャットアウラは能力者で警備のプロ、だけど魔法には疎い筈だ。
近衛と宮崎の初歩的な攻撃魔法でも初見なら勝ち目はある、
逆にそれを逃せばかなり危ない。
桜咲、そういう事で二人を向かわせて大丈夫か?」

「うちはそのつもりやけど」
「私もです」
「私は大丈夫です、一人で貯水槽に向かいます」

109 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/09 04:28:54.24 cqnkD1XT0 748/920

「悪い。シャットアウラはライダースーツみたいな黒い繋ぎ、
多分科学の学園都市の強化服かなんかだ、
訓練してるって言っても身体能力が尋常じゃなかった。
若干ちっこいけどいかにも堅物の女戦士って感じのがヤンデレのデレ抜きいっちまってる。

軍隊系の攻撃は一通りこなすらしい、さっきは拳銃で前にはナイフも格闘技も使ってたけど、
多分能力で起爆させてるワイヤー爆弾がマジでヤバイ。
それが来る前に一気に決めろ」

「風斬さんは?」

のどかが尋ねる。

「ああ、見た目女子高校生。黒髪ロングヘアに眼鏡、
白いブラウスの制服で多分那波よりデカイ。
風斬さんの能力がどういうものか分からないけど、
普通に考えたら命が危ないレベルの銃撃を受けてる。
取り敢えず重傷には見えなかったけどそういう事だ、近衛」

「分かった」
「頼むっ!」

 ×     ×

エンデュミオン基部エリア。

「何?」

仲間と共に先を急いでいたメアリエが、
ざざざぁーっと波の様な得体の知れない音を聞いて呟く。

「くっ!」

ステイルが素早くルーンを発動し、
地面を這ってこちらに押し寄せた黒い波を炎剣で断ち割った。
更にこちらに向かって来るものを、ジェーンが突風で吹き散らす。

110 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/09 04:32:11.28 cqnkD1XT0 749/920

「蛇?」
「魔力を感じる、魔獣だ」

確かに、よく見るとそれは腕や脚ほどもある蛇の大群だった。
中には頭が二股三つ叉房状になっているものすらいる。
メアリエが近くの消火栓を暴走させ、それぞれの魔術で蛇の大群を蹴散らしていたが、
その内、四人を囲んだ蛇の目が光り出した。
その四人を、大規模な水流が取り囲む。
その水流が消えた時には、蛇のかなりの数がその形のまま石像と化していた。

「これは…」
「間に合いました」

そこに現れたのは、箒に跨ったナツメグこと夏目萌だった。

「銀粉入りの水魔法です」
「ヒュドラの次は、やはりメデューサの類と言う事か?」
「はい」

ステイルとナツメグが言葉を交わし、
動き出した生き残りの蛇が火炎波に蹴散らされる。

「レディリーの召還魔術が暴走してここに迄及んでいます。
科学サイドへの漏洩を防ぐために、
おおよそエンデュミオンの下のエリアに関しては
こちら側への魔獣誘導術式を展開しています」

ナツメグが説明する。

「完全に形振り構っていませんね。
蛇はギリシャ神話の中でも最もポピュラーな邪悪の象徴。
それらをこった混ぜにして劣化コピーした出来損ないと言った所でしょうか」

そう言ったのは、箒に跨ってこちらに飛んで来た佐倉愛衣だった。

「あくまで戦力になるのかどうかを尋ねるが、体の方はどうなんだ?」

ステイルが尋ねた。

111 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/09 04:35:41.17 cqnkD1XT0 750/920

「ししょーって、」
「かーわいい…」
「完全な治療は後で、
箒から降りる事は出来ませんが魔法の使用に支障はありません」

次の瞬間、愛衣が放った火炎弾が得体の知れない大きな鳥を撃ち落とす。

「ここは私達が引き受けます、そちらはそちらでお願いします」
「分かった」

ステイルと愛衣の間で即時に合意が成立し、ステイル達は先を急いだ。

「もしもし」

その背中を見送り、愛衣がイヤホンマイクの携帯を使う。

「ステイル達でした」
「やはりでしたか」

電話の向こうで葉加瀬聡美が言う。

「エンデュミオンの倒壊を回避するためのパージ作戦。
その方法は爆砕ボルト三本を手動で点火する事。
科学の学園都市が既にその実行に着手している事までは掴んでいましたが、
駒が一つ欠けていました。
或いは科学の学園都市側でも把握していない者が動いているのではないかと」

「秘密裡にネセサリウスが協力していた。
彼らと科学の学園都市との裏の協力関係を考えるならあり得る話です。
取り敢えず、こちらで魔獣を抑えたら、ステイル達なら実行出来る筈です」
「そうですか、分かりました」

電話が切れる。

「ステイルと学園都市…十中八九あの男の仕掛けですね」

軽薄にニヤケていながら真剣な仕事師。
愛衣はそんなアロハなグラサン野郎を思い浮かべる。

112 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/09 04:38:52.52 cqnkD1XT0 751/920

「来ますよ」
「分かりました」

ざざざざざと床から押し寄せる黒い波音に、
二人はぎゅっと前方を見た。

「邪魔だァ」

魔女見習い二人の背後から、カツン、と、床を叩く音が聞こえた。
次の瞬間、何かがぶわっと二人を通り過ぎ、気が付いた時には
蛇の大群は細切れ肉の海と化していた。

「おィ」
「はい」
「第一ボルトってのはこの道でいいのかァ?」
「いえ、このルートは第二の筈ですから、
えーと、あの橋に合流する道を探して…」
「そうかァ」

返事が聞こえるが早いか、その気配が消えるのと入れ替わる様に、
遠くに景色として見える橋にびょーんと何かが飛び移っていた。

「これは…何かが蛇を誘導する魔力を伝う様にして、
召還術式の仕掛けごと破壊されたみたいですね物理的に。
只、ここはこれでいいとして、別に仕掛けがあれば…」

状態を調べたナツメグが言う。

「で、箒で浮いてる所見られて大丈夫なの?」
「ええ、大した事ではないと思います」

額に親指を当ててとおーくを眺めていた愛衣が言った。

113 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/09 04:42:08.69 cqnkD1XT0 752/920

 ×     ×

「やっぱり落ちるぞ、ここ」
「何だよそれ、どうすんだよ」

エンデュミオン中継ステーションの一角で、
PDAや携帯を覗きながら、
一見特殊部隊風の黒ずくめの一団が青い顔で話を交わしている。
とても、エリアを同じくするコンサート会場から伝わってくる音楽を楽しむ所の話ではない。

「避難路を探して脱出…」
「だが、まだ何も掴めていないぞ」
「ああ、このまま宇宙の藻屑になるって事は、詰まり死ぬだけだ。
だが、もしここで何の成果も無しに無断で降りた事が逆鱗に触れたならば…」

「指示を仰いで…」
「だから、どう言う訳かさっきから連絡が付かない。どうなってやがる…」

「うるさいんだ…」

一団は、一瞬空耳かと思った。

「うるさい…うるさいんだ…この…」

確かに、その声は聞こえて来ていた。
そちらを見ると、一人の少女がふらふらとこちらに向かってきていた。
少女も又黒ずくめ、明らかに体調が悪い様子で壁を伝う様にして歩いている。

114 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/09 04:45:17.94 cqnkD1XT0 753/920

「おい、あれって?」
「ああ」

かなり広い意味での同業者として、知らない相手では無かった。

「おい…」

一団の一人が声を掛けようとしたが、邪険に振り払われる。

「まあ、待てって」
「…うるさい…」

それは、相手に言っている様な口調ではなかった。

「ほら、待てって」
「どうせここは落ちるんだからよー」

いかにもまだ知らないだろう、としか思えない堅物で戦闘力が高くて、
しかも見た目そのものはきりっとした結構な美少女。
であればこそ、逞しくなるのが妄想と言うもの。

プロの警備屋として鍛えている能力者とは言っても所詮は小柄な少女一人、
しかも凄惨な魅力を醸し出すほどにかなりの体調不良。

こちらは仮にも暗部の男が複数。
そして何よりも屑である事には定評のある一団。
とあっては、墜落するジャンボ機内が如き状況でやるべき事は決まっていた。

「ヒャッハwwwwwwwwwwwwwwwww」

115 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/09 04:49:08.94 cqnkD1XT0 754/920

 ×     ×

「ドラグノフか………」

一旦空き部屋を出たシャットアウラ=セクウェンツィアは、
そこでのゴミ掃除のついでに手に入ったご褒美を確かめていた。
取り敢えず、通路から空き部屋に一発撃ち込む。

「支障はないな」

その成果から微調整を行い、紐で背負い込む。
それから、その空き部屋に戻る。
壁の一角をガン、ガンと殴り付けると、
打撃の隣辺りの壁が小さく開いてパネルが現れる。
パネルに指紋認証とパスワードを入力すると、パネルの横で壁が大きく開く。

「変更されていなかったか」

特別警備用の設備の起動にシャットアウラは安堵する。
開いた壁の中は、武装テロ事件発生を想定して用意された、
シャットアウラの能力使用装備を含む武力鎮圧用各種装備だった。

「うあああああっ!!!」

一繋がりになっているエリアからの耐え難いノイズに、
シャットアウラの右手がいつもは艶やかな黒髪をかきむしるが頭痛は酷くなるばかりだ。
大幅に余裕が出来たマガジンを拳銃に装填し、
全弾撃ち尽くして僅かばかりの気休めにする。

118 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/12 14:44:25.08 aRbkjfwM0 755/920

 ×     ×

「酷い」

サブコントロールルームに到着した宮崎のどかが呟いた。
その中は、実際そうだった訳だが爆弾を投げ込んだ後、としか言い様のない惨状だった。

「風斬さんいてはりますかっ!?」

同行した近衛木乃香が叫ぶ。

「風斬さんっ!」

のどかが叫ぶ。本当にここにいて今気配が無い。
それだけでも吐き気がこみ上げそうになるが、逃げる訳にはいかない。

「風斬さん…」
「はい」
「?」

木乃香とのどかが振り返る。
そこには、一人の女性が立っていた。
見た目は女子高校生、黒髪ロングヘアに眼鏡、白いブラウスの制服姿。
一見すると、些かふっくらして弱気にも見える、
垂れ気味の大きな目に掛けた飾り気のない眼鏡も相まっておっとり大人しそうな美少女。

「えーと、風斬氷華さん、ですかー?」

木乃香と一緒に上から下まで観察し、
もう一度改めて顎から下に、お腹から上に視線を向けて、そこだけはとても些かふっくらどころではない、
類似品にはそうそうお目にかかれないレベルで千雨の言う通りの相手と確信したのどかが尋ねる。

「はい。あなた達は?」
「それは…」
「千雨…ここで一緒だった子、分かる?眼鏡で多分パソコン持った」

言いかけてごくりと息を呑んだのどかの横で木乃香が説明する。

119 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/12 14:49:34.68 aRbkjfwM0 756/920

「長谷川さんですか」
「そう。うちらその長谷川さんの友達で風斬さんを助けて欲しい言われて、
それで、なんか大ケガしてるて聞いたんやけど」
「ああ、それは大丈夫です」

「そうですか。それで、シャットアウラ=セクウェンツィアは?」
「すいません、逃げられました」
「い、いえ、なんか風斬さんが大変な事になっていると聞いていましたので、
無事で良かったですー」

やや青白い顔色ののどかが言った。

「それで、ここで一緒だった人達は?」

木乃香が尋ねた。

「長谷川さんと朝倉さんはアリサさんを助けに行くと。
他の人達は馬がどうとかで」
「その二人の後をシャットアウラさんが追い掛けた、そういう事ですよね?」
「はい」

のどかの質問に風斬が頷く。

「このか」
「ん」
「シャットアウラさんの様子は?やはり危険ですか?」
「ええ、精神的に追い詰められている様子でした」
「拳銃とか爆弾は?」
「両方持っています」

風斬がのどかの質問に答え、のどかと木乃香が頷き合う。

「私達が追い掛けます」

のどかが言った。

「危険ですよ。今も言った通り…」
「だとすると、先に行った二人はもっと危険や。
うちら二人が合流したらまだ見込みがある」

120 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/12 14:55:32.94 aRbkjfwM0 757/920

「分かりました。それでは私も行きます」
「風斬はん…」
「分かりました」

言いかけた木乃香の側でのどかが了承した。

「無理はしないで下さいね。自分の安全を第一に」
「分かりました」

のどかの要請に風斬が頷いた。

 ×     ×

「フハ、フハハ、フハハハハハハハハァァァァーーーーーーーーーッッッッッ!!!」
「やれやれ、女一人だと言うのにかしましい事だね」

エンデュミオンの言わば「ラスボスの間」で、
レディリー=タングルロードはハッと振り返った。

「これは…」
「実に悪趣味だね」

部屋の様子に目を見張る綾瀬夕映の横で、フェイト・アーウェルンクスは鼻で笑う。

「動かない方がいい。
更なる永久の時間をロビーに飾られて過ごしたくなければ」

石針を浮かせてフェイトが警告する。
その間にも、夕映は部屋の中の装置を観察し汗を浮かべる。
そこは広い展望室、である以上、
分厚い宇宙的強化硝子越しに素晴らしい満天の星空を眺める事が出来る。

だが、その星空も今は禍々しい紅色の光に染まろうとしている。
そしてこの部屋の中、床にも空中にも夥しい数の魔法陣が刻まれ、
数々の機器と共に部屋の中枢に儀式の支柱が設置されている。

「石の魔法ね。高位のギリシャ語系魔法、それも熟練の域に達している」
「光栄、と言っていいのかな?」
「フェイト・アーウェルンクス。何故、お前がここまで来て私の邪魔をする?
ネギ・スプリングフィールドに協力するためか?」

121 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/12 15:00:55.71 aRbkjfwM0 758/920

「うむ、まあ色々あるが、
契約上課外授業の引率中に生徒を危険に晒す訳にはいかないからね。
この馬鹿げた術式を見る限り、ここで今僕が見ている存在はどう見てもそのルールに反する」
「ふうん」

そう言って、レディリーは嗜虐的な笑みを浮かべる。

「よく出来てるわね」
「ふうん」

レディリーの言葉にフェイトが応じる。

「興味深いわね。私も多少は使う方だけど」

フェイトをまじまじと眺めたレディリーがパチンと指を鳴らす。

「ふうん」

フェイトが声を発した次の瞬間には、何かが弾き飛ばされて床に転がっていた。
それは、人間大の人形だった。
四体の人形は、破損した光学迷彩の隙間から中途半端にその姿を現し、
今はぴくりとも動こうとはしない。

「一応、切り札のつもりだったんだけど」
「動力は二つが魔法、二つが科学」
「確かに、並以上の術者でも一瞬で引き裂かれるレベルの不意打ちでしたね」

フェイトに続いて夕映が言う。
もっとも、夕映に言わせれば、ネギと漢と漢の殴り合いの限りを尽くしたフェイトを相手に
不意打ちの暴力でどうこうしようと言う時点でアホの極みと言うものだ。

「そうね、こんなガラクタでどうこうしようなんて、失礼極まる話よね。
作り物と言っても格が違い過ぎる」

それは、血の紅の似合うレディリーの笑みだった。

122 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/12 15:04:29.91 aRbkjfwM0 759/920

「…動き出した際の合図はあくまで只の合図。
機械はもちろん魔法の人形も事前に用意が為されていて、
動きを止める最低限の措置が為されていた様ですね。
なるほど、やはりそういう事でしたか」
「何か面白いものでも見えたのかしらお嬢さん?」

何か納得したかの様な夕映にレディリーが尋ねた。
夕映は、レディリーに向けていた魔法レンズをしまい込む。

「わざわざカルト組織を作って、
科学の学園都市の能力者と言う決定的に不向きな者を含む雑多な人間に魔術を使わせた。
もちろん、多方面でテロ事件を起こすために人数が必要だったと言う事情もあったのでしょうが、
これ程の術式に精通したあなたがほぼ全てに於いてそのやり方を貫いた」

相変わらず凄惨な笑みを浮かべ、レディリーは夕映の言葉を聞いていた。

「あなたの術式、推定される年代を考えるならば、
何を使ったのか、その結果どういう変化、異常が発生するのか、
その辺りの事は大凡の見当が付くです。

少なくとも、魔術に於いて留まり続けるという事の意味は。
それが、即席の魔術師を使い捨てる様にして発動せざるを得なかった理由ですね」

「ふうん、それが麻帆良の魔法使いの知力、あの夏の戦いをくぐり抜けた。
そんな私がここまでしている」

レディリーは、バッと腕で部屋中を示す。

「何故こうなっているのか、それに就いても理解出来ているのかしら?」
「大凡の推定は出来ています。
大概の社会規範から見て、あなたの行いは悪でしょう。
超弩級の無差別大量殺人以外の何物でも無いのですから当然です」

その答えに、レディリーはニッと唇を歪める。

「あの夏私達も、フェイト先生も、自分の守るべきもの、守るべき世界のために闘いました。
正義とか善とか悪とか、それ以前に理由があります。
大概の人達と違い、あなた自身にとってはそれこそが喜びであったとしても、
今、私達が譲ると言うのは無理な相談です」

123 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/12 15:07:57.88 aRbkjfwM0 760/920

「その土塊に宿りし生まれたての魂は、
まだまだ見たいもの感じたいものが数多あると言う事か、
フェイト・アーウェルンクス?」

「少なくとももう少し味わいたいとは思っている。
今のこの状況で君に慮る事が出来たなら、
僕も彼女達も、わざわざあの夏に命懸けで雌雄を決してはいない」
「出来るか?その戦いの果てに見出したものを、
私が凍て付いた時の中で培ったものを打ち破ってでも貫く事が?」

「確かに、これは力ずくでどうにかしようとするならば、
火力だけなら僕の力であっても、
中途半端な破壊による誤作動一つで大陸規模の被害が生ずる、
よくぞここまで馬鹿げて大規模に複雑な術式を組み上げたものだ。
綾瀬夕映」

フェイトの呼びかけに夕映が小さく頷く。

「アデアット」

夕映が「世界図絵」を召還し、支柱の一つに手を差し伸べる。

「フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ…」

その姿を、レディリーはにやにや笑って眺めている。
それこそ石像の様に硬直した夕映の顔に、
つーっと汗だけが立て続けに伝い落ちる。

 ×     ×

エンデュミオンコンサートホール貴賓室。

「うるさい、うるさいんだ、このノイズは…」

バルコニーからドラグノフのスコープを覗いていたシャットアウラ=セクウェンツィアは、
引き金を引く寸前に思わずスコープから離れる。

「つっ!」

スコープを黄色いものが塞いだ、と、思ったら、
シャットアウラの体に何か刺す様な不快感が走る。

124 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/12 15:11:28.07 aRbkjfwM0 761/920

「なんだっ!?」

小さな黄色い光が幾つも、ふわふわと浮かんでシャットアウラを妨げている。

「ああああああっ!!!」

シャットアウラは絶叫し、両手持ちのドラグノフを振り回して
黄色いものを追い払おうとした。

「おぉーりゃあぁーっ!!!」
「!?」

だが、そこは玄人、シャットアウラがドラグノフを振り回しながらバルコニーから貴賓室に躍り込んだ所で、
不意にシャットアウラを殴り付けて来た椅子はスカッと交わされ空を切った。

「あああああっ!!」
「くあっ!!」

千雨の頭に、ぐわあんっと衝撃が響き渡る。
ドラグノフの銃身を横殴りに叩き付けられ、千雨の体は床を滑る。
シャットアウラはドラグノフを放り出し拳銃を抜いた。
変な衝撃を与えた銃など使いたくないし、どうせこのノイズのただ中では狙撃銃は不向きだ。

(ち、くしょう、仮契約発動してなきゃこんだけで死んでた、なっ…)

まだぐわんぐわんと頭が響く、その事を感じていられる事に感謝しつつ、
千雨は喉から心臓がせり出しそうになりながら床を転がって銃撃を交わした。

「シャットアウラっ!」

ソファーの陰から千雨が叫んだ。

「どうしてアリサを殺す!?
あんたがレディリーにアリサを引き渡した、
レディリーはアリサの奇蹟の歌を必要としていた筈だ。
レディリーの計画だと今更アリサの口封じも糞も無い。
なんなんだよ一体っ!?」

軍用の拳銃弾は当然の如くソファーを貫き、千雨は懸命に床を転がる。

125 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/12 15:14:42.93 aRbkjfwM0 762/920

「だからだ」
「は?」
「奇蹟など、歌など、奇蹟の歌など、認めない、
私は認めない、そんなものがあるから、
奇蹟が殺した、殺されてなおも殺された」
(本格的に電波か?いや、シャットアウラとレディリーに利害の相違?)

「とにかく、アリサを殺すのはやめろ。
あー、何か色々よく分からないけど、
とにかく好き好んで一般人殺すキャラには絶対見えない」

「オマエも、邪魔をするのか?」
「仕方が無いだろっ、アリサは私の友達だっ!!」

千雨が立ち上がり、叫ぶ。
額の左側からだらだらと流血して立ち上がる千雨に、
シャットアウラは静かに拳銃を向ける。

「うああああっ!!!」

歌がサビに入る。シャットアウラが体を折って絶叫する。
テーブルの上にあったノーパソがミニステッキに変容する。

(くそっ、左目がよく見えねぇ)
「おおおおっ!!」
「くっ!?」

シャットアウラが慌てて拳銃を構え直したその時、
ミニステッキが力一杯シャットアウラの右腕に叩き付けられた。

「このおおおおっ!!」

ミニステッキの底がシャットアウラの額を一撃する。

126 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/12 15:18:42.62 aRbkjfwM0 763/920

(トドメ、出力最大、
ネット支配用の電源でもフルブーストでスタンガン程度には…)

ミニステッキを振りかぶった千雨の体が硬直した。

「…あ…」

シャットアウラが、千雨の左の腿からナイフを引き抜く。

「…待、て…」

シャットアウラを追って這いずった千雨の周辺の床に、
立て続けに銃弾が突き刺さる。

(血の気が引く、って言うのか?
頭と、脚からこれ、止まらない半端ねぇ。
私が、私みたいのが、友達のために…ぬのか…
ナイフ一本で、あいつらの戦い、いつも、こんなのと隣り合わせ…
私、なんかが…)

129 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/14 02:06:37.83 kqUKR9zs0 764/920

 ×     ×

「………め…ちゃ………めちゃん………」
「ん………」

長谷川千雨は、目を開く。
その顔を、黒曜石の様に澄んだ黒い瞳が覗き込んでいる。
床に向けてぞろりと垂れた長い黒髪はそれでも見事だった。

「わた、しは…」
「良かったぁ。この子らが慌てて飛び回ってたから。
急いで大きな傷は治しといたえ」
「あ、ああ、助かったんだな私」
「うん」
「サンキューな」

千雨が微笑み、目の前で電子精霊を引き連れた近衛木乃香もにっこり微笑む。

そして、床に倒れ込んでいた千雨が身を起こす。

130 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/14 02:11:55.95 kqUKR9zs0 765/920

「宮崎…風斬さんは?風斬さんはどうだった?」
「大丈夫、無事やった。途中で右と左に分かれたさかい」
「じゃあ、朝倉と合流してるかな」

「でも、どうしたんその怪我?」
「シャットアウラだ。あいつ、マジでアリサを殺す気だ。
そのために邪魔になる者も容赦しない、完全にブチギレてやがる」
「どうするん?」

木乃香の言葉に、千雨は額を抑える。

「正直ヤバイ、あっちの世界覗いて帰って来たばかりだからな」
「怖い?」

「ああ。地下で幻の魔獣に踏まれて科学の学園都市じゃあ超能力者に殺され掛けて、
しまいに私の実力じゃ警備員一人にも簡単に殺られちまう、死んだらしまいだってさ。
私みたいな小利口なインドア人間が友達のためとか何やってんだかな…
みんなが何と言おうが、今更私が退く訳にもいかない、それは流石に気が咎める。
私自身の問題としてそれも無いではない。それより何より」

よいしょと千雨が立ち上がる。

「あのシャットアウラの有様だと、アリサ出会い頭に蜂の巣最悪挽肉だ。
確実にアリサ死亡か、死人が更に増えるって賭け金積んでみんな笑ってハッピーエンドに賭けるか。
問題なのは、賭けるのが他でも無い私達の命だって事だ。
さっきも言った通り、私と、多少の火力にはなる近衛とで当たって初見で攻め込めば、
確率は五分五分かそれ以下。向こうは能力はとにかくプロの武闘派が完全に殺す気で動いてるからな。
手伝ってくれるか?」

「うん」

「やっぱ、可能性があるんならハッピーエンドを諦められねぇや。
ずっと、そうやって小さい可能性ぶち当ててきたから中毒だな、こりゃ。
もっと都合のいい事言うと、シャットアウラ自身もただ事じゃない、悪役になっちまってるだけに見える。
けど、ハッキリ言うけどこの二人の力量じゃあ、
シャットアウラにぶつかったら殺す気で行くぐらいで丁度いい。
じゃないと私達もアリサもあの世行きだ」

「分かった」
「じゃあ、行こうか」

131 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/14 02:17:14.79 kqUKR9zs0 766/920

 ×     ×

「うわぁ」

先頭を走っていた朝倉和美が絶句する。
その先に展開しているのは、要は瓦礫の山だった。

「やっぱ無理かぁ、こっからコンサートホールに行ける予定だったんだけど」

和美の言葉を聞きながら、宮崎のどかと風斬氷華も立ち止まる。

「一応こんな感じなのはアーティファクトで偵察したけど、やっぱこれ無理だわ」
「別の道を探すか長谷川さん達と合流するか…」

のどかが言いかけて嫌な地鳴りに身構える。

「やばっ!」
「ふんっ!!!」
「せぇいぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっ!!!」

天井から落下して来た大きな梁の一つが空中で静止し、もう一つが吹っ飛ばされる。

「大丈夫ですかっ!?」

飛び蹴りからスタンと着地した風斬氷華が叫ぶ。

「わ、私は大丈夫、って!?」
「大丈夫ですかっ!?」
「ふんっ!!!」

和美とのどかの叫びの中、漢は重量挙げよろしく支えていた梁を放り出した。

132 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/14 02:22:37.81 kqUKR9zs0 767/920

「おうっ、大丈夫かっ!?」
「は、はいっ、有り難うございましたっ!!」

飛び退いて腰を抜かしていた和美と後じさりしていたのどかが、
目の前の日章旗Tシャツの鉢巻き男にぺこぺこ頭を下げる。

「す、凄いですね…あなたは一体…」

風斬が尋ねた。


「うむ、俺は削板軍覇、学園都市レベル5第七位ナンバーセブン。
だが、それは大した事ではない」
「大した事じゃない、って」

和美が言う。

「根性だ。コンサート会場から避難していたが、
お前達の声が聞こえたからな。
である以上、根性入れて助けに戻るのも当然だろう。
しかし、お前の蹴りも根性入ってたな」
「は、はい」

削板を除く総員、呆れ返っていると言うのが実際だった。
最も、風斬自身呆れ返っているのだが、それを見ている方はと言えば、

「ねえ、本屋」
「はい」
「いやいやいやいや、今の飛び蹴りってもう、くーちゃんにも負けないって言うか、
なんか一瞬見間違うぐらいだったんだけど。
本格的に何者あの人」
「そ、そうですねー…」

「よし、ここを出て避難誘導に合流するぞ」
「え?」
「見ての通り、この辺りは根性無しだな、構造的な損傷が特に酷いらしい。
こちらを抜ければ避難路に合流出来る」
「こちらを、って、壁ですよね…」

のどかが削板の真正面に就いて見たままありのままを質問した。

133 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/14 02:26:24.98 kqUKR9zs0 768/920

「すごいパーンチッ!!」
(突っ込む気にもなれない…)

「よしっ!!」

和美の心の呟きが示す通り、それは大成功だった。


「急げっ!!」

削板が叫ぶ。

「逃げ道を確保すると同時に、このエリアには致命的なダメージが発生した。
根性入れて走らないとまとめて潰れるぞっ!!」

 ×     ×

「と、言う訳で、朝倉和美宮崎のどか風斬氷華強制離脱、
と、メールが届きましたちう様」
「分かった、こっちの事は気にするな絶対生きて脱出しろ!
そう伝えろっ!!」
「ラジャーちう様っ!!」

走りながら角を曲がった所で、千雨と木乃香は足を止める。
そこには、壁に背を預けて座り込む女性の姿があった。

「どうしました?…おいっ!近衛っ!!」
「うんっ!」

脚を投げ出して座り込んでいたのは、高校生ぐらいの女性だった。
ロングヘアの髪型で、いかにもコンサートに来たと言った服装。
但し、ジャケットとシャツが真っ赤に染まっている。

「腕章?あんたジャッジメントか?」
「ん…鞄の、次はポケットに入れっ放し、ってね。
逃げ遅れ、一応確認してたら、黒い女、血の付いたナイフ持って走って来て」

134 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/14 02:30:00.69 kqUKR9zs0 769/920

「分かった、だから…」

「あー、あ、折角、休みとれたのに、
休暇で管轄外でジャッジメントですの、で大ケガとか、
適任者他に、いるだろ、って…
…これ…私…ぬの…殉職、とか、っちゃうのかな?」
「生憎、こいつとかち合った以上二階級特進は諦めてくれ」

水滴の盛り上がった瞼を見ながら、千雨は力強い表情の木乃香に視線を向ける。

「私は先に逃げてる、ここは…この人の事、頼む」

千雨が木乃香に向けて右目を閉じ、木乃香が頷く。


「気を付けて」
「ああ、私は小利口で小賢しいんだ」
「あ、あなた、も早くここから、助けを呼んで、ここは危ない」
「うん、分かってる。終わったらすぐに行くさかい」

 ×     ×

「くっ!」

通路を進み、コンサートホール専用口の一つの扉に銃口を向けていたシャットアウラが、
刺さる様な不快感を感じて腕を振る。

「何だお前はぁぁぁーっ!?」

立て続けの発砲に、千雨はとっさに水飲み場のある通路の窪みに逃げ込む。

「それはこっちの台詞だっ!!」

そこで千雨は絶叫した。

「何?」
「無関係な人まで殺しに掛けて、
何考えてやがるどこの無差別通り魔なんだよテメェはっ!?」
「秩序を取り戻す」
「は?」

135 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/14 02:33:19.15 kqUKR9zs0 770/920

「奇蹟、奇蹟だと、怠惰な人間が生み出した都合のいい、只の確率、
私は認めない、そんなものがあるから、そんなものが」
「それがアリサを殺す理由、とか言い出すつもりじゃないだろうな?」

「アリサが、アリサの歌がレディリーの計画を生み出した。
レディリー、アリサ、私は許さない…
私は、私はアリサを、奇蹟の歌を否定する、レディリーの計画を破壊する…」
「お、落ち着け、レディリーと敵対しているのはこっちも同じだ。
だからあぁぁぁぁぁっっっ!!!」

立て続けに拳銃が引き金を引かれる一瞬前に、
千雨は通路の窪みを蛙跳びに逃げ出していた。

「うああああああっ!!!」

未だ聞こえる千雨にとっては耳に心地よい歌声をぐちゃぐちゃにかき乱す銃声。
だが、柄にもない、と思い身の縮む思いの中でも、
千雨はそれを何か悲しい咆哮とも感じていた。
果たして、その銃声は正しく乱射だった。
左手で頭を抑えたシャットアウラは、文字通り滅茶苦茶に拳銃を乱射している、それだけだ。

(ワンチャン………頼む………)

カチッ、と、乾いた引き金の音と共に、七部衆がシャットアウラに総攻撃を掛けた。

「(今度こそ、スタンスティック…)
ごふっ!!」
「ちう様っ!?」

突進し、電流を溜めたステッキ型「力の王笏」を振りかぶった千雨は、
すいっと半身を交わしたシャットアウラの腿の一撃をまともに食らい体を折った。

「あっ!」

更に、コメカミに銃把の一撃を受け、体を床に滑らせる。

「かはっ!」

拳銃をしまったシャットアウラの足の甲が千雨の胸と腹を一撃した。

136 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/14 02:37:01.39 kqUKR9zs0 771/920

「ぐ、っ…」

ぎりぎり、開いている目でシャットアウラを見上げる。
普段はきっちり艶やかな黒髪は乱れ果て、
尋常ではない汗を浮かべ隈も見える。
それは酷い面相である一方で、凄絶な美の側面すら表出していた。

「立つな」

シャットアウラが口を開く。

「多少は体力、身体能力に秀でている様だが、
動きがずぶの素人だ。
私は秩序が好きだ、私は秩序が好きだ。
好き好んで無関係の通り魔をするつもりはない。
理解したなら無駄な事はやめろ」

「友達を、殺すって、止めるのが無駄なのかよ?」
「選択肢の無い状況で死体が一つと二つ、どちらがいい?
それだけの話だ」
「ち、くしょう…」

千雨が床を這いずるが、さすがはプロ、全ての打撃が的確だったらしい。

「待て、よ…」

長谷川千雨が立ち上がる。
黙って振り返ったシャットアウラ=セクウェンツィアは拳銃を千雨に向けた。
千雨の膝がガクッと力を失う。

「それでいい、それで正解だ。それは、当たり前の反応だ」
「待ってくれ」

今の千雨は、肉体的に声を出すのも辛かった。

「頼む、殺さないでくれ、私の友達を。
ああ、それが第一だ。だけど、第二にあんたに人殺しをさせたくない。
意味が分からない。秩序のためにアリサを殺す?
そんな事をしても誰も、何の秩序が生まれる?
あんた自身だって何の得がある?何が救われる?」

137 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/14 02:40:15.51 kqUKR9zs0 772/920

「救われる事など何もない、最初からな。
只、ふざけた、ルールをねじ曲げ踏み潰す奇蹟の芽を一つ潰すだけだ。
理解は求めない、妨げるならば力ずくで排除する」

「待てっ!あんたは、アリサを…私の…」

「この後の結果は全て私への怨み私の責任私の罪だ、
お前は鳴護アリサの友人として為し得る全てを行った。
一人の人間として誇るに値するんだろう。
オモチャのステッキを振り回す子どもがお姫様を救う、
そんな奇蹟も魔法じみた英雄も現実には存在しない、してはならない。
奇蹟も、魔法もないんだよ」

「待ってくれ」

背を向けたシャットアウラに、千雨は尚も呼びかける。

「一つだけ教えて欲しい」

シャットアウラは歩き続ける。

「ディダロス=セクウェンツィア」

シャットアウラの歩みが止まった。

「オリオン号の機長。死んだ、のか?オリオン号で?」
「…そうだ…」
「そうか」
「…ここから逃げろ、僅かな可能性でも」

千雨の体が今度こそ脱力し、シャットアウラの足が歩みを再開する。

138 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/14 02:43:32.31 kqUKR9zs0 773/920

「ちく、しょう…!?」

千雨が異変に気付く。
通路の壁がバババババッと一斉に光り出した。
その赤い光は、大量の魔法陣を刻んでいる。

「これ、や、ばい…」
「何だっ!?」

シャットアウラが叫ぶ。
魔法陣からは、何か気体とも液体とも固体ともつかない、
とにかく得体の知れない黒いものがぐにょぐにょふよふよと止め処なく溢れ出していた。
銃声が響く中、千雨は、それが何であるか、何となく理解しつつあった。

「まさか、魔、素?嘘、だろ…」

逃げないと、だが、体が言う事をきかない。
なけなしの電気を乗せて、武器としては大した出力も無いステッキを振り回すのがやっとだ。
周囲には霧ともアメーバーともつかぬものがそこら中に溢れ、
しまいに、耳をつんざく爆発音と辛うじて聞こえる足音が響く。

「良かった、のかな?逃げられた?…」

その時には、外部から見えないぐらい千雨は魔素に取り巻かれていた。

「う、えええっ」

物凄い不快感。取り囲まれ、取り憑かれ、浸食が始まったらしい。

139 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/14 02:47:28.66 kqUKR9zs0 774/920

「ち、く、しょう…シャットアウラにも、こんな化け物、にも…
私、は…アリサ…」

負けた、身も心も。
千雨の指示が正しく通っていれば、木乃香はあのジャッジメントと共に避難している筈、それでいい。
仮に木乃香一人がここに来てもかなりの確率で共倒れだ。

そして今、自分はこうして為す術を持たない。
そして今、指一本動かすのもだるくて仕方がない有様。
それでも、千雨の目は異変に気付く。
もはや視界すら失いつつあったどす黒い魔素が、瞬時にまとめて消滅していた。

「え?…」

ガシッ、と、肩に力強く掴まれる感触が伝わる。
その瞬間に、千雨の全身から耐え難いだるさ、不快感が消滅した。

 ×     ×

エンデュミオンラスボスの間
綾瀬夕映は押し黙って支柱に手を差し伸べ、部屋全体もしんと静まり返っている。
夕映の顔にだらだらと溢れる汗は粘っこさすら感じられるものとなり、
その身の小刻みな震えも呼吸も今は目に見える程に大きくなる。

夕映の目がカッと見開かれ、
我が身を抱いて座り込んだ夕映は小刻みすぎる呼吸の後、
右手で口を塞ぎこみ上げるものを懸命にこらえていた。
終始嘲笑を浮かべていたレディリーの表情は退屈そうなものとなり、
フェイトの目尻も僅かに動作する。

140 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/14 02:50:40.39 kqUKR9zs0 775/920

無理も無い、とフェイトも思う。
確かに、アーティファクト込みの夕映の技量は決して低いものではない。
あの夏に相対する立場となった時にも、
夕映は高度に繊細で複雑な封印術式を命懸けで解除して見せた事もある。

だが、今回は余りにも常軌を逸している。
レディリーが使っている術式、その知識自体が伝わっていない程に古典的と言う問題もあるが、
言ってみれば、必要がないから最初から非常ロックすら取り付けていない水爆の起爆装置みたいなものだ。
余りにも馬鹿げた規模で爆破させるためだけに特化している。

まだ右手で口を押さえながらも、夕映は左手を挙げて立ち上がろうとする。
だが、その膝はすぐに砕けた。
退屈そうなレディリーを見て、フェイトはほんの僅かに、
その場で石像にしてやる衝動に駆られる。
一瞬だけ、レディリーがニッと凄惨な笑みを返して来た。

さてどうする?フェイト自身は、魔法使いと言う意味では、綾瀬夕映の遥か高位の実力者だ。
それは最初から専門の別を凌駕している。
別に勿体ぶっていたつもりは無いが、そして、フェイトですら理論的可能性が危ういトンデモ術式であるが、
困難など今更と言う話だ。

「今は、いんたーねっとっていうんだね」

動こうとしたフェイトの足が止まる。

「居ながらにして全てを知る事が出来る。
例え、それが完璧に正しい知識だったとしても、
私でも知っている科学の原子爆弾を解体する事が出来るかな?」

144 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/18 14:47:41.62 E3TsvN5z0 776/920

 ×     ×

「チャンスは一回」
「オッケー」

エンデュミオン中継ステーションの一角。
通路の角で、「孤独な黒子」に隠れた面々が頷き合う。

「いっくよぉーっ!!」
「ぶひぃぃぃっ!!!」

十字路に飛び出した佐々木まき絵にどっかの傾き者でも乗っていそうな巨馬が突進して来る。

145 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/18 14:53:01.66 E3TsvN5z0 777/920

「そぉーれぇーっ!!」

天井のパイプに絡んだリボンをまき絵が思い切り引き、その勢いで跳躍する。

「わっ、た、っとおおっ!!」

馬の背中に飛び移ったまき絵が馬の鬣を掴み懸命に縋り付く。

「ちょぉーっとだけ大人しくしてよおっ!
暴れるってんならとことん付き合うよぉーっ!!」

まき絵の並外れた身体能力平衡感覚だけが頼りの凶悪なロデオ。
それは、唐突に終了を告げる。

「ぶひっ?」

ギリギリの距離で夏美から外れ、間一髪蹴り飛ばされる直前に、
白衣姿の亜子が巨大な注射器を馬の尻に突き刺していた。

「ぶるるるる」
「よしよし」

まき絵に頬を撫でられ、馬は気持ちよさそうだ。

「うん。呪いの毒は抜けたみたいやなぁ」

 ×     ×

「又かっ、きりがない…こいつかっ!!」

更に、魔法陣がざああああっと片っ端から消滅していく。

「大丈夫かっ!?」
「ああ、お陰さん、で」

立ち上がろうとした千雨だが膝が言う事を聞かず、
逞しい腕に支えられていた。

148 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/18 14:58:32.91 E3TsvN5z0 778/920

「元のダメージまでは無理か」
「悪いな、再生能力とかじゃないから」
「アリサ…」
「アリサ!?」
「ああ、シャットアウラ、あいつアリサを殺す気だ。
あいつ、このまま行ったらアリサが殺される。
今、真っ直ぐアリサの所に向かった、行かないと…」

そう言いながらも、体が動かない。
支えられたままの状態で抜け出す事すら出来ない。

「分かった、俺が行くからオマエは休んでろ。
その怪我じゃ無理…いや、足手まといだ」
「あ、うん…」

腕が離れ、千雨は座り込んだ。

「助けて…」

小さい呟きだったが、それは確実に届いていた。

「アリサ…私の友達…それに、シャットアウラ。
あれは普通じゃなかった。何かがある筈なんだ。
何があった?オリオン号の呪い、解いてくれ…」

「ああ、そんなモンこの右手がぶち殺してやるよ。
必ず助ける、アリサも、シャットアウラも、オマエも。
有り難うな、アリサのために、俺の友達のために頑張ってくれて」
「ああ」

もう、何を見ているのかもよく分からない有様で、
千雨は脱力した。
そして一人ほくそ笑み、うつらうつら呟く。

「友達、ね。馬鹿野郎。
どいつもこいつも、ヒーローってのは朴念仁って相場が決まってんのかね。
アリサ頑張れよ…そーゆーニブチンはだ…一発…その一発じゃねーぞ…」

150 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/18 15:03:50.18 E3TsvN5z0 779/920

 ×     ×

「そもそも、君はなんなのかな?」

ラスボスの間にズカズカ入って来たインデックスがフェイトの前に立って言った。

「あちらの世界の技術みたいだね。
只、すごーく大雑把に言えば高位ギリシャ魔術のゴーレムだと言う事は理解出来るんだよ。
それが本当に人間そのもの、物凄い精密さなんだよ。
古典ギリシャ語、人形遣い、君もここの術者の仲間なのかな?」
「いえ、その心配はありません」

綾瀬夕映が口を挟む。

「彼、フェイト・アーウェルンクスはレディリーとは無関係。
今までそんな暇はなかった筈ですし元々利害も対立していますし現在麻帆良学園の教師、
その身元は麻帆良学園が確かに保証しています。
そして彼もその契約を違えるつもりはありません」
「分かったんだよ」

インデックスが了解し、レディリーに視線を向ける。

「驚いた。こんな無茶な術式は初めて見たよ、地球を壊しちゃう気?
魔力を精製する回路が乱れているどころじゃないよ」
「禁書目録、聞いた事があるわ。
十万三千冊の魔道書を記憶させられた人間図書館。
あなたなら解るでしょう、魔術によって呪われた者の気持ちが。
ようやく抜け出せるの、この地獄から!」
「無理だよ。それをやってもあなたは死ねない」

静かに、そして確信を持って告げたインデックスは、
歯がみするレディリーを残し、
黙って見守る事しか出来ず立ち尽くしていた夕映に歩み寄る。

151 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/18 15:06:53.64 E3TsvN5z0 780/920

「ゆえは下がってて、後は私が引き受けるんだよ」

「そう、ですね。術式のセキュリティーに引っ掛かるまでもなく、
精神的疲労だけでこの有様です。
流石に、科学で言う原子爆弾水素爆弾にも匹敵する高度大規模術式。
マニュアル片手の駆け出しでは役者が不足しているです」

「貶めるつもりはないんだよ。
アーティファクトの助力を差し引いても、
ゆえの技量は年齢を考えると高い水準にあるんだよ。
後、一万回も高度術式を解除すればゆえにも出来る様になるんだよ」

「あなたにそう言ってもらえるのならば何よりの名誉です」
「これは、忌まわしい呪いの術式を解くのは、
私の役目なんだよ」

その宣言は決して勇ましくも誇らしくも見えない、
只、厳かに、格の違い等と言う言葉も下衆な何かを夕映に知らしめる。
次の瞬間、室内の床に空中に展開されていた魔法陣の多くが、
一斉に赤い光を放ち始めた。

「これはっ!?」
「何、これ?起爆ではないけど物凄く禍々しい魔力なんだよっ!」

レディリーがさっとフェイトの射線から逃走し、
フェイトの周辺で大量の何かが灰色の塊となって砕け散る。

「白き雷っ!」

夕映が練習杖を使って対処を開始する。
起動した魔法陣からは、次々と何かが姿を現す。
それは、人とも獣ともつかぬ骸骨が黒い何かをまとって。

「くくっ、ふふふ、アハハハハハハハハハハ」

フェイトの監視を外れたレディリーの高笑いが響く。

152 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/18 15:10:01.17 E3TsvN5z0 781/920

「どうやら、奇蹟の力は念のためにおまけにつけておいた術式が
発動するぐらいのハイパワーだったみたいね。
或いは、この塔の中でイレギュラーに満ち溢れた魔力でも取り込んだのかしら?」

「これは…人形?影?違う、どちらでもありどちらでもない…
禍々しきものを形作る要素そのもの、それが寄り集まり形になって動いてる?」

「驚きました、正解です。
我々はあちらの世界で一度経験しているのですが。
しかし、これはあくまで影であり人形。
コントロールが必要な筈なのですが、それもこれだけの数をレディリーに…」

「召還魔術に命令文が付与されているんだよ。
それ自体非常に高度な事で、簡単な書き込みしか出来ないけど、
敵しかいない状況で見付け次第アタックぐらいなら予め自動的に設定出来るんだよ」

「術式の知識は超一流、ですか」
「私のスペル・インターセプトなら現出してるものは一掃できると思うけど」
「いえ、時間が足りません。
ここは我々に任せて地球破壊術式の解体に集中して下さいです」
「分かったんだよ」
「インデックスさんには指一本触れさせないですっ!」

一方で、フェイトは次々に現れる魔素人形を軽々とぶちのめし、石に変えていく。

「ふうん」
「強力な魔力であればこそ強力なものが引き付けられるみたいね」

実に楽しそうなレディリーの言葉通り、
ちょっとした怪獣と言うべき魔素人形がわらわらとフェイトに群がる。
流石にフェイトも一蹴とまではいかず、ボコボコにぶちのめしていく。

153 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/18 15:13:13.43 E3TsvN5z0 782/920

「ひゃー、これってあれなの?」
「!?ゆーなさんっ、見ての通りですっ!!」
「オッケェーッ!!つうっ!」

悲鳴を上げる筋骨も心地よいとばかりに、
二挺拳銃を携えた明石裕奈が入口から魔素人形の群れのまっただ中へと突入した。

「こーゆーのひぃっさしぶりだにゃーっ!!」

一見スリップした様にごろりと転がりながらも、
裕奈は流れる様な銃さばきで料理していく。

「なんだぁ…水を得た魚かよ」
「…超少なくとも、人ではない様ですね」

麦野の前で、拳の突き抜けた土手っ腹に風穴を空けて消滅する魔素人形を前に絹旗が言う。

「きぃぬはたあっ!」
「アイサーッ!超窒素パァーンチッ!!」
「ばぁけものどもおっ!
テメェら全員ぶち殺し確定だああああっっっっっ!!!」

157 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/21 14:51:35.57 y72MK3vD0 783/920

 ×     ×

土御門元春はガバリと跳ね起きて荒い息を吐く。
全身衣服を絞れる程に汗まみれだ。

「目が覚めた様だね?」

声を聞き、周囲を見回す。
どうやら病院の様だ。

「病み上がりに無理をするものだね?
倒れている所を担ぎ込まれて来たよ」
「ああ、そうかい。面倒かけたぜい」

土御門が頭を下げ、ふーっと息を吐いて独りごちる。

「いくら何でも、超能力者と魔術兵器が真正面からガチバトル、
なーんてある訳ないよにゃー。
疲れてると夢見も悪いモンだぜぃ…」

 ×     ×

エンデュミオン基部エリア。

「かはっ!!」

巨大な翼の突きを受け、高音・D・グッドマンの背中が壁に叩き付けられる。

「ぐ、っ」
「どうしたぁクソボケ…っ!?」

複数の光の矢が空中の垣根帝督に向けて螺旋を描き、
垣根はそれらをさっさと翼で弾き飛ばす。
僅かに緩んだ一瞬の隙に、高音は翼の圧迫を逃れる。

158 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/21 14:57:05.38 y72MK3vD0 784/920

(辛うじて仕込んでおいたデイレイ・スペル。次は無い…)
「クソボケェッ!!」
「とっ!」

間一髪、高音が翼の一撃を避けて高音のいた吹き抜けの通路が破壊される。

「ぐ、っ」
「アバラでもイッたかぁ」

当たらずとも遠からじ。

(まずい、ですね。罅の一つも入ったか
まさか影の鎧越しにここまで肉体に響くとは、
人の身でどれだけ規格外の破壊力を…)

「手間ぁかかったが、その妙な物質の解析も随分進んでるからなぁ、
時間の問題だぜ」
「では、その残り時間を不要とすればいい訳ですね」
「つまり、こっから俺がテメェを瞬殺するって事でいいんだなっ!?」

大剣の如く突っ込んで来た翼を交わし、
着地した高音が怪訝な顔をする。
そして、視線をチラと上に向ける。

(銀色の光?確かに魔力を感じた…)
「何よそ見してやがるこのクソボケがあああっ!!!」

 ×     ×

「はか、せか?」

エンデュミオン中継ステーション通路。
座り込んでいた長谷川千雨が、携帯電話を取り出して呟く。

「もしもし、千雨さんですか?」
「ああ」
「今、いいですか?」
「ああ、頭ぐらいしか使えねぇからな」

159 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/21 15:02:14.24 y72MK3vD0 785/920

「判明した事実から改めて情報の検索を行いました。
オリオン号墜落の当日、魔法協会、イギリス清教、そして科学の学園都市は、
短時間に巨大な謎のエネルギーを観測しています」
「謎の巨大エネルギー?」

「はい。位置はエンジントラブル時点のオリオン号と見てまず間違いありません。
エネルギーの性質は不明、魔術とも科学とも確定できず。

場所が科学の学園都市上空、それも宇宙と言う事で、
短期間に消失したエネルギー体を魔術サイドが直接調査を行えなかったと言う事情もありますが、
それでも魔術サイドが僅かな観測データを残していたのは
魔術的な特殊流星を疑わせるエネルギーを観測していたからです。

科学の学園都市側にも、詳しい調査データは残されていません。
本当に深い所にはあるのかも知れませんが、今はそこまで踏み込む時間がありませんでした」

「やっぱりオリオン号には何か、
そいつが奇蹟のエネルギーだったって事か」
「そう考えるのが自然です。
そして、もう一つ出て来た情報があります」
「なんだ?」

「シャットアウラ=セクウェンツィア」
「シャットアウラ!?」
「はい、オリオン号事件で情報が消失した機長ディダロス=セクウェンツィアの娘です。
ディダロスの情報がガード又は抹消されていたためにその事自体確認に一苦労でしたが。
彼女に就いて、興味深いデータが入手出来ました」

「なんだ?」
「確か千雨さんは以前シャットアウラと顔を合わせたと言っていましたね」
「ついさっきまで殺し合いしてたよ」
「彼女に何か変わった点は?」

「変わった点しか無かったな。
最初会った時は冷徹な鉄の女に近かったけど
さっきのは半分発狂してブチ殺しに来てやがった」
「そこは、コンサート会場の近くですか?」
「ああ」

160 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/21 15:07:31.01 y72MK3vD0 786/920

「なるほど。彼女はオリオン号の事故後、音感に障害を負っています」
「音感?」
「シャットアウラは音楽のリズムを感知出来ない障害を負っているんです。
だから、今の彼女にとって、リズム感のある音楽を聴き続ける事は
耐え難い不快なノイズの中に身を置く事になります」

「あー、納得した。それだけでもなさそうだけどな」
「当時の主治医の医療機関は事故による脳障害の後遺症と診断しています。
しかし、どの様に脳が損傷したのか、そのデータが存在しません。
しかも、内部ではストレス障害説が根強く主張された形跡もある」
「根拠が無いって事か?」

「そうです。これは非常におかしい事です。
シャットアウラは科学の学園都市でも上位である強能力者、
しかもアースパレットと言うレアに属する能力者です。

科学の学園都市の能力開発は、人体の中でも脳とDNAが決定的と言える程に重視されています。
にも関わらず、脳障害を有力説とする明確な障害に対して
原因となる損傷が特定どころか情報すらまともに存在しない。
そのDNAに関しても気になる事がありますけど」

「シャットアウラのか?」

「鳴護アリサです。
ご存じの通り、鳴護アリサは結論として突如としてオリオン号に現れた謎のアンノーンです。
科学の学園都市ではその性質上、少なくとも能力者に関してはDNAデータが非常に重視されています。
ですから、我々外部の人間が科学の学園都市の能力者のDNAサンプルを入手するのは不可能に近い」

「DNAサンプルって、血液とか唾液とか…」
「能力者のDNAサンプルとなり得るものは、
髪の毛の欠片一つに至るまで徹底管理されています」
「マジか?」

「マジです。
中にはその詐取を専門とする裏の交渉人もいると聞きますが、正に命懸けです。
科学の学園都市では暗示、催眠、薬物投与に電気ショックその他諸々の方法で
脳を開発する事で能力を開発している、と言う概要は把握していますが、
ここまでDNAを重視している事、その他の状況証拠から考えて、
先天的な決定要素が大きいと考えるべきでしょうね」

161 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/21 15:10:59.14 y72MK3vD0 787/920

「生まれながらの超能力者、って事か」
「能力を発現させるための技術があるとしても、
元々の能力の存在それ自体はそう、先天的なものと考えるべきなのでしょうね。
魔法の世界でもネギ先生や近衛さんの様なイレギュラーがいるぐらいですから、
その逆の先天的体質も存在する訳ですし」
「そう考えると、最高位のレベル5が第何位って数えられる程度ってのもいい所か」

「ええ。能力発現の高い低いが先天的要素であり、
そのDNAが徹底して管理されているとすると、
次に考えるのは、超能力者と呼ばれるレベル5のDNAの螺旋構造のどこにそのファクターがあるのか、
それを突き止めて人為的な遺伝子操作による超能力者を作り出す」
「行き着く先は宇宙を巻き込んだ青く清浄なる種族間戦争か?」

「或いは、現在の超能力者そのものを量産する」
「…クローンか…」

「只、現時点では、科学の学園都市の進歩を加味したとしても、
クローン技術による個体の劣化、損傷は避けられない筈、
超能力者の様にデリケートな要素を含むとしたら尚の事です。
流石にレベル0、1は無いにしても、推定で言えばその上が精々でしょうね。

自分で言っていて気分が悪いですが、あちらの科学者相手の推定は、
まずは徹底してロジカルに考えないと底が無いですから表現がアレになってしまいます。
と言う訳で、超能力者から均質なデッドコピーを大量量産する、
この程度の事なら科学の学園都市の水準を考えるとさ程不思議ではありません」

「デッドコピーって言っても、元が超能力者で確実性があるなら十分脅威だな」

「はい。只、そもそもクローン自体が当然世界的な倫理違反法律違反ですから
いくら科学の学園都市でも表立っての製造は出来ません。
使い道があるとするならば、学園都市内に限定して…

例えば、クローンに対する実験データに掛ける幾つの数式を当てはめれば、
実際の実験には使えない貴重な超能力者の実験データに近いものになると言う理屈で。
この理屈を応用するなら戦闘データの大量実験も可能です。
私の知る限り、能力の基準は軍事的な利便性汎用性に負う所が大きいですから、
デッドコピーと何度か闘う事で超能力者と一度闘う経験値になります」

「なんつーか、雲行きが怪しくなって来たぞ。
そりゃ始まりの城の周りで地道にスライム潰してりゃあ徹夜何十日目でカンストするんだろうな」

162 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/21 15:14:28.43 y72MK3vD0 788/920

「そのやり方で考え得る最高の結論を得るためには、発想的にかなり人間やめる必要がありますね。
辛うじて手に入るデータから理論値で推定した場合、

全力で殺しに来る人間の形と生物学的特徴を完備した
デッドコピーを咬ませ犬として一日一体完全破壊したとして、
27年数ヶ月ほどそれを繰り返したら最高レベルすら振り切る領域に到達する、
その可能性を示す数値の揺らぎが見えないでもありません。

流石に、数学的に考えても、それを企画立案したり、
多数のパターンを経験するためには精々一日二体で十四年間近く自分の手で延々と実行し続ける。
そこまで人間やめてる人もかなり珍しいとは思いますが」

「当たり前だ」

「それでは、他に考えられる用途としては、あの学園都市では脳の演算機能を重視します。
そして、構造がある程度理解されている一定水準以上で均質な脳を大量に用意する事が出来る。
そして、脳と電気信号の交流にも一定程度成功している。
であるならば、電気的に強化した脳波で均質な脳そのものを交流、ネットワーク化して、
超巨大で超高性能な生体コンピューターとして利用する」

「理論上は、か。パソコンでもネット上でも繋いで使えるからな。
超能力者でその使い方するなら、一番候補は御坂美琴しかいないが」

「その途方も無いネットワークを
脳のフォーマットが同じであるプロトタイプとなった超能力者に逆流させて、
スーパー超能力を発現させる事すら考えられます。

何しろ、能力開発自体が脳開発により発現させている訳ですから、
只でさえコントロール出来ないと言うだけで性能は科学的コンピューターを遥かに凌駕している人間の脳。
脳開発により発現した超能力者と言うOSに、
個別では劣化でもとてつもなく巨大な容量の外付けHDDを付けたらどういう事になるか、
想像するだに震えが来ますよこれは。

もっとも、流石にここまで来ると妄想通り越して
私達の一つ下の学年が主に発症する病気のレベルの話になりますが…」

「ん?どうした?」
「ああ、いえ、ちょっとすいません。
誰か来たみたいです」

170 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/23 13:29:46.82 iM3+l/Kv0 789/920

 ×     ×

「もしもし?」

電話が繋がったまま葉加瀬聡美からの通話が途切れて、長谷川千雨が問い返す。

「ああ、すいません、茶々丸でした。
少々踏み込んだ調査を行っているもので、念のためここから移動する所です」

「そうか。魔法協会にイギリス清教に科学の学園都市か。
まともに目ぇ付けられたら、ハッキングだろうが盗聴、通信傍受に
物理でぶん殴るまでなんでもありそうだからな」

「まあ、その時は、とっくに掌の上に乗ってるでしょうね。
科学の学園都市ならオール電波傍受どころか
空気そのものが盗聴器でログが残されていると言われても驚きはしません。
出入国管理、機密保持のために、
実際に情報管理用のナノデバイスを人体に注入しているとも聞きますから」

171 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/23 13:34:50.93 iM3+l/Kv0 790/920

「ナノデバイスね、私も危うく毒殺されかけたけど、
そんだけ高性能なら、超小型でどこにでも設置、いや、
固定カメラに限定する必要すらないってか?」

「まあー、そこまで行くと、情報分析を行うマンパワーの隠匿には限度がありますから、
そこまでしてあの高度科学都市の街単位だけでも大量の情報をかき集めるとしたら、
そりに見合う情報処理を求めると、それこそ人間やめてコンピューターと直結でもしない限り
情報の取捨選択分析と判断が追い付きませんが」
「実に素晴らしくサイバーパンクだ。あの街のどっかに全身コードに繋がってるか
電気信号が直接伝わる液体にでも浮かんでる支配者でもいるってか」

「まあ、いても不思議ではないですけどね。
もちろん全部が全部マッドサイエンティストとは言いませんが、
あの街にはマッドなんて生ぬる過ぎる、
科学者として決して触れてはならない名前があるとも聞きますから。
そんなとある学年の病気に等しい妄想すら現実から直結する超科学情報都市。
超科学電子情報管理都市。それが科学の学園都市です」

「電子が全てを司り、電子の鍵が無ければ何も分からない、
鍵があれば全て…るっとお見通しのスーパー情報管理都市、か」

「ええ、そんな科学の学園都市で、
能力開発の要となっているのが脳とDNA。
その情報は外部からは厳重に秘匿されていて、
我々外部の人間は髪の毛一欠片すら持ち出す事が出来ない。
一方で科学の学園都市の側では全てを把握し、鍵の内側で管理している筈。
確か、鳴護アリサは学生であり無能力者でしたね」

「ああ、確か最低ランクって言ってた」

「であれば、逆に言うと検査の対象にはなっていると言う事です。
科学の学園都市は街自体が巨大な研究所。
科学の学園都市の生徒は、この際言い方の配慮を無視するならばすべからく実験材料、モルモットと同義。
であれば、研究所である学園都市は、少なくとも能力開発に関わるデータは必ず把握している筈。

そもそも、彼女は事故現場に突如として姿を現したアンノーン。
学園都市の側もアンノーン鳴護アリサの調査のためにDNAを使った形跡があります。
やらない方がおかしい。
取り敢えず、アリサ本人がそこにいて健全な肉体が存在するならば、
登録された能力者の中に親族がいないか、と言うレベルならすぐに検索出来る訳ですから」

172 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/23 13:39:55.32 iM3+l/Kv0 791/920

「結果は?」

「分かりません。検索を行ったと言う形跡はあるのですが、
その先の事が全く分からないんです。
もちろん、科学の学園都市の生徒ですから、
外部からの調査で彼女のDNAの螺旋構造を把握する事はガードが硬すぎて現時点では出来ません。
出来るのは実行された調査の形跡をログから探し出す事。もちろん至難の業ですけど。

鳴護アリサの場合、元データ自体がごっそり消えていて、
統括理事会認可で科学の学園都市の在籍が許されている。
その認可の根拠となっている元データは全て紙。
元々、個人情報の紙データ自体が個人情報として厳重秘密扱いですが、
鳴護アリサの場合、名目上は事故による元データの消失の後、
紙データで資格を確認されたにも関わらずそのデータが電子データに再登録されていません。

ログの閲覧情報を見る限り、初春飾利さんも同じ疑問を持ったみたいですね。
もちろん、彼女は慎重に痕跡を消しながら閲覧していたみたいですけど」

「そして、深入りしてレディリーの電子ドラッグに食われかけた、か」
「これは、事によっては紙データそのものの実在すら疑わしいですよ。
オリオン号事件に関わる調査記録も様々な改竄や抹消が行われています。
私の結論を言います。鳴護アリサのDNA照合は行われ、
その結果ヒットしたDNAデータは存在します。それも科学の学園都市に」

「なんだと?」

「鍵は消し方、消したいもの、消された、変えられた結果です。
鳴護アリサがアンノーンである以上、DNAによる親族照会は当然行われています。
そしてその結果は、少なくとも科学の学園都市に登録されている限りでは完全に天涯孤独、
本来であればそれで終わりです。

しかし、何をどう調べてそういう結論に至ったか、
レディリーによる電子結界を解除してその過程の痕跡を追跡していけば齟齬が見付かる。
ミスリードに注意しながらその齟齬の正体を解読していった場合、
隠したものは分からなくても隠す意図は分かります。
正反対の結論を隠す、それ以外にこのごまかし方はあり得ません」

「アホな事を言うが、そういう場合の定番は、
例えばどっかのお偉方とか王族なんかの隠し子、って話になると思うが」

葉加瀬が沈黙したので、千雨は本当にアホな事を言ったのかと考える。

173 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/23 13:45:19.95 iM3+l/Kv0 792/920

「親、なんですかね?」
「何?」
「そもそも、親から生まれたんですかね?」
「は?」

「一見無関係に見える事でも、
同じ場所を接点にして不可解に連続して発生すれば関係を疑うのが自然です」
「接点…オリオン号か」

「そもそも物理的にそこに存在する事自体がおかしいアンノーン。
聖なる魔力にも似た爆発的なエネルギー反応。
音感を喪失したシャットアウラ=セクウェンツィア。
絶体絶命からの奇蹟の生還。
死亡したのは一名、シャットアウラの父であるディダロス機長のみ」

「繋がる、か?…」
「シャットアウラの音感喪失は科学では説明出来ない。
科学で説明出来ないとするならば」
「………魔法、魔術か………」

「症状だけを見るならば、その場合一般には呪いと言いますね。
彼女はオリオン号で音楽を喪い、そして、父を喪った」
「不幸な事故とも言えるが、実際科学じゃない疑いがあるって事は、
そうなると正に呪いって話か」

「………ええ………それで………呪いの………同じ………奇蹟………」
「もしもし?騒がしいな、よく聞こえない」
「………予想より少し………早かった様ですね………今、茶々丸が………
………ええ、些か踏み込み過ぎたと言う事………今から車に………」
「もしもし、切った方がいいか?」
「………呪いと奇蹟が同時に起きていたとしたら………これは最早仮説と言うより妄想………
………歌を喪った………奇蹟の………人魚姫………車が出ますので別の場所で………」
ツーツーツー

「大丈夫かよ…」

嘆息した千雨が、壁に背を預ける。

「呪いと奇蹟、一緒に?呪いと、奇蹟、人魚姫………
………願い………オリオン号での願い………それは生きる事………願いの対価………奇蹟の対価………
………生きる事を願い………喪い………いる筈の無いアンノーン外部からでは………じゃあ生まれた………
………呪いが、生んだ?………鳴護アリサには親族がいる、絶対に隠匿されている………」

174 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/23 13:48:28.60 iM3+l/Kv0 793/920

 ×     ×

「なんだぁこのデカブツがあっ!!」

エンデュミオンラスボスの間で、
骸骨が黒いものをまとい、明らかに人間を超えたサイズのどす黒い人型のマッチョと化す。
あの夏、あちらの世界の戦いの経験者なら知っている魔素人形。
ズガン、と、床に振り下ろされた魔素人形のパンチを麦野沈利はひらりと交わし、
交わし様に原子崩しを撃ち込む。

「チャンバラかうぜえっ!!」

更に、別の魔素人形が振り回す大剣がぶうんと空を切り、
麦野の振り返り様の原子崩しがその持ち主をぶち抜く。

「明らかに人じゃない人型のマッチョなデカブツどもがうじゃうじゃと、
バイオ兵器か出来の悪いギミックか…」

原子崩しで一発一発魔素人形を破壊している麦野は明らかに苛立っていた。

「そぉいっ!」

絹旗最愛の回り蹴りを受けた魔素人形が吹っ飛んで別の魔素人形に背中を叩き付ける。
ロケットスタートした絹旗の拳がその重なった二体丸ごと貫通する。

「麦野、原子崩しの出力と狙い、
超普段着で宇宙遊泳だけは超勘弁して下さいね」
「ってんだよクソがあああっ!!!」
「おお、百発百中」

ズガンズガンズガンズガンズガンと爆発する魔素人形に、
明石裕奈が感心しながら拳銃を振るう。

「(流石に熟練の戦士或いは殺し屋、異常な程の素晴らしい状況適応ですね。
只、宇宙施設で使用するには出力調整が難しいと言う事ですか。
地球上であれば我々のパーティーが相手をしても壊滅的に危険ですね)
あっ!」
「あ゛?」

そんな麦野の背後の魔法陣からぬおっと現れた魔素人形に気付き、綾瀬夕映が声を上げる。

175 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/23 13:51:44.22 iM3+l/Kv0 794/920

「なーに人のケツにストーキングしてんだこの骸骨人形があああっ!!
オラオラオラオラァ避けてみろよおらあっパリィパリィパリィパリィってかああああっっっっっ!!!」
「あのー、ゆーなさん、魔素人形をドツキ倒している様に見えるのは…」
「ああ、うん、素手でまほら武道会に出てもいい線行くと思う、
と言うか無制限なら拳闘大会でも…」

一瞬ぽかんと眺めていた夕映がハッと振り返る。

「白き雷!!」

術式解析を進めるインデックスの側で練習杖を振るいながら、夕映も焦燥を隠せない。

(まずいですね。最初が不味かったですか…)

夕映に、絶賛怪獣退治中のフェイト、裕奈、アイテムの二人。
火力自体は悪くない。
だが、意外と広い部屋の中で点在させ過ぎた。

(インデックスさん一人を守り抜けば勝ち、だった訳ですが…)

インデックスが予想外に闖入して来た事もあって、対処が遅れた。
術式の解体に専念するインデックス一人を守り抜く事に徹すればそれで良かったのだが、
今から敵のまっただ中で編成し直すのはリスクが高い。
火力から言って一体一体はまあまあ対処出来るのだが、
魔法陣から次から次から召還されて鬱陶しい事この上無い。
この状態で解体前に術式の本体が発動したら地球諸共アウトだ。

「何とか、インデックスさんは守り抜き………!?」

夕映が目を見張る。

「なんだ、っ!?」

麦野も一瞬腕で目の前を隠す。

「これは…又強力な魔力」

一斉に銀色の光を放ち始めた高度の高い空中魔法陣を見て、
インデックスが呟く。

176 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/23 13:54:51.27 iM3+l/Kv0 795/920

「これ以上は、まず、い………」

放たれた魔力が実体化する感覚に、夕映の顔から血の気が引く。

「ったぁー、あれ?これって?」
「ご無事ですか、お嬢様」
「ええ、私は。これは、どういう事ですか?」
「…どうやら、旧世界側の宇宙で天文学の力も借りて
恐ろしく馬鹿げて大規模で条理を超える程に異常な召還術式を発動させた人がいるみたいですね」
「つまり、それで旧世界側に召還されちゃったって訳?演習中に?」
「なるほど。どうやらその様ですね。見知った顔もいる様ですし」

取り敢えず、団子になって事態を把握する姿を見て、

「…あ、あああ…」

綾瀬夕映は、立ち尽くし言葉を失っていた。

「全く、何を惚けているのですか?
この状況でやるべき事など一つだけでしょう」
「あ、ああ…はいですっ!
彼女、インデックスさんが術式解体のキーパーソン、絶対死守です」
「ビーさん?」

「………インデックス………旧世界イギリス清教禁書目録………
………極秘裏にして重大要人としてお嬢様が受験勉強にかき集めた最高位旧世界外交参考書の中にも………
この術式、常軌を逸して狂った破壊的召還術式を解体するのですか?」

「そうなんだよ」
「その通りです。インデックスさんを守護してアリアドネー九七式分隊対魔結界配置、
私とベアトリクスで攻撃、委員長とコレットは何としても結界を死守して下さい。
術式は全て連動しています。
インデックスさんの解体が成功したらこちらの勝ちですっ!!」

「了解」
「分かった!」
「全く、私を差し置いて実に理に適っていますね。
それでは皆さん、参りますわよ」

「「「「装剣ッ!!!!」」」」

177 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/23 13:58:12.97 iM3+l/Kv0 796/920

 ×     ×

「くああっ!!」

エンデュミオン基部エリアで、跳躍した空中で翼の横薙ぎを叩き付けられ、
高音の体が吹き抜け通路の壁に叩き付けられる。

「う、ぐっ…」

壁に突き刺さる翼を、高音が床を転がり辛うじて交わした。
ダメージが大きい、大き過ぎる。最早その身で受けられる攻撃ではない。

「おおおおおっ!!!」

高音が練習杖を振り翳し、全力で魔力を発動した。

「やるかクソボケッ!!!」

空中で、黒の触手と白の翼が絡み合い、メキメキと音を立てて軋み合う。
そして、ばあんと音を立てて弾けた。

「あ、あああ…」

通路に立っていた高音が、青ざめた顔でふらりと足を後退させる。
空中では触手を引きちぎられた巨大影法師のそこここに白い翼が突き刺さり、
或いは翼を押し付けられ締め上げられている。

「これが何であるか、まだ九割方は勘みたいなモンだがなぁ、
いけそうだぜぶっ壊すぐらいはよおおおっっっっっ!!!!!」

「ぐああああ、っっっっっ………」

一帯に、空中と吹き抜けの通路からおぞましい悲鳴が響き渡った。

「あっ、か、はっ、ぐあっ………」

経験した事の無い感触。
或いは、あの夏あの途方もない攻撃の直撃を受けていればこうなっていたのかも知れない。
絶対的な防壁として高音の盾になっていた影の術式、その源である「黒衣の夜想曲」。
そのもの自体が破綻した事で、連動していた「影の鎧」も破綻と共にダメージを逆流させる。

178 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/23 14:01:38.76 iM3+l/Kv0 797/920

「いた、いっ…」

その身を抱き、たたらを踏みながら、高音には原始的な根性で耐える事しか出来ない。

「終わりだなおいっ!」
「ぐっ!!」

突っ込んで来た翼を交わし、立ち上がった高音はあくまで練習杖を垣根帝督に向けた。

「ああっ?ちょっとは攻撃出来るみたいだが、全然通ってねぇだろうが。
そのなまっちろい体一つで俺の未元物質に何が出来るってんだあっ!?
ショック死でも出血多量でもこっちの目的は達成出来ねぇからよぉ、
この街の病院なら腕の一本や二本急げばくっつくんだ、
ダルマになる前に何でも白状しますって土下座しやがれっ!
まずは左腕えっ!!!」

「くっ!」
「なんだぁ?そりゃあ紙の壁かあっ!」
(その通り、この程度の魔法防壁、全然足りない………
………銀の光?………もしかして迎えの光、と言うものでしょうか?………)
「おおお………な、っ?」

ガガガガガガガガガッ!!!
と、壮絶な音が高音に生の実感を呼び戻し、
高音は一瞬恐怖に負けて閉じた目を開いた。

「なんだ、こりゃあっ!?」
「強力な、物凄く強力な魔法防壁っ!?」

高音が目の前に見たのは背中、素晴らしく凛とした立ち姿。
差し出された右手の前で、
兵器に他ならない大剣の突きと化した白い翼が二人を逸れる。

「!?」

垣根帝督がざっ、と、右を向く。
そちらから飛んで来たとんでもなくデカイ刃物と垣根が防御に回した全ての翼が激突し、
刃物も翼も木っ端微塵に砕け散った。

179 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/23 14:05:19.67 iM3+l/Kv0 798/920

「やるじゃん」
「なんだぁ?どっから湧いて出やがった?」

前髪の下からつーっと嫌な汗が伝っている事を、垣根の心が力ずくで否定する。

「おい、そこのイカレたマッチョマンに褐色女。
今のは見なかった事にしてやる。関係ないなら失せろ、死ぬぞ」
「あり得んな」

高音の前で、左頬を手で拭いながらの返答。
拭われた赤いものは、その事の重大性が高音を戦慄させる。

「この者、余所者として安全な所に留まる口実など幾らでもあった。
だが、我らが国我らが民のため、迷わずその身を最前線に置き続けその身を危機に晒し続けた。
それを無関係など、王族として人としてあり得ん」

「あ?どこの厨二病だテメェは?
多少は何かの能力を使うらしいが、
学園都市レベル5第二位どうこう出来るとでも思ってるのかああーっ!?」

バサアッ!と、音を立てて幾つもの白い翼が翻る。

「いいのか?」
「何?」



そ の 程 度 で い い の か?

と聞いてんだが?」

「うむ、どうやら強力な召還術でこちらに飛ばされた、
と言った所かの。
王族たる者、見えぬ所でハメを外す機会を逃すものではないわ」
「全くだ、スーツってのはかたっ苦しくていけねぇなぁ」

「ん?なんだ、お前も来てたのか?」
「おぬしもか。つまり、あれを倒せばいいのだな?」
「結構強そうだぜ。レベル5の第二位様なんだとよ」
「まあ、あの決勝戦ほどではなかろう」

180 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/23 14:08:40.77 iM3+l/Kv0 799/920

「どうやら、あの子達もこちらに飛ばされた様ですね。
迎えに行く前に」

「ほら、起きろ馬鹿息子!」
「ったぁー、んだぁ、ここは?」
「どうやら、例の旧世界とかみたいだねぇ」

「ったく、何だってそんな所に」
「まあ、来ちゃったモンは仕方がないね。
来ちゃったからにはアコを探そうかね」
「あんなのはどうでもいいが、その前に片付ける事があるみてぇだなぁ」
「だねぇ」

「なんだぁ?お宝の間じゃあねーのか?」
「どう見ても違う。科学や人が話に聞いた旧世界っぽい」
「じゃー、ノドカちゃんいるのかなー」
「その前に、みたいね」

「つまり、何故か旧世界に飛ばされた」
「そしてお偉方も一緒でどうやら戦闘配置」
「であるならば、賞金さえ約束下さるのならプロとして我ら相応の仕事を約束するが」

「あー、流石にちょっと卑怯臭ぇからよ、
ここは先着順って事で俺がタイマンいくから、何かあったら後頼むわ」

「ふっ、ざっ、けっ、るっ、なぁぁぁぁぁぁぁぁあっっっっっっっっっ!!!!!」

怒号と共に、一帯に凄まじい衝撃波が走る。

「ナメてんのか?レベル5第二位ナメまくってんのかっ!?
全員まとめて束になっててとっとと来やがれっ!!」

181 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/23 14:11:50.39 iM3+l/Kv0 800/920

「だとよ」
「うむ、威勢がいい。やはり若い者はこうでなければの」
「ハッハーッ、全くだ」
「おお、とうとう婆ぁを認めたか」
「やかましいわこの筋肉ダルマ」

「て、事だから、ナンバー2って微妙なプライドに配慮して、
ここは戦友カルテットって事で妥協しとこうか」
「ま、後ろの連中も異存はないみたいだぜ」
「まあ、あったとしても(以下略)」
「おお、待たせたの、そういう事で順番が決まったわ」

「ム、ム、ム、ム………

ムカついた!!!!!

て、め、え、ら、全、員、

愉、快、過ぎる、

オブジェにしてやるぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっっっ!!!!!」

 ×     ×

只、思いだけを巡らせて通路に座り込んでいた千雨の指がぴくりと動く。

「………これ………この歌………出来たんだ………」

起こそうとする体に激痛が走る。

「………呪いが、奇蹟?………奇蹟の対価………人魚姫は喪ったそして生まれた………
………知るか馬鹿野郎………行か、ないと………私の、友達………」

184 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/24 14:44:31.97 p12Q1ktp0 801/920

 ×     ×

「ごめんなぁ、今だと流れた血までは回復出来ないみたい」
「何、言ってんのよ、生きてるだけで御の字だって」

ちょっとしたパーティールームの様な室内で、
近衛木乃香の肩を借りながら柳迫碧美が言った。

「でも、ここは?」
「うん、コンサートの貴賓室の一つや。
ここ通った方が確実に避難出来るて」
「ふーん」

それでも、用意されていたフルーツやら何やらが色々引っ繰り返っているので、
二人は足下に注意して慎重に先を急ぐ。

 ×     ×

「………物凄い数………一度に来られたらひとたまりも………
………を………を急いで………」
「どや?」
「留守番電話っ!!」

貯水槽エリアの橋の上で、
犬上小太郎に向けて叫んだ早乙女ハルナが携帯片手に慌てて地面に伏せる。

「弾幕厚いよ何やってんのっ!」

上を突き抜ける恐怖に反射的に叫ぶハルナだが、
それが自分の未熟である事を理解しながら必死にペンを走らせる。
地獄の番犬ケルベロスと共に現れた黒ずくめの銃撃部隊に対して、
ハルナの防御ゴーレムも攻撃ゴーレムも備蓄、製造が追い付かない。

「次から次へと出て来てまぁ」

愚痴が尽きないハルナの手元、その「落書帝国」から、
マッチョと剣のゴーレムがばびゅんと突っ込んでいく、
集中砲火を浴びて敵の所まで保つかも分からない。

185 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/24 14:49:48.78 p12Q1ktp0 802/920

「おらあっ!!」

巨大犬と化した小太郎がオルトロスに頭突きをかますが、
着地した小太郎にオルトロスはぐあっと威嚇を見せる。

「くっ!」

その小太郎目がけてケルベロスが大きな火球を噴射する。
小太郎はネギ・パーティー、魔法の世界の中でも強者の部類に入る実力者ではあるが、
狗族ハーフの小太郎と最強魔犬兄弟の正面対決と言うのは厳しいものがあった。

「せぃやぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」

如意棒が一閃してケンタウロスが一斉に池に叩き落とされる。だが、

「フンンンッ!!」
「くおおっ!」

遅れて現れた一頭のミノタウロスはそうはいかない。
デカイ図体ながらぶっとい脚をバネにした素晴らしい跳躍力と
的確な体術を知的に披露して古菲を翻弄する。

「オオオオーッ!!」
「とおっ!」

そして、牛らしい突進。それもキメるタイミングをよく分かっている。
だから、古菲も辛うじて身を交わしていた。

「つっ…」

古菲が僅かに角のかすた左腕を押さえる。

「出来るアルね。強者大歓迎アル」

古菲が敬意を表し構えを取り直す横で、
どっぱーんと水柱が上がり人食い美女半人鳥セイレーンが群がる。
離れた所に顔を上げた大河内アキラの顔には明らかに疲労の色が浮かんでいる。
それでも、こうしてアキラが攪乱していなければ、
セイレーンを橋の戦線に加えては他の面々の命が無い。

186 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/24 14:54:55.07 p12Q1ktp0 803/920

「皆さんっ!柵に張り付いて下さいっ!!」

その叫び声に、一同がハッとそちらを見る。

「神鳴流奥義、斬鉄閃っ!!!」

翼を広げ飛翔した桜咲刹那が、
遠慮無しの建御雷フルパワーで、そして味方に配慮した繊細な狙いで橋の上の敵を薙ぎ倒した。

「下がって下さい、全員下がってっ!!」

刹那の叫びに、全員最後の力を振り絞り元々の進行方向へと橋の上をダッシュした。

「神鳴流奥義、百花繚乱っ!!!」

大爆発と共に、橋が落ちた。

「ご無事でしたか?」
「あ、うん、ああ…」

背中と人魚化の境界辺りの太股を下から支えられ、
羽ばたく刹那と共に宙を舞いながらアキラが答える。

「命懸けのデコイ役、感謝します」
「う、うん」
「ちょっとーっ、私らも銃弾雨あられん中頑張ったんだからねーっ!!」
「撤収ですっ!!」

わめき声をかき消す様に刹那が叫ぶ。

「チームの一部は既に離脱しました。
このエンデュミオン自体が落ちます。
千雨さんから撤収指示が出ました。後の事は上の人達に任せて撤収しますっ!!」
「ラ、ラジャーッ!!」

187 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/24 15:00:47.30 p12Q1ktp0 804/920

 ×     ×

「あれ?」
「あ」

かっぽかっぽと進む馬に騎乗した佐々木まき絵を先頭にした和泉亜子、村上夏美のチームが
曲がり角で見慣れた顔を合流した。

「乗れって?」

しゃがんだ馬と言葉を交わし、まき絵が言う。

「有り難う」

木乃香を含む他の面々が柳迫を馬に乗せる。

「え?全員?」
「いや、全員って、ここに何人…」
「いいから乗れって」

夏美の突っ込みを押し切る様にまき絵が言った。

「わああああっ!!!」

そして、少女達が狭さを感じぬ程の巨駒は、
雄々しく嘶くやその重量を無視するかの如くダッシュを始めた。

「ねえ、やっぱりヤバくないっ!?」

びしっ、みしっ、と嫌な音が聞こえる通路を馬で駆け抜けながら夏美が叫ぶ。

「もう、任せるしかないんじゃない」

柳迫が、まき絵にしがみつきながら呆れた様に言う。
その内に、馬は吹き抜けを渡る橋の上を走り出していた。
その時、どおんと何か嫌な音が聞こえる。

188 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/24 15:06:25.71 p12Q1ktp0 805/920

「わ、わわわ、わわわわわわっ!!!」

誰からともなく悲鳴を上げる中、馬は、丸で飛び石かの様に、ダンダンダーンと
崩落する橋を跳躍し、いつしか渡りきっていた。

「降りろって」

橋の向こう岸で、まき絵が言う。

「ありがとなー、食うかえ?」

木乃香に頬を撫でられ、ぶるると嬉しそうな馬に林檎を差し出すと、
馬はぺろりと平らげる。

「確かに、この先は馬じゃ無理っぽいね。
て言うか、この馬どうするの?イベント用か何か?」
「えーと、アハハ…」

柳迫の言葉に、まき絵が笑ってごまかす。

「ちょっ!?」

ざっ、ざっと後ろ脚を蹴っていた馬が大きく跳躍した。
崩落した橋を跳び越えた時、彼女達は確かにそれを見た。
それは心の目、だったのかも知れない。

「翼?」

柳迫がぽつんと呟く。

「うん、あの馬、いい根性だった」

誰からともなく始まっていたグローリアが二度目の飛ぶよを歌った頃に、
削板軍覇が腕組みをしてうんうん頷いていた。

189 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/24 15:09:30.80 p12Q1ktp0 806/920

「あんた達だった」
「朝倉っ!」
「うむ、声が聞こえたからな、根性入れて見に来た所だ」

削板に同行していた朝倉和美が仲間と言葉を交わしている間に、
柳迫の体は削板の腕によって背中と太股を下から支えられて持ち上がった。

「ひゃっ?へ、あ?」
「顔色が非常に悪い、見た所貧血だな」
「うん、大ケガして、傷は塞がったんやけど」
「分かった、任せろ、行くぞっ!!」

その根性満点のばびゅんとばかりのロケットスタートは、
疲労しているとは言え我が身一人分の少女達の脚力を明らかに凌駕していた。

 ×     ×

「来ましたっ!」
「良かったー、無事で…このか、みんなっ!」
「のどかに風斬さんも」

大きな扉の側で、宮崎のどかと風斬氷華が待機していた。

「わあっ!」

建物が大きく揺れて、ビシッ、とひび割れる音が聞こえた。

「扉は開くんだろうな?」
「はい開きます開きますうっ!!!」

ふおおおおとオーラを放ち始めた削板にのどかが悲鳴で応じた。

「よしっ、この先が非常用の避難通路だ」
「…あ…」

その時、夏美が天を仰いだ。

「ん?あ…」
「聞こえる…」

和美や亜子も気付いたらしい。

190 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/24 15:12:31.86 p12Q1ktp0 807/920

「これは…歌か…コンサートの」

削板が言う。

「ARISA…でも、これ配信してたのには…新曲?」

夏美が呟く。

「うむ、やはり根性の入ったいい歌だ」
「風斬さん?」

まき絵が声を掛けた風斬は、両腕を広げて体を反らし、
目を閉じてくるくる回転を始める。
目一杯高々と胸を前に突き出して回るその姿は、何かを受け止めている様でもあった。

「皆さん、先に行って下さい」
「は?」

風斬の思わぬ言葉に、和美が間抜けな声を上げる。

「先に行って下さい、済ませる事が出来ました。
削板さん、皆さんをお願いします」
「おうっ、任せろっ」
「い、いやいやいや、風斬さん…」
「分かりました」

和美の言葉を遮る様にのどかが返答する。

「よろしくお願いします」
「はい」

のどかがぱたんと体を折り、風斬も頷いた。

191 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/24 15:16:03.21 p12Q1ktp0 808/920

「………風斬さん………」
「はい」
「終わったら私ともプリクラ撮ろうね。
見せてもらったよ、風斬さんすっごかったの、
私も結構いい線いってんだからねー」
「はいっ!」

和美が、ニカッと笑みを見せて、風斬に背を向けた。

「行くぞっ!!」
「削板さん?あの…風斬さん…」
「ん、いい目だ。
根性の入ったいい目をいていた、決して無駄死にする根性じゃない。
さあ、行こう!」

言いかける亜子に、削板が宣言をした。

 ×     ×

「アネット・ティ・ネット・ガーネット…」
「タロット・キャロット・シャルロット…」

エンデュミオンラスボスの間では、
魔素人形の中でも大型な一体がぐぐぐと力ずくでアリアドネー結界に挑んでいた。

「せいっ!」

その大型人形の脳天に、上から降って来た絹旗最愛のかかとが叩き込まれる。

「まーだ動いてんのかぁ、ああっ!?」

ふらふらと千鳥足になった魔素人形に、
麦野沈利の原子崩しがドムドムドムと撃ち込まれ爆発消滅する。

「お、横一線だにゃーん。馬鹿な化け物達(はぁと)」

魔素人形が結界を狙って半円包囲を完成させ、
強化硝子で内外を隔てている宇宙施設展望室での戦闘に苛ついていた麦野にとっては、
正に願ってもないシチュエーションが完成する。

192 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/24 15:19:09.38 p12Q1ktp0 809/920

「超壮観です」
「肝心のレディリー追っ掛けてったらバラバラ死体になってやがった。
何だか知らねぇが、キリがねぇって事は消耗戦は無駄だ。
どうやらそこの仮装行列が鍵みてぇだからな」
「助かりますっ!」

横一列の魔素人形を一掃した麦野の言葉に夕映が叫ぶが、
さて、これでレディリーがのこのこ現れたら
この科学の学園都市の超能力者にどう説明しようかとも考える。
そして、その時は、存外早く訪れた。

「ああっ!?」
「あ、ああ…」

結界内でコレットが叫びベアトリクスがおののく。

「なんだ、こりゃあ?…」
「何と、禍々しい…」

麦野が呻きエミリィが息を呑む。
血の紅に染まる宇宙空間に、夕映の血の気が引いた。

「間に、合わない?」

インデックスですら、その言葉を漏らす。

「ベアリトクス、防戦頼みますっ!」
「分かった。ミンティル・ミンティス・フリージア…」
「フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ…」

夕映が、インデックスの触れていた支柱に更に術式を流し込む。

193 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/24 15:22:18.45 p12Q1ktp0 810/920

「アハ、アハハハハハハハハ」
「!?」

甲高い子どもの笑い声。

「綾瀬夕映、存外大した事無いわね。
あなたの使っている術式は、言わばセキュリティー検索。
確かに、一時的に進行を重くする事は出来るわ。
だけど、終わった時には今まで解除した所まで綺麗に修復させてしまう。
感謝すべきなのかしら?」

「な、っ?」
「幻覚でも見せられたのか?」

流石に驚愕した絹旗の隣で、前髪を掴んだ麦野が原子崩しを放つ。

「まあ、その瞬間は見たいし、無駄に潰されても面倒だから」

苛立っただけの一発を、レディリーは軽やかなステップで回避する。

「おいクソガキ!そうださっきから無駄にデケェ乳揺らして
格好付けてアクロバッティングにキレキレに見せかけてスカスカなガンカタやってるテメェだよっ!!」
「用件早く言ってっ!!」

「テメェの言ってた地球レベルのテロってのはあれかっ!?」
「その通りっ!!」
「おーし上等だまとめてぶっ飛ばしてやりゃあいいんだろうがっ!!」
「無理無理無理無理超無理です麦野超ゲーム版じゃないんですから
仮に超出来たとしても超間違い無く普段着宇宙遊泳ですからっ!!!」

どっちにしろ命懸けとばかりにレベル4絹旗最愛が
シリコンバーン片手のレベル5第四位麦野沈利相手に必死で殿中でござるをやっている間も、
結界内では懸命の作業が続く。

194 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/24 15:25:34.16 p12Q1ktp0 811/920

(現実問題として、宇宙遊泳抜きにしてもそれでいいならフェイト先生辺りでも出来ます。
ですが、この術式は一度に始末を付けないと、
半端な破壊は誤作動で半端でも無視できない日本が沈む規模の被害が発生するです。
そう、一度にです)

「ありがとうゆえ」

閉じていた目を開いた夕映にインデックスが声を掛ける。

「組み立て、作り手の思考、そういうものが綺麗に読み取れる様になったんだよ」
「賭けでしたが、手順自体が増えても私などが中途半端に手を付けた状態よりむしろ楽なのではと」
「その通りなんだよ、十万三千冊…」

その時、内も外も魔法陣が一際紅く輝き、
部屋中の機器からのけたたましいアラームと共に部屋が何度もどおんと揺れ動く。

「………逃げるんだよ………」

インデックスが呻く様に言った。

「逃げるんだよ、とにかくこの塔から脱出するんだよ。
こんなに人手は要らない、一人でも確実に逃げるんだよ」

インデックスが、ぐっと自分の首を掴んで言う。

195 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/12/24 15:29:01.14 p12Q1ktp0 812/920

「なるほど、その性質上ただ無警戒な状態にしておく筈が無いと考えるのが自然です。
そういう場合、悪用や反逆のリスクから本人には教えないものですが、
おおよその見当がつく、と言った所でしょうか。
少なくとも最悪の事態には確実に起動すると」

「ゆえも逃げるんだよ。ここまで有り難うなんだよ」
「この術式は、馬鹿馬鹿しい程大規模で複雑で繊細なものであっても、
基本的にはゴエティア系の術式なんですよね?」
「そうなんだよ」

「つまり、術式の特徴から見ても、
結局の所はとてつもなく巨大なデーモン召還の術式」
「そうなんだよ」

「それなら大丈夫です、心当たりがあります」
「ゆえ」
「なんでしょうか?」
「その心当たりと言うのは」
「はい」

「杖に跨って後ろに赤いヴァルキリーを乗せて白い光になって
丸で流れ星の逆を行く様に上へ上へと
星空のまっただ中を突き進んでいたりするのかな?」


続き
長谷川千雨「鳴護アリサ、って知ってるか?」#7
http://ayamevip.com/archives/46428124.html

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