関連
長谷川千雨「鳴護アリサ、って知ってるか?」#1
http://ayamevip.com/archives/46428023.html

802 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/26 15:06:43.54 ry1F75cU0 545/920

 ×     ×

「なーんだ、こりゃ?炎みたいだけど、これで縛られてるのか?」
「そうみたいですね」
「絹旗がやった、って訳じゃないわよね」

そこに刹那と愛衣が駆け戻って来た。

「ここは危険です、避難して下さい」
「あ?」

愛衣の言葉に麦野が僅かに眉を上げる。

「ここは私達が対処します」
「おいおい、まさかテメェがあの首ぶった切ったのか?」

夕凪の鯉口を切る刹那に麦野が尋ねる。

「ええ、彼女を救助するために」
「そりゃ感謝しとくけど、それで事態が悪くなってんだけど?」
「そうと分かればやり様もあります。
とにかく、こちらで対処しますのであなた達は避難して下さい」

「ほぉー、言うねぇヒヨッコがぁ。
テメェらも見た所裏の掃除屋だろう」
「そう受け取っていただいて構いません」

麦野の言葉に刹那が応じる。言ってる事自体に間違いは無い。

「私らも首突っ込んじまったからねぇ」

麦野が首をゴキゴキ鳴らして言った。

「こっちも準備して来たんだからね。
半端に終わったらこっちに火の粉飛んで来るし、
結局、はいそうですかじゃ済まない訳よ」
「まさか、あなた達が呼び出したんですか?」

フレンダの言葉に刹那が鋭く尋ねる。

803 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/26 15:12:02.91 ry1F75cU0 546/920

「ばぁーかかヒヨッコ、
この街の闇で賢く生きてくってのに、あんな化け物に用は無いってぇの」
「そう、怪獣みたいに強いって、結局そんなの麦野がいれば十分って訳よぉぉぉぉぉ」

麦野の拳がフレンダのベレーを押し潰した。

「とにかく、それじゃあここを出て下さいっ、
素人の手に負えるものじゃありませんっ!」
「んだとおっ?」

強い口調で言う愛衣を麦野がギロッと睨み付ける。

(………このガキ………)

睨み合いになった麦野の眉がひくりと動く。
麦野が只者ではない事は愛衣にも分かる。
個人と個人であれば、正直言って関わり合いたくない怖いタイプだ。
それでも、魔法と言う自分の持ち場で簡単に押し負ける訳にはいかない。

麦野から見て、刹那は案外転がしやすそうだが、
それでも場数は踏んでそうだ、あの巨大刀も伊達ではないだろう。
そのぐらいの事は分かる。

一見大人し気ないい子ちゃんにも見える愛衣の芯の強さ、
そして、それを蛮勇に終わらせない何かを持っている。
そうした事は、麦野も又尋常の者ではないからこそ伝わるものだ。

「斬空掌・散っ!!」
「よけてっ!!」

ヒュドラを拘束していた炎が弾け、ヒュドラが一際大きく咆哮した。
瞬時にそれを見定めた刹那が複数の気弾を撃ち込み、
絹旗が叫びながらロケットスタートして伸びて来た首の一つを蹴り飛ばす。

「風楯っ!!」

複数の口から毒液が噴射され、愛衣が防壁を張って直撃を回避する。

「(一つ一つは無理っ!)神鳴流奥義、斬鉄閃っ!!!」

刹那の放った気の波動がヒュドラの首と首との付け根のど真ん中に飛んだ。

804 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/26 15:17:06.93 ry1F75cU0 547/920

「お、おい…」

周囲に光球を浮遊させていた麦野が足を止めて目を見開く。
ど真ん中から真っ二つに断ち割られた形のヒュドラが、
一度左右に倒れてからバランスを取り戻してむくりと起きあがり、行動を再開する。

「何やってんだっ!」

真っ二つに割られた半分ずつの個体、
仮にヒュドラA、ヒュドラBがそれぞれに動き出したのを見て、麦野が叫ぶ。

「滝壺っ!」

向かって右側のヒュドラBがざざざざっと猛スピードで前進して滝壺を襲撃する。
その滝壺の前で絹旗が複数の首に噛み付かれて、
その首は絹旗を離れ上に首を伸ばして絶叫する。

「斬鉄閃っ!!」

ヒュドラBの胴体の横っ腹に刹那が気を打ち込み、そちらの個体は一旦壁に叩き付けられる。

「絹旗あっ!そっち抑えてろっ!!
フレンダ、あっちをやるぞっ!」
「はいよっ麦野っ!!」
「何を…」

動こうとした刹那と愛衣の近くの床にビームが炸裂する。

「邪魔すんならこいつで穴空けてやっからよぉ、
どうせまだ知らねぇんだろガキがっ!!」

低い姿勢から斜めに構えてシリコンバーンを通して、
麦野の放った原子崩しはヒュドラAの首をまとめて吹っ飛ばした。
その直後、フレンダの大量の手持ちロケットがヒュドラAに飛来し、爆発炎上する。

「あれは、火炎弾…」

愛衣が呟く。

805 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/26 15:22:11.85 ry1F75cU0 548/920

「ふんっ…う、えええっ!!!」
「げっ、げほっ!!」
「これは、毒かも知れませんっ」
「とにかく、いらんねぇぞっ!!」

強烈な異臭と刺激の籠もる煙をまき散らしながらヒュドラAは炎上し、
そこにいた面々がたまらず廊下から逃走する。

「ひゃああああっ!!!」
「フレンダッ!!」

ドンドンドーンと背後の煙の中で爆発音と獣の絶叫が響き、
その中からフレンダが懸命に駆け出して来る。

 ×     ×

ヒュドラから逃走した面々は、広い作業場の様な場所でようやく人心地ついた。

「あのヒュドラは…」
「結局、ビルだって飴細工になっちゃう量の焼夷ロケット弾の直撃って訳よ」
「ああー、神話通りなら一匹はこれで終わりの筈なんだがな、
もう一匹増えちまってるからなぁ」

刹那の呟きにフレンダと麦野が言う。

「来た…」

滝壺が呟き、絹旗が滝壺の前に立つ。
果たして、廊下の方からヒュドラBが煙を上げながらざざざざっと高速で這い進んできた。

「来たあっ!!」

フレンダが悲鳴を上げ、ロケット弾を飛ばしながら這々の体で逃走する。

「首飛ばして焼き潰すには火力が足りねぇ」

炎上しながらのたうち回っているヒュドラを見て麦野が言う。

806 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/26 15:25:19.30 ry1F75cU0 549/920

「あのー、麦野」
「あん?」
「焼夷ロケット弾、今ので終わり…」
「何っ?」
「結局、二匹になるとか計算外だったし、
さっきも物凄い勢いで追い掛けて来て足止めしないと食べられた訳だし…」
「ちっきしょう…」

そこで、麦野が携帯を手にする。

「もしもし?」
「もしもーし、何かヤバイ事になってる?」
「分かってんならこんな時に掛けてくんな」
「うん、ヤバイ事がもう一つ追加しちゃったみたいだから」

「何だ?」
「研究所の連中が勝手に掃除屋雇ったみたいでさぁ、
まだ金出せば内輪で隠せると思ってるとか。
そいつら、目撃者とかまとめて消しちゃう勢いで突っ込んで来ると思うからよろしく」

携帯を切った麦野は、その側でカカカカンと軽快に弾丸を弾いている絹旗の目を向ける。
絹旗がさっとその場を離れた。麦野がシリコンバーンを構えて、
その方角にいた迷彩服に黒覆面で突撃銃を手にした集団の中の何人かが瞬時に塵となり大爆発する。

「な、ななな、なんだあいつはっ?」
「おいおーい、この業界にいて知らないのかにゃーん?」
「今のはっ、ま、まさか、第四位?」
「馬鹿なっ、この仕事に、聞いていないあああああっ!!!」

その間にも、原子崩しが迷彩服をぶち抜いていく。
更に、フレンダが予備に持ってきていた破裂ロケット弾に襲撃された迷彩服も肉塊となる。

807 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/26 15:28:32.10 ry1F75cU0 550/920

「桜咲さん…」
「銃口を向けた以上、口出しは出来ません」

神鳴流に飛び道具は効きまへんえと、
刹那は突入して来た迷彩服を体術で次々なぎ倒す。
愛衣も魔法防壁で銃弾を防ぎながら魔力を込めた箒で死なない程度にぶちのめした。

その間にも、ヒュドラに無駄弾を撃ち込んでいた迷彩服が
毒液の直撃を受けておぞましい絶叫と共にグロ画像を残して絶命する。

「おのれえっ!!」
「馬鹿っ!」

麦野が叫んだ時には、迷彩服の一人がヒュドラに手榴弾を投げ込んでいた。
しかも、途中でザクロに爆ぜた首を見て一息ついた黒ずくめが、
その次の瞬間には左右からアタックして来た頭部にその身を噛み裂かれる。

「あっ、あっ、あああああーーーーーーーーーっっっ!!!」

突撃銃、更には拳銃弾を撃ち尽くした黒ずくめ達に
次々と巨大な蛇の首が伸びて口が開くまんま怪獣映画の光景が展開される。
それと言うのも、こんな事もあろうかとロケットランチャーを担いで来た迷彩服は、
いの一番にシリコンバーン原子崩しの直撃を受けたために遺体も残されてはいなかった。

「くおおおおっ!!!」

既に何人もが真っ赤に噛み千切られ、
その側でズボンの湿度を溢れさせながらのたうち回っている迷彩服の側で、
飛び込んだ刹那が夕凪を振るう。

「ざけてんじゃねぇぞっ!!」

その刹那に麦野の怒号が飛んだ。

「ヒヨッコが、殺しに来やがったんだ自業自得だろうがっ!
下らねぇお情けでこっちまでヤバくするってんならテメェ殺すぞっ!!」
「ええいっ!!!」

刹那が切り落とした切り口に、愛衣が振り回す箒から伸びる炎剣を叩き付け押し付ける。

808 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/26 15:31:59.88 ry1F75cU0 551/920

「間に、合いました。どっちかと言うとこちらの方が神話通りです」

ぜぇぜぇ荒い息を吐きながら愛衣が言う。
刹那の剣は達人の鋭い速さ、そこからの再生よりも早く焼き潰す必要がある。
その間に、絹旗が首と首の股に高い所からズドーンと着地してヒュドラの胴体にダメージを与える。
どう見ても小柄な少女の圧力ではない。軽く見ても自動車でも落下して来た様な衝撃だ。

「風楯っ!!」

その間にも、愛衣が吐き出される毒液を防御し、
愛衣と刹那が速射の火炎弾、気弾で懸命にヒュドラを牽制する。

(………首が、多すぎる………)

「秘剣、百花繚乱っ!!」

首を切り落とさない様に注意しながら刹那が気の波を放ち、
愛衣、絹旗共々一旦大蛇の大群との乱戦から距離を取る。

「こっち、こっちぃーっ!!」

見ると、フレンダが別の通路の入口から手を振って叫んでいる。
まずはアイテムの面々がそちらに走る。

「このおっ!!」

その後に、刹那と、ヒュドラにミニ太陽じみた火球を投げ付けた愛衣も追走する。

「おいっ、何やってるっ!?」

通路の途中で立ち止まった愛衣に麦野が怒鳴った。

「へばりやがったか?死ぬだけだぞっ!!」
「先に行って下さい」
「あ?」

元来た方を向いて、大きく脚を開いて腿に手を当てた愛衣の回答に麦野が足を止めて聞き返す。

809 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/26 15:35:08.39 ry1F75cU0 552/920

「距離を取って足止めが出来るのは私しかいませんから」
「発火能力か…利用させてもらうぜ」
「どうぞ。ご利用は計画的に」
「そうかい。じゃあ、伏せろっ!!」

ざざざざっと追い付いて、そのまま胴体にドンドンドンと原子崩しを撃ち込まれたヒュドラが
どぷっどぷっと出血しながら絶叫してのたうち回る。

「餞別だっ!」
「メイプル・ネイプル・アラモード…」

 ×     ×

「何ですってっ!?」

通路を抜け、吹き抜けの壁際に張り出した鉄柵つきのフロアに出た所で、
刹那は麦野から短く事情を聞き叫び声を上げる。

「待てこらっ!」

そして、刀に手を掛けて引き返そうとする刹那の襟を麦野が後ろから掴む。
その時、どおんと爆発音と共に、元来た通路からオレンジ色の光が噴出する。

「今、あそこにテメェが行ったらぶった斬るしかやり様がねぇ。
あいつが生きて戻って来るか捨て石になるか、
どっちにしろ時間は稼げるこっちに損はねえっ!」

刹那が何かを言う前に麦野は先を急ぐ。
刹那もその後を追った。

「えっ、えほっ…」

その後で、丸で漫画でSLの煙に巻き込まれた様な有様の愛衣が吹き抜けのフロアに姿を現す。
そして、大きな火球を元来た通路に投げ込み先を急ぐ。

810 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/26 15:39:11.60 ry1F75cU0 553/920

「こっちこっちぃーっ!!」

フレンダの叫び声に従い、愛衣は吹き抜けの真ん中を通る橋を渡り始めた。
既にフレンダは橋の向こう側、大凡の面々も向こう側に到着したか到着する所だ。

「来たあぁぁ…早く、早くうっ!!!」

通路から吹き抜けのフロアに、
煙を上げながらもずざざざざと怒り狂った勢いでヒュドラが追跡して来る。
対して、愛衣はふらりと足を止める。
実際疲れていたのもあるが、ふと周囲を見る。

「…吹き抜け?…」

橋の鉄柵から下を見ると、橋の下は少なくとも五階建てぐらいの高さはありそうだ。

(…どうして…こんな危険なルート…)
「わああああっ!!!」
「急いで下さいっ!!」

フレンダが悲鳴を上げ、刹那が叫ぶ中、ヒュドラが橋を渡り始めた。

816 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/28 03:53:49.31 eQR3iM240 554/920

 ×     ×

「メイプル・ネイプル・アラモード…」
「わああああっ!!」

フレンダの悲鳴の中、跳躍した愛衣が、
ヒュドラの胴体から伸びる大蛇の群れに絡む様に大きな火球を投げ付けた。

「あ、あ、あ…」

フレンダが愕然としてそれを見ている。
その間に、愛衣は着地して座り込み、左手で箒を握ってすっと床に右手を差し伸べる。
愛衣が僅かな熱伝導を読み取って小さく頷き、その形のいい唇に薄い笑みが浮かんだ。
ぼっ、ぼっ、と愛衣の周囲に火球が浮かび、それが一斉に飛び上がり放物線を描いて落下する。
次の瞬間、橋は大量のブロックへと変貌し、下の階層の橋を巻き込みながら落下した。

「佐倉さんっ!!」

鉄柵から身を乗り出す様な刹那の叫び声の後、
闇の中の下層のフロアからぼっ、と一度炎が点灯し、刹那ははあっと座り込む。
愛衣は愛衣で、命を繋いだ箒を左手に握ったまま、
壁に背を預けてずるずると座り込んでいた。

817 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/28 04:00:21.22 eQR3iM240 555/920

 ×     ×

「マジかよ…」

吹き抜けの最下層で、麦野が舌打ちした。
そこには、下の階を巻き込みながら落下した橋の残骸が積み重なり、
そこで潰された肉の塊もそこここに見える。
それと共に大量の血痕も残されていたのだが、
その血痕はずるずると移動の痕跡を示しており、それが途中で途切れていた。

「あれでまだ生きてるって、超下等生物なのか、それとも…」
「文字通りの化け物か、ってかぁ」

絹旗の言葉に麦野が苦い口調で言う。
そこで、麦野が携帯を手にする。

「もしもし…フレンダ?」
「ば、ば、爆弾っ!」
「あ?」

「爆弾、仕掛けられてるっ!!
全部は見てないけど、多分建物ごと潰す気っ、
結局、私から見たら稚拙極まるけど、
それでも私がやろうとした配置に酷似してる訳だからっ!!」

「クソがあっ!!」
「えーと、分かるかな、今から合図するからその方向に走ってっ!!
結局どこまで仕掛けてるか分からないし撤去し切れないから一直線だけやっといたって訳!」
「分かったっ!!」

その時、通路の一つの奥から爆発音が聞こえた。

「出るぞっ!!」

818 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/28 04:05:44.76 eQR3iM240 556/920

 ×     ×

研究所外の荒れた空き地で、一同荒い息を吐いていた。
その直後、ズズ、ン、と研究所が崩壊して見る見る瓦礫の山と化して沈んでいく。
ヒュドラが橋と共に落下した先も地下三階だった。

バッと立ち上がった絹旗が大の字に体を広げ、カカカカンと銃弾が弾ける。
空き地に突っ込んで来て窓から細い煙を上げていたバンが原子崩しを受けて爆発する。
それでも、キキキッと数台の車が突入して来て突撃銃を手にした迷彩服が続々と降車する。

「神鳴流秘剣・百花繚乱っ!!」

麦野が原子崩しを連射している側では、刹那も夕凪から強烈な気の衝撃波を放つ。

「ひゅうっ」

麦野が口笛を吹く。刹那の放った一撃が一直線に断ち割った敵陣のラインを、
刹那と愛衣が突っ走り妨げる者をなぎ倒して出口に向かう。
元々、銃弾ぐらいは何とかするスキルを持ってもいるらしい。

「ふんっ、こっちはそんな器用じゃないんだにゃー。
だ、か、ら、
ブチコロシ確定だあっ!!!」

乱戦の中、更にもう一台のワゴン車がクラクションを鳴らして突っ込んで来た。
それも、防弾車らしい。
クラクションが自分達の符丁の緊急信号であると気付き、
急停車した車にアイテムの面々が乗り込む。

「おらあっ!!」

帰り際、半ば箱乗りした麦野がシリコンバーンで迷彩服を一掃する。

819 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/28 04:09:05.72 eQR3iM240 557/920

 ×     ×

「ったくよぉ、小賢しく欲かいて先回りなんてするモンじゃねぇぜ」

幾つか車を乗り換え、研究所からかなり離れた場所で、
麦野は下部組織の運転手と分かれて嘆息した。

「ん?」

その時、麦野がすかっと身を交わす。
本を読みながらトテテと小走りして来た人物が、どてんとその場に転倒した。

「Sorry!」

被っている白いフードが邪魔だが、声や体格からして中学生ぐらいの少女らしい。

「ぺらぺらぺらぺらコンニチワぺらぺらぺらぺらコンバンワぺらぺらぺらぺらオハヨウゴザイマス
ぺらぺらぺらぺらぺらゴキゲンヨウぺらぺらぺらぺらアナタノオナマエナンデスカ
ぺらぺらぺらぺらオバンデスぺらぺらぺらぺらぺらゴメンクダサイぺらぺらぺらぺらシツレイシマス」

ぺらぺらぺらぺらまくし立て、ぺこりと頭を下げてアイテムの面々からトテテと遠ざかる。

そこで、絹旗が自分の携帯を差し出した。

「で、辞世の句でも聞かせてくれるのかにゃー?」
「Sorry あなた方に回収されるなら大丈夫と思ってた」
「私達にあの化け物をどうしろってんだ?」

「That’s
それが分かっているからよ。
前にも言ったわ、少なくともオカルト狂いしたマッドサイエンティストに任せるよりはマシだと。
欲得ずくの現実的な選択肢として、あれを外に放ってどうこうすると言うものは存在しない筈」

820 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/28 04:12:28.75 eQR3iM240 558/920

「なんなんだよアレは?」

「Hmm
私自身が直接関わっている訳じゃないから正確なところは分からないわ。
研究所の現場研究と情報を掌握したカルト団体が一歩出し抜いて
目的の物を作り上げて現物を持ち出したみたい」

「カルトだと?」

「ええ。統括理事会、オービット・ポータル、研究所、カルト宗教。
それぞれがそれぞれの思惑と名目で騙し合いながら作り上げた
クローン或いはキメラ或いは生物兵器。結局の所はバイオテクノロジーが作り出したモンスター。
自分が作っている、作らせているものはそれぞれがそう見ていたと言う事。
その中で、最終的にカルトが出し抜いた」

「そんな事が出来るのかよ」
「Probably
だけど、資金の流れその他を考えると、
オービット・ポータルの側、それも上の方とカルト団体が一体である、
そう考えるのが自然だわ」
「で、あの化け物の弱点なんかは分かってるのか?」

「情報は錯綜してる。
Repeat
元々、私が直接関わってた研究ではないわ。
聞こえて来ている情報では、
データから見ても異常な進化を遂げていて、最早元の知識は参考にもならない。
それに、もうあなた達の領域ではないわ」

「なんだと?」

821 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/28 04:16:40.11 eQR3iM240 559/920

「統括理事会が腰を上げたと言う事よ。
主要な部分は逃走した研究者の独断に近い状態だったけど、
関係者からの情報収集、小型核爆弾レヴェルの広範囲高熱爆弾の使用も検討されてる。
Already
事前の回収に失敗した時点で、あなた達のレベルでもう出来る事は無い」

「くっ、くくく」
「Something?」
「人にケツ回しとしてナメてんじゃねぇぞ負け犬。
こっちも鉄砲玉向けられてはいそうですかって話じゃねぇんだ。
この街の闇を巻き込んだんだ。精々首洗って待ってろ」

麦野が携帯を切る。

「で、さっきのガキ、
英語に中国語に日本語のチャンポン、けど、
適当の様でいて無意識の法則性があって
そこから外れた不自然なものが隠せてないってのが所詮二流よ。

サイコメトラー、あれがチャンネルを繋ぐキーワードってとこか。
はぁーい、聞いてるー?原書とか読んでるインテリお嬢様で驚いたかにゃーん?
つー訳で…」

元々近くまで合流していて、
空中から追跡していた愛衣と刹那に携帯で呼び出されていた宮崎のどかが、
物陰で本からそーっと視線を上げてだーっと顔に汗を垂れ流す。
その先では、結構インテリなお嬢様が実にいい笑顔を浮かべて
周囲にぼっぼっと光球を浮かべている。

「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね」

822 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/28 04:22:21.14 eQR3iM240 560/920

 ×     ×

「ああっ、あっ、あっ、あぁーっ!!!」

バッグを抱え、きょろきょろと周囲を伺っていた男が逃走し、
その内に路地裏に追い詰められる。
そこに、ざざざっとどこからともなく特殊部隊もどきの黒ずくめが殺到する。

「ま、待ってくれ、お、俺は関係ない、関係ないんだ、あああーっ!!!」

その側で、携帯電話を使う男が一人。

「書類がテーブルに?ああ、それ今日じゃなくても大丈夫だから。
ついでに…ああ、分かった、急がないなら買って帰るわ。
じゃあ、今日は遅くなるから。帰って来るまで起きてるって?上手く言っといてくれや。
じゃあな」

電話が切られる。

「あーあーあーあー、
班を三つに分ける。
一つは引き続き関係者の捜索、一つはブツっつーかアレの回収
後一つは、押さえるぞ」

ついっと天に視線を走らせ、大雑把な指示が終わる。

823 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/28 04:32:00.14 eQR3iM240 561/920

 ×     ×

建物の角に向けて原子崩しを撃ち込んだ麦野がそちらに走る。

「護衛がついてたって事か?
それとも、あのガキにそんだけの腕っ節があったって事か」

アイテムの面々が追い付いた先で麦野が言う。
逃走ルートと思しき路地裏には、
将来の佐天さんのお知り合い候補が1ダースほど転がってるだけだった。

「餌ぶら下げてやりゃあ尻尾でも掴めると思ったんだけどなぁ」
「超すばしっこいですね。もしかしたらさっきの二人組」
「かもな。どうだ滝壺?」

麦野の言葉に、滝壺が首を横に振る。

「昨日からみょーな事ばっかりだ。
低く見ても強能力者レベルの連中が動いてるってのになぁ」

ぶつぶつ言いながら、麦野は路地裏から通りに出る。

「どっちにしろ、ヒュドラじゃねぇが
私らのケツ狙って来るってんなら頭潰してやんねぇとなぁ。

私らが勝手に巻き込まれたって言っても、
あんだけ噛み付いてくれたんだ、飼い主さんにはきっちり挨拶してやるさ。

ヒュドラだけじゃねぇ、ヒュドラは多分尻尾の欠片。
頭はどこにある?あるとすりゃあ。
得体の知れないイレギュラー共もそれが目当てなんだとしたら…
行くぞ」

「どこに?」

尋ねるフレンダの視線の先で、
麦野の視線は天を向いていた。

827 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/01 14:06:17.44 bmsarv7h0 562/920

 ×     ×

どっちかと言うと、作者自身が忘れそうなので
一度確かめておく。
現時点に於ける千雨チームの面子。

相坂さよ 明石裕奈 朝倉和美 綾瀬夕映
和泉亜子 大河内アキラ 古菲 早乙女ハルナ
佐々木まき絵 長瀬楓 長谷川千雨 村上夏美

では、以下本編。

科学の学園都市工事用地下道。
歩いているのは長瀬楓、長谷川千雨、村上夏美、綾瀬夕映、明石裕奈。
後の面々は「天狗之隠蓑」に潜伏している。

「変わってなきゃいいんだがなぁ」

ノーパソ化した「力の王笏」を手に千雨が言う。

「最新のデータなんでしょ?」

裕奈が言う。

「多分な。集められるだけのデータを真偽も含めて解析して、
なんとかエンデュミオンに潜り込めそうなルートがこのルートって事になるんだけど」

そこで、夕映が携帯を取り出す。
画面を見た夕映が携帯を掛ける。

「もしもし、詳細を千雨さんに回して下さい、可能な限り迅速かつ詳細にです」
「どうした?」
「のどかからの報せです」

尋ねた千雨が自分のノーパソを見る。

828 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/01 14:11:45.04 bmsarv7h0 563/920

「本屋ちゃん、刹那さん達についてるんだよね」
「想像以上にまずい状況です」

夕映が苦い顔で言う。

「なんだ、こりゃ?」

届いたメールを見て、千雨も息を呑む。

「テロです。科学の学園都市内で、魔術カルトによるテロが続発してるです」
「テロぉ?」

夕映の物騒な言葉を裕奈が聞き返した。

「ええ、そうです。
何かカルト的なグループが魔術を使ったテロを頻発させています。
実行犯は科学の学園都市側の人間。
科学の高みに近づく時、人は往々にして非科学の誘惑を受ける。
過去幾度も繰り返されて来た事です」
「それって、本物の魔術の事なの?」

夏美の問いに夕映が頷く。

「常盤台だけなら催眠術とも解釈できますが、
ヒュドラまで持ち出しているのですから」
「ヒュドラって、ギリシャ神話でヘラクレスと闘ったあの大蛇の事?」
「その通りです」

夏美の言葉を夕映が肯定する。

「なんでそんなモンが科学の学園都市に…」
「召還した者がいると言う事です、こんな所に」

千雨の言葉に、夕映が応じた。

829 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/01 14:17:16.85 bmsarv7h0 564/920

「術式の特徴からして、カルトの黒幕はレディリー・タングルロード、それ以外に考えられません。
ヒュドラの召還に使われた核となる生物は科学の学園都市のバイオテクノロジーによって生み出されたもの。
そこに、魔獣の召還術式を融合させたハイブリッド・モンスター」
「は、はは、なんかそんな映画あったんじゃない?」

夕映の説明に、裕奈が乾いた笑いを浮かべた。

「ああー、こりゃあその手の映画そのものの筋書きだな」

ノーパソに目を通していた千雨が言った。

「この街の最高権力である統括理事会の承認の下でクローン関係のヤバイ研究やらせてて、
研究所の現場を裏で操っていたカルトがそこに乗じて
もっとヤバイものを創り上げた挙げ句にブツを持ち出した。こういう筋書きだ」

「のどかが読んだ内容やその他の情報から推察するに、大凡そんな所でしょうね。
カルトの黒幕はレディリー・タングルロードで確定。
そして、研究所のスポンサーはオービット・ポータル。
利用するつもりが利用されての堂々巡りです。どうでしょうか?」
「そうですねー」

夕映の問いに、千雨のノーパソを通して葉加瀬聡美の声が答えた。
聡美は麻帆良学園警備の調査を警戒して、
麻帆良にいながら学園祭の陰謀の遺物と言うべき隠れアジトに待機していた。

「オービット・ポータルは、
科学の学園都市の中でも極めて高い水準の技術力を有する企業。
専門である宇宙開発以外にも各分野の研究開発や軍需関係に強い影響力を持っています。
あの街の統括理事会がそこまで抜けているとは考え難い所もありますが…

出し抜かれたとしたならば、今頃あの街の闇が血眼で対処しているでしょうね。
科学の学園都市、その異常とも言える技術力と独立性を維持している、
私達の世界でもそう囁かれている裏の暴力装置の存在を」

「だとすると…これって、科学の学園都市の超能力者か?」

葉加瀬の言葉を聞いて、千雨が言う。

830 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/01 14:23:51.42 bmsarv7h0 565/920

「ヒュドラの現場に強力なエスパーがいたって話だ。
そもそも、宮崎が持って来た情報もそいつからあの本で引っ張り出してる」
「どんなの?」

裕奈が尋ねる。

「女ばかりの四人のチーム。
ロケット弾を使うお洒落な金髪の女の子、一目で見るからにゆっさゆっさのたゆんたゆんのおかっぱ」

裕奈が顎に指を添えて考え込む。

「小柄な女の子、但し、やたら怪力でやたら頑丈、少なくともまともな人間業じゃない。
リーダーはもしかしたら十代、もしかしたら三十路でその間のどれか。
シーンによって言葉遣いがぶっ飛ぶ、空中からビームを出す、名前はムギノシズリ…」
「間違いないわ」

裕奈が言う。

「昨日、ファミレスで私達とドンパチやった連中。
流れ弾そいつらのテーブルに撃ち込んじゃってさ、
鬼の追い込み掛けられてアキラ怪我させちゃって」

「刹那さんは彼女達に就いて、
言動などから科学の学園都市でも裏側で特殊な任務を行っている人間と推定しているですね。
それでは暗殺を疑われても仕方がない状況です」
「だよね…それでアリサも助けられなかったし…」

「今言っててもしょうがない。
問題は、そんな連中が動いてるって事は、どっかでかち合う事になるかも知れないって事だ。
そいつら強いのか?」
「かなり強い」

裕奈が真面目な表情で言う。

831 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/01 14:27:09.11 bmsarv7h0 566/920

「でしょうね。刹那さんもそう言っています。
ヒュドラ相手でも引けを取らなかった、
対立した軍隊レベルの武装集団を瞬時に、皆殺しにした。
戦いになったら容易な相手ではないと」

「うん。この面子で戦う事になったら本気で総力戦掛けないと危ないと思う」
「そんなモンとやり合わないのを祈るしか無いな」
「その、ヒュドラってどうなったの?」

夏美が尋ねる。

「行方不明です。刹那さんと佐倉さんが合流して対処しようとしましたが逃げられました」
「ちょっ、じゃあ捕まえないとっ!」

夏美が叫ぶ。

「ヒュドラって、大袈裟に言ってるんじゃなければ正真正銘の怪獣だよっ!
そんなのが街に逃げ出したら大変な事になるっ!!」
「それが狙いです」

夏美の言葉に夕映が続けた。

「レディリーが今、このタイミングで魔術テロを続発させると言う事は、
科学の学園都市と共に魔術サイドの目をそちらに向けるためと見るべきです。
ですから、ヒュドラの件は刹那さん達に任せるです。
ハイブリッドとは言っても相手は魔獣です。刹那さんであれば十分に信用できる。
まして、今の刹那さんのユニットであれば盤石の少数精鋭と言ってもいい」

「ああ、相手が魔物なら、あいつらならどうにでもなるだろ。
私らがそんなモン追い掛けて上の街を動き回ったら、最悪昨日の二の舞だ。
ムギノシズリと言い、超能力者とも散々トラブッた後だしな」

千雨の言葉に、夏美も頷いた。

832 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/01 14:31:21.67 bmsarv7h0 567/920

「しっ」

楓が唇の前で指を立てる。
「孤独な黒子」の発動中ではあるが、
この科学の学園都市では絶対とは言えない事を千雨達は何度も経験している。
一同は、放置されたロッカーの陰に隠れて前方の十字路を伺う。

「ひっ!?」

誰かが引きつった声を上げる。
十字路を右から左に、一本の胴体から大量の首が伸びた大蛇が
体から煙を上げながらずざざざざっと移動していた。

「ハッハーッ!!おーいおいおい、
実験動物って、こんぐらいここの科学なら軽いってマジかぁーっ!?
これって完全に怪獣退治だよなーアレイスターよぉーっ。
どっか懐かしいテーマパークでヒーローショーでもやれってかぁーっ!?」

その大蛇の後を追って、
白衣に刺青のマッチングがなかなか斬新な男を中心に取り囲む様にしながら、
一見して特殊部隊と言う風体の小銃と火炎放射器を担いだ
黒ずくめの集団がドドドドドドと通り過ぎる。

833 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/01 14:35:36.49 bmsarv7h0 568/920

 ×     ×

風紀委員第177支部。

「あ、御坂さん」
「何か分かった?アリサの事とか…」

訪れた美琴の問いに、初春が首を横に振った。

「さらわれたのは鳴護アリサ、それは間違いない筈なんですけど」
「アリサの件は、直接事件として認知されてはいないわ。
道路上で結構派手な事件にはなったみたいだけど、
その辺のアンチスキルの捜査も難航してる。

一方の当事者が黒鴉部隊と言う事で、なんのかんのと非協力的みたいね。
表向きは認可部隊と言えど治外法権って訳じゃないけど、
結局はバックとの政治の問題になるって事」

「…オービット・ポータル…」
「に、しても形振り構わな過ぎる。こんなやり方してたら、
遅くなっても無事で済むとは思えないんだけど」

美琴に説明しながら、固法も怪訝な顔をする。

「カルトの方は?」
「ギリシャ系の占い愛好会を偽装したカルトグループ。
厳密には越権になるけど、学生を食い物にしてる。
少しこちらでやらせて貰ったわ」
「有り難うございます」

美琴は頭を下げるが、それに対する固法美偉の表情はどこかうかないものだった。

834 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/01 14:41:21.28 bmsarv7h0 569/920

 ×     ×

「………絶好調だな………」
「魔法を学ぶ者として、聞いてはならない名前を聞いた気がするですが…」
「今の、ヒュドラ?」
「見た目はそうですね」

千雨が呆れ返り、夏美の問いに夕映が頷く。
「なんつーか、あんまし心配するの馬鹿らしくなって来たって言うか、
さすがは科学の学園都市か?」

呆れる千雨の横で、夕映が思案している。

「これで済みますか?」
「何?」

「レディリーは形振り構っていません。その必要が皆無だからです。
だから、科学と魔術の混合技術、それも不完全なものを惜しげもなく投入して来ているです。
バレたらどうなるかとか、それによる科学と魔術の紛争など知った事ではない、
むしろ、今であればそれをやってくれる方が有り難い」
「今、そこで科学と魔術が衝突したらそれこそ思う壺か」

「その通りです。最悪、科学サイドが既存の魔術サイドのテロと考える、
その逆も又あり得る、そういう事です。
とにかく、莫大な資産と侮れない情報網、そして数百年の知識。
その全てを今夜一晩、その一瞬のためだけにつぎ込んで来ている相手です。
捨てるものが何もない、何しろ全てを捨てる事それ自体が目的なのですから」

夕映の指摘に、一同は改めてぞおっとした。

835 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/01 14:44:47.69 bmsarv7h0 570/920

 ×     ×

ヒュドラを追跡した黒ずくめの集団は、地下道の三叉路に辿り着く。
それでも、全く迷う事無く、ヒュドラの逃走した方向へと進路を取る。

「!?」

次の瞬間、先行した黒ずくめ三人が三叉路へと吹っ飛ばされて戻って来た。

「んだぁ?…!?」

次の瞬間、バシーンと巨大な鞭が叩き付けられた様な音が辺りに響いた。

「ひ、ひ、ひっ!?」

黒ずくめが後ずさりするが、無言で立っている上司の姿に何かを取り戻す。
目の前に蠢いているのは、ミミズの化け物だった。
太さからして人の二人や三人縦に飲み込めそうな、
長さもそれに見合った正真正銘の化け物。

だが、化け物だろうが何だろうが、そんな下等生物を相手にした所で、
失敗しても死ぬだけの話だ。
それを思い出した黒ずくめがミミズの化け物に一斉射撃を開始する。

「あーあー、B2、こっちに合流しろ、少し人数が要る」
「了解、これより…はひゃっ?」
「ん?」

「ひゃっ?あひゃっ、ちょ、ちょっなにらめあはあああんっ」
「ちょっ、あんた何やっ、あっ、あっだめ何そこもんでやっ、
あああもまなああっらめらあぁぁぁぁ」
「何をして………ナンシー、ヴェーラ行動不能っ!!………
このぉ、ぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!!……………」
「……………」

839 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/02 14:45:06.49 1oPw+Rgx0 571/920

 ×     ×

「しかし、それはこちらにとっても付け目かも知れません」
「どういう事?」

夕映の言葉に夏美が尋ねた。

「レディリーが、
他の勢力の目をヒュドラやその他の魔術テロに向けると言うのであれば」
「それが成功した場合、本命に向かうのは私達だけ」

夕映の言葉から裕奈が結論づける。

「その通りです。ここで私達が魔術サイドと競合した場合、
北半球と言われればそれに対抗するのは容易ではありません。
こちらは、ヒュドラの事は刹那さん達に任せて先を急ぎます。
始まる前に術式か術式の核に対処する、それが出来ればこちらの勝ち。
そういう事です」

「北半球と千雨ちゃんの友達、
そいつをブッ千切りで抜け駆けゲットしに行く。責任重大だね」

夕映の説明に、裕奈は改めて不敵に笑って見せた。

840 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/02 14:50:08.58 1oPw+Rgx0 572/920

「は、はは、って、事だな」

千雨が、脚の震えを抑えて言った。

「ここに来た時点で、ハナっからそれ以外の選択肢は捨ててるんだ」
「その通りです。先を急ぎましょう」

千雨が改めて腹をくくり、夕映がそれに応じた。

 ×     ×

「元々、固定的な教団と言うイメージとはちょっと違う組織みたいですね。
細胞分裂しながら相互に連絡を取っているとでも言うのか…
取り敢えず、白井さんの調査結果などからアジトに踏み込んである程度の情報は得たのですが…」
「何と言うか、先回りされてたのよ」

初春の言葉を固法が引き取る。

「常盤台と直接的に関わってた小さな組織については、大方の証拠は得られました。
関係する書類と、それから電子データはUSBに落とされてテーブルの上に用意されていました」
「用意されてた?」
「はい。只、明らかな欠損もありましたが」
「金星の儀式、月の儀式」

初春の説明に、固法が眼鏡をついっと上げて付け加える。

「元のデータからUSBに移す時に、
この儀式の関連データだけは外されていた、そうよね」
「その通りです。削除その他の形跡もありませんでしたから、
最初からコピーの対象から外していた筈です」
「その、元のデータは?」

「焼却されてたわ。
パソコンや周辺機器記憶媒体、デジカム、デジカメ、携帯、アナログの写真やネガ、
そう言ったものが大量にお風呂にぶち込まれてサラダオイルで焼却されてた。
技術的にも復元は困難ね」

「証拠隠滅?」
「普通ならそう考えますよね…」

美琴の言葉に初春が妙な反応を返した。

841 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/02 14:55:17.33 1oPw+Rgx0 573/920

「その、本来なら証拠隠滅する側、
主にそのアジトを仕切っていたカルトの幹部は拘束したわ。身柄はね」

固法の言葉も、何か引っ掛かる言い方だ。
そんな美琴の感想など百も承知で固法は続ける。

「引き渡したアンチスキルのサイコメトラーの方がダウンしちゃったんだけど、
なんでも本人の記憶通りだと、中国王朝の後宮に仕えるための外科的な措置を
最低百回は経験してる事になってるみたい。

身体検査の結果ではそんな形跡は一切存在しない、
外形的にも外科的な機能も正常そのものだと言う事だけど。
それでも、事情聴取どころか廃人以外の選択肢を見付ける方が難しい状況だと言う事よ」

「月の儀式、金星の儀式…」

固法の説明を聞きながら、美琴は顎に指を当てて呟く。

「カルトに関わっていた何人かの身元は把握したんですけど、
下っ端にいたグループは、
廃ビルの中でその仲間同士で殴り合いを行って入院しています」

「仲間割れ、って規模じゃないわ。明らかに肉体的な限度を超えて殴り合いを続けてたみたい。
全員肉も骨もズタズタで瀕死の重傷よ。
そして、逃走中だったもう一つ上の幹部は、土下座をした状態で発見された」

「土下座?」
「ええ。2メートル四方の竈に木炭を埋め込んでオリーブオイルを振りかけて、、
その上に鉄板を乗せてその上で全裸で土下座をしていた。
木炭の中には時限発火装置が仕込まれていたわ。
現場近くで時限装置つきの大量の花火が打ち上げられたから死ぬ前に発見出来たけどね」

「現場からタイマーつきブザーが見付かったので或いは、とも思われたのですが、
自殺みたいなものですから後催眠の様な催眠術で出来る事ではありません。
何等かの手段で強制するか、或いは、少なくとも直前まで本人の置かれている状況を完全に騙しきるか。
本人も一命を取り留めましたがとても事情を聞ける状態ではありませんので」

固法と初春の説明を、美琴はじっと聞いている。
そこに見えるのは、決して触れてはならない逆鱗に触れてしまった事への底知れぬ怒り。

842 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/02 15:00:53.76 1oPw+Rgx0 574/920

「占い、か。ギリシャ系の占いって言ったよね」

美琴が、思い出した様に方向転換する。

「はい。ギリシャ占星術、星占いです。
それも、素人向けに色々アレンジされてはいますが、
かなり本格的な知識も組み込まれているみたいですね。
もっとも、私も押収された資料や写真をネット検索しただけですけど」

「第一二学区の専門家にも当たったんだけど、
かなり高度な知識がさり気なく織り込まれている、そういう反応だったわ」
「占い、か…」

「………この科学万能の学園都市でも、
あるいはだからこそ、人の心が縋るものを求める。
そういう時があるのかも知れない」

美琴の呟きに答え、固法の目はついと斜め下を向く。

「それで、御坂さんこれ」

初春がパソコンを操作し、画面を示す。

「これって、ホロスコープ?…」
「関連資料の中にあったものなんですけど、私、多分これ見ています」
「見た?」

「ええ。このホロスコープ、
あの時の電子ドラッグの入口にあったもの、そんな気がします」
「なんですって…」

初春の言葉に、美琴が低い声を漏らす。

843 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/02 15:04:30.93 1oPw+Rgx0 575/920

「相手の脳、或いは意識に取り憑く未解明の技術。
二つの事件の性質を考えると無関係とも言い切れないわね」
「じゃあ、やっぱりあの事件とも繋がってるって言う訳?」

固法の言葉に美琴が呟く。

「このカルト集団、想像以上に得体の知れない存在よ。
一見すると仲間内のミニカルトなんだけど、実際にはそれを偽装している。
グループを小さく目立たなく見せる、それでいて高い効果を上げる。
そのために使われているコストが尋常ではないわ。
裏帳簿とかそういうものは全て押収できたからアンチスキルもその辺は調べるとは思うんだけど」

固法が歯切れ悪く言っている側で、初春がパソコンのモニターに視線を向けた。
手早くキーボードを操作する。

「初春さん?」
「ようやく、引っ掛かったみたいです。出し抜けました」

 ×     ×

「桜咲さん」

科学の学園都市のとある歩道で、刹那と愛衣が合流した。

「どうでした?」
「研究所から探知魔法を試したかったんですが、
近づける状況ではありません」

刹那の問いに、愛衣が首を横に振って答えた。

「その、ヒュドラの最近の居場所が分かりました」
「どこですかっ?」
「この科学の学園都市の地下を逃走中です。
リアルタイムで逃走中ですが、近い時刻の大まかな場所も分かります」

844 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/02 15:08:16.73 1oPw+Rgx0 576/920

「それは、どうやって?」
「今はとある情報網、と言う事で」
「…その情報網は信頼に値するんですか?」
「確かに」
「分かりました」

愛衣が納得して見せる。
まず、裏の仕事だと言っても、桜咲刹那と言う剣士は、
事、今組んで作業をしている自分を相手にしての腹芸は全く似合わない。
刹那が信頼出来ると言うのなら、少なくとも桜咲刹那と言う人物は信頼出来る。

そして、愛衣としてはその気遣いに心の中で嘆息したが、
その情報源であれば確実な情報なのであろう。
むしろ、変に手出しをせずにこちらに任せてくれるだけ助かる。

「問題が一つあります」
「なんですか?」

「そのヒュドラをこちら、
科学の学園都市のものと思しき特殊部隊が追跡中だと言う事です。
先ほどの四人組は、恐らくある程度自由の効く請負型のチーム。
ヒュドラを追跡しているのがこの街の部隊だとすると、恐らく裏の部隊でしょうが、
迂闊に接触すると面倒な事になります」

「しかし…」

刹那の言葉に愛衣が続ける。

「万一、ヒュドラをこの科学の学園都市に引き渡す、
と言う結果も看過する訳にはいきません。
何より、魔獣を知らない素人の対処では一般レベルまで被害が拡大する危険があります」
「そうですね。急ぎましょう。ルートも把握しています」

845 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/02 15:11:47.29 1oPw+Rgx0 577/920

 ×     ×

紆余曲折、いくつかの意外なリンクを通過して、
刹那と愛衣は未使用の地下道に侵入していた。

「少し距離がありますけど、
他のルートはセキュリティの問題があると」
「そうですか。では、急ぎましょう」

誰が言っているんだ?と言う言葉を愛衣は呑み込んで返答する。
直接対処するならばセキュリティを突破するのも得手な相手なのだろう。

「研究所地下の爆破のドサクサに紛れてこのルートに繋がるトンネルを開いた、
恐らくそういう事ですね」
「恐らくは。既に研究所は瓦礫の山ですからそちら側からのアプローチは無理ですし」

携帯に転送された地図を見る刹那と愛衣が言葉を交わしながら先に進む。
その内、刹那が怪訝な表情を見せる。

「桜咲さん?」
「血の匂い…」
「なんですって?」
「間違いない、それも、これはただ事ではありません」

刹那の表情は鋭いものだった。

 ×     ×

「…これ…は…」

踊り場と言うか合流点と言うか、
地下通路の中でもちょっとした家ぐらいはありそうな広い空間で、
愛衣の足はたじっと退いた。

「少なくとも獣による被害ですね、間違いなく」

落ち着いた姿勢を崩さない刹那も、その顔色は決していいものではない。
壁も床も半ば以上赤く染まり、
その辺りに転がっている遺体は人型から肉塊から肉片までバラエティに富んでいた。

846 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/02 15:15:09.50 1oPw+Rgx0 578/920

「毒液で溶かされています。ヒュドラと見て間違いありません」
「です、よね。たまたまこんなタイミングでこんな所で熊や虎が暴れるとも思えませんから」

その匂いに喉からせり上がるものを抑え込みつつ、
愛衣は自分を納得させる様に言う。

「この人数に装備であれば、ヒグマぐらいならそれこそ原形も残らない筈です」

刹那が転がる自動小銃を見て言った。
拳銃やSMGもその辺に転がっているが、
とにかく、ここで特殊部隊系の黒ずくめ姿で死んでいる面々の人数と武装を考えるなら、
一応武器の使い方を知っていればド素人でも獣を仕留めるぐらいは出来そうだ。
相手が怪獣でも無い限りは。
腕で汗を拭いながら、青い顔でふらふらと動いていた愛衣が何かを拾い上げる。

「佐倉さん?」

刹那が、低い姿勢で壁際に走る愛衣の異変に気付く。

「う、お、おおっ、おおおおおっ」

駆け寄った刹那の前で、愛衣は蹲りげぇげぇ戻している。
無理も無いと刹那も思う。愛衣の経験値がどの程度か分かりかねる所もあるが、
裏の仕事をして来た刹那でもこれは耐え難いものがある。

「う、えええっ、す、すい、ません」

背中をさする刹那に、既に胃液まで吐き出して目尻に涙を浮かべた愛衣が小さく頭を下げる。
その時、刹那は愛衣の脇に置かれたデジタルビデオカメラに気付く。
モニターを再生に成功した刹那の目が見開かれた。

それは、実験記録映像だった。
もっとも、撮影者も事情によりその作業を途中で放棄を余儀なくされたらしく、
途中から放り出された様な固定アングルの映像だけが続いている。
ヒュドラの生態、特に攻撃パターンに関する飽くなき実験が繰り返され、
ありとあらゆるパターン、状況を実際に作り上げ、対処した上での実験データが集積されている。

そして、それに基づく準備が行われるまでの時間稼ぎが実行されたしかる後に、
恐らく元の人数の五分の一よりも少ない人数になった黒ずくめの集団が、
多分その三分の二以上は無駄であったとしか思えない膨大な実験の結果から得られた
最も効率的な攻撃を展開しながらヒュドラを追跡してここから姿を消していた。

847 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/02 15:18:45.33 1oPw+Rgx0 579/920

 ×     ×

その瞬間、刹那の目からは慈愛も驚きも鎮魂も消滅し、
仕事に向かう鋭さだけが向けられた。
抜き打ちに夕凪が振るわれ、キキキキキンと弾き飛ばされる音を聞いて、
愛衣はようやく唇を拭い立ち上がった。

「風楯っ!」

その愛衣を襲った銃弾も彼女の防壁に弾かれる。

「大丈夫ですか?」
「はい、すいませんでした」

背中合わせになった刹那と愛衣を取り囲む様にわらわら現れたのは、
白い繋ぎにゴーグル、防塵マスクと言う出で立ちの集団だった。

中には農薬のタンクつき噴霧器の様なものを背負っている者もあり、
用意されたカートには色々と機材も搭載されていたが、
今は全員が拳銃を手にしている。

装弾数の多いオートマチックのマガジンを撃ち尽くし、順次交換している。
愛衣がバッと腕を振ると、一帯がふわあっと熱気に包まれ、
愛衣がもう一度腕を振ると空間の天井近くがぼうっと炎に包まれた。

「何か、妙なものを空気に溶かし込みましたね。
温度差気流のセンサーを張っていて助かりました」
「本来清掃用なのだがね。仕方がない、こちらで我慢しよう。
広がりの小さな直接噴霧、死体か精々瀕死の重傷者しか消せないと不便だが…」

刹那に囁いた愛衣の言葉を聞いたか否か、白ずくめの長らしき男が言う。
タンクから何かを噴霧されると、血痕が見る見る消滅し、
黒ずくめの衣服もぶかぶかになっていく。

848 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/02 15:22:09.65 1oPw+Rgx0 580/920

「本物の、掃除屋」

刹那が小さく呟く。
裏側の作業で後が大変なハイパワーで暴れるの者がいるぐらいだから、
その後始末をする専門家がいてもむしろ当然だ。
拳銃の弾幕の後に、白ずくめの何人かが突っ込んで来た。

刹那が夕凪を振るうと、その者達はささっと距離を取る。
それでも、一人は刹那に叩きのめされた。
突っ込んで来た面々は、手に大振りの軍用ナイフを握っている。

「佐倉さん、自分の距離を保って下さい」
「了解です」

愛衣は、ぶわっと炎をまとった箒を振るってから、
無詠唱の火炎弾で相手を牽制する。

「発火能力者か」

白ずくめから呟きが漏れる。
愛衣も、飛んでくる弾丸から我が身を防御しつつ、意外と当たらないすばしっこさにじれて来る。
刹那は夕凪の棟を肩に掛け、油断無く相手を伺う。

裏の掃除屋。出動する場所が場所である以上、
無に帰すると言うその作業が妨げられるならば、その妨げごと無に帰する。
そして常に遭遇の機会がある裏側の危険から我が身を守り、
作業の信頼を保持するだけの力量を持っている。

851 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/05 02:59:16.61 /39ukUIQ0 581/920

 ×     ×

華奢な少年。
「社長」が見た最初の印象はこうだった。
少々物騒な清掃業者を率い、本業では無いが必要に迫られて技術力のあるサブ業務、
つまり、この文字通り死屍累々の血腥い巷で目撃者を消す。

そのために、学園都市の地下の広場で二人の少女を包囲していた所、
広場から地下道に出る通路の入口にその人影は立っていた。

その人影は、キャップを目深に被り、黒いTシャツにショートパンツと言うラフな姿。
その体全体もパンツからすらっと伸びた脚もどこか成長途上の脆さを感じさせる。
取り敢えず、この場合も、余り気の進まないセオリー通りに事を進めるしかない。

「社長」の顎の動きと共に、
「社長」同様白い繋ぎにゴーグル、マスク姿の面々が通路の入口に向けて一斉に発砲した。

 ×     ×

それは、瞬時、と言っても良かった。
更に増加した目撃者に対して、裏の業者が裏のセオリー通りの事をやろうとしている。
それを察知した佐倉愛衣は、とっさにその通路に向けて防御力のある小さな火炎竜巻を放った。

だが、新たな登場人物はタンターンッと
通路入口の真上の壁に飛び付き壁を蹴って前方に大きくジャンプしていた。

そして、そのまま一直線に広場中央近くの佐倉愛衣と桜咲刹那の元へと突っ走って来る。
放たれる銃弾を物ともせず立ち塞がる白ずくめを叩きのめして。
背中合わせに立っていた刹那と愛衣は、
とっさにその乱入者を加えた三方向を見るシフトに切り替える。

852 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/05 03:04:55.74 /39ukUIQ0 582/920

「やっぱり、あんた達繋がってた」

刹那と愛衣が、間近でその声を聞く。

「色々聞きたい事はあるんだけど、取り敢えずこの状況ってなんなの?」

そう言われて刹那はようやく驚嘆する。
もう一押しの刺激があったとは言え、愛衣等は耐え切れずに胃液まで吐き出してしまった惨状。
そこいら中に噛み千切られた遺体が転がった血まみれの広場で、
拳銃を手にした集団に取り囲まれている。

確かに強いのは分かる。だが、身にまとう雰囲気は明らかに表の人間のそれ。
にも関わらず、自分達と同い年ぐらいであり自分の経験値がかなり尋常ではない筈である、にも関わらず、
この状況に対してその声にはさ程の動揺が見えず確かに状況を把握しようとしている。

「この学園都市自体が非常に危険な事になっています。
対処したいのですが、見ての通りの事情でここから先に進めません」

愛衣が答える。

「どこから出たらいいか、分かる?」
「あの出入り口ですね」

刹那が答える。

「最後にもう一つ、ギリシャなんとかはあんた達の敵なの?」
「敵です」
「分かった」

愛衣の返答と共に、刹那が指した出入り口に青白い光が走った。
刹那と愛衣が光の後を追う。

白ずくめ達はそれを阻止せんと発砲したが、
刹那と愛衣自体の防御に加え、
次の一撃が、二人の両サイドを阻む壁の様に迸る。
刹那と愛衣が合流広場を脱出し、数人の白ずくめが後を追う。

853 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/05 03:09:59.66 /39ukUIQ0 583/920

「何故だ」

「社長」が呟く。

「カタギの匂いだ。
何故だ?
何を見たらこの場所で、その歳で平然としていられる?」

しかし、キャップの下に自嘲を思わせる笑みが僅かばかり浮かぶだけだった。

「何を、見て来た?」

「社長」の呟きと共に、白ずくめがじりっ、じりっと包囲を立て直す。

 ×     ×

「科学と魔術、ハイブリッド・モンスターですか」
「そういう事の様です」
「その情報はどこから?」

取り敢えず、刹那が知っている最近のヒュドラの目撃地点に急ぎながら愛衣が尋ねる。

「とある確実な情報源からです」
「ですよね」

はあっと嘆息したい心地で愛衣が応じる。
白々しいにも程があるが、この場合、知って困るのはむしろ愛衣の方だ。

だからと言って、後で気が付きませんでしたとも言えないので、
一応型どおりのやり取りだけはしておく。

元々裏の任務に当たっている刹那との合流だけなら
ギリギリアウトの筈だがセーフと言う事にしておこうと言う範疇だ心理的には。

854 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/05 03:15:40.59 /39ukUIQ0 584/920

「魔力に感じられたノイズもそのせいですね。
バイオテクノロジーによる新生物を核にしてヒュドラを召還する。
科学の学園都市でこの様な事が行われたと知れたら、その時点で戦争ものですよ」

「科学の学園都市の大企業であるオービット・ポータル、
そのトップのレディリー・タングルロードが勝手にやった、
で通る話ではないでしょうね」

愛衣の言葉に刹那も同意した。

「しかもややこしい事に、レディリー自身はギリシャ占星術のシビル、
つまり魔術のサイドの人間です。
それが魔術で科学の学園都市でテロを起こしたと言う事になれば、
今度は魔術サイドが科学サイドに敵対したとも解釈出来ます」

「そこはもっと厄介ですね」

愛衣の言葉に刹那が続ける。

「そのギリシャ占星術のシビルが科学の学園都市で最先端の科学的大企業を経営した上に、
裏で魔術カルトを作ってその上に科学の技術まで結び付けた。
そもそも、エンデュミオンを使うと言う事自体、とてつもない科学的な事です」
「あーうー」

愛衣がとうとう頭をぐしゃぐしゃかき回し始めた。

855 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/05 03:20:46.02 /39ukUIQ0 585/920

「ホントーに無茶苦茶してくれます」
「後は野となれ山となれを地でいってますね。
それでは、私達ごときが出来る事は精々限られています」

刹那が言う。

「科学の学園都市にいるのは知っている人であれ知らない人であれ、人は人。
そこにヒュドラが現れたらどうなるか、
エンデュミオンによるレディリーのもくろみが成功したらどうなるか」

「どちらにせよ、それに関わっているのが魔術であれば、
止めるのは魔法使い、です」

一度頷き、愛衣が落ち着きを取り戻した。

「瓦礫の山もノアの方舟も御免ですから」

 ×     ×

異臭が近づいてくる。
その正体が分かったのは、地下道が三叉路になった合流点だった。

「これは、魔物?ヒュドラ…」
「違いますね」

丸焦げになって転がっている何かを見付け、
スタスタと近づいた刹那がその巨大な炭化物をこんこん叩きながら愛衣の言葉を否定する。

「銃創が大量にあります。
ほぼ炭化しているので分かりにくいですが、これは恐らく蟲…」
「ワームですか?」

愛衣の言葉に刹那が頷き、周辺から肉片などを探知する。

「状況の不自然さ、遺留品から見て蟲使いが噛んでると見るべきです」
「でも、燃え方の状態から見て、これを焼いたのは科学の炎です。
蟲使いと科学サイドが衝突したと言う事ですか?」
「総合するとそういう可能性が出て来ます。
急ぎましょう。そんな状態が続いたらいよいよ収拾が付かなくなる」

856 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/05 03:24:48.00 /39ukUIQ0 586/920

 ×     ×

「おおおぉぉぉーーーーーーーーーっっっっっ!!!」

背後からの援護射撃を受けながら、
猟犬部隊と呼ばれる部隊の隊員である数人の黒ずくめがそれぞれ、
チェーンソー、斧、マグロ包丁をヒュドラの首に叩き込む。
絶叫と共にひたすら巨大な刃を振るい、
ボトン、ボトンと巨大な首が落ちる。

「うーん、切り口に関係無しに首は二股で復活するって事か。
で、首に合わせて全体のサイズも調整される」

阿鼻叫喚の絶叫が響く中、
木原数多は実験結果を眺め記録のためにノーパソのキーボードを叩きながら、
それに貢献した結果我が身を二つ以上に引き裂いている
部下の勇姿を五秒ほどは記憶しておこうと心に決める。

少し、時間を食ってしまった。
こちらに報されない所で別の遺伝子工学実験でもやっていたのか、
新たに出て来たミミズの化け物を突発で駆除する羽目に陥り、
ミミズだけにやたらしぶとい駆除作業で物理的に火炎放射器の燃料その他が心許なくなった。

結果、木原数多は、その特徴からヒュドラと仮称した化け物とそのまま戦闘に入った場合、
木原数多の安全に関わると判断して一旦地上に帰還し再度の準備を行った。

合流命令に従わなかったB2チームの大半を原料とした愉快な芸術活動に一汗流した後、
些か筆にする事を憚られる内容の誠意と謝罪の限りを尽くした事に免じて
ナンシーとヴェーラにワンチャンスを与え、
執行猶予のリミットを適当に9月30日23時59時59秒に設定する。

ヒュドラに関しては、それ以前に部下が突進して発信器つきのペグを胴体に打ち込み、
そのまま部/下になったから見失う心配もなかった。
と、言う事で、木原数多はこうして再編成した猟犬部隊の部下達を引き連れ、
悠々と追い付いて駆除作業及び実験を再開していた。

857 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/05 03:27:57.56 /39ukUIQ0 587/920

「う、あ、お、おおおぉーっ!!!」

チラッ、チラッと後ろを見ていた数名の隊員の絶叫と共に、
ドドドドドンと、ヒュドラの胴体にその隊員達が手にしていた銛が撃ち込まれる。

「………薬物、毒物に関しては何れにしても効果は見込めず、と………」

阿鼻叫喚の絶叫が響く中、
木原数多は実験結果を眺め記録のためにノーパソのキーボードを叩きながら、
割と近い距離からホース・注射器を大型に改造した作りの銛打ち銃を撃ち込み、

仕込まれた薬物を確実に体内に注入した後、
大まかに取り揃えた毒物薬物各種が
ヒュドラの元気な活動に全く影響が無かった事を木原の目に知らしめてくれた
部下の勇姿を三秒ほどは記憶しておこうと心に決める。

「う、あ、お、おおおぉーっ!!!」

チラッ、チラッと後ろを見ていた数名の隊員の絶叫と共に、
ドドドドドンと、ヒュドラの胴体にその隊員達が手にしていた銛が撃ち込まれる。

「んー、携行用の電源じゃあこれが限度か。
いっそ、レールガンでも戦らせてみてぇ所だが、許可でねぇだろうなぁ」

阿鼻叫喚の絶叫が響く中、
木原数多は実験結果を眺め記録のためにノーパソのキーボードを叩きながら、
簡単に言えば超強力遠距離スタンガンである銛打ち銃を撃ち込まれたヒュドラの様子を確認する。

ダメージと言う程のものは見えない。
精々怒らせたと言う程度の効果であるからして、全く無意味と言う事でもないらしい。
木原は、有線と言う性質上大きく距離を取る事の出来ない
銛打ち銃をヒュドラに撃ち込んだ部下の勇姿を一秒ほどは記憶しておこうと心に決める。

858 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/05 03:31:06.32 /39ukUIQ0 588/920

「これを使え」

木原数多は、目の前に招集された部下の隊員達に
やけに太く長く黒光りしている拳銃を手渡す。

「あーあーあー、あれだ、要はダムダム弾の強力な奴だ。
飛距離はあんましないけど、当たったらデカイ。
そんなだから火薬と銃身と弾丸の配分も難しくてな。

ま、弾が飛び出さないで後ろに向かうって言っても
統計上は精々五回に一回だ、実験データに大した支障はねぇ。
つー訳で、張り切って行って来い」

ドンドンドンドンドンと重苦しい銃声と爆発音が響き、
ヒュドラの上顎から上が次々と吹き飛ばされる。
それでも、全ての首を飛ばすには数が足りない。

自動小銃による援護射撃や手持ちの拳銃をものともせずに、
生き残った首が怒りに燃えた目を光らせた頭部がくあっと大口を開けて降りてくる。

「うーん、上半分吹っ飛ばされてもそのまま修復するんだな。
て事は、あの頭は飾りで、下等生物がそう見えるってだけの事か?
それにしちゃあ狡賢い、脳味噌は別の場所にあるってのか」

阿鼻叫喚の絶叫が響く中、
木原数多は実験結果を眺め記録のためにノーパソのキーボードを叩きながら、
実際にヒュドラの頭部を破壊して見せた部下達の勇姿を0.5秒ほどは記憶に留めておこうと心に誓う。
既に顔が物理的に存在しないしわざわざ履歴書を確認し直す程暇でもない。

859 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/05 03:34:36.04 /39ukUIQ0 589/920

「つまり、結局の所は、神話の通り首落として焼いて潰すしかねぇって事かぁ」

木原数多は、ここまでの実験結果に就いて一応の総括をする。

「コントロールが効いてる様にも見えねぇし、
マジで暴れて人喰うだけの怪獣映画ってかぁ?」

ノーパソを操作しながら、木原は舌打ちをした。

「あーあー、アレだアレ、ほら、出せよ…」

ガサガサとケースを漁っていた隊員が引きつった薄ら笑いを木原に向け、
当然その微笑は瞬時に真っ赤に崩壊する。

「あーあーあー、ちょろっと電器屋行って、
ついでに適当なクズの追加見繕ってくるわ。
つー訳で、ここで足止めやっとけや」

木原数多は拳銃をしまい、颯爽と白衣を翻す。

 ×     ×

風紀委員第177支部。

「もしもしっ!」
「初春さんっ?」

携帯がつながった事に、初春と側にいる固法は小さく安堵する。
取り敢えず、何かリズミカルに聞こえる火薬の破裂音とか
小さな金属が超高速で通過していそうなBGMに就いては聞かなかった事にしておきたい。

「今、地下にいるんですかっ?」
「うん、今…」
「もしもし、もしもしっ!!」
「初春さん…」

固法の言葉に、初春は首を横に振る。

860 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/05 03:39:03.73 /39ukUIQ0 590/920

「駄目です。地下で多分御坂さん自身が雷撃を使っています」
「大丈夫だと、思うんだけど」

固法が、通信端末に目を向けながら呟く様に言う。

「その、佐倉愛衣も地下にいるのよね」

「恐らく。何かずっと妨害されていましたけど、ようやく不正プログラムを出し抜いて、
ごく近い時間の防犯カメラから彼女の顔面認証がヒットしました。
ルートから考えて閉鎖されている地下道に入った筈です。
御坂さんの話だと、鳴護アリサの絡んだ色んな事件、
特に長谷川千雨、その辺と関わっているんじゃないかって」

 ×     ×

「あー…」

木原数多は、死屍累々の巷に佇んでいた。
取り敢えず、ここで少し気を抜いても喰われる心配だけはなさそうだ。

「生存者ですっ」

新たに連れて来た隊員が言った。

「あ、ああ…」

木原が近づいて見ると、両脚が実に複雑な形状をもってデコボコし、
黒いズボンがぐっしょりと湿って地面まで赤く染まっていた。

「引き揚げろ、両脚ぶった斬ってその他は必ず治せって医者に伝えろ。
あーあー、だからって腕の良すぎる名医は駄目だぞ、あくまでこっちの御用達を使え。
とにかくだ、愉快な芸術活動ってのは完全健康体じゃねーと面白くねぇからなぁ」

863 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/09 13:49:41.27 sEo8/f900 591/920

 ×     ×

エンデュミオン・シティの一角に集う面々。
中肉中背、ぱっつん横一直線に切りそろえられた飾り気のない前髪におかっぱがポイント高し。

そして、極めて重要度の高い情報を書き加えるならば、眼鏡。
クールと言うよりは地味に大人し生真面目なタイプの容貌をそのまま体現するキーアイテム。

惜しむらくは、それらの利点を最大限に活性化させる白衣と言う普段着が
今回だけはちょっと背伸び気味の秋物の上下に変わっていると言う事であるが、たまにはそれも良し。

かくの如くストライクゾーンど真ん中の紅一点を含む、
高校生ぐらい、或いはその上かも知れないどこかイモっぽくもキザたらしい眼鏡着用の一団。
その中から、割と短い髪型の男が、
実にキザたらしい所作ですいと前に進み出て口を開く。

「詳しい説明こそ無かったが、あの程度の奉仕活動で終わったと言う事こそ、
まだまだこの学園都市が我々の頭脳を必要としている証拠」

言いながら、酷薄な目を覗かせている眼鏡の真ん中を、中指の腹でくいと押した。

「つまり、我々の戦いはこれからだと言う事だ。
故に、本日は英気を養うと言う意味も兼ねて奇蹟の歌姫鳴護アリサ女神のコンサートを楽しみ、
しかる後、科学の粋を集めたその頂点で、あくまでも科学研究こそが………」

宣言してばあっと外側に広げた右腕のその付け根、つまり右肩ががしっと後ろから掴まれる。

「ひぃーっさしぶりだにゃーん♪」

今より後その場に五人あらば、一人は肩を掴まれたまま硬直し、
三人は腰を抜かしてカチカチと歯を鳴らし、
そして一人はその場にひれ伏し頭を抱えて祈りを捧げる。
その辺りを、腰を曲げたフレンダがうろうろ歩き回る。

864 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/09 13:54:55.27 sEo8/f900 592/920

「ふぅーん、一人だけ女の子なんだー。
ねー麦野ぉー、やっぱりお仕置きいっちゃう?
暗部十四式のとぉーってもなまめかしい奴」

腰を曲げたフレンダにツカツカと接近された結果、
既に腰を抜かした下半身から完全に脱力して
首をかくっと折ってぶくぶく泡を吹いている姿を見て、絹旗は嘆息する。

そして、真っ先にひれ伏していながらガタッと身を起こした
オタ系眼鏡の尻を蹴っ飛ばした絹旗は、
響き渡る艶めかしい喘ぎ声への吐き気を堪える。

「私にしちゃあ初めまして、なんだけど。そーゆー訳で」
「?」

ひらりと差し出された右手に、一同は首を傾げる。

「渡して貰おうか、チケット」
「は?」

「結局、エンデュミオン行きのチケットを寄越せ、そう言ってる訳よ」
「頭数が揃ったら、細かい改竄もこれから超やってもらいますからと言うかやれ。
どうせこの面子で超全員当選している時点で、超まともな手段じゃないでしょう。
大体、あんな事に利用しようとした時点で超出っ禁の筈でしょう」

「いや、だから、どうして僕達が…」

麦野が、林檎をぽいと絹旗に投げ渡す。

「ああ、あれはこっちで用意した廃棄処分確定だ、だから安心しろ。
ま、スクラップはスタジアムで散々見て来ただろうが」

ふわっと緑色の光を浮かべた麦野の親指の先で、近くのビルの屋上のペントハウスが爆発した。

「もしかして、この街の闇をさんざんさんざんさんざんさんざん
ナメくさってコケにして唾吐いてくれちゃったりしちゃったと言う事に
時効がある、とか思ってるのかにゃーん?」
「はいフレンダ超林檎ジュース」
「わーい、結局絞りたてって訳よ」
「大丈夫、陰影くっきり素晴らしくいい笑顔のむぎのを応援してる」

865 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/09 14:00:12.35 sEo8/f900 593/920

 ×     ×

「ちぇいさぁーっ!!!」

まず、力ずくで広場を突破する。
お誂え向きの通路を見付け、そこに飛び込む。
そこから引き返し、ほぼ一列となった追跡者をすれ違い様に片付けていく。

「作業に戻れ」

「社長」が短く命じる。
所詮、悪くすれば使い捨ての裏のフリー業者。
それ相応の技術力でかなりの部分までカバー出来るとは言え、今回は少々相手が悪いらしい。

事によってはレベル5級の能力者。しかも、多少は裏の流儀を囓っている、只の力任せではない。
そうなると、地力の違いがもたらすダメージは小さなものではない。
このまま戦闘を続けるよりも見なかった事にした方が害が無さそうだと、
さっさと見切りを付けるのもこの世界で生き抜く知恵だった。

「こっち、でいいのかなぁーっ!」

追撃が消えたのを察して、懸命に走りながら御坂美琴は口に出す。
電磁波に反応らしきものはある。
だが、迷路に片脚突っ込んだ地下で遠すぎる反応、確実に把握する事は出来ない。
柱ながら、美琴は国道トンネルの様な広い空間通路に入り込む。
そこで、ぞわっとする感覚を覚えた。

「何、この反応?
この大きさで、複数いるって、それにこの動き、場所って…」

その場で美琴がぐるんと一回転した。
それに合わせて、ざざざざーっと這い進んできた群れが弾き飛ばされる。

「…って、ムカデ!?何このサイズっ!?」

半ば真の闇だったトンネルに自らの体から「電灯」を灯し、
ようやく目が慣れて来た辺りで美琴が悲鳴を上げる。

866 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/09 14:05:20.42 sEo8/f900 594/920

「!?くああっ!!」

ターンターンと飛び退く美琴の周辺に、
ぼとん、ぼとんと何かが落ちて来る。
落下して来た「敵」を美琴が電撃で薙ぎ払って行く。

「ナメ、クジ?どうなってるの?
変な栄養剤でも?それとも又この学園の闇で変な実験…!?」

どれもこれも横幅太股突破サイズの化け物が転がっているのを見て、
息を呑んでいた美琴が喉に引っ掛かる様に悲鳴を上げた。

「な、なに、ちょっ、あんっ、なあっ!?」
「モフフフフ、小振りながら形といい弾力といい、
今この時がたまらない、それでいて成長も十分見込める一級品ネ」
「な、に、を、やってるうぅーっ!!!」

稲光が、美琴の体を中心に下から上に逆に突き上がった。

「モフフフフ、出来るネ」
「って、今のに反応した?女の子?」

美琴が目を丸くした。
理由は色々ある、嫌悪感のままにやってしまったとは言え、
今の一撃、我に返って間違いなく最初に心配したのは痴漢が生きてここを出られるかと言う話だ。

だが、目の前のその相手はぴんぴんしている。
それどころか、そもそも美琴の方に相手を攻撃出来た手応えが無い。
そしてその相手、ついさっきまで美琴の体に取り憑いて傍若無人に両手を使っていた変態。
その変態が目の前にいるのだが、それはどこから見ても…

「女、の子?…」

どう見ても、美琴よりも年下の女の子だった。
美琴から見て外国人らしく褐色の肌に銀髪。角の飾りを頭に付けている。

867 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/09 14:08:23.68 sEo8/f900 595/920

「何、を…このおっ!!」

言いかけた時に、美琴は背後にジャンプして電撃を飛ばす。
前方からざざざざっと接近していた巨大線虫が一掃される。

「ひゃっ!?」

美琴が着地したその瞬間、美琴の電磁波レーダーが侵犯を察知する。
美琴が反応したのは、背後からわしっと掴まれたかどうかと言うその瞬間。

(速いっ!)

美琴は、振り返りながらスタンガンエルボーが空を切る感触に舌を巻いた。

(あの感覚からして、こいつ、レーダー瞬殺ギリギリの距離を取りつつ
影の様に後ろにぴたっと張り付いて着地したその瞬間に…)
「モフフ、ここまでよくぞ凌いだネ。しかし、これはどうかネ?」
「!?」

急接近して来るのは、変形巨大イソギンチャクが三匹だった。

「ちょっと待って、これってあんたがコントロールしてる訳?」

イソギンチャクは、
跳躍した美琴目がけて腕ほどの太さのある触手を一斉に伸ばして来る。

「くおっ!!」

その触手を、美琴がバババッと電撃で弾き飛ばす。
何かで聞いた覚えがあるが、相手がイソギンチャクなら触手に触れるのは危険だ。
何とか空中で体勢を整え、場所を移動してイソギンチャクから離れた場所に着地する。

868 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/09 14:12:03.24 sEo8/f900 596/920

「何なのよ、あんた?あんたもギリシャで悪さしてる連中の仲間な訳?」

「モフフ、私は雇われただけの者ネ。
そのついでに趣味を堪能しているが、微なる領域においては最上の至宝に遭遇し、
頭の中を趣味全開の最優先に切り変えた所。こういう風にネ!!」

「フツーに女の敵ねっ!!
雇い主吐かせてやるから覚悟しなさいっ!!!」

タンッ、と、目の前で展開されたロケットスタートと共に、
次の瞬間に察知した気配目がけて美琴が電撃を放つ。
その時には、目の前に元通りにの場所に戻っていた。
そちらに突っ込んだ美琴が、前方に立ち塞がるイソギンチャクを次々と電撃KOしていく。

「とっ!」

足下で、線虫がぐるんっ、と巻き付く。
足を取られる寸前に美琴は跳躍していた。電磁波レーダーが無ければ確実に足を取られていた。
跳躍したまま、真下に電撃を放って線虫を始末してから着地する。

 ×     ×

桜咲刹那と佐倉愛衣は走る。
本日二度目の虐殺現場を通過し、その奥へと走る。

「嫌な、感じがします」

愛衣が言う。

「途中から、悪性の魔力の気配が変な感じに増加しています。
パターンから言ってヒュドラのものと見て間違いありません」
「そうですね。瘴気と言うのでしょうか、
確かにそれは感じられます」

言いながら、二人は足を止める。
見ると、壁に大きな穴が空いていた。
愛衣がすっとその場にしゃがみ地面に指を向ける。

869 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/09 14:15:25.82 sEo8/f900 597/920

「ヒュドラはこの穴を通って向こうに入っています」

言いながら、愛衣が爪に火を灯し注意深く穴の向こうを伺う。

「段差になっています、気を付けて」
「分かりました」

穴を通って二人が降り立ったのは、

「下水道」

刹那が呟く。

「後から人為的に、無理やりつけられた穴でした。
ヒュドラである事を考えると、元々下水道に誘い込むつもりだったのでしょうか」

先に進みながら、時々愛衣が顔を顰める。

「本当に、まずいかも知れません」
「ええ」

刹那も小さく頷き同意する。

「何か、今までよりも更に尋常ではない事が起きている筈です」

870 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/09 14:19:16.37 sEo8/f900 598/920

 ×     ×

「モフフフ、これはどうかネ?」
「はあっ!?」

ザザザザザザッと迫って来るのはムカデ数匹。
しかも、その横幅は、ざっと見てハワイ系大型力士の1.5倍。

「このおっ!」

振り返り様にそれを見た美琴が右腕を振って電撃を叩き付ける。

「モフフフ、素晴らしい反応ネ。
その素晴らしい雷のスキルと言い、或いはどこかで会ったかネ?」
「さぁー、あんたみたいな変態…
あんたみたいのは覚えがない、わねっ!!」

ムカデは、一瞬ひるんだだけで美琴に突っ込んで来る。
背後に跳躍した美琴が、そのついでに右腕を振り下ろし、
ミニ落雷の様な強烈な電撃がムカデの先頭を沈黙させる。

「くっ」

着地した美琴が、先頭の死骸を踏み越え戦車よろしく突進して来るムカデに歯がみし、
ぴーんとコイントスを行う。

「このおおおおおおおっっっっっ!!!」

流石に突進は止まったが、まだひくひく動いているのもいる、
体液と肉片の巷を前にして、レールガン御坂美琴の気分も余りいいものではない。

871 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/09 14:22:21.17 sEo8/f900 599/920

(な、なんなのよこれ?やっぱバイオテクノロジー?)

考えたくもないものだが、人間を増殖させたり幼女をまんま作ったりするぐらいだ、
虫の類の改造などどうにでもなるのかも知れない。

(でも、スペース的におかしいでしょ、どこに隠れてるのよ)

着地して、美琴が腕で汗を拭う。

「このペースだと、電池切れ…おおおおおおおっっっっっ!!!」

美琴を中心に青い稲妻が下から上に突き抜ける。
その側で、ずしゃあっと後方にスリップしながら着地している。

「モフ、モフフ、モフフフフ、よもや今の我がオパーイ奥義四十八手を突破して見せるとは。
その反応、そのキレ、数多のオパーイ戦争をくぐり抜けた歴戦の勇士すら彷彿とさせる
まさかの熟練すら伺わせる鋭敏にして沈着なる恐るべきスキル。

滾る、昂ぶる!漲るっっっ!!
これを揉んで揉んで揉みしだいてこそ究めたと言えるの事ネ!!!」

「ハァ、ハァ…女子校ナメんじゃないわよ。
って言うか、電磁波レーダーかいくぐって
放電の刹那の瞬間まで手を離さないでそれでほぼ無傷でいられるって、
あんたこそ何なのよおおおおおっっっっっ!!!」

874 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/11 03:57:15.08 hmjXf31f0 600/920

 ×     ×

「!?」

水音に混じり聞こえた、乾いた破裂音。

「銃声っ!?」

愛衣が小さく叫ぶ。

「方向は合っています」

刹那が言い、二人は駆け出した。

 ×     ×

「な、な、んだ、こりゃあ?」

木原数多は、目の前に光景に歪んだ笑みを浮かべる。
その木原の前で、猟犬部隊の隊員が三人、毒液の噴射を浴びて悪臭と共に絶叫する。

「は、はは…班を二つに分ける」

阿鼻叫喚の巷でも、隊員達は上司である木原の言葉には直ちに傾聴し、
その間にも次々と食いちぎられ或いは毒液を噴射されて数を減らしていく。

「A班はマグナムライフルで首を吹っ飛ばせ、
B班は、火炎放射器でその切断面を焼け。以上だ」

既に一時凌ぎのために焼く暇無く首だけ吹っ飛ばしたケースが続いた事もあって、
今の人数でこの作戦をとっても、とても相手の首は全滅とまではいかない。
それでも、やらないよりはマシだ。
取り敢えず、木原が生き残った場合の事だけを考えた隊員達が、
絶叫と共に忠実に命令を遂行する。

875 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/11 04:02:28.11 hmjXf31f0 601/920

 ×     ×

「もう、いないわよね」

次々と襲いかかって来る巨大怪虫を電撃で薙ぎ倒しつつ、
その隙を突いて取り憑いて来る変態に間一髪逃げられ続けている御坂美琴が、
肩で息をしながら言った。

「モフフフ、お疲れモードかネ?」
「くっ」

その美琴の前で、頭の後ろで手を組んで悠々と言うパイオ・ツゥに美琴は殺意に近い眼差しを向ける。
しかし、その正体を知らない美琴でもパイオ・ツゥが只者ではない事は分かる。

学園都市レベル5第三位、最強のエレクトロマスターである御坂美琴は、
例えではなく理屈として触れる事それ自体が難しい。
にも関わらず、パイオ・ツゥはその第三位の電磁防壁をかいくぐる様にして
命懸けのアタックを繰り返し、そして半ば近くまで成功している。

「モフフゥゥーーーーーッッッッッ!!!」
「おおおおおおおおっ!!!!!」

トンネルエリアの真ん中で、二人が交差する。
間一髪、御坂美琴は我が身に伸びた魔の手を交わし、
すれ違い様に電撃を浴びせるがそれも間一髪交わされていた。

(…フェイント…)

すれ違った美琴は腕で汗を拭いながら改めて舌を巻く。
普通に近づいて来るだけの相手なら、速度がどうあれ接触直前に放電してやれば片が付く。
だが、この相手はそれを見越して、
何等かのフェイントで美琴の鋭敏な感覚すらごまして見せた。

そして、そのほんの一瞬、一瞬だけの隙をかいくぐって来たのだが、それだけでも十分に脅威。
それはまさしく毒手。掴まったら終わりと言うその片鱗を美琴は既に知っている。
思い出してぶるりと震える。

876 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/11 04:07:39.58 hmjXf31f0 602/920

「モフ、モフフフッ」

その御坂美琴と相対する魔法傭兵パイオ・ツゥは滾る情熱を抑えきれない。
相手の御坂美琴が歴戦の強者である事は、
強者であるパイオ・ツゥだからこそ即座に察知した。
だからこそ、だからこそ滾る、漲る。

その鉄壁の向こうにあるのは、パイオ・ツゥには分かる。
恐らくそれは、このほんの一時だけの慎ましき蕾。

その道の ネ申 を任ずるパイオ・ツゥには見えている、
恐らくは遠からぬ時に美しく大輪の花を咲かせるであろう事を。
それも又よし、だからこそ、今この時愛でる事に全てを懸けて。

「だから、あんた一体何者なのよ?」
「ある時は傭兵、ある時は賞金稼ぎ、そして今は至高の手応えを求める者!!!」
「つまり、変質者って訳ね」

魔法世界での肩書きを正直に答えたパイオ・ツゥに対して、
体の前で自分の顔に向けた両手をわしっ、わしっと動かすパイオ・ツゥを見て、
御坂美琴はこれも又実に的確な肩書きを彼女に授ける。

「それはいいとして、全然良くないんだけど、
だから、全然良くないからさっさとそっちの方は終わらせて、
雇い主の事白状してもらうわよっ!!!」

「モフフフフ、プロの傭兵にして
慎ましやかな膨らみの良さも愛してやまない究みを求めるあるていすと。
その私を止める事が出来るかネ?」
「だぁーから今すぐやめろって言ってんのよ
こぉのド変態がああああっっっっっ!!!」

美琴が、ごおおおっと腕を振り電撃を放つ。
だが、パイオ・ツゥはひらりと跳躍し、電撃が当たるよりも前に美琴を跳び越えてしまった。
美琴の体がバババッと青白く放電する。
だが、放電が静まった時、美琴は怪訝な顔で周囲に視線を走らせる。

「そこ、っ!?」

美琴の前で、スナップショット電撃を喰らった大型カマドウマが引っ繰り返る。

877 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/11 04:13:03.65 hmjXf31f0 603/920

「ち、いっ?」

後ろに跳躍しながら、改めて体に帯電し直した美琴が異変に気付く。
パイオ・ツゥがしゃきっとその場に直立不動の体勢を取っていた。

「な、何?」
「ハイ、タダイマヨリ、
コンカイノ、ニンムニツイテ、スベテ、ハクジョウサセテ、イタダキマス」

 ×     ×

「………お、っ………」

木原数多の意識が途切れ、下水道の通路にぐらりと倒れ込む。

「どうやら、体術の心得はさ程のものでは無かった様ですね呆気ない」

近くの曲がり角から飛び出すや、木原が目に留める暇も与えず当て落とした桜咲刹那が言う。

「科学者…何か科学的な条件でも整わなければ只の人、と言う事でしょうか」
「どうしますか?」

尋ねる愛衣の側で、刹那がひょいと木原を担ぎ上げる。
そして、一旦行き先への道を外れて奥まった通路に移動する。

「………………」

行き先は、下水道の中二階的な場所にあった待避所を兼ねた小部屋だった。
その中で、刹那は淡々と木原を裸に剥くとテーブルの上に仰向け大の字に広げ、
紐を取り出して両手両足首をテーブルの脚に繋いだ上にその体をテーブルに縛り付けていく。

「確か縄、緊縛術は日本の魔術的な意味合いがある、と言いましたか?」

「その通りです。これは一人ではまず解けません。
危険な鬱血に至らない様な配慮もしておきました。
適当なタイミングで救急車でも呼んでおきます。
今までの状況から見て、まともに話し合いの出来る相手とは思えませんから」

「そうですね」

878 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/11 04:17:08.71 hmjXf31f0 604/920

 ×     ×

地下道トンネルエリアと通路が繋がる角で、
リモコンを向けていた食蜂祈操は自分の肩を見る。
そこで、にょろにょろとそこまで這い上っていた細腕サイズの太さの線虫の先端と対面する。

「………ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ
やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」

美琴は、その絶叫にようやくそちらに目を向けた。

「ち、ちょっ、な、何よこれえっ!?
やっ、ちょっ、演ざんっ、できっ、
離れ、駄目そんな締めっ、ひぃぃぃぃぃぃぃっっっっっ!!!!!」
「ん?」

何かを話そうとしていたパイオ・ツゥも又、
完全にその事は忘れて何やら賑やかな声に目を向ける。

「………あ…………」

するすると線虫にまとわりつかれゴーゴーダンスを踊る食蜂の縦運動に、
パイオ・ツゥはキラーンと目を光らせるや、
美琴が気付いた時にはばびゅーんとロケットスタートしていた。

「だ、だめぇ、は、はなれてぇ?え?あ?な?」
「ちょっと、離れ、くっ………」

まあ、食蜂だからまんままとめて消し炭にしてやろうかと99%程本気で検討もしてみた美琴だったが、
やはり後であの口調でネチネチ言われそうなのも鬱陶しい。
何よりプライドの問題として、こいつにだけは自分の能力で他人を巻き込むと言う行動を見せたくはない、
等と考えている間に、美琴の目の前で事態は加速度的に悪化していく。

「あっ、ちょっ、何あ、あんっ、何この、
いい、加減にぃ、いいっ、そ、んなっえん、っ算っ集中ああああんっ
何あっ何この………力ああっ、だ、だめよぉっそんなぁっああっ
強くぅ弱くぅリズム力ぅううっおおっ、あ、ら、や、あ、
だっ、ああ、あああっらめっ、らめよぉっそんなはああはああああんっっっっっ………」

―――美しい映像をお楽しみ下さい―――

879 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/11 04:21:10.49 hmjXf31f0 605/920

「………ナカッタコトニ、ナカッタコトニ………」

白く艶やかな太股も露わに地面にくったりと横たわり、
半開きの唇の端からたらりと溢れさせてとろける様な表情で脱力している食蜂と、
その側で腕で汗を拭いながらツヤーッと輝いているパイオ・ツゥを、
御坂美琴は只只、大汗を浮かべて見比べる。

「モフ、モフフフフ、これは素晴らしき収穫。
まさしく第一級のボリュームでありながら今この時だけが持つたゆんなる弾力に満ち溢れ、
オオー、感謝の言葉も見付からないネ」

両手を捧げて歓喜するパイオ・ツゥに無言の電撃が降り注ぐが、
そう思った時には、パイオ・ツゥはすとーんと美琴の目の前に着地していた。

「あのボリューム感の最高級サーロイン・ステーキを存分に堪能したからこそ、
あっさりさっぱり慎ましき微かなるものを愛でて締めとする。
これが通の道と言うものネッ!!!」
「じゃかぁしぃこのドォォォォォォ変態があああああああっっっっっっっっっ!!!」

トンネルは、昼間の如く明るくなった。

 ×     ×

「………こ、れは………」

佐倉愛衣は、呆然と目を丸くする。
桜咲刹那ですら、似た様なものだった。
そこは、幾つかの方角からの下水の合流点。

故に、かなりの広さと高さのスペースが文字通り死屍累々の巷と化している事は
もうここまでで何度も見て来た事だ。
そして、ヒュドラも又、本日何度か目にしている訳だが、
それがマンモスのサイズと言う事になると、話は別だ。

「どう、してこんな…」
「佐倉さんっ!神鳴流奥義、斬鉄閃っ!!」
「はっ!」

愛衣の目の前で首が爆ぜ、愛衣はその傷口に火球を投げ付けながら飛び退く。

880 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/11 04:24:36.58 hmjXf31f0 606/920

「風楯っ!!」

そして、他の口から噴射される毒液を懸命に防御するが、
いよいよもって怪獣だ、こうなると動く事すら簡単ではない。

「いやいやいやいや、
これ又でっかく育ったもんだにゃー」

 ×     ×

「………消え、た?いや、まだ………」

美琴が電磁レーダーで索敵するが、どうやらまだ手駒を残しているらしい。
このトンネルに繋がる通路が幾つもあって、そこに蠢くダミーが引っ掛かって鬱陶しい。
どっちにしろ、超電磁砲と今の大量放電で少し体力を使い過ぎた。

次で決めないと、本当にまずい。
今横目に見える、ひくっ、ひくっと地面に横たわっている姿を自分の未来図にしないためにも。
そこで、ようやく美琴は携帯の着信に気付く。

「もしもし…初春さん?」
「今、地下にいるんですかっ?」
「うん、今…」
「すぐにそこを出て下さいっ!」
「え?だって、これからあいつら追い掛けて…」

「地下施設他十箇所前後で大きな爆発が発生しました。
状況からして事件と見るべきです」
「何ですって?」

「そこからは離れていますし、元々使用されていないので封鎖の対象からも外れていますが、
安全が保障出来ません。早く地上に上がって下さいっ!!」
「分かった」

電話を切った美琴が、一つ舌打ちをして駆け出す。

「御坂、さぁん」
「あー、立てる。出るわよ。ちょっとここヤバそうだから」
「ん、んーん、大丈夫よぉ、少し敏感力に痺れただけだからぁ」
「そう」

言いながら、美琴か注意深く周囲を伺う。

881 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/11 04:27:54.12 hmjXf31f0 607/920

「あんた、どうしてここに?」
「さぁ、どうしてかしら?」
「あんたねぇ…!?」
「ひっ!!」

腕一本、脚一本と言った所だろうか。
そんなサイズの蟲の大群がわああああっと二人に向かう。

「逃げるわよっ!」
「分かったわぁっ!!!」

美琴がなけなしの電撃で蟲を薙ぎ払いながら、二人は這々の体でトンネルから遠く離れる。

「目論見通り、みたいねぇ」
「は?」

互いに荒い息を吐きながら、言葉を交わす。

「あの娘、多分、暗部に関わる相当なプロフェッショナルよぉ。
だから、私が正気力を取り戻したらどうなるか、
その一点だけに絞って逃げの一手を打った、そういう事よぉ」
「なるほどね」

だからと言って、ここから引き返すつもりもない。
爆発事件の事もそうだし、ここから仕切り直して、
実力だけでも生半可ではなかった変態を相手にするには電池残量が余りに心許ない。

「………モフ、モフフフフ………」

トンネルから美琴達とは別方向に離れた通路で、
パイオ・ツゥは一人その手応えを反芻する。

「あの電撃娘を揉み切れなかった悔いこそ残るがネ、
あれほどの見事なボリューム、そして弾力、これは思わぬ収穫ネ。
後は…大覇星祭とやらまで潜伏する事が出来たら、
素晴らしきターゲットに巡り会う事が出来るとの極秘情報は得ているのダガネ…
ネセサリウス女子寮食堂の情報も捨て難いガ…」

882 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/11 04:31:13.55 hmjXf31f0 608/920

 ×     ×

「土御門元春っ!!!」
「!?」

愛衣が、刹那の目の前を横切る様に、箒から帯状の炎剣を放った。

「本気で斬るつもりですかっ!?」

怒号と共に夕凪の鯉口を切った刹那に、愛衣も悲鳴に近い声で叫んでいた。
その時の刹那の有様は、その通りにしか見えなかった。

「今、オマエは何をすべきなんだ?」

梯子を下りながら、土御門元春は至って真面目な口調で言う。
はっと周りを見た刹那のすぐ側で、愛衣が風楯で強烈な毒液噴射を防御していた。

「やれやれ、冷静沈着、蒼き炎の退魔師、そう聞いてたんだけどにゃー」
「神鳴流秘剣、百花繚乱っ!!!」

すとんと梯子から下水道の岸辺に着地した土御門の側で、
刹那が叩き付ける様に夕凪を振るいヒュドラが僅かばかり後退する。

883 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/11 04:35:52.24 hmjXf31f0 609/920

「アデアット!!」
「桜咲さんっ!?」

ばあっと虚空瞬動で跳躍した刹那が、ババババッと大量の匕首を放つ。

「はあああぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」

そして、襲い来る二本の首を建御雷でぶった斬った。

「おおおおおおおおっっっっっ!!!」
「ひゅうっ」

刹那が、巨大化した建御雷の刀身を内一つの切り口に押し付け、熱化した魔力を注ぐ。
それを見て口笛を吹く土御門に鋭い眼差しを向ける。

「もう一つ…」
「あああああっ!!!」

刹那が動くよりも速く、愛衣の箒がぼわっと巨大な炎を上げて切り口に押し付けられていた。

「くおっ!」
「このっ!!」

その間にも、刹那に飛んだ毒液を愛衣が放った火球が蒸発させ、
刹那は一旦下水の岸辺に戻る。

「簡単、にはいきませんね」

刹那が、腕でぐいっと汗を拭う。

884 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/11 04:39:58.88 hmjXf31f0 610/920

「一体、なんなんですか…これも、科学ですか?
いくらなんでも異常ですっ!!」
「ついさっき、爆破事件があった」

愛衣の叫びに、土御門が真面目な口調で言う。

「下水処理施設や堤防、ダミーも含めて幾つもやられた。
その結果、水脈が乱れ穢れがここ、この場所に集中する事となった」
「つまり、ヒュドラの本来の棲息状況である毒沼に近づけたと言う事ですか」
「せーいかーいっ。さっすがジョンソン首席の秀才ちゃんだにゃー」
「………ひっ!………」

ぎりっ、と歯がみを聞いた愛衣の血が凍る。
愛衣は、本気で死を覚悟した。

明らかに強化されている未知数の化け物相手に、
今のこんな刹那と組んで上手くいくとはとても思えない。
それは、愛衣自身が未熟だからこそよく分かる。

ヒュドラがいなければ今にも一刀両断に叩き斬る様にしか見えない、
それを丸で隠せていない。
普段が冷静沈着な刹那だけに異常さが際だっている。

だからと言って、それでもひっぱたいて引っ張り戻す、
漫画なら間違いなくそうなるシチュエーションでも、
刹那相手にそれをやる程の器量は自分には無い。そう思えてしまう。
そして、今ここで逃げ出すと言う選択肢も無い以上、
とことん付き合うしかない。愛衣は腹をくくった。

888 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/15 04:23:01.92 nIYijye00 611/920

 ×     ×

桜咲刹那が、肩で息をしている。
ヒュドラの状態からして先も長いのに、オーバーワークにも程がある。

「おおおっ!」
「サンキューにゃっ」

刹那がはっとそちらに視線を向けると、
岸辺を移動していた土御門の前で、愛衣が風楯を張っていた。

「くっ!
シーカ・シシクシロッ!!」

跳躍した刹那が、その二人の前で匕首群を飛ばして迫るヒュドラの首を牽制する。
そのまま印を組んで防壁を張る。

「じゃあ、ここはプロに任せるぜぃ、
俺がいても足手まといなるからなっ」

しゅたっと指で敬礼し、土御門は合流している下水道の奥へと逃走する。
刹那は背を向けたままだ。
その背は、振り返ったらそのままぶった斬りかねない何かを秘めている。

「佐倉さん?」

愛衣が、箒に跨り動き出した。
左手で防壁を張り、無詠唱で火炎弾を放ちながら、土御門とは反対方向へと飛行する。
その内、両手に炎の槍を握り、投げ付ける。

「佐倉さんっ!!」

首を槍で貫かれたものを含め、怒り狂ったヒュドラの頭が愛衣へと殺到する。
そこに追い付いた刹那が、気を込めた鞘でその頭を片っ端からぶん殴っていく。
その間に、二人は一旦下水の岸へと辿り着いた。

929 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/23 15:25:16.10 HO3WYhHs0 612/920

「上手く、逃げたみたいですね」

刹那が独鈷の結界を張る中で、愛衣が闇の奥を見て言った。

「そうですね」

刹那がぼそっと言う。
そして、深呼吸をする。

「桜咲さんっ!?」

愛衣が、今度こそ悲鳴を上げた。
詠唱した愛衣の放った巨大火球がヒュドラに叩き付けられるのと、
刹那が翼を広げてヒュドラに突っ込んだのはほぼ同時だった。

火球が爆ぜ、ヒュドラが悲鳴を上げた、時には既に刹那は刃を振るっていた。
標準建御雷が次々と首を跳ね飛ばし、巨大建御雷に込められた魔力熱がその切り口を焼き潰していく。
問題は、刹那の異常なスピードと、
そのために使われている魔力がどれほど巨大なものであるか、と言う事だ。

「く、っ」
「風楯っ!!」

いまだ蠢く首のただ中、空中でくらっと傾いだ刹那の隣で愛衣が防壁を張る。
独鈷結界で壁を作りながら、刹那が減殺された衝撃を受けて弾き飛ばされる。

「う、おお…」

空中で体勢を立て直した刹那が、再び建御雷を振るおうとする。
それよりも速く、目の前に迫っていた首に火球が叩き付けられる。

930 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/23 15:28:43.31 HO3WYhHs0 613/920

「くおっ!」

建御雷が、ひょいと後退した首にすかっと空振りした。
次の瞬間、刹那は体が重くなるのを感じた。
見ると、愛衣に抱き付かれている。

「おおおおおっ!!!」

そして、炎の繭に包まれて、下水の岸に戻っていた。

「桜咲、さん」
「はい」
「まだ、建御雷を振るえますか?」

改めて張られた独鈷結界の中で、愛衣が尋ねる。

「大丈夫です」
「怒りますよ」

愛衣と刹那の目と目が真正面からぶつかった。

「あれだけの相手、後先考えて効率的にやってもらわないと困るんです。
あんなの斬ってる途中で桜咲さんにガス欠起こされたら私が死にます。
桜咲さんが倒れる前にあれを半減させたとしても私独りで対処出来る相手じゃありません。
何より、私の火炎魔法単独ではあれに致命的な打撃を与える事は出来ません」
「そう、ですね」

「目の前の敵と、味方である私と桜咲さんと、
この状態で私達が生きて帰るためにはどうすればいいんですか?
桜咲さんなら当然客観的にこの状況を分析して真実に近い結果を出せる筈です。
作戦、変更するんですか?それとも、そのままいくんですか?」
「佐倉さんは、どうすればいいと?佐倉さんの技量によります」

「オーソドックスに地道にやるしかないと思います。
桜咲さんの消耗も酷く、相手も強大。分の悪い勝負ですが、
それでも、剣と魔法のこの二人の技量であれば、ギリギリ出来ない事もない、
と言うかやるしかないと」

「そう、ですね。私も他の方法が思い付きません」
「決まりですね」

931 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/23 15:31:51.87 HO3WYhHs0 614/920

 ×     ×

結界が弾けた。
食らい付いて来た顎を交わして、二人は空中に飛び出す。
刹那は鞘で、愛衣は炎剣で噛み付いて来るヒュドラの頭を牽制し、機会を伺う。

「おおおおおっ!!!」

刹那が落下し首を一つ刎ねた。
すかさず、愛衣が火球と化した箒を押し付ける。

「佐倉さんっ!!」

その愛衣の側で刹那が印を組み、
独鈷を組み合わせた防壁で噴射される毒液から愛衣を守る。

二人が一旦離れ、
愛衣が頭の一つに両手持ちした炎の槍を投げ付けた。

その首が悲鳴を上げたその瞬間に刹那が頭部を切り落とし、
そこに急接近していた愛衣が切り口に強力な火炎放射を浴びせる。

「神鳴流奥義・斬岩剣っ!!」
「紅き焔、っ!!」

愛衣が放った炎の中を、切り口から再生された二股の首が伸びて愛衣に食らい付いてくる。
愛衣は炎の防壁を張りながら必死で箒を後退させる。

「斬空閃っ!!」

刹那が飛ばした気の波動で頭部に打撃を与えている間に、
愛衣は何とかヒュドラの射程から外れた。
下水道の岸で、荒い息を吐く愛衣の隣で刹那も腕で汗を拭っている。

「佐倉さん、大丈夫ですか?」
「ええ」

愛衣が頷く。愛衣も厳しい所だが、グロッキーなのはむしろ刹那の筈だ。

891 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/15 04:42:00.47 nIYijye00 615/920

「回復が、速過ぎる」

刹那が呟く。切断して焼き潰す、そのタイミングが僅かにずれただけで首が増殖してしまう。

「やはり、強化されているんでしょうか?急成長と言い回復速度と言い」
「ですね。ここに集約された瘴気がヒュドラを強大化させたとしか」

愛衣の問いに刹那が答えた。
そこに、ヒュドラが口を開けて首を伸ばして来る。
二人が飛翔し、ヒュドラへと突き進む。
だが、まだ幾つも残っている首が空中の二人に殺到し、反撃の糸口がなかなか掴めない。

「シーカ・シシクシロッ!!」

大量の匕首が殺到する首を牽制して二人が距離を取る。
気をまとった夕凪と魔力炎を帯びた箒でヒュドラの顔面をぶん殴りながら距離を取って機会を伺う。

「風楯えっ!!!」

噴射される毒液に防壁を張りつつ、後退を余儀なくされる。

「ああっ!」

そして、愛衣の背中と刹那が空中で衝突した。

「斬鉄閃っ!!」

刹那がヒュドラの顔に気の波動をぶつけて二人は距離を取る。

「!?」
「いけないっ!!」

二人は一度岸に戻った。
そして、西洋東洋魔術の結界を張る。
その二人に向けて、ヒュドラが毒液噴射の一斉攻撃を展開した。

892 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/15 04:45:04.28 nIYijye00 616/920

 ×     ×

刹那も、愛衣も、率直に言って死を覚悟していた。
特に刹那に関しては前半戦で力を使いすぎた。
それに加えて、ヒュドラは言わば映画の自衛隊から見た大怪獣とでも言うべき、
相応以上に腕の立つ二人からも桁違いの化け物に成長している。

概算で言って、ヒュドラが毒液での総攻撃に集中した場合、それだけで結界が保たない。
毒液を回避した所で、あの規模のヒュドラに更なる波状攻撃を掛けられたら凌げる状況ではない。
進化に併せて知能も発達している節もある。

そんな二人が、気が付いて結界を解除する。
見ると、ヒュドラは何か戸惑っている様だった。

「禍々しい魔力が、減少している?」

愛衣が呟き、はっとした刹那が印を切る。

「これは………瘴気が断たれ穢れが浄化………
水脈が正された?こんな力業、
こんな事が出来るのは………」

はっとした刹那の前で、オレンジ色の炎が迫るヒュドラの頭を追い返す。

「何か、チャンスみたいですね」
「ええ」

愛衣の言葉に刹那が頷いた。


「おおおぉーーーーーーっっっっっ!!!」

斬っ、と、刹那が手近な首を斬り落とし、愛衣がすかさず切り口に炎を当てる。
根元近くを斬らないと切り口が暴れ回って炎を当てる前に再生してしまう。
その間にも、襲ってくる別の首を交わしながら刹那が首を落とし、愛衣がその切り口を焼き潰す。
簡単な作業ではないが、今の二人には希望がある。
今までは人間が「怪獣」に立ち向かっていた様なものだったが、

893 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/15 04:48:30.77 nIYijye00 617/920

(この程度なら、強くても魔獣の範疇)
(魔獣退治は)
((魔法使い・退魔師の仕事!!!))

しかし、それでも黙って終わるヒュドラでもなかった。

「風楯っ!!」
「独鈷錬殻っ!!」

未だ数で勝るヒュドラの首が、二人の動きを学習してか、
毒液の遠距離攻撃や複数攻撃が段々と洗練されている様だ。
ヒュドラ退治に必要な斬首から焼却の二段攻撃が容易ではない。
その間にも、人の身である二人の体力は限界近くまで消耗していく。

「あうっ!」
「くっ!」

翼で飛翔する刹那と箒に跨る愛衣が衝突しそうに空中で絡む。
そこに迫るヒュドラの攻撃。
二人が回避しようとした瞬間、二人の間で下水からどぱんと水柱が上がった。
二人は下水の岸に着陸し、その間にも下水からどぱん、どぱんどぱんと
ヒュドラを超える高さの水柱が上がってヒュドラを牽制した。

「もうグロッキーなのかしら?」

この場所に繋がる下水道の一つからツカツカと現れたメアリエが、
そう言いながら、バッ、と箒をヒュドラに向ける。
下水から噴出された強烈な水流がヒュドラの顔面を次々と直撃する。

「このエリア単位の攻撃魔法。
一度だけ、呪文を詠唱する時間が欲しい。出来ますか?」
「誰に言ってるの?」

愛衣の問いにメアリエが鼻で笑い、愛衣と刹那が頷き合う。

894 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/15 04:51:37.91 nIYijye00 618/920

 ×     ×

「ウンディーネ、杯の象徴により万物から抽出されしものよ…」
「メイプル・ネイプル・アラモード…」

メアリエの呪文詠唱と共に、どっぱぁーんっ!と、大量の水柱が上がる。
それはあたかももう一体のヒュドラの如くヒュドラと絡み合い、
上から見るとヒュドラの首と首の間を大量の水柱が横切り押さえ付ける形になる。

「ジェーン!!」

メアリエの叫びに応じて、このエリアの壁に張り出したフロアでジェーンが扇子を振るう。
下水から浮上した大量の水槍がばばばばはっとヒュドラに突き刺さりヒュドラが咆哮する。
その時には、刹那は翼を広げてエリアの隅の法へと飛翔していた。

「契約に従い我に従え炎の覇王」
「アデアット!」
「…わぁ…」

ステイルの弟子三人が口と目を開いてそちらに見入る。
その前で、建御雷が見る見る巨大化する。

「来たれ浄化の炎燃え盛る大剣」
「(今は精々後一回、これで、決める)神鳴流奥義、百花繚乱っ!!!」

建御雷の一閃は、爆撃の如くこの地下エリアに響き渡った。

「く、っ…」

腕で目を塞ぎながら踏み止まっていたメアリエが、
ヒュドラの上部を中心とする爆煙の隙間に目をこらす。
その間に、愛衣は箒でふわりと刹那とは反対側の空中へと移動していた。


「!?」

その瞬間、メアリエの体がぐらりと揺れて尻餅を着いた。

895 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/15 04:54:48.13 nIYijye00 619/920

「これはっ?」

何かに気付いた刹那が、紙型を四方に飛ばし印を切る。
紙型は紫色の泡を吹いて見る見る崩壊していく。

「水脈が又っ、
抑え込まれていたものまで流れ込んでっ!!」

「………ほとばしれソドムを焼きし火と硫黄………」
「ま、待ってウンディーネ、
すぐに清浄なる泉に、だから今はああああっ!!!」

下水に箒を向けたメアリエが弾き飛ばされて背中が壁に叩き付けられ、
ヒュドラを抑え込んでいた水の戒めがぱあんと弾ける。

「いけないっ!!」
「………罪ありし者を死の塵に………!?」

爆発した戒めが塊と化して、空中の愛衣を呑み込んだ。

「ジェーン!」
「アイサーッ!!」
「くっ!神鳴流…」
「ごっ、がぼっ!!」

ジェーンの巻き上げた風に乗り、メアリエが飛翔する。

「はああああぁーっ!!!」

メアリエが唐竹割りに箒を振るい、
愛衣を閉じ込めたまま浮遊していた水の塊が断ち割られる。
断ち割られた水の塊は落下して下水道に水柱を立てた。

「くおおおおおっ!!!」

刹那が独鈷を放ち印を組み、
刹那に首を吹っ飛ばされたヒュドラの再生を懸命に遅らせる。

896 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/15 04:58:16.42 nIYijye00 620/920

「ぶはっ、はっ!」
「だいじょう、ぶっ!?」

言いかけたメアリエが、箒で前進しようとする愛衣の襟首を掴んだ。

「どこ行くのっ!?」
「詠唱が途切れた!今すぐ直接切り口を焼きます!!」
「なっ!?いや、あの量の真ん中って」
「少しでも減らさないと、あの数が増殖再生したら終わりですっ!!」
「ああああっ!!!」

ヒュドラを囲んでいた独鈷が弾け飛び、
刹那も吹っ飛ばされて壁に叩き付けられる。

「メイプル・ネイプル………」
「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ。
それは生命を育む恵の光にして、邪悪を罰する裁きの光なり」

899 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/17 14:53:02.89 rcx6DQH80 621/920

「それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。
その名は炎、その役は剣。
顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ………
………イノケンティウスッ(魔女狩りの王)!!!」

「!?風楯っ!!!」
(やっぱり大きっ、じゃなくてっ!!)

間一髪、空中で箒に跨った愛衣が、メアリエをぎゅむっと掻き抱き防壁を張る。

爆発、轟音と水蒸気が晴れた時、
巨大な炎の塊、よく見ると炎の巨人がヒュドラに覆い被さっていた。
下水道の岸辺では刹那が独鈷で結界を張り、ジェーン、マリーベートも難を逃れたらしい。

「もう、いいかしら?」
「あ、ごめんなさい」
「いえいえ、助かりました」

腕を緩めながら改めて視線を下、しっかりと押し付け合っていた辺りに向けた愛衣に、
メアリエはちょっと困ったお姉さんの笑みを浮かべて距離を取る。

「遅いんだよバカがっ」

すとーんと下水道の岸に飛び降りた愛衣に、
顔を合わせるなり飛んで来た第一声がこれだった。

900 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/17 14:58:19.00 rcx6DQH80 622/920

「やれやれ、一つ手順が狂ったらもう玉砕か。
これだから学校秀才と言う奴は」

一瞥したステイルの前で、愛衣は小さくなるばかりだった。

「ルーンを貼る時間を稼いでくれた事には感謝しておこうか」
「こちらこそ、感謝します」

少々押し殺した声で愛衣が儀礼的に頭を下げる。
刹那が離れた場所にすとんと着地し、ステイルがそちらに視線を走らせる。

「…あれは…」

形状は和服の範疇だろう。
だが、簡単な作りでいて黒に近い紺色のその裾はやけに短い。
そして、その和服に白いエプロンを合わせ、短めの後ろ髪にも白いリボン、そして、

「ネコミミ、と言うものですね師匠」

ステイルの隣でメアリエが解説する。

「あれは恐らくメイド用の服装を日本風にアレンジしたもの。
ネコミミと合わせて、いわゆるコスチュームプレイ、
日本でコスプレと呼ばれる文化のパターンであると思われます」

「なるほど、ね。土御門の守備範囲か。
まあ、露出狂の聖人がいるぐらいだ。
ネコミミ和風メイド服コスプレが
東洋魔術に於ける重要な霊装の意味を持っていたとしても不思議は無いだろう」

元々、アーティファクト自体は普段着でも発動できる。
科学の学園都市での活動と言う事で、目立つ事は極力控えていた。
だが、関係者以外無人の地下での最終決戦と言う事で、
余計な事を考えずセットオプションもそのままに建御雷を発動した。

と言う大凡の事情を把握している佐倉愛衣としては、
京都神鳴流の名誉のためにここで取るべき行動を模索していた。
だが、それを実行に移す前に刹那が動き出していた。

901 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/17 15:03:27.16 rcx6DQH80 623/920

「!?神鳴流奥義、斬鉄閃っ!!」

既に刹那の限界を超えようとしていた建御雷をカードに戻していた刹那が、
とっさに夕凪の抜き打ちで気の波動を放つ。
それは、目の前でヒュドラを呑み込む炎の山から飛び出してきた何かを弾き飛ばした。
それは、紅蓮の炎をまといながら空中で巻き上がる。

「首、か?………
灰は灰に、塵は塵に、吸血殺しの紅十字っ!!!」

ステイルが、戻って来たものを二振りの炎剣で更に弾き飛ばした。
この時には、ここにいる一同にもおよその状況は掴めていた。

「炎を消してっ!」

愛衣が叫ぶ。

「あれは、炎では殺せないっ!!」
「ちいっ!!」

愛衣の叫びを聞き、ステイルがイノケンティウスを鎮火する。
刹那が吹き飛ばした傷口を焼き潰すには十分だった筈だ。

それでも、一本だけ、直径が人の肩幅を超える大蛇の形をしたヒュドラの首が、
紅蓮の炎をまといながら原形を留めて鎌首をもたげていた。
その首の口が開き、

「くっ!!」
一同が左右に散り、その間にヒュドラの口から火炎が噴射される。

「いよいよ、怪獣だなっ!」

ヒュドラの横っ面を炎剣でひっぱたきながらステイルが叫ぶ。

「効いてますかっ!?」
「ゼロではない、って所か」

メアリエの問いにステイルが苛立った口調で答える。

902 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/17 15:08:47.92 rcx6DQH80 624/920

「メアリエ、ウンディーネは?」
「無理です、これ以上怒らせたら一瞬で天井まで水没しますっ」
「秘剣、百花繚乱っ!!!」

夕凪の一閃がヒュドラの頭を押し返すが、決定的なダメージは与えられていない。
寄せては返すヒュドラの突撃に、ステイルが炎剣を振り翳して懸命に応戦する。

「風楯っ!!」

そのステイルの前に立った愛衣が毒液噴射を防壁で弾き返す。

「どけっ、来るぞっ!!」

ステイルの叫びに、愛衣が横っ飛びする。
臨時のパートナーが好きも嫌いもない、これは現場で生き残る判断だ。
そのためなら例え自分からとんでもないものを奪い取った相手だろうがやむを得ない。
と言う訳で、愛衣を的確に退けたステイルがルーンを貼った両手を構える。

「アデアットッ、おおおおおーーーーーーーーーっっっっっ!!!」

その時、アーティファクトを召還しながら飛翔した刹那が建御雷を両逆手に握り、
巨大化させてヒュドラの脳天から下顎を経て下水道の岸辺の床まで、
ぶち抜いてそのまま釘付けにした。
それは、ステイルの目前で、今正にステイルに迫っていたヒュドラに起きた事だった。

「………下がって下さいっ!!」
「分かった」

もしかしたら寄せ餌に使われた?と思ったステイルであるが、
それも又プロとしての判断。特にこの桜咲刹那の戦いぶりを見ていると、
餌に食らい付く事をよしとするタイプではない。

そういう誇り高い魔術師である事は分かっている。
そうでなければ、格上どころではない相手にあそこまでこじれなかった筈だ。
そんなステイルの前で、刹那はネコミミを外していた。

903 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/17 15:12:19.87 rcx6DQH80 625/920

「何だ?」

ステイルが呟く。
刹那は、祝詞とも御詠歌ともつかぬものを口ずさみながらゆらゆらと動き出していた。
白いリボンを解き、黒髪の乱れに合わせる様にエプロンも外す。
段々と刹那の一見華奢なぐらいにほっそりとした両腕、両脚が
優美にゆらめき、時に鋭い動きを見せる。

そうしながら刹那の歌は続き、歌いながら和装メイド服の襟元も緩められる。
それを見ていた愛衣も、箒の上に立って浮遊する。
そこで、巻きツインテールを解き、ジャケットに手を掛ける。

「ふうん………ワルプルギス」

メアリエが、唇に人差し指を当てて呟いた。

「師匠」
「ん?」
「後ろ向いてた方がいいですよ。
刺激が強すぎると思いますから、し、しょ、う」

ステイルに断ってから、メアリエはぱんぱん手を叩きながらスタスタと前進した。

「はいはいはいはい、そんなひんそーなお子ちゃま揃いで、
お客さん寝かせるつもりかしら?」
「侘び寂びが分からないド素人はすっこんでて下さい」

メアリエと愛衣が言葉を交わす。

「そーそー、ムラサキシキブ曰くロ○コンは日本の文化なのでーすっ!!」
「また、\ガラッ/とかってAA付きで誤解を招く発言を…」
「はいはいはいはい、賑やかに行くわよぉーっ!!
ろーんどばーしおちたーおちたーおちたぁーっ」

メアリエの口火でそれはトリオの輪唱となり、
愛衣は愛衣で、原語のダンスミュージックを歌い出している。
その中でも、刹那の舞と歌は続く。

904 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/17 15:16:01.07 rcx6DQH80 626/920

「これはっ!?時空が歪んで…」

衣服が空中乱舞し賑やかな歌えや踊れやの最中、それに気付いてハッと振り返ったステイルに、
水流と突風と泥流と火炎放射と気の波動が叩き付けられる。

「…フコウダ…」

その瞬間、刹那の目がくわっと鋭く見開かれる。

「おおおおおぉぉぉーーーーーーーーーっっっっっ!!!」

刹那が、ずぼっと建御雷を引っこ抜いた。

「神鳴流奥義、斬魔剣っっっっっ!!!!!」

ぶおんっ!と、巨大な剣が振り回された。
次の瞬間、半透明の黒い大蛇が、空中に揺らめく黒い陽炎へと吹き飛び、
そのまま姿を消す。
その陽炎を独鈷が囲み、刹那が素早く印を組み詠唱を決めると、陽炎も又消滅した。

 ×     ×

「もしもし?」

麻帆良の秘密アジトで、葉加瀬聡美は電話を取った。

「え?イギリスの人体実験の事?
ええ、私も詳しく知っている訳では………
ええ、失敗、死亡と言う事で間違いないと。
ええそうです、私の知る限り、科学の学園都市の能力開発と魔術は、
ええ、恐らくどちらの術式でもそうであると………」

 ×     ×

「終わりましたよ、し、しょ、う。残念ながら」
「ああ、そうか」

ステイルが振り返る。
下水の真ん中では、巨大な腐肉がぼろぼろと崩壊して水洗に消えている所だった。

905 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/17 15:19:17.14 rcx6DQH80 627/920

「ヒュドラの不死の首か」

そう言って、ステイルは一服付けた。

「神話では石を乗せて封印する所だけど、
ここでそれをやる訳にはいかないから」
「それで、異界の扉をこじ開けて霊魂をひっぺがしてその中に押し込んだ、か。
東洋の神秘と言うべきだな」

「科学と魔術のハイブリッド・モンスター。
それも不完全なものだった。
だから、科学的に作られた肉体の核と召還された魔獣の融合の隙間を拡大して
魔獣の魔術的な本体だけを追い返す事が比較的容易でした」

ふーっと煙を吐くステイルと愛衣が言葉を交わしていた。

「あれも、東洋の神秘なのかい?」
「え?」

ステイル指した先では、
四方に紙型を浮かべた刹那が、上向き垂直に向けた夕凪の棟を撫でながら、
目を閉じてぶつぶつ唱えて懸命に何かを念じていた。
カッと目を見開いた刹那が、刀を鞘に納め走り出す。
そのまま、この地下エリアから下水道の奥の闇へと消えて行った。

「ステイル」
「ん?」
「人を焼いて来たの?」

「ああ、野心的な小規模魔術結社を二十程ね。
ヒュドラの事をリークした上にこちらへの潜入を手引きした人間がいる。
大元を叩き潰しても魔術サイド全般に証拠つきで情報が広まった後では意味がない」
「イギリス清教はあれの事を?」

「ふん、まあ、魔術サイドの一つとして科学サイドに対する我慢にも限度はあるが、
今レディリーに乗せられると言うのは利口な選択ではない。
どっちみち、これが表に出たらその時点で流石に隠蔽どころの話じゃないからな、
全く、陽動と分かっていながらとんだ手間を掛けさせてくれる」
「そう」

愛衣が静かに言い、ステイルと愛衣がすぐ近くでちぐはぐを向く。

906 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/17 15:25:08.99 rcx6DQH80 628/920

「じゃあ、私もそろそろ、っ………」
「ん?」

ステイルがそちらを見ると、愛衣が壁に手を着いた所だった。
壁に手をつきながらよたよたと動いている愛衣の顔に、メアリエが掌から真水を噴射する。
水の使役者ではあっても、愛衣の同僚夏目萌と違いメアリエはその場にある水を使うタイプだ。
本来、水を作り出す事が決して上手ではないメアリエが確実に作り出した清水だった。

「少しは楽になった?」
「すいません」
「只でさえ下水道で、しかもヒュドラの浸った毒水に閉じ込められた。無理も無い」
「医者に行け」

メアリエの言葉の後に、ステイルが吐き捨てる様に言った。

「基本的な防御、回復ぐらいは出来ているのだろう。
いい医者がいる、あの素人が生きている時点で腕は保障する。
メアリエ、連れて行け」
「え?」

聞き返したメアリエの胸倉がぐいっと掴まれていた。

「こいつを病院に放り込んでから予定の場所に合流しろ。

 分 か っ た な ?



メアリエが息を呑む。
落ち着いたお姉さん役としてそこまでガキっぽい態度は取らないが、
それでも、普段のステイルは彼女達からは「ししょー」と呼ばれる存在。
しかし、今のステイルの目は、
数多の魔術結社を灰燼に帰した歴戦の殺し屋のそれだった。

「ありがとう」
「足手まといに絡まれると邪魔なんだよバカが」

その側で、ジェーンとマリーベートがひそひそ会話する。

「やっぱりししょーって」
「かーわいい………」

907 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/17 15:28:49.90 rcx6DQH80 629/920

 ×     ×

「もしもし?ああ、片が付いたか。そうか、分かった」

青空の下、携帯電話を切る。

「何とかなったか。
………いい女になったにゃー」

ぬるりと熱い感触も、その奥から突き立てる様な激痛も、

「ま、義妹には適わないけどな。
後ぁ、任せた、ぜいステイル………刹那………
………まい………か………」

それは、赤インクを詰めた人間大の水風船が破裂したかの如く。

911 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/21 15:09:38.96 fhZE1mmE0 630/920

 ×     ×

(………何だ?即死じゃなかったのか?
………参ったにゃー………あんだけの力業をやった以上肉体は………
………最悪脳味噌だけぷかぷか浮いて、なんて御免だにゃー………)

意識だけは、ある。
良くない状況だ。学園都市であればこの状態で百年生きろと言われても全然不思議ではないが、
その場合正気を保つ自信は全くない。

何かが見える。
意識を集中する。
顔が見える。覗き込まれている。
澄んだ、大きな黒い瞳が印象的な、
ぱっと見て美少女と言っていい可愛らしい女の子だ。

(………天使さんかにゃー、だったらいいにゃー………)
「生きてる…生きてるっ!
このか、まだ生きてるよこのかっ!!!」
(………この、か?………おい………ちょっと待て………そりゃあ…………)

さくさくと慌ただしく草を踏まれる音。
ばさっと下に流れる豊かな黒髪と共に、
覗き込むお人形の様に整った、それでいて温かな可愛らしさが満点な顔。

「………お゛、お゛お゛お゛、お゛お゛お゛お゛お゛お゛………
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………」

木乃香がばっ、ばっ、と扇子から光を送り込むに連れて、
部分的な修復箇所とそれ以外の境界線から心臓を止める勢いの激痛が全身に突き抜ける。
それを見た木乃香の顔が歪み、決意が宿る。

912 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/21 15:14:45.04 fhZE1mmE0 631/920

「………いぶきどのおおはらへ………」
(………な………っ………)
「………たかまがはらにかむづまります………」
「………お゛、い゛………」
「………かむろきかむろ………」
「!?駄目ですっ!!」

血みどろ、と、言うより最早血の塊に等しい身を起こそうとする土御門の姿に、
のどかが悲鳴を上げた。

「………ぢょっど、ま、で………」
「………みのみことをもちて………すめがみたちのまえにまうさく………」
「ご、が、あ゛っ………」
「だから駄目ですっ!治りますから、そのまま………ひっ!」

どう見ても瀕死の重傷者に恐るべき力で振り払われ、
のどかは驚愕しながら尻餅を着く。

「………ま、て………
オ、マエ、ら、ごご、ごごじゃない、
オマエ、らの戦場、ば、ここじゃ、ねぇんら………」

木乃香が僅かに修復した肉体で這い進もうとした土御門が
ごぼっと血を吐いて倒れ伏し、それでも前進をやめようとしない。

「俺を、誰だと思って、る?
俺、土御門、俺、は、土御門元春、
だから分かって、その、術式。
そいつは、如何に近衛本家、累代並び無きもの、だと、しても、
と、しても精々、一度お゛お゛、っ、一日、一度がげ、んど、だろうが」

「………くるしみうれふわがともを………」

「………だったら、だから………オマエらの仲間、
オマエらの仲間、夏に世界を救った、オマエら、なら、
レディリー、どこまで、やりやがった、厳しい戦い、何が起こるか分からない、
それでも、やって、もらわなきゃ、困るんだよっお゛お゛お゛お゛お゛っ!!」

呻きとも叫びともつかぬ声と共に倒れ伏した土御門は、
それでも、ずりっ、ずりっと木乃香に近づこうとする。

913 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/21 15:20:26.80 fhZE1mmE0 632/920

「ああ、そうだ、言い忘れてたなぁ。
麻帆良学園に聖人様ご案内して
お嬢様のご学友、の皆さん、ズタボロの膾斬りにして、やったぜぇー、ワ○ルドだろぉー」

「………まもりめぐまひさきはへたまへと………」

「やる、んだろうが来て、る、んだろうが、
賢いオトナがどんだけ止めようが、よぉ。
分かる、んだよ、そういうバカの事は、身近で見て、る」

身を起こそうとするが、それも出来ない体の限界がもどかしい。

「………だったら、貫け。
レディリー、仕掛け、これ以上何か、奴を止めて、も、戦争に、
じゃないと駄目なんだよ。魔術科学思惑、超えた、バカな奴らじゃ、ないと。
あの夏に、テメェ勝手に世界を救った、オマエら………」

土御門の顔が上がる。
未だ激痛の響く腕を地面に押し付け、持ち上がるか懸命に試みる。

「これ、は戦争なん、だよ。
その最高級の治癒魔術は、オマエらの仲間のためにとっとけって、分かん、ねぇのかよ。
オマエらは、この、街、ま、いか、いる、この、街この世界………

だから、こんな所で無駄弾撃ってんじゃねぇっ
つってんだよこのクソアマアッッッッッ!!!!!………
へぶうううっ!!!」

ぐおおおおっと奇蹟の前進をかけようとしていた土御門の体が、
ごろりと横に転がる。

「次に侮辱したら斬りますよ」
「いや、どっちかって言うとそれを望んでいるんだが…」

瀕死の重傷患者相手に容赦なく平手を振り抜いた刹那に土御門が言う。

914 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/21 15:25:40.43 fhZE1mmE0 633/920

「…だまりおし…」

その、透き通っていながら重みのある声に、一同息を呑む。

「………ぎゃあぎゃあやかましいわ………」

声だけは素晴らしく典雅で優しかった。
土御門と刹那の脳内では、「はい」と一言だけ告げて即座に正座していた。
のどかは何か前世の因縁の如く震え上がっているが、
別に八岐大蛇を背景に薙刀を振りかぶっている訳ではない。

「命を懸けて守る?てんごも大概にしとき」
「………な、に?………」

本当ならば殴っていただろう、例え近衛の姫であっても。
それを押し止めたのは、重傷を負っていた事でも、目の前の少女の肩書きでもない。
それは、彼女の肩書きではなく彼女自身が本物の近衛の姫だったから。

「自分、守る言うて一番大切なモンに何背負わせる気ぃや。
守られる重みも知らず心も護らず何をさえずる。
認めん。うちの目の前で、うちの目ぇの黒い内は、
近衛木乃香が認めん。この身に替えて誰が認めるかっ!!」

その時、ごぷっと咳き込んだ木乃香の唇の端から、
その絹の如き頬につーっと赤いものが溢れる。

「お、いっ」
「藤原朝臣近衛木乃香能」
「分かりますよね。例えどれだけの大魔法使いでも、あれだけの大規模魔法。
完成前に自滅させないために、ほんの僅かな時間でも我が身に留めたまま中断すると言う事が。
これでダダ捏ねるなら地獄の底まで追い込みますよ」

刹那がギラリと覗かせた夕凪の刃の威力は、
死にたがってる重傷患者等という理屈を完全に超越していた。

「いくむすびをうづのみてぐらにの
そなへたてまつることをもろもろきこしめせ」

それは優しく、温かく、
言葉を失わせ魂をも抜き取ろうと言う、
そんな圧倒的な光だった。

915 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/21 15:28:45.98 fhZE1mmE0 634/920

 ×     ×

「お嬢様っ!」

土御門から離れ、くたっと脱力した木乃香に刹那が駆け寄る。

「だい、じょうぶ。自分で治せる程度やから。
でも、少し疲れたぁ」
「はい。お休み下さい。この桜咲刹那が側に」
「ん」

こっくり頷いた木乃香に安心してから、刹那は気配に気付く。

「大丈夫、ですか?」

身を起こし、手をグーパーする土御門に片膝を着いた刹那が尋ねる。
土御門は、みょんみょんと刹那のネコミミを引っ張ると、
サインペンを取り出してキャップを取り、
刹那の両方のほっぺたに横線を三本ずつ書き込むと言う勇者の行動に至る。

「神鳴流決戦奥義、真・雷光剣んんんんんっっっっっ!!!」
「あーーーーーーうーーーーーーーーーーーー」

何か宙を舞っているらしいのを、
木乃香がころころ笑い、のどかがハワワと大汗を浮かべて眺めている。

「肉体の修復、無事完了した様ですお嬢様」

チン、と、夕凪を鞘に納め、刹那は実に冷静に報告した。

「えーと、桜咲さんがトドメを刺そうとした様に見えたのは…」
「気にしない気にしない気にしたら負けや」

夕凪の鯉口を切ってザッと振り返った刹那の前に、土御門は立っていた。

「素晴らしいっ!」
「え?」

土御門の素っ頓狂な生還第一声に、刹那はきょとんとした。

916 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/21 15:32:15.71 fhZE1mmE0 635/920

「ネコミミ和風メイド服最っ高ですたいっ!
コスプレメイドなんて邪道だって鉄拳が飛んで来て肩身が狭かったぜぃっ、
あの刹那がここまで理解を深めてくれていたとはこの土御門元春一生の不覚!!」
「なー、かわえーやろせっちゃんなー」

腕を目に当てておーいおーい号泣する土御門に木乃香が声を掛け、
刹那の顔からざああっと血の気が引く。

「なななななななななな!?かかか勘違いしないで下さいっ!!
こ、これはあくまでアーティファクトのオプションであって
決して私自身の選択と言う事ではなく…」

わたわたと刹那が取り乱している側で、
木乃香が携帯片手にちょいちょい手招きする。

「おおっ!こ、これはっ!?」
「運営から特別に回してもろたまほら武道会でのせっちゃんの勇姿、
それも神アングルやで」

「お嬢様ァァァァァァァァァァっっっっっっっっっ!!!」
「アーティファクト?やっぱり魔法のヒーローと契りを結んだ、
そういう事だったのかにゃー?ま、あれは仮にでも出来るみたいだが」

そう言った土御門の唇は薄く緩んでいる。

「んー、それもあるんやけど、こっちはうちや。うちがマスター」
「これは何と、お嬢様っ。
つまり、二股二重契約で今後どちらがあの刹那めの本妻としての座を射止めるか
三角関係の三角関数をもってドロドロ昼ドラの修羅場が…」

刹那を羽交い締めして野外にも関わらず殿中でござるをしているのどかと、
黒目の消えたイメージ状態で巨大化した建御雷を振り翳している刹那の側で、
土御門は両手を後頭部に当てて反っくり返り木乃香は扇子で口元を隠している。
そんな刹那に土御門はすたすたと歩み寄り、ぽんと肩を叩いた。

「いい女になったにゃー、お嬢様も、刹那も」

天を仰ぐ土御門の側で、刀を納めた刹那はつんと斜め下を見る。

917 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/21 15:36:04.35 fhZE1mmE0 636/920

「面ぁ拝ませてもらったぜぃ、魔法のヒーロー君」
「ネギ先生にですか?」

「ああー、ありゃー流石に世界を救った男、ヒーローの器、いい男ですたい。
何せ、あの堅物のせっちゃんに女の顔、させるんだからにゃー」
「そうですね。何と言っても誠実で誠実で誠実なひと(男性)ですから」

「そんな事言ってると、又、背中刺されるぜぃ」
「死にはしませんよ。人を信じて、騙されたら百倍返しです。
独りではありませんから」
「なるほどにゃ」

ふっと口元を綻ばせた土御門が動き出し、木乃香の前にざっと片膝をつく。

「大変遅ればせながら、
この度姫に多大なる負担を強いた上での我が一命をお助けいただいた事、
この土御門元春お礼の申し上げようも無き事。
改めて、深く御礼申し上げる」
「おおきに」

典雅に微笑む木乃香の前で、土御門が立ち上がり改めて一礼して歩き出す。

「どこに?」
「ケツ蹴っ飛ばして来るさ、こっちのヒーロー様のにゃー」
「…兄様?…」

「とっくにそっちとは切れてるんだけどにゃー」
「他の呼び方を知りません」
「さっきは凛々しかったぜぃ。又な」
「………はい………」

手を上げた土御門の背がゆっくり遠ざかって行った。

920 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/22 04:18:37.61 gJA8E2sg0 637/920

 ×     ×

「もしもし、そっちはどうだい?」
「暗くて狭いです。そちらは?」
「ああ、何とか片が付いたよ」
「そうですか」
「それで、一つ聞いていいか?」
「何ですか?」

「いや、日本の術式の事なんだが、
歌って踊って異界の入口を開く、と言う術式はあるのか?」
「そうですね、それは恐らく天の岩戸を擬したものではないかと。
そのやり方だと、正確には内側から開けさせたのでしょうね。
それを行ったのは桜咲刹那ですか?」
「ああ」

「そうですか。京都神鳴流は遥か古より王城の地を守って来た退魔の流派。
その技術を身に着けていたとしても不思議ではありませんが…」
「なるほどね。桜咲刹那に佐倉愛衣、
それにこっちの三人まで加わって歌えや踊れやのどんちゃん騒ぎだ」

「ステイル…」
「ん?」
「天の岩戸の術式…あなたはその時そこにいたのですか?」
「ああ、いたけど」

「…そうですか…

 よ く 分 か り ま し た

」ツーツーツーツー

921 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/22 04:23:51.23 gJA8E2sg0 638/920

 ×     ×

「ここのスペースを通って、
その向こうからエンデュミオンに基幹部の業務用ルートに入る筈だ」

そう言いながら、千雨はノーパソ変化した「力の王笏」を注視する。

「解除出来ましたちう様」

電子精霊の声に、千雨はぐっと汗ばんだ手を握る。
そして、電子ロックが解除された扉を開く。
千雨が入手した地図によると、
この向こうには、建築時の資材置き場だった空きスペースが広がっている。
無論、ロックはされているが、ここを通れば本格的にエンデュミオンに侵入が適う筈だ。

「真っ暗だな」
「そうですね」

夕映が、練習杖から光を灯す。
そして、息を呑んだ。

「牛?」
「魔獣ですね。魔力が感じられるです」
「だろうな。じゃなけりゃあ通報先は学界か畜産試験場か」

夕映と千雨が言葉を交わす視線の先、
向こう側の出入り口の前でぬーんと不機嫌そうに寛いでいるのは、
形は牛、サイズは象と言う見るからに尋常ではない生物だった。

「一つ、補足していいでしょうか?」
「悪い情報なんだよな?」
「もちろんです。
今までの情報から言って、ギリシャ系の召還魔獣であると考えた場合、
私達の生物学的な肉食、草食の常識は時に非常識なものとなると」
「ああそうですかありがとよ!!」

夕映の解説に、千雨は丁寧に礼を述べた。

「あれ、狩れるか?」

千雨が楓に尋ねる。

922 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/22 04:29:01.35 gJA8E2sg0 639/920

「未知数でごさるな。
竜程度ならあちらの世界でそれなりに闘って来たでござるが…」

「普通に考えたらそれよりは弱い筈なのですが…
メールで届いている途中経過を見ても、
あの刹那さんと佐倉さんが手こずると言う事は、
レディリーの召還魔術それ自体の威力なのだとしたら…」

「ここで騒ぎを起こしたら、最悪本格的なセキュリティーの介入か」

夕映の説明に千雨が呻く。

「でも、隠れたまま出入り出来る隙間無いよあれ」

「孤独な黒子」を発動させている夏美が言った。

「電子情報が間違ってなけりゃあ、ここ自体に直接的な監視カメラは無い。
あんなのが居座ってるんだ、レディリーが解除したのか。
綾瀬、少しだけ足止め出来るか?」
「少し、ですね」

「ああ。長瀬。総力戦だ。
魔獣ってんなら話は早い、全員引っ張り出して瞬殺するぞ。
もちろん長瀬もすぐに合流してくれ」
「了解でござる」

「………Ready go!!」
「装剣!」

夕映が牛に向けて駆け出し、同時に、
「天狗之隠蓑」に潜伏していた面々が一斉に外に飛び出す。

「フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ………!?」

瞳を怒りに燃え立たせた巨牛がざっざっと後ろ脚で地面を蹴り、
夕映が初撃を入れようとした正にその時、
牛の首根っこが上からぐいっと押さえ付けられた。

見るからにそんな事でどうなる筈がないのだが、現実に牛は動きを止める。
そして、牛の全身が見る見る灰色になり、
前脚後ろ脚全てが体重に耐えかねる様にバキンとへし折れた。

923 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/22 04:34:24.75 gJA8E2sg0 640/920

「やれやれ」

ぴたっ、と、動きを止めた千雨パーティーの顔から血の気が引く。
ほんの一月前か二月前か、そうであれば正しく地獄からの招待状。
今もその条件はさ程変わっていない、そうとしか見えない。

「僕の表向きの立場は随分変化した筈なんだけどね。
君達は相変わらず手を焼かせてくれる」

 ×     ×

科学の学園都市第七学区。

「その様子だと目はいい様だね?」
「はい、有り難うございました」

病院の廊下で、佐倉愛衣が担当医にぺこりと頭を下げる。

「それで、他に何か?
出来ればすぐにでも現場復帰したいのですが」
「死ぬ気かい?」

特別に自覚症状の無い愛衣がぽかんとする。

「昨日今日と随分無茶をした様だね?
前回の検査では見付からない程の微細なクラックが出来ていたみたいだね。
それが拡大していて、場所が非常に良くない。
このまま動き続けた場合、半身不随或いは命の保障も無いよ?」

淡々とした説明を受け、愛衣はごくりと息を呑んで右手で胸元を押さえる。
確かに、若干でも鈍痛が強くなった気はする。
だが、むしろ痛みがある事で、よくある外傷ぐらいにしか思っていなかったのだが。

924 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/22 04:37:39.88 gJA8E2sg0 641/920

「な、治るんですか?」
「僕を誰だと思っているんだい?
クラックの完全修復は可能だ。場所を鑑みると、そうしなければ時限爆弾だ。
今日中には出来るが、これから一時間二時間で出来ると言う話ではないね」
「そん、な…」

愛衣が何か言い返そうとしたが、目の前の初老の医師の、
どこか飄々としているからこそ、
その落ち着きから感じられる自信と誠意に圧倒される。

「分かりました」
「うん、じゃあ準備が出来るまで待っていてくれるね?」

ぺこりと頭を下げ、愛衣はくるりと医師に背を向けて歩き出す。

「そっちは非常口だぜ」

歩みの止まらない愛衣の肩が掴まれる。

「一つだけ聞かせろ。
オマエはアリサの敵か、味方か?」
「………仰っている意味がよく分かりませんが………」

愛衣は、そっとポケットのカードを手にする。

「オマエはアリサを殺すために命を捨てるのか?そう聞いているんだ」
「なぜ私がそんな事をすると思うんですか?」
「オマエらにはオマエらの正義とかそういうものがあるんだろ?
例え一人の命を犠牲にしても大勢を助けるとかって」

「知っているんですね?あの塔でこれから起きる、起きようとしている事を」
「ああ」
「私は、今は地球の安全を優先………」

その先の言葉が出ない。背後からの何かが愛衣の喉を詰まらせる。
愛衣がギリッ、と、歯がみをして振り返った。

925 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/10/22 04:41:06.50 gJA8E2sg0 642/920

「全てを救いたいっ!!」

そして、叫んでいた。

「地球も、アリサさんも、全てを救いたいっ!
お姉様も、桜咲さん達も、長谷川さん達だってきっとそのために動いてる。

自分の立場も、命の保障だって全然無いのに、
それでも、それでもみんなそのために、
分が悪くても諦めないで、それでも全てを救おうとその身を懸けて頑張ってる!!

まだ体は動きます。今、今やらないと駄目なんです寝てなんかいられないっ、だから…
私達は、そのためのま…」

そんな愛衣の肩が、ぽんと叩かれた。

「休んでろ」
「だから…」
「オマエが命捨てるのが、それが魔法使いだって言うんなら、
そのふざけた幻想をこの右手がぶち殺す」

愛衣は、カードを手にぐっ、と、前を見る。

「クラックでもなんでも、ここでなら一発ぐらいぶん殴っても大丈夫だろ。
そのご大層な力を否定しちまうこの右手でな、掴み取ってやるよ。
みんなが笑っていられるハッピーエンドって奴を。

その中には当然オマエも含まれてるんだ。
公園で俺達を助けてくれた、その「魔法使い」のために格上の魔術師、
あの馬鹿げたイノケンティウスとでも張り合って見せたオマエもな。
だから、今は休んでろ」

恐らく今の自分は実に酷い顔になっているのだろう。
床から水滴の音が聞こえる程の有様でいながら、
愛衣は顔を上げる事が出来なかった。

932 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/04 04:05:05.20 B4OCNbJb0 643/920

 ×     ×

目を覚ました村上夏美が周囲を見回す。
どこか、よく分からない所に横たわっているらしい。
そして、「現実」を認識した。

割と広い空間に、見覚えのある石像がごろごろと転がっている。
それは、恐ろしく精巧なクラスメイト達の石像だった。
そこで、夏美は事情を把握する。
夢だったのだと。

世界を救って魔法世界から専門用語で言う所の旧世界、
現実世界に戻って来た、等と言うのは都合のいい夢で、
本当はあの時、ゲームオーバーを迎えていたのだ、

いや、自分だけこうしていると言う事は、これからその時を迎えるのだと。
ほら、来た、何故か副担任等と言う非常識な記憶が残っている悪魔の使いが。

「術が解けた様だね」

詰め襟姿の男の子、白髪だが一般的な尺度で言えば美少年と言ってもいいだろう。
村上夏美の知るフェイト・アーウェルンクスがつかつかと近づいてくる。

「わっ、わっわっ、わっ」

夏美はわたわたと逃げだそうとするが、腰が抜けてて上手くいかない。

「ここから外に逃げる事は出来ない。
出来るかも知れないけど、僕の知る生物学的常識に照らせば間違いなく命はないと思うね」

「は?え、えーっと、ちょっと待って、
フェイト、うん、フェイトで間違いないんだよね。
あっちの世界でネギ君とボコボコの殴り合いやってそれでえーっと、
私達の学校の副担任をしてる、で、いいんだったよね?」

933 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/04 04:10:24.02 B4OCNbJb0 644/920

「概ね正しい。である以上、呼び捨ては感心できない。」
「ああ、うん。フェイト君、フェイト先生、
この石像って、作り物、じゃないよね…
…まさか…又、何か悪の使命に目覚めて私達を石にする、とか?」

「僕は契約は誠実に果たす質だ、教師としてあの学校に雇われた上はそれを全うする。
失礼な事は言わないでもらおう」
「じゃあこれは何なのよっ!?」
「個人差だ」
「は?」
「色々やる事があるから時限式の解呪術式を掛けておいたが、
案外大雑把だったらしい」

「ん、んー?」
「はにゃ?」
「あれ?」
「ここは…」

声に気付いて夏美がそちらを見ると、
見慣れた面々が寄り集まって目を覚ましている所だった。

「あ、コタロー君?」
「なんや夏美姉ちゃんもいたんか?」
「どーしたの?」
「ああ、病院抜け出した所で不意打ち喰ろてもうた」
「あー、フェイト…」

言いかけた長谷川千雨臨時リーダーが、
カコーンと額にチョークを受けて後ろ向きにぶっ倒れる。

「あー長谷川、こいつ先生と言う契約を非常に気に入っているみたいだから」

一足先に目覚めた夏美が補足する。

「契約を果たすと言っているだけだ」
「ああそうかい、フェイト先生。
確か、私の記憶の最後は、
科学の学園都市の地下で空中に浮かんでいる大量の石の針だったんだけどな」

934 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/04 04:15:47.00 B4OCNbJb0 645/920

「それを聞く限り、君の脳細胞の機能は至って正常、異常は無いと言う事になる」
「で、ここはどこで、どうしてそんな真似をしたんだ?」
「麻帆良学園の教師として、
この切迫した状況下で生徒の、それも力だけは世界一つ救済した程に大規模な魔法軍団の
身勝手な軽挙妄動を看過できると思っているのかい?」

正論過ぎて一言も無かった。

「と、言う訳で、宇宙に来てもらった」
「は?」

はっと気付いた一同が、だっと広間の壁際に走る。
そして、ガラス壁から外を見ると、そこから見えるのは紛れもなく一面の星々。

「科学の学園都市での失敗の後、
麻帆良学園都市が秘かに改良、開発を続けていた宇宙旅客機だよ。
とにかく、麻帆良学園の立場では、この問題に就いて君達の勝手に動き回られては非常にまずい。

君達の場合、地の果てに飛ばしても無駄だと言う事を一番知っているのは僕だ。
それなら宇宙にでも連れて来るしかないだろう。
臨時の課外授業と言う事で暫く宇宙観察に付き合ってもらう」

色々おかしいが、それでいて辻褄が合いすぎて言葉が無いと言うのが実際だった。

「フェイト様」
「ん?」

そこに、たたたっと調が駆け寄って来る。

「コクピットからの伝言です。
計器にエラーが見られるため近くの宇宙構造物に一時避難の要請を行ったのですが先方からの返答が無いと」
「ちょっと待て、計器のエラーだと?」

調の言葉に千雨が聞き返す。

「はい。今の所運行に支障が生ずる程の事ではないのですが、
何しろ宇宙旅行中ですので万一に備えて一度着陸の上で整備を行うべきであると。
しかし、一番近くの、と、言うより現状において唯一の着陸地点となる宇宙構造物からは
こちらからの要請に対して一切の回答がありません」

935 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/04 04:20:51.25 B4OCNbJb0 646/920

「なるほど」

そう言って、フェイトは調に何やら耳打ちをする。
一度コクピットに向かった調が改めて戻って来てフェイトに何かを渡す。

「長谷川千雨」
「ん?」

フェイトが千雨に渡したのはUSBメモリだった。

「君のアーティファクトを使って、
ここのコクピットとリンクすると共に宇宙構造物の宇宙航空管制システムにもリンクして
当機が侵入する手筈を整えるがよい」
「は?」
「ここは宇宙だ、整備上の僅かな緩みも見逃せない、
間違いが当たりとなったその時は即ち逃れ様の無い死」

フェイトが淡々と言う事に、千雨はごくりと息を呑む。

「と、言う訳で、先方からの回答が無い以上、
こちらから勝手に先方の門を破らせてもらう。
本来違法な行為ではあるが、人命に関わる非常事態である以上はまことにもってやむを得ない」

「…一つ、聞いていいか?」
「何かな?」
「その、私らが不法侵入して着陸を目指す宇宙構造物とやらの名前は?」

「宇宙エレベーター「エンデュミオン」の中継ステーションだが何か?」
「…マジで言ってんのか?」
「課外授業を引率姿勢との安全を最優先とする
教師と言う仕事を至って真面目に遂行しているつもりだけどね」

「もう一度聞く、どういうつもりだ?」

「別にぶれるつもりも馴れ合うつもりもない。
そもそも僕が何のために存在して、
わざわざ僕が勝てる筈の殴り合いを一時停戦して不確かな筈の計画に委ねる事になったのか。
それを考えるなら、今現在における物事の優先順位も自ずと理解出来ると思っていたが。
至って個人的な妄執のダダに付き合わされるつもりはない、とね」

936 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/04 04:23:57.80 B4OCNbJb0 647/920

「元も子もない、か」

へっ、と、笑いながら、千雨はミニステッキをノーパソに変異させメモリを差し込む。

「千雨、さん」
「なんだ?茶々丸?」
「はい、絡操茶々丸、当機のパイロットでもあります」
「マジかよ…」

ノーパソのスピーカーから聞こえる声に千雨が嘆息する。

「こちらからも可能な限りバックアップします。
相手方との電脳戦に備えて、ハカセが百体余りの補助電脳を用意しました」
「分かった」

千雨が言い、ごくりと喉を鳴らす。

「千雨ちゃん?」

しんと静まった空間で明石裕奈が呟く。
千雨は、ノーパソを前に目を閉じ、拳を握っていた。

「今回の事件に関わってから、
千雨ちゃんの電脳戦での勝率はあんまり高くない」

朝倉和美が裕奈に囁く。

「相手は科学の学園都市、そして電脳世界でも未知の術式を使う魔術師。
深入りしたら自分が危なくなる、千雨ちゃんはそれを体験してきた」

和美の説明に、裕奈も小さく頷く。
その時、スペースの照明がふっと消灯した。
そして、中心近くにぼうっと浮かび上がる人影が徐々に鮮明化する。

「な、っ?」

そちらを見た長谷川千雨が、驚愕に目を見開く。

937 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/04 04:27:41.82 B4OCNbJb0 648/920

「これって…」

裕奈が目をぱちくりさせる。

「…鳴護、アリサ…」

夏美が呟く。
その姿は、鳴護アリサその人。
ステージ衣装に身を包み、静かに顔を伏せるその姿からは、
充実した緊張感が伝わって来る。

「エンデュミオンの中でも、比較的防御の甘いイベント系の回線を先に把握しました」

茶々丸の声が説明を始める。

「先方で現在進行形で記録している映像、音声情報をこちら側にも分配させて、
それをこちらで使える最新鋭最大規模のコンピューターと専用プログラムで解析して
限りなくリアルタイムで同一に近い形の視覚、聴覚情報を再現しています」
「…ほえー…」

大体分かった佐々木まき絵が間抜けな声を出して超高性能3D映像に見入る。

「…ったく…無駄に容量使いやがって…」

千雨が鼻で笑い、乾いた声で憎まれ口を呟く。

「行かせねぇよ…」

呟いて、千雨は自分の右手を見る。

「一人じゃ行かせねぇ」

呟いて左手で右手首を握った千雨が、アリサに眼差しを向ける。
千雨が、ぐっと右手を握る。
アリサが顔を上げる。
窓からは一面の星空、ここは空のただ中。

938 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/04 04:30:58.83 B4OCNbJb0 649/920

「…行こうかアリサ。
今行くぜ、光の塔に。私らの戦場に!!」

千雨がピアノの様にキーボードの上で被せた両手を浮かせた。

「Ready go!!」

 ×     ×

科学の学園都市エンデュミオンシティ作業テント内。

「んー」
「どう初春?」

長机の前に着席し、ノーパソを操作していた初春飾利に佐天涙子が尋ねる。

「駄目ですねー、下からの出入りは全部封鎖されています。
多分これ物理的にやられてますよ。
それじゃあハッキングの領分じゃない…」

言いかけた初春が、何かに気付いた様に操作を再開した。

「これって…ハッキング?
場所は、宇宙側…この侵入、プログラミングの癖…
今、どうしてこんな…まさか…」

じっとモニターを注視してキーボードを操作していた初春が、
慌ててUSBメモリを差し込み、マウスクリックする。

「初春?」

その画面をじっと見ていた初春が、
ぐわっと獲物を見付けた様に猛烈な勢いでキーボードの高速打鍵を開始した。

942 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/08 04:23:51.34 80ZlGSXe0 650/920

 ×     ×

「あれかなっ!?」

千雨チームが集まっている宇宙旅客機内のホールで、
窓際に立った佐々木まき絵が叫ぶ。
鳴護アリサ3Dコンサートに聴き入っていた面々もその声に反応した。

「あれが、エンデュミオンの…」
「宇宙である事を考えると、正しく壮観でござるな」

遠くに見えて来た目的地を目にしながら、一同が感心の声を漏らす。

「あれは…やはり…」

その内、綾瀬夕映が最初に苦い声を漏らした。

「あれって…」

朝倉和美の声もピリッとしたものとなる。

「魔法陣、だよね」

宇宙に浮かびエンデュミオンを囲む図形の数々を見て、村上夏美が言った。
他の面々の表情にも緊張が走る。
普通に見ても十分禍々しい。あの夏を戦い抜いた面々であれば尚の事だ。

「この時に合わせて星座に連動させているのですね。
しかし、これは…」
「ユエ?」

じっとりと汗を浮かべる夕映にハルナが声を掛ける。

943 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/08 04:28:55.76 80ZlGSXe0 651/920

「ふむ」

そんな面々の中にフェイト・アーウェルンクスがひょいと現れると、
ざざざっと退く音が聞こえる。
この面々の中では、
突如としてフェイトが隣に現れる恐怖に慣れろと言う方が無理だと言う面々も少なくない。

「綾瀬夕映、あの術式は?」
「ゴエティア系の術式、そこまでは分かるのですが…」

フェイトの問いに夕映が答える。

「ギリシャ占星術のそれも古典に属する術式」

フェイトが言い、夕映も頷く。

「魔法陣と星座との連動、そこから予測される効果。
かの時代の、既に省みられる事のなくなった理論の数々を再構築して組み立てたもの。
この事件の黒幕がギリシャ占星術の、
それも古典の分野に於ける優秀なシビルであった事はこれを見てもよく分かる。
しかも、独自の研究を重ねてユニークと言える程の再構築を行っている」

「現代の魔法の知識からでは理解し難い部分が少なからずありますが」
「あれならそういう事になるだろうね」

フェイトが淡々と言う。

「フェイト先生は理解出来てるの?」

痺れを切らした裕奈が尋ねた。

「あれがどういうものであるか、その程度の事は把握している。
奇蹟の姫を核に世界を一つ滅ぼす程の強力無比な術式を発動させるとは、
全く気が知れないよ」
「…………………………」
「フェイト様」

そこに、調がたたたっと駆け寄って来た。

944 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/08 04:34:56.87 80ZlGSXe0 652/920

「お報せがあります」
「何だ?」

「エンデュミオンのセンサーに引っ掛かりました、
こちらにアンチ・デブリミサイルが向かっています。
それから、当機の通信システムに割り込んだ、
ペンネーム人生と書いて妹と呼ぶと称する人物からの伝言です。
構わん、行け」

「構わん、行け」
「了解しました」

調が、たたたっとコクピットに戻る。

「………なあ、夏美姉ちゃん………」
「ん?」

アリサの歌声が今正に一曲の絶頂を迎えようという時、
夏美は小太郎の呼びかけにそちらを見る。

「俺、こないだ刀抜いて掛かって来いやって粋がって見せた覚えがあった様な…」

窓に張り付く様に外を見ていた犬上小太郎が乾いた声で言う。
そして、その小太郎の鋭い視覚は間違いなくそれを捕らえていた。
青く輝きゆっくり落下しながら動く唇。

 よ く お ぼ え て い ま す よ

「認めたくないものだな、若さ故の過ちと言うものは」

夏美が声を掛けた時、
小太郎の震動はエヴァンジェリンの本気の特訓以来のものだったかも知れない。

「ああああっ!」

バリッと両手で頭を掻いた千雨がガタッと立ち上がる。
そして、ノーパソを元の杖の形に戻した。

945 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/08 04:40:29.48 80ZlGSXe0 653/920

「………広漠の無、それは零。大いなる霊、それは壱………」

アリサの歌とルーランルージュの踊りのコラボレーションが始まった。
朝倉和美はそれを真剣な眼差しで見守る。

学園都市の科学とギリシャ系魔術の古典術式。
不完全であってもそれらを融合して未知の術式を組み立てるレディリー・タングルロード。
電子精霊を駆使する電脳の覇者長谷川千雨であっても、
直接接続してレディリーの術式と電脳戦を闘うのは命の危険すら十分にある。

和美も夏美も、千雨自身も間近でそれを見て、体験して来た。
他の面々も一通りの知識は共有しているし、それ以上に感じ取るものがある。
で、あるならば、見守り、見届けなければならない。

「我こそは電子の王っ!!」

 ×     ×

草原で、騒々しい戦いが展開されていた。
ルーランルージュの姿で突き進む長谷川千雨。
その前を遮るのは鳥の大群。

しかし、千雨も又、一人ではなかった。
それどころか、軍団の指揮官だった。
茶々丸妹量産機の大軍を三つに分けて進軍する。

茶々丸妹軍団の一隊は銅鑼を鳴らして鳥を攪乱し、一隊は楯で防御し、
そして一隊は機関銃で銃撃する。

「千雨さんっ!」

幾つもの声が重なり、千雨の前に楯隊が来る。
しかし、避け損ねた何体かの茶々丸妹が、
鳥が翼から飛ばす鉄矢の様な羽を受け、消滅した。

946 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/08 04:43:40.94 80ZlGSXe0 654/920

「野郎っ!」

千雨がミニステッキを振り、そこからの光線で鳥をざあっと消滅させるが、
それでも敵の数はまだまだ多い。
大体、新手がどんどん追加されている様であるのに対して千雨の側は減る一方だ。

今回の敵も又集団行動、群れで飛び回り、鉄矢の様な羽を機関銃の様に飛ばして来る。
これを一度にやられたらひとたまりもない。

だから、攪乱し防御しながら集団にさせない様に集団で戦うしかない。
とにかく、前に進まなければならない。
ようやく草原が終わろうとした頃、周囲には既に数える程の茶々丸妹しか残されていなかった。

「おおおおおおっ!!!」

千雨がダッシュする。
鳥は恐らく草原エリア限定の敵キャラなのだろう。
追い抜かれた鳥の群れが後ろから追って来る。
残った茶々丸妹が千雨の背後で奮戦する。

「千雨さんっ!」
「っ!?」

千雨の背後で、羽矢を受けた茶々丸妹が、全滅した。

「ちう・パケットフィルタリィーングッ!!」

その隙に、千雨がその鳥達を掃射する。

「すまない…いや、ありがとうっ!!」

千雨は、一瞬でも笑顔を見た。そう思いたかった。

「残機ゼロ………今から上上下下左右、とか、出来ねぇよなぁっっっ!!!」

岩場のエリアに入った千雨が、
ぐわっと急降下して間一髪で千雨にやり過ごされた巨大鷲を見て叫ぶ。

947 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/08 04:46:58.05 80ZlGSXe0 655/920

「レバー寄越せ、レバー寄越せ…
生レバー禁止って知らねぇのかバカ鳥があっ!!」

浮上、急降下を繰り返す鷲の鳴き声が何故か千雨の頭の中で翻訳される。
それに律儀に返答しながら、千雨はゴロゴロと岩の地面を転がり鷲の爪から逃れる。

「パケットフィルタリィーング………ッ!!」

鷲は、千雨がミニステッキから放った光線を受け、
ぎりぎりと静止してから突っ込んできた。

「だああっ!力負けかよっ!!」

辛うじて爪を交わした千雨が荒い息を吐く。

岩陰に隠れ、千雨は周囲を伺う。
鷲は空中を旋回して油断無く獲物を狙っている。
今の出力で倒すのは無理らしい。
だが、持久戦をしている暇もない。刻一刻と目的地に近づいている筈だ。
宇宙で寄り道してタイミングを外すのは素人でも分かる致命傷。

「っ、とっ!?」

そして、立ち上がり動き出した千雨の脚が縺れ、転倒する。

 ×     ×

華やかな振り付けとBGM、それがむしろ静けさを強調する。
床に横たわりぴくりとも動かない千雨。
じっと見守る仲間達。

振り払おうとしても頭をよぎる、眠り姫が目覚めぬ悪夢。
夏美達の様にあの戦いを身近に見ていれば尚の事。
どうやら、この曲の終わりは近い様だ。
次は目覚めの歌になるだろうか、なるに決まっている。

「…あ…」

夏美がぽつりと呟く。
彼女達の目の前で、映像と実体の視覚情報が重なる。
アリサが膝を折り一礼する。
それは、顔に顔を寄せる様に。

948 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/08 04:50:08.34 80ZlGSXe0 656/920

 ×     ×

「?」

間に合わない、と、思った時、
何かに弾かれた様に千雨の頭上で鷲は急上昇した。
千雨が体勢を立て直し、駆け出す。
チャンスは今しかない。
だが、鷲はごおおっと空を滑る様にして距離を縮めて来る。

「!?」

千雨が、とっさに左に跳び岩と岩の間に飛び込む。
千雨が走っていた地面がバキッとひび割れ、巨大な蔓草が姿を現した。
蔓草は赤い花を咲かせながら上へ上へと伸び上がる。
そして、上空から降下をはかっていた鷲を捕らえ、絡みつき拘束した。

「助かった?」

とにかく、千雨は先を急いだ。

「新手、かよ」

行き止まりの人工的で巨大な石壁。
その右斜め前方に改めて巨大なモンスター。
だが、今の所、襲って来る気配はない。
そして、千雨は石壁に彫り込まれた文章に気付く。

「これは…ギリシャ語…変換プログラム…」

千雨が電脳空間の利点で語学プログラムを起動する。
文章の下には四角い穴が並んでいる。

「パズルだな」

脇のテーブルには文字を彫り込んだ石のサイコロが用意されている。

「答えは………人間だっ!………」

949 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/08 04:53:57.00 80ZlGSXe0 657/920

 ×     ×

「Good luckです」
「?」

エンデュミオンシティの作業テントの下で、
ノーパソに向かい一人親指を立てる友人初春飾利を、
佐天涙子は不思議そうに眺めていた。

ズレテンノヨネー ギャギャギャギャギャーッ バビューン ドカーン

 ×     ×

「千雨ちゃんっ!?」
「長谷川っ!」

むくっと身を起こした千雨の姿に、一同から歓声が上がった。
千雨の視線の先では、
鳴護アリサが観客に向けて一心に歌を届けている。
頷いた千雨が立ち上がり、ノーパソに戻した「力の王笏」の操作を再開した。

「茶々丸!」
「はい」

ノーパソを通して千雨と茶々丸が音声交信する。

「システムは抑えた」
「把握しました」

「もう一機来てる、あっちは正門から入るつもりだ。
こっちはバックヤードから突っ込むぞ。
作業用出入り口。
本来の仕様じゃない、理論値ではギリギリ可能。
それがこっちで把握してる情報だ、茶々丸」

「行けます。微調整はこちらで行います。
千雨さん、お願いします」
「りょーかいっ!!
てめぇら掴まってろよっ!!!」

951 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/12 04:14:40.50 BnE3V7vz0 658/920

 ×     ×

「だから、エラーなのは分かってる、完璧は求めていないっ!」

ノーパソを操作しながら千雨が叫ぶ。

「やるって言う前提での一番マシなやり方と成功率を出せ、そう言ってるだ分かったなっ!」
「ラジャーちう様っ!!」

指示が伝わり、千雨は深呼吸をする。

「出たか…まあ、こんなモンだろうな。
茶々丸、後は頼んだ」
「了解です、千雨さん。必ず、成功させます」

返答を聞き、千雨はふうっと脱力する。

「契約に当たり、始末書と言うものの書式も把握しておいたのだが、
教師と言う仕事は想像以上の難事業らしい」
「まあー、そういう事だ」

淡々と言うフェイトに千雨が言う。

「覚悟しとけよ、何せ私らの副担任なんだ」
「無論、そのために補習授業のパターンと言うものの
十万三千通り程はダウンロードしてある、問題はない」
「………………」
「皆さん、着席して手順に従い緊急着陸に備えて下さい」

機長室の茶々丸からの機内アナウンスが聞こえて来た。

952 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/12 04:20:07.62 BnE3V7vz0 659/920

 ×     ×

「………なんとか、なったみたいだね………」

衝撃が収まった後、窓から外を見て夏美が言う。
そこは、巨大な格納庫の様な空間だった。
そこから宇宙服を装着し、
手順に従い中継ステーションの業務エリアに潜入するまでは描写を省略させていただく。

「取り敢えず、こっちで用意した地図は渡ったな?
こっちで把握したデータだと、
既にこのエンデュミオン内を得体の知れないエネルギーが流通している。
この流れも把握した」

通路を進みながら、既に宇宙服を脱いで身軽になった千雨が一同に説明する。
そして、エレベーター脇の壁のパネルとノーパソ化した「力の王笏」をケーブル接続する。
程なく、エレベーターが到着する。

「じゃあ、頼んだ」

エレベーターに乗り込んだのはフェイト軍団と綾瀬夕映だった。
扉が閉まり、エレベーターが上昇する。

「あのエレベーター、重量制限で一度には今のが限度だ。
行き先は特別展望室に繋がるエリア、構造的にもそこがラスボスの間だ。
術式関連でどうこう出来るのはあいつらしかいない。

今のは準備してやったけどこの特別エレベーター、
マスターキー無しのハッキングだと、
一回一回中身を組み替えられて大きく時間を食うと言うか破れる保障も無いのがこいつだ」

千雨が、ケーブルを外して拳でパネルを叩く。

「こっからは分担作業だ。
私と朝倉でサブコントロールを抑えて出来る事がないかを調べる。
後のみんなはアリサの保護って事で、後は出たトコ勝負。行くぞっ!!」
「おーっ!!」

953 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/12 04:25:28.73 BnE3V7vz0 660/920

 ×     ×

千雨達は地図を見ながら階段を上り、
扉を開き地図上では大きなホールとなっている空間に突入した。

「何これ岩場?」
「何となく、ジオラマっぽいって言うか…」

夏美の言葉に朝倉和美が続ける。
確かに、ホールの中は暗闇で岩場にしか見えない光景が続いている。

「伏せっ!」

小太郎が叫び、一同が従う。
これでもドンパチの修羅場はくぐっている、反応は早い。
果たして、連続した銃声と共に岩場に銃撃が反射する。

「盾の乙女っ!」

ハルナが防護ゴーレムを張り、闇になれて来た目で周囲を伺う。
うぞうぞと機関銃を抱えた黒ずくめが動いている、
と、思った時には小太郎が飛び出していた

「おらあっ!!」

元々、並の銃撃でどうこう出来るタマではない。
小太郎が身軽に飛び回り黒ずくめをぶちのめしていく。

「何だこいつら!?」
「取り敢えず人やない、人形やっ。ぶっ潰してかめへんっ!!」

そう言って実際何人かぶっ壊してみせるが、
それでもMG34相手に突貫して無傷と言うのは難しい。
怪我する前に一度岩場に隠れる。

954 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/12 04:30:32.80 BnE3V7vz0 661/920

「魔術か?」
「ああ、見た目はえらいモダンやけどな」

岩陰を通って千雨達の所に戻って来た小太郎が言う。
ヘルメットから全面マスクに至るまで、
黒一色の装甲服を着用した人間形の存在がMG34を抱えてぶっ放して来るのだから
見た目はまずもって魔術戦ではない。

「別にここで馬鹿正直にやり合う必要もないでしょ、突っ切ろう」

ハルナが言う。勝算がある目だ。

「盾の乙女全面展開っ!go!!」

乾いた銃声が響く中、
ハルナの展開した防護ゴーレムに囲まれながら一同は走り出す。

「!?」
「やばっ!!」

しかし、出口の扉が見えて来た、その時に、
一同はとっさに左右に飛び退き手近な岩陰に隠れた。

「わわっ!」
「盾の乙女前面っ!!」

何人かが隠れた岩に大きな火球が弾け、ハルナが防護ゴーレムを再構成する。

「出やがったな…」

千雨が、嫌な汗を感じながらギリッと歯がみする。

「地獄の番犬ケルベロス」

一同が出口に駆け込もうとしたその時、
その獅子にも勝る体躯を誇る三首の黒犬は、
上空から扉の前にふわーっと着地して火球を吐いて雄叫びを上げていた。

955 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/12 04:33:36.53 BnE3V7vz0 662/920

「くっ!!」

背後からの一斉射撃に、ハルナが防護ゴーレムの位置を変える。

「地獄の番犬ケルベロス、入る者は咎めず出る者は決して許さない」

夏美が呟いた。

「うらあっ!!」

小太郎が、その真ん中の頭の横っ面にいいパンチを叩き込む。
雄叫びを上げたケルベロスがドドドドドと小太郎を追跡し始めた。

「おおっし、犬同士仲良くいこかあっ!!」
「雑魚は任せて先行ってっ!!」

ハルナの防護ゴーレムが背後からの銃弾を阻止し、
攻撃ゴーレムが蜂の巣になりながらも黒ヘル部隊に突っ込んでいく。

「頼んだっ!!」

千雨が叫び、扉に走る。
金色に輝く小太郎とケルベロスがギリギリと力比べをしている間に扉が開いた。

 ×     ×

「てな感じでどんだけ火力が要るか分からないっ!!」

科学の学園都市エンデュミオンシティに到着した桜咲刹那が、
千雨からの電話で概略を説明されていた。

「麻帆良学園とはフェイトが話を付けた。
こっちの調べじゃあアクセスポイントがもう一箇所ある。
但し、場所は成層圏だ。
麻帆良学園が用意する道具で成層圏のポイント近くまで吹っ飛んで、
後は桜咲が気合いで突っ込む、お前なら何とかなるだろう、って話だ。

但し、流石にそこまでの距離と正確性で移動できる機械ってなると
麻帆良学園でも簡単には用意出来ない。
時間ギリギリか間に合わないか、
とにかく、手伝ってくれるってんなら連絡とれる様にしててくれっ」

956 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/12 04:37:50.41 BnE3V7vz0 663/920

「分かりました」

周囲で近衛木乃香と宮崎のどかが耳を寄せている中、
刹那は一旦携帯を切った。

「大変な事になってるなぁ」

木乃香がいつもの口調ながら真面目に言う。

「元々正規のルートでは出入りできませんが、
どうも下からのルートはただ事ではないみたいです。
合流するのは、麻帆良からの支援が間に合うかですね」

刹那が言い、一同は表通りを歩いていた。

「あら、あなたは?」
「え?あ…」

そこに歩み寄って来たのは、婚后光子とその親友二名だった。

「あ、あの…先日は…」

「御坂さんから事情は伺いました。
あの折りは勘違いがあったとは言え、ご友人のために大変な尽力をなさっていると。
この婚后光子、感じ入った次第ですわ」

「はあ………とにかく、先日はご迷惑をおかけしました」
「いえいえ」

開いた扇子を右手で掲げる婚后の脇で宮崎のどかがぺこりと頭を下げ、
泡浮万彬、湾内絹保が穏やかに応対する。

「ところで皆さん、何やらお困りの様ですけど」

パチンと扇子を閉じた婚后が問いかけた。

「もしかして、鳴護アリサさんの事ですの?」
「え?」

婚后から出た名前に刹那が聞き返した。

957 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/12 04:41:20.42 BnE3V7vz0 664/920

「やはりそうでしたのねっ!?」
「え、いや、あのっ」

ぐわっと迫って来る婚后に、刹那がたじっと引き気味になった。

「御坂さんのご友人の鳴護アリサさんが何かトラブルに巻き込まれていると伺い、
この婚后光子、非常に憂慮しておりますの」
「その通りです」

湾内絹保が後に続いた。

「先日のトラブルの後、御坂さんから些かの説明を頂いたのですが、
今日になってそのアリサさんのいるエンデュミオンでトラブルとか
御坂さんや白井さん達も寮で何かトラブルがあった後に連絡が付かなくなったり。
婚后さんも泡浮さんもちろんわたくしも心配しておりますの」

刹那から見ても、この三人の表情からは一片のごまかしも読み取れない。

「あのー」

そこで、のどかが口を開いた。

「中で何かトラブルが起きているのは確かです」

そう言ったのどかに視線が集まる。

「既に私達の友達もその中に入って対処していますが、
手が足りるか分かりません。
今は中に入るのも難しいと聞いています」
「そうでしたの」

説明を聞き、婚后も思案顔になる。

「なんとか手助け出来たらええんやけどなぁ」

木乃香が言った。

「何か、中に入る方法は?」

泡浮が口を挟んだ。

958 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/12 04:45:42.00 BnE3V7vz0 665/920

「通常のルートは難しいみたいです」
「んー、方法は無いではないみたいやけど…」

のどかの言葉に木乃香が続けた。

「どの様な?」
「んー、かくかくしかじか」
「つまりまるまるうまうまで、
成層圏の特定のポイントまで到達する事が出来たら、
後はあなた達の能力で突入する事が出来ると言う事ですか」

木乃香の説明を、婚后が要約する。
ある程度の事は能力と言う事でごまかしが聞くと、
その点は刹那達も予め聞いていた。

 ×     ×

宇宙エレベーターエンデュミオン基部エリア内。

「メイはドクターストップで暫く動けない、
私達で対処するしかありません」

携帯電話をしまい、高音・D・グッドマンが言う。

「外部アクセスが閉ざされたみたいです。
正規のルートは無理です、
ここから上に行くルートが見付かるでしょうか」

あちこちで機械やコンクリが剥き出しになっている通路を進みながら、
ナツメグこと夏目萌がPDAを操作しながら言う。

959 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/12 04:48:58.09 BnE3V7vz0 666/920

「失礼、お嬢さん」
「はい」

ナツメグが指を止めて問いかけに応じる。

「人を捜しているんだけど、こういう子がどこに行ったか知らないかな?」

ナツメグが、見せられた写真を数秒間じっと注目する。
録画映像からプリントアウトしたものらしいが、
巻きツインテールの髪型のぱっと見て可愛らしい感じの少女が写っている。
もちろん、この写真と同じ顔が少なくとも今朝まで合流して
一緒に行動していた同僚である事を忘れる程ナツメグの記憶力は劣化してはいない。

「いいえ、残念ですけど、見てないですね」
「そうか。ありがとう」
「それでは先を急ぎますので」
「ああそうだ、お嬢さん。言い忘れた事があるけど」

その瞬間、ナツメグはドン、と、突き飛ばされていた。

「たたた………お姉様?」

身を起こしたナツメグの前で、高音がざっ、と、両脚を踏みしめていた。

(…影防壁越しにもこの衝撃…)
「テメェがコイツと一緒にいた事は分かってんだよ、クソボケ」

965 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/14 15:04:51.41 0lUY6lmn0 667/920

 ×     ×

エンデュミオンに潜入した千雨が、着信に気付いて携帯を取り出す。
ショッピングモール爆破事件を報せて来たアドレスからのメール着信だった。

「私の友人はサクラザキセツナさんを誠実そうな人だと言っています」

この一行に対して、千雨は返信する。

「折り紙に太鼓判を押して保障する」

 ×     ×

「そっちにも出ましたか」
「ああ、出た、って事は?」
「はい、エレベーターを乗り換える通路に。
石にされる前に石にしましたが」
「そうか」

千雨は、階段を駆け上りながら、
朝倉和美のアーティファクト「渡鴉の人見」を通じて綾瀬夕映と言葉を交わす。

「既に術式が動き出していると言う事です」

夕映の声は緊迫したものだった。

「鳴護アリサを核にコンサート会場から発せられるエネルギーが、
エンデュミオンに張り巡らされた回路を通じて
召還魔術の装置に流れ込んでいると見るべきです」
「状況がヤバイ所まで来てるって事かよ」
「楽観視は出来ません。術式が完成する前に手を打つ必要があるです」
「いっぺん会話やめるぞ」

千雨が階段を上り切ると、目の前は行き止まりにドアが設置されている。

966 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/14 15:09:53.58 0lUY6lmn0 668/920

「非常用の貯水槽だ」

ドアを開いたその向こうはちょっとした湖とも言える貯水池が広がっている。
一同は、その中心を横切る橋を進む。

「モンスター、あっちにも出たって?」
「ああ、そうらしいな」

走りながら、夏美の問いに千雨が応じる。

「向こうはあの面子だ。モンスターレベルなら、
ギリシャ神話フルキャストでも一人で瞬殺しちまうだろ」
「だよね」

千雨の言葉に夏美も同意する。

「あれっ!?」

朝倉和美が叫ぶ。
上から見たら池を十字に橋が横切っていて、千雨は真っ直ぐ進む予定。
地図の上では、左右の橋の先にあるのは倉庫の筈だ。
その左右の倉庫の扉が開いていた。

「おいっ!」
「あれって…」

千雨が叫び、夏美が息を呑む。
古菲と長瀬楓が駆け出し、橋の中央から左右に分かれる。
古菲がアーティファクトの巨大如意棒を振るい、
楓が巨大手裏剣を飛ばして池に叩き落としたのは、

「ケンタウロス」

夏美が呟く。
倉庫の中から下半身が馬、上半身が人間の男性のモンスターの群れが
手に手に棍棒を握り橋の中央に向けて駆け出して来る。

「状況は?」

「渡鴉の人見」を通じてフェイトの声が聞こえた。

967 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/14 15:15:20.97 0lUY6lmn0 669/920

「ケンタウロスだ、馬人間。
それが倉庫からうじゃうじゃ出て来やがる」

千雨が返答する。

「村上夏美。
ケンタウロスの群れとはどういう逸話を持っている?」

フェイトからの質問が続いた。

「ええと、中には知的なケンタウロスもいるって言うけど、
確かお酒を飲んで結婚式をぶち壊して退治された、だったかな」

「元々、推定されているレディリー・タングルロードの作戦は、
感情エネルギーの起爆に強く依存したものだ。
鳴護アリサの奇蹟の歌を術式の核として、
それと共に大規模なギャラリーによる歓喜の感情エネルギーを使って術式を発動させる。

そして、感情のエネルギーと言うものは、
希望から絶望に転移する瞬間にこそもっとも強烈な爆発力推進力を発揮するものである、と、
最近も悪魔と神の物語の原典に於いて語られた所である」

「つまりあれか」

千雨が、眉間を揉みながら言う。

「ボルテージ最高潮のコンサートに武装モンスター突入させて
阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出す事でエントロピーを凌駕すると」
「実に論理的だ」

「おい、そこに偽神楽坂いるか?」
「はいはい」
「フェイトの奴、最近妙なもんダウンロードしてねぇだろな?」
「失礼なっ!」

割り込んだのは暦だった。

「旧世界の日本の学校で己の役割を果たすと決めて以来、
日本の文化習俗その他諸々、高度な学術書から市井の俗書の類に至るまで、
日々寝る間も惜しみ…」
「よーく分かった偽神楽坂」
「はい」

968 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/14 15:20:28.46 0lUY6lmn0 670/920

「これ終わったらフェイト私ん所に寄越せ。
高度じゃない方のとある分野に関しては一からレクチャーする」
「妙なものを教えるのではないでしょうね?」

又、暦が割り込む。

「少なくとも絶対領域はいてないからスタートするつもりはないから安心しろ」
「そうですか。それではパルさんがあちらの世界でも広く布教された総受け男の娘の神髄を…」
「うん分かったこれが終わったらあの腐れゴキブリ屋上でゆっくり話付けとく。
一旦やめるぞっ!!」

栞との会話を打ち切り千雨が叫んだのは、大きな羽音を聞いたからだった。

「鳥人間?」

佐々木まき絵が呟く。
開かれた倉庫の扉から、
背中に羽の生えた全裸の女性が何人もと言うか何羽もと言うかバサバサと飛び出す。

「!?」

そして、池の中でばしゃばしゃもがいているケンタウロスに殺到するや、
池が見る見る赤く染まっていった。

「マジ、か?」

千雨がごくりと息を呑む間にも、ぷかーっと白い塊が水に浮かぶ。

「セイレーン?」
「ちょっと待って、セイレーンって人魚の事じゃ」

夏美の呟きにアキラが続いた。

「いや、セイレーンで正しい」

抜け目なく和美が「渡鴉の人見」で撮影していた実況を見て、
フェイトが画面の向こうで言った。
その間にも、セイレーン達は橋の中央近くに辿り着いていた千雨達に殺到する。
古菲が如意棒を、楓が巨大手裏剣を振り回して追い払うが、
ふわふわ交わされてダメージを与えられない。

969 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/14 15:23:32.41 0lUY6lmn0 671/920

「このっ!!」

中央から千雨達から見た出口寄りの場所で、
千雨達のしんがりについた明石裕奈が、
ドドドドドと追い掛けて来るケンタウロスを銃撃する。
一頭、二頭と撃ち倒すが、
馬の大きさのマッチョがそれを乗り越えて突き進んで来るから適わない。

「ハイィーッ!!」

気合い一閃、裕奈の前に回り込んだ古菲が、
橋を塞ぐ様にケンタウロスを池に叩き落としていく。

「助かっ、た…あ…」

片膝の姿勢から脱力した裕奈が、
ふらりと立ち上がり池と隔たる橋の鉄柵に向けてふらふら歩き出す。

「ふん、ふん、ふんっ!!」

そして、橋中央からの声にはっと我に返る。
見ると、古菲が自分の顔面をボコボコにぶん殴った所だった。

「ね、セイレーンでしょ、こんな、綺麗なの…」
「うん…」
「にんっ!!臨兵闘者…」

ダッと駆け寄って夏美とアキラに当て身を入れた楓が、
九字を切り経文を唱えながら脂汗を浮かべる。

「や、べ、え…」

耳を塞ぎ蹲りながら、千雨は池に視線を走らせる。
視線の先では、池にぷかぷか浮かぶ浮島に腰掛け、
生まれたままの姿で羽を休める美女達が、
この世のものとも思えぬ歌声で一同を水面へと誘っている。

「おいっ!」

和美から「渡鴉の人見」をひったくった千雨が叫ぶ。

970 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/14 15:26:44.66 0lUY6lmn0 672/920

「ブリジットバルド………もといブリジットっ!」
「はい」
「ヴァイオリン持ってるな、思いっ切り弾けっ!!但し衝撃波はいらん」
「はい」

その戦慄すべき旋律は、最大音量で貯水槽エリアに届けられた。

「ああ、あの歌声が一段と美しく…」
「身近で聞き直して癒されたい…」
「にんっ!!臨兵闘者…」

目を覚ました夏美とアキラにダッと駆け寄り当て身を入れた楓が、
九字を切り経文を唱えながら脂汗を浮かべる。

「失敗かっ」
「長谷川千雨」

「渡鴉の人見」からは実にクールな声が伝わって来た。

「現在、我々が乗り換えエレベーターに搭乗中だと言う事を念頭に置いた上で
帰宅後の補習授業の沙汰を待つがよい」
「…はい…」
「…でも…聞きたい…」
「…なんて…綺麗な歌…」
「………んだって………いいかも………」

ふらふら柵に近づく面々を見て、千雨の頭の隅でぶちりと何かが切れた。

「っざけんなっ!!!」

叫んだ千雨がノーパソ化した「力の王笏」を猛烈な勢いで操作する。
今にも柵を乗り越えダイブしかねなかった面々が、ぴたりと動きを止めた。

「…繋がった…どうだ化け物、
世界を滅ぼす歌じゃねぇ世界を救う歌だ馬鹿野郎っ!!」

貯水槽用非常放送回線とコンサート会場のイベント用回線を混線させて、
記録様の歌声をそのままこちらに回した千雨が叫ぶ。

971 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/14 15:29:53.55 0lUY6lmn0 673/920

「ここは任せるアル!!」

中央から出口寄りの橋の上で如意棒をぶん回し、殺到するケンタウロスと対峙して古菲が叫んだ。
だが、その古菲に、飛翔したセイレーンがばさばさと蹴撃を仕掛け、
隙を見せるとギラリと噛み付いてくる。
一本橋で数の優劣こそ少ないが、そうしながらケンタウロスと闘わなければならない。

「アデアット!」
「大河内!?」

池に飛び込んだアキラを見て千雨が叫ぶ。

「アキラっ!!」

果たして、セイレーン達は空中からアキラを追跡する。
一旦潜水していたアキラが浮上し、それと共に噴き上がった水柱をセイレーンが辛うじて交わす。
アキラは水中を高速移動し、潜水し、浮上し水を噴射して、
鋭い蹴りや歯で迫られながらも、巧みにセイレーンを翻弄していた。

「ここは任せて先に行ってっ!」
「…分かったっ!!…」
「お願いっ!!」

水中から叫ぶアキラに応じたのは裕奈、まき絵だった。

「頼むっ!」

千雨が叫び、一同は駆け出す。
それでも、駆け出した面々に気付いて何羽かのセイレーンが追い付いて来る。

「このおっ!!」

その内の一羽がリボンでがんじがらめにされて水面に叩き付けられ、
別の一羽は裕奈からの激しい銃撃に這々の体で逃走する。

972 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/14 15:33:00.30 0lUY6lmn0 674/920

 ×     ×

「あのー、もう一度伺いますが、これは?」
「エカテリーナⅢ世号・改、ですわっ!!」

桜咲刹那の問いに、無線越しに自信満々の返答が返って来た。

「この様な事もあろうかと、秘かに準備していただいておりました。
本来は御坂さんに搭乗いただく予定でしたが、
その御坂さんと連絡が取れず困惑しておりました所でしたの。
なんでも既に潜入を遂げたと言う話でもありまして」

「…はあ…」

「以前ご協力いただいたジャッジメント理系チームの皆様の協力を得て、
そちらから伺ったポイントへ到達する手だてを計算させていただきました。
あの件に比べるならば随分楽な計算で済んだと言うお話しでしたの」
「えーと、と、言う事なんですけど、大丈夫ですか?」

別系統に設定した無線から声が聞こえる。

「初春さんでしたね?」

「はい。何故か正体不明の大容量コンピューターの介入による援助もあって
理論上の計算は成功しましたが、
それでも非常識で無茶苦茶な話です。
何より、桜咲さんとは初対面ですらない…」

「初春飾利さんですね?」
「はい」

「そちらには疎い私ではありますが、それでも、
その分野で私が最も信頼する仲間から信ずべき方と聞きました。
ならばそれは信ずべき人であると言う事です」

「最高の褒め言葉、と、お伝え下さい」
「エカテリーナⅢ世号・改かぁ」
「あんまり引いてないですね」

木乃香ののんびりした口調に初春が言う。

973 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/11/14 15:37:06.05 0lUY6lmn0 675/920

「ん、ああ言うタイプの人、よう知っとるからなぁ。
ええいとはんやな、婚后はん」
「はい、立派なお嬢様で素敵な先輩です」
「ならええわ、始めたって」
「了解ですっ」
「それでは、手筈通りにお願いします」

別に繋いだ携帯から、コクピットの面々に葉加瀬聡美の声が聞こえる。

「桜咲さん」
「はい」
「エンデュミオンの異常事態、この学園都市自体が不穏であるからこそ通した無茶ですが、
御坂さんのお友達をどうぞよろしくお願いします」
「分かりました」
「………どっせぇぇぇーーーーーーーーーいいいいいいっっっっっ!!!!!」


続き
長谷川千雨「鳴護アリサ、って知ってるか?」#6
http://ayamevip.com/archives/46428119.html

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