関連
長谷川千雨「鳴護アリサ、って知ってるか?」#1
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606 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/29 14:03:55.80 5oEmMXqi0 408/920

 ×     ×

箒では間に合わず、床に炎を爆発させ自分の身は防壁に任せながら上昇気流に乗る荒技。
そうしないと、たった今ズガンと床をぶっ壊した羽の一撃は交わせない。

「風楯っ!!」

そうやって跳び上がり左手で箒を掴んで位置を固定した佐倉愛衣が前方に防壁を張る。
羽の一つがバリバリとそれを強硬突破して辛うじて交わした愛衣の身に傷を一つ増やす。

「らあああっ!!」

小太郎が垣根に黒く渦巻く拳を叩き込むが、それは羽でガードされ、
吹っ飛ばされるのは小太郎の方。
空中で小太郎は自分を狙う羽に黒球を打ち込み、その反動で、
その身の一部が抉られる感触と共に辛うじて羽から身を交わす。

「おいおいおい、スタイルは魔法使い○○ーちゃんかよ、
とんだメルヘンだなおいっ!」

勢いのまま、愛衣の跨る箒の後部座席に座る小太郎に垣根が叫ぶが、
取り敢えず愛衣としては、あなたに言われたくないと言う
命懸けのジョークを口に出す余裕は無い。
それに、一応秘密の身としては、魔法使いの見た目が一種のスタイルと見られるのは好都合だ。

「私の体を、しっかり掴んで下さい」

愛衣が小声で小太郎に言った。
空中の二人に衝撃波が叩き付けられる。

「あーーーーーーーーうーーーーーーーーーーーー………
………ひっ!!」
「くっ!」

空中に弾き飛ばされた二人の先にメルヘン飛行少年垣根帝督が先回りしていた。
ドドドッと突き出された羽の先に小太郎が両手で黒い塊を突き出し
再び二人は吹っ飛ばされる。
元のビルの屋上に着地した二人に向けて、真上からドドドドッと羽が打ち込まれ、
二人は床を穴だらけにしながら懸命に逃げ回る。

607 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/29 14:09:00.13 5oEmMXqi0 409/920

「衝撃を利用して上手く逃げようとか、ナメてやがるな」
「バレてましたね」
「そやな」

愛衣としては、何か闘った場合の見込みがシビアであり、別に無理に勝たなくてもいいのだから、
この際、左手で箒を掴みながら右手で防壁を張る。小太郎には自分に掴まっていてもらう。
その状態で垣根の衝撃波を受けて、
この二人であるから大ケガしない程度にどっかに着地して
垣根にはお星様になった私達に満足していただこう。
そういう作戦であったが、あっさり喝破されたと言う事だ。

「しっかし、おっそろしい威力やな」
「ですね………つっ………」
「どないした?ああ、何かえらい揺れたさかい力入れすぎたか?」
「あ、大丈夫です」
「じゃれてんじゃねぇぞっ!!」

小太郎の言う通り、思い切り掴まれた首から少し下を抑えた愛衣と小太郎目がけて、
又、羽の槍が叩き込まれる。

「(………いい加減………)メイプル・ネイプル・アラモード………」

横っ飛びに交わしながら、愛衣も些か苛立ちを覚え始める。
確かに相当力量のある相手なのは分かるが、いい加減少しは何とかしたい。

「効かねぇっつってんだよクソボケッ!!!」

視界の端で、黒球を投げ付けた小太郎を羽の斧が追跡する。

「………我が手に宿りて敵を喰らえ紅き焔っ!!!」
「ん?」

結構強力な愛衣の火炎魔法だったが、それも又、垣根の羽にガードされる。

「フレイムバスターキィーックッ!!」
「うらあっ!!」

その間隙を縫って垣根の本体を狙った愛衣の跳び蹴りも羽で弾き飛ばされ、
更に羽の槍が空中で体勢を立て直した愛衣の体のど真ん中をぶち抜こうと突っ込んで来るが、
それは風楯で辛うじて反らす事に成功する。

608 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/29 14:14:16.12 5oEmMXqi0 410/920

「野郎っ!!」

小太郎が放った狗神達が瞬時に垣根に一掃される。
その間に、小太郎は愛衣に駆け寄っていた。

「ざっくり、イカレたか」

べっとりと赤く染まる愛衣のシャツを見て小太郎が呻く。

「このぐらいなら………紅き焔っっっっっ!!!」
「お、おいっ!」
「平気、です」

悪臭に包まれた煙の向こうで今度は光が起こり、確かに傷口は塞がったらしい。

「一旦焼き潰しました。火傷なら治せますから」
「理屈ではな、むっちゃ根性要るでそれ…」

次の瞬間には、二人は左右にジャンプして羽の一撃を交わす。
そして、何とか一発でも中まで通れば、と言った感じで、
別方向に展開し走り続ける小太郎と愛衣の気弾と火炎弾が次々と撃ち込まれるが、
それらが効いている気配は全くない。
二本の羽の槍に狙われ、ジャンプしながら小太郎は大きな黒球を撃ち込むが
それも又三本目の羽に弾き飛ばされる。

「紅き焔おっ!!っ………」

その垣根の右手から愛衣が撃ち込んだ炎も又、羽でガードされるが
垣根はふと動きを止めて、その羽をびゅんびゅん上下に振り出した。

「…?…メイプル・ネイプル・アラモード
ものみな焼き尽くす浄化の炎破壊の王にして再生の徴よ………」

愛衣が、今攻撃が来たら、と、もどかしさを感じながらも空中で詠唱する

「我が手に宿りて敵を喰らえ………」

小太郎の歴戦の勘が閃く。

「やめぇ、罠やっ!!」

609 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/29 14:17:26.34 5oEmMXqi0 411/920

「紅き焔っ!!!」

果たして、垣根の二枚の羽が愛衣の火炎魔法を上下から挟み込む様に動き出す。

「くっ!」

愛衣が放った炎がごおっと愛衣に向けて向きを変える。

「え?あ?………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」
「愛衣姉ちゃんっ!?くっ!」

火だるまが床に墜落した。
垣根の追跡を反らそうとしてジャンプした小太郎も又、
血の尾を引きながら黒球を投げ付ける。

「あ゛あ゛っ!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっっ!!!」
「やばいっ!!」

絶叫と共に床を転がる火だるまを巨大な黒狗の腹が押し潰す。

「お、ぐっ…(………こいつは………)」

それは、炎には違いなかった。
だが、イメージとしては、何か物凄く重く粘っこい油が燃えている、
そんな異様な感触がある。そうでもなければ、
優秀な火炎術者である愛衣が簡単に致命的な呑まれ方をする筈がない。

「ぐ、っ!!」

ようやく炎を押し潰した愛衣を左腕に抱えてジャンプした獣化小太郎が、
左肩を抉られ血の尾を引きながら屋上の一角にジャンプする。

610 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/29 14:20:43.20 5oEmMXqi0 412/920

「おい、さっきから何だそりゃあ、メタモルフォーゼか肉体強化か、
妙な飛び道具はバンバン撃ちやがるし、
剥製にしてやっからそのまま愉快なオブジェになりやがれっ!!!」

ドガン、と、小太郎が間一髪交わして床に斜めに突き刺さった羽に獣化小太郎が乗り、
そのままジャンプする。

「消え、た?」

「夏美姉ちゃんか」

小太郎の問いに、汗だらっだらにして顔面蒼白な夏美が小太郎の長い体毛を掴みながら頷いた。
色々言いたい事はあったが、とても言える状態ではない。

「う、うう…」
「メイちゃんっ!大丈夫っ!?さっき、凄く燃えて………」
「夏美、さん?助かりました」
「う、うん」

愛衣も又、獣化小太郎の逞しい腕に縋る様に立ち上がる。

「ムカついた!隠れても無駄だぞ出て来いおいっ!!」
「くっ!」

闇雲だが、そもそも面積体積からして存在自体が危険な羽が振るわれ、
縋り付く夏美、愛衣と共に獣化小太郎がジャンプし辛うじて身を交わす。

「発火能力者か?テメェの炎ならテメェのものだと思っただろ、残念だったなぁ!!
俺の未元物質に常識は通用しねぇ!!
俺の未元物質を通った炎はテメェの知ってる炎じゃねぇ、分かったかクソボケ!!」
(………ってのは確かなんだが意外と効いてない?炭になる勢いだった筈だが……………)
(………常識が………通用しない?………)
「隠れろっ!!」

小太郎が楯となり、夏美と愛衣がずずずと下がる小太郎の後ろで垣根の放つ衝撃波を凌ぐ。

611 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/29 14:24:01.57 5oEmMXqi0 413/920

「夏美姉ちゃん、愛衣姉ちゃんを連れて逃げぇ。
応急処置はしたみたいやが、あいつの強さにその体じゃこれ以上は無理や。
このままなら隠れててもビルごと吹っ飛ばされる」
「コタロー君は?」

「ここで時間を稼ぐ。
本体は生身やろうし獣化の力と回復力ならそれぐらいは出来る筈や。
頼む、夏美姉ちゃん」
「メイちゃん?」

夏美の問いかけに、愛衣は辛そうに顔を歪めて頷いた。

「よし、行けっ!!」
「懲りねぇな!
よっぽど愉快なオブジェになりてぇらしい!!」

ダーンと飛びかかった獣化小太郎に羽が殺到した。

 ×     ×

「はあっ、はあっ!!」

長谷川千雨が路地裏に転がり込んだ。限りなく転倒に近い形で。

「ああああああっ!!!」

丁度手に触れた棒きれを思い切り振るう。
それは、銀のボディーに激突してあっさりと木屑になる。

「くそっ!」

その場にあったガラクタで道を塞ぎ、千雨は逃走する。

「う、ぷ………」

完全に体の限界を超えた走りすぎ。
路上でその吐き気をこらえた千雨は、
無理やり体を動かして視界に入る銀色の塊から逃げ出す。

612 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/29 14:27:06.02 5oEmMXqi0 414/920

「完全に、誘い込まれた………ちっくしょうっ!!!」

建築現場で鉄パイプを振り回し威嚇するが、
取り囲んだ銀色の犬共には傷一つ負わせる事が出来ない。

「さすが、科学の学園都市、かよ………」

十匹前後と言った所か、千雨を取り囲む犬型メカを割って、
千雨よりやや年上と言った感じの小太りの男が姿を現す。

「なかなか、勇ましいね」

脚が縺れ腰が抜けた千雨にその男、馬場芳郎が慇懃に言った。

「なんだよ、あんたもあいつ、羽つきメルヘンホストの仲間かよ?」

「スクールとかち合ったらしいな。二股を掛けられたか別筋の依頼があったか。
うん、彼らと僕らは別の組織だ。
僕らは君達の情報が欲しいだけだ、君達が協力的であれば君達の安全は保障する。
このT:GD(タイプ・グレートデン)を使えば、
すぐにでも君の息の根を止める事が可能だった、その事は理解しているだろう?」

「ああ」
「じゃあ、こちらの要求に応じて無駄な抵抗はやめて欲しい。
じゃないとお薬を使って無理やり…って事になるよ?」
「どう転んでも何とか、出来そうにないな」

その場に座り込み、荒い息を吐きながら千雨が言う。

「理解が早くて助かるよ」
「正直、もっとヤバイ能力者に追われて逃げて来た所だ。
あんたらに情報を提供したら身の安全を保障してくれるのか?」

「ああ、大丈夫。僕らの協力者として保護下に入るなら、
情報の正確さを確認した上で今後の安全を保障しよう」
「…助かった…」

千雨が、座り込んだままはあっと息を吐いて脱力した。

613 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/29 14:30:18.41 5oEmMXqi0 415/920

 ×     ×

先ほど往復したばかりのビルの階段の途中で、夏美は足を止めた。
それは、夏美が肩を貸して歩いていた愛衣が足を止めたからだ。

「夏美さん、お話しがあります」
「引き返してコタロー君を助けに行くって話?」
「初めに言わせていただきます。
トータルとして馬鹿な話なのは認めますが、
自己満足のために命を捨てに行くつもりはありません」
「つまり、勝算はあるって事?」

夏美の問いに愛衣は頷いた。

「本当なんだね?」

夏美がもう一度念を押す。

「はい」
「信じるよ。一生心に住み着くために、とかやられたらかなわないからね」

夏美の言葉に、愛衣は笑みを痛みで歪める。

「ここからが問題です」
「うん」

「まず、このままだと小太郎さんは非常に危険です。
裏の経験者で匹夫の勇にとらわれず退き時は心得ている、と信じたいのですが、
バトルに没頭していないか、私達の逃げ道としてどれだけの時間を想定しているか、
それ以上に、あの羽男を振り切って逃げる事が技術的に可能か。

一対一で闘った場合、実力で言って小太郎さんでも非常に厳しい相手です。
そして、私に考えがあります。僅かばかり勝算の確率を上げる事が出来ます」

そこで愛衣は言葉を切る。
そして、涙を流す。

614 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/29 14:33:32.56 5oEmMXqi0 416/920

「ごめんなさい」
「メイちゃんは魔法使いなんだよね」
「はい、まだ見習いですが」
「教えて、くれるかな」
「はい」

「私が行けば、可能性は上がるの?」
「僅かばかり。只、夏美さん一人であれば非常に高い確率で逃げ切る事が出来ます。
夏美さんが同行しても、ハッピーエンドの可能性がほんの少し上がるだけ。
お願い、します」

愛衣は、涙を流しながら夏美の両肩を掴んでいた。

「敢えて戻って来た夏美さんです、こう言えば断る事が出来ない。分かっています。
私は夏美さんを無事に逃がさなければいけない。
私は、魔法使い失格です。それでも、ハッピーエンドを諦められない。
だから絶対に、夏美さんは絶対に死なせませんっ!」

夏美の左手が、くしゅくしゅと愛衣の頭を撫でる。

「年下なのに、無理しちゃって。
魔法使いとして、それだけ頑張って来たんだよね。
行こうか」
「はい」
「王子様を助太刀してみんなで麻帆良に帰ろうかっ!!」
「はいっ!」

617 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/31 01:54:49.73 t+VrbCFT0 417/920

 ×     ×

「さて、と…」

立ち上がる千雨を見て、馬場が怪訝な顔を見せる。
馬場がその場に頽れた。

「な?…」
「ナノデバイスか、おっそろしいモン持って来たな。
ハナからそのつもりかよ」
「なん、で…?」

強烈な寒気と脱力感に襲われながら、馬場は懸命に舌を回す。

「観るだけなら何遍か見てるんだ、世界を天秤に掛けた言葉のタイマンって奴をな。
私も大概雑魚だけど、あんたも雑魚だよ」

そう言い残し、千雨はスタスタ歩き出す。

「ま、待て、お、おい、あいつを、あいつを…」
「無理っぽいけど無理して動かない方がいいぞ」

千雨が馬場に背を向けたまま言う。

「今、こいつらの包囲を抜けようとしたら、あんたの命の保障はない」

馬場が、動かぬ体を叱咤して、慌ててPDAを使用する。

「ば、かな、コントロールが書き換えられてる、だと…」

618 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/31 02:00:07.64 t+VrbCFT0 418/920

「まあ、さすがは科学の学園都市、修復まで精々十分って所だけどな。
私をどうするつもりだったか考えたくもないが、
ここであんたが脂がクドイ感じの肉塊になるってのはこっちも寝覚めが悪いんで、
それまでは動かないどいてもらおうか。
今、あんたがこの囲みを破ったら一斉攻撃だ」

馬場が、這いずりながら顔を上げる。
無機質な包囲の対象は、自分だけになっていた。

「…間に合った。死ぬ気で時間稼ぎしたけど…サンキュー、助かったぜ相棒」

服の胸元をちょっと開いた千雨が、その中の黄色い光に向けて囁いた。

 ×     ×

「もしもし」

表通りに面する無人のオープンカフェ。
そこで一人フルーツを楽しむ博士が携帯に出る。

「………捕捉に失敗、標的がそちらに向かっています」
「その様だね」

博士が、目の前の反対車線側の歩道を走る長谷川千雨に視線を向けて言った。

「早急に確保して下さい」
「残念だが、それは無理だ」
「何故ですか?」

「うん、オジギソウの制御プログラムを乗っ取られていてね。
馬場君のコクピットを奪って、更にそこからファイヤーウォールを突破して
こちらのプログラムを書き換えたのだから実に見事な手並みだ。
まあ、復旧まで十分以内と言った所だが、
それまでにこの囲みを突破しようとしたら、私は白骨死体になって転がっているだろうね。
私が芸術に絶望したのは、一二歳の冬だった………」

619 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/31 02:05:27.72 t+VrbCFT0 419/920

 ×     ×

「………あ、ぐっ………」

ボタッ、ボタッと、屋上の床に血が塊の様に滴る。
その上で、巨大な黒狗と化した小太郎の両脇腹に、
白い羽が突き刺さり抉り込まれている。

「辛うじて内臓には届いてないって所か。動いたらどうなるか分からねぇけどな」

まず、小太郎に突き刺さった二枚の羽をその絶妙な位置を維持しながら、
垣根帝督は更に二枚の羽を上に向ける。
上から斜め下に向けて一気にぶっ刺そうと言う体勢だ。

「ん?」
「!?」

突如として、その垣根の目の前で、箒に跨った佐倉愛衣が鋭い角度の斜め上に急上昇した。
上に向けていた羽がその愛衣を追跡する。

「ああああぁぁぁぁーーーーーーーーー………」

槍と化した羽が空を突く。

「メイ・フレイムバスターアタァーックッ!!!」

愛衣が、空中で炎を帯びた箒を振りかぶっていた。
小太郎の右脇腹に突き刺さっていた羽が、箒の一撃を受けてガキィーンッと音を立てる。

「おおおおおっ!!!」

その焦げた罅の場所を鋭く察知した小太郎の右腕が、
羽に絡みつき押し付けられて羽がバキッ、とへし折れる。

「があああっ!!」

更に、小太郎は左の羽を噛み千切った。

「この、おっ?」

残る羽で仕留めようとした垣根の視界が歪み、敵勢の姿が変わらず数だけ増殖する。

620 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/31 02:11:00.97 t+VrbCFT0 420/920

「発火能力………陽炎かうぜえっ!!」

そんなものまとめて、と言う勢いの羽の槍が愛衣に殺到し、
愛衣は右手に掴んだ箒で急上昇する。そこにも羽の槍が追い付いてくる。
強力な突きが突き刺さった、と、思った時には、そこには箒だけがあった。
愛衣は、跳躍した小太郎のモフモフな背中に、背中からぼふっと着地していた。

「ぐ、うっ」

流石に、着地した時には小太郎もうめき声を禁じ得ない。

「あっちの角のちょっと手前まで跳んで下さいっ!」
「!?分かった!」
「逃がすかあっ!!!」

間一髪、床にドガガガッと羽が突き刺さり、
小太郎はもう一度別の位置へと跳躍する。

「又、消えやがった…いい加減にしやがれえっ!!!」
「掴まってろっ!!」

吹き荒れる衝撃波の中、夏美と愛衣が小太郎に縋り付き、小太郎が懸命に楯となる。

「ごめんなさいっ!」

垣根が一休みした所で、愛衣が悲痛な声で頭を下げた。

「夏美さんを連れて来てしまいました」
「で、手筈は?」

小太郎が言う。
裏の仕事で実戦経験を積んだ小太郎と理論派の愛衣だが、
どちらも多少なりとも標準を上回っている。
考えつく確率など似た様なもの、後は選択の問題だ。

「勝負は一瞬、その瞬間を絶対に逃さないで下さい」

621 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/31 02:16:26.80 t+VrbCFT0 421/920

 ×     ×

「来やがったかっ!!」
「メイプル・ネイプル・アラモード」

左サイドから黒球を叩き込まれ、羽で凌いだ垣根が叫んだ。
反撃の羽の斧を、獣化小太郎は跳躍して交わす。

「ヒャハハッ、その着ぐるみでも分かるぜ、
衝撃の度に顔が歪んで貧血でぶっ倒れる寸前だってなぁ」
「契約に従い我に従え炎の覇王」

その通り、そんな小太郎に羽の槍が殺到する。
小太郎はそれでも大きくも鋭い動きでそれを交わしながら、
牽制程度でも垣根に黒球を放ち続ける。

「おらあっ!!」
「来たれ浄化の炎燃え盛る大剣」

羽の槍の一斉攻撃が間一髪で最早ボロボロの床に突き刺さる。
跳躍した小太郎はその羽の上に乗り、更に跳躍する。
それでも、残しておいた一枚羽が槍となり小太郎を襲い、
小太郎は黒球で反らしながらも血の尾を引いて離れた場所に着地する。

「ほとばしれソドムを焼きし火と硫黄」
「何を待ってやがるっ!!」
「ああああっ!!!」

垣根が衝撃波を放つ前に、小太郎が頭から体当たりをかけた。
余りにも危険な行為だったが、があんと羽の防御に阻まれて垣根は実質無傷ながらも、
小太郎も又間一髪、振り上げられ突き刺さる羽の攻撃を交わして飛び退く。

「!?」
「………罪ありし者を死の塵に………」

小太郎が大きく跳躍し、羽の槍がそこに狙いを付ける。
次の瞬間、垣根の視界から小太郎の姿が消滅し、
突如として空中に現れた愛衣が箒に跨って急上昇する。
その頃、小太郎の背中では、
愛衣の箒から飛び移ってモフモフにしがみついた夏美がゼーハー荒い息をしていた。

622 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/31 02:19:33.66 t+VrbCFT0 422/920

「くおっ!」
(有り難うございますっ!)

一瞬だけ小太郎が視界に入り、大きな黒球が垣根を揺るがす。
その一瞬に、愛衣の目が光った。

「………エーミッタム…燃える天空っ!!!………」
「おおおおっ!!!」

そのとてつもない気配に垣根が愛衣を見据える。
次の瞬間、垣根は巨大な炎に呑み込まれた。

「くはっ、くははっくははははっ!!!」

その中心で、幾つもの羽を広げた垣根帝督が高笑いする。

「戻って来やがって、切り札は只のでっかい炎かぁ笑えるぞクソボケッ!」

羽の動き、突風、衝撃波、炎は方向を変え、
半ば光球と化して愛衣を呑み込む。

「コタロー君、大丈夫?」
「ああ…狗族の回復力ナメるなや…」

夏美の能力で一息ついて、金色まで戻った小太郎がどう聞いても大丈夫ではない声で答える。
その小太郎の目は、空中の巨大な光球に向けられる。

「………大、丈夫?………」
「あんなん、まともに食ろて大丈夫言うたらラカンのおっさんぐらいのモンやで。
俺らでも秒速で命が危ない。しかもあの野郎が言う未元物質。
愛衣姉ちゃん、火炎術者の専門技術で凌いでると思うんやけど…」

「火力さえ増やせばぶち抜けるとか思ったのかあっ!?
俺の未元物質に常識は通用しねぇ!!
灰も残さず蒸発しやがれ死に損ないがああああっっっっっ!!!」
(………やっぱり、完全じゃない………こっちの領分………)

僅かな気の緩みで灰も残らない。
光球の真ん中で、ギリギリのラインで浸食に耐えながら愛衣は全身で感じ取る。

623 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/31 02:23:10.83 t+VrbCFT0 423/920

「………っ、ぐ、つっ………掴んだ………メイプル・ネイプル・アラモード………
………炎の精霊………サラマンダー………契約により我命ず………形作りしエーテルを………」

光球の中心で、愛衣が右腕を力一杯振り上げる。
光球が火炎竜巻に化けて天高く巻き上がる。

「イニミークム・エダットッ(敵を喰らえ)!!」

愛衣が右腕を振り下ろした。

「ハハハ、倍返しかぁ!?それなら百倍返しで終わりだ、あ………」

上空から急降下する炎の龍。
ガパッと開かれたその口が垣根帝督を呑み込んだ。

「………ん、だと?………」

はっと周囲を見回す垣根は相変わらず無傷だ。
但し、その周囲では、大量の羽毛がオレンジ色に着火してふわふわ浮遊落下していた。

「よう」

垣根の目の前に、ついさっき会った、そして随分会っていなかった気のする学ランのクソガキ。

「くっ!…!」

垣根が構築し直す隙は無かった。
黒く渦巻く双掌打を叩き込まれ、
垣根の背中は建物への出入り口のある側面の壁に叩き付けられる。
ようやく現れた羽に辛うじて背中は守られるが、それでも衝撃、
そしてまともに食らった打撃のダメージは消せない。
ふうっと腕で汗を拭う小太郎はしかし、構え直す。

「女、ぁ」

ゆらりと立ち上がった垣根が呻く。

「テメ、何、しやがった?俺の、未元物質…」
「言っても、分からないと思いますよ」

半ば瓦礫と化しつつある床に横たわっていた愛衣が言う。

624 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/31 02:26:48.49 t+VrbCFT0 424/920

「(あなた方の)常識は、通用しませんから」
「は、はっ、非常識に、非常識を重ね掛け、しやがった」
「正、解」

そのまま、垣根はすとんと頽れる。

「メイちゃんっ!………」

駆け寄った夏美の足がたじっと退く。

「その、反応、ちょっと、傷つきますね」
「…ごめん…」
「冗談です。上手く、いきましたね。
大丈夫。知ってました?火炎術者、は、火傷の治療も得意なんですよ」

ぼっ、と、愛衣の全身が炎に包まれる。
炎が消えて、炭化に片脚突っ込んでいた愛衣の体に髪の毛が、全身の肌艶が戻って来る。
愛衣が、首を横に折った。

「メイちゃんっ!?」
「あー、魔力切れ、当然やな」

そう言って、小太郎はくてっとした愛衣の左腋の下から背中、右の腋の下に右腕を回す。
小太郎も西洋魔術の詳しい知識はないが、
まず、攻撃もこの治療も個人で直ちに扱うには桁違いの術式を使った事は分かる。

規模も大きいが内容が複雑。火炎術者として、未元物質による変質と共に、
変質していない、科学の支配を受けない部分がある事を察知して魔法使いとしてそれを解析。
エーテル理論に始まりその他諸々、魔法の理屈で炎の支配を取り戻して、
科学の常識の通用しない魔法の物質として叩き付ける。

起きた事を後付けの理屈で言ってしまえばそういう事になるが、最後は火炎術者の勘で、
今すぐにでも自分が焼き尽くされるその刹那にそれを成功させる、
余りにも細い綱渡りとそれを行うために必要な大量の魔力。

「千雨姉ちゃんには悪いがここでリタイヤや。
夏美姉ちゃんもな。取り敢えず愛衣姉ちゃんすぐにでも届けなあかん」
「うん」

小太郎自身の身体的負担も限界の筈。それは、あの夏付いて歩いた夏美にもよく分かる。
だからして、寝息を立てる愛衣を背負う小太郎の横で、ありとあらゆる理性と現実を総動員して
コンカイダケコンカイダケコンカイダケと口の中で唱えていた夏美が頷いた。

625 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/31 02:31:26.03 t+VrbCFT0 425/920

「………つっ………」
「コタロー君」
「ああ、俺もな、流石に獣化でも回復には限度あるみたいやわ。
あー、夏のラカンのおっさんにあのフェイトの野郎以来かなこりゃ。
しかしあれや」

「ん?」
「確か、あのビリビリねーちゃんが第三位とか言うてたな。
て事はあのメルヘンはもっと上や。つー事はここでも頂点辺りて事になるな」
「うん」
「そりゃ強い筈や。ま、三対一ちゅうのがアレやけど、
そんなんぶっ飛ばしたら、これで俺もちぃとはネギの奴にも近づけたかな」

「もー、コタロー君」
「ははっ、ほな行こか」
「うん」

 ×     ×

「この屈辱ッ、ただ殺すだけではおさまらないッ!!」

ようやくT:GDの包囲とナノデバイスの効果から脱した馬場芳郎が、
駐車場のトレーラーに偽装したコクピットに縋り付く様に戻って来た。

「ズタボロにして捕らえるッ
(中略)
精神も躰も壊した上に社会的にも抹殺してやるッ
(中略)
殺してくださいと泣いて懇願しても許してなどやるものか…」

そこで気付く、画面に自分の写真が映し出されている事に。

「なん、だ?」

それは、コクピットで馬場の周囲を埋め尽くす大量のモニターに瞬く間に伝染する。

「な、なんだこれはっ!?僕がターゲットッ!?
何をやってるふざけるな………」

ガチャガチャと操作していた馬場が着信音に気付き、直ちに通話に切り替える。

626 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/31 02:34:33.01 t+VrbCFT0 426/920

「丁度良かった、今、こっちで…」
「ニーツァオ♪」
「は?」

朗らかにして胡散臭い挨拶に、馬場はぽかんとする。

「自分の置かれている状況は把握したカナ?」
「おいおい、誰だか知らないが、まさか君がやったと?大体、この回線は…」
「うむ、秘匿通信用の機能をこちらに繋ぎ直させてもらたネ」
「ふざけるなっ!!そんな事が…」

「実際こうしてやているのだから仕方無いネ。
改めて言ておくがネ、もし、君の愛犬の視界や聴覚センサーを僅かでも
君の顔や声が掠めたら、全ての愛犬達は君が挽肉になるまで一斉に攻撃に向かう筈ネ。
加えて、カマキリも直ちに動き出すヨ、君を地面にスタンプするために。
疑うならいくらでも調べるがいいネ」

言われるまでもなく、馬場は懸命に状況を把握する。

「ば、かな…どうやって、こんな…
さっきの詰まらぬ失態から、数十年先を行くこの学園都市でも最新鋭のセキュリティーで万全を、
乗っ取りなど、出来る、筈が…」
「数十年?それは受けを狙ているのカネ?」
「お、お前、自分が何をしているのか、こんな事をして…」

馬場が言いかけた所で、画面が切り替わる。

「これは………おいっ!?」

今度こそ狼狽に絶叫する馬場を余所に、通信からは鼻歌が聞こえてくる。

627 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/31 02:38:38.48 t+VrbCFT0 427/920

「これを、そちらの学園都市最大のネットワークサービスを介して
登録する全てのメルアドに公式メールを偽装して送信するネ、君の私物のパソコンからネ」
「ふざけるなああああっっっっっ!!!」
「色々な意味で三桁の刑務所生活にも値する機密文書の数々を、私物のパソコンに取り込んだ上に、
貴重なよう○ょ画像に漏れなくついて来たウィルスによって一斉送信した、
等と知れたら君の評価、待遇はどうなるカネ?」

更に別の画面が開かれる。

「こういうものもネ、こちらはアンチスキルの経済犯罪部門に送信しておこう」
「ふんっ、そんなもの形だけだ。裏で了承は…」

「裏で、ネ。やている事は企業、公的機関による詐欺、改竄による不正支出に他ならない。
「被害者」が裏の活動資金として了承している中でネ。
それでも、表向きの偽装が余りにも明らかになれば、それを放置するのは難しいネ。
そして、形ばかりの責任追及がどこで留まるか、まして、情報の流出した出所がバレたら、ネ」

「な、何何だよ、何が目的なんだよ…」

「取り敢えず足止めかネ。ま、タイムリミットはトゥエンティーフォーって所ヨ。
それまではそこでじっとしているよろし。

さもなくば、路上で機械的に挽肉にされるカ、
裏の機密情報漏洩の責任者として得体の知れない技術総動員で追われるカ、
どちらにせよ命が無い事だけは保障出来るネ。
迂闊な事はしない方がいいヨ。回復したと思てもそれが罠だた。
そんな仕掛けは至る所に用意してある。命を懸けて試して見るカネ?」

628 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/08/31 02:42:27.12 t+VrbCFT0 428/920

「24時間だあっ!?」

「正解。ついでに貴様のデータベースから削除しておいた、
過去の作業の過程で貴様が撮影した趣味と実益を兼ね備えたのであろう
実に胸がムカつく画像の数々を見た衝動で
時刻設定を二億四千万年にしなかた私の寛大さに跪いて感謝する事ネ。
但し、コピーはこちらの手の内ネ、貴様以外の顔に穴を空けて、
貴様の名で作たアカウントで貴様の粗末な武勇伝の数々を公表するには何等支障は無いの事ネ」

その時には、このふざけた口調のトーンは丸で笑っていなかった。

「まあ、今回の件は仕事であろうから少々気が引けるのだがネ、
それでも私には譲れない優先順位がある。
だから、相手が貴様の様な外道で、命じる上ではむしろ安心したネ」
「あの女の仲間だ、って言うのか?」

「そういう事にしておこうカネ。だから、要は手を引け、これが貴様への命令ネ。
何度鍵を付け替えても、この程度の事はいつでも出来るの事ネ。
君は余り学習能力が高くないらしいネ、二度目も駄目で三度目で終わり」
「な、何を言ってる…」

「それでも、今の事態を理解しているなら一度目の警告をするネ。
今回はここで24時間震えていればヨロシ。それで終わりヨ。
ただしもし今後私の視界で、私の仲間のまわりで
一瞬でもこのガラクタどもを見かけたら
アナタがどこにいようが必ず見つけ出して潰す」

 ×     ×

西日本のとある地下。
形状記憶合金としか思えない微妙な着崩しが、
そこから上辺のはみ出る豊満な乳房の熟れ切ったラインを際だたせる。
つと指に止まった虫の音に耳を澄ませる。

633 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/02 14:00:52.52 30a/cS/Y0 429/920

 ×     ×

「あー、俺の覚えている限り、ねーちんは情報収集のために麻帆良に行ったんだにゃー」

科学の学園都市の一角で、土御門元春は携帯電話に問いかける。

「…その通りです…」

「で、その交渉がこじれて、近衛の護衛をフルボッコのタコ殴りにした。
そこまではありそうな話だと思うぜぃ。
そこから、あっちの世界の姫様を膾に刻んだと、近衛の姫様の眼前で。

で、その三人は恐らくあの夏の戦場を共にして命に替えて友情を貫くレベルの親友同士。
しまいに完全治癒能力をいい事に近衛の姫様の脚の一本も頂こうと。

そんで、「魔法」サイドの伝説的な英雄クラスの最強野郎に一本勝ち決めて
学園警備の魔法教師魔法生徒の本隊相手に無双を展開したと、麻帆良学園都市の敷地内で。
見たままありのままをまとめて言うとそういう事でおk?」

634 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/02 14:07:54.33 30a/cS/Y0 430/920

「…そうです…」

「いやいや、神裂ねーちんの事だから、
よんどころの無い事情で役割を果たす過程で生じたトラブルだって事は理解してるにゃー。
だからもちろん責めるつもりなんか全然無かですたい。
燕さんがにゃー、どこからともなく季節の最高級至高の鱧松茸鍋パーティーの招待状、
なるものを届けてくれたもんだから、ちょーっと正確な事情だけでも知りたいにゃーってナハハハハー」

 ×     ×

埼玉県内、山中。
大西洋太平洋を泳ぎ渡り尾根から尾根に走破した騎士が二十騎余り。今正に進撃の構えを取っていた。
丸で飾り物の如く全身に装着された西洋甲冑の腕には連合王国を示す記号。端的に所属を現している。

「いつぞやは苦汁をなめさせてくれた神裂火織のこたびの失態」
「こうなっては、麻帆良学園、引いては日本の「魔法」サイドとの戦端が開かれる事は避けられぬ」
「で、あるならば、対処するのみ」
「騎士として、先方に交渉に赴く」

「十字軍遠征時に数多の異教徒を葬った神僕騎士より受け継ぎし御業の数々をもってすれば、
この様な島国の魔術勢力など恐るるに足らず」
「その事を先方が理解したならば、事は直ちに収拾する」
「今後とも、ちっぽけな東洋の辺境に相応しく身の程を弁えた関係と言うものを理解する、
様に我ら直々にその事を目に見える形で教授して差し上げよう。身の程を弁えねば身を滅ぼすとな」

 ×     ×

バッキンガム宮殿、庭園。
女王エリザードは、報告を受けていた。

「と、言う訳で、どこからともなく氷山がここに送りつけられて来たのですが」
「うわー、クリスタルアイスの中に甲冑が反射して輝いてるんだし」
「いかがいたしましょうか?」
「捨ておけ、溶けたら生き返る仕掛けだろう。ナイトリーダーは?」
「この一部部隊の暴挙を知り、事態を収拾すべく現地に向かったのですが…」

635 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/02 14:13:32.76 30a/cS/Y0 431/920

 ×     ×

「婿殿、真に相済まぬ事になった。
こちらで預かっていながら学園内でこの様な事を」

「義父様、その様な。
このかも又、自らこちらの世界に関わる事を決めたもの。
無事であるならば、この世界に関わる以上こういう事がある、
それも又一つの経験です」

「うむ、そう言っていただけるなら有り難い。
そういう事じゃ。問題なのは今後の事。
もちろん、これだけの事件を放置する訳にはいくまい。
「魔法」全体の威信にも大きく関わって来る」

「やむを得ません。こちらが望まずとも、「魔法」が十字教に侮られる事となれば、
その事で又無用の被害が生じるのも事実」
「そういう事じゃ。だが、事はあくまで慎重に運ばねばならぬ。
事、このかの事に就いては、こちらの不手際で父である婿殿に申すは辛い所だが」
「無論、承知しております」

「うむ、決して軽挙妄動に繋がる事の無き様に、慎重に運んでもらいたい。
こちらでも全力で事に当たっている所じゃ」
「はい。こちらもその様に」

関西呪術協会の一室で、近衛詠春はホットラインの電話を切る。
そして、傍らの石の置物を見る。
普段は、鏡の様に磨かれた断面を観賞するものである。

636 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/02 14:19:05.06 30a/cS/Y0 432/920

 ×     ×

「放さんかいダァアホォォォォォッッッッッ!!!」

関西呪術協会地下牢の一角で、大群に押し包まれた真ん中から女の絶叫が響き渡る。

「何やあっ!?自分ら看守やのうて直属の特別術師部隊やないかいっ!?
おどれらこないな所で何ぼやぼやしてる!?さっさと戦支度整えんかいっ!!!」
「黙れっ!受刑中の身で何を騒いでいるかっ!!」
「軽挙妄動は慎むべしとのお達しなるぞっ!!!」

「じゃかぁしぃこんの腰抜け共があっ!!
近衛の姫に刃ぁ向けられたんや、これは西の東のの話やない、
日本の呪術勢力腐れ魔法勢力も含めた日の本全部に唾吐きよった!!
これが宣戦布告やなくて何や、
今こそ我が血書したる檄文をっ、日の本の術者ならば必ず決起する筈やっ!!!」

「やむを得ん」
「意識を落とせっ!」
「やめんかいっ、今こそ、今こそ国を挙げ攘夷のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ………」

 ×     ×

石の鏡に映し出されていた映像を消し、近衛詠春はふうっと息を吐く。

「長、青山家、到着しました」
「うむ。これ以上この様な者が出ぬ様に、現時点での情報管理は厳重に。
特に、この事は先に告げた面々のみに限定して」
「承知」

637 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/02 14:22:21.81 30a/cS/Y0 433/920

 ×     ×

「たった今の戦いの上にこちらの事だけでも手一杯の状況で申し訳ないが、
君の方からも接触をして欲しい。
特に西の方で暴発する様な事の無き様に情報収集としかるべき根回しを」
「承知いたしました」

近衛近右衛門学園長の指示を受け、葛葉刀子が一礼して学園長室を出る。

 ×     ×

(あの馬鹿共の居場所は未だ把握出来ない)
(ああ、忙しい忙しい)
(こちらにも譲れない一線はある。
だからと言って、今行うべきではない軽挙妄動と言うものがある)

(私の方から話がつくのはあの人とあの人と…)
(ここのトップは老獪だが無用な争いは好まぬとも聞く)
(学園側の被害状況、それから)
(最悪、味方を売る形となるが、先に先方と胸襟を開き交渉して
今の開戦は本意にあらずと…)

「ったぁー………」

気が付いた時、書類の山を抱えて校舎から校舎へと駆け回っていた葛葉刀子は
弾き飛ばされ尻餅をついていた。

「ごめんなさい」
「これは、失礼した」

刀子は、衝突した男性と共にばらまかれた書類を拾い集める。
既に綴じ込み済みであったため、さ程悲惨な事にはならなかった。

638 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/02 14:25:36.07 30a/cS/Y0 434/920

「ごめんなさい」
「いや、こちらこそ」

互いに礼を交わし、そこで改めて刀子は思考を働かせる。
そもそも、いかに慌ただしい状況とは言え、刀子は仮にも神鳴流の達人剣士。
そうそう隙があって我が身を危うくする事などあるものではない。

そして、目の前の男性。
確かに国際色豊かな麻帆良学園都市であるが、
西洋人の男性が街中でもない場所を夜間にうろついている。
壮年の男性で、目に見えるマッチョではないのがむしろ見事な鍛え方。
刀子の身に残る記憶からも、見せびらかす無駄さとは無縁な鋼の鍛え方をしている筈だ。

ナイトの礼と剣、その双方を十二分に兼ね備えている、
達人葛葉刀子はその事を見て取る事が出来る。

「こ、これは、大変失礼した。何れ又」

刀子が考えをまとめて行動する寸前、男はその場をとてつもない速度で立ち去っていた。
ほんの少し後、彼の姿は途中で通りかかっていた商店街の店先に存在していた。

「夜分遅く誠に失礼する。
この花を一輪、購入したい。それから、出来合でいい。
タキシードを一丁用意できる店を教えて欲しい」

 ×     ×

バッキンガム宮殿庭園

「と、言う訳で、
麻帆良学園都市からシャッターの修理代、
夜間開店手当を含む請求書が送られて来たのですが…」

「だ、駄目だこいつら、早く何とかしないとだし…」
「あー、久々にカーテナの実戦調整でも行わないとなぁー」

639 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/02 14:28:57.51 30a/cS/Y0 435/920

 ×     ×

科学の学園都市レベル5超能力者第七位、削板軍覇は、
とあるコンテナ置き場の地面にどうと大の字に倒れ込み、夜空を仰いで高笑いしていた。

「か弱い幼女を連れ去るチャイニーズ・マフィアの手先にしては
なかなか根性あるなお前」
「ニャハハハハ、やっぱりそういう事になってたアルか」

麻帆良学園中国武術研究会部長古菲は、
とあるコンテナ置き場の地面にどうと大の字に倒れ込み、夜空を仰いで高笑いしていた。

 ×     ×

長瀬楓は、緑地帯の中を一周して元の場所に戻ってきていた。
なぜそれが分かるのかと言えば、目印があるからだ。
木の幹に鎖鎌が突き刺さり、手裏剣やら何やらもバラまかれている。

楓はコメカミに汗を浮かべる。

「そこもとも、伊賀者でござるかな?
この娘ごが尋ねて参った。拙者であれば誰それの居場所を存じておろうと」

楓が、近くで頭にヒヨコを回転させて伸びている少女を一瞥する。
その顔立ちや装いはややケバい方面にきつめとも言えるが、
それでも素の所はあどけないものが見て取れる。

ギャルっぽさを混ぜ込んだ髪色や、浴衣と言う事が迷われる程に改造された、
それでもやけに高価な布地の太股サイズのコスプレ浴衣なども可愛いものであるが、
そのあどけなさとは裏腹のけしからぬサイズがばいーんと半ばこぼれている辺り、
着崩す事をその目的としたデザインのコスプレ浴衣とそれを選んだセンスの面目躍如と言った所だ。

「それを問うて、答えると思うか甲賀者」
「何の事でござるかな?」

ようやく返って来た男の声、楓はその出所を探ろうとするが、
その前に気配が別の場所を感知する。背筋が冷たくなる程に細い気配。
最初の尾行者、こちらもそれなりに歯応えがあったが、
噛み合わない押し問答に相手がじれた結果こうしてぶちのめした後、
僅かに感じた違和感を振り切ろうと緑地帯を堂々巡りして、
ようやく妄想ではなく実在している事を確信出来た。それ程に頼りない気配の相手。

640 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/02 14:33:02.92 30a/cS/Y0 436/920

「いつまで隠れん坊を続けるつもりでござるかな?
そろそろ、拙者の首を刈りに来るものと待っているのでござるが」
「なれば、尚の事それは出来ないな、
お前と正面から殴り合って勝てる自信など全くない」

「つまり、不意打ちであれば首を掻く事が出来る。
本来の在り方でござるな」
「理解しているらしいな」

「あらゆる条件に適応する、言い訳など不要でござるが、
その意味で拙者はこの身が少々不利でござる。
そこもとは見事に害虫となり雑草となり脇役となって、
確かに存在しながら特別な認知を妨げているでござる」

「光栄だ、お前の様な手練れからの最高の褒め言葉だよ」

楓は、全神経を研ぎ澄ませて居場所を探る。
本来、プロ同士の忍びと剣士であれば、
正面から斬り結べば忍びに多少のトリックがあっても剣士が勝つ。
その上で、今、影に潜んでいるのは忍びとしての勝ち方をよく知っている、
何のてらいもなくそれが出来る、正に影の様な気配を楓は感じていた。

楓は忍びとしても優秀である上に、優秀な忍びとして、
並以上の武術では手も足も出ない程の戦闘力を保持している。
だが、今回の相手は、忍びの本質に特化している。

まともな「戦闘」なら楓にそれなりの自信はあるが、
この溶け込み方をされると、そこに行き着くまでが危険過ぎる。
プロとプロが、闇の中で読み合いを続ける。

「害は、なさそうだな。
あれだけ存分に手加減したんだ、命に別状もないのだろう。
そちらにその気が無ければこちらに今どうこうする理由も無い。
失礼させてもらう」
「そうしてもらえるならば有り難いでござる」

楓は、本心ではふうっと安堵の息を漏らす。
そして、これが、か細い気配が消えた理由なのだろう。
バタバタと慌ただしい足音が駆け込んできた。

641 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/02 14:36:28.42 30a/cS/Y0 437/920

「…な…がせ…」
「千雨殿でござるか。すまない………」

一度開いた脚の両膝に掌を置いた千雨が、物も言わず駆け付けてきた。

「長瀬、あれだ、あれ出してくれあれっ!」
「あれ?」
「アーティファクトだよっ!!
早く出してくれ早くあれ出してあの中に私を隠してくれ
頼む早く私を隠して早く早く早くっ!!!」
「千雨殿」

荒い息を吐きながら縋り付く様に絶叫した千雨は、
落ち着いた呼びかけを聞いてそれをやめる。
楓は、相変わらずの糸目で穏やかにそんな千雨を見ていた。

「あ、ああ…」
「よく、頑張ったでござるな」

楓に声を掛けられ、千雨はその場にすとんと座り込んだ。
楓も、恐らく他のみんなも、
千雨が圧倒的に頼もしいヒーロー、そんなリーダーでは無い事ぐらい最初から知っている。
知っていても、それに値する、自分達なら仲間として補う事が出来る、
そう考えて付いて来ている筈だ。

「は、はは…いや悪いちょっと取り乱した。
ああ、そうだよな。先にやる事やらないとな。
情勢を把握だ、正直結構ヤバイ事になってるから見張りを頼む」
「承知した」

機材を確かめる千雨に楓が返答する。

「小太郎が撤収した。無茶苦茶強い超能力者から私達を逃がしてだ。
ああ、取り敢えず無事だったんだな、良かった。
結局の所、メールもまともに返って来てない。
撤収だ。今夜はもうどうにもならない。
長瀬、悪いがメインでやってもらうぞ。こっちで場所を指示するから回収に当たってくれ」

「承知したでござる」

642 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/02 14:50:40.84 30a/cS/Y0 438/920

 ×     ×

「ナメくさりよって!
絵ぇ描いたんは安倍のクソガキか?あいつらが共倒れでも策してる言うんかっ!?
手始めに血祭りに上げて攘夷の魁けとし、呪術社会、復興、の………」
「長、処置を終えました。第一次隔離に移します」

机上の石からの通信を切り、近衛詠春は椅子の背に体重を掛けて嘆息する。

「長、葛葉刀子氏より今後の…」

 ×     ×

「ねーちんもまぁ、久々に派手にやってくれたモンだにゃあ…ん?…」

何やらぶるると震えた土御門が携帯の通話ボタンを押す。

「もしもし…情報提供?…こっちの受け持ちだと思った?…それで…
同じ系列と見られるアンノウンによる事件が頻発?特徴は…

総合的に見てほぼ全員が中学生女子程度の年齢層。
その中には、目算で4以上に該当するスペックの能力使用者が複数。
但し、これまでの能力開発理論では説明が難しい能力を使っている疑いが…

…現状は…

直轄の暗部組織の内、少なくとも三つが直接交戦して、その内二つが実質的に機能停止した。

そう聞こえたんだが…」

「そう伝えた筈だけど」

651 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/04 15:32:15.24 QcHDkssF0 439/920

 ×     ×

「ん?」

科学の学園都市内のとある屋上で、図書館チームを見た千雨が怪訝な顔をした。
と、言うのも、それが紛う事無き麻帆良学園中等部3A図書館探検部完全体チームだったからだ。
GPSで居場所を把握し、当面の危険がない事を楓に聞いた上で楓と共に迎えに行っていた。
本当ならば麻帆良に戻るまでずっと「天狗之隠蓑」に引きこもっていたかったが、
それをやると自分が本当に出られなくなりそうだし、
やはり、自分が頼んだ以上、自分自身も相手からも信頼を喪いそうな気もする。

「何で近衛がここにいる?」
「はい、話せば長くなりますが、緊急治療が必要となり急遽こちらに呼び寄せました。
あれを発動したため、電池切れの状態です。起こしますか?」
「いや、休ませてやってくれ」

ハルナに背負われている木乃香を見て千雨が言う。
かくして、千雨と図書館チームを「天狗之隠蓑」に収納して楓が動き出す。

(…一般人の様でござるな。些か不本意なれど………)

楓は、手拭いで覆面を作り、自分が覗いていた路地裏にそーっと侵入する。

「!?」

しかし、楓が相手の首筋に放った手刀は寸手の所で相手の腕に受け止められる。

652 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/04 15:37:22.99 QcHDkssF0 440/920

「素人じゃないじゃん。でも、まだ子どもじゃん。教育的指導いくじゃん」
「実に有り難い、映画館に転職して欲しいでござる」

ここから、感涙にむせんだ楓が拳を鳩尾に打ち込み、
体を折った所を後ろ首に組んだ手を撃ち込んでようやく撃沈に至るまで
三十秒を超えたと言う時点で、黄泉川愛穂の鍛錬と使命感は十分賞賛に値するものであった。

「助かったぁ…しっつこいのなんのって」

近くの角から朝倉和美が姿を現す。

「それからこの近くに………なんだこりゃ?…………」
「どーした?」

取り敢えず近場で少し落ち着ける場所に移動してから、
GPS画面を確認する千雨に和美が言った。

「そういう事か、どうもややこしいな」

千雨がノーパソを操作しながら言った。

「この移動の仕方だと、楽観できない様子ですね」

ひょこっと覗き込んだ綾瀬夕映が言う。

「このデータを見る限り、恐らくここに至る筈です」

かくして、スパリゾート安泰泉でのんびり湯に浸かっていた長瀬楓は、
近くの浴槽でどぷーんと水柱が上がるや目にも止まらぬ速さでそこに駆け付け、
水柱が沈下し終わる前にその中心をさささっと「天狗之隠蓑」に呑み込んだ。

「あれ?ここって?」
「やっぱりお前か」

大柄にスタイル抜群の人魚姫が周囲をきょろきょろ見回すのを見下ろし、千雨が言った。

653 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/04 15:40:44.32 QcHDkssF0 441/920

「助かったぁ」

やはりびしょ濡れの佐々木まき絵が言った。

「何がどうなってこうなった?ある程度は想像付くけどな」
「ビーム」
「は?」

明石裕奈の返答に千雨が聞き返す。

「なんつーかさ、店を出て振り切ったかと思ったんだけど、
メデューサみたいなオバサンがビーム乱射しながらもんの凄い勢いで追い掛けてきて」
「で、大河内のアーティファクトで手当たり次第水から水に逃げ回ってここまで来たって事か。
立体構造や建物の地図が必要になるから、予測して捕捉するの苦労したぜ」
「ごめん…ごめん、誘拐犯、捕まえられなかった」
「ああ」

真面目に頭を下げる裕奈に千雨が声を掛ける。
小太郎は夏美、愛衣と共に単独で離脱したと千雨の所にメールが入っている。
古菲は、ほぼ唯一と言っていい程、平穏に回収する事が出来た。
かなり遅くなったが、それでも探索を再開するとメールで伝えて来たので、
待ち合わせ場所を伝えて撤収を指示した。

654 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/04 15:44:13.44 QcHDkssF0 442/920

 ×     ×

「千雨ちゃん、千雨ちゃん」
「ん?」

千雨は、朝倉和美にゆさゆさと揺り起こされた。
確か、ここまでの経緯に就いて各自の話を聞いて摺り合わせを行っていた筈だが。

「着いたよ、麻帆良」
「ああ………私、寝てたのか?………」
「うん、みんなが揃って、詳しい事情を聞こうって会議が始まってから五分もしなかったかな」
「そりゃ悪かった」

「いや、ほとんどみんなそんなモン。
あの夏を経験したみんながね。ハードだね科学の学園都市って」
「全くだ。麻帆良に着いたって?」

「うん、大学病院にね」
「病院?」
「千雨ちゃん含めて無事じゃない子も結構いるしさ、
それに、こっちの留守部隊に連絡したらなんか情報錯綜してるけどこっちに集合になって」
「そうか」

かくして、一同一旦病院に入ったのだが、
どうも様子がおかしい、既にいい時間なのに雰囲気がやけに慌ただしいと千雨も感じていた。
取り敢えず、こっちで待機してた奴を探そう。そう思って千雨はちょっと廊下を移動する。

「あ、高音さん…」

視界に入った先から声を掛けた次の瞬間、千雨の頬に激痛が走り壁に体がぶつかっていた。

660 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/05 14:29:36.32 uM8O51pN0 443/920

 ×     ×

「つ、っ…」
「あなたは、自分が何をしたか分かっているのですか?」
「すいませんでした」

平手を振り切った姿勢のその静かな口調は、本気で怒っている。
千雨は体勢を立て直し、頭を下げた。

「どういうつもりなんですか?
そもそも科学の学園都市は魔法使いの出入り禁止。
言いましたよね、私は、これは、イギリス清教と科学の学園都市が関わる、
政治的にも非常に微妙な問題であると」

「はい」
「今、ここで何が起きたか、知っていますか?」
「ここで?」
「ここ、麻帆良で」
「…何が…」
「戦争」
「なん、ですって?」

「神裂火織、イギリス清教でも途方もない使い手。
それが、この麻帆良学園都市で大暴れして行きました、
学園警備側に負傷者多数。それに…」
「それに…」

千雨がごくりと息を呑み、高音が頷く。

661 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/05 14:34:59.62 uM8O51pN0 444/920

「重傷には至らなくても、そちらのクラスにも被害が出ました。
あなたのせいではない、と言えますか?」
「言えない。私達が動いたのが原因だった、そう言われても仕方がない」

「上の方で懸命に対処していますが、こちらの敷地内で武力衝突に至った以上、
事は組織と組織の、対応を誤れば浮沈にすら関わる問題になります。
事態を知った者の中には、心の中、事によっては表面化して、
このままでは完全にナメられると激昂している者も少なくない。
実際、ナメられたら食い尽くされる、そうである以上当然の反応です。
一度事が起きた以上、そうならないためには」

「戦争、ですか」
「容易には否定出来ません。
その上に、あなた達は科学の学園都市にまで火種を撒きにいった」
「すいません」

千雨には、只、頭を下げる事しか出来なかった。

「このまま亀裂が拡大すれば、それだけでも政治的影響、
プランへの悪影響は計り知れない。
何よりも、戦争すら現実的に考慮される事態、分かっているんですか?
あなたはあの夏、何を見て来たんですか?
リライトはあの世界だけの事、この世界で戦争が起こる、
それが何を意味するのか…」

もう一度、千雨の頬に激痛が走り、背中を壁に打ち付けていた。

「痛い、では済まないと言う話なのですよ、大勢の人間が」
「ごめん、なさい…」

泣き出したかったが、それすら許されないと、千雨はギリギリ自制していた。

「あ、長谷川…」

そこにタタタッと村上夏美が駆け付けて来たが、
只、黙って頭を下げている千雨と一瞥している高音の姿は物語るに十分であり、
夏美は二の足を踏む。

「覚悟はしておいて下さい」

高音が口を開く。

662 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/05 14:40:19.23 uM8O51pN0 445/920

「魔法を忘れて麻帆良を追放。それでもマシかも知れない。
その力に責任を負えない人間にそれを扱う資格はありません」
「すいませんでした」
「………そんなに、私達が信用出来ませんでしたか………」

ぐっ、と、千雨は頭を下げたまま、
悲しげな声音を聞き鼻の奥から涙腺への刺激に耐える。
その間に、高音は気付いた様にスタスタと動きだしていた。

「!?」

千雨は、はっと顔を上げる。

「ち、ちょっと待ってくれ、村上は…」

止めに入ろうとした千雨が硬直する程の迫力で、
夏美の頬を張った高音は、右手で夏美の胸倉を掴み引っ張って行く。
途中、カードを使って廊下を塞ぐ扉を開き、その向こうのドアを開いて一室に入る。
そこは、がらんとした部屋だった。

「メイ、ちゃん?」

壁にはめ込まれた窓の向こうに、少々分かりにくいが佐倉愛衣の姿があった。
何が分かりにくいのかと言えば、
まず、何の飾りもない髪の毛が流れるがままになっているから。
佐倉愛衣と言う人間そのもの、それだけが、何の飾りもなくそのままふわりと空中に浮かんでいる。
眠ったまま仰向けに横たわった姿勢で空中に浮遊し、柔らかな光を浴びている。

「中程度の魔力失調です」

高音が言った。

「元々、ネギ先生や近衛さんがイレギュラーなのです、
あんなタンカーみたいな魔力タンクなど、まともな魔法使いの体質ではありません。
流石に、回復が出来なくなる程の無茶はしませんでしたが、
それでも、数値で言えばマイナスの位置に至っている。

これは、生身の身体を握り潰して魔力を絞り出した様なものです。
この程度なら早期に治癒すれば回復はしますが、放置すれば肉体にも障害が発生します。
一時的に限界を超えた酷使を行った事には違いない」

既に手を離した高音に告げられて、夏美の目は下を向く。

663 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/05 14:45:26.87 uM8O51pN0 446/920

「引き続き、科学的魔術的なCTスキャンを含め、
現状で可能な精密検査も継続して行っています。
只でさえ限界まで魔力を消費した後に、
緊急の生命維持と臓器の一部の他は外側の修復を最優先してしまった。

そんなもの、例え完璧でなくても、無事戻って来たらこちらの技術であればどうにでもなったものを、
あの大火傷の上に治癒と力の源である魔力を使い尽くしてしまった。
あのダメージと対処法では、臓器、脳細胞、霊体レベルで隠れた損傷が残っていないか、予断を許さない」

「大丈夫、なんですか?メイちゃんは…」
「現時点ではその意味での重大な危険因子は発見されていません」

そこまで言って、高音の両手がガッと夏美の胸倉を掴み上げた。

「職務放棄によって、鳴護アリサ誘拐事件に関する決定的な状況把握の機会を逸した。
本来存在が公表されていない魔法使いが、まして科学の学園都市において、
存在自体が政治性を帯びる目算レベル5の能力者との独断での戦闘行為。
しかも避難させるべき民間人を巻き込んだ。
目が覚めたら査問が待っている事でしょう」

「メイ、ちゃん…」

「例えそうなっても、愛衣は後悔しない、少なくともそれを見せようとはしない筈です。
いいですか、これはあの娘の判断、あなたに恩に着せるのは愛衣を侮辱する事です。
それでも、あの時あの娘が迷わずそうした理由、分からないとは言わせない。
心に留め置いて欲しいと、妹の矜持を踏みにじってでも、
この出来の悪い愚かなシスターは勝手に切に願います」

下を向く夏美を放し、高音は手を離し歩き出す。

「………この大事な時期に………何をこの様に愚かな事を………」
「………加減、に………」
「?」

高音に一瞥されて下を向いていた千雨が、理解出来ない声を聞いてそちらを見る。

「………いい、加減にしろよ、っつってんだよっ!!!」

そちらを見て、目の前で聞いても、千雨は何が起きているのか理解出来なかった。

664 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/05 14:52:02.36 uM8O51pN0 447/920

「いい加減にしろよ…じゃあ、それじゃあセンパイは、
魔法使いは一体何やってたんですかっ!?」
「お、おいっ!」

それが、夏美が高音の胸倉を掴み上げて叫んでいる言葉だと、
千雨はようやく気付いた。

「失敗しましたよ、ええ、確かに私達はgdgdに失敗しましたよ。
それでも、私達は何とかアリサを助け出そうって、
みんなアリサがさらわれたその現場で、もうすぐ側まで迫ってたんですよ。

その時先輩、一体何やってたんですか?
メイちゃんにあのステイルに三人もおまけ付いてるの、
一人で相手させるつもりだったんですか?
アリサ見捨ててメイちゃんを殺す気だったんですか先輩はっ!?!?!?」

そこで、千雨は違和感に気付く。
毅然として斬り捨てる声が聞こえない。

「………私、は………」

夏美もそれに気付いたらしい。

「私、は………守ろうと………プラン………
あの夏、私、あの大きな炎の剣、目の前で、闘って守って………
私、プランを、全てを救う、守らないと………」
「悪かったっ!」

千雨が、既に力を失った夏美を引きはがし、頭を下げた。

「悪かった、全部悪かったのは私だ、高音さんは、高音さんは精一杯、
一生懸命やってる、私なんかが言える事じゃない、だから高音さんっ」
「…あ………あ………ご、ごめんなさい」

夏美も頭を下げたが、
ふらりと動き出した高音は丸でガックリ老け込んだ様だった。

「ん!?」
「もがっ!?」

あらぬ方向に動き出した高音を見て、入口のドアを開けようとした千雨は、
とっさにその後について来た夏美と高音の口を塞ぐ。

665 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/05 14:56:10.16 uM8O51pN0 448/920

(な、何?…)

夏美が、ドアの隙間を見る。

「高畑先生?」

杖を突く高畑の姿に、夏美が息を呑んだ。
更に信じがたい光景が。

「なんだ、ひどい有様じゃないか」
「ああ、若いのとちょっと派手にやり合ってな」
「鈍ったんじゃないか?」
「おいおい、何で総督が…」

憎まれ口を交わす高畑とゲーデル総督を見て、千雨が呟く。

「お忍びと言う奴だ。
こちら側でプランの正否に関わる重大な情報があると聞いたからな。
学園都市の宇宙エレベーターとやらを視察して非公式会談を一つこなして来た所だ」
「収穫は?」

「足を運んで終わりだ、今回はな。
それで、そんな有様でこっち側は大丈夫なんだろうな?」
「ああ、大丈夫だ。必ず成功させる」
「いいか、このプランには我々の世界そのものが関わっているんだ。
そちら側で中途半端な事をすると言うのなら、こちらも黙ってはいないぞ」
「ああ、分かってるよクルト」

670 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/07 12:54:44.21 CDbWUnR20 449/920

 ×     ×

「あ、千雨ちゃん」

高音と分かれて廊下を歩いていた千雨に明日菜が声を掛けた。

「…おい…」

明日菜に連れて行かれた病室では、ベッドで刹那が横たわっていた。

「寝てる、のか?」
「うん。怪我はこのかがほとんど治したんだけど、
霊体レベルのダメージとか極限の精神的疲労とか、色々あって」
「やったのは…」
「神裂火織。刹那さん最後まで闘って、ボロボロになって…」
「お前も…」
「うん、大丈夫」

と、本人は言っているが、どう見ても大丈夫ではない、
文字通り重傷の匂いは明日菜もたっぷり漂わせている。

671 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/07 13:00:04.32 CDbWUnR20 450/920

「ん、っ…」
「桜咲?」
「ああ、長谷川さんでしたか」
「桜咲…」

「すいません、でした」
「え?」
「私の情報収集に、手抜かりがありました。
誤った所を引いて、事が表面化するのを、防げませんでした」
「…ふざ、けるな…」

大真面目に言う刹那を前に、千雨の両手の拳が震えていた。

「何、言ってんだよ桜咲…何謝ってるんだよっ!?」
「千雨ちゃんっ」

刹那の胸倉を掴んだ千雨を、刹那は真摯に見据えていた。

「何でだよ…そしたら、私なんか、どうなんだよ…ふざけるなよ…
私のせいだろ、私の頼みのせいで、桜咲も、みんな、こんな大ケガして、
それで何で桜咲が謝ってるんだよ」
「これは、私の、不手際でした」

千雨は、刹那を突き放し、病室を飛び出していた。

 ×     ×

「きゃっ」
「あっ」

曲がり角で人にぶつかり、千雨は何とか踏み止まった。

「ああ、悪、い」
「ごめん」

千雨の前で半ば体を折った大河内アキラは、
笑みを浮かべながらも蒼白な顔で脂汗を流していた。

「いっ…」

その時、千雨も胸の辺りに激痛を覚えた。

672 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/07 13:05:18.16 CDbWUnR20 451/920

「やべ、これ、又…」
「アキラ?それに…」

廊下に座り込んだ千雨が気が付いた時には、
和泉亜子が誰かの手を引いて戻って来ていた。

「近衛か、お前、大丈夫なのか?」
「うん。ちょっと待ってな」

そう言って、木乃香は脂汗を浮かべてその場に立つアキラのシャツをめくり上げる。
顔を上げた千雨は息を呑んだ。

「お、おい、それ…」
「あの時、アキラうちを庇って…」
「ちょっと待ってな」

泣き出しそうな亜子の横で、木乃香が扇子を取り出す。
詠唱と共にバッと扇子を仰ぐと、その毒々しい痕跡はいつもの白い肌に戻っていった。

「千雨ちゃん」
「あ、ああ…いっ!」
「ここや」

懸命に立ち上がった千雨は、その胸を探る亜子の手の動きに声を上げる。
理性を忘れて文句が口を滑りそうになった所で、木乃香が千雨のシャツをめくる。

「ここやな」
「ああ」

肩の近くを触れられ、千雨が言う。木乃香の繊細な柔肌すら突き刺さる痛みだ。

「治れーっ」

その痛みも、すぐに消えて無くなる。

「サンキュー、助かっ、た」
「このか?」

バッと扇子で扇いだ木乃香を、飛び出したアキラが抱き留めていた。
そのまま、アキラに太股と背中を担ぎ上げられた木乃香の黒髪が重力に従いぞろりと下に流れる。

673 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/07 13:10:34.50 CDbWUnR20 452/920

「取り敢えず、誰を呼ぶ…」

アキラが長椅子を見付けて木乃香を横たえ、協議していた。

「魔力欠乏によるスリープ状態ですか」

するりと現れた葛葉刀子に、一同何も言えなかった。

「運んで下さい」

そして、木乃香は若い魔法教師により運び出される。

「葛葉先生?」

そのまま、千雨と刀子は並んで長椅子に座っていた。

「神裂火織との闘いの際、瀕死の重傷を負った神楽坂明日菜さんを治癒しました。
何度も、何度も、瀕死の重傷から戦線に復帰するまで、
実力のある治癒術者でも一度で倒れる程の事を何度も。
その後も、あの闘いで傷ついた者全員を治療しました。

刹那のために完全治癒術式を使おうとして固辞され、
それでも通常の最高級の治癒魔法でその気持ちを伝えた。
そして、その後に、宮崎のどかさんにいぶきどのおおはらへを使用。
いくら無尽蔵に等しい魔力容量があると言っても物には限度と言うものがあります」

刀子の言葉に、千雨は青くなって肩を押さえる。

「大丈夫ですよ。すぐに発見出来たのならばここなら対処出来ますから」
「良かった」

それは本心であったが、それと同時に刀子の恐れざるを得ない。次の言葉を。

「全てを救いたい」

それが、刀子の次の言葉だった。

「魔法に関わった者であれば、誰もが通る道です。
恐らくは、あの魔法名を持つ神裂火織も」
「神裂火織、ここに乗り込んで学園警備とも渡り合ったって。
そんなに強いんですか?」

674 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/07 13:13:51.57 CDbWUnR20 453/920

「強かった。直接剣を交えた私も、あの様な思いはいつ以来か。
私どもの範疇では、一対一では本山のトップでもなければ対処出来ないかも知れない。
聖人、と言う言葉を知っていますか?」
「ええ、確か最近聞いた覚えが。何と言うか凄い魔法使いと言うか」

「大雑把に言って間違っていません。十字教魔術側の定義で神の子に類する世界に二十人にも満たない存在。
こちら側であれば、マギステル・マギクラスでもなければ渡り合えないのではないかと。
実際、実力的にはその位置にいる高畑先生も紙一重とは言え敗北しました。
神裂火織は、その中でも上位に入ると言われています」

「…どうなるんですか、この先」
「本当に戦争に迄至る可能性は、さ程大きなものではありません。
恐らく回避されます」
「本当ですか?」

「漁夫の利。魔法とイギリスと科学だけであれば本当に戦端が開かれたかも知れない。
しかし、敵の敵は味方と言う現実的な側面で私達はイギリス清教と一応の友好関係を結んでいます。
十字教も一枚岩ではない。形だけでも神への服従を絶対とせず科学にも親しむ我々を嫌う原理主義。
もちろんそうした者は丸い地球が動いてこの方先端科学も又嫌悪しながら、
インターネット上にも原理主義の伝導、集会を広めている。

十字教の中でも新興勢力にして元々が政治の道具と言う成り立ちから、
比較的融通の利く勢力として魔法・科学と協調してきたのがイギリス清教。
だから、十字教の中でも頑なな、もっと言うと原理主義的な勢力の中には
イギリス清教を異端に迎合的な勢力として敵視する向きも少なくない。
比較的小規模なイギリス清教が、
その柔軟さと知略で三大宗派内に同等の地位を築いているのですから尚の事です」

「そんな状態で同盟関係の中で内輪揉めをしてたら、
元々の敵に横からやられる。漁夫の利ですか」

「そういう事です。魔法とイギリス・科学が戦争になって、
疲弊した所を保守的な巨大勢力に横から割り込まれたら、
最悪魔法、イギリス、科学、まとめて総取りされてしまう。
それを恐れてどちらも迂闊に動けない。平和と言う意味では有り難い三すくみ状態です」
「まだ出て来ていないキャストが虎視眈々と狙ってる」

675 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/07 13:17:02.38 CDbWUnR20 454/920

「ええ。情報は少ないですが、
それだけの強者である事は間違いないあの四人がそのために動いたら、
平常時でも難しいのに戦争中ではひとたまりもありません。
互いのトップは決して無能ではありません。

現実問題としてそれが分かっているから、何とか落とし所を探っている。
直接面子に関わる事では妥結の条件設定が難しいのも確か。
その間に政治的な勢力図が水面下で書き換えられる事も十分考えられますが、
それでも、両者の間で戦端を開くのは何の得にもならない、そのコンセンサスは出来ています。
少なくとも責任者の間では」

(ヤバイのは、顔で粋がる下の暴発、か)
「全てを救いたい。
あの夏、そう願って生死を懸けた最前線に立ち、そしてそれを成功させた。
得難い経験だった筈です」
「分かっています」

千雨は、絞り出す様に言った。

「一度の成功、それが大きければ大きい程、囚われすぎてはいけないと」
「あなたの事はネギ先生からも伺っています。
元来慎重で聡明。そして優しく、熱い心を内に秘めていると。

この麻帆良学園都市、あなた達の見た科学の学園都市、魔法協会、イギリス清教。
引いてはあなた達が命懸けでスタートさせた魔法世界救済プラン。
世界そのもの。そこに生きる無数の人々。
大人、教師として、それを仕事とする魔法使いとして、
どれにも当てはまらないあなたにそんな責任は負わせられない」

千雨は立ち上がり、無言で頭を下げた。

「明日は休みです。この件に関して麻帆良としての調査は避けられない。
そのつもりで頭を冷やして待機していて下さい」

676 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/07 13:20:10.72 CDbWUnR20 455/920

 ×     ×

「世界樹?」

千雨がふと見上げると、頭上に通称世界樹、ご神木蟠桃の枝が生い茂っている。
ここまでどう来たのか覚えていない。
恐らく、ふらふらと夜道を歩いていたのだろう。

「………う………あ………」

その絶叫は、世界樹の枝枝を揺らす様にも見えた。

「私はっ、私、私ぃ………あ………ああっ………ああああっ………
うあ、あ、うああ、うああああ………」

座り込んだ千雨は、ようやく気配に気付く。

「長瀬か」
「千雨殿」

楓が、千雨の前で片膝を突いた。

「本当の魔法はほんの少しの勇気。リスクがあるから勇気なんだ。
条理に反するから奇蹟、奇蹟には対価がある。
そいつにみんなを巻き込んじまった」

千雨は、両手を地についてうなだれていた。

「私、私っ、みんな、みんなを傷付けた、私のせいでみんな、みんなあんな………
恨み言も言わない、そんなみんなを私が、私が駄目だったせいだ。
分かってた、分からなかったのかよ私は、そんな、
ついこないだまで他人との付き合いもろくにしてこなかった。

何でそんな人間がリーダーなんてやってんだよ?いっぺん上手くいって、
それもちょっと端っこで噛んでたってだけで勘違いしてんじゃねーよ。
そんな、そんな馬鹿が馬鹿みたいな勘違いして、それで、それでみんな、
みんな傷付けて迷惑かけて、私、私は、私はああああっっっっっ!!!」

「だから、でござるよ」

縋り付いて来た千雨の背を撫でながら、楓が口を開く。

677 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/07 13:23:26.95 CDbWUnR20 456/920

「容易に近づかない程に、傷つく事の痛さ、人と関わる事の重さを知っている。
だからでござる。
獅子の強さを持たず、兎の様に臆病。だからこそ己の身を守る知略を持っている。
それでも、悩み抜いても危険を承知でも最後には関わる事を選ぶ。そうせざるにはいられない、
そんな優しく、熱い芯を持っている。それを皆見て来たでござる。

だから、皆千雨殿に自ら付いて来た。
自らが言う通り無力で頼りないリーダー、であればこそ、誰が強制されて付いて来るでござる?
それでも大事な人を助けようと言う千雨殿のために、
その想いを信じて手助けをする事が出来る、そう思うからこそ皆付いて来たでござる」

「…長瀬…」

しばし、泣きじゃくっていた千雨が、ゆっくりと楓から離れた。

「悪い」

渡された手拭いで顔を拭う。

「ん?」

千雨が携帯電話を取り出し、通話ボタンを押した。

「もしもし?綾瀬?何?いや、今夜は…」
「すぐに来て下さい、大至急ですっ!」

 ×     ×

長谷川千雨が訪れていたのは、
麻帆良大学工学部の中でもがらんとした大型実験室だった。
よく見ると、中心に大きな空間があって、数々の機材が其れを取り囲んでいる形だ。

「村上に…那波?」
「うん、ゆえちゃんがどうしても連れて来てくれって」

千雨の疑問に夏美が答える。

「申し訳ないです、那波さんもプランに関わって色々忙しい所を」

綾瀬夕映の言葉に、那波千鶴はにっこり笑って首を横に振る。
その夕映は、口調からして相当に焦燥していた。

678 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/07 13:26:45.32 CDbWUnR20 457/920

「綾瀬、どういう事なんだ?今の状況聞いてるか?
最悪ネセサリウスや科学の学園都市とガチ戦争になりそうだって事で、
私達もこれ以上勝手には…」
「次元が違います」

千雨の言葉に、夕映は噛み合わない返答を返す。
その顔色は蒼白でただ事ではない。

「時間がありません。ここまでのトラブルの調査が進めば、
学園警備に物理的に活動を制約される恐れがあります。それ迄に…」
「何なんだよ、この上何かやろうって言うのか?」

引いている千雨に、夕映が手書きのメモを渡した。

「もう一度言います、時間がありません。
大至急、この作業を行って下さい。
必要な事は作業の進行に合わせて説明するです」
「何々、まほネットを接続して…」

夕映の真剣、千雨にも他の面々にも、それだけで十分だった。

「電子精霊のサブ指揮権を私に貸して下さいです」

 ×     ×

「取り敢えず、誘拐事件の決着だけは分かった」
「内容は?」
「ネセサリウスは鳴護アリサの身柄確保に失敗してる。
高速道路でアリサの身柄を確保したのはシャットアウラと見て間違いない。
現場で奪い返されたらしい」
「確かですか?」

「ああ。元々、目撃者は大勢いた。
科学の学園都市の閉鎖されたネット環境にアクセスして、
流言飛語から確度の高い情報を分析してフィルタリングした。
人為的な情報操作の形跡もあった。誘導を見抜いて削除された情報を復帰させて、
これだけの人数で別の結論はまず無いと思っていい」

「イエス!ちうさまっ!!」
「そう、ですか」

千雨の説明に対する夕映の声は苦いものだった。

679 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/07 13:30:14.49 CDbWUnR20 458/920

「駄目なの?」

夏美が尋ねる。

「ステイル達がアリサを誘拐してたんでしょ?
科学の学園都市で警備してるシャットアウラがそれを取り返したって」

実験室の電灯が消された。

「これって、宇宙?」

暗闇の実験室に映し出される立体映像を見て夏美が言った。
その間にも、夕映は千鶴と打ち合わせをしながら端末に色々と入力する。

「これがエンデュミオンか」

地球から伸びる宇宙エレベーターの映像を見て千雨が言う。

「エンデュミオンの設計図その他、とにかく表も裏も集められるだけの情報をかき集めてくれ、
それもオーダーの一つだったな?」
「その通りです。お陰様で貴重な資料が集まりました」

千雨の言葉に夕映が言う。
葉加瀬聡美が、部屋にいる面々にゴーグルと耳栓を配って回る。
夕映が小さく頷く。その顔は汗が輝く程に緊張に引きつっていた。

「!?」

機材がう゛ぅぅぅんと低い音を立てる。
皆が防具を装着するのを見て、夕映の指がリターンキーを叩く。
千雨が、異変に気付いた。
それは、素人目にも生理的に異常を感じる程、
機材のモニターが次々と赤い文字に埋め尽くされていく。

「ひゃっ!?」

夏美が悲鳴を上げる。
それは、スタン・グレネードそのものだった。
防具越しにも分かる白い光と音響が実験室を支配していた。

680 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/07 13:33:29.29 CDbWUnR20 459/920

「なん、なんだ?」

照明が復活し、葉加瀬が防具を外したのを見て、千雨達もそれに倣った。

「茶々丸」

葉加瀬が実験室の隅っこに着席していた茶々丸に声を掛ける。

「干渉がありました。変異はありましたが、
先に千雨さん達が解析したギリシャ語系の電子魔術のパターンです」
「来やがったか」

千雨が呻く。

「電脳空間、それもここで私が直接対処する限り、
未知の敵だとしても傷の一つも許しません。
取り敢えず、力ずくで排除して一度外部接続を全面停止、
内側を徹底洗浄して鍵を付け替えてから復帰に成功しました」
「頼りにしてる」

その力強い言葉の頼もしさは、渡り合った千雨が一番知っている事だった。

「で、一体何のシミュレーションなんだ?」

千雨が尋ねる。

「これが、何だか分かりますか?」
「エンデュミオンだろ?」

夕映がノーパソに映し出された映像を夕映が示し、
千雨の返答に夕映は首を横に振る。

「いざ、我らくだり、かしこにて彼らの言葉を乱し、
互に言語を通ずることを得ざらしめん」

685 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/11 14:11:30.46 ZTvlwUK60 460/920

 ×     ×

「災いなるかなバビロン。そのもろもろの神の像は砕けて地に臥したり」
「村上?」

夕映に続いて夏美の歌い上げた言葉に、千雨が声を掛ける。

「一度舞台で覚えた事がある」
「は、はは、何か、とてつもなく悪い予感しかしねぇぞ綾瀬」
「安心して下さい、とびきり悪い事態です。
科学の学園都市にネギ先生がいました」
「何?」

意外な夕映の言葉に、千雨が聞き返した。

「夏休みが明けてから、ネギ先生の動向は私達にもほとんど把握出来ていません。
那波さん、ネギ先生が科学の学園都市を訪れた理由を教えて下さい」
「エンデュミオン」

夕映の言葉に千鶴が応じた。

「科学の学園都市が完成させた宇宙エレベーター。
ネギ先生のプランは宇宙開発と密接な関わりを持っている。

だから、那波重工、雪広財閥も宇宙開発に関わる情報収集を強化して、
科学の学園都市にも協力機関を通じて関わりを強めている。
もちろん、エンデュミオンにもね。

ネギ先生は外部からエンデュミオンに関する情報を収集して、
満を持して科学の学園都市にコンタクトをとったと聞いてるわ」

「ああ、それなら私にも分かる。
確か火星テラフォーミングだったかな?
とにかく宇宙に関わるとんでもないプロジェクトだ。
宇宙エレベーターが完成したってなったら、使わない手は無い」

686 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/11 14:16:46.95 ZTvlwUK60 461/920

「そうだと思います」

千鶴と千雨の言葉に夕映も同調した。

「しかし、これは本来非常におかしな事なのです」
「何がだ?」

「科学の学園都市を訪れた時、私はすぐに気付きました。
ステイル達も間違いなく気付いた筈です。
であるならば、ネギ先生も気付いた筈。或いは最初から理解していた。
体系的に魔術を学んだ人間なら、気付かない方がおかしいのです」

「………バベルの塔、かよ………」

「或いはシュメールのジグラッド。
合理性を超えた規模の建造物は、それだけで魔術的な意味合いを持つ。
科学の学園都市が星の輝く宇宙に向けてそんなものを建造しようとした時点で、
魔法協会を含む魔術サイドは決して黙ってはいない。
洋の東西を問わず、魔術的に重要な意味を持つ星の世界に対する覇権主義とみなされます。
それこそ強行するなら戦争も辞さない事態になった筈です」

「しかし、そんな話は全くと言っていい程聞いていません。
魔法と科学に直結するそんなトピック、私の耳に入らない筈が無いのですが。
そんな状態でエンデュミオンが完成したと言うのですか?実際完成しているのですが」

夕映の言葉に、葉加瀬聡美が首を傾げる。

「その通りです。現実には気付いた時には完成していた。
これは、科学と魔術の関係性から言ってどう考えてもおかしい。

そもそも、千雨さんに情報を集めてもらいましたが、
幾ら半ば鎖国している科学の学園都市でも、
あれだけの規模の宇宙エレベーターエンデュミオンプロジェクトに関して、
後から見ると事前の存在感の薄さは異常としか言い様がない」

「情報操作…認識操作を仕掛けたって事か?」
「他に考えられません。
一般の注目も避け、特に魔術の目を欺き建造されたバベルの塔、
意図的に行われたと考えるのが当然です」

そして、夕映がノートパソコンを操作する。

687 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/11 14:22:04.09 ZTvlwUK60 462/920

「これは、茶々丸さんの衛星から撮影されたエンデュミオンです」
「ああ」

そこに映し出されているのは、宇宙空間を貫き突き出された科学の最先端の姿。

「幻影術式を解除します」
「…なんだこりゃ!?」
「何、これ?…」

エンデュミオンを取り巻く空間に刻まれた異様な紋様を見て、
千雨が叫び声を上げ夏美も声を震わせる
只、多少なりともこの世界に関わった者として、禍々しさだけは直感できる。

「分かりません。ある程度の所までは魔法の学問的に分析出来るのですが、
恐らく、これだけではありません。明らかに欠けているピースが幾つもあってこれだけでは意味を為さない。
但し、ここからだけでも推定される事は余りに尋常では無い。
それが、明らかに魔術によって外部からの目から隠蔽されていると言う事です。

当然です。イギリス清教であれ魔法協会であれ、
科学の学園都市の宇宙エレベーターが宇宙でこんなものを張り巡らせている。
そんな事を知った時点で迷わず全軍突入物理的破壊、科学の学園都市との戦争に直結します。

それだけに、非常に高度な術式で隠蔽されていましたが、
茶々丸さんや千雨さんの電子精霊の助け等々を受けてここまではようやく解除出来ました。
解析作業は途中で中断。恐らく、これ以上の映像解析を進めた場合…」

「ここで又高度な電子戦が行われるって事か?」

千雨の質問に夕映が頷く。

「茶々丸とここの設備であれば退ける事は出来ますが、
隠蔽に使われている魔術も極めて高度です。
同時進行で行うとなると、時間が掛かりすぎます」

葉加瀬が説明する。

「そして今、シミュレーションを実行しました。
かなりの部分は推定に頼らざるを得ないのですが、
那波さんにも協力して頂いて、ギリシャ占星術をベースに
地球を含む星座の配置と分かっている情報を当てはめて何が起きるのかを予測しました」

688 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/11 14:29:04.17 ZTvlwUK60 463/920

「それが、さっきの爆発か?」
「その通りです。そして、星の配置は今から24時間以内のものです」
「一体、何が起きるんだよ?」

「アルマゲドンです。
この術式をこの規模で発動したら、どう小さく見積もっても地球側の大陸の一つや二つ、
物理的な意味で吹き飛びます。
地図上では、最低でも日本を中心に中国、東南アジアのエリアまで青一色になります」
「は、あっさり言いやがったな」

千雨が、どさっと椅子に座り込んだ。

「えっと…ごめん、ちょっと付いていけないんだけど」

夏美が言う。

「実際、私もギリギリの精神状態で話しているです」
「本来ならば、そんなとてつもない大規模術式、
発動させるだけでも可能性を振り切っています」

そう言って、葉加瀬は手にしたタブレットの画面を示す。

「これって?」
「術式発動に必要とされる魔術的エネルギー。
ネギ先生の雷の暴風を基準に算定したものです」
「何、これ?」

それを見て、夏美が乾いた笑い声を上げる。

「えーっと、何これ?雷の暴風が幾つ分?
そんな魔力どっから持って来る訳?
又、このエンデュミオンでネギ君とコタ君とフェイトとラカンさんに
本気で殴り合いでもして貰うって言うの?」
「確かに、その規模の魔力です」
「なーんだ」

葉加瀬の同意を聞き、夏美は呆れ返った様に首を後ろに反らす。

「脅かさないでよゆえちゃん」

689 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/11 14:32:37.97 ZTvlwUK60 464/920

「………ああああああああーーーーーーーーーっっっっっ!!!…………」

同じ様に、一人で椅子に掛け、安堵して天を仰いでいた千雨が背筋を伸ばして絶叫した。
そして、ノーパソに変異したアーティファクトを操作する。

「正解、です」

夕映が苦り切った顔で言った。
画面に映し出されているのは、エンデュミオン完成記念コンサートの公式HPだった。

「鳴護アリサ自身、謎のエネルギーの持ち主です。
魔術であるのかすら判然としませんが、その力は聖人にも匹敵すると聞きます。
ハレの祭り、それは本来神に捧げる神事。それを、星々のただ中の祭壇で行う。
日本に於いても、祭りの夜には
祭壇の儀式や御神域全体から放出される男女の交合によるエクスタシーを神仏に捧げていました。

聖人の魔術にも匹敵するとされる奇蹟の歌、それを核として、
ステージ一杯の大観衆の規模で擬似的なエクスタシーが集約されるならば、
機械的に言えば間違わずに配線する技術があれば
この馬鹿げた規模の術式ですら十分に起爆する事が可能です」

「何よ、それ…」

夕映の説明を聞いた夏美の声は、震えていた。

「なんで、そんな事するんだ?そんな馬鹿げた事?」

千雨が、喉から乾いた笑いを漏らしながら言った。

「えーと、日本を中心にアジア全滅とか言ったよな?意味分んねぇぞ。
あれか?死の商人?株式か復興財源かイカレた金儲けの当てでもあるのか?
それともイカレた自殺志願者かイカレた時代遅れの世紀末予言者か?」

「まあ、まともでないのは確かでしょうが…
犯人の見当は付いていますし、勿体ぶってる暇もありません。
私の見立てた犯人はレディリー・タングルロードです」

「確か、その名前…」
「オービット・ポータル社の代表です」
「ああ、例の天才ゴスロリ美少女社長、確かにイカレてる」

690 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/11 14:36:16.60 ZTvlwUK60 465/920

「ええ、イカレています」

千雨の反応に、夕映が賛同を示した。

「生物学的に」
「何?」

「まず、現状で確かに存在している馬鹿げた魔術装置。
これは、エンデュミオンと鳴護アリサの存在が前提となります。
エンデュミオンを建造し、かつ、魔術サイドの介入を予見して
黒鴉部隊を動員して是が非でもコンサートを開催させる。

それ以前に、一介のストリートミュージシャンだった「奇蹟の歌姫」鳴護アリサを
これだけのビッグプロジェクトの歌姫として抜擢する。
それが出来る者は限られていますし、それが出来なければ、
あの馬鹿げた大規模術式は只の落書きになってしまいます。
少なくとも、オービット・ポータル社そのものが関与している、そう考えるのが妥当です」

「奇蹟、か」

千雨の歯がぎりっと軋む。

「電子精霊の助けも借りて調査した結果、
レディリーがギリシャ占星術のシビルであると言う情報も得られました。
魔術サイドの人間であれば、エンデュミオンを隠していた覆いが外れた後の対抗策を考えるのも当然です」
「決まりだな」
「ええ。しかし、ここで一つ問題が生じます」

結論を出した千雨に、夕映が付け加える。

「エンデュミオンは一体誰の意思で創られたものなのですか?
一般社会、魔術サイドすら欺く途方もない情報操作と途方もない技術の粋を集めて。
完成に至るまで、とてつもなく強固な意志の力がなければ不可能ですそんなものは」
「ちょっと待って」

夕映の言葉に、夏美が口を挟む。

691 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/11 14:39:42.91 ZTvlwUK60 466/920

「素人目に見たって、こんなの構想段階から言って準備も含めて一年や二年の話じゃないよね。
レディリー・タングルロード?これって、どう見ても十歳ぐらいだよね」

「オービット・ポータル社は三年前の宇宙シャトルの大事故で一度倒産の危機に立たされています。
それを金銭的に救済して支配したのが天才少女レディリー率いる投資ファンド。
確かに、形の上ではそういう事になっています。
しかし、見付からないのです、該当する中の人が」

「綾瀬、分かる様に説明してくれ」

「確かに、書類上は辻褄が合う様に経過が作られています。
しかし、実際にその通りであったと言う保障は無い。
むしろ、違うと考えた方がいい。オービット・ポータル社の状況から考えて、
その時期から今に至る迄のエンデュミオン計画と準備が記録されている通りに進んだ、
そう考えるのは非常に無理があるです」

「三年前…88の奇蹟か」

そう言って、千雨が額を抑える。又、繋がった。悪い予感しかしない。

「とある一つの要素を省いた場合、一番筋の通る説明はこの通りです。
それは、最初から徹頭徹尾、これはレディリー・タングルロードによる企画立案製作であったと」

夕映の言葉に、実験室はしんと静まり返った。

「ゆえちゃん、だからそれは…」

言いかけて、夏美は口をつぐむ。少なくとも冗談には聞こえない。

「なあ、綾瀬…」

千雨がぽつっと口に出す。

「これは、科学の事件であり魔術の事件なんだよな?」
「その通りです」
「ちょっと、一つ、ごく身近な経験則からちょっとした心当たりがあるんだが」
「奇遇ですね、私もです」

ほとんど答えは出たも同然なのだろう。夕映はそう思った。

692 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/11 14:41:53.83 ZTvlwUK60 467/920

「そう考えると、動機って奴もなんとなくだが」
「はいです」

言いながら、夕映はノーパソを操作する。

「アナログ写真?」

画面に現れたセピア色の写真を見て、千雨はふっ、ふふふっと端から笑みを漏らした。

「顔面認証鑑定の結果、この少女は間違いなくレディリー・タングルロードです。
双子かクローンでも無い限りこの一致率はあり得ません」

葉加瀬が説明する。

「ゆえちゃん、この写真、見るからに物凄く古いんだけど…」

夏美が、ノーパソの画面の中で
二人の紳士と共にレディリーと言われた少女が写っているセピア色の写真を示して言った。

「葉加瀬さん」
「ああ」

葉加瀬がノーパソを操作する。
画面が二分割され、新たに現れた画面にはネット辞典の一ページが示される。

「あれ、この人?」

辞典に添付されている顔写真とセピア色の写真の紳士の一人は酷似していた。
画面に数値が示される。

「同一人物と言うべき数値です」
「つまり、どういう事?」

千雨は、無言で辞典に示されている生没年を示し、結論を告げる。

693 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/11 14:43:57.26 ZTvlwUK60 468/920

「この非常時に訳の分からない偽画面を使ってお前を担ぐ暇人って可能性を省いた場合、
科学的に一番筋の通る説明が、
このロリはロリのまんまで最低百年は生きてるロリ婆ぁだって事だ」

夏美は、千雨の出した結論をぽかんと聞いていた。

「い、いやいやいやいや、筋が通る、ってそこで科学的とか言われても…」
「科学的、ではありませんね。現実的と言い換えましょうか?
ナツミさんは現実的な心当たり、ご存じありませんか?」
「…ごめん、あるわ…」

返答して、夏美はどさりと座り込む。
その側で、夕映がぽつりと言った。

「エンデュミオン、ですか。
目覚めの刻を刻み悪夢から解き放される事を望みますか」

696 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/12 14:49:31.86 CaoPRZ2o0 469/920

 ×     ×

しんと静まり返った実験室で、千雨は携帯を手にする。

「もしもし、アーニャか?」
「イギリス清教の指令内容が変更になった」

千雨が、電話をスピーカーに切り替える。

「まだ情報が整理出来てないからこちらが掴んだ言葉をそのまま伝える。
イギリス清教の試算では、北半球が全滅する規模。
最優先指令は術式の阻止。術式の核を破壊してでも絶対的に阻止せよと」
「………そっちの状況は?………」

「凄く慌ただしい、としか言い様がないわ。
先行きが不透明過ぎる。上の方は各方面との連絡や会議に追われてる。
ウェールズの魔法勢力内で麻帆良とロンドンからの情報が錯綜して、
こっちの主立った武闘派は武装して集結してる。
今にもロンドンへの軍事侵攻が始まるみたいな話まで流れてる」

「そうか」
「とにかく、慎重に行動して。この状況だとどこで爆発するか分からないから」
「ああ、分かった、有り難う」

千雨が電話を切った。

「術式の核を破壊、だってよ」

どさっと座り直した千雨が、はっと笑って言った。
その側で、夏美の拳がぎゅっと握られる。

「北半球が全滅、ですか」

夕映が言う。

697 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/12 14:54:47.50 CaoPRZ2o0 470/920

「純粋な魔術の分析、向こうが得ている情報の量。
我々とどちらの精度が上か、決して荒唐無稽な数字ではありません。
とにかく、今は私が動きます」

葉加瀬が、眼鏡をくいっと上げて言った。

「大至急レポートにまとめて、私の研究結果として魔法人脈に提出します。
事が事です、協会も本格的に動き出す筈です」
「問題はそこです」

夕映が言う。

「問題はそこ、既にネセサリウスが先んじて組織として把握して動いていると言う事です。
そこに、横から魔法協会が割って入るとなると、主導権争いになりかねない。
先例から言って、魔術勢力、特に十字教とそれ以外で合同作戦、
しかも、通常であれば魔術サイドの立入が禁止されている科学の学園都市でそれをやろうとしたら、
協議しようとすれば会議は踊り無断で現場に突入したら先に進む前に足を引っ張って殴り合いです」

「んな暇ねぇだろっ!!コンサートいつだと思ってんだよっ!?」

千雨が立ち上がり、テーブルをばあんと叩いて激昂した。

「その通りです」

夕映が、ぎゅっと前を見て言った。

「正義の反対側は別の正義です。
事、魔術師は頑固なもの、それが効率的だと思っているからこそ自分達のやり方を容易に譲らない。
組織と言うのは、特に別の組織と関わると時に非常に面倒なものなのです」
(くそっ!)

組織的な魔法の警備現場を知っている夕映に言われると、千雨も座り直すしかない。

「美しいですね」

葉加瀬聡美の場違いな言葉に、一同ぽかんとする。

「本来、宇宙エレベーターは赤道直下に造るものです。
それを、数多の困難を乗り越えてあの場所に完成させた。さすがは科学の学園都市です。
それだけの困難を乗り越え、完成されたその姿は正に空に駆け上る天橋立。
とても、美しい」

698 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/12 15:00:21.01 CaoPRZ2o0 471/920

千雨が腰を浮かせる。
千雨の喉まで出かかった罵倒を食い止めたのは、聡美の横顔だった。

「只でさえ無限の宇宙に橋を掛ける壮大な物理的試練。
しかも、北半球の日本と言う圧倒的に不利な地理的条件。
だからこそ、僅かなズレでも巨大な破綻を招いてしまう。
それでも、完成したんですエンデュミオンは。科学の粋と莫大な財力労力を注ぎ込んで。
そのために科学者、技術者、作業員、経済的にも、途方もない英知と労苦を結集させて。

だからこそ、これ程までに美しいんです。
それにより宇宙に関わる様々な事、ネギ先生のプランにも大きく貢献できる筈だった。
それは人類の科学の歴史を刻む偉業だった筈です。
私は、私が出来る事すべき事をします」

「頼む」

葉加瀬の宣言に、千雨が応じた。

 ×     ×

アーニャは、携帯の電源ボタンを押した。

「確かに、嘘は言ってなき事よね」

アーニャが、ぎろりと背後に視線を向ける。
視線の先で、ステンドグラスの光を浴びて遠くを見る姿は、
アーニャにはすっとぼけている様にしか見えない。

「教会に迷い込んだ子猫ちゃんが大事に保護されたる事などはこの際関係なきにつき。
故に、確かにあなたが伝えた情報は何一つ間違いはなき事よ」

確かに、大事に保護されていた。
あの、瞬時に即座に考慮の余地なく出会い頭に敵として認定した、
この極悪に慈悲深い大ボスに負けず劣らず喋りの危ないシスターの運んで来た
海鮮丼と天ぷらは確かに絶品だった。そこが又憎らしい。

699 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/12 15:05:36.94 CaoPRZ2o0 472/920

「どういうつもりなの?わざわざこんなやり方でリークさせるとか」
「それがよろしき範囲であれば隠すつもりもなければ、
伝える事を止めるつもりもなきにつき、それだけの事よ」

「それをリークって言うんじゃないの?」
「ふふん。大きな組織のトップともなると面子がうるそうてかなわなき事なのよ。
大事件を前に緊密に協力したくとも、表立って仲良く出来ないのだからああ煩わしや」

「それで、そちらの利益は?」
「世界の危機なのだから、失敗したら利益も何もなき事なのよ。
かの魔法の英雄が信ずる麗しき同志達が又世界全てを救い出すか、それとも、

科学と魔法が共倒れするか



とてつもない分量の金髪の只中、そこに浮かぶ無邪気な笑顔は、
精神的にアーニャの血を凍らせるに十分過ぎた。

「分かってるんでしょうね?」

相変わらずの微笑みに向けられたアーニャの声は、押さえようとしても震えを帯びる。

「その時は、そもそも利益以前にこの島自体が存在していないって事を」
「だから、打てる手は全て打つ、最善を尽くすのが当然でありけると。違いたるかしら?
嗚呼、最早そうなれば競合せざる事を祈るばかり」
「失礼しても良かったでしょうか?」

「ええ。この事が片付いたらお茶でもご一緒しましょう。
かの英雄を輩出せしウェールズの次の世代を担う、
しかも、その英雄にも極めて近しき優秀なる魔法使い。
輝かしき未来のために関係を密にするは互いのためでありけるでしょう。もっとも…」
「もっとも?」

「かの英雄様、かように可愛き幼馴染みを郷里に残し、
先に進めば進むだけ、行く先々で真に強く美しき数多のおなごが付き従うのを受け容れる。
と言う辺り、やはり男、それも英雄と言うものはかくありけるとの見本にて。
ついていくのも苦労するのでありけるのかしら」
「失礼しますっ!」

700 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/12 15:08:48.49 CaoPRZ2o0 473/920

 ×     ×

「どうだった?」
「うーん、一瞬だけ、爆発っぽいの見た話はあったんだけど」

スパリゾート安泰泉のロビーで、麦野に問われたフレンダが報告する。

「こっちもだ。
あいつら、あのデカブツだな。多分水を媒介にしたテレポーター。
そんなモン聞いた事もないけど、ここまでの話からしてそう考えるのが一番自然ね」
「ルートからも情報からも、ここに来たと考えるのが超自然なのですが」

麦野の言葉に絹旗が続いた。

「滝壺、どうだ?」

麦野の問いに、滝壺が首を横に振る。

「やっぱり、追跡できない。そもそも感知出来なかった」
「どういう事だ?テレポートと言いあの妙な武器と言い、
能力者ってのは確かなんだが…」

麦野が顎を指で撫でて呟く横で、絹旗が携帯を取りだした。

「公衆電話?」
「あん、どうした?」
「ええ、何かさっきから超しつこく携帯が鳴っていまして。
公衆電話からです」

「構わないから出てみろ。何かの罠って事も無いでもないが、
見張っててあげるわ」
「分かりました」

絹旗が電話に出る。

「もしもし?」
「……学区の中央近くに児童公園がある」
「……学区の中央近くに児童公園がある」

絹旗は、相手の言葉を繰り返しながら周囲に手招きする。

701 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/12 15:11:56.64 CaoPRZ2o0 474/920

「Accordilgny
公園のベンチの右側、その裏側にブツが張り付けてある。
あなたにあげるわ」
「すいません、何を言っているんだか超分からないんですけど」

「Reason
それはマシだからよ。タフでリアリストで狡猾。
少なくともオカルト狂いのマッド・サイエンティストに任せるよりはずっとマシだから。
私利私欲の方がまだまともな計算が通じる」
「恐らく何か超勘違いしてるのだと思いますけど、私の事を超どこで知ったんですか?」

「ここは、成果さえ上がればいいみたいね。
それが効率的なら鳥かごの中ならやりたい様にやれって事。面倒臭いから権限も適当に使えってね。
however
私が直接関わった訳ではないわ。
根本的にぶち壊しにされたら元も子も無い、それだけの事」

「超一応聞いておきます。
あなたは超一体何者ですか?」
「It
匿名の情報提供者よ」
「………超、隠せてるつもりですか?」

電話が切れた。

 ×     ×

帰路に就く途中、千雨はごしごしと目をこする。
そして、追い掛ける様に駆け出す。
息を切らせながら走る。
それは、願望だったのかと諦め掛けた時、視界を掠める。

千雨は、駆け出し、追い掛ける。
そしてようやく、数秒間確かにその目に焼き付けた。
今すぐにでも縋り付きたい、文字通りの意味で誰よりも強いヒーローの姿を。
駆け出した千雨は、建物の角を曲がる直前で急ブレーキを掛ける。

「やあ、ネギ君」
「先ほどはどうも」

ふらりと現れたゲーデルにネギがぺこりと頭を下げる。

702 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/12 15:15:37.48 CaoPRZ2o0 475/920

「そのついでにこちらに寄らせてもらったが、
何か随分と慌ただしい様じゃないか」
「すいません」

互いの軽い口調はジャブの応酬だった。

「大丈夫なんだろうな?」

ゲーデルの目は、決して笑ってはいなかった。

「時間が無いから端的に言う。
大変な負担で心苦しくは思うが、
こちら側が土台となって協力すると言う前提で我々は君に同意し諸々の事を放棄した」
「はい」

「その、こちら側が破綻したら元も子もない。
そのまま我々の世界そのものが破綻すると言う事だ。
僅かでも救われる機会をみすみす逃した上でだ。

ゲートは通行可能、向こうに艦隊を待機させている。
事は我々の世界そのものだ、その様な現実的可能性があると言うのなら、
こちらも手段は選ばない」

「分かっています」

ネギが静かに、しかし確かな声で応じる。

「こちらの世界で総督の手を煩わせる様な事は決してありません。
全て、こちらで決着を付けます」

「あれをやり抜いた君の言う事だ、
それは信ずるに値する言葉なんだな?」
「はい。総督にも、フェイトにもその他の皆さんにも、
僕は約束しましたから、その約束は果たします、必ず」

ネギは、すっと拳を握り、そちらに視線を向ける。

「皆さんとの約束、あの世界との約束は必ず」

千雨は、壁に背を向けたまま、ずるずると腰を抜かしていた。

703 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/12 15:18:58.66 CaoPRZ2o0 476/920

 ×     ×

個室サロンの一室に、麦野沈利率いる「アイテム」の正規メンバーが集結していた。

「結局、これがブツって訳よ」

テーブルに置かれたUSBメモリを見てフレンダが言う。

「一応、色々予防策張って下の連中に回収させた訳だけど」

言いながら、麦野がノーパソを操作する。

「発信器その他のチェック済み、
これもPCごと新しく買って来てネット接続も一旦切ってある」

口に出して確認しながら、麦野はノーパソにメモリを差し込み操作した。

黙ってマウスを動かしていた麦野が、面白そうに笑い出した。

「きーぬはたぁ」
「はい」
「こーんなアホなストーリー、B級映画でもなっかなかお目にかかれないにゃー」

704 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/12 15:22:29.57 CaoPRZ2o0 477/920

 ×     ×

寮の部屋に戻った千雨は、
伊達眼鏡を外してどっと仰向けにベッドに倒れ込んでいた。
そして、携帯電話を確認する。

「留守番電話?そう言えば…」

そう言えば、ずっと作戦の方の連絡にかかり切りだった。
操作しながらも、今の千雨の頭は現実に追い付いていなかった。

ららーらーら
ららーらーら
ららーらーらー
ららら、ららら

「…これ…」
「出来たんだよ、新しい曲間に合った」
「…あ…」

「これから最後の詰め、本当に歌うのはリハになると思う。
コンサートで、みんなの前で思い切り歌って来るね。
ちうちゃんにも、きっと届くよね。
当麻君にも、ちうちゃんにも、勇気を貰ったから。
ありがとう、ちうちゃん」

「やっぱ、男が先かよ………
………り………さ………」

うつぶせになった千雨の顔は、掛け布団に埋もれていた。

706 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/14 03:32:44.27 /ueW21f30 478/920

 ×     ×

「まずはゲートだ。
機械的なものが解除出来たとしても、人間の警備だって当然いるんだろうな。
強行突破した途端に蜂の巣か?

そこを突破したとして、エンデュミオンに入るセキュリティをだ、
普通に考えて武装したセキュリティ、
セキュリティだってカード使っても相手は科学の学園都市で、
そんであの超能力者とか出て来たりしたら…」

「おや」
「おお、長瀬」

朝靄の中、指折り数えていた千雨が楓と挨拶を交わす。

「何やってんだこんな朝っぱらから?」
「散歩でござる」
「…行き先は?…」
「そうでござるな」
「あー、視線の先が天を向いてるよ…」

心の中で呟きながら、千雨は斜め後ろを見る。

「よお」
「おっはよー千雨ちゃん」
「ああ、お早う」
「ニーツァオ」

脳天気に挨拶する佐々木まき絵以下、
運動部ご一行様に古菲が加わっての到着だった。

「お早うございます千雨さん」
「はよーちうっち」

綾瀬夕映と早乙女ハルナ。妙な取り合わせだ。
この二人が一緒なのはいいとして、この二人だけと言うのがなかなかに珍しい。

707 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/14 03:40:15.31 /ueW21f30 479/920

 ×     ×

彼女は、鳥の鳴き声と共に動き出す。

「せっちゃん」
「お嬢様っ!?」

話を付けておいた大学病院の関係者出入り口を出た所で、
桜咲刹那は聞こえて来た声にぎくりとする。

「ど、どうしてここに?
あれだけの酷使、まだ休んでいただかないと」
「んー、それ、せっちゃんに言われとないんやけどなぁ」

にこにこと木乃香に言われると、刹那もたじろいでしまう。

「申し訳ございませんが、先を急ぎます故」
「どこ行くのせっちゃん?」
「は、はい、これからその、今回の事態に関する打ち合わせ等々…」
「科学の学園都市」
「ななな何を仰いますやらお嬢様はお人が悪い…」

汗ダラダラの刹那とその刹那の顔をニコニコ覗き込む木乃香。
勝負は簡単に決まっていた。

「お嬢様」
「はいな」
「これは、裏側で話を付ける事。
お嬢様が出て来ては却って話が大きくなってしまいます。
何よりも危険です」

「で、けじめ付けに行くんやろ」
「はい。わたくしが確かに」
「んー、まあ、色々難しい事もあるんやろうけどなぁ、
これだけは一番最初にはっきり分かってる事があるえ」
「何でしょうか?」

708 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/14 03:45:33.30 /ueW21f30 480/920



桜咲刹那が侮辱を受けた、

言う事や」

その言葉を、近衛木乃香は笑って語るつもりは一片たりとも無かった。

「桜咲刹那が侮辱を受けた。
これは、近衛木乃香が侮辱を受けた、言う事や。
せっちゃん、桜咲刹那」

「は、はいっ」
「せっちゃんは、この、近衛木乃香の顔に泥塗ったままにしとく気かえ?」
「け、決して、その様な…」

「あり得へんし許さへん。
これはうちにとっては誰の問題でもない。うちの、近衛木乃香の問題や。
うちの手で、どこぞの銀行屋さんと同じくせな腹の虫が治まらん。
せっちゃん、手伝どうてくれるな?」

誰よりも凛々しい剣士と思われていた桜咲刹那は、
誰よりも凛々しい姫君の前に片膝を付いた。

「この桜咲刹那、地の果てまでも」
「…へへっ…」

薄闇の中、二人はきゅっと手を繋いで歩き出す。
木乃香の視線に追い掛けられながらもつつつーっと反らしがちだった刹那だが、
途中で、トテテと駆け寄る気配にバッと木乃香の前に回る。

709 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/14 03:51:12.75 /ueW21f30 481/920

「のどか?」
「宮崎、さん?」

そこに現れたのは、木乃香の割と古い友人で刹那の知る勇気ある少女
宮崎のどかだった。

「やっぱり…ユエがね、
桜咲さんとこのかで間違いなくけじめ取りに行くだろう、
情報戦になるだろうから私が手伝えたらって」

ハァハァ息を切らせながらのどかが言う。

「綾瀬さん…」
「のどか、来てくれるん?」
「うん」

 ×     ×

「やっ」
「よう」

呆れた表情で、千雨は夏美と言葉を交わす。
朝倉和美までセットでついて来た。

「朝のお散歩、って訳じゃないよな」
「ん、まあちょっと、科学の学園都市から空の果てまでお散歩に」

夏美がにこにこ笑って言った。

「状況分かってるのか、お前ら?」
「とーぜん」

ハルナが不敵な笑みと共に返答する。

710 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/14 03:54:23.44 /ueW21f30 482/920

「記憶消されてこの学校から追放。
それで済めばいいが、普通に命飛ぶぞ。
あの夏に色々やって来た訳だが、あれは半分以上成り行きだ。

今度は分かってて自分らから飛び込む事になる。
きちんとしたリーダーがいる訳でもない。
ガキでもなんでも、責任のある先生で飛び抜けた魔法使い、
ってリーダーがいた前回とは決定的に違う。

今更言い訳したくないけど、そういう意味じゃあ私は、
私は多少ネットが使えるだけの只の中学生だ」

「それに関しては、ここにいるおおよそ全員同じだと思いますが」

夕映が言う。

「だからだ。上手くいってる時はいい。
まずい時に仕切れる奴がいないと今回はマジで死ぬ」
「んー、まあ、何とかなるっしょ」
「マジで言ってんのか早乙女?」

「まあ、あの夏にみんなあんだけ修羅場くぐったんだし、
今回も結構経験値になったからね。
最悪、自分の身ぐらいは守れるし、それで恨みっこなしって事で来てる訳だから」

ハルナの言葉に、まき絵、裕奈辺りが小さく頷く。

「それでさ、長谷川の方こそどうするつもりだったの?
ネットだけでどうにか出来るとか思ってた?」
「………思って、ねぇよ………」

夏美の質問に、千雨が答える。

「私だってそこまで馬鹿じゃねぇよ。でも、出来なかったんだよ私は。
あの夏の幻想から抜けられない。逃げなきゃいけないのに、
それが出来ないんだ私は」
「幻想でござるか?」

711 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/14 03:57:47.76 /ueW21f30 483/920

「ああ、あの夏、みんなで上手く行ったのは現実だ。
だけど、この状況で私一人に何か出来るなんてのは幻想だ。

私は、只の中学生、悪の秘密組織と闘うとかそれで世界を救うとか、
そんな誇大妄想、命が幾つあっても足りないって、
当たり前の事なのに、それでも駄目だった。
出来るかも知れないって、その幻想に縋っちまう」

「今はどう?」

夏美が尋ねる。

「このキャストなら?」
「確かに、これで行くなら勝ち目はある。
客観的に見てもあの夏を闘い抜いた中のかなりのメンバーが揃ってる、
実力的には強力な軍団だよ」

そこまで言って、千雨は目を閉じる。

「もう一度言う。
何より命が危ない。イギリス清教、科学の学園都市、
何とカチ合うか分からない。

化け物じみた超能力者に追い回されたばかりだ、
今度向こうに行ったら向こうも本腰入れて仕掛けて来るかも知れない。
怖かった、本気で命の危険を感じた」

千雨の言葉を、一同は静かに聞いている。

712 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/14 04:01:42.26 /ueW21f30 484/920

「命が助かっても、もう二度とこうしていられないかも知れない。
一つ間違えたら戦争の引き金を引く。

そうでなくても、色んな勢力が絡み合ってる今回の事件だ、
勝手に科学の学園都市に行ってイギリス清教も動いてる件で
政治問題になったら学園だって庇いきれない。
その時は、記憶を消されて学園追放でもマシってぐらいだ。

そうなったらネギ先生だって無事じゃ済まないし、
ネギ先生が進めて来たプランだってどうなるか分からない。
私達を思ってくれた人々にとんでもない大迷惑を掛けて怨みを買う事になる。
全ての信頼を失う事になる。

しかもだ、天秤は北半球丸ごとと人間一人。
選択肢次第では、私達は生き残っても前代未聞の大量殺人鬼って事になる」

「…つまり…」

一回か二回か、表情を微妙に変えた早乙女ハルナが黒髪を指で梳いて口を開く。

「オールクリアしちゃえばオールオッケーって事?」
「そういう事になるな」

千雨が呆れた口調で言った。
確かに、この面子なら、事、荒事であれば出来ない事を考える方が難しい。
遊びじゃない、いかに脳天気に見えてもそのぐらいの事は分かっている筈だが。

「綾瀬は?」
「私は、麻帆良の魔法生徒であると共に騎士です。
騎士として守るべきものがあるです。
騎士として、再会を約した仲間がいるです。妨げる者は、斬り払うです」

「ユエが行くってんなら、私の結論は一つでしょ。
これってネギパーティーのすっごい外伝になるよ。誰が見逃すかってーの!」
「と、言う事になれば、私も特落ちはヤバイっしょ」

ハルナに続いて和美がキツネの目で笑って見せる。

714 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/14 04:05:18.73 /ueW21f30 485/920

「ま、どっち道そんなの成功された時点で北半球が駄目なら私達も駄目って事で、
もしかしたら誰か他の人が上手くやってくれるかも知れないけどさ、
こんなぐちゃぐちゃの状況じゃ自分らで出来る事やっちゃいたいよね。

本当に組織のエージェントになったら色々縛られるんだろうけど、
その前に、今回はこの手で好き勝手やらせてもらうよ。
だから、ちゃちゃっと世界を救ってきましょうか」

軽口ほど軽くはない、裕奈の言葉には何か根付いたものがあった。

「小太郎もまだ病院か。夏休みに続いてマジで死にかけて、
それで、どうするよ村上?」
「分かってる」

千雨の問いに、夏美は答える。

「分かってる。怖いよ。あの時、三人がかりでようやく生きて戻って来て。
それで、二人とも大ケガして、私一人だったらどうにもならない、
本当に死んじゃうかも知れない、って、考えただけでも脚が震えそう。

でも…今、命懸けなのは私達だけじゃない。
私達は仲間がいる。今、一人で命の危険にさらされてるのは…
…せ…ない…」

夏美が、ぎゅっと両手の拳を握った。

「あいつは、レディリー・タングルロードはステージを踏みにじった。
自分の力で一歩前に出て、観客に向き合って掴み取ったアリサのステージを、
アリサを、ギャラリーをスタッフを侮辱した。

アリサの、みんなの夢が北半球の皆殺し?
ふざけるな…ふざけるなっ!!絶対に許せないっ!!!」

体を曲げ、地面に叫びを叩き付けた夏美の肩に、千雨は震える手を置いた。

「…される…」

ぽつっと口を開いた千雨の次の言葉を、皆待っていた。

715 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/14 04:12:32.76 /ueW21f30 486/920

「科学に任せても魔術に任せてもアリサは殺されるっ!」

千雨が、憤怒の顔を上げた。

「アリサは、アリサは只、歌が好きで、夢に向かって一生懸命、
自分で努力して、ストリートだって楽じゃねぇよ。

自分を信じてみんなの前で自分の身一つ晒して歌い続けて、
それで大勢のファンに愛されて夢を掴んだ。
それが、それがなんで北半球を滅ぼす悪者?

そんな事、なんでそんなふざけた話がリアル気取ってやがる。
そんなふざけたリアルもファンタジーに出来ないって言うんなら、
そんなちから、使えねぇにも程があるっ!!」

一気に吐き出して、肩で息をした千雨が皆を見た。
どこか遠くの、ふざけた幻想をぶち殺す少年と想いを共にして。

「アリサの命と地球の全ての命、その上魔法世界まで天秤に掛かってる。
高音さん達が頑張ってくれてるって、信用したい。
それでも、ここまでややこしく絡み合った状況だ。
一つの我が儘の優先順位がどうなるか分からない。
私は…私はアリサを、私の友達を助けたい」

千雨が、ばっと頭を下げた。

「もちろん、それ以上の死人なんて見たくも聞きたくもない。
難易度は相当高い、高すぎる。
だけど、この面子ならいける、かも知れない。
それなら諦めるなんてやっぱり出来ない。

成功条件はただ一つ、みんな笑ってハッピーエンド、
この緊迫し過ぎた状況で他の選択肢の無い無理ゲーだ。
それでも、力を貸してくれ。頼む!」

千雨が頭を下げて、どれぐらいの時間が経っただろう?
少なくとも千雨にはとても長く感じられた、
その静寂は一つの叫び声で破られた。

716 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/14 04:16:16.93 /ueW21f30 487/920

「…北半球なんて知るか!!」

千雨が、はっとしてそちらを見る。

「そんな誇大妄想のファンタジー話はもう知らん!」

千雨は、不敵な笑みを浮かべる周囲の中で、
夏美の叫びを唖然として聞いていた。

「千雨ちゃんの友達を助けに行こうかっ!」

沸き上がる声に、千雨は懸命に涙を呑み込む。
こちらを見た夏美と目が合った。
千雨は精一杯の笑みを返した。
夏美も又、にこっと笑みを返して見せた。

 ×     ×

素直になれなかった二人も遂に20

「はあっ、はあっ、はあっ!!」

薄暗い病室で、佐倉愛衣がバネの様にガバッと飛び起きた。

「な、なんでしょう、
何かとてつもなくこの世の終わりの様な悪い夢を見た様な…」

腕で額を拭いながら、愛衣は入院着の胸元を摘みきょろきょろ周囲を見回す。
探し当てた洗面器に水を汲んで来る。
病室のベッドに戻って濡らしたタオルを絞り、
ひどい寝汗で気持ち悪い衣服を脱いで体を拭う。
傷一つ残っていない。

ごめんなさい、お姉様

あの時、火炎術者である愛衣の命すら危うくなる未知の業火の後、
愛衣は緊急の生命維持の後は外側の修復に魔力を集中させてしまった。
そんな事したら、只でさえ危険なレベルで魔力が消耗している上に
直接的なダメージを受けた体の中がどうなるか分からない状況だった筈なのに、それでも、

717 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/14 04:20:15.87 /ueW21f30 488/920

ごめんなさい、お姉様

正確な記憶ではないが、イメージは頭の中に残っている。
あれは、間違いなく意識を失った愛衣が病院に担ぎ込まれた時の事だろう。
あの時の、高音の顔、叫び声。

ふと気が付き、携帯を手にしてメールを確認する。
病室に畳んで置いてあった着替えを身に着け、髪を結い、その下にあった仮契約カードを手にする。
自分のした事は理解している。
いつまで手にしていられるか分からない。だからこそ。

「お早うございます」
「お早うございます」

一応下は確認した筈だったが、窓から地面に着地した所で、
愛衣はナツメグを引き連れた高音と朝の挨拶を交わしていた。

「元気そうで何よりです」
「お、おにぇえ様っ、こ、これはそにょ…」

「愛衣が休んでいる間にも世界情勢は刻一刻と動いています。
私達はこれから科学の学園都市に現状調査に行きます。
もちろん、魔術関連の立入許可など出ていませから秘かにです」
「は、はい」

「どこに行こうが私達は魔法使いです。

で、ある以上、事に遭遇したならば、
現場の判断により悪い魔女に閉じ込められた一般人のお姫様を救出したり
ついでに世界を救ったりする事もあるかも知れません。

ついては、人手が足りません。体の方は大丈夫ですか?
最新の検査結果でも身体的な支障は小さいと聞いていますが」

718 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/14 04:23:27.52 /ueW21f30 489/920

「え、でも、あの私…」

「現時点において、私は愛衣の行動制限に就いて何も聞いていません。
例えこれから聞いたとしても、伝令兵を後ろから撃ち殺してでも全力で聞かなかった事にします。
冗談ではありません。敵地のど真ん中で只でさえ少ない人手を減らされてたまるものですか。
来るのか、来ないのか、返答は?」

「行きます。行かせて下さい」
「分かりました。ある程度事態は飲み込めてるみたいですね。
どうせ、向こうも止めても行くでしょう。
何のための魔法使いか、魔法使いの仕事と言うものをやり遂げに行きましょう」
「はいっ!」

「………愛衣、あなたが余りあの人達に感化されると、私の胃が危なくなります」
「すいません…」
「とは言え、あなたが、振り返らせて引き付ける程カッコイイ女にならなければ、
私の姉たる立場が廃ります。いいですね」
「はいっ」

724 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/15 04:42:51.00 QkyGgLmU0 490/920

 ×     ×

「もしもし?で、何か分かった?」

携帯に出た麦野が尋ねる。

「ああー、その情報、大体当たりだね。
研究所の方じゃひた隠しにしてるけどさ、
確かにその研究員がブツ持って姿消してる。
オカルトにはまってたってのも本当みたいだね」

「そのブツってのは?」
「まあー、遺伝子工学系のヤバイ代物なのは間違いないわ。
で、その研究所、資本がオービット・ポータルなんだよね」
「オービット・ポータル?」

725 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/15 04:48:00.57 QkyGgLmU0 491/920

「例の宇宙エレベーターエンデュミオンの親会社。
しかも、色々ダミー介してその研究所を裏から支配してる状態。
そこ巡ってこっちの世界じゃあかんなり訳分からない状況になってるよこれ」
「そう言われてもこっちだって訳分かんないわよ」

「だろうね。これからお披露目だって時に、エンデュミオンに絡んで相当ヤバイ事してて、
それに対してどこをどの程度の規模で動かすかって、こっちの上の方でもごちゃごちゃしてるって訳。
只、こっちの御同輩?そいつらの方が又訳分んない事になっててさ。

これも又色々取り繕ってるけど、ざっくり言って、
スクールの第二位がKO負けで病院担ぎ込まれて、
メンバーの犬使いはコンテナ入ったまま避暑地にダッシュって感じで、
はっきり言って駒不足なんだわ。これでなんかあったら確実にお鉢回って来るね」

「ちょっと待て、第二位がKO?」

「ああー、間違いないね。裏の裏の情報でもなんとかかんとか
せめて交通事故って事でよろしくって感じで必死こいてるみたいだけど、
連中側の情報管制からの裏読みとかなんとか、そっから見て、
どぉーっかの能力者にボコられたとしか思えないわこれ」

「おいおい、第一位様でも出て来たってか?
けど、第一位も、スキルアウト辺りならとにかく、
第二位とやり合えるって状況じゃあない筈だぜ」

「ああー、それに関しても何か変な話が聞こえて来たり来なかったりだけど、
この辺の事は不確定でね、しかも突っ込むと本気でヤバそうだったり。
話戻すけど、その、バイオ関連のアブナイ研究、
そいつ主導したのも金の流れやらなんやらから考えてオービット・ポータルで間違いないね。

今んトコ仕事って訳じゃないんだけどどうする?唾付けとく?
こっちで先行して情報握ってる訳だし、
オービット・ポータルは多分こっちに火の粉飛んで来るよ」

726 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/15 04:53:16.85 QkyGgLmU0 492/920

 ×     ×

科学の学園都市の外周で塀の上に飛翔した刹那は、
そこから長い長いロープを二本、下に垂らす。
塀の上で見付けたポイントに金具を接続し、
その固定を確かめてからのどかと木乃香がロープで塀の上まで上ってきた。

「改めて、凄いですねお二人とも」
「図書館探検部ナメたらあかんえせっちゃん」

葉加瀬に借りた光学迷彩をずらして木乃香が言う。

「急ぎましょう。
葉加瀬さんがギリギリの所で衛星や機械的なセキュリティの穴になる様に調整してくれましたが、
それも長くは保たない筈です」

言いながら、刹那は携帯で葉加瀬に連絡を取る。
セキュリティーホールの方向転換の依頼だ。

 ×     ×

「…さて…」

ようやく塀を降りて科学の学園都市の中に入った刹那一行は、
地図を見て思案していた。

「行き先は第七学区…侵入セキュリティの便宜のためとは言え、
ここからでは少々遠いですね。タクシーでも…」

言いかけた刹那は、瞬動術で一瞬にして木乃香に駆け寄った。
その時には、親指を立てて微妙に体をくねらせた木乃香の前に
一台のワゴン車が停車していた。

727 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/15 04:58:21.59 QkyGgLmU0 493/920

「オッケーやてせっちゃん」
「え、いや、あの…」
「あー、お連れさん?
お友達もかわいーねー。オッケーオッケー」

運転席から、いかにも軽薄そうな茶髪の男が歯を見せて言った。

「え、いや、あの…」

かくして、木乃香に押し負けた刹那も、のどか共々ワゴン車に乗り込む。

 ×     ×

「あー、そう、分かった」

個室サロンで、麦野が携帯を切る。

「尻尾が掴めた、行くよ」
「超了解です」

アイテムの面々が部屋を出る。

ベキッ、ベキメキッ

「結局、滝壺どったのって訳よ?」

最後に部屋を出ようとした滝壺理后と、
その滝壺の指の形に変形したドアノブを見比べ、
フレンダ=セイヴェルンがつーっと汗を伝わせて尋ねた。

「なんとなく、非常に不愉快な信号が第七学区方面に向かってる」

728 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/15 05:01:29.02 QkyGgLmU0 494/920

 ×     ×

「行き先は第七学区?」
「は、はい」
「まあ、車ならそんなかからないかなー」

刹那は、注意深く車内を伺う。
どう見ても、余り芳しいとは言えない状況だ。
この運転手の明らかに不良少年的に染めた茶髪野郎。
男にしても結構大柄だが、それにしたって年齢的に自動車の運転免許を持っているとは考え難い。

そして、元から乗っていた男性二人。
どちらもおおよそ似た様な年頃だろう。運転手ほど軽薄な感じではないが、
「匂い」が似たりよったりだ。

運転手も大柄な方だが、男性二人の内一人は堂々たる巨漢。
貫禄十分に無言で腕組みして座っている。
刹那も相当に出来る相手だと踏んでいた。

「おい」

そしてもう一人、こちらは取り立てて特徴と言う程のものも無い男が口を開く。

「どういうつもりだ?こんな時に」
「いーじゃん。だってこんな可愛いし、困ってたみたいだからさ」
「いやいや、お前、困った人に手を差し伸べるタイプだったかこの段階で?
しかも今俺達は何やってるか…」
「はーいお嬢さん、その後ろに積んでるシートの中とかめくって見たら駄目だからねー、
ぜーったいその中の機械とか触ったら駄目だからねー」

何か私気になりますとばかりに好奇心を蠢かせる木乃香に、
運転席から丸でお笑い芸人が押すなよと言わんばかりの釘が刺される。
そして、運転手はチラとバックミラーを見る。

729 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/15 05:04:43.92 QkyGgLmU0 495/920

「で、行き先は第七学区だったね?」
「はいな」
「じゃー掴まっててぇー、リニアモーターカーでブッ千切っちゃうからさーっ!!!」

ぎゃぎゃぎゃぎゃっと不穏な音と共にガクガク揺れる車が発進し、
外から何かスピーカー越しの絶叫が聞こえて来た。

「ぐぉぉぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ
待つじゃんよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっ!!!」

 ×     ×

「はいこの辺で良かったね、それじゃあねー」
「はーい、おおきにー」

第七学区のとある一角で、半ば目を回したのどかを支える様にしながら美少女三人が降車し、
ワゴン車はぎゃぎゃぎゃっと激しい音を立ててその場を離れる。

全く、売り飛ばされないだけ助かった、ミンチにならなかったあいつらが、
等と考えていた刹那の前を、決死的なドリフトで近くの角を曲がった
一台のパトカーが猛スピードで通り過ぎる。

たった今自分達が通ったルートを通り刹那達の目の前を通り過ぎたパトカーの行き先で、
何やら大爆発が起きたのは見なかった事にする事で三人のコンセンサスが成立する。

「あれは…」

反対車線側の歩道を見た刹那が、二人に耳打ちした。

「すいませーん」
「はーい」

木乃香が声を掛けたのは、清掃ロボに跨った土御門舞夏だった。

730 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/15 05:08:13.96 QkyGgLmU0 496/920

「あのー、土御門元春さんを探しているんですけど、
もしかしたら可愛いメイドの妹さんがいるて伺いましたさかい」
「あなたは誰、何の用なんだー?」
「はいな、うち藤原言います。お兄さんに出先で少々ハンケチをお借りしまして」

「兄貴かー、悪いなー、ちょっと今留守だからー。
私から返しておくけど」
「そうですか。ほなすいませんけどうち急ぎますよって」
「ご丁寧にどうもだぞー」

ハンケチを渡された舞夏がヒラヒラと手を振って二人はそれぞれ別方向に移動する。
少しして、木乃香が戻って来て路地裏で刹那、のどかと合流する。

「どうやった?」
「…それが…」

木乃香の問いかけにのどかがいどのえにっきを差し出す。

「…胃と十二指腸の十数カ所から突如出血して緊急入院?」
「何か、無理な術式でも使ったのでしょうか…」

呟く刹那の声は乾いていた。

735 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/16 13:47:20.66 UDSlCDwc0 497/920

 ×     ×

ホテルを出て、朝の学園都市を鼻歌交じりに散歩している。
それだけでも、十分に周囲の目を引いていた。

「へぇー」
「可愛いー」

元々が可愛らしい小柄な女の子。
一つ間違えたら悲惨な事になる、
真っ白ふわふわなドストレートに甘ロリファッションも見事にマッチしている。
元々変な格好なのだから、本来甘ロリファッションにしても意味不明な木の棒を両手に握っていても
そこを気にする者は、少なくともすれ違うだけの通行人には存在していない。

そんなこんなで、毎度のロリータ姿の月詠は、
その胸の高揚を今のところは気合いで制御しつつテクテクと街を歩いている。

後何歩歩けば元は鴨川に磨かれた白き頬が美酒に酔うたが如くに染まり、
そして、よだれがたらりと溢れ出すのだろう。
今でも、嗚呼、この度の仕事、想像するだけでも手にした木の棒を(以下略)

だが、目的地に着くよりも随分早く、
月詠の関心はもう少し間近に現実的なものに向けられ、唇に薄い笑みが浮かぶ。
月詠ほどの達人でも、ほんの僅かな、一瞬で消える風の違和感しか感じられなかった。

もし、一般的な通行人が月詠をずっと監視していたならば、
こう表現した筈だ、消えた、と。

736 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/16 13:52:51.05 UDSlCDwc0 498/920

タンッ、と、月詠は爆発的なステップで方向を転換し、路地裏に突っ込んだ。
そのまま、行く先々に引っ繰り返った将来の佐天さんのお知り合い候補だけを残して
タンタンタンタンターンッと表から裏に、路地裏から路地裏に鋭い動きで移動し続ける。

しまいに、何か高い塀とビルの間に入った月詠は、
そのビルの壁を蹴って塀へとジャンプしその塀を蹴ってビルの壁に、と言うふざけた連続技で
どんどん高度を上げていく。
そして、ひらりと塀を跳び越えて普通なら怪我では済まない高さにすたーんと着地する。

周囲の光景を見て、月詠は唇を緩める。
何かトラブルでもあったのか、破壊された建物の残骸に、
資材の山があちこちに残された雑然とした空き地。
実に、おあつらえ向きだ。

ほら来た。
月詠の握る小太刀二刀流が、襲い来る刃を次々と弾き飛ばす。

逃げ巧者、月詠の第一印象はこうだった。
受けて立った印象が、何となく頼りない。
物陰から物陰へ、するりするりと移動している。
そして、隙を見ては攻撃を仕掛けて来る。
それでいて、こちらの刃からはするりと身を交わす。
丸で鰻でも相手にしている様だ。

「…ほなら、うちから行きますえ…」

物陰に、ぞおおっと戦慄が走る。
白黒入れ替わった様な目でにいいっと笑った月詠が行動を開始する。
水槽に手を突っ込んでかき回す様に、物陰から物陰へと、
圧倒的なスピードとパワーを叩き付けて襲撃して回る。

月詠が元の場所に戻った時、まずは這々の体で生き残ったと言った感じで、
その者達は月詠の周囲に姿を見せていた。

737 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/16 13:57:56.74 UDSlCDwc0 499/920

それは、手ぶらであれば、そのまま道を歩いていれば只の通行人にしか見えない集団。
老若男女、服装もバラバラ、得物も一般的に見るなら物騒だが
統一感のある軍団と言ったものには見えない。
それぞれがめいめいの剣やら槍やらを手にして月詠を囲んでいる。

(………の、様でいて、意味は無いではない………)

じりっ、じりっと包囲を横目に月詠は使い手の目で見定める。
ゆらゆらと動く包囲から何度か攻撃が仕掛けられ、月詠がそれを凌いで反撃する。
その度に、ゆらゆらとした包囲からするりと交わされる。

「………一人一人は木偶。厄介なのは陣構え………
神道でもあり仏教でもあり、陰陽もあり、根っこは十字教でそれでいて土着の八百万…
ごちゃごちゃややこしいわ………」

 ×     ×

「常盤台の女子寮、ですか」

土御門舞夏を追跡していた刹那が物陰で呟く。

「御坂美琴さんがいるのが常盤台って千雨さんの資料にもありました」

その近くでのどかが言う。

「来るかなぁ」
「病院を探すのも手間ですし、このルートで接触を待つのが手堅いかと」

木乃香と言葉を交わしていた刹那が、立てた人差し指を唇に当てた。
アロハに金髪、グラサン、一目でそれと分かるその男、
土御門元春が確かにその近くの路上に姿を現した。
三人が動き出す前に、土御門は携帯を取り出す。

738 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/16 14:03:23.38 UDSlCDwc0 500/920

 ×     ×

「もしもし」

着信した携帯の通話ボタンを押し、土御門は問いかける。

「もしもし」

その返答は、少女の声だった。

「お加減いかが?随分重症だと聞いたけど」
「ああー、お陰さんでな。
ま、結構にトンデモな技術でこうやってぴんしゃん動き回ってるよ、
何せ、寝てる状況じゃねぇからな」

既にして、軽い口調はそのまま相手の背筋に刃の冷たさを感じさせる。

「それで、思わせ振りなメールでこんな所に呼び出してくれて、
デートでもしてくれるのかにゃー?
可愛いロリっ子ってのも悪くないけど」
「いいのかしら、ここでそんな馬鹿話してて。
聞こえたら嫌われるわよ」

「テメェこそ、ここでそれを口にするって事がどういう事か、
分かってて言ってるんだろうな?」
「あらあら、病み上がりで余り興奮すると、
又、胃に穴が空くわよ」

「なら、早急にその原因を根本から取り除きたい所だな。
なんなら是非とも今すぐ俺の前に面出してもらいたい、それが特効薬だ」
「お生憎、これでも忙しい身なのよ、分かるでしょう?
何せ、本日お披露目の宇宙エレベーターエンデュミオンの最高責任者、
なんて事をしているのだから」

「みすみすそれをさせるとでも思っているのか?」
「どの手駒を使うのかしら?
ネセサリウス?それとも科学サイド?あるいは…」

739 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/16 14:06:46.09 UDSlCDwc0 501/920

「…Mのイレギュラー、暗部と噛み合わせたのもテメェだな?」
「この街でこれだけの企業を経営している以上、
相応の人脈も情報力も持ってるわ。
幸いな事に、あの得体の知れないオテンバ達、境界線上の技術を使ってた。
あたかもあちらサイドの怪事件の様に決裁まで誘導するのはそう難しい事じゃなかったわ」

「それで、本気で騙されてるとでも思ってるのか?」

「そんな事知らないわ。要は、今の結果さえあればいい。
今この時に、少しでも不安材料を排除する事が出来ればね。
どちらのサイドも一番厄介な実働部隊で軽くはない、
恐らく身動き取れないぐらいのダメージ、政治的なカオスがもたらされた筈。
元々、それを防ぐのはそちらの得意分野だと思ってたけど、案外大した事無いのね」

「挑発か、底が知れるぜぃ。
そんな事で脅威を取り除けた、なんて本気で思ってるのかにゃー?」
「フェイク、それが本当だろうが、
今更そんな事で何かが変わるとでも思っているのかしら?」
「さぁな、こっちも忙しいんだ、あんまり無駄話をしてる暇は…」

「暇じゃないと困るのよ、あなたは」
「何?」
「あなたの目の前には今、何があるかしら?」
「ん?」

そこは第七学区、一般的な現代的街並みの中に、
古めかしい洋館を思わせるモダンな女子寮。

「今、そこの食堂には誰がいるのかしら?」
「おいおい、勘弁してくれねぇかにゃあ」

土御門が、バリバリと金髪を掻いて言った。

「テメェがその先言っちまうと、
俺としちゃあ、どこがどうあろうが後に引けなくなっちまうぜぃ」
「だからこそよ。よく聞きなさい、今置かれている状況を」

「テメェの嬲り殺しの刻が刻一刻と迫ってるって言う状況か?」
「それは嬉しいわね。過程を省いてくれるならもっと嬉しいんだけど」
「だが断る。言ってはならない事を口に出した、
その時点で生きながらミンチでそのままハンバーグで地獄行きは譲れねぇ」

740 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/16 14:10:26.17 UDSlCDwc0 502/920

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「何がおかしいっ!?」

挑発合戦であったが、
それにしても異様な笑い声についに土御門が声を荒げた。

「教えてあげるわ、今置かれている状況をね」
「分かりやすく頼む」

「あの女子寮には、特殊部隊のその道のプロが潜伏してるわ。
ハッタリだと思っているでしょう?残念ながら不正解よ」
「正解を、俺が納得出来る形で教えてくれないか?」

「ええ。難易度で言えばとびきり高い、でも、こちらも譲れない。
僅かな綻びであっても破綻する前に対処出来る様に、惜しむ事は何もなかったわ。

お陰で、今、この日この時この一瞬のためだけに、
とてつもない費用と時間を掛けて潜入させた業者に化けた特殊部隊が、
瞬時に身柄を確保して時間を稼ぐ手筈になっている。

もう、間に合わないわよ。
せめて無傷で解決したかったら、今日一日だけ大人しくしている事。
それだけでいいの。今日一日だけ連絡を絶って大人しくお茶でも飲んで待っていてくれるなら、
それ以上の事をさせるつもりはないわ。
無論、向こうもプロだから、女の子一人に余計な事はしない」

「あー、そのプロって言うのは…」
「ええ、これまでも不可能と言われた数々のミッションを成功させて来た…」
「男三人女三人…」
「女と言ってもSPにしても突入にしても超一流、
隠密行動もパーフェクト、もちろんその辺の男…」

電話越しにごくりと唾を飲み込む音を聞きながら、
土御門は別に取り出した携帯のムービー機能を作動させる。

741 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/16 14:13:35.69 UDSlCDwc0 503/920

「あの俺の目の前の路上で丁度男三人女三人で素っ裸になって
四十八手の実演パフォーマンスやってるあいつらの事ですかにゃー?」

「くぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!
なぁぁぁぁぁにやってるじゃんよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっ!!!」
「な、何?」

物陰で木乃香の目を塞ぐ刹那の事など知る由も無く、
電話越しにぽかんとした声を聞き、土御門は鼻で笑う。

「あの学校の中のとある派閥は、親睦を深めるために、
時々別の寮の生徒も招いて合同朝食会を開催してるんだにゃー。
そんな時に、どっかの野暮がどなた様かの逆鱗にでも触れたんじゃないのかにゃー」
「そう」

「ああ、そういう事だ。
つまり、こういう事だ。

 お 前 は 俺 を 怒 ら せ た


746 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/17 13:27:05.32 ++6tDXDL0 504/920

 ×     ×

「ここか?」

研究所だった建物の廊下で、「アイテム」のメンバーを従えた麦野沈利が呟く。
学園都市は科学研究の街。数ある研究所の中には、
こうしてもろもろの事情で閉鎖される研究所も少なからず存在する。

調査担当の下部組織の報告を受けて動いている訳だが、
麦野がドアを開き、まずは頑丈さに定評のある絹旗最愛が、
それに続いて他のメンバーも中に踏み込む。

「チェックメイトだ」

がらんとした部屋に踏み込んだ麦野は、目の前に座り込む白衣の男に声を掛ける。

「持ち出したブツ、渡してもらおうか?
こっちは高位能力者揃いだ、痛い目見るだけ無駄よ」

白衣の肩が震え、風の様な笑い声が聞こえる。

「なーにがおかしいんだにゃー?…あれか?」

麦野と座り込んだ男が一直線の向きとなり、
その更に先の床に、何か泥の塊の様なものが見える。
近くには開かれた金属のカプセルが。

「まさかもう?…」
「くくっ…」
「おいっ」

笑い声を漏らす男に麦野が声を荒げる。
ぐるりとこちらを向いた男を見て、麦野が僅かに目を見開いた。

747 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/17 13:32:17.75 ++6tDXDL0 505/920

「逃げろっ!絹旗あっ!」
「超了解っ!」

腕を広げた絹旗が楯となる形で、絹旗をしんがりにアイテム一同がドアへと走る。
振り返った男の顔は、ギャグ描写ではなく、
メロンの様に血管が浮き上がり表現し難い色に染まっていた。

「アーヒャヒャヒャヒャヒャヒャwwwwwww……………」

白衣の男の高笑いを聞きながら、アイテムの面々は廊下に駆け出しドアを閉めた。

「おいっ、血とか被ってないだろうな」
「結局、大丈夫って訳よ」
「だいじょうぶ…」
「超大丈夫です。衣服には届きませんでした」
「バイオハザードかぁ?冗談じゃねぇぞ…」

その時、ドアが何かごっ、ごっと音を立てた。

「生きてる?」

滝壺が呟く。

「おいっ、生きてるのかっ?」

麦野が尋ねるが返答は無い。
その内、音はガン!ドン!と明らかに破壊的なものに変化する。
一同がドアから距離を取った。
ドガン!と、ドアそのものが吹き飛んで廊下に倒れ込んだ。

「な、何?」

フレンダが目を丸くして声を漏らす。
部屋から廊下に、ずりっ、ずりっ、と、異様なものが這い出てきた。
そして、隙間から見える部屋の中には、白衣がちらっと映っている。
白衣に包まれているのは真っ赤な肉塊に等しいものだった。

748 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/17 13:38:15.51 ++6tDXDL0 506/920

それは、蛭の様な蛇だった。
蛭の様にどろりとぬめぬめとした大蛇。
胴体は麦野の肩よりも広く、しかも、途中で枝分かれして、
麦野の太股よりも太い首が何本も伸びて
その一つ一つにきちんと蛇の頭がついて鋭い前歯の間からチロチロ舌を出している。

「ひいっ!」
「化け物おおおっっっっっ!!!」

明らかに食らい付く勢いでフレンダに伸びた何本もの首を、
麦野の原子崩しが胴体ごと吹っ飛ばした。

「サ、サンキュー麦野…」
「遺伝子工学で怪獣製造、B級映画ってレベルじゃねぇぞ…」

流石に麦野も汗を拭いながら麦野が言う。

「あ、あ…」
「ん?…!?」

フレンダが震えて指差した先を見て、麦野も一瞬たじろぎを見せた。
全体的に半壊していた大蛇の肉体が修復され、
その上、ちぎれた首の切り口から二股に分かれた首が生えて来た。

「このっ!」

しゃあっと突っ込んで来た二本の首を原子崩しで吹っ飛ばす。
そのちぎれた切り口一つから、めきめきと二本の首が生えて来る。

「ヒュドラかよ」

更なる原子崩しで大蛇に穴を空け、
牽制した麦野が苦り切った顔で吐き捨てた。

「ヒュドラ?」

フレンダが尋ねる。

749 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/17 13:43:52.62 ++6tDXDL0 507/920

「ギリシャ神話に出て来る蛇の化け物さ。
気付かなかったか?さっきの部屋、多分こいつの原形だったのが魔法陣の真ん中に鎮座してた。
壁もギリシャ語の走り書きだらけだったよ。
オカルトにトチ狂ってたってのはマジらしいなぁ」

首の一つがアイテムに向けて鎌首を上げた。
絹旗が、ざっと麦野の前に回り込む。

「な、な、な…今、何?何か吐いた?」
「コブラだって出来る事だ、ビビッてんじゃねぇ」

震えるフレンダに麦野が言う。
開いた口の牙から噴射された毒液は、
絹旗を直撃して窒素の壁に阻まれて床を濡らすに留まる。

「オカルト狂いのマッドサイエンティストが
バイオテクノロジーで神話上の怪物を超再現、ですか。
超眠そうなストーリーですねっ」

そう言って、絹旗がタンッ、とヒュドラに突っ込んだ。
手近な頭を殴り付け、別の首を小脇に抱えながら近づく頭に蹴りを入れる。

「どけっ!シリコンバーンで塵にしてやるっ!!」
「超不確実ですっ!肉片から分裂でもされたら超洒落になりません。
最悪、私達がスケープゴートにされます。
フレンダっ、食い止めている間に火炎放射器かナパーム
超ありったけ持って来て下さいっ!!」

左腕に噛み付かれながら絹旗が叫ぶ。

「分かったっ!」
「死ぬんじゃねぇぞ絹旗っ!!」
「そんな絹旗を応援してる」
「超フラグ立てないで下さいっ!」
「あんのアマ、ぶち殺し確定だっ!!」

750 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/17 13:48:04.38 ++6tDXDL0 508/920

 ×     ×

第七学区常盤台女子寮前に二台のワゴン車が急停車する。
その中から、突撃銃を手にした黒ずくめの軍団がドドドドッと飛び出して玄関に突入する。
独裁者の首の一つや二つ通常業務の範囲内であるそのバックアップ部隊が玄関から突入し、
玄関から反対車線側の建物の壁に叩き付けられる勢いで退場するまで一分と掛からなかった。

「あー、満足したかにゃー?
そもそも、ホワイトハウスでも制圧出来るって常盤台を正攻法とか正気か?」
「まあ、潜入部隊が失敗した時点でこういう結論に達するわね、このプランだと」

「それが分かってるなら無駄な足掻きはその辺にしとけ。
ここに狙いを付けたって時点で、先に進めば進むほど、
テメェの死に様の愉快さ加減がアップして行くってもんだぜ」

「ふっ、ふふ」
「ん?」
「ふ、はは、ふはは、アハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
「!?」

路地裏で、刹那が鋭い目つきで女子寮を見上げた。

「お嬢様はここに、宮崎さん、引き続き土御門のウォッチを」
「分かった」
「分かりました」

 ×     ×

第七学区常盤台女子寮内。
迷い込んだ小蝿も追い払って朝食会も無事終了し、
すっと横目を走らせた食蜂操祈は、その視界に一人の女子生徒を捕らえていた。
その女子生徒は、制服姿で携帯電話を使うと、そのまま廊下に向けて歩き出す。

「女王」
「付いて来なくていいわぁ」

取り巻きを手で制した食蜂は、歓談を抜けて先ほどの女子生徒の後を追う。

751 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/17 13:51:29.50 ++6tDXDL0 509/920

女子生徒は階段を上り、廊下の奥まった部屋に入る。
食蜂の前方で幾つものドアが一斉に開き、中からぞろぞろと何人もの女子生徒が出て来る。

彼女達は制服姿、それはここでは当たり前として、特徴が二つ。
一つは、振り回すには手頃なサイズの槍を手にしている事。
もう一つは、最上位の精神系能力者である食蜂であれば容易に分かる、
目に独特の淀みが見られる事。
食蜂が、生気なくぞろぞろと移動を始める槍持ち達にリモコンを向けてスイッチを押す。

「!?」

正気に戻った目に一瞬で淀みが戻り、そして、その目は食蜂に向けられた。

「や、やめなさぁいっ」

もう一度リモコンを使うが、先頭の女子生徒が一瞬ひるんだだけだった。
食蜂は内心後悔する。取り巻きから物理的火力のある人間を連れて来るべきだった。
先頭の女子生徒が食蜂に突き出した槍の穂先は大きく逸れ、壁に突き刺さる。
それを見て、すわっと凶暴化した女子生徒達の先頭に電撃が浴びせられ、
吹き飛ばされた先頭組の少女の背中で後続も吹き飛ばされる。

「御坂さん?どうしてここに?」
「あんたが又、こっちに来てまで妙な動きしてるからでしょ」
「妙なのはこの娘達よぉ」

食蜂が言ってる側から、槍持ちの生徒達はゆらりと立ち上がる。

「嘘?今の直撃しても立ち上がる?」

ざざっと攻撃を仕掛けて来た槍持ち達に美琴が向かって行った。
電磁力で切っ先を反らし、電気能力で身体速度を増しながら
彼女達に人間スタンガンアタックを次々と浴びせて行く。

だが、それでも、彼女達はのそり、のそりと立ち上がる。
こうなったら御坂美琴にとって好みの好悪は無い。
どうやら手が打てないらしい食蜂の前で腕を広げ、事態を見定めようとする。
槍持ち達が一斉に立ち上がり、突っ込んで来た。

752 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/17 13:54:50.17 ++6tDXDL0 510/920

「!?」

美琴がとっさに電磁バリアを張った。
近くの窓硝子が窓ごと吹っ飛ぶ。
次の瞬間、窓から突入して来た小柄な少女がバカデカイ刀を一閃し、
槍持ちの女子生徒達はまとめて壁まで吹っ飛ばされていた。

「大丈夫ですかっ!?」

黒髪をサイドポニーに束ねた少女が、
小柄な体躯に似合わぬ野太刀を片手に叫ぶ。

「大丈夫、みたいねぇ。あの娘達…」

食蜂の言葉に、視線はそちらに向けられる。
のそりと動き出した槍持ち達は、上着を脱ぎ捨て、
立ち上がるとボタンを弾き飛ばしてブラウスの前を開く。
開いた胸元から抜き出した右手で槍を握り立ち上がっていた。

 ×     ×

月詠は、じりっ、じりっと敵を見定めていた。
実力差は圧倒的の筈、この程度の相手であれば百人千人来ても月詠は苦もなく切り抜けられる。
ぬるりぬるりと自然な集団戦法に馴染んでいる、
そのために人数以上の相乗効果を出している点が厄介だったが、それにしたって限度がある。
ざわっ、とした気配と共に人波が割れた。

(西洋剣っ!)

月詠の右の小太刀が重い西洋剣を受け太刀する。
見た目そのままであれば月詠のちっこい肉体ごと断ち割られる重量、勢いだが、
現実にはしっかりと拮抗している。
そして、左の小太刀が身近で起こった爆発から月詠の肉体をガードし、
西洋剣を弾き飛ばした月詠がタッと距離を取る。

753 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/17 13:59:39.45 ++6tDXDL0 511/920

「おやおや、剣士はんかと思うたら手品師はんどしたか?
手品師はんが何の御用ですやろか?」
「足止め」

その言葉に、月詠がぴくりと反応する。

「それがお前さんの仕事だってな。
不慣れな仲介人を使ったらしいな。
蛇の道は蛇、こっちまでダダ漏れなのよな。
それなら、こっちのやる事は足止めの足止め、
勝手にやらせて貰うのよなぁ」
「くっ、ふっ、うふふふふっ」

月詠の顔に、にまあっと笑みが浮かぶ。

「この実力差でよう言いますわ。
とびきりのご馳走が待ってるさかい、
時間取らせて精々前菜ぐらいにはなってくれますんやろなあっ!!」

755 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/18 03:14:20.43 2BrjpCg60 512/920

 ×     ×

第七学区、常盤台中学学生寮食堂

「ん?兄貴?病院もういいのかー?」

既に閑散とした食堂に駆け込んだ土御門元春が、物も言わず土御門舞夏の手を掴む。

「お、おい兄貴」
「行くぞっ!」
「ち、ちょっと、まだ実習中…」
「いいから、ここはヤバイ…」
「ほう…」

土御門元春の素手喧嘩と書いてステゴロは相当な実力である。
少々時代遅れのヤンキー漫画のキャラクター相手でも、
民ナントカ書房のレベルまで行かないなら相当の相手まで勝利出来るだろう。

「朝っぱらから禁断の関係で駆け落ちか。

 い い 度 胸 だ



その、軽薄な外見に中身はマッチョな実力者土御門元春が眼鏡を見た、
と、思った時には、寮の玄関から向かい側の建物辺りまで放り出されていた。

「くっそぉ…」

立ち上がり行動を開始しようとしたが、
既に玄関には車椅子に乗った白井黒子がふんすとばかりに居座っている。
正面対決では黒子だけでも話にならないのに、その背後にも何人かの影が見える。
警戒された状態の土御門が最低レベル3の常盤台の女子寮に強行突入、それ自体が無茶な話だ。

756 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/18 03:21:07.44 2BrjpCg60 513/920

 ×     ×

第七学区、常盤台中学学生寮廊下。
一度は桜咲刹那の一撃で背中を壁に叩き付けられるまでに吹っ飛ばされた女子生徒達が、
制服の上着を脱ぎ捨て、ブラウスの前ボタンを下着ごと引き千切って、
ブラウスの胸元から右腕を出してうようよと立ち上がろうとしている。
立ち上がり、左手に握っていたお手頃サイズの槍を右手でもしっかと握る。

「…アマゾンの戦士…」
「え?」

呟いた食蜂に美琴が聞き返す。

「何て言うか、あの娘達の頭の中に流れるコード名か何か、
確かに、そう見えない事もない」

めいめいゆるゆると構えをとった十人余りの槍持ち女子生徒を前に、
刹那は野太刀夕凪を正眼に構える。

「な、何?」
「剣気ねぇ」

膠着した状態を見て御坂美琴が呟き、食蜂操祈が応じた。

「今、あの大きな刀を構えてる全身からは、虎でも尻尾を巻いて逃げ出す程の剣気が放たれてるわぁ。
もっとも、あの娘達の精神状態から見て、一時の牽制にしかならないと思うけど」
「どうなってるのよ、ちょっと、あんた達っ、
いい加減そんな物騒なもの置いて、本気で怒るわよっ!」
「説得は無理ねぇ」
「これは、憑き物…」

刹那が呟く。

「私もそう思うわぁ」

退魔師である桜咲刹那と科学の学園都市第五位食蜂操祈の意見が一致した。

757 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/18 03:26:54.63 2BrjpCg60 514/920

「は?ツキモノ?って?」
「取り憑かれてるって意味よぉ」
「取り憑く、って、幽霊でも取り憑いてるとか言うの?」
「そうよぉ、人間の脳は科学の世界でもまだまだ未知のブラックボックス。
そういうオカルト染みた言葉でしか表現出来ない、
言い換えるなら職人の勘としか説明出来ない概念が現実として稀に発生するのよぉ」

「何とかならないの?」
「難しいわぁ。タチの悪いコンピューターウィルスみたいね。
根っこになるウィルスがどこか、多分脳以外の場所にあって、
常時脳に悪性の信号を発信してる。
だから、元を断たなければいくら脳を書き換えても又同じ状態にされてしまうわぁ」

刹那は、正直面白いと思って聞いていた。
科学の学園都市は魔法禁制、理論的にも人間が吹っ飛ぶ程の様々な軋轢があるとも聞いているが、
本当にそれ程遠い存在なのだろうかと。

「来ますっ!」

刹那が叫ぶ。
美琴が前に出て、槍持ちの女子生徒の集団に向き合う形で、
食蜂が後ろ、右前方に刹那、左前方に美琴と言う配置が自然に出来上がる。
美琴の事を勘のいい、戸惑っても今やる事を理解出来る少女だと刹那は見る。
次の瞬間、刹那が破壊した窓から更なる突入があった。
突入者は槍持ちの集団に突っ込み、槍持ち達がことごとく吹っ飛ばされる。

「け、けけけ、拳銃ってあんたっ!?」
「安心しろ、麻酔弾だ」

叫ぶ美琴に、低い姿勢から立ち上がった龍宮真名が二挺拳銃を手に真顔で言う。

「の、割りには、取り憑いた元凶も消滅してるわねぇ。
ああ、もちろん、生命も一緒に、って事ではないわ正常な反応で生存してる」

そう言って、食蜂が薄く笑う。

758 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/18 03:32:06.44 2BrjpCg60 515/920

「フリーのエージェントとして、とある筋から事態解決の依頼を受けた。
もちろん、仕事である以上、口が裂けても石を抱かされても
依頼人の名前を出すつもりはない」

すれ違い様、真名が刹那に言った。

「………だが、全員は無理だった」

見ると、直撃を回避し爆発的な攻撃に巻き込まれただけだった四人の槍持ちがよろよろと立ち上がる。

「おいっ、何の騒ぎだっ!?」
「寮監っ!」
「寮監か、面倒になるな。少し足止めして来る。後は任せた」
「え、あ、ちょっと…」

真名が、ドスドスと足音の聞こえる階段へと突っ走った。

ドガン!!
ドガン!!
ドガン!!
ドガン!!
ドガン!!

「な、なぁに?この二大怪獣が激突してるみたいな壮絶な気配は…」
「うん、寮監だし、それよりも今はこっちっ」

美琴が叫び、その目の前では、槍持ちの女子生徒二人と刹那が切り結んでいた。
刹那の夕凪が、背後の二人諸共相手を吹っ飛ばす。
それでも、槍持ち達は立ち上がる。

759 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/18 03:35:15.93 2BrjpCg60 516/920

「な、なに、よ?」

そこで、美琴がゾクッとする。
槍持ち達の唇の端からつーっと赤い血が溢れ出す。
見ると、目尻や耳からも赤い筋が溢れている。

「御坂さん、脳波、感じられる?」
「あんたみたいに精密に他人の…何、これ?…」
「常盤台の生徒は最低でもレベル3。
精密に理論的に開発された脳のシステムに変なものが流れ込んでるわぁ。
何か、本来とは別の言語で無理やり動かそうとしているみたいな。
この状態が続くなら…脳が保たないわ」

前を見据えた食蜂は、
普段が普段なだけに陰気にすら見える。それ程に凄絶だった。

「お嬢様っ、すぐにこちらに来て下さいっ!」

その脇で刹那は携帯を使っていた。

762 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/19 23:34:35.44 9ECzV3fF0 517/920

 ×     ×

第七学区常盤台学生寮廊下。
槍持ちの女子生徒のほとんどは真名の手で解呪された上で意識を失っている。
残りは四人、ここではA、B、C、Dとでも呼んでおこう。
状況的に見て、彼女達も恐らく被害者だ。出来れば傷付けたくはない。
桜咲刹那としては、そのために思う所もあったが、

(…私に、出来るか…)

唸り声と共に、槍持ちが襲撃を掛けて来た。
刹那の夕凪がそれを凌ぎ、押し返す。
次の瞬間、槍持ち達のこめかみから鮮血が噴き出した。

「長くは保たない、と言う事ですか?」
「そう見るべきね」

刹那の問いに食蜂が応じる。
今までキャラを作っていたのか、
これまでから一転して、刹那の身近にもいる様なしっかりした印象すら与える。

「一人一人なら私が何とか…なんとかしますっ!」
「分かった」
「分かったわ」

刹那の言葉に、美琴と食蜂が即答した。

「おおおぉーっ!」

刹那がA、Bと切り結ぶ。

「あんたこっちっ!」
「こっちに来なさいっ!」

そこに加勢しようとしたCの槍が美琴に引き付けられ、
Dも又、高出力の干渉脳波で食蜂に引き付けられる。

763 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/19 23:39:45.44 9ECzV3fF0 518/920

(…とは言え…)

美琴の張った電磁バリアに弾き飛ばされたCが、
体勢を立て直して槍を突き出して来る。
美琴はその切っ先を磁力で反らし、柄を掴んで相手の胴体を蹴り付ける。
それだけでもヤワな攻撃では無い筈なのだが、Cは丸で痛覚を度外視している様だ。

(やり難い…)

今の状態の相手に効果的な攻撃をしてしまうと、相手の肉体的ダメージが大き過ぎて寝覚めが悪い。

「おおおおっ!!」

Cが馬鹿力を振るって槍の柄を掴んでいた美琴を振り払う。
後ろによろけたCの鼻から血が迸る。

「この…」
「おおおっ!」

ぎりっと歯がみした美琴がバッと手を下に振る。
突き進んで来たCの槍がガクンと落ちて床に突き刺さる。

「ちぇいさぁーっ!!」

そのまま美琴が間合いを詰めてCを蹴り飛ばす。

「!?しまっ!」

一瞬の油断を突かれた。ざざっと床をはい進んだCが両腕で美琴の脚をすくい、
尻餅をついた美琴にCが襲いかかる。

「が、っ!」

Cの両手が美琴の首を締める。
Cの両腕を美琴の両手が掴み、バチバチッと紫電が迸る。

764 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/19 23:45:24.23 9ECzV3fF0 519/920

「くっ!」

夕凪でA、Bの槍を凌ぐ刹那だが、想像以上に手強い。
常盤台の生徒だと言う点で、能力開発以外にも素で何でもありの人材であり、素質がある。
しかも、呪いの力で何等かの補正が掛かっているとしか思えない。
その補正が彼女達に負担を掛けているのだから時間を掛ける事も出来ない。
それでいて相手の肉体的負担は最小限、俗に言う無理ゲーと言う奴だ。

「しまっ!」

ぎりっ、と、夕凪とAの槍の柄が押し合うその横をするりと抜けて、
Bが先行したのを見て刹那が叫ぶ。
Bの行き先の御坂美琴、そしてDと相対している食蜂操祈もとてもその相手が出来る状態ではない。

御坂美琴自身、Cとの相手で手一杯。
そんな御坂美琴の肉体を貫かんと、今正にBの手にした槍が一直線に突き出される。
御坂美琴も、今正に背中を抉る勢いの槍の穂先に気付くが、
辛うじて呼吸を確保している状態の御坂美琴には到底交わす余裕は無い。

(…バリ、ア…間に合わない…死んだ?…)

次の瞬間、一筋の光が窓からその内へと突き刺さる。
すかっ、と、あり得ない空振りにBはつんのめった。
確実に御坂美琴の肉体を抉る筈だったBの槍は半ばから切断され、
窓から差し込んで槍をぶった切った光はそのまま光の軌道のままに壁までぶち抜いてしまう。

Bが戸惑っている間にひらりと跳躍した刹那が、
Bの頭部をずぼっと自分の太股の間に挟み込んで、
そのままBの体を脚力で持ち上げ地面に叩き付ける非常識アタックを展開する。

「普通なら十分KOなんですが…」

よろりと立ち上がるBを見て刹那はコメカミにつーっと汗を伝わせる。

「げ、げほっ!」

辛うじて締める手が離れ、美琴とCが立ち上がる。
だが、そのまま、ギリギリと力比べが続き、ぶしゅっ、ぶしゅっ、と、
Cの額から、胸元から鮮血が迸る。

765 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/19 23:50:38.17 9ECzV3fF0 520/920

「あんたっ、いい加減にいっ!…」

目の前の状況と込められる力に美琴が苛立ち、止められない紫電が二人を舐め回す。
バババッと一度大きくスパークした。

「な、に、これ?又、流れ込んで…」

直接美琴の頭に流れ込む様な暗い声が美琴を戸惑わせる。
それは、最高のエレクトロマスターである美琴自身にも抑制の効かない、
暴走した体内電気の不正なリンクが脳で変換されたものと推測は出来る。

………ノウリョク………ノビナイ………ドウシテ………ワタクシハ………
………デキナイ………アルテミス……………

「………むっかついたぁ………しっかりしろおっ!!!」

美琴の叫びと共に、もう一度、大きなスパークが輝いた。
その脇では、ガキン、ガキインと、夕凪が振り回される槍を弾き飛ばし、
その一瞬のタイミングを巧みに作り上げる。

「神鳴流奥義、斬魔剣弐の太刀っ!!!」

神鳴流の中でもトップクラスの奥義を、それも二人まとめて。
本来であれば、流派の剣士としては、
刹那の身ではまだ正式な教授を受ける前の段階だった。
それでも、見様見真似でも、やるしかなかった。そして、成功した。
A、Bは、やすらかな顔でその場にくずおれる。

「…そこかっ!神鳴流奥義斬魔剣っ!」

次は、もう少し楽だった。
跳躍した刹那が、スパークが終わったCの上で何かをぶった斬った。
Cが、カクンと糸が切れた様に倒れ込む。

その側で展開されているのは、一見すると意味不明な光景だった。
槍を構えたDに食蜂がリモコンを向け、
二人は微動だにしない。
しかし、刹那にも、そして美琴の勘にもそれは理解出来ていた。
ぶくぶくと赤い泡を吹いたDが、げはっと血反吐を吐いた。

766 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/19 23:53:42.62 9ECzV3fF0 521/920

「このっ!」

食蜂に向けて真っ直ぐ飛んだ血反吐が、美琴の放った電撃球を受けて上に向けて爆ぜる。

「神鳴流奥義斬魔剣っ!」

飛び付いた刹那の一太刀と共に、おぞましい叫び声が確かに聞こえた気がした。

Dが後ろに倒れてとっさに美琴が支え、食蜂もすとんと膝を突いてそのまま突っ伏した。

771 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/21 14:22:17.36 5PbKEfc20 522/920

 ×     ×

「と、言う訳で、こっちで対処しますから大丈夫と言う事です。
と言うか殺さないで下さいっ」

第七学区常盤台中学学生寮近くのとある建物の屋上で、
桜咲刹那が使役する半自律型式神通称バカせつながぱたぱた手を振りながら言った。

「そうですか。そこまで仰るのなら。
御坂さんに刃を向けた、その時点で四肢寸断でも生ぬるい所ですが。
たまたま自分が見付けていなければどうなっていた事か」
「………」

 ×     ×

ドガシャーンと寮の大窓をぶっ壊して金色に輝きながら飛来する大きな塊を、
土御門元春は路上でがっしと受け止めた。

「土御門元春か」
「これはこれは、この世界でも最強のスナイパーにご記憶いただけるとは光栄だにゃー。
しかも、本来撃ち抜かれるまで気付かないところを、鬼神に迫った勇姿を拝見できるとは」
「たった今その勇姿とやらを永久に忘れさせてやってもいいんだが?」
「いやいやいやいや、ナイスキャッチの恩人に対する態度じゃないぜぃ」

ごりっと顎の下にデザートイーグルの銃口を押し付けられても、土御門のペースは変わらない。
取り敢えず体を鎮めた龍宮真名は、ふんと鼻を鳴らして着地し、携帯を取り出す。

「中の方は片はついた、まあ、無事と言う事らしい」
「そうか」

それを聞いた土御門の返答は小さく、真面目だった。

「………助けたのは桜咲刹那だ………」
「………そうか………」

呟き、土御門はサングラスの真ん中を中指で押す。

772 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/21 14:27:55.18 5PbKEfc20 523/920

「礼を言っておいてくれ」
「おいっ!」

一言だけ告げて背を向けた土御門に、真名が珍しく荒い声を浴びせる。

「人質に取ろうとした、俺の動きを止めるためにだ」

足を止め、独り言の様に土御門は言った。

「それが何を意味するか、解らせなければならない。
あいつの筋目、待って欲しいと言うつもりはないが、
何としてでも解らせる。それだけは譲れない、絶対にだ」

本職がスナイパーでも、殴り合いで真名に勝てる者など滅多にいるものではない。
土御門も並の人間、プロから見ても弱い方ではないが、その例外に当てはまる程ではない。
力ずくで止めるか、土御門を。
真名に背を向けたままの土御門、その肩の少し上に、土御門の摘む折り鶴がつーっと浮いている。
はったりか、否か?
確実なのは、土御門の覚悟が確実だと言う事。

 ×     ×

「大丈夫ですか?」
「ええ。あなたは「本体」を直接叩く事が出来るのねぇ」

駆け寄った刹那に、食蜂が立ち上がりながら言った。

「正式に、ではありませんが。
今回は他に方法がありませんでしたので少し強引にやらせてもらいました。あなたは?」

「あの娘の脳に送られていた信号の内容とルートを解析して、
嫌いであろう信号を「本体」に逆流させたわぁ。
まあ、ヘタのついた甘くて酸っぱいパイにしても美味しい赤い玉だと言う事は理解できても
それが何であるかはよく分からない、と言うのが実際だったけどねぇ。
御坂さんも。「本体」に直接リンクして追い出したみたいだけどぉ」

「たまたまよ、狙って出来る訳じゃない。
精神と神経回路と電気と幽霊と、厳密に何が違うかなんて
本当は勉強すればする程分からなくなるんじゃないの?」
「ふふっ、その通りよぉ」

773 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/21 14:33:04.65 5PbKEfc20 524/920

その時、壊された窓にガチッと熊手が引っ掛かり、ぐいっと何度か引っ張ってから、
熊手に結んだ縄を木乃香がするすると上って来た。

「どないしたんこれ?」
「話は後です。こちらの四人をお願いします」

言いながら、刹那は木乃香に囁く。

「完全治癒すると後々の話が面倒ですので、
脳に外傷が残らない様にそれだけお願いします」
「分かった。治れーっ!」

木乃香がひゅんひゅんと白扇を振るうと、確かに四人の顔色が良くなる。

(………再生能力者か何か?………)

美琴が首を傾げている間に、刹那と木乃香はささっと近くで開いたドアに姿を隠す。

「何の騒ぎだっ!?これは…」

ようやくドカドカと姿を現した寮監の前に、食蜂が進み出て一礼した。

「敢えてレベル5第五位、学園最高の精神系能力者の名をもって申し上げます。
御坂さんと共に、一方的な攻撃に対する正当防衛で被害を拡大しないためにやむを得ず制圧しましたが、
何かの弾みによる集団ヒステリーの一種と思われます。

無論、名門常盤台の秩序は重々理解しておりますが、
思春期における高度の能力開発中の一時的に不安定な精神状態によるものとして、
どうかご配慮の程をお願いいたします」

「それにしては、先ほど妙な者が乱入して来たが?」
「こちらの異常を察して窓から飛び込んで来てくれた通りすがりの能力者みたいです」
「分かった。無論無罪放免とはいかないが心に留め置こう」
「お心遣い、感謝致します」
「有り難うございます」

食蜂に並んで美琴が頭を下げる。

「医務室に運んでやれ。話はそれからだ」
「分かりました」

774 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/21 14:36:37.05 5PbKEfc20 525/920

そして、この場を一旦立ち去る寮監と入れ違う様に、
美琴の電話を受けた白井黒子が姿を現す。

「お姉様っ!?」
「…人の心の弱味に付け込んでカルトに勧誘してる馬鹿野郎がいるわ。至急調べて」
「はいですのっ。彼女達が、なのですね」
「…ギリシャ系の占星術…」

食蜂が、ぽつりと言った。

「人の心を扱うものだから、一応の知識力は持ってるわぁ。
この娘達の頭の中に流れていた特殊なワードはギリシャ占星術に使われているものよぉ。
恐らく、不安定な女の子の占い好きに付け込んだのねぇ」
「とことんゲスね」

美琴がぎりっと歯がみする。
普段は食蜂の事もゲスだと思っている美琴だが、これは許しておけない。

「それも、最近の事の筈よぉ。
御坂さん一人がそうなるなら話は別だけど、
常盤台の中にそんなものが侵入したなら、遅くとも一週間以内には私の耳に届くわぁ。
まして、例え一人でも私の派閥のメンバーに関わるなら、三日と掛からない…」

静かに歩き出した食蜂はぽつりと呟く。

「一日だって許し難い恥」

食蜂が先ほど自分と対峙していた少女の前に片膝を突き、静かに前髪を撫でた。

「…あ…女王…」
「あらぁ、今朝はアレが重くて欠席する、と伺ってたけどぉ」
「あ…そうでした…申し訳ございません女王…」
「いいのよぉ、あちらで、二人でゆっくりお話ししましょう」
「はい…」

その食蜂の口調が普段通りであるからこそ、
美琴は血の凍る様な恐怖を覚えていた。

775 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/21 14:40:02.36 5PbKEfc20 526/920

 ×     ×

隠れた部屋の窓から木乃香と共に脱出した刹那は、
撮影した部屋の様子を携帯で心当たりに送信する。
すると、すぐに返信が来た。
相手は佐倉愛衣だった。

正規の魔法生徒、学園警備として仕事をしている愛衣と刹那はそれなりに付き合いがある。
癖のない性格の愛衣と生真面目な刹那は互いに悪くないタイプであり、
丁度西洋と東洋で知識的に逆を向いている。
夕映なら最も高い精度の答えを得られそうだったが、
愛衣も西洋魔術の理論に関しては相応以上の実力者だ。

「もしもし」
「もしもし、桜咲さん、今どこにいるんですか?
もしかして科学の学園都市ですかっ!?」
「え、ええ…」

「お尋ねの件ですけど、これはゴエティア系の日本で言う召還魔術を占いグッズに偽装したものですね。
誰がこんなふざけた事をしたんですか?
中身は非常に危険なものです。素人が使っていい内容じゃない、
こんな偽装から推察される客層で扱ったら大変な事になりますっ!」

そう言う愛衣の声は、本気で憤っていた。

「その事も聞きたいのですが、至急こちらに来て下さい。
科学の学園都市内で魔力を感じました。
パターンからして恐らく魔獣、それも非常に危険なものです。

しかも、魔獣で間違いないと思うんですがそれにしては何かがおかしい、
何と言うか感じられる波長に変なパターンが混ざっています。
とにかく、私もそちらに急行していますが、
魔獣狩りで頼りになる桜咲さんがいるなら一刻も早く合流して下さいお願いしますっ!」

「分かりました、場所を教えて下さい」

776 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/21 14:43:42.46 5PbKEfc20 527/920

 ×     ×

「くっ!」

一人の少女が、横殴りの二刀小太刀を剣で受け取る。
その後も、五月雨の様に月詠の斬撃がその少女、浦上を襲い、
仲間の援護も楽々と牽制されて近寄る事が出来ない。
浦上達天草式十字凄教一般のレベルであれば、
天草式一人が一度に三人も四人も相手にしている様な塩梅だ。

「ざーんがーんけーんっ♪」

ズガァーンッと響く爆発と共に、浦上が近くの資材の山に叩き付けられる。

「浦上っ!」
「まだ、闘えます…」

教皇代理建宮斎字の叫びに、浦上はよろりと立ち上がる。

(…こりゃあ…想像を絶してるのよな…)

建宮のコメカミに嫌な汗が浮かぶ。
偽装霊装で辛うじて致命傷は避けている、と言うより、
月詠の方が明らかに遊んでいるのが悔しいが幸いだとは言え、
天草式の稼働率は既に半減を超えている。
今、無理に体を起こす浦上も、それが分かっているのだろう。

「!?……ひっ!!!…」

浦上が、ずるずると腰を抜かした。
立ち上がろうとした浦上は、その瞬間、目の前に白黒反転した様な歪んだ笑みを見て、
その頭の横を通って背後の資材にドカンと小太刀が突き刺さっていた。

「…あ…あああ…あ…」

建宮は、顔を押さえて嘆息したかった。
それなり以上の修羅場をくぐっている筈の天草式の実戦部隊のかなりの部分が、
これで一時的にでも戦闘不能になっていた。

振り返った月詠が、ガン、キン、ガン、と、突き立てられる槍の柄を弾き飛ばしながら移動する。
月詠がざざざっと場所を変えた時には、
海軍用船上槍を構えた五和が牛深、香焼、野母崎、諫早を従える形で鶴翼に構えを取っていた。

777 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/21 14:47:04.82 5PbKEfc20 528/920

「ぐふうっ!」

陣が変形し、月詠が取り囲まれる。
斬撃の応酬の果てに、無傷の月詠が牛深を蹴り飛ばす。
それでも攻撃はやまない。

(…ユニット攻撃に徹して…力押しでも破れはします、が…)

この程度の相手の僅かな隙を見付けるのは月詠には容易い事だった。
ダンッと後ろに跳躍して丸で針の穴を抜ける様に囲みを突破すると、
ダンッ、と、爆発的な前進で再突入して見せる。

「くっ!」

ガガガガンと小太刀の連打を浴びせられ、五和が防戦一方で陣から押し出される。
他の面々が慌ててそれを追い掛け、陣を組み直す。

「ロンギヌス」
「!?」

月詠の呟きに五和が反応する。

「結局は耶○、うちらは退治のプロ、大概の対処法は知ってますわ。
○蘇のロンギヌスになぞらえた、あんたさんが陣立ての旗頭」
「くっ!」

ぶうんと振られた槍が空振りし、小柄な月詠の爪先がとん、と、その穂先に乗り着地する。
一度引かれた槍先が月詠の残像を貫く。
五和が振り返ったその瞬間、月詠が放ったスーパーかぱ君が五和の胸元で爆発し、
五和が目を見開いた時には、ざざっと間合いを詰めた月詠が
五和の皮膚に触れる僅か手前の所で一寸刻み五分試しに小太刀を鋭く振るっていた。

「はい神鳴流奥義斬岩けーんっ烈蹴斬ぁーんっ♪」

五和がはっと左右を見たその先で、
香焼、野母崎、諫早が吹き飛びずしゃあっと叩き付けられてがくっと倒れ込む。

778 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/21 14:50:58.95 5PbKEfc20 529/920

「あ、ああ…」
「ご協力おおきにぃ♪」
「あああぁーーーーーっっっっっ!!!」
「あはっ♪」

端から見ると、猛烈な勢いで突き出され、振り回される槍の先に月詠が現れては消えている。

「そこお、っ!…」

穂先は、月詠の残像を貫き、材木の山に深々と突き刺さる。

「ごふっ!」

そして、月詠の肘が五和の水月を直撃し、五和が吹き飛ばされる。

「あ、はい、はい、はい、はいっ!」

ぱんぱんぱんぱーんと炸裂する月詠の蹴りの中心で五和の体が空中静止する。

「はい、お疲れさん。
ほな隠れ耶○のロンギヌスに相応しく、でもトドメの槍は勘弁して差し上げますわ」

月詠の放った札が爆発し、
三体の一反木綿が五和の全身を当分生存に支障無き程度にギリギリ締め付ける。
後ろ手に縛られてギチギチに締め付けられた胴体をぐいっと反らされ、
両脚が上向く様に浮遊する。

「………う………あああああっ!!」
「ふんっ」

震える全身を叱咤し、斬り込んで来た浦上が同時に動いた対馬と共に
小太刀の一振りに吹き飛ばされる。
その間に、五和の体が爆発に包まれ、どさっと地面に着地する。

「………あ………ぐ………」
「もう無理だ、休んでろ………テメェ、いい加減にするのよな………」

地面で全身を軋ませる五和に上着が投げ付けられる。
ゾクゾクする様な殺気に当てられ、月詠はにいっと笑みを浮かべた。

780 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/23 13:31:36.39 5IXMZwJq0 530/920

 ×     ×

月詠は、間近で起きた爆発を、左手の小太刀にまとった気で弾き飛ばしていた。
その爆発を縫って突っ込んで来る建宮斎字の剣と月詠の小太刀が
何度となく交わり、空を切る。
すれ違った後には、建宮の身からは幾筋も鮮血が溢れ出す。
対して、月詠は悠々としたものだ。

元々、建宮に補助に回っている仲間を加えても、月詠相手では相当な実力差がある。
加えて、建宮或いは天草式の手口は、一つには偽装霊装によるトリック攻撃。
建宮はその利点をフルに生かして多彩な攻撃を仕掛けているが、それも限度がある。

まず、実力差を埋める事自体が難しい上に、
相手である月詠も又、年月を重ねた退魔の流派出身。見破る目は肥えている。
その上に、神鳴流では使う者の少ない小太刀、それも二刀流を自在に操るために、
細かい攻撃に対してその場での対処能力が高い。

実際、天草式の真骨頂であるさり気ない陣形からの攻撃も、
それを仕掛けると言う事を月詠は素早く見抜き、
そのすばしっこさで僅かにでもややこしい位置に陣形がずらされる。
そうやって、噛み合わない状態で各個撃破される。とことんやり難い相手だった。

タンッ、と、月詠が軽々跳躍して建宮を跳び越え、
月詠が建宮の背後に着地した時には、月詠を挟む形にいた二人の男性信徒がくらりと倒れていた。
彼らとて間違っても素人ではないのだが、月詠が着地するまでに
彼女の爪先でコメカミを撫でられ脳を揺らされる事を防ぐ事が出来なかった。

「そろそろ、詰みとちゃいますか?」

月詠がふふっと笑って言った。

「あんさんらが何人集もうても、それだけではうちの前では木偶も同然。
辛うじて分がある集団魔術を使うにしても、
陣形を作る最低人数すら割り込んでるのが現実ですやろ。
それでもうちの前に立ち塞がりますか?」

返答は、燃える目で月詠の前に立ち塞がり刃を向ける
建宮以下数少ない手勢の動きだった。

781 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/23 13:36:45.61 5IXMZwJq0 531/920

「そうですか…
見捨てられたあなた方が何故そこまでしはるんですかいな」
「何?」

「余りの不甲斐なさに見捨てられた言う事ですなぁ。
せめてうちが間に合わん様に足止めして、
それで又認めてもらう、そのつもりでしたか?
けど、この有様。弱き者の不甲斐なさが証明されただけでしたなぁ」

「黙るのよな。テメェに何が分かる。
我らの弱さはようく理解してる、が、
テメェごとき外道が解った様な事を抜かせるお方じゃない」

「はぁ、何が違うんですかぁ?
足手まといと見るべきか、それとも、優しさと見るべきか。
結局は同じ事ですやろ。その領域では使いものにならん程弱いだけやと」
「あああああっ!!」

ドンドンッ、と、建宮の背後から月詠に斬り込んだ男性信者二人が、
月詠に一蹴されて倒れ込む。

「いい加減、趣向でも考えんと、ここまで歯応えが無いと退屈で仕方がありませんでしたわ。
まぁ、撒き餌も十分撒けましたしなぁ」
「何だと?」
「この有様を知ったら、その優しいお方はどのぐらい怒り狂って下さるんですやろ。
うふっ、ふっ、ふっ…」

建宮達が、じりっ、と、退いた。
ぽーっと頬を染め、潤んだ瞳で天を仰ぐ月詠、
その隙にと思わないでもない、それは無駄だともここまで十分に経験済みだったが、
それ以前の問題として、とにもかくにも不気味そのものだった。

「は、あ、あぁ…そうや、ここであんたら刻んだら、
そのお人はどれだけ激しい剣をうちにぶつけてくれはるんやろ。
嗚呼、いけずやぁ、そんなん、考えるだけでぇ…」

「まぁじで[ピー]ぬのよなこのド変態があああああっっっっっ!!!」

ぞおおと総毛立った建宮の絶叫と共に、先行した二人の男性信徒は、
半開きの唇の端からたらりと液体を溢れさせて
左手の小太刀の柄をくねくねと体に半ば挟み込んだままの月詠の
ひょいひょいと繰り出されるキックに吹き飛ばされて沈黙する。

782 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/23 13:41:50.13 5IXMZwJq0 532/920

「あ、は、あはあっ!
最っ高の敵意、憎悪、最高に強き剣を知るためにぃ、
ここで撒き餌になっておくれやすうううっ!!!」
「お断りなのよなこのクソ変態がっ!!!」

ギインッと、建宮の西洋剣と月詠の二刀小太刀が正面から激突する。

「あは、は、ざーんがーんけーんっ!!」
「くおっ!!」

ずがあんと鳴り響く爆発、そして、それをかいくぐる様に斬り付ける剃刀の様に鋭い斬撃。

(くっそぉ、変態覚醒しやがったら鋭さがましてるのよなっ!)

「疼く、疼く。はよう、はようせんととろけて溢れる邪魔せんときいっ!!」
「こ、のっ!」

ギシギシと抑え込んだ、武器からも体格からも見た目だけなら圧倒している筈の建宮の剣は、
抑え込んでいた月詠の小太刀にあっさり弾き飛ばされる。

「は、はは、あはは、木偶どもが、群れても同じ、この無様や。
もう、あんたらの出る幕はとうに終わり、分からんのかいな。
足手まといをかぼうて何が出来る。ええ加減自覚しぃや。
ええ加減、退屈な前菜が長過ぎや、メインディッシュが冷めてまうやないですかぁ」

次の瞬間、辺りが爆発に包まれる。
煙が晴れると、建宮は月詠から少し離れた場所に立っていた。

「はようどきぃ。撒き餌はもう十分、
ここまでやれば、うちに向けて存分に叩き付けてくれはる筈。
分かったら道を空けぇ」
「そいつぁ無理なのよな」

「理由は?出来の悪いてんご聞かされたら、刻んで撒き餌になってもらいますえ」
「テメェが如きゲス、お手を煩わせる迄も無いって事なのよな」
「あは、は、何ですか?
あんたさんら、まだ、露払いでもしてるつもりですかぁ?」

「そうだと言ったら?」
「あんたらが露と消えるだけですわ」

783 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/23 13:46:54.50 5IXMZwJq0 533/920

「敵意?憎悪?」

建宮が、くっくっと笑い出した。

「笑わせてくれる。テメェが如きゲスと一緒にしてるんじゃねぇのよな。
それで、あの人と闘う力を手に入れたつもりだと言うのが最高に滑稽なのよな」
「そうですかぁ、まさかあなた、
本当の強さは守るべきもののために、なんててんご言い出すつもりちゃいますやろな?」

にっこり微笑んだ月詠に、建宮は最高に格好いい笑みを向ける。
月詠の顔から、笑みが消えた。

次の瞬間、建宮の剣がロケットスタートした月詠の刃を受け太刀した。
月詠がするりとかいくぐった、と、思った時には、建宮は蹴り飛ばされていた。

そこに急接近した月詠の刃を建宮が辛うじて交わした、
かに見えたが、辛うじて致命傷を避けるに留まる。
ぱあんと、辺りが光に包まれる。
月詠が小太刀に込めた気で魔術からの打撃を防ぎ、距離を取る。

「手品の種は、それで手じまいですかいな?
結局、この玉の肌に傷の一つもあらしまへんえ満身創痍の木偶の坊はん」

言いながらも、闘志を丸で失わない建宮の姿に月詠の眉が僅かに動く。
何か、非常に嫌な感じがする。ここで、潰す。
如何にトリッキーな天草式でも、ここでねじ伏せるのに疑う必要等ない、筈。
月詠が、周囲に視線を走らせる。
先ほどまで転がっていた天草式の面々がゆるゆると動き出していた。
それは分かる、が、今更月詠をどうこうする力は残されていない筈。

(…頭を潰して、決着を付ける…)

例え陣形を組み直しても、今の天草式が一撃で月詠を倒す事など不可能。
その間に一挙にねじ伏せる事など容易い。月詠にとっては簡単な目算だった。

784 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/23 13:50:26.01 5IXMZwJq0 534/920

「神鳴流奥義…」
「…シム…」
「ざーん…」
「トゥ、ア…」
「?」
「パルスッ!!」
「!?」

まばゆい光と共に、一瞬だけ、月詠は目眩を覚えた。
ぐらりと体が揺れる。ほんの僅かに、引き裂かれる感触。

「…歯ぁ食いしばるのよな強き者よ」
「しまっ!」
「この弱き者はちぃとばかり響くのよなあっ!!!」
「あ………ごっがあああっっっっっ!!!」

その一瞬、月詠が体勢を立て直したと思ったその瞬間に、
建宮の剛拳が月詠を吹っ飛ばしていた。

(…気と相反する魔術…)

天草式が使ったのは、それ自体は簡単な魔力供給魔術。
それを残る力を振り絞り最も効率的な陣形で総力で浴びせた、それだけだ、月詠に向けて。

但し、月詠が攻撃のために集約させた気が最高潮に達したそのタイミングに、
気に相反する魔術をありったけ叩き付けた。

普通は味方に対して使う術式であるため、対応する月詠も流石に勘が狂う。
月詠程の術者であれば瞬時に調整出来る程度の事だが、
それでも、その反作用の一瞬、そこに全てが賭けられていた。

786 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/24 14:46:18.52 A2aazpEp0 535/920

 ×     ×

吹っ飛ばされた月詠が、痺れの残る体を叱咤して立ち上がる。
小さい打撃ではないが、実戦であればこの程度のダメージ、まだまだいけるものだ。

「おあぁぁぁぁぁぁ………あああああっ!?………」

ドン、と、ミサイルの様に建宮に向けて突っ込んだ月詠が、
とっさにブレーキを掛けてそれでも近くの材木の山に突っ込む。

「こ、れは、調整が上手くいかないっ?」
「らああああっ!!」
「くっ!」

そこに襲いかかって来た信徒の刃を月詠が弾き返し、信徒は又陣形に戻る。

「うっとうしい木偶があ、ああっ!!」

その陣形に突っ込んだ月詠がびゅんびゅんと小太刀を振り回し、
信徒達にするすると交わされる。

(こ、れは、脈が乱されて、気が波打って制御を乱されてるっ!?あかんっ!!)

周辺から一斉に放たれる鋼糸の気配を察し、月詠がたあんっと跳躍する。
そこに向けても、半数が待機していた大量の鋼糸が放たれる。

「ええいっ!」

間一髪、小太刀の一振りで防壁を張り、鋼糸を振り払う。
絡み付かれたらとてつもなく厄介だ。
そのまま、空中から小太刀で放つ気の波動で敵を何人か打ち倒し着地する。

787 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/24 14:51:31.42 A2aazpEp0 536/920

「ああああっ!!」

着地の後、何人もの信徒の刃が月詠にやり過ごされ、すれ違う。
逆に言うと、迂闊に攻撃に移れない。今の状態で攻撃に移ったら、
相手の骨まで断ち切ってそのまま地面をえぐり取っている間に総攻撃を受ける。

「!?」

月詠の頬に、鋭い痛みが走った。

「おめでとさん、一番槍や」

にいっと笑った月詠がダンッと地面を蹴り、目の前の五和に刃を振るう。
二人の間がだあんと爆発し、
距離を取ろうとした月詠の左の小太刀が絡み付いた鋼糸にぐいっと引っ張られた。

「しつこいなぁっ、うちに絡み付いていいおなごはんはセンパイだけやっ、
先急ぐ言うてるやろがこの木偶がっ!!」

「大丈夫!!あなたの事は責任をもって
さんざんさんざんさんざんさんざんグチャグチャのグチャのメキャメキャのメキャに
ブチのめして差し上げますから後の事はご心配なく!」

「アハハハハハハハハハハハハ!!」

「ですからっ!あなたを徹底的にメキャメキャのメキャにブチのめして
自分のした事を後悔させてあげますから!!
その後なら誰も止めやいたしませんっ!!!」

「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャそんな熱心に自分の運命自己紹介せんでもよろしおま!!!」

建宮がぞおおっとその光景を見ている側で、
ぶつっ、と、鋼糸を切断して月詠が一旦飛び退き距離を取る。

(…又、陣形っ…)

天草式は隠密裡な陣形術式のプロフェッショナル集団。
月詠は高度な個人技でそれを力業で圧倒して来た訳だが、
相手もそれだけのプロ、言わば、これまで個人で集団を圧倒して来た演算競争に
僅かにでも後れを取れば、その場で呑み込まれる。

788 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/24 14:56:49.56 A2aazpEp0 537/920

「くあああっ!!!」

とうとう、満身創痍から戦線に復活した天草式一同の放った大量の鋼糸が、
四方八方から月詠を絡め取る。

(…まだ、や…この程度のワイヤー、まだ今のタイミング…
…何や?この緩み、切れて誘うてる?…)

きりっ、と、右手に握った小太刀がワイヤーをぶった斬る寸前で月詠の力が緩む。

「ひとぉーつー」
「?」

建宮は眉を潜める。
それは、透き通り物悲しい、歌だった。

「つぅーんでぇーはぁー、ちちぃーのぉたぁーめぇー、
もひとぉーつぅー、つぅーんでぇーはぁー、ははのぉー、たぁー、めぇー」
「こいつぁ…」

建宮が、ごくりと唾を飲み込む。これは、事によっては、

「オン・カカカ・ビサンマエン・ソワカ
オン・カカカ・ビサンマエン・ソワカ
オン・カカカ・ビサンマエン・ソワカ…」

次の瞬間、刃の付いた独楽の如く、月詠が一回転した。
それは本来、天草式の狙ったその時だった、筈だったが…

「気を付けるのよなっ!!!」
「やかましいっ!!神鳴流決戦奥義・真雷光剣っっっっっ!!!」

ブチ切られた鋼糸からぶわっと広がった赤い霧の中から、大爆発が起こった。
赤い霧の中で嫌な声を聞くや、
月詠は完全に閉じ込められる寸前に大爆発を起こして霧をぶち破る。
天草式から吹き飛ばされ再び昏倒する者が続出した。

789 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/24 15:01:53.97 A2aazpEp0 538/920

「やりよったのよな…」

ギリッと歯がみして建宮が呻く。
恐らく最後は勘の領域だった筈だが、
それでも、月詠は天草式が仕掛けた必殺の術式の特徴と対処法をその瞬間に解読し、不完全でも実行した。
それも、危険を承知で形振り構わず思い切りよく優先順位を決定して。
その頭の冴えと度胸、何より可能とする技量はやはり並ではない。

「ざーんてぇーつせぇぇーんっ!!!」
「ちいっ!!」
「あははあああああああっっっっっ!!!」
「くっ!」

空から放った気で幾人もの天草式を打ち倒す月詠。
その月詠の着地と共に、五和が辛うじて槍でその刃を受ける。

「ざーんがぁーんけぇーんっっっ!!!」

そのまま、五和も激しい爆発に吹き飛ばされる。
元々、ここまでの闘いで五和も、他の面々もまともに戦闘が出来る体力など残されてはいない。
そして、それは…

「あぁーっはははあぁぁーっ!!!」
「くおっ!!」

突っ込んで来た月詠の斬撃を建宮が受け太刀する。

「ひどい、有様なのよな」

爆発コントの鬼女と化した月詠に建宮が言う。
元がふわふわに真っ白な甘ロリだったその滑稽さが背筋が凍る程に凄惨だ。

「ご心配なくぅ」

月詠が、にっこり微笑んだ。

790 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/24 15:05:09.33 A2aazpEp0 539/920

「あんたさんを
さんざんさんざんさんざんさんざんグチャグチャのグチャの
メキャメキャのメキャに切り刻んでから、
メインディッシュの剣のまぐわいにはちゃぁーんとシャワー浴びて行きますさかいきゃはっ」

「伝染してるのよな…」
「はい、神鳴流奥義、ざーんがーんけぇーんっ!!」
「くおおおっ!!!」

厄介な事に、むしろパワーアップしている。
それは当然だ、元々天草式がパワーアップさせていたのだから。
天草式は西洋東洋なんでも使う。

月詠を車に例えるなら、天草式の術式によって、
規格外のニトロをエンジンにぶち込まれた様なものだ。

それでも、普通ならその場で爆発炎上するか激突死するしかない所を
今の所は、肉体を維持し梶を切っている辺り、
元の技量の高さは相当なものだ。

「あはっ、あはぁーはぁぁーっ、さぁー終わりや、これで終わりぃ。
うふ、うふふ、うふふふふ、ようやく、ようやくようやく
こないな雑魚共蹴散らして今、今今、今行きますえホンマの強き刀を
うち、うちにその刀、その強さで立ち向こうて、はあ、はああ、はふううぅ」

建宮の突き出した脚に蹴躓いた月詠が、
ロケットの勢いで地面を滑ってその先の資材の山を頭突きで崩壊させる。

「うおっとおっ!」

ミサイルの様に戻って来た月詠を建宮がするりと交わし、
月詠はその全身で資材の山を爆発させた。

「く、うっ」

その間にも、幽鬼の様に蠢く天草式が月詠を包囲する陣形を崩さない。

「うああああああああっっっっっ!!!」

又、月詠の体当たりを受けた資材が爆発した。

791 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/24 15:08:29.76 A2aazpEp0 540/920

「うふ、うふふ、うふふふふふふ、ええ加減、斬る斬る斬る斬る斬る………
この、この溢れる想い、芯から沸き起こる体の疼き、
収まらん、収まらん収まらん、
あんさんら役者不足や、ホンマの、ホンマの剣と太刀おうて、
そうせぇへんと収まらんのやあああっっっっっ!!!」

槍を構えていた五和がすいっと身を交わし、
そこを通り過ぎてキラーンと遠景になった月詠が程無く戻って来て
思い切り跳躍して角材の山を一刀両断にする。

「あああああーーーーーーっっっっっ!!!」

急ぐのは一方的に月詠の都合であり、天草式としては足止めが適えばそれでいい。
天草式自体最早満身創痍の状態であり、
このまま状況を維持し持久戦に持ち込めば危険は薄い。

「悪りぃな」

それでも、建宮斎字は、月詠にじりっと向き合う。
彼は天草式十字凄教教皇代理、彼ら彼女達は天草式十字凄教教。

「うちのメインディッシュは最高級品なんだ」
「おおおおお…」

横殴りの刃が、クワガタヘヤーの一部を削る。

「テメェみてぇなゲスが喰ったら、腹ぁ壊すのよな」

彼は天草式十字凄教教皇代理、彼ら彼女達は天草式十字凄教教。
故に、救いの手を差し伸べ、終わらせる。

「お、お…」
「雑魚も悪くねぇぜ、前菜で我慢しとけ」

相手の勢いをそのままに、月詠の水月にその拳を叩き込んだ右手を振りながら、
建宮がその場を離れた。

792 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/24 15:11:32.83 A2aazpEp0 541/920

 ×     ×

月詠から離れようとしていた建宮が、はっと振り返る。
無論、月詠が到底動けない事は確かめているし、
それでも、ここまで化け物じみた相手に背を向けながら油断はしない。
立っているのもやっとの五和もざっと槍を構える。

そこに現れたは、巫女服に長い黒髪が素晴らしく似合う背の高い妙齢の美女。
それが、真上からすとーんと着地して、月詠の体をひょいと肩に担ぎ上げる。
じりっと動こうとした五和を建宮が手で制する。

建宮も、五和も、取り巻く他の面々も、
例え万全の体調でフル装備で総掛かりを掛けても秒単位で全滅する自信に満ち溢れていた。
格が違いすぎる。

「こちらの特徴と地脈龍脈に合わせて陣形を作り、
必要以上かつ不安定な気を相手に流し込み自滅を誘う。
「神鳴殺し」、話には聞いてましたけどなぁ」

「ご先祖様の時代に、そちらさんとは不幸な歴史って奴があったのよな。
まあ、本当なら、精々下のクラスの術者しか引っ掛からないモンですがねぇ」
「それを、力に傲り焦りを見せたその隙を見逃さず
後は蟻地獄の如く術中に呑み込んで行く」
「弱き者の戦いはえぐいものよ」

「既に独立して仕事をしてるモンに、余り口出しするモンやおへん。
煮て食おうが焼いて食おうが言うてもええんやけど、
この醜態は強き者としての名折れ。
当分は山歩きや。少しは性根も出来上がりますやろ。よろしおすか?」

「ああー、どうぞどうぞ、どうぞお持ち帰り下さい」
「ほな、おおきに」

ひゅんと立ち去った、その後に思い出に焼き付けられたその笑みは、
完璧に美しく、そして、指一本をも動かす事を許さぬ程に圧倒的なものだった。

793 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/24 15:16:11.35 A2aazpEp0 542/920

 ×     ×

「高音お姉様とナツメグさんは本来の任務で動いています。
その途中で気配を察知したために、私が当面の事を任されました」
「そうですか」

佐倉愛衣の操縦する箒の上で、桜咲刹那が顔を顰める。
愛衣と待ち合わせをして現場に向かっているのだが、
愛衣の言う通り、感じられる魔力のパターンは魔獣と見て間違いない。
それも、完全に現出している。相当危険な気配だ。
よりにもよって科学の学園都市でこれだけの規模の魔獣。
それだけでも十分危険な状態なのだが、刹那は首を傾げる。

「これは…なんでしょう?」
「分かりません。私自身経験が深いものではありませんが、
この魔力に混ざっているノイズと言いますか、学問的にもちょっと理解出来ません。
あの建物です」
「…何か、研究所の様ですね。今は使っていないみたいですが…」

 ×     ×

開いた窓から侵入した刹那と愛衣は、魔獣の気配を追って建物の奥に走る。
その行き着いた先では、廊下で一人の少女が魔獣相手に奮戦している所だった。

「あれは…八岐大蛇?…」
「いえ…まさか…桜咲さんっ!?」

「おおおぉーっ!神鳴流奥義、斬岩剣っ!」

どぱーんっと斬撃が爆発し、刹那は少女を背後に隠す。

「大丈夫ですかっ!?」
「え、ええ、私は超大丈夫ですけど…」

その少女、絹旗最愛の指差す先を見て、刹那が息を呑む。

794 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/24 15:19:19.10 A2aazpEp0 543/920

「再生?しかも…」
「あーあ…」
「どけて下さいっ!!」

刹那が絹旗をかっさらい、床を転がる。
大きな火球を叩き付けられて魔獣ヒュドラが吹っ飛ばされた。

「八岐大蛇ではなくヒュドラ、でした」

愛衣が呟く。

「切り口から二股に分かれて再生、ですか」
「ええ、かなり厄介ですよ。なんでこんなものが…紫炎の捕らえ手っ!!」

一時のダメージを凌いで動き出したヒュドラに、
愛衣の放った炎が絡み付き動きを止める。

「迂闊に斬る事が出来ないとなると、確かに厄介ですね」
「あの部屋?」

愛衣が、扉の破られた部屋に興味を示す。
そこで、刹那は改めて絹旗に視線を走らせる。
間違いなく素人ではない。ヒュドラと素手で渡り合っている時点であり得ないのだが、
それに関しても、先ほど身を交わした時に触れた感触では、何か変わった防壁を張ってる。

それも、魔術サイドの感覚ではない。とすると科学サイド。ここは科学の学園都市。
愛衣の動きに対する視線からして、少なくとも通りすがりと言うレベルとは思えないと刹那は読み解く。
かなりの実力者であり、だからこそ、刹那と愛衣の事を注意深く伺っている。

795 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/09/24 15:22:43.01 A2aazpEp0 544/920

「桜咲さんっ!」

愛衣の声を聞き、刹那は部屋に入る。

「…これは…」

赤く染まった肉塊、魔法陣、横文字の大量の落書き、
一見するとオカルト映画そのものの光景。

「ゴエティア系の召還術式、それにギリシャ系の術式」
「そうだとすると、仕掛けたのは…」

「綾瀬さんの推論は私の所にもメールで届いています。
ギリシャの、それも私にも何であるかのレベルで理解すら出来ないこんな古典術式を絡めて
使いこなす勢力が幾つもあるとは思えない」

「この死体は依り代、或いは術に喰われた…」
「そちらと見るのが自然でしょうね」

「おいおいおい」

刹那と愛衣が入口に視線を走らせる。
足音と声が一挙に増えている。

「きぃぬはたぁー、首が増えちまってるけど難しかったのかにゃーん?」


続き
長谷川千雨「鳴護アリサ、って知ってるか?」#5
http://ayamevip.com/archives/46428106.html

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