関連
長谷川千雨「鳴護アリサ、って知ってるか?」#1
http://ayamevip.com/archives/46428023.html

172 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/23 13:33:44.88 c3J+wkc60 134/920

 ×     ×

千雨、夏美と一緒にいた和美がつつつと動き出す。
さよを連れてイレギュラーを仕掛ける、
アーティファクトのラジコンを使うタイミングを伺う、そんな事を考えて。
無論、千雨もここで単に逃げ出すだけの和美ではないと分かっている。
その和美の前に、があんとバットが打ち下ろされた。

「どこ行くの?」

そこに立っていたのは、普段の陽気な女の子をばっさり封印した佐天涙子と
その背後でPDAを手にぐっと和美を睨む初春飾利だった。
和美は一端千雨達の所に戻るが、
あの様子だと夏美と共に消えた瞬間に今度こそ美琴の最優先攻撃が来る。

「おおおっ!!」

地面から人間よりも巨大な土柱が上がり、それが剣と化して小太郎に突っ込む。
小太郎が前方に気の防壁を張り、小太郎を貫こうとした砂鉄の剣を力ずくでぶち壊す。

「とっ」

視界で砂鉄の剣が砕けている、その隙に接近していた小太郎を美琴がひらりと交わした。

「とっ、とっ、とっ」
(何や?)

又だ。小太郎は、この御坂美琴本人にはそこはかとない好感があるのだが、
美琴との闘いには何か嫌なものがある。
電撃は侮れないし身体能力や動き自体にキレがあるのは確かだが、それ自体はむしろ楽しめる。
それにしても、何と言うか変な交わされ方をしている。そういう薄気味悪さがある。

「小太郎君?」
「どうした?」

呟いた夏美に千雨が尋ねた。

173 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/23 13:39:03.75 c3J+wkc60 135/920

「何か、様子がおかしい。体の調子が悪いみたい」
「何だと?」

千雨がそちらを見ると、小太郎が掌底で自分の額をこんこん叩いていた。

「!?」

キーンと金属音が響き、美琴がそちらに視線を走らせる。
手裏剣と金属矢が衝突して地面に落下し、
着地した黒子がぎりっと睨み付けている先で楓の姿がナックルの様に微妙にぶれている。

「黒子の実力は能力だけじゃない、
黒子のテレポート攻撃に身体能力で対応してる?」
「流石やな」

鼻を鳴らしながら、小太郎は腕で汗を拭う。
ダメージらしいダメージは受けていない、運動量もまだまだの筈なのだが、
この御坂美琴と闘っていると何か嫌な感じがする。
その嫌な感じは彼女の闘い方だけではない。
はっきりとは分からないのだが、自分の体に何らかの変調がある。

「くおおおっ!」
「!?」

小太郎が、人間相手には十分過ぎる速攻を仕掛けた。
美琴はよくそれを凌ぐ。

「あつっ!」

最終的には、バチーンと両者が弾け飛ぶ。美琴がとっさに張った電気防壁による強制終了だ。

「つーっ」

とっさに防御した両腕を小太郎が振る。
割りとうっとうしい火傷をしたかと、もちろん、只の人間ならそんな程度では済まない。

「ちっ!」

そんな小太郎を追い掛ける様に、速射の電撃が次々と飛んでくる。
無論、電撃のスピードである。小太郎でも瞬時の判断を誤ればそれで終わりだ。

174 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/23 13:44:28.78 c3J+wkc60 136/920

「ヤバイぞ」

千雨が呟いた。

「あんたの能力は電気だなっ!て事は人間センサーって訳か!?」

千雨の叫び声に、美琴の唇の端が緩んだ。
美琴の行動の端々から見て、能力はとにかく根は素人、
つまりうまく煽てれば乗って来ると千雨は踏んでいた。

「どういう事?」

夏美が聞いた。

「自分の周囲に張った微弱な電気の動きを感じる事が出来る。
多分結構な広範囲でな。
そいつで相手の動きを目で見るよりも早く肌で感じて、
いや、もしかしたら神経回路に直結して動いてるってからくりさ」
「正解♪」

美琴の返答が弾み、小太郎も理解した。
とにかく相手は電撃だ。今までも雷使いと闘う機会はあった。
電撃そのもののスピードと張り合う事は出来ない。
その上、電気で直接感知してワンモーションでの攻撃に手慣れているのなら、
これは想像以上の難敵かも知れない。

「!?」

次の瞬間、小太郎の視界がぐにゃりと歪み、くらっと倒れそうな程の何かを感じた。
見ると、勝負をかけて電磁波レーダーの出力を一挙に上げた美琴の両手が
バチッと音を立ててまるでカ○ハ○波寸前のごとく白く大きく帯電していた。

「くあああっ!」
「!?」

小太郎が大きく跳躍、美琴を飛び越す。

175 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/23 13:50:03.55 c3J+wkc60 137/920

(なっ!?間に合わないっ!?)

「うっ!」
「お姉様っ!?」

小太郎の動きが余りに速く、そして、美琴は攻撃に集中しすぎていた。
背後に回った小太郎への反応が遅れている間に血の尾が引き、黒子が絶叫する。
美琴の背中に何筋も、丸で刃物で斬りつけられた様な痛みが走る。

「つっ…刃物は…持ってない。まだ、妙な能力隠してるって訳?
まさか暗器とか言わないわよね」

指先の血をひゅっと振るった小太郎に、右手で背中を押さえながら振り返った美琴が言う。
大丈夫、かすり傷だ。闘いにはつきものだ。
肉を抉るまではいっていない、その程度にとらえていた美琴に対し、
小太郎は苦り切った表情だ。

「小太郎君…」
「逃がさないし手出しもさせないって!」

佐天と初春が駆け出そうとした夏美の前に回り、千雨が引っ張り戻した。

「どうしよう」
「どうした?」
「あの人強い」
「当たり前でしょっ!」

ごにょごにょ話していた夏美に佐天が叫んだ。

「学園都市レベル5第三位、常盤台の超電磁砲だよっ!」
「じゃあ、集中しないと負ける。でも、小太郎君このまま勝ったら…」

ごくりと喉を鳴らした夏美の表情は、明らかに青ざめていた。

「くっそおっ!」
「何よっ!?」

叫び声を上げて、目の前でぎゅっと右手を握った小太郎に美琴が叫んだ。
そして、美琴が速射で電撃を放つ。
小太郎は、それを妙な姿勢で交わしながら、気が付くと美琴のすぐ側にいた。

176 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/23 13:53:19.43 c3J+wkc60 138/920

「あっ!」

低い姿勢から全身を伸ばして回す様に小太郎から打ち出された足払い。
美琴には色々付属品の強さはある、それ以外でも平均よりは強い方だが、
相手が小太郎では、格闘センスそのものは違い過ぎる。

「あ、ぐっ!」

美琴が辛うじて受け身を取った時の、激痛とどろりとした血の感触。

「!?」

地面に突き刺さる勢いの拳を美琴は転がって交わす。

「?」

見た所、そこまでの負担でもない筈なのに、
小太郎は地面に拳を立てたまま、荒い息を吐いて動きを止めていた。
小太郎はもう一度、ドン、と地面を殴り、ぐっと立ち上がり美琴を見る。

「何よ」

立ち上がった美琴の右手からは、バチッと電気がスパークする。

「あんた、まさか手加減とかしてた?」
「いや、手加減ちゅうか順序ちゅうか…」
「あったま来た…」

苛ついた口調でもごもご言う小太郎を見て、美琴の髪の毛の先がバチッと弾ける。

「コイン?おいっ!」
「何よ?」

自分に向けた千雨の叫びに佐天が応じる。

「さっき、常盤台のレールガンって言ったなっ!?」
「言ったけど?」

目の前で御坂美琴がバチバチッと白くスパークを始めた。
レールガンと言うのが物の例えには見えない勢いだ。

177 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/23 13:56:32.09 c3J+wkc60 139/920

「レールガンって分かってる?」
「分かってるし笑えねぇぞ」
「当たり前でしょっ!」

千雨の引きつった言葉に佐天が激昂した。

「小太郎君っ!」

夏美が悲鳴を上げた。小太郎は美琴に向けてぐっと前傾姿勢を取る。
そのやる気に緩んだ美琴の唇が、夏美を更に震え上がらせる。
夏美は小太郎が負けるとは思っていない。レールガンにも詳しくはない。

それでも、雰囲気は分かる。生半可な強さではない。
今の状態の小太郎がそんなものとヤリアウと言う事の恐ろしさも。
千雨も、その事は十分分かっている様子だ。

「お姉様…くっ」

暴走しつつある美琴を懸念し、何とか今の自分の状況を、
と、自分のスカートの中を触れた黒子が、一本の鉄矢に触れて呻きを噛み殺す。
その前方では、相変わらずにこにこと糸目を微笑ませた楓がぶれている。

「うっ…あああーっ!!」

絶叫と共に黒子が姿を消した。
一度、二度、三度、別の場所に姿を現す。
空中で、鉄矢と棒手裏剣が火花を散らした。

「あぁあああぁぁっっっ!!!」
「黒子っ!?」
「白井さんっ!?」

断末魔すら感じさせる悲鳴に、仲間達が叫び声を上げた。
そちらを見ると、黒子が楓に組み敷かれていた。
無人の車椅子が離れた場所で動きを止めている。

「う、ぐっ…」

そのまま、楓はゆっくり立ち上がる。

178 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/23 13:59:37.54 c3J+wkc60 140/920

「鉄矢を囮、体一つの瞬間移動で間合いを詰めて、
肉体的負担の少ない合気道で一発勝負。見事でござった。
その様子では…」
「黒子おっ!?」

楓の右目が見開かれ、美琴が絶叫した。
その楓の側で、黒子がゆらりと立ち上がっていた。

「ジャッジメントですの…」

こめかみに汗を浮かべた楓の足が、じりっと後退していた。

「やめなさい黒子っ!後は私は…」
「お姉様は、一般人。大丈夫、ジャッジメントですの」
「な、なんだよ」
「止まりませんよ」

大体、さっきまで車椅子に乗っていた時、演技と見るべき要素は皆無だった。
今、脚の震えと言い汗と言い、黒子の様子は素人目に見ても尋常ではない。
それでも、その事を決して声に出そうとはしない。
戦慄した千雨に、初春が言った。

「止まりませんよ、白井さんは。止まる理由が無いんですから」

地が甘い声だからこそ響く凄みに、千雨は改めて戦慄した。

185 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/25 04:01:59.52 hbuBaKiB0 141/920

 ×     ×

「あんたら」

呻く様に低く言う美琴は、既にバチバチ帯電している。

「黒子に後遺症でも残ってみなさいよ、消し炭なんかじゃ済まないからね」

本格的にまずい、バトルモードの過熱がヤバ過ぎる。
ここはどう考えても後方担当が、と、千雨達が動きを見せようとしても、
目の前の佐天が同じぐらい熱くなっている。

佐天が凶器持ちだとしても刃物ではない。恐らく荒事は専門外同士で三対二。
仮にもあの夏を乗り切ったメンバーだ、そこはどうにかなるか、
まずは相坂さよとコンタクトを、等と、千雨は思案する。

「絶対に、許さない」

佐天がぼそっと言う。

「絶対に、許さない」

それに、美琴が続いた。

「今はそうでもないけど、ジャッジメントになりたての頃は
あんたらみたいなのがちょくちょく来てたって。
笑って話してくれたけど、本当は嫌な思いしてた筈。
そんなの、私達が二度と許さない。まずはあんたから」
「おいっ」

186 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/25 04:07:11.41 hbuBaKiB0 142/920

美琴が摘んだコインを持ち上げ、小太郎が千雨に視線を向ける。
千雨が深呼吸をする。
小太郎が言いたい事は分かっている。
いくらなんでも、世界一つどうこうと言うレベルではないだろう。

だが、今の状況を例えるならば、こちらの手持ちが日本刀と核爆弾で
サブマシンガンの一団とやり合っている様なものだ。
核爆弾と言ってもこちらにリスクは無い。
ここで切実に問題になるのは、ここでそれを使う大義があるのか、と言う事だ。

自分達が何者で、何者と闘っているのか?
何を学んで帰って来たのか、大切なものはなんなのか?

千雨が、一歩踏み出した。
小さく両手を上げて、歩みを進める。
気圧された佐天、初春の横を通り過ぎる。
大体の中心地に立った千雨は、深々と頭を下げた。

「私が悪かった」

その千雨の姿を、超電磁砲四人組がじっと見ている。

「ちょっと千雨ちゃん、あれやったの私…」
「私の力不足でみんなに協力を頼んだ。
それでいて、知っていて止めなかった。弁解の余地はない。
私が悪かった、申し訳ない」

「ちょっ」
「ごめんなさいっ!」

叫ぶ佐天の横を走り抜け、千雨の横に立った和美が頭を下げた。

「ごめんなさい」
「すまんかった」
「申し訳ないでござる」

187 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/25 04:12:14.49 hbuBaKiB0 143/920

 ×     ×

はあっと息を吐いた美琴が、バリバリと頭を掻いた。

「話、聞かせてくれる?理由がありそうだってのは分かったけど、
正直意味分からないし、ここまでやっといてろくな理由も無いって言うなら、
謝って済む話じゃないから本当に消し炭にするけど」

そう言った美琴を、楓が一旦手で制して姿を消す。
美琴と佐天、初春がすわっとなる中、楓は黒子の側にいた。

「拙者で構わぬでござるか?」

無念ながら座り込んでいた黒子は、
楓が差し伸べた手を取った。

「んっ、くっ」
「真に申し訳ないでござる」
「承りましたの。先ほどは合気道に合気道でお相手いただき、見事な手並みでしたの」
「光栄にござる」

お姫様抱っこされた黒子の元に、美琴が車椅子を押して来る。
楓が美琴に黒子を引き渡す。

「大丈夫、黒子?」
「あぁああぁー、お姉様あぁー、黒子は、黒子はもおうぅー…」

これまででも一際大きな雷鳴が轟いたところで、改めて本題に入った。

「まず、私達は外の人間、いわゆる密入国者だ」
「オーケージャッジメントですの、
動くと刺す逃げたら刺す武器を出しても刺すですの」
「話、続けて」
「鳴護アリサ、って知ってるか?」
「アリサ…アリサって、もしかして歌手のARISA?」

佐天の答えに千雨が頷く。

188 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/25 04:17:19.75 hbuBaKiB0 144/920

「まさか、アリサのストーキングのために密入国してこんな騒ぎ起こした、
とか言わないわよね?」

実にいい笑顔を見せた学園都市レベル5第三位常盤台の超電磁砲御坂美琴の全身からは
バチバチと白い火花が散り始めていた。

「逆だ」

そう言って、千雨は写真を取り出す。

「私とアリサは元々知り合いだ、ネット上のな。
で、部屋の写真を送ってもらった訳だが…」

そこから先は、
魔法使いの事は伏せて不審人物が写り込んでいると言う話を続けた。

「麻帆良学園ですか」

初春が言った。

「知ってるの?」
「知ってると言いますか、言わばもう一つの学園都市です。
科学技術ではこちらの方が上ですが、それでも先端技術開発に関しては相当な水準と聞いています。
この写真技術に関しても頷けます」

佐天の質問に初春が答える。

「ここはこういう街だ、超能力に関しては私達の所にもある程度の噂が聞こえてる。
このストーカー共もちょっと普通じゃない。
そんなこんなで考えた末にあんたらに非常に迷惑を掛ける事になった、本当に悪かった」

改めて深く頭を下げる千雨の前で、美琴以下は少々考えあぐねていた。

「…ここ、ちょっと電波が良くないですね。
御坂さん、すいませんがこの人たちの見張りをお願いします」
「う、うん、分かった」

資材の上でミニノートを操作していた初春が表通りに向けてスタスタと歩き出し、
そちらに佐天が同行する。

189 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/25 04:22:50.61 hbuBaKiB0 145/920

 ×     ×

「あの人の言ってる事、信用出来ます」

表通りから近くの物陰に入り、初春が佐天に言った。

「そうなの?」

佐天の問いに、初春は真面目な顔で頷いた。

「ちょっと、持っててくれます?」
「うん」

かくして、佐天を支えに初春はミニノートを操作する。

「コスプレ?アイドルのホームページ?」
「メジャーではないですけどね」

そう言いながら、初春が操作を続ける。
画面が二分割され、左側が今まで通り、
右側に隠し撮りした長谷川千雨の写真が映し出される。

「ん?…ちょっと待って。これって…いや、でも…」

初春が操作を続けると、
左側に映し出されたウェブサイトの人物画像が徐々に変化していく。

「これって、同じ人?」
「そうです。写真に施された修正を復元しました」

そう言って、初春は改めて左側に元のウェブサイトを映し出す。
初春の操作に連れて、画面には目や耳、唇を拡大した小窓が映し出され、
それぞれの小窓の下に98%を超えるパーセンテージが表示される。

「通常同一人物と判定されるレベルです」
「このサイトって」
「ネットアイドル「ちう」のホームページです」
「その「ちう」とあの「長谷川千雨」が?」
「同一人物です」

190 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/25 04:26:10.38 hbuBaKiB0 146/920

「化けるモンだね、ちょっと見だと分からないんだけど」
「修正技術に関してはかなりの使い手ですね。
もっとも、本人の自覚がマイナスなだけで素材の良さも十分なんですけど。
だから、さり気なくナチュラルなレベルで盛るだけでもぐっと見栄えがしてる」

「それはそう思う、結構いい線行ってる」
「最初に彼女を見た時から引っ掛かっていたんです。
それで、情報収集用のウィルスの詰め合わせをこのサイトにごっそり送信しておきました」
「ちょいと初春…」

「それぐらいやってもバチは当たりません。
正式な手続きをするなら令状が出るレベルの容疑者なんですし」
「うん、まあ、それは」

「それから、そこを取っかかりに私が解除ツールを使って、
サイトの管理者メニューから彼女の個人PCまで丸ごと把握しました。
現状において彼女が使っているPCのデータに関しては、
公式サイトと言う店先からその裏のバックヤード、事務所、分離されている筈の自宅スペース。

机の引き出しのガソリン袋付きの二重底の向こうの裏帳簿から
額縁の裏のへそくりからベッドの下の秘匿書籍から床下の隠し金庫に至るまで、
全てを把握出来る地図と通行許可証と合鍵を手に入れた状態です」

この友人だけは絶対に敵に回してはいけない。佐天涙子は改めて痛感する。

「只、単にアイドルとしてサイトを作るのに長けていると言うだけじゃない。
長谷川千雨のネット、PCに関するセキュリティーを含む技術は極めて高い水準です。
正規の手続きを取ったとしても、学園都市の大概の専門家でも容易には突破出来ないかも知れない」
「それって、凄くない?」

「凄いです。得られたデータから見て、彼女が直接手がけているみたいですね。
学園都市の水準でも市販のセキュリティーソフトならスルーして丸裸にして中身を送信してくれる筈の、
私が開発、改良を重ねてきたウィルスの大半が独自のセキュリティーソフトで粗方駆除されていました。

麻帆良で開発したんでしょうか?非常にユニークと言うか独特のプログラムを色々使っていて、
先ほどの修羅場の真っ最中の作業なのを差し引いても想像以上に手間が掛かりました。
ハッキングによる直接の攻防戦でも…彼女とそうなったとしても厳しい」

「で、そこまでして分かった事は?」
「彼女の言う事は信頼出来ます。彼女がARISAと友人であると言う裏付けも取れましたし、
断片的ですが今回の越境計画に就いても形跡が残されています」
「それじゃあ早速…」

191 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/25 04:29:29.24 hbuBaKiB0 147/920

そこで、佐天は、どこか浮かない顔をしている友人の様子に気付く。

「どうしたの、初春?」
「このちう、長谷川千雨と言う人は、クレバーでいて人恋しい、そういう人です」
「はあ?」

「セミプロとしておちゃらけて内心斜に構えてそう思いながらもそれに徹する事が出来ない、
心のどこかで真っ直ぐな事をしたい、そう思っている人です」
「ちょっと、どうしちゃったの初春?」

「悪く言えば、少し頭が良すぎるネット弁慶、だから容易に他人の事を信頼しない。
信頼出来ないと言う理解が先に立って、まず防衛を優先させる。
自分が強くない事も理解しているからです」
「…それを読んだら、それが分かるの?…」
「セミプロの作りに乗せられているだけかも知れませんが」

初春の答えに、佐天は小さく首を横に振る。

「プライベートも読んだんでしょ?」

佐天の問いに、初春は頷く。

「全部ではありません。鍵を開いて見つけ出した日記やメモの中には、
理解出来ない記述が少なからずありましたから」
「理解できないって?アラビア語か何かで書かれてたの?」

「いえ、間違いなく日本語です。
そして、厳重に隠されて鍵が掛けられた金庫から見つけ出したものですが、
使われている符丁が本人に聞かないと理解出来ないタイプの暗号日記です。

奇跡も魔法もあるんだよ、とでも言うんなら話は別ですけど、
そうでなければ、一つ一つの単語の変換が分からなければ意味が通らない。
それでも、読める所からだけでも分かるのは、
長谷川千雨は鳴護アリサの友人です」

「そう」

192 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/25 04:32:38.41 hbuBaKiB0 148/920

「クレバーで、自分の無力を誰よりも自覚している、
他人は他人だと自覚して、むしろ、恐れていると言ってもいい。
写真修正、匿名性の向こうでリスクを冒さず人からの賞賛を求め、
時に真面目な事を言い、どこか共鳴するものがあるから匿名の人達から受けている。

そんな人が、友人のために破滅的なリスクを冒してここに来た。
そして、御坂さんや白井さんを圧倒する能力があるとは言え、
とても打算的には見えない事に協力する仲間がいる。それだけのチームを作ってしまう。
決定的な矛盾を踏み越えてでも自分で行動した結果です」

「初春」
「はい」
「惚れた?」

「え?」
「だーめ」
「佐天さん…」
「だって…ねぇ」
「ですよね…」

「だって…初春は私の嫁になるのじゃあああっ!!!」
「ひゃああっ!だからスカート、っ…」

初春がバッと口を掌で閉じて周囲を伺い、二人で顔を見合わせ、笑い声を上げた。

「あの二人がどう言うかな?」
「そこなんです。白井さんはあくまでもジャッジメントです。
それに、御坂さんは何と言うか、こういう屈折したと言うか、
そういう人の心理を理解してもらうには非常に…」
「ああ、うん」

初春の要領を得ない言葉でも、佐天は納得した様に頷く。

193 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/25 04:35:50.64 hbuBaKiB0 149/920

 ×     ×

「あ、初春さん」
「戻りましたの?」
「ええ、お待たせしました。長谷川さん」
「ああ」

「つまり、友人である鳴護アリサの安全確保、
それがあなた達の目的だと言う事ですね」
「そういう事だ」

「外の人間として、友人の危険に際して
その手がかりを得るきっかけを求めて無謀な情報収集を行ったと」
「三年前だ」

初春の問いに、千雨が言った。

「三年前、大きな事故があって、それで鳴護アリサはそれ以前の記憶を喪っている。
鳴護アリサと言う名前も施設の人間がつけてくれたもので、
自分の身元すら知らない、これは私が直接聞いた話だ。
この時点でどれだけおかしな話か、あんたらなら分かるだろう」

千雨の言葉は、先ほどまで敵対していた四人にも十分説得力のある話だった。

「私は、そこが知りたかった。何か鍵があると思ったからな。
だけど、外の人間に出来る事は限られていると言うか本来何も出来ない。
何にせよ悪かった、申し訳ない」
「分かった」

美琴が口を挟んだ。

「アリサの事は私が引き受けた」
「御坂さん」

請け合う美琴に佐天が声を掛ける。

「元々、アリサとは知らない間柄じゃないし」
「本当か?」

千雨の問いに美琴が頷いた。

194 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/25 04:38:56.92 hbuBaKiB0 150/920

「さっきも話したが、そのストーカー連中、
いっぺんとっ捕まえようとしたけど結構厄介な能力者だ」

こういう時、超能力都市なのは実に助かる、話が作り易い。

「私を誰だと思ってるの?」

美琴と千雨が不敵な笑みを交わした。

「んじゃー、帰ってもらおうか」
「お姉様っ!?この人達は学園都市に不法侵入を…」

「その辺はまぁー、元々表沙汰にすると却って嫌な事もある話だし。
本当に条例で裁判ってなると、私達もここまで色々無茶しちゃったしね、初春さんも。
それに、悔しいけどこっから総力戦って訳にもいかなそうだし」
「お姉様、黒子は…」

言い募ろうとする黒子を美琴が手で制して、
やはり正義と言えるのか分からないものが反対側の正義を
力でねじ伏せる結果になってしまったと、黒子の悔しそうな顔が千雨の心に刺さる。

「そういう事なら、これ以上の悪さもしないでしょう?」
「本当に、悪かった」
「と、言う事なんだけど、手伝ってくれる?」

御坂美琴も又、素晴らしい仲間に恵まれていた。

 ×     ×

「それじゃあ、私は支部で関係する情報を集めて見ます。
御坂さんと白井さんは寮に戻って下さい、これ以上は」
「そうね、寮監が洒落にならないわね」
「ですわね」

「それじゃあ、私達は引き揚げさせてもらう。
本当に恩に着る、申し訳ない」
「分かったから、後は任せて」
「ああ」

めいめい、それぞれの方向に動き出した。

195 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/25 04:42:09.21 hbuBaKiB0 151/920

「朝倉」
「はいはい」

先ほどの現場からしばらく歩いた所で、
千雨に声を掛けられた和美は、アーティファクトの携帯モニターを手にしている。

 ×     ×

「黒子」
「はいな」

途中の屋根の上で、美琴は黒子に声を掛けた。

「先に戻っててくれる?」
「えっ?」

 ×     ×

204 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/27 13:06:14.14 BLWVr4ul0 152/920

 ×     ×

科学の学園都市風紀委員第177支部。

「鳴護アリサ…元々の基本電子データはトラブルにより破損。
統括理事会権限により再発行、根拠となる紙資料は統括理事会扱い…
露骨に怪しいですね。一応探しましたがスキャニングその他で閲覧出来る箇所は無し。
これでは手が出せません」

他に誰もいないオフィスで、聞こえそうな声でぶつぶつ言いながら
初春飾利はパソコンを操作する。

「三年前の大事故、と言うとオリオン号事件、
多分これで合ってますよね。あれ?」

途中で、初春は首を傾げた。

「なんだろう、これ?」

言いながら、初春は手元のメモに「正」の字を書き始める。

「…セクウェンツィア…何これ?
数が、合わない?え、でも…どうして、これこんな簡単な…」

初春は、紙のミニノートに走り書きをしながら急ピッチでパソコンを操作する。

「開いた…これってホロスコープ?…」

初春の頭が不意にカクンと揺れた。
初春が、一転して無機質にキーボードを打鍵し始める。

「やばいっ、あいつを落とせっ!」

千雨が叫び、小太郎が飛び出して初春の首筋に手刀を叩き込む。
少し遅れて、部屋の一角からその他の千雨と愉快な仲間達が姿を現した。
千雨の放った電子精霊がモニターに呑み込まれる。

205 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/27 13:11:33.48 BLWVr4ul0 153/920

「長谷川、これって?」
「藪を突いて、かよ。まさかこんな所に…」

和美の問いに言いかけた千雨が物音に目を向ける。

「初春ー、差し入れ持ってモガモガッ!!」
「オーケー落ち着け、今は誰かに危害を加えるつもりも無いし
これやったのも私達じゃない、その事を理解して騒ぎを起こさないでくれると有り難い」

楓の掌に口を塞がれた佐天に千雨が言い、佐天が小さく頷く。

「初春っ!?」
「なーにしてくれちゃってるのかしらねぇー?」

それでも佐天が叫びながら初春に駆け寄り、
千雨が、ギギギと音を立てそうな首の動きで不意に聞こえた声の方向を見ると、
傍らに白井黒子を従えた御坂美琴が実にいい笑顔でバチバチと白く光り始めていた。

「近くまで来て一応携帯掛けても出ないから来て見たらさぁー」
「分かった、私に責任があるのは確かだけど私がやった訳じゃない、
それを踏まえて初春さんのこれからに就いて話し合いをしたい」

裏声で歌う様に朗らかに発言する美琴を相手に、
十分過ぎる命の危険を感じながら両手を上げた千雨が言葉を選ぶ。

「初春、初春っ!?」
「これはどういう事ですの?」

佐天がぐったりした初春をゆさゆさ揺さぶり、そちらに移動した黒子も千雨に厳しい視線を向ける。

「パソコン?」
「見るなっ!」

元凶に気付いた佐天に千雨が叫んだ。

206 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/27 13:16:51.56 BLWVr4ul0 154/920

「な、何?パソコンが?」
「ああ、まず分かりやすく言う。原因は昔の漫画で言う所の電子ドラッグだ。
パソコンから人間の五感が受信出来る各種の刺激を人為的に調整して有害化する」
「そんな、初春がそんなものに…」
「初春さんだからだ」

佐天の反論に千雨が言った。

「大概の人間なら、手前の意識誘導で
ネット上のミスディレクションに落とし込む所で終わっちまう。
だけど、初春さんはハッカーとして切れ過ぎた。
それで、深入りし過ぎた対抗措置として用意されていた虎の尾を踏んじまった」

「つまり、何か見せたくないものがあって、
それを無理に見ようとするとこうなる、そう言いたいのね」
「そういう事だ」

美琴の理解に千雨が応じた。

「じゃあ、取り敢えずパソコンの電源…」
「駄目よ」

そう言った美琴の表情には苦いものが浮かんでいた。

「まさかと思ったけど、パソコンの電磁波と初春さんの脳波の境界が不明瞭になってる。
この状態で電源落としたら、僅かなリスクだと思うけど…」
「プログラム稼働中のPCのコンセントを引っこ抜く、
そいつを彼女の脳味噌でやる事になる、って事か」

電気使いの意外な視点に舌を巻きながら千雨が言い、美琴が頷いた。

「ちょっと待て、何してる?」

そして、パソコンに手を添えた美琴に千雨が尋ねた。

「パソコンの電磁波と脳波を解析して分離して初春さんを治療する」
「今、そいつを操作したらあんたも巻き込まれるぞ」

207 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/27 13:22:20.01 BLWVr4ul0 155/920

「私の体内電気で直接このパソコンに干渉するわ。
外の人間には信じられないかも知れないけど、体内電気を電気機器の電気信号に接続させて、
とてつもなく細かい単位の電気信号をとてつもなく細かい演算で、
例え高性能コンピューターでも、私の体から私の意思で直接支配して操作する事も
そこからネットワークに接続して操作する事も出来る。
初春さんに取り憑いた不正電磁波を解析して…」

「もっと駄目だっ!」

千雨が叫んだ。

「そんな事したら逆流してあんたの脳が食われるっ!」

「私を誰だと思っているの!?
学園都市のエレクトロマスター電撃使いの頂点に立つ
学園都市レベル5第三位、常盤台の超電磁砲よ。
例えスパコンレベルの高度な電気信号でも自在に出来る」

「これは只の電気信号じゃないっ!」
「電気は電気よ、私には見える」
「いいかよく聞け、これ以上続けるなら私達はあんたに総攻撃を掛ける。
これ以上被害を拡大させる訳にはいかない」

千雨は我ながら情けないと思いながら、構えを取る小太郎と楓を見る。
美琴と黒子の目つきからも退く意思は一片も見えない。

「じゃあ初春はっ!…」
「私が行く」

叫ぶ佐天に押し被せる様に千雨が言った。

「あんた達の超能力とは別の系統のトンデモ能力が絡んでる、
これは私達の領分だ」
「それ、冗談だったら消し炭とか言うレベルじゃないんだけど」

千雨の取り出した「力の王笏」を見て美琴が言った。

208 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/27 13:25:36.47 BLWVr4ul0 156/920

「これは、私の責任だ」

両手持ちにした「力の王笏」を床に水平にパソコンに向けながら、千雨が言った。

「そうだよ、これは私がやらなきゃいけないんだ」
「………」
「私が初春さんを巻き込んだ。だから、絶対に助け出す。
広漠の無、それは零。大いなる霊、それは壱。
電子の霊よ、水面を漂え。
「我こそは電子の王」!!」

 ×     ×

ぐらりと脱力した千雨を楓が支える。
そのまま、床に横たえた。

「な、何よこれ?まさか本当にパソコンの中にダイブした、
とか言わないよね」

佐天が青い顔をして言った。

「今の初春さんの状況を応用して考えるなら、
決してあり得ないとは言えない」

美琴が真面目に言った。

 ×     ×

ルーランルージュ姿の千雨が歩いていたのは、暗い、薄気味の悪い岩場だった。
そこで千雨が見付けたのは、小柄な人の背丈ぐらいで湯気を立てている蛇の塊だった。

「どきやがれっ!」

千雨が「力の王笏」を振ると、蛇の大群が半ば剥がれ落ちて、
その下から大理石製初春飾利1/1フィギュア最低落札価格以下略が姿を現した。

「この野郎っ!」

改めて呪文を唱えて「力の王笏」を石像に向けると、蛇は石像から離れて逃げ出した。

209 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/27 13:28:41.01 BLWVr4ul0 157/920

「良かった…損傷は自己修復出来る範囲内か。
お前ら、プログラム(呪い)を解除しろ、私の相手は…」

電子精霊に指示を出し、嫌な汗を感じながら千雨が視線を向けた先には、
巨大な犬の三つ頭、そこから光る凶悪な光が隠し様もなかった。

「こっちだっ!」

千雨が走り出した。
それに合わせて、三つ頭の犬ケルベロスは石像とは別の方向を向く。

「!?」

千雨がとっさに身を交わす。
千雨に猛スピードで突っ込んで来た一抱えほどもある大きな鳥は、
そのまま引き返した所を千雨のパケットフィルタリングで撃ち落とされた。
同じ双頭の人面鳥が二羽、三羽と、千雨の周囲を旋回する。
千雨が「力の王笏」を振るい、必死で追い払いながら逃走する。

「くっ!」

ケルベロスの口が光る。千雨が手近な岩陰に飛び込み、
ケルベロスの吐き出す青白い炎の直撃を避けた。

更に、ケルベロスの足下にも、
今度はやたら現代的と言うか近未来的な人型敵キャラの一団が姿を現す。
全身真っ黒な装甲、ヘルメットに身を固め、
その一部である黒い仮面に目の部分だけが不気味に赤く光っている。

「ちう・パケットフィルタリーングッ!!」

その黒い装甲が抱え持ちの大型機関銃を一斉掃射して来たからたまらない。
千雨はとっさに防壁を張りながら岩陰に飛び込む。

210 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/27 13:32:23.58 BLWVr4ul0 158/920

「遅いんだよバカがっ!」

只、敵兵は頭の方に多少の問題があったらしく、
一斉に弾薬交換を始めたタイミングで千雨はジャンプで岩の上に飛び出し、
そのままパケットフィルタリングで黒装甲どもを一掃した。

見て目通りの多少の硬度はあっても、所詮はプログラムと言う事だ。
だが、ほっとする間も無く双頭鳥が千雨を狙い、
千雨は「力の王笏」で牽制しながら岩陰に逃げ込む。

「うげっ」

見ると、ケルベロスの周囲には、その双頭の人面鳥がふわふわと浮いている、
一羽や二羽ではない群れだ。

「おい、まだかっ!?」
「まだです、ちう様。非常に複雑な術式が使われています」
「何だと?」

「直ちに取り寄せる事が出来るワクチンプログラム(解呪法)では効果がありません。
手がかりは見付かりましたから、
現在まほネットから必要な情報を取り寄せてワクチンプログラムを構築しています。
しかし、それらの材料には禁呪や上位に指定された情報が多数含まれていまして、
そこを突破して手に入れる事自体に困難を極めているのが現状であると…」

双頭鳥が千雨の頭上から急降下して来た。
千雨が横っ飛びに交わし、「力の王笏」からのビームで撃ち落とす。
そのまま別の岩陰に飛び込み、ケルベロスの炎から防御する。
そうしながら、今の状態であればイメージとして直接脳内で操作出来る携帯電話に接続する。

211 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/27 13:36:01.28 BLWVr4ul0 159/920

「葉加瀬かっ、頼まれて欲しい…」

言ってる側から、千雨は飛び込んで来る双頭鳥を叩き落としながら岩陰を駆け出す。

「だからこっちだって…だああっ!!」

千雨は向きを変えようとしたケルベロスにビームを浴びせ、
ギロリとこちらを向いたケルベロスの口が光るのを目にしながら
命からがら岩陰に飛び込む。

「…もしもし…」
「もしもしっ!」
「話は聞きましたです。
とにかく、分かるだけの情報をこちらに送って下さい」

215 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/28 04:21:10.81 sIRf/bqg0 160/920

 ×     ×

「と、言う事だ。
情報を共有してアドバイスに従って、一刻も早く、
だけどプログラム化した精神には傷一つ残さずに修復する。
厳しい条件だけどよろしく頼むっ!」

「ラジャーちう様っ!」
「我ら命に替えてっ!」
「どうぞ何々しろと命じて下さいませちう様っ!」
「とっととやりやがれっ!!」
「「「「「「「ラジャーッ!!」」」」」」」

「命に替えて、か」

背中を岩に預け、ずずっ、と千雨は座り込む。
一瞬だけまどろんでから、岩の地面を転がり双頭鳥の頭突きを回避する。

どかん、どかん、どかんと、地面に当たるや爆発する
ケルベロスの青い炎を、地面を転がりながら懸命に交わし続ける。

 ×     ×

じっとしゃがみ込んでいた御坂美琴が、すっと立ち上がる。
腰を浮かせようとした小太郎が、楓の制止に従う。

「正解」

美琴が、ぽつっと言った。

「女は殴れないとか、やっぱりそういうタイプか。
殺す覚悟が無いなら私の前に立たないで」

ぼそぼそと、しかし、圧倒的な雰囲気と共に言いながら、
美琴は歩みを進めた。

216 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/28 04:26:11.50 sIRf/bqg0 161/920

 ×     ×

「っそおっ!だからそっちじゃねぇって言ってるだろっ!!」

一休みしたかった体を叱咤して、千雨は駆け出した。
走りながら、「力の王笏」からの光弾の速射を足下に撃ち込んでケルベロスを牽制する。
走り抜けて、一息ついていた千雨がバッと体勢を立て直した。
初春を背にした千雨が、双頭鳥の体当たりをまともに受けて背中で岩の地面を滑る。

「っ、てぇーっ…」

肋骨がまともに折れた感覚だ。
生身よりはマシなのだろうが、それでも呼吸が苦しい。

「やっ、ろおっ!!」

トドメを刺す様に飛来した鳥を「力の王笏」でぶん殴り、
そしてその杖の底で鳥の体をブッ刺し、抉り殺す。

「うええっ」

嫌な感触に嘔吐している場合では無かった。

「ちう・パケットフィルタリィーングッ!!!」

それは、ケルベロスの大出力の火炎放射との真っ向勝負だった。
流石に巻き込まれたら危ないのか、未だうじゃうじゃ飛び回っている双頭鳥も上空を旋回するばかりだ。
火炎放射が止まった。千雨もそのまま「力の王笏」からのビームを止めて尻餅をつく。

「うざいっ!!」

ここぞとばかりに飛来した双頭鳥を三羽ほど、
立ち上がり様に悲鳴を上げている肉体を酷使してボコボコボコと「力の王笏」で叩き殺す。

「キリがね、えっ?」

ケルベロスの背後から、更なる巨大生物の姿が見えた。
ずるっ、ずるっとその身を引きずって現れたのは、十分に怪獣サイズの大蛇。
但し、胴体の後ろ半分は一本でも、そこから先は幾つもに枝分かれしてそれぞれに蛇の頭がついている。

217 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/28 04:31:37.75 sIRf/bqg0 162/920

「ヤマタノオロチ?いや、ここまでのチョイスって、事は?…」

脚が砕け、座り込みながら千雨は呟く。そこに、更なる新手。
双頭鳥とは比べ物にならない巨大な鳥らしきものがばさっ、ばさっと着地する。
但し、こちらは前半分は巨大な鷲だが、その後は獅子の肉体。
ケルベロス同様、麻帆良の地下でもお見かけした相手だが、

「これもまあ、幻って言えば幻なんだけどダメージは幻じゃすまないしなぁ、
誰かイングラム持って来い…」

千雨は、よいしょと立ち上がる。
しかし、大蛇ヒュドラの多数の首は明後日の方向に伸びて、
伸びた先端が空間に呑み込まれる様に消滅する。
開かれた大鷲のクチバシからも、猛烈な火炎放射がヒドラの方向に噴射され、
その炎も途中で空間に呑み込まれる。

「そう言や、バ○ドンってのも強いよなぁバー○ンってのも…」

千雨は、自分の思考が危険なレベルで取り留めがなくなりつつある事を自覚する。
新手がこちらを向いていないのは助かった、
今一斉に来られたら確実に挽肉の消し炭だ。

だが、事態は丸で改善されていない。
ケルベロスに双頭鳥の群れは丸で衰える気配が無い。
実際、千雨も防御が手一杯で効果的なダメージを与えられていない。
最初から本気で殺り合えばやり様もあったのだが、それが出来ない事情がある。

千雨が、チラッと後方に視線を走らせる。
初春の灰色の全身にピシッ、ピシッとひびが入り始める。

「何とか、なるか…」

何度目になるか、プログラミング補正された動きで、
体ごとひゅんひゅんと「力の王笏」を振り回す。

飛来した三羽の双頭鳥の内、二羽はケルベロスの上空に戻る。

218 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/28 04:36:50.90 sIRf/bqg0 163/920

 ×     ×

「御坂さんっ!?」

ガクン、と体を揺らした美琴を見て、佐天が悲鳴を上げた。

「つーっ、気持ち悪っ、これが…うぐうっ!!」
「ああっ!」

床に座り込んでいた佐天が、どんと床を叩いて顔を伏せた。
美琴は、吐き気を堪えながらも両手でしっかりとパソコンを握る。
千雨ほど鮮明ではないが、
それでも、接続に成功してかなりの所まで感覚的なイメージ化には成功しつつある。

 ×     ×

「ぐあっ!」

感情任せに墜落していた双頭鳥を踏み付けた、その脛を噛み付かれて千雨は悲鳴を上げる。
その隙に、防御した千雨の左腕に噛み付いた別の双頭鳥共々
千雨は「力の王笏」の発する至近距離の高出力ビームで確実に消滅させる。

「パケットフィルタリングっ!!」

ケルベロスの青白い炎を「力の王笏」の力ずくで抑え込み、凌ぎ切る。
千雨が後ろに視線を走らせる。初春の全身に、ビシッ、とギザギザに縦一筋の大きな亀裂が入った。

「いける、間に合う…」

 ×     ×

「ああああっ!!」
「御坂さんっ!!」
「お姉様っ!」

ガクガクと全身を痙攣させる美琴を見て、今度こそ佐天が悲鳴を上げた。
だが、それが収まった時、美琴の口元は綻んでいた。

「くくっ」

その笑みは、ここにいる意識のある全員が退くに十分のものだった。

219 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/28 04:40:11.91 sIRf/bqg0 164/920

「くくっ、くかかっ、くかかかかかかっ、かかかかきくけこォォォォォっっっっっ!!!
なンですかなンなンですかァ!?
別系統の能力ってこの程度なンですかァァァァァァっ!?!?!?」

叫んだ先から、美琴の体が海老反りする。

「くか、くかか、くかかかかかかかか、
だーいじょうぶ大丈夫、あーはははははははっ、ほろ酔い気分だにゃー。
結局、電気信号は電気信号、私に制圧されるために存在してるって訳よ。
こんなので私に勝ったとか思っちゃったのかにゃーん?
ハリーハリーハリーハリーハリーッ!!!おぶうううううううっ!!!」

「御坂さん…」
「お姉様…」

「うふっ、うふ、うふふふふふふっ、うふぅふふふふふふふふ
だぁーいすきっ!!
[sogebu][sogebu][sogebu][sogebu]
だいだいだいだいだーいすきっ大好き大好き愛してるうっ!!
好き好き好き好き好き好き好きあぁぁぁいぃぃぃぃしぃぃぃてぇぇぇぇぇ
好きで好きで好きで好きであぁぁぁぁぁたまらないたまらないのおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
はああぁぁーーーーーんっらめえぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ………ふぅーっ………
アハハハハ………あああああっ!!!」

絶叫と共に美琴が荒い息を吐いた時、同室の面々は一斉にそっぽを向いた。

「んっ、ぐっ…」

想像を絶する干渉感覚だ。そんな電圧がある筈が無い等と考えている暇も無い程。
いや、これは法則が違う。村上夏美と対した時もそうだったが、
長谷川千雨の言う「系統の違う」と言うのも満更デタラメでは無い。

こうしてぶつかり合っている以上完全な別物ではないが、電気で御坂美琴の脳を突き破る、
それをストレートにやるにはどう考えても出力が足りな過ぎる。
それ以外の思いもよらぬ要素がある筈だが、今はそれを解く暇は無い。
ギリギリと歯がみしながら意識を演算に集中させる。

220 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/28 04:43:28.56 sIRf/bqg0 165/920

「うぐっ!」
「お姉様!」
「御坂さんっ!」
「何や?いいの貰ったんかっ!?」

ドゴン、と、ボディーブローの様に強烈な刺激が美琴の神経から脳に描き出され、
それに合わせて美琴が体を半ばくの字に折りながらその手を必死にパソコンに繋ぎ止める。
美琴の視線がつと外れる。
床にぐったりと横たわっている長谷川千雨、その目尻を見た時、
御坂美琴の頭の中で、何かがブチッ、といい音を立てた。

 ×     ×

千雨が魔力を込め、「力の王笏」にガジガシと噛み付いていた双頭鳥が煙を上げて剥がれ落ちる。
同時に、「力の王笏」もガランと地面に落ちた。

「くっそおっ!」

「力の王笏」から発せられた電撃に耐え兼ねて手放した千雨が、
岩の地面を転がりながら「力の王笏」を拾う。

「うらあっ!!」

突っ込んで来た双頭鳥が千雨を狙って開いた口に
千雨が「力の王笏」を突っ込み、そのまま後頭部までぶち破る。
足をかけて引っこ抜き、群れで飛来する双頭鳥を帯状のビームで追い払う、が、

(出力が、全然足りてねぇ…ハゲタカかよ…)

双頭鳥が、千雨の上空でぐるぐる旋回を始める。
ケルベロスの口も光り始める。

千雨が音に気付き後ろを向く。
初春の花飾りからぱあんと表面が弾けて、カラフルな色彩が戻って来る。

「何とか、なりそうだな」

「力の王笏」を握った右手諸共両腕がだらんと下がり、
千雨の口元に笑みが浮かぶ。

221 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/28 04:46:45.85 sIRf/bqg0 166/920

「…有り難うな。御坂美琴の性格読んで、上手く乗せてくれたんだよな…」

千雨が、前を向いた。

「これは、私の責任だ。私がやらなきゃ、いけないんだ。
私が、初春さんを戻さなきゃいけない、大丈夫、戻れる。
初春さんは、戻れる…」

呼吸を整えながら、千雨はぶつぶつと頭の中で繰り返した。
両手持ちした「力の王笏」を天に掲げる。
バチバチと放電する「力の王笏」を掲げ、巨大な双頭犬を見据える。

「戻れる…戻して、見せる。
来るなら来い…けど、なるべくなら来るな。
終わるまでは付き合ってやる。人としてやんなきゃなんねぇ、それまではな…
………終わり、かよ………」

耐え切れず、千雨の顔が下を向いた。

「…あの夏にも…戻って来て…なのに…
………すけ………て………ギ………んせい………」

ケルベロスが吠えた。甲高く吠えた。
千雨が、はっと天を仰ぐ。
ヒュドラの首が戻って来た。
戻って来たまま、空中で踊り狂い、全体がばったりと衰弱する。

その隣で、勇ましい大鷲の羽毛と獅子の毛も絶叫と共に炎に包まれる。
双頭鳥の群れが上空で異常な旋回軌道を取り、ケルベロスも不安げに足踏みを始めた。
聞いた気がした。千雨が最も待ち望んでいた、勇ましきその声を。

222 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/06/28 04:50:37.24 sIRf/bqg0 167/920

 ×     ×

「お姉様っ!?」
「つーっ…最悪の目覚めって感じかなぁ…」
「御坂さんっ」

「ははっ、私の責任、巻き込みたくない、ははっ、はぁーっ。
いたなぁー、そんな事言ってた奴。
うふっ、あはははははっ、ねぇ、何が見えてる?あんたの目には今何が見えてる?

私の目の前でこの人達泣かせるとかさぁ、
あんた、この学園都市レベル5第三位、常盤台の超電磁砲にどんだけ恥掻かせたら気が済む訳?
何一人で格好付けてんのよ。
っざけてんじゃないわよおおおおおっっっっっっっ!!!」

230 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/01 04:36:52.99 drfsv7vh0 168/920

 ×     ×

「っけるな、っざけるな!ふっざけるなあっ!!
あんた分かってんの?
アリサも初春さんも私の友達だっつーのっ!
あんたが二人を助けるために一人で危ない橋を渡るって言うんなら、
まずはその幻想をおおおおっ………」

 ×     ×


「こりゃあ、イメージ的にもやってくれたのって…」

長谷川千雨は苦笑した。
双頭鳥の群れは、爆発する様にして消滅していた。
巨大な落雷を受けてぷすぷすと煙を上げているケルベロスも、
消滅こそ免れたが明らかに弱体化している。

「御坂さんっ!つっ」
「あ…ごめん…」

駆け寄った佐天が、パソコンを手放してぐらりと揺れた御坂美琴の体を支える。
特大の静電気を連想させる感触が佐天に突き刺さる。
美琴の声に、佐天は首を横に振った。

「ここまで、かぁ…大口叩いたんだから、後は…」

佐天にゆっくり座る様に誘導されながら、美琴はまどろむ様に言った。

231 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/01 04:41:53.83 drfsv7vh0 169/920

 ×     ×

「初春っ!?」

佐天の叫びと共に、
机に突っ伏していた初春がガバッと身を起こした。

「良かったぁ」
「あ、ありがとうございます」

机の側に座り込んでいた美琴も安堵し、頭を下げる初春に笑みを返す。
初春は、少しの間両手で顔を覆っていた。
それから、USBメモリを接続し、猛烈な勢いでパソコンを操作し始めた。

「初春っ!?」
「大丈夫ですの」

叫ぶ佐天に黒子が言った。

「この目は、ジャッジメントですの」

 ×     ×

「っつこいっこのバカ犬っ!!」

ちうはにげだした
しかし、まわりこまれてしまった

只の電気信号ではない、自分の言葉が突き刺さる。
感情があるのだろうか、大ダメージを受けたからこそ思い切り執着されているとしか思えない。

「くあっ!」

蹴躓いた千雨目がけて、ケルベロスの巨大な前足が持ち上げられる。

232 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/01 04:47:04.71 drfsv7vh0 170/920

(やべぇやべぇやべぇ…)

「ギャインッ!!」

かつての痛覚を伴う幻覚を思い出しかけたその時、絶叫したケルベロスの足の裏には、
地面から突き出してビンと鉄筋の如く硬直した薔薇の蔓が何本も突き刺さっていた。
その隙に千雨は逃走し、薔薇も軟化して引き抜かれる。
体勢を立て直した千雨の目の前では、
ケルベロスが自分の体に絡み付いた大量の薔薇の蔓を悲鳴を上げながら引きちぎる所だった。

「ちう様っ!」
「ああっ、目的は果たした、行くぞっ!!」
「ラジャーッ!!」

千雨が脱兎の如く出口へと駆け出す。
ケルベロスがざっ、ざっと後ろ脚を跳ねて追走を構える。

「あなたの門に帰りなさい」

そのケルベロスに、凛として、それでいてどこか優しい声が聞こえる。

「あなたは、あなたの門に帰りなさい。
ここは学園都市。私は、私の門を守る。決してその先には進ませない」

 ×     ×

「ただ今、でいいのか?」
「お帰り」

横たわっていた床で身を起こし、側頭部を抑えながらの千雨の質問に美琴が応じた。

「初春さんは?」
「お早うございます」
「ああ、お早う」

のんびりとしたやり取りに拍子抜けして、ついでに腰が抜けて千雨はすとんと座り込む。

233 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/01 04:52:03.37 drfsv7vh0 171/920

「ああ、来て下さったんですね」
「あ?」
「いえ、確認したい事があったので、
帰る前にこちらに来ていただいたんですが、
どういう訳か私が昏倒してしまったらしくて」

「ああー、そう言やそうだったな。で、何が分かった?」
「それなんですが、記憶が曖昧で。ご足労おかけしました」
「いやいや、わざわざ有り難う」

初春と千雨の棒読み一歩手前のやり取りを眺めて、初春の友人の中には肩を竦める者もいた。

「ところで」

美琴がちょっと首を傾げて尋ねる。

「やっぱ電子ドラッグね、思いっ切り思考回路引っかき回された感触あるんだけど、
その間に私、何か言って無かった?」

素直に小首を傾げた者以外は、
黒幕も情報源も吐かなくなる条件を即座に思い出して首を横に振った。

「そう」

何となく納得していなさそうな美琴を前に、
白井黒子は胃袋に転移させるロンギヌスの槍を探す旅立ちを決意し、
佐天涙子は録画した携帯ムービーの用途を脳内で模索する。

「それじゃあ、今度こそ帰らせてもらうわ」
「うん、アリサの事は私達に任せて」
「これ以上黙認し難い事はくれぐれも避けて下さいまし」
「ああ、迷惑かけた」

234 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/01 04:55:54.97 drfsv7vh0 172/920

 ×     ×

「で、帰るんやなかったんか?」
「一箇所だけ、寄りたい所がある」

歩みを進めながら、千雨は仲間にPDAを回す。

「オリオン号事件、三年前に発生した宇宙旅客機の墜落事件だ。
乗客乗員88人全員が無事救出されて、学園都市じゃあ88の奇蹟って事で知られている」
「先ほど、初春殿が調べていた事でござるな」

「ああ、だからこれはwikiレベルの最低情報だ。
電子精霊総動員で潜在ブラクラチェック掛けながらキーワードからの基礎情報だけ引っ張り出した」
「この事件が鳴護アリサの言う三年前の大事故」

PDAを手にした和美が言う。

「その可能性は高いな。
少なくとも初春さんはそう踏んで探って虎の尾を踏んだ。何かが引っ掛かる」
「何が?」

千雨の呟きに夏美が問うた。

「これは能力なのかなんなのか分からないけど、私は魔法に関する勘が働くらしい。
魔法のごまかしに対して、おかしいものをストレートにおかしいってなんとなくでも思える勘がな。
だから、これは勘だが、多分理論化したら理論とも言えないぐらい
バカみたいな簡単な事がごまかされてる。初春さんの反応を見てもそう思った」

「だけど、その簡単な事に気付かない様に仕掛けがされていて、
気が付いたら、食われる」

和美の言葉に千雨が頷いた。

「奇蹟…88の奇蹟…奇蹟の歌…そろそろだ…」

言いかけた千雨を、小太郎の腕が制した。

「どうした?」
「誰かいる」

235 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/01 04:58:57.85 drfsv7vh0 173/920

小太郎に促され、一同は物陰に入った。
確かに、目的地の石碑の前にたたずむ人影があった。

「あいつ…」
「知り合いか?」
「こないだの公園で、黒いカブトムシメカに乗ってた」
「なんだと?」

千雨は、自分よりやや年上だろうか、
少女と言ってもいいその黒ずくめの女をじっと観察した。

「…なぁ…何してる様に見える?」
「お墓参り」

千雨の質問に、夏美がぽつっと答えた。
別に線香も何もないが、雰囲気がそれ以外の何物でもない。
黒ずくめの女が無言でその場を立ち去る。
アーティファクトを発動した夏美と手を繋ぎ、
一同は女の後を追っていたが、千雨がそれを制した。

「悪い、先行っててくれ」

離脱したのは千雨と和美だった。
二人が駆け寄ったのは入れ違う様に石碑に現れ、花束を拾った作業服の男だった。

「本当に墓参りか」
「だからだ」

男の握る黒いリボンに気付いた千雨の言葉に、作業服が言った。

「縁起でもない、片付けさせてもらうよ」

作業服が、バッと腕を振り払う。

「に、しても」

千雨が言う。

236 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/01 05:02:29.95 drfsv7vh0 174/920

「やけに早い片付けですね。たった今までいた筈ですが」
「あー、連絡があるんだよ」
「連絡?」

「ああ、ちょっと頭がアレな女だってな。
実際、こんなモン置いて行かれてるんだ。
本当なら業務妨害で届けを出してもいいぐらいなんだが」

「誰が報せて来るんですか?」
「分からん。同じ人物から管理事務所に匿名の予告電話が掛かって来る。それだけだ」
「分かりました、有り難うございます」

238 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/01 14:12:19.60 drfsv7vh0 175/920

 ×     ×

「シャットアウラ・セクウェンツィア?」

千雨が、夏美と小太郎からその報告を受けたのは、
すっかり夜更けの麻帆良大学工学部の研究室での事だった。

「うん、間違いない。彼女の部屋で色々確認したから」

夏美が言う。
結局の所、絶対条件である夏美と身軽な小太郎のペアで
尾行相手の黒ずくめの女、シャットアウラにぴったり張り付く様にして
彼女の住むマンションとフラットの玄関をくぐり抜ける事に成功。

以後、お疲れの彼女が入浴中にしっかり手を握ったまま
僅かな痕跡も残さぬ様に悪戦苦闘して身元を示す手がかりを室内から見つけ出した。

が、夏美達が脱出する前に予想外の早さで浴室からリビングまでストレート移動して来たために、
そのままリビングで思索に耽る彼女やその他の家具にぶつからぬ様に右往左往しながら、
ようやく出入りが聞こえないタイミングに至ってフラットを脱出。

先に他の面子を脱出させてから
科学の学園都市に戻って来て待機していた楓と合流してようやく今に至っていた。

「これが、彼女の部屋ねぇ」

和美が、夏美の撮影して来た携帯電話の画面を覗いて言う。

「これって、パイロット?写真に、帽子?」
「ぼろい帽子やなぁ」
「ん?」

会話を聞き、千雨も携帯電話に録画された映像を見る。

239 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/01 14:17:41.13 drfsv7vh0 176/920

「何と言うか、すっごいアホな事が起きてそうな気がするんだが、
マジだったら笑い事じゃ済まない様なな。
だが、それを確認する事は多分出来ない。
普通の調べ方をしたら、催眠誘導でなんとなく忘れるか納得させられる。
そいつを突破しちまったら」

「初春殿の二の舞でござるか」

「多分な。あれ見ると、私がアーティファクトで手こずった所から見ても、
初春さんと同じルートを辿るのはリスクが高過ぎる。
科学の学園都市は電子データの街、
そいつを利用して、辿り着くルートにあの手の地雷が仕掛けられてる、そう見るべきだ。

素直に理論化したら100プラス100イコールゼロってぐらい、
馬鹿馬鹿し過ぎて却っておかしいのが分からなくなるんじゃないかって、私のゴーストは囁いてる。
この辺に生えてるでっかい樹がなぜ世界遺産じゃないのかってぐらい。
だからこそあんな物騒なモンを仕掛けた。そうでもなけりゃあんな事までする意味が無い」

「その、初春さんですか?彼女が引っ掛かったトラップの事なのですか」
「ああ、綾瀬、今回はサンキューな」
「いえ、お役に立てて何よりです」

研究室に待機していた綾瀬夕映と長谷川千雨が言葉を交わす。

「それで、さっきの件だが」
「呪いですね、西洋魔術系の呪いを応用した術式です」
「だったら、やっぱりイギリス清教の連中か?」
「あり得ません」
「何?」

夕映のあっさりとした返答は意外なものだった。

「ネセサリウスですね、あそこには色々な使い手がいるのは確かですが、
おおよそ近代魔術と呼ばれるものを使っています。
全般的な傾向として、現代科学のハイテクノロジーとは非常に相性が悪い。
恐らく、携帯電話の表向きの機能を使うのが精々でしょう。

とてもじゃありませんが、
高度な魔術の術式をインターネット上に組み込むなんて芸当は彼らには出来ません。
下手したらそのまま本来の意味で脳味噌が吹っ飛びます」

240 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/01 14:22:51.10 drfsv7vh0 177/920

「おいおい…」

「それに、術式の問題があります。
使われていた術式は、古典的なギリシャ語系の術式でした」
「ちょっと待て、確か、ギリシャ語って西洋魔術では」

「はい、ギリシャ語自体は、ランクこそ高いですが西洋魔術の中ではポピュラーな語学です。
魔法学校から始まるこちらの西洋魔術では、
ラテン語に始まってより高位のギリシャ語の呪文詠唱を行います。
ですから、ネセサリウスにもギリシャ語の詠唱魔術を使う術者自体はいてもおかしくありません。
しかし、今回使われたのはそういう次元のギリシャ語術式ではありません」

「どこが違うんだ?」
「古典的、古過ぎます。
千雨さんや弐集院先生、電子精霊を使う術者は麻帆良学園、魔法協会にもそれなりの数がいます。
しかし、それとこんな古典的な術式を組み合わせる人はいません」

「そんなに珍しいのか?」
「魔法そのものが一般には迷信と目されている訳ですが、
その魔法、魔術が進化する過程の中でも非論理的、非合理的として切り捨てられて廃れた筈のもの。
そうしたものが少なからず含まれていたです」
「それで、あれだけの威力があるってのかよ」

「そもそも、千雨さんの電子精霊魔法で電脳空間内の闘いであれば、本来大概の事に対処出来る筈です。
それが容易に出来なかったのは、表現が難しいのですが、
電脳空間だからこそ本来通じるべき共通ロジックがそのままでは通用しなかったからです」

「いや、それは感覚で分かる。
電脳戦じゃ割と修羅場くぐったつもりだが、いくら何でもあれは無い」

241 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/01 14:28:08.57 drfsv7vh0 178/920

「「力の王笏」による共感は、
あくまで千雨さんの主観としてイメージ出来る様に感覚が変換されているものであって、
高度な電子戦である以上、闘っているのはあくまでロジックとロジックです。

実際に魔術なのですから、電子精霊は魔術として感知して対応しようとする。
しかし、対応するロジックが電子精霊の扱うデータバンクに含まれていない為に、
相手に直接対応する電子的なロジックを直接構築する事が出来ない結果、攻防が上手く噛み合わない。

例えば魔物の中でも物理的に存在するものの何割かは
タンクローリーやトマホークミサイルを直撃させれば退治できます。

話に聞く御坂美琴さんは、あれをあくまで電脳空間の電気信号と言う
それ自体理論上間違ってはいない定義で把握して、
物理的な存在そのものをロジカルに解析して対応した事が、
今回に関しては上手くはまったものと思われます」

「化け物だろうとぶん殴れるものは殴った方が早かったって事か」

「無論、例え科学の学園都市でも
そこらのセキュリティソフトでどうこう出来るレベルの話ではありません。
それで済むならそもそも科学の学園都市に連なる電脳空間に潜伏し得なかった筈です。

その意味では、やはり御坂美琴と言う人はその分野に於ける想像を絶する天才なのでしょう。
デジタルにしてアナログ、自分の能力として自分の意思と直結して電気を使うからこそ、
電気の中の魔術と言う自ら変異する生き物の尻尾を捕まえる事も出来た。

それでも、只でさえ材料が乏しく困難な初春さんの解呪を行っている間、
現在進行形の破壊プログラムで初春さんが破壊されない様に盾になりながら
正体不明の敵が相手なので敵に最適化した攻撃が出来ず対症療法しか出来ない。
この非常にまずい条件下の闘いです。

こちらでモニターした限り、対処したのがどちらか一方であれば、
初春さんを断念して脱出するか自分が廃人になるかが現実的な選択肢となる危機的状況でした」

「紙一重で二重遭難かよ。言いたい事は大体理解出来る。
しかし、魔法自体が科学とどこまで折り合うかって話なのに、
そんな骨董品紛いの魔法が電子戦でそこまで恐ろしいのか」

242 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/01 14:31:23.79 drfsv7vh0 179/920

「例え話として言いますと、口伝えの伝統と修行して覚えた感覚、
それだけで患者に触れて草と鉱石を調合する。
現代医学から見て、その結果は理論的におよそ三つに分類されます。

迷信として切り捨てられ忘れ去られるもの。
現代医学によっても合理的な説明が出来る範囲のものも少なからずある。
そして、現代医学では説明すら出来ずに、尚かつ現代医学を遥かに凌駕する結果が生ずるケース」

「何と言うか、魔法使いそのものだな」

「迷信が実は迷信では無かった。
当時の最先端の科学が迷信として切り捨てたものに実は大変な価値があった
科学的な分野でも歴史的にしばしば生じている事です。
今回使われたギリシャ語術式はどうもそういう匂いがします。
実際、私の「世界図絵」でも丸っきり駄目でした」

「そう言や、綾瀬の「世界図絵」は自動更新だったか」

夕映が示したパクティオーカードを見て千雨が言う。

「はいです、まほネットによる情報更新システムによって、
容量がオーバーすると使用頻度その他重要度の低い情報から上書き領域に回されてしまいます。
今回の様な考古学に属するレベルのケースでは本来相性が良くないアーティファクトです」

「本当にすまんかった」

「いえ、実に貴重な経験でした。
それでも、巨大図書館レベルの情報量を誇る「世界図絵」です。
無論、ギリシャ語系の魔法研究に関しても、通常を遥かに超えるレベルで網羅している。
それでも、今回のケースでは必要な情報をそのまま検索する事が出来なかった。

千雨さんの電子精霊と協力して、実際使われた呪詛と現存するギリシャ語研究資料の僅かな痕跡を辿って、
既に削除された原形を突き止め、或いは発生している現象に対して現在の魔術を代替品として応用して、
再構築する作業を重ねてようやく初春さんの呪いを解くワクチンプログラムを作り上げました」

「誰がそんな化石を掘り出して来たって言うんだ…」

243 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/01 14:34:49.86 drfsv7vh0 180/920

「現代のギリシャを含む西洋魔術全体で見ても、
使われた術式のかなりの部分に就いては、そのまま使う所か原形、
断片すらを把握している人すらいないと思われます。

しかも、土に解けた恐竜の心臓を復元する様にこちらで把握した術式自体は極めて高度、
元々は相当に高いレベルのシビル、ギリシャ系の専門術者によるものと推察せざるを得ない。
考えられるとしたら、エヴァンジェリンさん…」

「何だと?」

夕映から出た思わぬ名前に、千雨は腰を浮かせそうになる。

「今回使われた術式は只古いだけではありません。
温故知新、とてつもなく古く進化の過程で葬られた術式をそのまま覚えていて、
しかも、進化の過程も把握し尚かつ最先端科学に組み合わせる離れ業です。
一番手っ取り早いやり方は、その時代から覚えていながら現代に至るまで学習する事です」
「なるほど、千年ロリ婆ぁなら条件に合致するってか」

適当な数字と共に千雨が言った。
多分、本人が聞いていたら次に千雨が発掘されるのは氷河の中であっただろう。

「いえ、エヴァンジェリンさんでは無理です。
エヴァさん本人にそこまでのメカへの適性はありません。

やるとしたら茶々丸さんによる補助が必要ですが、
麻帆良学園で科学の学園都市に関わる事でそんな事をしたら流石に何らかの形で察知されます。
それに、茶々丸さんの魔法科学の基礎は現代魔法ですから
あそこまでストレートに古典を反映させる事も困難です。もう一つ考えたのは、禁書目録」

「その時点で危ないネーミングだな」

「実際危ないのですから仕方がありません。
今回の事件にも関わっていると言うネセサリウスによる術式と言うか存在です。

一度覚えた事を忘れる事が出来ない完全記憶能力者に古今の膨大な魔道書、
それも、特殊な高位の防護術式を何重にも施して、
本来読むだけで命に関わる猛毒の呪いの文献のオリジナルを記憶させる人間図書館。

ネセサリウス、イギリス清教にとっては戦略兵器と言うべき存在。
しかし、先ほども言った通り、それ程までの魔道書の記憶者だからこそ、
インデックスと先端科学との相性は絶望的に悪い。その線も却下です」

244 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/01 14:38:37.75 drfsv7vh0 181/920

「ちょっと待て、今なんて言った?」
「は?」
「いや、インデックス?」
「ええ、インデックス、禁書目録魔道図書館、どれも同一人物に使われる呼称ですが」
「なるほどなぁ、道理で高音さん達が泡を食う訳だ。物騒過ぎる」

千雨が、大雑把に説明する。

「そうですか…確かに科学の学園都市での事件で禁書目録まで引っ張り出して来たとなると、
この業界の人間であればネセサリウスが尋常ではないと見るのが当然です」

「だが、私の見た所ではちょっと違う。
あいつら、ステイルのチームとインデックスは明らかに別行動で、
インデックスは意図を知らないでむしろ邪魔をしていた。
何よりもアリサ本人を大切に思っていた。
とにかく、これで一つハッキリした事がある」

「はい」
「イギリス清教でも魔法協会でも無い、
しかも、こっちからも正体不明の第三の魔法勢力がこの事件のヤバイ所に噛んでるって事がな」

250 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/06 01:10:48.50 owyyBzlP0 182/920

 ×     ×

「あ、千雨ちゃん」
「お前ら」

放課後、授業を終えた千雨が小太郎、夏美、夕映と合流して
麻帆良大学病院を訪れると、見慣れた先客がいた。
神楽坂明日菜に近衛木乃香、桜咲刹那、何れも千雨のクラスメイトに他ならない。
そして、検査コース中の待機所でベッドに腰掛けている佐倉愛衣の頭を
木乃香が扇子でぱたぱた扇いでいる。

「千雨ちゃんもお見舞い」
「まあ、そんな所だ」

明日菜の問いに千雨が答える。
その間にも、ぺこりと頭を下げる愛衣と偉そうかつ謙虚な小太郎とそのすぐ側にいる夏美が
空間を軋ませている音を千雨の心の耳は確かに聞いていた。

「上から私を通じてお嬢様に依頼がありましたので、
後で面倒が無い様にアスナさんも一緒に」
「ああ、分かった」

夕映と明日菜が話し込んでいる隙に刹那が千雨に耳打ちする。

251 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/06 01:16:02.55 owyyBzlP0 183/920

「大した事ではありませんが、頭に関わる事故でしたので念のため」
「なるほど」

愛衣の言葉に、千雨は素知らぬ顔で応じる。
小太郎を通じて愛衣に連絡を入れた所ここにいると言う事で、
夏美の能力で高音達が帰ったのを確認した上でここを訪れていた。

「…少々人数が多過ぎますね」
「じゃあ、私達先出てるから」

かくして、先発組がその場を離れる。

「さて、と」

腕組みした千雨が、横目で愛衣を見る。

「主な外傷は先に対処したのですが、
割と激しく頭をシェイクしてしまったもので一応検査を受けろとの指示が」
「科学の学園都市か」
「はい」
「やられたんか?」

小太郎のやや剣呑な口調に、夏美の視線が走る。

「勝負で言えば完敗です。ステイル=マグヌスです」
「あの赤毛のっぽか」

愛衣の返答に小太郎が言う。

「あんたらが焦ってた理由はインデックス、禁書目録か」

千雨の言葉に愛衣は少し驚いた表情を見せたが、夕映が目で語って納得させる。

「私の見た所、アリサに関してステイルとインデックスの思惑、行動は一致していない。違うか?」
「私もそう思います。ステイルはこの件にインデックスを巻き込むつもりは無い」
「けど、実際に巻き込まれてるな」
「ネセサリウス、或いはステイルの意に反した状況、そう見るべきです」

「どこまで調べた?」
「インデックスと鳴護アリサとの関わり、その周辺調査、
それをやろうとしてステイルから追い払われたのが実際です」

252 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/06 01:21:14.58 owyyBzlP0 184/920

「じゃあ、そこを突っ込んで…」
「やめて下さいっ!あ、すいません」
「いや」

小太郎の言葉に愛衣が悲鳴に近い声を上げ、千雨がそれに応じる。

「ヤバイのか?」

小太郎も真面目に問う。

「はい。もし私達がインデックスに接触しようとするならば、
あのステイルなら麻帆良学園都市の外周全部にルーンを張って
そのままこの街をソドムとゴモラにするか、
それが無理でも学園結界ぶち破って炎剣二刀流振り翳して突貫して来かねません」
「無茶苦茶だな」
「無茶苦茶です」

千雨の言葉に愛衣が真面目に応じた。

「最悪なのは、必ずしもネセサリウスの意思ではないと言う事です」
「何だと?」
「幾ら禁書目録が大事でも、イギリス清教、ネセサリウスと言う組織は、
同じく巨大組織である麻帆良学園、引いては関東、日本に留まらない魔法協会自体に
一触即発で全面戦争仕掛ける程キレてはいません。この事でキレてるのはステイル個人です」
「あいつ、いけ好かないけど馬鹿じゃないと思ったけど」

千雨が首を傾げる。

「基本的にはその通りの筈です。
イギリス清教と裏で繋がっていて表向き魔術師が介入できない科学の学園都市に
禁書目録を滞在させておく事が却って安全。それがイギリス清教の判断である事は把握しました。
しかし、今回のインデックスに関するステイルの判断はステイル自身の判断です。
実際、接触しようとした私は先回りされて火焙り寸前の目に遭いました」

「おい…」
「それでも魔術師、魔法使いの裏と裏が裏で接触した際の事ですから」

何か言いかける小太郎を愛衣が制する。

253 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/06 01:26:29.19 owyyBzlP0 185/920

「私はステイル、仲介に入った神裂火織とのその場の合意でインデックスから手を引きましたが、
その場凌ぎの口約束でも、其れを破ればステイルは本気で
麻帆良はおろか魔法協会に今言ったレベルの反撃をしかねない。
ネセサリウスどうこうではなくてです」

「なんだそりゃ?いくら何でもステイル一人でそんな事した日にゃ、
こっちにはそれこそネギ先生から何から、
こっちの猛者が集合したらあの夏の黒幕連中とガチバトルしたレベルだぞ」

千雨の言葉に愛衣は首を横に振った。

「そういう事態になれば、ステイルの頭にそういう事は判断材料に入っていません。
元々、ネセサリウスに所属しているとは言っても、本質的に魔術師は我が儘な存在です。
私達がそこに触れるならば、彼は一人の魔術師としての判断を優先させると言う事です。
一人の魔術師、或いは、一人の…」
「マジかよ…」

愛衣が呑み込んだ言葉の気配を察して千雨は額を抑える。

「ですから、インデックスとセットであれば、
少なくともこちら側の人間として顔を覚えられた人間では鳴護アリサにも迂闊に接近出来ません。
無論、ステイルが本当にそこまで馬鹿をやったとして、こちらの学園であれば早々に対処出来ますが、
彼は過去幾つもの魔術結社を炭化ハンバーグと共に殲滅して来た魔女狩りの王です。
ステイル一人の本気と言うか狂気でもこちらの犠牲者は避け難い。と言う現実的な問題が一つ」

「非現実的な理由があるのか?」
「旧友、と言う程の仲でもありませんが、
あれ程のルーン魔術を我が者とした魔術への狂気にも似た情熱の一端は私も見ました。
私はあくまで現実的な判断をしますが、少しは尊重したい気持ちもあります」
「インデックスか」

愛衣の言葉を聞いて、千雨も思い返していた。
一見幼いガキ、何とも我が儘で頼りなく見えるシスターだったが、
それでも知識だけではない、禁書目録としての片鱗、ハートはしっかりと見せてもらった。

「インデックスには、ステイルにそこまでさせる何かがあるって言うんだな?」
「そこに触れたらそのまま血の雨硫黄の雨が降ります」

千雨の質問に小さく頷いて愛衣は告げる。

254 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/06 01:31:40.85 owyyBzlP0 186/920

「問題はもう一つある。インターネット経由で調査を進めてたら妙なものにぶつかった」
「妙なもの?」
「魔術を使った電子ドラッグ、第一段階の催眠誘導を突破しちまったら
そのままこっちの脳味噌に電波流し込んで廃人直行って代物だ」
「電子精霊、ですか?」

夕映が紙の束を差し出す。

「これは…ギリシャ語の術式ですね。まだ私が到達していない部分もあるみたいですが…」
「それどころか現存しない術式が多数含まれているです」
「何ですって?」

「こっちの協力者がやられた。それで、呪いの電子ドラッグから本人の魂を引っ張り戻すために
私と綾瀬でやっとの事で分析してなんとかかんとか呪いを解いた。その分析結果だ」
「魔法学校やギリシャを含む現在の西洋魔術の世界では実用化されていない、
それどころか記録すら残されていない古典のギリシャ語術式をベースとして、
それをインターネットに組み込んで閲覧者を呪詛する離れ業です」

「ちょっと待って下さい、そんな事って」
「ええ、そうです。今魔法業界一般に把握されている限りではまず出来ません」
「つまりだ、この事件には、イギリス清教、魔法協会、
それに加えて正体すら分からない骨董品を使う第三の魔法勢力が関わって来てる、そういう事だ」
「第三の…」

千雨の説明に愛衣が息を呑む。

「当然、ここに至るまで私達も高音さんには話しにくい事を色々やってる。
それに関しては、申し訳ないがこっちにも思うところがある。
それでも、状況だけは説明する必要がある。佐倉が一人で潜入してるってんなら尚の事、
そんな物騒な動きがあるってのは報せないとまずい」

「有り難うございます。
それで、長谷川さん達はどうするんですか?
この上、この事件に関わり続けるんですか?」

そう問う愛衣の目は、確かな仕事モードだった。
守るべきものは守り、邪魔はさせないと言う。

「そこなんだよな」

千雨が自分の頭を掴む。

255 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/06 01:35:10.16 owyyBzlP0 187/920

「アリサの過去、鍵になる事件がオリオン号事件、そこまでは掴んだんだが、
その先の電子データには今言った地雷が埋め込まれてて手が出せない。
今聞いた状態だとアリサ本人に近づくのも厳しい。

科学の学園都市じゃあ余所者が出歩く事自体危険、
変に探りを入れたら地獄を見るって身を以て教わった。
私達で動くには手詰まりだ。アリサ自身の安全は何とかなりそうなんだがな」

「その、電子ドラッグに行き着くルートを教えて下さい」
「どうする気だ?」
「こちらの電子精霊術者に対処を依頼します。
長谷川さんの立場を考えると説明が少し難しいですが」

「それはすまん。最初に言っておく。
自分で言うのもなんだが私が死にかけた相手だ、相当ヤバイぞ。
今言った鳴護アリサとオリオン号事件、
そっから注意深く入口の誘導、催眠を避けて探っていけば多分ぶつかる」

「分かりました。私は検査が終わったら科学の学園都市に戻ります。
魔法協会の裏からのバックアップもあります。
そんな状態なら尚更、魔法使いとして放置していられる状況ではありません」
「病院に来た先からあれだが、頼む」
「はい。ステイルにはステイルの思いがあるのかも知れませんが、
私も魔法使いです。魔法使いの在り方に背くつもりはありません」

愛衣が言って、千雨と愛衣が頷き合った。

 ×     ×

とあるショッピングモール側で、吹寄制理は嘆息していた。

「ねぇねぇ、俺らといいトコ行こうよ」
「こっち来てよおじょーさん」

元々、最先端科学の街と言いながらこの手の治安には不安がある学園都市だが、
この辺にもこんなのがいたかと、もう一度心の中で嘆息する。

いかにもチンピラと言った風体のスキルアウトの集団に対して、
吹寄は女子高校生一般として見ても堅過ぎるぐらいに堅いタイプ。
そういう女にこそ下衆な興味が湧くと言うロクでも無い連中に囲まれて、
ひくひくと動く眉が吹寄の苛立ちを現している。

256 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/06 01:38:42.62 owyyBzlP0 188/920

それでも、無愛想なのも堅実と言う内実を正当に評価するならば、
束ねた髪の毛は長い綺麗な黒髪。そこから輝くデコもチャームポイントなぐらい、
力強いぐらいにしっかりした顔立ちは凛々しく整って頼もしい。
実は一見してバーンと膨らみすらりと健康的な素晴らしいプロポーションなのも見て取れる、
十分にいい女の部類に入っている。

行き交う通行人は、素知らぬ顔で通り過ぎる。まあ、これもいつもの事だ。
ここだけでも5人の集団だ、武装している事も多い。
そこそこの能力者でも無い限り、関わり合うのも面倒と言うのが実際の所だ。
どうせなら、もう少し会場に近い所であれば警備の目も行き届いていたのではないか、
それも後の祭りなので誰かさっさとアンチスキルでも呼んでくれないかと。

「ほらほら、黙ってないで行こうぜほらー」

いい加減ウザくなって来た、実力行使で突破しようか、と思った時、

「あー、いたいた」

タタタッとこちらに駆け寄って来る気配あり。

「あー、どうも、ナギ・スプリングフィールドです。
山田さんですね?予定と違ってすいませんがちょっと駅まで連れて行って下さい」

駆け寄って来た白人の男の子は、
そう言って吹寄の手を引っ張りながら一瞬ぱちんとウインクした。

「ああ、ナギ君ね?待ってた。駅ならこっちだから…」

 ×     ×

「あのー、どうして皆さん付いて来られるのでしょうか?」

ネギは、吹寄に手を引かれながら、ぞろぞろと付いてくるスキルアウトに礼儀正しく質問した。

「場所が悪かったなガキ、最近この界隈じゃあ、そういうやり方が流行ってるんだよ」
「ああ、そうなんですか」

それは、吹寄アイアンハートにして何か詰まるものを覚える、そんな天使の微笑みだった。

「ちょっ」

ネギが吹寄の手を引いて猛ダッシュを始めた。

257 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/06 01:42:40.01 owyyBzlP0 189/920

「待てこらガキゃあっ!!」
「ち、ちょっと、君、もういいからっ!」
「大丈夫です」

その返答には、何故か頼もしい程の自信が含まれていた。
そして、ネギは吹寄の手を引いて路地裏に突っ込む。

「すいません、ちょっとあっちに」
「はあっ!?」

吹寄は、押し込まれる様に路地裏の曲がり角に押し込まれていた。

「ちょっ!?」
「てめぇええええっ!?」

冗談ではない、あの子ども一人をスキルアウトの群れに直面させるなど論外だ。
慌てて引き返した吹寄は、目を丸くした。
吹寄の記憶が正しければ、あの男の子がスキルアウトの中をすっと通り過ぎた、
と思った時には、スキルアウトは揃って転倒していた。

「行きましょうっ!」

そう思った時には、吹寄は再び手を引かれていた。

 ×     ×

「ここまで来たら、もう大丈夫だと思い、ます」

そう言って、ネギは腕で額の汗を拭い、後ろを向いた。
そちらでは、腿に両手を当てる姿勢で腰を曲げた吹寄が
建物の間から差す太陽にデコを輝かせ、
ネギの目の前で大きく呼吸を整えている所だった。

そして、吹寄は大きく背筋を反らす。
まだまだ残暑の季節、Tシャツにショートパンツとラフな格好の吹寄だが、
そうやって背筋を伸ばしながら袖口で汗を拭う。

258 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/06 01:46:36.12 owyyBzlP0 190/920

「ん?こぉらっ、十年早いっ」
「はうううっ」

つつつと顔の向きを変えたネギに気付き、
吹寄は拳でネギの額をぐいっと押してからくすっと笑った。
えらくお利口で頭が回って更には非常識に強い様にも見えた。
加えて、下手をすると女の子よりも可愛らしい男の子の見せる隙は微笑ましいものだった。

「でも、君足早いね」
「あなたも早かったですね」
「まあねぇ。に、しても、君ねぇ」
「はい」
「いつもあんな事してるの?」
「あんな事とは?」
「だから、あんな風に誰かを助けたりしてるの?」
「それは、女性が往来で困っていれば、イギリス紳士ですから」

天然過ぎる回答に目をぱちくりさせていた吹寄は、
頬の熱さに気付きそれをごまかす様にして水筒に口を付ける。
これが、似た様な事をしてそうな自分と同年配のウニ頭であれば拳が出ていたかも知れない。

「うぇー、にがっ」
「グリーンドリンクですか?」
「うん、飲む?健康にいいんだぞ」
「いただきます」

ネギが、水筒のカップで口を付ける。

「どう?まずい?」

吹寄が、本当に珍しく意地悪くも素直な笑みで尋ねる。

「まずいと言いますか、失敗作ですよこれ」
「え?」

「ああ、ごめんなさいご馳走になっておいて」
「いや、そこまで言ったんなら参考までに聞かせてくれる?」
「元は市販の粉末だと思いますけど、わざわざグリーンドリンクを生で飲んでるんですよね?」
「うん、通販で買ったんだけど」
「一般的な栄養学で言っても、この配合だとわざわざ栄養価を殺し合ってるみたいなものです」

そう言って、ネギはすらすらと書き付けた紙片を吹寄に渡す。

259 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/06 01:49:48.27 owyyBzlP0 191/920

「コンセプトは分かりましたから、
普通にこれを買ってきてミキサーした方がずっと増しです。飲みやすいですし」
「…ありがとう…」

メモを受け取りながら、吹寄は素直ににこにこ微笑んでいるネギと見比べる。
何と言うか、この少年このまま成長したらとんでもないものになりそうだ。
何よりこの天然っぷりが始末に負えない。

「あっ」
「どうしました」
「友達と待ち合わせしてたんだ。戻らないと」
「僕もあちらに用事がありますから」
「そう、じゃあ行こうか」

 ×     ×

「来たかあっ!」

路地裏では、先ほどのスキルアウトの集団が待望した後続部隊の気配に叫んでいた。

「あのガキ、ナメやがっ、て…」

スキルアウトがそちらを見ると、
彼らの待ち人達は既にダース単位で死屍累々を形成していた。

そして、その背後では、表通りの陽光を受けて、
鶴の構えを取る金髪のゴージャス美少女と、
コルク抜き満載のワイン樽を抱えた見た目まあまあいい線いってるショートカットの痴女スタイル少女が、
コオオオオと禍々しいオーラを背景にこちらに向かっていた。

260 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/06 01:53:11.86 owyyBzlP0 192/920

 ×     ×

「じゃ、ここで」
「はい」

路上で吹寄と分かれたネギは、後ろを振り返って仰け反りそうになった。

「ほう、こんな所でも僕と仮契約してミニステルになってよと誘っている訳か。
流石は僅か数ヶ月であれだけのパーティーを作り上げて世界を救済した英雄は違うものだな」
「ママママスターっ!?違いますよ、あの人はたまたま」

「ふむ、たまたまラッキーなんとかで又一人毒牙に掛けたと言う事か。
やはりその無自覚天然な有様こそが武器なのだろうなぼーや」

「だだだ、だから、科学の学園都市でそんな事してたら大変ですって。
大体、ここの人って魔法そのものが使えない人も多いですし。
大体、どうしてマスターがこんな所まで?」
ナニアレカワイー

と言う事で、ゴスロリ日傘のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル相手に
ネギはようやく本題に入る。
取り敢えず、科学の学園都市にダーク・エヴァンジェリンの入場を許した事が発覚した場合の
政治的影響その他は後で考える事にする。

「うむ、マ○オブ○○○ズ、あくまで頭にスーパーすら付かないものだ。
それを終えてフ○○リーコ○ピ○○ターの電源を落として何気にリモコンを操作した時に
珍しい顔が目に入ったものでな」
「は?」
「学園都市は学園都市だ、と言う事で、学園都市の移動と言う事で
爺ぃ(麻帆良学園学園長)には秒速で判子を押し続ける簡単に仕事に勤しんでもらっている」
「はあ…」

言葉が見付からないネギの前で、エヴァは天を仰いだ。

261 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/06 01:58:58.78 owyyBzlP0 193/920

「…宇宙エレベーターか…」
「はい」

真面目な顔で応じるネギの前で、エヴァはつと視線を外す。

「…愚かな…」
「バベルの塔、ですか」
「ぼーやはこれから商談か?」
「はい、これから少し」

言いながら、ネギは再びエンデュミオンに視線を走らせる。

「科学の粋を集めたバベルの塔、星の彼方に連なる新世界。
まさに新しい時代未来への道筋、そういう事か」

そこまで言って、エヴァは意味ありげな笑みを浮かべる。

「何事も修行だ、精々頑張ればいい。
まあ、私もぶらっと来てどうこう出来る訳ではないからな、
そろそろ引き揚げるとするが、面白い街だ。
何とはなしに芳醇な香りすら感じられる」
「ごめん、待った?ちょっと変なのに絡まれてさ」
「ううん。大丈夫。今来た所だから」

271 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/08 04:10:49.59 VXsFjgbe0 194/920

 ×     ×

元々、科学の学園都市は学生の街である。
ショッピングモールのファーストフード店と言う事になれば、
時刻になれば放課後の学生で大にぎわいになる。

そんな店内の真ん中辺りで、二人がけのテーブル席にダークスーツの一組の男女が着席していれば、
どちらかと言うと場違いな雰囲気になる。
ネギ・スプリングフィールドは、その二人を見付けて近づき、
声を掛けようとして怪訝な表情を浮かべる。

それでも、目印となる文庫本がテーブルの上にあるので、声を掛けようとする。
すると、ネギが声を掛けようとした女性ががたりと立ち上がり、一礼して席を勧めた。
ネギがぺこりと頭を下げて席に就く。
無駄にイケメンとしか言い様がない対面にいる男も立ち上がり、
入れ替わりに一人の女の子が着席する。

「飲物は何がいいかしら?それとも何か食べる?」

ネギの対面に座った女の子が尋ねる。

「じゃあ、ウーロン茶を」

この店舗内では相当に異様な状況であるが、ネギは臆せず応じる。

「そう。じゃあウーロン茶とグレープジュースを」

この女の子の秘書らしきダークスーツの女が一礼し、カウンターに向かう。
同じくダークスーツの男は、先ほどまで自分達が口を付けていたドリンクを片付ける。

「改めまして、レディリー=タンクルロードよ。
詳しい紹介は必要かしら?」
「いえ、タンクルロード代表。ネギ・スプリングフィールドです」

272 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/08 04:16:00.59 VXsFjgbe0 195/920

唇で笑みを作るレディリーにネギが礼儀正しく応じる。
実質的には雪広グループ中心の政府・企業合同でひっそり起ち上げられた研究会。
プランに関わる事では、ネギは当面この研究会の参与と言う肩書きで活動している。

それは雪広あやかも同じ事であるが、それでも何でもあやかには、
既にして表の政財界にも多少は顔が利く血筋と学生としての実績もある。
対して、ネギの知名度は知っている人の間では絶対でも本当に知っている人しか知らない。
結論を言えば、この二人がプランの中枢近くにいると言う事は、
必要な人間だけに事前に報されて交渉がセットされる、と言う状態になる。

或いは、最初からあやかのアーティファクトで問答無用のセッティングが為されるか。
取り敢えず、そんな感じでも、二人の精力的な働きにより、
各界のトップクラス、本当の実力者の間では、あまり派手に知られても逆に困るが
知られるべき所にはそれなりに顔が売れているのが今のネギとあやか。

それでも、今の所は、表の実力者に近い位置にいるあやかを立てているのがネギの立場。
それは科学の学園都市でも同じ事の筈だったが、
最有力の交渉相手として打診していたオービット・ポータル社から思わぬ連絡が入った。
面会相手はネギ一人を指名して、ここでの会談に担当者を寄越すと。

ネギもあやかも当惑した。余り偉ぶりたくもないが仮にも国家レベルをも超えたプロジェクトである。
当然、オービット・ポータル社にもそれ相応のしかるべき筋を通じて打診している。
研究会の中でも言わば只の天才少年の一種と言う形を取っているネギ一人を指名して、
何よりもこんな場所を指定して来ている時点で、普通に考えるならばガキ一人と侮っている。

しかし、ネギが指名相手であると言う事は、もう一つの可能性もあり得る。
事、科学の学園都市では余り考えられないしまずい事態とも言えるのだが、
こうしてレディリー=タンクルロード直々のお出ましとなると、
もう一つの可能性を考えるのが自然。

かくして、ネギ・スプリングフィールドは、
本日二度目のゴスロリ美少女とのご対面を果たしていた。

「ごめんなさいね、あなた程ではなくても私も少々忙しい身で、
スケジュール上こんな所での会談になったわ」

表で会っていたエヴァのゴスロリが黒を基調としていたのに対し、
今、ネギが相対しているレディリー=タンクルロードの衣服は赤系の色彩だった。
何れにせよ、どこか蠱惑的な西洋人形、そんな形容が似合う事は共通している。
そんなレディリーの背後に、ビシッと黒服スーツの男女の秘書がドリンクを配り終えて控えている。

273 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/08 04:21:18.36 VXsFjgbe0 196/920

「いえ、お時間を頂きありがとうございます」
「ご丁寧に、やはり噂に違わぬイギリス紳士さんね」

レディリーは右手で不躾に頬杖をつき、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「あなたのプロジェクトにエンデュミオンを使いたい、そういう話だったわね」
「はい」

「送っていただいた提案書は読ませて貰ったわ。
雪広や関連企業、関係する政府機関、
夢想的でありながら芯となる計算は確かで企業人として見ても魅力的な内容。
我が社のプレゼンにも十分耐え得る内容だわ」

「有り難うございます」
「ふふっ、その無邪気な笑顔でどれだけの乙女を死地に赴かせたのかしら?」
「感謝しています」

ふふっと小悪魔の笑みで抉って来るレディリーに、
ネギはさらりと、しかし正面から答える。

「実際、今このタイミングで宇宙エレベーターを完成させた以上、
あなたのプランにおいてエンデュミオンの利用は避けて通れない。そういう事ね」
「はい。是非御社の協力を頂きたい」

「そうね、今も言った通り、我が社にとっても魅力的な提案。
現時点で断る理由は見当たらないわね。
あなたのプラン、それはあなたがあなたを慕い信頼する幾人もの乙女達と共に、
その命を懸けて入口を開き、そして一代では済まない年月を掛けて実現に邁進しているもの。
この理解で正しいのかしら?」

「その通りです」

薄く笑みを浮かべて尋ねるレディリーにネギはしっかりと返答する。

「知られている事に毛程の動揺も見せないのね」
「オービット・ポータルの代表が僕を直接指名しての会談です」
「知らないと考える方が間抜けと言う事ね。確かにその通りだわ。
気が付いているんでしょう?
あなたがその気になれば今すぐにでも本物の木偶人形になるのだと」

レディリーは、右手を秘書が控える後ろに払って言った。

274 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/08 04:26:35.08 VXsFjgbe0 197/920

「そうですね」

ネギの答えは、曖昧な微笑と共に発せられた。

「オリオン号事件」

ネギのその言葉にも、レディリーの口元には面白そうな微笑が浮かんだままだ。

「オービット・ポータル社は、あの事件で経営危機に陥りながら、
宇宙エレベーターエンデュミオンの開発主体としてその成功に漕ぎ着けた。
その過程で経営再建のために巨額の出資を行い経営権を獲得したのが
あなたが率いるファンドだった。そういう事ですね」

「特に間違ってはいないわね。一夏で一つの世界を救った英雄と、
少しは肩を並べる事が出来ているかしら?」

「弱冠十歳の天才経営者、尊敬に値します」
「只のお人形かも知れないわよ。天才で通じる学歴ぐらいは本物かも知れないけど。
インターネット上では私は宣伝用のお人形かホログラムなのだそうよ」
「お人形さんみたいに綺麗で可愛らしいですから」

「流石、素で言ってくれるのね。
あれだけの麗しい軍団、ハーレムを率いる雄々しいリーダーだけの事はあるわ。
気を付けなさい。あなたみたいなハンサムが素でその有様じゃあ、
いつ刺されてもおかしくないわ」

レディリーの言葉に、ネギがくすっと笑みを浮かべる。

「…どうやら、私が言う迄も無かったみたいね。
そこまで優しく懸念して裏でメラメラ嫉妬してくれるお姉様にも恵まれたみたい」
「ご明察です。本当に人に恵まれました」

「あなたの場合、せっせと種を蒔いて耕して収穫しているのよ、自分でも知らない内に。
そう、お褒めにあずかって光栄の通り私はお人形だとしましょう。
天才ゴスロリ美少女社長、普通に考えるなら胡散臭さが先に立つ。
最早生物学的なレベルでそんなの良くて専門馬鹿常識的には只のマスコットじゃないかしら?」

「僕は、それは無いと思います」
「そう?どうして?」
「勘です。今こうして目の前にした」

275 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/08 04:29:59.94 VXsFjgbe0 198/920

「実に非論理的ね。
これから学園都市でスーパー宇宙工学レベルのプロジェクトの話をすると言うのに」

会話をしながらネギは、良く似た雰囲気、パターンの相手を知っている、
と言う内心の言葉をさらりとカモフラージュに包み込む。

「だけど、その程度の勘も働かないなら、今頃とっくに終わってるわね。
大体、あなた自身の年齢と実績と言う存在がとうに常識の限界を突き抜けている」
「つまり、あなたが僕を英雄と呼んでくれるのなら、
あなたは本物だと言う事になります」

「有り難う、と、お礼を言うべき所なのかしらね」
「あのエンデュミオンを完成させるためには、
資金力があったとしても、オリオン号事件から今に至るまでの時間をフルに使っても
本来ならばとても足りない。あらゆる意味での超人的な働きがあってこその奇蹟の成果です。
超人的な奇蹟と言う前例は過去に幾つもありますが、それでも時間には絶対量があります」

僕もその辺相当無茶をしました、と言う本音は呑み込む。
そんなネギを、片方の頬杖をついたレディリーは面白そうに眺めている。

「オリオン号事件から今に至るまで、エンデュミオンの開発計画、
一体誰の指示で行われたんですか?」

ネギが尋ねた時、ネギもレディリーも真顔だった。

「あなたは、交渉相手の社史も読めないのかしら?
何なら社史編纂室にでもご案内しましょうか?」

「ハンコを押した人間なら把握出来ます。
それはこちらも同じです。少なくとも表向きのハンコを押した人間の事はですね」
「そう言えばそうだったわね。一応私はポジションを得ているけれども、
お互いお子様経営者と言うのは大変ね。だから、英雄も今の所は黒幕に落ち着いている訳ね」

「元々が裏の仕事ですから。ですけど、エンデュミオンに関しては、
設計図を書き上げ着工させて完成までのあらゆる問題を解決する。
少なくともこの短期間で完成させるためには、
それら諸々の事を一貫して一つの流れとして把握していた人間がいる筈です」
「つまり、この計画にも黒幕がいる、そう言いたい訳かしら?」

「ある要素を抜きにするならば、最も合理的な予測は簡単に出来ます。
結局の所、あなたが三年に渡る絵図面を書いて、
色々とカモフラージュ要素を織り交ぜながらあなたの手元に行き着く様に操作していた」

276 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/08 04:33:11.71 VXsFjgbe0 199/920

「私が三年前から」

言下に、「面白い事を言うわね」と言う表情をレディリーは作っている。

「もちろん、そこが最大のネックになります」

そう言って、ネギがドリンクのストローに口を付ける。

「こうは考えられないかしら?」
「何でしょうか?」
「そもそも、今の私がオービット・ポータル社を代表している、その事が非常識極まりない話。
最初から常識が通用しないのであるならば、別に三年ぐらい遡っても構わないと」
「そうなんですか?」
「どうかしら?」

素直に尋ねるネギに、レディリーは今度こそ面白そうな含み笑いを浮かべた。
紳士と淑女は、完璧なスマイルと共に心の中で剣を鞘に納める。
そして、レディリーは一枚のカードをネギに渡す。

「お土産よ」
「これは、関係者パス?」
「これから、ここのホールでちょっとしたコンサートがあるわ。
奇蹟の歌姫鳴護アリサ、エンデュミオンのキャンペーンガールよ。
これをスタッフに見せたらいい場所に案内してくれる」

「有り難うございます」
「名残惜しいけどそろそろ時間だわ。コンサートも始まる」
「そうですか」

潮時と見て両者が立ち上がり、ネギがテーブルを離れた。

「その手で全てを、世界をもつかみ取れる程の強き英雄。
奇蹟の歌姫の加護をどう見るかしらね?」

277 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/08 04:38:10.46 VXsFjgbe0 200/920

 ×     ×

ショッピングモールの吹き抜けホール。
そこに設営された特設ステージ周辺で、
ネギ・スプリングフィールドは聞き入っていた。

可愛らしいマスコット・ガールズを従えた歌姫、鳴護アリサ。
歳は普段教師としてネギと縁のある女生徒達よりやや年上らしいが、
ステージ上の彼女は実に活き活きとしていた。
そんなアリサの歌は、歳の割りには色々と経験値の高過ぎるネギでも
そうそう体験できない程に素晴らしい。

素晴らし過ぎるからこそ、ネギは熱狂の中ですっ、と、目を細める。
それは、心に響く感触だった。
歌が心に響く。物の例えではなく、本当に響いている様な感触。

魔法使いだからこそ怪しむ。だが、魔術の気配はしない。
例え科学的なものだったとしても、直接的な干渉術であればネギ程の魔法使いが気付かぬものではない。
だとすると、結論は、本当にそんな感覚を覚える程に素晴らしい歌だと言う事。

改めて思う、素晴らし過ぎる。
この鳴護アリサを手に入れたのがレディリー=タンクルロードなのだとしたら、
そこに何かの意図があるのか、そこまで疑いたくなる。

(…あれは…)

ふと、一般観客スペースを見たネギが見知った顔に気を止める。
次の瞬間、彼の歴戦の勘が鋭く働いた。

(この震動?…)

「!?」

地響きに先んじて、ネギはバランスを取っていた。

「ああっ!」

ネギが、とっさに一般観客スペースの吹寄制理に向けて一筋の風を放つ。
風は、吹寄にぶつかるとそのまま彼女を取り巻き、落下して来た破片を弾き飛ばした。

278 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/08 04:41:30.03 VXsFjgbe0 201/920

「わっ!?」

気が付いた時には、吹寄の体は誰かに抱き付かれる感触と共に跳躍していた。

「君っ!?」

一瞬だけ見たのは、先ほど表で出会った白人の坊やだった。
自分がいた辺りから響く嫌な音は聞かなかった事にする。

「失礼っ」
「うぷっ!」

吹寄の視界がぎゅっと押し付けられるネギの胸で埋められた。
やはり外国人、何やら口から漏れるぶつぶつと呟く言葉が吹寄に聞こえる。
そのネギの視線はステージ上に向いていた。
ステージ上では、短髪のマスコットガールが鳴護アリサを庇う様に抱き付いている。

「ラス・テル マ・スキル マギステル…」

パニックに乗じて、ネギはとっさに撃てるだけの光の矢を飛ばす。
それは螺旋を描いてアリサの頭上へと吸い込まれ、落下する照明や鉄骨の破片を人の頭上から回避させる。

「くおおおっ!」

丁度友人である本人から頼まれ、長谷川千雨一派の事は伏せて付き人として同行し、
行きがかりでマスコット・ガールまでやらされて
恥ずかしい事この上無かったがこの状況では本当に良かった。

と言う訳で、同じくマスコットをしていた佐天涙子、初春飾利が
こういう時は本当に頼もしい車椅子で待機していた白井黒子の手で避難したのを見届けた御坂美琴は、
アリサを抱え、頭上から落下する鉄骨を大出力の電磁バリアで回避する。

その鉄骨が弾かれている時、ネギは左腕でぎゅっと吹寄の頭を抱えて目くらましをしながら
右腕でもう一度光の矢群を鉄骨の上からの落下物に飛ばしアリサの周辺へと落下点を散らす。
だが、それでも、数が多すぎる。ネギにしても周囲に人が多すぎて、
まずは目の前の吹寄の目をごまかす都合もあって全力の何分の一も力を使えない。

((全部は無理っ!))

279 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/08 04:45:03.91 VXsFjgbe0 202/920

「もがもがもがっ!」
「あっ!」

ネギは慌てて左腕を緩めると、衝撃に顔が揺れた。

「つーっ、何をしている貴様あっ!」

こちらも、逃れた拍子に硬い感触に襲われたおでこを押さえ、
立ち上がった吹寄制理が相手を忘れたかの様にいつものペースで叫ぶ。

「全く…!?」
「あっ、ごめんな…うぶぶっ!?」

ハッと上を見た吹寄は、
今度は自分が目の前の男の子をぎゅっと抱き寄せて力一杯その場を駆け出す。
自分のいた所に落下する鉄骨を見て、吹寄は目を丸くしながら恐怖に震えた。

「ぶはっ!あ、あのっ…」

両者立ち上がり通常の背丈となった状態のために、
吹寄の両腕で頭を力一杯胸に抱かれる形となったネギが、
緩んだ腕を逃れようやく顔を上げて塞がれていた呼吸を取り戻す。

言いかけてステージに目を向けたネギが呆然と立ち尽くし、
一旦そのネギに視線を向けた吹寄もネギに視線を合わせて目をばちくりさせる。
ステージ上では、御坂美琴が「助かったの?」と言った表情で唖然としていた。

「あっ、大丈夫ですかっ!?」
「う、うん、貴様、君が助けてくれたんだな」

言いかけて吹寄が目を見開く。

「私は大丈夫、友達がっ!」
「えっ!?」

ネギが吹寄のいた辺りに視線を走らせると、
吹寄と同年配のセーラー服姿の少女がばっ、ばっと胸を押さえて狼狽していた。
綺麗な黒髪を伸ばして淡い一重の顔立ちの、ネギから見て丸で日本人形を思わせる少女だった。

しかし、ネギが目を見開いたのはその斜め後方の光景だった。
丸で金色の矢の如く、金髪をなびかせるどころか金色に輝きながら、
この状況をガン無視してその少女に向けて凄まじい勢いで突進して来る存在がネギの目を捕らえる。

280 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/08 04:50:16.57 VXsFjgbe0 203/920

「大体君は…へ?」

吹寄が気付いた時には、側からネギの姿が消えていた。
そして、常人の目には届かない勢いの金色の矢にタックルしていた。

「何をしているんですかっ!?」

この二人でなければこの時点で大ケガをしている
瓦礫だらけの地面で、小声で叫ぶネギとエヴァンジェリンがもつれ合っていた。

「ちょうどいい、ぼーや、私をしっかり抑えて組み伏せていろ!」
「は、はい」

珍しく焦燥するエヴァの様子からして、ただ事ではないと見て取ってネギは従った。

「もうすぐだ、3、2、1で私から手を離せ、
もうすぐ麻帆良への強制召還魔法が発動する」
「はあっ?あの、このままここから消えるつもりなんですかっ!?」
「仕方が無かろう。経験と知識で辛うじて理性は、
だから肉体が、3、2、1!」

エヴァの姿は、ぷつんとかき消す様に消えていた。

「皆さーん、ジャッジメントですのっ!」

ようやく、公的機関の救助が始まった様だ。
腕で汗を拭ったネギが立ち上がり、吹寄の姿を探す。
吹寄はどうやら先ほどのセーラー服の友人と合流したらしい。
吹寄の前で、ようやく見付けた落とし物を足下から拾い上げてほっとしている。

吹寄と合流しようとしていたネギはふと足を止めて向きを変えた。
どっち道、騒ぎに巻き込まれるのはまずい。
ショッピングモールを出たネギは、表通りで見付けた電話ボックスに入った。

「もしもし…はい、確認していただきたい事が…」

284 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/12 04:09:23.16 2rOlLayh0 204/920

 ×     ×

佐倉愛衣のお見舞い兼打ち合わせを終えた長谷川千雨等の一行は、
適当にどこかで打ち合わせようかと場所を探して通りを歩いていた。
その様な中、千雨は携帯電話の震動に気付き、手に取る。

知らないメルアドからの着信、元々やたらとメール交換をする性格でもない千雨は、
迷惑メールかと思いつつ一応覗いてみる。

村上夏美はぎょっとした。
携帯電話を手にした千雨の表情が一変し、
目を見開いた千雨はどこかに電話を掛け、会話無しで電話を切ってからメールを送信する。
それから、心配そうに千雨を見ていた夏美に携帯を投げ渡し、
自分は電話ボックスに入ってノーパソを接続する。

「おいっ!?」

後ろから覗き込んだ小太郎が声を上げ、夏美も震え出す。

鳴護アリサのイベントが行われていたショッピングモールで大規模崩落
鳴護アリサは無事

 ×     ×

ショッピングモール周辺に設置された仮設テント内。
コンサート会場からそこに入った初春が、携帯電話を置いてパソコン操作を再開する。

「初春ー」

そこに、佐天、美琴、黒子が現れる。

「どう、初春さん?」

美琴が尋ねた。

285 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/12 04:14:38.80 2rOlLayh0 205/920

「当然アンチスキルの仕切りになってますけど、これは事件ですね」
「だよね、事故って崩れ方じゃなかったし」

初春の言葉に美琴が同意する。

「只、アンチスキルの初動捜査も余り上手くいっていません」
「どういう事?」
「初期段階で民間の防災部隊が救助名目で大量投入されて、
アンチスキルの捜査を事実上妨害したんです」
「………だから………じゃんよっ!!」

それで十分だった。ここからでも、その苛立った口調が聞こえてくる。
かと思うと、黄泉川は鉄装を呼び寄せ肩を抱いて何やら指示を出す。

「防災部隊も、統括理事会からの認可で一定の権限を認められています。
警備部隊、それを雇っているショッピングモール自体がオービット・ポータル社の資本ですね。

アンチスキルに対してオービット・ポータル本社の法務部が出て来て折衝していますが、
人命救助優先の現場の判断と言う事でアンチスキルもその辺は強くは言えません。

それでも、最初の段階で土建屋レベルのレスキューが大量投入されて
解体し直す勢いで動いた結果、少なからぬ証拠の散逸が発生しています」

初春の言葉に黒子が額を抑えた。
一応大型災害であり話の筋が通っているが、どうも色々ときな臭い。
大体、それ程の部隊がアンチスキルに先んじて即応した時点で怪しい。

中学生の身ではあるが、それでもジャッジメントだ。多少なりとも汚い話を見聞きする事もある。
それは、実質上部団体であり教師である筈のアンチスキルに関してもしかりだ。
露骨なものではないにしても、話が通る、通らないと言う事は耳にしないでもない。

 ×     ×

愛衣は、検査中別に置いておいた携帯電話が放つ光に気付き、携帯を手にする。
一通りの検査を終えた愛衣は、トイレに入り個室で携帯を確認する。
個室を出てから鏡の前で頬を叩き、後ろ髪を巻きツインテールに束ねる。
既に、動きやすくどこにでもいそうな感じで白いTシャツにショートパンツを選んでいた。

286 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/12 04:19:43.51 2rOlLayh0 206/920

 ×     ×

「ああ、俺や」

科学の学園都市に急行した小太郎は、
半ば崩壊した地下施設で片膝をついて携帯電話を使っていた。

「間違いない、爆弾、それも高性能の化学爆弾や。
裏の仕事で嗅いだ事のある匂いや。ああ、分かった事があったら又な」

小太郎が電話を切る。

「そこで何をしている?」

それは、凛々しい女の声だった。

「両手を上げてゆっくりと立ち上がれ」

背後から聞こえる声に、小太郎はゆっくりそれに従う。

「あんた、ここにいたな?」
「何だと?」

「血の匂いや、大きいのと小さいの。
大きい方はちぃと無事に済ますのは難しい量やが、
小さい方はあんたのや。大体、事件があった頃合の乾き方や」

「冗談を言っている様には聞こえないな。嗅覚でも強化する能力なのか?」
「さあな。あんたこそ、こないな所で何してた?
まさかここ吹っ飛ばそうとして自分も巻き込まれたんか?」

振り返り、小太郎はニッと笑みを浮かべた。

「表にはまだ警察もいる、チャカぶっ放して大丈夫なんか?」
「心配は有り難いが、私は統括理事会の認可を受けた警備部隊に所属している。
立入禁止区域で不審者が抵抗逃走すると言うなら、褒められこそすれ問題は無い」
「出来るんか?シャットアウラ=セクウェンツィア」

地下道に銃声が響いた。

287 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/12 04:24:54.75 2rOlLayh0 207/920

「いい判断や」

小太郎の右手は、シャットアウラが左手で突き出したナイフの棟をしっかり掴んでいる。
最初から小太郎が拳銃弾を交わし飛び込んで来る事を前提とする動きだった。

「うっ!」

そのまま、銃把で小太郎を殴り付けようとしたのを逆用して、
握られた小太郎の左手がシャットアウラの右腕のツボを一撃し拳銃が落とされた。
それでも鋭く鋭く抉って来る足技も小太郎は交わして見せる。

判断は的確、表の世界では十分出来る方だと小太郎はシャットアウラを評価していた。
だが、性格も生真面目なのだろう。
まだまだ教科書通りから抜け出ていないやり方では、裏のやり取りには及ばないとも。

「しっ!」

小太郎の目の前で振られる筈だったシャットアウラの右手の指も完全に虚空を切る。

「ぐふっ!」

そして、小太郎の頭突きが実際女性の急所である胸を一撃し、
シャットアウラは息が詰まる激痛に体を折る。

「目摺りな、ちぃとはエグイの知っとったな。こっちも合わさせてもろたで」

そのまま、小太郎はシャットアウラの左腕もねじ上げて後ろに回る。

「自分には聞きたい事がある」
「ふざけるな、何も喋らないぞ」
「おーおー、いいねぇ、何つーか久々に悪役つーか、
ビリビリねーちゃんとかこないだから嫌われっ放しや」

「当たり前だ、ぐっ!」
「姉ちゃんの場合、あんまり遠慮すると却って失礼みたいやな。
あんたの名前はシャットアウラ=セクウェンツィアでいいんやな?」

小太郎の質問にも、シャットアウラは視線を斜め下に落としたままだ。

288 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/12 04:28:00.45 2rOlLayh0 208/920

「あんたに聞きたいのは…!?」

小太郎がシャットアウラをその場にドンと突き倒し、バッと飛び退く。
たった今まで二人がいた空間を銃弾がすり抜ける。

「くっ!」

拳銃に飛び付いたシャットアウラが遠くの柱に向けて発砲する。
そちらで人影が逃げ去る。

「待てっ!」

シャットアウラが人影を追跡し、小太郎は一旦近くの柱の陰に身を隠す。
シャットアウラが向かった方向から銃声が響く。
小太郎が物陰に入りながら注意深くそちらに近づく。

「逃げられたか…」

呟いたシャットアウラが一度拳銃をしまい、右手で左腕を押さえる。

「怪我したんか?」
「ふん、かすり傷だ…」

そして、歩き出した途端に転倒した。

「な、なんだ…」
「おい、どうした?」
「…つっ、これは、毒でも仕込まれたか…」

立ち上がろうとして上手くいかないシャットアウラに小太郎が近づく。

「お、おいっ!」

小太郎がシャットアウラの左腕の傷にかぶりつき、吸った血を吐き出す。

289 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/12 04:31:05.39 2rOlLayh0 209/920

「こりゃあ…」
「何をしているのかな?」

険しい顔をしていた小太郎が振り返ると、
いかにも場違いな修道服姿のちびっこシスターが近づいて来ていた。

「この間の子だね。この人は…怪我人?」
「インデックス言うんは自分か?」
「私の事を知っているんだね」
「血に石の匂いが混じってる。
そのまま体そのものが石になる、これを使う奴と組んだ事もやりおうた事もある」
「ぐ、っ」

インデックスが怪我の周辺を握ってみる。

「手持ちの道具を見せてくれるかな?」
「ああ」

小太郎が札を何枚か取り出した。

「これならいけるかも」
「ちょっと待て、こないだあんたが言うた通り、
俺はぶん殴る専門、補助出来る程度に覚えてる程度や」
「私が教えるんだよ。君なら出来ると思うけどやるの、やらないの?」
「分かった」

インデックスの迷いのない眼差しを見て小太郎も真面目に頷く。
インデックスが、落ちていた破片でシャットアウラの周辺の地面に紋様を描き、
小太郎が指示通りに札を置く。

「…オン・コロコロ・センダリ…」

インデックスに合わせて、小太郎が印を切り詠唱する。
その周囲では、狗神が伏せたまま低く唸り声を上げている。

290 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/12 04:34:14.05 2rOlLayh0 210/920

「…オン・コロコロ・センダリ…
オン・ガルダヤ・ソワカ・オン・ガルダヤ・ソワカ…」
「ぐ、あう…あああっ!」

「出て来るんだよ、蛇は火喰い鳥に食べられちゃうよ」
「オン・ガルダヤ………オン………
………バサラ………カン………!!」

急激に突き刺さる焼け付く様な痛みに、
横たわっていたシャットアウラが声を上げて魚の様に地面に跳ねそうになる。
だが、それでも堪えているのは、これが病巣を抉り出す痛みと言う予感があったからだ。
その側で、昔覚えた頭を絞って印を切っていた小太郎が相撲の仕切りの体勢を取る。

「おらあああっ!!!」

見える者には見える、シャットアウラの左腕からぐわっと現れたアナコンダ以上の大蛇を、
小太郎の光る右腕が思いきり殴り付ける。

「とっとと去ねうらあああっ!!」

そのまま、とっ捕まえて傷口から引きずり出し両手で地面に押さえ付ける。

「あぶなっ…」

インデックスが言いかけた時には、くわっと大口を開けた大蛇の側で小太郎がひらりと飛び退いていた。

「させるかっ!」

傷口に戻ろうとした大蛇に向けて、小太郎が印を切ると共に
伏せていた狗神が殺到しあっと言う間にぺろりと平らげてしまった。

「こっつぉーさんってな。ご苦労さん」

小太郎が言い、狗神も姿を消す。

291 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/12 04:37:26.98 2rOlLayh0 211/920

「ま、狗神使いも本業やしな」
「大丈夫かな?」
「あ、ああ、何だか知らないが随分と楽になった」
「さてと、早速聞きたい事が…」
「とうまを見なかったかな?」
「何?」

割り込まれた小太郎が尋ねた。

「とうまがいないんだよ。アリサのイベントで事故があったって、
とうまの事だから巻き込まれたとしか思えないんだけど、どこにもいないんだよ」
「あー、とうまってあのこないだ一緒だったウニ頭か?」
「そうなんだよ」

「それなら病院に運ばれてる。主治医がいると言っていたからな、
救急のラインからは外れているのだろう」
「ありがとうなんだよ!」

調伏の終わりの方の記憶が激痛と共にほぼ無くなっていた、
未だどこか朦朧としたシャットアウラの言葉を聞き、インデックスがトテテと動き出す。

「インねーちゃん」
「何かな失礼な狗族の坊や」
「術式はギリシャ、それも古い奴か?」

真剣な眼差しが交錯してインデックスが頷く。

「もう少し洗練された術式を予想していたんだけど、
私達の魔術に対する反応が信じられないほど荒々しいのに効力は決して悪くなかったんだよ。
調伏に手一杯で詳しい分析までは無理だったけど、
近代以降では滅多に実用されないレベルの古典術式だと思うんだよ」

「有り難うな」
「君、やっぱり筋がいいんだよ。
ちゃんと系統立てて勉強したらモノになると思うんだよ。でも…」
「ん?」
「君が自慢する通り、体術の方が得意みたいだから、
魔術との両立は難しいかも知れないけど…」

その言葉を聞き、小太郎がニッと笑った。

292 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/12 04:42:40.42 2rOlLayh0 212/920

「そう聞かされたら退けんなぁ」
「負けず嫌いなんだね」

「ああ、そう聞かされたらなぁ。
俺は、その「難しい」を超えな、そこに追いつけんさかい」
「そう。なんだか知らないけど目標があるんだね」

「ああ…けど、一番凄いのはあんたや」

小太郎の口調は真面目なものだった。

「あんた、イギリス清教のシスターやろ。
インデックス、禁書目録、ちぃとは聞いてたけど、
俺らんトコでも関東と関西でこないだまで角突き合わせてたのに、
シスターがあんな本式な調伏でギリシャの蛇をねじ伏せるて
無茶にも程があるわ」
「それを実行した術者の素質もあるんだよ」

全く、純粋だからこそ食えない笑顔、どうにもかなわないと小太郎は肩を竦める。

「なあ」
「何かな?」
「あのウニのあんちゃん、いい漢やな」
「そうなんだよ」

輝く様な笑みを見せてトテテと立ち去るインデックスの傍らで、
シャットアウラの美しく謹厳な顔が年相応に綻んでいた事に
気付く者がいなかったのは実に惜しい事だった。

「さぁて、いい加減あんたには聞きたい事が」
「たいちょーっ!」

立ち上がり部下に応答して周囲を見回したシャットアウラは、
瞬時に消えた気配にふっと笑みを浮かべた。

294 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/13 01:15:40.60 XofIAWJd0 213/920

 ×     ×

「つまり、そのまま逃走して来たって事か?」
「ああ、そういう事や。あの程度ならシメて話聞いても良かったけどな」
「やめろ、相手は科学の学園都市の認可部隊だ。
そんだけ目立った上に本格的に敵に回すな」

「ほな、いっぺん引き揚げるわ。
これ以上いても夜間外出自体が厳しいしなぁ」
「分かった、急ぎにしちゃあ十分収穫だ、有り難うな」

葉加瀬の研究室で、千雨が携帯電話を切る。

「禁書目録の見立てもギリシャの古典術式ですか」

その側で、夕映が捻った親指と人差し指で顎を掴む。

「じゃあ、やっぱりそういう魔法使いが関わってるって事だよね」

夏美が言う。

「くくっ」

そして、続けていたパソコンの操作に没頭していた千雨が、喉から笑い声を漏らした。

「長谷川?」

夏美が声を掛ける。

「相変わらず科学の学園都市の情報統制は厳しい。
こんだけネットが発達してあんだけ大っぴらに色々やっていながら、
外から普通のやり方じゃあろくな事が分からない」
「しかーしっ、その程度の情報制御、我ら電子精霊七部衆の手に掛かれば…」

「こんだけの事件でありながら死傷者ゼロ。
色々情報錯綜してるけど、どうやらこの結果もマジらしい。
上条当麻だけが病院に担ぎ込まれたらしいがな」

295 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/13 01:32:33.45 XofIAWJd0 214/920

「良かった、アリサも他の人も無事で」
「ああ、良かったよ」

素直に反応した夏美に千雨が言う。

「ああ、良かった、本当に良かった。鳴護アリサの奇蹟の歌」

棒読みの喜びの言葉の後で、千雨が付け加える。

「くくっ、くくくっ、あははははははははっ」

それは、椅子にこそ掛けているが反っくり返った、
丸で最後に見破られて地べたに座り込んだ死神ノートの使い手の様な、
つまり、どこか狂気じみた笑い声だった。

「はせ、がわ?」

「鳴護アリサの奇蹟の歌だってさ。温い、実に温い。チャチな事してくれるぜ。
まあ、少しはやり方心得てる、
一般人相手なら余裕で騙せるレベルだけど相手が悪かったな。

さり気なく、しかし着実に、そしてとてつもない質量を、
そうやって麻帆良学園都市の対抗措置を凌駕してネット世論を掌握した
学園祭の茶々丸を知ってる私から見たら駄目だな、全然駄目だ」

「それって…」

「ああ、高度な電子戦って奴さ。
いや、あの時みたいなカウンターがいないんだ、電子戦ですらない一方的蹂躙か。
奇蹟の歌姫鳴護アリサ。今回の事に乗じて、
誰かが意図的にアリサを奇蹟の女神に祭り上げようとしてやがる。
ネット上でも玄人以上の巧妙さで工作が為されてる。
一見自然発生的に偽装されているが違う、
いや、相当数は見たままありのままを伝えてはいるが、
最初っからそれを上手に利用して意図的に誘導してる奴がいる」

296 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/13 01:38:05.92 XofIAWJd0 215/920

「ちょっと待って!」

千雨の解説に夏美が叫ぶ。

「ちょっと待って、それじゃあコンサートが爆破されたのって…」

それに対する千雨の眼差しを見た時、夏美は握った拳を震わせていた。
その側で、千雨は吐き出す様に言う。

「ふざけるなだ」

千雨が操作したパソコンには、ファンの隠し撮りらしい一枚の写真。
それを見て夏美が呟く。

「御坂、美琴さん?」
「約束、守ってくれたんだよ。命懸けでな」

 ×     ×

科学の学園都市にとんぼ返りした愛衣は、ショッピングモールの周辺にいたが、
流石にまだアンチスキルの警戒があって容易には接近出来ない。
それでも、様々な周辺観察から、
ここに来る迄に見たテレビニュースとはかけ離れて、
これが明らかに只の事故では無い事だけは把握出来た。

そうやって、現場周辺を歩き回る内に、愛衣はぴたりと足を止めた。
黒いフードを被ったローブ姿の人物とすれ違ったからだ。
その相手には、二つの意味の匂いがあった。

一つは、いわゆる雰囲気としての匂い、そしてもう一つは文字通りの意味での匂い。
どちらも微かなものであるが、ここで嗅ぐのは問題がある、
魔術師の匂いでありその材料の匂いだった。

297 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/13 01:43:24.48 XofIAWJd0 216/920

 ×     ×

「アデアット!」

とっさにオソウジダイスキを呼び出した愛衣は、その箒を右手に握り間一髪浮上した。
今まで自分が踏みしめていた足下には、ぼこっ、ぼこっと絡み付く様な土の塊が盛り上がっている。

「風楯っ!」

愛衣が左手で張った防壁が、前方から吹き付ける強力な暴風を断ち割って愛衣の左右に受け流す。
その暴風は、愛衣が追跡していた黒いローブの相手が扇子を一振りして巻き起こしていた。
どうやら、嫌になるほど単純なトラップに引っ掛かったらしいと、
愛衣は自分の馬鹿さ加減を痛感してしまう。

既に日の落ちた時刻とは言え、この市街地の公園にしては不自然な人の気配の無さ。
相手がこの相手では、つまり用意した場所に誘い込まれたと見るしかない。
果たして、少し離れた場所の噴水から相変わらず水柱の椅子に乗ったメアリエが姿を現し、
水の大蛇が愛衣に向かってぐあっと伸びてきた。

「メイプル・ネイプル・アラモード!…」

それを、出力的に対抗出来そうな火炎魔法で迎え撃ったものだから、
轟音と言うべき音と共に、辺り一面が霧に包まれた。
とにかく、このまま脱出するしかない。

あの三魔女の実力は前回にもある程度把握していたが、
一対一ならとにかくそれがまとめて、しかもチームプレイで来るとなると、
並以上程度の愛衣がまともに対抗するのは危険過ぎる選択だ。

「くうっ!」

しかし、一瞬で霧を吹き散らした程の強風が空中の愛衣から敏速さを奪う。
とうとう文字通り吹き飛ばされた愛衣が空中で体勢を整えようとするが、
その暇は与えられず、

「!?」

太い水の紐が愛衣の体を捕らえ、絡み付いていた。

298 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/13 01:48:54.62 XofIAWJd0 217/920

「がぼがぼがぼっ!!」

そのまま、愛衣は水の紐に力ずくで噴水に引きずり込まれ、
噴水の池の中に沈められる。

「麻帆良学園の佐倉愛衣さんですね」

そんな愛衣に、水柱に乗ったメアリエが見下ろしながら尋ねる。

「聞きたい事があります」
「随分と手荒な質問ですね」
「最初から素直に答えてもらえる内容でもありませんから。
である以上、最初に立場を理解していただきます。こうやって」
「がぼがぼがぼっ!!」

引きずり込む力が緩み、顔を上げていた愛衣だったが、
にょきっと伸びた巨大な水の腕が愛衣の後頭部を掌で水の中に向けて押さえ付ける。

「今回の件に就いて、麻帆良はどの程度まで把握しているのですか?
どの程度の規模で行動していて拠点はどこですか?」

「げほっ、それは、八千人の部下が…がぼがぼがぼっ!!!」
「私達が日本の人気コミックに精通していないとでも思っていたのですか?」
「その割りには冗談が通じないですねごぼごぼごぼっ!!!」

かくして、息も絶え絶えの有様で愛衣の顔は上半身ごと水から引き揚げられる。

「そろそろ喋りたくなったでしょう…!?」

愛衣を拘束していた水の紐が音を立てて切断される。
そして、愛衣は池の中を駆け出した。

「ぐ、っ」

だが、すぐに池の水が流れ出し重い抵抗を生み出す。
力加減一つで簡単に足をすくわれ、転倒する。

「アーユーフーリッシュ?一度水に入って私から逃れようなどと」

池から湧き出す逆U字の水柱で池の中の愛衣の背中を押さえ付けながらメアリエが言い、
池の畔でそれを覗いている仲間二人共々笑みを浮かべる。

299 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/13 01:51:59.62 XofIAWJd0 218/920

「ぶはっ…ぶぶぶ…」

圧力が消え、立ち上がった愛衣の姿は、
次の瞬間には直径一メートルを超えて屹立する水柱のど真ん中に立たされていた。

 ×     ×

「全く」

公園内の、少し離れた木立の中で、ステイル=マグヌスは一服付けていた。
勝手に弟子と言いながら相変わらず先走って勝手な事ばかりをする連中だ。
だからと言って、今の所止める理由はない。

元々、ネセサリウスはその任務の大半を暗殺が占める、
中世風の異端審問にも磨きを掛けた紛う事無き裏の部署。
そして魔術師は我が儘な存在、組織に属していても簡単に組織に縛られるものではない。

自分達のやり方で成果を上げているのなら下手に止める必要は無い。
そんな事をしていてはこちらに火の粉が飛ぶぐらい面倒な存在なのが魔術師と言うものだ。
佐倉愛衣も裏の世界に関わりを持って仕事をしている以上、覚悟があっての事だろう。

「えっ、えほっ!」
「今から水を飲んでたら保ちませんよ」
「はわわわっ!」

ばしゃーんと崩壊した水柱の真ん中で胸を押さえて体を折っていた愛衣が強烈な浮遊感に悲鳴を上げる。
奇っ怪な形の太い水の腕が、手掴みにした愛衣の足首を持ち上げている。
そのまま、逆さ吊りに持ち上げられた愛衣の頭が池に沈められる。
二度、三度、何十秒もの間頭を沈めては、
水滴滴る巻きツインテ髪の先が水面スレスレになるまで持ち上げる作業が繰り返される。

「どう?そろそろ喋る気になった?」

三人娘の中でも比較する迄も無くスタイル抜群のメアリエが、
水柱の椅子で悩ましげに脚を組みながら笑みを浮かべて言う。

「その気になったなら喋らせて下さいお願いしますって言って頂戴ね」
「ごぼごぼごぼっ!!」

今度は60秒きっかり頭が沈められる。

300 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/13 01:55:33.23 XofIAWJd0 219/920

「どう?そろそろ喋る気になった?
あなたは水には対抗出来ない、ましてここは私の術中。
所詮学校の学生、全部白状しますから命ばかりはお助け下さいって縋り付いて来ても
全然恥じゃないわよ」

「そうそう、ししょーの足下にも及ばない魔法使いなんて、
所詮私達の敵じゃないって訳よ」
「だからー、ダダ捏ねてるともぉーっときついお仕置きしちゃうんだからね」
「だから…っ!?」

愛衣の足首を掴む水の手に、愛衣の右手から火線が伸びる。
メアリエは瞬時に水柱を立てて愛衣を丸ごとその中に呑み込む。

「ぶはっ、げほっ…」
「本気で馬鹿?今のあなたに焼き切れる程私の術は甘くない。
その前に熱湯火傷で脚が死ぬだけよ。どうする?心が折れるまで続ける?
これだけでもね、あんまり続けて本当に折れちゃったら
結構再起不能でお部屋から出て来られなくなるわよ前例から言って」

愛衣を閉じ込めた水柱が音を立てて崩壊する。
メアリエは、僅かに怒気を滲ませながらも余裕を取り戻し、
改めて警告してから愛衣を唇まで水に沈める。
そして、逆さ吊りのまま高々と持ち上げた。
メアリエは、ひょいと水柱を降りてバシャバシャと愛衣に近づく。

「あなたも知ってるでしょう?イギリス清教の異端審問。
このまま水を胃袋に直結させたら(1)お食事ごとすっきり吐いちゃう事になると思うんだけど」

そして、丁度目の前の高さにある愛衣の腿を、
メアリエがキュロットの上から掌でぺたぺた叩く。
それを合図にした様に、残る二人も噴水に入る。

「お水が怖いのなら、
お空に吊したままで丸裸に剥いてあげましょうか?(2)」

301 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/13 01:58:42.73 XofIAWJd0 220/920

 ×     ×

級友、と、言う程ではないが、
互いに多少の覚えのある炎の魔術師として、
学校一つソドムとゴモラにしかけるぐらいには切磋琢磨した覚えはある。

あれから少々時間が経って、色々変わった事もあった。
幾度か相まみえた時にも、それだけの時の流れは確かに感じられた。
で、あるならば、些かの縁のある者として、
その成長をこの目で確かめると言うのも一つの定めと言うものであろう。

ステイル=マグヌスは煙草を携帯灰皿に押し込む。
全般的に、ネセサリウスの魔術師と最新科学との相性は良くない。
そもそも、あるレベルを超えた場合、科学と魔術の融合自体が
言わば彼らの「法」、「条約」として禁止されている。
そこが、麻帆良の魔法とは決定的に違う所であるが、今はそこには触れない。

とは言え、ステイル自身は科学の一端を小道具として、
あくまで科学を従として効率よく魔術を使う事は割と得意な方であり、
加えて、全くちんぷんかんぷんに等しい周囲の中では、
個人的に一般的な科学機材を用いるのは上手な方である。

従って、元々が調査業務も含まれている今回の任務に、
ステイルがこうして望遠機能付き高性能デジタルビデオカメラを持参していたとしても
さ程驚くべき出来事でもない。

302 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/13 02:02:19.36 XofIAWJd0 221/920

「ここなら超能力とやらの仕業にしてごまかす事も出来るみたいだし、
人払いのルーンを逆転して人寄せにして差し上げましょう」

メアリエがそう言っている間にも、残る二人の魔女は
目の前に吊された愛衣のそこここを面白そうにぺたぺたむにむにと手掴みにする。
見た目は明らかに愛衣よりも年下、無邪気故の残酷。
イギリス清教ネセサリウス異端審問の専門部隊、
何が心に痛いのかをよく知り、実行する事が出来る。

「最近の科学は携帯とかインターネットとか色々便利と聞いていますよ。
科学かぶれはそちらが得手でしたね、麻帆良の美少女魔法使いさんw」

ステイル=マグヌスは安堵する。
高性能かつ多機能である。使う機会が少なければ即座に必要な対応が出来ない恐れがあったが、
モニターには高性能の望遠、補正機能により、
求めた通りの距離感、アングルの映像が映し出されている中、
赤字のRECランプが無事点灯している。無論、電池残量等という初歩的なミスは無い。

「その1とその2、どっちにするか>>で決めるってやり方もあるみたいだけど
後々の展開上作者が困るみたいからそれはやめておきましょう」

メアリエがひょいと降下した水柱の椅子に戻り椅子が上昇する。
後の二人も噴水を出る。
愛衣の足首を捕らえた水の腕が又、ゆっくりと下がり始める。
その愛衣の、恐らく最後の強がりを浮かべる表情を舐める様に眺めて、
メアリエは実際に自分の唇を嘗める。

303 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/13 02:05:59.45 XofIAWJd0 222/920

夏の大事件以来、主導権を握った魔法協会と魔術、科学、政治、宗教、
表と裏のあらゆる勢力、権力が展開している政治、謀議、暗闘。

イギリス清教は裏でも表向きは魔法協会主導のプランに賛同し、静観の構えを取っている。
だが、腹に一物も二つも三つも、
魔物なんて生ぬるいものではないものを飼っているのは知っている人間なら分かり切っている事。

例え英雄を擁して圧倒的なスタートダッシュを決めた魔法協会相手でも、
こんなでっかく美味しい話、何れじわじわと総取りにかっさらいに掛かる。
そういう組織である事はメアリエの様な末端でも知っている。

ならば、裏と裏の暗闘で済むドサクサに、
末端でもちょっとは上にいるらしい魔法協会の手駒の一つや二つ、
完全に掌握しておくのも後々悪くない。

そしてメアリエは異端審問ネセサリウス所属の魔術師として、知っている。
心が折れる音も、その音がもたらす感触も。
そこそこ優秀な魔法使いと言う情報通り、大人し気だが芯の強いタイプ。
だからこそ、もうその舌の上に滴りそうなその甘美な心の悲鳴、
這いつくばって許しを乞う姿は、色々勃っちゃいそうなぐらいに上等と夢想できる。

「もう一回、頭冷やして考える?今度は三分?四分?十分?あ、死んじゃうか」

そう言いながら、愛衣の髪の毛に続いて額が沈んだ頭部がふるふる横に震えるのを眺め、
メアリエは腕組みして唇の端を歪める。
いける、恐らく頭の中では突っ張っているつもりでも、既に体が言う事をきかなくなっている。

「あんまり続けてると、私も疲れて事故とか起きちゃうかもね。
水の中に固定したまま解除の方法忘れちゃうとかスイカ割りの高さから全面解除しちゃうとか。
そろそろお鼻いっちゃうけど、お返事まだかしら?
又お口まで沈んだら五分ぐらい待たないといけないじゃない…」

309 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/16 14:15:36.42 kQlxazpP0 223/920

 ×     ×

次の瞬間、魔女三人組と佐倉愛衣は、
近くを通り過ぎた、それだけでも吹き飛ばされそうな衝撃波の方向に首を動かしてぽかんとしていた。

「なーんか、レーダーの反応がおかしいと思ったらさぁ…」

その衝撃波の出所を見ると、親指を上げた、制服姿の中学生ぐらいの少女の姿。

(人払いを抜けて来たのか?)

「もしかしてあんたらも別系統の能力者とか?
そういう反応、こないだ見たばっかなんだよね」

(学園都市の能力者か)

メアリエは嫌な汗を感じる。
雰囲気と言い先ほどの威力一つとっても、話に聞く学園都市の中でも高いランクが推察される。
それが、人払いの術式を突破し、魔術を知っている口ぶりで敵に回りそうな情勢。

310 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/16 14:21:23.29 kQlxazpP0 224/920

「只でさえ虫の居所悪いのに、能力使って随分ムカツク事やってんじゃない!?」

三人娘の視線のサインと共に、乱入した御坂美琴の足に土の筒が絡み付く。
だが、美琴は、それをブチ割って走り出していた。

「何をしているマリーベート!?」
「何か、中で変な反応がっ!上手く統一出来、っ!」

マリーベートと美琴の間で、地面が意味不明にぐにゃぐにゃ動き所々で破裂する。
焦って両手を地面に着いたマリーベートは気が付かなかった。
地面の表面に、そのマリーベートの両手に向けて黒い線が移動していた事を。

「ぎゃんっ!」

果たして、術を練る前にマリーベートの両手は地面から弾き飛ばされる。

「ひっ!?」

痺れる体を懸命に動かそうとしていたマリーベートは悲鳴を上げる。
その周囲では、次々と爆発する地面から丸で噴水の様にどす黒いものが噴出している。

「目と口を閉じなさい、死ぬわよ」

それは、ぞっとする程冷ややかな警告だった。
マリーベートの仲間にその敵である愛衣ですら、俗に言うドン引きだった。
マリーベートを巻き込んだ黒い竜巻が収まると、
彼女達の前で、マリーベートの頭部は見た目一回りも大きなボーリングの球と化している。

「えっ、ええっ、べっ、べっべっ、べっ!…」

球状の砂鉄がバカンと割れて、膝をついて懸命に口を動かすマリーベートの前に、
エクスカリバーの如く細長い三角形の鉄片が勢いよく降下して地面に突き刺さり、
そこでバラバラと砂鉄に戻り砕け散る。

「あ、あああ、あ…」
「どう?息の根止められた感想は?それも自分の武器で?」

その返答は、心理的に筋肉が意思から完全に遮断された下半身と、
冷ややかな言葉と共にマリーベートにアイアンクローをきめた
美琴の掌に触れる液体が十分に物語っている。
むしろ、そのまま昏倒するだけの電撃を食らった事が幸せだった程である。

311 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/16 14:26:36.37 kQlxazpP0 225/920

「このおっ!」
「くっ!(風力使いっ?)」

怒気を露わにしたジェーンが扇子を振るい、美琴の背中は近くの街灯へと突っ込んだ。
激突したと見たジェーンは、手を緩めず風を跳ね上げて、美琴の体を上空へと弾き飛ばす。

「他愛もない」

パチンと扇子を閉じたジェーンが鼻で笑って落下を待つ。
グロ画像は見たくもないし面倒なので、
取り敢えず降りて来たら地球接触寸前に吹き飛ばして
マリーベートの分まで精々人間ジャグリングを楽しませてもらうつもりだ。
果たして、美琴が真っ逆さまに墜落して来る。

(そろそろ…!?)

扇子を開いてタイミングを伺ったジェーンが目を見開いた。
その時には、軌道を変えた美琴の額が一直線にジェーンの額に激突していた。

「ちぇいさぁーっ!!」

目から星が飛び出した感覚が収まる暇も与えられず、
空中でひらりと体勢を立て直し着地した美琴の回し蹴りがまともに炸裂して
ジェーンの体が物理的に吹っ飛んだ。

「素直に吹っ飛ばされたから油断してたでしょう。
あんたに一直線に一撃出来る様に微調整してたんだけどね。
背中だって本当は街灯にぶつかる前に反発しといたし」

よろりと半身を起こして扇子を振るおうとしたジェーンは、
電撃込みのイナズマ走りで間合いを詰めた美琴に、
人間スタンガン機能付き裏拳を頬に叩き込まれて今度こそ昏倒した。

312 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/16 14:31:56.26 kQlxazpP0 226/920

「浮かべっ!!」
「!?」

愛衣の聞き慣れた声と共に、
噴水の池の水がどっぱぁーんっと大音響を上げて爆発した。
拘束が緩んだその一瞬に、愛衣は力を振り絞って上昇気流を巻き起こす。
だが、不完全。空中でわたわたと整えようとしていた体勢が不意に安定する。

目に入ったのはずぶ濡れの黒髪。
気付いた時には、池の中に立つ犬上小太郎に、
太股と背中を下から支えられる形で抱え上げられていた。

「こ、こここっ、ここ、あうあうあうあう」

今の自分の体勢と、髪の毛もお肌も白いTシャツも茶色のキュロットも何もかも
たった今水の底から引っ張り出されたそのままの有様を見比べて、
愛衣は冷え切っていた筈の体で焼ける様な熱さを顔に感じながら縺れる舌を懸命に動かそうとする。

「は、ははは、力ずくでウンディーネを圧倒しましたか」

余りの馬鹿馬鹿しさに笑うしかないメアリエが大揺れした水柱を修復しながら言った。

「いやいや、大した事あらへんて。
ほんまに凄いおっさんやったら、今頃この池全部十メートルぐらい噴水して、
あんた逆さ吊りでパンツ引ん剥いて匂い嗅いでる所やさかい」

そう言った時には、小太郎は愛衣を立たせてから札を水に沈めていた。

「ヴァーリヴァンダナッ!」
「!?」

小太郎の詠唱と共に、水柱に乗ったメアリエに向けて水で出来た大量の手が伸びる。

「…邪悪なる…逆らいし…ウンディーネ!」

全身を掴まれたメアリエの叫びと共に、その腕は水に還る。

313 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/16 14:35:18.62 kQlxazpP0 227/920

「き、さ、ま…」

怒りに震えるメアリエを前に、愛衣はぶるりと身を震わせる。

「ナ、メ、て、い、る、の、か?あの程度の、付け焼き刃の東洋魔法で
水の使役で私をどうにかしようだと?
余程、死にたい様だな。貴様がいるのは水の中、私のホームだと言うのに」
「そやなぁ」

それに対して、小太郎は頭の後ろで手を組んでのんびり返答する。

「何せ西洋魔術師でも使えるぐらいやからそうなんやろうな。
誰かさんにきちんと勉強せぇ言われたさかい、
丁度思い出したのやってみたかっただけやさかい。
どっちかって言うと、俺の専門はこっちやし」
「!?」

小太郎の拳が、ドカンと池の水に叩き込まれる。

「ふんっ、馬鹿の一つ覚えの馬鹿力…!?」

ばっしゃーんと上がった水柱を見たメアリエは、慌てて身を交わそうとしたが遅かった。
小太郎の叩き出した水柱から降ってきた黒いものがメアリエの視界を塞ぐ。

(あいつ、ウェアウルフ-人狼-それも使役者。
派手にやらかしている間に水中に待機させておいた、
鴨撃ち用の犬がいるぐらいだ。まして精霊であれば…!?)

その間にも、小太郎はどっかんどっかん池の中に拳を叩き込む。
そして、次々と噴出する水柱の上から、
既に先行組に押さえ付けられたメアリエ目がけて黒狗が次々と覆い被さっていく。

「やっ、やめっ、ひゃっ!?
お、おいっ、それを下げるなだから上げるなまくるな引っ張るな
ひゃうっ!や、やめっ、そこは、術式に集中ううっ出来いいいいっ
ああうっやめああっらめっそこはそこのっかったらあおうううっ
やめっらめ、なめらかられろれろらめぇ
らめらめっらめらめえええええええええっっっっっ!!!」

「ほな行こか、寒かったやろ」
「はい」

314 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/16 14:38:53.97 kQlxazpP0 228/920

 ×     ×

「何をやっている…」

苦り切った口調で呻いたステイル=マグヌスは、
高性能望遠デジタルビデオカメラをしまいこみ、ルーンカードを手にする。

そのまま池でお湯でも沸かすのかと言うぐらいに
全身ピンク色に湯気まで立ててほこほこと茹で上がり、
息も絶え絶えに舌を頬へと流しながらぷかーっと浮かぶメアリエの無惨な敗北は、
カメラのモニター越しにこの目で確かめてデータによる視覚的な再確認も可能であるが、
この展開はちょっとまずい、どころではない。

「でも小太郎さん、どうしてここに?」

「ああ、ショッピングモールの件で現場に行ってたからなぁ。
そしたら、愛衣姉ちゃんも来てたの分かったさかい、
ちぃと話でも出来ないか追い掛けてたんやけど、
誰か結界ぶち破ってくれたらしいな。それまでこの辺うろうろしてたわ」

「そうでしたか…!?」

とにかく、深呼吸して、これからの事に就いて
魔法使いとして相応しい対応をしようと思考を整えていた矢先、
愛衣はバッと呼び寄せた箒を振るっていた。
空中で、火炎波と火炎波が激突する。

「やはり炎を察知するのは早いか。面倒な…」

木立の中で、ステイル=マグヌスは当然苛立っていた。
麻帆良のみならず、よりによって高レベルの能力者まで絡んで来たとなると、
科学の学園都市側との暗黙の了解すら面倒な事になりかねない。
炎を飛ばして酸欠に出来れば上等だと思ったのだが、
こうなっては本気を出すしかないかも知れない。

315 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/16 14:42:42.23 kQlxazpP0 229/920

「おい」
「?………
………あーーーーーーーーうーーーーーーーーーーーーー………」

何かを察知した小太郎と愛衣と美琴は、
遠くから飛翔してきらーんとお星様になった何かが
ドッパーンと池に墜落するのに合わせて首を動かしていた。

「何か嫌な感じがするから敢えてジョギングコースにしてみれば。
陰でコソコソ見物しながら遠距離の不意打ちとは根性が足りんな」
「お、のれっ、
そもそも僕はこういう直接的な暴力、は…」

元の場所から遠く離れて誰に言っているのか分からない言葉を呟きながら
池の中で立ち上がろうとしたステイルは、
メデューサ、と言うよりはヒュドラとしか思えない黒い影が
我が身に被るのを目にしてそろそろと視線を上げる。

そこで目にしたのは、素晴らしいおみ脚だけなら良かったのだが、
ヒュドラだろうがケルベロスだろうがゼウスだろうがキャン言って
尻尾を巻いてダッシュで逃走する程の眼光が漏れなくセットでついてきていた。

「愛衣との連絡が付かないから探して来て見れば。
随分と丁寧なご挨拶を頂いた様ですね」

ご丁寧な返礼と共にぼきっ、と拳を慣らしていたが、
その背景はゴゴゴゴゴと禍々しいオーラだけでは無かった。

「あ、あーあー、ちょっと待ちたまえ、
高音・D・グッドマンさん?君、学園都市のど真ん中で黒衣の夜想曲を発動させるって事が…」
「ご心配なく。さすがは科学の学園都市、
この程度のサプライズは実験用ホログラムと言う事で納得いただける様ですわ」

ステイル=マグヌスの懸念を、
高音・D・グッドマンはエレガントな微笑みと共に一蹴した。

「と、言う訳で、[ピー]ね」

簡潔な命令と共に、大量の触手が突入した池がばっしゃーんと大波を上げる。
やぶれかぶれのステイルの火炎ルーン発動と共に一帯が霧に包まれる。

316 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/16 14:52:48.83 kQlxazpP0 230/920

「た、退却だ退却退却ーっ!いいか、これは決して敗走ではない、
あくまで総合的判断による転身と言うものであって!…」
「はいししょーっ!!」
「待てやゴラアアアアアアアッッッッッッ!!!!!」

本来力仕事は専門外の筈だが、這々の体で池を脱出して
行きがかり上完全にKOされていたチビ魔女二人を小脇に抱えて爆走するステイルと、
ぐにゃぐにゃにふらつく体をぎくしゃく立て直しながら必死に追走するメアリエの周辺の地面に、
ズガンズガンズガンと容赦なく杭打ち機の様な触手が打ち込まれる。

「おい」
「ん?」
「さっきのパンチ、なかなか根性が入ってたな」
「ああ、兄ちゃん強そうやな。雰囲気で分かるわ」
「「………」」

どっぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんんんんんんんんっっっっっっっっっ

色彩豊かな煙に巻き込まれ、目が点になっていた愛衣と美琴に辛うじて理解出来たのは、
吹っ飛んだ何かが自動販売機を直撃したと言う事だった。

「やばっ、私達も逃げるわよっ」
「は、はいっ!」

 ×     ×

「………」

神裂火織は、物思いに耽っていた。
例の弟子とか言うオテンバ達に引っ張られてる危なっかしさを懸念してこうして追い掛けて来た訳だが、
時既に遅し、こうなってはここで自分が出て行っても余計収拾が付きそうにない。
まあ、ステイルならなんとかなるだろう。

取り敢えず、神裂の手には空から降って来たデジタルビデオカメラ。
神裂はネセサリウスに相応しく生粋の機械音痴。
基本、距離と言う概念が限りなく無効化している神裂火織である。
何だか知らないけど何かの証拠品なら後で女子寮の面々にでも聞いてみよう。
そんな神裂の最大上司も、これ又そうである事が信じられないぐらいのハイテク愛好家である訳だし。

319 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/17 04:15:03.85 bV7S5sT00 231/920

 ×     ×

生き返る。
佐倉愛衣が温かいシャワーを浴びて感じたのは、この例え言葉そのままだった。
時間をおいて少しは回復したかと思っていたが、
温かなシャワーを浴びて洗い流すと、
衛生的とは言えない冷水で芯まで冷え切っていた事が改めて分かる。

御坂美琴と共にダッシュで逃走し、その後、
コンビニすら入店の憚られる有様の愛衣は某所で美琴に見張ってもらって
Tシャツとキュロットだけ雑巾搾りしてから今に至っていた。
こうして、冷え切っていた肉体に些かの余裕が出来た所で、
凍てついていた脳味噌が動き出すイメージも感じられる。

彼女は魔法使いのエリート候補として内なるプライドは低い方ではないが、
同時に、聡明な少女である。事、仕事に於いては物事を無駄に高くも低くも考えない様に努めている。
うかうかと敵の術中に踏み込んでしまった事は反省点だろう。
ステイル=マグヌスを初めとして、相手のホームに踏み込んでしまったら
その時点で命が危ないと言う事は魔術の性質上、それ以外の場面でもよくある事、
それは注意しなければならない。

一方で、戦闘で負けたのはそれは総評としては仕方がないと言える。
魔法戦は相乗作用、方程式の要素が強い。
余程の力差が無ければ、系統の違う三人の魔術師を一人で迎え撃つ事など出来る相談ではない。

あれは、負けるべくして負けた状況であり、
細部の工夫はあり得ても結果自体を変えるのは極めて困難だった。
無論、只の言い訳はしたくはないが、こうして生きて次を迎えられた以上は、
仕事である以上冷静に現実を認識しなければならない。

きゅっと蛇口を止めて壁に向かって考える。つい先ほどの記憶を辿る。
転機が乱入して来る迄の自分はどうだったか?
果たして、後一分それが遅かったら、自分の口は何を喋っていたか?
それが恥であったかどうかじゃない、何でもありを相手にする事もしばしばある仕事であり、
である以上、限界がある人間である以上そもそもその状況を作ってはならないのが反省点だ。

320 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/17 04:20:50.11 bV7S5sT00 232/920

そう考えても、心から溢れ出すものを完全に止める事は出来ない。
このぐらいの心のブレも又人間だから、仕方がない。
只、出来るのは頭から温かいシャワーを浴びる事だけ。
悔しい思いは消せない。それも現実。
体に残る記憶は、痛みと共に、しっかりと支えられて抱え上げられた力強い感触。

「…情けない所、見られちゃったなぁ…」

 ×     ×

気配を感じて、愛衣は身を起こす。
そして、自分をにこにこ笑って覗き込んでいる顔を見て、
ほんの少し考えてからガバッと身を起こした。
愛衣は、バスローブ姿でリビングのソファーに横たわっていた。

「す、すいません」
「いいって。疲れてたんだね、よく寝てたから」

立ち上がった御坂美琴がそう言って、折り畳まれた衣服を近くに置く。

「洗濯上がったわよ」
「ありがとうございます」

美琴の言葉に、愛衣はぺこりと頭を下げる。
まともに出歩ける状況ではなかった愛衣は、
美琴に勧められるままにこのホテルの部屋に来ていた。
下着は途中のコンビニで購入したが、
後はこの通りシャワーを使っている間に洗濯して貰っていた。

「あの」
「うん?」
「御坂さんはどこか別の所から?このホテル…」
「いや、佐倉さんがあのままじゃ出歩けなかったでしょう。
だからこうやって支度するのに借りたんだけど」

最初、愛衣には、逃走中に名乗り合った御坂美琴の言っている事がよく理解出来なかった。
何とか辿り着いた結論が、
この同年代の少女の金銭感覚は少々かけ離れていると言う正確な分析結果だった。

322 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/17 04:26:15.27 bV7S5sT00 233/920

「いただきます」
「美味しい?」
「はい」

テーブルを挟み愛衣の対面の椅子に掛けてにこにこしている美琴に愛衣は応じる。
状況的に至ってポピュラーな選択と言えたが、
美琴のいれてくれたココアは美味しく、有り難かった。

「でもさぁ、佐倉さん」
「はい」
「何で又あんな事になってた訳?」
「分かりません。あの三人に絡まれてああ言う事になったとしか」

あの場面で打算無しに助けてくれた気のいい、崇高なと言ってもいい相手に胸が痛むが、
元々、魔法使いの仕事は嘘が多い仕事、その辺の割り切り、
時間があれば話を作っておく事は仕事柄弁えている。

「佐倉さんを助けてたあの男の子、知り合い?」
「いえ」
「そう、私は知ってるんだけど」
「お知り合いなんですか?」

入浴中に覚悟は決めておいた、相手は科学の学園都市でもあれだけの能力の持ち主。
勝手に巻き込むのは政治的レベルでも問題がありすぎると。
だから、今もポーカーフェイスは貫いている筈だ。

「うん、ちょっとね。あの三人も能力にしてはちょっと変だったし、
多分別系統の能力なんだと思うんだけど」

愛衣の背中にじっとりと汗が伝う。別系統の能力、それは魔法に違いない。
ここまで短時間見ていても、かなり頭の回転が速い少女だ。
助けてもらって悪いが徹底的に交わすしかない。後で小太郎に要確認だ。

「それで、佐倉さんってどこの学校?レベルは?
発火能力でもいい線いってたみたいだけど」
「まだ決まっていません」
「え?」

323 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/17 04:31:40.36 bV7S5sT00 234/920

「ごめんなさい、詳しい事情はお話しできないんですが、
とある事情により、これからとある研究機関での研究を経て
編入先を決める事になっています。それ以上は今はお話し出来ません」
「そういう事」

美琴が、ホテルのメモ帳にさらさらと何かを書き付ける。

「佐倉さんの事信じてない訳じゃないけど、秘密の研究って、
この街の研究は色々イカレてる事もあるの。今回の事だって裏があるかも知れない。
だから、何か危ない事があったら私に連絡して。
私は学園都市レベル5第三位御坂美琴、少しは何か出来るかも知れない」
「有り難うございます」

心から感謝の言葉を述べた愛衣は、メモを受け取ろうとして、
テーブルの上でメモを摘んだ美琴の温かな手をその手で包み込む様にしていた。
不意に、大魔王降臨と言われても一切違和感の無い
とてつもなく禍々しいオーラを感じた愛衣は、それを辿り窓に目を向ける。

(ひいいいいいっ!!!)

ホテルの一室で御坂美琴と向かい合い、
手を手で包み込む様にしていたバスローブ姿の佐倉愛衣は、本日二度目の死を覚悟した。

 ×     ×

「逆さ吊りの水責めだ?」

カツカツと女子寮の廊下を歩きながら、千雨は急報を告げた携帯電話に向けて言った。

「ああ、何とかかんとか助け出したんやけど、
アンチスキルやらが動き出したんで詳しい事はまだ分かってない」
「おい、大丈夫なのか?」
「ああ、俺は大丈夫、何とか振り切った。
愛衣姉ちゃんもゴタゴタしてる間に逃げたらしいけど」

「って言っても、あの三人にとっ捕まってずぶ濡れだったんだろ」
「ああー、ありゃ結構痛め付けられてたな。
向こうさんもお互い表に出せない科学の学園都市にいる間に
麻帆良学園側がどんだけ掴んでるか掴んでやろうって辺りやろうけど」

324 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/17 04:37:21.27 bV7S5sT00 235/920

「佐倉、大丈夫なのかよ」
「ああ、じゃぶじゃぶに水浸しにされてたけど大きな怪我は無かったわ」
「そうか…それで、お前に助けられたって言ったな」
「ああ」

当たり前の様に返答する小太郎の声に、千雨は嘆息する。
さてどうするか、フォローする様に夏美に言わせるのも色々おかしい気もするし、
大体、今この状況でええいもう知らんと言うのが本音の所だ。

「取り敢えず分かった、落ち着いたら又ゆっくり聞かせてくれ」
「分かった」

電話を切った千雨は目の前のインターホンを鳴らし、
現れた同級生神楽坂明日菜に促されるままに麻帆良学園女子寮643号室に入る。
明日菜からの呼び出しでここを訪れたのだが、ふうっと息を吐いて中に入ると、
明日菜と共にこの部屋に住む近衛木乃香がお茶を入れてくれた。

明日菜、木乃香の住むこの部屋を事実上の住所としているネギは今もいない。
そう言えば、自分がこの部屋を訪れたのはいつだっただろう?
自分はここでこの部屋でネギと会ったのだろうか。
その間に、携帯電話を使っていた明日菜がそれを千雨に差し出した。

「もしもし」
「もしもし、チサメ!?」

それは、賑やかで幼い声だった。

「あ、アーニャか?」
「そうよ。科学の学園都市で何かしてる麻帆良の生徒ってチサメの事なのっ!?」
「ちょっと待て、何がどうなってる?順を追って話してくれ」

千雨が驚きを踏み止まる。
イギリスにおけるネギの年の近い同窓生であるアンナ・ココロウァ通称アーニャ。
なんでそんな所に話が飛んでいるのか、ここは慎重に進める必要がある。

325 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/17 04:40:57.82 bV7S5sT00 236/920

「あのね、ウェールズはケルトの本場、
大雑把に言えば日本人がイメージする魔法使いのかなりの部分がウェールズの魔法文化なの。
だから、ウェールズ自体が魔術の世界でも一大勢力であり人脈、
ネセサリウスにもウェールズ出身の魔術師は何人もいるわ。

そこから麻帆良と科学の学園都市に関する情報が入って来てたからアスナに調べてもらってたのよ。
麻帆良が関わるって事になったら、ネギの出身であるウェールズにも関わって来る事だから、
ネセサリウスよりも優先的にこっちに情報を持って来る人もいる」

「分かった、大体飲み込めた」
「それで、どうなの?」
「確かに、私は今科学の学園都市に関わってる。
それが表になったらネギ先生や他の人に迷惑になる事も知っている。それは済まないと思ってる」

「鳴護アリサ、って知ってる?」
「私の友達だ。そのアリサが科学の学園都市でネセサリウスに狙われてる。
ストーカーが魔術師なら警察に頼む訳にもいかない」
「そういう事ね」

「そっちでもアリサの事は何か?」
「生憎、魔法協会系列では、アリサ関係の情報は出遅れてるわ」
「みたいだな。麻帆良の方も同じらしい」

「それでも、ネセサリウスの方針は分かった。
ネセサリウスはアリサの力、奇蹟の力を恐れている。
正確に言えば、それが科学の学園都市に渡る事をね。
奇蹟が魔術であるなら、それが科学的に分析されて再現された時、
魔術と科学のパワーバランスに大きな影響が出るから」

「麻帆良でも、ネセサリウスの目的に就いては大体その筋で読んでるよ。
アリサの事をそれ程恐れているのか?」
「聖人、聖なる人、神の子に似たもの。
ネセサリウスは鳴護アリサの能力、みたいなものに就いてそのレベル、
つまり非常に高いレベルで考えている。
聖人絡みだとすると、ネセサリウスが無茶するのも頷ける」

「それで、連中アリサをどうするつもりなんだ?」
「その事なんだけど、ショッピングモールのアリサのイベントが爆破されたって話聞いてる?」
「ああ、聞いてる、あれはやっぱり爆破されたのか?」

326 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/17 04:44:19.25 bV7S5sT00 237/920

「こっちに入ってる情報から見ても、それが正しいみたいね。
あれだけの規模の爆発事件でありながら死者重傷者はゼロ、正に奇蹟の歌ね。
そして、この事件にもイギリス清教の関わりが疑われてる」

「なんだと?」
「現場でイギリス清教のエージェントが目撃されてるのよ」

「それは、ステイルか?それとも、うちの桜咲並にバカデカイ刀持った
本人もかなりデカイ日本人の女か?」
「どっちも違う。女の方は神裂火織ね。経歴がユニークだし実力者だからこっちにも聞こえてる。
ステイルも、ルーンの天才の魔女狩りの王。
でも、そんなレベルのエージェントじゃないわ」

「そんなレベルじゃない?」
「これは、私が魔法学校でも信頼出来る人から聞いた話で、
その人も絶対に信頼出来る筋からの情報だとしか教えてくれなかったんだけど、
ショッピングモールの爆破現場でイギリス清教のエージェント、
それもかなりの上級者が目撃されてるのよ」
「それは聞いた」

「うん。そのエージェントって言うのが、どこから見ても日本人の女子高校生、
むしろ日本人以上に日本人って言ってもいい、
丸で墨で描いた日本画に出て来そうな、最近の日本では珍しいぐらい日本人っぽい女の人なんだって」
「女子高校生って事は制服でも着てたのか?」
「そうみたいね。その日本人の女の人が身に着けていたのがイギリス清教の霊装、
簡単に言えば魔法具なんだけど、ステイル辺りが許される様な霊装じゃなかったって」

「その霊装が高いレベルだったって事か?」
「そういう事。ステイル辺りが持ち歩くものじゃない、
非常に高いランクのイギリス清教の霊装だったって。
それを、どこから見ても日本人の女子高校生が所持して鳴護アリサの爆破現場に出没していた」

327 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/17 04:48:11.48 bV7S5sT00 238/920

「やったのはイギリス清教だってのか?」
「分からない。第一、ネセサリウスにしてはやり口が派手過ぎる。
こんなに表立って、それも科学の学園都市で事件を起こすのは本来彼らのやり方じゃない。
だけど、どこまで難しく考えるべきか分からないって考えもある」
「現場の落とし物は単純に犯人が落としたのか事前に盗まれたのか、ってか」

「でも、こっちの魔法関係では関係する事件に就いての警戒ランクが上がって
水面下の情報収集が本格化してる。

イギリス清教とこちらの魔法関係との関係は両者の立場を考えると良好だし、
イギリス清教と科学の学園都市の関係に就いても、
こっちの魔法関係でも裏側の窓口として黙認していた部分があるんだけど、
余り派手に好き勝手されると話は別になって来る。

お互い、世界でも有数の魔術勢力が外套の下でナイフ研ぎながら笑って握手してるみたいなモンだからね、
抜け駆けを許してたら命取りになる」

「お前らも本格的に動き出す、って事になるのか?」
「そうなった場合、直接的に動くのは、
現地の管轄で直接の提携関係にある関東の魔法協会だと思う」

「じゃあ麻帆良か」
「その可能性が高い。もちろん、こっちはこっちでイギリス清教との
表と裏の交渉、工作を続けて無駄な争いは避けようとする筈だけど、
こっちとしても譲れる事と譲れない事があるから」
「そうか」

328 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/17 04:55:03.21 bV7S5sT00 239/920

「とにかく、これは魔法関係の話で、
しかもかなりきな臭い情勢になってるって事だけは伝えておくからね。
それで、チサメは自分がネギの従者だって事分かってるわよね」
「ああ、分かってる…」

そこまで言って、一度言葉を切る。

「分かってる、ネギ先生に迷惑掛ける様な真似はしない」
「分かってるならいい。でも…」
「ん?」
「鳴護アリサはチサメの友達、なんだよね」
「ああ、そうだよ」

「分かった。元々、アスナならとにかく
チサメが自分から危ない事するなんて最初から考えられないし」
「そりゃそうだ」
「分かった。じゃあ、バーイ」
「お休み、いや、そっちは時間違ったか。じゃあな」

千雨が電話を切った。

「千雨ちゃん?」

明日菜が心配そうに声を掛ける。

「少し、疲れた。後でゆっくり話すって事で頼む」

332 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/23 04:12:32.67 YC8mmy5A0 240/920

 ×     ×

「アデアット!」

バック転で自分の座っていたソファーを飛び越した佐倉愛衣は、
そのままテーブルに向かって片膝ついて、両手持ちした箒を捧げる様に横に持つ。
その間に、テーブル上空の空間に突如姿を現した車椅子少女が
重力に従いドガシャーンとばかりにテーブルに着地する。

「…メイプル・ネイプル…」
「やめいいっ!!!」
「あうぅぅぅぅぅ…」

御坂美琴の絶叫と電撃と共に、突如室内に流れ出した
シリアスバトルシーン的BGMがよく似合いそうな雰囲気は唐突に中断する。

佐倉愛衣は箒を両手持ちしたまま前のめりに倒れ込み、
握った両手の指の間全てに鉄矢を挟んだ白井黒子は
そのポーズのまま恍惚の表情で酔い痴れる。

「おにぇえしゃまあぁぁぁ…」
「お姉様?」

気を取り直した愛衣が呟く。

「あのー、ご姉妹…いや、後輩さんですか?」
「正解」

美琴がちょっと驚いた表情で言う。
次の瞬間、佐倉愛衣は飛び退き、片膝ついて箒を捧げる様に横に持つ。
その前方に白井黒子がどっかーんと着地する。

「まぁーっ!よろしいですか見知らぬあなた!?
わたくしとお姉様はその様な平易な概念でとにかくあなたの様な…」
「くっ!メイプル・ネイプル…」
「やめいいっ!!!」

333 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/23 04:17:39.58 YC8mmy5A0 241/920

愛衣がもう一度バック転して距離を取り視線と視線が火花を爆裂させた次の瞬間、
御坂美琴の絶叫と電撃と共に、突如室内に流れ出した
シリアスバトルシーン的BGMがよく似合いそうな雰囲気は唐突に中断する。

佐倉愛衣は箒を両手持ちしたまま前のめりに倒れ込み、
握った両手の指の間全てに鉄矢を挟んだ白井黒子は
そのポーズのまま恍惚の表情で酔い痴れる。

「はらひれほれ…」
「あんたねぇ、この狭い部屋ん中で水浸しの次は火事場に突っ込みたいの?」
「ごめんなさいです…」
「くぅーろぉーこおぉー…」

「お姉様あはああああんっっっあの様なあぁぁぁぁぁぁぁんっっっ
わたくしと言うものがあぉぉぉぉぉぉぉんんんありながらはああああああんんんんん!!!」
「やぁーめぇーいいいいいっっっっっ!!!!!」

目の前の火花舞い散る密着戦をぽかんと眺めていた愛衣は、
やがてくすくすと笑い出した。

「あはっ、あはははっ」

余りに快活な笑い声に、ようやく二人ともそちらを見る。

「あ、ごめんなさい。仲、いいんですね」

くすくす笑いながら言う愛衣の前で、
黒子がどかんと両手で車椅子の肘掛けを叩く。

「仲がいい?仲がいいですって?
いいですかどこぞの馬の骨さん、わたくし白井黒子、
お姉様の露払いとしてその絆はその様な凡庸なほぎゃあああああっ!!」
「あー、まあ気にしないで、悪い娘じゃないから」
「はい」

くすっと笑って答える愛衣は、こりゃ男が見たらかなわんわこのザ・女子め、と美琴に思わせる。
それでいて、自分が見ても不快ではない。
女子校の中でも高見で一歩引いている美琴から見ても、素直ないい娘なのだろう。
と言うのもあるが、どうも女子校の呼吸を知っている匂いがする。

334 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/23 04:23:13.11 YC8mmy5A0 242/920

「それでは失礼」

ぺこりと頭を下げて、愛衣は着替えを持ってバスルームに引っ込む。

「では、そろそろ行きます。待たせている人もいますので。
今日は本当にありがとうございました」

リビングに戻って来た愛衣が、改めて一礼する。
清々しくて圧倒的なぐらいだ。

「うん…良かった」
「え?」
「いや、結構えぐかったからさぁ。
もしかしたら無理してるかも知れないけど、元気そうで」
「そうですね。ご心配有り難く受け取らせてもらいます。それでは」
「ん」

かくして、ぱたんとドアが閉じられる。
御坂美琴は、顎を指で撫でて考えていた。

(発火能力者…別系統の能力なのかはちょっとおいておいて…
さっき、黒子の突入と同時に陽炎を作ってた。
焦点をぼかしてレーダーを張った?相手がテレポーターだから?
体で感知出来る?判断力も実戦経験も…)

ずりずりと腰から上がって来る両腕の感触を把握しつつ、
御坂美琴は背後の白井黒子の頭を左腕でがしっと掴み、
白井黒子は本日幾度目かのご褒美の時を迎える。

 ×     ×

「もしもしっ!」

女子寮の廊下で、
携帯を取りだした長谷川千雨は縋り付く様にしてメールを読み電話を掛けていた。

「もしもし、ちうちゃん?」
「ああ、無事だったんだなっ!」

ようやく周囲を見回し、千雨は小声で叫ぶ。

335 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/23 04:28:29.21 YC8mmy5A0 243/920

「うん」
「怪我は?」
「大丈夫」

「みさっ、いや、えーと、他に怪我人とかは?」
「大丈夫、みんな無事だった」
「良かったぁ…マジ奇蹟かよ…」
「奇蹟…」
「ん?」

「うん、奇蹟だって、みんな言ってる」
「だな、ネットを見ても、相当な大事…大きな事故だったんだろ、
それで大きなけが人が出なかったんだから」
「でも、本当に奇蹟があるんなら、そもそもあんな事起きなかったんじゃないかって…」
「あっ」

アリサの悲しそうな声に、安堵で一杯だった千雨がようやく本来の何かを取り戻す。

「この間だってそう、当麻君も危ない所だった、
本当ならそのまま下敷きになるぐらい危ない事で、
それで怪我して、私と一緒にいてそんな事になって。
それが奇蹟の歌だって、奇蹟だって」

「それは…」
「言ったよね、私、三年前からの記憶が無いって」
「ああ」

「歌っている時だけは私でいられる。
私の歌でみんなを幸せに出来るんなら、いつか取り戻す事が出来るかも。
そんな気がしていた。だから私、歌い続けた。
でも、私の歌が奇蹟なら、選ばれたのも奇蹟なのかも知れない」

「おい」
「本当に奇蹟かあるのなら、そもそもあんな事は起こらなかったんじゃないかって。
あんな事故が起きて、それでも私の奇蹟だって、
私の歌で、私だけ幸せになって、それが奇蹟…」

「JK」
「え?」

336 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/23 04:31:49.04 YC8mmy5A0 244/920

「常識で考えろ。
科学の学園都市には色々な能力があるかも知れないが、
そこまで行ったら能力じゃない、神様だ。
そして、そんな中途半端な神様がいてたまるか。

何が奇蹟で何が幻か、そんな事知るか。
分かってるのはアリサが自分で努力して一歩も二歩も自分の足で進み続けたって事だ。
努力だけでどうにかなれば世の中苦労しない。それでも、努力抜きじゃあ絶対どうにもならない。
それをやって来たんだろうアリサは」

「うん」

「じゃあ信じろ。
神様なんかじゃない、自分で前に出た人間の力だ。
あの歌を歌って来たアリサ、関わって来たスタッフ、
そして後押しして来たファンの、人間が力を尽くしたステージだ。
自分が何者か?私の知ってる鳴護アリサは堂々たる歌姫で私の自慢の友達だ。
今は、そいつを信じろ。そいつを信じて吹っ切って前に進んじまえっ」

「うんっ」

「それで、奇蹟ってのがあるんなら、ああ、あるんだろうよ、
一歩踏み出した勇気についてくる奇蹟とか魔法とかあるんだよって言う奴がな。
アリサが自分で掴み取った奇蹟の歌姫なんだ、きっと適うさ」

「ありがとう、ちうちゃん」

「ああ、まあアレだ、自分で言ってて今すぐ枕で窒息してぇ」
「くすっ、有り難う、ちうちゃん。
もう大丈夫みたい。頑張るから、私」
「ああ、及ばずながら応援してる」

電話を切った千雨は、握った左手の側面でガン、と近くの壁を殴っていた。

「千雨ちゃん…」
「神楽坂か」

背後に姿を現した明日菜に千雨が声を掛ける。

337 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/23 04:35:12.87 YC8mmy5A0 245/920

「知るかよ」

千雨が吐き出す様に言った。

「知るかよ、ギリシャだろうがイギリスだろうが知った事かよ…
神楽坂、まだこっちにいるのか?」
「うん、次の予定まで何日か空きがあるみたい」
「大変だな…いや、素直にそう思う。そうか…」

 ×     ×

「おねーさまー」
「メイ、来ましたか」
「すいません、遅くなりました」

科学の学園都市内の合流地点で、駆け付けた愛衣に腕組みした高音が言う。

「大丈夫ですか?怪我等は?」
「はい、大丈夫です。すいませんでした」
「そうですね、それで情報の漏洩などは?
正確に把握する必要があります」

「正確に言います。大丈夫です。
私は何も喋っていませんし奪われた情報も無い筈です」
「そうですか。全くの無反省でも困りますが、
元々無理な戦力での活動を指示したのも確かです。
ですから程ほどに反省なさい、あなたなら出来るでしょう」

「はい」
「では、報告は後で。無事で良かった。心配しました」
「はい。すいませんでした」
「では、行きますよ」
「はい」

高音が言った事はおおよそ本心だった。
愛衣は真面目な性格なので、体は元より心のダメージも懸念していたが、
幸いにも回復出来そうな傷で済んだらしい。
無いに越した事はないが、今後の仕事もある。経験として糧になれば幸いだ。

338 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/23 04:38:22.46 YC8mmy5A0 246/920

 ×     ×

「聖人か…」

土御門と神裂からアリサに関する大凡の説明を受け、上条当麻は呻いていた。
聖人である可能性が指摘されている鳴護アリサ。
故に、イギリス清教は科学の学園都市による分析を恐れ、
アリサの確保に動いている。
そこで、上条は思い出した。

「魔法使いもそれで動いているのか?」
「魔法使い?」
「ああ、魔法協会とか言う連中が動いてるだろ?」
「カミやん、麻帆良学園の事は知ってるかにゃー?」
「インデックスが言ってたな、あれは麻帆良の学生だって」

「だろうな。麻帆良学園、学園のある麻帆良学園都市は、
事実上関東魔法協会そのもの、実態は魔法の学園都市。
たかーい塀に囲まれてる訳じゃないけど、入った人間を魔法でナチュラルに洗脳して
不思議な事が不思議に思えなくなるこわーい街だにゃー」

土御門の冗談とも真面目ともつかぬ説明は、早速に上条を苛つかせる。

「それで、その魔法の学園都市がどうしてこの件に噛んで来てるんだ?」
「それが、向こうさんの意図は今の所よく分からんですたい。
情報収集しようにも、おしゃまなクソガキ共が先走った事してくれたもんで、
次に顔合わせたら血の雨が降るにゃー」

土御門の言葉に、神裂も目を閉じて暗黙に同意している。
土御門はビッと三本の指を立てた右手を突き出す。

「麻帆良の人間がこっちに出入りしてるのは間違いないにゃー、
それも、三つの勢力がそれぞれに動いてる」
「三つ?」

「まず、麻帆良の学園警備。向こうの学園で正式に仕事をしている魔法使いぜよ。
この連中がこの学園都市に出入りしてる。
この連中の目的は、恐らく鳴護アリサに関する情報収集だにゃあ」

339 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/23 04:41:40.26 YC8mmy5A0 247/920

「こないだステイルとやり合ってた箒の娘やその仲間か?」
「そうです」

上条の問いに神裂が答えた。

「二つ目、これが本格的に正体不明、って事になってるにゃあ。
どうも、お友達のためにプライベートで出入りしてるみたいだからにゃあ」
「あの時会った眼鏡とか学ランとか姿を消す魔術師連中の事か」

何となく雰囲気を察知していた上条の言葉に神裂が頷いた。

「プライベート」
「多分にゃあ。だから却って分からない。
まあ、僕もかわいー幼馴染みフラグの一本や二本立ててるっつー事ですたい。
ま、義妹には適わないけどにゃー」
「何が僕だよ」

本格的に訳の分からない事を言い出す土御門に上条が毒づく。

「そして三つ目の、ヒーロー」
「ヒーロー?」

「そう、ヒーロー。
世界の全てを救済して全ての人が笑って暮らせる世界を創る。
それを自分で現実に出来るぐらいにとてつもなく巨大なパワーと
実現させるための心の強さを持つ正真正銘本物のスーパーヒーロー。
そんなものが実在するのは非実在少女の世界だけじゃなかったって事だにゃあ」

「そのヒーローが魔法協会の人間でこっちで動いてるって事でいいのか?」
「オーケーですたい。こちらは表向きの意図がハッキリしてて学園都市にも話は通してる。
だからこそ、この時期なのが故意か偶然か、そこが問題だにゃあ」
「魔法協会ってのは陰で人助けをしてるだけで害は無いって話だったぞ」
「それが状況が変わったんだにゃあ、カミやんが禁書目録とバタバタやってる夏の間に」

土御門は、つと中指でグラサンに触れ、やや上目に上条を見る。

「魔法協会について、どの程度の事を知っていますか?」

神裂が尋ねた。

340 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/23 04:45:24.67 YC8mmy5A0 248/920

「ああ、イギリス清教とか他の所からも認められてる大きなほとんど公式の魔術師の団体で、
普段は陰で人助けや魔術のトラブルに関わってる。
それから…魔法世界との外交権を独占してるって言ったか」
「その魔法世界がこの夏、崩壊の危機に立たされました」
「何?」

「世界の基盤そのものに重大な問題があった様です。
もう少しで世界そのものが住人諸共消滅する所でした」
「それを救ったのがヒーローなんだにゃー」

「彼を中心にした魔法協会所属の一つの勢力が中心に、
最終的には関東魔法協会が総出で取りかかる事となりました。
結果、魔法世界の消滅は一時的に食い止められ、
恒久的な世界維持のためにこちらの世界が救済策を実行する事で合意が成立しました」

「当然、そこで主導権を握ったのが魔法協会、そしてヒーロー。
今すぐ崩壊する一つの世界を力業でつなぎ止めたのみならず、
百年単位の時間と天文学的な支出を伴うプロジェクト、
文字通り表と裏の世界総出でかかる必要があるものを、
短期間で基本合意に漕ぎ着けたんだから大した政治家、外交官ぜよ」

「根回しに当たっては、極めて高度な魔術的な要素を巧妙に用いた様ですね」
「イギリス清教のてっぺんに直接それを使ったらバレる所か最悪宣戦布告。
だからこそ、イギリス清教は各個撃破で周辺を固められて
外堀を埋められる形で合意に参加させられたにゃあ。
まあ、どっちがどこまで気付かずに気付かない振りをしていたかはアレだけどな」
「魔法世界か、ピンと来ないなぁ」

ここまで話を聞いて、上条が呻いた。

「そうですね。
私達のランクでは現時点で分かっている事は限られています」

神裂が言う。

341 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/23 04:48:46.32 YC8mmy5A0 249/920

「そうだにゃー、詳しく説明したくても、漫画にしても九割方の読者が脱落するとかしないとか
カミやんがそこに踏み込んだらその時点で消えて無くなるとか無くならないとか、
それぐらいややこしい話が色々諸説入り乱れてるからにゃー。
只、はっきりしてるのは、極秘裏に、それでもとてつもない規模で動き出してるって事だにゃあ。

世界を一つ丸々救済するプロジェクトだから、
それにかかる費用は天文学的、国が一つ二つ傾くなんてレベルじゃない。
それに関わる以上、関わる所にはそれ相応の見返りがある。
魔法世界の魔法技術と宇宙規模の巨大な世界構築。その利権は計り知れない。

それを細心の注意を払って上手に利害調整をしているから、
今の所、理性的に計算すればヒーローのプランに乗るのが上策。
裏の世界のトップクラスではその事が浸透していて妨害が無い様に牽制し合っている状態ぜよ」

「魔法協会のヒーローか」
「とてつもないパワーと行動力と私利私欲の無い誠意、
丸で子どもの描くヒーローがそのまま全てを救う勢いで動いてる。
人道的に反対する理由が無いし
裏付けとなる力があるから誰もが従わざるを得ない状況だにゃあ、今の所は」

どう聞いても毒のある土御門の言葉に、神裂の表情にも翳りが差す。
それがどれ程の力であっても、その道はどれ程の困難が、力があるからこそ知っている事だ。

「その上、みんなが幸せになる様に妥協出来る筈のギリギリのラインで分配してる。
理性的に考えるなら、このまま従えば得、抜け駆けを許す方が損だと
周知させてるから今の所は大きなトラブルも無い。あくまで今の所だにゃあ。

それがどれだけ分かっていても、この利権は巨大過ぎる。
隙あらば抜け駆け、事によっては魔法協会に握られている主導権を奪取しようと、
そう考える人間が出て来ても不思議じゃないにゃあ」

「特定の宗教に属さず異能の魔術を掌握している、
その様な魔法協会を苦々しく思っている勢力も少なからず存在しています」
「聞いたよ。だけど、今まではもめ事はあっても上手くやって来たんだろ?」

「だけど、今はその魔法協会が積極的に世界と関わって
とんでもない巨大利権の主導権を握っているにゃあ。
緻密な計算と圧倒的なヒーローのパワー、その上に成り立ってる脆弱なバランス。
乗っかってるものが巨大なだけに、一つ間違えて暴走が始まったら」

342 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/23 04:52:17.10 YC8mmy5A0 250/920

「闇の中で、事によっては表にまで現れて、混沌、戦乱」

段々真面目な口調になる土御門に神裂が続けた。

「まあ、実際、今回の事でもどっかのお馬鹿さんが
麻帆良に唾付けようって先走ってこっちの仕事をやり難くしてくれたぐらいだしにゃー。
どこも一枚岩じゃないって事ぜよ。

そんな状況下で、聖人、魔術と科学の戦争すらあり得る存在、
その鳴護アリサに関わる問題にまで魔法協会が絡んで来てる。
それも、魔法協会側のキーパーソンが本来の目的で動いている今その時にだにゃあ」

土御門は壁に背を預け、気取った仕草でグラサンをついっと上げる。

「魔術と科学の間で戦争を引き起こしかねない。アリサの件はそれだけでも頭の痛い話ぜよ。
その上に魔術の中でも宗教と魔術結社の有力団体である
イギリス清教と魔法協会がアリサに絡んで火花を散らし始めたって、正直胃が痛いぜい」
「アリサが悪い訳じゃないだろう…」

友人の苦衷を察するからこそ苦い声で、それでも言わざるを得ない。

「救いは、今こっちに滞在してるスーパーヒーローなVIPのキーパーソンが
今の所はこの件に絡んで来る気配が無いって事だにゃー」
「まあ、それだけの大魔術師を超えた重要人物が
学園都市で公式を外れた行動を取る事自体目立ち過ぎますからね。
プランの事で当然多忙を極めているでしょうし」

「確かに、死ぬ程忙しい身の上みたいだしそんな暇無いかにゃー。
この上そんな超大物までお相手するなんて言ったら、
流石の土御門さんも胃に穴が空いちゃうにゃー」

343 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/23 04:55:49.43 YC8mmy5A0 251/920

 ×     ×

「あらあらネギ先生、熱心に何をお調べに?」

ホテルの居室で難しい顔でパソコンに向かっているネギに近づき、
にこやかに声を掛けたあやかが足を止めて硬直する。

「ん?なーに突っ立ってんですかーお嬢様。
さっすがネギ先生、お仕事の出来る男は凛々しい…
…こ…これはっ!?…」

結標淡希が文字通りその場から姿を消した後、あやかはこほんと咳払いをする。

「お茶を入れて参りますわネギ先生。
好奇心旺盛結構結構オホホホホ…」

あやかがつつつと離れた頃、
ホテルの屋上では結標が強い口調で携帯電話に指示を出していた。

「そう、すぐに手に入れて?何に使う?ん、んんっ、潜入、に、決まってるでしょうそんなのっ!
だから、多少割高でもいいから一刻も早く、あの小娘に先を…いやいやなんでもないとにかく…」

ネギの指がカチッ、カチッとマウスをクリックする。
ウェブサイト「学園都市JK制服図鑑」の中の一つのページを表示したまま、
ネギは画面をじっと見据えて考え込んでいた。

350 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/24 13:13:35.18 9YJvE0O60 252/920

 ×     ×

確かに、あの後事情聴取もあったしちょっとした騒ぎだった。
それでも、今日にはいつも通りの学校生活が過ぎていく。
そのまま、いつも通りの放課後、吹寄制理はそう思っていた。

「すいませーん」
「?」

校門を出ようとした辺りで、吹寄が声のした方に目を向ける。

「君は?」

声の主は、先日コンサート会場の修羅場とその前の会場周辺で出会った白人の男の子だった。

「君、大丈夫だった?あれから姿が見えなかったから…」
「ああ、はぐれてから一人で帰ったもので。ご心配おかけしました。
あなたは大丈夫でしたか?」
「うん、私は大丈夫、君…」

「あ、ごめんなさい、申し遅れました。
僕はネギ・スプリングフィールドと言います」
「私は吹寄制理、よろしく」
「よろしくです」
「ん」

自然な所作で右手を差し出され、吹寄はその手を握り返す。

351 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/24 13:18:58.29 9YJvE0O60 253/920

「それでネギ君、今日は?学校に何か用事?」
「あ、はい。先日吹寄さんと一緒だった友達の方」
「友達?」

「ええ、コンサートの会場で、制服を着てストレートの黒髪の」
「それって…ネギ君、何か用事?」
「はい、是非とも一度お会いしたいと」
「は?」

何を言っているのか分からないネギの発言に、吹寄が戸惑いを見せる。
その間に、ネギはトテテと動き出していた。

「あの、すいません」
「君は?」
「はい、ネギ・スプリングフィールドと言います」
「ネギ君?」

相手に怪訝な顔をされても、ネギはにっこり無邪気な笑みを向ける。
そこに吹寄が駆け付ける。

「知り合い?」
「うん、コンサートの時にちょっとね。ネギ君、彼女に何か御用?」
「えーと、ですね、アリサさんのコンサートの時にお見かけしたのですが」
「うん。私もあの時あそこにいた」
「それで、少しお話しを伺いたいと」

「だから、何でそうなる…」
「そう。私。姫神秋沙」
「姫神さんですか。日本の女神様ですね」
「私。巫女さん」

「日本創造の伝説以来、八百万の神々の中に数多く伝えられる女神様。
由緒正しいお名前ですね。
僕はイギリスのウェールズから来ました。
ウェールズは国としてはイギリスの一部になっていますが元々は独立した国で、
今でもイングランドとは違うブリテン人の独自の文化を伝えています」
「ウェールズか、そういう話は聞いた事があるが」

吹寄が相槌を打つ。

352 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/24 13:24:18.55 9YJvE0O60 254/920

「有り難うございます。
いにしえにヨーロッパを制したケルトの文化を伝えるブリテン人の土地から来ました」

そう言ったネギの目は、しっかりと姫神の目を捕らえていた。

「そういう訳で、少しあなたと二人でお話しをしたいのですが」
「分かった」

姫神はこくんと頷く。

「それでは、有り難うございました」
「いえ…」

礼儀正しく一礼してから姫神と共に立ち去るネギを、吹寄はぽかんと見送る。

「ふふ。ふふふふふ。ふふふふふふふふふ。
そう。やっぱり外国人ってああ言うタイプがストライクなんだ」
「あ、あーあー、吹寄、それ吹寄ちゃう。それ姫神のキャラクターやで」
「はぁー、どうなってんですかねー」

吹寄をこっちの世界に引っ張り戻さんと懸命の突っ込みをかます青髪ピアスの側で、
頭の後ろで手を組んだ上条が感想を漏らす。
上条から見て、横並びながらにこにことお互いを見て歩いている姿は
そのまま姉弟の様で微笑ましいものだった。
そして、つと横を見たが、さっきまでそこにいた筈の友人の姿がない。

 ×     ×

「あ、こんな所に古本屋が」
「そう。入る?」
「ええ」

学園都市は新興都市である。
昔ながらの学生街であれば古本屋とセットでおかしくないが、
今や、ネギと姫神が入場した様なタイプの古本屋自体が
大手新古書店に徹底的に圧倒されている。
まして、新興都市である学園都市なのだから、珍しい存在であると言えた。

353 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/24 13:29:51.08 9YJvE0O60 255/920

「なぁー、入って見て来ましょうか?」
「駄目だ、店が狭すぎて気付かれる」
「だからー、何を気付かれない様に俺達は…」
「黙れ、貴様」

古本屋の側の塀の角で、振り返った吹寄がキランと放つ輝きに上条はのけ反った。

「一時間は経過したで」
「こりゃー、何か前世に振った女の因縁か何かかにゃー」
「お前が言うと洒落にならないんだよ」
「出て来た」

いつの間にか合流していた土御門に突っ込む上条を制して、
吹寄が古本屋に着目する。

 ×     ×

「一杯買いましたね」
「ふふ。収穫」

ウェートレスが一礼して下がったファミレスのテーブル席で、
向かい合って座るネギと姫神がにこやかに会話を交わす。

「魔法、お好きなんですか?」
「私。魔法使い」
「そうですか」

普通ならこの時点でドン引きな買い物と発言のチョイスにも、
ネギのジェントルマンシップは小揺るぎも見せない。
もっとも、ネギ自身のアンデンティティーをわざわざ否定する必要も無い訳で。

「君も?」
「そうですね。先ほども言いましたが僕はウェールズから来ました。
ウェールズのケルト文化はドルイド、妖精、そして騎士と魔法使いの言い伝え。
アーサー王のマーリンなどが有名ですね」

「そう。君も教会から来たの?」
「きょうかい…ああ、日本だと発音が同じになってしまうんですね。
ちょっと失礼します…ラス・テル マ・スキル マギステル…」

354 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/24 13:33:11.37 9YJvE0O60 256/920

「はははははははれんぐんぐんぐっ!!」
「だぁーっ、だから吹寄それは別の漫画の風紀委員やて」

その近くのテーブル席で吹寄と青髪ピアスがすったもんだしている間、
土御門のグラサンの向こうの眼差しは、既にデルタフォースのものではなかった。

「つっ」

姫神のセーラー服の胸元に右手を伸ばしていたネギは、
電線にでも触れた様にその手を引っ込める。

「大丈夫?」
「ええ、有り難うございます。少し、歩きましょうか」

丁度お茶も一服した辺りで、ネギが促した。

 ×     ×

「ウェールズって。どんな所?」
「いい所ですよ、自然豊かで…」
「そう」
「いい雰囲気ですねぇ…」

にこやかに言葉を交わしながら道行くネギと姫神の後方で、
言いかけた上条は背後から漂う禍々しき何かを察知して口をつぐむ。

「こりゃあ、いよいよショタに乗り換えで
ひろーい守備範囲の良さ言うモンを」
「姫神さんを貴様の如き変態と一緒にするな馬鹿者」

ネギは、ふっと息を吐き歩みの速度を緩める。

「姫神さん」
「はい」
「戦いの歌」

ネギが、ぼそっと唱える。
次の瞬間には、ネギ以外のことごとくが目を丸くした。

355 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/24 13:36:33.29 9YJvE0O60 257/920

「くっ、くくっ、くくくっ、
くかかかかかかかきくけこォォォォォォォォっっっっっっっっっ!!!」
「吹寄、吹寄吹寄はん吹寄様、
どーして掲げた手の上で風がごおごお巻いて何かヤバイモンがバチバチしてんねんっ!?」

姫神のスカート越しの太股と背中をひょいと下から支え上げ、
ダッシュで路地裏に消えたネギをぽかんと見送るしか無かった後、
懸命、文字通り命懸けの域に至りつつある突っ込みに磨きを掛ける青髪ピアスと
不穏過ぎる空の下、デコをキラーンと輝かせて何かとある領域にたどり着きそうな吹寄を余所に、
その場を離脱し携帯電話に齧り付いた残る二人の目つきは、完全にデルタフォースを離脱していた。

「あー、どうしてお前が出ている?」

「ししょーは蒼白な顔で携帯ごとマントを放り出して
兄弟も友人もいない狭い密室で孤軍奮戦いたしておりますため
ただ今電話に出る事は出来ません」

「分かった、必ず伝えろ。
さもないと百匹の頂点に立った虫入りの壺をプレゼントしてやるぞガキが」

「もしもしっ」
「はいはいインデックスなんだよ」
「姫神がさらわれた!」
「…あいさが!?」

「ああ。多分魔術の連中だと思う。
確かウェールズがどうとか言ってたな。ケルト十字の事も知ってるみたいだった」
「ウェールズはケルト文化、引いては西洋の魔術文化の一つの要。
ウェールズの魔術師ならケルト十字を知らない方がおかしいんだよ。
それで、どんな魔術師だったのかな?」

「まだ子どもだった、十歳ぐらいの男の子、十三歳ぐらいの女の子でも通るタイプだったな。
白人で赤毛でちいさい眼鏡を掛けて、
そう、背中にそれこそ魔法使いみたいなでっかい杖を背負って…」

356 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/24 13:40:37.52 9YJvE0O60 258/920

「どこっ!?」
「何?」
「だから、そのウェールズの魔法使いはどこにいるのっ!?」
「だから、見失ったって、今の場所は…」
「分かったんだよっ!」

場所を報せた後に一方的に電話を切られた上条は、ネギの後を追って路地裏に入る。
その進路には、路地裏エリアで遭遇しがちな
佐天さんのお知り合い候補がダース単位で転がっていた。

 ×     ×

「どうしたの?」

表通りでひょいと地面に下ろされていた姫神がネギに尋ねる。

「いえ、確か恵方巻きって日本の節分の食べ物だと…」

ネギが見ていたのは、コンビニのポスターだった。

「最近は色々ある。食べたい?」
「そうですね」

言いかけたネギのお腹がぐうと鳴った。

「あ、失礼」
「いい。お腹空いてた?」

流石に赤くなったネギが下を向いて言う。

「ええ、ちょっと朝から忙しかったですから」

かなり無理に時間を割いてここに来ていたネギが言った。

357 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/24 13:43:54.81 9YJvE0O60 259/920

 ×     ×

「美味しい?」
「はい、そちらは?」
「美味しい」

近くの公園を訪れたネギと姫神は、
二人でベンチに座りコンビニで買ってきた恵方巻きを食べていた。

「お茶」
「ありがとうございます」
「お寿司。食べるんだね」
「ええ、大好きです。
僕の友達にも、お刺身天ぷらが大好きな友達がいますから」
「そう」

変則的なランチタイムを終えて、二人は一息ついた。

「そろそろ、本題に入りましょうか」
「うん」
「お尋ねしたいのは…」

358 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/24 13:50:10.36 9YJvE0O60 260/920

言いかけたネギの優しい目つきに、歴戦をくぐり抜けた猛者の鋭さが宿る。

「ここでじっとしていて下さい」
「分かった」

ネギがベンチを離れ、もごもご言いながら右手を挙げるとベンチは竜巻に包まれた。
それとは別に吹き荒れる突風がネギを取り巻き、
砕け散って粉末状になった落ち葉の一群がネギの鼻を直撃する。
突風の中、三方向から飛び出した黒い影がネギに急接近する。

(こちらの所属を示す霊装所有者に手を出した、口実としては十分。
こぉーんな可愛いぼーやなら、
イギリス清教流の飴と鞭でとろとろに骨抜きのペットにしてあ、げ、る!)

(前回は予想外の事でちょっとした醜態を晒したが、
ヒーローと言ってもパーティーのリーダーとしての実績。
ここでど真ん中から一気に把握して名誉返上汚名挽回!!)

(それだけのパーティーのリーダーで魔法学校の天才的卒業生。
決して油断するつもりはないが相手はお子ちゃま魔法使い一人。
獅子が兎を狩るがごとく三元素による全力の総攻撃で負ける要素が無い。
もう何も怖くない!!!)

「「「ヒャッハwwwwwwwwwwwwwwwww!!!」」」

365 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/26 15:03:02.98 JqCHEx3/0 261/920

 ×     ×

「やれやれ。
ぶちのめされるぐらいなら、たまにはいい薬かとも思ったんだけどね」

それは、どこか気取った気怠い口調だった。

「さすがにこの様となると、僕、引いては組織の沽券にも関わって来る」

一部において女性観に関するある種の方向性に関する風聞の側聞される
ステイル=マグヌス氏の名誉のためにも敢えて正確を期した記述を行うと、
ステイル=マグヌス氏は、頭の回りにヒヨコを回転させながら揃って伸びている
ジェーン、マリーベート、メアリエを一秒一秒3.5秒一瞥しながら、
わざとらしくばりっと頭を掻いて顔を上げる。
ネギに向けられた眼差しは決して笑ってはいなかった。

(…掌のカード、火のルーン魔術、
自分を焼かずに使えるのなら推定三千度レベルの術式…)
「Fortis931いいいいいっ!!」

丁度、>がまともに突っ込んできた、と言うのがぴったりのイメージだった。
ネギを包んだ風の防壁がステイルの両手からぶわっと噴き出した炎剣を突き破り、
そのネギの肘がステイル=マグヌスの水月を直撃する。

「ラス・テル マ・スキル マギステル………」

ステイルから距離をとったネギは、杖を振り上げて本格的に呪文を唱える。
二人の周囲が暴風に包まれ、風に巻き上げられたその上空が爆発炎上する。

「風楯っ!」

改めて、体をくの字に折ったままのステイルに駆け寄ったネギが、
杖を上に掲げて呪文を唱える。
上空から落下して来た、拳を振り翳した巨大な炎の巨人が
ネギの展開した防壁にぶち当たり、砕け散る。

366 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/26 15:08:05.06 JqCHEx3/0 262/920

「大丈夫ですか?魔法戦の礼儀としてお返ししたんですけど、
想像以上に出力が大きかったみたいで…」
「アハ、アハハハハ、アハハハハハハハハ…」
「…風楯っ!」

察知されて破壊されて再現されて破壊された事を知ったステイルをおいて、
ネギはバッと左手を後ろに差し出し障壁を張る。

バシーンと障壁越しに衝撃が響き、
振り返り駆け出したネギは、撃てるだけの光の矢を空中から無詠唱で叩き出した。
光の矢が空中で次々と爆発する。

後何歩、と言う所まで神裂火織に接近したネギは、杖を下に振り下ろし、
豪傑の鉄鞭、剛槍にも匹敵するワイヤーの一本を地面に叩き付ける。
鞘入りの令刀を槍の様に持った神裂がネギが突き出した杖を鞘で叩き、
そのままねじり上げようとする。双方が弾けて退く。

何度となく鞘に納まったままの刀が突き出される。
ネギがそれを交わす先から先に、神裂の見事な脚線美が柔軟に閃く。
攻め込んでいる神裂だったが、
何度となく身近な空気を裂く杖によるカウンターは肝を冷やすに十分なもの。

((一撃でも貰ったら終わり!))

神裂がまともに打ち込んだ面打ちを、片膝をついたネギが両手持ちにした杖で受ける。
ネギがギリギリ押され、得物がぐるりとねじられる。気が付いた時には神裂は踏み込まれていた。
繰り出される杖の打撃を神裂は猛然と受け太刀し、
大振りの蹴りを放ってそれを交わすネギとようやく距離を取った。

「無茶苦茶ですね」

肩で息をしながら神裂が言った。

「太極拳の槍術、十分に達人と言える技量です。
でありながら、明らかに神鳴流の影響を受けている。
一つの武器で複数の流派を究めるなら、高みに行く程に矛盾は避けられなくなる。
しかし、あなたの技量は小器用に使い分けていると言う次元ではない、
その大元をしっかり呑み込んでいる。そもそも出力が馬鹿げてる」

言いながら、神裂はすーっと令刀を鞘走らせた。

367 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/26 15:13:18.67 JqCHEx3/0 263/920

「有り難うございます」

ネギが一礼し、構えを取る。
言う迄もなく、納刀したままの打ち合いは日本刀としてはイレギュラー、
そのフォルムは当然白刃をもって用いるために完成されている。
大体、鞘に納めたままの攻撃を維持するだけでも面倒この上無い。
即ち、ここからが本番。

「Salvare000!」

白刃と杖が幾度となく打ち合い、双方ターンと退く。
空中で光の矢とワイヤーがバババッと弾ける。
その間にもネギは神裂に踏み込まれて必死に刃を交わし、退く。

刃と杖が打ち合う間にも、双方爆弾級の足技が何度となく交わされる。
飛び退き、何カ所も裂かれ辛うじて戦闘不能を免れている事を自覚しつつ、ネギは集中する。
すぐにでも神裂は間合いを詰めてくる。

「小賢しい、っ?」

ぶわっと風が巻き、一瞬だけ視界を塞がれた神裂が気配に刃を振るう。

「つっ」

跳躍した左脚をかすめた刃の感触に一瞬顔を顰めながらも、
ネギは一瞬の遅れだけでやりかけの事を完成させた。

「!?」

とてつもないスピード、神裂はそれを感じてとにかく勘の命じるままに刃を振るう。
距離が開くと同時にワイヤーを放つ。
それが一瞬の交錯だった事が信じられない密度の濃い攻防。
神裂が命を繋いだのは、厳しい修練と歴戦の勘の賜物。
それでも、一瞬の交錯を生き残ったに過ぎない。

368 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/26 15:18:25.46 JqCHEx3/0 264/920

「雷の魔術、身体を強化?身にまとって?いや、違う…」

つーっと汗を感じながら、神裂はごくりと息を呑む。
神裂も歴戦の猛者だ。しかも、その中で敗戦は数える程も知らない。
事、一対一であれば俗に言う怪獣や兵器レベルの相手でも
今と同じ条件でタイマンを張ってその上での戦績だ。

雷に関する能力も知らない訳ではない。魔術ではなく神裂が直接知らなくても
典型的には御坂美琴の様な能力者も世の中にはいる。
だが、白く輝く今のネギは明らかにそれら神裂の経験からも逸脱している。
何よりも、能力を「使う」と言うレベルの速さではない、と、すると、

「雷、そのもの?」

次の一瞬、神裂がネギの猛攻から生きて脱出したのは、
彼女も又規格外の歴戦の猛者だったから、
だからこそ、その一瞬を紙一重で生き抜く事が出来た。

(攻勢に転じ、死中に生を、ですか)

神裂の選択に、ネギはどこか嬉しさを感じる。
今の状態のネギであっても、ネギの攻撃を凌ぎ交わしてぶつかってきた
神裂の反撃は決して侮る事の出来るレベルではない。だからこそ、ネギも全力でぶつかる。

故に、双方侮れぬダメージを受けながら、ターンと距離を取る。
そこから踏み込んだネギが、猛然と襲いかかるワイヤーを弾きながら飛び退く。
ネギは神裂から距離を取り、そのまま動きを止めた。

369 : ちさめンデュ ◆nkKJ/9pPTs - 2013/07/26 15:21:50.78 JqCHEx3/0 265/920

(居合?)

それ自体、脅威だった。
そもそも、2メートル近い令刀で居合など出来る相談ではないのだが、
その辺の常識についてはネギ自身の経験則からも当てにならない事を知っている。
だとすると、居合の一撃必殺は日本刀の最強攻撃。
相手が神裂の様な達人であれば十分すぎる程の脅威。

それ以上に、ネギは嫌な汗を覚える。ネギの経験と勘がアラームを鳴らしている。
ネギ自身がそうしたタイプの術者だから分かる、神裂を中心に恐ろしく精緻な何かが均衡している。

何よりもネギは知っている。その体で知っている。
例え全く同じでなくても、もしネギが考える、知っているものに重なる類型のものであるならば、
それは最強である筈の今のネギだからこそ危ない。この神裂ならやりかねない。

何より、この変な格好ののっぽの綺麗なお姉さんは滅茶苦茶に強い、
強さが馬鹿げているなんて言葉はそっくりそのまま熨斗を付けてお返ししたい。
その馬鹿げた強さでカタナの居合抜きでネギの悪い予感を的中されたら命が無い。
ネギは低く構え、杖を神裂に向ける。

「ラス・テル マ・スキル マギステル…」

勝負は次の一瞬、その次はない。


続き
長谷川千雨「鳴護アリサ、って知ってるか?」#3
http://ayamevip.com/archives/46428040.html

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