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498 : 以下、名... - 2014/07/04 12:43:59.82 2pmkrl8Q0 342/1732

――六人病棟

シャットアウラ「『ただの魔術師』で『鬼子』、ねぇ?随分と評価が分かれる所だが」

シャットアウラ「魔術師界が混乱しているのか、それとも私の日本語理解がおかしいのか、どっだろうな?」

鳴護「お姉ちゃん!」

建宮「……ま、皮肉の一つや二つ言われても仕方が無いのよ。情報が錯綜しているのよな」

レッサー「ってぇと?」

建宮「我ら天草式十字凄教はここ半年程日本を離れているのよ。従ってその間に起きた事には自然と疎い」

建宮「……まぁ我らのポジ的に『外様』なのよな、これが」

レッサー「知り合いが自分探しに出たと思ったら、外国で伴侶こさえて定住した、ぐらいの話ですもんね」

ベイロープ「いや、魔術師らしいっちゃらしいわ。共感はしないけど」

建宮「我らも宗像系とは懇意にしていた繋がりで、安曇氏族とも一部付き合いはあったのよな」

ベイロープ「あぁだから詳しいのな」

建宮「勿論、とある消息筋からも情報を得ては居るのよ!――で、なのよ」

建宮「我らがまだ日本に居た頃、一つの噂話があったのよ」

建宮「『――墓を掘っている魔術師が居る』と」

ランシス「……うわぁ」

レッサー「何となくいやーな感じのオチに着地するって見えましたよ、えぇ」

建宮「……まぁ怪談には良くある話、『墓を暴いて屍体を喰う』って奴なのよな」

鳴護「……」

建宮「元々『死』すらも、ある意味魔術なのよな。中途半端なまま甦らないよう、遺族はキチンと埋葬するのよ」

建宮「死後の裁判で有利になるよう手厚く供養し、丁重な墓を建てる。それは世界でも共通しているのよ」

建宮「だ、もんで魔術師――それも、墓を暴かれるというのは屈辱なのよ、一族にとっては」

建宮「だから――発覚するまでに時間が掛かった」

建宮「家名に傷がつくのを怖れた連中が『無かった事』にしようとしていたのよな」

レッサー「……なーるほど、日本も良い感じで腐ってますね。それもやっぱり?」

499 : 以下、名... - 2014/07/04 12:46:41.73 2pmkrl8Q0 343/1732

建宮「『数代前は高名な魔術師、けれど今は一般人』が狙われたせいもあるのよな」

シャットアウラ「奴の目的は?それにどうして奴の犯行だと分かった?」

建宮「目的は今も不明。安曇の犯行だと分かったのは、重い腰を上げた対策チームが交戦した際、奴が名乗りを上げたからなのよな」

建宮「……ま、そのチームがどうなったのかは、奴が欧州くんだりまで出張している事から推測して欲しいのよな」

建宮「――で、ここで一つ問題が持ち上がるのよ」

建宮「『安曇氏族には安曇阿阪という魔術師は居ない』のよ」

鳴護「……はい?」

シャットアウラ「騙り、なのか?」

建宮「それは違う。安曇阿阪は安曇氏族の魔術を使うのよな」

ランシス「嘘、吐いてる?Klein Deeps?(安曇氏族)」

建宮「それも違う。嘘を吐く意味が無い」

レッサー「家名に傷がつくんでー、とかありそうじゃないですか?」

建宮「……それが、なのよ。おかしな所は」

建宮「『騙りで無ければ安曇氏族でケリをつけるべき!』みたいな、外野から話が持ち上がったのよ。実際、彼らは違うと言っているし」

建宮「ならば汚名を返上するのは自らの手で、と考えるのが普通なのよな。過剰とも言える装備と人員で殲滅に当たった」

建宮「――が、何と安曇阿阪は僅かな手勢であっさり返り討ちにしたのよ」

建宮「安曇は安曇氏族ですら知らない、失われた魔術を使いこなして」

ベイロープ「失われた……?それはどういう?」

建宮「元々、現在の安曇氏族が使うのは身体強化系の術式を得意とし、また航海に纏わる霊装を数多く持っているのよな」

建宮「どちらも大海原では必須。伝説では安曇氏族は『魚のように水中を動く』との記述もあるのよ」

レッサー「ちょっと面白そうですね、それ」

建宮「んが、安曇阿阪が使うのは『獣化魔術』。人体改造――いや、変質のプロなのよ」

建宮「人類以外の動物から形質を取り込み、自在に使う事が出来る。しかも他人へ影響を及ぼせると」

ベイロープ「……なぁ一ついいかしら?」

建宮「どうぞエロいおねーちゃん」

ベイロープ「レッサー、噛んでいいわよ」

レッサー「がうっ!ぐるるるるるるっ!」

ランシス「ボケへ即座に反応する……」

建宮「……どうにも癒やし系が足りないよな。ゴスメイドとか」

シャットアウラ「癒やしと卑しいは別だ」

ベイロープ「そっちの都合はどうだっていいのだわ――で。聞きたいんだけど」

ベイロープ「ジャパンの魔術師界って、そんなに腑抜けなの?たかだか魔術師一人葬れない程度?」

建宮「そう言うのは尤もなのよ。が、それも違うのよな」

建宮「おねーちゃんは多分『獣化魔術”ごとき”』にやられたのが納得が行かないのよ?」

ベイロープ「当たり前でしょうが。どんだけ昔の流行りだって話よ」

鳴護「流行り、なんですか?」

500 : 以下、名... - 2014/07/04 12:48:05.61 2pmkrl8Q0 344/1732

レッサー「ですね、昔流行ったんですよ。えっと、ご存じじゃ無いですかね、EUの『狼男伝説』」

鳴護「ふ、フンガー?」

ランシス「それ、フランケンシュタイン博士の怪物……」

シャットアウラ「可愛いは、正義!」

レッサー「もういい加減にしてくれませんかね?天然で可愛いなんて私とどんだけカブってるかって!」

ランシス「ひとっつもカブってないよ……?」

鳴護「え、はい、ごめんなさい?」

建宮「謝る必要は無いのよ。で、話を戻すと、割かし獣化魔術自体はある話なのよ」

建宮「西洋では……北欧神話の『ベルセルク』が有名なのよな」

シャットアウラ「バーサーカーの原義になった奴だな」

ベイロープ「あー……」

レッサー「一説には古スコットランド人だったって評判ですよねっ!」

ベイロープ「ぶん殴るわよ?」

建宮「中世へ入って錬金術が広まり、『狼男』として無駄に広がったのよ――んが、これ、現代の魔術師としては有り得ないのよな」

鳴護「えと、フィクションでしか知りませんけど、凄く力が強くなったり、素早く動けたりするんじゃないですか?」

鳴護「有名なのは銀の武器でしか傷つかない、っても言われてたような?

レッサー「しますねぇ、はい。大体合ってますよ」

鳴護「だったら強いんじゃ?」

レッサー「でもそれ『他の魔術でも再現可能』なんですよね、これが」

レッサー「確かに狼の牙や爪は鋭いですよねぇ?力も強いし、敏捷性にも長けています――が」

レッサー「わざわざ牙を生やさなくっても、フツーの短剣があれば人を刺せますし、身体能力にしても霊装で調整出来ます」

レッサー「私達がしているように、ですな」

ベイロープ「あー……ベルセルク――つーか、『獣化魔術』も流行ったの。流行ったんだけど、使いづらいのよ。伝承知ってる?」

ベイロープ「『まるで獣のように敵味方の区別無く殺しまくり、最後には戦場の真っ只中で息絶える』んだけど」

ベイロープ「これのどこが”効率的”だって?」

鳴護「あ、そっか」

レッサー「錬金術ブームの時に、割と簡単だからってリバイバルが来ましたけどねー」

レッサー「でも大抵退治されました――”銃を持った一般人”に。その程度なんですよ、所詮はね」

シャットアウラ「……総合すると、だ」

シャットアウラ「獣化術式は割と良くある。しかも神代から使われている?」

建宮「なのよ」

シャットアウラ「欠点は『メンタルも獣同然になってしまうため、折角得た身体能力を生かし切れない』か?」

レッサー「でっすねー。だって獣は剣や銃を使えませんから」

レッサー「多少獣化の度合いを低く抑えれば、ある程度の知能を持ったままでは居られるでしょう」

レッサー「が、今度は『獣化が低いと身体能力のブーストも比例して低い』という悪循環となります」

ランシス「ちなみに弱点の一つである銀の弾丸……それは、『魔術に影響されにくい鉱物』」

ベイロープ「または『十字教によって”聖別”――威力を高められた武器』だってのが真相よね。大体は、だけど」

レッサー「例外としちゃ、ライカンスロープと呼ばれる『人でもなく、獣でもない』種族が居るらしいですが、そこら辺は吸血鬼と同じくUMA扱いですねぇ」

501 : 以下、名... - 2014/07/04 12:49:34.41 2pmkrl8Q0 345/1732

建宮「極端な話、ライオンは強いのよ。人がタイマンしてもまず負ける。女教皇でもない限りは」

建宮「しかし『ある程度の罠を仕掛ける、もしくは銃があれば退けられる』程度なのよな」

シャットアウラ「何ともまぁ、な話だ。道理ではあるが」

レッサー「んー、近代的な魔術戦に於いてはマイナーである、ぐらいの認識でいいと思いますよ」

レッサー「使う所によっちゃまだ現役ですし、何よりも魔術体系が獣化主体である場合、外せられないですからね」

ベイロープ「それが有利不利じゃなくって、自分達の信仰に結びつくんだったらってコトよね」

建宮「インディアンのシャーマン達よな。コンドルやコヨーテを主とした獣化魔術を使うように、なのよ」

鳴護「あの、ネイティブじゃ?」

建宮「んー、そこら編も最近難しくなってきたのよな。最近は部族としてのアイデンティティが薄れてきて、そう自称する人間も増えて来たのよ」

シャットアウラ「かと思えば『レッドスキンズが差別だから取り消せ』という訴訟もやっているらしい」

シャットアウラ「”Early American(先住アメリカ人)”との言い方も聞く」

レッサー「『インドに住む人』でインディアンなのに、どんな悪いジョークなんでしょうね」

ベイロープ「つーワケで。そんな時代後れのシロモンにヤラれる程弱いのかよっ、てぇ話になるのだわ」

建宮「結論から言えばNOなのよ。前にも言ったように『安曇氏族』自体は日本の魔術界でも屈指なのよな」

レッサー「じゃあどうしてまた?」

建宮「『安曇阿阪の獣化魔術は正気を保ったまま行使出来る』のよ」

ベイロープ「……は?それ、術式を抑えてるんでしょ?だったら大した力も出せないで終りでしょうが」

建宮「……まぁ、俺が直接その場に居合わせた訳じゃないから、どこまで行っても伝聞にしか過ぎないよな」

建宮「んが、その後も戦い挑んで『喰い残された』連中からも、似たような証言が出ているのよ」

建宮「二足歩行する爬虫類、しかも術式や霊装を使いこなすバケモノ、だそうなのよ」

レッサー「爬虫類、ですか?そいつぁまた、むむむむ……」

鳴護「おかしい、んですか?」

ベイロープ「獣化と言っても大抵哺乳類なのよ。人間も哺乳類だし、親和性が高いって言うのかしら?」

ランシス「ある種の『先祖がえり』を果たして力を得る、って思想だし……」

建宮「日本には『蟲憑き』も居るが……まぁ、それは別の話なのよ」

レッサー「具体的には天草式十字凄教長編SS、『神裂「あ、あの、もっと強く抱きしめて下さい……!』で絶賛公開未定!」

レッサー「尚、映画館では先着2名様に『かんざきさんじゅうはっさい等身大ねんどろいど』をプレゼント!」

レッサー「またパンフレットには特別書き下ろし、『天災×ダルクの18禁同人誌(※夏コミ売れ残り予定)』がついてくるぞ!」

レッサー「さぁ、今すぐ劇場へ急げ!Now、On、Sale!」

建宮「上映館を詳しく」

ベイロープ「大事な話をしてんのだわ、だ・い・じ・なっ!下手しなくても近日中にドツキ合う相手でしょうが!」

レッサー「ぎゃーーーーーすっ!?私の首は180度は曲がりませんよっ!いや、ですから試そうとしないで!?」

鳴護「先着2名て」

シャットアウラ「等身大のフィギュアは、もうフィギュアと呼べないだろ。別の何かだ、いかがわしいヤツ」

建宮「てな訳で『爬虫類の獣化』というのは珍しい――訳でもないのよ、実は」

レッサー「どっちなんですか」

ランシス「あ、復活した」

建宮「『安曇氏族』の氏神、『安曇射空(あずみのいそら)』とは海神なのよ。海神を表わす、『綿津見(わたつみ)』が転じて出来た名を持つ」

502 : 以下、名... - 2014/07/04 12:52:10.46 2pmkrl8Q0 346/1732

建宮「普段は深海に住み、その醜い容姿を恥じて人前には現れないのよな」

建宮「また海中でも自在に動く事が出来たのよ――そう、まるで魚のように」

ベイロープ「『深きものども(Deep Ones)』?」

シャットアウラ「クトゥルー神話の半魚人か……しかしそれは『魚類』だ」

建宮「日本の蛇、スネークを表わす文字には”虫”偏が使われているのよな」

建宮「それはつまり『古代に於いて、蛇も虫とみなされていた証拠』なのよ」

レッサー「爬虫類も魚類も関係ねぇぜ、って意味でしょうかね?」

建宮「そっちのおねーちゃんが言ったように、ミクロネシア系の住民には『全身へ入れ墨を彫る』という風習があるのよな」

建宮「その効果は『海で鮫から襲われないように』と言う意味合いがあるのよ」

建宮「――それが実は『獣化魔術』だったら?」

ベイロープ「本当は入れ墨じゃなく、安曇氏族は某かの獣の力を借りて居た、のね?」

建宮「ま、推測に過ぎないのよな。五和の調査待ちなのよ」

レッサー「そうですかー……おや?でもそれだと辻褄が合わなくありません?私だけでしょうか?」

ベイロープ「私も同じよ、多分だけど」

レッサー「ですよね、おかしいですもんね?」

レッサー「なんだってまた『安曇阿阪が獣化魔術を使えるんだったら、本家筋の安曇氏族が知らない』んです?矛盾してませんかね?」

建宮「答えは簡単、『切り離した』のよ。散々言ったが、安曇氏は日本人として住む決意をし、覚悟を決めた」

建宮「意図的に封じ、忘れ、無かった事にしようとした術式を、野郎はどっからか引っ張り出してきたのよな」

レッサー「何を?」

建宮「嘗て崇めていた――『ミシャグジ』と言う祟り神を」

503 : 以下、名... - 2014/07/04 12:54:06.31 2pmkrl8Q0 347/1732

――深夜のロビー

上条「……」

上条(状況を、整理、しよう)

上条(夜明けまであと数時間、一番暗い時間帯だ)

上条(ちょっとした気まぐれでコーヒーを買いに来た俺は、同行者に恵まれ――恵まれたか?微妙な所だけど)

上条(軽口を叩きながら割かし和やかな雰囲気になった――所で、安曇は俺の右手首から先を、喰い千切った。というか、喰われた)

上条(さっきまでぶっ倒れそうな痛みと立ちくらみがしたんだが、フロリスのかけてくれた魔術で、どうにか)

上条(……まぁ『傷口へ指突っ込まれる痛み』が『傷口をヤスリで擦る』ぐらいなんだけどな……)

上条(んで直ぐ後に安曇の呼んだ人間――蛇人間?鱗人間?に囲まれている、と)

上条(絶体絶命ですよねっ!えぇもうっ!)

上条(……)

フロリス「……どったの?さっきから顔芸が面白いよ?」

上条「……いや、うん。『別に今更だよねー?』みたいな、諦観がね。割と日常って言うか」

上条「去年下半期から、俺何度死にかけてるのだろ?って感じだよ!好きにすりゃいいじゃねぇかなっ!?」

フロリス「なんで逆ギレ」

安曇「いいのか?では――『いろいろ注文が多くてうるさかつたでせう。お気の毒でした』」

フロリス「Oh, Kenji=Miyazawa」

上条「喰われるのはノーサンキューだ!……つか、テメェは!」

安曇「あぁ”これ”か?こんな中途半端で安曇は申し訳ない。それは腹も立てるだろう」

上条「なんの、話だ……?」

安曇「ここに居るのはただの『生成り(なまなり)』だ。なり損ない、失敗作、そんなようなモノだ」

安曇「ニンゲンの相手をさせるにはあまりにも心苦しい。安曇はそう思う」

上条「お前らのの目的はアリサ――だけ、じゃなかったのか?」

安曇「さるん、との約束も果たすべきではある。つもりもある。安曇には嘘の概念がないし、約定を違えるのも嫌いだ」

上条「さるん?」

フロリス「『Society Low Noise』、濁音協会の略でS.L.N.つっってるだけだよ。あちらさんのエンブレムにも描いてあるし」

安曇「『胎魔教典(おらとりお・かのん)』だな。安曇は読んでいないが」

上条「いい加減しろクソ幹部ども!アルフレドといい、お前ら適当過ぎるんだよ!」

安曇「耳が痛い。流石に二度ともなると余裕があるのだな」

上条「……何?二度目?」

504 : 以下、名... - 2014/07/04 12:56:13.10 2pmkrl8Q0 348/1732

安曇「生成りは学園都市でも安曇は披露した筈だ。憶えていないのか?」

安曇「鳴護アリサを誘拐しそこなかった、『アレ』だ」

安曇「『連れてこい』という命令をどう勘違いすれば、『下顎を引き抜いてこい』と解釈出来るのか、どうにも困っ――」

上条「――代わりに人が死んでんだぞ!?」

安曇「うん?」

上条「アレもお前の仕業だったのか!?あんな、あんなっ下らないやり方で!」

上条「大勢の人を巻き込むのがっ!お前らの正義かよ!?」

安曇「……誤解をしているようだな、ニンゲン」

上条「あぁ!?」

安曇「よく『正義というのは何か?』と言う話を耳にする。それを説くモノも居る」

安曇「中には『一人一人違う』と禅問答のような答えが返って来る時もあるな、うん」

安曇「だが安曇の進んできた道に、”そんなモノ”はなかったぞ?」

安曇「幾人かの魔術師が立ちふさがってはこう言った――『お前の行いは人の道に外れている』」

安曇「『だから我らが正してやろう』と」

上条「……何やってたのか知らないし、知りたくもねぇが。言いたくなる気持ちは分かる」

安曇「だが安曇はここに居る。彼らを弑して対価を踏み倒してだ」

安曇「これは安曇が『正義』だと言う証拠ではないのか?安曇が正しいからこそ、誰も止められないのではないのだろうか?」

上条「力を持ってるヤツだったら、何しても構わないのか!?だったら力の弱い奴らは死ねって言うのかよ!」

安曇「そうだ」

上条「んなっ!?」

安曇「弱いモノは弱さ自体が罪だ。脆弱な生き物に生まれ落ちたのを呪いながら、震えて死ねばいい」

安曇「それが『自然』だろう?安曇は間違っているのか?」

上条「人の発想じゃねぇよ!そんなクソッタレな考えは!」

安曇「人類の歴史、とやらを安曇は知ってるが――『過去、一度足りとて平和な時代』とやらがあったのか?」

安曇「誰しもが戦争を嫌い、争いが無かった時代が一度でもあると?ニンゲンが望んだ世界が、弱肉強食で無い世界がいつ?」

上条「……っ!」

安曇「あぁ責めているのではない。それがニンゲンの本質であるし」

505 : 以下、名... - 2014/07/04 12:58:17.86 2pmkrl8Q0 349/1732

安曇「昼間、確かニンゲンはアルフレドへ『狂っている』と言ったな?他人を食い物にするのが許せないと」

安曇「だがしかし『本当に狂っているのはニンゲン達の方』ではないのか?本能に蓋をし、あれこれ理屈をつけては衝動を抑え込む」

安曇「その割には本質である闘争を止められやしない。誰かに、何かに依存しなくては生きてはいけない脆弱な生き物」

安曇「違うだろう?そうではないだろう?」

安曇「獣は悩まない。喰らうのも、奪うのも、殺すのも。”それ”はそういう生き物だからだ」

安曇「正義がなんだ、そんな幻想を振り翳す事の方が――『獣として狂っている』。安曇はそう考え――」

フロリス「――あのさぁ、口挟むのも、っていうかキモいから会話すらしたくなかったんだけどさー」

安曇「外つ国の魔術師。お前達こそ、それを知っていると思うがな?」

フロリス「まーねぇ、同じ十字教徒同士で殺して殺して殺し合って。異教徒同士で殺して殺して殺し合ったんだから、アンタの言ってる事は分からないでもない」

フロリス「神代から現在までずっと続けてきた事だしねぇ。霊装が兵器に取って代わったってだけかもしんない」

フロリス「でも、だから、何?」

安曇「ふむ?」

フロリス「武器を持って戦おうってのは、裏を返せば誰かを守りたいって事じゃんか?それが悪いの?バカなの?死ねば?」

フロリス「さっきから本能本能つってるけどさ、そりゃ誰だって持ってるよ。人間はね」

フロリス「お腹減ったらハンバーガー食べたくなるじゃん?ムカついたら蹴っ飛ばしたくもなるし」

フロリス「でも、だから何?人間の本質?本能?」

フロリス「アンタの言う通り、人間の本質って奴が動物や獣に近いんだったら、どっくに文明社会終わってるよね?滅びてるよね?」

フロリス「でも今は少なくとも5000年前にはシェメール辺りで神様崇めてたらしいけど、どうなの?間違ってんの?」

506 : 以下、名... - 2014/07/04 12:59:21.12 2pmkrl8Q0 350/1732

フロリス「戦争はイヤだし、どっこのバカが始めたいざこざなんて関係ないけどさ、まぁ興味も無いし?」

フロリス「死ぬのなんか正直ゴメンだし、ぶっちゃけ何かあったら逃げ出すと思うよ、ワタシはね」

フロリス「――でも、それは、それこそが動物だよね?」

フロリス「『勝てない・勝てっこない』って相手に尻尾巻いて逃げ出す――場合によっては子供や仲間が喰われる事によって、種を残そうとする」

フロリス「否定するつもりはないよ、それが『自然』だって話だかんね。けど、さ」

フロリス「仲間や友達、親兄弟や家族、お世話になった人らか」

フロリス「そんな人らがバカの犠牲になるんだっつーんなら、ワタシは戦う」

フロリス「――それが『人間』でしょ」

フロリス「安曇阿阪、アンタはただのフリークス(狂人)だ」

フロリス「人として生きられない――『人としての最低限のルールすら守れない』から、安易に逃げ出した」

フロリス「ニンゲンになりたくてなりたくてしょうがないのに、なれない。アレだよね?『手の届かない葡萄は酸っぱくて不味い』って奴」

フロリス「『手に入らないから』ってだけで、下らない、ダメだ、って決めつけて排除しようとする。それだけ」

安曇「……」

フロリス「てかさ、もしもアンタがニンゲン見下すのも結構だし、お腹が空いたからパクパクしようって言うのも勝手だけどさ」

フロリス「じゃあなんでそのお偉いビースト様が、ニンゲンの言葉喋ってんの?バカなの?」

フロリス「見下してる相手の言葉使って、服着て、魔術使って」

フロリス「『アンタが本当に獣であれば、そんな事に絶対にしない』よね?違う?」

フロリス「つーかさっきから黙ってんじゃねーぞ。反論あったら言ってみろよ妄想野郎」

上条「えっと……」

上条(なんつーか、俺、ずっとフロリスに嫌味ばっか言われて来た、とか思ってたんだけど――)

上条(――今の台詞聞くに、『じゃれてる程度』だったのな?ふざけてるだけって言うか)

上条(……つーか文字通りの人食い相手に理路整然と啖呵切るって……)

上条(怒らせないようにしよう、うん)

507 : 以下、名... - 2014/07/04 13:00:45.78 2pmkrl8Q0 351/1732

安曇「……獣は黙して語らず、そして仲間が死ぬのも構わず、か」

安曇「確かに安曇は考え違いをしていたな。魔術師、言う通りだと安曇は思う」

フロリス「あっそ。良かったね、理解出来て、すっごいねー」

フロリス「で、ついでにお願いなんだけど、そのまま死んでくれないかな?不愉快だから、全てが」

安曇「いや、そうも行くまい。”それ”は獣はしない事なのだから、今更安曇がすべき選択肢では無い」

フロリス「レミングって集団自殺するんじゃなかったっけ?」

安曇「都市伝説だな、うん――っと」

上条「ちょっと待て!お前窓枠に手をかけて何するつもりだ!?」

上条(ここはロビーっつっても入院患者用のカウンターだから、実質十階ぐらいに当たる。落ちたら即死)

上条(……ま、レッサーの『コンクリでどーん』喰らって、『痛いのは好きじゃない』で済ますような相手が、その保障はないが)

フロリス「いよーし、そのままヒモなしバンジー行ってみようか!さぁ張り切って飛びやがれっ!逝けっ!Go to Heeeeeeeeeeeeeell!!!」

上条「……フロリスさん、そーゆー言動見ると『あ、やっぱレッサーの友達なのね』って確信しますよね?フリーダム&イリーガル過ぎるもの」

安曇「飛び降りる、というか『逃げる』が正解だな」

フロリス「えぇー?数でゴリ押し大勝利!ってフラグじゃないのー?」

安曇「前にも言ったが『生成り』では荷が重すぎるし、魔術師の言う通り『配慮』すべきではなかった」

安曇「そもそも、さるん、などに拘るべきではなかった。安曇の蒙を啓いてくれて礼を言おう」

フロリス「どーいしたしまして?あれ?なんか、ヤバくない?大丈夫?」

上条「……聞きたいんだが、何するつもりだよお前っ!?」

安曇「一度巣へ戻って真蛇(しんじゃ)――『野獣庭園』の構成員を解き放つ」

安曇「後は本能の赴くまま狩ろう、それでいいのだろう?」

フロリス「あっちゃー、もしかして地雷踏んじゃったかも?」

上条「”かも”じゃねぇ!確実に踏み拭いて下の地盤まで崩落させとるわっ!」

安曇「では元『幻想殺し』と外つ国の魔術師――」

安曇「――生きていればまたどこかで会い見舞えん」 ダッ

上条(そう言って安曇は躊躇わず窓の外へ身を躍らせる!)

上条「クソッタレ!」

生成り『ゲゴオオオオオォォォォォッ!』

フロリス「じゃんっーーーーーーーーまっ!」 ガッ

上条(俺達が窓へ駆け寄った時には、もう遠くのビルの外壁を走っている安積の姿があった!)

508 : 以下、名... - 2014/07/04 13:03:42.17 2pmkrl8Q0 352/1732

上条(……走ってる?いや、這い回るにしては異常なスピードだ)

上条(バルクール――ビルの壁面から壁面に飛び移るような、トカゲのような動きを見せ――) グッ

フロリス「――いよーーーーぅしっ!抵抗すんなよジャパニーズ!つーか動くだけ無駄だぜ!」

上条「……あのぅ、フロリスさん?なんで俺後ろから抱きかかえられてんですかね?」

フロリス「んー、まぁ考えたんだけどさ。ここで蛇人間の掃討戦するよっか、安曇を潰した方が良いと思うんだよねー?」

上条「こっちは――あぁレッサー達も居るし、アリサの護衛にはシャットアウラや建宮と揃ってるか」

上条「あぁ見えて建宮は教皇代理――天草式のナンバー2だし、頼りになる」

フロリス「だね。それじゃ行こっかー」

上条「あぁ!………………あぁ?」

フロリス「ゴーっバンジーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」 ヒュッン

上条「イヤャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!?」

509 : 以下、名... - 2014/07/04 13:04:54.13 2pmkrl8Q0 353/1732

上条(うん、まぁ走馬燈ってあるじゃん?死ぬ前に見るヤツ)

上条(だからま、流暢に考えられるのも、多分それなんじゃないかなって俺は思ってる)

上条(後ろからフロリスに抱きかかえられた俺が、今居るのは空中だ)

上条(足場もなく、こう、飛び出しやがったんですよねー、えぇ)

上条「……」

上条「――って死ぬから!?つーか死ぬからっ!?」

上条「何やってんの!?って言うか何やってんですかふっろっりっすっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!?」

フロリス「あ、霊装発動させんの忘れた」

上条「オイコラテメェェェェェェェェェェェェェェェェェっ!?」

フロリス「ウッサイなぁ、舌噛むよ?」

上条「落ちてるの!死んじゃうんだから!早く、早くっ魔術使えよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

フロリス「へいへい――それじゃ行きますかっと」

フロリス「――あ、その前に霊装の説明しよっか?ねぇねぇ?」

上条「何でもするからっ!利子つけて言う事きくからっ!俺の命が危険でピンチになる前に早くプリーズっ!」

フロリス「やーれやれ、仕方がないなぁ――コホン」

510 : 以下、名... - 2014/07/04 13:06:05.69 2pmkrl8Q0 354/1732

フロリス「『朝焼けに微睡むグリンカムビよ、知れ!』」
(Know Gullinkambi to doze the morning glow!)

フロリス「『我らがアールガルズへ攻め込む巨人の咆哮を、中庭に横たわる毒蛇の舌なめずりを!』」
(Roar of the giant from whom we invade Asgard, Lick your lips by the venomous snake that lies in the courtyard! )

フロリス「『主が吹き鳴らす角笛は粛々と闘争の時代を告げん!』」
(The horn that the main plays solemnly tells the age of the struggle!)

フロリス「『さぁ羽ばたけ金の鶏冠!偉大なるオーディンの勇者へ戦さ場での礼節を思い出させよ!』」
(Now cockscomb of gold must flap!, Remind me of propriety in the battlefield the brave man of a great Odin!)

フロリス「『戦いは始まった!終焉を告げる戦士達よ、鬨の声を上げろ!』」
(The fight started! Raise soldiers who report the end and war cries!)

フロリス「『――神々の黄昏が来た!』」
(――Ragnarok, Now!)

ヴヴゥンッ!!!

上条「――っ!?」

上条(急降下――というか墜落している俺の耳へ、フロリスの澄んだ声はヤケにはっきりと聞こえた)

上条(英語はあまり得意じゃないのに、自動的に意味の通る言葉へ変換されている聞こえる『力ある言葉』)

上条(体へ掛かる重量が急に増し、襟首を掴んで容赦なく引っ張り上げられる感覚!)

上条「……っ、と?……あれ?」

上条「俺生きてる、よね?セーブ地点へ戻ってないよなぁ……?」

フロリス「どーだろーねー、もしかして『金の鶏冠(グリンカムビ)』の起動に失敗したのかも?」

上条「つーか背中の辺りにホワホワっとした男にとってヘブンなものが密着してるんですが!」

フロリス「だったら天国に来てんじゃなーい?」

上条「いやでも、俺の妄想だったらもう少し大きめが」

フロリス「……つーか、落とすぞコノヤロウ!ワタシはレッサーと違って甘やかしたりしないタイプだ!」

上条(――と、落ちるスピードが大分減ったものの、地面に近づいて居るのも事実な訳で)

フロリス「地面、蹴って!」

上条「俺が?」

511 : 以下、名... - 2014/07/04 13:07:49.37 2pmkrl8Q0 355/1732

フロリス「この霊装は『飛んでる』訳じゃない!『滑空』しているだけだから!表向き!」

上条「良く分からんけど――よっと!」 ダシッ

上条(俺がコンクリを軽く蹴っただけで数十メートルは伸び上がる)

上条「……こないだとは大分違うな?」

フロリス「『幻想殺し』がないからだよ!前は霊装の『力場』へ干渉してたせいで、殆ど飛べなかったの!」

上条「あぁ今はないから――つーか、聞いていい?」

フロリス「どぞ?」

上条「割と大ケガした俺を連れてきたのって、一体どんな嫌がらせ?確信犯なの?」

フロリス「いやぁ、なんかノリで?つい」

上条「おウチ帰して!?」

フロリス「――ってのは冗談だけど、半分ぐらい」

上条「あれおかしいぞ?後ろから女の子に抱きしめられているのに、恐怖しか感じないなぁ?」

フロリス「ED?わーかいのに大変だねぇ」

上条「断じて、違う!」

フロリス「レッサーからチラッと聞いたんだけどさ、『右手』って勝手に治るんでしょ?」

上条「あー……再生、すんのかな?あんま自信がないって言うか、死にかけてたから憶えてない」

上条(オッレルスとオティヌスの初顔合わせん時、だっけ?何かもう大分昔の事のような気がするなぁ)

フロリス「けど、今は治ってない――どころか、普段効かない治癒術式も効いちゃってるよねぇ?」

上条(……あぁそうか。さっきのフロリスの詠唱の意味が何となく分かったのも、『右手』がないせいか)

フロリス「それっては要は『右手がまだ残ってる』って意味なんじゃないの?」

上条「えっと、つまり?」

フロリス「『幻想殺し』が二つも三つもあったらバランス崩れるっしょ?だから、一本目が失われない限り、再生はしないと。おけ?」

上条「他人の腕を本言うな」

フロリス「だから今、ジャパニーズの腕が治らないのは『一本目』が残ってる証拠じゃないの?」

上条「残ってる、って……どこに?」

フロリス「にーぶーいーなーーーっ!あれ!あっこのヤツだよ!」

上条(と言って指差す――のは、無理だったが、視線を追うと)

上条(ビルの間を器用に、そして子供が見たら絶対トラウマを残す気持ち悪い動きで跳び回る)

上条(――『安曇阿阪』か)

上条「アイツの体内にあるって事?」

512 : 以下、名... - 2014/07/04 13:08:57.65 2pmkrl8Q0 356/1732

フロリス「ちゅーか、今まで余裕ぶっこいてたのに突然逃げ出すなんて不自然だよねぇ、どう考えても」

フロリス「まるで『いきなり弱くなった』みたいな感じだもん」

上条「ヤツの腹の中で、まだ『幻想殺し』は効果を発揮してる、か?」

フロリス「100%じゃないと思うけどね。じゃなきゃあれだけの身体能力は出ない――ハズ」

上条「……成程な。合ってる、気がする」

フロリス「魔術だけじゃないけど、こういうのは距離が離れると威力も落ちるってセオリーがあってだね」

フロリス「ぶっちゃけアイツが弱ってる内に叩こう、ってハラ。おーけー?」

上条「勝算はあるのか?」

フロリス「ん、さっきからキーキー騒いでる?聞こえない?」

上条「風の音といつ地面に激突するか怖くて……」

フロリス「んじゃちっょと体勢変えてっと」 ムニッ

上条「ちょっと待ったフロリスさん!?それだと、こう、俺の後頭部にアレがアレで当たってますよ!?いい感じにふにゃんって!」

フロリス「当ててんだよ、言わせんな恥ずかしい」

上条「よーしちっと待とうか!というかまず落ち着け俺!」

フロリス「ジャンパーの胸ポケットに、さっき言った通信用霊装入ってんだってば」

フロリス「この体勢で『取っても、いいよ?』っつっても取れないっしょ?」

上条「うん、だからね?そもそもそれ以前にだな、女の子の胸ポケットへ紳士は手を入れないんだよ?」

フロリス「――聞こえない?」

???『――っ!――――――!?』

上条「あ、これって」

???『ちょっと待とうかイヤ待ちますね待ちましょうとも!えぇっ!』

???『てか何やってんですか!?マジで何やってんですか!?交尾ですかっ嫌いじゃないですけどね!』

上条「……うん、俺、誰か分かっちゃったみたい」

513 : 以下、名... - 2014/07/04 13:10:10.28 2pmkrl8Q0 357/1732

フロリス「だーよねぇ。突然通信来た時には驚いたけど、ま、流石って言うか」

上条「追っかけて来てんだよな、俺達の事?」

フロリス「そそ。半分は病院の蛇人間――ナマナリ?を無力化させておいて、他はこっちへ来てるって」

上条「って事は。安曇が行く『真蛇』が居るトコは当然」

フロリス「アジトって事だよねぇ」

上条「よしよし!俺達は斥候って事な?」

フロリス「出来ればワタシ、あんま働きたくないんだよねー」

上条「さっきテンション違っ!?」

フロリス「何か飽きた?レッサー達張り切ってるし、別に任せりゃいーかな?みたいな」

上条「……いや、まぁ仲間に頼るのもアリだとは思うけどさ――っと!」 ダッ

フロリス「ナイスジャンプ!……あー、やっぱりオトコノコは蹴るの強いな」

上条「ん?お前らだって霊装使ってんだろ、てかちょい前俺を羽交い締めにして、窓の外へ心中カマしたのってフロリスさんですよね?」

フロリス「あ、フロリスでいーよ?」

上条「皮肉ってんだから聞けよ!?反省しなさいよっ!自分の行動をねっ!」

フロリス「いよーし!追っかけるよ、ジャパ――上条当麻!」

上条「……りょーかい!」

520 : 以下、名... - 2014/07/08 10:28:21.02 5c5N9fvW0 358/1732

――六人病室

レッサー「ミシャグジ?あんまり日本語っぽくない響きですね」

建宮「漢字で書くと『御石神(ミ・シャグ・ジ)』――石神井(しゃくじい)って地名、聞いた事はないのよな?」

鳴護「東京にそんな名前の公園ありましたよね」

建宮「あそこら辺は井戸を掘った際見つかった石が、奇瑞があったため奉られ、石神井と呼ばれるようになったのよ」

建宮「また一説にはアイヌの名前とも類似性が指摘されているのよな」

シャットアウラ「シャクシャインとかいう英雄が居たような……?」

建宮「現在の長野県諏訪地方――安曇野には神が御座(おわ)すのよな」

建宮「嘗て在ったのか、それともずっと在ったのかは分からんのよ。とにかく、在った」

建宮「『それ』のルーツは分からんのよ。どこから来たのか、どこへ行くのか、現存する民俗学者には明確な答えが出せていないのよな」

建宮「何故なら『それ』は意図的に隠されたからなのよ」

ベイロープ「それが……さっき言っていた『切り離した』へ、繋がるのか?」

建宮「『それ』は蛇神であったとされているのよ。人を喰い、人を襲い、人を殺める類の」

建宮「人々は人身御供を捧げる事により、難を逃れてきた――と、されている」

鳴護「されている、ですか?」

建宮「この世界には神や仏は居ない――と、されているのよな。少なくともホイホイ出てくるような神格は居ないのよ」

レッサー「魔術的な災害を『神災』と呼ぶ事はあっても、現実に悪魔や妖怪が出たってぇ話は聞きませんもんね」

ベイロープ「魔神は?オティヌスのような魔術師であったと?」

建宮「それも不明なのよ。北欧神話の名を冠した魔術師なのか、オティヌスを見たノルド人がオーディンと呼んだのかは」

レッサー「まさに卵が先か鶏が先か、ってぇ話ですよねぇ」

レッサー「ま、そこいら辺はいつか直接ご本人からお伺いしたい所ですが、ねぇ?」

521 : 以下、名... - 2014/07/08 10:30:54.46 5c5N9fvW0 359/1732

建宮「そもそも神話的のアーキタイプ、『原型』には共通項が多いのよな」

建宮「『蛇』もしくは『竜』が居て人々へ人身御供を求める。そこへ『英雄』もしくは『上人』が訪れて退治して解決する話」

シャットアウラ「洋の東西で竜か蛇かの差はあれど、大体は同じだな。それが?」

建宮「この場合の『蛇』、つーか『竜』は『水害の神格化』なのよ。現実に怪物が居たのではなく、そう昔の人間は考えたのよな」

鳴護「えっと、どういう意味ですか?」

建宮「例えば何回も氾濫する河川があったとするよな?それを昔の人は『水神様が激おこぷんぷん丸なのよな!』と判断していたのよ」

シャットアウラ「多分、それは言わないと思うが」

レッサー「あとオッサンが若者言葉使うのって痛々しいだけですよ。割とマジで」

建宮「ンァッ! ハッハッハッハー!ネタをしようと思ったんだが、これ意外と汎用性に欠けるのよな……さておき」

建宮「だから定期的に供物を捧げ、お怒りが収まるようにした――のが、まず一つ」

建宮「次に『水害で亡くなった人間は、神に呼ばれた=捧げたものになった』とも解釈したのよ」

鳴護「それじゃ……順番が逆じゃないですかっ」

建宮「そうなのよ?」

鳴護「いや、そんなあっさり……」

建宮「が、お嬢ちゃん。恐らく『神様も居ないのに』とか思ってるんだろうが、それは違う。違うのよな」

建宮「人の手に余る自然災害、少なからず人死には出たのよ。それは古くから災害が多い日本では仕方がない事なのよな」

建宮「当然のように命を落とす者が居て――ここで質問よ」

建宮「残された者は『彼らが災害で無駄死にした』と考えるのと、『水神に捧げられた』と考えるの」

建宮「さて、どっちが前向きなのよ?」

鳴護「それは……」

建宮「……あまり良い話ではない、と前置きをして話すのよ。所謂『人身御供』にはある種の口減らしの側面もあったのよな」

建宮「寒村で体の弱い子供が生まれる。それは現代と違って栄養状態も悪く、医学も呪術じみたものしかないのでは必然なのよ」

建宮「『江戸時代へ帰ろう!』とか抜かすバカどもを見ると殴りたくなるが、あの時代、徳川家すらバタバタ子供が死んでいったのよ」

建宮「当然、『弱い』子は産まれて直ぐに――と、言うのは珍しくも無かったのよな」

建宮「……そこいら辺は『産怪(サンカイ)』を調べてみれば、分かる話なのよ」

建宮「んが、ここへ『生け贄』という因子が加わると――」

レッサー「『未熟児でも生かしておける理由が出来た』、でしょうか?」

522 : 以下、名... - 2014/07/08 10:32:19.54 5c5N9fvW0 360/1732

建宮「なのよな。場所によっては村集総出で手厚くもてなされたのよ」

建宮「『現代』では勿論犯罪、しかし『古代』ではある種の救いであった。そう俺は考えるのよな」

ベイロープ「それらのファクターが揃って、『諏訪の蛇神』が出来上がった、と?」

建宮「実際に安曇氏族が移り住んできた際、治水技術が格段に発展し、『それ』は一度姿を消すのよ」

建宮「水害によって人死にが出なければ、当然人身御供も――と、する事にした犠牲者も必要ない、と」

建宮「だが『それ』は生き残った。安曇氏族の『御柱祭(おんばしらさい)』って聞いた事が無いのよ?」

レッサー「あっ、あー、ありますあります。大きな木を切り倒してから、社殿へ運ぶんですよね?」

建宮「それなのよ。さっき、お嬢ちゃんが『どうして安曇氏族は山中へ移り住んだのか?』と聞かれて、俺は『川を遡った』と答えたのよな」

建宮「手段じゃ無く目的を答えるとするのなら、安曇氏族は『竜骨』を欲しがっていたのよ」

シャットアウラ「竜骨?大きな船の中心部に添えられる、文字通りの背骨か」

建宮「あれには強度があって粘りの強い木材が最適――しかしそれは山奥にしか無いのよ」

レッサー「自然と海洋民族でも登山しなくちゃいけませんかぁ」

建宮「その行程、『山から巨木を切り出し、下まで移動させる』が神事として定着したのが御柱祭だという説があるのよ」

建宮「彼らが移住した先も、恐らくは船造りの最中にめぼしい所を見つけただけなのよな――と、話が逸れたのよ」

建宮「が、この御柱祭、よく死人が出るのよな。かぁなり無茶な事をやってるから」

建宮「それは諏訪地方で無くとも条件は同じ――が、もしもここで」

建宮「ミシャグジ神の信仰を続ける者が居れば、どうするのよな?」

レッサー「事故が、事故では無い、ですか?」

建宮「勿論、安曇氏族はミシャグジ神を滅ぼした側なのよ。従ってそんな事する意味が無い」

建宮「しかし別系統の『誰か』、もしくは『何か』が居た」

建宮「滅ぼされるのを良しとせず、祟り神が祟り神であり続けるのを望んだ一族。その正当後継者が――『安曇阿阪』」

建宮「――以上が禁書目録の推論なのよな!」

レッサー「ここへ来てまさか人の受け売りだったっ!?」

ランシス「一応隠していた方が……うん」

建宮「我らも情報を出しているのよ。合作なのよな」

ベイロープ「正直だからって誉められるとは限らないんだけど……まとめると」

ベイロープ「諏訪地にはミシャグジ信仰があった。治水がおろそかな時代にはガンガン人が死に、捧げられていた」

ベイロープ「そこへ安曇氏族が治水技術と共に移り住む。ミシャグジ神は信仰の対象から外れる」

ベイロープ「が、これで困った――か、どうかは知らないけど、以前からミシャグジ神を崇めていた一派があった」

ベイロープ「彼らは安曇氏族の宗教儀式をも取り込んで、現代まで生き残ってやがった、よね?」

建宮「に、加えて安曇氏族は自分達の使っていた獣化魔術も封印したのよ。陸の上で使う分には必要ない、と」

建宮「だから彼らの入れ墨文化は廃れ、現在へ至るまで罪人か狂人以外しなくなったのよな。この日本という国では」

レッサー「にゃーるほど。確かにある意味、私らは古い神――『旧支配者』を相手にしてるってぇ訳ですな」

ランシス「ちょっと、テンション上がる、かも」

523 : 以下、名... - 2014/07/08 10:35:40.61 5c5N9fvW0 361/1732

ベイロープ「安曇氏族の獣化魔術よりも更に旧く、得体の知れない相手、ね」

ベイロープ「歴史的な背景はある程度理解出来た。で、ミシャグジ神は結局なんの神だったのよ?」

ベイロープ「蛇っぽい、って事は安曇阿阪の術式から分かるでしょうが、それだけって事は無いわよね」

ベイロープ「そもそもで言えば蛇なのにシャグジ――『石神(しゃぐじ)』の名前持ってるのが異様なのだわ」

ベイロープ「逆に言えば、そこら辺をクリアすればフロリスが天敵になるでしょうけど」

建宮「それが――分からないのよ」

ベイロープ「……うん?」

建宮「いやぁサッパリ!全っ然!全く以て不明なのよな!」

ベイロープ「だったらなんで!どうして!今まで引っ張りやがった……ッ!」

建宮「何度言ってるように、半当事者の安曇氏族ですら実体が掴めていないのよ。我らに文句を言うのは筋違いなのよな!」

建宮「禁書目録も情報が少なくて動くに動けず、かといって柳田老のように現地調査する訳にも行かないのよな」

シャットアウラ「その少ない情報をかき集めに日本へ行くのか?」

建宮「手足となって働くのよ。里帰りも兼ねて」

レッサー「ちょっと厳しいですかねぇ、こりゃ。私達は日本の術式に不慣れですし、あちらさんはそれをクトゥルー風にアレンジしやがってんでしょ?」

レッサー「『蛇』と『石』についてもう少しご助言頂けませんかね?」

建宮「そうよな……『蛇』に関してはそちらさんと大差ないのよ。『英雄』・『竜』・『鉄』の三竦みはよくある話」

建宮「それに加えて『治水』の概念が加わる、ぐらいなのよな」

建宮「『石』にはついては……あぁ、『六国記(りっこくき)』の『続日本紀(しょくにほんぎ)』、確か常陸国の古史に」

建宮「『少彦名(スクナヒコナ)神の権現が浜辺へ現れ、よく人に憑いた』と」

レッサー「物騒な話ですなー」

建宮「いや、該当する地域を俺のメル友がガルパン巡礼ついでに調べた所、ある社の近くに断層が剥き出しになっている所があるのよ」

ベイロープ「目的が邪すぎる――ん?」

建宮「だ、もんで『海の向こうから渡来した神とは、地震によって隆起した古代の地層じゃね?』と言っていたのよな」

レッサー「それで『石神』ですか。ふむ」

建宮「文献には『一夜にして現れた』とかそれっぽい記述もあるし、まぁ確定だと思うのよ」

レッサー「論文で発表したりは?」

建宮「『夏コミが忙しい』」

レッサー「ある意味新しい文化へのイノベーションですけどね」

建宮「他には時代が下って、石灯籠が幽霊になって人を騙した『にっかり青江』とか、他にも磐座(いわくら)も――」

ベイロープ「――あのクソマスター!何やってやがる!?」

レッサー「どうしました――って手首から血が?リストカットする癖なんてありましたっけ?」

ランシス「普通、ぐるっと一周は切らないと思う……」

524 : 以下、名... - 2014/07/08 10:38:39.59 5c5N9fvW0 362/1732

ベイロープ「『銀塊心臓(ブレイブハート)』の副効果よ。ってかこれ、大ケガしてんだろーがどう考えても!」

レッサー「すいません、あのぅ、私その話聞いてないんですが詳しくお伺いしてもいいですかねぇ?」

レッサー「てか隠し事作るのやめましょうよ?私達仲間ですよね、ねっ?」

レッサー「こないだベイロープの部屋に入って、『俺ちょっと女子寮に居るんだが質問あるwww?』でスレ立てたのは謝りますし!」

ベイロープ「……ほーう。何か口聞いた事も無いような野郎から、『派手な下着なんですね』とか聞かれるのは、あ・な・た・のっ!せいだったんかぁぁぁあああんっ!?」

レッサー「ぎゃーすっ!?だから隠し事しないって言ったじゃないですがっ!」

ランシス「やれや――ふ、ふひっ、あれれっ?」

鳴護「どうした、の?」

ゾワッ……!

レッサーベイロープ建宮「!?」

鳴護「あれ、今、なんか……?」

シャットアウラ「どうしたんだ、全員で?」

建宮「来やがったのよ、『濁音協会』が」

レッサー「てかこの魔力、安曇阿阪系じゃないですかね?なんかショーユっぽい臭いがします」

建宮「それは分からんのよ――が、まぁ十中八九件の人物なのよな。海の臭いがプンプンするのよ」

レッサー「ではでは皆さん、逝きましょうか――蛇退治に」

ベイロープ「そうね」

レッサー「『ちょっと待とうかイヤ待ちますね待ちましょうとも!えぇっ!』」

レッサー「『てか何やってんですか!?マジで何やってんですか!?交尾ですかっ嫌いじゃないですけどね!』」

ベイロープ「ネタに走るな。つーかシメる時はきちんとシメなさい」

ランシス「フロリスに連絡入れるのは、大切だけど……いひっ」

525 : 以下、名... - 2014/07/08 10:41:19.11 5c5N9fvW0 363/1732

――深夜のフランス市街地

レッサー『――と、まぁ現時点で分かっているのは”蛇”、そして”石”と言う事ですね』

上条(相変わらず、と言うか俺達は夜の街を疾走している。正確には滑空らしいが)

上条(感じとしちゃアレだな。どっかの怪盗さんになったような気分。ハートを盗んで行った的な)

上条(別の例えなら変身が得意な配管工のオッサン。爽快感は同じかも?)

上条(ちなみにフランスの市街の一部は、『観光のために風景重視』らしくて電線は無い)

上条(法律で規制して景観を守ってるんだそうだ。日本で言えば京都か奈良かのコンビニみたいな)

上条(他には洗濯物も表通りに干しちゃいけないんだとか。そこまで徹底するのもどうかと思うが)

上条(……右手が無くて痛みがズキズキするのを我慢出来れば、楽しいと言えなくもない)

上条「……」

上条(うん、まぁ動画撮られてUPされたらマズいとは思うが!)

レッサー『そこはやっぱり魔術でですね』

上条「聞いてんのかよ、つーか内心聞こえてんのかよ」

上条(『新たなる光』は『必要悪の教会』ですら喉元へ来るまで気づかなかったんだし、隠密行動には一家言あるのかも知れない)

上条(目的が追撃戦じゃなかったら楽しめたのかも――って、あぁダメか。『右手』があると霊装に悪影響与えるんだっけ?)

上条(結構なスピードで滑空&跳躍を繰り返してるのに、殆ど風の流れを感じない)

上条(そこら辺をどうにかするのもセットになってんだろうけど、ちょっと惜しいか)

フロリス「『ふーん?どっちもワタシには関係ないっぽいなぁ』」

レッサー『ならば暫くは様子見でいいと思いますよ。こっちが着くまで余計な事はしちゃダメですからねっ!』

上条「『分かってるって』」

レッサー『くれぐれも上条さんに気をつけて下さい!フラグ立つなんて以ての外ですよっ!』

上条「『分かってないのは確実にお前だな?俺達じゃねぇな?』」

レッサー『何かあったら、ホウ・レン・ソウ!取り敢えずそれを徹底させておけばベターです!』

上条「『報告・連絡・相談?』」

レッサー『法廷・連携・想像妊娠、の略です』

上条「『そのキーワードから”慰謝料ウハウハ”以外の言葉は出ないよね?』」

526 : 以下、名... - 2014/07/08 10:44:16.03 5c5N9fvW0 364/1732


レッサー「『ニンジャ、殺すべし!』」

上条「『マンガなのな?ある意味間違ってない事はない、つーか間違って』」 ガクッ

フロリス「アイツ、進路変えたみたい!気づかれたかも!?」

上条「……っ!」

安曇「――」

上条(安曇はマンションの壁面で停止したまま、こちらを凝視する)

上条(マズい!目が合って――)

フロリス「……」

上条「……」

安曇「――」 フイッ

上条(……うん?)

安曇「……」

上条(おかしいな?俺達が空中でホバリングしている辺りを思いっきり凝視してたんだが、何事も無かったように動き出した……?)

フロリス「どしたんだろーねー、あれ?」

レッサー『――どうしましたか?何か不測――でも起きました?』

上条「『今、一瞬安曇が振り返ったんだが』」

フロリス「『ワタシら見た筈なのにスルーされちゃったみたい』」

レッサー『そうで――多分、単純に視力の影響――ないでしょ――』

上条(音声が途切れ途切れに?アンテナ――は、無いけど距離の問題か?)

フロリス「『どったの?何かトラブった?』」

レッサー『いえい――心配なく。それより爬虫類の習性――いかと』

レッサー『あちらは動体視力は良い――夜目が利かないらしいんですよ』

上条「『蛇って夜行性じゃ無かったっけ?』」

レッサー『のも、居ます。ピット器官――彼らは熱を感知する感覚器官を持――まして、最初から視力へ頼っていま――ん』

フロリス「ワタシら、風のバリアみたいなの纏ってるし。臭いも遮断はされてる、筈?」

上条「疑問系なのが怖いが……言われてみれば確かに。高速で移動出来る霊装だったら、空気の摩擦とか流さないと洒落になんないよな」

レッサー『第一逃げてる相手に追っ手が掛かったとして、その場で始末しない理由がありませんよ』

527 : 以下、名... - 2014/07/08 10:45:59.46 5c5N9fvW0 365/1732

レッサー『慎重になるのは良いと思いますけど』

上条「『だな。んじゃ気持ち距離取って追いかけるわ』」

フロリス「んー?」

上条「反対か?」

フロリス「って訳じゃ無いけど……あ、ちょっと耳塞いでて?」

上条「無理だよ!?片手しかねぇのに!」

フロリス「オイオイ、オンナノコ同士の内緒話を聞こうなんて趣味悪いぞー」

上条「物理的に無理なんだよね?つーか帰ってからやれ、帰ってから」

フロリス「ワタシが塞ごっか?両手で、こう」

上条「うん、だからそれすると俺は首を捕まれたままになるよね?つーか死ぬよね最悪折れるよね?」

上条「……いやGは殆ど掛かってないけど、むち打ちぐらいにはなるだろうし」

フロリス「ま、いっか。なるべく忘れてくれればいーや『――もしもーし?』」

上条「ホントにするのかよ!?つーか英語とかで喋れば殆ど分からないんだが」

フロリス「『えっとさーぁ、なんてのか、言いにくいんだけど、話、あるんだよねぇ』」

レッサー『今ちょっと忙しいんですけど、至急ですか?』

フロリス「『出来れば』」

レッサー『ならどうぞ。ただし手短に』

上条(向こうは俺達を追ってるか、病院で掃討してるんだから当然だっつー話)

フロリス「『んーとねぇ、その――レッサーの気持ちは分かってたんだけどさ、ワタシも気に良っちゃったみたいでさ」

フロリス「『もし良かったら、譲って貰えないかなぁ、なんて』」

上条(何を?)

レッサー『言っている意味がよく分かりませんけど、フロリスにとって大事なんですね?わざわざ断るって事は』

フロリス「『だね、うんっ』」

レッサー『……分かりました。思う所もありますけど、ここは私が涙を呑んで譲るとしましょう』

フロリス「『え、マジで?いいの?本当に?Really?』」

フロリス「『ありがとーーーーーーーーーっ!レッサー愛してる!モルドレッドの次に好き!』」

フロリス「『さっすが親友!言ってみるモンだよねぇっ!』」

レッサー『いや絶賛されましても……あ、そろそろいいですか?』

フロリス「『おけおけ、今度ケーキでも奢るからさ』」

レッサー『はい、それじゃまた――』

フロリス「……ふーむ、と」

上条「何の話?」

フロリス「だからナイショっつったんジャン。気ぃ遣いなよ、モテないぞー?」

上条「それは割と今更だから諦めてるが……」

フロリス「直ぐ分かるさ。直ぐに、ね」

528 : 以下、名... - 2014/07/08 10:47:49.36 5c5N9fvW0 366/1732

――フランス某病院

レッサー「――て、切れましたね。なんだったんでしょ今の?」

ベイロープ「伝える事は伝えたんでしょ?だったら別にいいわ――しかし」

建宮「何か、凄い事になってるのよな」

レッサー「『鱗人間に囲まれっさぁっピンチ!?この先一行の辿る運命とは!闘争の時代に果てに見たものとは……ッ!』」

レッサー「『次回、”最後の力”。慟哭して見よ!』」

鳴護「それ、負けフラグじゃ……?」

ランシス「……ちなみに『囲まれっさぁっ』と『レッサー』が被ってる……!」

レッサー「ランシスさん、あなた昨日から私の背中ばっかり撃ってませんかね?そういえば」

レッサー「ツッコミの無いボケに存在価値などありませんが、かといってスベったギャグを解説されるのも、それはそれで苦痛と言いましょうか」

ベイロープ「オイ遊ぶんだったら終わってからにしろ、終わってからに」

レッサー「って言われましてもねぇ?なんつーか『殆ど終わってる』じゃないですか」

シャットアウラ「当然だな――『報告を』」 カチッ

クロウ7『――長期入院患者用ロビー並びに一階エントランスは制圧しました』

クロウ7『エアダクトや空調施設の中へ入り込んだ敵性体の確保には手間取っていますが、30分以内にはなんとか』

シャットアウラ「『15分でやれ。あと私の”クルマ”はどこにある?』」

クロウ7『地下駐車場にバンと一緒に確保してあります』

シャットアウラ「『玄関先まで寄せておけ。直ぐに出る』」

クロウ7『了解……ご武』 ピッ

鳴護「……えっと、今の柴崎さん、だよね?帰ったんじゃ?」

シッャトアウラ「『帰した』とは言ったが、『本当に帰した』とは言ってない」

鳴護「身内がブラックだったよ!?」

レッサー「『黒鴉』だけに!」

ベイロープ「つーか『クルマ』ってあの『クルマ』なんだよなぁ?」

シャットアウラ「『クルマはもう無い』とは言ったが、『本当に無い』とは言っていない」

鳴護「ブラックって言うか、ダークって言うか」

529 : 以下、名... - 2014/07/08 10:51:16.69 5c5N9fvW0 367/1732

レッサー「『生成り』以上の生体兵器がバラ撒かれそうってんですから、まぁバレても激怒はされないでしょうがねぇ」

レッサー「つーか、せめて『ご武運を』ぐらい最後まで言わせてあげてもいいんじゃないかと」

シャットアウラ「時間の無駄だ――なっ!」 シュッ

バチチチチチチチチチチチチッ!!!

生成り『――ゲガァァァァァァッ!?』

ベイロープ「おー、効いてる効いてる。流石学園都市謹製のスタングレネード」

シャットアウラ「当たり前だ。『これ』と一戦交えたデータを持っているのだからな」

鳴護「生きてる、よね?」

シャットアウラ「元々は『学園都市で変化させられた学生達を、傷一つなく確保する』ために開発された技術だ。心配はしなくてもいい」

建宮「しっかま、ここら辺が獣化魔術の廃れた原因なのよな。身体能力高くなりし、然れども知能もまた獣へ近づけり、なのよ」

ランシス「鼻と耳が良すぎるから、人間相手には『ちょっと不快』程度の攻撃でも充分怯むし……」

ベイロープ「ジャングルやサバンナじゃ自然に溶け込まれて脅威なのよね、恐らくは」

ベイロープ「人間以外に生物が存在しない、冷たいコンクリートの中だから目立つってだけで」

シャットアウラ「幾ら物陰に隠れようとも、熱源探知・振動感知・臭気判別にドローンを先行させれば物の数では無い」

建宮「それ、普通の人間でも無理ゲーなのよ」

シャットアウラ「しかし本当に効率が悪いな、獣化魔法とやらは」

レッサー「いやですから、さっきから散々言ったじゃないですか」

建宮「まぁ、今魔術をかけられてる相手が巻き込まれた素人さん、ってのも加味して欲しいのよな」

建宮「『本物』は弱点を知った上で、ほぼ完璧にカバーしてくるらしいのよ」

レッサー「何か一昔前の、思考ルーチンが『索敵殲滅』だけのザコ敵っぽいですよね」

ベイロープ「ザコ敵言うな。帰ってきたら『解除』させなきゃいけないんだから」

シャットアウラ「たわいないにも程がある。獣であっても実力差を感じれば逃亡するだろうに。これは、なんだ?」

シャットアウラ「そもそも魔術的な『仕込み』があるのか?これはタダの足止めだと?」

レッサー「どーです、センセイ?何か感じますか?」

ランシス「んー……?ビリビリは、ない、かな?さっきの一回だけ、強いの感じた、けど」

レッサー「てな事ですので、最初の『アレ』ん時、起動+命令でも仕込まれていたのかと」

シャットアウラ「生来の獣であれば、如何ともしがたい実力差を悟れば引くというのに」

シッャトアウラ「奴らはデタラメに襲いかかってくるばかり。どちらが獣だか、分かったものではないな」

ベイロープ「人間だってパニックんなれば取り乱すのは当たり前。誰だって訓練された人間とは違うわよ」

鳴護「……あのー、ちょっといいかな、レッサーさん?」

530 : 以下、名... - 2014/07/08 10:53:17.18 5c5N9fvW0 368/1732

レッサー「あいあい。てかレッサーちゃんで構いませんよ鳴護さん」

鳴護「あ、だったらあたしもアリサって呼ばれる方が嬉しい、です」

レッサー「んで、どうしました?『やっぱりついて行きたい』ってのは聞けませんよ?」

シャットアウラ「アリサ?」

鳴護「違う違う!そうじゃなくって、っていうか素朴な質問なんだけど」

ベイロープ「おい、レッサー」

レッサー「野暮な事は言いっこなしですよベイロープ。彼女はもう既に関係者です」

レッサー「何も知らず・知らせずに枠外へ置くなんて、それは逆に失礼ってもんですからね」

鳴護「ありがとう……なんだけど。さっきから言ってる『獣化魔術』の欠点は」

レッサー「『能力に比例して知能が下がる』事ですね、はい」

鳴護「だから中世の狼男さんみたいに行き当たりばったりな行動をしたり、今みたいな感じになるんだよね?」

レッサー「前者は噂でしか聞きませんが、ま、似たような感じでしょうな」

鳴護「けどこれ、おかしくないかな?矛盾してるよね?」

レッサー「と、言いますと」

鳴護「えっと、お姉ちゃんが今言ってたみたいに、『動物は明らかに強い相手からは逃げる』よね?」

建宮「同族同士で縄張り争いはするけど、それ以上はあんまないのよ」

ランシス「結果として死ぬ、事はある……けど」

鳴護「だったらさ、『獣化した人達も、適わないって思ったら逃げ出したりする』んじゃないのかな?」

レッサー「……あー……」

ランシス「……」

ベイロープ「へぇ」

建宮「確かに、なのよ」

シッャトアウラ「流石はアリサ!見たか天然のこの威力!」

鳴護「いやだから、私天然違う……」

建宮「言われてみればなのよ。盲点だったのよな」

531 : 以下、名... - 2014/07/08 10:55:26.67 5c5N9fvW0 369/1732

ベイロープ「よくトチ狂った連中を『獣』に例えるわよね?狂犬とか、狐憑き、とか」

ベイロープ「でもよくよく考えれば、動物の生き方ってのは実にシンプルで理に適っている。少なくとも人間なんかよりはずっと、ね」

建宮「俺達は『獣化が進む=まともな行動をしなくなる』って考えていたのが、確かに言われてみればその通りなのよ」

建宮「獣は決して狂っている訳ではなく、人間とは違うルールで行動しているだけ、なのよな」

ランシス「だったらどうして獣化魔術を発動させると、おかしくなる、の……?」

レッサー「今までは私達が漠然と考えていた図式は、『人←→獣』って一本のグラフがあって、獣化を使えば強度に比例して獣へ近づく、と」

レッサー「でも、言われてみれば確かに『獣化魔術で変身した人間の行動は、獣とは一線を画している』気がしますね」

レッサー「野生で最も重要な生存本能を度外視する、と言いましょうか。妙に好戦的になると言うべきか」

ランシス「中世の狼男伝説では、虐殺とか人食いとかが起きて、いるし」

ベイロープ「獣は必要以上には殺さない。けれど同族食いは獣にしか起こらない、のだわ」

シャットアウラ「なんというか……異質だな」

シャットアウラ「よく似てはいるが、決定的に何かが違う。騙し絵を見ている気分だ」

レッサー「とはいえ違うのが分かっただけでも違いますよ!アリサさん、今のは金言かも知れませんねっ!」

鳴護「あ、はい。ありがとうございます……?」

建宮「安曇阿阪が『獣化しても正気を保てる』のは、そこいらが鍵なのよな。多分」

レッサー「うーむ……私達だけでは結論を下すのが難しいですかねぇ。実際に魔術に触れたのも、下っ端を相手すらさせていませんし」

ベイロープ「あの子へ伝えておきなさいな。直に見たのはまた違うでしょうし……あ、でもあんまり煽るの禁止ね」

レッサー「突っ込まれても困りますしねっ!Double Meaning(二重の意味)でっ!」

ベイロープ「英語にすりゃシモネタも許されると思うな。つか後ろから教育的指導を撃たれるっつーの」

シャットアウラ「人をなんだと思っている、お前達」

建宮「なんかこう、アウェイな感じなのよな……」

ランシス「……うんまぁ、女子校ってこんな感じだし……オンナノコ同士だとエゲツない会話もしている」

レッサー「んでは早速ピッポッパッと」

ベイロープ「余計な擬音を入れない」

レッサー「……」

ベイロープ「……どうしたのよ?」

レッサー「ベイロープ、ランシス」

ベイロープ「分かったわ」

ランシス「……」

鳴護「どうしたんですか?」

レッサー「それがですねぇ」

ベイロープ「――ダメ、繋がらない」

ランシス「探知も……無理」

レッサー「ヤッバいですね、これは――」

レッサー「――フロリス達の位置、ロストしちゃったようです、えぇ」

541 : 以下、名... - 2014/07/15 11:09:59.48 n2wAbo/H0 370/1732

――フランス 某スタジアム

上条(あれから20程経って、俺達はデカいスタジアムの前にいる)

上条(安曇は尾行を警戒していたのか、何度か唐突な方向転換を繰り返してから、慎重にスタジアムへと入っていった)

上条(まぁ、ビルの壁面から壁面へ飛び移るのを尾行だなんて、空を飛んでない限りは無理だと油断しているのかも?)

上条(……あ、でもレッサーの機動性だったらいい勝負か。あの子、自動車と併走して走ってたし)

フロリス「ついた、っちゃついたけど、ここかぁ、うーん?」

上条「国立競技場?」

フロリス「『Parc des Princes(パルク・デ・プランス)』、直訳すると『王子達の公園』」

上条「ファンシーな名前だなオイ」

フロリス「『HACHIOH-JI』って『八人の王様』って意味なんだよね?」

上条「どの国もどっこいどっこいだな!名前の由来までは知らないけども!」

フロリス「昔はサッカーよりも自転車競技の方が盛んだってんで、元々はオーバル――楕円のレース場だったらしいのさ」

上条「ツール・ド・フランスだっけ?公道レースの」

フロリス「日本人にもBeppuって選手が居たっけかな、確か」

フロリス「でもサッカースタジアムとして改装されて、10年ぐらい前にもっと大きいのが出来るまでは、ずっとホームとして使われてたって」

上条「成程、なんかサッカーの幟みたいなも下げられてるけど」

フロリス「明日のあれでしょー?チェックしときなよ」

上条「つーかお前いまフツーに『日本人』って言わなかった?ジャパニーズじゃなくてさ?」

フロリス「流石にド深夜だし人も居ないし、つまんにゃーいにゃあ」

上条「ネコ化するんじゃないよ!一部の人に受けそうだけども!」

フロリス「ちなみにワタシはどっちかっつーとタチだ!つーかウケじゃなくセメだ!」

上条「自重しよ?俺には君が何を言っているのかサッパリなんだけど、いい加減にしとけ、な?」

フロリス「つーかガードマンもいなさそう。シーズン中じゃないから、鍵かけたまんまなのかな?」

上条「下手に入ってヤンチャするものなら、サポーターに囲まれて『こらっ☆』ってされるからな……」

フロリス「サッカーの試合でマジ死人が出るからねー、ウチらは」

上条「……ま、でも誰も居ないんだったら好都合だ。行こうぜ!」

フロリス「あ、トイレ?だったらあっちでしてきなよ」

上条「そっか、それじゃ後で!――って違うわ!話の流れがそうじゃなかっただろ!?」

フロリス「なんで?」

542 : 以下、名... - 2014/07/15 11:11:54.61 n2wAbo/H0 371/1732

上条「安曇は?俺達悪い奴らの後追ってきたんだよね?」

上条「こういう時は『よし!今のウチに追い詰めるぞ!』とか言って乗り込む展開じゃないの?」

フロリス「戦力揃ってないジャンか。元々ハーフ――中継役のワタシと『右手なし(Less- Right)』でどーしろっつーのさ?」

フロリス「あ、超巻き舌で言うと『れっさぁ』って聞こえなくもない」

上条「要るか?今の情報必要なくね?」

上条「……まぁなー、『幻想殺し』がぶち切れたまま再生もしない俺が出張ったってなぁ」

フロリス「でっしょー?ワタシもフォワードじゃなくってハーフだから」

上条「あんま強くない?」

フロリス「ムカ。そんなことないですー、ポジションの違いなんですー」

フロリス「ワタシはフォワードとショート(遊撃)回収するってぇ役割があるんですぅー」

上条「ハーフってラクロスの?」

フロリス「ま、やってる事ぁサッカーと変わりないよん。ボール拾って相手にゴールへぶち込むだけだし」

上条「お前ら、イギリスの名門校なんだよな?」

フロリス「ナイショだけどね」

上条「でもってイギリスってクリケットの発祥っつーか本場じゃんか?だったら――」

フロリス「……うん、まぁまぁ、その、先生がね」

フロリス「『あんたら仲良くせんとあかんよー。魔術師言うても結局は仲間やん?友達大事にせんヤツは何も大事に出来ひんでー?』」

フロリス「『だからワイがクリケットやのうて、ラクロスを勧めたんは決して!』」

フロリス「『決っして「あ、ブリテンちゅーたらラクロスやね!」って勘違いしとったんちゃうで?疑ったらあかんよ、いやマジでマジで』」

フロリス「『――ってレッサーアンタ何ワイのアメちゃん食べてるん!?ちゅーかフロリスも帰らんといてよ!?まだ話は――』」

上条「うんまぁ、一度逢わせろ、な?お前らを作り上げたある意味元凶に」

フロリス「先生は会いたがってるみたいだけどねぇ。つーか日本にも行きたがってたし」

フロリス「……あとラクロスはハーフじゃなくてセンターって呼ぶんだけどなぁ」

上条「あぁそういやお前らのジャンケントーナメントで、決勝競ったんだっけか」

上条「……あれ?でもなんでレッサー来た――」

フロリス「んま、ちゅー訳でワタシらは役割分担が出来てんだよね。戦闘でも、誰がどんな動きをするとか、そーゆーの」

上条「統率の取れた魔術師、か?」

フロリス「他の魔術師が超個人主義だって知ってるっしょ?それこそ仲間でも仲間じゃねーぞ何言ってんだコイツ?みたいな」

フロリス「だもんで基本、奥の手とか隠し技の一つや二つ持ってんだーけーど。仲間同士でも手の内晒すの嫌って使わないんだよねぇ」

フロリス「それどころか、お互いがどんな魔術使うのか、ロクに把握してなくって誤爆しまくったり」

上条「あるよねー、そーゆーの」

上条(対オリアナ戦はそうでしたねー、俺とステイル)

フロリス「ま、ぶっちゃけ数の暴力なんだけどさ」

上条「……うん、分かってた。分かってたけどさ、そこはそれ、『チームプレー』って濁したんだし、掘り下げなくても」

フロリス「だからさー、ワタシはあんま直接戦闘好きくナイっつーか」

上条「補助系なのか?空飛べるし」

フロリス「ダルいじゃんか?」

上条「今までの話の流れは!?そういうポジって話じゃねーの!?」

543 : 以下、名... - 2014/07/15 11:13:56.91 n2wAbo/H0 372/1732

フロリス「補助だったら『死の爪船(ナグルファル)』一択っしょ。あの子のアレは超エゲツねぇぜ」

上条「……多分、知りたくないし、関わり合いにもなりたくないんだけど、無理なんだよね?巻き込まれるんだよね、俺?」

上条「なんだかんだギャーびりびりーかぶぅっドーンっ……」

フロリス「どったん?」

上条「あ、あれ……?そういや、そうだ、そうだよっ!」

フロリス「Ah, Ha?(だから何さ?)」

上条「俺、イギリスに来てから一回もツッコミ&ボケで死にかけてない……ッ!」

フロリス「――で、どうしよっか?このままみんな待つのもアレだし、だからって開いてるお店はホニャララなトコしかないし」

上条「俺、割と真面目な話してるんですが?」

フロリス「夜だしSightseeingってぇのもなんだよね。フォークロア探しに行くのもあれだし」

上条「しつもーん!」

フロリス「なになに?」

上条「フロリスって弱――待て待て!?その振り上げた『槍』をどこへ振り下ろすつもりだっ!?」

フロリス「だから役割分担だっつってんでしょーが!ワタシはいつあのおバカを回収させられるかも、だから余力はのーこーすーのっ!」

上条「これ以上なく説得力のある理由だな!てかやっぱお前らの先生は偉大だよ!」

フロリス「それに今、ホラ、スタジアムの天井閉まってるっしょ」

上条「あー、あっこから飛んでは逃げられないよなぁ」

フロリス「ちゅーかワタシらの霊装も、先生の宝具バラしたもんだしね。一人じゃ扱い切れないからってんで」

上条「ふーん?『爪』だっけ、トールの『帯』とかとセットになってんの?」

フロリス「いやぁ、そっちじゃなくって――っと失敬失敬」 ブブブブブブッ

上条「相変わらず謎の通信機だぜ。つーかもう携帯でいいと思うんだよ」

レッサー『交尾ですかね?』

上条「なにその挨拶?開口一番で訊く事がそれなの?原人同士でもそこまで性に貪欲じゃなかったよね?」

上条「多分、今でも使ってるのって明治と早稲田の学生さんぐらいじゃねぇかな?やりサーでお馴染みの」

フロリス「『もっしー?遅いよーピザ屋さん、こっちはもう何分待ったと思ってんの』」

レッサー『ピザ?』

フロリス「『いんや、こっちの話ぃ。なんかあったん?』」

544 : 以下、名... - 2014/07/15 11:15:40.69 n2wAbo/H0 373/1732

レッサー『ちょっと進展があったのでご報告を。実はこっちに一人、”真蛇”が残っていまして』

上条「信者?」

レッサー『”Devotee(狂信者)”ではなく”真蛇”――あぁっと、説明が難しいですかね』

レッサー『鎌倉時代頃から乱心して額に角を生やす、と言う説話が広まりましてね。それを取り入れた能で、能面として確立されました』

レッサー『獣化というよりも、蛇化というべきでしょうか。道成寺の安珍と清姫が有名かと』

フロリス「『Pardon?』」

上条「自分を捨てていった僧侶を、女が蛇に化けて焼き殺すって話」

フロリス「あー」

上条「よーしフロリスさん、どうして君が俺を指して『あー』って納得顔で宣ったのか、説明して貰うじゃねぇか」

レッサー『般若って知ってます?こう、角が生えて口が裂けた面の』

上条「ちょっと待て俺は今フロリスさんと大事な話をだな」

レッサー『時間が惜しいんで話は移動しながらで構いませんかね』

フロリス「『何々?切羽詰まってんの?』」

レッサー『もし良かったらでいいんですが、そちらのスタジアムに先行して情報拾ってきて貰えませんか、と。あ、無理には言いませんが』

フロリス「『ワタシフォワードじゃないって知ってるっしょ?』」

レッサー『それがですね、その言いにくいんですが……「エサ」として何人か捕まっている、という情報が』

上条「……行こうぜ」

フロリス「待ってよ!?ワタシと賑やかしの二人で突っ込んだって無理でしょーが!?」

上条「賑やかして……」

レッサー『あくまでも「S.L.N.」の証言ですんで、なんとも信憑性には乏しい所ですが、さて?』

上条「フロリス、頼む」

フロリス「むー……っ」

545 : 以下、名... - 2014/07/15 11:18:00.54 n2wAbo/H0 374/1732

――パルク・デ・プランス内

上条(夜のスタジアムは昼間の喧噪とは打って変わって――って、それはさっきやった)

上条(うんまぁ、アレだよね?いい加減”夜のなんちゃらシリーズ”も慣れたっつーかさ)

上条(スタジアム入り口から堂々と――警備員のオッチャン居ないし、鍵すらも掛かっていなかった――入った俺たち)

上条(……どころか、入り口脇にある警備室からマグライトを拝借する……)

上条「ひ、非常事態だからねっ!?好きでやってるんじゃないんだから!」

フロリス「Hey、どーしたカミジョー――言いづらいな……トーマ?君は誰に向かってデレているんだいHAHAHAHA?」

上条「なんで英語の例題風?」

上条「いやだから入ってきてから聞くのもアレなんだが、これ、バレねぇかな?」

フロリス「バレッバレに決まってんジャンか。なに言ってんの?」

上条「やっぱりか!?そんな気はしてたげとねっ!」

フロリス「『今っから狩りの時間だぜヒャッハー!』って息巻いてる相手、外に出ちゃったら対処面倒だーよねぇ?」

フロリス「だったらまぁ騎兵隊が来るまで、スタジアムん中で囮になれば――」

上条「時間稼ぎ……おや?昼間も似たようなシチュがあったような……?」

フロリス「つーか来るの遅すぎぃ!何やってんのさ!?」

レッサー『えぇそれについては前向きに検討したいかと存じますよ、はい』

フロリス「『むきーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!』」

上条「ま、まぁまぁ!他に手段がないんだったら仕方がないじゃんか、な?」

レッサー『とにかく、今は情報ですね。あ、不要なら説明は止めますけど?』

上条「……レッサーさん怒ってません?なーんか声が堅いっつーか、トゲがあるっつーか」

レッサー『そんな事はないトゲよ?』

上条「センスが昭和だな!?古ぃし誰得だし!」

フロリス「いやだから、そうやって何でもかんでも拾うからレッサーが調子に乗ってボケるんであってさ」

上条「拾わなきゃ拾わないで構うまでボケ続けるだろうが!」

フロリス「って事はツッコんでもボケるし、スルーしてもボケるから結果は同じと」

上条「……”可愛いけど残念な子”に相通じる残念さを感じるぜ……」

レッサー『――ではまず「生成り(なまなり)」と「真蛇(しんじゃ)、どちらも能面の一種でしてね」』

上条「こっちはこっちは俺達をスルーかっ」

フロリス「『No?』」

レッサー『No, ”Noh”、ですね』

上条「橋と箸みたいな面倒臭さがある」

546 : 以下、名... - 2014/07/15 11:19:20.95 n2wAbo/H0 375/1732

レッサー『日本の伝統芸能の一つ、KABUKIと似たような仮面舞踏、でしょうかねぇ』

レッサー『日本には、と言うか安珍清姫の時代から、”獣化”する人間が数多く報告されています』

上条「色々と端折って簡単にすると『男に裏切られた女が、蛇になって復讐する話』だっけか?」

レッサー『――で、合っています。そうなんですよねー、「蛇」なんですよ』

レッサー『生成りが「鬼のような角が半分生えた姿」であるのに対し、真蛇は「鬼そのまんま」っぽい感じ。般若って言った方が分かりやすいでしょうか』

フロリス「『なーるほど。つまり自分達の獣化魔術の深度で区分けしているって話か』」

レッサー『一般人を無理矢理変化させたのが「生成り」、野獣庭園のメンバーが変化したのは「真蛇」でしょうね』

上条「『はい、質問!』」

レッサー『どうぞ』

上条「『般若って”鬼”っぽいよな?なのに真蛇は蛇なの?』」

レッサー『それはですね。女が嫉妬に狂うと鬼へ変わる、という伝承がまずあります。イザナギ神であったり、鬼子母神やドルゥガーとか』

レッサー『激怒した時に「角を出す」って言いますでしょう?』

上条「『そっちは納得。鬼女とか言われてるのも居るし』」

レッサー『最も知られた「安珍清姫」てには原型があると言われていまして、古事記にある「蛇嫁取り」だと言われています』

レッサー『所謂異類婚姻譚に分類され、ぶっちゃけると「神と人との結婚」でしょうか』

フロリス「EUでもギリシャ神話を筆頭にお盛んだからねー。ラミアとか居るし」

レッサー『蛇女、蛇女房は「嫉妬深い女性が転じてしまった」のか――それとも「最初からそうだった」のか』

レッサー『どっちだと思います、上条さん?』

上条「……それが、獣化魔術?」

レッサー『安珍清姫伝説は更に特殊でしてね。最後大蛇へと転じた清姫が、お寺の鐘へ隠れた安珍を焼き殺すんですよ』

レッサー『口から火を吐いて、ごおぉぉっと』

フロリス「それなんて怪獣映画」

レッサー『清姫の母親は白蛇であったという説話も残っていますしねー』

上条「『なんだかなー。訳分かんねぇよ』」

レッサー『――それですですね、ミシャグジも「白蛇」だったんですよ』

上条「『……え?』」

547 : 以下、名... - 2014/07/15 11:20:32.77 n2wAbo/H0 376/1732

レッサー『まぁなんですかね、言うじゃないですか昔っから。「白蛇は神様の使いだ」って』

レッサー『あれもまた、順番が逆なんですよ。ぎゃーく』

上条「『レッサー……?』」

フロリス「『……ふーん?どうあべこべだってワケだよ?うん?』」

レッサー『神はどこにだって居たんですよ。山に、川に、海に、田に、花に、風に』

レッサー『朝起きれば天に昇る神へ感謝を捧げ、夜寝る前に昇ってくる神へお休みを言う』

レッサー『だから元々「ソレ」に名前なんてありませんでした。だって必要ありませんからね。そこに居る、と常に感じられていたのですから』

レッサー『それが「神」という概念が入ってきてから一変しました』

レッサー『尊きモノ?畏れるモノ?』

レッサー『それは違う、そんなモノでは決して、無い』

レッサー『人と神を分ける必要なんて無かった!名前を与えて縛る必要もだ!』

レッサー『曖昧なままで良かったのに!彼女はそんな事は望んでいなかった!』

上条「『レッ、サー……?』」

レッサー?『違う、違うのだよ、ニンゲン。その名前は、違う』

レッサー?『と、言うかだな。自己紹介は一度した筈だか、もう忘れてしまったのか?魔術名の名乗りも上げたぞ』

安曇(レッサー?))『この――安曇阿阪の名をだ!』

548 : 以下、名... - 2014/07/15 11:22:22.17 n2wAbo/H0 377/1732

――パルク・デ・プランス内 深夜

上条「いつから、だ?てかどういう事だよっ!?」

上条「お前、レッサーとどうやって入れ替わったんだ!?」

安曇『音、とは振動である。即ち空気を振るわせ、伝達させて発生している』

安曇『そう安曇氏族が悟ったのは、今からざっと1000年以上前の話だ』

安曇『獣化してエラを生やす事により、一々息づきに水面へ上がらなくても良くなった――ものの、次に出て来た問題は海中での意思疎通だったらしい』

安曇『手振り身振りでも暗い海面下では近づかなければ意味を成さず、クジラのように吠えてみれば他を警戒させるだけ』

安曇『とは言え魚は発声器官を持たない。鼓膜も発達しておらず浮き袋で代用しているのが殆どだ』

安曇『ならば自分達で魔術を使い振動を操り、会話が出来るようにしてしまおう――そう、安曇達は考えた』

安曇『だから空気の流れを”視”たり、”携帯電話の代わりに震えるものを操る”のは難しくもない』

安曇『気配に振り返ってみれば、上空に大きな停止した空気の塊があれば、安曇じゃなくとも気づく』

安曇『侮りすぎなのだよ、ニンゲンと魔術師。安曇は獣の知覚に頼っているが、根本は魔術でもある――雑種、だ』

フロリス「……つーか声色変えて、しかも結構流暢に発音してやがったよねー。キャラ設定ぐらい守れよ」

安曇『ネコ化の動物の一種には、他の生き物の声色を真似ておびき出す習性がある』

安曇『加えて、安曇の地声でないと大和言葉の唄を唱えるのが困難だ』

上条「唄?」

安曇『魔術とは言葉と魔力だけではない。音階や仕草に意味を込めるものもある』

安曇『特に獣化魔術で「こう」なってしまうと、発声が困難になるからな』

上条「……言っている意味が」

安曇『ん、あぁいや、元「幻想殺し」よ。考え違いをしているな』

上条「何?」

安曇『問えば答えが返ってくると思うのは、只々傲慢と知るべきだろう』

フロリス「うっわダサっ!獣がどーたら言ってた癖に、まーさーかーのっPride(傲慢)ですって!Pride(傲慢)!」

フロリス「あれじゃん?何か余裕ぶっこいてるから、難しい単語使ってみました-、的な?あれ?うっわー、引くわー」

上条「お前もいい加減にしろ、な?割と殺傷力高いんだから」

549 : 以下、名... - 2014/07/15 11:23:30.21 n2wAbo/H0 378/1732

安曇『そうじゃない。これ以上は無駄口になる、と安曇は言っている』

安曇『そもそもお前達がどこに居るのか、最初の設定を思い出して欲しいものだが』

上条「どこってそりゃ……スタジアムだろ?」

安曇『ほぼ正解だな。そこへ「野獣庭園が勢揃いしている」とつけば満点だ、と安曇は評価する』

フロリス「……あーぁ、言っちゃったよ」

上条「……へ?」

安曇『安曇は、ぐらうんど、の中央に居る。この続きが訊きたいのであれば来るがいい』

安曇『強制はしない。罠に填まったと逃げ帰――せんりゃくてきてったい、するのもまた良いだろう』

上条「……お気遣い、どーも」

安曇『どちらも、生き残られれば、の話だが』

真蛇「――」

上条「……トカゲ人間!?」

上条(安曇が病院で見せた鱗だらけの姿。よりも一歩進んだ、それも悪夢めいた方へ)

上条(全体のシルエットは”概ね”人間に近い。顔・体の位置や比率は大差無い)

上条(元々の個体差もあったんだろう。長身のものも居れば、子供ぐらいの大きさまで様々)

上条(これだけなら俺が学園都市で見たヤツと同じ。だが『真蛇』は決定的に違っていた)

上条(奴らの顔は目と目が離れ、口は裂け、何よりも瞳の奥の光りは白く濁っている)

上条(まるでトカゲ、いやイグアナ?マスクを被っているのであれば、まだ救いがあったのかも知れない)

上条(そんなバケモノが、元人間が!)

フロリス「……ま、そーなるよねぇ。そーくるしかないもんねぇ」

550 : 以下、名... - 2014/07/15 11:24:11.62 n2wAbo/H0 379/1732

――スタジアム通路 深夜

「――っざい、なっ!」

 夜の静寂を打ち破るように、右へ左へ真蛇に『槍』を叩き付けるフロリス。

 ギャリギャリギャリギャリっ!と、安曇阿阪へ斬りつけた時と同じく、鋼の爪は鱗の表面を虚しく削り取るのみ。
 彼女の武器が鈍器、もしくは『叩き斬る』大剣の類であれば、鉄塊で殴ったのと変わらない衝撃を与えられたのだが。

「しゃーない、なっと」

「『Ancestral domains and land of the free. Hometown where poet's song was loved with history.』」
(祖先の土地、自由の地。詩人の歌を愛した歴史ある故郷よ)

「『A brave, manly soldiers dedicated the blood for the mother country.』」
(勇敢なる雄々しき戦士達は祖国のためにその血を捧げた)

「『Wales! Oh, Wales! I pledge one's allegiance to his country.』」
(ウェールズ!あぁウェールズ!私は祖国に忠誠を誓う)

「『It is defended by the sea, and it makes to being in this dear land and the language of getting prays to the way following permanence.』」
(海に守られし親愛なるこの土地で、いにしえの言語が永らえんことを)

「『……』」

「『The thing is a long ages that I want to say. Because such a lovely beloved daughter is embarrassed, could you lend power?』」
(ちゅーか、まぁアレだよ。こんな可愛い愛娘が困ってんだから、力を貸して欲しいなー、なんて思ったり?)

「『――Gallatin here』」
(――オヤジ殿の剣を、ここへ)

 ヒゥンッ、と風が吹く。

 強い光も振動もなく、飾り立てるべき形容詞に恵まれぬまま、気がついた時にはもうフロリスの手には一振りの剣が握られていた。
 後期に作られた西洋剣にはありがちな装飾はなく、至ってシンプルな長剣。やや剣身が幅広いのを除けば有り触れた無骨な剣に見える。

「しぃィッ――」

 だが彼女が『槍』を一振りするだけで、射程外に居た真蛇も薙ぎ払われる。

 もしもその先端をよく見れば――非常灯とマグライト以外に光源はないのだが――僅かに揺らぎがあると見て取れるだろう。
 ベイロープが『知の角杯』で『戦いの始まりを告げる一吹き(ヘイムダル)』の雷電を呼び寄せ、『槍』へ属性を付加出来るように。

 フロリスもまた『ただの魔術師』ではない。揺らいで見えるのは空気が細かく渦を巻いているから。

551 : 以下、名... - 2014/07/15 11:25:30.70 n2wAbo/H0 380/1732

「ゲガアアアアァァァァァァァァァァァァッ!?」

 『風』を纏った剣は藁束を吹き飛ばすよりも容易く真蛇を薙ぎ払っていく。

「ヘイ、どーしたんだいリザードマン?格好だけグロくしたってコスプレの域を出てないよ、うん?」

 壁を蹴り、天井を這い、例外なく人体からかけ離れた動きを見せる真蛇。魔術知識も事前の報告も無しで奇襲されれば、文字通り致命的となる。
 だが大抵の魔術師がそうであるように、手の内を晒した相手ほど簡単にあしらわれるものは無い。絶大な異能を誇っていたとしても、学園都市では鉛玉数発で沈黙する事だってある。

 最初から――フロリスは『彼ら』を人間扱いなどしなかった。
 そういう獣、人によく似た何か、新種の爬虫類。その程度の認識へと落とした。

 従って何の先入観も無しに――相手が人間の動きをトレースすると思っていなければ、意表も突かれる事はない。
 冷静に、冷徹に。持てる力を用いて対処するだけだ。

(……ま、どうせ手遅れだろうしねー)

 魔術には代償が必要。対価が必要。魔術以外の事にも言えるが、それ絶対のルールである。
 よってここまで見事に、完璧なまでに『獣化』するには相当のものを引き替えにしなければならない。
 例えば――もう二度と元には戻れない、とか。

(恨むんだったら、ま、それもしゃーなし、か)

 『獣化魔術』の長所、それは身体ブーストが大きく、素人でも難しくはない事が上げられるだろう。
 実際に中世ヨーロッパでは錬金術の発達した時期に、どこからか過去の獣化術式――恐らくはウィッカ系であろうが――が持ち出され、ブームとなった。

 しかしその結果は散々。獣人になったのは良いものの、『結果として魔術が使えなくなる』者が続出する。
 何故ならば人の身では唱えられた呪文も、獣や半獣の姿では碌に発音出来なかったからだ。術式にしても魔力の精製や扱いが出来ず、殆どが『獣未満』として駆除されていった。

 目の前に並んだ真蛇とやらも、そう大差は無い。
 動作は獣並み。思考も同じく。当然魔術が使える訳もない。

(っても手加減出来るワケじゃないんだよね、これが)

 後ろに居る同行者を考えれば、とても無理だ。どっからか調達した消火器片手に、ツッコんでくる気満々の足手まとい……まぁ、心配されてると思えば、そう悪い気もしないが。

 そうフロリスは楽観的に分析していた――あくまでも『楽観』していたのだ。

552 : 以下、名... - 2014/07/15 11:26:50.60 n2wAbo/H0 381/1732

「げ、ぐルルルルルルルっ……!」

「ルルルルルルルルル……っ!」

「ルゥルゥルゥ……ゲゴォッ!」

 リザードマンが一斉に鳴き出す。感情の瞳で虚空を見つめ、カエルのように喉を膨らまして不吉な唸り声を上げる。

(なんだこれ?何しようって)

「『元素集約(ながれ・はじめ)』」

「『神気収斂(ながれ・ひらけ)』」

「『水面切断(ながれ・きれる)』」

「マズ――っ!?」

 ギギギギギギギギギギイィンッ!!!

 空中に現れた水の刃。何十、何百という数の刃が襲いかかってくる!

(獣化したのに術式が使える!?与太話だと思ってたのに!)

 最初の一撃は身をよじって避け、次の一撃は長剣を使って受け止める。
 けれど、それだけでは避けきれない!弾いた水刃は体を掠め、痛みと出血が隙を作る。

(このままだと――!)

 フロリスが死の予感に恐怖する中――空気を読まないバカはどこにでも存在する。
 勿論、ここにも。

「――だっらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「ちょ待て!?Fire EX(消火器)ぶつけたって――」

「いいから見てろ!」

 上条当麻が片手で放り投げた消火器は放物線を描いて真蛇の群れへ向かう。
 一応はステンレス製の塊であるため当たれば痛い――そう思ったのか嫌ったのかは、爬虫類の表情からは読み取れないものの、とにかく撃ち落とす事に決めたらしい。

 虚空に停滞していた水刃の数本が軌道を変え、エサへ食いつくピラニアの如く殺到する。
 ――そう、圧縮された高圧ガスと消化剤が詰まっている容器へ。

 バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ……!

 消火器は派手に破裂し、破片と大量の粉塵を巻き上げながら空中で回転する。
 飛び散った消化剤は辺り一面を白い世界に染め上げ――。

「――?……!」

 真蛇達が視覚と嗅覚を取り戻した後には、彼ら以外に誰の姿も残っていなかった。

553 : 以下、名... - 2014/07/15 11:28:28.70 n2wAbo/H0 382/1732

――スタジアム 入場ゲート前

上条(……俺の考えを一瞬で見抜いたフロリスは、消火器の爆発と共に俺を引っ掴んで跳んだ……飛んだ?)

上条(二人とも消化剤を頭から浴びたが、『翼』の力場のお陰でコントのようなオチは免れている)

フロリス「……ごめん、ちょっとヤバかったかも」

上条「こっちこそごめん」

フロリス「なに?何か悪い事したの?」

上条「俺が行こう、って言ったから!こんな!」

フロリス「いやぁ、それはどーかなー?多分来ても来なくても、似たような展開にはなってたと思うね」

フロリス「ワタシらがあっこで首振ったって、真蛇が出てくるのが早まっただけ」

フロリス「ならこっちで少しでも数減らした方がベタージャンか、違う?」

上条「……だけどな。女の子危険な目に遭わせるなんて!」

フロリス「おっナニナニ?ここで女の子扱いしてくれるんだ?」

上条「真面目な話だよ!」

フロリス「だったらコッチも真面目になるケド、レッサーからの通信に気づけなかったら責任もあるっしょ。誘導されたのもそれが原因だし」

フロリス「おかしいと思ったんだよねー、レッサーがあんな頭良い訳がないもん」

フロリス「ギャグの一つも小話も挟まず、フツーに喋るなんてバレッバレだーよねぇ」

上条「その信頼のされ方もどうかと思うが……いつから安曇とすり替わってたんだろ?」

フロリス「空に居る時、ノイズが走って暫く調子がおかしくなったよね?あれ以外はないかなぁ、なんて」

フロリス「――て、愚痴はここまでにしてと。これからどうしよっか?」

上条「そうだな……まずは本物のレッサー達と連絡取って、救援呼ぶか、逃げ出すか」

フロリス「あーごめんごめん。多分無理だと思うよ、それ」

上条「なんで?通勤用の霊装は無事なんだろ?」

フロリス「試してみよっか?……『――Merlin Lives!』」 ジジッ

フロリス「ほい、話してみ?」

上条「お、おぅ――『もしもし?』」

安曇『――元々、バケモノは同じ単語を二度続けて言えない、という、じんくす、があった』

安曇『由来は不明。だが昔話のパターンとして、「もし、そこの旅の御方」と呼びかけるのが多いため、誰かしらが広めたのだろうな』

安曇『時代が経ち、電話口でも「申し申し」と言うのが慣例になったそうだな、と安曇は教えてや――』

上条「『あ、すいません。間違いでしたーさよならー』」 カサッ

フロリス「ん、まぁ予想はついてたけどねぇ。あっちも伊達で魔術結社のボスやってないみたい」

554 : 以下、名... - 2014/07/15 11:29:50.73 n2wAbo/H0 383/1732

上条「……何?下手するとコッチの会話丸聞こえだったり?」

フロリス「下手しなくてもそーでしょ?じゃなっきゃ遠隔操作でこっちの霊装へ介入出来ないし」

フロリス「一応聞くけど携帯を持ってきてたりは……?」

上条「……病院、だなぁ……」

フロリス「つっかえねー、超使えないジャン何やってんの?」

上条「まさかジュース買いに行って波瀾万丈の人生になるなんて誰も予測しねーし!」

フロリス「マズったなぁ……多分レッサー達、読み違えてる」

フロリス「相手が獣化魔術一辺倒のクリーチャーだと思って、魔術使われる危険性とかガン無視してそうだし」

上条「……連中のアレ、魔術使ってたよなぁ?」

フロリス「んーとねぇ、あれ多分二重に魔術をかけてたんだと思うな」

上条「二重?重ねがけだったら、二重どころじゃなかったろ」

フロリス「あれは多重術式、賛美歌とかオラトリオを利用して使ってた――ん、だと思う」

フロリス「いやそっちじゃなくってさ。不思議に思わなかった?片言だけど、喋ってたジャン、リザードマンが」

上条「フィクションでは、珍しくもないし?」

フロリス「これだからユトリは!……ユトリって意味分かんないけど!」

上条「んー、『世代格差』、かな?」

フロリス「そっちじゃなくって普通は声帯とかも獣化するから、人間の言葉は喋れなくなるんだっつーの」

フロリス「哺乳類だったらまだ結構頻繁に鳴くけど、爬虫類は声なんか出さないよね?」

上条「カエルっぽく鳴いてなかったか」

フロリス「逆に言えば、出せてもその程度――つまりまず、唸り声を使って『人の声を喋れるようになる魔術を発動』させ」

フロリス「次に『人の声で魔術を使った』んだと思うね」

上条「なんでそんな面倒臭い事まで」

フロリス「人の魔術はさ、『人が使うのに最適な仕様』になってんだよ」

フロリス「人の言葉を使って、二本の手と足で発動させるのがセオリー。霊装も同じ」

上条「……そうか。獣化すると魔術が使えなくなるのって!」

フロリス「精神の後退の他にも、そこいら辺がネックになってんじゃなーい?興味ないけどさ」

上条「軽ーい気持ちで狼になって好き勝手した後、いざ戻ろうとしても動物の口じゃ呪文は唱えられない……」

フロリス「ね?よく考えたら分かると思うんだけどね」

上条「道徳の本とかに出て来そうな展開だ」

フロリス「魔術にかっるーい気持ちで手ぇ出すんだったら、そーなって当たり前だっつーの。業界ナメんなよ」

上条「君も割とナメてるよね?」

フロリス「マジになってどーすんのさ?」

上条「魔術師さんらしい答えありがとう……と、まぁ向こうの手の内は何となく分かった」

555 : 以下、名... - 2014/07/15 11:31:34.53 n2wAbo/H0 384/1732

上条「問題はどうやって、だよな。どうするかっつーか」

フロリス「敵は二種類、安曇と真蛇」

上条「戦えるのか?」

フロリス「真蛇達はキツいかなぁ。物量的にもだし、ワタシは高機動戦闘メインだからスタジアムの通路じゃ狭すぎ」

フロリス「マップ的に直線多いし、ベイロープがいりゃ楽勝なんだけどねー」

上条「『新たなる光』は一人一人の個性が強すぎて、バラけると弱い?」

フロリス「失敬な!――て、言いたいトコだけど。やっぱりどうしたって『甘え』みたいなのはあるカモ?」

上条「仲間を信頼すんのは良い事だよ……あー、しくじったよなぁ。せめて『右手』があるんだったらアシスト出来たのに」

フロリス「まだ再生してないよね、んーむ……?」

上条「……って、ダベっててもしょうがないか。そろそろ腹をくくろうぜ」

上条「――逃げるか、戦うか」

フロリス「一人で逃げな、つっても従わないんだよね、やっぱ?」

上条「俺はどっちにしろ付き合うよ。邪魔かも知んないけどさ」

上条「どっちみち、俺達が病院飛び出してきたのは伝わってるだろうし、増援ありきで踏ん張るのも悪かない、よな?」

フロリス「――」

上条「どした?まさか敵がっ!」

フロリス「……ん!?あぁいやいやっ、そゆのじゃなくって!」

上条「トイ――」

フロリス「よーしその口の今ナニ言おうとしやがった、あん?」

上条「『槍』を人へ向けちゃいけないっ!?特に丸腰で右手がない相手にはねっ!」

フロリス「……ね、ジャパニーズ?」

上条「呼び方、元に戻ってんぞ」

フロリス「どうして今――笑ってんの?」

上条「ん?……あぁ、さっきもンな事聞かれたっけか」

フロリス「どー考えてもヤバいジャンか?どう頑張ったってワタシらだけでどーにかなる相手じゃないし!」

フロリス「逃げないと死んじゃうんだよ?早くか、遅くかの違いしか無いし!」

フロリス「死にたいの?それとも『俺は絶対に死なない』とかヒーロー気取ってるバカなの?どっち?」

上条「その二択を突きつけられんのもどうかと思うんだが……」

フロリス「Please!(答えなよ!)」

上条「うーん、ま、難しいこっちゃ無くてだな。何にも」

上条「俺だって死ぬのは怖いし――あ、手、出してみ?」

フロリス「ん?」

上条「いいから、ホラ」

556 : 以下、名... - 2014/07/15 11:32:47.35 n2wAbo/H0 385/1732

フロリス「う、うん……?」

上条(ぎゅっ、とおずおず差し出されたフロリスの手を、俺は握る)

フロリス「え、これ――」

フロリス「震えてんの?マジで?」

上条「……情けねえ話だけどな。俺だって死ぬのは怖いし、嫌だよ。あんなイカれた連中相手にするんだから、余計にな」

上条「逆立ちしたって、みっともなく命乞いして逃げ出したい、なんて考える時だってある。そりゃあな?」

上条「――でも俺は、そんな時には。辛くてシンドくて、吐きそうなぐらいどうしようもない時には――」

上条「――『笑う』んだよ」

フロリス「な、なんで……っ!?」

上条「そうすりゃ周りは救われんだろ。『あぁアイツは笑ってるから大丈夫』だってな」

上条「……大体はさ。俺が一緒に戦ってきた奴らは、余裕なんて全っ然無いんだわ」

上条「俺のワガママに付き合って貰ったり、命を賭けて守ったり守られたりして、スッゲェ良いヤツばっかなんだよ」

上条「憎まれ口を叩きながら背中から撃ってくる奴、敵のフリして仲間を助けようとする奴。俺じゃ出来ない生き方してんのが、イッパイな」

上条「だっての、俺がさっさとヘタれて泣きそうな顔してみろ。んな格好悪い所見せられる訳がねぇ!」

フロリス「あ……」

上条「レッサーも同じだろうな。フロリスが『観てた』のを分かってたから、死ぬ瞬間まで笑ってやがったんだよ」

上条「お前に心配させたくなくて、さ」

フロリス「……あの、おバカ……ッ!」

上条「待て待て!霊装握りしめてどうすんだ!?真蛇に見つかんぞ!」

上条「文句があんだったら帰ってからやれ、帰ってから。なんだったらこのままダッシュで逃げんのも悪かないけどな」

フロリス「……いやぁ?キャラ的に退屈なのはパース。ちゅーかわざわざ動くのめんどージャンか?」

フロリス「だったらワタシは『ここ』でレッサーを待つよ。そっちの方がワタシの性には合ってる気がするな」

上条「まぁ、程々にな」

フロリス「文句を言うつもりはないケド――ま、嫌がらせの一つぐらい仕方が無いよねー?」

上条「……ねぇ、どうしてそこで俺の顔を見るの?しかもなんか『あ、どうやって悪戯しようか?』みたいな空気を感じるんですけど!」

フロリス「んー………………Fight!(頑張れ!)」

上条「いやだから俺を巻き込むなよ!俺を!関係ないじゃねーか、なあぁっ!?」

フロリス「アリアリっしょ、なに言ってんの?バカじゃないの?」

上条「……ナニ?」

フロリス「よーし!気合いも入った所で行ってみようか!」

上条「だから詳しい説明を――」

557 : 以下、名... - 2014/07/15 11:34:35.16 n2wAbo/H0 386/1732

――スタジアム グラウンド中央

上条(月明かりすら差さぬ――そりゃ天井が閉じてるんだから当然だが――グラウンドへ俺達は降り立った)

上条(妨害して来る真蛇達の姿はない……それもその筈で、入り口付近には人とも蛇とも言えない屍体が散乱していたから、つまり)

上条(ここの”主”は仲間であろうが、同族であろうが、食物連鎖の前には関係無いって事で)

上条「……」

上条(軽口すら叩けなくなった俺達が、マグライトを『それ』へ当てた時には、何かの冗談だと思った)

上条(スタジアム自体、何かのイベントで使うみたいだし、その出し物なんだろう――)

上条(――俺達はそう祈るように願った)

安曇『――幾つか、口上のようなものは考えていたのだが』

上条(……だが、『それ』から安曇の喋り声が聞こえてきた事で、精神を奮い立たさなくてはならないと誓わなければならなかった)

上条(そのぐらい奴は異質だ……!)

安曇『せおりー、としては仲間を呼びに行くのが最善。しかし安曇の挑発に乗ったからには、某かの勝算ありき、か。悪くはない』

安曇『安曇は”この姿”があまり好きではないのだが……まぁ、「幻想殺し」相手に礼を失するのも気が引けただけの事』

安曇『「闘争の時代」である以上、手を取り合うのも頂けない。さぁ――』

上条「……なぁ、聞きたい事があるんだが」

安曇『どうした?安曇は今高ぶっているのだ、手短に願うぞ』

フロリス「(時間稼ぎ、忘れないで!)」

上条「(……おけ)」

上条「お前さ、獣化魔術どうの言ってたよな?ミシャグジの正体が、とかも」

安曇『我が神の名を気軽に呼ぶのは嬉しくはないが、それが?』

上条「祖霊――トーテム?ネイティブの人らが、自分達の祖先と思ってるコヨーテやコンドルの力を借りる」

上条「そういうのが獣化魔術の根本、なんだよなぁ?」

安曇『然り、だな』

上条「んじゃお前は――お前達は、その安曇平に古くから信仰されていた古い神様になるっつーことで合ってるか?」

安曇『さるん、的には旧支配者と言うべきだがな』

上条「……安曇氏族の流れを汲めば『蛇』か、それとも石神(しゃぐじ)の名前を辿れば『石』の神……だけど!」

上条「お前、なんでそんな姿になるんだよっ!?あぁっ!?」

上条(俺達がライトで照らしたバケモノ。それはある種の必然であり、期待を裏切ったと言えなくもない)

上条(ここへ来るまでにフロリスと、『アナコンダかリザードマン、ワニ?』が安曇の正体だという話をしていた)

上条(もう一つの『石』という属性は、生物ではないため『獣化』する事は有り得ないだろうと――が!)

上条(違ってた!そんな生易しいものなんかじゃなかった!)

上条(俺達の想像は外れていたが、どれも掠っていた、からだ)

上条「……」

558 : 以下、名... - 2014/07/15 11:35:47.97 n2wAbo/H0 387/1732

上条(まず目に入ってくるのは巨大な顎。アマゾン辺りに住む巨大なアリゲーターを彷彿とさせる)

上条(鋭く短い牙が規則的に生えた上下の口。口蓋の長さだけでも1mを優に超え、噛みつかれたら一撃で『持って行かれる』のは間違いない)

上条(次に体の3分の1を占める長い尻尾。それだけでも3、4mはあり大蛇のそれによく似ていた)

上条(先端が小刻みに震え、しなる鞭のように獲物を探しているのか……?)

上条(そして『それ』は立っていた。10mを越える体躯であるというのに、巨大な二本の足だけで!)

上条(足の先から付け根までで充分、俺の背丈よりも高い……踏まれたり蹴られたりすれば問答無用で、終わる)

上条(……予想の中ではリザードマンが一番近かったか……より『悪い』よな、これは)

上条(少年か少女か、中性的な安曇の容貌の面影を探すとすれば――それは体が抜けるように白い。病的なまでに、下の血管が見て取れる程に色白である事ぐらい)

上条「……白い、『竜』……!」

安曇『正確には「”恐”竜」だな、うん』

559 : 以下、名... - 2014/07/15 11:36:51.05 n2wAbo/H0 388/1732

――スタジアム グラウンド

上条「……有り得ない、つーかアリエナイだろーがよ!」

安曇『それは”そちら”の常識。一つの道理がどこでも通用はしないだろう』

安曇『第一、ニンゲン達は「ミシャグジ」をなんだと思っているんだ?どう捉えている?』

上条「石の神様、もしくは蛇……とか、爬虫類の、だよな?」

安曇『それぞれは合っているな。だがどうして二つに分ける?』

上条「石と、蛇って事か?矛盾するだろ!」

安曇『観ているだろう、実際に。その目で、安曇を』

上条「……何?どういう事だ?」

安曇『居るだろう――「石の蛇」が。ニンゲンの目の前に』

上条「石の蛇……恐竜……」

安曇『あろさうるす、と言うらしいがな』

上条「まさか……『化石』か!?」

安曇『古代の人は「精霊信仰」を持っていた。外つ国の言葉で「あにみずむ」と言う』

安曇『山を崇め、川を崇め、風を崇め、動物を崇め――』

安曇『――そして、「自然石」をも崇める』

安曇『「ミシャグジ」とは原始信仰の一つ、石神信仰の流れの形だな、うん』

上条「だからって!恐竜だぞ!?」

安曇『「竜の牙」やら、「鬼の角」が神体として崇められている社は少なからずある』

安曇『それらには作り物、紛い物もあるのだが――中には「ホンモノ」もある』

上条「いや、本物も何も!竜や鬼はフィクションだっつーの話で!」

安曇『そうだな、と安曇は肯定した上で更に問う』

安曇『ならば「人は”なに”を見た?」と。一体”なに”を牙や角だと勘違いしたのか?』

上条「え?」

安曇『その答えも「化石」だ。人は時折出土される異形のものを、自分達の想像の外にあるものをそう認識していた』

安曇『――だが、不思議に思わないか、ニンゲン?』

上条「……いや、もうどこからツッコんでいいのか……」

安曇『竜、龍、どらごん、と名前は変わるが、想像上の竜はどこにでも居る。どこにだって居た』

安曇『鱗を生やし、巨大な蛇体を持ち、角を有して、鰐のような牙があり』

安曇『火も噴けば空も飛ぶ。安珍清姫もそうだったか。で、ここで疑問が出来るだろう』

安曇『「どうして想像上の産物である竜が、嘗て存在した恐竜に酷似しているのか?」と』

上条「それは……」

560 : 以下、名... - 2014/07/15 11:38:53.69 n2wAbo/H0 389/1732

安曇『安曇はニンゲンが古くから化石を見ていた、と推測している。断層かどこかに残った彼らの姿を見て、竜を幻視たのだろう』

安曇『地名に骨食(こつじき)、骨食(ほねはみ)と呼ぶ所があり、大抵は「骨食い滝」や川がある。曰く』

安曇『「この滝には主が居て、入るものを食べてしまう。しかしあまりに早いので食べられた側方は骨になっても死んだと気づかない」』

安曇『これは何を示している――』

フロリス「――ッ!!!」

上条(最初の打ち合わせ通り――俺が気を引いている内にフロリスが死角から切り込む!……いや、ぶっちゃけ忘れてたけど俺も!)

ザリザリザリザリッ!!!

安曇『――か、と言えば滝壺なり川の石に化石があり、それを見たニンゲンが「骨を残して食われた」と思い込んだ。それだけの事』

フロリス「なっ!?通じてない!?」

上条「真蛇には効いたのに!」

安曇『と、そろそろいいかな、うん?無駄話にも興味が無いようだし、いい加減決着をつけるのも良いだろう』

上条「どんだけ堅いんだよ……!」

安曇『表皮だけではない、骨格も筋肉も術式で強化してある。よって』

安曇『おりじなる、が持っていたと言われる、すたみなぎれ、を狙うのは望みが薄い』

上条「ブラフじゃないのか?」

安曇『なら試してみればいい。安曇は困らない』

フロリス「――つーかさ、ズルいジャンか!なんだよそれっ!」

上条「ふ、フロリスさん?」

フロリス「(時間稼ぎパート2、仲間待ちで)」

上条「(らじゃ)」

フロリス「魔術が使える獣化なんて聞いた事無いし!どんなチート使ったんだっつーのさ!」

安曇『……ふむ。一々説明してやる義理もないが、まぁ付き合ってやろう』

安曇『結論から言えば安曇が異端なのではない。姿形を変えても魔術が使えるのは当たり前、使えなくなる方がおかしいのだ』

フロリス「いやいや、発音出来なくなるんだったら無理っしょ?」

安曇『ならば、いんく、と紙を使えばいい。霊装だって魔力のみを用いれば可能だろう』

上条「だから、そこはやっぱ頭ん中が獣っぽくなるからであって」

安曇『なってなどいない。それは錯覚だ』

上条「錯覚じゃねぇだろ!第一、生成りにしろ真蛇にしろおかしな行動を――」

安曇『して、いたか?どのように?』

上条「どう、って」

安曇『人が人を襲う?それが”正気でない証拠”ならは、獣化していないニンゲンは人を害さないか?』

上条「……」

安曇『そう、だな。順序立てて話さなくてはならないか。意味は無いだろうが、それもいいかも知れないな』

561 : 以下、名... - 2014/07/15 11:40:04.89 n2wAbo/H0 390/1732

安曇『人が狂う、とはどんな状態を指す?どういう意味だろうな?』

上条「普通とは違った行動する、だろ?」

安曇『例えば人を攻撃したり、自傷したり――喰ったり、とかだな』

安曇『その点で言えば安曇も狂っているのか?』

フロリス「とーーーーーーーっぜんっ!」

上条「力強い肯定だな。気持ちは分かるけど」

安曇『なら問おう。すぺいん、の、あたぷえるか遺跡、よーろっぱ最古の人類の足跡が刻まれた遺跡がある』

安曇『そこで見つかった人骨、そこには「喰った」痕跡が残っており、しかも「好んで」食べていた跡も見つかったそうだ。さて?』

安曇『これは「人類が狂っていた証拠」だろうか?』

上条「それは……」

フロリス「倫理観がない、とか。他に食べる物がなくて、とかじゃないの?」

安曇『同様に中世よーろっぱ。十字教では「復活」の概念があるため、火葬をしなかった』

安曇『ならば神の子を含め、多くの使徒や聖人達の遺体や骨が残っていそうなものだが、現実には殆どない。理由は分かるか、魔術師?』

上条「んな話聞かれても分かる訳が!」

安曇『ニンゲンじゃない。魔術師へ聞いている』

フロリス「……」

上条「……フロリス?どうした?」

フロリス「先生から、聞いた事があるよ。確か――」

フロリス「宗教的熱狂から、食べた、って……」

上条「!?」

安曇『聖遺物の散逸を防ぐため、との説もあるが安曇は異を唱えよう。わざわざ食さなくとも、焼却するなり損壊するなり、術はあったのだからな』

安曇『あぁ、責めている訳ではない。先程も言ったが、それは自然だ。恥じ入る必要も、後ろめたく感じるのは不要』

安曇『人は理性という名の鎧を着た獣に過ぎない。その本質は変わらないだけの話だ』

安曇『生命の揺り籠、と言えば聞こえは良いが、その実、地球初めての命が産まれたのは硫酸の海の中』

安曇『似たような単細胞生物同志で食い合わねば、とてもとても生き残れなかっただろう』

上条「……それが、魔術とどう繋がる?一部の例外じゃねぇかよ!俺達には関係無い!」

安曇『「過去の話で現生人類には縁遠い」と?それもまた真理ではある。しかし事実ではない』

安曇『なら何故ヒトが獣化魔術を使えば狂うのか?明らかに獣ともヒトとも違う、異質な行動を見せる理由は?』

安曇『学園都市や病院でも見たろう?実力が全く違うのに、必死で掛かってくる生成りの姿を』

安曇『もしも彼らが真実「獣」であれば、無い尻尾を巻いて逃げ出していただろうに』

安曇『おかしいだろう?獣化魔術は「体」を変える能力だ。「心」には影響を与えない』

安曇『だというのに「退化した」だの、「獣に近づいた」と判断するのは推測に過ぎない』

フロリス「なら、どうして?」

安曇『罪悪感だ』

フロリス「は?」

562 : 以下、名... - 2014/07/15 11:41:46.13 n2wAbo/H0 391/1732

安曇『順序が逆なのだよ、と安曇は首を振ろう――かふか、の「変身」は知っているか?』

上条「えっと……?」

フロリス「あなたはある朝起きたら人間大の昆虫になっていました、まる。って話」

上条「怖っ!」

安曇『あれも「精神はまとも”だった”」な。閉塞的で何一つ救いが無い以上、徐々に気を病むが』

フロリス「フィクションだよね、それ?」

安曇『同様に「実は獣化してもヒトは理性を失わない」と安曇は考えている』

上条「……はぁ?だってお前、中世の狼男伝説では!」

安曇『人を喰ったような話、が数多く報告されているが――そうだな、元「幻想殺し」。ヒトが禁忌を破らない理由は、なんだ?』

上条「禁忌……?犯罪とかか、やっぱり罪に問われるからだろ」

安曇『誰にも分からない。絶対に知られない方法で出来るとしても?』

上条「それでも俺は筋の通らない事はしねぇよ!全員――は、無理だろうけど、普通誰だって同じだ!」

安曇『そうだ、それが「罪悪感」だな』

安曇『誰が罪に問わずとも自身の行いが許されない。それは安曇達にはないものだ』

安曇『――だが、逆に考えろ、ニンゲン』

安曇『「今の姿はニンゲンではない、ならば全てを免責される」――そう、獣化した者が考えたとすれば?』

上条「……なんだって?」

安曇『ニンゲンは罪悪感――十字教で言う所の「原罪」から逃れるための免罪符を手に入れた――』

安曇『――「獣になってしまったのだから仕方が無い」――』

安曇『――「どんな事をしても、それは獣に転じてしまったからである」――』

安曇『――そう自身に嘘を吐いて、狂ったフリをして外道を成したのが獣化魔術の本質だ』

安曇『身体能力のブーストは余禄に過ぎない。別の言い方をすれば「タガを外す能力」でもある』

フロリス「……北欧神話のベルセルク、『獣憑き』って意味もあるけどさ」

フロリス「『人間のリミッターを外してる』って教わったけど、あれは能力的な意味じゃなくって――」

安曇『民俗学に於ける三大禁忌とは「殺人・近親婚・人肉食」』

安曇『獣憑きへ分類される魔術は、たぶー、である「殺人」を畏れぬようにするためのもの』

安曇『――そう、安曇阿阪の一族は、ミシャグジを奉るモノ達は考えてきた』

安曇『禁忌を禁忌とせず、恒常的に取り行う事で、獣の姿になっても理性を手放さす、術式が行使が可能となった、と』

上条「……終わってるな、お前の一族」

安曇『否定はしない。他人へ価値観を押しつけるのは間違っている』

上条「外道の筈なのに割と良心的じゃねぇかよ」

563 : 以下、名... - 2014/07/15 11:43:10.51 n2wAbo/H0 392/1732

安曇『必要以上の殺生を獣はしない。さて』

フロリス「(大分時間も稼げたよね)」

上条「(だな……気分悪いけど)」

安曇『中世に流行った獣化魔術、狼男伝説にしても、十字教徒の「原罪」から逃れるためである可能性が高い』

安曇『高まる教会権力――正確にはろーま正教への反発が、あんちてーぜ、となり、歴史的にも、ふらんす革命へ繋がるのだが』

安曇『また神の子は「葡萄酒が我が血、ぱんが我が肉」と、多分に食人文化を取り入れている、と』

安曇『……辞世の句としては長々と喋りすぎたが、そろそろ始めようか』

上条「……勝てる気がしねーな」

安曇『あろさうるす、の肉体の強度だけで言えば地球最堅ではある。尤も、体積に比例して自重も多いため、動きは当然鈍くなる』

安曇『みさいる、でも当てれば少し痛いかも知れないぞ?』

上条「……ハッタリ、だよな?本気で言ってないよな?」

安曇『試してみれば分かる』

フロリス「Monsterめ……!」

安曇『試してみれば分かるな、それも』

安曇『――仲間を待つのも結構だが、来ない相手に期待するのも酷だろうな』

上条「――え?」

安曇『魔術師の天球座標、か?定期的に「臭いのある魔力」を発するのは分かっていた』

安曇『だから街中に同じ臭いを撒いて置いたが……さて、効果はどうだろうか?』

フロリス「……ヤッバイかもねー、これ」

上条「……まぁ、いつもの事ではあるよな……」

安曇『では始めようか、ニンゲン達。夜明け前には始末をつけたい』

上条「一応聞くが、終わった後のスケジュールは?」

安曇『特には考えていないな。時間ももう無かろう』

上条「時間?」

安曇『――さぁ、逝かん「幻想殺し」と「魔術師」よ!』

安曇『闘争の時代は幕を開けた!どちらが霊長足るか力にて雌雄を決さん!』

上条「来やがれ!この程度慣れっこだよチクショウが!」

フロリス「――あ、ごめんね?ジャパニーズ」 ヒュンッ

上条「おうっ!行く――お、ぅ……?」

上条「……」

安曇『……』

上条「あ、あれ……?フロリスさん、ふーろーりーすーさーん?」

上条「えっと……」

安曇『……まぁ、その、なんだ』

上条「何逃げてんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

安曇『楽に死なせるから、な?』

上条「気ぃ遣ってんじゃねーよ!むしろ優しさが痛いよアリガトウ!」

安曇『元々は真蛇の狩猟相手に、とは思っていたが。苦しめるのも忍びない、というかいたたまれない、と安曇は思う』

上条「フロリーーーーーーーーーーーースっ!カンバーーーーーーーーーーーーーーク!!!」

564 : 以下、名... - 2014/07/15 11:44:02.79 n2wAbo/H0 393/1732

――スタジアム 天井

フロリス「……」

フロリス(……さてさて、ここまでは『予定通り』だーよねぇ)

フロリス(時間を稼げるだけ稼いでから、一撃必殺を狙う、と)

フロリス(こっからなら多分距離もあるし、アロサウルスは倒せる――かなぁ?倒せるよね?ダイジョーブだよな?)

フロリス(脅威度からして生成りを量産出来る安曇の方が上、ってか厄介だかんね)

フロリス(問題なのが、その後。絶対に黙っていないであろう真蛇どもか)

フロリス(連中にとって親だか仲間だと知らないけど、魔力スッカラカンのワタシらを放置はしてくれないよねぇ、うん)

フロリス(『右手』が戻ってくれば――ってのも、楽観的すぎる)

フロリス(ゲームじゃあるまいし、直ぐくっついてサァ元通り!なんてのは有り得ないっと)

フロリス「……」

フロリス(ワタシは『ハーフ』だ。フォワードとディフェンスを繋ぐ要。冷静にならなきゃならない)

フロリス(誰かが死んでも『N∴L∴』の円卓が欠けるのは防がないとイケナイ……)

フロリス「……」

フロリス「……見捨てる、のもアリかにゃー……?」

フロリス(ここまで付き合わせたのは、最悪の最悪、捨て駒になって貰う打算もあった)

フロリス(だから足手まといなのに、わざわざ付き合わせてきた――)

フロリス「……」

フロリス(列車での貸しもある。多分ここで逃げても責められはしない……)

フロリス(むしろ不確定要素になり得るジャパニーズが消えれば、それもアリ、かもね?)

フロリス「……」

フロリス「――でも」

フロリス「笑ってたな……アイツ」

フロリス「どう考えてもヤバいのに、唯一持ってた強い力も失ったばっかだってのに」

フロリス「ワタシを心配させないために……」

フロリス「……」

フロリス「……はぁ……」

フロリス「いやまぁ、分かってたよ?なんとなーくだけどねぇ」

フロリス「だから『最初っから嫌いにならないといけなかった』んだよ、うん」

フロリス「だってしょうがないジャンか、こればっかりはどーしよーもないって言うか」

フロリス「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……」

フロリス「……レッサーにマジ謝んなきゃなぁ――」

フロリス「――アイツを、ぶっ倒してから……!」

565 : 以下、名... - 2014/07/15 11:45:30.62 n2wAbo/H0 394/1732

――スタジアム 中央

上条(――と、まぁ一芝居を打った俺だったんだが、うん。アレだよね?)

上条「マズいマズいマズいマズいマズいっ!?死ぬ、死んじゃうから俺っ!?」

安曇『一度は死ぬな、誰しもが』

上条「殺そうとしている張本人の言う事じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

上条(リアルユニバーサルワールドとか、リアルなおばけ屋敷とか、そういうのを思い出して貰いたい)

上条(しかも某配管工ゲームと同じく、敵に触ったり落ちたら死ぬ類の、うん)

上条(恐竜に獣化した安曇は速い!んでもって機動性が明らかにおかしいじゃねぇかよ!?)

上条(昔の映画とかでは時速数十キロで走る車に追いついたりするけど、あんな無茶な俊敏性を持ってるって訳じゃない!断じて!)

上条(ただ、どうやってもタッパやら歩幅が違いすぎる!こっちで20歩走ったとしても、あっちの二・三歩と距離は同じだ!)

上条(現実に居た恐竜と絶対に違う点はもう一つ!その『重さ』だ!)

上条(どう控えめに見ても10トントラックといい勝負のアロサウルス!奴が歩いた跡が陥没していない!)

上条(幾らサッカーグラウンドとしても使えるようになってるったって、トラックが人工芝の上でドリフトカマすようなもんだ!)

上条(柴は抉れ、地面は足跡の形にヘコむ筈が、どういう訳か軽くしか残らない!)

上条(多分何かの術式をしているんだろうが――)

安曇「グルルルルルルルルッ!!!」

上条「――来る!?」

上条(安曇は構造状人間の詠唱が出来ない!だから獣の鳴き声で人の声を出せるようにし、そこからまた呪文を紡ぐ……!)

安曇『水槍招来(ながれ・おちる)』

カ、キキキキキキキキキキィンッ!!!

上条(水の槍が、剣山のように降っ――)

……パキィィッン……!

上条「……?」

安曇『……ちぃ』

上条「……何だ、今の?途中で水が四散した……?」

566 : 以下、名... - 2014/07/15 11:46:59.77 n2wAbo/H0 395/1732

安曇『「右手」だろう。アレは』

上条「右手――『幻想殺し』か!?何で!?」

安曇『喰いきれなかった、と言うべきか、それとも消化しきれずにいる、と言うべきか。安曇は迷うのだがな』

安曇『「あれ」は「異常なモノを正常へ戻す」んだったな?』

安曇『なら、安曇は存在自体「異常」なものだ。従って安曇の魔力や術式に干渉しているのかもしれん』

上条「だ、だったらお前、元の姿へ戻っているんじゃ……?」

安曇『どうだろうな?ならばニンゲンが触っただけで、かの隻眼の魔神もただの少女へと戻らなくではならない』

安曇『身体能力を上げた相手、あっくあ、辺りでも触っただけで無力化出来る筈だが……こればっかりは、何とも言えん』

上条「……繋がってるのか、まだ!俺と!」

安曇『魔術的にはその可能性があるというだけだ。安曇が謀ろうとしているだけかも知れないぞ?』

上条「お前、嘘の概念がないとか言ってなかったっけ?」

安曇『家畜に嘘を吐くニンゲンは居ないだろうが、オオカミに罠を使うニンゲンは少なくない』

上条「それも何だかなぁ……」

安曇『ともあれ術式が駄目なら直接攻撃で潰すのみ、逝くぞ!』

上条「――さっきの話なんだが!獣化魔術の!」

上条(頼むフロリス!早くしてくれ!こっちはもう後ろが壁に追い詰められた!)

上条(安曇が少しでも本気になったら、終りだ……!)

安曇『……あぁ済まない。今少し急いでいるので、後にして貰えるか』

上条「直ぐに終わるよ。なんだ、そのぐらいの時間も待てないのかよ?」

上条(確かフロリスの挑発にあっさり乗ったり、見た目以上に精神がガキだ!こうすれば乗ってくる筈……!)

安曇『……』

上条「……お前、ハードウェアとソフトウェアって概念、知ってるか?」

安曇『おーえす、でばいすどらいば、ぐらいなら、多少は』

上条「……つーか俺より詳しいんじゃねぇのか。片言なだけで」

安曇『前にも言ったが、安曇が術式を使う上で最適の声帯へ変えているだけだ。横文字も知らない訳ではないぞ』

上条「……で、新しいパソコンにさ、古いソフトをインストールさせるんだけど――大抵、動かなくなるんだよ」

安曇『仕方が無いだろう。おーえす、が違うのだし環境そのものが変われば』

上条「さっき言った獣化魔術も『そう』なんじゃないかって」

安曇『「そう」とは?』

上条「人の体ってのは、人が使う上で最適にチューニングされてるんだ。交感神経や副交感神経、つっても分かんないか……えっと」

安曇『血液の流れや神経の働き、汗をかいたり血圧を上げたりする、無意識の働き、だな』

上条「お前やっぱ俺よりも詳しいな!?」

567 : 以下、名... - 2014/07/15 11:49:07.59 n2wAbo/H0 396/1732

安曇『一身上の都合で解剖学に長けている――で?』

上条「あぁうん、それでだ。だから例えば、人の脳を爬虫類の脳と取り替えた、つってもまずまともに働かないと思うんだよ」

上条「どっちが上とか優れてるとかじゃなく、それぞれの体には合った脳が必要だからな」

安曇『おーえす、に対応した、そふと、でないと動かない。または動作不良を起こす?』

上条「昆虫の体を操ったとしても、複眼がまともに処理出来るとも思えねーし――翻って『獣化魔術』だ」

上条「アレも要は体を変化させる、って事なんだよな?人の体を造り替える、つーか」

安曇『然り、だ』

上条「ならそん時、『脳の処理ってどうやってんだ』よ?」

安曇『むぅ?』

上条「爬虫類の話だが、人間と違って赤外線を見たり、ピット器官?だかを持ってたり、中には毒を持ってる奴も居るな」

上条「――けど『人間にはそんな概念はない』んだぜ。そこら辺の整合性、どうつけてるんだよ?」

安曇『……』

上条「分からないよな?多分、なんとかしてるんだと思うが――で、こっから推測」

上条「お前が散々言ってた話、『獣化すると人間の本性をさらけ出す』?とか『獣化は免罪符』?ってさ――」

上条「――ただの、ハードウェアのエラーじゃねぇのか?」

安曇『なん、だと?』

上条「人間が尻尾を振るって感覚が分からないように、いきなり魔術で別の生物になっちまうんだろ?」

上条「さっき言ってたカフカ?もそうだけど、なんで変身したその瞬間に、慣れない体、使いこなせるんだっつーの。おかしいだろ」

上条「今まで軽トラ乗ってた奴がF1乗るようなもんだ。事故って当然だと思わないか?なぁ?」

安曇『……』

上条「元へ戻ろうとしても戻れない、ってのは『体がエラーを起こして、思い通りに動かないから』って理由の方がしっくり来ないか?俺はそう思うんだけど」

上条(あ、ヤバ。言ってたらハラ立ってきた)

568 : 以下、名... - 2014/07/15 11:50:20.84 n2wAbo/H0 397/1732

上条「……まぁいいや。それは別に専門家だっていう、お前の意見が正しいのかも知れない」

上条「そういう下らない奴が獣化しちまって、悪い事すんのかもしれねぇな。それは認める」

上条「――けどな!だからって他の大多数の人間まで同じだと思うんじゃねぇよ!」

上条「大抵の人間は色んな意味で他人を食い物になんかしねぇし、そもそも真っ当に生きてる!違うのかっ!?」

上条「なぁ、安曇阿阪!お前が言ってる事、お前が人間を信じられないのも、見限るのも勝手だ!好きにすりゃいい!」

上条「けどな!お前の言ってるような話が本当だってなら、どっに人類滅びてるだろうが!なあぁっ!」

上条「安曇、お前は竜の形を取った。確かに強いだろうし、文字通り地球の歴史の中でも最強なんだろうさ、それは認める」

上条「けど!だったらなんで!その最強が滅びてんだよ!?」

上条「最強だったら生き残るだろう?最強だったら他を駆逐するだろう?」

上条「当時の俺達――哺乳類は小さなネズミで、相手にもならなかった筈だ。だって言うのに!」

安曇「……」

上条「お前もソイツ、外側のソイツと同じだよ。最強だろうが、何も分かってない。理解していない」

上条「見てみろよ、このザマを!たかだか『右手』もない俺相手にムキになって追い回して!命一つ満足に取れない!」

上条「これが最強か?……はっ、冗談にも程がある!」

安曇『そう、かも知れないな。ニンゲン』

安曇『「コレ」は確かに数億年前に淘汰され、滅んだ存在だ。その一点に置いてすら、最強などでは有り得ない――有り得、無かった』

安曇『だが、ならば、そうするのであれば――証明、すればいい』

安曇『安曇が、安曇達の暴力に勝るモノなど居ないと!霊長を名乗るに相応しいと示せばいいだけだ!』

上条「……悪くない、シンプルで分かりすやい」

安曇『掛かってこい、ニンゲン!その存在を賭けて!生き残るのはどちらかを決めよ!』

安曇『ニンゲンが安曇を打ち倒し、闘争の世紀に終りを告げて見せろ!』

569 : 以下、名... - 2014/07/15 11:52:06.23 n2wAbo/H0 398/1732

――スタジアム 天井

フロリス「ワタシは魔術師、『新たなる光』――」

フロリス「――Florence243(淑女の守護騎士)の名に於いて命ず――――」

フロリス「――『金の鶏冠(グリンカムビ)』出力最大!」

フロリス「……」

フロリス「……ウェールズには竜が居た」

フロリス「王が塔を建てよと命じた所、二つの箱が埋められていると魔術師は幻視る」

フロリス「王は怖る怖る箱をこじ開けると、中からは二匹の竜が現れ戦いを始めた」

フロリス「魔術師は予言する――『赤い竜はブリテン人、白い竜はサクソン人』」

フロリス「『この争いはコーンウォールの猪が現れて白い竜を踏みつぶすまで終わらない』と」

フロリス「そして王は弑され、『竜の頭』が魔術師へ問い――魔術師はまたも神託を下す」

フロリス「『あの星がユーサーより生まれる偉大な王になる!また子孫は全てブリタニアの王となるであろう!』」

フロリス「さぁ剣を取れ我が同朋!流れる星は凶事にあらず!我らが宿願の成就と知れ!」

フロリス「あれは我らの象徴にして化身!愛するウェールズに咲くリーキの花!」

フロリス「絶対の騎士達を従える王の産声、それ即ち――」

フロリス「――『Red dragon of Wales!(ウェールズの赤い竜!)』」

570 : 以下、名... - 2014/07/15 11:53:07.99 n2wAbo/H0 399/1732

――スタジアム内

上条「(……フロリス……っ!)」

安曇『ふむ……?』

上条(マズい!注意を引かないと!)

上条「行く――」

安曇『――残念だが、と安曇は何度言えば良いのか、正直気が引けるのだが。まぁ宿敵同士、遠慮する事もあるまい』

上条「お前、何を」

安曇『知っていた、と言っている』

上条「……何を、だよ」

安曇『ニンゲンが先程から待っていた「魔術師」だ。気配も臭いも、捉えたままでずっと注意していた』

上条「……は、あはははっ!」

安曇『何故笑う?安曇は面白い事など言っていないぞ?』

上条「そりゃ笑うだろ。お前はもうオシマイだからな」

安曇『と言うと?』

上条「フロリスがこんだけ自信満々の一撃食らって、倒せない訳がねぇよ」

安曇『成程、それは怖いな。安曇は怖いの好きではない――』

安曇『――ので、ここは一つ「ペテロの対空術式」を使わせて貰おうか』

上条「……んなっ!?使えるのかっ!?」

安曇『むしろ使えない理由が分からない。アレは世界的にも有名な術式で、様々なバリエーションが世界中で使われている』

安曇『亜流であるし、威力は、おりじなる、より低い。東方呪禁道士がオヤウカムイを墜としたヤツだ』

安曇『とはいえ、あの高さから落ちれば即死は免れまい。では――』

上条「テメェっ!」 ガッ

安曇『寄せ、ニンゲン。安曇を殴った所でさして痛痒も無い。正直、触っているのかどうかも分からない程に感じない』

上条「させっ!ねぇっ!よっ!」 ガッ、ガッ、ガッ

安曇『……これが、現実だ。希望があろうとより力の前には無力。喰われるのが嫌ならば、ずっと日陰で隠れていれば良かったのだ』

上条「何やってんだテメェ!?何やってんだよ!」

安曇『……もういい。気の済むようにすればいい』

上条「いい加減働けよ――相棒!」

安曇『――何?』

571 : 以下、名... - 2014/07/15 11:54:19.48 n2wAbo/H0 400/1732

上条「お前だって分かってんだろ、なあぁっ!今まで俺達がやってきた事、積み重ねてきた事が駄目になっちまうんだ!」

上条「力を貸してくれ!いつもみたいに!俺と一緒にぶん殴るだけで良いんだよ……ッ!」

安曇『まさか――ニンゲン!?安曇の腹の中の――』

上条「中から、キツいの入れてやれ――『幻想殺し』!!!』

パキイイィィィィィンッ!!!

安曇『ゲ……かはっ……!?』 ドスゥン……!

上条(安曇の腹の辺りが一瞬光り――安曇は膝をつく!)

上条(獣化は解けていない。が!片膝をついた地面が大きくめり込んでいる!)

上条(体のあちこちのパースが歪み、変身が綻んでいた!)

安曇『この、ニンゲンがァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!』

上条「……お前が負けるのは、単純な理由だよ。安曇阿阪」

安曇『な、何……?』

上条「俺は――俺達は仲間を信じた。けどお前は仲間を食い物にしか見なかった」

上条「ただ、それだけだ」

フロリス「――『Red dragon of Wales!(ウェールズの赤い竜!)』」

安曇「Gugyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa……ッ!?」

上条(閉じた天空から落ちてくる断罪の赤い剣、それは一直線に安曇の巨体を貫き、切り裂き、弾き飛ばす)

上条(『金の鶏冠』で生み出した赤く光る力場が全速力で突っ込んで来たからだ)

上条(身を捩る程度の細やかな抵抗すら出来ず、安曇は赤い力の流れでズタズタになっていった)

上条(本来鋭い一撃である筈なのに、本当は武器の一撃である筈なのに)

上条(その光景を間近で見た俺が、後からフロリスに感想を求められたら、きっとこう答えるのであろう――)

上条(――まるで赤い竜が白い竜を踏みにじった、と!)

572 : 以下、名... - 2014/07/15 11:55:17.13 n2wAbo/H0 401/1732

――スタジアム

フロリス「いっえーい」

上条「おっ疲れー」

上条(戦闘が終わり、フロリスとハイタッチしようと迷ったが、結局しないままで終わってしまった)

安曇「……」

上条(直ぐ側に半分ぐらいになった安曇が居れば、流石にちょっと大喜びする気にはなれない)

上条(半分、と言うのは最初の、少年とも少女とも言えない姿の『半分』、つまりは)

上条(上半身以外は殆ど残っていない――瀕死の状態だから)

安曇「……おめでとう、霊長類。安曇は素直に祝福をしよう」

上条「お前!あんまり喋ったら!」

安曇「心配してくれるのはありがたいが、もう時間は無いだろう。そのぐらいは、分かる」

フロリス「……謝るつもりは無いかんね」

安曇「魔術師。戦いに負けた、それだけの話――なんだ、が」

フロリス「何?」

安曇「申し訳ないが、と言うべきか。ざまぁ見ろ、と言うべきか」

安曇「周囲をよく見てみるといい」

上条「周り……?」

真蛇『ゲゲゲゲゲゲゲゲ……ッ!』

上条「……一難去ってまた一難、かよ!『右手』もくっつかないっていうのに!」

上条(俺の『右手は安曇の側に落ちていた。特に欠損はしていないようだけど、傷口を合わせてもくっつくなんて事も無く』)

上条(フロリスに氷を作って貰って、袋に入れて包んでいる状態だ)

安曇「血の匂いには敏感だからな。いい教育をしたと思うが」

上条「……テメェ、この期に及んで破れかぶれじゃねぇかよ!」

安曇「悔しくないと言えば嘘になる――が、随分と余裕だな。魔術師?」

フロリス「ん、あぁワタシ?まぁ余裕っちゃ余裕だけどさ」 ピッ

上条(そう言って彼女は片手に何かを持っている?通信用の霊装か?)

上条「待て待て、今から連絡したって遅いだろーが!いや、しないよりはいいけどさ!」

フロリス「あー、違うんだなぁ、これが。カミジョー、耳を塞いで口を開けて?」

上条「はい?俺が?なんで?」

フロリス「HurryHurry!(早くいーから!)」

上条「う、うん?」

上条(周囲を真蛇に包囲され――光りが無いからよく見えない――て、もうヤケクソになって耳を塞ぐ。何の意味があるんだ、これ?)

上条(目の前でフロリスが口をパクパク……あぁ、口も開けるん――)

ズゥンっ!!!

上条「――!?」

573 : 以下、名... - 2014/07/15 11:57:31.60 n2wAbo/H0 402/1732

上条(地震か!?と一瞬ビクつく程の衝撃!胃の辺りが何か見えない鈍器で殴られたような感じか!?)

ズゥンっ!!!ズゥンっ!!!ズゥンっ!!!

上条「――!――!?」

上条(何度も何度も衝撃が!……って俺に塞げと言ったフロリスは、俺と同じポーズのまま、驚いてはいない)

上条(て、事はこれは予定調和なのか?何かの術式?つーかこれ何だ?)

カッ

上条(目の前に大光量が広がり、思わず手を離して目を覆ってしまう――が、衝撃はもう襲っては来なかった)

上条「……何だ、これ……?」

上条(強烈な光にゆっくりと目が慣れていく……目に入った順番にフロリス、安曇、そして真蛇達が見える)

上条(ただし俺達の脅威である筈の彼らは、例外の一つも無く倒れていたが)

上条「今の攻撃、で?」

安曇「何が……起きた?」

フロリス「んーむ、ま、種明かしをするとだねぇ。学園都市の音響設備はスゲーぜって事になるかね」

フロリス「要は、ボリューム上げて、ドーン!ってしただけ」

上条「え、学園都市の?いつ間に設置してたの?」

フロリス「違う違う。次のライブ会場が、『ここ』なんだってば」

上条「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?お前、それ」

フロリス「いや、オフィシャルサイトに載ってたし。つーか気づけよ、ある意味スタッフでしょー?」

上条「いやまぁそうなんだけどな――って違うよ!大音量で伸びたのは!」

安曇「……繊細、なんだよ。爬虫類や魚類は」

上条「繊細て」

安曇「感覚器官がニンゲンよりも優れている……の、と、普段から大音量で、ろっく、を聞く事も無い」

安曇「従って神経の一部が麻痺してしまっている、という所だろうか」

フロリス「ピンポーン、正解っす」

上条「そ、それなら納得……?」

上条「じゃ、ねぇよ!だったらもっと早くやれよ!俺が時間稼がせる前にねっ!」

フロリス「いやだからワタシじゃないし、やったの」

上条「じゃあ誰だよ?」

フロリス「外部からのハッキングだから、そっち側の誰がでしょー?そこまでは知らないなぁ」

安曇「と、言う事は――連絡を取っていた、のか?どうやって!?」

フロリス「いや、ケータイで」

安曇「……」

フロリス「ARISAのメアド知ってるなんて自慢出来るっしょ?だから、護衛にかこつけて聞いといたんだよねー」

フロリス「だーかーらー、最初っからこっちの情報や居場所は向こうも知ってるし……あ、今クルマで正面ゲートぶち破ったって」 ピッ

574 : 以下、名... - 2014/07/15 11:58:47.21 n2wAbo/H0 403/1732

上条「持ってたのかよ!?つーか言えよ、俺に!最初っからさ!」

フロリス「言ったら即バレするジャンか?コイツが大体盗聴してたみたいだし」

フロリス「……まぁ、最初に喋った時点で、『なんかあやしいなー?』って思ってたからさ」

フロリス「つーかね、安曇だっけ?アンタ、人を舐めすぎ。それが敗因だよ」

フロリス「魔術のプロだし、心理戦にも長けてるし、応用も出来て覚悟もある。それは素直に凄いって思うけど」

フロリス「でもさー、やっぱりワタシらを下に見てるから、文明とかにも理解しないのが出来ないのか知らないけど」

安曇「……安曇、が……切り替わった時、気づいて、なければ……?」

フロリス「あぁあれが大失敗だーよねぇ。あん時気づかなかったら、今のも間に合ってないと思うしさ」

安曇「……友だと、謀るのが……無理、だったか……」

フロリス「あー、ダメダメだったよねぇ。口調も声色も大体完璧だったけどさ、アンタはレッサーの事を何も分かっていない。ナイナイ」

フロリス「参考になるか分っかんないけどさ、模範解答を見せたげるよ――」 ピッ

上条「霊装で通信?」

フロリス「『あー、もっしー?レッサー?オレオレ、オレなんだけど』」

上条「おい、口調変わってんぞ」

フロリス「『えっとさーぁ、なんてのか、言いにくいんだけど、話、あるんだよねぇ』」

レッサー『――っていきなり電話かけといて何なんですかっ!?こっちはバンにぎゅうぎゅう詰めでチーズになりそうですが!』

フロリス「『出来れば今したい。オーバー?』」

レッサー『ならどーぞ。ただし手短にねっ』

上条(割とデジャブを感じる展開だ。ここまでは)

フロリス「『んーとねぇ、その――レッサーの気持ちは分かってたんだけどさ、ワタシも気にいっちゃったみたいでさ」

フロリス「『もし良かったら、譲って貰えないかなぁ、なんて』」

レッサー「『よろしい、ならば戦争です!』」

フロリス「ね?」

安曇「……ほぅ……?」

フロリス「友達ってのはこーゆーモンさ。気に入らないなきゃケンカもするし、気に入ったらもっとケンカになるし」

上条「結果同じだろ」

フロリス「外野ウルサイ!……ん、まぁアンタが負けたのは、どこまで行っても『一人』だって事だと思うよ、うん」

フロリス「現代科学を甘く見るのは手落ちだけどさ、誰かが側に居てアドバイス貰ってたら、こんな結果にはなってなかった、と思う」

安曇「……」

フロリス「つーか聞いてる?もしもーし?人に恥ずかしい事言わせといて、何眠ってやがんだこの野郎!起きろよ、おーきーろっ!」

575 : 以下、名... - 2014/07/15 11:59:50.43 n2wAbo/H0 404/1732

安曇「……」

上条(安曇は目を開かない。どこか悔しそうに口の端を歪め、眉はヤレヤレと言った感じにしかめられている)

上条(一貫して無表情だった安曇、自らの崇める爬虫類のように生きたかったであろう彼が。最後の瞬間に何を思ったのか、それは分からない)

上条(――けれど、そのどこか笑ったような死に顔は、割と満足していたようにも見える……)

フロリス「あーぁ、つっかれたー。帰ろっか?」

上条「……あぁ。そうだな」

フロリス「腕くっつけないとねー?くっつくと良いよねー?」

上条「不吉な事言うんじゃない!俺だって考えないようにしてんだからな!」

レッサー『あのー?もしもしー?聞いてますか?ねぇ、私なんかスルーしてる感がですね』

レッサー『なんかこう、楽しそうな会話が聞こえてきてイラっとするっていうか――はっ!?これはまさか孔明の罠が!?』

レッサー『いいですかフロリス!私は引きません!胸の違いが戦力の決定的な差だと叩き込んで差し上げますよ!』

レッサー『殿方なんてのは、乳、乳、乳!悲しいけど、これ戦いは乳なんですよね!えぇっ!』

レッサー『って何かそろそろいい加減孤独な一人旅をしている感じが――』

レッサー『ってストーーーープっ!?ベイロープ、それは人に向けて良い――』

レッサー『アッ――――――――――――┌(┌^o^)┐―――――――――――――!? 』

ピッ

576 : 以下、名... - 2014/07/15 12:02:32.71 n2wAbo/H0 405/1732

――スタジアム アリーナ

チャン、チャチャチャン、チャン

鳴護『A gentle voice affects, and my mind is shaken.』

鳴護『It is scary and more than others slow to be damaged by good at vomiting of the lie nevertheless.』

鳴護『There is no other way any longer.』

鳴護『I want ..seeing with a smile.. to end it sadly. Because I am on the side.』

鳴護『A vague smile unexpectedly strikes it ..me...』

鳴護『You in the other side of the smile that it wants you to teach』

鳴護『It grieves in a sad voice, and my mind is tightened.』

鳴護『The distances are long and slower well in the good laughter than anyone nevertheless.』

鳴護『There is no other way any longer.』

鳴護『I want ..seeing with a smile.. to start gently.』

鳴護『A straight glance that I am on the side makes me puzzled.』

鳴護『I want you to tell it. You in the other side of the smile …….』

チャチャンー……

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『フランスの皆さんコっンっニっチっワーーーーーっ!元気でっすっかーーーーーーーーーーーーーーっ!?』

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『いやー、フランスってサッカー好きな人おーいんだよねー!昨日スタジアムでヤンチャしちゃった子が居たのはビックリしたけど!』

鳴護『ブラックなスタッフさん達のお陰で予定通り開催出来ましたー!柴ざ――スタッフさん、ありがとーーーーーっ!』

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『あとサッカー負けちゃいましたねー、私の所もみんなも』

鳴護『決勝トーナメントのブラジル戦見るに、厳しくファウル取ってた方が正しかったんじゃね?みたいに思いますけど』

鳴護『ま、でも終わっちゃいましたし!また四年後!次は決勝でお会いしましょう、負けませんからねっ!』

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『ありがとーーーーーーイギリスーーーーーーーーーっ!!!』

オ、ォォォォォォォォォォォォォォッ!?

鳴護『……えっと』

鳴護『そ、それじゃ次の曲――』

577 : 以下、名... - 2014/07/15 12:05:09.80 n2wAbo/H0 406/1732

――病室 同時刻

ケーブルテレビ『そ、それじゃ次の曲――』

上条「……なんだろう、これ?デジャブ?いつか見た光景なんだけど」

上条「てかアリサの天然もいい加減にしないと」

フロリス「いやぁ天然って怖いよねぇ。あれで計算だったらもっと怖いけどさ」

フロリス「まぁ前回のLIVE見てた人にはお約束みたいなアレでいいんじゃなーい?」

上条「どこにもでもコアな連中って居るのな!」

フロリス「んで、結局くっついたの?腕?」

フロリス「学園都市からの遠隔操作で、ロボットが手術始めた時には、『何の実験?』ってビビったけど」

上条「……カエル先生の腕は確かなんだが……心臓に悪いよな、うん」

上条(あの後、『右手』は自発的にくっつく事は無かった――って当たり前だ。俺の体はそんなにアバウトじゃねぇし)

上条(だから外科手術で――ってなったんだけど、学園都市へは戻れない。かといって先生も来られない)

上条(んじゃ幸い機材もあるしやっとく?みたいな軽くノリで始まり、成功した……うん、いいんだけどな!)

上条「ギブスは明日までつけとけって言われてる。指先に感覚戻ったし、大丈夫だろ」

フロリス「大変だねー――あ、ご飯」

上条「左手で食べんのは時間が掛かってさ」

フロリス「んー、じゃワタシが食べさせて上げるよ。ほら、アーン?口開けろコラ?」

上条「一人で出来る!つーか恥ずかしすぎるわっ!」

フロリス「HurryHurry! Hey!(早くしなよ、ほらっ!)」

上条「あ、あーん?」

フロリス「もぐもぐ」

上条「ってお前食うんかい!?昨日もこのネタやったよ!」

フロリス「病院食って味薄っ!?てか激マズっ!」

上条「謝れ!確かに同意したくなるけど、その暴言を謝って!」

フロリス「てかまず間接キスした事に照れなよ」

上条「べ、別に意識してる訳じゃ無いんだからね!?」

フロリス「Oh……、本場のツンデーレ」

上条「やっぱジャパニメーションって誤解しか生んでないと思うんだよ?」

フロリス「あー、それでどこ行こうっか?リクエストとかある?」

上条「聞いて?ねぇ何で君、野々村さんみたいにスルーするの?」

578 : 以下、名... - 2014/07/15 12:07:00.14 n2wAbo/H0 407/1732

フロリス「折角フランスまで来てんだから遊びに行かなきゃ損ジャンか。なに言ってんの?バカなの?」

上条「そ、そうかな?」

フロリス「一人だとまた食べられるからワタシが付き合ったげるし、感謝したまえよ。ワタシに」

フロリス「お礼はデート代、全額そっち持ちでいーからさ?」

上条「やだこの子タカる気満々じゃない」

フロリス「えー、安い方だよー?魔術師一人護衛に雇うのってたっかいよー?具体的には知らないけど」

フロリス「あ、だったらワリカン?半々でどう?」

上条「ま、それぐらいだったら、いいか、な?」

フロリス「オケオケ。そいじゃガイド紙買ってきたから、一緒に見よーぜ。つーかそっち詰めなよ」

上条「おい!ベッドの上に上がってくんなよ!」

フロリス「じゃなっきゃ見れないジャンか。どこ行こうかって予定立てんだから――あ、もしかして?」

フロリス「意識しちゃう?フロリスさん可愛い子だし意識なんかしちゃったりする?」

フロリス「ほーら、正直にいーいーなーよーっ!」

上条「無い!絶対に無い!」

フロリス「むか……あー、だったら別に構わないよね?意識してないんだったら、くっついても問題ないよね?」

フロリス「そっち詰めて詰めて。ワタシまた落ちんのは嫌だかんね」

上条「ったく、しょうがねーなー――ってお前」 フニッ

フロリス「Ah, Ha?(どったん?)」

上条「いや、その当たってるっつーか、うん、その、アレが」

フロリス「当ててんだよ、言わせんな恥ずかしい」

上条「お前もう帰れよ!?何で俺のSAN値ゴリゴリ削りに来てんだよ!?」

フロリス「……いやマジ照れるよね……?」

上条「突然素に戻んな!?グイグイ押して来やがったのに、ちょっとテレる顔が可愛いんだよチクショーっ!」

フロリス「ま、計算だけどさ!」

上条「やだこの子、安曇より肉食系」

レッサー「……くっ、中々やるじゃないですかフロリス!」

579 : 以下、名... - 2014/07/15 12:08:00.64 n2wAbo/H0 408/1732

レッサー「最初に間接キスだと意識させておきながら、デートの話を切り出し!」

レッサー「あまつさえ『全額オゴれ』と無理難題ふっかけておきながら、ワリカンという当たり前の状態へ持ってくる!」

レッサー「しかも最後、グイグイ押してくるかとは思えば素を見せて『ワタシ清純なんですよ?』とアピールするえげつなさ!まさに匠の技と言えましょう!」

レッサー「確かに分かっていましたとも、えぇ!獅子身中の虫が居るってね!」

レッサー「所詮人類の敵は人類……私もあなたが敵になるんじゃないかと思っていました!」

ベイロープ「それあなた、最初から仲間信用してなかっただけなのだわ」

レッサー「あ、聞いて下さいよベイロープ!フロリスさんってばヒドいんですよ!?」

ベイロープ「何となく分かるけど、どうしたのよ?簡潔に話して」

レッサー「デレました!」

ベイロープ「あ、ごめん。やっぱ詳しく頼むわ」

レッサー「あれだけ私がたらし込もうとしているのに、フロリスがっ!」

ベイロープ「……いやまぁ、分かるけどね」

レッサー「でしょう!?私悪くないですよねぇっ!」

ベイロープ「……フロリスの気持ちが」 ボソッ

レッサー「あれあれー?ちょっとなに言ってるかわっかんないですねー?もっかい言ってみませんかー?」

ベイロープ「いやいや、別にいいじゃない?あなたがマ――あれ、オトそうとしてんのって、ブリテンのためよね?」

ベイロープ「だからフロリスか私が口説き落とせば、結果的にオッケーでしょ?違う?」

レッサー「や、まぁそりゃそうですけどね。でも納得が」

レッサー「ちゅーかあなた今、『私』ってさりげなく自分を混ぜませんでしたか?」

レッサー「ていうかベイロープさんにも、昨日の昼間っから不穏な言動が見え隠れしている気が……?はっ!」

レッサー「――駄目ですよ、上条さん。騙されてはいけません!」

レッサー「彼女達には愛なんてありませんよ!あるのは打算と国益だけ!」

レッサー「あくまでも国のために××開こうって××チどもなんですからねっ!」

ベイロープ「仲間を×ッ×言うな」

上条「あと、お前だけは言っちゃいけない台詞だろ。説得力皆無じゃねぇか」

580 : 以下、名... - 2014/07/15 12:09:45.27 n2wAbo/H0 409/1732

フロリス「――あー、レッサー。あのね」

レッサー「な、なんです?」

フロリス「――ゴメン」

レッサー「だーかーらーっ!?ベイロープもフロリスも、ゴメンってなんですか!ゴメンって!?」

レッサー「いやそりゃ『ごめんさない』って意味だとは知ってますけども!そうじゃなくって具体的に言いなさいよ!具体的に!」

フロリス「え、言ってもいーの?」

レッサー「駄目に決まってるじゃ無いですか!?何となく想像つきますけど、そんな残酷な現実に私が耐えられるワケありませんから!」

上条「どっちだよ。ただのワガママじゃねぇか」

フロリス「で、やっぱ凱旋門は外せないよねー。あとパリ市庁舎も穴場だよ?」

上条「市庁舎?有名なんだ?」

フロリス「フランス革命って知ってる?王族ぶっ殺して市民革命起こしたっての」

上条「民主主義の始まり、とか教科書で習ったような?」

フロリス「マジか。あれ実は実権握ったヤツが処刑しまくりでさーぁ、恐怖政治って言われる独裁しやがったんだよ」

フロリス「専門の委員会立ち上げて、『反革命行為』なら証拠無しで処刑出来るようにして、パリだけでも千人以上もギロチンにかけたりしてさー」

フロリス「そん時の独裁者がぶち切れた国民から逃げて、立てこもったのか市庁舎なんだって」

上条「スゲェな!何かちょっと興味出て来たし!」

フロリス「よーし!そいじゃ他にも――」

レッサー「聞きなさいなっ!私はあなた達をそんな子に育てた覚えはありませんよ!」

ベイロープ「育てられた覚えもねーわよ」

レッサー「ぐぎぎぎぎぎっ、私に味方は居ないのか……はっ!?ランシス!ランシスはいずこに!?」

レッサー「前は見事なNTRカマしやがりましたが、今度は!今度こそは私の味方に――」

ランシス「……レッサー、うるさい」 モゾモゾ

レッサー「なんで上条さんのベッドへ潜り込んでんですかーーーーーーーーーーっ!?」



――胎魔のオラトリオ・第二章 『竜の口』 -終-

587 : 以下、名... - 2014/07/22 13:16:40.33 ZN3mjMeX0 410/1732

――『竜の口』蛇章


――パリ市警 モルグ付属室

検死官B「……これ……どうしたものかな」

検死官C「どうもこうもないじゃないですか、私らに出来る事なんてないでしょう」

検死官B「しかしだね君、これは貴重な症例の一つなのだよ?このまま余所に移管されるのは宜しくない」

検死官C「あー、お知り合いの教授さんがこっちの権威でしたっけ?」

検死官B「知り合いじゃない。同期だ」

検死官C「……同じじゃないですか」

検死官B「王立の研究機関だかなんだか知らないが、Limy(ライム野郎)め!フランスで出た遺体だぞ!どうして渡さなきゃならん!」

検死官C「あれ書類に書いてませんでしたっけ?持ってたパスポートがどうのって」

検死官B「彼の遺体をもう一度見たまえ!事故死や病死ならともかく、明らかに殺人だよ!殺人!」

検死官B「彼の無念のためにも我々が調べなくてどうする!?」

検死官C「珍しい症例サンプル欲しさじゃないんですかーあぁそうですかー」

検死官B「ついでに学問が前進するのは良い事だな!あくまでついであるが!」

検死官C「ま、否定はしませんけどねぇ」

検死官A「――お疲れちゃーん、どったの二人して?痴話喧嘩?」

検死官B「違う!」

検死官A「ジョークだよ、ジョーク。ほれ差し入れ持ってきたから、飲めよカフィ」

検死官B「なんでイタリア風発音なんだ……」

検死官C「お、コーヒーの他にドーナツまでありますね」

検死官A「『ARISA』のコンサートスタジアムで売ってた。オフィシャルだから値段は三割増しだっつー話」

検死官C「高っ!?……あぁでも、結構イケますよ」

検死官A「だろ?何でもアイドルご本人様がレシピ作ったっつー設定だと」

検死官C「マジすか!?それじゃ俺もARISAが恋人になったらこれを作って貰える……!」

588 : 以下、名... - 2014/07/22 13:17:50.23 ZN3mjMeX0 411/1732

検死官A「――ってぇファン心理を逆手に取って、実ぁうだつの上がらないツンツン頭に泣きついたんだろーぜ」

検死官A「『当麻君どうしよう!?あたしインタビューで「お料理は得意です!」って言っったら、タイアップ企画来ちゃった!』、みたいな?」

検死官C「俺の純情弄びやがって!……やっぱでも美味いです。しっとりしてる」

検死官A「OKARAが入っててヘルシーなんだそうだが」

検死官B「なんです、それ?」

検死官A「トーフ……Bean Soupを作る時に残った豆の部分だな。ちなみに漢字で書くと雪花菜(Snow Flower Green)……」

検死官A「……中二病患ったDQN親が雪花菜(YUKANA)ってつけそうだな!」

検死官B「日本の名前事情なんて知らん。それより、アリ……?なに?」

検死官C「あぁパリの方でコンサートやってる日本人です。学園都市から来たんだそうで」

検死官B「なんだこのフリフリの衣装は!けしからんな!」

検死官A「まーまーいいからアンタも食えって――あ、検死上がりで食欲無いか」

検死官B「3年続けられれば、あとはもう何も感じなくなるさ。あれはモノだ」

検死官A「まーなぁ、そう思って割り切らないと出来ない業界だからなぁ、ここも」

検死官C「ここ”も”?」

検死官A「んー、あぁいやいやなんでもねぇよ――つか、どうしたんだ、って最初の質問に戻るんだけどよ」

検死官C「あぁなんか今、モルグ(死体安置所)で寝てる患者さん珍しい症例なんですって」

検死官A「どんな?」

検死官B「そうだな――」

検死官A「もしかしてクロイツフェルト・ヤコプ病?それも末期の?」

検死官C「え?CT結果見たんですか?」

検死官A「あー……まぁ、アレだ。ソイツは『呪い』だよ、『呪い』

検死官B「おい、ちょっと待ちたまえ君。何を急に」

検死官A「人類学のタブーは三つ、『殺人・近親婚・人肉食』だな。大体は、っていう注釈がつくんだが」

検死官A「んじゃたまには逆に聞いてみようか。『何故』それらが禁忌とされているんでしょーか?」

検死官B「……何を言い出すんだ、君は」

検死官C「まぁまぁ、休憩時間のお喋りだと思えば、別に」

589 : 以下、名... - 2014/07/22 13:19:06.14 ZN3mjMeX0 412/1732

検死官B「……そうだな……『殺人』はシンプルだろう。動物がしないのと同じだ。数が減れば種族として弱体化するからな」

検死官A「あぁ一応動物もするぜ?ライオンの子殺しや、サメの稚魚の胎内選別とかが有名」

検死官A「ま、ある程度のレベルになると、日常的にする例はぐっと減るかね。人間は例外としても」

検死官C「あー、よく聞きますよね。『人間は戦争って同族殺しをするから、動物よりも劣っている!』論」

検死官A「でもそう言う奴らってニューカルトかネオペイガニズムにやられっちまってんだよなー、これが」

検死官B「異教に憧れる連中か?彼らがどうして?」

検死官A「人間はお前達の――じゃない、俺達のかーちゃんが造ったって事になってんじゃんか?自分によく似せて」

検死官B「おい。母親ではなく主だろうが!」

検死官C「ま、まぁまぁ、そこはマリア様からもお生まれになりましたし、突っ込まない方向で」

検死官A「ペイガンどもに取っては『人間は不完全な存在である。何故ならば不完全な神が造ったからだ』って主張に持っていきたいだけなのさ」

検死官B「グノーシス主義と変わらんな」

検死官A「デミウルゴスの時代から何も変わってねぇよ、そりゃな」

検死官A「既存の価値観や権力を否定するためにゃ、まずそいつらを否定する所から始めなきゃいけない」

検死官C「あぁいますよねー。『アンネの日記を否定するな!ユダヤ人を守れ!』とか言った半年後に、『イスラエルの横暴を許すな!』とか言う人」

検死官B「……結局はユダヤ置いてきぼりで、自分達の都合の良い意見を押し通すためのツールなのだよ」

検死官A「そーゆー奴らは基本、まず結論があってそれに持っていくための手段しかない。相手にするだけ無駄だ」

検死官A「少なくとも真っ当な連中は手段も結論も、普通は複数個あって然るべきだっつー話」

検死官C「戦争もそうですよね?」

検死官A「紛争解決の手段の一つ――であり、生物学的には『自分達の国、一族が繁栄するための方法』なんだがねぇ」

検死官B「動物の縄張り争いと同じだろう。下らない」

検死官A「だったらちょいとパレスチナ行って同じ台詞吐いてこいや。ウクライナでも南スーダンでもいいけど」

検死官C「まぁまぁ、どこも基本数を増やすのが根本ですもんねー……と、『近親婚』は環境に適応出来ないでしょう」

検死官C「劣性遺伝子――普通の組み合わせならは主に出てない形質が、近似種同士だと表へ出ます」

検死官C「それが『劣等』かどうかはさておき、種としては弱い傾向がありますよね」

検死官B「よく勘違いされてるんだが、『劣性』であり『劣等』ではないんだがな」

検死官C「先天的な遺伝疾患が表に出てくる可能性が上がりますしねー」

検死官A「大体ミジンコも本来は単為生殖だが、環境が激変すると両性生殖するってぇ話だよな。そいで?」

検死官B「食人は……言われてみれば、特に、問題は無いのか……?急に思い浮ぶ範囲では」

検死官C「まー、よくホラーもののモチーフになったりしますもんね。ゾンビとかも突き詰めればそっちですし」

検死官A「だぁな。どっちも『種の本能としてのセーフティ』が働いてるんだよ」

検死官B「殺人も近親婚も、種の存続としてはありがたくない話だからな」

検死官A「だからどっちも『罪悪感』やら『倫理観』ってぇ鎖をつけるんだ。鎖の名前は宗教でもいいがね」

検死官A「一線を越えようとトリガーを引いても、セーフティロックがかかってるから、そう簡単には弾丸は出ねぇ」

検死官C「て、事は『食人』も『何らかの種の維持に触れる』んですかね?セーフティが掛かってる以上、何かあると?」

検死官A「ま、そんなに勿体ぶるつもりは無ぇんだが――そこでヤコプ病に繋がんだよ」

590 : 以下、名... - 2014/07/22 13:20:07.89 ZN3mjMeX0 413/1732

検死官A「安曇の野郎、実際にゃどんな感じだったんだ?」

検死官B「あ、あぁ。開頭していないのでスキャン画像しか無いが――ほら、見たまえ」

検死官A「……うっひゃー、こらまた酷ぇな」

検死官B「脳が従来あるべき量3分の1ほどに萎縮している。まともに歩行も出来なかったろうに」

検死官A「……なーるほど。だから獣化で補ってたのな」

検死官C「元々ヤコプ病は脳がスカスカになって、スポンジ状になる病――なんですが、ここで一つ疑問がありまして」

検死官B「ヤコプは発症から死に至るまで長期間かかる病気だ。こんなにも進行が進んでたのに、生きていた症例なんて見た事が無い」

検死官A「そりゃそーだ。だってこいつ、生まれた時から呪われてたんだぜ?」

検死官B「……また呪いかね。君の言っている事は要領を得んな」

検死官C「……クールー病……」

検死官A「おっ、そっちのにーちゃん正解!褒美にARISAのステッカーを進呈しよう!」

検死官C「要りま――やっぱ下さい……あれ、でもこれ『C』って書いてません?」

検死官A「サイン入りラメ超レアなんだぜ」

検死官C「どっかのバンド崩れにありそうな感じですけど……」

検死官B「……なに?クールー?フランス領ギアナのか?」

検死官A「そうそう。そこにヤコプ病に酷似した風土病があったんだよ」

検死官A「慢性進行性神経疾患。歩行失調と震えから始まり、言語障害・情動変化が続いて、最後には歩けなくなって死亡」

検死官A「原因が脳の異常プリオン化――で、クールーには『食人』の風習が残ってた」

検死官B「……食事の時に相応しい話題では無いだろう、これは」

検死官C「てかそれ、狂牛病と同じですよね?異常なプリオンから感染した、っていう」

検死官A「そうだなぁ、その牛どもも肉骨粉っつって、テメーらの同族食わせられてたんだよ、これが」

検死官C「と、言う事は……人類は『同族食いをすると発病すると知っていた』、と?」

検死官A「どーだろねー、そこいらは。まだBSE自体、病気か突然変異なのか決まってる訳じゃねーしな?」

検死官B「ウイルスとは違って媒介者が無く、異常遺伝子を消化したからと言って、同じ異常が起きるか――まだ議論は決着していない」

検死官C「ですよね。だってまだ完全に異常プリオンが原因か、特定されてないですもんね」

検死官A「感染のメカニズムは不明。『食った奴と食われたヤツに、同じプリオン異常が認められるから、原因これじゃね?』以外の根拠はねーしな」

検死官A「異常プリオンが同じってんで、類似種だって言われてるが――逆にヤコプ病はどうやってん感染したの?って疑問がな」

検死官A「……ま、なんにせよ知ってたんだよ、人間はな。他の動物も含めて」

検死官A「同族食いをやらかしたら、相応しい『呪い』がかかるってな」

検死官B「……モルグの彼も、そうだったと?」

検死官A「そもそも『禁忌』ってのは大抵何らかの原因がある」

591 : 以下、名... - 2014/07/22 13:21:02.75 ZN3mjMeX0 414/1732

検死官A「俺達ニンゲン様が、セーフティまで拵えたのはキチンとした理由があるからだよ。大抵はな」

検死官A「極東の島国を筆頭に『死は穢れ、忌み嫌うべきもの』って考えが広まったのも、屍体は雑菌の塊だからだよ」

検死官A「丁重に弔わないと死病が蔓延する。ペストやコレラがいい例じゃねぇか」

検死官A「こないだ読んだ出来の悪い創作怪談に、『病院で切り落とした四肢は食べる』的な話があった」

検死官A「――んが、現実じゃ医者が即業者呼んで速効火葬。じゃないと物凄い量の雑菌でパンデミック引き起こすんだよ」

検死官A「『食うなのタブー』あるよな?特定の動物食うなって宗教の」

検死官B「あるな。牛、馬、豚、鱗のない魚」

検死官A「あれも元々は『その宗教が流行った地域で伝えられていた生活の知恵』だったりする場合が多いんだわ、これが」

検死官A「例えば牛なら育つまでに膨大な水や草が必要だから、豚なら衛生環境が厳しいから、とかそーゆーセーフティが入ってる」

検死官A「そこいら辺の危険性を、それこそ有史以前から引き継いできたからこそ、俺達は『禁忌』としたんだろうがな」

検死官A「……反対に、こいつらが『こういう』生活環境になってたのは、それしか方法が無かったかもしれねぇがな」

検死官A「禁忌をと禁忌とせず、正気保ったまま『使える』ようにしなきゃいけない、てんで」

検死官A「……ま、安曇――じゃない。御石神(ミシャグジ)の一族としちゃ、最後の生き残りだっつー話だし、真相が出てくる事ぁもう無いってね」

検死官B「み、みしゃ?」

検死官A「おっと悪い。ちっと患者のツラ拝んでくる。あ、ドーナツは全部食ってていいぜ?」

検死官A「墓前に好物捧げようかと思ったんだが、アイツぁ無駄な殺生好きじゃないしな――俺と同じで」

ガチャッ

検死官B「……何だったんだ、今の」

検死官C「さぁ?なんでしょうね?つーかですね、疑問に思ってたんですが――」

検死官C「――あんな検死官、居ましたっけ?」

592 : 以下、名... - 2014/07/22 13:23:02.32 ZN3mjMeX0 415/1732

――モルグ

検死官A「……」

安曇「――」

検死官A「……あぁクソ、余計な仕事増やしがったクセに、いい顔でくたばってんじゃねぇか」

検死官A「カミやんとのケンカ、そんなに楽しかったのか?あん?」

検死官A「……」

検死官A「鳴護アリサは『アタリ』だったぜ。お前の『獣神楽(カムロミノギ)』、しっかり感知しやがったよーで」

検死官A「『シィ』の”化身”の一つ――ミシャグジ神の魔力に反応したってぇのは、まぁまぁ『宿主(キャリア)』の素質は充分だっつー話」

検死官A「……」

検死官A「ったく、『シィ』に逢えるからって、さっさと死にやがって」

検死官A「……」

検死官A「今は静かに眠れ、腹違いの兄弟よ――」

検死官A「――望月は輝きを増し、猟犬は獲物を差し出せ、供犠は自ら頭を垂れん――」

検死官A「――死して夢見る我が神の祝福を。そして願わくは――」

アル(検死官A)「――この素晴らしいクソッタレなセカイに、滅びを」

593 : 以下、名... - 2014/07/22 13:24:15.45 ZN3mjMeX0 416/1732

――次章予告


――???

 これはある夜に起きた出来事です。

 あたし達は当麻君の作ってくれた晩ごはんを頂いてからお風呂へ入って、寝る前に少しだけゲームをして、いつものように部屋へと戻りました。
 部屋、とは言ってもキャンピングカー(正確にはモーターホーム?)の個室。
 しかもダブルベッドが置いていたのを改造し、無理矢理個室に分けてシングルベッドを置いたとお姉ちゃんが言っていました。
(そして何故か片側の部屋は『外側から鍵が閉まるオートロック』になってた……あの、お姉ちゃん?もうちょっと信じても、うん)

 そのため部屋は窮屈で、一畳と少しぐらいでベッドの他には、机とあたしの持ってきたキーボードぐらい。
 ちなみに当麻君のお部屋は仕切られた向こう側――というか、レッサーさん達はキャンピングカーの前半分の、固定されているソファー兼簡易ベッドに決まりました。
 数もそうですが、向こうは仕切りが無い大きな部屋(1DK)なので、若干一名の反対を除き満場一致で、個室はあたしと当麻君が使わせてもらえるそうです。
 「隔離か!?」みたいなツッコんでいた人も居ましたけど、もっと当麻君は自覚をした方が良いと思いました、まる。

 まぁまぁとにかくそこまではフツーの夜でした。お風呂に入ってる当麻君の所へレッサーさんが乱入しようとしてベイロープさんに……まぁ、慣れるまでちょっと引いていましたが。ちょっとだけ、ですよ?

 あたしは部屋へ戻ってから、軽い筋トレとボイトレした後、パジャマへ着替えて眠る事にしました――あぁ、そういえばこんな事もあったなぁ。

 初めて泊まった日です。
 慣れない環境のせいでしょうか、中々寝付けなかったあたしは何度か寝返りを打ってたんですけど。

(……うん?頭に何か当たる……?……あ、枕の下になんか挟まって――)

 銃でした。いえ、比喩表現や誇張一切無しのホンモノです。
 あとお姉ちゃんの字で書かれた付箋(これがまた可愛らしいゆるキャラものです)で、注意書きらしきものも、

『右手じゃなく頭を狙え』

……悪い人の、って事だよね……?何かこう、別の意図を感じるのは考えすぎでしょうか?明らかに特定の誰かを(この世から)排除したい、って強い意志が伝わってきます。

 ちなみに翌日みんなへ聞いてみたら、『デリンジャー』って言う護身用の銃なんだそうです。「メカの初期装備ですよねっわかります!」とレッサーさんが……メカって何?

 まぁ……そんなこんなで楽しくやっています、はい。

 毎日が楽しくて、楽しすぎて『私、生きてるよ!』って実感が強すぎて。
 こんな日がいつまでも続けばいいな、って思っちゃったりもしたり。

 ……でも、それは、錯覚でした。
 毎日が同じように過ぎ去っていく?……けれど似ていても『今日』と同じ日は二度とやっては来ません。
 どんなワガママを言っても、誰に望んでみても、『変化』はある訳です。はい。

594 : 以下、名... - 2014/07/22 13:25:23.24 ZN3mjMeX0 417/1732

 夜半過ぎ、ふと目を覚ましたあたしは、今何時だろうと目覚ましへ手を伸ばし――何も手に触れませんでした。
 それもそのはず、プレゼントで貰った目覚まし時計は学園都市へ置いてきちゃいましたから。

 それじゃーと、枕元の携帯電話を取ろうとして――気づいて、しまいます。
 私の上に誰かが覆い被さっている事に。

(――え、えええぇぇぇぇぇぇぇっ!?)

 バラックです。あ、いえパニックです!バラックってなんでしょう?小説か何かで読んだような?

(だ、ダメダメダメダメダメーーーーーーーーっ!当麻君、インデックスちゃんに悪いってば!)

(っていうかシャワー浴びてない――あ、事もないや。フロリスさんが選んでくれたボディソープ、スッゴくいい香りなんだよねー)

(あ、だったら……いいの、かな……?)

 そんな訳ありません。

(――ってダメダメ!第一、直ぐ側にレッサーさん達が居るんだから、声聞こえちゃうからっ!)

(……あ、一応歌のトレーニングも出来るように、あたしの部屋は防音なんだっけ……?)

(うんっ、それじゃ問題ないよねっ!)

 それも違います。というかパニクって訳が分からなくなっています。

595 : 以下、名... - 2014/07/22 13:26:36.78 ZN3mjMeX0 418/1732

「……当麻君、その、あたしでいいの、かな……?」

 埒が明かない――妙な自問自答は変なベクトルへ突っ切ってしまいますので――当麻君へ、あたしは勇気を出して聞いてみました。
 けれどいつまで経っても(もしかしたら凄く短い時間かも知れませんが)答えは返ってきません。

 その代わりに――あたしは、ぎゅっと。

「当麻君っ!?………………ちょっ」

 とても繊細に、けれど決して逃すつもりはないらしく。
 抱き竦められてしまいました、はい。

(……うん)

 ……悪い事をしているのかも知れません。

 今、あたしを守るために当麻君やお姉ちゃん、レッサーさん達に一杯迷惑をかけています。ワガママに付き合わせる形で。
 何も出来ないあたしを守って傷ついて、時には命も落としそうになって――でも、あたしには何も返してあげる事は出来ません。

 ……多分、そんな愚痴を当麻君へ溢したら、返ってくる言葉は想像がつきます。

『困ってる友達助けるのに、理由なんか要らないだろ?』

 きっとあきれた顔でそう頭を掻いてから、しょうがないな、って笑うと思います。

 信じませんか?信じられませんか?
 でもね、『あの時』だってそうだったから。傷ついてボロボロになって、あたしなんかのために必死になったって、何も得なんかしないのに。来て、くれました。

596 : 以下、名... - 2014/07/22 13:27:53.19 ZN3mjMeX0 419/1732

 あたしがまた『こっち』へ来た理由。それは分かりません。
 お姉ちゃんと一緒になった、元の『私』へ戻ったのは憶えています。はっきりと。

 けど、気がついたら当麻君とインデックスちゃんの前に『あたし』が居て、

『――幻想なんかじゃ、ない……っ!』

って言っていたそうです。その後直ぐに大泣きしちゃったから、あんまり憶えてないんですけどね?
 そういえば……誰かに後ろから押されたような……?あれは誰だったんでしょう……?

 ……だからもし、当麻君が、その……あたしを求めてくれるんだったら、それが別に、その――あんまり良くないお付き合い方でも!いいかなって!
 あ、いや!キチンとしたのだったら、やっぱりそっちの方がウェルカムな訳で!勿論違っててもバッチコイではあるんだけど!

 ――だってあたしは、もう『この人のために生きよう』って決めてたんだから、うん。

「……あの、その――不束者ですか、はいっ」

 ……なんて覚悟は決めていたんですけど、やっぱり口から出るのはどこか違っているようなマヌケな台詞でした。
 よく読む――もとい、友達から押しつけられた本では、『あんまり初心だと引く』みたいな感じだったけど、ま、まぁこんなもの?こんな感じだよね?
 ってか場慣れしてる方が嫌なんじゃないかな、って思ったり。

 幸か不幸か。当麻君も同じみたいで、ぎこちない手つきであたしのうなじ辺りに触れてくる……うなじ?なんで?
 そっちの本だと、もうちょっと直接的なアレっていうか――。

「……ん……ふぁ……っ!」

 って不思議に思ったのは一瞬だけで。女の子に触られているような優しいタッチで、でも執拗に何度も何度もゆっくり的確に刺激が与えられてる訳で。

「……声、出……ちゃ……!」

 撫でられている部分から、じゅん、って、気持ちいいのが広がって来る?這い上がって来そう?なんかこう、触れて欲しい所に手が届かないようなもどかしさ?
 体は強烈な快感を欲しがってる――って言うと誤解されちゃうけど――みたいなのに、どこか焦らされてる。

597 : 以下、名... - 2014/07/22 13:29:23.65 ZN3mjMeX0 420/1732

(……当麻、君。もしかして場慣れしてないかなぁ……?)

 なんて考える余裕はすぐ無くなりました。
 クンクン、と当麻君はあたしの髪を嗅ぎ始めた――抱き締められたままだから、まぁ結果として首筋へ顔を近づける感じ。

(あ、あれぇ……?順番、思っていたのよりも、違う、かも?てかこっちが正解?)

 普通はまずキスをしてからー、みたいな感じだと思ったのに。当麻君はやや特殊なのでしょうか?それともこっちが本当?

 スンスン、と鼻先が首筋に触れるか触れないか、そのギリギリのラインを行ったり来たり。不規則なリズムがあたしを徐々に麻痺させていくのか分かります。
 抱き締められた時に広がった時、感覚が敏感になり過ぎちゃったのとは真逆。まるで首筋から甘い、毒、って言うとアレだけど、そんなような何かに囚われる錯覚。

 ……でも、それは、錯覚、かな?本当に?

(……違う、かな……うん)

 囚われていたのはずっと前。路上であたしの歌を聴いてくれて、転びそうになったあたしを抱き留めてくれた。あの時から徐々に始まって。
 あたしの中の、胸の中にあるドキドキは消えてなんかくれなくって。
 お話をしてた直後に、オービットから歌手になれるって舞い上がっちゃったから、それできっと――とか、最初は考えていた。そう、思いたかったのかも?

 ――そして、もう。ずっと前に、この腕の中の不幸な男の人に囚われていたんだって。

 当麻君が誰かと仲良くお喋りするのは、なんか面白くなくて。でもインデックスちゃんが相手だったら、ほんのちょっとだけ妬けるけどいいかな、とか思ったりもした。

 ……そんな嘘をつけるぐらいには、あたしは器用だったから。
 ……そんな本当に思えるぐらいには、私は不器用だったから。

598 : 以下、名... - 2014/07/22 13:31:14.36 ZN3mjMeX0 421/1732

 このまま終りにしよう。実らない初恋なんだし。そう、思い込もうとしていた……それはもう過去形で。
 打算が無かったとは言わない。善意だけだったなんてとても言えない。EUライブツアーの話が出て来た時、レディリーさんを助けられるんだって思うよりも早く、私はこうあたしに囁いたんだと思う。

『――これで、独占しちゃえばいいよね?』

 あたしは、囚われている。自分がそう望んでいるから。

(だから、当麻君も――)

 かり。

「……ん、んんーーーーーーーっ……!?」

 首筋に走る甘い甘い痛み。噛まれたのだと気づくよりも早く、あたしの体は反応してしまっていた。
 噛まれ、なぶられた所を中心に電気のような痺れが波打ち、何度かさざ波が広がっては消えていく。

 けど快楽の激しい波は一度では収まらない。何回も何回も、あたしの神経を打ちのめすように繰り返し襲ってくる。

「く……ぁんっ……くぅ……」

 体全体が鋭敏に――より正確には敏感になっちゃってて、あたしは小さく呻くぐらいしか反撃は許されていなかった。

「……ダメ、だよ……そんなにっ」

 拒絶の声とは裏腹にあたしは当麻君をもっと強く抱き締め――。

「……んぁー?……おぅ……?」

 ――ようとして、とても近くから聞こえていた声が、『女の子のもの』と知った。

599 : 以下、名... - 2014/07/22 13:33:02.08 ZN3mjMeX0 422/1732

「――ぅぇ?」

「……あ、ごめん……寝ぼけて……ふぁぁぁぁぁぁぁふっ……」

 目眩と羞恥心に卒倒しそうになりつつ、どうにか声を絞り出して訊ねます。がんばれあたし。

「ランシス……ちゃん?」

「んー……?なにー……?」

「なんで、あたしの、ベッドに、お居るの……?」

「あー……前、『抱き枕いっかいぶん』って約束。だから」

 ……してました、そういえば。フロリスさん達にもサインとか言われた時に。

「……それだけ……?他に聞きたいの、ある……?」

「……あ、はい。ありがとうございました……えぇ、本当に本当にありがとうございました……」

「……ん、おやすみー……あ、そうだ。アリサ……」

「……はい?」

「ひとりえっちは、ひとりの時にするもんだと思う、よ……?」

「…………………………え」

「……ぐぅ……」

「違うの!?そうじゃないの!?」

 ガックンガックン頭を揺らして弁解しました。

「起きて下さいよっ!誤解されたまんまじゃ幾ら何でもキマズ――ちょっと!ランシスさんっ!?」

 親兄弟に、って痛々しい話はたまに聞きますけど、友達(に、なりたい人)に見られるのはちょっと致命的です。

「そもそも勘違いして臨戦態勢整えたあたしも悪いですけどっ!勝手に潜り込んだ方にも責任があるんじゃないんでしょうかっ!」

「んー……なにぃ?」

「ですから誤解ですってば!そういうんじゃなく、不幸なすれ違いがですねっ!」

 半眼で深海魚を彷彿とさせる”無”表情のまま、ランシスさんが何を考えているのか分かりません。幾ら言っても通じない予感しかしません。

600 : 以下、名... - 2014/07/22 13:34:03.55 ZN3mjMeX0 423/1732

 彼女は、んー?と少し考える素振りを見てた後、ベッドの上でなにやらモゾモゾし始めます。

「あのー……ランシスさん?どうしたんで、しょう、か?」

「……気持ち、分かる。恥ずかしいん、だよね……?」

「はいっ!……いや、違うけど!そんなんじゃないけど!」

「――だったら、私も、見せる。それで、おあいこ……」

「はい?」

「……んぅっ」

「待って下さい!ちょっと待って下さい!?何やってんですかっ!?」

「ひとりえっ――」

「知ってますけど!ってかあたしが言いたいんのはそうじゃなくって」

 先程、あたしの部屋は防音だと言いましたよね?確か。言ったのか書いたのか、それとも脳内バッファなのかは知りませんが、まぁ。はい。
 でも防音って言っても、防犯上の理由で完全な防音にまではしなかったみたいです。

 ……うん、騒いで当麻君が入ってきたから、そこでようやく気づいたんだけどね。その残酷な事実に

「――アリサ!?敵の攻撃の魔術師か!?」

 大丈夫じゃないです。出来れば最初の誤解が誤解じゃない所からリトライして欲しいぐらいです。
 はい、流石に真夜中なので混乱しているようですね。てか、他人がパニックになっているのを見ると、逆に冷静になりますよ。
 だからまぁあたしは努めて冷静に、状況を把握する事から始めました。

601 : 以下、名... - 2014/07/22 13:34:58.05 ZN3mjMeX0 424/1732

※真夜中
※あたし――乱れた衣服
※ランシスさん――パンツ脱いでる

602 : 以下、名... - 2014/07/22 13:36:07.03 ZN3mjMeX0 425/1732

 ……あれ?おかしいですよね?なんかこう、明らかに致命的な勘違いをされる感じがアリアリと。

 けど流石は当麻君でした。あたしとランシスさんを見比べた後、とても爽やかな表情で――お姉ちゃんへ殴り込みに来たのと同じ顔で――こう、親指を立てました。

「……大丈夫!女の子同士も嫌いじゃないさ!」

「当麻君の、バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 勿論、あたしは伊達にボイトレをしておらず、レッサーさん達全員を叩き起こしたのですが……後はもう、はい。いつもの、というか、えぇ。

 ……まぁ、そんな感じの事件が起き、その後数日の間はバッチリ気まずい思いをしました。当麻君も妙にテカテカした顔で、殴りたくなったのは秘密です。
 ランシスさんとは仲良くなれたみたいで、あの後もちょくちょく潜り込んでは来るのが良かったのか悪かったのか……。

 ……はい、そんな訳で頑張ろうと思いました。色々もう、台無しですけど。



――次章『悪夢館殺人事件』予告 -終-


【次】
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