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90 : 田中(ドワーフ) ◆7fp32j77iU - 2014/04/12 12:58:05.23 Hxkcn8z10 52/1732



――胎魔のオラトリオ・第一章 『狂気隧道』


91 : 以下、名... - 2014/04/12 12:59:19.81 Hxkcn8z10 53/1732

――回想

――ロンドン ブロムリー特別区 コンサートホール

チャンチャンチャンチャンチャン

鳴護『――僕は忘れないよ。君が宝物だって事が』

鳴護『――だからもうサヨナラは言わない。もう必要がないから――』

鳴護『――君はきっとこう言ってくれよね――「おかえり」って』

鳴護『――僕は忘れないよ。君が宝物だって事は』

鳴護『――僕を全部あげるから、君をくれないか?』

鳴護『――君だけは僕がずっと守る――!』

チャン、ジャジャーン……

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『イギリスの皆さんコンニチワーーーーーっ!』

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『元気でっすっかーーーーーーーーーーーーーーっ!?』

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『いいよね、元気って!うん、あたしはちょっと飛行機、速すぎたんだけど――』

鳴護『みんなと逢えるって思ったら、テンション上がってへーきだったみたいだよーーーーっ!』

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

鳴護『ありがとーーーーーーフランスーーーーーーーーーっ!!!』

オ、ォォォォォォォォォォォォォォッ!?

鳴護『……えっと』

鳴護『そ、それじゃ次の曲――』

92 : 以下、名... - 2014/04/12 13:01:56.73 Hxkcn8z10 54/1732

――コンサートホール控え室

上条「間違っちゃった!?最後でイギリスとフランス間違えてんぞアリサっさーん!?」

シャットアウラ「……」

上条「いいの?ボケがダダ流れの上、MC100%日本語でやってんだけどさ?」

上条「てか前から思ってたんだけど、アリサって結構天然だよね?頭に『ド』が着くぐらいの」

シャットアウラ「問題ない」

上条「そ、そうかな?」

シャットアウラ「アリサは可愛いからなっ!!!」

上条「やっべー問題しかねぇよ!?この姉にしてあの妹って感じで!?」

シャットアウラ「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 ガシッ

上条「な、何だよ!?お前らまだ仲良くないのかよ!?」

シャットアウラ「『似たもの姉妹』だなんて、て、照れるじゃないか……!」

上条「うん、まぁ仲が良いのは結構なんだけどね?結局、そこに着地したんかい」

シャットアウラ「妹を愛さない姉など居ないっ!」

上条「……キャーリサに聞かせてやりてー……バードウェイは……まぁ、仲は良いよな。仲は」

上条「雲川先輩……は、うーん……?」

シャットアウラ「姉というものは大概にして妹可愛さに暴走してしまうものなんだよ」

上条「そりゃいい事だと思うけどさ」

シャットアウラ「妹を迷わす悪い男が居るんだけど、排除してもいいよな?」

上条「何さらっと言ってんの!?つーか俺むしろお前らのケンカ仲裁した立役者じゃんか!?」

シャットアウラ「それはそれ、これはこれ」

上条「うん、意味は分からないけど、俺達の敵対関係は解消してないって事ですかね?」

シャットアウラ「よくもまぁヌケヌケと顔を出せたものだなっ!」

上条「違うよね?俺達学園都市からずっと一緒だったよね?」

上条「夜中に襲撃喰らってインデックスとSUMAKIにされて、超音速飛行機で輸送された上、引き離されたんだけど」

93 : 以下、名... - 2014/04/12 13:06:54.78 Hxkcn8z10 55/1732

上条「ってかそろそろ俺達、学校とかあるから一緒に帰りたいんですけど。つーかおウチ帰して、な?」

シャットアウラ「すまない。そろそろ時間だ」

上条「……何?」

シャットアウラ「このままお前がここに居ると、アリサが着替えられな――ハッ!?まさか!?」

上条「多分イマお前が考えてる事は違うと思うよ?俺、どんだけゲスいんだって話だからね?」

シャットアウラ「『だ、ダメだ……アリサ!私達は姉妹なんだから……!』」

上条「ゲスいけど俺登場してないよね?出演オファーすら来てねぇからな」

上条「……ってかちょい見回りしてくるわ。しないよりはマシだろ」

シャットアウラ「ダメだダメだダメだ!」

上条「何?狙われてんのは俺じゃなくってアリサだろーが」

シッャトアウラ「『ま、まぁ血縁じゃないし?』」

上条「ごめんな?俺ちょっと席外してるから、うん?ゆっくり妄想してってな?」

94 : 以下、名... - 2014/04/12 13:14:41.00 Hxkcn8z10 56/1732

――ホール エントランス

アニェーゼ「あ、お疲れ様です」

上条「おっす、お疲れ様――って、日本っぽい挨拶だよな」

アニェーゼ「神裂さんに習いましたんでさ」

ステイル「……ちっ」

上条「ステイルもおっつー。ってかあからさまに機嫌悪そうだな」

ステイル「君に会う時は今まで上機嫌だった事はないし、これからもそうだろうけどね」

上条「相変わらず俺の扱い雑だな。って?」

アニェーゼ「……これが本場のツンデレですかいっ!?」

上条「そんな要素なかったよね?俺あんま言いたくないけど、本気で嫌がられて結構ヘコでるぐらいだし」

上条「ってか今回のこれ、どういう流れ?いい加減拉致られるのも、トラブルに放り込まれるのに馴れたけどさ」

ステイル「……うーん。なんて言ったもんかな。君にも説明はすべきなんだけど」

上条「魔術師じゃないから理解出来ないってのかよ」

ステイル「そっちは期待していないから大丈夫だよ」

上条「そっか!期待されてないから大――あれ?今スルーしちゃいけない単語が……?」

ステイル「ってか君は持ち場に戻る時間じゃないのかい?異常は無かったんだから、そろそろ戻りなよ」

アニェーゼ「分かりました。そいじゃまた後で」

95 : 以下、名... - 2014/04/12 13:19:05.77 Hxkcn8z10 57/1732

上条「他の隊の連中も来てんだ?だったら挨拶したい――」

ステイル「――って待て待て、君は行くなよ。話はまだ始まっても無いんだから」

上条「長いの?」

ステイル「長い、というよりは――『よく分からない』が、正解かな」

上条「敵がはっきりしてないのか?そんなのいつも事じゃねぇか」

ステイル「いや……場所を移そう。ここじゃちょっと」

上条「なんで?別に誰かが通るって訳じゃ――」

アンジェレネ「(う、うわーっ!アレですよっ!あの二人、人気の無い所へ行くつもりですって!)」

ルチア「(しっ!静かにシスター・アンジェレネ!今いい所なのですから!)」

アニェーゼ「(やっぱり敵味方ってぇのが萌えるんでしょうかねぇ。王道っちゃ王道ですかい)」

アニェーゼ「(ステ×上?いやいや、上条さんはある意味オールラウンダーっぽいですか)」

上条「……ごめん。早く行こうか」

ステイル「……流行ってるらしいんだよ、神崎が言ってた」

ステイル「それに館内じゃ煙草は吸えないからね、丁度いい」

96 : 以下、名... - 2014/04/12 13:23:40.95 Hxkcn8z10 58/1732

――コンサートホール 喫煙所?

上条「吹き抜けの、中二階?」

ステイル「元々はオペラハウスだったからね。ここからステージへ荷物を運んでいたそうだよ」

上条「いや搬入口使えよ。こっからだとクレーン使わないと無理だろ」

ステイル「昔はなかったから、天井に滑車を架けて――日本の『釣瓶』みたいにしたそうだよ。ほら、あそこに跡がある」

上条「ホントだ。でも遠回りになんねぇの?」

ステイル「舞台セットを作る時、特に大がかりな物であればあるほど、時間がかかるだろう?」

ステイル「けれどステージをずっと占拠して作り続ける訳にはいかない。支配人は他の出し物で稼ぎたいからね」

上条「……あぁ!だからステージとかを余所で作って小分けにして!」

ステイル「人が通る入り口じゃ狭いから、上から吊って出し入れをすると――って、僕が懇切丁寧に説明してやる義理も無いんだけど」 シュバッ

上条「おいっ館内禁煙って」

ステイル「あぁ心配はいらないよ?ここに火災報知器は無いから」

上条「いやそーゆー脱法的な事やってるから、普通の喫煙者まで嫌われる訳で……ま、いいけどな。それで?」

ステイル「あー……どう話したもんかな。全てはこの手紙が『必要悪の教会』に届いた時に始まった」 ピラッ

ステイル「……いや、そうじゃないかも知れないな。それはきっと、ずっと前に始まっていたのかも知れない」

ステイル「潜水艦のようにずっと潜り続けていたのが、急浮上したかも知れないね」

上条「……これは!」

ステイル「神裂が日本語訳をしておいたから、君にも読める筈だけど?」

上条「今の必要かな?ここで一本ギャグ挟む必要なくないか?」

ステイル「まぁ、電波だろ?」

97 : 以下、名... - 2014/04/12 13:25:26.96 Hxkcn8z10 59/1732

上条「『星を射る』とか、『簒奪』とかな。中二病をくすぐるけど、意味が分からない」

ステイル「まぁその類の妄想系犯行予告は定期的にウチへ届くんだけど。決定的に違っていた事が一つ」

ステイル「丁度アイソン彗星がその大半を失った日と同じなんだよ」

上条「……はい?」

ステイル「つまり、手紙を受け取ったその日、予告した通りに彗星を撃ち落と――しては、ないけどね。欠けたのは事実だね」

上条「……いやでも違くないか?あれ、太陽に近づきすぎただけって事だろ?」

上条「つーかその瞬間見たぞ俺、真ん中に丸っぽいアレがあって全部は見えなかったけどさ」

ステイル「認めたくは無いが、今の学園都市はありとあらゆる科学技術の最先端を行く」

ステイル「この間、確か宇宙が誕生した時に発せられた重力波、だかも観測したんだっけ?」

上条「そうなの?あー、バードウェイの読んでた本に書いたあったような?」

ステイル「……宇宙は国境が定められていない分、アメリカを筆頭に『科学の進歩』のお題目を抱えて軍事技術に転用可能なアレコレをしてるんだけど」

ステイル「また別に、僕たちはコペルニクスの時代からずっと星を見続けてきた。今でも星辰は魔術と密接な関わり合いを持つ」

ステイル「言わば二つの軸、横方向に広がるX軸、縦方向に伸びるY軸の二つから彗星は観測されていたんだけどね」

ステイル「だっていうのに、だ」

ステイル「じゃあどうして『今回の彗星が途中で削がれるって予測出来なかった』んだい?」

上条「……!」

ステイル「それこそ数万人の研究者達、魔術師達が見守っていたのに、だよ?」

ステイル「ま、それが一つ。次にこの写真を見てくれ」

98 : 以下、名... - 2014/04/12 13:29:02.45 Hxkcn8z10 60/1732

上条「なんか旧い写真……赤いペンキで、どっかの壁に『C』……か?」

上条「――ってこれ、俺も見た、っつーか知ってるし!」

ステイル「いや、違う。それは君が知ってるものとは違うが、同じものだ」

上条「……どういう事だよ」

ステイル「そうだね。アイソン彗星が消えたあの日、君たちは学園都市にいた」

ステイル「そこで連中と接触しているよね?」

上条「あの、蛇人間……!?」

ステイル「多目的ホールで起きたテロ事件、どこの組織も犯行声明を出していないけど、君はその中心にいた筈だ」

ステイル「いや、正確にはその隣、かな」

上条「鳴護――アリサ」

ステイル「連中が何をしたいのかは分からない。けれど、あの日僕たちは一度敗北しているんだよ」

ステイル「奴らはホールの人間達を『汚染』し、ちょっとした騒ぎを起こしているその間」

ステイル「鳴護アリサは下顎を引き抜かれて死ぬ――その、筈だったんだよ」

上条「身代わり……」

ステイル「たまたまそこに居たアイドルが、当日になってダダをこねた。控え室が狭いとか小さいとか」

ステイル「それで向こうの完封は避けられた訳だけど」

上条「ふざけんじゃねぇ!そんな、そんなクソッタレな理由でか!?」

上条「ヒト一人の命を……!」

ステイル「本来彼女『だけ』が使う控え室にもこれが書かれてあった。ま、多分?」

ステイル「――『Cthulhu』の、“C”だね」

99 : 以下、名... - 2014/04/12 13:33:09.54 Hxkcn8z10 61/1732

――現在

――セント・パンクラス駅 昼間

上条「……」

上条(時間と場所は合ってるよな……?)

上条(ってかアリサ芸能人だから目立ってんじゃねぇの?)

鳴護「おーいっ!こっちこっちーーーーっ!こっちっだよーーーーーーーーーーっ!」

上条「最初っから隠す気ゼロじゃねぇか!?ってか声よく通りますよねっ!」

鳴護「伊達にボイトレしてないからねっ!」

上条「褒めてないからね?ってか明らかに周囲の注目浴びてんだけどさ」

鳴護「え?でもお姉ちゃんが『東洋人だし別に目立たない』って言ってくれたよ?」

上条「おい出て来いシャットアウラ!仲良くなるんだったら社会常識も憶えさせとけ!」

「――すいません。リーダーは別の仕事で席を外していまして」

上条「そなの?――て、こちらは?」

鳴護「紹介は――してなかったっけ?あたしのマネージャーの柴崎信永(しばざきのぶなが)さんです」

柴崎「初めまして、ではないですね。柴崎です」

上条「あ、はい、上条当麻です。どこで会いましたっけ?」

柴崎「いえ、自分がクロウ7の時に少し。クルマからチラッと見ただけで」

上条「クロウ……?」

柴崎「いや、公園でアリサさん守る時とか。リーダーと一緒に」

上条「あぁはいはい!居た居た、うん!シャットアウラの元部下の人!」

柴崎「本当は?」

上条「……すいません、シッャトアウラが濃くて今一憶えていません」

100 : 以下、名... - 2014/04/12 13:34:31.30 Hxkcn8z10 62/1732

柴崎「敬語は結構ですから、えっと……パイロキネシスとやり合った時にちょっとだけですから、憶えてないのも仕方が無いです」

上条「パイロ?何?」

柴崎「赤い神父服の、ほら」

上条「あー……」

上条(魔術サイドの事、知らないのか?つーか言っちまっていいもんかどうか)

上条「なぁ鳴護さん?」

鳴護「あたしのファンなの?昨日ライブ来てくれんだ?ありがとー」

鳴護「写真?うん!いーよいーよ、撮ろっ!」

上条「空気読もう?そこで速攻子供に囲まれて握手会してるアイドルの子?」

上条「てか今なんでマネージャーやってんの?つーか出来るのか、って話」

柴崎「そこら辺はユーロスターに乗ってからしましょうか。アリサさーん!」

鳴護「あ、はーい!今行きまーす!……ごめんね、今からお姉ちゃんフランスに行かなきゃならないから!」

鳴護「あーもうっ可愛いなぁっ!行く?行こうか?」

鳴護「あ、柴崎さん、チケットもう一枚取れます?」

柴崎「帰してきて下さい。こっちでソレやると確実に10年単位でブチ込まれます」

鳴護「はーいっ!」

上条「……うん、はい、すいません。なんつーか、お疲れ様です……」」

柴崎「……まぁ?大体こんな感じですかね。自分、『黒鴉部隊』に入る前はSP――ボディガードやってたんですが」

柴崎「マネージャーする前にも少し揉めましてね。主に対人コミュで」

柴崎「『アリサさんフリーには出来ないだろ?』『私が守るさ』『つってもクロウって戦闘バカばっかじゃね?』みたいな感じで」

柴崎「『あ、そういや柴崎さん?櫻井さん大好きな柴崎さん出待ちやってましたよねー?』『いやだから私が守ると言って』『ちげーよ出待ちじゃねーよ!SPだよ!』」

柴崎「『だったら柴崎さんいいんじゃないですかねぇ』『おいお前達どうして私を無視』『決定!柴崎さんオナシャース!』――と」

上条「明らかにシャットアウラらしき人がガン無視されてるんだけど……」

上条「……苦労、してるんですね、柴崎さん」

柴崎「大丈夫。今日から君も同じ苦労を背負うから」

上条「ちょっと待てやコラ?事後承諾にも程があるからな?」

102 : 以下、名... - 2014/04/12 13:36:33.35 Hxkcn8z10 63/1732

――回想

――コンサートホール 臨時喫煙所

ステイル「『久遠に臥したるもの、死することなく――』」

ステイル「『――怪異なる永劫の内には、死すら終焉を迎えん』」

ステイル「これは20世紀の作家、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトが書いた小説に登場する一節だ」

上条「小説家、の人だよな?クトゥルーって名前と一緒にゲームとかで聞いた事がある」

上条「雲川先輩曰く、『20世紀のラノベ』だって話だっけ?」

ステイル「暗黒神話大系と俗に呼ばれる一連のシェアワールド。彼らの創った世界では、人間とは強大な旧支配者と呼ばれる存在のオモチャだからね」

ステイル「要は『すっごい化け物がいて、人間が謳歌している平和なんて泡沫の夢でしかない』って事かな」

上条「俺もメガテンから入ったクチだから、短編集は文庫で持ってる。つかお前も詳しい――あれ?」

ステイル「どうしたんだい?マヌケ面が酷くなったけど」

上条「小説なんだよね?蒸気船に轢かれてノコノコ退散した化け物ってフィクションなんだよね?」

ステイル「彼の代表作、『クトゥルフの呼び声』だね。蕃神が住まうルルイエが浮上し、死して夢見るクトゥルーが暫し微睡む」

上条「世界各国で同じ夢を見て発狂する人達が続々、って背景だったよな」

ステイル「だね。でも『そんな出来事は有史に於いては無かった』けどね」

上条「……えっと、つまり、その『濁音協会』ってのは、ネタじゃねぇの?暇人の妄想っていうか」

ステイル「うんまぁぶっちゃけると、タダのカルト教団かな。金儲けのためにクトゥルーを語っただけに過ぎない」

ステイル「正確には過ぎなかっ“た”と言うべきなんだろうけど」

103 : 以下、名... - 2014/04/12 13:37:51.01 Hxkcn8z10 64/1732

上条「過去形?けど今アリサが狙われてるのって」」

ステイル「10年前、奴らはローマ正教によって壊滅させられているんだよ」

ステイル「記録に寄れば……『神の右席』のテッラって憶えているかな?」

上条「小麦粉のギロチン」

ステイル「そうそう、その彼が『右席』に上がる直前に手かげた事件なんだけど――」

ステイル「ちなみに、その時の彼は『異教徒にも寛容な聖職者』だって話だね」

上条「いやいやいやいやっ!?あいつって確かローマ正教じゃない相手に!」

ステイル「と、いうか、“当時の右席”自体は教皇を補佐するのが名目だから。魔術の腕よりも人格が重視されていたんだろう」

ステイル「穏健派だったテッラが就けば、交渉のテーブルに――と最大教主は思ってたそうだ。ざまあ見ろ」

上条「……人格が、変わった?」

ステイル「直ぐにフィアンマ、ヴェント、そしてあの男。他の右席が加わり、イギリス清教最大の難敵へ格上げされたんだけど」

ステイル「テッラは魔術的な洗脳を受けた、と判断していたんだが。実は違うのかもね」

ステイル「もしかして『口に出すのも憚れるおぞましい儀式』を目にして、それからローマ正教への狂信に変わった、とか」

上条「嫌な話だぜ……」

ステイル「とはいえテッラのしていた事は許されるべきでは無いと僕は思うけど。それとこれとは別の話だ」

上条「まぁ、な……待て待て。テッラは置いとくとして、壊滅させられたんだろ?『濁音協会』は」

ステイル「インクランドのサフォーク地方、ダンウィッチのはウチが片をつけたみたいだけどね」

ステイル「というか、ここまでの流れで何となく分かってはいるんだろう?君もいい加減、こちらの流儀に染まって居るんだろうし」

上条「馴れたくて馴れた訳じゃねぇよ!?」

ステイル「同じ事だね、それは。知識というのは一度口にすれば、二度と『知らない』とは言えない果実だよ」

ステイル「今までは『知らなかった』で免責されたかも知れないのに、一度知ってしまえば見て見ぬフリは出来ないからね」

ステイル「どんな上手い嘘で他人を騙せたとしても、結局自分に嘘はつけないんだから」

上条「含蓄のある言葉だよなぁ……」

104 : 以下、名... - 2014/04/12 13:39:50.41 Hxkcn8z10 65/1732

ステイル「ま、面倒だしこれ以上引っ張るのも嫌だし、何よりも君が大っ嫌いだから結論を言うけど」

上条「最後の一つ必要かな?お前はもう少し対人コミュをだね」

ステイル「10年以上前に潰した魔術結社――で、すらなかったカルト教団が、今になって活動を再開した訳だ」

ステイル「しかも連中、僕たち『必要悪の教会』と学園都市、両方に喧嘩を売ってきた」

上条「『本物の魔術師』なんだからタチも悪ぃが」

ステイル「目的・規模・構成人数・本拠地等々全て不明。ただし鳴護アリサをターゲットへ定めているのは判明している」

上条「……だよな」

ステイル「ただし『クトゥルー教団』の性質上、『ムシャクシャしてやった』が動機である可能性すらある。というか、高い」

上条「……だよな」

ステイル「向こうは何らかの動機があるんだろうけどね、それが他人に理解出来るかどうか、ってのはまた別だから」

上条「んー……?それじゃさ、発想を変えてだ」

ステイル「うん?」

上条「逆に今、積極的に問題起こしてる魔術師とか、魔術結社ってねーの?」

上条「ほら、取り敢えず事件現場に近くに居た怪しい奴に職質する感じで」

ステイル「……成程、それは盲点だった。確かに君の言う通りかも知れないね」

上条「珍しいな。お前が俺を褒めるなんて」

ステイル「って事で、今から容疑者だと疑われているブラックロッジを読み上げてあげるよ。感謝するんだね」 ガサガサ

上条「……へ?」

105 : 以下、名... - 2014/04/12 13:41:04.15 Hxkcn8z10 66/1732

ステイル「まずは魔術結社、『双頭鮫(ダブルヘッドシャーク)』の『ウェイトリィ兄弟』だね。こっちの発音じゃウェイト“リー”か」

ステイル「噂によると双子の兄弟で、『錐』を使った魔術を得意とするらしい」

ステイル「結社はマフィアの用心棒だったり、マフィアそのままだったりするんだけど」

ステイル「ただ『必要悪の教会』の見解としては、『彼らの存在を正式に肯定する事は現時点で難しい』としている」

上条「うんうん」

ステイル「次は『安曇阿阪(あずみあさか)』、同じく魔術結社『野獣庭園(サランドラ)』の首領」

ステイル「獣化を得意する魔術師集団の長であり、人の形態を目撃された例はない」

ステイル「こちらは魔術結社、というよりも毒や暗殺のエキスパートして有名、かな?」

ステイル「ただ『必要悪の教会』の見解としては、『彼らの存在を正式に肯定する事は現時点で難しい』としているね」

上条「うんう……あれ?」

ステイル「後は『殺し屋人形団(チャイルズ・プレイ)』の『団長』。通り名としてそう呼ばれている」

ステイル「姿は鉄仮面を被った大男で、猟奇殺人が起きた場所には彼の姿があるという」

ステイル「『ハロウィン・ザ・ブリテン』の際、混乱に乗じて『騎士派』どもを素手で殴り倒した後」

ステイル「『ふなっし○』のぬいぐるみを店頭から盗み出した所が目撃されている」

上条「ステイルさん?読む報告書間違えてないかな?今のは酔っ払ったオッサンの行動だよね?」

ステイル「ただ『必要悪の教会』の見解としては、『彼らの存在を正式に肯定する事は現時点で難しい』としているんだよ」

上条「ねぇ、その『正式に肯定』云々って、それただの噂って事じゃねぇのか?なぁ?」

上条「つーかこれ伏線じゃねぇの?どうせ今の中に犯人いるって展開なんだよな?」

106 : 以下、名... - 2014/04/12 13:42:59.39 Hxkcn8z10 67/1732

ステイル「そして次は『明け色の陽射し』。ボスは『レイヴィニア=バードウェイ』」

ステイル「所謂『黄金』系の魔術結社を名乗るゴロツキ、一説にはどこかの学園都市のツンツン頭に籠絡されたらしい」

上条「人聞き悪っ!?ってか事実無根だしねっ!」

ステイル「お姫様抱っこしたんだって?」

上条「そういやお前もあの前後は学園都市に居やがりましたよねっ!」

ステイル「ただ『必要悪の教会』の見解としては、『彼らの存在を正式に肯定する事は現時点で難しい』と」

ステイル「後は『棚川中学・放課後突撃隊』。隊長は佐天涙子」

ステイル「暇な中学生がダベってオチのない話を延々とする、ある意味最も恐ろしいとも言えるだろう」

上条「俺の知り合いの知り合いじゃねぇかな?つーかお前らJCまで監視してんの?」

上条「そりゃ恐れられる筈だよ、『必要悪の教会』。俺だって怖いもの」

107 : 以下、名... - 2014/04/12 13:44:15.32 Hxkcn8z10 68/1732

ステイル「ただ『必要悪の教会』の見解としては、『彼らの存在を正式に肯定する事は現時点で難し――』」

上条「ダメじゃねぇか『必要悪の教会』!?つーか最後のと一個前は実在してるし!?非実在少年じゃねぇから!」

ステイル「蠢動中の魔術結社なんて腐るほどあるって話だよ。素人が思い付く事なんて、プロは当然抑えている。弁えろ」

ステイル「ま、頑張ればいいんじゃないかな?最悪、骨は僕が焼いてあげるから」

上条「火葬決定!?しかもなんか八つ当たりの感じがする!せめて拾ってあげてね!」

上条「……いやいや、違うよね?アリサのコンサートツアー、お前らも行くんだからもう少し打ち解けてだな」

ステイル「……はぁ?君は何を言ってるんだい?」

上条「仲良くしろとは言わねぇけど、お互いにリスペクト的な住み分けを」

ステイル「いやそうじゃなく。リスペクトなんて死んでもごめんだけど」

ステイル「聞いてないのかい?というか、君本当に何にも知らないで来たんだね」

上条「待て!?嫌な予感しかしねぇからそれ以上はヤメロっ!多分言うとフラグが確定するから!」

上条「せめて俺が覚悟を決まるまでは言うなよ!?絶対だぞ!絶対だからな!?」

ステイル「うん、僕らが手伝えるのはここまでだから。フランス以降は精々頑張って」

108 : 以下、名... - 2014/04/12 13:45:23.25 Hxkcn8z10 69/1732

――ユーロスターS 四人用客室

鳴護「思っていたよりも、広い、かな?」

上条「俺のアパート……うん、なんでもないよ?別に気にしてなんか無いんだからねっ」

鳴護「捨てられた犬のようなっ!?」

柴崎「はいはい、そこまでにして下さい。ってかアリサさんベッドあるからといってトランポリンしない。大体100分しか乗っていませんからね」

鳴護「次はパリで下りるんでしたっけ?だったら普通の席でも良かったんじゃ?」

柴崎「あー、そこら辺はお姉さんに話して下さい。自分がどうこう出来る話では無いので」

上条「過保護過ぎんだろ」

柴崎「とは言っても、自分からも同じ提案をするつもりでしたが」

柴崎「込み入った話をするにはうってつけ、ですからね」

鳴護「あ、当麻君、久しぶりだねー?この間はありがとうございました」

上条「ん?あぁ別にたまたま居合わせただけだから」

柴崎「おや?アリサさんだけでも天然だったのに、話を聞かない子が増えましたね?」

上条「……一人、助けられなかったけどな」

鳴護「……うん」

柴崎「そこで話は個室を選んだ所に戻るんですがね、と。上条さん、お話はどこまで?」

上条「『濁音協会(Society Low Noise)』って奴らがケンカ売ってきてる所まで」

柴崎「オービット・ポータルの顛末は?」

上条「そっちは聞いてない。ネットで調べたんだけど、会社のHPは更新されてねぇし。ニュースサイトも全然」

柴崎「一応は外国資本ですからね。ガーディアンとフィナンシャルの英語記事は“割と”マシです」

柴崎「日本の経済紙はビットコインが飛んだその日に、『社会革命である』とぶち上げて嘲笑され続けてますから。時間の無駄です」

柴崎「色々あったんですが、なんやかんやでリーダー――シャットアウラ=セクウェンツィアが代表になっています」

上条「また唐突だなー。ってかそんなに簡単になれんのかよ?」

109 : 以下、名... - 2014/04/12 13:46:12.62 Hxkcn8z10 70/1732

柴崎「『エンデュミオンの奇蹟』は死人も出しませんでしたし、またオービット社に瑕疵はない、とされています。表向きはね」

柴崎「が、ビジネスの世界は非情で」

柴崎「社運を賭けた一大プロジェクトが頓挫し、株は暴落。金融機関からも貸し剥がし――融資の前倒し返済を迫られて大変でした」

上条「そりゃ……まぁ仕方がないんだろうな」

柴崎「レディリー会長の個人資産は膨大にあるんですが、勝手に手をつけたら犯罪ですしね……リーダーはやろうとしましたが」

柴崎「生憎、筆頭株主の方が首を縦に振ってくれないものでして、はい」

上条「へー?そんな状況でも会社を見捨てない奴居たんだ?偉いな」

鳴護「そ、それほどでもないかなっ?」

上条「あ、ごめん?今こっちの話をしているから」

鳴護「本当になのにっ!?」

上条「あ、これ、アニェーゼから貰ったべっこう飴。喉に良いんだって」

鳴護「嬉しいけど!ホントなんだってば!」

柴崎「上条さんマジです。こちらがオービット・ポータルの筆頭株主さん」

鳴護「どうも、鳴護アリサです」

上条「マジで!?お前いつから金持ちになったんだ!?」

柴崎「レディリー会長、いや前会長が悪人なのは間違いないでしょうけど、酷い悪人とまでは行かなかったようで」

柴崎「『あの日』、に、個人資産の幾つかを鳴護さんへ譲渡していたんですよ」

上条「罪滅ぼし、か?」

柴崎「リーダーは『偽善』だと言ってました」

上条「まぁ、そうだよな」

鳴護「あたしは違うと思う、って姉さんには言ったんだけどね」

110 : 以下、名... - 2014/04/12 13:47:30.14 Hxkcn8z10 71/1732

上条「そうかぁ?」

鳴護「最初に契約書にサインした時、『もしも何かあった場合、誰が遺産を受け取りますか?』って項目があったの」

上条「マグロ漁船並みの怪しさだと思うんだが」

鳴護「その時は『契約ってこういうものかな?』って、育ててくれた孤児院を書いちゃってて」

鳴護「最後にレディリーさんに会った時も、もしそれが偽善だったらあたしに言うよね?『お前が死ぬ事で助かる人が居るよ』って」

鳴護「それをしなかったんだから……うん」

上条「どう、だろうな」

鳴護「ま、あたしがそう思ってるだけ、かも?思いたいからとか?」

柴崎「SPとしての経験上、『完全な悪人』はそういませんよ。マフィアであっても自分の孫には甘いし、愛を叫ぶようなドラマを見て泣きます」

柴崎「だからといって善人かと言えばそうではないでしょうし」

柴崎「むしろ大切なものがあり、他人の痛みを知っている分だけ罪は重い。そう自分は考えますがね」

上条「俺はアリサに一票。レディリーも仕方がなかった部分もあるんじゃないのか?」

柴崎「各々が某かの事情を抱えている、それは当たり前の話です」

柴崎「共通の歴史認識やら、普遍的な正義なんてものは幻想ですしね」

柴崎「数千、下手すれば数万単位の犠牲を出してまで、その『事情』を正当化出来る話はないでしょうから」

上条「それを決めるのもアリサじゃねぇかな?一番の被害者だったんだし」

上条「てか『黒鴉部隊』は元々レディリー側じゃねぇかよ」

柴崎「いやもうぶっちゃけますと、エンデュミオンの侵入者排除に失敗した上、依頼主裏切ったんで信用ボロッボロでして」

柴崎「で、そんな自分達がどうしたか、の話がオービット・ポータルの顛末に繋がります」

鳴護「殆どの事業を切り売りして、残ったのがあたしの個人事務所?みたいな感じで」

111 : 以下、名... - 2014/04/12 13:48:33.14 Hxkcn8z10 72/1732

上条「事務所そのものがオービット預かりなのか?よく分からないけど」

柴崎「そこはリーダーがアレした感じで。下手にアレでも学園都市や『あっち側』からつけ入れられるので、心配はないと思います」

上条「それで傭兵部隊がマネージャーに転職したんだ?へー」

柴崎「『鴉』へ入るまではボディガードでしたからね。ま、色々とありまして」

鳴護「お姉ちゃんが好きなんですよねっ」

柴崎「げふっ!?げっほげほっごほごほごほごほごごほっ!?」

上条「水飲んで下さいよ、ほら」

柴崎「げふっ、すっ、すいません、んっくんっくんっく――はぁふっ……ふう」

柴崎「――それでスケジュールについてなんですが」

上条「無理だからね?『え、何が?』みてぇ顔してんじゃねぇよ」

上条「盛大なリアクションありがとう、ってぐらい取り乱したみてぇだけど、見なかった事にはしてあげられないからな?」

鳴護「そこは武士の情けでスルーした方が良いんじゃないかな?」

上条「うんまぁ、アリサと『黒鴉部隊』の立ち位置は分かった」

上条「柴崎さんがなんだかんだでしっかり保護者してんのも含めて」

柴崎「どうも。出来ればリーダーには内密に」

上条「納得出来ないのが、どうしてお前ら?力不足かどうかは分からないけど、もっと適材適所があるんじゃねぇのか?」

上条(相手が魔術師なら、こっちも魔術師の方が対抗しやすいだろ)

柴崎「イギリスの『協力機関』の方々の話ですよね。それはスケジュールの話に戻るんですが」

柴崎「どこへ行くかは知っていますか?」

上条「外国」

112 : 以下、名... - 2014/04/12 13:49:34.57 Hxkcn8z10 73/1732

鳴護「当麻君、私が言うのもアレなんだけど、もうちょっと計画性とかあるんじゃないかな?」

柴崎「ARISAの海外ライブツアー、『Shooting MOON』は計四カ所」

上条「ロンドン――つかイギリス、フランス、イタリア、ロシア」

柴崎「それぞれ第三次大戦で中核を担った国家ですよね?」

上条「そうだな」

柴崎「……うん、もう一声!」

鳴護「何となく分かりそうな気がするんだけどなぁ」

上条「『ケンカしてたけど、仲良くなりましたよー。ほらほら学園都市のアイドルとも交流ありますし』?」

鳴護「――ファイナルアンサー?」

上条「ファイナルアンサー」

鳴護「ドコドコドコドコドコドコドコドコ……」

上条「……」

鳴護「ファッファァーンっ!!!」

上条「!」

鳴護「ドコドコドコドコドコドコドコドコ……」

上条「ドラムロールに戻るのかよ!?じゃ今どうしてファンファーレ流したのっ!?」

上条「てか昔のクイズ番組のネタをする意味が分からない!?」

鳴護「友達の佐天さんが――」

上条「もういい分かった!いい子だけど、色々TPO考えろ!ツッコミで喉枯らす身にもなれ!」

113 : 以下、名... - 2014/04/12 13:50:52.10 Hxkcn8z10 74/1732

上条「いやまぁ、確かに観光だけならテンション上がっけどさ。このツアーって要は学園都市のプロパガンダだろ?」

鳴護「当麻君は、不満?」

上条「仲良くするのは賛成。でもアリサが巻き込まれるのは……あんまり」

上条「それに時期も時期だよ。何も狙われてる今しなくたって、もう少し待つとか、延期するとか出来なかったのか?」

鳴護「それはダメだよ、当麻君。今じゃないと、すぐやらないと意味がない事ってあるよね?」

鳴護「もしかしたら効果がないかも知れない。もしかしたら逆に怒らせちゃうかも知れない」

上条「だったら!」

鳴護「けど、『もしかしたら上手く行くかも知れない』。違うかな?」

上条「……アリサ、お前」

鳴護「私が歌で誰かが仲良く出来るんだったら――」

鳴護「――私は、歌うよ」

上条「……アリサ」

鳴護「でも、本当はちょっと怖いんだけどね。よく分からない人達が」

上条「……あぁ、そっちは心配すんな。俺がナントカすっから」

上条「影でコソコソやってるような連中の、狂った『幻想』なんか俺がぶっ殺すから!」

鳴護「……当麻君」

上条「エンデュミオンでも約束したじゃねぇか。お前の歌を邪魔する奴は俺がぶん殴る、って」

鳴護「お姉ちゃん、怒ってたけど」

114 : 以下、名... - 2014/04/12 13:54:26.34 Hxkcn8z10 75/1732

上条「つーか嫌だったらさっさと断って日本に帰ってるし。んな捨てられた子犬みたいな顔は止めてくれ」

鳴護「……ごめんね、当麻君」

上条「友達が困ってんの助けるのは当たり前。じゃなかったらダチなんて呼べねぇよ、だろ?」

鳴護「そっちじゃなくて――その、あたし、当麻君だったらきっとそう言ってくれるだろうな、って思ってて」

上条「んん?それって信用してくれてありがとう、でいいんじゃねぇのか?」

上条「つーか俺が勝手にやってんだから、別にいいって」

鳴護「そうじゃなくて!そのっ……うん、っていうか」

鳴護「あたしが、ツアーするって決まったら、当麻君と一緒に居られるかな、って」

上条「あ、アリサ……?」

鳴護「当麻君っ!」

上条「は、はいっ!?」

鳴護「あた――」

柴崎「――はいストップー」

鳴護「って柴崎さん!?いつの間に!?」

柴崎「君らが雰囲気作る前からずっと一緒でしたが」

柴崎「部屋をコッソリ出るべきか、リーダーに緊急通信するか迷ったぐらいです」

鳴護「お、お姉ちゃんには内緒にしてくれるとっ」

柴崎「一人忠臣蔵しそうですしねー」

上条「あれ?討ち入られるの俺?赤穂の浪人に襲撃されちゃうの?」

柴崎「自分は上条さんの事、データ以上は知らないんですけど、47人ぐらいは直ぐに集まりそうですね」

上条「人聞きが!?……あ、そういや、つーかシャットアウラは?聞かれてたら、色々とヤバかった予感がするけど」

柴崎「あぁですからリーダーは、っていうかスケジュールの話がまだ終わってないんですよ」

115 : 以下、名... - 2014/04/12 13:56:37.53 Hxkcn8z10 76/1732

柴崎「えっと……あぁ、まぁそんなこんなで学園都市と対立していた国家を巡り、コンサートをするのが今回のミッションです」

柴崎「ただし現時点でロシアとウクライナ東部の情勢が非常にきな臭いため、これからの状況次第ではイタリアで終りになるかも知れません」

上条「ロシアもなぁ」

柴崎「で、上条さんが疑っておられた、『どうして「黒鴉部隊だけ」なのか?』については、まさにそこですね」

上条「どこ?」

鳴護「インデックスちゃんはイギリスの人だよね?学園都市と仲が良い」

上条「あぁ昨日ステイルには『同行は許可されなかったよざまあ見ろナイス牝狐!』って言われた」

鳴護「あたし達、『学園都市が和平を望んでいるのに、他の国の協力者や武装した人を連れてはいけない』し?」

鳴護「もしそうしちゃうと――例えば、信頼して欲しい人の所へ、武器を持ったまま会いに行ったら警戒するよね?されちゃうよね?」

上条「そりゃまぁ……そうか、そうだけどさ」

上条「最新科学で武装した人を護衛につけてったら、『お前らを信用してない』って言ってるようなもんか」

上条「なるほどなー。理屈に合ってると思う」

上条「でも『黒鴉部隊』は?どう考えてもアンチスキル以上の実戦部隊じゃねぇの?」

柴崎「そこでオービット・ポータル買収の話に戻ります。今の自分達はただの『芸能会社の社員』に過ぎません」

柴崎「アイドルの側にマネージャーが着くのは当然の話。心配性の社長が首を出すのも、まぁ仕方がないと」

柴崎「また『事務所が個人的に依頼した警備会社』が出張ったとして、学園都市が関知している訳ではありませんからね」

上条「……うっわー、汚い。汚いぞ『黒鴉部隊』」

柴崎「流石にそうじゃなかったらアリサさんもOK出しませんって。ねぇ?」

鳴護「え、当麻君がいれば、別にいいかなって」

柴崎「……と、言う訳で護衛は自分達がしますから。任せて下さい」

上条「すいません柴崎さん!今のはちょっと天然なだけで!悪気はないんですよ、悪気はねっ!」

柴崎「約半年、嫌々ながらもマネージャーやってたのに、素人未満の信頼度って……?」

116 : 以下、名... - 2014/04/12 13:57:40.52 Hxkcn8z10 77/1732

柴崎「ともあれ経緯は以上です。あぁこちらの事情はある程度先方、訪問先には伝えてあるので、現地に着けば心配はいらないでしょう」

上条「って事は着くまでが勝負、か?」

柴崎「警備が厳重になる前に。そう考えるのが妥当です――さて、これからは注意事項について」

柴崎「そうですね、上条さん右手を出して貰えますか?」

上条「握手?」

柴崎「ですね。あなたの能力についても――ふむ」 ギュッ

上条「柴崎さんはどんな能力なんだ?」

鳴護「あたし達と同じ『レベル0』だよ」

上条「だったら確認とかしなくても」

柴崎「サイボーグの定義って知っていますか?」

上条「あぁうん。体とか骨格とかを機械に置き換えた、じゃ?」

柴崎「広義では歯のインプラントやコンタクトレンズもサイボーグに含まれます。ネタではなく大マジで」

上条「そうなのかっ!?俺こないだ骨折った時に、ボルトで固定したんだけど!」

柴崎「定義からすればあなたもサイボーグです。もう少しだけ自分は弄ってますが」

柴崎「ま、こうやって手を繋いでも支障がないみたいですし。打ち消すのは『異能』だけなんでしょうかね?」

上条「へー」

上条(そういや『幻想殺し』って、アンドロイドとかサイボーグとか、どう見てもオーバースペックな奴にも反応しないよな?)

上条(あれは『自然』って扱いなんだろうか?)

柴崎「それでは話を続けます――よっと」 ギリギリギリギリッ!

上条「アタタタタタタっ!?極まってる!腕が極まってるって!」

鳴護「柴崎さんっ!」

柴崎「はーい彼の命が惜しかったら動かないで下さいねー?あ、そのまま、ドアからも離れて下さい」

柴崎「もう少しで自分の仲間達が駆けつけますから」

上条「逃げろ、鳴護!こいつは敵だっ!」

柴崎「おや上条さん、それは誤解というものです」

上条「……テメェ……!」

柴崎「最初から自分は『味方』だなんて言った憶えはありませんから」

117 : 以下、名... - 2014/04/12 13:58:41.53 Hxkcn8z10 78/1732

――ユーロスター 現在

鳴護「柴崎さん!?そんな、どうして柴崎さんが……!?」

柴崎「柴崎さん?それは一体どなたの事を言っているのでしょうか?」

柴崎「……あぁ成程。この顔の前の持ち主がそんな名前でしたっけ?」

鳴護「――え」

柴崎「それがねぇ、彼。こうやって顔の皮を剥がされながら、必死でね?」

柴崎「最後の力で身分証を呑み込んでしまいまして――中から取り出すのに、少し苦労しましたよ」

鳴護「あなたは、誰――?」

柴崎「『黙示録の獣(ヨハネ666)』の一人、冠持ちと言ってもご存じでないでしょう?」

柴崎「そもそもあなたには関係無いでしょう、鳴護アリサさん」

柴崎「これから夜よりも暗い場所へ行くのですから、他人を心配する余裕はないかと」

柴崎「――さて、少し名残惜しいですが、そろそろ仲間が来る時間ですね」

コンコン

柴崎「どうぞ」

鳴護「!?」

ガラッ

118 : 以下、名... - 2014/04/12 13:59:31.62 Hxkcn8z10 79/1732

車掌「チケットを拝見しまーす」

鳴護「――っ!?………………はい?」

柴崎「あ、すいません。これどうぞ。上条さんも」

上条「ちょっと待ってこっちのポケットに」

柴崎「無くしたらここで発行して貰いますので、心配しなくて良いですよ?」

上条「それはありがたいけど……あぁ、あったあった。はい」

車掌「拝見しまーす」

鳴護「……えっと?」

車掌「そちらは?」

鳴護「あ、はい。これ」

車掌「確かに。ではよい旅を」 ガララッ

柴崎「――と、言う訳で!……どこまで話しましたっけ?」

柴崎「――この『黄昏きゅんきゅん騎士団(らぶらぶシャットアウラ)』の恐ろしさを!」

鳴護「違いますよね?今のは絶対にお芝居ですよね?」

鳴護「ってか完全に投げやりな組織名になってますし、それあたしのファンクラブにいますよね?」

鳴護「もしかして二人であたしを担いだのっ!?もうっ!」

上条「悪い!……つーか俺は半信半疑だったけどさ」

鳴護「感じ悪いよ!ドッキリだったら前もって言って欲しいなっ!」

上条「いやそれドッキリ成功しねぇだろ。俺も聞いてた訳じゃねぇよ」

119 : 以下、名... - 2014/04/12 14:00:27.37 Hxkcn8z10 80/1732

上条「腕極められても全然痛くなかったから、もしかしてって」

柴崎「途中から会話に参加してませんでしたもんね」

鳴護「……どう言う事ですか?内容によってはお姉ちゃんに抗議します!」

柴崎「すいませんっしたっ!!!」

上条「なんだかんだで馴れてんじゃんか」

柴崎「男女で揉めたら、取り敢えず男が謝っておけば何とかなります――と、冗談はこのぐらいで、今のアリサさんの点数を発表します」

上条「ドコドコドコドコドコドコドコドコ……」

鳴護「え、点数って何?」

上条「ぱっぱぱーん」

柴崎「――0点です、残念。人質取られて相手の言う事を聞くのは、全てに於てダメです」

柴崎「昨日も言いましたが、SPとして周囲に何人か着いていますから、そちらと合流して下さい」

柴崎「っていうか護衛対象の前で、人質を取られた場合のシミュレーションは何回もしましたよね?」

上条「よくある事なんですか?」

柴崎「割と頻繁に。嫌になるぐらいベタな話です」

鳴護「でもそれじゃ当麻君が酷い目に遭っちゃう!」

上条「アリサ」

柴崎「ご褒美でしょう?」

鳴護「そっか……」

上条「違うよな?真面目な話をしていたよな?」

柴崎「と、リーダーが」

上条「シャァァァァァァァァァァァァァァットアウラ!!!根に持ってるじゃねぇかよ!思いっきりな!」

柴崎「じゃマジ説教になりますけど――アリサさん、上条さん」

柴崎「あなた達の前に、友達なり知り合いなり、通りすがりを人質にしたテロリストが居たとしましょう」

柴崎「さて、どうします?」

上条鳴護「「助ける」」

柴崎「はい、不正解。ってか冗談でも止めて下さい。それは最悪手です」

120 : 以下、名... - 2014/04/12 14:02:02.74 Hxkcn8z10 81/1732

上条「いやでも助けるよな?」

柴崎「どうやって?」

鳴護「ナントカして、は正解じゃない。ですよね?」

上条「だってそいつらは巻き込まれただけなんだろ?だったら俺が人質になるのが筋じゃね?」

鳴護「当麻君に同意です」

柴崎「それがダメなんですってば。理由は二つ、いいですか?しっかりと聞いて下さい」

上条「あぁ」

柴崎「まず一つ目。『相手が信用するに値しない』です」

柴崎「『人質を取る』という卑怯な行為をした相手が、約束を守る訳がない」

柴崎「大抵身代金なり、テロリストの釈放なり、役目を果たした後には人質は殺されます」

柴崎「顔を見られたから、アジトを知られたから、またはただ単に用済みになったから。それだけで人質は命を絶たれます」

上条「待ってくれよ!?それじゃ見殺しにしろって言うのか!」

鳴護「中には無事帰ってくる場合もあります、よね?」

柴崎「それはまぁ『無事に帰した方が利益になる』と判断された場合だけです」

柴崎「つまり理由の二つ目にかかる話なんですが、じゃまぁ改めて二つ目」

柴崎「仮に人質が助かったとしましょう。彼らが望んだのが金品なのか、誰かの命なのかはともかく、それを差し出し無事に解放されました」

柴崎「時に二人は、『お前が死ねば人質は助かる』と言われ――」

上条鳴護「「行く!」」

芝崎「――完全に喰われてありがとうございました。その覚悟だけは立派ですけど、それは『使い所を間違えて』います」

上条「……無駄死にだって?」

柴崎「いえ、とんでもない。勇敢なあなたの命と引き替えに、人質の命は救われた。それはとても尊い事だと思います」

柴崎「そういった意味で『あなたが死ぬ事で誰かの命を救えた』と」

上条「全然そんな事思ってないぞ、って顔してるけどな」

柴崎「まぁでも『あなたが死ぬ事で失われる命』だってあるんですけどね」

上条「え」

121 : 以下、名... - 2014/04/12 14:03:05.67 Hxkcn8z10 82/1732

柴崎「いやだから、何度も言いますけど『人質を取るなんて人間未満のクズ』ですからね?」

鳴護「だから約束を守らない、でしたっけ」

柴崎「加えて『繰り返す』んですよ。一度の成功体験を延々ね」

柴崎「『あなた』のお陰で成功した人質という手口を。それこそ何度も」

柴崎「『あなた』は誰かを助けられて幸せかも知れません。自己満足は満たされたのでしょうね」

柴崎「しかし『あなた』が応じてしまった事で、テロリストは『これは効果がある』と何度も何度も繰り返す」

柴崎「そして勿論応じられる訳はなく、人質は可能な限り無残に殺されます――『次』の布石としてね」

柴崎「『応じられなければこうなるぞ』という脅しという形で」

上条「でも――」

柴崎「例えばアフガニスタンにイラク等々、付け加えるのであればロシアでも学校をテロリストが占拠した事件がありましたよね?」

柴崎「アレは応じたら負けです。仮に一度は助かったとしても、次々に人々が浚われ続けて要求はエスカレートするから」

柴崎「それだけならばまだしも、類似犯がどこまで増殖するでしょうね」

上条「――だったら」

芝崎「はい?」

上条「だったら黙って見てろ、逃げ出せって言うのかよ!?」

上条「友達を!知り合いを!全然関係無い俺達のケンカに巻き込まれた奴を!」

鳴護「当麻君……」

芝崎「はい、そうです。その通りです」

上条「――っ!」

柴崎「あなた達は、警察権も、逮捕権も無い。ましてや『力』を持っている訳でもない。ただの子供だ」

柴崎「『能力者』には少し厄介な右手を持っているかも知れないが、自分でも1分もあれば両手をヘシ折れる」

柴崎「専門家じゃない素人が調子に乗るんじゃない――と、言葉が過ぎました。すいません」

122 : 以下、名... - 2014/04/12 14:04:31.57 Hxkcn8z10 83/1732

柴崎「確かにあなたは――あなた『達』は死んで代わりの人間は助かるかも知れない」

柴崎「けれど二度三度、そういった連中は繰り返しますからね?」

柴崎「あなたが勝手に居なくなった世界で、連中は『あなたの犠牲によって学習した』お陰で」

柴崎「次々と犠牲者を量産する訳です」

柴崎「そして生憎世界は厳しい。あなたほどには物わかりも良くなく、そして周囲も止めるでしょう」

柴崎「被害者はそのまま無残に殺される。その責任は誰か?」

柴崎「あなたという成功体験があったから、あの時突っぱねていれば起きなかった」

柴崎「言ってみれば『自己満足で誘拐・人質被害者を増やす』訳ですからね?」

柴崎「……ま、これはおじさんから若人への愚痴ですけどね」

柴崎「もしもあなた達に大切な人が居て、自分の命よりも大事だったとしましょう。それこそ命を捨てられるぐらいだとしても」

柴崎「しかしだからといって安易に命を捨てないて下さい。それは、確実に無駄死にですから」

柴崎「……ねぇ、上条さん。あまり言いたくないんですがね」

上条「はい」

柴崎「調子に乗るな、このアマチュアが」

上条「……っ!」

芝崎「この世界には嫌って言うほどヴィランは居るけど、ヒーローは居ないんだよ」

柴崎「自分は人よりも色々見てきたつもりだが、一度たりとも『正義のヒーロー』なんてものは――」

柴崎「――来もしない相手を待つより、さっさと逃げた方がいい――」

柴崎「――自分は、ずっとそうしてきました」

151 : 以下、名... - 2014/04/15 11:04:02.08 rn+dIEeo0 84/1732

――ユーロスター 現在

鳴護「……と、すいません。あたしちょっとお花摘みに」

柴崎「どうぞ。ブザーは持ちましたよね?」

鳴護「はい」

柴崎「ではお気をつけて」

プシュー、パタン

上条「……あのさ。柴崎さん?」

柴崎「なんです?あぁ追いかけたいのであればどうぞ」

柴崎「あまりいい趣味ではないですよ?他の隊員が警護していますしリーダーに報告が上がるかも知れません」

上条「そうじゃねぇよ!そんな話してんじゃねぇ!」

柴崎「では何か?」

上条「アリサ、凹んでただろ?何もあんな事言わなくたって、俺達でフォローすりゃ良かったじゃねぇか!?」

柴崎「クイズです、上条さん。護衛任務で最も大切な事とは何でしょうね?」

上条「はぐらかすな!俺が言ってのはそういう話じゃねぇんだよ!」

上条「ただでさえ不安になってるアリサビビらせて!そこまでする必要があったのかって聞いてんだ!」

柴崎「それは『護衛対象に危機感を持って貰う事』です」

上条「それが――!」

柴崎「……これは知り合いの話なんですがね。何年か前、もしかしたらもっと昔にある少女の護衛を請け負います」

152 : 以下、名... - 2014/04/15 11:05:44.56 rn+dIEeo0 85/1732

柴崎「依頼主からの要望で本人には知らせず、家庭教師として付き添う事になりました」

柴崎「最初は戸惑ったそうですね。小さい頃から荒事に特化し、あまり人の温もりを知らず、馴染めない」

柴崎「始めて触れる人の暖かさ、仮定というものの有り難み……まぁおっかなびっくり慣れていき、どうにかそれっぼく振舞えるようになりました」

柴崎「……何と言いますか、妹、でしょうかね?あまり年の離れていない相手に懐かれ、満更でも無かったそうですよ」

柴崎「将来は音楽関係の仕事に就きたい。そう笑ってピアノの練習をする姿を眺めるのが、彼は大好きだったようです」

柴崎「ですがね、上条さん。ある日、少女は攫われてしまったんですよ」

柴崎「何を考えたのか、彼女はいつもよりも少しだけ違う道を通り」

柴崎「行方が分からなくなってしまいました」

上条「……その子は、その」

柴崎「一日目は電話がかかってきました」

柴崎「要求は……何でしたっけ?そう、あまり……いやまぁ、いいでしょう。どっちにしろ応えられませんでしたし」

柴崎「二日目は何もありませんでした。その代わりに家の前には封筒が置かれていました」

柴崎「『危険物かも知れない』――ご両親の代わりに開けた私が見たものは、切り落とされた彼女の小指、でした」

上条「――っ!?」

柴崎「三日目は薬指、四日目は中指」

柴崎「そして五日後にはこのぐらいの、そうですね、お弁当箱ぐらいの箱が配達されてきました」

153 : 以下、名... - 2014/04/15 11:06:49.91 rn+dIEeo0 86/1732

柴崎「中には、誰かの名前と知らぬ誕生日が刻まれた真新しい手帳が入っていました」

柴崎「間違いか?と一瞬悩んだ後――それは自分が彼女の前で使っていた偽名と、聞かれて慌てて口走った出た誕生日と同じです」

上条「女の子はあんたへのプレゼントを買いに行った、ってのか……」

柴崎「そんなものを!そんな下らない物を買うために!いつもと違った行動を取ったって言うんですよ!?」

柴崎「あの時、自分が事前に告げていれば!嘘を吐かずに護衛していると予め断っていれば!」

柴崎「あんな、下らない事には……!」

上条「……柴崎さん」

柴崎「……いいですか、上条さん。人間は決して万能ではありません」

柴崎「万全とは『期す』ものであり、『成す』事は出来ない」

柴崎「だから注意する。出来る限り――そして出来なくても危険になりそうな芽は全て潰す」

柴崎「そのためには護衛対象にも一定の危機感を持って貰わないと、無理なんですよ」

上条「理屈は、理解したよ……ごめんなさい、柴崎さん。なんか俺誤解してて」

柴崎「ん?いやいや自分に頭を下げないで下さいよ。失敗談一つに恐縮ですから」

上条「いやでも、必要だってんなら」

柴崎「ま、今のは嘘なんですがね」

上条「そっか……そっ、か……?」

154 : 以下、名... - 2014/04/15 11:07:33.33 rn+dIEeo0 87/1732

上条「……」

上条「ど、どっから?」

柴崎「『上条さんは攻められるがご褒美だとリーターが話していた』、ぐらいから?」

上条「何分前からだっ!?つーか嘘かよっ!?ギャグで流す程軽ぃ話じゃねぇよな!」

上条「あとシャットアウラさん疑ってごめんなさいよっ!けど責任はこの人にねっ!」

柴崎「……ま、今のはよくある話ですよ。メキシコくんだりじゃありふれた事件です」

上条「あっちってそんなに治安悪ぃの?」

柴崎「気になるならどうぞ調べてみると良いでしょう」

柴崎「一切の誇張無し、ネタ抜きで『魔術結社』が大手を振るって猟奇事件を起こしているのは、あの国ぐらいです」

上条(海原の地元、だよな。確か。機会があったら……いや、故郷の悪口は良くないか)

上条(それが事実だったとしても、好奇心から聞くのは無神経だ、と)

上条「あーっと、だな」

柴崎「あぁ知ってます。『そっち』も居るって事は」

上条「シャットアウラから?」

柴崎「言われてみれば、と腑に落ちる所もありますしね」

柴崎「学園都市“外”の研究機関だと考えていましたが、まぁどちらにしろ同じでしょうね」

上条「あんまり心配してないな?」

柴崎「自分の仕事は『守る』主体ですから。交戦せず全力で脱出するのに、科学も『それ以外』もないですし」

155 : 以下、名... - 2014/04/15 11:08:26.40 rn+dIEeo0 88/1732

柴崎「ともあれそういった訳でアリサさんを宜しくお願いします、上条当麻さん」

柴崎「女の子を守るのは男の子の仕事、ですから」

上条「そりゃ良いけどさ。でもだったらあそこまで強く言う必要が」

上条「今の話をきちんとすりゃ……ってダメか。必要以上に怖がらせちまうし」

柴崎「いいんですよ、これで。自分はアリサさんに嫌な事を言うのがお仕事」

柴崎「でもってあなたは慰めるのがお仕事。適材適所と行きましょう」

上条「つってもなぁ?柴崎さんだってアリサと長いんだろ?『エンデュミオンの奇蹟』から数ヶ月経つけど」

柴崎「マネージャーとしてですが」

上条「アリサはもうあんたを信頼してる感じがするけどな。だから、こう、仲良くやっていったらいい、っていうか」

柴崎「生憎自分は護衛対象を『ビジネス』とか見ていません。契約が終わるまでの関係でしかない」

柴崎「表向き仲の良い演技をする事があっても、それだけですから」

上条「……なんか悲しいけど、そーゆーもんなのか?」

柴崎「でもなければ『黒鴉部隊』なんて入ってませんって」

上条「そか」

柴崎「だからまぁ、別に仲も良くない自分は、護衛対象の個人情報を漏らす事にも躊躇いもないですが」

上条「はい?」

柴崎「自分がアリサさんに着いてから、ワガママを言ったのは“この”一回だけですかね」

上条「“この”?ふーん、具体的にはどんな?」

柴崎「さぁ、どうでしょうか?」

156 : 以下、名... - 2014/04/15 11:09:27.62 rn+dIEeo0 89/1732

――ユーロスター 個室

鳴護「……」

鳴護「……はぁ」

鳴護(まだ、ちょっと手が震えてる……)

鳴護(格好悪いなぁ、『頑張る!』って決めたばかりなのに)

鳴護「……」

鳴護(柴崎さんのお話、わかる、けど)

鳴護(……アレも、『エンデュミオン』も、うん)

鳴護(当麻君やインデックスちゃんのお陰で、あとお姉ちゃんも入るのかな?逆?)

鳴護(私が居た“せい”で、多くの人達が……)

鳴護(『奇蹟』が起きなかったら、いっぱい、うん)

鳴護「……」

鳴護(……じゃあ、『これ』も同じ事なの?)

鳴護(私が居る“せい”で、また危険に晒される人が居る、出る、かも知れない)

157 : 以下、名... - 2014/04/15 11:11:15.41 rn+dIEeo0 90/1732

鳴護「……」

鳴護(けど、けどっ!『奇蹟』を起こせば!またっ!)

鳴護(私の歌で『奇蹟』を……!)

鳴護「……」

鳴護「でもそれじゃ、『奇蹟』があれば――」

鳴護「私の『歌』は関係無――」

 こん、こん

鳴護「あ、すいませーんっ!今出まーす!」

鳴護「え、英語?カンペカンペっ、えっと」

鳴護「ぷりーずうぇいとすらいりー?いっとかむずあうと、じゃすとあうとさいど?」

 こん、こん

鳴護「……つ、通じた?」 パタンッ

158 : 以下、名... - 2014/04/15 11:12:17.04 rn+dIEeo0 91/1732

鳴護「……?」

鳴護「……あれ?誰も、居ない、よね?」

鳴護(気のせいかな?気のせいだよね?うんっ)

鳴護(ちょっと怖い話を聞いたから神経質になっているだけであって、全然全然?そういうんじゃないからっ!)

鳴護(ダメだなー、気分を切り替えないと)

鳴護(あたしは、あたし。そう決めたんだよ!あの日に!)

鳴護「……」

鳴護(……手を洗って……あぁ、なんか酷い顔しているかも)

鳴護(……うん!次はフランスで頑張らなくちゃいけないのに、ダメだぞアリサ!)

鳴護(あたしの歌を楽しみに来てくれる人が居るんだから、しっかりしないと!)

鳴護(私の『奇蹟』じゃなく――)

 キュ、キュッ

鳴護「……?」

鳴護(蛇口ひねっても水が、出ない?あれ?日本と違うのかな?)

159 : 以下、名... - 2014/04/15 11:13:56.68 rn+dIEeo0 92/1732

鳴護(チップとか必要なの?……あ、お財布柴崎さんに預けたままだった)

鳴護(どうしよっか……あ、お守りの中に少し入ってたような?何かあったら大使館行けるよう――)

 ごぼっ、ごぼごぼごぼごぼごぼごぼっ

鳴護「な、何、これ……?隧道から、濁った――」

鳴護「粘液、が」

鳴護「タール、だっけ?真っ黒で、ドロドロとした」

 くぷっ、ぷぷぷぷぷぷっ

鳴護「葉っぱが浮んで、来て……?え、えぇ?」

鳴護「葉っぱじゃない!赤くて、違う!葉っぱじゃないよ!」

鳴護「人の唇が!タールの中に!泡だっ――」

160 : 以下、名... - 2014/04/15 11:14:48.78 rn+dIEeo0 93/1732



「――てけり・り――」


161 : 以下、名... - 2014/04/15 11:16:16.55 rn+dIEeo0 94/1732

――同時刻

「『ヒトは命の旅の果てに智恵を得て、武器を得て、毒を得る』」

「『即ち“偉大な旅路(グレートジャーニー)”』」

少年「『現時刻を以て世界へ反旗を翻す』」

少年「『我らは簒奪する。全てを奪いし、忘れた太陽へ弓引くモノなり』」

くぐもった声「『汝ら、空を見上げよ。我らの王は容易く星を射落さん』」

くぐもった声「『“竜尾(ドラゴンテイル)”が弧を描き、歌姫は反逆の烽火を上げる』」

「『……』」

「あぁお前は無理すんな。まだ早い」

「体がなっちゃいねぇんだから、しようとしたって無理だろうよ」

「張り切んなくても俺がすっから……えっと、メモメモ」

男二「兄さん、もうちょっと空気読もう?そこは別に黙って読んだ方が格好つくよね?」

男二「てかこの痛々しい詩書いたの兄さんだよね?書いた本人がド忘れしてるってどういう事?」

162 : 以下、名... - 2014/04/15 11:17:02.50 rn+dIEeo0 95/1732

「あーウルサイウルサイ。いいんだよ、こーゆーのは適当にフカシときゃ」

「知ってるか?嘘ってのはどんなそれっぽい嘘を吐くよりも、たくさんのホントの中に紛れ込ませた方がすんなり通る」

「逆も然り。ホントを嘘ばっかりの福袋に入れとけば、スルーされるってシロモンだぁな」

「んじゃ続き……『――黒き大海原よりルルイエは浮上し、王は再び戴冠せ給う』」

「『久遠に臥したるもの、死することなく――』」

「『――怪異なる永劫の内には、死すら終焉を迎えん』」

「『――我ら“濁音協会(S.L.N.)”の名の下に』、ってか」

「……ま、そいじゃ行くとすっかね」

「このクソッタレな世界に、『終焉(おわり)』を」

少年「……おーにさん、こっちらー」

少年「てっのなる、ほうへー……」

173 : 田中(ドワーフ) ◆7fp32j77iU - 2014/04/22 11:20:14.06 PMKl+Jbj0 96/1732

――ユーロスター 客室

上条「少し遅いけど、大丈夫かな……?」

柴崎「護衛ポイント減点1。ボディガードは可能な限り護衛対象にストレスを与えない」

上条「気を遣って護衛失敗の方が怖いだろ」

柴崎「紳士ポイント減点10。アリサさんには内緒ですけど、ウチのスタッフが固めていますから」

上条「どっちにしろ減点なのな」

柴崎「紳士であるのと護衛は両立しがたいですから。ベタベタくっついていれば嫌われて当然」

上条「あの映画結構好きだったのに」

柴崎「政府系要人であれば人並み以上の分別は持っていますが、私的なSPはもう最悪ですね」

柴崎「大抵周囲をイエスマンで固めているので、こっちの意見を聞いてくれない」

上条「ヒロインが最初だだこねてたっけか」

柴崎「『彼女と逢うから二時間外してくれないか?』」と言われた事すらありますよ」

上条「すっげーなソイツ!……あぁまぁ男として気持ちは分からないでも……?」

柴崎「ま、結局その恋人に刺されるんですけどね。未遂で終わらせましたが」

上条「泥沼だなぁ……あれ?どうやって防いだの?外してたんだよね、席?」

柴崎「『席を外すとは言ったが、本当に外すとは言ってない』」

上条「……うんまぁ、うんっ!働くって難しいですよねっ!」

上条「つーかさ思ったんだけど、こういうのって同性のSPが着くんじゃないの?」

上条「今の話――は、流石に参考にならないけど、それ以外じゃ同性同士の方がやりやすくはあるよな?」

柴崎「それは、正しくもあり間違ってもいますね」

上条「どっちだよ」

174 : 以下、名... - 2014/04/22 11:22:45.11 PMKl+Jbj0 97/1732

柴崎「アイドルの護衛兼マネージャーとしては、少々強面の方が『諦めて』くれます。相手――というか、仮想敵はファンや同業者ですからね」

柴崎「アリサさんは良くも悪くも目立つので、まぁ色々と」

上条「あんま聞きたくないけど、やっぱそういうのってあんの?」

柴崎「全てお断りしているので何とも。でもどこかのグループの社長さんが、脱法ドラッグを使用しても報道されないなど、『お察し下さい』です」

上条「……うっわー、芸能界怖いわー」

柴崎「覚醒剤からの復帰は当たり前、詐欺も脱税もよくある話。真っ当な親御さんだったら止めるでしょうな」

柴崎「ファンを自称する方だって、やってる事はストーカー紛い方もいます」

柴崎「住所特定から彼氏彼女の有無まで。いやー、アイドルと恋愛するのは大変そうですよねー?」

上条「そこでどうしてニヤニヤしながら俺を見るの?」

柴崎「ともあれ『そういうの』には、堅物そうな年上のマネージャーが睨みを利かせると」

上条「超心配性なお姉ちゃんもいるしなー」

柴崎「オフレコでいいですか?ここは『絶対』盗聴されていませんから」

上条「内容によるけど、はい?」

柴崎「リーダーの溺愛っぷりも、実はあれ寂しさの裏返しだと思うんですよね」

上条「……あぁそっか、シャットアウラも、だったよな」

柴崎「最初は徹底して拒絶していたのも、『身内に対する接し方を知らない』だけなのかも知れませんし」

上条「つー事はあれか?デカすぎる愛情が『エンデュミオン落とし』に繋がったって?」

上条「つーかさつーかさ、俺今一納得行ってなかったんだけど、レディリーは『死にたかった』んだろ?」

柴崎「3年前の『88の奇蹟』が、まさにそうらしいですが。リーダーの敵でもあります」

上条「シャットアウラは妨害するためにアリサを襲った、けどアリサは『奇蹟』――つまり、他の人達を助けるために歌った、と」

柴崎「でしたね」

上条「……シャットアウラ、妨害した意味なくね?」

柴崎「――はい、と言う訳でもう一つの理由、『同性のSPが着いた方が良いのかどうか』についての質問に戻りますが!」

上条「おいテメー話を逸らすな?割と核心的な話してんだよ!」

175 : 以下、名... - 2014/04/22 11:24:12.38 PMKl+Jbj0 98/1732

柴崎「タレントの護衛と要人警護はまた別なんですよ。カテゴリ的に」

上条「……そうなのか?」

柴崎「そうですね、例えば上条さんが誰かを暗殺しようと思いました」

柴崎「ライ麦畑で捕まえる本を読んだり、丸山ワクチンで一発逆転を狙ったり、動機はさておくとして」

柴崎「ちなみに丸山ワクチンは、同じ成分の薬が免疫増加薬として認可されています。陰謀論を言うと笑われますから」

上条「あんまそういう一発逆転には……うんまぁ、アレだけど!結構薄氷渡っては来たけどさ!」

柴崎「大抵『そういう人』は『確固とした信念』を持っていて――」

柴崎「――『あ、護衛の人強そうだから、今日はやめておこっかな?』とはなりません」

柴崎「ていうか、その程度の正気が残っていれば、普通はしませんからね。襲撃自体」

上条「まぁな。確かに言われてみればそうだろうけど」

柴崎「だから要人警護は能力優先で決まり、外見はあまり斟酌されません」

上条「言われてみればイギリスの女王さんに会った時も、厳つい野郎より女――の子、の方が多かった気がする」

柴崎「何故今『子』をつけたんです?」

上条「深い意味は無いけどなっ!別に18歳なら女の子っつってもいいじゃないっ!」

柴崎「上条さんの妙なコネクションに興味はあるんですが、蛇が出て来そうなので突きません。怖いので」

上条「……俺は別に一般人なんだけどね。特別な力を持ってる訳じゃねぇし」

柴崎「それで最初の質問、『アリサの護衛には同性の方がフラグ立てられたんじゃね?』の答えなんですが」

柴崎「一説には百合厨だとの噂がある上条の疑問にお答えしますと」

上条「聞いてないですよね?一っ言も裏の意味はねぇからな?」

柴崎「自分が護衛をするのはフランスまでです。コンサートが終わってからはリーダーとの旅になるでしょうね」

上条「やっぱシャットアウラか。いやでも柴崎さん、一緒に来ればいいんじゃねぇの?」

176 : 以下、名... - 2014/04/22 11:26:28.13 PMKl+Jbj0 99/1732

柴崎「野暮用が少しだけ」

上条「え、いいじゃん。行こうぜ?つーか女の子二人に男一人だとキツい」

柴崎「バトー・ラヴォワールに行きたいんですよ」

上条「どこか分からないけど観光ですよね?」

柴崎「貧しい時代のピカソやモディリアーニが住んでいた安アパートです。日本で言えばトキワ荘ですか」

上条「画家さんと漫画家さんはジャンル違いじゃ?」

柴崎「知り合いがマリー・ローランサンの絵を見たがっていまして」

上条「やっぱ観光じゃねぇか。意外にシャットアウラへの忠誠心低いな!」

コォォォォォォォォォッ……

上条「トンネルへ入った……あれ?耳がツーンってしないな?」

柴崎「今居るのが英仏海峡トンネルですね。ユーロスターは機密性が高いので、そうそう気圧が変わりませんし」

柴崎「先程の駅がアシュフォードなので、次のカレー・フレタンまで約25分」

上条「意外に早いのな?」

柴崎「トンネルか、えぇっと……37.9km。ユーロスターは最大時速300kmなので」 ピッピッ

上条「普通列車とは違うか。りょーかいりょーかい」

柴崎「去年のテロから復旧も早かったですし――って、どうしました?何故遠くを見つめるので?」

上条「……いやぁ世界って狭いよなって」

柴崎「あぁそういえば上条さん、ピコピコに詳しいですか?」

上条「言い方が古すぎる!?今時じーちゃんばーちゃんだって普通に使うだろ!」

柴崎「スマフォのアプリで、常駐設定が難しくて。見て貰えませんかね?」

上条「いや、俺はガラケーだし。あんまアプリも入れてないって言うか」

柴崎「そう言わずに、どうか、ね?見るだけでいいですから」

上条「いいけど。出来れば知ってる人に頼んだ方が良いと思うけどな……?」 スッ

177 : 以下、名... - 2014/04/22 11:29:34.14 PMKl+Jbj0 100/1732

上条(うわこれ最新型っぽい。携帯っつーかハンディパソコンみたいだ)

上条(……いや、逆にPCと同じだったらイケるかも?仕様は共通してんだろうし)

上条(どれどれ、タスクマネージャ開い――ありゃ?メモ帳が開いてる?)

メモ帳『盗聴の可能性があるので、このままケータイを直すフリをして読み進めろ』

柴崎「どうです?分かりそうですか?」

上条「……うん?あぁはい、何とか見れそう、かも」

上条(……喰えない、っていうか。伊達にシャットアウラから信頼されてる訳じゃねぇのな)

上条(会話に出てた『アイドルの護衛としてたまたま選ばれた』、のが柴崎さんじゃなくってだ)

上条(外見が厳ついとか、堅物だとか、そーゆーのは全てフェイク)

上条(『鳴護アリサの実力ある護衛者』として、性別関係無く任命されたのが柴崎さんって事か)

上条(今にして思えば『これはオフレコで』発言も、盗聴してるかも知れない相手に、『油断してますよ』って過信させるため……)

上条(……そか。なんかフランクに話してくると思ったら)

上条(土御門に似てんのな。得体の知れない胡散臭さと、時々覗かせるクレバーさっつーか)

柴崎「良かったー。中々相談しにくくて大変だったんですよね」

メモ帳『トンネルへ入って外部からの光学的な盗撮は出来なくなった。ただし今までの会話を全て盗聴されている可能性は捨てきれない』

メモ帳『従って以下、重要な事を“これ”で伝えるので遵守されたし』

上条「やるだけやってみますけど、出来るかどうかは、はい」

柴崎「結構ですよ、それで」

178 : 以下、名... - 2014/04/22 11:32:10.48 PMKl+Jbj0 101/1732

メモ帳『第一に優先すべきなのは「鳴護アリサの安全」』

メモ帳『安易なヒューマニズムに負けて、命を粗末にしない事――』

メモ帳『――例えそれが鳴護アリサから恨まれる事になっても』

上条(……あぁ、人質云々はこの話に繋げたかったのかよ)

柴崎「どうしました?あー、そのアプリ入れようか迷ったんですけどね」

上条「……いや、正解だと思うけど。あんまりオススメは出来ないっていうか」

柴崎「少しぐらい重くたって後々後悔しない方が、と思いましてね」

メモ帳『基本的に先方車両と後方車両へ「黒鴉」を配置しているため、柴崎に何かあったらどちらか、出来れば先頭へ向かえ』

メモ帳『そして速やかに脱出を計られたし。それが最善手』

上条「……悪いんだけど、ここちょっとおかしくねぇかな?ここなんだけどさ」

上条「どーにも納得行かないんだけどさ」

柴崎「そうでしょうかね?あぁ、もう少し下までスクロールさせないとヘルプは出て来ませんよ」

メモ帳『理由は二つ。彼らの目的は「鳴護アリサ」である』

メモ帳『従って「鳴護アリサが逃走した場合、彼らは追跡へ入る」ので、ここで起きる被害を最小限に留められる』

上条「……」

柴崎「どうですか?」

上条「――んなわけ」

柴崎「はい?」

上条「そんなわけねぇだろうがよ!どこをどう考えたら――」」

柴崎「でしょうか、自分もそれはないと思ったんですが」

柴崎「取り敢えず、見るだけは見て下さい。見るだけでいいですから」

上条「……」

179 : 以下、名... - 2014/04/22 11:35:57.24 PMKl+Jbj0 102/1732

メモ帳『理由二つめ。この世界には「意味があれば人を殺す奴」と「意味が無くても人を殺す奴」の、二つに分けられる』

メモ帳『大抵は前者、しかし決して後者も少なくはない』

メモ帳『恐らく君は「鳴護アリサが逃げた後、野放しになった彼らが腹いせと見せしめを兼ねてするであろう事」を危惧しているんだろうが」

メモ帳『それはきっと「鳴護アリサという理由がなくても連中はする」』

メモ帳『たまたま理由が「鳴護アリサだっただけ」に過ぎない』

メモ帳『もし仮に「居残った人々を助けるため、鳴護アリサや君が残った」としよう』

メモ帳『彼らは嬉々として関係無い人間を次々巻き込むだろう』

メモ帳『そういう「人質」が君達に有効だと知ってしまったならば』

上条「……そういうことかよ……!」

上条(だから俺とアリサへ人質の話なんかしてたのか!……いや、違う、そうじゃない)

上条(『俺に非情な決断をさせるため』、かよ!クソッタレ!)

メモ帳『逆に「人質が通用しない」と証明してしまえば悲劇は起きない』

メモ帳『徒に話を大きくして、他の組織、最悪欧州連合に付け狙われるのは宜しくないからだ』

メモ帳『だから君達は逃げなければならない』

上条「……ちょっと、いいですかね?」

柴崎「はい」

上条「正直、よく分からないっていうか、理解したくないっていうか」

柴崎「分かりませんか?でしたら仕方が無いかも知りませんね」

上条「俺だったら別のアプリ入れますよ、きっと」

上条「最善はないかもしれない。だからって次善を探さないで良い訳ないからな」

上条(最悪、アリサの安全確保を『黒鴉部隊』にやって貰ってだ)

上条(他の護衛の人に任せた後で、残った連中をぶっ飛ばす!そうすりゃ問題はねぇよな)

上条「――そこは、譲りません」

180 : 以下、名... - 2014/04/22 11:37:34.92 PMKl+Jbj0 103/1732

柴崎「まぁ取り敢えずは暫く保留でいいかも知れま――おや、これ何でしょうね?」

上条「えっと……?」

上条(まだ下に……?)

メモ帳『多分君は「鳴護アリサの安全を確保しておいて、自分は残る」という発想へ至っているだろう』

上条(……笑っちまうぐらい読まれてんじゃねぇか、俺)

メモ帳『リーダーからおおよその性格を聞いただけなので、推測に過ぎないが気持ちは理解出来る』

メモ帳『自分も理想論と感情論を天秤にかけた上、同じ行動を取る可能性はある』

上条(あ、なんだ。同じじゃんか)

メモ帳『だが「今回は相手が悪い」んだ』

メモ帳『学園都市の協力機関からの情報だが、彼らは精神汚染と肉体改造のエキスパートらしい』

メモ帳『よって「君が黒鴉部隊だと信じていても、それが本物であるとは限らない」と』

上条(……なに?)

メモ帳『外見は光学的、または視覚的に化ける事が可能であるし』

上条(海原とかそうだな。その可能性は充分か)

メモ帳『肉体が同じでも精神が全く別であるのも可能だそうだ』

メモ帳『だから君が「安全な相手だと思った鳴護アリサを引き渡したら、実は敵だった」も、充分に有り得る』

メモ帳『だからもし、君が柴崎抜きで他の「黒鴉」に接触した場合、まず隊員の名前を聞いて欲しい』

メモ帳『そしてどんな答えであっても「シャットアウラさんに次ぐ能力の、と柴崎が褒めていた」と言え』

メモ帳『その反応を肯定するのであれば敵。決して鳴護アリサの側を離れてはいけない』

181 : 以下、名... - 2014/04/22 11:40:07.37 PMKl+Jbj0 104/1732

メモ帳『しかし同時に君達だけでは危険なので、他の隊員が駆けつけるまでは味方のフリをして敵の指示に従う事』

メモ帳『向こうも無茶な要求はしないだろうから、信用したフリをさせて油断させるように』

上条「一応聞くけど、ここはなんで?」

柴崎「……えっと、ですね」 トントントン

上条(キータッチ超早いな)

メモ帳『隊員は “さん”や名前付けはしない。普段は「リーダー」「サブリーダー」、コードネームで、それ以外の敬称はつけない』

メモ帳『敬称は邪魔だから、公の場所でも無い限り呼んでいる人間は居ない』

上条「……成程。分かった、うんまぁ、全部は納得してないけどな」

上条「ここを、こうすれば……あぁっと、落ち着く所に、落ち着く、よな」

柴崎「別に全部綺禮にしなくても大丈夫ですよ。なんでしたら騙し騙しやってきますから」

上条「……だな。優先順位は分かるけど」

上条(一番はアリサ。向こうさんが狙ってるのもそうだ)

上条(……けど、いざ人質を取られたとして――)

上条(――割り切れねぇよな。自分達だけ逃げろってのは)

柴崎「答えがある問題じゃないですしね。問題があって、解決方法が一つとは限らない」

上条「最善、良かれと思ってやったとしても」

柴崎「問題が発生したとして、原因がOSや他のブログラムとの競合とか複数であったりね」

上条(に、しても怖いおっさんだな。つーか今一頼りないのも演技か)

ガッタン、ギッ、ギッ、ギッ、ギッ、ギッ……

上条「……地震?」

上条(一度軽く列車全体が揺れ、妙な音が断続的に響く)

上条(確か……おっきな地震があったら、新幹線は止まるんだよな?)

182 : 以下、名... - 2014/04/22 11:41:03.45 PMKl+Jbj0 105/1732

上条(けど急ブレーキでかかるような圧力はないし……なんだろ?)

柴崎「『――はい。今は――えぇ』」

上条(片手を耳に当てて誰かと話している柴崎さん。その相手は見えない人、な訳はないか)

上条(多分通信機なんだろうけど、骨伝道とか下手すれば『内側』に何か仕込んでいるんだろう)

上条「……?」

上条(窓の外は相変わらず真っ暗で、時折光って見えるのはトンネルに設置されている非常灯ぐらい……)

上条(何となく数えたくなってくるよな?一、二、三……)

上条(四、五、六、七八九……)

上条(おかしくねぇかな?なんか、非常灯の間隔が狭くなってるっつーか)

柴崎「『ではそちらは後から――はい、それで宜しくお願いします。では』」 ピッ

柴崎「「えっと、ですね?上条さん、実は」

上条「あーもうなんかトラブルの予感しかしねぇんだけど!」

上条「アレだよな?『良い話と悪い話、どっちから聞きたい?』的な展開になるんだよな?」

上条「分かっちゃったもの!なんかこうそーゆー雰囲気だし!さっきから列車もご機嫌で揺れてますしねっ!」

柴崎「凄く悪い話ととても悪い話、どっちが良いですか?」

上条「どっち選んでも行き詰まりですよねっ!……いやいや、んなボケかましてる訳じゃなくてだ」

柴崎「それじゃ移動しながら話しましょうか。あぁアリサさんの荷物は」

上条「俺が持つよ。手、塞がっちゃうだろ」

柴崎「すいませ――」

『……!』

『――、――!』

『……』

上条(通路側から人の声……?争ってる、っていうよりも)

上条(たくさんの人が、騒いでる、か?)

183 : 以下、名... - 2014/04/22 11:42:43.71 PMKl+Jbj0 106/1732

――ユーロスターS 個室

ガリ、ガリガリガリガリガリガリッ!

 得体の知れない音が――正直想像したくもない鉤爪の音が立てこもっているドアを削る。

 ドリルで穴を開けるのではなく、カッター一で切りつけるのとも違う。
 鉤爪――下手をタダの爪でステンレスの扉を絶え間なく傷つけている。

 実際の所、それはあまりにも途方もない行為であり、同時に意味を成してなどいない。
 隠れた個室の上下は開いており、また適当な膂力さえ持っていればドア一枚を引き剥がした方が早い。

 だがそんな『常識』が通じるのは普通の、それも人間の貌(かたち)をした相手だけだろう。

 伸縮自在の黒い粘液の塊にそんなもものはない。
 ただ押し潰し、磨り潰し、同化する。
 そこに悪意はなく、ましてや善意もない。

 あるとすれば――『欲』だけだ。
 この世界に生命という概念が産み落とされてから、常に存在し続ける『欲』。
 万物を突き動かす衝動。

 殺す・盗む・奪う、などといった甘ったるい欲求では無い。
 ただ、喰う。それだけの行為。

184 : 以下、名... - 2014/04/22 11:47:25.86 PMKl+Jbj0 107/1732

 映画に於いてその黎明期から交わされる議論がある。「自分であればこうする」、「もっと上手く立ち回れる筈だ」、そう多くは言うだろう。
 時としてショッピングモールー籠城したり、サメの出る海から逃げ出したり、極限の基地への赴任を断ったりするかも知れない。
 フィクションを眺める第三者は、えてして物語が境界を超えるであろう事を夢見る。

 だが――しかし。
 こうやって『境界』を乗り越えてきた相手には、呆然と立ち尽くす。またはパニックに陥って泣き叫ぶ。
 現実を現実と受け入れられず、無闇矢鱈にわめき散らすのが精々だろう。

(怖い!怖い!怖い――)

 護衛からは「広くて人の多い所へ逃げろ」と何度も念を押されにも関わらず、こうして個室に逃げ込むしか出来なかったのが証明している。
 それも反射的だったのかも知れない。まだ十代の少女であれば、とっさに体が動いただけで僥倖と呼べるだろう。

 けれど幸運はそう続かない。逃げた先には映画のような窓は無く、あったとしても最大時速300kmを誇る電車の中。悲惨な結末を迎えるだけ。

 だからといって無謀に飛び出せば、それ以上に後悔する事も間違いない。

 完全に『詰んだ』状況。普通であればそのまま発狂する――比喩では無く、常軌を逸して身罷るのか精々。
 残された時間を神に祈るか、自身の運の無さを呪うか、取れる選択肢は少ないだろう。

 それは鳴護アリサでも例外たり得なかった。
 あの『奇蹟』で大勢を救った人間ですらも。

185 : 以下、名... - 2014/04/22 11:49:10.41 PMKl+Jbj0 108/1732

(当麻君!当麻君!当麻君!)

 両手を胸の前で組み、神には祈らず――彼女にとっては――人の身へ一心に祈る。
 何回、何十回、何百回繰り返したのかも、分からないまま……ふと、鳴護は気づいてしまう。

 ドアを掻き毟る醜悪な音が、粘液を撒き散らす恐ろしい音が、もう聞こえなくなっている事に。

(……?)

 長く――永く感じられたのは恐怖に戦いていたせいか?それとも現実に過ぎてしまっていたのか?
 安堵の溜息をこぼす、その一瞬に。

「……アり、さ?」

 自身を呼ぶ声がする。

「当麻君っ!?当麻君なのっ!?」

186 : 以下、名... - 2014/04/22 11:50:16.29 PMKl+Jbj0 109/1732

 祈りが通じた!そう歓喜したのもつかの間であり。

「良かったぁ、来てくれたん――」

「そう、ダ……俺が、カミジョウ。ゴボッ」

 声は丁度人の背丈の中程、腰辺りから響き、

「めい、ゴ……たすけに、キた」

台詞は人によく似た醜悪なものであった。台詞の単語自体は。

 大雨の日に下水から吹き出す雨水に混ざった気泡。
 深い海の中から湧き出る不気味な泡。

 到底人の発音とは似ても似つかない。

「メイゴ、めいご、あ、リサ……ゴボゴボッ」

 絶望するのは、まだ早い。このドアの直ぐ外にいる――ある『何か』は、

「めいご。おい、で?」

「めいごめいご、呼ばれてる、かえろ?」

「たいま、たいま仕事……ゴボゴボゴボッ」

『口々』に、そう囃し立ててきた。
 一つであったモノが、二つ、二つであったモノが、三つ。

 もしくは一つであったモノに、多数の口を生やしていない限りは。

187 : 以下、名... - 2014/04/22 11:51:57.12 PMKl+Jbj0 110/1732

「……なんで、なんであたしなのっ!?」

「私なんか!あたしなんかっ!……どうしてっ!?」

 狂気に追いやられながらも、最後の理性を動員させて鳴護は叫んだ。
 ……いや、ただの現実逃避なのかも知れない。

 常識的に考えて、ここで悪党が口を滑らす必然性は無い。

「ムスメ、たいどう……おらとりお」

「アリ、さ。かみを産む」

「さるんは……ゴボッ、お前をひつヨウとして、る」

「分かんない!分かんないよ!?」

「そんなにあたしの『奇蹟』が欲しいんだったら――」

 ゴボ、ゴボゴボゴボッ。鳴護の台詞を遮るように――実際にそういう意図があったのかは不明だが――泡の音が一層大きくなる。
 腰辺りで響いていたのが、くぅっと伸び。

 もう、扉の上の隙間に届かんばかりに。

「……ゴボッ……キセキ、ひつよう、ない」

「――え?」

188 : 以下、名... - 2014/04/22 11:53:56.01 PMKl+Jbj0 111/1732

 意外とまともな返答が返ってきた。それはただの偶然なのかも知れないが。

「いきもの、いきる、すべて、キセキ」

「おかしなトコ、ろ、ない」

「きせき、みんな……ゴボ、もって、ル」

「……え?それって一体――」

 その問いに答えは無く。
 不気味な水溜まりの、奇妙な水音は扉を越え――。

「――何、やってんだテメェェぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

パキィィィィィン…………。

189 : 以下、名... - 2014/04/22 11:55:36.61 PMKl+Jbj0 112/1732

――ユーロスターS 女子トイレ

上条「アリサっ!?アリサ大丈夫か!?」

鳴護「当麻、君……!?本当に!?ニセモノじゃ無くって!?」

上条「落ち着け、なっ?俺も柴崎さんも来て――どわっ!?」 ガシッ

鳴護「……」

上条「……悪い。怖い思いさせちまった」

鳴護「……ゴメン。強くならなきゃ、って」

上条「それは……無理してまで突っ張る必要はないって」

上条「殴り合わない戦い方だって、ある。アリサはそっちでやってくれれば」

上条「こっちは俺が何とかするから、別の方で気合い入れればいいさ」

鳴護「……あたしは、強くない、よ……」

上条「……アリサ?」

柴崎「――はい、どうも。そこまでです。続きは後で宜しくお願いします」 ズズッ

上条「あ、すいませんっ!?……って、それ」

上条(柴崎さんが両手で引きずっているのは大の男二人。意識がない、か?)

上条(あまり広くない女子トイレの手洗い場に、総勢5人が集まって……まぁ、狭い)

190 : 以下、名... - 2014/04/22 11:57:26.63 PMKl+Jbj0 113/1732

アナウンス『……!――――!――!』

上条(超早口の車内放送が流れ、ザワザワとした気配が広がって――)

上条(――来ない。通路の方を走って行く足音が時々聞こえるだけ、だ)

……ギッ、ギッ、ギッ、ギッ、ギッ……

上条(妙なギシギシ音は相変わらず。これも意味が分からないよな)

上条(パニックになってもおかしくない内容じゃなかったのか?)

柴崎「『後方車両に火事があったみたいだから、前方車両へ非難しろ』、だそうですね」

上条「マジですかっ!?」

柴崎「アナウンスの内容は、ですけど。現実はまた別です。ちょっと待ってて下さい、今縛っちゃいますから」

上条「……俺達も逃げた方がいいんじゃ……?てか、手際いいですね」

上条(プラスチックのコード束ねバンド?あれの超太い奴で男達の関節を固定し、目隠しをする)

上条(これをするって事は敵だったって事――だけど、一体どうやって倒したんだ?)

上条(俺とアリサが話してたのって10秒ぐらいだってのに)

柴崎「今、他の隊員からも情報が上がっていますが、火事が起きたのではありません」

柴崎「結論から言うと、後方車両が切り離されました」

鳴護「切りっ!?」

上条「連結している所から、ですよね?」

鳴護「……あぁそっか、そうだよね」

柴崎「アリサさん、正解」

鳴護「や、やったねっ……?」

上条「喜んでる場合かっ!?……待て待て!内容が剣呑すぎるだろ!?」

柴崎「落ち着いて下さい。慌てて騒いで取り乱して、事態が解決するのであれば別ですけど」

柴崎「子供を通り越して狂人みたいに、他人から笑われているのも理解出来ないのはよして下さいね」

191 : 以下、名... - 2014/04/22 11:58:32.99 PMKl+Jbj0 114/1732

上条(と、言いつつも柴崎さんは男二人の身体検査をしている……礼状ないんだけどなぁ)

鳴護「逃げなくて、いいんですか?」

柴崎「その前に現状説明を幾つか。後々必要になるでしょうから」

上条(と言ってさっき見たモバイルを取り出す)

柴崎「このユーロスターSは前後に機関車2台、客車が18台の計20台から構成されています」

【イギリス←→フランス】
■□□□□-□□※□□-□□□□□-□◇◇◇■

■ 機関車
□ 客車
◇ シャトルサービス

※ 現在位置

上条「シャトルサービスって何だ?」

柴崎「車やバイクが詰んである車両です。まぁフェリーとかで自家用車やトラックも運ぶじゃないですか?それと同じ」

鳴護「じゃこっちの“-”って記号は?」

柴崎「連結器ですね。緊急時や災害時には乗客を移動させた上で、後続の車両を切り離せるようになっています」

上条「今、俺達はフランス行きだから、一、二……13両目に居る?」

192 : 以下、名... - 2014/04/22 12:00:17.63 PMKl+Jbj0 115/1732

柴崎「機関車はカウントされないので12両目です――で、今航行しているのは、こんな感じ」

□※□□-□□□□□-□◇◇◇■

上条「少なくなって、る?」

柴崎「後方車両で何人か暴れだし、突然客車と客車の間をぶった斬ったんだそうで」

柴崎「連結器のない所を、こうバッサリと」

上条「人間業じゃ――うん、まぁ良くありますよね?別に珍しくはないですよね、はい」

鳴護「えっと……あ、あははー」

柴崎「お二人がどちらのリーダーを思い出したのかはさておくとして、ユーロスターの乗務員はテロだと判断」

柴崎「火災を理由に乗客の速やかな避難を進めています。賢明な判断ですな」

鳴護「それで私達はどうすればいいんでしょうか?」

上条「てか悠長に話してていいのか、って事なんだけど」

柴崎「さっき上条さんに『お願い』した通り、先頭車両――シャトルサービスで待機している隊員と合流します」

上条「いやだから、のんびりして場合じゃねぇだろって話なんだが」

柴崎「はい護衛ポイント減点5」

柴崎「パニックになった乗客に挟まれて、すし詰めになった挙げ句、ドサクサで刺されて終りですね」

上条「……う」

柴崎「あちらの強みは一般人と構成員の境が分からない事ですから」

193 : 以下、名... - 2014/04/22 12:01:54.87 PMKl+Jbj0 116/1732

柴崎「現にこっちの二人は陽動狙いだったようで、アリサさんを助けた後に――と、するつもりだったんでしょうが」

柴崎「いい傾向ですね。向こうはアリサさんを無傷かそれに近い状態で欲しており、護衛排除の優先順位を高めています」

鳴護「あのー?それって私が脅かされて、二人が引っ張り出されるって話です、よね?」

柴崎「アリサさんを確保しても、ほぼ密室状態であるユーロスターSから逃走は困難」

柴崎「ならば囮にしてでも我々を先に始末、と」

上条「それを分かってて襲撃した奴ら瞬殺するアンタも結構怖いんだけどな」

柴崎「人聞きの悪い。殺していませんし」

柴崎「しかもこの二人、雇われたのではなく『あちら』関係なようですよ、ほら」

上条(男達の袖をめくると――)

上条「ウロコ、だよな?」

柴崎「ナイフは勿論、拳銃ぐらいは効果ないでしょうね。上条さん、タッチ」

上条「お、おぅ?」 ナデナデ

鳴護「……あたし?なんであたしの髪撫でてるの?」

上条「いやなんとなく?」

柴崎「後でしなさい、後で。てかこっちの二人に決まってるでしょうに」

……

上条「あ、あれ?能力じゃねぇのか?」

……パキィィィィン……

鳴護「無くなった、よね。それとも解除されたのかなぁ?」

194 : 以下、名... - 2014/04/22 12:03:41.38 PMKl+Jbj0 117/1732

柴崎「話に聞いていたよりも遅いのは気になりますが、もう一人も宜しく。意味は無いと思いますけど」

上条「去年のアレと同じで操られていたんじゃ?」

柴崎「こちらさん、身元を証明するものが何もないんですよ。財布、携帯電話、免許証とか」

上条「どう見てもカタギじゃねぇよな」

鳴護「日本だったら、まぁ『バッグの中に忘れてきちゃった』も、あるかもだけど。こっちじゃ流石に、うん」

柴崎「代わりに持ってるのがSIG――オートマチックの拳銃と予備マガジンが幾つか」

柴崎「……ま、取り敢えず縛って捨てておきましょうか」

上条(っていう割に首をキュッてしてるけど……うん、俺は何も見てない見てない)

上条「……俺、銃持ってた方がいいのか?」

柴崎「絶対に止めて下さい。下手に撃ってアリサさんに当たるのがオチです」

柴崎「訓練された人間以外が持つべきではないですし、逆に銃を持っていると優先的に攻撃されますから危険です」

柴崎「どうしても、と言うのであれば落ち着いた後に自分かリーダーが教えますから」

上条「……分かった」

鳴護「あの、さっきから通路の方、人が走ってるんですけど、私達も急がなくていいんですか?」

柴崎「現時点で分かっている事。それは『向こうはユーロトンネルから脱出する方法がない』と」

柴崎「アリサさん一人を攫い、さっさと逃走出来たのに、しなかった」

上条「それどころか俺達の排除優先させた、ってのは」

柴崎「はい、正攻法でしか出られないんでしょうね。イギリス・フランス側のどちらかしか」

柴崎「……ここだけの話、何かトラブルが発生した場合、後方車両の隊員には『切り離せ』と打ち合わせはしていたんですけどね」

195 : 以下、名... - 2014/04/22 12:05:15.35 PMKl+Jbj0 118/1732

鳴護「何でですか?それだと逃げ道を塞いでしまうんじゃ?」

柴崎「後続車両を切り離すのは、『背後から別の車両で急襲する』手段を防ぐためです」

上条「思ったんだけど、反対車線?からちょっかいかけられたら、ヤバいんじゃないのか?」

柴崎「ユーロトンネル、正式名称英仏海峡トンネルは高さ8mぐらいのトンネルが二本、そしてその中間にメンテナンス用のトンネルが掘られています」

柴崎「それぞれのトンネルとの間には、連結用の通路が掘られていますけどね。巨大な車両が通れる幅はない」

鳴護「……わかりました。それじゃ西部劇の列車強盗みたいに、他の車両が乗り付けてくるのはないんですね?」

柴崎「『真っ当な手段』では前か後ろから、ですね」

柴崎「既に切り離された『黒鴉部隊』には、何者も通すなという命令を与えていますし……ふむ?」

上条「なんか、おかしいよな?」

鳴護「なんか、ってなに?」

上条「連中のやり方がさ。最初、後続を切り離したって聞いた時は、こっちの逃げ場を絶つ、みたいな作戦だと思ったのに」

上条「その割にはアリサ確保にも手間取るし……バタバタしてる?行き当たりばったり?」

柴崎「そもそも、で言えばアリサさんにコッソリ張り付いている筈の他の隊員も居ない」

上条「そういや、そういう話だったよな」

鳴護「あのー?あたしそれ初耳なんですけどー?」

柴崎「すいません嘘でした」

鳴護「いやあの、出来れば事前に言って欲しかったような、はい」

196 : 以下、名... - 2014/04/22 12:07:47.41 PMKl+Jbj0 119/1732

柴崎「防犯ブザー型の発信器持っていったのに、鳴らさないアリサさんもどうかと思いますが」

鳴護「う」

柴崎「過大な安心は慢心に繋がりますからね。自分達とあなたはお友達でも、ましてや仲間でもありません」

柴崎「それがあなた方の安全に繋がるのであれば、これからも伏せるべき情報は伏せますし、嘘も吐きますよ」

鳴護「……はい」

上条「柴崎さん、必要なのと嘘はまた別だと思うけど」

柴崎「とにかく。手練れ達、とまでは言いませんが、少なくとも奇襲程度でどうにかなるような人間達ではな――」

上条「どったの……?」

ゴリゴリ、ゴリパキュゴリゴリゴリゴリッ

鳴護「――っ!」

柴崎「……上条さん?ゆっくりでいいですから、そのままゆっくり振り向いて下さいね?」 ジリジリ

上条「待ってよ!?何で二人とも俺の後ろを見て顔引きつらせてんの!?何?何が居んだよ!?」

柴崎「いやそれは、はい。見た方が早いと。ぶっちゃけさっさと見ないとそのまま溶か――いえなんでもないです」

上条「言っちゃってるよ!?『溶かす』以外に解釈のしようがねぇもの!?」

鳴護「か、かみじょー、後ろ後ろー」

上条「あぁもうアリサさんったら昨今のアイドルっぽくお笑いもイケるクチなんですかねっ!」

197 : 以下、名... - 2014/04/22 12:09:33.62 PMKl+Jbj0 120/1732

上条「ただ俺は個人的にもイメージは大切ですよね的な大切さ――」

「――テケリ・リ」

上条(圧力に耐えきれず、振り向いた俺が見たものは――)

ゴリゴリパリゴリパキュパキュ

上条(たった今拘束したばかりの男二人を『喰って』いる黒い粘液だっ――)

上条「う――」 キュッ

上条(なんだ……?首が急に絞まった――糸?)

柴崎「(はい、お静かに。それ以上はお口チャックマンでゆっくり、こちらへ)」

鳴護 コクコク

上条(俺の首を柴崎さんが指差して……てか苦しいな) パキィィンッ

柴崎「(おや『暇人殺し』?)」

上条「(字、間違ってる。多分だけど、何か違う)」

鳴護「(このままゆっくり、ゆっくりー)」

パシュー、パタン

上条(ドアが閉まるその瞬間、俺ははっきりと見ないようにしてた『それ』)

上条(黒い粘液の塊が、男二人分にまで大きくなり、ハンバーグをこねるような……いや、止めよう)

上条(同情する気にはならない。けどこれは――!)

柴崎「(……上条さん、もう手遅れですから)」

上条「(分かってるよ!……あぁ、分かってるさ)」

パタン

208 : 田中(ドワーフ) ◆7fp32j77iU - 2014/04/30 10:27:41.26 iVD6+Ji+0 121/1732

――ユーロスターS 通路 移動中

柴崎「――さて、ではさっさと車両移動して切り離してしまいましょうか」

上条(そう言いつつ柴崎さんはアタッシュケースから何か――小さめのマシンガン?を取り出す)

上条(誂えたようにピッタリとはまる特注品か?)

柴崎「MP5短機関銃、サブマシンガンと言った方が分かりますかね」

柴崎「命中精度が高く、銃身も短いので振り回しに長けている」

柴崎「ちなみにこのモデルは要人警護用、アタッシュケースとセットになってるK(コッファー)シリーズです」

鳴護「いえ、あの一般人が銃器振り回すのはマズいんじゃ?」

上条「『現役アイドルのマネージャー、車内で乱射!?』的な感じだろ」

柴崎「面倒なので端折りましたが、今の自分の立場は『SP』だと言いましたよね」

柴崎「あれは『Security Police』の略――名義だけ公務員なんですよ」

上条「民間の警備会社が?」

柴崎「最新式の武装は無理だとしても、必要最低限の装備は出来るように学園都市からちょちょっと政府へ掛け合いまして」

上条「いや、必要だけどさ……いやでも、うーん?」

柴崎「……ただまぁ正直言って、気休め程度だと思いますがね、『アレ』相手だと」

上条「『アレ』を放置すんのは抵抗しかねぇんだけ――」

柴崎「では今のウチに避難しましょうか。幸い人も居なくなりましたし」

上条「聞けよ!今大事な話をしてたでしょーが!」

柴崎「『右手』でどうにかならない以上、自分達に出来る事はありませんよ」

柴崎「……最悪の最悪、前方車両も切り離してトンネル内に籠城してもいい、とは考えて居たんですが」

柴崎「『アレ』は無理です。あなたの『右手』ですら殺しきれない以上、手の打ちようがない」

上条「そもそも殺しきれなかったのかよ?手応えはあったんだけど」

鳴護「一回はバラバラになったんだよね」

209 : 以下、名... - 2014/04/30 10:29:21.90 iVD6+Ji+0 122/1732

上条「つーかさ、前から思ってたんだが、連中の『ウロコ』消すには一瞬じゃ無理だったよな?」

鳴護「あ、学園都市でも」

上条「そうそう。あっちは巻き込まれた方で、ハウンド?とかと一緒に何とか捕まえたんだけどさ」

柴崎「……『暗部』の始末屋も動員されていたんですか」

上条「けど今の『アレ』は文字通り『幻想殺し』が徹った――ように、見えた」

上条「何が違う?それとも同じ相手なのに、俺が変わってんのか?」

鳴護「どういう事?」

柴崎「『異能に介入する異能』、または『異能に抵抗力がある異能』ですか」

鳴護「あぁ成程、当麻君の『幻想殺し』は『異能キャンセル』だから」

鳴護「『異能キャンセルをキャンセル出来る能力』って事?」

上条「長いな」

柴崎「それも含めて現段階では何とも」

柴崎「おそらくは『あちら側』なのでしょうが、そっちのエキスパートのご助力も欲しい所です」

上条「つってもそれぞれの教会関係者に頼んでも、手を貸してくれないっぽいか……」

柴崎「どなたか居ませんかね。出来れば知識だけでもあれば」

上条「バードウェイんトコ……あぁ大きすぎるか」

鳴護「おっきい所の方が頼りやすい、よね」

上条「イギリスの魔術結社と、ガチでやりあって数十年の組織だって言えば分かるか?」

鳴護「大きすぎないかな?色々持て余す、って言うか」

柴崎「親善使節で派遣された外交官へ、国際指名手配中のテロリストを混ぜるようなもの、ですね」

鳴護「ていうか当麻君の交友関係って一体……?」

柴崎「あっちもこっちも良い顔して、引っ込みがつかなくなったんですね。分かります」

上条「人聞き悪!あっちみこっちもって!?」

鳴護「あ、良かったー、違うんだよね?」

上条「――そんな事よりも今は大切な話があるだろうっ!?」

鳴護「話の変え方が強引すぎやしないかな?」

210 : 以下、名... - 2014/04/30 10:31:14.50 iVD6+Ji+0 123/1732

柴崎「あー、ほら。落ち込んでるアリサさんを励ます的なアレじゃないでしょうかね、多分」

鳴護「そっかぁ、当麻君……うんっ」

上条「やめてくんない?分かってて追い込むの止めてくれないかな?」

上条「……いやマジ話。『アレ』を放置したまま行くってのは」

柴崎「上条さんと自分の能力だけでは如何とも。銃器でどうにかなる相手とも思えませんし」

鳴護「てか柴崎さん、レベル0だったんじゃ?」

柴崎「レベル2の『(ブリトヴァ)』。ほんの少量の鉱物を操れる能力です」

鳴護「半年以上の付き合いなのに、次々と新事実が出て来ますよねぇ」

柴崎「ダメですよ、アリサさん?いつも『他人を信じてはいけません』と言ってるじゃないですか」

鳴護「ご、ごめんなさい……?あれ、なんであたし怒られてるんだろ?」

上条「『釘を刺している本人も含めて』ってのは、珍しいケースだと思うぜ」

上条「……つーか声出なくなるぐらい、俺の喉を絞めてなかった?あれでほんの少し?」

柴崎「『細く』と『絡む』ぐらいしか能が無いので。黒い泥水相手には相性が悪い」

上条(つーか男二人、さっさとオトしたのもあれなんだろうけどさ)

鳴護「ゾンビ映画でお馴染みの、火炎放射器的な武器があるとかっ?こんな事もあろうかと、的なっ」

柴崎「アタッシュケースに流れ弾が当たって護衛もろとも爆発炎上。歴史に名を残す大失態ですね」

柴崎「繰り返しますが、自分の仕事は『護衛対象をひっつかんでさっさと逃げ出す』でして」

柴崎「それ以外は専門外、荒事は好きじゃないんですよね」

上条「確かに対人戦闘では銃が有効。だけど『アレ』には効果が薄い、か」

柴崎「――仕方が無い。ここは一つ発想を変えましょうか」

上条「ポジティブシンキングでどうにかなる場面を越えてる気がするんだが……」

柴崎「まず上条さんがここに留まります」

上条「おうっ!……おぅ?」

鳴護「お約束だよねぇ、悪い意味で」

柴崎「『アレ』が囮に気を取られている隙に、アリサさんは安全な場所へ」

上条「よしまずアンタの幻想ぶっ殺す所から始めようか?表出ろ、あぁ?」

柴崎「野生動物の前にエサを差し出すのは当然の事では?」

上条「無茶ブリじゃねぇか!?つーか自分でやれよ!?」

柴崎「――分かりました。ではそれでお願いしますね」

211 : 以下、名... - 2014/04/30 10:33:10.60 iVD6+Ji+0 124/1732

上条「緊急事態にボケる意味が分からねぇよ」

柴崎「冗談だったら良かったんですが。『アレ』を」

『――テケリ・リ』

上条(閉めたドアの隙間から黒い粘液が染みだしてくる)

上条(密閉されている筈なのに――?)

柴崎「隙間はゴム素材で密閉されているので、消化したか同化したのか」

柴崎「ドアを開け閉めする知能は無い――『今の所は無い』、みたいですがねぇ」

鳴護「……さっき喋ってたような?」

上条「あの個体は俺がぶっ飛ばしたから、チャラになったとか?」

柴崎「考えるだけ無駄です。とにかくお二人は先頭車両へどうぞ」

上条「……柴崎さんは?」

柴崎「少しだけ時間を稼いだら後を追います」

上条「え、一緒に行けばいいだろ?」

柴崎「そして一緒に自分達を追ってきた『アレ』を、先頭車両まで誘導するんですか?」

鳴護「それは……けどっ!」

柴崎「恐らく向こうは獣未満の知能しか持っていない『筈』ですから、誰か一人残れば一番近い相手を狙い続ける」

柴崎「また同様に、車両を切り離すにしても問題がある。上条さんは分かっていますよね?」

上条「……取り残された人、だよな」

柴崎「と、言う訳で二人は先に避難して下さい。囮も兼ねて逃げ遅れた人の確認もしておきますから」

『テケリ・リ』

柴崎「てかさっさと行って下さい。じゃないと自分も行動出来ません」

上条「……分かった、けど」

鳴護「当麻君?」

柴崎「自分は別に慈善家を気取るつもりはありません」

柴崎「この状況下に於いて、鳴護アリサを守るためには『アレ』の足止め役が居た方が良い。そう判断しただけに過ぎませんので」

上条「言ったけどさ」

柴崎「心配は有り難いんですけど、『さっき』のも忘れないで下さいね」

上条「さっき……あぁ!」

上条(『本当に黒鴉部隊なのかどうか、引っかけで確かめろって言われてたっけ)

212 : 以下、名... - 2014/04/30 10:35:13.88 iVD6+Ji+0 125/1732

柴崎「なら結構。ではまた後で」

鳴護「柴崎さん、その……」

柴崎「ここは自分に任せて先に行って下さい!」

鳴護「死亡フラグですよね、それ?」

柴崎「自分、この仕事が終わったらプロポーズするんです!」

鳴護「難易度上がってませんか?お相手も是非聞き出したい所なんですけど」

上条「てか意外と余裕あるじゃねぇか」

柴崎「いや実際に余裕ですし?黒い水溜まり、少し早く歩けば追って来られない程度の早さですから」

鳴護「あー……納得です。密室だと逃げ道がないんですけどね」

柴崎「と、言う訳で」

鳴護「……当麻君」

上条「すいません、ちょっと行ってきます、俺」

柴崎「えぇ危なくなったら逃げ出しますから」

上条「柴崎さん、その……」

柴崎「大丈夫、上条さん」

上条「だってさ!」

柴崎「――いい加減にしろ、上条当麻」

柴崎「はっきり言って足手まといだ。能力者でもないお前が『アレ』へ対抗出来るのか?」

上条「そりゃ大した事は出来ないかも知れないけどさ!」

上条「だからって見捨てていい理由になんか――」

柴崎「『最善は出来ない、だけど次善を尽くす』、そう言った自分の言葉を思い出せ」

柴崎「『最善』は今この場で『アレ』をどうにかする事。しかし自分達にはどうにもならない」

柴崎「『次善』は少しでも時間稼ぎをする事。好き嫌いじゃなく、しなくてはいけないから、する。それだけの話」

上条「……」

柴崎「今この状況下に於いてお前が出来る事は何だ?」

柴崎「君が守りたい相手は、誰だ?」

柴崎「間違えるな上条当麻、『優先順位』を」

上条「……分かった。行くよ、俺」

柴崎「早く。そろそろ『アレ』が移動し始めている」

『テケリ・リ』

鳴護「えっと」

柴崎「あぁ自分の心配は結構。危険手当も報酬に含まれていますからね」

上条(口調をまた元の今一頼りなさそうなオヤジへ戻し)

柴崎「ただまぁ個人的に一つだけお願い出来るのでしたら――」

柴崎「――リーダーの前で『良くやっていた!』と言ってくれたらな、と」

上条(あまりにも場違いな台詞に、俺とアリサは顔を見合わせて吹きだしてしまった)

213 : 以下、名... - 2014/04/30 10:41:13.52 iVD6+Ji+0 126/1732

――カーゴ3

□□□□-□□□□□-□※◇◇■

※ 現在位置


鳴護「うっわー、結構広いよねぇ」

上条「だな」

上条(カーゴ、正式名称シャトルサービスだっけ?)

上条(列車っていうよりは、貨物車だな。数メートル間を開けてバンやデカいバイクが並んでる)

上条(……その間に後ろから避難してきた人がチラホラと)

上条(学園都市で言えば日中の電車ぐらいかな?座れる席はないけど、ぐらいの混み合い方)

上条(俺が見た限りだと、もっと多かった気がする)

上条(切り離された方の列車に居たのか、それとも――)

上条「……」

上条(考えても仕方が無い。だとしても今出来る事でもなければ、やれる事でもない)

上条(……さて、結構早く『カーゴ』に着いたんだが)

上条(つっても途中の車両で避難し遅れた人を探してたから、言う程早くはなかったけど)

上条(『連中』や『アレ』が居なかったのは幸い。ただし手放しでも喜んでられないか)

上条(もしも『黒鴉部隊』と入れ変わってんだったら、アリサの側を離れられない)

上条(……あっちもこっちも問題だらけだよなぁ)

青年「『――?」』」

鳴護「当麻君っ、とーま君ってば!」

上条「……ん?あぁごめん、って、誰?」

上条(アリサが話しかけられているのは……男。柴崎さんよりは若い)

上条(着崩しているのか、避難のゴタゴタでよれたのか。だらしない格好のラテン系、か?)

214 : 以下、名... - 2014/04/30 10:43:21.10 iVD6+Ji+0 127/1732

青年「『――, ――?』」

上条(そして話しかけてくる言葉は英語じゃない。てか『黒鴉部隊』の人じゃないっぽい)

上条「よし、鳴護。俺に任せろ」

鳴護「お勉強は私と同じぐらいの当麻君に、自信満々で言われるとちょっと不安になるんだけどな……」

上条「こう見えても英語が得意な友だちに、『カミやんはこう言っとけばいいにゃー』と授った台詞がある!」

鳴護「フラグだよね?てかその語尾の『にゃー』が不安になるっていうか」

上条「大丈夫だよ、アリサ。俺は土御門を信じてる!」

鳴護「う、うん?」

上条「I've been seeing her with a view to marriage!」

青年「『彼女とは結婚を前提に付き合っています』?お、おめでとう?」

鳴護「やだ……当麻君」

上条「やっぱり違ってたかコノヤロー!?何となく『マリッジ』って入ってたから、おかしいなーとは思ってたんだけど!」

鳴護「もっと先に前に気づいてもいいと思うんだよ、うん」

青年「てかお前の友だち、一体どんな場面でそれが有効だと思ったんだ。ナンパされてる子を助けるぐらいの応用しか効かねぇだろ」

上条「ですよねー――て、日本語?」

青年「イタリアンの方がいいんだったらそっちに変えるけど」

上条「あぁいや大丈夫。続けてくれ」

青年「もしくは相手の親御さんへ『娘さんを下さい!』って言う時ぐらい?」

鳴護「憧れるよねぇ、そーゆーの」

上条「そっちじゃねぇよ。土御門のウソ英会話は置いておこう?鳴護さんも『だよねぇ』みたいな顔しないのっ」

青年「あー悪い悪い。そうじゃなくって、ちょっと聞きたくってさ。こっちに来るまで俺の知り合い見なかった?」

上条「知り合い……?」

青年「あいつらもどっかに避難してるんだろうが、前のカーゴにはいなくってさ」

上条「いや……どうだろう。俺達が一番最後だったみたいだし」

上条(ここへ来る途中、逃げ遅れた人を探してはみたけど、居なかったんだよな)

215 : 以下、名... - 2014/04/30 10:45:36.51 iVD6+Ji+0 128/1732

青年「……そか。悪かったな、手間取らせて」

鳴護「えと、後ろの車両?にも大丈夫な人が居るみたいだし、きっとそっちに!」

青年「だと良いんだけどな。どーにも手間ばっか取らせやがって」

青年「つーかさ火事、なんだよな?」

上条「そうらしいな」

青年「それにしちゃおかしくね?普通は客避難させるために乗務員が避難誘導したり、消火活動してるって訳でもない」

青年「なーんか嘘臭いんだよなぁ、これ。そう思わないか?な?」

上条(普通はそう考えるだろう。事情を知ってなければ俺もこの人に同意してたんだろうけど)

上条(少し前だったら面白半分で「じゃ見に行こうか?」とか言ってたかも。けど)

上条「――いや、火事はあったみたいだな」

青年「そうなのか?」

上条「あぁだから後続車両を切り離したって聞いたよ。詳しくは分からないけど」

青年「そかそか。だったらちょっと安心だな」

上条「てか集団の中から一人外れたって事は、あんたの方が迷子になってるパターンじゃねぇの?」

青年「ヒデぇな!うすうす気づいてたんだけど、敢えて知らないフリしてたってのに!」

鳴護「向こうも探してくれてるだろうし、待ってた方が良いと思うよ、うんっ」

上条「あー……ラグランジュポイントは遠かったよなー」

鳴護「成層圏突き抜けてたよねっ!」

青年「なにソレ超格好良い!?」

上条(これ以上犠牲者を出さないためにも、俺達ははぐらかすしかなかった)

216 : 以下、名... - 2014/04/30 10:48:06.05 iVD6+Ji+0 129/1732

――ユーロスターS カーゴ3

「鳴護アリサさんと上条当麻君ですよね」

青年「違うぜ?」

上条「アンタじゃねぇよ。つーか勝手に答えんな」

上条(さっきの人と何か意気投合していたら、別の人達――男女の二人組が話しかけてきた)

上条「ああっと、その」

「柴崎から話は聞いています。こちらへ」

青年「え、誰?」

上条「だからアンタは関係ないだろ、つーか首突っ込んで来んな」

青年「何言ってんだよカミやん。俺も混ぜろって」

上条「勝手に愛称呼ぶんじゃねぇよ!?つーか馴れ馴れしいなガイジン!」

青年「え、何々?込み入った話?俺も一緒じゃ駄目?」

上条「後で相手したげるから!こっちも大事な話してんだよ!」

鳴護「ご、ごめんね?」

青年「んー、後で遊んでくれるんだったら、まぁいいけど」

「……二人とも、どうぞこちらへ」

上条(よく分からない外人さんに絡まれつつも、二人は近くに止めてあった黒いバンまで誘導される)

上条(ぱっと見、地味な感じ。けどまぁ、防弾ガラスとかで魔改造してあんだろう)

「では現状確認へ移ります。質問があれば――」

上条「その前に確認させて欲しい」

「――その都度どうぞ、と言うつもりでしたが。では、何か?」

上条「あんた達は、その」

「『黒鴉部隊』のクロウ9、そっちがクロウ8です」

「悠長に挨拶するのも時間が惜しいんですが」

鳴護「……そんなに酷いんですか……?」

「いえ、酷い酷くないと言うよりも、『よく分からない』というのが正しいでしょうか」

上条「柴崎さんも同じような事言ってた」

217 : 以下、名... - 2014/04/30 10:50:19.55 iVD6+Ji+0 130/1732

「『アレ』という不可解な、敵味方問わずに捕食する生物兵器としても全く取り柄のない欠陥品」

「統制の取れていない敵、目的不明のまま切り離された後続車両」

上条「全部混乱させるため、とか?攪乱させるため、陽動目的とかあるだろ」

「ここまで出来る戦力を揃えていたら、ハナっから全力でぶつけています」

「小出しにすれば適宜撃破される可能性があり、仮面ライダ○に悪の組織が負けるのと同じ構図ですよ」

鳴護「わかりやすいけど、その例えもどうだろう。うんっ」

上条「何をしたいのかが分からない。目的があるかどうかも不明、と。あー面倒臭い」

「しかし向こうは鳴護さんを指名しているのですから、こちら側は守る他に取れる手段はありません」

「お二人は車の中へ。そちらで待機していて下さい」

上条「ちょっと待って欲しいんだ」

「何か?」

上条「あぁいやいや、大した話じゃなくってさ」

上条「クロウ9、だっけ?前にどっかで会ったような?」

鳴護「……あのー、上条さん?そうやってナチュラルにフラグを立てるの良くないと思いますっ!」

上条「違ぇよ!?てか俺が今話しかけてんのは男の人だって!」

「まぁリーダーが安心出来るし、コイツでいいならどうぞどうぞ」

「待ってくれ!せめてコイツで何とかならないかな?」

上条「意外と結束力低いな!」

鳴護「お姉ちゃんへの忠誠心は凄いんだけどねぇ、うん」

「……冗談は良いとして、急に何を?私と上条君は面識はないと思います」

上条「そうだっけか?どっかで聞いたような……あぁそうだ!思い出した思い出した!」

上条「柴崎さんが誉めてたんだよ――『シャットアウラに次ぐ能力の』ってな」

上条(――と、カマをかけてみたんだが)

上条(これを肯定するようであれば、偽物。外面から違うのか、中身ごと変わってるのかは分からないけど)

「柴崎が、ですか?」

上条(男は女と顔を見合わせた後、少し言い淀んでから)

「そう、ですね。それは多分私の事でしょう」

218 : 以下、名... - 2014/04/30 10:52:58.81 iVD6+Ji+0 131/1732

――ユーロスターS カーゴ3

上条「へー、そうなんだ?」

「少し照れますが」

鳴護「当麻君たち、そんなお話ししてたんだー?」

上条「ちょっとだけな。護衛の方じゃ、って話だけど」

上条(『能力優先』で選ばれた”らしい”柴崎さん。シャットアウラの性格上、それ以上のヒトを遊ばせたりはしないだろう)

上条(俺のデタラメにどう答えるのか……少し怖い)

「いえ、私はまだまだ不調法ですから」

上条(……あぁ『アタリ』なのな)

「そこら辺の話も、詳しくは車の中で聞きますから。どうぞ?」

上条(さっきからバンの中へ誘導しているのも怪しい――けど、逆の立場だったら遮蔽物のある場所へ護衛対象を連れて行きたいのも分かる)

上条(あと、こっちの男の人は『アタリ』だとしても、もう一人も『アタリ』だとは限らない――って面倒臭いな!)

上条(とにかくトンネルを抜ければシャットアウラ達、別働隊と合流出来るだろう)

上条(それまではアリサの側を離れられない)

上条「あぁいや俺達は柴崎さんが来るのも待ちたいし、このまま――」

青年「――つーかさつーかさ、俺思うんだけどさ、ガキの情操教育ってあんじゃん?」

上条(車の外で待ちたい、と続けようとしたのを遮られる。さっきの人、だよな……?)

青年「例えばテメェのトコのガキの躾にしたって、いつ頃『死』って概念教えるか迷うんだろーなー?あ、俺は子持ちじゃねぇけど」

青年「でもそれが『いつか必ず知る必要がある』ってんなら、親はガキに教えてやる必要があるって思うんだけど」

「……誰ですか?」

青年「アルフレド――アルって呼んでくれ。な、カミやん?」

「お知り合いですか?」

上条「少し話しただけだよ。知り合いを探してんだって」

219 : 以下、名... - 2014/04/30 10:55:22.43 iVD6+Ji+0 132/1732

アル(青年)「親が知らせないのもまぁ?自由だと思うがね」

アル「だけどそれで子供が幸せになるか、つったら別の話だわな」

アル「俺には『不幸の先延ばし』にしているだけにしか思えねぇんだけどよ」

上条(流暢な日本語で、しかし脈絡もなく話を展開するアルフレド)

上条(何がしたい?何が目的だ?)

アル「――で、さっきの話へ戻るんだけど。カミやんは『後続車両を切り離した』っつったよな?」

上条「それが、なんだよ」

アル「『一回もアナウンスされてない状況』なのに、どーやって分かったのかなー?って思ってさ」

上条「そりゃ、俺が後ろの車両に乗っていたから、それで」

アル「だとしたら『不自然』じゃねーの?」

上条「どこがだよ」

アル「後ろの車両に居た、しかも『切り離した』のを知ってる――のに、だ」

アル「火事があった『らしい』のはちょっとおかしくね?なぁ?」

「すまないが、余計な詮索は――」

アル「いやだから!それが良くねぇだろっつってんだよ!」

アル「カミやんを甘やかすのは止めて、そのシバザキってのに『騙された』って教えてやろうぜ?」

上条「……何?」

「……すまないが、それ以上は」

アル「黙れって?んー、まぁいいけどさ。カミやんは聞きたいって顔してるが?」

アル「なぁ、どーすんの?別に俺は黙っててもいいんだけどさ」

アル「んな信頼もクソもねぇ状況で『護衛』が成り立つって――あぁそうかそうか!」

アル「そうだよな、シバザキは『わざわざカミやんに護衛が疑われる状況を作った』んだっけか?」

アル「だったら今の状況、『お前達が敵か味方か曖昧しておいた方が都合が良い』よな」

上条「おい!どういう意味だよ!?」

220 : 以下、名... - 2014/04/30 10:57:43.97 iVD6+Ji+0 133/1732

アル「いやぁ別に俺もよく知らねぇんだけどさ。つーかカミやんに詳しい話聞こうと思ったら、取り込み中だったって事だけど」

アル「そっちの子がお偉いさんのお嬢ちゃんで、カミやんが友だち、でもってそっちがSSかボディガードなんだろ?」

アル「そいつらがカミやんの『引っかけ』、つまり『仲間の名前を聞いたり、スキルを教わってたってブラフ』を仕掛けたんだわな」

上条(正解。けどそれのどこがおかしい?)

アル「……でもなぁカミやん、よくよく考えてみ?」

アル「『誰が聞いているかも分からない状況で、仲間の名前やスキルをペラペラ喋るバカ』が居るってのか?」

上条「……あ」

アル「そりゃシバザキがプロ意識に欠けたり、無能だってなら分かるけど、話を聞くにそういう感じでもねぇな」

アル「だっつーのになんでソイツは『通用しないブラフ』をカミやんにさせたのか?」

アル「そして護衛二人は『通用したフリ』をしたのか?」

アル「その答えはカミやんが持ってる筈だぜ」

上条「俺が?」

アル「シバザキは『もしもブラフが肯定されたら、こーしろ』って言ってなかったか?」

アル「シバザキとそいつらはカミやんに、それをさせたくって下手な芝居をアドリブで打ったんだよ」

上条「もしも相手が肯定するようであれば――」

上条「――それは『ニセモノ』だから鳴護アリサの側を離れるな……?」

アル「成程成程。嫌な野郎だよなぁ」

上条「なんだって?」

アル「つまりアレだぜ、そいつぁカミやんに護衛二人を疑わせたんだよ。勿論わざとだ」

上条「何のために?護衛対象が護衛を信じられなかったら、逆に動きにくくなるだろ」

アル「だから『この場』ではって事なんじゃねーの?」

アル「少なくともそう言っときゃ『カミやんはその子の側を離れられない』から」

アル「結果として『安全地帯』に留まるしかなくなるわな」

上条「て、事は――」

上条「俺が柴崎さんの所に行かせないようにしたって言うのかよ……!?」

アル「ま、ぶっちゃければ足をくじいた親が『後から合流するから先に行って、この子の面倒を見ろ』と同じだろうさ」

アル「それをちっと複雑にした感じで、素人はまず引っかかるが、プロには絶対に看過される程度のブラフを用意してだ」

アル「そいつらもブラフの真意に気づいて一芝居打ったんだろうさ。プロとしちゃ当たり前すぎてバレバレだったんだろうなー」

上条「……あぁクソ!あんの嘘吐きが!」

上条「散々人にああしろこうしろ言っときながら、テメェは好き勝手やりやがったのか!?」

鳴護「……当麻君」

上条「分かってる!」

「――待ちなさい!どこへ行くつもりだ!」

221 : 以下、名... - 2014/04/30 10:59:13.82 iVD6+Ji+0 134/1732

上条「決まってる。そりゃな」

「柴崎はあなたを危険から遠ざけるためにしたのよ!それを分かってて!どうして意志を汲み取らないの!?」

「……それはダメだよ!子供のする事だ!」

上条「いや、そんなに難しい事じゃねぇだろ。何一つ、どれ一つ」

上条「自分を犠牲に誰かを助けようとしてって奴を、助けられないんだったら――」

上条「――俺は『ガキ』でいい!大人なんてクソッタレだ!」

「……仕方が無い。おい」

「えぇ――」

鳴護「待って下さい!」

「イタタタタっ!?噛みつ――」

「アリサさんまで何を!」

鳴護「ほーまふん、いっへ!」

鳴護「はたひのかわりにっ!しわさきさんをっ!」

上条「りょーかい!」

「ちっ!」

アル「待て待て、ここは俺が引き受けた」

アル「決心した男止めるなんざ、ダセェ真似してんじゃねーよ」

「退きなさい。ゲカをしてもこちらは関知しませんよ?」

アル「おっといいのか?まっさか丸腰の相手に発砲する程、クレイジーじゃねぇんだよな、アンタら?」

アル「どーみても非公式かそれに近い状態で、SSが素人相手にドンパチやって目立つのは得策じゃねーしな」

「部外者が口を挟むな!」

上条「悪い!」

アル「気にすんなって。実はこーゆーの一回やってみたかっただけだから」

上条「アリサ、ちっと行ってくる!」

上条「散々人に説教くれやがった、大人って『幻想』――」

上条「――ちょっとぶち殺してくるわ」

222 : 以下、名... - 2014/04/30 11:00:51.86 iVD6+Ji+0 135/1732

――ユーロスターS カーゴ3

「……行きましたね。あ、鳴護さん離して下さい」

鳴護「ほんほひ?ほわなひ?」

「追いません。つか痛覚切ってありますから、痛くもありませんでした」

「あなたも退いて下さって結構です」

アル「……あるぇ?意外と淡泊、つーかこの後腹いせにボコられるってガクブルだったんだけどよ」

鳴護「あたしが言うのも何なんだけど、追いかければ直ぐに追いつくんじゃないかな?」

鳴護「――あ!それとも今の”も”引っかけだった、みたいな感じですか?」

「あー、いやいや。今のは本気、っていうか本音って言いますか」

「じゃ、ないですけどね。鳴護さんと素人一人、体術だけで瞬殺出来ます」

アル「だよなぁ、実力行使するんだったらもっと早くカマせた筈だよな」

鳴護「えっとそれじゃ、どうして当麻君を行かせたんです、か」

鳴護「もしかして――?」

「リーダーからの命令、原文ママでどうぞ」

「『バカな方はバカだからバカな行動をするかも知れない。その時は殴ってでも止めろ!なんだったら撃ってもいい!』」

鳴護「うわぁ……」

「『ただし!本当に奴が行きたいのであれば、好きにさせておけ。どうせ何をしても止められる訳がない!』」

鳴護「お姉ちゃん……天の邪鬼なんだから」

「いや、リーダーは上条さん、最初から高評価でしたよ」

「でもないとウチのサブリーダーと一緒に、あなたの護衛へ収まる訳がない」

「単純に実力が無ければ幾らあなたの希望でも、聞き入れなかったでしょうから」

鳴護「……そっか。お姉ちゃんも」

アル「良い事言うなぁアンタのねーちゃん。俺も弟じゃなくって、そんなねーちゃん欲しかったぜ」

アル「つーかさ、ガキが悪いんじゃねぇし、ガキだから悪いっつーつもりもねぇけど」

223 : 以下、名... - 2014/04/30 11:02:02.61 iVD6+Ji+0 136/1732

アル「テメェが気に入らねぇからって、ジジイのチャリンコみてーにキーキー叫き散らしたって、一体何が変わるって言うんだよ?」

アル「ダタこねてワンワン泣きじゃくったって、誰からもシカトされて終りだろーが」

アル「それでセカイが変わるか?テメェが偉くなるか?キチガ×扱いされるだけじゃねぇか」

アル「結局人間ってのは、結果と経過に対してのみ評価されるもんであってだ」

アル「テメェが世界を変えたいんだったら、テメェが変えるしかねぇんだよ」

アル「それが『ガキ』がとうがは関係ねぇ。つーか『格好良い』なんて一々気にしてテメェに縛りつけてる方が『ガキ』だ」

アル「何もしねぇで批判ばっかしてる『卑怯者』が、誰かに評価される日は永遠に来ない」

アル「カミやんみてーに突っ走っちまえ。そうすりゃ良くも悪くも結果はついてくる」

アル「――それが望んだものかどうかは別にして、だが」

鳴護「はい?」

アル「突っ走って、死に物狂いでやらかした結果、評価されたとしても、だ」

アル「その『期待』が重すぎるって話もあるんじゃねーのか」

アル「もしくはテメーの期待とは全然別の評価が一人歩きしたり、とかな」

鳴護「……あ」

鳴護(あたしの――『奇蹟』)

「……ともあれ、これで信じて頂けたでしょうし。鳴護さんは車の中で待機して貰えませんか」

鳴護「ここで待ってちゃダメ、ですか?」

アル「護衛さんはアンタらのワガママ聞いたんだから、次スジ通すのはどっちだって話だよな」

アル「つかカミやんは少なくともそっちの偉い人から信用されてて、アンタはされてない」

アル「つまり『持ってない』って訳だよ。だからプロに任せて、自分に出来る事をすりゃいい」

鳴護「私に出来る事、ですか?」

アル「戦争はケンカの強い奴に任せればいい。テストは勉強の出来る奴に頼めばいい」

アル「ジャンル違いにアレコレ口出しすんな。何にでも首突っ込める奴は……まぁ、居ない事は無いけど、フツーはそうじゃねぇだろ」

鳴護「そう、ですね」

「えっと、それであなたは?この件はどうか内密に」

アル「自慢してぇんだけど、その連中が見つからねぇんだよ。もっかいカーゴ探して来るわ」

アル「まったく、どこで何やってんだろーな」

鳴護「多分、向こうも同じ事考えてると思います……」

アル「そいじゃまた、後で」

鳴護「えっと……ありがとうございました?」

「礼を言うのも何か違う気がしますが」

「調べましょうか?」

「いや、無駄でしょう」

「……ま、本名で堂々とチケット取ってる訳がありませんしね。あれだけ怪しい人が」

鳴護「怪しい?いい人じゃないかな?」

男女「「……」」

鳴護「え、何?だって当麻君を助けてくれました、よね?」

「……あぁ確かに。これはリーダーが過保護になって当然、と言うか」

「むしろそうしないと精神衛生上宜しくないですよね……」

鳴護「ヒドい事言われている気がするよねっ!?」

224 : 以下、名... - 2014/04/30 11:03:50.46 iVD6+Ji+0 137/1732

――ユーロスターS 10両目 一般座席

「――シッ」

 ヒュゥ、と空中に光が舞い、限界まで伸び上がろうとしていた『アレ』を千々に裂く。

 『剃刀(ブリトヴバァ)』、ほんの少量の鉱物を扱える”程度”の能力だと言ったが、それだけではない。
 扱える物質、柴崎の場合は銀だけであったが、それを極限にまで細く、肉眼では不可視なまでに薄くすれば充分な凶器となる。
 時として意図せず紙で手を切るように、『薄い』だけで充分に肌を裂く威力を持つ。

 それが分子単位で縒り上げた糸を鞭の要領で振り抜けば、指や腕程度は軽く落とせる。
 SFでは単分子繊維鞭(モノフィラメントウィップ)と呼ばれ、また能力の一環であるから貨幣一枚あれば、容易に持ち運び出来る武器となる。

 また柴崎自身、『黒鴉部隊』として銃器や格闘、それ以外の車両戦闘にも長けているため、下手な戦闘特化の能力者よりも強い――そう、自負していたつもりではあった。

「……キリがない」

 人の弱点はどこか、と問われれば心臓だと答える者は多い。次に目、内臓、手首……色々と上げられるだろうが、どれも正しく、間違っていると柴崎は考える。
 人は大抵どの部位であっても痛みを感じ、切り裂けば血が流れ、打たれれば硬直するからだ。
 対人戦、特に対能力者では少し手傷を負わせれば、集中が乱れて能力のコントロールが失う事もしばしばある。

 従って不可視に近い糸と各種現代兵器を用いた戦闘スタイルは、多くの場面で有効だった。自身の能力を過信せずに、そう思う。
 実際の所、元々外様だった柴崎がサブリーダーとしての地位にあるのも、実力に裏打ちされた所が大きい。実力・成果主義を地で行くリーダーの性格もあるだろうが。

 とにかく柴崎信永は決して弱者ではない。なかった。

 しかし。

225 : 以下、名... - 2014/04/30 11:05:13.03 iVD6+Ji+0 138/1732

『テ……ケリ・リ』

 相性が悪すぎる。相手は粘液、アメーバのような『アレ』を切ろうが、直ぐに繋がってしまう。なまじ切断面が鋭い分、傷口は再生しやすい。
 銃器も数発撃って諦めた。黒いドロドロの中はぼんやりと透けていて、中には意味不明の器官がデタラメに発光しているだけで、意味があるとは思えなかった。

 こうなると膠着状態に陥る――にも、また違う。

 相手は『液体』であり、その体を押しつけ『消化』しようと擦り寄ってくる。
 本来はアメーバなどの原生生物の補食行動であり、そのサイズから人類の脅威になるとは有り得ない。病原体の一部としては別にしてもだ。

 しかしここまで大きければ避けるのは困難。また飛び散った粘液も強酸か、消化酵素であるらしく、飛沫が付着しただけで溶け始める。
 体に強化ステンレスを埋め込み、対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)の直撃を受けても、死なない”かも”知れない柴崎にとって、徐々に消化される攻撃方法は防げない。

 直撃を避けられてもジワリジワリと飛沫で溶かされる。こちらに打てる手段はない。
 全てに於て『未知』の相手との相性が悪すぎる。

(とは、いえ)

226 : 以下、名... - 2014/04/30 11:06:34.69 iVD6+Ji+0 139/1732

 救いがあるとすれば、『アレ』の知能が著しく低い事か。現在分かっているルールは、

1.目の前に『エサ』がある場合、それを優先して捕食する
2.無い場合は何らかの方法で索敵、一番近い有機物を探し出す
3.索敵方法は不明。感覚器は見当たらない

ぐらい。食堂車で何かを溶かしていた『アレ』はこちらへ見向きもしなかった。

(セオリーでは『火』なんでしょうが、ふむ?)

 生物にとっての天敵は『火』だ。
 動物であっても恐れるし、恐れないのであれば抵抗されずに焼ける。『アレ』にそんな知能があるかは知らないが。
 鳴護の意見は一蹴したが、火炎放射器が装備にあったら躊躇いなく使っていただろう。無い物ねだりをしても仕方が無いのだが。

(と、すれば現地調達、でしょうか……?いや)

 小さい火であれば起こせるかも知れない。

 そこら辺に散らばった小物――『アレ』が消化出来ず、食い残した無機物の中には金属製のオイルライターらしきものが混ざっている。
 また食堂車へ戻れば、例えばオール電化であってもそれなり――電子レンジの破壊を前提として――火種を手に入れるのは容易ではある。

227 : 以下、名... - 2014/04/30 11:08:12.42 iVD6+Ji+0 140/1732

 だが、ユーロスターSには当然最新式であり、突発的な災害についてのセーフティが多くかけられている。
 地震が発生すれば20秒以内に自動減速して停まり、不意の事故へも対応が成されている。
 また車内での火災にも適宜鎮火剤を含んだ水が撒かれ、大きな火災になる事はない。

 つまり。

(……詰んでますね、これ)

 二人分の人間を消化し、比例して体積が大きくなっている『アレ』。圧倒出来るだけの火を用意するのは不可能に近い。
 火災警報器を切ればまだ望みはあるが、車内で爆発的な炎を起こしたら、そのまま列車火災へ繋がるのが目に見えている。

 フィクションの世界だとすれば。半裸の中年刑事がデタラメに配線を切っていけば、都合良く止まるだろう。
 が、現実にそんな事をすれば停まるのが列車の方だ。エラーが起きれば『安全に停止する』と最初から組み込まれており、それが実行されるだけ。

 高速輸送システムに於いて、『停まる』と言う課題は最も重要視されるべき事柄だ。
 ただし、今回は逃げ道を断たれて『アレ』に美味しく捕食されるのか精々だろうが。

 ボディガードもまた同様に。
 よく分からない『アレ』は、何とか出来る範疇を優に超えている。

(……次からは『トンネル内で得体の知れない何かに襲われた場合』も、想定しておくべきでしょうかね、っと)

228 : 以下、名... - 2014/04/30 11:09:23.66 iVD6+Ji+0 141/1732

 キキキキキキィンッ!

 突きだした指先の一本一本から、超極細のワイヤーが絶えず『アレ』を切り刻む。
 しかし粘液の塊には通じず。細切れにした所で直ぐまた――。

『ギギギギギギギギギギギキ……ッ!?』

「……おや?」

 ――再生するだろう、と半ば自棄になって放った一撃が思いの外効果があった、のだろうか?

『ギ……ゴボ、ゴボゴボゴボゴボ……」』

 『アレ』は表面張力を失い、酷く臭う血とも体液とも分からぬ知るに撒き散らしながら、少しずつ小さくなっていく。
 針で穴を開けられた水風船が地面に落ちたように、転がれば転がる度に縮んでいった。

(何が効いた?たまたま急所に当たったのか?これだけ刻んでいたのに?)

 徐々に黒い染みとなって消えていく『アレ』に警戒を怠らず、柴崎は考える。

(攻撃方法は変えていない。パターンも同じ。威力はむしろ疲労と緊張で若干弱まっている)

 先程の上条当麻の『右手』――は実際に自身の能力が掻き消されるのを体験した。
 また鳴護アリサを助けに入った時も、『アレ』を染み一つ残さず消えていった。

 何か共通項があるのか?それとも偶然が重なっただけなのか?

(分からない。情報も分析する時間も少なすぎる)

229 : 以下、名... - 2014/04/30 11:10:44.46 iVD6+Ji+0 142/1732

 尤も、トイレでは一端と消えたと思った『アレ』が、また直ぐに天井から落ちてきたものだが――。

『――テケリ・リ』

 背後から気配もなく声がした――そう判断する前に体は前へ転がっていた。

「……同じ、なのか……?」

 そこには今し方倒した『アレ』より小ぶり、子供程の大きさの『アレ』が居た。
 しかし体積に比例するであろう危険度はより低い。

(……やれやれ。リーダー待ちは変わらず、ですか)

 再びルーチンワーク――対処を間違えれば即死だが――へ、戻ろう――と。

230 : 以下、名... - 2014/04/30 11:11:55.66 iVD6+Ji+0 143/1732

『テケリ・リ』

 第二の声は右側の荷物棚の上から。

『テケリ・リ』

 第三の声は左側の座席の下から。

『テケリ・リ』

 第四の声は背後から。

『テケリ・リ』

『テケリ・リ、テケリ・リ』

『テケリ・リ、テケリ・リ、テケリ・リ』

『テケリ・リ、テケリ・リ、テケリ・リ、テケリ・リ』

 四方のから響く鳴き声は――。

「……あ、はは、あはははははははっ!」

 ――諦めさせるには充分で。

231 : 以下、名... - 2014/04/30 11:13:10.03 iVD6+Ji+0 144/1732

 仲間が殺された事への腹いせか、『アレ』達がゆっくりと近づく姿は恐怖を助長させているつもりなのか。

(それともこれは走馬燈で、スローになって見えるのは本当だった、と)

 柴崎信永の脳裏に浮かんだのは、己が『黒鴉部隊』へ入った時の事。
 全てを捨てても負債を返すと誓ったあの日の事。

「……コンサートには行けそうにもない、ですか」

 せめてあの少年には、アレが事実だと言っておいた方が良かっただろうか?
 そうすればきっと、自分の代わりに行ってくれたのに。

(まぁ、それも良い。自分のような人間と関わり合いにならなければ、それで)

 黒い粘液が殺到する中、柴崎は瞬きもせずにその様子を見つめ――。

「――いや、行けばいいじゃねぇかよ?」

パキイイイィィィィィィィン……!!!

 『アレ』に覆い尽くされ、強酸のようなものでズタズタに溶かされる瞬間。
 殺到する粘液を振り払い、打ち砕き、捻り潰して――『アレ』は痕跡すら残せず、消えてしまっていた。

 『彼の』右手によって。

232 : 以下、名... - 2014/04/30 11:14:46.73 iVD6+Ji+0 145/1732

「な――!?」

「どうも、上条当麻です」

 居る筈の無い、居てはいけない人物の名前を聞き、柴崎は激昂する。

「何で来たっ!?ここはお前が来るべき所ではないだろう!?」

「お前には守るべきものがあって!選択は既に成されたんだ!だから、だからっ!」

 んー、と上条は頭をポリポリ掻くと、柴崎の後ろを指す。

「柴崎さん、うしろっ!」

「ちぃっ……!」

ヒュウッ、キキキキキキキキキィンッ!

 咄嗟に糸を張り巡らし、体を広げて上条へ飛沫が飛ばないように身を挺して守る。
 だが、全ては空振りに終り、飛んでくる筈の飛沫も強酸も存在しなかった。

 最初からそこには『アレ』など居ないのだから。

「えっと……?」

 どういう事かと上条を問い詰めよう。そう振り返ろうとした時に、

「あ、ごめん。柴崎さんはこうでもしないと無理っぽいから」

ガッ!聞こえるが早いか柴崎の頬に衝撃が走る!……殴られた?誰に?

 何一つ理解出来ないまま、振り返った先で見たものは。
 今し方柴崎を殴りつけた拳を握る少年の姿だった。

「そりゃぶち殺しに来たんだよ、アンタのそのふざけた『幻想』を」

233 : 以下、名... - 2014/04/30 11:15:56.99 iVD6+Ji+0 146/1732

 理解出来ない理屈をそも常識であるが如く語る上条だが。

「……行ってやりゃいいだろ、『その子』のコンサート」

 知らない筈の事実を伝えたのは誰だ?

「聞いてやれよ、リハビリ頑張ってピアノもまた弾けるようになったんだろ?」

 未練を断つために切ったままの無線で誰が話した?

「だから、だからさっ!」

 それともいつか鳴護アリサに相談した内容を、この短時間で話してしまっていたのか?

 初対面で話題に困った彼女へ対し、ついつい共通の話題が無いかと言ってしまったのが裏目に出たのか。
 あんな世間話程度の事を。鳴護アリサは憶えていたのか。

「アンタに死んで貰っちゃ困るんだよっ!なあぁっ!?」

 柴崎には何も分からなかった。

 『アレ』もそうだが、目の前で幼稚な理論を振りかざす上条当麻についても、何一つ共感出来るような、自身が納得出来るような理屈など無いのに。

 恐らく同じような状況に置かれれば、また嘘を吐いて一人孤独に戦うだろう。
 それが仕事であり、生き様なのだから。

 しかし、結局の所。ただ、分かっている事は。

「……自分は、あなたに助けられたんですね」

 それ以上でも無く、以下でも無い。

234 : 以下、名... - 2014/04/30 11:17:50.67 iVD6+Ji+0 147/1732

 ――だが、しかし、けれども。
 この世界にヒーローは居ない。誰が言った台詞だったろうか?それとも誰も言ってなかっただろうか?

『テケリ・リ』

『テケリ・リ』

『テケリ・リ』

 今までどこへ隠れていたのか、天井から座席から荷物から、次々と黒い粘液――いや、ちょっとした雨のような勢いで降り注ぐ『アレ』。

「マズい!柴崎さん、俺の後ろへ!」

「上条さん!?」

「おおおおおおおぉぉぉぉっ!」

 パキィィィィン、と『右手』は『アレ』を打ち消し、霧散させる。
 しかし黒い汚濁は止まらず、止められず大質量を持って迫って来ている。

 その大半は消せるが、消しきれずに飛び散った飛沫が上条の体を、灼く。

「がぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 傷口を抉るような痛み――いや、実際に飛び散った破片の一つ一つまでもが、『アレ』であり、体内へ入ろうと皮膚を溶かしていく。

「……ちょっと痛いです、よっと!」

ヒュンッ

「っつ!?」

「心配しないで下さい。今のは自分の能力で傷口を切り飛ばしただけですから」

 右手が塞がっている以上、上条に対処は出来ない。かといって手を離せば『アレ』に呑まれる。
 この勢いであれば濁流は一気に先頭車両にまで届くだろう。

 つまり、上条が根負けすれば鳴護アリサも含む乗客は全滅する。逃げ出す事も出来ずに消化されるだけだ。

「そのままどうか持ち堪えて!リーダーが来ればどうにかなります!」

「あぁもう勝手な事言いやがって!つーか、もう限界っぽ――」

ゴォウンッ!

235 : 以下、名... - 2014/04/30 11:19:21.12 iVD6+Ji+0 148/1732

 上条が弱音を吐き終える前に、人の背丈程の火球が『アレ』に炸裂する!

ゴォウンッ!ドォウン!ゴオォォォウゥンッ……!!!

「な、なんだぁ……?」

 『右手』が無ければ一緒に黒焦げになってもおかしくない勢いで、二発、三発と連続で『アレ』を削っていく。
 躊躇など一切見せず――上条に累が及ぶのはお構いなしで――爆炎の嵐が収まった後、呆然としていた柴崎が身構えた。

「これは……新手の敵?それとも能力者?」

 蒸発し、痕跡すら無くなった『アレ』の心配よりも、新たな乱入者に対処しようとする辺り、流石だなと上条は思ったが。

「いや、アレは味方」

「お知り合いで?」

「うん、まぁ多分?俺達がイギリスの敵じゃ無い限りは、だけど」

 はい?と微妙な顔をしている柴崎を放置し、助かった礼を言いに『彼女たち』へと近寄る上条。

「――いつもニコニ――」

「だからっ!スベってると!言っているのだわ……っ!」

「ギャース!?お笑いはテンドンなのにまだ二回しか重ねて助けておかーさーんっ!?」

 黒髪の子が年長の子ににシバキ倒されている

「おっす、元気だったかいジャパニーズ――ワタシは大変だったけどさ」

「……んー、ビリビリこないなぁ。霊装なのにー……」

 一方は皮肉を込めて、もう一方は興味など皆無であり。

 あぁ、と上条は誰かへ感謝をした。誰であったのかは神のみぞ知るであろうが。
 足りなかった『あちら側』の協力者が来てくれたんだな、と。

「……えっと、あの、上条さん?そちらはどなたで?」

 訳分からない行動に思考を放棄した柴崎に聞かれ、改めて少女がピシっと背を伸ばす。

「『新たなる光』のレッサーちゃんですが何か?」

236 : 以下、名... - 2014/04/30 11:20:51.09 iVD6+Ji+0 149/1732

「知りません。つーか誰で――」

『――テケリ・リ』

 再度現れる脅威であったが、彼女たちは動じない。

「さぁっ、行きますよっ!ガイ○、マッシ○、オルテ○!」

「――今こそジェットストリームアタッ○です!」

「「「お前誰だよ」」」

「白い悪魔です」

「踏み台にする気満々じゃねぇか」

「じゃあ白い恋人で」

「白、しか合ってないよね……?」

「では恋人――ラバーズでお願いします上条さん!さぁさぁさぁさぁっ!?」

「ドサクサに紛れて恋人になるな。そもそも話の持っていき方が脈絡ゼロじゃんか」

 軽口を飛ばしながら、先端に炎を灯した槍で次々と薙ぎ払って行く彼女達。

 呆然と無双っぷりを眺めていた上条の肩へ、ぽん、と手が置かれる。

「……護衛ポイント減点100。アリサさん放り出して何やってんですか、ホントに」

「……いやあの、はい、まぁ勢いで?つい」

「紳士ポイントも減点100。女の子を騙すのも程々にしないと」

「してねぇよっ!?つーかこの子らの半分は初対面ですからっ!」

 ともあれ苦戦していたのが馬鹿馬鹿しくなるぐらい、あっさりと片が付いた。


【次】
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