律「澪ー、新曲の歌詞できたんかー?」
澪「ん、ああ見てくれよ」
律「どれどれ」
唯「りっちゃんずるい! 私も見たい~」
梓「これは……」
唯律紬梓『(動物シリーズ……)』
澪「ど、どうかな」
律「……またスランプみたいだな」
澪「うっ」
元スレ
澪「じゃあ今は……バイバイ」
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1283015065/
紬「だ、大丈夫よ澪ちゃん! 誰だって不調の時はあるから!」
梓「そ、そうですよ! 澪先輩なら素敵な歌詞が書けますって!」
唯「私、澪ちゃんの動物シリーズも好きだけどな~」
律「はいはい、お前は黙ってろー」
唯「ぶ~」
律「動物シリーズはさておき、そろそろ澪もいつもと違った感じの詩できないかな?」
澪「……なんだよ。そんなにおかしな詩だったっていうのか?」
律「いや、澪の歌詞は悪くないよ。ただ、この前の唯の歌詞みたいなのも必要じゃないかな、ってさ」
澪「う……確かに」
梓「澪先輩の歌詞はいかにも私達放課後ティータイム! って感じで良いですけど、唯先輩のも凄く良かったです」
唯「でへへへ~。あずにゃんは褒め殺しがうまいねぇ~」
律「ま、来週の月曜までにお願いするよ。もう学園祭も近いからな」
澪「あ、ああ……わかったよ」
澪「はぁ~……」
深い溜め息を吐く。
気分転換にお風呂に入ってみても、近くをぶらついて公園で物思いに耽ってみても、
全く良いイメージの歌詞が浮かばない。
結局、部屋に戻ってきて適当に音楽を垂れ流してる有様だ。
澪「どうしたものかなぁ」
天井を見つめながらひとりごちる。
歌詞作りに悩んでる時は自然と独り言が多くなってしまう。
澪「大体、歌詞は出来てたんだ。それを律が却下するから」
どうも私の歌詞は世間一般とはズレる傾向にあるらしい。
やれ、甘々だの、恥ずかしいだの。
私はそう思わないけど、基本的に賛同者が唯しかいないってのが全てを物語ってる気がする。
澪「でも確かに唯の歌詞、良かったな」
無くなって初めて気付くもの、か。
気付けば私達も高校三年生で、卒業も見えてきた。
放課後ティータイムとしてバンドを続けることはあっても、今みたいなスタンスで続けることは出来ないだろう。
大学でバラバラになる可能性だってあるし、そもそも梓はまだ二年生だ。
澪「そうだな、軽音部で楽しかった事。それを思い起こしてみるか」
振り返らなきゃ見えないものもある。
唯に倣うみたいになるが、こういうのもいいかもしれない。
勝手にお手本にしちゃってるけど、まさか高校まで初心者だった唯に教えられる日がくるなんてな。
澪「皆で楽しかった事……そうだ、合宿!」
1年と2年の時に行った、ムギの別荘を利用しての合宿。
普段の音楽室での練習とは違った環境というのがあってか、あれは楽しかったな。
到着してすぐに練習……しないで全員で海で遊んで、
フジツボの話を聞かされて、
遅れて到着したさわ子先生に驚かされたり、
やっぱり練習時間は思ったほど取れなかったり。
澪「……あれ? 楽しかった思い出が少ないぞ」
澪「うーん、でも合宿が楽しかったのは確かなんだよな」
澪「もう一度行ってみたらわかるかな……よし! ムギに了承を得るか」ピッピッ
紬『どうしたの、澪ちゃん。こんな夜中に?』
澪「あ、ごめんな。実はかくかくしかじかって訳で、あの時の別荘を土日に使わせてもらえないかな?」
紬『う、うん。多分大丈夫と思うけど……澪ちゃん、一人で行くの?』
澪「いや、迷惑じゃなければムギも一緒に来てもらえるかな? 流石に人の別荘を勝手に使うわけにはいかないし」
紬『私は構わないけど……りっちゃん達はいいの?』
澪「梓はいいけど、律と唯は絶対ダメ! あいつらが来たら作詞どころじゃなくなるからな!」
紬『お、抑えて澪ちゃん』
澪「あ、ああ、すまん。とにかく、嗅ぎ付かれるかもしれないから梓に引き付けておいてもらうよ」
紬『うん、わかったわ。それじゃあ前と同じとこで待ち合わせね』
澪「ああ、ありがとう」ピッ
澪「さて、次は梓だな……」ピッピッ
澪「……よし、梓にもお願いしたし。用意して今日はもう寝よう」
そういって携帯を机の上に置いた直後、メールの受信音が響いた。
差出人は律か……どうせろくなことじゃないだろ。
澪「何々……『は、早く添付した写真を見てくれ!』? 何だよ……ひっ!」
そこにはいかにもなホラー系で、グチャってドロってしてるDVDパッケージが数枚写っていた。
直視しないように携帯を操作して律に返信する。
律「お、きたな……『何撮ってんだ! 歌詞作りで忙しいんだからほっといてくれよ』か。うーん」
澪「今度は何だ……『いやー悪い悪い、手が滑って。それで、歌詞の方は順調?』」
律「『全然だよ。土日で何とかするから邪魔するなよな』……こりゃ相当やばそうだな。そうだ、皆にも手伝ってもらうとするか」
今日はいい感じに快晴。
天気予報では夜になると荒れるとかいう話だけど、別に夜出歩くわけじゃないから関係ない。
以前、冬の日に一人で海まで作詞をしに行った時は、風は強いわ凍えるほど寒いわで散々だったからな。
集合場所の駅が見えてきた。
恐らくムギがもう待っているだろう。
唯と律は梓が何かしら理由をつけて引き付けているはずだ。
今度梓に何か奢ってやらなきゃな。
澪「お、ムギー! 待たせちゃったな」
紬「あ、澪ちゃん、その――」
律「遅かったな、み~お~?」
唯「待ちくたびれちゃったよ~」
澪「り、律!? それに唯も!? なんでここに……」
梓「澪先輩、すみません……私では力不足だったようです……」
律「この程度の策略が見抜けぬりっちゃんではないわー」
唯「澪ちゃん達だけ楽しそうなことするなんてずるいよー」
紬「と、いうわけなの……ごめんね、澪ちゃん?」
澪「いや、ムギも梓も悪くないよ……私が直接言えばよかったんだ」
律「よーし、それじゃいっくぞー!」
唯「おぉー!」
澪「うぅ……」
紬「澪ちゃん、気を落とさないで……」
梓「い、生きてればきっといいことがあります!」
我ながら悪くない計画だったんだが、どうやら向こうの方が一枚上手だったらしい。
律は昔からこういう時に鋭くなって私を困らせる。
なんであいつは普段だらけてるくせに、私を困らせる事は進んで行うんだ?
そうこうしてる内にムギの別荘に到着した。
もちろん移動の電車内でも律と唯は、はしゃぎっぱなしだった。
1分たりとも気の休まる時がなかった。
それにしても相変わらず立派な別荘だ。
これ以上もあるようだけど、私らにはこれでも大き過ぎて分不相応ってやつだよな。
澪「この浜辺も久しぶりだな」
紬「梓ちゃん、オイル塗ってあげようか?」
梓「あ、すみません。何もしないよりはマシですもんね……どうせ真っ黒になっちゃうんだろうけど」
澪「律と唯は……どこまで行ったんだ? いないならいないで気になる奴らだな」
紬「まぁまぁ、私達もそろそろ遊んでばっかりじゃいけなくなるから。今日くらい好きにしましょう?」
梓「そうです! 澪先輩は好きなだけ作詞していて下さい。律先輩達は私が引き受けます!」
澪「ははは、そうだな。その時は梓に任せるよ」
律「おーい、お前らもこっち来いよー!」
唯「なんかちっさいお魚が一杯いるよー!」
紬「は~い! 梓ちゃん、行きましょう」
梓「はい。それじゃあ澪先輩、行ってきます」
遠くからの呼び掛けにムギと、既に肌に赤みを帯び始めてきた梓が駆け出していった。
私は大きなビーチパラソルの下で、微かにそよぐ心地よい風を受ける。
開放感と爽快感に一瞬身震いする。
澪「よし、そろそろ始めるか」
バッグから作詞用のノートとペンを取り出す。
いつもは適当な音楽も流す所だが、折角ここまで来たのだから波の音に思いを馳せるのも悪くは無いだろう。
澪「もう少し……もう少しで浮かんできそうだな」
作詞中は人によるのだろうけど、私は特に変わったことはしない。
ただ頭の中で思いを巡らせるだけ。
さながら釣り人の心境だろうか……釣りなんてしたことないけど。
澪「いかんいかん、変なこと考えてちゃだめだな。気を取り直して――」
律「澪ー! 危ないぞ!」
澪「!?」
突然目の前に丸い物体が、軽い接触音に軟い衝撃を伴って襲い掛かってきた。
痛みは無かったが、驚きで心臓がバクバクと軽快なビートを刻んでいる。
澪「あたた……ビ、ビーチボール?」
唯「澪ちゃん大丈夫~!?」
律「わりー、わりー! 梓の奴がしっかり返さないから」
梓「なっ! 律先輩がノーコンのせいですよ!」
澪「……」
律「なっ、なんだよ。ちゃんと謝っただろ? 何か文句あるのか?」
梓「あれで謝ってたんですか?」
紬「澪ちゃん……」
澪「……いや、何でもないさ。私がこんなとこでぼーっとしてたのが悪いんだからな」
律「へっ」
澪「はい、ボール。じゃあ私は邪魔にならないように近くをぶらついてくるよ」
梓「あっ、はいっ」
律「……」
梓「澪先輩、怒ってなかったですね」
唯「うん。いつもならりっちゃんにガツーンってやってるとこなのに」
律「ま、そんだけ集中して作詞したいってことだろ? いいから、こっちはこっちで遊ぼうぜ」
唯「よ~し、じゃあまた突撃だ~!」
梓「……ムギ先輩」
紬「うーん。まぁ、そういうことなんじゃないかな? 変に気を使っても、澪ちゃんがやり辛いだろうし」
梓「そうなんですかね」
紬「大丈夫、澪ちゃんはいつも素敵な歌詞を作ってきてくれるから。りっちゃんの言う通り、折角なんだから楽しみましょう?」
梓「はい……でも、やっぱり澪先輩とも一緒に遊びたいです。なんか、悪いですよ」
紬「梓ちゃんがそう思ってくれてるだけで澪ちゃんは嬉しいはずよ」
梓「で、でも……」
紬「……それじゃあ私達だけ先に引き上げて、サプライズイベントでも用意しちゃう?」
梓「え、何をするんですか?」
紬「そうね……例えば、お夕飯のデザート用にケーキでも作らない? 澪ちゃんが歌詞できてたらお祝いに、まだでも甘い物は気分転換にいいと思うし」
梓「わぁ、それ素敵ですね! 澪先輩、甘い物好きだから喜びますよ。私、憂に電話してレシピ聞いてきます!」
紬「それじゃあ私はりっちゃんと唯ちゃんに話してくるから。その後、必要な物を買いに行きましょう」
梓「はい!」
さっきまでいた砂浜とは打って変わって、ゴツゴツした岩肌が多い波打ち際にまで歩いてきた。
今日は波が結構高いようで、白波が時折噴水のように立ち上っていた。
澪「ここまでくれば波の音しかしないな」
波を被らないように少し高めの岩の上に腰掛ける。
直接だとお尻が痛かったので、羽織っていた上着をシート代わりにした。
澪「少し寂しい場所だな……どうも一人だとこういうとこに来ちゃうな」
長考。
無心で歌詞を頭の中に浮かべては消していく。
どうもピンとこない。
澪「ん~……む~……あー、もう! 楽しい思い出の歌詞にしたいのに、こんな寂しいとこで浮かぶわけないだろ!」
澪「……って、何一人で怒鳴ってるんだろうな、はは……はぁ」
澪「平常心、平常心」
再度集中しようと目を閉じて外界からの情報を閉ざす。
大分落ち着いてきた。
澪「よし、後は楽しかったことを……」
ここで前日のように律の自由奔放、傍若無人、豪放磊落っぷりが浮かんでくる。
対比するような自分の小心翼翼っぷりも相まって、一層苛立つ。
澪「大体何だよ、あの律の態度は。ボールぶつけておいてあれはないだろ」
澪「そもそも呼んでもないのに勝手に付いて来るし。まったく……ん? 何だ」
愚痴をこぼしていると、波打ち際に何か光る物を発見した。
近寄ってみると、どうやら小瓶のようで、中に手紙が入っている。
誰かが流したのだろうか。
こういう素敵要素たっぷりなサムシングに私は滅法弱い。
早速、拾って手紙を取り出して読んでみる。
澪「何々……『この手紙を読んだあなたは、三日以内に10人に同じ内容の手紙を出さないと不幸に――』 あわわわわわ!!」
澪「ううぅ、何だコレ! 不幸の手紙じゃないかぁ!」
気持ち悪くなって瓶ごと手紙を放り捨てる。
なんて性質の悪い悪戯だ。
息を荒げて肩を上下させていると、岩陰から笑い声が聞こえてきた。
律「くっ……くっくっくっ……あっははははっ!!」
唯「り、りっちゃん悪いよー……ぶふっ! あはははっ!!」
澪「律……唯。これはお前らがやったのか?」
唯「私じゃないよー。りっちゃんが澪ちゃん驚かそうとしてさ」
律「あ、私だけ悪者にするなよ。お前もノリノリだったじゃんか」
澪「……」
律「いやぁ、ムギと梓が買い物に出掛けちゃってさ。私らも暇だったからつい、さ」
澪「……」
律「(くるか……!)」
澪「そ、そうか。暇だったんならしょうがないな。でも私は作詞中なんだから、お前らだけで何とかしてくれよな」
唯「ふぇ!? み、澪ちゃん怒ってないの?」
律「……いいよ、唯。行こうぜ」
唯「ちょっとりっちゃん、待ってよ~」
澪「……フン」
唯「りっちゃーん! はぁ、やっと追いついたよ。ね、やっぱりまだ駄目そうなのかな」
律「多分な」
唯「でもこれ以上やったら流石に悪いよ。澪ちゃん火山大噴火しちゃうよ」
律「あのなぁ、唯。昨日も説明したろ?」
唯「え、何だっけ?」
律「ったく……澪は悩んだらどっぷりハマっちゃうタイプなんだよ。一人でどんどん追い込むタイプだからさぁ」
唯「おお、思い出しました! だから相談相手にムギちゃんとあずにゃんがいて、ストレス発散相手に私達がいるんだよね!」
律「そうそう。でも相談はしてねーし、私らが散々ちょっかい出してんのに怒りもしないだろ?」
唯「そうだね……ああ、だからまずい状況なのか!」
律「唯に説明してると疲れるよ……」
「でもさぁ、こんな回りくどい事しないで澪ちゃんを手伝えばいいんじゃないの?」
律「今まではそれでよかったけどさ、私らももう高校生じゃなくなるんだぞ。いつまでも澪もあのままじゃよくないだろ」
唯「ほぇ~……りっちゃん凄いね~」
律「うん? なーにがだよ」
唯「普段のりっちゃんのキャラからは想像もできない気遣いだよ~。澪ちゃんは果報者だね!」
律「よせやい。照れるぜっ」
唯「不肖、唯隊員。律隊員に感服致しましたっ!」
律「御見それいったか! よーし、そろそろムギ達も帰ってくるだろうし、私らも用意してこようぜ!」
唯「おお~!」
少し空が暗くなってきた。
日が落ちてきたようだ。
澪「寒……」
風も冷たくなってきた。
明るかった海も、空と同様に暗みを帯び始める。
不安感から言い様の無い恐怖を感じ、軽く身を震わせる。
澪「暗くなって字も書けない……戻ろうかな」
澪「まだ明日がある。うん」
そう自分に言い聞かせ、上着を拾う。
途端、ポツポツと雨が降り出す。
堪らず上着を羽織って、早足で別荘までの道を急ぐ。
澪「そういえば夜に荒れだすんだっけ。明日もこんなだったらどうしよう」
澪「わざわざここまできて収穫なしなんて……何とか今日中に完成させないと」
澪「ただいま」
梓「あ、澪先輩お帰りなさい……って、凄い濡れちゃってるじゃないですか!」
澪「ああ、何か急に雨が酷くなってきてな」
梓「早くお風呂入って来て下さい! そのままだと風邪引いちゃいますよ」
紬「上がる頃にはお夕飯出きてるから。ゆっくり浸かってくるといいわ」
澪「うん、すまないな。それじゃあ行って来るよ」
紬「あ、その前に澪ちゃん」
澪「ん、何?」
紬「その……成果はあった?」
澪「……いや、さっぱりだったよ。やっぱり律なんか連れて来るんじゃなかったよ。邪魔ばっかしてさ」
紬「っ! み、澪ちゃん!」
梓「ムギ先輩っ!」
澪「……なっ、何」
梓「な、何でもないですよ。さ、さぁ早くお風呂行かないと冷えちゃいますよ!」
澪「あ、ああ……」
梓「ムギ先輩、抑えて下さいよ。私達は裏方ですよ」
紬「ごめんね、梓ちゃん。でも、りっちゃんがあれだけ澪ちゃんのこと思ってやっているのに……」
梓「それこそ余計なお世話ってやつですよ。どういう理由があっても澪先輩にしてみたら、勝手にやってることなんですから」
紬「なんでりっちゃんは、面と向かって澪ちゃんを手伝わないのかしら……」
梓「うーん、やっぱり幼馴染ですから、そういうの気恥ずかしいんじゃないですかね?」
紬「……」
梓「それに律先輩も言ってたじゃないですか。澪先輩が自分で乗り越えなきゃ意味が無いって」
梓「どうみても遊んで、邪魔してばっかにしか見えませんけど、そんなに他人の事を考えられるって凄いと思いますよ。正直、見直しました」
紬「そうね……二人が羨ましいわ」
梓「羨ましい……ですか?」
紬「うん。私はそこまで分かり合える友達っていなかったから」
紬「見ただけで相手がどんな状態でいるのかまでわかっちゃうなんて。更にその先の事も考えて支援するなんて」
紬「これが親友っていうのなんだなぁ、って思って……」
梓「だから、さっき澪先輩が律先輩を悪く言った時に怒っちゃったんですか」
紬「う、うん……」
梓「……澪先輩だってわかっているはずですよ。私達の誰よりも律先輩と付き合い長いんですよ」
梓「それに私だってわかります。今のムギ先輩のこと。ムギ先輩だって私のことわかるはずです」
紬「梓ちゃん……うん! わかる。梓ちゃん、私を慰めて、励ましてくれてる」
梓「よくできました、ムギ先輩。でも私だけじゃないですよ? 唯先輩も律先輩も澪先輩も、みんなわかってます」
梓「同じ軽音部の仲間、放課後ティータイムのメンバー、かけがえの無い親友じゃないですか」
紬「……ありがとう、梓ちゃん。私はつまらないことで悩んでたみたいね」
梓「ムギ先輩……」
紬「澪ちゃんのお手伝いする為に集まって、私がこんな気持ちになるなんて思わなかったわ。梓ちゃんのお陰ね」
梓「改めて言われると恥ずかしいですよ」
紬「今更そんなこと言っちゃうの? 梓ちゃん、結構恥ずかしいこと言ってたわぁ」
梓「ちょっ! も、もうっ、早くお夕飯の準備終わらせますよ!」
紬「は~い♪」
風呂桶一杯に張ったお湯を頭から被る。
冷たい雨風に煽られて、悩みに悩んでぐちゃぐちゃの頭が現実に引き戻される。
澪「……つい、愚痴っちゃったな」
ムギに律のことで愚痴ってしまった。
みんな隠してるようだけど、多分、今日のことは偶然じゃないんだろう。
私がずっと悩んでいることに心配しての事だったんだと今更ながら思う。
前もって予約しないと開いてないはずが、前日に連絡して大丈夫だったムギの別荘。
呼んでなかったのに、しっかり集合場所にいた律。
突然休日の予定を付け加えたのに、快く引き受けてくれた梓。
唯は……なんだろう。本当にヒマだっただけかな?
澪「都合よく考えすぎかな? 自意識過剰かも」
軽く笑って肩まで湯船に浸かる。
この広い湯船に私だけ。
みんな何かしらの作業をしてるはずなのに、私だけこんな待遇でいいのだろうか。
悪いな、とも思うが、心が安らいでいくのを感じる。
最近は歌詞が難産続きで、ずっと眉を吊り上げてたからな。
みんなの気遣いを見れば、それがどれ位のものだったのかは容易く想像できる。
澪「お陰さまでリラックスできたかな。そろそろ上がるか」
澪「いいお湯だったよ。ありがとう」
律「おー、やっと来たか」
唯「澪ちゃーん、早く座ってごはん食べようよ」
澪「凄いごちそうだな。全然手伝えなくてすまないな」
紬「いいのいいの。澪ちゃんは忙しいんだから、私達がこれ位しないと」
唯「すっごいでしょ! 私も手伝ったんだよー」
梓「唯先輩はサラダにトマトのせただけじゃないですか」
唯「あー、バラすのは反則だよぉ~」
紬「うふふ。さあ、冷めない内にいただきましょう?」
食事は楽しく終了した。
結構量があったけど、あまりに美味しかったので少し制限をオーバーして食べた。
体重計なんて爆発すればいいんだ。
澪「ふぅ、もうお腹いっぱいだよ」
律「あー食った食ったーっ」
唯「もうアイス位しか入んないや~」
梓「アイスは入るんですね……」
紬「お待たせ~。アイスじゃないけど、デザートのケーキでーす♪」
律「おー、っていつものとは何か違うな」
紬「実はコレ、私と梓ちゃんの手作りなの~」
梓「えへへ……レシピは憂に聞いたんですけどね」
唯「すっご~い! ムギちゃんとあずにゃん、プロになれちゃうよ!」
澪「へぇ~、本当に凄いな。でもどうして手作りケーキなんだ? 誰か誕生日とかだっけ」
紬「ううん、澪ちゃんが作詞で悩んでるみたいだから、気分転換になればいいなぁ、って」
梓「糖分は疲れた頭にいいんですよ」
澪「ムギ、梓……ありがとう。喜んでいただくよ」
律「食べ過ぎると太っちゃうわよ~?」
澪「う……これ位なら大丈夫だよ」
唯「ムギちゃん、早く切ってよ~」
梓「澪先輩の為に作ったんですよ。唯先輩は自重って言葉を覚えて下さい」
唯「ぶ~! あずにゃんだって味見とかしてたのに~」
梓「なっ、何でそんなとこだけしっかり見てるんですかっ!」
紬「まぁまぁまぁまぁ」
いつの間にか雨が止んでいた。
少し夜風にあたりたくなった私は、リビングで談笑してる皆と離れてテラスに出た。
澪「とりあえずできたかな? 今日中にできてよかったよ」
夕飯の後は落ち着いていられたお陰か、我ながらいい歌詞ができたと思う。
明るく楽しい感じになったから、唯の歌詞にも負けない気がする。
律「澪ー、ここにいるのかー?」
澪「律」
律「なーにしてるんだよ、こんなとこで」
そう言いながら、律は私の横の手摺りに背中を預ける。
お風呂上りなのか、いつものカチューシャをしてない為に前髪が下りている。
いつもと違う雰囲気の律に、少しばかり心を奪われた。
律「聞いてんのかぁ?」
澪「え、あ、あぁ。とりあえず歌詞ができたからさ。少し夜風にあたりにきたんだよ」
律「お、じゃあ見せてくれよ」
澪「うん。今回は結構自信作だぞ」
律「どれどれ」
手渡した歌詞を真剣な眼差しで読んでいる。
いつもの弛んだ律からは見せない表情、髪をかき上げる仕草にドキッとする。
髪型も違うから……まるで別人みたいだ。
こう、何というか……上手く表現する言葉が見つからず、意味もなくあたふたする。
落ち着け澪。
相手は律なんだぞ。
律「――お。みーお!」
澪「……っ! わ、悪い。どうだった?」
律「そうだなぁ……動物シリーズよりはいいけど……」
澪「……だ、ダメか?」
律「うーん、確かにいつもとは違った感じだし、唯のに近い感じもするけど……それだけだな」
澪「それだけ!? ど、どういうことだよっ!」
予想もしなかった律の反応に、思わず声を荒げて突っかかる。
それだけ……? 一日一生懸命に考えた歌詞なのに。
律「だってさ、これは唯の模倣じゃねーの? 似たようなのがあっても仕方ないだろ」
澪「で、でも律が唯みたいなのも必要って言ってたじゃないか!」
律「そう言ったけどさぁ……何て言えばいいんだ?」
律「唯の視点と、澪の視点は違うんだからさ。同じ物を見ていても違う意見が出るはずだろ? でも、この歌詞は違う」
律「唯のセンスは真似できないよ。唯と澪じゃそもそも性格も考え方も違いすぎるんだからさ」
澪「そっ、それじゃ……わたっ、私には唯を越える歌詞はできないって言うのかよぉ……」
なぜだか涙が出ていた。
自信を否定されたからか、いや、この場合は自身を否定されたような気がした。
律にそこまで言われたのが悔しくて、悲しくて……拒絶されたようで寂しくて。
気付いたら、律の両肩を掴んでまくし立てていた。
澪「どうなんだよ……うぅ、ぐっ……」
律「落ち着けよ、そこまで言ってないだろ? 越える必要なんて初めからないんだよ」
澪「え……」
律「違う視点で見ろって言ってるんだよ。同じテーマでさ、唯視点と澪視点ってあればよさそうじゃないか?」
澪「あ……そ、そうか。そういう考え方があったのか……」
律「そ。澪はさぁ、何でも一人で考えすぎなんだよ。少しは私らを頼ってみろって」
澪「う、うん。でもさ、この歌詞凄く良くできそうなんだけど、学園祭には間に合わなくなるかもしれない。大事に作りたいんだ」
律「澪がそうしたいんだったら誰も文句言わねーよ。ライブで演奏できなくってもさ、私らの曲なんだ。凄く良い物にしようぜ」
澪「律……何か色々ありがとう。それと」
律「それと?」
澪「お前……結構恥ずかしい事言ってたぞ」
律「なっ……!」
見る見るうちに律の顔が真っ赤になる。
髪を下ろして大人びた顔立ちだが、やっぱり律は律だな。
やられっ放しは癪なんで、私はささやかな反撃に出た。
律「わっ、私は澪が悩んでて大変そうだと思ったからだなぁ!」
澪「いつものカチューシャも付けてないし、普段言わないことも言ってさ。その髪型でずっといようか? 似合ってて可愛いぞ」
律「かっ……可愛くねーし! あー、もう怒ったぞ! それじゃあ澪をオールバックにしてやるー!」
澪「わっ……ははっ! やめろよ、あはははっ」
律「待て、このやろー!」
反撃を終えた私は、いつもの調子に戻った律を見て自然と笑みがこぼれた。
さっきまで圧し掛かっていた重圧から解き放たれた、そういう意味でも気分は良好だ。
律の追撃を掻い潜ってテラスから室内に戻ろうとすると、隅の方からこちらを伺う三つの視線があることに気付いた。
唯「りっちゃん、澪ちゃん、喧嘩はよくないよ!」
紬「お茶にしましょう、お茶に!」
梓「うぅ……ネ、ネコミミですよーっ。にゃあ……」
澪「み、みんな……」
律「何やってんだ……?」
唯「え!? なんか揉めてるみたいだったし、喧嘩してるんじゃないかって……違うの?」
紬「意見の違いってあると思うの。ここは話し合いで解決しましょう、ねっ」
律澪「……」
思い掛けない三人の行動に、私は律と呆けた表情で目を合わせる。
みんなの見当違いの心配と、私も同じだろうが間抜けな表情をしている律をみて、自然と笑いが抑えきれずにこぼれた。
律「……ぷっ!」
澪「くく……あはははは!」
唯「ちょっとー、笑うなんてひどいよー。これでも私達心配したんだよ」
澪「ご、ごめん……くく。だってさぁ」
律「だよなー。唯とムギはいいけど、梓は何でネコミミ着けてるんだよ」
紬「ぷっ……」
唯「わ、悪いよムギちゃん……あはははは!」
梓「うーっ……何か私だけ馬鹿にされてるみたいです……」
作詞の為に再び訪れたムギの別荘。
再び行った合宿……の、ようなもの。
二日目は私も皆に混じって遊び倒した。
歌詞の手直しはまだだけど、律が言ってくれたように時間を掛けて最高の物にしたいと思う。
学園祭に間に合わなくても卒業ライブでもやって、そこで披露という形でもいい。
それよりも今を大切にしようと思う。
澪「そういやこんなこともあったなぁ」
あの時の合宿もどきの写真を見て呟く。
結局、歌詞は学園祭には間に合わなかった。
新曲はどっちも唯の歌詞で間に合わせた。
唯には負担を掛けちゃったけど、相当良かったと思う。
私の歌詞であそこまで盛り上がったかはわからないな。
今は卒業ライブの直前。
ライブ前に部室に行きたくなったんで来てみたんだが、ここで懐かしい写真を見つける事になるとは。
――――思い出なんていらないよ
あの後も色んな事があった。
楽しい事、悲しい事、一杯あった。
ちょっと前までの私なら、それを全部歌詞に盛り込んでいただろう。
でも今は違う。
そういうのもいいと思うけど、私は律に気付かせてもらったから。
――――だって”今”強く、深く愛してるから
律はそういうつもりじゃなかったのかもしれないけど。
私は正直、律に依存しすぎてる部分が多かった。
それをいい加減に直せよ、って言われてる気がしたんだ。
困ったり、辛かったりしたらすぐに後ろ向きになって助けを求めていた。
そうやって楽しいだけの思い出にすがるのは確かに最高だ。
でも、そうやって今起こってる事から目を背けるのはもうやめたんだ。
今、桜ヶ丘高校の生徒で、軽音部の部員で。
前をしっかり向いて、今を楽しまないともったいないしな。
――――思い出浸る、大人のような甘美な贅沢
律「澪ー! おっ、やっぱりここかぁ」
澪「律……」
律「早く来いよ、みんな待ってるぞ。そろそろ始めようぜ!」
澪「ああ、わかったよ」
これで高校生での軽音部の活動は最後。
悔いのないようにしないとな。
思い出に浸るのはそれからでも遅くない。
手に持っていた写真を机の上に置く。
ほんの1、2秒ほど写真を押さえて……離す。
律「みーお! 置いてくぞー!」
澪「あ、悪い。すぐ行くよ!」
少し慌てて、壁に掛けてあったエリザベスを担ぐ。
部室の扉を閉める前に、少しだけ全体を一瞥する。
澪「楽しかった、っていうのはもうちょっと後……じゃあ今は……バイバイ!」
――――まだちょっと……遠慮したいの
おしまい