勇者「助けに来ました、大丈夫ですか?」
娘「この痣だらけの体を見なさいよ!大丈夫なわけないでしょ!!」
勇者「………」
娘「大体何で今頃助けになんて来たのよ!?もう何もかも諦めていたのに!!」
勇者「助けは必要なかったってこと?」
娘「そ、そうよっ!!」
娘「あんな辱めを受けて生き続けるくらいなら死んだ方が良かった!!」
元スレ
僧侶「勇者が純粋無垢で困る」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1445177445/
勇者「……そっか」
娘「な、なによ?」
グサッ…
娘「あぎっ!!?」
勇者「これで良い?死ぬまでの間は凄く痛いだろうけど我慢して」ズッ
娘「ガフッ…コヒュッ…コヒュー…」
勇者「自ら死を望む人もいるのか、これからは気を付けよう……」
ザッザッ…ガチャ…バタン…
娘「コヒュ……」
>>>>
勇者「町長、洞窟のならず者は全て殺しました」
町長「ありがとうございます!あの…ところで娘は?やはりもう……」
勇者「生きてました」
町長「え?」
勇者「でも辱めを受けて生き続けるくらいなら死んだ方が良いと言ったので、殺しました」
町長「……えっ?何を」
勇者「ですから、娘さんが死にたいと言うので殺したんです」
町長「………」
勇者「どうかしました?」
町長「……今の話しは…本当ですか?」
勇者「はい、全部本当です」
勇者「町長の望み通りならず者は皆殺し、娘さんは死を望んだので殺しました」
町長「………」フラッ
バタッ…
勇者「あ、倒れた…どうしよう」
ガチャッ!
???「勇者!!!」
勇者「あっ、僧侶。遅かったね」
僧侶「ッ…この大馬鹿野郎!!」
バキッ!
勇者「何で殴るの?」
僧侶「何でもクソもあるか!!死にたいって言う奴を本当に殺す馬鹿がいるか!!?」
勇者「……娘さんは嘘吐いてたってこと?」
僧侶「そういうことじゃねえ!」
勇者「じゃあ何?何で死にたいなんて言ったの?」
僧侶「あー、なんつーか……そう!強がりだ、強がり!」
僧侶「誰かに怒りをぶつけたかったんだろ!多分な!」
勇者「何で?」
僧侶「何でって……何日も監禁されて、複数の男に乱暴された痛みと恐怖…」
僧侶「溜まってたもんが一気に噴き出したんだろ。多分な」
勇者「…………」
町長「……うっ」ムクリ
僧侶「チッ…勇者、町長には俺が説明しとくから先に部屋に戻っててくれ」
勇者「分かった」
バタン…
僧侶「……はぁ、こりゃあ思ったより苦労しそうだな」
>>>>
僧侶「ほら、さっさと行くぞ」ガサゴソ
勇者「何で?」
僧侶「娘が起きたら十中八九、人殺しだの何だのと言われて騒ぎになるからだよ」
僧侶「ったく、町長に説明すんの大変だったんだぞ」
勇者「……ごめん。でも娘さんは僧侶が生き返らせたんじゃないの?」
僧侶「お前が殺したから生き返らせたんだ、普通にしてりゃあ生き返らせる必要もなかった」
勇者「普通って?」
僧侶「はぁ……いいか?今から芝居するから黙って見てろよ」
勇者「分かった」
僧侶「もう嫌、殺して!」
勇者「……」チャキ
僧侶「ちょっと待て」
勇者「だって僧侶が殺してって言うから」
僧侶「芝居するって言ったろ!!黙って動かず見てろ!!いいな!!」
勇者「分かった」
僧侶「もう嫌っ、殺して!」
僧侶「そんなこと言うもんじゃねえ、親父さんは今もお前を待ってるんだ」
僧侶「生きたいって気持ちが少しでもあるなら、どんなに辛くても生きられるんだ」
僧侶「さあ、親父さんが待ってる。行こう」
僧侶「はいっ…ありがとうございますっ」グスッ
僧侶「ってな感じで、オレだったらこうしてた」ウン
勇者「ちょっと分かんない」
僧侶「……どこら辺が分からねえんだ?」
勇者「助けて欲しいならそう言えば良い、何で逆のこと言うのか分かんない」
僧侶「あのなあ……いや、今すぐ分からなくてもいい、少しずつ色んなことを知ればいい」
勇者「分かった」
『人殺し!殺人鬼!化け物!さっさと町から出て行け!』
僧侶「チッ、早いとこ行かないとマズい、急ぐぞ」
勇者「娘を攫ったならず者を皆殺しにしてくれって言ったのは町長なのに……」ポツリ
僧侶「…………」
>>>>>
ある日、ド田舎の教会にいきなり兵士が押し寄せて一人の僧侶が連行された。
質問しても完全無視、訳も分からぬ内に王の前に立たされた。
で、いきなり「彼と共に魔を討て」ときた。
よく分からんが最近何処かに大穴が空いたらしく、そっから化け物が出て来てるらしい。
ちなみに『彼』とは勇者のことで、魔を滅ぼすべく神が遣わした天使らしい。
オレが勇者について知っているのはこれだけ。
まったくふざけた話しだ。
結局何でオレが選ばれたのかも知らぬまま、終わりの見えない旅に出ることになった。
王直々に頼まれたと言えば聞こえは良いが、あんなのは脅しのようなもんだ。
しかし勇者がこんな赤ん坊みたいな奴だとは思わなかった。
戦うことに関して口出しすることは全くない。
魔を滅ぼすべく神が遣わした……というのも嘘ではないかもしれない。
しかし『こういう事』になると話しは別だ。
勇者は人の感情、心の動きってやつをまるで分かっていない。
旅が始まって1ヶ月も経っていないが、それは痛いほど理解した。
幸い話しは聞いてくれるし理解しようと努力はしてるようだ。
勇者に戦いの補助は必要ない、もしかすると王は勇者を教育する為にオレを選んだのか?
……いや、他に優秀な奴は大勢いただろうしそれはないか。
>>>>
で、現在。
宿から逃げたオレ達は何とか森に逃げ込んだ。
勇者「……僧侶、ごめんなさい」
僧侶「!!」
僧侶「……何で謝る?」
勇者「一人で町長の話しを聞いて、僧侶に相談せずに一人洞窟に行ったから」
僧侶「他にはあるか?」
勇者「無抵抗の人間を殺した。僧侶との約束を破った」
僧侶「無抵抗の人間……それは町長の娘のことか?」
勇者「……」コクン
僧侶「何で約束を破ったんだ?」
勇者「少し前に僧侶に『望まれたことをしてやれ』って言われたから」
僧侶「……(オレが教えたことを守ってたのか)」
勇者「僧侶?」
僧侶「悪い、オレの言葉が足りなかった。望むことってのはその人が喜ぶことだ」
僧侶「だから次からは自分だけで答えを出さず、相手に聞け」
勇者「なんて?」
僧侶「目をじっと見て、それはお前が本当に望んでいることか?って訊くんだ」
勇者「目を見て訊く……分かった。次からそうする」
僧侶「……今日は野宿だな、取り敢えずテント張るか」
勇者「うん」
ガサゴソ…カンッカンッ…
僧侶「……なあ勇者」ゴロン
勇者「眠いなら寝て良い、僕は寝なくても平気」ウン
僧侶「違う、お前に聞きたいことがある」
勇者「なに?」
僧侶「この世界、どう思う?」
勇者「まだ分からない。でも、あんまり好きじゃないと思う」
僧侶「……そうか」
勇者「僧侶はどう?好き?」
僧侶「!!」
僧侶「オレもまだ分かんねえ、好きになりてえけど……難しいかもな…」
勇者「あ、僧侶は何で僧侶になったの?」
僧侶「はあ?随分急だな、オレの話しなんざ聞いても面白くねえぞ」
勇者「面白くなくていいから聞きたい、気になる」
僧侶「(……他人を知りたいのか?)」
僧侶「……親に捨てられた子供を助けたかったんだ。治癒の法だけなら使えたしな」
勇者「何で子供を捨てるの?」
僧侶「さあな、オレには分からんし分かりたくもない」
僧侶「わざわざ田舎に来てまで子供捨てていく奴の気持ちなんて、分かりたくもねえ」
僧侶「……オレの話しはこれで終わりだ。勇者、お前も疲れてんだろ?たまには寝ろ」
勇者「僧侶のこと、また聞かせてくれる?」
僧侶「気が向いたら話す、だから寝ろ」
勇者「ありがとう。じゃあ寝る…おやすみ……」ゴロン
僧侶「……(そういや、こんな風に話したのは初めてだな)」
勇者「スー…スー…」
僧侶「……寝付き良すぎんだろ」
勇者「スー…スー…」
僧侶「男だか女だか分かんねえ上にまだ子供……」
つーか性別以前に人間かどうかすらも分かんねえんだよなあ
いや待て、確か天使って性別ないんだっけか?
両性具有ってのもあったな、まあいいや……
しかし虫も殺さなそうな顔してんのに、戦いになると丸っきり別人だ。
この細腕のどこにあんな力があるのか疑問でならねえ。
洞窟内にあったならず者共の遺体の損傷は激しかった……
あんな、獣に食い千切られたみてえな……うっ、ダメだ、気持ち悪くなってきた。
勇者「スー…スー…」
あんな残忍な殺し方したってのに当の本人はこれだもんな。
神により莫大な力を入れられただけの容器、天使という名の兵器……
人の感情、心ってもんがねえのか?
それとも、本当に何も知らないだけなのか?
だとしたらこいつは一体何なんだ?
勇者「このまま戦う」チャキ
僧侶「待て…お前火傷が…見せてみろ。っ、酷い……」
勇者「僕は何ともない、全然平気」ウン
僧侶「ふざけんな!平気なわけねえだろうが!!治すからじっとしてろ!」
勇者「じっとしてたらあれに焼かれるよ?」
炎龍「グオオオオオッ!!」
僧侶「くそったれが!取り敢えず森を抜けるぞ!このままじゃ森ごと焼かれちまう!」
僧侶「走りながらでも少しは治せる!身を隠せる場所に着くまで我慢してくれ!」
勇者「…………」ジー
僧侶「どうした!?さっさと逃げるぞ!!」グイッ
勇者「うん、分かった(テント、燃えちゃった……)」
森の洞穴
僧侶「ハァハァ…よし、治ったな……大丈夫か?」
勇者「うん」
『ゴアアアアアッ!!』
僧侶「あんなのを相手に二人で?ぶざけんなよ畜生…」
勇者「多分僕達を殺すまで出て行かないと思う。火傷治ったから行ってくる」
僧侶「なっ!?止せ!死にに行くようなもんだ!」
勇者「じゃあどうするの?他に方法あるの?」
僧侶「それは……」
勇者「僕が洞穴から出てあれを引き付けるから僧侶はここで待ってて」
僧侶「お前、何をするつもりだ?」
勇者「取り敢えず木を沢山投げて、翼に孔開けて落とそうと思う」
僧侶「オレは…」
勇者「僧侶は『何もしなくていい』」
僧侶「……そう、か」ギリッ
勇者「じゃあ行ってくる」
ザッザッ…
僧侶「……勇者、待ってくれ!!」
勇者「なに?」クルッ
僧侶「無茶を承知で頼む、なるべく怪我するな、もう少し自分を大事にしてくれ……」
勇者「それは攻撃を避けながら戦えってこと?」
僧侶「……ああ、そうだ」
勇者「分かった、面倒くさいけどやってみる」
ザッザッ……
僧侶「何でだよ……何でオレなんだよ、何の役にも立たねえじゃねえか……」
>>>>
炎龍「グオオオオオッ!!」バサッバサッ
勇者「もう少し離れないと僧侶が危ないかな」
タタタッ…
勇者「ここら辺でいいかな、よいしょ」ズボッ
勇者「あれ?来ない」
勇者「少し離れすぎたみたいだ、でもこっちからは見える…よし……」ググッ
ブンッ!
炎龍『ギッ!ガアアアアアッッ!!?』
勇者「あっ、一回目で刺さった。僧侶の言う通りにして良かった」
ズズンッ…
勇者「……一応首斬っておこう」ダッ
炎龍「カヒュー…カヒュー…」
勇者「あ、胸に刺さってたのか。このままでも死にそうだけど念の為…」チャキ
炎龍「…カヒュー…ガフッ…」ジー
勇者「ねえ、その目はなに?何か言いたいの?」
炎龍「カヒュー…カヒュー…」
『相手に何を望んでいるか、目を見て聞くんだ』
勇者「……僕には分からないから僧侶を呼んでくる。だからちょっと待ってて」
勇者「あ、さっきみたいに火を吐いたり僧侶に何かしたら殺すからね?」
タタタッ…
>>>>
森の洞穴
僧侶「音が止んだ。本当に一人で倒しちまったのか……」
タタタッ…
僧侶「ははっ、凄えな。もう戻って来やがった」
勇者「僧侶、ちょっと来て」
僧侶「ん?どうした?何かあったのか?」
勇者「上手く言えない、取り敢えず来て」グイッ
僧侶「?ああ、分かった」
炎龍「…コヒュー…コヒュー…」
僧侶「………え、何これ?どうすりゃいいんだ?」
勇者「何か言いたそうだけど分からなくて、僧侶なら分かるかなと思った」
僧侶「分かるわけねえだろ……」
僧侶「でもまあ、何か伝えたそうな感じがしないでもねえけど」
勇者「どうすればいい?」
僧侶「!!(表情は変わってねえが、もしかして殺すのを躊躇ってるのか?)」
僧侶「勇者、お前はどうしたいんだ?」
勇者「何を望んでいるのか知りたい」
僧侶「他には何かないか?死にかけのこいつを見てどう思う?」
勇者「……僧侶は僕が火傷した時、治してくれた」
僧侶「?」
勇者「僧侶は龍も治すの?」
僧侶「……は?」
勇者「怪我してるのは同じだから龍も治すのかなと思ったけど、違うの?」
僧侶「……お前と龍は違うだろ」
勇者「なにが違うの?見た目?」
僧侶「いや、そうじゃねえ。なんつーか…その……難しい質問だな」
勇者「じゃあ治してみて欲しい」
僧侶「治す!?こいつを!?また襲ってきたらどうすんだ!!」
勇者「僕と龍の何が違うのか知りたい」
僧侶「(ダメだ、やっぱり何を考えてんのか分かんねえ)」
勇者「僕は……」
僧侶「?」
勇者「僕は僧侶が火傷を治してくれた時、テントで寝てる気分になった」
僧侶「(いまいち分かんねえ……安心したってことなのか?)」
勇者「この龍も同じ気分になったら、僕も龍も一緒だと思う」
僧侶「違ったらどうする?」
勇者「殺す」
僧侶「(そこは迷わねえんだな、やっぱり分かんねえ)」
僧侶「……だったら木を引き抜け」
勇者「いいの?」
僧侶「ああ、お前はもっと色んなことを知るべきだ」
僧侶「龍にとっちゃ堪ったもんじゃねえだろうが、これでお前が何か得られるならそれでいい」
勇者「…………」
僧侶「どうした?やるならさっさとしろ」
勇者「うん、分かった」タンッ
炎龍「……コヒュー…コヒュー…」
勇者「いくよ?」ガシッ
僧侶「ああ、お前が背中から木を引っこ抜いたらすぐに治癒させる」
勇者「よいしょ」ズボッ
炎龍「…ィギッ!」
僧侶「!!」スッ
シュゥゥゥ…
炎龍「!!……フーッフーッ…」
勇者「………」チャキ
僧侶「………どうだ?何か分かったか?」
勇者「まだ分かんない」
炎龍「…フーッ…フーッ…」ズイッ
僧侶「うおっ!?」
勇者「僧侶!!」グッ
ボフッ…
僧侶「待て大丈夫だ!胸に鼻をくっつけられただけだ!」
勇者「鼻?ここからじゃ見えない……それはどういう意味?」
僧侶「全然分かんねえ」
炎龍「………」クンクン
僧侶「敵意はないみてえだけど妙な感じだな…」
勇者「どんな感じ?」
僧侶「大人しくしてりゃあ案外…」
炎龍「……フーッ…グルルル…」カッ
僧侶「ん?光っ…がっはッ!!?」ドサッ
勇者「僧侶…起きて…僧侶…」ユサユサ
僧侶「…げほっ!げほっ!オレなら大丈夫だ、何なんだ今の…」
勇者「分かんない、僧侶が倒れてから龍も倒れた」
僧侶「龍も倒れた?なんだそりゃ?ますます分かんねえ」
勇者「立てる?」
僧侶「ああ、不思議と痛みはねえ」
勇者「……こんなの頼まなきゃ良かった、ごめん」
僧侶「喰われたわけじゃねえし気にすんな。で?何か感じたか?」
勇者「一瞬、同じ気分になれた気がした」
僧侶「!!ははっ、そうか…なら治した甲斐があったな」
勇者「怒らないの?町長の娘の時は怒ったのに」
僧侶「あの時とは全然違う、だから気にしなくていい」ポンッ
勇者「……分かった」
僧侶「それより龍はどこに行った?姿が見えねえけど?」
勇者「……さっきまでいたけどいなくなくなってる。飛んだりしたら気付かないわけない」
僧侶「まあいいや。何かもう…考えんのが面倒くせえや……」
僧侶「すっげー疲れたし夜明けまで少し休みてえ。取り敢えず洞穴に戻ろう」
勇者「……うん」
>>>>
森の洞穴
僧侶「…スー…スー…」
勇者「色んなことを知るべきだ……僧侶、色んなことってなに?」
ねえ僧侶、僕は何を知らないの?
僧侶は僕の知らないことを知ってるの?
でも一つだけ分かったことがあるよ?
僕は僧侶が倒れた時凄く嫌だった。
僧侶が痛いって言ったりすると嫌な気分になる。
怒られると……寂しい。
あと、僧侶はあの人達みたいな目で僕を見ないから好き。
分かるのは、知ってるのはこれくらい。
僧侶は僕のことをどう思ってるんだろう?
何だかムズムズするから今度聞いてみよう。
>>>>
森の洞穴
勇者「朝になった、起きて」ユサユサ
僧侶「……あー、まだ寝たりねえけど行くか」
勇者「どこに行くの?」
僧侶「それなんだけどな……オレ達、穴がどこにあるかも知らねえよな?」
勇者「うん」
僧侶「その時点でおかしいっつーの、なあ?」
勇者「見つかるまで歩けばいい」
僧侶「……それで行くしかねえか、グダグダ文句言っても仕方ねえしな」
僧侶「事実、龍に襲われたんだ。化け物がいるってことは本当だったわけだ」
勇者「……信じてなかったの?」
僧侶「この目で龍を見るまではな、今は信じてる……さて、そろそろ行くか」
僧侶「森を抜けた先に村があるって町長が言ってたから、そこを目指そう」
勇者「分かった」
ザッザッ…
勇者「僧侶」
僧侶「ん?どうした?」
勇者「村に着いたら話しがある」
僧侶「!!珍しいな、お前からそんなこと言うなんて」
勇者「ダメだった?」
僧侶「別にダメってわけじゃねえけど歩きながらじゃ話せないことなのか?」
勇者「……歩きながら話すことじゃない気がする」ウン
僧侶「ははっ、なんだそりゃ」
勇者「……僕にも分かんない」
僧侶「?」
勇者「あと、僧侶の話しも聞きたい」
僧侶「(こんなに積極的に話してくるとは……何かが芽生えたのか?)」
勇者「話したくない?」
僧侶「いや、そうじゃない。少し考え事してただけだ」
勇者「話してくれる?」
僧侶「そうだな……宿に着いたら、話すかもしれねえな……」
勇者「(少し痛い時の顔した、あんまり話したくないのかな……)」
>>>>
村の宿
僧侶「……疲れた。町長め、何が森を抜けたらすぐです、だよ」ボフッ
勇者「あの町長は嫌い」
僧侶「!!嫌いか……そりゃ何でだ?」
勇者「王とかと同じ、嫌な目をしてるから」
僧侶「嫌な目?」
勇者「泥みたいなぐちゃぐちゃした感じの目をしてる」
僧侶「!!」
僧侶「はははっ、そうか……確かにそうかもな」ウン
勇者「何で笑うの?」
僧侶「いや、そこら辺の大人よりお前の方が物事が見えてると思ってな」
勇者「どういうこと?」
僧侶「真っ直ぐな目、綺麗な目を持ってるってことだ。分かんねえか?」
勇者「ちょっとだけ分かった」
僧侶「……そうか」
僧侶「(人の本質を見抜く目はあるが、心の動きは分からない……のか?)」
勇者「…………」
僧侶「ん、どうした?」
勇者「なんでもない」
僧侶「?」
僧侶「ああそうだ、風呂あるみたいだから入ってくる。お前も後で入れよ?」
勇者「……あんまり好きじゃない」
僧侶「穴についての情報収集もするんだ、汚れたままだと相手にされねえ。身なりは大事だぞ?」
勇者「……じゃあ分かった、後で入ると思う」
僧侶「あ、酒場あたりで穴の話しを聞いてくるから遅れるかもしれねえ」
僧侶「先に寝ててもいいからな?変な奴には関わるなよ?」
僧侶「あとはそうだな……嫌なことされたら殴ったりせずに逃げろ」
勇者「……うん、そうする」
僧侶「じゃあまた後でな、無理するなよ?」
ガチャ…パタン…
勇者「僧侶、僕の言ったこと忘れてるのかな……何か、嫌だ…」
>>>>
酒場
僧侶「化け物が出てくる穴って知らねえか?」
店主「化け物?うーん、あっ!そういや前に来た……」
―― 勇者「お風呂入ったけど僧侶いない。遅くなるって言ってたし……待ってよう」
僧侶「ならこの先の町は無事なのか、この辺りに出没しないのか?」
店主「いやこの辺りでの目撃情報はまだないよ、聞いた話しによると……」
―― 勇者「……何かちょっと変な気がする。頭の中が僧侶でいっぱいだ」
酔っ払い「オイお前、勇者サマのお供だろ?」
酔っ払い「なあ、もう抱いたのか?へへっ、なあ教えてくれよ」
僧侶「…………」
酔っ払い「おいっ、答えろよ!」グイッ
僧侶「………」
酔っ払い「無視してんじゃねえぞ腰巾着が…」
―― 勇者「僧侶は僕のことが好き?って聞こう」
店主「ち、ちょっとお客さん、止めて下さいよ……」
僧侶「……店主、勘定」
店主「あの、申し訳ありません」
僧侶「あんたが謝る事ねえよ、またな」ザッ
酔っ払い「なあ待てよ、俺にも抱かせてくれよお、金なら払うからさあ」
僧侶「はははっ!!分かった分かった…」
酔っ払い「おっ、話しが分かるじゃ…」
僧侶「お前、殺されてえんだろ?」ズッ
酔っ払い「は?ぶげゃ!!?」
僧侶「テメエみてえな屑は何処にでもいるんだなあッ!!」
―― 勇者「ちゃんと言えるかな……ちょっと練習しよう」
酔っ払い「ガッ…ぶへっ…がふっ…やめ…」ピクピク
僧侶「死んでも生き返らせてまた殴り殺してやる!!オレが飽きるまで何度でもな!!」
―― 勇者「僧侶、まだ来ない……早く話したいけど情報収集とかあるから仕方ない……」
>>>>
村の宿
勇者「おかえり」
僧侶「まだ起きてたのか……寝てて良いって言ったろ?」
勇者「何か分かった?」
僧侶「明日話す、疲れてるから寝たいんだ。悪いな」
勇者「……僕が話したいことがあるって言ったの忘れた?」
僧侶「!!」
勇者「僧侶は僕のこと嫌い?僕は僧侶のこと好きだよ?」
勇者「僧侶は僕のことどう思ってるの?それだけ知りたい……」
僧侶「………」
勇者「……寝ちゃったの?僧侶、おやすみなさい……」
僧侶「大事だよ」
勇者「え?」
僧侶「男か女か天使か知らねえけどさ、お前のことは大切に思ってる」
僧侶「ごめんな、散々偉そうなこと言いながら酒場で喧嘩しちまった……」
勇者「なんで?」
僧侶「お前を酷く侮辱した奴がいた、それだけだ」
勇者「大切だから怒ったの?」
僧侶「ああ、かなりやり過ぎて出禁になった……益々評判が悪くなっちまった」
勇者「評判なんてどうでもいい。でも、僧侶が痛くなるならもう止めて欲しい」
僧侶「!!」
僧侶「分かった……」
勇者「今じゃなくていい。僧侶の話し、いつか聞かせて?」
僧侶「ああ…いつか話す。約束だ」
勇者「うん、約束。僧侶、おやすみなさい」
僧侶「……おやすみ、勇者」
>>>>
オレ達は夜明けを待たず逃げるように村を後にした。
オレの軽率な行動の所為で、再び昨晩のような事態が起きるのを防ぐ為だ。
酒場で聞いた話しでは北の町付近で人ではない何かが目撃されたらしい。
化け物が出てくる穴についての情報は得られなかった。
もう少し栄えた街や都に着けば、もっと多くの情報を掴めるだろう。
にしても情報が少なすぎる……
穴が本当にあるなら何故王は場所を教えなかった?
王が何も知らねえってことはまずあり得ない、何か隠しているのか?
しかし何故隠す必要が?
化け物は実在していて被害も出ているはずだ。
森に現れた龍のような奴が多数いるとするなら、既に壊滅した所も……
勇者「僧侶」
僧侶「…………」ウーン
勇者「僧侶?」クイッ
僧侶「ん?」
勇者「昨日の夜からずっと考えてたことがある」
僧侶「何でも言ってくれ、昨日はちゃんと聞いてやれかなったからな……」
勇者「僕が大切だから怒ったってなに?僕は何もされてない」
僧侶「あー、何て言えばいいかな……」
勇者「……」ジー
僧侶「……そうだな……お前の中にオレはいるか?」
勇者「!!」
勇者「いた。昨日の夜、僧侶が帰ってくる前も僧侶でいっぱいだった」
僧侶「……オレの中にもお前はいる、いなくてもいるんだ」
僧侶「だからお前がいなくても、お前を侮…えーっと何て言えば……そうだな…」
僧侶「オレの中のお前を汚すようなことをされたら怒る、分かるか?」
勇者「それはちょっと分かる気がする」
僧侶「!!」
僧侶「(少しずつだが確実に変わってきてる。自分で考えて、何かを理解し始めてる)」
勇者「どうしたの?」
僧侶「いや、お前も随分変わったと思ってな」
勇者「僕が?何に変わったの?」
僧侶「いや、そういうことじゃねえんだけど……まっ、今は気にすんな」ポンッ
勇者「……分かった」
>>>>
北の街
警備兵「待て、そこで止まれ」
僧侶「ん?何かあったのか?」
警備兵「いいから髪を上げて耳を見せろ。余計な動きはするなよ」
僧侶「はあ?ふざけてんのか?何で耳なんか…」
警備兵「早くしろ!!出来ないのであれば拘束するぞ!!」
僧侶「(ふざけてるわけじゃねえ、兵の数もやたら多い。何かあったのか……)」
勇者「僧侶、なにこれ?なんで耳?」クイッ
僧侶「分かんねえ……」
僧侶「取り敢えず黙って見せよう。この妙な検査の理由はその後だ」
勇者「うん」スッ
僧侶「……これでいいか?」スッ
警備兵「ふーっ…済まなかったな、二人共街へ入っていいぞ」
僧侶「何があったんだ?今の検査に何の意味がある?」
警備兵「入るならさっさと入れ」
僧侶「オレ達は王の命で旅をしてる者だ、これを見せれば分かると言われたんだが……」スッ
警備兵「書状と王家の紋章……お前達が勇者と僧侶か……」
僧侶「その顔だとやっぱり良い印象はないみてえだな」
警備兵「無慈悲な天使と不良僧侶、俺はそう聞いたよ」
僧侶「ははっ、オレのことは間違っちゃいねえが……」チラッ
勇者「?」
僧侶「勇者は赤ん坊みたいなもんなんだ、そんなに怖がらないでくれ……」
警備兵「…………」
勇者「なに?」
警備兵「いや、何でもない。悪いが俺の口からは言えない」
警備兵「詳しい話しは領主様から聞いてくれ。話しは通しておくから」
僧侶「……そうか、よろしく頼む。勇者、行こう」
勇者「うん」
ザッザッ…
警備兵「……まだ子供じゃないか」ポツリ
>>>>
屋敷
領主「お待たせした。おや、勇者様は?」
僧侶「宿に待たせてる」
領主「それは何故かな?」
僧侶「何か裏があるんじゃねえかと思ってな。汚え話しは聞かせたくねえんだ」
領主「!!……裏だと?何が言いたい」
僧侶「『オレの口からは言えない』なんて言われりゃあそう思うさ」
僧侶「あんたが喋らせないようにしてんじゃねえの?」
領主「……噂通り素行も口も悪い男だな。しかし馬鹿ではないようだ」
僧侶「そりゃどうも、じゃあ話してくれ」
領主「……エルフだ」
僧侶「エルフ?何だそりゃ?」
領主「男女共に素晴らしい美貌を持つ種族だ。人間ではないが極めて人間に近い」
僧侶「ふーん、エルフってのは耳に特徴があんのか?」
領主「ああ、エルフの耳は長く尖っていてな、確実に見分けるにはそれが手っ取り早い」
僧侶「だからあんな妙な検査をしてんのか、兵が多いのは何故だ?」
領主「多くのエルフが捕らえられ奴隷のように扱われている……」
領主「とある場所から逃げ出したエルフがこの街の人間を襲っているのだ」
僧侶「とある場所ってのはこの街じゃねえの?」
領主「それは断じて違う。私は尻拭いをさせられているだけだ」
僧侶「尻拭い……」
僧侶「ってことはあんたより立場が上の人間……都住みの貴族か?」
領主「悪いがこれ以上は話せない。まだ死にたくはないからな」
僧侶「その割には正直に話したじゃねえか」
領主「私はさっさとこの問題を片付けたい。それだけだ」
僧侶「その問題はオレ達が解決してもいいのか?」
領主「出来れば捕らえろとのことだが、街の人々の不安の種を排除出来ればそれでいい」
僧侶「へー、じゃあ勝手にさせてもらう……あ、エルフってのは喋れんのか?」
領主「ああ、学習能力が高いらしく我々の言葉も問題なく話せるらしい」
僧侶「他に何か知ってることは?」
領主「森に潜んでいるようだが行かない方が良いだろう」
領主「どうやら弓が大の得意らしくてな、多くの兵士を失ったよ」
領主「それに言葉が通じるからといって話せるとは限らない」
僧侶「……よほど恨んでるみたいだな、人間のことを」
領主「それはそうだろう、妻や娘を奪われたのだからな。人間と言うだけで許せないのだ」
領主「まったく…面倒なことをしてくれたものだよ」
僧侶「色々教えてくれて礼を言う、勇者を待たせているのでそろそろ失礼する」
僧侶「……無礼な振る舞い、本当に済まなかった」
領主「そんな口の利き方が出来るのなら最初からそうした方が良い。印象が悪くなる一方だ」
僧侶「……礼儀正しくしてりゃあ真っ当な人間だと?そんな考えは間違ってる」
僧侶「優しいふり賢いふり、そんな奴等ばっかりだろ?顔色窺ったりさ……」
僧侶「だったら最初から腹の内を見せた方が楽だろ?オレと話した時、あんたはどうだった?」
領主「!!」
僧侶「じゃあな」
ガチャ…パタン…
領主「……………」
>>>>>
僧侶「あー、どうすっかなぁ」
エルフってのがどうやってこの世界に現れたのか……
それを直接聞くことが出来れば世界で何が起きてるのか多少分かる。
他にも色々と聞きてえけど、さっきの話しを聞く限りかなり難しそうだ。
領主の言葉を鵜呑みにするわけにもいかねえし、出来ればエルフってのに直接聞きてえ。
交渉や駆け引きなんて勇者にはまだ無理だ。
こうなったら一人で行くしかねえか……
勇者「……僧侶」クイッ
僧侶「勇者!!?何で?部屋で待ってろって言っただろ?」
勇者「遅いから迎えに来た」
勇者「あと、ずっと一人で待ってるのはなんか嫌だ」
僧侶「!!」
僧侶「……そうか、そうだよな。迎えに来てくれてありがとな」ポンッ
勇者「怒らないの?」
僧侶「怒るもんか、ほら行くぞ」
勇者「うん」
僧侶「つーか、よく道が分かったな?」
勇者「人に聞いたから分かった」
僧侶「はあ!?」
勇者「……ダメだった?」
僧侶「いや全然ダメじゃねえ、びっくりしただけだ……」
勇者「なんで?僕は僧侶の真似しただけだよ?」
僧侶「オレの?」
勇者「うん、どうやって行けばいい?って」
僧侶「(思ったよりオレのこと見てんだな、つーか成長したなぁ……)」
勇者「大丈夫?また喧嘩した?痛いの?」
僧侶「してねえよ、大丈夫だ」
勇者「……良かった」
僧侶「(いつまでも子供扱いしてらんねえな…エルフのこと、きちんと話すか……)」
>>>>>
北の街 宿
僧侶「……意味分かったか?」
勇者「何となく分かる、凄く嫌だ。なんでそんなことするの?」
僧侶「人には欲ってもんがある。心…目には見えない所にある汚い部分だ」
勇者「それは僧侶にもある?」
僧侶「勿論あるさ、人間なら誰にだってある」
勇者「僧侶は僕に酷いことしたい?」
僧侶「しない、例えしたくなってもしない」
勇者「なんで?」
僧侶「オレを慕ってくれる奴等がいる。あいつらに背くようなことはしたくない」
勇者「誰?僕の他にも大切がいるの?」
僧侶「ああ、沢山いる。身寄りのない……ひとりぼっちの子供達だ」
僧侶「お前を傷付けるってことはな、あいつらを傷付けることになるんだ」
僧侶「何としても守りたい大切な奴等だ……」
勇者「なんで大切なのに置いてきたの?」
僧侶「……………」
勇者「僧侶、僕は嫌なことでもいいから僧侶のことを知りたい、だから話して欲しい」
僧侶「簡単な話し、旅に出なけりゃ子供達を殺すって言われたのさ」
僧侶「はははっ、ふざけた話だろ?そんなこと言われりゃやるしかねえもんな」
勇者「…………」ギリッ
僧侶「勇者?」
勇者「誰に言われたの?」
僧侶「……それ知ってどうする」
勇者「僧侶にどうして欲しいか聞く」
僧侶「オレが殺せって言ったらどうする?殺すのか?」
勇者「うん、僧侶が望むことだから」
僧侶「そうか……」
僧侶「でも駄目だ、オレはお前にそんなことをして欲しくねえからな」
勇者「……なら、僕はどうしたらいいの?」
僧侶「!!」
勇者「僧侶が痛そうな顔してるのに僕は何も出来ないの?」
勇者「何をしたら僧侶は痛くなくなるの?僕には治せないの?」
僧侶「そんな顔すんな、嫌な話し聞かせて悪かったな」ポンッ
勇者「僧侶は悪くないっ!嫌だ!凄く嫌だ!!僕まで痛くなる!!」
僧侶「勇者…オレなら大丈夫だ」
勇者「大丈夫なわけない!!そんなに痛そうな顔してるのに!!」
僧侶「いいんだ…だから泣くな」ギュッ
勇者「よくない……僧侶は?僧侶は嫌じゃないの?」
僧侶「お前にそんな顔させたオレが嫌だな。まだ話すべきじゃなかった……」
僧侶「大丈夫か?」
勇者「……うん、もう少しこうしてれば治る」ギュッ
僧侶「そうか……」
勇者「明日、エルフのいる森に行くの?」
僧侶「ああ、そのつもりだ」
勇者「僕も行く」
僧侶「オレは一人で行きたいって言ったろ?」
勇者「違う、僕は僕が行きたいから行くだけ」
僧侶「……分かった、自分で決めたことならいい。明日は一緒に行こう」
勇者「うん、一緒に行く」ギュッ
僧侶「……オレはお前に守ってもらってばかりだな……」ポツリ
>>>>
僧侶「テント欲しいんだけど置いてるか?」
道具屋「ええ、ありますよ。少々お待ちください」
僧侶「おっ、あるってよ。良かったな?」
勇者「うん」
道具屋「お待たせしました、お会計こちらになります」
僧侶「結構高えな……じゃあこれで」
道具屋「はい、お買い上げありがとうございました」
道具屋「またのお越しをお待ちしております」
僧侶「うっし、じゃあ行くか」
勇者「早く行きたい、楽しみ」
僧侶「……これから何するか分かってるか?」
勇者「森に行ってエルフを黙らせる」
僧侶「いや、それは最悪の場合だからな?」
勇者「知ってる、僧侶がエルフにお願いしてもダメだったら静かにさせる」
僧侶「……お願いしてる間はオレに痛いことがあっても我慢するのを忘れるな」
勇者「我慢出来なかったら動いていい?」
僧侶「ああ、それはお前が決めていい。それに関して怒ったりはしない」
勇者「……本当?」
僧侶「ああ本当だ、オレだって死にたくねえしな……」
僧侶「なあ勇者、情けねえけど戦闘になればオレは足手まといだ。何もしてやれねえ」
僧侶「今までもずっとお前に頼りきりだ……ごめんな…」
勇者「僧侶は傷を治せる」
僧侶「?」
勇者「僕は戦えるけど僧侶を治せない、僧侶にしか出来ない」
勇者「僧侶が僧侶を治してるの見ると何か嫌な気分になる……」
勇者「それは多分、僧侶が言ったのと一緒の気分」ウン
僧侶「…………」
勇者「違った?」
僧侶「……違わない。そうだな、そうかもな…」
勇者「時々そういう顔する」
僧侶「ん?顔がどうした?」
勇者「違う所見てる目をして、ちょっとだけ笑う顔」
僧侶「……お前の成長には本当に驚かされる、やっぱり子供の成長は早いもんだな…」
勇者「?」
僧侶「ははっ、まだ分からねえならそれでいい。いつか分かる」ポンッ
勇者「なんでそれするの?頭に手を置くやつ」
僧侶「あぁ…子供達によくやってたんだ、クセみてえなもんだな……」
勇者「僕と子供達と……」
僧侶「ん?」
勇者「……やっぱりなんでもない」
僧侶「勇者」
勇者「……なに?」
僧侶「言いたいこと聞きたいことがあったら聞いた方がいい」
僧侶「自分で考えるのは大事だ、でも考え過ぎるのは良くねえ」
勇者「!!」
僧侶「お前が聞きたい時に言ってくれ、ちゃんと答えるから」
勇者「……うん、ありがとう」
僧侶「(大丈夫、お前が抱えてるもんは誰もが持ってる当たり前のもんだ……)」
ザッザッ…
警備兵「……ん?待て、何処に行くつもりだ」
僧侶「オレ達は今から森にいる化け物を殺しに行く、領主にも許可は取ってある」
警備兵「お前、その子を森に連れて行くつもりなのか……」
僧侶「何言ってんだあんた?そんなの当たり前だろ?」
警備兵「……何だと?」
僧侶「エルフだかなんだか知らねえが、人間のオレが化け物に勝てると思うか?」
僧侶「てめえら兵士が束になっても勝てねえような化け物相手に?無理に決まってんだろ」
警備兵「………だな」
バキッ!
僧侶「…ってえな、何しやがる」
警備兵「屑だな、お前…」
僧侶「あ?」
警備兵「こんな子供に殺しをさせるなんて不良なんて言葉じゃ足りない……」
警備兵「お前は男としても人間としても終わってる……人間の屑だ」
僧侶「へー、言うじゃねえか……」
僧侶「じゃあどうする?あんたが代わりに行ってくれんのかよ?」
警備兵「それは…」
僧侶「何も出来ねえだろうが!!!」
警備兵「!!」
僧侶「無慈悲な天使だの何だのと好き勝手に言っておきながら子供だから可哀相だってか!?」
僧侶「ふざけんのも大概にしろ……」
僧侶「子供に殺しをさせたくない?だったらてめえらが行って殺してこい!!」
僧侶「オレを屑って言ったよな!?ならてめえら大人も揃い揃って屑ばっかりだ!!」
僧侶「こんな子供に頼らなきゃ何も出来ねえんだからなあッ!!!」
警備兵達『………………』
僧侶「……この子が戦う意味を少しでも考えたことがあるか?」
僧侶「なら今からでもいい、この子のことを考えてくれ……」
警備兵「!!」
僧侶「さあ勇者、行こう」
勇者「……うん」
ザッザッザッ…
勇者「大丈夫?」
僧侶「思い切り殴りやがって…あー、いてえ…」
勇者「さっきのはなに?なんであんな嘘吐いたの?」
僧侶「エルフと話し合いたいなんて言えねえだろ?兵士は何人も殺されてんだから……」
僧侶「それに、あながち嘘でもねえさ…そうなる可能性もあるんだ」
僧侶「あー、でも殴ってくれてすっきりした……ああいう奴がいてくれて良かった」
勇者「僕は僧侶が殴られたの嫌だった」
僧侶「でも我慢出来たじゃねえか、ありがとな」
勇者「よくない、あれが矢だったら僧侶死んでた。僧侶も僕のこと考えて欲しい」
僧侶「!!」
僧侶「……そうだな、悪かった」
勇者「ああいうことするなら次から言って」
僧侶「分かった、約束する」
勇者「ならいい」
僧侶「(ん?これは怒ってんのか?そういや昨日から少し表情が…へえ……)」
勇者「僧侶、なんで笑ってるの」
僧侶「あー、いや…ごめんなさい」
勇者「……………」
僧侶「(これからは気を付けねえとな。でもまあ、真っ直ぐ成長してんなら良いか)」
>>>>
東の森林
僧侶「……どうだ?」
勇者「見られてる感じはしない」
僧侶「そうか、ならもう少し進もう」
勇者「分かった」
ザッザッザッ…
僧侶「結構奥まで来たけどどうだ?」
勇者「……見てる」
僧侶「よし、じゃあここにテント張るぞ」
僧侶「幸いいきなり矢で射られることはなかったし、出方を見るか」
勇者「ねえ、早く入りたい」
僧侶「分かった分かった、少し待ってろ」
ガサゴソ…カンッカンッ…
勇者「やっぱりこれが一番いい」ウン
僧侶「テントか?」
勇者「うん、うるさくないから好き」
僧侶「うるさくない?鳥の鳴き声とか気にならねえのか?」
勇者「人の声聞くよりずっといい」
僧侶「……勇者は人間が嫌いか?」
勇者「あんまり好きじゃないと思う」
僧侶「……なあ勇者、お前はその…人間なのか?」
勇者「目が覚めた時に天使だって言われたけど僕には分かんない」
勇者「僕はこの体で生きてこの体で戦うだけ」
僧侶「……待て、戦うだけって何だ?それは誰に決められた?」
勇者「分かんない、最初からこうだから」
僧侶「(勇者自身が分からないなら知りようがねえ……)」
僧侶「(今でこそ違うが始めの頃は睡眠も食事も全く取らなかった)」
僧侶「(痛みも感じない、それ以前に当初はあるべき感情すら……)」
勇者「……僧侶、なにも分からなくてごめんなさい」
僧侶「!!」
僧侶「謝らなくていい、オレはお前が何者でも関係ない。少し気にしすぎてた」
勇者「じゃあなんで聞いたの?」
僧侶「……分からないのが怖かったんだ、知らないってことに怯えて囚われてた」
僧侶「だから知りたかったんだ。でも、もういい」
僧侶「お前が何者でも構わない、お前に対する気持ちは何一つ変わらねえ」
僧侶「勇者、妙なこと聞いて悪かった。済まない」
勇者「ううん、いい…嬉しかった……」
僧侶「…………」
勇者「どうしたの?」
僧侶「あ、いや…何でもない」
僧侶「(確かに笑ったよな?しかも嬉しかったなんて言ったの初めてじゃねえか?)」
勇者「……僧侶…僧侶?」クイッ
僧侶「ああ悪い…何だ?動きがあったのか?」
勇者「うん、エルフが来るかもしれない。気配もさっきより強く感じる」
僧侶「そうか……どんな奴かも分からねえんだ、気合入れていかねえと……」
僧侶「オレから出る、お前はまだ出るな」
勇者「……分かった」
ガサッ…
僧侶「そこにいるんだろ!オレはあんたと話しがしたい!」
僧侶「世界に何が起きているのか!エルフに何があったのか知りたい!」
僧侶「人間はあんた達に何をした!!」
ガサッ…
エルフ「動くな……」ギギッ
僧侶「(こいつがエルフか、領主の言った通りだな。薄汚い奴等が執心するのも分かる)」
エルフ「その中にいるのは貴様の子か?」
僧侶「違う」
ヒュッ!
僧侶「ぐっ…気が済んだか?」
勇者「…………」
エルフ「黙れ、我々が受けた痛みはそんなものではない」
エルフ「我々が貴様等人間に何をされたか知りたいのなら、その身で知るがい」ギギッ
勇者「僧
僧侶「来るんじゃねえ!!」
勇者「!!」ビクッ
僧侶「はははっ、そうか……あんた人間が怖いんだろ?」
僧侶「殺すならちまちま殺さねえで都にでも行けばいいじゃねえか!!」
エルフ「黙れ」
僧侶「あんたがこんな森に隠れてる間に人間共はエルフ相手に好き勝手やってるぜ?」
僧侶「阿呆みてえに腰振って、馬鹿みてえに笑ってるに違いねえ」
エルフ「黙れッ!!」
僧侶「ってえな……おい、その自慢の弓で何人殺した!!なあ!教えてくれよ!?」
僧侶「そいつらにも帰る家があって!!子供や恋人がいたかもしれねえんだ!!」
エルフ「っ…人間が我々にした
僧侶「うるせえ!言い訳すんな!!」
僧侶「人間がやったことは絶対に消えねえだろうが、あんたがやったことも絶対に消えねえ!!」
僧侶「自分が奪った命から目を逸らすな!!このままじゃ誰も救えねえぞ!?それが分からねえのか!!」
僧侶「いい加減目ぇ覚ませよ……」
僧侶「あんた顔色悪りぃぞ?大丈夫だ、オレ達は敵じゃ…な…」フラッ
バタッ…
勇者「僧侶?僧侶!!」
エルフ「……無駄だ、鏃には毒を塗ってある」
勇者「……うるさい」
エルフ「!!」ゾクッ
勇者「殺そうと思えば殺せた、死にたくないなら言え」
勇者「死にたいなら死にたいって言え、殺してやる」
エルフ「……貴様は一体…」
勇者「話したくないし声も聞きたくない」
勇者「死にたいの?死にたくないの?」
エルフ「…………殺せ」
勇者「分かった」ダッ
僧侶「…げほっ…ぐっ…うぅっ…」スッ
シュゥゥゥ…
勇者「!!」ピタッ
エルフ「なっ!!」
僧侶「ふーっ、あっぶねえ……何とかなったな……」
勇者「………」
ゴンッ!
僧侶「いってえな!!何で殴るんだよ!?」
勇者「この大馬鹿野郎!!!何でもクソもあるか!!!」
僧侶「…あっ、それ前にオレが言った……」
勇者「…………」グスッ
エルフ「おい、僧侶とか言ったな、貴様は何だ?」
僧侶「はあ?ただの人間だろ?つーかオレと勇者に謝れ」
エルフ「………済まなかった」
勇者「僕は絶対に許さない、テントに戻る。話すなら二人で話せばいい」
パチパチッ…
僧侶「界が繋がった?」
エルフ「そうだ、人界に吸い込まれるように全ての界が繋がった」
僧侶「それが穴か……」
エルフ「貴様は何の為に旅を?」
僧侶「教会で孤児の面倒見てんだけどよ、子供達を人質に取られたんだ」
エルフ「……そうか」
僧侶「エルフ達は何故?むざむざ捕らえられるとは思えねえ」
エルフ「同胞が裏切った。北の街の領主がそうだ」
僧侶「……なるほど、そういうことか。だから短期間で捕らえれたわけか……」
エルフ「奴が裏切らなければこうはならなかった」
僧侶「……保身か、エルフも人間もそこは変わらねえな」
エルフ「貴様は本当に人間か?」
僧侶「人間だよ、耳見るか?」スッ
エルフ「そうじゃない、あの毒矢を受けて助かった人間は貴様が初めてだ」
僧侶「体質とかじゃねえのか?」
エルフ「それはあり得ない、何か心当たりはないのか?内側から別の力を感じる」
僧侶「……龍を生き返らせた後に龍が光った」
エルフ「!!」
エルフ「生き返らせただと!?」
僧侶「……ああ」
エルフ「命を操るなど神しか許されぬ力、人間は誰でもその力を使えるのか?」
僧侶「………オレが知る限り、それを出来るのはオレだけだ」
エルフ「龍が光ったと言ったな」
僧侶「ああ、確かに光った」
エルフ「なら貴様は選ばれたのだ、おそらく他の龍にも伝わったはず」
僧侶「選ばれた?何に?」
エルフ「……それは分からない、だが貴様は選ばれた」
勇者「!!」
僧侶「あんまり考えたくねえな……龍ってどんくらいいるんだ?」
エルフ「炎龍、水龍、風龍、土龍の四体だ」
僧侶「火吐いてたから炎龍か…それよりあんたはどうする?領主を殺すのか?」
エルフ「ああ、裏切り者は許しては置けない」
僧侶「なら一緒に来い、話しを聞けば囚われたエルフを救えるかもしれねえ」
勇者「僕は嫌だ!!エルフなんかと一緒にいたくない!!」
僧侶「そうか、なら来なくてもいい」
勇者「………えっ?」
僧侶「今はお前の我が儘に振り回されてる暇はねえ、お前が来ないならそれでもいい」
>>>>
パチパチッ…
エルフ「いいのか、あんなことを言って?随分慕っているようだったが……」
僧侶「いいんだよ、いつまでも子供扱いしてらんねえからな」
僧侶「子供の成長は早い、今のあいつなら自分で答えを見つけることが出来るはずだ」
エルフ「……本当にあの子の父ではないのか?」
僧侶「違うって言ったろ?あの場で嘘なんか吐くかよ」
エルフ「……そうか、子を想う親の顔をしていたものだからな……」
僧侶「親の顔ね……旅を始めてまだ短いけど色々あったからな」
僧侶「あいつに教えられたことも沢山ある……」
エルフ「……子供とはそういうものだ」
エルフ「勇者と言っていたな、彼女は一体何者だ?」
僧侶「彼女?あんたにはそう見えるのか?」
エルフ「私にはそう見えたが……違うのか?」
僧侶「あー、なんつーか色々複雑でな。オレには分かんねえ」
エルフ「共に旅をしているのだろう?気にはならないのか?」
僧侶「そこら辺はもういいんだ。あいつはあいつだ」
僧侶「女でも男でも天使でもオレは気にしない。まっ、いつか分かんだろ」
エルフ「天使?」
僧侶「いや、深い意味はねえんだ。旅をする前にそう聞かされただけで」
エルフ「底知れぬ力を持っているのは対峙した時に分かったが……なるほど…」
僧侶「なるほどって何が?」
エルフ「感じたことのない未知の力、即ちこの界には存在しない力ということだ」
エルフ「天使というのもあながち間違ってはいないのかもしれん」
僧侶「へー、あんたそういうのに詳しいんだな。龍のこととか知ってたし」
エルフ「界が違えば知識の違いもあって当然だ」
僧侶「それもそうか……こことは異なる界か…不思議なもんだな」
エルフ「不思議なのは貴様の方だ、殺そうとした相手と焚き火をしながら話すとは…」
僧侶「けっ、二回も打ちやがって……すっげー痛かったんだぞ?」
エルフ「……本当に済まなかった」
僧侶「まあいいさ、こうして落ち着いて話せるなんて思わなかった」
僧侶「何よりあんたが冷静になってくれて助かった。お陰で色々分かったしな」
エルフ「……私の言葉を信じるのか?」
僧侶「あんたはどうなんだよ?オレを疑ってんのか?」
エルフ「いや、矢で射られてまで私を騙すとは思えない」
エルフ「一歩間違えれば毒で死んでいた。貴様が助かったのは偶然に過ぎない」
エルフ「文字通り命がけ、貴様の言葉に嘘はないと信じている」
僧侶「オレだってそうさ、妻と娘を奪われた男がこの場で嘘を吐くとは思えねえ」
僧侶「まったく、人間ってのは本当に罪深い生き物だよなあ?」
僧侶「平気で奪ったり殺したり、救いようのねえ馬鹿が多すぎるんだ……」
エルフ「……僧侶、貴様は人間が憎いのか?」
僧侶「憎くないとは言えねえな、短期間で色々と見せ付けられた」
僧侶「あいつにならず者を皆殺しにしろって依頼した馬鹿もいたからなぁ」
エルフ「!!あの子にか?」
僧侶「ああ、しかもオレがいないのを見計らってだぜ?どいつもこいつも……」
エルフ「!!?」ゾクッ
エルフ「(何だ今の気配は…まるで世界を憎んでいるようだ……まさか…)」
僧侶「ん?どうかしたのか?」
エルフ「……僧侶、龍と出逢ってから何か変わったことはあるか?」
僧侶「別にねえよ?それより明日どうするか考えようぜ?」
エルフ「……あ、ああ、そうだな」
>>>>
ガサッ…
僧侶「ん、もう寝てんのか?おやすみ、勇者」ゴロン
勇者「………」
僧侶「……明日、エルフと一緒に街へ行く。お前は好きにしろ」
勇者「…………」
僧侶「(ふて腐れるぐらいにはなったか、そこから先はお前が答えを…!?)」
ドクン…ドクン…ドクンッ!ドクンッ!
僧侶「…っ、はぁ…はぁっ…」
勇者「……僧侶?」
僧侶「っ、あれ?何だよ、本当は起きてたのか?」
勇者「…………違う、本当に寝てる」
僧侶「ははっ、そうか、おやすみ勇者」
勇者「……うん、おやすみなさい」
僧侶「(何なんだ今の……これ以上面倒が起きるのは御免だぜ)」
『……僧侶、龍と出逢ってから何か変わったことはあるか?』
僧侶「…………」
『死んでも生き返らせてまた殴り殺してやる!!オレが飽きるまで何度でもな!!」』
僧侶「(……違う、あれはオレの意思でやったことだ。龍なんざ関係ねえ……)」
>>>>
東の森林
エルフ「ありきたりな方法だが大丈夫なのか?」
僧侶「大丈夫だ、街を出る時に散々悪態ついたからな」
僧侶「それにエルフを殺すって息巻いて来たんだぜ?あんたと手を組んだなんて思わねえだろ」
勇者「…………」
僧侶「場合によっちゃ何発か殴られるかもしれねえ、それだけは覚悟しといてくれ」
エルフ「構わない、それで同胞を救えるのなら」
僧侶「その為には領主の協力が必要だ、頼むから抑えてくれよ?」
エルフ「分かっている、奴を裁くのは同胞を救った後だ……」
僧侶「勇者、お前はどうする?」
勇者「まだ分からない、でもエルフに聞きたいことがある」
エルフ「……何だ」
勇者「エルフは何の為に戦うの?」
エルフ「今も苦しんでいる同胞の為、何より愛する妻と娘の為だ」
勇者「愛するって大切ってこと?」
エルフ「そうだ、誰よりも大切な存在だ」
勇者「じゃあなんで?なんで僕の大切を傷付けたの?」
エルフ「!!『大切』とは僧侶のことか?」
勇者「うん。何で無抵抗な僧侶を殺そうとしたの?答えて」
エルフ「……それは…」
勇者「じゃあ僕がエルフの大切を目の前で傷付けたらどうする?」
エルフ「!!?」
勇者「僕はそれと同じことをされたんだよ!?凄く嫌だった!!分かる!?」
エルフ「……ッ!!」
エルフ「……ああ分かる、分かるとも……」
勇者「もうしないって約束するなら特別に許すかもしれない」
エルフ「勇者、約束する。この約束は決して破らない」
勇者「……僧侶、決めた」
僧侶「何をだ?」
勇者「僕も行く、大切を傷付けられるのは僕だって嫌だ……」
勇者「もし僧侶が違う場所で痛い思いをしてたら僕は我慢出来ない」
勇者「エルフもこんな気持ちなんでしょ?だから僕も行く」
僧侶「そうか、なら一緒に行こう。ほら、もう泣くな」ポンッ
勇者「……泣いてない」ギュッ
エルフ「……勇者、ありがとう」
勇者「別にいい、僕は僕の大切を守る為に行くだけ」
僧侶「(自分の痛みを通してエルフの痛みを知ったのか、初めて他人の痛みを……)」
僧侶「(それにしても守る、か。あの頃からしたら考えられねえ言葉だな)」
>>>>
北の街
僧侶「よお、出来れば捕獲した方がいいって言うから捕まえて来たぜ」
エルフ「…………」
警備兵「!!」
僧侶「耳の確認はいらねえだろ?さっさと通してくれよ」
警備兵「それは出来ない、まずはこちらに引き渡してくれ」
僧侶「何だよ、手柄を横取りするつもりじゃねえだろうな?」
警備兵「……それは違う、後できちんと領主様に報告する」
僧侶「そんなこと言って拷問でもする気じゃねえの?」
僧侶「聞いた話しじゃ仲間が随分殺されたらしいじゃねえか」
警備兵「!!」
僧侶「分かり易い奴等だ……子供に殺しをさせるなとか言ってたのになあ?」
勇者「………」
警備兵「っ、黙れ。それとこれとは話しが別だ。そのエルフに何人殺されたと
僧侶「分かった分かった…」スッ
警備兵「何だ…その手は?」
僧侶「いいから剣寄越せ、そしたらこいつを渡してやる」
エルフ「…………」
警備兵「……良いだろう」スッ
僧侶「ありがとな、じゃあ遠慮なく」クルッ
グサッ!
エルフ「うぐっ…」
警備兵「お前、何を!?」
僧侶「死体でいいならくれてやる、手柄にならねえならエルフなんざいらねえ」
警備兵「く、屑がっ……」
僧侶「ほら、剣返すよ。欲しいならさっさと持ってけよ」
エルフ「…ぐっ…うぅっ…」ガクンッ
警備兵「……もう行け、お前の顔は二度と見たくない」
僧侶「そうかい、じゃあエルフは貰ってくぜ?よっこいしょ…」グイッ
シュゥゥゥ…
僧侶「悪い、これしかなかった」ボソッ
エルフ「……いや、これで良かった…手を汚させて済まない…」
僧侶「勇者、行こう」
勇者「……うん(僧侶、痛い顔してる…)」
ザッザッザ…
警備兵「待て!!」
僧侶「(チッ、勘付かれたか……)」
警備兵「勇者、君はこんな奴と一緒に旅をして平気なのか?こんな悪党と…」
僧侶「!!」
勇者「全然平気、僕はなんでこんなことしたのか分かるから」ウン
勇者「あと、この前殴ってくれて良かったって言ってた。ああいう奴がいて良かったって」
警備兵「どういうことだ?」
警備兵「!!まさかお前、あの時わざとあんなことを…」
僧侶「勇者、その辺にしとけ。オレはさっさとこの死体とおさらばしてえんだ」
勇者「………」コクン
ザッザッザ…
警備兵「僧侶!!お前は俺達に何か伝えたかったんじゃないのか!?」
僧侶「買い被りだ、オレはあんたの言う通りの屑だよ」
警備兵「………………」
>>>>
僧侶「さて行くか、しばらくは背中で大人しくしててくれよ?」
エルフ「ああ、悪いが頼む……」
僧侶「つーか思ったり重いな、見た感じ細身なのに……」
勇者「僕がおぶろうか?」
僧侶「いやいや、お前がこんなでかい奴おぶったら怪しまれるだろ?」
勇者「じゃあ引きずればいい」
僧侶「……それはそれで危ないからダメだ」
勇者「そっか、分かった」
エルフ「ふふっ、仲が良いな。まるで親子のようだ」
勇者「僕と僧侶は仲よし?」
エルフ「ああ、私にはそう見えるよ」
僧侶「話すのはいいけど声抑えろよ?」
エルフ「しかし凄まじい力だ……」
エルフ「傷を塞ぐならまだ分かるが失った血液まで補給されている」
エルフ「その力があれば医師になれたのではないか?」
僧侶「行き過ぎた力だ、昔は色々と面倒な出来事に巻き込まれたりしたもんだ」
エルフ「……そうか…」
勇者「僧侶、そろそろ屋敷に着く。僕はどうしたらいい?」
僧侶「お前に任せる、お前が思うように動いていい」
勇者「!!」
勇者「分かった、頑張る」
僧侶「うっし、こっからが本番だ、気合入れて行くぞ」
>>>>
屋敷
領主「勇者様、お目にかかれて光栄です」
勇者「そんなのはいい、僕達はエルフを捕まえたから来た」
領主「!!?」
僧侶「ほら、お望みのエルフだ。生憎死んでるけどな」
ドサッ…
領主「!!ご苦労だった……」
領主「まさか二日と待たず捕らえるとは、君には驚かされたよ」
僧侶「単刀直入に訊く、あんた……人間が憎くはないか?」
領主「何を馬鹿なことを…」
僧侶「いいから答えろ、あんたがエルフだってのはもう分かってんだ」
領主「っ!?」
僧侶「身を隠すには都合の良い街だよな?栄えても廃れてもねえ、実にいい具合だ」
僧侶「で、仲間を売って得た椅子の座り心地はどうだ?」
僧侶「エルフでありながら醜い人間のふりをする気分は?」
僧侶「……答えろよ」
領主「……仕方ないだろう?家族の命が掛かっていたのだ。家族を守って何が悪い…」
エルフ「……他の家族を犠牲にしてもか?」ムクリ
エルフ「友を裏切ってでも得たかったのがその姿か?情けない……」
領主「!!」
エルフ「同胞の居場所を言え、裁くのはその後だ。裁きは同胞と共に下す」
領主「……裏切ってまで得た平穏を手放せと?無理だ」
領主「人間に何をされているか知らないわけではあるまい?あの地獄に戻りたいのか?」
エルフ「勿論知っている。この身で味わった屈辱は忘れはしない」
領主「なら止せ、悪いようには
エルフ「だがな……家族を取り戻す為ならば地獄だろうが構わない」
エルフ「貴様の正体を暴露するつもりはない、私は同胞を救えるならそれでいい」
領主「……断る」
勇者「ねえ、家族を殺されたら嫌?」
僧侶「(勇者?一体何を……)」
領主「……何を言いたい」
勇者「教えてくれないなら大切な家族を殺すぞ?あんたは殺さないけどな」
領主「!!」ゾクッ
勇者「あんたがやってるのはそれと同じだ、さっさと教えろ」
勇者「それとも苦しみながら死んでいく家族を見たいか」
領主「…ぐっ…悪魔め……」
僧侶「どっちが悪魔だ馬鹿野郎、てめえが何やったか忘れてんのか?」
僧侶「だとしたら救いようのねえ屑だな。あ、言っとくが勇者は容赦しねえぞ?」
僧侶「オレの言葉なんざ聞きやしないからな?」
領主「…私は…私には無理だ……」
僧侶「今も犯されてる女達、虐げられ殺される男達。これがあんたの創ったエルフの未来だ」
僧侶「団結して戦えばまだ目はあったはずだ。終わらせたのはお前なんだよ」
領主「………」ガクンッ
僧侶「今からでも遅くねえ、まだ救える可能性はある」
僧侶「オレ達を……人間を信じろとは言わねえ、目の前の同胞を信じろ」
領主「……同胞を…」
エルフ「……貴様は私を裏切ったが私は裏切らない。友を同胞を裏切らない」
エルフ「恐れるな、協力してくれれば必ず成功する」
エルフ「共に戦うのなら私の手を取ってくれ……友よ」スッ
領主「…うっ…うぅ……私を友と、まだそう言ってくれるのか……」
エルフ「過ちは正さねばならない、違うか?」
領主「…………ああ、そうだな、その通りだ…」ガシッ
>>>>
北の街 宿
僧侶「あー本当に疲れた。もう夜だぜ?どんだけ話したんだよ……」ボフッ
勇者「今までで一番かもしれない」
僧侶「だよなぁ……エルフは屋敷に残るってきかねえしさあ、罠だったらどーすんだ馬鹿野郎…」
勇者「心配なの?」
僧侶「まあな、やっぱり同族の繋がりが強えのか?これも界の違いってやつかもな……」
勇者「僕と僧侶は繋がりある?」
僧侶「……お前はどう思うんだ?」
勇者「僕は……あると思いたい」
僧侶「ならあるさ、相手を思い続ける限り繋がりは無くならねえよ」
勇者「そうなの?」
僧侶「オレは……そう思いたい」
勇者「僕の真似?」
僧侶「ははっ、お前も屋敷でオレの真似したじゃねえか」
勇者「分かったの?」
僧侶「当たり前だろ?似合わねえ台詞言いやがって、まったく……」
勇者「だっていつも僧侶ばっかり嫌われる、だったら僕も一緒でいい」
僧侶「……そうか、ありがとな」
勇者「僕は僧侶を愛してるの?」
僧侶「………あー、愛してると大切は別だぞ?」
勇者「愛すると大切どっちが強い?」
僧侶「愛じゃねえかな」
勇者「じゃあ愛してる」
僧侶「じゃあって何だよ……まあいいけどさ」
勇者「嬉しくない?」
僧侶「いや、んなことねえけど分かってねえだろ?」
勇者「なにを?」
僧侶「愛がどういうもんか分かんねえだろ?」
勇者「じゃあ僧侶は愛が分かる?説明出来る?」
僧侶「……出来ねえな」
勇者「じゃあ問題ない、僕は僧侶を愛してる」ウン
僧侶「はぁ…愛してるならあんまり口に出すな、愛が安くなる」
勇者「そうなの?」
僧侶「勇者を愛してる、勇者を愛してる、勇者を愛してる」
僧侶「どうだ?今の愛は嬉しいか?」
勇者「なんか、あんまり嬉しくない」
僧侶「だろ?だからあんまり口に出しちゃダメなんだ」
勇者「なるほど、分かった」
僧侶「(あっぶねえ、取り敢えず何とかなったな……)」
勇者「ねえ、森で言えなかったことがある」
僧侶「……僕と子供達どっちが大切ってか?」
勇者「なんで分かるの?」
僧侶「顔見れば分かるさ、でもオレは答えねえ」
勇者「なんで?聞いたら答えるって言ったのに……」
僧侶「『子供達よりも』勇者が大切だ、なんて言うオレをお前はどう思う?」
僧侶「そんな大切は嫌だろ?」
勇者「……うん、嫌だ」
僧侶「だったら比べるな、子供達は子供達、お前はお前だ」
勇者「じゃあ質問を変える」
僧侶「(……段々手強くなってきたな)」
勇者「僧侶は僕を愛してる?」
僧侶「……そうなると難しいな、男は女を、女は男を愛するもんなんだ」
勇者「そうなの?」
僧侶「この世界ではそうなんだ、第一オレはお前をそんな風に
勇者「分かった、じゃあ女になる」
僧侶「はあ?」
勇者「僕はそう出来てるから」
僧侶「!!(骨格が変わってる?身長も体型も?嘘だろ?)」
勇者「これでいい?」
僧侶「いやいやいや!?えっ、それ元に戻せんの?つーかこんな奴の為に性別決めんな!!」
僧侶「まだお前の知らないことは沢山あるんだ!体だけ成長してもダメなんだよ!!」
勇者「そうなの?」スラリ
僧侶「……はい、そうなんです」
勇者「僧侶はこういう体が好きなの?」
僧侶「うるさい、いいから戻れ、本当に怒るぞ」
勇者「……分かった」シュン
僧侶「ふー、あんまり急ぐな、少しずつでいいんだ」
勇者「だって僧侶が女がいいって言うから」
僧侶「男なら女を好きになるって言ったんだ、女好きみたいに言うな」
勇者「色んなこと知って成長したらさっきみたいな体になってもいい?」
僧侶「それはお前が決めろ、オレが決めることじゃねえ」
勇者「僕は僧侶しか好きにならないと思う」
僧侶「はいはい分かった分かった、期待して待ってる」
勇者「やっぱりさっきのが好きなんだ、顔が全然違う」
僧侶「待て、違う!そういう意味じゃねえよ!!」
コンコンッ…
エルフ「僧侶、お前に話しておきたいことがある」
>>>>
宿 屋根の上にて
僧侶「来てくれて助かった、最近の子供は成長が早いなんてもんじゃねえな」
僧侶「いきなり女になったんだぜ?信じられねえだろ?」
エルフ「どういうことだ?」
僧侶「性別に体型、骨格に身長、それを自分で決められるみたいなんだよ……」
エルフ「益々分からんな、私の知る限りどの界にもそんな者はいない」
エルフ「やはり天使か、もしくは神が創造した新たな何かか……」
僧侶「まあいいや、それで?オレに話したいことってのは?」
エルフ「数多の界が繋がった時、必ず混沌が訪れる」
エルフ「その時、四龍は数多の界の中から一人を選ぶ。器だ……」
僧侶「器を選ぶ?何の為に?」
エルフ「界を裁く者として選ぶのだ」
僧侶「界を……裁く?」
エルフ「そうだ。告発者、または裁定者とも言われている」
僧侶「それがオレだと?何故?」
エルフ「それは僧侶、貴様が誰よりも世界を憎んでいるからだ」
僧侶「……何言ってんだ?そんな馬鹿な話しがあるか?」
エルフ「これは我々にとっての常識だ」
僧侶「それが事実だとしてオレはどうすりゃいい?何か方法はあるのか?」
エルフ「ない、全ての界を始まりに戻すのが裁定者の役目だ」
僧侶「始まりに戻す?」
エルフ「ああ、全てを平等にな」
僧侶「……界が繋がったことと関係あるのか?」
エルフ「恐らく神が決めたことなのだろうな、界が繋がるなど本来ならあり得ない」
エルフ「誰かが意図してそうしない限り……」
僧侶「なら、裁定者になる前に界が戻ればいいんじゃねえの?」
エルフ「何?」
僧侶「だから、全ての界が混ざる前に問題を解決すればいいんじゃねえの?」
僧侶「もしかしたら、勇者はその為に現れたのかもしれねえだろ?」
エルフ「……確かに、滅ぼすだけなら彼女のような存在は邪魔になる……」
僧侶「どっちに転ぶかは分からねえけど、やるだけやるさ」
僧侶「話し聞いてもいまいち実感湧かねえし」
エルフ「……心を乱すようなことを言ってすまなかったな」
僧侶「いいって、色々分かってすっきりした。ありがとな」
エルフ「僧侶、龍は貴様を捜すだろう。選択を間違えるな」
僧侶「選択?」
エルフ「そうだ、今の世の存続かそれとも滅びか、そのどれとも違う世界か……」
僧侶「そんなに脅かすなよ、ようはあるべき界に戻せば解決すんだろ?」
エルフ「まあ……そうだな」
僧侶「だったらそうするさ、誰かを裁くなんて柄じゃねえし」
僧侶「それにな?あんたのような真っ直ぐな奴と出会えて嬉しいんだ」
僧侶「姿や種が違おうともこうやって話せる奴がいるってのは幸せだよ」
エルフ「…………」
僧侶「エルフ救出作戦、絶対に成功させようぜ」
エルフ「!!ああ、勿論だ」
>>>>
宿 屋根の上
僧侶「オレが界を裁く者ね……」
人界に出来た界の穴、勇者が目覚めて、旅のお供にオレが選ばれて?
そんで全ての界の中からオレが『偶然』龍に選ばれた?
何がなんでも出来過ぎてんだろ……
まるで最初からこうなる予定だったみてえに事が運んでる。
『おそらく神が決めたことなのだろうな、界が繋がるなど本来ならあり得ない』
『誰かが意図してそうしない限り…… 』
なら、これは誰かが仕組んだことなのか?
界を繋げて裁きを執行させようとしてる奴がいる?
オレを指名したのは王、ってことは当然王は何かを知ってることになる。
つーかエルフのことも耳に入ってんだろ、なら何故動かねえんだ?
異界の種族が現れたんだぞ?何らかの処置を取って然るべきだろ王だったら。
こんな大事が起きてんのにまるで無関心……
僧侶「……無関心?」
違う、オレと勇者に旅させてる時点で無関心じゃねえ、魔を討てとも言った。
無関心ってわけじゃなく起きてる事柄全てを黙認してるとしたら……
ダメだ……黙認する意味が分かんねえ、黙認して何になる?
そうしなきゃならねえ理由でもあんのか?だとしてもまるで見当がつかねえ。
何もしなけりゃ次々と界が繋がっちまう、そんで最後は裁きが起きて終わり。
エルフの話しじゃ四龍に選ばれたオレが界の有り方を選択する羽目になる。
『内側から別の力を感じる』
……本当にオレが選ぶのか?
エルフの言ったこと全てが真実だとは限らねえ、裁きとやらを体験した奴はいねんだ。
僧侶「……あーあ、もう何が何だか分かんねえな」
ファサッ…
僧侶「…毛布」クルッ
勇者「僧侶、あんまり考え過ぎるのはよくないよ?」
僧侶「!!そうだな、そうだった…」
勇者「一緒に毛布にくるまっていい?」
僧侶「……ほら、早く入れ」
勇者「うん」
僧侶「ありがとな、あのままじゃ朝までいたかも分かんねえ」
勇者「だったら朝まで一緒にいる」
僧侶「ははっ、もう大丈夫だ。もう少ししたら部屋に戻ろう」
勇者「エルフが帰ってからもずっと考えてたの?」
僧侶「……ああ、お前が来るまではな」
勇者「えっと…僧侶は僕が来て嬉しくなれた?」
僧侶「ああ、凄く嬉しくなった。ありがとな」
勇者「じゃあ僕も凄く嬉しい」ニコッ
僧侶「………」ポンッ
勇者「あっ…」
僧侶「勇者、嬉しい時は笑え、悲しい時は泣け」
僧侶「これから嫌なものを沢山見るかもしれねえけど……綺麗なものもきっとあるから」
僧侶「だからその……なんつーか、大丈夫だ」
勇者「……うん」ギュッ
僧侶「まったく……お前、意外と甘えん坊なんだな」
勇者「こうすると落ち着く、テントより落ち着く」
僧侶「本当にテント好きなんだな……」
勇者「もう少しこうしててもいい?」
僧侶「寒くなってきたしもう少しだけな?」ポンッ
勇者「うんっ!」
>>>>
では作戦内容の確認を始める。
この街より北東にある都、そこにエルフ収容所がある。
表向きは人々を襲う凶暴な種族の隔離を目的として作られたとされているが、その内情は君達の知っての通りだ。
収容所は都内に二ヶ所、この二つの収容所よりエルフの奪還救出がこの作戦の目的。
まず勇者と僧侶の二人がエルフ引き渡しを行い、彼が連行されるであろう収容所まで同行する。
恐らくそこが男性エルフの収容所だ。
早速その第一収容所を押さえてもらうが、看守や兵士の処遇は勇者と僧侶の判断に任せる。
僧侶は第二収容所の情報を聞き出すと共に傷付いたエルフの治療を行う。
治療が終われば彼等も作戦に加わるだろう、そうなれば大分楽になる。
それでも人手は足りないだろうが仕方あるまい。
貴族個人が所有しているエルフも多数いるとも聞く、騒ぎにならぬよう迅速な行動が求められる。
作戦内容はこんなものだがもう一つ……
都に住む人間達もいつまでも『凶暴な種族』を収容しておく貴族共に疑問を感じているはずだ。
私からは以上だ。
僧侶「……聞けば聞くほど無謀な気がしてくるな、大丈夫かこれ?」
エルフ「考えたのは僧侶、貴様だぞ。何を今更……」
僧侶「いや分かってるけどよ、一緒に戦う人間が一人もいねえってのはちょっとな」
僧侶「三人で都に突撃だろ?」
僧侶「狙う場所が決まってるとはいえ、もう少し人手が欲しい」
エルフ「真実を知っている人間は僅かだ、我々が実情を暴露すれば或いは…」
僧侶「それは救出後だ、今訴えたとして信じてくれるとは到底思えねえ」
僧侶「エルフは凶暴な種族ってのが人間の持つ印象だ……」
僧侶「例えそれが作られたものだとしてもな……まったく、これじゃどっちが化け物か分かんねえな」
エルフ「……僧侶、同族と戦うことに迷いはないのか?」
僧侶「ねえよ、これまでだって大なり小なり戦はあったからな」
エルフ「そうか……」
領主「……ところで勇者様はどうしたのだ?姿が見えないが?」
僧侶「多分長話しに飽きて先に行ったんだろ」
僧侶「……問題はねえと思うけどちょっと捜してくる、夜更けだし変な奴に絡まれてたら面倒だ」
エルフ「ならば私も行こう、そろそろ出発した方がいい」
領主「そうか……武運を祈っている」
僧侶「おう、この三日間書状やら何やら面倒な手続き済ませてくれてありがとな」
領主「礼など必要ない、私にはそれぐらいしか出来ない。後は君達に任せる他ないのだからな」
エルフ「……では行こう」
ガチャ…
領主「待ってくれ、君には話しておきたいことがある」
僧侶「……オレは先に行ってる、来るとき見付かるなよ?」
エルフ「ああ、分かっている」
バタンッ…
エルフ「……話しとは何だ?」
領主「私はどんな処罰をも甘んじて受ける、許しを請うつもりもない……」
領主「どの口がと言われても仕方ないが……囚われの同胞を頼む」
エルフ「言われずともそのつもりだ……」
ガチャ…
エルフ「家族を大事にしろ、我々が会うのはこれが最後になるだろう」
領主「!!」
エルフ「では領主殿、失礼する」
バタンッ…
領主「……ありがとう、友よ…」
>>>>
僧侶「ん?何で馬車の周りに……!!」
タタタッ…
勇者「あっ、僧侶来た」
警備兵「遅かったな」
僧侶「……は?」
警備兵「訳は全て聞いた、街の警備もあるから多くの人員は割けないが我々も同行する」
僧侶「聞いたって誰に……まさか…」
勇者「僕が話した、僧侶がずっと仲間が欲しいって言ってたから」ウン
僧侶「……ああ、確かに言ったな。話せとは言ってねえけど…」
警備兵「自分の大切な人が奪われて何処か遠い場所で痛みを受けていたら耐えられる?」
僧侶「……何?」
警備兵「勇者に言われた言葉だ、我々が同行する理由はそれだけで十分だった」
警備兵「仲間の死、その仇であるエルフ……今は何もかも忘れよう」
警備兵「原因を作ったのが人間だというのなら、それを正すのも人間であるべきだ」
僧侶「……信じるのか?」
警備兵「ああ、信じる。この子の言葉が嘘だとは思えない」
勇者「ダメだった?」
僧侶「……あのなあ、こんな馬鹿正直な熱血野郎じゃなかったら今頃大変だったぞ?」
僧侶「領主もエルフも殺されてたかもしれねえ、オレ達だって危なかった……」
僧侶「けどまあ、良くやった」
勇者「本当?」
僧侶「ああ、本当だ。助かったよ」ポンッ
勇者「良かった…怒られるかと思った……」
警備兵「馬鹿正直な熱血野郎か、言ってくれるな」
僧侶「だってそうだろ?死ぬかもしれねえんだぞ?」
僧侶「あんただけじゃない、あんたの部下だっているんだ。本当にいいのか?」
警備兵「勇者による所が大きいが、皆納得してくれた」
警備兵「エルフ迫害の事実を知るのは我々しかいないんだろう?なら我々がやるしかない」
僧侶「……あんた、案外人望あるんだな」
警備兵「いちいち一言多い奴だな、だがお前のお陰で皆の目が覚めた」
僧侶「………オレは何も…」
警備兵「この子が戦う意味を考えて欲しい、お前はそう言った」
警備兵「子供に戦わせるのは親として考えさせられた。戦うのは我々大人の役目だ」
警備兵「この子の力が如何に強大だとしても頼るべきではない、それが結論だ」
僧侶「……ありがとな、あんたのような人間がいて良かったよ」
警備兵「!!」
警備兵「お前からそんな言葉が出るとはな……むず痒くなるから止してくれ」
僧侶「うるせえ」
警備兵「……僧侶、お前はもう少し分かり合う努力をするべきだ。味方になる者さえ敵になるぞ」
僧侶「…………」
勇者「僧侶、エルフが来たよ?」
僧侶「!!」
エルフ「……………」ザッ
警備兵「……………」ザッ
僧侶「エルフ、大丈夫だ……こいつらは共に戦ってくれる仲間だ」
勇者「(僧侶、ちょっと嬉しそう)」
エルフ「……それは本当か……だが私は人間を…」
警備兵「今は何も言うな。その訳も全て勇者に聞いた、だからこそ共に戦う」
エルフ「!!」
エルフ「……同胞を救う為、家族を救う為、どうか力を貸してくれ」
警備兵「全ての人間が醜いものだと思わないでくれ、これは俺個人の願いだ……」
警備兵「さあ行くぞ、馬車に乗り込め」
部下『はっ!!』
ザッザッザ…
エルフ「……………」
僧侶「勇者のお陰で予定は変わっちまったが、オレ達も行こうぜ」
エルフ「ああ、そうだな……勇者」
勇者「なに?」
エルフ「ありがとう、心から礼を言う」
勇者「礼は終わってからにしてくれ、あんたの大切が待ってるぜ」
僧侶「……………」
エルフ「はははっ!そうか、そうだな。では行こう、大切を取り戻す為に!!」
>>>>
道中 馬車にて
ガラララッ
警備兵「いきなりで悪いが我々はどうすればいい?」
僧侶「仲間を殺した憎いエルフが収容所にぶち込まれるのを見ない内は帰れねえ」
僧侶「とか何とか言えば向こうの兵士も納得すんだろ」
エルフ「………」
警備兵「……お前は気配りとか考えないのか?もう少し言い方が…」
僧侶「馬鹿野郎、綺麗事ばっかじゃこの先やってけねえだろうが」
僧侶「つーか言い方変えても事実は変わらねえだろ」
警備兵「やはりお前を好きになれそうにないな。何せ口が悪い、それでも僧侶か」
僧侶「うるせえ、男に好かれても嬉しくねえよ。人を屑呼ばわりしといて良く言うぜ」
警備兵「ぐっ…それはお前が…いや、悪かった」
僧侶「別にいいさ、気にしてねえよ」
勇者「でもさっきは嬉しそうにしてた、仲間だって言った時に」ウン
僧侶「…………」
警備兵「分かるのか?」
勇者「分かる、僧侶が目を逸らして下向いた時は多分そんな感じ」
勇者「でも時々頭掻いたりもする、ちょっと横向いたりとか……こうやって」フイッ
僧侶「…………」
警備兵「へえ…君は良く見ているんだな、彼のこと」
勇者「だって僕は僧侶を愛し
僧侶「エルフ、さっきは悪かったな」
エルフ「誤魔化す為に謝るとはな……貴様、こんな子供に何を…」
僧侶「止めろ、オレは何もやってねえ。分からずに言ってるだけだ」
僧侶「大体お前が家族を愛してるとか言うから憶えちまったんだ」
エルフ「事実だからな、何か問題でもあるのか?」
僧侶「……別にねえよ」
警備兵「なあ、娘がいると聞いたが幾つだ」
エルフ「……十五になる、背格好はちょうど勇者と同じくらいだ」
僧侶「(だからあの時オレの子かどうか聞いたのか……)」
警備兵「家のはまだ八歳だ、子育てってのは大変だな」
エルフ「男の子か?」
警備兵「ああそうだ、ん?何故分かったんだ?」
エルフ「何となくそう思った……男はどうだ?やはりやんちゃか?」
警備兵「ああ、窓を割ったり壁にいたずら書きしたり喧嘩したり、色々だ……」
エルフ「それは楽しそうだな」
警備兵「ああ楽しい、毎日救われてるよ。勿論妻にもな」
エルフ「良かったのか……本当に…」
警備兵「いいんだ、あの子に笑われるような父親にはなりたくないからな」
エルフ「……そうか」
警備兵「それにな」
エルフ「?」
警備兵「自分の子供が酷い目に遭ってると想像するだけでどうにかなりそうなんだ」
警備兵「……同じ親として気持ちは分かる」
エルフ「…………」
警備兵「……………」
勇者「子供を愛してる?」
警備兵「?ああ、勿論愛してる」
勇者「妻も?」
警備兵「勿論」
勇者「それは同じ愛してる?」
警備兵「それは……少しだけ違うかもしれないな、愛にも色々ある」
勇者「……難しい」
僧侶「へー、愛にも色々ねえ……」
警備兵「お前は結婚してないんだろ?」
僧侶「子供ならいるけどな」
警備兵「それは教会にいる子供達のことだろ」
僧侶「……お前、そこまで話したのか?」
勇者「僧侶を嫌われ者のままにするのは嫌だったから話した」
エルフ「愛されてるじゃないか」
僧侶「……もうそれでいい、オレは少し休むからな」
警備兵「……なあ僧侶、お前のことを話してくれないか」
僧侶「何だよ急に……」
警備兵「俺はお前のことを何も知らない、仲間だと言うなら教えてくれ」
エルフ「そう言えばそうだな、何も聞いたことがない」
勇者「僕も最近聞いてない」
僧侶「勇者、この話しは一回しか言わねえからな、二度と訊くなよ」
勇者「……分かった」
僧侶「……少しの間だが兵士だった、戦場で治癒の力は重宝されるからな」
僧侶「まして死んだ人間を蘇生出来るなんて知られたら引っ張りだこさ」
僧侶「兵士なんかじゃねえ、いかれた蘇生医師さ。自分は安全な場所にいて死体を待つだけ……」
僧侶「蘇生して、死んで、蘇生して……大勢の奴等に恨まれたよ、死なせてくれってな」
僧侶「でも段々麻痺してくる、死んでも大丈夫なんだってな。死は存在しないと思い込むのさ」
僧侶「皆、おかしくなっちまった……オレはそこから逃げた。怖くなったんだ……」
僧侶「蘇生の法で救われた奴はいない」
僧侶「心が壊れて……遂には自分が何者かさえ分からなくなる……」
僧侶「生を操作されて狂っていく仲間……人ではなくなっていくようで怖かった……」
僧侶「へらへらと笑って戦場に戻って行く姿……オレまで狂いそうになったよ」
僧侶「オレはそこから逃げたんだ……」
僧侶「身を隠して今までの人生を消して、旅の果てに辿り着いたのが田舎の町だ」
僧侶「そこには戦で親を失った子供達がいた……治癒の法では救えない子供達がな……」
僧侶「オレの話しはこれで終わりだ」
僧侶「……悪かったな、こんな話し聞かせて」
警備兵「……………」
エルフ「……………」
勇者「……大丈夫…」ギュッ
僧侶「何だ勇者、嫌いにならないのか?」
勇者「ならない、僕は僧侶を嫌いになんてならない」
僧侶「……………」
勇者「もう怖くない?」
僧侶「……ああ、怖くない。お前と……仲間がいるから」
警備兵「……僧侶、嫁が決まって良かったな」
エルフ「ああ、めでたいな」
勇者「嫁ってなに?」
警備兵「さっき話した愛する妻のことだ、結婚したらそうなる」
勇者「……なるほど」
僧侶「やめろ」
警備兵「辛気臭い面したって何もならないだろ?」
エルフ「(……世界を憎む理由はこれか?それとも……)」
僧侶「何だよ、人が真面目に話したってのに……」
警備兵「俺達も落ち込んだ方が良かったか?」
僧侶「そっちの方が御免だ、やめてくれ」
勇者「結婚ってなに?」
エルフ「愛する者が共にいることだ」
僧侶「おい、やめろって言ってんだろ」
警備兵「……僧侶、悪かったな」
僧侶「あ?オレは勇者に聞かせたんだよ」
警備兵「へえ…仲間がいて良かったとか言ってたけどな」
僧侶「うるせえ、もう少し緊張感持て馬鹿野郎」
警備兵「辺境の警備兵だからって嘗めるなよ、これでも
僧侶「エルフにやられたじゃねえか」
警備兵「……」
エルフ「…………」
僧侶「ぐっ…悪かった……」
勇者「僧侶は悪くない、僕は僧侶の味方」ウン
警備兵「出来た嫁だな、小悪魔的に心を掴みに来てる」
エルフ「子供に手は出すなよ」
僧侶「嫁じゃねえし手は出さねえよ!!」
警備兵「そろそろか……ん?降ってきたか?」
僧侶「好都合だ、外に出る民間人が減る」
僧侶「作戦変更、オレと勇者は引き渡した後に直接貴族に会いに行く」
警備兵「俺達は?」
僧侶「第一収容所の強襲と救出を頼む、なるべく派手に暴れてくれ」
警備兵「了解」
僧侶「なるべく早めに済ませる、それまで何とか耐えてくれ」
警備兵「任せろ、死ぬつもりはない、お前の手を煩わせるつもりもな」
僧侶「……ありがとよ」
エルフ「……勇者、これを頼む……」スッ
>>>>
ガラララッ…
警備兵「そろそろか……ん?降ってきたか?」
僧侶「好都合だ、外に出る民間人が減る」
僧侶「作戦変更、オレと勇者は引き渡した後に直接貴族に会いに行く」
警備兵「俺達は?」
僧侶「第一収容所の強襲と救出を頼む、なるべく派手に暴れてくれ」
警備兵「了解」
僧侶「貴族は早めに済ませる、それまで何とか耐えてくれ」
警備兵「任せろ、死ぬつもりはない、お前の手を煩わせるつもりもな」
僧侶「……ありがとよ」
エルフ「……勇者、これを頼む……」スッ
>>>>
北東の都
ザアァァァ…
僧侶「これを……領主様からの書状だ」スッ
門兵「はい、確かに……勇者様、僧侶様、お待ちしておりました」
門兵「ところでそちらの方々は?兵士のようですが」
僧侶「ああ、北の街の警備兵達だ。エルフに仲間を殺害されてな、どうしてもと言って着いてきた」
門兵「そうでしたか……しかしこの件に関しては勇者様と僧侶様のみと決められたはず」
門兵「皆様の心中は察しますが承諾出来ません」
警備兵「無理を承知で着いてきた、何とか頼む……」
警備兵「こいつが牢に入れられるのを見届けない内は帰れない」
重装兵「構わない、許可する」ザッ
門兵「ま、待ってください!!何を勝手なことを
重装兵「良いんだよ、エルフ一匹の引き渡しに時間なんぞ掛けれるか」
重装兵「エルフはこっちの馬車に移せ、来るならさっさとしろ」
警備兵「ああ、恩に着る」ザッ
警備兵「(重装兵……やはり警備は堅固、一筋縄では行かない)」
門兵「勇者様と僧侶様はどうなされるのです?」
門兵「本来であれば収容を見届けた後に貴族様とお会いになるはずでしたが……」
僧侶「見届けは奴等に任せる」チラッ
エルフ「…………」コクン
警備兵「…………」コクン
門兵「し、しかし…」
僧侶「重装兵もいるのだから不覚を取って再び逃げられることはないだろう?」
重装兵「……腰巾着の分際で偉ぶるなよ小僧」
僧侶「うるせえ!!てめえらが逃がした所為で何人の人間が死んだと思ってやがる!!!」
重装兵「ぐっ…」
僧侶「チッ…さっさと行け、エルフの顔など二度と見たくない」
勇者「よせ僧侶、たかがエルフ一匹の引き渡しで騒ぐな」
重装兵「ほう、貴方が話題の勇者様か?」
勇者「…………」
重装兵「なるほど、その目……無慈悲な天使とは良く言ったものだ」
勇者「慈悲?異種族であるエルフに慈悲など必要ない、違うか」
重装兵「ははっ、確かにその通りだ。ガキの癖に良く分かってるじゃないか、気に入った」
勇者「……護送は頼んだぞ」
重装兵「任せろ。おらっ、さっさと行くぞ!!」
重装兵隊『はっ!!』
警備兵「(確かに、確かにと言ったな。お陰で少し気が楽になったよ……)」スッ
ガラララッ…
僧侶「行ったか。では我々は貴族様の下へ行く、あまり待たせたくはないのでな」
門兵「了解しました、この先を曲がれば兵士がいますので道案内はそちらで…」
僧侶「そうか、騒がせて済まなかったな」
勇者「風邪引くなよ?」
門兵「は、はい!!ありがとうございます!!」
僧侶「………はぁ…」
ガラララッ…
勇者「何か間違えたの?変だった?」
僧侶「最初は良かったけど最後がな、あんまり喋り過ぎるとぼろが出るから気を付けろよ?」
勇者「うん、次から気を付ける」
僧侶「(しかし言葉を憶えるのが本当に早いな、オレも気を付けねえとな)」
>>>>
ガラララッ
エルフ「…………」
重装兵「何だ黙りか?収容所の中じゃ散々喚いてたのになあ?」
エルフ「…………」
重装兵「あ、そういやテメエの娘は貴族様のとこにいるんだったよな?良かったなあ、気に入られて」ポンッ
エルフ「………………」ギリッ
重装兵「で、嫁は収容所で今も看守共に…ぎひッ!?」ガクンッ
警備兵「装甲の隙間を狙え、なるべく一突きで息の根を止めろ」
重装兵隊『!!?』ガタッ
警備兵「見ろ、立ち上がりは遅い。収容所に到着する前に終わらせるぞ」スッ
重装兵隊「ガッ…」ガクンッ
警備兵「焦らず一人一人だ、自慢の装備もこの場では機能しない。恐れるな」
部下『了解』ザッ
ザクッ…ゴギンッ…グサッ…
運転士「どうした?少し揺れたが」クルッ
警備兵「今頃になってエルフが暴れた、往生際の悪い奴だ」
重装兵隊『……………』コクン
運転士「?面倒は御免だからな、しっかり頼むよ?」
警備兵「ああ、もう大丈夫だ。静かになったよ」
警備兵「ふーっ……待ってろ、今外す」ガチャ
エルフ「……助かった、あれ以上は耐えられそうになかった」
警備兵「気にするな、俺も耐えられなかった。それよりこれを…」スッ
エルフ「小型の弓……有難い」ガシッ
警備兵「収容所内では俺達の援護を頼みたい、ここなら狙えるだろう?」
エルフ「眼球か……問題ない、どこだろうと捉えてみせる」
警備兵「それと入り口が開いたら門番を片付けてくれ、俺達はそこから一気に雪崩れ込む」
エルフ「ああ、任せてくれ」
警備兵「皆、奴等が訳も分からぬ内に終わらせる。少しの躊躇いが死を招く、迷うなよ」
部下『はっ、了解しました、隊長』ザッ
>>>>
貴族の館
貴族「僧侶殿、今何と?」
僧侶「エルフは皆殺し、絶やしにすべきだと言ったのです」
貴族「な、何もそこまですることは……」
僧侶「……面倒くせえな、じゃあいつまで楽しむつもりだ!!あ?答えろよ!!」
貴族「なっ!!?」
僧侶「何やってるかなんてもう分かってんだよ!!」
僧侶「いつまで民を欺けると思ってる?馬鹿にするのもいい加減にしろよ?」
僧侶「飼い殺しにするつもりかどうか知らねえが、このままで済むと思ってんのか?」ドクン
ドクン…ドクン…ドクンッ!
貴族「貴様誰に向かって
僧侶「てめえに言ってんだよ!!!」ダッ
ドガッ!
貴族「ぶッは……え、衛兵!!」
ガチャ…ゾロゾロ…
貴族「早く、早く捕らえろ!!」
近衛兵「貴族様!!行くぞ、奴を捕らえろ!!」ダッ
勇者「……………」ザッ
近衛兵「其処を退け!!貴様等、一体何をしているのか分かっているのか!!」
僧侶「ははっ…はははっ!!!」
貴族「ヒッ!!?」
近衛兵「なっ…」
勇者「僧侶?」
僧侶「ハァ…ハァ…何が貴族だ屑野郎が!!てめえは百回殺しても足りねえ!!」
僧侶「何回犯した?大事なもんを壊すのはどんな気分だ!!?同じ分だけ殺してやるよ!!!」
僧侶「はははっ!安心して死んでいいぜ!!何度でも生き返らせてやるからよぉ!!!」
ドガッ…ドガッバキッ…グシャッ…
近衛兵「…く…狂ってる……」
僧侶「何だお前ら?あぁ…兵士か…」ユラァ
近衛兵「と、捕らえろ!!」ダッ
僧侶「…………」スッ
シュゥゥゥ…
貴族「……あ、あぁ?」
近衛兵「馬鹿な……」
僧侶「大丈夫だって……ほら、言ったろ?生き返らせるって」ニコッ
貴族「ひ、ヒヒッ…」
近衛兵「今すぐ貴族様を離せ!そうすれば
僧侶「……はぁ」ジャキ
勇者「僧侶、ダメだよ!もうやめて?ねえってば!!」
僧侶「………………」ググッ
勇者「僧侶!!」
ザクッ…
貴族「イギャアアアアッ!!」
僧侶「あー、うるせえなあ…もう一回殺すか」
貴族「頼む、罪は認める、だからもうやめてくれ…頼む」
僧侶「命乞いなんて必要ねえよ?オレがいれば死なねえんだから」
勇者「うっ…ううっ……」
グサッ…
貴族「カハッ…ヒュー…ヒュー…」
近衛兵「あ、悪魔だ……あんなのは人間じゃ…ない」
僧侶「黙って武器捨てて道空けろ、二度は言わねえぞ」
近衛兵「……………」
ガシャ…カラン…カラン…
僧侶「勇者、行くぞ。この館に囚われてるエルフを解放する」
勇者「…グスッ…うん……」
>>>>
僧侶「館の地下で間違いねえんだな?」
貴族「間違いありません、本当です!!」
僧侶「ふーん、じゃあ案内しろ」
貴族「あの、都のエルフを解放すれば許してくれますよね?」
僧侶「無駄口叩くな、さっさと歩け」
貴族「はいっ、歩きますっ歩きますから!!」
ザッザッザ…
僧侶「勇者、さっきは悪かったな」
勇者「……僧侶、怖かった…なんで?なんであんなことしたの?」
勇者「僕なら平気、殺せって言うなら殺すから……僧侶はやめてよ…」
勇者「僧侶はあんなことしなくていい、僕がする。だから……」
僧侶「……エルフを助けて館を出たら全て話す」
勇者「?」
僧侶「聞きたいことは沢山あるだろうが、それまでは我慢してくれ」
勇者「……分かった」
貴族「……この部屋です」
僧侶「兵士はいるのか?」
貴族「いません、その…私専用の部屋なので……」
僧侶「そうか、じゃあ開けろ」
貴族「は、はい」
ガチャ…ギィィィ…
僧侶「……っ…勇者、お前はここで待ってろ」
勇者「嫌だ、僕も行く。エルフから預かってる物もある、だから絶対一緒に行く」
ーー第一収容所が襲撃された!急げ!
ーー我々は貴族様を捜す、先に行ってくれ!
ーー敵の総数は!?
ーー分からん、エルフも加勢しているようだ
僧侶「……オレの所為で計画が台無しだな……勇者、お前は収容所に行け」
僧侶「兵士の後を付けて行けば収容所の場所も分かる」
勇者「嫌だ!一緒に行く!!助けてから一緒に行けばいい!!」
僧侶「それじゃあ間に合わない、途中で必ず足止めを食っちまう」
僧侶「オレかお前なら、お前が行くべきだ。皆の助けになってくれ」
勇者「……でも僧侶がいなきゃ皆を治せないよ?」
僧侶「部屋の中にいる彼女達を解放したら追いかける、何とかするさ」
勇者「本当?約束だよ?」
僧侶「ああ、約束だ」ポンッ
勇者「……じゃあこれを渡す、エルフからの預かり物」スッ
僧侶「ペンダント……エルフの娘はここに?」
勇者「うん、エルフはそう言ってた」
ーー行くぞ!急げ!
ーー勇者だろうがこの際殺しても構わん!
ーー貴族様を救うのだ!
僧侶「……勇者、行くんだ。時間がない」
勇者「………」
僧侶「早く行け!!!皆死ぬぞ!!」
勇者「!!」ビクッ
僧侶「誰かを守る為に戦え、お前は強い……皆を守れるのはお前しかいないんだ」
僧侶「勇者!行け!!!」
勇者「………ッ!!」ダッ
タタタッ…
僧侶「行ったか……あんたにはもう少し付き合ってもらうぜ?」
貴族「は、はいっ」
僧侶「あぁ…その前に一回死んでくれ」
貴族「へ?」
グサッ…
貴族「がっ…な、んで」バタッ
僧侶「あんたが生きてると色々と面倒なんだ、この中じゃあな……」
僧侶「きっと死体の方が彼女達も喜ぶ、良かったな役に立てて」ガシッ
ズリッ…ズリッ…
>>>>
地下監禁部屋
僧侶「この子で最後かさ……これに見覚えは?」スッ
娘「あっ……それは父さんの、何故貴方が
ガチャ…
僧侶「話しは後だ、じっとしてろ」スッ
娘「ひっ…」
シュゥゥゥ…
娘「えっ…傷が…治った……」
僧侶「怖がらせて済まなかった、これで大丈夫だ」
僧侶「オレは僧侶、君の父さんと一緒に都へ来た。君たちエルフ達を助ける為に」
娘「父さんと!?父さんは生きているのですか!?」
僧侶「ああ、でも話してる時間はない。まずは皆と一緒に此処から脱出しよう」
僧侶「この地下監禁部屋には君と同世代の子しかいない、君が皆をまとめてくれると助かる」
僧侶「……頼めるか?」
娘「はいっ…ありがとうございます」…」
僧侶「礼は此処を出てからだ。時間がない、皆を元気付けてやってくれ」
娘「……分かりました、やってみます」
娘「皆、この人に付いて行けば私達は此処から出られる!!皆も傷を治してもらったでしょう!?」
娘「この人を信じよう?この人なら私達を助けてくれる!!」
娘「この人はあいつらとは違う!だから信じよう!」
娘「父さんや母さんが待ってる!絶対会える!皆の家族が待ってる!!」
ザワザワ…
僧侶「(凄いな、この子の声には力がある。それに強い心を持ってる……)」
娘「さあ僧侶さん、行きましょう!」
僧侶「……君は、オレを信じるのか?」
娘「はいっ、父さんが信じた人……父さんが信じた『人間』ですから」
ゴゴゴ…ズズンッ…
僧侶「……何だ今の揺れは……!!くそっ、来やがった…」
近衛兵隊『動くな!!』
娘達『!!』
僧侶「遅かったな、さあどうする?オレ共々彼女達を殺すか?」
僧侶「何の罪もない彼女達を殺すのか?」
近衛兵「黙れ、異種族の命と人間の命は違う」
???「なるほど、確かに醜いな。答えはいらん……溺れ、沈め」
???「邪魔者は消した。さあ、望みを言うが良い」
僧侶「…………」ドクン
目の前で兵士達が溺れている、あるはずのない水に包まれて……
いや、水にではなく『水が』意志を持って兵士達を捕らえているように感じる。
それを冷ややかな目で見つめる女の正体を体の震え……心音の高鳴りで理解した。
僧侶「……あんたが水龍か」
水龍「ああ、その通りだ。私は四龍が一つ、水龍」
僧侶「……彼女達を逃がすのを手伝ってくれ、第一収容所に行きたい」
僧侶「出来れば第二収容所にも
水龍「それは偽りの心だ。裁きを下せ、お前の心は炎龍より伝わっている」
水龍「界を憎む裁きの者よ……さあ、選択しろ」
娘「僧侶さん、貴方は龍に……」
僧侶「そうか…君も知ってるのか……エルフの言った通りそっちじゃ常識みたいだな」
僧侶「……ったく、選ばれたなんて言われたから少し期待してたんだけどな」
水龍「期待とは?」
僧侶「まあ、オレの力になってくれるとか多少の願いなら叶えてくれるとかさ……」
僧侶「そういう都合の良いもんを期待してた。でも、どうやら違うみてえだ」
僧侶「なあ、お前らは界を滅ぼしたいだけなんじゃねえのか?」
水龍「……………」
僧侶「そもそもオレの願いが分かるのなら何故実行しない?それほどの力がありながら何故?」
水龍「最低限お前の心を尊重してやろうとしているだけだ」
水龍「それより良いのか?下らん問答している時間があるようには見えないが?」
僧侶「……………」ググッ
娘「僧侶さん?」
僧侶「……第一収容所、第二収容所の兵士看守を一人残らず殺せ」
僧侶「オレは彼等と彼女達を傷付けた人間が裁かれることを望む!!」
娘「!!それでは貴方が…」
僧侶「いいんだ……これがオレの選択、オレの意思…そうなんだろ?」
水龍「ああ確かにそうだ……『今は』そうだな」スッ
水龍「裁きの後、私はお前の下へ戻る。その時改めて訊こうじゃないか」ボソッ
僧侶「……オレは選択した、さっさと行け……」
水龍「ふふっ、龍の影響を受けていながら人間性を保っていられるとは流石は『選ばれし者』」
僧侶「何が選ばれし者だ、皮肉にしか聞こえねえな」
水龍「……壊れるなよ?器は丈夫でないと我々が困る」
水龍「ああ、一つ言っておく……」
水龍「お前の考えている通り勇者ならば我々を殺せるだろう」
僧侶「…………」
水龍「しかしお前にそれを選択出来るか?」
水龍「人の心を教えたお前に、お前を慕う勇者にそれを命じることが出来るか?」
水龍「勇者は自ら選択出来ない、恐らくお前に訊ねるだろう」
水龍「殺しても良いか、とな……」フッ
娘「消えた……あのっ、僧侶さ
僧侶「急ごう、君達の兄弟姉妹と両親が首を長くして待ってる」
僧侶「……もう敵はいない、さあ行こう」
>>>>
第一収容所近辺
ザァァァァ…
警備兵「重装兵は相手にするな!皆、一度収容所内に戻っ……」フラッ
ガシッ…
エルフ「しっかりしろ!!勇者と僧侶が来るまで我々だけで持ち堪えるのだろう!!?」
警備兵「ああ分かってる、しかしこれだけの兵士相手に……!!」
ーー何だあのガキは?
ーー何をしている!さっさと退け!
勇者「この人達は僕が守る」
勇者「この人達を殺すつもりなら、僕がお前達を殺す」
ーーあれは確か……
ーーああ、勇者だ。奴め、エルフを庇うつもりか
勇者「そう、僕は勇者……魔を討つ者」ダッ
ザンッ!ガギンッ!ドゴッ!グサッ!
警備兵「……ッ…やはり勇者に頼らざるを得ないのか」
エルフ「(凄まじい…これが彼女の力か。個人に宿るには余りに強大な力だ)」
警備兵「こうなるまいと戦った、説得も試みた……何故だ!何故過ちを認めない!!」
エルフ「(人間は何故こうも違うのだ?何故そこまでして争い続ける?)」
ーー攻撃が通じないわけではない!
ーー傷付き血も流す!臆するな!
ーー槍兵!陣形を乱すな!行けえッ!!
警備兵「……我々も行くぞ、勇者に群がる兵を幾らかでも散らす」
エルフ「ああ……立て!武器を持て!彼女を、勇者を守るぞ!!」
勇者「(傷付かないように戦ってたら遅くなる。このままじゃダメだ)」ピタッ
エルフ「勇者!止まるな!!」
警備兵「くっ…何をしている!勇者!!」
ーー足を止めた!好機!
ーー仕留める!構えッ!突撃!!
勇者「僧侶、ごめんなさい」
槍の切っ先は勇者を貫き放たれた矢が一斉に突き刺さる。
エルフと警備兵が絶句する中、勇者は何事もなかったかのように剣を振るった。
小さな体を素早く回転させた一振り。
突き刺さった槍は勢いでへし折られ浅く刺さった矢は宙を舞った。
その一振りで陣形は崩れ、そこから一気に斬り伏せてゆく。
斬られ刺され貫かれてもその勢いは止まらない
守ろうと立ち上がった彼等は、血飛沫の中を駆ける彼女を見ていることしか出来なかった。
勇者「みんな大丈夫?もうすぐ僧侶が来るから我慢して」
警備兵「勇者…君は大丈夫なのか?痛みはないのか?」
勇者「ない、僕は平気。気にしなくていい」
警備兵「…………」
エルフ「…………」
全ての兵を殺害した勇者は夥しい数の傷を負っているにも拘わらず顔色一つ変えずに立っている。
雨空を見上げたまま動かない。
心ここにあらず、どうやら僧侶のことを想っているようだ。
雨の所為かそれとも見えていないのか……勇者は気付かない。
勇者によって守られた者達のすすり泣き、彼等の流す大粒の涙に……
>>>>
ーーさん
ーー父さん!
エルフ「!!」クルッ
娘「父さん!!」
エルフ「ッ!!良かった…良かった!!」ギュッ
警備兵「……良かったな、本当に良かった…」
ザッザッザ…
僧侶「遅くなって悪かった……色々あってな」
勇者「僧侶!!」ダッ
僧侶「……勇者……」
ギュッ…
僧侶「……今治すからな、じっとしてろ?」スッ
シュゥゥゥ…
僧侶「ふーっ、これで全員か、分かってたけど結構疲れるな……」
エルフ「僧侶、ありがとう」
エルフ「貴族に選ばれたと聞いた時から、もう娘とは会えないのではと思っていた……」
僧侶「礼なんていらねえ、オレは何もしちゃいねえよ。あんた達がいたから何とかなったんだ」
警備兵「だが我々は結局勇者に頼ってしまった」
僧侶「……こればっかりは仕方ねえさ…オレだって勇者がいなけりゃ死んでた」
僧侶「戦わせたくないってのは此処にいる皆も同じだ。そうだろ?」
警備兵「……ああ、そうだな」
僧侶「……囚われていた彼女達も良く耐えた、辛かったろうに……」
僧侶「きっと君が元気付けてくれたから彼女達も歩き出せたんだろう」
僧侶「父さんに似て強い子だな、本当に助かったよ」
娘「……僧侶さん、本当に……本当にありがとうございます」
僧侶「けどまだ終わりじゃない、第二収容所に行こう。皆の大事な人が待ってる」
僧侶「それと勇者」
勇者「なに?」
僧侶「何よりお前の活躍で皆が救われたんだ。本当に、本当に良く頑張ったな……」ポンッ
勇者「うんっ、でも早く行かないと…」
僧侶「大丈夫だ、第二収容所ならきっと……」
娘「…………」
エルフ「……僧侶、何があった?」
僧侶「館で水龍と逢った、奴は今頃第二収容所にいるだろうな」
エルフ「何!!?」
僧侶「第一収容所に勇者が向かったことはオレを通して分かってる……」
エルフ「……選択し、受け入れたのか?」
僧侶「選択なんてそんな都合の良いもんじゃねえよ、勝手に心を読んでそれを言わなきゃ断るだけさ」
僧侶「選択なんざ必要ねえ、最初から決まってる。恐らく奴等はそういう存在なんだ」
エルフ「なら四龍は……」
僧侶「界をぶっ壊して無理矢理『始まり』とやらに戻すつもりじゃねえか……オレはそう思ってる」
僧侶「まったく…面倒な奴等に選ばれたもんだよ……」
>>>>
水龍「彼の者の望みに応え、裁きを……」
水龍「お前達の罪も血も、全ては雨が洗い流してくれるだろう」
しかし彼女の声に反応する者は誰一人としていない。
辺りには数百の小さな赤い球体が浮かんでいる。
それは水によって包まれ圧迫された看守と兵士の変わり果てた姿。
叫び声を上げることも、勿論命乞いすら出来ず、突如第二収容所内に現れた彼女によって殺された。
だが彼女は救わない、囚われのエルフ達を救おうとはしなかった。
第一収容所襲撃の報せを受け、この第二収容所に収容されている女性エルフを人質にしようと考えた兵士達。
彼女は彼等を待っている。
何かを察したのか、彼女は真っ赤な水玉を弾かせ扉へ向かう。
女性エルフの懇願の声など一切無視して彼女は扉を開けた。
其処には第一収容所に向かった兵士を上回る兵士達が詰め掛けていた。
意表を突かれ兵士達は一瞬動きを止めたが、エルフでないと分かると即座に彼女を押し退け中へ向かう。
看守や兵士がいないことを不審に思う声は聞こえたが、それはすぐに止んだ。
数名が抵抗したのか暴れたのか、凄まじい絶叫が聞こえてくる。
彼女は何もしなかった。
数分が経ち、兵士に拘束された女性エルフが収容所から姿を現した。
中には顔を酷く腫らした者、大小問わず傷を負った者多数。
数が減っていることから内部で殺された者もいるのだろう。
彼女が動いたのはこの時、先程僧侶は彼女に対してこう言った。
『彼等と彼女達を傷付けた人間に裁きを』と……
彼女達を道具のように扱い玩具のよう弄んだ人間はもういない。
裁きはそこで完結したのだ、だから彼女は何もしなかった。
だが今此処に新たに裁かれるべき存在が生まれ……彼女は再び裁きを執行する。
水龍「……僧侶、お前がどんな顔をするのか楽しみだ」
救えた命を救わず救おうとすらせず、僧侶の望んだ通りの裁きを執行し終えた後……
彼女は心地良さそうに雨に打たれ、笑っていた。
>>>>
僧侶「………皆、ここで待っててくれ。第二収容所にはオレ一人で行く」
勇者「なんで?多分あっちにも兵士が沢山いるよ?」
僧侶「もういない、分かるんだ」
エルフ「水龍が兵士を?なら私達も
僧侶「いや、そんなに出来た奴じゃねえのがはっきり分かった」
警備兵「龍だが何だか分からんが、味方が助けてくれたんじゃないのか?」
僧侶「今は話したくない……必ず連れて帰るから待っててくれ」
エルフ「……分かった」
警備兵「……了解」
勇者「僕は?」
僧侶「そうだな、また兵士が来るかも分からないから皆を守ってくれ。出来るか?」
勇者「出来る!」
僧侶「もう皆元気になったんだ、武器もある。無理するなよ?」
勇者「大丈夫、皆を守りながら戦う」ウン
僧侶「……そうか、じゃあ頼んだぞ?」
勇者「へへっ、うんっ!」ニコッ
僧侶「勇者を頼む……」
エルフ「…………」コクン
警備兵「……………」コクン
僧侶「皆、すぐ戻る。必ず連れて帰るから安心してくれ」
娘「僧侶さん、気を付けて……」
僧侶「……ああ、ありがとう。いい娘さんだな、言葉遣いもしっかりしてるし」チラッ
エルフ「娘はやらんぞ」
僧侶「ははっ、分かってるよ……じゃあな」
エルフ「………………」
ザッザッザ…
>>>>
ザァァァァ…
水龍「遅かったな」
僧侶「黙れ」
水龍「何を怒っている?望みは果たしたぞ?」
僧侶「最初から期待しちゃいなかったがここまでやるとはな……」
僧侶「炎龍を通して分かる、そう言ったな?」
水龍「ああ、確かに言った」
僧侶「オレもだよ糞野郎!!てめえの汚え考えが炎龍通して分かるんだよ!!」
水龍「人間如きが感じることは出来ないはずなんだが……中々やるじゃないか」
僧侶「黙れ!!オレがどんな顔をするかだと!?」グイッ
水龍「ふふっ、女性相手に随分乱暴だな」
僧侶「……良く見ろよ、これがてめえが望んだ顔だ」
水龍「とても魅力的だよ。その瞳は特に……」
僧侶「もういい、あっち行ってろ」
水龍「そうだな、死んでも生き返らせればいい。彼等を置いてきたのは英断だ」
僧侶「……………」スッ
水龍「惨たらしい死体を前に大したものだな、普通なら嘔吐するような絵面なのだが」
僧侶「……黙れ」
水龍「私はお前を気に入っている、その強靱な精神と界を憎む心は
僧侶「うるせえ!!黙ってろ!!」
水龍「いいや黙らない……私はお前を愛しているからな」
水龍「この偉大な四龍が一つ、水龍に愛されることを光栄に思え、人間」
僧侶「……………」
水龍「続々と蘇生しているな、ふふっ……まるで救世主か神のようだ」
僧侶「黙れって言ったろ?つーか愛してるなんて言うな、反吐が出る」
水龍「あまり酷いことを言わないでくれ、これでも女なんだ……」
僧侶「さっさとオレの内側に入れ、そんで消えろ」
水龍「残念ながら私は最後だ」
僧侶「出来るだけ長く見ていたい、か?死ねよ屑龍」
水龍「屑龍?界を歪める程の力を持つ私に屑だと?」
僧侶「ああそうだよ屑!オレみてえな人間を愛する時点で終わってんだ!!」
僧侶「力だけの存在だ、何も知らねえ我が侭なガキみてえだな、お前」
水龍「頼む……あまり私を怒らせないでくれないか」スッ
ガシッ…ドタッ…
僧侶「……っ…流石に力は強いな」
水龍「いいや、力も強いんだ。さて、どうしてやろうか」
僧侶「そんな力は迷惑なだけだ。つーか以前にも裁きは起きてんのに何で死なねえんだ?」
水龍「……案外抜けているな、始まりに戻すから生きているんだ」
僧侶「世界は、お前らの遊び道具じゃねえぞ」
水龍「力あるものが自由、分かるだろう?」スッ
僧侶「エルフが見てるぞ」
水龍「構わない、お前は私の物だ。誰にも渡さない、勇者にもな……」
僧侶「オレを愛してるって言ったよな」
水龍「ああ、その儚さと危うさが愛おしくてたまらない」
水龍「抵抗するな……安心して私に愛されろ」ガシッ
僧侶「っ…随分と積極的なんだな」
水龍「特別なんだ、我々にとってお前は……」
僧侶「どうせ『今までの奴等』全員に言ってんだろ?」
水龍「信じるかどうかお前の勝手だが、お前が初めてだ」
僧侶「そうか、なら目一杯愛してやるよ」グイッ
水龍「ふふっ…人間如きが言うじゃないか」
僧侶「言っとくが初めては滅茶苦茶痛いぞ?いいのか?」
水龍「ああ、構わない……」ギュッ
僧侶「なら受け取れ、これがオレの答えだ」スッ
水龍「うっ…なんだこれは?中が熱い……」
僧侶「助かったよ……どうやらオレを愛してるのはお前だけじゃねえみたいだ」
水龍「何を……」
僧侶「お前よりオレを好いている龍がいる、始まりの龍だ」
水龍「…炎…龍…か…ぐっ…あああ!!?」
僧侶「炎龍の力を蘇生した……応じてくれたよ」
水龍「馬鹿なッ…ふざけ…ふざけるな!!私はッ
ゴオォォォッ!
僧侶「燃えろ水龍、真に裁かれるべき存在は………お前だ」
僧侶「はぁっ…はぁっ…あっぶねえ……何とかなったな」
ズズズ……カッ!
炎龍「大丈夫ですか」
僧侶「……助かった、本当に助かった。お前らって皆あんな感じなのか?」
炎龍「ええ、水龍は束縛したかったようですが……」
僧侶「とにかくお前のお陰で何とか騙せた。ありがとな」
炎龍「いえ……でも気性が荒くなったり様々な弊害が……
僧侶「気にすんな、あんな化け物騙せるなら安いもんだ」
僧侶「つーか何で女なんだ?お前らは皆そうなの?」
炎龍「それは以前勇者との会話の中で僧侶様は女が良いと言ったので……」
僧侶「何でも聞いてんだな……まあいいや…」
僧侶「……なあ、何故お前はオレの求めに応えた?お前も奴と同じ龍だろ?」
僧侶「オレの心の中が見えてたら尚更だ、まして龍を殺すなんて
炎龍「今は彼女達を第一収容所のエルフ達に会わせるべきではないかと思います」
炎龍「それともう一つ、本来水龍が執行すべきであった裁きが残っています」
僧侶「……ああ、そうだな」
炎龍「あくまで我々は界を裁く存在です、そこに違いはありません」
炎龍「僧侶様、それだけは忘れないで下さい」
僧侶「……分かってる。じゃあ戻ろう、皆が待ってる」
>>>>
第一収容所前
ーー会いたかった…君が無事で良かった
ーー生きて会えた、今はそれだけでいい
ーーお母さん、お母さんっ…!
ーーもう二度と離さない、愛してる
警備兵「……雨は止み陽が昇った、か」
僧侶「何だそりゃ…」
警備兵「いや、家族ってのは良いもんだと思ってな」ウン
僧侶「ひとまず戦いは終わったんだ、あんたも家族に会えるさ」
警備兵「ああ、俺も早く家族に会いたいよ。しかし龍か…あんな存在がいるとはな」
警備兵「お前、これからどうするつもりだ?界を裁くとか何とか言ってたが……」
僧侶「オレにもまだ分かんねえ、色々と話さなきゃならない」
炎龍「僧侶様、お話しがあります」
僧侶「……分かった。少し外す、移動の準備だけしといてくれ」
警備兵「……ああ、皆にも伝えておく」
ザッザッザ…
警備兵「界を裁く……そんなのは一人の人間に背負わせるものじゃないだろう……」
僧侶「話しってのは裁きについてだよな」
炎龍「はい、都の人間全てを焼き払います。それが僧侶様の真意」
僧侶「……………」
炎龍「エルフ迫害に気付いていながら気付かぬ振りをした人間」
炎龍「分かっていながら何の行動も起こさなかった人間を、僧侶様は強く憎んでいます」
炎龍「エルフと同じ苦しみを知るべきだと……」
僧侶「もう言うな、オレのことはオレがよく分かってる」
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僧侶「話しってのは裁きについてだよな」
炎龍「はい、都の人間全てを焼き払います。それが僧侶様の真意」
僧侶「……………」
炎龍「エルフ迫害に気付いていながら気付かぬ振りをした人間」
炎龍「分かっていながら何の行動も起こさなかった人間を、僧侶様は強く憎んでいます」
炎龍「エルフと同じ苦しみを知るべきだと……」
僧侶「もう言うな、オレのことはオレがよく分かってる」
炎龍「では次に、先程の問いに対する返答をします」
僧侶「……頼む」
炎龍「僧侶様に救われた時、何かが変化したようです」
炎龍「それが他の龍にも影響を及ぼしたのではないかと思われます」
炎龍「水龍の異常行動も、私が僧侶様の求めに応じて現出したのも同じ理由です」
僧侶「水龍の異常行動とお前の取った行動は違う」
炎龍「……それはともかく、我々が器に対してこうした行動を取ったのは初めてです」
僧侶「……裁きは止めてくれねえのか」
炎龍「はい、それは出来ません。四龍はその為の存在ですから」
僧侶「もう一つ訊きたい、何故オレを選んだ」
炎龍「考えている通り、僧侶様が選ばれたのは偶然などではありません」
炎龍「神に遣わされた告発の天使。それが僧侶様、貴方です」
僧侶「…は…ははっ、オレが天使?そんな馬鹿な話しがあるかよ」
炎龍「これは冗談などではありません」
炎龍「人の身に堕とされたという見方も出来ますが、その力は間違いなく天界のものです」
炎龍「僧侶様、ただの人間が我々四龍を受け入れられると思いますか?」
炎龍「ただの人間が死者に新たな命を吹き込むことが出来ると?」
僧侶「っ、それは…」
炎龍「混乱しているようですが、質問は以上ですか?」
僧侶「な、なら勇者は何だ?勇者も天使なのか?」
炎龍「あの子は希望の子、裁きの後の始まりを導く者です」
僧侶「………裁きが終われば、オレはどうなる」
炎龍「本来いるべき場所、天界へ帰ることになるでしょう」
僧侶「……………」
炎龍「質問は以上ですね?」
炎龍「では私は裁きを執行します。また後ほどお会いしましょう」フワッ
僧侶「天使?天界?まるで分かんねえや、ははっ…ふざけんな……」
僧侶「……何が裁く者だ、だったらオレも裁かれるべきじゃねえのかよ……」
タタタッ…
僧侶「……勇者、迎えに来てくれたのか」
勇者「うんっ、早く行こう?皆待ってるよ?」ニコッ
僧侶「………っ!!」ギュッ
勇者「僧侶、どうしたの?なんで泣いてるの?どこか痛いの?」
僧侶「いや、そうじゃねえ……もう何が何だか分かんねえんだ……」
勇者「じゃあ一緒に考えよう?僕も一緒に考えるから」ギュッ
>>>>
北東の都 上空
炎龍「狂った水龍、私も変わった……僧侶様は我々に何を与えたのでしょう」
ーーじゃあ一緒に考えよう?
ーー僕も一緒に考えるから
炎龍「本来なら自我の崩壊に怯え、いずれは壊れて散るのが器の運命。今まではそうだった」
炎龍「器とは傀儡、自由はなく我等の思うがまま。傍らに勇者などという希望はなかったのに……」
バシュッ…
水龍「狂ったとは随分な言い草だな、だが確かに変化はあった」
炎龍「……随分早かったですね、しばらくは貴方の顔を見たくなかったです」
水龍「そう怖い顔をしないでくれないか、今は何もするつもりはない」
炎龍「今は…ですか」
水龍「ふふっ、こうして遠くから眺めるのも悪くないと思っているんだよ」
水龍「隣にいる勇者は邪魔だが、今は我慢しようじゃないか……」
炎龍「……己の界に戻ったので少し熱が冷めたのかと思いましたが、どうやら違うようですね」
水龍「この熱は決して冷めない、それが愛というものだよ炎龍」
水龍「しかし、まさか僧侶が天使だったとは思いもしなかった」
炎龍「貴方が言う愛とやらで感覚が鈍ったのではないですか?それ程に貴方は変わりました」
水龍「お前は違うのか?僧侶様などと呼んでいるくせに……」
炎龍「私は貴方のようにはなりません、僧侶様は私を救って下さいました」
水龍「ふふっ、ならば次はお前が僧侶を救うと言うのか?」
炎龍「……………」
水龍「馬鹿馬鹿しい、我等は龍だぞ?それは決して変わらない」
炎龍「それでも何かしたいと思っています。そろそろ消えて下さい」
水龍「……私に狂ったと言ったな?お前も中々に狂っているよ」
水龍「この異変、もしかすると神は本当に終わらせるつもりなのかもしれないな」
炎龍「消えて下さいと、そう言ったはずですが?」
水龍「分かった分かった。あぁ、裁きはお前に任せるよ。いずれまた会おうじゃないか……」
バシュッ…
炎龍「彼の者の望みに従い、穢れに裁きを……」
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エルフ「何だ?急に空気が変わったような…」」
娘「!!」
娘「父さん、あそこを見てください。兵士の遺体が消えています」
エルフ「一体何が起き…!!まさか僧侶が…」
娘「…………」
タタタッ…
警備兵「はぁ、はぁ…拘束していた兵士が急に消えた。いや、消えたと言うより
エルフ「何だ、何があった?」
警備兵「恐らく燃えたのだと思うが断定は出来ない」
警備兵「一瞬の出来事だった、赤く光った次の瞬間には消えていた」
エルフ「燃えた……炎龍か」
警備兵「炎龍ってのは僧侶と一緒に第二収容所から来た女か?」
エルフ「ああ、先程話したが龍は僧侶を器として選んだ。彼女は界を裁く四龍の一つだ」
警備兵「だが何故?エルフ救出は果たして終わったはずだろう?」
エルフ「僧侶の話しでは龍は真意を見抜き、器の意志を無視して裁きを実行するようだ」
警備兵「なら都の兵士が焼失したのは……」
娘「炎龍が僧侶さんの心を見抜き、裁きを実行したのだと思います」
娘「僧侶さんの心は無視して……」
警備兵「あいつはエルフを救うために俺達と都へ来たんだぞ……何てことを……」
エルフ「……どうやら龍とはそういう存在のようだな。ところで僧侶は?」
警備兵「その炎龍に呼ばれて何処かへ行った、勇者が迎えに行ったはずだ」
エルフ「なら今は待とう、何をするかは二人が戻って来てからにした方が良い」
警備兵「そうだな、しかし裁きとは何だ?炎龍は一体何をした?」
エルフ「……今は何とも言えん」
警備兵「しかもこの妙な静けさ、都に何が起きたのか調べる必要があるな……」
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勇者「四龍と界の繋がり、裁く者……」
僧侶「悪い、やっぱりまだ難しかったか?」
勇者「ゆっくり説明してくれたから分かる、龍がいなくなればいいの?」
僧侶「単純に言えばそうなる、でもそれじゃダメな気がする」
勇者「何で?」
僧侶「龍が消えたとしても界の繋がりはなくならねえ、そこを何とかしないと意味がない」
僧侶「結果として一番いいのは、それぞれが元の界に帰ることだ」
勇者「……僧侶も?だって天使なんでしょ?」
僧侶「炎龍の話しじゃそうみたいだな、お前が天使だってんなら分かるんだが……」
勇者「あのね?僧侶はこの世界は好きになった?」
僧侶「……エルフと出会って警備兵と出会って……それからは何かが変わった気がする」
僧侶「美しい心を持つ異界の種族、恨みを捨てて彼等を助けようとした人間」
僧侶「あいつらとは離れたくねえな、勿論お前とも……」
勇者「じゃあ、そうなるように頑張る」ウン
勇者「僕は僧侶がいる世界が好き、僧侶がいればもっと好きになれる」
勇者「だから何があっても絶対負けない、龍にも人にも……どんな怪物にだって負けない」
僧侶「……ありがとな。まったく、オレは本当にお前に頼りきりだな」
勇者「もっと頼ってくれていい、僕はその方が嬉しい」ニコッ
勇者「あとね?はっきり分かったことがあるから聞いて欲しい」
僧侶「ん?何だ?」
勇者「……僕は、僧侶を愛してる」
僧侶「……勇者、お前はまだ
勇者「細かい理由なんていらない、この気持ちが愛だと思うから……」
僧侶「お前、体が…」
勇者「これが僕の答え、この姿が僧侶に対する気持ち」
勇者「今は何も言わなくていい……」
勇者「でも僧侶が僕を愛してるって思ったら、その時はちゃんと言って欲しい」
僧侶「……ああ、分かったよ。約束する」
勇者「こんな風に話したのは初めて」
僧侶「そうか?今までだって色々話しただろ?」
勇者「ううん、僕は何も知らなかった」
勇者「命とか大切とか愛とか……僕は全然知らなかった」
勇者「色んなことに僧侶が答えてくれて、少しずつ少しずつ分かってきて……僕は変われた」
僧侶「…………」
勇者「僕は平気なのに怪我するたびに治してくれた。心配してくれた、怒ってくれた」
勇者「だから僕はようやくこんな風に僧侶と話せるようになれた」
僧侶「それはお前が自分で理解した結果だ、だから成長したんだ」
僧侶「変わろうとしない奴は変われない」
僧侶「お前は変わろうとした、だから変われたんだ」
僧侶「でもな?体の大きさや力の強さだけじゃ解決出来ない問題は沢山ある」
勇者「……うん、分かる」
僧侶「無闇やたらに力を振るう奴が強いわけじゃない」
僧侶「何の為に力を使うか考えなきゃダメなんだ」
僧侶「お前に傷付いて欲しくないとか、こんな風に色々と偉そうなことを言いながら結局お前に頼ってる……」
僧侶「オレにはそれが情けない、それは今のお前の姿を見ても変わらねえよ」
勇者「僕が出来ることと僧侶の出来ることは違う、だから気にしなくていい」
僧侶「そうか……ありがとな」
勇者「撫でてくれないの?いつもならやるのに……」
僧侶「(あー、やっぱり外見と声が変わると調子狂うな……ったく、急にでかくなりやがって)」
僧侶「(小さい時から整っちゃいたが、こんな爽やか美女になるとは……!!?)」
勇者「どうかしたの?」
僧侶「……急に体が大きくなったもんだから服が合ってねえ、後でオレの替えの服やるから着替えろ」
勇者「そんなに窮屈じゃないよ?」
僧侶「裾とか色々と短いから着替えろ」
勇者「うん、分かった。でも気になるんだね、僕の体……」
僧侶「あんまりふざけてると本当に怒るぞ」
勇者「ごめんなさい、後でちゃんと着替える」
タタタッ…
警備兵「はぁ…はぁ、此処にいたのか!あれ、その子は?」
僧侶「……勇者だ、服装同じだろ」
警備兵「えっ、お前ってそういう……」
僧侶「そんな目で見るんじゃねえよ!!オレは何もしてねえ!!」
警備兵「まあ、その話しは後でいい、とにかく来てくれ」
僧侶「あ、ああ分かった。勇者、行こう」
勇者「うん」
僧侶「……向こうに行ったら着替えてくれ、頼む」
勇者「分かった、すぐ着替える」
>>>>
エルフ「僧侶、悪いが炎龍が実行した裁きの内容を訊きたい」
僧侶「……都にいる全ての人間を
エルフ「もういい、すまなかったな」
僧侶「何があったんだ?また何か余計な
警備兵「違う、赤ん坊だけが生きているんだ」
僧侶「何!?」
警備兵「……やはり異常なのか?」
僧侶「炎龍は確かに裁きを執行すると言った、だからもう手遅れだと思っていた」
僧侶「水龍はエルフが殺されるのを見ていた、炎龍もそうだとばかり……」
エルフ「なら炎龍は自分の意志で人間の赤ん坊を生かしたと?」
僧侶「ああ、そうとしか考えられねえ」
エルフ「何故そんなことをしたのか分かるか?」
僧侶「炎龍はオレに救われて変化したと言っていた、他の龍も影響を受けたとも……」
僧侶「もしかするとそれぞれ違う考えを持ってるのかもしれねえ」
僧侶「水龍ならこんなことはしなかったはずだ」
警備兵「参ったな、赤ん坊を置いていくわけにはいかない」
警備兵「都から街まではかなり距離がある」
警備兵「揺れのある馬車に乗せるのは良くない、ここでしばらく面倒を見ないと……」
エルフ「赤ん坊には罪はない、だから生かしたのか?」
エルフ「……仕方ない、皆!赤ん坊を捜すぞ!」
ザワザワ…
警備兵「この際エルフだ人間だと言っている暇はない!俺達が動かなければ死ぬんだ!!」
警備兵「頼む!協力してくれ!!」
勇者「……………」ザッ…
ザワザワ…
勇者「皆は赤ん坊を見捨てて笑える?明日、自分の子供の前で笑える?」
ーー!!
勇者「僕達が助けようとすれば助けられる。なら、やることは決まってる」
エルフ「皆、行こう!このままでは我が子に笑われる!!」
警備兵「各自散開して捜索に当たれ!まずは一カ所に集める!!」
ザッザッザ…
勇者「あれで良かった?あ、ちゃんと着替えて来たよ?」
僧侶「ああ、良くやった。さあ、オレ達も捜そうぜ」ポンッ
勇者「へへっ、うんっ!」
>>>>
田舎町 教会
ーーな、何だこいつは!!
ーー怯むな、戦え!!
???「バーカ、お前等が束になってもオレには傷一つ付けられねえよ」
???「こんな子供を人質にして恥ずかしくねえのか?あ?」
ーー岩!?
ーーなっ…閉じ込められッ!?
???「……ふー、えーっと、僧侶の子供達だよな?」
孤児「そうだよ?お姉ちゃんは兄ちゃんの友達?」
???「ま、まあそんなもんだ、お前達を助けに来た」
孤児「兄ちゃんの彼女?」
???「まあ、惚れてるのは確かだな。あんな男は中々いねえ」ウン
孤児「……それは日焼け?」
???「肌は元からこうなんだ、とにかくオレと一緒に来い!」
孤児「姉ちゃん格好いい!ねえ、お名前は?」
???「土龍だ!よろしくな!」
孤児「ドリュウ?わー、男の人みたい!!」
土龍「……これでも一応女なんだ、止めてくれ」
>>>>
孤児「兄ちゃんは勇者様と旅に出たの、だから今はお留守番なんだ……」
土龍「そっか、偉いな」
土龍「(にしても結構いるんだな、よく一人で面倒見れたもんだ)」
土龍「(辺りの住民も協力的みたいだし、僧侶も色々と頑張ってたんだな……早く会いてえ)」
ーー頼む、此処から出してくれ!
ーー子供達は解放する!だから頼む!
孤児「出してあげないの?かわいそうだよ」
土龍「もう少しあのままにしとく、お仕置きみてえなもんだ」
土龍「なあ、兄ちゃんに……僧侶に会いたいか?」
孤児「うん、会いたい。だけど心配かけちゃダメだから……」
孤児「兵隊の人達はすぐ怒るから怖いけど我慢出来る、ご飯も食べられるし大丈夫」ウン
孤児「きっと、兄ちゃんも遠くで頑張ってるから……」グスッ
土龍「…………」ビキッ
土龍「……皆、ちょっと目瞑っててくれ。ちょっと手品見せてやる」
孤児「手品?お姉ちゃん手品出来るの?」
土龍「まーな、だから少しだけ目を瞑っててくれ」
孤児「はーい」スッ
土龍「彼の者の光を守護する為、略奪者に裁きを下す」
ゴゴゴッ…グシャ…バシュッ!
土龍「よーし、もういいぞ?」
孤児「あっ!岩なくなってる!!何処行ったの?」
土龍「悪い王様がいる所に返したんだ、今頃びっくりしてんだろうな」
孤児「ねえねえ、もっと見せて!」
土龍「仕方ねえな、いいか?よーく見てろ」スッ
孤児「わっ、石が浮いてる!ねえねえ触ってもいい?」
土龍「ああいいぞ?皆で遊べ」
ーーすっげー!本当に浮いてる!
ーーあっ、石が逃げた!
土龍「子供達連れてさっさと行くつもりだったんだけどな」
ーーじゃあ誰が先に取れるか競争しよう?
ーーうんっ!さんせー!
土龍「これが僧侶の見てた景色……もう少しだけ此処にいるか」
続き
僧侶「勇者が純粋無垢で困る」【後編】