【関連】
やはり雪ノ下雪乃にはかなわない
やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第二部
『プロローグ』
『はるのん狂想曲編』【前編】
『はるのん狂想曲編』【中編】
『はるのん狂想曲編』【後編】
『由比ヶ浜結衣誕生日』(『はるのん狂想曲編』追加エピソード)
『その瞳に映る光景~雪乃の場合』(インターミッション)
元スレ
やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第二部(やはり俺の青春ラブコメはまちがっている )
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第28章
インターミッション・短編
『その瞳に映る光景~雪乃の場合』
著:黒猫
約束の時刻は、とうにすぎている。
11時にはデートに出かけられると言っていたのに、今はもう12時になろうとしていた。
いくら我慢強い私だって、今日だけはもう我慢できない。
いらだちを募らせて、おもわず爪を噛みそうになるのをぐっとこらえた。
今日という日を一週間も指折り数えて、八幡に甘えるのを待ち望んでいたのだから。
それは一週間前のこと。
これはけっして八幡が悪いわけでも、由比ヶ浜さんが悪いわけでもないわ。
私も八幡も、由比ヶ浜さんの勉強スケジュールを詰め過ぎていたからいけなかったのよ。
由比ヶ浜さんが風邪で倒れて、グループ研究での由比ヶ浜さん担当箇所に出てしまった。
結果としては、八幡が由比ヶ浜さんの分までレポートをやることになっても、それは当然の流れよね。
八幡が由比ヶ浜さんを見捨てるわけないし、私も八幡が由比ヶ浜さんを見捨てる事を許すわけがないもの。
それに、風邪で勉強が遅れてしまうのだから、由比ヶ浜さんの負担も減らさなければ、今後の勉強予定にも負担がかかってしまう。
だから、私が八幡に甘えるのを我慢して、八幡がレポートに集中できるようにサポートするのが当然の流れだった。
でも、それも今日の午前で終わる。
朝食時に、遅くても11時には終わるから、そうしたらデートに出かけようって約束してくれた時には、情けないけれど、泣きそうになってしまった。
この男を、こうまで好きになるだなんて、出会ったころには思いもしなかったわね。
ふふん・・・、でも、悪くはない、か。
むしろ、心地よい敗北感に満たされている。
さてと、約束の時間から1時間も過ぎたのだがら、デートの約束をしている彼女としては、彼氏の様子をみるくらい問題なし、文句も言わせないわ。
私は、ひんやりとするドアノブをゆっくりと音をたてないように回す。
5センチほどドアを開けて、耳に意識を集中させると、せわしなく鳴り響くパソコンのキータッチの音も、参考書を漁る音も聞こえてはこなかった。
けたましい音で溢れていた部屋も、レポートにいそしむ熱気も既に冷やされ、部屋は緩やかな時間を取り戻しているようであった。ファーストステップでの成果は芳しくなかった私はドアの隙間から覗き込むが、八幡の後ろ姿しか見えない。
ここからでは、よく見えないわね。
動いている様子もないし、約束の時間も過ぎているのだから、部屋に入っても大丈夫よね?
私は、もう一度自分に言い訳をすると、意を決して部屋のドアを全て開けた。
けれど、八幡は振り返りはしなかった。
音をたてないようにあけたから、気がつかなかったのかしら?
何かおかしいと少しだけ不審に思ったのだけれど、八幡に早く会いたいという誘惑には抵抗できなかった。
雪乃「八幡?」
私は、声を小さく震わせる。彼女だというのに、おどおどしすぎね。
でも、八幡が悪いのよ。大切な彼女を一週間もほうっておいたのだから。
雪乃「八幡?」
もう一度声をかけてみたのだけれど、八幡の声を聞くことができなかった。
どうしたのかしら?
私は、八幡が座るローテーブルの隣まで歩み寄る。
膝を折り、八幡の隣に座ってみたのだけれど、それでも反応がなかった。
それもそのはず。なにせ八幡はテーブルに顔を突っ伏して寝ているのだもの。
どおりで部屋が静かなわけね。時間が過ぎても出てこれないわけだわ。
私は、うきうき気分で部屋のドアの前で朝から待機していたというのに、八幡はそんな彼女の気持ちも知らずに、よくもぐうすか寝られるわね。
最近私の存在を軽くみているのかしら?
それとも、今日のデートを楽しみにしていたのは、私だけだったのかしら?
不安を募らせながら八幡の寝顔を見つめていると、その不安はいつしか不満へと変化していく。
どうして私ばかり我慢しなければいけないのかしら?
大学でだって、学部が違うから、ずっと一緒にいられるわけでもない。
その点、由比ヶ浜さんはいいわね。八幡の隣に常にいられて。
ガタっ。
突然発せられた物音に、私は身を固くする。
八幡を見つめながら、いつしか思考に没頭してしまったようだ。
八幡「う、うぅん・・・」
どうやら八幡が寝返りをうったらしい。
今までは、八幡の後頭部しか見えてはいなかったのだけれど、寝返りを打つことにより、八幡の寝顔を私の目の前に放り出される。
私は、思わず目を見開いて凝視してしまった。
八幡の寝顔なんて、毎日のように見ているはずなのに、今朝だって、八幡への可愛い恨みを込めながら寝顔を堪能していたというのに、急に無防備な姿をさらけ出されては、きゅんってしてしまう。
・・・・・・そうだわ。この寝顔をいつでも見られるように、写真を撮っておきましょう。
どうして今まで気がつかなかったのかしら?
もし毎日写真を撮っていたのならば、この一週間、もう少し元気に過ごせていたかもしれないのに。けれど、無駄ね。
私がそんな写真だけで満足するわけがないもの。
写真を撮ることよりも、今目の前に八幡の寝顔を堪能し始めようとしたが、うずうずしだしてしまう。このままでは、落ち着かない。
私は、声が出ないようにひっそりとため息をつくと、リビングに戻ることにした。
1分後。
私は、再び音も立てずに八幡の隣へと戻ってきてしまった。
いいえ。戻ってきてしまったのではなく、本当はリビングに携帯を取りに行っただけ。
だって、この寝顔。携帯に保存しておけば、いつでも見られるじゃない。
だから私は、携帯のカメラ機能を起動すると、ゆっくりとレンズを八幡に近付けていった。
ピントが合い、これでようやく八幡の寝顔を手に入れられる思いを胸にシャッターボタンを押す指に力を加えようとしたが、すんでのところで指が止まる。
・・・・・・・このままでは駄目だわ。このままシャッターを押してしまったら、シャッター音がしてしまうもの。
耳ものとシャッター音がしてしまったら、いくら気持ちよく寝ている八幡でも起きてしまう。
うかつだったわ。早く写真が欲しいからといって、安易に携帯を選択したのが間違いだったようね。
これは、いつも冷静な私からすれば、あってはならないミス。
危うく最高の機会を見逃すところだったわ。
私は、再び小さくため息をつくと、再びリビングに戻ることにした。
40分後
雪乃「むふぅ~・・・」
鼻息荒くミラーレス一眼カメラを手から離す頃には、幸せで満ち溢れていた。
もうお腹いっぱいだわ。さすが私。カメラの才能もあって、よかったわ。
いいえ、才能なんて陳腐な言葉で片付けるなんて、私も撮影で疲れているのかしらね。
魂を込めて八幡をカメラのレンズに収めてきた結果がここにあるんだわ。
今までの撮影がなければ、きっと今日の収穫に満足できずに、絶望を味わっていたはず。
昔はカメラで撮られると魂がとられてしまうだなんて迷信があったけれど、あれは嘘ね。被写体の魂ではなくて、撮影者の魂が削れられいるもの。
さてと・・・、そろそろ八幡を起こさないといけないわね。
私が壁時計を見ると、時計の針はもうすぐ1時を示そうとしていた。
私ったら、40分以上も撮影していたのね。
もともと体力に自信がないのだけれど、日ごろの鍛錬のおかげで、多少は体力がついたのかしら。
それに、八幡と毎日大学まで自転車で通っているのも、いい結果をうんでくれたみたいね。
八幡を起こそうと肩に手を伸ばそうとしたが、私は途中で動きを止めた。
もう少しだけ見ていても、問題ないわよね?
あと10分くらい遅くなったとしても、たいして変わり映えしないもの。
それに、レンズ越しよりも、生身の八幡をもっと見ておきたいわ。
けれど、人の欲なんて際限ないのだから、ここは心を鬼にして起こすべきね。
私は、再び八幡を起こそうと、今度は耳元に顔を寄せていく。
肩を揺さぶって起こすよりも、私の声の方がいいわね。
私だったら、八幡の声で目覚めたいもの。
さらりと顔に垂れ下がってくる髪を耳の後ろへと撫で流して、顔を近づけていく。
ゆっくりと、ゆっくりと近づけていったが、八幡まであと5センチと迫っても、その勢いを減速させる事はなかった。
私の唇が、八幡の頬によって軽く押し返される。
何度もキスを繰り返してきたというのに、味わったことがない高揚感が私を襲う。
可愛らしく頬へのキスだというのに、情熱的なキスと同じくらい私を熱くさせる。
体中に厚い衝動が駆け巡り、体がピクリと反応してしまう。
その衝撃が私の唇から八幡に伝わってしまうんじゃないかと思えて、おもわず八幡の頬から唇を離してしまった。
キスを終えた私には、今までにない恍惚と背徳感が溢れていた。
今までだって、寝ているときにキスしたり、いたずらしたこともあるし、写真だって撮ったこともある。
でも、今の気持ち・・・・、一週間も我慢していたせいかしら?
未知なる衝動に戸惑いを隠せない。
いくら考えたとしても、答えなんて出ないのかもしれないわね。
だったら、もう一度経験すれば、済む事だわ。
もう一度頬にキスしようと近づいていくと・・・・・。
八幡「ん、・・・うぅん・・・」
八幡が寝返りをうつ。この時ばかりは、背徳感というよりも罪悪感が優先されていた。
猫のように物音を立てずに身を浮かせると、ふわりとその場を離れる。
二メートルくらい八幡から距離をとると、まさしく猫のごとく警戒した。
両手を前に伸ばして、しっかりと両手両足で床を掴む。
身を低くして様子を伺っていると、どうやら今回も寝返りだけですんだみたいだった。
警戒感が少しずつ解けていく私は、前方でしっかりと床を掴んでいる両手の方へと体重を移していく。
そして、両手両足を器用に使ってペタペタと再び八幡の元へと戻っていった。
なんで私がこそこそとしないといけないのかしら?
でも、このスリル、悪くはないわね。
そう妖艶に頬笑みを浮かべると、もう一度キスをしようと顔を近づけようとする。
今度は口にしようかしら?
もう、起こさないといけないのだし、キスで起こすのもいいわね。
しかし、すぐさまそれは断念しなければならなかった。
この角度からではキスができない。
八幡が寝返りを打ったせいで、キスをすることができなかった。
どうしようかしら?
私は、ローテーブルに両腕をのせて顔をうずめると、じぃっと八幡を見つめながら考えを巡らせていく。
ほんとう、気持ちよさそうに寝ているわね。
効率が悪くなるからって、徹夜はしないっていってたのに、期日に間に合わせる為に、相当無理をしていたわね。
私は、無意識のうちに手を伸ばして、八幡の髪を撫でていた。
慣れ親しんだ柔らかい感触が手と溶け合ってゆく。
指先と絡み合う髪がすり抜けていくのを、何度も何度も堪能する。
私が隣にいるっていうのに、なんで寝ているのよ。
いつしか私の瞼も重くなってゆく。
きっと幸せそうに寝ている八幡を見ているせいね。
でも、このまま寝てしまうと、ちょっと寒いかもしれないわね。
私は、八幡の体に身を寄せて暖をとると、睡魔に身を任せることにした。
私が目を覚ますと、すっかりと日は暮れて、西日が差しこんできていた。
ぬくぬくと身をくるむ温かさが気持ちいい。
それもそのはず。八幡という暖房器具だけでなく、タオルケットまでかけられていた。
八幡の肩を借りたまま、寝てしまったのね。
でも、タオルケット?
私は、タオルケットの真実を探ろうと、目をしっかりと開くと、目の前には八幡の顔が迫って来ていた。
閉じかけていた八幡の目が、私の目とあい、大きく見開いていく。
けれど、八幡の反応はそれだけで、驚いたのは私だけであった。
八幡「おはよう」
八幡は、さも当然という顔をして、目覚めの挨拶をしてくる。
私に勝手にキスをしようとした事を悪びれる様子もなく、いつもの心を落ち着かす声。
私も勝手にキスをしたけれど、少しは慌ててくれてもいいじゃない。
雪乃「おはようのキスはしてくれないのかしら?」
八幡は、もうキスをしようとはしていなかった。
息遣いさえ聞こえる位置まで接近していた顔は、すでに十分距離をとっている。
八幡「あぁ、それな。タイミングっていうか、なんというか・・・・・・。一度タイミングを逃してしまうと、気まずいんだよ」
雪乃「そうかしら? 私がしてもいいって言っているのだから、気まずいはずなんてないわ」
八幡「どういう理論だよ。俺の気持ちの問題だぞ」
私が不満げな表情を浮かべても、八幡はキスをするつもりはないようだ。
もう少し女心というか、私の気持ちを理解してほしいわね。
この際女心はいいから、雪乃心だけはマスターさせるべきね。
そう小さく盛大な決心を秘めると、今回のキスはなくなく諦めることにした。
八幡「もう5時だな。どうする? 時間が時間だし、外に何か食べに行くか? 昼も食べていないし、お腹すいてるんだよな」
雪乃「そうね。誰かさんが居眠りしているからいけないんだわ。レポートが大変だったのは、よく知っているから、約束の時間に遅れた事はいいとしましょう。でも、寝てしまうのはよろしくないわね」
八幡「雪乃も一緒に寝てたじゃないか? 起こしてくれてもよかったんだぞ」
雪乃「だって、八幡が気持ちよさそうに寝ているからわるいのよ。だから、私も睡魔に襲われて・・・・・・。このタオルケットは八幡が?」
八幡「あぁ、手に届く範囲に置いてあったからな」
雪乃「そう・・・、ありがとう」
私がにっこりとほほ笑みかけると、八幡は照れくさそうに少し顔を背けた。
相変わらず感謝の言葉に弱いのね。
感謝の言葉に慣れていないのも、八幡の魅力かしら。
なんでも当たり前の事にしないところが、いつも新鮮でいられる秘訣かもしれないわね。
でも、いまだになんでも自分一人で背負いこもうとするところだけはなおしてほしいわ。
私たちを守ろうとしているのはわかるのだけれど、それで心配する私の身も考えて欲しいわね。
・・・・・・今では八幡も、私が心配している事をわかっている・・・か。
わかっていても一人でやる事を許してしまう私が悪いのかしら?
そうね。八幡は、ずっとそうやって生きてきたんだもの。
私の方から歩み寄って、抱きしめてあげないと駄目ね。
雪乃「ねえ、八幡」
八幡「な・・・んでそうか?」
やはり警戒してくるわね。
ほんと、私の言葉の意図するところを読みとる力は相変わらずすごいわね。
私が呼びかけた「八幡」という言葉一つだけで、私が何が言いたいかをすばやく読みとってしまう。
ある意味、子供ね。子供が母親の顔色を伺うそれと同じ、か。
雪乃「私、怒っているのよ」
八幡「起こさなかった事か? 気持ちよさそうに眠っていたんで、つい見惚れてしまって」
雪乃「それは、仕方ないわね。見惚れていたのでは、致し方ないわね」
八幡「だろ?」
雪乃「たしかにそうだけれど、私が怒っているのは別の事よ」
八幡「約束の時間が過ぎているのに、俺が寝ていた事か? それは、悪かったよ。レポートが終わった~ッと思ったら、つい気が緩んでな。10時には終わったんだけど、ほんの少しだけ仮眠をと思ったら、熟睡してしまった。ほんとっ、ごめん」
雪乃「私に一言声をかけてくれればよかったのに。そうすれば、座ったままではなくて、ベッドでゆっくりと寝て、時間がきたら私が起こしたわ。そうね、八幡も疲れているのだから、終わったのが10時だとしたら、3時頃まで寝ていればよかったのではないかしら?」
八幡「そうだな。徹夜続きで、だいぶ判断力が鈍ってたようだな。だとすると、レポートの方も不安だな。なんか適当な事を書いていそう」
八幡は、レポートの束を気にするそぶりを見せるけれど、本当は自信があるくせに。
あなたは、いくら疲れていても、手を抜かない人よ。
それは、私が保証する。だって、ずっと見てきたのだもの。
雪乃「だったら、あとで私が目を通しておくわ。専門的な所はわからないけれど、レポートとしての体裁を見るくらいなら可能だと思うわ」
八幡「それは助かるよ。でも、採点は甘くしてくれよ。雪乃のチェックはいつも厳しいからな」
雪乃「それだとチェックの意味がないわ。やるからには本気よ」
八幡「・・・お手柔らかに、お願い・・・します、ね」
私は、自然と笑みが漏れる。八幡が私に脅えているところも可愛いと思うわ。
でも、違うの。だって、八幡が「今、私を」頼ってくれるのですもの。
本当は、レポートをやっているときに頼って欲しかった。
私も課題やテスト対策に追われていて、忙しかったけれど、八幡もそれは同じ。
だから、いくら私が忙しいといっても、私を頼ってほしかった。
いつか、きっと、八幡の隣に常にいられるようになっていたいから。
雪乃「それで、私が怒っている事は、わかったかしら?」
八幡「俺が寝ていた事じゃないのか?」
雪乃「違うわ」
八幡は、私の言葉を噛み締めると、一呼吸おいてから声を絞り出した。
八幡「じゃあ・・・、寝ているときに、キスしようとした事か?」
八幡が照れながら言うものだから、私もつられて照れてしまう。
私は、怒っているのだから、照れてはいけないわ。
あたしの顔が赤くなっているとしても、それは照れているからではなく、怒っているからよ。
雪乃「そ・・・そ・そ、そそそ、・・・・はぁ、・・・それは、怒っていはいないわ。むしろキスで私を起こそうだなんて、八幡も存外ロマンチストね」
八幡「それは、まあ・・・、なんというか、な。それで、なんで怒ってるんだよ。もうお手上げ。わかりません。教えてください」
こんなこともわからないなんて。八幡も、雪乃心の勉強がまだまだ必要ね。
雪乃「キスよ」
八幡「キス? 俺がキスしようとした事は、怒ってないって言ったじゃないか」
雪乃「逆よ」
八幡「は?」
雪乃「だから、キスしようとして、・・・・・・それを途中でやめたからよ」
八幡は、相変わらず理解できないとぼけぼけっとした情けない顔をしていたが、ゆっくりとだが私の意図をかみ砕いていった。
そうよ。途中でやめるだなんて、意地悪すぎるわ。
私は、一週間も我慢していたのよ。
それを、目の前まで迫っていて、最高にドキドキしていてのに、それをお預けだなんて、あまりにもむごい仕打ちよ。
八幡「それを理解しろっていうのは、あまりにも難しいだろ。こっちは、勝手にキスしようとして罪悪感があったんだぞ。それを逆に解釈しろだなんて、無理すぎる」
雪乃「そうかしら?」
八幡「そうだよ」
雪乃「だったら、今ならどうかしら? その時は無理でも、今なら可能でしょ」
今度は、私の言葉をすんなりと理解した八幡は、そっと私の肩を引き寄せる。
だから、私は目を閉じる。その瞬間を待ちうける為に。
けれど、期待していた感触は、頬に優しく触れただけであった。
これはこれで嬉しいのだけれど、これでは満足できないわ。
私は、すうっと目を開くと、はにかみそうな笑顔をうち消して八幡を睨みつける。
八幡もわかっているはずなの、どうして?
そう思うと、私は怒りよりも、悲しみが満ち溢れていってしまった。
八幡「ごめん。泣くとは思ってなかった」
え? 泣いているの、私。
涙の感触を確かめようと目元に手をもっていこうとしたが、涙の感触を確かめる事はできなかった。なにせ、八幡が私の腕ごとぐずつく私を優しく包み込むんだもの。
さすがの私も、健気にデートは待っていられても、目の前まで迫ったキスの「待て」だけは我慢できないみたいね。
八幡「ほら、さ。雪乃は、さっきフライングで、俺の頬にキスしただろ? だから、そのお返しっていうか、なんていうか。まあ・・・、本番のキスは、デートに行ってからのほうがいいかなってさ」
八幡の衝撃すぎる告白に、私の肩がピクリと震えた。
だって、八幡は、12時に私がこの部屋に来た時、起きていたって事よね。
いつ起きたのかしら? そんなそぶりは見せなかったのに。
だったら・・・、私が、じぃっと八幡の寝顔を見ていた事も、
八幡の頬にキスした事も、
口にキスしようとして失敗した事も、
そして、長々とその寝顔を写真に収めていた事も。
もしかしたら、その全てがばれていたっていう事、かしら?
・・・恥ずかしすぎる。きっと、今日一番の顔の赤さを誇っているわね。
尋常じゃない熱をもった血液が私の中を駆け巡った。
これでは、八幡の胸にうずめている顔を上げることができないじゃない。
どうしてくれるのよ。
と、責任転換をしているときではないわね。
雪乃「ねえ、八幡」
八幡「ん?」
雪乃「目を閉じててくれないかしら」
八幡「ああ、閉じたぞ」
雪乃「ほんとうに閉じたかしら?」
八幡「信じろって」
雪乃「なら、いいわ。信じてあげる」
八幡の胸元に潜っていた顔を恐る恐るあげると、宣言通り、八幡は目を閉じていた。
・・・でも、さっきは寝ている振りをしていたのよね。
本当に、目を閉じているのかしら?
私は、息を止めると、ゆっくりと八幡の顔に近寄っていく。
八幡の呼吸を感じ、こそばゆいが、そこはぐっと我慢する。
どうやら、今回は本当に目を閉じているようね。
私が目の前まで迫っても、平然としているられるのだから、これで目を開けているのなら、もはや判断する事はできないわね。
八幡「まだ目を閉じていないといけないのか?」
雪乃「もう少しよ」
私は、意を決すると、再び八幡の顔に唇を寄せていく。
今度は、八幡の言い訳も、反論も、戸惑いも、全て許さないわ。
だから、私は八幡の唇を私の唇で覆う。
これ以上の言葉を紡がせない為に。
・・・それに、キスをしているのならば、顔が赤くても、不思議ではないわ。
だから、私の顔が真っ赤であっても、それは当然なのよ、八幡。
517 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/12/04 17:36:22.60 XYU0qp7F0 11/11
第28章 インターミッション・短編『その瞳に映る光景~雪乃の場合』 終劇
次週は、 第29章 クリスマス特別短編『パーティー×パーティー』
をこのスレにてアップ致します。
第28章 あとがき
ネタばれですが、
タイトルの『その瞳に映る光景』の『その瞳』の持ち主ですが、
それは八幡の事です。
つまりは、短編を読んでくださればわかると思いますが、これがラストに繋がるわけです。
さて、『その瞳に映る光景~雪乃の場合』とあるように、『雪乃の場合』以外にもあるのではないかと勘繰ってしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、あるのはホワイトアルバム2の『かずさの場合』があります。
なにせ先にこのあとがきを書いているので、今の段階でアップしているかは不明ですが、『かずさの場合』のプロットは完成しています。
今回の短編以外に、もう2本短編プロットを同時期に作っていますが、長編のプロットとは別カウントです。
短編でしたら、プロットをぽろぽろと結構いきなり作ったりしていて、そのまま放置というのもわりと存在していますし。
いつか書く詐欺の始まりだったら、嫌だな・・・。
今回は、ちょっと書いてみたいなという突発的な衝動で短編書いてしまいました。
クリスマスネタの短編プロットも作ってありますので、クリスマスの時期になったらもしかしたらアップするかもしれません。
ええ・・・、これこそ「いつか書く詐欺」にならないように頑張ります。
次週より長編『愛の悲しみ編』突入です。
『はるのん狂想曲編』までの流れの続編です。
高校生編は、この長編・続編が終わったら、もしかしたら書くかもしれません。
次週も頑張りますので、宜しくお願いします。
という、あとがきをけっこう前に書いたのですが、日付をみたら12月。
このまま長編の新章に突入しても、すぐにクリスマス短編を挟んでしまいますので、さきにクリスマス特別短編『パーティー×パーティー』をアップ致します。
このスレで第29章としてアップする予定です。
来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。
黒猫 with かずさ派