― 病院 ―
青白い顔をした、美しい少女が寂しげにつぶやいた。
病弱少女「あの葉っぱが落ちたら……私の命は終わるのね」
男「そんなことないって! 絶対回復するよ!」
病弱少女「いいのよ……無理しないで。自分のことは自分が一番よく分かってる」
病弱少女「あなたはあなたの道を歩んで……」ケホッ
病弱少女「私なんか好きになったら……絶対後悔するわ」
男「しないよ! 俺は君のことが好きなんだ!」
病弱少女「優しいのね……」ケホッケホッ
元スレ
病弱少女「あの葉っぱが落ちたら……私の命は終わるのね」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1446036062/
病弱少女「いいわ……だったら、私のことを教えてあげる」
病弱少女「だから、私を外の世界へ連れてって……」ケホッ
男「いいとも……連れていってあげるよ。おいで」
病弱少女「ありがとう」ギュッ
男の手を握り締めた少女の指は、ピアニストのように細く美しかった。
ベッドから下りると、少女は病院の床を踏み抜く勢いで駆けだした。
バシュッ!!!
病弱少女「さぁ……ついてきて」ドドドドドッ
男(速い……! しかも、なんと美しく力強いストライド走法だ……!)
男(まるで、一流のサラブレッドのような……ッ!)
院長「そこまでです」
病弱少女「!」
男「!」
二人の前に、病院の院長が立ちはだかった。
院長「あなたは重病患者……勝手に退院してもらっては困りますなァ……」
病弱少女「退院ですって? 私は少し外出したいだけよ」
男「そ、そうだ! ちょっとぐらいいいでしょう! いい気分転換になるし!」
院長「ほう、この私に逆らうというのですか?」
院長「――ならば死ねいッッッ!!!」
男「そこまでです!」
男「今の発言と行動……しっかりと録画させていただきましたよ」
院長「なに……!?」
男「これをYouTubeに投稿すれば、あなたの医師人生は終わりです」
男「それがイヤなら、俺たちを外出させて下さい!」
院長「フフフ……クククッ……ハッハッハッハッハッハッハ!」
院長「バカがッ! YouTubeが怖くて医者がやれっかッ!」
男「なにっ!?」
院長「こちとら、こないだも盛大に手術ミスする瞬間をYouTubeに投稿して」
院長「1000万再生を達成した、生粋のユーチューバーよォ!」
男「ぐぐっ……! 俺じゃ、彼女の助けにはなれないのか……!」
「スキを作ってくれて、ありがとう」
天井から声が降ってきた。
少女はいつの間にか、蜘蛛のように天井に張りついていた。
病弱少女「頭上ががら空きぞよ……院長ォォォッ!!!」バッ
院長「し、しまっ――」
ドゴォンッ!!!
少女は天井から落ちる勢いで、院長の脳天にエルボーをめり込ませた。
院長の体は床を突き抜け、地下室にあるホルマリンプールに叩き込まれた。
ザバァァァンッ!!!
病弱少女「安らかに眠りなさいな……院長」
男「遺体保存用のホルマリンプール……都市伝説かと思ってたが、実在したとは……ッ!」
……
……
……
死体A「おーい、大丈夫っすかー」ツンツン
死体B「とりあえず息はあるみてえだ。新入りになることはなさそうだな」
院長「…………」ピク…ピク…
院長を撃退し、晴れて外に出た二人。しかし――
病弱少女「…………」ピクッ
男「どうしたの?」
病弱少女「おや……? 私のようすが……」
男「?」
病弱少女「ゲボオオオオオオオオオオオオッ!!!」ゲボォォォォォ
突然、少女は大量の血を吐き出し始めた。
男「だ、大丈夫!?」
病弱少女「ええ、平気よ……」ゲボォォォォォ
男「だけど、すごい勢いだよ! まるで噴水だよ!」
病弱少女「ううん、いつものことだから……」ゲボォォォォォ
男「いつもって……もう10リットルぐらい出てるよ!」
病弱少女「このぐらいなら……大丈夫」ゲボォォォォォ
彼女が吐き出した血は、一滴残らずナースによって回収された。
ナース「これでまた、大勢の命が救われます」
病弱少女「よかった……」ニコッ
男「大勢の命って……いったいどういうこと?」
病弱少女「私の血はどんな人にも適応する万能血液で、しかも保存がきくの」
病弱少女「だから、輸血用血液として最適なのよ」
男「なるほど……どうりで院長が退院を止めるわけだ……」
― 町 ―
病弱少女「町に出るなんて、本当に久しぶり……」ケホッケホッ
病弱少女「連れ出してくれて、ありがとう……」
男「礼をいわれるようなことじゃないよ。さ、散歩を楽しもう」
すると――
チンピラ「ここは通行止めだぜ、お二人さん」
チンピラ「ここを通りたきゃ、通行料を払ってもらおうか?」ニヤッ
男(今時こんな手で金を稼ぐチンピラがいるんだな……ここは素直に払っておくか)
男「いくらだ?」
チンピラ「一人千円……二人だから二千円だ」
男「五千円札しかないけど、ほら」ピラッ
チンピラ「ああっ! 五千円じゃダメだ! 釣りが出せねえ!」
男「だったら、三千円儲けておけよ」
チンピラ「でも……じいちゃんが遺言で“釣銭をごまかすような男になるな”って……」
男「もう、めんどくさいな……」
病弱少女「どうかしたの?」ケホケホッ
チンピラ「――ん?」
チンピラ「そっちの女……もしかして病人か?」
男「ああ、さっきまであっちにある総合病院に入院してて、今は外出してるんだ」
チンピラ「…………」
チンピラ「へっ、オレだって、病人から通行料をせしめるほど鬼じゃねえ」
チンピラ「今日は通行料をタダにしといてやるぜ!」
男「ホントか? ありがとう!」
病弱少女「…………」
病弱少女「気に入らないねぇ!」
チンピラ「なん……だと……!?」
病弱少女「私は病人だからって避けられるのはイヤだけど」
病弱少女「必要以上に優しくされるのもイヤなのよ」
病弱少女「かかってきな、チンピラ」クイクイッ
病弱少女「それとも、しょせんアンタも祖父のようなヘタレなのかしら?」
チンピラ「このアマ……!」ビキビキッ
チンピラの顔が耳まで真っ赤に染まる。
男(まるで、完熟トマト!)
チンピラ「オレは、オレは……じいちゃんの悪口だけは絶対許せねぇんだァ!」
チンピラ「シェアァッ!」
ベキィッ!
チンピラのローキックが、少女の足に炸裂した。
病弱少女「うぐっ!」ゲボォォォォォ
男「大丈夫かい!? 20リットルぐらい血を吐いたけど……」
病弱少女「平気よ……これぐらい」
病弱少女「それに……今のはわざと吐いたのよ」ニコッ
男「わざと!?」
ウゾウゾ…… グニュグニュ……
道路に吐き出された大量の血液が、生き物のように動き始めた。
みるみるうちに液体から、ゲル状の軟体生物に変化していく。
スライム「…………」ムクムク…
スライム「ブラァァァッド!」
男「なんだこいつは!? 赤いスライムだ!」
病弱少女「私が吐き出した血から作り出した人造生物……“ブラッドスライム”よ」
男「ブラッドスライム!?」
病弱少女「さぁ、あの三流チンピラを血祭りにあげてやりなさいな!」ビシッ
チンピラ「うおおおおおおっ!」バキッ ドカッ ベキッ
スライム「ブラァァァァァッド!」プルプルプル
チンピラとスライムは一進一退の攻防を繰り広げる。
男「両者一歩も譲らない……! 全くの互角! どんぐりの背比べ! 熱いぜ!」
病弱少女「ええい、なにやってるのよ! ブラッディスライム!」
思った以上にスライムが苦戦するので、少女は苛立ち始める。
病弱少女「そんなチンピラに苦戦しないでちょうだい! ブラッドスライム!」
病弱少女「ブラッディスライム! それでも私の血を受け継いだ化け物なの!?」
男(ブラッドなのか、ブラッディなのか、どっちなんだ)
しかし、スライムとしては、全力を尽くしてるのに罵られてはたまったものではない。
スライム「…………」クルッ
チンピラ「ん?」
スライム「ブラァァァァァッド!」グワッ
病弱少女「なにィ!?」
スライムはついに生みの親である少女に牙をむけた。
スライム「ブラァ! ブラァァァ! ラァッ!」プルプルプル
病弱少女「や、やめてっ! やめなさいっ! ブラックスライム! ――いやぁぁっ!」
男(ついにブラックになった)
チンピラ「――やめろ!!!」
スライム「!」ピタッ
なんと、チンピラの一喝でスライムの攻撃が止まった。
チンピラ「たしかに、怒られてムカついたかもしんねえけどよ……」
チンピラ「そいつはおめぇのおっかさんなんだ……」
チンピラ「おっかさんを殴っちゃいけねえよ」
スライム「ブラ……」シュン…
チンピラ「あと、名前が安定してねえから、ちゃんと名前をつけてやるよ」
チンピラ「今からおめえの名前は――“鮮血より生まれし軟体堕天使”だ!」
鮮血より生まれし軟体堕天使「ラブゥゥゥゥゥ!」ピョンピョン
意気投合したチンピラと鮮血より生まれし軟体堕天使は仲良く去っていった。
病弱少女「あーあ……息子を奪われちゃったわ……」ケホッ
男「彼は立派に巣立ったんだよ……君のもとから」
― 畑 ―
町外れにある畑の近くを歩く二人。
病弱少女「お腹……すいたわね」グギュルルルルル
男「うん……どこかお店に入る?」グゥ…
病弱少女「ううん……そこの畑から大根をもらってきちゃった。これ食べましょ」スッ
男「い、いつの間に!? 許可は?」
病弱少女「もらってないわ」
男「ええっ! それって泥棒じゃない!?」
病弱少女「いいからいいから。さ、食べましょ」
病弱少女「ぬんっ!!!」ボツボツ
少女が力を込めると、腕に鋭利な鳥肌が立った。
病弱少女「この鳥肌で、大根をすり下ろすと……」ジョリジョリジョリ
病弱少女「大根おろしの出来上がり~!」
男「わぁっ! おいしそうだ!」
病弱少女「いただきます……」ハムッ
男「いただきます!」モグッ
男「うまい! 柔らかくて、程よい甘みと辛みがあって、クセになる風味だ!」モグモグ
病弱少女「ええ! おいしくて、おいしい! なんかもうおいしいわ!」ガツガツ
そこへ、畑の主がやってきた。
農民「コラァッ! おめえたちだべか! オラの大根盗んだのは!」
病弱少女「盗んでないわ、永久に借りておくだけよ」
農民「なんだべ、その理屈は!」
病弱少女「だって……私、病人だから……」ケホケホッ
農民「病人ってのは免罪符にならねえべ!」
病弱少女「こんなに重病なのよ?」ゲボォォォォォォォ
農民「血を吐き出したってダメだべ!」
男(今、30リットルは吐き出したかな……)
病弱少女「じゃあ……どうしたら許してくれるの?」
農民「決まってるべ、料理対決だべ!」
農民「料理対決でオラに勝ったら、許してやってもいいべ!」
農民「ただし、おめえが負けたら……当分畑仕事を手伝ってもらうべ!」
病弱少女「分かったわ。だったらテーマは……大根でどう?」
農民「いいべ! 大根料理で勝負だべ!」
病弱少女「え! 大根料理で勝負を!?」
30分後、二人の料理が完成した。
農民「まずはオラからだべ!」
農民「西洋の菓子マカロンに、小さく切った大根を挟んでみただべ!」
男「…………」モグッ
男「うっ!? こ、これは――」
男「マカロンの甘さと大根の辛みが、互いの長所を完全に消し合ってる!」
男「まずい! まずすぎる!」オエッ
農民「なんだってだべ!?」
対する少女は――
病弱少女「なんの調理もしてないわ」
病弱少女「ただの大根よ」ドサッ
男「…………」ボリッ
男「なんてうまい大根なんだ……! なぜか涙が出てくる……!」ポロポロ…
農民「そ、そんな……べ」
男「この勝負……」
男「自分で作った大根を信じ切れず、マカロンと組み合わせるなんて奇策に走った――」
男「あなたの負けだ!」ビシッ
農民「ぐわぁぁぁぁぁべっ!」
農民「オラの完敗だべ……」
農民「だけど、おかげで勉強になったべ! オラ、自分の野菜をもっと信じるべ!」
男「その意気ですよ!」
病弱少女「きっと……あなた、もっとすごい野菜農家になれるわ」ケホッ
農民「ありがとうだべ、二人とも!」
農民と別れを告げ、二人は新たな地に旅立つ。
― 河原 ―
ベレー帽をかぶった画家が、キャンバスに絵を描いていた。
画家「うぅーむ……」
画家(しまった……。青色の絵の具が足りない……どうすべきか?)
男「穏やかな川だね」フフフ…
病弱少女「ええ、まるで三途の川みたい」ホホホ…
画家(おおっ、あの娘の青白さ……使える!)
画家「お嬢さん!」
病弱少女「なにかしら……?」ケホッ
画家「あなたの青白さを……いただきます」シュッ
画家の絵筆が少女の顔を撫でると、あら不思議。
たちまち少女の青白い顔は、ほのかな赤さをまとった健康的な色になった。
男「すごい……! まるで別人のようだよ!」
健康少女「これでやっと、ブルーレットおくだけみたいな顔とおさらばできるのね!」
画家「…………」ヌリヌリ…
画家「あー、この青色はなんかちがうな。不健康的すぎる」
画家「ごめん、やっぱ返す」シュッ
喜びもつかの間、少女の顔はいつもの青白さに戻ってしまった。
病弱少女「…………」
男「…………」
病弱少女「オラァッ!!!」ブオンッ
ザバァァァンッ!!!
画家は川の中に投げ込まれた。
そして、頭の打ちどころがよかったのか、それとも悪かったのか、
「いい絵を思いついたぞ!」と叫びながらどこかに流されていった。
― 居酒屋 ―
コップをなめるように、ちびちびとビールを飲む男。
男「…………」グビッ
一方、少女は青白い顔で、葉巻を吸いながらウォッカを飲みまくる。
病弱少女「…………」グビグビ
病弱少女「…………」スパスパ
男「あの……ずっと聞きたかったんだけど」
病弱少女「なに?」グビグビスパスパ
男「君はいったい……体のどこが悪いんだい?」
病弱少女「肺と肝臓」グビグビスパスパ
男「お酒と葉巻って、どっちにもよくなさそうだけど……」
病弱少女「うん……」グビスパ
病弱少女「だけど、毒をもって毒を制するっていうでしょ?」グビグビスパスパ
男「一理ある!」
病弱少女「それに……一度きりしかない人生だし……」グビスパグビスパ
病弱少女「悔いのないように、したいから……」グビビスパパパグビスパ
男「そういうことか……」
病弱少女「うっ!」
病弱少女「げぼおおおおっ!」ゲボォォォォォォ
男「だ、大丈夫かい!? 40リットルは血を吐いたけど……」
病弱少女「うん、大丈夫……慣れてるから」ゲボボォォォォォォ
男「お、50リットル突破」
店長「お客さーん、いい吐きっぷりだね!」ニカッ
まぶしすぎる笑顔を浮かべる店長。
なぜならこの店長、客が吐いているところを見るのがなにより好きなのだ。
男「もう夜の9時だ……そろそろ病院へ戻ろうか」
病弱少女「うん……」ケホッ
店長「またいらっしゃーい!」ニカッ
店長のまぶしすぎる笑顔が、すっかり酔っ払った二人を見送った。
― 病院 ―
病室に戻った二人。
病弱少女「今日は楽しかったわ……ありがとう」ケホッ
病弱少女「私、こんなにはしゃいだの初めて……」
男「楽しんでもらえて嬉しいよ」
病弱少女「…………」
病弱少女「……ねえ、あの窓の外にある葉っぱを引っぱってみて」
男「え、だけどあの葉っぱは君の心の拠りどころじゃないか!」
病弱少女「いいから……引っぱってみて」
男は外に出て、少女のいう葉っぱを引っぱってみた。
男「ふんっ!」グイッ
男「ふんっ!!」グイイッ
男「ふんっ!!!」グイイイッ
男「す、すごい……! 全体重かけても、ビクともしない……!」
男(たとえチェーンソーを使っても、この葉っぱは落ちないにちがいない……!)
病弱少女「――ね?」
病弱少女「もう分かったでしょう?」
病弱少女「これが私なの……」
病弱少女「たしかに私は病弱だけど……多分あなたの好みのタイプではないわ」
病弱少女「だから……」
男「なにいってるんだよ!」
病弱少女「!」
男「俺……今日一日で君に惚れ直しちゃったよ! 君は最高の女性だよ!」
男「ぜひ、俺と付き合って下さい!」
病弱少女「嬉しい……」ゲボォォォォォ
男「100リットル達成! すごいや!」
二人きりの病室に、腕組みをした院長が現れた。
院長「フッ……」ザッ…
男「院長!?」
院長「どうやら、君は彼女以上の病気だったようだね……」
男「俺が……病気!?」
院長「そう……“恋の病”というね」ニコッ
病弱少女「なにうまいこといったような顔してるのよ」
ドゴォンッ!!!
少女は院長の脳天に、全力で拳をめり込ませた。
院長の体は床を突き抜け、地下室にあるホルマリンプールに叩き込まれた。
ザバァァァンッ!!!
病弱少女「じゃあ……今夜は恋人で病人同士、二人一緒にこのベッドで眠らない?」ケホッ
男「いいのかい?」ギシッ…
病弱少女「うん……」アンッ…
この日、二人の凄まじい声に、
病院の人間は誰一人として眠れなかったことはいうまでもない。
― 完 ―