【関連】
やはり雪ノ下雪乃にはかなわない
やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第二部
『プロローグ』
『はるのん狂想曲編』【前編】
『はるのん狂想曲編』【中編】
『はるのん狂想曲編』【後編】
以前にも話しましたが、ハーメルンで『はるのん狂想曲編』の加筆修正版をアップしているのですが、原文八千字弱に対して加筆修正するとたいていは二千字~四千字増えます。
今回一話で一万六千字も増えたのがありまして、こうなると追加エピソードになるのかなと。
というわけで、次回とその次のアップでは番外編として追加エピソードをアップする予定です。
ハーメルンでアップした事だけを紹介してもいい気もしましたが、(ハーメルン、ファイル29・4/3更新分~ファイル32・4/9更新分まで)そうなると本サイトに毎週読みに来てくださっている皆様に不誠実かなと思い、誠に勝手ながら二週にわたり追加エピソードをアップさせていただきます。
追加エピソードは、結衣の誕生日エピソードです。
元スレ
やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第二部(やはり俺の青春ラブコメはまちがっている )
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1401353149/
『はるのん狂想曲編』追加エピソード(第15章)
由比ヶ浜結衣誕生日(前編)
6月18日 月曜日
大学の講義が終わり、俺達のマンションに集まった一同は由比ヶ浜の誕生日パーティーを楽しんでいる。
ちなみに俺も楽しむ予定だったのだが、どうして食事の用意をしているのだろうか。
今も雪乃の指示に従って芳ばしい香りが鼻をくすぐる唐揚げが盛られた大皿を運んでいる途中であった。
一方、俺の苦労も知らずに楽しんでいるメンバーといえば、由比ヶ浜、小町、それに平塚先生があげられる。
この日の主役たる由比ヶ浜と役に立たない平塚先生は最初から除外されたとしても、料理が得意な小町くらいはせっせと働くお兄ちゃんを手伝っても罰は当たらないよ?
でも、いいか。
小町も受験勉強でストレスがたまっているのだろうから、息抜きも必要だし。
この日ばかりは大学受験勉強中の小町も大義名分を盾にパーティーに参戦したけど、そんな言い訳しなくても来てもらったのに。
ただ、小町を家に迎えにレグサスで行った時マジでひいてたけど、それだけはマジでやめてくれ。
小町「本当にゴミいちゃん、雪乃さんのヒモになっちゃったんだね。これもお兄ちゃんが選んだ人生だし、小町煩くは言わないよ。お兄ちゃんがレグサス乗ってる事お父さんが悔しがるかもしれないけど、小町だけはお兄ちゃんの味方だからさ」
よよよっとわざとらしく崩れるのはいいとして、でも玄関先でやるのだけはよしてくれ。
これでも元主夫志望の身としては近所の目というのには気にしてるんだからよ。
たしかに俺もレグサスが家の前に横付けされていたら、親父が会社の金でも横領して、ちょっとやばめの人が家ん中をひっかき回しにきたと思ってしまう。
そしたら貴重品だけ手にとって小町を連れて雪乃の所に批難だな。
おっとカマクラも釣れていていかないと小町と雪乃に怒られるな。
母親の方は弁護士頼んで離婚手続きで忙しいだろうし、俺が家族を守らないとな。
あまり頼りたくないけどこういうときは陽乃さんに相談するのが最善か。
勝手に親父をぐ~てれの悪者に仕立て上げてシミュレーションしてみてはみたが、案外小心者で堅実な親父だから可能性としては低い未来だろう。
よし、俺の家族で犯罪者になりそうな奴はなし。
ただこう言う事を考えるあたりは兄妹なんだな。俺も小町の事を言える立場でもないか。
そう考えると俺と小町の反応は似てるっていったら似ているんだろう。
さすがは兄妹ってところか、と変な所で感動してしまう。
一方その点由比ヶ浜の順応性は高い。あほの子といえどもびっくりしたのはほんの一瞬。
すぐさまおつむを再起動した由比ヶ浜は、そんなこともあるよねぇ的なノリで、あとは何事もなかったように雪乃と共に後部座席に乗り込んだ。
はた目から見ると俺は若い運転手って感じがしてしまったのは事実だが、それに気がついてわざわざつっこんでくるあたりが由比ヶ浜らしくもあった。
静「さあケーキも食べたし、この辺で本日のメインイベントに入ろうか。な、雪ノ下」
誕生日恒例のケーキに立てたろうそくの灯を消して、誕生日プレゼントを各々献上するという由緒正しき典型的な誕生日パーティーイベントを消化してきた俺達は、平塚先生の声に耳をむける。
しかし、由比ヶ浜と小町の視線は俺と雪乃が用意している料理のほうへの意識が強く、正直平塚先生が言っている事を理解しているかは怪しかった。
雪乃「平塚先生。メインイベントとはなんでしょうか? このあとは食事にしようと思っていたのですが」
食事の準備をしながらも、一応平塚先生の事を忘れてはいなかった雪乃は、とりあえずほっとくと面倒だからというオーラを隠す事もなく身にまとい、平塚先生の相手をかってでる。
いや、一度は俺に相手をしてあげなさいよと雪乃は視線を送ってきてはいたが、こっちは今小町の相手を忙しいと首を振って辞退していた。なにせ小町ったら唐揚げを盗み食いするんですもの。兄としては、めっ、と睨みをきかせないとな。
小町「も~らいっ・・・・・・・。ん、美味しいぃ。これ雪乃さんが作った唐揚げだよね。外はカリカリなのに固くなくてサックサク。しかも中はじゅわぁっとっと肉汁が溢れて来て、なんなのこれ。お店でもこんなに美味しいの食べられないって。雪乃さんの料理の腕もさることながら、誕生日ともあってやっぱ使っているお肉が違うのかな?」
八幡「ん? いつも買っている普通の鶏のもも肉だったと思うぞ」
小町「えぇ~、じゃあ味付けとか揚げ方が違うのかな?」
八幡「どうだろうな。でも最近唐揚げにこっていたから、その影響かもしれないけど」
小町「ふぅ~ん・・・・・・」
おい、俺が役に立つ情報を提供出来なかったとしても、もうちょっとは俺に敬意を払ってくれよ。
俺が勝手に小町の仕打ちにへこんでいると、由比ヶ浜が横からひょいと現れて、唐揚げを一つつまんで口に放り込む。
結衣「そういえばゆきのん。津田沼の唐揚げ屋の味がどうとか言ってたよね」
ちゃんと口の中のものを全部飲みこんでから話しなさい。
雪乃お母様が平塚先生の相手をしていなかったら口うるさく注意していたはずだぞ。
その口の中でもぐもぐしてはふはふしている姿が可愛いって言う奴がいうかもしれないが、雪乃は甘くはないからな。
と、由比ヶ浜に注意してやろうと身構えていたら、小町がもうひょいっともう一つ唐揚げをかすみ取ると、由比ヶ浜のようにもぐもぐはふはふと食べながら話しだした。
なにこれ、可愛い。やっぱ可愛いは正義。つまり小町は正しい。
小町「あぁゴミいちゃんが雪乃お義姉様の気持ちも考えないで暴言を吐いたやつですね」
やだ、なにその冷たい目。雪乃直伝かよ。
結衣「なになに? ヒッキー、ゆきのんに何か言ったの?」
俺に詰め寄る由比ヶ浜は、怒りと共にもう一つ唐揚げをとっていく。
非があるかもしれない俺としては強く出れないわけで、由比ヶ浜のつまみ食いに注意さえ出来ずに皿が寂しくなっていくのを眺めているしかなかった。
八幡「俺は別に何か言った覚えはないぞ。それに雪乃だっていつも通りだったし、小町の勘違いって・・・・・・」
小町「ううん、それはゴミいちゃんが気が付いていないだけだって。だって雪乃さん家に来て、比企谷家の唐揚げを食べさせてほしいって来たもん」
八幡「え? 初耳だけど」
結衣「やっぱヒッキー、ゆきのんにひどいこと言ってたんじゃない」
八幡「だから知らないって。で、小町どういうことなんだよ」
俺の詰問に、今度は小町の方が「やばっ」と顔をしかめる。
どうせ雪乃に内緒にしておいてほしいとでも言われているんだろうけどな、おそらく雪乃はいずればれるのを承知で一応口止めしているだけにすぎないと思うぞ。
小町「ん、まあどうせ雪乃さんもずっと内緒にするつもりではないと思うから言っても大丈夫かな」
さすがは我が妹。自分の性格と雪乃の行動パターンを読んでいらっしゃる。
でも、自分のことをしっかりと分析できているんなら、もうちょっと頑張ってみようよ。
ほら、大学受験とか。
俺の思いやりも知らないで小町はしれっと雪乃の方に目をやり、特に確認を求める事もなく勝手に判断を下す。
俺としては小町も最初から雪乃の判断をわかっているあたりが問題だと思うんだが。
身内なら可愛い小町で済ませられるが、世間はけっこう秘密をばらした事がばれるのが早いし、恨みも買いやすいからお兄ちゃんとしてはその辺が心配だ。
ただ小町も、俺達相手だからセキュリティレベルを下げているんだろうから、その辺は心が許されているって事で今日のところは納得しておくか。
小町「お兄ちゃん、津田沼の唐揚げ屋さんをべた誉めしたでしょ。しかも、前日の夕食で雪乃さんが唐揚げ作ったのにも関わらず」
結衣「それはひどいよヒッキー。夕食で食べたばかりなのに、次の日にまた唐揚げ食べるのもひどいのにさぁ」
痛い。この四つの視線が痛いのはやっぱ俺のせいなのか。
これは二人のシンパシーによる共闘なのだろうけど、俺としては別に酷い事をいったおぼえはないんだけどな。
八幡「いや、まて」
小町「見苦しいよお兄ちゃん。ここは素直に謝るべきだと思うのです」
結衣「そうだよ。小さな不満が大きな決裂をうむんだよ」
八幡「だから、ほんとうにちょっとまってくれ」
皿を両手に持った俺は、二人の気迫に押されて一歩後退する。
後退しても二人が一歩詰め寄ってくるので、俺達の距離は変わらない。
けれど、散々文句を言いながらも唐揚げを食べる手だけは止まる事もなく、皿一杯に盛られていた唐揚げは半分ほどまで激減していた。
小町「ん、まあいいよ。じゃあ、見苦しい言い訳を言ってみて、お兄ちゃん」
八幡「ああ、まあそのな。だから唐揚げを買ったのは珍しい場所に出店していたからなんだよ。普通人通りが多い所に出店するのがセオリーなのに、大通りから一本中にはいった人通りがややすくない場所に出店していたんだよ。しかも踏切前で車もとめにくい場所だったしな。だからどんなもんかなと思って買ってみたんだけど、それが思いのほか美味かっただけだ」
小町「ふぅ~ん、それで?」
八幡「まあ俺としてはラーメン食べに行く途中にある場所だし、俺としては悪い場所ではないんだが、出店場所の意外性と新しいお気に入りの店が見つかったことで、ちょっと大げさに美味しいっていっちゃったのかもしれない、気もしないこともないような、あるような・・・・・・」
小町「そのとき雪乃さんも一緒だったんでしょ」
八幡「そうだな」
小町「その時の雪乃さんの反応はどうだったの?」
八幡「普通だったと思うぞ。雪乃も美味しいって言ってたし」
結衣「そうなの? 今度あたしも連れて行ってよ」
ようやく一人脱落か。これで痛い視線の攻撃力も1割ほど減ってはくれた。
自他共に認めるシスコン、いや小町命の俺からすれば、由比ヶ浜が抜けた事での攻撃力低下は1割くらいしかないと断言できる。
八幡「ああいいぞ。小町もどうだ?」
となると、一番のネックの小町を攻略すべきだよな。俺は知っている。
小町も唐揚げが大好きだって知っているんだぞ。
あの雪乃でさえ認める唐揚げを小町がスルーできるかな?
俺は不敵な笑みを心のうちで浮かべるが、ここは兄妹。
長年の一緒に生活してきた事とあって、小町は俺のいやらしい笑みを心の目で感じ取っていた。
小町「まあ、小町としても実況見分しなければいけないか。雪乃さんの為にも行ってみようかな」
籠絡完了。唐揚げの前には小町であってもちょろいもんだ。
あとは敗戦処理をうまくして、
ほぼ空になりつつある唐揚げの皿について雪乃に怒られるだけだ。
八幡「それで構わないぞ。だったらラーメン食べた帰りに買って帰るっていうのはどうだ。もちろん買ってすぐに食べると熱々でサクサクなうえにジュワジュワで最高だから、二、三個はデザート代りで食べられるぞ」
結衣「それは、ちょっと・・・・・・」
小町「さすがにお兄ちゃんの妹でもある小町でも、そのチョイスは女の子の事をわかってないと言わざるを得ないよ」
俺の最高の提案に賛同するばかりかげんなりしている姿に、俺は幾分ショックを隠せないでいた。
ラーメンで油で、唐揚げでも油。どう考えたって最高の組みわせだろうに、これにどこが問題があるっていうんだ。
結衣「あたしはちょっとカロリーが気になるっていうか、食べ過ぎはよくないって思うなぁ」
小町「そうだよお兄ちゃん。美味しいものを食べ過ぎていると太っちゃうよ。ただでさえ雪乃さんの料理は美味しいんだから、このままの食生活が続くと、きっと太るよ・・・・・・・、ん? でもなんだかお兄ちゃんの体、引き締まってきてないかなぁ・・・・・・・んん?」
両手に皿を持っているせいで小町が俺の体をなめるように観察していく姿は直接見えはしないが、それでも視線で体を舐めるように這わせられては、こすばゆいったらありゃしない。しかも、ついには手で直接触ってくるなんて。
……お兄ちゃん、禁忌さえも乗り越えてしまいそうだ。
八幡「ちょっと小町やめろって。料理運んでいる途中なんだし、落としたら危ないだろ」
小町「ちょっと黙っててよ。結衣さん、この脚触ってみてください」
結衣「え? どうして?」
小町「いいから触ってみてくださいって」
結衣「うん、まあ、ごめんねヒッキー。失礼しま~す」
由比ヶ浜は小町に手をひかれて俺の太ももからふくらはぎまで触ってその感触を確かめる。最初は恐る恐るって感じだったのに、数秒後には大胆に触りやがって。こっちが動けないのをいい事におもちゃにしやがって。あぁ、俺の体が汚れちゃう……。
結衣「うそ、ヒッキーいつ筋トレしてるの?」
八幡「別にトレーニングなんてしてねえけど」
結衣「うそだぁ、だって脚の筋肉しっかりとついてるじゃん」
八幡「だから特別なにかトレーニングとかしてるわけじゃないって」
疑惑の追及をやめない由比ヶ浜は引き下がろうとはしない。
それどころか疑惑がますます深まっていくようでもあった。
小町「たしかに高校の時から自転車通学してたけど、ここまでの筋肉はついていなかったと思うんだよなぁ」
なおも遠慮もなくぺしぺし脚を叩きながら呟く。
最初に見せていた恥じらいはどこにいったのかなぁ……。
小町「たしか大学入る前にロードレーサー買ったよね。もしかしてお兄ちゃん、その影響?」
八幡「どうだろうな? 雪乃も買ったんで一緒に走りに行ってるから、もしかしたらその影響下もな」
結衣「あっ、うん、そうだよ。ゆきのんの体も引き締まってきてたもん。今まではゆきのんだしそういうこともあるかな程度で気にしなかったけど、やっぱり裏があったんだね。でもゆきのんずるい。あたしがダイエット頑張ってるって知ってるし、相談もしてたのに、それなのに自分だけ自転車で痩せてたなんて」
両肩を落とし、頭はうなだれ、しまいには絶望しきった声で悲壮にくれている奴が目の前にいると、自分が悪いってわけでもないのに、どうしてもありもしない罪悪感を感じてしまう。これが他人だったら見ぬ振りができるけど、さすがに由比ヶ浜相手となるとそうもいかない。
八幡「雪乃も秘密にしていたわけではないと思うぞ。そもそも雪乃のロードレーサー買いに行ったときにはお前も一緒だっただろ。ロードレーサー見ててもすぐに興味を失って、ウエアばかり見てはしゃいでいただろ。覚えてないか?」
ピタッとしたウエアを見て、エロすぎるぅとか言ってたんだよな。
由比ヶ浜が言うものだから、ほかの客がドキってしていたのを今でも覚えているぞ。
ほとんどの男連中が試着しろ~って邪な念を送っていたが、見るだけで試着はしなかったんだよな。
結衣「たしかに……。でも走りに行く時誘ってくれないじゃん」
八幡「いや、それも誘ったぞ。でも早すぎてついていけないからって初回でリタイヤして、次誘っても来なくなっただろ」
結衣「え? そだっけ?」
絶対覚えているって顔してるぞ、こいつ。
八幡「そうなんだよ。それに痩せたいんなら食事制限とか、ほかにもいろいろ面倒な事はやらないで運動すれば痩せるんだよ。体を動かせばエネルギーを消費して痩せる。当然のことだろ」
小町「お兄ちゃんはわかってないなぁ」
八幡「なんでだよ?」
小町「みんなが定期的な運動をできればダイエット産業がここまで繁栄するわけないじゃん」
なに馬鹿なこと言ってるのっていう目が、ちょっとばかし癪に障って殴り手てぇと思ってしまったが、小町を殴ることなんて論外なので事なきを得る。
たしかにダイエットしてますって言う奴に限ってダイエット本とか何冊も持っているよな。
ダイエット始める宣言しては失敗し、より簡単なダイエット方法見つけてきて再チャレンジしては再びダイエットに失敗する。そして永遠にダイエット方法を何度も変えては失敗を繰り返すと。
そう考えると、ダイエット本って、本気でダイエットしたいやつは買ってはいけないものなんじゃないの? だけど、ダイエット失敗させる為に本を売っているとしたら、最高の商売方法だよな。最初の一週間だけやる気にさせて、最後には失敗させる。
んでもって、数ヵ月後には新しいダイエット方法を開発しましたとか言っちゃって新たなダイエット本を発売。
あらやだ。これやったら生涯生活安定じゃないの?
新興宗教の教祖よりもこっちのほうがあってる気がするぞ。
まあ、俺が本気でダイエット本書いたら「毎日汗だくになるまで走れ」の一行で終わっちまうか。だれかゴーストライターが本一冊分くらいになるくらい肉付けしてくれねえかなって馬鹿な事を考えながら平塚先生の相手を任せていた雪乃を盗み見ると、やはりというか今もなお押し問答と言うか平塚先生をなだめることに成功していなかった。
由比ヶ浜結衣誕生日(前編) 終劇
由比ヶ浜結衣誕生日(後編) に続く
由比ヶ浜結衣誕生日(前編) あとがき
そのうち書くと言っていた結衣の誕生日をどうにか書く事が出来ました。
ただ、誕生日そのものというよりは普通の食事って感じもしてしまうところはご容赦ください。
ハーメルンの移籍ですが、マルチ投稿が許されているらしいので、このまま二つのHPで更新していこうかと思っております。
本サイトでも予約投稿があればいいなとは痛切に感じてはおりますがw
次週、由比ヶ浜結衣誕生日(後編)をお送りします。
来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。
黒猫 with かずさ派
『はるのん狂想曲編』追加エピソード(第15章)
由比ヶ浜結衣誕生日(後編)
静「誕生日と言えば、食事の前に乾杯があるだろう。「私」と雪ノ下が用意したプレゼントを渡すべきだと思うのだが」
雪乃「そうですね。では、料理を全て運び終わってからにしましょう」
静「そうだな」
すっごくうれしそうっすね、
平塚先生。視線が「雪乃」が用意しようとしたプレゼントに釘付けですよ。
だってねえ……。本来平塚先生は今日のパーティーを欠席する予定であった。
一応先に「若手」に割振られる他校の教員との懇談会の資料を準備する予定が組まれていたので、俺と雪乃と共に買いだしだけ一緒にし、パーティーに出られないお詫びとして支払いだけするつもりでいたらしい。
俺達はマンションの下にあるいつものちょっとばかしお高いスーパーで買いだしをしていた。店内に入ってすぐ目の前に広がる野菜売り場で、その中でもひときわ目立つ変わったキノコまで取り揃えてあるコーナーで目を輝かせるのはよしてくれませんか、平塚先生。
俺はカートを押しながら雪乃の隣をついていき、このままでは大量のキノコを持ってきそうな平塚先生を牽制することにした。
雪乃「変わったキノコがあって面白いのはわかりますけど、今日買うのは決まっていますから雪乃に任せた方がいいですよ」
静「え?」
いや、わかりますよ。俺も初めてここに来た時、目にとまりましたから。
馬鹿でっかいキノコからテレビで紹介されても普通のスーパーでは売っていないようなキノコまで、当然のように陳列されていたら興味を持つのは当然だとは思いますよ。でも、生のキノコって変色しやすいのもあるし、そんなにはたくさん買い置きしないんだってよ。
だから、平塚先生が既に手に持っているキノコを全部買うことなんてないですからね。
経験者が語るってやつなんだが、俺も若かったなとたそがれてしまいそうになる。
雪乃「今日使うのはマッシュルームだけですから、他のは元に戻しておいてください」
静「いや、これなんて焼いて食べるだけでも酒のつまみになりそうでいいんじゃないか?」
雪乃「たしかにお酒にあうかもしれませんが、今日この後平塚先生はお仕事にお戻りになるのですよね」
静「そうだけど、そうだけど……」
ちょっと平塚先生。でっかいキノコを握りしめて涙ぐまないでくださいって。
これでも顔とスタイルだけは抜群なんですから、そんなキノコを愛おしそうに見つめていたら、他の客の注目を集めちゃうじゃないですか。
ただでさえ雪乃と平塚先生が店内に入っただけで注目されてざわついているのに。
雪乃「はぁ……、わかりました。平塚先生が自宅用に買うという事でどうでしょうか。それならば食材を無駄にする事もないでしょうし」
静「ほんとうか? じゃあ、好きなの買ってもいいんだな」
雪乃「えぇどうぞ」
どっちが年上かわからないな。
まるで小さい子供がお菓子を勝手に買い物かごに入れようとするようにキノコをカートに詰め込んでいく姿、まさしくそれと重なっていますよ。
本来なら平塚先生がお母さん役をやるべきなのに……。
ぐすっ、平塚先生ぇ。俺が代りに泣いておきますからね。立場は逆でしょうけど、自分では体験できない貴重なほのぼのとした親子の買い物のシーンを体験してください。
八幡「買うものって案外少ないんだな」
俺は雪乃が手に持つ買い物リストに肩を寄せ覗きこむ。
すると雪乃はメモ書きを俺が見やすいように肩を傾けてくれた。
ただ、聞こえるはずなんてないのに、かすかに揺れて擦れあう雪乃の黒髪の音を耳が拾ってきてしまう気がする。
もちろん幻聴だってわかっている。
だから俺はそのさらっさらでつやっつやのその黒髪をじかに触って確かめようと手を伸ばした。肩が触れ合うほどに寄りそっているわけで、すぐにでも触れることができるが、臆病な俺は一度雪乃の表情を確認しようと視線をずらす。
やはりというか俺の異変に敏感に察知してしまう雪乃は俺の手の行方を目で追っており、俺はたまらず軌道修正してメモ書きをもつ雪乃の手に手をそわせた。
なんというか、意気地なしとでもいうのだろうか。
それとも雪乃の手で我慢したともいうのか。
もう一度雪乃の表情をちらっとだけ確認した時、その口元がほころんでいたような気がした。
けれど、再々度雪乃の口元を確認する勇気だけはいまだに持ち合わせてはいないようであった。
雪乃「そうね。事前に準備していたのもあるから、今日は新鮮なお魚や野菜くらいかしらね。あとは由比ヶ浜さんへのプレゼントも買う予定ではあるのだけれど」
数秒にも満たないやり取りがあったというのに雪乃にいたって平然とした声を発する。
八幡「やっぱあれにするのか?」
俺の方はというと、当然ながらやや上擦った声を発生してしまうのは御愛嬌だ。
雪乃「ええ、一応二十歳になったお祝いでもあるのだから、記念もこめてあれにすることにしたわ」
俺達は去年に続いて今年も大型ショッピングセンターに由比ヶ浜のプレゼントを買いに出かけていた。しかも、長々と探索した結果はここでは買えないであり、あろうことかマンションの下にあるスーパーで買う事になっていた。
だったらわざわざショッピングセンターまで行く必要がないといわれそうだが、そこはまあ、デートだと思えば問題ない。
彼女の買い物が長くて疲れると言っている諸君。対処方法をお教えしよう。
一番いい解決方法は一緒に楽しんでしまうだが、それが無理なら彼女の表情の変化を観察する事をお勧めする。
けっこう今まで知らなかった表情とか知ることがあるし、好みとかもリサーチできて有意義な時間がすごせるはずだ。
人間観察が趣味である俺って、いい事思い付くだろ?
……まあ、この事を小町に口を滑らせてしまったら、みごとに砂糖を吐きまくられたが。
静「あれとはなにかね? 誕生日プレゼントとして分厚いサーロインステーキでも買うのかね?」
どこまで豪快な男性思考なんですかとつっこもうとしたが、その前に雪乃が説明をはじめてしまっていた。
雪乃「今日はステーキは用意しませんよ」
静「では、なにをプレゼントする予定なのだね」
平塚先生は勝手に物珍しそうに棚を見て回っていたのに、俺達の会話の方が面白そうだと判断したのか寄ってくる。
だけど、どうして俺を間に挟んで会話しているんですか。
たしかに雪乃が棚側ですけど、ぴったりと俺に寄りそう必要はないですよね。
ちょっとばかし自己主張がお強いお胸が俺の腕で形をかえてしまっているのをどうにかしていただけませんか。
このままでは、俺の命の形も雪乃に変えられそうなんですよ。
そんな俺の不安なんてよそに、平塚先生はぐいぐいと詰め寄りながら話を進めようとする。
静「私はパーティーには出られないんだ。教えてくれてもいいじゃないかね」
雪乃「わかりました。お教えしますから、八幡と腕を組まないでください」
その指摘を受けて俺達は顎を引いて下の様子を確認する。
あんまりにも柔らかい感触がすると思っていたら、俺の腕を抱え込むように抱いているんじゃないですか。
やっぱり普通の状態ではないとは思っていましたけど、怖くて確認できていませんでした。……いろんな意味で。
俺達ははっと息を飲んで視線を水平に戻す。
そして平塚先生がぱっと腕を離し、半歩横にずれることで終焉を迎える。
その代わりというわけでもないが、本来俺の隣に収まるべき雪乃が反対側の腕に吸い寄せられた。
静「す、すまない」
雪乃「大丈夫ですよ、平塚先生」
静「雪ノ下・・・・・・」
大丈夫じゃないですって。その綺麗すぎる冷たい笑顔が不気味なんだって。
周りにいたはずの客たちも、俺達の不穏な気配を察知して散っていってるぞ。
雪乃「平塚先生は大丈夫ですよ。意思を固く貫けなかった八幡に問題があって、本来なら八幡がうまく声をかけるべきでしたから。だから、罰を受けるとしたら八幡だけです。ねっ、八幡」
冷凍食品売り場にいるから寒いってわけではない。
ここのスーパーの冷凍庫は全て密閉型で、冷気は漏れない仕様だ。
だから、冷気を感じるとしたら冷凍庫以外からと言うわけで。
おそらくドライアイスよりも熱く冷えきった雪乃の腕が俺の腕を凍傷に導かんと柔らかくその腕を抱いている。
けっして逃げる事が出来ない甘美にぬくもりに俺は溺れながら、後ほど訪れるであろう罰を覚悟した。
静「そ、そうか」
雪乃「ええ・・・・・・。それで私が何をプレゼントするかですよね?」
静「あぁ、そうだったな」
雪乃の見事なスマイルに、平塚先生は口を引きつりながらも笑顔を捻りだして返していた。
雪乃「ちょうど二十歳になってお酒も飲めるようになるので、その解禁記念も兼ねてシャンパンを送ろうと思っているんです」
静「それは洒落ていて由比ヶ浜も喜ぶんじゃないか」
雪乃「だといいのですが・・・・・・」
一応プレゼントを決めたとはいえ、雪乃はまだ迷っているようだ。
散々他のも見て回ったけど、これといって二十歳を記念する品は見つかる事はなかった。
たしかに年に一回訪れる一つの記念日ではあるけど、真剣に雪乃が考えてくれたものなら、あいつは何でも喜んでくれるんだろうに。
雪乃「でも、今日は平塚先生が一緒でよかったです。本当は姉さんも誕生日を祝いに来る予定だったのですが、急に予定が入ったらしくて」
大学の講義も途中で切り上げて、陽乃さんは俺達にお詫びのメールだけを残して一人で帰ってしまった。
だから、どんな用件で欠席するかは知らない。教えてくれないのならば、俺達には関係なのだろう。ただ、由比ヶ浜は陽乃さんが来ないことを寂しがってはいたが。
静「そうらしいな」
雪乃「それでシャンパンを買うにしても未成年でもある私と八幡ではどうしようもなかったんです。だから平塚先生が一緒で助かりました」
静「それは役に立てて何よりだ。で、買う銘柄は決めてあるのかね?」
雪乃「はい、トン・ペリニヨンの199X年ものをプレゼントしようと思っています。ちょうど由比ヶ浜さんが生まれた年のシャンパンを八幡が売っているのを見つけていたんです。ほんと、お酒なんて飲めはしないのに、なにが面白くてお酒の棚を見ていたんでしょうね」
面白いだろ。
普段名前は聞いても親父なんかじゃ買えもしない銘柄がしれっと並べられているんだぞ。
しかも、普通のスーパーどころか酒屋だってあまり売ってないんじゃないかっていうやつだぞ。
それが普段から棚にそろえられているってのは普通ではない。
だから、それを見ていたとしても、一般人にとっては面白いんだよ。
さすがはマルエヅの高級店バージョンだよな。
こことか東京の超高級マンションで有名な所とか限られた地域にしか出店してないけど、案外中を覗けば普通なんだよな。
・・・・・・見た目だけは。でも、よく見ると普通のスーパーでは売っていない高級品を、さも当然でしょってごとく売っているから、
俺も初めて来たときは今の平塚先生みたいにはしゃいだっけな。
なんて昔の俺と目の前にいる平塚先生とを重ねていると、はしゃいでいた顔がわくわくを通り越して驚愕へと変貌していた。
雪乃「どうしたのですか、平塚先生? なにか問題でもあるのでしょうか?」
静「あるに決まっているではないか。問題どころか大問題だ」
雪乃「先生、唾を飛ばさないでください。興奮するのは勝手ですが、周りへの迷惑も考慮してください」
唾は駄目でも、両肩を掴まれて揺さぶられるのは問題ないんだな。
いまいち最近の雪乃の判断基準がわからなくなってきているんだが、由比ヶ浜の絶え間ない努力が実ってきているんだろうか。
高校の時、既に由比ヶ浜がくっついても文句いわなかったしな。
だけど、周りの客からは小姑が新妻にいちゃもんつけていびっているようにしか見えてませんよ。あら、恥ずかしい。
となると、俺が夫か。こりゃ照れるなぁ・・・じゃない!
なんか俺の方まで小町に洗脳されていそうで怖くなってしまう。
・・・・・・悪くはないけど。
静「それはすまない。しかし、興奮するに決まっているではないか」
雪乃「だから、なにに問題があるのでしょうか?」
雪乃は一歩も引かずに平塚先生をまっすぐ見つめて問いを繰り返す。
凛と背中を伸ばして立ち向かうその姿を見た若奥様たちが、雪乃の事をこっそり応援している事は黙っておこう。
無言の声援の中に旦那さん頼りなさそうっていう冷たい視線は、とりあえず今後の検討課題として家に持ち帰らせてもらいます。
持ち帰るイコール対処しないだけど、それでも期待を捨てないのはどうしてなんだろうか。絶対いい返事なんてこないのに。
静「トンペリだぞトンペリ。二十歳になったばかりの酒の味も全くわからない若造が飲む酒ではない」
あぁ墓穴を掘っちゃったよ、この人。
自分で自分は若手ではないって思ってるんじゃないですか。
そりゃあ年が気になるお年頃だけど、こういう地が出やすい時こそ気をつけないと。
俺がやや明後日の方向の心配ごとをしていると、いまや顔がくっつくほど迫りまくった平塚先生を雪乃が冷静にいなしていた。
雪乃「だからこそですよ。一番最初に良いものを飲んで覚えておくことが大切だとは思いませんか。たしかに由比ヶ浜さんもお酒の味はわからないでしょう。でも、今日という日の思い出としては最高の味を感じてくれると信じています。それに、お祝い事ですので、味よりも気持ちが大切だと思いますよ」
毅然としながらも最後は柔和な笑顔でしめると、周りの奥様方から小さな歓声が沸き上がる。強くて美しい。まさに若奥様の理想だな。
静「いや、そうかもしれないが・・・・・・」
でも、まじで正論すぎるだろ。
普通感情的になっている相手に正論で迎撃しても感情で押し返されるのが関の山なのに、雪乃の鉄の意思で真摯に訴えかける温もりで、あの平塚先生の昇りきった熱を冷ましているじゃないか。
雪乃「でしたら問題ないですね」
静「そうだが・・・・・・、いやそれでも、なあ。やはり若いのにあのトンペリだぞ。私でさえ飲んだ事がないのに飲んじゃうのか」
後半小声で愚痴っているようですけど、ちゃんと聞こえていますからね。
たぶん最後の愚痴が本音だろうけど、
ちなみに雪乃もしっかりと聞こえているみたいっすよ。
雪乃「はぁ・・・、ではトン・ペリニヨンだけは今日由比ヶ浜さんにプレゼントしますけれど、乾杯をするのは平塚先生がいらっしゃるときにします」
静「それでは由比ヶ浜に悪いだろう。今日から酒が飲めるというのに、私の都合で乾杯を遅らせるのはよくない」
雪乃「では、乾杯だけでも顔を見せていただける事は出来ないのですか?」
静「うぅ・・・・・・」
何に葛藤してんだよ、この人は。仕事が終わってから来てもいいんだし、そんなに悩む事か?
雪乃「あの、お仕事ですから無理にとは言いませんけれど」
静「いや、行く。誕生日会に出席させてもらおう」
雪乃「え? でもお仕事が」
静「大丈夫、大丈夫。本当は後輩がやる予定だった仕事だったのに、合コンだからって拝まれてな。しかも今度合コンするときは呼んでくれるなんて餌まで……、いやなんでもない。つまりは後輩の遊びの為に由比ヶ浜の誕生日会を駄目にするなんてできないな。ちょっと待っててくれ。今電話してくる。なぁに若手ごときにいいように使われんさ」
平塚先生は俺達の返事も聞かずに店外に電話をしに小走りで出ていく。
そんな子供すぎる大人を見ている俺達ができる事といえば、その後ろ姿を生温かい目で見送ることくらいしかなかった。
でもさ、先生。ついに若手が現れてしまったんですね。
実際にはけっこう前からいただろうけど、もう自分は若手じゃないって事を受け入れて!
もう見ていて辛いからっ。受け入れる事は辛いでしょうけど、一緒に泣いてあげますって。
今は一緒に飲む事は出来ないけど、俺が二十歳の誕生日を迎えたら一緒に酒と涙を飲んであげますから、そろそろ若手のラベルの返上を真剣に御検討お願いします。
小町「それでは皆さんグラスを持ちましたかぁ。まだの人をお急ぎを」
小町がはきはきとした声が狭くはないリビングに響きわたる。
準備を促さなくても若干一人はフライングする勢いの気迫がみなぎっているが、この際水を差すまい。
雪乃「ちょっと待って小町さん。由比ヶ浜さんと平塚先生はいいのだけれど、私はもちろん、八幡と小町さんもお酒は飲めないわよ」
八幡「いや、乾杯くらいいいだろ、お祝いの形だけなんだし問題ないと思うぞ」
珍しく俺が場を収めようとするも、雪乃の毅然とした姿は崩れない。
意思が強いその眼光は、俺を捉えたまま離さないでいた。
俺も絶対飲みたいってわけでもないんだけどさ、ほら。
平塚先生とかが早くしろって唸っているだろ?
雪乃「いいえ、こういうことはしっかりとしておくべきよ」
結衣「そっか、そうだよね。じゃあさ、ゆきのんの誕生日の時に乾杯しない? ほら、その方がなんだかいい感じっぽいし」
小町「そうですね。小町はまだまだ先ですし、雪乃さんの誕生日が一番いい感じですね」
やっぱ由比ヶ浜が空気読んじゃうだろ。
だから俺が自分の立ち位置を変えてまで場を収めに出たのに、今日が由比ヶ浜の誕生日って事を忘れてたな。
ほら、お前が由比ヶ浜の言葉を聞いて申し訳なさそうにするのだってわかってたんだよ。
静「雪ノ下。一口口につける程度では誰も文句は言わんよ。それに車も乗らないのだろ? だったらお祝いとしての形式的な乾杯くらいならいいのではないかな」
おいおい・・・、まだあんたは諦めてなかったのかよ。
由比ヶ浜と小町がせっかくこの話題を終わらせようとしてるのに。
たしかに平塚先生がいうことが一般論としては正しい。
また、雪乃がいうことも法を厳守する上では正しい。
どちらも正しいのに結果だけ見れば大きく違うのは、ルールの使い方というか、悪く言えばダブルスタンダードに陥ってしまうからだろう。
ようは適材適所で、その場にあったほうを選択すればいいんだろうけど。
ただ、今回ばかりは癪だけど、平塚先生が正しい。お酌だけに。
……やべっ、平塚先生が酒を飲むのを付き合ってる影響で、つまらないすぎるダジャレがうつっちゃったじゃねえか。こっちは酒が飲めないのに毎回付き合っているというのに、あのねちっこいダジャレとか絡んでくるのとかどうにかなりませんかね。
八幡「そうだな。せっかく由比ヶ浜の誕生日プレゼントとしてシャンパン用意したんだし、形だけでもお祝いしといたほうがいいんじゃねえの。グラスに酒ついだとしても、乾杯した後に平塚先生が責任もって処分してくださるだろうし」
・・・って、平塚先生を援護したのに、なにぽけっと突っ立ってるんですか。
パスを送ったんだから、しっかりとゴール決めて下さいって。
俺の執拗な視線をようやく理解した平塚先生は、とってつけたようにたどたどしくシュートをうちにいった。
静「そ、そうだぞ。乾杯だけでもやるべきだと思うぞ。それに今日の主役は由比ヶ浜だからな。二十歳になったお祝いとしてトンペリをわざわざ用意したんだろう? だったら今日の記念として由比ヶ浜はお酒を飲むべきだ」
どうにか空振りにはならなかったようだけど、雪乃に向かって一直線って、キーパーの正面に蹴ってどうするんですか。
雪乃は平塚先生の弁を飲み込み、しばし由比ヶ浜を見つめる。
そしてちらりと俺の事を睨みつけてから由比ヶ浜に申し訳なさそうな笑顔を見せた。
雪乃「ごめんなさいね、由比ヶ浜さん」
結衣「ううん、別にゆきのんが言ってる事正しいもん」
雪乃「それでもみんなが楽しいでいるのに、その空気を壊してしまったのは私のせいよ。だから謝らせてほしいわ。ごめんなさい由比ヶ浜さん。小町さんもごめんね」
結衣「だからいいって、ほんとゆきのんが言ってる事もわかるから」
雪乃「許してくれるのかしら?」
小さい子供のように恐る恐る見つめる様は、ほんと由比ヶ浜には弱いって事を印象付ける。そうでもないか。
弱いというよりは怖いのだろう。
ちょっとした事どころか大変な出来事だろうと由比ヶ浜は雪乃を受け入れるだろうに、それをわかっていても雪乃は失うのを怖がっているとさえ思えてしまう。
二人は固い友情を築き上げてきたと思う。
俺なんかには縁がない友情を雪乃は築き続けてきた。
だけど物は、硬く、強く、強固になっていくほど壊れるときはあっけなく砕け散る。
それは形がないものであっても同様だろう。
ちょっとしたひびが入り、そこから亀裂が走りだせば、硬く固まってしまった分再結合なんてできやしないで一気に砕け散ってしまう。
おそらく友情も同じなのだろうと、俺はなんとなく雪乃の顔を見て思ってしまった。
結衣「許すも許さないも怒ってないから。ゆきのんはあたしたちのことを思って注意してくれただけでしょ。だったら怒ることなんて全くないよ」
雪乃「そうかもしれないけれど・・・・・・」
結衣「もういいじゃん。ほら乾杯しよっ。それともあたしの誕生日お祝いしたくない、かな?」
小首を傾げると顔にかかる髪が揺れ、視線を邪魔する。
ただ、由比ヶ浜にはその髪の毛さえ視界には入っていないのだろう。
雪乃「いいえ、今日は由比ヶ浜さんの為に用意したのよ。お祝いしたいに決まってるじゃない」
結衣「じゃあ決まりだね。・・・ねえゆきのん。お願いがあるんだけど、いいかな?」
雪乃「ええいいわ。水を差してしまったお詫びにはならないかもしれないけれど、私に出来る事なら何でも言ってくれて構わないわ」
結衣「ううん、そんなに難しい事じゃないから大丈夫だって。んとね、乾杯の音頭をとってほしいんだ。せっかくゆきのんがプレゼントしてくれたんだから、やっぱりゆきのんが乾杯って最初に言ってほしいな。駄目かな?」
雪乃「いいえ、是非やらせていただくわ」
結衣「じゃあ決まりだね」
そうと決まれば小町のやつ行動が早いな。
あいつもあいつなりにこの状況を見守っていたってことか。さすが俺の妹。
小町「さあさあみなさんシャンパン持ちましたね。さ、さ。雪乃さん。心に残る一言お願いしますね」
雪乃「心に響く言葉をおくれるかは自信がないのだけれど、そうね。由比ヶ浜さんの誕生日をお祝いしたい気持ちだけでも伝えたいわね。・・・これで由比ヶ浜さんが一番早く二十歳を迎えたという事なのよね。やはり成人を迎えるとなると責任を持った行動が必要になるわ」
雪乃らしくちょっとお堅い出だしだけど、由比ヶ浜も喜んで聞いているみたいだし別にいいか。・・・ん? 携帯のバイブか?
俺は棚の上に置いてあった携帯が静かに震えているのを確認すると、静かに移動して携帯を手に取る。
メールみたいだし、後で確認すればいいか。
俺に急ぎの用がある暇人なんていないだろうしな。
雪乃「ただ、当然の事なのだけれど、由比ヶ浜さんが一番の年上になるのよね」
平塚先生は除くけどな、って心の中で突っ込みを入れたのは俺だけか。
って、平塚先生睨まないでくださいよ。
声に出していないのにどうして俺の周りの連中は俺の心の中がわかるんですか。
結衣「そだね。でも、あまりそういう実感わかないけどね」
雪乃「たしかに数カ月程度の差は気にならないわね」
俺は雪乃が一番上のお姉さんで、由比ヶ浜が一番下の妹って気がいつもしていたけどな。
実際は雪乃が一番下で、俺が真ん中になって、そして由比ヶ浜が一番年上だもんな。
これも口に出していないのに、どうして全員俺の事を睨むんですか。
・・・・・・もう、心まで沈黙しておこうかな。
雪乃「今日二十歳を迎えたからといって、すぐには大人としての自覚を持つ事は出来ないでしょうけど、もしよかったら私と一緒にこれからも学んでいってほしいと思うわ。まだまだ未熟な私たちだけれど、こういうみんなが集まる機会をきっかけにお互いの存在をたしかめあっていきたいわ。そうやって年を重ねていけたら素敵ね・・・・・・来年も、その先もずっと。お誕生日おめでとう由比ヶ浜さん。乾杯」
雪乃が由比ヶ浜に向けて小さくグラスを傾ける。
柔らかく微笑むその様は、先ほどまで見せていたおどおどした感じが抜けきっていた。
由比ヶ浜が見せる柔らかくも眩しいほどの笑顔につられたのだろう。
きっと硬いだけの友情は弱い。
けれど、それを包み込む柔らかい緩衝材があれば問題ないって気がしてしまう。
その緩衝材が何かはわかれないけれど、今こうして由比ヶ浜をみていると、こいつの底抜けに明るい笑顔に俺も雪乃も救われてきたんだよなって、思わずにはいられなかった。
俺が雪乃と正面から向かい合えたのも、俺達三人の関係が消滅していないのも、全てはとはいわないけど、必要不可欠なファクターであることは俺でも理解できる。
・・・・・・まあ、なんだ。きっと今の俺がいるのは俺だけのおかげではない。
雪乃や由比ヶ浜、小町に平塚先生。
他にもちょっとばかし関わってくる奴らがいてこその俺なのだろう。
だから由比ヶ浜。こんな俺とつるんでくれてありがとよ。声に出しては言えないけど。
・・・でも、これだけは声に出して言っても恥ずかしくはないはずの言葉を俺は由比ヶ浜に送る。
八幡「由比ヶ浜、誕生日おめでとう」
俺は恥ずかしい気持ちを押し殺して由比ヶ浜にしっかりと届く声で伝えた。
その時ちらりと四人の顔がほころんだのは気のせいだろうか?
もしかしてこの心の声までも読まれてはいないよね?
俺は火照る頬を隠すように俯き、わざとらしく携帯の画面を確認する。
一応さっきメールきてみたいだし、乾杯終わったからいいだろう。
俺は画面をクリックしていき目的のメールを表示させる、そこには陽乃さんから短くて簡潔なメッセージが記されていた。
陽乃「誕生日会の後に連絡します」
あまりにも簡潔なメールがどこか温かい現実とはかけ離れていて、俺は体温が下がっていくのを実感できた。
由比ヶ浜結衣誕生日(後編) 終劇
次回は第47章に戻ります
おまけ
なんといいますか、思い付きで・・・・・・。
折本「あれ? 比企谷?」
八幡「・・・・・・折本」
折本「え、比企谷って総武高なの?」
八幡「あ、ああ」
折本「へー。いっがーい。頭良かったんだー! あ、でもそういえば比企谷のテストの点とか全然知らないや。比企谷、全然人と話してなかったもんね。・・・・・・・彼女さん?」
八幡「いや、その・・・・・・」
折本「だよね~! 絶対ないと思った!」
八幡「はははっ・・・・・・」
陽乃「もしかして、八幡のお友達?」
八幡「中学の同級生です」
折本「折本かおりです」
陽乃「ふーん。・・・・・・あ、わたしは雪ノ下陽乃ね。
八幡の・・・・・・八幡の・・・・・・、ねえ、私って八幡のなに?」
八幡「や、俺に聞かれても」
陽乃「わたしと恋人っていうのも変だよね。うーん、彼女のお姉さんとか? いや、あるいはお義姉さん・・・・・・。あ、間をとって愛人っていうのはどう?」
八幡「ふつうに恋人でいいんじゃないですか」
陽乃「それじゃあ正妻の雪乃ちゃんに悪いじゃない」
折本「なんか姉妹っていいですよね~」
陽乃「でしょー? まあ、八幡が姉妹ともども手篭めにかける猛獣なだけなんだけどねー」
折本「あぁ・・・・・・・」
陽乃「しかし、八幡と同じ中学かー。なんか面白いことなかったの? ほらー、なんかあるでしょー? あ、コイバナ! お姉さん、
八幡のコイバナ聞きたいな」
八幡(誰も気が付いてない。陽乃さんの目が本気だって。獲物を狙うその冷酷までも冷たい視線に気が付いてない。実際見た目だけじゃ笑っているようにしか見えないから、初見じゃ無理か)
折本「あー、そういえば私、比企谷に告られたりしたんですよー」
仲町「うそー」
陽乃「それ気になるなー」
八幡(ぞくり・・・・・・。あ、今夜死んだかも)
折本「それまで全然話した事なかったから超びびってー」
陽乃「へえ、八幡が告白ねぇ~ー」
八幡(確実に死んだな。せめて雪乃にだけは知られないようにしないと)
八幡「まあ、昔のことなんで・・・・・・」
折本「だよね!昔の事だし別にいいよねー」
折本「あ、そうだ比企谷」
八幡「ん?」
折本「ていうかさ、総武高なら葉山くんって知ってる?」
八幡「葉山・・・・・・」
陽乃「・・・・・・・ふーん、面白そう」
八幡「へ?」
陽乃「はーい、お姉さん紹介しちゃうぞー」
八幡「は?」
陽乃「ちょっと電話してくるから待っててね」
八幡「・・・・・・」
・・・陽乃離席・・・
陽乃「あ、隼人? 今すぐ来れる? ていうか、来て」
葉山「どうしたんですか急に・・・・・・またですか」
陽乃「うん、またお願いね」
葉山「まあ、いいですけど」
陽乃「じゃあ、ちゃっちゃとやっちゃってね」
葉山「でも、面倒なのは勘弁して下さいよ。この前の相模なんてしつこくて、なかなか別れてくれないんですよ。こっちは比企谷に近づく女を遠ざける為だけに寝てるっていうのに。もう鬱陶しいから顔も見たくないっていってるのに、それさえもわかってくれない」
陽乃「ごめんねぇ、隼人。でも、そういうのも含めて楽しんでるんでしょ?」
隼人「そうですけどね。今度はどんなのが獲物なんですか?」
陽乃「ん? 八幡の中学の同級生だってさ。まあまあ可愛い方かな。でも、ちょっとお馬鹿そうなんだけど、ま、その方が後腐れなくていいんじゃない?」
隼人「そうかもしれませんね。お礼はいつものやつでお願いしますよ」
陽乃「わかってるって。じゃあ、八幡が待ってるから」
隼人「はいはい」
えっと・・・・・・、ごめんなさい。
由比ヶ浜結衣誕生日(後編) あとがき
今回で追加エピソードはひとまず終了です。
また大幅に加筆修正して1話分くらいの分量のがありましたら、再び掲載しようかなと考えております。
ただ、今のところ書くとしたら、七夕の前くらいかなと思ってはおりますが。
823 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/04/23 17:41:57.08 6NGd0T+00 22/22
スクロールバーもそうですが、話を全部表示させると一瞬パソコンが固まるんですよね。
本サイトは問題ないのですが、SSまとめ速報の方だと確実に一瞬固まります。
文章量が多くて、目的の話を探すのには不便ですよね。
最新話でさえ面倒だしw
ロードレーサーではなくてロードバイクが一般的なんですね。
自分もGIANTにのってはいますが、知識ほぼゼロです。
年寄り扱いされるんだったら弱虫ペダルを見ておくんだった・・・・・・。
たしか以前八幡がGIANTで、雪乃がBIANCHIって描写書いたような、書いてないような。
ちなみに八幡の方は自分がのっているやつで、雪乃の方は次欲しいやつですw
おまけは、なんといいますか、思い付いたので書いちゃいましたw
とくになんということもなく、なんとなくです。
次週からは『愛の悲しみ編』を再開する予定です。
来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしく思います。。
黒猫 with かずさ派