元スレ
やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第二部(やはり俺の青春ラブコメはまちがっている )
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1401353149/

200 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/07/25 02:44:08.30 fazYHJtz0 2/212


今週も読んでくださり、ありがとうございます。

昨日は、急にアップ時間を変更し、申し訳ありませんでした。

一応風邪は、連休中ひいていましたが、現在は全快しています。


たしかに、八幡がストレートに感情表現したら、雪乃も喜ぶか。



来週も、頑張ります!


201 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/07/31 17:44:45.75 Tp3RL0j30 3/212




第10章







6月14日 木曜日





無機質な携帯アラームを停止し、すぐさまサイドテーブルに携帯を戻す。

横に顔を向けると、いつもいるはずの雪乃はいない。

昨夜9時過ぎ、ギリギリまで粘りはしたが、陽乃さんからの最終通告が雪乃を実家に連れ戻す。

これ以上雪乃を引きとめてしまえば、雪乃の両親が家に戻ってくる前に雪乃が実家に戻すことが危うくなり、せっかくお膳立てしてくれた陽乃さんに申し訳ない。後ろ髪を引かれる思いだが、仕方ない。

土曜には、雪乃は帰ってくるんだから、それまでの辛抱のはずなのにぽっかりと心に穴があいてしまう。小町からすれば、雪乃に頼りすぎってことなんだろう。

だけど、そうじゃない。依存ではなく、俺の一部だって思えてしまう。

それこそ依存だっていわれそうだけど、この感覚、表現しがたい。

その人の為に自分を差し出したい、全てを捧げたいと言うのならば、それは依存ではなく、人生のパートナーといえるんじゃないだろうか。



顔を洗い、寝ぼけた頭を叩き起こしたものの、キッチンから漂ってくるいつものコーヒーの香りがないことに、軽く落ち込む。

雪乃の面影を探るべく、冷蔵庫を覗くと、昨夜大量に作り置きした料理が詰め込まれている。

今朝食べるようにと指示されていた皿と冷えた麦茶を取り出す。

ラップをはがすと、山葵と高菜の香りが漂ってくる。

さすがに昨夜おろした山葵とあって、おろしたての新鮮さは薄まってしまっているが食欲を誘うには十分すぎる。

雪乃のことだ、山葵を使うって俺が主張したものだから、わざわざ山葵を使うところが可愛く憎たらしい。

なんて、雪乃がおにぎりを握っている光景を思い浮かべながら一つ手にとり口に運ぶ。

うん、美味い。さっぱりとした味わいに、山葵の辛みがうまく融合している。

朝食欲がなくても、これならばっちり食事をとることができるな。

たしか弁当で、いなりずしの中身がこれだった時があった気がする。



202 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/07/31 17:45:46.82 Tp3RL0j30 4/212


いなりもいいけど、ノリを巻くだけでも十分すぎるほど美味しいレベルだ。

勢いよく一つ目を完食し、2個目へと手を伸ばす。

今度のはノリではなく、ゴマをまぶしているところが、心にくい。

味を変えて飽きさせない心配り、恐れ入ります。

と、大きく口に含むと・・・・、



八幡「ぐぁ・・・、ん・・・・・・・・。かれぇーーーーーーーーーー!!!!!」



すり下ろした山葵が増量しているだけなら、香りで多少は分かるかもしれない。

しかし、一晩おいたわけだから、香りはとんでしまって判断基準にならない。

くそっ、やられた。

よく見ると、ゴマがまぶされたおにぎりはこれ一つだけだ。

つまり、これ一つだけがジョーカーってことらしい。

なんなんだよ。

戸塚か? いや平塚先生に嫉妬してたのか?

いやいや、由比ヶ浜っていうせんもあるだろうし・・・・、

心当たりがありすぎてお手上げだ。

それにしても、戸塚だったとしたら、それはいきすぎだろうに。



子供の悪戯としては、可愛いレベルだけど、この悪だくみをせっせと準備をしている姿を思い浮かべてしまうと笑みがこぼれてしまう。

俺は、おにぎりを睨みつけると、手に残っているおにぎりを二口で飲み込む。



八幡「うっ・・・・。やばいかも」



手元にある麦茶だけでは用が足りず、急ぎ水道の蛇口をひねりコップに水を入れる。

一息に飲み干したものの、鼻から抜ける辛さは衰えることはない。

食べられないことはないレベルの辛さだけど、さすが山葵。

食べ終わってからのダメージが絶大すぎるだろ。

ダメージが消え去り、さらなるお茶を全て飲み干したが、次の一個に手が伸びにくい。

あと2つ残ってはいるが、はたしてこれがジョーカーではないっていう保証はあるのだろうか。

手からうっすら汗がにじみ出し、小刻みに震えが伝わる。

唾を飲み込むこと数回。すでに唾を飲み込む唾すら出にくくなってきている。

覚悟を決めた俺は、最後に空唾を飲み込み、すかさずおにぎりを喉に通す。

驚くことに、というか、常識的に残り二つのおにぎりは普通に美味しかった。

何を思って始めた心理戦かはわからないけど、朝から手に汗握る心理戦だけはやめていただきたいと、切に願う一日の始まりだった。


203 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/07/31 17:46:31.21 Tp3RL0j30 5/212











一日の始まり。朝、気持ちよく目覚めれれば、その日一日はうまくいく気がする。

朝の占いで、自分の星座が運勢最悪ならば、違うチャンネルに回し、都合がいい占いを見繕う気持ちもわからなくもない。

たとえチャンネルを変えなくとも、占いなんて気持ちの持ちようだっていいはったり、今が今日の最悪の時間帯で後は上り調子だと思い込んだりもしたりする。

つまりは、気の持ちようなのだが、朝の一手がその日一日引きずることはたしかである。

ましてや、昨日までの出来事の積み重ねがあるのならば、人間、警戒しないほうがおかしいってものだ。

だから、俺が由比ヶ浜の笑顔を警戒しても、なにもおかしくない。



今日も昨日と同じように教室で由比ヶ浜お手製のお弁当を食べている。

ありがたいことに、雪乃のアドバイスを実行することなく、3日連続して全く同じ弁当だった。

まじで、危険すぎるから雪乃のアドバイスを取り入れた応用編お弁当だけはやめてほしい。命にかかわるだろ、まじで。

違う点があったとすれば、フリカケの代りに、小分けになったノリを用意されていることと、緑茶ではなくほうじ茶であったことくらいだ。

本日も美味しく弁当を食べ終わったところまではよかった。

しかし、ここからが急転直下、地獄に突き落とされる。



結衣「ねえ、ヒッキー。頼みたいことがあるんだけど」

八幡「あぁ、言ってみ。聞くだけなら聞いてやる。でも、断るけどな」

結衣「はつ! そんなの意味ないし。ねえったらぁ」



俺の腕をとり、揺さぶる由比ヶ浜。傍目からすれば、微笑ましい光景なのだろう。

かわいい女の子が、男の子に可愛くねだってる姿にあこがれを持った時期もありました。

しかしだ。由比ヶ浜が持ち込むお願いごとの9割以上は、厄介事だ。

まず筆頭としてあげられるのは、俺と雪乃と同じ大学に行きたいと高校3年の1学期も終わるころにお願いしてきたことだ。

せめて2年の冬休みなら、救いようもあるだろう。

得意科目と不得意科目を見極め、センター試験と本試験でうまく取りこぼしがないように勉強を開始すればいい。

時間があるんなら、たとえ由比ヶ浜であっても、俺も雪乃も温かく迎え入れただろう。

しかしだ。なんで夏期講習の準備を考え始めようとする1学期終了直前なんだ。



204 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/07/31 17:47:19.28 Tp3RL0j30 6/212



3年の夏季講習なんて、一通りの受験勉強を終えて、試験に向けて再確認する時期だろ。

なのに、なにを好き好んで受験勉強をスタートせねばならない。

俺が諦めモードで話しを聞いたのは当然として、あの雪乃であっても顔が凍りついていた。

氷の女王といわれる雪乃を凍りつかせるなんて、すさまじすぎる由比ヶ浜パワー。

って、まあ、由比ヶ浜のお願いは、十分すぎるほど警戒すべき案件である。



とまあ、子供のごとくねだりまくる由比ヶ浜を放置することもできず、結局話を聞く羽目になる。

教室で話題振ったのさえ、俺が断りにくくするためじゃないかって疑いたくもなるが、なんだかんだいっても由比ヶ浜に甘いんだよなとため息をつく。



八幡「とりあえず腕を離せ」

結衣「話を聞いてくれるまで、は・な・さ・な・いぃ~」

八幡「揺さぶられてたら話をきけないだろ」

結衣「あっ、そっか」



ぱっと腕を離し、納得するあたり、なんでうちの大学に現役で合格できたのか不審に思えてしまう。

雪乃の親の力を使ったとしても、裏口入学なんて無理だろうし、そもそも雪乃が賛成するわけもない。

だったとしたら、底抜けにあほ過ぎるところが、合格の決め手だったのだろうか。

俺や雪乃の言うことを、心から信じて、馬鹿まっすぐにやり遂げられる精神構造が奇跡をよんだんじゃないかって、最近思ったりもする。



八幡「で、なんだ?」

結衣「あ、そうそう。それでね、英語のDクラスって知ってる?」

八幡「あれだろ? 大学に入学してすぐに受ける英語のクラス分け試験だよな」

結衣「うん、そう」



英語のクラス分けテスト。成績のいい順に振り分けられる英語の授業。

大学受験が終わったと気を抜いていると、突然突き付けられる英語の試験。

誰もがうれしいと思うことがない最初のイベントだ。

ちなみに、俺と雪乃は、順当にAクラス。由比ヶ浜もAクラスを獲得している。

それもそのはず。俺達は大学受験が終わっても、由比ヶ浜の勉強をやめていなかった。

そもそも現役合格なんて夢物語であったから、来年に向けての受験勉強でもある。

そして、大学に入ったとしても勉強についていけないのならば、中退するリスクが出る。



205 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/07/31 17:47:53.24 Tp3RL0j30 7/212



俺と雪乃が無理をして合格させたのに、中退なんて由比ヶ浜の両親にも申し訳ない。ならば、卒業までさせるのが人情ってものだ。

俺と由比ヶ浜は同じ学部だし、俺が由比ヶ浜の勉強をみるってことになったが、クラスが違うとなるとフォローもしにくい。

よって、入学して最初のクラス分け試験も念頭に入れて、由比ヶ浜に勉強を教え続けていたというのも当然の出来事であった。

まあ、とうの由比ヶ浜は、やっと受験勉強から解放されたと思ってたところで英語漬けの毎日。俺や雪乃に対して、鬼・悪魔と連発していたけどその気持ちはわからなくもない。

だけど、許せ。これも親心ってやつだ。

半分程度は、自分の受験勉強以上にストレスをため込み、体力を擦り減らしてしまったうっぷんを由比ヶ浜にぶつけてたけど、それも愛嬌っていうもんだ。



結衣「それでね、今年のDクラスの人たちに頼まれてさぁ・・・・・」



首をかしげて覗き込む姿は、女の子の姿としては可愛いのだろろ。

しかし、今の俺には、地獄からの招待状を届ける悪魔にしか見えない。



八幡「・・・・なんだよ」

結衣「ヒッキーにその人たちの勉強見てほしいの」



手を合わせ、頭を下げてくる。

顔を下に向けながらも、ちら、ちら、と俺の顔色を覗き込む姿、わかいいじゃないか。

でも、俺も対由比ヶ浜用に訓練された男。

この程度では、びくともせんぞ。



結衣「お願いします。ヒッキーしか、頼れる人がいないんです」



さらに深く頭を下げてくる。

外野からは、ひそひそ声のはずなのに、俺への突き刺さる非難の言葉。

お前らは外野で実害ないから、軽い気持ちで引き受けろって言えるんだ。

実害を受ける俺の方としたら、たまったものじゃない。



八幡「頭を上げろって・・・」



由比ヶ浜の肩に手をかけ、頭を引き上げる。

目にはうっすらと涙をため込んで、うるうるを見つめてくる。

くぅ~んと寂しげな瞳をきらめかせるのは、やめなさい。

由比ヶ浜に同情する外野は、さらに俺への非難を強めてしまう。

206 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/07/31 17:48:45.80 Tp3RL0j30 8/212


これだったら、下手に顔を上げさせるなんてしなければよかったと考えはしたが、どちらにせよ俺は詰んでいたはずだ。



八幡「わかったよ」



俺は、視線を横にスライドさせ、なるべくぶっきらぼうに返事をした。



結衣「ありがとう、ヒッキー」



すると俺に抱きつき、ふくよかな双胸を押し当ててくる。

雪乃とは違った破壊力抜群の柔らかさに、血のめぐりが加速する。

小柄で丸みを帯びた肉体。だからといって、たるんでいるわけでもなく、しなやかな柔らかさがじかに伝わってくる。



八幡「わかったら、とりあえず離れろって」

結衣「ごめん、ごめん。うれしくて、つい」



名残惜しそうに俺から離れる由比ヶ浜をみて、はやし立てる外野はこの際無視。



八幡「でも、俺のできる範囲だからな。もし、うまくいかなくても、文句言うなよ」

結衣「うん」



元気よく返事をする由比ヶ浜をみて、どこまで納得しているのか判断しかねる俺だった。

とりあえず、教室で俺達の寸劇をみている連中にどう言い訳しようか・・・・。

って、どんな言い訳しても無理でした。

現行犯だし・・・・・・・。










午後の講義の後、由比ヶ浜に連れられて行かれたのは、少人数用の小さな教室。

主に外国語の講座なんかで使われていた気がする。

部屋に入ると既に人は集まっていて、十数人の生徒が席についていた。

由比ヶ浜は、室内を見渡し、そのまま教壇の上に立つ。



由比ヶ浜が授業をする風景をふと考えてみたが、あまりにも現実から離れ過ぎていて想像できん。

思わず笑いそうになってしまったが、皆俺達を注目していたので、口元を抑えて無理やり隠す。

207 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/07/31 17:49:17.83 Tp3RL0j30 9/212






結衣「皆そろってるみたいだね」

生徒A「はい。全員そろっています」



一番前に座ってるまじめそうな学生が全員を代表して応える。

ただ、まじめそうであって、勉強ができるではない。

そもそも勉強ができるんなら、英語でDクラスになんてなってはいない。

しかしだ・・・・・、元から勉強ができないわけではない、と考えている。

なにせ、由比ヶ浜みたいな特例はあっても、一応うちの大学の入試をパスしている。

最近は、AO入試とかあるし、なかにはとんでもない奴もいるらしいけど。



結衣「こちらは、ヒッキー・・・・、じゃなくて、比企谷八幡」



おい。ヒッキーはやめろ。うちの学部でも、ヒッキーって言う奴がたまにいて、うざい。

ほとんどが比企谷だけど、ノリでヒッキーって言う奴がいるけど、諸悪の元凶は、お前なんだよ、由比ヶ浜。



八幡「ども」

生徒A「お噂は、かねがね聞いております。あの由比ヶ・・・・ではなくて、試験対策のプロだとか」



あぁ、やっぱり由比ヶ浜に勉強を教えている関連の噂は1年まで届いてるか。

まさしく調教だからな。

教授だって、こいつの成績と顔が重ならないらしいし、いつぞやはカンニングまで疑われる始末。

そんときは、雪乃が怒って、大騒ぎになって、挙句の果てには陽乃さんまで出てきたんだっけ。大怪獣パニックそのもので、見ている方は楽しかったけどあの助教授かわいそうだったよなぁ・・・・・。



八幡「いいって。由比ヶ浜に勉強教えてることをきいたんだろ。こいつも自覚してるし、変に気を使わなくていい」

結衣「あぁ~・・・・・。私には気を使ってほしいかも」



目をスライドして、ふてくされてる由比ヶ浜をちら見するが、すぐさま視線を前に戻す。



八幡「別に気を使わなくっていいってよ」

結衣「ちょっと、ヒッキー」




208 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/07/31 17:49:51.83 Tp3RL0j30 10/212




きゃんきゃん騒ぐな、鬱陶しい。みんな知ってるんだから、オープンにした方が話がしやすいだろ。

だから、由比ヶ浜は、無視っと。



八幡「それで、勉強を教えてほしんだって」

生徒ALL「お願いします」



今度は、代表Aだけでなく、全員が一斉に声を合わせて言うものだから声が響いてちょっとだけどびびってしまう。

こっちは小心者なんだから、お願いするにしてもビビらせちゃだめだって。



八幡「うふぉん。えっと、それで・・・、英語ならいいけど、専門は無理だぞ。Dクラスって、全学部から集まってるし、専門までは面倒はみられない。それと、第2外国語もドイツ語ならOKだけど、これも英語とやり方だから、できれば自分たちで対処してほしい。それでも、専門もやり方くらいは教えられるかな・・・・・」



そもそも大学の勉強なんてなんてものは、高校とは違う。

人手をかければかけるほど、楽ができる。

なにせ、サークルで、試験対策サークルなんてものまで存在する。

もちろんサークル名がそのまま試験対策サークルではないけど、実情は試験・レポート・ノート、そして、遊びだ。

なんだかんだいって、みんなで楽して勉強をやっちまって、あとは遊ぼうっていういかにも健全なサークルなわけだが、ノウハウを知っていれば、個人でもできる。

そこんところを教えて、実行してほしいんだけど、いきなりは無理だろうなぁ。



八幡「とりあえず、前回の小テストみせてくれ。実力がわからないと対策の立てようもない」



あらかじめ集められていた小テストの答案を、リーダーA(仮称)が持ってくる。

どれどれ・・・・・・。

ごめん。先に俺の心が折れちまった。

なにせ、大学受験を宣言した高3夏の由比ヶ浜が勢ぞろいだったのだから・・・。

どうすりゃいいって言うんだよ!










209 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/07/31 17:50:23.52 Tp3RL0j30 11/212





とにかく、勉強会の準備も必要ってことで、勉強会は明日の朝7:30からと告げて終了。一応次回の授業でやる範囲の全訳だけはしとくようにと指示。

はぁ・・・・・。先が思いやられる。由比ヶ浜一人でも大変なのに、今度は十数人もいるなんて。

俺のことを心配して、由比ヶ浜が声をかけてくる。

いたわるくらいなら、最初から難題持ってくるなといいたいところだけど。



結衣「ヒッキーごめんね。なんか思ってたより大変そう」

八幡「そうだよ。あいつら全員お前レベルなんだ」

結衣「じゃあ、大丈夫だね」



さっきまで心配そうにみつめていやがったのに、もう能天気に笑っていやがる。

どういう頭の回路をしているか、一度調べたいものだ。



八幡「どこに、そんな楽観視できる要素がある?」

結衣「私レベルなら、きっとヒッキーがなんとかしてくれるでしょ」



自信満々に俺を覗き込む姿に、NOなんて言えやしない。

みえじゃないけど、信じてもらえるっていうのも悪くない。



八幡「はぁ・・・・」



わざとらしく大きなため息を見せる。

そして、大きなためをつくってから、ゆっくりと語りだす。



八幡「あんまり俺に頼りすぎるなよ。今回だけだ」



ぶっきらぼうに語り、目を横にそらしたはずなのに、すぐさま俺の目線に移動してじっくりと瞳を覗き込んでくる。

そんなに見つめられると、ドキドキしてしまう。

もちろん2つの意味で。

1つ目は、異性としての由比ヶ浜。

そして、2つ目は、こんな光景を雪乃に見られたらと思うと、包丁沙汰騒ぎどころじゃない!



結衣「ひひひ・・・」



にっこり笑う由比ヶ浜の口から、白い歯がこぼれる。



210 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/07/31 17:50:57.71 Tp3RL0j30 12/212



こいつ、最近わかっててやってる節があるから困ってしまう。

だから、俺は軽口をたたくしかない。

もちろん、由比ヶ浜に対して、重いペナルティーつきでだ。



八幡「ちょうどいい。お前も補習一緒に受けろよ。去年の復習だし楽なもんだろ。もちろん去年のノートをみるのはNGな」

結衣「な!」



白い歯をのぞかせていたと思ったら、今度は唖然として口をあほっぽく丸くしている。

天国から地獄とは、こういうことなんだなと、実験成功をふむふむと感心する。



結衣「あ、、、私は関係ないじゃん。もう単位とったし」

八幡「英語は、卒業しても必要だし、これからの授業でも英語の文献使うだろ。それに英語の資格とるかもしれないから、やっといて損はない」

結衣「えぇ~」



不満たらたらの由比ヶ浜をみると、なんかすっとするが、ここはあえてやる気が出るご褒美も与えておくか。



八幡「お前が予習して分からないところがあれば、あいつらも大抵わからない。俺を助けると思って、手伝ってくれるとうれしい」

結衣「そうなの?! じゃあ、やってあげる。しょうがないなぁ、ヒッキーに頼まれたんじゃ、やらないわけにはいかないし」



由比ヶ浜があほの子でよかった。こいつほど扱いやすい奴はいないんじゃないか。

尻尾をプルプル振り回しながら、ぶつぶつつぶやくのを横目に、もう一度ため息をつく。

どんなに御託を並べても、人に勉強を教えるっていうのはストレスが溜まりそうだ。










第10章 終劇

第11章に続く







211 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/07/31 17:52:08.66 Tp3RL0j30 13/212




第10章 あとがき




今回の長編は、原作があります。

自分が書いたオリジナル小説が元になっております。

ネットにもアップしていませんし、リメイクして世に送り出そうかなと。

リメイクといっても、人間関係、登場人物、設定が違いますから、大幅に書き直しています。

時間ができたら、原作の方も書き直してみようかなと考えてはいますが、真夏が思考能力を低下させる・・・・・・・。





来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派






217 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/07 17:40:33.49 kppkoMYH0 14/212




第11章







6月14日木曜日 夜







夕方、由比ヶ浜に連れられ、Dクラスの連中に紹介された夜。

俺は、平塚先生からの電話を受けていた。

八幡「まじで由比ヶ浜状態なんだから、しゃれにならないですよ」

「それでも君は見捨てないのだろ?」

八幡「見捨てる、見捨てない以前に、見捨てることができない状態なのですが」

「君らしいな。だけど、どんな状態であろうと、逃げようと思えば逃げられるはず。たとえどんな評価が下されようとも、逃げてしまうやつは逃げてしまうよ」


たしかに逃げようと思えば逃げられたかもしれない。平塚先生が言うような最低なレッテルを貼られないまでも、うまく言いくるめて逃げることもできたはず。

だけど、俺はそれをしなかった。なぜか?

答えはいつくか浮かんだけど、答えを出したいとは思えなかった。


八幡「そうですかね。俺は、楽したいんですけどね。ただでさえ、自分の勉強の方で手一杯なのに、由比ヶ浜の世話もしてるんですよ」


だから、俺はお茶らけて語りだすしかない。自分の気持ちをうやむやにする為に。


「ふふっ・・・、それが今君が出した答えならば、そうなんだろうな」


なにか含みがある笑い方をするので、裏を読もうとしてしまう。

裏を読もうとするたびに深みにはまってしまうので、無駄なことはしない。

だけど、俺が熟考する前に、平塚先生は今の話題を打ち切り、本来の要件を打ち出してきた。


「それはそうと、今日電話したのはだな、明日行くラーメン屋を変更してもらいたい」

八幡「それは、かまわないっすよ」

「そうか。それは助かる」

八幡「それで、どこにするんですか?」

「総武家にしようと思う」

八幡「いいですけど、最近よく行ってるから、別のところにするんじゃなかったんですか?」

「そうだったな。だけど、ちょっと確かめたいことがあってな」


218 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/07 17:41:04.65 kppkoMYH0 15/212



八幡「そうですか。それで、何を確かめるんです?」

「まだ噂の段階なので、総武家に行ってから話すよ」

八幡「はぁ・・・・・・」


どうも由比ヶ浜といい、平塚先生といい、俺にトラブルを運んでくるようにしか思えない。

そもそも朝の出だしが悪かったんじゃないかって、ほんのわずかだけど雪乃を恨みたくもなる。

雪乃に悪気があったわけでもないし、いや、あったのか。

えっと、あの特性山葵入りおにぎりを食べてから、俺の運が下降気味な気もする。

別に俺と雪乃の間だけのことならば、微笑ましいエピソードで終わるけど朝、由比ヶ浜につかまったことを考えると、おにぎりもマイナスエピソードに思えてくるのは、人間の負の心理連鎖とも言えるのだろうか。

まあ、俺の気持ち次第で何事もプラスにもマイナスにも変化してしまうけど、いくら雪乃がプラスの極致といえども、今日の由比ヶ浜と平塚先生のマイナス要素にはプラス要因が少なすぎるようだった。


「なにか暗いな、君は」

八幡「あぁ、そうだ。平塚先生とラーメン屋行くことを雪乃に話したんですけど、大変でしたよ」


気持ちが暗くなっていくのを振り払うように、努めて明るく話題を切り出す。


「別にラーメン屋行くくらいで、なにが大変なんだ?」


俺は、まだ、平塚先生の要件がマイナス要件だと決定したわけでもないが、つい頼れる大人だということで、由比ヶ浜へのうっぷんを吐き出してしまう。

甘えだってわかってはいるけど、それをあえて受け止めてくれる平塚先生に頼ってしまう。


八幡「雪乃に包丁で脅されました」

「はっ?」


さすがの平塚先生でも言葉を失う。緊張感が、電話が押しからでも伝わってくる。

そう思うと、からかってみたいと思うのが人の心情というもので。


八幡「雪乃以外の女とデートするなんて許せないそうです」

「デートではないだろ。教師と教え子だし、それは、卒業してもかわらない」

八幡「そうですよね。でも、平塚先生は、綺麗で、とても魅力的じゃないっすか。しかも、俺が平塚先生に色々と頼ってしまうところもあるし」

「それでも・・・・」


だんだんと声が震えてきているのがわかると、こっちも調子にのってしまう。




219 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/07 17:41:37.63 kppkoMYH0 16/212



八幡「雪乃からすれば、俺達の性格がうまく一致してるって思ってしまうのかもしれませんね」

「たしかに君とはラーメンの趣味も合うし、話してしても楽しいとは思う。だけど・・・・」

八幡「安心してください。俺もそう思ってますから。だけど、これは平塚先生だからってことで言ったわけではないのですが、もし俺が浮気なんかしたら・・・・・」

「浮気なんかしたら、どうなのだね・・・・」


息をのむ音が聞こえてくる。それがかえって俺を慎重にさせ、なおかつ調子づかせる。


八幡「包丁で刺すそうですよ」


俺は、爽やかな声で言い放った。


「ひっ!」


あまりにもの驚きように、やりすぎたのではないかと後悔の念が押し寄せる。

たしかに雪乃だったらって、平塚先生も思ってしまうかもしれないけど。


八幡「嘘です。冗談です」

「本当かね?」


まじでビビって、涙声じゃないか。


八幡「本当ですよ。でも、言ったことは確かなんですけどね」

「どっちなのかはっきりしたまえ。・・・・・・言ったってことは、言ったんだな。私を刺すのか? あぁ、結婚して、子供も産んでいないのに死ぬのか」

八幡「ちょっと、ちょっと平塚先生。冗談で言ったんですよ。俺を脅かす為に雪乃が言っただけですって」

「君を脅かす為に雪ノ下が言ったっていうのか。・・・・・そうか、そういうことか」


どうにか落ち着いてきたようだが、今のうちにあやまっておくか。

雪乃じゃないが、平塚先生も怒らせると怖いし。

親しき仲にも礼儀ありってことで。


八幡「脅してしまって、すみま・・・」

「比企谷」


遅かった。謝るタイミングをミスったことに気がついたときには、時は遅く。

もはや、嵐が去るのを待つしかない。


八幡「はい」

「明日、楽しみにしておくように。おそらく、君の力を借りることになると思う」



220 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/07 17:42:22.28 kppkoMYH0 17/212



八幡「力を貸したいのは、やまやまなのですが、あいにく忙しいしので。ほら、由比ヶ浜の件もありますから、ちょっと・・・・」

「ちょっと何かね?」

八幡「なんでもありません」

「わかればよろしい。では、明日、総武家の前で」

八幡「はい」


電話が終了した後も、俺は、後悔の念しか残っていなかった。

もちろん自分のしでかした過ちについてだ。

これでトラブル二つ目確定じゃないか。

やはり朝の山葵が今日の運勢の最高点だったらしい。

最高点ってことは、後は下るしかないが、いつまで下るのかは俺も想像できなかった。













悪いタイミングは重なるわけで、俺が平塚先生との電話を後悔している暇もなく、電話を切るとすぐさま次の電話がかかってくる。

携帯の表示を見ると、雪乃からであった。本来ならば嬉々して電話をとるが、平塚先生をからかったネタが雪乃であったこともあり、気が重い。


八幡「もしもし」

雪乃「珍しく話し中だったものだから、かけ間違えたのかと思ってしまったわ」

八幡「俺だって、電話することくらいある」


たしかに珍しいけど、ないことはない。
 

雪乃「小町さんかしら?」


疑ってやがるな。

ここは今日のことを踏まえて、正直に、かつストレートに言ったほうが被害が少ないはず。


八幡「ちげーよ。平塚先生だ。明日のラーメン屋、いくところを変更だってさ」

さも事務的な報告を強調すべく端的に言ったけど、かえってわざとらしすぎたか?


雪乃「そう。・・・・そうなの」


あまりにもしおらしい反応に対応困ってしまう。

こちらから話を振れば、墓穴を掘りそうだし、困ったものだ。



221 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/07 17:42:58.17 kppkoMYH0 18/212




八幡「総武家に行くことにしただけだ」

雪乃「そっか・・・・そうね」

八幡「そうだ」


なにこの受け答え。先に手を出したほうが負けなの? 

心理戦だったら、雪乃有利に決まってるから、もう詰んだのかよ。


雪乃「ねえ、八幡」

八幡「はひっ?」


思わず声が裏返る。やましいことなんてないのに。絶対ないはずなのに。


雪乃「なんて声出してるの」

八幡「ちょっと考え事してて」

雪乃「私と話しているのに、他の事を考えてたっていうのかしら?」


やばい、墓穴を掘ってしまった。どうする、どうするよ、俺。


八幡「それは、ええっと。なんだ・・・・・」


何も思いうかばねぇ。


雪乃「まあいいわ。明日平塚先生と会うのだったら、明後日、うちに食事に来てくださらないか聞いてくれないかしら?」

八幡「どうして?」

雪乃「どうしてって、あなたが平塚先生にお世話になってるっていったんじゃない」

八幡「そうだっけ?」

雪乃「そうよ。いきなりすぎて平塚先生の予定が埋まっていなければいいのだけれど」

八幡「それは大丈夫だと思うぞ。なにせ、クリスマスだろうとスケジュールは真っ白って豪快に笑って・・・・・、泣いてたからな」


きつい。自分で言っておきながら、悲しすぎるだろ、平塚先生。


雪乃「そうなの? それならば、聞いておいてね」

八幡「ああ、予定聞いたら、早めに雪乃にも伝えるよ」

雪乃「そうしてくれると助かるわ。それでね、八幡」

八幡「まだあるのか?」

雪乃「用ってことでは、ないのだけれど・・・・・」


平塚先生を食事に誘うことは、本題ではないのだろう。

それに、雪乃が言う通り、用もないと思う。つまり、用がないこと自体が用ってことで。

普段、なにも話すこともなく、黙々と二人で勉強している時間。



222 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/07 17:43:27.91 kppkoMYH0 19/212



けっして二人で楽しく会話をしているわけでもないが、至福な時間だって胸を張って言える。何をするかが問題ではない。誰と過ごすかが重要なのだ。

たとえ話す内容がないとしても、今日の食事の話だったり、大学の話だったり、他人が聞けばつまらない話だろうが、俺達にとっては、楽しい会話が成立する。

だから俺達は、くだらない話をながながと話続けることができる。















気がつけば深夜。まだ風呂も入っていないことに気がつく。

とっととシャワーだけでも浴びて、寝ようかと動き出したところ、またしても電話の着信音に呼びとめられる。

携帯の表示を見ると、雪ノ下陽乃。

見なかったことにしてシャワーを浴びたい気持ちが非常にでかかったけど、電話に出ないと後が怖いので、渋々電話に出ることにする。


八幡「もしもし」

陽乃「もう寝てた?」


不機嫌な声がもろに出てしまってたか?

しかし、すでに睡眠中と誤解してくれたおかげで、難を防げたようだ。


八幡「そうっすね」

陽乃「そんなことないか。だって、雪乃ちゃんと今さっきまで電話してたよね」


知ってたんなら、かまかけるなって。

こっちが適当なこと言ってるのばれるだけじゃないか。

本当にこの人には敵わない。


八幡「わかってるなら、変な探り、入れないで下さいよ」

陽乃「だって、比企谷君に電話しようとしても、なかなか雪乃ちゃんが比企谷君のこと離してくれないんだもの。だから、少しくらい虐めてもいいよね?」

八幡「やめていただけると助かります。それに、用があるんだったら、直接雪乃に言っておけばいいじゃないですか」

陽乃「それは無理」

八幡「どうしてです?」


やはり今日の最後もトラブルか? 俺の声に警戒心が漂う。



223 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/07 17:44:07.69 kppkoMYH0 20/212



陽乃「土曜日、静ちゃんと食事するんでしょ。だったら、私も用があるから一緒に食事したいなぁって」

八幡「それだったら、なおさら雪乃に言ってくださいよ」

陽乃「駄目よ」

八幡「駄目って・・・・」

陽乃「だって、雪乃ちゃんに言っても、断られるだけじゃない。比企谷君に言えば、断られないでしょ」

八幡「わかりましたよ。俺の方から言っておきます」

陽乃「ありがとう。じゃあ、土曜日にね」


あっという間にハリケーンは過ぎ去ったが、疲労感半端ねぇな。

もう、これ以上話を長引かせたくなくて、簡単に引き受けたけど、そもそも雪乃だって、陽乃さんのこと嫌いじゃないのになぁ。

たしかに嫌がるそぶりは見せるけど、本音は嬉しいはず。

面倒な姉妹・・・・。

もう思考の限界か。

さっさとシャワーを浴びて、寝ることにしよう。

明日は、トラブルがありませんようにと、切に願って。















6月15日金曜日






そして、本日が第一回英語勉強会。やるき満々の由比ヶ浜は、一番前の席を陣取ってるけど、ここはあえてスルー。お前がやる気を出しても他の奴らの成績が上がらなきゃ意味がない。


八幡「提出してもらった全訳は、悪くはない。悪くはないけど、よくもない。よくない理由が分かる人?」

結衣「はいっ」


お前が手を上げても意味がないんだって。しかも、お前には今までみっちり教えてるんだから、わからないほうが問題だ。

由比ヶ浜の勢いに委縮したのか、誰も手を上げようとはしない。



224 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/07 17:45:00.03 kppkoMYH0 21/212



そもそもわかっているんなら、ここにはいないけど、積極性に欠けるのはどこも同じか。


八幡「わからないところはそのままでいいって言ったけど、わからない理由まで書きこんでほしい。まあ、俺がわからない理由まで書くように指示してないから書かなかったって言えばそれまでだけどさ。あと、テキスト量が多いから、雑になってるっていうのも問題だ。こんなのまだまだ少ない方だし、専門課程入ったら英語の参考資料も使うだろうし、このままの速度だとちとやばい」


なんかお通夜モード・・・・・。わかっちゃいたけど、これをやる気にさせるのも俺の仕事なのか? つーか、昨日のやる気はどこにいったんだ?


八幡「というわけで、強制的にやる気を出してもらいます」

結衣「えぇ~」


由比ヶ浜よ、あからさまに嫌そうな顔をするなって。

お前ほど、落差が激しい奴はこの教室にはいない。

まあ、お前が一番つらい勉強を強いられてきたのは知ってるから、その表情もわかるけど・・・・・、今はやめろ。経験者が語るって奴で、教室にいるやつらがドン引きしているだろ。


八幡「由比ヶ浜」

結衣「なになに」


椅子の上で座ったままピョンピョン跳ねるあたり、単純すぎる。

俺に名前呼ばれただけなのに、現金なやつ。


八幡「お前は、経験者だし、普通はペアだけど、お前を抜いた人数が偶数だからお前は一人な」

結衣「えぇ~・・・・え~」


反抗的な視線を見せたって、お前が持ってきたトラブルだろ。

しかも、さっきの「えぇ~」よりも、数段厭味込めただろ。


八幡「反抗的なやつは、厳しいペナルティーを課します。あと、ノルマをやってこなかったやつも同様だ。ちなみに、今回のペナルティーは・・・・、由比ヶ浜、今回皆で分担して全訳するところを、お前は一人でやってこい」

結衣「・・・・・・・・・・・・・・・」


あ、まじでショック受けてやがる。口をパクパクさせて、悲しそうな目で俺を見つめてるなぁ。



225 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/07 17:46:32.52 kppkoMYH0 22/212




やば、ちょっと薄っすらだけど、目に涙溜まってないか?

やりすぎたか?

ま、あとでフォローいれておくか。


八幡「それじゃあ、具体的な手順説明するな・・・・・・」


大まかに言うと以下の通り。

毎回ペアを組んで、分担された自分の範囲を全訳する。

ペアは、毎回違う人にする。

分からないところは、分からない理由を書く。単語の意味などは、分かる範囲で書く。

人に聞いてもいいけど、人に聞いた訳をそのまま写すのはNG。

ペアを組んだ人と、分からないところは教え合って、できる限り全訳を埋める。


ざっと言えば、こんな感じだけど、いくらテキスト量が多いといっても、人海戦術を使えば短時間で終わる。しかも、ペアを組むことで責任感をアップ。

まさしく、隣の味方は監視役ってやつだ。

自分がやらなくても、誰かしらがやってくれるなんて甘い考えを捨てさせる作戦だけど、うまくいくかはこいつら次第かな。

でも、こいつらも高校では学年トップ集団だったはずだし、そのときの意地は残ってるはず。大学で、天井が見えない実力者たちを見て、落ちぶれはしたけど、やればできるやつらだと信じたい。


八幡「それじゃあ、今日はここまで。次回は火曜日の朝な。では解散」


俺のおしまいの合図とともに、ぞろぞろと席を離れていく。

やはり初日から飛ばし過ぎたかもすぎない。

やるきはあったはずなのに、実際始めてみると勢いが続かないのは人のサガかね。

そのやる気を引き出すのが俺の仕事だけど、暗雲立ちこめて雷雨じゃねぇか。

やる気っていうのは信用できないもので、あったと思っても、すぐさま消えちまう。

たとえ10分前にあったとしても、ほんの些細な出来事で霧散する。

些細な出来事っていうのは、現実だけど、人間は現実を直視できるようには出来上がってはいないらしい。だから、現実との折り合いをつけるべきだけどそれができない奴が多いわけで。

まあ、とにかく現実って奴は、面倒だ。

由比ヶ浜を基準に授業をやってみたけど、こうしてみると、由比ヶ浜の根性はすさまじいって感じられる。

何を言われても、きっちりと勉強してたもんなぁ。

もちろん反抗的な目をギラギラ俺にぶつけてきたけど、それは仕方がない。

俺が居残って質問してきたのを解答し終わると、由比ヶ浜は、すすすっと俺に近寄ってくる。



226 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/07 17:47:20.38 kppkoMYH0 23/212




何も言ってはこないけど、しっかり先生やってるじゃんって訴えてきてるのだけはしっかりと理解できた。

だけど、俺が課したペナルティーが重いのか、気持ちは重めだ。


八幡「由比ヶ浜」

結衣「なぁに・・・」


まじでまだいじけてやがる。落ち込ませたままだと、これからの調教、もとい、お勉強のモチベーションも落ちるし、やっぱ餌もやらんとな。


八幡「お前の場合、分からないところは俺に直接聞けばいい。だけど、わからないからってすぐに聞くなよ。早く読む練習も必要なんだからなあと、午後時間あるし、一緒に勉強していくか」

結衣「うん」


やっぱり由比ヶ浜のコロコロ変わる表情を見るのは面白い。

いじけてたと思ったら、今度は尻尾をプルプル振りながらじゃれついてくる始末。

だけど、じゃれつくのはいいけど、腕に絡みつくのはやめなさい。

誰か見てるかもしれないでしょ。

といっても、俺達を知ってるやつらなら、いつものことかってことですまされるかな。

でも、お前の柔らかい感触はデンジャラスだから、やめてほしいです。

理性の崩壊が始まってしまうし、なによりも、雪乃がこわい・・・・・。













第11章 終劇

第12章につづく






227 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/07 17:48:03.03 kppkoMYH0 24/212




第11章 あとがき




長編になって変わったところといいますと、日付ですかね。

これは、スケジュール管理を簡単に把握できるようにとつけたもので主に書き手の都合ですw

なにせ長編になるほど話が込み入ってきますし、読み返すにも便利です。

あと、一番の変化は雪乃の登場が減ったことですか。

こればっかりは、ごめんなさい。

なるべく雪乃の登場が増えるように書き直していくつもりです。




来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。



黒猫 with かずさ派





234 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/14 11:39:33.88 wbf2qZx90 25/212




第12章







6月15日金曜日 夜








夕方、由比ヶ浜との勉強会を済ませ、なおかつ、さらなる課題を付け加えてやると俺は急ぎ総武家に向かう。

由比ヶ浜の質問が多いこともあって、約束の時刻はとうに過ぎていた。

早足だったのが、いつのまにか小走りになり、今や軽く走っている。

遅れる理由を平塚先生にメールしたけど、終わったらダッシュで来いって返信は横暴すぎる。

確かに今は日が暮れて、夕食時。約束の時刻は既に2時間は過ぎているけど、

・・・・・、はい、ごめんなさい。

今もあと5分で着くってメールしたけど、メールする暇があったら走れって・・・・。

近くまできたらメールしろって言ったのは平塚先生でしょ。

お腹すいてるのはわかるよ。わかるけど・・・、もう、ごめんなさい。

走ってますから。



額から汗の粒がはじけ出て、前髪がぺたっと額に張り付くころ、俺はようやく総武家に着く。

夕食時を少し過ぎたからといっても、まだまだラーメン屋は稼ぎ時だ。

美味そうなラーメンの香りが漂ってきて、すきっぱらにダイレクトに食欲をかきたたす。



「遅い」



ラーメン屋の列の前に一人たたずむ黒い影。

いつものようにスーツを着こなし、存在感を撒き散らしながら俺を待つ。

けっして体のラインを強調するようにはできてはいないスーツであろうと艶めかしい曲線美が完成している。

列に並び、とくにすることがない男連中の視線を集めるには十分すぎる魅力を解き放っていた。



八幡「すんません。これでも、全力で走ってきたんですけどね」



俺は申し訳なさそうに謝罪をする。もちろん平塚先生にだけれど、それだけではなく、俺にきつい視線を送ってくる男連中にもだ。



235 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/14 11:40:11.28 wbf2qZx90 26/212




でも、俺は恋人じゃないんで、辛辣な視線はやめてください。



「そうみたいだな」



男連中の視線など全く気にすることもなく、ハンドタオルを俺に差し出す。

俺は素直に受け取り、汗をぬぐう。



八幡「今度洗って返しますから」

「うむ。では、並ぶぞ」



俺は、さっそうと列に加わる平塚先生の後を急ぎ付いていく。

列に並ぶと、既に食券を買ってあった平塚先生は、俺に食券を一枚手渡す。

総武家は、回転率アップのために店外に食券機があり、外で並んでるときに注文を取りに来てしまう。

早く食べられることは嬉しいけど、初来店の人なんかは戸惑い気味だ。

慣れれば、うまいシステムだとは思うけど、繁盛店ならではだろう。



「これでよかったよな」

八幡「うす」



たしかに、その日の気分で違うものをっていう気持ちもないわけでもないが、それさえもお互い、ラーメンに関しては分かってしまう気がする。

そこまでわかってしまうほど一緒にラーメンを食べまくったっていうべきかもしれないけどラーメンに関して趣味が合うのは確かだ。

俺は、いそいそと食券代の小銭を手渡す。この一連の流れ。まさしく熟年の夫婦って気もしないではないが、あえて考えないようにしている。

なんか考えだしてしまうと、いつの間にかに平塚先生と結婚してる気がしてしまう。

見た目は綺麗だが、性格も若干男っぽく、趣味も偏っている。

だからといって、居心地が悪いわけでもなく、むしろしっくりくる。

だけど、これを認めてしまうと、婚姻届を突き付ける姿が目に浮かんでしまう。

って、やばい思考を打ち消すべく、ラーメンの香りを肺に満たす。

平塚先生は、待たせたことを怒ってるわけではないみたいだが、空腹が言葉を少なくさせる。

俺達は、ラーメンの香りを嗅がねばならないという拷問を乗り切りようやくラーメンを目の前にする。

空腹が最高のスパイスなどとよくいったものだが、ここのラーメンは空腹じゃなくても十分すぎるほど美味しい。逆に、空腹すぎると味が分からなくなる気もする。



236 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/14 11:40:48.60 wbf2qZx90 27/212




食欲のみで食事をしてしまうと、かえって味が分からなくなり、せっかくのラーメンが台無しだ。

今回は、空腹ではあったが、なんとか美味しくラーメンを頂くことができホクホク顔で残りのスープをすする。

すでに食べ終わった平塚先生は、ラーメン屋には似つかわない真剣な表情でドンブリを見つめていた。



八幡「どうしたんすか?」

俺の声も届かなく、しばらく沈黙のみが居残る。

「ゆっくり食べたまえ。今は食べることを楽しむべきだ」

八幡「そっすか」



俺は、あえて追及することをやめ、残り少ないラーメンに意識を集中させた。

ほどなくして俺も完食し、コップの水を飲み干す。



八幡「ごっそさんでした」

大将「今日も見事な食べっぷりでしたね。また来てくださいよ」

八幡「あ、はい」

「ごちそうさまでした。・・・・・それで大将」

大将「なんでしょう?」



いつも軽く挨拶したり、客が少なければ多少は会話をすることもある。

だけど、真剣な顔で話すことなんて、今まではない。

だから、平塚先生の真剣なまなざしをみれば、大将も警戒してしまう。

食券を渡し、食べ終わるまでの一連の流れが変われば、人は何かあるなって身構えるものだ。



「閉店するそうですね」



俺は、平塚先生の言葉に衝撃を受ける。千葉のラーメン激戦区。

たしかに、少しは超激戦区から外れた場所にあるといえども、大手チェーン店も最近近所に開店し、経営は大変だと思う。しかし、だからといって、閉店するほど客足が少なくなってるわけではない。むしろ、客は減りもせず、多いままといってもいいほどだ。だからこそ、俺は閉店する理由が見当たらず困惑してしまう。

俺は、答えを求めて大将に視線を向ける。すると、すでに平塚先生の質問が分かっていたのか、穏やかな顔をしていた。




237 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/14 11:41:23.25 wbf2qZx90 28/212




大将「もう知ってたんですね。はい、来月には閉店する予定です」

「あの噂は本当だったんですね」

大将「えぇ」



寂しそうにつぶやく二人は、理由が分かっているのだろう。大将は当事者としても、平塚先生も知ってたわけか。だから、俺を今日ここに連れてきたってことだな。

でも、俺にやってほしいことって何だろうか?

なぞは謎を呼び、困惑を深めるばかりであった。



八幡「なんで閉店するんですか?」

大将「もう噂が広がってるみたいだから言いますけど、道路拡張工事が始まって、ここのビルも取り壊しになるんですよ。でも、もうちょっとやれると思ってたんですけど、急に大家さんがね」

八幡「じゃあ、移転先も?」

大将「ええ、まだ何も。いい物件ないか探しているんですけど、もともと激戦区ですし、いい物件は既にね」

「早く次の物件が見つかるといいですね。大将のラーメンが食べられなくなると寂しく思うお客も多いですから」

大将「そう言ってくださると、うれしいね」

「ごちそうさまでした」

大将「またいらしてくださいね」



平塚先生の用事は終わったらしく、店外に出ていく。俺はもう一度「ごちそうさま」

と告げると、急ぎ後を追う。

店を出ると、平塚先生は煙草を吸おうとしていた。

いらだちぎみにたばこを取り出そうとしていたが、うまくタバコが出てこない。

煙草の箱を軽く握りしめると、そのまま鞄にしまいこみ、店の横に設置されている自動販売機からコーヒーを2本購入する。

マッカンを俺に渡すと、自分のブラックコーヒーを一息に飲みきる。

タバコが吸えなかったいらだちをコーヒーに向けただけでなく閉店の悲しみも含まれているのだろう。

俺はとりあえず自分のコーヒー代を支払おうと財布を取り出すが、「奢りだ」とそっけなくつぶやくものだから、反論などできやしない。

自分の思い通りにできないことなんて、人生には山ほどある。

思い通りにできることより、できないことの方が多いほどだ。

だから、人間、忍耐強くならなきゃいけないけど、それでも、いらだちは減るものじゃない。




238 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/14 11:41:52.52 wbf2qZx90 29/212



ここで、俺さえも「奢り」を断ることで、平塚先生の思い通りを否定するなんて野暮なことはするなんてできまい。

わかってますって、素直にコーヒーを受け取るのが、友情?、ラーメン仲間?、まあ、二人の仲ってものだろう。



八幡「平塚先生の頼みって、総武家のことだったんですね?」

「は? 頼みって?」



え? 電話でなにかやってもらうことがあるっていってましたよね?

もしかして、老化で記憶の方も劣化して・・・・・。



八幡「電話で言ってたじゃないですか?」

「ああ、あれは冗談だ。ここが閉店するのを確かめたかっただけだよ。それともあれか、君に頼めば閉店を取りやめにできるとも」

八幡「それは、俺の力ではちょっと」

「すまんな。こんなこと言うべきではないな。忘れてくれ」

八幡「いいんすよ。俺も閉店だなんて、ショックですから。でも、平塚先生と一緒でよかったですよ。一人だったら、ちょっと辛いかも。こういうとき、一緒にいて欲しい人が側にいてくれると助かります」



カランと缶が転がる音が響く。静かな夜の街に、イレギュラーな音が一つ混ざる。

俺は、すっと視線を向けると、その先には平塚先生がぼ~っと俺を見つめる視線があるだけだった。

ラーメンを食べたばかりだとはいえ、アイスコーヒーを一気飲みしたばかりだから体が熱くなるわけでもないのに、顔は熱いものを食べた直後のように赤く染まっている。

俺の視線に気がつくと、うろたえて視線を泳がす始末。



八幡「どうしたんすか」

「なんでもない!」



俺のマッカンを強引に奪い取ると、またしても一気に飲み干す。

ぷはぁって男らしい飲みっぷりに感心していると、自分が落とした空き缶を拾い上げゴミ箱に捨てる。そして、律儀にもう一本マッカンを買ってくれるので、今度は財布を取り出すこともなく、奢りの礼を伝える。

どうやら今月は、トラブルっていうか、厄介事ばかりらしい。

厄介事も一気に飲み干し、胃で消化できないものかと儚い願いを思い浮かべつつ、俺はプルタブをひと思いに開けた。





239 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/14 11:42:28.88 wbf2qZx90 30/212











6月16日土曜日







太陽はすでに昇りつめ、ゆっくりと傾きかけたころ、ようやく俺は遅すぎる朝食を口にする。

昨夜は、ラーメン屋に行った後、平塚先生と遅くまで話し込んでたし、主に平塚先生がだが、その後は英語の勉強会の為の準備で寝た時間などとうに忘れた。

英語の準備なんて明日にしてしまえばいいって悪魔が何度も誘惑してきたが、土曜は雪乃が帰って来る。

面倒事を持ち越して土曜を迎えるのなんて嫌だ。

面倒事なんて、仮に持ち越したとしても、精神衛生上よくないし、持ち越している時間経過ごとに精神を蝕まれてしまう度合いが増大する。

締切間近まで引き延ばしたとしても、漁り、圧迫、ストレス、時間・・・・・、どれ一つ見てもプラス材料なんてない。だったら、早めに終わらせて、次の仕事に移ったほうが、よっぽど健康にいいし、仕上がりもいいはず。

つまりは、楽したいだけなんだが、久しぶりに雪乃に会えたのに、雪乃にかまえないでいると、雪乃の機嫌が悪くなるのが、一番怖いともいえる。



さて、朝食もとい昼食をとるべく冷蔵庫を物色しているとインターホンが鳴り響く。

アマゾンや楽天で注文したものもないし、この部屋にやって来る者などほぼいない。

雪乃にしたって夕方に帰ってくる予定だ。

どうせ宗教かんかの勧誘だろうと思い無視しようと考えはしたが、英語の準備が終わったことに心が寛大になっていた俺は重い脚を引きずってインターホンに応答する。



八幡「どちら様?」

雪乃「どちら様? 比企谷の妻ですけど。その他人行儀な態度は、もしかして浮気でもしているのかしら?」



ろくにモニターを見ずに応答したのが悪かった。しかも、宗教だとたかをくくって、ぶっきらぼうに言ったのも最悪だ。

モニターの中の雪乃は、画像が悪いくせに、不機嫌さだけは如実に映し出している。

そもそも夕方に帰ってくるんじゃなかったのか?



240 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/14 11:42:58.90 wbf2qZx90 31/212



八幡「すまん、寝起きなんだよ。モニターも見ないで応対してさ。今すぐロック解除するな。ほら、雪乃の顔を見て、目が覚めた、覚めた」

雪乃「いいわ。上がっていけば、わかることだから」



雪乃は、そう短く答える。

あぁ、なんなんだよ、いったい。せっかく目覚めがいい朝?、昼だっていうのに。

それなのに、雪乃を怒らせてしまって、最悪じゃないか。

もうすぐ雪乃が上がってくるし、どうしたものか。

テーブルの上には、冷蔵庫から取り出した食事が少し。これだけでは足りないからもう少し冷蔵庫から拝借せねばなるない。

って、食事の心配している暇なんてないだろ。

いやまて、雪乃は昼食とったのか? それに、雪乃が予定より早く帰ってきたんだ。

喜ばしいことじゃないか。もともと浮気なんかしているわけもないし、後ろめたいことなんかも一つもない。

だったら、やることといえば・・・・・・・、



八幡「おかえり、雪乃」



玄関で雪乃を待って、家に迎え入れることだけだ。



雪乃「ただいま。・・・・・・ちょっと、にやにやしていると、本当に浮気しているんじゃないかって疑ってしまうわ」

八幡「にやにやじゃない。にこにこに訂正してくれれば、問題ない。ぶっきらぼうな応対は悪かったけど、本当に寝ぼけていたんだよ。これから遅い朝食をとるところだったんだし」

雪乃「朝食って、もう1時過ぎよ。すでに昼食と言うべきだと思うのだけれど」



俺は、雪乃の鞄やら手提げ袋を受け取り、部屋の中に運ぶ。

出かけるときにはなかった荷物も増えていることから、実家から何か貰って来たのかな、って能天気な事を考えをしていると、背中に心地よい重みが加わる。



雪乃「ただいま、八幡」



雪乃は、俺の脇の下から手を回し、胸のあたりで両手を結びつける。

両手に荷物持ってるし、どうしたものかなと悩んでいると、雪乃は、そっと俺から離れてしまう。名残惜しい感触を手放してしまったことに俺の優柔不断さを呪いそうになるが、これからゆくり距離を詰めていけばいいと呪いの言葉を取り下げた。



241 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/14 11:43:33.43 wbf2qZx90 32/212





八幡「夕方に帰ってくると思ってたのに、早かったんだな。言ってくれれば、よかったのに。そうしたら食事も」

雪乃「そうね。驚かそうなんて考えないで、早く連絡しておけばよかったわね。でも、私も昼食まだだし、ちょうどよかったわ」



やっぱ驚かそうって考えていたわけか。

たしかに驚きはしたけど、早く帰ってくるって言ってくれていれば、それなりの準備もしていたわけだし、優劣つけがたいか。



八幡「ま、いいんじゃねえの。これから食事なんだし、堅苦しいこと考えるのはよしとこうぜ」

雪乃「それもそうね。それと、平塚先生は夕方いらっしゃるのよね」

八幡「その予定だけど。あと、陽乃さんも来るって言ってたな」

雪乃「姉さんが? なにも聞いていないのだけれど」



あの人、マジでなにも言ってないのかよ。たしかに俺に言っておいてくれって言ってたけどさ、姉妹なんだし、さっきまで一緒にいたわけなんだから、自分で言ってくれてもいいんじゃないか。

それを、面倒事のみ俺に押し付けて・・・・・。



八幡「昨日、雪乃からの電話の後、かかってきたんだよ。しかも、雪乃と俺が電話してるの知ってたみたいだし、もしかして、監視されてたの?」



冗談っぽく言ってみたものの、あの人ならやりかねないと思い、じわじわと苦笑いが浮かびあがる。

それにつられて、雪乃も苦虫を噛み潰したような表情をする。



雪乃「姉さんについては、もうあきらめましょう。深く考えたほうが負けよ」

八幡「そうだな。考えても答え出ないし、疲れるだけだ」

雪乃「それで、姉さんは何か言ってたのかしら?」

八幡「なにか用があるとは言ってたけど、詳しいことは何も。どうせもうすぐ来るんだし、なにも考えず、直接聞いたほうが早いだろうな」

雪乃「そう・・・・・・・」



雪乃は、消え去りそうな小さな声で呟くと、珍しく俺から目をそらす。

雪乃には、なにか心当たりがあるのだろうか?



242 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/14 11:44:02.54 wbf2qZx90 33/212



そもそも、今回実家に戻ったのも、実家の用事というのみで、詳しい内容は聞かされていない。俺の方も、あれこれ詮索するのも悪いと思ったし、俺に聞いてほしいのならば、雪乃の方から話すだろう。

だけど、雪乃の顔を見ていると、心配してしまうことはたしかであった。



八幡「お腹すいたな。雪乃も食べるんだろ? 何食べる?」



だから俺は、明るくふるまう。雪乃が話したくなるまで。



雪乃「そうね。冷蔵庫を確認してみなければ、わからないのだけれど、昼食は軽めに済ませて、あとで夕食の為にお買い物にいきましょう」

八幡「りょ~かい」



雪乃は俺の意図を察知してか、俺の流れにのっかる。

だけど、これは面倒事を後回しにしてるだけだ。

いつか解決しなければならないし、解決できるとも限らない。

英語の準備のように、解決できる内容であることを祈ることしか今はできなかった。










日が暮れ始めるころ訪問者の訪れが鳴り響く。

買い物をしているとき、陽乃さんからメールが届き、平塚先生と待ち合わせてから来るとのこと。もちろん俺の携帯にメールが来たことは言うまでもない。

しかも、平塚先生と一緒に来るとは、やはり抜け目がない。

どれだけ妹を警戒しているんだよって、突っ込みを入れてみたくもあったが、その倍以上の答えたくもない質問をされそうなので自重する。



「今日は、食事に招待してくれて、ありがとう。これは食事の時にでも飲もうと思ってな」



平塚先生が手土産としてワインを持参する。どっちかっていうと、日本酒の方が似合いそうな気もするんだが、あえて突っ込むまい。

こちらも痛々しい自虐ネタを披露されても泣きたくなるだけだし。



雪乃「ありがとうございます。今日はラーメンではないので、ちょうどワインがあうと思います」




243 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/14 11:44:37.43 wbf2qZx90 34/212




って、おい。いつまで平塚先生とラーメン食べに行ったの気にしてるんだよ。

いつもは平塚先生とラーメン食べに行っても、事前報告だしな。

やっぱ事後報告っていうのがいけなかったのか。



「いやいや、ラーメンであってもワインに合うのもあるんだぞ。ラーメンといってもあなどるなかれ」



平塚先生は平塚先生で、雪乃の厭味なんか全く気が付いていないし。

それはそれでありがたいけど、しょっぱなから気疲れするとは、この先おもいやられる。



陽乃「雪乃ちゃん、比企谷くん、こんばんは~。ご招待してくれて、ありがとねん」

雪乃「私は、招待した覚えはないのだけれど」

陽乃「あれ~・・・・。てっきり招待してくれているって思っていたんだけど。そっかぁ、ごめんね、雪乃ちゃん。邪魔者は帰るね」



陽乃さんは、しょんぼりと肩を落として、帰るふりをする。

あくまで「ふり」だ。

見るからにして、落ち込んでいないし、引き止めるのを待っている。

だけど、雪乃は引き止めはしないだろうし、平塚先生は誰も聞いてはいないのにいまだラーメン談義をしているし。

やっぱ俺が引き止めるのかよ・・・・・・・。



八幡「せっかく来ていただいたんだし、俺も陽乃さんと食事してみたいなぁって」



自分で言っておきながら、嘘くせぇ。大根役者以下のセリフ回し。

ま、いっか。どうせだれも俺のセリフなんてきいちゃいないだろうし。



陽乃「そう? だったら久しぶりに語っちゃう? 雪乃ちゃんの昔話もOKだよ」



あ、それ、おもいっきり聞きたいかも。お義姉さま、お聞かせてください。

なんだったら、今晩泊まっていってくださっても。



雪乃「姉さん・・・・・・・」



そんなに都合よくはいかないか。一気に部屋の空気が冷えきったし。

俺達3人の周りだけ一気に零度以下じゃね?




244 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/14 11:45:18.91 wbf2qZx90 35/212




もちろん平塚先生は、我関せず・・・・・・ではなく、いまだラーメンだし。



陽乃「あちゃ~・・・・・。昔話は、雪乃ちゃんがいないときにね。だ・か・ら、今度お義姉さんとふたりっきりで食事しようね」



近い、近い。って、もうくっついてますよ。

雪乃とは違う大きなお胸がむにゅって腕に。

このままだと、俺の体が雪乃にむにゅって潰されそうです。



雪乃「離れなさい」



俺か陽乃さんのどちらに言ったかわからないけど、ありがたいことに陽乃さんのほうから離れてくれた。

ただ、ほっと一息つく間のなく、今度は雪乃が対抗して腕をからめてくる。

こればっかりは陽乃さんの圧勝なのだけれど、言えるわけもない。

まあ、大きさじゃないから安心してくれ。誰が隣かが一番大事なんだし。



陽乃「比企谷君、悪いけど、静ちゃんをちょっと現実に連れ戻してくれない? その間に、雪乃ちゃんと食事の準備しちゃうからさ」



陽乃さんは、雪乃の返事を聞く前に行動にうつす。

実家では料理どうなのかなって思い返してみたが、あいにくそんな場面には遭遇していない。

だったらここでは?と思い返すが、いまいち確証が出ない。

勝手に人ん所の台所使われるの嫌がる人いるけど、雪乃もその例に漏れない。

由比ヶ浜が来て、一緒に料理したりするけど、それは雪乃が一緒であるから問題にならないだけ。目の届く範囲なら、いくら失敗しても由比ヶ浜なら許される。

だけど、陽乃さんはどうなんだ?



雪乃「姉さんは、スープの方を仕上げてくれないかしら」

陽乃「お、トマトと卵のスープかぁ。OK、OK。中華風? それともコンソメかな?」

雪乃「そうね。コンソメで仕上げようかと思っていたのだけれど」

陽乃「OK」



どうやら問題はなさそうだ。

この分だと、実家では、一緒に料理をしているのかもしれない。



245 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/14 11:45:57.30 wbf2qZx90 36/212




素直に仲がいい姉妹っていうわけではないかもしれないけど、俺が心配することなんてなさそうだ。

この分なら、料理の準備は、何事のなくすすみそうであった。

あのときまでは・・・・・・・。










第12章 終劇

第13章に続く






246 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/14 11:47:02.44 wbf2qZx90 37/212



第12章 あとがき



ごめんさない。

今日の午後、何時にアップできるかわからないので、確実にアップできる午前にアップしておきます。

来週は、いつもの時間だと思います。




実は、長編始まったばかりだというのに大きく書き直すはめにorz

10章アップして、その週末あたりだった思います。

設定を一部変更したのですが、その影響で第16章の半分くらいまで書き終えていたのに、第10章から読み直しながら書きなおすという地道な作業をやっていました。

幸い、大きな書き直しが必要だったのは第14章、第15章ぐらいでしたので4時間くらいで終わりましたが・・・・・・。

アップする前に設定変更できたのが、一番の幸運ですかね。






来週は、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。






黒猫 with かずさ派






254 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/21 17:36:22.29 05LOiv+y0 38/212





第13章








6月16日 土曜日 夜








陽乃「ねえ、雪乃ちゃん。あのこと、もう比企谷君に話した?」



雪乃の手が止まる。あのこと? やはり雪乃には、心当たりがあったのか。

陽乃さんの方は、あいかわらず手際よく料理を進めている。



陽乃「面倒だし、早めに言っちゃうね」

雪乃「姉さん!」



雪乃が声を荒げるなんて。冷静、沈着、氷の女王。その雪乃が震えている。

平塚先生も事の急変に驚き、ことの次第を見守っていた。



陽乃「私ね、結婚するの」



結婚? ということは、相手は誰なんだ?

それよりも、結婚って言葉に敏感なお年頃の女の子がいることをお忘れではないでしょうか。

平塚先生の前ですべき話では・・・・・、というレベルではなかった。

あの平塚先生でさえ、まじめくさった顔つきで陽乃さんの言葉を吟味している。

平塚先生も陽乃さんとの付き合いもあるし、平塚先生の方が俺よりもなにか知っているのかもしれない。



陽乃「驚いてくれたのは、比企谷君だけか。まっ、そうだろうねぇ。もともと政略結婚の話は、あったわけだし。それを私の方がのらりくらりと先延ばしにしていたわけだしさ」



あっけからんと話す内容じゃないだろ。政略結婚?

いつの時代の話だよ。ていうか、企業の経営者や、議員やってると今でもある風習なのか?



255 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/21 17:37:35.52 05LOiv+y0 39/212


陽乃「比企谷君には、初めて言うのかな。私ね、今度お見合いするの。お見合いといっても、断ることなんてできないけどね」

八幡「それってお見合いっていえるんですかね。お見合いだと、断ることができるもんじゃないですか」

陽乃「そう? だったら、政略結婚するっていったほうがいい?」



なんで、そんなに無表情で言えるんだよ。もっと感情的に言ってくれよ。

いまだったら、子憎たらしいいつもの陽乃さんでいいからさ。

まったく掴むことなんてできない遥上を歩いている陽乃さんでいてくれよ。



陽乃「比企谷君は、優しいのね。私の為に悲しんでくれるんだね」

八幡「そりゃあ、身近にいる人が、望みもしない政略結婚なんて強行されたら悲しみもしますよ」

陽乃「そっかぁ。悲しんでくれるか。いい義弟をもてて、なによりだ」

雪乃「ちゃかさないで、姉さん」

陽乃「雪乃ちゃん?」



いつの間にかに復活した雪乃は、陽乃の前までやってきて、陽乃さんを睨みつける。

雪乃の強い意志が詰まった瞳に、あの陽乃さんが目をそらしてしまう。

今までの姉妹の関係からすると、ありえない。

あの陽乃さんが逃げるだなんて、誰が想像できる。



雪乃「政略結婚になってしまったのは、姉さんの責任でもあるのよ」

八幡「雪乃?」

雪乃「だって、姉さん、今まで誰とも付き合おうとしなかったじゃない。父だって、誰かいい人がいれば、考えてくれるっておっしゃってたじゃない。もちろん母は嫌な顔してたけど、それでも姉さんが選んだ人だったらって」

陽乃「それが難しかったんだけどね。だって、誰がいいかってわからないし」

雪乃「そんなの付き合ってみなければ、わからないじゃない」

陽乃「わかっちゃうのよ」

雪乃「わからないわよ」

「雪ノ下」



今まで黙っていた平塚先生が、雪乃の肩に手をかけ、そっと雪乃を引き寄る。

雪乃も平塚先生に体を預け、身を任せていた。



陽乃「わかっちゃうのよ、これが。それとな~く、将来のことを探りいれてみるとこれじゃダメだなって。絶対母のお眼鏡にかなうわけないし、父であっても無理ね。それよりも先に、私の方がその男に幻滅しちゃうかな」


256 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/21 17:38:35.67 05LOiv+y0 40/212




まるで何度も経験してきたことのように語る。

苦々しくて、思い出したくもない過去。

きっと自分なりに改善すべきことは改善し、目をつぶるところは諦めてきたのだろう。

それでも手が届かない。やはり解決なんて難しい話だった。

雪乃は、今日陽乃さんが来るってことの意味がわかっていたんだ。



陽乃「だってねえ、私と付き合うってことは、将来が決まっちゃうのよ。しかも、あの母がもれなく付いてくるし」



それは、俺も嫌かもしれない。いや、できることなら逃げ出したい。

しかし、雪乃と一緒にいる為には、克服しなければなるまい。

たしかに、初めて会った時のインパクトは強烈だったし、お互いの印象も最悪だった。

それでも付き合っていかなければならないし、今では、まあ、味がある人だなと、なんとか、かろうじて、わずかに、若干・・・・・、どうにか思えるようになった。



陽乃「もし私が逆の立場で、男だったら、私と付き合うなんて願い下げよ。だって、めんどくさいもの」

雪乃「そんなの言い訳にしかならないわ」

陽乃「そうかもね。でもね、雪乃ちゃん。私も何人かいい人そうな人、見つけはしたのよ。でも、無理だった。だって、ちょっと将来を視野にいれた話をしてみるとみんなドン引きしちゃうのよ。たしかに、いきなり企業経営とか議員活動なんて話されたらよっぽどの馬鹿か、私を踏み台にして成りあがろうって人しか話にのってこないわ」



雪乃は、もはやなにも言い返さない。もう何も言い返せなかった。



陽乃「だからね、私、雪乃ちゃんに嫉妬しちゃう。だって、比企谷君がいるんですもの。あの母に正面切って挑んじゃうなんて、正直正気を疑ったわ。だけど、比企谷君は、馬鹿でも踏み台希望でもなかった。純粋に雪乃ちゃんに惚れてただけ。それだけで、行動できちゃうだなんて妬けちゃうわ。でも、私には、そんな人、現れなかった。それが現実」



もし俺が雪乃の両親に交際宣言しなければ、同じことが雪乃にも起こっていたかもしれない。

そう考えると、ぞっとする。




257 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/21 17:39:06.04 05LOiv+y0 41/212



あの時は、なりふり構わず行動したけど、あれも若さゆえの行動ともいえるし。



陽乃「でもね、どうにか大学院卒業しても、海外留学できそうなのよ」



そう明るい話題をふる陽乃さんには、話題とは裏腹に、明るい笑顔なんてなかった。



陽乃「もちろん婚約するのが前提だけどね」



あるのは、悲しいまでもの無表情のみ。

この日、俺が勝手に作り上げていた陽乃さん像が崩壊していく。

勝手に祭り上げて、勝手に壊して幻滅する。

陽乃さんだって、望んで今の自分を作り上げたわけではないだろう。

陽乃さんが置かれている環境が、強制的に陽乃さんを作り上げていく。

それが今、壊れかけていた。



雪乃「また姉さんは逃げ出すの? 最初は大学卒業するまでに相手を見つけられればって話だったのに、姉さんは相手を見つけなかったのよ。そして、今すぐ結婚したくないからって、大学院に入ったんじゃない。それで今度は、婚約してもいいけど、結婚は留学が終わってから? 笑えてしまうわ」



それは突然だった。予期せず出来事が起こってしまうと、人間何もできないものだ。

乾いた音が一つ鳴り響く。それは、雪乃が陽乃さんの頬を叩いた音。

雪乃が暴力で訴えたことなんて、今まで一度たりともない。

言葉で散々心をえぐりはするが、けっして暴力だけはしない。

それが今、やぶられた。

陽乃さんよりも、雪乃の方が、叩いたことによるショックを受けている。

むしろ、叩かれた陽乃さんは、薄寒い笑みさえ浮かべ、事の行方に身を任せていた。

自分からは動かない。人をコマのように扱ってきたあの陽乃さんが自分の意思で自分を動かすことを放棄してしまっている。
  

 
「陽乃も今日のところは、ここまでにしておけ。雪ノ下もだ。・・・・・・・比企谷」



蚊帳の外に置かれたいたと思ったのに、突然自分の名前を呼ばれ、肩をぴくつかせる。



「悪いが、食事の用意は比企谷がしてくれ。私ができればいいんだけど、あいにく料理はからっきしでな」



258 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/21 17:39:35.09 05LOiv+y0 42/212



八幡「あ、料理くらい、俺がやりますから・・・・・・・」



いち早く平常心を取り戻せたのは、平塚先生だった。年の功ってやつかもしれないけど、いくら平塚先生が事情を知っていたとしても、それは当事者としてではない。

冷たい言い方かもしれないけど、いくら平塚先生が事情を知って、相談にのったとしてもそれはどこまでいっても第三者でしかない。

だから、ここにいる誰よりも冷静になれる。ここに平塚先生がいてくれて助かった。

いや、陽乃さんは、こうなるってわかっていたから、強引であっても平塚先生がやってくる今日の食事に割り込んできたのではないだろうか?

それならば、雪乃が平塚先生を今日食事に招いたことだって、さらには、雪乃が陽乃さんが来るって言った時の反応だって・・・・・・。

あらゆることに疑問を投げかけてしまう。悪い癖だ。

きっとどれかは真実であって、なにかは思いすごしであるのだろう。

しかし、いくら思いを巡らせようとも、今目の前で起こっている現実には、役に立つとは思えなかった。



部屋を見渡すと、平塚先生は、雪乃を連れ、リビングのソファーに腰をかけていた。

陽乃さんといえば・・・・・、いまだ雪乃に叩かれた場所で立ち尽くしている。

ふいに陽乃さんが体を震わせる。すると、陽乃さんを見ていた俺と視線が交わる。



陽乃「・・・・・・・・」



唇が動いているが、声は聞きとれない。読唇術なんかができれば、読みとることができたかもしれないけど、あいにくそんな高等技術は持ち合わせていない。

むしろ、読みとれなくてよかったと思ってしまう自分が情けなかった。



陽乃「手伝うわ」

八幡「え?」

陽乃「だから、手伝ってあげるっていってるのよ」



表情は堅いが、いつもの陽乃さんに近い表情を浮かべている。

あくまで近いであって、そのものではないとこからしても、無理をしているのがわかる。

だって、最初の言葉が「手伝うわ」ではないことくらいは、読みとることができたから。













259 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/21 17:40:07.36 05LOiv+y0 43/212






これほど重苦しい食事なんて、経験したことがない。

雪乃の両親と食事をしたときでさえ緊張はしたが、ここまでではなかった。

雪乃には悪いが、どちらかといえば、陽乃さんと二人で食事の準備をしていたときのほうが気が楽でさえあった。

感情が欠落した笑みをまとった陽乃さんではあったが、意思疎通は可能であったし、なによりも料理をしていれば気がまぎれる。

しかし、ゆっくりと腰を据えて食事となれば、事態は変わる。

食事に集中すればいいと思い込んでみたが、味が知覚できない。

それは、平塚先生であっても同じようで、しかめつらで食事を進めていた。



陽乃「なになに? 私のせいでみんな暗いなぁ。だったら、なにか面白い話でもしてあげようか? そうだなぁ、・・・・・・じゃあ、比企谷君、面白い話をどうぞ」



俺ですか? いきなり振られましても。それに、いつだって面白い話なんかあるわけもない。

俺は、助けを求めるべく、平塚先生に視線を向けるが、そっと視線を背ける。

あ、逃げやがったな。こういうときこそ年の功ってもんを発揮してくださいよ。

いつまでも若手だなんて、いってられ・・・・・、ごめんなさい。

俺がまごついていると、陽乃さんは、最初から俺に話を振るわけでもなかったのか、自ら話を展開させる。



陽乃「それでは、とっておきの笑えないけど、笑える話を。実は私、ストーカー被害にあってま~すっ」



作り笑顔いっぱいに、両手を上げて笑いを醸し出す。

ただ、内容が内容だけに、誰も笑うわけもなく、重い空気がさらに重くなる・・・・・。

って、最初から狙ってやってたんだろ。

これ以上重い空気にならないだろうって踏んで話したんだろうけど、いかにも陽乃さんらしいといっても、少しは空気を読んでくださいよ。



雪乃「姉さん。それは、まったく笑えない話なのだけれど。むしろ、姉さんには危機感をもってほしいわ」

「そうだぞ陽乃。自分だけでどうにかなる内容ではないだろ。警察に届けなければならないかもしれないし、君は、自分が女性だということも忘れがちなところがある」



二人とも、思い思いの感想を述べるが、基本、陽乃さんを心配してのことだ。


260 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/21 17:40:43.70 05LOiv+y0 44/212



もちろん俺も心配しているのだが、以前、陽乃さんがストーカーを撃退したっていう話をきいていることから、今回のことが異常なケースなのではと勘繰ってしまう。

いくら政略結婚という厄介事があったとしても、陽乃さんがストーカー被害を黙って対処せずにいるとは思えなかった。



陽乃「おや。みんな心配してくれているのね。お姉ちゃん、もてもてだな」

雪乃「姉さん」

陽乃「お、雪乃ちゃん、こわい」

雪乃「ちゃかさないで」

陽乃「はい、はい。でも、そこの勘のいい比企谷君は気が付いているみたいだけど、どうも普通のストーカーでは、ないみたいなのよ」

雪乃「そもそもストーカーなんて、普通の人ではないと思うわ」

「まあ、そうくくってしまえば、そうなんだろうが・・・・・」



苦笑いを浮かべる平塚先生をよそに、陽乃さんは話を続けた。



陽乃「友達に手伝ってもらってるんだけど、なかなかストーカーの尻尾がつかめないの。いつもは友達に頼んで、とっ捕まえてもらって、楽しい話し合いをするんだけどね」



楽しい話し合い。きっと楽しいのは、陽乃さんだけだろ。

俺なんかは小心者だし、ストーカーの方を心配してしまう。

自業自得ではあるけど、話し合いに「楽しい」なんてつけるあたり、怖すぎる。

さて、ここで気になった点といえば、三つある。

まず一つ目は、そもそもこのストーカー自体が陽乃さんの虚言ではないかということ。

重苦しい雰囲気を、方法には問題があるが、別の方向へ誘導するには効果がある。

現に、雪乃も平塚先生も、うまく話に乗せられている。

だけど、これはすぐに却下だ。

なにせメリットが小さすぎる。政略結婚という話をしていた時に、それをわざわざさらなる問題でうやむやにしようだなんて、後のことを考えればデメリットの方がでかい。人に心配させながら、それを嘘で煙に巻いたなんてあとでしれたら、今後の信頼関係が崩壊する。

雪乃と陽乃さんの姉妹関係なんて、見た目ほど悪くはない。

むしろ最近は良好だといえる。

それと、平塚先生との関係であっても、高校を卒業しても付き合いがあるなんてレアケースだし、今それを壊す意図が思い浮かばない。

で、それで二つ目の疑問点だが、本当に陽乃さんより上手なのだろうかということだ。

ひいき目なしに考えたとしても、あの陽乃さんだ。俺が逆立ちしたとしても手玉にとれるとは思えないし、雪乃であっても、難しいだろう。

261 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/21 17:41:25.03 05LOiv+y0 45/212





さらに、陽乃さんの友達の協力を得ていることからしても、もし本当にストーカーが存在すると仮定すると、陽乃さん以上の人物となる。

陽乃さんの存在を過信しすぎかもしれない。さっきも、政略結婚という話題で見たこともない陽乃さんを発見したばかりでもある。

しかし、どうも陽乃さん以上に頭がきれるストーカーなんて・・・・・・・。

最後に三つ目だが、陽乃さんが、なぜ俺達にストーカーの話題をふったかだ。

俺達にストーカーを捕まえてほしいのか? それとも助言がほしいとか?



陽乃「比企谷君? ねえ、比企谷君ったら?」



思考の海に投げ出された俺は、名前を呼ばれたのに気がつかないでいた。



八幡「あ、はい?」

陽乃「ほんといい子ねぇ。しっかり考えてくれていたのね」



俺の頭を撫でるのは、よしてください。ほら、人を殺せる視線がちらっと・・・・・・。

陽乃さんは、雪乃を無視し、頭を撫でまくる。俺も、邪険に払っても無理だと経験上わかっているので、飽きるまでやらせておくことにした。

あとで、雪乃が対抗心むき出しの行動があるだろうけど、場を壊すよりは、あとで雪乃が納得するまで付き合う方が建設的だ。



陽乃「それで、どう思った?」

八幡「どうっていわれましても。情報が少なすぎますし、陽乃さんが無理なのに俺が対処できるとも思えませんよ」

雪乃「それもそうね。姉さんが対処できていないのに、私たちが何かできるとは思えないわ」

「それなら、早めに警察に相談してみてはどうかね?」

陽乃「それも考えてはいるんだけど、時期的にちょっとね」

雪乃「はぁ・・・・・。娘の安全と社会的地位。どちらが大事なのかしらね」

陽乃「いいのよ。警察に相談したところで、なにかプラスに事が進むとは思えないし」



警察に相談したとことで、大きなトラブルが発生していなければ、警察が実力行使をしてくれるとは思えない。

それに、24時間陽乃さんを警護してくれるわけでもあるまいし、金にものをいわせるのならば、陽乃さん個人でボディーガードを雇ったほうが手っ取り早いし、両親もそれならば許可するだろう。

しかし、それは根本的解決につながるわけではない。



262 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/21 17:42:07.02 05LOiv+y0 46/212



いつまでも後手後手に回っていては、ますますストーカーの行動はエスカレートしてしまう。ならば、過剰反応を起こさせるように仕向けて、そこで捕まえるなんて強引な作戦も思い浮かぶが、追い詰められたストーカーが何をやってくるかわからない分、今はむやみに行動すべきではないだろう。



陽乃「そういうわけだから、比企谷君」

八幡「はい?」

陽乃「雪乃ちゃんのことよろしくね。読めない相手だけに、雪乃ちゃんの方も心配だし」

八幡「それはできる限りのことはしますよ」



なるほど。最初から雪乃の事を心配してのことだったのか。

シスコンであっても、ここまで変化球で愛するシスコンも珍しいんじゃないか?

きっと半分以上は、うざがられているはず。それさえも楽しんじゃってるのが陽乃さんらしいけど、もう少しストレートにできないものですかね。



陽乃「そこは、命に代えてもって言ったほうが、かっこいいんじゃない?」

八幡「あいにく、できないことは約束しないたちでしてね」

陽乃「そういう捻くれたところ、直したほうが、雪乃ちゃん、喜びそうなのに」



うっせ。自分の方こそ、直した方がいいんじゃないですかね。

捻くれたシスコンなところとか。



雪乃「姉さん。人の事を心配するよりも、自分の方をした方がいいのでは?」

陽乃「雪乃ちゃんが、私の事心配してくれるのね。お姉ちゃん、うれしいなぁ・・・・・・・」

雪乃「はぁ・・・・・・・」



雪乃は、ため息をつく。伝染してしまったのか、俺や平塚先生まで、長いため息をつくが、あいかわらず陽乃さんは、面白そうに俺達を眺めていた。



八幡「ところで、明日はご両親は家にいますか? 先日、雪乃が俺のせいで家に戻ってきたこともあるし、最近会ってもいないので、一度挨拶に伺いたいなって思っていたんですよ」



とりあえず俺は、俺の用事の方を済ませておくことにした。

なにせ、このまま陽乃さんのペースにさせておいたら、いつ食事会が終わってもおかしくない。

だったら、面倒事は早めにすませておくに限る。



263 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/21 17:43:19.56 05LOiv+y0 47/212




それに、いつ話ができない状態に逆戻りするかわからないし。



陽乃「いい心がけだねぇ。父は、今夜泊まりだけど、明日の午後には帰ってくると思うわよ。だから、夕方なら大丈夫だと思うけど、帰ったら母に聞いてみるね」

八幡「ありがとうございます」

雪乃「わざわざ出向かなくても。それに、何を言われるか・・・・・」

八幡「いいんだよ。けじめはしっかりしておかないとな。そしてなによりも、根回し、ゴマすり、強いものに巻かれろがモットーだからな」

「あまり関心できない心がけだが、比企谷が行くって言ってるんだ。素直に連れていったらどうだ、雪ノ下?」

雪乃「・・・・はい」

陽乃「それなら、夕食も食べていってね。だって、いつも辛気臭い食卓なんだもの。せっかく二人がくるんだったら、食べていってほしいな」

八幡「お邪魔でないのでしたら」

陽乃「なら決まりね。父は喜ぶわ。母の方は相変わらずだろうけど」

雪乃「わかったわ。でも、その前に、由比ヶ浜さんの誕生日プレゼントを買わなければいけないのだから、そのことも忘れないでちょうだいね」

八幡「わかってるよ」

陽乃「ほんと、雪乃ちゃんには敵わないなぁ。いい彼氏見つけられて、よかったね。うらやましいったら、ありゃしない・・・・・・・」



陽乃さんが、自虐的な笑みをふりまく。

幾分好転したかと思われた雰囲気も、その雰囲気を作ろうと努力した陽乃さんであったが、それも全て、陽乃さんの一言で崩れ落ちる。

悪い雰囲気は、いくら好材料があっても振り払えるものではない。

逆に、いい雰囲気など、悪材料一発で全てが吹き飛ぶ。

人間、楽天的には行動などできやしない。あのあほの子由比ヶ浜であっても、空気を読み、世間と自分を擦り合わせて生き抜いている。

もし、自分は楽天家なのって言い張るやつがいるんなら、いってやりたい。

楽天家など存在しないと。そいつはただ、目の前の問題を後回しにし、見ないふりをしているだけの落後者予備軍であると。

だから、人間、問題が山積みになって逃げられなくならないように常に悪材料を注目する。そうしないと、身動きできなくなってしまうから。

つまり、人は、悪材料ほど敏感に反応してしまう。



264 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/21 17:44:08.71 05LOiv+y0 48/212



俺は、見渡すかぎりに埋め尽くされている難題に、そっとため息をついた。








第13章 終劇

第14章に続く









第13章 あとがき




このあとがきを書くころ、第18章を書き始めています。

今回の長編『はるのん狂奏曲編』(仮)は、どのくらい続くのでしょうかね。

原作だと、そこそこ分厚いライトノベルくらいの容量ですけど、加筆修正しまくっていますし、先が読めません。

逆に削ったところもありますけど・・・・・・・。


平塚静をはじめ、雪ノ下陽乃、海老名姫菜、城廻めぐりの理想の男性像って謎が深まるばかり・・・・・・。


来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますのでまた読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派





269 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/28 17:30:46.74 +GjxmIR/0 50/212




第14章








6月17日 日曜日








由比ヶ浜への誕生日プレゼントは、昼食前には見つかり、今は歩き疲れた脚を休めている。

人ごみに酔った俺達は、いささか酔いをさますには不十分なレストランに入る。

それも仕方がないか。今は休日の昼食時。

どのレストランに行っても人があふれているはず。

それでもタイミング良く待ち時間もわずかで席に座れたんだ。文句も言えないだろう。

店内は、家族連れや高校生・大学生のグループがあふれかえっている。

やはり大型ショッピングモールということもあって、店舗自体は小さいが、さすが今時のイタリアンレストラン。客席からピザを焼く窯や料理をしている姿が見渡せるいかにもおしゃれなレストランであった。



歩きつかれ、正直とりあえず食べられればいいかなっていう思いは強い。

もし雪乃と一緒でなく一人で来ていたら、牛丼でも腹にかっこんでそのまますぐ帰途に就いていたはずだ。

いや、家に帰ってから雪乃の料理を食べるのに一票か・・・・・・・。

だけど、今は雪乃もいる。

かっこつける訳ではないけど、それなりのお食事を提供したい。

ま、半端な知識で見栄を張ってもぼろが出る。

ピザなんて、スーパーの冷凍ピザか宅配ピザが関の山。

外でピザやパスタなんて食べることなんて、雪乃と一緒の時しかあり得ない。

だから、俺はいつもの黄金パターンを披露する。

それは、とりあえずビールならぬ、とりあえずセットメニューで。

セットメニュー。すなわちお店のお勧め商品。

お勧めならば、その店の看板商品であるし、下手な商品は提供しないだろう。

もし、初めて行った店で、その店の看板商品が意に沿わない味ならば、次は来なくなるだけだ。

ほら、お寿司屋さんに行った時も、お勧めの握りを聞くでしょ?

やっぱ旬のものを、その日仕入れた活きがいいものを、店員から聞くのが間違いを回避する王道だと思える。


270 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/28 17:31:27.18 +GjxmIR/0 51/212



ここで見栄を張って、自己流で注文したって、店員は内心笑いはしないけど、苦笑いくらいはしているかもしれない。被害妄想かもしれないが、プロにみえなんて張る必要なんてない。

それに、お勧めのセットメニューなら、仮に苦手なものがあっても、セットメニューを軸にして、自分たち好みのセットメニューを組み立てていけばいいだけだし、ほんとよく考えられているシステムだこと。

というわけで、雪乃には見破られているけど、いつものセットメニューを提案した。



雪乃「そうね。セットもいいけれど、こちらの季節限定のはどうかしら?」

八幡「そうだな。それだったら、一つは季節限定セットにして、もうひとつはピザとパスタと適当に頼めばいいんじゃないか? この前はたしかマルゲリータだったし、他のも食べてみたいかもな」



雪乃の俺のかじ取り絶妙するぎるな。うまく操縦されているともいうけど、俺が受け入れて、納得してるんだから問題あるまい。

ざっとメニューに目を通した雪乃は、俺の案も考慮に入れて、最終案を提示する。

俺も特に対案を出す気もなく、店員を呼ぶブザーを押す。

注文を終え、ようやく一息つけたところで、今夜の心配事案を訪ねることにした。



八幡「なあ雪乃。実家に行くんだし、なにか手土産買っていったほうがいいか?」

雪乃「特にいらないと思うわ。行儀よくしていてくれるのが、なによりの手土産よ」



にっこり笑いながらも、余計なことしないでねって釘をさしているのね。

もちろん俺も、面倒事はごめんだ。お前のかーちゃん、こえーし。

睨まれただけでも寿命が縮んじまう。



八幡「そうはいってもなぁ・・・・・・・・。夕食ご馳走してくれるって言ってるし、それに、いきなり会いたいって言ったのに会ってくれるんだぞ。やっぱ、なにか持って行ったほうがいい気がしないか?」

雪乃「でも、なにを持っていっても母は喜ばないと思うわ」

八幡「それって、俺が持っていってもってことだよな?」

雪乃「ええ、・・・・・・まあ、そうなるわね」



あのかーちゃんが冷たい目をして、俺の手土産を受け取りはするが即座に視界の外に外すべく、部屋の片隅に追いやられるのは目に見える。

だったら、嫌がらせでもして、受け取ることさえ嫌なものを送ってやろうか。

と、邪悪な笑みを浮かびそうになるが、ふと、逆の考えが浮かびあがる。

手元から離せないものを送ればいいってことか。



271 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/28 17:32:16.49 +GjxmIR/0 52/212



俺の手土産は嫌でも、邪険に扱えないもの。

それだったら、



八幡「決めた。紅茶にしよう」

雪乃「紅茶? 実家にも十分そろっているし、母が喜ぶとは思えないわ。たしかに、そのうち飲むことになるかもしれないけれど」



子供の浅知恵を丁寧に諭す雪乃。ま、雪乃がそう思ってしまうのも仕方ないだろ。

俺も、ただ渡しただけなら、すぐさま引き出しの奥にしまいこまれてしまうと思う。



八幡「そこは付加価値だ。店では買えないものを特典として提供すればいいんだよ」

雪乃「ちゃんと面白いのでしょうね?」



雪乃もわかっていらっしゃる。俺の悪だくみにのってくるとは、だんだんと俺に染まってきちゃってる?



八幡「面白いっていうか、王道パターンだよ。だから、面白くはない。だけど、一泡吹かせる程度には、なるはず・・・・・かな? 少なくとも、手元には置いておいてくれるはずだよ」

雪乃「そう? なら、聞かせてもらいましょうか」



さすがは共犯者。邪悪な笑みを浮かべていらっしゃる。

だれも俺達の悪だくみなんて聞く訳ないけど、そこは雰囲気だ。

俺達は顔を近づけて、こっそりと作戦を立て始めた。












夕方、日が沈みかけたころ、お迎えの車に乗り込み、雪乃の実家に向かう。

娘にぽんと高級マンションを与えるあたりですでにお嬢様だって理解しているはずだけど運転手つきの車でお迎えがくると、あらためて社会的格差を実感してしまう。

雪乃と暮らしていると、育ちの良さを見る機会が多いけど、近くにいすぎるせいで、それが雪乃の性格そのものだと感じてしまう。

その背後には、小さい時からの躾や親の影響があるはずなのに、どうもそれを見落としてしまう。

だから、雪乃の実家に行くと、自分なんかが雪乃と付き合ってるのもそうだが、将来結婚なんてできるか不安になってしまう。


272 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/28 17:32:52.54 +GjxmIR/0 53/212



いつまでも大学生カップルのままではいられない。

陽乃さんのお見合い話を聞いて、俺は現実に引き戻されてしまっていた。

雪乃との緩やかな時間。幸福に満たされた時間だけど、それも無限ではない。

いつか終わりを迎えて、次の段階へ行かなければならない。

追い出されていくのか、準備を整えて自分の意思でいくのか。

俺達は今、大学二年生。

次の段階への意識を持つには、俺と雪乃にとって、ちょうどいい機会だったのかもしれない。



家に着くと、玄関にはメイドさん・・・・・は、いなく、陽乃さんが出迎えてくれた。

メイドさんはいないけど、ハウスキーパーが週5回も来てるし、やはり桁違いのお金持ちだ。

一度、週5回も来てくれるんなら、うちにも一回わけてほしいって雪乃に冗談まじりに言ってみたが、まじめな顔をして言い返されてしまった。



雪乃「実家は広いし、毎日全てを掃除するわけではないのよ。掃除する場所のローテーションを決めて、週に二回はすべてを掃除できるようにされているの。それと、とくに汚れが付きやすいところは、毎回かしら。掃除だけでなく、洗濯や買い物、庭の手入れ・・・・・。やるべきことはたくさんあるわ。だから、もしうちのマンションにも来てもらうとなると、別のハウスキーパーを雇うことになるわね。・・・・・・・あと、これは個人的な意見なのだけれど、八幡と私が暮らしている部屋に、信頼できる人といっても、他人を入れるのは、・・・・・・ちょっと、ね」



俺が一生懸命雪乃の長い説明を聞かねばと集中していたら、いつの間にかに話のテンポは遅くなり、しまいには顔を赤らめてしまう。



八幡「そ・・・そうか」

雪乃「そうね。・・・・・それに、私も八幡も自分で家事をやってるし、問題ないと思うわ。私は、八幡の為に料理を作るのも好きだし、一緒に料理したり、掃除したりするのも、有意義な時間だと感じてるわ」

そっと俺の出方を見定めるべく、下から覗き込んでくる姿にたじろいてしまう。



八幡「それだと、ハウスキーパーなんて、必要ないな」

雪乃「ええ、そうよ」



そのあと二人して、中学生カップルかよっていうほど、うぶな会話をしたっけ。



273 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/28 17:33:28.04 +GjxmIR/0 54/212




あのときは若かった。今も若いし、今でもドキドキしちまうのは、しょうがない。

だって、雪乃が相手だし。

と、のろけたところで、陽乃さんが、悪魔・・・・・、いや女帝の元へと案内してくれた。

ほんと、陽乃さんが可愛く思えてしまうほど、雪乃の母親は恐ろしい。



雪乃「ただいま戻りました。急に来ることになってしまい、申し訳ありません」

八幡「今日は自分たちに会う時間を作っていただき、ありがとうございます」

雪父「私も比企谷君には、会いたいと思っていたから、かまわないよ。それに、君の元に雪乃が帰ってしまったから、当分はうちには寄りつかないと思っていたしね」



愛想笑いでもすればいいのか判断に困るところだ。未だに女帝はご機嫌斜めで俺の方は一切みようとしていない。雪乃の方には、目を盗むように見つめている。

いっけんうまくいってないような母子関係。

雪乃や陽乃さんから聞いていた印象からは、面倒な関係だと思っていた。

もちろん雪乃も苦手意識は持っていたと思う。

だけど、実際会ってみて、それは間違いだと結論付ける。

だって、どう見たって、溺愛している。しかも、重度なツンデレ。

母子関係でツンデレって、雪ノ下家の女性って、皆ツンデレ遺伝子でも持ってるのかよって、叫びたい。

ある意味面倒な母子関係。こんな母親なら、雪乃じゃなくたって、苦手意識をもつはず。

しかも、女帝様は、雪乃が苦手意識を持ってるなんて、微塵にも感じていないし。

むしろ、好かれていると思ってさえいる。どんだけ自信家なんだよって、これまた叫びたいところだったが、これも自重。

もちろん、雪乃だけでなく、陽乃さんも溺愛されている。

だから俺は、分が悪い賭けだとしても、今日ここまできたのだ。

きっとこの母子関係がなにか糸口になるはずだと信じて。



雪乃「ごめんなさい。お父さん。大学の方にも慣れてきたし、八幡も、時間が会えば、これからはもっとここにも来たいって言っていたのよ」

雪父「そうか。だったら、自分の家だと思って来るといい。私の方は、なかなか時間が取れなくて家を留守にしてしまうが、陽乃もいるし、来てくれると嬉しいよ」

八幡「はい。是非」



和やかな空気が作り出され始め、ほっとしたのもつかの間、この人には空気も逆らえない。



274 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/28 17:34:03.46 +GjxmIR/0 55/212



雪母「大学の方に慣れてきたからといって、気を抜くべきではないわ。慣れてきたときこそ今までの習慣を見直して、生活態度は改めるべきね。惰性で続けていることもあるでしょうし、他の学生に差をつけるにはうってつけの時期だわ。まあ、大学で他の学生を気にしなければいけないレベルであるとすればそのほうが問題だけれど」



一瞬で和やかな空気をぶち壊しやがって。でも、この人、本気で心配してるんだろうな。

言い方はきついけど、内容は的確だし。

だけど・・・・、雪乃にはその親心は届いてないんだろうなぁ・・・・・・。

ほら、敵対心むき出しの目で女帝を見つめちゃってるもん。

女帝も、雪乃が食いついてきて、嬉しそうに見つめ返してるんだから、似たもの親子ともいえる気もする。

陽乃さんと親父さんは、その二人を面白そうに見つめてるんだから、この二人もいい性格してるよな。きっと陽乃さんは、父親似な気もする。

最初は陽乃さんこそ母親似だと思ってたけど、それは自分を守るための防衛反応に過ぎない気がする。小さいころから大人の社会に引っ張り出され、訳もわからん議員やら企業やらの集まりにマスコットとして放り出されたんだ。

そりゃ、身近にいる母親の真似をして、身を守るってのも不思議ではない。

力強く社会を渡り歩く母。それは、心強い存在だけど、それと同時に、恐怖の存在であったような気もする。ま、すべて俺の想像だけど。
   


雪乃「私も八幡も、1年の成績は主席だったわ。だからといって、気を抜いたりなどしていません。今も、毎日遅くまで勉強していますし、問題はないはずです」

雪母「そう? でも、大学生の本分は勉強だけれど、大学の時の人脈は大切よ。そちらのほうは大丈夫かしら?」



さすが痛いところをつく。俺も雪乃も講義が終われば、まっすぐ家に帰ってしまう。

由比ヶ浜の勉強を見ることはあっても、他の奴らとの人付き合いがあるわけではない。



雪乃「そのことについては、・・・・・検討中です」

雪母「検討しているだけで、もう一年経ってるわね。二年生になったのですし、どうするつもりかしら?」

雪乃「それは・・・・・」



検討中だなんて、ここにいる誰もが苦しい言い訳だってわかってる。

げんに、雪乃は悔しそうに唇を軽く噛みしめている。



275 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/28 17:34:34.25 +GjxmIR/0 56/212




ま、陽乃さんと親父さんは、今も面白そうに眺めてるだけだけど、なにを考えているのやら。



八幡「それはですね、今、勉強会を立ち上げたんです」



俺の突然の割り込みに、嫌そうな顔を見せる女帝。

やっぱ大切な彼女がピンチなんだし、かっこよく彼氏が助けるべきでしょ。

その彼女といえば、なにをいってるのかしらって、いぶかしげに見つめてるし、ちょっとは彼氏を信じなさい。



八幡「今は英語がメインなんですけど、ゆくゆくは他の教科もやっていくつもりです。それと、英語を出発点にしたのは、他学部の人も英語の講義はあるわけで、一緒に取り組むにはちょうどいい教科だと考えたんです。ここを足がかりにすれば、他学部との交流もできますし、勉強面でもプラスになります。ですから、勉強をおろそかにせず、人脈も築ける、一石二鳥のプランを現在実行中です」

雪母「そう。だったらいいわ」



つまらなそうに俺を見つめた女帝は、興味を失ったのか、紅茶のカップを優雅に持ち上げ、ティーブレイクに入っていく。

どうにか最初の嵐は通り越せたか。

それにしても、ナイス由比ヶ浜!

ほんとうは勉強会じゃなくて、俺が勉強を教える会だけど、勉強会には違いない。

それに、Dクラスは全学部から集まってるし、他学部との交流も嘘をついているわけではない。

ここから人脈を作ったり、自分の勉強にプラスになるかと聞かれれば嘘をつかなければならないかもしれないけど、今は聞かれてないし、セーフだよな。

冷や汗ものだけど、大丈夫なはず。

横を見ると、雪乃がまた変な理屈積み上げたわねって言ってるけど、お前の為なのに。

わかってもらえない男心は、つらいなぁ・・・・・・・・・。

それにしても、あの二人。

陽乃さんと親父さんだけど、結局最後まで面白そうに見つめるだけか。

陽乃さんに関しては、女帝がひいた後、にたぁ~って隠れて笑ってたけど、気がつかないふりをした。

なにせ、せっかく嵐が去ったのに、変な横槍いれられたら大変だし。



八幡「あ、そうだ。これお土産です」




276 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/28 17:35:01.50 +GjxmIR/0 57/212



俺は、手土産として買った品を差し出す。しかし、誰に渡すものか。

一応目の前にいる女帝に渡すのが自然だけど、受け取ってくれそうにない。

だって、こっちをまったく見てないもの。



雪父「わざわざすまないね」

八幡「いつもお世話になってますから、気持ち程度ですまないのですが」



さて、本当に困った。ここは親父さんに渡すべきか。



雪乃「珍しい紅茶を買ってきたのよ。前から気にはなっていたのだけれど、どうしても買うとなると、いつも同じものになってしまうのよね。だから、夕食の後、みんなで試飲してみようと思って」



雪乃は、俺から紙袋を受け取ると、そのまま女帝に受け渡す。

俺からの手土産はノーサンキューだけど、やはり雪乃からならば即受け取るよな。

これで、俺の手土産も引き出しの奥に放り込まれなくて済むはず。

ま、こんなところかな。

レストランで立てた計画なんて、だれでもやってるありふれた計画だ。

むしろ計画だなんていうほうが恥ずかしい。

贈り物を受け取らないのならば、受け取ってくれる人を介して渡せばいい。

ただそれだけの作戦。雪乃もこの計画を聞いたときは、あまりにも陳腐な作戦で拍子抜けしてたけど、効果の高さを考えたら、深く納得してくれた。

奇策なんてものは、本来使わない方がいい。

奇策は奇策でしかなく、今まで使われてきてない分、データがない。

だから不確実性が高まってしまう。つまらない王道だろうが、データがそろったテンプレートな作戦の方がうまくいくに決まってる。



雪母「そう。だったら、夕食の後、飲みましょうね。私も新しい茶葉、探してみようと思ってたのよ」



嬉しそうに受け取る女帝に、雪乃もほっと胸をなでおろす。

こうしてみているだけなら仲がいい母子なんだけどな。

それから、外野のふたり。いつまでニタニタ見つめてるんです。

いい根性してるよ、まったく。











277 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/28 17:35:59.09 +GjxmIR/0 58/212


食事も終わり、雪乃がいれた紅茶を飲み、皆リラックスしている。

あの女帝さえも、雪乃が紅茶をいれる一つ一つの動きを、頬笑みをまじえて見つめているほどであった。

とうの雪乃は、紅茶の用意に集中しまくって、視線なんか気がついてないのが女帝の悲しいところだろう。

さて、こなすべきイベントは全て終わった。あとは、雑談でもして帰るのみ。

今なら気まづくなっても、冷却期間を取ることで、俺達の関係も改善できる。

そろそろ動きますか。



八幡「あの、少しいいでしょうか?」



カップをソーサーに戻し、姿勢を正す。視線はまっすぐと女帝に向け、けっしてそらすなと暗示をかける。だって、こえーもん。

腹に力を入れ、若干椅子を浅目に座る。

手には汗がじっとりと湿り、背中からも汗がしみだしていた。

自分の姿勢は正しいかなって、チェックを始めてみると、いつも雪乃に姿勢を正すようにって言われていたことを、緊張度合急上昇中というのに思い出す。

ふふっ。なんだ、雪乃がいつも一緒じゃないか。

俺がいくら取り乱そうが、俺の横には雪乃がいる。

一瞬だけど雪乃を確認すると、やはり心配そうに俺を見つめている。

彼氏を信じろって。俺は、この為だけに、今日ここに来たんだからさ。



雪母「なにかしら?」



あっ。すっげー不機嫌そう。そりゃ、雪乃がいれてくれた紅茶を飲むのを邪魔されたしな。

でも、タイミングは今しかないんで、ごめんなさい。



八幡「陽乃さんの結婚についてです」

雪母「あなたが口をはさむことなんて、一つもないわ」

八幡「はい。ですから、取引をしにきました」

雪母「取引?」



いぶかしげに俺を見つめ、カップをおろす。

カチッとカップとソーサーが触れる音が静かな室内に染み渡る。






第14章 終劇

第15章に続く

278 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/08/28 17:36:50.85 +GjxmIR/0 59/212




第14章 あとがき





雪乃の両親の名前って、なんなんでしょうね?

名前もそうですが、人物像もぼやけすぎていて困ったものです。

それでもストーリー上、出演しなければならないので、申し訳ありませんが勝手に人物設定してしまいました。

違和感を感じる方は、ほんとうに申し訳ありません。

それを言ってしまうと、他のキャラクター達も同様なので何も言えませんが。





来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派




284 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/09/04 17:34:18.65 PK753bSp0 60/212




第15章








6月17日 日曜日







八幡「はい、取引です。陽乃さんの結婚は、将来企業経営をまかせられる人材と人脈の為だそうですね。そして、陽乃さんは、父親の地盤を引き継いで議員活動。これであっていますか?」



女帝は、俺をじっと見つめるだけで、なにも返事をしてこない。

俺の真意を探るべく、なるべく俺に情報を与えないつもりか?



雪父「それであっているよ」



俺と女帝の小競り合いに今までずっと沈黙を続けていた親父さんが、思わぬ助け船を出してくれる。今まで通り穏やかな表情ではあるが、目だけは真剣であった。

こちらの方も一筋縄では、いきませんよねぇ・・・・・・・、はぁ。

女帝は、親父さんに視線を送り、威嚇する。

けれど、親父さんがじっと見つめ返すと、頬を少し赤らめて視線を外す。

あれ? なんなのこれって? 

ただ、それも一瞬のこと。すぐさま俺に向かって、倍の威力で威嚇する。



八幡「自分が雪乃と結婚して、婿養子として経営見習いになってはいけませんか? もちろん俺一人の力では無理でしょうから、雪乃や陽乃さんの協力が必須ですが」



雪乃と将来の仕事については、何度も話し合ってきた。

俺には好きな仕事をして欲しいって言ってたけど、そもそも俺がしたい仕事なんてありゃしない。適当に仕事して、適当に給料くれて、適当に残業して、そして、雪乃との時間がとれるなら、なんだってよかった。

雪乃が実家の企業に就職するっていったときは、俺もそれを支えたいって真剣に伝えた。

だから、実家の企業で勤めるんなら、平社員だろうと、経営者をサポートする役だろうとたいして変わり映えしない。どんな仕事につこうが、責任と大変さは俺にとっては大した差はないんだから。やるか、やらないか、それだけだ。



285 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/09/04 17:34:50.64 PK753bSp0 61/212




雪母「それだけかしら?」

八幡「はい」

雪母「それだけならば、取引とはいえないわね。だって、そちらの商品に魅力がないもの」



痛いところをついてくる。今の俺には、将来性でしか魅力がない。

その将来性さえも、不確定なもので、一学年の成績が主席なんてプラス要因にさえなるわけでもない。



八幡「必要ならば、大学院でも、留学でもなんだってします。今の自分には将来性しかないのはわかっていますが、それでも考えてはいただけないでしょうか?」

雪母「そうねぇ・・・・・・」



俺を上から下までゆっくりと眺めると、侮蔑を含めた笑みを浮かべる。



雪母「人脈については、大学・留学で築きあげるとして、今は置いておきましょう。ただ、あなたがこれから築く人脈よりも、陽乃がお見合いをして手に入る既存の人脈の方が大きいのよ。仮にあなたが留学するとしても、世界ランク一ケタのMBAに入学して、なおかつ、一ケタの順位で卒業しなければ、価値がないわ」

八幡「それがお望みでしたら、やってのけるまでです」

雪母「そうね。でも、それも将来性でしかないわ。だって、今もお見合いの話は進んでいるのよ。今しているお見合いを止めるほどの将来性が、今のあなたにあるのかしら?」



これは反論できない。なにせ、俺には将来性しかないのに、その将来性を納得させるだけの材料なんてありはしない。

ある高校生が東大に合格してみせるって言い張ったとしても、高校での定期試験や模試で好成績を残していなければ、誰も信じやしないだろう。

今の俺には、定期試験の結果も模試の成績もない。

女帝を納得させるだけの結果がなにもない。



八幡「今はありません。ですから、時間をくだされば・・・・・・」

雪母「時間って、どのくらいかしら? 1年? 2年? それとも5年かしら? それだけ待つだけの価値があると思って?」



ずっと女帝を見つめていた目線がぶれようとする。ここで視線を外したら負けだ。

だけど、俺にはなにも反撃する武器がない。


286 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/09/04 17:35:23.15 PK753bSp0 62/212



わかってたさ、こうなるって。何度も何度もシミュレーションして、最後に行きつくのが今の状態だって。

くらいつくように視線を向ける。これしか武器がないけど・・・・・・・・。



陽乃「もういいわ。・・・・・・ありがとね、比企谷君」



いつ俺の隣に来たのだろうか。声がする方を見上げると、陽乃さんが隣まできていた。

俺の肩にふわりと手をのせて、悲しそうな笑顔を浮かべている。

そっと肩に触れているだけなのに、小刻みに揺れる振動が陽乃さんとのつながりを強く印象付けていた。



八幡「陽乃さん・・・・・・・」



この人は、初めからわかっていたんだ。

俺が今日ここに来た理由も、そして、どんな結果になるかも。

もしかしたら、俺に電話した時から全てのイメージが出来上がってたいのかもしれない。

俺が惨敗するのが既定路線。陽乃さんも鬼ではない。

俺に惨敗させるためだけに、ここに呼んだわけではないだろう。

一番の目的は、・・・・・・・雪乃だろうな。

だって、重度のシスコンだし。

ここまで俺に見込みがないって分かれば、陽乃さんが結婚して、外から経営者を呼ぶしかない。

そうすれば、雪乃が実家に縛られることもなくなるだろう。

つまり、すべては雪乃の為。

その為に俺に面倒な役回りを押しつけやがって。

ま、俺も分かってて引き受けたんだけどさ。



宴が終わる。俺と陽乃さんで仕掛けた演劇も、沈黙と共に幕が下りる。

誰も喜ばない、誰も感動しない、儚い泥仕合。

俺が勝手に転んで、勝手に泥の中で這いつくばっただけ。

最後に美しいお姫様が手を差し伸べてくれたんだから、一応はハッピーエンド。

ただそれだけのお話だ。








陽乃「お母さんも、この話はここまででいいわよね?」

雪母「ええ、かまわないわ」



女帝は、再びカップを手にとり、既に冷めきった紅茶に口をつける。


287 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/09/04 17:35:51.86 PK753bSp0 63/212



冷めてしまっても、いつもなら味と香りを楽しめそうだが、あいにく今の俺には無理そうだ。

でも、乾ききった喉を潤す為に俺も紅茶を飲もうと手を伸ばす。

しかし、話を切り出す時から緊張していたわけだ。

だから、その時から喉が渇いてたわけで、紅茶など残っているわけもない。



雪乃「お代わりをいれてくるわね」



俺達の寸劇をずっと横から眺めていた雪乃が、すっとカップを持ち去る。

雪乃は、どう思ったんだろうか? すでに陽乃さんの意図に気がついてるのだろうか?

きっと頭の回転が速い雪乃のことだ。途中から気が付いていたからこそ、何も言わず寸劇を見ていたともとれる。

陽乃さんの、心がこもったプレゼントを受け取るために、駆け寄りたい気持ちを押し殺して、黙って観客であり続けのかもしれない。



八幡「ありがとう」



これで俺の役目は終わりかな。そう思うと、どっと疲れがでてきたな。

食事も豪華だったけど、まったくといっていいほど味がわからんかった。

帰ったら何か雪乃に作ってもらおっかな・・・・・・・、って、その前に説教されるか。

俺は何もできなかったんだし、説教することで気が晴れるんなら、何時間だってされてやる。

雪乃が陽乃さんの行動を理解できても、納得なんてできやしないだろうけどさ。



陽乃「ところで、比企谷君」

八幡「はい?」



俺の役目って、もう終わったんじゃ?

戸惑いの目を陽乃さんに送る。



陽乃「もうすぐ暑くなるし、自転車通学は無理でしょ。去年も夏場は電車だったし」



たしかに、体力がない雪乃に夏場自転車通学なんてできやしない。

通学するだけで体力を使いきって、勉強どころではないだろう。



八幡「ええ、そうですね。そろそろ電車通学に切り替えようかと思っていたところです」

陽乃「それならさ、車で通学しちゃいなよ。ちょうど車もあるし、免許も持ってるんだしさ」



288 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/09/04 17:36:20.86 PK753bSp0 64/212




免許は、大学合格発表後に教習所に通ってとってはいる。雪乃も一緒だったが、由比ヶ浜には遠慮してもらった。もちろん英語の勉強のためだ。



八幡「でも、マンションには駐車場ありますけど、大学にはありませんよね」

陽乃「そこは大丈夫だから。すでに大学の側の駐車場を確保済みよ」

八幡「えっと。・・・・・・ほら、ガソリン代かかるし」

陽乃「ガソリン代くらい、雪乃ちゃんに渡したクレジットカードで払えばいいわよ。ね、お父さん」



話を振られた親父さんは、静かにうなずく。

ということは、車の件は、すでに話が通ってるってことか?



八幡「自分たちは、まだ学生ですし、電車で大丈夫ですよ」

陽乃「あれぇ、雪乃ちゃんが電車を待つ時、日差しにやられて、軽い熱中症になったことなかったかなぁ」



なぜそのことを知ってるんですか。そんなこといっちゃったら、超ド級の親馬鹿のお母様がお怒りになるではないのでしょうか。

堅く固まった首をゴリゴリ動かし、正面から視線を向ける勇気はないので、視線の端にかかるようにお母様に目を向ける。

あっ、般若・・・・・・・・・・。

重い首を元の位置に戻すと、陽乃さんを睨みつける。

なんてこと言っちゃってくれたんですか!

俺を生きて帰らせないつもりですか?



陽乃「車だったら、エアコンも効いてるし、夏場でも快適に移動できるでしょ?」

八幡「そうですね」



陽乃「じゃあ、車の用意はできてるから、今日もっていってね」



八幡「はい・・・・・」



俺達、戦友だったんですよね? 共に女帝に立ち向かって、負けはしたけど堅い友情を結んだばかりじゃないですか。

それなのに背後から撃つだなんて。

やはり陽乃さんにはかなわない、というか、何を考えているかわからない。



俺が苦笑いをうがべていると、ふと、視線を感じる。


289 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/09/04 17:36:52.49 PK753bSp0 65/212



だれだ?

女帝は紅茶にしか興味がなさそうだし、雪乃は紅茶の準備中。

陽乃さんと親父さんは、車の話をしているし。

この部屋には、もはや誰もいない。

ならば、陽乃さんが言っていたストーカーか?

俺は、暗くなった外に目を向ける。注意深く窓の外を眺めるが庭の外灯の光は不審者を浮かび上がらせはしなかった。

遠くと見つめるとビルもあるが、さすがにそこからの視線を感じるとは思えないし、気のせいだったのだろうか。

女帝との対決だけでなく、最後に陽乃さんからの一撃もあったし、疲れのせいかもな。

疲れた脳は思考を減速させる。普段は気がつくはずなのに、疲れをいいわけに、考えることを放棄してしまう。

重い腰を上げることもなく、雪乃が持ってきたお代わりの紅茶を大事に味わってしまっていた。

カップから昇る芳醇な香りが俺を癒し始める。

導かれるように茶色い液体を口に含むと、紅茶の熱が今という時間を実感させる。

緩やかに進む時計の針は、明日も同じ時を刻むだろう。

それは、ほんとうに同じ時を刻むのだろうか?

もはや考える気力など残っていない俺は、雪乃を眺めることにした。













6月18日月曜日








大学の講義が終わり、俺達のマンションに集まった一同は、由比ヶ浜の誕生日パーティーを楽しんだ。

この日ばかりは、大学受験勉強中の小町も大義名分を盾にパーティーに参戦したけど、そんな言い訳しなくても来てもらったのに。

ただ、小町を家に迎えに行った時、レクサスで行ったのは、マジ引いてた。

その点由比ヶ浜は順応性が高い。

あほの子といえども、そんなこともあるよねぇ的なノリで、びっくりしたのはほんの一瞬。

あとは、何事もないように雪乃共に後部座席に乗り込んだ。


290 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/09/04 17:37:27.59 PK753bSp0 66/212



まあ、はた目から見ると、若い運転手って感じがしてしまったのは事実だが、それに気がついて、つっこんでくるあたりが由比ヶ浜なんだけど。









楽しい誕生日会も終わりを迎える。楽しい時間を過ごした後こそ、静けさが重い。

ふだん俺達は、たくさん会話をするわけでもない。

だから、部屋が静かなのはいつもと同じ。

それでも、人の温もりが名残惜しいのは、由比ヶ浜や小町のおかげなんだろう。



雪乃「静かになったわね」



誰に言うともなく、つぶやく。おそらく自分自身に言い聞かせているのかもしれない。



八幡「そうだな。後片付けも手伝っていくって言ってたけど、あいつらと一緒にやる方が時間かかりそうだな」

雪乃「たしかにそうね。でも、人の善意は、受け取っておくべきよ」

八幡「まあな。でも、夜も遅い。あいつらを送っていけなかったのは、悪いことしたな」

雪乃「姉さんたら、なんの用かしら? 今日は由比ヶ浜さんの誕生日会だってしっていたはずなのに」



俺もその点が気がかりだった。パーティーの終わりごろを見計らっての電話。

それも雪乃ではなく、俺にだ。

本来、陽乃さんも誕生日会に来る予定だったのに、急用でキャンセル。

それが一転して、いきなりの電話であった。

陽乃さんは、人の迷惑を考えずにひっかきまわすことはあっても、人が楽しいでいる時間をぶち壊しなどはしない。

今日、由比ヶ浜の誕生日会があると知っているのだから、途中参加して、その後俺達と用とやらをすませば済んだはず。

それなのに、誕生日会の後で話があるなんて、警戒しないほうがおかしい。



八幡「そうだな・・・・・・・。なんだろうな」



重たい沈黙が支配する。

俺達は、これ以上詮索することもなく部屋の片づけを機械的に進める。

いい話だなんて、到底思えない。だから、悪い話をあれこれ想像だなんてしたくはないために、後片付けに集中した。



291 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/09/04 17:37:56.07 PK753bSp0 67/212












陽乃「悪いわね。誕生日会だったのに」



部屋に上がった陽乃さんは、顔色が悪い。それが第一印象。

悪い予感が的中したって、俺も雪乃も感じ取ってしまうほどの焦燥感を漂わせていた。



雪乃「姉さん。体調が悪いのだったら、私たちが実家に行ったのに」

陽乃「いいの。私が巻き込んだわけだし、実家の方も慌ててて、ゆっくり話なんてできやしないだろうし」



実家も慌ててる? 両親もこのことにタッチしているわけか。

つまり、それだけの重要案件ってことかよ。



八幡「とりあえず、座ってください。なにか飲みますか?」

陽乃「水をもらえないかしら」



今にもふらつきそうな雰囲気なのに、いつものひょうひょうとした威厳を保ったままソファに倒れるように座り込む。

俺が差し出した水を一口飲むと、あろうことか、あの陽乃さんが頭を下げて謝罪した。



陽乃「ごめんなさい。あなたたちを巻き込んでしまって」

八幡「お見合いの話でしたら、もう・・・・・・・・」



頭を下げたまま動かない陽乃さんを見て、雪乃がぼそりとつぶやいた。



雪乃「どうやら違うみたいね。だって、急に車を渡すんですもの。それも関係あるんじゃないかしら」



頭を上げた陽乃さんは、揺れ動く瞳を雪乃の瞳にぶつける。

覚悟をしてきたのだろう。だけど、覚悟してもしきれないほどの何かが陽乃さんを追い詰めていた。



陽乃「ええ。ストーカーの話はしたわね」

雪乃「覚えているわ。ただ、実際どのような被害を受けているかは聞かされてはいないけれど」


292 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/09/04 17:38:29.29 PK753bSp0 68/212



陽乃「雪乃ちゃんは、気が付いていたかぁ」



自嘲気味に笑う陽乃さんは、ほんとうに痛々しかった。全てが後手に回っている。

陽乃さんが打ち出す手立てが全て、悪い方に悪い方へと進んでるとさえ思える。

俺は、雪乃が言うまでストーカー被害の内容まで気にはしていなかった。

ストーカー被害といえば、跡をつけ回したり、盗撮くらいだろうか。

漠然とあるストーカー被害を思い浮かべ、その程度だろうなと決めつけていた。



雪乃「今日は、話してくれるのでしょう」

陽乃「まいったな、雪乃ちゃんには」



陽乃さんは、斜めに傾けたコップの表面を見つめていた。

揺れ動く水面をゆっくりと落ち着かせ、話のタイミングを探っている。

何度もコップの角度を変えるところをみると、タイミングがとれないらしい。

揺れ動く陽乃さんの心は、落ち着くことなんてあるのだろうか。

カチッと、テーブルにコップを置く音が小さく響く。

陽乃さんは、テーブルを使って強制的に揺れ動く水面を落ち着かせる。

雪乃は、その一連の動作をせかすわけでもいらだつのでもなく、黙って待っていた。

その表情からは、なにを考えているのかわからなかったが。



陽乃「跡をつけ回したり、盗撮くらいは今までもあったんだけど、ネットに写真がアップされるようになったの。たぶん、どこかに本命サイトがあって、そこからの転載だろうけど、プロバイダーとかには連絡入れて、削除依頼はいれたわ。父も色々手をまわしてくれて入るけど、このくらいなら仕方ないかなって割り切ってはいたかな」



ネットに出回った写真が独り歩きをして、どのような実害が起こるか想像できないわけでもないだろう。

芸能人でもない一般の女性の写真にどのくらいの価値があるかは俺にはわからない。

ひいき目なしで判断しても、陽乃さんはかなりの美人とはいえるだろうが、でも、それだけだろう。もちろん裸の写真ともなれば別だろうけど、そのような写真を撮られてしまっとは考えにくいし。



雪乃「どのような写真かしら」



うわっ。聞きにくい質問をストレートによく聞けるな。

雪乃らしいっていったら雪乃らしいけど。



293 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/09/04 17:39:05.18 PK753bSp0 69/212




陽乃「そうね。街で遊んでいるときの写真が多いわね。大学のもあるけど、大学だとストーカー自身が特定されかねないから少ないわ」

雪乃「私に車で登下校するように仕向けたのは、ストーカーの対象が私も含まれるようになる可能性が出てきたからかしら」

陽乃「ええ・・・・・その通りよ」



苦々しそうに、俯き加減でつぶやく。陽乃さんにとっても、俺が想像していた中でも最も最悪の部類に入ってしまう。最悪の展開を想像して対策しておけば、どのような展開になっても対応できるって豪語していた奴もいたけど、それは嘘だ。本当に最悪の展開に遭遇した時、いくら想像して対策を練っていたとしても平常心でなんかではいられやしない。



雪乃「具体的には?」



毅然と背をまっすぐにのばした雪乃は、美しかった。まっすぐ前を見て、なにがあろうが立ち向かっていく。

だけど、膝の上で堅く握りしめた手が震えている。

今すぐ雪乃の手を握って、俺がついているって根拠もない安心感を与えるべきなのだろうか。

いや、雪乃はそんなまやかしを求めてはいない。

今一番つらいのは陽乃さんだ。その陽乃さんの前で、りりしい姿を見せているのは雪乃のせめてものなぐさめなのだろう。それを打ち壊すような俺の出しゃばりなんか必要とはしていない。

俺は、黙って事の推移を見つめ、必要な時、必要な発言をすればいい。



陽乃「今は一枚だけ。それも、後ろの方に小さく写っているだけだけど、姉妹だってすぐにばれるでしょうね。大学もばれているわけだし、私たち姉妹が通っていることも有名でしょうし」



陽乃さんの美貌もさることながら、その立ち振る舞いも目立ちすぎる。

そして、去年雪乃が入学して、一時大騒ぎになったほどだ。

ただ、雪乃は表に出るのを嫌がっていたし、講義が終わってもすぐに帰宅していたこともあって、騒ぎは徐々に終息していった。陰で陽乃さんの働きもあったのだろうけど。



雪乃「それがわかったのは、今日になってからということでいいのかしら?」

陽乃「そうよ」



なにをたしかめようとしてるんだ? 昨日と今日での違い? 車か!


294 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/09/04 17:39:38.36 PK753bSp0 70/212




雪乃「八幡に実家に来るように仕向けたのも、ストーカー対策だったのね。わざわざお見合いの話を持ち出し、ごく自然に八幡のやる気を引き出して、実家におびき出したというわけね」

陽乃「ふぅっ・・・・・・・・・・」



長い吐息は正解を引き当てたのだろう。昨日散々緊張しまくって、挙句の果てには醜い猿芝居までしたっていうのに、本丸は車を渡す為だけだったのか。

どこまでシスコンなんだよ。雪乃の為に自分を傷つけて、それさえも当然のようにやってのけてしまう。



陽乃「比企谷君は、何も疑いもなく踊ってくれたんだけどねぇ。雪乃ちゃんは気が付いていたのかしら?」

雪乃「いいえ。なにかあるかもとは思ってはいたけれど、わかったのはついさきほど姉さんの話を聞いてからよ」

陽乃「そっかぁ。だったら、一芝居した甲斐があったかもね。ぎりぎりまで伏せておきたかったらか、私の作戦もひとまず成功かな」

八幡「成功じゃないでしょ。失敗したから、ここにいるんじゃないですかね」

陽乃「さすがに痛いところをつくわ。嫌な子ね」

八幡「あいにくそういう性分なので」



無愛想に横槍を入れた俺に、頬笑みさえ浮かべている。

どこまで先を読んでいるか、わからなくなる。この頬笑みさえも計算なのだろうか。

けれど、雪乃を想う気持ちだけは、計算ではないはずだ。









第15章 終劇

第16章に続く






295 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/09/04 17:40:05.16 PK753bSp0 71/212



第15章 あとがき






はるのん狂想曲編は、第30章まではいきそうもありませんし、第25章前後までかなと見積もっています。

さて、終わりも見えてきましたし、だいぶストックもたまってきたので、そろそろ次の展開をどうしようかと考えだしているところです。

一応、由比ヶ浜の誕生日の分のスケジュールはあけてあるので書けそうですけど、ネタが・・・・・・・。




来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。





黒猫 with かずさ派






続き
やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第二部『はるのん狂想曲編』【中編】

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