1 : ◆LeBgafvn/6 - 2015/07/10 20:43:31.84 8HeZ4CUl0 1/442
・前作(本編とは関係ありません)
万里花「所詮はニセコイ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1402231432/
⇒http://ayamevip.com/archives/38562143.html
元スレ
つぐみ「二人のニセコイ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1436528601/
楽「……じゃあさ」
楽「千棘の鍵って、元々はつぐみのモノだったりして、って言うのはどうよ」
小野寺「―――」
万里花「………」
るり「………」
集「………」
楽「……ごめん、俺、そんなに変なこと、言っ、たか?」
小野寺「あっ……いや、その、うーん」
万里花「………」
るり「……一条くん、あなたって、ほんっとに……」
羽「……ちなみに、どうしてそんな発想に至ったのか、教えてくれるかな?」
小野寺「ちょ、羽先生!!」
楽「いやあ……ホント、根拠のある話じゃないんだけど」
楽「俺達って、小さい頃皆で仲良く遊んでたんだろ?」
羽「うん。今鍵を持っている子達と、楽ちゃんとつぐみちゃん。間違いなく小さい頃に遊んでるわ」
楽「それで、鍵が4本登場する絵本に、皆うすぼんやり覚えがある、と」
万里花「……ええ」
小野寺「……うん」
楽「そうなると当時”絵本ごっこしよう”と言う話になって、何かの形で鍵が実際に用意された可能性はあると思う」
楽「俺らの親が用意したとか、たまたま俺らで持ってたおもちゃの鍵を持ち寄った、とかな」
るり「……」
楽「しかし男の俺はともかく、女の子が5人に対して、絵本に出てくる鍵は4本。お話通りにするには、鍵が一本足りないだろ?」
楽「……でも、故意に仲間外れを作ったりするのは、多分しなかったと思うんだよな」
楽「例えば、ジャンケンか何かで負けて、鍵をもらえなかった千棘が」
楽「皆の前では平気そうなツラして意地張って」
楽「夜中こっそり、一人でべそべそ泣いてるところを見つけたつぐみが」
楽「自分の鍵を譲ってやった絵面とか、なんかしっくりくるっつーか」
小野寺(どうしよう、ちょっと来る)
万里花(来ますわ)
るり(来るわね)
羽(来るかも)
集「まあ……だけどお前、ひとつ失敗してるよ」
楽「?」
集「そーゆー話は……」
プルプルプル
千棘「何ぁにをお話しになられていたのかしら、ダーリィン……?」
集「関係者の耳に触れそうもないところで、するべきだったってコトで」ニコ
楽(終わった)
千棘「アンタねぇぇぇぇええええ!!!!」
パシィッ!!
楽「!?」
つぐみ「うっ……」
千棘「つぐみ!? 一体何処から」
つぐみ「……本気を出しすぎです、お嬢」
千棘「……」ムスッ
千棘「……何で、ジャマ、するのよ」
つぐみ「……」フゥ
つぐみ「落ち着いてください」
つぐみ「いくらコイビトだからと言って、無尽蔵に痛めつけてよいものではありません」
千棘「……主のコイビトに実銃ブッ放す奴が、ずいぶんなお説教ね?」
つぐみ「……」
つぐみ「私は特別な訓練を受けていますから、大丈夫なんです」
千棘「……ふんっ」プイッ
つぐみ「お嬢っ」
千棘「おじょう、じゃないわよ」
千棘「どうせちょっと……」
千棘「……ダーリンにおだて上げられたから、のぼせ上がってるんでしょ」
つぐみ「」ボッ
つぐみ「いいいいいや、私は、べべべべべべ別にそんなっ」
千棘「いーわよ、いーわよ。どうせ私はワガママだも~ん」
楽「お、おい……ハニー。今のは俺が悪かったからさ。つぐみにまで当たることないだろ」
千棘「……」プチン
千棘「別に、当たってなんか、ないッ!!」ダダダダダッ
つぐみ「あっ、お嬢っ!!」ダダッ
羽「っ、と」キュッ
つぐみ「わっぷ……せ、先生」
羽「……つぐみちゃん」
羽「追わないで欲しい気持ちになることも、人生にはたくさんあるのです」
つぐみ「しかしっ」
羽「ねっ?」
つぐみ「……」
つぐみ「そういう、ものですか」
るり「……うかつよ、一条君」
楽「面目ない」ズーン
万里花「落ち込まないで下さいまし、楽様」
万里花「面白いことを閃いた時、つい周りに吹聴したくなるのは、人間(ヒト)の抗えざる性(サガ)ですもの」
楽(橘と同レベルか……)
小野寺「ちゃんと千棘ちゃんに、謝らなくちゃだめだよ?」
楽「ああ。今日の夜にでも電話して、明日にでも謝っておくよ」
キーン コーン カーン コーン
万里花「……っ、と。次の授業が始まってしまいますわ。舞子さん、行きましょう」
小野寺「えっ」
楽「えっ」
集「えっ」
万里花「……行きましょう」グイグイ
集「う、ウ、ウヘアアアァァァァ……」
小野寺「……」
楽「……」
羽「……」
羽「……マジコイ?」
楽・小野寺『違うと思います』
『二人のニセコイ』
~ 夜 集英組 一条楽 自室 ~
楽「悪かった」
千棘『……もう、分かったって言ってるでしょ。切るわよ』
楽「だけど、俺のせいでお前、つぐみとも」
千棘『いいから。夜も遅いし……また明日、ね』
楽「だから、ちょっと待っ」
千棘『おやすみ』プッ ツー ツー ツー
楽「……」
楽「……」バフッ
楽(……くそっ)
楽(今かけ直しても、こじれるだけか……)
楽(……)
楽(そもそもの原因は俺だから、あんまり強く出れねーけど)
楽(いくらそっち方面に疎い鈍いっつったって、つぐみに”鍵の話”を嗅ぎ回られるっつー事は)
楽(ニセコイ関係を疑っているつぐみに、格好の材料を与えるってコトで)
楽(その危険性、アイツは本当に分かってんのかな……)
楽(……)
楽(……)
楽(つぐみ、か)
楽(出会った頃は、刺々しいばっかりで、ホント俺の命なんざ紙くずぐらいに考えてる奴だと思ってたけど)
楽(なんにでも一生懸命な奴で、いちいちカッコイイし、それでいて可愛いところもあるとか、だんだん分かってきて)
楽(人としても一本筋が通ってて、魅力的、っつーか……)
楽(……)
楽(……)
楽(……もし)
楽(……さっきの想像が真実で)
楽(つぐみが、約束の女の子だったとしたら……)
楽(……)
楽(……)
楽(ないない)
楽(あれだけ千棘を敬愛していて、忠節を捧げていて、大事にしているアイツだ)
楽(俺を含めて、千棘以外の存在を好きになる姿が、全然想像できねー)
楽(……)
楽(……)
楽(……そーだよな)
楽(仮につぐみが約束の女の子だったとして)
楽(今のつぐみは、俺のことなんて、絶対相手にしねーだろ)
楽(……そもそも)
楽(千棘にとは言え、鍵を他人にやっちまってるってことは、約束自体大事に思っていないと予想できるわけで……)
楽(……っつーかそもそも、今の俺は小野寺が好きで、千棘と付き合ってて、橘の婚約者で、羽姉と同居していて……)
楽(……)
楽(……)
楽(……)ハァ
楽(……)
楽(……寝よ)
~ 同刻 桐崎邸 桐崎千棘 自室 ~
楽『悪かった』
千棘「……もう、分かったって言ってるでしょ。切るわよ」
楽『だけど、俺のせいでお前、つぐみとも』
千棘「いいから。夜も遅いし……また明日、ね」
楽『だから、ちょっと待っ』
千棘「おやすみ」プッ ツー ツー ツー
千棘「……」
千棘「……」
千棘「……」バフッ
千棘「……」ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ
千棘(ああああああああああああああああああああ)ゴロゴロゴロ
千棘(何なのよもおおおおおおおおおおおおおおおおおおお)ジタバタジタバタ
千棘(うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお)ジタバタガスガス
千棘「……っはーっ、はーっ、はーっ……」
千棘(……)
千棘(……)
千棘(……私が)
千棘(本当は鍵なんて持ってなくて)
千棘(何かの情けでつぐみから鍵を貰ったってぇ?)
千棘(……)
千棘(ありえるわよクソッタレ!!!!!!!!!)ズガンズバン
コン コン
クロード『……お嬢?』
千棘「……ジャマしないでくれる? 今良いトコなの」
クロード『……程々になさいませ』
千棘「はいはい……」
千棘「……」
千棘(……)
ジャリ
千棘(……元々、この鍵だって、日記と一緒にクローゼットへブチ込まれてただけのモンだし)
千棘(日記にはそれらしいコトが書いてあるけど、この鍵がその時のモノって確証はそもそもないし)
千棘(大体日記の内容って真実なの? 日記の男の子ってホントにアイツ?)
千棘(全然覚えてないけど、当時の私がつぐみを男の子と勘違いしてたって可能性は?)
千棘(……考えれば考えるほど、ワケわかんない)
千棘(一体、10年前に何があったっつーのよ……)
千棘(……)
千棘(……)
千棘(……でも)
千棘(仮に、10年前のコトが全部分かったとして)
千棘(約束の女の子が、私じゃなかったとしたら)
千棘(……例えば、つぐみだったとしたら)
千棘(ニセモノのコイビトでしかない私は)
千棘(どうしたら、いいんだろ……)
~ 同刻 鶫誠士郎 セーフハウス ~
つぐみ(……)
つぐみ(……流石に同じ家には、帰りづらかったけれど)
つぐみ(こうして一人になると、やはり少し、寂しいな……)
つぐみ(……)ゴロン
つぐみ(……)
つぐみ(……全く)
つぐみ(お嬢のかんしゃくも、今に始まったことではないが)
つぐみ(自分が標的になるのは、やはり気持ちの良いものではない)
つぐみ(……下手をすれば、日本に来てからは、初めてではないか?)
つぐみ(何故かと言えば……)
つぐみ(一条、楽)
つぐみ(奴がお嬢と付き合い始めてから、お嬢の怒りはおおむね全て、奴に向いていたから)
つぐみ(……怒りだけではない)
つぐみ(間近で見ていた私には、確かに分かる)
つぐみ(お嬢の喜び、悲しみ、怒り、興味、全ての感情が、今は奴を中心に回っている)
つぐみ(……本当に、馬鹿な話だ)
つぐみ(一条楽とお嬢が、ニセモノのコイビトかも知れない、などと)
つぐみ(あのお嬢が、ここまであけすけに心を向けている男の、何がニセモノだと言うのだろう)
つぐみ(お嬢は間違いなく、一条楽を、愛しているはずだ)
つぐみ(……)
つぐみ(だが)
つぐみ(一条楽の方は、どうなのだろうか)
つぐみ(他の女に、少しでも懸想するようなことが……)
つぐみ(……あったならば血煙を吹かせて縊り殺してやるところなのだが)
つぐみ(……)
つぐみ(……)
つぐみ(……)ハァ
つぐみ(……自分自身に嘘をついても、しょうがない、か)
つぐみ(……)ゴロン
つぐみ(……そう言えば)
つぐみ(結局、”鍵”とは何なのだ)
つぐみ(考えてみれば、おかしな話だ)
つぐみ(一条楽が記憶を無くした時に、二人の間に、鍵を通じた因縁があったとは聞いているが)
つぐみ(今日の、お嬢の怒りぶりは、普段のそれとは恐らく違っていた)
つぐみ(あのように重い一撃、今まで……)
つぐみ(……)
つぐみ(そうだ、やはりおかしい)
つぐみ(10年前に、お嬢と一条楽の間に鍵の因縁が生まれていたとしたら)
つぐみ(それは二人がコイビト同士になった時点で、既に成就されているではないか)
つぐみ(何故お嬢は、既に果たされているはずの約束に、固執しているのだ?)
つぐみ(それも普通に、ではない。まるで、縋ってさえいるような……)
つぐみ(……)
ゴロン
つぐみ(……そして、小野寺様をはじめとする、鍵を持つ他の者の存在)
つぐみ(……仮に、彼女らの存在が、お嬢の心をかき乱しているのだとしたら……)
つぐみ(……)
~ 翌日 凡矢理高校 昼休み 校舎裏 ~
万里花「……それで、私ですか?」
つぐみ「……ああ」
万里花「素直にお話しするとでも?」ニコ
つぐみ「……こういう言い方は、貴様……お前相手でも、失礼で悪いとは思うんだが」
つぐみ「他に、当てがなくなってしまったのだ」
万里花「あら」
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
つぐみ「お嬢、その、昨日は……」
千棘「……いいのよ、ホント」
千棘「確かに昨日の勢いじゃ、アイツに怪我させちゃってもおかしくなかったし」
千棘「止めてくれてありがと、つぐみ。嫌な思いまでさせちゃって、ごめんね」
千棘「あ、ミルクティもありがと」ズズッ
つぐみ「お嬢っ……」パァァァァ
つぐみ「……」
つぐみ「」ブンブンッ
つぐみ「」キリッ
つぐみ「ところでお嬢、昨日の話にも出ていた、鍵の話なんですが」
千棘「ブッフゥッ!?」ブボッ
つぐみ「お嬢!?」
千棘「グホッ、ゲホッ、あ、な、な、なななななんでもないのよつぐみ」
つぐみ「なななななんでもない訳無いでしょう!? 今すっごい吹いてましたよ飲み物」
千棘「いーいーかーらーほっとけよ!!!!」ダダダッ
つぐみ「……」
つぐみ(……?)
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
つぐみ「小野寺様」
小野寺「あ、つぐみちゃんおはよう。あの後大丈夫だった?」
小野寺「……って、心配することないか。千棘ちゃんとつぐみちゃん、仲良しだもんね」
つぐみ「ええ、ありがとうございます」ハハ
つぐみ「ところで、その時に話題になった鍵の件なんですが」
小野寺「」ビクッッ
つぐみ「……小野寺様?」
小野寺「あー……その、ごめんね、つぐみちゃん、その辺はその、私からは、のーこめんとって言うか……」
つぐみ「そんな事は無いでしょう。それとも」
つぐみ「……私の耳に入るのは、不都合な話、と言う事になるのでしょうか」キラリン
小野寺「っ……」
つぐみ「……」
小野寺「……ご」
つぐみ「ご?」
小野寺「ご」
小野寺「ごめんなさい!!」ダダダダダッ
つぐみ「……」ハァ
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
つぐみ「羽先生、鍵のことでご相談が……」
羽「んー? どこの鍵の話かな?」
つぐみ「……どこの鍵、かは、よくわからないのですが」
羽「えっ」
つぐみ「えっ」
羽「……んーっとね、私はまだ新任だから、自分の教室の鍵くらいしか、預かっていないんだけど」
つぐみ「ああ、ええと違います。先生方がお持ちの鍵の話です」
羽「……当直用の下着とか、お風呂セットくらいしか、入ってないわよ?」
つぐみ「えっ」
羽「えっ」
つぐみ「……ああー、先生方の職員用ロッカーの話ではなくて、先生やお嬢が持っている鍵の話で」
羽「……」
羽「……」
羽「……えーとね」
つぐみ「……誤魔化さないで、お聞かせ願えますか」
羽「バレちゃった」エヘ
つぐみ「……先生は、ご存知なんですよね」
つぐみ「お嬢と小野寺様と、橘万里花と先生がお持ちの鍵のこと」
羽「……」
羽「んー」
羽「教えてあげません」ニコ
つぐみ「……知っていることは、否定しないのですか」
羽「うん。先生はお姉さんですから、皆より少しだけ昔のことには詳しいわ」
羽「でも、皆が知らないことを、つぐみちゃんにだけ話すのは平等じゃないもの」
羽「先生は、えこひいきをしません」
羽「だから、ひみつです」ピッ
つぐみ「……しかし」
つぐみ「一条楽を含め、当時を知る者達は、皆その鍵について、何らかの見識を持っているようです」
つぐみ「私だけ何も知らないというのは、不平等とは言えませんか」
羽「……んー、まあ、そうなんだけどね」
つぐみ「ではっ」
羽「それでもダメ、かなー」
つぐみ「……何故、ですか」
羽「……私は先生だけど、当事者でもあるからね」
羽「ライバルに塩を送るようなコトは、できるだけしたくないかな、って」ニコ
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
万里花「……なるほど」
万里花「けれど、それだけではないのでしょう?」
つぐみ「……」
万里花「もし、あなたが本当に、鍵の真実を知りたいだけならば」
万里花「私以外にも、話を聞くべき人間が、ちゃんといるではありませんか」
つぐみ「……」
万里花「正直にお答えください」
万里花「どうして、楽様を避けて、私に話を聞きに来たのですか?」
つぐみ「……」
万里花「言えないのならば、私からお話しすることもありません」クルッ
万里花「ごきげんよう、鶫誠士郎さ」
つぐみ「それが一条楽の、かつての想い人に繋がる話だと思っているからだ!!!!」
万里花「」ビクッ
つぐみ「……」
つぐみ「私とて、鈍感ではあるかも知れんがバカじゃない」
つぐみ「10年前に出会った者達が、同じように鍵を持っていて」
つぐみ「一条楽がその中心に居ることぐらいは、理解している」
つぐみ「今日、皆に話を聞いて……疑念が確信に変わった」
万里花「……確かに、そのような発想をお持ちなら、楽様に直接話を聞くのは憚られますわね」
万里花「でも、それで私に話を聞きにくるのは、やはりおかしいのではありませんか?」
万里花「自らの主のコイビトの、恋愛遍歴を探ろうだなんて。余程趣味が悪いのではないかしら」
つぐみ「……」
つぐみ「……今、一条楽はお嬢のコイビトだが」
つぐみ「仮に、過去にその、鍵を持った女と、コイに落ちたことがあったとするなら」
つぐみ「そして私が、本当はその一人だったかもしれないと言われてしまえば……」
つぐみ「……」
つぐみ「……」
万里花「……」ザッ
つぐみ「……気になるんだよっ!!」
万里花「」ピタ
万里花「……へえ」ニヤ
つぐみ「……」
つぐみ「……あ」カァァァ
つぐみ「……っあ、う、え」
つぐみ「……や、やっぱり、い、いい」
つぐみ「都合がいいようだが、この話は忘れてくれ、橘万里花。私も二度と、このような世迷い事はっ」アセアセ
万里花「お断りします」ニコッ
つぐみ「っ……!!」
万里花「せっかく協力して差し上げる気になったのに、今更待ったはナシでしょう?」ニコニコ
つぐみ「……む、ぅ……」
万里花「最初から」
万里花「正直に気持ちを話してさえ下されば、意地悪をするつもりなど、無かったんですのよ」
つぐみ「……どうして」
万里花「だって貴女は、私にそっくりだから」
万里花「放ってなんて、おけませんわ」ニコ
つぐみ(傷ついた)
万里花「……」
万里花「お話は、しますけれど」
万里花「今日の放課後、時間はございまして?」
つぐみ「……おそらく、大丈夫だ」
万里花「ならば少し、お付き合いくださいまし」
万里花「……おこづかい、いっぱい持ってきてくださいね?」
つぐみ「……ああ」
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
つぐみ「……それで」
つぐみ「何故」
~ 同日 放課後 駅前繁華街 ~
つぐみ「こんな所に集まらねばならんのだ」
万里花「何故って」
万里花「お買い物をするために、決まっているじゃありませんの」
つぐみ「」
万里花「?」ニコ
つぐみ「……私は、鍵の話をしてくれるよう頼んだはずなのだが」
万里花「……」
万里花「……」ギロッ
つぐみ「」ビクッ
万里花「……きさん」
万里花「にやがんなかよ」
つぐみ「」
万里花「殺し屋の世界がどがんひゅーなかトコか知らんけんね」
万里花「ばってん、女にとって恋愛ちゅうモンは命がけやが」
万里花「そげん硝煙臭い、げど臭い格好せんと」
万里花「コイをするならしこらんかい、コラ」
つぐみ「……すみません」
つぐみ(……言葉の意味は全然分からんが、とにかく凄味があって怖い)
万里花「……」
万里花「」ギラッ
万里花「そこな隠れよるきさんら」
???『』ビグウッ
万里花「はよ、こーきぃ」
万里花「そげな隠れとっとも、一緒に居ねればどんげもならんわ」
???『ど、ど、どうしよう小咲ちゃんこれ完全にバレてるんだけど』
???『凄い怒られてるのは分かるんだけど何言ってるんだか全然わかんないよ、どうしよう千棘ちゃぁん』
つぐみ「……」
つぐみ(……女は、怖いな……)
~ 駅前デパート 6階 レディースファッションエリア ~
マネキン(ドヤァァァァァァ)
ディスプレイ(キラァァァァァァァ)
店員(イラッシャイマセェェェェェ)
つぐみ(……橘万里花の勢いに圧倒されたとはいえ)
つぐみ(……こんな女々しい空間に、私が足を踏み入れようとは……)ゲッソリ
千棘「……万里花、アンタねぇ」ヒソヒソ
小野寺「……あのね、私達、鍵のことでちょっとつぐみちゃんと」ヒソヒソ
万里花「ぁあ゙!?」ギロリ
小野寺「生きててすみません」
万里花「……」
万里花「……こほん」
万里花「今日は私、つぐみさんにお洒落を学んでいただこうと、買い物にお誘いしましたの」
万里花「主の桐崎さんが、ちゃんと彼女と向き合っていたら」
万里花「必要の無いコトだったかも知れませんけど、ね」
千棘「何よソレ、私は……」
千棘「……」
千棘「……」ギリッ
千棘「……そんな事より、どういう風の吹き回しよ」
千棘「何であんたが、つぐみにこんな真似」
万里花「……そうですねぇ」
万里花「私なりの、つぐみさんへのお答えとでも、申しておきましょうか」
千棘「……」
千棘「やっぱ、ワケわかんないんだけど」
万里花「……」ニコ
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
小野寺「えっとえっと」
つぐみ「え、はあ、まあ」
小野寺「……」
小野寺「……えっと」
小野寺「つぐみちゃんは、普段はどんな所で服を買ってるの?」
つぐみ「……ビ」
小野寺「ヴィトン!?」
つぐみ「備品を」
小野寺「ビヒン!?」
つぐみ「あ、その、勤め先の備品から、適当に見繕っているというか、その」
小野寺「それは横領だよつぐみちゃん……」
つぐみ「すみません……」
万里花「……」
千棘「……」
万里花「……」
千棘「……」
万里花「……」チラ
小野寺「やっぱりこれだけ一杯あると、どうしても目移りしちゃうね、つぐみちゃん」
千棘「……」
千棘「……」ハァ
千棘「……もう、しょうがないわね……」
千棘「私達も手伝ってあげるから。つぐみもちょっとはやる気出しなさいよ」
つぐみ「え、あ、お嬢、そ、そんな」
千棘「いいからいいから。ね、小咲ちゃん?」
小野寺「うん、もちろん♪」
つぐみ「いいんですよ、私にこんな、キラキラした服は、その……」
小野寺「大丈夫大丈夫、つぐみちゃんスタイル良いし、きっと似合うって、ほらほら……」
つぐみ「お、小野寺様~……」ジタバタ
千棘「……」
千棘「……これで、いいんでしょ?」
万里花「……ええ」ニコ
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
小野寺「……つぐみちゃんには、こういうチュニックワンピなんか似合うかな、なんて思ったりして」
千棘「確かにね、こういう淡い……パステル系の色合い着てるところ、あんまり見ないし」
万里花「……」ヤレヤレ
千棘「……何よ」
万里花「幼稚園児のスモックを選ぶつもりで来ているのでしたら、今すぐお帰りになられることをお勧めしますわ」
万里花「インターネット通販でお買い上げになられたほうが、余程素材も配色も豊富にございますわよ」
小野寺「生まれてすみません」
千棘「……ちょっと万里花アンタ、少しは言葉を」
万里花「黙りなさいこの豪腕クソムシ」
千棘「」
万里花「つぐみさん程の豊かなバストラインと高身長を、魅力的に見せるコトを考えた時」
万里花「デブがデブであることを隠すための逃げ道、チュニックワンピなどと言う選択肢はまず消し去られるべき愚考ですわ」
千棘「な、なんでよ、可愛いじゃ」
万里花「可愛さで腹肉を覆い隠すための服なんだから当たり前でしょうバカですか」
千棘「」
小野寺「……そっか」
小野寺「そうだよね」
小野寺「チュニックワンピに何か嫌な思い出があるのかと思う位貶めてるのは、正直どうかと思うけど」
小野寺「つぐみちゃん、せっかくシュッとしてて胸がおっきいんだもん。そこを生かさないと勿体無いよね」
万里花「……」ニコ
万里花「10年前のデータで恐縮ですが、楽様の好みはややファンシー系のすっきりとしたガーリー」
万里花「そういう意味では先行きド近眼の金髪霊長類コーデも一応アリといえばアリですが」
千棘(え、うそ、それ私のことなの)
千棘(……って言うかそのコーデ、発案したの小咲ちゃんなんだけど)
万里花「楽様も様々な意味で健康健全な青少年。やはり巨乳を主軸に置いたコーデを立てるのが巧手と言うものです」
つぐみ「……私はその、例えば上にカーディガンやストールなど」
万里花「黙れよ」
つぐみ「」
万里花「巨乳は資産です。ない事を隠すことこそあれ、あるものを使わずにどうするんです」
万里花「上はすっきりタイトなホルダーネックキャミ。巨乳とスレンダーのコントラストを浮き彫りに」
万里花「七分丈デニム上の腰からヒップにかけてのラインや、横乳等の健康的な露出を重ねて」
万里花「楽様の視線を誘う方向性で検討しておりますが、いかがですかつぐみさん」
つぐみ「……こ、このチュニックワンピもその」チラ
千棘「……」
千棘「……」ヤレヤレ
小野寺「……」オロオロ
つぐみ「……ホルダーネックでお願いします」
万里花「……はい」ニコ
~ 駅前デパート 7階 エステ・コスメティックフロア ~
千棘「ふふふ……」パフパフ
千棘「ファッションでは水を空けられたけど、メイクなら私の独壇場よ」ペタペタ
つぐみ「……あの、お嬢」
千棘「ああ、さっきのコトなら気にしなくていいわよ」
千棘「悔しいけど、服。とっても似合っていたもの」
千棘「つぐみって、本当はあんなに可愛らしかったのね。びっくりしちゃった」ニィ
つぐみ「……」テレテレ
千棘「でも、だからこそ、私だってあなたの主として、それなりの力量を見せてあげなきゃね」
千棘「待ってなさいつぐみ、世界が嫉妬する驚きの白さに染め上げてやるんだからね……!!」ヌリヌリ
つぐみ「……あ、ありがとうございます、お嬢……」
千棘「元々つぐみは肌も綺麗だし、普段遣いならナチュラルメイクか、ノーメイクでもいいくらいだけど」
千棘「……ちっちゃい傷跡とかは、化粧で隠せたら、それに越したことはないもんね」
つぐみ「……そう、ですね」
千棘「……」
つぐみ「……」
千棘「……付けまわす様な真似して、ごめんね」
つぐみ「……いえ。むしろ私の注意が散漫で、気づけなかったことを恥じています」
千棘「……鍵のことも、その。どうやって説明していいか、わかんなくなっちゃって」
千棘「でもね、あのね、その……鍵のことも、今日のことも」
千棘「つぐみに嫌な思いをさせようとして、そうした訳じゃないって言うか」
千棘「結局のところ、自分の都合って言うか……」
つぐみ「……」
千棘「……」
千棘「……あのね、つぐみ、実は」
つぐみ「言わないでください、お嬢」
千棘「でも、」
つぐみ「橘万里花から話を聞くために、街に出たのですから」
つぐみ「お嬢からタダで聞いてしまっては、勿体無いですよ」
千棘「……つぐみ」
つぐみ「……」ニコ
つぐみ「……それに」
千棘「……それに?」
つぐみ「………」
~ 駅前デパート 10階 レストラン・カフェフロア ~
つぐみ「……おいしい」
千棘「洋菓子のお店にも詳しいのね、さすが小咲ちゃん」
小野寺「えへへ……機会があったら、皆で行ってみたいなーって、ずっと思ってたの」
万里花「美味しい」モフモフ
万里花「これでお金が取れますわね」モフモフ
千棘「もう取ってるっつの」
小野寺「あ、あはは……」
つぐみ「……」
つぐみ「……すまんな、橘万里花」
万里花「もふ?」
つぐみ「私は少し、結論を急ぎすぎていた」
つぐみ「人同士の関係性というものは、約束事や結論だけを元に出来上がるのではないと、改めて気づかされたよ」
つぐみ「その合間にある、お嬢や小野寺様、そしてお前達と過ごす、日常の尊さのようなものを」
つぐみ「全く理解しないまま、その秘密だけ暴き出そうと言うのは、少しばかり破廉恥だった」
小野寺「……」
千棘「……」
万里花「……謝られる道理は、ございませんわ」
万里花「私、ぶっちゃけ、自分の鍵の話以外は、ろくに知りませんし」ニコ
千棘「最後までいい話で終わらせなさいよアンタはァァァァァ!!!」ビュッビュビュッ
万里花「あら、あらあら」ユラァユラァ
つぐみ「……はは、は」
小野寺「……」
小野寺「……ねえ、皆」
小野寺「せっかく皆で集まったんだし、できれば一つ、付き合って欲しい所があるんだけど……」
つぐみ「……?」
~ 駅前デパート 9階 アミューズメントフロア ~
つぐみ「……何です、この怪しげな筐体は」
小野寺「ええっと……」
小野寺「……すごくかわいい証明写真が取れるの。複数人で」
つぐみ「なるほど」
万里花「」ブフッ
千棘「」ブフッ
小野寺「えっ、万里花ちゃん、千棘ちゃん、今のアウトだった!?」
千棘「いや……どっちかってと、アウトだったのはあたしらだけど……」
万里花「何で女四人連れ立って証明写真撮りにこなくちゃならないんですの……プッ」
つぐみ「……確かに。疑問は残りますね」
つぐみ「証明写真を残しておくと、どこかから経費が落ちるのですか」
万里花「」ブフッ
小野寺「……そう言うのじゃ、ないんだけどね」
小野寺「つぐみちゃんの言っていた、”日常の尊さ”って言う奴」
小野寺「形にして残しておくのも、悪くないかなー、って」
千棘「……」
万里花「……」
つぐみ「……そう、ですね」
つぐみ「せっかくこうして、集まる事ができたのですから」
つぐみ「今日の記憶を残すのも、やぶさかではありません」
千棘「……そうと決まれば、さっさと撮っちゃいましょ」
千棘「落書きする時間のほうが、面白いでしょ、こーゆーのって!!」ダダダッ
小野寺「あっ、ちょっとまってよ、千棘ちゃん!!」タタタッ
万里花「……」
つぐみ「……」
つぐみ「……これからは、橘万里花と呼び捨てるのも、憚られてしまうな」
万里花「……お気になさらず」
万里花「貴女と私が、あらゆる意味で敵同士と言うことには、変わりありませんもの」
つぐみ「……」
つぐみ「……それでも、言わせてもらおう」
つぐみ「……ありがとう」
万里花「……どういたしまして」ニコ
~ 10分後 同フロア プリクラ筐体”Election” Bブース ~
万里花『↓ビーハイブ流星拳(相手は死ぬ)』
千棘『↑腹黒帝国(首都:アンマン)』
万里花「何ですの」
千棘「やんのかコラ」
小野寺「ちょ、二人とも、あと150秒しかないんだからっ」
万里花「小野寺さんは無難に花びらラインで枠でも囲っておいて下さいまし」
千棘「この争いに手と口を出してしまえば貴女も戻れないわよ小咲ちゃん」
小野寺「んもー……」
つぐみ「……」
つぐみ「……」
―― つぐみちゃんの言っていた、”日常の尊さ”って言う奴
―― 形にして残しておくのも、悪くないのかなー、って
つぐみ「……」
つぐみ「……」
つぐみ「……」カキカキ
~ 同日 夜 鶫誠士郎 セーフハウス ~
ガチャ
バターン ガチャ
つぐみ「ふぅ……」
つぐみ「すっかり、遅くなってしまったな」カチッ
つぐみ「……だが、凄く楽しかったし」ドサッ
つぐみ「……」
つぐみ「ふふっ、私らしくもない、独り言など」
つぐみ「……」ガサガサ
つぐみ「……」
つぐみ「…… ふ ふ ふん ふんふんふ ふふふ~ん♪」 ヌギヌギ
つぐみ「ふふふふふふん ふん ふん ふふ~ん♪」ガサガサ
つぐみ「……」
つぐみ「……この服」クルッ
つぐみ「やはりいいな」シパッ
つぐみ「お嬢もお許し下さったし」クイッ
つぐみ「出掛けるのが楽しみだ」キメッ
つぐみ「……それに」
つぐみ「あの橘万里花が勧めるのだから」
つぐみ「きっと、一条楽の好みにも沿う事だろう」
つぐみ「……」
つぐみ「……」
つぐみ(…………)
つぐみ(………………)
つぐみ「なんちゃって、なんちゃって」ジタバタ
つぐみ「……」
つぐみ「……」ニコッ
つぐみ「~~~~~~ッ」テレテレ
つぐみ「……そう、だな」
つぐみ「きっと一条楽も、気に入るに違いない」
つぐみ「この服を着て……」
つぐみ「お嬢に習ったメイクを」
つぐみ「そう、お嬢に……」
つぐみ「……」
つぐみ「……」
つぐみ「……」
つぐみ「……ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウ!!!」バァン!!
つぐみ「何を、何を考えていたのだ私は!?!?!?」ジタバタジタバタ
つぐみ「いやおかしいだろ、おかしいだろ色々と!!」ドンドコドコドコ
つぐみ「何で橘万里花に鍵の話を聞きに行ったら」
つぐみ「私が一条楽好みの服を買ってホクホク帰宅することになってるんだよ!!」ダァン!!
つぐみ「しかも今日の動向はお嬢に筒抜け!!!!」
つぐみ「一条楽の!」ガン
つぐみ「コイビトの!!」バン
つぐみ「お嬢に筒抜け!!!」ボーン!!
つぐみ「ニヤニヤしてる場合じゃないだろ私何考えてるんだよもおおおおおおおお………」カァァァァァ
つぐみ「……」
つぐみ「……」
つぐみ「……一条楽、は」
つぐみ「お嬢の、コイビト、か……」
つぐみ「……」
つぐみ「……」
つぐみ「……はぁぁ……」ズーン
つぐみ「……」
つぐみ「……今日はもう、休もう」
ガラガラ カチッ
つぐみ「……」
ポーラ「……」チョコン
つぐみ「」
ポーラ「……」
つぐみ「……」
ポーラ「一応先に言い訳しておくわね」
ポーラ「先週『たまにはちゃんとした物を食べさせてやろう。早く帰って来い』って夕食に誘ってくれたのはアンタ」
ポーラ「今日『悪いが、用事が出来たから遅くなる。どこかで時間をつぶすか、家の中にいてくれ』って言ったのもアンタ」
ポーラ「なかなか帰ってこないから、奥の部屋で電気を消して寝ちゃったのはあたしだけど」
ポーラ「私の靴も荷物も玄関にあるのに、気づかなかったのはアンタ」
ポーラ「だからお願い」
ポーラ「全部聞いてたけど殴らないで」
つぐみ「……」
ポーラ「……」
つぐみ「……」
ポーラ「……」
つぐみ「……殺せよ」
ポーラ「……ごめんね」
~ 鶫誠士郎 セーフハウス 食卓 ~
つぐみ「……」モグモグ
ポーラ「……」モグモグ
ポーラ「……ご馳走になっておいて、申し訳ないとは思うんだけどさ」
ポーラ「……」
ポーラ「…………寝かせてよ」
ポーラ「あるいは、空気が油粘土より重いこの部屋から、私を出して……」モグモグ
つぐみ「……五月蝿い」モグモグ
つぐみ「これでお前に飯も食わせず、ただ去らせてしまえば」
つぐみ「私が恥をかいた意味が、本当になくなるだろうが……」モグモグ
ポーラ「……」
ポーラ「……美味しいから、いいけど」モグモグ
つぐみ「……すまんな」モグモグ
ポーラ「……居させられるんだったら、聞くわよ」
ポーラ「どーすんの、一条楽のこと」
つぐみ「」ブホッ
ポーラ「……」
つぐみ「……」
ポーラ「……」
つぐみ「……」ハァ
つぐみ「別に、どうもしないよ」
ポーラ「……」ジトー
つぐみ「……勘違いするな。ごまかしじゃあない」
つぐみ「確かに私の中に、一条楽を憎からず思う気持ちはある」
つぐみ「だが、多分それは、純粋な恋愛感情だけと言うわけでもないのだ」
ポーラ「……随分、本音っぽいわね」
つぐみ「今更取り繕えるか、恥ずかしい……」
ポーラ「確かに」フフ
つぐみ「……まあ、そういうことなんだ」
つぐみ「一条楽を憎からず思う気持ちは、多分単純なコイとは違って」
つぐみ「私の大切な存在であるお嬢が、心を揺り動かされていることへの敬愛、尊敬とか」
つぐみ「日本の、普通の学生が送るような、穏やかな日常への憧憬とか」
つぐみ「そういう気持ちがないまぜになって、私は」
つぐみ「……一条楽に、ひ、惹かれているのだと、思う」
ポーラ「それは、楽しいの? それとも辛い?」
つぐみ「……自分でも、よくわからない」
つぐみ「どのみち、形になる事のない想いだからな、辛く思う時もあるけれど」
つぐみ「ふとしたことで暖かい、優しい気持ちになれるコトも、いっぱいあるんだ」
ポーラ「……」
つぐみ「それに、今までの私ならば、しなかったような真似をすることもある」
ポーラ「そんな、可愛らしい服を着てみたり?」
つぐみ「……ああ」テレテレ
ポーラ「あれだけ憔悴してたクセに、着替えてないしね」
ポーラ「気に入ってるんでしょ、ソレ」
つぐみ「……」カァァ
ポーラ「なんか、いーなぁ。そういうの」
つぐみ「……今度、一緒に行こうか、ポーラ」
つぐみ「美味しいスイーツの店も、小野寺様に紹介してもらったんだ」
ポーラ「……ううん」
ポーラ「それも悪くないけど、そういうんじゃ、ないの」
つぐみ「……」
ポーラ「そういうんじゃあ、ないの……」
~ 同刻 桐崎邸 桐崎千棘 自室 ~
千棘「……」
千棘「……」
千棘「……」バフッ
クロード『……お嬢』
千棘「今……ちょっと気分が乗らないの。邪魔しないで」
クロード『……程々になされませ』
千棘(何をよ……)
千棘「……」
千棘「……」ゴロン
千棘「……」
千棘(……つぐみ)
千棘(……楽しそうだったな)
―― 主の桐崎さんが、ちゃんと彼女と向き合っていたら
―― 必要の無いコトだったかも知れませんけど、ね
千棘(……)
ジャリ チャリン
千棘(……)
千棘(……10年前の約束と鍵)
千棘(……楽、そして、つぐみ)
千棘(……ちゃんと、か)
千棘「……」
千棘「……ねえ、クロード」
クロード『はっ』
千棘(本当に居たよ……)
~ 20分後 凡矢理IC付近 ビーハイブ幹部専用車 車内 ~
ブゥゥゥゥン ゥゥゥン ウゥゥン
クロード「このまま、海まで流しましょうか」
千棘「……うん」
クロード「……」
千棘「……」
クロード「……」
千棘「……」
千棘「……聞かないの?」
クロード「……そうですね」
クロード「私とて、男のはしくれ」
クロード「女性がそんな表情をしている時に、暴き出すような不粋は致しません」ニコッ
千棘「……案外、大人なのね、クロードってば」
クロード「……光栄です」フフ
千棘「うん」フフ
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
千棘「クロードは……どうしてパパの所で働こうと思ったの?」
クロード「似合っていませんか」
千棘「そうは思わない、けど」
千棘「その……ママの会社だって、普通の仕事だって、やってけたんじゃない?」
クロード「そうですねぇ……」
クロード「……いえ、やはり私には、この道しかありませんでしたよ」
千棘「……」
クロード「誤解なさらないでください」
クロード「今お嬢の前に居る私は、この道を進んだからこそ、こうしていられるのです」
クロード「そうでなければ、こんなに可愛らしい女性を目の前に、冷静ではいられないかも」
千棘「やだ、クロードってば」
クロード「……」
千棘「あはは、はは……」
クロード「……」
千棘「……クロード?」
クロード「……昔の、話ですよ」
クロード「貴女を手篭めにして、ゆくゆくはこの組織を我が物として乗っ取ろう」
クロード「そんな風に考えた事もありました」
クロード「それが出来ない立場でも、ありませんでしたしね」
千棘「……どうして、やめちゃったの?」
千棘「私みたいな小娘相手なら、いくらでも付け入るスキなんて、あったでしょうに」
クロード「どうして、ですかねぇ」
クロード「……自ら成り上がる面白さを、見つけてしまったから、でしょうか」
千棘「悪ぶっちゃって」
クロード「そう見えますか?」
千棘「うん」
クロード「……」
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
クロード「……別に、ね」
クロード「集英組の小僧が、憎い訳ではないんですよ」
クロード「ただ、この世の中には、お嬢の事を弄び、利用しようとする者はごまんと居ます」
クロード「かつての、あるいは今の、私のように」
千棘「……」
クロード「……小僧自身に自覚が無かろうと、小僧を手駒に、小僧の周りの人間がそんな企みを持っているかもしれない」
クロード「更に言えば、お嬢自身の周りの人間が、自らの利益の為に、小僧を利用している可能性だって、有り得るんです」
千棘「……」
クロード「私はそんな輩から、お嬢を護りたいと思っています。その為には命だって張るつもりだ」
クロード「仮にお嬢自身から、煙たがられようとも、ね」
千棘「……やっぱり、優しいんじゃん」
クロード「いいえ。単なる私のエゴですよ」
クロード「そして、そのエゴの為に命を張れるのが、この業界のいいところです」
クロード「……私がこの道に生きる理由。これが答えでは、足りませんか?」
千棘「うーん……」
千棘「まあ、いっかな。それでも」
クロード「恐縮です」
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
千棘「……」
千棘「……さっきの話の、続きって訳じゃないんだけどさ」
クロード「ええ」
千棘「……」
千棘「……敵対組織のヒットマンと、組織の跡取りの恋って、」
クロード「有り得ませんね」
千棘「……どうして?」
クロード「組織によってその軽重に差はありますが」
クロード「ヒットマンは、組織で管理している”道具”の一つに過ぎません」
クロード「……腕の立つ者や、金を掛けて育てた者であれば、それなりに珍重もするでしょうが」
クロード「組織がダメージを被ってまで、庇ったり助け出したりはしないのです」
クロード「……使い捨ての道具を拾う為に、組織の屋台骨が揺らぐようなコトがあれば、本末転倒ですからね」
クロード「対して、組織の跡取りの嫁と言えば、その組織の格を内外に示す、重要なポジションです」
クロード「使い捨てのヒットマンを娶った、などと言う話になれば、色香で垂らしこまれたボンクラと、物笑いの種になるばかり」
クロード「ですから、そんな恋は実りませんよ。せいぜいが妾として弄ばれて、捨てられるのがオチでしょう」
千棘「……」
千棘「ずいぶん、包み隠さず、教えてくれるのね」
クロード「……今日のお嬢が、大人の顔をなさっているからこそ」
クロード「車の中での話は、今日これきりにして頂けるよう、お願い致します」
千棘「……ええ」
ピピピピピッ ピピピピピッ ピピピピピッ ピピピピピッ
~ 深夜 町外れ ビーハイブ暗殺部隊緊急回線使用中 ~
クロード『ミッションを説明する』
つぐみ「了解」
ポーラ「了解」
クロード『40分ほど前、ウチの”生徒”どもが空港付近より逃走した』
クロード『標的は10代前半の男4名、女2名の計6名』
クロード『全員始末しろ』
クロード『相手の装備、能力、協力者については一切不明だが、緊急事態かつ表ざたには出来ん仕事なのでな』
クロード『任務に当たるのはお前らだけだ。支援は一切ない』
つぐみ「……」
ポーラ「……」
クロード『お前らも知っての通り、今ウチの”生徒”どもには試験的に生体電流で動作するGPS発信機を埋め込んでいる』
クロード『GPSによる位置同定まで二分二十七秒』
クロード『自由な質問を許可する』
つぐみ「逃げた”生徒”の所属は」
クロード『私がそんなヌルい教育をすると思うか』
つぐみ「いえ」
クロード『……ビーハイブ内、反体制派幹部の、子飼いのガキ共だ』
クロード『ボスとお嬢を日本で亡き者にするべく、密かに入国させていたらしい』
クロード『首謀者は先程、ベーリング海でカニのエサにしたと報告が入ったが、生き残りのガキ共も始末する必要がある』
クロード『組織の内情を身代金に、他所の組織へ身売りでもされたら厄介だからな』
クロード『しかし、ビーハイブのコマをヘタに動かせば、他所の組織が揉め事を嗅ぎ付けて、ガキ共を保護しに動く恐れがある』
クロード『今動ける者のうち、お前達二人ならば、この場面で裏切りを打つような真似は無いと踏んだ』
クロード『それだけの話だ』
ポーラ「諸々の状況を踏まえても、任務の難易度と人員が釣り合いません」
ポーラ「確実を期すならば、クロード様ご自身にも動いていただく必要があるかと思いますが」
クロード『私は動けん。野暮用があってな』
千棘『……ロード、どう……、仕事の…話なら……るわよ……』
クロード『心配ありません、お嬢。ブラジル支部の古い友人からの連絡でして』
クロード『頭は良い奴なのですが、未だに世界が平たいと思っているようで。時差の存在を頑なに認めないんですよ』
千棘『ふーん……人って……いう所……わってる……よね』
クロード『全くもって。大した話ではありませんから、すぐに戻ります』
千棘『……ーい……』
クロード『……どのみち、すぐには戻れん位置だ。このまま連れ回したほうが、護衛するにも丁度良い』
ポーラ「千棘お嬢様に事態を伝え、協力頂いてもよろしいのでは?」
ポーラ「いずれ近い将来、必ず、」
クロード『お嬢の仕事は』
クロード『……疲れた家族の為に、不恰好なパンプキン・パイを焼いてやる事だ』
クロード『キッチンシンクの下に何匹ネズミがいて、飼い猫が何匹殺したかなど、知る必要は一生ない』
ポーラ「……了解」
クロード『……位置の同定が完了した。デバイスエリアP93RD2Q141より南東方向へ移動中』
クロード『……錬度が足らんな。この速度は徒歩だ。しかも6人固まって移動している』
クロード『現時点を以ってお前等にもアクセス権限を分与した。確認しろ』
クロード『判っているとは思うが、一切痕跡は残すな。追跡を開始せよ、オーバー』ブツッ
ポーラ「……だって、さ」
つぐみ「ああ、行こう」
ポーラ「……アンタ、何とも思わないの?」
ポーラ「こんな日に、こんな……」
つぐみ「……いや、別に何も」
ポーラ「……あっ、そ」
~ 15分後 付近某所 ~
トボトボ トボトボ
A『………』
B『……』
C『…………!!』
D『……』
E『…』
ポーラ「Hi,babies」ザシュ
F『――――!!!!』
シュバッ シュバ シュバババッ
つぐみ「……ポーラ」
ポーラ「怒んないでよぉ」
ポーラ「大した武装してる様子もないし、ひょっとしたら一気にイケちゃうかな、なんて思っちゃったって」
ポーラ「仕方ないじゃないっ」ゲシッ
F「」
ポーラ「この程度の錬度じゃあ、お嬢様暗殺計画がバレてなかったとしても、返り討ちだったわね」
ポーラ「クロード様、私達を立派に育ててくださって、ありがとうございます、ってとこかし……らっ!」ゲシッ
F「」ゴロ ドサッ
つぐみ「……何をそんなにイラついている」
ポーラ「いいでしょ別に。それよりもホラ、とりあえずもう一匹残ってるわよ」
つぐみ「ん……」ツカツカ
C「……」カタカタカタカタ
つぐみ「……」
つぐみ(……アジア人か。日本人かも知れんな。綺麗な目をしている)
つぐみ(そう、綺麗な、黒い、目、を――)
―― だって貴女は、私にそっくりだから
―― 放ってなんて、おけませんわ
―― つぐみちゃんの言っていた、”日常の尊さ”って言う奴
―― 形にして残しておくのも、悪くないのかなー、って
―― あなたって、本当はあんなに可愛らしかったのね。びっくりしちゃった
つぐみ(―――)
ポーラ「……何よ、結局手ぇ出さないわけ? 」
ポーラ「別に、いいんだけど、さ」トコトコ
C「……」ガタガタガタ
ポーラ「ねえ、折角生きてるんだから教えてよ」
ポーラ「日本語は分かりますか?」
C「……」フイッ
ポーラ「はい、日本語でいいのね。アンタらの仕事を手引きしたのはだあれ?」
C「……」
ポーラ「どこの組織と協力しているの? 他に仲間はいるのかな?」
C「……」
ポーラ「じゃあねえ」
ポーラ「”殺一警百(シャーイージンパイ)”って知ってるかな?」
C「」ビクッ
ポーラ「……」ニコニコ
ポーラ「Dung♪」
ポーラ「Dung♪」
ポーラ「Dung♪ Dun Dun Dung♪」
ポーラ「One little」
ポーラ「Two little」
ポーラ「Three little Indian♪」
ポーラ「Four little」
ポーラ「Five little…」
ポーラ「…Six Little Indian♪」
ポーラ「Seven little」
ポーラ「Eight little」
ポーラ「Nine little Indian♪」
ポーラ「Ten little Indian Boooooooooys♪」
C「あ」
C「あ」
C「あがああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ポーラ「騒ぐなよ」ゲシッ
C「!」ゲボッ
ポーラ「……ま、いいか。もう一回分あるし」
ポーラ「はい、じゃあお靴を脱いでね」グイグイ
C「!!……」カタカタカタ
ポーラ「……じゃ、もう一度聞くよー」
ポーラ「アンタらの仕事を手引きしたのはだあれ?」
C「……」カタカタ
ポーラ「どこの組織と協力しているの? 他に仲間はいるのかな?」
C「……あ、ああ」
ポーラ「……」
ポーラ「Dung♪」
ポーラ「Dung♪」
ポーラ「Dung♪ Dun Dun Du」
つぐみ「止めろッ!!!」グイッ
ポーラ「きゃっ!!」ドサッ
C「あ」
C「あああ」
つぐみ(……)
つぐみ(……)
つぐみ(……わたし、は)
つぐみ(……今、何を、し、た……………)
ポーラ「……黒虎?」
ポーラ「今、あんた、」
つぐみ「……」
C「あ、あ」
C「おねえ、さ、ん、」
C「ありが、と、……」
ズダァン!!!
ブシャッ
ドサッ
つぐみ「……」
ポーラ「……」
つぐみ「……時間制限のある尋問中に」
つぐみ「心の拠所を作らせるのは巧手ではない」
つぐみ「ゆとりがある時ならば、アメとムチを考えるのもいいが」
つぐみ「切迫した状況がある時は、却って自分達の首を絞める結果にもなりかねない」
つぐみ「初歩の初歩だったな、すまなかった」
ポーラ「いや、別にいいけど、あんた、」
つぐみ「埋め合わせは今夜中にする」
つぐみ「行くぞ」シュタッ
ポーラ「あっ、ちょっ、待ちなさいよ、黒虎ッ!!!」シュタッ
~ 20分後 ~
つぐみ「任務完了」
つぐみ「痕跡は全て薬品で処理しました」
クロード『ご苦労』ブツッ
ポーラ「……」
つぐみ「すまなかった、ポーラ」
つぐみ「私は……」
つぐみ「……どうか、していたらしい 」
ポーラ「……もし任務が失敗してたら、二、三発ひっぱたいてやるつもりだったけどさ」
ポーラ「結局残りの全員自力で引きずり出して、素手で頚動脈引き千切った女に、どんな落とし前付けさせられるっつーのよ……」
ポーラ「衰えてないようで安心したわ、ホント」
つぐみ「……」
ポーラ「……でも、どうして突然、あんなことを」
つぐみ「さあな」
つぐみ「任務をこなしている間に、忘れてしまった」
ポーラ「……あっ、そ」
ポーラ「でもあんた、虚偽報告はしちゃダメでしょ」
つぐみ「?」
ポーラ「痕跡。体中、返り血で血まみれよ」
つぐみ「……そうだな」
つぐみ「先に帰る」
ポーラ「……うん」
ポーラ「……ねえ、黒虎」
つぐみ「何だ」
ポーラ「……」
ポーラ「私はクロード様と合流して、そのまま屋敷の警備に入るわ」
ポーラ「荷物はどうせ大したモンないし、明日以降取りに行くから、悪いけど置いといて」
ポーラ「ご飯、ありがとね」
つぐみ「……ああ」シュタッ
ポーラ「……」
ポーラ「お嬢様」
ポーラ「あんたの飼い猫は」
ポーラ「……とっても、優秀だよ」
~ 鶫誠士郎 セーフハウス ~
ガチャ
バターン ガチャ
つぐみ「ふぅ……」
つぐみ「すっかり、遅くなってしまったな」カチッ
つぐみ「……」
つぐみ「……」
つぐみ「……」ユラリ
つぐみ「……」
カチャ パカ
つぐみ(……)
つぐみ(……)
つぐみ(……日本に来てから)
つぐみ(本当に、色んな事があったな)
ガサガサ
つぐみ(……貰ったのは随分前だけれど、最近は特に付ける機会も多い、お嬢のリボン)
つぐみ(……こんな女々しい格好をして、普通の学生のように遊び回って)
つぐみ(最初は任務のためと割り切っていたが……)
つぐみ(……いつしか、心の底から、この穏やかな世界と時間を、楽しんでいる私が居た)
つぐみ(……本当の私のことを、誰も知らない、この世界で)
つぐみ(……)
つぐみ(そう、誰も)
つぐみ(お嬢ですら知らない)
つぐみ(本当の私は)
つぐみ(本当の私の手のひらは)
つぐみ(こんなにも、こんなにも、血塗られていることを)
つぐみ(私に、あなた達と同じ世界で生きる資格なんてないのだと)
つぐみ(誰も――)
つぐみ「………」
つぐみ「………」
つぐみ「……ぁ」
つぐみ「あ」
つぐみ「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!」
つぐみ「私は!!」ビリビリビリビリ
つぐみ「わたしは!!」バキィ
つぐみ「わたしはっ!!!!」グシャア
つぐみ「わたし、はっ、!!!」ボゴォッ
つぐみ「……」
つぐみ「……………私は………」
つぐみ「………」
つぐみ「……………」
つぐみ「――――」
~ つづく ~
~ 翌日早朝 桐崎邸付近 一条楽通学路 ~
トボトボ トボトボ
楽「……なー、集」
集「なーに?」
楽「正直に答えて欲しいんだけどさ」
楽「……周りから見た俺って、優柔不断で、女の子にだらしない、ダメな奴だったり」
集「するする。っていうか気づくの遅すぎ」ヘラヘラ
楽「あのなぁ……」
楽「一応、真剣に相談してるつもりなんだけど」
集「分かってるよ」
集「こんな朝っぱらから呼び出して、いきなり二人っきりで学校行こうだなんて、そりゃ真剣な相談だろうと思ったさ」
集「だからもー、マジメもマジメ。客観的に見て、お前は相当女の子にだらしない、本当にダメな奴だよ?」
集「って言うか、クラスの奴らからも、毎度毎度あんだけやっかみに遭って、よくも今更そんな質問する気になったもんだって」ハハハハ
楽「……」ムスッ
楽「じゃあ、お前は何でそんな奴と友達やってんだよ」
集「……それもマジな質問?」
楽「……マジだよ」
集「……んー」
集「俺は別に楽の女じゃないし? ってか男だし? お前がどんだけ女にだらしなくても関係ないからなー」
集「そもそも、俺も人のこと、言えた義理じゃないしさ」ニヒヒ
楽「分かってんなら、もっとシャンとしろよな」ハァ
集「そーだな」ヘラヘラ
集「……んで」
集「それをさておいても、俺はお前のこと、女にだらしないなんて思ってなかったぜ?」
楽「……さっきと言ってること、違わねぇ?」
集「”周りから”思われてるかも知れんが、”俺は”思ってなかったの」
楽「……」
集「俺は、お前の家の事情とか、他の奴よりはお前のことを知ってるしさ」
集「”家の為に仕方なく”ニセの恋人やって、”家のために仕方なく”ニセの婚約者やって」
集「”家の都合で仕方なく”年上の女先生と同居してるけど、本当は小野寺の事が好きで仕方ないってんだから」
集「だらしないどころか、むしろ気の毒に思ってるぐらいだよ」
集「これもマジのマジ、俺の本音で、本気の話ね」
楽「……そっ、か」
集「……」
集「でもさー」
集「楽自身からそんな質問が出てくるってことは」
集「楽は今の状況に、罪悪感を感じてるんだよな?」
楽「? ……ん、まあ、そりゃあ……」
集「それはダメだろ」
集「反則。許されないよ。最低」
楽「……よく分からんのだけど」ポリポリ
集「……」
集「……あのさ」
集「楽が本当に小野寺だけを好きで、ちゃんと小野寺の方だけ向いてるなら、そんな罪悪感生まれるワケないんだよ?」
楽「……そうかな?」
集「そうでしょ」
集「だって楽は、自分の本当のコイを、周りの余計な雑音でことごとく邪魔されてる、被害者なんだから」
集「怒ったり悔しがったり、全員いなくなればいいのに、位思うほうが、フツーだと思うけど」
楽「……」
集「もっと言っちゃえばさ」
集「今みたいな状況を、どこかでオイシイ、と思っちゃってる気持ちがあるから、罪悪感が生まれるんじゃないの?」
楽「そんなことっ!!」
集「本当に無い?」
集「今みたいなヘンな関係の前に、皆友達同士だから、嫌い合うまでの事はしないにしてもさ」
集「ニセの恋人や婚約者、同居にしたって、ちゃんと話をして、もう少し距離を置いて付き合うことはできるんじゃないの?」
楽「……」
集「……この前の、誠士郎ちゃんと鍵の話の時にも思ったんだけどさ」
集「約束の鍵の女の子が好き。でも小野寺と付き合いたい。だけどみんなのことも大事にしたい」
集「そんな気持ち、理解できないとは言わない」
集「だってお前は、凄くいいヤツだからさ」
集「困ってる人がいたら、自分のことなんて省みず、助けずにはいられないような、優しいヤツだから」
集「そんなのは、俺が一番よく知ってる。きっと、皆だって分かってるハズだ」
集「でも」
集「……優しさと、区切りをつけない事は、決して一緒じゃないと思うよ」
楽「……」
集「……」
集「ごめんな、なんか説教臭くなっちまって」
楽「……いいよ」
集「ん」
楽「ありがとう、集」
集「いーのいーの」
集「とりあえず、俺は先に学校行くからさ」
集「手始めに千棘ちゃんとでも、話してみたらどう?」
楽「そうだな。そうしてみる」
集「おっけー。じゃ、頑張ってな」
集「また行き詰まったら、いつでも相談しろよー」ヘラヘラ
楽「ありがとなー」
楽(……)
楽(……)
―― 集「今みたいな状況を、どこかでオイシイ、と思っちゃってる気持ちがあるから、罪悪感が生まれるんじゃないの?」
楽「……」
楽「」パシパシ
楽(まずは千棘と、ちゃんと話そう)タッ
楽(千棘のためにも)タッタッ
楽(俺のためにも)タッタッタッタ
楽(俺の気持ち、ちゃんとはっきり、させ、なく)
ポニョン
楽「……ちゃ?」
???「……」
楽「……」
楽「……つぐみさん?」
つぐみ「……」イラッ
つぐみ「……おはよう、一条楽」
~ 凡矢理高校付近 通学路 ~
つぐみ「……そういうワケで、お嬢は暫く外出できない」
つぐみ「襲撃を受ける可能性のほか、盗聴等の危険性も考慮して、電話やメール等、外部との接触を一切断って頂いている」
楽「……まあ、命を狙われる危険がある以上、我慢しないといけないんだろうけど」
楽「結構、長くなるのか?」
つぐみ「ああ。ある程度の始末をつけてしまえば、正直そう長引く話でもないんだが」
つぐみ「良きにつけ悪しきにつけ、利益が生まれない話には興味を持たないのがこの業界の人間だからな」
つぐみ「不穏分子が徹底的に粛清されたと言う話が広まれば、おかしな事を考える輩も、自然といなくなる」
つぐみ「それが確認できるまでは、お嬢に近しい我々だけで警備体制を敷かねばならん」
つぐみ「私やポーラも、今日の夜には任務に入る。暫くは戻れないだろう」
楽「……」
つぐみ「……」
つぐみ「……さっきのコトなら、もういいと言っているだろう」
つぐみ「お嬢の代わりで待ち合わせ場所に居ながら、お前の接近に気づけないほど油断していた私にも責任がある」
つぐみ「責めるつもりもないし、どこかへ密告するつもりもない。私も忘れるから、とっとと忘れて……」
楽「……それも、そうなんだけどよ」
楽「……」
つぐみ「……?」イラッ
楽「……いや、その」
楽「千棘が大変な立場にいるって言うのは、何となく想像できてたんだけど」
楽「改めて考えると……つぐみも、本当にスゲー奴なんだなって、ふと思ってさ」
つぐみ「……」
つぐみ「……裏切り者を何人か消すくらい、大して難しい仕事じゃあない」
つぐみ「ましてや、知らない相手だ。特に心に引っかかるようなコトもない」
楽「……そうは言っても、命の取り合いをして、辛くない奴なんていねぇだろ」
楽「千棘の為にそこまでできるお前は、俺から見たらやっぱり、凄ぇ奴だと思うよ」
つぐみ「……唐突に何だ」
楽「……」
楽「……その、さ」
楽「実は俺、ちょっと、悩んでたんだよ」
楽「自分では、”男たるもの”なんつって、誰にも恥ずかしくないように、真っ直ぐ生きてきたつもりだったんだけど」
楽「実は物凄く、いい加減な生き方で、周りの奴等を傷つけてたんじゃないか、って、急に気づいちまって」
楽「つぐみにも、嫌な思いさせちまった事、あったと思う。ほんとにゴメン」
つぐみ「……そんなことは、ない」
つぐみ「いいから、その話は、もう」
楽「……」
楽「……いや、聞いてくれ」
楽「そうじゃなきゃ、千棘の為に、本当に全身全霊を、命を賭けて戦っているつぐみに」
楽「そして千棘自身に、申し訳が立たねぇ」
つぐみ「……やめろ」
楽「ダメだ」
楽「もう、いい加減な事はできねーよ」
つぐみ「……」
楽「千棘のためにも」
つぐみ「……」ギュッ
楽「千棘を心から好いて、心配して」
つぐみ「……」カタカタカタ
楽「千棘の為に戦う、お前のためにも、」
楽「俺は……」
つぐみ「黙れええええええええええっ!!!!!」
楽「」ビクッ
つぐみ「……っ、はあっ、はあ、はあっ……」ガタガタ
楽「……つぐ、み……?」
つぐみ「……ゎ、たし、は」
つぐみ「私、は」
つぐみ「そんなに綺麗な人間じゃない」
つぐみ「お前達とは、お前とは」
つぐみ「……違うんだよ……」
楽「……つぐみ」
楽「何、言って……」
楽「……」
つぐみ「……ぐっ、ううっ、ううううっ、ううう……」ボロ ボロ
楽「……」
楽「つぐみ……」
―― 集「……優しさと、区切りをつけない事は、決して一緒じゃないと思うよ」
楽「……」
楽「……」キッ
ギュッ
つぐみ「っ!?」
つぐみ「な、な、一条、楽っ!!」
楽「……」ギュッ
つぐみ「離せ、離さないかっ、このっ」グイグイ
楽「……」
つぐみ「離せ、この」
つぐみ「離、せ……」
楽「……」
つぐみ「……」
楽「……」
楽「……あのさ」
楽「……正直」
楽「何でお前が泣いてるのか」
楽「苦しんでるのか、まるで分かんねーままなんだけど」
楽「……少しは、落ち着いたか?」
つぐみ「……」
つぐみ「……ああ」
つぐみ「だから、そろそろ離してくれないか」
楽「……」
楽「……ぅわっ、はっ、その、いやっ、ごめんっ!!!」ババッ
つぐみ「……気にするな」ゴシゴシ
つぐみ「久々の任務だったからな。精神的に参っていたのかも知れん」
つぐみ「すまなかった」ペコリ
楽「……そ、そっか、俺こそゴメンな、何かっ」
つぐみ「……」
つぐみ「……悪いが、今日は早退する」
つぐみ「皆には、上手く伝えておいてくれないか」
楽「……あ、ああ、分かった。任せとけ」
つぐみ「……よろしく」クルッ
楽「……」
つぐみ「」タタタタッ
楽「……」
楽「……」ギリッ
楽「つぐみッ!!」
つぐみ「」ビクッ
楽「つぐみ、あのさ!!」
楽「もし本当に、何か辛いことがあって、どうしようもなく悩んだりしたら」
楽「俺にも、相談してくれ」
楽「絶対、力になるから」
楽「いつでもどこでも、地獄の果てだって飛んでいって、力になるから!!!」
つぐみ「……」
つぐみ「……」
楽「……だから……」
つぐみ「……」フッ
つぐみ「ありがとう。そのときは、頼らせてもらうよ」
楽「……おう!!」
~ 放課後 教室 ~
キーン コーン カーン コーン
キーン コーン カーン コーン
楽(……)
―― 楽「絶対、力になるから」
―― 楽「いつでもどこでも、地獄の果てだって飛んでいって、力になるから!!!」
楽(あんな事まで、言うつもりはなかったのに)
楽(あいつが)
楽(……つぐみが、今まで見たことも無いくらい、寂しそうで、辛そうだったから)
楽(……)
小野寺「……一条君?」
楽「っお? ど、どうした小野寺」
小野寺「あ、いや、なんでもないんだけどね」
小野寺「一条君、なんかすごく悩んでるみたいだったから、大丈夫かな、って、そのっ」
小野寺「友達としてっ!! ちょっと、心配だっただけで、えっとねっ」
楽「……」
楽「……そう、だよな」
小野寺「えっあっ……え?」
楽「友達が友達の心配をするのは、何もおかしなことじゃないよな?」
小野寺「?? ……うん、ふつーだと思うけど」
楽「……そっか、そうだよ」
楽「はは、そうだよな、ははははっ!!」
小野寺「……一条君……??」
楽(……そうだよ。別におかしなことじゃない)
楽(ちょっと様子のおかしい異性の友達を気遣ってやることぐらい、全然おかしな話じゃないんだ)
楽(だから、今の俺の気持ちは)
楽(誰かに後ろめたく思うようなモンじゃ、ないんだ)
~ 数十分後 ポーラ 教室 ~
ポーラ「……」ボー
楽「よっ」
ポーラ「……ご機嫌麗しゅう、デクノボウの王子様」
楽「そっちは不機嫌だな」
ポーラ「まーね。こちとらほぼ完徹だから。成長期のカラダには、授業時間程度の睡眠じゃあ足りないのよ」
楽「体の具合悪くするぐらいなら、サボっちまうのもアリなんじゃないか?」
楽「どうせ居眠りすんなら、居ても居なくても同じだろうに」ハハ
ポーラ「……うっさいわね。放っといてよ」
楽「……?」
楽「……まあ、いいや」
楽「とりあえず、眠いところ悪りぃんだけど、ちょっと付き合ってくれよ。お礼もするからさ」
楽「夜の任務まで、まだもう少し、時間はあるんだろ?」
ポーラ「……用事ならここで済ませてくれる? ホント眠いんだけど」
楽「そう言わずに。ポーラにも関係ない話じゃないんだ」
ポーラ「……?」
~ 二分後 一条楽 教室 ~
ポーラ「……」
集「お、相変わらず可愛いね、ポーラちゃん」ニカッ
るり「……ほんっと節操ないわね」
小野寺「る、るりちゃん」
万里花「……」
羽「あらあら」ニコニコ
ポーラ「……何よ、これ」
楽「千棘、しばらく学校来られないって話は、ポーラも知ってるだろ?」
楽「俺もつぐみから話、聞いたんだけど」
楽「あいつはあいつで、結構参っちまってるみたいだから。やっぱり仕事って、大変なんだろーな、って、ちょっと思って」
ポーラ「……」
楽「んで、いい機会ってワケでもないけど、千棘が帰ってきたら、皆でパッと遊びに行く計画でも立てようかって話でさ……」
春「そんなコト言って先輩、ポーラさんにまで粉かけようって言うんじゃないですよね、私、許しませんからね!!」
風「あらあら、春ちゃんカワイイ」ツンツン
春「わわっ、風ちゃんどこ触ってっ」
集「ぐふふ、どれどれおじちゃんもそのふわとろ脂肪遊戯に参加させてはいただけないかな」
るり「マジ殺すわよ」ドフッ
集「警告前に発砲するのは反則だよぅるりちゃん」フニョフニョ
小野寺「る、るりちゃん!! 舞子君もちょっと落ち着いてっ」
羽「まあまあ」ウフフ
楽「お前等なぁ……」ポリポリ
楽「とまあ、こんな感じで、俺達だけじゃ中々纏まらなくて……」
楽「ポーラなら、つぐみの好きな遊び場所とか、多少は知ってるだろ?」
楽「もし都合が悪くなければ、俺達と一緒に……」
ダンッ!!!!!
楽「っ……!?」
春「……」
春「ポーラさん……?」
ポーラ「……」
ポーラ「……」
ポーラ「……むかし、むかし」
ポーラ「あるところに、小さいころから殺し屋として育てられてきた、それはそれはかわいい女の子がいました」
ポーラ「普通の人間が持つべき命への尊厳、倫理観をゴミクズのようにすり潰され育った女の子は」
ポーラ「普通の女の子がお母さんからパンプキン・パイの焼き方を教わるように」
ポーラ「組織にとって邪魔な人間を潰す手段と、効率的な心の壊し方を教わっていったのです」
春「ポーラさん、ねえ、突然何を……」
万里花「……」
羽「……」
ポーラ「……」
ポーラ「やがて、思春期を迎えた女の子でしたが、彼女の人生に、一片たりとも聖域は残されていませんでした」
ポーラ「芽生え始めたばかりの、彼女の”女”そのものが、便利な殺しの道具として扱われ出すまでに、そう時間は掛かりませんでした」
ポーラ「長い永い時間と、たくさんの彼女を犠牲にして、彼女は立派な殺し屋として、生きるための居場所を手に入れたのです」
楽「……」
楽「……ポーラ」
ポーラ「……」
ポーラ「……ねえ」
ポーラ「そんな私達の人生を、端っこぽっちも知らないガキ共が」
ポーラ「温室育ちの倫理観に絡め取って、あったかいあったかい思いをさせて」
ポーラ「汚くて、暗くて、臭くて醜い、それまでの境遇を、何もかも否定して!!」
ポーラ「喜ぶと思う?」
ポーラ「いつか元の世界に帰ったとき、苦しまないと思う?」
ポーラ「それが本当に、救いだと思ってんのかよ、あんたたちはッ!!!!」
集「……」
るり「……」
小野寺「……え」
小野寺「ポーラ、ちゃん……?」
ポーラ「……悪いけど」
ポーラ「帰らせてもらうわ」スッ
ポーラ「アンタ達もこれ以上、余計なことを考えるのは、止めときなさい」
ポーラ「……悲しくなるだけよ、お互いにね」スタスタ
小野寺「……えっ?」
小野寺「え? え??」
小野寺「ワケ、わかんないよ」
小野寺「一条君、ポーラちゃんは、何を、」
楽「……確かめてくる」
楽「皆は、ここで待っててくれ」ダッ
小野寺「一条君っ!?」
~ 凡矢理高等学校 中庭 ~
ポーラ「……」
楽「っ、はあっ、はあっ、待てよ、ポーラッ!!!!」
ポーラ「……」ハァ
ポーラ「うっさいわね。言ったでしょ? 私眠いの」
楽「……あんな話をしておいて、今更誤魔化しはナシだろ」
楽「答えてくれ」
楽「さっきの話、あれは……」
ポーラ「……安心なさい、黒虎の話じゃないから」
ポーラ「アイツが男として育てられたって話、知ってるわよね」
ポーラ「ちょっとした、たとえ話みたいなものよ。分かりやすかったでしょう?」
楽「……そ、そっか」
楽「……」
楽「……そうだよな、何かの、たとえ話ってコトだよな」
楽「だって、お前だって、その、日本に来るまで、キスもしたことないってっ!!」
ポーラ「……何、想像してんのか知んないけどさ」
ポーラ「日本のbitchにも、結構居るらしいじゃない?」
ポーラ「カラダは尻の穴までお金で売るけど、唇だけは売り物にしない、みたいな、安っぽいプライド持ってる女」
楽「……そん、な、の」
ポーラ「信じられないなら……」スッ
ポーラ「今ここで、試してあげよっか……?」サワサワ
楽「よ、よせ、ポーラっ!!」
ポーラ「……ねぇ」
ポーラ「あたし、黒虎とあんたのやりとり、見てたんだよ……」ッッッ
楽「っ……」カァァ
ポーラ「地獄の果てまで飛んでくるー、なんてさぁ」
ポーラ「アンタ、本気で言ったワケ?」
ポーラ「だとしたら、何で?」
ポーラ「黒虎はアンタにとって、恋人の家で働いてるだけの、ただのお付きでしょ?」
楽「……つぐみだって、俺の大事な友達だ」
楽「本気で悩んでるときに、力になってやるコトの、何がおかしいっつうんだよ……!!!」
ポーラ「……」ハァ
ポーラ「……もしかしたら、あんたは本当の本当に、優しい奴なのかも知れないね」
ポーラ「だけどちょっと、理想を現実に変えるには、力が足りないの」
ポーラ「あんたの見ている世界は、きっとすっごく綺麗なもので」
ポーラ「真摯な心で何かを願えば、望んだ形で必ず叶うとでも思っているのかも知れないけれど」
ポーラ「救い切れや、しないんだよ」
ポーラ「あんたの非力な両腕じゃあ、一人だって、抱えられるかどうか……」
楽「……」
ポーラ「……」
ポーラ「ねぇ」
ポーラ「例えば、さ」
ポーラ「私とあんただって、もう、友達なんでしょう?」
楽「……」コク
ポーラ「ありがと」フフ
ポーラ「……それで、もし」
ポーラ「さっきの話が、私の事だって言ったら」
ポーラ「アンタは私のこと、救ってくれるのかな」
ポーラ「汚くて、暗くて、臭くて醜い私の人生を、全部まるごと綺麗なキラキラに塗り替えてくれるぐらいの」
ポーラ「人並みの愛と幸せを、アンタは、私にくれるのかな?」
楽「……」
ポーラ「……」
ポーラ「……」フゥ
ポーラ「差し伸べた手の重さ、分かってくれたみたいね?」フフ
楽「……」
楽「……俺は……」
ポーラ「別にいいよ。そもそも、謝るべき相手は、私じゃないしね」
楽「で、でも」
ポーラ「私自身は、むしろちょっと嬉しいよ」
ポーラ「アンタが……」
ポーラ「……最低の嘘だけは、つかないでいてくれたから」
スッ ポイッ
楽「……この、ちっちゃいケータイは」
ポーラ「私直通の、仕事用携帯電話。衛星通信使ってるから、ボタン一つでサハラ砂漠からでも掛かるけど、いたずらに使わないでね」
ポーラ「もしまた……余計な事を思いつきそうになったら、掛けてらっしゃい」
ポーラ「正直なあんたに、せめてもの御褒美。私が慰めてあげるから」
ポーラ「文字通り、”地獄の果てまで飛んでいって”ね」ナデナデ
楽「……やめろよ、そういう冗談」
ポーラ「そんなにカチカチになってお説教しても、説得力ないよ」フフ
楽「ばっ……!!」
ポーラ「……それじゃ私、本当に夜まで寝るからさ」
ポーラ「渡したばっかで悪いけど、掛けてくるならお嬢様が戻ってからにしてちょうだい」
楽「ま、待てよ、まだ話は!!」
ポーラ「……ばいばい、憐れな王子様」
シュタッ シュッ タタタタッ
楽「……」
楽「……さっきはわざと、追いつかれてくれたってワケね……」ハァ
楽「……」
楽「……」
―― 集「……優しさと、区切りをつけない事は、決して一緒じゃないと思うよ」
―― ポーラ「真摯な心で何かを願えば、望んだ形で必ず叶うとでも思っているのかも知れないけれど」
―― ポーラ「……救い切れや、しないんだよ」
―― ポーラ「あんたの非力な両腕じゃあ、一人だって、抱えられるかどうか」
楽「……」
楽「……」
―― ポーラ「差し伸べた手の重さ、分かってくれたみたいね」
楽「……俺、は……」
~ 同時刻 教室 ~
小野寺「……一条君達、遅いね」
春「……」ソワソワ
風「……」
風「……春ちゃん、私達もポーラさん、探しにいこ?」
春「え、でも、一条センパイと行き違いになっちゃうんじゃ」
風「一条センパイだって、下級生の教室には入りにくかったりするんじゃないかな」
風「ここは皆さんに任せて、私達は私達で探してみようよ」
春「うーん、でも……」
集「大丈夫だから行っておいで。先にこっちへ戻ってきたら、連絡するからさ」
春「……わかりました、じゃ、行こっか、風ちゃん」タタタ
風「うん! ……先輩方、申し訳ありませんが、私達は失礼します」
風「後のことは、お任せ致しますので……それでは」タタタタ バタン
集「……察しのいい子で助かるよ、ほんと」
小野寺「じゃ、じゃあ私も春達と一緒にっ」
るり「アンタはこっちだよ」ガッシ
小野寺「ひゃい!?」ズルッ
万里花「……そうは言っても、私達がここで話して解決することは、一つも無いと思うのですが」
集「……万里花ちゃん」
万里花「誰しも、人は生まれ持った境遇から、逃れることはできないものです」
万里花「……自分で打ち勝つか、納得して受け入れるしかないんですよ、結局のところ」
万里花「それを周りがどうこう考えて、意のままにしようだなんて。あまりにも、傲慢と言うものですわ」
るり「……らしくないじゃない、橘さん」
るり「貴女みたいな人こそ、こういう話に、一番腹を立てると思っていたけれど」
万里花「……私は私」
万里花「他人の話に興味はありませんし、首を突っ込むつもりもございませんので」
るり「……冷たいのね」
万里花「……」
るり「……私だって、コドモじゃないもの」
るり「ポーラさんや、橘さんの言うことも、全く間違っているとは言わないわ」
るり「だけど、それって惨すぎるでしょう」
るり「まるで」
るり「私達が、つぐみちゃん達と過ごした時間を、全部否定してるみたいじゃない!!」
るり「私はそんなこと、絶対認めない」
るり「認めないんだから……」
小野寺「……るりちゃん」
羽「んー、残念だけど、その通りなのよねぇ」ハァ
小野寺「……ぇ?」
るり「……先生?」
羽「結局、みんなとつぐみちゃん達は、この学校を卒業したら」
羽「あるいはもっと早く道が分かれたら、二度と交わることの無い他人になるんじゃないかな?」
羽「その時、綺麗な思い出であの子達を苦しめるくらいなら、いっそ最初から交わらないべきだったんじゃないかなーって」
るり「……そんなっ!」
集「……そんなコトないでしょー、羽先生」グイッ
るり「……舞子」
羽「あら、先生の教育的指導にご不満かな、舞子くん?」
集「いやま、そんな大した話じゃないんスけどね」ポリポリ
集「……先生は最近ここへ来たばっかりだから、知らないのかもしんないけど」
集「千棘ちゃんだって、誠士郎ちゃんだって、俺達だって、皆がここへ馴染むために、すっごい努力してきてたんですよぉ」ヘラヘラ
集「ポーラちゃんがどうして突然、あんな事を言い出したのかは分からない」
集「だけど、皆が皆を思い合って」
集「努力して、時には苦しんで、一緒に作ってきた思い出を」
集「全部まとめて否定する権利は、例え先生にだって」
集「無いでしょ」
羽「……」
羽「……うーん」
羽「皆、青春してるわねぇ」シミジミ
集「……」
るり「……茶化さないで下さい、先生」
るり「私達が今日こうして集まったのだって、義理や強制なんかじゃなくて、桐崎さんやつぐみさんの為に、何かしたいと思ったから」
るり「だから、そんな風に言うのは……」
羽「うん、でもねぇ。先生は先生だから、教育に私情を挟めないのよ」
羽「楽ちゃんの為に頑張りたい舞子君や、小野寺さんのために頑張りたい宮本さんとは、違ってね?」
集「……今、楽は関係ないだろうが、センセイ」ギロッ
るり「ちょっと、ま、舞子」
小野寺「……」
羽「そんなことないわ。関係ありあり、大有りよ」
羽「だって楽ちゃんもまた、ヤクザの大事な跡取り息子なんだもの」
羽「皆は無意識に、楽ちゃんと千棘ちゃんを、つぐみちゃん達から切り離して考えているみたいだけど」
羽「楽ちゃんも千棘ちゃんも、つぐみちゃんと境遇はおんなじ、むしろ酷いかな?」
羽「人を殺してご飯を食べる、犯罪組織の跡継ぎなんだから」
集「だから関係ないだろ!!!」バンッ
集「あいつは! ヤクザなんて継がずに、普通の人間として生きてくコトを望んでんだ、だから」
羽「それは楽ちゃん個人の視点で、願望だよね?」
羽「楽ちゃんが組織を継いだほうが都合のいい人たちは、あらゆる手段で楽ちゃんの、そんなささやかな夢を潰すわ」
羽「その時とばっちりを食うのは、隣にいる舞子君だったり、その家族や友達で」
羽「罪悪感を抱かねばならないのは、他ならぬ楽ちゃんなんだけど」
羽「それでも全く全然、関係の無いお話なのかな?」
集「そんなの、っ……」
羽「……まあ、その話はいいわ」
羽「私が皆に考えて欲しいのは、もっと本質的なお話でーす」
羽「ノートは無いと思うから、心の中にアンダーラインを引いて、じっくり考えてみてね」
羽「”これから皆は、桐崎さんやつぐみちゃん、楽ちゃんと、どう付き合っていくべきなのか”」
小野寺「……どうして、そんなこと、いま、さら」
羽「……ずっと目をそらし続けられれば、良かったんだけどね」フゥ
集「……」
るり「……」
羽「皆がどう否定したところで」
羽「楽ちゃん達が食べているご飯は、罪の無い人達から搾取したり、違法な取引で荒稼ぎした黒いお金で出来てるの」
羽「恨まれているでしょうね、憎まれているでしょうね」
羽「彼らがどう望もうが、これから皆と同じような、”普通のシアワセ”を手にすることは、絶対にできない」
羽「……特にね」
羽「友達づきあいならまだいいの」
羽「だけど」
羽「コイをして、一緒になるっていうことは、そういう全部全てを、一緒に受け入れるってことでもあるんだよ?」
小野寺「……」カタカタ
羽「そういう覚悟がないのに、あの子達と手を取り合って仲良くしよう、なんて考えは、止めたほうがいいんじゃないかと先生は思うわ」
羽「ねえ」
羽「その辺り、どう思うか、聞かせてくれるかな」
羽「小野寺小咲さん?」
小野寺「……」カタカタ
小野寺「……わ」カタカタカタ
小野寺「わ、私、わたし、は……」
小野寺「……うぶっ」
羽「……」
小野寺「~~~~~~~~~~~ッ!!!!!!」ダダダダダッ
るり「小咲ッ!?」
集「……よせ、るりちゃん」
るり「でもっ!!」
羽「……あなた達も、向き合いなさい」
羽「何の責任も持てないのに、彼らの関係をかき回したり、応援してみたり、なんてことは」
羽「最も罪深い行為よ」
集「……」
るり「……」
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
羽「……」
ガラッ ピシャーン!!!
万里花「……」
羽「……そんなに怖い顔して、どうしたの?」
万里花「……」
万里花「……あんな話で、私に気を遣ったつもりでいるなら……」
羽「……違うわ」
羽「先生は、先生だから。皆が必要な時に、必要なことを教える義務があるの」
羽「本当に、それだけよ」
万里花「……本当、貴女のそういうところ」
万里花「昔っから、大っ嫌いですわ」
羽「……そっ、か」
~ 二週間後 朝 鶫誠士郎 セーフハウス ~
つぐみ「……」ボー
つぐみ(……)
つぐみ(……この2週間)
つぐみ(ずいぶんと、充実していた)
つぐみ(潜んで、戦って、情報を収集して、昼も夜もなく飛び回って)
つぐみ(それなりの数を殺して)
つぐみ(いい働きをしたと思う)
つぐみ(……そうさ)
つぐみ(やはり、私が居るべきは”こちら側”で正しかったのだ)
つぐみ(お嬢や小野寺様、他の皆様方)
つぐみ(……そして、一条楽)
つぐみ(その穏やかな毒気に当てられて、私は勘違いをしていたに過ぎないんだ)
つぐみ(同じように)
つぐみ(一緒に)
つぐみ(優しい世界で、清らかに生きていけるかもしれない、なんて)
つぐみ(……はは)
つぐみ(気持ちを切り替えると、随分と肩が軽くなった)
つぐみ(……)
つぐみ(……それでも)
つぐみ(やはり、お嬢と顔を合わせるとなると)
つぐみ(気が重い……ん?)
ブーッ ブーッ ブーッ
つぐみ「……鶫です」
千棘『……おはよ、つぐみ。今回も迷惑かけたわね』
つぐみ「とんでもない。お嬢の為に働くことができて、私は幸せですよ」フフ
千棘『……ありがと』
つぐみ「今日から学校に復帰されることは、伺っております」
つぐみ「普段どおり、20分ほど後に門の前まで……」
千棘『……ね、つぐみ』
つぐみ「はい?」
千棘『……あのね』
千棘『つぐみにとっての私って、何?』
つぐみ「……」ドキッ
千棘『……』
つぐみ「……」
千棘『……つぐみ、』
つぐみ「……大切な、友達ですよ」
千棘『……そう』ハァ
つぐみ「……?」
千棘『……ううん、いいの。聞いた私が卑怯だったわ』
つぐみ「お嬢、それはどういう意味でっ」
千棘『ごめんね、気にしないで。全部こっちの話だから』
千棘『……それと、今日から暫く、私一人で登校したいの』
つぐみ「……な、なるほど、一条楽との時間を作られるのですね。では私も遠方から」
千棘『ああ、クロードに付いて貰ってるから、大丈夫よ』
千棘『あと、ダーリンとも暫くは一緒に登校するの、止めるから』
つぐみ「……え?」
千棘『えっと……付き合いたてのカップルって時期でもないし。適度な距離を置いてもいいかな、って、思ってみたりして』
つぐみ「……お嬢」
千棘『し、心配しないで、別に別れ話が出たとか、嫌いになったとか、そーゆーんじゃないからっ!!』
つぐみ「……」
千棘『と、とにかく、クロードに色々お願いしてるから、全然心配要らないからっ』
千棘『つぐみも自分の学園生活、楽しみなさいよねっ!! それじゃっ!!!』ブッ ツーッ ツーッ ツーッ ツーッ
つぐみ「……」 ツーッ ツーッ ツーッ ツーッ
つぐみ「……?」
~ 教室 ~
ガラガラガラガラ
つぐみ「……おはよう」
集「……」
るり「……」
つぐみ(お嬢は……まだ来ていないか)
つぐみ(一条楽は……)キョロキョロ
楽「……おはよう、つぐみ」
つぐみ「」ビクッ
つぐみ「……おはよう、一条楽」
楽「……」フイ
つぐみ(……何だ、無愛想な)
つぐみ(余計な勘繰りを受けるものだとばかり思っていたが)
つぐみ(……こいつなりの、気遣いなのかも知れんが……)
つぐみ(……)チラ
集「……」フイ
るり「……」
つぐみ(……よく見てみれば)
つぐみ(教室中の雰囲気が、何だか重苦しいような……)
つぐみ(……)
つぐみ(……どうでもいいか)
つぐみ(私のいるべき世界が”こちら”でないことは、さっき確認したばかりではないか)
つぐみ(……そうさ)
つぐみ(最初から望んだりしなければ)
つぐみ(……これ以上、傷ついたりすることもない)
ガラガラガラガラ
千棘「……」
羽「あら、千棘ちゃんはギリギリセーフだね。おはよう」ニコ
千棘「……おはようございます」
羽「小咲ちゃんと万里花ちゃんは、今日もお休み……っと」
羽「他のみんなはー……」
集「……」
るり「……」
楽「……」
つぐみ「……」
千棘「……」
羽「……」
羽「……うーん」
羽「どうしたものかしらねぇ……」
~ 数日後 AM11:33 ”定期デート”中 凡矢理駅前商店街付近 ~
楽「……」
千棘「……」
楽(……)
―― ポーラ「あんたの非力な両腕じゃあ、一人だって、抱えられるかどうか」
楽(……あの日のポーラの言葉が、ずっと頭から離れねぇ)
―― ポーラ「アンタは私のこと、救ってくれるのかな」
―― ポーラ「汚くて、暗くて、臭くて醜い私の人生を、全部まるごと綺麗なキラキラに塗り替えてくれるぐらいの」
―― ポーラ「人並みの愛と幸せを、アンタは、私にくれるのかな?」
楽(俺の中にあった気持ちが、友達の事を大事に思う、男として当然の義理や人情だって言うなら)
楽(即答できたはずだ)
楽(ポーラの事だって、助けてやるって)
楽(一生を塗り替えてやるくらい素敵な思い出を、一緒に作ってやるって、言うべきだったはずだろ)
楽(だけど、そうじゃなかった)
楽(つぐみにしたみたいには、できなかった)
楽(……つぐみが、”鍵の女の子かも知れなかったから”助けたいと思ったのか?)
楽(違う!!)
楽(俺はただ、純粋な気持ちで……)
楽(……クソッ)
千棘「………ぇ」
楽(何なんだよ……)
千棘「……ねえ」
楽(何なんだよっ……!!!)
千棘「ねえってばっ!!!」
楽「っ!!」
楽「な、な、何だよいきなり大声出してっ」
千棘「いきなりじゃないわよ。何回呼んでも返事しないアンタが悪いんでしょうが」
楽「あ、ああ、悪りぃ、ちょっと考え事しててさ」
千棘「ったく……まあ、私も考え事してたし、別にいいけど」
楽「お前も考え事?」
千棘「……何よ」ギロッ
楽「……何でもない」
楽「そ、それより、最近登校どうしてるんだよ? 一人で来てんのか? それとも……」
楽「……つぐ、み、と、」
千棘「」ブフォッ
楽「どわ、な、何すんだよっ!!」
千棘「アンタがいきなりつぐみの名前なんて出すからでしょお!?」グイグイグイグイ
楽「あ、いや、うわ、ご、ごめ……」
楽「……」
楽「……別に変じゃないだろ」
千棘「あ、いや、別に、その」アタフタ
千棘「……変じゃないけど?」ファサ
楽「……だよなぁ」ハァ
千棘「……そうねぇ」フゥ
楽「……」
千棘「……」
千棘「……アンタは、さ」
楽「……うん」
千棘「つぐみの事、どう思ってるのよ」
楽「ど、どど、どう、って」
千棘「……」キッ
楽「……」
楽「……」ハァ
楽「……大事な友達だと思ってるよ」
千棘「それだけ?」
千棘「可愛いとか、魅力的とか、一緒にいたい、とか、思ったりしないの?」
楽「」ドキッ
楽「い、いきなり何だよハニー、デート中にそんな、他の女の話をっ」
千棘「いいからちゃんと答えなさいよっ!!!」
楽「い、今じゃなくてもいいだろ、そんなの」
千棘「私は今聞きたいのっ!!」
楽「だから何でっ!!」
千棘「それは……」
千棘「……言えるワケ、ないじゃない」
楽「はぁ……?」
千棘「あたしだって、こんな事こんな時に聞きたかないわよ」
千棘「でも仕方ないじゃない!! 苦しいんだもん!! 気になるんだもん!!!!」
千棘「あ、あたしが、あたしが、どんな思いで、今日まで、っ……」ウルッ
楽「……それって、どう」
『そぅれでは皆さん!! 今日も張り切って行きましょう~!!!』
『せ~の!!』
千棘「……あ?」
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
楽「……何だ、あの集団」
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
千棘「……なんか……むずむずするって言うか……」
千棘「キモッ」
楽「……うーん」
千棘「マスゲームって言うんでしょ、あーゆーの。日本で見られるとは思わなかったけどさ」
楽「違うし、日本でも特殊な光景だと思うが」
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
千棘「……あの掛け声何なのよ」
千棘「似たようなカッコした子供とか、お年寄りまで楽しそうに拳振り上げてるけど」
千棘「邪神復活の儀式とでも説明されたほうが、まだ安心できる感じじゃない、アレ」
楽「……日本では、ああいうのが好きな奴にも人権が与えられてんだよ」
千棘「あっそ……」
千棘「……行きましょ。あんまりジロジロ見てると、ウチの奴らが駆除始めちゃいそう」クルッ
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
楽「……」
楽「……おい」
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
千棘「……何よ、混ざりたいの?」
楽「……」ブルブル
楽「……あれ」
千棘「あん……?」
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
『パンチ!!』
「パンチ!!」
「ぱんち!!」
「ぱんちっ!!」フニャン
小野寺「ぱんちっ!! ぱんちっ!!」フニャン フニャン
千棘「こ、小咲ちゃんっ!?」
楽「だよなっ……!!」ダッ
千棘「ちょ、っちょっちょ待ちなさいよっ!!」ガシッ
楽「何だよ!!」ギロッ
千棘「何だよ、ってっ!!」
千棘「……」
千棘「……あ、あんなことしてるの、知り合いに見られたら、恥ずかしいんじゃない?」テヘッ
楽「……」
楽「……」
楽「……確かに」
千棘「でしょ」ハァ
千棘「……驚いたのは分かるけど、慌て過ぎよ」
千棘「あんな恐ろしい顔して飛び出して来られたら、小咲ちゃん、泣いちゃうかもしれないじゃないの」
楽「……」
千棘「……?」
楽「……にしたって、小野寺は、なんであんな奴らとあんな事してんだよ」
千棘「私が知るワケないでしょ……最近ずっと休んでたし、連絡も取ってないもん」
千棘「アンタこそ、心当たりないワケ? 様子がおかしかったとかさ」
楽「最近の……小野寺?」
千棘「そうよ。何か悩んでる様子だったとか、変な仲間に誘われてるとかさ……」
楽「……」
楽「……」
千棘「……何もなかった?」
楽「……」
楽「……ごめん」シュン
千棘「……忙しい奴ね、いきなりブチギレてみたり落ち込んでみたり……」
千棘「それより、これからの事を考えましょ。まずはこの儀式が何の集まりなのか知るべきだわ」
千棘「大事にならない程度に、どこかへ相談して……」
楽「……やっぱ、警察とか、学校とか」
千棘「ダメよ、ダメダメ。どっちも騒ぎが大きくなるだけじゃない」
楽「親御さんや、友達筋も危ないか……春ちゃんとかが知ったら、絶対ショック受けるもんな」
千棘「……こんな時、つぐみに相談できたらなぁ」
楽「」ビクッ
千棘「……何よ」
楽「いや、つぐみは、止めとかないか」
楽「……何となくだけど」
千棘「……そ、そうね、何となく、だけど」
楽「……」
千棘「……」
『テ~ン パンチ テ~ン パンチ……』
『テ~ン パンチ テ~ン パンチ……』
『ぱんちっ、ぱんちっ……』
楽「……やっぱり、直接、」ダッ
千棘「あーもう分かった、分かったからちょっと待ちなさいってのっ!」グイッ
楽「どわっ」
千棘「……」ハァ
千棘「一応、一人だけ心当たりがあるから。直接当たるのはもうちょっとだけ待って」
楽「……分かった」
楽「でも俺達の知り合いで、こんな時に力になってくれそうな奴、誰か居たっけ」
千棘「……本来、アンタが思いついて、話するべきトコだと思うんだけどね……」ポリポリ
楽「……?」
~ 同日 PM1:28 凡矢理高校 新聞部 部室 ~
ブツッ カチャカチャ ウィーン ウイィィィン
司会者『……このように、”パンチング・コ~ル”には、仲間達の様々な意思が込められています』ニコー
観客『ワ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア 』
司会者『どんな大きな壁にも、立ち向かう意志を示す”天・パンチ”』
司会者『共に目標に向かって進む仲間を助ける”添・パンチ”』
司会者『苦しい状況を自らの力で逆転させる”転・パンチ”』
司会者『仲間同士の輪にしっかりと収まって、絆を強める”填・パンチ”』
司会者『人や世界との繋がりを広げ、自らをより高みに押し上げる”展・パンチ”』
司会者『おっと、テンパンチだからといって、10(テン)で終わりってワケじゃあないんですよ』 ワハハハハハハ
司会者『……”テンパンチ・プロジェクト”メンバー一人ひとりの数だけ、心のパンチは存在します』
司会者『パンチはメンバーの、硬くて強い絆の証』
司会者『さあ、皆さん一緒に、力の限り叫びましょう!!』
司会者『テ~ン!!』
観客『パァーンチ!!!』
ブツッ カチャカチャ ウィーン ウイィィィン
老婆『あんよがじょうず、あんよがじょうず……』
子供『キャッキャッ』
リポーター『こちらが今回ご紹介する、新しい形の地域コミュニティ”ねこぱんち”さんです』
リポーター『本日は園長先生にお話を伺おうと思います。こんにちは、大村さん』
園長『ハハハ、どうも』
リポーター『”ねこぱんち”の魅力について教えていただきたいのですが』
園長『はい。”ねこぱんち”は一人暮らしをされているご老人や、一人で留守番をする時間があるお子さん達のコミュニティ施設です』
園長『いくつかの関係団体の方にご協力頂きまして、もと教師の方や、保育士の資格をお持ちの方』
園長『さらには医療関係の技術をお持ちの方や、介護士の方々等のボランティアスタッフを揃え』
園長『新しい地域のコミュニケーションスペースとして、一つの受け皿になれればと言う思いから始めました』
リポーター『正に、皆が喜ぶ理想の場と言う事になりますね。ご苦労もあったのでは?』
園長『ははは。皆が望んでいたことを、一つの形として提供させていただいただけですので、思ったほどの苦労はありませんでした』
園長『こちらで主催するイベントなどを通じて、交友の輪が広がったという、嬉しいお話も頂いております』
リポーター『なるほど。”ねこぱんち”の活動そのものが、更にたくさんの仲間を惹きつけるカギと言う訳ですね』
園長『ええ。遠方からいらしてくださる方も多いので、今後は別の地域でも”ねこぱんち”の輪を広げていければと思いますね』
リポーター『なるほど。いつか私の住む町にも、”ねこぱんち”ができたら、嬉しいですね』
リポーター『それでは……』
ブツッ カチャカチャ ウィーン ウイィィィン
子供達『ぱんち! ぱんち! ぱんち! ぱんち! 』
女性『はいはーい、みんな上手ねー。よくできたわ』
子供1『せんせー、せんせー!!』
女性『あら、だめよ。ちゃんと呼んでくれなきゃ、お返事しませーん』
子供1『あ、そうだった。おねえさま!』
女性『よろしい。目上のメンバーのことは、ちゃんと”お兄様””お姉様”と呼ばなくてはだめよ』
子供1『えへへ。ごめんなさーい』
女性『それでどうしたの、弟くん』
子供1『おねえさま、おとうさまはいつ遊びに来るの?』
子供2『あ、あたしも会いたいです。おとうさまー』
子供3『ばかだなあ。おとうさまはおいそがしいから、おれたちと遊んでるひまなんてないんだぞ』
子供4『いやだよぉ、あいたいよぉ。おとうさまー』エーン
女性『はいはい、みんな騒がないの。お父様は皆がいい子にしていたら、きっと遊びに来てくれるわよ』
女性『お父様にお見せできるように、”テン・パンチ”の練習、しっかりしておきましょうねー』
子供達『はーい』
女性『じゃあいくわよ、せーの』
女性『腐った政治を?』
子供達『てん・ぱんち!!』
女性『野蛮な軍隊?』
子供達『てん・ぱんち!!』
女性『汚い金持ち?』
子供達『てん・ぱんち!!』
女性『無能な警察?』
子供達『てん・ぱんち!!』
女性『はい、テン・パンチ!! テン・パンチ!! 』
子供達『てん・ぱんち!! てん・ぱんち!! てん・ぱんち!! てん・ぱんち!! 』
全員『ワァァァァァァァァァ!! テン・パンチ!!』
ブツッ カチャカチャ ウィーン ウイィィィン
背広男『政府の独善的な横暴を許すな~ッ!!』
メンバー『ゆ る す な ~ ッ!!』
背広男『政府の独善的な横暴を許すな~ッ!!』
メンバー『ゆ る す な ~ ッ!!』
背広男『 シ ュ プ レ ヒ コ ~ ル ッ ! ! 』
背広男『てェ~んッ!!』
メンバー『パァ~ンチッ!!!』
背広男『てェ~んッ!!』
メンバー『パァ~ンチッ!!!』
背広男『てェ~んッ!!』
メンバー『パァ~ンチッ!!!』
背広男『てェ~んッ!!』
メンバー『パァ~ンチッ!!!』
子供『ぱぁ~んち!!』
女性『ぱぁ~んち!!』
老人『ぱぁ~んち!!』
ブツッ
万里花「……映像資料の提供、ありがとうございました、美々子さん」
万里花「何だかんだとご説明差し上げるよりも、こうして現物をお見せしたほうが、よくよく伝わると思いまして」
喜喜美々子「何、大したことではございマセン。橘さんには色々と取材協力もしていただいているコトですし」
美々子「……こんな形でも、お力になれるのであれば、私としても……」
ダンッ!!!!
楽「何和気藹々ノンビリと話してんだよお前等ッ!!!」
千棘「ちょっ、楽、ダーリン、あんた協力してもらっておいて何をっ」
楽「何をじゃねえよ!!! お前も見ただろ!?」
楽「あいつら、どう見たって! 完全に!!」
楽「……マジモンの、イカレた集団じゃねぇか……」
千棘「……」
楽「警察は何やってんだよッ!!」
楽「あんな、慈善事業の皮を被って、子供に洗脳みたいな真似させてる組織に」
楽「どうして何も手出ししねぇんだ!? さっさとブッ潰してっ」
万里花「……元々”テンパンチ・プロジェクト”は、芸術家やアーティスト、スポーツ選手など」
万里花「安定した収入を持たない方々が身を寄せ合って出来た共助組織」
万里花「その中で神格化された”お父様”なる人物の思想を中心として成る、善意の非営利団体です」
万里花「その思想には若干の偏りが見受けられますし、信者の方をデモの参加者として利用している事実もありますが」
万里花「法律的な観点から見れば、表向きは極めて健全、合法的な活動を行っています」
万里花「違法行為が認められない現状、表立って警察が取り締まりを行うことはできません」
千棘「……アコギな真似してても、法律対策万全のシューキョー団体より」
千棘「ヤクザやマフィアの方が、よっぽど摘発対象ってワケね……」
楽「……クソッ!!」バァン!!
万里花「……」
美々子「……」
千棘「……」
万里花「……楽様」
万里花「小野寺さんがどうして、”テンパンチ・プロジェクト”に参加されていたのかは、私も分かりません」
万里花「ですが」
万里花「人は、心にどうしようもなく重い悩みを抱えた時、どこかに救いを求めてしまう生き物なのです」
楽「……こんな宗教にハマっちまう程、小野寺が何かに悩んでいたって言いたいのかよ」
万里花「……そう、思います」
楽「……だからっ、て……」
万里花「”テンパンチ・プロジェクト”は、確かに偏った思想集団と言う側面もありますが」
万里花「楽様もご覧になったように、悩みを抱えた方の心の拠所と言う側面も、確実にあるのです」
万里花「”テンパンチ・プロジェクト”への参加が、小野寺さんの意思ならば」
万里花「私達に、それを否定する権利は……」
千棘「……」
楽「……権利なんて、無くったって」
楽「俺達で、止めてやらなくちゃ、ダメだろ」
万里花「……」
楽「小野寺がもし、誰にも言えないような悩みを抱えて、変な宗教にハマっちまったって言うなら」
楽「それを救うのは、おかしな奴等の変な思惑で捻じ曲げられた宗教なんかじゃなくって」
楽「小野寺の友達で」
楽「小野寺の事を本当に大事に思っている奴であるべきだ」
楽「だから」
楽「”テンパンチ・プロジェクト”に頼るなんて事、絶対に」
楽「ダメだ」
万里花「……素敵ですわ、楽様」
万里花「まるで」
万里花「小野寺さんのことを、本当に愛しているみたいで」
楽「っ!!」
千棘「ちょっと万里花!」
万里花「……何でしょう」
千棘「……ソイツがそーゆー奴だって事、アンタだって十分知ってるでしょ」
千棘「こんな時に、変なコト言い出さないでよ。新聞部の子だって居るのに」
美々子「……今日はオフレコで結構ですヨ。橘さんともそのようにお約束しています」
千棘「……あっ、そ……」
万里花「……確かに、桐崎さんの仰るとおりではあります」
万里花「けれど」
万里花「楽様が、そんな素敵な方だからこそ」
万里花「私も、少し勘違いしてしまうんです」
万里花「……私も」
万里花「いつか貴方に、愛してもらえるかもしれない、なんて」
千棘「……万里花、あんた……」
万里花「楽様にとって、小野寺さんは大切な友達なのかも知れません」
万里花「関わっているのがあんな団体ですもの、小野寺さんを心底心配される気持ちも、勿論理解できますわ」
万里花「……だけど、ごめんなさい、楽様」
万里花「私は少しだけ、こうも思ってしまうのです」
万里花「コイビトである桐崎さんが、楽様の寵愛を受けることには、まだ納得も我慢も行くのです」
万里花「けれど、そうではない相手の中で」
万里花「こんなにも貴方をお慕いしている私と」
万里花「小野寺さんが私と同じ、あるいはそれ以上に楽様に想われている事が」
万里花「……」
万里花「こと、が……」
楽「……」
千棘「……」
美々子「……」
万里花「……失礼致しました」
万里花「小野寺さんの一大事と言う時に、つまらない話を」
万里花「申し訳ありません、楽さ……」
楽「……橘」
万里花「」ビクッ
楽「俺は」
楽「例え今、千棘がいなかったとしても、橘を好きになることはできない」
万里花「……」
千棘「……どうしてよ」
千棘「万里花はあんだけ、アンタの事、愛してるっつってるのに」
千棘「あた、あたしに、余計な遠慮してるってんならっ」
楽「違う」
千棘「じゃあ!!!」
楽「俺にだって、分かんねぇよ」
楽「でも」
楽「好きって気持ちは、相手の愛情が強いからって、同じくらい強く生まれるモンじゃねーだろ」
楽「これから長いこと付き合っていったら、俺にもそんな気持ちが、生まれるのかもしれないけど」
楽「今は橘のこと、かわいい、とか、俺の事を好きになってくれて嬉しい、とか、そんな感情しかないってのに」
楽「そんな中途半端な気持ちで、橘と付き合ったりすることは、できない」
楽「……小野寺や、他の皆と同じようにしか、見られないよ」
万里花「……それだけ聞ければ、十分です」
千棘「……いいの?」
万里花「あら、桐崎さんがそれを仰います?」ホホホ
千棘「……ふん」
万里花「……私はもう、何も申しません」
万里花「楽様は、楽様の思うように、なさってください……」フイ
楽「ああ」
楽「……ごめんな、橘」ダッ
千棘「ちょっ、楽!! 万里花あんた何勝手、な……」
万里花「……」ゴシゴシ
美々子「……」
千棘「……万里花」
万里花「……やっぱり」
万里花「楽様は、素敵」ニコ
千棘「……あっ、そ……」ハァ
ダッ ダッ ダッ ダッ
楽(……ごめん)
楽(橘、ごめん)
楽(傷つけて、ごめん)
―― 楽「……小野寺や、他の皆と同じようにしか、見られないよ」
楽(嘘ついて、ごめん)
楽(だけど)
楽(俺は)
―― 集「……優しさと、区切りをつけない事は、決して一緒じゃないと思うよ」
―― ポーラ「……救い切れや、しないんだよ」
―― ポーラ「あんたの非力な両腕じゃあ、一人だって、抱えられるかどうか」
楽(……結局、誰も救えてない俺だけど)
楽(本当に愛してる子ぐらいは)
楽(せめて、小野寺だけは)
楽(俺の手で、救わなきゃいけないんだ)
楽(俺の手で、俺が)
楽(救わなきゃ……!!!)
~ 十数分後 凡矢理駅前商店街付近 グループ通話中 ~
つぐみ「……この付近ですか?」
千棘『うん、さっき私達が見かけたのは、その辺りだと思う』
千棘『できれば私がそっちに行きたいんだけど、クロードが……』
クロード『車を回したほうが効率的ですし、私と小僧が一対一では、反発するばかりでしょう』
クロード『申し訳ありませんが、お嬢はこちらに付いてください』
クロード『ポーラは小野寺様の家付近を捜索しろ』
ポーラ『……』
クロード『……ポーラ』
ポーラ『……ハイ』
千棘『アイツ、興奮してて何しでかすかわからないけど……』
千棘『……優しく、止めてあげてね』
つぐみ「了解」
ポーラ『了解』
クロード『行動を開始する。些細な事であっても、情報の共有化に努めろ。オーバー』ブツッ
つぐみ「……」
つぐみ「……善意の共助組織”テンパンチ・プロジェクト”か」
つぐみ「……」
つぐみ「私も、勧誘されてみるかな」フフッ
つぐみ「……」
ダッ
~ 同刻 一条楽 ~
ガヤガヤ ガヤガヤ
ワイワイ ワヤワヤ
楽(クソッ、人が多い……)
楽(……だけど)
楽(春ちゃんに確認したら、小野寺はまだ家に帰っていないって言ってるし、最近は割と帰りも遅いらしい)
楽(あれだけの人数、バスや自家用車で移動しているとも考えづらい)
楽(となれば電車に乗ってどこかへ行ったか、歩きで別の場所に移動したか)
楽(この辺りで商店街以外に、人が集まりそうで、広いスペースの取れる場所と言ったら……!!)
~ 凡矢理駅前広場 ~
『それでは、駅前の皆さんにも、メンバーの力強いテンパンチをお披露目しましょう~!!』
『ワ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア 』
小野寺「わーっ!! わーっ!!!」
楽(見つけたっ……!!)ダダダッ
楽(小野寺)
『さあ、みなさん拳を握ってぇ』
楽(今、俺が)
『せーのっ!!』
楽(助けてやるからっ……)
楽「おのっ」
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
小野寺「ぱんちっ!! ぱんちっ!! ぱんちっ!! 」フニャン フニャン フニャン
楽「あ……」
??「……」グイッ
??「さっき、桐崎さんと二人でいるのが見えたから」
??「……警戒しておいて、正解だったみたいね」
楽「……」
楽「……その手、離せよ」
楽「宮本っ……!!!」
るり「……お断りします」
るり「小咲は、今とても充実した時間を過ごしているわ」
るり「”テンパンチ・プロジェクト”に参加して、素敵な仲間を得たおかげでね」
るり「あなたなんかに、邪魔されたくないの。判るかしら」
楽「……判るわけ、ねえだろ」ブンッ
るり「……っ」ギュッ
楽「……離せ」
楽「痛い思い、すんぞ」
るり「させてみればいいじゃない。交番、近くだけど?」
楽「構うもんか」
楽「小野寺は、俺の手で、絶対にっ」
るり「……やめてよ、もう」
るり「何で今更、そんな事言い出すのよ」
るり「帰ってよ」
るり「何をしろとは言わないから、せめて小咲の事、放っといてよ……!!」
楽「……宮本には、カンケーねーだろ」
楽「事情は知らねーけど」
楽「小野寺をこんな組織に巻き込ませといて、平気な顔してる宮本にはカンケーねーよ」
楽「余計な邪魔、すんなよ」
楽「小野寺は、俺がこの手で、絶対に正気に戻してっ」
るり「……いい加減なこと、言わないで」
るり「小咲がこうなった原因、どうせ貴方は知らないんでしょう」
楽「それはっ……」
るり「……」
楽「……」
るり「……だったら、もう帰ってよ」
るり「私にとっても、貴方は、一応、友達だから」
るり「……酷いこと、言いたくないの」
楽「……どーゆーことだよ、ソレ」
るり「……言いたくないって、言ってるでしょう」
楽「そんなんで納得できるワケねーだろ!!」
るり「納得なんてしてくれなくていい」
るり「私を恨んで構わないから」
るり「今すぐここから消えて」
るり「お願い」
るり「お願いよ……」
楽「……」
楽「宮本」
楽「俺は、」
タッタッタッタ タッ
つぐみ(居た)
つぐみ(一条楽と……)
つぐみ(……宮本様?)
楽「確かに、小野寺があんな事してる理由、知らねぇよ」
楽「だけどさ」
楽「俺にとって、小野寺はすごく大事な……」
楽「……友達、で」
楽「どうしても、俺の手で、助けてやりてぇんだ」
楽「……俺、バカだし、今まで色んな事、間違えてきたけど」
楽「最後の最後だけは、外したくねぇんだ」
楽「だから、頼む、宮本」
楽「この手を離して、そこをどいてっ」
るり「……今更ムシのいい事言ってんじゃないわよ」
楽「……え」
るり「小咲がこんな風になったのも」ポロ
るり「私がこんな事しなきゃなんないのも」ポロポロ
るり「全部アンタのせいじゃない」ボロボロ
るり「アンタが何にも気づかないから」
るり「アンタが何にもしなかったから」
るり「アンタが」
るり「アンタが……」
るり「ヤクザの息子なんかじゃなければ、小咲も私もこんなに苦しまなかったのにッ!!!!」
つぐみ(……)
楽「……?」
楽「……え、みや、もと」
楽「何だよ、その話」
楽「た、確かに、俺のオヤジはヤクザやってるし」
楽「今のみんなと仲良くなるまでは、集くらいしかまともな友達いなくって」
楽「みんなにも、怖い思いさせるかも知れないってビビってた時期もあったけど」
楽「俺は絶対、跡目なんか継がないつもりで」
楽「宮本だって、知って、……」
るり「……」
るり「……何週間か前、ポーラさんとの一件、覚えているでしょう」
楽「……ああ」
るり「あの後、教室に残った私達は、羽先生からアドバイスされたの」
るり「”裏の世界の人間と付き合い続けることの、リスクについて”」
楽「な、っ」
るり「……私も少なからず、衝撃を受けたし、反省したわ」
るり「所詮あなたも、桐崎さんも、つぐみさんだって」
るり「裏の世界に生きる人達の影響から、逃れることなんてできない」
るり「本人達が望んでも、望まなくても、回りの人間に不幸を振りまく存在なんだって」
るり「……少し考えれば、分かることだったのに」
楽「……」
るり「……私は、ショックだった。多分舞子君もね」
るり「……でも」
るり「小咲は違ったの」
~ 21日前(羽の”アドバイス”翌日 千棘復帰の2週間前)~
ルルルルル ルルルルル ルルルルル ルルルルル ルルルルル
ルルルルル ルルルルル ルルルルル ルルルルル ルルルルル
ルルルルル ルルルルル ルルルルル ルルルルル ルルルルル
ピッ
るり「……小咲」
小野寺『……るりちゃん』
小野寺『ごめんね、ちょっと、体調悪いみたいで』
るり「……」
るり「……じゃあ、制服着て、学校に行くフリだけして、その辺ほっつき歩いてる、なんてこと、ないわよね?」
るり「例えば制服じゃ行き場がないから、公園のベンチか何かに座り込んで、時間を潰してる、なんてことは」
小野寺『……』
るり「ねえ、小咲」
るり「……羽先生の話、私だってショックを受けたわ」
るり「小咲に対して、すごく無責任な応援をしてたんだって気づかされて、落ち込んだ。後悔もした」
るり「だけど、突然逃げ出すような真似をしたら、一条君だって、桐崎さんだって、つぐみさんだってきっと悲しむわ」
るり「無理に仲良くしろとは言わないけれど、せめて学校に来るぐらいは」
小野寺『……』
小野寺『違うの』
るり「……?」
小野寺『……私は』
小野寺『今でも、一条君のことが大好き』
小野寺『ヤクザの息子だって何だって、優しくて頼もしい、かっこいい一条君が、大好きなの』
小野寺『千棘ちゃんだって、つぐみちゃんだって、私の大切な友達なの。それは本当』
るり「だったらっ」
小野寺『……だけどね』
小野寺『私、一言も、言い返せなかったんだ』
るり「……小咲」
小野寺『一条君の為に、本気で怒ってた舞子君みたいに』
小野寺『たぶん私の為に怒ってくれた、るりちゃんみたいに』
小野寺『できなかったの』
小野寺『私の大好きな人を、大好きでいること、真っ向から否定されていたのに』
小野寺『それは違うって、私はそれでも、皆の事が大好きだって、言えなかったの』
るり「……」
小野寺『……情けないんだ、ほんと』
小野寺『私が皆を好きな気持ちは、間違っているのかもしれない、って、思っちゃったから』
小野寺『迷っちゃったの。自分がどうしたらいいか』
小野寺『迷って、怖くて、震えて、固まって』
小野寺『結局最後まで、何にも、言えなかったんだ……』
るり「……一条君達は、あの時あの場に居なかったじゃない」
るり「後から話したって、笑って流してくれるわよ」
小野寺『うん。そうだと思う』
小野寺『一条君達は、私の弱くて、汚い所を見ても、きっと庇ってくれると思う。優しくしてくれると、思う』
小野寺『だけど、反対の立場に立った私が、とっさに何もできなかった事実は、ずっと私の胸の中にある』
小野寺『……ううん、今だって、何にもしてやしない』
小野寺『”例えどんなコトになったって、私は一条君達のことが大好き”』
小野寺『そんな、簡単で当たり前のことを、口にすればいいだけなのに』
小野寺『それができない私は』
小野寺『皆と一緒に居る資格、ないよ』
るり「……」
小野寺『……ううん、それも嘘だね』
小野寺『あのねるりちゃん、耐えられないのは、私の方なんだ』
小野寺『こんな気持ちで、皆の傍にいることが』
小野寺『苦しくて、悔しくて、恥ずかしくて、我慢できないの』
小野寺『皆と居るのが辛いの。皆に嫌な私を見られて、嫌われるのが怖いの』
小野寺『だから、ごめんね。私のことは、放っておいて』
小野寺『るりちゃんの強さがつらいの』
小野寺『優しさが、まぶしすぎて、つらいの……』
るり「……」
るり「……小咲、あのね」
小野寺『……ごめんね。ちょっと熱っぽくなってきたから、電話、切る』
るり「小咲ッ!!」
小野寺『またね、るりちゃん』ブツッ ツーッ ツーッ
~ 20日前 ~
ルルルルル ルルルルル ルルルルル ルルルルル ルルルルル
るり「小咲っ」
小野寺『……るりちゃん、家に来たでしょ』
小野寺『ありがとね、余計なこと、言わないでくれて』
るり「……小咲、会って、ちゃんと話しましょう」
るり「苦しいかもしれないけど、辛いかもしれないけど」
るり「一人で悩んでも、きっと良い答えは浮かばないわ」
小野寺『……ありがと、るりちゃん』
小野寺『でもね、もう答えは出てるの』
るり「……」
小野寺『答えはね、”私自身が、変わること”』
小野寺『誰かの助けなんて借りずに、自立して、自分の言葉で話せるようにならなくちゃだめなの』
小野寺『だから、るりちゃんには頼れないよ』
小野寺『心配してくれて、ありがとう』
るり「小咲、あのね、話を聞いて」
小野寺『……お話してると、縋りたくなっちゃうから』
小野寺『ごめんね』ブツッ ツーッ ツーッ
~ 19日前 ~
羽「はーい、じゃあ小野寺さんと……橘さんも今日はお休み。桐崎さんとつぐみちゃんは、この前言ったとおり家の事情でお休みね」
羽「じゃあ、一限に間に合うように、皆ちゃんと準備するのよー。……あ、礼しなくていいよ。じゃあね~」
るり(……)
るり(……舞子君は舞子君で、きっと悩んでる)
るり(桐崎さんやつぐみさんに電話したら、全部話さなきゃいけなくなるし)
るり(橘さんは……調子でも悪いのかしら、最近休みがちだし、あの時も何だか険悪な雰囲気で……)
るり(……)
るり(……)グッ
るり「……ねえ」
るり「ねえ、一条君」
楽「……」
楽「……んぁ?」
るり「……」
るり「……ちょっと、相談したいことが、あるんだけど」
楽「……」ボー
楽「……ごめん、宮本。本当に悪いんだけど、今度にしてもらえるかな」
楽「俺も、ちょっと悩み事があってさ。うまく話、聞けそうにない」
るり「そんな事言ってる場合じゃないの。本当に大事な相談でっ」
楽「じゃあ尚更、俺以外の奴に頼んでくれよ」
楽「……今は誰かの為に、何かしてやれる自信無ぇんだ」
楽「本当に、ごめん」タタタッ
るり「あっ……」
るり「……」
~ 18日前 ~
ルル
るり「小咲っ」
小野寺『るりちゃん、こんばんは』
るり「……電話、かけて来てくれるなんて、驚くじゃない」
小野寺『ふふふ』
小野寺『……』
るり「……」
小野寺『……るりちゃんの言うとおり、だったんだ』
小野寺『制服なんて着てたら、あんまり行く場所もなくって』
るり「もぅ」
小野寺『……ごめんね』
小野寺『それで……親切なおばあちゃんが、声をかけてくれてね』
小野寺『”私達と一緒なら、怪しまれることもないよ”って、公民館に連れてきてくれて』
小野寺『そのまま、一緒に小さい子の遊び相手をしてあげたの』
るり「うん、うん」
小野寺『おばあちゃんと、お友達の人がね、私の話、親身になって聞いてくれて、心配してくれてね』
小野寺『るりちゃんに心配かけちゃだめだよって、ちゃんとお話した方がいいよって、言ってくれてね』
るり「うん……うん」
小野寺『本当にごめんね、るりちゃん。私、勝手に落ち込んで、勝手に逃げ出してっ』グスッ
るり「……いいの、もういいの、小咲」グスグス
るり「アンタが無事なら、私は、それで……」
小野寺『うん、学校にも、来週からは行くようにするから』
るり「分かった。待っててあげる」
小野寺『……それと、もう少しの間、おばあちゃん達のお手伝い、続けてみようと思うんだ』
小野寺『何だか、充実してるの。達成感って言うか、何ていうか』
小野寺『自分のやるべきこと、みたいなのが、もう少しで、見つけられるような気がして……』
るり「うん、いいんじゃない」
るり「自信、持っていいと思うわよ。自分で、そういうの、見つけられたんだから」
小野寺『……うん♪』
~ 15日前 ~
小野寺「おっはよ、るりちゃん♪」
るり「お……おはよ、小咲。元気そうね」
小野寺「うん。るりちゃんと、皆のおかげだよ。あ、一条君、おっはよー!」
楽「お……おは、よう、小野寺」
小野寺「~~♪♪」
楽「……」ポリポリ
るり「……小咲、久しぶりの登校よ。もう少し何か、かける言葉はないの?」
楽「え、小野寺、最近休んでたんだっけ」
楽「……気が付かなかった。ごめん」ペコリ
るり「……あっ、そ」
楽「……そう言えば、宮本。この前はごめんな。なんか、相談あったって」
るり「いいわよ、もう」ハァ
~ 12日前 ~
小野寺「それでねそれでね、昨日はおばあちゃん達のお友達と、お食事会をしてね……」
るり「……そうなの。良かったわね」
小野寺「うん、とっても楽しかったんだよ。ぱんちっ、ぱんちっ♪」
るり「……ねえ、小咲」
小野寺「?」
るり「元気になったのは、私も嬉しいんだけど」
るり「……一条君達のことは、もう、大丈夫なの?」
小野寺「……うーん」ポリポリ
小野寺「勿論、考えてはいるし、今でも悩んでるよ?」
小野寺「だけど」
小野寺「自分に解決するだけの力がない問題を、すぐ何とかしようと思うのは、ちょっと焦り過ぎな気もするし」
小野寺「今ぐらいの距離感を保ったまま、柔らかく着地できるところを探したいかな、って、今は思ってる」
るり「……」
るり「……それ、本当に小咲の考えた言葉?」
小野寺「……えへへ、るりちゃんにはバレバレかぁ」テレテレ
小野寺「おばあちゃん達と、お友達のアドバイスなの」
小野寺「不思議なんだよ、おばあちゃん達や、お友達と話していると、とっても心が軽くなってね……」
るり「……」
~ 11日前 ~
小野寺「今週もおしまーい! それじゃるりちゃん。私、おばあちゃん達の所に行くからっ」
るり「……小咲、明日時間ある?」
小野寺「……あっ……ごめん、明日はちょっと、約束があって」
るり「一条君と出かけるワケでもないでしょう? 桐崎さん達だってまだ戻ってきてないし、橘さんだって今日は休みだったのに」
小野寺「ひ、ひどいなぁるりちゃん。私にだって他にも友達は……」
るり「友達同士で遊びに行くなら、丸一日潰れるワケでもないでしょう? 少し付き合ってよ」
小野寺「あ……うーん、えっとね、ちょっと一日用事が……」
るり「……ねえ小咲、私に何か隠してない?」
小野寺「……」
るり「おばあちゃん達にも言われたんでしょう? 友達に心配かけるなって」
るり「……私は、心配」
るり「最近の小咲は、何だか様子がおかしい」
るり「不自然なくらい明るくて、社交的で、悩みが無いみたいに振舞って」
るり「まるで」
るり「……」
るり「まるで」
るり「作り物みたいなんだもの」
小野寺「……」
小野寺「……わかった」
小野寺「るりちゃん、明日は私と一緒に遊ぼう」
るり「……?」
小野寺「大丈夫」
小野寺「るりちゃんも、来ればわかるよ」ニコッ
~ 10日前 ~
芸術家風の男「それでは」
芸術家風の男「新しい仲間にも皆の気持ちが届くように、力いっぱいご唱和ください」
芸術家風の男「てェ~ん」
『パァ~ンチ!!!』
小野寺「ぱんちっ、ぱんちっ」フニャン フニャン
るり「……」
るり(ダメな奴だこれ……)
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
るり「……それで、おばあちゃん達の友達が、この会の人達だったってワケね」
小野寺「……うん」
小野寺「あっ、でもね、怪しい宗教団体とかじゃあ全然なくってっ」
小野寺「アーティストとか、スポーツマンの人達が、力を合わせて助け合うための集まりみたいなものでっ」
小野寺「時々お互いのイベントとか集まりに顔を出したりして交流を深めて、今日みたいに団結を深めたりしてっ」
るり「……って説明しなさいって、おばあちゃん達に言われたの?」
小野寺「……」
るり「……小咲」
小野寺「……う、う、ううっ」カタカタカタ
るり「小咲?」
小野寺「ごめんね、るりちゃん、私変だよね」
小野寺「こんな変な人たちと、こんな変な集まりやって、かっこつけてパンチして」
小野寺「だ、だけどね、おばあちゃん達も、”テンパンチ・プロジェクト”の人たちも」
小野寺「みんな私の話、親身になって聞いてくれて、とっても優しくてっ」
小野寺「わ、私、わたし、私いっ!!!!」
るり「……何勘違いしているの、小咲」
小野寺「……」
小野寺「え?」
るり「まさかこんなコトになってるとはね、って、正直、驚いただけよ」
るり「”テンパンチ・プロジェクト”。素敵な集まりじゃない」
るり「学校の友達以外の大人と接する機会なんて、そうそうあるものじゃあないし」
るり「常に自分と向き合っている芸術家の方々なんて、自分を確立したい小咲の相手にはぴったりじゃない!」
小野寺「……ほ、本気で、言ってるの……?」
るり「……もちろん」
るり「学校でのアンタ、いい顔してたわよ」
小野寺「……るりちゃんっ!!」ギュッ
るり「……」ポン ポン
るり「……小咲さえ良ければ、次の集まりからは私も誘ってくれないかしら」
るり「私も翻訳家志望だもの、そういう業界の話、興味があるわ」
るり「もちろん、”テンパンチ・プロジェクト”にも、ね」
小野寺「……うんっ」
小野寺「大歓迎だよ、るりちゃんっ♪」
るり「……ありがとう、小咲」
~ 現在 ~
るり「小咲は、貴方達じゃなくて、自分の弱さを恨んだ」
るり「羽先生に食って掛かって、貴方達を友達だと言えなかった自分を恥じて責めた」
楽「……」
るり「……拠り所が必要だったのよ」
るり「だって小咲は、そんなに強くないから」
るり「せめてアンタが、優しい言葉の一言でもかけてやれば、小咲はこんな風にはならなかった」
るり「アンタのせいよ」
るり「アンタがボンクラだから」
るり「アンタがっ、救えなかったからっ、小咲はインチキ臭い宗教団体にひっかかってえっ」
るり「わだしが、その、ざいごの、背中を押すハメになったのよお゙っ……」
楽「……」
るり「……責めなさいよ」
るり「悪いのは私」
るり「見ていただけの私」
るり「だげどっ!!!」
るり「他にどうしろって言うのよっ!!!!」
るり「親友が心の底から悩んでいるのに、何の力にもなれずに潰れていくのを見ていくしかなくってっ!!」
るり「ようやく見つかった心の支えを奪えって言うの!? 私に!?」
るり「……できるわけ、ないじゃない、そんなこと」
るり「……でぎる、わけっ……」
楽「……」
楽「……宮本、俺は」
るり「……帰ってよ」
るり「お願いだから、帰って」
るり「これ以上、親友の愛したあなたを、私に傷つけさせないで」
るり「……お願い、だから……」
楽「……」
楽「――ッ!!!」ダッ
つぐみ「……」
るり「うっ、ひぐッ、えぐっ……」ボロボロ
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
「テ~ン」 『パンチ!!』
小野寺「ぱんちっ!! ぱんちっ!! ぱんちっ!! ぱんちっ!! 」
「ぱんちっ!! ぱんちっ!! ぱんちっ!! ぱんちっ!! 」
『パンチッ!!パンチッ!!パンチッ!!』
『パンチッ!!パンチッ!!』
『パンチッ!!パンチッ!!』
『パンチッ!!!』
~ 集英組 奥の間 ~
バァンッ!!!
チンピラ1「何だ、どうした?!」
チンピラ2「出入りですかい、出入りですかい」
チンピラ3「……っと、坊っちゃんじゃないですか、驚かさんでくださいよ」ワッハッハ
楽「……」フーッ フーッ フーッ
親父「……楽よぉ」
親父「威勢がいいのは結構な事だが、せめて靴くれぇ……」
楽「……」
楽「……アンタが」
楽「……アンタが、あんたがっ……」
楽「……」
親父「……」
親父「……来いや」
楽「……ぉぉぉぉぉぉおおおおおああああああああああ!!!!!」ダダダダダッ
親父「……手ぇ出すなよ、お前等」スクッ
楽「あぁぁぁぁぁああありゃああああああ!!!!!!」ブォン
親父「づっ」バキィ
楽「……」フーッ フーッ フーッ フーッ フーッ
親父「……ちっ」ペッ
楽「……何で、倒れね、んだよっ……」
親父「……いつか、こんな日が来るかも知れんとは、思っていたからな」
親父「だから受けてやった、それだけの話だ」
楽「ワケわかんねえコ」ガスッ
楽「ごえふっ……」
親父「……義理で食うのは一発限り」
親父「極道ナメんな、シャバ僧がっ……!!!」ブオン ガスッ
楽「ごっ!!」ドサッ
チンピラ2「ぼ、坊っちゃ」
チンピラ1「手ぇ出すんじゃねえ!!!!!」ガシィ
チンピラ2「ぐっ」
チンピラ1「……手ぇ、出すんじゃねえよ……」
バギッ ドゴッ ドスッ
楽「ぐっ、ぶっ、ぐうう」
楽「……………クソ、ッ…………」
~つづく~
~ 同日 PM6:21 凡矢理高校付近路上 ~
つぐみ「ええ、集英組内部までは確認できませんでしたが、ともかく家までは帰りついたようです」
クロード『構わん。小野寺様の方は』
つぐみ「……駅からの足取りは不明です。これより、」
クロード『……もういい。ポーラも既に戻してある。お嬢には私から顛末を報告しておく』
つぐみ「申し訳ありません」
クロード『……信心薄い日本人相手とは言え、宗教が絡む話だ。不用意に首を突っ込めば火傷では済まんぞ』
つぐみ「心得ております」
クロード『どうだかな。どの道、お前は今回の件から外れてもらう』
つぐみ「えっ」
クロード『汚れ仕事になるかも知れん、と言う事だ。お嬢を可能な限り遠ざける予定だが、お前を通じて状況が漏れんとも限らん』
つぐみ「……私は」
クロード『お嬢に心の底から縋られて、心が揺らがんと断言できるか』
つぐみ「っ……」
つぐみ「……この件には、一切関わりを持たないと誓います」
クロード『フン』
クロード『じきに雨が降る。体調を崩して任務に支障を来せば、お嬢の懐刀だろうと特別扱いはせんぞ』
つぐみ「はっ」
クロード『……』ブツッ
つぐみ「……ふぅ」
シト シト シト
つぐみ「……ひと荒れ、来るかも知れんな」
ザー ザザー ザー
ビシャアアアアアア サァアアアア
つぐみ(……どう受け止めれば、いいのだろうか)
つぐみ(……)
つぐみ(……結局のところ)
つぐみ(お嬢も、一条楽も、私と同類だったと)
つぐみ(……そう、周りから見られていて)
つぐみ(そう生きるしかないのだと言う事で)
つぐみ(……何だろう)
つぐみ(一条楽達との間に、越えられない溝を感じて、あれだけみっともない嘆き方をした後だと言うのに)
つぐみ(いざ、彼らが自分と同じ側にいる人と分かっても)
つぐみ(悲しみしか感じない)
つぐみ(……一条楽の、今にも泣きそうな顔を見てしまったから?)
つぐみ(……想像するまでもなく、現実に直面したお嬢が、悲しむと思うから?)
つぐみ(……そんな二人の為に、自分が何かする機会すらも、取り上げられてしまったから?)
つぐみ(……)
つぐみ(……やれやれ、調子のいい事だ)
つぐみ(殺し屋の生活の方が、居心地がいい、などと、自分をごまかしていたくせに)
つぐみ(結局、未練があるのだ)
つぐみ(お嬢と、一条楽と、皆が笑いあっていた、あの日常が)
つぐみ(……こんなにも、愛おしい――)
ザァァァァァァァァ
「――探しましたわ、つぐみさん」
つぐみ「っ!?」
「こんな時間、こんな雨の日に、一人で出歩いているなんて、随分色気の無い話じゃありませんの」
「コイをするなら、それなりに格好付けなさい、と、アドバイス差し上げたと言うのに、もう」プンスカ
つぐみ「……そんな事、お前に言われた覚えは無いが」
「確かに言いましたとも」
「方言で」テヘッ
つぐみ「……まあ、いい」
つぐみ「随分と元気そうじゃないか。最近休みがちだったのは、サボりか何かか?」
つぐみ「――橘万里花」
ザアアアアアアアアアア
万里花「失礼な。そんなはしたない真似、私がするとお思いでして?」
万里花「私の病弱設定、お忘れになったワケではございませんでしょうに」プンスコ
つぐみ「……」
万里花「……」
万里花「私が病弱であることを、お忘れに……」
つぐみ「……茶番は結構」
万里花「あら」
つぐみ「用事があるなら、手短に済ませろ」
つぐみ「この豪雨の中で遊んでいては、お前でなくとも、風邪ぐらいひいておかしくはない」
万里花「……そう、ですわね」
万里花「では、用件だけお伝えしておきます」
万里花「私、今夜限りで、この街を去ることにいたしましたの」
つぐみ「……」
つぐみ「……」
つぐみ「……は?」
万里花「ですから、この街から出て行くことにしたのです」
つぐみ「……お嬢から、話は聞いているが」
つぐみ「一条楽がお前を相手にしていない事など、お前自身も承知の話だったろう。何を今更……」
万里花「……どう受け取って頂いても結構ですわ」
万里花「私がここから居なくなると言う事実は、変わりませんので」
つぐみ「……」
万里花「……アメリカに、凄腕のお医者様がいらっしゃるんです」
万里花「まだお若い方なんですけど、私の病気を熱心に研究していらして」
万里花「私の病状を噂で聞いたのか、是非にと治療を申し出て下さいましたの」
つぐみ「……そう、か」
万里花「ええ、そうなんです」
つぐみ「長く、かかるのか?」
万里花「高校生のうちには、帰って来られないと思います」
つぐみ「……それならば尚更、こんな所で油を売っている暇は無いだろう」
つぐみ「今夜中に街を出るつもりならば、他に会うべき人間がいくらでも居るはずだ。私などに時間を割く必要は……」
万里花「……ありますよ、つぐみさん」
万里花「言ったでしょう」
万里花「貴女は、私にそっくりだって」
つぐみ「……それは、確かに言われたな」
つぐみ「ショックだった」フフ
万里花「あら」フフ
万里花「……」
万里花「貴女も、私も」
万里花「強がっているけれど、本当は、誰よりも弱いんです」
万里花「だから、愛する何かに縋りつかなければ、生きていけない……」スッ
つぐみ「……馬鹿な、私は……」グッ
つぐみ「……」
つぐみ「……私は……」スッ
万里花「……」ニコッ
万里花「だけど貴女は、私よりも、少しだけ強い」
万里花「今の自分を支えてくれる”何か”から離れて」
万里花「自分で見つけた、本当に手に入れたい何かに、手を伸ばせる強さがある人だと思います」
つぐみ「……」
万里花「ですから」
万里花「似たもの同士の貴女に、私から、最後のプレゼントを差し上げに来たのです」ススッ
つぐみ「……お前、これは」
万里花「ええ」
チャリン
万里花「楽様との、約束の鍵です」
つぐみ「馬鹿なッ!?」ガシッ
万里花「痛つっ……」
つぐみ「何故これをお前が手放す!!!」
つぐみ「お前の慕情は、そんなに軽いモノではなかったはずだろうが!!!」
つぐみ「こ、この鍵がっ、お前と、お前、お前達にとって」
つぐみ「どれほど大事なものか」
つぐみ「そこまで、私が、想像できないとでも、思っているのか、橘万里花ッ!!!!!」
万里花「……」
万里花「……嫌ですわ、そんなムキになって」ハァ
万里花「無邪気で思慮の足りない子供同士が、お遊びで交換したオモチャじゃありませんか」
つぐみ「貴様ァ!!!!」
万里花「……落ち着いてください、つぐみさん」
万里花「これは、私にはもう、必要の無いモノなんです」
つぐみ「だから……」
つぐみ「……」
万里花「……」
つぐみ「……橘、万里花、まさか」
万里花「私が持っていても、仕方のないモノなんですよ、つぐみさん」
万里花「アメリカで凄腕のドクターとラブロマンスを狙っている私が」
万里花「前の男との思い出の品を持っていても、邪魔になるだけじゃありませんの」ニコニコ
つぐみ「……」
万里花「そりゃあ、楽様は素敵な男性ですけれど」
万里花「私の10年に渡る花嫁修業と、私のこれからの人生を天秤にかけて」
万里花「釣り合うほどの殿方だとは、正直思えない所もございますし」
万里花「たまたま似たもの同士で、鍵をお持ちで無いとお嘆きのつぐみさんに、捨てるよりマシと差し上げるだけのお話です」
万里花「腹を立てるような話では、ございませんでしょう?」
万里花「まあ、中古品を押し付けられる気分と言うのは、あまり良いものではないのかも知れませんけれど……」
つぐみ「……」
つぐみ「……」
万里花「……」
つぐみ「……本当に」
万里花「はい」
つぐみ「……いいんだな?」
万里花「……」
万里花「ええ」スッ
つぐみ「……確かに、ちゃちな鍵だな」
万里花「はい」
万里花「……これからの私には、きっと、似合いません」
つぐみ「……」
つぐみ「そう、だな」
万里花「……」ニコ
万里花「それでは、不用品の処分も済んだ所で、私は失礼させていただきます」
つぐみ「……ああ」
万里花「どうぞ、お達者で」クルッ
つぐみ「……」
万里花「……」ザッ ザッ
つぐみ「……」
万里花「……」ザッ ザッ
つぐみ「橘万里花」
万里花「……」ピタ
つぐみ「私も一つ、お前と私が似ているところを見つけたよ」
万里花「……」
万里花「……それは?」
つぐみ「嘘が、ヘタクソだ」
万里花「……」
つぐみ「……」
万里花「……」
万里花「……楽様が」
万里花「凡矢理第三公園、ドーム型の遊具の中で、意識朦朧としたまま倒れていらっしゃいます」
つぐみ「……分かった」クルッ
万里花「……」
万里花「つぐみ、さん」
つぐみ「……?」
万里花「……つぐみさん」
万里花「願わくば、本物のコイを、手に入れられますよう」
つぐみ「……ありがとう」
つぐみ「さよなら、橘万里花」タタタタッ
万里花「……ごきげんよう」
万里花「……」
万里花「……」
万里花「けほっ」
~ 同日 PM11:28 鶫誠士郎 セーフハウス ~
グルグル ジャキッ
楽「っぐ……うう」
つぐみ「……」ペタペタ
つぐみ(一見出血もしているし、殴られすぎた上に雨ざらしになって、意識も混濁しているようだが)
つぐみ(脳や重要器官にはダメージが入っていない。骨も間接も無傷同然だ)
つぐみ(これだけ処置してやれば、後は放っておいても大丈夫だろう)スクッ
つぐみ(……親父殿の仕業だろうな。見せしめの親子喧嘩もお手の物、と言う訳か)
ガラガラ ピシャッ
ドサッ
つぐみ「……はぁ」ゴロン
つぐみ(……どっと疲れた)
カチャ チャリッ
つぐみ(……)
―― 万里花「貴女も、私も」
―― 万里花「強がっているけれど、本当は、誰よりも弱いんです」
―― 万里花「だから、愛する何かに縋りつかなければ、生きていけない……」
つぐみ(私が、弱い? 何かに縋らなければ、生きていけない?)
つぐみ(……見当違いも甚だしい)
つぐみ(組織に、クロード様にお仕えするのは、私の選択だ)
つぐみ(お嬢を護りたいのは、私の意志だ)
つぐみ(……一条楽への想いを断ち切ることは、私の義務だ)
つぐみ(断じて、縋りついてなどいない)
つぐみ(断じて、私の弱さの言い訳になど)
つぐみ(拠り所になど、していない――)
―― 万里花「だけど貴女は、私よりも、少しだけ強い」
―― 万里花「今の自分を支えてくれる何かから離れて」
―― 万里花「自分で見つけた、本当に手に入れたい何かに、手を伸ばせる強さのある人だと思います」
つぐみ(――)
つぐみ(……)
つぐみ(……やはり間違いだよ、橘万里花)
つぐみ(私はきっと、自分自身やお前が考えている以上に)
つぐみ(情けなくて)
つぐみ(弱い)
つぐみ(……今の生活を)
つぐみ(組織に繋がれ、クロード様に仕え、お嬢の傍で生きられる今をかなぐり捨てて)
つぐみ(……一条楽への、お嬢の思いから目を逸らして)
つぐみ(自分のコイに生きることなど、できない)
つぐみ(……)
つぐみ(……そして)
つぐみ(そんな中途半端な、小さなニセの恋心でも)
つぐみ(私は、捨て切れずにいる……)
つぐみ(……)
つぐみ(……)
スクッ
つぐみ(もし)
テク テク
つぐみ(この襖を開いて)
テク
つぐみ(一条楽に取り縋れば、奴は私の事を、ひと時でも愛してくれるだろうか)
ピタ
つぐみ(……馬鹿馬鹿しい。奴はお嬢のコイビト)
つぐみ(汚れた世界を生きる、私のような汚い野良犬相手に、心を揺らがすわけがない)
つぐみ(……)
つぐみ(……いや、それも嘘か)
つぐみ(難しいことじゃない)
つぐみ(私のように、恋愛のいろはなど知らぬ者でも関係ない)
つぐみ(単純明快で、女の機能を持っている者になら、誰にでも出来る方法がある)
つぐみ(例えば)
つぐみ(……)
つぐみ(……)グッ
つぐみ(抱かれてしまえば、奴の心の片隅くらいになら、残れるかもしれない)
つぐみ(心の寄る辺を失い、打ちのめされた奴の心の隙間に、染み込む事くらいは、できるはずだ)
サワッ
つぐみ(サラシで縛り付けるばかりで、生活の邪魔にしかならなかったこの胸も)
つぐみ(……皆は綺麗だと、うらやましいと、言ってくれたが)
スルスル スルッ
つぐみ(……そう、一条楽とて、きっと喜ぶ)
つぐみ(きっと……)
つぐみ(……)
つぐみ(……泣くな)
つぐみ(涙を見せるな、つぐみ)
つぐみ(重い女だと思われて、相手にされなかったらどうする)
つぐみ(軽薄に笑え、いやらしくしなを作って、傍らで奴を抱いてやれ)
つぐみ(そして、なんという事の程でもないように、奴の下着に指先を挿し入れて、耳元で囁いてやればいい)
つぐみ(”憂さ晴らしに、私の体を貸してやる”)
つぐみ(”お前はお嬢の大事なコイビトだからな”)
つぐみ(”下手を打たれて、お嬢の心に、傷を残されては敵わん”)
つぐみ(”何、このような些細な話、犬に噛まれるようなものだ”)
つぐみ(”安心しろ、誰に言うでもない。私も明日になればさっぱり……)
つぐみ(……)
つぐみ(さっぱり……)
つぐみ(……)
つぐみ(……忘れられる、わけ、)
楽『……つぐみ?』
つぐみ「」ビクッ
つぐみ「……起きたのか」
楽『朦朧としてたけど、飛び飛びに意識はあった』
楽『……世話かけちまって、ごめんな、つぐみ』
つぐみ「構わん」
つぐみ「貴様は……お嬢の、大事な交際相手だからな。道端に転がっていれば、拾ってくらいはやるさ」
楽『……』
つぐみ「夕飯もまだだろう? 余り物で用意してやるから、少し寝て」
楽『つぐみ』
つぐみ「……」
楽『知ってるんだろ、さっきのコト』
つぐみ「何のことだか」
楽『そうでもなきゃ、いくら千棘のコイビト相手だろうが』
楽『いや、コイビトだからこそ、こんな時間から自分の家に上げて手当てなんてしねーよ』
楽『いいトコ、組に連絡して引き取らせるか、119番かけて病院に任せるか、そんぐらいだ』
楽『……ありがとな、気ぃ使ってくれて』
つぐみ「……何があったかは、本当に、想像でしか分からんが」
つぐみ「本気で喧嘩できるだけ、良い親父殿ではないか。意地など張らず、とっとと頭を下げてしまえば」
楽『それはできない』
つぐみ「……どうして」
楽『……』
楽『……俺はさ』
楽『今まで自分が、ちゃんとできてると思ってたんだ』
楽『ヤクザの息子だけどさ』
楽『親父の男として、人として格好いい所は認めて、だけど同じヤクザにはならないって決めて』
楽『堅気の世界で生きていけるように、一生懸命勉強して、友達は信頼して、女の子には優しくしてってさ』
楽『つまづいたり、失敗したり、悩んだりしたことも、そりゃあ一杯あったけど』
楽『それでも、お天道様に恥じるような生き方はしてないって』
楽『俺は、俺が望むような、正しい生き方ができてるって、思い込んでた』
つぐみ「……」
楽『でも実際は、そんな事無くてさ』
楽『俺にはコイビトがいるってのに、他の女の子とも中途半端に仲良くしてさ』
楽『……橘のコトだって、真剣に考えずに逃げてばっかで、最後は手ひどい突き放し方してさ』
楽『……』
楽『……それでも』
楽『最後の最後』
楽『自分が本当に守りたいものだけは、絶対に守ろうって、やっと決めたのに』
楽『……笑っちまうよ』
楽『俺には最初っから、スタートラインに立つ資格すら無かったんだってさ』
楽『結局、親父やヤクザモンの世界に囚われたまんまで、むしろそいつらに守られてさえ居て』
楽『そのことを自覚すらせず、一人前ぶっていきがってたんだ、俺は』
楽『そんな俺の未来は、結局、ヤクザモンはヤクザモンらしく、沈んだまんま、くたばるしか無いってモノで』
楽『……夢見る資格すら、なかったん、だってっ……』
つぐみ「……話が見えん」
つぐみ「貴様が、宮本様に極道の人間として忌み嫌われた事はわかる」
つぐみ「小野寺様はお前を好いていたようだが、お前が極道の人間と思い知らされ、悩んだ末にカルト宗教に堕ちた。それも、知っている」
つぐみ「……だが、貴様はお嬢のコイビトだろう」
つぐみ「貴様が、貴様の愛した平凡な夢と、平和な暮らしから突き放された事は、気の毒に思うが」
つぐみ「貴様が最も大切にするべき」
つぐみ「お嬢は、失われていないではないか」
楽『……』
つぐみ「……幸い、クロード様と行動していたお嬢は、今回の件をまだろくに知らない」
(……何だ、この手応えの無さは)
つぐみ「傷つかないよう、悟られないよう、うまく伝えるさ」
(……何故私は、こんなに焦っている)
つぐみ「そして二人、よその学校に転校するなりなんなりすればっ」
(まるで、自分の語る言葉が)
つぐみ「形は違えど、今までどおりの平穏な生活が、送れるはずではないかっ!!!」
(まるっきり質量を持たない、薄っぺらな嘘とでも言うかのように!!)
楽『……』
楽『……あのな、つぐみ』
楽『落ち着いて聞いてくれ』
つぐみ「……」
楽『俺と千棘は、コイビトなんかじゃない』
つぐみ「……」
つぐみ「……そういうこと、か」
楽『ああ』
楽『ビーハイブと集英組は抗争を抑えるために、お互いの娘と息子を利用したんだ』
楽『俺達はそれを受け入れて、高校の三年間、ニセのコイビトを演じることになった』
楽『だから、本当の俺と千棘はコイビトじゃない。皆の目が無いところでは、時にいがみ合ってすらいる関係だ』
つぐみ「……」
楽『笑えるだろ?』
楽『そんな男が警視総監の娘と許婚で、中国マフィアの若き女ボスと同居してんだ』
楽『ああ、コイビトのお付の凛々しい女ヒットマンにも、ときめいたコトが何度かあったな』
楽『……まあ、本人が本当に好きなのは、クラスメイトの内気で可憐な女の子なんだけどさ』ハハ
つぐみ「……」
楽『……』
楽『殺せよ』
楽『ずっと、そうしたかったんだろ』
つぐみ「……」
楽『……俺は』
楽『死ぬのはすげぇ怖いし、絶対に嫌だけど』
楽『お前やビーハイブの殺し屋から、逃げ切れる力も技術もないし』
楽『親父に泣きついて、半端なヤクザモンとして生きていくことも、今更できない』
楽『……ビーハイブと組が本格的な抗争に入れば、どうせ今まで通りの生活なんて送れやしないし、きっとみんなにも迷惑がかかる』
楽『だったら最期くらい、潔く我慢するよ。それくらいカッコつけたっていいだろ?』
楽『……ただ、小野寺のことだけは、助けてやってくれ』
楽『千棘もきっと、それは望むはずだから』
楽『だから――』
ガラガラガラガラガラ
楽「」ビクッ
ピシャァァン!!
ズイ ズイ ズイ ズイ ズイ
つぐみ「……」ユラァ
楽「つぐ、」グイッ
つぐみ「……一条楽」
楽「……はい」
つぐみ「案ずるな」
つぐみ「私がお前を、護ってやる」
~ AM0:33 鶫誠士郎 セーフハウス ~
つぐみ「……ここからが重要だ」
つぐみ「”テンパンチ・プロジェクト”は四半期に一度、奴等の総本山がある神粍(シンミリ)町の団体施設で大々的なイベントを行う」
つぐみ「組織の中核人物らが集まり、その期に集った新たな構成員を、本腰入れて洗脳し直すという訳だ」
楽「……」
つぐみ「そこで……」
楽「……何で、だよ」
つぐみ「……?」
つぐみ「ああ、別に団体に参加しているわけでも、信仰しているわけでもないぞ」
つぐみ「暗殺者としての、基本的な教養だ」
つぐみ「活動する国において、自らの組織と主に仇成す可能性のある相手の存在や、大まかな沿革程度は、予め知っておかねば差し障る……」
楽「いや、そうじゃなくて!!」
つぐみ「……夜中だぞ、騒々しい」
楽「……悪ぃ」
楽「だけど、おかしいだろ」
つぐみ「だから何が」
楽「この流れ全部だよ!!」
つぐみ「……」
楽「俺のこと」
楽「……殺すんじゃ、なかったのかよ」
つぐみ「……そのことか」ハァ
つぐみ「何も難しい話じゃない。自分の望む仕事は、自分でやれと言うだけの話だ」
つぐみ「私や組織に殺されることを、言い訳に使ったりせずに、な」
楽「……っ」カァァ
楽「そんな事言ったって、俺は!」
つぐみ「愛しているのだろう、小野寺様の事を」
楽「……俺に、そんな資格……」
つぐみ「愛される資格がなければ、愛してはいけないのか?」
楽「……」
つぐみ「……胸を張れ、一条楽」
つぐみ「お前は弱いし、頭も悪いが、他人の為に自分を犠牲にできる優しい人間だ」
つぐみ「私はそんなお前の事が、大好きだよ」
楽「……よせよ」ハハ
楽「俺だってつぐみの事は、尊敬するところのたくさんある、素敵な友達だと」
つぐみ「……ヌルい逃げ方はさせんぞ、一条楽」
つぐみ「私は、お前の事を、異性として真剣に愛している」
つぐみ「冗談でも、慰めでも、なんでもない。本気でお前の事を愛しているんだ」
楽「……」
楽「……」
楽「……えっと、その」カァァァァァァ
つぐみ「……そ、そしてっ!」
楽「はいっ!」
つぐみ「お前はニセコイ関係だったと信じているようだが」
つぐみ「お嬢もお前のことを、本気で愛している」
楽「……い、いやいやおいちょっと待てよ」
楽「何でお前がそんなことっ」
つぐみ「付き合いの長さ」
楽「うっ」
つぐみ「……それに、お嬢の本気の愛情と、ニセコイ関係の縛りを含めて考えれば、最近不審が目立ったお嬢の行動に全て説明がつく」
つぐみ「論理的に経験的に考えて間違いない。お前はお嬢にも愛されている」
楽「……だけどっ」
つぐみ「橘万里花は言うに及ばず。小野寺様も宮本様の言うとおり、お前を愛している、あるいはいたのだろう」
つぐみ「先生にしても、あの年齢の女性が、わざわざ男の家に同居を願う理由など、恋愛しかあるまい。そう考えた方が自然だ」
つぐみ「もしかしたら、春様やポーラもそうなのかも知れんな。いや人気者じゃないか、良かったな、一条楽」ハハハ
楽「……」ガクッ
楽「……何なんだよ、それ……」
つぐみ「……」フゥ
つぐみ「……お前は、自分自身の事を不誠実で、他人に恥ずべき所ばかりの薄汚い存在だと落ち込んでいたようだが」
つぐみ「そんなお前を、皆が愛した」
つぐみ「私の知っている一条楽は、例えコイビトとして結ばれない運命でも」
つぐみ「自分の大切な人を救いに行かずにはいられない、男気と勇気のある奴だ」
つぐみ「……だが、もし」
つぐみ「お前自身が、お前自身でいることに自信を無くしたと言うなら、私がお前を支えてやる」
つぐみ「お前自身の強さが、お前自身の優しい心が、無くならないように」
つぐみ「それはきっと、お嬢の望むことでもある」
つぐみ「だから、私はお前を殺したりしない。お前がお前であるために、私はあらゆる手段を尽くす」
つぐみ「それだけの話だよ」
楽「……お前は」
楽「それで、いいのかよ」
つぐみ「……意地悪な奴だな」
楽「……ごめん」
つぐみ「いい」フフ
~ AM1:00 鶫誠士郎 セーフハウス リビング ~
楽「いづっ」
つぐみ「……食事は朝まで止めておけ。ミルクティ位なら飲めるか?」スッ
楽「せっかく用意してくれたのに、悪ぃ……ん、こっちは大丈夫そうだ。美味いし」
つぐみ「世辞はいい」ニコ
楽「」ドキッ
つぐみ「……何か、おかしかったか」カァァァ
楽「な、何でもねえよ」ゴクゴクゴク
つぐみ「……むう」
つぐみ「……さっきは上の空だったようだから、もう一度説明しておくが」
つぐみ「”テンパンチ・プロジェクト”は、いわゆる普通のカルト宗教団体だ」
楽「ゴク……色々突っ込みどころがあると思うんだが」
つぐみ「……”テンパンチ・プロジェクト”が、元々定収入を持たない人間達の互助組織だとは聞いているな」
つぐみ「その中で、元プロボクサーの”お父様”と呼ばれる人間が核となり、今日の政治結社じみた宗教団体の形成に至っている」
つぐみ「その本質は、フィクション作品に登場するような”ありふれたカルト教団”と同じだ」
つぐみ「教祖、それに一部の幹部が定めたルールで下級構成員をハードに洗脳し、利用する」
つぐみ「”テンパンチ・プロジェクト”の場合は金銭こそ巻き上げないが、政治的なアジテート活動に信者を活用しているんだ」
楽「……うーん?」
つぐみ「……例えば、日本の自衛隊は戦争に参加できないが、”テンパンチ”の幹部は、自衛隊に戦争をさせたいと思っているとするだろう」
楽「……うん」
つぐみ「法治国家において、意見を主張するにはヒトとカネが必要だ。”テンパンチ”は各種活動を通じて、自分達の仲間を増やす」
つぐみ「地域のコミュニティ施設から、いじめられっ子の救済まで、とにかく何でも手を出して、自分達に忠実なコマを作るわけだな」
つぐみ「ある程度コマが集まれば、今度はそれを使って更なるヒトとカネを引き出すことが可能になる」
つぐみ「直接信者から搾取しなくても、自分達主催のスポーツイベントだの、コンサートだのを開いて稼ぐことも可能だし」
つぐみ「ストライキやデモの旗頭に、世間知らずの可愛い女子高生を派遣する事だってカンタンだ」
つぐみ「”自衛隊による先制防衛を!! 今だ必殺、天・パンチ!!”とでも言った具合にな」
楽「……つくづく悪の組織じゃねえか」
つぐみ「擁護する訳ではないが、現代の法治国家で少数派の意見を押し通そうとするならば、こんな形にならざるを得ないのも現実だ」
つぐみ「それに参加者の多くは、”テンパンチ・プロジェクト”に所属することで、人生の安寧と、満足感を得ている」
つぐみ「信じて、救われているってコトだよ」
つぐみ「若い信者に売春をさせたり、老人からカネを巻き上げる団体もある中、なかなか健全な運営をしている方だと思うが」
楽「……」
つぐみ「話を続けるぞ」
つぐみ「”テンパンチ・プロジェクト”は、四半期に一度大々的なイベントを開き、新規入会者に強力な洗脳を施している」
つぐみ「小野寺様や宮本様は、まだその段階までは達していないようだ。十分引き返せる余地がある」
楽「なるほどな……で、そのイベントって」
つぐみ「今日の夜から3日間」
楽「」ブホッ
つぐみ「……」ムスッ
楽「ご、ごめ、で、でも!! 急がなきゃっ」
つぐみ「そうだな。今日駅前にたむろしていたのも、恐らく施設に移動するためなのだろう」フキフキ
つぐみ「しかし、まだ動くわけにはいかない」
楽「どうして!!」
つぐみ「敵の本陣に乗り込むには、あまりに準備が足りなさ過ぎる」
つぐみ「私が知っているのは、調べれば誰でも分かるような、インターネットで拾える程度の知識に過ぎん」
つぐみ「相手のスケジュール、施設の設備、人員、その他諸々。何も知らずに飛び込んでも、受付で追い返されるのがオチだ」
つぐみ「二人を説得して連れ帰るにしろ、強引にさらうにしろ、それなりの準備が必要になる」
楽「……くそっ」ダンッ
つぐみ「幸い、イベント自体は泊まりがけで行われるらしい」
つぐみ「恐らく、本格的な仕上げに入るのは最終日、明後日。明日の夜までに手を打てば、なんとかなるはずだ」
楽「そう、か……」
楽「……」
楽「……ちなみに、つぐみの言う”準備”ってのは」
つぐみ「弾薬とか、爆弾とか」
楽「待て待て待て待てお前何するつもりだよ」
つぐみ「……」フゥ
つぐみ「宗教の根底にあるものは、個人の思想、他人に侵されたくない人格の根底だ」
つぐみ「人を動かす原動力として、これ以上強いものはそう無い」
つぐみ「そのような輩に一度恨みを買えば、死ぬまで付け狙われる事を覚悟せねばならん」
つぐみ「ましてや”テンパンチ・プロジェクト”の異常性は、さっきお前自身が語ったばかりではないか」
つぐみ「相手の本陣に飛び込んで、二人を説得して連れ帰れば全ておしまい、と考えているのならば、状況を舐め過ぎているぞ」
楽「……そうなると、また話が別なんじゃないのか?」
楽「そんな危険な組織相手に、俺達二人だけじゃ」
つぐみ「……どうやら私のことも舐めているようだな」
つぐみ「こう見えて私も、ビーハイブでは指折りの実力を持つ殺し屋だ」
つぐみ「いかに狂信者の集団とは言え、烏合の集相手にワンマン・アーミーをこなす位、わけない」ニヤ
楽「……頼もしいことで」
つぐみ「ふふ」
つぐみ「……まあ、まずはそういう準備だ。後は私自身の問題もある」
楽「?」
つぐみ「私はビーハイブの所有物だからな。自由に使える道具や時間を工面するのにも、ちょっとした手間が要るんだ」
つぐみ「お前はその間、小野寺様をどうやって口説き落とすか、じっくり考えながら体を休めればいい」
つぐみ「傷つきながら女を救うのは絵になるが、親父様に負わされた傷で動けませんでした、では、話にならんぞ」ハハハ
楽「……」
つぐみ「はは、は……」
つぐみ「……」
楽「……」
つぐみ「……」
つぐみ「……それとも、一条楽」
つぐみ「あるいは、お前にとって……」
楽「……?」
つぐみ「……いや、なんでもない」
つぐみ「話は以上だ。今日はこの部屋で寝ていけ」
楽「」ドキッ
楽「い、いやお前、それってっ」
つぐみ「……何を想像している、馬鹿者」カァァ
つぐみ「お前が一人で先走らないように監視するためと」
つぐみ「そもそも服が血と泥にまみれた制服しかなくて、とても外に出られるような状態ではないこと」
つぐみ「そして家に帰り辛いであろう貴様が、集英組の者に出くわさないよう、気を使ってやっているだけだ!!!」カァァァァァ
楽「で、でもお前は」
つぐみ「私はソファーで寝る。ポーラやクロード様が来た時、不在では言い訳も立たんしな」
楽「……じゃあ俺がソファーで寝るよ。部屋の主がベッドを使うべきだろ」
つぐみ「パンツと包帯しか着ていない怪我人を、ソファーで寝かせられるか。それにお前では頭がはみ出るだろう」
楽「大して身長変わらねーだろ!! 第一女の子の匂いの染み付いたベッドで寝るなんてっ」
つぐみ「匂い!? 匂いと言ったか!? 何をするつもりだ貴様!!!!」
楽「何ってお前……」カァァァァ
楽「……別に何も」
つぐみ「……何だよ、今の間は」
楽「……何でもねーよ」
つぐみ「……」
楽「……」
~ 15分後 ~
つぐみ「……電気、消すからな」
楽「……おぅ」
カチャ カチャ シーン
つぐみ「……」モゾモゾ
楽「……」
つぐみ「……もっと端に寄れ」ギュム
楽「……無理だ、落ちる」ギュム
つぐみ「ではやはり、私がソファーで……」
楽「いや、俺が……」
つぐみ「……」
楽「……」
つぐみ「……おやすみ」
楽「……おやすみ」
~ 深夜 ~
つぐみ(……)
つぐみ(……)
つぐみ(……この状況)
つぐみ(……お嬢が知ったら、どうなってしまうのか……)
つぐみ(……)
つぐみ(……)
―― 「私は、お前の事を、異性として真剣に愛している」
―― 「冗談でも、慰めでも、なんでもない。本気でお前の事を愛しているんだ」
つぐみ(……)
つぐみ(告白、してしまった)
つぐみ(……あんな、色気の無い、無様な)
つぐみ(……)
つぐみ(もっと、他に言いようがあったはずなのに……)
つぐみ(……或いは、もっと上手に伝えられていれば……)
つぐみ(……)
つぐみ(いやいやいやいや)
つぐみ(ダメだろ、上手くいっちゃ)
つぐみ(奴はお嬢の想い人だし、奴自身は小野寺様の事を好いているのだから)
つぐみ(……私の介入できる余地など、最初からありはしないんだぞ)
つぐみ(……)
つぐみ(……だけど)
つぐみ(……嬉しい)
つぐみ(言葉にして、ようやく分かった)
―― 「一条楽を憎からず思う気持ちは、多分単純なコイとは違って」
―― 「私の大切な存在であるお嬢が、心を揺り動かされていることへの敬愛、尊敬とか」
―― 「日本の、普通の学生が送るような、穏やかな日常への憧憬とか」
つぐみ(そんなんじゃ、なくて)
つぐみ(私は、一人の女として、一条楽のことが大好きだって)
つぐみ(愛している。愛されたい、ずっと、いっしょにいたいって)
つぐみ(自分が、ちゃんとコイをしているんだって事が、わかったから)
つぐみ(だから……)
つぐみ(……)
つぐみ(……だから、何だというのだ)
つぐみ(例えニセコイだったとしても、お嬢が一条楽を愛している事実に、何も変わりはないというのに)
つぐみ(お嬢のことを考えたら、想いを抱く事自体、間違っているコイだというのに)
つぐみ(……)
ムクッ
ガサガサ
テク テク
スッ
チャリン
つぐみ(……橘万里花)
つぐみ(……私は……)
楽「……どうしたんだよ、それ」
つぐみ「……起きていたか」
楽「……寝れねーだろ」プイ
つぐみ「そうだな」フゥ
楽「……」
つぐみ「……橘万里花から、貰った、鍵だよ」
つぐみ「お前の事を諦めたから、今夜中でこの町を出るそうだ」
つぐみ「……その様子を見るに、知らなかったし、知らされなかったらしいな」
楽「……」
楽「……俺」
つぐみ「……?」
楽「……橘に、嘘、ついたんだ」
つぐみ「……」
楽「橘のこと、小野寺と同じようにしか、見れないって」
つぐみ「酷い嘘だな」
楽「ああ」
つぐみ「お嬢と、新聞部員の前だから、そんな嘘をついたのか」
楽「……違う」
楽「違うんだよ」
楽「俺は」
楽「本気の橘を前にして」
楽「最後まで、本当の事が、言えなかったんだ」
楽「かっこつけたから」
楽「自分が、痛い思いをしたくなかったから」
楽「結局、最後の最後まで」
楽「本気で、橘に応えることが、できなかったんだ……」
つぐみ「……」
ニギッ
楽「……つぐみ」
つぐみ「橘万里花は、笑っていたよ」
楽「……」
つぐみ「きっとお前に会えば、決心が鈍ると思ったのだろう」
つぐみ「だが奴は、お前を恨んでいる様子など、微塵も無かった」
つぐみ「だから……」
つぐみ「……今からでも、橘万里花を愛してやると言うのなら、追いかけてやれ」
つぐみ「そうでないならば、せめて」
つぐみ「忘れてやれ」
つぐみ「……それが、手を取らぬ者が与えていい、唯一の優しさだと、私は思う」
楽「……」
つぐみ「……ソファーで寝るか?」
楽「……ここでいい」
つぐみ「わかった」モゾモゾ
楽「……つぐみ?」
つぐみ「少し風に当たってくる。お前が寝付いた頃にでも、戻ってくるさ」
楽「……」
つぐみ「今度こそおやすみ、一条楽」
楽「……つぐみ」
つぐみ「うん?」
楽「……ありがとな」
つぐみ「……」
ガラガラガラ ピシャン
~ 鶫誠士郎 セーフハウス前 ~
つぐみ「……」
―― つぐみ「……今からでも、橘万里花を愛してやると言うのなら、追いかけてやれ」
―― つぐみ「そうでないならば、せめて」
―― つぐみ「忘れてやれ」
―― つぐみ「……それが、手をとらぬ者が与えていい、唯一の優しさだと、私は思う」
つぐみ(……我ながら、ご立派な説教だったな)
つぐみ(追って行って欲しいとも、忘れて欲しいなどとも、欠片も考えていないクセに……)
カサッ
つぐみ「!」
ポーラ「こんばんわ」
ポーラ「面白そうなこと、始めたみたいじゃないの」ニヤニヤ
つぐみ「……盗み聞きとは、趣味が宜しくないな」
ポーラ「あら、アンタたち二人っきりの気配を察して、入室を控えるくらいには良識派のつもりなんだけど」
つぐみ「……それは、どうも」
ポーラ「……それより、どうだったのよ」
つぐみ「一緒のベッドで寝ていたところだ、と言ったら、信じてくれるか?」
ポーラ「……つまーんなーい」ブゥ
つぐみ「……すまんが、一人にしてくれないか。色々と考えたいことがあるんだ」
ポーラ「あら、冷たいじゃない。組織の命令に背いて、新興宗教家相手に戦争でもおっ始めようってワケでもあるまいに」
つぐみ「……」
ポーラ「……ぇー」
ポーラ「いや、まぁ……アンタの人生だからさ、何がどうとか言うつもりは無いけど」
ポーラ「そこまでする必要、あるの?」
ポーラ「奪回対象はお嬢の親友だし、消されるまではないにしても、万一バレたらアンタは……」
つぐみ「もちろん、分かっているさ」
つぐみ「だが、どうしてもやらねばならない」
つぐみ「……例えそれが、お嬢やお前、組織と決別する選択だったとしても」
つぐみ「私自身が、私自身で愛したものを、守るためには……」グッ
ポーラ「……あっ、そ」
ポーラ「それなら私も、手ぇ貸してあげちゃおっかな」クルッ
ポーラ「冴えないもやし小僧の護衛には、黒虎と白牙の二枚看板ぐらいで丁度いいと思わない?」ニィ
つぐみ「……止しておけ、ポーラ」
つぐみ「お前の言う通り、この件は私が犯す重大な命令違反だ。手を貸すどころか、知って黙っている事すら厳罰を被りかねん」
つぐみ「お前にはお前の、大事なものがあるのだろう。関わらん方が身のためだよ」
ポーラ「……何よソレ、かっこつけちゃってさ」ブー
ポーラ「この状況だって、私が一条楽に口添えしてあげたおかげで……」
つぐみ「……」ピクッ
ポーラ「……あっ」
つぐみ「……ポーラ」
つぐみ「貴様」
つぐみ「自分がいったい、どれだけのことをしたのか!!」
ポーラ「……な、何よ、何よっ」
ポーラ「黒虎だって、この状況、楽しんでない訳じゃないんでしょ」
ポーラ「わ、私ばっかり責めないでよね! あ、アンタ、アンタだってっ」
つぐみ「……」
ポーラ「……そ、そ、そうよ、そもそも、この状況だって、各々がそれぞれで考えた結果こうなってるんでしょ」
ポーラ「確かにきっかけを作ったのは私かもしれないけど、そんなに怖い顔される筋合いは……」
つぐみ「……」
ポーラ「だから……」
つぐみ「……確かに」
つぐみ「お前の言うとおりだよ、ポーラ」
ポーラ「……へ」
つぐみ「この状況に、私が少なからず喜びを感じているのは、事実だ」
つぐみ「私がお前に説教をする道理もない。むしろ、感謝するべきなのかも知れん」
ポーラ「……わ、分かればいいのよ」フン
つぐみ「だが、ポーラ」
つぐみ「……」
つぐみ「自分の果たせなかった幸せの形を、他の誰かに投影するのは、もう止めておけ」
つぐみ「……空しさが、残るだけだ」
ポーラ「……」ギロッ
ポーラ「そんなんじゃないわよ」
つぐみ「しかし」
ポーラ「そんなンじゃないっつってんのよッ!!!」ダッ
つぐみ「おい、ポーラ、ポーラっ!!」
つぐみ「ポーラ……」
つぐみ「……」ハァ
つぐみ「……幸せの形、か……」
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
つぐみ「……」
楽「……」
つぐみ「……」
つぐみ「……それとも、一条楽」
つぐみ「あるいは、お前にとって」
楽「……?」
つぐみ「私は汚れた存在か」
楽「……アホな事、言ってんじゃねーよ」
つぐみ「否定に力がないな。女はおろか、子供ですら騙せんぞ」
楽「……」
つぐみ「認めろ、一条楽。お前は結局、自らの境遇に反発して、外に救いを求めているだけだ」
つぐみ「だからお前にとっての”別の世界”に生きる、私達を傷つけようと何も思わない」
つぐみ「”普通の世界”の象徴である平凡な女、小野寺小咲を逃げ道にしているだけなのだろう?」
楽「違う!!」
つぐみ「いいや、違わんさ」
つぐみ「そうでなければ、何故橘万里花の気持ちに応えない」
万里花「……楽様にとって、私は暴力団と警察が手を取り合うために決められた、形ばかりの婚約者」
万里花「けれど、私の気持ちがそれだけではないことを、私は全身全霊をかけて貴方に伝えてまいりました」
万里花「結果は拒絶すらない、延々と続く肩透かし。それももう、終わりましたけれど」
万里花「ありがとうございます、楽様。最後にはっきりと、私を傷つけていただいて」
楽「橘っ」
小野寺「……一条くん、大好きだよ」
小野寺「でも、一条君にとって私は……」
楽「……」
小野寺「……どうして、否定してくれないの?」
小野寺「一条君がそんなだから、私は!!」
楽「……俺は橘の事も、小野寺のことも、いいかげんになんて考えてない!!」
千棘「今更いい子ぶってんじゃないわよ、糞モヤシ野郎」
千棘「アンタは結局、平凡な大人にも、はみ出し者にもなりきれない、中途半端で優柔不断なクズ野郎なのよ」
千棘「私の気持ちにだって、気づいてなかったわけじゃないんでしょ」
千棘「ヤクザの世界の出来事だからって、真面目に考えてなんていなかったんでしょ」
千棘「ニセコイって言葉に逃げて」
千棘「万里花の事も、小咲ちゃんの事も」
千棘「……私のことも」
千棘「真剣に考えずに、今のぬるい関係をずっと続けていきたいなんて、思っていたんじゃないの?」
楽「……」
千棘「……いや、案外本気で理解してなかったのかしら」
千棘「わざと目をそらして、自分自身すら騙して、気づかないフリをしてごまかして」
千棘「結局、私の独り相撲だったってことかしら。酷い話」
羽「……みんな、あんまり楽ちゃんを責めないであげて~」
羽「楽ちゃんだって、まだまだコドモな男子高校生なんだから」
羽「ちょっとくらい、独りよがりだって、自分勝手だって
羽「不幸を自分の生まれのせいにしたって、仕方ないわ」
羽「時には失敗だってするよ」
羽「自覚無しに誰かの心を傷つけたりしても、それは楽ちゃんが悪いんじゃないの」
羽「楽ちゃんだって、かわいそうなんです」
楽「……羽姉、なんで、そんな言い方」
羽「だって、そうじゃなきゃ」
羽「……私、楽ちゃんのこと、許せなくなっちゃう」
楽「っ……」
万里花「ねえ、これからどうされますの、楽様」
千棘「どうするのよ、楽」
小野寺「一条君……」
羽「楽ちゃん」
「楽様」
「楽」
「一条君」
「楽ちゃん」
「楽楽様一条君楽ちゃん楽楽楽様一条君一条君いちじょ
楽「うるっせえええええええええ!!!!!!!!」
楽「はあっ……はあ、はあっ……」
つぐみ「一条楽」
楽「……」
つぐみ「お前がどんなつもりであろうが、周りの人間を傷つけて回っている事実は消せない」
楽「……そう、だな」
楽「それ以上は、ただの俺の自己満足、言い訳だ」
楽「だけど、俺は……」
つぐみ「……勘違いするな、一条楽」
楽「……?」
つぐみ「別に私は、お前を咎めている訳ではない」
楽「どういう意味だよ」
つぐみ「私はお前の生き方を肯定する」ファサ
楽「わっ、よせ、お前、いきなり何をっ!!」
つぐみ「今日び女の乳くらい、そう珍しいものでもないだろうに。やはり面白い奴だな」フフ
楽「いいから、服着ろってっ」
つぐみ「……」ギュッ
楽「~~~~~~~ッ!!」
つぐみ「……愛したいだけ、愛すればいいのだ、一条楽」
つぐみ「偏りさえさせなければ、本妻と別に愛人を持つこともできる」
つぐみ「あるいは、単に性欲の捌け口としても……」ツツツ
楽「……やめ、ろよ」
つぐみ「そう固く考えるな。私は千棘お嬢様の忠実なる僕だが、所詮ビーハイブの殺し屋、使い捨ての駒だ」
つぐみ「お前が性欲処理の道具として拾ってくれるなら、少しは寿命も永らえる。人助けだとでも思え」
つぐみ「そうして、せめて人並みの幸せと愛を、ひとときでも与えてくれるなら、私は……」
楽「……」
つぐみ「さあ、一条楽」
つぐみ「……いえ、一条様」
つぐみ「今だけでもいい」
つぐみ「私のことを」
つぐみ「あいして――」
楽「……つぐみっ!!」ガバッ
楽「……」
楽「……」
楽「……」バタッ
楽「……夢」
楽「じゃ、ねえよな、今のは……」ゴロン
~ 鶫誠士郎 セーフハウス 寝室 ~
楽(……そう)
楽(夢なんかじゃない)
楽(俺は心のどこかで、避けてるんだ)
楽(マフィアの娘としての千棘や、殺し屋のつぐみ達と、向き合うことを)
楽(本当のみんなのことを、見ようともしないで、だから……)
楽(……)
楽(……置き手紙?
カサッ
『よく寝ているようだから、準備のため先に出かける。
午後7時丁度に、凡矢理駅の東口前で落ち合おう。
服を私の変装用備品から見繕っておいた(未使用品だ)
家の鍵と一緒にテーブルの上へ置いた。
もし、私の助力が迷惑ならば、その時間前に出発してくれ。
お嬢には私から、うまく伝えておく。
鶫 誠士郎』
楽「……」
楽(千棘のため? 小野寺のため?)
楽(……俺のため、なんだろうな、やっぱ)
楽(俺のこと……愛してくれてるって、言ってたし)
楽(だけど)
楽(俺は一度、橘を裏切ってる)
楽(あんなに俺のことを愛してくれていた橘のことを、相手にもしないで)
楽(そのくせ、夢の中とは言え、つぐみの事をあんな風に……)
楽(……)
楽(やっぱり、つぐみを巻き込むのは……)
プルルルルルルルルルルルッ プルルルルルルルルルルルッ プルルルルルルルルルルルッ
楽「……」
プルルルルルルルルルルルッ プルルルルルルルルルルルッ プルルルルルルルルルルルッ
楽「……え、俺の携帯?」
プルルルルルルルルルルルッ プルルルルルルルルルルルッ プルルルルルルルルルルルッ
楽(着信音、こんなんじゃなかったよな……番号も表示されてねーし)
楽(……)
プッ
楽「……もしもし」
???『おはよ。それとも、もうこんにちは、かな?』
楽「用事があるなら、普通にかけてきてくれよ……」
楽「……羽姉」
羽『ごめんね。どうしても電話が繋がらなかったから、焼豚会の専用回線、使っちゃったの』テヘヘ
楽「……そういや昨日の晩、電話帳の連絡先全部着拒したんだっけ」
羽『みたいだね。組のみんなも心配してたよ?』
楽「……」
羽『そっちは、ごめんねできないよ。大事な人達を心配させるのは、例え楽ちゃんであっても、いけないことでーす』
楽「どうせ、大方の事情は知ってんだろ。放っておいてくれよ」
楽「羽姉の事だって、俺はっ」
羽『……小咲ちゃん達の話なら、やっぱり謝る気にはならないよ、私は』
楽「どうしてっ!!!」
羽『今の楽ちゃんになら、わかるんじゃないかな?』
羽『それとも、自分がヤクザの子供としての運命から逃れられないと知った今でも、小咲ちゃん達を自分の人生に巻き込みたいと思うの?』
楽「……でも、それとテンパンチ・プロジェクトは」
羽『気の毒だとは思うけどね。それでも、自分達で選んだ道だよ』
羽『成功も失敗も自分持ち。私達が何かするよりも、よっぽどシンプルで、健全だと思うけど』
楽「……」
羽『……なんてね。こんな意地悪な話をするために、電話したわけじゃないんだ』
羽『今日の夜、時間作ってもらえないかな? 楽ちゃんに会いたいの』
楽「……悪いけど、無理だ」
羽『どうして?』
楽「……先約があって」
羽『それなら、大丈夫だよ。こっちで楽ちゃんの都合に合わせるようにするから』
羽『たとえば』
羽『今日の夜7時ちょうどに、凡矢理駅の東口前で待ち合わせだったらどうかな?』
~ つづく ~
続き
つぐみ「二人のニセコイ」【後編】