女の子「べつに家に不満があったとか、家族と喧嘩していたとかではないんですね」
女の子「でも、とても、家にいられなかった。漠然としたその感覚が積りに積もって、ある朝目が覚めたんです」
女の子「すぐに決心しました。家を出よう。持ち物はなにが必要でしょうか。もっている一番大きなかばんに、どこでも着れそうな服と、下着をいくつかと、それから靴下やハンカチ、ポケットティッシュなんかをほうりこみました」
女の子「あとはお財布ですね。もともとたいしてお金なんてもってませんでしたから、何日で食費すらなくなるんだろうなと考えると目頭があつくなってきます」
女の子「でも決めましたので。お気に入りの服、すきな人形、大切にしていたCD、みんなおいていきます」
女の子「まだみんな寝静まっていて、外も鳥の声すらしませんでした。よく覚えてます」
女の子「靴はどれにしようか迷いました。いいえ、もう心の中では決めていたんだと思います。誰かが起きてきて鉢合わせしたら面倒ですし、急ぐためにも」
女の子「結局歩き疲れない、履きなれたスニーカーです。そう、いまもはいてるやつですね」
女の子「玄関をそっと開けると、冷たい空気が身体に吹き込んだようでした。冬に向けてコートを着ていてなお、風が吹くと震えてしまいそうでした」
元スレ
女の子「しってますか、わたし、一年前の今日、このぐらいの時間に家を出たんです」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1444504844/
女の子「まだ暗くて、街灯が頼りです。家は郊外の住宅地で、夜中に出歩く人なんていませんし、朝の散歩にも少し早くて、しばらく歩いても誰にも会いませんでした」
女の子「大きな通りにでると、さすがに車が行き交っています。みんな朝早くから、どこへ向かうのでしょうか。どこでも、行き先がないというのは自分ぐらいだと思えて、すこし寂しくなったものです」
女の子「それから駅に向かいます。とりあえず戻れない、あるいはわたしを知る人がいない場所まで、いくことにしたんです。でもあまり遠いと電車賃がかさみますから、結局ここまでしか来れなかったんですけどね」
女の子「始発電車にも乗客はそこそこいて、みんな仕事や学校なんでしょう。旅行かばんなんかをもってるのはやはりわたしだけです」
女の子「乗ったことのない路線、行ったことがない方向に電車が動き始めると、いつこの駅にもどってくるんだろうと考えました」
女の子「ふふ、まだ戻らずにすんでます」
女の子「いいえ、感謝してるんですよ」
女の子「どういう形式であれ、事態が動けば迷惑を被るのは必ずあなたです。わたしに起こる事柄はもう受け入れる以外に選択肢はないですし」
女の子「適当なところで降りて、朝食にします」
女の子「牛丼屋というのにはじめて入りましたね、その日。アジア系の店員さんがふたりと、眠そうな顔のサラリーマン、すこし太った男の人、お客はそれくらいでした」
女の子「290円。やすいようで、何度も食べられない予定でしたから、もう舌に記憶させるんだと食べたのはいい思い出です」
女の子「……こんど、わたしがおごりますから、食べに行きましょうね、牛丼」
女の子「それでですね、さて一日なにもすることがないわけですから、どうしようかとふらふらしていました」
女の子「公園に行ったり、百貨店を散策したり」
女の子「あ、そう、警察にみつかるといけないので、はい、声かけられたらいっかんの終わりですのでね、そこは注意してて、もしかしたらかえって怪しかったかもしれないです」
女の子「時間が立つのがずいぶんおそかった記憶があります」
女の子「まだお昼にすらなってないのか、と途方に暮れて、また駅に戻りました」
女の子「接続駅でしたから、また違う線にのろうか、迷ってあちこちいったりきたりしていたらですね、ホームで熱心にカメラを構える男の人がいたんです」
女の子「その人を観察することにして、線路を挟んだホームのベンチに腰掛けました」
女の子「おおきなカメラを構えて、やってくるいろいろな列車を撮影していたようでしてね、すこし遠めでしたけど、楽しそうにしてるのがわかりました」
女の子「わたしは趣味とかなくて、ちいさいころなにか習い事をさせたい親をこまらせたものです。何をやっても続かないので、この娘はなににむいてるのかしら、って」
女の子「結論から言えばなにもしないに向いていたんでしょうね。寝たり、ぼーっとしたりするのが楽しいというか、ふつうですけど」
女の子「男の人がかばんから別のカメラを取り出して、また構えました。そうするとホームからすこし離れた線路を貨物列車が通っていって、ずいぶん長い列車でしたけど、男の人はずっと構えているんですね」
女の子「列車が行ってしまうところを撮りたかったようで、それが住むと荷物をまとめてどこかへ行ってしまいました。なのでわたしもそろそろ、移動を開始しようとなったんです」
女の子「まだお昼すこしすぎで、さすがに朝早すぎたかなとも思いましたね。昼食は駅の売店でおにぎりを買って、え、あ、こんぶですよ、すきなんです」
女の子「で、とりあえず運賃が安いほうに乗っていくことにして、また駅のベンチで食べて待っていました」
女の子「電車がきます。お昼なので人はまばらで、わたしはいつも電車ですわらないのですけど、長い座席のど真ん中に腰をおろしました」
女の子「駅をでると完全に知らない風景です。そしてどこに行くのかもあまりわかっていませんから、ふあんだったような、わくわくしたような」
女の子「……べつに、楽しんでるわけではないんですよ。今もそうです」
女の子「あ、でも、あなたといるのは、楽しい、かな……ふふ」
女の子「運賃がやすいということはですね、都会のほうにいくんです。乗ってて気付きました。何度か車できたことがある街です」
女の子「やっぱり人がおおいと気分が紛れます。ふつうの、一般人のひとりなんだという気がして、安心、みたいなふうになるんですかね」
女の子「電車は終点なのでのりかえました。こんどは山を通ってべつの街にいきます。わりと時間がかかりそうなので、また売店によっていくつかお菓子を買ったりしましたね」
女の子「電車に揺られるのは、ぼーっとしているだけなので、苦ではないんですが、本当に何も考えないと、頭の中は勝手に湧き出す思考だらけになって、いけません」
女の子「これからどうすんだよ、とか、どうしようもなくなったら帰るのか、どんなことを言われるのか、とか」
女の子「行方不明を警察に届けられたら、交番を避けるだけではだめかもしれません。こういうのを考えていると窓の外の昼下がりの景色が滲んできました、思い出してもそうなりそうです」
女の子「……ん、へいきですよ」
女の子「余計なことを考えるときは、時間がはやくすすみます」
女の子「気づけばあたりが橙色になってきていました」
女の子「まだ街にはついていませんが、山をこえてだんだんと民家が見え始めたところでした」
女の子「ふふ、それでですね、えいって、電車を降りてみたんです」
女の子「……どうですか、物語的ですか」
女の子「ホントはその、おトイレだったんですけどね」
女の子「で、もちろん電車は行ってしまっていて、普通列車以外は止まらないので、もうここで降りてしまおうときめました」
女の子「そういえば夜はどうすればいのだろう、眠るには身の安全と雨風をしのげる場所が必要ですので、どこか場所をさがします」
女の子「建物の一階が駐車場になっているのなんか、よくないかな、と探すと、もうだいぶ日が落ちていましたが、ありました」
女の子「……はい、そうです、あなたのお勤め先ですね」
女の子「もうここしかないと言い聞かせて、とりあえず持ってきたレジャーシートを取り出します」
女の子「やはり夜になると寒いです。布団が恋しく、なんて考えるだけで辛くなりました」
女の子「……布団、いいですよね」
女の子「夕飯を用意していないことに気づいて、でも移動で疲れていて、そのまま寝てしまおうとしました」
女の子「するとですね、なんだか背後が明るいのに気付きました」
女の子「さっきまで真っ暗だった室内に灯りです、げげげ、と思って荷物を抱き寄せたところで、灯りが消えて、すこし離れた扉からあなたがでてきたんです」
女の子「レジャーシートなんか広げて、おっかしいですよね」
女の子「わたし、なんていってごまかそうとしましたっけ」
女の子「わすれた……?けち、おぼえてるくせに」
女の子「……で、あなたはわたしを誘拐しました」
女の子「ふふ、でも誘拐ですよね、傍から見れば」
女の子「女の子がこんなとこで一晩過ごすなんていけない」
女の子「あなたでなかったら、こんなこと言いませんよね」
女の子「わたしはついていたとおもいますよ、ええ」
女の子「そのときのあなたのアパートは手狭ながら綺麗に片付いていて、どちらかといえば侘びしいといった感じでした」
女の子「一晩好きに使っていいからよく考えなさい、といってあなたは部屋を出ていってしまいましたね」
女の子「あのときどうしていたんですか」
女の子「……車、ああ、そうですね、そうですよね」
女の子「で、わたしはとりあえず寝所を確保して、もう疲れて寝てしまったんですね」
女の子「無防備ですけど、まあ、多少は考えてもいましたから」
女の子「……あ、いまニヤってした、いけない人ですね」
女の子「……他人の布団で寝るのは、はじめてでしたよ、もちろん」
女の子「でも関係ないですね、眠ければ石畳でも寝るでしょう、人間品性をなくせばそんなものです」
女の子「……そう、だいたいはどうにかなってしまうんです、品性と主義思想の問題なのですね」
女の子「……それから、どうしたんでしたっけ」
女の子「あ、そうです、あなたが、朝ごはんを買ってきてくれて、玄関が開いたので目をさましました」
女の子「コンビニのトーストでしたけど、わたしは一番思い出の味です」
女の子「……いえ、あなたとの、ですよ」
女の子「……」
女の子「……家庭の味とかいうワードが頭をよぎりました、責任とってください」
女の子「……それであなたはどうするんだと訪尋ねました」
女の子「わたしは頼めるならすこしいさせてほしいと言ったと思います」
女の子「……そんなこといいましたか」
女の子「で、でもですね、そんな……いえ、言ったと思います」
女の子「……なんでもするからって、言ったら、あなたに怒られましたね」
女の子「思い出は美化されるんです、知ってますか」
女の子「……だから思い出すのは好きじゃないんです」
女の子「……」
女の子「……そのあと、休みの一日を潰して、あなたはわたしの話を聞いてくれて、それから」
女の子「……それから、わたしの身の回りのものをいっしょに買いに行きましたっけ」
女の子「それは次の日ですか。よくおぼえていらっしゃる」
女の子「でも、あなたのお部屋にしばらく居候する運びとなって、それでもわたしはどうするべきか悩んでいました」
女の子「……もちろん、そういうことです」
女の子「わたしは外で働いたりはできないでしょうから、どうにかあなたの迷惑を最小限にしようと、みたいなことを考えたのは実はずいぶんあとです」
女の子「最初はわりと、もう自分のことでいっぱいでした。自分でも意外に思います」
女の子「……でも、あなたはわたしにちゃんと接してくれて、すごく、助かったと思います、物質的な意味じゃなくてですよ」
女の子「……それ、このタイミングできいちゃいますか」
女の子「……いえ、いいですよ」
女の子「あ、あのですね、わたしは、その、できれば、ちゃんと、こんなふうじゃなくて、あなたと、もっとですね」
女の子「……ちゃんとした、ふつうの、お付き合いができるように、なりたいんです」
女の子「もちろん……しばらくは、今までのとおりだと思いますし、それをお願いできれば、これ以上はないです」
女の子「……わたしはまだ何も進めてないんです。何も解決してないんです。それはあなたに手伝ってもらうとか、いえ、他人がどうこうする話ではないんですからね」
女の子「……だからもうすこし、あなたの好意に、甘えさせていただければ、と」
女の子「必ず、必ず、どうにかしますよ」
女の子「……その決心だけでも出来たのは、進歩と言ってもいいでしょうか」
女の子「ふりだし……手厳しいですね」
女の子「ふふ、でも、そうですね、それが実現されてこそ、スタートラインに立てます」
女の子「……あまり、甘やかさないでくださいね」
女の子「水は低地に向かって流れるんです」
女の子「……」
女の子「……わたし、お礼をいうべきか、謝るべきか、どちらもすべきか、あるいはすべきではないのか、考えてもわからないんです」
女の子「あなたはたぶん、どの選択肢でも、意味有りげな表情を浮かべてくれるんだと思います」
女の子「なのでですね……」
女の子「……」
女の子「好き、です」
女の子「……」
女の子「ユッチャッタユッチャッタ……」
女の子「ど、どうだ、びっくりしただろお?……」
女の子「……」
女の子「……ふふ、あたりまえです、絶対口にはださないって、思っていたでしょうからね」
女の子「……今日、おでかけしませんか」
女の子「どこか、あ、牛丼、今日、いきませんか」
女の子「ふふ、はい、いいですよ、この前買ってもらっちゃった服、着ていきますね」
女の子「あと、行きたいところも、あるんですが……」
女の子「……ふふ、当てられたら、教えてあげます」
女の子「♪」
末永くめでたきことを願う