関連
月火「どういたしまして、お兄ちゃん」【前編】
月火「どういたしまして、お兄ちゃん」【中編】
七日目。 深夜。
今日で、作戦開始七日目。
とは言っても、昼夜逆転したのもあり、何だか時間感覚がおかしいけど。
起きたとき、床に落ちそうになっている事も無く。
また、変な夢を見る事も無かった。
もやもやとした気分でも無く。
気持ちはすっきりと、落ち着いている。
話すべき事の整理もした。
頭の回転も、大丈夫だろう。 恐らくはいつも通りだ。
火憐ちゃんには、一度だけ私に全部任せてくれないか。 と、伝えてある。
そうしたら火憐ちゃんは「始めから似たような物だろ? 頼んだよ、月火ちゃん」と言ってくれた。
だからこそ、落ち着けたのかもしれない。
火憐ちゃんはもう寝てしまっているから、ここからは何があっても私一人でやらないと。
もう寝てるって言っても、普段なら私も寝ている時間だし、当然なんだけどね。
それにしても。
一週間、短いようで長かったなぁ。
ハッピーエンドにしても、バッドエンドにしても。
今日で、終わりだ。
行くべき場所は、お兄ちゃんの部屋。
起きているのは確認が取れている。 先程、リビングから部屋に戻って行く音が聞こえたから。
お風呂にでも入っていたんだろう、きっと。
さて。
そろそろ行こう。 私と火憐ちゃんのお兄ちゃんに会いに。
ゆっくりと、扉を開く。
部屋に入ると同時に、声を掛けて。
月火「お兄ちゃん、入るよ」
そう言いながら、部屋に足を踏み入れる。
中は相変わらずの真っ暗。
開かれたカーテンからの月明かりだけが、部屋の中を照らしていた。
月火「電気も付けないで、気分が落ち込んじゃうよ」
いつも通りで、歩み寄る。
いきなり全部思い出したとか言って、混乱させてしまうのは嫌だから。
月火「本当に、大丈夫?」
一歩一歩、お兄ちゃんに近づいて行く。
暦「……悪い、出て行ってくれ」
お兄ちゃんは冷たく、私に向けてそう言った。
私はそれを受け、一旦は足を止める。
けど、それも本当に少しの間だけ。
再度、足を動かす。
もう、迷うのはやめた。
月火「でも、毎日そうやってるのに、放って置けないよ」
だって、私はお兄ちゃんの事が好きだから。
迷惑掛けて、助けてもらって、心配してもらって、信用してもらって。
なのに、見過ごせないよ。 歩み寄るな。 なんて言われても、無理な話だよ。
暦「頼むから、出て行ってくれ」
私の顔を見る事もせず、お兄ちゃんは言う。
こんなにも、傷付いてしまっていたのか。
私はお兄ちゃんをここまで、傷付けていたのか。
月火「断る。 お兄ちゃん変だよ?」
私は、何を言っているんだ。
そんな理由、分かりきっているのに。
そうさせたのは、私だと言うのに。
結局は、認めたく無かったのかもしれない。
自分の所為で、お兄ちゃんがこんな事になっているのを。
とことん捻くれている妹の様だなぁ、私は。
そしてゆっくりと、またお兄ちゃんに近づいていく。
月火「たまには外に出ようよ。 どっか遊びに行く?」
ベッドの上にあがり、お兄ちゃんに更に近づいて。
暦「……出て行ってくれ」
頑なに、私の方を見ないお兄ちゃん。
いつまで顔を背けているのさ。 なんだか少し、むかつく。
月火「お兄ちゃん」
そして顔を覗き込むように、私は言う。
お兄ちゃんとの距離は近かった。
壁に背中を預け、ベッドの上に座り込むお兄ちゃんの目の前まで、私は来ていたから。
お兄ちゃんもようやく、私の方に顔を向ける。
多分それは、つい。 と言った感じだろうけど、私の方をやっと見てくれた。
だけども。
暦「出て行けっつってんだろ! 早く出て行けよ!!」
お兄ちゃんは怒鳴り、私を突き飛ばす。
そんな事は当然予想していなかった私は、何も身構えていなくて、体が宙に浮かぶのが分かった。
驚く間も無く、床に叩きつけられる。 さすがに壁までは飛ばなかったけど、それでも少し……痛い。
だけど、そんな体の痛みよりも、お兄ちゃんをこんな状態にしてしまった私自身が、どうしても許せなかった。 胸が苦しかった。
月火「……お、お兄ちゃん」
ごめんなさい。
なんて事は言えない。
言おうとしても、言える訳が無い。
謝っても、どうにかなるなんて段階は、とっくに過ぎてしまっているから。
それに、ここで謝るという事は、それはつまり退くという事と同じだ。 それは、嫌だ。
……よし。
とりあえず、一旦ぐだぐだと考えるのはやめだ。
思った様に、感じた様に、行動しよう。
なんだか今ので、全てが吹っ切れた。
……ていうかだよ?
私としてはさ、ここでお兄ちゃんが「月火ちゃん……お前って奴は」みたいな展開になるのを期待していたのに。
まずは、そうだ。
何このお兄ちゃん野郎は可愛い妹を突き飛ばしているんだ。
折角、可愛い妹が心配してベッドの上にまであがって可愛い顔を見せたと言うのに、とんだ恩知らずお兄ちゃん野郎だ。
はああ。
むっかつくむっかつく! 月火ちゃんちょっと、怒っちゃいましたよーだ。
暦「……ごめん。 出て行ってくれ」
はあ!?
ごめんで済んだら警察いらないし! てか顔も見ずに何言ってるんだ!
そこは優しく手を取って一緒に寝る場面じゃん! 違うかもしれないけど!
と、に、か、く。
すっごく、むかついた。
立ち上がり、お兄ちゃんに近づいていく。
どうやらこの馬鹿お兄ちゃんは、私が部屋を出て行く為に立ち上がったとか思っているのだろう。 ふん、そんな訳あるか。
ベッドの上までジャンプであがり、お兄ちゃんを無理矢理仰向けにする。
で、その上に馬乗り。
月火「ごめんで済むと思ってるの!? 私の事を突き飛ばしておいてさ!!」
顔を両手で抑え、無理矢理に私の方に顔を向けさせる。
月火「ばーかばーか!」
月火「私が、私がどれだけこの一週間頑張ったと思ってるの!? お兄ちゃんがそんなんだから、私も火憐ちゃんも大変だったんだから!」
月火「火憐ちゃんとは喧嘩もしたし! パパとママには怒られたし! お兄ちゃんにはご飯も作ったり! 家の中を色々いじったりさ!」
月火「なのに、お礼の一つも無いなんて許せない! とんだ馬鹿お兄ちゃんめ!」
お兄ちゃんは呆気に取られ、何も言わない。 いや、言い返せないのかもしれない。
私はそんなのは気にせず、続ける。
月火「お兄ちゃんの為に色々頑張ってさ、どうやったら戻ってくれるのかって火憐ちゃんと話してさ」
月火「……それで、全部失敗しちゃってさ」
月火「でも、それでも最後に私は見つけたのに」
月火「なのに! こうして部屋にまで来た私を突き飛ばすって、火憐ちゃんが男の子でしたってくらいあり得ないよ!!」
月火「お兄ちゃんなんて、お兄ちゃんなんて!」
大っ嫌い。
そう、言おうと口を動かそうとしたんだけど。
月火「……大好きだよ」
勝手に、そう言っていた。
勝手にじゃない……よね。 これは、私が思っている事だ。
私は、大好きなんだ。 お兄ちゃんの事が。
なら、全部伝えよう。 私は、思うように口に出そう。
この一週間、ずっと想ってきた事を。
月火「好きだよ……お兄ちゃん。 だから、そんな顔はもうしないでよ」
月火「私、しっかりと出来たからさ」
月火「また一緒にお風呂に入ったりさ。 お話したりさ。 お兄ちゃんの部屋で変な空気になっても、私は嫌じゃないからさ」
月火「だから、また一緒に遊ぼうよ。 お兄ちゃんがいないと、どうしようも無くつまらないんだよ」
月火「全部……全部、思い出したから」
気付けば、私は泣いている。
涙がぼろぼろと、溢れている。
暦「つき……ひちゃん?」
お兄ちゃんがやっと、私の名前を呼んでくれた。
月火「お兄ちゃん、もう大丈夫だから」
暦「お、お前。 思い出したって……何、を?」
月火「全部だよ。 あの化物と戦った事も、お兄ちゃんと一緒に寝た事も、お兄ちゃんと一緒に戦った事も」
月火「怖かった事も、笑った事も、泣いた事も」
月火「お兄ちゃんが、私の記憶を消した事も、全部だよ」
私は精々笑っている様に見せ、言った。 そんなのなんとも思っていないとでも言うように。
暦「そ、それって」
目を見開き、お兄ちゃんは私の顔を見る。
月火「待たせてごめんね、お兄ちゃん」
暦「つ、月火ちゃん……僕は、僕は……う……ううう!」
私がそう言うと、お兄ちゃんは泣き出してしまった。
それからしばらくの間。 多分、一時間くらいの間。
私は泣いているお兄ちゃんをずっと、抱き締めていた。
暦「ごめん、ごめん。 本当に、ごめん」
さっきからずっとこんな調子だ。
お兄ちゃんは私に謝り通し。
月火「もう謝らないでよ。 私の作戦勝ちなんだからさぁ。 だから言ったじゃん」
月火「ファイヤーシスターズの参謀を侮らない方が良いよって」
月火「お兄ちゃんの秘密も、しっかりと聞いてあげるからね」
暦「そうだったな……月火ちゃん。 本当に、ごめん。 許してくれ」
未だに泣きながら、お兄ちゃんは私に向けて言ってくる。
月火「だから良いって。 確かに一週間大変だったけどさぁ」
月火「私も、お兄ちゃんに頼りすぎちゃってたし」
暦「そんなの、当然じゃねえかよ。 僕は……月火ちゃんの」
暦「ああ、いや」
月火「何で黙るのさ。 お兄ちゃんだからって言いたいんでしょ? だったら私はお兄ちゃんの妹だから、だよ」
月火「……まあ、けど」
月火「難しく考え過ぎてたのかもね。 頼るだの、頼らないだの」
暦「……ああ。 どうしようも無く、その……兄妹、だからな」
月火「あのさぁ。 さっきから兄妹って言葉を使うとき、なんで言い辛そうにするのさ」
暦「そ、それは。 なんつうか、お前に酷い事したしさ」
暦「……気軽に、言えないっていうか」
月火「ばーか!!」
月火「私のお兄ちゃんはお兄ちゃんしかいないんだから、しっかりしてよね、もう」
月火「言ってたじゃん。 私の兄で居る事を諦めないって」
月火「なのに、そんな簡単に諦めちゃって……見損なった!」
暦「……ごめん」
月火「だから謝るなー! 別に見損なったとは言ったけど、それが嫌だとかお兄ちゃんの事が嫌いだとか、そういう意味じゃないし」
月火「元々、お兄ちゃんになんて期待してないよ!」
暦「そう……だよな」
あーもう!
なんでこうクヨクヨしてるのさ。 むかつくなぁ!
月火「よし、お兄ちゃんこっち向いて」
暦「え? 何だよ、急に」
言いながらも、こっちを向くお兄ちゃん。
いくぞー。
パチン。 と部屋中に響き渡る。
思いっきりビンタしてやった。 ざまあみろ。
月火「どう? 気合い入った?」
暦「いってえええええ!! お前! 本気でやるんじゃねえよ!」
月火「いやいや、だって大丈夫でしょ。 お兄ちゃん不死身なんだからさー」
暦「お前ら姉妹は本当に似てるよな! まずは僕をサンドバッグにする辺りとか!」
月火「で、どう? 気合い入った?」
私が聞くと、お兄ちゃんは叩かれた頬を押さえながら、呟くように言う。
暦「……気合いというか、気持ちは伝わったよ。 月火ちゃんの」
月火「そっか。 なら良かった」
暦「あのさ、月火ちゃん」
月火「ほい?」
暦「本当に、悪かったよ。 ごめんな」
月火「はーもう。 お兄ちゃんってやっぱり、直接言わないと駄目だよね」
だってそうしないと、何にも分かってないんだから。
私が言って欲しい言葉も、なーんにも分かってない。
まあ、それがお兄ちゃんらしくて、良いんだけどね。
月火「もっと違う言葉があるじゃん。 それを当てる事が出来たら許してあげるよ」
私は笑いながら、お兄ちゃんに言う。
暦「違う、言葉」
お兄ちゃんもすぐに気付いた様で、泣きながらも笑い、口を開く。
暦「ああ、そうだった。 そうだったな」
そう言って、私の方に向き直った。
やっと分かったか、この馬鹿お兄ちゃんめ。
一週間、長かったなぁ。
いや、短いって言った方が良いかな?
不思議な一週間だったよね。 これだけ体を動かしたり、頭を使ったのってどのくらい振りだったんだろ。
けど、そんな一週間も終わり。
学んだ事はいっぱいある。 考えさせられた事もいっぱいある。
何度も迷ったりもしたけども。 何度も駄目かと思ったけど。
それでも、道を見つけられた。
多分、お兄ちゃんと火憐ちゃんが居るから、私は弱くなってしまうんだろう。
二人に、頼りすぎてしまうから。
だけども、お兄ちゃんと火憐ちゃんが居るから、私は強くなれるのだろう。
二人の為になら、何にでも向き合えるから。
時に喧嘩もするけど、それでも私達は兄妹なんだから。
当たり前だけど、何よりも強い関係なんだろうな。 きっと。
暦「月火ちゃん」
月火「ほいほい」
お兄ちゃんは涙を零しながら、口を開く。
暦「月火ちゃん、ありがとう」
いつか私に言ったその言葉。
あの時は何にも返せなかったけれど。
今なら返せる。 だから私は言う。
月火「どういたしまして、お兄ちゃん」
それと、ありがとう。
少しだけ長かった夏休みのお話。
私達はきっと、これからは並んで歩けるのだろう。
忘れ物は、もう何も無い。
お兄ちゃんが居て、火憐ちゃんが居て、私が居て。
どこでどう一人になっても、絶対にどこかで繋がっているのだから。
それが家族、兄妹。
決して、切れない絆なのだろう。
だから私は、今が楽しい。
それは多分、これからも。
第十二話 終
今回の後日談。
翌朝、お兄ちゃんはいつも通り私達に起こされる。
「もう少しだけ」とか「後ちょっと」とか言っているのを聞いて、私と火憐ちゃんは顔を見合わせて笑った。
その後、お兄ちゃんが起きてからは火憐ちゃんにも謝って、お礼を言って、火憐ちゃんは一回の肩パンで済ませたらしい。
なんか、物凄い音がその時聞こえたんだけど、骨とか大丈夫なのかな。
まあ、それは良いとして。 いや、その日からしばらくお兄ちゃんが肩を抑えてたのは言わない方が良いとして、という意味。
なんだか火憐ちゃんは肩パンにはまっているらしく(はまる物がちょっと良く分からない)いつか私もその毒牙に掛かる日がやってきてしまうのだろうか。 なんて思ってしまう。
ああ、それと。
それとしばらくの間、お兄ちゃんは私と火憐ちゃんに頭が上がらなかったのは書いておこう。
これはもう、これから先何十年も残しておきたい記録だよね。
たとえば。
三人でご飯を食べている時、私が独り言の様に「水欲しいな」と言えばすぐに取ってきてくれる。
火憐ちゃんが独り言の様に「あー、風呂入りてえな」と言えばすぐにお湯を沸かしに行ってくれる。
こんな感じ。
うーん。 実に気分が良い物だ!
気分は良いと言ったけれど、違和感もある。 けれど、お兄ちゃんがそれで良いなら良いのかな?
とは言っても、いつまでもそんな状態だったら、さすがに困るんだけどね。
困る、か。
ああ、そうだ。 それで一つ思い出したよ。
困るといえばそうだ。 お兄ちゃんがデレた。
いやいや、本当に気持ち悪いくらいに。 くらいじゃないや、はっきり気持ち悪い。
例を出すならば……
私がソファーでごろごろとしていると、お兄ちゃんがやってくる。
で、開口一番「なあ、月火ちゃん。 キスしよう」とか言ってくるのだ。 どんな兄だ。 普通に考えてあり得ない!
いや、それもあの時に私が「お兄ちゃんの部屋で変な空気になっても嫌じゃない」とか言ってしまった所為かもしれないけど。
でも、限度があるでしょ!
火憐ちゃんは火憐ちゃんで、そう言われると「おお、良いぜ兄ちゃん」とか承諾しちゃってるし!
それを止める私の苦労も分かって欲しい。 大変なんですよ。
……一応。 別に火憐ちゃんとお兄ちゃんがキスをするのが、気に入らないって訳じゃないから。
で、他にも色々とある。
お風呂に入っていれば何事も無いように入ってくるし。
ご飯を食べていたら「火憐ちゃん、月火ちゃん、あーん」とかしてくるし。
気付いたら私達の部屋に来ているし。
朝は毎日「行ってらっしゃい」って玄関前で行ってくるし。
帰ると必ず「おかえり」と玄関前で挨拶してくるし。
その辺りは、どんだけ暇なのだろうと思ってしまう。 数少ない友達関係に、ひびを入れてなければ良いけど。
それからそれから。
「今日は何して遊ぶ?」と当たり前の様に聞いてくるし。
最近ではその所為で、ファイヤーシスターズに一人新たに加わった。 とか噂されてしまっている。
いい迷惑だ!
で、後もう一つ。
これが、どう考えても一番酷い。
時間的に、そろそろだろうか。
ガチャ。 と部屋の扉が開かれる音が聞こえた。
うわ、本当に来たよ。 今日もなのか。
暦「よう、火憐ちゃんに月火ちゃん。 まだ起きてるか?」
夜の二十三時頃、お兄ちゃんが部屋にやってきた。
火憐「ん? 兄ちゃんか、どうしたんだよ」
暦「ああ、ちょっとお前らに用事があったんだよ」
はあ。
火憐ちゃんも火憐ちゃんで、毎日起こるこの強制イベントを忘れてしまっているし。
だからこそ、こうなっているんだと思うけどさぁ。
月火「で、お兄ちゃん。 一応聞いてあげるけど、その用事って?」
暦「そんなの決まってるだろ」
暦「僕の部屋で、三人で寝ようぜ」
出たよ。 シスコンお兄ちゃん。
そして、この展開になった時点でオチは決まっているんだ。
火憐「良いなそれ。 一緒に寝るか!」
火憐ちゃんも火憐ちゃんだよ、全くもう。
月火「あのさ、お兄ちゃん。 いくら兄妹でも毎日一緒に寝るのはどうかと思うよ。 一応私達ってそれなりに年頃なんだしさ」
暦「んだよ。 じゃあ仕方ない、火憐ちゃんと一緒に寝るよ」
火憐「だな。 行こうぜ兄ちゃん」
で、二人は部屋を去っていく。
……。
……。
月火「私も行くから!」
火憐ちゃんが心配なだけです。
放っておけないんです。
ブラコンって訳じゃないです。
お兄ちゃんの事は好きだけど、一緒に寝たい訳じゃないです。
で、今日もまた三人で一緒に寝る事になるのでした。
めでたしめでたし。
こんなオチで、本当に良かったんだろうか。
まあ、どっちにしろ。
私のお話は、これにて終わり。
私が行き遭った怪異(ああいう化物の事をそう言うらしい)と、お兄ちゃんのお話。
ただの兄と、妹の物語。
馬鹿正直な兄と、どうしようも無く捻くれた妹の物語。
これにて、完。
七日目、結果報告。
作戦終了!
今日は沢山泣いた。 沢山笑った。
お兄ちゃんの気持ちを聞いて、私の気持ちを話して。
思い出話も沢山した。
約束通り、お兄ちゃんの体の事も聞かせてもらった。
お兄ちゃんはお兄ちゃんで、大変だったんだろうな。
とにかく。
最後にこうして、良い事が書けて良かった。
次にこの結果報告を書く事は、無いと信じて。
私やお兄ちゃんには、もう必要の無い物だから。
だけど、このノートは残しておこう。
嫌な事も、良い事も。
それは等しく、思い出なのかもしれない。
前向きだなと言われれば、そうですねと返す。 それで良いと思うから。
少なくとも、後ろ向きには考えたくない。
だってさ、後ろなんて向いていたら、次に進めないじゃん。
私やお兄ちゃんもまだ子供なんだから。
お兄ちゃんは、もう殆ど大人だろうけど。
でも、だからこそ。
前に進まなければいけないんだと思う。
先へ、未来へ向けて。
これからどんな事があっても、それは私の思い出になる。
少なくとも今日の事は一生、忘れる事は無いだろう。
たとえ、誰かさんに記憶を消されたとしても……ね。
それじゃあ、お兄ちゃん、火憐ちゃん。
おやすみなさい。
それと、ありがとう。
最後に、どういたしまして。
つきひミッション 終了
694 : ◆XiAeHcQvXg - 2013/05/25 22:39:01.36 K4xd3kl+0 599/830以上で、つきひミッション完結となります。
最後にもう一つだけ、後日談。
後日談というか、今回のオチ。
僕は、月火には一生謝り通しても謝り切れない。
それだけの事をしたという自覚はあるし、今回の件に全く関わりが無い第三者が見たとしても、同じ意見だろう。
だからといって、月火はそれを望んでいない様だし、僕も無理に謝り続けようとも思わない。
これからはもっと、火憐とも月火とも向き合っていかなければならないのだが、そんな事には迷いなんて、もう無かった。
僕の想っている事も全てぶつけて、月火が想っていた事も全てぶつけてくれたから。
こいつはどうやら一週間、僕の為に東奔西走していたという。
火憐とぶつかりあったとも、言っていた。
こりゃ、どうやら火憐の方にも頭を下げないといけないなぁ。
まあ、別にそれくらいの事なら何回でも、何百回でもしてやると今の僕は思っているけども。
してやる。 では無いか、させてもらう? 少し違うかな。
とにかく、そんな感じ。
どんな感じだよと、自分でもツッコミを入れてしまいたくなるが、僕のこの気持ちは僕だけが分かっていれば、それで良いのだろう。
月火がもし、あのまま何も思い出さなかったら、正直ゾッとしない結末になっていたと思う。
その分を考えれば、月火の言っていた事は正しかったのかもしれない。
謝るのでは無く、もっと別の言葉を使えと。
そうだな。
僕は二人に、火憐にも月火にも感謝をしないといけない。
二人が「もう良いよ」と言うまで、それは毎日続けてやろう。
いや、もう良いよでは駄目だな。 うーん……「やめてください」と言うまでにしておこうか。
それが良い。
さて。
先程まで泣いたり笑ったり忙しかった月火は、今は僕のベッドですやすやと寝ている。
月火の話では、起きたばっかりとの事だったが、夜という物はどうにも強制的に睡眠をさせてしまうのだろうか。
或いは、ただこいつがよく寝るだけってのも考えられるけど。
しかしここは、一週間の疲れが一気に出た。 というのが正しいかな。
これからは多分、今よりももっと厄介ごとに巻き込まれるのだろう。
全てを話してしまった今、それはもう仕方の無い事なんだけど。
あれだけ痛い目を見ておいて、未だに僕はこれが正解だったのかが分からない。
月火が聞けば、間違い無く怒りそうな想い。
もしかしたら、共感してくれるのかもしれないけど。
まあ、それは考えるだけ無駄って物だ。 僕はこの想いを心のどこかに仕舞っておく事にしたから。
そして、忍の事も全て話した。 僕が今も尚、半分吸血鬼になっている事も。
火憐は確か、その話をした時に「兄ちゃんは兄ちゃんだ」と言っていた。 あいつ自身、怪異の所為でそれは忘れてしまっているけれど。
月火も同じ様な事を言うのかな、と思っていたのだが……現実は少し違う。
月火は「良いね。 半分化物のお兄ちゃん、憧れるよ!」なんて事を嬉しそうに言っていた。
憧れてどうするんだよ。 つうかなんでそんな嬉しそうなんだよ。
まあ、それに対する僕は「はは、もしかしたら月火ちゃんも化物になる日が来るかもな」と笑えない冗談を言ったのだけれど。
んで、もしそうなったとしても、僕はいつだってお前の兄だよ。 とも言っておいた。
多分、いつの日か、その日はやってくるのだろう。
月火が自分の正体に気付いて、どうしようも無く迷う日が。
それはもしかしたら明日かもしれないし、寿命を迎える直前かもしれない。
そんな時は、今度は僕が道案内をするべきなのだろう。
人はいつだって、誰かに道を教えて貰いながら歩いている。
人生に正しい地図なんて無いし、その人生は支えられて、教えてもらって、歩む物だから。
僕が今回、月火に道案内をして貰った様に、その時は僕が教えてやろう。
……いや、僕達の場合は少し違うかな。
僕も火憐も月火も、人に道を教えてあげられる様な出来た人間じゃねえし。
一緒に歩く。 が正しいだろう。 この場合は。
そうなると今回、足を止めたのは僕の方だろうな。 或いは、火憐と月火とはぐれた。 と言った所か。
さておき。
僕には一つだけ、やり残している事がある。
月火とこのまま仲良く寝ても良いのだけど、そのやり残している事だけは先に済ませておきたい。
善は急げ。
『少しだけ出掛ける。 心配する様な事はしないから、もし起きても気にするな。 軽い散歩とでも思ってくれれば良い』
との書置きを残し、僕は家を出る。
向かう先は、北白蛇神社。
賽銭箱に小銭を入れ、二礼二拍手。 手を合わせ、願い事。
確か正しい作法だと、鳥居に対しても一礼するんだっけか?
それとこれはかなり一般常識になると思うけど、参道のど真ん中は歩いてはいけない。 とは有名な話だ。
まあ、思い出したのが今……つまりは賽銭箱の前に居る時点で、大体の予想は付くと思うけど。
後悔先に立たずということだ。 もうそれは過ぎてしまった事だから。
まあ別に、この神社で本当に願い事が叶うとは思っていないし、願掛けみたいな物だと思っておこう。
そんな失礼な僕が、何を願ったかというと。
「世話になったな。 忍野と、忍野の姿をした化物野郎」
「僕は、僕の道を歩くよ。 妹達と一緒に」
最早、願いとは言えないか。
それに、あの化物がここで死んだからと言って、ここに残っている訳でも無いだろうに。
今思えば、あの化物は僕の考えを全て理解していたのでは無いか、とも思えてきてしまう。
月火が考えたあの作戦、あれも見透かされていたのだとしたら。
だってそうだろ。 あの化物は忍野の記憶すら持っているんだから。 当然、あの花粉があったことも知っていたはずだ。
そして、それを受け入れたって事は……つまり。
あの化物もまた、お人好しだったって訳にもなるのかな。
……いや、僕如きがこんな予想を立てたところで、それを証明する奴はいないし、ましてやあの化物が僕を殺そうとしたのは事実だ。
最後まで余計な事は考えずにいた方が良いか。
それともう一つ、本物の忍野は別に死んで無い。 少し祭り上げたくなっただけだ。
さて。
あまり長居してもあれだ。 いくら書置きを残してあると言っても、月火が起きてしまっていたら、帰ってから説教されそうだ。
一番怖いのは忍野でもドッペルゲンガーでも無く、月火なんだから。
そろそろ夜も明けるだろうし、僕は僕の家に帰るとしよう。
明日はとりあえず、火憐に謝って、お礼を言って、しばらくの間はあいつらの言いなりになるのも悪くは無い。
幸い、明日で夏休みは最終日な訳だし。
勿論、あいつらの行動を全て肯定する訳では無い。
命知らずというか、無鉄砲というか、そんな部分もあるからなぁ。
……ま、それは僕も一緒か。
そりゃそうか、兄妹なんだから、当然だ。
だからこそ守られるし、守ってもやらないとな。
そうして、僕は神社を後にする。
その帰り際、空を見上げると名残惜しそうに輝いている月が見えた。
危ない危ない。
肝心の挨拶を忘れる所だった。
月に向かって僕は一礼し、手を合わせる。
何を願ったかというと。
これは、秘密ということにしておこう。
これもまた、僕だけが知っていれば良い気持ちなのだから。
ちなみに、僕がこれから家に着いて、自分の部屋に入って、最初に見る光景はベッドの上で正座をしている月火な訳だけど。
それはまた別の話という事で。
ぐだぐだと長くなって申し訳ない限りだが、そろそろ纏めるとしよう。
全てが終わり、僕は家に帰る。
夏が終われば秋が来る。
それと同じ様に、一日が終われば一日が始まる。
問題ごとが一つ終われば、また問題ごとが一つやってくる。
色々と忘れ物が多かった今回の話だけども。
僕の忘れ物は、しっかりと思い出せた。
つきひドッペル 完
715 : ◆XiAeHcQvXg - 2013/05/25 22:53:00.38 K4xd3kl+0 619/830以上で完結です。
全三作、お付き合い頂きありがとうございました。
それと、乙ありがとうございました。
スレにまだ残りがあるので、短編を三本程書く予定です。
時系列的には、今回の話よりも前の話と後の話、後は阿良々木くんがこの後家に帰ってからの話となります。
それでは、一旦失礼します。
明日投下出来れば、明日の投下となります。
722 : ◆XiAeHcQvXg - 2013/05/27 12:57:06.44 q1Au3dGy0 620/830こんにちは。
短編投下します。
今回の話から一年前くらいのお話です。
今更ながら、一年前の事を語ろう。
今から大体一年前。
僕が高校二年生で。
火憐が中学二年生で。
月火が中学一年生で。
そんな時の事を今更ながらに語ろうと思う。
僕のくだらない発言と、火憐の暴力的な行動と、月火の感情的な行動を。
この話には、山も無ければ谷も無い。
あるとするならば多分、ただの平野だけだろう。
その平野にある石ころに躓いた、ちょっとだけ面白おかしい話。
怪異が絡んでいる訳でも無く、何かしらの事件が絡んでいる訳でも無く。
絡んでいるとするならば、僕と妹達の想いだけだ。
あの日は確か、日曜日。
この話は、そんな日曜日の朝から始まる。
暇で暇で仕方ない、友達なんて一人も居なかった頃の話。
ましてや、あの吸血鬼とも知り合う前の話。 怪異と関わりなんて持っていなかった頃の話。
ただの一日で、ただの休みの日。
あいつらとは仲が悪く、険悪とまでは言わないまでも、日常的に言葉を交わさない日も多かった。 とは言っても、僕の方から避けていたのだからその原因は大いに僕にあるのだろうけど。
話し出せば普通に話せるし、おはようと言われればおはようと返す。 そのくらいの関係は築けていた。
今思えば、あの日の僕の行動は随分と酷かったと思う。
いや、火憐も火憐で大分酷かったっけか。
唯一まともだったのは、今では考えられないけど月火のみだったかもしれない。
そんな一日の事を今更ながらに語らせてもらおう。
朝、目が覚める。
だが、自然と起きた訳では無い。 妹達による目覚ましによってだ。
こいつらは学校のある無しに関わらず、僕を毎朝叩き起こすのだ。 殆ど話なんてしないのに、これだけは義務の様に毎度毎度、こなしている。 それはそれで助かっている部分もあるのだが、正直に言うと迷惑している部分の方が多いだろう。
火憐「おう。 やっとお目覚めか」
月火「休みだからって寝すぎ。 早く準備してよ」
そんな事を言いながら、僕が起きたのを確認した後、妹達は部屋から出て行く。
全く。 休みくらいゆっくり寝かせてくれない物だろうか。
まあ、とは言っても時刻は既に十一時。 十分にゆっくり寝かせてくれた方か。
つうか。
月火が言っていた「準備」ってのは何だ? 一体こんな休みの日に何の準備をするのやら。
暦「……まあ良いや、寝よう」
考えても仕方ない。 思い当たる事なんて無いし、あいつの勘違いという事にしておこう。 それで解決。 オールオッケー。
こんな昼前に起きたって、特にする事も無いし。 別に二度寝したって、あいつらにばれなきゃ良いか。
って事でおやすみ。 マイシスターズ。
時間経過。
腹部に衝撃が走る。
暦「……ぐっほ!」
火憐「おう、起きたか」
暦「お、お前! なんで……僕の上に立ってるんだよ……」
目を開けると、火憐が僕の腹部の上で仁王立ちしていた。 いや、僕の腹部は仁王立ちが出来る程に幅広くは無いので、仁王立ちをしている様な錯覚を与えるプレッシャーを出しながら立っていた。 分かり辛いから仁王立ちで良いだろう、やっぱり。
それにしても、すげえバランス感覚だな。 そんな褒めている場合じゃないけど。
火憐「何でって、兄ちゃんが二度寝とか舐めた事するからだろ? あん?」
文字通り、僕の事を見下しながら火憐は言う。
暦「……別に用事は、ねえだろうが。 というか、早く僕の上から……降りろ!」
僕の腹部を踏みつけている足を掴み、バランスを奪っても良いのだが、そんな事をしたらこの怪物の様な妹は次に何をするか分かった物では無い。 あくまでも予想だけど、そのままくるりと回転して、今度は僕の顔を踏みつけたとしても不思議では無いのだ。
火憐「ああ、悪い悪い」
そう言い、僕の上からようやく降りる火憐。 僕の腹部を足場だと理解しているのだろうか、こいつは。
火憐「で、用事ならあるんだな。 これが」
暦「僕にはねえんだよ。 僕を巻き込むな」
火憐「はあ? 昨日約束したじゃねえか。 覚えて無いの?」
暦「……約束?」
火憐「そーだよ。 本当に覚えて無いのか? 頭殴ってやろうか」
暦「良い、殴らなくて良い。 何で朝からお前と喧嘩をしないといけないんだよ。 で、その約束ってのは一体なんなんだ?」
火憐「今日はパパもママも居ないから、兄ちゃんがあたしと月火ちゃんをデパートに連れて行くって話だよ」
何だそれ。 マジで覚えが無いんだけど。
暦「デパートって……何でだよ。 お前らだけで行って来いよ」
暦「それに、それっていつした約束だ? 僕の記憶にはそんなの無いぞ」
火憐「ん? 昨日の夜だけど」
暦「昨日って。 つうか昨日はお前らと話した記憶すらねえぞ」
火憐「ああ、兄ちゃんが寝ている時にあたしと月火ちゃんで話し掛けたんだよ。 そうしたら兄ちゃん「分かった」って言ってたじゃん」
暦「寝てる時に勝手に約束するんじゃねえ!」
火憐「おいおい兄ちゃん、男に二言は無しだぜ。 約束守れよ」
暦「つうか、さっきも言ったけどさ……。 お前ら二人で行って来れば良いじゃん。 仲良いんだし」
火憐「だからだよ。 普段は仲が悪い兄ちゃんと、こうして距離を縮めようと努力している妹の気持ちが分からねえのか?」
暦「僕はそんなの望んで無い。 むしろ迷惑だ」
暦「こう見えてもだな、僕はとにかく忙しいんだよ。 だから勝手に二人で行って来いよ」
火憐「あん? あたしとの約束を破る気か?」
指をパキパキと鳴らしながら、火憐は言う。
これもうさ、頼みとか約束とかじゃなくて、ただの脅しじゃね?
暦「一応聞くけど、約束を破ったらどうなるんだ?」
火憐「そりゃ、まあ……」
火憐「兄ちゃんの命は今日までって事になるだろうよ」
こいつとの約束は何千回も破っているのだが、今日ほど威圧的な態度も珍しいな。 何か企んでいるのかと疑ってしまうじゃないか。
まあ、こいつの企みなんて本当にくだらない事だろうから、別に良いけど。
今考えるべき問題はそこでは無いのだ。 その約束を破る事によって、僕の命が今日限りという事実を考えなければなるまい。
ていうか、デパートに行かなかっただけで死ぬのか、僕は。 どれだけ軽い命なんだよ。 こいつには道徳という概念が無いんだろうな。
暦「あーくそ。 分かった分かった。 じゃあ準備するから、下で待ってろ」
で、僕は結局折れるんだけれども。
断ったら断ったで、僕の体の色々な部分が折れるので、どっちにしろ折れるという訳だ。 それなら痛くない方が良いだろう。
火憐「おう! 早くなー。 あんまり待たせると、月火ちゃんが乗り込んでくるぜ」
そうかよ。 じゃあなるべく早く準備しないと。
……ったく。 何が楽しくて、ただでさえ嫌な休日を嫌いな妹達と過ごさなければいけないんだか。
全く本当に面倒な事になってしまった。
けどまあ、なってしまった物は仕方ない。 嫌々だけど、付き合ってやるしかないだろう。
はぁ。 こんなんだったら、まだどこかで化物に襲われた方がマシという物だ。
その後、僕は出来るだけ早く着替え、準備を済ませる。
二十分ほどで準備は終わり、火憐と月火が待っているであろう、リビングへ。
暦「終わったぞ」
火憐「おう、んじゃ行くか」
月火「出発出発ー!」
暦「ん? おいでっかいの、お前今日もジャージなの?」
火憐「別に良いだろ。 兄ちゃんには関係無いし」
言いながら、火憐は玄関の方へ先に向かって行く。
ふうん、ま良いや。
月火「私の服はどうかな? お兄ちゃん」
そんな事を言いながら、どこかの雑誌に載っていそうなポーズを取る月火。
暦「ふむ。 まあ僕はファッションとかには詳しく無いし、気の利いた事は言えないけど」
暦「もうちょっと背が高ければ良かったかもな」
火憐と僕は既に、大体同じ身長になりつつあるのだが、火憐も一応女子だ。 こいつはその内止まるだろう。 妹に身長を抜かされるなんて屈辱、絶対に味わいたく無いし。
で、月火。
こいつはかなり小さい。 将来の見込みも無いだろう。 可哀想な奴。
月火「うっさいボケ!」
月火の蹴りが膝の辺りに入る。 痛くは無いけれど、腹が立つ。 このチビが。
暦「おう、なんだやるのかこら」
高校二年生の僕が、中学一年生の妹にマジギレである。
で、月火の首でも絞めてやろうか、軽く頭でも叩いてやろうか。 みたいな事を考えながら、距離を詰めている時。
火憐「何してんだ、兄ちゃん」
横から声が掛かった。 いつの間にか、火憐が戻ってきていた。 何を察知してんだよ。
月火「火憐ちゃん! お兄ちゃんが私に暴力を振るおうとしているんだよ!」
暦「違う! 僕は月火ちゃんの頭を撫でてやろうとしただけだ!」
月火「いいや嘘だね! 明らかに私の首を絞めようとしていたか、頭を叩こうとしていたかのどっちかだよ!」
暦「僕がそんな事をする訳無いだろ! 誤解だ火憐ちゃん!」
月火「お兄ちゃんの言う事を信じるの? 火憐ちゃん」
暦「何言ってるんだ! 最初に暴力を振るってきたのはお前だろうが!」
月火「あれはツッコミだよ。 暴力じゃないよ」
暦「だったら僕のしようとしてた事もツッコミだ! 暴力じゃない!」
火憐「あん? 兄ちゃんやっぱり月火ちゃんを叩こうとしてたんじゃねえか」
暦「……ん?」
暦「ち、違う! 言葉の綾って奴だ! 誤解だ!」
結論。
阿良々木家、兄妹間ピラミッドの頂点は僕の妹、火憐。
次点で僕、続いて月火。
だけど、僕と月火の場合はほぼ同レベルと言っても良いかもしれない。
ああそうそう。
ちなみに、火憐には殴られた。 いじめっ子と暮らしている気分である。
時間経過。
暦「で、デパートに来たのは良いけどさ。 お前ら欲しい物とかあんの?」
火憐「いや?」
月火「特には無いよ」
暦「だったらどうして来たんだよ。 目的も無いとか」
月火「女の子の買い物なんてそんな物だよ。 来てから決めるんだ。 まずはウィンドウショッピングだね」
ウィンドウショッピングね。 僕もたまに学校サボってやってるけど、本当にただの暇潰しなんだよな。
僕のが暇潰しだとすると、こいつらのは趣味って感じか。
火憐「だよなぁ。 実際に見て決めたいし。 見てる分にも楽しいし」
お前の場合はどうせ格闘技の本だとか、スポーツウェアだとか、そんな物だろ。 デパートなんてお前が来るところじゃねえんだよ。
とは言えない。 言ったら殴られるだろうから。 痛いのは嫌いだ。
暦「んじゃあ、お前ら好き勝手に行って来いよ。 僕は本屋で適当に立ち読みしてるから」
月火「何言ってるのさ。 お兄ちゃんも一緒に行くんだよ」
暦「は? 何でだよ。 僕は別に欲しい物だとか、見たい物なんてねえんだよ」
火憐「おいおい、兄ちゃん。 もしあたしと月火ちゃんが暴漢にでも襲われたらどうするんだよ。 そんな危険から守るのが兄ちゃんの役目だろ?」
お前が言うのかよ、それ。 絶対お前と月火のコンビより、僕一人の方が暴漢に襲われた時、危険だと思う。
つうか、僕としては火憐と一緒に居るだけで守られている気がするんだけども。
暦「断ったら殴るってか?」
火憐「んだよ、そんな事で殴ったりしねえよ」
暦「お? そうなのか。 ならことわ」
火憐「殴りはしねえけど、蹴る」
暦「一緒に行くか」
なんだろう、一度で良いからこいつは風邪でも引いて寝込めば良いと思う。 高熱にうなされれば良いのに。
それでもこいつの事だから、普通に動き回りそうだけどな。
って事で。
嫌々、渋々、仕方なく。
ただでさえ嫌な休みの日。 ただでさえ嫌な妹達と。
何の意味も無い買い物に付き合わされる事となった。
買い物開始十分。
月火「お兄ちゃん、これどうかな?」
暦「僕に訊かれてもな。 返答に困る」
月火「良いか悪いかくらいは言えるでしょ。 で、どう?」
自分の体に服を合わせ、僕に尋ねてくる月火。
暦「良いんじゃねえの?」
いや、つうかそれよりもさ。
暦「なあ、それより火憐ちゃんはどこ行ったんだ?」
月火「さあ?」
さあって……心配じゃねえのかよ、こいつ。 まあ、僕も心配している訳では無いんだが。 ただただ面倒だなと思うだけだ。
月火「火憐ちゃんが一人でどっか行っちゃうのはいつもの事だしねぇ。 気になるなら探してくれば?」
と、月火は言う。
確か火憐は「月火ちゃんから離れるなよ」と言っていた気がするけど、どうしたもんか。
暦「うーん。 それもそれで面倒なんだよ。 今度はお前がどっか行きそうで」
月火「だーいじょうぶだって。 私はここに居るからさ」
暦「そうか。 んじゃあ探してくるかな」
ま、良いか。
月火「ほいほい」
さてと。
こうして、迷子になった火憐探し。
あいつが行きそうな所って、どこだろう。
スポーツショップだとかに居るとは思うけど、ちょっと遠いな。
ああ……何だか既に疲れてきた。 まだ探し始めて五分ほどだけど。
と、そんな時丁度良く本屋が視界に入る。
よし、とりあえず本屋へと行こう。
火憐探し断念。 適当に時間潰して、探しに行けばいいや。
時間経過。
さて、そろそろあいつらと合流するかぁ。
つうか、気付いたらあれから二時間も経っている。 少し本を読むのに集中しすぎていた。
んで、さっきまで居た服屋に行ったんだけども。
暦「いねえし……」
あー面倒だ。 デパート全部探さないと駄目か、これ。
とりあえずは適当に歩いて、探すか。
その内会えるだろうし。
で、それから更に三十分ほど辺りを徘徊。
このフロアには居ないかなぁ。 なんて結論に行き着こうとしたところで、見覚えがある後ろ姿を見つけた。
暦「ん。 おーい、でっかいの」
そう声を掛けると、後ろ姿は立ち止まり、振り向く。
火憐「お、兄ちゃんか。 探しちまったぜ」
暦「探してるのはこっちだ。 どこいってたんだよ、お前」
火憐「色々だな。 まあ良かったよ、兄ちゃんと月火ちゃんと合流できて」
暦「あ? 月火ちゃんなら居ねえよ。 どっか行っちゃったみたいでさ」
僕がそう言うと、火憐は目を見開き、僕の肩を掴む。
火憐「は? おい、居ないってどういう事だよ」
暦「いや、だから月火ちゃんとは別行動だったんだよ。 で、今探しているって訳だ」
火憐「一人にしたのかよ、月火ちゃんを」
暦「あいつがそう言ったからな」
火憐「っ! 馬鹿野郎!」
僕の肩を掴んでいた右手を離し、火憐はそのままの勢いで僕の顔を殴り飛ばした。
暦「いってえ! 何すんだてめえ!」
火憐「月火ちゃんを一人にするんじゃねえよ!」
暦「元はと言えばお前がどっか行くからだろ!」
火憐「あたしは兄ちゃんを信じてたんだ、けどもう良い」
火憐「そんなんだから、兄ちゃんは」
何だってんだよ、意味の分からない奴だな。
すげえ理不尽な暴力じゃね? これ。
火憐の信じていたって言葉がどれほど信用できるかは置いといて、僕としては火憐の行動に納得出来ないんだけども。
暦「……分かった。 二手に分かれて探すぞ。 見つけても見つけられなくても、三十分後にここに来てくれ」
まあ、それでも。 ただでさえ広いデパートなのに、僕と火憐で喧嘩していても仕方ない。 何より僕は早く家に帰りたい。
火憐「良いよ、あたし一人で探す」
暦「僕が悪かった、ごめん。 だから一緒に探させてくれ」
火憐「兄ちゃん……」
火憐「分かったよ。 あたしも殴って悪かった。 三十分後に、また」
そう言い、火憐は走り去る。
さて。
僕も探さないとな、月火を。
だから嫌なんだよ。 こういう面倒事がこいつらの場合必ずと言って良いほど絡んでくるから。
しかしまあ、さすがに放置して帰る訳にもいかない。 一応は、僕の妹な訳だし。
んで、どこから探そうか。
なんて思っても、実は大体の見当は既に付いている。
こういう場合、あいつは多分、どこか休憩できる場所でゆっくりしているだろう。
確かこの階のすぐ上の階に休憩所はある。 そして、二階下にもある。
服屋から近いのは階段のみ。 エスカレーターやエレベーターは無しか。
なら、そうだな。 下の階に居るだろう。 あいつは階段を上るだけで、体力を使い果たしてしまいそうな感じだし。 それならたとえ二階下であっても、降りる方を選択しているだろうから。
全く、最初から真面目に探していれば良かったと今更後悔。
そうしておけば、あの暴力妹から殴られる事も無かっただろうに。
……いや、月火を一人にした時点で、殴られるのは確定していたかもしれないけど。
それでもやっぱり、あいつ自分の事を棚上げにしてるよなぁ。 そんなに心配だったら火憐が一緒に居てやれば良かったのに。
まあ、とにかく向かおう。 恐らく月火はそこに居る。
居た。
丁度、自販機の目の前。
ベンチに座ってぼーっとしている月火を見つけた。
暦「勝手にどっか行ってるんじゃねえぞ」
月火「……あ、お兄ちゃん」
暦「でっかい方がえらく心配してたぞ。 集合場所は決めてるから、今度ははぐれるなよ」
月火「火憐ちゃんが、かぁ。 お兄ちゃんは心配してくれた?」
暦「あ? 僕は別に」
暦「まあ、あいつの十分の一くらいには心配してたさ」
月火「そっかぁ。 んじゃ、行こうか」
暦「つうか、どうして勝手にどっか消えたんだよ。 服屋に居るって言ったろ?」
月火「いやいや、だっていくら待っても来なかったんだもん。 待ってるのに飽きたんだよ」
ああ、そういや本屋で本読んでいたんだった。 ばれたら殺されるんじゃないか、これ。
それにしても、待ってる事に飽きたってすごい言葉だな。 名言だろ。
暦「ははは、そうだな。 まあ無事でよかったよかった」
作り笑いをしながら、僕がしていた行動がばれないように、取り繕う。
月火「ふうん?」
暦「んだよ」
月火「別にー」
月火も月火で、深入りはしてこない。 いつもの距離感。 これが今の、僕と妹達との距離感。
それがやはり、僕には丁度良かった。
で、その後無事に火憐とも合流し、ようやく帰宅。
家に着く頃には、既に時刻は夕方となっていた。
僕は帰るなりすぐに風呂に入り、今日の疲れもあり、ベッドで現在は休憩中。
火憐「おい兄ちゃん、入るぞー」
暦「もう入ってるじゃねえか、用件は何だよ」
火憐「喜べ、ご飯だ!」
別にそんなご飯大好きキャラじゃなくね? 僕って。
しかも今日は適当にどっかで買ってくるパターンだったじゃん。 そんなご飯に期待なんて出来ないんだけれども。
暦「ああ、分かった。 行くよ」
とは言っても、お腹が空いているのは事実だし、他に断る理由も無く、火憐の後ろに付いて行った。
食卓。
並ぶのはオムライス。
見た目、なんか不味そう。
匂い……なんだこれ、お酢の匂い? どんなオムライスだよ。
まあ、良いか。 それにどっかで買って来たのなら、さすがに食べられないって訳じゃなさそうだし。
月火「ふふん」
月火が何故かこっちを見ながらニヤニヤしている、正直気味が悪い。
普段は僕と視線が合うだけで、テーブルの下で足喧嘩が始まるというのに。
ちなみにこの足喧嘩、最終的には火憐の足に僕の足が当たり、僕がしばかれるのだ。 月火は毎度、うまく回避している。
で、まあ。
暦「いただきます」
火憐「いっただっきまーす!」
うるせえ、横で大声出すんじゃねえ。
火憐「おお、美味いな!」
一口食べ、火憐がそんな声をあげる。
へえ、火憐がここまで声を出して「美味い」というのは結構珍しいな。 何だか少し期待してしまうではないか。
よし。
んじゃあ、僕も一口。
暦「……」
やっべえ。 マズイ。 信じられないくらいマズイ。 つうかなんだよこれ、腐ってるだろ。
パッサパサだし、なんか酸っぱいし、味も濃いし。
暦「な、なあ。 これって誰が用意したの?」
月火「私だよ?」
って事はなんだ、月火がどっかで買ってきたって事か。
もしくはさっきのデパートで買っておいたって事か。 こんな物を食べ物として販売して良いのだろうか。
暦「何だこれ、どこで売ってたの? 賞味期限大丈夫かよ」
これがまずかった。 いや、オムライスがまずかった訳では無い。 この発言がまずかった。 どのくらいかを表現すると、先程食べたオムライスよりもまずかった。
言った瞬間、場の空気が凍るというのを経験したのだから。
火憐の動作が止まり、月火は先程までのニヤニヤした顔のまま固まる。
暦「……え、なに。 どうしたのお前ら」
カチャン。 と、横で火憐がスプーンを食器の上に置く音が聞こえる。
月火「う、う……」
月火はというと、いつの間にか目に涙をいっぱい溜めていて。
月火「うわあああああああああああん!!」
まるで、いつもヒスる時の様に、それが泣くという行為に変わった様に、突然月火は泣き出した。
暦「へ? おい、マジでどうしたの。 何が起きてるんだ」
僕もさすがに何かがおかしいと思い、席を立ち上がる。
立ち上がった直後、横に吹っ飛んだ。
火憐「立てやコラぁアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
どうやら、鬼に殴り飛ばされたらしい。
いや違う、妹だった。 でっかい方の鬼、違う。 混乱している。
でっかい方の妹、だ。
暦「ま、待てよ! 一体何が起きているんだ!」
火憐「いいから立てっつってんだろうがああああああああ!!」
駄目だ、火憐はもう手に負えない。
色々と手遅れな火憐だけど、それとは違う意味でもう手遅れだ。
暦「おい! 月火ちゃん!」
月火「うわああああああああああああああん!!」
修羅場だ。 これ以上無いってくらい修羅場だ。
落ち着け、状況を整理しよう。
まず、火憐の怒りの原因と、月火が泣き出した原因、これは恐らく共通するはずだ。
火憐「おらっ!」
そして、火憐の怒りが僕に向いている事から考えるに、その原因は僕にあると結論を出せる。
火憐「おらっ!」
つまり、月火が泣いたのは僕の何かしらの行動が原因で、火憐が怒っているのは月火が泣き出したからと言う訳で。
火憐「ふんっ!」
僕が今、最優先で取るべき行動は。
暦「わ、悪かった!」
ちなみに、この結論に至るまでの数十秒間、ずっと火憐に殴られていた。
マジで顔がボコボコになっている。 明日学校でなんて言われる事か。
ああ、それは大丈夫か。 また僕の良く分からない噂が一つ増えるだけで、それ以外に害なんて無いか。
火憐「あん? あたしに謝ってどうすんだよ。 おい」
僕の髪の毛を掴みながら、言い放つ火憐。
お前将来ヤクザになれるよ。 割と本当にさ。
暦「つ、月火ちゃんごめん!!」
月火「……うっ……うっ」
暦「僕が悪かった! 許してくれ!」
月火「……うん」
やっと泣き止んだ。 というか、兄が姉にぼこぼこにされているというあり得ない光景を見て、逆に落ち着けたのかもしれない。
暦「な? だから、火憐ちゃんそこをどいてくれないか」
火憐「良いけど、ちゃんと全部食えよ?」
暦「食えって、あの、オムライス?」
火憐「当たり前だ。 残した米粒の分だけ、あたしの鉄拳制裁だ」
マジかよ。 何百発殴られるんだよ。 僕が原型留めなくなるなるじゃん、それ。
んで。
僕は泣きながら、火憐が見る目の前で、オムライスを完食する事となった。
美味しいです、美味しいです。 と言いながら。
人に見られてなくて良かった。 月火も月火で衝撃的な光景に目を丸くしているけど。
なんとかオムライスを食べ終えた僕は、現在自室に戻ってきている。
それにしてもマジ泣きしたのって、どれくらい振りだろうか。 まさか妹に殴られてそうなるとは思わなかったけどさ。
というか、マジで痛すぎるから。 まだ痛いもん、体のあちこち。
そしてどうやら、あの化学兵器は月火が作った物だったらしい。
なるほど、だから月火は大泣きをして火憐はぶち切れたのか。 納得だぁ。
僕にも一応、悪気は無かったんだけども。 まあでも、結果的には僕が悪いんだろうな。
しっかし、火憐も火憐であそこまで怒る事も無いだろうに。
ふと、時計に目を移す。
今は夜中。 火憐も月火も両親も、全員寝静まっている。
……仕方ない。 一応の埋め合わせとして、コンビニでお菓子でも買って、明日あげるか。
そうすれば機嫌も直るだろ。 単純な奴だし。
別にそんなのは気にせずに放置しても良いんだけど。 さすがに罪悪感が残ってしまうし。
これは月火の為ではなく、僕自身がすっきりとした気持ちになりたいからだ。
それになんだか小腹も空いた。 夜食ついでの埋め合わせと考えれば、そこまで面倒な事でも無いだろう。
との結論を出し、コンビニへ。
最悪だ。
何が最悪か、だって?
そんなの決まっている。 月火の分のお菓子は買えた。 これは問題無い。
が、僕の分の夜食を買い忘れた。 本末転倒である。
いや、それは多分、僕が心のどこかでそのお菓子の方をメインと捉えていたから、こうなったのかもしれないけど。
暦「あーくそ」
何か冷蔵庫に入っていないかな。
漁る漁る。 簡単な食べ物で良いんだけども。
冷蔵庫の中は殆ど空。
唯一残っていたのは、僕が先程涙を飲んで食べきったオムライスだけだった。
暦「一体いくつ作ってるんだよ、あいつは……」
ええっと、確か両親は食べていたはずだ。 冷や汗を掻きながら。
で、それでも未だに一皿残っているのか。
しかし。
これは多分、誰も食べないんだろうなぁ。
火憐もああは言っていたけれど、結構顔が青ざめていたし。
暦「ばれない様に捨てとくか」
それが多分、皆が幸せになれる方法だろう。
結論を出して、冷蔵庫からラップに包まれたオムライスの皿を取り出す。
んで、それをゴミ箱に。
暦「……はあ、今日は本当についてねーや」
捨てる事は、出来なかった。
結局は、そうだ。
捨てたとしても、僕がこれを食べきったとしても、一緒じゃないか。
そのどちらでも、月火は月火で気分が落ち込む事も無いだろうし。
なら別に、僕が食べる方の選択を取っても問題ねえよな。
それに、小腹が空いているのを埋めるのには丁度良い。
なんて、そんな理由付けをして、僕はオムライスを食べる事にしたのだった。
ケチャップを少し多めに使えば、食べられないって事も無いし。
もし、今度同じ様な事があったら、その時はしっかりと美味しかったと伝えよう。
……いや、実際このオムライスは決して美味しいとは言えない代物だけども。
ま、今日みたいな事があったから、どうせそんな事は二度と無いだろうが。
後日談というか、今回のオチ。
とにかく。
残ったオムライスも食べ終え、これで今回の件は一件落着だ。
明日体調を崩していない事を願いつつ、今日は寝るとしよう。
本当に、全くとんでもない厄日だった。
これから先、もし化物に襲われても、今日の事を思えば笑い飛ばせるという物だ。
こうして、一年で一番最悪な日は終わりを迎えたのだった。
ああ、そうそう。
火憐がデパートで月火と別行動を取っていた理由。 それもしっかりとあった様だ。
なんでも、付いてきてくれた僕にお礼として、美味しそうなデザートを買っていたと言っていた。
ちなみに僕は、それが何なのかは知らない。 先程月火を泣かせた所為で、どうやらそれは没収となったから。
やっぱり、理不尽でしかないよな。 それとこれとは別問題だろうに。
そして最後に。 これは本当に補足というか、蛇足というか、そんな事なんだけども。
次の日、僕はお腹を壊し、体調不良で学校を休む事となったのだった。
こよみライス 終
781 : ◆XiAeHcQvXg - 2013/05/27 13:31:56.14 q1Au3dGy0 679/830以上で短編終わりです。
乙ありがとうございます。
明日か明後日に、二本目投下致します。
788 : ◆XiAeHcQvXg - 2013/05/28 13:30:16.39 r95OIqHp0 680/830こんにちは。
短編二本目投下致します。
僕は家に帰る。
願い事も終えて、これでやり残した事は無い。
いや、こんな言い方をすると、僕がこれから死ぬみたいな感じだが、そんな事は無いと言っておこう。 念の為。
そうして歩くこと数十分。
やっと着いた。 家から出発してから時間はそこまで経っていないだろう。 月火が起きていない事を願って、僕は自室の扉を開ける。
状況整理。
僕、自室の扉を開ける。
月火、僕のベッドの上で正座をしている。
以上。
暦「……はは」
月火「お帰りなさい、お兄ちゃん」
作法の様に、丁寧な動作で頭を下げる月火。 お前そんな事出来たのかよ。
暦「い、言い訳して良いか?」
月火「うん、良いよ。 どうぞ」
正座をしたまま、頭を上げて、にっこりと微笑みながら月火は言う。
暦「ちょっとだけ、やり残した事があってさ」
月火「へえそうなんだ。 そのやり残した事って?」
暦「今回ので、色々と思うところがあってだな。 それで、挨拶っつうかそんな感じの事を済ませてきたんだよ」
月火「ふうん。 そっか」
僕が必死に説明すると、月火は以外にもあっさりと怒りを収めた様で、正座の体勢を崩す。
暦「……悪かったよ。 まさか起きるとは思ってなくて」
月火「別に良いよ。 けどさ」
月火「あんま心配させないでよね。 本当に」
……心配、か。 そうだよな、僕はこの一ヶ月で、どれほどこいつに心配を掛けた事か。
その言葉は、僕にとっては果てしなく重い。 重くて、思わされて、想わないといけない。
暦「ああ。 分かったよ」
暦「それじゃ、寝ようぜ。 月火ちゃん」
月火「はいはい」
時間経過。
暦「なあ、月火ちゃん」
横で寝転がる月火に僕は声を掛ける。
月火「うん?」
天井を見たまま、月火は返事をした。 やはりさっきまで寝ていたのもあり、声はいくらか眠そうな声。
暦「月火ちゃんってさ、将来の夢とかあるのか?」
月火「なんだ、夢の話?」
暦「まあな、僕はもうすぐ高校を卒業してさ、大学に行く訳だけど……そうしたら嫌でも、将来の事も考えないといけないし、何かの参考になるかなって思って」
月火「大学に行けるとはまだ決まって無いじゃん」
と、不要な前置きをして、月火は続ける。
月火「にしても、将来の夢かぁ。 あんまり考えたことって無いんだよね」
聞いといてあれだが、僕がそれを聞いて最初に思った事は。 そうだろうなという、素直な感想。
月火ははっきりとした目標は持っていなさそうだし。 まあ、十四歳って年齢でそんな話は無理だとは思うけど。 こんな話を切り出した僕でさえ、未だに靄が掛かっている感じなのだから。
暦「何でも良いよ。 やりたい事とか、現実はこうだろうとか、無いのか?」
月火「うーん。 無いっていうか、まだ考えたく無いってのが正しいかな」
暦「考えたくない?」
考えられないでは無く、考えたくないか。 僕にもまあ、その気持ちが理解できなくもないけど。 けど必ず、嫌でも考えなければならない時は来るはずだ。 僕が今、悩んでいる様に。
月火「そ。 今は今で楽しみたいからねぇ。 それにまだ中学生だしさ、そんな先の事なんて分からないや」
中学生が言う台詞かよ、それ。
暦「まあ、そりゃそうか」
やはり、駄目か。 何年後の自分がどうなっているかなんて、大人になってもそんなのは分からないのだし。 この世に夢を実現できる奴なんて、何人居る事か。
月火「お兄ちゃんには無いの? 将来の夢」
暦「僕、か」
先に質問をしといてあれだが……果たして、僕はそんな事を考えて良いのだろうか。
どうしようも無く、日常からずれた道を歩いてきた僕は、これから普通に出来るのだろうか。 普通に夢を持って、良いのだろうか。
その点で言えば、月火も月火で苦労しそうだけども。
暦「今、ぱっと思いつくのは……今の彼女と一緒に居たいって事くらいかな」
月火「ほほう。 純粋だね」
意地悪そうに笑いながら、月火はそう言った。
暦「悪いかよ」
月火「悪いとは言ってないよ。 お兄ちゃん」
月火「けどさ、燃え上がる恋ってすぐ冷めるとも言うじゃん? だからどうなのかなって思って」
おいおい、決して僕と戦場ヶ原の間には燃え上がる恋なんて無いぞ。 あるとするならば多分、極寒だけだろ。 年中氷河期だ。
暦「へえ。 そんな事を言うお前はどうなんだよ。 彼氏と」
月火「へ? 私の彼氏の話?」
暦「うん。 そうだけど」
月火「うーん。 改めて聞かれると困惑するね……」
暦「んだよ、僕に語らせておいて、自分は言わないのか?」
月火「分かったよ。 仕方ないなぁ、もう」
いや、別に僕もそこまで気になるって訳じゃないけどさ。 そんな渋々言われると、僕がどうしても気にしているみたいな感じじゃないか。
で、僕が次に聞く言葉。 吸血鬼でも驚いて固まるほどの衝撃だった。
月火「最近の話なんだけど。 というかつい数日前なんだけど」
数日前? っていうと、月火が僕の為にあれこれやってた時だよな。
月火「別れたんだよ」
暦「マジで!? 別れたの!? やったあ!!」
月火「……最低だ!」
いけないいけない。 条件反射的に喜んでしまった。
暦「ああ、ええと」
わざとらしく咳払いをして、僕は続ける。
暦「……なんでまた?」
月火「やっぱりさぁ。 一人の方が気楽なんだよ」
月火「それに、お兄ちゃんと一緒で最近色々とあったしね。 考えさせられたんだ」
ふうん。
暦「まあ、お前が決めた事なら間違い無いんだろうよ。 僕はそう思う」
月火「そりゃありがとう。 それで、お兄ちゃん」
暦「ん?」
月火が僕の方へ顔を向けてきたので、僕も月火の方へと顔を向ける。
月火「今から多分、私はお兄ちゃんが驚く事を言うと思うけど、大丈夫かな」
暦「あ? お前が彼氏と別れた話以上の驚きなんて、多分無いと思うけど……まあ、良いぜ。 聞いてやるよ」
月火「そっか。 なら言うけど」
月火「好きです。 私と付き合ってください」
……は?
待て、落ち着け。 聞き間違えの可能性がある。 くっそー。 吸血鬼もどきになると耳が悪くなるおまけが付いてくるのか。 忍野の奴めー。 言ってくれれば良い物を。 全くとんだ捻くれたおっさんだぜ。 やれやれ。
暦「えっと、月火ちゃん。 よく聞こえなかったんだけど」
月火「……二回も言わせないでよ」
暦「へ、ああ。 はは、ちょっと待て」
えーっと?
二回も言いたく無いって事は、なんだ。 つまりはそういう意味だよな。
って事はあれだ、聞き間違えでは無かったって事になる。 ええっと、そうなるとすると……どうなるんだ?
月火が僕に好きと言った。 うん、まあここまでは別に良い。 普通だ。 普通。 妹と兄の兄妹愛だろう。 美しいなぁ。 本当に。
で、問題はその後だな。 うん。 確か月火ちゃんは付き合ってくださいと言っていたな。 それはまあ、言葉通りの意味だと思う。 それしかないし。
って事はだな。 簡単に纏めると。
月火が僕に告白した。
うわー、すげえ簡単。 分かり易いなぁ。
ってそんな場合じゃねえよ!
暦「あ、ああっと。 その、月火ちゃん」
暦「一応、だけどさ。 一応っつうか普通にだな。 僕と月火ちゃんは兄妹な訳じゃん? 家族な訳じゃん?」
暦「だから、その。 つまりだな。 僕と月火ちゃんは普通というかそういう関係はあれというか……って事じゃん?」
月火「って事じゃんって。 なにそれ」
少々苛立ちを見せる月火。 そんな顔されても。
暦「いや、あれだよあれ。 だから……」
どう説明した物か。 なんとも難しい。 けどそれ以上に混乱してしまってどうしようもない。
月火「あはははは!」
そんな慌てている僕が面白かったのか、突然月火が笑い出す。
暦「……な、なんだよ」
月火「いやいや、お兄ちゃん慌てすぎだって。 冗談に決まってるじゃん」
暦「じょ、冗談?」
月火「うん。 冗談。 本気な訳無いでしょ」
暦「あ、はは。 そうだよな、そりゃそうだ。 いやいや、僕もそう思っていたさ」
……普通に本気にしかけていた。 マジでどうしようかと思った。
お前、将来立派な詐欺師になれるよ。
ていうかこの分だと、さっき月火が言っていた「彼氏と別れた」というのも嘘の可能性が出てきた。 恐ろしい妹だ。
月火「けどさ、お兄ちゃん」
月火「こういう時は、はっきりと断った方が良いよ。 曖昧な返事じゃ駄目だと思うなぁ」
暦「……まあ、そうなんだけどさ」
月火「お兄ちゃんは、言い寄られたら誰でもオッケーだもんね」
暦「んな訳あるか! 僕はそんな不真面目じゃねえよ!」
月火「あはは。 でも、さっき私が冗談で言った時も、はっきりしてなかったじゃん。 それはどうして?」
どうして、って言われても。
暦「それは……月火ちゃんを傷付けたくなかったっていうか、お前には迷惑掛けたのもあるし……そんな感じかな」
暦「もし、もしも月火ちゃんが本気だったなら、どうしようかってのもあったし」
月火「でもさ、そうはっきり言わない事で、余計に傷付く子もいるんだよ?」
月火「言った子も、それはそれで相当な勇気が必要なんだから、それにはしっかりと答えてあげないと」
月火「それに、迷惑掛けたとかそういうのは関係無いでしょ。 それはそれ、これはこれなんだから」
暦「ああ……そうだな。 肝に銘じておくよ」
まあ、とは言ってもこれから誰かに告白される事なんて、まず無いだろうけど。
この話が杞憂……とまでは言わない物の、そんな真剣に悩むほどの事では無いだろう。
唯一の問題は、もし事が起こった時に、戦場ヶ原が僕を殺すか殺さないかの二択だ。
月火「って訳で、しっかりと今の彼女さんの事も断らないと」
暦「どうしてそうなるんだよ! 僕は別に嫌々付き合ってる訳じゃねえからな!?」
結論はそれかよ……。
月火「ふうん。 ま良いや」
月火「で、これって何のお話だったの?」
暦「お前が言うのかよ。 僕だって実の妹と恋バナするなんて思ってもいなかった」
月火「良いじゃん良いじゃん。 たまにはさ。 って訳で次の話題だー」
暦「え? まだ続けるの?」
月火「そりゃそうだよ。 一週間お話してなかったんだから、今日はその分いっぱい話す予定なんだよ」
ああ、そうだったか。 そういや、月火とこうして話すのも何だか随分と懐かしい。 やはり、というか。 月火と話すのは楽しいな。
暦「そういう事なら、仕方ないな」
僕も、月火とは話したかったし。 それこそ、くだらない話でも真面目な話でも。
月火「よし。 それじゃあ次は何について語ろうか。 お兄ちゃん」
暦「ん。 あー、そうだな。 それじゃあ、どうして地球は回っているのかって話でもするか」
月火「何で急に壮大なスケールになったの!? さっきまでただの恋バナだったのに!」
暦「それなら、どうして人は働くのかについて語るか」
月火「……それもそれで壮大な話だね」
暦「月火ちゃんはどうしてだと思う?」
月火「そして、その話を続けるんだね」
月火「まあ良いか……ええっと、何故人は働くのか。 だっけ?」
良いのかよ。 話を振っておいてあれだけど、そこまで真面目に話し合う必要があるのだろうか、この話。
月火「それはさ、お金の為でしょ。 やっぱり」
暦「……お金の為か、いきなりずばっと解答って感じだな。 けど、改めて聞くと嫌な結論だよな、それ。 月火ちゃんの口からそんな言葉が出るなんて」
月火「お金以外の物なんて不要だね。 私の将来の夢はお札のお風呂に浸かる事なんだよ」
暦「やめろ! それ以上僕の傷口を広げるな! お前さっきまで夢は無いとか純粋だったじゃん!」
月火「まあ、それは冗談だとして。 実際のところ、お兄ちゃんはどう思うの?」
暦「あん? ああ、さっきの話か」
暦「僕は、人類全員が無償で働いて、無償で物を提供すれば、お金なんて不要だと思うんだ。 それに、今のこの働く事が生きること、みたいな雰囲気もなくなるんじゃねえかってな」
月火「なるほどね。 まあ一理あるよ」
暦「だけど、そりゃ無理な話だよな。 人間には、欲があるから」
暦「ただで貰える物を沢山貰う奴が居るみたいに、さっき僕が言ったように無償の世界になったら根こそぎ持っていく奴が出るだろうよ。 なんか無償の世界って火憐が好きそうな言葉だな」
月火「だからこそ、お金があるんだろうね」
月火「面白い話だなぁ。 人の欲を抑える為に、お金があるだなんて。 そしてそのお金が、欲を曝け出しているだなんて」
金。 その言葉を聞くと、真っ先に思い出すのはあの詐欺師だ。 あの男……貝木泥舟。
あいつは、金の為に詐欺をしていると言っていた。 人を騙すのは、金の為だと。
しかし、そこには欲が感じられなかったのだ。 金に執着こそしている物の、無欲。
果てして、あいつの真意とは一体何なのだろう。 分からないというよりは、分かりたくない……だな。
そして、僕的には最後の言葉にツッコミを入れて欲しかったのだけど、月火的には多分スルーするべき場所だったのだろう。 難しい奴だ。
暦「結局はそうだろうな」
暦「僕が勉強をサボりたいって思うのも欲だし、火憐ちゃんが自分を強くしたいって思うのも欲だし、月火ちゃんが僕に胸を揉まれたいって思うのも欲な訳じゃんか」
月火「訳じゃんか。 じゃねえ!」
月火が体を浮かせ、横で寝ている僕の腹部に肘を叩き込んできた。 体重が乗っているだけあって、さすがに痛い。
月火「なんで私がお兄ちゃんにおっぱいを揉まれる事を望んでいるみたいに言った!」
暦「え? 違うの?」
月火「当たり前だー!」
暦「じゃあ悪かった、言い方を変える」
暦「月火ちゃんが僕に、キスしよ? って言ってくるのも欲じゃんか?」
月火「確かに、確かに言った事はあるかもだけどさ。 なんでそんなたとえを出すのさ! それにその似てない物真似すっごくむかつく!」
プリプリと怒る月火。 本当に忙しい奴だ。 まあ忙しくしている原因は僕なのだが。
それに僕としては、月火の物真似は結構似ているつもりなんだけどな。
暦「落ち着けって、月火ちゃん。 話がずれているぜ」
月火「ずらしたのは、どう考えてもお兄ちゃんだよね。 なんで私がずらしたみたいになっているんだろ」
暦「僕としては、普通にそのまま滞りなく会話は進んで、この瞬間にはもう、おやすみって言い合っているはずなんだけど」
月火「進む訳ないでしょ。 要チェックだよ。 一歩も先に通す訳が無いじゃん」
暦「訳が無いじゃん、じゃねえ!」
言いながら、先程の月火の様に、僕は月火の胸を揉んでみた。
月火「なにすんじゃあああ!」
暦「だから落ち着けって。 そういう振りだと思ったんだよ。 普通そう思うだろ?」
月火「思わない! というか先程の月火の様にって言ってるけど、私は別にお兄ちゃんの胸なんて揉んで無いからね」
暦「地の文を読むんじゃねえよ……」
暦「でもさ、月火ちゃんが僕のお腹に肘を入れるのと、僕が月火ちゃんの胸に手を置くのと、それほどの差異がある様には思えないんだけど」
月火「いや、確かに並べてみるとそれほど違いは無いようにも見えるけどさ。 常識で考えてよ、お兄ちゃん」
月火「いきなり胸を揉んでくる兄って、どんな兄なの!」
暦「え? 他の兄妹って、もっと色々やってるだろ?」
月火「……なのかな?」
暦「だと思うけど……」
月火「ふむ、なら良いのかな?」
暦「うん」
僕も月火も、ただの世間知らずなのである。
で、数秒考える素振りをした後、月火は口を開く。
月火「それじゃあお兄ちゃん。 ほれ、触ってみ」
どの様な経緯でその結論に至ったのかは分からないが、それに対する僕は。
暦「……いや、なんかそう改めてやられると、嫌だな」
月火「えええ、じゃあどうしろって言うの?」
暦「僕的には、うーん。 月火ちゃんが予想できないタイミングで触りたいんだよ」
月火「……つまりそれって、私が驚いているリアクションを見たいって事?」
暦「うん。 まあ、そんな感じかな?」
月火「ふむ。 確かに今触られても、驚きはしないよね」
暦「だからさ、僕は最近なんだかマンネリ感を抱いているんだよ」
月火「マンネリ感?」
暦「予想できないタイミングだとしても、月火ちゃんがその胸を揉まれるっていう行為自体に対して、耐性みたいなのができちゃっててさ」
暦「前だったら、それこそ立派なツッコミを入れていたはずだけども、今となっては「ああ、またか」みたいなノリでツッコミをしている感じがするんだよな」
月火「そ、そんな事が……」
暦「まあ、それも仕方の無い事なんだろうけどな。 勿論、胸以外も触るべきだとは思う。 それでも基本的には胸が良いんだよ」
暦「だから、僕もやり方に気を配らないといけないのかなって考えてるんだ、最近」
月火「うう、なんだか気を遣わせているみたいだね」
月火「私の方も気をつけるよ、ごめんね」
暦「ああ、良いよ別に」
……何だろう。 何だか勢いで月火に謝らせてしまったが、果たしてこれで良かったのだろうか。
物凄く間違った方向に進んでいる気しかしないけれど、まあ今更話題を根本的な部分から引っくり返すのもあれだ。 だからこのままで良いか。
閑話休題。
暦「さてと、そろそろ寝るか」
月火「だね。 さすがにそろそろ眠くなってきたし」
暦「さっきまで寝てたのに良く言うよ。 つうか月火ちゃん、寝すぎじゃねえのか」
月火「疲れてたんだから仕方なーい。 お兄ちゃんも明日は大変なんだから、ゆっくり休んでよね」
明日は大変、か。 全く以ってその通り。 火憐の方にも、謝罪と感謝だな。
暦「ったく、人の心配ばっかしてるんじゃねえ。 んじゃあそろそろ寝るぞ」
月火「ほいほい」
暦「ああ、そうだ。 一つ聞いておきたい事があるんだ」
月火「うん?」
暦「さっき言ってた、彼氏と別れたってのも嘘……っていうか、冗談だったのか?」
月火「あーあれね」
月火「本当だよ」
は、はは。
今日は多分、良い夢が見られそうだ。
後日談というか、今回のオチ。
翌朝。
夏休み最終日。
僕は、月火によって叩き起こされた。 起こし方にも色々あると思うけど、今日はコップに入った水を顔に浴びせられ、起きる事となった。
ベッドまで濡れたじゃねえかよ……。
しかし、朝から水浴びする羽目になるとは思いも寄らなかった。 まあでも、同時に戻ってきたと実感も出来たのだが。 この起こし方に感謝こそはしない物の、迷惑とは思えないよな。
で、とりあえずは済ませる事を済ませておかないと。
暦「火憐ちゃん、ちょっと良いか」
僕は、火憐と月火の部屋を訪ねる。
エアロビクス……とか言っていたっけ。 多分それをやっていた火憐は、僕の姿を見てすぐさま駆け寄ってきた。
火憐「兄ちゃん! 何だどうした寂しくなったか?」
と言いながら、火憐はこれでもかというくらいに、にやけている。 分かり易い奴だなぁ、本当に。
暦「その、色々悪かった。 迷惑掛けたみたいで」
暦「それと、ありがとう」
僕はそう伝え、火憐に肩パンをされる事となった。 ええ、どうしてそうなったんだよ。 経緯が分からないんだけども。
ちなみに。
この肩パンで、僕はどうやら脱臼していたらしい。 普通なら病院に直行だけど、幸いにも吸血鬼体質のおかげで、そこまで大事にはならなかった。
らしいと言うのも、忍に聞いただけなのだが。
まあ。
こんな感じで、そんな感じで。
今回の話は終わりである。
高校三年生の夏休み。 妹達との思い出話。
ただの家族で。
ただの兄妹で。
ただの子供で。
ただの夏休みの話。
僕と火憐と月火の、何の変哲も無い普通の一般的な日常は、こうして幕を閉じたのだった。
道草を少々食いすぎた、そんな良くある話である。
僕達は、並んで歩く。
こよみホーム 終
829 : ◆XiAeHcQvXg - 2013/05/28 13:52:21.58 r95OIqHp0 721/830以上で短編二本目終わりです。
乙ありがとうございます。
830 : ◆XiAeHcQvXg - 2013/05/28 13:53:07.79 r95OIqHp0 722/830話の都合上(今回のとこれからの)蝋燭沢くんには消えてもらいました。
837 : ◆XiAeHcQvXg - 2013/05/29 13:00:21.39 f/UYkWEU0 723/830こんにちは。
短編三本目、投下致します。
これにて短編最後となります。
この話は、唐突に始まって突然に終わる。
それだけ分かっていればいい。
最初に話したこの事だけを分かっていれば、それでいい。
さて。
今回はそれに習い、唐突に始めよう。
この話は火憐と月火の話が終わって、少し経った後の話。
一つの大きな転換点。 それとも終着点か。 はたまた、ただ躓いただけかもしれないけど。
とにかく、それが終わってから一ヵ月後の話だ。
九月も終わりが見えてきて、まだまだ夜は寝苦しいけれど、段々と秋が見えてきた。 そんな時期の話。
そしてもう一つ。
あの一連の事件の後から、僕はどうにも火憐と月火と離れるのが嫌で(別にシスコンって訳じゃない。 危なっかしいし、何かあったらすぐに動けるようにだ)毎日一緒に、三人仲良く寝ているのだけども。
それをやめようと思った、一つの出来事の話だ。
あの日は確か、平均的に見たら暑い日の事だったと思う。
いつも通り、僕が学校を終えて家に帰り。
火憐は道場に向かっていき。
月火は茶道部で帰りが遅くなる。
そんなありふれた、有り余った、日常という枠にきっちりと収まる話。
……正確に言えば、僕だけが今回の話の真相を知っている事になるけど。
まあ、こんな話は妹達には絶対に出来ない。 むしろ、戦場ヶ原にでさえ出来ない。
忍にさえ、出来ない話。
いや、そもそも忍は全ての事実を知っている可能性があるけれど、敢えて僕にその話題を振らないという事は、そういう事なのだろう。
僕自身、進んでこの話題には触れたくないから、それはそれで大助かりだ。
勿論、羽川にだって絶対に出来ない。
あいつがたとえ、頭を下げて頼んだとしても、僕は断ると思う。
胸を好きなだけ揉ませてあげると言われたら、その時は折れよう。
……冗談だ。 僕にはそんな度胸は無いし、羽川も本気でそんな事は言わないだろう。
つまりは、この話は僕だけが知っていればそれで良い話。 ましてや好んでする様な話でも無いのだ。
ていうか、結局前置きが随分と長くなってしまった。
冒頭で唐突に始まるとか言っておきながら、このザマである。
ま、良いか。 それについては文句を言われたら、返す方法も考えてあるし。
「あれは嘘だ」
どこかの詐欺師よろしくな。
九月二十四日。 夕方。
僕は玄関で正座をしていた。
一応断っておくが、誰かの指示という訳では無い。 勿論、戦場ヶ原の命令という訳でも無い。
あいつもまさか、僕の家での行動を命令はしてこないだろうし。
いや、するか。 普通にするな、あいつなら。
けど、今回は違う。 自分の意思での行動である。
時間的に、そろそろだとは思うんだけど。
なんて事を丁度考えた時、玄関の扉が開く。
月火「ただいま……ってまた居るし!」
暦「おう、おかえり。 待ってたぞ」
月火「待たなくて良い! ていうか毎回毎回言ってるけどさ、待つなら待つで電気付けてよ! 怖いんだから!」
暦「ああ、次から気をつける」
ちなみに、月火のこのリアクションが見たくて毎度真っ暗の中で待っているのは秘密だ。 それと月火の怖がりを治してやろうという、優しさなんだなこれが。
この妹達を待つという行為が日課。
こうして、二人の妹の帰りを待つという行為が日課でもあり、日常でもあるのだ。
とは言っても、毎日何時間もこうして正座している訳では無い。
僕にも僕でやる事があるし。 勉強とか。
で、こいつら二人が帰ってくる大体の時間は把握しているので、それに合わせてこんな感じで待ち構えているという訳だ。
月火「それ、前回も聞いた台詞だけど……」
暦「そうだったか? 悪いな、全く覚えて無い」
月火「駄目じゃん……次回も絶対に忘れているパターンだよ、それ」
暦「まあまあ、それは良いとしてだ。 火憐ちゃんは?」
月火「私としては全く良くない」
と、一瞬だけ怒りそうになった月火だったが、すぐにそれを収め、口を開く。
月火「……えっと、火憐ちゃんももうすぐ帰ってくると思うよ」
月火「道場自体は一時間前に終わってるし、火憐ちゃんが走っていればそろそろじゃないかな?」
暦「ふむ。 なら僕はもう少しここで待っているとしよう」
月火「いや、別に私と火憐ちゃんはそれを望んではいないけどね」
暦「お前達の意思など知らん! 僕は僕が思うようにやるだけだ!」
月火「格好良い様に聞こえるけど、実際の行動はとっても格好悪いよね」
苦笑いしながら、月火は言う。
こいつの苦笑いって、結構なんだか胸に来る物があるんだよな。 実際。
まるで、本当に哀れまれていそうで。
月火「もし良かったら、お茶とか淹れてこようか? 正座も辛そうだから、座布団持ってくる?」
哀れまれていた。
暦「別に僕は反省しているからこうしている訳じゃないんだぜ、月火ちゃん。 それに必要なら自分で盗って来るから問題無い」
月火「盗んでくるの?」
暦「誤字だ」
月火「ふむ、なら良し」
何が良いんだか。
ちなみに、これは言っておくべきなのかは分からないが、うちには座布団なんて無い。
暦「つうか月火ちゃん。 お茶で思い出したけど、そういやお前茶道部だったんだよな。 うっかりしてるとその設定は忘れてしまいそうになるぞ」
月火「妹の部活を忘れないでよ、お兄ちゃん。 今日も部活帰りの月火ちゃんだよ」
暦「ふうん。 つうか前々から少し気になったんだけどさ、茶道部って何してんの?」
僕がそう聞くと、月火は首を傾げながら答える。
月火「うーん。 特に実のある内容では無いかな」
暦「正座しながら、お茶を淹れたり?」
月火「いやいや、正座なんてしないよ」
暦「え? 正座しないのか?」
月火「そりゃそうだよ。 足痺れるじゃん」
足痺れるじゃんって。
いや、そりゃそうかもしれないけどさ。 だったら何してるんだよ、その茶道部。
月火「皆で寝そべって、お茶を飲んで、お茶菓子をつまみながら談笑って感じだね」
暦「茶道部のイメージじゃねえ!」
月火「テレビでもあれば良いんだけどねぇ」
暦「お前は休日のおっさんか!」
月火「雑誌を見ながらぐだぐだしてるよ」
暦「大分手遅れだな!」
いやはや、これは多分、月火だけの所為では無いのだろう。
最早、茶道部全体がそういう雰囲気になっているからこそ、今の状態って訳だ。
こりゃ、着物ファッションショーの件は月火だけが原因でも無さそうだ。
月火「それじゃ、私はお風呂入ってくるね」
暦「おう」
月火「入ってこないでね?」
暦「おいおい、月火ちゃん。 一体いつ、僕がお前の入っている風呂に入ったと言うんだよ」
月火「毎日」
そうだった。
暦「……まあ、今日は行かないよ。 安心しとけ」
月火「安心しとけって言う辺り、自分の行動が嫌がられているってのには自覚があるんだね」
暦「ああ、一歩でも動いたら忘れるけども」
月火「いつか、お兄ちゃんを歩かせない方法を実行しないといけない様だ」
暦「……恐ろしい方法しか思い浮かばない」
月火「あはは」
笑いながら、月火は風呂場の方へと向かって行った。
その笑顔が恐ろしい。 明日、僕は無事でいられるのだろうか。
なんて、そんな事を危惧していた時。
火憐「たっだいまー! おお、兄ちゃんじゃねえか! 毎日ご苦労さん!」
元気良いなぁ。 一時間走ってきたとは思えない程の元気さだ。 忍野でも引くレベルの元気の良さだよな。
あいつだと多分「元気良すぎだよぉ。 良い事でもあったのん?」とか言いそうだな。
なんとなく、忍野をお姉キャラにしてみたんだけど、ただ気持ち悪いだけだな。 やめよう。
暦「お帰り。 火憐ちゃんも火憐ちゃんで、月火ちゃんとは違ったリアクションで飽きないなよなぁ」
火憐「んん? って事は月火ちゃんは帰ってきてるのか。 おーい! 月火ちゃーん!」
暦「今は風呂に入ってるぞ。 一歩遅かったな」
火憐「なーんだ。 んじゃあ、あたしも入ってこようかな」
暦「いや、それはやめた方が良い」
火憐「そうなのか? くだらない理由だったら殴るぞ」
なんで僕が殴られないといけないんだよ。 人格に問題ありすぎだろ、こいつ。
暦「月火ちゃん自身が言っていたんだよ。 入ってくるなって」
火憐「へえ。 でもさ、それって兄ちゃんに言ったんじゃねえの?」
ご名答。 間違いなくあれは僕に対して言った言葉だろう。 僕じゃないとすると、月火は見えない何かに話しかけているという、大分可哀想な子になってしまうから。
……ああ、でも八九寺に会った時の僕は、戦場ヶ原から見たらそういう風に見えていたのだろうが。
暦「かもしれない。 でも違ったらどうするんだ?」
火憐「違ったら……」
暦「月火ちゃんは怒るだろうよ。 なんで入ってくるなって言ったのに入ってきたんだ! って」
火憐「確かに……それは嫌だな」
暦「だろ? だったら月火ちゃんが出るのを待っていた方がいいぜ」
勿論、あれは僕に対して言っただけだから、火憐が入っても何も問題無いだろうけど。
ただ、僕をここまで正座させて待たせた火憐に意地悪がしたくなっただけである。
そもそも僕が正座している事自体が、僕の意思だとさっきは月火に言ったけれど、あれはもう忘れた。
過去の事である。 水に流した。
過去の事は水に流そうじゃないか。
火憐「分かった。 でもそうだとすると、ここで待つしかねえよなぁ」
暦「まあ、汗だくだしな、お前」
火憐「ってな訳で、語ろうぜ兄ちゃん! 水入らずならず、汗入らずってか! はははは!」
いやつまんねえよそれ。
どんな風に繋がっているのかが謎だしな。 確かにお前の汗はいらないけども。
暦「語るつっても、何を? 何か語るような事ってあったっけ」
火憐「あるだろあるだろ。 もうありすぎて、水増しされてるんじゃねえかってくらいあるぜ。 いや」
暦「やめろ。 お前、どうせ今度は「汗増し」とか言うんだろ。 やめておけ」
火憐「おお、さすがだな兄ちゃん。 あたしの考えた事が分かるなんて、第六感的な何かか?」
暦「別にそんな物には目覚めちゃいない」
火憐が考えそうな事が分からない奴なんて、むしろ少ない方だろ。
暦「んで、語ろうって言ってたけど何を語るんだよ?」
火憐「そうだったそうだった。 そんな話だったな」
火憐「ずばりだな。 あたしが語ろうと思うのは」
火憐「兄ちゃんの弱さについてだ!」
なんだこいつ、喧嘩売ってるのか。 いやいや、確かに僕は弱いけども……。
けど、だからと言って単純な力勝負とかなら、まだ火憐にだって負けて無いだろ。
暦「それは何だ、精神的な弱さとかか?」
火憐「いやいや、ちげえよ。 あたしが言ってるのは肉体的な弱さだ。 つまり喧嘩が弱いって事だ」
暦「はん。 何を言うかと思えばそんな事か。 それって、力が無いとも言いたい訳だよな?」
火憐「うん。 そうそう」
暦「上等だぜ、火憐ちゃん。 腕相撲をしよう」
火憐「お、良いぜ。 兄ちゃんの弱さを分からせる手っ取り早い手段だな。 望むところだ」
暦「吠えろ吠えろ。 お前じゃ僕には勝てねえよ」
火憐「おっし、行くぜ。 準備は良いな?」
ふはは。 この馬鹿な妹に現実を教えてやる良い機会だ。
なんて言ったって、僕は今もまだ吸血鬼もどきなんだぜ? そんなのに勝てる訳が無いだろうが。
暦「おう、いつでも来い」
それでは、勝負開始。
負けた。
秒殺と言うよりは、瞬殺だった。
火憐「おいおい、まさかあたしが腕一本なのに対して、兄ちゃんは腕二本だったのに負けるとはな」
暦「言うんじゃねえよ! そんな説明口調じゃなきゃ表に出なかった事実だろうが!」
火憐「まあ、別にあたしは不公平な勝負だっと言いたい訳じゃねえよ? むしろ、勝つ為には手段を選ばない兄ちゃんのやり方は、ありだと思うぜ」
火憐「中には卑怯って言う奴も居るだろうけどさ、全力を出さないで負けて言い訳する奴よりかは、全然卑怯じゃねえよ」
どこまでも格好良い僕の妹だった。
なんだか兄として、大事な物が全て無くなって来ている気さえしてくる。
そんな事を思い、僕が落胆している時、背中から声が掛かった。
月火「あれ、火憐ちゃん帰ってきてたんだ。 おかえり」
声の方を見ると、頭にタオルを巻いた下着姿の月火。
暦「お前、一応玄関なんだからさ、服は着とけよ」
月火「誰も来ないって、こんな時間に」
そうだろうか。 玄関ぶっ壊されても知らないぞ。 キメ顔のお譲ちゃんとかに。
月火「それにしても、何してるの?」
火憐「え? いや、あたしは風呂に入りたかったんだけどさ、月火ちゃんが入ってくるなって言ってたって兄ちゃんが言うから、こうしてここで暇潰しって訳なんだよ」
月火「私がいつそんな事を言った。 お兄ちゃん」
暦「すまん、一歩動いたから忘れてしまった」
月火「……言い逃れ?」
暦「そんなのはどうでも良いけどさ、月火ちゃん。 ちょっと頼みがあるんだ」
月火「どうでも良いって……え? 頼み? 頼みだなんて、もう仕方ないなぁ」
あれ以来、月火は頼みがあると言うとやたら嬉しそうにする。 それを都合良く使う僕は大分賢いと思う。
ずる賢いが正解かもしれないけど。
暦「簡単な事だよ。 僕と腕相撲してくれ」
月火「お兄ちゃんと? 別に良いけど」
よし、勝負開始だ。
勝った。
暦「いよっし!」
これで兄の威厳は保たれた。 生涯安泰である。
火憐「大人げねえな……」
暦「悪いが僕はまだ子供だ。 ギリギリな」
月火「ま、別に腕相撲で勝てても何も貰えないし。 お兄ちゃんがやりたいならいくらでもやってあげるけど」
どうやら月火が一番、大人だったらしい。
月火「それにしても、なんでこんな場所で腕相撲なんてしてるのさ」
暦「ん? それについては、さっき火憐ちゃんが説明してただろ?」
月火「いやいや、そうじゃなくって。 腕相撲の理由だよ。 どうして腕相撲?」
火憐「あー。 それはだな、月火ちゃん。 兄ちゃんが弱くないと思い込んでるから、思い知らせてやったって事なんだよ」
月火「ふうん?」
月火「けど、私に勝って勝ち誇ってる時点で、全然強くは無いよね」
暦「あ? なんだよ月火ちゃん、負け惜しみか?」
月火「違う違う。 単純な理由だよ」
暦「単純な理由? 何だよそれ」
月火「だって、私の方が年下じゃん。 それに、女の子だし」
そうだった。 もうそれは地球が回っているだとか、空は青いだとか、人間は呼吸をするだとか、そのレベルでの話だったんだ。
つまり、僕は月火に。
月火「勝って当たり前でしょ。 なのに嬉しそうだなって思っただけだよ」
……寝ようかなもう。
月火「でも、そんなお兄ちゃんでも私は応援してるから、頑張ってね」
月火は言い、僕に微笑みかけるのだった。
時間経過。
夕食も食べ終え、風呂にも入り、自室で勉強をし、気付けば寝る時間。
あの一連の事件から、僕は毎日火憐と月火と一緒に寝ている。 勿論、今日も例外には漏れず、その予定だ。
で、火憐と月火の部屋へ行き、いつも通り二人を呼ぶ。 最初こそ月火の方には色々と理由を付けられて反対はされたものの、今では素直に僕の部屋に来るようになっている。
火憐はまあ、性格通り単純な奴なので、最初から何の疑問も持たずに僕の言うとおりだった。 いや、別に何かを企んでいるって訳では無いけども。 そこまで信頼されてしまうと、些か罪悪感が沸いて出てくるのは否めない。
しかし、僕がそうしているのにはきちんとした理由があるのだ。
つまりは、怪異。
火憐にこそ、まだこれらの事は秘密にしているのだけど、月火は全てを知ってしまっている。
それはどういう意味か。
一度怪異と関われば、怪異と関わりやすくなってしまうのだ。
その点で言えば、火憐も月火も二人共に怪異とは関わっている。 が、火憐は一連の事については何も知らない。 怪異という存在を認識していない。
しかし、月火は認識してしまっている。 そうならざるを得なかった。 いや、それは僕が望んだ結果なのだろう。 望ましい結果では、無かったけども。
だから僕は、何かがあった時の為にも、二人と一緒に居られる時は一緒に居ると決めたのだ。 勿論、学校にまで一緒に行く訳にはいかないので、そう考えると穴だらけの予防策ではあるが。
やらないよりはマシ。 出来る事は全てやる。 大体、そんな感じ。
火憐「しかしよー、兄ちゃん」
暦「ん? 何だよ」
右隣で寝そべる火憐が、唐突に口を開く。 寝ている物だとばかり思っていたけれど。
火憐「こうして一人用のベッドに三人ってのは、さすがにこの時期だと暑いよなぁ」
暦「……まあな。 クーラー付けても良いんだけど、風邪引いてもあれだしな」
タイマー設定とかしておけば良いかな。 それなら多少は、寝心地が良くなるだろうし。
火憐「ああいや、そこまでしてもらわなくても良いよ。 悪いし」
なんだ、やけに低姿勢だな。 いつもなら「早く付けろよ、ぶん殴るぞ」くらい言ってそうな物だけど。
まあ、本人が言うなら良いのかな。
月火「お兄ちゃん、もう少し向こうに詰めてよ」
と、今度は左隣から声が掛かる。
暦「つってもな、もうかなりきついんだけども」
月火「私がベッドから落ちたらどうするの。 一生恨まれるよ、私に」
暦「ベッドから落ちただけで!?」
そりゃ、恐ろしい。 一生恨まれるのは遠慮しておきたいので、仕方ない……少しずれるか。
気持ち程度、ほんの少し、右に詰める僕。
月火「あんま変わらないかも」
暦「んだよ。 折角詰めてやったのに」
月火「まー、元々無理があるのかもね。 一人用のベッドに三人だなんて」
だな。 最悪、僕が床で寝るって選択肢も無くは無いけど。
それだと結局一緒に寝てるとは言えないし、怪異の予防策としての一緒に寝ようってのは、口実にならなくなってしまうだろう。
月火「うーん。 じゃあ仕方ないか」
ん? 何か案でもあるのか。 いやあ、さすがは月火。 ファイヤーシスターズの参謀なだけあるぜ。
結果。
僕が真ん中。 それは変わらない。 不動の位置である。
火憐が右隣。 それもまた変わらない。 こいつは寝相が案外良いので、起きても同じ位置だろう。
で。
月火が何故か、僕の上に覆い被さる様に寝ている。
暦「おい、月火ちゃん? 月火ちゃん?」
月火「なあに、お兄ちゃん。 どうかしたの?」
暦「いや、どうかしたっていうか、どうかしてるっていうか、むしろどうにかして欲しいんだけども」
月火「何で? スペースは広がったでしょ?」
暦「まあそりゃそうだけどな。 けどだからと言って」
月火「もう、もしかして照れてるの?」
状況を整理しよう。
僕。 ベッドで寝そべっている。 上半身はシャツ一枚、今日は暑かったので下は下着一枚。 そして布団代わりに下の妹、月火が覆い被さっている。
月火。 僕の上に覆い被さっている。 いつもの浴衣を着てはいる物の、もぞもぞと僕も月火も動く所為で、若干はだけている。 上は下着を付けていない。 下は着けている。
なるほど、そういう事か。
いや、月火の体なんてもう何度見たか分からないくらい見ているし、胸だって揉んだ事はあるし、別に変な気持ちには断じてならない。 そう、いつもなら。
だが、だけども、今は?
今は、夜。
明かりなんて当然、消しているから真っ暗だ。
強いて言うならば、窓から差し込む月明かりくらいで。
それがなんだか、変な雰囲気を醸し出している。
月火「どしたの? お兄ちゃん」
首を傾げながら、月火は僕に問い掛ける。
……ああ、これあれだ。
正直に言おう。 マズイパターンだ。
だけども、まだ初期段階。 まだ大丈夫。 いやこんな風に考える時点で大丈夫じゃないけども! それでもなんとか出来る。 そうだ、出来る事は全てやっておかなければ。 そして、今出来る事は。
暦「か、火憐ちゃん。 起きてるよな?」
火憐「あん? 起きてるけど、なんだよ」
良かった。 救世主は起きていた。 この状態を見て、火憐が何か言わない訳が無いんだ。 そう、だから今の今まで気付いていなかっただけで。
そんな事を思いながら、僕は救世主の方へと顔を向ける。 体ごとは月火が上に乗っている所為で向けられないので、顔だけ。
んで、目に入ってきた光景。
暗くてはっきりとは見えないが。
いつも寝る時は着けている下着を着ておらず、裸の火憐だった。
暦「な、なんで裸なんだよ! お前!」
火憐「なんでって。 暑いからだよ、兄ちゃん」
にっしっし。 といつもの様に笑う火憐。 うるせえ馬鹿、笑い事じゃねえ!
暦「暑くても脱ぐんじゃねえよ! だったらそうだ、クーラー付けようクーラー。 それで良いだろ?」
火憐「いーよ。 付けたら付けたでまた下着を着ないといけないじゃん。 面倒だし、このままで良いぜ」
暦「お前は良いかもしれないけど、僕が良くねえんだよ!」
月火「あーもう、うるさいなぁ」
と、左側から声がする。
いや、左側というのは間違いか。 僕が右を見ているから左から聞こえた訳で、つまりは上から聞こえた様な物だ。 上というよりかは、前? そんなのどっちでもいいわ!
暦「なんだよ、月火ちゃん。 うるさくなるのも仕方が」
言葉を途中で区切る。 区切るっていうよりも、区切らされた。
最後まで言えなかったという事だ。 まあ、要するに。
月火が僕に、キスをしてきた。
暦「……っ!」
何してんだよこいつ馬鹿かよマジでアホかよおいおい。
しかも、長げえし!
月火の肩を掴み、無理矢理にでも引き剥がそうかと思ったその時。 本当に予想外の事が起きた。 いや、こんな状態になるなんて事も予想外といえば予想外なんだけども。 そんな物なんて軽くどうでも良くなるくらいの、予想外が起きたのだ。
月火「んっ……」
あろうことか、この馬鹿妹の月火が僕の口の中に、舌を入れてきたのだ。
舌というのはつまりは舌で、下を入れてきたという物語の上下巻みたいな感じでは断じてない。 こんな事に物語性があってたまるものか。 舌、つまりはベロ。
暦「……ぷはっ!」
さすがに焦り、慌てて急いで早急に迅速に素早く大急ぎですぐさま素早く引き剥がす。
焦りすぎである。 何回同じ意味の言葉を使ったのだろうか。 案外僕も辞書に登録されている言葉が豊富かもしれない。
暦「何すんだよ月火ちゃん!」
月火「何って、キスだよ?」
暦「そんなのは分かってる! 分かってるから聞いているんだ!」
火憐「んだよ、キスなんていつも兄ちゃんがしてるじゃねえか。 なあ、月火ちゃん」
月火「うんうん。 なのに、どうしてお兄ちゃんがそんなに焦るのか、訳が分からないかなぁ」
暦「僕はキスをした時に舌を入れた事なんて一度も無い!」
確かに、キスをする事自体はままあるのだが、だからと言って、今月火が僕に対してした様な事は断じて一度も無いはずだ。
火憐「え? 月火ちゃん舌まで入れたのかよ」
さすがの火憐も、やっと事態に気付いたらしい。 僕もようやくこれで助かる……。
訳が無かった。 この話はそんな簡単に終わらせてはくれないらしい。
火憐「よっし、んじゃあたしもー」
火憐は言い、僕の顔をがっちりとロックする。 手で押さえただけなのだろうけど、普通に反抗できない。
で。
迷わず、火憐は僕にキスをしてきた。 マウストゥマウスで。 いや違うか、普通のキスではない。 頭にディーが付く感じのキス。
たとえるならば。
月火のは優しくて、ゆっくりとした動作の、油断していたらとろけてしまいそうな。 そんなキス。
火憐のは荒々しくて、だけどもなめらかで、こっちまでもが燃え上がってしまいそうな。 そんなキス。
って、そんな妹のキスの感想を述べている場合じゃねえ! この状況をどうにか打破しないと、本格的にマズイ!
既にこの時点の話が外部に漏れてしまったら、間違いなく僕は外を歩けなくなってしまう。 むしろ家族とさえ、縁を切られてしまう。 下手をしたら社会的に抹殺されてしまう可能性すらある。
だから、これは無かった事にしなければならない。 なんとしても、絶対に。
ふと。
ふと、頭に過ぎる。
つい、一ヶ月前の事が。
僕は、あの時同じ様な事をして、失敗したんだった。
無かった事にしようとして、後悔したんだ。
なのに、僕は今回の事を無かった事にしても……。
月火「火憐ちゃんずるーい。 そろそろ代わってよ」
火憐「おお、悪い悪い。 どーぞ」
いや良いだろ。 これを無かった事にしなくてどうするんだよ。
で、結論が出たところでどうする。
こう考えている間にも、今度は月火が僕にキスをしている訳だけども。 正直、そろそろ限界なんだけれども。
最終手段は、忍か。
……ああ、でも待てよ。 忍がこの時点で、僕に何もコンタクトを取っていないという事は、つまりは見捨てられたという事かもしれない。 あるいは見限られてしまったか。
暦「ちょ、ちょっと待て!」
月火「どしたの?」
火憐「兄ちゃん、用があるなら早くしてくれよ」
暦「一応言っておくけどな、僕達は兄妹だ。 家族だ。 だけどな」
暦「そう言う風に、ベタベタされて、キスされて、ああもうぶっちゃけるけど」
暦「僕が、僕が我慢できなくなる可能性があるんだよ!」
言ってしまった。 ああ、もうどうにでもなれ。 これでこいつらがドン引きしてくれれば、もうそれで良い。
ちなみに、これは嘘偽り無い本心である。
火憐「なんだ、そんな事かよ」
月火「そんなのは最初から分かってるよ、お兄ちゃん」
暦「は? え、えっと?」
戸惑う僕に、火憐が僕の右耳に口を寄せ、囁く。
火憐「兄ちゃんとなら良いって意味だよ、分かるだろ?」
続いて、月火が左耳に口を寄せて、囁く。
月火「むしろ、こうなるのを前提でやってたんだから。 お兄ちゃん」
ああ。
なるほどね。
つまりはドッキリか! なるほどなるほど。 んだよ、驚かせやがって。
暦「あ、あはははは。 随分と性質の悪いドッキリだなぁ。 びっくりしちまったよー」
火憐「折角ここまでしてるのに、ドッキリで済ませようとするなよ」
火憐「……あたしだって、恥ずかしいんだからさ」
確かに。
火憐がいくらノリで生きていると言っても、悪ふざけでここまでするだろうか。 ここまでの事を冗談だと言うだろうか。
……言わない。 こいつは嘘を付くのがとことん苦手だから、今の言葉が嘘で無いという事は分かった。 分かってしまった。 つまり、火憐は本気だ。
だとするならば、月火は?
月火「ねえ、お兄ちゃん。 この前の事覚えてるでしょ? お兄ちゃんの部屋で、私がお兄ちゃんの首にキスした時の事」
月火「あの時も、結構本気だったんだよ。 だけど、今日はそれ以上に本気だから」
目を逸らすことなく、月火は言う。
なんて事だ。
月火も、本気だ。
だけど、だけども。 なんだってこんな状況になっているんだよ。 どうすりゃいいんだ。 僕は。
僕にも彼女が居る訳だし、ましてや妹達とこんな状態なんて!
浮気だなんて問題じゃない、普通に事件だ。 分かってる、頭ではそんな事は分かっているんだけど。
暦「か、火憐ちゃん。 月火ちゃん」
もう無理だ。 ずっと抑えてきたけども。
暦「……分かったよ。 お前らの気持ち。 僕も、今したい事はお前らと一緒だ」
火憐「……兄ちゃん」
月火「……お兄ちゃん」
こうして、僕は妹達と一夜を過ごすのだった。
後日談というか、今回のオチ。
いや、まあ説明すると。
要するに、夢オチという物である。 我ながら、とんでもない夢を見てしまった。
なんというか、最低というか馬鹿というか、こんな夢を見ていただなんて話、絶対に誰にも出来る訳が無い。
したら多分、僕は一生軽蔑されてしまうだろう。
しっかし、なんであんな夢を見るかなぁ。
……原因として考えられるのは、毎日一緒に寝ている所為だよな。 絶対に。
仕方ない。 仕方ないという事にして、もう一緒に寝るのはやめるしかないだろう。 あれがもし現実になったらと思うと、どんな怪異より恐ろしいという物だ。
忍は多分、僕が見た夢を知っているだろう。 知っていて、敢えてその話題は口に出さないのだろう。
……気遣いが、心に来るよなこれ。
変に現実味がある夢だった所為で、翌朝起きた時は随分と動揺した物だ。 妹達にもかなり不審がられたし。
かと言って「いやぁ、実はかくがくしかじかで」なんて説明をしたら、僕は今頃息をしていないだろうけど。
本当に、もう二度とあんな夢は見たくない。 朝はかなり落ち込んだ物だ。
今はもう朝食を食べて、いつもなら勉強をしている時間なのだけど。
どうにも勉強って気分にならない。 これもあれも全てあの夢の所為だ。 馬鹿にしやがって……くそ。
なんとなく、夢に対して怒ってみたのだけども、謝罪の言葉がある訳無かった。
火憐「兄ちゃん、入るぜー」
月火「お兄ちゃん、入るよー」
息を合わせ、妹達が同時に部屋へと入ってくる。 蹴破ったりしなくなったけど、ノックくらいはしろって。
暦「んだよ、二人揃って。 用事か?」
火憐「用事というか、意見というか。 そんな感じ」
月火「むしろお兄ちゃんの意見を聞きに来たって感じだよ。 暇でしょ?」
暦「暇っちゃ暇だけどもさ。 まあ、良いか。 んでそれは?」
火憐「なあ兄ちゃん」
月火「ねえお兄ちゃん」
二人は息を合わせて、言う。
「キスをした感想を聞かせて」
なんて。
はは、いやいや。 まさかね。
僕が忍に土下座をして、実際に起こったのはキスだけで、一線は越えていないという事を教えて貰うのは、もう少し後の話だ。
その時点で大分一線を越えてしまった気しかしないけども。
教えてもらったのは、後の話。
後の話、か。
そう、それは確か『夢の話』だった。
火憐が魅せられた……いや『魅せられてしまった夢』と、月火が『夢見た夢』の話。
この時はまだ何も知らなかったけども。
確かそれは、肌寒くなってきた十二月の話である。
一年の終わりがもうそろそろとなってきた、ある日の話だ。
夢を見て、魅せられて、逆転した火憐と。
夢を見て、見てしまって、儚い夢だった月火。
いや、今はまだその話はしないでおこう。 また時間がある時にでもという事で。
そんな訳で、こんな冗談みたいな夢オチで申し訳ない限りだが、一旦はここで締めさせて貰おう。
これにて、おしまい。
こよみドリーム 終
920 : ◆XiAeHcQvXg - 2013/05/29 13:49:20.29 f/UYkWEU0 806/830以上で短編全て終了となります。
長らくお付き合い頂きありがとうございました。
921 : VIPに... - 2013/05/29 13:51:08.55 EHeJGeVB0 807/830続編あんの?!
922 : VIPに... - 2013/05/29 13:53:33.92 TTHJDWkyo 808/830おつおつ
続編あるならまじで期待する
925 : ◆XiAeHcQvXg - 2013/05/29 14:37:03.20 f/UYkWEU0 809/830続編あります。
来週辺りから投下始められると思いますが、投下ペースが一週間に一度程になりそうです。
934 : ◆XiAeHcQvXg - 2013/06/01 13:50:00.46 66vxYyud0 810/830こんにちは。
次回予告的な物だけ投下しておきます。
人は誰でも夢を見ている。
小学生の頃には誰でも夢を見ていたんじゃないだろうか。
スポーツ選手だとか、俳優だとか、幸せに暮らしたいだとか、宇宙に行きたいだとか。
そんな夢を見ながら、成長していく。
年を重ねて、学んで、挫折して、遊んで、落ち込んで、努力して。
そういった経験を積んで、いつか気付く時がくるのだ。
それが叶えられない夢だという事を、大抵の人は思い知る。
いや、だけど結局は実現できるであろう事を夢として、叶えてしまう奴も中には居るだろう。
目標を低くして、自分の能力の範囲内に収めてしまい、叶える奴も。
だが、それで本当に夢を叶えたと言えるのだろうか?
目標を果たしたと、言えるのだろうか?
僕は別に、目標を高く持てだとか、夢は大きくだとか、そういう教師じみた事を言うつもりは無い。
ただ、それで本当に本人は満足しているのだろうかと、気になっているだけなんだ。
話を戻そう。 夢について。
夢。
それは前に月火と話した将来の夢であったり。
それは日常的な、何々をこうしたいという事であったり。
はたまた、夜寝ている時に見る夢であったり。
夢という言葉にも、色々な捉え方があると思う。
しかし、僕には明確な夢、目標みたいな物は無い。
火憐は多分、今この瞬間、地に足を付けて歩いている事自体が、夢を叶えているのだろう。
あいつは夢を実現させながら歩いているのだから。 火憐のそういった部分は本当に尊敬するし、羨ましいとも思う。 明確な目標を持っているあいつは、強い。
だが、同時に危なっかしいとも僕は感じる。
火憐に「夢はあるのか?」と聞いたとしたら、多分あいつはこう言うだろう。
「兄ちゃん、あたしにとっては今この時がそうなんだよ。 今を生きて、明日を生きる。 それが夢なんだ」
如何にも言いそうな言葉だと思う。 果たして本当にそう言うのかは、分からないが。
つまり、要するにあいつは馬鹿なんだ。
どうしようも無く馬鹿だけど、それ故に。
真っ直ぐで、そして強い。 火憐はそういう奴なのだ。
そして月火、あいつには何が見えているのだろうか。
夢が無いといっても、それが本当かは分からない。 僕にだって、全部が全部を話してくれる訳では無いのだから。
ふわふわと生きている月火にとって、夢とはどういう響きなのだろう?
くだらない言葉なのか、それとも素晴らしい言葉なのか。
まあ、あいつの兄としては、月火に夢が見つかれば良いとは思うのだけれど。
いや、もしかしたら。 夢を見つける事自体が、あいつにとっての夢なのかもしれない。
……無いか。 そんなロマンチストじゃねえしな、あいつ。
そして僕達もいくら兄妹だと言えど、それぞれが目指すそれぞれの目標は違う。
僕なんかは明確に見えていないし。
火憐は今日この時その物が、昨日見ていた夢なのだろう。
それに比べると、月火は夢を探している最中、と言った所か。
僕の場合。
僕の場合だ。 もしもそんな僕が、はっきりとした夢を見つけた時、果てしてどの様な感情、想いが押し寄せるのだろうか?
もしかしたら、そのまま進むかもしれない。 その目標、夢に向けて。
はたまた、引き返してしまうかもしれない。 その目標、夢が遠すぎて。
そしてこうも考えられる。
その夢が矛盾していた場合、僕は一体どうするのだろうと。
火憐の場合。
あの恐ろしく強い妹の場合。 進行形で夢が叶い続けている彼女が、もしも地に足が着かない状態になったら、果たして火憐はどうなってしまうのだろうか?
常に歩いているはずの場所や居場所を失った場合、火憐だったらどうするのだろうか。
当たり前の様な夢が無くなった時、火憐はどの様に対処していくのか。
あいつは、そこで諦めてしまうのだろうか。
それとも、新たに足場を作り出してしまうのだろうか。
もしかしたら、その状態こそを足場としてしまうかもしれない。
しかしこうも考えられる。
その状態で見つけたその足場が、道筋が。 そんな火憐の夢が最悪の結末に向かっているとしたら。 それをあいつが知ったとしたら。 火憐らしくも無く引き返すのだろうか? と考えてしまうのだ。
月火の場合。
月火の場合はどうだろう。
あのずる賢い妹の場合だ。
あいつは、夢は無いと言っていた。 だが、そんな月火にも叶えたい夢が見つかった時、あいつはどう行動するのだろうか?
夢が無いと言うのも、年相応の考えといえばそうだろう。
しかし、そんな月火に夢が見つかった場合、あの諦めが悪い妹の事だ、なんとしてでも叶えようとするのだろう。
月火は月火で、火憐以上に想いの強い部分があるのだから。
それが果たしてどんな夢なのかは、想像が付かないけど。
もしもそんな夢が見つかったら、あいつはどんな手段で叶えるのだろうか? それに少しだけ、僕は興味があるのだ。
だけど、こうも考えられる。
もし、その夢が絶対に叶わない夢だったとしたら、月火はどうするのだろうか? と。
しぶとく叶えようとし続けるのか。 それとも潔く諦めるのか。
それとも、そんな物は全て引っくり返して叶えてしまうのだろうか?
僕如きでは、全然想像も予想もできないけれど。
だけどそれでも、あいつの出す答えには興味があったりする。
そして。
今回は、そんな夢の話をしようと思う。
夢という名の足場を無くした火憐と。
叶わない夢を叶わせようとした月火と。
そんな二人の夢を見て、知ってしまった僕の話だ。
十二月から一月にかけての物語。
在り来たりな。
日常的な。
そんな話。
さてと。
それではそろそろ、始めよう。
とは言っても、初っ端の語り手はどうやら僕では無いらしいけど。
まあとにかく、そんな感じで。
夢を見て夢を知って夢に魅せられて夢を叶えようとした、僕と妹達の物語だ。
953 : ◆XiAeHcQvXg - 2013/06/01 14:03:09.27 66vxYyud0 829/830以上で終わりです。
まだ正確な時期は分かりませんが、近い内に投下致します。
一応、スレッドタイトル
夢物語
の予定です。
変更、スレ立て完了しましたら、再度こちらのスレにてタイトルとURL貼らせて頂きます。
957 : ◆XiAeHcQvXg - 2013/06/05 14:27:12.23 Dq758qPh0 830/830夢物語
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1370409941/
スレッド立てました。
一週間程時間を置きまして、このスレッドはHTML依頼出します。
※管理人より注記。
この続き、『夢物語』は、残念ながら未完結のようです。
どこかで完結されているようでしたら、コメントなどで、教えていただけると幸いです。